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[9327] 【習作】異世界からの手紙~竜肉美味しかったです~
Name: 暗泥藻◆cd275989 ID:62b9700a
Date: 2009/06/21 22:51
あー、久しぶり?

手紙なんか全然書いたことないから何から書けばいいのかわかんないんだけど、とりあえずそっちで俺、どうなってんの? 行方不明? 死亡扱い?

その辺よくわかんないんだけど、まさか捜索届けすら出てないなんてことないよな?

まぁ、なんだ。俺は生きてるよ。健康とはいえないかもしれないけど。

ちょい、助けて。



――東京都在住、佐藤さん(仮名)の自宅に届いた親友からの手紙――



そもそも俺は今、異世界にいるんだよね。

別に探して欲しくないから適当なこと書いてるわけじゃないぞ?

マジでファンタジーな世界にいるんだから他にどう書けと。

いくらお前がオタク仲間だからってこういう妄想乙って感じの内容を信じてくれるとは思わないけどさ、うちの親に送るよりはお前の方がマシそうじゃん。

少なくともここで破り捨てはしないだろ。しないよな?

あー、話がずれたな。戻すぞ。

この世界の名前は知らないっつーか、そもそも無いみたいなんだけど。

とりあえず今、俺が居るのはドドンタール帝国とかいうところでさ。

なんか、インドとエジプトが混ざったようなとこだよ。

インドもエジプトもよく知らないけど、イメージ的に。ターバン?みたいなのを頭に巻くみたいだし。

でさ、一年前にそっちからこっちへと誰かに召喚されたみたいで。本当、笑っちゃうくらいありがちな展開だよな。

実際に遭ってみると全く笑えないけど。

なんだっけ? クギミーの使い魔? あれのほうがずっとマシだぜきっと。
だって衣食住全部揃ってるんだぜ。特に食と住な、食と住。ここ重要。

なんかさ、気がついたら俺一人で砂漠に居たんだよ。まわり砂ばっかで何にもなくて超あっちーの。直射日光バリバリ。
岩とかサボテンとかそんなのも無いんだぜ。

親父の練習に差し入れ持ってく途中だったからポカリ持ってたけど、無かったら干乾びてたね。しかも氷入り魔法瓶。ペットボトルのままだったらと思うとぞっとする。
入れ替えた俺超GJじゃね?

マジ、お前も持ち運ぶときはペットボトルから移し変えたほうがいいぜ。いざってときのために。経験者は語るってやつだ。

とまぁ、水分は良かったんだけど、腹が減ってさ。親父連れ帰ってから飯食う予定だったから何も食べてなかったんだよね。てか、ポカリもすぐ飲みきった。

で、町とかオアシスとかサボテンとか、無けりゃ日陰でいいからって感じで探し歩いたのよ。このままじゃ死ぬと思ってさ。

俺のサバイバルスキルなんてテレビで見たうろ覚え程度だし。

なんだっけ、サボテン切ると水がでるんだっけ?

そもそもサボテンが無いっていうね。

んでまぁ、日差しと熱気に耐えながら彷徨ってるうちに、遠くに真っ黒な何かがあるのを見つけて。

即行で駆け寄った。多分、人生最速。高校のときの購買でやきそばカツサンドが出る日並みかそれ以上。

腹も減ってたけどそれ以上に日焼けがきつかった。大学入ってからの半引きこもり生活で白くなった肌が砂漠の直射日光に耐えられるわけねーっての。

超真っ赤で痛くて痛くて。しかも時々風が吹いて砂が日焼けにビシバシ当たるわ、目に入るわでさっさと何かの物陰に逃げ込みたかった。

最初はジャージを着てたんだけど、色が黒で暑くてすぐに脱ぎ捨てちゃったんだよね。

で、俺はてっきり岩山か何かだと思ってたんだけど、そいつは灰色のゴジラだった。面倒だからポルナレフは省くぞ。とにかく言葉通りなんだ。

いや、ゴジラってほどでかくはないし、羽生えてたし角もあったしドラゴンっぽい顔だったから、どっちかっつーとミラボレアスのほうが近かったかも。

モンハンの。例えるならゴジラ肌のメタボった灰色ミラボ?

ともかくドラゴン?が横たわってたわけですよ。しかも生きてんの。うなり声みたいないびきかいてたし。

いくら俺がドラゴン好きだからって嬉しくもなんともなかったね。や、ほんの少しは感動したけどさ。

あれだ、ライオンが好きでも檻の中に入りたいと思わないのと同じで、出来れば安全なとこから眺めたかった。

驚きすぎて声が出なくて、後ずさりしたら、そいつと目が合っちゃったんだよね。長い首を折り曲げて俺のこと睨んでるの。

で、咆えた。

生物がこんなにでかい声出せるのかってくらいスゲェ音量。なんか口の周りの空気がゆがんで見えたし。

気圧されるっていうのかな。尻餅ついちゃってさ、逃げようにも腰が抜けて立てないの。

そしたら妙に冷静になって死因がドラゴンに襲われてとか日本じゃありえないよなぁ、なんて考えてた。

でも、いつまでたってもドラゴンがそこから動こうとしない。

不思議に思って、よく見るとこれまたアホみたいなでかさの木で出来た杭が二枚の翼と手足を貫いてるのよ。血も流れまくり。

しかも首の根元に俺よりでかい剣が食い込んでた。もう一押ししたら首が飛びそうなくらい。

なんか弱りまくってて俺を襲う力も残ってないっぽかった。

これ幸いとばかりに俺はそこから逃げようとしたんだけど、途中で腹が鳴って考えちゃったんだよね。


――あれ、食えるんじゃね?って。


俺はUターンして尻尾や頭に近づかないようにしながら近寄って、地面にたれた翼からドラゴンの体をよじ登った。

今、思えば死ぬのを待てば良かったんだろうけど、空腹と暑さで頭がやられてたからか、そんなこと思いつかなかった。

ロッククライミングしてる気分だったぜ。表面はごつごつしてたから掴みやすかったけど、呼吸で上下するわ、たまに身じろぎするわ、ほんと大変だった。

実際、何度も振り落とされた。いやー、ほんと地面が砂で助かった。

あと鱗がひんやりしてて、正直ちょっとだけ気持ちよかった。こう、真夏の廊下にへばり付くみたいな。小学生のときはよくやってたんだよ。

で、なんとか首根っこまで辿り着いて、オリンピックの鉄棒みたいな剣の柄に飛び移った。

それだけであっさり首が落ちた。断面から血も噴出した。シャワーみたいに頭から浴びたんだけど、それがビックリするくらい冷たくて、日焼けした肌が逆に痛かったな。

不思議と生臭くなく、ためしに舐めてみたら少し甘みがある上にさらっとしていてむしろ飲みやすかった。

血といえば鉄臭いものだと思うのだが、こいつは全然そんなことなかった。飲んだことは無かったけどスッポンの生き血もこんな感じなのかね?

思い返せば、かなりグロかったのに不思議と吐き気とかも感じなかったなぁ。

解体は全部馬鹿でかい剣でやった。かなり大変だった。

見た目の割りには随分と軽かったけど、それでも両手でなんとか持ち上げて振り下ろすことしか出来ねぇの。

胴体とか切り分けるのは無理そうだったから切り落とした首からほんのちょっとだけ切り取った。

そんで大剣を鉄板代わりにして、ぶつ切り(スライスとか無理)にしたそれを焼いて食ってみたんだ。

これが滅茶苦茶旨いこと旨いこと。歯ごたえはちょっと硬めだったけど噛めば噛むほど味が染み出してきて面白かった。つるっとした舌触りも悪くない。牛肉や豚肉とも違う。鶏肉が比較的近いかもしれないけど、調味料は一切使ってないのに少し辛かった。

おお、思い出すだけでヨダレが出てきた。日本に居たら味わえないね絶対。

ちなみに焼き加減はほぼレア。目玉焼きが焼けそうなくらい温まってたけど焼き目をつけるのが限界だった。

で、夢中になって食ってたら突然、体中が疼きだした。

あんまり気持ち悪いんで転がりまわってるうちに気を失って。




気がついたらムキムキ(笑)


思わずマッスルポーズとっちゃったね。馬鹿でかい剣も片手で振れるとかテラワロス。

……いや、ホント冗談じゃなくてマジ。異世界来てドラゴン食べて強くなるとか冗談にしか聞こえないけどマジ話。

今も俺の腕やべぇよ。そこらの丸太より太い。もはやドラム缶一歩手前。鉄みたいにガチガチ。

シュワちゃんやビリーより確実にマッチョ。ていうか骨格から違う。

身長もぐんと伸びて目線が高い、2メートル余裕で超えてる。なんか肌も真っ黒になってて、ついでに日焼けも治ってた(笑)

でもさ、どうせならこう、細マッチョっていうの?
せめてFateのアーチャーくらいでとどめて欲しかった……。
バーサーカーとかマジ見た目的に問題アリだから。バーサーカー好きだけどね。
男はハートですよ! 女にはそれがわからんのです。

まぁ、それでもそこで俺は思ったわけですよ。俺、主人公? 俺TUEEEEEキタコレ!?って。

ビジュアルは残念だけどさ。

ちなみにドラゴンは翼一枚残して全部食べた。なんか骨もバリバリ噛み砕けた。

モツも良くわかんなかったけど鉄板……もとい大剣で焼いて食った。粉っぽかったりザラザラしてたりグニャグニャしてたり、どれも変な食感だったけど旨かったぜ。

心臓みたいなの食べたあたりで動悸が激しくなって焦ったけど、しばらくしたらそれも収まった。

で、残った翼を非常食兼日傘代わりにして砂漠を全裸で爆走した。力が有り余ってしょうがなかったというか、無性に暴れたい衝動みたいなのに後押しされたんだよなぁ。
途中で変な生き物に襲われたりしたけど、全部弾き飛ばした。ランナーズハイって凄い。

服? 綺麗に弾けとんでたよ。



二日くらい走り続けたあたりで変な塔に辿り着いた。外観はピサの斜塔が斜めになってないみたいな感じ。内装は知らないけど。

誰かいるかもしれない。

人が居たら泊めてもらおうと思った。ちょうど非常食も食いきったとこだったし。

中に足を踏み入れると賢者を名乗る爺さんが出てきた。

思わずロトの紋章かって突っ込んじまったよ。

まぁ、あれは見た目若々しいけど。こっちは皺くちゃだった。

そんで爺さんが俺見て目ん玉丸くしてんだよ。しわに埋もれた目がカッて開くんだぜ。ボビーの目玉芸を初めて見たとき並にビビったね。

爺さんの話だと俺は人間じゃありえないほどの魔力を持ってるんだと。
それこそ並のドラゴン以上とか。

俺がドラゴン美味しかったですって言うとこれまたビックリして、なんか知らんが弟子に誘われた。

なんでも自分は帝国一の魔法使いで昔は宮廷魔術師をやっていたが、今は引退してこの塔で魔法の研究をしていたんだと。そんで凄い魔法を開発したらしい。でも自分ももう長くない。誰かに伝えたいけど、それを扱えるだけの魔力の持ち主が見つからなくて困っていたとのこと。

そこにドラゴン並みの俺がやってきてラッキーってことらしい。

なんか、これは運命だ、なんとか神の導きだとか言ってたけど要約するとそういうことだと思う。

俺も魔法を使ってみたかったから弟子入りした。砂漠をさまようのも嫌だったし。


そこで半年くらい勉強してた。

基本、魔法の修行なんだけど俺が余りに常識を知らないもんだから他にも色々叩き込まれた。それこそその辺のガキでも知ってるような遊びから宮廷作法なんて一生縁のなさそうなものまで。

……んまぁ、結構楽しかったぜ。爺さん教え上手だったし、面白い体験談とか勉学の合間に話してくれたし。
飯も旨かったな。爺さん料理も出来るんだよ。しかも材料は魔法で環境整えて自家栽培。
飯のしたくは弟子がしろって言われたんだがチャーハンくらいしか作れない俺が、見たこともない異世界の食材で料理なんか出来るわけない。

結局、料理も教えてもらうことになった。ていうか、こっちのほうが魔法の修行より大変だったのが笑える。

弟子入りしてから唯一の不満は潤いが無かったことだな。

環境的な意味でに。あるのは乾いた砂としわしわに枯れた爺さんとむさくてゴツイ大男(俺)だけだぜ。爺さん秘蔵のエロいマジックアイテムを見つけなかったら不能になってたかもしれん。例えば(検閲)

そうそう。俺には魔法の才能なんて無かったよ。

使えることには使えるし爺さんの魔法もきっちり覚えたんだが、いかんせんコントロールが下手糞すぎた。

魔力の量が尋常じゃないから力任せになら発動できる。ただ、省エネとか手加減とか全く出来ない。
ライター代わりに火を灯そうとすればガスバーナー並みの火力が吹き出る。

まぁ、魔力なんてマンガやゲームでしか知らない日本人だから仕方がないよな。

あと回復や補助魔法の適正が全く無かった。攻撃一辺倒ってどうなのよ。ただ、どんな属性でも扱えたから、絶望的ってわけじゃないのが不幸中の幸いだな。

ところで俺がチートな肉体を手に入れた原因のドラゴンだが、爺さんのおかげで非常にまずいことがわかった。

爺さんいわく、ドラゴンってーのは限りなく自然現象に近い生物なんだとか。

並みの刃物じゃ傷もつけられない鱗、一晩でどんな傷も治ってしまう生命力。
岩山をも踏み砕く筋力に巨大な体躯を自由自在に飛行させる強靭な翼。
人間の魔法使いが何百人いても打ち破れないマジックシールド。

そして極めつけがドラゴンごとに異なるブレス。その威力は周囲の地形を変えてしまうほどだとか。

そんなのが本能で周期的に人を襲うってんだから最悪だ。

ドラゴンが出現したらその周辺地域の人間は逃げるしかなく、戦うなんて選択肢は端から存在しない。
つまり生物なんだけど自然災害と同様に人にはどうしようもないものってことらしい。

でも、生物だから死ぬときゃ死ぬ。
その証拠にごく稀にだがドラゴンの死体が発見されるらしい。

死因はよくわかってないけど寿命とか病気とかきっとそんなところだろうって爺さんが言ってた。

んで、その血肉には人間を進化させる力があるんだって。

血を浴びればドラゴンの驚異的な生命力が。
肉を食えば万夫不当の剛力が。
そして心臓を食らえば天変地異をも起こせるほどの魔力がその身に備わるとか。

ただしドラゴンの肉は非常に腐りやすいうえ、多量に摂取すると急激な変化に耐え切れず体が自壊してしまう。
よってドラゴンの肉は猛毒とされ、口にする人間はほとんど居ないんだと。

現在ドラゴンイーター(竜肉を食った人間のことをこう呼ぶらしい)として確認されているのは5人だけだとか。それも自壊を恐れて心臓だけ、肉だけ、血だけって奴ばかりらしい。

……俺、全部食ったけど?

自分のチートっぷりを喜ぶより、全身食った俺はどうなるんだろうって不安になったね。
前よりも目や耳が良くなってるのは気付いてたんだが、これもドラゴン食ったからっぽい。

学者の中じゃドラゴンが人間を襲うのは神が人間に課した試練だからだ、っていう人もいるんだとか。

あんまり怖くなったもんだから爺さんに、丸ごと一匹食ったと白状した。

なにっ!? とか凄い顔したけど、すぐに俺の体を魔法で調べだした。

そんでわかった驚愕の事実。

俺、腹の中によくわからない生き物がいるらしい。いわゆる寄生虫みたいなの。
そこだけ魔力の流れが微妙に違うんだと。ほんの少しだけど魔力が食われてるとか。

どうやらそいつが俺の体のバランスを取っているみたいなんだわ。どうやってか知らんけど。
爺さんもこんなの見たことないって言ってた。

俺、ほとんど生でドラゴン食ってたから寄生されたのかもしれん。
そのおかげで逆に助かったみたいだけど。

加熱って大事な。経験者は語るその2ね。

ドラゴンから出てきたっぽいから竜虫って爺さんが名付けた。
でもさ。いくらそれのおかげで命が助かってるとはいえ、寄生虫になじみの薄い現代日本人なら自分の腹に虫がいるなんて聞いて気持ちいいもんじゃないだろ。

体もすでに安定してるみたいだし下してもいいだろうって爺さんも言うから虫下し貰って飲んだ。

無駄だった。

薬は三種類くらいあって全部試してみたけど全然効かなかった。

たしか寄生虫ってかなりヤバげな生態を持ってたよな?
外敵に襲われやすくしたり行動を操ったりするんだっけ。
悪いんだけど、その辺、そっちで調べてみてくれないか?

こっちじゃ寄生虫なんてほとんど知られてないから推測も立てられないんだよ。
またいつか、ゲート開くからさ。お前の部屋の机の上に置いといて。なんなら寄生虫の図鑑でもいいからさ。ほんと、俺を助けると思って、頼む。

あとドラゴンに関してだけどもういくつか俺を不安にさせる情報が……。

ドラゴンには火を吐く火竜とか雷を食う雷竜とかだけ様々な種類がいるそうで。

でさ。問題は俺が何のドラゴンを食べちまったかってこと。

なんでも、ドラゴンの肉を食うとドラゴンごとに対応した能力も手に入るらしい。

例えば、現存するドラゴンイーターの一人、聖王国のマーチンさんは風竜の肉を食べたことで、魔法とは別に風を操れるようになったとか。

一応、爺さんの知ってるドラゴンは8種類。ていうかそれが世界で確認されてる全て。

教えてもらったけど俺の食った灰色のドラゴンはいなかった。

爺さんも黒や白ならともかく灰色のドラゴンなんて聞いたこともないって言うし。

しかも俺が見つけたのは死体じゃなくて、瀕死のドラゴン。
それも明らかに人?との戦闘で死に掛けてた。

馬鹿でかい剣は明らかに人間が作ったものだしな。鉄の塊のようで、意外に鋭いしところどころに不可思議な呪文が刻んである。
人間では倒せないはずのドラゴンを倒す人間?らしき存在。

それと俺の食った新種?のドラゴン。


なんか、余計に不安が増した。

マジ、拾い食いはダメだね。経験者は語るその3。




そういや、爺さんは俺を帝国の魔術師にしたいみたいなんだ。

帝国にはドラゴンイーターが一人いるんだが、食ったのは肉なのでバリバリの戦士。魔力も人並みで大した魔法は使えないらしい。

そこで俺を帝国に使えさせようって考えてるようだった。それだけ魔法が凄いってことなんだが。

んで、ことあるたびに帝国の素晴らしさを説かれた。
正直、俺は帝国って言葉にあんまりいいイメージがなかったから話半分に聞いてた。ほら、マンガやゲームだと帝国って敵国のこと多いじゃん。

現実と創作をごっちゃにしたらいけないのはわかってるけどさ。

だけど、いつまでも働かずにいるわけにもいかないし、恩もある。

持ち前の馬鹿魔力でかなり強引にだけど、爺さん秘伝の新魔法も使えるようになったので、帝国に行くことにした。

秘伝なのに新しいとか矛盾してるような気もするが、間違ってないからいいよな。

家に帰ることなんてこれっぽっちも思いつかなかったあたり、親不孝者だと自分でも思う。
それだけこっちの世界に興味津々だったからな。すっかり忘れてた。

まぁ、今こうして手紙書いてるから許してくれ。
親父たちには申し訳ないけど、お前からなんとか言っといて。帰れそうにないし。技術的にも見た目的にも。
この手紙をそっちに送ったのも魔法なんだが、遺失魔法の一つでさ。
爺さんのところにあったわずかな資料と俺の馬鹿魔力で強引に扉を開いてるんだ。

今は手紙一枚送るのがやっと。爺さんが塔で研究を続けてくれるらしいけど、まだまだ帰れそうにない。

爺さんには言ってあるんだが、きっと俺はこの魔法でこっちの世界に連れてこられたんだと思う。つまり、この魔法を使える奴がいるってことだ。
証拠なんて全くないけど、何の理由も無く気がついたら居ました、よりも、異世界をつなぐ手段がある以上、それで連れてこられたって考えた方がずっと自然だ。

とりあえず犯人見つけたら殴る。そのあとで落とし前つけさせる。
パソコンに触れない生活の苦しさ、お前もわかるだろ。


以上がこの一年の出来事だ。

そんなわけで、この手紙をそっちに送ったら帝都に行ってくる。
両親と寄生虫の件、頼むな。そっち帰ったらまたカラオケ行こうぜ。

じゃあな。




psマジ拾い食いはやめとけ。







[9327] 二通め
Name: 暗泥藻◆cd275989 ID:62b9700a
Date: 2009/06/11 18:18



よぉ、久しぶり。手紙書くのは2週間ぶりか。

図鑑とレポート、サンクス。グロ画像満載でおいちゃん発狂しそうだったわ。

ハリガネムシ怖いです。宿主を投水自殺させるとかマジありえねぇ……。

竜虫も同じ性質持ってたらどうしよう?

やっぱり宿主の姿形や生態を変えちまう寄生虫もいるのな。生殖機能を失わせた
り、変な物質を分泌して性格変えたり。

俺の姿が変わっちまったのはドラゴンを食ったからだと思ってたけど、まさか竜虫の仕業だったりとかしないよな?

まぁ、なんだ。図鑑は心情的に不安増大、と微妙な結果。

竜虫の特徴や生態がほとんどわかってないから比較して推測を立てられないことに読んでから気付いたよ……。
しかも今わかってる特徴なんて魔力食うことと竜に寄生する?ことくらいだし。

どっちも元の世界には無いっていうね。

まぁ、知識として手元に置いておいて損は無いと思うけど。そのうち役に立つかもしれんし。


ただよぉ。図鑑に挟んであった手紙、ありゃなんだ。

「ワロタ、続き希望」ってアホかっ!

同じ一言でもせめて頑張れとかイキロとかさぁ。うちの両親のこともノータッチだし。

もしかしてお前、まだ冗談だと思ってんじゃないだろうな?

……うん、信じてもらえる方がおかしいや。

どう考えても厨二の妄想だし。

仕方ないから頼みを聞いてくれただけありがたいと思っとくよ。

それも半分だけみたいだけどなぁっ


まぁ前置きはこれくらいで。




また頼みたいことがあるんだ、これが。



――東京都在住、田中さん(仮名)の自宅に届いた親友からの手紙――



その話をするまえに、俺が今いるところどこだと思う?


ヒントは鉄格子と臭い飯。


そう、牢屋だよ。

なんか知らんが帝都に着いた途端、犯罪者として捕まっちまった。

罪状は……うん、まぁそれは後で書くよ。

言っておくが無実だからな。神にだって誓える。神様信じてないけどさ。

それでも冤罪なのは間違いないんだ。俺が三年かけて集めたスク水フォルダをかけたっていい。

足りなければ世界の夜景フォルダもつけるぜ。

いや、ほんと、ただ状況と相手が悪すぎた。何言っても信じてもらえねぇの。

くそっ、あのガチムチとイケメン野郎。今思い出してもムカつくぜ。

……あぁ、いきなり書いてもわかんねぇか。

とりあえずあのあと何があったのか順番に書いていくよ。



そっちに手紙送ってから爺さんに紹介状貰って帝都へと旅立った。

またあの砂漠を歩くのかってかなり鬱になったけど、それは爺さんが解決してくれてね。

ヨットだぜ、ヨット! 砂の海を魔力で進むとか。しかも俺専用の特別仕様で超でけぇ。

日差し避けどころか、寝室ついてんだぜ。

思わずこれがヨット? って疑問が浮かぶほど豪華なサイズ。

それでも爺さんがヨットだって言い張るからヨットなんだろう。爺さんが言うんじゃ仕方ない。

ていうか爺さん曰く「お前の体が重すぎて、普通サイズの船体じゃあ傾いて転覆するかもしれない」だとさ。

本当にバーサーカー並みの体。嬉しいような悲しいような。

あと船体が真っ赤。角つき。←この辺が特別仕様な。

このヨット?は爺さんが宮廷仕えを引退するときに当時の皇帝から貰ったんだって。

いつだったか、俺が乗り物は赤くて角を生やしてるのが俺の中じゃスタンダードって適当ぶっこいたのを覚えていたらしい。

皇帝からの贈り物をわざわざ塗り替えて俺にくれるとか。

いいんですかって聞いたら「弟子の就職祝いだ、構わん」だって。

不覚にも泣きそうになったね。

帝国は五大国の中で一番広いうえに国土の七割が砂漠だから役に立つだろうだって。

軽く感動ものなんだけど。爺さん頼りになりすぎる。

それだけ目にかけてくれていたというか、期待されてるってことなんだろう。

まぁ、冤罪とはいえこうして牢屋にぶち込まれて、のっけから躓いてるわけだが。



俺はヨットに一週間分の水と食料を積み込んで旅立った。

ちなみに俺の一週間分=常人の一か月分な。

この体すげぇ燃費悪いんだよ。すぐに腹が減る。ガタイが良すぎるのも考えもんだぜ。

爺さんとこは地下に農園があったし、もしもに備えて食料を蓄えてたから俺も養えたけど、これが他の人間に拾われてたら飢え死んでたかも。

ほんと爺さん様様。爺さんマンセー。

もしかしたら俺があんまりにも大食らいだからさっさと追い出したかったのかもしれないけどな。

それは流石に失礼か。

衣類とか生活雑貨も多少は積み込んだ。ただ、服はほぼ腰布オンリー。あとは砂避け用のターバンくらい。

俺に合うサイズの服なんて爺さんが持ってるわけ無いっていうね。

流石にふんどし一丁で皇帝の前に出るわけにはいかんから、爺さんのお古を適当につなぎ合わせて全身覆えるローブ?を作った。

マジみすぼらしいけど俺の一張羅。

汚すわけにもいかんから普段は腰布のみの半裸で過ごしてる。

まぁ、爺さんと俺だけで他に誰も居ないから別に問題なかった。

昼の砂漠は暑くても日光を遮るために服を着てた方がいいんだが、無いものは無いで仕方がない。

馬鹿にしか見えない服を着てるんだと自己暗示。意味ねーけど。



で、準備万端、帝都目指して砂の海原を大航海、なんてな。

実際は魔力でヨットを動かしながら甲板に布で天幕張って日陰でのんびりだったけど。

でもまぁ、体はチートでも暑いものは暑いのな。寝室とか正にサウナ。

夜は冷え込むからちょうどいいけど、昼間にここで寝てたら干物になりそうなほど。

魔法で温度を下げることもできるんだが、魔力の制御が絶望的な俺にヨットを動かしながら他の魔法を使うなんて超絶技巧が出来るわけがない。

第一、魔法で温度を下げようとしたら砂漠でブリザードなんてX-ファイルも真っ青な不思議現象が起きちまう。

腰布一枚の俺には暑さより寒さが敵です。



で、三日たったあたりでイベント発生。

イベントとか自分で書いてて笑えるけど実際、起きたんだから仕方ない。

ていうかホント退屈だったんだよ。イベントキターって思うくらい。

三日間、進めど進めど砂ばかりの光景。時々モンスターを見かけるくらいで何にもねぇ。

モンスターもこっちが近づくとすぐ逃げるか砂にもぐる。

まぁ馬鹿でかい船が近づきゃ逃げるわな。

たまに襲ってくるやつもいたけど、かる~く一発ぶん殴るか、蹴っ飛ばすだけで地平線の向こうに吹っ飛んでく。

ちょっとだけ楽しかった。

そうそう、モンスターって書いてるけどこの世界的にはただの動物だから。

ただそっちの世界より凶暴で魔力をもってたりするだけ、な。あと姿形も変なのが多いけど。

空気より軽いガスを腹の袋に溜めこんで逆さまに浮くカワウソっぽい見た目の生き物とかな。名前は確かガンバノだったかな。

爺さんのペットの一匹だったんだが、ぷかぷかと袋にしがみ付くみたいにして漂う姿はちょっと可愛かった。本来は東のナナリール王国に生息してる生き物らしい。

おっと、イベントの話だったな。



簡単に言えばキャラバンがモンスターに襲われてたのを助けました。まる。



名前は忘れたけど犬ぐらいの大きさのサソリ、あと無毛の犬?とかが百匹近く居てさ。

極めつけに小山くらいある超巨大なアンモナイトみたいなのまで居た。無数の触手がくねくねしていてナチュラルにキモイ。

あ、あとゴブリンいたわ。青魔道士じゃねーからゴブリンパンチは覚えられなかったけど。

ほんと、お前ら今までどこに隠れてたってくらいの数がキャラバン襲ってんの。

襲われてるのは20人くらいの大きなキャラバンだった。

アルルピーっていうダチョウとラクダが混ざったような生き物とドンタトラスっていうゾウみたいな大きさのリクガメを何匹も引き連れてたな。

あ、ドンタトラスはゾウガメよりでけぇぜ。甲羅のてっぺんが人間の身長と同じくらいの高さだから。


俺がその場についたときには、すでにアルルピーの何匹かがモンスターたちの餌食になっていた。
きっとパニックを起こして逃げ出そうとしたところをやられたんだと思う。

それでも幸いか、人間はまだ誰も倒れていなかった。

何人か武器を持って戦ってるみたいだったけど、モンスターの数が多すぎて全滅も時間の問題って感じだったね。


そこに偶然通りがかった俺。

ヒーローは本当に偶然そばを通りかかるものらしいが、その場に居たのはちょっとばかしヒーローに憧れるオタでしかない。ヘタレゆえに。

正直、助けるべきかどうか迷ったね。

一匹一匹なら俺の方が強いってわかってるからどうってことないんだが、ざっと見ても百匹は居そうなモンスター相手に戦える自信がなかった。
ていうか怖かった。

いや、ホントうじゃうじゃいてさ。かなりのショッキング映像だって、ありゃ。

実は見なかったことにしてスルーしようかとまで思ったんだぜ。

でもこっちは馬鹿でかい船に乗ってるから目立つ罠。

戦ってる人たちはあんまりこっちを見る余裕は無いみたいだったけど、ドンタトラスの背中に跨った子供が俺の方をガン見してた。

俺は舳先に立って様子を見てたんだが、その子とばっちり目があっちゃってさ。
次の瞬間、助けてって叫んでくれた。

で、逃げるタイミングを失った俺は何をトチ狂ったか、キャラバンを取り囲んだモンスターの群れのど真ん中に飛び込んじまった。

多分、良心の呵責に耐え切れずって感じだったんだと思う。

力一杯ジャンプして着地したから、ズドンってメートル単位で砂が巻き上がった。

突然現れた巨人(俺)にモンスターも人もみんな呆気にとられてた。

で、注目された俺はテンパって、とりあえず威嚇した。どうしたらいいかわかんなかったから、完全に本能でやったんだと思う。

もしかしたらマンガとかの真似を無意識にしたのかもしれんけど。

だって「ぶるぅぁああああああああっ!」って咆えたんだぜ。うん、若本は偉大だ。

ちょっと口に砂が入ったけど、気にせず俺は動いた。

どぉりゃーとかでぇりゃーとか、ちぇすとーなんて奇声あげながら手近なモンスター達をちぎっては投げちぎっては投げ。

文字通り引き千切ったあたり我ながらチート乙といわざるをえない。
なんという筋力。これはブラックホールを作れるに違いないってね。
あの作品はタイトルホイホイでした、男装美少女は大好物です。お前も好きだったよな?

格闘技とかやったことないから完全に力任せの大暴れ。

緊急事態だし、手加減とか何それ美味しいのってくらい全力全開。

なんか戦ってるうちにハイになってきてさ。噛みつかれても気にするほど痛くないし、歯もほとんど刺さらないんだもの。アドレナリンって凄い。

調子に乗って尾を噛み千切ったり、ハサミごと踏み潰したり、甲羅を叩き割ったり、触手引っつかんでジャイアントスイングで投げ飛ばしたり。


「今死ね、すぐ死ね、骨まで砕けろぉっ!」

「貴様らの死に場所はここだぁ!」


とか叫んだり叫ばなかったり。

ノリノリじゃないかって?

うん、まぁムシャクシャしてたからね。

いきなり砂漠に放り出されて寄生されて、爺さんと二人っきりのむさ苦しい生活を一年近く続けて、ネットもマンガもゲームもアニメも全部お預け。

ぶっちゃけストレス溜まってたんだよ。

気がつけば周りには一匹も残ってなかった。俺が潰したやつ以外はほとんど逃げたみたい。

今、思い返してみるとどっちがモンスターかわからない暴れっぷり。

つーかキャラバンの人までビビってた。

命の恩人に土下座とか。ほんと野蛮で申し訳ない。

あと俺のまわりには変な肉片や体液が飛び散って激しくスプラッター。

俺の手にや体にもこびりついてやがった。

臭いがきつかった。あんまり酷くて吐きそうなくらい。

ドラゴンはそんなことなかったのにな。食欲って偉大。


うんまぁ、我ながら、この世界に動物愛護団体があったら訴えられても仕方ないレベルの残虐ファイトだったね。

そもそも喧嘩なんかほとんどしたことない半引きこもりオタクが他人のためになけなしの勇気を振り絞ったことを評価していただきたい。


でも思い返しながらこうして書いてるとすげぇ恥ずかしいんだけど。

だって結局、俺TUEEEEEとか無双乙ってことしかしてないんだもの。
これはひどい。

あ、魔法だけどキャラバン巻き込みかねないから使わなかった。

魔法の使用に関しては爺さんにすげー言い含められてんだよね。無闇に使うなって。
マジで天変地異起こせるレベルですから。


というのはもちろん建前で本当は忘れていただけだったり。
魔力を扱うことは出来てもとっさに使えるほど慣れてなかったってことなんだろうね。

まぁ、結果オーライだからいいんじゃね。

ほんと自分のチート振りに笑いたくなるぜ。不安要素が無ければ手放しで喜べるんだがなぁ。


戦い終わって呆けてると、恰幅のいいおっさんが話しかけてきた。浅黒い肌と髭がなんとも厳つい。俺、カイゼル髭って初めて生で見たよ。

この人はキャラバンのリーダーだそうで助かりました、ありがとうって何度も頭下げられた。

いいですいいです、たいしたことしてませんから頭上げてください、なんて答えながら、ぼんやりこっちでもお礼をするときに頭を下げるんだーとか思った。

日本みたいだよな。まぁ、爺さんのところで習っていても実際に見るのはまた別ってこと。なんか感慨深くてさ。

なんかリーダーは変に感心した様子で行き先を聞いてきた。

俺の目的地が帝都だってわかると一緒に行かないかだって。

このキャラバンも帝都に向かうところだったんだが、それまで護衛を俺にして欲しい、お金もちゃんと払うって言われた。

行き先同じだし、一緒に行くだけでお金がもらえるなんてラッキーと思って引き受けた。

モンスター相手に無双して、俺マジで強いんだって実感したところだったし。万能感みたいなのがあった。

モンスター? ボッコボコにしてやんよ、みたいな。

すぐに元に戻ったけど。調子に乗りすぎて失敗する奴なんか二次三次問わずそれこそ星の数ほどいるからね。

身の程はわきまえてますがな。所詮ヒキオタのブサメンですしおすしー。




でも、ちょっと誤算があった。キャラバンって進みがメチャクチャ遅いのな。

いや、俺のレッドコメット号アナザーワールドエディションが速すぎるだけなんだけどさ。

水の補給に何度もオアシスに立ち寄り、ドンタトラスとか荷物運びのモンスターたちを休ませながら進まないといけない。

帝都まで四日くらいの見込みで食料は多めに積んできたから良かったけど、ほんと歩きならどれだけかかっていたことか。

ヨットの価値を真に理解できたね。レッドコメット、マジ便利。爺さんほんと感謝。

何匹かアルルピーがやられたし、キャラバンの速度をあげるためにかなりの荷物をレッドコメットで運んだ。

あ、あと怪我した人や子供たちもこっちに乗っけた。俺はレッドコメットに魔力を送りながら歩いた。

重量オーバーしそうだったからな。幸い体力は有り余ってたし。

こんな危ない旅に子供を連れて行くものなのかとリーダーさんに言ったら口ごもって、事情があるって言われた。
プライバシーの侵害をしたくないので俺は何も聞かなかった。

厄介ごとに関わりたくないとも言う。つついて蛇を出すのは賢くない。

ていうか、先のモンスターの群れみたいなのに遭遇すること自体滅多にないんだって。

運が悪かったですねというとあながちそうでもないと返された。

俺が首を傾げていると、大笑いして貴方が助けてくれたじゃないですか、だとさ。

どうせなら女の子に言ってもらいたい台詞だね。

おっさんに言われても喜び度激減ですよ。

……嘘、ほんのちょっとだけ感動。

んなこと生まれてこの方一度も言われたことなかったからさ。



キャラバンを助けてその日の夜は砂漠のど真ん中で軽い宴会をした。

日が暮れ始めたころにはさっさとキャンプを設営(つってもシートを張るだけだが)して焚き火を囲んで輪になって座り、毛布を被った。

時々強い風が吹いて砂を巻き上げるけど気にしたら負け。

そのうち誰かが楽器を取り出して演奏し始めた。

いつの間にかみんなで合唱。

空には満点の星空。三つの月が輝いて幻想的な光景だった。

ちょっとだけ旅行も悪くないなって思ったよ。

……旅行ってレベルじゃねーけど。世界レベルで迷子とか不安すぎるからっ!



夕飯に食った肉の骨を食べに小型のモンスターがやってきた。

キツネ的な。名前は忘れたけどかなり可愛い。近づいてこないけどちょっと離れたところをうろちょろ。

おっさん達はほっといていいって言ってたけど、個人的にはもうちょっと近くで見たかった。

残念だなぁ、俺の脚なら捕まえられないかなぁとか考えてたらいつのまにか子供が傍に来ていた。キャラバンが襲われてたとき、目の合ったあの子だった。

なんか、また俺のことガン見してた。

大体12歳くらいかな? 髪は黒くて肌はこんがりキツネ色。かなり細くていとこのガキと同じ扱い(怪獣ごっこの名を借りたスパー)をしたらポキッといきそう。

顔も今はまだ可愛らしいって感じだけど、将来はイケメン間違いなしの美少年っぷり。女の子にも見えるくらいだぜ。

イケメンは敵だが、子供に嫉妬するほど俺は小さい男ではない。

許してやることにした。俺、超寛大。

それにしてもヒロインの登場はまだですかねぇ?

せっかく異世界来たってのに会う奴会う奴、みんな男ばっかりでそろそろくじけそうです。

神様、出来れば美少女でお願いします。個人的に色白で金髪ツンデレツインテールだったら高評価です。おっぱい大きめならさらに↑↑。


シカトしてればどっか行くだろうと思った俺はキツネ?の観察を続けた。子供の相手とかめんどくさかったし。

でもいつまでたっても動かずに俺を見ていた。

黙っているのも気まずいので、何か用か坊主? って聞くと、ちょっとムッとした。

子ども扱いを嫌う年頃なのかね? まぁ俺の知ったことではないが。

特に文句を言ってこないし、自分が子供だってことも理解してるんだろう。

そんで、助けてくれてありがとうだとさ。

ペコりって頭下げたよ。凄いね。俺がこれくらいの歳のときはもっと生意気だった気がするのに。

それと度胸のある子だとも思った。自分で言うのもなんだが、今の俺の見た目はかなりヤバイ。キャラバンの大人でも何人かはびびって近づいてすら来ないんだぜ。

大立ち回りしたから仕方ないかもしれんけど。

ちょい感心したから頭ぐしゃぐしゃに撫でてやった。ちょっと嫌そうにしてたけどまぁ俺の知ったことではない。

とりあえず名前を聞いた。コミュニケーションはお互いの名前を知るところからだよ、うん。

その子はアイネ・メルトヒとニヤニヤしながら名乗った。なんかイタズラを仕掛けて引っかかるのを楽しみにしてるような顔。

まぁ、よくわかんなかったから女みたいな名前だなって言ったら変な顔された。嫌そうな顔じゃなくて、変な顔ね。こう、何言ってるのこいつ、って感じの。

こっちの世界じゃアイネは立派な男性名なのかもしれん。爺さんも一般的な人名は教えてくれたけど、それ以外はあんまり覚えてないし。

そのあとはなんか色々聞かれた。その強さはどうやって手に入れたんですか、どこの出身ですか、とかね。

とりあえず適当に、砂漠で拾いました、砂漠で拾われましたって答えた。うん、大体あってるし。

からかわないでくださいって言われたけど。

他にも色々話した。正直うっとおしいと思わなくもなかったが純粋な瞳で見つめてくる子供あいてに非情にはなれないわけで。

このくらいの子供が好きそうな話が思いつかなかったからラノベやマンガのストーリーを話してやった。そしたらこっちが驚くほど興味を示した。

ときどき、それでそれでっ!とか焦らさないでよっ!とか。

あんまり楽しそうに聞いてくれるんもんでこっちも語りに熱が入っていく。

結局その子が眠るまで話した。最後まで夢中になって聞いてた。ラノベは中二的な魅力満載だからな。

体格がマジでイリヤとバーサーカー並みに違うからなんとも話しづらかった。
座り込んでるのにさらに体を屈めて話し続けるのはかなりしんどかったです。


で、なんか懐かれた。


昼間、砂漠を歩かせるのもアレなので肩に乗せて話ながら歩いた。

内容はやっぱりラノベ。時々映画。ときどきアニソンとか歌って教えた。

夜、全然離れないからまたまたラノベを語って聞かせる。時々マンガ。リズムとって時々ゲーソン熱唱。

異世界でオタク教育楽しいです。

うむ。書いてて思ったが、無ければ作ればいいんだな。

自分で書けないならこうやって教育で同志を増やして書いてもらう!

本格的にオタク文化を普及させてみようかね。
どうやってかなんて思いつかないけれども。

以降、繰り返し。

その後も特にこれといったトラブルなく進んだ。最終日は砂嵐がひどかったけど。

で、塔を出てちょうど一週間、キャラバン拾って四日。



とうとう帝都についた。

都は思っていたよりもでかかった。どれぐらいって言われると比較対象に困るけど。
ディズ○ーのアラ○ンの舞台になった町くらいのサイズはあると思う。
よく覚えてないけどイメージ的には大体あってるはず。

ただなぁ。俺は街中に入る前に捕まったから詳しく知らないんだよね。

まず、俺の船は特別製。色も赤で超目立つ。

だが、それ以上にこのサイズのヨットを個人で所有してる奴なんて限られてくるらしい。何気にマジックアイテムだし。
超高価。車で例えるなら……なんだろ? ロールス・ロイス? よく知らんけど。

こんなのが街に来る=超VIPが来るって方程式が成り立つくらい。

しかも俺のは爺さんが皇帝直々に送られた特別仕様。ぶっちゃけ爺さんしか持ってないオンリーワンらしい。

で、カラーリングが変わってたり余計なものがついててもすぐに爺さんのだとばれたらしい。門番達が大騒ぎ。

門から兵士たちがわらわらと。

さらに一目でモブじゃないってわかるのまで出てきた。それも2人。

一人は俺ほどじゃないけど筋骨隆々ガチムチ。

体中に傷のアル歴戦の戦士って感じ。背中に俺が拾った大剣並みの金棒を背負い、革の鎧を着ていた。
かなりの強面。極道の親分、もしくはマフィアのボスって感じ。

あの顔で話しかけられたら子供は絶対泣く。むしろ大人でも泣くね。

少なくとも俺は泣き顔一歩手前までいく自信があるね。

もう一人は対照的にこぎれいで体も細く、若かった。

甘いマスクとかイケメン貴族とかそんな言葉がよく似合いそうだな。

金髪だし。しかもロングで似合ってるとか絶対イケメンだろ、汚いなイケメンさすが汚い。

……いや、綺麗なんだけどさ。生まれつきとか、あまりにも卑怯すぎるでしょう?

俺なんかバーサーカーにクラスチェンジしちゃったせいで余計に見苦しくなったてーのに。


イケメンは純白の金属鎧を着ていて、腰に片手で扱えそうな細い剣を刺しスラリと長い足で近づいてきた。

前者とは仲良くなりたくないけど、後者とは仲良くなれそうにない。

そんな感じ。

そんな風に近づいてくる二人を観察していて俺は気付いた。イケメンの鎧に刻まれた紋章がナナリール王国のものだってことに。

爺さんの教育は伊達じゃないんだぜ。

こっからは思い出すだけでうんざりするから省きたいんだが、まぁ、そうもいかないよな。

もう気付いてるかもしれないが、この二人が俺を牢屋に閉じ込めた張本人だ。


なんかさ、傍まで近づいてきてイケメンがまず俺をみて目を見開き、次に俺の肩に座ったアイネを見てムンクの叫びみたいな顔してメートヒェン様とか叫んでんだよ。
ていうか、もはや悲鳴だったね。

で、オッサンはそれよりさらに馬鹿でかい声で貴様ッ! メルカッツォ様をどうした!?とか怒鳴ってんの。俺に。

あ、メルカッツォは爺さんの名前ね。本人曰くそれなりに有名、らしいよ。

皇帝からヨット送られるような人物が“それなり”なわけないんだけれども。

なんか変な誤解されたっぽいと察した俺はアイネを肩から下ろして彼らに向かい合った。

そんでとりあえず紹介状を見せようとしたんだが入れておいたはずのポケットに穴が開いていた。失くしたらマズイと肌身離さず持っていたのが仇になった。

きっとキャラバンを助けたときの乱戦で破けたんだろう。

焦った俺は正直に紹介状を失くしたと告げた。

そしたら殴られた。ガチムチに。

ホント、意味わかんないだろ? しかも超いてーの。モンスターに齧られるよりもずっと痛かった。

しかも殴られるなんて思ってなかったから完全に無防備でさ。

殴ったねっ親父にも、なんてお約束ネタをやる余裕も全くなかった。

その一発で俺パニック。鼻押さえて、いでぇえええって呻いた。

しかも、そのままぶっ倒れた俺に今度はイケメンが腰の剣を突きつけてきて貴様がメートヒェン様をさらったのか! だと。

何、この人たち。頭ヒットしてんじゃないの? って思った。

お前もそう思わない? 何事もまずお話だと思うんですよ、人間相手なら。

あ、魔王少女式オハナシは論外な。あと肉体言語も。


アイネが一生懸命に、違うの、違うのって否定してんだけどイケメンの野郎「メートヒェン様は騙されていたのです。

このような下賤のものとこれ以上お関わりになられてはいけません」とかなんとか言って全然聞く耳持たない。

なんで断定口調なのかわかんねぇけど俺ブチギレ。何この展開、理不尽すぎるだろ。

それに子供の訴えを頭ごなしに否定するのも気に食わなかった。まぁ、俺自身がガキだからなんだけど。

立ち上がりざまに、テメェらの血は何色だぁっ!とか叫んでイケメンの顔面に右手でアイアンクロー。

馬鹿力でそのまま持ち上げ腹部にストマッククロー。鎧もぶち抜いて腹を掴む。

よく貫通しなかったもんだ。

リンゴも余裕でジュースに出来る握力で締め上げる。

イケメンが、あがっとか超必死な顔でもがいてたけど知ったことではない。

そのまま頭上に持ち上げ、棍棒を振りかざしてきたガチムチに放り投げた。

二人とももんどりうって転がったが、すぐさま立ち上がると俺を睨みつけてきた。

イケメンなんて腹を押さえながら、貴様ァとか吐いてる。

周りの兵士達もみんな武器を構えて俺を取り囲んでた。


あ、やべ、なんて思ったときにはすでに遅かったね。

今にも襲いかかろうって時に子供の泣き声が聞こえて、全員の動きが止まった。

アイネがわんわん泣いてた。

子供泣かすとかマジ最低、って昔、好きな女の子に言われた俺のトラウマが発動。

……まぁ、それはどうでもいいか。

とにかく、俺はイケメンとかガチムチとか兵士とか全部ほっぽりだしてアイネにジャンピング土下座した。悪かった、許してくれぇって。

泣き止ます方法なんて知らないし。謝るときはジャパニーズDOGEZAが一番と決まっている。

アイネと俺の姿に周りの奴らも毒気を抜かれたのか武器を納めた。

イケメンは俺を睨んだままだったけどな。





で、なんか色々話を聞いて、こっちも説明して。
それでも結局、無罪放免とはいかなかったんだ。



疑わしきは罰せずじゃなくて疑わしきはとりあえずぶち込むが基本方針みたいでさ。

罪状は窃盗、強盗、皇室反逆罪。誘拐はアイネが否定してキャラバンの人たちとかが同じ証言してるから付け足されずに住んだ。

今、爺さんのところに事実確認のための兵隊が向かってる。

その人たちが帰って来たら晴れて釈放なんだそうで。

大体二週間くらいかかるとさ。


ていうか、こっから出ようと思えばいつでも出れるんだよね。鉄格子とかちょっと力入れたら簡単に曲がったし、壁もぶち抜けると思う。

まぁ、だからこそこんなところに居るわけだが。

ガチムチが例の帝国唯一のドラゴンイーターだったらしくてさ。

俺みたいな力を持った奴(しかもが罪人の疑いあり)を放置するわけには行かないってさ。

じゃあおとなしく牢屋で待ってますって答えたときの呆気にとられたガチムチの顔は今思い出しても笑える。

ごねるとでも思ってたのかねぇ。二週間くらい牢屋暮らしするだけで済むってんなら喜んで引きこもるって。


で、アイネとイケメンについてだが、こっちはよくわからん。

誤解は解けたみたいだが、イケメンが俺と関わらないようにしてて、何がなんだかわからないまま。

キャラバンの人たちは同じ牢屋に居る。彼らが何で捕まってるのかわからないけど、アイネ絡みなんだろう。あの子貴族か何かの子供みたいだし。

誘拐とかするような人たちじゃないと思うんだけどな。


それはさておき。

ここで、問題が一つあってな。お前に頼みたいことがあるんだ。ていうか、お前以外に頼れる奴がいない。

マジでこの世界にきてから一番の問題が発生したんだよ。

それが何かってーと。






……暇なんだ。



いやマジで異世界きてから一番の問題だぜ?


寝てすごすのも飽きたし、腹は減るし。大人しくするかわりに多めに貰ってるんだけどそれでも足りない。

キャラバンの人たちとは別々の個室だから話も出来ないし。

暇すぎて軽く拷問なんだけど。


てーことで、ちょっちゲート開くから何冊かラノベ貸してくれない?


今日で牢屋暮らし三日目。あと十日以上もこのままなんて精神が耐えられん。

かといって脱獄するわけにもいかんしさぁ。ラノベ読んでりゃ空腹もごまかせるし。

ガチムチになんとか紙とペンだけ貰ってこの手紙書いてるんだ。ほんとお前だけが頼り。

マジ、お願いします、ある意味、図鑑や親以上に切実な問題なんです。現在進行形で。

明後日の昼あたりに開くからそれまでに用意してくれてると助かる。場所はまたお前の机の上で。

あ、レインとインデックスの新刊でてたらそっち最優先で。あ、終わクロもいいな、長いし。


そっちに帰ったらお礼するからさ。



じゃあよろしく頼む。






ps人助けって牢屋にぶち込まれるくらいの覚悟が必要だぜ。経験者は語るその4な。



[9327] 三通め
Name: 暗泥藻◆cd275989 ID:62b9700a
Date: 2009/06/21 22:50


久しぶり。って毎回この書き出しで始めるのも芸がないよなぁ。

まぁ、他に思いつかないからこれで勘弁してくれ。


だいたい半年ぶりか?

そういや、この前はラノベ用意してくれてサンキューな。
釈放されるまでの暇は存分に潰せたぜ。
まぁ何度もゲート開くはめになったのには閉口したけど。

あと人の注文を全力で無視したラインナップはどうなの? バカなの? 死ぬの?

ハイファンタジーばっかりなところに作為的なものを感じるんだけど。つーか、わ
ざとだろテメー。

唯一の現代?ファンタジーがウィズ・ドラゴンとか、どう考えてもドラゴン食った人間に送る話じゃないよね。ブラックすぎて笑えないと思うんだ。

そりゃエルマーの冒険よりはマシだけどさ。

そうそう。今回、そのお礼ってわけじゃないけど、こっちの土産も一緒に送ったぜ。

手紙がくっついてたボトルあるだろ? それ、こっちの酒だから。
『ドラゴン殺し』っていうリキュールなんだが、飲むときは気をつけろよ。

なんせ、俺達の世界でいうスピリタスだからな。こっちの世界最強。

俺は知らずにそのまま干して死に掛けた。

この体、内臓も強くなってるみたいでさ。他の酒ならいくら飲んでも平気だったから調子に乗ったんだが……そいつは別格だった。

とにかく。悪いことは言わんから割って飲め。

味もかなり癖があるし、それが一番だ。
じゃなければ、せめてロックにしとけ。間違ってもストレートで飲むなよ?

三途の川でトライアスロンすることになるぞ。

それと中に漬けてあるでかい目玉は気にするな。マムシ漬けるみてぇなもんだから。

カトブレパスって毒牛の尻尾についてる目玉なんだけど、毒はほとんど抜けてるから安心してくれ。

その目玉も食えるらしいぞ(チラッ

こっちじゃ金持ちや貴族でもない限り飲めない酒だからじっくり味わってくれたまえ。



さて。

実は今回は頼みっていうか相談があるんだ。

酒飲みながらでいいから聞いてくれないか?





――東京都在住、鈴木さん(仮名)の自宅に届いた親友からの手紙――





今、俺がどこにいると思う?

帝都? ファイナルアンサー?

……残念っ! なんて。

あー手紙でやると、かなりむなしいなコレ。

インクだから書き直せないし……もう、これでいいや。

それにしてもミリオネアとか自分でネタやったくせに、すげぇ懐かしいんだけど。
テレビ、見たいなぁ。うん、テレビ見たい!

アニメを、俺にアニメをっ! 燃え滾るようなアニメを!

あとマンガだな。 うむ、マンガ読みたい! 怒涛の勢いで読み漁りたい!

ていうか、ゲーム、ゲームやらせて! 脅威の16連射やってのけるから! コントローラ6台買い換えた実績は伊達じゃない!

ていうかほんと何なの、この世界! 娯楽が少ないよ!

一応、演劇とか演奏会なんかあるけど、どれも内容が宗教的で堅苦しいしさぁ。無駄に長いし。

のきなみ気軽に楽しめるものじゃないし。

そもそも数少ない大衆的な作品でさえ微妙に俺のツボとかけ離れてたり、変に道徳的だったり。

面白くないわけじゃないんだ。見てても色んなところに凄いと感心しまくりだしさ。
こっちの世界独特のファンタジックな楽器や演出、衣装とか。奏者や役者の技術とかに。

でもさ、残念なことに内容が俺の好みとかけ離れてるんだ。悲劇が多いし。

せめて手品くらいないのかよ……。魔法があるから需要ないって訳じゃないだろうに。魔法じゃないから面白いんだし。

ラノベとかマンガとか。ニコ○コとかどれだけ素晴らしいものだったか思い知ったね。

俺が欲しいのは童謡とか小噺的なのじゃないんだ!

そう、言うならばネタ! そして中二! いや、厨二っ! 何より萌え!

そういう成分が足りない!

現代日本人のカルシウム以上に足りてない!

ファンタジーな世界の癖に足りてない!!

もっと遊び心があってもいいじゃんか!

俺にエンターテイメントを感じさせてっ。

この世界にはっ、萌えとっ、厨二病とっ、インターネットが致命的に足りてないっ!

これはもう、本格的に取り組まねばなるまい。

この世界の人類にエンタメへの関心とオタク文化を教育し、意識改革を行い。

そしていつの日か、萌えと厨二とエロとコスプレで溢れた夏と冬の祭典を開催するのだ!


これは俺の、俺による、俺のための文化革命っ!



――名付けて『人類補完計画』!!



……下手にラノベ読んだせいか、最近、妙な発作が起きるようになってさぁ。

しかもラノベはラノベで面白いけど、リアルファンタジーの世界にいる俺からすると笑えないところがあったりして前ほど素直に楽しめなかったり。

その分、読んでると共感することが多くなったけど。



と、盛大に話がずれたな。


今、俺はナナリール王国にいる。んで、王様が用意してくれた仕事部屋でラノベ片手にこれ書いてる。ブランデー付きで。

傍目には仕事してるように見せかけてサボってるのさ。

俺の仕事はフィールドワーク中心だから、普段ここでする仕事なんてほとんどないんだけど。

魔術師の仕事内容なんて知ってる人間はほとんど居ないから問題ないぜ。ていうか俺もよくわかってないし。

万が一見つかっても素人の触れないマジックアイテムの研究ってことにすれば余裕でしのげる。

こっちの世界の人は誰も日本語読めないしね。
デフォルメされたイラストや萌え絵も彼らからすれば、古文書に描かれたかろうじて人間とわかるイラストと同じように見えるらしいし。

ほんと、昼間から酒が飲めるっていいわ。ぐすん。


……それにしても。

改めて思うけど、なんで俺こんなところにいるんだろう?

いや、そりゃあ、理由も経緯もわかってるんだけどさぁ。

それでもドドンタールに就職しにいって、なぜナナリールに就職することになるのか。

志望企業の面接受けたら、見たこともない会社から合格通知が来た並のウルトラCじゃね?

もしくは自衛隊に入隊したはずがロス市警に居たみたいな。

……なんでロス市警?

あぁ、ほんと不思議でしょうがない。まぁ、アイネのせいなのはわかってるんだけどね。

いや、おかげと言うべきか?



なんにせよ、どこだろうが衣食住さえ揃っていれば、基本的に文句言わないのが俺クオリティ。

どうせどこ行ったってパソコン無いんだから……。

しかし、そんな俺でも勤務内容については流石に泣き言を言わざるを得ない。

なんでこの世界にはオー人事が無いんだってくらいストレスたまりまくりですよ。

あったら今にも電話するのに。

そのまえに電話がないけどさ。さらに人事関係ないっていう。

先にサボってると書いたけど、逆だ。

休みがないからこうして自主的にサボらざるを得ないんだ。

じゃないとホント死ぬ。

マジ、この一週間のスケジュールなんて殺人的にヤバイから。

比喩表現? ちげーよ、ちくしょー。

訳わかんないだろうけど、とにかく俺の寿命がストレスでマッハ。




おっと、違う、本題はそこじゃないんだった。


なぁ、女の子って誕生日に何プレゼントすれば喜ぶと思う?

あ、色恋関係ないから。




まぁ、なんだ。あれから何があったのか順に書くわ。





あのあと牢屋で大人しくラノベ読んでたら、爺さんのところから兵隊さんたちが帰ってきた。

モンスターに襲われたり砂嵐に巻き込まれることもなく、日程どおり。

兵隊さんGJだぜ。

ラノベもローテーション6週目に入ったところだったし、いい加減飽きてきてたとこだったんだ。

そういや、ラノベ取るためにゲートの魔法を使ったらガチムチに怒られた。

でも、仕方がないって感じで許してもらえた。

次からはやる前に俺に言えって。

何でも俺が本気になったら誰も止められそうにないからだって。

「ただし、殺すことは出来るぞ」って釘さされたけど。

それでも牢屋で大人しくしてる分には構わんって言うんだからガチムチは話のわかる奴だ。

さすが爺さんに育てられただけのことはある。

そうそう、ガチムチは爺さんに拾われて育ったらしいよ。頭使うのが嫌で魔法は諦めたらしいけどね。

なんかさ、俺のこといきなりぶん殴ったのも、爺さんが心配で頭が沸騰してたんだと。

無罪が証明されて檻から出た途端に深々と謝られた。

それにしたって、殴るのはどうなの? と思ったけれど、いまさら波風立てるのも嫌だったから許してあげた。

それに爺さんの話で盛り上がったし。



釈放された俺はすぐさま皇帝に会うことになった。

あの一張羅で。なんか叱られたけど他に持ってなんだから仕方ない。

借りようにも俺に合うサイズの服なんて誰も持ってなかったし。

ガチムチサイズまでならあったんだけど、俺が着た途端ビリビリって……。

周りの目が痛かった。思い出すだけで恥ずかしさで死にたくなる。

皇帝っていうからにはでっぷり肥えた女好きのおっさんかなー? って思ってたけど全然そんなことなかったぜ。

超渋くて凛々しいオジサマだった。

あれだ、例えるなら色黒のショーン・コネリー。昔のジェームズ・ボンド役の人。
見た目だけだけど。

無駄にでかくて豪華な玉座で、足組んでふんぞり返っていても嫌味にならないって、どういうことなの。オーラが溢れてるって感じ。いわゆる覇気?

思わず小声でで、かっけぇ……、って呟いちゃったね。

イケメンは敵だけど、渋くてカッコいいオッサンには嫉妬を通り越して憧れるぜ。

で、ドドンタール帝国皇帝陛下バロコ・ドルネド・エリアール・ドドンタールさんの言うことにゃ、俺は“要らない”らしい。

思わず、ハァ!? と言ってしまって睨まれた。ちびりそうになった。ドラゴンの睨みよりもやべぇ。

声も最高に渋い重低音。皇帝が口を開くたび、腹にズンとくるようなイメージ。
ああいう人をカリスマっていうんだろうか。




もちろん、話もちゃんと聞いてたぜ。

何でも、俺が居ると各国のパワーバランスが崩れてしまうんだと。

ドラゴンイーターってのは一部とはいえドラゴンの力を身につけている。(俺は例外だけど)
肉を食べたものは無敵の戦士となり、心臓を食べたものは天候すら操れる魔術師になる。

と、一応いわれてる。

実のところ、個人の実力や才能に差があるから言葉通りになるわけじゃないらしい。

それでもドラゴンイーターが恐ろしいほどの力を持っているのは変わらない。

そして俺はそのドラゴンイーターだ。

俺を帝国が手に入れたら他の国に要らぬ緊張を強いることになる。

今現在、確認されているドラゴンイーターは5人。そのうち4人が大国に戦力として保有されている。

1人ずつってことは戦士か魔術師のどちらかってことだ。

ドドンタールにはすでにガチムチがいる。さらに俺は魔術師(ってことになってる。一応爺さんの弟子だし)

ドラゴンイーターの戦士と魔術師が揃ったとなると他の国は確実に警戒する。

これは後になってガチムチから聞いた話なんだけど。

帝国には100年位前に3人のドラゴンイーターを主力に他の国へ攻め込みまくり、最後は他国総出でフルボッコにされた歴史があるらしい。

だから余計に警戒されてしまうだろう、だとさ。

ともかく、皇帝は下手したら戦争か、良くても他の国から吊るし上げを食らうだろうって言った。

それだけドラゴンイーターが厄介ってことらしい。

ドラゴンイーターが一人居れば一万の兵に匹敵するとか。

人型決戦兵器ですね、わかります。

まぁ、そっちの世界で言えば核兵器みたいなものなんだろうね。抑止力になってるんでしょ。

今、五大国のうちナナリールを除く国全てが一人ずつ抱え込んでるらしいし。

自分がそんな物騒なものと同じ扱いをされるなんて思ってもみなかったし、実感すらない。

けどまぁ、とんでもない力を持ってるのは事実なんだよね。しゃーないわ。


だから俺も、それでは仕方ないですね、お騒がせしてすみませんでしたって言って出て行こうとした。

ガチムチに止められた。ていうか、その場に居た人全員が何やら慌てだした。

玉座のナイスミドルもちょっと眉を上げて、ふむ、その反応は予想外だったな、だって。

出てけって言われたから出て行っただけなのにね。

爺さんだって皇帝に断られたって言えば納得してくれるだろうし。


皇帝はまだ俺に話があるらしかった。

「お前はここを去ってどうする気だ?」

なんて聞くもんだから、適当に仕事見つけます。とりあえず居酒屋で働いたことあるんでどっかの飲み屋で給仕の募集してないか探してみますって答えた。


爆笑された。そりゃもう豪快に。


こっちは本気だったんだが、あそこまで思いっきり笑われたら怒る気も起きなかったね。

ひとしきり笑って落ち着いてきたのか。
手すりにひじ立てて顎に手を当てたまま、面白い奴だな、だって。

はぁ、どうも。って言ったらまた笑われた。

なんか、まだ話があるみたいだったから笑い終わるまで待ってた。

で、皇帝が真面目な顔で口を開いて。

「先に述べたことも事実だが、実のところお前を取り込むだけの余裕が今の我が国にはないのだ」

なんか、ドラゴンイーターって維持費凄いらしいよ?

お給料とかたくさん上げて、それ以外の面でも厚遇しなきゃいけないらしい。

どこの国もドラゴンイーターを欲しがるからどんどん条件が釣り上がる。だからドラゴンイーターがいるのは大国ばっかりなんだって。

中にはドラゴンイーター用の国家予算を組んでいる国まであるとか。

まぁ、食費がかさむからねぇ。

でも、ドドンタールはここ数年不作が続いていて他国からの食料輸入に頼っているらしいのでお金もない。

だからといって、ドラゴンイーターを野に放ったままにしておくのもマズイんだってさ。
劣化版ドラゴンが人間の形して歩いてるようなものだから何するかわからないし、討伐も難しい。

何かの拍子に野心に溢れた小国にでも雇われたら戦争の火種になるかもしれない。


「我としても貴重なドラゴンイーターをそう簡単に手放したくはない。しかし、お前の存在を隠そうにも、すでにナナリールの人間に知られてしまっている。
 かといって他の国に拾われても厄介だ。
 よって、お前は我が国から友好の証として同盟国のナナリールに送ることにした。
 このことはナナリールにもすでに打診してある。そのために、お前にはドドンタールの貴族になってもらおう」


……えっと、つまりどういうことかというと。

お前は要らん。けど他に取られるのも癪だ。

じゃあ、ひとまず唾つけてから欲しがってる隣に押し付けちゃえ。ということらしい。

ひでぇなぁって思ったけど、断る理由もないから「あ、はい、わかりました」って答えた。

某ナイト風に言えば、長いものが巻かれるという名台詞を知らないのかよ! ってね。

微妙に間違ってるのがポイントらしいよ。リアル話。

そしたら皇帝陛下大爆笑。フ、ハッハッハッって腹から声だして笑ってた。

そんでニヤリって感じの不敵な笑顔で「本当に面白い男だ。ふむ、スハラが空いていたな。お前にやろう。今後はスハラ候と名乗れ」だとさ。

このときは気にしてなかったけど、今思えばなんという独裁政治。

もっと時間かけて他の貴族と相談したりしなくて大丈夫なのか帝国。

あと、謁見が終わってからガチムチに「お前……すげぇな」って言われてちょっと得意な気分になった。

なんで誉められたのか、わからんけども。

とりあえず、就職していきなり転勤決まるとかひどくね?



で、一ヵ月後にイケメンたちの迎えが来るから、そのとき一緒に連れて行ってもらうことになった。

つってもレッドコメットで後ろにくっついてくだけなんだけどね。

それまで帝都の中なら自由にしていていいってんで、ガチムチに案内してもらった。

他に知り合い居ないし、ガチムチも暇そうだったからちょうど良いと思ってさ。

そう言ったら、暇なのはお前のせいだって呆れられた。

なんでも、俺には監視が何人もついていて、いざってときは連絡を受けたガチムチが止めに来ることになっていたらしい。

いつでも動けるように仕事は副官に任せてるんだと。

そういうことは本人に言っちゃいけないんじゃないか?

そう思ったけど、「お前が相手じゃ隠しても隠さなくても同じだ」だって。


強いから? って聞いたら、変だからだって。

本当に失礼な筋肉だ。

こんなのが将軍なんだぜ。大丈夫か帝国。

あ、でも叩き上げだって言ってたな。

竜の肉食ったのは将軍になってからだっていうし。

将軍だって初めて聞いたときは信じられなかった。第一印象が酷すぎたからね。

あんな短気な将軍が居てたまるか、と思ってたのよ。

けど、怪訝な俺の様子が不服だったらしいガチムチ。

嘘じゃないことを証明してやるっつって嫌がる俺を練兵上まで引きずり、凹にしてくれた。

俺が疑ったのは腕っ節じゃないのに……。脳筋すぎる。

ちなみに開始3分でKOされたぜ。

素人が軍人に素手で勝つなんて無理です、ハイ。

打撃は急所狙いでメチャクチャ痛いし。関節だって容赦なく狙ってくる。

無駄に体のスペック高いからそれらに耐えられちゃうのが逆に辛かった。

関節技なんて外し方わからないから無理やり力技で外した。

たとえばガチムチごと持ち上げて地面に叩きつけたりしてね。

やったら関節ごと外れたけど。超痛かった。

最後はいくら殴っても倒れない俺に業を煮やしたガチムチが絞め技で俺を落として終わり。

肉体のスペックは圧倒的に俺の方が上なんだけど、職業軍人(プロ)は伊達じゃないって思い知らされた。

体の使い方からして違う。年季も違う。何よりやる気が違う。
痛いのは嫌です。

帝国は実力主義なんだ、特にバロコ陛下が即位されてからはな、とはガチムチの弁。

ふーんって返したらお前も他人事じゃないんだぞ、わかってるのか? だって。

なんで? と聞いてみたら、俺の知らないうちにとんでもないことになってた。



俺、帝国で一番広い領地貰ったんだって!

しかも侯爵っていう貴族階級でも上から二番目!!

さらに一番上の公爵は侯爵が功績を挙げて一代限りでなれるもので、今は居ないらしいから、実質一番上。

すげぇ! なんかすげぇ出世した! なんもしてないのに!

って、アホみたいに喜んでたら「確か、領地のほとんどは砂漠だし、領民もほとんど居なかったはず。多分、全貴族の中で一番給料低いぞ」だとさ。

政治や権力も「それにお前、ナナリールに行くんだろ?」の一言で有ってないようなものだと気付きました。

なんというぬか喜び。

……所詮、こんなもんですよね。現実なんて。えぇ。

現代知識でチート政治とか俺には出来っこないから別にいいんだけどさ。

それなのに「それでもお前はドドンタールの貴族だってことを忘れるな」なーんて、また変な釘刺されたし。

ようは与えた名誉と報酬に見合うだけの仕事をしろってことだろ? って言ったら微妙に違う、だって。

なんか、ドラゴンイーターって貴族にはなれないらしいよ。基本的に。

ただでさえ力がありすぎるからどこの国も権力を持たせたがらないんだって。

貴族のドラゴンイーターなんて元々貴族だった奴くらいだってさ。

ただでさえ数少ないドラゴンイーターのほとんどが平民出だってことを考えればドラゴンイーターの貴族っていうのは本当にありえないことらしい。

一応、力で強引にもぎ取った奴とか自分で国を興した奴も歴史上、居るらしいけどなんともはや。

莫大な富と軍人としての名誉は手に入っても貴族の地位と権力は手に入らない。

それがドラゴンイーターの常識だとさ。

だから俺の貴族入りは破格の厚遇と見てもいいらしい。

……いや、実がないんじゃ意味ないって。

名誉なんて誰かを守って死ぬときだけでいいです。ハイハイ、俺中二病乙。



なんだろ、入社一年目で課長補佐になって喜んでたら実質は平と変わらず、しかも他社に派遣させられるみたいな扱い……。

仮にも国家公務員なのになぁ。


そういや、このやり取りの後、帝都に居る間、毎日のようにガチムチに呼び出されて組み手という名のストレス発散に付き合わされるようになった。

ドラゴンイーター相手に全力で相手できる奴なんてそうそう居ないから、楽しかったらしい。脳筋め。

帝都に来て良かったことってガチムチが贔屓にしてる店々で私服や礼服を揃えられたことと、色んな酒が飲めたことぐらいなんだが。

しかも全部ガチムチ頼み。四六時中むさいおっさんと一緒なのは精神的にきつかった。

頼んだのはこっちだから文句も言えないし……。


でも、ガチムチとは服や顔の悩みで意気投合したから意外と仲良くなった。

お互いに見た目が犯罪レベルだから人の目が辛いし、話しかけたりすると理由も無く怯えられる、または逃げられる。

服も体に合うサイズがほとんど無くてほぼオーダーメイド。

ガチムチは礼服を破いてしまって、友人の結婚式に半裸で出席したことがあるとか。

笑いたかったけど、自分を省みると笑えなかった。俺も同じことしそうで怖い。



自棄になったわけじゃないけど、あらゆる苛立ちは観光を楽しむことで忘れることにした。

まぁ、ほとんど食って飲んでばっかりだったけど。

飯はどれもこれもスパイス効きまくりだったり甘すぎだったり。辛くは無くても、たいてい味が濃かった。育ち盛りなら喜びそうな味付けかな。

てかさぁ何が辛いってほとんどの店で入店拒否されたことな。物理的に。

体がでかすぎてドアをくぐれないとか俺涙目。だからほとんど同じ店で飲んでた。おかげで店主とは仲良くなりました。

あとは色町に行ってみようとしたけど仮にも貴族、しかも侯爵が行くんじゃない。

どうしても相手が欲しけりゃ、高級娼婦を呼べとか言われた。

……流石にデリバリーは恥ずかしいとです。



あとは、そうだなぁ。

あ、ガチムチが帝国のことを色々教えてくれたね。

たとえば雪が降るとかな。

砂漠に雪が降るとかありえなくね? って疑ったけど店主のおっちゃんがマジだって肯定した。
なんでも昼と夜の温度差が激しいから一夜で雪に埋もれる地方もあるとか。自然って凄いな。もしかして俺らの世界でもそういうところあったりするのかね?

とりあえずこの世界じゃ、砂漠でブリザードが起きてもFBIは動かないみたいだ。



それにしても。爺さんに一般常識を習ったつもりだったが、意外と知らないことって多いのな……。

まぁ、魔法の修行と料理の練習をしながら、半年程度でなんでもかんでも覚えられるわけないかぁ。

そういや、爺さん、帝国に俺送ったらどうなるか考えてなかったのかなーと漏らしたら

弟子が出来て浮かれてたんだろ、ってガチムチが言ってたなぁ。

こそばゆくて死にたくなった。


と、とにかく。

あっというまに一月たってナナリールの迎えが来た。

ガチムチが見送りに来てくれた。

あらかじめ渡されていたドドンタール貴族の証明になるブローチと魔術師の証であるブレスレットを身に着けて準備万端。

食料もたんまり積み込んだ。特に買うものがないから食べ物には金をかけた。

日用品なんて着替えと石鹸的なのがあれば基本的に何にもいらないし……。

準備金やら軍資金やらをたんまり貰ったが使い道が思いつかなくてほとんど残ってしまった。

まぁ、衣食住なんて揃ってるだけで御の字ですよ。タバコは吸わないし、娯楽もラノベがある。そのうち飽きるだろうけど。

あと初給料も前倒しでもらえた。しばらく受け取れないだろうからって。

全部合わせればこの世界で贅沢しなければ一年くらいは遊んで暮らせる額らしかった。

給料だけで計算すると切り詰めて一ヶ月ってところだけど。


あぁ、そういや書き忘れてたけど最初に拾った大剣な。爺さんが調べてくれるっていうから預けてきた。

殴った方が早いしね。



そして出発。

俺は一ヶ月の間で見慣れてしまったムサイ面に手を振りながら、そろそろヒロインの登場してもいいよねぇ、なんて考えてた。

ほんと神様って意地悪なんだな。信じてないけど。


そうそう、アイネとキャラバンの人たちだけど彼らも俺と一緒にナナリール行き。

実はキャラバンの人たち全員、ナナリール王国の人だったらしい。処分は国に帰るまで保留ってことだった。

つーわけでまた一緒の旅。

ただ、彼らはイケメンの船から出て来れないし、アイネもイケメンが俺に会わせようとしない。

帝都にいるあいだも一度も会えなかったんだよ。教育の続きをしたかったんだがなぁ。

出発のときにチラっと見かけたがイケメンがとんでもない眼つきで睨んできた。

とりあえず中指をおっ立てておいた。

俺、ちょっと強気。なんせ一回勝ってるわけだし、今の俺はドドンタール貴族。そう簡単に手は出せまいってね。

決闘とか言われたらすぐさま土下座するつもりだったけどなっ。


このときは過保護すぎると思ってたけど、アイネの事情を知った今はあの態度にも納得。

……いや、やっぱあのイケメン頭おかしいわ。うん。




王国は帝国の東にあるんだが国境までほぼ砂漠なので例の魔力式ヨットでいける。

ていうかヨットすげぇよ。砂漠だけじゃなくて海の上まで走れるんだぜ。土の上は無理だけど。

リリダール王国は帝都に次ぐ国土を持っているけど、そのほとんどが海と湖で埋まってるというこれまたファンタスティックな土地柄。

ていうか馬鹿でかい島国。

国境越えたらすぐに海を船で渡るとか俺の常識じゃ考えられないね。

砂漠がそのまま砂浜になってて笑ったよ。

まぁ元の世界でも外国なんて数えるほどしか行ったことない俺の常識なんて高が知れてるわけですけども。ヒキオタナメンナー。



国境越えて海に入る前の野営で、アイネが俺のところにやってきた。

イケメンたちの包囲網からこっそり抜け出してきたらしい。

そのとき俺はレッドコメットの甲板でハエを追い払いながらナン的なモノを齧ってたんだが、彼女はいつのまにか隣に居た。


――フリフリのドレス姿で。


思わず口の中のものを噴き出しちまったよ。ブホッて。

そんな俺の様を見てアイネはくすくす笑いやがった。

ムカついたからコブシで頭をグリグリして、大人への礼儀を教えてやった。

もちろんお仕置きは手加減したぜ? 本気でやったらスプラッターだし。

すぐ謝ったから二度と大人を笑わないように注意して頭をわしゃわしゃ。

俺にだって自尊心くらいあるのだよ。吹けば飛ぶけど。



なんで女の格好してるんだ? って言ったらポカポカ叩かれた。

なんか、最初から女の子だったらしい。最初からって言い方はおかしいか。
元からだな、元から。

俺が勝手に勘違いしていただけだとさ。訂正してくれればいいのにって言ったらそっちのほうが都合良かったんだって。

まぁ、その理由はあとで書くとして。

なんにせよ、アイネが女の子だからって対応が変わるわけじゃあない。
ガキはガキだ。

男装美少女は大好物だが、最低でもあと4年分は育たなきゃ射程範囲外だからな。

あ、二次元ロリは別腹ね。



で、何しに来たんだ? って聞いたら、ちょっと涙目でごめんなさいだって。

もう許してあげただろって言うと、そのことじゃないって首を横に振った。


ずっと巻き込んでしまったこと、命を助けてもらったのに迷惑かけてしまったことを謝りたかったってさ。(迷惑=イケメンの言いがかりのことね)

アイネは本当にいい子だ。

まったく、どこかのイケメンに見習わせたいよ。

あいつ、誤解が解けても一度も謝りになんかきてないぜ。

俺は何でお前が謝るんだ、大体、子供はそんなこと気にしなくていいって言ったが、そういうわけにはいかない、だって。

なんで? って聞くとあのキャラバンは私のワガママだからって言われた。

なんでもアイネが姉と慕う人物と、キャスパル聖王国の王子様がデキていると。

本当に仲が良いのよ、なんて続けるアイネに俺は首をかしげた。

それがアイネにどう繋がるのかわからなかったからだ。

そしたら、まだ、気付いてないの? だって。

何のことだか本気でわからなかったから……何の話? って聞いたらこれまたとんでもない事実が。

アイネはナナリール王国の第三王女様なんだと。

……そういや、爺さんに教わった一般常識の中でアイネ・メルトヒ・メートヒェン・ナナリールって名前があったよ。

王族とかどいつもこいつも名前が長ったらしくてほとんど覚えてなかったんだ。
でもさぁ。

まさかお姫様がキャラバンと一緒に、しかもお付もなしで砂塵にまみれて砂漠を横断してるなんて誰が思うよ?

口調や考え方もお姫様っぽくないというか普通にその辺の子供と変わらないし。

そりゃちょっと見ないくらいに出来た子だけど、それだけだし。

しかも、だ。黒くて艶のある髪の毛もばっさり切っててどう見ても男の子……いや、女の子にも見えるか。

くりっとした黒目がちの目も、もちっとした頬っぺたも女の子特有……なのか?
子供なら男でも居そうな気がするぞ。

それでも男装して、薄汚れた格好で逃げ回ってるお姫様、なんて二次元でも早々居ないと思うんだが。

有翼騎士団のエウフェミアじゃあるまいし。あれはもっと深刻だけど。

あれの男達はどいつもこいつもかっこよすぎて泣いたなぁ。

お前に貸してたまんまだっけ。

次ゲート開くとき返してくれ。久々に読みたくなったわ。



おっと話がずれたな。

で、お姫様なアイネは王子様の許婚なんだと。思わず、何……だと……? って某死神漫画ばりに驚愕。

歳を聞いたらやっぱり12歳だった。いやー現代日本の一般人の感覚だと信じられないねぇ。だってまだガキだよ?

まぁ、二次元的にかんがえたらよくある話だけどさ。幼な妻っていい響きだよね。


つまりアイネは姉ちゃんと自分の姉妹丼が嫌だから逃げ出したんだなって言ったら不思議な顔された。……俺自重。


しかし、俺はそこで思いついた。

アイネの姉ってことはやっぱりお姫様なわけだ。それもアイネより序列が上の。

それなら姉が正妻になれるんじゃないか?

そういうとアイネは困った顔で言った。

「そのお姉ちゃんは王族じゃないの。血の繋がりもない、一般人……とはいえないかもしれないけど。私が一方的に姉と慕ってるだけで……」

実の姉とは違う人物らしい。平民と王族のラブロマって本当にあるんだね。

この子は姉の幸せのために自分が居なければいいと考えたってわけだと、そのときの俺は考えた。

それで家出したのか、子供の癖に泣かせるよなぁ、なんて。

俺の推測は見事に外れたんだけども。

「家族には相談しなかったのか? その人とは結婚できないって」
と聞くと、
「したよ。だから私はここに居るんだもの」と笑って言った。

その後もアイネは説明を続けて、彼女の婚約は聖王国との繋がりを深める大事なもの~先の大戦での援助に報いる~長年の悲願を~世継ぎが~云々かんぬん。

うん、細かいことは忘れた。

けど当事者たちの意見なんて関係ないってのは理解できた。

それでも親父さんはアイネのワガママを条件付きで聞いてくれることになったそうだ。

その条件ってのが


――3年の間に自分で相応しい結婚相手を見つけられれば婚約をなかったことにする。
ただし、身分を隠し、誰かにバレた時点で即帰還――


というものだったらしい。

しかも厄介なのが“相応しい”ってところな。その辺の男をとっ捕まえてきてもダメなんだと。

なんという無理ゲー。

それでも。

相手だって望んでいないとはいえ、婚約を解消するってことは一国の王族に泥を塗ることになるわけだから、これくらいの難易度も致し方ないってことなんだろうな。

しかも、婚約したはずの王女が婿探しをしているなんてキャスパル王国に知られたら困るので、公には行方不明ってことにされていたらしい。

つまりアイネのことを探す鬼もいるってことだ。ほんと無理ゲー。

だからイケメンは勘違いしたらしいんだが、それを聞いても納得いかないものがあるのはあいつがいけ好かないからなんだろうか。

ともかく、アイネは協力してくれる護衛の騎士を連れて旅立ったんだと。

それがあのキャラバンだったらしい。

ナナリールの隣国はドドンタールとキャスパル。

キャスパルで婿探しはまずいだろうということでドドンタールへ。



聞いてて思ったけど、王様もアイネのことが可愛いんだろうね。

国のためにはアイネのワガママなんて無視してそのまま王子と結婚させるべきだ。

でも、アイネのためを思うなら。

他に好きな人がいる相手と結婚して、しかも相手の想い人は自分が姉と慕う人で。

正妻の座を奪った負い目を感じながら一番に愛してもらえない人生。

どう考えても昼ドラです。本当に(ry

幸せな結婚生活とか難しくね?



そして、この計画は始まって二月もしないうちに失敗したわけだ。

俺のせいでイケメンに見つかったから。

そのことに気付いた俺は光速でアイネにDOGEZAを敢行した。

お兄さんは悪くないよ!って逆に慰められた。頭ナデナデ付きで。

うああ、思い出したら死にたくなってきた。恥ずかしすぎる。

12の女の子に頭ナデナデされて慰められる成人男性。

しかもハルクやバーサーカーみたいなでかい図体の癖に、だぜ。

客観的に見たら笑える構図だけれど、当事者からすれば悶死ものだぞ、コレは。

でかい図体して情けない、誰かにそう言われたら自殺してたね。間違いない。


しばらくしてイケメンとか兵士たちのアイネを探す声が聞こえてきた。

そろそろ戻ったほうがいい。これ以上待たせるとイケメンが心労で禿げてしまうかもしれないぞ、と冗談めかして言ったら笑ってくれた。

うむ。普通に可愛かったぜ。年相応。

笑いの種にされたイケメンからすれば不服かもしれんが、12歳の女の子に出し抜かれるような奴が悪いのさ。

それに彼女を笑顔にできるならイケメンの髪の毛なんて安いもんだべ。



「それじゃあまたな。ラ・ヨダソウ・スティアーナ」

「らよだそ、すてぃあな? 何それ?」



俺の故郷に伝わる、再開を誓う別れの挨拶さ。と教えてやると笑顔で繰り返してくれた。

教育は忘れない俺GJ

……なんか方向性違うけど、まぁいいよね。

アイネは最後に、気にしちゃだめだよっ、と言ってイケメンたちのところへ帰っていったけど、俺としてはもう何としてでも助けになってやりたくなっていた。

だって、このままじゃ情けなさ過ぎるだろ?

元の世界じゃ小学生やっててもおかしくないくらいの子に気を使われたまま、なんてさ。

けれど碌に使ったことのない俺の頭じゃ、どうすりゃいいかなんて全く思いつかなかった。

人付き合いも最低限しかしてこなかったからな。男女の問題、ましてや国家間の政治的問題なんて俺には未知の領域過ぎた。

二次元なら経験値どっさりなんだが。

日頃の行いってこういうことでも大事なんだなぁって思ったよ。経験者は語るその5、かな?



帝都を出てヨットで二週間、ナナリール王国の王都に辿り着いた。結構な長旅だった。

それでも、途中の町は全てスルーし、真っ直ぐに進んだからかなり早くついたらしい。

本来ならもっと時間がかかるものらしいよ。結構無理して進んできてたからだって。

時々キャラバンの時以上にたくさんのモンスターが襲ってきたりしたけど、こっちもたくさんの兵隊が居たし、加えて俺の魔法と俺の筋肉で軽く撃退。

モノマネしながら俺TUEEEEE楽しいです。

旅すがら、俺はアイネのためにしてやれることはないか考えていたんだが、何も思いつかなかった。

下手の考え休みに似たり、とはこのことか。

……所詮、こんなもんですよ。俺なんて。えぇ。



王都は驚くことに水の上にあった。海の上に、どでんと。

――正確には海のど真ん中にある岩山を中心に、周りを囲む7つの島と浮き島で繋げてある。
城は岩山を直接くりぬいて出来ており、城下町にいたっては島の敷地だけでなく、その周りに浮島をつなげ、毎年少しずつ拡大しているんだ――

と、兵隊さんの一人が自慢げに教えてくれた。

確かにはじめて見た時のインパクトは凄かった。まさにファンタジー。

ど真ん中の城は岩山っつーかどうみてもピンクの馬鹿でかい巻貝だし。

雨降ったら大変そうですね。と、言ったら水位は変わらないようになっているらしい。


岸辺からは随分と離れているが、無数のゴンドラと屋形船(に似た船)や魔力船(魔力で動くヨットの総称らしい)が行き来している。

ファンタジーっぽいところでは手足に尾ひれのついた牛に引かせる水牛船とか。

さらに変り種じゃあ馬車みたいな大きさの蛙に素のまま乗るとか、象よりでかいアメンボ?みたいな奴に乗って移動する人が居た。

……ファンタジーってすげぇな。うん、改めて思った。

初めて見たときも思ったけど、こうして文章にしてみるとインパクトが違うね。

だって字面じゃあ現実味が全くないもの。ほんと荒唐無稽だわ。



街中も水路が縦横無尽に張り巡らされててゴンドラで移動するのが普通みたいだった。

ヴェネツィアってこんな感じなのかね?

むしろ個人的にはポ○モンの映画を思い出したんだが。ほら、ラティなんとかの。
あれのヒロインは可愛かったなぁ。

とりあえず王城へ向かい王様に会うことになった。

入場も船で出来るとか、もうね。ほんと遠いところにきちゃったなぁって感じ。



あ、どうでもいいけどナナリールの水さ、超綺麗なんだぜ。

澄んでるし、場所によってはエメラルドとかマリンブルーって感じに輝いてる。

飲んでも平気って言うからちょっと飲んでみたらけっこう美味しかった。

空は基本的に快晴続きだし。たまに天の高いところをロック鳥なんかが飛んでたり。

照り返しはきついけど、潮風が涼しいし。

朝から晩までの移り変わりを眺めてるだけでも良いリフレッシュになると思う。
気候も穏やかでエーゲ海だか地中海って感じ。

どっちもテレビでしか見たことないけどね。

まぁ、いいとこだよ。旅行先として本気でお勧めできるところだと思う。

永住したいとは思わないけど。パソコンないし。



王宮の中もそこかしこを水が流れていた。仮にもドドンタール暮らしを経験した俺からすれば贅沢極まりないことである。砂の国だと水はかなり貴重なのですよ。

いくら有り余ってるとはいえ、ドドンタールの宮殿じゃ砂なんか流れてなかったのになぁ。

そんなことを考えながらキョロキョロしてたら近くを歩く女中さん(生メイドに俺歓喜。惜しむらくはいささかお年が……)に笑われた。ちょっと恥ずかしかった。

しかも、その直後にイケメンの野郎が、「田舎者め」ってボソっと呟きやがった。
いつか〆る。

王様はすげぇ優しそうな人だった。

結構年取ってて「なぜなら彼もまた特別な存在だからです」なんていいながら孫に飴玉をあげそうな雰囲気。

ドレスに着替えたアイネに抱きついておいおいと涙する姿を見たら余計にそう思った。

末っ子だから余計に可愛いらしい。

ちょっと苦しそうにしながら弾んだ声をあげるアイネは普通に子供だった。

政略結婚とかこの人たちには似合わないなぁって思った。



次いでイケメンをよく見つけてきたって、一応笑顔で誉めてた。王様はあんまり嬉しそうじゃなかった。

イケメンは超嬉しそうだった。真面目な顔で王様の台詞聞いてたけど、嬉しくて仕方がないって感情がにじみ出てた。気がする。

あいつが誉められてるのは棚から牡丹餅みたいなもんだよなぁ。

しかもアイネのこと考えると素直に喜べることじゃないし。

なんて考えてたらイケメンが俺のほうを見てフフンって得意げに笑いやがった。

それがまた癪に障る。何なのあいつ。


ま、それはともかく。

俺は王様にドドンタール式に則った挨拶を交わしてこれから厄介になる旨を伝えた。

そしたら王様、君がアイネの言っていた男か。娘を救ってくれて本当にありがとう。これからもよろしく頼むよ、だって。

王様は超ニコニコしてたけど、それを見て俺はなぜか言い知れぬ不安を感じたね。

ほんと。なんでかわからないけど。こう、知らないうちに見えないクモの巣に引っかかったみたいな。


ちなみにナナリールでの俺の立場だけど。

具体的には核兵器兼貴族兼魔術師。……漢字多いなぁ。

対外的にはナナリールのドラゴンイーターとして抑止力になり。

対内的にはドドンタール貴族兼使者として(建前上は)振る舞い、扱われ。

仕事的には爺さんの直弟子として、ナナリールで魔術師をやっている、と。

……ほんと、ややこしい。

それに魔術師って変な仕事なんだよ。やってみてわかったんだけど。

よく言えば魔法のプロフェッショナルというか、なんというか。

例えば、戦争のときは軍師とは別に魔法的な知識で助言したり、病が流行ったら魔法的見地を述べたり、災害が起きるのを予見したり予防したりするらしい。

でも俺はそんなこと出来ない。だからできる範囲で色々やってきた。

モンスターを退治したり、魚獲ったり、雨降らしたり。畑耕したり。

人命救助したり、土木工事したり、治水工事したり。

魔法の研究をしたり、古代文明を研究したり、遺跡の調査をしたり。

犯罪者をふんじばったり。貴族を宴会開いてもてなしたり、魔法の講義を開いたり、魔術師たちの勉強会に出席したり。

治安改善のための草案を考えたり、観光名所の目録作ったり。

闘技場用のモンスターを捕獲してきたり、アイネの遊び相手になったり、兵士たちと訓練したり、何かの取材に応じたり。

……やっぱ、いくらなんでも手広すぎじゃね? なんか内容が曖昧だし。

攻撃魔法しか使えないから、ほとんど自力だったりするしさぁ。

それでも俺は爺さんに魔術師ってのはこういうもんだって教わったから。

ナナリールに着てからはずっとこれで続けてきた。

なんでも魔法の発展に尽力し、魔法を世の中のために使うんだ、とか。

……でもなぁ。

最近、これは普通じゃないんじゃないか? って思うようになったんだ。

俺以外の魔術師たちはどいつも一人で色々とやることはまず無いみたいで、魔法の研究だけをする奴とか兵隊と一緒になって戦う奴とか、それぞれ専門分野があるっぽいんだわ。

魔物の討伐も一人じゃなかったり、兵隊がやってたりするみたいだしさ。

なんで俺だけこんな忙しいのよ。

毎日のように仕事が増えるし。休日返上で取り掛かっても無くならない。

ていうか元々休日なんて無い。

あぁ、労働条件確認しておくんだった……。

さっきもいつのまにか俺の秘書的なことをしてくれているメイドさんがどっさり仕事をもってきたんだぜ。

机の上にどさどさどさって。ありえん。

……でも、いまさら仕事を選べるわけがないんだよなぁ。

うがぁーっ、あまりにも理不尽すぐるでしょう!?



と、違う違う。本題違う。

とにかく、俺はこうしてナナリールで魔術師をしてるわけですよ。

で、相談したいのはアイネの誕生日プレゼントのことなんだ。

なんかこの間アイネと遊んでたときに、招待状貰ってさ。

来月らしいんだがそのときに渡すプレゼントをずっと考えてるんだが何も思いつかなくて。

女の子にプレゼントなんてしたことないから、喜ぶものなんてわかんないんだよね。

……心を込めて送ったら泣かれたりキモイって言われたのはノーカンだろ。
俺のログには何もないな。

よく、自分が送られて嬉しいものっていうけど、信じて行動したら絶対失敗しそうだし。(ていうかしたし)

直接、本人に何が欲しいか聞こうかとも思ったんだけど、なんかアイネ、俺にすげぇ期待してるみたいでさぁ。

俺も男だから見栄を張りたくなったんだよね。

男は見栄を張ってなんぼの生き物だって爺さんも言ってたし。

お前、妹いただろ。いつも何あげてんの?

個人的には喜ばれる上にオタク教育に役立ちそうなものがベストなんだけど。

貴金属の類はたくさん持ってるみたいだし、絵本なんて子ども扱いされたと思って、ふてくされるかもしれん。かといってラノベあげても読めないし。

食べ物なんてパーティで仰山でるし。お酒にいたっては飲めないだろうし。

お金なんていらないだろうし。

アイネの年頃だと小学生から中学生か。

小学生といえば……ランドセル?

……俺って馬鹿なのかな。

いや、小学生で考えたからダメなんだな。
そう、13ならむしろ中学生だ。

中学生と言えば……セーラー服?

……。死にたい。





とりあえず花束とカードは用意するとして。本命が決まらないんだよなぁ。

こっちの世界じゃ手に入らないのも良さそうだよなぁ。

なにかいいものないかな……。


あー、思いつかん。

スマンが、何かいいアイデアあったら教えてくれないか?

自分でも考えてみるけどさ。ほんと、お願いします。

用意するのに時間かかるプレゼントもあるかもしれないから来月の頭あたりにゲート開くよ。それまでに何かしらの案を用意しておいてくれると助かる。

ほんと頼ってばかりで悪いけど、お願いします。

……借りばっかり作ってるなぁ。何かこっちの世界で面白そうなのあったらまた送るわ。

それじゃあ、またな。





ps就職活動するときは業界と企業をよく研究するべき。そうすべき。経験者は語るその6なり。







[9327] 四通め
Name: 暗泥藻◆cd275989 ID:62b9700a
Date: 2009/10/23 05:31
よっ、久しぶり。
ずいぶんと間が空いちまったけど、別に死んじゃいないぜ。ま、あれだ。便りがないのは良い便りってね。

まぁ、ちょいと色々あってさ。中々連絡できなかったんだ。たぶん無いと思うけど、心配させてたらゴメンな。

それはそれとして今回も愚痴と相談が主な内容な訳で。

まず、この間一緒に送ってくれたウチの両親からの手紙が酷かった件について。
母さんの「生きていればそれでいい」はまだしも、「差し入れはまだか」って、いつの話だよ、親父……。

異世界に迷い込んだ息子にかける言葉じゃないだろ、常識的に考えて。
そっちに帰る気が若干萎えただろ、息子的に考えて。
まぁ、相変わらずというか、さすが我が親というか。
いや、俺だって自分がちょっとばかりずれてるというか、ゆるいのは自覚してるんだぜ?
なんせ、最強に適当な両親を見て育ったからな。
ただまぁ、いちいち、自分の行動の是非なんか疑っていられないわけで。

だからやった後に後悔する人生なわけだけども。計画性がないとか、行き当たりばったりとかよく言われる人生です。

あら? いつのまにかうちの親への文句から自分語りになってる? うは、俺キモス。死にたい。

あぁ、そうだ。話し変わるけど、そっちはもうすぐ夏?
今年もコミケ参加するならついでに俺の分も頼みたいんだが。

どっかの誰かが言っていた、押さない、駆けない、夢を諦めない。ってなわけで俺も諦めないぜ。たとえ今は有明の逆三角形を拝むことが出来ずとも。必ず戦場に返り咲いてみせる。

あ、もし買ってきてくれるなら御代もちゃんと用意するよ。現物で。
そっちの世界じゃ手に入らないモノホンのマーメイドピンナップなんてどうよ。だめ?

いやぁ、マジで人魚いるんだわ、この世界。少しばかり変な設定だけどね。あ、エルフはいるかどうかわかんない。

今度、人魚の住んでるところにアイネ連れて行くことになったからさ、そのときに撮ってくるぜ。
まぁ、別にただであげてもいいけどね。ここんところ世話になりっぱなしだし。
あれだろ、どうせ俺がいなくなった後処理って全部お前がやってるんだろ。うちの両親がその辺、気遣ってくれるわけないし。HDとか。
あぁ、リアル生活的なことを考えると帰りたくないなぁ。でも、ロマン(オタ趣味的な意味で)が無いと生きてられないし……。
ジレンマだね。

もし、俺がいる世界はロマンじゃないのかってお前が思ったなら俺は断言してやる。

世界が変わろうが、変な生き物が居ようが、魔法があろうが、美少女が居ようが。
所詮はリアルなんだ、と。

ファンタジーってのはさ、幻想のことじゃん。もしくは理想。
理想ってのは現実の対義語なわけで。
だから俺が現実だと感じてしまってる時点でもはやファンタジーじゃないんだってこと、OK?

あれだ。
体感的には、テレビでよく見る変わった風習や文化の国や信じられないような実在の生物、不思議現象、ハイテク過ぎてどうやってるのかわからない技術や奇術なんかを、実際に見て、触って体験してるようなもん。

そりゃ、多少の感動はあれど、出だしが酷かったし、年単位で生活してると流石に慣れる。
そうなるともうね。「うは、ファンタジーキタコレ」なんて言ってられないっすよ。
確かに理解できない不思議現象とか、生物とかたくさんあるけど、それだって俺の知らない理屈が働いてるだけだろうし。
そんなのそっちに居たときからいくらでもあったわけで。
俺、いつも遊んでたPSPがどういう原理で動いてるのかすら知らないぜ。
こっちの世界にはこっちの世界の自然、物理法則とか理があるってだけだろ?

それにチートな身体になっても俺は所詮、俺のままなんだよね……。中学のとき、いや、下手したら今でもだけど、なんか凄い力が欲しいとか思ってた。けど実際、手に入れてみると妄想とは現実は違うってわかる。
その辺、仕事して思い知った。

俺っていちおう魔術師なわけですよ。
それもお国に勤めてるからお仕事もバンバンくるわけです。フリーの人みたいに自分でお仕事とってくる必要が無い代わりに、自分で時間も自由に出来ない。
休日の行動とかも逐一報告しないといけないとか、もうね。一度でも怠ると睨まれるっつーか、警戒される。
ま、それを除いても、国からお仕事いっぱいおっぱい夢いっぱいなんですよ。
別におっぱいは無いけどさ。あと夢と希望も無い。

具体的にいうと、身体のポテンシャルはともかく。魔術師として落ちこぼれな俺にこなせる様な仕事じゃないわけです。
あ、前に書いたと思うけどさ、俺って魔力量以外は魔術師としてかなりしょっぱいから。
例えるなら公園の砂場に落ちてる猫の糞くらいしょっぱい。食ったこと無いけど。

そもそも既存の魔法技術と死ぬほど相性が悪くてさ。
魔法ってのは増幅が基本だから仕方ないんだけど。
どういうことかってーと。
人間って生き物の中でもかなり魔力の少ない生物なのよ。
で、その少ない魔力を呪文も使わずそのまま使ったところで何にも起こせないわけです。
まぁ、中には指先一つで火花を出すくらいは出来るやつもいるらしいけど。
少ない魔力を練り上げて、その魔力量じゃ本起こせないはずの現象を起こすってのが魔法の技術なんだ。

1のエネルギーで10の力を発生させる技術とでもいおうかね。手段は本当にいろいろあるんだけど、どれもこれも目的は魔力の増幅だ。
もちろん汎用的な増幅方法だけじゃなくて、目的の現象に合わせた増幅、つまり火をおこすなら火をおこすために最適な増幅方法みたいのがあるわけで。そういうのが炎の魔法って感じで分類されてるわけだ。

で、だ。そもそも最初から10、下手すると1000000とか俺は持ってるわけ。
これじゃ魔法を使う必要がない。つまり相性が悪いってことだ。

ただ、だからって人より凄い魔法が使い放題っていうわけでもなくて(いや、確かに量的には使い放題だし、起こせる現象も明らかに他の人より凄いことができるけど)、ぶっちゃけ魔力コントロールが鼻水すぎて宝の持ち腐れ。(元はダニの死骸レベル。爺さんのところで特訓した結果がこれ。鼻水レベル。死にたい)

魔力コントロールは厳密に言うと魔法じゃなくて、それ以前の前提条件。
魔力で火を起こすのは魔力コントロール。でも、それを起こせるだけの魔力を確保する技術が魔法って感じで理解してもらえると助かる。
厳密には魔法の魔力を練り上げるってーのも魔力コントロールの一種なんだけれども。

とにかく、その一番肝心なところが絶望的な俺の魔法は、信じられないほど燃費が悪い。
魔力を上手く現象に変化させられないせいで、余計に魔力を食う。
一般的な魔術師が1の炎を作るときに使う魔力量を1として。
俺が1の炎を起こすのに必要な魔力量は100くらい。
しかも魔力を練れないから省エネできない。

魔術師十人がかりで行う魔法を俺は自分ひとりで使えるけど、消費する魔力は魔術師1000人分みたいな。
もし俺がまともに魔力をコントロールできるなら理論的には魔術師数百人分の魔法を数人分の魔力で行えるはずだったらしい。
ちなみに数字はかなりアバウトだからあんまり気にしないでくれ。

現状、ブリザードをただ起こすだけなら1日3回くらい。ゲートは一週間に1回くらい。
治癒魔法とかは魔力を練ってさらに質を変化させてかなり複雑だから、全く使えない。
ゲートの魔法だって爺さんが一生懸命使いやすく改良してくれて、豊富な魔力があるからなんとか使えてる程度なんだ。俺にとって死活問題だったから死ぬ気でマスターした。
ゲート開くと向こう一週間は魔力が枯渇する。三時間くらいかかる魔法陣を書いて、前日から魔力を練り続けて、一時間くらい集中して呪文唱えてやっと発動する。
だから使うときはこの先一週間、魔法を使う予定が無い、余裕のあるときを選ばないといけない。
正直、ほいほい気軽に使えるものじゃないのです。メチャクチャ疲れるしお腹減るし。
翌日に魔法を使ってくるモンスター退治なんて入ってたらマジで死ぬかもしれんし。

他の心臓を食べた魔術師タイプのドラゴンイーターは魔法使い砲台、じゃなくて放題らしいからその差は歴然ですよ。(砲台でもあながち間違ってないみたいだけど)
彼らは身体が貧弱一般人のままだからあんまりデカイ魔法は身体の方がもたなくて使えないらしい。
爺さんには「本当に惜しい、惜しいのぅ」って毎日連呼された。「魔力が無ければ稀代の落ちこぼれじゃ」とも言われた。

そもそも爺さんいわく、俺に出会うまで魔力コントロールなんて考えたことも意識したこともなかった、とか。
つまり、俺に才能が無さすぎたから生まれた新しい言葉なわけです。
……おれは泣いてもいいと思うんだ。

さて、説明が終わったところで話の続きなわけだけど。
世紀の大魔術師の弟子という一級の肩書きを持った宮廷魔術師に持ち込まれる仕事って、どんなだと思う? あ、あとドラゴンイーターって設定も加味して考えて。

うん、明らかに俺のレベルにあってない内容だよね。

強いて言うなら積み木で遊ぶ園児に東大の入試問題を解かせるとか、末期がんのお年寄りにベンチプレス200kgやらせるとかそんなレベルなわけですよ。

無理。出来るわけないじゃん。

それでもやるけどね、仕事ですから。やらないとご飯が食べられないのです。
おかげで失敗するのが怖くなくなったよ。
この間は忙しい忙しい、で済ませちゃったけど、あれ全部こなせてるわけじゃない。
実はかなりの数を失敗してる。それでもこうしてご飯が食べられるのは、そのどれもが無理難題すぎて他の人の手には負えないからだ。
いわゆる失敗しても仕方がない、というか、むしろ失敗するのが普通、みたいな内容だから大目に見てもらえている的な。

それに力任せでなんとかなるものも結構あるしね。畑仕事や土木工事とか。

一件一件の内容に合わせて臨機応変に対応しているのだ。
……ゴメン、嘘。見栄張った。正しくは行き当たりばったりです。

あれだ、ドラゴンイーターとか貴族とか隣国からの使者とかで魔術師関係の仕事ばかりじゃないからなんとかなってる程度。
それでも無理なのとかあるけど。

頭を使うタイプの仕事は比較的なんとかなる。だからこそ余計にキツイ。
わからないことや知らないことだらけだから、人に聞いたり、図書館で調べたりして、無い知恵を振り絞って、やっと及第点レベルのお仕事とかね。元々、大して頭良くないし、勉強もしてこなかったし、そっちの世界の知識を知ってても役に立つことほとんどないし。
異世界で仕事するのに必要な知識はやっぱり異世界のものが大半なわけ。
ていうか、お前はたった一人でなんの予備知識も無く、外国のそれも日本とは全く異なる常識の国で頭使って活躍できる?  少なくとも俺には無理みたいだ。

警備の草案を考えろって仕事が来たときとか酷かった。当たり前のようにボツ食らった。結局採用されたのはイケメンが作ったやつだったし。

遺跡調査なんかは身体も魔法も頭も全部使って運が良ければ成功。悪けりゃお手上げの他人任せor保留って感じ。ギロチントラップとかマジでしゃれにならない。古代語も勉強してるけどわけわからん。
チートボディのおかげで今のところ死んでないようなものだ。その辺はドラゴンに感謝。

モンスター退治系は難易度まちまち。基本的に凶悪なのばかりなんだけど、体力と魔法を場合によって使い分けられるし、落ち着いて頭も使えば楽に解決できるのもたまにある。
……きっとモンスター退治にトラバサミを使ってるドラゴンイーターって俺くらいだよなぁ。

一番楽しみな仕事といえば大学の講師だね。ときどき臨時で特別講義を頼まれるんだけど、命の危険はないし、出張はしなくていいし、野営はしなくていいしで、素晴らしい。
講義内容も魔力コントロールっていう、たぶん俺しか研究してない題材だから楽チン。
ときどき鋭い質問されて困ることもあるけど、そういうときは適当なこと言ったり、まだ判明していないところなんだ、とかなんとか言って逃げる。
ま、あれだ。宮廷魔術師でドラゴンイーターって肩書きがあれば、「基礎が一番大事なんだ」と言っても説得力があるのさ。きっと誰よりも俺がそれを実感してるのは嘘じゃないし。

仕事をこなしてるうちに周りの評価も来たばかりのときと結構変わってきたっぽい。
「どれだけ凄いやつなんだろう ⇒ なんだ、凄いっちゃ凄いけど、こんなもんか」みたいな。良くも悪くも、だけどね。

最初はたくさんの人が俺に対してかしこまったりびびったりでまともに話も出来なかったのが。
今じゃ、魔物退治で手伝ってもらった兵士さんや魔法の論文作るのに手伝ってもらった同僚なんかは結構気さくに話せるようになったし。
親しくない人の中には睨んでくる人もいたり、あからさまに期待はずれって顔されたりするようにもなったけど。
それでも特に問題があるわけでもなし。

つまり、何が言いたいかっていうと。
どこにいったって現実がファンタジーに取って代わられることはないってこと。
うん、マンガやアニメみたいな生活をしてる奴が何を言うって、言われたらその通りかもしれないけど、それが楽しいかって言われたら別。だって現実だもの。
ファンタジーならもっと実力で成り上がってもいいじゃない。俺が宮廷魔術師なんて、成り上がりの極みみたいなポジションについていられるのはドラゴンイーターだからだ。
爺さんの後ろ盾と国の思惑も後押ししてるけど、俺自身の元から持ってた実力じゃないのは同じ。

それにイケメンは相変わらず態度悪いし、ヒロインは未だに出てこないし。若いメイドさんと仲良く、あわよくばフラグを立てようとしても、声かけただけで悲鳴あげて逃げられるし。
秘書代わりのメイドさんは話しかけても逃げないでくれるけど、対応が事務的過ぎるし。

……まぁ、異世界で生きていられるってだけでご都合主義だとは思うけどさぁ。
こっちの世界に来てからも、こうだったらいいな、ああだったらいいな、ってしょっちゅう妄想してるんだぜ? ……はぁ。

うん、何にせよ、俺は異世界でも人生(リアル)を歩んでるわけです。
だからそろそろラノベください。必要なんです(結論)



――東京都在住、高橋さん(仮名)の自宅に届いた親友からの手紙――



なんか、いきなり飛ばしすぎた気もするけど気にしないでくれ。俺は気にしないから。
たっぷり愚痴ったところで前回の手紙送ってから何があったのか書いてくぜ。

まず最初に謝らなけりゃいけないんだが。
実は、お前のプレゼント案だけど、全部ボツにしちまった。一緒に送ってくれたカメラ以外。
俺から相談しておいてなんだけど。
いや、本当に申し訳ないとは思ってるよ。
結構ネタもあったけど、基本、真面目に考えてくれたみたいだし。これは良さそうだなってのもたくさんあったし。ていうか、候補多すぎだろ。びっしり3ページ分とか、どんだけ。
何より、「最後に書いてあったプレゼント選びは相手を思いやって選ぶことが一番だぞ」、ってのには深く感心させられたし。
ただ、そのあとに続いた、「だから常識に囚われるな」ってのは意味がわからなかったけど。
ていうか、お前ってもしかしてシスコン?

ともかく。相手が一般人の女の子じゃなくて、一応お姫様だからさ。かなりハードル高いんだよね。流石に高価なものはお前に頼めないし、かといって変なの送ると殺されても文句言えないし。
俺も最初は異世界のものってことで珍しいプレゼントが用意できる、うは楽チン。なんて草生やしそうなテンションだったけど、そう甘くなかった。

手紙送ったあとにさ、女性の意見も聞きたくて美人だけどちょっと怖い秘書代わりのメイドさんに相談してみたんだ。大して仲良くないのに。
ていうか、他に相談できる女性が居なかっただけだけどさ。

メイドさんいわく「僭越ながら、珍しければ姫様がお喜びになるというわけではないと存じます。王族の誕生日ともなれば各国から様々な高級品や、珍品、希少品が送られてきますので」だってさ。
素で凹んだ。床に手をついて。まさしくこんな感じ→ orz

「これは私の勝手な憶測ですが。姫様が貴方様に期待しているのはそういうものではないと思います」
どういうこと? って聞いたけど、そこまでは私にもわかりません、だって。

で、余計に難易度上がっちまって、困った俺は。

――遊びに出かけた。うん、ヘタレっていうな。自覚してるから。

城下町をぶらついた。町の入り口から城門までの大通りはいつも人ごみ溢れてるんだけど、俺は避ける必要が無い。向こうから避けて歩いてくれるからね。半径五メートルくらい。
……精神的にキツイ。

でもま、いい加減慣れてきたけどね。初めのころに比べたら随分町の人たちも俺に慣れてきたみたいだし。
馴染みの店のおっちゃんやおばちゃんは普通に挨拶してくれるようになったし、兵隊に槍を向けられることも、姿を見ただけで悲鳴を上げられることも少なくなったからな。

初めての休日、一人で出歩いたら阿鼻叫喚の渦だった。目の前で腰を抜かして泣き喚く坊主、念仏的なものを唱え始める婆さん、へっぴり腰で俺を取り囲む兵隊。

やべ、思い出したら涙出てきた。


――


で。適当にブラブラしてたらとても珍しいものを見つけたんよ。
いわゆる大道芸人っていうのかな。
中央広場に差し掛かったところで、噴水の前に人だかりが出来てたのを見つけてさ。
なんだろうと思って言ってみたわけ。
そしたら、やけにカラフルな服装の四人組が芸をしてたんだ。
玉乗りしてながらお手玉してる男が前。他の三人はこっちの世界のものなのか、見たこともない楽器を演奏してた。馬鹿でかいオカリナみたいなのとリズミカルに踏みつけて音を鳴らすカスタネットの親戚みたいな奴。
あと一つは楽器っていうか、アシカみたいな動物が吐き出す無数の泡を割って演奏してた。(見てた感じだと、泡の色と大きさで音が違うみたいで、それを選んで割ってたような気がする)
不思議な演奏者たちだけど、曲はとても楽しい感じだった。
芸人もそれにあわせて芸を次から次へと披露する。
もうね。中央公園がなんか凄く楽しい空間になってた。
見物客達なんて真後ろにいる俺に気付かないほど夢中になってたもの。
かくいう俺も久々にエンターテイメントを感じて、そこから離れられなくなってた。
オーディエンスに混ざってぱちぱちと拍手なんかしちゃったし。
四人組も巨体の俺に気付いたみたいだけど、何食わぬ顔で出し物を続けてたからね。
そのプロ根性にちょっと感動した。

で、1時間くらいかな? 出し物が終わった。芸をしていた男が客の前にデカイ箱を置いて、「どうもありがとうございました! もし楽しかったと思っていただけたのなら、ここに夢のお代をお入れいただけると私たちは嬉しいです」
と言った。お金といわないあたりに感心したね。
こんなに面白いならさぞかし、おひねりいっぱいだろうと俺は思ったんだけど。

なんか意外にお客の反応が鈍かった。なかなかお金を入れようとしない。
不思議だったけど、とりあえず手持ちで一番高価な硬貨を投げ入れた。
日本円で言うと2000円くらいの価値があるやつ。ちなみに洒落じゃないぞ。

すると、オーディエンスがいっせいに俺のほうを見て。

……逃げ出した。

あとに残ったのは俺と四人組みだけ。

あまりにも申し訳なくて俺は頭を下げた。
そしたら、芸をしてた男性が「いいですよ、楽しんでいただけたみたいですから」って笑顔で言ってくれた。
マジで俺、感極まった。ガチで泣きそうになった。

「すんません、すんません、図体でかくてすんませ、ん」って鼻声で連射。
「そんな、謝らないでください。貴方が投げ入れてくれて私たち凄く嬉しかったんです」
と、アシカ?で演奏してた女性が。正直、女神に見えた。
「で、でも」と、俺。
「いや、本当にいいんだって。実はこんなにおひねり貰ったの初めてなんだ」
と、ビッグオカリナを吹いてた青年が照れくさそうに。
「あんなに人を集められるのにこれだけだなんてことはないでしょう?」
素で驚いた。だって、あんなに素晴らしい、……なんだかわからないけど、好演をやってのけてコレだけってことは無いだろうと思ったんだ。
でも、どうやら事実らしかった。というか、もっと凄かった。
「いえ、お恥ずかしながら、過去最高記録なんですよ。一人の方から貰った額も、一回あたりの総額も」
本気で耳を疑う俺を見て、彼らは苦笑した。
「仕方ないよ、勝手に始めて、ちょっと覗いてみたら金寄越せ、だなんて誰だって嫌だもの」
リズミカルに飛び跳ねてたカスタネットの女の子。ツインテール萌へ。惜しむらくはスカートでないこ、いやなんでもない。ハーフパンツもいいものだ。
「いや、誰もが感動してたじゃないですか。お金を寄越せって言ったわけじゃないんですし、あくまで払うのも、金額も全て任意ならこれくらいは……」
「どうも、ぼく達のようなスタイルには皆さん馴染みが無いようでして。こちらでは新しい試みみたいですから、最初はしかたないと思ってやってます」
芸人さん、いい人すぐる。

で、なんか、しばらく噴水前で彼らとだべった。どこから来たのか、とか楽器の名前とか仕組みとか聞いたり。
いろんな国や町を旅して回ってるらしい。
彼らはこれを本職にしたいみたいだけど、今は厳しいから公演先の町や村ごとに他にアルバイト的なことをしながらやってるんだって。

「やはり、芸術はもっと自由でなくちゃいけないと俺は思うんです」
「貴方もそう思いますか! 私もそれを人々にわかってほしいんです!」
とかなんとか大道芸の人と意気投合。

気付いたらアイネへのプレゼントについて相談してた。今思い返してもなんでか知らんけど。それほど話しやすい人だったってことなんだろう。
それに他の人の意見も聞いてみたかったのもある。

「何を贈るかも大事だとは思いますけど一番重要なのは気持ちの込め方ではないでしょうか」
「気持ちの込め方、ですか?」
「ええ。私の故郷にこういう話があります。ある大商人が、隣国の貴族を自宅に招いて夕食をご馳走しました。貴族は隣国でも有名なお金持ちの商人がどんなご馳走が出てくるのか楽しみにしていました。
食卓に出てきたのはその国の郷土料理で、しかし、ご馳走というほどのものではない料理でした。その国の食堂に行けばどこでも食べられるものです。
貴族はがっかりしました。音に聞く大商人殿のもてなしがこの程度とは。いや、私にはこの程度の料理で十分ということなのだろうか、と。
けれど、その料理を前にして商人は言いました。
今、この時間、この国の全ての食堂でこの料理を出すことを禁じてあります。
今、その料理をこの国で口に出来るのは貴方だけです、と。
それを聞いた、貴族は感激して涙を流しながら笑顔でその料理を食したそうです。
どうです、私はこの商人は自分にしか出来ないやり方で気持ちを込めたと思っていますが」

実際、家庭で作ってる分までは制限できてないだろうけど、それでも貴族は嬉しかっただろうね。それが本当なら。
この話を聞いたときは俺もなるほど、と思ったんだけど。
いま思い返すと、もしかしたら大商人はその一言を付け加えるだけで、貴族様をお金をかけずに満足させたという話なのかもしれないな、とも思ったり。なんせ大商人様ですから。

事実なら貴族がちょっと調べればバレることだけど。

ともかく、俺はその話に深く納得したわけだ。

でも、自分にしか出来ないってあたりで困った。俺にしか出来ないことってなんだろ?って。ゲートを開いて異世界のものを、ってのも確かに俺にしか出来ないことだけど、プレゼントを用意するのはお前になるだろ。おれはゲートを開いただけだ。しまいには何を用意するかまでお前に頼ってる。
それは何か、違うんじゃないかって。

「お悩みならチェロゥの花なんてどうです?」
「チェロウ?」
「ええ。どこにでも咲いてる花ですが」
そういって、足元の可愛らしい花を指差した。派手さはないけど、五枚の小さな水色の花びらがわりと俺好み。
なんか日本のタンポポくらいポピュラーなものらしい。
ちょっと摘んで匂いを嗅いでみたけど悪くない。ミント的な爽やかさ。
「女性へのプレゼントとしては定番です」
「ですが、その辺のものを抜き取って渡すのはあまりにもおざなりすぎませんか?」
「いえいえ。このチェロウの花、本当にどこにでも咲くのですよ」

首を傾げた俺に芸人さんは意外と知られていないことですが、と続けた。
「火山の火口付近、雪山の頂上、海の底、空に浮かぶ島、はたまた千年岩亀の背中まで本当にどこにでも咲くのです。そして咲く場所によって花びらの色が違います」
そういうと、彼は一冊の手帳を取り出して開いた。
ほら、と言って見せてくれたのは色とりどりのチェロウの押し花。単色のものだけでなく、二色、三色のものもあった。
「旅した先でこれを集めるのが趣味でして」
「凄い数ですね……」
「えぇ。綺麗でしょう?」
「ええ。確かにこれなら喜んでもらえそうです。ただ、問題はどこに取りに行くかです……」
どこにでも咲いてるなんて、逆にどこに行けばいいのやら。
「それでしたら、北のエギレライツなんてどうです? 聞くところでは頂上に、銀色の花びらをしたチェロウが咲いているといわれているそうで」
「エギレライツ、ですか?」
「キャスパル聖王国との境にある雪山ですよ。非常に険しく、頂上へたどり着いたものは居ないと言われるほどです」
「誰も行ったことがないのに銀色の花が咲くとわかるんですか?」
「だから、あくまで“いわれている”なのです。見たところ腕に自信はありそうですし、行ってみてはどうですか?」

俺はちょっとばかし悩んだ。キャスパルとの国境ということはレッドコメットで行って、一週間ほど。アイネの誕生日まではまだ1ヶ月と半月あるから大丈夫だとは思うけど、遭難したらヤバイ。下手したら生きて帰れるかどうかもわからん。

ちなみに俺がドラゴンイーターだってことも、誰に贈るのかも話してない。高貴な家柄の女の子に、とか言ってごまかした。
けどまぁ、ばれてるとは思う。
城下町じゃ有名人ですから。

それを踏まえたうえで提案したんだろう。正直、行ってみて常人じゃどうにもならない場所だと感じたし。

まぁ、結局俺はその提案に採用したわけだ。

もし見つけたら大道芸の人にも取ってこようか、と言ったけど、「自分で採りに行くから意味があるんですよ」と断られた。
また、いつかお会いしましょうといって彼らと別れた俺はさっそく準備に取り掛かった。

すっかり俺ご用達となった仕立て屋で防寒具を買い込み。顔なじみの商店街で保存食を中心にどっさり食品を買い込んだ。一応、ロープとかピッケルとかも買った。
野営用のテントやらなにやら一式準備した。
ついでにしばらく仕事休みます、有給は効きますか?って秘書の人に聞いたら知りませんっていわれた。しかたないから直接王様のところにいって、アイネのためにちょっくら出かけてきます。心配しないでください。ていうか、首にしないでくださいって言って出発した。王様もかなり怪訝な顔してたけど、アイネの誕生日プレゼントを取りに行くんです。
と言ったら笑顔でOKを出してくれた。さすが親ばか。
今考えると国境にドラゴンイーターが行くっていうのは人に知られたらかなり政治的に危ないんじゃないか? ま、いっか。

うーむ。これらを全部その日のうちにやったなんて自分でも信じられんな。

で、翌日。アイネにちょっとお仕事で長く出かけてくるからしばらく遊んでやれない旨を伝えてから出発。お仕事じゃしかたないもんね、とさびしそうな顔で呟いたアイネに罪悪感を覚えたけど、頭を撫でてごまかした。

荷物をレッドコメットに積み込んで出発。
海を渡る孤独な一人旅、って書くとちょっとかっこよくね?
実際はかなり暇だったけど。ときどき出てくる凶悪な海洋生物をぶっ飛ばして、コンパスで方角を確かめながら進む。これだけ。
段々と北に近づくに連れて肌寒くなり、海に氷が浮かんでいるのが見えるように。生で見る流氷にちょっと感動した。
そのうち雪に埋もれた港町を発見。着港。すでにエギレガイツが見えてるんだけど、メチャクチャでかい。山頂は雲と雪で全く見えなかった。

物資を補給しつつ、エギレライツとチェロウの花について聞いてみた。
この港町に咲いてるチェロウの花びらは白と青の二色だった。
住民によると山を登るにつれて咲いているチェロウの花びらが少しずつ白くなってくんだと。
今のところ一番高いところ(中腹あたり)で発見されたチェロウの花は白一色。

それより上には誰も行ったことがないんだとか。なんでも、吹雪が上から、下から、横から、と頻繁に方向を変えて吹きつけてくるから、前に進めないんだとか。
さらには視界が悪い中で見たこともないモンスターに襲われたの、山の神様に遭遇しただの、4日ほど前にも上ろうとした男女が居たが、まだ帰って来てないだとか、ちょっとばかし聞き捨てならない情報もあった。

正直、かなり怖気づいた。けど、ここまで来て変えるなんてナンセンス。せめて真っ白なチェロウくらいは持って帰りたい。
ってなわけで宿に泊まって、翌日。
運よく見つかった中腹まで登ったことのあるという地元の人に途中までガイドを頼んで、朝から登り始めた。ていうか、ほんとこのガイドさんが超いい人で。こんな得体の知れない大男と二人っきりで山を登るなんて、他の人なら絶対断るって。

最初は順調だった。ふもとの近くは天候も穏やかで慣れない雪の山道を楽しむ余裕まであった。
けれど、中腹まで来たあたりで一気に天候が崩れた。マジで猛吹雪。
あまりにも強く吹き付けてくるものだから目を開けてられない。
ガイドさんなんて、何度も吹き飛ばされてたし。正直、これ以上付いてきてもらうのは危険だと思ったから、ここから先は一人で行くと伝えた。
ガイドさんは一人で大丈夫ですか? と心配してくれたけど、なんとか帰ってもらった。

吹雪で目を開けられないとはいえ、さすがチートボディというか。
しっかりと二本足で立って歩けた。雪道に慣れてきたから、走ろうと思えば雪を掻き分けながら爆走も出来る気がしたんだ。凄い寒さだったけど、結構この身体は暑さ寒さに強いから防寒着をしっかり着込んでいれば結構余裕があった。

で、ここから走り抜けるにしてもガイドさんを置いていくわけにもいかないからね。先に帰ってもらったわけだ。上に行ったらもっと危険かもしれないし。

俺、爆走。除雪車ごとく雪を掻き分け、水しぶきならぬ雪しぶきをあげて走り抜ける。ちょっと楽しかった。

結構登ったと思っても、吹雪が酷くて頂上どころか太陽すら見えなかった。
あちこちで雪崩も起きてて、ぶっちゃけ何回か巻き込まれた。それでもピンピンしてる俺って……。
そのうち腹が減ってきたから、雪の積もった斜面に適当に魔力をぶちかまして大穴を作って、そこで休んだ。簡易かまくら的な。むしろ防空壕か。

バッグ(これだけで俺の数倍のサイズ。特注)から食料を取り出して魔法で軽く(バーナー)火を起こして調理開始。

……これが良くなかった。いや、結果的には良かったんだけど。

調理して、飯をガツガツ食い終わったとたんに周りの雪が崩れて、そのまま雪崩へ。
火を使ったから回りの雪が解けちゃったみたい。

アッーとかいいながら転がり落ちて、雪の中にずっぽり。
ふんがっー! って気合で雪を吹き飛ばしたけど、自分がどこにいるかさっぱりわからなくなってしまった。一応、それまで道なりにロープを張ってきてたんだけど(走りながらもちゃんと握ってた。ときどき立ち止まって鉄杭で地面にブスリ)それも手放しちゃって、すわ、遭難か!? と大慌て。一応バッグは持ってたから食料は無事。しかし、それ以外の道具は全部置いてきてしまった。(ほとんど使わなかったけど)

しかし、俺は悪運が強いらしい。
やべぇなぁ、なんて呟いてると「誰かいるんですかー」なんて人の声。

「居ますよー」なんて返事したら「助けてくださーい」

「どこですかー?」

「こっちでーす」

……間抜けだろ? でもこれマジなんだ。うん、すんげぇ緊張感なかった。

声のするほうにいってみると、俺の作ったのほどじゃないけど、防雪壕が掘ってあり、そのなかで若い男女が肩を寄せあっていた。
思わず舌打ちしかけた。

「あぁ。良かった。ね? 言ったでしょ? 私は悪運強いんだから」
「あぁ、本当にその通りだね。彼が人間ならだけど」

彼氏の言葉は確かに誰もが思うことだろうけどさ。本人目の前にして言わないで欲しかった。悲鳴を上げないだけ全然マシだが。
まぁ、顔を青ざめさせて振るえてたからそれだけ余裕がなかったのだろう。寒さか、俺か。どっちが原因かはこの際考えないでおく。

「さてさて。お困りですか、お二人さん。私は心が広いですから化け物呼ばわりされてもお助けしますよ?」

なんて笑顔で言ってみた。自分で言うのもなんだが、青筋浮いてたかも。大人気ない。

「す、すまん」気まずそうな顔の彼氏。
「ほんとですか、お願いします」笑顔の彼女。

女ってすげぇ。

で、とりあえず、魔力で再び壕を作りなおして、そこに二人を寝かせた。
何でも遭難4日目で食べ物がもうほとんどないんだとか。

とりあえずミョーニャンというクッキーみたいな焼き菓子と水を渡した。

「ありがとうございます」
「さっきはすみませんでした。助かります」

頭を下げられた。
それに対して俺は、なんのなんの、困ったときはお互い様です。助け合いこそ人が人らしく生きる証拠ですよ、なんて普段考えてもいないことを言っていた。たぶん、気が大きくなってたんだと思う。まあ、一人だけ余裕があるんじゃしかたない。

「で、どうします? 帰りますか?」

まだ山頂についてないが、まだ物資と時間には余裕がある。今から町にもどっても厳しいが、なんとかあと一回は挑戦できそうだった。

「あの、助けてもらっておいてこう言うのも間違ってるとは思うんですが」
「私たち、どうしても頂上に行かなければいけないんです」
「ふむ? 何か理由がおありで?」

二人は彼氏の父親に二人の結婚を認めさせるために、山頂に住むという霊獣の羽を取りに来たんだとか。

彼氏は親が勝手に決めた婚約者がいるのだが、どうしても彼女を正妻に迎えたかった。
彼氏の家は貴族の中でも伝統やしきたりにうるさいらしく、その訴えを認めなかったのだが、彼氏はどこまでも諦めなかった。色々策をろうして強引に話を聞かせたらしい。
他の貴族なら勘当ものだが、ちょっとばかり複雑な事情があり、彼氏は交渉に成功した。

彼の父親いわく、どうしてもというなら、彼女が一族の一員として迎え入れるに相応しいかどうか、テストする。エギレガイツの霊獣に会って羽を貰って来いという話になったらしい。
「霊獣?」
「ええ。ふもとの人たちは山の神さまと呼んでいます。山頂に住んでいるといわれる巨大な鷲です」
「頂上にたどり着いた人は居ないって聞きましたけど?」
「稀に中腹付近に姿を表すこともあるそうです。ですが、今回はそう都合よく行かなかったので……」
「だから頂上を目指したんだけど、ごらんの有様なの。やっぱり素人だけで登るのは無理ね」
そういう彼女は屈託なく笑っているが、なんと恐ろしいことに最初は彼女だけで登らなければいけなかったらしい。
それに対して彼氏が男気を発揮し、どういう手段を用いたか、自分も同行することを認めさせたのだそうだ。

「愛の力です」なんて真顔で言う彼氏にはお手上げだ。



結局、俺も事情を話して三人で山頂を目指すことになった。雪は先頭の俺が吹き飛ばして、歩きやすくする。
幸い物資はまだまだある。いざとなったら俺が二人を抱えて山を駆け下りることになった。

行けども行けども雪ばかり。いい加減うんざりしてきたが、それでも登り続けた。
今、どのあたりに居るのかすらわからないまま進み続けた。正直、かなり無茶で無謀で危険な行為だったと思うよ。さすが素人ばかり集まっただけのことはある。俺がチートボディじゃなかったらと思うとぞっとする。

「あれ、見て!」
登り続けて幾刻か。
彼女さんがそういって指さしたのはチェロウの花だった。
正直、中腹以降のチェロウは白くて見つけるのも大変なものだから無視していた。山頂に行けば見つかるだろうと思っていたのもある。

そのチェロウの花はなんと、花びらの三枚が輝いていた。銀色だ。

「噂は本当だったんだ……」

俺はやる気が沸いてきた。目的のものがある可能性が出てきたのだ。
コレを摘んで持ってかえっても問題ないんじゃないか? とも考えたけど、二人のこともあるし、ここまで来たなら幻のチェロウを持ち帰りたいという思いが勝った。

それからまた延々と登り続けた。昼夜の区別は全くわからないまま何度か野営も行った。
二人が寒さで凍えそうになったら、吹き飛ばした雪を押し固めて壁を作り、その中で火を起こした。
どういうわけか、俺の身体は霜焼けひとつ起こさなかった。冷たいものは冷たいし、痛いとも感じるんだけど、そこから先にはいかないんだ。つくづく不思議な身体である。

頂上まであとどれくらいなのか、まったくわからないながら、点在して咲いてるチェロウの花を頼りに登っていった。チェロウの花びらの色が方向の目印だ。ていうか、雪の上まで伸びてくるなんて変な植物だ。まぁ、それはどこにでも咲くっていう性質からわかってたことだけども。

で、ひたすら歩き続けて、食料の残りがちょっとばかし不安になり始めたころ、ついに吹雪を抜けた。

「……うわぁ」「すごい、すごいよ、ジャッシュ!」「うおぉ……こりゃまた」

いつのまにやら、雲を抜けて、山頂の目の前まで来ていた。
頭上にはどこまでも透き通った青空。燦然と輝く金色が目にまぶしい。
見渡せば、眼下に広がる雲海と、遠く、海と陸地の地平線が望めた。

あまりの絶景に俺達は完璧に放心していた。

――ギャーッ!

俺達のさらに頭上から何かの鳴き声がした。

驚いて空を見上げると一匹の鷲が羽ばたきながら俺達のそばへ降りてきた。
メチャクチャでかかった。そりゃもう信じられないほど。
こいつがジャンボジェットなら俺はジャンボ○崎。(そろそろスマガ返せ)

まぁ、それはいいすぎかもしれないけど、少なくともセスナよりは確実にデカイ。

(……実はウンコマンに、非常にシンパシーを感じてる俺。こっちの古代語だと俺の名前ってウンコ野郎になるからなんだが。まぁ、それについての愚痴はまた今度にでも)

ともかく、THE怪鳥とでもいうべき巨大な猛禽が現れた。

――ギャー、ギャー

そして鳴きまくり。

「な、何?」

たぶん、こいつが例の霊獣なんだろうけど、いきなりのことで二人はパニックになってるらしかった。
じゃあ俺はというと。

……何の用かなお客人、だと!?
見ての通り何も無いところで、大したもてなしも出来ないが、くつろいでいってくれ、だと!?
意外に紳士!?


――脳内パニック(笑)

いや、マジで何故か霊獣さんの言ってることが理解できたのよ。そりゃ混乱するでしょ。
ほんと、意味不明だけど。ドラゴンのせいかね?
ていうか、こんなフレンドリーな猛禽、はじめて見たぜ。
しかも紳士的。普通、こういう時って縄張りがどうこうとか、ドラゴンイーターを警戒して、とか、人間め、身のほどを知れ! とか、そういう展開だと思うんだが。
なんかこの鷲さんは変人、いや変鳥らしく超歓迎してくれた。

「あ、じゃあお言葉に甘えて少しばかりここで休憩させてもらいますね」

――ギャーギャー(構わないよ。こっちに腰掛けやすい岩があるからおいで)

「言ってることわかるんですか?」
「うん、まぁ」
俺もよくわからない状況だったから、とりあえず休むことにしたんだけど。
二人の俺を見る目がもう、凄いこと凄いこと。決して良い意味ではない。

「……あの、本当に人間なんですか?」
「……たぶん」

ちょっと自信なくなった。

で、久しぶりに人間と触れ合えてご満悦の大鷲さんから色々お話を聞いた。
なんでも昔、霊獣になる以前に人間に飼われていた時期があったとか。
今でもそのときの主人のことが大好きらしい。
で、その関係で人間自体も結構好きなんだそうな。ときどき山にお供え物を持ってきてくれたりするのも嬉しいんだとか。

なんていうか、うん。本当に変な神様である。見た目はすさまじく恐ろしいのにフレンドリーすぎて。そのギャップが逆に怖い。
なんかちょっとテンション高いし。

山頂に響き渡る怪鳥の鳴き声。

――ギャー、ギャー!(あっと、お尻冷たくないかい? 女の子は下半身冷やしちゃダメだよ)

……ロマンもへったくれもない。

で、まぁ。こちらの用件とかなんだとかを伝えて、鷲さんが言いたいことを通訳してと。

二人は難なく羽毛げっと。
俺はその辺に生えてたチェロウの花を3本ほど摘んで帰った。

……改めて思うけど、前半の緊張と後半の脱力感がすさまじい。

いや、まぁ、緊張もそれほどしてなかったけどさ。命の危険は食料が尽きない限りほぼ無いし。

だからってこれはねぇよなぁ……。

そのあと大鷲に教わったルートを真っ直ぐ辿って町へ帰還。
冗談で、途中まで背中に乗っけてくれませんか? って頼んだら、落ちても知らないよって言われた。シャレになりません。

カップルの二人とは港町で別れた。彼らは陸路でキャスパル方面へ。俺はレッドコメットでナナリールへ。
別れ際、メチャクチャ感謝された。

「おかげさまで羽毛が手に入りました。ありがとうございます」
「命まで助けていただいて……このお礼はいつか必ず」
「いやいや、そんな。気にしなくいいですよ」
「そう、ですか。わかりました。貴方も上手くいくといいですね」

別に俺がいなくてもあの人好きの大鷲なら羽毛くらいくれた気もするけど。
ていうか、羽も馬鹿でかい。腕一本分くらいある。それにたくさん魔力が篭ってる。
俺も一本記念に貰ったわけだが。

うーむ。さすが霊獣というべきか、正直、あの変な性格を知らなければ腰を抜かしていた。
それくらい迫力があった。見た目だけでなく、保有魔力量的に考えても。
ドラゴン以外にあんなヤバイ生き物がいるだなんて思わなかったぜ。
まぁ、中身は別の意味でやばかったわけだが。

そんなこんなで俺、帰還。

誕生日には間に合った。チェロウの押し花も完成して、準備完了。


万全を尽くしてパーティに望んだわけだが。なんとびっくり、そこであの二人と再会してしまった。

あ、そうそう。カメラ送ってくれてサンクス。


プレゼントの候補リストは無駄になっちゃったけど、一緒に送ってくれたデジカメは大活躍したぜ。

最近はこんな小さい奴もあるんだね。トランプより小さいなんて凄いな。
指がでかすぎるせいでシャッターボタン押すのに苦労したのと、カメラマン姿の俺にお客さんたちが慄いてたのを除けばナイスなアイデアだったぜ。

ちんまくて得体の知れないマジックアイテム(デジカメのことな。アイネたちにはどういうものか説明したけど、半信半疑だった)を手に持ったバーサーカー(俺)が背中丸めて、ハイチーズとか。テラバロス。むしろバルス。目がぁあ的な意味で。

あ、他にもいろいろ写しておいたからそれも見てくれよ。
なんかお前の手紙読む限りじゃあ、まだ少しこっちのこと信じてないみたいだからさ。
この世界のあちこちで写真とったんだ。といっても、ほとんどがナナリールのだけど。

いかにもファンタジーって感じの風景を中心に撮影したんだぜ。
ナナリール三大名瀑の一つ『天空へ登る滝』や空飛ぶクジラ(っぽい生き物)の群れとか。
人だけだとコスプレで済まされるかもしれないからな。色々撮っておいた俺に隙はなかった。
実はエギレガイツと大鷲さんの写真も入ってるから、あとで確認してみそ。


それと要望にあったアイネたちの写真もばっちりだぜ。
ちょっとパソコンにつなげて誕生日会の集合写真みてみ。
どこのディ○ニーコスプレ集団だって言いたくなる奴らの写真だからすぐわかるはず。

真ん中のちんちくりんがアイネだぜ。
青いフリフリドレス(正式名称がわからない)着て、変なぬいぐるみを抱きしめてる子だからすぐわかるだろ。
幸せ一杯って感じの笑顔で、にぱーって。
その写真だとちゃんと女の子に見えるし、むしろ美少女の範囲に入るだろうな。
髪も伸びたし、ドレス着てるし。ついでに化粧もしてる。
化粧に気付かなかったせいで怒って足の小指蹴られたから間違いない。
足抱えて涙目になったからよく覚えてるんだ。
ドラゴンイーターになっても急所は急所。痛いものは痛いねん。若干痛みに鈍くなってる気もするけど。

それにしても、変わったなぁ。ほんと初めて会ったときはナチュラルに男の子みたいだったんだぜ。なんて、言い訳してみる俺。
アイネと遊んでると、よく間違えたこと引き合いに出して弄られるんだよ。そろそろ勘弁して欲しい。

子供のくせにそういうところだけ気にするから困る。
この間なんて、遊ぼうって俺のところに来たはいいけど、俺の仕事が終わるのを待っていられずに寝ちゃったんだぜ。
お姫様らしくないっていうか、子供っぽいというか、危なっかしいというか。

それにしてもアイネの抱えてるこのぬいぐるみは、何という生き物がモデルなんだろう?
ウサギっぽいんだが、一本角あるし尻尾がサルみたいに長いし……。
まぁ、どうでもいいか。今度、アイネに聞けばいいことだし。

んで、その後ろでニコニコしてるゴージャスな格好の白ヒゲが王様。
マジでヴェルタースなオリジナルって顔だろ? カーネルでも可かな。
あ、でも、この写真だと赤やら金やら、ぺかぺかーって擬音つけてもいいくらい足元から天辺まで宝飾だらけだから、ちょっと印象違うかもしれないな。
普段はもっとシンプルなんだぜ。王冠なければその辺のおじいさんと見間違えてもおかしくないくらいに。
……うーん、“その辺の”はちょっと言い過ぎかな? 金持ちのおじいさんくらいかも。

王様のとなりで微笑んでるスレンダーな金髪美女は王妃様。この人がアイネのお母さん。
王様に比べて随分と若々しく見えるけど、王様とは4つしか違わないってさ。
綺麗に年取ったって感じの女性だけど性格は意外にパワフルなんだそうだ。
昔、旦那に側室の話が出たとき、私が世継ぎを100人産んでみせるから不要だって言って周りを黙らせた逸話があるらしい。
あんまり話したことないけど、多分、怒らせると怖い人。
こんなお母さんだから、アイネの婚約破棄にもすぐさま賛同してくれたらしい。
つくづく王族っぽくないわ。イギリス並みとは言わんけど、もっと殺伐としてるもんじゃないのかね?

その周りを囲む美男美女はアイネのお兄さんとお姉さん。

その隣。女王様と同じ色の金髪で釣り目の女性が一番上のお姉さんで、プルーレさん。
御年35歳。
美人だけど、凄い厚化粧。正直若作りしすぎだと思うね。
フリフリだらけのドレスが偉く違和感。
とはいえ本人にババア無理スンナなんて怖くて言えない。
というか、この国の女の人は歳に関係なく、こういう服の人が多いからなんとも……。
プルーレさんはキツそうな顔立ちに似合わずかなりアレな性格。
初対面で「でっかいわねぇ。間違ってうちの妹壊さないでよ?」とか笑いながら背中叩かれたし。
ノリがまんまオバサン。


んで、頬に手のひらを当てて首傾げてる、垂れ目の優しそうな女性が二番目のお姉さんで、ミネリィンさん。
こっちは見た目どおりの人。あ、いや、ちょっと不思議な性格してるかも。
だって俺、この人が「あらあら、うふふ」って微笑んでるところしか見たことないもの。
いっつもニコニコしてる。さすがあの王様の娘って感じ。
あと食が太い。ビックリするぐらい食べる。ていうかいつも何か食ってる。
この間なんて弟君の飼ってる鳥(名前はミスティ。2才、メス)を見ながら「……美味しそう」だって。
とりあえず、とっさに「みすちー逃げてー!」と叫んで止めに入った俺は間違っていないはず。
御付の人たちに変な目で見られたけど。

二人ともどっかで見たことあるって? いやいや。俺もちょこっとそう思ったけど、正真正銘の人間だし、~する程度の能力なんて物騒なもの持ってないから。
性格も歳も見た目も――検閲――。

それにこの二人はちゃんと小皺が(ピチューン



で。
その二人とちょっと距離を置いて、苦笑いを浮かべた太眉の少年が長男のバレルディン王子、17歳。現在王立大学の5回生。先に書いた弟君でアイネのお兄ちゃん。
現在思春期真っ盛り。お姉さんたちがちょっと苦手らしい。まあ、ペットを食べられそうになれば苦手意識もっても仕方ないわ。
この子は一言で言うと真面目。
大学で魔法の講座を開くといつも一番前の席に座ってる。
講義中でも積極的に手を上げて何度も質問してくるし、深いところまで突いてくるもんだからこっちがタジタジ。

俺だってまだまだ勉強中の身だから何でも答えられるわけじゃないんだけどねぇ。
なんか周りの人達は爺さんの直弟子だからって過度に期待してるみたいなんだが、いくら爺さん直伝とはいえ、一年でマスターできるほど魔法は浅いものじゃない。
爺さんだって、俺が例の新魔法を覚えたら「あとは自分で学べ」と言って俺を送り出したし。あのときは、ギリギリ魔術師を名乗れる程度の知識と実力は身につけさせたから心配するなって言われたんだっけか。最後までスパルタだ。懐かしいなぁ。
……勉強も辛かったけど、暴発ばかりの実践はマジでやばかった。爺さん居なかったら絶対自滅してた。
常時マジックシールドが展開されているとはいえ、暴発するとその出力を上回るからね。
洒落にならないよ。

おっと、なんか脱線したな。
バレルディン王子はその講座が終わってからも、よく俺のところに質問しにくるようになってさ。
いつのまにかお互いにバレル君、先生と呼ぶようになってた。
こんなへっぽこに師事するより他の魔術師を見繕ったほうがいいと思うんだが、王子が来ると堂々と仕事をサボれるからあえて放置してる。

熱心な努力家で、根も真面目だから教えがいのある子だ。
これで剣も毎日練習してるっていうんだからほんと凄い。俺がこのくらいの時には(ry

顔もイケメンだけど許してやろうと思うくらいには感心してる。
黒髪なのも親近感沸くし。まぁ、この世界でも黒髪の人ってそんなに珍しくはないけどね。

唯一、気になるのは可愛い幼馴染の彼女がいることだけど……まぁ、その彼女のせいで苦労もしてるみたいだからプラスマイナスゼロってとこか。



上のお姉さんたちは二人とも他国に嫁いでるけど、アイネのためにわざわざ帰ってきたってんだから家族仲がどれだけ良いかわかる。

ホント、俺のイメージするロイヤルファミリーとは違いすぐる。
普通のご家族って感じ……ん、普通か?


あ、ついでだから他にも紹介しておこう。
まず、アイネに抱きついてピースしてるのがアイネが姉と慕う女性。
例の王子様のラブロマ相手、ナナミィさん。17歳。
――そして雪山で遭難していたカップルの片割れ。

パーティでお互いを見つけたときはもうびっくり。あー! ってお互い叫んじまった。

特別美人ってわけじゃないけど親しみやすい顔だよね。なんか愛嬌があるというか。どこか懐かしいというか。


その隣でナナミィさんの肩に手を置いてる、しかめっ面の青年がキャスパル聖王国のジャッシュ王子。19歳。
――雪山で遭遇した例の彼氏。

はじめて見るカメラを警戒して眉根が寄ってしまってるけど、本来はかなり爽やか系。
ナナミィさんの恋人でアイネの“元”婚約者の人。
日焼け+さわやか+細身の筋肉質。リア充め。

そうそう。
アイネの婚約、解消されたんだよ。しかも、キャスパル聖王国の方から。
おかげで特に揉めることもなく、あっさりと婚約はなかったことになった。
俺の決意を返せってんだよなぁ(笑)

婚約解消の知らせを聞いた王様とアイネの機嫌の良さったらなかった。
一日中ニッコニコ。
王様なんて、手間が省けたとかなんとか言いながらアイネと腕組んでスキップしてた。
……ほんとに王様なのか、あの人。むしろあれが王様で大丈夫なのかナナリール。

ちなみに解消の理由はジャッシュ王子本人から直接教えてもらった。ていうか、俺が手伝った(?) 霊獣の羽毛採取はこのためのものだったらしい。

婚約解消の理由には個人的に凄く納得したけど、書くのはもうちょい後回し。だってナナミィさんの説明を先にせんとあかんから。

誕生日会にナナミィさんは堂々とジャッシュ王子の婚約者として出席してた。
まぁ、彼女自身にも招待状を送ってあったらしいけど。婚約解消した国にその理由である人物が堂々と乗り込むのも凄い。どんだけ肝が太いのか。

まぁ、ナナミィさん自身が実は凄い人だったんだが。
なんでも、長年続いたキャスパルと同じ五大国の一つであるイディルス教国の戦争を終結に導き、聖王都で起きた連続誘拐殺人事件を解決し、村一つを丸ごと生贄にしようとした邪教の企みを阻止、と八面六臂の大活躍らしい。
それも、わずか一年の間にこれら全てを行ったんだとか。
何、この武勇伝。なんという主人公。
これでドラゴンイーターでも貴族でもないっていうんだから信じられない。

あまりに人気すぎて、最近、彼女を主人公のモデルにした舞台が公演されたらしい。
今、聖王国で大ブームなんだとか。
それくらい知名度と人気があるナナミィさん。
ほんと、女傑ってレベルじゃねーぞ……。

実際に話してみたけど、そんな凄い人には全然感じられなかったんだがなぁ。

なんつーか、良い人なんだけど普通の女の子って感じ。偉ぶったりもないし、むしろ誉めると超謙遜する。
しかも本人が「私はただの一般人だってば。凄いことなんて何ひとつ出来ないもの。周りの人が凄いだけ」って言うんだよ。
それ聞いて俺は思わず言ったね。
「いや、国の危機を救うような人を一般人というのなら、この世界は英雄だらけってことじゃないですか」って。
そしたら、「あはは、そうだねー。でも、案外その通りなのかもしれないよ? みんな機会がないだけで。ところで、なんでまだ敬語なの?」だとさ。

……あれ、こういう発言をするってことは大物なのか?
まぁ功績的には疑いようもないけど、どうにも普通すぎてなんとも……。

アイネとナナミィさんは去年、ナナリールの街中で知り合ったらしい。
アイネはお忍びで遊びに出てきていて、道に迷ったナナミィさんに声をかけられたんだと。
その後はジャッシュ王子つながりで何度か会ってさらに仲良くなったって。
文通もしてるらしいよ。

ていうか、事前にアイネから彼女がどういう人なのか聞いてたんだけどさ。
「えっと、よくわからないんだけど、とっても遠い国で女王至高聖っていうのをやってたらしいよ」
と、なんか凄そうな言葉が出てきて内心ドキドキしてたんだが。
会ってみたら意外と普通でなんとも拍子抜けというかなんというか。
ていうか、そんな大仰な肩書きを持っていた人が一般人って、どんな国だ。英雄の国?

で、本題の婚約解消の理由、なんだが。

――ナナミィさんが超モテるから。

なんか、人気に比例して男性からのプロポーズやラブレター、ラブコールがヤバイらしい。
しかもミーハーな奴だけじゃなくて親しい人物も含めて、若い男共はどいつもこいつもナナミィさんに大なり小なり気があるんだと。
さらに彼女の周りの男はなぜかイケメン揃い。
彼女に剣をささげた騎士とか、事件解決の際にスポンサーになった貴族とか、他にも大勢。
しまいにゃジャッシュ王子の弟まで彼女にメロメロ。

恐ろしいことに敵国だったイディルスにまでファンがいるとか。

このまま結婚しても彼女が側室なんてライバルたちが絶対認めないし、難癖つけて奪われるかもしれない。

いくら彼女が自分を愛してくれているとはいえ彼女の身分は平民なのだ。敵が多すぎる。

焦ったジャッシュ王子は国のためだとかなんだとかより彼女をとることを決め、現聖王である父親に直談判したらしい。
いわく、彼女が聖王国へ積み重ねた功績から彼女の重要性を説き、彼女を狙うライバルの多さを語り、最悪、彼女が他の国へ嫁いだ場合は自国で暴動が起きるかもしれないと脅した、と。
ちなみに、聖王国での彼女の熱狂的な人気の裏にはジャッシュ王子の差し金がいくらか含まれている。この説得を成功させるためだけにあれこれ画策したそうな。ジャッシュスゲー。

ってな話をジャッシュ王子が凄く疲れた顔でしてくれた。

とりあえず、お疲れ様でした。これからも気を抜かず頑張ってくださいと言っておいた。

正直、彼女がなんでそこまでモテているのか不思議でしょうがなかったんだが、気にしたら負けなんだろう。
なんかエキゾチックな魅力があり、包容力がありーとかジャッシュ王子は言ってたけど。
よくわからん。

まぁ、この裏話を俺が知っているのは、ジャッシュ王子とダチになったからなんだが。
自分でもなんでか知らんけど、イケメンなのに仲良くなれた。多分、苦労人オーラが俺に親しみを感じさせたんだと思う。

あ、ジョシュア王子から話しかけてきたんだぜ。俺から話しかけたりしたら、他国の王族相手に一介の魔術師風情がーとかなんとかイケメンがキレてウザイし。
アイネやバレルと話すだけで良い顔しないんだからなおさらです。

なんかジャッシュ王子いわく、君は安全牌だから気が楽だ、だって。
周りの若い男はみんなナナミィさんを狙ってるから気が抜けないんだと。
聞けば十年来の親友までライバルになってしまったというんだから不憫すぎる。
そしてナナミィさん恐ろしすぎる。なんという魔性の女(笑)

でもまぁ、全くもってその通りとはいえ、俺もあからさまに言われたらむっとする。
だから投げやりな口調で、俺の見た目で安心してるんですか?
彼女、外見には拘らなさそうですけど? と軽く脅してみた。
もちろんそんなことはありえないと彼女居ない暦=年齢の俺は断言できるのだけど。

するとジャッシュは「将来的に考えて、さ。それに彼女を妻に出来るのも半分は君のおかげだからね。感謝しているよ」だと。

将来ってどういうことなのか、なんで俺のおかげなのか。
よくわからなかったけど、とりあえずどういたしましてってムキッとポージングしておいた。

あれ? もしかしてジャッシュは俺が異世界人で、近い将来元の世界に帰るって知ってたのか?

……いや、ありえんな。爺さんしか知らないトップシークレッツだし。

まぁ、いいや。どうせ考えてもわからん。

婚約の話題はこれくらいにして、さっきの写真に話を戻そう。

ロイヤルな彼らを遠巻きに囲んでる有象無象がこの国の貴族やら魔術師やらの有名人たちね。
一応、ひとりひとりアイネに紹介してもらったけど、多すぎて覚えてないから紹介なんてできん。
ま、別にいいよね。俺自身特にお世話になってる人もいないし。

この他にも他の国の王族とか賢者とかが何人か来たけど、これには写ってない。

あ、その写真の中にイケメンもいるぜ。実家がナナリールでは有名な名門貴族らしいよ。
金髪ロンゲのすかしたイケメンがそうだから。ま、あいつに関しては特に言うこともないな。正直メンドイ。


で、だ。
その写真、実は俺も写ってるんだ。

どこかわかるかい? まぁ、一目でわかるよな。
超目立つし。羊の群れに混じったゴリラぐらい目立つし。むしろゴジラだし。

一番後ろに立っていて、
三人分くらいの幅を取っていて、
なおかつ首から上が見切れてるのが、

“俺”

礼服、ぱっつんぱっつん(笑)

この写真とった直後にボタンが弾けとんだからね。
しかも王様の頭に当たって、空気が凍った。
DOGEZAは俺の命を何度救ってくれるというのか。日本に生まれて良かったと思ったね。ありがとう日本。

ほんと、そっちに帰れてもこのままじゃ俺の姿見て親父もお袋も卒倒しかねないわ。
ていうか通行人に警察呼ばれるって、絶対。
もしくはケータイで写メ取られまくり。

あぁ、むしろ両方か。
関係ないけど、いつかモラルハザードってゲームが出るんじゃないかと思っているのは俺だけ?


まぁ、いいや。自分の容姿なんてもう諦めてるし。
それこそそっちに居たときからね。いまさらいまさら。

ちなみにシャッターを人に任せたのはそれしかないから俺が写ってる写真もそれだけ。
まぁ、俺の面なんて変わりすぎてて見てもわからないだろうし。
元々童顔で前髪伸ばしてたからさらに幼く見える反面、衰えた頬肉とケアしてないシミやニキビのせいで老けて見えるという不思議な顔が。竜肉食べたらアラ不思議。

白い歯がきらめくジャニーズ顔に!
……逆にキモイ。まぁ、冗談だ。前半も後半も。

実際はとってもいかつい面です。
掘りがあんまり深くないから顔はバーサーカーって感じじゃないね。筋肉的な意味じゃ近いけどさ。

うーん。自分の顔を何かに例えるのって難しいなぁ。

覇気とか威厳とかはまったく無い。
我ながら、バキに出てきてもおかしくない肉食顔なのに、なんかゆるい。
でも、怖い。なんぞ。
目は猫目。なんか動向が縦に鋭い。
ガチムチは普通の目だったのに。ドラゴンの目玉を食ったからかね?

まぁ、一番ヤバイのは“毛”だけど。
眉毛とか髪の毛とか。特に眉毛は地獄先生並に太い。
もともと手入れしてないから太かったけど、今はまさしく剛毛と呼ぶべきむさ苦しさ。
ほっとくとすぐ両さんみたいに繋がる。剃るの大変。
こっちじゃ眉毛の手入れなんて誰もしてないから別におかしくはないんだけどさ。

……なんでこっちの世界でもイケメン共はまるで手入れしてあるように細いんだ?
世界の七不思議だと思う。

まるで意味がわからない。ちくしょう。そんなところだけファンタジーじゃなくてもいいのに!

あ、髪の毛はこっちでも人に切ってもらってるから、ボサボサってわけじゃないよ。
流石にみっともない格好で公の場には出られないからさ。

前髪も短く切って両脇に分けたのを油で塗り固めて、ヒゲも綺麗に剃ってる。
今まで書いてなかったけど、爺さんのところに居たときはヒゲ面のライオンヘアー+カスケード(マキバ○ー)だったんだぜ。
正に野人という風貌。むしろUMA。体毛の少なめなビッグフット。
そりゃ爺さんもビックリするわ。むしろ家の玄関に現れたら警察呼ぶべきだね。家主が一流の自宅警備員でも仕事投げ出して逃げるよきっと。

今はかろうじて文化人に見えないこともない。でかすぎて人間?って感じだけど。
爺さんところに転がり込んだ直後は背中の毛まで伸びて、鬣ができてたからなぁ。

身だしなみ整えるのに刃を軽く30回以上交換しなきゃいけなかった。剛毛ってレベルじゃねーぞ。

身体に関しては言わずもがな。たるみなんて全身どこにも見当たらない。いくら食っても太らないのは楽だ。

いつまでも筋肉。
英語で言うとエターナルマッシブ。
並んで写真に写れないエターナルマッシブ。

やだ……なにこれ……。

……自分で書いてるくせに、切なくなってきたからこの辺で止める。自虐ネタのつもりがガチで涙出てきた。

俺の見た目は、メイドさんいわく、きちんと整えておけばなんとか見れなくはないが、進んで見たくはないって感じ、らしい。酷くね?
アイネは毎日見てれば慣れるから大丈夫って言ってたけど。
たぶん気を使ったつもりなんだろうが、一見さんお断りな顔ってことなのか、と小一時間問い詰めた。

ていうか、俺の見た目なんてどうでもいいんだよ。うん、そうだ、どうでもいいんだ。
その証拠にいろんな人に影でモンスター呼ばわりされてたと知っても泣かなかったからな!

ともかく、アイネの誕生日パーティだが、凄く場違いな気分を味わいながら、適度に楽しんだ。

アイネはプレゼントあげたら顔を真っ赤にして喜んでくれた。
そのままダンスに誘われて、壁際でうずくまってるつもりだった俺は若干、挙動不審な醜態をさらした。
まぁ、付き合ったけど。図体でかいからアイネや他の人の足を踏まないように精一杯でダンスの踊り方なんてこれっぽっちも気にしていられなかった。
踊り終わった俺にジャッシュが「そんなに身体が大きいのにアイネに振り回されてる様が滑稽だった」と非常に残念かつ素直な感想をくれた。チクショウ。

まぁ、そんなこんなでパーティも終わり。
翌日から、休んだ分の仕事が積もり積もったお邪魔ぷよのごとく降り注いできたわけで。
今日まで忙しくて手紙を書く時間すら取れなかった、というわけだ。

今回はコミケの件以外、特に相談事はないんだが。
まぁ、正直、不安なことはいっぱいあるから(寄生虫、ドラゴン、帰り方、元の身体への戻り方、居るかどうかすらわからない犯人などなど)また、何かあったら手紙送るよ。

あぁそうだ。いつも俺ばかり相談にのってもらってたし、今度は俺が相談にのるよ。
もし何か悩みがあるなら手紙に書いておいてくれ。
それじゃあ、また。


ps人はロマンなくして生きられない、というわけでラノベの新刊も忘れずにお願いします。


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