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[5527] 東方結壊戦 『旧題 ネギま×東方projectを書いてみた』【習作】
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2010/01/05 03:43
 注意書き、読まないと酷い目に合うかもしれません。


 その1・この話は「漫画版魔法先生ネギま!」と「東方project」のクロスになります。

 その2・両方の原作設定を無視している場合も多々あります、出来るだけ原作設定を尊重したいです、二次創作で原作設定遵守は恐らく無理と思います(設定見逃し、度忘れ、元より組み込めない…etc)。

 その3・主役は東方projectの二人、紅白の巫女と白黒の魔女です。

 その4・主役二人の強さはルナティック級、エクストラ級、或いはファンタズマ級です。

 その5・東方勢がネギま勢を蹂躙する物になる確率極高です。

 その6・オリジナルの設定が入ります、両方の原作で出ていない設定を捏造とかもします。

 その7・誤字脱字、おかしな文法があればご指摘お願いします、次話投下の際修正させていただきます。

 その9・能力使えば一発だろとか言うのは崩壊以前に成り立たない、短編で終わらせることができるくらい短くなるのでやりません。

 その10・東方キャラは出来るだけ出す予定です、星蓮船のは多分出ません、地霊殿までかと。

 その11・関係ないけど、作者は紅魔郷の難易度ノーマル5機設定でコンテニュー使いきり、レミリア様まで辛うじて行ける程度の腕です。
      これでも腕が上がったのです。




 注意書きは増える事もあるのであしからず。



[5527] 1話 落ちた先は?
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2012/03/19 01:17

「なぁ霊夢」

 博麗神社の縁側で、お茶と茶請けの羊羹を楊枝で突き刺しながら隣に座る白黒の魔法使いに返事を返した。

「……何よ」

 気色が悪いと言うほどでもないが、何か強請って来そうな雰囲気を出して声を掛けてくる魔理沙。

「外に行ってみたいぜ☆」
「行ってくれば?」

 切り分けた羊羹を口の中に放り込み咀嚼。
 丁度良い甘みに舌鼓、やはりお茶にはこういった和菓子が良く合う。

「素っ気ねーなー、外の世界のグリモワールを読んでみたいんだぜ!」
「だから行ってくれば良いじゃない」

 茶碗に口を付けて傾ける。
 ああ、初使用の茶葉で入れたお茶は美味しいわ。

「いやー、面白い本拾ってな! これとかこれ、これもな。 解読するのに時間掛かっちまったね」

 勝手に何処へでも行けばいいと言っていたら、なにやら勝手に説明し始めた。
 魔理沙がどこからか取り出した本、赤や青の、果ては良く分からない質感の本まで取り出していた。

「この本の何が面白いのよ」
「たとえばこれだな、『吸血鬼になる為の方法』とか」
「……は?」

 吸血鬼って、あの姉妹と同類になる方法ってこと?
 簡単に成れるもんなんだ、と一人完結させる。

「見てみるか? さすがに霊夢にゃ理解できないだろーが」

 そういって手渡してくる魔理沙、それについ手を出して受け取ろうとするが。

「あ」

 と『スキマ』に落ちた。
 私の手のひらに乗る前にスキマへと落ちた。

「こんなもの拾ってくるなんて、流石にこれは駄目ね」

 魔理沙が立ち上がって私の隣、いつの間にか座っていた『八雲 紫』に食って掛かる。

「そのグリモワールは私のなんだ、返せよ!」
「たとえ魔理沙が使う気なくても、色々バランスが壊れるから幻想郷に置いておけないわ」

 紫が手に持っていたグリモワールをスキマに投げ込む。
 吸血鬼姉妹のような存在がぼこぼこ増えたら堪ったものじゃないのは確か。

「さっさと返した方が身のためだぜ」
「身のため? どういう手段に出るのかしら?」

 魔理沙はスカートのポケットからミニ八卦炉を取り出し、紫はスキマから日傘と扇子を取り出して広げる。
 効果音にすれば『ズオォォォ』と言った感じだろうか、二人の間は空間が歪みそうなほどの視線の応酬。

「二人とも、やるなら神社の外でやってくれない?」

 その二人の間には私が居るわけで。
 勝手に喧嘩をやってればいいが、神社内や私を巻き込むならば相応の手段で叩き出さなければいけない。

「勿論だぜ! このババアをぶっ飛ばして取り返してやる!」
「バッ……、力押ししか能がない魔法使いにそれが出来るかしら?」

 どっちも火が入ったらしい、途端に飛び上がり上空で弾幕ごっこをはじめた。

 今日もお茶がうまい。





「と言うわけで外の世界に行こうぜ」

 どういう訳なのか分からないが二人の勝負は引き分けで、グレイズのし過ぎで服が焦げてたりしている。

「外の本を読みたいから私に付き合えって事でしょ? 嫌よ、めんどくさい」

 縁側でお茶を飲みながら日向ぼっこ、それが霊夢にとって最大の幸せと言って良い。
 それを邪魔するものは容赦なくぶっ飛ばしてきた、今もそれは変わらないわけで。

「……残念だったな、霊夢! 既に決まっている事なんだぜ!」
「は? ちょ!」

 と声を上げれば、いきなり目の前にお払い棒が落ちてきて、慌てて拾い上げるように手に取った。
 掴んだと確信すれば、浮遊感。
 落とされたと理解する、スキマの中に。

「ユカリィィィーーー!!!」

 落ちていく中、叫ぶ。
 境界を操ったのか、飛ぶ事さえ出来ずスキマの中へ。

「いってらっしゃーい♪」

 と、スキマの外からにこやかに手を振る紫が見えた。
 あのババア、戻ってきたら夢想天生を叩き込んでやる。
 そう思いながら、スキマの奥底へ落ちていった。



















「あのババア……」

 地鳴りのような唸り声。
 霊夢は恨みがましい表情で、紫をババアと呼んでいた。
 今ここに居ない無理やり移動させた元凶と、すぐ隣に居るそうするよう仕向けた元凶。
 居ない者と居る者、怒りをぶつけるには存在するものでないと駄目だ。
 つまり……。

「落ち着けって霊夢……、お払い棒を振りかぶっても戻──」

 言い切る前に、魔理沙の頭の天辺に振り下ろされた。

「っ……っ……!」

 しゃがみこみ、痛いと口に出せないほど痛みにもだえ苦しむ。
 霊夢から見ればきっと涙目になっているだろう自分。
 ニヤリと口端を吊り上げて笑う霊夢、容赦などしてくれなさそうだ。

「っおわ!?」

 再度振り上げられるお払い棒、今の一発では怒りは晴れなかったようで。
 間一髪避けてカリカリカリっとグレイズ音、3回鳴ったと言う事は3発分の攻撃だと言う事。
 威力か回数か、どちらでもいいけど当ったら痛い目を見るというのは確定のようだぜ……。

「悪かった! ほんと悪かったから!」
「謝罪の言葉なんて幾らでも吐けるわ、大切なのは行動で示す事よ」

 口で謝る位なら、さっさと幻想郷に戻せと霊夢は言っている。
 スキマを操れない私にはそれを出来ないわけで……。

「まるでUSC……だぜ」

 凄まじい笑みを浮かべ、腕が増えたように錯覚するほど高速で振るわれるお払い棒。
 今の霊夢はまるで、前に拾った『漫画』とやらに出てきていた、『オラオラオラオラァ!』と拳で殴ってくる奴のようだった……。
















「はぁ……、ここどこよ」

 一頻り魔理沙を叩き終え、辺りを見回せば鬱蒼とした森の中。
 少し歩けば妖怪がひょっこり出てきそうな感じがする。
 ため息をつきながら、頭にこんもりたんこぶを作って倒れている魔理沙を引っ張り起こす。

「……結構酷いぜ」
「嫌がってる人間に無理強いする魔法使いと、どっちが酷いかしらね?」
「しこたま人の頭を殴る巫女」

 霊夢が物理的なら、魔理沙は精神的。
 どっちもどっちな感じもしなくはない。

「……それで、ここがどこだか分かってるんでしょうね?」
「知らないZE!」

 ブオンッとお払い棒が魔理沙のほほを掠める。
 またもグレイズ音、霊夢は口より手が先に出るタイプの人間だった。

「ゆ、紫の話じゃ来る前に見せた本があった場所って聞いてるぜ!」
「ふーん、この土地に魔理沙が望む本があるって訳?」
「たくさんあるって聞いたから、蒐集するにはもってこいって訳だ」



 うふふと笑う魔理沙、紫以外の気色悪い笑い方など久しぶりに見た。

「で、本を取りに行くんでしょ? 場所は勿論分かってるわよね?」
「ああ、下のほうから強い魔力を感じるな」

 帽子を直し、左手で箒を掴む魔理沙。
 空いている右手にはミニ八卦炉を取り出していた。

「まァ、その前に……」
「妖怪退治と行きましょうか」

 視線の先、森の奥から数多の妖怪が押し寄せてきていた。















「ふッ」

 右のポケットから打ち出される大砲のような拳打。
 大気を叩き、弾丸と化した衝撃が召喚された式神たちを叩き潰す。
 地面はクレーターのような凹みが複数あり、地面に『居合い拳』を放った証拠でもある。
 こんな昼間に侵入してくるとは、最近大胆になり始めている。
 今だ結界の効果などで一般人には知られていないが、これが続き増え続ければ目撃所か一般人に被害まで出る可能性がある。

 結界のお蔭でどの方角から何人侵入してきた、と探知できるから良いものの。
 許容量を越えれば中まで侵入されかねない、そうなると物理的に遮断する結界が良いと思われがちだが。
 麻帆良に出入りする人の数は何万、時には何十万となるからかなり難しいものとなる。
 この麻帆良の地に張られた結界、それは認識を誤魔化したり、何処に誰が居るか、そういった認識阻害や探知、探索系の結界。
 効果としてはそれだけではなく、魔物や妖怪などの力を押さえ込む効果もある。

 無論それをごまかす手段など沢山ある、だが勿論それを防ぐ手段も沢山ある。
 数多の術で組み上げられそう言ったもので構築された、不法な侵入者が居れば即時に探知する仕掛け。
 結界を引くと言うならそれを探知する設備などが必要だ、だがそれをこなすのは一人の魔法使い。
 彼女なら例え力が封じられていても、誤魔化した時の違和感を感じ取る事が出来る。
 不正な手段で結界を通り抜けた者を感じ取り、それを我々の手で排除するという方式しか取れないと言う事だった。

「ふぅ……、終わりかな」

 真昼に堂々と入り込んできた式神、それを叩きのめして一息。
 統計、数年前からの侵入者の数が年々右肩上がり。
 現状人手が足りていないわけではないが、このままだと必然的に人手が足りなくなる。
 人員補充にも時間が掛かるし、これ以上魔法生徒達の手を借りるわけにもいかない。

「……全く」

 懐から携帯を取り出し、アドレスを開く。
 選択、通話ボタンを押して学園長に排除完了の電話を入れようとした所に、この森から更に北西に一筋の光が天へと伸びていた。
 同時に感じるのは巨大な圧力、凶悪と言っていい存在感を放っていた。
 勘の鋭い者なら離れていても感じるだろう、かなり強い存在がこの麻帆良に侵入してきたと言うのか。

「……学園長、新たな侵入者です」

 そうは話しながら飛び出す、瞬動を用いて全力で北西へと向かった。
















「こいつら、妖怪……よね?」
「じゃないのか? すげぇ弱っちいけど」

 非常に威力が低い『ホーミングアミュレット』の一発で吹き飛び消える妖怪たち。
 追尾性が非常に高い反面、威力が低いのだけど……。

「襲ってくるならまとめてぶっ飛ばすだけだぜ!」

 魔理沙がマジックミサイルを放ち爆裂、言ったとおり纏めて十数体を吹き飛ばした。
 強さは幻想郷の毛玉程度、姿が鬼や烏天狗なので相応に手ごわいと思っていたらこの程度。
 同じ鬼の『伊吹 萃香』や烏天狗の『射命丸 文』とは雲泥の差。
 二人と比べるのが失礼なくらいに弱い。

「ま、とりあえず痛い目にあってもらいましょ」

 群がる妖怪どもを蹴散らそうと、懐から符を一枚取り出して掲げる。
 魔理沙はマジックスフィアを浮かべて、撃ちながら妖怪たちの位置を上手く誘導する。

「いけるぜ!」
『神技──』

 魔理沙の合図と共に地面に叩きつけるように、符を持つ左手を振り下ろした。

『──八方鬼縛陣!』

 赤い線で出来た長方形の結界が見る間に広がり、自身と魔理沙、妖怪どもを内に捕らえて、足元から霊気が立ち上った。
 赤い光を放ちながら、天へと伸びる長方形の退魔殲滅陣。
 陣内の自分と魔理沙を除いた存在を一瞬で消し飛ばし、光が収まれば当たり前に妖怪たちは消えていた。

「まぁこんなものね」
「数だけか、骨がないって言っちゃあ失礼か?」

 魔理沙は笑いながら帽子の位置を直す。
 恐らくは紙を使って呼び出された式、骨が無いというのは言い得て妙。

「……もう居ないようね」
「さて、憂いも無くなったし早速グリモワールを──」

 と言いかけて、収めようとしたミニ八卦炉を構えた。

「──っと、人間か。 マスタースパーク撃ちそうになったぜ」
「せめてマジックミサイル位にしてなさいよ」

 あんな大砲を撃たれちゃ色々吹っ飛びかねない。
 ミニ八卦炉を向けている先には、メガネを掛けた無精髭の男が立っていた。




「……君達はここで何をしてるんだい?」

 光が立ち上ったと思わしき場所へ着いてみれば、頭に大きな赤いリボンを付け、紅白の露出が大きい巫女服……? を着た少女と。
 子供用の童話に出てくるような、箒を持ち、白黒の魔女ルックな服を着ている少女たちが居た。

「何って、妖怪に襲われたからぶっ飛ばしただけだぜ」
「襲われてぶっ飛ばした……? さっきの光は君達が?」
「正確にはこっちの霊夢だぜ、わたしゃ何もしてなかったり」
「魔理沙は限定的な広範囲は苦手だものね」
「それで、妖怪たちに襲われるような場所で何を?」
「……それは」
「いだッ! 何す──」

 巫女服の少女、霊夢と呼ばれた少女が手に持つお払い棒で白黒の魔法使いルックの少女、魔理沙と呼ばれた少女の頭を叩く。
 連続で叩き続ける少女と、逃れようと走り出す少女。

「思い出してムカムカしてきた、もうちょっと叩かれなさい!」
「そんなのは妖怪で晴らしてくれ!」
「本人に当らなきゃ晴れないわよ!」

 始まる追いかけっこ、あまりに場違いな状況に少し頭が痛くなった。

「……そろそろいいかい? 色々聞きたい事があるんだが」

 お払い棒を振り回すのを止めた紅白の少女がこちらを見て、ボコボコと殴られていた白黒の少女が顔を上げる。

「いつつ……、私も聞きたい事が有ったんだ」

 頭を摩りながら立ち上がり、まっすぐ見つめてくる。

「ここらへんにグリモワールがあるだろ? そこに案内して欲しいんだぜ」
「君達は……、魔法使いかい?」
「私はな、霊夢は違うぜ」
「ただの巫女よ」

 ただの巫女にしてはとんでもないものだと感じる少女。
 成人していない年齢だろうに、ここまでの存在感を放つ人物を見たのはナギやエヴァ位なものだ。

「そうか……、グリモワールは魔法書の事かい?」
「そうそう、グリモワール。 持って行きたいけど紫が持ってくるなって言ってたからな、一応読むだけ」
「魔法書を読みたいから案内してくれって事か、……本当に読むだけかい?」
「持ち込んだら没収されるからな、しょうがないから読むだけだぜ」

 『ゆかり』、おそらくは人名だろうがこの二人に厳命できるほどの人物か。
 警戒しすぎて損はない二人だが……。

「読んだらさっさと帰るわよ、人の幸せ奪っといて自分だけ幸せなんてムカつくし」
「今度賽銭入れてくから勘弁してくれ」
「そういってキノコ入れてくんじゃないでしょうね?」
「……とりあえず、学園長に話を入れるから付いてきてくれるかな?」
「がくえんちょう? なにそれ」
「この土地で一番偉い人の事だよ」
「ふーん、じゃあ連れてってくれ」















 侵入者を保護したと、高畑君から連絡を貰い。
 既に帰還していた他の魔法先生と共に、学園長室で待っていると二人の少女を連れた高畑君が現れた。
 紅白と白黒、それだけで表せるような少女達であった。

「ふむ、君達が侵入者かね」
「そっちから見ればそうでしょうね」

 言ってもいないのにソファーに座り湯のみを傾け、高級茶葉で入れられたお茶に舌鼓を打つ紅白の少女。
 一口飲むたびに『いい茶葉ね……』と呟いていた。

「名前は?」
「博麗 霊夢<はくれい れいむ>」
「霧雨 魔理沙<きりさめ まりさ>だぜ、ところでこの頭本物か?」

 いつの間に移動したのか気が付けば頭を撫で回し、軽く叩いている白黒の少女。 

「本物じゃから、あまり撫で回さんでくれ」
「ああ、すまねぇすまねぇ。 こんな頭持つ人間始めて見たぜ、この人里もめちゃくちゃでかいし。 外に出てよかったぜ」

 やたらと感心して窓の外に視線をやる少女、周りの魔法先生たちがあまりの傍若無人っぷりに怒りを溜めているのが分かる。

「本題に移るかの、君達の目的は魔法の書物かね?」
「そうそう下から感じるんだよな、色々な魔力が」

 思い出したと言わんばかりに頷き、麻帆良学園の学園長兼理事長の『近衛 近右衛門』は表情を変えずに驚く。
 学園長室から千数百メートル離れた、それも地下にある魔法書を感じ取っているような事を言う霧雨君。
 地下には厳重な封印処理をしている魔法書、かなり近づかないと感じられないはずの魔力をこの少女は今も感じていると言うのか。

「はて……、元より地下なんて無いがのぉ」
「そうなのか? なら地面の下に埋まってんだろうぜ!」

 とぼけて見るが、『掘り起こそうぜ!』と続けて言いそうな霧雨君。

「向こうの方から感じるんだよな、……ありゃあ湖か? もしかして水の中じゃあないよな」

 果ては湖ごと吹っ飛ばすか……、とか物騒な事を呟く。

「待て待て、そんな事したら魔法書まで吹っ飛ばしかねんぞい!」
「それもそっか、どうすっかなぁ」
「湖の上になんか有るじゃない、あれからは入れたりしないのかしら?」
「ん? よく見ればあるな。 良し、あそこに行ってみるか!」
「待て待て待てい! 君らには話を聞きたいんじゃが!」
「そういえばそうだっけ」
「すっかり忘れてた」

 頷きながら、『お茶請けは無いのかしら』とか言い出す始末。

「それで、聞きたい事って?」
「……なぜ本を求めているのかと言う事じゃ」
「魔理沙が読みたいって言ったからよ、正直言って私はグリモワールなんてどうでもいいのよ」

 さっさと帰りたいと一言付け加える博麗君。

「拾った本が面白くてな、紫がここに似たような本が有るって聞いて外に出てみたんだが」

 本も面白そうだが、この人里も面白そうだぜ! と笑いながら言う霧雨君。

「つまり、ただ本を読みたいがだけにここに来たと?」
「そう言う事」

 霧雨君が言う『似たような本』と、おそらく人物名だろう『ゆかり』と言う存在。
 前者は確かに湖の地下には貴重な書物がある、勿論それを公言している訳ではなく隠してはいるが、情報であるからして漏れているのは否めない。
 後者の人物はそれがそこにあると確信して霧雨君に言ったのじゃろうか……。

「霧雨君、似たような本とはどういうものかね?」
「魔理沙で良いぜ、本は家の近くで見つけたんだが結構面白くてな。 『吸血鬼になる為の方法』が書かれてた本とか」
「何じゃと!?」

 椅子を倒しながら立ち上がる、周囲の魔法先生たちも同様に驚いた顔。
 貴重所ではない、完全な禁書指定、焚書を受ける代物。
 図書館島は蔵書の増加に伴い増改築を繰り返し、今では全貌を知る者は居ない。
 裏の司書である『彼』も全部を知らんじゃろう、そんな物があったらすぐにでも処分していたはず。

「その吸血鬼になる為の本は今どこにあるのかね?」
「紫に没収されたぜ? 色々危ないからって言ってたな」
「むぅ……、そのゆかりという人物は今どこに?」
「見てるんじゃないか?」
「見てる?」
「おーい、ゆかりー。 見てるんだろー?」

 声を上げて呼びかける魔理沙君、見てるとは今この学園長室を覗き見ていると言う事か。

「ここは外から覗けるような防御の薄い場所じゃないぞい」

 遠見などの探知魔法を妨害する魔法を幾重にも掛けている、並みの魔法使いでは直接中に入らないと見えないはず。

「紫なら簡単に抜けてくるぜ、結界とかあんま意味無いし。 おーい、ゆかりーん」
「それほどの腕前なのかの? そのゆかりとやらは」
「そうね、障壁とか無視して直接中に入ってくる程度の能力を持ってるわね」
「障壁を無視とな?」

 茶碗をおきながら頷く博麗君。
 かなりのレベルの魔法使いらしい。

「おーい、いい加減出てこいよー。 ……話すすまねーだろ、このババアッが!?」





 ガン、っと魔理沙の上に標識が落ちてきた。
 しゃがみこんで頭を抱える魔理沙、かなり痛かったらしい。
 突然現れた道路標識に驚くコノエモンとその他の人間。
 床に落ちた道路標識が、床に開いた何かの中に沈んでいく。

「さっさと出てこないからそういう事を言われるのよ、紫」
「……ババアは酷いと思わない? 霊夢」
「事実だから仕様が無いでしょう、と言うかスキマに落とした恨み忘れてないわよ」

 室内に響いてくる美しい声、それを聞いて咄嗟に構える周りの人たち。

「あら、あなたの役目を全うさせてあげようと思っただけですわ」

 空間が裂けた。
 何もない空間に、一筋の縦線。
 その線の端に留められた赤いリボンが揺れ、線が開いた。
 人一人通れるほどの大きさで広がった時、幻想郷でも最強クラスの妖怪が現れた。

「そこで盾に取る? 最初から言えばよかったでしょ」

 紫が部屋の中央に現れ、いつもの格好で何を考えているかわからない笑みを浮かべている。
 帽子を鶏頭をさすっていた魔理沙が立ち上がり、短い抗議を発した。

「おい紫! いてぇーだろ!」
「口は災いの元、と」

 魔理沙は睨みつけるように見て、紫は飄々とそれを受け流す。
 その光景に音を吹き込むとすれば『ズオォォォォ』と言った感じ。

「さっきもそれやったでしょ、さっさと進めなさいよ」
「……それもそうだったな、あの本スキマから出してくれ」
「お断りするわ、あんなの人間の手には有り余るもの」





 開いていた亜空間を閉じ、降り立つ長い金髪の麗人。
 紫を基調とした、東洋風のドレス。
 ひらりとスカートを揺らして美しく微笑む、それだけで鳥肌が立った。
 目の前の存在は危険すぎると、本能が警告する。
 逃げろと警鐘を鳴らす、その警告に反して体は全く動かない。
 その気になれば、この場に居る全員を簡単に屠れるような存在だと認識した。

「ホッホッホ、貴女が紫殿ですかな?」

 そんな中、学園長だけが平然と喋りかける。





「ええ、『八雲 紫』と申しますわ。 以後お見知りおきを」
「此方こそ、わしは『近衛 近右衛門』と申す。 ……それで、早速で悪いんじゃが魔理沙君が言っていた吸血鬼になる為の本をお見せいただきたい」
「これ、ですわね?」

 左手に持つ扇子を開き、口元を隠しながら右手に本が現れた。
 空間転移? それにしてはラグが無さ過ぎる。
 彼女が現れた時と同じ様に、空間が開いてその中から本が落ちてきた。

「これ……が、八雲殿はこの本をどうするつもりで?」
「どうもしませんわ、このまま置いておくか処分するか。 少なくとも人の手に渡そうなどとは思っていません事よ」
「こちらとしてはそれは処分したいと思っておる、今ここで燃やすなりなんなりしてもらえませんかな?」
「その意見に賛同しておきましょう」

 潰れる、と言った表現が一番近いだろうか。
 本が『内側から』拉げていき、クシャリと小さな音を立てて消滅した。

「……貴殿のお心遣い、感謝しますぞ」
「そのお礼にこの二人をここに置いてもらえないかしら?」
「はぁ? 紫、あんたなに言ってんのよ?」
「それじゃあ、一週間位したら迎えに来るから」
「ちょ! 待ちなさい!」

 八雲 紫が亜空間の中に沈んでいく。
 博麗 霊夢が必死に手を伸ばすが、間一髪のところで届かなかった。
 伸ばした手が空を切り、倒れそうになるのを踏ん張って持ち直す。
 そして……。

「あぁぁぁんのくそババアァァァァァ!!!」





 紅白の巫女と、白黒の魔法使いが麻帆良に滞在する事が決まった瞬間だった。








 続くか分からん。
 霊夢が外道っぽい感じがする。
 魔理沙は作者のイメージ通り。
 紫は胡散臭い、色々と。


 一部加筆。
 昼夜の表現を変更、昼に侵入してきたことにした。
 ゆかれいむっぽいの変更。



[5527] 1.5話 幻想郷での出来事の間話
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2009/02/04 03:18

 外の世界で霊夢が紫の事を、大声でくそババア呼ばわりしていた頃。
 幻想郷では一人の鬼が博麗神社に訪れていた。

「れーむー、遊びに来たぞー」

 と、既に千鳥足な小柄の鬼の名は『伊吹 萃香』。
 右手にだらしなく持った瓢箪に口をつけ、一気に呷る。

「っぷはー、……おーい、れーむー」

 よたよたと、神社の赤い鳥居を潜り抜ける。
 境内を見渡せど紅白の巫女は見当たらなく、帰ってくる声は無し。

「んー?」

 頭を傾げながら神社境内の端、階段、鳥居、賽銭箱まで敷かれた石畳を外れた道。
 霊夢の自宅となる社務所に足を運ぶ。
 縁側を覗いても巫女の姿は無し、靴を脱ぎ捨て縁側へ上ると盆とその上に乗る湯呑みがあった。

「れーむー?」

 隅々、時折戸棚に置いてあるつまみを食べながら霊夢を探すが居ない。
 縁側に戻ってきて考える、お茶が冷め切っていない湯飲みが2つある。
 誰かが来て、その客にお茶を出した。
 その後出かけた? なら湯飲みは片付けて行くはず。

「無理やり?」

 魔理沙が無理やり連れ出したんだろうか。
 十二分にありえる状況を予測。

「どこにいったんだろーうねぇ」

 そう言うと同時に手足が霧となり、広がり始める。
 数秒も経つと完全に姿が掻き消えた。
 これが伊吹 萃香の『密と疎を操る程度の能力』、あるいは『密度を操る程度の能力』と言われる特有の能力。
 それを使って自身の体の密度を下げて霧と化し、幻想郷へ広める。
 まるで幻想郷全てを包み込むように、あらゆる出来事を覗いた。
 が、知覚した出来事全て理解したにも拘らずお目当ての人間は見当たらなかった。

「あんれぇー? 居ないなぁ」

 霧から戻り、縁側に座りつつも腕を組む。
 無論、酒を飲むのをやめない。

「んー」

 立ち上がり、境内へ戻る。
 なんとなく賽銭箱を覗き、賽銭が入ってない事を確認。
 いつも通り賽銭は入っていなかった。

「……いつもどーり、でも違うかね」

 虫の知らせ、蛍の妖怪ではないがなんとなく嫌な予感。
 瓢箪の酒を呷る、振り返って鳥居まで歩く。
 真下に来れば霧化、元に戻れば鳥居の上。
 座り込み、そこでお目当ての人物が来るのを酒を飲みながら待つ萃香だった。













 新聞を抱え、空を飛翔する一人の妖怪。
 時折上空から新聞を放り投げ、素早く投函して行く。
 その速度は尋常ではなく、影を置き去りにしていくように翔ける。
 いつものコースを飛び回りながらも、新規購読者を獲得できなかった『射命丸 文』。

「何か面白いネタ無いですかねぇ……」

 少しだけ眉間に皺を寄せたが、考えている事は常日頃と全く変わらない。
 そんな中、購読者の一人である紅白の巫女がいる神社へ投函しに行くと、鳥居の上に一人の見知った妖怪が居るではないか。
 本来なら新聞を投げ込んで終わりなのだが、視線が合ったために一気に降下。
 その人物の前に羽ばたきながら空中に留まった。

「これはこれは萃香さん、ご機嫌はいかがですか?」
「遅いじゃないか、烏天狗」
「遅い? この私が?」
「遅い遅い、自分の新聞の事でも考えてたんじゃないか?」
「……よくお分かりで」

 内心ムカついたが、それを口に出すほど人間……もとい妖怪は野暮ではない。

「いやいや、ちょっとずれちゃったね。 聞きたい事が有るんだが、いいかい?」
「ええ、なんですか?」
「うん、巫女さん知らない?」
「巫女さん? この神社の?」
「そうそう、紅白の巫女」
「いえ、全く見てませんが」
「やっぱり知らなかったか……、手間掛けさせたね」
「全く問題は……、何かあったんですか?」
「なに、巫女さんが見当たらないだけさ」
「見当たらない? 人里にでも行ってるのでは?」
「もう隅々まで見たから不思議に思ってね、『外』にでも行ってるのかねぇ」

 外? 外とはまさか……。

「つまり、あの巫女が幻想郷の中に見当たらないと?」
「そういうこと、紫が何かしてるかもしれないね」

 そう言って瓢箪を呷る萃香さん。

「これは……、良いネタになるかも」
「書くのはいいが、『嘘』はいけないよ」
「清く正しく、それがモットーの射命丸 文です」
「まあいいさ、清く正しくやっとくれ」

 鳥居から飛び降り、階段をゆっくり下りていく萃香さん。

「『博麗の巫女、幻想郷の外へッ!?』……、インパクトが足りないかな。 『博麗の巫女、新たな異変解決へッ!?』……、これもどうかな……」

 見送った後、空へ上る。
 山へ帰ってもこの事ばかりを考え、新聞に載せる見出しを考えていた。

 



 それから数日もせずに、幻想郷、主に妖怪たちに衝撃が走った。
 『博麗の巫女失踪!? ついでに白黒の魔法使いも失踪!?』と言う見出しの『文々。新聞』が発行された。
 購読者の妖怪たちが話を伝え、見る間に幻想郷中に広がる。
 中には真相を確かめに、直接射命丸 文を尋ねる妖怪も居た。

「ええ、あの紅白の巫女と白黒の魔法使いは今現在幻想郷の中にいませんよ? 現在も調査中ですので次回の文々。新聞を宜しくお願いします」

 尋ねて来る者にすべてそれで返し、対応した。
 そんな中で内心このネタのデカさに冷や汗をかいた。
 博麗 霊夢と霧雨 魔理沙の名は幻想郷の妖怪たちにとって知らぬ者無しと言われるほど有名。
 そこそこ反響があるだろうと思っていたが、ここまでとは露にも思わなかった。

「事件の要はあのスキマ妖怪ですか……」

 一人唸る、萃香さんが言っていた通り如何に結界を維持する博麗の巫女とは言え簡単に出入りできないはず。
 なら結界を無視して中と外に出入りできる存在、スキマ妖怪こと『八雲 紫』が外に送ったのではないか。
 考えれば簡単に行き着く答え、だが相手はあの『スキマ妖怪』だ。
 生半可な事では真相に辿り着けないだろう。
 できれば当人に直接聞きたいが、早々出会える存在ではない。
 彼女達が住む家もどこにあるのか誰も知らないだろう、一度調べてみたが全く分からなかった。

「あやややや、いきなり手詰まりですか」
「良かったわ、手詰まりで」
「ってぇええ!?」

 気が付くと隣に座っていた八雲 紫。
 叫びつつも手帳と万年筆を取り出していた。

「八雲 紫さん! 今回の事でお話を!」
「そうねぇ、博麗の巫女の役目は何かしら?」
「巫女の役目? 大結界の保持では?」
「もう一つあるでしょう?」
「もう一つ? ……もしかして」

 と手帳に書き込み、隣を見ると誰も居なくなっていた。

「……あやややや、外に出向かないといけないほどの異変……? これは思った以上に大事ですね」

 さらさらと考察を書き込み、次の新聞のネタを汲み上げていく射命丸 文であった。



[5527] 2話 要注意人物
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2010/01/05 03:46

 彼女、八雲 紫殿が亜空間に消え、霊夢君が大声で叫び終わって数秒。
 明らかに怒気と言っていい雰囲気を纏う霊夢君。
 正直話しかけるのに勇気が要るが、このままでは遅々として進まない。
 周りを見れば、八雲殿が居なくなって気が抜けたのか、大半の魔法先生たちが座り込んでいた。
 一部の、ほんの一部の者はちょっと可哀相な事になっていた。

 後で絨毯を変えんといかんのぉ。

「……一つ聞かせて欲しいんじゃが」

 逸らしていた視線を戻し、霊夢君を見る。
 艶やかな黒髪を揺らし、向けてくる黒目と視線が交差した。

「……何よ」
「……彼女は、八雲殿は一体『何』なのじゃ?」

 強大な存在感、居るだけで他者を塗りつぶす様な存在。
 もし戦えば、この場に居る全員を容易く消滅させる事が出来るであろう。
 そう思っても仕方ないほどの実力差を感じた。
 姿形は人間、だがその本質が全く計りかねない。

「ゆかりぃ? あのくそババアの事なんて考えるだけでもイライラするわ……」

 そう言ってギリギリとお払い棒の柄が軋んでいた、見るからに不満が溜まっている様な感じじゃった。
 一言で言えば、『怖い』。

「紫は妖怪だぜ」

 と、霊夢君の代わりに答えたのが魔理沙君。

「……妖怪? 八雲殿が?」
「ああ、すきま妖怪だな」

 すきま妖怪、そんな名称の妖怪など聞いた事が無い。
 あの開いた亜空間をすきまと称しているのか、そのためすきま妖怪と言われるのか。

「すきま妖怪とはどんなものなんじゃね?」
「さあ、私も良く知らないな。 阿求は『妖怪の賢者』とか言ってたけど」

 またよく分からない名称が出てきた、彼女らが住む土地は色々と麻帆良とは違うんじゃろうな。
 紅と白を基調とした脇とか見える巫女服に、白と黒を基調とした一般的な魔女のイメージな服。
 それを普段着として着ているとしたら、色々と考えなければいけないのぉ。

「『あきゅう』とは?」
「んー、……歴史家って奴か? 色んな事を本に書き留めてる」
「ふむ……」
「妖怪の賢者はそのままだぜ、阿求がそう言ってただけ」
「妖怪の賢者……、どう見ても人間にしか見えないんじゃがね」
「人型の妖怪は結構居るよな、霊夢?」
「……そうね、大抵異変を起こすのは人型だからイラつくわ」

 何とか怒りを押さえ込んだ様子の霊夢君。
 どっかりをソファーに座って湯飲みを手に取っていた。

「スキマとは……、あの裂けた空間の事かね?」
「そうそう、紫は境界を自在に操るからな」

 まぁスキマが無くても十分強いんだがな、と付け加える。
 一目で分かる実力、そこのあのような亜空間を自在に操るとなれば……。

「正直に言おう、彼女は危険ではないのかね?」
「危険と言っちゃ危険だな、紫が動く時は大抵めんどくさい事になるし」

 腕を組んで頷く魔理沙君。

「まぁ今回は私の我侭だしな、そう警戒しなくてもいいと思うぜ」
「……ふむ」

 厄介事を持ってくる、と言う意味で危険なのか。
 少なくとも霊夢君たちと八雲殿は対立しているわけじゃなさそうじゃ。

「そうだったわね、魔理沙が原因だったわね……」

 そう考えていると、霊夢君が声を発した。
 低く、ドスの聞いた声。
 ハッ! と気が付いて振り返る魔理沙君。
 失言に気が付いたのだろう、戦々恐々とした表情を浮かべていた。

「なぁ霊夢。 そんなに怒るなよ、たった一週間だろ?」
「……そうね、たった一週間よね」
「そうだぜ、一週間なんてすぐ経つさ!」
「そうね、たった一週間。 魔理沙と弾幕ごっこでもして過ごしましょうか」

 ゆらりと、顔をうつむかせたまま霊夢が立ち上がった。

「お、落ち着け! ここは狭いし他の奴らも居るんだぜ!」
「……弾幕ごっこじゃなくても良かったわね」

 両手を突き出して止める魔理沙君。
 それを見ず、お払い棒で素振りを始める霊夢君。

「待て待て待て! やっぱり私は悪くない! 紫だ! 紫のせいブッ!」

 放たれたお払い棒が魔理沙君の顔面にめり込んでいた。
 メリッと言う音が出そうなほど、いや、突き刺さっていると言った方が良いのじゃろうか……。

「あんたも悪い、紫も悪い、両方悪い、つまり打っ叩く」

 悪いから叩く、何と単純な答えか。
 仰向けに倒れている魔理沙君、少なくとも霊夢君がココに来る一因となってはいる様じゃ。

「魔理沙、人様に迷惑を掛けるのってどれ位罪が重いか分かる? それも一番幸せな時の時間をよ?」

 アッー! と魔理沙君の悲鳴が起こる。
 魔理沙君を踏みながら『異変が無い時位は静かにさせて欲しいわ』とか呟いておった。

「……も、もう良いかね? 今後の事を決めて置かなければならんのじゃが」

 霊夢君のスタンピングから匍匐前進で逃れる魔理沙君。

「あ、ああ、そうだよな! 寝るとことか飯とかな!」

 救いの手に飛びついてくる魔理沙君。
 もうちょっと気をつけて欲しいのじゃが……。

「衣食住は提供させてもらうのじゃが、何か希望はあるかね? 希望に出来るだけ添えるよう手配するがの」
「が、学園長!? こんな怪しい者達を置いておくのですか!?」
「そうしようと思うのじゃが、何か不満でもあるのかね?」
「危険過ぎます! 即刻追い出すべきです!」

 肌が黒い、この学園の先生の中でかなり頭が固い方のガンドルフィーニ君が大声で反対してきていた。

「本人が目の前にいるのに言うなぁ」
「あんたも似たような事するでしょ」
「そうだっけ?」
「そうよ」
「学園長!!」
「まあまあ、少し落ち着きなさい。 八雲殿が如何に危険であろうと、彼女達が同義の存在とは限るまい?」
「……確かにそうですが、魔法書を狙って来ているという事には変わりません」
「確かにそうじゃが、狙うならもっと賢いやり方があると思わんかね?」
「しかし……」
「八雲殿の『すきま』とやらを使えば、魔法書が置かれている所に直接行ける事も出来るかもしれん。 じゃが、八雲殿はあの本が『危険』だと言って、処分してもらったのじゃ。 君が考えるような危険人物なら、持ってこずに何らかの事に利用していたじゃろうて」
「………」
「『本当に』危険ならば、このような事などせぬはずじゃ」

 ……尤も八雲殿にとって、あの本が『利用価値が無い』代物だったのならこの考えは簡単にひっくり返されるじゃろうが。

「……だが、君の言う通り彼女らが危険ではないと言う確証も無い。 霊夢君、魔理沙君、悪いがこの一週間監視を付けさせてもらっても構わぬかね?」
「お断りよ」
「四六時中見られるのはなぁ」
「ここは気前よく了承して欲しいもんじゃの……」
「コノエモンが同じ立場になったら二つ返事で提案を呑む? 飲まないわよね」
「むぅ……、そこを何とか」
「何とか、って言われても嫌なものは嫌よ」
「監視するって言うなら、遠くからじゃなくて近くに居ればいいんじゃないか?」

 そう魔理沙君が口を挟む。

「そっちの方が見られてるって感じ難いし」

 と付け加えた。
 彼女らの実力は如何程のものかは分からんが、少なくとも複数の監視は付けさせてもらう。

「ふむ、そういう手もあるかの。 魔理沙君が言った通り監視を傍に置いておくと言うのはどうかね?」
「……そうね」

 そう呟いてお茶をすする霊夢君。
 よく飲むのぉ……。

「まぁそれなら、別に何かするわけでもないし。 ……と言うか境内の掃除とか誰がすんのよ、放置するわけにも行かないでしょうに……」

 後半は小言でぶつぶつ言っていた。



「それでは──」
「おい、爺!」

 監視を付けさせて貰おうかの……、と言おうとしてエヴァがドアを蹴破り入ってきた。

「……エヴァ、もう少しゆっくり入ってこれんのか?」
「そんな事言ってる場合じゃないだろう! さっきのデカい魔力は何だ!?」

 金髪幼女、その表現がぴったりなエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが慌しく入ってきた。
 学園長室に居る、霊夢君と魔理沙君以外の視線全て彼女に集まっていた。
 そのエヴァはその二人に気が付いたようで、指差して言った。

「……爺、何だこいつら」
「わしの客じゃ、もう一人居たんじゃが既にお帰りになっとるよ」
「ではさっきのは?」
「その人物じゃ」
「チッ、あれほどの魔力持ちの奴を一目見たかったがな」
「いや、見んほうが良かったかも知れんぞい」
「……? どう言う意味だ?」

 エヴァの事じゃ、食って掛かっていたかもしれん。
 如何に彼女であれ、呪いを掛けられた状態では手も足も出んじゃろう。

「そのままの意味じゃ」
「それを教えろと言ってる」
「ふむ……、今のお前さんじゃ文字通り手も足も出ない……、と言っておこうかの」
「……ふん、別に良いさ。 で? こいつらは?」
「そちらが博麗 霊夢君、こちらが霧雨 魔理沙君じゃ。 一週間ほどじゃが麻帆良に滞在する事になったぞい」
「霧雨 魔理沙だぜ、よろしくな!」

 手を上げて挨拶する魔理沙君、エヴァは一遍見てすぐ霊夢君へ視線を移す。

「こいつら魔法使いか? そこそこの魔力を持ってるようだが」
「魔理沙が魔法使いよ、私はただの巫女」

 お茶請けを口に含み、またお茶を飲む。





「巫女? その形でか?」

 ノースリーブ腋丸出しの巫女服。
 正直言ってコスプレか何かにしか見えん。

「そうよ」

 お払い棒まで持って、ますますコスプレにしか見えない。
 もう一方の白黒、御伽噺か何かの魔女服。
 ふざけている様にしか見えない。

「……爺」
「なんじゃ」
「何なんだ、こいつら」
「客人じゃよ」
「こんな奴ら置いておくのか?」
「そう頼まれたから仕方ないじゃろう」

 変人奇人が多いこの麻帆良でも、この出で立ちは怪しすぎる。
 如何に結界で意識を逸らすと言っても、限度を超えていそうな感じがする。

「……まぁいい、お前らここに何しに来た?」
「無理やり連れてこられた」
「グリモワールを読みに」
「グリモワール、か。 ずいぶんと旧い言い方をするな?」
「旧いか? 皆そう呼んでるが」
「グリモワールという呼称自体殆ど廃れている、相当の田舎者か?」
「田舎者と言えば田舎者だな、外の人里がこんなにデカいとは思わなかったし」

 こいつら、『穴倉』らしいな。
 グリモワールなんて呼び方、この百年近く聞いた事が無い。
 殆どの魔法使いが魔法を記した書物を『魔法書』と呼ぶに対して、このガキは『魔術書<グリモワール>』と言った。
 外に疎い引き篭もった魔法使い、魔女位しかその名で呼びは済まい。
 よってこいつは隔離された、隔絶された地域の魔法使いと言う所か。
 そういえば穴倉から頭を出すと言う意味で、『モグラ』なんて名称もあったな。

「グリモワールを読みに来た……と、ここにあると何処で知った?」
「紫だよ、あいつがここにグリモワールが一杯あるって言ってたからな」
「『ゆかり』? 誰だそれは?」
「先ほどまで居た客人じゃよ」
「全く紫には困ったもんだぜ、なぁ霊夢?」
「あんたが嗾けたんでしょうが」
「それもそうか」

 はっはっはー、とか大声で笑う金髪の白黒魔法使い。

「……爺、本当に置いておくのか?」
「……うむ」

 一瞬躊躇した表情を見せた爺。

「まぁいい、何をしようと勝手だが」

 睨みつけて殺気を飛ばす。

「下手な事をすれば、消えてもらうぞ?」
「ねぇこのお茶請けって何?」
「ん? 美味いなこれ。 霊夢んとこの煎餅よりいける」
「大体の茶請けが霖之助さんのとこから持ってきたものよ?」
「なんだ香霖とこのだったのか、道理で美味いわけだ」

 ………こいつら。

「……霊夢君、魔理沙君。 すぐに住居を用意させよう、すまんが別室で休んでいてもらえんかの?」
「ん? グリモワールを読ませてくれる上に寝床まで用意してくれるなんて、悪いな」
「そういう事もあるまい、あのような物を処分してもらったんじゃから」
「まぁ、あんな物有っても困るわよね」
「研究する分にはいいんだけどな」
「しずな君、別室に案内してくれんかの」
「はい」

 源 しずなの後に付いて学園長室から出て行く二人。

「さて、皆も色々と不満があるじゃろうが、此度の件はわしに任せてもらえんじゃろうか」
「……学園長がそう仰るなら」

 渋々と言った感じで頷き、部屋から出て行くほかの魔法先生達。
 爺への信頼で押し通したものか。



「……それで爺、どうする気だ?」
「どう、とは?」

 一人残ったエヴァ。
 わしとエヴァ以外誰も居なくなってから口を開いた。

「あのガキどもの事だ」
「二人かね? どうもせんよ」
「良いのか? あいつら相当やるようだぞ?」

 エヴァが常人なら気絶していてもおかしくないほどの殺気を向けたと言うのに、あの二人は平然としていた。
 あの程度の殺気、受け慣れていると言う事だろう。
 或いは……超確率が低いじゃろうがただ単に『鈍い』と言う事もありえるが……。

「さっさと追い出してしまえばいいものを、その判断が間違ってたらただでは済まないかも知れんぞ?」
「そうなった時は全力を持って排除する、それだけじゃ」
「出来なかったらどうする? 爺が言ってた『今の私では手も足も出ない存在』が出張ってきたらどうする?」
「それは……、どうするかのぉ……」
「爺、本気で聞くぞ。 『そいつはどの位強い?』」
「……正直に言えば、底は分からん。 わしには計りきれん」
「………」
「少なくとも、わしや高畑君が一瞬で殺される位じゃろうて」
「ほう、そんなにか……。 するとあの二人は弟子か何かか?」
「そこまでは分かりはせんよ……、一応調べさせたが戸籍に『はくれい れいむ』と『きりさめ まりさ』は存在しとらん」

 日本のみに見られる独特の名前、霊夢君は黒目黒髪の純日本人の容姿じゃが、魔理沙君は明らかに違う。
 見るからに金髪金目の外国人、偽名にしても無理があるだろう名前。

「増す増す、と言った所か。 そこまで言われると流石に気になってはくるな」
「手出しはいかんぞ、一週間もすれば居なくなるようじゃから余計な揉め事は要らん」
「はッ、『今の私では手も足も出ない存在』に出てこられるのは困るしな」

 そう言って踵を返し、部屋を出て行くエヴァンジェリン。
 封印が無かったら、今すぐにも手を出しそうな雰囲気だった。













 あの後別室に案内されて、この土地の事を色々は教えてもらい。
 それから一時間ほど経って物件を紹介された。
 紅魔館のような洋式は肌に合わない、よって日本屋敷を希望した所。

「結構大きいじゃないか」

 神社より大きい屋敷が宛がわれた。
 西洋の街並みの一角に、でっかく置かれた日本屋敷。
 似合うかと言われれば、合わないと答える調和のずれ。

「ふぅん、良いんじゃない?」
「中に入ろうぜ!」

 チクチク感じる視線を無視して屋敷の中に入る。
 今日のところは遠くからの監視、明日からは傍に誰か置いておくらしい。
 魔理沙はともかく、私は外に出ないだろうからどうでも良いが。

「縁側も広いじゃないか、景色もキラキラ光ってて悪くないし」

 まるで昼のよう……とは言えないが、視界の中に暗いと思える箇所が殆ど見つからない。
 目を凝らさなくても、しっかりと見えるほど光りに溢れていた。

「残念なところは、星が見えない所だなぁ」

 そう言われて、縁側から空を見上げるが。

「……殆ど見えないじゃないの」

 幻想郷と全く違う空、小さな星の輝きが有るだけ。
 幻想郷の中と比べて、外の世界は色々と汚いらしい。
 中なら夜に空を見上げれば、満天の星空なんだけどね。

「まったく、さっさと帰りたいもんだわ」
「ま、一生に一度出られるかどうかの外の世界だぜ? 少し位楽しもうじゃないか」
「縁側に座ってお茶を飲んでれば、十分に幸せなのよ」

 それだけで良い、それ以外の幸せは求めていない。

「ほら、色々やることあるんだから」
「はいよ」

 縁側の襖を開けて中に入る、やっぱり部屋は畳じゃないとね。





「何これ、どう使うのかしら」
「うーん、訳分からんぜ」

 台所らしき場所に来て見たのは良いけれど、良く分からないものが置いてあり。
 大きい長方形の箱から変な音が出てたり。
 魔理沙が触りまくってたら、それのふたが開いて中に野菜とか入っていた。
 食材を保存するものだったらしい、食材を取り出しいざ夕食にしようと思ったが、竈が見つからず。
 とりあえず、魔理沙のミニ八卦炉を竈代わりにして夕食を作って食べた。

 食事が終われば後は寝るだけ、押入れを開けて布団を取り出して敷く。
 お風呂に入りたかったけど、やっぱり何処を触ればいいのか分からず入れなかった。
 勘弁して欲しいわ……。





 

「……夢の中まで紫が出てくるとか……」

 布団を被って眠れば紫ババアが現れた。

「あら? 夢じゃないわよ?」
「………」

 境界を操ったの?
 人の夢にまでちょっかい出してくるなんてこのババア。

「直接伝わるからやめたほうが良いわよ」
「そう、じゃあババア。 こんな事までするんだから何かあったんでしょ?」
「……幾ら霊夢でも面と向かって言うと怒るわよ?」
「ならそう呼ばれるような事しないでくれる?」

 向かい合って視線をぶつけ合う。
 外の世界に放り出してそのまま、魔理沙が長方形の箱のふたを偶然開けなければ、夕飯無しだったに違いない。

「夢の中まで霊夢に会うなんて、何処まで追いかければいいんだ?」

 睨み合う中に割って入る声、振り返れば白黒の魔法使いが居た。

「しかし殺風景な夢だな、真っ黒じゃないか」
「だってねぇ、夢だししょうがないわ」

 一転ふふふと笑い、扇子で口元を隠す紫。
 思い切り悪戯しようと言った感じ。

「夢じゃないわよ、紫が境界弄ったらしいし」
「……つまんないわね、せっかく楽しもうとしたのに」

 ネタをばらされて膨れっ面の八雲 紫、スキマ妖怪と呼称される『一人一種族』の妖怪。
 たった一人しか存在しないのに、種族と付く。
 同種、遺伝子やら外見やら血液やら、それらに近似する者が全く居ない存在。
 種族としての最初と最後を併せ持つ妖怪。
 基本『一人一種族』と認められる存在は『強力』な存在として見られる。
 『身体』『魔力』『妖力』『特異能力』と多岐に渡るがどれもが人間所か妖怪にさえも甚大な被害を齎し得る存在。

 このババア、もとい八雲 紫は群を抜いている。
 その特異能力は『境界を操る程度の能力』と言う馬鹿げた力。
 空間の境界を操り、全く別の離れた空間に繋げたり。
 今のこの場所、現実と夢の境界を操って見せたりと、幻想郷でもトップクラスの力を持っている存在。
 阿求が書いた『幻想郷縁起』よれば、紫は『神の如き力』と評されていた。
 それをポンポン使ってるから、大層な物と言った感じが全くしないのは確かだけど。

「夢じゃない? ……まずったな」
「? 何が?」
「いや……、なんでもないさ」

 これが夢ではないと分かり、帽子を脱いで頭をかく魔理沙。
 やはり小声で『拙いな』と呟いていた。
 魔理沙が何を言ってるのか分からないから放って置く。

「で、紫は何をして欲しいわけ? 態々外の世界に放り出したんだから何かあるんでしょ?」
「ええ、如何に博麗の巫女とは言えそう簡単に外へ送る事は出来ない」
「でも紫は簡単に送り出した、魔理沙の本が見たいってのに乗った訳?」
「そうよ」

 手首のスナップを利かせ、扇子を一気に開く。
 そのまま腕を振るえば。

「誰こいつ?」

 現れたのは白髪の、背がちっさい少年。
 魔理沙よりちょっと低いくらいの、目つきが悪い子供。

「敵よ」
「敵? あんたの?」
「いいえ、『幻想郷』の敵よ」
「幻想郷の敵? どういう意味だ?」
「そのままよ、幻想郷にとっての敵。 幻想郷を含む、そこに住む全ての存在の敵」
「……その敵さんをぶん殴れってこと?」
「二人を外に出したのはそうして欲しいから、霊夢が言う通りぶん殴るだけじゃ済まさないけどね」

 冷ややかな視線。
 この白髪の少年を見る紫の目は、汚いゴミを見るような白い目。

「敵、ねぇ。 具体的には何したんだ?」

 魔理沙も紫が怒っている事に気が付いたのか、同じような目で少年を見ていた。

「結界に穴を開けようとしたわ」
「……無理やり入ってこようとしたわけ?」
「ええ、それも最悪に近い方法でね」

 紫の言う『最悪に近い方法』、それは結界を『破壊』する方法。
 穴を開けて入る、それが小さいものならすぐにでも塞げるが。
 度を超えて大きくなると、穴の周囲から決壊し始め、連鎖的に穴が巨大化。
 結界全体の限界強度を超えると結界が物の見事に『破裂』する。
 そうなれば、有機無機問わず『中』にある全てのものが影響を受ける。
 無論『外』もただではすまない。

「まぁ、この人間に命令された人間がやっていたのだけれどね」
「そいつは?」
「『消えて』もらったわ」
「おー、おっかねぇー」

 魔理沙がふざけた様に言っていた。
 私と紫が結界を監視し、綻びが有ればすぐにでも補修する。
 人為的な物なら今回の紫のように、実行した者を『消して』穴を塞ぐのだけど……。

「それで、こいつは何処に居るのよ」
「調べたのだけど、中々見つからなくてね」
「私たちで調べろって?」
「名前は『フェイト・アーウェルンクス』、『完全なる世界<コズモエンテレケイア>』と呼ばれる組織に所属する存在」
「大層な名前をした組織ね」
「残念だけど今は何処に居るか分からない、背後に結構大きな組織が有るけど関係ないわ」

 それを皮切りに紫の声のトーンが下がった。

「こいつ、捕まえてきてちょうだい」

 可哀想……ではないか、人の大切なものを壊そうとしているんだから。
 殺されたって文句言えないわね、まぁそれ以上の目に遭いそうだけど。

「居場所分からないのに、どうやって見つけてくるのよ。 外の世界のこと全然知らないんだけど」
「私も知らないぜ、捜すにしたってどうやって捜すのかすらも検討付かないんだが」

 何時もの幻想郷の異変のように、飛び回って見つけると言う手はあんまり使えない。
 幻想郷より広いし、コノエモンは『そういう事を出来る』事を知られたくないようだったし。

「恐らく向こうから来るわ、あの土地に居れば出会えるでしょうね」
「ああね、何かあるから直接送ったって事。 と言うか、私じゃなくて紫が居れば良いんじゃないの?」
「結界の補修で忙しいのよ、だから霊夢に行って貰うの」
「……『異変』って事で良いわけ?」
「ええ、異変解決も『博麗の巫女』としての仕事でしょう?」
「はいはい」

 先ほどの視線、表情とは打って変わった紫。
 また胡散臭い笑みを浮かべていた。

「で、私はどうすればいいんだ?」
「霊夢を手伝ってあげてちょうだい、一人じゃ手が回らなくなるかもしれないわ」
「ああ、任せろ」

 帽子を被りなおして魔理沙が笑う。
 思えば二人で協力して異変に向かうのは初めてじゃないかしら。
 大体は異変が起こり、解決に向かって別々に動く、その道中でばったり出会って弾幕ごっこを始める。
 或いは完全に別々に動いて、黒幕を見つけたり見つけなかったりする。
 『異変解決のパートナー』として行動するのは今回が初めてな気がする。

「こいつ捕まえに行くのはいいけど、その間の神社とか巫女としての役目とかどうすんのよ」
「代役を用意させてもらったわ」
「代役?」
「紅魔館、永遠亭、白玉楼、守矢神社からそれぞれ動いてるわ。 既に幾つかの小さな異変を解決してるわよ」
「……最初からこうするって決めてたわね?」

 そう問い質せば、口元を扇子で隠しながら笑う紫。
 外に出てまだ一日も経っていないのに、もう代役が幻想郷で動き出している。
 つまり紫は、最初から決めて計画を練っていたと言う事。

「わざわざこんなことしないで、最初から言ってくれれば良かったんじゃないの」

 紫の言うように『異変』ならば、『博麗の巫女』として動かない訳には行かない。
 それを理解している紫は。

「だって霊夢の慌てた表情、面白かったわよ?」

 こういう妖怪だった。

「はぁ……」
「確かに面白かったよな」

 ギンッ!
 ヒィ!

「冗談! 冗談だって!」
「はぁ……こいつを捕まえてくればいいのね?」
「見つけるだけでも良いわよ? 後はこっちでやっておくから」

 文字通り『攫う』のだろう、人間如きでは永遠に逃れられない『領域』に。
 伊達に『神隠しの主犯』などと呼ばれては居ない紫、名前忘れちゃったけど攫われる人はご愁傷様。
 勿論口だけで、内心は一欠けらもそんなことは思っていない。

「あと貴女達が寂しい思いをすると思って、はいこれ」

 ゴロリと、陰陽玉がスキマから落ちてきた。
 それに手をかざして紫は言う。

「はい、これで幻想郷の中と通信できるから」
『お、聞こえてきた。 紫、渡すの遅いよー』
『まぁまぁ、萃香さん落ち着いてくださいよ。 それで霊夢さん、外の世界は今どんな風になってますか? インタビ』

 陰陽玉を蹴り飛ばした、結構力を込めて。
 魔理沙は座り込んで、もう一つの陰陽玉に話しかけていた。

「ちょっと、また改造したわけ?」
「地底と外の世界は違うから、色々工夫させてもらったわ」

 と、何時もの150%位に増えた胡散臭い笑みを浮かべた。
 サポートは良い、地底の時だって役立った。
 だけど、勝手に改造するのは話が別。

「戻せ……って言っても戻さないんでしょうね」
「何かあったらすぐに知らせてちょうだい、昼は藍が、夜は私が対応するわ」
「人の話を聞きなさいよ」
「いつもそれを傍らに控えておきなさい、認識阻害の術を掛けてあるから特別な者でも早々見破れないわ」
「……はぁ」
「ああ、忘れてたわ。 それは幾つもの陰陽玉と繋がるから」
「幾つもの?」
「ええ、協力してくれた者達への約束」
「……他にも聞いてる奴らが居るわけ?」
「ええ、代役を受けてもらった者達と、香霖堂の店主には渡してあるわ」
「霖之助さんも? 何やってるんだか……」
「それじゃあ霊夢、また宵の晩に」

 そう言って紫が扇子を一気に閉じれば。

「………」

 朝になっていた。
 隣を見れば魔理沙が布団からはみ出して寝ていた。

「………」

 紫の所為で寝た気がしない、だからまた瞼を閉じた。
















 BA☆BA☆A!
 なんか自分が書く小説は説明不足だなと思う今日この頃。

 二話の説明、何も考えず書いた、反省はちょっとだけしてる。
 物語崩壊フラグ量産中。


 霊夢・原作より話し方がキツイ。
 魔理沙&紫・原作より話し方が緩い。

 会話集見たんですけど、全然話し方が違いますね、変えるべきか。


 巫女代役、紅魔館からは『瀟洒なメイド長』、永遠亭からは『狂気の兎』、白玉楼からは『半人半霊の庭師』、守矢神社からは『風の風祝』が出張ってます。
 とりあえず地霊殿のサポートと、上記のキャラとその主たちは出す予定、予定だから出ないかもしれない。



[5527] 3話 それぞれの思惑
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2012/03/19 01:18

 まずこの人物らが誰かと言うのをはっきりさせなくてはならない。
 この土地に居る人物や道具の為、『謎の人物』では済まされない。
 しかし今調べてはいるが、芳しくない結果ばかりが返ってきている。

「拙いのぉ……」

 この地の結界を無視し、いきなり現れた謎の人物。
 その実力は恐らくはかなりの者、並の魔法使いでは手も足も、戦おうと言う気概さえ出せないような存在。

 もし戦いとなるなら高畑君やエヴァンジェリン、儂ではちょっとどうかなーと思うけど。
 
 八雲殿と争い事になるなら、彼女の封印を一時的に解く必要も出てくる。
 ……だが、完全な状態なエヴァンジェリンでも勝てるかどうか疑問が出る。
 最強に最も近いだろうエヴァンジェリンでも、その手が届くかどうかと疑わずには居られない。
 どういった攻撃を使えるのか、あのすきまはどういったモノなのか。
 謎尽くしの存在、名前以外の情報が欲しい。
 
 八雲殿を知らぬエヴァは、霊夢君と魔理沙君を『穴倉』と判断した。
 穴倉ゆえに見逃した、何てこともあるじゃろう。
 だが、それでは済まされない。
 どうにかしてあの二人の正体、その背後に居る八雲殿の事を知りたい。
 妖怪と言っていたが、あのような強烈な存在感を放つ者など見たことが無い。

 迫力が違う。
 存在感が違う。
 威圧感が違う。

 見られるだけで背筋に痛いほどの悪寒が走る。
 目で感じ、肌で感じ、心で感じ、頭で感じる。

 『絶対に勝てぬ存在』であると、本能と理性が同じ様に訴えかける。

 魔力や気を感じ取れる者なら誰でも分かるだろう、その強烈な力。
 封印される前のエヴァや、ナギ以上の存在感。
 呪いが解けたエヴァに匹敵、或いは凌駕するかもしれない存在。
 言えば『化け物』、妖怪らしいから間違ってはおらんじゃろうが……。

「はぁ……、どうしてこのタイミングで来るかのぉ……」

 近衛 近右衛門は悩んだ、何故この時期に、何故英雄の息子の修行中に来たのか。

 実力行使で追い出すのは色んな意味で気が引けるし、彼女達の実力も気になる。
 実はネギ君を狙って? なら何故このような手間が掛かる手を取る? 霍乱かの?
 一週間と言う期限も気になる、魔理沙君の魔法書を読みたいのも……うーむ。

 近右衛門は霊夢、魔理沙、紫の思惑を考えて悩む。
 彼女らがどのような存在か、どのような場所に住んでいるのか、何も知らない近右衛門は気が付かない。

 『敵を消す』

 3人、いや、幻想郷の中でこの事態を知る者達が考える、シンプルかつ分かりやすい明確な目的。
 彼の英雄達、『紅き翼』が立ち向かい壊滅させたはずの存在を『完全に消す』と言う目的に 近右衛門は全く考え思いつかなかった。












 一方、近右衛門の苦悶を他所に、畳の上に敷かれた布団から起き上がる霊夢。

「……ふぁ……っ~」

 起き上がって両腕を高く上げて背伸び、睡眠で硬くなった体を解す。
 軽く瞼を擦りながら立ち上がる、やはり魔理沙はまだ寝ている……部屋の隅で。
 どうしてそうなったのか全く気にならなかった、気にする事でもない。
 日は既に空高く上っている、朝餉を食べなかった所為か、ぐぅ~、とお腹がなる。
 朝食、いや、昼食の用意をしようと歩き出して。

「あだッ……、ッ……」

 陰陽玉をつま先で蹴ってしまった。
 しゃがみ込んでつま先を指で押さえる、ズキンズキンと襲ってくる痛みに耐える。

「クッ……、なんでこんなとこに転がってるのよ!」

 小さく見えて結構大きい陰陽玉、直径30センチはあろうかと言う大玉だったりする。
 そんな大きなものに気が付かなかった、眠気眼で注意力を散漫になっていた霊夢。

「……ッふぅ」

 何とか治まった痛み、転がる陰陽玉を一睨み。
 すると浮き上がって霊夢の背後に回りこんで停止、浮遊し続けて瞬時に見えなく透明になる。

「ああもう、めんどくさい!」

 どこかの誰かさんが馬鹿なことした所為でこんな目に……。
 とりあえず、捕まえる前にぶん殴る事を決意する。
 人の幸福を奪う輩にはきついお仕置きが必要なのだ。

 とか考えていれば、陰陽玉がかすかに光りを放つ。

『おや、やっと起きたか』
「ん?」

 振り返れば陰陽玉から声が聞こえてくる。
 しかも聞いた事ある声が、まあ幻想郷から繋いでいるので当たり前か。

「その声、神奈子?」
『早苗ー! 巫女が起きたよー!』

 少し遠くなった声、その持ち主は妖怪の山の天辺に住んでいる神『八坂 神奈子』
 名前を呼んでいる辺り、非常識の風祝を呼んでいるのだろう。

「何か用?」
『外を知らない貴女達に、家の優しい早苗が道具の使い方を教えてやろうって事になってね』
「はいはい、お心遣いありがとうございます」
『なってないね、もっと心を込めないと信仰が……』
「どこが信仰と繋がるのか分からないんだけど」
『『礼<れい>』は『礼<いや>』へと通じて、尊敬に変じるんだよ?』
「へーそうなの、べんきょうになったわー」
『棒読みだねぇ』

 どうでもいい、だから棒読み。

「教えてくれるなら早くして、色々使い方が分からないとやってられないのよ」

 お陰でお風呂に入れなかったし、着替えとかも色々考えなくてはいけない。
 服は紫のスキマで素早く持って来て貰った方が良いわね。

『聞いた話だと色々やるそうだよ、そういう約束でもあるし』
「紫と何約束したのよ、協力させたようなこと言ってたけど」
『意味はそのままよ。 幻想郷の一大事なのに協力しないなどと、ふざけた事は言えないだろ?』
「まぁね、で?」
『言えばサポートだよ、貴女達が困っているなら手を貸す。 勿論を貸すからには状況を確かめなくちゃいけない……』
「だから陰陽玉って訳ね」

 まさか地底の時のまま放置していた? 地底の異変の後、紫は元通りに戻したって言ってたけど……。

「また改造するとか意味無いじゃないの」
『一度『通ったモノ』は戻し難いからね、色々と都合が良いと思うよー』

 と、神奈子とは違った、暢気な声が割って入ってくる。
 その主は守矢神社が祀るもう一つの神、『洩矢 諏訪子』。

『そう言う事、無い物に付け加えるより、既に備わっている物を使った方が色々とお徳だろう?』
「それはそうだけど、何も陰陽玉じゃなくてもいいと思わない?」

 魔理沙も地底に行ったと聞いた、この陰陽玉の様に地上と地底間で話せるような道具を渡したらしい。
 それならそっちを使えばいいのに。

「と言うか、あんた達まで出張ってくるとは思ってもなかったわ」

 天子のお蔭で神社が倒壊して、分社も同じく巻き込まれ壊れた時は何故か出張ってこなかった。
 どうでも良かったのか、そうでも無かったのか。
 思惑が有るのか無いのか、流石に今回は黙っては居られない事態と言う事ね。

『今回の攻撃……『異変』は幻想郷の根底を破壊するもの、それをただ傍観するなんて阿呆な真似は出来ないね』
『神が居わす土地を荒らす輩には、色々と御仕置きしてあげないとねぇ』

 相手にとって予想外もいいとこだろう、藪を突付いたら鬼と蛇だけじゃなくて、数多に渉る妖怪や神が出てくるなんて笑い種にもならない。
 ……蛙もか。

「死活問題だしね、とりあえずそいつ等は捕まえる前にぶん殴る」
『あまりやりすぎるんじゃないよ? こっちの分も残してもらわないとね』
「はいはい、顔が腫れ上がるぐらいにしておくわよ。 ……やりすぎると言えば、紫の方が危ないでしょ」
『それはまあ確かにね、死ぬよりも酷い目に遭わすだろうねぇ』
『あの子は普通に命乞いとか無視しそうだね』

 昨日の夜、夢の中で見せたあの冷ややかな目、あの子供は目も当てられない状態になるだろうなぁ。
 子供の悪戯にしても度が酷すぎる、子供と言えどそれこそ容赦無く紫は消しそう。

「それは捕まえた時に確認しましょ、今は必要な道具の使い方よ」

 特にお風呂よ、汗掻いたまま寝るのは気持ち悪かったし。
 着替えだって……、薄手の布の衣服しかないし。
 外の世界の人間は、皆あんなの履いてたりするんだろうか。

『早苗は履いてるよ、こう可愛らしい奴』
『確かフリ──』
『御二方! 何言ってるんですか!?』

 心を読んだように始まった、二柱による風祝の暴露話。
 それを咎めたのはやはり風祝だった。

『何でそういう話になっているんですか!? 大事な話があるって言ってたじゃありませんか! それなのになんで私の……その、そういう話になるんですか!?』

 後半しどろもどろ、やっぱりフリルらしい。

『貴女も! どうしてそんな話を聞こうとするんです!』
「いや、だってねぇ。 着替えがあんなのしかないもんだから、そしたらそこの神がそう言う事言い出したんだけど」

 私は関係ない、関係ないったら関係ない。
 勝手に喋りだしたそこの神たちが悪い。

『八坂様、洩矢様、どういう事ですか?』
『どういうって……ねぇ?』
『だって巫女は外の世界に疎いし、色々教えてあげないと』
『それがどうしてこういう話になるんですか?』

 風祝の怒気を含んだ声、対する二柱は飄々と答える。

『外の世界の女は、こう言う下着を履いているって教えていただけじゃないか。 早苗だって少し前まで外の人間だったんだから、こんなのを履くのは普通だって教えてただけよ』
『それなら『こういう種類の下着がある』の一言で良いじゃありませんか!』
『色んな形があるでしょ? 早苗だって色んな形の持ってるじゃないの』
『そう言うのは人様に話すものじゃないと言ってるんです!』

 とまあごちゃごちゃ、一向に話が進まないから放って台所へ向かった。
 その後、あまりの騒々しさに目を覚ました魔理沙が叫んでいたけど気にしない。




 

『それが炊飯器で、そっちの大きな四角いものが冷蔵庫です』
「こんなので白飯が炊けるの? どう見ても無理そうなんだけど」
『電気の力を使って熱するんです、一時間もあれば炊けますね、早い物だと30分位で炊ける物もありますよ』
「はー、便利よねー」
『確かに便利ですけど、竈で炊いた方が美味しくなりますよ』

 角が丸っこい、楕円形に近い白い『すいはんき』と言う物。
 研いだお米と水を入れ、蓋をしてスイッチを押せば自動で白飯が炊けると言う代物。
 向こうの『れいぞうこ』と言う物も、季節に関わらず中の温度を一定に保って保存するらしい。
 殆どのものが『自動』、極力手間を省いたもの。
 早苗の話ではこんな物ごく普通に存在しているらしい。
 私達から見ればもっと驚くようなものが、それこそ数え切れないほどあると言っていた。

 すいはんきやれいぞうこなど、幻想郷では絶対にお目にかかれない物ばかり。
 こんなものが普通に普及している外の世界、どれもこれも利便を求めた結果だと言う。
 故に、外の世界で幻想が忘れられる理由が良く分かる。
 科学とやらに実を見つけ、その科学で証明できない幻想を放逐する。
 夢は夢、幻は幻と、そうして片付け忘れ去っていくのだ。

 妖精、妖怪、神、どれもが人の『想い』によって存在する。
 全ての人がその存在を忘れ去ったなら、紛う事なき『存在の消滅』。
 所謂『死』となって居なくなるのだ。
 なら何故人が少ない幻想郷で、妖精、妖怪、神などが確固たる存在で居られるか。
 その理由は『結界』、幻想郷を包み外の世界と隔離する二つの結界の内の一つ。

 『博麗大結界』

 論理的で物理的な防壁。
 認識阻害から侵入の妨害まで、外の世界と隔離するための結界。
 その博麗大結界のもう一つの効果、それは常識と非常識を逆転させる効果を持つ。
 外の世界で『無いという事』が『常識』なら、幻想郷では『無いという事』が『非常識』になる。

 つまり幻想郷の中には、外の世界に居ない者が居て、無くなった物が有る。
 簡単に言えばそう言う事、故に外の世界で居ないとされる妖精、妖怪、神が存在できるのだ。
 一部の者、特に強力な神になると幻想郷内でも『信仰』などが必要となるが、それが必要な神など数える程度しか居ない。
 その一部の者、神奈子や諏訪子は妖怪の山の妖怪達や、うちの神社に置いた分社から信仰を集めて存在している。
 原初の神などと言われるものたちは、強力すぎて存在が『確立』されていたりするそうだが。

 ……そういえば家の神社で祀っている神様、信仰が無くなって消えたりしたんじゃないだろうか。

「まあいいか」
『何がですか?』
「何でもないわ」
『はぁ……』
「おーい霊夢、朝飯兼昼飯まだかー?」

 と居間の方から魔理沙が食事を要求してきた。

「少しは手伝いなさいよ」
「そうだな、弾幕ごっこでどっちが作るか決める……のはダメか」
「自重しろって言われたしね」

 この家、と言うかこの土地に居る間、出来るだけ魔法の使用は控えて欲しいとコノエモンに言われた。
 郷に入っては郷に従うと言うし、ここの魔法使いたちからはあまり良い感情を向けられては居ない。
 わざわざ意味も無く反発して、余計ないざこざは御免被りたい。

「しょうがない、一緒に作るか!」
「ならお味噌汁お願いね、こっちはおかずを幾つか作るから」
「はいよ、任せろ」

 そうやって朝食兼昼食を作る。

『あ、ちょっとだけ白味噌混ぜた方が味に深みが出ますよ』
「それぞれの家にはそれぞれの味があるでしょ」
「白味噌か、少しだけ入れてみるか」

 そう言ってごそごそと白味噌を取り出し、おたまに掬って鍋の中に入れる。

「もう、美味しくなかったら全部魔理沙が食べなさいよね」
「むぅ、そう言われると失敗したかな」
『不味くはなりませんよ! 絶対美味しいのでお勧めします!』

 と気合を入れて言う。

『早苗は白味噌を少しだけ加えたお味噌汁が大好きだからなぁ』
『私達もお昼ご飯にしようよー』

 とかしみじみとした声が聞こえてきた。
 不味くなけりゃ良い、不味ければ魔理沙が全部平らげればいい話だし。
 そんな事を思いながら、出来上がったおかずをお盆に乗せて居間へ運ぶ。



「いただきます」

「ん、意外に……」

 出来上がった料理、それを飯台に並べ向かい合って座る。
 両手のひらを合わせ、食事前の挨拶。
 魔理沙はそれを行わずに、すぐ食べ始める。

「……悪くは無いわね。 だけど何時ものの方がいいわね」
「味噌が違うだろ、同じ物にはならないぜ」
「分かってるわよ、そんな事」

 やっぱり何時ものお味噌、幻想郷の人里のお味噌屋さんが作るお味噌が良い。
 あー、早く神社に帰りたいわ。





 食った食った。
 と楊枝を口に銜え、縁側に座る魔理沙。
 両腕を広げ、仰向けに寝転がる。

「あー、まだ眠いな」
「やる事ないんだし、寝ればいいじゃない」
「そうだなぁ、寝る……のは止めだ。 やる事がないかと思ってたら、グリモワールがあったな」

 起き上がり、手のひらを部屋の隅に置いてある帽子へと向ける。
 横幅50センチはあるつばの下に白いフリルが縫い付けられた黒い帽子、それが吸い寄せられ魔理沙の手のひらに収まった。

「よし、それじゃあ行ってくるか」

 帽子を被り、立ち上がる魔理沙。

「飛んで行っちゃダメよ」
「……そうだったな」

 何処からか竹箒を取り出し、跨っていた魔理沙。

「んー、そういえば監視はどうなるんだ?」
「さあ、いつか来るんじゃない?」
「いつだ?」
「さあ」

 と進まない会話。
 箒をしまいつつ、また縁側に座る。

「……やっぱり寝るか」

 と仰向けに倒れれば呼び鈴が鳴った。

「あー? 何だ?」
「誰か来たみたいね」

 霊夢は立ち上がり、今から廊下へ、廊下から玄関に向かい引き戸を開けた。

「監視の人?」

 戸を開けた先にはメガネを掛けたロングストレートの女性と。
 オールバックの黒髪と黒い口ひげ、黒のサングラスを掛けた男性が佇んでいた。

「そうです、学園長から貴女達の監視を命じられた葛葉 刀子です、こっちが……」
「神多羅木だ」
「そう」

 と言って今へ戻り始める。
 付いてくる気配がない二人、霊夢は振り返って一言。

「何してるの? 早く入りなさいよ」
「……お邪魔します」
「邪魔をする」

 靴を脱ぎ、玄関に上がる。
 廊下を通って三人は居間に到着した。



「………」
「………」

 霊夢、刀子、神多羅木は居間の卓袱台の周りに座り、お茶を啜る。
 魔理沙は魔理沙で縁側で寝そべって会話も無い、動きも無い。
 聞こえるのは世界の音と、霊夢が煎餅をかじる音とお茶をすする音だけ。
 そんな中、思い出したように魔理沙が起き上がり声を発する。

「なあ、あんた達も魔法を使うんだろ? どんなのが有るのか教えてくれよ」

 唐突な質問、脈略が無さすぎて一瞬戸惑う刀子。

「……例えば?」
「色々だよ、色々。 どんな種類の魔法があるのか、どんな風に撃つのかとかさ」
「………」

 魔理沙の一言を聞いて、ほぼ同時に視線を重ねた刀子と神多羅木。

「君達が住む土地に魔法使いは居ないのか?」
「居るぜ? 外と中じゃ全然違うって聞いたからな」
『……魔理沙、こっちの事はべらべら喋っては駄目よ』

 といきなり割り込んでくる声。

「ああ?」
『口に出さなくて良いわ、頭の中で思えば伝わるから』
『……誰だ?』
『パチュリーでしょ』
『……ああ、何の用だ?』
『今言った事よ、余り喋りすぎると所在を探られるわよ』
『喋らなきゃ良いんだろ、狂い慣れてるがそこまで狂っちゃいないぜ』
「どうしたのかね?」
「あー、何でもない。 で、教えるのか教えないのかどっちだ?」
「……良いでしょう、此方の魔法が如何なる物か教えましょう」
「おー、助かるぜ」

 ……何々? 魔法を撃つのに詠唱が必要?
 熟練者になると無詠唱使える、なるほど。
 あん? 初級から上級まであって?
 ちょっと待て、書いとくから。
 ……そうなのか、なんだ、外の魔法ってのはめんどくさいな。

『詠唱に付いては外の魔法が遅れているだけよ』
『そうなのか?』
『こちらの魔法と違って精霊に働きかけなければいけないし、威力も上級となるとそこそこね』
『そこそこねぇ』

 少しは参考になるものがあるだろう、と考え話を聞いた。

「……分かりましたか? 魔法と言うのはあらゆる場面で役立てる事が出来る技術なのです」

 と、日が落ち始めてやっと終わりが見えた講義。
 系統、属性魔法はさほど変わらない事がわかった。
 説明毎にパチュリーが補足を入れて、より判りやすく説明してもらった。

『位が上がれば上がるほど、精神的ダメージが多い魔法になってくるのも変わらないわね』

 強力な魔法は精神所か魂にまで影響を及ぼす。
 魔理沙の十八番、『マスタースパーク』も物理的な威力はかなり強力だが、魂にまで干渉、破壊を及ぼすほど強力な物だったりする。
 並の下級、中級の妖怪なら間違いなく魂の一片まで吹き飛ぶ。
 と言っても魔理沙は本気でぶっ放すわけではない、妖怪退治の模倣はあくまで懲らしめる為のものであって『殺す』為のものではない。

 殺傷がご法度と言うわけではないが、殺すほどのものではないと言う考えもある。
 とは言え下級の妖怪でも、五体を吹っ飛ばしたくらいじゃ死なないが。
 第一物事の決着を決める弾幕ごっこは『遊び』であって、『殺し合い』ではないのだ。
 ……一部の妖怪は本気で殺しに来る事もあるが。

 どっちにしろ弾幕ごっこでは精神的にクる。
 強者と言われる者は相手が強ければ強いほど、精神的圧迫を恭悦に変える。
 多少の精神的な圧迫など文字通り屁でもない、その中には尋常ではない殺気も含まれていたりするので弾幕ごっこをする者はその殆どが精神的に強い。
 むしろ耐えられなければ、強者との弾幕ごっこをする資格が無いという訳でもある。
 尤も、大体強者は強い相手としか弾幕ごっこをしないので、余り強くない者は相手にされず耐える必要も無いのだが。

 ただ単に弾幕ごっこと言っても、種類がある。
 文字通り弾を幕のように撃ち出し、如何に自分は当たらず相手に当てるかで競うものもあれば。
 素手や武器による格闘戦、殴り合いになったりするもの。
 同一のシチュエーションに自分のスペルカードで妨害を仕掛け、先に弾幕に当たった方が負けなど幾つか種類がある。

 だが弾幕ごっこには例外なく、弾幕を避けると言う特性がある。
 その字の通り弾が幕となって襲い掛かり、身体分だけの抜け道しか無く。
 衣服を焦がしながらも紙一重で潜り抜け、相手のスペルカードを征服したその時に起こる達成感はかなりのものだったりする。
 霊夢と魔理沙もその例に漏れず、強い存在との弾幕ごっこで面白いと感じる事もある。
 スペルカードルールが制定されてから、まだ数年も経っていないがその異常な普及率は、そう言った『楽しみ』も有って広がったのだろう。

「日常で役立つと言えば八卦炉位だな」
「攻撃に防御、日常の炊事にも役立つって霖之助さんは可笑しな改造してるわね」
「脇丸出しの巫女服も可笑しいだろ」

 まぁそうだけど、と二人して笑う。
 魔理沙の持つミニ八卦炉と霊夢が持つお払い棒と巫女服は『森近 霖之助』謹製の一品。
 幻想郷の中で言えば数少ない常識人、だが霊夢、魔理沙から言えば変人奇人に当てはめられる人物だったりする。
 勿論そんな会話を陰陽玉を通して聞いていた森近 霖之助は、掛けた眼鏡を人差し指で直しながら『変な言い掛かりはあれほど止めろと言ったのに』と一人店で呟いた。
 戻ってきたら二人から未払いの代金を支払ってもらおうとか、霊夢からは造っているだろう酒、魔理沙からはあのガラクタを探らせてもらおう、とか考えていた。





 日は次第に傾いていく、そんな中で軽い問答。
 どちらも重要なワードを避けながら会話をしていく。
 主に会話を進める葛葉 刀子は何事も無い平和な会話に、少しばかり驚いていた。
 学園長からは『危険かもしれない、出来るだけ注意して欲しい』と言われていたからだ。
 拍子抜けする会話だが、これが彼女達の手かもしれないと気を入れなおす。

「それで、貴方達はどうするの? 泊まっていくの?」
「……いえ」

 夜は交代で見張りが付く、流石に監視する対象が居る家に泊まっていくなどは出来ない。
 言い淀んだ所でピピピピピ、と音が鳴る。
 何の音だと霊夢と魔理沙は辺りを見回すが、音源を見つけられない。
 そんな二人を他所に神多羅木が懐から携帯を取り出した。

「はい、神多羅木です」
「……何だあれ?」
「さあ、……誰かと話してる?」

 と全く理解が及ばないそれを持って話す神多羅木。
 誰かと話していると言うのは判る、恐らくはここから離れたものと話しているのだろうが。

「……貴女達は携帯電話を見た事が無いのかしら?」
「けいたいでんわ? ……地底に行った時萃香が似たような事言ってたわね」
「何だ? 神多羅木は誰かと話してるのか?」
「ええ、……多分学園長かしら」
「コノエモンか、直接話した方が良くないか?」
「距離とか時間の問題も有るんじゃないの?」

 幻想郷の妖怪は主に夜行性で、人が寝ているのに神社に来て騒ぎを起こしたりする馬鹿が居たりするが。

「……良いのですか? はい、……分かりました、それでは直ちに。 ……葛葉、行くぞ」
「分かりました、それでは」

 二人が立ち上がり、霊夢と魔理沙に一礼して部屋を出て行く。

「なんかあるっぽいな」
「色々あるでしょう、私達以外の事も」

 神多羅木が電話を受けた相手は近右衛門、この時間帯から麻帆良に侵入しようとする輩が出始める。
 その輩の侵入を防ぐ為の警戒を承ったらしい。

 



 所々感じる力の奔流、微弱ながらも戦いである事はすぐに分かった。

『行くと良い、紫様も出来るだけ見ておけと仰られていた』
「そいつ等も関係あるわけ?」
『そこまでは分からん、だが結界をこじ開けようとした輩も外の魔法使い。 何れ戦う事になるかも知れないから見ておいた方がいいと思う』
「……はぁ、仕様が無いわね」
「乗ってくか?」

 瞬時に魔理沙が箒を取り出し、聞いてくる。

「乗ってくわ」

 箒に跨る魔理沙の後ろに腰を下ろす。
 左手を魔理沙の腰に回すと同時に箒が浮き上がる。

「じゃあいくぜ」

 室内から庭へ、庭から空へ一気に上っていった。





 遥か高く空には月が輝き、幾つかの星が瞬いている。
 そんな夜空に浮かぶ、二人の人間と二つの物体。

「結構やってるわね」

 見える範囲の中、戦いと思われる閃光や力の奔流が感じられる。
 それが最も多く感じられるのが視界の奥の広がる森。
 あの森を基点として多くの存在が蠢いている。
 ただの力の無い人間ならば、致死レベルの森。
 だが二人から、いや、一部除くこの状況を見ている者からすれば敵が居ない状態と変わりない森。

 幻想郷の、比較的安全と言われる森より安全な森に見えていた。

「見ておけっつったって、何を見るんだ?」

 一応戦いなのだろうが、殴りあったり斬りあったり、弱すぎる魔法を撃ち合っているだけ。
 異変時の時ではない妖精にも劣る攻撃、参考にする箇所などあるのだろうかと思う始末。

『……分からん、紫様は必ず見せて置けと言っていた。 恐らくは何かあるのだろうが……』

 その兆候は感じられない、紫が何かするんだろうか。
 と言うか、しそうな感じがしてきた。
 紫の奇行に頭を悩ませても仕方が無い、今見ている景色の中で浮かんだ疑問を聞いてみる。

「萃香居る?」
『居るよー』
「ちょっと聞きたいことが有るんだけど、あれ見える?」
『んー?』
「あれって鬼?」
『あー、鬼かと聞かれれば鬼だね』

 陰陽玉を経て見て、森の中に居る鬼を確認して言いよどむ萃香。

「あんなに弱い鬼なんて居るの?」
『アレは式神だろう、それもかなり薄い』
『だね、正確には鬼の影、って言った方が良いよ』
「影、ねぇ」
『どれくらいかというと、影の影の影の影の影の影の……』
「どんだけなのよ……」
『霊夢も私たちの力がどれくらいか分かってるだろう?』

 そう言われて黙る。
 筆舌し難いと言って良い。
 やろうと思えば、山を崩す事さえ出来るとか何とか言っていたらしい。
 こんな形でどれだけの怪力か、魔理沙の主義主張『弾幕はパワー』が言う本人より似合っていなくも無い。

『いま二人の下でやってる事は『弾幕ごっこ』とは大いに違うよ、そうさね、『殺し合い』だ。 お互い本気を出して潰し合う、もし本物の鬼がそうするとどうなるか分かるかい?』
「まあここら一帯は無くなるでしょうね」

 殺すと言うより、破壊すると言って良い力の持ち主達。
 本気で力を振るえば、風景は見る影も無く変わるだろう。

『そう言う事、あの式神の元となった鬼だって考慮してるのさ。 ……まあ、あの式神を作った奴の技量が足りないだけだろうがね』
『たしかにあの式は拙すぎる、あれでは十全など夢の夢、一割すら保たせられないだろうな』

 お粗末過ぎる故に影の影……という訳ね。

「実力が有って、式の構築が上手い人なら本人……本妖怪? を呼び出せたりするって事?」
『それは無いだろう、もしそれで本人を呼び出したならそれは既に式神ではない。 紙を使った召喚術になってしまう』

 確かに、言われればそうだ。

「藍のは直接式符を張り付けてるんだっけ?」
『ああ、そうだ。 下で使役される式神とは使役方法が違う』
『あのタイプだと、最大でも力を二つか三つ落とした所が限界じゃない?』

 あの式神の鬼は、紙を媒体とした妖怪の写し身。
 藍や橙は、その妖怪自身に直接式符を貼り付けた式神。
 前者と後者では圧倒的に力が違う。
 前者は影を写す事を許され、式符にそれを転写するモノで。
 後者は直接従えると言うもの、その妖怪自体なので力を引き出しやすい。
 十全の力を引き出す代価、それはその妖怪を屈服させるだけの実力が必要となる。

「藍はどうなの? あの怠惰の塊に使役されて良い訳?」
『私は紫様だから従っているんだ、見合わない他の者なら従うわけ無いだろう』
『紫は怠け者だけど、実力はインチキだからねぇ。 あれくらいの実力者なら逆に使役してくれって言う奴の方が多いかもしれないよ』
「紫は藍の力を十全に引き出してるって訳」
『そうだ、紫様の書き上げた式符はもはや芸術の域だ。 あれ程のものは私でも無理だろう』

 たしかに、紫の結界術や符術は凄まじいほど精巧で強力だ。
 同じ術を使う者としてどれほど凄いか理解できる。

「全く、紫はインチキすぎて困るぜ。 そうだ、今度言っといてくれよ、いい加減家の中から現れるの止めてくれって」
『そういうのは自分で言った方が良いんじゃないか?』
「人の話を聞くようなタマか、式の藍なら聞くかもしれないだろ?」
『……私の話でも聞きそうではないんだが』

 結論、紫は怠け者でインチキで話し聞かず。
 それを聞いて幾つかの笑い声が聞こえてきた。
 他の奴らも聞いてる事を忘れていた。

『まあ霊夢になら使役されても良いかも知れないねぇ』
「使役する機会なんてないでしょ」
『あらまー、振られちゃったね』

 そんな会話をしていれば、下で進展があった。
 わらわらと群れる式神の鬼と烏天狗。
 その中で、実力が頭一つ飛びぬけた式神が何体か現れ始めていた。

「アレだと構いっきりになるな」
「でしょうね、何匹か抜けるんじゃないかしら」

 多勢に無勢、あの式神たちより実力が上の刀子でも、数で押されれば手間取らざるを得ない。
 脅威にならない実力だったなら今までと同じく均衡、或いは殲滅し始めていただろうけど。
 蠢く式神の中に数倍の手数を必要とする頑丈な奴が現れれば、その分時間が掛かり撃破効率が下がる。
 そうなれば手が届かない奴らの、劣勢と言うか通過を許してしまう事になっている。
 と思ったけど。

「……わざと?」
「何だ、妖夢のと同じ剣術って奴か」

 何匹か通り抜けた後、見れば刀子は鞘に手を掛け、瞬時に抜刀。
 刀が奔れば何体もの式神が横に両断される。
 たぶん手を抜いていたんだろう、どうして手を抜く必要があったのかは知らないけど。

『誘導っぽいね、ほら、あっち』

 そう言われて左に視線を落とす。
 森と人里の境目、舗装された道に出るや否や、走る式神の一団の先頭が切り刻まれた。
 式神たちを切り裂いたのは黒眼鏡の黒礼服、神多羅木が右手指先を前に突き出し立っていた。
 その周り、数名の男女が杖を構えている。

「なんか意味あんのか、あれ」
『護衛……、いや、教育係りか』

 見る限り一撃で消滅させれることが出来るのに、わざと手を抜いている。
 周りに居る魔法使い達に経験を積ませてるんだろうか。

「めんどくさい事やってるなぁ、一発ぶっ放せばいいのに」
『利用しているのだろうな、だが目が甘いか』
「なに?」
「あそこ、認識阻害を使ってる奴が飛んでるわ」



 霊夢が指差す先、力を込めて見れば。

「あー、見逃した」

 烏天狗がひい、ふう、みい、と多くは無いけど少なくも無い数が飛んでいる。

「行き先はー、誰も居ないじゃん」
「と思ったら居る、と言うより追いかけてきたわね」

 空を翔る中年、タカミチがかなりの速度で突っ込んでいく。

「終わったわね」
「終わったな」

 拳から放たれる衝撃波、横から打たれた烏天狗たちが潰され還っていく。

『式神とは言え、あの程度で還るなんて情けないと思いませんか? 影とは言え余りにも脆い、あれでは天狗の名が泣きますよ』

 陰陽玉の向こう側から、やれやれとため息を吐く射命丸。
 脆いと言うのは同意しておく、並の天狗でもあの程度の攻撃はかすりもしない。
 当たったとしても、軽い打ち身程度の傷しか負わないかも。

『なんと言う体たらく、陰陽玉越しにシャッター切れないのが辛いですね……』
『直接持っていかないと無理だろう、スキマじゃないんだし直接見れないよ』

 萃香が言い終わると同時に、人里から光が次々と消えていく。

「ああ? 紫がなんかしたのか?」

 と魔理沙が呟けば、遠くの方から大きな魔力を感じる。

「はぁー? これが『何か』って事か?」

 突然現れた遠くから感じられる大きな魔力、恐らく紫はこれを狙ってそう言ったのだろう。

『恐らくそれだろう、行って見よう』
「はいはい」
「飛ばすぜぇ!」

 魔理沙が気合を入れて加速する。
 いきなり過ぎて首が仰け反り、首筋が痛くなったのでお払い棒で魔理沙を叩いておいた。





 箒を飛ばして目的の場所まで来てみる。
 遠く、どデカい橋の上で二人の子供が対峙し、片方から魔力が膨れ上がっていく。
 確かあの子供は近右衛門の部屋で見た女の子だったような。

『そこそこ、ですね』
『確かに、そこそこと言った所か』
『そこそことしか言えないねぇ』

 ときつめの評価、今言った3匹は全員あの子供より妖力や魔力を持っているからしょうがないと言えばしょうがない。

『あの金髪の娘、あれは確か吸血鬼だったはず』
「あれで吸血鬼?」
『あれで吸血鬼だ、と言っても力を抑えているのは間違いないだろうが』

 レミリアやフランドールと感じられる圧力が違う。
 と言うか吸血鬼って、皆小さい女の子なのは何故?

「で、あの吸血鬼が何なのよ」
『紫様は、戦いぶりを見ておけと言う意味ではないのか?』
「……少しは参考になりそうね」
「実物見とけば、大体は何とかなるだろ」

 感じる魔力は中級程度のもの、少なくともあの森に居た奴等よりは力があることは分かる。

『あれは恐らく『闇の福音』では無いかと』
『……そんな奴、確かに居たわね』

 割り込んできたからにはあの吸血鬼の事を知っているのだろう、紅魔館の主『レミリア・スカーレット』とその館のメイド長『十六夜 咲夜』。

「知ってそうね」
『少しくらいは知ってるわ、外の世界の、魔法の存在を知る者ではかなりの知名度を誇るし』
「別に魔法がある事位知っておいても良さそうなんだけどなぁ」
『確かお嬢様より歳を重ねているはずです』
『そうだったかしら、他の吸血鬼なんて知った事では無いけど。 歳ばかり重ねてもしょうがないと思わない? 霊夢』
「平和な日常の積み重ねたものなら大歓迎よ」
『そうかしら? 面白可笑しい毎日の方が良いと思わない?』

 そんな問いかけは賛否両論。
 いいねぇ、毎日が宴会みたいなものかぁ~。
 毎日がいいですね、ネタに困らなくなりそうですし。
 とか巻き込まれる存在を無視した言葉がちらほら、幻想郷に戻ったらもう一度こいつらを退治でもしておこう。
 そう心に決める霊夢だった。












「落ちたか、ネギ君は何処までやれるかのぉ……」
「決まり切った出来事に思いを寄せるなんて、つまらないですわよ?」
「ぬ!?」

 学園長室で二人の対決を見守る中、隣を見れば八雲殿が逆さに浮いていた。
 正確にはスキマからスカートの中頃まで体を覗かせ、髪や衣服が一切重力に引かれていない。
 見様によっては此方が逆さまになっているかと思う程、自然な違和感を醸し出していた。

 だが、真に驚くべき所はそこでは無い。
 昨日とは違う、気配も何もない。
 気が付いたらそこに居ると言う、まるでそこにあるのが自然だと言わんばかりの違和感の無さ。
 彼女が声を掛けなければ、気が付くのはもっと遅れていたじゃろう。

「親が子を思い愛情を注ぐ、近衛殿も同じかしら?」
「……彼の者は──」
「千の魔法使いと呼ばれた男の息子、英雄となる資質を持った少年。 故にその人生は波乱に満ち、その歩みは困難を極める」
「……八雲殿の目的、教えてもらえませんかの?」

 問うたその言葉、何が狙いで何を目指すか。
 この麻帆良で何がしたいのか。
 その問いに、八雲殿は扇子を開いて口元を隠して喋りだす。

「この土地にある魔法の道具や人間が目的だと言ったら? まあそんなもの全く必要としていませんけれど。
 それでは他に何があるのかと言えばネギ・スプリングフィールドや近衛 木乃香の保有する魔力? 力の無い者から見れば格好の魔力生成容器ですわね。
 私達から見れば、あの程度の者なら幾らでも居ますわ。 ええ、精々補助程度、者によれば邪魔なものにしかなりえない。
 そんなものを手に入れてどうすると? 自前の魔力で事足りますし、そのような様な事態は迎える事など無い。
 私が処分した魔法の道具類が欲しい? 霊夢や私自身どうでも良いですし、魔理沙は集める事に意味を見出した人間ですので、中身はどうでも良いと考えてますのよ。
 ええ、邪魔になれば問答無用で処分しますし、元よりそれらがどれ程貴重なものか魔理沙は理解してませんわ。
 例えそれが貴重なものだとわかっても、魔理沙は頓着しない。 価値が分かれば物々交換なんて事もするでしょうけどね。
 魔理沙が固執するのはたった一つのことだけ、それ以外の事はあまり重要と考えて居ないでしょうね。
 霊夢は霊夢で同じ様に頓着しませんわ、物を取って置くと言う行動、霊夢はそれが自分にとって必要かそうでないかの基準でしか選ばない。
 燃えそうなものなら薪代わりに取って置く、と言った程度でしょうし。
 霊夢にとって興味がある物は衣食住と賽銭箱の中身……、その位しか有りませんわ。
 ええ、とても変わっていますでしょう? そこが肝と言った所ですわね。
 それはそうとそろそろメインイベントが始まりますわね?
 あと図書館島の深部の住み心地は如何かしら? 覗き見さん?」

 一息に近右衛門が内心思っていた事に全て答えた紫。
 最後の一言は、この場に居る二人を覗く第三者に対しての声だった。

『おや、気が付いていましたか。 気分を害したなら謝罪しましょう、申し訳有りません。 あ、それと姿をお見せ出来ないのも申し訳有りません』

 と声だけが響き、図書館島最深部で暮らす裏の司書。
 『紅き翼』のメンバーの一人、『アルビレオ・イマ』。
 そんな謝罪を聞いて、扇子を取り出して口元を隠した八雲殿。

「貴方が動けない事など当に承知しておりますわ」
『ほう……、何処までご存知で?』
「さあ……、何処まででしょうね?」
『真に興味をそそられますね』
「知りたいのでしたらどうぞご自由に、例えば盗み聞きなどね」
『ほう、構わないので?』
「ええ、盗み聞きと言うのは中々面白いものだと思いませんこと?」
『確かに、内容が過激であればあるほど楽しみが増すと言うものです』

 二人同時に「ふふふ」と笑う。

「……二人は知り合いかの?」
『「いいえ」』

 とまたも声が重なった。

『シンパシーを、と言いましょうか、色んな意味でただならぬ者だと感じましたね』
「趣味が合いそうな気がしましたわ」

 またもふふふ。

「……話を進めよう、八雲殿は何の目的が有ってこの地へ?」
「ある存在を捜しております、その存在の目的がこの地に有るので此処へ」
「ある存在?」
「あの吸血鬼が言ったように、私達は『穴倉』ですわ。 霊夢と魔理沙、恐らくは一生そこから出ることは無かったはずですが……」
「何かが有ったと?」
「ええ、二度とあのような事を起こさせないようお仕置きしてあげようと思って」

 そう言って向けられた視線はその髪と同じ金色の瞳、そして浮かべる表情は美しい満面の笑み。
 だが八雲殿の瞳は人のものではない、その向こう側に背筋が凍る何かが有った。

「メインイベント、本題ですが、ネギ・スプリングフィールドとエヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルの決闘、それに割り込ませて頂きたいと思っていますが」
「割り込む、邪魔……と言う意味ですかの?」
「いいえ、あの決闘が終わってからですわ」

 見ればエヴァンジェリンが闇の吹雪、ネギ君が雷の暴風を撃ち出し、ぶつかり合い均衡している所であった。

「……彼女らとエヴァンジェリンを戦わせると?」
「ええ、外の魔法使いがどのような物か。 百聞は一見にしかず、目で見て耳で聞いて肌で感じてもらおうかと」
「……しかし、彼女の封印は──」
「死んだら死んだでその程度だったと言う事、まああの程度ならよく見かけますので問題ないでしょう」
「あの程度……」
「勿論五月蝿いハエどもが入り込まぬよう結界は敷いてあります、そちらの手を煩わせる事は致しませんわ」
「むぅ……、しかしのぉ」

 封印が解けている今のエヴァンジェリンが『あの程度』、現存する全ての生物の中で最強種に上げられる吸血鬼が『あの程度』。
 虚仮威しか真実か、事実ならばエヴァクラスの存在が多数居ると言う何と恐ろしい土地か。

『エヴァがあの程度ですか、貴女方が住む土地にどのような存在が居るか気になりますね』
「気になるならば、どうぞお探しになってくださいな。 来るモノ拒まず、出るモノ追わず、それが我々が居る土地の仕来りですわ」
『貴女方が捜している者は、どうやら好ましくない事をしたようですね』
「ええ、友好的ではなくても来る者は拒まない。 ですが敵対的である者は無情の扱いをさせていただいて居りますのよ」
『貴女の考え、随分とシビアですね』
「ふふ、それでは近衛殿、もう暫しの間霊夢と魔理沙への助力、お願いいたしますわ」

 アルビレオの言葉を流し、すきまの中に沈んでいく八雲殿。
 亜空間が閉じ、すきまの端にあったリボンが消える。

「……どう見る?」
『恐ろしいですね、世界広しと言えどここまでの存在が居るとは……』

 アルビレオがそう言い終った直後、近右衛門の携帯に着信が入る。
 携帯を取り出し通話ボタンをポチ。

「近衛じゃが」
『ああ、学園長! 異常事態です!』
「見知らぬ結界があるのじゃろう?」
『え? あ、はい!』
「此方で用意した一回限りの結界じゃ、電源が復旧するまで十分持つじゃろう。 言うのをすっかり忘れとった、驚かせてすまぬの」
『いえ、安全な物なら構いません。 それでは皆にもそう伝えておきます』
「頼む」
『それでは』

 電源ボタンを押して切る。
 携帯を懐になおしながらため息を吐いた。

「いつの間に仕掛けたんじゃろうか」
『彼女等が来る前から、が適当ですが……』
「前々からあれほどまでの存在が侵入して居たとなると、色々考えねばならんのぉ……」

 実際はその場で作り出した結界。
 勿論悟られる様な素振りは一切見せていないためにその考えに至る二人。
 極短期間で不純な動機を持つ者の一切の出入りを防ぐ結界、それを直径何十キロもあるこの麻帆良を覆うほどの規模を作り出したと知れば二人は驚くことだろう。

「君でも勝てんか」
『戦ってみないと確かな事は言えませんが、十中八九負けるでしょう。 エヴァでも恐らくは』
「……裏は深いのぉ」
『良からぬ事でも企まなければいいのですが』

 遠見の魔法で見る決闘、その結果はネギ君の勝利で終わり。
 その戦いを見ていた霊夢と魔理沙は紫の声を聞く。
 今『本物』の戦いが幕を開けようとしていた。
















 タイトル決定、暗黒妖精様のを採用、ありがとうございます。




 実力者は読み違えない、冷静に分析して勘違いは無い!(キリッ
 アルビレオと紫、胡散臭さが似てると思います。
 どちらがより胡散臭いかと言われれば紫を上げますが。
 とりあえず3話はネギまのどの部分で来たか、紫が霊夢か魔理沙とエヴァンジェリンとの戦いを仕組む。
 と言った話です、次話は戦いになるかと。

 一応これでも詰めた方です、その2で説明が足りないとか言っていたにも拘らず冗長な説明入れて30kb超えた。
 SS書きの人なら絶対『文章を上手く纏める程度の能力』が欲しいと思います。


 ネタ、何故紫は逆さまに出てきたのか? ほら、逆さまって良いと思いませんか? ……思いませんね。
    神奈子様が言った『礼』の話、あれは適当な作り話。
    早苗さんのパンツ、少し前まで外の人間だったからそう言うのを履いていて当然、瀟洒な咲夜さんも履いてそう。
    なぜレミリアと咲夜さんがエヴァの事を知っていたか、作者的に吸血鬼異変を起こしたのはレミリアじゃないとして、紅魔館勢は紅霧異変を起こす少し前に幻想郷に来たと言う事にしました。 そっちの方が接点作れるし。



[5527] 4話 力の有り様
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2012/03/19 01:18

「いきなり戦えって、寝過ぎてまだ寝ぼけてるの?」
『とっくに目は覚めてるわ』

 吸血鬼と子供の勝負に決着が付き、そろそろ帰って夕食の準備を、と思っていた所に紫の声が陰陽玉から聞こえてきた。

『今後ああ言った手合いの魔法使いと戦うかもしれないわ、今の内に知っておくべきよ』
「パチュリーとかが知ってるんでしょ? それ聞いて終わりじゃない」
『そんじょそこらの魔法使いなんてどうでもいいのよ、実際に体験しておいた方が良いのよ』
「じゃあ私がやるか、霊夢やる気無さそうだし、こっちはどんなもんか興味あるし」
「はいけってー、行ってらっしゃい」
「一通り見た後さっさと帰るか」

 そう言った魔理沙の箒から降りて浮かぶ。

「出来るだけ早く終わらせなさいよ、晩御飯これ以上遅くなったら承知しないから」
「任せろ!」

 ニヤリを笑みを作り、一気に加速して飛んでいった。









『爺! 聞こえているか! 爺!』
『聞こえておる』

 頭の中に響く声。
 怒鳴るかのように発せられる思念が頭に響く。

『結界の復旧を遅らせろ』
『それはもう手配済みじゃ』
『何? どういう事だ?』
『あの二人と戦うのじゃろう? 構わん、存分に力を出せばよい』
『手を出すなと言っておきながらその言葉、どういう風の吹き回しだ?』
『先方が戦わせたいと言ってきおった』
『この私とか、随分と嘗めてるな。 あの小娘達、大怪我じゃ済まんかも知れんぞ?』
『先方は『殺されたならその程度』と言っておった、エヴァに対抗できる位の力はあるのじゃろう』
『ほう、中々面白い事を言う。 クク、あの小娘たちに格の違いと言うものを教えてやろう』

 そう言ってエヴァンジェリンが一方的に念話を切った、戦闘に集中する気だろう。

「………」
『八雲さんが言う通り、対抗できる実力が有るならば……』

 確かめておきたい、どの程度なのか、何処まで出来るのか。
 エヴァンジェリンを当てて彼女等の実力を測る、もしそこまでの力が無くともエヴァンジェリンの信条から殺しはしないじゃろう。

『場合によっては彼女等が探す人物、その捜索の協力を申し出た方が得策かもしれませんね』
「確かにの」

 取り込めぬなら、出来るだけこちら側に寄せておきたい。
 今この時は敵対しているわけじゃない、向こうも敵対する気があるわけじゃないだろう。
 なら手を取り合う関係にもなれるはず、出来るだけ好い印象を持ってもらいたい。

『彼女達の実力を確かめてからでも遅くは無いと思いますが』
「……それでものぉ」
『理知的な応答が出来るのですから、相応の対応手段が取れる事は間違いないでしょう』
「怪我を理由に敵対されたら困るのじゃが」
『勘ですが、今もこの会話を聞いて笑っている感じがしますよ』
「……そうであって欲しいのぉ」

 実際そうであったとしても、会話を行う二人には確かめる術はなく。
 遠見の魔法でエヴァンジェリンと魔理沙君の戦いを、見ているだけしか出来なかった。











 箒の跨ったまま加速し、左手から矢印の形をした緑色の魔力弾を放つ。
 目標は空中で悠然と佇む金髪の少女、空中に浮いていると言う点を除けば攻撃を加える事を躊躇う存在。
 だが正体は既に判明している、レミリアやフランドールと言った同じ吸血鬼。
 手加減して勝てる相手ではないと踏む。

「取っときな!」
「そんなもの!」

 打ち出された魔力弾、エヴァンジェリンは同じ数だけ闇の矢で迎撃。
 漆黒と明緑がぶつかり合い、はじけて光を放つ。
 はじけた閃光が一瞬だけ互いの視界を潰す。
 その一瞬の隙にエヴァンジェリンは高速で魔法を放つ。
 すでにその魔法の射程距離内、優に届くどころか直撃させる事が出来る位置。

「まずッ!」
「氷爆!」

 膨れ上がる魔力に気が付いた魔理沙は瞬時に手をかざし。
 エヴァンジェリンの魔法が完成すると同時に、魔理沙の目の前で氷の爆発が起こった。
 吹き荒ぶ冷気が爆風となって魔理沙に襲い掛かる。

「終わりだ──、氷神の戦槌!」

 直径5メートルはある巨大な氷の塊、それが空中に現れ白黒の魔法使いに向けて走り出す。
 殺しはすまい、氷爆から氷神の戦槌のコンボで痛めつけてやろうとすれば……。

「……ほぉ、正面からとは久しいな」

 氷塊が砕けた、氷塊の反対側から走る光によって砕かれた。
 砕けた氷の破片が月光に照らされ、キラキラと輝きながら落ちていく。

「服が焦げたり凍ったり、外に関わり始めた途端についてないぜ」
 
 氷爆を至近距離で受け、続けて氷神の戦槌を叩き付けたにも拘らず平然と対処し飛び続ける霧雨 魔理沙。
 その周囲には青、赤、黄、緑の四色からなる四つの球体、ビットが浮かび、魔理沙の周囲を回っていた。

「焦ったぜ、少しだけな」
『全力で防ごうとしてたくせに』
「うるせぇな」

 魔理沙は図星を突かれ、ぶっきらぼうに言い放つ。
 避けきれない、そう直感したと同時に障壁を張った。
 結構な力の入れ具合、もう少し弱ければ障壁が吹っ飛んでいたかもしれない。
 そうして考える、霊夢なら如何していたのだろうかと。
 同じ様に防いでいただろうか、それとも見事に避けきって見せたのだろうかと。

「あんた、中々強いな」
「当たり前だろうが、私は『真祖の吸血鬼』だぞ? たかが穴倉のモグラ程度が勝てると思ったか?」
「ゴロゴロ、と言うわけじゃないが。 あんた位の奴なら結構見かけるんでな」
「ほう……、見かけてどうだ? 簡単に勝てるような相手か?」
「いいや、だが負けるとは思っちゃ居ない」
「ハッ、その気概だけは褒めてやろう」

 ほぼ同時にエヴァンジェリンと魔理沙の口端がつり上げた。
 エヴァンジェリンは両手に魔力を帯びさせ、高らかに呪文詠唱を始める。
 魔理沙は体を箒に寄せ、顎が柄に触れそうなほど寄せて箒を走らせ、四つのビットが遅れることなく追従する、

「何処に行く気だ? まさか逃げるわけでもあるまい?」
「寝言は寝てからってのがお約束だぜ」

 それだけを聞けば、まるで逃げ去りながら吐く捨て台詞。
 だが実際は両者共に魔力が漲り、先のエヴァンジェリン対ネギ戦の遥か上。
 元よりお互い逃げると言う選択肢など一片も浮かんでいない。

「この距離、この距離が一番だろうな」

 魔理沙が距離を取るのをやめ、エヴァンジェリンを中心に旋回し始める。

「その程度の距離で避けれるとでも? 見苦しいな、キリサメ マリサ! 来たれ氷精、闇の精!」

 エヴァンジェリンの周囲に渦巻く四つの黒い球体、強大な魔力によって実現する四連の闇の吹雪。
 対する魔理沙、周囲の四色の球体、纏う光が強くなる。
 両者の間は数百メートル、互いに相手が小さく見える距離。

「殺しはせん、嘗めた口を利いた罰に少々痛い目に合ってもらうがな!」
「出来るモンならやってみな!」

 すぐ近くで話すように、距離を無視して話す。

「ぬ?」

 驚いたのはエヴァンジェリン、魔理沙が浮かべる四つの球体からか細い光が渦巻く闇の吹雪へと当たっている。
 後は撃ち出すだけとなっている闇の吹雪が壊れない事から攻撃ではないと判断、恐らくは闇の吹雪とぶつけようと言う魂胆。
 ならば乗ってやろう、愚かしくも力比べをやろうとする人間に格の違いと言うものを見せ付けてやると。

「闇を従え、吹雪け、常夜の氷雪!!」
「儀符、オーレリーズ!」

 渦巻く闇の吹雪と光を放ち続けるビットに篭る魔力が最高潮になり。
 四つの漆黒の弾が、四色の球体が、暴虐にその力を解き放った。

「闇の吹雪!」
「サン!」

 黒き柱と青白き柱は互いに直線を描き、ぶつかり合った。
 眩い閃光を放ち、一進一退、撃ち抜かんと邁進する。
 その衝撃による暴風が巻き起こり、その余波で橋を支えるワイヤーが激しく揺れ、水面が叩かれたかのように水しぶきを上げる。

「どうした! しんその吸血鬼さんよ!」

 そう言って魔理沙は人差し指でエヴァンジェリンを指す。
 青白いレーザーが威力を増し、拮抗地点から押し始める。

「嘗めるか、小娘!」

 その挑発に簡単に乗るエヴァンジェリン。
 込める魔力が跳ね上がる、闇の吹雪が一回り太くなり、逆に魔理沙のレーザーを飲み込み始める。

「そうでなくっちゃな!」

 瞬時に見切りを付ける、レーザーを撃ち出すのを止めアクロバティックに下降を始める。
 余波を伴い、魔理沙の頭上を闇の吹雪が通り抜けていく。
 その魔理沙に付いて行く四つのビット、回りに回って加速して、残光が混ざり始める。

「お次はこいつだ!」

 一気に下降し、エヴァンジェリンを見上げて魔力を込め始める。
 それに呼応して更なる回転を始める球体、その状態で四色四つから放たれる青白い弾丸。
 ガトリング砲を髣髴とさせる連射、それらがエヴァンジェリン目掛けて殺到する。

「届くか!」

 変化した魔法に驚き、身を翻しながら段差を降りていくように避け落りていく。
 避けて避けて避け続ける、水面ギリギリまで下降し、水面を飛ぶ。
 そのエヴァンジェリンの後を追うようにレーザーが水面に着弾、数十もの水柱を上げる。
 所々直撃コースのレーザー弾は魔法障壁で逸らし、一撃足りともその身に届かせない。
 そして一方的にやられるほど真祖の吸血鬼は弱くは無く、落ち避けながらも魔法を行使。

「連弾・闇の299矢!」

 水面から跳ね上がり指先から放たれた闇の矢、全方位に放射線を画きながらレーザー弾と交差。

 まるでそれは戦争のようで、夜空を明るく染める弾幕戦だった。










「ちょっと! あんなのが本当の魔法使いだっての!?」

 橋の端で見守る戦い、ネギ・スプリングフィールドと神楽坂 明日菜は驚きを隠せなかった。
 自分達が戦った時とはまるで違う、先の戦いとは一線を画す数倍もの大きな差があった。

「ネギってば!」
「──は、ハイ!?」

 力量の違いに呆然としていたネギ、それを明日菜が揺さぶって無理やり起こす。

「しっかりしてよ!」
「す、すみません!」
「で、あれが本当の魔法使いって奴なの!?」
「……そうです、ここまですごいとは思っていませんでしたけど……」
「さっきと全然違うじゃない!」
「ありゃあ超一流の魔法使いだぜ、姉さん!」
「超一流?」
「あの超一流のエヴァンジェリンと正面から戦ってまだ生きてるんですぜ? 並みの魔法使いなら一秒と掛からず消し炭になりやすぜ!」
「それならなんで私達が生きてるのよ」
「そりゃあ……」

 見れば滅茶苦茶速い、今上でやってるのが走っているのとすれば、ネギとの戦いは歩いているような速さ。
 あんな動きで寄られていたら……。
 エロオコジョの言うとおりなら引き分けにすらならないんじゃないの?

「あの娘っ子、まじでトンでもねぇっすよ」
「エヴァンジェリンはめちゃくちゃ手加減して……、あ」
「はい……」

 それを聞いたネギが見るからに落ち込み始めた。
 魔法のぶつかり合いで勝って、勝利を収めたと思ったら実は手加減されていましたなんて。

「落ち込まないでください、ネギ先生」

 と、横から声を掛けた来たのは茶々丸さん。

「マスターはネギ先生の事を必要以上に傷つけないようにしていただけなんです」
「へ?」
「リサーチに注ぐリサーチを重ね、ネギ先生の最大魔力放出量を測定し、ネギ先生とほぼ同等の魔力量で戦っておられたのです」
「そ、そうなんですか!?」
「い、いつのまに……」
「如何に魔力保有量が高いとは言え、今のネギ先生では高出力の魔力使用は厳しいと判断した為、マスターはこのような制限を持って戦う事を決められたのです」
「それってネギを舐めてるんじゃなくて……」
「逆です、心配なさっていたのです」
「何であんな極悪人が兄貴に情けを……ハッ! そうやって心の隙間に入り込んで、兄貴を取り込もうってんだな!?」

 エロオコジョがわめき出した。

「そうするのであれば、最初から力尽くでネギ先生を従わせていました」
「う!」
「そうしなかったのはネギ先生の事を考えていたからなんです」
「エ、エヴァンジェリンさんが……」

 うるうるとネギが瞳を潤ませ、うーうーと唸っていた。

「そうする事となった原因、それはマスターとネギ先生、魔法使いとしての質の差です」
「………」
「先ほども申したとおり、最大魔力放出量にかなりの差が有ります」
「……それは分かります」
「先ほどの闇の吹雪にしても4つ同時、しかも一つ一つがネギ先生に撃ったものの倍以上の魔力が込められています」
「………」
「今のネギ先生にそのようなものを撃たれては、死んでしまう可能性が大いにありましたので」
「だから手加減を?」
「はい、マスターの信条もありますし、もしもネギ先生が大怪我をなさってしまわれたら……」
「つまりエヴァンジェリンは、ネギの事を心配してたって事ね?」
「はい」

 血を吸うとか言ってたのに、意外と優しいんじゃない。

「それで、エヴァンジェリンと戦ってる子、誰なのよ」
「数日前に麻帆良へ来た方で、学園長の客人だそうです」
「へー……、それにしても凄いわね」
「はい、それでは私は用事が有りますのでこれで失礼いたします」
「用事? どこ行くのよ」
「もう一人の御客人の相手をしろと命じられましたので」

 足の裏から火が噴出してきて飛んでいく茶々丸さん、そして頭上に広がる魔法の嵐。
 さっきの戦いが子供の遊びと言っても頷けるような魔法合戦。
 自分達の戦いは既に終わっており、当事者では無くなっている。
 ネギと明日菜、カモの二人と一匹はただ見上げる事しか出来なかった。





 同時刻、ネギと明日菜と同じ様に戦いを見る二人。
 見れば弾幕戦、闇の矢を纏めて放つエヴァンジェリンと青白い魔力弾を放つ魔理沙君。
 お互いが数百と打ち出しながら、お互いそれを避け続ける。
 そしてまた魔法を放つ、といった終わりそうではないループに陥っていた。

『全力……ではないようですが、かなり力を入れていますね、エヴァは』
「ここまでとは……」

 数百の闇の矢を連続で撃ち続けるなど、元より膨大な魔力を持つエヴァンジェリンだからこそ。
 威力の程は同等、闇の矢が青白い魔力弾とぶつかり弾け消える。
 攻撃は誘導するかしないかの違いは有るものの、エヴァンジェリンの闇の矢と同じペースで撃ち合えるだけの魔力量を持っているだろう魔理沙君。
 どちらも大きく感じ取れるほどの魔力を発し、今だ余裕を持って撃ち合っている。

『これだと彼女、霊夢さんも同等の力量を持っているかもしれません』

 言った通り全力ではないだろうが、それでも尚今だ正面に立って魔法を撃ち放つ魔理沙君。
 そしてもう一人の少女、霊夢君。
 同程度の実力が有るのではないか、と考えずには居られない。
 向こうの意向とは言え、大怪我を負っても不思議ではない戦い。
 最悪死んでしまう事もあるだろう、そうなって向こうが此方に牙を剥かないと言う保証はない。

「……エヴァンジェリン、出来るだけ手を抜いてくれ」
『ノリノリですから、それは少し厳しいでしょうね』
「むぅ……」

 彼女等が大怪我を負わない事をただ祈るだけの近右衛門であった。















「何あんた?」

 魔理沙と吸血鬼の戦いを見ていれば、下から誰かが飛んできた。

「お初にお目にかかります、私の名は絡繰 茶々丸と申します。 マスターの命令で貴女の力を試させて頂きます」
「……紫、どういう事よ」
『そのままの意味でしょう、まぁあれは人間ではないし、全力で叩いていいわ』
「そ」
「それでは、行きます」

 そう言って茶々丸はお辞儀、頭と共に右腕を上げた。

『来るわよ』
「分かってるわよ」

 上げた右腕、肘から火を噴き腕が高速で飛んでくる。
 それを半身だけ逸らして避ける、その状態で封魔針を具現化して握る。
 霊力を込めた封魔針を放ろうとすれば腕、ロケットパンチが方向転換、弧を描いて霊夢を絡めとろうとする。
 が、腕と繋がるケーブルが霊夢の服に触れる前に霊夢が掻き消える。

「!!」

 瞬時に茶々丸の真上に現れた霊夢。
 踏みつけるように出した足、茶々丸の肩を大きく踏み飛ばす。
 大きくバランスを崩し、何とか体勢を立てなそうとバランスを取った所にさらに大きな衝撃を受けた。
 何かが四肢に当たり、殆どが機能停止にさせられ、センサーなども大半がオフラインになった。
 たった一度の攻防で茶々丸は半壊へと追い込まれた、それに飛ぶ為の機能も死んだ、ならば茶々丸はただ落ちていくだけしか出来なかった。
 





 常人ならば反応できない速度で有った筈のロケットパンチ。
 だが霊夢は軽々と避け、亜空穴で瞬時に距離を詰め、蹴りを放った後ほぼ真上から封魔針を浴びせた。
 肩や胸、腹に深々と針が斜めに刺さり、落下していく絡繰 茶々丸と名乗った存在。
 それを見ながら雑談を始める。

「人形? 中が何かすごい事になってたけど」
『機械人形……、と言っても分からないでしょうね』

 壊れたところから見える中身。
 ごちゃごちゃとした、中には何十本もの線が走っていた。
 いかにも複雑ですと言わんばかりの中身。

『……あれは有り得ないわね』
「何が?」
『あの人形よ、あれは『存在しないもの』、本来なら『今存在してはいけないもの』よ」
「ふぅーん」
『あれが作られた技術、外の世界にも存在してはいけない早過ぎる技術、……邪魔になるかしらね』

 良く分からないが、余り良い代物ではないらしい。
 徹底的に壊しておくのも良かったかも。

『作った人物が居るはずよ、その存在を消しておかなきゃ何度も出てくるでしょうね』
「何度も来るようなら、その作った存在とやらを叩かなきゃね」
『その時は存分に叩きなさい』
「魔理沙にでもやらせるわ」
『全く、怠け者ね』
「紫ほどじゃないわ」

 そんな会話をしてれば魔理沙と吸血鬼の戦いが終わった。
 と言うか、終わらせる事になった。
 落下していく人形、絡繰 茶々丸を受け止めようと、魔理沙を放って置いて吸血鬼が猛スピードで飛んでいた。

「……終わったらしいから帰りましょうか」
『何だ? 何したんだ?』
「襲ってきた人形に封魔針浴びせたのよ、そしたらあの吸血鬼が拾いに行った訳」
『良いとこだったのに、邪魔すんなよ』
「はいはい、さっさと帰りましょう」

 魔理沙がこちらに向かって飛んでくるのを確認して、背を向ける。
 そして溜息。

「はぁ……。 魔理沙が戦ったのに、何で私まで戦わなくちゃいけないのよ」

 言い切ると同時に霊夢がまたも掻き消え、直前まで居た場所に氷の矢が殺到していた。





「チッ! 転移かッ!!」

 氷の矢を放てば、届く瞬間に小娘の姿が掻き消え。
 それと同時に悪寒を感じ、振り向きながらも左手で障壁を張る。
 向いた先には赤と白を基調とした可笑しな巫女服、蹴りが魔法障壁に当たり、張った障壁が幾つも割れた。

「やってくれるな、ええ? 小娘!」

 魔法障壁ごと押し出し、それを足場にして翻りながら離れる霊夢。
 左腕に抱いた半壊の絡繰 茶々丸。
 それを庇いながらも口を開いたエヴァンジェリン。

「自業自得でしょ、こっちは早く帰りたいってのに」

 霊夢の亜空穴による転移後、エヴァンジェリンの背後から飛び蹴り。
 防がれはしたものの、何枚か突破した感触。
 空を蹴り一気に距離を詰め寄りながら、霊夢は霊気を込めたお払い棒を振り下ろす。

「チッ」

 先ほどの蹴りよりも強力な一撃、問答無用で打ち抜き障壁がさらに何枚か叩き割られた。
 再度十数枚張りなおし、次の攻撃に備えるが。

「かったいわねぇ」

 そんな状況を露知らず。
 霊夢は追撃せず、再度距離を取った。





「人形と妖怪ね、まるでアリスみたい」
「……ふん、訳の分からんことを」

 大きく鼻を鳴らす吸血鬼。
 それを無視して抱えられている人形に話しかけた。

「えーと、茶々丸って言ってたっけ?」
「ハイ」
「茶々丸を作った奴って誰?」
「……? 何故お聞きになるのですか?」
「いやぁね、貴女が本来居ちゃいけない存在だって言われたから、作った奴の事聞いておこうと思って」
「居てはいけない?」
「おい貴様! どういう意味だ!」
「そのままよ、茶々丸はある筈の無い存在、ならそのある筈の無い物を作った存在も、またある筈が無いって言う事よ」

 自然発達した技術なら世界が認め、正しく存在するもの。
 だが、絡繰 茶々丸を構成する技術は、今現在の科学技術を二段三段と飛び越えた先にある物。
 技術の革新は世代に生まれる天才が行うか、或いは長い年月で積み重ねた英知によって進むものなのに。

『そう言う技術を思いついたとか、作り出したとか裏表で聞いたこと無いわ』

 との事、幻想郷の中で、唯一リアルタイムに外の世界を知る紫。
 普段が胡散臭いから全部を信じるわけじゃないけど、紫の言う通りなら『進みすぎてありえない』と言う事。

「……それを聞いて、如何する心算ですか?」
「如何しようかしらね……」

 害成す存在なら壊しておくのも吝かではない。
 さっきだって襲ってきたのも命令らしいし、今話していると礼儀正しくて自分の判断でそう言う事をする人形でもない気がする。

「ま、何かする訳でもないなら放って置くけど」

 逆に言えば、私達の邪魔をするなら叩き潰すと言う選択肢が出ると言う事。
 私達や幻想郷にとって害を成さなければどうでもいい、相手をする意味も無い。

「……申し訳有りません、例えそうであっても教える事は出来ません」
「それもそうよね、いざとなったら自分たちで調べるし」

 そうなったら紫が調べるでしょうし、とりあえず目の前の吸血鬼が攻撃してくるなら相手をしてやらなければならない。
 つまりこれからやる事は……。

「おーい、しんその吸血鬼さんよ。 仕事モードの霊夢は恐ろしいから気をつけろよ、今なら逃げてもいいんだぜー?」
「フザけろ!」
「警告はしたからなー」

 そう言ってこっちを向いたまま遠ざかっていく魔理沙。
 いい感じに挑発して、プライドの為か後には引けなくなったと言う感じの吸血鬼。
 全く、余計な事言ってくれちゃって。
 晩御飯は魔理沙に作らせるとしよう。

「引く気は無いんでしょう?」
「小娘如き、捻り潰してやるよ」
「あっそ、それじゃあ始めましょうか。 妖怪退治をね」

 札を取り出し、四方八方と投げ放つ。
 それにすぐさま反応する吸血鬼。

「何をするか知らんがやらせん!」

 霊夢の行動を妨害しようと、エヴァンジェリンは闇の矢を霊夢に向かって放つ。
 だがそれは霊夢は左手を翳し、現れた橙色の陰陽太極図によって簡単に防ぐ。

『神技──、八方龍殺陣』

 霊夢を中心として広がり、茶々丸を抱えたエヴァンジェリン、そしてその周囲の空間を丸ごと取り込み隔離した結界を作り出した。

「ふん、結界か。 それに陰陽道か?」
「そうね、それもあるわ。 結界は万が一外に弾が漏れると危ないしね、それじゃあ行くわよ」



 その言葉を皮切りに、霊夢と、その周囲からどこからとも無く一瞬で無数の霊気の込もった札が飛び交い始めた。
 視界を覆うような、千を越えそうな数の札や霊気弾。
 これが弾幕ごっこ、スペルカードルールに基づいた物だったならエヴァンジェリンでも避けきれたかもしれない。
 だがこれは弾幕ごっこではない、スペルカードルールの外でやる戦い。
 そうなれば態々回避できる空白を開ける必要もない、つまり……。

「なるほど、爺が警戒するのも頷ける」

 結界の端から端まで一部の隙間の無い、縦横無尽に飛び交い交差する弾幕。
 霊気の篭った数千の札が飛び交い、霊気で出来た白の弾が紅く変化しながら全方位に放たれ。
 紅と白の陰陽玉が回転しながら結界内に降り注ぎ、どれもが尋常ではないスピード。
 弾幕の向こう側に居るはずの小娘が見えない、厚い壁。
 避けさせない、その意思がはっきりと見える攻撃。

「真っ向から……は、止めておこうか」

 殺到する弾幕、逃げ場は無し。
 『絶望的』を謳い文句に謳えるような攻撃、一気に距離を取ろうとゲートを開くが。

「妨害か」

 出来上がったのは不安定な、今にも崩れそうなほどのゲート。
 結界の外に出口を作っては見たが、この分だと何処に繋がっているか分からない、入った瞬間に崩壊するかもしれない。
 自分だけならそうしてでも一旦撤退するのも良かっただろうが、今は動けない茶々丸を腕に抱いている。
 『退治する』と言う言葉どおり、この結界から五体満足で出す気などさらさら無い。
 つまり、エヴァンジェリンと茶々丸が結界から抜け出すには、結界を作り出した霊夢を倒すしか方法は無かった。

「マスター、私の事は……」
「黙っていろ、今ハカセのところへ連れて行ってやる」
「……ハイ」

 この数を避け切るのも防ぎ切るのも骨が折れる。
 癪だが、ここは……。

「連弾・氷神の戦槌!」

 闇の眷属特有の膨大な魔力に任せた、無詠唱の強力な氷魔法。
 5メートルを越える巨大な氷の塊を十数個作り上げ、高速で押し放つ。

「連弾・闇の599矢!」

 続けざまに闇の矢、瞬時に現れた巨大な氷塊を攻撃の主軸とし、それを迂回して走らせる。
 エヴァンジェリンの氷塊と霊夢の弾幕がぶつかり合い、迂回した闇の矢も弾幕とぶつかり合う。
 だが氷神の戦槌は、数十メートルほど進む頃には削られ消えてなくなる。

「氷楯!」

 あの密度の攻撃には生半可な魔法では削られ小娘には届かない。
 かといって大呪文を使うには時間が足りな過ぎる。
 ならば氷塊と闇の矢で弾幕の到達を遅らせ、抜けてくる攻撃を氷楯で防ぎその時間を生み出すまで。
 氷塊の向こう側で激しい音、削岩機の如く弾幕が氷塊を抉っているのだろう。
 今放った闇の矢も、弾幕に阻まれ一矢たりとも霊夢には届いていない。

「チィ、そんなに持たんか」

 予想以上に抉れていく音がより大きく、より近くなっていく。
 毎分一万を越える霊夢の弾幕、外の世界の超一流の魔法使いでも出しきれるかどうかの攻撃。
 その攻撃の前に十秒ほど持ったと言うのは逆に褒めるべきだろう。

「すまん、茶々丸……。 少し手を離す」
「ハイ」

 左腕から力を抜く、そうすれば空中で支えを失った茶々丸は重力に引かれて落ち始める。
 それを眺めはせず呪文詠唱。

「リク・ラク ラ・ラック ライラック!」

 エヴァンジェリンの渦巻く魔力によって世界が静まった。
 だが世界が止まっても霊夢の八方龍殺陣は止まらない、氷塊を抉り砕き散らせ、闇の矢を悉く圧し折り押し潰す弾幕。
 数秒も経たず殺到した弾幕が氷楯とぶつかり、弾き合ってエヴァンジェリンの身に届くまで数瞬の均衡が生まれた。

『来れ、深淵の闇、燃え盛る大剣!!
 闇と影と憎悪と破壊、復讐の大焔!!
 我を焼け、彼を焼け、そはただ焼き尽くす者、奈落の業火!!
 術式固定!!』

 エヴァンジェリンにとって、氷神の戦槌の数秒と氷楯によって生まれた数瞬で呪文詠唱を終わらせる事など容易い。
 天へとむけた両手のひらの上に、渦巻く黒い塊。
 それを右手と左手、別々に握りつぶす。

『掌握! 魔力充塡!!』

 膨れ上がる存在感、エヴァンジェリンの白い肌が闇夜の色で塗り潰したかのように変色し始め、奇妙な模様が肌の上に走る。
 身体能力を大幅に跳ね上げる究極的な技法『咸卦法』、それに匹敵する闇の魔法を霊夢を打倒する為には使わない。
 人が通れる隙間が無く、一発一発がかなりの威力を誇る上、毎秒150発以上の弾幕を防ぎながら進むと言うのは流石にエヴァンジェリンにも無理がある。
 一人ならば撃ち合いをやっても良かったが、茶々丸を抱えている事からそれは除外した。

『術式兵装!』

 魔法を完成させると同時に一気に真下へ加速、次々と作り出す氷楯で弾幕を防ぎ、落下する茶々丸を抱える。
 その勢いのまま黒く染まった右腕で、結界を全力で殴った。

「……まぁ、それも手ね」

 その衝撃で結界にひびが入り始める。

「でも、それほど柔じゃないと思うけど」

 だが砕けない、ひびが入っただけ。
 貫き破壊するにはまだ足りない。

「ハァァッ!」

 拳を結界に叩きつけたまま、周囲に浮かび渦巻く黒い塊。

「闇の吹雪・掌握、砕けろ!」

 エヴァンジェリンの右手に巻き起こる闇の吹雪、多量に注ぎ込んだ魔力で通常のとは比にならない威力のそれを握りつぶす。
 確実を期す為に更に魔法を、闇の吹雪を複数作り出し周囲の結界に攻撃を加え、中心に止めの一撃。
 叫びながら右拳で結界を叩き貫いた。





 ガラスが割れたような音が響く。
 力任せに叩かれた結界が、その力に耐え切れなくなり崩壊。
 消えてゆく砕け散った結界の破片、その中で見上げる存在と見下ろす存在。

「負けだ負けだ、何時までもこんなことやってられん」

 何を思ったのか、吸血鬼はそう言いながら漲らせていた魔力を霧散させる。
 そうすると、全身に流線を描く渦の模様が入っていた吸血鬼の黒い肌が元の色、波が引くように白い肌色へと戻っていく。

「……どこまで出した?」
「何がよ」
「力だよ、まだ大分抑えているだろう?」
「全力を出す理由なんて無いでしょ」
「クッ、クク、真祖の吸血鬼相手に余力を残すとは、ククク」

 愉快そうに笑う吸血鬼。

「ハクレイ レイムとキリサメ マリサと言ったな、覚えておくぞ」

 離れて見ていた魔理沙にも視線を向けた後、右手を水平に翳す。
 魔法を使ったのだろう、吸血鬼の足元に夜より暗い影が現れ、その中に一秒と掛からず沈み消える。

『はは、外の魔法って意外と面白いのな』
『良くやるわ、吸血鬼と言ってもそれなりの負担がかかるでしょうに』

 陰陽玉の向こう側で交わされる会話。
 それを聞き流しながら弾幕を止め、消し去る。
 相手であった吸血鬼は茶々丸を抱えたまま、黒い影の中に消えていってもう居ない。

「ハァ疲れた、さっさと帰りましょ」
『だな、腹も減ってきたし』
「晩御飯、魔理沙が作ってね」
『邪魔した霊夢が悪いだろ? なら霊夢が作るべきだよな』
「違うでしょ、あの吸血鬼が手を出してきたのよ。 それならさっさと終わらせなかった魔理沙が悪いんじゃない」
『外の世界の魔法を見るってんのに、さっさと終わらせちゃ意味無いだろ』

 激戦の余韻も何もない、ただ戦いが終わった。
 霊夢と魔理沙、それを見ていた幻想郷の妖怪たちにとってはただそれだけの事であった。





 箒に跨る白黒の魔法使いと、その箒に腰掛け飛んでいく紅白の巫女を遠くから眺める二つの影。
 この辺りで一番高い建物の天辺に桜咲 刹那と竜宮 真名の両名、先の霊夢とエヴァンジェリンの戦いを見て冷や汗を流していた。

「……凄まじいな、あの二人は」
「俄かに信じ難かったが……」

 とんでもないの一言、あの闇の福音を退けた?
 一キロ以上あるこの場まで届くエヴァンジェリンさんの圧力、吹き荒ぶ魔力の波。
 自分では一瞬で氷付けにされ、そのまま砕かれるほどの実力者を圧倒した。
 見た所歳は近い、それなのにこれほどまでの実力を持つ存在。

「正しく天才って言った所かな」
「……それにしても『強すぎる』」
「何かに頼っているとしても、表裏合わせて世界屈指の実力者だろうな」
「………」
「……何にせよ今日の仕事は終わりだ、あの二人が何か持っているのは分かったしね」
「何か視えたのか?」
「ああ、これほど集中したのは久しぶりだ。 あの二人の後ろに辛うじて何かがあるのだけは分かったよ」

 何かを隠している、と言う事か。

「この『眼』を持ってしても、辛うじて景色が歪んでいる位にしか分からなかった。 とんでもないレベルの認識阻害だよ、恐らく多重構造の、認識阻害の上に認識阻害の重ねがけ。 高位の実力者でも簡単に見逃してしまうだろうな」
「戦闘だけではなく、そちらの方面にも優れている、か……」
「学園長の気持ちが良く分かるよ、あんな存在を相手取りたくはない」
「……ああ」

 先ほど展開された結界内に自分が居て、あの弾幕を撃たれていたらどうなっていたか。
 一瞬で殺される、その景色が簡単に、そしてリアルに想像できる。

「いつもの金額じゃ割に合わない仕事だ」
「……何?」
「気づかれていた、飛び去る前に視線が合った」
「見逃された、か?」
「恐らくそうだろうな。 大方実害を与えなければ相手にしない、と言った所だろう」

 無為に破壊を及ぼすようなら一命を賭して討ちに行こう、そう思っていたのが馬鹿らしく感じてしまう。
 あの二人からすれば今の自分など道端に転がる小石程度もない、ごく簡単に葬れる存在。

「……どうにかできないものか」
「無理だろう、あれに対抗できるのは高畑先生か先の闇の福音、或いは学園長なら相手に出来るかもしれないが」
「分かっている、あの二人に私程度では……」

 敵わない、自分は影を踏む事さえ出来ない存在。

 本物がこれほどとは、露にも感じていなかった桜咲 刹那であった。





 超絶的な戦いを唖然として見ていた近右衛門。
 あの3人の戦いを見ていた者、殆どがその苛烈さに恐怖を感じていただろう。

『協力する、と言う選択肢しか無くなりましたね』
「……全くじゃ」

 霊夢君と魔理沙君、その実力の一旦を垣間見て、敵対すると言う選択肢は消えた。
 魔理沙君はほぼ全力のエヴァンジェリンと正面から対峙して生き残り。
 霊夢君はそれこそ本気のエヴァンジェリンを、動けない茶々丸君と言うハンデが有りながらも撤退させるに至る実力者。
 それは超一流で、赤き翼やエヴァンジェリンの面々に匹敵する実力を持つのではないのか?
 これを見て尚敵対を選ぶと言う事は、愚者以外の何者でもない。

『あの歳であれほどとは』
「とんでもない、とんでもなさ過ぎるじゃろう」

 頭を悩ます、超一流の魔法使いに匹敵する存在が二人。
 八雲殿もあの二人と同等、或いは凌駕している可能性も容易く想像できる。
 そもそも向こう側、彼女等と同等の力を持つ者が他に居ないとも考えられない。
 近右衛門は扱いはこのままで良いのか、とより頭を悩ませる。
 あの戦いの説明だってあるし……。

「うむぅ……」
『現状はこのままでよいかと。 協力したいと言うスタンスを取れば、向こうも敵対的な態度は取らないでしょう』
「取られては困る」
『確かに』

 笑いを押し殺したような声。

「何が可笑しいのじゃ?」
『最初から敵対的であれば、それこそ力尽くで襲ってきていたでしょう。 何かを奪うにしろ殺すにしろ、それだけの実力があるのにそうしない』
「じゃがその可能性を捨て楽観すればとんでもない目に遭いかねん」
『態々話を聞かせる、その力を持って問答無用で押し通せるのに?』
「むぅ……」
『私は此方が攻撃を加えねば、友好的に接する事ができると思います。 あくまで私の勘ですが』
「しかしのぉ」
『彼女達の本心、真実か分かりかねますが、事を仕出かした者達の狙いがこの麻帆良にある』
「ふむ」
『ならばその狙われた物、或いは狙われた者を聞き出し、監視なりとも何らかの手段を取り、接触してくる者の情報を渡せばよいかと』
「こちらの手に収まるならば、確保して引き渡せばよいか」
『収まるなら、ですが』

 あのような存在が居ると知ってか知らずか、その土地に手を出した。
 前者なら手に負えないだろう、後者だったとしてもそれなりの力を持つ者かもしれない。
 どちらにしても此方にとってはいい迷惑に過ぎない。

「……最優先じゃな」
『ええ、彼女達の目的を聞き出すと言うのであれば、私が承りますが』
「……良いのかね?」
『構いません、彼女達には興味ありますし』
「ならばお願いしよう」
『承りました、朗報をご期待ください』

 そう言って念話が切れた。

「はぁ……、堪らんのぉ」

 盛大な溜息、この二日で盛大に心労が溜まる近右衛門であった。





















 エヴァに小物臭、と言うわけで描写の変更。
 まだ小物感があるならそのシーン丸ごと変えようかな。




 レイマリ無双、ではなく霊夢無双。
 途中で戦えなくなったのだからしょうがない。
 霊夢も魔理沙も全力なんて出していない、エヴァも同じく、茶々丸というハンデが有りましたけどエヴァが負けた感じが凄いですね。
 そんなエヴァも最新話のネギと同等かそれ以上、とんでもねぇな……流石は『吸血鬼』。
 あとさりげに超にフラグ。

 東方側、スペルカードルールは弾幕のどこかに避けれる隙間を開けておかなければならない、見たいなのが有った気がします。
 ですがルール外の戦いなら隙間を空ける必要がない、それこそ一分の隙間もない弾幕を撃てるでしょう。
 ……そうだったらルナティックなんてレベルじゃないですね、ゲームでそんなの撃たれたら間違いなく喰らいボムの使用ばかりに、なくなったらピチュるしかない、つまんないすね。

 地霊殿の6面ボス、お空の一番最初に撃ってくる弾幕はルナティックで一分間3万発以上撃ってくるそうです、避けれる隙間が多くて簡単にはピチュりませんが。
 パワー馬鹿だから撃てるって解釈もある感じがしますが、もっと撃ってるキャラ居るかもしれませんね。



 次はもうちょっと出る人が増えるだろうネギま勢。
 とりあえず原作どおりには進みません、たぶん一気に飛ぶ可能性があります、あくまで可能性。
 1話と2話の加筆も



[5527] 5話 差
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2010/11/16 12:49

「………」

 2-Aの教室の端の席、長い金髪の美少女が不機嫌そうに頬杖を付いて座っていた。
 右手は頬杖を、左手は机の上に置いて子気味良く指で突付く。

「………」

 可愛らしげに見える仕草だろう、周囲の不穏な空気が無かったら、だが。
 圧倒的な負のオーラ、それがありありと滲み出て、元気の良い2-Aでさえ重苦しい雰囲気となり。
 2-Aが信じられないほどに、他のクラスと同じ程度に騒がしいクラスになっていた。

「………」
「ちょっとちょっと! エヴァちゃん!」

 そんな空気に嫌気がさした明日菜が、そのオーラを出していると思われるエヴァンジェリンに声を掛ける。

「………」
「返事しなさいよ!」
「………」

 明日菜に向けられた強烈な視線、簡単に人を恐怖で凍り付かせる事が出来るほどの眼力。

「ッ!」

 声に出ない悲鳴をあげ、腕を胸に寄せ一歩後退さる明日菜。
 それを見てエヴァンジェリンは顔に左手を当て数秒、下ろした時には圧力がない視線に戻っていた。

「……何だ、神楽坂 明日菜」
「……っはぁ、昨日の事をちょっと聞きたくて……」

 一息深呼吸、何とか何時もの感じに戻す。

「昨日……?」

 さっきの視線より強烈な、ぞわりと、鳥肌が立った。
 体中の色んな所が痛い、まるで何かで刺されたような痛み。
 同じ様に周りの、何人かの3-Aの皆が床に座り込んで自分の体を抱えていた。
 それを感じて二人に視線を送る者達。

「……少しイラ付いていたようだ」

 そうエヴァちゃんが言えば痛みが消える。
 これで少しなんて、本気でイラついたらどうなるってのよ……。
 乱れた呼吸のまま、エヴァちゃんを見る。

「はぁ……、何なのよそれ。 なんかめちゃくちゃ体に悪そうなんだけど」
「……話す事は何もない。 聞きたいなら爺にでも聞け」

 ふん、と鼻息を鳴らして顔を逸らした。

「それもあるけど、茶々丸ちゃんよ。 その、凄い……壊れてたけど」
「問題無い、明日には直る」
「無事? あんなになってたし、二度と動かないなんてことになったら、ねぇ」
「奴は大分手加減してたんだろうよ、その気になれば塵一つ残さず消し飛ばせただろうに」
「ち、ちり?」
「牽制か、或いは警告か……」

 また呆っと遠くを見つめ始めた。

「……エヴァちゃん? ……また? ねぇ、ネギもなんか……あれ? ネギ?」
「んん? ネギ君ならあそこに居るよ」

 裕奈が腕を摩りながら教壇を指差す。
 何か行き成り体中が痛くなったんだよね、なんでだろ? ハッ! まさか病気!?
 とても恐ろしくなったヨ、背筋に何か通り抜けたような……、あれは何アルかねー?
 何も感じんかったけどー?
 とか慌てながら、古や木乃香と騒ぎ出した。

「ううぅぅ……」

 肝心のネギは、唸り声と微妙に揺れている杖が教壇の向こう側からはみ出したまま隠れていた。
 大またで教壇に近づき、ネギの頭を掴んで引っ張り出す。

「何してんのよ」
「だって、だって……」

 宙ぶらりんのネギ、杖を抱え涙目でプルプルと震えていた。

「今は昨日の夜みたいに強くないんでしょ? 怖がる必要ないじゃない」
「うぅ……、でも……」

 手を離し、ネギを正面に見据える。

「ネギとの約束も守ってるし、茶々丸さんが言ってた事もあるし」
「……そう、ですよね」

 昨日は物凄かったが、中身は意外と優しいエヴァちゃん。
 酷い奴なら約束守らないだろうし。

「ほら、さっさと言う!」
「うう……、はい」

 よろよろと教壇の下から出てきて、エヴァちゃんの机の前まで歩いていく。

「えっと、あの、エヴァンジャリンさん……」
「………」
「昨日はありがとうございました!」

 勢い良く頭を下げる。

「………」

 だがエヴァンジェリンはネギを見ていない、ただ何かに対して物思いに耽る。

「エ、エヴァちゃん?」
「………」

 呆然としている。
 考え事をしている、そんな感じの顔。

「エヴァちゃん?」
「………」

 またあの視線で見られるかもしれない、と少しだけ怖がりながら話しかけるがやはり無反応。

「……駄目だこりゃ」

 何度問いかけても反応を返さないエヴァンジェリン、明日菜はそんな状況に匙を投げた。

「……そうか、爺か」

 そんなエヴァちゃんがいきなり立ち上がり、走りながら教室を出て行く。

「ちょ、ちょっとー!」
「……どうしたんでしょうか、エヴァンジェリンさん」
「……さぁ」

 ネギと明日菜はただ見送るだけしか出来なかった。






「なんじゃい、エヴァンジェリン」
「昨日の小娘二人の事を聞きに来た」
「すまんの、これから用事があって出かけるんじゃ」
「後にしろ、先にこっちだ」
「こっちから言い出したことじゃから、後には出来ん」
「そんなもの、あの小娘二人より低いだろうが」

 この会話が起こったのは学園長室、これから大事な話、会談があるから出かける準備をしとった所。
 ドアの蝶番が壊れそうな勢いで蹴り入ってきたエヴァンジェリン。

「一週間と言っていたが、奴らの目的は何だ?」
「……ふむ」
「爺、どこまで知っている?」
「知らん」
「……何?」
「ほとんど知らん、故にこれから聞きにいくのじゃ」
「そんな奴らを麻帆良に入れたのか!」
「……エヴァンジェリン、一つ聞くが」
「……何だ?」
「お主は『気が付いた』かの?」
「何がだ」
「結界じゃよ、彼女らは結界内に転移してきたのじゃぞ?」
「……何? 爺が招き入れたんじゃないのか」
「いや、彼女らは『結界内にいきなり転移してきた』のじゃ」
「……チッ、そう言う訳か」

 探知に特化した麻帆良の結界、それはあらゆる魔法的知覚に優れたエヴァンジェリンと繋がっており。
 結界を超えて入ってくる者を間違いなく捉える、西洋魔法の『ゲート』や東洋呪術の『縮地法』などの転移や瞬間移動も感知して妨害する。
 そうだと言うのにエヴァンジェリンはこの反応、あの三人は結界の探知や妨害を完全にすり抜けて入ってきたと言うことだった。

「爺、私もその話に加えろ」
「……そう言うと思っとったよ、少し待てい」

 近右衛門は机の引き出しから一枚の紙を取り出し、エヴァンジェリンに差し出す。

「……早退届?」
「今は休み時間だから良いものの、授業が始まったら嫌でも教室に戻らねばならんぞ」
「……ナギの奴め」

 ぶつぶつ文句を言いながら渡されたペンを手に取り、自分の名前を書いていくエヴァンジェリン。

「ほらよ」
「うむ」

 受け取った近右衛門は、学園長名義でサインをして処理をする。
 そうすればナギ・スプリングフィールドがエヴァンジェリンに掛けた登校地獄が一時的、今日のみ解除される。
 だからと言って魔力が戻ったり、麻帆良から出られると言うわけじゃないが。

「これで良い、ネギ君に早退すると伝えておかねばならんのぉ」
「爺が伝えろ」
「えー」





 一方話の中心である霊夢と魔理沙は、居間でのんびりとお茶を飲んでいた。
 やる事が無い、探すにしても手掛かりが全く無いし、紫も待ってるだけでいいと言っていた。
 ならば待つ、待ってれば向こうから来るとの事。
 そうしてれば一枚の手紙、昼前に案内状が届いた。
 差出人はコノエモン、内容は『図書館島で話がしたい、昼ごろに案内を送る』と書いてあった。

『紫様の予想通りだ』

 と藍、紫は向こうがそうしてくると予想していたようだ。
 こちら、と言うか藍からも話したい事があるようなので、手紙の通り待っていることにした。

「待たせたの」

 そうすればコノエモンが来た、昨日の吸血鬼を連れて。

「すまぬのぉ、案内する者が急な用事で忙しくなっての。 代わりにわしが来たというわけじゃ」
「別にそれはいいんだけど、そっちのも?」

 金髪幼女を指差し。

「そっちのとは何だ!」
「いや、名前知らないし。 吸血鬼って呼べばよかった?」
「……フン、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ」
「エヴァンジェリンなんとかなんとかね」
「貴様、ふざけてるのか?」

 長ったらしい名前、即覚えるのを放棄した霊夢だった。

「エヴァンジェリン、あんた吸血鬼なんでしょ? なんで日傘も差さずに外歩けるのよ」

 外は日がかんかん。
 レミリアやフランが日傘無しで外を歩けば、一瞬で気化するくらいの日照り。

「真祖だからだよ、吸血鬼の弱点など最初期に克服している」
『と言うことらしいんだけど』
『人から妖怪に転じた者の一部にそういった、人間だった頃の能力を保持した者も見られる。 この吸血鬼は人から転じたか、元からその能力を持ったまま生まれてきたか、どちらかだろうな』
「……へぇ」
「……何だ? 何が言いたい」
「……? 何も言う事無いけど?」
「なら意味深な返事をするな!」
「コノエモンさん……」
「すまんのぉ」
「おいこら! 邪魔者みたいな言い方するな!」
「だってなぁ?」

 霊夢、魔理沙、近右衛門が見合わせ、最後はエヴァンジェリンに三対六つの視線が集まる。

「お前ら……」

 こめかみに青筋を立たせるエヴァンジェリン。

「ここで話すの?」
「いんや、図書館島で話そうかと思っとる」
「さっさと行きましょ、長時間取られるのも嫌だし」
「うむ」
「人の話を聞いているようで聞いていないからな、霊夢は」
「……まあいい、お前等の事全て聞かせてもらうとしよう」
「あんまり期待しないほうが良いと思うぜ?」
「……ふん」

 



 

 一行四人は麻帆良の街並みを、図書館島目指しながら歩く。
 近右衛門とエヴァンジェリンは見慣れているだろうが、霊夢と魔理沙は麻帆良に来て数日。
 昼は家でゴロゴロ、夜は戦いをやっていたのだから当たり前。
 二人は頻りに感心しながら図書館島へ歩を進める。

 湖の上にある図書館島に到着、一般の入り口とは違う『学園の魔法先生専用入り口』から入る。
 入って廊下を進めば鉄製のドア、いわゆるエレベータに乗りこみ、微妙な浮遊感を感じながら降りること数分。
 エレベータを降りて進むのは道幅が狭く薄暗く、長い通路。
 数分掛けて通り抜け、視界に広がったのは巨大な空間。
 青い芝生に石柱が何本も並び、正面、木の根っこが絡みついた重厚な建物。
 門、と言った方が良いだろうか、これまた高さ五メートルほどの大きな扉が見える。

「ここ本当に地底? どう見ても地上にしか見えないんだけど」
「間違いなく地下じゃよ、そこら中に見える根っこが世界樹の根で、光は樹の魔力光じゃ」
「……この樹が有れば地底も明るくなるってことね」

 地底の旧都は地底なだけあって薄暗かったけど、こっちはまったく逆のイメージ。
 光を放つ木なんて、幻想郷にもあることはあるがここまで明るく光らない。

「いろいろ凄いな、外の世界って皆こんなんなのか?」
「麻帆良がおかしいだけだ、他の街はもっとしょぼくれているぞ」

 やんややんや。
 この光景を陰陽玉を経て見る幻想郷の妖怪たち。

『生まれも育ちも幻想郷だと絶対に見られない光景ですねぇ、魔法世界とやらはこういった光景が溢れているので?』
『天界ほど高くは無いけど浮いている大地もあれば、地上と同じく基盤となる大地もあるわ。 ある意味幻想郷と似てるわね』
『なるほど』

 カリカリカリと紙に万年筆で書き込んでいく射命丸。

『ああ! ペン先がぁ! 新調したばかりなのに!』

 見慣れぬ光景に興奮した所為か、力の入れすぎで曲がったらしい。

「いやー、本当に出てきて良かったかもな」

 しっかり祓われているのだろう、放って置けば善くないモノが集まってくるような領域だけどそう言ったものが欠片も感じられない。
 寧ろ神様の一柱や二柱居ても不思議ではない。
 一通り感じ取り、この土地の特性を見る。

「……なるほど、この樹自体がそういったものなのね」

 この樹自体が大きな魔力を放つ、周囲から微妙に吸い取っているのか、はたまた樹自体が生成しているのか。
 妖気に当てられ珍しい木が生える魔法の森にも無いだろう。
 もとより世界樹が穢れを嫌っているのだろうか、発せられる光が穢れを祓っているらしい。

「ほほ、分かるかね?」
「珍しい樹ね、向こうにも無いんじゃないかしら」
「『神木・蟠桃<しんぼく・ばんとう>』、通称『世界樹』じゃ」
「道理で」

 誰が付けたか、人か妖怪か、『神』と名づけるからにはその名の通りのモノ。
 通りで神聖な物に感じる訳だ。

『今だ現存するとは、ここの人間たちはかなり気を使っているらしいな』
『昔はもっとあったのか?』
『元より数は少ない、こう言ったモノは穢れを嫌うからね。 長期間穢れと接し続ければ樹が枯れてしまうだろうが、見た限りまだまだ生命力に溢れている』

 神繋がりの神奈子、他の神木を見たことがあるんだろう。

『背丈も中々だし、根も十分太い。 人間が集まる地に生息しているのが驚きだね、普通ならばすでに枯れていてもおかしくは無いだろうに』

 人は穢れを纏い易い、その人が何万も集まる地でこれほど元気な樹はまずお目にかかれないとの事。
 根っこをもうちょっと近くで見ようと門に近づけば。

『グゥルアアアアァァァァァ!』

 と馬鹿でかい咆哮を上げてでっかいトカゲが落ちてきた。
 ほぼ真上に落ちてきたから飛び退いて、札とお払い棒を構える。

『そのトカゲ……生き物は『龍』だ」
「龍!?」

 『龍』、それは幻想郷で最も強いとされる種族。
 鬼や吸血鬼、天狗、一人一種族の妖怪など、一個の種族として強大と言われるその者らを上回る存在。
 その強靭な鱗はあらゆる攻撃を防ぎ、その膂力は天を裂き大地を割ると言われる存在。
 抱擁する魔力や妖力は破格であり、並の妖怪と比べれば水溜りと大海の差があるとまで言われている。
 単純な戦闘能力なら、幻想郷で高い知名度を持つ実力者でもあっさりやられかねないほどだと言う。
 まぁ『幻想郷で高い知名度を持つ実力者』たちは、逆に倒して見せようとか豪語するかもしれないが。

『案ずるな、あの龍は幻想郷の龍とは格が違う、このレベルなら二人でも簡単に倒せる』

 と藍が言う通り、よくよく見れば形が大きいだけ。
 そこまで大きな魔力が感じられるわけでもなく、ただ図体が大きいだけ。
 時折見る『ミッシングパワー』で大きくなった萃香よりでかい。
 ここまで巨大な存在は幻想郷でも目にしないことから、必要以上に警戒心を沸き立たせただけかもしれない。

『……はぁー、驚かせないでよ。 こんな人里に龍が居るなんてかなり驚いたわよ』

 内心盛大にため息を付く霊夢。
 それもそのはず、あの紫が『スペルカードルール以外で龍と戦うな』と厳命して来るほどだ。
 話が本当ならとんでもない存在、なまじ腕が良いからと言って対抗できる存在ではない事が分かる。
 それを話していた時の紫の表情、いつもの胡散臭い笑みではなく、真剣その物の表情だった。

『中と外の違いって奴か』
『ああ、外の世界の龍は『生物としての龍』だからな、幻想郷の龍は『幻想の龍』だから内包する力の密度が違う。 まぁそれでも並の妖怪では歯が立たないし、ただの人間なら一瞬で灰燼に帰す位の力はあるが』

 これは他の妖怪たちにも言える事。
 幻想でしか居られなくなった妖精、妖怪、神は大抵その存在が消えてしまう。
 しかしながら、消えない存在もある。
 幻想ではなく、星に存在する生命体として存続する事を選んだ存在。
 つまりは『物質』か『精神』か、その『物質』に傾きを置いた者が外の妖怪たち。

 『物質』を選んだ存在は想いの力の恩恵を受けにくい、その代わり想念に左右されず一個の物質として世界に存在できる。
 『精神』を選んだ存在は想いの力の恩恵をかなり大きく受ける事になる。
 有名所で言えば『神の信仰』や『信仰による神格化』など、勿論有益なことだけではない。
 『幻想種の存在』は忘れ去られることによる消滅がある為、どちらも一長一短。

 この事を起因として、妖精、妖怪、神の肉体は甚大な欠損を受けても、元通りに容易く再生する事が出来る。
 それは精神、魂が存在の起点であり、『魂が本当の肉体』だから驚異的な回復能力を持つ。
 さらには伝承に伝わるような事、たとえば鬼だと『角があり、力が強く、体も丈夫で、人を浚う』など。
 人間より強大な存在として描かれることが多く、実際に伊吹 萃香や星熊 勇儀はその話の通りの存在。
 元より強大な種族として生まれたものの、そう言った『存在としての知名度』が存在の厚みを底上げする。

 龍ともなれば、その扱いは『神獣・霊獣』と言った非常に格の高い存在。
 東洋西洋と差が在るが、強靭な鱗があり、火を吐いたり、鳴き声で雷雲や嵐を呼び起こしたりする。
 その力は自然災害級、なまじ神でさえあっても手に負えない存在。
 そんな最強の種族として挙げられる龍が、物質に趣きを置いても優れているのは自明の理。
 内包する力を落としてまで物質としての存在を選んでも、やはり変わらない。
 最強は最強、そう言う事だった。

「そんなのが地下とは言え、なんで人里に居るのよ」
「道塞いでるし、とりあえずやっとくか」
「お前らドラゴンを見たこと無いのか?」
「どらごん?」
「龍の違う呼び方だ」
「あっそ」

 『田舎者』、そういった笑みを浮かべてのエヴァンジェリン。
 話を聞いていない魔理沙はミニ八卦炉を取り出し、視線と共にでっかい龍へ向ける。

「どらごん……、魔理沙がそんな名前付いたスペルカードもってたような……」
「龍、な。 十分に倒せるってんならやっとくのも悪くないんじゃない?」

 魔理沙の戦う気迫に反応したのか、龍が大きな翼を広げて吼える。

「声でかいな、すぐ開けないようにしてやるぜ」
「一人でやりなさいよね」
「ようこそ、博麗 霊夢さん、霧雨 魔理沙さん」

 魔理沙がとりあえず戦っておこう、そう構えて横から割ってくる声。
 振り返ればフードを被った怪しげな男が立っていた。

「……何、あんた」

 いきなり現れた、白く長いローブを纏い、青紺色の長い髪を肩で留め纏めた男。
 その顔には紫が浮かべる笑みと同質の物が張り付いていた、それを見て眉を顰める。
 そんな霊夢とは裏腹にコノエモンは変わらずの表情、片やエヴァンジェリンは驚愕で表情を歪ませていた。

「き、貴様! アルビレオ・イマ! 何故こんな所に居る!?」
「初めまして、私は『アルビレオ・イマ』と申します。 この図書館の裏の司書をさせて頂いている者です」
「無視するな!」
「ずっと居ましたよ、図書館島の地下に」
「なんだとッ!? 爺! 貴様知っていたな!?」
「うん」

 可愛らしく? 頷くコノエモン。
 それを見てエヴァンジェリンが激昂。

「このくそ爺が!」
「だってアルが知られたくないって言ってたんじゃから、仕様が無いじゃろう?」
「探していた事を知っていたくせに!!」

 コノエモンに飛びつき、首を絞めているらしいが姿相応の力なので全然苦しそうじゃないコノエモン。

「エヴァが聞きたい事は分かります、それは後で答えてあげますから」
「……チッ、分かったよ、後で確り答えてもらうぞ」

 そんなやり取りを無視して、箒に乗って空を走る魔理沙。

「いっくぜぇ!」
「グルゥア!」

 箒の先が青白い光を放ち、一気に舞い上がる魔理沙。
 翼を広げる龍を見下ろしながら、魔理沙が左手から放つ星型の魔弾。
 緑色の尾を引きながら一気に龍へと迫り、真上から来るそれを避けきれないと判断したか、受け止めようと大地を踏みしめる。

「グルアァアァア!?」

 受け止めるも爆発した魔弾の衝撃を殺しきれず、大きくよろめる龍。
 龍の上空を旋回しながら追撃にどんどん矢印に似た魔弾をぶっ放す魔理沙、避ける為に飛び立とうとするがそれより速く魔弾が殺到。
 図体がでかいとは言え面白いように当たって、動けなくなっていく龍。

「すみませんが、それ位にして置いて貰えませんか?」

 アルビレオが止める。
 龍にとって予想以上の威力だったんだろう、初めからわかっていれば飛び立つなりしていただろうし。
 龍が攻撃することなく、魔理沙が一方的に攻撃して戦いが終わった。

「いや、悪いな。 龍と言ったら最強って話に聞いてたから、少し位力入れても問題ないだろと思ったから」
「グアァァ!」
「そう怒るなよ、ほら、ちょっと鱗が焦げただけだろ?」

 そう言いながらも魔弾が当たった場所の鱗が割れていたり、剥がれていたりして血が流れている。
 大きな傷とは言えないが、小さな傷とも言えない。
 これをちょっと焦げただけと表現するのは無理があった。

「悪かったって! ほら、これやるから機嫌直せよ!」

 と魔理沙がスカートの中からキノコを取り出す。

「グルァ?」

 放り投げられたキノコを反射的に口の中に入れる龍。

「おい、何だ今のは。 どう見ても普通の色じゃなかったぞ」
「魔法の森に生えていたキノコだよ、色は危ないが多分怪我に効く」
「……毒だったとしても、あの程度なら……多分?」

 マーブル、斑色の、赤や黄色や紫や緑やら、虹色に似ている色をしたキノコ。
 エヴァンジェリンが言い切った途端、何度か咀嚼していた龍が傾いた。
 巨大な物体が倒れたことにより多少地面が揺れた。
 倒れ白目をむき、だらしなく開いた口から舌をたらして、まるで死んでいるかのように。

「あれ? 間違えたか?」
「洒落にならんぞ……」
「……気絶しているだけですね、あれだけの量でドラゴンを即気絶させるとは」
「何でそんなものを持ち歩いて居るのじゃ……」

 ドラゴンが気絶するほどの何かがあのキノコにはあった。
 人間が食べればどうなるか? 最悪死ぬかもしれない物だった。
 それを平然と所持し、効果が分からないそれを『多分』と言って食わせた。
 その感性が信じられないと言った視線が魔理沙に集まる。

「うーむ、実験する前に判って良かったぜ」
「最初からどういう物か把握しとけッ!!」
「ちょっと帰りたくなってきたわ」





 自己紹介もそこそこに、大きな扉を開くと……似たような風景が続いていた。
 違うと言えば奥に階段があり、三十段ほど上った先に十メートルほどのさらに大きい扉があった。

「また続くんじゃないでしょうね」

 回廊結界のように空間を捻じ曲げ、同じ場所へ繋ぐ無間方処だったりしたらめんどくさい。
 そんな事を思いながら先導するアルビレオと名乗った、フードを被った男について歩く4人。
 大きな扉、それが開かれれば。

「おお!? こりゃ凄いな」

 魔理沙が言うとおり、地下でありながら外と変わらない光量。
 そして周囲は大きな滝でぐるりと囲まれ、これまた高さ五十メートルは軽く越す樹木が何十本と水面と滝から生えているのが見える。
 その中心には建物、白を基調とした見たことが無い形式の建物が建っていた。
 紅魔館と似てる様な気もする。

「こちらです」

 すたすたと歩いていく、それに周りを見ながら付いていく。
 空中庭園といった方が良い、八方に土台から横に伸び、真下には何も無い。
 その一角に案内される、テーブルには茶やお茶請けが置いてある。

「どうぞお座りください」
「お、紅魔館のお茶より美味いか?」
『家の紅茶は最高級の物を最適な入れ方をしてるのよ、そちらのより美味しい自信があるわ』

 立ったままティーカップを手に取り、紅茶を飲む魔理沙。
 その言葉に完璧で瀟洒な十六夜 咲夜がなんとかかんとか。

「で? 話って何よ?」
『それは私が請け負おう』

 霊夢の背後に浮かんでいた陰陽玉が揺らめき、瞬時に人形を写し出す。

「お初にお目に掛かる、私は紫様の式『八雲 藍』と申します」

 瞬間、誰も居なかった筈の霊夢の背後から長身の女性が現れた。
 エヴァンジェリンと似た金色の、それより明るい肩で揃えられた、まるで太陽の光をさんさんと受けて輝く黄金色の草原のような髪。
 服は中国の道士のような、白と紺色の二色で構成された服。
 長い袖に自らの両腕を入れて、姿勢よく佇む女性。
 その美しさは人の物ではない妖美、霊夢や魔理沙、エヴァンジェリンも美人と評される姿を持っているが。
 八雲 藍と名乗った存在はその3人の、さらに上行く美貌を持ち合わせていた。

「此度は紫様がただ今御不在ですので、代わりに参じました」
「今のは……、貴女達が隠しているそれが関係しているので?」
「お気づきになるとは」
「貴様人間じゃあ無いな? 魅了の類が掛かっているようなそれは有り得んぞ?」
「ええ、人間ではありませんし、魅了の呪法などは使っておりません」

 向けられるいくつもの質問にすぐさま答える藍。
 衣服はいつもの物、それに帽子を被っているだけ。
 それを取りながら頭を下げた。
 本来ならあるはずの髪の色と同じ明るい黄金色の毛が生え揃う耳と、九つに裂けた尻尾が無い。

「何の妖怪だ?」
「言う必要が?」
「あるとも」

 そう言って皆順々に指を刺す。

「人間、人間、人間、幻像だが人間、そして吸血鬼」

 最後に自分を指して、その後藍に指を向けた。

「お前は何だ?」

 向けられた藍は即答した。

「妖獣です」
「妖獣、妖獣ねぇ。 随分と上等な妖獣じゃないか」
「申し訳ありませんが、何の妖獣か明かして良いとは申し付けられておりませんので」

 ぶった切る、その話題はここで終わりと一刀両断。
 すぐにコノエモンが立ち上がって頭を下げる。

「不躾で申し訳無い」
「いえ、相手の本質を知ると言うのは大事な事ですので」

 と、表で藍が受け答えしていると。

『そんな機能が有るなんて聞いてない』

 そう言った、陰陽玉越しに幾つもの批判の声が上がった。
 それを聞いて、藍は一言で批判を断ち切った。

『当たり前だ、これは緊急用。 紫様が出られない時や手が入用の時しか使用の許可は下りないものだ、今回の事でも紫様が応答できないからこそ私のみに許可が下りたのだ』
『紫ったら、私にも言っていなかったんだから心外だわ』
『例え幽々子様でも教えるなと言われましたので、これを知れば緊急時以外に使いたがる者たちも居るだろう?』

 表ではコノエモンたち、裏では幻想郷の妖怪たちと平行しての問答、藍がそう問いかければ幾つか唸り声が聞こえてきた。
 知っていたらもう問答無用で使っていただろう妖怪が何匹か。
 陰陽玉を通すと言っても、幻想郷の外を体感できるのだ。
 最近幻想郷に来た者たちなら別段どうでも良いだろうが、そうでない者なら何人も居るだろう。

『だから教えなかったのだ。 今これを知ったわけだが、この機能を無断で使った者は陰陽玉を没収する事になっているから気を付ける様に』

 そうなれば知ってても使えない、黙って使ったとしてもあのスキマ妖怪が見逃すとは思えない。
 陰陽玉を誰が使ったか記録する、なんて機能が付いていてもおかしくは無い。
 むしろ付いているのが当たり前的な、あのスキマ妖怪がそうしないと言う方がおかしく感じる。
 そうだと言うのに。

「あら、間違えたわごめんなさい」

 勝手に本を読んでいた魔理沙の背後、然も白々しく言いながら現れたのは絶世の美女。
 揃えられた艶やかな長い黒髪に、非常に整った輪郭、目元は柔らかく瞳は輝く黒真珠のように見え、口元は瑞々しい果実のよう。
 着る物は月や雲が描かれた淡い桃色の羽織、その胸元に白いリボンが結ばれ。
 長いスカートは紅色、模様に竹や紅葉、桜花が描かれているそれを着た美しすぎる少女。
 一同、此方も向こうもその人物を見て唖然とした。

「邪魔してごめんなさいね」

 そう言って一言謝り、お茶請けのクッキーを一つつまんで姿が掻き消えた。
 それを皮切りに、ほぼ一斉に声が入り乱れる。

『くぅ! やられたぁ!』
『してやられたわね、もっと早くやるべきだったかしら』
『皆考えることが同じだったとはねぇ』
『後手に回るとは』

 わいわいがやがや、殆どの妖怪たちが『間違って使用しようとした』らしい。
 そんな中でたった一つ、藍が冷たい声で問いかけた。

『これはどういう事でしょうか?』
『ん……外の物も持ち帰れるのね、結構美味しいわ』
『幻想郷に必要無いと判断された物は……ではなく、今の行為はどういう事でしょうか?』
『間違えただけよ、二度は無いから安心してちょうだい』
『今先ほど確かに言いましたよ、『無断で使用すれば没収する』と』
『それは八雲 紫が決めたのでしょう? 今の行いが故意か過失か、彼女に決めてもらえば良い』
『……分かりました、今はこの件、置いておきましょう。 ですが、紫様が故意と認めたならすぐにでも回収に向かいますので』
『ええ、その時は素直に返却しましょう』

 素直に引き下がった藍は渋い顔。
 今さっき言ったばかりのことを平然と犯したんだから当たり前か。

『あら? どう使うのかしら?』
『ゆ、幽々子様!』

 とか今もなお使おうとしている存在が幾つか。
 使えないってんなら藍が使えなくしたんでしょうね。

「今の方は?」
「こちら側の者です、多少の手違いが有り……」
「今の貴女と同じようなものですか」
「ええ」

 陰陽玉を核とした存在の写し身。
 形式的には式神と似ているが、力の伝達、その存在の再現率がかなり高くただの式神とは比にならない。
 写し身としての性能は最高クラスの物だろう。
 こんな機能まで付けて、あのスキマめ……。

「……今のは忘れてもらって構いません、貴方方が覚えていようと余り関係ありませんので」
「どう言った意味だ? 今の女もかなりの力を持っている様に見えたが」
「普段あの者は戦いに出ません、基本戦うのは霊夢と魔理沙のみですので」

 従者の庇護下、と言ってもそこらの妖怪を赤子の手をひねる様に叩き潰せる実力を持つ。
 おまけに幾ら倒しても死ぬことは無い不老不死の『蓬莱人』でありながら、『月人』でもある輝夜。
 単なる実力でも幻想郷上位の妖怪たちを凌駕している可能性がある、あの月の姉妹のように強いかもしれない。
 強い上に死なぬ、そんな相手にわざわざ時間を掛けるのは同じ蓬莱人の『妹紅』位なものだ。

「本題に入りましょう」

 気にはなるようだが、本題程重要ではないらしい。

「紫様が話したように、我々はある人物を探しております。 名は『フェイト・アーウェルンクス』、髪は白く、目付きが鋭い恐らく少年です」
「恐らく?」
「身形が小さく、十歳前後の人間の子供程度ですので」
「なるほど」
「そちらの身近な例で言えば、『ネギ・スプリングフィールド』とほぼ同じです」
「ふむ……」
「その少年が何かを仕出かしたと」
「実行したのは他の人間ですが、命令を下したのがフェイト・アーウェルンクスです」
「捕まえて、その子をどうする気で?」
「引きずり出します」
「……何を?」
「フェイト・アーウェルンクスに命を下した存在を」
「上の存在が居ると言う訳ですか」
「ええ、貴方方『紅き翼』が討ち漏らした存在をこの世界から消し去ります」
「……まさか、聞き覚えの有る名前だと……」
「『完全なる世界』、二十年前魔法世界での『大分烈戦争』を裏から引き起こした存在。 フェイト・アーウェルンクスはその残党です」

 アルビレオとコノエモンの表情が一気に鋭くなる。
 エヴァンジェリンは鼻息を鳴らしながらアルビレオを見る。

「何だ、奴らまだ壊滅していなかったのか?」
「一応あの者らの頭は潰したのですが……やはり、いえ、なんでも有りません」

 二十年前といえば、まだ生まれて無いわね。

「紫様はナギ・スプリングフィールドが二十年前に討ち果たした存在、それがまだ存命していると判断しています」
「……根拠は?」
「貴方ならお分かりになるでしょう?」
「そうですね……、間違いなくどこかに存在しているでしょう」
「あの存在を世界から消し去ることが出来る存在は、そこまで多くは有りません」
「あれを打ち倒す手段があると?」
「紫様が出来ぬ訳が有りません」

 力強く、迷い無く言い切った藍。
 紫に寄せる絶対的な信頼、それが聞いて分かるほどの一言。
 誰よりも紫のそばに居て知るからこそのものだろうか、傍から見れば怠け者にしか見えないが。

「……では」
「そちら側は監視をお願いしたいのです、関係ある人物の監視とその情報の提供を。 それに関する戦闘はこちらが全て請け負いますので」
「ネギ君とアスナちゃん、かの?」
「そうです、奴らの目的が同じであるなら十中八九狙われるでしょう」
「むぅ……、彼女たちはこれからじゃと言うのに……」

 コノエモンさんの悲観した顔。
 ネギとアスナと言う人物は知らないけど、コノエモンが心配を掛ける様な存在らしい。

「一つお聞きしたいことが」
「何でしょう」
「何故放って置いたのです?」

 それを聞いて瞼を閉じ、思いにふけるように藍が言う。

「……我々にとって世界とは、隔絶した土地を繋ぐ楔。 楔に連なる鎖が砕ければ、我々が住む土地にも大きな影響が出ます。 だがそれは貴方方が言う『現実世界<ムンドゥス・ウエテレース>』の事であり、『魔法世界<ムンドゥス・マギクス>』の事ではない」

 ゆっくり目蓋を開きながら、力を込めてアルビレオとコノエモンを見る。

「対になる世界でありながら、その相互干渉が極めて薄い。 要するに魔法世界が力を失おうと、現実世界には余り影響が出ない」
「……滅んでも問題は無いから見捨てたと?」
「その通り、奴らが魔法世界だけを目的としていたならそうなっていたでしょう」
「現実世界にも手を出したから、という訳ですか?」
「いかにも。 下らない理想を掲げ、今だ存在するべき数多の者たちを失わせようとしたその所業、到底見過ごす事は出来なかったのです」
「貴女方も魔法世界に干渉したのですか?」
「ええ、具体的に言えば『紅き翼<アルラブラ>』へ数多の情報を。 一部の情報が流すのが遅れ、結果的にウェスペルタティア王国王都オスティアが落ちはしましたが一時的に目標は達せられました」
「八雲さんの力があれば、そのような煩わしい手を打たなくても良かったのでは?」
「外より中、外は現実世界と繋がりが薄い魔法世界。 ならば優先するのは中の事、その時は今より大分荒れていましたので見切りを付けていたのです」

 スペルカードルール制定前は今ほど安全ではなかった。
 人里を直接襲う妖怪も今より多かったのは確か。
 今より多く妖怪退治の依頼が来ていた、その内幾つか魔理沙が勝手に受けて退治していたようだけど。

「勿論任せるのであれば、奴らに対抗できる存在が必要。 そこで目をつけたのが当時最も隆盛だった紅き翼だったのです」
「なるほど」
「一通り紅き翼の実績と実際の動きを見て、支援することをお決めになられました」






 会談は一方的に終わり、霊夢と魔理沙の二人は近右衛門の後に続いて図書館島を後にする。

「それでは儂はまだ仕事あるからの、此度の件は最優先で処理させてもらうとする」
「まあ頑張ってね」
「……うむ」

 調べてくれるというなら頑張れと言うしかない。
 コノエモンが見えなくなるまで見送った後、今回の会談について話し出す。

『あれで良いの? こっちの要求しか伝えて無いじゃないの』
『あれで良い、向こうの条件など最初から達成している』
『条件って何だ?』
『この地の者に危害を加えない事、もとより危害を加える必要も無いから既に達せられている』
『ふぅん』
『ならコノエモン側に奴らのスパイが居たら?』
『好都合、そこから引きずり出して時間短縮だ』
『なるほどね』

 こちらの事が向こうに知れ、何らかの干渉をしてくれば儲け物、と言った感じ。
 この考えで、対処できない奴が出てきたらどうする心算なのかしら。

『そのような者が向こうに居たら、奴らの目的は20年前に達成できていただろうな』

 さいですか。


 








 近右衛門と霊夢と魔理沙が図書館島を後にしたが、エヴァンジェリンだけは今だ残っていた。
 エヴァンジェリンにとって重要な話がまだ終わっていない。
 テーブルを挟んで、エヴァンジェリンとアルビレオは向き合う。

「神楽坂 明日菜は何者だ?」
「本名は『アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア』、ウェスペルタティア王国の『黄昏の姫御子』です」
「……なるほど、道理で魔法障壁が意味を成さないわけだ」

 『黄昏の姫御子』、ウェスペルタティア王国の王族にしばし見られる特殊な力を持って生まれてくる存在。
 『アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア』こと『神楽坂 明日菜』が持つ特異能力の名は『完全魔法無効化能力』。
 魔法、魔力によって編み作り出され現象のほぼ全てを無効化できる、ならば魔法で作られた障壁など薄い紙以下、何も無い状態と同じ。

「魔法使いの天敵ですからね、奴らはその明日菜さんの能力を狙ってくる訳ですよ」

 だが、魔法使いが神楽坂 明日菜を殺せないと言う意味ではない。
 魔法が効かないならば、素手や武器で捻り殺せば良い、熟練の魔法使いならば神楽坂 明日菜と言う存在はその程度のものだ。
 しかし神楽坂 明日菜自身はその程度でもその特異能力は別格であり、利用価値は幾らでもあるか。

「それで懲りずに『広域魔法消失現象』を起こそうとしている訳か」
「それと彼女らの世界に干渉した理由が今一見当たりませんが、見過ごせない何かがあったのでしょう」
「コミュニティーに手を出すとは、余程死にたいらしいな」
「コミュニティー?」
「人間が共同体を作るように、人外も共同体を作るんだよ。 基本的に奴らが住む地域は、強力な認識阻害や進入防止の術が掛けられている」
「初耳ですね」

 アルが手をあごに当てて唸る。

「人間には話が回らん、邪な考えを持つ者が多いんでな」
「呪いでも?」
「さぁな、少なくとも人伝で話が出回ることはないし、人間がそこに進入する術も殆ど無い。 閉鎖された地域だから中の情報も殆ど出ないし、閉鎖的だから独特な道を進んでいることが多い」
「彼女らはそこに所属する存在だと?」
「高確率でな、お前も見たことが無いだろう? レイムやマリサの攻撃を」
「全てが見たことの無い魔法でしたし、それらほぼ全て無詠唱、それもかなり強力な物でしたね」

 全く見たことが無い魔法、キリサメ マリサは魔法使いを自称しているから魔法なのだろうが。
 ハクレイ レイムは陰陽道、あの言い方だと他の術も使えるかもしれん。
 しかしながら、あのような攻撃方法では魔力などがすぐにもつきかねん。
 派手な見た目とは違い、そこまでの威力が無いだろうか。
 だが、あの時感じた圧力は生易しい物ではない。

「マリサのだって私の魔法に付き合っただけだろう、その気になれば無言で使えるだろうに」
「余程死にたいとはどういう意味ですか?」
「中に居るんだよ、『規格外』が」

 そう言うコミュニティーには基本的に『管理者』、『守護者』と言った者が居る。
 名の通りコミュニティーを守る盾となり剣となる存在、ハクレイ レイムとキリサメ マリサ、そしてヤクモ ユカリと言う存在はどちらか、或いは両方か。

「八雲さんのような方ですか」
「そのヤクモ ユカリがどういう者か知らんが、そいつに対し万全な状態で戦って勝てると思うか?」
「薄いですね」
「そう言うことだ、隠れているのは力が強すぎると言うのも理由に含まれているわけだ」

 自身が最強だとは欠片も思っては居ない。
 最強『種』だと自覚はあるが、裏、深淵にもなれば自分と同程度の存在など結構居る。

「表で『最強』と言っている奴は知らないだけだ。 私も、お前ら赤き翼も、『最強』じゃあない」
「そう言った者に会ったことが?」

 その問いに口端を吊り上げて答える。

「一度誘われた事があってな、やる事があったから断ったが……相当に強いぞ?」
「そんな存在の逆鱗に触れたと言うことですか」
「馬鹿な奴らだ、大人しく滅んでいればいい物を」

 ソファーに座り、ティーカップを取って紅茶を飲み干す。

「一つ目の聞きたいことは終わりだ」

 エヴァンジェリンがティーカップを置いて、アルビレオを真剣な目付きで見る。

「二つ目、アル、お前は──」
「生きてますよ」
「……っ、本当か?」
「ええ、これが証拠です」

 そう言って袖から一枚のカード、長方形のカードを取り出す。
 
「確かに、生きているな……」

 見せられた物はパクティオーカード、その中にアーティファクトを展開しているアルの姿が描かれている。
 この状態は主従両方が生きている事を示す状態であり、もしナギが死んでいるのであればアルのアーティファクト、本の形を模った『イチノシヘン』が消えているはず。
 ならばナギは世界のどこかで生きている、それは確定している事。

「……生きている、ナギが生きている」
「ええ、生きていますが楽観は出来ませんよ」
「……分かっている」

 微かに目じりに浮かんだ涙をふき取り、いつもの表情へ戻す。

「これで良い、いつかナギの奴を見つけてぶん殴ってやろう」
「お手柔らかに」

 望んで行方不明になった訳じゃないかもしれない。
 因縁のある完全なる世界などと言う組織がまだ存在しているなら、それに関係しているかもしれない。

「で、貴様はずっとここに居るのか?」
「ええ、一歩も動けませんので」
「そうか、たまに酒でも持ってきてやる」
「おや? 妙に優しいですね」
「一番知りたかった事だ、少しくらい礼をさせてくれてもかまわんだろ」
「礼ならばこれを着て──」
「断るッ!!」

 全力で断るエヴァンジェリン、アルビレオの手の中には白地の胸に平仮名で名前を書かれたスクール水着が握られていた。










 少し時をさかのぼって幻想郷にある迷いの竹林、その深い竹林の中に佇む大きな日本屋敷がある。
 その建物の名前は『永遠亭』、蓬莱山 輝夜を屋敷の主とした八意 永琳、鈴仙・優曇華院・イナバ、因幡 てゐとその他大勢の兎たちが住む土地。
 その屋敷の居間にて4つの影、陰陽玉を囲んで外の世界を見る4人。

「輝夜ったら無茶をして」
「八雲 紫ならこれ位織り込み済みでしょう、没収なんてされないわよ」

 唇に付いたクッキーの屑をふき取りながら、蓬莱山 輝夜が八意 永琳の声に反応する。

「確証は無いのよ?」
「そうなったら『他』から持ってくるに決まっているでしょ?」
「批判を買うようなことを」
「それはそうだけど、面白かったでしょう? あいつらがこぞって驚きの声を上げたのは」

 そう言って面白そうに笑う輝夜、それに便乗しててゐがけらけら笑った。

「悔しい悔しいって、先手を逃して悔しいってねぇ」
「他から持ってくるって拙くないですか? 寄越せと言っても素直に渡すような妖怪たちじゃ有りませんし」

 多少の困った顔をして、ウドンゲがやる事の難しさを表す。

「それはもしもの話よ、私たちは『協力』しているのだからそうはならないでしょうね」
「は、はぁ……」

 妖怪の賢者とも言われる八雲 紫とは言え、全てを思いのままとは出来ない。
 彼女自身が『どこかしら』で対処できない事態が起こり得る、現に今だってその状態。
 彼女の式である八雲 藍だけで収まるのであるなら、私たちや他の妖怪たちに協力を要請したりはしない。
 私たちは『予備の予備』、本当に対処できなかった時の『処理手段』。

 あの巫女と魔法使いと繋ぐ陰陽玉を没収すれば、『そこ』からは協力を得られなくなると同意。
 もとより一癖も二癖もある連中に協力を申し出るのだ、ある程度の自由は認めなくてはいけないだろう。
 今後もある程度の、今の輝夜のように使用してもよほどの事が無い限り没収されない。
 しかし協力を得られない、それを認め没収したとして。
 その後発生した何らかの事で協力しない者達の力が必要となったりすれば、色んな意味で困るだろう。

 使うなと言えば使いたくなると言う子供染みた考えの者も居る、うちで言えば輝夜、紅魔館ならレミリア・スカーレット、白玉楼なら西行寺 幽々子と言った所の様に。
 『間違って使用しようとする』のを見越し、此方の戦力は博麗 霊夢、霧雨 魔理沙、八雲 紫の三人だけではないと示す。
 この会談は『脅迫』に近い、断れないような状態に持って行っての『協力の要請』。
 図書館島から持ち出された禁書の処分、巫女と魔法使いの実力の一端、その背後にはさらなる力を持つ者が居ると。
 敵対するより協力した方が良いと考えさせる状況に持っていった訳ね。

 此方のことを考慮しつつ、向こうは此方が驚異的だと判断させるのも八雲 紫の手。
 この機能をこの時に教えたのも、この状態にするための布石だろう。
 寧ろそれが本命の可能性が高い、此方の戦力の一端を見せる。
 あのコノエ コノエモンも馬鹿ではないだろう、見せた人物は輝夜であったが幻想郷の中でもトップクラスの力を持っている。
 あの吸血鬼やフードを被った人間も感じ取っただろうし、八雲 藍の一言もコノエモンに邪推させるに十分な言葉。

 そこまで八雲 紫は読んでくるだろう、狡猾な彼女のことだから、その『先』さえも考慮に入れているでしょうね。

「それはどういう?」
「簡単よ、戦わない者がこれ位の力を持っているのよ、それならば戦う者の力はそれ以上という事になるでしょう?」
「そう言う意味でしたか」
「寧ろこうなる事を予想しているでしょうね」
「だから折り込み済みだと?」
「その通り」

 ウドンゲを見てから輝夜が微笑む。

「それが外れて本当に没収してきたら?」

 てゐがいたずらを思いついたような笑み。
 それに輝夜が答えた。

「その時は一番『譲ってくれそう』な所へ貰いに行きましょう」
「譲ってくれそう?」
「ええ」

 輝夜が満面の笑みを見せて、陰陽玉に視線を落とした。









 一方、香霖堂では店主の森近 霖之助が大きなくしゃみをしていた。

「この時期に風邪か、……少し暑いが用心しておこう」


 読んでいた本を机に置いて、椅子に掛けてあった一枚を羽織り、そしてまた本を手に取り読み始める。
 懸念した『もしも』が起こった時に、一番の被害を受けるのはこの男だった。


















 今更だけど、このSSの男女比率すげぇな……! 元からか。

 個人的不満点、会話を区切る良い文が思いつかなかった、流れが滞らないようにするには難しい。
 急ぎすぎな感じもある、オリジナルの話考えるのって難しいですよ。
 オリジナル板の作家さんたちすげぇ。


 エヴァを誘った人、勿論紫じゃありません。
 幻想郷とは別のコミュニティーの人、世界中にも幻想郷のような隔離された土地があるでしょう。
 確かそんな話を聞いたことが……二次かもしれませんが、使用。

 一部非常に出しにくいキャラが居るんですよねぇ、風神録組や地霊殿組の一部とか。
 間話とかになりそうです、思いつくかどうかは別ですが。


 説明・幻想種の存在、作中で説明してますけど『想いの力を受けやすい』と言うことで。
 その定義で行くと、エヴァンジェリンが幻想郷に行って幻想種になったら原作より強くなると言う事です。
 魔力とか幻想郷上位陣に肩を並べる位にはなる、特異能力は負けるでしょうが弾幕ごっこなら良いとこ行くんじゃないでしょうか。
 そんなのはまぁこのSSの中だけですが。

 『物質と精神』の説明、これはTYPE-MOONのFateのサーヴァントの知名度と同じです。
 知られれば知られているほど強くなーる、勿論生きた年月の方が割り増しでかいですが。
 妖怪の強さ=種族+才覚+生きた年月(+知名度&信仰)な具合ですが、弾幕ごっこじゃなくなれば特異能力のお陰で簡単にひっくり返るのが東方クォリティー。

 と言うか霊夢って特異能力ありでも幻想郷最強クラスらしいですね。
 wikipedia見たら『あらゆる物から浮いて、完全な無敵状態になれる』らしい、各妖怪の特異能力がどこまで効くかってのが分かれ目ですが。
 この情報というか、永夜沙のラストワードでそう言う説明がありますね。
 使う機会無いだろうしどうでもいいか……。



[5527] 6話 近き者
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2012/03/19 01:18
「やぁ」
「あら、こんにちは」

 呼び鈴が鳴らされ、玄関に出て出迎えてみれば高畑さん。
 今は昼前、この時間なら教師って仕事があるんじゃないの?

「そうだけど、僕は予備に回ったんだよ。 それに監視って意味もあるからね」
「へぇ、そう」

 あがる? と聞けば、お邪魔するよ、と返ってくる。
 そうして玄関から廊下を通り居間へと出る、私と高畑さんを迎えるのは寝転がって本を読む魔理沙。

「ん? おっさんは誰だ?」
「二日前に会ったばかりなんだけどね」
「……ああ、逆さだったから分からなかったぜ」

 と魔理沙は起き上がり、足元に有った別の本を手に取る。
 そうしてすぐまた寝転ぶ。

「お茶入れてくるわ」
「私のも頼むぜ、すっからかんだ」
「はいはい」





 そう言って霊夢君が台所に足を向けた。

「高畑さんは座ってて、お茶持ってくるから」
「ああ、ありがとう」

 言われた通り居間のテーブルの近くに座る。
 台所に消えていく霊夢君、そして視線を外し、開いた襖の外を見れば手入れが行き届いた庭が見える。
 そこからさらに視線をずらせば置いてある白黒の帽子と、テーブルの反対側に居る魔理沙君が、頭を此方に向け寝転がって本を読んでいた。

「何を読んでいるんだい?」
「あん? 下から持ってきた本だぜ」
「下? 図書館島かい?」
「そうそう、アルビレオのとこから持ってきたんだ。 帰る時にしっかり返してくれって言われたがな」

 しっかりバレてたぜ、と笑って呟く。
 それが唐突過ぎて唖然、何とか整理して口を開く。

「……な、んだって?」

 繋がりが全く無いように思え、どうしてこんな事実が彼女の口から出てくるのか分からない。

「何がだ?」
「アルビレオって、……あのアルビレオのこと?」
「他にアルビレオさんとやらが居るのか?」

 まさか、あの人が図書館島に居るのか……。
 アルならナギの行方を知っているかもしれない、会いに行くか?
 ……いや、黙ってた位だ、何らかの理由があるかもしれない……。
 学園長は……知って居ただろうなぁ、アルから口止めされていたからと言うのが妥当かな。

「……おお? これは……」
「ん?」
「こりゃあ……、なるほど」

 物思いに耽っていれば、魔理沙君が妙な声を上げる。

「ほうほう、こんな本をパチュリーがねぇ……」
「……ぱちゅりー? その本の著者かい?」
「ああ、一週間だぜ」
「一週間……?」
「そのままさ」

 と、魔理沙君は寝そべりながら、持っていた本に集中し始める。

「………」

 向こうの話だろうか、時折理解しがたい単語が出て来るため何らかのヒントが無ければ全く分からない。
 『一週間』『そのまま』、このヒントでぱちゅりーという人物を……、いや、『ぱちゅりー』と言う答えは出ているのか。
 魔理沙君が読むのは恐らく魔法書だろうから、書いた人物はその『ぱちゅりー』と言う魔法使いだろう。
 だがぱちゅりーという魔法使いに心当たりはない、エヴァなら或いは知っているかもしれないが。
 
「……そのぱちゅりーと言う人は──」
「あッ!」

 魔理沙君を見て、ぱちゅりーという人物の事を聞こうとしたら。
 魔理沙君の傍に何者かが一瞬で現れ、手に持っていた魔法書を奪い一瞬で消えた。

「おい! こら! 返せ!」

 ほんの一瞬だ、薄い紫色の長いローブのようなものを着た少女が現れ消えた。

「今のは……?」
「何で持って行くんだよ! ……なに? 『著者だから私の物』?」

 立ち上がり叫ぶように言う魔理沙君、顔は斜め上を向いていた。

「本人が書いたんだから、本人の物でしょ」

 とお盆に茶碗を乗せ、居間に戻ってくる霊夢君。

「本人と言うのは?」
「見たんじゃないの? 紫色」
「……ああ、あの少女が……」
「高畑さんより年上だけどね」

 それを聞いてとっさに若すぎる、と考えた。
 二十歳にも届かないような、多少幼い顔つきの少女。
 流石にエヴァンジェリンのように何らかの要因で歳を取らなくなった、或いは老けにくくなったと言うのも早々無い。
 恐らくは単純に童顔だろうか、そこら辺だろう。
 そんな考えを見透かしたように、霊夢君が心中に切り込んでくる。

「こっちには外の世界から来た妖怪も結構居るのよ。 人間も入ってくるし、人間で無くなった者も入ってくるの。 例えばパチュリーのように『魔法使い』になった人間もね」
「……魔法使いになった人間? こっちと魔法使いの定義が違うのかい?」
「何とかの魔法を使った奴が魔法使いになる、だったかしら? ……生まれ付き魔法使い? そうなの、どうでも良かったわ」

 そう言って僕と魔理沙君にお茶と茶受けを前に置く霊夢君。
 生れ付きの魔法使いとはどういう意味だろうか……。

「間違うなよ、捨食が人間用、捨虫が魔法使い用だぜ。 どっちか使わないと『完全な魔法使い』じゃないぜ」
「捨食や捨虫とは?」
「捨食が──」

 と言い掛けた魔理沙君が口を噤む。

「……? どうしたんだい?」
「駄目だってさ」
「……あー、それなら言わなくて良いよ」

 外にもらしたくは無い情報か。
 こちらとしても情報は欲しいけど、身に危険が及ぶ類のものは出来るだけ遠慮したい、相手が相手だし。

「そう簡単に使える魔法じゃないだろ、と言うか外で使える奴なんて居るのか?」

 視線を上げ、そう呟く魔理沙君。
 向こう側、学園長から聞いた恐らく八雲 藍さんとでも話しているんだろう。

「教えて意味の無い物なら、教えてあげても良いんじゃないの?」
「……なぁ、タカミチ」
「なんだい?」
「外の魔法使いは業突く張りって、本当か?」
「魔理沙も業突く張りじゃないの」
「私は襲ったりして手に入れたりはしないぜ」
「門番跳ね飛ばして、盗賊……強盗紛いの事はするくせに」
「跳ね飛ばしてなんかないって、好き好んで間合いに入り込むなんて物好きじゃあない。 門番の射的距離外から『BAN!』だ」

 右手の親指と人差し指を立て、それを霊夢君に向ける魔理沙君。

「それにあれは借りているだけだぜ、私が死んだときに持って行ってもらえば良いだけだろ」
「轢くも撃つも変わらないでしょ、毎回やられる門番も堪ったもんじゃないね……」

 無理やり持っていってるのか。
 霊夢君が言う通り、持って行かれた者には堪らない話だ。

「どうなんだ? 業突く張りばかりか?」
「そんな事は無いよ、確かに自分のことしか考えてない者達も居るけど、全員がそう言う人たちではないさ」
「……向こうの言い分じゃ、そう言う人たちのほうが少ないらしいぜ?」
「こっちの魔法使い達を知っているのかい?」
「最近まで外の世界に居た奴等だって居るんだ、外を知らない私らを基準に考えるとは止めた方が良いぜ」

 いろんな意味でな、といかにも含みがあるような呟きを残す魔理沙君。

「……そうするよ、そちらにはこっちの事を良く知っている人物もいるようだし」
「スキマなんかその典型だぜ、人の知って欲しくない事まで覗いてくるからな」
「それは……、まぁ……」

 なんと言うか、ご愁傷様と言えば良いのだろうか……。

「……まぁ駄目か、それはそれで良いけど」
「それを知って僕等が得をするような話なのかい?」
「いやー、まぁ無理だと思うけど。 知っても簡単に使えるような奴じゃないしな」
「使える可能性がある以上、教えるのは止めておいた方が良いと思うよ」
「言い触らす訳じゃあるまいし、ねぇ高畑さん?」

 と何か引っかかる言い方、聞き様にとっては脅迫にも聞こえなくは無い。

「どんなものか分からないけど、早々実践できないんじゃ信じてもらえないと思うけど」
「見えるものが無いと信じない奴も多いしな」

 両手を挙げて、肩を竦める。
 可視と不可視、出来る事と出来ない事。
 証拠とは両者が相容れて成り立つ物、ゆえに相容れなければそれは『証拠』として成り立たない。
 証拠を持ちえなければ、そう言う物がある『かも知れない』程度の認識へと落ち込むだろう。

「……そういえば高畑さんは昼餉はもう済ませた?」
「いや、まだだけど」
「そう、食べていく?」
「いいのかい?」
「霊夢の金じゃないしな」
「そっち持ちだから」

 その一言が全てを物語っている。

「……そうだね、頂こうかな」





 そうして出された食事は一汁一菜。
 炊き立ての白飯に、赤味噌で味付けされた豆腐とたまねぎが具として入った味噌汁。
 おかずとして、煮詰められ柔らかそうな野菜が見える肉じゃが。
 香の物として蕪の酢漬け、いわゆる千枚漬けが添えられている。
 近年見られる東洋の料理が一切入り込んでいない、純日本の献立だった。

「いただきます」
「いただきます」

 霊夢君のあとに続き、手を合わせて食前の挨拶。
 
「今日は赤味噌か」
「文句あるの?」
「昨日も赤だったろ、今日は白にするべきじゃないのか」
「そう言うなら自分で作ってくれる?」
「良いとも、次は白味噌でうんと美味いの作ってやるぜ」
「幻滅しない程度には期待してるわ」

 軽く手を合わせていただくぜ、と食べ始める魔理沙君。
 午後の昼下がり、3人がテーブルを囲んで昼食。

「……うん、お味噌汁なんて久しぶりだ」

 海外ではミソスープとして呼ばれるお味噌汁。
 最近では店でラーメンとかコンビニのサンドイッチなど、手間が掛からない物ばかりだったのでこういう日本食は本当に久しぶりだ。

「日本人なら味噌汁だろ」

 黒目黒髪の霊夢君ならいざ知らず、金目金髪の魔理沙君が言うにはちょっと似合っていないよ。
 そう突っ込みたくなったが、日本に帰化した外国人も居るし、どうなるんだろうか……。
 たあいも無い疑問を思いながら箸を進める。
 味噌汁、白飯、肉じゃがと千枚漬けを完食、量的には十分で、腹八分目と言って丁度良い。

「……ご馳走様でした」
「お愛想様」

 茶碗を重ね、お盆へと乗せる。
 霊夢君は食器や茶碗を載せたお盆を台所へ持っていった。
 そうして最後に残ったお茶、それに口をつけ一つため息を付いた。

「大分疲れてる様に見えるが、何かあったのか?」
「君たちの事もあるんだけどね」
「それは紫に言ってくれ、私は何にもして無いんだから」
「どの口がそれを言うのかしら」
「私の小さなお口ですわ」

 すぐさま霊夢君が戻ってきて、どこからとも無くお払い棒が現れ右手の近くでくるくる回していた。
 それを見て魔理沙君は口を閉じた、正確には閉じさせられた、だが。

「子供達に勉強を教えているんでしょ?」
「そうだよ、まぁ彼女達はちょっと腕白だからね」
「3人だけでもきついからなぁ、走り回るあいつ等は無尽蔵の体力でも持ってるのか」
「そこまで小さくないよ、君達と同じ位かな」

 15歳か16歳、集まっている子たちがちょっと特殊で相応に見えないけど。
 霊夢君と魔理沙君もそれ位だろう、流石に風香君や史伽君ほどではないが、魔理沙君は背が低いからもうちょっと下に見える。

「そんな歳になるまで勉強ねぇ、そんなに面白いのか?」
「魔理沙のと同じじゃないの?」
「楽しいからやるってことか、アイデンティティだな」

 そうだろうか、勉強が楽しいって子は多くないと思うけど。

「……ところで魔理沙君、君の魔法は誰に習ったんだい?」
「最初は少しだけ教えてもらったんだけどな、後は独学。 何処行ったんだろうな」
「……独学でそこまで鍛え上げたのかい」
「これでも『もっと修行しな』って言われそうだけど」
「いつの間にかどっかに行ってたのよね」

 帽子を弄りながらも魔理沙君、霊夢君はお茶を飲みながらの一言。
 やはり彼女達の背後に居る者たちは、さらに上の力を持っているようだ。
 彼女達もこれからさらに伸びていくだろう、向上心が見えるだけに今のレベルが最大とは思えない。
 考えている通りなら、末恐ろしい才能だ。

「君達が住む地域って、どんな所だい?」
「普通だぜ、人里が在ってそこに人間が住んで、後は山とか平原とか、妖怪や妖精たちが適当に住んでる」
「……妖精? 妖精も普通に?」
「普通だぜ、なぁ?」
「三馬鹿とかね」

 普通に存在する、魔法世界にも余り見られない妖精が普通に住むと言う事か。

「幻想郷には興味があるってか?」
「……そうだね、興味は有るよ」
「高畑さん位なら中級相手でも倒せるでしょうけど」
「油断してると食われかねないがな」

 なるほど、話に聞く限り僕レベルでも平均的。
 深く注意を払うような存在ではなく、たまたま遭遇して、攻撃を仕掛けられてもそれなりの力で倒せる程度なのかな。
 随分と力の敷居が高いらしい、そうなってくると彼女達の実力が高いのも納得が出来そうだ。

「食われるって事は、やはり妖怪とはそう言う存在なのかい?」
「妖怪は妖怪でしょ、人を浚って人を食う。 それが妖怪の存在原理でしょ、それを知らないって、言う通り本当に少ないようね……」
「やっぱり人間を食べるのか……」
「まぁ妖怪だしな、私達だって他の存在を食ってるんだから、妖怪たちに飯食うなって言えないだろうさ」
「私達を食べたくて襲ってくるなら、復活も難しい位に叩いてあげるけど」

 あれだけの実力だ、襲った妖怪は跡形も無く吹き飛ばされそうだ。

「人間が妖怪に食べられるってのが許せないのか?」
「……心情としてはそうだけどね、此方の言い分を一方的に押し付けるのは気が引けるよ」

 人間だけを食べるかどうかは分からないけど、単純な生死が賭かってくる為に『食うな』とは言えない。
 それを押し付けるならば、自分たちも他の存在を、家畜などを食う事を止めなければいけない。

「まぁ高畑が心配するような事は無いだろ、今は襲う事も襲われる事も減ってきてるって言うしな」
「それじゃあどうやって……」
「紫が何かしてんだろ」

 襲い襲われが減ってきている、なら妖怪たちが食べるのは人間だけじゃないって事かな。
 それとも八雲さんが供給でもしているのか? そうだとしたならどこから人間を集めているのか……。

「それ以上考えない方が良いわよ。 結局は妖怪は人間を食べ、人間は妖怪を退治する、その関係だけはずっと残り続けるんだから」

 過程を無視し、結果だけを残すのか。

「そうは言ってないわ、結果が残るのも過程が在ってこそよ。 だけどその過程は高畑さんたちには受け入れ難い物っぽそうし、これ以上考えないほうが良いって忠告してるの」
「知ってるんだね?」
「知ってるわよ、知っておかなくちゃいけない事だし。 本当に高畑さんが気にする事じゃないわ、本当に気にする必要がある奴は……紫くらいね」
「それでも知っておきたいんだ」
「知って後悔しないって言うなら良いけど、……紫が外の世界から引っ張って来てるのよ」
「やっぱりか」
「予想してたんなら話は早いわね。 紫が持ってくるのは居ても居なくても良い人間や、己の命を投げ捨てる人間だけよ」
「自殺はともかく、居ても居なくても良い人間なんて本当に居ると思ってるのかい?」
「思ってるわ、世界は必要とする人間だけを残し、そうでない人間の扱いはぞんざいなのよ。 その過程で必要か不要か、勿論本人の努力でその選択は簡単に打ち砕ける。 その選択を迫られるのは心が死んでいる者たちだけ」

 生きようとする者には、道が開ける。
 死を選ぶ者は元よりその道などありはしない、そこで終わってしまうから。

「……八雲さんはそれを選別してるってのかい?」
「スキマなら簡単にやりそうだよな」

 概念的な現象、それを識別して選別する。
 そうして『食料』を集めるのか。

「……ああ、言い忘れてたわ。 人間を食べるといっても、言葉通り人の肉を食べるだけじゃないのよ」
「どういう意味だい?」
「人の肉じゃなくて、人の心を食べる妖怪が居るのよ」
「心?」
「人の感情、喜怒哀楽と言った人間から発せられる数多の感情の波を食べるの」
「……心を食べられた人間はどうなる?」
「程度によるわ、ただ単純に怒らせたり喜ばせたりするだけでお腹が膨れる奴も居るし、その感情を浮かべる心を丸ごと食べる妖怪も居る」

 丸ごと食べられた人間はただの生きる肉になっちゃうけど。
 そう付け足して言う霊夢君。

「それにさっき魔理沙が言ってたけど、人間を食べていない妖怪も増えてきてるわ。 本質的に食べないといけない妖怪も居るけど、そうでない妖怪ももちろんに居るわ。 全部が全部食べるわけじゃないの。 それでも認められないって言うなら難しいわよ、だって世界の摂理だし、人間じゃあどう足掻いても手が出せない領域の話だもの。 ……どうにか出来る存在は、まぁ『神様』位よね」

 世界を作り上げた神、なら崩すのも神と言う事か。

『神だって全てが全知全能ではないよ』
「……なに?」
「ピンからキリよね、神様って」
「全部同じじゃあつまらんぜ」
「今のは……、誰だ?」
「一応神様よ」
「……神様?」
「信じない? まぁそんなもんでしょうけど」

 彼女達が住む土地は、神様まで居るのか……?

「……ア、アハハハハ」

 何かとんでもない事を聞いた、なんて言ったら良いか分からない。
 とりあえず笑っておけば良いのかな。





 教えて良い情報なのだろう、彼女達が住む『幻想郷』とやらの話。
 流石に幻想郷がある場所は教えてくれない、と言うか霊夢君たちも具体的な場所を知らないようだ。
 生まれも育ちも幻想郷らしく、閉鎖された地域で外から入ってくる情報はごくわずか。
 その情報をかき集めて推測するには圧倒的に足りないはずだ。

「しかし、いいのかい? 余り話すと……」
「藍も止めないし、良いんじゃないの?」

 こちらとしては願ったり適ったりだが、迂闊に聞きすぎて八雲さんが怒ったりしないだろうか。
 根本的な実力、地力の差が大きく穿たれているだろう現状、十全に情報を得ても生かしきれずに叩き潰される可能性が大きすぎる。
 相手の力や技を全て知っていても、防御や回避なり行おうとも、関係なく叩き潰せる力がありそうだし。

「なぁ高畑、どっか広くて人目気にせず魔法使える所無いか?」
「……一応思いつくけど、何するんだい?」

 話半ばにして、魔理沙君の興味は話から外れて図書館島から持ってきた本に移っていた。
 そして本を全て読み終えたのだろう、外れていた意識がこっちへと向いた。

「紫が居ないと幻想郷に戻れないし、ここで魔法をおおっぴらに使うのは駄目だと来てる」
「ああ、そうだね」
「不完全燃焼なんだよな。 ほら、昨日の夜の奴、途中で終わっちまったし」

 景気良くぶっ放したいんだよ、と随分と物騒な事を言い始めた。

「正直ぶっ放して欲しくないけどね、どうしても魔法を使いたいって言うなら良い場所があるんだけど……」

 使わせてくれるだろうか……、使わせる代価に何かしら求めてきそうだ。

「……なんだ?」
「うーん、使用料とか言って何か取られるかもしれないよ」
「ちょこっと頬を叩いたりしたら快く貸してくれないかね」
「強要じゃないか……、とりあえず聞いてみるけど」
「頼むぜ、使わせてくれないと酷い目に合うかもしれないって、ついでに伝えといてくれ」
「それはもう脅迫だよ! ……言っておくけど所有者は君達も知ってる人物だから、そんなことをしなくても良いと思うよ」

 彼女の『別荘』なら、短い時間でたっぷりと浸れる空間。
 魔法の使用も全く問題にしないだろう、その代わりに一日分歳を早く取ってしまうけど。

「あん? 誰だ?」
「エヴァンジェリンだよ、彼女がちょっと特殊な別荘を持っていてね」
「あー確かになんか要求してきそうだ、吸血鬼だけに血とかな」
「君達の魔法とか気になっていそうだから、魔法を見せるだけで済むかもしれないね」
「見せるも何もな、最初っから使う気だが」
「弾幕ごっこでもしようっての?」
「いいね……それなら少し変更だ、飯の仕度を決めようぜ。 負けた方は勝った方が食べたい献立を作るってのはどうだ?」
「……そうね、良いわよ。 いい加減魔理沙の分を作るのもめんどくさくなってきたし」
「よし、決まりだ!」

 早々食事の当番の勝負を決め、既に使う気満々。
 ……エヴァは了承してくれるだろうか。
 うーん、と悩んでいれば。

「……どうした? 早くけいたいでんわって奴で吸血鬼を呼んでくれよ」
「ん? ああ、今はちょっと無理だね、エヴァにも用事があるし、夕方くらいなら大丈夫だと思うよ」
「焦らすなぁ、期待させておいて落とすのは随分と酷い話だぜ」
「いやいや、焦らしてなんかないよ。 使いたいから使わせろって言うのも、随分と酷い話じゃないか」
「時間ってのは大切だぜ、一部除き無限じゃないし」

 一部? エヴァみたいに不老不死の存在でもいるのかな。

「あー、すぐに使えないってんならゆっくり読めばよかったぜ」

 そうぶつぶつ言いながら寝転がる魔理沙君。
 もう一方の霊夢君はゆっくりとお茶を啜っている。
 どうにも対照的な二人であった。





 それから数時間、他愛の無い話で時間をつぶす。
 そうして太陽が西へと傾き始める時間帯になった頃、この屋敷の呼び鈴が鳴った。

「はいはいっと」

 霊夢君が立ち上がり、今を出て行く。
 そうだったな、そろそろ交代の時間か……。
 そう思い待っていれば霊夢君と来客、葛葉先生と神多羅木先生が現れた。
 霊夢君はそのまま台所へ足を運び、葛葉先生と神多羅木先生はテーブルの前に座る。

「もうすぐ交代の時間ですよ、高畑先生」
「もうそんな時間ですか。 交代の前にちょっと学園長に伺わなくちゃいけない事が」
「待ちくたびれたよ、早く聞きに行ってくれ」
「……何かあるのか?」
「ええ、彼女達が魔法を使える場所を探しているので」

 携帯電話を取り出しそれを二人に告げれば、訝しげ視線が霊夢君と魔理沙君に向けられる。

「……本当に使わせる気ですか? あれだけの力を持っていますし、下手をすると街にも被害が、いえ、しなくても被害が……」
「最適な場所があるのでその心配は必要ないですよ、その場所を使わさせて貰うために学園長とかに話しておかないといけないんで……」
「……麻帆良の外に出るつもりか?」
「いえ、魔法で作られた特殊な空間ですから、麻帆良の外に出ないし、街に被害が及ぶ事は無いですよ。 問題は所持してる人物が人物なので、使えるかどうかは分からない所なんですがね……」

 大人3人寄って話す。

「まずは聞いて見なければ分かりませんし、引継ぎは学園長にも話してからで」
「ええ、指示を仰いでおかないと……」

 アドレスを開き、学園長と付いた電話番号が表示される。
 通話ボタンを押して、電話を耳に当てた。

「……学園長、ちょっとお話しておきたい事が……」

 立ち上がり、廊下に出てから話し始めた。





「ああ言うの、にとりが好きそうだな」

 立ち上がりながら携帯電話を耳に当て、廊下で近右衛門と話す高畑を見て魔理沙が腕組み。
 『かがくてき』な道具は嬉々として触るからなぁ、あれ見せたりしたら飛びつきそう。
 持って帰っても紫に没収されそうだからやめとくか、香霖の所にも似た様なのあったかな。

「はい」

 そんな事を考えていると霊夢がお茶を置く。

「どうも」

 神多羅木と刀子が会釈して言う。
 それを横目に出されたお茶請け、補充された煎餅を手にとって齧る。

「……良いですか? ええ、エヴァに聞いてみないと……、よろしいですか? それじゃあお願いします」

 どうやらコノエモンの方は良いらしい、あとは吸血鬼の方か。
 高畑が言っていたように、こっちの魔法に興味があるなら十分見せてやれば良い。
 どうせ弾幕ごっこで使うんだから、好きなだけ見れば良い。
 何か遣せなんて言ってきたら、ちょっと珍しい茸の一つでもやれば良いか。

「いや、待たせたね。 エヴァのほうには学園長から聞いてみるそうだよ」
「じゃあ連絡待ちか? やっぱり焦らすのな」

 はははと笑う高畑、こっちは本気で暇なんだがな。
 煎餅をバリバリと噛み砕き、咀嚼。
 お茶を飲んで、また寝転がる。

「……きりさめさん、女の子なんですからそう言うはしたない真似は」
「はしたない?」

 大の字で寝そべり、髪も畳の上に広がっている。
 はしたないと言えばはしたないかもな。

「神多羅木も気になるのか?」
「多少はな」
「そうか、じゃあ気にしないでくれ」

 さらに脱力、それを見て神多羅木が肩をすくめた。

「せめてスカートだけでも直しなさい」

 と立ち上がって刀子が私のスカートのすそを引っ張り、膝近くまで捲れていたスカートを足首まで引っ張り戻す。

「こりゃすまないね」

 と寝そべったまま。

「……良いですか、貴方は歴とした女の子ですから、身だしなみと言うものをですね……」

 見かねた刀子が説教を始める。
 耳障りとは言わないが、こう言うのは好きじゃない。

「分かった分かった、人前じゃやらないから説教はやめてくれ」

 のっそり起き上がり、とりあえず胡坐をかいて座る。

「分かれば良いんです、年頃の女の子がそんな事をしていると……」
「分かったって! 分かったからやめてくれ!」

 あーと声を発しながらも耳を押さえる。

「くそ、調子狂うぜ」
「またそんな事を、大体そんな言葉使いも直したらどうです? 男口調ではなく……」
「アー!!」





 我慢できなくなったのか、小言を言われる魔理沙は居間を駆け出し出て行く。

「待ちなさい!」

 まだ言い足りないのか、逃げ出した魔理沙の後を追って居間を出る刀子。
 そんな光景を見ながらお茶をすする。

「刀子って何時もああなの?」
「いや、何時もはもっと落ち着いているんだがな……」

 神多羅木さんも多少驚いていたようで。

「確かに、あんな葛葉先生は見たことないなぁ」

 高畑さんも面白そうに笑っている。
 刀子は何か……、分かってるけど魔理沙の言動が気になるんだろう。

「……それで、魔法を使って良い場所はどうなったの?」
「今学園長が聞いてくれるそうだよ、後数分もすれば連絡が来るだろうね」
「そう」

 遠く、と言っても屋敷の中だけど魔理沙の悲鳴と刀子の説教が聞こえてきている。
 まぁ、いくら言っても魔理沙は変わらないでしょうけどね。
 ずずーっともう一度湯飲みを傾ける。


「……なんと言うか、歳の割にはかなり落ち着いてるね」
「物心付いた時から変わってないと思うけど」
「……それは凄いね」
「落ち着かざるを得ない、と言った方が良いかしら。 周りは妖怪だらけで、下手に騒げば寄って来る。 落ち着かない方がどうかしてるわよ」
「君が言うなら……、そうなんだろうね」
「そうよ」

 ほんっと、うるさい位に寄って来るし。
 一々相手をしてやるのもめんどくさいわ。
 うるさくしないならお茶ぐらいは出してあげるんだけど。
 
「はー、高畑。 まだかー、いい加減暇すぎるぜ」

 逃げ延びたのか魔理沙が居間に戻ってきた。
 ドスンと座り、帽子を弄くる。

「人里見て回るのも良かったかね」
『是非とも!』
「だが断る」

 魔理沙が天狗と問答、傍から見れば独り言を言っている様に見える。
 突然何を言っているのかと神多羅木さんが訝しげな目を向けるが、事情を知っている高畑さんは軽く口を押さえて笑っている。

「いつの間に……、まだ終わって──」
「本当に頼むぜ!」





「本来なら入れてやらんがな、特別に貴様等にも見せてやろうか? 気になるだろう?」
「監視も兼ねていますので当たり前です」

 そうして、やっとと言うべきか。
 高畑の携帯電話に近右衛門から通話が入り、エヴァンジェリンは別荘の使用を許可を出したと連絡を受ける。
 その際、エヴァンジェリンは別荘の使用による代価の要求として、霊夢と魔理沙たちが住む土地の事を詳しく話す事を打ち出すが。
 危険だと言って近右衛門は頑なにそれを突っぱね、別の代価、血液の提供を提示したがそれも近右衛門が拒否した。
 それ以外は認めんとエヴァンジェリンが吠えるが、近右衛門は滅多に見られない高レベルの陰陽道や今現在広がっている魔法とは別の、実用レベルの体系外の魔法を見れるだけでも良しとしろと言う。

 今ここでこの提案を突っぱねれば、余計な邪魔が入らずじっくりと見れる機会を失ってしまうかも知れんぞ? とエヴァンジェリンに囁いた。
 エヴァンジェリンが断るならこちらでそれなりの場所を用意するし、その場合は麻帆良の外になるじゃろう、とも呟く。
 そうなればエヴァンジェリンはその光景を見逃すことになる、ナギ・スプリングフィールドの呪いの所為により麻帆良の外へは出られず断った事を後悔するかも知れない。
 さあどうする? と、ほっほっほと笑いながら近右衛門がエヴァンジェリンの決断を促す。
 そうしてエヴァンジェリンは気が付いた、最初からこの条件で使用させると言う近右衛門の策だと言う事に。

 渋々、本当に渋々でその条件で承諾し、連絡を受けた霊夢、魔理沙、高畑、神多羅木、葛葉の五人がエヴァンジェリンのログハウスの前に到着する。
 近右衛門はいまだ仕事が残っているために、エヴァンジェリンは散々言葉で近右衛門を嬲ってからログハウスの前で一行の到着を待っていた。
 本当なら神多羅木と葛葉にさっさと帰れと追い出していただろうが、戦いに通ずる二人に自分や霊夢と魔理沙がどの位の高みに居るか確認させておくのも良いかとも考えていた。

「こっちだ、さっさと入れ」
「ほー、面白い家だな。 丸太でくみ上げられてるのか」
「良いからさっさと入れ」

 エヴァンジェリンがログハウスを見上げる魔理沙を蹴飛ばそうとするが、それを簡単に避けてログハウスへと駆け込む。

「おい待て!」
「なんだよ、さっさと入れって言ってたじゃないか」

 玄関に足をかけて魔理沙が止まり、振り返りながら文句を言う。

「お前の事だ、どうせ家のものを勝手に触るんだろうからな。 いいか、無闇に触るなよ?」
「人形だらけでアリスの家みたいだな」
「話を聞け!」

 やはり魔理沙はエヴァンジェリンの話を聞かず、ログハウスの中へと入っていく。
 それを追い掛けるのもまたエヴァンジェリン、それを尻目にログハウスの玄関へと進む4人組。

「魔理沙君は活発だね」
「落ち着き払った魔理沙なんて……、ちょっと怖いわね」
「ははは!」
「もうちょっと落ち着くべきだと思います、せっかく可愛らしいのにあれでは……」
「余り押し付けるのも良くは無い、あれはあれで個性なんだろうからな」
「それはそうですが……」

 残念そうに唸る刀子、魔理沙の言動が琴線に触れたんだろう。
 霊夢は一々刀子に干渉される困る魔理沙を思い描き、様見なさいと内心笑ってやった霊夢。
 そんなこんなでログハウスの玄関を潜り、中に入れば。

「お待ちしておりました」

 といつか蹴り飛ばし、封魔針を浴びせかけて壊した人形。
 黒を基調としたメイド服に、カチューシャと短めのエプロンを掛けた茶々丸が深々と頭を下げていた。

「もう直ったの」
「はい」
「そう」

 と一言交わして霊夢はログハウスに上がりこむ。

「あの時はすまなかったね、君達を助けに行けなくて……」
「いえ、高畑先生が悪いわけではありませんので、どうかお気になさらず」
「そういわれるとねぇ、ははは……」
「神多羅木先生と葛葉先生も、どうぞ上がってください」
「失礼する」
「お邪魔します」

 全員がログハウスの中に入り、内装を見渡す。

「向こうには無い家作りね」
「こう言うログハウスは都市部には全く無いからね、自宅として使うのは外国位じゃないかな」

 ふぅん、と霊夢は軽く相槌を打つだけ。

「で、吸血鬼と魔理沙は?」
「既に別荘へと出向かれています」
「ん? 普通にこの家に入っちゃったけど、どこか広い場所でやるんじゃないの?」
「いや、この家の『別荘』でやるんだよ」
「こちらです」

 そう言って茶々丸が先導して霊夢たち一行を別荘が置いてある地下室へと誘う。
 ログハウスの奥、地下へと続く階段を降りる。
 薄暗い地下、そこで目に入るのは数百もあろうかと言う人形。

「なんか人形が多いわね、人形でも集めてんの?」
「いえ、マスターは戦闘に人形を用いるので」
「人形遣い? 益々アリスみたいね」

 五つの足音を鳴らしながら、目的の物の目の前で足を止めた。
 進んだ先にある扉を開ければ……。

「……なるほどね、一定の空間を押し込めて中で広げてるって訳」

 ライトに照らされた、瓶詰めの模型がぽつんと一つだけ置いてあった。
 恐らくは紅魔館と似たような術が使われている位相空間、瓶の中を良く見れば小さな影が凄まじい速度で動き回っているのが見える。

「この分だと時間の流れも違うようね」
「そこまでわかるかい? 流石だね」
「伊達に時間を止められちゃいないわよ」
「時間を……?」
「これ、どうやって中に入るの?」
「近づくだけで入れます、博麗さんが仰られたとおり時間の流れが異なっているのでお気をつけを」
「霊夢で良いわよ、博麗さんなんて呼ばれ方は気持ち悪いから」

 そう言って霊夢がずんずんと瓶詰め別荘に近づけば、現れた光が霊夢に纏わりついて中へと吸い込んだ。

「……また危ない話を聞いたかな?」

 苦笑いを浮かべながら高畑は霊夢と同じ様に別荘へ近づき、光と共に消える。
 神多羅木、葛葉も同じようにして別荘の中へと入った。





「はぁー、これはこれでまた凄いわね」

 霊夢の視界に広がったのは青空、髪を大きく揺らす風が吹く何百メートルもの高さ。
 下は太陽光に似た光に照らされ、きらきらと白と青のコントラストを描いていた。

「でっかい水溜りね」

 そう言って視線を上げれば箒に跨った白黒が飛んでいた。
 それを追いかけるように跳ねて飛び上がり浮かび、一気にスピードを上げる。

「遅いぜ、霊夢ぅぅぅぅぅーーーーー……!」

 霊夢に気が付いた魔理沙が、すれ違い様に飛んでいった。
 魔理沙は大きく円を描きながら、数百キロと言う速度で別荘の周りを飛んでいた。
 そんな魔理沙を無視して西洋風の屋根がある建物、幻想郷には無い樹木が周囲に植えられている建物の近くへと降り立つ。

「妙に暑いわね、まるで夏みたい」
「気候的には夏で作り上げているからな」

 建物の屋根、それを支える柱と柱の間の結び付けられ張られたハンモック。
 そのハンモックに寝転がっているのはエヴァンジェリンだった。

「気候操作じゃないわね? ただ真似してるだけの様だけど……」
「その通りだ、ただ温度と風を弄くっているだけだ」
 
 夏を真似した空間、詰まる所一年中、いつこの別荘に来ようと常夏を味わえると言う事だった。

「便利と言えば便利だけど、そのまま外でやら無くて正解だったわね」
「出来なくは無いが、利便性はこちらのほうが上だからな」
「魔理沙、いつまでも飛んでないで」

 言ったときには筆状の箒の先を擦りながら降り止った。

「おお、わりぃわりぃ。 春先で夏を体験できるとはな」
「やろうと思えば秋にも冬にも出来るぞ?」

 フフンと鼻息で笑うエヴァンジェリン。

「冬は寒いから嫌だぜ、夏のままな」
「こう暑いものも考え物だけどね。 さて、何枚?」
「4枚、まずは軽くな」
「そう? 次は6枚ね」
「お、珍しくやる気だな」
「誰かさんのお陰でストレス溜りまくりなのよ」
「そりゃ悪かったな、とことん付き合ってやるぜ」
「おい、ちょっと待て!」

 と、制止を掛けるエヴァンジェリンの声はむなしくもスルーされた。

「何をする気だ……」

 そうして霊夢と魔理沙が勢い良く飛び上がり、上空で行われたのは苛烈にして美麗の戦いだった。
 鮮やか且つ圧倒的、数十数百数千の弾幕が空を埋め尽くさんと放たれていた。

「……ほう、やはりこれ位は出来て当然だったか」
「間近で見るとより凄いね」
「……三年生と同じ位の年でしょうに」
「才覚か、それとも環境か……。 どちらにしろかなりの物か」

 後から来た3人が弾幕を見上げる。
 感想は同じく、上空で繰り広げられる弾幕の美麗さを肯定する言葉だった。





「最初は……」
「まずは……」
『散霊/魔空』

 上空で止まりに同時、放つスペルが描かれたスペルカードを掲げ宣言。

『夢想封印 寂/アステロイドベルト』

 真上にスペルカードを投げ捨て、霊夢と魔理沙の周囲から一斉に札と星屑が全周囲に向かって放たれる。
 手始めに直球勝負、高速と高速、自身を中心として放たれる弾幕。
 避けるのも同時、衣服所か肌に掠るかけるほどの紙一重で二人は避ける。
 空を縦横無尽、始めた場所が戦いの場所ではなく、二人の直線上の中心が戦いの場。
 上、下、左、右と目まぐるしく入れ替わりながら空を翔る。

「魔理沙の弾幕、三日前より遅くなったんじゃないの?」
「そう言う霊夢こそ、随分と弾幕が薄いぜ?」
「そう? 何時もより増やしてるんだけどね」
「本当か? 隙間だらけで欠伸が出ちゃうぜ」

 二人は言葉を交わしながらも避け撃つ。
 時には体をひねりながら、時には上下反転しながら避け続ける。

「……次ね」
「だな」

 勝手知ったるなんとやら、お互いのスペルが届かないと理解して次のスペルカードを取り出しはじめる。
 しかし魔理沙より素早く取り出した霊夢が、やはり魔理沙より早くスペルカードを宣言、使用する。

「げっ!」
「神霊」

 七色に変化し続ける霊夢より大きな追尾弾が十。

「弾幕が薄いなら、弾幕が近づけば良いじゃない」

 揺らめき輝く大玉が、弾かれたように魔理沙へと飛んで行く。

『夢想封印』

 それを見た魔理沙は自身が跨る箒を引っ張り、柄先を真上と向けて加速して飛ぶ。

「冗談じゃないぜ!」

 凄まじい誘導性を誇る霊弾が高速で突っ込んでくる、魔理沙は当たるまいと速度を上げて右往左往。
 その光景を科学で再現したならば、高速で飛翔する戦闘機に、それを撃墜せんと迫るミサイルか。
 ならば戦闘機である魔理沙は別荘内を高速で、自称幻想郷最速の本領発揮した。
 大きく身を傾け、一気に下降。

「当たってやるほどマゾじゃあないしな!」

 ぐんぐんと水面へと近づき、直前で柄先を跳ね上げる。
 そうして上がるのは大きな水しぶき、箒の背面、魔力により筆状の箒の先から巨大な推進力を生み出す。
 まるでロケットのように、水面と水平に飛びながら十メートルは有ろうかと言う水しぶきを上げて進む。
 加速に次ぐ加速、終には夢想封印の弾が魔理沙を追いきれなくなり、不毛だと判断した霊夢が夢想封印を解除。

「次はこっちの番だぜ!」

 大きく弧を描きながら、カーブを切る水しぶきが止むと同時に、魔理沙の背後の水面が爆発した。

「光符!」

 箒を掴む両腕に魔力を通し、上空に居る霊夢へと柄先を向けた。

『ルミネスストライク』

 箒の柄、魔理沙の漲る魔力が駆け抜け、魔弾を撃ちだす為の砲身となる。
 輝く色は金色、迸って撃ち出されたのは星の魔弾。
 音速に届く速度にて奔る弾丸は並みの者なら避けれまい、だが狙われた者は並みの者ではない。
 柄先を向けられた時には霊夢は回避行動を取っていた、身を翻して斜線上から逃れたと同時に金色の星型魔弾が一瞬で通り抜ける。
 霊夢は避けきって、回りながらも迎撃のスペルカードを選ぶ。

『宝符/星符』

 回転を止め見下ろし待ち受ける霊夢、箒に身を寄せながら見上げ突っ込んでくる魔理沙。
 続けて三枚目のスペルカードを取り出し、構え放り投げる。
 そうして霊夢は左手、大きな霊気を纏わせて構える。
 突っ込んでくる魔理沙にカウンターを、巨大霊気弾をぶち当てようと考える。
 数秒と経たずに両者の距離が埋まり……。

「陰陽──」

 霊夢の打ち出した左手は、燃える太陽のような巨大霊気弾を作り上げて、昇り向かってくる魔理沙へと打ち下ろす。

「エスケープ──」
「──宝玉!」

 対する魔理沙は箒から身を投げ下ろして、自身を振り子に慣性を作り出し、直線的な軌道を大きく曲げた。

「ッ!」
「──ベロシティ!」

 高速での迂回軌道、陰陽宝玉を避けた後にエスケープベロシティの推力で強引に進路を霊夢へと向けなおす。
 箒を持つ魔理沙の左手が陰陽宝玉に辛うじて当たらず、箒の柄先が魔力を纏い霊夢へ向かって跳ね上がる。

「外れたッ!」

 だが柄先が当たる寸前、霊夢の姿が掻き消え。

「だけどなぁ!」

 魔理沙は続けてスペルカードを宣言。
 
『星符』

 魔理沙の右手にあったのはミニ八卦炉。

「テレポートなんてお見通しだぜ」

 後ろ目で見下ろしながら、テレポートで現れた霊夢にミニ八卦炉を向け。

「ドラゴンメテオ!」

 極太の光線が霊夢へと降り注いだ。





「……あー、何と言うか……」

 幅10メートルは有るだろう、極太の光線が霊夢君を飲み込んで海面へと叩きつけられた。
 海面から上がる巨大な水しぶき……、と言うか水柱は百メートルを軽く超えていそうなほど跳ね上がっていた。

『あれを受けた霊夢君は死んだんじゃないか……?』

 そう考える高畑は元より、他のエヴァンジェリンと神多羅木と葛葉は唖然として、動けずに空を見上げていた。
 どうすれば良いか分からない、そんな光景を前にして思い出してエヴァンジェリンに問いかける高畑。

「あっと……、エヴァ」
「……何だ」
「ぱちゅりーって魔法使い知ってる?」
「ぱちゅりー……、確か居たなそんなのが」
「知ってるんだ」
「結構前だな、魔法に愛された魔法使いが生まれたなんて話、聞いたことがある」
「魔法に愛された?」

 腕組みしたエヴァンジェリンは薀蓄を披露するかのように語りだす。

「八十、いや、九十年ほど前か。 得意な属性が複数あって、それを使いこなす頭脳と膨大な魔力を持った子供が生まれたってな」
「天才的……」
「実際に見た事は無いから分からんが、その時代の最強にも上げられた魔法使いだ」
「……そんな人物が」

 と言うことは、あの少女はあの姿で百歳を超えているかもしれないのか。

「新しい魔法を作り出したり、全ての魔法を無詠唱で発動できるようにする術式を作り上げたとも聞いたな」
「それはまた……」
「現在の魔法体系をたやすく崩せる術式だろうが、その女しか使えなかったらしくてな。 それを良く思わない奴らから、社会的排除を受けてどこかへと消えたとさ」
「だから向こう側に……?」
「そいつがどうかしたか?」
「ちょっとその人物が書いた本が図書館島にあるらしいって聞いてね、少し気になっただけだよ」
「昔の人間だ、生きていてもしわくちゃだろうよ。 第一そこまで信用できる内容じゃない、全部噂話だから本当に居るのかどうかも疑わしいが」

 彼女が本当に『パチュリー』という人物だったのなら、幻想郷とは色んな意味で隔絶された土地なのかもしれない。
 そう考えながら空を見上げたまま、熾烈な戦闘が繰り広げられているその様を見ていれば。

「ぷはぁ」

 例えればペットボトルから口を離した音。
 一気飲みして、その余韻に浸るような声。
 別荘の中には7つしかない筈の影に、もう一つ増えた。

 唖然としていても、戦いを知っている4人はすぐさま反応した。
 タカミチ・T・高畑は両手をポケットに入れ。
 神多羅木はフィンガースナップをいつでも打ち出せるようにし。
 葛葉 刀子は愛刀の柄に手を掛け。
 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは手のひらに魔力を集め纏わせる。

 そうして四人が瞬時に戦闘体勢を整え、振り返った先には小さな女の子。
 エヴァンジェリンと同じ位の身長の、頭に角を生やした女の子。
 地べたに寝転がり、空の弾幕を眺めていた。

「……貴様」

 どうやって入り込んだ、と聞こうとしてエヴァンジェリンはあの二人の背後を思い出す。

「あいつらの仲間か」
「それくらいは分かってもらわなくちゃねぇ」

 もう一度瓢を呷る少女。
 ぷはぁ、と吐く息と、その瓢から漂ってくる芳醇な香り。
 あの瓢の中には上等な酒でも入っているのだろう。

「魔理沙の勝ちだねぇ」

 上空で佇み笑っている魔理沙を見上げ、もう一度瓢を呷る少女。

「よっと」

 そうして寝そべっていた少女が立ち上がる。
 服は袖がちぎれた様な白のブラウスに、首には長めの赤いリボンが結ばれ。
 腰にはベルトに鎖が巻きつけられ、揺れるスカートは明るい紺色で、裾は白い。
 後ろ髪には赤いリボンに側頭部からはねじれた二本の長い角、その左の角には青いリボンが結ばれていた。

「挨拶しとこうかね、私は伊吹 萃香。 お察しの通り霊夢や魔理沙側の妖怪さ」
「その角、よもや……」
「言ってみな、丸分かりだろうけど」
「鬼、だろう? しかも本物と来たものだ」
「正解、お前さんたちが夜な夜な相手にしてる式神と同じに見ちゃだめだよ」

 そう言ってさらに瓢を呷る。
 瓢から口を離し、萃香は声を上げる。

「おーい! 終わったんならおりてこーい!」

 笑うのを止めて見下ろす魔理沙と、右手の陰陽大極図にてドラゴンメテオを防いでいた霊夢。
 すぐにふわりと、建物のすぐ隣にあるプールの脇に降り立つ二人。

「はぁ……、わざと外したのはドラゴンメテオを当てる為の布石だったわけね」
「真っ直ぐなんだがな、というか未だ気が付いていないってのはどうなんだ?」
「萃香、勝手に使ってるとまた藍が怒るわよ」

 隣でぶつぶつ言い始める魔理沙を無視して、霊夢は萃香へと問いかける。

「これは最初から設定されてる仕様さ、絶対に怒りはしないよ」
「意味のわからん言い方だな」
「いやまぁ、こういう場所に行くのは良いんだけどね。 こう『ズレ』が出る場所だと私らが出ちゃうから、一言言って欲しいのよ」
「ああん? どう言う意味だ?」
「ここ、時の流れが違うでしょ? 外と同期できないから、二人のお守りとして私らが出るのよ」
「同期できないって、それじゃああんた萃香じゃない訳ね?」
「姿、思考、力、本体を再現したものさ。 普段のはこれを中から操ってるんだよ」

 陰陽玉に付いた能力の一つ、保険の一つ。
 外と中とで陰陽玉が同期を取れない場合に出る式神に似た機能。
 結局は複製なので、当たり前に本体よりすべてが劣っている。
 それでも模した存在が強力である事や、それを再現する陰陽玉を改造した八雲 紫の力が強力である事から、複製存在もまた強いのは当たり前だった。

「同期できるようになればあまり出なくなるだろうけど……、まぁ紫ならしそうだけれども」
「してなかったのが驚きだ」
「往々にして思い通りにならないのは世の常、ってね」
「それで?」
「何もないよ」

 聞く霊夢に答える複製萃香。

「じゃあ戻ればいいじゃないの」
「それもいいんだけどね。 吸血鬼よ、ここはどの位ズレてるんだい?」
「……二十四倍だ、ここでの二十四時間は外での一時間に過ぎない」
「二十四倍ね、まぁずれすぎて出ても可笑しくないわ。 せっかくだからゆっくりしようじゃないか」
「一時間で一日? まぁ随分と急いでること」

 やれやれと建物の中に入っていく霊夢。
 屋根の下で待っていた茶々丸から湯のみを受け取り、座ってお茶を飲み始める。

「複製か、式神と同類の術か?」
「そうだよー、力は段違いだけど」

 瓢を呷り。

「試してみるかい? そこらの術者が使う式神とは桁違いの、本物に近い式神との力比べを」

 息を吐きながら一言で言ってのける。
 鋭くはない視線、だが力のこもった視線。

「悪魔などは沢山見てきたがな、鬼と言うのは全く見たことがないな」
「世知辛い世の中だからねぇ、どこかに引き篭もって酒でも飲んでるんじゃないかね」

 ニヤリと笑うエヴァンジェリンに、同じく笑って返す萃香。

「そっちの三人はどうだい? やってみる? 外じゃめったにやれないよ?」
「おいおい、私がやるんだ。 そっちの人間たちは……」
「エヴァ、僕にやらせてくれないか?」

 そう言ってエヴァンジェリンを留め、高畑が前に出る。

「いいねぇ、歯応えのある人間なんて霊夢たちを除けば久しくだからね。 手加減はしてやれないよ?」
「ふん、本気でやるのか。 鬼の力がどれほどかは分からんが、それもまた見応えありそうだな」
「疼くと言うのも可笑しな感じだけどね」

 シニカルな笑みを浮かべた高畑。
 その笑みを見てまた萃香も笑みを浮かべる。

「萃香と高畑か、面白そうだ。 そっちも萃香とやるのか?」
「……いえ、太刀打ちできそうも無いので止めておきます」
「同じく」
「なんだ、外に全然居ないらしいからもったいないぜ?」
「貴重な体験でしょうが、身の程を弁えているつもりです」
「ま、やらないってんなら良いけど。 ……ここ狭いから向こうでやれよ、霊夢のお茶を邪魔したらいろんな意味で危ないからな」

 放たれる存在感、小さい身に秘めた強大な力。
 気や魔力が感じ取れる者なら分かるだろう、目の前の小さな少女から放たれる圧力を。
 葛葉や神多羅木からすれば、式神で在りながらも自身を上回る力を秘めた存在が信じられなかった。
 式神でこれほどなら、本物はどれほどの物なのかと力の差に愕然とする。
 高畑と萃香、二人は歩いていく強者二人を見つめる事しか出来なかった。





「ここでもちと狭いかね」
「空は飛べるんですか?」
「飛べるよ、そっちは?」
「飛ぶと言うより跳ねるという感じですが」
「連続して浮いたままなら飛ぶで良いよ、狭いと思ったら上に上がればいいさ」
「……それでは」
「おう、小細工なしの全力さ。 そこそこやるようだけど言っておこう、身なりが小さいからといって手を抜くのは褒められないよ」
「分かりました、全力で」

 そう言って高畑が両手の平を広げる。

「右手に気、左手に魔力……」
「おお? また珍しい技法だね」
「合成、『気と魔力の合一』」

 巻き起こる強烈な圧力、引き起こしたそれは高難度技法『咸卦法』。
 本来相反する気と魔力の合成し、出来上がった力を身体の内外に纏い、強大な力を得る技術。
 気や魔力の単一強化を加算方式とすれば、咸卦法は乗算方式、気×魔力の掛け算方式になる。
 身体能力にただ上乗せする足し算よりも、身体能力を倍算する咸卦法の方がより上昇率が高いのは言わずもがな。
 無論高難度技法、究極技法とまで言われるからには並大抵の努力では習得できない技術故の上昇率。

「それでは」

 そう言って全く隙が無い入りの瞬動術、遠めで見ても消えたかのように映る高畑の動きを、萃香は平然と見切って左手で攻撃を叩き落とす。

「これは楽しめそうだ!」

 同じように萃香も動く、瞬動術ではなく、ただ走る。
 それだけで高畑に追いつき、拳を握る。

「いけないよ、お前さんはまだ本気じゃないね?」

 剛力剛速、萃香の岩も簡単に打ち砕く、打ち下ろした拳を高畑は飛び退き避ける。
 そうして数瞬前まで高畑が居たタイルを中心として、直径数メートルほど大きく凹み、衝撃で石のタイルが数十も吹き飛ぶ。

「慣らしですよ、全力なんて久しぶりなんで」
「良いよ良いよ、全力を出せるまで遊ぼうか」

 そう言いながらもさらに速度を上げ、萃香が高畑に迫る。
 迎え撃つ高畑がポケットに手を入れ、鞘代わりにしたポケットから打ち出される高速の拳打。

「居合い拳……」

 先ほど萃香が叩き落した拳圧とは桁違いの一撃。

「出来るじゃないか」

 直撃すれば軽く数十メートル吹き飛ぶ威力だが、それを食らっても体を微動だにさせず問答無用で突っ込んでくる萃香。
 バックステップを踏み、離れながらも次々と居合い拳を打ち出す。

「ほらほら、どうしたんだい? そんなもんじゃ打ち身一つすら付けられないよ」

 ごく平然、褒めておきながら全く効いた様子の無い萃香を見て高畑は笑った。

「そろそろ慣らしは終わりにしますよ」
「やっとかい、それじゃあ……鬼と人間の力比べだ!」
「ッ!」

 さらに加速、高畑の全力の瞬動術に匹敵する速度で迫る萃香。
 対する高畑は自身が持つ最大威力の居合い拳を右手から放つ。
 大気を打ち、音すら置き去りにする拳圧が萃香へと吸い込まれ──。

「なぁに、まだ手加減してるのかい?」

 強烈な、速度が出ている10トントラックの衝突をも超える衝撃を与えるはずの拳圧を、萃香はただのパンチで正面から打ち破った。
 そんな衝撃的な出来事を前に、高畑は笑う。

「いえ、本命は……こっちですよ」

 居合い拳を打ち抜いた萃香、そうしてわずかに乱れた体勢の隙。
 左手の、さらなる高威力の居合い拳、『豪殺居合い拳』にて萃香に打ち込んだ。
 強烈の一言、ぶち当たった速度そのまま一瞬で広場の外へと飛んで行き、落下していく萃香。

「わざと打ち落とさせて、本命の左を直撃させる、か。 鬼がどこまでやるのか知らんが、あれを食らえば普通は終わりだな」

 笑いながらそう言うエヴァンジェリン。
 凄まじい威力の拳圧を食らったあの式神の鬼は消滅しただろうと、そう考えて神多羅木と葛葉は止まった。

「だが、あれで終わるほど優しくは無いか」

 広場から吹き飛ばされ、落下したはずの萃香が、ゆっくりと空を飛んで広場に戻ってきた。

「これだから人間は面白いねぇ」

 衝撃でか、服が破れていて、その程度のダメージしか与えられなかったと言う事が見て取れる。

「……想像以上か」
「鬼ってのは妖怪の中でも頑丈でね、打ち倒すにはもっと強──」

 床に敷き詰められている石のタイルが割れる、その余波でさらにタイルが割れ、大きな亀裂を作り上げる。
 それは上空からの攻撃、高畑が虚空瞬動にて飛び上がり、打ち下ろしにていくつもの豪殺居合い拳を叩き込んだ。

「力比べの最中にお喋りは失礼だったね」

 割れ抉れたクレーターのような跡の中心に立つ萃香、空に佇む高畑を見上げて笑う。
 そうして見下ろす高畑は冷や汗を流す。
 自身の最高を持って打ち出す攻撃を受け、平然としているのだから。

「でも喋っちゃうよ? 鬼と言うのはね、全てにおいて人間を遥かに上回っているんだよ」
「……つまり人間では貴方に勝てないと?」
「真っ直ぐは気持ちがいいね、嘘偽り無く正面から打倒しようと言う気持ち。 あんたはなかなか良い人間だ、だけどそれでは鬼は倒せない」
「………」
「御伽噺にもあるだろう? 退治できないはずの鬼を退治した話を。 お前さんたちはその術を知っている?」

 退治できない鬼を退治するために編み出された技法、『鬼退治』。
 それを知らぬと言うことは鬼に勝てないと言う事。
 退けるには、鬼に力を示して引いてもらうか、鬼退治の技法でやっつけてしまうかの二つだけ。

「まぁ力比べだから、退治するしないの話じゃないんだけどね」
「鬼の力を痛感してますよ、まともにやって勝てると言う気持ちが少しも沸いてこないんですから」
「諦めるのかい?」
「足掻きますよ」

 虚空瞬動、位置を変えてからの拳圧と言う名の砲撃。
 連撃、交互に打ち下ろされる居合い拳。

「そうでなくっちゃ!」

 右拳を打ち上げ、拳圧を打ち壊す。
 その後身を翻してクレーターから抜け、さらに居合い拳を打ち破る。

「足掻くんだろう? そら、もっと見せてみな」

 ほいほいほいっと拳を連打、軽く打つように見えて鋼鉄をも砕く打撃。
 そんな威容を見て、高畑は思案する。
 足掻くと言った以上力比べは続行で、だが居合い拳は豪殺を持ってしても効果が見込めない。
 ならば取るべき手段は最後の切り札、瞬時に下降して広場へと足を着ける。

「ん? 何かやる気だね? 良いよ、受けて立とうじゃないか」

 まだ手が在るのかと萃香が笑う。
 足を止めて、お互いを正面へと捉える。

「あまり使いたくは無いんですが、通用しそうな物がこれしかありませんので」
「御託は良いよ、お前さんが持てる最高で来な」

 力を込める、搾り出せる気と魔力を全て咸卦法に回し、限界まで力を引き上げる。
 右手をポケットに収め、左手はだらりと脱力してぶら下げる。
 そうして瞬動術、入りに全てを掛け、抜きを捨て去る。

「来る──」

 超速、大気の壁をぶち抜き。

「かッ!?」

 瞬時に高速で萃香が吹き飛び、高畑は派手に転倒しながら柱にひびを入れながらもぶつかり止まる。
 同じく萃香は広場の周囲にある柱にぶつかりへし折る、それにより水平に海へと飛んでいくはずの軌道が建物の屋根へと逸れ、ぶつかった屋根の一部を砕きながら空へと跳ね上がる。
 どのぐらい高く舞い上がったのか、たっぷり時間を掛けて飛ばされた萃香が建物の向こう側にあるプールへと落ちた。

「……タカミチめ、こんな隠し玉があったとはな」
「高畑先生は何を……」

 エヴァンジェリンが笑みを浮かべて、褒めるように口走る。
 それを聞いた神多羅木と葛葉は、高畑が何をしたのか見切れなかった。

「何、単純だ。 タカミチはただあの鬼を『殴り飛ばした』だけだ」

 居合い拳を生み出す拳速でな、と付け加える。

「っぐ……、これは、とんでもないね……」

 萃香を殴り飛ばした高畑は、膝を着いたまま起き上がり苦辛を漏らす。
 殴った右手指の骨が折れ、手の甲の骨も折れ飛び出している。
 咸卦法で強化していなかったら、手首より先があまりの衝撃で千切れ飛んでいただろう。

「まぁ殴られた方は勿論ただでは済まないが、殴ったタカミチもただでは済まんか」

 居合い拳を打ち出すにはそれなりの速度が必要で、武術の達人でも見切れぬほどの速度で鞘代わりのポケットから拳を引き抜く。
 その速度で拳圧を飛ばす、だがそれを行うと、拳圧が発生し飛んでいく前までに大きな力の損失が生まれる。
 その損失を許容し、遠くの敵に打撃を当てるのが『居合い拳』。

 至近距離では使えないとされるそれは、十分な威力が発生するまで一定の距離が必要になるから。
 だが拳圧を発生させず、ただ敵を至近距離で打ち抜けば凄まじいほどの威力を持つ打撃となる。
 最大の瞬動、最大の拳速、そして交差して増した相対速度。
 『零距離居合い拳』とでも名付ければ良いのか、簡単に言えばカウンターでただ殴っただけなのだが、物理的威力は誰もが認める折り紙つき。

「あれで最高だったんだけどね……」

 なのに高畑の視線を向ける先、屋根が崩れた建物の斜め上。
 全身を水で濡らしながらも、空に浮かぶのは萃香。
 高畑の鋼鉄さえ打ち抜き、拳大の穴を開けるだけの、収束された超威力の打撃を萃香は耐えた。

「か、ははは……、これは鬼の膂力に届いてるのかもねぇ……。 がっつり効いたよ」

 笑う萃香に、高畑も苦笑いで返す。
 逆に言えば、相手が萃香でなかったのなら高畑の右手の骨は折れていなかっただろう。
 それほどまでに萃香の体は強固、妖力にて強化された肉体は鋼鉄以上。
 金属の良い所取りの合金と言った方がいいか、鬼の体は恐ろしいほどの強さを持っている。
 しかしながら、複製とは言えその体を持ってしても、高畑の拳はふら付くほどのダメージを与えていた。

「何発も受けられるような物じゃないね、最後の取って置きを出したんだからこれで仕舞いにしよう」
「そうね、他人に迷惑を掛ける輩も仕舞いにしましょう」
「え?」

 唐突に割り込んできた声に、萃香は疑問の声を上げた。

『夢想封印』

 凶悪なほど霊気が込められ七色に変化し続ける大玉が、一部崩れた建物の中から飛び出し、萃香に殺到した。

「うべっ!?」

 高畑との戦闘で消耗していた上に不意打ちのそれに反応できず、被弾した萃香がボコンボコンと大玉を食らい続けて空へと還った。

 屋根が崩れた建物、その屋根の下のは霊夢が居て。
 高畑の殴り飛ばされた萃香は屋根に当たり、大きく屋根を崩す。
 その崩れた瓦礫が屋根の下にいた霊夢に被害を及ぼした。
 霊夢が受けた被害とは、崩れ落ちてきた瓦礫を避けた際に持っていた湯飲みに入っていたお茶がこぼれ、巫女服に掛かって熱い思いをした。
 茶々丸が濡らしたタオルなどですぐ冷やしたため、火傷を負わずにすんだがそれだけ。

「そら見ろ、言わんこっちゃない」

 霊夢は火傷などしていないし、ただ熱い思いをしただけであったが、要らん事をしてくれた複製萃香をとりあえず夢想封印でぶっ飛ばしておいた。
 高畑のほうにも制裁を加えてやろうかと思っていたが、その手の怪我が罰だろうと言うことで見逃した。
 霊夢のお茶を邪魔をすれば危ない目にあう、魔理沙が言った通りになった。





「……高畑君、どうしたんじゃね? その傷」
「いやー、本物の力を見せ付けられましたよ」

 萃香と高畑の力比べが霊夢によって強制的に終わらせられた後、茶々丸が高畑の傷の手当てをして。
 萃香も居なくなったことだし、今度こそゆっくりしましょうと相成った。
 別荘内で過ごす時間は、外の屋敷に居る時となんら変わりなかったのだが。

 エヴァンジェリンは魔理沙に突っかかり、あの魔法の術式はどうなっているのか。
 無詠唱で発動している原理は何なのか、どこでそれを学んだのか。
 学んでなかったとしたらどうやって魔力制御を覚えたのか、と魔理沙に質問攻めを繰り出す。
 最初は普通に答えていたのだが、あまりの拘束時間に嫌気が差してさっさと逃げ出す魔理沙。
 エヴァンジェリンは追いかけ、なんとしても聞いておこうと魔法まで行使し始めた。

 あまりにしつこいので、スペルカードで勝ったら教えてやると言うことを提案する。
 初心者だし、とりあえずルールだけ教えて避け切れたらと言う条件の元、魔理沙とエヴァンジェリンの弾幕ごっこeasyが行われた。
 無論魔理沙がeasyな弾幕を撃つわけもなく、ブレイジングスターでエヴァンジェリンを引き撥ねてすぐに勝負を終わらせた。
 うるさいエヴァンジェリンが気絶したし、教えなくて済むぜと魔理沙は笑っていた。

 その後一息ついて、霊夢と魔理沙はまた弾幕ごっこを始めたりする。
 そうして二十四時間が過ぎ、別荘の外に出てから高畑は皆と別れ、とりあえず簡易の治療だけを施して学園長室までやってきた訳。

「彼女たちかね?」
「いえ、彼女たちの背後にいる鬼ですよ」
「鬼? 式神のかね?」
「ええ、高位の鬼なんでしょう、僕の攻撃がほとんど効いていませんでしたよ」

 僕もまだまだですね、と笑う高畑。
 そんな高畑の姿を見て近右衛門はため息をついた。

「やっぱり仲良くしといて正解じゃったのぉ……」
「そうですね、萃香さんほどの存在がどれ位いるのか分かりませんが、こちらの世界の最高レベルを超える存在がそこそこ居るようですし」
「そんなに?」
「八雲さんと萃香さんは直に見ました、彼女たちの話では他にも居るような事を。 学園長は他の方を見たことは?」
「萃香と言う者は黒髪の少女かの?」
「いえ、明るい栗色の髪でしたね」
「じゃあ違うの……、まぁ随分と凄まじい者たちがごろごろと……」
「ハハハ」

 もうなんと言うか笑うしかない。
 そうして一頻り笑った後、高畑は視線を細め笑みを消した。

「……それで修学旅行はどうしますか? 彼女たちも一緒に?」
「そうするしかなかろう、どちらに行くにしても距離がありすぎるのでな」

 懸案の一つである修学旅行、3年A組担当教師のネギ君と生徒の明日菜君。
 奴らが狙っている以上どこで手を出してくるのか分からないため、霊夢君と魔理沙君も一緒に送らねばならない。

「高畑君にも行ってもらうぞい、向こうの要請以上に酷いことが起こるかもしれんしの」
「はい」
「……はぁ、しかしうるさいのなんのって、いやになりそうじゃわい」
「なんと言ってきたんですか?」
「高畑君をこちらに遣せの一点張りじゃ、処理して貰うはずの件は他の者に要請しといたんじゃけども……」

 うーむ、と近右衛門が眉間にしわを寄せる。

「……誰ですか?」
「ジャック・ラカン殿じゃ」
「ぶッ」
「高畑君位の魔法使いが皆出払って居ったのでの、知り合いの要請で出張ってもらったんじゃ」
「知り合い……? ああ、アルですか?」
「……いつ知ったのかね?」
「魔理沙君がアルの元から本を借りてきたと言ってました」
「黙っていて済まんかったの、彼が言わないでくれと頼まれたもんじゃから」
「気にしないでください、生きているのが分かって逆に良かったですよ」

 そう言ってくれると助かるわい、と近右衛門が笑う。

「それはもう良いんですが、その……、ラカンさんだと法外な報酬を取られるんじゃ……」
「そこはクウネル君にしっかりと言っておいてもらったんで問題ないんじゃがの、本題はラカン殿がこっちに来ようという話になっておっての……」
「それはまた……、ってクウネル?」
「彼がクウネル・サンダースと呼べと言っておってな」
「はぁ……」

 次から次へと問題が舞い込んでくる。
 近右衛門の頭を悩ませる問題ばかりが。

「……申し訳ないのですが、報告しておくことが幾つか……」
「え? まだ何かあるの?」
「ええ、霊夢君たち側には……、その……」

 言って良いのか、と言うより言わなくて良いんじゃないのかと思う情報を前に高畑は少し躊躇う。
 しかし些細な事でも報告しておかねばならないので、高畑は意を決して口にする。

「なに? 何かあったんじゃろ?」
「その……、神様が居るようで……」
「……かみさま? かみさまってあの神様?」
「はい、他にも妖精なども普通に存在しているようなんです」
「……なんか、あれじゃな」
「……はい」

 何とも言えぬ、おかしな空気が学園長室に漂っていた。
















 星蓮船と非想天則かぁ、買ってないです。

 6話の容量はあとがき除いても50kb超えてますのよ。

 今回は弾幕ごっこと鬼の力比べ、ドラゴンボール状態ですね。
 弾幕表現としては黄昏を足して二で割ったような状態に。
 弾幕で美しさを競いながらも殴り合いしますよ、って。
 加筆でもっと描写を増やすかもしれません。

 まぁこれは良いんですが、もっと難しいのはクロスのキャラ会話だと思います。
 たぶん設定の摺り合わせ以上に難しく感じます。
 作者主観のイメージですから、他の方は違和感を感じるでしょう。
 感じない方は一緒に旨い酒でも飲めるかもしれません。
 神主風の微妙に意味が分からない会話を再現してみたい……!



 捨食、捨虫の魔法は難度が異常に高いために廃れた魔法と言う感じ。
 不老長寿とか、究極の不老不死となんでもあれな幻想郷だなぁ。



 複製萃香は霊夢たちより弱いです、肉体的な強度は遥かに上ですが。
 とりあえず他のキャラも複製として出せます、今回は萃香と言うことで。
 あと高畑、居合い拳打ち出すパンチで殴ったら良くね? と思いこんな風に。
 実際出来そうな感じもしますけど、ネギ相手じゃ使えなかったと言うことで勝手に。
 萃香がぼんぼん飛ばされてますけど、霊夢か魔理沙、あるいは妖力とか強いけど肉体的には弱い妖怪があれ食らったら一撃でダウンします。
 単純な相性問題ですね。



 その5のあとがきで言った弾幕の話、あれは遊びであるから無駄弾撃ちまくってるそうです。
 相手を殺すなら撃っている弾幕の十分の一も要らないとか何とか。
 特異能力ありますしねー。
 と言うかネギま勢が全く変わっていないことに気が付いた。
 次は幻想郷の話になるんで6.5話。

 いろいろ考えてるんですけどねー、間話としてあのキャラとあのキャラの……。
 ゆっくりやっていきたい、超遅いですけど。

 7話が修学旅行編になると思います。
 そのときになったらもうちょっと出るはず!



[5527] 6.5話 温度差の有る幻想郷
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2012/03/19 01:19

「っと」

 一人の少女が、幻想郷の一角にある迷いの竹林で、竹篭に目一杯詰め込まれた竹炭を背負う。
 その大量の竹炭は少女の自製、己が覚えた妖術にて焼き上げた竹炭。
 竹篭を支える帯に髪を巻き込まないように払い、なおかつ竹炭がこぼれない様しっかり担ぎ上げる。
 そうして少女は竹林の開けたところに作られた、炭焼き用土窯がある場所を後にする。

「ん?」

 いざ飛び立とうとして疑問の声を上げつつ、少女が軽く右腕を振っただけで火炎が巻き起こり、突っ込んできた毛玉とも呼ばれる精霊を飲み込み燃やし尽くした。
 それが目前で行われようと関係なく二十体ほどが連続して突っ込んでくるが、やはり右腕の一振りによる火炎で燃え尽きた。

「妙に騒がしいね」

 いつもの精霊ならただ宙に浮いて、あるいは飛んでいるだけ。
 間違っても攻撃を仕掛けてくるような存在ではない、異変時を除けばだが。
 その例外が起こっていると言うことは、どこかの誰かが異変を起こしているって事でしょうと適当に考える。
 『永夜異変』の時のように、巻き込まれる形でなければ自分には関係ない事と飛んでくる毛玉のような精霊を燃やしながら、迷いの竹林を抜ける為に飛び立った。





「……異変、ね」

 その少女が向かう人里で、思考に埋没しながら一番大きな通りを歩く存在。
 胸の谷間が見える位に広がる胸元、その胸元で結ばれた赤いリボンと裾が広がるスカートの内側にフリルを付けた青いドレス。
 白い袖は肘まで届かず、赤いリボンが大きく青く角ばった帽子を被っている。
 白を基調として青が少々混じる腰まで伸びた髪を揺らし、思案する女性の名は『上白沢 慧音』、人里の寺子屋で子供たちに勉強を教えている教師。
 ただ一つの案件に悩むのは生真面目故か、渋い顔を作って歩き続ける。

「真か偽か、満月まで時があるし……」

 呟きながら歩く、言葉の意味は彼女の特異能力。
 事彼女の特異能力は珍しく二つ持ち、その一つが『歴史を食べる程度の能力』。
 過去から現在まで繋がる過程、『歴史』を隠し改ざんしてしまう能力。
 無論言葉通りに取れば神如き能力だが、やはりそれほどの力は無く、一時的、一定時間しか維持出来ない。
 その時が来れば否が応にも改ざんされた歴史は元に戻り、改ざんされる前の正しい歴史に戻る。

 もう一つ、満月の日限定の能力、それは『歴史を創る程度の能力』。
 これに関しては言葉通り神如き能力、外の世界の、時の皇帝すら求め止まなかった力。
 現在から未来へと続く過程、『存在しない歴史』を思うがままに作り上げる能力。
 本人は人間相手に来る厄災の事を諭し、危険から回避させたり、幻想郷の歴史を編纂する時位にしか使わないが。
 その他二次的な効果でありとあらゆる知識を持ち、幻想郷の事で分からないことが一つも無くなる。

 つまりは幻想郷の歴史が分かるのは満月の変化した時だけ、通常の能力では聞いた噂が真か嘘かは確かめられない。
 元より噂の情報源が天狗の新聞なのだから、信じようと言う方がおかしい。
 ある事ない事、あったとしても大きく誇張されていたりなど信用するに値しないゴシップ紙。
 だが真実であったなら大変所ではない、幻想郷が辿って来た歴史の中で最も巨大で、最も避けねばならない異変。
 強力な妖怪が暴れたとか、支配しようとか、そう言った出来事を容易く凌駕する異変。

「……自分で調べたほうが早いでしょうね」

 もしそうなら博麗の巫女より前に、幻想郷を作り上げた妖怪の賢者たちが直々に出張るだろう。
 でもどこにいるのか分からない者を探すより、異変事を相手取る博麗の巫女に聞いたほうが早いだろうと見切りを付ける。
 そう決定付けて、早速調べに行こうと人里の外へと向かう。
 歩いて人里の内と外、厳格に決められた境界を跨ぎ人里の外へ出て、いざ飛んでいこうとすれば。

「ん? 妹紅じゃない」

 空から降りてきたのは少女。
 踵にも届く白い髪を靡かせ、お札にも似た大きな赤と白のリボンを後頭部に一つ、それの小さなリボンを髪の至る所に結び束ねている。
 上着には長袖の白のブラウスに、サスペンダー付きの紅いもんぺ、模様はリボンと同じ物で飾られている。
 その少女の名は『藤原 妹紅』、迷いの竹林に住む人間だった。
 上白沢 慧音は背中に担ぐ竹篭を見て、竹炭を持ってきたのかと判断する。

「あれ、慧音? どこか行くの?」

 そう語りかけてくる声はどこか不思議そうな物だった。
 妹紅の疑問に答えるべく、口を開く。

「ああ、ちょっと博麗神社に行こうと思ってます」
「あの怖い巫女さんの所に?」
「……良くない噂を聞いたから」
「異変でも起こったのね? 道理で毛玉や妖精がざわついてる訳だ」
「人里にはこれといって影響は出ていないけど、どこか辺鄙な所で起こってるのかもしれないでしょうから」
「良くない噂って?」

 重々口を開く、非常に良くない噂。
 今は人間たちに伝わってはいないようだが、伝わったとすれば皆不安に陥る代物。

「幻想郷が攻撃されたと」

 発した言葉、意図せずに声が抑えられていた。

「……誰に?」
「それはわかりません、情報源が天狗の新聞ですから」
「それじゃあ信じられないわね」
「だが、もしも真実なら……」
「たしかにね、事実だったら……どこの馬鹿? 死にたいんだろうか」

 幻想郷に住む全ての存在に喧嘩を売っている、人間など千単位で殺せる妖怪が数千と居て。
 人間を千単位で殺せる妖怪を一方的に殺せる妖怪が数百と居て、その妖怪を殺しつくせる妖怪を赤子の手をひねる様に殺せる強大な妖怪が居て。
 そんな強大な妖怪すら一瞬で塵も残さず消滅させるだけの力がある妖怪や、神々が住むこの幻想郷に攻撃を仕掛ける。
 馬鹿とか命知らずとか、そう言ったレベルではない愚か者が居るという。

 ……いや、もしかしたら攻撃してきた者は、その者ら相手に対等に戦える存在なのかもしれない。
 どちらにしろ真実なら幻想郷の危機に変わりはない。

「異変と言うなら博麗の巫女が動いているでしょうし、だから確かめにいくんですよ」
「居ないなら動いてる、居たら話でも聞けばいい。 どっちにしろ分かりそう、付いていくよ」
「良いのですか? 竹炭を持ってきたんでしょう?」
「良いよこれ位、異変の方が気になるし」

 ニコッと笑いながらも発火の前兆、妹紅から滲み出る熱。
 偽りの話でも許せないのか、熱で白い髪がゆらゆら揺れていた。

「妹紅、これはまだ確定した話じゃないですから。 そう熱り立たないで」
「ん? あらごめんなさい」

 窘めればすぐにそれは収まる。
 窘めたはしたが、これは悪いことじゃない。
 無意識とは言え妹紅が幻想郷を愛してくれているという事、そして守ろうとしている事が嬉しい。

「慧音? 何笑いながら頷いてるの?」
「笑っていましたか? ちょっと嬉しい事がありまして」
「良くない噂とちょっと嬉しいことがあった? どっちか片方にした方がいいよ」
「そうですね、まずは良くない噂の真相を確かめましょう」

 その言葉に妹紅が頷き、二人は空へと飛び上がった。





 時間にして数十分ほどだろうか、人里から飛び立って博麗神社を目指す。
 本来ならもっと早くつけたのだが、妹紅が竹炭を背負っているのでスピードを抑えてからここまできた。
 だからだろう、目的地である博麗神社がある方角から凄まじい力の波が届いてきたのが。
 その力の波を感じ取った後に爆発音、単発から連発、長くても数秒ほどしか途切れない音。

「これは凄いね、大物じゃないの?」

 肌に感じる圧力、大きな力と力のぶつかり合いで起きる現象。
 妹紅は何てことないと言った感じで喋っているが、私からすれば結構きつい。
 圧倒的強者同士の弾幕ごっこなど早々目に出来るものじゃない、起こるとすれば異変を起こした者と異変解決者との弾幕ごっこくらいだ。

「すみませんが妹紅、少し急いでも?」
「良いよ、何の問題もない」

 そうして速度を上げる、それから数分と経たずに遠くに博麗神社が小さく見え始める。
 その上空から力の波と音、そして視覚に訴える力と力のぶつかり合いも見え始める。

「うん、やっぱり大物だね」

 博麗神社の上空、凄まじい数の弾幕が犇き合い、高速で翔け、時には繊細に、時には大胆に弾幕の隙間を縫っていく影が二つ。
 そのうちの一つ、周囲に浮く石から紅く強烈なレーザーを四方八方に撃ち出しながら、応射の弾幕の隙間をすり抜け手に持った揺らめく紅い刀身の剣で切りかかる。
 もう一方の影は、紅いレーザーから身を反らしながら数千もの球体弾幕で返し、すり抜け振り下ろされた剣を右手を覆う茶色い棒のようなもので受け止める。

「……いや、まさか。 あれが異変の首謀者?」
「どうだろ、相手はあの怖い巫女さんじゃないし」

 言った通り異変の首謀者なら、博麗の巫女が相手取っているはずだ。
 今弾幕ごっこに興じているのは全くの別妖怪。

 一つは腰下まで伸びた青色の髪に、頭に乗っけただけのような黒く丸い帽子に瑞々しい桃と葉を乗せ。
 白の半袖ブラウスに首元の赤いリボン、青いスカートと腰に大きくスカートと同色のリボンで結んだ白い前掛け、端にひし形をした虹色の装飾。
 不敵な笑みを浮かべて、手に持った紅色とも橙色とも取れる剣でさらに切りかかる。

 一つは膝下まで伸びた黒色の髪に、それを束ねる後頭部の緑色のリボン。
 上着に半袖の白いブラウスを着ているが、胸元には妖怪の瞳のような紅い何かが付いている。
 スカートは緑で三角マークが連なった模様が螺旋状に入っていて、背中からは2メートルは超えるだろう大きな黒の翼と羽織る長く白いマント。
 そのマントの内側には夜空が広がっている、そして右手に木で出来ているような茶色い棒を付け、右足には足首まで覆っている鉄色の靴のような物を履き、左足首には光る輪が回っていた。

「大物ですね……」

 どちらからも強い力を感じる、異変の首謀者にも成れるくらいの力を持っている妖怪でしょう。
 近づけば近づくほど、その力の圧力は増し、弾幕も激しくなっている。

「どっちもかなり強いと思うけど、青い娘が負ける」

 そう断言する妹紅、それが事実だと言う事がすぐに分かった。
 何度か切り結ぶが、一発たりとも当たらずに時間だけが過ぎていく。
 そんな中で事態が動く、切り結ぶことに業を煮やしたのか、黒髪の、多分鳥の妖怪だろう少女が青髪の少女が振り下ろした剣を打ち止め、力尽くでなぎ払う。
 予想以上だったのか、青髪の少女が大きく弾き飛ばされ、すぐにも体勢を立て直すも向けられた茶色い棒から烈光が放たれた。
 強烈の一言、霧雨 魔理沙が使うような強烈なレーザーが放たれ、青髪の少女を襲う。

「ほら、終わったね」

 衣服を焦がしながらも間一髪にそれを避けた青髪の少女、だが黒髪の少女はスペルカードを放り投げながら両腕を広げ、全身に眩い光を纏って爆ぜるように凄まじいスピードで翔けた。
 それは単純な体当たり、そのスピードは恐ろしいほどに速いが為、青髪の少女が避けきれず跳ね飛ばされる。
 一度だけでは終わらない、高速故に曲がりきれず大きく弧を描いて反転してくるが、やはり速いが為にすぐに戻ってきて跳ね飛ばした青髪の少女を再度跳ね飛ばす。
 さらにもう一度、大きく弧を描いて往復、三度青髪の少女を跳ね飛ばして弾幕ごっこが終わった。





 跳ね飛ばされ半ば墜落するように、博麗神社の境内に着地する青髪の少女。
 服は衝撃で一部破れているが問題にする所はそこではなく、弾幕ごっこにて自身を打ち負かした存在。
 そうして見上げるのは大きく広げた翼で悠然と空に浮かび、見下ろす黒髪の鳥妖怪。

「ちょっと頭が足りないけどね、力は絶大だ。 お前さんが負けても何の不思議じゃないよ」

 見上げる後ろで、手に持つ赤い盃に杯に注がれた酒を一息で飲む鬼。
 ぷはーと気持ちよさそうに息を吐き、盃を隣に座っている小鬼に渡す。

「んー、後天的とは言え半神半妖だからねぇ。 単純な力なら鬼にも勝るね」

 渡された盃を受け取り、渡した酒の入った瓢を傾けられる。
 これまた同じように一息で飲み干す。

「天人でも届かない者は居るさ、それを見抜いておきながら喧嘩を売ると言うのも度胸があっていいけどね」

 わははははー、と笑う鬼二人。
 一匹は頭の左右から二本の角を生やす小柄な鬼と、もう一匹は額から赤い一本の角を生やす鬼。
 二本角の鬼は伊吹 萃香、一本角の鬼は『星熊 勇儀』、遠くの昔に妖怪の山の四天王と言われた鬼のうちの二角が揃っていた。
 その二匹の鬼は博麗神社の賽銭箱の上に座って酒を飲みあっていた。

「うるさい! 好き勝手言って!」
「本当のことだから仕様が無いだろう? 嘘だと思うならお空に勝ってみな」

 そう言った鬼、金髪紅眼の、白く厚手の半袖で首周りや袖に赤い線が入った上着に。
 川を流れる青白い紅葉をあしらった柄の青い半透明のスカート、それのひだに赤いラインが入って縁取りされたスカートを履く鬼。
 星熊 勇儀が開いている右手で天を、笑みを浮かべて空中に留まる『霊烏路 空』を指差した。

「おくうー、まだやるってよー」
「そう! まだまだ反応したいと暴れているわ! さあ天人さん! もっと遊びましょ!」

 大気が震える、凄まじいまでの力の波動を撒き散らしながらも宇宙を背負う。
 そうして見下ろし不敵な笑み、今の弾幕ごっこも屁ではない黒髪の鳥妖怪、『霊烏路 空』にとって本当にお遊び。
 苛烈を極め、美しさを花開かせる弾幕ごっこ。
 生半可な妖怪から見れば、絶大な力を持つ者たちのお遊び。

 そうして青髪の少女、『比那名居 天子』は緋想の剣の柄を強く握りなおす。
 半神半妖? 神の力を持っている? だからなんだと言うの。

「……良いじゃない、あの鳥妖怪倒してそれが偽りだと証明してあげるわ!」

 立ち上がりを飛び上がりに、要石を呼び出し激しく回転させる。

「見てるが良い! 偽りが真へと変わる瞬間を!」





「元気だねぇ」
「暇で力を持て余してるからね、あの子にとって天の下はいい所じゃないかな」

 やはり酒を飲みながら上空で行われる弾幕ごっこをつまみに盃を傾ける。
 弾幕ごっこの質から見ればどちらも粗暴、中の下と言った所。
 どちらも力を荒々しく振るう程度の弾幕ごっこ、当たった当たらなかったの本当の意味で子供の遊びに近い。

「ほらほらー! もっと無駄を凝らすんだよー!」
「真っ直ぐ過ぎる、心の現われかねぇ」

 そう言いながら盃を勇儀に渡す萃香、その代わりに瓢を勇儀から受け取り盃に注ぐ。

「それで、お前さんたちは何の用だい?」

 酒を飲み終えた勇儀から盃を受け取りつつ、降りてきた二つの影を見る。

「博麗の巫女は居られるか」
「いんや、いにゃいよ」

 グイっと盃を傾け、波々注がれた酒を呷る。

「まぁ深刻そうな顔だ、異変の事でも聞きに来たかい?」
「……やはり異変が起こっているのですか」
「起こってるよ、だから巫女が居ない。 お前さんたちはどこまで聞いてる?」

 勇儀に渡した盃に酒を注ぎつつ、人里の守護者と蓬莱の人の型に言う。

「幻想郷が攻撃されていると」
「攻撃はもう終わっているよ。 っとと、紫が付け入る隙を潰したし、今は首謀者を捕まえに行っているのさ」
「……つまりもう案ずる必要が無いと?」
「そうそう、お前さんたちは人里と竹林でお守りをしてれば良いよ」
「妹紅、一つ私と弾幕ごっこでもやらないか」
「嫌」

 足を立てて座る勇儀が盃を向けて言うが。
 よいしょ、と背中の竹篭を下ろしながら即答をする妹紅。

「つれないねぇ」
「つれたくない」
「ゆうぎぃ、私が話してるんだからさぁー」
「なに、もう終わったんだろう? 重要な事は話したし、そっちの二人の心配事は無くなった。 ほら、もう話は終わっているだろ?」
「ん? それもそうか」

 そうして勇儀と見合い、大口を開けて笑う。
 一方の慧音は眉を潜めた様な顔、妹紅はあきれた表情。

 そんな藤原 妹紅にとって星熊 勇儀との弾幕ごっこに良い思い出はない。
 事は地底の異変後に行われた宴会中に起こった。
 博麗 霊夢や霧雨 魔理沙との弾幕ごっこで気を良くした勇儀が、萃香に誘われるまま博麗神社の境内で行われる宴会に出席した。
 人妖入り混じる月下の境内で出会ったのは月の姫、話に聞く月人との弾幕ごっこに思いを馳せながら彼女の声に耳を傾け、勇儀は笑った。

『ほら、あそこに白髪の赤いもんぺを履いた女がいるでしょ? あれ、殺してきてくれない?』

 不老不死だから、やり過ぎても生き返るから殺してきてよ。
 と平然と殺害を教唆。

『不老不死とは言え、弱い奴とやるのもねぇ』

 あんたが相手をしてくれないかい? と視線を向け渋れば。

『少なくとも鬼である貴女が満足できる位には強いわよ』

 それを聞いて勇儀は声を漏らす。
 月人と言えばとてつもなく強いと噂に聞く、例に漏れず蓬莱山 輝夜も秘める力が強大だと感じ取る勇儀。
 ならば実力を認めるような発言が気になる、言われるだけの事は有って強いんじゃないだろうかと。

『弾幕ごっこ、やらないか』

 そうして蓬莱山 輝夜に唆された勇儀は、妹紅との弾幕ごっこを望み、執拗なプッシュによって押し負けしぶしぶ弾幕ごっこを行う。
 勇儀は始めに霊夢や魔理沙と同じように制限を付けて戦ったが、すぐにそれは破られる事となった。
 妹紅は早く終わらせようと強力なスペルカードで攻撃し、勇儀はそれを避ける為に激しく動いた。
 そうして盃から酒が零れて、勇儀は本気で弾幕ごっこに興じる。

『話通りじゃないか、気に入った!』

 急激に激しくなる弾幕を前に、炎の翼を広げた妹紅も当たるまいと避け続けた。
 無論避けるだけではない、不死鳥の翼で羽ばたきながらも火炎弾の弾幕をばら撒き撃つ。

『ハハハハハ! 楽しいねぇ!!』

 勇儀は笑いながらも迫り来る火炎の飛鳥に対して突っ込んでいく。
 鳴きはしないが羽ばたきはする、燃え盛る炎で羽ばたきながらも燃やし尽くさんと翔る。
 高速だ、羽ばたく姿が見えた時には到達している火炎の飛鳥は事無げもなく勇儀と交差した。
 そうなれば予想されるのは火達磨になった人型だろう、ただの人間ならばと言う前提が付くが。
 つまりは当たらない、限界ギリギリで羽ばたく火炎の飛鳥を避けて振り払うように腕を広げる勇儀。

『こいつはどうだい!?』

 太極図を模した青と白で構成された陰陽玉と、赤と白で構成された陰陽玉。
 同色の五つの光が高速で回転するそれをばら撒き、青白陰陽玉は青いレーザーを。
 赤白陰陽玉は赤いレーザーを全方位に放つ、一つの陰陽玉で約百は有ろうかと言う射線。
 その百前後のレーザーを放つ陰陽玉は二十個ずつ、計四千ものレーザーが前後左右上下、全方位に向かって放たれる。

『ああ、見掛け倒し』

 視界を埋め尽くすほどのレーザー、だが視覚的な妨害ばかりで実際に身を狙って走るレーザーは五十もない。
 と言っても視界は赤と青で埋まり、向かってくるレーザーをまともに視認するのは難しい。
 だが妹紅も猛者、蓬莱人として生きてきた半分近くを数多の妖怪を相手にしてなぎ払ってきた。
 中には大妖と謳われる者たちさえも力尽くで滅ぼし、地上の妖怪では相手にならないだろう月人相手に殺し合える。
 それは紛う事なき強者、幻想郷の中でも特に強いと言われる鬼とぶつかっても後塵を拝する事はない。

『あ、やば』

 しかしながらも弾幕ごっこに全ては反映される訳ではない。
 本気の殺し合いで圧倒的な力を発揮しても、その身にわずかばかりの傷を負えばその時点で負けが決まるのが弾幕ごっこ。
 ゆっくりと舞い落ちる木の葉でも、身を焼くような高速のレーザーでも、当たってもまったく傷が付かない攻撃でも『身に触れた時点で負け』。
 さらには提示したスペルカードが尽き、引き分けとなっても勝敗が決まる。
 異変以外で観客無しの一対一で勝負をすることは少なく、起こる弾幕ごっこの9割以上が観客付き。
 どちらも弾幕に当たらずスペルカードが尽きれば、観客が弾幕の美しさで判定を下す。

 故に結びつかない、例え妹紅が正面から勇儀を打ち倒せるにしても、弾幕ごっこならば『どちらが負けてもおかしくはない』。

『そうくるか!』

 二人は恐れなく突っ込む、体の芯から放たれる弾幕を捉えながら。
 眼球が忙しなく動き、絶対に存在する『隙間』を見抜こうと視線を走らせる。
 空を蹴り、身を捻り、僅かばかりに存在する弾幕の隙間へと体を捻じ込み、そうして起死回生<グレイズ>。

『あら、こんばんは』

 高密度の弾幕を抜ければお互い至近距離、目と鼻の先に顔があった。
 手を伸ばせば十分に届く距離、それほどの距離となれば自然に硬く握った拳や一点を打つ鋭い蹴りが出る。
 岩をも砕く拳打と、岩をも熱し溶かす蹴りが同時に出てぶつかる。

『あいたたた!』

 だが岩が溶ける熱でも鬼の拳を溶かすことは出来ず、交差すると同時に妹紅が吹き飛ぶ。
 大きく吹き飛ぶ妹紅に右足は、脛からへし折られて使い物にならなくなっていた。
 痛がりながらも妹紅の体が崩れるように空間に消え、すぐにもその場で元通り。

 魂が本体である蓬莱人にとって肉体は付随する道具。
 本体たる魂が肉体を放棄すれば崩れる砂山の如く消滅し、魂が望めばその場で完全で健全な状態で肉体が復元する。
 つまり足が折れようが、腕が千切れようが、頭が吹き飛ぼうが死なない蓬莱人にとって『些細な事』。
 にしても人間と同じく神経が通っているために、痛いものは痛いのだが。

『こりゃあ……、梃子摺るってもんじゃないね』

 結果から言えば蓬莱人にとって『怪我した状態が続く』のは有り得ない。
 妹紅が今行ったように、指一本動かせない大怪我を負ってもその場で肉体を完全な状態で復元できるからだ。
 蓬莱人の代名詞、『不老不死』たる永遠で不滅を体現する者である。
 ゆえに負けない、出発点を持ちながら終着点が存在しない、終わらない存在に『終焉』を齎す事は出来ない。

『勘違いだね、私は今『負けてる』んだから』

 それは殺し合い、相手の死を持って終了とする戦いの話であり。
 今行っているのは弾幕ごっこ、不老不死だろうがなんだろうが勝利と敗北が等しく存在する遊び。
 その弾幕ごっこの定義で言えば、お互い攻撃を繰り出し、勇儀が打ち勝ち妹紅が打ち負けた。
 それは弾幕ごっこの『被弾』にあたり、妹紅は負け越している。

『他の人ならそれでも良かったんだけどね、あいつからの『送り者』なら負けてはやらない』

 炎が犇く、妹紅が背負う不死鳥の翼が胎動。
 瞬間、妹紅の姿が紅く染まる。



──フェニックス再誕



 業火、燃えに燃えて妹紅が燃え上がり火炎を纏う。
 夜空に赤く光る火の鳥、燃え盛る太陽のように辺りを照らすほどの光を放ち燃え上がる人型。

『こりゃマズい』

 妹紅が背負う不死鳥の翼が一回り大きくなり、姿が歪んで見えるほどの熱を発している。
 本気だ、遠慮無しの『遊びの本気』。
 それに気が付いた勇儀は笑っていた、口端がつり上がり、心の底まで恭悦で染め上げられた笑み。
 血が滾り、心が躍る。
 ああ、あの月人の話に乗って良かった。



──四天王奥義 『三歩必殺』



 本気には本気で、そうでないと失礼だ。
 その考えによって妖気所か鬼気迫る凄まじい圧力を生み出す。
 山の四天王とまで言われ鬼の一角が、本気を出した。

 鬼の頑丈な肌さえも火炎で焼き焦がす熱量を持つ人型。
 それを見上げながらも力を漲らせ、高速で回転する六芒星の魔法陣を足元に作り出す。
 ゆっくりと妹紅は左腕を上げて指を天へと指す。
 両の手を開いていた勇儀はゆっくりと閉じる。
 その光景は一触即発、見る者に緊張を与える間。

『あいずがほしいかそらやるぞ、ってな』

 弾幕ごっこを眺めていた霧雨 魔理沙は進まないと判断して、空高く一つのビンを放り投げた。
 妹紅と勇儀、二人が浮かぶ空よりさらに高くビンが舞い上がり。

 ボンッ。

 ビンが破裂して星屑が一瞬だけ瞬いた。
 腕を振り下ろすように指先を勇儀に向ける妹紅、指先を向けられたまま静止し続ける勇儀。
 指先、ではなく妹紅が纏う火炎の中から火の鳥が飛び出し高速で羽ばたく。
 鳴き声を上げぬ火の鳥に向かって『一歩』踏み出す、最小回避<グレイズ>。
 すれ違うと同時に弾幕を撃ち出す、まるで勇儀を覆い隠すような密集して、妹紅との距離を半分ほど詰めて静止する青い弾幕。

 分厚い弾幕の壁にかまわず二撃、妹紅が燃え上がる右腕を振るう。
 妖術で作り上げられた赤く燃える匕首、それを全方位に向けて撃ち出し。
 同時に一列に飛び出すのは五匹の火の鳥、匕首を追い越しながら一匹一匹が勇儀の位置を認識して最短距離を直進してくる。

『当たると思ったかい!』

 速度はあれどただ直線にしか進まない弾幕など取るに足らない。
 足場の無い空中で足を踏み鳴らす『二歩』、一歩の弾幕をさらに弾幕を積み上げながらも妹紅へと迫る水色の弾幕。
 当たるまいと妹紅が身を引けば、今居た場所の手前で弾幕が止まる。
 広範囲かつ高密度の弾幕の壁に、お互いの姿が確認できなくなるが、お互いそこに居ると言うのはしっかりと理解できていた。

『さあ! 後一歩だ! 後一歩でお前さんの喉元を食いちぎるよ!』

 拳を向けて必殺の弾幕宣言、撃てば撃墜すると自信を持って言い放つ。

『言ったでしょう? 負けてあげないって』

 見下ろしながら言う妹紅、撃てば必ず当たる弾幕などスペルカードルールでは存在しない。
 存在すればそれはルール違反であり、勇儀の負けとなってしまうが。
 無論勇儀もそう言った意味で発したわけではない。

『まぁ……』
『やってみれば……』



 分かる!!



『避けてみな!』
『そっちがね!』

 『三歩』目を踏み出す勇儀と、腕を突き出す妹紅。
 火の鳥の連飛、複数の火の鳥が扇状に飛び出し、壁の如き弾幕へ突っ込んでいく。
 一転、三歩目の足で空を踏みしめて飛び上がる。
 後方回転をしながらも上昇し、一羽、二羽と奔る炎に脇腹やスカートの衣服を燃やして避ける。

 勇儀が火の鳥を避ける一方で、妹紅はゆっくりと迫ってくる弾幕を見つめる。
 それはまるで壁の如き、勇儀の弾幕が内から外へと移動している。
 少しずつ膨らんでいく風船とでも言えばいいのか、隙間が見当たらないそれを前に確実に後ろへ下がる必要が出る。
 負けてやらないと宣言した以上妹紅は弾幕を避けるために下がらなければならない。
 一度不死鳥の翼を羽ばたかせて後退する妹紅、そうして勇儀の弾幕の真髄を味わう事となる。

『押しつぶす気?』

 妹紅と勇儀、二人を包むのは球状に置かれた弾幕。
 一歩目の弾幕と二歩目の弾幕、そして妹紅の背後に隙間無く密集する三歩目の弾幕。
 三歩目の弾幕で後退を防ぎ、迫る一歩目と二歩目の弾幕で押しつぶす。
 星熊 勇儀が放つ渾身の弾幕、四歩目が無い、『三歩目で必ず殺す』弾幕。
 進む道など一つしかありえない、生き方にしても弾幕にしても、前に進むしかないのだ。

 弾かれた様に飛ぶ、軌跡に火の粉を散らして弾幕へと突っ込む。
 高密度の弾幕、まっすぐには進めないほどの、半身に構えてなお限界ギリギリの隙間。
 起こる事は弾幕の中を進む事と衣服の削れ<グレイズ>だけ、常に限界に挑み、弾幕を僅かばかりにも触れさせはしない。
 視界を埋め尽くす水色、カリカリと衣服が削れ続いてまたも水色。
 進む速度を緩めてはいけない、相対的に見れば進んでいようとも実際に後退すれば弾幕に挟まれ被弾する。

 それは望む所ではないし、被弾して負ければあのにっくき輝夜は笑いこけるだろう。
 罷り間違ってもあいつのしたり顔など見たくも無い、見てしまったら即殺し合いに移行する。
 その輝夜の顔をちょこっとだけ想像してしまったから、より妹紅は燃え上がる。

『やらせてなるものか! 見てなるものか!!』

 身を尖らせ、針に糸を通す精度で潜り潜って潜り抜ける。
 さらに深く、水色を抜けて青へと突き進む。
 半身に構えるだけでは通り抜けられない、この弾幕は三歩目の弾幕付近で回避する事を想定したもの。
 踏み込んで避ける事は出来ないとは言わないが、この避け方は弾幕攻略の難度を跳ね上げる。

『やるねぇ!』

 高密度の弾幕を進む妹紅を、弾幕越しに感じる勇儀。
 燃え盛る炎の匕首を避け、弾幕を突き抜けて飛んでくる火の鳥を避ける。

『おっと!』

 炎の匕首と単発の火の鳥、代わり映えしない弾幕。
 しかしながら油断はしない、月の姫の事を語った時の圧力は本物だ。
 不老不死とは言え人間がこれほどまでの圧力を放つのはとんでもない。

『いやぁ、楽しいねぇ』

 縦に、横に、斜めに縦横無尽。
 互いのスペルカードを攻略しあう、避けて撃ってせめぎ合う。
 実力のある者同士だとより緊張が高まる、高難度のスペルカードだと自分がいつ落とされても不思議ではないから。

『いや、楽しいね!』

 鬼の象徴である角が天へと向ける。

『楽しすぎるよ! 藤原 妹紅!』

 息巻きながら再度『一歩目』を踏む。
 それと同時に妹紅が火炎を纏ったまま弾幕を抜けてくる。

『そうだ、そうでなくちゃつまらないよ!』

 不死鳥と化した妹紅が腕を振るえば炎の匕首と火の鳥が飛び出す、しかも先ほどより数が増えて弾幕の密度が上がる。
 全方位の匕首に、勇儀を中心として時間差で扇状に放たれる火の鳥。
 刻一刻と変化し難度が上がっていく弾幕、先程の弾幕を避けきるパターンが通用しなくなっている。
 タイミングのズレ、弾幕速度の上昇、そして弾幕密度。
 どれもが敗北を帰するに十分な変化、より熾烈になる弾幕。

 より避けにくくなり、より難しくなる。
 時間経過に依る難度上昇、強いと言われる者たちが必ずと言って良い程付随させているそれ。
 勇儀も妹紅も、例に漏れず時間経過の弾幕密度の上昇。
 勇儀は大笑いしながらも二歩目を踏もうとして、顔色を変えた。

『いっ! そりゃ有りかい!?』
『有りでしょう?』

 平然と答える妹紅、勇儀の三歩必殺を前に大体がその密度を前に引くと言う選択肢を取ると言うのに、妹紅は一歩目の弾幕にくっつく様な形で目前に留まる。
 妹紅が選んだ道は近距離での集中砲火、お互いが避け切った弾幕をさきほどの半分以下の距離で繰り出される。

『また避けて見せてよ』

 その一言と同時に、火炎が勇儀を蹂躙した。





 燃える鬼、物理的に炎に包まれる勇儀。
 それを見ながら妹紅は一言。

『これでやっと分けに……』
『私の負けだ!』

 言い終わる前に大声、声を発したのは炎に包まれている勇儀だった。
 燃え上がる勇儀から放たれる妖気が炎をかき消した。
 現れるのはやはり勇儀、ただ先程と違うのは何も纏っていない所か。
 そして鬼ゆえの剛毅さか、全裸でありながらも何一つ恥らいを見せない。

『いやはや、流石だねぇ。 月の姫が認めるだけのことは有ったね』
『……そんな事言われても嬉しくないけどね』

 随分と嬉しそうに勇儀は笑い、妹紅に肩を組む。

『もうそんなのいいけどさ、何か着てよ』

 同じ鬼の伊吹 萃香とは反対に、星熊 勇儀は中々凹凸が激しい体をしていた。
 女らしいと言えば女らしい体、そして鬼らしい体とも言える。
 戦いに悦を見出だす鬼故、その体に刻まれた幾つもの傷跡。
 誇りなのだろう、恥ずかしがって隠す所か見せつけてなお惜しまないと言った感じだった。
 だとしても裸に変わりなく、見ているこちらが恥ずかしくなってくるから困る。

『おっと悪いね』

 と言いながら身を翻せば着物、青い宇宙に青白い雲と黄色い星々を散りばめられ彩られた薄手の着物。
 はだける着物を腰の赤い帯で大雑把に結び、思い切り着崩している。
 風に着物が煽られる度に胸元や太ももがさらけ出されるが、何も着てないだけよりましだろうと考え妹紅は溜息を吐く。

『……はぁ、何でこんなにぼろぼろに……』

 妹紅の衣服はボロボロ、上着ももんぺも穴だらけ。
 流石に他人に見せたくない部分はしっかりと隠せるが、修繕するより新しいのを作った方が速いレベルの破れ。

『ほら! 勝者に祝杯だ!』

 一着駄目になったと落ち込んでいれば、勇儀は素知らぬ顔で赤い杯を差し出してくる。

『いや、いらないよ。 それ鬼の酒でしょう? アルコール中毒で死にたくないんだけど』

 いつの間に持ってきたのか訝しげに見ながらも断るが。
 『そんなこと言わずに』『いやいやいらないから』と盃の押し付け合いに発展。
 そんな押し問答をしていれば衣服がボロボロの妹紅を見て笑う輝夜、それを見てしまって燃え上がって突っ込む妹紅など。
 血みどろの殺し合いを見て騒ぎ囃し立てる妖怪連中や、境内が吹き飛んだりして怒り狂う巫女が全方位に夢想天生をぶっ放したり。
 そう言った事もあり、妹紅としては良い記憶ではなかった。





「ハッ!?」
「妹紅? どうしたの?」
「……なんでもない」

 場面は戻り、境内で慧音は萃香へ問う。
 ちなみに空の上ではいまだ比那名居 天子と霊烏路 空が弾幕ごっこを繰り広げている。

「此方としては異変のことを詳しく知っておきたいのですが」
「教えてあげるけどね、人間に言いふらしちゃ駄目だよ」

 萃香は視線をまっすぐ慧音へと向ける。

「何故?」
「せっかく安定している物を態々乱すこともないだろう? 知ればみーんな不安になるよ」
「……確かに、ですが幻想郷に住む全ての存在は知る権利があると思うのです」
「無いね、そんなものは無い。 人間が知って何とする? 精々騒ぐだけ騒いで足を引っ張るだけ、それを治めるのも労力が要るんだよ。 それともなんだ……」

 胡坐、足を組み替えて見据える。

「お前さんが人間どもを全て抑えて、一言も喚かせずにすると言うんかね?」
「出来なくはありません、稗田の当主や大店の……」
「駄目駄目、てんで話にならないね」
「何故です? やってみなくては分からないことも有るでしょう?」
「分かってるから取り合わないんじゃないか」

 持っていた盃を勇儀が受け取り、それに酒を注ぐ。

「教えてやんなよ萃香、一歩間違っていたらどうなっていたか」

 そう言いながら賽銭箱の上に座り直して酒を飲む勇儀。

「紫がその一歩を間違えるなんて早々無いけどね」
「……それほどまでに危なかったのですか」
「紫の予想じゃ幻想郷に住むモノの九割は消えていたそうだね」
「……想像以上でした」
「そう、もうばらばらだ。 蓬莱人や神様連中なら死にゃあしないだろうけどね、中堅所の妖怪でも一発で消滅、さらに弱い人間なんて欠片も残らないそうだよ」 

 結界が消えれば生き残った妖怪や神様連中でも何れ消えちゃうか、と追加して言っておく。

「分かるだろう? もう一度結界が壊れるような攻撃をされたらどうなるのかって、そう思うだろう奴らの不安を煽る様な真似は認められないね」
「そりゃあ確かに、文句を垂れる連中も出てくるだろうね」

 人間が暴動を起こす? いやいやそれは無いね。
 結界を管理しているのが人間であれば起こったかもしれないがね、面倒を見ているのは紫だ。
 結界を作ろうと提案したのが紫、結界を作ったのも紫、今は式神の藍にやらせてるけど結界を管理しているのも紫だと言うのは人間はみな知っている。
 人間に『妖怪と言えば?』と聞けば、十中八九八雲 紫の名前が挙がるだろう。
 有名所の鬼や天狗を差し置いてだ、幻想郷の中で八雲 紫の存在はそれほどまでに人間たちに知れ渡っているんだ。

「だからこそ不満を内に溜めるだけ、ある意味平和の幻想郷の内情を乱す火種になりかねないのさ。 口を閉じるだけじゃない、心の内にも溜めるのは良くないのさ」

 いつ崩れるか分からない家に住み続けるなんて、豪胆な人間じゃないと無理だからねぇ。

「それは、確かに……」
「無知は罪だったかね、だけど知らない方が幸せな事もある。 まあ結界が壊れてたら一瞬で全部吹き飛んでたんだから、苦しむ暇無く終わってたらしいけど」
「まさかこれほどまでとは思いも……」
「教えたら教えたで、紫はちょっとしたパフォーマンスもしなきゃいけなくなるしね」
「パフォーマンス? 何する気だったの?」
「なにって、結界を攻撃した奴の処刑でしょ?」

 結界を攻撃して我々を殺そうとした奴はこうして捕らえました、我々を殺そうとしたのでこうして殺してやりましょう。

「なんてどうだい? 犯人を捕らえて目の前で引き裂いてやれば、人間たちも不満が収まるかもしれないよ?」
「そんなこと!」

 拳を握って、怒りが滲む表情で萃香に顔を向ける慧音。

「まぁ人間どもの前でやるかやらないかって話だけどね」
「なるほど、そう言う事ね。 捕まえたら妖怪の内で引き裂いて回るんだ」
「うん、そうだよー」
「犯人はどう言った……」
「たぶん人間、お前さんが人間側でも今回だけは決して譲れぬ。 それほどまでに妖怪たちは怒り猛っているんだよ」
「人間どもは良い、結界の外に出ても生きていけるのだからね」

 最後の楽園、幻想が存在していける土地。
 それが無くなると言う事は、幻想が夢幻の彼方に消えると言う事。
 世界がそれを望み、誰の手にも因らない崩壊が始まれば座して待ち受け入れよう。
 だが今回の話はそれとはまったく違う、外の者たちによる意図的な攻撃。
 ひっそりと暮らす事すら許さぬと言うのか、それがどれほど傲慢な事か。

「妖怪どころか神だって許しはしない、誰もが許せぬのさ。 お前さんはどうだい? まともに、何百何千年と住んでも不可解に思われない土地が消えてなくなると言うのは」
「……そうなるのはとても残念な事だね、まるで悪夢のような話」
「妹紅……」
「そんな話を聞いちゃ放っては置けないよ」
「お前さんの天敵も似たような考えらしいよ?」
「げ……」

 嫌そうな顔、やっぱり天敵は天敵だったようで。

「それで、お前さんはどう動くんだい? 人里で触れ回るのかい? それとも口を閉じて何事も無かったかのように過ごしていくのかい?」
「………」

 その表情は葛藤、伝える事の是か非か。
 迷いも数瞬、人間側の上白沢 慧音はやはり人間側。

「……そう言う話を持ち出されては、伝えるわけにはいきません」
「当たり前だよ、そうなるよう仕向けたんだから」

 一瞬驚きで目を丸めるが、すぐに視線が鋭くなる。

「勘違いしちゃあ困るね、わたしゃ嘘は言ってないよ? 起こり得る一番を語っただけ、お前さんが怒る道理がどこにある?」
「ならば言い方にも物があるでしょう、そういう言い方をするのはからかっている様にしか聞こませんよ」
「まあねぇ」

 グイっと盃を傾ける。

「ふぃー、方針も決まった事だし、どうする?」
「どう、とは?」
「静観するもよし、協力するもよし。 どうする?」
「輝夜たちも協力してるんでしょ?」
「他には吸血鬼や亡霊姫、妖怪の山全体が協力してるよ。 地底の者たちも概ね協力する意思はあるそうで、必要ならば使うって程度だけど」
「有名所は軒並みですか」
「一部除き個人でも団体さんでもおっけー、でも人里は勘弁ね!」
「その話乗った!」

 大声が聞こえると同時に、神社を正面から見て鳥居から一直線の石畳のすぐ左。
 何かが、と言うかお空が落ちてきた。

「あー! 服が破けちゃった! せっかくさとり様に直してもらったのにー」

 とたいした怪我も無く、服が破けた事に気を病むお空。
 そのお空の石畳を挟んで反対側に優雅に降り立つ天子、お空よりも服の破れがひどいが変わらず元気そうだった。
 まぁこの様子じゃお空に勝ったんだろう。

「聞いてたら中々凄い事になっているじゃないの」

 緋想の剣をすぐ前の地面に突き刺し、その柄の上に両手を乗せる。

「幻想郷が無くなる? 随分とふざけた真似じゃない」
「お前さんが言える言葉じゃないよ、多分大事な神社を壊したんだから」
「改良と言って欲しいわね、新築になって綺麗じゃないの」
「神社を家系に持ってるくせにねぇ」

 博霊神社は結界の境目に位置している、無闇矢鱈に壊せば結界に何らかの影響が出る……かもしれない。
 そっち方面は明るくないんで、紫にでも聞かないと分からないけど。

「妖怪の山の神社は怖くて手が出せなかったんだろう? 二柱とも武闘派な神様だし、お前さんの御眼鏡には適わないしねぇ」
「向こうは色々手間が掛かるわ、だからこっちにしただけよ」
「はは、そう言う事にしとこうか」

 腰に手を当て違うと主張するが、そんな事はまぁどうでも良かった。

「それは置いておきましょう、話しても意味の無い事だし。 本題はそっちの話よ、幻想郷が無くなるとか大きな話じゃない」
「そうだね、忘れ去られた幻想を知り、なお壊そうとする者が居るってのはつまらない話さ」
「それなら私も協力してあげましょう、幻想郷に住む者の責務でしょうから」
「何言ってんだい、お前さんは駄目に決まってるだろう」
「なぜ?」
「紫に嫌われているのもう忘れたのかい? お前さんがそう言ってきたら悉くぶちのめせって言われたよ」
「あんな妖怪の言いなりになる必要なんて無いわ、私は私がやりたいように動くだけよ」

 だから私もあそ……協力するわ! と本音が出た天子。

「今度こそ紫に叩き潰されても知らないよ」
「この前は負けてあげたけどね、次は負けないわよ」

 本気を出してこてんぱんにやられておいて、何言ってるんだか。

「ま、一応忠告しとくよ。 敵さんの邪魔をするならいいけどね、こっちの邪魔になるようなら本気で排除するから覚えておくんだね」
「ふん、私が出張ればすぐに解決ね」
「枯れ木も山の賑わいって事かなぁ」
「蝸牛角上の争い、今は小事になんてかまってる暇はあるの?」
「お前さんが小事なんだけどねぇ」

 まぁ紫も言って来ることを予想したし、居ても居なくてもどうでもいいか。

「そういえば二人はお初だったね、こいつは少し前に異変を起こした馬鹿者だよ」
「確かに高尚とは言えないかも知れないけどね。 そっちは人里のワーハクタクに、そっちは竹林の蓬莱人でしょ? 何度か見た事があるわ」
「流石暇人だ!」
「暇人じゃない! 天人よ!」
「なんか色々あるのね」
「……そろそろ帰りましょうか」

 笑う鬼に怒る天人、唸る蓬莱人に疲れる半獣。
 もう一匹の鬼は地獄烏に饅頭を放り投げていた。

「おっと待ちな、人里に帰る前に香霖堂へ寄っておいき。 場所は知っているよね?」
「香霖堂? 森近も協力しているのですか?」
「してるよー、道具作成もなんとかかんとか」
「……道具とは?」
「これ」

 萃香が手のひらを天へと向けて腕を差し出せば。

「これで繋がるのさ」

 白と黒の二色で構成された玉、陰陽玉が萃香の手のひらの上に現れた。

「なにそれ」
「確か博霊の巫女が使っていたような……」

 ふわりと浮かび、妹紅と慧音の前まで飛んできて空中で留まる。

「触ってみな、言うより早い」

 これで何がどう繋がるのか、懸念を他所に妹紅が遠慮無く陰陽玉に触れる。

「……なるほど、目と耳が繋がるのね」
「紫が使って良いって許可出せば、触れている者を模した人形を操れるよ」
「……これは本当に良いのですか? 下手をすれば外の世界の……」
「もちろんやって良い事と悪い事があるさ、こっちの邪魔をしない、外の世界の出来事をこっちで軽々しく口にしない、外の世界の物を持ち込んだりしちゃいけない、これは紫か紫の式神に許可貰えば持ってこれるけど」

 そうして萃香は天子を見る。

「最低でもこれだけは守ってもらわなきゃ、絶対に守れると言うなら協力させてあげても良いよ」

簡単じゃない、協力してあげるわ」

 自信満々にそう言い切り、歩いて妹紅と慧音の前にある陰陽玉に触れようとすれば。

「……ちょっと!」

 触れる直前に陰陽玉は掻き消えて、天子の腕は空を切る。

「お前さんは悪戯が過ぎるからね、協力させてやるかどうかは紫に決めてもらった方が良さそうだ」
「散々その権限があるような言い方をしておいて!」
「軽く考えているだろう? 事はお前さんが考えているより遥かに重大だ。 協力している者たちは全てが真剣に考えてるんだ、ふざけた真似されると色々と面倒だからね」
「面倒? どうする訳?」
「ん? 殺すよ? スペルカードルールなんて一切関係ない、紫も私も。 協力してる皆一切の容赦無くお前さんを殺すよ」

 事無げも無くさらっと、まるで大して見る所が無い日常会話のように言う。

「お空、大福もあるが食べるかい?」
「食べる!」

 隣の勇儀はそんな話を聞いていないかのように空に大福を投げ渡し、空は大福を受け取って口一杯に頬張る。

「邪魔に成ると言うなら幻想郷に必要でない限り本気で消す事になる、協力する事となったら覚えておきな」

 グイっと一気に盃を傾け酒を飲み干す萃香。
 天子は腕組みをして萃香へと鋭い視線を向けている。
 向けられた萃香はどうと言うことが無くないつも通りの表情でそれを受け止める。

「……良いわ、そこまで言うなら本気で協力してあげる」
「ま、その意気が通じるかどうか知らないけどね」

 そうして終わる話、聞いていた慧音は話の大きさを改めて認識する。
 この異変は間違いなく皆の怒りに触れている、結界への攻撃を画策した首謀者は間違いなくただではすまないと考える。

「……事情は分かりました。 どれほどお役に立てるかわかりませんが、必要なら最大限手をお貸ししましょう」
「知識人が居ると色々と捗りそうだ」
「香霖堂に行けばいいのですね?」
「うん、店主に一言言えば貰えるからね。 説明はそっちで受けてね」
「わかりました、それでは失礼します」

 妹紅が置いていた竹篭を背負いなおし、慧音と一緒に人里方面へと飛び立っていく。
 それを見送りながら瓢を盃へと傾ける。

「日ごろの行いさ」

 天子が起こした異変がこれ以前に起こった異変と同じようなものならば、紫もあそこまで怒りはしなかっただろう。
 地震によって倒壊した博霊神社を秘密裏に改造して建て直し、いわゆる別荘のようにしようとしたのが原因。
 結局それを紫に見抜かれ、弾幕ごっこでこっぴどく天子は紫に叩きのめされた。
 天人特有の上から目線もずいぶんと鼻に付き、それも原因で手酷く鼻を折られた。

「ふん、そんなモノすぐにでも変えて見せるわ」

 なのに一向に挫けては居ない、根性<残機>だけはかなりあるようだった。

「そら、桃と丹だけじゃ味気無いだろう?」

 盆にまだ残っていた饅頭を放り投げる。

「精神一到何事か成らざらん。 まあ、確かに軽く見てたかもしれないわ」

 饅頭を受け取り、口に含む。

「ん? 意外に美味しいじゃない」
「すぐに帰ってくるわけじゃないから、腐る前に私らで処分しておこうってね」

 それは『とっておき』、霊夢が楽しみにしていた饅頭と大福。
 舌鼓を打ちながら神社に居る4人で食べる。
 幻想郷に戻ってきて勝手に食べられた事を知った霊夢は激怒して、同じように美味しい饅頭と大福を持ってこさせるのは後の話。





 その饅頭や大福を食べる四人を他所に、上白沢 慧音と藤原 妹紅は一旦人里へと戻る。
 背負い続ける竹炭が入った竹篭が邪魔になってきたから、先に納める事になった。

「いっつも助かるよ」
「まぁこれくらいね」

 いつもの如く、人里に炭を降ろす業者に竹炭を渡す。

「まだあるから、後で持ってくるよ」
「すぐ必要ってわけじゃないから、ゆっくりでいいよ」
「うん」

 そうして暖簾を潜る。

「お待たせ」

 外で待っていた慧音に手を上げて詫びる。

「それじゃあ行きましょうか」
「そう言えば道具貰えるって言ってたけど、二つなのかな」
「……どうでしょうね、恐らくは二つも『こんにちは』、貰えると思いますが『あまりはしゃぎすぎ無いように』、出来るなら個別に貰った方が良いでしょう」

 すれ違う人里の人々と挨拶や注意を促しながら進む。
 何ども挨拶をされることから、慧音の人徳が見て取れる。

「そうだね、できれば二つ貰っておきたいね」

 妹紅の言葉に頷く慧音。
 肩を並べて歩く姿はなんとなく姉妹に見えてもおかしくはない。

「そろそろ飛びましょうか、時間を掛け過ぎるのも良くないでしょうから」
「そうだね」

 話しながら歩いていれば人里の端、飛べるからと言って無闇矢鱈に往来で飛び上がったり降りてきたりするのも良くはない。
 わざわざ歩いて人里の端から飛ぶのも一つのルールだった。





「森近はご在宅でしょうか?」
「いらっしゃいませ、間違ってはいないがこちら側は店だ。 店主は居るか、と言った方が合っていると思うけどね」

 香霖堂の扉を開けて一言目での応答。

「それで、珍しいお客様は何をご所望しているのかな」
「私達も協力することになりまして、神社の鬼が道具に付いてはここで聞けと」
「なるほど、道理だ」

 一度頷き、勘定台の下へと手を伸ばしてある物を取り出した。

「使い方は簡単だ、これに手を乗せて魔力なり霊気なり妖力なり、弾幕を発生させる時の力を込めれば良い」
「それだけで良いのですか?」
「それ以外には必要ないよ、人形を操るときも同様だ。 自分の動かしたい姿を思い浮かべれば良い」
「わかった、ありがとう」
「お安い御用だよ、今回のは誰もが関係する話だからね」

 勘定台に置かれた二つの、神社で見た同じ陰陽玉が置かれている。
 違うところといえば複数の違う大きさのがあるくらいか。

「サイズは好きなものを持っていくといい、個人であれば一番小さいのがお薦めだが」

 手のひらサイズから人の頭程も有る大玉まで。

「邪魔になりそうだし小さいのもらっていくよ」
「私も小さいのにしておきます」

 手のひらサイズの、10センチほどしかない陰陽弾を手に取る。

「やっぱり別々で助かるよ」
「材料だけは余分にもらってるからね、これに付いては不足する事はないだろう。 おっと、別に持ち歩かなくて良いよ、一度触れれば邪魔にならないよう後に付いてくるから」

 そう言われ、手放せば浮き上がり、見えなくなる。

「これもまた思えば良い、そうすれば……」
「なるほど、これは便利ですね」

 見えなくなっていた陰陽玉が目の前に浮かび上がる。
 これならば置き場所などを気にしなくて良いだろう。

「ああ、一つ注意を。 外の世界で人形を動かすに当たって、人形は使っている本人を真似るんだ」
「模倣でしょうか?」
「そうだよ、まぁ真似るだけで本人たちのようには動かない、特に力の強い存在はね」
「……つまりは、完璧でないと?」
「本人、本妖怪は完璧だ、なんと言ったって本物だからね。 だけど人形は違う、姿形能力を模写しただけ、つまりは偽者だ。 人形を介しての本気や全力は出せないと思っていてくれ」
「それは結構厄介なんじゃないの?」
「確かにね、だけど同じことを八雲 紫に質問したら『力不足を解消するのもまた本人たちの力、それはそれで面白いですけど。 そうそう、この陰陽玉の材料費ってかなりお高いんですのよ』、と言われたよ」
「最後の方関係ないんじゃ?」
「僕に請求はしないでくれと言っておいた、そういう訳でかなり頑丈だけど壊さないようにしておいた方が良いと思う」
「……そうする、それじゃあ戻るとします」
「ああ、気を付けて」

 色んな意味で、と森近 霖之助が後付けした様に聞こえた二人は、香霖堂を後にした。
 そうして妹紅と慧音が香霖堂を去ってから1時間程の経った後、博麗神社の近くから恐ろしいほどの鬼気と轟音が聞こえてきたと言う。
 それを感じ取った博麗神社近くの花畑に来ていたとある妖怪が、嬉々としてその戦いに割り込んだのも後の話だった。



















 この話の前半はおまけに近い、と言うか練習。
 弾幕ごっこを文章にすると拙い、スペルカード一枚でこんなに長くなってしまうから。
 こんな感じに一通り表現すると間違いなくかるく50kb突破する、と言う事で今後の弾幕ごっこは6話の別荘レイマリ弾幕ごっこのように一つ一つ軽くか。
 今回のように一枚を深く描写するか、どちらかになるかと。
 EXキャラだとスンゴイ事になるから絶対に一枚か二枚になるだろうなぁ。


 さて、今回の登場キャラは星熊 勇儀に藤原 妹紅に上白沢 慧音に比那名居 天子に霊烏路 空だけ、お空とセット的な火焔猫 燐は後ほど。
 次回、7話はネギま側になるのでどっさりネギまキャラが出るはず。
 あと慧音の喋り方、ゲームではなかなか勇ましいですが、書籍版文花帖では射命丸 文に大して丁寧語で話してます。
 小説版儚月抄でも妹紅に対しても丁寧語らしいです、6.5話を書いて投稿した時点では小説版儚月抄を持っていないので、届いて話し方が大分違うようなら話し方のみ書き直します。

 ところで慧音より妹紅の方が背が高いって本当だろうか、永夜抄のスペルカード立ち絵だと妹紅の方が高いが……。
 背が低いなら低いでありだと思うのですがね。


 森近 霖之助さんからの陰陽玉の説明、東方側は霊夢と魔理沙と紫を除き全力全開出せません。
 特異能力の方は悩み中。


 追記、慧音の話し方を書き換えました。
 儚月抄を読んでみたらめちゃくちゃ違う、何この堅物と言うほど固い喋り方。
 書き換え前とかなり違いますので、書き換え前を読んだ方には随分と違う印象になると思います。
 あと小説版儚月抄の表紙の輝夜が可愛すぎる、超おすすめ。



[5527] 7話 修学旅行の前に
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2012/03/19 00:59
「話の結論から先に言おう、彼女らと協力する事となった」

 そう重々しく口を開く場所は、朝日が差し込む学園長室。
 一人椅子に座り、机に肘を乗せ顔の前で指を組む近右衛門。
 机を挟んだ向こう側に立つ者らがどよめき、室内が一気に騒がしくなる。

「何故ですか学園長!」

 ガンドルフィーニを筆頭に魔法先生と呼ばれる麻帆良学園の教師たちが疑問の声を上げる。
 朝緊急の要件で招集されたと思ったら、予想外の話が出てきたのだ。
 集まっていた教師皆が目的の分からない不法侵入者と協力する、なんて話が出るなど予想だにしなかった。
 だから学園長、近右衛門の言葉が信じられないと言わんばかりに声を荒らげた。

「まあまあ、少し声を抑えんか。 怒鳴っても耳が痛くなるだけじゃ」
「……申し訳ありません、何故彼女らのような不審人物を置いておくどころか協力など……」
「見解の一致じゃ、彼女らがここに来た理由が我々にも関係あるからの」
「我々? それはどう言う理由で?」

 ガンドルフィーニの隣、細目の少々頼りなさそうな印象を受ける男性教員の『瀬流彦』が問う。
 その問いに近右衛門は一度頷き、協力する事となった経緯を話し出す。

「まずは彼女らの事から話そうかの、彼女らは魔法協会や呪術協会にも属しておらんフリーの魔法使いたちじゃ」
「どちらにも?」
「うむ、この前エヴァンジェリンが来た時に言っておったじゃろう? 『穴倉』だと」
「……確かに言ってましたね」
「その言葉の通り、本来なら彼女らは表舞台に出て来ない者らじゃ」
「本来と言うと、出ざるを得ない事でも起きたのですか?」

 カソックと呼ばれる法衣を身に包む褐色肌の女性、『シスター シャークティ』が言葉の要点を突く。

「うむ、彼女らの住む土地が攻撃されたそうじゃ」
「攻撃……、報復でも?」

 小太り、微妙に横に太い教員、『弐集院 光』が出ざるを得なかった理由を口にする。

「うむ、全く以て余計な事を仕出かした連中が居る」
「まさか……」

 麻帆良大学で教授を努める『明石』が眉を顰めた。

「いや、麻帆良には十中八九居らんじゃろう、彼女らは随分と視野が広いようじゃからの」
「ではなぜ麻帆良へ?」

 改めてガンドルフィーニが近右衛門へと問いかける。

「そこで我々、と言うかこの麻帆良に居る人物が関係してくるんじゃ」

 一つ大きなため息を吐く近右衛門。

「その彼女らが住む土地を攻撃した者がの、ネギ君を狙っているそうじゃ」
「ネギ先生を!?」

 そうしてまたざわりと動揺が広がる。

「つまりじゃ、彼女らは攻撃してきた者を捕まえたい。 我々はネギ君を狙っている者を放ってはおけない、さすれば後は簡単じゃ」
「だから協力すると……、しかし誰が攻撃を行ったのか分かっているのなら……」
「調べているが場所まではわからんそうじゃ、ワシも色々と探させては居るが手がかりすら掴めて居らん」

 顔色を変えず、とある考えに至った瀬流彦がそのままの言葉を吐く。

「それってネギ君を使った囮じゃないんですか?」
「そうじゃよ」

 近右衛門は軽く頷く、間違っていない事に首は横に振れない。

「学園長ッ!?」

 ガンドルフィーニがまたも声を荒らげ、近右衛門を見るが。
 近右衛門の表情は暗い、近右衛門もまたそのようなことを望んでいないと理解して口を閉ざした。

「諸君らも分かるじゃろう?」
「………」

 そう言って一人一人と視線を合わせ、見据える近右衛門。
 魔法先生たちは一様に黙る。

「彼女ら、霊夢君と魔理沙君、そして八雲殿」

 この場に居る全員が停電時に起きたエヴァンジェリンの戦いを、八雲 紫をしっかりと瞳に、記憶に収めている。
 天と地、雲泥の差、何をしようとも決して埋まらぬ溝。
 力を測ることすらおこがましい程の、その力の深淵。
 もし敵対し対峙すればせいぜい震え立ち竦むのが良い所、逃げ出すことが出来るならだけでも素晴らしいと言えるだろう。

「正直に言おう、ワシは彼女らと敵対したくはない」

 力の差を実感した者は幾人か、あるいは全員なのかもしれない。
 無論近右衛門もその一人、高畑や葛葉 刀子、神多羅木などより近い所で直接見て経験している。
 近右衛門や高畑なら抵抗することは出来ようが、倒せるかどうかは甚だしいほどに疑問を持たざるをえない。

「でしたら本国にも人員援助の要請を……」
「無理じゃな、色よい返事は貰えなかったからの」

 ラカン殿はこっちに来ようとして居るが、それ以外の、本国はそんな相手に有能な魔法使いを送れないと言う言葉を態度で示している。
 文字通り当てには出来ない、現状の戦力でどうにかしろと突きつけて居るようなもんじゃ。

「もちろん最初は力ずくで排除しようと言う案も有りましたよ」

 短い沈黙を終わらせたのは高畑、いつも通りの表情で口にする。

「霊夢君と魔理沙君だけならなんとか出来るかもしれないと思っていたんですが、八雲さんを見て吹き飛びましたね」
「……ええ、それについては同意しか出来ません」
「他にもかなり強い存在も何人か確認出来ていますし、まだ居る事も十分考えられます」
「力に屈したと言われても否定はできん、じゃが彼女らが探す者を排除出来れば我々にとっても、ネギ君にとっても非常に有益な事じゃ」
「幸い、彼女たちはこちらの事などあまり気にしていません。 攻撃した者を捕まえればすぐにでも戻ると宣言もしていますし、無理に反発するのはどう考えても不利益、と言うか無駄でしょうね」
「八雲 紫さんの方はわかりませんが、見て話した限りでは博麗さんと霧雨さんは意図して攻撃を加えるような子では無いかと」

 高畑に続くのは一歩前に出た葛葉 刀子。
 近右衛門から他の魔法先生へと視線を移しながら話す。

「……いい子でしたか?」

 シスター シャークティーの問いに刀子は頷く。

「霧雨さんは少々大雑把ですね、やんちゃな感じも見受けられました」
「神多羅木先生は見てどう思いましたか?」
「……霧雨 魔理沙の方は刀子と同感だ、博麗 霊夢の方はどうもやる気が感じられなかったな」
「年の割にすごく落ち着いてますよね、だからある意味バランスが取れているとも思いますが」
「ああ」

 高畑は苦笑しながら、神多羅木は呟くように言う。

「流石に数日しか経っておらんからの、安全だと決めるのは尚早すぎるのは分かっておる。 向こうもそれを理解して居るようじゃし、監視はこれからも継続して良いと言っておる」
「結局は変わらないと?」
「うむ、無論そうして我々の警戒心を削ぐと言う手もあるかもしれんので気を付けて欲しい。 じゃが一方的に敵だと決めつけて接するのはいかんよ」

 肘を机から離し、椅子の背もたれに一度背を預ける。

「我々も監視のローテーションに?」
「話してみたいと言う者は優先して付けさせよう。 彼女らがどう言った人物か、それを信用出来るかどうかは自身で見聞きした方がわかりやすいじゃろうて」
「でしたら希望します」
「ガンドルフィーニ君や、最近帰りが遅いからもう少し早く帰りたいって言ってなかったかの?」
「うっ、それは……」

 苦しそうに呟く家庭を持つガンドルフィーニ、監視のローテーションに組み込まれればさらに帰りが遅くなる事に呻き声を上げた。
 最近一人娘や妻にもっと早く帰ってきて欲しいと言われており、また遅くなると伝えれば怒るだろうと容易に予想出来ることに悩む。
 それを見て近右衛門は笑い。

「さて、ガンドルフィーニ君は除外として」

 外す事を決めるが、それを不服としてガンドルフィーニが声をあげる。

「が、学園長!」
「遅くなって良いのかね?」
「う……むぅ、今は緊急事態ですので背に腹は……」
「夜はきついじゃろうて、昼の方に組み込んでおく」
「……申し訳ありません」

 深々と頭を下げる。
 それを見て笑いながらも頷く近右衛門。

「うむ、他の者はどうじゃ?」
「興味有りますねー」

 瀬流彦が手を上げ、釣られるように他の者も手を上げた。

「希望する者は付きたい時間を出して置いて欲しい、最大限考慮しておくからの」
「はい」
「後数時間もすれば交代に監視として入れられるが、やりたいと言う者は居るかね? 無論授業などが有る者は別じゃが」

 その問いに素早く反応したのは。

「はい、自分が」

 とガンドルフィーニ君。

「ふむ、ならばガンドルフィーニ君にやってもらうとするが、出来ればもう一人やりたいと言う者は? 一人だけと言うのも不安じゃろう」
「それじゃあ僕が」

 ガンドルフィーニ君とコンビを組む回数が多い瀬流彦君が手を上げる。

「うむ、では二人にやってもらおう。 時間などはすぐにしずな君に資料を持ってこさせよう」
「はい」
「さて、本題が終わった所でもう一つ、重要な件が有る」

 解決した、と言うより不安が薄れたと言った方が良い具合の話。
 真の危惧が去ってはいないが、表面上の問題が軽くなったと言うところで他の、それも重要な話があると近右衛門。
 魔法先生たちの表情を引き締めるには十分な一言、それを見ていた近右衛門は口を開く。

「3年生の修学旅行の件じゃ。 言い方が悪いがネギ君を囮に、と言うのも関係して居る」

 神妙な面持ち、ゆっくりとだがしっかりと喋る。

「ネギ君が麻帆良から離れるのは襲撃者に取ってチャンスである、そして彼女らに取ってもチャンスで有る」

 そうして話すのは真実に偽りを混ぜた、疑われないよう信憑性を高めた話。
 真の狙いであろう黄昏の姫巫女の代わりに、赤き翼の英雄の息子に置き換える。
 存在の知名度を利用した巧妙な話、学院長や理事を務める自身の信頼をも使った話。

「修学旅行に同行させるのですか?」
「そうじゃ、修学旅行の行き先は麻帆良と違ってそこまで安全ではない。 つまり麻帆良で襲えなくとも向こうでは襲える、そう言う可能性は大いに有る」
「……確かに」

 その話に頷く魔法先生たち。

「皆も停電時に見ていたじゃろう、エヴァンジェリンとの戦いで彼女らの実力は証明されて居る。 ネギ君を狙ってくる者に関しての戦闘は全面的に請け負うと提案してきても居る」
「彼女たちを攻撃した者たちはかなりの実力を持っているでしょう、下手にその戦いに介入しても邪魔に成る可能性が大きいので……」

 実証された実力、本気のエヴァンジェリンに落とされず、逆に攻め返すほどの力。
 そのような彼女たちを相手にすることから、相当な力を持つ者らを相手に出来る者などこの麻帆良にはごく少数しか居ないだろう。

「基本的に援護も無しじゃ、もし戦闘が起こればかなり危うい状況となるじゃろう。 近くで戦いに巻き込まれれば即座に離れるか、そうでない場合は生徒などの避難の誘導をしてもらいたい」
「はい」
「ネギ君が担当の3-Aを重点的に注意を払うように割り振っておる、事が起きれば直ぐにフォローできるようにの」
「我々は3-Aの周囲に注意を払っていれば良いのですか?」
「うむ、異変の予兆を察したならすぐにでも知らせて欲しい。 無論無理は禁物じゃぞ?」
「はっ!」

 力の篭った、張りのある声で皆が返事を返した。





 


 そうして魔法先生のみへの直接の連絡、それが終わり解散となってから学園長室に残るのは部屋の主と一人の魔法先生。
 近右衛門と高畑のみ。

「お疲れ様です、学園長」
「騙るのはやはり好きにはなれんよ」

 魔法先生たちに嘘をつく、嘘に少々の真実を混ぜた話。
 無論この程度の腹芸など簡単にやれなければ、今もなおこの席に座って入れなかっただろう。
 本国に通すだけの力と交渉術を近右衛門は持っている、いずれこの事が非難されようとも皆の安全を約束出来るなら容易こと。
 
「……心労を増やして申し訳ないのですが」
「……なんじゃね?」
「向こう側の魔法使いに関して気になる情報が……」
「居るじゃろうな、八雲殿やほかにもある程度精通しておる者が」
「彼女たち、霊夢君たちと話していて聞いたモノを調べたのですが……」
「どのような話じゃ?」
「パチュリー・ノーレッジと言う名の魔法使いはご存知でしょうか?」

 ふむ、と呟き近右衛門は思案顔。

「どこかで聞いたことが有るんじゃが……」
「今から約100年ほど昔に存在したらしい魔法使いです」
「それで、そのパチュリー・ノーレッジとやらが向こう側に居ると?」
「はい、エヴァも眉唾ものだと言っていましたので詳しく調べてから報告しようと」
「どう言った人物だったのじゃ?」
「一言で言えば天才ですね、それもナギを上回るほどの」
「ほう……」

 出鱈目な魔力量を持っていたナギ・スプリングフィールド。
 その魔力と類稀なる戦闘センスを駆使し、魔法世界を救った英雄の一人。
 天才と謳われ、今も最強に上げられるナギをも上回る天才。
 それを聞いて近右衛門は興味深そうに声を漏らす。
 勿論本当のナギを知っている近右衛門からすれば、馬鹿っぽいが戦いに関して天性の才能を持っているのは否定できない。
 つまりパチュリー・ノーレッジがナギと同系統の、戦いに関しての天才なのか、あるいは治癒や研究者気質の天才なのかと言う事に興味がある。

「驚くほど資料が少なく残っていなかったので完全とは言えませんが、人物像の型枠を作り上げるくらいには」
「ナギを超える天才、のぉ……」
「膨大な魔力に複数の得意属性、果ては類稀なる頭脳を持っていたと書かれていました」
「……なんか出来すぎた魔法使いじゃな」

 高畑は苦笑を作り、話を続ける。

「そうですね、ネギ君を強化したような感じでしょうか」
「全く以て恐ろしいのぉ」
「魔力量に付いては膨大としか書かれていませんので、詳しい量は分かりませんがエヴァやナギ並みに有ると思って良いかも知れません」
「羨ましい限りじゃ」
「得意属性に関してですが、複数の属性を自在に操ったなどと書かれていました。 他にも魔法を使わせないと言う記述も」
「使わせない? なんじゃそれは」
「それはちょっとわかりませんでした、本当に一言だけ書かれて有ったので真意を掴みかねます」

 複数の属性を自在に操るから相手に魔法を使わせない、得意だから使わせないと言う関係性が良く見えない。

「ふむ、意味がわからんのぉ。 これは置いといて属性の方を頼む」
「はい、どれが得意かと書かれていませんでしたが、魔理沙君がヒントをくれましたのでおそらくは『一週間』に使えるかと」
「一週間? どう言う……まさか、本当かの?」
「おそらくは合っていると見て良いでしょう、『月・火・水・木・金・土・日』の七つの属性を操れるかと」

 近右衛門は絶句する、得意とする属性が三つあるだけでもかなり珍しいと言うのに倍以上の七つも得意とする。
 その内訳もかなり凄まじい、火・水・土の三つは四大元素の内の三つで。
 五行思想で言えば全てを満たし、『相生(生み出す)』『相剋(打ち勝つ)』『比和(増幅)』『相乗(過剰)』『相侮(逆転)』、全てを循環させることが出来る。
 最後には月と日、意味はそのままの月と太陽じゃろうて、。
 天才等と書かれているから、その得意属性を利用したオリジナルの魔法を作っていてもおかしくはないじゃろう……。

「頭脳の方も随分と凄いですね。 彼女しか使えなかったようですが、殆どの魔法を無詠唱で発動させる術式などを作り上げています」
「……天はニ物や三物どころか、魔法使いに必要な才能を丸ごと与えたようじゃの」
「天才と言うか、鬼才でしょうかね」
「じゃのぉ……、そんな人物が向こう側に居ると言うのか」
「はい……、普通であれば生きていても年老いているのですが……」
「え? なにその躊躇いがちな言葉」

 言葉を出すのが億劫と言った感じの高畑。
 数瞬迷い、意を決したように口を開いた。

「……一瞬だけですが本人らしき姿を見ました」
「……どうじゃった?」
「見た限りでは……、高校生に届くかどうかと言う位かと……」
「………」
「………」

 何とも言えぬ沈黙。

「……3-Aに混ざってもあまり違和感がなさ──」
「いや、もう言わんでいい……」
「……すみません」
「……うむ、切り替えよう。 それで、パチュリー・ノーレッジなる大天才が向こうに居るとして、何か問題が?」
「はい、資料の少なさも関係している話です」
「大きな話かの?」
「……僕は大きな話だと思うのですが」
「ちょっと待っとくれい」

 ふぅー、と溜息を吐きつつお茶を飲み一息。

「良いぞ」
「吸血鬼と関係が有るようなんです」
「………」

 近右衛門は湯のみを置いて手を離し、目頭を抑えた。

「彼女の資料が少ない原因は吸血鬼との関連が有ったらしいのです、事実関係性を指摘されてから消息が不明になったようで」
「……無論──」
「エヴァではないでしょう、本人も大して憶えていないようでしたし」
「……つまりじゃ、パチュリー・ノーレッジなる者は吸血鬼と何らかの関係を持っており、もしかすると向こう側にはパチュリー・ノーレッジと共にその吸血鬼が居ると?」
「おそらくは、その吸血鬼に関してもそれらしいと思われるものが」
「断定はできんが、恐らくはその吸血鬼じゃと?」
「はい」
「有名かの?」
「はい」
「……エヴァンジェリン並みに?」
「……はい」
「……はぁー」

 その吸血鬼に思い当たりが有る近右衛門。
 大きく溜息をつきながら、がっくりと肩を落とす。

「エヴァンジェリン並みになると、あの吸血鬼しか思いつかんのじゃが……」
「……パチュリー・ノーレッジはその吸血鬼と対峙したことがあるそうで」

 『闇の福音』『人形遣い』『不死の魔法使い』と言った異名を持ち、未だ魔法世界で恐れられている吸血鬼のエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
 それと双璧のように並び立ち恐れられている吸血鬼が居る、『紅い悪魔』と呼ばれる吸血鬼の名は『レミリア・スカーレット』。
 吸血鬼と言えばこの二人、魔法世界で吸血鬼が龍に並ぶ最強種と言われる原因を作ったのもこの二人。

「……もういいわい、気にしすぎるとぽっくり逝きそうじゃ」

 レミリア・スカーレット、その名と同調する恐るべき吸血鬼、肌が紅いなどと言うことではなく、敵対する者の返り血を浴びて真紅に染まると言う悪魔。
 恐るべき異名、噂に尾びれ背びれが付いたものではなく、事実としてその現状を作り上げそう認識された存在。
 エヴァンジェリンのような女子供は殺さないと言う信条などは見当たらなく、レミリア・スカーレットは誰であろうと容赦無く力を振るい蹂躙したと言う。
 刃向かう者には容赦しない、そう言って憚ら無い恐るべき吸血鬼。

 エヴァンジェリンは主に魔法世界で活動し、レミリア・スカーレットは現実世界で活動していた。
 勿論二人とも吸血鬼であり、名が知れ始めた頃は討伐しようと血気盛んな魔法使いが返り討ちにあったなんてよく聞く話。
 レミリア・スカーレットは当時魔法世界と現実世界を行ったり来たりしていたエヴァンジェリンとは違い、現実世界の東欧に堂々と居を構えていたと言う。
 館は紅いらしく、非常に視線を集める外観であったにも関わらず、周囲に住む者は全く気にしていなかったとか。
 例えば屋敷があることは知っているが、場所までは知らない、と言った具合の認識しかないらしい。

 屋敷の周囲には霧掛かっており、遠目で見れば屋敷の周囲だけに霧が発生しているので丸分かりとも聞いた。
 つまりは常時居場所が割れていて、正々堂々正面から行く者や寝首を掻いてやろうと言う輩がかなり居たと言うが……。
 一つ足りとも成功したなどと言う話は聞かず、殆どが門番に返り討ちにされたらしい。

 悪名として広がったのは、返り討ちにされた者たちが広めたものかも知れない。
 名が轟くと言うのも吸血鬼であり、名うての魔法使いを撃退出来るほどの強い門番を従えると言うのも大きかったのだろう。
 一時は本当に館の中に居るのか、なんて話も出回ったほど。
 だがそれを一息に払拭した事件が起こり、館に襲撃を掛け生き残った者が『腕の一振りで数十人の魔法使いが千切れ飛んだ』と話に伝えたそうだ。
 それを行った者の容姿は背中にコウモリの羽を生やした幼女、その恐慌具合は想像だに出来ないだろう。

 如何にも子供で、腕力など大人に比べあまりにも脆弱な、大人の庇護下にありそうな少女が。
 無造作に腕を振るだけで数十人の魔法使いを肉塊に変えたなどと、容易に信じられる物ではない。
 しかしながらエヴァンジェリンの例があり、童姿で甚大な力を操るのはありえるだろう。
 話を伝えた者も飛び散った血で体を濡らしており、心ここに有らずと言った状態だったと言う。
 それのおかげか信憑性が一気に増し、エヴァンジェリンと比肩するほどの吸血鬼として名が知られた。

 一説には自身の存在を知らしめるために、わざと殺さず見逃したなどと言う話も出た。

「資料が少なかったのは処分されたんでしょう、向こうは過剰なほど吸血鬼に嫌悪感を示しますからね」
「じゃろうな、当時は今より酷かったじゃろうし処分されても不思議ではない」

 あーしんど、と近右衛門は呟きながらもお茶を飲む。
 彼女らと関わってまだ数日と言うのにこの心労、本当にあっさり逝きそうな気がしてきた近右衛門だった。

「……分かって居るのが八人かの? 妖怪らしいから『人』とは呼べんじゃろうが、……と言うか学園結界の内側に居るのに普通に動ける理由がわからん」
「そうですね、霊夢君たちが言った通り妖怪なら高位の存在でしょうが平然と……」
「あのスキマと関係あるかもしれんの」
「あるいは単純に何かの術式を使って無効化しているのかも」

 麻帆良を覆う学園結界は不法侵入者の感知から魔物や妖怪などの動きや能力を阻害する効果がある。
 魔物や妖怪に関してはその位が上がれば上がるほど、さらに強力に抑えこむよう出来ている。
 八雲 紫はエヴァンジェリンに匹敵かそれ以上の妖怪かもしれないと言うのに、ごく平然と何の問題もなさそうに振舞っていた。
 となれば単純に結界の効果が及ばないのか、何らかの術で結界の効果を相殺や無効化しているのかもしれない。

「純粋な人型の妖怪なぞ早々居らんじゃろうし……」

 呪術師が使役する式神の鬼や烏天狗などは人と似た形をしているが、肌の色や顔などはどう見ても人間とは思えない造形をしている。
 想像通りと言った感じの、一般的に知られている姿だ。

「いえ、それはわかりませんよ。 エヴァの別荘で戦った鬼の伊吹さんは頭に角が生えた子供にしか……」
「そう言えば八雲殿の式である藍殿も妖獣と言いながらも人型だったの……、魔法や呪術を使って変身でもしてるのかのぉ……」

 彼女ら一般的な想像図と全然ちがうじゃん、と近右衛門は唸る。

「その藍さんも強いのですか?」
「強いじゃろうな、エヴァンジェリンもかなり強いと言っておったし」
「本当にどう反応して良いかわかりませんね……」
「もう赤き翼の面々が普通に見えてくるわい」
「確かに」

 反応は二つだった、唖然とするか苦笑するか。
 もちろん両方既に出ているし、これからもこの二つばかり出るだろう。

「……タカミチ君はどう見る? 彼女らの機嫌を損ねた場合にどう対応してくるか」





 そう真剣に聞いてくる学園長、それに対し考えを述べる高畑。

「去るか牙を向くか、どちらかでしょうが……僕としては去るような気がしますね」
「ふむ」
「正直言って彼女たちが麻帆良を制圧しようとすれば簡単に落ちるでしょうが……」
「それに意味を見出すか……」
「八雲さんの隙間を使えば図書館島の貴重な書物を盗み出すのも簡単でしょうし、誘拐も容易くやってのけるでしょう」
「それをしないと言う事は、彼女たちに取って麻帆良は価値が無い土地と?」
「麻帆良に居る者や有る物自体に興味は無さそうですし、気にしてるのはネギ君と明日菜君だけでしょう」
「機嫌を損ねた場合は二人を連れて行かれるかもしれんか」
「可能性は大いに、そうなれば釣り餌として使われるかもしれません」
「ワシにはそれを非難する資格は無いがの」
「それは仕方がない、とは言えませんが……」

 呪いが解けた状態のエヴァンジェリンでも勝てるかどうか分からない存在が複数、対抗するにはやはり全盛期の赤き翼レベルの実力者が何人も必要となるだろう。
 そのような存在は比べられる赤き翼の面々などしか思い付かない、それに今でも全盛期の力を保っているのはラカンさん位だろう。
 ナギやゼクトさんは行方不明だし、アルは図書館島の下に居るらしいが実力を保っているかは分からない。
 詠春さんは呪術協会に入ってからはデスクワークばかりだと聞いている、僕は当然あの人達には届いていない。
 クルトは才能が有ったのでもしかすると今は僕以上に強くなっているかもしれないが、詠春さんと同等か超えるほどの実力を持っているかは疑問に思う。

「僕では学園長の案以上のものを思い付きませんし、それ以外のも考え付きませんから何も言えないですよ」

 やはり戦うとするならエヴァかラカンさん位しか当てに出来ない。
 才能あるネギ君ならいつかナギ達に届いてもおかしくはないだろうが、今のネギ君は僕の足元にすら及ばない。
 そうして無理だと考える、彼女たちとは戦えない。
 二十年前の、あの時の赤き翼が今居たならば戦う事を選んでいたかもしれない。
 だからこそ学園長の選択が正しいと判断する、彼我の戦力差がどうやっても埋められないからだ。

「……どうにか出来れば良いんじゃがの」
『彼女たちが一方的で無かった事が幸いでしたね』

 たった二人しか居ない学園長室に聞こえる第三者の声。

「……アル」
『お久し振りですね、タカミチ君』
「はい、お久しぶりです」

 姿は見えない、声だけが聞こえる。

『タカミチ君、殴り合いや魔法の撃ち合いだけが戦いではないのですよ』
「……読まれてましたか」
『昔の私達が居たなら戦っていた、と考えていたでしょう?』
「……はい」
『大分烈戦争の時とは違います、あの時は物理的な力で戦うしか無かったのですよ』
「あの時と今この時と状況は全く違います、それ位は分かっているつもりです」
『あの時我々は話し合いが通らないから腕を振るい力を振るった、そうしなければ全てが消えていたからそうせざるを得なかった』
「ええ、彼女たちとは話し合えます」
『タカミチ君はわかっていませんねぇ』
「え?」

 予想外の言葉に声が出る。

『あの時の私達とは違う方法で学園長は戦っているのですよ? 腕力や魔法を使わずに、言葉と言う武器で今も戦っているのです』
「………」
『力尽くで追い出すと言う案も確かに有りました、勿論今もそれはしっかりと存在しているのですよ?』

 その言葉を聞いて学園長を見る、学園長の視線は有無を言わさない真剣な眼差し。
 彼女たちが約束を破り、害を成すと言うなら何が何でも討ち取ると言う意志が垣間見える。

『ですが今は話し合いの余地が大きく残っています。 麻帆良にある魔法書や居る者に手を出さない代わりに麻帆良に滞在することを認め、捜索の協力をする。 それを引き出せたと言う事は学園長が勝利を掴んだと言う証拠、たとえそれが八雲さんの思惑通りだとしてもです』
「………」

 それは近右衛門に取って勝利以外の何者でも無い、安全を確保するに当たってこれ以上のものはないだろう。
 だがその勝利の中にも敗北は存在する、その安全の範疇の中に神楽坂 明日菜が含まれていない事だ。
 近衛 近右衛門にとって、八雲 紫にとって、そして狙ってくるだろう敵にとっても神楽坂 明日菜は鍵となる。
 どんな提案を出しても近右衛門が認める『安全の範疇』には含まれない。

「まぁの、残念ながら明日菜君の事は手が届かんかった。 だからと言ってそれで諦めるのはおかしいじゃろう? 危険に曝されないよう最善を尽くすのがワシの役目じゃろうし」

 囮にする案は最初から確定していた事、それを覆せなかったから敗北。
 ならば囮にされても出来るだけ安全になるよう配慮すべき、それが麻帆良学園の学園長であり理事長でもある近衛 近右衛門のやるべき事。
 なぜなら今の彼女は『アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア』ではなく『神楽坂 明日菜』、この麻帆良学園女子中等部の生徒だからだ。
 教師が生徒を守ることなど当たり前、打算が有ろうが無かろうが近右衛門にとって当然の事だった。

『分かりますかタカミチ君、これからも話し合いと言う戦いをしなければならないのです。 今回は凌げても、次も凌げる保証などないのですから』
「……すみません、学園長」
「何を謝る、誰だって考えるものじゃ。 ワシも考えちゃったしの」

 ふぉっふぉっふぉっと近右衛門が笑い、フフフとアルビレオが笑う。
 それに釣られ高畑も笑みをこぼした。

「とりあえず戦いを選ぶかどうかは先の話じゃ、今は彼女らの機嫌を損ねず、気分良くお帰り頂けるよう頑張るしかないの」
「はい」
『それで、学園長はネギ君に特使を頼むのですか?』
「出来れば高畑君が良いんじゃがの、ここはネギ君に頼むことにする」
「……一緒に行動させますか?」
「そっちの方が動きやすいじゃろうし、何より二人の仲が良いしな」
「気に掛けてる様子は有りますね」
『血縁だからでしょうか?』
「嫌いと言いつつ、気になっているようですから。 ……僕としてはいずれ教師と生徒では無く、正しい関係になって欲しいのですが」
『それはネギ君と明日菜君次第です、封印を解くかどうかはしっかりと見極めなければなりません』
「それはそうですが……」
「ごく普通の女の子として生きて欲しいとも思う、じゃがそれは押し付けにしかすぎん。 ……記憶を封じておいて虫がいいとも思うがの、彼女の人生じゃ」

 他人の人生を勝手に決めるなど、許されることではないだろう。
 今の彼女を見ていると昔の事を忘れたままでいいのではないか、とも思っている自分が居る。
 だが、せめてガトウさんのことだけでも覚えていて欲しい、そう思う自分が居る。
 しかし結局は決められないのだ、そうして欲しいと思うしか出来ない。

「そうですね……、彼女を尊重します」
「……そうじゃの、他に何か報告することはあるかの?」
「いえ、わかったのはこれだけです」
「また話して何か気になったら報告を頼むぞい、今回のように調べずとも良いのでな」
「はい」
「さて、修学旅行の件も彼女たちに話して置かねばならんの、反対せんとおもうのじゃが」
「囮として見ているなら了承するでしょうね」
『霊夢さんは別の理由で嫌がりそうですが』
「別の……?」

 拒む理由? 霊夢君が拒む理由など……。

「……ああ、移動をめんどくさがりそうですね」

 短い間だが、二人のイメージが固まってきていた高畑だった。

「高畑君や、彼女らに説明を頼んでも良いかね?」
「はい、移動方法などは?」
「一緒で良いじゃろうな、同じ車両だと関わってくるかもしれんので一つずらすとしよう。 宿場などはこちらが全部用意しておくと伝えてくれい」
「彼女たちの立場はどうするんですか?」
「儂の友人の孫、とでもしておこうかの。 彼らもあの夜の戦いを見ておるし、いざという時は頼るようネギ君には言っておく」
「わかりました、それでは伝えてきます」

 学園長室から退室しようとして、足を止める。

「ああ、そういえばアル。 図書館島の下に居ると聞きましたが、今まで何をしていたんですか?」
『ただ待っているだけですよ、時が来るのを』
「時が来る? 何かあるんですか?」
『友との約束を』
「友……」
『タカミチ君、少し落ち着いたらこちらへ遊びに来てはどうでしょうか? エヴァも知ってから入り浸ってますし』
「……はい」
『たまには昔話も良いでしょう、それでは』
「はい」

 そうして声が消える。
 約束とは何か、ナギ関連のような気がするが僕が詮索するようなことではないだろう。
 そう考えて、もう一度学園長に頭を下げてドアへと足を進めた。







 高畑が霊夢君と魔理沙君に話を伝える為、学園長室から出ていくのを見送ってから近右衛門は机に備え付けてられている電話の受話器を取る近右衛門。

「刹那君達にも伝えておかなければの」

 電話の一つのボタンを押し、受話器を耳に当てる。

「……しずな君、刹那君と真名君を呼んでくれんかね? ……うむ、重要なことなので今すぐに、頼むぞい」

 要件を伝え、帰ってくる返事を聞いてから受話器を置く。

「さてと、来るまで書類でもやって置くかの」

 と判子を取り出し、学園長室の端に積んであった書類に目をやった。
 それから数分後、書類と向かい合いながら二人を待っていれば。

「桜咲 刹那と龍宮 真名、只今出頭致しました」
「開いとるぞい」

 ペッタンペッタンと学園長及び理事長判を押しつつ、ドアがノックして名乗った人物を招き入れる。
 ドアを開き、頭を下げて入ってくる二人の少女。

 一人は麻帆良学院女子中等部の制服を纏い黒髪をサイドテールで纏め、身長150センチほどの引き締められた表情で入ってきた少女『桜咲 刹那』と。
 もう一人も同じく女子中等部の制服を纏い、褐色の肌とロングストレートの黒髪、三白眼の身長180センチを超える中学生とは思えないスタイルを誇る少女『龍宮 真名』。
 判子を押すのを止め、机の前に来た二人を見据える。

「急に呼び出してスマンの、君らを呼んだのは今度の修学旅行について話しがあるからじゃ」
「何か問題でもあったんですか?」
「有るといえば有るの、生徒や教師以外にも修学旅行に付いて行くことになった」
「……もしやあの二人ですか?」

 今現在最大の問題が麻帆良に腰を据えている、通常ならば誰が付いて行くのか思いつかないだろう。
 しかしながら桜咲 刹那と龍宮 真名は直接問題を目にしている、そこに部外者も付いて行くといえば真っ先にあの二人を思い浮かべるのは容易に想像できる。

「うむ、ちょっと訳ありでの。 そこで刹那君と真名君にも協力してもらいたくての」
「それは構わないのですが……」
「こっちは報酬次第ですね」

 『あの二人』について躊躇いがちな刹那君と、淡々と報酬次第と語る真名君。

「そうじゃの、報酬はいつもの3倍。 それと向こうで起こった戦闘の際に使用する弾薬費はこっちで全額負担しよう」
「……太っ腹なのは嬉しいのですが、何かあるとしか思えないんですがね」
「負担になるようなことがあったら、その分別途報酬に上乗せするがどうじゃね?」
「分かりました、その依頼受けましょう」

 それを聞いて龍宮 真名は素早く頷く。
 金銭次第で何でもやる傭兵紛いのことをやっている為か、契約違反にならないよう注意を払った。

「ですが一つだけ要望が」
「わかっとる、彼女らが戦闘に出張ってきたらすぐにでも引いて貰って構わんよ。 無論真名君が相手に出来ない者が出てきても同様じゃ」

 桜咲 刹那と龍宮 真名からすれば、博麗 霊夢と霧雨 魔理沙は手に負えない『化け物』級として認識されている。
 化け物級のエヴァンジェリンと戦い、尚生き残っていることがそれを証明している。
 その認識は他者から見ても間違いなく、麻帆良停電時に見た時のような攻撃を放たれたら、この麻帆良に居る魔法先生と魔法生徒の殆どが守ることも避けることも出来ず吹き飛ばされるだろう。
 勿論二人とも吹き飛ばされる側に入っていた。

「不利だと判断すればすぐにでも」

 任意撤退許可を確認できて頷く龍宮 真名に、納得が入っていない桜咲 刹那は近右衛門から納得を得ようと口を開く。

「あの二人を付いて行かせる理由をお聞かせください」
「護衛じゃよ、正直に言えばこちらより向こうのほうが危なっかしいのでの」
「我々だけでは不足だと?」
「不足じゃ、高畑君も護衛に付けてから早々事は起きんじゃろうが、用心しておく事に損はなかろう」

 刹那の問いに面と向かって言い切る近右衛門。
 自分では守れない、そう判断されている事に内心歯噛みしながらも刹那は続きを聞く。

「君らには何が有るのかは言えん、魔法先生たちにも全ては教えては居らん」
「………」
「正直に言えば知って欲しくはない、言い触らす話でも無いのでな」

 護衛に高畑を付けてなお不足、居るかどうか分からない敵に注意を払いすぎていると言われるだろうがそんな事はなかった。
 事実を知っている近右衛門から見れば、彼奴等が魔法世界で引き起こした事を考えれば全くもって足りない。
 最強と言われた赤き翼の面々から死者を出すほどに苦戦した相手、もしそんな者らが出てくれば刹那や真名が一瞬で消し飛ばされるのが目に見えている。

「……行き先は京都かハワイかと聞いていますが」
「京都に決まっておるよ、そこでネギ君に呪術協会へ送る特使としてやってもらう事になって居る」
「ネギ先生に?」
「関西呪術協会と関東魔法協会は仲が良くないからの、妨害を掛けてくる輩が居るかもしれん」
「先立っての露払いですか」
「うむ、ちなみに先日彼女らと協定を結んでの。 お互い殺傷行為は禁止になっとる、出来れば破られて欲しくはないがの」
「……そのようなものが信用出来るのですか?」
「信用するしか無いとしか言えん」

 重たい一言、どうこう出来ないと言う意味が込められていることに気がつく刹那。

「……分かりました、全力で当たらせていただきます」
「……刹那君や」
「はい」

 一瞬の沈黙。

「……何か言おうとして忘れちゃった」
「……学園長、呆けてきたのでは?」

 お茶目に笑う近右衛門を前に、面と向かって龍宮が言ってのける。

「かもしれんの、最近老骨に鞭打ちまくりじゃよ」

 だが気にしたような素振りは見せず、肩を叩きながら微笑む。

「話はこれだけじゃ、戻ってもよいぞい」
「それでは失礼します」
「失礼」
「ああ、刹那君」

 またかと言う表情を浮かべる真名、刹那は変わらずの表情で返事を返す。

「……なんでしょうか?」
「木乃香の事を頼む」
「……はい」

 近右衛門の頼みに一度目を伏せた刹那、一瞬迷いを見せた後に頷く。
 退室時にもう一度頭を下げ、二人は学園長室から出て行った。

「……ワシが言うべき事ではないか」

 刹那が幼なじみであり護衛の対象でもある『近衛 木乃香』から離れるようになった理由。
 それが大きなコンプレックス担っているのは容易く理解出来る。
 気持ちは分かると言ってやっても所詮は同情の類でしか無い、真に気持ちが分かるなど全く同じ境遇を体験しなければ分からんじゃろう。
 何かをしてやりたいが、何もしてやれないのが現状。
 気持ちの整理が付き、本人が打ち明けねば前には進めんじゃろう。

「昔のように……、簡単には行かんじゃろうな」

 『友達』であった頃のように、いずれ二人が笑顔で付き合っていけるようになる事を近右衛門は心中で祈った。






 入れ替わり、刹那と真名が退出してから5分と掛からず次なる者。

「学園長、ネギ・スプリングフィールドです」
「開いとるぞい」

 3-Aの担任、短い赤茶色の髪を後ろで纏めた背の小さな、通称子供先生が学園長室に足を入れる。

「お呼びでしょうか、学園長先生」
「うむ、修学旅行に付いてネギ君と話しておかなければならないからの」

 ちょいちょいっと手招き、それを見たネギ君は机の前まで寄ってくる。

「も、問題でもあるんですか……?」
「……ある!」
「えぇーっ!?」

 少々力強く言っただけでこれほど驚くとは、ナギとは違い純真じゃのぉ。

「3年生の修学旅行がの、京都がダメになりそうなんじゃ」
「!?!?」

 言葉にならない悲鳴を上げ、ふらふらとネギ君が壁に額を当ててもたれかかった。

「コレコレ、まだ中止になったわけじゃないぞい。 ただ行き先の京都がハワイに変更になるかもしれんと言う話じゃ」
「……きょうとぉ~」

 ものすごく落ち込むネギ君、非常にブルーな感じ。

「どうしたんじゃネギ君、そんなに京都が良かったのかの?」
「ハイ、エヴァンジェリンさんが京都に父さんが住んでた家が有るって!」

 瞳を輝かせて言う、ナギが目標なのはちょっと心配じゃが。
 まぁナギとは全然違うから、あんな風にはならんじゃろう。

「なるほど、それは行きたいじゃろうな。 だがネギ君、今の君は教師なのじゃ。 自分が行きたいからと言って生徒に合わさせるなんて以ての外じゃぞ?」
「う、すみません……」

 うなだれるネギ君、10歳で教師をやらせると言うのもきついことじゃろうが……。

「分かってくれればよい、それでなんじゃがネギ君に重要な仕事を受けてもらいたい」
「重要な仕事、ですか?」
「うむ、そもそも京都行きが駄目になりそうなのは先方と喧嘩しておるからじゃ」
「け、ケンカですか!?」
「と言っても先方が目の敵に見てきておるだけでの、ワシとしてはもーケンカなんぞ止めて仲良くしたいんじゃよ」

 ネギ君も仲良くなれる子とケンカしたままなんて嫌じゃろ? と真っ直ぐ見て問う。

「ハイ、僕もそう思います」
「じゃろ? そこでネギ君に特使を頼みたいんじゃ」
「特使ですか……」
「なに、そんなに難しいことではないよ。 この親書を先方、『関西呪術協会』の長に渡すだけで良いからの。 まぁ妨害もあるかもしれんが向こうも魔法使いじゃ、一般人の目に触れるようなことはしてこんじゃろう」

 親書、手紙を取り出して、どうじゃね? 受けてくれるかね? と真っ直ぐネギを見て近右衛門。

「関西魔術協会……はい! 任せてください!」
「ほ、良い返事じゃ。 それと、孫の木乃香の生家が京都にあっての」
「生まれた家ですか」
「うむ、木乃香には魔法の事はバレておらんじゃろな?」
「多分、バレてはいないと思います」

 ムムム、と眉を寄せて少々自信がなさそうなネギ君。

「そうか、ワシとしてはバレても良いんじゃが、木乃香の両親の意向でバレないようにして欲しいのじゃ」
「そうなんですか……、木乃香さんのご両親は魔法使いなんですか?」
「む? ネギ君は知らんかったかの?」

 頭の上にハテナが幻視しそうな表情でネギ君が首をかしげる。

「アレの父親は『近衛 詠春』と言っての」
「このえ えいしゅんさんですかー」

 そう言うネギ君、そして数秒の沈黙。

「……わからんのかの?」
「え? 有名な方なんですか?」

 本気で分からないと言った表情のネギ君、名前ぐらいは知ってると思ったんじゃが……。

「……赤き翼の一員なんじゃが」

 数秒の沈黙後。

「……えぇー!?」
「ナギ・スプリングフィールドの友人であり、共に大分烈戦争を戦ったワシの義理の息子じゃ」

 そう言えば、大口を開けてネギ君は大層驚いていた。

「……ネギ君、ナギを追いかけるのは良いがの、周りの者達も劣らず有名なのじゃから少しは知っておいた方が良いと思うが」
「す、すみません……」
「流石に苗字が変わってわからんかったかの、こちらに婿入りしたから旧姓名は青山 詠春じゃ。 その点で言えばネギ君と木乃香は少々似ておるかもしれんの」
「あ、確かにそうですね」

 ネギはナギの息子で、木乃香は詠春の娘。
 名が知られる英雄の子どもたち、どちらも狙われるほどの資質を持っているのが一つの悩みじゃのぉ。

「まぁそれは有名じゃからすぐにでも知ることができるからの。 それではネギ君、修学旅行は予定通り行うからよろしく頼むぞい」
「はいっ!」
「ああ、それとネギ君に紹介しておきたい娘らが居るんじゃが……」





 ネギと近右衛門が話している頃、霊夢と魔理沙が寝食している屋敷へと高畑は向かっていた。
 向かう用事は修学旅行の説明、霊夢君が渋る可能性もある為しっかりと利を説かなければいけない。
 まぁ向こうには八雲さんなどが居るから、こっちの話を理解してくれるだろう。
 そう考えながらも到着した場所は、しっかりとした門拵えがある屋敷の前。
 インターホンを押し、門を潜って玄関の前で待つ。

「………」

 そうして待つこと数十秒ほど、インターホンの呼び鈴に対する返事と共に屋敷の中から気配が玄関に近づいてくる。

「やぁ」

 玄関が開き、姿を見せたのは白黒の魔女。
 高畑は魔理沙へ軽く腕を上げて挨拶を掛けた。

「今日も高畑か? 随分と暇してるな」
「いやいや、大事な話があるから来たんだ。 今日からは他の人も来るよ」
「まぁなんだ、ここで立ち話もなんだから上がれよ」
「お邪魔するよ」

 それを聞かずに廊下を進んで行く魔理沙君、それを追いかけるように玄関を潜って廊下を渡る。
 屋敷を貫く一本廊下の途中、居間へと顔を出した。

「やぁ、霊夢君」
「大事な話があるってさ」

 ちゃぶ台の傍に腰を下ろし、湯のみを取る魔理沙君。
 グイっと傾けてお茶を飲む。

「……また茶葉変えたのか?」
「色々あるしね、出来るだけ合うものが飲みたいじゃない。 それで、大事な話って藍にでも話したらいいんじゃないの?」

 面倒くさそうな話は頭が回る奴らにやらせれば良いと、そう言いながら霊夢君は手振りで示す。

「二人にも関係あるからね、紫さんは今居るかな?」
「要件は?」
「ん? 居るのかい?」
「紫は寝てるんじゃないか? 藍が応答するってさ」

 寝てるって……、まぁいいか。
 気にしないでおこうと考えていれば、瞬時にして霊夢君より少々背が高い金髪の女性が現れた。
 この人が学園長が言っていた藍さんなのだろうか。

「お初にお目に掛かる、紫様の式を務めさせてもらって頂いている八雲 藍と申します」

 そう言って腰を折る。
 ……凄いな、なんと言うかあり得るのかと思うほどの美女。

「学園長に聞いております、3-Aの副担任のタカミチ・T・高畑です」

 美人だから見惚れていて良い訳もなく、同じように腰を折って頭を下げる。

「それで、要件とは」
「ええ、来週の頭に三年生が勉強のために京都へと旅行にいくんですよ。 ネギ君たちも参加するので、霊夢君たちにも一緒に来て欲しいと思いまして」
「問題ありません、付いて行かせましょう」
「こっちの了承無しで即決なんて、中々清々しいな」
「断っても送り込まれるんだから、どうでも良いわよ」
 
 肩を竦め諦める魔理沙君と、行動を読んで達観している霊夢君。
 予想としては嫌がりそうだと思ったんだけど、目を瞑りお茶を飲んでいた。

「そう言ってくれるな、これは必ずやらねばならない事なんだから」
「はいはい、自分の家を焼かれちゃ堪らないしね」
「家どころか地面ごとだしな」

 気軽に言う魔理沙君は、どこか重かった。
 テーブルに肘を付いて、頬杖をしている顔にも表れている。
 恐らくは相当酷かったのかも知れない、三人とも大きな感情、怒りなどが見えないからどれほどのものか予想するだけしか出来ない。
 彼女らを攻撃した者は地面、大地ごと消し去る目算だったのか。
 自分に当てはめれば、この麻帆良を大地ごと消し去るような手段を使ってくる相手に怒りを禁じ得ない。

「……移動などに関してですが、全てこちらで用意するので二人にはただ付いてくるだけで構いません」
「自力で来いなんて言われてもね、スキマでも使えば良いけど」
「飛んで行くか? きょうととやらがどこにあるのか知らんが」
「京はこの国の首都だったところだ、遠くの昔から雅な都として栄えて四方から色んなモノが集まった。 今はどうだか知らないが、街並みも統一され国の中心に相応しいものだったな」
「へぇ」






 そう言ってどうでも良い返事をしていると。

『京ね、随分と懐かしいじゃないの』

 しゃしゃり出てきたのは輝夜。

『見知った光景は数えるほども無いかも知れないね、随分と長い事見ていないからさ』

 萃香もでしゃばってくる。

『京、京ってなんだったかしら』

 とか幽々子も。
 どいつもこいつも住んでたり行った事があるらしい、関連があるのか裏で色々と話し始めた。
 やれ妖怪が一番蠢いていた都とか、やれ陰陽師がしつこかったとか。

「要件ってそれだけ?」

 陰陽玉から聞こえる昔話を無視して高畑さんに聞く。

「あるけど、重要な話ではないよ。 そちら側、と言うより霊夢君たちに関係有るね」
「それでしたら私はこれで」
「はい」

 そう言った時には藍が消える。

「私たちって、どんな内容だ?」
「さっきも言ったけど、監視の人たちの数が増えるんだ」
「これ以上増やすってのか?」
「監視する人の数が増えるけど、一度にする人が増えるって意味じゃないよ」
「なんだ? 神多羅木と葛葉じゃなくなるのか?」
「二人だけじゃなくて他の人も来る予定だったよ、その数が増えるだけさ」
「ははぁーん、私たちが恐いってか?」

 ニヒル……かどうか分からないけど、魔理沙が口端を釣り上げて笑う。

「そりゃそうさ、封印が解けたエヴァンジェリンと戦って、倒されなかったって言うだけで凄いものだし」
「本当のことを言っても飴の一つもでないぜ」
「あれぐらいになるとめんどくさいけどね」

 絶対に死なないと言うわけじゃないけど、昨今は弾幕ごっこばかりだからあの夜の様な戦いは少なくなってきている。
 だからと言って不覚を取るようなことはしない、そう言う協定があるにしても死ぬことだってありえるし。
 ざら、と言う程でもないがあれくらいの妖怪はちょくちょく見かけるし、それ以上の妖怪が周りに居るしどうって事はない。
 と言うか弾幕ごっこならではの、視界を埋め尽くす美しい弾幕の隙間を見つけて潜り抜けなければならないから、ただ一点の速い攻撃など当たりはしない。
 弾幕ごっこ上級者ともなれば二重三重の罠を用意していて、それを見切れなければ落とされると言う美しさに比例した悪辣さを持ってたりする。

「まぁな、あいつみたいな直球勝負もありだろうけどさ。 やりやすい相手ってのは変わらないな」
「似たようなタイプじゃない、レーザーっぽいものとか、でっかい氷の塊は無いけど」
「なぁタカミチ、エヴァって体当たりとか使うのか?」
「え? 体当たり? ……エヴァは魔法使い型に近いからどうだろう」
「魔法使い型? なんだそれ」

 魔理沙がよく分からないと言って訪ねる。

「ああ、こっちの魔法使いには二つのスタイルがあってね、一つが魔法使い型、もう一つが魔法剣士型なんだよ」

 そう言って高畑さんは人差し指を立てて魔法使い、続いて中指を立てて魔法剣士と言う。
 それを魔理沙は頬杖をついたまま見る。
 そしてどうでも良い私はお茶を飲む。

「魔法使い型は遠距離から強力な魔法を放つタイプで、魔法剣士型が前に出て近接戦闘も行えるタイプだね」
「つまり遠くからドカンと撃つタイプと、魔法を使って殴り合いするタイプってことか」
「基本的に従者が居て、二人一組で戦うんだ。 魔法使い型は前衛を従者に任せ、魔法剣士型は従者と一緒に前に出て戦うんだよ」
「めんどくさいことしてるのな、近づかれる前に撃ち落とすか、近づかれても撃ち落とせば良いと思うが」
「結局撃ち落とすんじゃない」
「体術は得意じゃなくてね、それよりも刀子が頻繁に来なくなるのは良いかも」

 魔理沙は笑いながらもそう言った。
 どうもああ言う構ってくるようなタイプは苦手のようだ。

「刀子さんは魔理沙君がどうも気になってるようだね、何と言うかだらしない妹とでも見て、っと、すまない」

 話していた高畑さんから音が鳴り、胸のポケットからけいたいでんわを取り出し。
 すぐに居間から廊下へと出て、けいたいでんわを耳に当てていた。

「おいおい、だらしないって聞こえたぜ」
『その通りじゃないか、捨てられない癖に随分と集めて置所が無い』
「そりゃそうだ、宝物だからな」
「宝物の癖に乱雑に扱ってるんだから」

 割って入ってくるのは霖之助さん、確かに言う通り魔理沙は集めるだけ集めてそのままが多い。

「そのおかげでこれになったんだ、宝物は宝物になるんだよ」

 とミニ八卦炉を取り出した。

「ミニ八卦炉がどうしたって言うのよ」
「そういや霊夢は知らなかったか。 このミニ八卦炉はな、なんと緋々色金製だぜ」

 と魔理沙は嬉しそうに言った。
 とりあえず置かれているミニ八卦炉を見て。

「へぇ」

 それ以外に言う事は無かった。

「おいおい、もうちょっと驚けよ。 稀少な緋々色金で出来てるんだぜ」
『確かに稀少だろう、何せ世界で一つだけの物だろうからね』

 よくよく見ればミニ八卦炉は少々赤い。
 血のような赤と言うより、天に明るい太陽のような色。
 表面も何か見にくい、何と言うか揺れているように見えてはっきりしない感じがする。
 そんな特殊っぽいミニ八卦炉を見てもう一言。

「へぇ」
「……だからもうちょっと大げさにだなぁ……」
 
 なんとかその価値を知ってもらおうとする魔理沙だが、正直言ってどうでも良いから聞いてはいない。
 何か言っている魔理沙の言葉に耳を貸さずにお茶を飲む、そうしていれば高畑さんが戻ってきた。

「これから君たちに紹介しておきたい人が居るんだけど、良いかな?」
「良いんじゃない?」
「霊夢、私の話を聞こうぜ」
「ただの自慢でしょ、それとも魔理沙は他人の自慢話を聞きたいわけ?」
「む、そりゃあ聞きたくないな」
「と言うわけで魔理沙も良いらしいわ」
「ははは、こっちに向かってるそうだから、十分位で来ると思うよ」
「それは重畳」

 やっと分かったのか魔理沙は口を閉じた。
 とりあえずお茶を注ぎ足そうと急須を持ち上げると、魔理沙が湯のみを差し出してきた。

「まったく、これの価値は知ってて当然なのにな」
「魔法使いからしたら、でしょ」

 注いでやればそのまま手元に湯のみを引き寄せて行く。

「……それは一体?」

 ミニ八卦炉を見ながら座る高畑さん
 使っていない盆の上にひっくり返していた湯のみを、お茶を注げるよう戻し注いで高畑さんの前に置いた。

「ああ、ありがとう」
「ふふん、タカミチは気になるか? 気になるよな? 気になったよな?」

 魔理沙はテーブルの上に身を乗り出した。

「これはマジックアイテムなんだろう? 魔法使いじゃないが気になるね、こんな物見た事が無いし」
「こいつがなきゃ私じゃないかも知れないな」

 さも魔理沙は言った。
 確かにこれ、ミニ八卦炉は魔理沙の特徴の一つだ。
 白黒の魔女の服に竹箒、そして魔理沙が十八番とする『マスタースパーク』。
 それを放つために使用されるのがミニ八卦炉、霧雨 魔理沙と言う魔法使いを表すにはこの三つが必要じゃないかしら。

「……これは凄いな、触ってみても良いかい?」
「ああ、触るだけだぜ」

 高畑さんは頷いて、テーブルの上に置かれているミニ八卦炉を手に取る。
 隅から隅へと、三百六十度ミニ八卦炉を触って見て確かめる。

「本当にこれは一体何なんだい? アーティファクトじゃなさそうだけど」

 テーブルの上にミニ八卦炉を置き、それを魔理沙が手に取る。

「これはな──」
『魔理沙、言わない方が良い』
『店主と同感ね、言い触らすような物ではないわ』

 そうしていつもの如く止める声。
 霖之助さんとパチュリーが、ミニ八卦炉を構成する金属の名を言うのを制止する。

『なんだ? 緋々色金は確かに稀少だがそんなにか?』
『考えてもみろ、外の世界で失われた物が流れ着く幻想郷でも稀少なんだ』
『外の世界じゃ完全に失われた金属よ、それと同じように緋々色金でマジックアイテムを作れば非常に強力なものになる。 それほどの大きさだと馬鹿みたいな値段で取引されるわね、つまり……』
「奪われるかも知れない、って事ね」
「ん? 何がだい?」
「……それは駄目だ、一番の宝物を誰かにやる事は出来ないな」

 そう言って魔理沙は揺らめくミニ八卦炉に視線を落とす。

「……いや、すまなかった。 聞いちゃいけない事だったようだね」

 そんな魔理沙の呟きに高畑さんが謝る。

「事情が違うんだし、持ってる奴は持ってるんでしょうね、スキマとか」
『これを使えとこぶし大の緋々色金を彼女は持って来たからね、あの分だとまだ持ってそうだよ』
「紫が絡むと有難みが無くなるのな」
『伝説と言うのは真に受けるべきではないの、ちょっと賢者の石を作ってみたのだけどエリクサーにはならなかったわ』

 そう言うパチュリーにエリクサーって何? と聞いた所、万能の霊薬、どんな病気でも治す薬と言われて納得した。
 パチュリーはよく苦しそうにしてたわね、それを治したかったんだろう。

「口を閉じていた方が良いかな?」
「でしょうね」
「譲れない宝物さ」
『大切に、は無理だろうから精々末永く使ってやってくれ』
「言われなくとも」

 ミニ八卦炉をスカートの中に仕舞いながら、魔理沙は笑う。

「自慢する時と場所と人を選ばないとね」

 幻想郷では珍しいで済むけど、外の世界じゃ大金に当たるらしいから気を付けて置いた方が良いと言う事。

「そうだな、戻ったらしこたま自慢するか」
『そんなのどうでもいいし、こっちに来ないでよ』
『記事にする程でもないですね』
『それよりも稀少な物を持ってるから来ないでよ』
『そんなに興味はないわねぇ、紫は大元を持っているようだし』
『魔理沙以上にミニ八卦炉を知っているんだ、こっちに来る意味はないぞ』
「………」

 帰ってきたのは総すかんだった。

「だから他人の自慢話なんて聞きたくないって言ったでしょうに」
「……いいさいいさ、私だけが知ってりゃ良いさ」

 少々不貞腐れたように、両手を後ろ手に体を支えて天井を仰ぎ見ていた。

「ははは、何か魔理沙君には面白くない事でも言われたようだね」
「間違いなくつまらないな」

 それを見た高畑さんはまた笑みをこぼす。

「それで、紹介しておきたい人って?」
「ああ、ネギ君だよ。 図書館島の下で話しただろう?」
「薬味ね」
「……確かに同じ名前だけど」
「味噌汁に一つまみ、だろ?」
「それは……、多分彼も知っているだろうけど直接言わない方が良いと思うよ」
「なるほど、葱坊主か」

 魔理沙がテーブルの上に乗せた腕を組み、その上に顎を載せた。

「積極的に関われってか?」
「いや、ネギ君とアスナ君が狙われている以上、君たちが狙う者が現れる可能性が大きい。 そうなった時、君たちはその者を捕らえようと動くだろう、でも彼らが君たちを不審な人物として敵対行動をしたりするとめんどくさいだろう?」
「まぁそうね」
「言い含めてあるからそうはならないと思うけど、学園長は『知り合い』であった方が双方にとって悪くないと考えたんだよ」
「蹴っ飛ばす時間も惜しくなるかも知れないって事ね、だったら知り合っていた方が良いわね」
「いやいや、黒焦げにする時間が惜しいのかも知れないぜ」
「……どっちもそうして欲しくはないからね」

 何故か冷や汗を流しながら高畑さん。
 一応冗談よ、と言っておいた。
 それでも半笑いだったけど。
 この続きは薬味が来てから、と言う事で少々冷えてしまったお茶を入れなおしてゆっくりする。
 入れなおしたお茶を二杯目、一息付いた所で呼び鈴がなった。

「はいはいっと」
「僕も行くよ」
「だったら私は残らないとな」

 ひらひらと手を揺らす魔理沙を他所に廊下へと出て、高畑さんとともに玄関へと向かった。







 学園長先生から紹介したい人が居ると聞いて、修学旅行の準備を先送りにしてその人達が居る家に行くことになりました。
 どんな人か聞いたら、あの停電の時にエヴァンジェリンさんと戦った人たちらしい。
 興味はある、手加減してもらった僕とは違い、エヴァンジェリンさんと本当の戦いを出来る人たち。

「兄貴ィ、本当に会うつもりなのか?」

 肩に乗るカモ君が、耳元で言ってくる。

「そうだよ、学園長先生も会って置いた方が良いって言ってたし」
「元600万ドルの賞金首と正面からやりあえるなんて、とんでもねぇ奴らに決まってるって!」
「でもとんでもない人たちなら学園長先生が会って置いた方が良い、なんて言わないと思うけど……」
「おれっちの勘じゃ学園長さんは何か隠してやがるぜ、何がとは言えねーがどうも引っかかる!」
「うーん、でも」

 廊下を歩きながら顎に手を当て、カモ君の言い分を考える。

「……カモ君、大丈夫だよ。 会うのは僕一人じゃないし、タカミチだって居るんだから」
「……兄貴がそこまで言うならしかたねぇ、でも危ないと思ったらすぐ逃げるようにしてたほうがいいぜ」
「うん」

 そうして一人と一匹はまた廊下を歩き出す。

「あ、そう言えば案内してくれるって──」
「ネギ先生」

 案内、一緒に行ってくれる他の先生が居ると学園長先生が言っていた。
 誰が付いてきてくれるんだろう? そう考えていれば後ろから声が掛かった。

「ガンドルフィーニ先生、それに瀬流彦先生も。 どうしたんですか?」
「あれ、聞いてないのかな? 僕たちがネギ先生を案内するよう学園長に言われたんだけど」
「あ、そうなんですか! よろしくお願いします!」

 腰を折り、ガンドルフィーニ先生と瀬流彦先生にペコリと頭を下げる。

「ネギ先生、これから向かう所は危険かも知れない」
「え?」
「ガンドルフィーニさん、そう言う考えは無しって、会って確かめてからって学園長は言ってたじゃないですか」
「しかしだな、彼女たちの実力が侮れないのは君も知ってるだろう!」

 とガンドルフィーニ先生が、瀬流彦先生の肩を掴んで声を荒げる。

「それは分かりますけど、悪気があったら僕ら生きてちゃいないですよ」
「それはそうだが……」
「えっと、悪い人たちかどうか会ってみたら分かるんじゃないんですか?」

 そう言ったら、二人は振り向いて僕を見た。

「……そうだった、まずは会ってからだった。 ありがとうネギ先生、君に教えられたよ」
「さっき僕がそう言ったじゃないですか……」
「それじゃあネギ先生、彼女たちのところへ行くとしましょう」
「はい!」

 そうして僕たち三人は歩き出した。
 学園を出てから十分ほど歩いて、目的地に着いた。
 そこは日本式の大きな家だった。
 同じように大きな門があって、その奥に玄関が有る。

「ここですか?」
「ここだよ、住所もあってるし」
「では」

 門に取り付けられているインターホンを、ガンドルフィーニ先生が押した。
 押してから30秒ほど位かな、それくらいして家の中から人が現れて玄関が開いた。
 玄関のドアを開いたのは、紅白の、日本のみこさんと言われる職業の制服を来た人と。
 その人の後ろにタカミチが立っていた。

「やぁネギ君、ガンドルフィーニ先生たちも案内ご苦労様です」
「いえいえ、これも仕事ですから」
「……高畑先生、彼女が?」

 とガンドルフィーニ先生が言った時には、みこさんの人は家の中に入っていった。

「中に入ってからでも遅くはないと思うけど」
「はは、自己紹介などは中で」

 軽く握った右手を口に当て、咳をするようにタカミチが笑っていた。
 でもガンドルフィーニ先生は眉を顰め、瀬流彦先生は半笑いだった。
 とりあえず中に入った方が良いと思い、歩いて玄関を潜る。

「おじゃまします」

 一言断り、靴を脱いで上がる。
 ガンドルフィーニ先生たちも後に続いた。

「居間で話しましょう、もう一人も居ますから」
「……高畑先生、彼女は常にあんな感じですか」
「そうですね、神多羅木先生と葛葉先生の時もあんな感じでしたよ」
「慣れ合うような感じじゃなさそうですね」
「多分こちらから何か言わないと、何時間も無言とかなるかと」

 物静かな人ってことかな。
 そんな事を考えながら、前を歩くタカミチに付いて行く。

「高畑先生、彼女たちをどう見ますか?」
「まだはっきりとは言えませんね」

 後ろ姿のタカミチ、顔は見えないけど真剣な声だというのは分かった。

「あの人達が凄い魔法使いだって言うのは分かるんですが、何かあるんですか?」
「……そうだね、凄い魔法使いだからガンドルフィーニ先生は警戒してるんだよ」

 タカミチが足を止めて振り向く。

「強い力は危ないって言うのはネギ君も知ってるだろ?」
「……あ! ガンドルフィーニ先生は、あの人達が悪いことをしないか心配してるんですか?」
「そういう事だよ、ネギ先生の言う通り、あの子らが誰かを傷つけたりしないか心配してるんだよ」
「……だったら話し合わないと、言えば分かると思います!」
「そういう事ですよ、ガンドルフィーニ先生。 彼女たちとは言葉を交わせますから」
「……この心配が杞憂だと良いんだが」
「なら早く晴らした方が良いですね、ずっとこの事ばかり考えてるわけにも行かないし」
「瀬流彦先生の言う通りですね、それじゃあ早くガンドルフィーニ先生の悩みを解決しに行きましょうか」

 そう言ってタカミチがまた歩き出す。
 難しい顔をしたままガンドルフィーニ先生も歩き出した。

「ネギ君、いい事言うじゃないか」

 二人を追いかけようとすればヒソヒソと、瀬流彦先生が耳打ちをしてくる。

「あんなこと言えるなんて、流石だぜ兄貴!」
「そ、そんなことないよ!」
「ガンドルフィーニ先生は物事を難しく考えるからね、ネギ君みたいな発想は中々出ないんじゃないかな」
「そうなんですか?」
「裏を返せば、麻帆良に居る皆のことを心配してる事だから悪いことじゃないんだけどね」
「それはとってもすごい事だと思います」
「そうだね、柔らかくなったらガンドルフィーニ先生っぽく無くなる気もするけど。 とりあえず行こうか」
「はい」

 頷いて廊下を歩いている二人を追いかける。
 そうして追いついた先、タカミチとガンドルフィーニ先生が廊下の途中で立ち止まって僕たちを待っていた。

「居間はここだよ」

 そうして顔を出す。
 室内はタタミでタンスとかが置かれている。
 その部屋の中心に置かれた、丸いテーブルの傍に座るニ人の女性。
 一人はさっき玄関で出迎えてくれたみこさんの人と。
 もう一人はむかーしの魔法使いのような服を着る、長い金髪の女性だった。

「初めまして、ネギ・スプリングフィールドと言います!」

 その二人に向かって名乗りながら頭を下げる。

「博麗 霊夢よ」
「霧雨 魔理沙だぜ。 お前さんが葱坊主か、緑かと思ったら赤かったな」
「?」
「気にしなくて良いわ」
「はぁ……、わかりました」
「こちらがガンドルフィーニ先生と瀬流彦先生、僕たちと同じ教師だよ」

 左手を僕の後ろにいたガンドルフィーニ先生と瀬流彦先生に向けるタカミチ。

「ガンドルフィーニさん、間近で見ると普通……っぽい子たちじゃないですか」
「……私の名前はガンドルフィーニと言う、一つだけ聞かせて欲しい」

 真剣な表情でガンドルフィーニ先生。
 視線を向けられた二人、いきなりの事だけど嫌そうな顔を見せず、きりさめさんが答える。

「モノによるな」
「……君たちは誰かを傷つけることを良しとするのかね」
「それはそっち次第ね」
「あんたたちが私達の邪魔をするってんなら、良しとしなきゃいけない。 と言うか良しとしなきゃめんどくさい事になるから良しとする」

 そう言うことね、とはくれいさんは言った。
 だけど、ガンドルフィーニ先生は「違う」と首を振る。

「そちら側の事情ではなく、君たち自身の事だ」
「ちょ、ガンド……」

 ガンドルフィーニ先生を止めようとした瀬流彦先生を、タカミチが制止した。

「私たちか? 私の宝物を奪いに来るならぶっ飛ばすが」
「傷つけて意味が有るの? 無駄に疲れるだけなのに?」
「妖怪ならともかく、人間相手にやると何されるか分かったもんじゃないからな」
「だそうですよ」

 タカミチがそう締めくくる。
 その顔は少し笑ってる、なにかおかしい事でもあったのかな。

「……その言葉、信じていいんだね?」
「違うぜ」
「なに?」
「どーせ他人の言葉だ、私達を信じるんじゃなくて、それを決める自分を信じた方が良いと思うぜ」

 そっちの方が後悔はしないと思うがな、そうきりさめさんがニヤリと笑って言った。

「……分かった、僕は君たちを信じる僕を信じよう」
「裏切ったら駄目だぜ」
「それはこちらのセリフなんだけど」
「えっと、よろしくお願いします!」
「はいはい」

 勢い良く頭を下げた。
 はくれいさんはこちらを見ずに一言そう言った。
 それとは裏腹に、きりさめさんは僕をじっと見てくる。

「ところで、先生って誰でも出来る仕事なのか?」
「ネギ君は特別だよ、大学……成人した大人が学ぶ学校を卒業出来るくらいに頭がいいからね」
「へぇー、よくわからん」

 そうして数秒静かになり、また口を開く。

「……なぁ葱坊主」
「はい」
「そっち側で楽しいか?」
「え?」

 いきなりで何が楽しいのか分からない。

「私達側から見るとな……、歳は幾つだ?」
「数えで10になります」
「私達側から見るとな、10歳だと遊びで走りまわって勉強をして宿題を忘れると頭突きされるんだ。 つまりだ、教える側じゃなくて教えられる側なんだ」
「………」
「そっち側で楽しいか?」
「……はい!」
「……そりゃ良かったな」

 またきりさめさんは笑う。
 僕の答えのどこが可笑しかったんだろう?

「立ったままは疲れるでしょう、座りなさいよ」
「あ、はい」

 言われてから気が付く、はくれいさんの言う通りにテーブルに寄って座る。

「ガンドルフィーニ先生たちも」
「ああ」
「今さらだけどお邪魔するよ」
「そういや、三人とも魔法使いなんだろ? ちょっと魔法のことをな……」

 そうしてきりさめさんが話し出す。
 はくれいさんは立ち上がってキッチンへ。
 僕たちはきりさめさんの問いに答える。
 はくれいさんが戻ってきて、お盆の上には湯のみ。
 それにお茶を注いで僕たちの前に置いていく。

「ありがとうございます」
「そう言えばネギ君も聞いてるよね、彼女たちが修学旅行に付いて行くのを」
「うん」
「勿論彼女たちは生徒じゃないから勉強のために行く訳じゃない、どちらかと言うと護衛に近いかな」
「向こうの魔法使いさんたちが邪魔してくるかもって学園長先生が」
「そうそう、安全のために万全を期すけど、もしかしたら生徒たちや他の一般人達に被害が及ぶかも知れない。 停電の時に彼女らの戦いは見たよね? 学園長の知り合いだし、実力もあるから彼女たちに力を貸してもらおうってわけだよ」
「あ、そうなんだ。 はくれいさん、きりさめさん、修学旅行ではよろしくお願いします」
「魔理沙でいいぜ、霊夢は霊夢な。 苗字で呼ばれるなんざ滅多に無いからむず痒くなるぜ」

 あーかゆい! と言いながら背中を掻き始めるまりささん。

「これのために二人を紹介する事になったんだ。 向こうでは周りのことは僕たちに任せてくれて良いけど、油断だけはしないでくれよ?」
「うん、学園長先生に頼まれたしちゃんと届けるよ!」
「ネギ先生は頼もしいね」
「なんか知らんががんばれよ、葱坊主」
「はい!」
「ところでその肩の動物、美味しそうね」
「え゛」

 その一言でブルブル震えだすカモ君。

「た、食べちゃだめですよ!」

 カモ君を隠しながら抗議。

「分かってるわよ、それ妖精の類でしょ」
「だったら食べても良いんじゃないか? 死んでも……って死なないか」
「食べられたら死んじまう!」
「なんだ、死ぬのか。 生き物の側面が強いのか」

 そんな会話をしながら僕たちは、長い時間話していた。
 れいむさんは寡黙で、まりささんは陽気な人でした。
 この人達は信じていいんじゃないかな、話してれば無理やり人を襲うような人達に見えないし。
 修学旅行もタカミチやれいむさんたちが居るんだから、そんなに心配しないで良いかも知れない。
 そう考えながら、夕暮れまで僕たちはれいむさんたちと話していた。





















 紅魔館便利すぎる、何この使いやすさ。
 紅魔館は幻想郷入りする前は東欧にあったと言う設定に、居場所がばれている吸血鬼を正義(笑)の魔法使いが見過ごすはずもなさそうで。
 面子なども大事にしてるようですし、喧嘩売ってくる魔法使いが煩わしいと思いつつも、移動すれば逃げたなんて思われそうだから動かなかった、とか。
 パチュリーは紅魔館の蔵書目当てかも、正面からレミリアを叩きのめして気に入られたとか。
 残像すら残らない速度で移動するレミリアを捉え、近寄られる前に魔法をたたき込めるくらいの実力が有るパチュリーでした。



 ネギま勢、フルネームがない人がいて困る。
 おかげで微妙な……、設定資料集とかでも載ってないのですかねぇ。



[5527] 8話 修学旅行の始まりで
Name: BBB◆e494c1dd ID:e6765bff
Date: 2012/03/19 00:59
「藍」

 幻想郷の端の端、博霊神社とは反対方向の艮にある古い屋敷。
 その屋敷の畳が敷き詰められた居間、障子を隔てて金色の狐の名を呼ぶモノが一人。
 声を発したのは八雲 紫。、それを聞くのは八雲 藍。
 縁側を歩く式神の狐に向かって、居間から呼びかける妖怪。

「おや、紫様? 帰ってきたのなら教えてくださってもいいでしょうに」
「私の忠実な式神、結界は今日も異常は無かったですか?」
「別段、ありませんでした」
「あったら困るものね」

 問いに答えた藍に飄々と返す。
 それを聞いて僅かに眉を動かした藍が口を開く前に紫は言葉を出す。

「沢山、とても沢山の存在が消えたわ」

 藍は何が、とは聞かなかった。
 何の存在が消えたのか一言で理解した、してくれなくては困るのだけど。
 結界に干渉、それが幻想郷だけではないと気が付いた時には手遅れだった。

「奴らは我々の存在を許さないと?」
「それはどうでしょうか」
「と、言うと?」
「許す許さない、安易なものではないでしょうね」

 単純な殺生ではない、紫には別の物にも見えていた。
 奴らが幻想郷を幻想郷として成り立たせている二つの結界を破壊しようとした、その理由。
 ごく僅かに、不審な点を紫は展開した『ラプラスの魔』にて拾い上げていた。
 お陰で断定できるものも出来なくなり、より多く動かなければいけなくなった。

「では、一体何を目的で結界に攻撃を?」

 藍が問いても、私は口を閉じて扇を扇いで流し目で見るだけ。
 自身で考えろ、と言う訳ではないけど。
 まっすぐと見つめてくる藍は、私が発した言葉の意味を考えているのでしょう。
 ですが、その答えは出る事は無い、出たとしても正しくない答え。
 間違った見解は決して真実に辿り着けない、藍が曲解の螺旋に足を踏み込む前に止めた。

「答えを出すにはまだ早すぎますわ」
「……でしたら、惑わせるような事を仰らないでください。 情報がないので不確かな推測しか出来ませんよ」
「それもそうですわね」

 文句を言ってくる藍、忠実すぎて動けない式神に笑みを返して立ち上がった。

「それじゃあ、もう一仕事してきます」

 私は扇子を仕舞いながら左右隣の畳の上に、一丈ほどの二つの境界を開く。

「あまり外の世界と馴染んで欲しくないものね」

 とは言え、帰りたがっている霊夢は必要以上に見聞きしないでしょう。
 魔理沙もさほど問題とはならない、確かに外の物を見て喜びこそすれ欲しがる事はしないでしょう。
 がらくた時々貴重品を集めているとは言え、幻想郷と外の世界のとでは意味や意義が違う。
 その点をきっちりと言いくるめているから、無闇矢鱈に持ち込もうとはしないでしょう。

「夕餉はどうしましょうか」
「用意しておいてね、暖かいのも一つ」

 私の背後に空間の境界を作って、垂直に開いた境界に向き直りながら藍に言った。
 さらに別の境界、床の境界と垂直に並ぶ、天井すれすれに床と同じ大きさの境界を二つ。

「あ」

 開いた途端、天井の境界から落ちてくる物体を見て藍が口を開いた。

「それじゃあ、行ってくるわ」
「あ、はい。 行ってらっしゃい」

 落ちてきたのは既に就寝していた紅白と白黒、藍はその二人に視線が上から下へ。
 そうして私は空間に作った境界を潜る、潜る先は一つ。






「……申し訳ないが、せめて扉から入ってきてはくれんかの?」

 いつの間にか居た、表現するとしたらそうとしか言えない。
 学園運営に係わる書類を処理していたら、いつの間にか机を挟んで向こう側に立っていた。
 ふと視線を上げたから気が付けた、そうでなければ気付くのはもっと後になっていたじゃろう。

「確かに不躾でしたわ、今度からはノックも付けましょう」

 彼女、八雲殿が右手でノックする仕草をして笑う。
 妖しい笑み、美女の笑顔だと言うのにどうも好きになれない表情。
 何かあるのでは、と勘繰ってしまう様なモノだった。

「そうしてくれると助かる、心臓が止まりそうじゃわい」
「それはそれは、申し訳ありません。 早速で悪いのですが、今日お伺いしたのは二人のことですわ」
「……霊夢君と魔理沙君のことかね?」
「ええ、既に向こうの宿に送っておりますので、足の取り消しをお願いに」

 そう言って、やはり何か含みのありそうな笑顔を作る八雲殿。

「それはかまわんが、どこの宿に泊まるかは」
「ホテル嵐山、同じですわ。 二人とも京の都は初めてですが、はしゃぎはしないかと思いますが」
「……ふむ、魔理沙君はともかく、霊夢君ははしゃぐほど子供ではなかろう」
「確かに」

 そう言ってソファーに座る八雲殿、一挙一動に注意を払ってなお、いつ握られたか分からないビンに気づいた。
 そしてほぼ真下で音、ペンを持つ右腕の内側に小さなお猪口。
 親指と人差し指だけで摘める小さなお猪口になみなみと注がれた、香り立つ透明な液体を見た。

「……わし、仕事中なんじゃが」
「気付けの一杯に、お聞きしたい事もありまして」

 そう勧めてくる八雲殿、下に視線を落とせば芳醇な香りが漂う恐らくは日本酒。
 八雲殿は既に口を付け、酒を飲んでいた。

「……すまんが、遠慮させてもらう。 事重要な話でなくとも聞き逃したりしたくはないのでな」
「それは残念、程よい銘酒ですのに」

 そう言ってもう一度お猪口に口を付ける、顔にはやはり妖しい笑み。

「聞きたい事とは?」
「……英雄の息子と黄昏の姫御子の事ですわ」
「……ふむ」

 お猪口を置きつつ、僅かに顔を向けて視線を送ってくる八雲殿。

「具体的には?」
「現状とこれからの傾向、主に性格の事なら特に」
「おや? このような事、わしから聞くまでも無いと思ったんじゃがの」
「いいえ、百聞どころか百見したとしても心と言うのは得てして捉えがたいもの。 そう思いませんこと?」

 長く付き合っている者でもその心が読めないときが有る、大か小か、差異はあれ心は常に変化し続ける。

「申し訳ないがわしとて彼と縁を作ったのは最近じゃ、額面通りの事しか言えんが」
「でしたら第一印象でも構いませんわ」
「なるほど」

 いつの間にか消えていたお猪口を内心惜しみつつ、今現状近右衛門が知るネギ・スプリングフィールドと神楽坂 明日菜について語る。

「黄昏の姫御子、ここへ来て随分と様変わりしたようですわね。 追って見なければその姿に、当時を知る者は驚くでしょうか」
「他者との交流は影響を与える、その点でアスナちゃんは非常に良い友人とめぐり合えたの」

 雪広 あやか、神楽坂 明日菜として麻帆良の地に住む事になり、学園へと転入した当初からの友人。
 当時無感情だった神楽坂 明日菜、それに突っかかったのが雪広 あやか。
 声を掛けても返事を返さず、まるで見えていないかのように無視。
 返事ぐらいしたらどうかと詰め寄るも、同じように無視したから掴み合いに発展。
 先生やクラスメイトたちが間に入って止めたので大事には至らなかったが、それから事あるごとに二人はぶつかり合いを起こすようになった。

 お互いが気に入らないから、そう言う理由も有っただろうが、原因となる事柄が二人にはあった。
 それは『死』、念入りな記憶操作で覚えては居ないが、神楽坂 明日菜にとって親しい存在。
 紅き翼のナギ・スプリングフィールドとさほど差が無いほど慕っていたガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグの赤。
 息を引き取る所を見た訳ではなかったが、敵の攻撃を受け血に濡れた姿は容易く死をイメージさせた。
 覚えていなくとも、それは記憶のどこかに僅かばかり残って、神楽坂 明日菜に影を落とした。

 雪広 あやかにとっての死は、生まれてくるはずだった弟。
 姉になると言う気負いと期待、早く生まれて来いと願うほどの思い。
 そしてその願いは叶う事無く、日の目を見る事無く弟は亡くなった。
 嘆く両親と姉、あやかにとっても大きな悲しみとして心に傷を残す。

 お互いに残る傷が、ささくれて思いを加速させた。
 あやかはただ悲しみに明け暮れる事はしなかった、だからこそ他者との交流を持って早く忘れようとした。
 明日菜は記憶を封じられたせいもあってか、他者との接触を極端に控えるようになった。
 その時に神楽坂 明日菜と雪広 あやかは出会ってしまった。

 話しかけるもまともに返事を返さない明日菜に食って掛かるあやかに、それを煩わしく思う明日菜。
 あやかの気落ちしていても性根の思いやりがなくなる訳でもなく、何度も話し掛け続けるも無視の連続。
 明日菜も何度も繰り返される言葉に疲弊していた訳ではなかったが限度はある。
 無感情であっても、何故突っかかってくるのかとイラ付いていたとも言える。

 結局、何度も接触すれば精神的負担が溜まり、お互いの溜めていた気持ちは同時に爆発する。
 そうして掴み合い罵り合い本音を曝け出す、心の奥底にある心労と心痛をお互いにぶつける。
 お互い髪を引っ張り合い、見る間にビンタや蹴りを入れる大喧嘩に発展した。
 その時は高畑・T・タカミチの仲介により事無きを得たが、今回だけで収まる訳がなかった。
 事有る毎に大喧嘩に発展する、それがちょっとした行き違いだとしても大喧嘩。

 何度も何度も、お互い気に入らないと喧嘩をして二人は成長していく。
 ストレスの発散とでも言うべきか、あやかとの交流で明日菜は無感情な少女から活発な少女へと。
 明日菜との交流で弟の死を乗り越え元気を取り戻したあやか、二人の口論や喧嘩はお互いに良い効果を齎した。
 中等部に上がる頃には喧嘩の数は減ったが、口論の数は増えた。
 エスカレーター式の麻帆良学園でクラスはそのまま、だからこそほぼ毎日顔をあわせる。

 結果、二人は否定するが親友と言って良い仲になっていた。
 喧嘩するほど仲が良いと言う言葉がそのまま当て嵌まる二人だった。

「なるほど、それは僥倖。 なんとも素晴らしい事ですわね」
「うむ」

 頷く近右衛門、その表情を見ながら紫は少しだけ笑った。

「これで物語は動きますわ」
「なんじゃと?」

 意味深、いや、実際に意味があるのだろう言葉に近右衛門は紫を見る。
 その紫はお猪口を置き、右手で指折りに数え始める。

「英雄の息子、英雄に救われた少女、そして再動する敵」

 英雄の息子へと与えられる試練、成長した少女との出会い。

「とてもドラマティックですわ、関係深い二人に取り巻く環境は実に『整っている』」

 同じ笑みを浮かべたままの八雲殿。
 確かに、ネギ君が麻帆良に来る事は意図した事ではないが。
 ネギ君が真実を知るには色々と整っている。

「『運命』と申しましょうか、その運命は今だ係わる者を抱擁している。 さて、その運命の中心に居るネギ・スプリングフィールドはどう動くのでしょうか?」
「……どうもこうも、ネギ君が思うように動くじゃろうて」
「では、思うように動くネギ・スプリングフィールドの性格は?」

 尋ねる意図、何らかの含みが有る。
 何を企んでいるのか、有る程度予測をつけることは出来るが当たりかどうかは分からない。

「……ふむ、わしから見てネギ君はただ『良い子』じゃ。 何事にも真剣に取り組む……子供じゃ」

 周りが上手く見えていないように感じる、一点にだけ集中して他の事に気を払っているようには見えない。

「知っての通り、ネギ君は魔法に関してすばらしい才能を持っておる。 何れはナギにも劣らぬほど優れた魔法使いになるだろうが──」
「幼き故に脆い」
「……うむ、素晴らしい才能を見せても未だ子供。 少々魔法使いの正義を妄信しておる、まぁこれについては真実を見て知れば大丈夫じゃろうが……」

 世の為人の為に魔法を使う事は良い事じゃ、じゃが世の中は善だけで成り立っているわけではない。
 善が悪になり、悪が善になることも間々ある。
 一面だけを捉えて考えるのは見識を失う、ネギ君にはそのような狭い考えではなく広く深い識者となってほしい。

「む、いかん。 ただの願望になっておった」
「言ある者必ずしも徳あらず」
「然り、裏も表もない者などこの世には居らん」
「純真な者こそ囚われ易い、飲まれ溺れる事も呆気無く」
「故に教え導かねばならん」
「だからこそあの吸血鬼が少年に世界を教えると」
「……どう言う事かね?」

 八雲殿から唐突に出てきた言葉、誰もネギ君がエヴァンジェリンに教えを請うとは言っていない。
 確かに六百年という時は現実と言うものを深く知っているじゃろう、だが余程の事が無い限り物事を教えるなどエヴァンジェリンはしないじゃろう。
 この学園都市には様々な者たちが居る、幅広い年齢層に学ぶ為には事欠かない。
 だからこそエヴァンジェリンである必要も無い。

「言葉を教える、数式を教える。 多くの知識を持てば可能でしょう、ですがそれは付録に過ぎず」

 お猪口に口を付け、一口飲み干す。
 そうして空になったお猪口を置き、艶やかにふっと息を吐いて続ける。

「運命とは如何様か? ネギ・スプリングフィールドがここ、麻帆良学園都市に来たのは?」
「……彼の試練の為じゃ」
「子が子に物事を教える? 結構、知識を有してひけらかすには十分」
「でなければ教師は務まらん」
「本当に? 彼は教える為だけに此処へ来たと?」
「一体何が言いたいんじゃ」

 その言葉を聞いて八雲殿は立ち上がる。

「物事は一面だけで成り立たず、事は相反するからこそ生まれる。 真に教えられるべき者は?」
「……確かにそうじゃが」
「所詮は子供、ならば大人に持ち得ないものを持つ。 人は一人では立てない、彼の者が寄り添って立つ者は誰か?」

 踵を返し、テーブルの上に置いてあったお猪口をスキマの中に沈みこませる。

「英雄か怪物か、それとも人間か。 彼の者の将来は彼の者の思いだけに左右されない、それは寄って立つ伴侶の役目でもある。 お話を聞かせていただき感謝を、それではお暇をさせていただきますわ」

 そう言い、淀みを感じさせずに出入り口へと歩いていく。
 近右衛門はそれを止める事はせずドアノブに手を掛け捻り、そのまま外へと出て行く紫を見送る。
 カチャリと、ドアが閉まって完全に姿が見えなくなった。

「……ネギ君はエヴァンジェリンに何かを教わる為に教師に、麻帆良に来たと?」

 独白、それに答える者は居ない。
 むぅ、と近右衛門が一つ唸れば音。
 近右衛門が座る椅子と机の正面、学園長室の扉の向こうからノック。
 戻ってきた? そう考えた近右衛門は。

「開いとるよ」

 入室の許可、真っ直ぐと扉を近右衛門は見据えて入ってくる人物を確かめる。

「失礼します」
「……しずな君じゃったか」

 八雲殿が出て行ってからほんの数秒、間違いなく入れ違いになる時間。

「しずな君、部屋に入る前に誰か見なかったかね?」
「いえ、誰も見ていませんがどなたかいらっしゃるのですか?」
「ふむ」

 神出鬼没、しずな君に扉を開けている姿を間違いなく見られているはず。
 認識阻害? 位置的にわしとしずな君、同時に八雲殿の姿を捉えておるはず。
 じゃがわしだけ見えてしずな君は見えなかったと言うのも……。

「……底が知れぬな」
「学園長先生?」
「なんでもないよ、用があるんじゃないのかね?」
「あ、はい、こちらなのですが……」

 そうして近右衛門は源 しずなが差し出した報告書を受け取った。









「………」

 目覚めると見覚えのない天井だった。
 むくりと霊夢が体を起こし、視線を周囲に巡らせると寝巻き姿の魔理沙が布団からはみ出していた。

「……何処よここ」
『起きたか』

 困った時の、と言うより多分困らせた奴の式神の声。

「ここ、あの屋敷じゃないわよね」

 何度か瞬きをし、どことも知れぬ部屋で一つ欠伸と背伸びをする霊夢。

『そこは京の都に有る嵐山と言う旅籠屋だ』

 簡潔な一言、カーテンで仕切られた窓から上がったばかりの朝日が覗いていた。

「一言言いなさいよ、全く」

 それくらいできるでしょ、と言いながらどこからともなく取り出した端に白のフリルが付いた赤いリボンで髪を後ろで纏める。
 そしてなぜか枕元に畳んで置いてあった何時もの巫女服、それを手に取り袖を通せば何時もの紅白巫女。

「で? 京の都とやらに勝手に送って何させる気よ」

 乱れがないか確かめて、窓のカーテンを開ける霊夢。
 カッと入り込んで来る眩しい朝日が、直接魔理沙の顔に直撃してうめき声を上げるが霊夢は無視する。

『この前話したばかりだろう、ネギ・スプリングフィールドと神楽坂 明日菜が京の都に行くから付いていくようにと』
「あー、そうだったわね」
『今頃こちらに向かう準備をしているだろう、日が落ちる頃にはそこの旅籠屋で会える算段だ』

 地底の街並みと似ているような風景を見つつ、何時も通り時間が余り何をしようかと考える。

「……とりあえず朝食ね」

 腹が減ってはなんとやら、お腹を空かせたままじゃいろんな物が減っていく。
 踵を返して振り返り、部屋の中を一遍する。
 端に寄せられた座椅子とちゃぶ台、てれびに厠の扉などが見える。
 その他これと言って気になる物はない、精々部屋が広々としているくらい。

「旅籠屋、持ってきてくれるのかしら?」

 自分で手早く何かを作るにしても、台所がない為に作れない。
 そもそも食材すらないのだけど。

「今は卯の刻(午前六時)ってところね、それにしてもお腹が減ったわ」

 何か……、ああ。

「藍、ちょっと神社から持ってきて欲しい物があるんだけど」
『それほど暇ではないんだが』
「あんたの主が行き成り送ってこうなったんだから、それくらい良いじゃない」
『……分かった、何を持ってくればいい?』
「お饅頭、棚の奥に置いてるのよ。 腐らないようにしておいてるけど、余り置きっぱなしにしてると腐っちゃうし」
『辰の刻(午前八時)になれば朝餉も取れるだろう、我慢したらどうだ』

 それに一言返す。

「無理、お茶請けに適したお饅頭なのよ。 出来るだけ早くね」
『……はぁ、分かった、取ってこよう』

 それを聞いて踵を返し、襖で区切られた隣の部屋へ顔を出す。
 寝ていた部屋と同じく、一面畳張りの三十畳ほどの部屋。
 結構広い部屋の中心には座椅子とちゃぶ台、霊夢はそのちゃぶ台の上に目当ての物を見つけての前に行き。
 座り込んでちゃぶ台の上に置いてあった湯飲みをひっくり返す。

「……? これは紙の中に茶葉が入ってるのかしら」

 茶葉と書かれた缶の蓋を開け、一つ摘んで紐が付いた袋を取り出す。

「なるほど、茶漉しを使わないでお茶を入れるって訳ね」

 破れないのかしら? そう思いながら湯飲み茶碗に茶葉袋を入れ、それをぽっとの前に置き、ぽっとの上の部分を押し込んでお湯を出す。
 注ぎ口から熱いお湯が出て、湯飲み茶碗を満たす。
 紐を指で掴んで軽く上下させ、茶葉を煮出させる。

「便利と言えば便利だけど」

 お湯がお茶へと変化したのを見計らい。
 他の伏せてあった湯飲み茶碗をひっくり返し、その中に茶葉袋を移す。
 お茶を飲む為の手順としては、何時もの急須で入れるのとそれほど変わらないけど。
 座布団を引っ張り出して座り、湯飲み茶碗を持って一口。

「いい茶葉ね」

 ふぅ、と一つ息を吐く。
 朝のお茶もまた格別、しかも中々美味しいのだからより一層。
 もう一度飲んでまた一息、お茶が無くなる前にお茶請けが到着すればいいんだけど。
 流石に厳しいかなと、見たのはひっくり返っていた湯飲み茶碗が乗っている盆の隣、木で出来ているお椀の中には様々なお茶請けが入っていた。
 お茶請けがあるとないとでは勝手が違ってくる、だから手を伸ばして小袋に入ったお茶請け、ばうむくーへんと書かれた木の年輪のようなものを取る。
 
「誰かこれ知ってる?」

 どんなお菓子か、それを向こう側に聞いてみれば。

『それはドイツの……、あなたじゃ分からないわね、外の世界の異国のお菓子よ。 作り方の説明は必要?』
「要らないわ」
『でしょうね、とりあえず作る時間が掛かって面倒なお菓子よ』

 説明を返してきたのはメイド、とりあえず袋を開けて口に放り込む。
 モグモグ、ばうむくーへんを咀嚼して味わう。

「……ん、これはお茶請けって意味では悪くないわね」

 パサパサというかモソモソというか、どうにも饅頭より水気が少なく甘みも押さえられている。
 ばうむくーへんばかり食べていれば間違いなく喉が渇いてくるモノ、そのため口の中と喉を潤すお茶が進む。
 そのまま次のお茶請けへと手を伸ばす、小袋をあけては中身を口に放り込み咀嚼、そしてお茶をグイッと飲む。
 お茶が無くなればまた注ぎ足して、小皿のお茶請けが無くなった頃に。

『霊夢、饅頭など見当たらないが』

 藍が声を掛けてきた。

「そんな訳ないでしょ、茶色の箪笥の上の棚の奥。 ちゃんと見なさいよ」
『……引き戸だろう? 饅頭など見当たらないが』
「私が探すわ」

 霊夢の目の前に現れる陰陽玉、それに霊力を込めた右手を叩きつけるように置いた。

「逆の機能があるとは教えてなかったはずだが」
「あるんじゃないかと思ってたわよ」

 博麗神社の社務所、霊夢が過ごす居住区。
 居間にある木目の長い年月を感じさせる棚、そこの前に立っていた藍の隣に霊夢は姿を現す。

「ちょっと退いて」

 棚の前から藍を退かした霊夢は、饅頭を収めていた開いている上の棚の奥をあさり始める。

「………」

 ガサゴソ。

「………」

 ガサゴソガサゴソ。

「………」

 何度も確かめるように手を棚の中で動かす霊夢、だがその手に目的の物が収まることは無い。

「………」

 頬をひくつかせ、ゆっくりと手を引く霊夢に藍は言った。

「無いだろう?」
「……無いわね」

 ギギギと錆付き金切り音を立てそうな首を動かして藍を見る霊夢。
 その視線、意図を一瞬で看破した藍は。

「私が食べる訳が無いだろう、なぜ他人の家の物を勝手に食さねばならない」

 紫様じゃあるまいし、とボソっと最後に付け加える。

「……そうね」

 間違いなく藍は紫より行儀が良い、スキマを使って勝手に饅頭やらを盗っていく妖怪の賢者とは違う。
 饅頭を食べるくらいなら油揚げを自前で用意して食べるだろう、となれば怪しいのは今言ったスキマ妖怪くらいだけど……。

「……違うわね」

 スキマ妖怪ではないと勘が囁く、霊夢の鋭い勘、鋭いを超えて未来予測に近しいそれがスキマ妖怪ではないと囁く。
 と言っても勘が『あいつが犯人だ!』と示すわけでもなく、異変発生時の漠然と異変の首謀者があっちの方向に居ると思うようなもの。
 基本霊夢は自分の事をよく理解している、勘が当たる事もあれば外れる事もあると分かっているし、それを分かった上で『とりあえず』動く。
 行き当たりばったりとも言えるが、当たっている事も非常に多い為に霊夢は今回も『饅頭を食べたはとりあえずスキマ妖怪じゃない』と断定した。
 
「となれば」

 霊夢の左手は右腕の肘に当てられ、右手の人差し指はこめかみを突いていた。
 魔理沙? 違う、スキマで幻想郷の外に放り出されてからほとんど一緒に居た。
 だったら、他に神社によく来る奴は?

「……萃香」
「大当たり、流石はお姉さん」

 にゃーんと一つ鳴き声が聞こえ、包み紙を右手に持って縁側に立つ少女が一人。
 血のような赤毛の上には猫の耳、外側は黒毛で内側が髪と同じく赤毛。
 その赤毛で三つ編みのおさげを二つ、三つ編みが解けないよう根元と端に二つずつ黒いリボンで止められていた。
 服は黒を基調として柄は濃緑と白の花や葉に似た模様、袖や襟には濃緑のフリル。
 立っている襟も濃緑で襟元には首輪のような赤い輪、左足には黒いリボンから解けた白黒で交互に区切られた長いリボン。
 
「いやー、あたいがお空に追いついた時はもう食べちゃってたんだよね」

 詫び入れる様子が無く猫耳少女、もとい妖怪の『火焔猫 燐』が霊夢に向かって包み紙を差し出す。

「これ、さとりさまからのお詫びだってさ。 『うちのペットが勝手に人様の者を食べて申し訳ない』って、お空はもう食べた事なんて忘れてるけど」

 険しい視線を火焔猫 燐に向けていた霊夢だが、その包み紙の中身が饅頭や大福であると看破して受け取る。

「なら貰っときましょ、鳥頭を叩きのめすのは別の話だけど。 それと、他に食べた奴も居るわね?」
「鬼が二人にお空、あと誰だか知らないなんだっけなー……青い暇人?」
「天子ね、打っ叩く」

 それを聞いてふわりと霊夢が浮き、火焔猫 燐とすれ違いながら青空へと飛んでいった。

「あららー、相当怒ってるねー」
「全く……、お前も早く地底へ戻れ。 地底の者にうろちょろされると面倒な事が起きそうだ」
「はいはい、お詫びを持ってきただけだから言われなくても戻るさ」

 もう一度にゃーんと鳴いて、光が収まると二又の尾を持つ黒と赤の毛並みの猫が居た。
 そうしてヒューンと霊夢と同じように縁側から二又の猫が空に飛んでいった。

 その後青い暇人こと比那名居 天子は霊夢が見つけるなり弾幕ごっこで叩きのめされて、酒やなんやら奪われた。
 鬼の二人こと萃香と勇儀は襲ってきた霊夢に勇み喜んで弾幕ごっこを受けて立ち、勝ったらもっと良い饅頭や大福を用意しようと不用意な言葉を言って叩きのめされ。
 鳥頭こと霊烏路 空は空を飛び回っていたところに霊夢を見つけ、見分けが付かない巫女が弾幕ごっこを仕掛けてきたので相手をしたら叩きのめされた。
 食い物の恨みは恐ろしい、特に期待していた物だとなおさらだった。







「おい、これはどうしたんだ?」

 魔理沙が目覚めると知らない天井で、開いていた襖の向こうには背を向け紅白の巫女がちゃぶ台の前に座っていた。
 頭を掻きながらその霊夢が居る部屋へと移動した魔理沙、霊夢の後ろからちゃぶ台を覗けばなにやら饅頭や大福、そして良い香りのする酒が置かれていた。

「朝っぱらから酒か、私にも飲ませろよ」

 ここがどこかよりも、霊夢が飲み食いする酒や饅頭のほうが重要な魔理沙だった。
 酒瓶に手を伸ばす魔理沙だが、霊夢はピシャリと魔理沙の手を叩き落す。

「駄目よ、お風呂から上がってきてから」
「叩くこと無いだろ」

 手の甲を叩かれた右手を振りながら、魔理沙はむぅっと顔を膨らませる。

「朝から運動したし、さっぱりした後の朝餉で飲むのよ」

 時間は辰の刻前、もうすぐ朝食が出来ると仲居が起こしに来た。
 霊夢がどれくらいに出来るのかと聞けば、八時前にはお持ちしますと返事が返ってきた。
 八時にはまだ時間があり、ひとっ風呂浴びてくるのに良い時間。

「なるほど、朝風呂の中でも良いがそっちも良いな」

 そう言った魔理沙が部屋の中をあさり始め、見つけたのは浴衣。

「察するにここは旅籠屋だな? だったら浴衣を着なくちゃ乙もなにも無いだろ?」

 寝巻きを脱ぎ捨てながら浴衣に着替える魔理沙、確かに浴衣も風情があると頷く霊夢。
 そうして二人して手早く浴衣に着替えて風呂へと向かっていった。






「ふー、露天風呂だったか」

 流れる金髪を纏め上げて頭の上で巻く魔理沙、頬を染めながら肩まで温泉につかる。
 同じように黒髪を巻き上げ、頭の上に手拭いを置く霊夢。

「景色もそれなりね」

 流石に竹細工で作られた囲いに蔽われ、景色を見下ろす事は出来ないが。
 それでも遠くに見える山が風情を醸し出す、幻想郷と比べて圧倒的に自然の緑が少ないが朝日と青空が映えている。

「やっぱり一杯欲しいな」

 その風景を見ながら、クイっと魔理沙が右手を捻る。

「それもそうだけど、やっぱり食事の時にね」

 湯船につかりながらも良いけど、美味しい食事と一緒だとさらに美味しくなるってもの。
 幻想郷でも散々温泉につかりながら酒を呷ったんだから、幻想郷じゃ早々食べられないものと一緒にとるのも悪くない。

「で? あれはどっから持ってきたんだ?」
「天子の所からよ、人の饅頭や大福を勝手に食べて困ったものだわ」
「とんとんか?」
「大分まけてとんとんね」

 饅頭一個食べられたくらいで、弾幕を叩き込んで三瓶ほど質の良い酒を持って行った霊夢にとってこれで一応とんとんだった。
 そんな他愛もない話をしながら、泊まっている旅籠屋で充てがわれた部屋へと戻る廊下の途中で。

「あん?」

 廊下の向こう側、曲がり角を曲がってくる影が三つ。
 そのうちの二人は霊夢と魔理沙が見たことがある人物。

「む?」

 男性二人、女性が一人。
 それを見て魔理沙が軽く手を上げる

「おー、ガンドルフィーニに刀子と誰か知らない人じゃないか」

 随分な呼び方だったが、そんな言い方をする人物だと認識しているガンドルフィーニ。
 誰か知らない人と呼ばれた弐集院 光はその細い目で、浴衣の霊夢と魔理沙を見る。
 そして葛葉 刀子は無表情でカツカツと魔理沙に詰め寄る。

「お、おい!?」
「またそんなだらしない格好で!!」

 刀子は魔理沙のよれた浴衣を真っ直ぐに正して帯も締めなおす。
 霊夢は霊夢できっちりと着ている為に何も言われなかった。

「お目付け?」
「それもあるが、どちらかと言えばネギ君の方だ」
「だろうな」

 ちょっと退いてくれと刀子を魔理沙が押し退けるが、刀子はそんな魔理沙に説教紛いに話を続ける。
 それを無視されて刀子は不満そうに黙り、魔理沙は話を続ける。

「朝っぱらからご苦労さん、朝一でこっちに来たのか?」
「ああ、学園長から君たちはもう京都に入ったと連絡があってすぐに追いかけてきた」

 魔理沙が言った通りまさしくご苦労さんだった、恐らく日が昇る前に起きて移動してきたんだろうと霊夢は考える。
 実際大急ぎで始発の新幹線の席を取って、霊夢たちと旅館で出会う数十分前に京都に入った。
 勿論京都一帯は関西呪術教会が治めている、刀子は神鳴流の剣士である為ある程度は見逃されるが、残り二人はそうも行かない。
 たった一人の魔法先生でも難色を示したのに、追加で後二人、しかも行き成りであるから関西呪術教会は急激に不信感を募らせていた。
 無論近右衛門もその事は理解している、だが目的の為協力している仲とは言え、低く見積もってもランクにしてAAA以上はあるだろう二人を無視できないと言うのもあった。

 故に近右衛門は霊夢たちと関西呪術教会を天秤に掛け、傾いたのは霊夢たち。
 だからこそガンドルフィーニ、葛葉 刀子、弐集院 光の三名に急遽京都に向かってもらう事にした。
 近右衛門はこの後に起こるだろうごたごたは自ら対処するし、そのための言い訳やらなんやらを麻帆良学園学園長室で考えている最中だった。

「文句は紫にな、私たちも行き成り送られたし」
「む」

 そう言う魔理沙、ガンドルフィーニたちからすれば文句の一つも言いたいが。
 対象と成る二人も承諾無しで京都入りさせられたと言う事実が、ガンドルフィーニを黙らせた。

「……はぁ、しょうがない。 この事に付いては何も言わないでおこう、しかしだ……」

 ガンドルフィーニが一つ溜息を吐いた後、真剣な表情で霊夢と魔理沙を見る。

「ここ、京都は関西呪術教会の影響下にある。 麻帆良の土地と同じように自由に動き回らないでくれ、君たちが好き勝手動かれると折り合いが付けられなくなりそうだ」

 最悪、関西呪術教会と関東魔法教会との抗争になりえる。
 そんな事になったら、近右衛門は霊夢たちに協力する事は出来なくなる。
 陰陽術師と魔法使いが戦い、血が流れる事になって収拾が付けられなくなるだろう。

「はいはい、適当に食っちゃ寝しとくわ」
「少し待ってくれ、紹介しておこう」

 どうでもよさそうにそう言った霊夢が階段へ向かおうとするが、ガンドルフィーニが呼び止める。
 右手を隣の男、スーツを着た小太りの弐集院 光へと向け。

「僕たちと同じ麻帆良学園の魔法先生、弐集院 光先生だ」
「いやいや、初めまして。 弐集院 光だ、よろしくお願いするよ」

 ニッコリと人懐っこい笑みを浮かべ、頭を軽く下げた。

「知ってるだろうけど霧雨 魔理沙だぜ」
「博麗 霊夢よ」

 挨拶が終われば今度こそ霊夢は歩き出す、魔理沙もその後に付いて歩き。

「外を出歩くなって言うなら部屋に篭るが、ずっと篭りっぱなしは無いと思ってくれよ?」
「誰も絶対に部屋から出るなとは言ってません、出歩きたい時はこちらに一言告げてからに」
「その時は三人のうち誰かが君たちに付く」
「了解」

 霊夢と魔理沙はガンドルフィーニと弐集院とすれ違い、階段を上っていく。

「待った、一つ忘れていた」
「何度も止めないで纏めてくれよ、それでなんだ?」

 霊夢はずんずんと階段を上って階上へと消えていく。

「君たちの部屋はどこだ?」
「この階段上った先の一番奥だぜ」

 そう言った魔理沙はすぐに霊夢の後を追いかけ、階上へと姿を消した。

「……ここの一番奥となるとスイートルームじゃなかったですかね?」

 魔理沙の一言に弐集院が呟く、ホテル嵐山は縦ではなく横に広い。
 階層も少なく三階までしかないが、三階は二階の団体客をメインとしたものとは違い、一部屋が二階のよりも広く値が張る。
 窓から見える景色は良く食事やサービスも値段相応、一泊五桁の金額が掛かるスイートルーム。

「お金あるんですねぇ」
「……うむ」
「危険な相手かもしれませんし、そういう意味も込めているのかもしれませんね」

 そうして三人は霊夢と魔理沙が上っていった階段を見つめた。






 その霊夢と魔理沙が部屋に戻り、朝食が運ばれてくるのを今か今かと待ちわびている頃……。

「おや、ネギ君。 随分と早いね」
「タカミチ! おはよう! みなさんもおはようございます!」

 集合場所となる大宮の駅で一つの集団があった。
 時刻はようやく八時を回ったところ、集合時間まであと一時間もある。
 そんな中で赤毛の少年、ネギ・スプリングフィールドは眼鏡を掛け無精髭を生やしたタカミチ・T・高畑へと挨拶。
 続けてネギが受け持つ3-Aの生徒たちにも挨拶を掛ける。

「おはよーネギ君!」

 ワイワイと返事が帰ってきて、ネギも嬉しそうに笑みを返す。

「みなさん、はやいですね!」
「楽しみで朝一番で来ちゃったー」
「僕もです! いやー京都楽しみだなー!」

 明石 裕奈や和泉 亜子などと楽しそうに話している。

「明日菜たちは?」
「僕教員ですから、僕だけ早めに出てきたんです」
「あ、そっかー」

 そうして集合時間までネギたちは話して過ごし、九時、九時五十分と時間が流れて生徒たちが集合して集まってくる。

「はーい! 3-Aのみなさんはこっちですよー、集まってくださーい!」

 ネギが3-Aと書かれた小さな旗を振り、呼びかける。

「班長は点呼をお願いします! 終わったら教えてくださいねー」
「はーい」

 着々と京都までの時間が少なくなっていく中、ネギは内心楽しみが高まっていく。
 もうすぐ京都! 父さんが一時期住んでいた家! 父さんを探す為の手がかりがあるかも知れない!
 ギュっと手を握る、期待に胸を膨らませてネギは意気込むが。

「! タカミチ……」
「ネギ君、随分と力が入っているようだけどそんなに楽しみなのかい?」

 肩に手を置かれ、ハッとしてネギは高畑を見る。

「うん! 京都に父さんが一時期住んでいた家があるって、エヴァンジェリンさんが」
「……なるほど、それは確かに楽しみだろうけど、修学旅行を楽しみにしているのはネギ君だけじゃない。 ネギ君は3-Aの担任なんだから、ちゃんと皆を引率しなきゃダメだよ」

 勿論副担任の僕も精一杯サポートさせてもらうよ、そう高畑は笑みを浮かべてネギに言う。
 それを聞いてネギは近右衛門からも言われた言葉を思い出す、今の自分は先生なんだと。

「……ありがとう、タカミチ!」

 高畑は笑みを浮かべたまま頷き、ネギの傍に顔を寄せ、右肩に乗るオコジョ妖精、カモに小さな声で語りかける。

「……カモ君、何かと僕らとは離れるかもしれないから、その時はネギ君をサポートしてやってくれ」
「任せとけい! 兄貴の使い魔としてしっかりとやってやるぜ!」
「頼むよ、ネギ君も特使として気を付けて動くんだ。 それじゃあもうすぐ出発だ、行こうか」
「うん! それじゃあみなさん! しっかり付いてきてくださいねー!」
「はーい!」

 歩き出して新幹線の中に入っていくネギ、その後に付いて乗り込む3-Aの生徒。
 1班、2班、3班と続々と乗り込む中、高畑は最後尾からそれを見守り、二人しか居ない6班のザジ・レイニーデイと桜咲 刹那を見た。

「刹那君」

 乗り込み待ちの刹那を呼び、声を小さくして話しかける高畑。

「学園長から聞いてるかな?」
「はい」
「それは良かった、おそらく関西呪術教会から妨害があるだろうね。 僕は妨害を防ぐけど、手が回らなくなるかもしれない」
「分かりました、出来るだけサポートに回ります」
「助かるよ、でも刹那君の本分は木乃香君の護衛だ。 僕たちのサポートはどうしてもって時だけお願いするよ」
「……はい」

 木乃香の話題が出て、雰囲気が暗くなる刹那。
 勿論それを分かってて高畑は言葉に出した、何とかしてやりたいと思うもその内容にまで口を挟めるほどではない。
 余計なお節介と言われるだろう、それでも傍から見ても余り良い事ではない。

「今回はちょっと事情が違う、いつもより気を付けておいて欲しい」
「高畑先生は何か知っているのですか?」
「ある程度はね、でも木乃香君と刹那君たちには関係ないよ。 刹那君は木乃香君の護衛に全力を尽くしてくれればいいさ」
「それは勿論!」
「頼むよ」

 開いたよ、と高畑は新幹線へと手を向ける。
 刹那は頷き、新幹線に乗り込む。
 それを見送った後、高畑は一度周囲を見渡してから新幹線へと乗り込んだ。

 




「瀬流彦先生」
「既に設置済みですよ、今回は気が抜けませんからね」

 高畑と瀬流彦が既に閉まっているドアの付近で話し合う。

「数は?」
「今は三重にしてます、京都に着いたら五重ぐらいには」
「すみません、サポートできず」
「いやいや、そんな事無いですよ。 僕が戦闘に出ても役立たずになりますし、得意とする分野での役割が一番ですよ」

 高畑は先天性の呪文詠唱が出来ない体質、正確に言えば呪文詠唱は出来るがそれに付随するはずの精霊に働きかける力ある言葉にならないと言うもの。
 幾ら魔法始動キーを設定して呪文を詠唱しようと、無詠唱も同じく魔法という現象として世界に現れない。
 そのため魔法使いになれず、ネギの父親のナギ・スプリングフィールドのような『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』になれる資格も無い。
 だが魔法を使えずとも戦える証とも言える、ナギと同じく紅き翼のガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグから学んだ居合い拳こと無音拳や。
 弛まぬ努力で身に着けた究極技法、咸卦法を習得してマギステル・マギに値する実績を持つ。

 そのため魔法世界本国からは高い評価を受けており、おおよその強さを表すランクではAA+という非常に高い位置付けを受けている。
 その活躍で魔法世界で発行されている幾つかの雑誌の表紙を何度も飾り、赤き翼のメンバーと言う事もあって魔法使いの間での知名度は超有名と言って良いほど知られている。
 言ってしまえば高畑は前面に立って戦える一線級の戦闘能力を持つが、魔法を一切使えないため魔法に関する補助的な役割をこなせないと言う欠点があった。

 謝られる瀬流彦は攻撃魔法を余り得意とせず、補助系統の魔法の方を得意としている。
 前衛と後衛、役割的に逆転する事は非常に難しい上、本人たちの性質にあった役割である為に瀬流彦は高畑の謝罪を流す。

「今のところ気になるような反応は無いですね、京都に近づくに連れそう言えなくなるかもしれませんが」
「そうですか、何かあったらすぐにでも」
「ええ、って!?」
「どうかしましたか!?」

 分かれようとした矢先、瀬流彦が奇妙な声をあげ高畑が詰め寄る。

「3-Aの車両に大量の小さい魔力反応が!」

 それを聞いた瞬間、高畑は振り返ってドアのガラス越しに見える光景に眉を動かす。
 3-Aの専用とする7両目、その中では慌てる生徒たちとその原因であるだろう沢山の緑色のカエルが跳ね回っていた。

「瀬流彦先生は他に反応が無いか警戒を!」
「はい! っ、奥の車両から何か高速で向かってきています!」

 高畑は7両目に踏み込み、カエルの回収をしている生徒たちの奥。
 瀬流彦が言っていた向かってきている何かに油断せず、ポケットに右手を収める。
 立ち上がっていた刹那と視線を合わせた高畑はここは任せてくれと頷き、それを見て刹那は頷き返してカエル集めに協力し始める。
 そしてカエルの回収が終わった頃、ネギが慌てて自分のスーツを弄って親書を取り出していた。

「ネギく──」

 その行動を高畑が諌めようとした矢先、奥の車両とを隔てる少しだけ開いているドアの隙間から一羽の燕が入り込み、ネギが持っていた親書を掠め取る。
 高速、人が走る速度より早く車両内を駆け、奪い取った親書を術者に届けようとして高畑の隣を通り過ぎた。

「コラー! 待てー! タカミチ! なんで止めて──」

 親書を奪い取った燕を素通りさせた高畑にネギは声を荒げたが。

「ネギ君、今の君はとても迂闊だったよ。 むやみやたらに大事な物を人目に晒しちゃダメだ」

 高畑の右手には親書、燕とすれ違いざまに奪い返した高畑だった。

「い、いつのまに! 凄いよタカミチ!」

 ネギから見て高畑は微動だにしなかった、それなのに燕から親書を奪い返していたことにネギは驚き褒める。
 高畑としては燕、おそらくは式神から親書を奪い返すだけではなく、そのまま消し飛ばすことも出来たが。
 術者の元に返るだろう式神を泳がせて、妨害してきた輩を見つけようとした。
 だがその当ては外れ燕の式神はそのままドアにぶつかり、ただの紙型へと戻っていた。
 それを尻目に見て、ネギへと顔を向けなおす高畑。

「気をつけなくちゃダメだよ、ネギ君。 今回は僕や他の皆が居たから奪われずに済んだけど」
「うっ、ごめんなさい……」
「これからもこんな妨害があるかもしれないから、絶対に誰か見ている所で取り出しちゃいけないよ」

 高畑の忠告にネギは真剣に頷く。

「助かったぜ旦那!」
「カエルと燕だけで助かったよ」

 騒がしい3-Aの声に紛れ、二人と一匹は声を抑えて話す。

「僕らのほうにも妨害が向いてたら親書を奪われていたかもしれない」

 それを聞いたネギはしょぼーんと小さくなり、大きな失敗に落ち込むが。

「ネギ君、失敗は誰にでもあるさ。 肝心なのは同じ過ちを起こさないようにする事だよ」

 僕だって昔は沢山失敗してきたからね、とフォローを入れる高畑。
 ネギに親書を手渡し、頑張れと励ました。

「うん、わかったよ!」
「それじゃあ僕はあの式神を作った術者が居ないか見て回るよ、僕が見回ってる間何かあったら……」

 途中で言葉を区切る高畑は視線をネギの奥、刹那へと向ける。

「刹那君に頼ってくれ、彼女も魔法を知っているからね」
「せつな? 桜咲さんですか!?」
「そうだよ、刹那君は木乃香君の護衛なんだよ」
「そ、そうなんですか!?」

 驚き続けるネギに高畑は頷いて肩を叩く、それじゃあ言ってくるよと言って踵を返した。






「……何か反応は?」
「あれっきりです、それにしても行き成りですね……」

 今の高畑たち麻帆良の魔法先生にとって問題が二つ。
 一つは予想された関西呪術教会へと届ける特使と親書、それの妨害。
 そしてもう一つは親書を届ける特使であるネギ・スプリングフィールドを狙う謎の敵。
 先が厳しそうだと瀬流彦は漏らす、相手が誰だか知っている高畑も溜息を吐きたい気分だが無駄な事。
 溜息を吐く暇があるなら妨害してくる者を探し出して捕らえ、より強大な『完全なる世界(コズモエンテレケイア)』に対して体制を整えるべきだろう。

「瀬流彦先生、おそらく術者も新幹線のどこかに同乗しているでしょう。 見回ってきます」
「分かりました、あんまり心配要らないと思いますけど気を付けて」
「はい」

 そのまま高畑は瀬流彦と分かれ、別の車両へと移動する。
 京都へと修学旅行へ行くクラスは3-Aの他、3-D、3-H、3-J、3-Sの計五組。
 各五組の専用となっている5両を通り過ぎ、他の車両の座席を確認しながら進む。
 疎らに座る一般人、その一人一人視線を向けずに注意を払う。

「……逃げたか、あるいは……」

 1両、2両、3両と怪しい人物を見つけられず、最後尾から2量目に足を踏み入れようとして。

「おっと、すみません」
「いえいえ、大丈夫どす」

 向こうから現れた車内販売員が押すワゴンとぶつかりそうになって謝る。
 高畑は道を譲る為に足を止め、その前を通り過ぎる車内販売員を見た。
 一言聞いたもので京言葉、京都弁で話し、前は眉辺りで切り揃えて膝近くまである後ろで纏められた髪。
 顔は切れ長の瞳、その上には丸い眼鏡を掛けたすらりとした細身の女性。

「………」
「………」

 お互い無言、見られている事に気が付いてか車内販売員の女性が微笑んで高畑が来た方へと進みだす。
 二人はすれ違い、高畑は笑みを返さず。

「ちょっと待った」

 呼び止めた、それに反応してピタリと止まる。

「何か必要で?」

 笑みを浮かべたまま振り返り、車内販売員の女性は高畑を見る。

「………」

 高畑は高畑で、数秒の無言の後。

「タバコはあるかい?」

 軽く笑みを浮かべ、胸のポケットに入れていた、残り2本だけとなったタバコを取り出して見せる。

「……申し訳ありません、タバコは販売していませんので」

 そう言って頭を下げる。

「そうなんだ、呼び止めてすまないね」
「いえいえ、他に必要な物はありませんか?」
「いや、タバコだけが欲しかったんだ」
「そうですか、それでは何か入用でしたら声をお掛けください」

 もう一度頭を下げ、ワゴンを押しながら進んでいった。

「………」

 高畑は浮かべていた笑みを消し、一本タバコを取り出し口にくわえながらその後姿を見つめていた。






 その後、新幹線内でのカエルのような妨害は起こらずに京都に到着した。
 京都駅に到着して新幹線から降り、バスで移動、14時前に清水寺に到着して見学に移る。
 清水寺で大仏を見学後、綾瀬 夕映による説明で音羽の滝に3-Aの生徒が群がったり、その勢いのまま地主神社へと移動して恋占いの石の途中で派手に転んだりした。
 魔法先生たちの警戒もあってかその後も妨害と言える出来事は起きず、宿泊施設であるホテル嵐山に無事到着した。

「ふぅー、あれから妨害は無かったねー」
「兄貴、油断してるとまたあのペーパーゴーレムみたいなのが飛んでくるかもしれないぜ!」
「そうだね、気を付けてなきゃ!」

 今日はもう仕掛けてこないだけで、明日からまた妨害をしてくるかもしれないとネギは気合を入れ直す。
 よし! とネギが立ち上がると、通路の奥から二人の見知った人物が話しながら歩いていた。

「あれ? 葛葉先生」
「おや、ネギ先生」

 ネギが呼んだ葛葉 刀子とその左隣には瀬流彦が付いていた。
 その姿はいつものスーツではなく、二人ともホテルの浴衣を着ていた。

「ああ、ネギ先生。 今日はお疲れ様」
「あ、はい、お疲れ様です。 葛葉先生たちもこっちにきているとは知りませんでした」
「朝一でこちらに移動してきたんです、他にガンドルフィーニ先生や弐集院先生も居ますよ」
「そうなんですか!」

 てっきり麻帆良学園に残ってるかと思っていました、と笑みを浮かべたままネギは二人に言った。

「最初はその心算だったのですが……」

 そんなネギとは対照的に、溜息を吐きそうな様子で刀子は言葉を区切る。

「……? どうかしたんですか?」
「……ええ、あの二人がちょっと……」
「あの二人?」
「あ」

 そこまで言って、刀子は自分の失言に気が付いた。
 ネギは霊夢と魔理沙の事を知っているのかと、それを補足したのは刀子の隣に居た瀬流彦。

「あの二人だよ、ネギ君も知ってるだろ?」
「……ああ! れいむさんとまりささんですか!」
「ネギ先生も知ってたんですね」
「はい! お二人に会って話もしました。 それでれいむさんとまりささんがどうかしたんですか?」

 ネギのその一言で刀子は周囲を確かめ、話し始めた。
 曰く昨晩から京都に移動した博麗 霊夢と霧雨 魔理沙を急ぎ追いかけ、ここで二人を捉えたのはいいが。
 朝食前に今後の予定を詳しく話しておこうと二人が泊まる部屋を尋ねたところ、既に朝食を食べながらも酒を飲んでいたり。
 ホテルから出てはいないが歩き回って時おり居場所が分からなくなるなど、ついさっきまで翻弄され続けてきたと刀子は語る。

「お、お酒ですか……」

 日本に来てまだ余り時間が経っていないネギでも、お酒は大人になってからと言うのは知っている。
 ネギから見ても霊夢と魔理沙は成人していないと分かる少女、だが外見が幼いだけで本当は大人だったのかなと思いなおすが。

「彼女たちは成人していませんよ、それなのに平然と……」
「……話を聞いたらいつも普通に飲んでるそうだよ。 しかしあのお酒、凄い良い香りでしたね」

 ホテルの人はお酒出していないって言ってたしなぁ、どこから持ってきたんだろ? と瀬流彦は首を傾げる。

「それって悪い事ですよね?」
「ええ、ですが彼女たちはちょっと違いますから、絶対に悪いとも言えないのです」
「え? どうしてですか?」
「……彼女たちが住んでいた所は、お酒は大人にならずとも飲んで良いそうで」

 ガンドルフィーニも含めこの事に良い顔は出来なかったが、こちらの法を押し付けて向こうを怒らせるのも拙いと言及できないのもあった。
 霊夢たち側も麻帆良側に迷惑をかける心算は無い為、へべれけになるまで飲まないと言い含んである。
 かるーく頬が染まる程度、コップ一杯二杯と言う程度だった。

「そうなんですか……」

 それでも未成年がお酒と理解して飲む、と言うのは少し受け入れがたいと刀子。
 
「本当は飲んで欲しくないんだけどね、なんだかお酒の事を語りだしたりしてなんだか『飲む事は悪い事じゃない、本当に悪いのは飲んで酔わない事だ』とか」

 いつの間にか酒を飲む飲まないじゃなく、酔う酔わないの話に摩り替わっていた事に後で気が付いた。
 その話している間にも、お酒を勧められたりして困ったもんだと瀬流彦。

「仕事が終わった後なら飲んでみたいけどね、とりあえず断って飲み過ぎないようには言ったんだけど」
「まったく、頭が痛くなります」

 刀子は右手でこめかみを揉んでいた。

「話を聞いてくれないんですか?」
「いや、聞いてるんだけどね……」

 うーんと瀬流彦が唸り、ネギもうーんと唸る。
 そうしてネギはポンっと握った右手で左手のひらを叩く。

「じゃあ僕も話してみます!」
「あーネギ君、止めておいたほうが……」
「皆で説得すれば止めてくれるかもしれませんし!」

 それはそうかもしれないけど、と瀬流彦。

「それじゃあ話し──」

 てきます! とネギが走り出そうとすれば。

「ネギ先生! お風呂はまだのようですね、教員は早めに済ませてくださいな」
「あ、はい! お話が終わったらすぐに入ります!」
「あ、ネギ先生!」

 刀子と瀬流彦と同じように、丁度風呂上りで浴衣を着た源 しずながネギに声を掛けた。
 それにネギは頷き、刀子が止めようと声を掛けるが構わず廊下を走り出して。

「……れいむさんたちの部屋ってどこだろう?」
「さっきの二人が知ってるんじゃないっすかね」

 大事な事として思い出し、カモが刀子と瀬流彦が部屋の場所を知ってると話し、ネギはピタっと階段の手前で足を止める。
 葛葉先生たちに聞いてこよう! そうして踵を返して走り出そうとすれば。

「お、葱坊主じゃないか」

 と、階段の上から呼ぶ声。
 ネギが見上げれば浴衣を着て脇にタオルを抱える霊夢と、同じく浴衣の肩にタオルを掛けた魔理沙が階段を下りてきた。
 酒のせいか二人とも僅かに頬が紅色に染まっていた。

「夕暮れにこっち来るって聞いてたが、随分と遅かったな」

 笑みを浮かべた魔理沙が言い、下まで降りてきた二人をネギが見ながら。

「れいむさん、まりささん。 さっき聞いたんですけどお酒飲んでるって本当ですか?」
「飲んでるぜ、まさか葱坊主も同じこと言う心算か?」
「お二人ともお酒を飲むにはまだ早いと思います!」
「もう何年も前から飲んでるのに今更ね」

 ネギの言葉に興味無さそうに霊夢は歩き出し。

「ネギ、お前まだ風呂は入ってないだろ?」
「え? 入っていませんけど……」
「じゃあ入るか!」
「え゛!?」

 ネギより少し背が高い魔理沙の腕がネギの首に掛かり、何とか抵抗しようとするネギだが容赦なくずるずると引き摺られていく。

「あわ、わわわわ!」
「おいおい、私たちと話したいんだろ? だったら風呂の中で話せばいいじゃないか」

 ずるずるずるずる、腕をバタバタさせてネギは変わらず引き摺られる。
 だ、誰か助けてくれる人は!? そう考えて。

「た、助けてアスナさーん!」
「ネギ!? ちょっとそこの! どこのクラスか知らないけどネギを離しなさいよ!」

 霊夢と魔理沙と同じように、お風呂に入ろうとタオルを持って丁度出くわした明日菜と木乃香。

「霊夢の受け売りだがな、酒ってのは色々と神聖なものだったりするんだぜ?」

 魔理沙はその二人に気が付いていないかのようにネギを引き摺りながら話を続ける。
 その様子にカッチーンと頭に来た明日菜はズンズンと大股でネギを引き摺る魔理沙に近寄り。

「人の話聞いてんの!?」

 魔理沙の肩を掴もうとして。

「ッ!?」

 あっさりと避けられた。

(姉さんの手を簡単によけるなんざ、やっぱりこの二人はただもんじゃねぇ……!)

 魔理沙の腕を避け、ネギの頭に移動したカモは魔理沙を見て考える。
 明日菜の運動神経は抜群で、繰り出された腕もそれに反映されて相応に速い。
 しかし魔理沙はあまりにもあっさりと避けた。

(敵じゃねぇとすると、姉さんもわるかないが……。 あれだけつえぇんだ、兄貴のパートナーになったら怖いもんなしだぜ……)

 ニヤァとカモは邪悪な笑みを浮かべ、いかにネギとパクティオーさせるか悪知恵を働かせ始める。

「あん? お前さんはあの時橋に居た……だれだっけ?」

 そんなグッフッフと笑うカモをよそに、腕をすかされてバランスを崩した明日菜を魔理沙が見る。

「まぁいいや、見るにそっちも風呂入りに来たんだろ?」
「え゛?」

 魔理沙は明日菜の腕を掴み、ネギと一緒に引き摺っていく。

「え、ちょちょ!?」
「うわわ!」
「あー誰か知らへんけど待ってーなー!」

 明日菜より小柄な魔理沙に容赦なく引っ張られ、霊夢と魔理沙、ネギに明日菜と木乃香は露天風呂の暖簾を潜った、




















 afterwordは後書き


 香霖堂も買ったし、挿絵の霊夢と魔理沙が可愛いね。
 大戦争は買ってません! 動画はちょっと見ましたが、魔理沙はともかく他の妖精はチルノと同じ大きさでも良かったんじゃないかなーと。
 チルノが三月精よりもちっちゃくみえて残念、立ち絵あるんだしドットもペドい絵にしなくても、と。


 東方側で紅魔館が便利と言いましたが、ネギま側だと高畑が便利だ。
 あとガンドルや刀子、瀬流彦辺りが使いやすい。
 余り多用しすぎると詰まりそうだから、他のキャラも間違いなく出しますが。

 とりあえずようやくメインキャラが絡み合う! 勿論百合百合な絡み合いじゃないよ。
 お陰で幻想郷側のキャラの出番ほぼなし、紫と藍と咲夜にお初のお燐、名前だけのさとりと弾幕でボコられた鬼二匹と鳥頭と暇人だけでした。
 入ったばかりですけど次回で修学旅行は終わるかと、それに色々共通点があるキャラを掛け合いさせます。
 長くなっても間違いなく二話以内で修学旅行編は終わります。


 陰陽玉の設定その2、霊夢魔理沙の背後に浮かぶ陰陽玉と幻想郷の妖怪たちが持ってる陰陽玉は大きさが違うだけで同じもの。
 つまり霊夢たちも外の世界から幻想郷内部へと写し身で来ます、勿論出来るのは霊夢魔理沙だけ。



[5527] 9話 約束
Name: BBB◆e494c1dd ID:83e86ad6
Date: 2012/03/19 01:53
「わあああぁぁぁ!」

 ぽーんと脱衣所から何かが飛び出してきて、露天風呂へと放物線を描き落ちて水しぶきが上がる。
 投げられたのはネギで、投げたのは魔理沙。
 浴衣の時と同じように、裸で肩にタオルを掛けた状態で堂々と脱衣所から出てくる。

「誰か居ないか確かめてからにしなさいよ」

 霊夢も霊夢で手に手拭いを一枚持っただけで脱衣所を出てくる。

「終わった事はどうしようもないな」

 はははと笑う魔理沙と呆れながらの霊夢。
 二人は脱衣室から出て湯船に向かう、その先には先客。

「ん? どっかで見たことがあるな」

 足を止め悩む魔理沙、霊夢は気にせず通り過ぎて桶を手に取り、湯を汲み体に流す。

「プハァ! いきなり投げ飛ばすなんてひどいじゃないですかー!」

 水飛沫を上げて露天風呂から顔を出すネギ、両手で顔に流れるお湯を拭いながら言う。
 それを見ていた先客、桜咲 刹那が湯船の中から立ち上がって刀を手に取り露天風呂から上がった。

「あわ! あわわわ!」

 ネギは顔に滴るお湯を拭い瞼を開けば少女たちの裸体、イギリス紳士たる者女性の肢体を凝視するなんて破廉恥な真似など出来ない。
 変な声を出しながら、クルリと湯船の中で百八十度体ごと視線をそらして鼻近くまで湯船に浸かる。
 その隣で足をばたばたさせながら湯船に浮かぶカモは、ムフフと笑いながらその光景を見ていた。

「ああ、そうだ。 霊夢がなんとかと戦った時に居たな」

 右手をあごに置いて首をかしげていた魔理沙。
 見られる刹那な何事も無く二人の隣を通り過ぎて更衣室へと向かって擦れ違い、そうだと魔理沙は握った右手で開いた左手に軽く叩く。

「エバンジョリンの後だったな」
「そうだっけ?」

 思い出したら用は無い。
 そう言わんばかりに魔理沙は肩にタオルを乗っけて、堂々を浴場を闊歩して湯船に近づき、置いてある桶を取って湯を注ぐ。

「くっそー、やっぱり魅力的だな」

 悔しそうな声だったが笑みを浮かべて体に流し、さっさと体を洗って湯船に浸かる魔理沙。
 霊夢も同じように体を洗って湯船に浸かり、巻き上げた髪の上に折り畳んだタオルを乗せる。

「神社のは余り広くないからね」

 霊夢は呟きながら魔理沙の隣に座る浸かる。

「おー、萃香よ」
『まあやっとくかね、暇そうだし』
「こう、開けた感じってのはいい感じだと思わないか?」
「景色によるわね」
『はいはい、善処するよ』

 他者には聞こえない三人目と話す二人、同じ湯船に浸かって距離も近いネギやカモも聞こえはするが意味を掴めない。

「全く、こういう体験は悪くないがな」
「向こうから出向いてきてくれないかしら」

 それだと手っ取り早いのに、と霊夢が溜息のように吐いた。

「まあ何事もあるんだろうし、なあネギ」
「え? な、なにがですか?」

 魔理沙に聞かれて振り返ろうとしたネギは、どう言う状況か思い出して動きを止めて聞き返す。

「何がって、何か有るんだから私たちもここに連れてこられたんだぜ? 何もなけりゃ私らはここに居ない、簡単だろ?」
「……それはそうですね、でも……」

 むむむ、とそれ以上口にしないネギ。

「ん? なんだ? やっぱりなんか話せない理由でもあるのか? カマかけて正解だな」
「え? えっと、今はちょっと……」

 ネギは今この場では話すのは難しいと、それに補足するため短い足で魔理沙のもとに泳いできたのはカモ。

「姐さん姐さん、魔法ってのは一般人にバレちゃならねーですし、魔法を知らないこのか姉さんもいやすし」

 ひそひそとカモが魔理沙に耳打ち。

「そういやそうだったな」

 やっぱりめんどくさいな、両手を頭の後ろにやってさらに深く湯船に浸かる魔理沙。
 あまり興味がない霊夢は湯船に浸かり、瞼を閉じて温泉を堪能していた。

「世知辛い世の中ですぜ、そっちの方も似たような?」
「いんや、人間より妖怪の方が多いからな」

 魔法は幻想郷でメジャーか? と聞かれればそうでもない。
 魔法や魔法使いと言う言葉は知っていても、それが一体どういうモノか理解している人間はかなり少ない。
 その点、妖怪が使う妖術や人里に住む退魔師などの妖怪退治屋が使う陰陽術などの方が知られている。
 身近にあり恩恵をあずかる事の方が覚えやすいし記憶に残りやすい、そう言う話。
 妖怪次第ではあるが、妖術も学ぼうと思えば学べる可能性もそこそこある。
 そんな訳で外の世界のように知られちゃいけない、と言う訳ではない結構オープンな世界である。

「ま、覚えようとする奴は珍しいがな」
「なーるほど、魔法世界とも違った感じなんですなぁ」

 ふむふむ、とカモが頻りに頷く。

「そうだ、聞いた所によると魔法世界ってところは──」

 魔理沙がカモに話題を振ると同時に、脱衣所の引き戸が開く。
 出てきたのは明日菜と木乃香、どこか気落ちした木乃香に付き添うように連れたって露天風呂へと進む入ってくる。

「天界みたいに地面が浮いてる場所もあるんだろ? こっちもそうだがどうやって浮いてるのかイマイチ分からないんだが」

 浮いてる理由わかるか? と明日菜と木乃香の事に気がついていないかのように平然と魔法関係の言葉を口にする。

「あ、姐さん! 声が大きいっすよ!」

 温泉の中でバタ足しながら魔理沙にカモは注意する。

「あん?」

 魔理沙は振り向き、明日菜と木乃香を見る。

「なんだ、てっきり知ってるかと思ってたが」

 なんだか窮屈でつまらんと、魔理沙にとって普通の会話が出来なくて面白くなさそうにため息を吐く。

「世知辛い世の中だぜ、ところでなんで魔法を教えちゃいけないんだ?」
「ダ、ダメですよ!」
「おいおい、それもダメなのか? 世知辛いどころか息苦しいぜ」
『向こうの建前は「悪い奴らが魔法を覚えたら大変だから教えたくない」とか、もう突っ込むことさえ今更なドロドロ具合なのにね』 
「本末転倒? お前が言うなってことだな」
「……? まりささん?」

 魔理沙が聞き、パチュリーが答え、ネギが首を傾げる。

「何の話ししてるんー?」

 体を流し、湯船に浸かるのは明日菜と木乃香。
 話が聞こえていなかったのか木乃香が問い掛け、魔理沙はずり落ちてきたタオルを元の位置に戻しながら。

「魔法」

 その一言にネギと明日菜は表情を引きつらせた。

「ところであんた誰だ? そっちのは見たことあるけど」
「うち? うちは近衛 木乃香、よろしゅうー」

 桜咲 刹那とのやり取りで落ち込んだ気分を見せず、いつものように接する木乃香。

「私は霧雨 魔理沙、こっちが霊夢。 ん? 近衛? と言うことはコノエモンの孫ってところか?」
「じいちゃんを知っとるん?」
「知らなきゃここに居ないな、と言うかおかしくないか?」
「お、おかしいって何がよ」

 魔理沙はじっと木乃香を見つめた後。

「気にしない方がよさそうだな」
「?」

 本当に血縁なのか考えても無駄そうなので問いかけるのを止めた魔理沙。

「で、このえ このかさんよ」
「なんやー?」
「あんたは何の魔法を使えるんだ?」

 ビシリとネギと明日菜が凍る、魔理沙はさらりとと魔法の事を知らない木乃香へと聞いた。

「まほー? うちまほーなんかつかえへんで?」
「そんな魔力垂れ流しでか? 勿体無いな」
「魔力?」
「あ、あはは! 何言ってんのよ、魔法なんてあるわけ無いじゃない。 ねえネギ?」
「そ、そうですよ!」

 二人してぎこちなく笑いながら魔法なんてあるわけがないとフォローを入れる。

「あー、そうなのか」

 白々しいと言っていいネギと明日菜の言葉に、納得がいった魔理沙。

「あのなコノカ、魔法ってのは種も仕掛けもない手品って奴だ」

 湯船の水面に上げた右手、その右手の人差し指を立ててポンっと黄色い星が現れる。

「これが種も仕掛けもない手品って言う魔法だ」
「わー、どこから出したん?」

 人差し指の上でくるくる回りだした黄色い星、突然現れた僅かに光を放つ星に木乃香は驚いて星に見入る。

「どこからって、種も仕掛けもない手品だからな」

 魔理沙が人差し指を木乃香へと向ければ、星が木乃香の口の中に飛び込んだ。

「むぐっ……、甘い?」
「別に良いんじゃないか? コノエモンの孫なんだろ? 遺伝子とか関係無いようだが」
「何言ってるんですか! 良いわけ無いですよ!」
「ちょ、ネギ!」

 魔理沙の言葉に反応し、ネギは声を荒げて駄目だというが。

「ネギくん?」
「コノカよ、葱坊主も種も仕掛けもない手品を使えるんだぜ? 見たくないか? 種も仕掛けも……めんどいからもう魔法でいいや」
「ほんとなん? ネギくん?」
「そ、それは……」

 キラキラとした瞳で木乃香はネギを見て、見られるネギはもごもごと口に出せず小さくなる。

「ちょっと! 魔法なんてあるわけ無いじゃない!」

 あんまりな魔理沙の言動に明日菜が怒り食って掛かるが。

「めんどくさいな、なあコノカ」
「なんや?」
「魔法は魔法を知らない人に知られちゃいけないことらしいんだが、コノカは言いふらしたりするか?」
「なんで知ったらあかんの?」
「それはわからん、問題はコノカが言いふらすか言いふらさないかって事だ」
「よーわからんけど、うち言いふらしたりせーへんよ?」
「じゃあ問題ないな、それじゃあ葱坊主はどんな魔法が得意なんだ?」

 そういった魔理沙と、言いふらさないと言った木乃香はネギを見る。

「……うう、仮免没収……オコジョ……」

 ぐすぐすと目尻に涙を溜めてネギは小声で泣いていた。

「ちょっと! いい加減にしなさいよ!!」

 そんなネギを見て本気で怒った明日菜は魔理沙を睨みつけ。

「あんた何がしたいのよ! こんな──」

 魔理沙の言動に明日菜が声を荒げようとした時、パキッとガラスにひびが入ったような音が耳に入った。

「え?」
「……? なんや今の音?」

 音に顔を上げたネギも怒っていた明日菜も魔法に興味津々の木乃香も、三人とも音を耳にして辺りを見回した。
 しかし露天風呂の中には鏡やガラスのような物はない、だがはっきりと近くで聞こえた。

「大胆だな、そんなに乙女の裸体を見たいのか」
「……違うっぽそうね、魔理沙も向こうも」

 奇怪な音を前になんてこと無いと悠然に湯船に浸かり続ける二人。
 何が起こっているのか理解しているような素振りを見せる二人に、ネギたち三人が視線を向けた時にさらなる異音が響いた。

「割れた音?」

 それはガラスが割れ砕け散ったような甲高い音、すぐ近くで起こった奇妙な音は怪奇を怪訝させた。
 柵の向こう側で光が上がり、露天風呂の柵を飛び越えて降り立ったのは三つの影。
 一つは三メートルを超える頭に二本の角を生やした筋骨隆々の鬼。
 一つは顔に嘴と背中に翼を持つ、長い鉄棍を肩に担いだほそ長い烏族。
 一つは顔の上半分を狐の面で覆った、袖や裾が短い着物を着流した長い黒髪の女。
 それぞれが人とは違う気配を放って五人を見下ろしていた。

「おっと、悪いがここは貸切だ。 露天風呂に入りたかったら後にしてくれ、その方がお互いのためだぜ」

 しかし明らかに人間ではない存在を前に、魔理沙は平然と嘯く。
 霊夢は一つため息を吐き、ネギたち三人は現れた怪異を呆然と見上げていた。

「確かに風呂に入りながら一杯といきたいとこやが、目的は別にあるんやが」
「露天風呂より優先されるとはどんな目的だ?」

 それを聞いて狐面の女が口角を釣り上げて。

「そこなお嬢様をいただきに」

 狐面の女が木乃香を見る。
 久しぶりに呼ばれたと思ったら随分と楽な仕事だ、そう考えて楽観視でもしたのか余裕のある態度。

「なんですって!?」
「そんな事させません!」

 木乃香を攫うとの宣言を聞いて、我に返った明日菜は庇うように木乃香の前に移動して。
 ネギは練習用の杖を取り出して、何時でも詠唱できるよう態勢を整える。
 そんな一触即発の空気が出来上がっていき、所在無さそうに魔理沙が口を開く。

「こういう場合ってどうすりゃ良いんだろうか」
「いつも通りでいいんじゃない?」
「そういうもんか?」
「そういうもんでしょ」
「そうか、じゃあいつも通りにいくか」

 その行動にわずかに反応するだけで、妨害する程度ではないと判断したのか動かない大鬼たち。

「ほう、何する気だ?」

 鳥族がニヤリと笑みを作り、魔理沙の行動を面白可笑しく見る。

「何って決まってるだろ?」

 この状況でそれ以外の何のあるんだろうか、口角を釣り上げた魔理沙は瞬時に魔力を練り上げ湯船の中から右腕を上げ。

「動くと撃つ!」

 言い終わると同時に手のひらから星の魔弾が放たれ、露天風呂の柵を巻き込んで真ん中の大鬼を消し飛ばした。

「なっ」
「にぃ!?」

 声を上げた時には決着は付き、残る二体の人にあらざる者も還っていく。
 魔理沙の攻撃に紛れて霊夢も妖怪バスターを放ち、鳥族と狐面の女の額を撃ち抜いて仕留めていた。
 大鬼は消し飛び残る二体も立ち上る煙となって消え、脅威ではない脅威が無くなって。

「おいおい、動くと撃つって言ったろ?」
「普通は相手のことだと思うわよねぇ」

 弾幕ごっこの前に会話が入ることが多い幻想郷、それぞれが他人など関係ない思惑で動いて会話が成り立たない事もままある。
 中には会話の途中と思える所で唐突に弾幕ごっこに突入する、言ってしまえば会話の途中でどちらかが攻撃態勢に入ったら即弾幕ごっこになる。
 今の魔理沙の言動は相手に向かって言った攻撃宣言、相手を制止させるものではなく魔理沙が動くから撃つと言う宣言であった。

「あー? 私は間違ったことは言ってないぜ」
「はいはい」

 ふぅーっと一息ついて、柵が壊れて外から丸見えになった景色を見る二人。
 
「ところでコノカ、今見たこと忘れてくれ。 言いふらしたりしたら葱坊主が大変なことになるらしいんで黙っといてくれると助かるな、主にネギが」

 思い出したように魔理沙が木乃香を見て言う。

「今のすごいなー、何したん?」
「魔法だよ、魔法」

 そんな魔理沙と木乃香を見て、明日菜も火消しに動いた。

「……あのねこのか、今さっきの事は誰にも言わないでほしいんだけど……」
「と言うか、結界張ってたの誰だ?」
「私じゃないわよ」

 式神が居たとは言え木乃香の目の前で遠慮無く魔法を使った魔理沙、むしろその前にあっさりと魔法をばらしたことで木乃香と向き合う明日菜。
 魔法のことがバレるとネギがかくかくしかじかでおこじょにされてしまうと説明。

「ほら、ネギも!」
「このかさん! お願いします!」

 隣の肘で小突かれたネギもハッとして、湯船に顔をつけそうな勢いで木乃香へと頭を下げる。

「そーなん? まほーがあるなんて驚いたけど、うちは言いふらす気なんてこれっぽっちもないんよ?」
「だそうだ、よかったな!」
「はい!」
「何嬉しそうにしてんのよ! 先にバラしたのは変わんないでしょ!」

 木乃香の言に安心したのかネギは嬉しそうに笑い、その隣で明日菜は魔理沙を指さして怒る。

「さてと、温まったことだしもう上がるわ」
「そうだな、風呂はいいが覗かれる趣味なんて無いしな」

 しかしあっさりと明日菜の指摘をスルーして、風呂から上がっていく二人。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 話は終わってないでしょ!」
「あん? 知ってるのはここにいる五人だけだぜ、黙ってりゃばれないって」
「そういう問題!?」
「順番を逆にすれば問題ないって」

 起こした問題を明日菜へ放り投げ、スタスタと脱衣所へ向かっていく二人。
 いい湯だったな、晩飯が楽しみだと脱衣所の引き戸に手を掛けようとした瞬間。

「お嬢様!」

 勢い良く引き戸が開かれ、声を上げて現れたのは愛刀を片手にした浴衣姿の桜咲 刹那。

「突き指しそうだったな」

 あぶないあぶないと刹那の横を通り過ぎ、刹那は二人をきつめの視線で一遍見て木乃香のもとへと走り寄る。

「お怪我は!?」
「せっちゃん……」

 木乃香に怪我の有無を確認した後露天風呂内を見渡して、争った形跡を確認してほっと一息をついた。

「心配してくれたん?」
「え、いや、わ、私は……」

 木乃香に笑みを向けられしどろもどろの刹那、ハッとして膝を着き。

「私は、お嬢様をお守りできれば──」

 自分の思いを押しつぶして言葉を綴るが、終わる前に脱衣所から新たな人影が姿を見せた。

「……ネギ先生、話があるので上がってください。 あなた達にも話を聞かせてもらうので、露天風呂から上がりなさい」

 葛葉 刀子がいつもの口調で言い、露天風呂の壊れて無くなっている一部の柵を見てため息を吐く。
 しょうがないとは言えこうも派手にやられては言い逃れ出来ない、出来たら出来たで将来が心配になってしまうが。
 とりあえずは話すことになる、これは木乃香が近右衛門の孫だからであり通常ならば隠蔽に走らなければならない。

「まったく……」

 襲撃者から生徒たちを守ったために魔法を暴露した点、これについては魔法を使用しなければ守れなかった事が大きいために強く追求できない。
 問題はその前の、襲撃がある前の魔法をばらしたことにある。
 やろうと思えばうやむやに出来るが、それでは意味がない。

「……刹那、近衛さんの傍から離れないようにしなさい」
「……はい」

 今回ばかりは二人の間にあるわだかまりに遠慮している場合ではない、結界崩しをされた上木乃香が狙われたのだから襲撃前と同じにしておけない。
 刀子はもう一度風呂からあがるよう催促、携帯電話を取り出した。





 四人とプラス一匹はホテル内を先導する、携帯電話を片手の刀子の後について歩く。
 言葉を発するのは刀子だけであり、その相手は名称から近右衛門だとわかる。
 それを耳に入れながら歩き着いた場所はとある一室、教員用に充てられた部屋。

「……わかりました、今から始めます。 入りなさい」

 携帯電話を下ろしながら戸が開き入室を促し、四人はスリッパを脱いで部屋に上がった。

「………」

 室内には誰も居ない、後ろから四人と一匹の隣を通り過ぎて素早く座布団を敷く刀子。

「座りなさい」
「は、はい……」

 まずは刀子が正座で座り、机を挟んで四人も神妙に正座で座った。
 向きあったまま刀子は携帯電話を操作し、ディスプレイをネギたちへ向けて机の上に置く。

「学園長、準備が整いました」

 そう刀子が告げれば、繋がっている携帯電話から声。

『もしもーし、近右衛門じゃが』
「学園長先生、ネギです」
『ネギ君かの、一通りの話は刀子君から聞いておるが齟齬がないかもう一度ネギ君から聞かせて欲しいんじゃが』

 その言葉にネギは頷き。

「分かりました」

 かくかくしかじか、露天風呂で聞いたことをそのまま近右衛門にネギは説明する。

『……それは間違いないかね?』
「……はい」
『……わかった、傍に木乃香は居るんじゃね?』
「はい」
『聞こえてるかの、木乃香』
「聞こえとるよ、じいちゃん」
『木乃香、魔法の事を知りたいかの?』
「……なあじいちゃん、うちってまほーつかいになれるん?」
『む? 彼女らになにか聞いたかの?』
「うん、魔力垂れ流しで勿体無いって言ってたんよ」
『……確かに、木乃香には並々ならぬ魔力を持っておる。 魔法使いになろうと思えばなれるだけの才能を持っておる、じゃがそう簡単な話ではない。 詠春も木乃香には魔法とは関係なく生きてほしいと言っておった」
「父さまが?」
『うむ、魔法と言うのは世間一般に考えられてるものとはちょっと違うんじゃよ。 むしろ危険な物じゃ、だからこそ魔法を覚え使うことには責任が付きまとう』

 その責任を背負う事が魔法使いの第一歩でもある、木乃香は身に秘める力に溺れず責任を背負うだけの覚悟を持たねばならぬと近右衛門。

『祖父であるわしや父である詠春も木乃香の将来に口出しすることは出来ん、木乃香の人生は木乃香自ら考えて決めねばならん。 すぐに答えを出さず、じっくりと考えてから自分が納得できる答えを出すのじゃ』
「……うん、わかった」
『うむ、ではネギ君』
「は、はい!」
『ネギ君や、木乃香の事はあまり気にせんでよいぞ。 木乃香が自分で決めてからの事になるからの』
「はい、わかりました」
『あと今回の件でネギ君にはお咎めは無かろう、責任があるのはしっかりと理解させていなかったわしにあるからこれも気にせずともよい』
「……れいむさんとまりささんはどうなるんですか?」
『……難しい問題じゃな、とりあえず厳重注意はしておくことになるじゃろう』

 それ以上の事は難しい、魔法世界で定められた魔法使い用の罰則を霊夢と魔理沙に適用すれば間違いなく反発を招く。
 悪い方に転がると危険なことになる、それを避けたいがために落とし所をここと定める。

『彼女らはこちらの常識には疎いからの、ネギ君は日本に来る前は日本の常識を知らなかったじゃろ?』
「はい、失礼なことがあったらいけないので麻帆良に来る前に日本の事をたくさん勉強しました」
『うむうむ、感心な事じゃ。 今の彼女らは日本の事を勉強する前のネギ君と似たようなものじゃ、じゃからいきなり本国の送るのも罰としては重すぎるとわしは考えておるんじゃ』

 事の重要さをそれほど理解しておらず、理解出来るだけの説明をしなかった近右衛門が悪いとした。
 魔法の行使は使用しなければ危険であったことを考慮し、不問とし。
 幸い初犯であるし魔法をばらされたのは近右衛門の続柄であり、話せばわかる者たちなので今回は注意という形で終わらせる。
 そうネギに告げる近右衛門。

『ネギ君は特使の事に集中してもらえれば良い、他の皆にはわしから話しておこう』
「はい」
『タカミチ君たちが居るとは言え、気を抜きすぎては駄目じゃぞ?』
「はい、気を付けます!」
『いい返事じゃ、それではこの話はここで終わりとしよう。 刀子君、タカミチ君が戻ってきたら電話をくれるよう伝えてくれんかね』
「はい、わかりました」

 通話が切れ、携帯電話をしまう刀子。
 視線が懐から机を挟んだ四人へと向く。

「ネギ先生、今回のことは災難でしたがまたこういう事があるかもしれません。 彼女達、特に霧雨さんが魔法の話を切り出しそうなら注意してもらえると助かります」
「はい」

 強くネギが頷き、刀子の視線は明日菜と木乃香に向けられる。

「勿論貴方たちも誰彼話してはいけません、分かりましたね?」
「は、はい」

 鋭い視線を受けて明日菜と木乃香は頷き、刀子は最後に刹那へと顔を向けた。

「刹那、今まで以上に近衛さんの護衛を怠らないように。 出来るだけ傍に居るようにしなさい、いいですね?」
「……はい」

 それに頷く刹那、木乃香は伏せ目がちに刹那の顔を見ていた。

「以上です、魔法関係の問題は忘れて修学旅行を楽しみなさい」

 何時もとはどこか違う声色で、刀子は解散を促した。





「それで、あの二人は注意だけで終らせるの?」

 開放された四人と一匹はホテルの廊下を歩いていた。
 ネギの左には明日菜が、右には木乃香が居て並んで歩き、その少し後ろに刹那が付く。

「学園長先生がしっかりと注意するそうです」
「ふーん、それだけ?」

 明日菜はあの金髪魔法少女が注意されただけで止めるかどうか疑わしかった。
 ちゃんと聞いていたなら魔法のことをばらさないし。

「いきなり本国に送っちゃうのは厳しいかなって学園長先生が言ってましたよ」
「そういうもんなの? またすぐにばらしちゃいそうな気しかしないんだけど」

 明日菜から見れば魔理沙は言っても聞かないタイプの人間だと分かり、どうにも口が軽そうで信用できない感じを受けた。

「桜咲さんはどう思う? あの魔理沙って子」

 足を止めて振り返り、後ろにいた刹那へと話しかける。

「……実力から見れば超一流の魔法使いかと思いますが、信用できるかどうかは別の話かと」

 それに対し刹那は内に持つ霊夢と魔理沙への不信感をそのまま述べた。
 簡単にルールを破る者を信用しろと言われても無理であろう、信用しないし頼りたくもないと言うのが本音。
 しかしあの二人の力が必要になるかもしれないと言う危惧、自分では敵わない相手が襲ってくるかもしれないと言う焦燥感。
 それを不甲斐無いと感じ、せめて木乃香が無事で居られるよう全力を尽くすと決めていた刹那。

「もし、戦闘となれば直ぐに逃げてください。 あれクラスの魔法使いの戦いになると……私ではどうにも出来ません」

 守ることも出来ないかもしれない、その意を含んだ言葉。

「桜咲さんも魔法使いなんでしょ? やっぱりあの二人は刹那さんから見ても凄いの?」

 決まりが悪そうに刹那は木乃香を見て、すぐに視線をそらし。

「私は魔法使いではなくて、神鳴流の剣士です。 補助程度には符術を使えますが、攻撃に使用するには決定打に欠けるかと」

 淡々と自分の能力を説明する刹那。

「しんめいりゅう? 何だか凄そうですね……」

 刹那の話を聞いて何だが刹那が凄い人に見えてきていたネギ。

「せっちゃん、ずっとうちを気にしててくれたん?」
「……私は護衛です、お嬢様が無事であればそれだけでいいので」

 余所余所しく顔を逸らし、事実だけを述べる。
 その横から、明日菜は疑問に思った事を口にした。

「ねえ、桜咲さんがこのかの護衛だからって仲良くしちゃいけないの?」

 見ていればわかる、木乃香が刹那の事を気にしているのを。
 木乃香は基本的に明るいが刹那のことになるとどうにも歯切れが悪くなる、友達の落ち込んだ顔なんて見たくはないと明日菜。

「い、いえ、そういう訳ではないのですが……」
「ウチ! せっちゃんと仲良くしたい!」

 明日菜の疑問に刹那が答え、刹那へと一歩近づいて思いを主張する木乃香。

「わ、私は……」

 気圧されて一歩下がる刹那。

「ウチ、せっちゃんに何か嫌な事何かしたん? 悪いところがあったら直すように頑張るし、だから──」
「違います!」

 刹那は遮って声を上げた。

「このちゃっ……お嬢様は悪くはありません、偏に私が不甲斐無いだけです! お嬢様が何かした訳ではないですし、悪いところなど!」
「……せっちゃん、ウチのこと嫌いになった訳やないん?」
「嫌いになる訳など、っ!」

 勢いに流され、刹那の口から本心が零れ落ちる。

「……ウチてっきりせっちゃんに嫌われたんやって」

 それを聞いてほろりと木乃香の目尻に涙、それを指で拭いながら微笑む。

「桜咲さん、仲良く出来るなら仲良くしたほうが良いと思います」
「あ……」
「よかったわね、このか」

 ネギに言われ、刹那が見るのは喜ぶ木乃香と言葉を掛ける明日菜。
 刹那が木乃香を心配していると同じで、木乃香も刹那に心配を掛けていた事。

「ほら、桜咲さん」

 明日菜に横から背中を押され、刹那は木乃香へと一歩、体と共に心も近づいた。





 一方その頃、高畑とガンドルフィーニはホテルの周囲で呪符使いを探していた。

「……居ませんね」
「うむ、それに彼女の魔法の残り香が強すぎるな」

 ホテルの露天風呂、既に応急補修をされた柵から一直線の離れた場所に二人は立っていた。

「魔理沙君の魔法の威力に逃げ出したのでしょう」

 召喚した式神たちを一撃で吹き飛ばされれば、二の次に召喚しても同じく一撃で還される。
 当然呪符使いの力が切れるまで延々と式神を相手にする理由もなく、式神たちを一撃で吹き飛ばした魔法を向けられる可能性は大いにある。
 それを理解して鬼たちを召喚した呪符使いは早々に退散したのであろうと高畑はあたりをつける。

「これで引け腰にでもなってくれればいいんですが」

 近衛 木乃香の護衛には強力な魔法使いが居る、その事実が木乃香を浚おうとする者たちに躊躇いを生むことになれば襲撃も減る事になるだろうと考える。

「しかし、強硬手段も採りかねないな」
「誘い出しもありえますが、それを考えるとやはり彼女達を同行させた方がより安全でしょう」
「……3-Aが騒ぎ出さなければ良いが」
「それは……、難しいですね」

 巫女服と魔女服を着た二人に興味を示さないわけがない、わらわらと興味津々に群がる様子がありありと思い浮かべる事が出来た高畑。

「これも含めて彼女達に言い含めておかなければならないな……」

 ガンドルフィーニは眉間を指で揉みながらため息を吐いた、やはり信じるべきではなかったかと呟く。

「まずは話を聞いてからにしましょう、それからでも遅くはないかもしれませんよ」
「ああ、そうしよう」

 後を追いかけられるような物はホテルの周囲からは見つからなかった、となればもう一つの問題の解決を図らなければならない。
 踵を返しホテルに戻った高畑とガンドルフィーニ、階段の踊り場で合流した三人に襲撃者を追跡出来なかった事を告げた。

「うーん、まさか結界が一度で抜かれるなんて……。 僕はまた襲撃があるかもしれませんから結界の維持に集中させてもらいます」
「ああ、よろしく頼む」
「高畑先生、学園長が連絡を入れて欲しいと言っていました。 私は見回りをしてきますので、理由が分かったら連絡をお願いします」
「分かりました」
「僕も見回りをしておきます」

 刀子たちと分かれた高畑たちは霊夢と魔理沙が泊まる部屋へと向かった。
 階段を上がり廊下を進んで、三階のスイートルームの一室のドア前で足を止める。
 高畑はドアをノックしながら霊夢と魔理沙を呼ぶ、ノックしてから一分二分と時間が経つが返事やドアが開かれる様子が無い。
 どこかへ行ったのかと下の階に戻ろうとした時、足音が部屋の中から聞こえてドアが開いた。

「はいはい、何か用?」

 霊夢が顔を見せ、高畑は問題となる用件を告げた。

「露天風呂の事で魔理沙君に話を聞きたいんだけど」
「……魔理沙ー、露天風呂の事聞きたいんだって」

 振り返って部屋の中にいる魔理沙へと呼びかけた霊夢、その後入室を促されて上がった二人。
 入ると目に入るのは座椅子に座って茶碗に酒を注いでいた魔理沙だった。

「何だ? 人の裸のことを聞きにきたのか? そういうのはお断りだぜ」
「このか君に魔法のことを話した理由を聞きにきたんだよ」

 笑いながら高畑は流し、ガンドルフィーニは部屋の中に漂う酒気に眉を潜めた。

「京都に来る前に一通りの事を教えたはずだが」

 机を挟んで対面の座椅子に座りながらのガンドルフィーニ。

「あれか、魔法を知らない人に教えちゃ駄目だってことか?」
「そうだ、何故近衛君に教えたんだ」
「魔法を知らないと魔法を使えないだろ、私が。 だからお嬢様に教えた」
「……それはどういう意味だい?」
「人の裸を覗こうとする奴が露天風呂の周りでうろついてたら良い気分も台無しだろ、だからか弱い私は魔法を使って退場願ったわけだ」
「魔理沙がか弱かったら凄い事になるわね」
「妖怪がのさばっちまうな」
「それは無いわね」
「………」

 魔理沙のか弱い発言はともかく、魔法を使うためにわざと木乃香に魔法のことを教えた。
 その事を聞いて口を閉じるガンドルフィーニ、何せ守るために魔法を使ったのだから責め立てる事は出来なかった。

「……その露天風呂の周りでうろついている者が魔法とは関係ない人であっても魔法を使う気だったのか」
「そんな訳無いだろ、こそこそと何かの術を使ってたからに決まってるだろ」

 妖怪じゃないのに人殺しなんてナンセンスにも程があるぜ、と酒がなみなみと注がれた茶碗を手に取り口をつける魔理沙。

「いいか、私にも一応守る気はある。 だが守って怪我したんじゃあ元も子もない、だから相手さんが何かしてこなけりゃ私は魔法を使わないで済むんだ」

 悪いのは私じゃなくて、魔法を使わないといけない状況にする相手が悪い。
 そう言って一応の誠意は見せる魔理沙。

「あのお嬢様が狙われる事も分かったんだ、この際だからあのお嬢様に自衛手段を十個や二十個ほど教えといたらどうだ?」
「確かにそうだね、だけど魔法を覚えるかどうかは彼女が自分で決めなきゃ駄目なんだよ」
「そりゃそうだ、教えられるより自分で覚えた方が色々と捗るな」

 もう一口飲む、霊夢も同じように酒を口に含んでいた。

「……そういう事か、とりあえず言いたい事は分かった」
「じゃあ話は終わりだな、飲むか?」
「いや、まだやることがあるからね」

 酒瓶を指差して薦めてくる魔理沙に高畑は断り、ガンドルフィーニと共に立ち上がる。

「ああ、明日自由行動があってね。 君たちも付き添って欲しいんだけど」
「そりゃ結構、明日もここで過ごせって言われたらどうなるか分かったもんじゃないぜ」
「ネギ君たちと一緒に行動してもらうよ、離れて動いても良い事は無いだろうし」
「そうね、他には何かある?」
「それだけだよ、それじゃあまた明日」

 ひらひらと手を振られて退室する二人、携帯電話を取り出しながらガンドルフィーニに声をかける高畑。

「守る気があって良かったですね」
「守ってくれなければ困るだろう」
「それはそうですが、明日は気を張らないといけませんね」

 魔理沙の魔法は派手だ、もし往来の中で強行してくれば魔理沙は迷わず魔法を使うだろう。
 そうなれば当然多くの人の目に付くし、関西呪術協会もより一層不快感を抱くだろう。
 露天風呂で襲撃してきた者は呪符使いと思われるし、向こうに味方する者も現れるかもしれない。
 さらには関西呪術協会自体が西洋魔術師である高畑たちを排除しようと動く事も十分ありえる。

「……これ以上厄介な事にならなければいいが」

 ため息を吐いたガンドルフィーニに同意し、アドレスを開いて近右衛門へのダイアルを押した高畑であった。















 アトガキ

 すみませんとしか言えない! ビクンビクン
 幾つか話を端折る気満々、魔法先生が守ってるし霊夢と魔理沙も居るから手出しは早々無理な状況とかついてない千草一行
 因みに露天風呂で召喚したのは千草じゃないです


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