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[4285] 逃亡奮闘記 (戦国ランス)
Name: さくら◆90c32c69 ID:0ee01bad
Date: 2010/02/09 17:04
本作は戦国ランスの二次創作です。


オリジナルキャラ×原作キャラのカップリングを予定しています。
また15歳くらいの対象の暴力描写もあります。(闘いの描写で、普通に首が飛んだりします)

以上を読み、それでも読んで頂けるようでしたら下に本編があります。
それでは、どうぞ。

Prologue

―――――余命一年

それが医者に告げられた、彼の命のリミットだった。

彼は極平凡な大学生だった。
部活で汗を流し、友達と馬鹿な事をして笑い、恋もする。
モチロン休みの日には派手に遊びまわり、親に怒られる事もあった。

だがその生活も急に終わりを告げる。
ある日いきなり吐血した彼は病院に搬送され、医者から残酷な宣告をうけた。
不治の病に侵され、彼に残された日々は非常に残り少ないと言う事を。

彼は足元から崩れ落ちるような錯覚を覚え、体調を崩しそのまま入院。
残された余命を終生ベッドで過ごす事になると告げられた時、彼の絶望は如何ほどのものだったろうか。

彼は三日三晩塞ぎ込んだ。
周囲の声も聞かず、医者さえも拒絶して自分に与えられた病院の一室で一人過ごす。

四日目の朝。
部屋を開放した時の彼はとても晴れやかな顔をしていたという。
何か答えを得たかのような笑みに、両親は息子の境遇に涙した。

―――――――そして彼はグレた

病弱の彼に暴れまわるという行為は不可能だし、それでは親を悲しませてしまう。
その辺を理解していた彼は静かなる反逆を起こし、別の道へと進む。

「謙信タン萌えーーーー!!!」
「五十六ちゃん…ハァハァ………」

彼が進んだ修羅の道はアニメ・ゲームの世界だった。
残り少ない命を好きに使って欲しいと両親は、彼に好きな物を買って与えた。
流石に他人の目に憚れる物はAmaz○nで購入していたようだが。

「かなめに踏まれたい……ハアハア」

ネットは病院という閉鎖空間においても彼に友達を与え、その友達が彼にゲームを勧めた結果である。
時間の大部分を一人で過ごす彼にとって、のめり込むまでそう時間はかからなかった。

「雪姫カワイソス(´・ω・`)」

彼にとって新世界への扉が開かれたかのようだった。
夢のようとは正にこの事。毎日のように彼はゲームをプレイした。

だが、そんな彼にとって蜜月のような時間も終わりを迎える。

「心拍停止! 脈拍戻りません!!」
「電気のチャージはまだか!? 早く電気マッサージを!」

ピーッ…と彼の生命の強さを表すグラフがフラットを描く。
医者は必死の延命措置を行っているが、張本人の彼は何処か冷めた眼差しでそれを眺める。
彼にとって自分の死が他人の出来事のような気がしてならないのだ。

彼はぼんやりと虚空を見詰める。
いまわの際に彼が思い浮かべたのは後悔だった。

(ちくしょう…あと二国で全国制覇だったのにな……)

     ・・
そして彼はこの世界と今生の別れを告げた。
享年21歳。短すぎる人生だった。

Interlude

「ねぇ、君は生きたい?」

「―――――――――」

「ははっ、そうだよね、愚問だよね!
…でもそれが玩具としての生だとしても?」

「―――――――――」

「構わないって? さっすが〜! じゃあ君に肉体を与えてあげよう。
肉体は…魔人ベースだとツマラナイし、人間の体でいいよね!
でもこれだとすぐに死んじゃって詰まらないから…君に特殊能力を一つつけてあげる」

「―――――――――」

「ズバリ、神速の逃げ足! これで生存率は上がったよね!
君は生き延びて、面白い事をして喜ばせる事! それが君の仕事さ」

「―――――――――」

「じゃあ精々楽しませてね、期待しているよ!」

Interlude out

この世界での彼の物語はこれでお終い。
だが奇運にも舞台に幕は下りない。彼の物語は次の世界へと持ち越される事になる。
それが何を意味するのか、今はまだ誰にもわからない――――



[4285] 第一話
Name: さくら◆90c32c69 ID:0ee01bad
Date: 2008/10/14 08:51
ぽちゃんと水面に波紋が広がる。
投げ込まれたのは小さな重りで、重りの先には糸がついており、一目で釣竿だという事がわかる。
ぴんと張った糸の先にある竿を持つ少年は まだあどけなさが残っていた。

ここは少年のお気に入りの場所。
川の水が綺麗で川遊びもできるし、こうやって魚釣りも出来る。
まさしく知る人ぞ知る穴場なのだ。

今日も彼は一人で魚釣りをしていた。

「……釣れないな」

だが今日は不調らしい。
諦めをつけ、切り上げる事にした彼の目に一つの物体が目に付いた。

「なんだあれ…?」

まるで桃太郎の御伽噺のように川から流れてくる物体が一つ。
ぼろ布に包まれているそれは上流から少年のいる下流まで流れてくる。

距離が近付くにつれて物体の輪郭もはっきりしてきた。
物体には四肢があり、うつぶせの体制であったために今まで気付かなかったのだ。
ああ、あれは人間なんだなと少年は理解する。

「…って人!?」

はっと我に返った少年は慌ててドザエモンを引き上げた。



「つ…ここは?」

「あ、目が覚めましたか?」

目を覚ました青年に少年は覗き込むようにして訊ねる。
少年は床に腰掛けており、青年は直に床に寝かせられていた。

二人がいるのは現代の価値観から言えば小汚い小屋。
だがこの世界の価値観からすればそこそこ住めると言った所であろうか。
青年は痛む頭を振り、自分の置かれた現状を理解しようとする。

(俺は…死んだはずじゃ?)

まず第一の疑問。
彼は心臓に不治の病を持っており、治療不可能とされていたのだ。
しかも自分が死ぬ瞬間というのを克明に覚えており、何故自分は生きているのだろうかと疑問に思った。

「えと、君が助けてくれたのかな」

「はい。川から流れてきたのでびっくりしました」

「(川? 流れてきた?)それはそうと、変わった服装をしているね?」

「そうですか?」

青年は少年の言葉に疑問を持ったものの、まずは自分が聞きたかった事を優先する。
少年は可愛らしく小首を傾げ、自分の着物の裾を掴んだ。
そう、裾だ。現代風に言ったら甚平に近い服を少年は着ている。

「(まぁ、いっか)ここは何処かわかる?」

「さっきから聞いてばかりですね…ここは美濃の郊外にある村ですよ」

寂れていますがね、と少年は付け加えて言った。
青年は青年で聞いた事のない地名に頭を痛めている。

(美濃? 聞き覚えがないな…)



考え事にエネルギーを食ったのか、青年の腹が盛大にハーモニーを鳴らす。
青年は恥ずかしそうに腹を押さえるが、少年はその様子を見てぷっと吹き出した。

「笑うとは失礼な奴だな、君」

「っぷ…すみません、でも可笑しくて。
あははは!…何か食べる物をお願いしますね」

よっと少年は立ち上がり、玄関に控えていた老人に食事をお願いする。
青年は今更ながらに老人が居た事に気付き、驚いている様子だ。

「そういえば名前を聞いていませんでしたね。
お兄さんのお名前はなんと言うのですか?」

「森本 裕輔。森本でも、裕輔でもどちらでもいい」

「じゃあ裕輔さんで」

少年はウンと頷き、響きを確かめた。

「僕の名前は山も…山野 太郎と言います」



「ハムハム、むぐ、んぐ、ふ……ぐ!」

「あ、お茶です。どうぞ」

「ふぁひぃふあほお」

「お礼はお茶を飲んでからでいいので」

食事を喉に詰まらせ苦しそうな青年に少年が茶飲みに入ったお茶を渡す。
青年は口をもごもごさせながら礼を言ってお茶を飲み、ごくんと食べ物を流し込んだ。

「落ち着きましたか?」

「ああ、どうもありがとう」

「困った人を助けるのは当たり前の事ですから。
それでどうしてあんな所で、しかも川から流れてきたんですか?」

「それは俺にもわからないんだ…どうしてかな?」

「僕に聞かれても分かりませんよ」

裕輔は眉間に皺を寄せて考え込み、太郎はあははと苦笑いした。

「ここは東京の何処なのか? 
いや、そもそも東京にこんなド田舎はないか。何県なんだ、美濃って?」

「【とうきょう】? なんですかそれ? 【けん】ってのも知りませんし…
ここに関して言えば美濃、足利家の勢力範囲内です」

「知らない、東、きょうを……? それに足利?」

裕輔の額に冷たい汗が流れる。
心臓は早鐘を打ち、バクバクと18ビートを刻む。

まさか、そんな。
あり得ないと考えながらも、一年の間で培われたオタッキーな彼の頭脳はある答えを弾き出す。
暴れだす感情を抑えられず、彼は小屋を飛び出した。

「……そんな、馬鹿な」

走ったため心臓の病が発動しないかという考えさえ浮かばなかった。
彼は小屋の外を見渡し愕然とし、ガクンと膝を着く。

見渡す限り続く深い森。
森の合間を縫うように木造住宅(歴史に出てくるような古い物)が立ち並んでいる。
家の前で談笑したり、遊んでいる子供の姿も太郎と殆ど変わらない物だった。

「美濃…足利…」

足利という特殊な名前は誰でも知っているだろう。
そして美濃という地名も、古い呼び方としてあった事を裕輔は知っている。
そしてこの時代錯誤も甚だしい服装の人の集団とくれば………

「時代、逆行……人生オワタ」

「どうしたんですか、急に走り出して!?」

パタパタと小屋から太郎が出てくるが、裕輔はガックリと跪いたまま。
夢なら醒めてくれ。ドッキリだったら重病人驚かしてるんじゃねぇよ。
裕輔はそんな事を思いながらしばし呆然としていた。






森本裕輔  職種:無 Lv.1/8

行 1
防 1
知 5
速 1*
探 1
交 6
建 1
コ 1 

技能:神速の逃げ足

命に関わる危険を察知した場合にのみ発動。
発動した場合に限り【速】が9に上昇する。
しかし意図的に発動は出来ず、また命の危険性がなくなった時点で効果はなくなる。

技能:現代知識

現代において大学生程度の学力と知識を持っている。
あくまで一般的なレベルだが、それでもこの時代からすれば高水準。

一話の最後にも載せておくよ!




[4285] 第二話
Name: さくら◆64e9fa77 ID:0ee01bad
Date: 2009/12/08 15:47
さらさらと水が川で流れ、清涼な空気が一杯に広がっている。
耳を澄ませば小鳥の声だって聞こえるだろう。
だが竿を構えて呆然と座っている青年――森本 裕輔にとってそれはどうでもいい事だった。



(まさか時代逆行とはなー…)

ぽつんと全く反応がない竿を虚空に彷徨わせながら溜息をつく裕輔。
今いる川は以前太郎が魚釣りをしていた川である。

裕輔が自分の陥った境遇を理解してから時間にして一日がたっていた。
何故魚釣りをしているか理由はともかく、何もしない暇な時間は考えを纏めるには丁度いい。
裕輔は自分が何時の何処にいて、自分は一体何なのかについて考える。

(場所は…美濃って言っていたから、岐阜県の何処かだよな)

昨日は混乱して思い出せなかったが、よく考えれば現在でも地名が地図に載っている。
詳しい場所まではわからないが、それでも大体の場所は掴めた。
ただ、現時点でそれはなんの役にも立たないが。

(問題は何時かって話なわけで…まさか室町、もしくは鎌倉だとは)

そう、驚く事に裕輔は現代からタイムスリップしてしまったのだ。
厳密には更に驚きの現象が起きているのだが、それは現時点では判断できない。
裕輔は【足利】の勢力圏であるという事実からそう判断に至った。

(こうなった原因もわからんし…そもそも俺って死んだよな?)

何故こうなったかという起点がわからない以上どうしようもない。
極めつけは裕輔自身に自分の【死】についての記憶があるという事である。
確かに一度死んだという実感はあるのだが、それでは現在生命活動している自分はどういった存在なのかという新たな謎が出てきた。

(ま、いっか)

どうやら放置する事に決めたようだ。
幸いな事に心臓の病も悪くならないし、特にさしせまって問題はない。
器が大きいのか単なる馬鹿なのか判断は難しいが、こうでも考えないとやってられないのだろう。
非常識の世界において生き残るには自分も非常識になるしかないのだ。

そして現在、彼にとって重大な問題が発生していた。

「ああっ!! 左クリックがしたい! 活字を読みたい!
チクショウ、あと独眼流と島津でエンディングだったのに!!」

胸を掻き毟り悔しがる裕輔。釣竿は既に脇に置いてある。
裕輔はPCを触らない事による禁断症状が早くも出始めていた。
もちろんこんな時代にマウスなどあるはずもなく、裕輔が欲しがっているライトノベルのような小説もない。

現在彼の直面している危機とはこんな物だった。
阿呆なという事なかれ。彼にとって生きる目的を奪われたような物なのだから。



「あ、裕輔さんここにいたんですか」

「太郎君か」

禁断症状も一旦治まり、また静かに川の水面に糸を垂らす裕輔。
そんな裕輔の背後から太郎がひょっこり顔を出した。

「……何か思い出しましたか?」

「ううん、なんにも」

「大変ですね。ボクに何か出来る事があったらなんでも言って下さいね」

「ありがとう。恩に着るよ」

伺うような太郎の質問に裕輔は明るい声で答える。
会話から見てもわかるように、裕輔は自分についての説明で【記憶喪失】と説明した。
まさか【ボク未来から来たんだ、えへへ♪】なんて言おうものなら、この時代発狂したと思われて見捨てられるだろう。

そしてこれが思ったよりもあっさりと納得された。
言動がはっきりしているのに意味不明な単語を発する裕輔を見て、太郎は薄々おかしいなとは思っていたらしい。
記憶喪失と説明した時、やっぱりと顔を振られて裕輔はちょっぴり傷ついたそうだ。

「俺ってこの川から流れて来たんだよね?」

「はい。桃太郎の桃みたいに流れてきました」

びっくりしました、とくすくす笑う太郎。

「じゃあもうちょっとここに居るよ。ひょっとしたら何か思い出すかもしれないし」

裕輔は時間が欲しかった。
今は感覚が麻痺しているようなものなので、
今の内に無理やりにでも納得しておかなければ、正気に戻った時発狂するかもしれない。
そのためぼーっと一人でたそがれていたのだ。

「ボクも横にいていいですか?」

「いいけど…暇だと思うよ?」

「いいんです。あの村はボクの居場所じゃないですから」

「(居場所じゃない?)そっか」

太郎の物憂げな表情に思う所があったものの、裕輔は再び水面に視線を戻す。
込み入った家庭の事情なのかなと思い、敢えて踏み込む必要もないと判断したのだ。
二人はピクリとも動かない竿を見つめて時間を過ごした。



結局釣果はゼロ。
辺りも暗くなったので二人は村に帰る事にした。

裕輔にとっては時代逆行して2日目の夜。
太郎にとっては慣れた、いつも通りの夜。
だがこの日の夜は二人にとって忘れられない夜となる。

「あれ、妙に村が明るくないか?」

「本当ですね。おかしいな…今日は何もないはずなんですけど」

村に近付くにつれ異変は姿を明確にしていく。
遠目に見ても村は明るく、時間から考えてそんなに火を焚くはずがない。
ならばあれはなんだ?

「まさか、村が燃えているんじゃ…!」

「!! じぃ!!」

「おい、急に走り出すなって!」

思いついたまま、ぽつりと呟いた裕輔の言葉に太郎は過剰に反応する。
太郎は弾かれたように走り出し、裕輔も慌てて太郎の後を追い村へと走り出した。



村は二人の予想を超えて最悪の事態となっていた。

村は火事ではなく、甲冑を着込んだ鎧武者によって焼き払われていたのだ。
鎧武者達はしらみ潰しといった感じで次々家に火を点け、中から逃げ出してきた人を一刀の下に切り伏せる。
バッサリと戸惑いはなく、特に幼い子供に焦点を定めているようだった。

「ぅぐ……」

「惨い…」

その様子を太郎と裕輔の二人は少し離れた茂みから見ていた。
裕輔は始めてみた惨殺現場に必死に吐き気を堪え、太郎は険しい表情で鎧武者を睨む。
特に裕輔の顔色は真っ青になっていた。

「助けないと!」

「馬鹿、丸腰の俺等が出て行って何が出来る!?」

「それでも、ボクのせいなんです!」

身を乗り出して茂みから出ようとする太郎を押し留める裕輔。
それでも太郎はもがき、裕輔の拘束を解こうとする。

「ああ、もうじっとしろ!!」

「放して下さい! 早く人質の子供達を助けないと!」

「おっ? なんだ、餓鬼がこんな所に二人いやがった」

「「!!!」」

言い争う太郎と裕輔。
だがこんなにも騒いでいたら見つかるのは当然で、一人の鎧武者が二人に気付く。
そして血塗れた刀を鞘から抜き放ち、一歩一歩近付いてきた。

「ぎゃああ! 刀!?」

「っく!」

「へっへっへ、こんな楽な仕事ないってもn《ズシャーーーー!》ぐわっ!?」

始めてみる真剣にビビリ悲鳴を上げる裕輔。
まるで親の仇を見るかのように鋭い目をする太郎。
鎧武者は下卑た笑いを浮かべながら歩いていたが、突如として鎧武者の背中から血飛沫が舞った。

「その人には…手を、出させん…!」

「じぃ!」

ドサリと倒れた鎧武者の向こう側から現れたのは先日裕輔に食事を用意した老人だった。
だが老人も深い切り傷を負っており、どくどくと血が流れ出している。
太郎は跳ねるようにして老人に駆け寄った。

「ぁ…ぅ」

裕輔はというと完全に脚が竦んでしまっている。
戦国時代にはこういった闘いもあったという事実は知識やテレビの映像として知っている。
だが実際目の当たりにしてみるとそんなのは吹き飛んだ。

濃密な血潮の匂い。断末魔の悲鳴。
ここに至り、ようやく裕輔は自分がとんでもない体験をしていると実感したのだった。

「じぃ、しっかりしろ!」

「逃げて下され、太郎様…もうじぃは駄目ですじゃ。自分が一番よくわかります。
太郎様を逃がさないため、にと、囚われていた、人質の子供も、全員、殺され…」

「なんと…奴等! 捨ててはおかぬ!」

「山本家、の長男である、太郎様は今は逃げて、生き延びて下され…
どうか、じぃの、最後の願いを聞き、届けてくだされ」

「……わかった、必ず、必ず…!」

涙を流しながら老人の話を聞く太郎。
老人の息が次第に弱くなっていき、誰の目から見ても長くないとわかる。

「…裕輔、殿」

「は、はい」

老人に話しかけられ、ビクリと体を震わす裕輔。
やっと体が動くようになったのか、おろおろと鈍い動作で老人へと歩み寄る。

「どうか太郎様を連れ、足利 超神の魔の手から抜け出してくだされ。
まだ会って、間もない、貴方ですがお願いしますじゃ…」

「足利…超神…だ、と?」

「お願いしま、し……」

「じぃ!!」

裕輔の手を握り、最後の願いを伝える老人。
だが言葉半ばでこと切れ、太郎が縋り付くようにして号泣した。

(そんな馬鹿な名前があるはず…いや、俺は知っている! 足利 超神という名前を知っている!)

老人の言葉にまるでハンマーで殴られたかのような衝撃を受けている裕輔。
超神なんて馬鹿げた名前がこんな時代につけられるはずがない。
しかし、彼は足利 超神という名を知っている―――――――戦国ランスというゲームで。

「(なんてこった、こんな…今はそんな所じゃないか)太郎、逃げるぞ!」

「逃げる…? じぃを殺した、奴らを置いて…?」

「しっかりしろ、太郎! その人はお前に生き延びろと言ったんだろうが!
なのにこんな所で死んだら申し訳が立たないだろうが!」

「! …そうでした!」

初めは胡乱な瞳で俯いていた太郎だったが裕輔に肩を揺すぶられて正気に戻る。
その瞳には迷いがあったものの、それ以上に自分がすべき事を理解しているようだ。

「川の方角に逃げて下さい! テキサスへと抜けられます。
逆の方角だと京へと行ってしまうので」

「わかった」

方角を指差し、自ら先頭を務めて走り出す太郎。
裕輔の頭の中に【ここはランスの世界か?】という疑問が溢れ出すが、今はそんな事を言っている場合ではない。
命の危機を脱出するため裕輔も太郎の後を全力で追いかける。

《ズギャン!!》

「って、早!? 裕輔さん速!?」

「え? なんで太郎君そんな後ろにいるの?」

「裕輔さんが追い抜いたんですよ! どんなけ速いんですか!? 今目に映りませんでしたよ!?」

目をまん丸にして驚く太郎と不思議そうに後を振り返る裕輔。
そして自分が走った足跡を見て裕輔も驚愕した。

地面が裕輔の足跡で抉れまくり、無残に掘り起こされている。
某アメフト選手の高速の走りでもここまではならないだろう。

裕輔はそんなに脚が速い方ではない、
だが事実として地面が抉れており、説明がつかないがとてつもなくスピードが向上している。
今やっと太郎がはぁはぁと息を荒げながら裕輔に追いついた。

「もう、ちょっと、速度、を、さげて、もらえませんか?」

「(けどそれじゃあ鎧武者達に追いつかれそうで怖いしな…)よし、こうしよう」

「え、ちょ?」

裕輔は無言で太郎をおんぶする。
太郎は困惑気な声を上げるが、裕輔は有無を言わさずしっかりと担ぐ。
正直な所裕輔の頭は情報が多すぎてパンクしてしまっている。
脚が速い? 逃げるのに有利だからむしろおk ぐらいにしか考えていなかった。

「しっかり口を閉じてろよ!」

「まさか…ぅ、うわああああああ!?」

《ズギャアアーーーン………》

ドラップラー効果で悲鳴を残す太郎を担いだ裕輔は疾走する。
裕輔の背中にいる太郎はジェットコースターに乗っているような物なので、気が気でない。
振り落とされまいと全力で裕輔の背中に張り付いた。

暗くなった森の中を裕輔は走る。
もし万が一鎧武者に追いつかれた場合、彼らには死しか残されていない。
現代日本人である裕輔は血に塗れた鎧武者の刀を見ただけで体が竦んでしまっている。
そんな状態で闘う事なんて出来るはずがなかった。



《ズギャン!》

「ん、今何か通り過ぎなかったか?」

「動物だろ? 超神様の命令であいつらが行ってるから村は全滅。
もし仮に山本 太郎が逃げてきても俺らが見落とすはずがないしな」 

「ちげぇねぇ! ひゃはははは!!」

実は村を包囲するようにして足利の兵は配置されていた。
太郎は村で殺されるだろうが、万が一逃げ延びた場合に対する保険である。
子供である太郎一人なら100%この包囲網を抜け出せなかったであろう。

だが裕輔とその背中に乗る太郎は辛くも生き延びる。
裕輔の唯一の特性の【神速の逃げ足】によって。

ここに新たな外史の幕開けとなった。
今までの世界ではあり得なかった一握りの可能性。

これからどうなるかなんて誰にもわからない。絶対の存在であるルドラサウムでさえ。
もっともそれこそが彼にとっての望みであるが。



Interlude

「あははっ! 腰が抜けないだけでも大したものじゃないか!」

「もうすぐ彼もJAPANに来るし、今から楽しみだよ」

「これからも楽しませてくれよ、虫けら君?」



[4285] 第三話
Name: さくら◆90c32c69 ID:89860d80
Date: 2008/10/22 13:09
脚をひたすらに動かし続ける事1時間。
地面を蹴りつけ、枝に傷をつけられながらも必死に走る裕輔。
彼にとっての初めてとなる逃走劇は無我夢中の物だった。

もう安全と彼が認識した瞬間、彼にかけられた魔法(ドーピング)が消える。
それは実質、彼が普通の人間に戻った瞬間だった。



甲冑を着た戦士の姿も見えなくなってから暫く。
少し気を緩めた瞬間鉛のように体が重くなり、よろよろと脚をふらつかせる裕輔。
脚がガクガクと震えて生まれたての小鹿をそのまま体現している。

これ以上は無理と判断して裕輔は太郎に一時停止を伝えた。

「太郎君、ここいらで少し休憩を取ろう。
すまないがもう脚が動かなくってさ………」

「多分大丈夫です。たまに後を振り返って確認していましたが、誰も追ってきていないようですし」

「じゃあここで夜が明けるのを待つか。
闇雲に歩いて道がわからなくなると大変だしな」

太郎もただ背中に背負われていただけでなく、しっかりと後方確認の役割を果たしていたようだ。
最初こそ凄まじいスピードにおっかなびっくりしていたものの、慣れてしまったら結構平然としていた。
これで結構肝が据わっているのかもしれない。

「火はもちろん焚けないな…敵に見つかるといけないし」

「ですね」

敵から逃げている最中火を焚くなんて自殺行為である。
それに今日は二人共眠れそうになかった。

太郎は長年世話になってきていた恩人の死。
裕輔は非現実を初めて強く意識した、人が死ぬという初めて見た日。
また明日も逃げなければいけない事を考えれば当然寝なければいけないが、二人は自分が寝られるとはとてもではないが思えなかった。

「太郎君、頼みがあるんだ」

「何でしょう?」

「俺にこの世界について教えて欲しい。
国、地名、有名な場所、最近起こった事件、過去に起こった事件」

裕輔は神妙な顔で太郎に懇願する。
今君の知っている情報の全てを教えてくれ、と。
それは彼にとって、全てを整理するためには必要な事だった。

裕輔の頭の中では、ここが【ランスの世界】ではないかという考えが浮かんでいた。
【足利 超神】という非常識な名前と、非常に似通った時代観。
それら全てを統合し、本当にトリップしてしまったのか確認する必要がある。

「そう、ですね……まずは何から話しましょうか」

太郎は裕輔を記憶喪失と思っているため、裕輔の問いかけを特別疑問に思わない。
何よりこういった形で巻き込んでしまった以上、全てを説明しなければいけないだろう。
裕輔は常識がすっぽり抜け落ちてしまっているから、それこそ初めから終わりまで。
だが太郎はここで少し決意が鈍った。

真実を話す。それはつまり―――――――

「ボクの本当の名前は山本 太郎と言います」

嘘の告白から始まるのだから。



「そう、か」

太郎の話を聞いて裕輔が抱いた感情は疑念や猜疑心ではなく確信だった。
ここは【ランス】の世界であり、尚且つ【鬼畜王】の世界ではなく【戦国】の世界であると。

その判断に至ったのはやはり信長の存在だろう。
この世界では信長は刀の卓越した実力を持っているが、病弱で余り前線には出てこない。
正に【戦国ランス】での設定そのものだった。

「驚かないんですか…?」

「ん?」

「僕が本当は山本家の長男で嘘をついていた事」

「別に。それにどれだけ凄いのかがいまいち良くわからないしなぁ」

ポリポリと頭を掻きながら答える裕輔を見て、太郎は鳩が豆鉄砲をくらったようにポカンとする。

名前を偽っていたというだけでもこれまでの信頼関係を壊しかねない。
しかも事情が事情だ。先の村の焼き討ちは太郎を狙っての物であるのは火を見るより明らか。
解釈の仕様によっては、太郎のせいで命の危険にあったと言われても仕方ないのだ。

「…貴方は、本当に変な人ですね。記憶喪失な事を含めても」

一般常識があるという事は領主がどれほどの存在であるかも理解していよう。
普通なら元とはいえ、畏まってしまうものである。
だが元領主という情報を知っても尚まるで態度が変わらない裕輔は稀有な存在だと太郎は思ったのだ。

実際の所は現代の価値観を持つ裕輔がその凄さを理解していないだけなのだが。
そんな勘違いがされているとは露知らず、頭につっかえていた悩みがすっきり整理された裕輔は納得顔をしている。
自分が陥った現状は時代逆行ではなく、トリップという特異な物だという事を確信して。

原作でも健太郎と美樹が現代の世界から来ていたが、それとは別物と考えていいだろう。
彼にはこの世界に来た記憶なんてないし、また何者かに呼ばれたという記憶もない。

(はぁ…どうしたものか)

現状を把握して心中で溜息をつく裕輔。
太郎の存在はゲームの中で出てきたため知っている。

山本 太郎。
名前だけの出演だが、メインヒロインの一人である山本 五十六の弟。
足利 超神によって殺された不遇の人物である。

(ひょっとしなくても、あれがこいつが死んだ原因だろうな)

大人である裕輔と一緒にいたにも関わらず、命からがらに逃げ出した村の焼き討ち。
子供一人の太郎ではとてもではないが生き延びられなかっただろう。

つまり裕輔は歴史を変えたのだ。
原作開始前に【戦国ランス】の世界に入り込み、【イレギュラー】として正史では助からなかった太郎を助けた。
これがどれだけ影響するかはわからないが、少なからず流れを変える事になるだろう。

裕輔に自分がゲームの流れを変えてやろうというつもりは毛頭ない。
たとえ原作知識があろうと、【戦】という大きな流れにちっぽけな一人の人間がどれ程役に立つというのだろう?
彼の中にあるのはなんとか生き延びたいという一念のみ。

死んだと思っていたのに何故か生きているという矛盾。
踊る阿呆に見る阿呆という言葉があるように、死んだと思って生きていたら儲け物。
折角の二回目の人生をこんなに早く終わらせたくはない。

「太郎君、少し休憩したらまた逃げるよ。
もう空が白み始めたから、あと一時間もしたら太陽が昇るだろうし」

未だじっと観察するかのように凝視する太郎を他所に、裕輔はごろっと地面へと横になる。
これは彼の直感といえばなんだが、自分の体に起こった奇跡はもう効果が切れていると感じていた。
今走れば今までと同じ50m8秒程度の速さでしか走れないだろう。

おずおずと裕輔は隣に寝転ぶ気配を感じて目を瞑る。

―――――――――――これからどうする?

なんの当てもない決死の逃走。
足利の追っ手から運よく逃げ出せたとしても、彼等に目的地などない。
更に太郎と一緒にいるのなら面倒事も出てくるだろう。

(一先ずは目先の安全を確保するか……)

明確な敵である足利から逃げ切る。
それから先は逃げ切ってから考えると裕輔は思考を止めた。



Interlude

「早速面白い人物とコンタクトを取ったんだね」

「――――――――――――」

「そうだった、そうだった。
ちょっと体を弄った時に不具合が生じてね、記憶が一部飛んでたんだよ。
だから君は記憶の中に齟齬が起きているだろうね」

「――――――――――――」

「脚が速くなっていて驚いただろう? それが君に唯一与えた力さ。
危険を意識して認識、あるいは本能的に察知したら発動する。
首筋が熱くなったらそれはスイッチが入った証拠ね。わかった?」

「――――――――――――」

「あ、けれどこれは本当に命の危険の時にしか発動しないから。
だから意図的に発動したりするズルは出来ないからね? だってそれじゃ面白くないし」

「――――――――――――」

「怒らないでよ。だからわざわざこのボクが君如きのために【繋いだ】んだよ?
君は一度死んでいるし、もう元の世界にも戻れない。ここで一生を終えるのさ。
仮に【門】を通って世界を渡ったとしても君の体は崩れる」

「――――――――――――」

「君は玩具なんだからしっかり踊ってくれよ?
もう今後【繋げる】事はないからしっかり面白い事をして、楽しませてよね」

「――――――――――――」

「ここでの会話は忘れるだろうけど、君の深層意識に認識として残る。
よかったね。これから元の世界に戻りたいとか、自分の体はどうなったかで悩む必要ないんだよ?
感謝してよね! それじゃあ―――――死ぬまで踊り続けなよ、操り人形」

Interlude out



「裕輔さん、裕輔さん……」ユッサユッサ

「……んぁ…?」

「ホラ、もう朝です。早く行かないといけないんでしょう?」ユッサユッサ

「…おk」

自身の体を揺さぶられて裕輔は目を覚ます。
太郎の言う通り空は晴れ渡り、ピチピチと鳥がさえずっている。
紛れもなく朝の到来である。

「あ~……朝はキツイ」

しょぼしょぼする瞼を手で擦り付け、強引に目を開ける裕輔。
何かとても重大な夢を見た気がする裕輔だったが、内容を思い出そうとすると霞みがかかったように思い出せない。
裕輔は夢ってそんな物かと思い、地面で寝たため硬くなった体をポキポキ言わせる。

「太郎君どっちの方角に行けばいいかわかる?」

「んと…多分ここから東に行けば国境に行けると思います。
とにかく足利領を出ない事には安心できませんから、早く出ましょう」

「そうだね」

言葉とは裏腹にくしゃっと顔を緩めて相槌を打つ裕輔。
深夜アニメやギャルゲーをする彼の生活は主に夜型なので、朝は非常に辛いのである。
そんな裕輔におどおどと太郎は自分が今一番気にしている質問をしようと近付く。

それは自分と一緒に逃げてくれるのかという問い。
狙われているのは太郎。裕輔一人なら追っ手に追われる必要もなく、安全に国越えを出来る。
自分の命が惜しいのなら、太郎と共に旅をするなんて自殺行為である。

だがそんな太郎の不安も次の裕輔の一言で霧散した。

「ほら、さっさと行くぞ? 俺一人だと道がわからない」

ほら早くと太郎を急かす裕輔。
裕輔もその答えには行き付いていたが、彼は子供を見捨てて一人で逃げる程非情でもないし、割り切っていない。
命を救われ、飯を恵んでもらった太郎を見捨てられるはずがなかった。
もっとも、今言った道がわからないというのも一因ではあるだろうが。

「―――――はい! こっちです!」

太郎は顔を綻ばせて裕輔の前に出る。
現在頼れる人がいない(姉もいるが、助けを求められるはずもない)彼にとって、
寝癖でぐちゃぐちゃになった頭の裕輔の背中がとても頼もしく見えた。



国と国とを結ぶ街道は勿論どの国にもある。
交通が発達する事は国が発展する事と同義。
道は整備され、幾つもの街道が国と国とを結んでいた。

だが誰でも自由に行き来できるわけではない。
他国の忍びや諜報員が自国に入って来たら危険であるし、犯罪を侵した者を他国に逃がす訳にもいかない。
そのため作られたのが【関所】という検問所だった。

「やっぱり昨日の今日だから警戒しているな……」

「ええ…普通なら2、3人しかいないはずなんですけど」

関所から少し離れた場所に裕輔と太郎の二人はいた。
茂みに身を隠し、頭だけを見えないようにして関所の様子を覗いている。
関所の前では槍を持った6人の男がゾロゾロうろついており、更に待機所では4人の男が談笑していた。

(強行突破…いや、それは危険すぎる)

関所の前で立つ男達を見た瞬間、裕輔は首筋がチリリと熱くなるのを感じた。
嫌な予感がする。それも、命に関わるような――――――嫌な予感が。
確信はないが、裕輔の中でそれは何物にも代え難い警鐘のように思えた。

「太郎君、道はここしかないのか?
穏便に通らせてくれるはずがないし、できれば強行突破は最後の手段にしたい」

関所の人間は太郎の顔を100%知っているだろう。
太郎があの村で死んだ事にされた可能性もあるため、裕輔達にとって出来れば存在を報せたくはない。
もし仮に死んだとされたていたら、その方が圧倒的に動きやすいのだ。

「あるにはあります…ですが、それは理論上の話です。
地図の上では山を3つ程越えれば国境を越えられるはずです」

「理論上、ね。つまり相当きついって事か」

「街道が出来て以来山越えをする人なんていませんでしたから。
山には山賊の類もいますし、わざわざ危険で辛い道を通る必要ありませんし。
多分道もないと思います………」

「それでもここでの危険を考えると、そっちの方がまだマシだ」

メリットとデメリットを考え、結局二人は山越えをする事にした。
ここで問題を起こすと、足利はすぐに動き出すだろう。
ひょっとすると逃げ出した先である他国にまで忍びといった追っ手を差し向ける可能性もある。

裕輔と太郎は関所を名残惜しそうに見つめながらも、また山の方角へと戻った。

「よし! 出ぱぁぁああつぅぅうう………(ドラップラー効果)」

《ズギャン!!》

「って早!? 裕輔さんまた脚が速くなってますよ!?」

「おや…?」



「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

「裕輔さん大丈夫ですか?」

「だい、じょ、ぶ、く、ない」

息も絶え絶えといった様体の裕輔に着々と歩を進める太郎は話しかける。
現在山登りの最中。道は途中からなくなり、完全な獣道を二人は歩いていた。
中々な急角度の坂道であり、普段山登りや運動をしていなかった裕輔にとってとても厳しい物だった。

「急に脚が速くなったと思ったら、急に普通になったり。
あれだけ速く走れるのに体力が全くなかったり、本当に裕輔さんは不思議な人ですね」

「俺だって、わか、んねぇ、よ」

ぜぇぜぇと荒い息の裕輔。
最初は絶好調だったものの、関所から少し離れた所まで来ると急にペースダウンした。

(そういえば、脚が普通に戻ったのと同時に首の熱さも元に戻った…何か関係あるのかな?)

「太郎君、あとどれくらい?」

朝から歩き続けてもう夕方。
途中で川があったため水分補給と空腹は紛らわせれたが、裕輔の疲労はピークに達していた。
小学生くらいの太郎が弱音を吐かないのに、なんとも情けない姿である。

なんという低スペックと笑う事なかれ。
一年間まともに運動せずにゲームばっかりしているとこんな物である。
むしろここまで歩けた方が不思議なのだ。

「そうですね…大体国境らへんだと思います」

「という事はまだ半分くらい?」

「そういう事になりますね」

太郎の困ったような笑顔を見せられ、裕輔はどよーんと崩れた。
最後の半年程はずっと病院で過ごした彼にとって一日の山登りでもキツイのに、それが明日もあるというのだ。
空腹も相まって泣き出しそうな顔である。

「うぐぅ、うぬぅ……」

気分は魔界の王を決める戦いに参加した主人公キャラである。
落胆して泣いている時の顔を想像して頂けるとそのまんまの顔だ。

「何も泣かなくても…あれ? あれって山小屋でしょうか?」

朝あれだけ頼もしく見えたのは見間違いだったかなと太郎は後悔したが、
立ち止まって周囲をよく見ると一棟の山小屋がぽつんと寂しく存在していた。
こんな山奥に何故山小屋があるのだろうか? 

「おお…! キタ――――v(゜∀゜)v――――!!」

山小屋と聞いて裕輔はがばっと体を起こした。
なんという幸運。何か食べ物を恵んでもらおうと裕輔は山小屋に向って走り出す。
流石にこんな場所にまで情報が一晩で行き渡るとは思えないし、何より空腹に負けたのだ。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよーー」

まるで餌を前にした犬のように飛び出した裕輔を太郎は追いかけた。



「む、お主は誰じゃ?」

「…………」

山小屋の扉を開けた先には天狗がいました。
この場合はどうしたらいいんでしょう?

裕輔は腹で轟音を鳴らしながら初原作キャラこいつ~? と体を硬直させた。



修験者といった風貌の筋骨隆々とした男。
山小屋の主は天狗の面を被り、威風堂々とした態度で侵入者―――裕輔を睨んでいた。

「た、旅をしているのですが、道に迷いまして……」

仮面の奥に光る瞳に睨まれ、ダラダラと冷や汗を流しながら応対する裕輔。
折角【戦国ランス】の世界に来たのだから誰か原作キャラに会いたいなと思っていたが、初めからこいつとは予想の斜め上を行きすぎである。

修験者の男の名前は発禁 堕山。
ゲーム内において浅井朝倉の助っ人として登場し、結構エグイ事をした人物である。
かくいう裕輔自身 発禁 堕山にあまり快い感情を持っていない。

「出来れば食べ物なんか欲しいな~っ……と?」

えへへ? とゴマを摩りながら揉み手をしてぎこちない笑いを浮かべる裕輔。
ここで首筋が熱くなれば一目散に逃げ出すのだが、幸いな事にまだ熱くなっていない。
食欲が恐怖心に勝った瞬間である。もっとも熱くなった瞬間太郎を抱えて逃げ出すつもりだが。

食欲というのは三大欲求に挙げられる程に強い。
丸一日何も食べずに過酷な山越えをした裕輔にとって、食事の機会を逃すなんて選択肢はない。
発禁 堕山とて人間である以上、何か食事をしているはずなのだから。

「帰れ…といつもなら言う所だが、今日はいい酒が手に入った。
よかろう。後の童も連れて来い。一日なら泊めてやろう」

「ヴェ!? いえ、いいですって! ほんと食事だけでも!」

ここにきてやっと正気に戻った裕輔は焦りながら誘いを断ろうとする。
何故さっきまで自分は食事なんて要求していたのだろう? 超A級といってもいい危険人物に。
空腹の余り気が動転していた自分を責め、発禁 堕山(以下堕山)から遠ざかろうとした。

だが――――――――

《グウウウ~~~~(盛大に腹の虫が鳴る音)》

「…………」

「…………」

「好きにするがいい」

堕山はそれだけいうと小屋の奥へと入る。
裕輔は暫しプルプルと震え自分の中の何かと葛藤していたようだが、
結局は後から来た太郎と共に小屋の中へと入った。

原初の誘惑に負けたのだ、要するに。



酒を飲んでものまれるな。
遥か昔から言われてきた格言で、実に含蓄のある言葉である。
きっとこの言葉はアルコール飲料がある国には形は違えどあるに違いない。

うん。まぁ、あれだ。つまり何が言いたいたいかと言うと―――――

「ざ~ん~こ~くぃ~な~天ジのべ~ゼ~♪
あれ? 違ったか? オレワロスwww」

「むぅ…こいつに酒を飲ませたのは間違いだったか…?」

「すいませんすいませんすいませんすいませんすいません」

酔った裕輔はかなり性質が悪かった。

堕山は当然自分一人分の料理しか用意していない。
そうなると必然的に裕輔と太郎の食事なんてものは存在していなかった。
その事に関して堕山は見た目かなり厳ついため太郎も裕輔もビビリまくっているので、文句など言えようはずがない。

そのため二人は備蓄されていた野菜を恵んでもらい、ポリポリと齧るのが食事となった。
食事もたけなわになると堕山は事前に言っていた【いい酒】を持ってきたのだ。
まだ子供の太郎はともかく、成人している裕輔は堕山に酒を勧められる事になる。

裕輔は切実に断りたかったが、堕山は目で語っていた。
『オレの酒が飲めねぇのか? ああん?』とヤクザちっくに。
天狗の面と体躯も合わさって、モノホンのヤクザよりもよっぽど恐ろしい。
頂きますと裕輔は泣く泣く杯を受けとった。

さて。ここで問題が一つある。
既に飲酒経験のある方なら分かっていただけるだろうが、空腹に酒というのは非常によくまわる。
更に疲労していたら効果は倍率ドン、更に倍なのだ。

結果こうしてのんだくれが一人出来上がったというわけ。
千鳥脚でふらつき、大好きなアニメソングを上機嫌で歌っている。
人間こうはなりたくない物である。

裕輔の変貌に堕山は顔をしかめ、太郎は涙目でひたすら謝りまくっている。
だがいつまでたっても黙らない裕輔を見かね、ついに堕山が動いた。

「お主…」

「ムムッ! 首筋が熱いぞ!? …っは! 
もしや実は俺ってニュータ○イプ!? 見える…俺にも見えるぞ…!」

「黙らんか」

《ゴツン!!》

「たわば!?」

馬鹿な事をのたまう裕輔を一撃で床に沈め、堕山は太郎に振り返る。

「ここに泊まっていいと言ったからには一日泊めてやる。
だが明日の早朝に立ち去れ。まさかここまで厄介な男とは思わなんだわ」

「すみませんすみません、本当にすみません」

くいっと堕山が指差した方向には納屋があり、今日はそこで寝ろという事なのだろう。
太郎はもう泣き出しながら裕輔をひっぱっていった。



静まり返った深夜の丑三つ時。
山の中には夜行性の動物もいるため無音というわけではないが、それでも静かな方である。
発禁 堕山はそんな静かな夜、一人井戸で腰をかけていた。

「全く、とんだ奴らだ…」

口から出るのは突飛な訪問者に対する愚痴。
偶々上質な酒が入ったのに一人で飲むのも味気ないと思い誘ったのだが、あんなに酒癖が悪い奴だったとは。
堕山は井戸から桶に水を汲み上げ、手で水を掬い上げてこくりと一飲みした。

「騒ぎおってからに。だが――――――」

―――――――――こんなのも悪くない。

上質な酒の席をぶち壊しにされたというのに、不思議と殺意は湧いて来なかった。

彼は訳があってこんな山奥に住んでいる。
こんな山奥では当然里は遠く、人付き合いという物が全くない。
発禁 堕山とて人。孤独を感じないわけがなく、心の底では人との関わり合いを求めていた。

「だが、それも…」

堕山は酒で火照った顔を洗うため天狗の仮面をパカリと外す。
その下から現れたのは無骨な鼻と不揃いな歯。そしてぎょろりとした四つの緑眼。
そう。四つの眼だ。

これこそが堕山が人里を離れ、一人で暮らさなければならない理由。
彼は【呪い付き】という特殊な状況にあり、その呪いとも言える物が左の顔半分に眼二つ生まれ出た。
それによって堕山はある力を得たのだが、人々は彼を恐れ迫害を始める。

(馬鹿みたいにワシに絡んできた あ奴もこの顔を見れば…)

彼の心は捻じ曲がっていた。
他人を信じない。親友を信じない。友達を信じない。肉親を信じない。
裏切られ続けてきた彼にとって、素顔を知って尚普通に接するはずがないと決め付けていた。

そして――――――

「うえっへっへっへ…水を一杯頂けませんかね?」

「―――――――!」

裕輔は、発禁 堕山の素顔を見てしまった。
まだ酔いが冷め切っていないのか、少しふらつきながら井戸へと近付く裕輔。
堕山はがたっと腰を掛けていた井戸のへりから立ち上がり、素顔のまま表情を失くす。

この顔を見た以上彼も同じ反応をするのだろう。
顔を強貼らせ、瞳を恐怖の色で彩り、口からこう言葉を発するのだ。
『化物!』…と。 

裕輔はふらふらと歩きながら井戸へと近付き、堕山の目の前まで進んで来た。
堕山はジッと裕輔の感情の変化を感じ取り、少しでも嫌悪や侮蔑の色が混じったら殺してやろうと身構える。
そしてついに裕輔は堕山の前に来て――――――そのまま通り過ぎ井戸から水を巻き上げ、ガブガブと飲んだ。

「………は?」

堕山が驚きのあまり間抜けな声を上げてしまうのも仕方ない。
何故なら、こんなに至近距離から堕山を見ても裕輔の感情にあまり変化がなかったのだから。
あったのは少しの驚きくらいだ。
それが信じられなくて堕山は井戸の水を飲みながら青い顔をしている裕輔に掴みかかる。

「お主、ワシの顔を見て何か思う所がないのか!?」グラグラ

「ちょ、やめ、揺らさないで、出ちゃう、出ちゃうーーー!!」

「ええい、答えないか!!」ガサガサ

「ら、らめぇぇええ!! 本当に出ちゃうーー!!」

肩を掴まれ揺さぶられて、うっぷと顔を更に青ざめる裕輔。
流石に吐かれては不味いと堕山は一旦手を止め、裕輔を解放した。

「はぁ、はぁ…もう少しで出る所だった…」

「………………」

「あ、そうそう、顔についてだったな。
う~ん、結論から言ったら俺は別に気にしないよ? そんな人だっているだろうし」

「気にしていない、だと……?」

「だって世界には色々な人がいるだろ? 指が6本あったり、腕や脚がなかったり。
けどそれって個性だと俺は思うんだよね。そんなんで差別するなんて馬鹿げてる」

この時代はそういった差別に寛容ではなかった。
そういった子供達は『鬼子』等と呼ばれ、排斥される。
だが裕輔の育った現代ではちゃんとした理解をもっている人間が多いし、裕輔もその一人だった。

発禁 堕山の顔を見た時少し動揺したものの、先に知識としてだけ知っている裕輔は驚くだけで済んだ。
更に堕山がコンプレックスに思い、非常に顔を気にしていた事も知っていた。
最も本当に裕輔が言葉通り思っていなかった場合。仮に嫌悪感を胸に抱いていたとしたら堕山はそれを感じ取っただろう。

「ふん…さっさと寝ろ」

「アイサー」

長年人付き合いがなかった堕山は素直に嬉しかった。
自分の顔を見ても嫌悪感を抱かず、拒絶されなかった事が。
だがそれを表に出してしまう事を嫌い、つっけんどんな態度で裕輔に背を向け小屋へと戻る。

彼の心はここ数年ないほどに晴れやかな物となっていた。



翌日目が醒めて、裕輔は二日酔いとは違う意味で顔を蒼白にしていた。

(やっべ、テラヤバス…昨日顔見ちゃったし、超生意気な事いっちゃったよ。
どう見ても死亡フラグです、本当にありがとうございました)ガクガクブルブル

昨晩(といっても今日の早朝だが)の出来事は酔っていたものの、記憶には残っていた。
堕山最大のコンプレックスである顔を見て、尚且つ生意気な事を言った。
下手しなくても普通に死ねると裕輔は身の危険を感じたのだ。

まだ尾張に来て嫁を貰っていない現時点で発禁 堕山は超危険人物の筈である。
裕輔は眠れる獅子の尻尾を踏んづけてしまったと思っていた。

「太郎、起きろ…さっさと出発するぞ…」コソッ

「だからあれだけ飲まないで下さいと言ったのに…
あれだけ絡んで会い辛いのはわかりますが、ちゃんとお礼を言わないと」

「そうじゃないんだって」コソッ

太郎を小声で起こす裕輔。
事が起きる前に逃げ出そうと言うのだ。
なんとも小心者というか、生きる事にひた向きな事である。

《ガラッ!》

「む? なんだ、もう行くのか?」

「《ビクゥ!》え、ええ、ちょっと訳ありな物で…」

「本当にありがとうございます。この一宿一飯の恩は決して忘れません」

ガララと納屋の戸を開けて入ってきた堕山。
裕輔は一瞬体を硬直させるものの、鼻歌を歌って誤魔化し旅支度を整え始める。
その横では太郎が姿勢を整えて礼儀正しくお礼を言っている。とってもいい子である。

「ならばこれも持っていくがいい」

「え、いいんですか? ありがとうございます」

「よし、支度が出来た! 出発だ太郎君!」

ひょいと堕山は手に持った包みを太郎に向って投げた。
太郎はそれを危なっかしく受け取り、中からちゃぽんと液体が動いた感覚と柔らかい米の感触を感じてまた頭を下げた。
裕輔は一人で旅支度を整え終えて出発しようとする。どれだけこいつは早く逃げたいのだろうか。

「早くしないと足利の追っ手が来ちゃうかもしれないんだぞ」コソッ

「! そうでした」コソッ

頭を下げる太郎に早く行こう、さぁ行こうと耳打ちする裕輔。
太郎も切迫した事情を思い出したのか、コクンと頷いて足袋を履いた。

「それではありがとうございました!」

「あざーっした!!」

「……ちょっと待つがいい」

さよならの挨拶をして玄関から踵を返す裕輔。
だが玄関から一歩踏み出そうとした時に堕山に呼び止められた。
ついにこの時が来たかと裕輔はオイルが切れたブリキ人形のように首をギギギと回す。

「はい、な、なんでせう?」

「名前はなんという?」

「わ、私めのでせうか?」ドキドキ

「そうだ。お前の名だ」

「森本 裕輔です(あ、やべ。本名言っちまった)」

思わず反射的に本名を言ってしまう裕輔。
やっちまったと衝撃を受けている横で、堕山は興味を失くしたかのようにクルリと奥へと身を翻す。

「それではな、森本よ」

「はい! さようならーーー!!」

そういって早足で歩き出す裕輔。
太郎ももう一度堕山を振り返ってペコリと頭を下げ、駆けて行った。
堕山はもう一度振り返って去り行く二人を暫し眺め、また小屋へと戻る。

(人がいるというのも悪い物ではない…嫁でも探すか)

いつもと変わらないはずの家なのに寂しさを感じる。
今まで一人で生きていたが、隣に人がいるのも悪くないと堕山は思った。



「………なぁ、太郎君」

「………はい、何でしょう? もの凄く嫌な予感がするんですが」

「ここ、どこ?」

「やっぱりですか! 道もわからないのに先に進むから嫌な予感がしてたんですよ!!
どうするんですか!? ここまで来たらボクも道わかりませんよ!?」

「ワロスワロスww」

「謝ってるんですか、それ!?」

そして途方に暮れた二人組みがいたとかなんとか。



Interlude

「あら、これは…一郎兄様! 一郎兄様!」

「どうしたんだい雪?」

「人が二人倒れているようなのです、早く治療をしないと」

「どれどれ…本当だ。しかも片方はまだ子供じゃないか」

「ぼたん狩りなんてしている場合ではありませんね。
ここは家臣の者に任せ、私達はこの方を連れて行きましょう。
一郎兄様、この方を担いでいただけますか? 私は先に城に戻り、医者の方をお呼びしますので」

「頼んだよ雪」

「はい、一郎兄様」

Interlude out

物語はプロローグを終え、遂に動き出す。
彼は勇者ではない。力も、地位も、名誉も何一つとして持ち合わせていない。
凡人の身ながら英雄達への伝承へと手を掛ける愚者。

ただ唯一の武器を手に大きな流れへと立ち向かう。
例えそれが小さな色だとしても、原色に混じれば変革を齎せると信じて。

――――――――さぁ、物語を始めよう。







それと能力値を作って欲しいという要望があったので、作ってみましたww
どうざんしょ? 一応戦国ランスの設定で合わせてみたんだが……


森本裕輔  職種:無 Lv.1/8

行 1 
攻 1
防 1
知 5
速 1* 
探 1
交 6
建 1
コ 1


技能:神速の逃げ足

命に関わる危険を察知した場合にのみ発動。
発動した場合に限り【速】が9に上昇する。
しかし意図的に発動は出来ず、また命の危険性がなくなった時点で効果はなくなる。

技能:現代知識

現代において大学生程度の学力と知識を持っている。
あくまで一般的なレベルだが、それでもこの時代からすれば高水準。

一話の最後にも載せておくよ!



[4285] 第四話
Name: さくら◆90c32c69 ID:89860d80
Date: 2008/10/22 13:12

どんよりとした曇った空。
灰色の色彩は何処までも続き、太陽を覆い隠す。

泣いている。
老人も、大人も、女の子も、子供も。
黒い服を着た全員が目元に涙を浮かべ、何かを堪えるようにして泣いている。

中心には一つの棺。
棺には一組の夫婦と思しき男女が縋り付きながら嗚咽を漏らす。
二人は泣いていたが、ぽんぽんと一人の男性に肩を叩かれて棺から離れた。

白い棺の中には花が敷き占められ、彼の青白い肌を隠していた。
彼――――森本 裕輔の顔を。



「…ぁ……?」

外から差し込む光に目を細め、裕輔は眉間に皺を寄せる。
瞼を硬く閉じようとも光量は瞼の遮断限界を超えており、視界を白く明るく染め上げる。
裕輔は布団の中で身動ぎして上半身を起こした。

酷く目覚めが悪い。
夢見の直後という事もあり、まだ夢の内容も覚えている。
自分の死に顔を見るなんてあまりにもタイムリーすぎる。

夢、という物は偉い学者さんの話によると、記憶整理の時に見る物だという説があるらしい。
その論理で言うと、裕輔の頭の中には【元となる情報】がある事になる。
そして何より裕輔自身に妙な現実感があった。

「………」

どっちにしろ元の世界に帰る事の手段さえ考え付かない以上どうしようもない。
精一杯この世界で生きよう。そう裕輔が思った時、ようやく彼は周囲の景色が見えてきた。

「ここ、は…?」

確か自分達は遭難していたはずだ、と裕輔は思い出す。

道を見失い、あてもなく彷徨う山の中。
人間エネルギーとなる物がなくなるとガソリンのない車と同じで動けなくなる。
あ、これマジやばくNE? と体が倒れそうになる所までは覚えていた。

横を見てみればすぴーとこれまた健やかに寝ている太郎。
ご丁寧にも布団が敷かれており、ここが山の中であるという結論に落ち着く奴は頭がおかしい。
だってどうみても高級旅館の一室にしか見えないのだ。

「おや、目が醒めたかね?」

「貴方は…?」

「私はこの城で医師をしている者だよ。
君達は山の中で倒れていた所、ぼたん狩りをしていた一郎様やニ朗様に助けられたんだ。
いやはや、本当に運がいい。軽い栄養失調なだけだったよ」

疑問首を捻り部屋の中を裕輔が見渡していていた所、部屋に入室してくるおっさんがいた。
どうやら裕輔達は偉い人に助けられ、その人の命令でこうやって手厚い看護を受けているらしい。

「ここは城なんですか?」

「そうだ。ここは浅井朝倉家の本城。
君の意識が戻り次第一郎様や二郎様の下へ連れて行くよう言われているから来なさい。
自分一人で立てるだろう?」

浅井朝倉。
どうやら無事に足利の勢力圏から抜け出せたようだ。
医師の言葉が与えた安堵のあまり、猛烈に裕輔は大の字になって寝転びたくなったが、
医師は速く来いと扉の前で手招きしている。

「ええ」

裕輔は小さくそう返事し、脚を立てて起き上がる。
これから領主の嫡男達に会いに行くのだ。寝癖がないか髪をふぁさりと確認する。

(さて、どうしようか……)

はっきり言ってこれはチャンスである。
このご時世領主と直接対話できる機会なぞ殆どないだろう。
更にゲームの中において美樹と健太郎は浅井朝倉にいた事も多々ある。

様々な事を頭で巡らしながら裕輔は医師の後を歩き、謁見の間へと向った。



「一郎様、例の彼をお連れしました」

医師に連れられてきた部屋はとても立派であった。
大人数を収容できるような構造となっており、上座は一目でわかるよう一段高くなっている。
裕輔と医師は部屋の一番下手で姿勢を正して頭を垂れ、畏まっていた。

きっと上座に近い所にいる人達が一郎やらニ郎なんだろう。
裕輔はそう当たりをつけ、可能な限り失礼のないようお礼の言葉を述べる。

「この度は危ない所を助けていただき恐悦至極に存じます。
このご恩は―――――――」

「ははっ、そんなに畏まらなくてもいいよ。
ここにいるのは僕と雪だけだし。最低限の敬語だけで大丈夫さ。
だからまずは頭を上げたら?」

「――――っは。ありがとうございます」

どうやらかなりフランクな人物らしい。
頭を下げているためどんな人物かは窺い知れないが、
彼は医師に下がるよう告げてから裕輔に頭をあげるように言う。

いくら家臣がいなく、自分しかいないとはいえ中々できる事ではないだろう。
これはなんとかなりそうだと裕輔は内心ほっとした。

面を上げろと言われているのにいつまでもこのままだと逆に失礼にあたる。
この部屋に来てから初めて裕輔は顔を上げた。

―――――だが、彼の中の時間はその時停止してしまう。

まず眼に入ったのは蒼穹の青。
キラキラと輝く長い蒼穹の髪は僅かな風に凪ぎ、まるでシルクのように艶々。
裕輔のいた世界では考えられない色彩は非常に着物とマッチしていた。

それだけではない。
素肌はまるで降り積もった初雪のように白く、すっと引いた真紅の唇がよく映えている。
顔は小顔で小さい。くりりとした目は潤みをおび、美しいとも可愛いとも呼べるアンバランスさを醸し出している。

目の前の女性を表現するに美しい、という言葉では足りない。
だから裕輔はやっとの事で言葉を紡ぎ出した。

「やっく…で、カルチャー……」

「なんですか、それは?」

これが森本 裕輔と浅井朝倉の姫 雪姫との初めての出会いだった。



「ふんふん、大変だったね…」

「はい」

裕輔が一郎に求められたのは何故山で倒れていたかについての説明だった。
それは裕輔にしても予想し得る質問だったので、当然用意していた答えを話す事にした。

「それではもう村に帰っても居場所がないのだろう?」

「ええ…少なくても太郎を連れてでは迎え入れてくれないでしょう」

曰く、自分達は捨てられたのだと。
自分達の家は食うにも困る程貧困で、ついに食い扶持を減らす事を決意した。
それで家の中でも一番幼い太郎を捨てる事を決定する。

それを兄である裕輔(兄弟という設定)が異を唱えて飛び出して来た、と。
この時代は全国共通の戸籍なんてあるははずがなく、貧しい村なんて履いて捨てるほどにある。
それ故罷り通ると判断して吐いた嘘だった。

「それはお辛かったでしょう」

「ひゃ、ひゃい…」

雪姫の気遣わしげな声に裕輔は上擦った声で返す。
一郎と話している時は真顔で嘘をつけたものの、雪姫を前にしていると緊張してしまう裕輔だった。

香姫と雪姫。
JAPANで一番美しいとも言われる二人の姫は噂に違わぬ美しさであった。
知性と気品が滲みでて、しかし気取った態度などまるでない。

そんな超絶美人を目の当たりにして裕輔はおおいに動揺してしまっていた。

心臓はバクンバクンと早鐘を打ち、顔は熟れたトマトのように真っ赤。
完全に思春期特有の【ミツメアウト、スナオニオシャベリデキナイ】病にかかってしまっていた。

――――――――― 一目惚れ
どうしようもないまでの見事な一目惚れであった。英語で言うならFall in Loveである。

(ぐはwww 想定以上すぐるww 生雪姫マジぱねぇっすww)

雪姫に見られてドギマギしている裕輔だが、それでも交渉しなければ裕輔達に未来はない。
目線が合わせられないので俯きながら一郎に懇願する。

「厚かましいとは思いますが、私達に何処か仕事を用意していただけないでしょうか?」

「一郎兄様…なんとかなりませんか?」

裕輔の鎮痛な声に雪姫は一郎を見やる。
雪姫は器量がよく、心優しい娘である。
困った人間が目の前にいるのなら、それが誰であろうと助けたいと思ったのだ。

(ああ、こんな所にゴールがあったのか…もう、ゴールしてもいいよね?)

雪姫の言葉に裕輔は感動し、がばっ額を畳に擦り付けた。
そうでもしないとにやけきった顔を見られてしまう。それは拙い。
きっとこの心優しい姫君は裕輔でなくても手を差し伸べるのだろう。
それでもこんな美人に庇ってもらえていよう物なら頬の筋肉も緩むに決まっている。

「そうだね…君、君は何が出来るんだい?」

「文字の読み書きと算学。料理はできませんが、雑用ならなんでやります!!」

「それなら…」

一郎に必死でアピールする裕輔。
足利から逃げ出したものの、いくあてもなければ頼る所もない。
ここで衣食住を確保できるのならそれが最善の選択である。

「う~ん…………」

「…一郎兄様」

(ぐ…やっぱり見ず知らずの人間にそこまで甘くないか…?)

渋面を作る一郎に裕輔が諦めかけた時だった。

「よし、決めた!」

一郎の快活な声が部屋に響き渡る。
裕輔は自分の運命を決める言葉を受け取るため、面を上げた――――



「太郎君、太郎君…」ユッサユッサ

「あれ、裕輔さんですか…? なんでボクこんな所で寝ているんです?」

「質問は色々あると思うけど、とりあえず俺達のこれからの居場所が見つかった」

「え…?」

太郎の体を揺らして目を覚ますよう促す裕輔。
ごしごしと目を擦る、子供分相応の寝起き姿の太郎。
そんな太郎に裕輔は喜色満面の笑顔でこう言い放つのだった。

「俺達、浅井朝倉で面倒を見てもらえる事になったんだよ!!」

浅井朝倉…? まだ覚醒に至っていない太郎とは対照的に裕輔はニコニコ顔。
なんとか見つかった希望の蜘蛛の糸を掴めたと終始ご機嫌だった。



……再び一郎と会談した部屋。
そこには現在二人の人物が顔を突き合わせており、神妙な空気を醸し出している。
人払いも済ませてあるのか部屋には二人以外の影は見えない。

「これでいいのですか、父上?」

「うむ…」

一郎の正面に座るのは立派な法衣を纏った人物。
その人物は第一位継承者である一郎よりも高い上座――事実上一番高い席に座っている。
つまり、だ。

「あの青年はともかく、あの子供に見覚えがある…抱えておいて損はない。
それにお前も算学ができる者が欲しいと言っていただろう? 使えなければ雑用にでも使えばいいだろう」

浅井朝倉の当主、朝倉 義景。
政治的方法によって出来うる限り戦を無くし、平和的にJAPANを統一しようと心掛けている。
そんな彼だからこそ見覚えがあったのだ、山本家 第一子である山本 太郎の顔に。

義景が一度太郎と見えたのは幼少の頃。
子供の成長は早いので明確に顔を覚えてはいないが、心のどこかで引っ掛かったのだろう。
面影程度なら太郎にも残っているはずであるし。

「あの子供は何かに使えるかもしれん。
この話は終わりだ。以降あの青年達に何か動きがあったら教えてくれ」

「わかりました、父上」

一郎はすす…っと指を付き、頭を垂れて退席する。
裏でこういった思惑が動いているだろう事はこの場にいない裕輔も想像がついていた。

だが例え思惑を知っていたとしても裕輔はこの話を断るような事はしないに違いない。
精神的な拠り所がない彼等にとって、住む場所は急務で必要な物。
利用する気で助ける? 上等。だったら掌で存分に踊ってやる。

世の中には100%の善意なんて存在しない。
裕輔は全てを承知の上でこの話に乗ったのだ。

(さて、あの子供は何処で見たのだったか…?)

義景は太郎について思い出そうと難しい顔をするが、一旦諦めて書簡に目を通す。
政治によるJAPAN統一を目指す彼の仕事は非常に多い。
いつまでも一つのことにこだわってはいられないのだ。

こうして裕輔と太郎は一時の安住の地を得る。
それがいつ壊れるのか? それは誰にもわからない。
だが確実に戦国時代の幕開けが近付いていた。





ここで時間を潰して原作開始まで調整します。
ただ、太郎が襲撃された時期はちょっと短めにするかも?
雪姫に頑張ってフラグを立てるんだぁぁあああヘ(゚∀゚ヘ)ヘ(゚∀゚ヘ)ヘ(゚∀゚ヘ)ポー!!

ランスが来るまでにはなんとか信頼までには持っていかねば(゚∀゚; アセアセ



[4285] 第五話
Name: さくら◆90c32c69 ID:0ee01bad
Date: 2008/10/30 10:08
早朝…
まだ空が白み始めた頃、城の使用人たちは目を覚ます。
俄かににぎやかになり、各々の仕事場に向けてのっそりと動き始める。

だが使用人長の彼だけは違った。
彼にも相応の仕事が待っているのだが、それに取り掛かる前にしなければいけない事がある。
使用人長の彼は額に井桁を貼り付けながら荒々しくある部屋の扉を開く。

「こら、早く起きんか!!」

彼は大きな声で部屋の中にある一組の布団に向って怒鳴るが、一向に反応がない。
それどころか布団の主はもぞもぞと掛け布団を被りなおしやがったのだ。
どうやら徹底抗戦の構えらしい。

「ほほぅ…ならこれで…!」

彼は怒りの形相を深くし、一旦扉から出て距離を取る。
そして一気にダダダと走り出し、助走を走破して布団へとジャンプする。惚れ惚れするような跳躍。
両腕は綺麗な×を描き、丁度首の辺りに直撃するようにして自由落下する使用人長。

「ぐはっ!!」

見事なまでのフライングボディクロス。
芸術的と言ってもいいまでに完璧に決まり、布団の主の首を容赦なく襲う。
これはたまらないとばかりに布団の主、森本 裕輔はゴホゴホと咳き込みながらむくりと起き上がった。涙目で。

「あんた俺を殺す気か!?」

「ふん、起きないお前が悪い」

「そしてそれは何処で何時、どうやって覚えた!?」

「これは昨日、お前が、ワシに、酔っ払ってした技だ」

…暫し自分の昨日の記憶を検索する裕輔。
教えてグーグ○先生…ヒット…昨晩酒を飲み、上司に絡んだと表示。
見事なまでの自業自得だった。因果応報ともいう。

「…てへ?」

「…………」

可愛く笑って誤魔化すのも失敗。
上司の冷たい視線を一身に浴び、そそくさと裕輔は着替えてきますと言って逃げ出した。

浅井朝倉に来て二週間。
今日も奉公人森本 裕輔の一日が始まる。



新参者の裕輔には基本的にまだ難しい所の仕事を任せられない。
そのため誰でも出来る簡単な掃除が仕事として割り振られ、裕輔は雑巾をぎゅっと絞り床を磨く。
城には嫌という程廊下があるので、暇を持て余すという事はない。

裕輔は寝起きが悪く、中々頭が働き始めるのが遅いため、単純労働しかできないのだ。
それでもこの仕事が終わる頃には頭も覚醒し、今度はお腹が自己主張を始めた。
空腹に耐えかねてスピードアップしたら早朝の仕事も終わりに向う。

「いただきます」

「いただきます。うんうん、やっぱり朝は味噌汁ですよ」

早朝の仕事が終わると朝食。
まだ子供である太郎は惰眠を貪る事を許されているので、ようやっとお目覚めになる。
使用人のまかないを二人で仲良く食べるのが基本的な朝の光景。

使用人のまかないと言っても朝の食事としては十分。
前の世界でトーストにジャムというわびしい食事をしていた裕輔にとってはこれだけでも感涙物である。
しみじみと味噌汁と御飯を口にかっ込み、食事のひと時を楽しんだ。



「おはよう御座います、一郎様」

「うん、おはよう。早速だけど仕事に取り掛かってくれるかな?
この計算はまだ君にしか出来ないから、じゃんじゃん片付けて欲しい」

「了解です」

朝食が終わったら、裕輔にとって本番の仕事が始まる。
裕輔の生前の専攻は経済学だった。それが以外な形でこの世界でも役立ったのである。

【需要曲線】や【供給曲線】、また【マクロ経済学】や【ミクロ経済学】、【統計学】という概念。
これらはこの時代からすれば革新的な知識と計算だった。
【二次関数】ですら一郎や話を間接的に聞いた義景を驚かせ、唸らせたのは記憶に新しい。

これらを理解し、存分に腕を振るう裕輔はたちまち重宝され始め、次々と資料が積まれていく。
文字の読み書きに加え高度の計算技能。
見た事もない計算を始め、従来の数十分の一の時間で資料を片付ける裕輔がさぞ周囲には珍妙に映っただろう。

「あ、ちなみにそれ終わらないと昼食ないから」

「マジで!?」

げんなりと目の前に詰まれた資料を眺めていた裕輔に死刑宣告をする一郎。
思わず素の自分で返してしまった裕輔だった。



「美味いっす、美味いっす!」ガツガツムシャムシャ

「そうだろう、そうだろう。なんせ城にいるボクの耳にまで届くくらいだからね」

無我夢中で天麩羅を口に運ぶ裕輔と、それをニヤニヤ笑いながら観察する一郎。

結局裕輔は一郎と二人少し遅めの昼食を取っていた。
怒涛の勢いでそろばんを弾き(この時ほどそろばんやっておいて良かったと思った事はないという)、
山のように積まれた書類をなんとか一時を過ぎる頃には消化した裕輔。

「まさか本当に終えてしまうとはねぇ…」ボソッ

「え、何か言いました?」

「ううん、なんでもないよ。早く食べてしまいなさい」

一郎が小さく零した言葉に反応する裕輔。
気にしなくていいと一郎はきさくに笑い、裕輔に食事を促す。
確かに聞こえたんだけどなぁと首を捻りつつも裕輔はラストスパートへと入った。

実際の所一郎は裕輔をかなり高評価している。
今日だって夜までに終わればいいと思っていた書類を昼までに終わらせ一郎を驚愕させた。
何故なら今までの経験から言って、三日はかかると予想されていた程の書類の量だったから。

裕輔が文官となり、書類仕事を始めてから浅井朝倉の溜まっていた仕事が一掃された。
一郎も仕事がなくなったため、久々に城下に羽を伸ばす事が可能となったのだ。
実はこうやって自由な時間を楽しめるのは久々の事であったのである。

「あ、あと一郎さん。ちょっと提案があるんですけどいいですか?」

「うん? なんだい?」

「今の商人の組合で【座】ってあるじゃないですか、それを―――――」

一郎にとって裕輔はびっくり箱のような存在だ。
今日もまた突拍子のない提案をされおおいに驚かされる事になる。
もっとも裕輔からすれば発案でもなんでもなく、ただ知っている知識を述べているだけに過ぎない。

それだけに裕輔は知らない。
自分の存在が太郎よりも稀有な存在として見られ始めている事に。
また義景が裕輔について興味を持つようになった事も。

ここまでやってしまったら裕輔が語った出自に関しては完全に疑われていたが、
それに目を瞑っても浅井朝倉に欲しい人材となったのだ。
狙ってやったのか単純に仕事環境を向上させたいためにやったのかわからない。
だが浅井朝倉にいる限り裕輔達の安全は保障されるだろう。



「え~、ここはxがニだから=で現されるyは―――――」

午後。
城の執務室から場所を移し、大部屋に大勢人を集めての勉強会。
裕輔は壁に大きな紙を一枚ペタリと貼り、そこに計算式を書いて丁寧に教えている。

部屋には算学が得意とされる子供・大人関係なく集められ、長机を並べて一緒に座っていた。
厳つい大人とまだあどけない子供が並んで勉強しているというのはかなりシュールである。
一体何をしているのかというと、【二次関数】などの数学を教えているのだ。

裕輔の魔法のような計算術を見た一郎は直ちに他の文官にも教育をするよう指示。
どうせ教えるならと子供も交えての大勉強会が開始される運びとなった。
これは頭の柔らかい子供の方が覚えが早いとの期待も多分に含まれている。

授業を聞く者は全員真剣な顔で裕輔の声に耳を傾けている。
それも当然か。大人である彼等は直接裕輔の仕事ぶりを目の当たりにし、
三日は掛かる仕事を午前中に終える光景も見ているのだから。

「裕輔さん。そこは何故七になるのでしょうか?」

「それはだね、太郎君…」

大人たちに混じる子供の中に太郎の姿もあった。
太郎も勉学に励む一人で、意欲的に授業に参加している。
有名な武家の家に生まれ英才教育を受けていた太郎にとって、数学は楽しいのだろう。

頭を捻る大人に根気よく教える裕輔。
そうやって彼の午後は過ぎていった……



「はい、これで今日は終わりにしましょう。
こんな授業を聞いてくださり本当にありがとうございました」

年配の人もいるため、裕輔は気を遣いペコリと頭を下げる。
仕事の終わりを聞き大人達は机につっぷし、それとは逆に子供達の目はキラキラと輝く。
何故子供達がこんなにもワクテカしているかというと、それには理由があるのだ。

「せんせー、きょうもおはなししてよ~」

「おれは【ヒテ○ミツルギスタイル】のけんしのはなしがいいなー」

「えー? わたしは【りゅ○のだいぼうけん】のお話がいい」

口々に自分の希望を言う子供達。
裕輔は満足気に頷き、さてどうしようかと閉口する。

暇潰しにと子供達に好きな漫画やアニメの話をしていたらそれが大うけ。
やはり自分が好きなジャンルの話が出来るのは裕輔にとっても嬉しいらしい。それが子供相手でも。
裕輔は何を話そうかと悩み、この時代でもいける漫画の話に決めたようだ。

「今日は新しいお話をするぞー。
これは魔法がとっても得意なある忍びの里の【鳴門】という忍者のお話でな……」

子供達はどんな楽しい話が聞けるのかと大人しく裕輔の声を聞く。
裕輔は時に身振り手振りを加えて偉大な大先生のお話を異世界の子供達に聞かせるのであった。



「そこで海豚は叫んだんだ。『こいつは鳴門だ!!』ってな!!」

「うえー。いるかかっこいいなぁ…」

「ほんとほんと、祐輔先生とはおおちがいね」

「な、何おぅ!!? そんな事言うなら続きはまた明日だぞぅ!」

大袈裟に体を使って臨場感をかもし出す裕輔。
子供達はきゃーっと言っておおいに盛り上がり、続きを早くとせがむ。
だが一人の子供が言った何気ない言葉が心を抉り、大人気なく言葉の訂正を要求する裕輔。

わかってやっているのなら子供好きのいい奴だが、本気でやっているならタダの馬鹿だ。

「横暴だー!」

「いいから続きをはやく言えよなー、冴えない三枚目」

「んーと、んーとね…ろりこんへんしつしゃーー!!」

子供達の反撃。
だが何気にえげつない、見逃せない単語も入っている。

「お、俺はロリコンじゃねぇ!」

『キャーーーー!!』×多数

「ふふっ…貴方もそんな風にして怒るんですね」

「――――――――へ?」

これは流してしまったら今後の自分の評価に大きく関わる。
勝家と同じ扱いはまっぴら御免。うがーっと手を大きく広げて子供達を追い掛け回す裕輔。
子供達は楽しげに逃げ回るが、その中に透き通るような美声が聞こえる。
ぴたりと裕輔は動きを止め、子供達は声の主に気が付くときゃいきゃいと集まって行った。

「あー、雪さまだー」

「遊びにきてくれるなんて、ひさびさだよね」

「みんな久しぶりね。ちゃんと先生の授業は聞いていたかしら?」

『はーい』という元気な声で応える子供達。
くすくすと口元に手を当て笑いながら姿を現したのは浅井朝倉の姫、雪姫。
ちなみに裕輔は石化状態からようやく抜け出せた。

「ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、雪姫様? 何故このような所にお一人で?」

顔を真っ赤にし、声をどもらせながら雪姫に訊ねる裕輔。
心臓のビートはエンジン全開。不意打ちに、しかも自分の姿を笑われたように思い、裕輔は緊張MAXだった。

「ちょっと時間が出来たので子供達に会いにきたのです。
それと今城中の噂の裕輔様とお話を出来たらと思ったのですが、思いにもよらない姿を拝見してしまいました」

さっきの裕輔の【がおーっ】を思い出したのか、思い出し笑いでまたクスクス笑う雪姫。
裕輔は自分の痴態を思い出し、顔から火が出るような思いだった。

「あー、祐輔先生てれてるー」

「あれだ、先生も雪ひめさまにゾッコンなんだぜ」

「えーと、えーと…このむっつりスケベ」

「ええい、シャラップ! 物語の続きはまた今度な。
宿題を皆がちゃんとしてきたら続きを話すとしよう。今日は解散!!」

『えー?』とぶぅぶぅ文句を垂れていた子供達だが、雪姫の『先生を困らせてはいけませんよ?』の一言で反転。
驚異の変わり身の早さで子供特有の無邪気な笑顔を浮かべて散っていった。
裕輔は雪姫の子供に語りかける姿にぽーっと見惚れている。

子供達が自分のいう事を聞かなくて落ち込まないのか?
そんな事より美人を眺めている方が建設的で、遥かに有意義な遣い方である。

「裕輔様?」

「ひゃい! なんでしょうか?」

ばいばーいと子供達に手を振っていた雪姫に話しかけられ、ワタワタと挙動不審になる裕輔。
今の裕輔にはこの言葉が似合うだろう。『少しモチツケ』

「子供達が言っていたのですが、とても面白いお話を教えて下さるとか。
私にもお話をして頂けないでしょうか?」

「いえいえ、ワタクシめなんかのお話は聞ける物では…」

「そうですか? みんな面白いとこの前聞かせてくれたので、楽しみにしていたのですが…」

自分なんかが畏れ多いと首を振る裕輔。
だが雪姫の残念そうな顔を見ていると考えが変わったようだ。

「ではつまらない話を一つ。
今より少し昔に凄腕の侍がいたのです。その侍は【ヒテン○ツルギスタイル】という流派の使い手で―――――」



「そしてその侍は町道場の娘に呼び止められ、その町に住むことになったのです。
これで物語の第一幕はお終いです……雪姫様? 雪姫様?」

「………驚きました。
こんなにも面白いお話は始めて聞きました」

「いや、これは俺が考えた話じゃなくて、他の偉い人が考えた話なんです」

話を終えたにも関わらず反応のない雪姫に恐る恐る確認を取る裕輔。
雪姫は裕輔の話術に感心しきりで、尊敬の眼差しで裕輔を見る。
裕輔は恥ずかしくなって身を捩るようにして視線から身を隠した。

「一郎兄様からのお話で素晴らしい知識と発想力を持っている御方だと聞き及んでいました。
裕輔様はそれだけではなく、面白い御方なんですね」

【あれ、俺褒められてる?】裕輔の心がズギューンとマグナムで打ち抜かれる。
特に面白い御方なんですねの下りが凶悪的なまでに破壊力を持っていた。
小首を傾げた上に、満開の桜の花のようににっこりと笑いやがったのだ。

(ちょ、それ反則ww もう死んでもいいww 俺、答えを得たよ……)

精神攻撃をマトモに受け、裕輔の神経回路は停止。
好きなキャラクターを脳内再生してお話できる彼の有能な頭脳は今雪姫の笑顔を永久保存するのに全精力を費やしているのだ。
馬鹿みたいに立ち尽くす裕輔。

「またお話をお聞かせくださいますか?」

自由にできる時間が終わってしまったのか、立ち上がる雪姫。
フンフンフンと激しく頭を上下に振る裕輔をまたクスクスと上品に笑いながら、優雅に部屋を出て行った。



「うへ、うへへへへへ」

「……………」

「まただって、まただって!! うへへへへ」バンバン

「裕輔さん…お願いですから納豆をかき混ぜるのを止めて下さい。それと机を叩くの止めて下さい。
納豆が器から飛び出して、畳にかかってます」

「来た!? 俺の時代が来てる!? オレテラヤバスwwww」

駄目だこいつ、早くなんとかしないと。
にやけながら納豆をかき混ぜる裕輔を見て、太郎は諦めの溜息をつく。
納豆が飛び散ったままだと臭くなるので、仕方なく自分で取る事にする。

「最後ちゃんと自分の分の膳は食堂に返しておいて下さいよ?」

「え? ちょ、まだ俺達にはまだ早いって…でも、雪がそう言うなら…フヒヒ」

「……………(うわー…フヒヒって笑っちゃったよ)」

こいつもう終わってる。
兄のエロ本を見つけた妹のような冷たい眼差しで裕輔を見る太郎。
太郎は自分の食事をさっさと食堂に返し、自分の布団へともぞもぞと這い入る。

もう夕餉を終えたら仕事はない。
えへえへと犯罪者一歩手前の裕輔を一瞥して太郎は就寝した。

こうして奉公人 森本 裕輔の一日が過ぎ去っていく。
馬鹿な事をして笑える、幸せで平凡な毎日が続く。
それが薄氷一枚の上に成り立っているものだとしても、それが壊れるまでは誰も気付けない。

舞台の開演を知らすラッパはまだ鳴らないままだった――――――



[4285] 第六話
Name: さくら◆90c32c69 ID:0ee01bad
Date: 2008/11/04 21:19
太郎は時折ふと、寂しい顔をするのだ。

それはほんの少しの翳り。
太郎自身他人には見せないようにしている心の陰。
だが共同生活をしている裕輔はそれに気づいていた。

それは長年世話になってきた世話人の死についてかもしれない。
はたまた新しい生活への不安という可能性もある。
たった一人足利に残してきた姉への郷愁の念もあるだろう。

――――――太郎は一人なのだ。

裕輔がいるため気丈に振舞えるが、元服前の子供。寂しくないはずがない。
見知らぬ土地。見知らぬ人。仮初の住まい。どうなるかわからない身の上。
それでも気丈に振舞っているが、ふとした瞬間に零れ出てしまう。

なんとかしないと。
唯一太郎の事情を知っている裕輔はずっとそう考えていた。



「種子島家へ和平に、ですか…?」

「うん、そうなんだ。
最近頭角を現してきた国なんだけど、ボクが使者として直接赴く事になってる」

裕輔がその話を聞いたのは仕事のため執務室を訪れた時だった。
寝耳に水もいい所なので、詳しい情報を求むと裕輔は聞き直す。

「父上が戦をせずにJAPANが統一すればいいと考えているのは知っているかな?」

「はい、知っています。
整理させられた資料の中にも沢山の国に交渉に行った記録が残ってますから」

「そこまで知っているなら話は早い。
色々な国を回っていると自然と情報が集まってきてね、結構な情報網が出来てるんだ。
そこでちょっと気になる情報が入ってきたんだよ、これが」

気になる情報? 聞き上手な裕輔は一郎に話を促す。

「なんでも種子島家が凄い武器を発明したらしいんだ」

「………凄い武器、ですか」

「うん。凄い武器」

あたかも知らないように言葉を反芻した裕輔だが、実のところ心当たりはあった。
種子島家といえば【鉄砲】である。なるほど、確かに凄い武器に間違いない。
この時代鉄砲といえば今までの戦法を劇的に変えた驚異の兵器。

耳聡い浅井朝倉ははやくも情報を手に入れていたのである。

「そんな気になる情報も入ったし、この際だから条約を結んでおこうと思ってさ。
父上にボクが使者の役割が任せられたってわけ」

国の間に足利を挟んでいるため、それほど危機迫った状況ではない。
それでも強力な武器を開発したとあれば、仲良くしておく事に損はない。
事実その判断に間違いはないと裕輔は納得し、義景のさき通しの目の良さに感心した。

「で、だよ。裕輔君はどうする?」

「どう、とはどういう事ですか?」

「質問を質問で返したら駄目だって教わらなかったかい?
あ、ボクも質問で返しちゃったか…まぁいいや。
裕輔君はボク付けの文官って事になってるから、ボクの許可がないとここで仕事が出来ないし」

あ、と裕輔は一郎の言葉に間抜けな声を上げる。
そうなのだ。裕輔は一郎に仕事を与えられて初めて文官として仕事が出来る。
一郎がいないと裕輔はひたすらに雑務(パシリ)をさせられるのだ。


やばい。それはやばい。
雑務をさせられている自分を想像し、裕輔はブルリと震える。
裕輔はあまり使用人長と仲が良くない。ぶっちゃけてしまうと仲が悪い。

そんな中、お目付け役の一郎がいないとなると――――大変な事になる。
裕輔の妄想力によって脳内再生された映像では、馬車馬より過酷な労働をさせられている自分が移った。

「ボクはどっちでもいいけど、どうする? 出発は明日だから」

「そうですね……(待てよ。これってチャンスか?)種子島家にはどうやって行くんですか?」

「普通に足利を横切って最短コースで向う。もう父上が足利に許可はとってあるしね」

七割がた心は決まっていたが、一郎の説明に裕輔は顔を輝かした。
最近ずっと懸念事項だった【太郎】に関する問題が解消できるかもしれない。
これは好都合とばかりに一郎に詰め寄る。

「是非お供させて下さい!!」

「うん、わかった。明日だから今から用意してきていいよ」

ずずいと顔を前に突き出した裕輔から一歩退きながら一郎は頷く。
どうでもいいといったものの、実は一郎としても裕輔には一緒に来てもらわなければならない理由があった。
互いに内心の事情を隠したままトントン拍子に話は進む。

「じゃあそういう事で。………ああ、そうそう。頼まれていた書物を集めておいたよ。
そこに積んであるから持っていってね」

これで終わりと話を締めくくりかけるものの、忘れていたと机の上を指差す一郎。
机の上には五冊程の冊子が積まれており、難しそうな書体でタイトルが書かれている。

「おお! ありがとうございます!!」

「そんなに頭を下げなくてもいいよ。けど―――――――なんで戦術指南書なんて急に?」

そう。裕輔が一郎に頼んでいた書物とは戦の戦法などを書き込んだ指南書であった。
一郎は訝しげな視線を裕輔に向ける。この平和な国に何故、と?
それは当然の疑問であり、また当然の帰結であった。

裕輔が一郎の鍛錬に付き合い、真剣で素振り50回出来なかったは記憶に新しい。
刀とは鉄の塊であり、想像以上に実は重い。素人なら100回素振りしただけでも腕がパンパンになるだろう。
そんな彼が戦について学びたいという。自分が活躍できるとでも思っているのだろうか?

「ははは、俺って農民の出じゃないですか。
だから少しでも何かの役に立てばいいと思って、知識を増やしたいんです」

「ホントにそれだけ?」

「やですねぇ、本当にそれだけですって」

なははと笑って誤魔化す裕輔。
内心の焦りを外に出さないようにと笑顔を貼り付けて。

裕輔は知っている。この平和な時代がただのモラトリアムだという事を。
ランスは確実にここJAPANに入り、織田家を纏め上げて全国統一を始める。
その時に備え、少しでも戦の知識を手に入れようとしている裕輔だった。

裕輔自身戦略シミュレートを用いたゲームは大好きである。
だが実際の戦とは別物だろうし、同じ物と考えていたら痛い目にあうだろう。
それに戦についての知識を得るのはこれから先 生き残るためにも役に立つ。

「それでは一郎様、これで失礼します」

「それじゃあ明日ね」

裕輔はペコリと頭を下げ、戦術指南書を脇に抱えて部屋を退室しようとする。
一郎もそれを手を振って見送った。

「……はぁ、なんか騙しているみたいで嫌だなぁ。
けど父上の厳命だしなぁ……やっぱりボクは父上の跡を継げそうにないや」



翌日、一郎率いる一団は城を出発した。

なお当然の事ではあるが、今回太郎は城に留守番。
せっかく死亡を悟られずに亡命したのに、今回の旅で正体がバレたら全てが水の泡。
もし正体がバレてしまったら戦の引き金になりかねない。
もっともそうなる前に義景によって足利に引き渡されるだろうが。

浅井朝倉に来た時とは違い、ちゃんとした街道を通るため道のりも短く感じる。
山登りをする必要もなく、これは楽だと裕輔は列の最後をとぼとぼ付いていった。
それでも距離はかなりあるため、国境に入る頃には体力なしの裕輔は一人はぁはぁ言っている。

「…よし、通れ」

国境を越える時少しひやりとしたものの、なんなく裕輔は足利に入国した。
浅井朝倉からの使節だから万に一つの可能性もないとは思うが、それでも追われた事がある身としては肝が冷える。
よく考えれば裕輔は顔も見られていないので問題ないのだが、それでも不安はあるのだ。

出発したその日の内に足利領へと入る事が出来た一郎達。
だが流石に足利に入って初めての町に着く頃には陽も暮れ、一郎達はそこで宿を取る事にした。

「一郎様。お願いがあるのですが……」

「なんだい?」

そして裕輔は自分の目的を達成するため動き出す。
従者よろしく一郎の荷物を宿へと運び、部屋を退室する前に神妙な顔をする裕輔。
一郎はそれに対して軽く答えた。

「実は私たちの村はこの近くにあるんです。
私達を放り出した父はともかく、何も言わずに出てきてしまったので、母に一目会いにいきたいのです。
今晩に限り別行動をとってもいいでしょうか? 明日の昼までには合流しますので」

それは裕輔達自身が浅井朝倉に拾われた時についた嘘の設定。
裕輔は今回それを最大限利用して自分の目的を果たすつもりだった。

「へぇ…それは母上も気になるだろう。
いいよ、行ってきなさい。明日の昼までにはちゃんと合流するんだよ?」

「ありがとうございます」

一郎の寛大な言葉に深々と頭を下げる裕輔。
これで目的の第一条件はクリアーだと俯いた顔の下で満面の笑みを浮かべる。
だが裕輔は顔を俯かせているため知らなかった。この時、一郎がとても苦々しい顔をしている事に。



裕輔が頭を下げたまま退室してから数分、一郎の部屋には今回同行していた数人の男が集まっていた。
男達は昼間とは違い漆黒の布を纏い、口元が見えないように隠している。
数人の男達は一郎を前に頭を垂れ、指示を今か今かと待っているようだった。

「………そういうことだから、よろしくね」

そして一郎から指示が出された。
男達は音もなく窓から夜のとばりへと身を投げ出し、自らを闇と同化させる。
一郎は出来れば悪い結果が出ないようにと祈りながら彼等の後ろ姿を見送った。



京の町

足利の中心地ともいえる町である。
ここは一応京の町に居を構えるものの、少し郊外にある屋敷。
立派ともみすぼらしいともどっちとも言えないその屋敷はひっそりと建っていた。

これは足利当主の【足利 超神】の嫌がらせの一つであった。
この屋敷に住んでいるのは今は力を失っているものの、それなりに由緒正しい家柄の武家の家系。
こんな微妙な屋敷に住まずにもっといい屋敷に住んでしかるべき家系である。

だが【足利 超神】はそれを是としなかった。
敗者にはそれらしい対応を。それが中途半端なレベルの屋敷が与えられるという結果となった。
本当はもっと郊外の屋敷にしたかったが、いざという時のための戦力として使うために一応京の郊外に置いたのだ。

この屋敷に住んでいる武家の家名は【山本家】。
現在当主代行として奮迅している 山本 五十六の住まう屋敷である。

「…………」

屋敷の一角には弓道場が設けられている。
張り詰める空気。ピンと張った世界。弓道場だけ世界から切り取ったかのように時が止まる。
その道場の下手に矢を番える妙齢の女性が一人。彼女はまるで彫像のようにピクリとも動かない。

《ひゅっ……》

静から動へ。
瞬く間にしなった弓から矢が放たれ、寸分違わず的の中央を射る。
既に的の中央には矢が覆いつくされており、女性の腕のよさが伺い知れた。

女性は残心を終え、弓を下ろす。
今日はこれでお終いなのだろう。彼女は日課である弓の鍛錬を終えて部下から手ぬぐいを渡される。
それに礼を言いつつも彼女は弓道場を去った。

「…今日は幾分騒がしかったようだが、何かあったのか?」

極限まで精神を集中させていたために噴出した汗を拭い、彼女―――山本 五十六は部下に問うた。

朝の鍛錬をしている間、屋敷の使用人達は五十六に気を遣いずっと静かにしている。
それが何故か今日に限って騒がしいというかなんというか、議論のような声が聞こえてきたのだ。
五十六はそれが少し気になっていた。

「いえ、それが五十六様にお会いしたいという下賎の者が屋敷に現れまして。
五十六様が現在鍛錬中だから日を改めろと申しても、どうしても今日にと駄々をこねるのです。
怪しいと思って門番が身分を問いただした所逃げ出したそうです」

「そうか……一体なんだったのであろうか?」

「五十六様が御気に留めるような事では御座いませんよ。
どうせその辺の乞食が取り立てて欲しいとかそんな所でしょう」

なんでもないと首を振る部下。
しかし、なんとはなしに五十六は気になったのだ。
普段なら服を着替え服務に着くのだが、少し寄り道して門まで向う。

屋敷は狭いので、門まで着くにはそんなに時間はかからない。
あっという間に着いた五十六は門の前で立っている二人の武士に労いの言葉を掛けた。

「ご苦労」

「これは五十六様! もうお出かけですか?」

「いや、鍛錬中に不審者を見つけたと報告があったので気になってきたのだ」

五十六の言葉に気まずそうに顔を見合す門番の二人。
五十六は『鍛錬に支障はなかったから気にしないでいい』と断り、どんな事情かを詳しく聞こうとする。

「どんな者であったか?」

「はっ。衣服は乞食といったようにみすぼらしい物ではありませんでした。
ひたすらに五十六様に一目会いたいと言うので、身分を証明しろと言った所黙ってしまいまして。
これは怪しいと問い詰めた所、諦めたようで肩を落として帰りました」

「そうです、そうです。
あと…ああ、そうだった。そいつがどうしても五十六様に渡して欲しいと言っていた物があるんですよ」

二人の話を聞く事より、不審者はそれほどおかしな人物ではなさそうだ。
では何故そうも自分と会って話をしたがったのか? 
取り立てて欲しいといった嘆願であれば、自分よりも相応しい家柄は沢山あるはずだ。

「その者が渡して欲しいといった品は?」

それは話流れから来た当然疑問。
五十六は不審者の真意を計りかねつつも、渡して欲しいという物が気に掛かった。

「おい、お前が持ってただろう。早く五十六様にお見せしろ」

「はっ。 …なんの変哲もない、ただの小汚いお守りですが」

片方の部下に命じさせ、不審者が渡して欲しいと言った物を取り出させる門番A。
門番Bが懐から取りしたのは何の特徴もない、古ぼけたお守りだった。
他人から見れば何の価値もない古ぼけたお守り。だが見る者によっては何物にも勝る価値を見出せる物。

「―――――――――これ、は」

そして五十六は正しく価値を見出せる者であった。

五十六は手を震わせながら部下Bに命じ、もっと良く見せるように言う。
部下Bは五十六の取り乱しように動じながらも、手を広げて見せた。

それは昔、五十六が弟である太郎に贈った物であった。
五十六が可愛い弟のために不器用ながらも苦心し、丹精こめて作った唯一無似の代物。
それがここにあるという事は――――――

「その者は!! その者は何処に行ったのだ!!?」

「ま、町の中心地の方角へ…ただもう大分前の話ですから、もう見当たらないかと」

「―――――――っく!!」

「あっ、五十六様!?」×2

いてもたってもいられないとは正にこの事。
力の限り走り出した五十六に目を丸くする門番の二人を尻目に、五十六は門を飛び出して外に出た。
そして人相もわからない誰か(不審者)を探して疾風の速さで野を駆ける。

(やっと、やっと見つけたかもしれないのに――何故私はこうも間が悪いのだ!!)

太郎の居場所を知っているかもしれない人物。
捜し求め、求めてやまない太郎の情報を持っているに違いない人物。
頭ではもう見つけようがないと理解していようと、感情がそれを許さない。

「くそっ、くそっ、くそっ!!」

どれだけ走っても、どれだけ探し回っても、太郎のお守りを持っていたという人物が見つからない。
とうとう全力で走っていたツケが回ってきたのか、五十六を立っていられず地面に倒れこんでしまった。

顔には砂が付き、汗によって前髪がぴったりと張り付いている。
五十六の顔に浮かぶのはどうしようもない絶望感と喪失感。

何故自分は様子を見に行かなかったのか?
何故自分はもっと早く練習を切り上げなかったのか?
何故自分は……何故、何故、何故。五十六の頭の中が後悔の念で押し潰される。

「太郎…太郎…わた、し、は…!」

自分が取り逃がしてしまった好機。
計り知れない後悔の中、五十六は涙ながら太郎の名を呼ぶことしか出来なかった。



「はぁ…やっぱ何もかも上手くいくわけねーか」

五十六が慟哭し、涙を流している頃、不審者はのんきに歩いていた。
不審者は約束の時間に遅れないように時間を気にしつつも、自分の目的が失敗してしまった事を悔いる。
一応ヒントを与えて来たが、それがちゃんと本人まで届いたかどうか―――もしミスったら太郎に謝らないといけないな、と 裕輔は思う。

裕輔の旅の目標の一つとは五十六へ【太郎の生存と所在】について知らせる、という物。
原作において五十六がどれほど弟である太郎を思っているかを知っている裕輔にとって、見知らぬフリをしてスルーは出来ない。
そして何より時折辛そうな顔をする太郎をなんとかしてやりたかったのだ。

今回目標を達成するために必要な絶対条件は【五十六と一対一での対話】。
こちらの話を信じてもらう根拠として、太郎が持っていた五十六特製のお守りを用意した。
人質として連れて行かれる時に渡された物らしく、服の裏側に縫い付けていたため無事だったようだ。

五十六との対話で間に人を仲介してしまったらとても危険だ。
何故なら裕輔に五十六の忠臣とそうでない者の区別がつかないため、間違って足利の部下に聞かれでもしたら一刻の終わり。
ましてや手紙なんて誰に渡るか分からない代物は危険すぎる。
足利に知られては戦争の引き金になるやも知れない程に重要な問題であるのだ。

(だけれど現時点で生存を匂わせておけば、村の惨状を見ても気付けるかもしれないし…)

だが今回は裕輔の思惑と反して対話は成功しなかった。
しかしなんとかしてヒントでも残せないかと裕輔は苦心し、お守りを手渡す事にした。
これならぱっと見何かわからないし、ちゃんと門番が五十六本人に渡したのなら気付いてもらえるだろう。

それはこの時期に太郎の使者と思しき人物がコンタクトを取ろうとした事実。
村の焼き討ちよりも後の接触時期に気付けたのなら、太郎が生きている事に辿り着けるはず。
裕輔はそれに賭けてみたのだ。

一種の賭けでもある行為をしてしまった自分に落胆する裕輔。
裕輔は賭け事が嫌いな人物で、負けるかもしれない闘いは基本的にしない主義である。
よく言えば堅実的、悪く言えば臆病。もっともこの時代それくらい慎重な方がいいのかもしれないが。

一郎との約束の時間に遅れないよう、少し早めに歩を進める裕輔。
最大限気を張っていたしても気付けないだろうが、落胆している彼は尚更気付けない。自分を追跡している黒い影がある事に。
それは奇しくも一郎の指示を受けて散開した黒の男達であった。



Interlude

「がはははは! ここがJAPANか!! カワイ子ちゃんの気配が沢山するわ!
そして是非ともJAPAN一の美女と名高い香姫と雪姫の二人とはヤリたい!!」

「ちょ、待ってくださいよ~…はぁ、はぁ、温泉に入りに来ただけじゃないんですか?」

「うるさ~い! 俺様がやると言ったらヤルのだ!!」

《ポカン》

「ひ~ん、痛いです…」

場所はモロッコにある【天満橋】という、大陸とJAPANを結ぶ橋のJAPAN側の陸地。
そこでは動きを阻害しない程度に甲冑を着込んだ戦士と、ピンク色の髪をまとめて上げた少女が口喧嘩をしていた。
喧嘩というのもおこがましい程に、ピンク色の少女が理不尽な扱いを受けているだけかもしれないが。

かくして幕は開かれる。
勇者たる資質を持ちし者とたった一つの取り得しかない愚者。
運命は二人を螺旋のように邂逅させ、物語を紡ぐであろう。

それが喜劇や悲劇、笑劇となるかはまだ誰も知らない。
台本(シナリオ)のない物語の一枚目が今、刻まれようとしていた。

11/4 21:30 会話文修正



[4285] 第七話
Name: さくら◆90c32c69 ID:0ee01bad
Date: 2008/11/17 17:09
旅は順調に進み、もう裕輔達は足利を出――というわけにはいかなかった。

途中までは順調に進んでいた裕輔達であったが、京という場所は魔物が出やすい場所。
道中で数鬼の鬼が現れたのである。
幸いにして一郎お付の護衛によって退治されたものの、休養と体力回復のため二日間の足止めをよぎなくされた。

裕輔はその間何をしていたか?
もちろん逃げ回っていた。全身全霊で野を駆け回り、撹乱という名の逃避行をしていたのである。
一郎と護衛の者達は微妙な表情で裕輔を眺めていたが、裕輔はどこふく風で涼しい顔。
『だってしょうがないじゃん?』とは裕輔の言葉である。



種子島家

現時点では目だった特徴はないが、遠くない未来で鉄砲を発明し一躍有名になる国。
厳密にいうなら既に鉄砲は運用段階に入っており、活躍の時を今か今かと待っていた。

この国は【種子島 重彦】という人物が国主を務めている。
彼は昔堅気の職人で、この国は産業によって発展をしようと目指している。
いわば国全体が鉄鋼業と商業の町と言っても過言ではないだろう。

さて、途中鬼による襲撃などトラブルがあったものの、無事に種子島家に辿りついた裕輔達。
このまま国主と謁見と行きたい所だが、途中のトラブルのためアポをとっていた日を過ぎてしまったのだ。
重彦は時間を作ってやると言ったものの、彼曰く【ある物】の生産が最終調整に入っているため忙しいらしい。
そのため謁見の日にちをずらして欲しいとの事だった。

「どうしますか、一郎様?」

「そうだねぇ…こっちが悪いのだから、当然待つよ。
その間は自由時間にしようか。この町は商業や産業が発展しているから、国づくりの参考にもなるだろうし」

一郎達はこうして出来た暇な一日という時間を適当に潰すようだ。
国主が職人という事もあってかこの国は活気づいており、そこかしこに露店が出ている。
きっと上からの弾圧が皆無に等しいのだろう。

「日が暮れる前には今日止まった宿に集合する事」

「遠足は終わるまでが遠足ですよね!! 先生、お小遣いは金200までですか?」

「遠足? 裕輔君、君はいったい何を…ああ、そういう事か。
はい金100。余ったらちゃんと返すんだよ?」

「イエス・ユアハイネス!! (小銭返せとかせけぇwww)」

解散と一郎が宣言した後、一郎にこそこそと歩み寄ってくる裕輔。
はじめ裕輔が何を言っているのか理解できなかった一郎だが、言いたい事を理解すると苦笑いしながら小銭を渡した。
ちなみに裕輔が内心どう思っているかは一郎には秘密である。



「う〜ん…小遣いが微妙だなぁ…」

裕輔は握り緊められた小銭を手に一人唸っていた。

一郎から貰った小遣いはお茶程度ならできるが、それで消えてしまう程度の物。
珍しい物は沢山あるのだが、使いどころを間違えると一瞬で消えてしまいそうである。
どうしたものか…と裕輔は使い道を考えているのだ。

やっぱ団子でも食うか、と裕輔が心を決めた時の事である。

「はうあっ!!?」

一体どうしたというのだろうか?
裕輔はいきなり奇声を上げ、前屈みになって内股になる。
男ならわかっていただけると思うが、説明すると外部刺激によって裕輔ジュニアが自己主張を始めたのである。

(ちょ、ビーチク、ビーチクが見えそうなんですけどww)

その外部刺激とはとても扇情的な格好をした一人の女を見た事による物。
その女は膝上のタイトな改造着物を着て、胸元もはだけさせてかなりエロイ。
雪姫と同じく空色の髪の毛は腰まで伸び、動物の耳のように特徴的な形を取っている。
一番印象的なのは首にぶら下げたチリンチリンと鳴る鈴だろう。

そう、裕輔の視線の先で鼻歌を歌いながら道を歩いているのは【鈴女】であった。
突然の不意打ちと視覚的インパクトの大きさに裕輔は思わず自己保身に入ったのである。
そういえば最近賢者になっていなかったなぁ、とちょっぴり遠い思考で考える。
自己処理する暇がなかった裕輔にとって鈴女の格好はあまりに目の毒だった。

「な、なんで鈴女がここに…?」ボソッ

「ん? 呼んだでござるか?」

思わず反射的に言葉を零してしまった裕輔。
だが鈴女はJAPAN1優秀な忍者なので(これ実話)雑踏の中でも自分の名前は聞き逃さなかった。
裕輔はしまったと体を硬直させる。

「Hey、そこの可愛いYou! ちょっと俺とお茶しないかYO?」

「むほほ、面白い奴でござるな…おごってくれるならいいYO!」

「ありがとYO!」

自分でもよくわからないテンションで誤魔化しに入る裕輔。
鈴女は流石というかなんというか、乙女にあるまじき笑い声を上げながら了承した。
こいつ原作でも頭がちょっと弱そうだったからな…なんとか誤魔化せた裕輔は神に感謝する。

(ははは、褒めたって何もでないよ?)

何か微妙に聞こえたような気がするが、裕輔は鈴女の気が変わらない内に茶屋へと押しやる。
鈴女におごったら完全にお小遣いはなくなるだろうが、それも仕方ない。
むほほほ、と笑いながら歩く鈴女を凝視しながら裕輔は小遣いを数え始めた。

…ええ、凝視です。穴が空かんばかりにみつめています。
大人には必要な行為なんです。主に夜のお供に。
この時代本や映像媒体がないから、裕輔も必死なんです。



街中にある普通の茶屋。
軒先に置かれてあるベンチに裕輔と鈴女の二人は腰掛けて座っていた。
鈴女ははぐはぐと美味しそうに団子を食べ、裕輔は菩薩の如き穏やかな顔をしている。

裕輔の視線は一点に集中。
瞬きすらしないので、そろそろ邪眼が発動するのではないかと思う程である。

「……どこを見ているでござるか?」

「胸ですね、はい」

「正直者でござるなぁ」

当然鈴女も裕輔の視線には気付いている。
鈴女のジト目の質問に対して裕輔は脊髄反射の速さで即答し、呆れさせた。
裕輔は鈴女がJAPAN1の忍者である事を知っているので、隠しても意味がないと悟っているのだ。

裕輔は出来る限り鈴女が何故ここにいるのかについて考えないようにしている。
薄々種子島家の鉄砲を視察に来ているんだろうなぁ、と想像がついているが、そこで思考はストップ。
心を読む術に長けているであろう鈴女の前で色々考えてしまうと、何処からボロが出るかわからない。

決して見事なオパーイに見とれているわけではないのだ…多分。おそらく。めいびー。

「うむ、団子ご馳走様でござるよ」

《ブルン》

「!? (縦揺れ…だ、と…?)」

どうやら鈴女は団子を食べ終えたようで、こくんと湯のみを傾けて食後のお茶を飲む。
その時に背筋を伸ばすようにしたので、形の整ったいいオパーイが擬音でも出しそうな感じで揺れる。
なんというオパーイ。ええい、戦国時代の忍者は化物か…!!

「どうして拝んでいるでござるか…?」

「…っは! 俺は何を!?」

思わず両手を合わせてパンパンと乳神様を拝む裕輔。
鈴女に変な奴を見るような目で見つめられ、裕輔は正気に戻った。
不躾な視線を向けて申し訳ないと謝るが、鈴女自身あまり気にしていないようである。

「お団子美味しかったでござる。
けどおごってもらって本当によかったでござったか?」

「むしろコッチがお金払わなくていいのかと問い返したいくらいだ。
幸せなひと時をありがとうございました!!」

「ふほほほほ、美人は得をするという奴でござるな」

鈴女はうぃと手を上げて茶屋を出ようとする。
裕輔は勘定が残っているため手を振って見送り、あれはいい乳だったと感慨に耽る。

ちなみにどうでもいい事だが、裕輔は【胸はなくてもいいけど、あるにこした事はないんじゃね?】派だ。
本当にどうでもいいが。

暫くは脳裏から離れそうにないやとホクホク顔で勘定を払いに行った。



Interlude

裕輔を物陰から隠れて追跡する男達が数人いた。
漆黒の衣服を身に纏う彼等は浅井朝倉の忍。
彼等は主である義景の命を受けて裕輔の追跡をしていた。

身元不明、本性不明の裕輔。
ひょっとして他国のスパイではないかという疑惑の視線が向けられるのは当然の話で、
彼等はこの旅で裕輔が不審な動きをしないか監視する役割を与えられている。

もっとも一郎は任務の表面上だけ汲み取って裕輔が裏切らないかと冷や冷やしていたが、
義景の思惑はその更に上をいくものだった。
義景はたとえ裕輔が他国のスパイだったとしても、逆にそれを利用するつもりだったのだ。

二重スパイというのは危険度が相当高くなるが、一度取り込んでしまったら敵の懐が筒抜けになる。
裕輔が他国のスパイであるのなら、裕輔を取り込んでしまおうと考えていたのである。

更に言うなら裕輔の算学能力は喉から手が出る程に欲しい。
スパイでないのなら何の問題もないが、スパイだったのならそこから一石二鳥の旨みを得られる。
老獪な思考の出来る義景はそこまで考えて裕輔の素性追跡を命じたのである。

だがそれも―――――――

「だ、誰なんだお前は…!」

脆くも崩れ去る事になってしまった。

黒ずくめの男は一人後ずさりしながら声にならない悲鳴をあげる。
そう――― 一人だ。男以外は全て昏倒して倒れており、地面に転がっている。
男にはいつ回りの忍者がやられたのかすら理解できなかった。

「おろ? 鈴女を狙ったんじゃないでござるか?
むむ、これは面倒な…犬飼様からは目立つ事は避けろと言われてるし、ここは忘れてもらうでござるよ」

その女は気付いたら背後に立っていた。
チャキリとクナイを頚動脈に這わせ、身動きをとれなくしてから男は初めて存在に気付いた。いや、気付かせてもらえた。
そこには圧倒的な実力差があり、格どころか次元が違う。

《トスン…》

「うっ…」

女―――――鈴女は男の首筋に手刀を放ち、意識を奪った。
そしてゴソゴソと懐から黒い玉を取り出して地面へと投げる。

玉からは甘い匂いが発せられ、倒れている男達を包む。
甘い匂いには伊賀忍特製の幻覚作用を含んでおり、一日の間幻覚を見続ける事になる。
そうすることによって現実と虚実の境界を曖昧にし、何が本当の事で何が嘘なのかが全くわからなくしてしまうのだ。

浅井朝倉の忍は皆ここ数日の記憶を確りと思い出せなくなるに違いない。
それは鈴女のことは勿論の事、裕輔と山本家の接触の事実さえも曖昧にしてしまう。
図らずして裕輔は自分の危機を脱出する事となった。

「さて…噂の【鉄砲】とはどんな物でござるかな?」

ちょっとドジをしてしまった鈴女だが、本来の任務を果たすためにふっと姿を消す。
本来彼女に与えられた任務とは種子島家の最新鋭武器である【鉄砲】を一丁奪取する事。
伊賀の国の当主である犬飼の種子島家の戦力を測ろうとの目的であった。

「おろ…けどあの御仁は鈴女の事を名前で呼んだような、呼ばなかったような…はて、どうだったでござるかな?」



尾張の国…

「信長様! 大変です!!」

織田家の本城の廊下を忙しなく走る一人の武将がいた。
彼の名前は 明智 光秀。数多くの武将が離れる中、織田家に忠誠を誓う忠臣である。
冷静沈着な普段からは想像できない程に顔が焦燥に歪み、ドタバタと廊下を駆け抜けた。

「信長様、失礼します!!」

《ピシャッ!》

「ん? どうしたんだい、光秀?」

無礼を承知で彼は織田家の当主の部屋の障子を引き抜く。
中で静かにお茶を飲んでいた男――織田 信長は目を丸くして、慌しく駆け込んだ光秀を迎えた。

「とりあえず落ち着くんだ。ほら、お茶」

「これは申し訳ない…ふぅ、これは美味しいですね」

「うん。香が淹れてくれたお茶だから絶品だよね」

「これを香様が? 腕をお上げになられたようで……って違います! のんきにお茶を飲んでいる場合ではありません!!」

あたふたと慌てる光秀にお茶を勧める信長。
差し出されたお茶を半ば反射的に飲んで信長と和みかけていた光秀だったが、火急の報を思い出す。

「久保田殿が挙兵!! 一族郎党全てを率いて武装させています!!」

「ああ、やっぱり……」

光秀の言葉に信長はやれやれと疲れの色を濃くする。
織田家当主である彼の命令なくして挙兵するなんて目的はただ一つ――謀反。
紛れもなく織田家に弓引く行為であった。

どうしたものかと信長は考える。
足利と久保田が裏で結びついているのを薄々感じ取っていたため驚きは少ないが、
自分が病で弱体化している時に内から沸いて出た内乱。
ここで鎮圧に時間をかけてしまえば、漁夫の利を狙う足利が攻め入るのに絶好の機会を与えてしまう。

説得するという行為も一つの手であるが、こういった時期に謀反を起こす者、また土壇場で裏切るに違いない。
溜まった膿は出さなければ―――現時点で信長は謀反を起こした久保田と戦うつもりでいた。

闘うにいたってしなければいけない事はニ点。
それはできる限り兵に犠牲を出させないで、できる限り早期に解決する事。
この二つを可能な限り遂行しなければ足利は間違いなく攻めてくる。

「光秀、彼を呼んでくれないかい?」

「彼…? 信長様、まさかとは思いますが…」

「うん、その彼で多分あってるよ」

現時点で織田軍にその二つをこなそうとすればかなり難しい。
そこで信長は織田軍以外のファクターで戦況を乗り越えようと考えたのだ。
自称だが、凄まじいまでの経歴をもつ男。大陸から渡ってきたしゃべる大剣を持つ戦士。

「――――――ランスを呼んでくれ」

光秀の頭の中で【ガハハ】と口を大きく開けて笑う異人の姿が思い浮かばれる。

(信長様は本気であの者を…?)

意図は汲み取れないが、自分が忠誠を誓う主の命。
光秀は頭を深く下げて礼をし、また慌しく部屋を出て行った。

戦は避けられない。
常備軍を集め、農民からも兵を集めて武装させなければ。
勝家や乱丸といった武将にも声をかけて――――いや、その前にランス呼びに行かなければ。

ざらりとした戦の前特有の空気を感じ取りながら、光秀は戦の準備のために奔走した。

11/17 15:20 内容を追加、修正



[4285] 第八話
Name: さくら◆11df612d ID:0ee01bad
Date: 2009/03/30 09:35

「ふんっ、他愛もない」

重厚な剣についた血脂をぴっと払い、ランスは腰に剣をすえる。
彼の背後には屍の山ができており、今さっき切り捨てた男は今回の内乱の張本人、久保田法眼。
織田軍の指揮を執るランスは自らが敵の本丸を落すという異常を成し遂げた。

「へぇ…流石だね。本当に収めちゃった」

既に久保田の兵は逃亡、もしくは織田軍に降伏している。
織田家当主 織田信長は一直線に出来た(一太刀で絶命した)死体に眼を細め、ランスの下まで訪れる。
恐ろしい程の剣の腕前。大陸から来た異人は凄腕の達人だった。

「こいつらお前の家来だったんだろ? ちゃんと躾とかんといかんぞ」

「ははは、手厳しいね。う~ん、本当は彼もこんな事する人じゃなかったんだけどねぇ」

「? どういう事だ?」

先代が亡くなり、病弱の信長を見捨てる者が多い中、久保田はよく仕えていてくれた。
そんな彼が織田家を裏切ったのは外的要因が大きい。

「足利家という人達がいるんだけどね。
久保田も足利 超神に唆されなかったら…と思うんだ」

長年領地を隣にする足利家は織田家を狙っていた。
今回の久保田の裏切りも足利家の影が裏でチラホラ見えている。
また今回一時的に足利の領地に侵入した事から賠償を求めてくるかもしれない。

「ふぅん…メンドクサイ。決めた、まずはソイツらに攻め込むぞ」

周りを飛び回るうざったい蝿を野放しにする理由はない。
ランスにとって足利家は自分の周りを飛び回る蝿となんら変わりはなかった。

――――――織田家が足利家に宣戦布告するのは、内戦を収めた数日後。



鈴女と思わぬ遭遇を果たした日から日にちが立ち、重彦との約束の時を迎える。
種子島家の城へと赴いた浅井朝倉の使節団は面会の時を待っていた。

「おう、待たしたな! こっちも中々忙しくて、時間が取れなかったんだ」

静かに通された部屋で待つ裕輔達ご一行。
これからの事に緊張していたのだが、そんな物は一瞬にして吹き飛ばされた。
首に手ぬぐいをかけて汗を拭いながら現れた男はとてもフレンドリーである。

「いえ、この度は時間を設けていただきありがとうございます」

「聞いた話だが、途中で魔物に襲われて大変だったらしいじゃねぇか。
俺も時間を作ってやりたかったんだが、俺がいないとどうにも立ち行かなくていけねぇ」

裕輔はその現れた男を見て、一瞬でその男が重彦だとわかった。
何故なら――――――

(ほ、本当に四角い…一体どんな頭蓋骨してるんだよ!?)

ゲーム内だけかと思っていたのだが、本当に重彦の頭はカウカクで四角い。
角刈りとかそういうレベルではない。ほぼ垂直で頭も平らなのである。
これには度肝を抜かれた裕輔であった。

「で、話ってのは不可侵条約だったか?」

「父の義景からの手紙通り、私達は戦による日本統一を望みません。ですから――」

「いいぜ、別に。俺たちから積極的にどっかに討って出る事はしねぇ」

「――――そう、ですか」

重彦のあまりにあっさりした言葉に茫然自失となりそうになるも、己を取り戻した一郎。
それもそうだろう。かつて何国か交渉に行った事がある彼だが、ここまでスムーズに交渉が進んだ事はない。
新鋭の国であるので野心が強く、一筋縄で行くとは思っていなかったのである。

「俺たちの国は商人の国だ。商人は物を売ってなんぼ、利益を挙げてなんぼ。
他国に攻め込むよりも戦争している国同士に商品を売って利益を挙げる事が基本方針。
もっとも攻め込まれちゃあ反撃もするがな」

そう言って重彦はにやりと笑った。

種子島家とは商人の国、と言っても過言ではない。
命を落としかねない戦よりも、戦をしている国同士に物資を売りつける。
単純な利益だけを追求するのなら、戦とは非常にナンセンスな方法なのである。

「それは何よりです。帰って父上にも報告をします」

「おう、よろしくな」

種子島家の方針を聞いて顔を顰めそうになる一郎だが、ぐっと飲み込んで笑顔を作る。
戦を望んでいない、という点はありがたい。
しかし根本的な部分では全く二つの国の主義思想は相容れない。

とは言っても今回はコレでよしとすべき。
不可侵条約を結べたし、攻め込まれない限りは他国を攻めないと確約も貰えた。
当初の目的は十分すぎるほどに達成されている。

「話はそれだけだったか?」

「はい。早速国に帰り、重彦様の返事を直接父上に報告をあげたいと思います」

重彦の問いに一郎は何もないと答える。
ちなみに裕輔はずっとだんまりだ。発言権がないので当然と言えば当然である。
裕輔の今の立場はただの一家来。国のトップ同士に近い対談に口を挟めるはずがない。

これで会談も終わりかと思えたが――――

「そうだ、時間があるなら見て欲しい物がある。
ついさっき量産型の雛形が完成してな。こいつはこの時代を動かすぜ?」

重彦が一郎達に提案をしたのである。
一郎からすれば思ってもみなかった好機。情報として出回っていた何かを見せてくれるというのだ。
是非にと一郎達は重彦の申し出を受け、一郎達は重彦に連れられて訓練場へと移動した。



《ズガーーーーン!!》

訓練場に脳に直接響くような破裂音が響き渡る。
黒光りする鉄の銃身から放たれた弾丸は火薬によって押し出され、鉛玉を遠く離れた的へと到達させる。
弓道用に設けられた的は中央から少し外れた位置に鉛玉が通った跡が出来ていた。

浅井朝倉の使者達は目の前で広げられた奇跡に目を剥いて驚いている。
ただ一人、裕輔は音に驚いたものの、浅井朝倉の使者で唯一冷静に呟いた。

「チューリップのJAPAN版、かな?」

「ほう。坊主、よく知ってるな」

大陸ではチューリップという兵器が知られているものの、ここJAPANでは一般的ではない。
更に知っていたとしてもチューリップという兵器は大変高価なのである。
一基、二基を購入する事は出来ても、戦で使うというレベルで揃えられる程流通はしていないのだ。

「まぁチューリップ程に完成度は高くねぇが、量産体制も整ってる。
しかも扱いを簡略化してあるから誰でも使えるだろうよ」

「命中率も悪くないみたいだけど、ちょっとアレだな…」

「ちょ、裕輔君!? すみません重彦様!」

「いいって、気にすんな」

ふんふんと目の前でぶっ放された銃を見て、思わず興奮気味に感想を口走る裕輔。
一郎は裕輔がいきなり口を出したため咎めたが、重彦は気にしていないという。

「それより何が気になった?」

目の前の光景に心奪われるだけでなく、むしろ残念だという表情をしている裕輔。
根っからの職人気質である重彦からすれば手放しで褒められるより、欠点を指摘される方がありがたいのだ。
何故ならそこからヒントを得て、より性能を改良できる可能性が出てくるから。

「こう、なんていうか、無駄が多いような…これでは装弾するまでに時間がかかりすぎて、しかも一度しか撃てないでしょう?」

重彦が大量生産型として披露した銃は所謂マッチロック式という着火方法。
発砲者は銃身と銃把を持ち、火皿を備えている。火皿は銃身の横に取り付けられており、小さなくぼみの底に穴があり、
それが方向を90度変えて銃身にあけられた穴とつながっている。
火皿に盛られている火薬に引き金を引いた縄が倒れこむ事により着火し、銃身から弾が発射されるのである。

「火打式、という方法を取ってみたらどうでしょう?
火打石が強力なばねの反発力で火蓋に取り付けられた鋼鉄製の火打ち金に倒れこんで火花を発生させるんです。
そして同時に火蓋が開いて火皿の火薬に着火する。かなりの手順が短縮されると思いますよ」

「――――! ちょっと待てよ…無理、いやいけるか…?
理論上…ゼンマイを上手く噛み合わせりゃ… 出来るかもしれねぇ」

裕輔は提案した方法というのはフリントロック式という方法。
火打石が強力なばねの反発力で火蓋に取り付けられた鋼鉄製の火打ち金に倒れこみ、
火花を発生すると同時に火蓋が開いて火皿の火薬に着火する

しかしこの方法は技術的にかなり難しい。
この方法は日本ではあまり普及しなかったが、銃が軍に普及したのはこの方法の銃である。
それが何故日本で普及しなかったかというと、それには理由があった。

理由は日本には良質な燧石が入手できなかった事。
しかしここはJAPAN。重彦が可能性を考えている事から、必ずしも同じとは限らないだろう。
更にいえばこの世界では燧石よりも適した物質がある可能性すらある。

「おう、坊主! てめぇは凄いぞ!
なんでぇ、お前さんは大陸にでもいたのか?」

「いえ、そういうわけではないんですが…」

重彦は具体的な案に裕輔を諸手を挙げて褒めるが、裕輔は微妙な顔で賞賛を受ける。
確かに知識として知ってはいたが、さも自分が思いついたかのように言われるのは正直微妙。
銃といえば男の子なら誰でも一度は憧れる物で、知識は興味を持って調べただけの全て借り物だから。

「坊主、お前さんの名前は?」

「裕輔。森本裕輔です」

二人だけの空気を作っているので迂闊に口を出せない一郎を他所に、裕輔と重彦のテンションはどんどん上がっていく。
重彦は自分の頭の中で描いたイメージが通用するかもしれないと。裕輔は間近で銃の発砲を見たため。
内心の思いは違うものの、そこには馬鹿な二人の男しかいなかった。

「えーっと、一郎だったか? こいつ、暫く借りてもいいか?」

「…っは!? それは、一体どういう」

「俺の中にあるイメージとコイツの中にあるイメージが違ってたら困るしな。
もう使節団としては浅井朝倉に帰るんだろう? そうなると、森本も国に帰っちまう。
そうしたら中々意見や参考を聞けないからな」

「いえ、流石にそれは承服しかねます」

条約が結ばれた以上一郎達使節は今日、もしくは翌日に浅井朝倉へと出立する。
そうなれば裕輔も浅井朝倉に帰るのも当然で、重彦はアドバイスなどを貰えなくて困ると言うのだ。
しかし浅井朝倉としてもきわめて優秀な算学者である裕輔を置いて帰国など出来るはずがない。

「あの、重彦様…? 俺は概念としか知らないので、内部の詳しい構造とかのアドバイスは出来ませんよ?」

それを聞いて焦ったのは裕輔も同じである。
裕輔の知識なんてインターネットを介して手に入れた薄っぺらい物。
専門職である重彦に細部に関して質問をされて答えられる自信は微塵もなかった。

「それでもいい。森本は自分の中にあるイメージと俺が作るイメージに違いがあれば、そこを指摘するだけでいい」

今になって雲行きが怪しくなったと察した裕輔は自粛しようとするが、重彦は一歩もひかない。
それどころか丁度良い言い分を思いついたようで――――――

「浅井朝倉と不可侵条約を結んだんだ。
なんなら浅井朝倉にコレの完成品を優先的に流してやってもいいぜ?
ただし、コイツを暫くこっちで預からせて欲しい」

「そんな、後付で――――」

「いーのかね? なんなら完成品を織田や足利に回してもいいんだぜ?
何も取って食うって言ってるわけじゃねぇんだ。少しの間貸してくれるだけでいい。
こいつを貸してくれる期間もちゃんと事前に決めておく」

重彦はここで条約についての話を持ってきたのである。
そして最近動きのある織田や足利に銃を売る―――野心に溢れる足利が強力な武器を手に入れたらどう動くかなど、火を見るより明らか。
領地を隣にする浅井朝倉からすれば一大事だ。

「ぐ…わかり、ました」

そんなカードをチラつかされたら一郎も認めるしかない。
裕輔は確かに重要ではあるが直接浅井朝倉が危険に晒される事と天秤にかければ、浅井朝倉に重きが傾く。
使節の最高責任者である一郎は重彦の申し出を受ける他なかった。

「あの、一郎様? 重彦様? 俺の意思は…?」

「裕輔君、自業自得という言葉を知っているかい?」

裕輔はぼつりと思いのまま呟いた言葉が大変なことになったと顔を青ざめるが遅い。

「そういうわけだ森本! お前の身柄は少しの間責任を持って種子島家が預かる!」

がっはっはと豪快に笑いながら裕輔の背をバシンバシンと叩く重彦。
裕輔の明日は誰にもわからない程に混沌としてきたようだ。













あとがき

えーと、皆様お久しぶりです。さくらです。
仮死判定からのまさかの復活をかまし、皆様からの記憶から消えたと思われているさくらです。
投稿どころか顔すら出せずに申し訳ありませんでした。

リアルでの切迫した状況にようやく見切りがつき、今回の投稿となりました。
牛歩の如く遅い投稿ペースとなると思いますが、どうかよろしくお願いします。
とりあえず留年は回避だぜ…

それと今回は銃の改良案を出してみました。
といってもこれ以上の武器の向上、躍進の予定はありません。
理由は作中でおいおい語りたいと思います。



[4285] 番外編
Name: さくら◆d2008020 ID:89860d80
Date: 2009/04/06 09:11
―――――JAPAN

大陸から来た人々を異人と呼ぶように、この国は基本的に閉鎖的な所がある。
そもそも島国であるために人の行き来が限定的であり、大陸に渡る道は天満橋しかない。
それが悪いというわけではないが、国としての成長を妨げているのは残念と言える。

だが一方で独自の文化が育まれている、という点もある。
ちょんまげなどがいい例であり、刀という独自の優れた武器も発明されている。
今回はそんなJAPANでのお話。



JAPAN食、とでも言うのだろうか。
JAPANでは肉よりも魚を好んで食べられる傾向が多く、野菜も多種多様に使われている。
JAPANの人々が長寿であるといわれる所以はこういう所に出ているのかもしれない。

それはここ浅井朝倉でも変わりはない。
朝食には味噌汁に白米、そして副菜がつく。晩飯にはそれに魚が一尾つく、と言った所か。
城に住んでいる分裕輔達は農民よりいい物を食べているようだ。

しかし、裕輔には悩みがあった―――――

「ハンバーグ食べたいなぁ…」

そうなのである。
飽食の時代と国である日本人の彼は毎日毎日和食だと飽きてしまっていた。
中華食べたい、洋食食べたい。天麩羅や魚は食べ飽きていたのである。

「はんぶぁーぐー、ですか? 聞いた事がないですね。大陸の食べ物でしょうか?」

朝食の場。
裕輔がもそもそと白米を口に運びながら呟いた言葉に太郎が反応する。
最近では使用人達が一緒になって食べる部屋で二人の食べるようになっていたため、他の使用人達も周囲にいた。

「(げ、JAPANにはないのか?)あはは、俺記憶喪失だからわからないよ。
けどもの凄く美味しい食べ物だったって事は知識としてあるからわかるんだ」

失言をしてしまいギクリと動揺しそうになるが、不自然ながらも流れるように誤魔化す裕輔。
太郎は裕輔のギクシャクした行動を疑問に思うよりもハンバーグに興味を持ったようだ。

「具体的に思い浮かんでいるなら、どんな食べ物か教えて貰ってもいいですか?」

「いいよ。まずは牛と豚の挽肉を用意してね――――」

牛と豚がいない、という事はないだろう。
原作のゲーム中にも間抜け面をした牛とピンク色の毛むくじゃらの豚が現れたし。
裕輔がハンバーグの説明を続ける内に周囲の使用人達も興味を惹かれたのか、裕輔の話に耳を傾ける。

「それで最後にソースと絡める。あー、思い出したら食べたくなってきたな…」

「それは…確かに、凄く美味しそうですね」

「だろ? 箸で二つに割ると、中から肉汁が溢れてくるんだ。半熟タマゴがあるとなおよし」

朝食の途中だというのにお腹が空いてくる。
裕輔はハンバーグの匂いと味を思い出しながら味噌汁を啜った。
ああ、また食べたいなぁ。けど無理だろうなぁ。JAPANにはないらしいし。

しかし――――――――

「はんばーぐぅ…俺も食いたいぜ。聞くからに美味そうじゃないか」
「私も食べたいわ。大陸の食べ物ってあんまり食べた事ないのよね」
「なんとかならないか?」

ごそごそとハンバーグの話題は使用人達の間を駆け巡り、ざわめきとなる。
裕輔自身その事には気付いていたが、だからといって裕輔がする事はない。
その日は話の種とくらいにしか思っていなかったのだが―――――

「え”!? 俺が城の台所に入っていいんですか?」

「何度言ったらわかる? 一郎様よりの命令だ」

ハンバーグが使用人達の間に噂として広がった翌朝、いきなり裕輔は使用人長にこんな事を言われたのである。
それはそうだ。最近転がり込んだばかりの裕輔が城の中枢といってもいい台所に入れるはずがない。
あそこには雪姫や義景に料理を出すために国から集められた料理人が陣取っていて、一使用人に許可が下りるはずがないのである。

「そんなアホな…聞いてませんよ!?」

「ならば伝えよう。【今日の昼ごはんは裕輔君の作ったはんばーぐぅだからね? 期待しているよ】だそうだ」

「馬鹿だ…あの上司、時々思ってたけどアホだ…」

「私だって信じられないが、実際に許可が出てる。必要な物を言えば、10時までには食材を揃えられるだろう。
諦めて如何に美味い物を作るか考えるんだな」

「なんてこった」

がっくりと力なく項垂れる裕輔。
まさかこんな事になろうとは昨日の時点では思いにもよらなかったのである。
しかし事態は変わった。落ち込んでいる暇は無く、今はなんとかして一郎の口に合う物を作る努力をしなければ。

「必要な食材は牛肉と豚に…いえ、ぼたん肉でもいいです。
あとは卵と玉ねぎ、塩コショウ、出来ればパンも手に入ればいいんですが…」

「うーむ…パンは手に入らないかもしれないな。他の食材は準備できるだろうが。パンは必ず必要なのか?」

「出来ない事はないですが、味は多少落ちてしまいますね」

JAPANでは米が主食であり、大陸から入ってくるパンはあまり好まれない。
売れない物を商人が仕入れるはずがなく、必然的に絶対量が少なくなっているのだ。
人気のない輸入物であるために使用人長は手に入らないかもしれないと顔を曇らせる。

「とりあえず出来る限りでいいですから、パンをよろしくお願いします」

「期待はしないでくれ。その他の具材は仕入れるまでもなく城の台所にあるだろう。
今日は使用人の仕事を休んでもいいから、必ず一郎様の口に合う物を作れ。いいな。
ひょっとしたら義景様も食べるかもしれんからな」

なんという事だ、益々責任が重大になったではないか。
念を押す仕様人長に裕輔は顔を青くして台所へ走って行く。一刻も早くハンバーグを作って試行錯誤しなければならない。
ないとは思うが、口に合わない物を出した場合、最悪城から解雇される可能性すらあるのだ。

(口に出したのがハンバーグだったのが幸いかっ! まだアレなら俺でも作れる!!)

ビーフストロガノフとかのたまっていた場合、裕輔の人生はここまでである。
まだ自分でも実現可能な料理にしておいて良かった、と裕輔はポジティブに考える事にした。



最初はタマネギをみじん切りにして刻む。
慣れないと時間がかかるし、眼から涙も溢れてくる。
裕輔は女の子ではないために【涙が出ちゃう】ネタができないため、ぽろぽろと涙を流しながら作業をする。

みじん切りにしタマネギを黄金色になるまで炒め、余熱をとるために鍋から取り出した。
ハンバーグといえば調理実習でも作るような簡単な物のため、裕輔も慣れないもののなんとか作業を続けている。
しかしその作業は洗練されたものではなく、素人臭さ抜群であった。

(うう…視線がキツイぜ)

そんな素人臭さのする裕輔を刺すような視線で射抜く料理人達。
一日とはいえ、いきなり自分たちの仕事を奪われた彼等からすれば全くもって面白くない。
肩身の狭い思いをしながら裕輔はひたすらハンバーグ用の挽肉を手で捏ねる。

挽肉は牛と豚肉をコマ切れにして包丁の腹で潰し、併せている。
挽肉として売られていない以上、自分でなるべく同じ形に合わさなければならない。

少しだけ塩を入れて素早く捏ねる。
肉は人肌でも劣化するので、手早く捏ねないと味が落ちてしまうのだ。
そんなピンポイントアドバイス的な物を憶えていた裕輔はせっせと肉をこねくり回す。

「なにか手伝いましょうか?」

「え、本当ですか? ではパンを金下ろしで細かくしてくれますか?」

「わかりました。えっと…こんな感じでよろしいでしょうか?」<ザリザリ>

「…はい、大丈夫です。そんな感じで」

「ふふ、わかりました」

一人挽肉をこねていると、誰か親切な人が手伝いを申し出る。
裕輔は有難いとパン粉を作る作業を任したのだが、不意に気付いたのである。
手伝いを申し出た人の手は台所で働いているとは思えない程に白く、美しかったのだ。

「おや?」

そういえば城の台所には使用人以外にも出入りしている人物が一人いる。
その人物は自らおむすびを作り城下町の者に振る舞い、誰にも分け隔てなく笑顔を与えて下さる素晴らしい人間。
裕輔はここまで考えて、非常に聞き覚えのある声にギギギとぎこちなく後へと振り返った。

「…雪姫様? ナンデココニイルノデセウカ?」

その人物の名は雪姫。
ゴシゴシとパンを細かくする作業をしながら、雪姫は裕輔へにこやかに笑いかけた。

「一郎お兄様から裕輔様が大陸の珍しい料理を作っていると聞きまして。
よければお手伝いをしようと思ってきました」(ニコッ)

普通では考えられないが、浅井朝倉の心優しき姫は天から二物を与えられたとしか思えない。
性格も非常によく、容姿端麗。まさしく非の打ち所がないと言ってもいいだろう。
パン粉を作る作業ですら後光が差しているようだ、と裕輔は思った。

やヴぁい。笑顔がやヴぁい。
流石香姫と並んでJAPANで一番美しいと言われるだけはある。
北条家にアイドルなんて言われている奴がいるが、雪姫が本気を出せば一瞬で駆逐されるに違いない。
輝かんばかりの笑顔は神がもたらした最上の賜り物と言っていいだろう。

しかし一郎は何てことをしてくれたのだろうか。
雪姫を手伝いによこすなんて―――――――

(ぐっじょぶ! 激しくグッジョブ!! 今度から所詮モブとか思わないよ!)

最高じゃないか。
裕輔は一郎の思わぬファインプレーに喝采をあげていた。
ちなみに原作では顔が同じのモブだったが、現実ではみわけがつくくらいに差異はあるので大丈夫なのである。

「それでこれはどうしたら良いのでしょうか?」

「あ、水でふやかして下さい。ふやけたら水を絞って肉に混ぜるんです」

「生のお肉に、ですか? 本当に変わった造り方なのですね」

雪姫が作ったパン粉に水を投入しふやかした後、よく絞って水気を取る。
パン粉が肉のつなぎとしてよく機能し、味が格段に増すのだ。

全ての下準備が終わったので、全ての材料を混ぜ合わせる。
炒めたタマネギ、挽肉、卵、パン粉、これも時間との勝負。
一心不乱に材料を混ぜる裕輔の姿を楽しそうに雪姫は眺めていた。

裕輔の噂は城の中で本人は知らないが、結構流れている。
曰く天才的な頭脳を持ち、非常に優秀な算学者である。
曰く子供好きで仕事が終わると同時に童話を聞かせている気のいい人間。

事実として一郎の副官として取り上げられている以上、その噂は真実味を増していた。
義景や一郎達から箱入り娘として大事に育てられた雪姫からすれば、初めて目立つ歳の近い身近な異性。
単純な好奇心からも裕輔の事は気になっていた。

「よし。後は真ん中を凹ませて焼けば完成だな」

肉を捏ね終わり、ハンバーグの種が完成したようだ。
雪姫は楽しみにしていますね、と裕輔に言い残して台所から立ち去る。
裕輔は何処か夢心地でその姿を見送った。



裕輔が作ったハンバーグは浅井朝倉の食卓にあがり、一郎や義景の口に運ばれる。
今回裕輔はハンバーグのソースをあっさり和風ポン酢でまとめ、日本人に好まれる味付けにした。
この配慮が効果を発揮したのか、雪姫含む城主達に見事に受けたのである。

また安価な肉でも美味い物を作れるとあり、使用人達の食事でもハンバーグが広がった。
裕輔の「これは、いい物だ…」の言葉をキャッチフレーズに浅井朝倉の間にハンバーグが広がる。
農民達にとって安い肉でここまで美味な物を作れるというのは大変魅力的な物であった。

そして一ヵ月後………

「浅井朝倉名物のはんぶぁーぐだよ! ナマモノだから早く食べないといけないが、味は抜群だ!」

ハンバーグが浅井朝倉の特産品として普及し、売られるようになったのである。

ハンバーグの種を販売し、購入した後に家で焼く。
この方法は一般市民でも焼きたてのハンバーグが食べられるという仕組み。
これは画期的な特産品として売り出された。

他国も自分の国でも作ろうと試行錯誤したが、悉く失敗。
味のつなぎにパン粉を使うという発想自体がなかったのである。

「これは、いい物だ…!」

「はぁ…。なんで私がわざわざ浅井朝倉まで…」

「愛、もう一個頼む」<モグモグ>

「あんたそれもう8個目…」

「愛…」<ジー…>

「はいはい、わかったわよ。焼けばいいんでしょ、焼けば」

これはあくまで噂だが、このハンバーグの種を買いに来た とある国のおでこの広い仕官が愚痴を言ったとか。
そしてまた ある国の城主がハンバーグの美味しさに舌鼓を打って感動し、一気に10個をたいらげたとか。
そんな噂を聞いて裕輔は多分真実なんだろうなぁ、と冷や汗を流した。













あとがき

完全に捏造ですが何か?
JAPANに洋食はあまり浸透していないというのは完全に想像です。
JAPANは鎖国とまではいかないが、閉鎖的であるという設定から考察してみた。
ちょんまげがあるから特徴的な文化はあると見た。

記憶の限りJAPANにハンバーグはなかったはず…
あった場合もなかった物として見逃してくれると嬉しい。

時期的には種子島家に来る前の話



[4285] 第九話
Name: さくら◆206c40be ID:0246ef06
Date: 2009/09/23 18:11
太郎にとって日々とは精進の毎日だ。
山本家の跡継ぎであり、足利によって今は滅ぼされた山本家復興のため。
彼は毎日自分に課題を設定し、それを達成すべく努力している。

武士はなんといっても個人の武力。
勇将や猛将と呼ばれるためには頭一つ飛びぬけた何かがないといけない。
そのため太郎の朝は弓の鍛錬から始まり、剣の素振りに終わる。

全身に汗を滴らせて集中し、的を射る。
黒と白。陰と陽。無と有。精神を集中させ、的と自分だけの世界を作り上げる。
更に一つ上の段階になると周囲も見渡せるようになるのだが、太郎は未だその高みに上っていない。

何度も何度も何度も。
的の中心の赤い点付近は幾多の矢が刺さり、ハリネズミのようになっている。
己を鍛えるという一心で太郎が鍛錬に打ち込んだ結果だ。

裕輔がいなく、これと言った知り合いがいない浅井朝倉。
雑巾がけなどの雑務以外の時間は全て鍛錬の時間に当てている。
鍛錬場にいる他の兵士は太郎の鬼気迫る様子を微妙な顔つきで眺めていた。

太郎の中に一族復興の念は確かにある。無論それが殆どだ。
しかし、太郎の胸の中には―――――自分が捕らえられていた村の惨劇があった。
それが必要なまでに彼が訓練に駆り立てられている一因であるのは間違いない。

あの日、彼は何もできなかった。
自分の世話焼きであったじぃを殺され、人質となっていた山本家縁のある人間も皆殺しにされた。
あの時もっと自分に力があれば、と幼心に思ってしまうのは仕方のない事。

(もっと力を…そして山本家の復興を―――)

あの日殺された数多の命に報いるため。

(――――――足利超神を打ち滅ぼす!)

仇討ちは必ず。
支援してくれる家もなく、現時点で味方は裕輔しかいない。
それでも太郎はそう固く心に誓った。

しかし運命は彼の誓いを聞き入れない。
今、太郎の耳に入ってこないだけで世界の情勢は大きく変わろうとしていた。
戦国乱世の幕開け。JAPAN全土を巻き込む炎は唸りを上げて燃え始めた。



「ガッハッハッハ!! 手応えがないなぁ!!」

炎の火種となった織田の異人、ランスはまむし油田で勝ち鬨の声を挙げていた。

織田の内乱のおりに足利の領地を侵犯したとして、足利が賠償を請求。
その賠償の使者をなんかむかつくと、以前からのイラつきからランスが切り伏せて始まった織田と足利の戦。
激戦を予想されたと当初とは大きく違う展開で戦況は移り変わっていた。

保守的であると自他共に認識されていた織田からの大規模な遠征軍。
ランスを筆頭に織田の筆頭武将・柴田勝家や乱丸からなる足利討伐軍は破竹の勢いで進軍を進め。
あっという間に足利を蹴散らし、まむし油田を占拠したのである。

この事は近隣諸国を震撼させ、織田の異人の名前を広げる結果になった。
影役とは名ばかりの活躍と自ら部隊を指揮するなど、ただものではない。
特に織田と隣接する原家などは警戒心を露わにし、国内の戦力を俄かに集め始めていた。

とにもかくにも織田と足利の戦端の行方。
楽勝モードに入り、まむし油田の姫の下へランスが飛んでいけるほどには織田が有利。
兵士を休める期間であるとはいえ、ランスの趣味と実益を兼ねたニャンニャンは一週間かかるだろう。



一方足利では日々舞い込む形成不利の情報に、超神は苛立ちを隠そうともしない。

「ぷぴーーー!! たかが織田になんたる無様!!」

貴重な収入源であるまむし油田をあっさりと織田に取られ、足利の不利はますます強まった。
このままでは超神が忌み嫌う金で雇う浪人すら自分から離れていくだろう。

更に足利の危機に馳せ参じる国も勢力もいない。
この圧倒的不利な状況を打開できる札は足利に存在しないのだ。
これは普段からの超神の選民思考からくる傲慢の結果に他ならない。

ここで普通ならば傷口が広がらない内に降伏、という手もあるだろう。
織田の属国となるとはいえ、まだ丸々領地が一つ残っている現状。
だが超神の頭の中には降伏という二文字は最初から存在していなかった。

「奴を呼べ!! さっさと連れてくるのじゃ!!」

万が一のために京周辺に住まわせていた者達も動員する。
文字通りの足利家全勢力をもっての織田への反抗作戦。
初めから足利の力全てを使っていればここまであっさり侵攻はされなかっただろうが、それには理由がある。

戦に出すという事は各地に散らばった者達を呼び戻す必要がある。無論部隊を作るため。
そして力を持たせるのは過去に足利が滅ぼした武将であり、超神は反乱を恐れたのだ。
しかしそうも言っていられない。超神は呼び出され、恭しく礼をする女を理不尽に怒鳴りつけた。

「五十六(イソロク)! そちが行って織田を蹴散らして参れ!!」

「はっ…では、各地から山本の者を呼び戻しても?」

「構わぬ! しかし、織田を滅ぼすまで帰ってくるでないぞ!!」

戦装束に身を包む女は一言で美しかった。
凛とした雰囲気としっかり伸ばした背筋。鎧などを身に着けずに軽装の佇まい。
腰まで届く黒く艶やかな長い髪を一房に結わえ、整った顔立ちの妙齢の女性。

可愛いというよりも美人という印象が強い。
触れたら切れるかのような鋭利ささえ持っている。
五十六と呼ばれた女性は確認を取るかのように超神に訊ねた。

その返答は言うまでもなく是。
五十六は容易な事ではないと十分に理解できているが、それは口に出す事はない。
その代わりと五十六は続けざまに口を開いて嘆願した。

「織田討伐の暁には…太郎と、会わせて頂けますか?」

先日のお守りの一件以降、裕輔が生きていると確信した五十六。
日に日に太郎と会いたいという気持ちは膨らむばかりであり、その願いは至極当然。
褒章としてもそれぐらいは望めると五十六は超神に頭を再び下げた。

超神の顔を五十六は頭を下げていたため見えなかったのは幸いだったのかもしれない。
五十六の願いを聞いた超神の顔は厭らしく歪み、にたりと醜悪な笑顔を形どる。
久々に腹の透くような事を聞いたと超神は痰韻を下げ、もっともらしく返事を返した。

「それも考えてやってもいいがの。
ほれ、さっさと行くのじゃ!! そんな話も織田を滅ぼしてからじゃ!!」

言質を取った五十六は太郎に会えるかもしれない希望から顔を綻ばせる。
しかしそれも一瞬、御意という言葉と共に戦の準備のため、超神の前を後にした。

「……して、一休よ。
山本の家が長男、太郎はどこに幽閉しておったかのぅ?」

「いやですよ、超神様。
ついこの間さくっと村ごと焼き討ちにしたじゃないですか」

「ぷぴぴぴぴぴぴ! そうであった、そうであった!!」

五十六が見えなくなった後、残された超神と傍らに控えていた一休は堪え切れないとばかりに大声で笑った。
人間としての価値観がズレているというか、腐っている。
足利が衰退したのは間違いなく超神の責任であると、二人して笑う姿を見ると納得できた。

浅井朝倉で刃を磨き続ける弟と会いたい一心で戦に身を投じる姉。
互いが互いを求め合う二人の姉弟が再び会うときは来るのだろうか?
そしてそれは何時? 何処で? どんな状況で?

……それを知るは運命のみ。
仲のいい姉弟を嘲笑うかのように戦火の火は広がっていく。
勇者の資質を持つ男は織田にて猛威を振るい、全国統一を目指す。

たった一つの技能を持つ男は今、何をして何を思うか。
脚本家(神)によって書き加えられたトリックスターも動き出す。

















あとがき。

何事もなく連載再開してみる
ご、ごめんなさい! 石を投げないでッ。
フォルダ整理で文章とプロット入ったファイルを消してしまい、書く気が起こらなかったんです。
チラシの裏でランス作品を書かれている方の作品を読み熱意が蘇り、また書きはじめた次第です。
とりあえず、明日も更新します。



[4285] 第十話
Name: さくら◆206c40be ID:0246ef06
Date: 2009/09/26 17:07
自業自得とも言える浅はかさで種子島家に思わぬ逗留を強いられた裕輔。
端的に言えばアホである。この戦が何時始まってもおかしくない時代に同盟国とは言え、暫く逗留するのは危険だ。
条約の条件として盛り込まれてしまった裕輔の生活はというと……実はあんまり変わっていなかったりする。



カンカンカンという鉄を鍛える音で裕輔は目を覚ました。

ここ種子島家では銃の改良のため朝早くから仕事が始まり、日々性能を向上させている。
裕輔が助言を出すようになってからは概要とも言えるイメージが固まったため、一日でも早い完成を目指しているようだ。
彼等は日が白み始める頃には鍛冶場に姿を現し、一汗掻いてから朝食をとるという生活順序が出来上がっている。

そんな中裕輔は何をしているかというと、特に何もせずに寛いでいる。
元来朝にあまり強くない裕輔にとってこれは有難く、遠慮せずにゆっくりと朝のまどろみを満喫していた。

裕輔の今の立場はというと、条約国の客将扱い。
アドバイザーとも言えるポジションなので、雑用に駆り出される事はないのだ。
そのため浅井朝倉での掃除といった仕事はない。こういった所では優遇されているとも言えるだろう。

「…朝、か。今日もまた一日が始まる」

ふっとニヒルに笑い裕輔はたそがれているが、別に昨晩何か特別な事があったわけではない。
せいぜいが重彦に意見を聞かれた後に飲み会に誘われ、悪酔いしたくらいだ。
重彦や職人達にとって酔った裕輔というのは見ていて面白いらしく、結構な頻度で誘われる。

客将という立場は戦が起こらなければ、ニートのようなもの。
そのため裕輔は自分から積極的に動かなければする事がない。
だから裕輔は起きてから早速重彦の所に向かう事にした。いつも通り鉄砲に関してアドバイスをしようと考えて行動する。

そう、これは普段通りの行動。
裕輔のアドバイスもあってか銃の改良は日に日に進んでいるし、裕輔の拘束期間もあと少しで切れる。
そのため彼も今日も同じ日が続くと思っていた。

――――――――重彦の言葉を聞くまでは。



「織田家が、足利を滅ぼしそうですって!?」

「おう。俺も驚いてるがな。
なんでも織田に異人が来て、怒涛の勢いで足利を滅ぼしそうだという話らしいわ。
足利と織田の間で諍いがあったのは聞いていたが、こんなに早く勝負の結果がつくとは想定外だぜ」

信じられないと絶句する裕輔に重彦も同意する。
しかし、重彦には想像も出来ないほどに裕輔は動揺していた。
それもそうだろう。ついに――――ついに、彼が恐れていた事が始まったのだ。

「そんな、だって、今までそんな…」

「宣戦布告からあっという間だったからなぁ。
足利は馬鹿が国主やってていい商売相手だったから、それなりには気になっていたんだが。
織田の異人ってのは相当にやるらしい」

物語の始まり。劇の幕開け。
ここJAPANでの歴史を動かす最初の一ページが刻まれた。
それも裕輔にとって、かなり悪い方向に向かって。

「なんでも京の端っこまで追い詰められているらしいぜ」

ゲームの主人公、ランスによるJAPAN統一のための進撃。
今まで想像はしていたものの、ついに現実の物となって迫ってきたのである。
その予兆に最大限気遣っていた裕輔だが、他国にいるあまり情報が伝わってこなかったのだ。
客将という立場。それも自国が危ないわけでもないのに、裕輔にまで情報は伝わらないのが普通。

よく考えなくてもわかるのだが、ランスの目的はJAPANのかわい子ちゃんとニャンニャンする事である。
そして彼は物語の冒頭で明言していた。【香姫と雪姫とは是非ともヤリたい】と。
物語の初っ端であるため、裕輔はゲームの内容をよく覚えていた。

足利を滅ぼすという事は浅井朝倉と隣接するという事。
しかも真っ先に足利を滅ぼした事から考えて、ランスの目的が浅井朝倉の雪姫である可能性は高い。
その事に思い至って、裕輔は顔を青ざめ、全身から血の気が引いていく思いだった。

彼の脳裏に浮かぶのはすれ違いによって生まれた、悲惨なストーリー。
誰も得するものがいなく、悲しみしか生まれなかった闘い。
哀れな雪姫の末路にまで記憶の再生が及んだ時、裕輔は内容を掻き消すように強く頭を振るう。

「重彦様、お願いがあります」

「ん? なんでぇ。言ってみな」

現在浅井朝倉に織田勢に対抗するための戦力はない。
裕輔の原作知識の通りであるならば織田勢には勇猛な武将が揃い、足利も併合した。
単純な戦力差から考えても、浅井朝倉の勝ち目は極端に薄いのだ。

そして個人的に気になる事が裕輔には二つあった。
一つは雪姫の事。そしてもう一つは太郎の事である。

既に裕輔は発禁堕山と遭遇しており、雪姫の性格も知っている。
原作と双方の人格に変わりはないため、浅井朝倉が劣勢になったら雪姫はその身を投げ打ってでも救おうとするだろう。
裕輔にとってそれは認めがたい、絶対にさせたくない事なのだ。

そして城に置いてきた太郎の事も心配である。
もし太郎が戦の最中に山本家の跡継ぎだとバレた場合、義景の事。何かしらの方法で利用されかねない。
あのエロランスの事だ。十中八九足利の捕虜から五十六を見つけ出し、取り立てているに違いない。
敵方の武将の家の跡継ぎ。想像するまでもなく、悲惨な結末しかないだろう。

「まだ約定の期間中だという事は重々承知しております。
しかしどうか…どうか、道理を曲げて自分を浅井朝倉に戻して頂けないでしょうか!」

両手を畳に付き、ひたすらに頭を畳に擦りつけて重彦に懇願する裕輔。
裕輔は条約締結の条件としてここにいる。下手をすれば両者の間に不和が生じるかもしれない。
しかしそれらのリスクを考えても、裕輔は浅井朝倉に一刻も早く戻りたかった。

それは身勝手とも取れる行動。だが。
自分の弟分とも言える太郎、そして心優しい雪姫を守るため。
実際彼の力なんて微々たるどころかないも同然かもしれない。
武将としての力なんてからっきしで、優れた軍師としての能力があるわけでもない。

「とても嫌な予感がするのです…平にお願いします!」

それでも。それでも、居ても立ってもいられない。
自分に何かできる事があるなら、それを為したい。
その思い一心で裕輔は重彦を前にひたすら頭を下げた。

「おいおい、さっさと顔を上げろって。
何もお前にこんな事してもらいたくて呼んだんじゃないぜ?
それにさっさと頭を上げてくれないと、俺の頭が吹き飛びそうで怖い」

重彦の言葉に頭を上げると、そこには顔色を悪くした重彦。
そして重彦の頭に自分の獲物の照準を定めた柚美がいた。

「裕輔、いい奴。虐めたら駄目」

「わかった、わかってるってぇの!
裕輔も頭を下げる必要はねぇぜ! 今回呼び出したのも、お前にこれからどうするかを聞くためだったし」

どうやら裕輔は滞在期間中、柚美と仲良くなったようである。
剣呑な柚美の視線と照準に冷や汗を流しながらも、重原は続ける。

「織田は全国統一を明言してやがる。
そうなると浅井朝倉は隣接する事になるし、お前ぇも心配だろうと思ってな。
これからどうするか聞こうと思ったんだが…見る限り、腹は決まってるみてぇだ」

裕輔の先ほどの言葉を鑑みても一目瞭然。
ぶっちゃけ織田と浅井朝倉が戦になった場合、客観的に見て織田の優勢は間違いない。
今の織田に勢いがあるのに比べ、保守的な浅井朝倉には戦力が少ないのだ

「なら何もいう事はねぇ。明日にでも発ちな」

裕輔の助言は立派に役立っていたし、十二分に役割は果たしている。
本人が帰りたいというなら引き止めない。
しかし重彦本人からすれば、仮に裕輔が種子島家に残りたいと言うなら面倒を見てもいいとさえ思っている。

だからこそ――――――彼は裕輔の意思を尊重し、許した。
だがそれだけではない。重彦は裕輔の思考を停止させるような一言を言い放つ。

「景気付けに試作・量産型の鉄砲500丁持ってけ。
もう性能テストはすませてあるし、扱いになれた奴50人もつけてやるからよ」

「は…?」

ぽかーんと口を開けて唖然とする裕輔。
それもそうだ。何故なら、国の最先端技術の結晶をタダでやると言っているも同然の事。
動揺しない奴がいればそいつの感性がおかしいのだ。

「何もタダでやるってわけじゃねぇ。
こっちにもメリットがあるからやるって言ってんだ」

裕輔のアホみたいな顔を見て満足した重彦は商売人の顔になる。

「使った感想、問題点、利点などを纏めな。
そんでもってソレを種子島家にまで持って戻って来い。
まぁこれも万が一、戦が起こった場合だけどな…起きなかったら起きなかったで、同盟国からのプレゼントにしといてくれや」

武器とは何度も欠点を見つけ、改良してから完成品となる。
設計図上では問題ないが、実戦になると思わぬ点から使用不可能となるかもしれない。
そういった事を実際に使ってみて試せと重彦は暗に言っているのだ。

そして他国に鉄砲の利用価値をわからせるためである。
刀や弓といった個人技能が根本にあるJAPANにおいて、鉄砲の戦術的利用価値を最初からわかる人間は少ない。
そのため戦で使用し、鉄砲の脅威を知らしめてこいという事なのだ。

裕輔もそこまで言われてわからない程に馬鹿ではないので、もう一度恭しく頭を下げる。
感謝しても仕切れない思いと共に、浅井朝倉へと戻るため荷物を纏めた。



翌日、裕輔が数十人の技師と共に種子島家を出た頃。足利が栄誉を誇っていた自慢の町が燃えていた。
権力の象徴である城にも火が燃え移り、古くより続いた足利の滅亡を示している。

だが――――

「はぁっ、はぁっ! こんなところで麿が倒れるはずがない!」

過去に帝が都をおいてJAPANを統治していた町、京。
足利家の最後となる当主、足利超神は重い着物をひきずりながら逃走していた。
そこには過去のおごり昂ぶった姿はなく、哀れな敗北者としての姿のみ。
黄金の着衣は今や泥に塗れ、それがそのまま彼の運命を現していた。

「このままですむと思うなよ、織田め…」

彼を支援する国などなく、もう復興の手立ては存在しない。
それでも超神は根拠のない自信を持っていた。
選ばれし自分がこんな所で死ぬわけがない。当然のように奇跡が起こり自分は助かると。

「ひっ」

「うおっ!?」

しかし、その執念もここまで。
城から逃げ落ちる超神は彼にとって最悪の人間と鉢合わせてしまう。
緑色の甲冑に魔剣を携え、JAPAN人とは一風変わった顔立ちをしている青年。

「うわぁぁあ!? 魚類ばんざーいっ!?」

<ザクーーーー!!>

「ぎゃああああああああ!?」

―――ランスによって一太刀の下、斬って捨てられた。

今わの際に彼が何を思ったかは知る由もない。
だが彼の見開かれた目は純粋に驚きの表情を彩っていた。
それは自らの死に対しての驚きか、刀で斬りつけられた事に対しての驚きかは誰にもわからない。

「はぁはぁ、びっくりした…なんだこの金ぴか魚類」

「ランス殿―! 城内に超神がおりませぬ…っと、なんと! 足利超神!!」

「え? この魚類が?」

「もう、死んでおるか…仕方ないの」

「俺様をびっくりさせるから悪いんだ! 決して俺様は悪くないからな!!」

駆けつけてきた3Gによって、初めて斬り捨てた相手を知るランス。
ここに一つの時代の象徴が終わりを迎え、新たな時代の幕開けとなる。

「次は…いよいよ、JAPAN二大美人と噂の雪姫ちゃんがいる浅井朝倉だな」



浅井朝倉の当主、朝倉義景は自室で頭を抱えていた。
彼の頭痛の種は織田へ和親に行った使者が持ち帰った手紙の内容。

【雪姫をくれ、雪姫をくれ。
というかよこせ。やらせろ。さもなくばせめるぞ】

足利との戦が終結を迎え。
明らかに野心を剥き出しにしている織田を牽制する目的の今回の和親。
予想の斜め上どころか一回転して帰ってきたくらいの内容である。

「織田の異人は馬鹿、か…いかんとも度し難い。
足利との闘いが終わり、すぐさま矛先を此方に向けるとは」

足利との闘いにおいて、織田も無傷とは言えないはず。
それも見越しての話だったのだが、疲弊した状態でも浅井朝倉には勝てると思っているのか。
浅井朝倉は確かに平和主義ではあるが、無抵抗主義ではない。義景はもう一度書面に目を這わす。

「いいだろう、織田の異人。暗愚の暴君に雪を嫁がせるわけにはいかん」

義景にとって、雪姫は眼に入れても痛くないほどに可愛い。
雪姫だけは他の者と違い政略のためにではなく、北陸一の。いや、JAPAN一の花嫁にしてやりたい。
そう考えていただけに、今回の織田(ランス)の要求に膝を屈するわけにはいかないのだ。

そしてこの要求をのむことは浅井朝倉にとっても大きな意味を持つ。
もしこの要求を浅井朝倉がのめば、諸国の大名達はこう思うだろう。
【浅井朝倉は連戦した織田に戦うまでもなく要求をのんだ惰弱者】、と。

交渉とは嘗められたら終わり。
平和的にJAPANを統一しようとしている義景だからこそ、時に考えに反する戦を取らねばならない。
未だに全容がはっきりしていない織田の異人の事を考えながら、浅井朝倉は戦の準備に入るのであった。



[4285] 第十一話
Name: さくら◆206c40be ID:0246ef06
Date: 2009/09/26 17:09
種子島家を出てから数日、裕輔達はとある場所で足止めを喰らっていた。

「っち…まいったな」

関所というものは国と国の境には必ずある。
それは他国からの侵略をいち早く察知したり、他国の忍びを未然に防ぐためのもの。
その他にも渡航料という税金を徴収するためだったりもするが、主な仕事は防衛のためだ。

そして京にある種子島と浅井朝倉を結ぶ街道に位置する関所。
裕輔達の目の前にあるソレは織田軍の兵士によって管理され、関所の直ぐ傍にある小屋には数十人もの待機兵がいた。
すなわちソコから推測できる事は足利が既に織田に破れ、織田の勢力下に京があるという事。

しかも戦用の甲冑で武装している兵が殆どであるからして、またすぐに戦が始まるようだ。
嫌な予感しかしない中、裕輔率いる種子島からの技師達はこれからどうするかを話し合った。



結局のところいい案なんて出るはずもなく、裕輔達は物々しい雰囲気の関所へと赴く事になった。
裕輔達には圧倒的に情報が足りない。物事を判断するにも元となる情報が必要なのだ。
そのため会話の中から関所の兵士より情報を聞きだし、臨機応変に対応するという事に落ち着く。

人、それを行き当たりばったりとも言う。
しかし現状それが一番現実的であり、有効であった。

「む、止まれ」

関所の兵士達はすぐに近づいてくる裕輔達に気付き、数名が対応した。
もっとも他の兵士達も関所に結構な荷物(鉄砲を積んである荷馬車)を持ち込む裕輔達を怪訝な眼で見、それぞれの得物を手にする。
そんな俄かに色めきたつ兵士達の様子に裕輔は内心冷や汗を流しながら、柔らかく笑顔で話しかけた。

「はいはい、モチロン止まりますとも!
しかし見た所、お侍さんたちは織田の兵みたいですね?
ここはまだ京の足利だと思ったのですけど、これはどういう?」

「なんだ、知らないのか。
足利は我等織田が討伐し、京は織田の勢力化となった」

「へっ? そうなんですか。
すみません、何しろ流れの商売人でして…けれど足利を織田が潰すなんて驚いたなぁ。
それは何時の話なんですか?」

「ちょうど今日から四日前の事だ」

(俺達が種子島家を出る一日前か…丁度入れ違いになってしまったみたいだ。
にしてもこれは厄介だぞ。次の矛先が浅井朝倉じゃなければいいんだけど)

現代と違い、情報が伝わるのが非常に遅い。
そのため裕輔達は織田が足利を下したという予想は出来ても、事実としては知らなかったのである。
今回の事で一番重要なのは武力ではなく情報だと言うのは正しかったのだと裕輔は改めて思った。

だが、まだ情報が足りない。
裕輔は引き続き関所の人間と代表して交渉する。

「それでここを通って先に行きたいんですけど」

「手形は持っているな? ……よし、確かに種子島家の物だ
扱っている商品はなんだ? 見せてみろ」

「はい。ただの鉄細工です。
収集家(コレクター)くらいにしか、価値は見出せませんが」

兵士に手形を見せ、隠そうともせずに荷馬車に詰んである鉄砲を見せる裕輔。
ちなみに手形というものは現代でいう通行許可証のようなもので、これがないと関所は通れない。
兵士は荷馬車に積んである黒光りしている鉄砲を眺め、フンと鼻を鳴らした。

「あんな鉄屑本当に売れるのか?」

「はい。その道の方にはそれなりに」

「某には全く価値がわからんな。アレに金を払う奴の気が知れん」

兵士の吐き捨てるかのような言葉に裕輔は愛想笑いで返し、自分の考えがただしくてホッとした。

まだJAPANに鉄砲は普及しておらず、世の中に出回っていない。
そのため知らない者が鉄砲を見ても、ただの鉄細工にしか見えないのだ。
もっとも鉄砲が出回っていて兵士がその存在を知っていたら、大きく対応が違っただろう。

「して、お主は何処に向かうのだ?
まむし油田か? 尾張か? 尾張に行くのなら、茶店に立ち寄るがいい。
とても美味な団子を食わせて頂けるぞ」

「ははっ、美味な団子ですか。それはいいですね」

やっぱりこの世界でも団子屋をやっているのか、織田信長。
裕輔はゲーム通りであるという事に奇妙な感覚を憶えながらも、兵士にやんわりと断りを入れる。

「けれど、それはまたの機会にしますよ。
この商品は浅井朝倉に持っていこうと思っているんです」

穏やかな空気でここまで上手く兵士と交渉していた裕輔。
だが、しかし。裕輔のこの言葉に兵士の顔つきが固くなり、纏う空気も変わる。
険しい表情で兵士は裕輔の言葉に明確な否定をした。

「すまないが、それは出来ないのだ。
ここは大人しく尾張かまむし油田に行くしか、道はない」

「それはどうしてでしょうか?」

嫌な予感が現実に。
半ば予想していたとはいえ、最悪の予想だ。
顔を青くして兵士に訊ねた裕輔を他所に、兵士は実にあっさりと理由を語る。

「織田と浅井朝倉で戦が起きる。
鉄細工とはいえ、浅井朝倉に渡る物資を見逃すわけにはいかない」

浅井朝倉、織田間の開戦。
それに伴う物資の締め出し。また国と国の間を行きかう人間の規制。
ガツンと頭を殴られたかのような衝撃を受けながら、裕輔は平静を装う。

「それは、どちらからの宣戦布告だったんですか?」

「織田からだが、実質的には浅井朝倉がこちらの要求を拒否したからだ」

要求って…そうか、あれか。裕輔はゲームの内容を思い浮かべる。
とても真面目な顔ではいえないような要求だったが、戦に大義名分は必要なもの。
末端の兵士には厳密な内容は知れ渡っていないに違いないと裕輔は思った。
さもなければあの手紙の内容を知っているのに、こんなにも堂々と言えるはずがない。

「は、は、そそうなんですか」

「うむ。そしてどうする? 浅井朝倉への道は先ほど言った通り封鎖しているが」

「なら、天志教の方に行ってみます。ありがとうございました」

「そうか、気をつけてな」

ぺこりと頭を下げ、言葉少なく関所を退散しようとする裕輔。
もう情報は十分すぎるほどに手に入ったし、藪をつついてヘビが出ては堪らない。
急いで道を引き返す裕輔を視界に収め、織田の兵士は再び仕事に戻った。



さて、どうするか…
俺は関所から離れた所で付いてきてくれた技師達と顔を突き合わせて相談していた。

「強行突破、はモチロン不可能だろ」

「ええ、当たり前です。少しでもおかしな態度を取ったら首が飛びますよ」

俺が確認するように言うと、一人の技師が手で首を掻ききる動作をする。
やっぱりそこまで甘くないよな。こっちには一人で何十人もの相手をできるLvが高い者はいない。
仮に成功したとしても持ち運びに難しい鉄砲まであるんだから、追っ手は撒けない。強行突破は不可能。

「あ、そうだ! なら山道を通れば――――」

「そんな馬鹿な裕輔殿にいいお知らせを。
鉄砲一丁で何キロあると思ってるんですか? 馬鹿ですか?」

「―――駄目に決まってるだろ! 当たり前だろ! うんこ!」

山道抜け経験者の俺にはいい思い付きだと思ったんだけど、却下の声に掌を返す。
あと馬鹿って言った奴出て来い。ちょっと向こうの茂みでOHANASHIしようぜ。

鉄砲一丁でも俺は一時間持って歩く自信がない。
現代人、しかも病人だった俺に鉄の塊持って行軍しろとか俺に死ねと?
ここにいる技師50人に対し、鉄砲の数は500丁。どう考えても無理ぽ。

「やはり尾張を抜け、まむし油田を通り、邪馬台から経由して入る方法しかないのでは?」

技師の一人の提案に考え込む。
今の所俺達に選択可能なルートはそれしかない。
関所が封鎖されている以上織田の兵士がいるのは必須で、それを出し抜ける気はしない。

だが―――――時間が余りにもなさすぎる。

先ほど織田の兵士から手に入れた浅井朝倉と織田との戦。
浅井朝倉の領地はテキサス一つなので、下手すれば間に合わない可能性すらある。
いや、仮に間に合っても雪姫が…………

「…尾張から入り巫女機関を経由し、テキサスに入ります。
しかしこれはかなりの遠回りになるため、今より速度を大分速めたいと思います。
かなりキツイとは思いますが、どうかよろしくお願いします」

――――やらせてたまるか。

ゲームをしている時でさえ軽く欝になったんだ。
ましてやあの心優しい雪姫様にあんな目に合わせられるか。
迂回するから遅くなる? なら今までより歩くスピード速めればいいんだろうが。

もはや彼女は自分と親しい、魅力的な人間だ。
ゲームの一キャラクターではなく、雪姫という個人なのだ。

おそらく俺が担当している役割ってのは癪だが、家宝の鉄砲隊のポジションだろう。
一回不慣れな時に後方に下がっていたアレを前線に出してしまい、ランス死亡のゲームオーバーになった事がある。
ゲームとは違い、現実。しかしこれだけの数の鉄砲があれば十分に引っくり返す事は可能。

しかしこうなったらもう戦は回避できないな。
問題はどうランスを退けるかなのだけれど、これもまた難しい。
ランス自身この世界に生まれたバグ―――超チート性能の勇者の資質を持つ者だし。

それに単純にランスを排除すればいいという話でもない。
ゲームではランスが死ねば終了だったが、この世界では続きがある。
織田の侵攻は止められるかもしれないけど、その後は悲惨の一言に尽きる結果になるだろう。

具体的には大陸の王女。
リアとかリアとかリアとかリアとかマジックとかマジックとかマジックとか。
ランスが死んだら、最悪全軍でJAPANに攻め入るに違いない。

だからランスを押さえつつ、織田軍を退ける――――それなんて無理ゲー?

「いたたたた、痛い。胃が痛い」

けれど、ま。なんとかなる可能性も無きにしも非ず。
ゲームの知識だから参考程度だが、人物の相関図とかは大体把握できている。
かなり厳しいが、やってやれない事もない。

現代知識umeeeeeeeeeeeeeee!!!をやってやろうじゃんか。
ベッドの上でいる時間が長かったおかげで、銃の戦術的な扱い方も少しはわかる。
織田というよりランスに一泡ふかせるどころかびっくり仰天させてやるさ。

だから不幸なすれ違いが起こる前に、なんとしてでも浅井朝倉に戻らなければいけない。
「俺達よりお前の体力のほうが不安だよ」と豪快に笑う職人達と共に、もう一度関所まで戻る。
再び雁首そろえて帰ってきた俺達をいぶかしむ関所の兵士に

「どうせならやっぱり、巫女機関に寄ろうと思いまして…えっへっへ」

と揉み手をしながら告げると、織田の兵士もにやりと笑って通してくれた。
やはりエロは七難隠すというが、何処の時代でも分かり合える部分というものはあるらしい。

関所を抜けてから俺達は眼を付けられない程度にペースを上げる。
織田と浅井朝倉の戦が本格的に始まる前に戻れるようにと願いながら。

「おいっ、裕輔殿! 息が上がってるぞ!!」

「大丈夫ですっ!」

あと自分の体力がなんとか持つ事を祈りながら。
なんで職人さん達はあんなに重たい荷物を引っ張りながら元気なの?
俺は頭脳派なんだと自分に言い聞かせ、荒くなってきた息を整えるべく大きく深呼吸した。



「ランス殿~~! 戦の準備が終わり、何時でも出れますぞ!!」

「ええい、うるさい! 暑苦しい! ひっつくな!
終わったんなら寺小屋にでもなんでも行ってこい!!」

「やや! これは有難きお言葉。丁度子供達が家に帰る時間なので。
では早速行ってくるでござるよ!!」

準備が終わった事を報告しに来た熊のような大男を下がらせ、異国の剣士は一人城から外の景色を眺める。
傍らに彼曰く奴隷のピンク色の少女を侍らせ、にたりと大口を歪ませて笑みを浮かべた。
それもそのはず。彼の目的だった一人が幼女だったのに比べ、これから手に入れる女は美人とのお墨付きだ。

「くっくっく。それじゃあ始めるとするか!!」

準備は整った。後は戦場を駆け回り、勝利を手にするだけ。
欲しい物は必ず手に入れる。今までもそうだったし、これからだって変わらない。
彼の人生に挫折や諦めの二文字はなく、殆どのモノを手に入れてきていた。

「捕虜屋敷を見渡してかわい子ちゃんがいなかったら、すぐに出るぞ!!」

蛮勇と言えど王者の風格を漂わし、ランスは尾張の居城を発つ。

――――織田軍、テキサスに侵攻。
城の守りに明智光秀と前田利家の最低限の戦力を残し、ランスは主力武将と共に出陣。
完全に攻めの姿勢で浅井朝倉との闘いに挑んだ。



[4285] 第十二話
Name: さくら◆206c40be ID:0246ef06
Date: 2009/09/28 17:26
浅井朝倉と織田。
積み重ねてきた歴史も主義主張も正反対の両軍。
けして交えぬ両軍は今、嵐の前の静けさを持って対峙していた。

織田が率いるはランス。
彼は徐々に高まる緊張感の中、陣の中央で流暢にもシィルにお茶を出させていた。
そこに緊張は欠片も感じられない。この程度の戦場は幾度も経験していると言わんばかりに。

だがそのどっしりとした気構えが周囲に安心感を与えているので、一概に悪いとは言えない。
かいがいしくシィルがランスに世話を焼く中、一人の少女が音もなくランスの前に現れる。
大きく胸元をはだけさせた忍―――鈴女がいつも通りの口調で報告した。

「偵察から帰ってきたでござるよ。
敵の正面に展開している右先陣、中央陣は足軽兵。数は両方合わせておよそ1000。
左先陣には武士隊で数は500。後方の隊まではよくわからなかったけど、数はおよそ700でござった」

「ふむ、総数2200。やはり平和主義ゆえ数は集められなかったみたいですな」

鈴女の報告に納得したかのように頷く巨漢の男。
中央に敷かれた織田軍の重鎮しか参加出来ない軍議に参加しており、身の丈に相応しい豪槍を持っている。
熊と見紛うほどに力強い男・勝家が自分の持論を述べると、ランスも余裕綽々の表情で頷いた。

今回の相手は足利と比べて、あまり苦戦しなさそうだな。
ランスは今までの直感と経験からそう判断を下すと、腰にぶら下げてある魔剣カオスの柄を握る。

「敵の陣形とかはもうわかってるのか?」

「まだ展開していないからわからないでござるが、おそらく守りの陣形じゃないでござるかなぁ?
前面に足軽隊を二部隊も展開してるから、鈴女はそう思うでござるよっ!」

「まぁ別に構わんがな! こっちは攻めの陣形で一気に叩くぞ!!
なんていったっけ? えーっと…そう、そうだ! ギョリンの陣とかいう奴で!
速攻でこいつら蹴散らして、雪姫ちゃんとウハウハするのだ!!」

一に女、二に女、三四がなくて、五も女というランスの思考回路。
戦なんて雪姫を手に入れるための障害でしかあらず、詰まらない障害にいちいち時間をかけてられない。
ガッハッハ!! と豪快に笑いながらランスは合戦開始の指示を出した。

「お前も織田としての初陣だから、俺様のために張り切れよッ!!」

「はい。必ずや我が弓、お役に立てて御覧にいれましょう」

ランスが指揮するランス隊の後方。
指示された陣通りに一糸乱れぬ動きで布陣する一個の弓兵隊があった。
宛がわれたチャンスをモノにし、再び戦国乱世の世に返り咲くため。

ランスに任された弓兵隊を率いる彼女――――山本五十六は弓の射程に捉えた浅井朝倉軍に弓の矢先を向けた。

合戦の開始を告げる法螺の音が鳴り響き、両軍が陣を敷いて敵を迎え撃つ。
徹底した攻めの陣形のランスとは対照的に防御の陣形を敷いて好機を窺う浅井朝倉軍。
織田軍総勢3000、浅井朝倉軍総勢2200.ここテキサスにてついに闘いの火蓋が斬って落とされた、



「敵中央に向け一斉射撃……放ェ!!」

戦の始まりは織田軍の弓による一斉射から始まった。

弓の射程ギリギリで放たれた弓矢は豪雨のように浅井朝倉の頭上に降り注ぎ、数多くの命を奪う。
西洋であれば盾を頭上に翳すことによって防げるだろうが、JAPANに盾の概念はない。
そのため鎧の隙間に矢が刺さった兵士の阿鼻叫喚の声をBGMに両軍は衝突した。



中央陣に布陣した浅井朝倉の兵は己の不運を呪った。
兵士として出兵した以上、死にたくはないが死ぬ覚悟は出来ている。

「ガハハハ!! てごたえが全くないぞ!!」

だが、アレはなんだ?
確かに自分は死ぬ覚悟をした。人として闘い、敵に殺される覚悟を。
しかしあんなモノに殺される覚悟なんて出来ていない。

人災、いや天災としか形容できない程に凄まじい何か。
その妙な甲冑の剣士が剣を横に薙げば五を超える首が一瞬にして飛び、血飛沫があたり一面に弾けて血の華が咲く。
剣を正面から叩きつければ真っ二つに体が分かれ、地を吸った地面を赤く染め上げた。

ナンナノダ、アレハ?

レベル、いや存在としての格が違いすぎる。
その者は一騎当千すら生ぬるいと戦場を駆け抜け、屍の山を築いて行く。
彼の前に立つ者は例外なく尽く斬り捨てられ、無念の声をあげる事もできない。

「ぁ、ああああああああああああああああああああああああ!!!」

絶叫を上げながら浅井朝倉の兵士は次々と槍を水平に掲げ、突撃する。
如何に化物じみた強さといえど、逃げる隙間もないほどに刃を突き刺せば倒れるはず。
そう思い恐怖していた兵も雄叫びを上げて突進した。

二歩、三歩。
あと少しで槍が届く。
恐怖に駆られた男は返り血で血塗れの剣士の顔を見た。

(笑っ、て―――――?)

絶体絶命のピンチだというのに、剣士に絶望の色はない。
剣士はおもむろに剣を振り上げ、そして言葉を紡ぐ。

「ランス……」

剣士の剣に兵士の目にも映る、ワケのわからない何かが集まる。
突撃した浅井朝倉の兵士はすべからず悪寒を感じ、駆ける速さを速めた。
しかしそれも無駄な努力。剣士は振り上げた剣を大声と共に振り下ろす。

「アタターーーック!!!」

前面を覆いつくし、迸るナニか。
浅井朝倉の兵士は己の身に何が起こったのかまるで理解できないまま、この世を去った。
剣・カオスから放たれたヨクワカラナイナニカは斜線上にいる敵を根こそぎ薙ぎ払う。

剣士改めランスが率いる前線は織田の圧倒的有利で進んでいた。



「弓兵隊、東の方角に構え―――――放てェッ!!」

敵の動きの流れを掴み、的確に相手後衛の数を減らしていく五十六。
長年彼女に付き従ってきた兵士達は指示が終わらぬ間に弓を構え、浅井朝倉の軍勢に死の雨を降らしていった。
指揮を執る五十六は彼等の頼もしさに感謝しつつ、次なる獲物へと鷹の目を向ける。

自分の夢は足利の崩壊と共にあの時潰えたはずだった。
敵将の首と言えば値千金。捕虜として捕まえられたが、見せしめに処刑されると。
山本家の復興も弟の救出も何一つ果たせぬまま朽ちるのだと。

「勝家殿の後方左陣へと移動する! 私に続け!!」

しかし自分にはチャンスが与えられた。
何もかもを諦め、自決を考えた時に差しのべられた一筋の光。
それを掴むためなら、成し遂げるためなら部下を殺した織田にさえ頭を垂れる。

(太郎、もう少しだから…姉さん頑張るから―――――!!)

『ん~? 弟? これから戦さからなぁ。終わったら探してやるからな』

『本当ですか…! ありがとうございます!』

『がははは! 全部俺に任せとけ!!(弟なんてどーでもいいが、適当に探しといてやろう。
それよりも五十六ちゃんは可愛いし俺様に好感持ってるっぽいから、和姦でいこう!)』

今はただ、ランスの言葉を信じて織田の狗となる。
山本家が滅ぼされてから数年、足利の下で苦渋を舐め続けてきたのだ。
五十六は弟への思いを募らせながら、己が弓の弦を引き、敵へと狙いを定めた。



「一郎兄さん! 二郎の足軽隊がもうもたない!」

織田の攻勢に指揮権を義景から任された一郎は苦渋の決断を迫られていた。

織田の苛烈な攻勢を浅井朝倉は堪えきれず、前線が崩壊しかかっている。
数の上では少しの劣勢だったが、それは戦術次第で逆転させる事が可能な数量差。
そう思っていただけに、織田の怒涛の快進撃を止められずにいた。

織田と浅井朝倉の違い。
それは一騎当千の将だけではなく、将に率いられる兵の質の高さにもあった。

織田は度重なる謀反、そして足利への出兵。
足利に唆された将の反乱に対応するため、常日頃から訓練は欠かしていなかったため練度は高い。
更にここ最近の足利への出兵は兵士に戦の経験を積ませるばかりでなく、陣形を崩さない重要さなどの事を頭に叩き込ませた。

一方浅井朝倉の兵は戦を知らなかった。
浅井家と朝倉家が併合する時も話し合いで決着がついたため、合戦は行われなかった。
更に義景が善政をしいていたので農民による一揆が起きない。
つまり全く戦に対して知識のみで、経験と実力がなったのである。

将と兵、質・量ともに負けているのならば結果も至極当然。

平和的な統一が悪いとは言わない。
しかし実戦経験という観点から見れば、浅井朝倉は赤子のようなものだった。
何度となく戦を経験し、勝ち生き延びてきた織田に敵うはずがない。

「…撤退するよ。全軍に通達してくれ」

「一郎兄さん!?」

「これ以上やったら全滅してしまう。
まだ闘う力が残っている間にひいて体制を立て直すよ」

大分数を減らされたとはいえ、浅井朝倉にはまだ兵が残っている。
今後の闘いの事を思えばここで抵抗するよりも、より有利な条件で戦えるほうがいい。
織田相手に勝つという事は不可能だという考えがよぎるが、部隊を指揮する人間である一郎がそんな事を思ってはいけない。

「厳しい闘いになりそうだ…」

撤退を示す法螺の音が戦場に鳴り響くのを聞きながら、一郎は撤退行動に入る。
彼は務めて平気な顔を装うとしたが、追撃をしかけてくる織田軍が視界に入ると手が震えた。



今後の命運を占う初戦は織田に軍配が上がる。
戦死者、負傷者共に比べるべくもなく浅井朝倉が受けたダメージは深刻なものだった。
対する織田軍は兵士の士気も上がり、補給部隊が到着次第侵攻を再開する事を決定。

彼我の戦力差は余りに大きく、織田の兵士には楽勝モード。浅井朝倉の兵士は絶望が漂う。
圧倒的に織田有利の流れが出来ており、これをひっくり返すには並大抵の事では不可能。
浅井朝倉が勝利するためには【第三者】による介入を必要としていた。



「マジぱねぇ」

ぜぇはぁと荒い息を吐きつつ歩を進める。
強行軍という言葉あるが、確かに脱落者も出ようというもの。
速度をやや早くしただけでも、一日中歩いていたら脚が悲鳴を上げていた。

それでもそのかいあってか、今はまむし油田の北部まで進んできている。
上手くいけば2日後、いや3日後くらいには浅井朝倉に到着できるかもしれない。
取り替えしの付かない事態を避けるためにも、気分は走れメロスで歩き続けるしかないのだ。

「鉄砲の状態はどうですか?」

「極めて良好だな。ちゃんと俺達が整備してるから、動作不良は起きないはずだ」

そう言って男臭い笑みで白い歯を見せる技師さん達。
彼等はいい意味で職人気質なので、戦に鉄砲をそのまま導入する事も可能だろう。

今のJAPANで鉄砲の存在を知っているのは種子島と俺達だけだ。
重彦様はこれから鉄砲を売り出すと言っていたから、各地の大名には知れ渡っていないはず。
けれど忍者の里があるあの国は情報を持っているかもしれないが。

これは織田を打倒するための切り札なのだ。
打倒するまではいかなくても、運用次第では停戦までもっていける。
唯一の心配はランスがチューリップと似た形状だと気付き、警戒する事だけだが…

「大丈夫か。基本あいつアホだし」

並外れた力と技量を持つランスだが、言動と行動は基本的にアホだ。
謙信タンに襲われて絶体絶命の時にコサックダンス(笑)をした事からも頷ける。
今まで他の作品もプレイした事もあるけど、何か重大な事に気付くのは他の人間だったし―――――

「いかんいかん」

そこまで思考して、俺はしっかりしないといけないと思いなおす。
所詮俺が知っている内容なんてゲームだ。現実でランスがどんな人間かなんてわからない。
ひょっとしたら本当に勇者のように頭脳明晰な人物かもしれないのだから。

ゲームとこの世界が同じという考えは危険すぎる。
ゲームはあくまでゲームと割り切り、参考程度にしておかないと痛い目にあうのは目に見えている。
限りなくゲームと同じ世界だが、限りなく違うとい認識でいないとな。

「雪姫様と太郎君は無事だろうか…あとついでに一郎様も」

巫女機関? いやいや、流石の俺も脱童貞は好きな人とやりたいというか。
それにこんな一刻も争うような事態で巫女機関とか行っていられないし。
今は一時間でも早く浅井朝倉に到着しなければいけないのだから。



裕輔はこの時浅井朝倉が織田に攻められ、領地の一つを奪われたなんて事も知らず。
明日の朝の強行軍に備え、死んだかのように眠りについた。

能率や効率で言うならば、ここは裕輔だけでも先に浅井朝倉へと帰るべきだったのかもしれない。
しかし裕輔は自分を過少評価し、鉄砲を確実に持って帰らないと役立たずだと思っていたのだ。
雪姫の悲劇や太郎の事を思うのであれば、自分一人だけで先に帰るという選択肢もあったというのに。

だがそれを追及するというのも酷な話なのかもしれない。
裕輔は元をただせば病弱で一生を病院で過ごした、一介の大学生。
戦況全てを見渡し、一番最善の道を選べというのが不可能なのだ。

しかしながらも裕輔は眼の前にあった選択肢の一つを見逃した。
隠しきれない焦りと疲労困憊な肉体は彼から思考能力を奪ったのだ。

一度廻り出した歯車は止まらない。
クルクルと、くるくると、狂狂と――――――――



[4285] 第十三話
Name: さくら◆477bbb85 ID:0246ef06
Date: 2009/10/02 16:43
「突然ですが太郎です。城内の空気がものものしいです」

そう太郎は一人ごちて溜息をはき、再び自分に宛がわれた作業を再開した。

現在太郎は城外の周辺に防護柵を作る作業をしている。
彼くらいの年齢の子供たちは例外なく集められ、太郎のように木材を紐で縛り、単純な防護柵を作っている。
太郎は周囲の子供たちの強張った表情を見て気が滅入りながらも、キュッと木材同士を縛り上げた。

今浅井朝倉では動ける者全てがなんらかの作業をしている。
戦える若い男は例外なく城へと赴いて軍として動く修練、そして武芸の鍛練。
女たちは兵士が食べる食事の炊き出し、諸々の雑用と大忙しである。

そして戦うには老いたお年寄り、まだ戦えない幼い子供たちは子供でもできる作業を任せられているのだった。
今の浅井朝倉に農民を遊ばせておけるだけの余裕はなく、まさに総動員の様相を呈してる。

緒戦の兵士達がほうほうの体で帰ってきてから数日、毎日のように行われている風景。
太郎は大人達によって運ばれてきた新たな木材を受け取りながら、今までの事とこれからの事について考える。

(織田との戦…負けたら雪姫様が奪われ、浅井朝倉の尊厳と国も失われるか)

その立ち振る舞いから国内の信望篤く、半ば神格視さえされていた雪姫。
それが力づくで奪われ、蹂躙される。そう憤って出陣した兵士達が大敗し、敗走。
両者にある戦力差に愕然としながらもよく反戦の意志を保てのは凄いことだと太郎は思う。

(浅井朝倉には恩がある…)

身よりのなり自分たちを保護し、滞在を許可してくれた浅井朝倉。
身分は名乗っていないとはいえ、その恩は相当に大きな物だ。
普通であれば戦に太郎自身が参戦して恩を返すべきであろう。

(けど……)

太郎の武芸の腕は一般の水準より高く、戦に貢献できるだろう。
しかし織田に足利が滅ぼされたと聞き、太郎は自分から申し出る事を躊躇していた。
人が殺されるのは一瞬。合戦では例外なくいとも簡単に命が失われていく。

山本家の後継ぎ――――それが彼を躊躇させている原因だった。
死は怖くない。だが自分が殺されでもしたら、山本家再興を願い死んでいった者達に申し訳が立たないではないか。
その考えが彼に従軍を申し出ることをためらわせていた。

そして、気になる事がもう一つ。

(織田の弓兵隊、流れるような黒髪。まさか姉さんなのですか…?)

負傷した兵士を介抱している時に兵士が苦悶の声を漏らしながら言った言葉。
偶然にも耳にした太郎をおおいに動揺させるには十分な言葉だった。

捕虜として織田に捕まり、織田に抱えられた。
可能性としては限りなく低い可能性だが、ゼロではない。
奇跡的可能性で足利にいた姉が生きている可能性はたしかにあるのだ。

浅井朝倉の恩義を返すために戦に出る。
だが織田には姉がいるかもしれず、戦になれば姉弟で殺し合う事になる可能性もある

「あ~~!! もう、裕輔さんはこんな時に何処にいるんですか!?」

突然大声を出して頭を掻き毟る太郎に隣で作業をしていた子供がビクリと体を震わせる。
そんな事は眼にも入らないのか、太郎は苛立ち紛れに縛っていた紐を千切ってしまっていた。

唯一太郎の事情を知っている裕輔は今浅井朝倉にはいない。
興味半分で口を出してしまって種子島家に逗留していると太郎は一郎から聞かされている。
常日頃頼りないが時々頼もしい兄貴分を思い出し、太郎は不安を抱えるのだった。



織田の苛烈な攻めにどんどん劣勢に立たされる浅井朝倉。
そんな浅井朝倉に一人の修験者が現れた。

「聞けば浅井朝倉の危機。ワシは以前浅井朝倉に世話になった者
ワシの技が浅井朝倉の役に立てばと思い馳せ参じた」

筋骨隆々とした肢体に天狗の面。
修験者というよりも物の怪の類に近い様相。
かつて裕輔と邂逅したことがある発禁堕山その人であった。

「それはありがたいです」

義景は男の風貌に内心顔をしかめつつ、表には出さないで謝辞を述べる。
今は織田と戦うための戦力は少しでも多いほうがいいため、多少うさんくさくても助かるのだ。
しかし発禁堕山とて善意からくる手助けではなく、打算があった。

「北陸一の美人と言われている雪姫を嫁に頂きたい。
さすれば織田程度、ワシの技でいくらでも追い返してしんぜよう」

人と人との触れ合いによる温もりを知ってしまったからこそ。
太郎と裕輔との邂逅で人恋しさを覚え、発禁堕山は嫁をくれと要求したのだ。
どうせ嫁にするなら美人がいい。それは男にとって否定しがたい性である。

「お引取りください」

「…いいのかな? 見た所大分窮地に陥っているようだが」

「お引取りください」

そして、義景の返答は初めから決まっていた。
雪姫をランスにやらないために始めた戦だというのに、ここで勝利と引き換えに渡してしまっては本末転倒。
それ以降両者の意見と要求は一度も交わらぬまま分かれる事になった。

「……まだ使者は帰ってこない、か」

度重なる訃報に義景の生気は薄れ、疲れ果てた老人のように覇気がない。
この戦で勝てる可能性は少ない――――先の合戦の報告を受け、老獪な義景は半ば覚悟をしていた。
雪姫の身の安全を保障してくれるなら降伏してもよいというくらいには。

だが織田の異人、ランスの事。
浅井朝倉がどれだけ譲歩しようと、雪姫を放免してくれるとは思えない。
降伏は、できない。ならば最後まで足掻くしか道はないではないか。

浅井朝倉が他の国に秀でているのは軍事力ではなく、外交と交渉力。
長年培った能力を最大限絞り出し、義景は諦めなかった。



発禁堕山としては残念な結果に終わったと思うが、無償で手を貸すほどお人よしではない。
浅井朝倉の者に城の外まで送られていく発禁堕山。
だが、城から出て行く彼を義景との会談以降からずっと追い続ける影が一つあった。

雪姫、義景、発禁堕山、裕輔。誰もが望まぬ方向へと物語が進んでいく。
人と人とは分かり合えない。そのために言葉があるのだ。
しかし人の心はちゃんと言葉にして伝えないと相手には伝わらない。



織田・浅井朝倉討伐軍、本陣。

遠征軍は今補給部隊が持ってきた兵站でしばしの一時休憩を取っていた。
それは本陣でも変わりなく、ランスはシィルをいつも以上にこき使って贅沢をしていた。
無論見張りは立てているものの皆くつろぎ、疲れを癒している。

「シィル~、茶―」

「はい、ランス様」

「お、早いな…って、温いじゃないかッ。淹れ直してこい!!」<ボカッ>

「ひん! す、すいません~~。すぐに淹れ直してきます」

相変わらずの暴虐武人ぶりでシィルにお茶の入れなおしを命じ、頭を軽く殴るランス。
シィルは涙目になりながらランスから湯のみを受け取り、パタパタとお湯を貰いに行った。
気に入らなければ城でも戦場でも我慢しない。それがランスクオリティ。

勝家はいつもと変わらぬ風景に和みながら、戦前の英気を養っていた。
それにしても歯応えがない。自慢の豪槍を手入れしながらも勝家は先の合戦の内容を思い出す。
戦意はあるものの碌に隊列も組めない兵士。あれでは足利のほうが何倍も遣り甲斐があったと。

「ランス殿ではないが、さっさと終わらせて寺小屋にでも行くか……って、この地響きはなんでござるか!?」

ゴゴゴゴゴゴと地を割るかのような地響きにただ事ではないと勝家は槍の手入れを中止し、手に持つ。
続く見張り番役の兵士が本陣に滑り込むようにして報告に上がった。
その顔には摩訶不思議な物を見たという困惑を浮かべて。

「で、伝令ですっ! 近くの山より千を超えようかというパンダが来襲!!
パンダだけではなく熊もいますが、圧倒的パンダが多いとのこと!!」

「は…? パン、ダ?」

何言ってるんだ、コイツ? 寝惚けているのか?
図らずともランスと周囲の面々の心は一致した。

「と、とにかく御覧下さい!
山から数え切れないほどのパンダがこっちの陣に向かって突進しているんです!」

しらけた視線にも屈せず、切羽詰った様子で訴える兵士。
あり得ないと思いつつもランスは本陣の幕から顔出し、山を眺めてみる。

「な、なんじゃありゃーーー!?」

そして口から出たのは兵士の言葉を肯定するものだった。

まるで山が鳴動するかのようにウジャウジャと白いコントラストが移動し、蟻のように湧き出ている。
そして山を降りたパンダ達は脇目もふらず突進していた―――織田軍に向かって。
全てのパンダは凶悪な牙と爪を剥き出しにしており、興奮しているのは眼に明らか。

「ぐ、ぬぬぬぬ。さっさと陣を下げるぞ!
敵と戦うならともかく、パンダ如きと闘って兵士の数を減らせるか!」

しかも相手のパンダは浅井朝倉の兵よるも強力で凶暴。
更に悪い事にパンダが増える数に限りがないのだ。
何処に今までいたのかと聞かずにはいられない程の数が次々と湧き出てきている。

これは堪らないとランスも陣を下げる事した。
結局織田軍を猛追するパンダの群れはテキサスを抜けるまで続き、織田軍は一歩後退する事になる。
不思議な事にパンダの群れはテキサスを抜けるとパッタリと追撃を止めるのだった。



逸る心を抑え、迅速に浅井朝倉の城へと向かう俺と種子島の技師達。
やっとの思いで到着した浅井朝倉だが、そのあまりの惨状に目を背けたくなる。

浅井朝倉の甲冑を来た兵士が彼方此方に野ざらしにされ、屍を晒していたのだ。
その中には織田の兵士も稀に混じっており、誰の目にも戦が起こった事は明らか。
技師さん達の見立てによると、死体の腐敗状況からそんなに日数はたっていないらしい。

「間に合わなかったか…!」

後悔も言い訳も後だ。
今は一刻もはやく浅井朝倉の城へと帰還し、取り返しのつかない事態になっていないかを確かめなければいけない。
物言わぬ骸となった兵士達に手を合わせて黙祷し、俺達は城へと急いだ。



浅井朝倉の城門は硬く閉ざされ、厳重な警護がしかれていた。
それは当然であり、彼等にとって最後の砦とはもはや自分たちの居城に他ならない。
他の砦では織田の足止めは出来ても打倒は不可能だと判断したのだ。

そのため一郎達は城周辺に何十もの防護柵を造り、少しでも有利に戦を進められるよう準備をしていたのだ。
背水の陣。もはや彼等の背後に退路はなく、決死の覚悟で織田と当たるしか道はない。
背水の陣とは聞こえはいいものの、その実情は追い詰められた浅井朝倉最後の抵抗と言えよう。

このままテキサスを守りきる。
明らかに守りに入った闘いだが、織田にとって浅井朝倉はアウェー。
持久戦となっても体を休める場所はなく、補給も自国から運び込むしかない。

遠征軍の弱点として兵站による持久戦に弱いという点があった。
信長が国主をやっていた時はともかく、ランスに統率されるようになってから織田の評判は悪い。
また彼はどの国とも同盟を結んでいないため、他国から援助を受ける事は出来ないのだ。
そして見るからに堅牢に固められた浅井朝倉の城を落すには数倍の兵士が必要だろうと思わせた。

さて、そんな中黒光りする鉄細工を大量に運び込んだ裕輔達はというと。

「だーかーら! 一郎様に取り次ぎ頼むって言ってるだろ!?
早くしないと取り返しのつかない事になりかねないんだから!!」

「怪しい奴め…織田の回し者か?
一郎様がお前のような下賎な者を知るはずがない!
それに取次ぎを頼めるような方々だったら俺は知っているが、お前の顔は知らん!!}

見事に門前払い。むしろ捕まりそうな勢いだった。

それはそうだろう。
連絡もなしに不審者が国のトップクラスに会わせろと言ってきているのだ。
これではいどうぞと通したら門番失格である。

「えぇい! 間に合わなくなってもしらんぞ!!」

「いい加減にしないとこっちもひっ捕らえるぞ!!」

某M字禿げ王子のように気迫を滾らせて訴えるも、兵士も揺るがない。
ここで冷静ならば種子島からの使いとでも言えばいいのに、熱くなっている裕輔は気付かない。
そうこうしている内に両者ヒートアップし、本当に門番が裕輔を捕らえようとしたところ。

「ひょっとして裕輔君!? 裕輔君かい!?」

騒ぎを聞きつけ何事かと様子を見に来た一郎の姿を見つけ、裕輔はほっと胸を撫で下ろした。



懐かしささえ憶える一郎様の部屋に案内され、俺は一郎様と向き合った。
技師さん達には調練用に宛がわれている広場に案内し、そこで一時待機してもらっている。
決して失礼には当たらないよう食事と茶の用意はしてもらっているから、そこは心配しなくていいだろう。

「まだ浅井朝倉との約束があったから、君は来れないかと思っていたよ。
一応使者を出したけど、織田の攻勢が早すぎて間に合わないとも思っていたしね」

戦時中だから茶はたてられないけど…そう言いながら、一郎様はコトンと水の入った湯のみを俺の前に置く。
俺はありがとうございますと礼を述べ、冷たい水で喉を濡らした。

「早速ですが今浅井朝倉はどのような状況で? 織田は?」

「そうだね。まずはその話をしないといけない。
君から種子島家での話しを聞くのはその後だ」

一郎様の険しい表情から大体想像はつくが、まずは確認しないといけない。
織田との戦いがどのように進んでいるのか。そして浅井朝倉はこれからどうするのか。
不躾な俺の問いに一郎様は疲労が色濃く浮かんだ顔で現状について説明をした。

開戦の理由、織田との戦い、敗戦、修験者の来訪、背水の陣。
織田軍の進撃は凄まじく苛烈であり、破竹の勢いで追い詰められようとしていたという事。
そして―――――――パンダに追われた織田軍がテキサスの地より撤退したという事。

一郎様の話のくだりがそこまで進んだ時、体からへたりと力が抜け眩暈がした。
思わず思考を停止させ、意識を彼岸の彼方へと飛ばしてしまう
目の前が真っ暗になったという表現があるが、それは本当の事らしい。
一郎様の言葉を信じるなら、雪姫はあの天狗野郎と契約を結んでしまったという事なのだから。

まだ間に合うだろうか。

「―――――!」

いや、間に合わせる。
あんな結末認めてやらない。絶対に間違っている。
ならば今俺に出来ることはたった一つじゃないか。

「織田がパンダに襲われたのは何時の事ですか! それと発禁堕山が来ましたか!?」

「報告では昨日の事だと聞いているが…確かについ先ほど来たけど、どうして君が知っているんだい?」

【先ほど】、か…俺に出来ることなんてたった一つ。
必死で走って発禁堕山の所まで行って、雪姫の事を諦めてもらうよう盛大に願い倒すしかないじゃないか。
こんなところで面識があるという事が役に立つとは、人生というのはわからない。

「一郎様、命を賭けてもやる事が出来たのでこれで失礼します。
それと種子島より鉄砲500丁譲り受けてきました。必ずや浅井朝倉のためになると。
鉄砲は種子島より参られた技師達が所持していますので、早速訓練に入ってください。
鉄砲の砲弾も八回戦しても十分に足りる数を運んできています」

「疑問に答えて…ッぇぇぇぇえええええええ!?
あ、あのもの凄い奴を500丁もかい!? それは有難いけどいくら吹っかけられてきたんだ…って。
裕輔君!? 裕輔君!!!! 投げっぱなしは酷くないか!?」

それこそ一分一秒を争う事態。
こんな重要な時に首筋はチリチリとこないし、爆発的に脚が速くなる事がない。
くそったれめと毒づきながらも記憶にある発禁堕山の小屋を目指し、城を飛び出した。



[4285] 第十四話
Name: さくら◆206c40be ID:0246ef06
Date: 2009/10/05 23:23
朝倉 雪は恵まれた女だった。
父親を国主に持ち、穏やかな父と優しい兄弟に囲まれて育つ。
彼女自身も優れた容姿と器量を持ち、神に二物を与えられたと言われていた。

雪も自分は恵まれていると感じていたし、それで他者を下に見る事もなかった。
領内の農民、武士と階級に分け隔てなく接して誰にでも愛される。

『雪、お前を北陸一の花嫁にしたいんだ』

次々と姉達が政略結婚として他国の重臣に嫁がされる中、義景が雪に言った言葉である。
彼女自身幸せを感じていたし、これからの幸せを疑ってもいなかった。

『これから織田との戦いに入る』

――――――何故

『一郎兄様! その怪我はどうなされたのですか!?』

『雪…お前は城の自室にいなさい。
僕はこれから五郎の事で父上に報告しなければいけないからね』

『五郎兄様…? 五郎兄様がどうなされたのですか!?』

――――――何故

『よかろう。姫が嫁になるというのならば手を貸そうではないか』

――――――何故…?



「まったく、とんだ骨折り損だったわ」

発禁堕山は一人山道を歩き、自分の小屋へ戻る道を歩いていた。

織田軍を襲ったパンダの群れを操っていたのは彼である。
彼の体は【呪いつき】と言い、妖怪によって呪われ体を蝕まれている。
だが呪われた代償として、人間では持ち得ない【力】を【呪いつき】は得るという。

発禁堕山は体の変調と引き換えに、パンダや熊を操る能力を得た。
その力をもってして織田軍をテキサスから追いやり、尾張へと押し戻したのだ。

無論彼が無償で協力する事はない。
彼が織田を追い払ったのはある人物に懇願され、約束をしたから。
その約束が彼をして力を貸すに値すると判断したから、彼はパンダを率いたのだ。

彼はその約束を履行してもらうために浅井朝倉へと赴いたのだが、結果は門前払い。
どうやら相手に最初から約束を守るつもりはなかったらしい。
内心腹ただしく思いながらも自分の小屋へと帰っていた彼だが――――

「出てくるがいい」

脚を止め、後を振り返る。
がさごそと木の影から現れた人物――雪姫に侮蔑の言葉を投げかけた。

「そうか、浅井朝倉の姫は約束も守れぬ愚か者だったか」

彼と雪姫の間で結ばれた約束。
それは織田軍をテキサスから追い出す代わりに雪姫が発禁堕山の嫁となるというもの。
小娘に一杯食わされたわ、と憤りを篭めた言葉で雪姫を突き放す。

「なっ」

「別に構わん、言いふらす相手もおらん。好きにしろ」

そう言って雪姫に背中を向け、また自分の家へと歩き始める発禁堕山。
躊躇し、言い淀んだ雪姫だったが、浅井朝倉の名を汚すわけにはいかない。
雪姫は着物の袂を持ち、発禁堕山に追い縋る。

「おっ、お待ちなさい…。
私は浅井朝倉の娘。父義景の名を汚すような事はいたしません。
妻にでもなんにでもすればよろしいわ」

「そうか、ならばついてこい」

表情は険しいものの、声が微かに震えている。
声だけでなく手も震えている雪姫を見て強がっているのは明白だが、発禁堕山はそれ以上何も言わない。
彼の後をつけるように一定の距離を保ち、雪姫と発禁堕山は小屋へと向かった。



裕輔は走った。
山のぬかるみに足を取られ、何度も山の斜面に無様に転がった。
それでもすぐさま立ち上がり、一度だけしか訪れた事のない発禁堕山の小屋を目指して脚を動かす。

顔は泥に塗れ、服は土がついて汚れている。
だが裕輔はそんな事気にも止めずに走り続けた。

通常で考えるなら一度見ただけの小屋に辿りつくなど不可能。
ちゃんとした山道があるわけでもないのに辿り着くなんて、それこそ神でもないと不可能の偉業。
誰かに同じことをしろと言ったら一笑に服して嘲笑され、あり得ないと言われてしまうような出来事。
山を知っている人間からすれば、山を嘗めるなと言ったくらいに。

―――――だが、ここで辿り着けば面白くないだろうか?

片思いの恋人が連れ去られ、それを追いかける主人公。
恋人があわやというピンチに駆け付けて危機を助ける主人公。
ありふれた、使い古された物語だが、王道であるからこそ面白い。

見ている者がいれば、中々に面白い演目ではないだろうか?

必至に山を駆ける裕輔の目に、以前一度だけ見たことがある小屋が映る。
信じられない奇跡を何度も繰り返し、裕輔は発禁堕山の小屋に辿り着いたのだ。
冷静になれば出来過ぎている展開だが、裕輔の頭の中にそんな考えが浮かぶはずもない。

裕輔が最後の力を振り絞り小屋の戸に手をかけて中に雪崩れ込む。
そこには雪姫の着物に手をかけようとした発禁堕山がいた。



「ゆうすけ、どの…? どう、して…?」

「間、に、合った!」

全身から汗を流しながら、息も絶え絶えに雪姫の様子を見てセーフだという事を確認。
雪姫は何故? という困惑の表情を張り付けて俺を呆然と見つめている。
発禁堕山は天狗の面を被っているからわからないけど、どうにも怒っているような雰囲気を感じる。

それもそうか。
これからお楽しみってとこに男が現れたら、なんとも面白くない。
だが俺はその面白くないを更に悪化させるために来たのだから、覚悟を決めないといけないのだろう。死ぬかもしれないという。

「発禁堕山様、面をお取りになられて下さい」

「…何?」

「面を。これから生涯の伴侶となされるのなら、面を取り素顔を見せるべきです」

そう、この瞬間に間に合いさえすればこの一言でかたがつく。
発禁堕山が一瞬躊躇しながらも仮面を外し、雪姫がショックから立ちなおり発禁堕山の顔を目にする。
そして雪姫は嫌悪感を露わにして悲鳴をあげ、小屋の隅へと逃げた。

原作からすれば雪姫が発禁堕山の素顔に嫌悪感を抱くことはわかっている。
また発禁堕山は原作ではそんな雪姫を見限り、浅井朝倉に二度と手を貸さなくなったという事も。
俺がどうにかするというまでもなく、素顔さえ見せればこの問題は終わるという事は簡単に想像できた。

しかし、全てが計画通りというわけにもいかなかった。

「ふざけるな…! そこになおれ!! 鱠斬りにしてくれるわ!!」

「ひッ! お、お許しを…ごめんなさい、ごめんなさい」

原作では雪姫を興味がないと見限った発禁堕山だが、雪姫の態度に激昂したのだ。
今や天狗の面と変わらない程に体中を真っ赤にし、杖らしき物の中から仕込み刀を抜きはなつ。
小屋の隅でガクガクと震えながら許しを乞う雪姫に今にも斬りかかろうとしている。

「お待ち下さい!!」

「お前…裕輔か。そこを退けぃ。今からその女に落とし前をつける!!」

しかし、それを黙って見過ごすわけにはいかない。
俺は雪姫を庇うようにして発禁堕山の前に立ちはだかる。
ぶっちゃけ先ほどから首筋かチリチリして命の危機がレッドアラートを示しているが、そんなもの無視だ、無視。
ここで踏ん張らないと今までの頑張りと覚悟が全て無に帰すのだから。

「落とし前は俺が…自分がつけますので。ですから雪姫様はどうか、お許しを」

「ほぅ? お前がなぁ。
このワシをここまで虚仮にしたのだ。覚悟は出来ているのだろうな?」

「無論です」

もう自分が何を言ってるのかわけわかめ。
それでも雪姫を助けなきゃという一心で発禁堕山と向き合う。
その俺の思いが通じたのかどうかはわからないけど、発禁堕山は盛大な舌打ちと共に刀を納めた。

「ふんっ。不愉快だ。その女をさっさと捨ててこい」

そう言って侮蔑の眼差しで雪姫を一瞥する発禁堕山。
俺は当面の危機が去ったと知り、未だに恐怖から体を震わせている雪姫様の肩をやんわりと肩にのせて立ち上がる。
そして発禁堕山の気が変わらない内に小屋から出ようとして―――

「お前はッ…お前のせいでッ…!」

小屋の外へと出た辺りで、雪姫から猛烈な殴打を顔にくらった。
あ~…少なくない可能性として考えてはいたけど、こうなったか。



「お帰り下さい」

「裕輔殿! いえ、お前は、理解しているというのッ!?
これは浅井朝倉が生き延びるための最後の機会、それを台無しにして!!
お前は浅井朝倉が滅びる原因を作っているのですよ!!}

「お帰り下さい」

裕輔は雪姫の背を押し、強引に小屋の遠くへと押しやる。
雪姫は必死に身を捩り、裕輔を憎悪の眼差しで射抜きながら細い腕で顔を殴った。か細い腕で何度も殴るが、裕輔は頑なに態度を変えなかった。
ジタバタと体を動かして小屋に戻ろうとする雪姫を裕輔はドンドン突き放していく。

「お帰り下さい」

「お前の、たった一人の行動が浅井朝倉を滅ぼすのよ!? 理解しているの!?」

雪姫にとって、浅井朝倉を。優しい父や領民を守る唯一の方法だったのだ。
悲鳴をあげ、発禁堕山に見限られたのは自分の責任だという事は聡明な雪姫は理解できている。
それでも雪姫は何かしらに理由をつけなければ到底平静ではいられなかった。

「お帰り下さい。
それに雪姫様も発禁堕山様のお言葉をお聞きに成られたでしょう。
貴女様が今更もどった所で発禁堕山様が応じられるとは思いません」

「! それも、お前のせいで! 全部お前のせいよ!!」

機械的に事実を述べる裕輔に図星を刺されたのか、雪姫はビクリと体を震わせた。
そして侮蔑の言葉を吐き捨てると共に渾身の力で裕輔の頬をひっ叩く。
パシンという大きな音と共に裕輔は顔に強い熱を感じ、真っ赤な紅葉が浮き上がった。

裕輔が面を外せと言ったから、発禁堕山に見限られたのだ。
裕輔がここに来てその言葉さえ言わなかったら、浅井朝倉を救うまでは発禁堕山の協力を得られたかもしれないのに。
その後怒り狂った発禁堕山に滅ぼされるという推測を完全に無視し、雪姫は激しく裕輔を罵った。

「許さない…浅井朝倉が滅亡したら、お前を絶対に許さない!」

人はどれほど人を憎めばこんな眼が出来るのだろうか。
憎悪に塗り固められた瞳で裕輔を睨み、雪姫様は強引に抵抗するのを止める。
そして城の方向に向かって走り去って行った。

おそらくこの戦の発端となったランスと同格、もしくはそれ以上に恨まれたかもしれない。
雪姫の目に映る裕輔とは浅井朝倉が生き延びる唯一の手段を潰した大罪人なのだから。

冷静になれば発禁堕山と夫婦になったとしても長く続くはずがない。
いずれ顔を見る事にはなるし、その時は今回の事態をなぞる結果にしかならない。
そして浅井朝倉を救った力が今度は滅ぼす力になりかねないだろう。

しかしそれは冷静になればこそ。
浅井朝倉を救いたいという焦燥観念に取りつかれた雪姫が気づくことは可能性として低い。
もし冷静であれば浅井朝倉が何のために戦をしているのかを理解できぬほど、雪姫はうつけではないのだ。

だが彼女はその事実に気付かないだろう。
気付いてしまえば、己の行動が全てを否定し、無にしているという事にも気付いてしまうのだから。

「…裕輔よ。アレはお前が落とし前をつける程の女か?
助けるに値する女か? とてもそうは見えぬがな。アレは顔だけの女にしか見えぬ」

「普段はもっとお優しい方なのですよ。
今は目先に大切な家族の滅亡の危機が迫っているので、本質が捉えられなくなっているだけです。
それと俺の仕えている家の姫を愚弄しないで頂きたい」

いつのまにそこにいたのか。
当然のように裕輔の背後に立っている天狗面に、裕輔は愚弄を許さないと告げる。
天狗面は裕輔を哀れむかのように見下ろし、溜息を漏らした。

「浅井朝倉に手を貸したのは事実。
アレに覚悟がなかった分の落とし前はお前につけて貰う。今更自分の言葉を覆すなよ?」

「当然です。俺が落とし前をつけさせて頂きます」

「して、どのように落とし前をつける?」

裕輔は無言で左腕の服の裾を捲り上げ、肘の部分までを露出させる。
そして脇に一応護身用に刺さっている刀を天狗面に差出し、内容を切り出した。

「―――――腕一本。それで勘弁して頂きたい」

恐怖から腕をぷるぷるさせなながら、裕輔は左腕を差し出した。
ヤクザ屋さんの映画とかで落とし前をつけると言ったら小指だが、ここは戦国。
下手すれば切腹しろと言われかねないので、裕輔は左腕を差し出す事にした。

「これが妥当かなんてわからないけど、これで勘弁してくだしあ」

ぶっちゃけ怖い。痛いのは嫌だ。
左腕ばっさり切られたら血が吹き出て、死ぬほど痛いに違いない。
現代人の俺だと激痛から発狂するんじゃあるまいか? と裕輔は思う。

麻酔なしで手術する数十倍は痛いだろう。
しかも切り落とされたら、二度と左手はないという覚悟も必要だ。
ひょっとしたら式神の応用で似たものは作れるかもしれないが、それも望み薄。

「…よかろう。しかし、ソレは何もお前の腕でなくてもいいだろう。あの娘で――」

「―――頼みます。意思が揺るがない内に」

元来からして小心者の裕輔が何故ここまで他人のために身を張るのか。
命の恩人とはいえ現代人の裕輔、戦国時代のように命をかけてまでご恩を返すという観念はない。
下手したら腕だけではなく、出血多量で死ぬ危険性もあるのだから。

人間誰しも自分の命が大事。
例外はごく希にあるものの、それは生物としての基本であり重大な本能だ。
では、その例外に含まれているものはといえば。

(それでも―――――惚れちまったんだから、仕方ない)

にこやかに笑いかけてくれた笑顔が好きだ。
ちょっと驚いて、クスクスと微笑む顔が好きだ。
ああ、もうチクショウ。本当に俺はヘタレだから、今頃は逃げ出しているのにな。
雪姫様があの非道な末路を辿るかもしれないと思うだけで、恐怖を抑え込めるんだからイカレてる。

嫌われたからどうという事ではない。
胸は張り裂けそうなくらいに痛みを訴えているけど、それらを全てのみ込む。
見返りが欲しいけど、それは強制するものじゃない。俺が助けたいから助けるんだ。

裕輔にとって、雪姫は左腕を代償にしても。
そこから出血多量で死ぬかもしれない危険をおかしてでも助けたい対象になったのだ。

「…ならば何も言うまい。お主の覚悟、見せてもらおう」

ザリ、と土を踏み締めて発禁堕山が刀を抜き放つ。
ギラリと刀の刀身が太陽の光を浴びて煌めき、斬れ味の鋭さを暗に語っている。
そして裕輔の左腕が丁度両足の中央間近に来る様にして、刀を頭上に振り上げた。

…ああ、グッバイ俺の左腕。
惚れた女のためとはいえ、お前には苦労をかけるな。
覚悟を決めて裕輔は眼を瞑り、発禁堕山の一撃が下るのを待った。

<ヒュッ……>

耳に聞こえる風切り音。
裕輔はただ漠然と刀が振り下ろされたのだという事を思った。
そして…………。

「ッッッ、が、がアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!?
痛い、いたい、イタイ!!
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ――――!!

裕輔の頭に占める思いはそれだけで、ただただ激痛に雄叫びを上げる。
口からは言葉になっていない獣の絶叫が漏れ、体をくの字に折って激痛に耐える。
ビシャビシャと鮮血が肘の部分から噴き上がり、顔と言わず全身を血に染め上げた。
ただ痛いという思いと、ヌルヌルとした生暖かい何かが顔に吹き付けているのが裕輔にはわかる。

「あああああぁぁぁぁあぁぁぁ……――――――」

裕輔は失血多量のためか、目の前がどんどん暗くなって眼を開けていられなくなる。
激痛に全身が悲鳴をあげながら、それ以上裕輔は意識を保っていられなかった。



「ほれ、起きんか」

「ぐ、ぅ…」

「さっさと起きろ」

ゆっさゆっさと体を揺さぶられ、裕輔は苦悶の声を上げながら意識を浮上させた。
未だ頭の中には霧がかかったようにまどろみ、覚醒には至らない。
それでも左腕にはしった鋭い痛みに目を開け、きょろきょろと眼球を動かす。

見慣れない天井だと裕輔はぼんやりと思う。
過去に見慣れていた病院の真白い天井でもないし、浅井朝倉の自室の天井とも違う。
ただ板を張り付けただけの簡素な天井は裕輔の記憶の中には存在していなかった。

鉛のように重い首を左右に振って視界を広げて見る。
すると自分の顔間近に迫った真っ赤な天狗顔が視界いっぱいに広がった。

「のわぁぁぁああ!?」

「やっと目が覚めたか。気楽に眠りおってからに」

心臓に悪い光景に悲鳴を漏らして後退する裕輔を見て、発禁堕山は酒を飲む手を止めた。

「しばしゆるりとしておけ。その体に慣れるまでな」

「慣れるって、何――――っぁ!?」

「ほれ見たことか」

咄嗟に立ち上がろうとして左手を床に置いた裕輔はバランスを崩して転がる。
やれやれと発禁堕山はため息をついて、手に持った酒を再度煽った。

「そうだった、俺って…」

裕輔は自分の左手―――包帯が巻かれ、先端が棒のようになっている左手を見て事の顛末を思い出した。
時折鋭い痛みが走るものの、恒常的には痛みを感じない。おそらく修経者の秘伝の薬のお陰なのだろう。
あるはずの物がないという寂寥感は裕輔が思っていた以上の物だった。

「これは貴方が?」

「そうだ。あのままでは死んでしまうからな。
ワシ秘伝の薬をつけてやったから出血と傷の痛みは取れておろう」

肘から先がすっぽり無くなっている自分の左手。
変な感慨と奇妙な感覚に包まれる中、裕輔は発禁堕山に礼を言うが、発禁堕山はむっつりと酒を飲むばかりだ。
裕輔は雪姫を助けられたと割り切っているが、発禁堕山としては納得がいかない。

「ふん、左腕を無駄にしよってからに。馬鹿なやつだ。
いいからお前は暫くここで休んで、何処にでも行くがいい」

発禁堕山からすれば雪姫とはなんら価値のない女という評価なのだ。
その女のために一応認めている男である裕輔が四肢の一つを失うなど、到底許容できない。
けじめのためだという裕輔の意志を買って腕を切り落としたが、本心ではしたくなかった発禁堕山だった。

「そういうわけにもいきません。傷の治療ありがとうございました」

だというのに、何故裕輔はこれ以上価値のない女のために動こうというのか。

「馬鹿な。まだバランスも取れない癖に、何を動こうとしている」

体のバランスというものは非常に精密に出来ている。
左肘から先がないだけで左右のバランスが崩れて体は傾き、まともに歩くことすら難しい。
それなのに小屋から出ていこうとする裕輔を発禁堕山は見咎めた。

「悪い事は言わん。戦が終わるまでここにいろ」

「身を休めていたら戦が終わってしまいます。
戦が始まる前に城に戻らないと。俺には待っている人も、すべき事もありますので」

そういう裕輔の瞳に迷いはなく、今度の足取りは確りした物に変わる。
そこまでして城へと駆けつけようとする裕輔の後姿を見て、思わず発禁堕山は体が動いた。

「勝算はあるのか? 織田の兵を見たが精強、浅井朝倉は及ばん」

裕輔の肩を掴み引き留める発禁堕山だが、その手は裕輔によって払われた。

「それでも、ですよ…僅かですけど、勝算もあります」

今ここで裕輔を行かしてしまった場合、十中八九死ぬに違いない。
発禁堕山はパンダを用いて織田を奇襲した時の事を思いだし、裕輔に忠告する。
あの時のパンダが帰り討ちになった数は彼の想像を遥かに上回っていたのだから。

「意志は変わらんか…」

自分の素顔を見ても態度を変えない裕輔は非常に稀有な存在。
発禁堕山はそんな裕輔を死なせるには惜しいと思ったが、浅井朝倉に再び手を貸すほどにはお人よしではない。
しかしこのままでは裕輔は死んでしまうに想像は易い。

「――――よかろう。自ら死地に向かおうというお前に選択肢をやろう」

ならば裕輔が死なない程度の力を得ればいい。

「―――力が欲しいか? 自分という存在を変質させてでも欲しい力が」

発禁堕山が力を貸すわけではないが、手っ取り早く力を得る方法が一つある。
しかしソレは禁断ともいえる方法で邪道の極みと言ってもいい。
裕輔という個が消えてしまう危険性もある方法。

「……………」

裕輔が了承しようとしまいとどちらでも構わない。
発禁堕山の言葉を吟味するかのように裕輔は黙りこくった。
そして――――――

「教えてください。その方法を」

少しでも可能性を広げるため、裕輔は発禁堕山の提案にのった。









#誤字修正しました。指摘くださりありがとうございます。





[4285] 第十五話
Name: さくら◆206c40be ID:0246ef06
Date: 2009/10/12 16:30
ここJAPANには迷宮というダンジョンが存在する。
各国に一つずつあり、各ダンジョンの最深階には特殊なアイテムがあるとされている。
財宝を求めて迷宮に潜りこむ侍も少なくないという。

「いや、もう大体想像できてましたけどね。
いきなりパンダに乗せられたかと思えば、ロデオ以上に激しい動きでかなり長時間揺られていましたし。
それで到着地がおどろおどろしい雰囲気の洞窟となればね」

裕輔は今、発禁堕山と共に洞窟の目の前にいた。
洞窟の内部は人の手が入っていないため真っ暗で、吸い込まれそうな闇が広がっている。
時間も既に日付が変わろうかという時間帯なので尚更だ。

「ここはどこなんです?」

「とある迷宮の洞窟、とだけ言っておこう。それだけ知れば十分だ」

「…てことはやっぱり」

「そうだ」

シャン、と発禁堕山が釈杖を鳴らして動物を呼ぶ。
すると背後の林から何処からともなくパンダが次々と現れ、我先にと洞窟の中へと入っていく。
数にして大体200を超えた所で発禁堕山は洞窟に足を踏み入れた。

「裕輔、お前にはここで呪を受けて、呪い付きになってもらう」

素人が手っ取り早く強くなるためには正道ではなく、邪道でなくてはならない。
力には代償がいる。大きければ大きいほど、対価となる代償も大きくなるのは必然。
等価交換の原則に裕輔はごくりと生唾を飲み込んだ。

(うすうす感づいてはいたけど…ゴンやこのおっさんみたいになるのかぁ)

発禁堕山のように顔が変形するのも嫌だけど、竜馬みたいに性転換するのも嫌である。
せめてゴンみたいに見た目が変わらなければいいなと思いつつ、裕輔は発禁堕山の後に続いて洞窟内に足を踏み入れた。



「パンダアホ強ぇ」

それが迷宮に入った裕輔の感想だった。

今も裕輔の目の前で血眼のパンダがその凶爪を振るい、ハニ―を一撃で粉砕。
なんかローブを着ている魔術師っぽいのも数頭に噛みつかれて、くたっと動かなくなっていた。
動物園で媚を売っていた奴等とは違い、完全に肉食獣としての顔をしている。

「ワシの動物が露払いをしてくれている。
このまま強い力を持った妖怪の所までさっさと行くぞ」

発禁堕山の言うとおり裕輔達は下層5階に差し掛かるというのに、一度も妖怪とエンカウントしていない。
一度ハ二―に絡まれそうになったが、発禁堕山の横に控えていたパンダの睨みですたこらさっさと逃げて行った。
やはり発禁堕山の能力は強力だと裕輔は感じた。

呪い付きには二つのタイプがある。
力が内に向かうタイプと、外に向かうタイプである。

内に向かうタイプとは身体能力の強化、もしくは特殊能力の追加である。
これは呪い付き自身が強大な力を持つタイプで、毛利元就やゴン、竜馬達がこれに当たる。
常人ではもちえない力を持つ変わりに、肉体に変調が現れやすい。

そしてもう一つは発禁堕山一人が当てはまる、外に向かうタイプである。
力を使う事によって自分以外を使役、もしくは補助や強化をする能力。
裕輔が知る限り、これは珍しいタイプに入るだろう。

両者に共通して言えるのは多かれ少なかれ体に変調をもたらすという事。
発禁堕山は顔に変調が現れ、竜馬は性別がわからなくなり、毛利元就は体の巨大化と共に寿命が短くなり、ゴンは言語能力と五感の幾つかを失った。
それらの異能者達は保護の対象とはなりえなく、廃絶の考えしかJAPANの多くの人は持ちえない。

「………いつまでも居られない、か」

それをこれから得ようとするという事は、つまりそう言う事なのだ。
裕輔は一つの結末を受け入れる覚悟をして更に迷宮の深部へと降りて行った。



迷宮の中は予想と反して整備されている。
人型の魔物もいるためか歩く道もあるし、階段と呼んでもいいレベルの段差もある。
ヘタれで体力不足の裕輔が下層へと進めたのもそのおかげだった。

しかし、それも下層部に行くにつれて様相を変えていく。
まるで人の手が入っていないような洞窟になり、明かりの類も少なくなっていく。
パンダが先行していなかったら、きっと強力な魔物が出現していたに違いない。

「…いいんですか?」

「パンダの事か? かまわん。所詮は駒、操っているだけにすぎん」

迷宮のそこかしこ血塗れのパンダと魔物の屍が広がっている。
無茶なので引き返すべきではと裕輔は提案したが、発禁堕山にとってパンダとは使役している駒に過ぎない。
そこに愛着はなく、ただ戦力としてしか捉えていないのだ。

「それよりも裕輔、気を引き締めろ」

発禁堕山は更に下層に行くための段差を見つけ、釈杖を構える。

「そろそろ目当てのレベルの妖怪が現れてもおかしくない」

呪いをかけられるレベルの妖怪はそこら辺にいない。
少なくてもRPGで言う中ボスレベルの強さがないと呪いをかけられないのだ。
そして妖怪の力が強大であればあるほど、かけられる呪いも強力になる。

次の階層――――丁度区切りのいい5の倍数の階層で、裕輔は初めてこの迷宮で命の危険を感じた。



先行したと思われるパンダの屍が積み上げられ、その階の主は裕輔と発禁堕山を待っていた。

目は赤く爛々と輝き、体中に太く固そうな体毛に包まれている。
体長はおよそ3,5~4mほど、体型もごつごつとした岩のような筋肉に覆われている。
五本の指から伸びる元は黒かったと思われる禍々しい爪は血で赤く染まっていた。

「さ、る?」

「違う。狒々(ヒヒ)だ」

大きさに差異はあるものの、妖怪の顔は猿類によく似ている。
裕輔の間違いを即座に正し、発禁堕山は運がいいと面の奥で笑った。

狒々もとっくに裕輔達の存在は認識しており、裕輔達と目が合う。
狒々はねちょりにちょりと何かを咀嚼していて、それが元はパンダだったと理解すると裕輔は吐き気がした。

「ヒーーーーーーッヒッヒッヒヒヒヒヒヒヒ!!!」

ごくりと肉塊を呑み込むと狒々の口元が頬まで裂け、奇声をあげて笑った。
狒々という名はこの笑い声から付いたとされ、性格は獰猛で残忍。
古来から人や同族である猿などを殺し、齢100年を超えると額に裂け目が出来るとJAPANでは言われている。

「運がいいな」

「何で運がいいんだよ!? さっきから首筋がチリチリを超えてジリジリしてるわ!
命の危険を感じまくって、脚が足踏みを始めてやがるじゃねぇかよ!」

「それは単に怯えて脚が震えているだけだろうて」

だが本当に発禁堕山は運がいいのだ。
日本の妖怪とは有名なほどに対処法も知られており、効果は甚大とされる。
今回迷宮探索において発禁堕山は酒などの幾つかの道具を持ってきており、その中に偶然狒々に対する武器が入っていた。

「よし、裕輔。これであやつを刺してこい」

「何がよし♪なのか全く理解できねぇ!」

完全に冷静さをなくして敬語もやめてしまっている裕輔に、発禁堕山はある物を握らせた。

「なに、パンダを突撃させて援護する。
それで体のどこでもいいが、出来れば急所を狙って刺せ」

それは一本の錐。
狒々の唯一の弱点とされ、口より上を刺せば一撃で絶命すると言われている。
だが刺す場所に限らず狒々の弱点とされているので、普通に攻撃するよりも遥かに効率がよい。

完全に及び腰で戦わせられるとわかった瞬間、裕輔の意識は降りてきた段差へと向ける。
これなんて無理ゲ!? と裕輔が半泣きで逃げ出そうとしたが、狒々はついに猛然と襲いかかってきた。










あとがき

指摘を受け、名前欄を変更しました。
また懸念されている戦闘力の強化などはありません。
あくまで戦いでの武器は【逃げ脚】と道具だけでこれ以降も行きます。



[4285] 第十六話
Name: さくら◆206c40be ID:0246ef06
Date: 2009/10/13 17:55
狒々の攻撃は禍々しい爪と鋸のような歯だ。
妖怪の並はずれた筋力から繰り出される爪撃はパンダを切り裂き、絶命させる。
また身軽に動き回って一方的に殺戮を繰り返していた。

他愛もなく、天狗面が連れてきたパンダは既に8割以上が地に伏せている。
しかし狒々にとっても鬱陶しい蠅が一匹飛んでいた。

「やってやるよコンチクショウ!!」

裕輔は泣き叫び、覚悟を決めて狒々の周りを走り回る。
覚悟を決めたというよりも自棄になったという表現が正しいかもしれない。
目から滝のような涙が流れ、口からは常に悲鳴が漏れていた。

驚くことに、裕輔の移動スピードは身軽な狒々を上回っていた。
動物の身のこなしに慣れないため若干裕輔が早い程度ではあるが、その若干は時がたつ毎に差は広がっていく。
裕輔に速さの面において有利に状況は傾いて行く。

スピードで上回る裕輔なのだから、ちくっと刺すぐらいは可能。
発禁堕山からすれば十分に刺せる場面もあるのだが、中々裕輔は攻撃に移らない。

「ひぃ、死ぬ!」

それは裕輔に度々放たれる凶爪による一撃のせいだった。
裕輔は避ける事が出来るのだから、反撃も理論上は可能なのだ。
しかしその威力と絶命していくパンダの凄惨さを目の当たりにしてしまうと、体が縮こまってしまい攻撃できない。
当たらないという絶対の保障がないという事は、死ぬという危険と同義なのだから。

「―――――あ、れ?」

あんな攻撃を受けたら死んでしまう。
だが、何故自分は死をこんなにも恐れているのだろう。
確かに痛いのは嫌だが、腕を切り落とされた時より痛いという事はないだろうに。

死を恐れるのは失う物があるという事。
しかし、裕輔はこの世界で失うような物があるのだろうか。

両親はおろか肉親も一人もいない。
太郎は弟分で可愛い奴だが、まだ会って半年もたっていない。
裕輔の背中にある物は太郎くらいで、太郎の事も浅井朝倉にいれば悪い事にはならないだろう。男だし。

ランスは女にとっては危険だが、男にとっては基本的に無害である。
また織田のトップ達、3Gや香姫達は人道的であり悪い人ではない。
仮に戦に負けたとしても、太郎は生きていける。

「ああ、そうだよな」

ある答えに行きつくと、裕輔は今までの怯えが嘘のように落ちつきを取り戻す。
かろうじて持っていた錐を順手にしっかり持ち、狒々の死角に回るように移動した。

裕輔にはこれから得る物はあったとしても、失う物は余りに少ない。
失う恐れに怯える必要はない。なら、これからは得るだけなのだから。

裕輔が狒々の左側面に回り込み、迅速に距離をつめていく。
発禁堕山は今までと違う裕輔の面構えを感じ取り、すぐさまパンダを使役した。
意図的にパンダを右側面から襲いかからせ、狒々の注意を右側に引きつけたのである。

「ヒイイイイヒヒッヒャハハッハハーー!!!」

「怖くない! 怖くない! ぶっちゃけ漏らしそうだけど怖くねぇぞ!」

あらゆる意味で裕輔はここで吹っ切れた。
死という概念があるこの世界で死を忌避し、免疫がないに等しかった裕輔。
だが裕輔はここに来て初めて、生きるために他の命を奪う覚悟と選択をしたのである。

「ッづあ!?」

裕輔の突撃を察知した狒々が無造作に左腕を振う。
裕輔を見もせずにふるわれた一撃だが、裕輔にとっては死神の鎌も同然。
吹っ切れたもののまだ硬さを残す裕輔の腹から血飛沫が舞い、苦痛に顔を歪める。

「――――だらっしゃあ!」

しかし、それは薄皮一枚を切り裂いただけ。
裕輔はその身を弾丸として狒々に吶喊する。

「ひゃひ!?」

裕輔の狙いは狒々の戦闘の基盤となっている脚。
本当は心臓や顔面を狙いたかったのだが、身長の差から裕輔の手は届かない。
ならば手が届き筋肉も薄い膝関節に鋭い錐を突き刺そうと、体ごと突撃して接触の瞬間腕を伸ばす。

<グサリ!!>

「ぎぃ…!? ギヒャァァアアアアア!?」

裕輔の神速の逃足の脚力で、後先を考えずに我武者羅に吶喊したのだ。

それが命中しなければ嘘というもの。
吶喊の際に生じた運動エネルギーそのままに突き刺さった錐は根本の柄の部分まで刺さっている。
しかも使われたのは錐であり、狒々が被ったダメージは甚大で深刻。

激痛に苛まれ、狂ったように腕を振り回して暴れる狒々。
裕輔もはっと我に返って錐を抜こうとするが、ふかぶかと刺さっているため抜けない。
仕方なく裕輔は持ち前の逃げ足で腕が届かない範囲まで後退する。

狒々にとって、錐による攻撃は未知だった。
今まで狒々の弱点を突いてくる人間などいなく、また彼が今まで戦ってきた人間とは餌に過ぎない。
それ故目の前の裕輔は途轍もない恐怖の対象に狒々は映ったのだ。

たった一本の細い武器を刺すだけで、尋常ではない痛みを植え付けられた。
また狒々に裕輔の動きとはかろうじて視界に映るレベルで、とてもではないが攻撃が当たるとも思えない。
しかも激痛の元となる錐を膝さから抜こうとしても、溶ける寸前の鉄のように熱く感じて掴むことすら出来ない。

狒々は妖怪として、初めて命の危機を感じた。
だから彼が自分の力を削ってでも、『その力』を行使するのは自然な流れ。

狒々は滔々と膝から流れ出る血を手につけ、裕輔に自らの血を弾いて飛ばす。
裕輔は咄嗟に顔に飛んできた血を肘までしかない腕で庇ったため血が目に入る事はなかったが、腕に血が付着する。
狒々はそれを見るとニタリと顔を歪め、『その力』を行使した。

「ぁ…あぁぁぁあああ!!!!!?」

「む…始まったか」

どろりと腕から何かが入りこんでくる感触を感じた裕輔は次に全身に焼けるような熱を感じた。
まるで焼きゴテを体に突っ込まれたかのような感覚に身を捩り、裕輔は地面を転がりまわる。
発禁堕山は目的であった儀式が始まった事を悟り、裕輔を守るようにパンダを配置した。

そう――――呪いが始まったのだ。

まるでドロリと得体の知れない何かが腕を介して裕輔の体を侵食していく。
燃え盛るように熱いのに、背骨に凍柱を突き刺されたような悪寒も感じる。
全身を苛む異物感に裕輔は耐えられず、地面をのたうち回る。

そんな責苦が一分か二分か。
裕輔から永遠にも感じた感覚は徐々に収まり始め、全身に汗をびっしょりと掻いた。
だがその衝動もやっと収まり、裕輔の目の焦点が定まった。

「がっは…ふぅ、は………」

喉がカラカラに乾いている。
誰かに助けを求めるように差し出した裕輔の手に、発禁堕山は竹筒に入った水を渡す。
それを一気に飲み込むと、裕輔はようやく正気に戻った。

「終わった、んですよね?」

「ああ、終わった。これでお前は今日から忌み嫌われる『呪い付き』だ」

「…イジメないでくださいよ。今は余裕がないですので。
それよりあの狒々? でしたっけ。あの妖怪は?」

「あやつなら、ホレ。お前が苦しんでいる間に逃げよったわ」

洞窟の地面には点々と血だまりが出来ており、おそらく狒々が逃げだした後なのだろう。
狒々の姿は既に消えていた。しかし、当初から仕留めるつもりはない。
呪い付きの呪いは、呪いをかけた妖怪が死ぬと解けてしまう。

つまり狒々をここで仕留めるという事は今までを無意味にするという事。
全てが終わり、一応は成功したと理解が及ぶと、安堵してへなへなと裕輔は脱力した。

「もう動けません。お願いですから、上まで連れて行ってくれませんか?」

「断る…と言いたい所だが、まぁよかろう。
体力を使い果たしていることだろうしな。それより」

一頭のパンダに命じ、裕輔を背に乗せる。
う…と意識が遠くなり呻く裕輔を余所に、発禁堕山は確信をつく質問をした。

「自分の能力を理解したか? それに伴う代償も」

疲れ果てながらも裕輔はこくりと頷く。
そうか、と発禁堕山はそれ以降何も話さず、迷宮の上層を目指して脱出した。
その時裕輔は発禁堕山の顔が天狗の面に阻まれ見えなかったが、何処か遠い目をしていたような気がした。



迷宮の外に運ばれた裕輔は木にもたれかかり、体力の回復に努めていた。
心身ともに疲れ果てているが、口は動く。ならば協力してくれた発禁堕山に話さねばならない。
ここまで何もかもお膳立てしてくれた発禁堕山に。

「…今回はありがとうございました。
お陰さまで俺は何らかの能力を得られましたよ」

「して、その能力とは? そしてそれに伴う代償とは」

「簡単に説明します」

あの永遠にも似た責苦の中、裕輔の脳裏には何かが強く刻みつけられた。
裕輔にかけらえた『呪い』についての力と、その代償。
裕輔はもう発禁堕山は気付いているだろうと思ったが、肘から先がなかったはずの左手を掲げた。

「代償ですが、左腕と時間がたつごとに少しずつ妖怪化します。
さっきまでは肘まではあったのですけど、見事に侵食されていますね」

それは人の腕というにはあまりに異形だった。
五本の指はあるものの指先まで濃い体毛に包まれ、爪はあまりにも長い。
その濃い体毛は肘と無事だった肩の中間の部分まで異形と化している。

「猿の手、と言ったところか。狒々の影響が色濃く出たな。動くのか?」

「いえ、ピクリとも。
どうやらコレは俺の腕じゃないみたいです」

それはまさしく猿の手だった。
だが伝承とは違い、この猿の手には願いを3つ叶える力なんて大層な物はない。
ただ裕輔の体を蝕むだけの呪いだった。

「時間がたつごとに侵食していって、最後には猿になる。
なんとか呪いが体を乗っ取る前に狒々を殺さないといけませんね」

「…他には、あるのか?」

事実のみを裕輔は発禁堕山に伝える。
しかし裕輔自身の感覚からしても、侵食スピードはかなり遅そうなのであまり焦ってはいない。
いざとなったら3Gがいるので、場所さえわかればお人よしに頼んでなんとかしてもらえばいい。
具体的に日光とか日光とは日光とか日光を持った奴に。

「あとは…言いたくありません」

今度は悲壮感たっぷりに呟いた裕輔に発禁堕山はたじろいだ。

「うむ、その、なんだ。それで能力とはどういったものだ?」

あまりに裕輔が落ち込んでいるので、発禁堕山は居た堪れなくなった。
話題を逸らすために、裕輔の利となる部分について訊ねる。

「あ、そうでした。詳しくは俺もわかりませんが…何かを呼び出し、使役する能力のようです」

「ほう。ワシと同じか」

使ってみますね、と裕輔は意識を集中する。
何が呼び出され、従わせる事が出来るかまでは裕輔もまだわかっていない。
そのため裕輔自身もドキドキしながら念じたのだが―――――――――

<チュン、チュン…>

「…………」
「…………」

<チュン、チュンチュ、チュン!>

「久々にクソワロタ」

言葉とは裏腹に裕輔は絶望に沈んだ。

裕輔の呼びかけに応じて馳せ参じたのは、数十匹の雀(すずめ)だった。
しかもこんな夜中に呼び出されて不満なのか、裕輔の頭をつついている奴もいる。
続いて念じるも来るものは雀ばかりで、他には何もこなかった。

これには発禁堕山も絶句するしかない。
下手したら死にかねない呪いを受け、代償として得る力は雀を使役する能力。
笑う事しかできないを通り越し、黙りこくる事しか出来なかった。

しかし、何故に雀? 普通は狒々の呪いからして、猿ではないだろうか?

「す、雀だって使いようによってはどうにかなるのではないか?」

「例えば何です? 相手の頭にフンでも降らせるんですか?
わー、凄いや。フンの絨毯爆撃で相手を真っ白に染めてやる!!
あーっはっはっはっはっはっは!!!! 殺せ! いっそ俺を殺せー!」

「ええい、正気に戻らんか馬鹿ものめ!!」



「すみません、取り乱しました」

「うむ…まぁ、無理もないだろうが」

その後十分は壊れたかのように笑っていた裕輔。
今では大分落ち着いたが、それでも大分気落ちしている。

「それじゃあ。俺は行きます」

しかし、まぁやりようによっては役立つかもしれない。
裕輔はそう強く自分に言い聞かし、よっこらせと立ちあがる。
少しの休息を取り、歩いて移動できるほどには回復した。

「行くのか?」

「無論です。それにもう夜明けですしね。
そろそろ戻らないと、織田との戦の準備が間に合わないかもしれません」

太郎の件、鉄砲隊の件と色々しなければならない事が沢山ある。
裕輔はもう一度発禁堕山に礼を言って戻ろうとしたのだが――――

「パンダに乗って行け。帰り道わからんだろう」

それもそうだった。
発禁堕山の申し出を受け、裕輔は有難く甘える事にした。
パンダの背に乗り、裕輔は今度こそ発禁堕山と別れて浅井朝倉の城へと戻る。

「………」

それを発禁堕山は黙って見送っていた。
城には戻らず、ここで暮したらどうかという言葉は喉を通る事はなかった。
今は呪い付きに自分からなったと裕輔が思っているから大丈夫だが、お膳立てしたのは自分。

呪い付きになった事を後悔しないものはいない。
少なくても発禁堕山はそう思っていたし、例外は毛利元就くらいなものだろう。
ここまでお膳立てした裕輔が自分を何時恨むかと思うと、とてもではないがいい出せなかった発禁堕山だった。

「……それにしても、もう一つの代償とはなんだったのだろうか?」

次々と自分の体ではなくなっていく恐怖よりも深刻そうな顔をした裕輔。
それは一体何なのだろうか、と発禁堕山は不思議に思った。



「嘘だ…嘘だと言ってくれよ…今までずっと一緒だったじゃないか!」

一方裕輔はパンダの背に揺られながら、悲壮感を滲ませて呼びかけていた。
頭では理解出来ているが、心では納得など出来ようはずがない。

「ちくしょう…ちくしょう!」

いくら妄想を爆発させようと、彼の分身はうんともすんとも言わなかった。
彼の失った物、それは――――――男として大事な物だった。

「認めたくない。認めたくないぃぃぃィィィィイイイイイ!!!!」

不能、いんぽっしぶる。END。
生活する上で支障はないが、男としては余りに辛い現実。
裕輔は人知れず、パンダの背の上で泣いた。






















あとがき

本当は髪の毛も抜けて、永久禿げになるところでした。
しかしそれは余りに可哀そうだという事で、作中だけの呪いの代償に。
ちなみに呪いの代償は呪いが解けると、以前の通り元通りに戻ります。




[4285] 第十七話
Name: さくら◆206c40be ID:0246ef06
Date: 2009/10/18 16:37
農民兵、総勢500名。
普段は農業をしている彼等だが、戦になった場合徴兵され兵士の一員と数えられる。
しかしそれは普段から調練されている兵士と比べると、単純な命令しか実行できないので数合わせとしか見られていなかった。

そんな彼等が大事な戦前に屋外の広い広間に集められた。
彼等も何事かと互いにぼそぼそと相談しながら集まったのであるが、そこでは家臣筆頭の朝倉一郎が既に居たのである。
慌てるように彼等は頭を下げ、一郎の話を聞いたのだが、それはまた彼等にとって奇妙な事だった。

『君たちには新しい武器の運用を覚えてもらいたい』

そう言って一郎の傍に控えていた者達が農民兵達に黒光りする鉄の塊を手渡す。
ずしりと重い鉄の塊を渡された農民兵はこれでどう戦うのかと思ったが、一郎の前。
了解しましたと頷き、これから手本を見せるという技師たちの挙動を目で追う。

技師たちはテキパキと流れるように動作を完了させる。
農民兵達は一度見ただけでは挙動を再現できないだろうが、そこまでは難しくなさそうだとほぼ全員が思った。
準備が終わったという技師たちがこれから実演を見せるので、よく見て欲しいと言う。そこでまた農民兵達は頭を悩ませた。

技師たちは地面に膝をつき、鉄の塊を肩に担ぎ、両手で押さえ込む。
そして密集するわけでもなく、一列になって横並びに構えたのである。
戦場で地面に膝をついてジッとする。それは今までの彼等の常識からはかけ離れた行動だ。

――――そして、次の瞬間に耳にした音も常識からはかけ離れていた。

<ドガーーーーン!!………>

空気を震わせる轟音と破壊力に、その場にいた誰もが腰を抜かして恐れ慄く。
体を固くして見逃した者が多いが、なんと鉄の塊の先端が火を噴いたのである。
一郎は二度目ではあるが、改めて鉄砲の凄まじいまでの轟音と威力に度肝を抜かれた。

敵として見たてられた的は蜂の巣になっていた。
鋼鉄の弾丸が通り過ぎ、鎧さえも容易に突破して後ろに通り過ぎている。
JAPANの戦術思想に大きな革命を起こす兵器が目の前にあった。

「…裕輔君。君のお陰で、勝てるかもしれない」

これほどまでの威力を有する鉄砲だが、扱いは素人でも一日あれば使えるようになるらしい。
そう一郎は事前に種子島家から来ていた技師たちに説明を受けていた。
命中率を無視すれば、弾を装填して撃つくらいまでの動作はどんな奴でも一日で習得できると。

もっとも敵が眼前を覆い尽くす戦場で、まっすぐにさえ撃てれば誰かには当たる。
下手な鉄砲数打ちゃ当たるという諺があるが、撃った分だけ当たると言った塩梅に。

誰にでも扱えて、高い効用。
それが優れた兵器としての概念である。
その点で鉄砲は何十年もの修練を必要とする刀や弓などに比べて、遥かに兵器として優秀だった。

「各自、種子島家よりの使者の指導を早速受けてくれ!
時間は明日の昼までには必ず習得するように! わかったな!」

悲鳴を上げて鉄砲を落とした農民兵達はおそるおそる足元に落ちている鉄砲を拾う。
彼等に残された時間というものは余りに少ない。

(まだ間に合うはずだ…織田の本隊が到着するまでには)

織田軍、尾張の城より出兵。
その報せを一郎が受けたのは、つい先ほどの事だった。



夜が明け、裕輔は浅井朝倉の領内にまで帰ってきていた。

【報酬は豆200粒でどうよ? 年間契約もやろうと思えば出来るけど】

「いや、別にそれは構わないんだけど…豆200粒って高いの? どうなの? 雀業界的には」

【そんなことはないっすよ! ねぇ、玄さん】
【おうともさ】

さて、ここで裕輔以外にも人がいたら大層気味悪がるに違いない。
何故なら裕輔は先ほどから『一人』で、虚空に向けて話しかけているようにしか聞こえないのだから。
しかし裕輔の頭が狂ったというわけではなく、ちゃんと話し相手がいるのである。

「それで、年間契約とやらをすれば話せるし、ずっと従わせられるわけだな」

【そういうこった。別に雀はどこでも集められるが、その時その場にいる雀しか集められねぇ。
その点年間契約した雀ならラインが出来るから会話もできるし、ずっと会話もできるって寸法よ】
【雀を集めるって言っても、ちょっと時間がかかりますからねぇ】

それはなんと、裕輔の頭の上に乗ってチュンチュン囀っている雀なのだ。
なんと裕輔は雀と会話する事が呪い付きになる事で可能になったのである!
ちなみに会話をリアルでどのように交わしているかというと、こんな感じになる。

「あれ…? けど、まだ契約も結んでないのに、なんでお前ら話せるの?」

「ちゅ、ちゅちゅちゅ、ちゅ【そ、それは…ふ、懐に入ってある非常食を見ればわかるんじゃねぇかな?】」

「…って、オイ! 非常用の干飯がなくなってるじゃねぇか!?」

「チュンチュン!【細かいことを気にしていると禿げるっすよ】

こんな感じになるわけである。

しかし、こんな会話副音声付の会話をしても誰得なので、翻訳したものを直で記す事にする。
今は人がいないからいいが、人がいる場所ですれば裕輔は完全に夢の世界の住人となっていた。

「それで聞きたいんだが…お前らって、俺の能力でどこまで操れる? 他にも操れないのか?
例えば鷹とかもっとカッコいい奴」

【フハハッ、ワロスwww そこは私が説明しましょう】

チチチチ、と一羽の雀が裕輔の肩にとまる。
心なしか頭のよさそうな顔をしており、キリッとしている。
なんか説明キャラっぽい奴が出たなぁと裕輔は思った。

【まず呼び出せる範囲ですが、半径2km程度ですね。
というか鷹? 貴方も好きですね、厨二病乙wwww】

「………(なんだコイツ、果てしなくウゼぇ)」

【そして操れる数ですが…今のところ50羽くらいが限界じゃないんですか?】

発言もかなりウザい物があるが、内容がとても重要な事をこのインテリ雀は言った。
裕輔は聞き間違いであってほしいと思いながら、インテリ雀に聞き直す。

「50羽が限界…? たった、そんだけ? 発禁堕山のおっさんはおかしいくらいの数を操ってたぞ?」

【彼と貴方では年季が違いますしね。
せいぜい今の貴方の呪いの侵攻度から言っても、およそ50が妥当です】

発禁堕山がもう何年も呪い付きとして生活していたのに比べ、裕輔は昨晩呪い付きになったばかり。
そこに格差が生まれるのは当然であり、発禁堕山のほうが呪い付きとして格上だった。

【まぁゆっくりやればいいんじゃないんですか?
ニュータイプだって、始めは一般兵よりちょっと強いくらいなんですし】

「…なぁ、さっきから気になってたんだけど。
何でお前らそんな言葉知っているの? この時代にニュータイプとかいないし、知らないよね?」

先ほどから雀の話す言葉の中には、到底この時代では知りえない単語が多数ある。
お前ら時代考証を無視するんじゃねぇと裕輔は雀に訊ねた。

【簡単に説明しますと、私たちの言葉は貴方に伝わる時も雀のままです。
しかし、貴方の脳が音を認識する際に、貴方の脳内で一番私たちが伝えたいものに近いニュアンスに変換されます。
つまり貴方の脳内でわかりやすい言葉に置換されるわけですね】

つまり、雀の鳴き声(雀のまま)→耳で音の振動を感じ取る(雀のまま)
→振動で伝わった音を脳で識別する(ここで変換)→ぼく、スズメのことばがわかるんだー。
という脳内メルヘンが完成するのである。

「けど、雀の脳って相当小さいはずなんだけどな…」

【お? 聞き捨てならねぇな? 雀ディスってんのか?】
【玄さん落ち着いて! 流石にくちばしで目をつついたらマズイですって】

基本的に裕輔の命令に忠実だが、命令されていない時は自由のようだ。
一度裕輔が確固とした命令を下せば命令に従うが。

(しかし、纏めてみると…)

1. 操れる動物は今のところ? 雀のみ
2. 操れる数は一度で最大およそ50。しかも、半径2kmの範囲内にいる限り
3. 雀と契約したものに限り、常時侍らせて使役する事ができる
4. 契約した雀とは会話ができる。ただし、かなりウザい。しかも意図的に聞こえなくしたりとかは不可

「なんだよこれ…全然使えないじゃねーか…」

これだったら式神のほうがよほど使えそうである。
原作では鬼などを一般兵の陰陽師も使役していた事だし。

代償として失ったものは左腕と男としての尊厳。
等価交換って何? おいしいの? いや、生きていくには問題ないけどさ。
さめざめと涙しながら落ち込んでいる間に、何時しか浅井朝倉の城の前まで辿り着いていた裕輔だった。

(着いたんだから、早く降りてくれねぇかな…)

そんな事をパンダが思っていたかどうかは謎である。











ステータスが更新されました。

森本裕輔(呪い付き) 職種:無 Lv.3/15

攻 1
防 1
知 5
速 1*
探 1
交 6
建 1
コ 2 

技能:神速の逃げ足

命に関わる危険を察知した場合にのみ発動。
発動した場合に限り【速】が9に上昇する。
しかし意図的に発動は出来ず、また命の危険性がなくなった時点で効果はなくなる。

技能:現代知識

現代において大学生程度の学力と知識を持っている。
あくまで一般的なレベルだが、それでもこの時代からすれば高水準。

技能:動物使役

呪い付きになった事により、雀を操れる。
効果範囲は半径2km、最大操作数は50羽。
呪いが侵攻して強まる事により、操作数と効果範囲は増加する。

技能:動物使役2

使役する動物と契約する事により、意志疎通が可能。





あとがき

気がついたらドSになっていた件について。
あるぇー? 禿げを無しにしたから、Sじゃないと思っていたのですがw
これで裕輔を禿げにしていたらドS神になっていたかもしれません。




[4285] 第十八話
Name: さくら◆206c40be ID:0246ef06
Date: 2009/10/21 21:01
裕輔は一人、城内をこそこそと隠密ごっこをしながら移動していた。
では何故人目を気にしながら移動しなければならないかというと、これには理由がある。

裕輔は上半身に何も身に付けておらず、半裸だった。
別に裕輔がHENTAIに目覚めたわけではない。だから見限るのはちょっと待って欲しい。
そのわけとは主に裕輔の猿の手と化した左腕にあった。

パンダに城の前まで送ってもらった裕輔だが、ここである事に気づく。
左腕を斬り落とされ、そのままにここまで来てしまったという事に。
つまり腕を斬り落とされた際に一緒に服が肘の部分まで切り裂かれていたのだ。

結論を言うと、裕輔の猿の手は外部に露出されていたのです。
誰の目にも一瞬で呪い付きとバレてしまう仕様は裕輔にとって拙かった。
まだ現時点で呪い付きの事は誰にもバレてはいけないのだから。

そのため裕輔が取った方法は簡単明白なもの。

『お前、なんで上半身裸なんだよ…気でも狂ったのか?』

『ハダカで何が悪い!!』

上半身の着物を脱ぎ、猿の手である左腕に巻きつけたのである。
門番は上半身裸の裕輔を怪しんだが、裕輔の顔はちゃんと覚えていたので城の中に通す。
こうして城の中には入れた裕輔だが、流石に裕輔も知りあいに上半身裸を見られるのは恥ずかしい。

ちなみに雀達は現在城の周辺で適当に過ごしている。
頭に三羽の雀を止まらせていたら不審がられる事間違いないなので、当然の措置だ。

「俺の部屋、遠いな…」

見られたら恥ずかしいため、裕輔は自分の部屋を目指してこそこそ隠れながら移動していたのである。
城内は合戦前で人が少なく、またいたとしても慌ただしく動いているので裕輔は発見されていない。
これ幸いと裕輔は自分の部屋まで突っ走ろうと思ったのだが――――――

「裕輔さん! です、よね…?」

ビクゥとドッキリ仰天する裕輔。
しかし話かけられたのは男の声であり、雪姫の可能性がある女性の声ではない。
その事にほっとして裕輔は話しかけられた方向に向いた。

なんだかんだ理由をつけても、裕輔が人目を忍ぶように移動していたのは雪姫と会わないためだったのである。
誤解を解くも現時点ではどうしようもなく、少なくとも話し合うためには織田との戦が終決しなければいけない。
もっとも織田との戦が終わっても、展開次第では話し合う事も無理かもしれないが。

「なんだ、太郎君か…」

「なんだ、じゃないでしょう。
種子島家に逗留すると聞いて驚いて、織田と戦になると聞いて二度驚いて。
本当にもう生きて会えないかもしれないかと思いましたよ」

そこにはいつも通りの恰好をした、普段通りの呆れ顔の太郎がいた。
だが同時にそれはこの城内において不自然な格好でもある。
太郎くらいの年齢の子供も志願し、城内にいる【最低限】戦える男は全て鎧をつけているのだから。

「ともかく話したい事があるんです。早く僕達の部屋に」

切羽詰まった様子で太郎は裕輔の腕を取り、裕輔と太郎に宛がわれた部屋へと連れて行こうとする。
裕輔はここで太郎について行くかどうか一瞬悩んだが、結局太郎について行く事にした。
一郎の所にも早く向かわねばならないが、太郎の今後をどうするかも話し合わなければならない必要がある。

「それで裕輔さん。この腕どうしたんですか? 血もついていますけど…」

「なに、ちょっと夜盗に襲われて怪我をしたんだ。
そんなに大した傷じゃないから大丈夫だよ」

裕輔の人間の腕を引いていて疑問に思った太郎に、なんでもないと返す裕輔。
この言葉は予め用意していた答えなので、すんなりと口から出てきた。
何故裕輔が裸かという追及がなかったのは裕輔の顔に翳りが見えたので、太郎が触れないでおこうと配慮したためである。
未だに不能となったショックが完全に抜け切っていない裕輔だった。



「織田に黒髪の弓手。つまり太郎君は――――」

「はい。姉さんではないかと思っています」

少なくない可能性だとは思っていたけど、実現したか。
それにしても落としたばかりの国の将を迎えるなんて、正気の沙汰とは思えない。ランスはやはりどこかおかしい。
しかも部隊まで持たせるなんて、特攻されるとは思わないのだろうか。

俺は連れてこられた懐かしの自室にて、太郎君から相談を受けていた。
実際俺も噂をまた聞きした程度の知識しかなかったので、太郎君の話は重要である。
織田との初戦の様子を聞き、そして―――太郎君の悩みの焦点となっている『黒髪の弓手』にまで聞き及んだ。

十中八九太郎君の姉、山本五十六ちゃんだろう。
…いかんいかん、つい癖でゲームの時と同じ名称で呼んでしまった。
まぁ脳内でだから、皆(?)許してくれるに違いない。無問題なのだ。

「それで太郎君、君はどうしたい」

「どうしたい、って…どういうことですか?」

「どういう事も何もないだろう。君は姉上の所に行きたいのかどうかという事だよ」

正直なところ、太郎君はすぐにでも会いに行きたいのかもしれない。
当時二人の行動を縛っていた足利超神はいない。いるかもしれないが、完全に力を失っている。
会いに行こうと思えば、それこそ純粋に離れている距離しかないのだから。

「そんな。確証もないのに、敵の将に会いにいけませんよ」

しかし困った事に、今度は戦という壁が二人を隔てているのだ。
せめて五十六がいる織田が浅井朝倉と違う国と戦をしていたなら、状況も変わってくるというのに。
神様がいるとしたら、なんとも意地悪な事だ。

…あぁ、そういえばいたんだっけ。この世界には。
通称クジラとかいう性悪な神様が。

太郎君が行動に踏み出せない最大の理由は織田と戦をしているという事にある。
今浅井朝倉から織田へと向かおうというものならば、それこそ裏切り者として切り捨てられてもおかしくはない。
命を助けてくれた浅井朝倉への恩返しというのもあるかもしれないけど。

しかしながらどっちの理由にしても、俺が彼に言う言葉は決まっている。

「太郎君、君は織田に行くんだ」

今後の事も考えて、太郎君は織田へと向かうべきだった。

「け、けどですね、裕輔さん」

「種子島家の技師さん達、鉄砲の使い方を教えたら半分以上種子島家に帰る事になっているんだ。
技師さん達と顔見知りだし、彼等にお願いして織田を経由してもらう。
太郎君は彼等の一団に混じって織田に入れる」

ちなみに浅井朝倉に残る半分は実証データを持ちかえる人達。
種子島家と同盟を結んだわけではないので、戦には参加してくれないのが戦力的に痛い。
実証データを持ちかえる人達はいつでも逃げられる場所に待機してもらい、浅井朝倉が滅びるようであれば即逃げてもらう手筈になっている。

狼狽している太郎君に俺は尚も強い言葉で促す。

「もし仮に例の武将が太郎君の姉上ではなかったとしても、そのまま種子島家へ行けばいい。
国主のおっさんはいい人だから悪いようにはしないと思う」

万が一例の武将が五十六ではなければ、そのまま種子島家に亡命すればいいのだ。
数百人単位だったらともかく、太郎君一人ならば重彦のおっさんも迎え入れてくれるだろ。
知らない仲じゃないし、手紙も添えておけば多分大丈夫だ。

それに現時点では捕虜屋敷に五十六がいたとしても、織田で弟が探していたという情報は確実に五十六まで伝わる。
太郎君の話を聞いている限り原作と同じ人物のようだし、ランスに出す条件も同じか限りなく近いものになるはず。
そう考えると、いずれ種子島家にまで五十六が辿り着くのは自然な成り行きだ。

…考えたくはないけど、戦死している可能性もある。
けれどその場合は種子島家にいるほうが、ここにいるよりもマシだろう。
今の浅井朝倉は最後の一兵まで戦う決死の雰囲気だが、種子島家は商売さえできれば降伏してもいいや的な考えだったし。
今ここに残って太郎君が合戦に参加すれば、死んでしまう可能性が高すぎる。

「行ってもいいので、しょうか…?」

「良いに決まってるだろ、常識的に考えて。
浅井朝倉への恩義を感じているとかなら心配するな。俺がしっかり返しておいてやるから」

「えッ!? ゆ、裕輔さんは一緒に来てくれないのですか!?」

どうしてそこまで驚くのだろうか。
太郎君は初めてその事実を知ったという風にとても驚いている。
あれ? この話は俺がここに残る前提での話だったのにな。

「当たり前だろ。俺は一応一郎様の家臣なんだぞ。
太郎君みたいな子供が技師さん達に紛れていたってそこまで目立たないけど、俺が紛れたら一発で終わり。
士道不覚悟やら、裏切りものとかで斬り捨てられてしまうよ」

うん、容易に想像できるね。
逃げ出す腰ぬけなど、浅井朝倉にはいらんわー! とか言って。
想像の中で俺が切り捨てられる相手が使用人長なのがむかつくけど。

「だったら、僕も残ります! 僕だって、そこらの兵よりかは余程戦え」
「太郎君―――――自分の目標、忘れてないか」

厳しい俺の言葉に太郎君は裏切られたみたいな悲壮な表情を浮かべるけど、手を緩める気は俺にはなかった。

「太郎君には山本家を再興するという大きな目標があるじゃないか。
そしてそれをするなら太郎君一人より、君の姉上と一緒のほうが確実に目標を達成できる」

ここで燻っているより、織田の五十六と合流したほうがいいに決まっている。
もし例の弓兵が五十六ならば、既に一部隊を任せられている立場にある。
五十六と太郎君、姉弟で武勲を立て続ければ、一国一城を任せられるのも夢ではない。

そしてそれを理解できるからこそ、太郎君は何も言えないのだ。

「もし本当に君の姉上が織田の将になっていたら、講和の時は力添えしてくれるように言っておいてくれよ」

ポンポンと俯いてしまった太郎君の頭を撫でる。
これが最後の別れになる可能性もないわけで。
いやー、太郎君にはこっちの世界に来てから随分と世話になったからね。

「…わかりました。僕は、織田に行きます」

俺の諭すような説得に、太郎君は何かを決意した男前な表情を浮かべる。
俺はそんな太郎君の表情と言葉を聞き、にやりと笑ってグリグリと頭を撫でた。

最初は川で流れてきた所を助けてもらったんだっけ。
俺だったら絶対死体が流れてきたと思って、放置だろうね。
だってホラ、俺って基本ヘタレだし。

「よし。なら俺から技師のおっさん達に話を通しておく。
皆気のいいおっさんばかりだから、心配しないでいい」

「――――はい。裕輔さんも、お元気で」

それから村に案内してくれて、飯を食わせてくれて。
太郎君と出会わなければ、俺の命はあそこで終わっていたかもしれないな。

「はははは、俺が元気じゃないみたいじゃないか」

「…そうですね、元気だけが裕輔さんの取り柄ですしね」

それから村が焼かれて、一緒に逃げて、浅井朝倉に拾われて。
種子島家に逗留している間は別行動だったけど、この世界に来て以来、ずっと太郎君とは一緒だった。

「フハハ、こやつめ。言うようになったじゃないか」

正直に言って太郎君はこのランス世界における、初めての気が許せる友人だった。
年齢の差はあるものの、対等な立場で気兼ねなく思った事を話しあえる友人。
だったの過去系じゃなくて、現在進行形で気が許せる友人だけどな。

「死なないでくださいよ。僕はまだ、裕輔さんに借りを返してないんですから」

「借りなんかあったか? ま、どっちにしろ死ぬつもりなんてないけど」

改めて見れば太郎君も随分逞しくなっている。
男子三日会わずば克目して見よというけど、彼にはこの言葉がよく似合う。

「――――――裕輔さん、また会いましょう」

「――――――太郎君、また会おう」

太郎君が織田に向かう以上、戦が長引けば矛をむけ合う可能性もあるだろう。
既に五十六が部隊を率いて戦場に出てきているのなら、俺は確実に五十六と戦う。
それでも俺と太郎君は再開の約束をして、別れる事を選んだ。

「じゃあ俺は一郎様の所に行ってくる。
太郎君は最低限の荷物を纏めて、出発の準備を。技師さん達に迎えに来てもらうよう伝えておくから」

「はい、わかりました」

最後に固く互いに握手して、俺達は最後の別れを告げた。



この時裕輔は再開を望むと共に、再開できる可能性は低いとも思っていた。
再開を果たしたとしても、それは遠く遠い先の話になるだろう…と。

歯車は加速する。
それぞれの想いと思惑を乗せ、人の手が届かないところへと。
賽はもう、投げられたのだ。















あとがき

太郎君との離別イベント。
今後、主人公と太郎は別行動を取ります。
連載当初からのキャラなので、少し寂しい気もしますね。

しかし話が進まない…大事な所なので、丁寧に描写はしたいが故に話が進まない。
次の話くらいで開戦まで持っていければいいのですけれども。

*感想350をgetした人は、読みたい話もついでに書いて行ってね! 
時期的に何時になるかわからないけど、番外編的扱いで書くから。



[4285] 第十九話
Name: さくら◆206c40be ID:0246ef06
Date: 2009/10/25 17:12
『鉄砲の礼がしたい』
義景からの伝言を一郎から受け取った裕輔にとって、この展開は願ったりかなったりだった。
何故なら裕輔が思い描くこれからを考えるならば、義景とのコネクションは喉から手が出るほどに欲しい。

一介の文官である裕輔が国のトップと会談する機会など、ないに等しいのだから。
まだ戦時中という事もあいまって奇跡と言ってもいい程に裕輔は運がいい。諸手を上げて喜ぶべきである。
この機会を逃せないと裕輔は息まいて義景との面談に臨んだ。



「君があの噂の…話は一郎から聞いている。
この度の働き、よくぞやってくれた。種子島からの鉄砲は戦に役立つだろう」

浅井朝倉の居城、一乗谷城の天守閣。
その最も上座に座る法衣の人物こそ浅井朝倉当主、朝倉義景である。
凶報しか舞い込んでこない仲、鉄砲の威力を実際に目の当たりにしてどれほど救われたのか。
見る者が見れば数日ぶりに活力が戻ったと表現するだろう。

「はっ。ありがたき幸せに御座います」

裕輔は初めて目にする当主を前に低頭する。
義景が頭を上げる事を許して、やっと裕輔は頭を上げる事が出来るのだ。

「それでは下がりなさい」

「……………」

「裕輔君?」

この場において義景の言葉は絶対であるし、絶対でなければならない。
だがその義景が下がれと命令しているのに裕輔は頭を下げたまま一歩も動こうとしない。
焦った一郎が裕輔に下がるよう告げるが、義景は一郎を手で制した。

「何か言う事があるのか?」

「はっ! 失礼ながら、重要な事であると判断し、上申したくございます」

常識で考えるならば無礼千万な行為。
だが裕輔には合戦が始まる前に義景――ひいては最高権力者に伝えなければならない事があるのだ。
しばしの沈黙の後、義景は裕輔に頭を上げるよう言った。

「頭を上げなさい。森本と言ったか。
そこまでして伝えたいこと、果たして何があるというのかね?」

義景の言葉に裕輔は頭を上げ、ジッと一直線に義景を見つめる。
そして義景に伝えねばならない。合戦が始まる前に伝えねばならない事を――――それも極めて重要な。
浅井朝倉の存亡に関わる需要な案件について話さねばならないのだから。

「まずは俺…いえ、私の出自についてお話したく存じます。
私の故郷は大陸、流浪の民にございます」

「裕輔君、記憶が戻ったのかい?」

「はい、一郎様。つい先ほど、唐突に」

裕輔はこの浅井朝倉において、記憶喪失という認識で通っている。
出自不明な裕輔の経歴を誤魔化すための処置である。一郎の驚きもそこそこに義景は裕輔に先を促した。

「して、言いたいこととは」

「敵の総大将、織田の影番・ランスに関する事にございます」

「まさか裕輔君、敵の総大将と面識があるのかい?」

「いいえ、直接面識はございません。
しかし性格と武勇伝ぐらいは聞きしに及んでおります」

一郎の問いかけに裕輔は首を振る。
だがその証拠にと、裕輔は義景にある質問をした。
しかしソレは質問というよりも確認といったニュアンスだった。

「織田からの宣戦布告。書状にはこのように書かれていたのではありませんか?
【雪姫を寄越せ。俺の女にする。さもないと国を滅ぼす】…このように」

ひゅっと息を呑み、静かに驚愕する一郎と義景。
織田からの書状に目を通したのは一郎と義景、そして重臣のみ。
末端の兵達には雪姫に嫁入りの話が来ており、それを断ったら攻め入られたという程度である。

そして裕輔は末端の兵士にすぎない。
風の噂を聞いた程度では流石にあの文面は想像出来うるはずがない。
つまり裕輔はランスであればこう書くであろうという事を知っている―――ランスを知っているという事に繋がるのだ。

「ランス…彼の者はリーザス・ゼスを救った救国の英雄です。
両国のランスにかける信頼、重要度は国家レベルに高くございます。
もしランスが死ぬ事があれば、報復に敵を鼠一匹残さず滅すほどに」

裕輔にとっても、義景たちの反応は今までの懸念事項が確信に至るに等しいものだった。
今まではゲームとこの世界とは同じだと確信を持てなかったものの、これで確固としたものとなった。
二国を持つ足利を僅かな間で滅ぼし、且つ浅井朝倉にゲームと同じような文面を送る。
それは裕輔にしてランスをゲーム通りのランスと認識するに十分な理由だ。

「風の噂で聞いたことはある。大陸の大国を救った勇者がいる、と。
であるが、何故そのような男がJAPANにいる」

「そ、そうだよ裕輔君。人違いではないのかい?
そんな人間が地位も名誉も捨て、無名なJAPANに来る理由がないじゃないか」

「理由なら簡単にございます。
ランスという人物で最も有名なのは色狂いであるという事。
美人の噂を聞いたならば何処にでも現れる。そう噂されております」

情報収集に余念がない義景は当然、大陸の情報も仕入れている。
そうなれば10年も越えない内に二大国を窮地から救った英雄の話が耳に入るのも必然。
だが流石にそんな英雄がJAPANに渡来しており、更には敵国の影番をしていようなどと誰が想像できようか。

だが裕輔の話に矛盾はないし、義景自身が最初から持ちあわせていた情報と照らし合わせてもおかしくはない。
そんな英雄が無茶苦茶な人物であるという一点が異彩を放っているが、それはひとまず置いておこう。
義景にとって織田にただ勝てばよいという状況ではなく、更にややこしい問題となったのだから。

「なんという…それでは、迂闊にランスを討てないではないか」

口に出して鬱屈に呻く義景。
織田信長が温和な人物であるという事は予め知っていたため、義景はこう思っていたのだ。

今の織田を煽っているのはランスという異人。
異人さえ合戦で討ち取ってしまえば、話しあいの講和で話しがつくと。
織田信長と一対一で対話さえ出来るなら義景はこの戦いに終止符を打つ自信があったのだ。

「重要な事を聞いた。話が終わりなら下がりなさい」

つまり浅井朝倉は正面から織田とぶち当らなければならなくなった。
更にランスという敵の総大将を倒してはいけないという制約も追加されて。
鉄砲の運用もそれを考えての使用をしなければならない。

裕輔も自分を義景に印象付けるという点とランスについて伝えるという点。
この二点の目標をきちんと達成したので、再び畳に頭を擦りつけた。
そしてそのままの状態で襖まで下がり、本当に天守閣から退室した。



天守閣に残された二人の間に重たい沈黙が下りる。
ただ単純に勝てばいいという話ではなく、勝ち方も重要となったのだ。
一郎は心の淀みを全て吐き出すかのような深い溜息をつき、今後の事に関して義景に指示を仰ぐことにした。

「父上、困ったことになりましたね」

「ああ…一郎、わかっているとは思うが」

「はい。忍達には暗殺を中止するよう命令を下します」

既に動かしている忍を下がらせるよう一郎に命令する義景。
裕輔の話を聞いた今となっては、ランス暗殺は下作中の下作。
成功してはいけないのだ。鉄砲の大量入手という吉報が舞い込んだというのに、この情報は老骨に堪える。

もっとも織田忍軍には鈴女がいるため万に一つも可能性はないが、それをこの二人が知る由もない。

「…だが、彼は大陸の人間か。
なるほど、優れた算学なども大陸の知識。そう考えれば自然ではある」

正直なところ、義景も裕輔の正体が気にはなっていたのだ。
見たこともない計算式を扱い、次々と積み重なった書類を一人で片付けているという話は一郎から報告を受けている。
記憶がないとの事だったが、そこら辺の寺小屋に通っている一般人では到底不可能な芸当。

考えられるのは大陸からの流民。
もしくは高度な勉学を受けられる名家の跡取り息子。
可能性としてはごく限られたものしかない。

そのため義景は一郎に裕輔の素行調査を命じ、忍までつけたのである。
前者であるならば大陸の情報、後者であるならば交渉材料として利用できる。
記憶喪失という点も本当か定かかは疑っていたが、自分から打ち明けてきたのであれば問題ない。

ましてや今の浅井朝倉にとって、裕輔の話の真偽を究明する余裕なんてないのだから。

「一郎。彼の意見はこの戦において重要になるだろう。
相手の性格や言動を少しでも知っているというのはとても貴重な事だ」

「わかりました父上」

「鉄砲隊はお前に任せる」

情報というものは単純な兵力よりも重要である。
敵の思考、正確な兵力、陣形の把握、補給部隊の位置…挙げ出せばキリがない。
そして紛いなりにもこの浅井朝倉においてランスという人間を知っているのは裕輔のみ。

(それに、彼はまだ何かを隠しているな…嘘はついていないようだが)

踏み越えてきた修羅場が裕輔と義景では違う。
義景は裕輔の中にある、口にはしない何かを会話を交わす間に感じ取っていた。
嘘は言っていないが、本当の事も全て言っていないという形のない何かを。

隠居してもおかしくないほどに義景は老いているが、無駄に歳を重ねたわけではない。
数えきれない数の人間と言葉を交わし、より自分の利となるように誘導したりもしてきた。
嘘か真実かを見極められる程度には慧眼の域に達している。

さて、どうしたものか。
義景は一郎を下がらせた上で、一人上座にて思考を巡らせる。
斥候に放った忍が織田の本隊を発見し、距離からざっと計算すれば城に到達するまでの時間もわかる。

「決選は明日。上杉は応えてくれるか…よそう、もはや間に合わない」

義景が助力を求めた相手とは上杉だった。
上杉家の上杉謙信と言えば毘沙門天の化身と言われ、武の頂点を極めていると知られている。
また清廉潔白の人間であり、不義を見逃せない人間でもあると。

上杉にはランスから送られてきた書状の文面をそのまま添付してある。
上杉謙信が噂の通りの人間であれば、駆け付けてくれる可能性も少なくはなかった。
また上杉家にも利はあるように、補償金や領地の分割などの譲歩もしてある。

義景にとって、織田を退けられる――雪姫を助けられるなら国の弱体化もやむなしと考えていた。
国主としては失格だろう。娘を優先し、国という民の物を犠牲にしようとしているのだから。
それでも義景は自分の行いを改めようとは思っていなかった。



【お、マスター。話し合いは終わったっすか?】
【難しい顔してやがる。あんま芳しくなかったのか】

チチチ、チチと天守閣を退室した裕輔の頭の上に二羽の雀が降り立つ。
もはや定着ポジションとして裕輔の頭の上は登録されているらしく、実に安定している。
裕輔がちょっと頭を振ってみても振り落とされる気配は微塵もなかった。

「いや、一応成功はしたよ。
ただこの戦に勝つ、もしくは引き分けに持ち込むのは難しいんだよな。
ドラク○2のラスボスを相手にしている気分に似てるな。あそこで全回復呪文はずるいだろ」

【まぁよくわからんが、元気出せや】

二羽の内、玄さんと片方の雀に呼ばれている渋い雀が裕輔を慰める。
ツンツンと嘴で裕輔の頭を小突いているのはダメージを与えたいのではなく、慰めているのだ。
どうやらこっちの雀のほうが年配らしい。

「そこで聞きたいんだが、お前らは何が出来る? そして何が出来ない?」

直接戦闘力がないと嘆いている場合ではなかった。
持てる力は全て使わないと、この無理ゲーを攻略する事は不可能だ。
そのため裕輔は呪い付きの能力をフルに使うつもりでいる。

【効果範囲、契約、操作数については前に説明したっすよね。
あと夜は集められても動けないっす。鳥目だから見えないんで。
それにあんまり重いものも持てないっすね。せいぜいがイモ虫よりちょっと重いくらいのが限界っす】

「最大半径2km、一度に操れる最大は50羽。
だが契約した雀に関してはこうやって会話を交わし、情報を交換できる。
あまり重たい物は持てないが、極めて軽い物なら運用可能…こんなとこか」

【操れる数は現時点でっていう話だ。
今日より明日、明日より明後日。呪いが強くなるにつれ、操れる数も増える】

会話を交わせるのは音を脳内変換しているので、あくまで鳴き声が届く範囲。
重たいものに関しても、一羽でダメなら二羽。二羽でダメなら三羽でと改善も可能。
だがこれだけの条件が揃えば、間接的にだが戦場を充分に引っ掻き回せる。

「なんとかなりそうだが…取りあえず休もう」

思えば裕輔は昨晩から寝ていない。
それを自覚するとドっと疲れが押しよせ、眠気が襲ってくる。

「悪いが三時間くらいしたら起こしてくれ…よろしく頼む」

フラフラと自分の部屋まで歩いて辿り着く裕輔。
先ほどまでいた太郎は既に姿がなく、太郎の服もいくつかなくなっている。
だがそこまで気を回せる余裕がない裕輔は頭上で囀っている雀に目覚ましを頼むと、倒れ込むように布団へとダイブした。












あとがき

ちょっと物語の進むスピード落とします。
更新することも含めて、雑になっていた感が否めないので。
次話からいよいよ両軍決戦が始まります。

あと主人公sugeeeeeee!! を予定してます。
tueeeeee!! じゃなくて sugeeeeeee!! です、一応。
主人公よりも雀sugeeeeee!! かもしれませんが。






[4285] 第二十話
Name: さくら◆206c40be ID:a000fec5
Date: 2009/11/01 00:57
―――― 一乗谷城後方1、5km。

織田全軍はランスの指揮の下、集結していた。
既に全軍展開しており、後はランスの号令さえあれば突撃できる。
織田の本陣にて織田の家臣達が顔を突き合わせて最後の軍議を行っていた。

今回は事前に補給部隊も大量の物資を運んできているため心配ない。
更に言うならば浅井朝倉の領地に入ってからというものの、積極的な攻撃は控えられている。
その証拠に牽制程度の小競り合いしか起こっておらず、織田は全軍欠けることなく浅井朝倉の居城にまで辿り着いていた。

「…しかしというか、やはりと言うべきか。
かなりガチガチに固められていますね。これは落すのに苦労しそうです」

遠目に小さく映る一乗谷城を眺め、やせ細った一人の武将が自分の見識を告げた。
その武将の名は明智光秀。まだ若いというのに苦労しているのか、疲労が眼尻に色濃く表れていた。

居城というだけあり、攻め難い造りになっている。
通常城を落とすには五倍の兵力が必要と言われているが、正しくその通り。
そして今や城の周りには何重にも柵が作られ、堅牢な城塞と化していた。

「ふん。あんな守り、俺の必殺技一発で消し飛ばせる」

どれほど時間がかかるかという光秀の言葉を遮ったのは、やはりランスだった。
堅牢? 確かに一般の感性からすれば城門に辿り着くためにどれほどの犠牲が必要か考えたくもない。
しかし彼――――ランスの手にかかれば、それこそ片手間に可能なレベル。

「うむ、ランス殿の言うとおり!
あの程度、この勝家の槍の一振りで蹴散らせてくれるわ!」

「流石に一撃というわけにはいかないが…時間をかければ可能なのは間違いない」

そして織田には一騎当千の猛将が揃っている。
織田の忠臣乱丸といえば女の身なれど、鬼と恐れられる武者。
豪快な笑いと共に自分の槍を見せ付ける柴田勝家も諸国に名を轟かせている強者揃い。

彼等の敵、浅井朝倉も既に布陣を済ませている。
光秀も自軍の武将が精鋭揃いで信頼が置けるのはちゃんと理解できている。
しかし、それでも拭いきれない嫌な予感がするのだ。

「鈴女殿。敵が畳を大量に持ち出しているとは真なのですか?」

「ニンニン、そうでござるよー。
槍も弓も刀も持たずに、普通の畳を持ってきていたでござる。
あとよくわからない白い包み(つつみ)も持っていたでござる」

そして意味がわからない兵士の存在もある。
一部隊と呼んで差支えない程の人数が用途の不明な行動に出ているのだ。
軍師としてはこれほどに不気味な事はない。

また布陣にも素人がひいたのではないかと思える部分があるのだ。
その畳を持った戦闘力のない一団が分散し、前面に一列となって配置されている。
畳を持っていれば弓矢は多少防げるだろうが、刀や槍の一撃ではばっさりと切り捨てられてしまうというのに。

「何を恐れているというのだ光秀! 敵は臆病者の集団。
その証拠に小癪にも柵など作りおって、あの程度の小細工で足軽隊の勢いを止めようなどと方腹痛いわ」

勝家の言うとおり浅井朝倉は何重にも柵を作り、後方の部隊にまで侵攻されないようにしている。
現に直接攻撃されたら脆い弓兵部隊は何重にも張られた防護柵の内側に身を寄せている。
無論直接刃を交えなければならない武士隊や足軽隊は防護柵の外側に展開していた。

「たしかに、ですが、いえ、やはり…」

しかしここでも奇妙な点が一つ。
身を守るための防護柵がたった一つだけ織田と浅井朝倉の【中間】に作られていたのだ。
本当に中間に作られている防護柵は織田の攻勢を防ぐための物なのか?

「要領を得ない奴だ。もういい、さっさと攻めて城落とすぞ。
それで雪姫を尾張に連れて帰って、シィルと一緒に3Pだ!!」

ガハハハと大口を開けて笑うランスではあるが、あやしい所があると言って足踏みしているわけにもいかない。
そしてその違和感を感じている光秀だが、その違和感の正体がはっきりとわかったわけではない。
彼の合戦における戦法において、中間に位置する場所に柵を用意してもはっきり言って意味がない。ない、はずだ。

「おー、可愛い雀でござるな。
ここは戦場になるから、早く何処かに逃げるでござるよー」

他の小動物は既に逃げ出しているというのに、一羽の雀がジッと見るように本陣の隅でランス達を見ている。
鈴女がさっさと逃げるように手で追い払うと、チチチと鳴き声を上げて飛び立った。

合戦開始の合図、法螺貝を鳴らすようにランスは控えていた兵士に命令を下す。
こうして織田と浅井朝倉最後の戦いが幕を上げた。
後世の歴史家が注目している【鉄砲】が初めて運用された戦として。



「がっはっは! 死にたい奴から前に出ろ。
織田の一番槍、柴多勝家の槍の錆びになりたい奴からな!!」

勝家率いる足軽隊が織田の最前線を務める。
そもそも戦国時代の戦の開始といえば、槍の突き合いから始まる。
この戦いで勝利した勢力がまず戦いの流れを作るといっても過言ではない。

そのためより長く、より遠くへと届くように槍の長さを競って各国は伸ばしていった。
戦場の華といえば刀での斬り合いだが、それは乱戦になってからの事。
戦場に始めの一文字を切り刻むのは長い槍を持つ足軽隊なのである。

そして勝家率いる足軽隊は群でありながら個、巨大な怪物となって浅井朝倉に襲いかかる。
その密度、その圧力、その突進力。どれを取ってもJAPAN一と言っても過言ではない。
急造で造られた防護柵など吹けば飛んで行くかのように地響きをならす。

戦場の高揚に勝家は顔を愉悦に歪めていた。
幼子と共に遊ぶのも楽しいが、戦の空気も比べようがないほどに興奮する。
戦場に雄叫びを響かせながら先頭の足軽隊が防護柵にまで到達した。

横の兵士と槍を突き合わせて防護柵を吹き飛ばす。
防護柵の一角が吹き飛び、他愛ないと勝家は続けての進軍を全部隊に指示しようとする。
まだまだ本番はこれからだ。命のやり取りをしてこそが戦場。

後方織田軍からも弓の射程に入ったのか、援護射撃が開始される。
手柄をやるものかと勝家自身も防護柵に辿り着き、槍で弾き飛ばそうとした瞬間。

<ドガァァアアアアアアアァァン!!!!!!!!>

今まで耳にした事がない、つんざくような轟音が織田全軍の兵士に叩きこまれた。
それは例えるなら目の前で雷が落ちたかのような空気の震えと体に走る激痛。
何が起きたか理解する猶予も与えないとばかりに、次々と前のめりに倒れ伏す足軽隊。

勝家は完全に鼓膜を震わされ、三半器官も影響を受けたのか体をよろめかせた。
焼けるような痛みを訴える右腕を見ると、ダクダクとドス黒い血が流れている。
その勢いと出血量を見るに、太い静脈が傷ついたのだろう。

「ぐぬぅぅぅぅぅぅぅ!!! 一体、何が?」

攻撃されたのか? しかし、相手側から弓は放たれていなかった。
そしてあの轟音は一体何だというのだ?
勝家らしからず暫し呆然としている間に先ほどと同じように轟音が戦場に鳴り響く。

織田足軽隊は開始数分で壊滅状態にあった。



時計の時間は少し遡る。
ランス率いる織田軍が合戦を開始する数刻前、織田軍が進軍している事を知った浅井朝倉は重警戒態勢で準備を進めていた。
兵士全員に鎧と武器が手渡され、拠点防御用の布陣が敷かれていく。

「言われたとおりに鉄砲隊を配置したよ。
武士隊にはちゃんと刀と槍を一本ずつ、鉄砲隊の壁部隊には前面を覆うための畳を持つようにも言ってある。
弾の弾数も浅井朝倉にある半分の数を待たせてあるから、弾切れの心配はないだろう」

「随分と早いですね。それと俺がお願いした命令の指示は徹底して頂けましたか?」

「ああ。それは大丈夫。
敵の総大将ランスの首を持って帰ってきた者は一族郎党鏖(みなごろし)の厳罰。
加えて君の作戦に関して怯えないようには全軍に通達してある」

「よかった。それならなんとかなるかもしれません。
……今さらですが、俺が指示を出してもいいのですか? 一郎様の部隊なのに」

「ははは、そうは言ってもね。
鉄砲隊を任せられても、僕はその運用方法をよく知らないしね。
普通の足軽隊や武士隊ならともかく、父上も無茶を言うよ。それに僕は全軍も指揮しないといけない」

一郎は驚くことに、鉄砲隊を任された自分の隊。
そして全体の作戦の指揮に関しても、深く裕輔の意見を取り入れたのである。
もっとも取り入れたというだけで、全面的に裕輔が指示を出すわけではないが。

「あくまで俺が作戦は考えるだけであって、戦場の指揮までは出来ません。
乱戦になった場合、一郎様に指揮を執ってもらわないといけませんよ?」

「それは勿論執るよ、鉄砲隊の運用が終わってから…ね」

裕輔は作戦指南書を読んだことがあるだけのペーペーである。
そんな裕輔が全体の指揮を執るなどは不可能であり、周囲もそれを認めるはずがない。
あくまで裕輔が手を出せるのは作戦立案の時点での上申のみ。

合戦が始まってから実際指揮を執るのは一郎なのだ。

「それとさっき言っていた事は本当にできるのかい?
戦場の全ての様子を即座に把握するなんて…そんな事は神様じゃないと無理だと思うけど」

裕輔はこの戦、自分の持てる全てを使うと決心した。
それは自身の呪い付きの力も、原作における知識もひっくるめて全て。
一郎にそんな進言をしたのも呪い付きの事がバレてもいいという覚悟の現れだ。

「実はですね、動物使いなんですよ。
魔法で動物を自由自在に操れる…こんな風に」

裕輔が右手を頭上に掲げると、数羽の雀がぴたりと止まる。
雀とは元来人に懐かず、人の気配に敏感で裕輔のように手懐ける事は難しい。
裕輔に寄り添うようにおとなしい雀を見て、一郎は感嘆の声を上げた。

「すごいね。それは元々連れていた雀じゃないんだろ?
その場の雀をそこまで操れるなんて、まるで――――」

まるで――― 一郎は自分の口から出てきそうになる言葉を飲み込んだ。
【まるでパンダを自由自在に操ると言われている仙人みたいだ】という言葉を。
そして一郎はその仙人が修行で得た力ではなく、呪い付きだという噂も知っている。

(まさか…ね)

裕輔が呪い付きなわけがない。
何か月も一緒に城で生活していたが、裕輔に呪い付き特有の異変が起こったことはない。
体に異常が出たわけでもないし、性格が豹変したという事も一度もない。

「魔法の応用ですよ。しかも、雀の言葉もわかります。
こいつらを使って、上空から戦場を見下ろして俺に伝えさせます。
そうすれば、戦場の様子全てを見渡すことが出来ますよ」

「それは凄い。期待しているよ」

裕輔と会話を交わしつつも、一郎は纏わりつく嫌な予想を振り払えずにいた。
そんな事はある筈がない。しかし完全にないと否定できない自分もいる。
一郎の心を葛藤させる一因は裕輔の左腕にもあった。

「それで裕輔君。夜盗に傷つけられたという左腕の調子はどうだい」

「え、えぇ…まだ痛みますので、包帯に薬を塗りこんで処置しています」

「夜盗が現れるとは嘆かわしい事だけど、今は戦時中。
悔しいけど、夜盗や山賊に対応できるようになるには暫くかかりそうだ」

裕輔の左腕全体に巻かれた白い包帯。
その真っ白な包帯を見るたびに、一郎の心はざわつくのだ。
包帯の事を指摘した裕輔の顔に動揺が浮かんだように見える自分が尚更一郎は気に食わない。

(何をやっているんだ、僕は。合戦前に背中を合わせる相手を疑ってどうする)

浅井朝倉の現状を打破してくれたのは裕輔だ。
鉄砲という凄まじい兵器を用意し、軍師としても全体を把握できるという特技で貢献してくれている。
そんな裕輔が忌み嫌われる呪い付きだと考えるなんて、どうかしてる。

「それでは一郎様。俺は技師さん達のところに行ってきます。
頼んでおいたものがどれくらい出来ているのか気になりますので」

「…………」

「一郎様?」

「あ、ああ、すまない。技師さん達にも礼を言っておいてくれ」

それではと頭を下げて走って行く裕輔を見送る一郎。
胸の中のモヤモヤを振りはらうように一郎は最終チェックを始めるのだった。



そして合戦開始直前。

裕輔は最前線の鉄砲隊の中にいた。
最前線とは言っても、ずらりと横一列に展開している鉄砲隊の一番後ろである。
裕輔自身も鉄砲の手ほどきは受けていたが、呪いによって左手が動かないために使用は不可能。
そのため鉄砲隊の後方でタイミングの指示を出すべく待機していたのだ。

一人目を瞑り、精神集中をする裕輔。
ピリピリと高まる戦場の緊張に裕輔の精神はガリガリと削られていく。
手と首筋にはじっとりと汗を掻き、軽装の鎧の布地は汗で湿っていた。

裕輔のいで立ちは非常に身軽な物だった。
頭には何も纏わず、篭手と胴を守るための鎧、下半身には何も付けていない。
また普通の太刀は裕輔が扱うには重すぎたので、一振りの小太刀を腰に指している。
本当はカッコつけて二本差したかったが、指していても扱えないのでは動きを阻害するだけなので付けていない。

【おーい! マスター! 本陣に行ってきたっすよ!】

「よし。早速聞かせてくれ」

そんな初めての戦場にガタガタ震えている裕輔の頭の上に一羽の雀が降り立った。
裕輔は『こいつ緊張でおかしくなったな…』という視線を受けるのは嫌なので、小声で応対する。
皆緊張で自分を研ぎ澄ませているのか、裕輔の奇行に目をやる者はいなかった。

【向こうはマスターが言った通りボインの姉ちゃんもいたっすけど、鉄砲には気付いてないっす。
中央に置いた柵の意味も不審がっている奴はいたけど、気にしないで攻めてくるみたいっす】

よし、と裕輔は内心でガッツポーズと冷や汗を拭う。
裕輔は危惧していた事態を見事潜り抜けたのである。

この合戦で一番危惧しなければならないのは織田に鉄砲の存在がバレてしまう事だ。
鈴女と裕輔は一度種子島家で遭遇しているし、鉄砲の存在を知っている可能性が非常に高い。
鈴女が織田陣営にいる=織田軍、少なくとも上層部は知っているという認識でいい。

また少なくない可能性でランスが気づくという可能性があった。
この世界で鉄砲とはチューリップという兵器の模倣であり、最初は劣化版でしかなかった。今は裕輔の知恵も借りて独自の路線を築いたが。
ランスとチューリップの開発者・マリアは既知の間柄なので、ランスが気づいてもなんら不思議はない。

「そろそろ攻めてくるっぽいな…紅組、射撃準備」

ずらりと横並びに並んだ兵士が布に包まれたままの鉄砲を構える。
布はギリギリまで被せる事によって、少しでも相手に違和感を持たせないようにするための措置。
前面の兵士は敵の弓の射撃を防ぐため、畳を盾代わりにする事で対策とした。

裕輔率いる鉄砲隊の構成は鉄砲を撃つ部隊、鉄砲の弾を補充する部隊、畳を持つ部隊の3つである。
鉄砲を撃つ部隊は総勢300名。最初に用意された中で一番鉄砲の扱いに長けた者を中心に編成。
そして残りの部隊200名は鉄砲の弾薬の補充、応急の整備にあてられる。

畳を持つ部隊は本来武士、足軽隊の面々だ。
ちなみにこちらの兵士の皆さまは浅井朝倉の訓練を受けた兵士である。
鉄砲隊の運用が終わった後に裕輔の部隊に槍と刀を渡すため、二本以上の武器を持っている。
彼等も鉄砲の運用が終わり次第、武士隊や足軽隊に早変わりして戦線に参加する予定だ。

鉄砲隊だからと言ってゲームと違い、弾薬が尽きたからと言って何も出来ないわけでない。
弾薬が尽きたのなら武器を持ちかえればいい。ただそれだけの話だ。

<ボオオオォォォォォ……>

戦場に合戦の合図、法螺貝の音色が響く。
地を鳴らす地響きと共に声にならない声で雄叫びを上げ、織田軍が進軍を開始した。



地平線全てを埋め尽くす、織田の大軍。
さっきから俺の体は情けない事に震えが止まらず、脚やら腰やらがガクガクブルブル状態。完全に膝が笑ってやがる。
多分この地響きも何割かは関係あるのだろうが、震えの殆どはビビりまくってるせいだろう。

【敵先鋒は槍を持った侍、その後に例の緑色の剣士が率いる武士隊が突進してきてるっす!】

そんな事報告されなくても、見ていればわかるわ。
圧倒的なまでの圧力と死の気配を撒き散らしながら距離を詰めてくる織田軍。
ともすれば気を失ってしまいそうになるが、ここで一番鉄砲について知っているのは俺。

「まだ撃つなよ! 敵が防護柵に到達するまで、絶対に撃つな!!
俺が指示を出すまで待機。畳を持っている者は弓矢を死んでも防げ!!}

鉄砲という武器は射程が非常に重要な武器だ。
敵が迫りくる圧力に負けて射程外から発砲してしまえば、敵に当たる事はない。
しかも敵も馬鹿ではないから、一度撤退して様子見をする事も考えられる。そうすればこの戦、浅井朝倉の負けだ。

「鉄砲を隠す布きれを剥いで捨てろ! 敵に向けて構えるんだ!!」

敵の先頭の足軽隊が防護柵に辿り着くまで、あと100m。
もはや敵は走りだしている。仮に鈴女やランスが鉄砲に気づいたとしても、軍は止められない。
一度動き出した軍を止めるのは不可能。

「畳を掲げろ!!」

山なりに届く弓矢のほうが射程は長い。
前回の合戦では弓矢の一斉射でかなり痛い被害を被ったらしいが、今回は畳を用意してある。
弓矢には畳を貫通するまでの威力はなく、前線にいる者の被害はほぼ皆無。

また畳の盾を持たない後方の部隊の射程は遠く、前線が突破でもされない限りは大丈夫。
空が矢で埋め尽くされて殺到する風景はただただ圧倒されるものがあるが、呆然としている暇はない。
俺も近くにいる畳を持った兵士の影に隠れてやり過ごした。

何故畳かというと、ぶっちゃけ盾の代わりとなる物を即席で用意できなかった。
そのため城の畳という畳をありったけ流用し、急造の盾代わりに使用したのである。
おかげさまで城の畳はほぼ全滅。かなり殺風景な風景になってしまっている。

そんな事を考えている間にも、織田の足軽隊は足軽隊と思えぬ速度で防護柵に到達した。
そして柵が破壊され、先頭の物を中心として鏃状に広がり――――――

「鉄砲隊、紅組―――――――撃ェ!!!!!!」

遂に発砲の号令を下した。
耳をつんざくような轟音が耳朶に響き、俺の聴覚を一時的に麻痺させる。
覚悟が出来ていたからよかったものの、これだけでも失神するのではないかという破壊力。
まるで臓器をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられたかのような空気の震えを全身で感じる。

だが戦場で停滞する事は許されない。

「ぼんやりするな! 紅組、青組と鉄砲を交換しろ!!
慌てるな、ちゃんと銃を水平にしてよく狙え!! ……紅組、撃ェ!」

続けざまに第二撃を発砲。轟音が鳴り響く。
紅組(射撃部隊)が青組(整備部隊)から鉄砲を受け取り、撃った後の鉄砲を交換するだけだから二射までは実にスムーズに進む。
ここで足軽隊をどこまで削れるかがこれからのポイントになる。

遠くからだからよくわからないが、こちらに走ってきていた者は消え去っていた。
消え去っていたという表現は違うか。走ってきていた前面の者全てが地面に倒れ伏し、物言わぬ屍となっていた。
我先にと防護柵を乗り越えてきた者の屍によって、再び織田と浅井朝倉を隔てる壁が出来ている。

「青組、次弾装填急げ!! 畳を持っている者は敵の突撃に備え、何時でも各自で迎え撃てるよう準備しろ!!」

鉄砲隊が次の弾を装填している間が無防備になるのが欠点だ。
そのための畳の部隊であり、弾を装填させるスピードを短縮するための整備部隊である。
畳の部隊は何時でも敵の直接攻撃に備え、鉄砲隊を守る壁となってもらう。

しかしながら、その必要もないかもしれない。
敵の部隊は先ほどの勢いはどこに消えたのか、生き残った足軽隊の動きは完全に停止している。
個人的には無理もないだろうと同情するが、浅井朝倉にとってこれ以上にない好機。
鉄砲の破壊力は敵を呆然自失とさせてしまうほどに凄まじい。

やっぱり鉄砲ってすげぇ。
敵の射程外から一方的に攻撃が出来て、尚かつ一撃でも命中すれば敵に致命傷を与えられる。
これぞ正に戦国時代のチート武器。味方に鉄砲があれば百人力だ。

「緑の戦士の位置の確認、急げ!!」

【アイアイサー、ッス!!】

雀にランスの位置を確認させる。
万が一鉄砲の巻き添えで死んでしまったら、浅井朝倉の終焉を意味するからな。
若い雀が可能な限り上昇し、遥か上空から戦場を見渡した。

【豆粒みたいにしか映らないっすけど、まだ敵の武士隊の中心らへんにいるっす】

雀の利点とは空が飛べること、戦場を立体的に知覚できる事だ。
地上での人の目だと見渡せる範囲に限界があるし、敵もいるため集中できない。
雀と意志疎通ができる俺は戦場の移り変わりを立体的に。そしてリアルタイムで把握できるのだ。

【あっ、けど敵さん後退を始めてるっすよ! やるなら早くしないと!】

「装填できた者は紅組に鉄砲を早急に手渡せ。
紅組、狙いは敵足軽隊、並びに前面に展開する武士隊!!」

遠目にも半ば壊滅状態にある足軽隊、そして多分ランスが紛れているだろう武士隊に狙いを定める。
ランスは武士隊の中央にいるので、そこまで鉄砲の弾は届かないので問題ない。
これで敵の近接武器(刀、槍)を持っている前線部隊を丸裸にする。

雀の言うとおり、俺の目にも織田軍が後退を始めているのが見えた。
俺が敵の指揮官でもそうする。前線部隊は得体の知れない兵器によってボロボロ。
体制を立て直す意味でもここは撤退すべき。

「第三射――――撃ェ!!」

させないけどな。

鉄砲の一斉射撃はまだ射程内にいた織田軍に襲いかかる。
織田軍の退きが速かったために第一・第二掃射よりも倒せた数はかなり少ない。
そして敵が引いてしまった以上、こちらも鉄砲を運用するわけにもいかなくなった。

今ここで鉄砲を扱っている部隊は数日前に鉄砲に触れたばかり。
熟練度も低いため、移動しながらの運用は難しいと言わざるを得ない。
ここまでお膳立てする事により、やっとここまでの効果を発揮する事が出来るのだ。

「二郎様、後はお願いします。俺は一郎様の所に」

「おう、任しときな! 鉄砲隊は鉄砲をその場に捨て、畳を持ってる奴から武器を受け取れ!!
畳を持って弓矢を防いでいた浅井朝倉の野郎共、俺達の出番だ!!!
敵が逃げるなら背中を斬れ! 刃向ってくるのなら潰せ! 俺達が浅井朝倉を守るんだ!!」

鉄砲隊の面々も次々と鉄砲を地面に落とし、畳を持った兵士から槍やら刀を受け取る。
事前に作戦を話していただけあって農民である事を踏まえても、迅速に武器を装備。
織田が混乱から立ち直ろうとしている間に隊列を整え、織田に矛先を向ける。

これからは敵味方入り混じっての乱戦になる。
一郎様や二郎様が浅井朝倉の陣形を組み替え、知略を尽くして用兵しているのだろうけど、俺にはあんなの不可能だ。
経験値が違うのだと、改めて現代っ子である自分を強く認識させられた。

今までの鉄砲隊の流れだって、全て最初からシュミレーションしていた通りだったから指揮できたようなもの。
敵の位置を知っていて、守るべき拠点がある以上防衛戦となる。
ここまで最初のスタート位置を知っていて、敵が攻め込んでくるしかない状況。
鉄砲を発砲するタイミングさえ間違えなければ子供でも指揮できる。

しかもその発砲するタイミングでさえ自分の目で距離を測ったものではない。
事前に鉄砲の射程を測り、射程に入る位置に簡略な防護柵を配置。
あとは敵が防護柵まで到達すれば発砲を指示すればいいだけの事だったのだから。

「恐ろしければ敵を槍で貫け! 刀で斬り裂け!
正義は我らが浅井朝倉にあり! 全軍突撃!!!!」

二郎様率いる前線部隊が織田の撤退を見逃さず喰らい付くのを見送り、俺は一郎様の下へ急ぐ。
浅井朝倉全軍を指揮するのは一郎様なので、俺の能力を活かすには一郎様の所へいかなければいけない。
先ほどの雀のリアルタイムで戦場を見渡す能力は兵を指揮する上でこの上無い力となるのだから。





[4285] 第二十一話
Name: さくら◆206c40be ID:a000fec5
Date: 2009/11/08 07:52
足軽隊壊滅。
それは攻め込んでいた織田にとって驚愕すべき凶報だった。
見たこともない黒い鉄が火を噴き、何が起こったか理解する暇もなくばったばったと死んでいく味方。
士気がガタ落ちし、見えない敵の攻撃方法に織田軍の兵の肝は震え上がった。

陰陽師による大規模攻撃とも違う、既存の攻撃方法にない攻撃。
混乱の極みにある織田軍の中において謎の攻撃について思い当ったのは僅か三人。

「アレはチューリップ…? いや、違う。チューリップはもっと派手だ。
メンドクサイ物をもってきやがって」

「わ、私もそう思いますっ! マリアさんは今大陸にいるはずですし!」

ギリギリと歯ぎしりをして苛立つランスと横でランスを諫めるシィル。
ランスの知人にマリアという兵器開発者がおり、彼女は鉄砲の前身となる物を作り上げていた。
その兵器の名はチューリップ。鉄砲よりも大口径であり、弾丸と一緒に火炎も吐き出す脅威の兵器である。

しかしチューリップに必要な鉱石がJAPANでは取れないはずなのだ。
またチューリップの扱いと設計は難しく、マリア本人か直接本人に教えを受けた人間しか使えないはず。
浅井朝倉という小国の一部隊が大量に持てるような代物ではない。

ここで現れたのは鉄砲とチューリップの違いである。
ランスは知らないがJAPANにおける鉄砲の設計思想は裕輔のアドバイスで大きくチューリップと異なっている。
それはチューリップが高性能と高威力を追及したのに対し、鉄砲は汎用性と操作性を重視した。

チューリップと鉄砲を比較すれば、威力・射程・命中率全てがチューリップに分配があがる。
鉄砲はそれらを犠牲にして誰にでも扱える、量産が出来る低コスト性を実現したのである。
ぶっちゃけた話チューリップは玄人向けで高性能、鉄砲は素人向けで低い性能というわけなのだ。

しかし低性能と言ってもチューリップと比べた場合の話。
威力と射程も裕輔がアドバイスした事により大幅に向上したし、ある程度の知識さえあれば誰でも整備可能。
汎用性という点において鉄砲はとても優れた武器として完成したのである。

「あちゃー…あの包みの中身、鉄砲でござったか」

そして最後の一人は鈴女。
鈴女は実際鉄砲を目の当たりにした事があり、ランスよりも正確に鉄砲の存在を把握していた。
だが存在を知っていた鈴女でさえ、眼前に広がる鉄砲の威力に戸惑わざるを得ない。

鈴女が見た鉄砲は裕輔のアドバイス前、つまり改良前の物だった。
確かに貫通力や速度、避けにくさという点において鉄砲は既存の物より群を抜いていた。
しかしそれでも欠点のほうが鈴女の目には多く映ったのである。

まず鉄砲の命中性。
試し打ちを鈴女は盗み見たのだが、鉄砲の弾は殆どが的から外れ、見当外れの位置に逸れてしまっていた。
狙って撃つという事が出来ないため、乱戦となってからは使えない。

そして発射するまでの手間と次弾装填までの時間。
導火線に火をつけて色々と必要な動作をし、発射するまでの時間が長すぎる。
また次の弾を装填するためには砲身の掃除をしなければならないなど、手間がかかりすぎるのだ。

これなら弓で敵を狙い、連続で射るほうがよっぽど効果的である。
弓は特定の的を狙えるし、熟練の技であれば極めて短時間で複数の敵を葬れる。
そう判断を下したのだが、更なる改良が加えられ、それらの欠点の殆どを無効化するとは流石の鈴女も思っていなかった。

「これはマズイでござるなぁ…」

鈴女の忍者隊は後方に位置しているため被害はないが、前線の被害は甚大。
このままでは織田軍が撤退するまでもなく敵に壊滅させられるかもしれない。

「戦場だし、ランスの護衛は一時いいでござるか。
ここは鈴女の出番でござるな。ニンニン」

忍びである鈴女の目から見て、浅井朝倉の指揮系統は以前とは考えられないほどに的確で素早く出している。
まるで戦場全体を見渡す鷹の目のような――迅速かつ的確、これでは撤退行動に入る事すらままならない。
中途半端に背を向けたら即座に切り捨てられるだろう。

つまり現状の流れを変えるためには敵の指揮系統を混乱させなければならない。
指揮系統の混乱を狙うのであれば、一番手っ取り早いのは頭を潰す事。
頭を潰されればよほど訓練された軍でない限りは動揺し、動きが鈍る。

「ここ、任せるでござるよ」

「はっ! お気をつけて!」

「にゃはは。ゆるりと行ってくるでござる」

副官に忍者隊を任せ、鈴女は戦場の野を駆ける。
あっと言う間にその姿は見えなくなり、戦場の喧噪に存在を掻き消された。
忍者の国の首魁、犬飼をしてJAPAN随一のくの一と称された鈴女の暗殺技能。
ゆらりと気付かぬまま、浅井朝倉の喉元に黒い影が忍び寄った。



「――ッチ!!」

すれ違いざまに浅井朝倉の兵を二人斬り捨てながら乱丸は舌打ちをした。

敵が余りにも乱丸が指揮する武士隊に流れ過ぎている。
今までの戦いにおいてなかった事であり、それだけに今回の戦が如何に苦戦しているかがわかる。
武士隊はかつてないほどの苦難に陥っていた。

まずあり得ないことだが、武士隊にまで組織的な纏まりを持った敵の足軽隊が食い込んでいるのである。
普通足軽隊は両軍の最初の激突で大きく数を減らし、それ以降はあくまで個人としての戦いになる。
だが今回の合戦に限って言えば、織田軍の武士隊と浅井朝倉の足軽隊が最初の衝突をしたのだ。

結果は火を見るよりも明らか。
武器の長さで勝る足軽隊の槍は打ちあうまでもなく織田の武士隊に深く突き刺さり、武士隊までもが甚大な被害を受けた。
武士隊の半ばまで食い込んでようやく足軽隊の勢いはなくなったものの、もはや武士隊に反撃するほどの力はない。

「覚悟!!!」

「甘い!」

槍を突き出した浅井朝倉の兵士を振り向きざまに斬りつける。
女の細腕なれど乱丸の剣の腕は一角の将として十分通用する。
重きより速さに重点を置いた刀の一閃は突きだされた槍ごと敵の兵士の首を跳ね飛ばした。

兵の質としては織田の兵が上。
一対一の戦いならまず遅れを取らないし、二対一でも上手く立ち回れば勝てる。
それは乱丸だけでなく、織田の兵全員に言えた。

しかし――――――――

<パァンッ!!>

時折戦場に響く炸裂音。
これが織田の兵士を苦しめていた。

<グサリ>

「ぐあ……」

炸裂音に身を固くした一瞬。
その隙を逃さず、浅井朝倉の兵の槍が織田の兵の体に突き刺さる。
炸裂音がなった数秒間織田の兵士の動きは格段に鈍り、多くの犠牲を生んでいた。

合戦開始に聞こえた謎の轟音。そして壊滅した足軽隊。
それらの光景は織田の全兵士の脳裏に深く刻み込まれている。
そのため僅かな炸裂音に対しても身を固くさせ、動きを止めてしまうのだ。

ランスや鈴女といった上層部は大体の予想がついたが、一般兵からすれば未知の現象。
凄まじい轟音が鳴ったかと思えば味方の兵士が抵抗すら出来ずに絶命したのである。
恐怖心から体が動かなくなるのは必然。当然の結果。

戦場に断続的に響く炸裂音。
この炸裂音だけで人は今のところ死んではいない。
頭では理解しても、反射的に体は恐怖で竦んでしまい動けない。

「忌々しい…!」

炸裂音によって浅井朝倉と織田の兵の差は埋められていた。
正体不明の炸裂音の正体を探ろうにも、まるで規則性がない。
乱丸は打開策を探そうとするも有効な手段は何一つ浮かばないまま、浅井朝倉の攻勢を凌いでいた。

<チュンチュン、チュ―――――>

戦場の雄叫び、悲鳴、怒号、断末魔の叫びに紛れて誰も気づかない。
戦場の上空を縦横無尽に飛び回り、脚に何かを持っている雀が数十羽もいる事を。
それらの雀の脚には長い導火線がついた、非常に軽量な爆竹を持っていた事を。



戦場の一端。
ここでは通常では見られない光景が広がっていた。

<チチチチチ、チュンチュ、チチ>×いっぱい

そこに在るのは数十本の蝋燭、そして数十羽の雀。
さらに大量のねずみ花火にも似た形状の爆竹の山だった。

雀が嘴や脚に爆竹をつまみ、爆竹についた長い導火線に蝋燭の火を点ける。
導火線に火が燃え移ったのを確認すると戦場に向けて飛び立った。
その場にいる雀達は全て同じように行動し、次々と大空へと飛び立っていく。
またその異質な空間には仕事を終えた雀が着々と帰還し、また同じように爆竹を咥えていく。

この雀達は裕輔が契約していない、現地調達の雀達である。
彼等とは情報を交わせないし、複雑な命令も出来ない。
そのため裕輔が考えだした彼等の運用法がコレなのだ。

今大量に積まれている爆竹は裕輔が鉄砲の技師たちに頼みこみ、臨時で造ってもらったものである。
雀が持ち運べるようにと軽量化させたため、パンという炸裂音がするだけの代物。
それでも裕輔の考えだした作戦にはそれだけで十分だった。

裕輔がこれらの雀に指示したのは【導火線】に【火】をつけ、【戦場】へと【持っていき】、【ひとのいる場所】で【落とす】だけだ。
単純極まりないこれらの指示は呪い付きとなって日が浅い裕輔でも扱いきれる。
指示の狙いは徹底した戦場の混乱であり、掻き回しだった。

浅井朝倉の兵士は爆竹の炸裂音に動じない。
事前に一郎を通して通達した事とはこの事だったのだから。

聴覚というのは視覚に次ぐ外部から情報を取り入れるための感覚器官である。
鉄砲の威力は耳と目を通して脳裏に深く刻まれ、恐怖として刷り込まれる。
鉄砲の発砲音と似た炸裂音でさえ反射的に防衛本能が働いてしまうほどに。

これが鷹などの大型鳥類なら爆弾で爆撃する事すら可能かもしれない。
この時代に航空戦力などあるはずもなく、制空権は戦術の中に入っていない。
雀とはいえ制空権を手に出来るからこそ来る苦肉の策だった。

雀の飛行部隊は誰にも邪魔されぬまま、戦果をあげていく。
直接的な戦果はないが、間接的に大きな被害を織田にもたらして。
誰も雀の妨害行動に気づけぬまま、織田は更なる窮地へと追い込まれた。



「ランス殿! ここは兵を引かせるべ―――――」

「わかってる。さっさと引かせろ」

「…は?」

「引かせろと言ったんだ。聞こえなかったのか?」

光秀の焦燥に充ちた進言はあっさりとランスに肯定された。

これには光秀も目を白黒させて驚いた。
普段のランスを見ていればわかるように、ランスは負けず嫌いでプライドが高い。
痛い目に遭わされれば三倍で痛い目に遭わせ返し、尚かつ相手の嫁を掻っ攫ってくるくらいには。
それだけにランスの発言は眼を見開いて驚くくらいの衝撃があった。

「気分が悪い。俺様を出し抜くなんて、これほど怒りが湧いたのは久々だ。
体制を立て直し次第、向こうの総大将は念入りに始末してくれる」

「ら、ランス様。落ちついて下さい。ね?」

【シィルちゃん。無理無理。相棒怒り心頭で爆発寸前だから】

苛立ち紛れに近くにいた浅井朝倉の兵を纏めて五人カオスの錆びにする。
カオスは自身が血に塗れつつ、シィルに諫めても意味がないと告げた。
今のランスはそれこそゼスについて間もない頃、奴隷にされたくらい怒っている。

あ~、これは敵5回くらい死んだな~っとカオスは無感動にそう思った。
ランスは恨みごとを結構ねちっこく覚えているタイプなのだ。

「そ、それでは撤退します」

光秀はランスの気が変わらない内に軍を引かせるべく、大慌てで各部隊に伝令を出す。
撤退戦はもっとも被害が大きく、細心の注意を払って戦況を見渡さなければならない。
どれだけ兵士を失わずに撤退するか。軍師たる光秀の腕の見せ所だった。

「しかし、相手のやりたい放題ってのは気にくわん。
シィル、敵を炙り殺せ。こっちが逃げやすいようにな」

「うぅ…わかりました」

大将であるランス自ら最前線に立つ。
勇者の資質を持った暴君に突き従うは桃色の髪を持った少女。
可憐ないでたちとは正反対の魔法の力を持つ移動砲台。

一度少女が魔法を詠唱すれば手から燃え上がった炎が矢となりて敵を焼き払う。
慈悲なき炎の矢は敵である浅井朝倉にのみ訪れ、等しく命を奪う。

とどめの一撃は魔剣カオスの刀身にエネルギーを迸らせ撃ち放つ必殺技。
必ず殺すとの名に恥じず、敵の命を奪う死神の光の壁となって容易く命を刈り取る。

個人の武が戦術を凌駕し、破綻させる。
ランスは撤退を了承したが、あるいは彼の力を持ってすれば反撃すら可能だったかもしれない。
しかし彼は撤退を選んだ。あり得ない【もしも】を話しても栓無きことである。

裕輔のこの合戦での誤算は二つ。
一つはランスを殺してしまう事に過剰なまでの対策をしてしまった事。

ランスという男に保護は必要ない。
人間としての格やレベルが違う圧倒的な武力。
そんな男を殺すなという命令を下すこと自体必要ない事なのだ。
またランスの傍らには常にシィルが付いており、大抵の傷は彼女が癒してしまうのだから。

そしてもう一つは―――――――――



「敵中央、左翼共に壊滅状態。
右翼の総大将ランス率いる武士隊は健在、徐々に後退していきます」

「中央の武士隊を右翼に移動。左翼の足軽隊は下がって弓兵隊を守れ。
弓兵隊、防護柵より出て中央と左翼に一斉射。敵を掃討しろ。
巫女隊は中央後方にて傷ついた兵士の回復急げ」

【敵左翼の敵が後退していくっす!】

「一郎様。敵左翼の武士隊が後退、後ろに下がるようです」

「中央の兵士は弓の一斉射の後、突撃して敵の後ろを猛追しろ。
右翼の部隊は押し込んで戦線を後ろへと下げさせろ。武士隊の合流次第迅速に!」

浅井朝倉本陣。
そこでは総指揮をとる一郎と、雀からの情報を一郎に伝える裕輔がいた。
相変わらず裕輔の上空では忙しなく雀が囀っており、戦場の様子を裕輔に言葉で伝えている。
本陣では緊張感こそあるものの、織田の兵士の影すらなかった。そのため雀のチュンチュンという鳴き声が非常に響いていたりする。

言うまでもなくここが浅井朝倉の心臓部。
裕輔が雀を使って情報を吸い上げ、裕輔から伝わった情報を元に一郎が軍を動かす。
実に合理的で効果的な動きで浅井朝倉軍は合戦を進めていた。

「うーん、ここで駄目押しが欲しいな。
裕輔君、鉄砲はもう使えないかい? あれがあれば確実なんだけど」

「無理、でしょうね。今鉄砲の大半は当初の位置に捨ててありますし。
拾って整備をし、逃げる織田軍に追いつくのは無理でしょう」

裕輔の言葉通り織田は後退を始めていた。
後退するフリをして浅井朝倉を釣る罠、それか本当に撤退するつもりなのかは不明。
だが壊滅状態の前線を動かそうとしているのは若い雀からの情報では確定。

(敵の総大将はランス…本当に軍を引くか。
あの性格からして考えにくいけど、案外クールだったって事か。
玄さんが帰ってくれば作戦ありきの後退と逃げの撤退かの区別がつくのに)

玄さんとは年配の雀だ。
若い口癖が~っすの雀は現在裕輔の上空にいるし、インテリ雀にも別命を与えている。
ランスにへばり付いて詳しい動向を探るための雀が玄さんなのである。

浅井朝倉の本陣では俄かに戦勝ムードが漂い始めていた。
開戦から終始浅井朝倉の流れで戦況が進み、織田は後退を始めた。
これで浮かれるなという事のほうが至難の技なのかもしれない。

また裕輔自身作戦が上手く嵌まったとほっとしていた。
雀の爆竹攻撃など小細工を弄しても戦場の決着は結局時の運。
兵士の質の差に関してわからない裕輔にとって、野戦の勝利には懐疑的だったのだ。

【待たせたな】

「玄さん! それで詳細は?」

そんな裕輔の下に、待ちに待った一羽の雀が舞い降りた。
ここで裕輔は失念していたが、自分以外にとって雀の声はチュンチュンとしか聞こえないという事。
雀と会話している裕輔を周囲の兵は気味悪げに見ていた。

【敵さん、本格的に撤退するみてぇだ。
前線の部隊もそれに呼応して、既に織田の尻尾に追いすがってる】

ここから指示を出すまでもなく、二郎率いる前線部隊は追撃戦に移行したようだ。
だが―――と、玄さんはいったん区切り、改めて裕輔に情報を伝える。

【追撃戦をしかけようにも、孤立してる一人の兵士が馬鹿みてぇに強くて邪魔しやがる。
それに緑の剣士とピンク髪の姉ちゃんもすげぇ強いし…あれ化物だぜ?】

ランス達はともかく、まるで熊みたいに大きい体躯の槍兵だと。
玄さんからの情報を噛み砕き、裕輔はその槍兵は勝家だと判断した。

「それでなんとかなりそうなのか?」

【所詮一人だからそこまでの妨害にはなっちゃいねぇが、動きが鈍ってるのは事実だ。
横通ろうとしたら槍で撥ね飛ばされるしな。厄介と言えば厄介には違いねぇ。
しかしそれも時間の問題だろ。全身から血が噴き出てるし】

「…その状態で無双してんの?」

【だな。五郎とか言うやつが名乗り上げて一騎打ちしたけど、あっさり負けて死んだ】

五郎…名前しかしらないけど、哀れな。

しかし洒落になってねー。裕輔は改めて名前とキャラ持ちの強さを思い知った。
五郎は名前こそ固有であるものの、ゲームのCGはモブ武将である。そりゃ勝てない。
そんな禁則事項に触れるような事を考えながらも裕輔はこれがチャンスだと悟った。

「もうそろそろくたばりそうなんだな?」

それは勝家が死にかけているという一点。
上手くいけば、これからの流れでかなりの手札を持つことが出来る。
柴田勝家と言えば戦力的にも政治的にも心情的にも織田にとっては重要な武将だ。

【かなり弱ってはいるぜ? 見た所、かなりヤバそうだったが】

玄さんからの情報はかなり美味しい。
ここで勝家を討ち取らせてしまったら士気高揚と戦力低下は狙えるが、講和はほぼ不可能になる。
織田家の重臣であると同時に信長・香姫・乱丸などの重要人物との絆も深い。
勝家を殺してしまえば彼等の心証は最悪であり、講和という選択肢は完全に潰えてしまう。

「行くか」

今後の事も考え、取れる選択肢は多い方がいい。
ましてやこの合戦は勝てそうだが、次からは対策も取られるだろう。
勝てるという保障がない限り、保険はかけておかねばならない。

「一郎様。俺は少し野暮用が出来ました。
敵は本格的に撤退を開始したとの事です。後はよろしくお願いします」

「野暮用…? まぁ、いいよ。
ここまでお膳立てされて負けるようだったら、僕はもう総大将を辞めるしかないね。
何かすべき事があるんだろ? 僕の名前を出してくれて構わないよ」

「ありがとうございます」

一郎の裕輔に対する評価は厚い。
今までも重要だと認識していたが、今回の戦場での働きでそれはマックスとなった。
自分の名前を出しても構わないという事は、何があっても責任は取るという事なのだから。

裕輔は本陣から離れ、玄さんに誘導されて勝家が暴れている現場へと急ぐ。
最初は安全圏内にいたためノロノロとしていたが、刀が入り混じる戦場に入ると神速の逃げ足スキルが発動。
一般兵には目に移らない速度で戦場を駆け抜けていった。

「……敵は既に撤退を決定したようだ!
このまま追撃戦に入り、数を削る! 伝令を出せ!」

合戦は一度で終わりではない。
今回の戦でかなりの数を削れたものの、織田にはまだかなりの余力がある。
その気になれば足利領だった国からも兵をひっぱってこれるだろう。

削れる時に削る。勝つべき時に勝つ。
この合戦の勝利だけでは決定的な勝利にならない。
もろてを挙げてうかれている暇はないのだ。

それがわかっていた一郎は油断するはずがない。
むしろ気を引き締め、一兵でも多く織田の兵を削るべく頭をフル回転させていた。
彼に落ち度はない。あるとすれば―――――――――

<グサリ>

「―――――!?」

勝利ムードで気を緩め、警備をないがしろにしていた護衛の兵士に他ならない。

一郎の左肩に抉るようにめり込んだ一つのクナイ。
左肩からは鮮血が吹き出し、一郎から思考能力を奪う。
焼けるような激痛に一郎は地面へと倒れ込んだ。

「く、曲者! 曲者だー!」

「忍者が紛れているぞ! どこだ、どこから狙っている!?」

一郎が呻き声をあげながら地面に沈んでいるのを見て、やっと我に帰った護衛の兵士達。
そんな本陣を離れた場所から見る鈴女は「あり?」と首を傾げていた。

「おかしいでござるな。ちゃんと首の動脈を狙ったのに。
まぁ結果良ければすべてよしでござるよ」

あれではとても指揮は出来ないだろう。
織田が逃げだすまでの時間稼ぎさえ出来れば鈴女的はオッケーなのだから。
暗殺スキル。鈴女ほどのくの一では遠く離れた場所からも発揮できる、恐ろしいスキル。

一郎が倒れたことにより、浅井朝倉軍の動きは緩慢な物となってしまう。

―――――裕輔の犯したもう一つの誤算。それは要人の暗殺だった。



正直に言おう。俺はこの時代の武将の力を完全に履き違えていた。

「ぬぅおおおおおおおおお!!!」

一度槍が閃けば腕が千切れ、腹を裂き、首が空を舞う。
裂帛の気合から放たれる一撃は浅井朝倉に大きな被害を与える。
今一騎当千の【鬼】が戦場で猛威を奮っていた。

「ありえねーだろー……」

なりは熊みたいだけど、アレは虎だな。しかも手負いの。
窮鼠猫を噛むというが、鼠でもそれだけ驚異に成りうるという事。
鼠なんて生易しいレベルじゃねー。もはや小型の台風みたいなもんだ。

勝家が暴れ回っている現場は想像以上に悲惨な物となっていた。
絶命して地面に転がっている死者は浅井朝倉のみであるし、敵は勝家ただ一人。
だというのに加速度的に死ぬのは浅井朝倉という理不尽。
ぬわぁんてインチキ! と叫びたいのが正直なところの心境だ。

「おい、槍を持ってる奴を集めろ。そしてあの鬼武者を包囲だ」

「ああん!? 誰だお前は!」

「一郎様からの伝言と使いだ。さっさと包囲してくれ」

ぽんと苦い顔で槍を構えている足軽の肩を叩き、命令する。
反射的に食ってかかられたけど、相手は俺の顔に見覚えがあるようで助かる。
すぐに周囲の足軽に声をかけ、勝家の周りを包囲してくれる。鉄砲隊を指揮してて良かったね。顔が知られているな。

この戦場――――少なくともこの方面に織田の兵士はいない。勝家一人だ。
状況から考えて、織田の殿として孤軍奮闘していたという事だろうが…人間業じゃないな。

たった一人で戦線を維持し、味方を撤退させるまでの時間を稼ぐ。
人並はずれた精神力と胆力、豪力と体力の持ち主だ。

勝家は全身を赤く染め上げているが、返り血以上に自分の血で染まっている。
兜から覗く顔色も真っ青であるから、いつ大量失血で倒れてもおかしくはない。
というか現在進行形でポタポタと留めなく流血している。つくづく化け物である。

名前持ち武将、しかもゲームにおいても後半まで末永く使える防御ユニット。
初期値からして防御値が高く、勝家がいなければ織田家が他国に勝つ事は容易ではない。
一般兵から比べてもお話にならないくらいに強く、このまま無駄に戦わせてもこっちの被害が増えるのみ。

「敵将勝家と現在進行している奴は下がれ!
方円状に包囲している足軽兵は槍を水平に構えろ!」

そうこうしている間に勝家の包囲が終わる。
孤立している勝家をぐるりと360度囲むのにそう時間はかからなかった。
俺は巻き込まれないように直接勝家と交戦している兵士に勧告したのだが、その必要もなくなる。
勝家が背を向けて逃げ出す兵士を許してくれるはずがなかった。

「そのままこちらからは攻撃するな。
敵が移動すれば陣を崩さずにそのまま移動、陣が破られそうになったら密集して弾け!
決して一人で相手をしようと思うなよ」

勝家から一定の距離を取らせ、喉元に槍を突きけるようにして360度勝家を囲む。
武力で勝てないのならば時間切れを待てばいい。ただそれだけの話。
勝家は疲労も極限に近いはずだし、出血による低体温は容易く意識を奪う。
勝家の体力が尽きて意識を失うのをゆるりと待てばいい。

勝家は俺の意図に気づいたのか、声を荒げて俺を罵倒する。

「貴様、武士としての誇りはないのかッ!?
男ならば正々堂々戦わんか! お主達もこのような男の言いなりとは誇りを捨てたか!?」

「全員耳を貸すな。敵の罵りは俺が全て受ける。
それに一人の女を無理やり奪おうと攻め込んできた御前らに誇りを諭されるなんて、片腹痛い!!」

勝家も重臣である以上、雪姫を手に入れようとして戦争を始めた事を知らないとは言えないはずだ。
事実勝家はぐぬぅと呻いて反論しようとしていた口を閉じ、押し黙る。
この戦いにおいてどちらに大義名分があるかは明白。故に押し黙るしかない。
まぁだからと言って、俺が卑怯な事をしていい理由にはならないけどね。

卑怯? 狡賢い? 卑劣? ハハッ、ワロス。なんとでも言え。
俺には武士の誇りなんてない。誇りなんてとうの昔に犬に食わせてやったわ。

もはや言葉は不要とばかりに槍を振り回し、最後の大立ち回りを演じる勝家。
だがその動きは俺が最初に来た時点と比べると格段に鈍い。
しかも槍の猛威が落ちているのはもちろんだが、その場から勝家は一歩も動かない。

否、動けないのだ。
一度でも動けば勝家は動けなくなるのだろう。
その証拠に吐く息は非常に荒くなり、全身の体重を支えるようにして槍を地面に着いていた。

「その首、討ち取っ――――」

「あ、馬鹿野郎!」

俺の命令を無視し、手柄に目がくらんだ一人が包囲を崩して勝家に槍を突き出す。

途端死に体の勝家の瞳がギラリと煌めき、指先を芸術的に動かし槍を操る。
信じられない事に勝家は自身の力を全く使わず、突き刺そうとした兵士の勢いを利用して逆に自分の槍を突き刺した。
ズブリと腹に刺さった槍が兵士の体を突き破る。口から鮮血を撒き散らし、兵士は地面に沈む。

だがそれで勝家も力を使いはたしたのか、勝家も仰向けに地面へと倒れ伏した。
首記を挙げ、手柄を得る絶好のチャンスだ。こうなったら早いもの勝ち、首を切り取った者の手柄。
しかし、誰も勝家に近づいて首を切取ろうとする者はいない。

「コヒュー……こひゅー…」

それは勝家のギラギラと両目に灯る野獣の光。
少しでも近付けば喉元を食い破ろうとする強い意志。
先ほどの兵士を殺した一連の流れを見ている者は勝家が死んだという確証があるまで近づけない。

「おい、縄を持ってきてくれ」

「…は?」

「だから。縄だよ、縄。こいつ縛るための」

「縛る…? まさか、こやつを捕虜にして捕えるのですか!?」

俺の言葉に信じられないと噛み付く足軽兵の一人。
包囲している兵士達も同じ意見らしく俺に批難の眼差しをぶつけるが、俺は一郎様の名前をチラつかせる事で無理やり意見を通した。

「小僧……! 貴様、どういうつもりだ。
殺せ…! 侍から死に場所を奪うつもりか…!」

地獄の底から響くような息も絶え絶えながら、背筋を凍りつかせる怨恨の声が浴びせられる。
ぞっとする怖気を内心で留めつつ、勝家に向かって尊大に言い放った。

「敗者は黙っていてくれません?
死にかけの貴方をどう扱うのかはこちらの勝手。
ああ、勝手に死なないでくださいよ? これから交渉のための材料になってもらう予定だから」

「交、渉だと…?」

「そ。だから誇り云々言うんだったら、勝手に自害とかするなよ」

「生き恥を晒し、織田に、迷惑…を、かける、つもりは…毛頭ない…。殺せ…!」

「いくら言われても殺さないから。ほら、猿轡咬ませちゃうし」

やはり死兵となって織田の撤退まで殿をするつもりだったらしい。
勝家ほどの武将が殿を務めれば敵の戦力を集められるし、敵の追撃を押し留める事が出来る。
だが俺の手によって殺されないと知ると、意識を失うまで壊れた人形のように【殺せ】を連呼した。

自害されては困るので、歯と歯の間に持ってこさせた縄を食いこませる。
これで舌を噛み、出血で喉が詰まっての自害は不可能となった。
俺がよいしょよいしょと猿轡を咬ませている間に何時しか勝家は白目をむいて気絶していた。

「こいつを手当てして浅井朝倉の牢にぶち込んでおいてくれ。殺すなよ」

持って来てもらった縄を周囲の兵に手渡し、手脚を拘束しておくように命じる。
生命力は体の大きさに比例するというし、勝家は出血さえ止めれば生き長らえるだろう。
俺はその場の兵士に手当と牢へと連れて行くように命令を下してから、一郎様のいる本陣へと戻る事にする。

ここで勝家を確保できたのは実に僥倖。
交渉の手札としては最高レベルの手札。
織田家は人情家が多いし、勝家は古くからの織田家の家臣だ。

そう、交渉だ。
この戦は上手くいったけど、俺は浅井朝倉が戦争に勝つのは無理だと思っている。
出来る限りの好条件で和睦を結ぶのが最善だと思っている。

鉄砲は威力が高い反面、欠点もすぐに想像がつくのが難点だ。
火薬を使っている以上雨の日は動作不良を起こしやすいし、使い物にならない。
それを鈴女などのくの一、もしくはランスに感づかれたらそれだけで勝率はがくっと下がる。

「一郎様と相談をしないと…」

俺のこの考えを聞いてくれるのは一郎様しかいない。
あくまで俺は一郎様の部下に過ぎず、国の決定に関わるような発言は出来ない。
一郎様を通しての形でないと提案すら出来ないのだ。

最後に縄に捕えられ、男数人がかりで運ばれる勝家を一瞥し、今度こそ本陣へと戻る。
本陣へと戻る途中で織田の陣より後方で煙があがっているのが視界に入り、もう一つの作戦が成功した事がわかった。

よし、インテリ雀が上手く作戦を成功させてくれたみたいだ。
きっと今頃は織田陣では更なる動揺が走っていることだろう。
これで時間稼ぎが出来ればいいんだけどな…。

「―――――ぐぅ、ぅぷ!?」

突然喉に込み上げてくる酸っぱい何か。
思わず吐き出してしまいそうになるが、無理矢理喉に押しこめる。
本陣へと戻る途中だったが、地面に膝をついて落ちつかせた。

「…ッ。はぁ…はぁ…」

どうやら精神的に参っているらしい。
しかも情けない事に人を殺した事ではなく、自分が殺されかけたというプレッシャーに。
合戦が終わって生き延びた事を実感した事でぷっつりと緊張の糸が切れてしまったようだ。

この戦いの中、首筋に焼けるようなチリリとした感覚がなかったのはほんの僅か。
つまり俺は常時死にそうな状況下にあったということに他ならない。
極限のプレッシャー下に苛まれ続け、精神が摩耗していた。

そしてやっと今になって自覚する。
自分が人を殺す命令を下したというのに、驚くほど罪悪感を感じていない事を。
野晒しにされている死体を見て生理的嫌悪は浮かんでも、罪悪感は本当に薄いという事を。

「ああ…そうか、俺――――壊(イカ)れちまったのか」

当初太郎君の村が焼き打ちされた時とは大きな違い。
俺はあっさりと自分が変質してしまった事を受け入れる。
どうか人を殺すことに快楽を覚えるような者にはならないよう気をつけないと。



人を殺すという最大級の禁忌を犯す戦場ではマトモでは生き残れない。
生き残るのはその倫理感が始めから壊れている者と、壊れてしまった者の二種類のみ。
そういう意味で裕輔は壊れてしまった。

幾つもの思惑が入り乱れ、錯綜する戦場。
戦場において人の命は驚くほどに軽く、簡単に失われていく。
いまだ裕輔に安息の日々が訪れる気配はない。














あとがき

新生・浅井朝倉、初戦白星。
全てが上手くいったとしても、誤算がないと面白くないと思うんです。
何もかもが上手くいくのはやはりおかしいと思いますし。

インテリ雀に出した命令とは。
一郎の安否、勝家の処遇。
これからの浅井朝倉の取るべき道とは。

次回は以上の三本で行く感じです。

*どうでもいいアナウンス。
感想350を書きこんでくれた方の読みたい物語を番外編で作者が頑張って書きますよ!
ふるってご参加ください。何も書かれていなかったら普通の番外編になります。





[4285] 番外編2
Name: さくら◆206c40be ID:a000fec5
Date: 2009/11/08 07:52
皆さんはひんやりと冷たい感触を額に感じながら目覚めた事はあるだろうか。
想像出来ない方はなんとも言えない感情を持て余してしまうと思って頂きたい。
更に鉄が鉄砲の砲身だったりすると、爽やかな朝が陰鬱な物になること間違いなしである。

「……早く…起きる。…さもないと……」

<チャカ>

「は、はい! 起きますですよ、はい!」

柚美のささやかながらもしっかりと耳に届く声に、裕輔はがばっと目を覚ます。
目が覚めると同時に自分の額へと鉄砲の照準が定められている事を感知し、ひゃあ!? と情けない声を出して驚く裕輔。
日常的に鉄砲を向けられるようなハードボイルド生活を過ごしていない裕輔にとって実に心臓に悪い朝の目覚めである。

「ど、どうして俺は鉄砲で狙われているのでせうか!?」

「……約束…した……早く起きないと…日が……暮れる…」

「約束…はて?」

<ジャキリ>

「じょ、ジョーク! 冗句だって」

寝ぼけた頭では何故朝っぱらから襲撃されているのか思い当たらない裕輔。
柚美が無言で喉に鉄砲を突きつける事でようやく思い出したのか、必至で取り繕うのだった。
首筋がちっともチリチリと痛まないので本気ではないのだろうが。柚美は感情の起伏に乏しいので判断がし辛いのである。

「あー、びっくりした。時間は…って、ここには正確な時間とかないか。
フィーリングで早朝とかに決めるから、現代人の俺には困るぜ」

「…?」

「ああ、いや、ごめんごめん。こっちの話」

時代は日本の戦国時代とほぼ同じ。
一般的に時計が出回っているわけもなく、結構時間にはいい加減である。
国主や重臣ともなれば時計も持っているかもしれないが、下っ端の裕輔には手に入れられない代物だ。

「ん。ちょっと待ってろ。今すぐ支度するから」

「…わかった…………」

朝から鉄砲を突きつけられ、完全に眼が覚めた裕輔はふぅと溜息を吐きながら布団を片付ける。
まさかここまで自分に懐くとは…裕輔としても完全に予想外だった。
それにしても早朝に男の部屋に女の子が一人で来るってどーなのよ。
種子島は比較的新しい商人の国なので規律などは緩いのだが、少し考えてみて欲しい。

「…?」

それに――――ジッと改まって柚美を観察する裕輔。
見られている柚美は子首を傾げて頭に疑問符を浮かべるばかりである。

柚美は黒髪黒眼、ショートボブといったまさしく大和撫子の素晴らしい所を全て持っている。
胸は控えめだが、掌サイズも趣があってまたすばらしい逸材である。
背丈もそれほどに高くなく、可愛らしいといった印象を受ける。胸に関してもこれからに期待大だ。

そして何より――――――柚美最大の武器は服装にあった。

スクール水着+セーラー服=∞
柚美は一つでも破壊力大な装備を二つも持っているのである。
まず一番下にスクール水着を身につけ、セーラー服の上部分のみを羽織るという柚美スタイル。
何気なく髪を纏めているカチューシャも得点が高い。

(…すごく、衝撃的です)

実際柚美を初見した時、裕輔の体には電撃が走りっぱなしだった。
なんだ、このエロティックかつ可愛い生き物は。これは存在を許してもいいのか。
二次元でもそれはそれは可愛らしかったが、三次元はそれを軽々と上回る衝撃だった。

「………」

「…なに?」

「わ、悪いけど部屋から出て行ってくれ。
これから着替えるから? な? な?」

朝寝起きから柚美のセクシーな姿を見れば、自ずとどうなるか答えはわかっているだろうに。
裕輔は己の愚を恨みながら、顔でにっこりと笑みを作って柚美にお願いをする。
ヒントは朝の男の生理現象、それに普段着からしてエロカワイイ柚美。

(ぐっ…迂闊…! こうなることは自明の理だったというのに)

ぶっちゃけ裕輔は性欲を持て余していた。

「…ん。……わかった」

どうして裕輔は及び腰でいるんだろう?
疑問に思いながらも柚美は裕輔の部屋から出るのだった。



裕輔と柚美が出会ったのは種子島家に来て間もない頃の事。
鉄砲隊が組織していない頃の柚美は単なる一人の鉄砲の技師でしかなかった。

柚美の父親と重彦は懇意にしている仲だが、柚美は柚美自身の力を見て欲しいという思いがとても強い。
そのため柚美は鉄砲の試験部隊の一員として参加し、たくさんの人間の中で必至に修練を積んでいた。
裕輔が柚美を発見したのも鉄砲の意見を聞かれた時にたまたま一団に埋もれていた柚美を発見したのが始まりである。

初めて裕輔に声をかけられ、柚美は混乱した。
そのころの柚美は未だ原石。ただの一般兵に過ぎなかった。
そんな自分に浅井朝倉からの使者である裕輔が声をかけてきたのだから驚きである。

【セーラー服とスクール水着……あるっ!】

はっきり言って意味がわからなかった。
しかし今柚美が種子島家で一部隊を預けられ、武将として扱われるようになったのは裕輔のおかげである。
裕輔は原作知識により柚美の才能を見抜き、重彦にそれを伝えた。重彦がそれに注目し、柚美を登用したのだ。

この異例の出身に敬愛する父親の力は関係ない。
国主である重彦が柚美の鉄砲の腕を認め、純粋に柚美は力で一角の武将へとのし上がった。
それが柚美にはとてもうれしく、強く記憶に刻まれることになった。

それ以来柚美と裕輔との間に繋がりが出来た。
柚美からすれば裕輔は自分を高く買ってくれた恩人だし、裕輔からすれば可愛い女の子とコミュニケイションがとれる。
そんな関係が何時しか変化したのは、裕輔は柚美を遊びに誘った時の事―――――――

「準備よし。軍資金よし(重彦からのお小遣い)! じゃあ行くか!」

「………楽しみ………」

裕輔も身なりをきっちりと整え、財布もきちんと懐に入れる。
今日は重彦にも城下町に繰り出すことを伝えているし、一日中遊べる。
先陣をきって城下町へと繰り出す裕輔と、裕輔の後ろをちょこちょこついて回る柚美。
はたから見れば仲の良い兄妹にうつる事間違いなしだった。



さて、城下町に来たわけだけど。

「………」

じっと俺の事を期待のまなざしで見つめる柚美。
その目はこれから遊園地に行く子供が親を見つめるが如しである。
そんな可愛らしい妹分の視線は気持ちよくもあり、責任重大でもあった。

ゲームをプレイして人物の趣味嗜好を知っている、という事が初めて役立ったというか。
柚美と俺とのコミュニケイションは怖いくらいに上手く嵌まった。
ただ知識だけで何でも出来るというわけでもないので、それなりに苦労はしたが。

「柚美君、今日は君にキモカワイイという概念を与えようと思う」

「きも、かわい…? 気持ち悪いけど、可愛い…? よく…わからない」

一見クールビューティーを地でいく柚美に話しかけるには苦労した。
いくら話しかけても初めは「…うん」とか「…そう」で会話が途切れ、会話が続かなかった。
そこで俺が出した対柚美最終兵器によって一気に関係が軟化し、話しやすくなったのである。

「…どういう…こと…?」

「くくく、見ればわかるさ」

「…裕輔、意地悪」

意地悪く笑うと、意趣返しに柚美の武器・試作型箒星を背中に押しつけられる。
首筋に嫌な感じのジリジリを感じないため、気楽なものだ。
命の危険を感じた時に察知する首筋のチリチリする感覚は結構役に立つ。
これがあれば相手が自分を殺す気なのかそうでないのかがすぐにわかるし。

今日の目的地は城下町の呉服屋、現代風に言うと服屋。
この時代に可愛い物や『萌え』を主眼として扱っている店はないので、オーダーメイドで造ってもらうしか萌えアイテムを手に入れる事は出来ない。
そのため暇を見つけて萌えアイテム作成を呉服屋に頼んでおいたのである。

横では無表情ながらも【むぅ】と少しヘソを曲げた柚美がいる。
今朝のようにかなりドキドキさせられる時も偶にはあるが、基本的に柚美を妹みたいに思ってる。
なんというか、その、うん。ランス的に柚美はセーフでも、俺からすればアウトなのだ。

不躾ではあるが身体的に言えば柚美はオールオッケー。
しかしどうにも柚美には幼いところがあるので、精神的にそういう対象にはならない。
そういう対象として見るよりも可愛い物を近くで愛でていたい、父親的母性みたいな?

「そこの呉服屋だから、それまでのお楽しみってやつだな」

「…なら行く。早く………行く…」

「ちょ、おいおい」

目的地がわかるや否や柚美は眼を輝かせ、俺の手をぐいぐいと引いて早く早くと急かす。
柚美に尻尾が生えていたのなら、きっと犬のように全力でふりふりとふられているに間違いない。
俺はそんな柚美に微笑ましいものを感じながら、手を引かれて小走りで城下町を駆けて行く。

「ああ、平和だな…」

商人の国・種子島家は活気に満ち溢れている。
道のあちこちに露天が溢れだし、まるで毎日が祭りのよう。
この国と浅井朝倉にいる間は自分が戦国時代にいる事すら忘れてしまう時もある日々。

今日も種子島家は平和だった。



種子島家の呉服屋はなんとも品揃えが素晴らしい店である。
一度一郎様の付き人で浅井朝倉の呉服屋に行ったけど、ここまでの品揃えではなかった。
店の規模もかなり大きいし、所狭しと反物や着物が積まれている。
これでも京の都の呉服屋のほうが大きいというのだから驚きである。

「お邪魔する。ご主人、この前頼んでおいたブツはどうなってる?」

「ああ、浅井朝倉の方ですか…ちょっとお待ちを。
言われたとおり人形を作りましたよ。きっとお気に入られると思います」

店の主人は若く、30代後半の中年男性。
前に来たとき人形の詳しい要望を指示するためにかなり仲良くなったのだが、なんでも二代目だとか。
商人たちにとって種子島家ほど住みやすい場所はないので、京から引っ越してきたのだろうだ。

二代目主人の夢は京にあった公家ご用達の店を超える事。
そのために日々山千海千の腹黒い商人たちと商談という名の戦いを繰り広げているそうな。

「………楽しみ……」

あまり呉服屋の二代目の事ばかり考えていてもどうかと思うので、横にいる柚美の様子を窺う。
柚美は店に入ってからというものの期待値がマックスを突破したのか、ずいぶんとソワソワしている。
わたし、期待していますというオーラが惜しみもなく放たれていた。

ここまで期待されると、俺のチョイスがちゃんと正しかったのかすら不安になってしまう。
だ、大丈夫だ、うん。柚美は徳川の狸達を見てヘブン状態に陥っていたし。
ちらりとそんな不安が心から覗きながらも俺と柚美は店の奥に引っ込んだ主人を待つ事にした。

「おまたせ致しました。品はこちらになります」

待つこと暫し、柚美の我慢がかなり危ないゲージに達した時。
店の奥から二代目が風呂敷で何かを包み、俺へと手渡しに出てきた。
俺が想像していたものよりもかなり大きく出来たらしく、小学生のランドセルくらいの大きさに仕上がっている。

「それじゃあ中身を確認<クイクイ>…するのは後にするわ。
これ代金。これからも頼むことがあるかもしれないけど、その時はよろしく」

「へぇ、確かに。これからも御贔屓にお願いしますよ」

ちゃんとした仕上がりになっていたか確かめようとしたが、柚美が袖を引っ張るのでひとまず品を受け取る事に。
柚美はアノ状態になるのを人に見られるのを酷く嫌う。
俺の時でも散々誤魔化しになっていない誤魔化しをし、何度もアノ状態を晒してやっと認めるようになったのだから。

「…早く。早く…!」

「それじゃあご主人、またよろしくな~」

辛抱たまらん! とばかりに風呂敷を持っている俺の袖を引っ張る柚美。
俺はひっぱられるがままに柚美に連れられ、店から強制退去する事になった。



柚美は狭い路地に入り、きょろきょろと人目がないことを確認。
まるでお預けされている犬のように、裕輔に早く早くと風呂敷の中身を見せるようにせがむ。
裕輔はもったいぶりながらも柚美の両手の上で風呂敷を乗せ、その包みを剥いだ。

「―――――――――!?」

まず柚美の目に飛び込んだのは明るい太陽のような黄色。
どうやら人形らしく、反物の生地の中にはふわふわの綿が詰められている。
柚美は目の色を変えて裕輔がオーダーメイドした人形に見入った。

その人形はどうやらネズミをモチーフにしているらしいが、ガリガリではなくふっくらとした柔らかい形状をしている。
長く黄色で先端が黒い耳は可愛らしくちょこんと頭の上に付いており、ほっぺたはデフォルメちっくに赤い丸が両頬に二つ。
基本的に黄色の色をしているがハムスターのように背中は茶色の模様が彩っている。
尻尾は重力に逆らうようにしてギザギザと質量を持って逆立っていた。

ぶっちゃけてしまうとピ○チュウそのものだった。
この世界に任天○はないので、著作権も問題ないのである。

ふおおおおおぉぉぉ……!
まるで薬でも決めているかのような恍惚の笑みを浮かべる柚美。

それが柚美に与えた変化は顕著なものだった。
頬は運命の恋人と出会ったように上気し、目は夢見る乙女のように宝石の輝きを放つ。
力の限りピカチュ○の人形を抱きしめ、あらんばかりに頬ずりした。

「キャーーーー! キャーーーー! キャーーーー!!!
可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いぃぃーーーーーいい!!!
何コレ何コレ何コレ何コレ何コレ!!!????」

きゃあきゃあと歓声を上げ、いつものクールビューティーな柚美は完全に消え去ってしまう。
柚美の他人に隠したい趣味とは【可愛い物を見つけると我を忘れてしまう】なのだ。
可愛いものを見つけると柚美は我を忘れ、所構わずヘブン!状態になってしまうのである。

「可愛い…うん、確かに可愛い」

もはや柚美の視界に入っていない裕輔は柚美を慈しむ目で見ながら愛でる。
可愛いと言っている本人が一番可愛いとは裕輔の言である。
この状態の柚美を見ていると妹にしか思えず、父親的な立場から慈しむ心境になってしまうのだ。

「キャーーー! キャーーー! キャーーーー! ……はっ!」

高い高いをするみたいに人形を掲げ、くるくると回って喜びを表現していた柚美。
だがはっと生暖かく自分をみる裕輔が視界に入り、一瞬にして我に帰る。
そして顔を真っ赤にしながらこういうのだ。

「その…うん………ネズミなのに可愛い……勉強になった。
けれど…出来ればその…父や他の人には…」

さっきまでの自分の行動を思い出しながら、もじもじとお願いするのである。
裕輔は我慢できず反射的に柚美の頭をかいぐりかいぐり撫でまわした。

「うんうん、柚美は可愛い。こうなるとネズミも随分と可愛くなるもんだろ?」

「…衝撃的だった」

「我を忘れるくらい?」

「~~~~~~~~~~~~!!」

<ズドン!!>

「のわっ!? お、俺が悪かったから本気で撃つな!!」

恥ずかしさのあまりポーズではなく、本当に火縄銃に火を点火して発砲する柚美。
その顔は熟れたトマトのように真紅に染まり、よっぽど恥ずかしかったのか目に僅かに涙を溜めている。
やり過ぎたと裕輔が謝る事でやっと柚美は鉄砲を下ろした。

「…反省、した?」

「しましたしました。本当にすまない、このとーり!」

「なら、いい。…次にも素晴らしい物を………用意してくれたら……許す」

許すついでにさり気なく次の約束を取り付ける柚美。
裕輔はその事を微笑ましく思いながら、了解と快く返事をするのだった。

柚美が何故他人から可愛いものを愛でている自分を隠しているのには理由がある。
もちろん自分が恥ずかしいというのがあるが、何よりも相手に盛大に引かれてしまうのである。

普段の柚美が無口で感情を表に出さない時とヘブン状態の柚美では天と地ほどの差がある。
それ故柚美のヘブン状態を見てしまった者は例外なく引いてしまい、それ以来柚美と相対する時一歩引いてしまうのである。
そもそも柚美は無口で友達も少ない。その少ない友達が引いてしまい失うのだから、柚美が自分の趣味を隠してしまうのも自然の流れだった。

裕輔に最初取り乱した所を見られた時、盛大に引かれてしまったと柚美は思った。
ポカーンと面食らい呆然とした表情を浮かべる裕輔に自分の失敗を悟り、必至になかった事にしようと取り繕った。
なかった事にしてしまえば大抵の人は敢えてそこに触れようとせず、なかったように扱ってくれるから。

だから、裕輔の言った言葉と行動は鮮烈だった。

【柚実はかぁいいな、うん。柚実は可愛い】

裕輔は父親が娘に向けるような慈愛の眼差しで柚美の頭を思い切り撫でたのである。
裕輔も柚美の可愛さにやられて思わず撫でてしまった口だ。裕輔はすぐに我に返り、勝手に頭を撫でた事を柚美に謝罪した。
柚美は裕輔の謝罪も放っておいて、心のままに裕輔に疑問を投げかけた。

【…私が、可愛い…? 気持ち悪い、じゃなくて…?】

【気持ち悪い? なんでだよ?】

ごく自然に、わけがわからないと裕輔はそのまま柚美に訊ね返す。
裕輔の嘘偽りない言葉に、柚美の中で裕輔の立ち位置が大きく変化した。

それ以来、裕輔は柚美が自分の趣味を隠すことなく出せる少ない人間となった。
裕輔が可愛い物を見せてくれると言えばランランルンルン気分で裕輔について行く。
それを繰り返している内に裕輔は柚美が心を開いている数少ない人間のポジションを獲得したのである。



「ん……」

悩ましい声を上げ、柚美は自分の部屋で目を覚ました。
枕もとには裕輔がプレゼントしてくれた人形がちょこんと鎮座している。
昨晩はピカチュ○の人形を抱いて眠ったから裕輔の夢を見たのかな、と柚美は寝ぼけ眼で考える。

随分と懐かしい夢だ。
まだ箒星が試作型であった頃だから、結構前の話である。
今では箒星は完成し、敵を狙撃できるほどの完成度を誇っている。

「…裕輔、大丈夫、かな…?」

裕輔が種子島家を出て数日がたった。
浅井朝倉と織田が戦となった事は既に諸国に広がり切っている。
―――――――しかも悪い事に浅井朝倉は相当劣勢らしい。

数日前にいなくなった裕輔を案じ、柚美はぎゅっと人形を抱く。
せっかく仲良くなったのに、ずっと種子島にいればいいのに。柚美はそう思う。
裕輔がいなくなってから種子島家は随分寂しくなったと思う。あくまで柚美視点だが。

敬愛する父親も流行り病に倒れ、あまり具合がよくない。
最近は何故か漠然とした不安が頭をよぎり、柚美を落ち込ませる。

「…約束した。だから…大丈夫」

裕輔と柚美の間で交わされた約束。
次はピカチュ○と同じかそれ以上に可愛いものを見せてやるという約束。

約束…まだ守ってもらって、ない…

柚美はもう一度強く人形を胸に抱きながら眠りにつく。
二度寝するもの偶にはいいものだ。





















あとがき

番外編その二。柚美と裕輔の日常編。
350番のキリ番を取られた○っかさんに捧げます。
ちなみに柚美の父親が現時点でもかろうじて生きています。原作では事故で亡くなりましたが、ここでも…
次回のキリ番は未定ですが、400~500番くらいでやりたいかも? です。



[4285] 第二十二話
Name: さくら◆206c40be ID:a000fec5
Date: 2010/12/27 00:37
一時撤退を余儀なくされた織田軍。
今や撤退が完了し、織田軍はテキサスと尾張の国境付近まで下がっていた。
必死の撤退に一般兵士達の疲労は極みに達しており、しばらく進軍は不可能。
ほうほうの体で逃げ出した織田軍は今、各部隊における被害報告を纏めているところである。

各部隊の被害は死傷者、重軽傷者を含めれば消耗率は五割を超え、殆ど壊滅状態。
無事なのは織田の後方で撤退支援の援護射撃をしていた弓兵隊くらいなものである。
中でも乱丸率いる武士隊、とりわけ―――――鉄砲の一斉射撃に晒された勝家の足軽隊の被害が酷い。

「勝家殿! 勝家殿! 何処にいますか!!」

大声を張り上げて織田の陣営を駆けまわるのは明智光秀だ。
光秀はランスから部隊の再編成を命じられ、休憩する間も惜しんで駆けまわっている最中である。
織田家の良識人かつ苦労人、彼が倒れれば織田に政治が出来るのは3Gだけというのが寂しい。

(消耗率が激しい…こんな状態では再攻撃なんて無理だ)

光秀の目に映る兵士の姿は疲れ果てており、今にも倒れかねない者ばかり。
ランスはすぐにでもリターンマッチする気満々だが、戦は一人でするものではない。
こんな状態で再戦などした場合、本当に壊滅してしまうのは眼に見えている。

なんとも頭が痛い事だ。
光秀は実質織田の全権を握っているランスの事を思うだけで胃に穴が空きそうだった。
第一今回の合戦にだって彼は言い表せない不快感と疑問を抱いていた。

合戦は多くの命と資金、食糧が失われる。
合戦をするに当たって国と国は互いの信念、譲れぬ物を奪いあう。
だというのに今回の合戦の発端というものがそもそもおかしい。

『雪姫ちゃんをもらいにテキサスに行くぞ。さっさと準備しろ』

彼の尊敬する主君、織田信長が全権に等しい権利を任した影番・ランス。
信長が任した以上ランスの命令を聞くのが忠臣の務め。

しかし――――――――――しかし。

果たしてこの戦いに織田の正義・信念はあるのか……?

これ以上は考えてはいけないと光秀は頭を振る。
この思考はいずれ己を殺す。合戦は始まり、とうの昔に賽は投げられたのだから。

「光秀!! ここにいたか!」

「乱丸殿ですか。私も探していましたよ」

丁度武士隊の被害を纏めていた乱丸と合流を果たす光秀。
だが乱丸は息を切らし、酷く憔悴しきった顔。乱丸のこんな顔は見たことがないと光秀は思った。
嫌な予感がする。光秀のそんな思いを裏切らず、乱丸の口から出たのは想像したくなかった言葉。

「勝家が、どこにも、いない! 見なかったか!?」
 
「ッ! …いえ。私も探していたところです」

「くっ…引き続き足軽の兵に訊ねてくる。武士隊の報告は後にしてくれ」

光秀の答えに乱丸は知れず、体が震えた。
過去何度も戦場を経験したが、これほどまでに恐ろしかった事はない。
さっと見たくない物から眼を逸らすように顔を伏せた乱丸は見てとれるほどに青褪めている。
光秀の横を通り抜け、乱丸は再び勝家を探しに地面に座りこんでいる兵士達に声を掛けに行った。

「勝家殿………」

勝家の足軽隊は謎の攻撃により一番被害を受けた部隊だ。
その悉くが屍を晒し、力尽き、壊滅した様は織田全軍が見ていた。
最悪の事態を想定していなかったわけではないが、普段の勝家を知っていれば想像も出来ない。

――――――勝家が討ち死にしたなどとは。

織田家の家臣の中で最も忠義に厚く、足軽を纏め上げて鉄壁の部隊へと鍛え上げた。
また武芸の腕前も織田家の中で随一である。怪我が完治していないとはいえ、死ぬはずがない。
彼が死ぬような事があればそれこそ織田の足軽隊―――いや、全兵士の士気に関わる。

しかし彼等がどれだけ探そうと勝家は見つかる事はなかった。

――――――勝家、討死。

その報は織田全軍を駆け廻り、大きな衝撃を与えた。
ランスは全軍を再編し再侵攻する気満々だったが、全軍の士気の低さ、乱丸や光秀ら将兵の間に走る動揺のため侵攻を断念。
残存兵力を全て引き連れて尾張へと退却する事になったのである。



「そちらに援軍を出すわけには行かない。
真に遺憾ではあるが我が上杉に他国へと回す兵力に余裕はないのだ」

「しかし! 織田の余りの暴挙、このまま見過ごせば上杉家にも―――」

「気持ちはわかるがどうしようもなかろう。
浅井朝倉の使者の方がお帰りだ。丁重にお送りしろ」

「お待ちください! どうか、何卒! 何卒お力添えを―――!」

上杉家謁見の間。
必至の様相で援軍を乞う浅井朝倉の使者を無理やり下がらせ、上杉県政は清々したと従者に茶を持ってくるように命じた。
その顔には苦渋の選択をしたというやり切れなさは微塵も存在していない。

「ふんっ。武田との戦いでも危険だというのに兵をやれるか。
防衛の戦力を削ってまで他国を救うなど、馬鹿のする事よ」

県政は上杉の城主、上杉謙信の叔父にあたる人物。
彼は常々女でありながら城主である謙信の事を忌々しく思っている。
毘沙門天の化身と呼ばれると知った時は吐き気がした。

それほどまでに嫌っている謙信だが、人信も篤く個人の武力はJAPAN一と言われている
如何に謙信の事を疎ましく思っていても謙信がいなくなれば上杉家は間違いなく潰れる。
県政は自分の力でもやっていけると思っているが、それは大きな間違いというもの。

県政は自尊心だけは高いが、城主の器を持っていなかった。
それ故先代上杉国主は幼い謙信を指名したのだが、県政からすれば納得がいかない。
隙あればといつも狙っているのだが、謙信の腹心の部下である直江愛がいるためそれもままならない。

「今回の事もきっと何も考えずに受けようとしたに違いない。
まったく、武田との戦いへと行っている間に処理できてよかったわ」

自分の安全を脅かしてまで他国に援軍を出す? 馬鹿馬鹿しい。
県政にとって選ばれた者である自分が最優先であり、その他は二の次。

上杉謙信がいれば上杉は織田の狼藉を許さず、援軍を出していただろう。
しかし運悪く武田との小競り合いに謙信と愛は出陣しており、上杉城にいたのは県政のみ。
浅井朝倉の使者は快い返事を何一つ得られぬまま、失意のどん底で上杉家を後にした。



どどどどどど!

一郎が負傷したとの報せを受け、裕輔は一乗谷城の廊下を急いで進んでいた。
勝家を捕虜にした事の報告を一郎に上げようと本陣に行けば一郎はおらず、本陣は騒然としていた。
そこで兵士の一人を捕まえてみたら一郎が何者かの凶刃にあい、負傷したというではないか。

すぐに一郎は城へと運ばれ、手当を受けたという事までは情報を得られた。
しかしそれ以上の事が不明のため、裕輔は直接一郎を探しに城を爆走しているのである。

一郎が治療している部屋はすぐにわかる。
負傷者は山ほどいるが一郎は最上級の治療を受けるため、最も清潔な部屋にいる。
言わずと知れた一郎の部屋の襖を勢いよく裕輔は開いた。

「一郎様! 大丈夫ですか!? 死んでいませんか!? 毒を受けてはいませんか!?」

「何物だ、無礼であろう!」

中にいたのは医者と思われる白衣の人物。
部屋の中には刀を携帯した武士が何人も陣取っており、いきなり襖をあけた裕輔を咎めている。
そして一郎は布団の中で弱々しいながら、血色のよい顔で裕輔を見返していた。

「…あぁ、裕輔君か。やめろ、彼は僕の副官だ」

一郎の掠れるような声を聞いた兵士達が矛を収める。
一郎は二人で話しがしたいと裕輔のみ残るように小さく命じる。
兵士達と医者は部屋のすぐ外で警備している旨を一郎に伝えると、ゾロゾロと部屋を退室した。

「それで大丈夫なのですか。暗殺者に命を狙われたと聞きました」

「ははは、なんとか、ね。
傷自体は浅いものだったし、塗られていた毒も良薬アサクヒロクで解毒できた。
数日は動けないだろうけど命に別状はないさ」

「そう、ですか。それはよかったです」

一郎の身の安全を聞きほっとする裕輔。
だが―――――― 一郎は苦々しく胸中を語る。

「こんな大事な時に、と自分で自分が情けない。まだ詳しくその後の経過を聞いていないんだ。
織田が撤退したのは知っているのだけれど、何処まで撤退したのか教えてくれるかい?」

「織田は尾張まで撤退したようです。
あれだけ鉄砲で傷めつけましたから…少しの間は大丈夫かと」

そうかいと一郎は安堵し、同時に悔しくも思う。
尾張まで撤退したという事は時間を稼げたという事。それはいい。
だが同時に一郎は自分がやられなければ織田軍を包囲殲滅できたのではないかとも思えるのだ。

「鉄砲も500丁全て回収できました。
これで織田に弱点を知られるのを遅れさせる事が出来ると思います」

裕輔がすぐに一郎の所へと飛んで来れなかったのはそのためだ。
鉄砲は第一級の機密兵器。織田の手に渡るのだけは避けなければならない。
だが回収できたからと安心できるわけでもないのである。

「そうか、それはよかった…だけれど解せないね。
ならどうしてそんなにも眉間に皺を寄せているんだい?」

言うべきか、言うまいか。
迷っていた裕輔だが、一郎の指摘に全てを切り出す事を決めた。
即ち鉄砲の優位性が崩れ去っている可能性と講和を結ぶ事を考えて欲しいという事を。

「はい。鉄砲なのですが、実はモデルとなった兵器があるのです。
モデルとなった兵器の名前はチューリップ。大陸の兵器です」

「大陸の…ちょ、ちょっと待ってくれ。まさか…」

思わず起き上がってしまうほどに驚いた一郎。
すぐに呻いて布団へと沈んだが、一郎の反応からして気付いたのだろう。

「まさか、織田の異人は鉄砲の事に気付いているかもしれないって事かい?
しかも鉄砲の欠点を知っている可能性もあると。そういう事なのかい?」

こくりと無言で頷く裕輔。
一郎は有能な士官である。その危険性にはすぐに気づく。
鉄砲のアドバンテージが消えるという事はそれほどまでに浅井朝倉にとってダメージが深い。

単純な理屈で言えば浅井朝倉の戦力が大幅に減少する。
鉄砲の性質を知れば雨が降ってくる日に合戦をしかける。これだけで鉄砲は無力化されてしまうのだ。
また鉄砲の運用を前提とした布陣を敷いていた場合、結果は火を見るよりも明らかである。

更に悪いことに浅井朝倉の間に鉄砲の絶大な戦果が目に焼き付いている。
過ぎた自信は過失に繋がり、決定的な敗北に繋がる。
鉄砲の力を過信するあまり元からない戦力差を錯覚してしまう恐れすらあるのだ。

「なんていう事だ…」

鉄砲はあくまで裕輔がもたらした望外の戦力。
織田との戦は浅井朝倉の戦力のみで戦う計算をし、その難しさは理解していた。
だというのに鉄砲が使えなくなるかもしれないという事実は一郎を絶望の淵に追いやる。

よくも悪くも鉄砲は強力すぎたのだ。

「一郎様。そこで真に無礼ながら、俺から提案があるので……ッ!?」

愕然とする一郎を見ている裕輔は心苦しかったが、いわなければならない事がある。
しかし二人のいる部屋を襲った異変に言葉を噤んだ。

「こ、これは!」

<カタカタカタカタッ…!>

始めの異変は一郎の枕もとに置いてある湯呑に波紋が生まれ、全体が震え、中身を零した事。

「地震!? しかも…大きい!」

次の瞬間には一郎と裕輔も揺れを感知し、部屋全体が目に見えてわかる程に震える。
振動は時間が過ぎれば過ぎるほどに大きさを増して裕輔は立ってもいられなくなった。

(く…っそ……! この、タイミング…で、かよ!)

身を低く屈めながら裕輔は毒を吐く。
本当に忌々しい。可能性はあったけど、そんなに高くない可能性だったというのに。
余りの不運に裕輔は神を恨んだ。

――――――――浅井朝倉の地震イベント。

浅井朝倉と織田との戦いが長引いた場合に起きる可能性があるイベント。
原作内では地震によってかなりの被害が出たとなっており、ランスの卑怯戦略で浅井朝倉の戦力を削る事が出来る。
裕輔はそのイベントを身を持って体感し、被害の大きさに心のどこかで納得が行っていた。

揺れがおさまった時、部屋の中はぐちゃぐちゃに錯乱して酷いあり様を晒している。
幸いなのは一郎と裕輔が無事であったという事くらい。
重臣が住まう部屋なだけあって丈夫な作りで助かったと裕輔は胸を撫で下ろした。

「無事ですか、一郎様」

「なんとか、ね…しかし、泣きっ面に蜂とはこの事だ…。
何もこんな時に地震が起こらなくても。どれくらいの被害が出たのか計り知れない…」

部屋の惨状から察するに、城下町の造りの甘い民家では倒壊などの被害が出ている可能性もある。
民家を失った民への炊出し、当座をしのぐ場所の手配…とてもではないが、戦時中に出来うる事ではない。
だと言ってしないわけにもいかない。浅井朝倉にとって民とは守るべき宝なのだから。

「一郎様。ここはもう、取るべき道は一つしかないと思います」

だがこの逆境すら裕輔は有効活用する。
確かに浅井朝倉は甚大な被害を受けたかもしれない。
まだはっきりわかってはいないが、被災者の数も数百単位におさまらないだろう。

しかしこの時期にこのタイミングでの地震はある意味で都合がいい。
性悪な神様はきっと笑っているのだろうが、裕輔はそんな事は知るかと逆境を利用する。
裕輔は断腸の思いで一郎へと切り出した。

「―――――織田との講和を。今ならまだ、対等の立場で講和を結べます」

織田との講和。つまり停戦条約を結び、この戦を手討ちにすべきだと。
裕輔は一郎の前で臆することなくハッキリと上申した。















あとがき

やっとここまで書けた。
各勢力の複雑な心境を書けていたらいいなぁ…特に織田陣営。
まだランスが来て日が浅いという事を象徴したかった話です。



[4285] 第二十三話
Name: さくら◆206c40be ID:a000fec5
Date: 2009/11/24 18:28
講和―――現代でいう停戦、終戦条約。
どちらか一方からの降伏ではなく、対等の立場で結ばれる戦争の一つの終わり方。
これは両者の疲労が蓄積し戦いを続けるのが困難であったり、被害が甚大になりそうだと予想された時に交わされる事が多い。

例えば両国に大飢饉が起こって戦争をするにも国力が不足した場合。
また予期しえない他国からの侵略があり、二国間と戦争を繰り広げなくなってしまった場合など。
挙げ出したらいくらでも理由があるが、講和を結ぶことによって得られる利益は決して少なくない。

ゲームでは降伏勧告した場合、敵国は属国扱いになって勢力下となっていた。
俺が目指すのは属国扱いになるのはぐっと堪えて、ある程度の自治権・裁量を浅井朝倉に残したままの講和である。
ぶっちゃけてしまえば雪姫様にランスが手出しできない状況さえ作れれば俺的には成功なのだから。

そしてこの条件はそこまで難しくないように思う。

実際はどうかわからないが、義景様にとっての第一条件は雪姫様の身の安全だと察す事が出来る。
今回の戦いだって国の事を優先するのであれば雪姫様をランスに嫁がせ、織田とのパイプを強化すればいい。
国よりも雪姫様を取った事からも義景様にとって国よりも雪姫様が大事なのだ。
原作でも雪姫様さえ無事に扱ってくれるなら…と呟いてたし。

浅井朝倉にある程度の裁量を遺すというのも、それほど難しい事ではない。
ランスの目的は早期の全国統一。ひいては全国統一で手に入れるJAPAN中の女の子。
併合したのはいいものの一から統治をしていては時間がかかりすぎるため、おそらくは義景様に統治権は与えられるだろう。
その判断材料は巫女帰還。可愛い女の子は根こそぎ奪ったけど、統治に関してはその後も巫女帰還に任せていたし。

というか属国になるのも回避できるんじゃないか?
ランスにとって重要なのは女の子であって、土地ではないのだから。

問題はランス…なんだよなぁ。
織田の家臣達に対しては鬼札である人質・勝家を手に入れる事が出来たし。
お人よしな信長・香姫・乱丸・3Gなどに人質である勝家の解放を条件に組み入れれば、かなりの高確率で講和に応じると見込める。

また戦力的な意味でも織田に圧力をかける事が出来るだろう。
500丁という鉄砲は欠点を知られたとしても、圧倒的にまでの効果がある。

そして地震によって大きな被害を受けたという事。
これは当然合戦に関してマイナス要素だ。合戦を維持するための兵糧まで民に配布せねば被災分を賄う事は出来ない。
だが逆に言えば短期決戦に賭けるしかなくなった以上、浅井朝倉は守りから攻めに転じるしか道はなくなったのである。

死に物狂いの敵に500丁の鉄砲。
相手にするのは絶対に御免な相手である。
仮に勝てたとしても壊滅的な被害からは逃れられない。



「そう、か……一郎の考え、理解した。
どうしようもないのだろうな……もはや浅井朝倉に戦う力もない」

裕輔は一郎様に熱意を込めて説得し、一郎は素早く理解して義景へと書状を窘めた。
そしてその書状に書かれた文面を義景はジッと目を這わせ―――深い悔恨に覆われた。
もはや浅井朝倉に再生の道はないと傍観の念に襲われたのだ。

頼みの綱であった上杉からの援軍は来なかった。
義景は政治能力の手腕は並はずれた物だったが、戦の才能は人並みレベルを超えない。
一族の中で一番戦の能力に優れていたのが一郎だったのである。

「して、本当に織田は講和に応じると思うかね? 君の忌憚ない意見を言ってみてくれ」

「はっ! 自分、でありますか?」

「ああ、君だよ。森本と言ったかね。
織田との講和を結ぶのは…確かに一郎の言うとおり、不可能ではないだろう。
だが今までの織田と違う一点の汚濁が全てを狂わしかねない」

一転の汚濁。それは紛れもなくランスの事を指している。
戦ではなく話し合いの交渉につけるのならば、義景の老獪とも言える手腕は遺憾なく発揮できる。
両者の戦力差がはっきりしている以上、可能な限り浅井朝倉に有利な条件で戦を終わらせる方向へと話しをコントロールする自信があった。

そういえばランスという人となりを知っているという設定にしているのだった。
裕輔は義景と一対一で話すという重圧の中、講和へと持っていけるように水を向ける。

「では講和に関しては…」

「あの大地震でこちらは満足に戦える状態にない。
どちらにしろ、どこかに落とし所を見つける必要があったのだ。
講和は考えてはいたが…だが雪の身の安全が保障されない限り、選択肢には含まれない」

う、と裕輔は言葉に詰まる。
この講和の条件において保障できないのが、その一点なのだ。
ランスがそう簡単に雪姫を諦めるとは裕輔も思えない。

ランスの女にかける執念は半端ではないのだ。
勝家を捨ててでも雪姫を掻っ攫う可能性も否定できない。
もっともそれをすれば織田におけるランスの信頼はガタ落ち間違いなしだが。

「確証はできません。しかし、もし俺も織田に行く事を許してもらえるならば。
可能な限り雪姫様の身の安全を守るため尽力する所存であります」

だが低い可能性を少しでも上げる事は出来る。
ランスに会う事が出来れば一割、いや二割は雪姫の身の安全の保障に関して確率を上げられる。
乱丸、勝家、香姫、3G…彼等と直接話しをする事が出来れば、三割は固い。

裕輔は義景の交渉能力を疑っていない。
全ての国力を一ずつ上げた時など、ゲームの事ながら唖然としたものだ。

「それならば問題はない」

「問題はない…とは?」

「君は書面を見ていないのか」

義景は手に持っていた紙を裕輔の目の前に放り投げる。
裕輔はおずおずと目の前に放り投げられた書面を手にとって、驚きから眼を見開いた。

「お、俺が講和の使者に…ッ!?」

「そうだ。一郎は君を指名した」

通常講和、降伏などの条約を締結する際には使者が送られる。
使者を送られた側が交渉に応じれば場が設けられ、両者のトップ会談となるのだ。
詳しい条約の条件などはトップ会談の際に細部が決められる。

使者とはかなり重要で、尚かつ危険な役割である。
敵国に単身で乗り込むのだ。基本的に使者の安全は保障されているが、危険な事には変わりない。
講和を結びに行った使者が生首となって帰ってきた、なんてことはざらにある。

例を挙げるとすれば、足利が織田に何度も賠償請求の使者を送ってきた事がわかりやすい。
使者を斬る事はご法度ではあるが、ランスには往々にして理論は通じない。
無茶をすれば道理が引っ込む。それを体現するかのような男、それがランスなのだから。

「鉄砲の事を誰よりも理解し、異人の事も浅井朝倉で一番知っている。
なんとしてでも交渉の場につかせてくれ。そうすれば後は――――――」

自分でなんとかする。
義景の強い意志を秘めた眼差しに裕輔は平伏する事で答えとした。



場所は織田へと舞台を移る事になる。
勇者の資質を持つ男、ランス。呪い付きとなり、代償を支払い新たな力を得た裕輔。
遂に二人の男が合いまみえる。雪という可憐な姫を軸にして。

前者は姫を手に入れるため。後者は姫を守るため。
世は戦国乱世。弱きものは淘汰され、強者は全てを手に入れる。
戦いは最終局面へと移行し、浅井朝倉と織田との戦の行方や如何に。



Interlude

柚美は今、急いで廊下を歩いていた。
パッと見は全然急いでいるようには見えないが、見る人が見れば首を傾げるだろう。
一体何をしてあそこまで柚美を焦らせているのだろうか、と。

「……与作…!」

「おお、これは柚美殿。ただ今浅井朝倉より帰還しました」

「……お疲れ…さま…」

柚美の目的と言えばたった一つ。
それは城の大広間で旅の疲れを癒しているという話を聞いたため。
そして彼等よりある情報を手に入れるためだ。

「裕輔は………?」

浅井朝倉へと戻った裕輔についての情報。
裕輔が自分から戻ったのだから、使者と共に帰ってくるという可能性はとても低い。
それでも、心変わりして種子島家に来てくれるのではないか…そんな淡い思いを込めて柚美は急いでいたのである。

「…裕輔殿は浅井朝倉で奮闘する、と」

しかし返ってきた答えは柚美が期待していたものではなかった。
柚美は「そう……」と無表情ながらも気落ちし、がっくりと肩を落とす。
そんな柚美を見かねたのか与作と呼ばれた男は慌てて取り繕った。

「し、しかし、我等よりも後続隊。つまり鉄砲の実験の結果を持ってくる部隊ですな。
そちらのほうと裕輔殿は一緒に帰還するかもしれませんぞ?」

「…うん……」

幾分か表情が和らいだ柚美を見て、ほっと一安心する与作だった。
しかし僅かな罪悪感を覚える。彼から見て裕輔が種子島に逃げてくるとは到底思えなかったからだ。
まったく、どうして私がこんな損な役割を…裕輔殿、恨みますよと呪詛を内心で零しながら与作は柚美にあるものを手渡す。

「裕輔殿から預かりものがあります。柚美殿に」

「……何…………これ……?」

「お守りじゃないですかね」

それは浅井朝倉の使者――技師達が浅井朝倉を発つ寸前。
簡易な布きれにヒモを通しただけのお守り…? と疑問を感じさせる代物。
柚美はそれを指で摘まみながら目の高さに合わせ、じーっと見つめる。

「ゆ、柚美殿…?」

「……………」<ジーーーーー>

「あ、あの…」

「………ありがとう……」

「は、はぁ」

しばらく眺めて満足したのか、ひょいっとお守り(?)を握って大広間を後にする柚美。
どうやらお守り(?)を裕輔から貰った事で、我慢値がけっこう下がったらしい。
心なし足取りも軽くなった柚美の後ろ姿を見送り、与作は顔つきを険しくした。

「裕輔殿…恨みますよ、本当に」

まるで詐欺師にでもなった気分だ。
裕輔が種子島家に帰ってくる可能性はハッキリ言って、数%にも満たない。
もし仮に裕輔が種子島家に帰ってくるとすれば、それは浅井朝倉が滅亡した時。

そして浅井朝倉が滅亡した場合……裕輔に待っているのは敵軍からの処刑だ。
身内を殺された恨みの捌け口として敗軍の将を待ちうけるのは残虐の末の死。
仮に生き延びたとしても、まともな精神状態ではいられまい。

残された道は織田に完全勝利して、種子島家へと挨拶に来る場合くらいか。
それも戦況次第なのだが、それは後続隊のほうが詳しいだろう。

「織田で別れた少年は無事に姉上のところについたのだろうか?」

ふと頭に過ったのは尾張の関の近くで別れた、礼儀正しい少年。
少年は姉上に会いに行くと言っていたが、この乱世。上手く会えればいいが……。
神ならぬ彼にそれを知る術はなかった。



[4285] 第二十四話
Name: さくら◆206c40be ID:a000fec5
Date: 2009/12/05 18:28
戦争とは互いのナニカを奪いあう行為だ。

相手の土地を、金を、名誉を、誇りを、尊厳を――命を。
譲れぬナニカを守るため、敵のナニカを奪う。
戦争が外交の最も愚かな選択と言われる所以がよくわかってもらえると思う。

戦場の命の価値は紙屑のように軽い。
剣をひと振り、槍をひと突き、銃の引き金を引くだけ。
たったこれだけで容易く人の命――その人の全てを奪う事が出来るのだ。

「…………」(この空気はまずい)

足利よりの降将・山本 五十六は曇天にも似た天気の中、織田軍に蔓延する危険な空気を感じ取った。
合戦に負けこそしたものの、まだ戦に負けたわけではない。
だというのに織田軍に蔓延る空気は濃厚な敗戦の気配に支配されていた。

戦とは何も全てに勝たなければいけないわけではない。
勝たなければいけない時に勝ち、負けてはいけない時に負けない。
確かに浅井朝倉の城前での戦いは勝たなければならない戦いではあったが、負けてはいけない戦いではない。
自領に戻れば兵士の補充もきくし、まだまだ挽回のチャンスはある。

まだ織田に加わって日が浅い五十六だが、この重たい空気の原因は知っている。
そう、理由は明確だ。織田家筆頭家臣・柴田勝家の戦死である。

織田の柴多と言えば鉄壁の足軽隊を率いる猛将として名を轟かせている。
かつて敵であった五十六は勝家の堅固な守りと恐ろしさを嫌というほど知っていた。
仲間になれば彼ほど頼もしい『盾』はいないだろう。

だからこそ解せない。彼が第一陣を任された足軽隊が壊滅し、彼自身も帰らぬ人となったなどと。

五十六には皆目見当がつかないが、あの時戦場に響いた雷鳴にも似た轟音は浅井朝倉の新兵器らしい。
尾張へと帰る道すがらランス・乱丸・光秀・鈴女などの主だった将達は情報を交換していたのだが、鈴女に心当たりがあるとの事。
あの時用いられたのは種子島家で開発された『鉄砲』という兵器なのだと。

その絶大な威力と射程は自分たちの身を持って体感した。
射程こそ弓には及ばないものの、一方的に虐殺できる射程と威力を持っている。
実際に見聞きした事実と聞き及んだ情報からして、如何に猛将勝家といえど――

織田と関係が浅い五十六でさえ動揺しているのである。
古くからの戦友であった光秀や乱丸―――特に乱丸の動揺は計り知れないものであった。

勝家戦死との報せが織田に齎された時、乱丸の錯乱は酷いものだった。
愛刀を地面に叩き折れんばかりに突き刺し、雄叫びをあげながら周囲の静止を振り切って戦場へと戻ろうとしたのだ。
鬼気迫る表情でもがき暴れる乱丸を屈強な男数人がかりで押さえつけて事無きを得た。

何事かと五十六や光秀、ランスなどが様子を見にきた時には静まっていたが―――。

(あれではまるで、死人ではないか……)

まるで全てに絶望し、思考を捨てた死人のように虚ろな目の乱丸。
行軍している今こそ将として兵士を動揺させないため気丈に振舞っているが、活力というものが削げ落ちてしまっている。
持ち前の目の良さでちらりと遥か前方で武士隊の先頭を歩く乱丸を見てみても、目は虚構で何も映していなかった。

これからどうなるのだろうかと五十六は思う。
当初五十六でさえ順当に勝てると思っていた浅井朝倉戦だが、手酷いしっぺ返しによって痛恨の被害を受けた。

純粋な兵力という意味では織田の優勢は覆っていないものの、これからどうなるのか見当もつかない。
戦場での一番槍といえば武士の誉れだが、鉄砲の威力を目に焼き付けている兵士は使いものになるだろうか。
死を覚悟しているとはいえ、確実に死ぬとわかっている役割を誰がするというのだろう。

鉄砲にも弱点はあるが、それを今の織田が知る由はなかった。
鈴女とランスは鉄砲の性能をある程度予想できるだろうが、それは予想に過ぎない。
ましてや弱点などわかるはずもなかった。

ここで鉄砲を回収出来ていれば話も変わってくるが、浅井朝倉によって鉄砲は全て回収されている。
戦後の事まで考えていた裕輔を流石と褒めるべきかもしれない。
あの時一丁でも拾ってくればよかったと鈴女が後悔したのは言うまでもない。

(―――だが、同時にこれはチャンスでもある…)

一応今もランスの好意で五十六の大事な弟である太郎の捜索はされている。
だがここで活躍して、織田家の中での地位を上げれば更に捜索に割けられる人数を増やす事が可能だ。
不謹慎である事を承知で言えば、ピンチであればあるほど伸し上がる可能性も高くなるのだから。

「…尾張の城、か。隣国だというのに、とても長かった」

少しだけ見なれた道に入り、視界の端に小さく織田の居城が映る。
兵士を休ませ、これからの戦に関してやることはいくらでもある。
それらの事を同時に思考しながら処理している五十六にとって思いにもよらぬ事が起こった。

「五十六様! 五十六様!!」

「…井上? 今戻った。しかし、それほど焦って如何した?」

「とにかく来て下さい!」

「ま、待て。一体どうしたという…」

尾張の城で待っていたはずである彼女の腹心の部下井上成美が五十六を見つけるや、五十六の手を引き城へと急かす。
尾張の城から五十六の姿を見つけた瞬間飛び出してきたのだろう。汗で額に髪が張り付いている。
彼女のそんな姿を一度も見たことがない五十六は眼を白黒させるばかりである。

「参られたのです! 尾張にあの方が!」

彼女がこれほどまでに焦っている理由。

「太郎様が! 太郎様が単独で尾張へと脱出してこられたのです!!」

その理由は五十六の人生そのものだった。

「………――――――!!」

手を引っ張られながら暫し呆然と、なすがままにされていた五十六だが。
井上の言葉を理解するや否や重苦しい甲冑を脱ぎ棄て、戦の疲れを忘れて己の脚で駆けだした。
ただただわき目も振らず手を必至に振り、城の城門を駆け抜ける。

門を潜り、自分に宛がわれた離れの屋敷へと一目散に。彼女の頭の中に占めるのはたった一つ。
これからの戦いの事やフォローの事など、まるっきり頭から抜け落ちてしまっていた。

「太郎!!!!!」

屋敷の玄関をくぐり、一つ一つの部屋を開いて回る五十六。
井上に太郎がいる部屋を聞けばよいのだとは理路整然とした考えだが、そんな事まで五十六の頭は回らない。
それに井上は五十六の健脚についていけず、まだ城の城門あたりにいたりする。

「どこだ、太郎!!?」

―――――――そしてついに、五十六は再会した。

ある一室にいた少年は五十六の剣幕に驚き、目を丸くしている。
その姿は五十六が知っているものより背が高く、髪も伸び、服も粗末な物を着ていた。
しかし精悍になったものの顔つきには五十六の知っている、愛すべき弟の面影があった。

「ああ、ぁあ………ッ!」

五十六の目からはつぅっと自然、涙が溢れてしまっていた。
それすらも五十六は気付かず、視界が曇って太郎の顔がよく見れない事を煩わしく思うのみ。
先ほどまでの勢いは完全に消失してしまい、茫然自失としてぺたりと座り込んでしまう。

少年はすくっと立ち上がり、座り込んでしまった五十六の前までゆっくりと歩み寄る。
そしてぎゅっと五十六の背に両手を回し、抱き締めた。

「……ただいま、姉さん。」

耳元で告げられた懐かしい声に、五十六の中で堰き止められていた何かが溢れだす。
感情の奔流。胸によぎる暖かい何か。けして不快ではないソレを繋ぎ止めようとは思わなかった。

「少し、痩せましたか?」

「ぅ、ぅぁ―――あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁああ!!」

自分からも背中に手を回し、五十六は確かめるように強く胸にかき抱く。
暖かい。この熱を失くしてしまわないように、離れてしまわないように。



「はい、どうぞ。
焦らなくとも皆さんの分はちゃんとありますので、順番をしっかりと守ってくださいね」

「おぉ、雪姫様…」
「ありがたや、ありがたや」

浅井朝倉では戦のための兵糧を震災を受けた民へと配るべく、炊き出しを行っていた。

震災は大きく浅井朝倉に影響を及ぼし、深い爪痕を残した。
こうやって炊き出しを行えるようになったのも、裕輔達講和の使者が尾張へと向かったためである。
講和が成立すれば良しであるし、仮に失敗しても時間は稼げる。

浅井朝倉の忍者隊は先の戦、たった一人の手によって壊滅させられた。
音もなく、誰にも気づかぬままに一瞬で。恐れるべきは鈴女。何が起きたのか浅井朝倉にはついぞ知り得なかった。
そのため織田の動向を知ろうにも知りえず、使者を立てた事でようやく一息つけたのである。

女の身であり、幼少から蝶よ華よと育てられた雪姫は武芸で浅井朝倉の役に立つ事は出来ない。
そのため震災の復興作業に専念する事で役に立てない歯痒さを忘れようとしていた。
彼女に出来る事は本当に少ない。少なくとも彼女はそう思っていた。

「………」

本当なら、既に戦は終わっていたはず。
発禁堕山の力を借りた一戦ではいとも簡単に織田を追い払っていた。
あれを使えば大地震が起こる前に尾張まで攻め込み、織田を潰せたはずだったのに。

はずだったのに。あの男が邪魔さえしなければ。

「…ッ」<ギリッ>

裕輔の事を考え、知らずの内に雪姫は歯を噛み締めていた。
雪姫にとって自分の身より大切なのは浅井朝倉の民。ひいては父・義景や家族のために。
浅井朝倉の人々が幸せに暮らせれば、それでよかったのだ。

彼女は知らない。
義景が雪姫を嫁がせるのを拒否し、この戦争が勃発したのを。
己の身を投げ出して浅井朝倉を救おうとした行為が如何に愚かな選択だったのかを。

「雪」

「おお、義景様じゃ……」
「こんなところに、お忙しいでしょうに」

雪姫は炊き出しである粥を配る手を止め、声の主へと向き直る。
民衆が有難そうに手を合わせ、そんな彼等に優しい言葉をかける声の主。
それは今最も忙しいはずの義景であった。

「話がある。とても重要な。お前にはまだ話していなかったが」

「話、ですか…? ええ、わかりました。みなさん、ここはお願いいたします」

「はっ、雪姫様。ここは我等にお任せ下さい」

雪姫は粥を配るのを他の兵士に任せ、義景の後について歩き始める。
先を歩く義景の顔は重苦しく、苦々しいものだった。












あとがき

すみません、短くて。
今回は織田勢の空気と、浅井朝倉の現状。
そして何よりも無事に太郎と五十六が合流できたとこまで書きました。

五十六の弓で太郎が死んでしまうというドS展開を期待していたかた、すみません。
え、いない? デスヨネー。



[4285] 第二十五話【改訂版】
Name: さくら◆206c40be ID:a000fec5
Date: 2009/12/08 22:42
隣の県くらいの距離しかないから楽勝じゃね? そう思っていた時期が俺にもありました。

一応整備してある街道を歩いてはいるのだけれども、この時代の街道を舐めてはいけない。
道はでこぼこ、道が途中でなくなっているというのもしばしば。
しかも織田の兵士が途中で力尽きてしまったのか、首のない死体がゴロゴロしてある。

織田の兵士も本音を言えば亡骸をちゃんと持って帰りたかったのだと思う。
しかし往々にしてそうもいかないわけで。追撃を受けている身で、仲間の死体を連れ帰れるほどの余裕があるはずがない。
そのためせめて首だけでも。きっとそういう考えの下、首なし死体が転がっているのだと思う。

だがこうしてみると、俺もこの時代に順応してきているなと思う。
不治の病にかかる前は色々としていたものの、それでも他府県まで歩いていこうなんて考えもつかなかった。
そして人の死というものに馴れてきている。死体を見ても、それほど忌避感を抱かなくなってきてしまっている。

これがいい事なのか、悪いことなのか。
まったく判断がつかない。発狂しないだけ恩の字だと考えたほうがいいのだろうか。
慣れてきているのか、心が壊れかけているギリギリなのか。後者だったらヤバいよなぁと益体もなく考える。

『おーい。そろそろ現実に帰ってこいや』
『し、心臓に悪いっすよ…もう、いざとなったら逃げるっすからね?』

まぁ待てよ。お前ら雀だから逃げるなんて、ズルいぞ。
そろそろ現実に意識を戻さないといけないのだが、戻したくない。
しかし俺の意識は背中に突き刺さる殺気に否応なく戻された。

「うぅ………」ゴソゴソ

「何をしている。不審な動きを次第叩き斬ると言ったはずだが?」

「み、水! 水を飲もうとしただけですって」

一郎様から渡された竹筒の中に入っている水を飲もうとしただけで、背中に突き刺さる幾つもの眼光。
俺は必至に事情を説明して事無きを得ようと試みるが、それもあまり効果がない。
あからさまに舌打ちされてしまった。

「織田の影番、ランス殿が待っている。さっさと歩け。
既に浅井朝倉より使者がきたと知らせたのだからな」

「あ、歩きながらでも水は飲めるんですけど…」

「い、いえ! なんでもないです! はい!」

さっきから俺の首筋の危険度アラームがレッドです。



何故こんなことになったかの発端は簡単だ。

もはや要塞と化していた尾張国内の関を普通に越そうとした所、兵隊に囲まれて絶体絶命。
そこで自分は浅井朝倉より使わされた講和の使者だと説明して、俺は少しくらい待遇が改善されると思っていたのである。
使者といえば大事にされてしかるべきであるし、重要な物だと思っていた。

しかし、その考えは何処までも甘かった。
人間というのは理性より感情が時によって上回る生物であり、ましてや戦時中。
使者だからという名目で身体の無事は保障されたものの、突き刺すような殺気の嵐だった。

関からは俺の周囲を兵士が取り囲み、まるで囚人護送のように尾張の城まで連れて行かれる。
スムーズと言えばスムーズで大変喜ばしいが、それは俺の体調と精神状況を無しに考えた場合。
俺はようやくここに至って出立前に一郎様より渡された胃薬の意味を知り、心の中で涙するのだった。

尾張の国は俺にとって、地獄にも等しい場所という認識でおk。
来てからはずっと殺意が飛ばされているし、周囲からは何かチャキチャキと鉄が擦れるような音が威嚇なのか絶え間なく聞こえるし。
もはや首のチリチリがおかしくなったのではないかと思うぐらいに命の危機を感じ取っていた。

本当は尾張の城に行くまでの道程で例の団子屋へ行くつもりだったのだが、こうも包囲されてはそれも出来ない。
ここでランスとの会談前に香姫や信長と会話できたら良かったんだけどな……。
いや、いない可能性のほうが高いか。いくら二人といえど、戦時中に団子屋をやっているほど能天気ではあるまい。

「粉薬、マジ苦ぇ」

コホコホと咽ながらも、水で胃薬を流し込む。
この時代にも良薬アサクヒロクなどの錠剤タイプの薬があるが、高価で一般にはあまり流通していない。
そのため不味くて飲みがたい胃薬を呑むはめになった・

あ”―――…この苦さ、久々だわ。
思わぬところで入院生活、ひいては現代を思い出してしまう俺。
それもこれも、尾張の城に案内されてからの殺気の持ち主のせいだ。

紫色の髪の毛の持ち主は凛々しい女性だった。
甲冑と言い難いような身体部の要所要所にしかない鎧を身に纏い、鋭利な瞳は俺を射殺さんばかりに絞られている。
下半身には場違いだとツッコミを入れたくなるような、ガーターベルトが覗いていた。

城についてからは『ついて来い』とだけ告げられ、前を歩かされて後ろからルートの指示を出されるようになった。
しかしこの女性が現れたのは移送の際に付き纏っていた織田の兵士にも予想外だったらしく、狼狽していた。
きっと彼女は独断で俺の案内(先に立って道を示すのが案内で、断じてこれは案内ではないと思う)を引き受けたのだろう。

それはともかく、彼女から発せられる殺気はただ事ではない。
一つ呼吸、一つ瞬きをした瞬間、首と動体が生き別れになってしまうかのような錯覚さえ覚える。
そしておそらくそれが可能なだけの実力を持っているだろうという事を俺は知っていた。

「織田家の重鎮、乱丸殿に案内して頂けるとは光栄だな。
出来ればもっとちゃんと案内して頂けると助かるんだが。
それとも織田家の作法では使者にこのようにするのが礼儀なのですかね?」

返答は更に眼光が圧力を増したことによって返された。
ただ名前の否定はしなかったことから、俺はこの女性が乱丸であるという確証を深める。

織田家武士隊の乱丸。
織田家にて勝家と共に仕えていた将であり、性格は冷静沈着。
将兵だけあって刀の武もずば抜けているとの事だ。

こんな状況でもなければ原作キャラとの遭遇と喜ぶ事も出来るが、この状況では無理。絶対無理。
彼女にとって俺とは敵国の使者であり、殺し殺されの仲なのだから。
しかしながら俺の周囲にいるのは彼女一人だけだというのに、首筋の危険度アラームは尾張に入って以来の最高値を示している。

それもそのはず。
今浅井朝倉の牢の中にいる勝家に惚れているのだ、この乱丸は。
そりゃ惚れた相手を殺した敵国の使者となればこの対応も頷けるというもの。

まるで親の仇のように憎悪を滾らせ、隠そうともせずに感情をぶつけてくる。
いますぐにでも恐怖で気を失ってしまいそうだが、なんとか気力を振り絞って気を強く持っていた。
胃が恐怖とストレスで捩じ切れそうなのは、もうどうしようもない。

彼女の怒り、憎悪……俺はそれに思い当たる節がある。
そしてこれが結構これからの会談で重要な事なので、確認する必要があった。
俺はまるで火薬庫から伸びる導火線に火をつける気持ちでこう呟いた。

「はぁ……やれやれ。これではあの猪武者のご同輩だと納得できるわ。
あの馬鹿みたいに鉄砲の前に突っ込んできた、足軽の大熊のような男。
もっとも鉄砲の餌食になって血だらけになって地面に横たわっていたけどな」

俺のぼつりと呟いた独り言。
それは正しく乱丸の逆鱗に触れたようだ。
今までの殺気が子供の癇癪のように思えてしまうほどの、本当の鬼気。

【――――――ザンッ!】

「――――あ」

肩から斜めに刀を斬りおとされ、内臓を撒き散らす。
血脈から血飛沫が舞い散り、廊下を真っ赤に染め上げた。
俺は何も出来ず、ただただ乱丸の凶刃をその身に受けるしか出来ない。

「黙れ。口を開くな。
使者だというから生かしてはいるが、交渉が決裂すれば生きて帰れると思うなよ。
貴様だけではない。浅井朝倉は鏖(ミナゴロシ)だ。そして貴様の首は真っ先に跳ねてやる」

それだけ一方的に伝えると、乱丸は一人先にある部屋へと入っていった。

「あ、ぅ、ぁ………俺、生きてる?」

『ああ? 何を言ってやがる』
『可哀そうに、遂に脳味噌がバグったっすね』

今のは、何だ……?
まさか、殺気だけで自分が死ぬ様を幻視したとでもいうのか。
しかし切り裂かれたはずの体には傷一つなく、ぺたぺたと触ってみても服に裂かれた後はなかった。

アニメや漫画で見たことがある。
一流の武者による殺気はそれだけで人を殺しかねないと。
俺の脳は外界から取り入れた乱丸からの殺気を受け、本当に斬られたと錯覚してしまったのだ。

しかも首筋が疼いたという事は、乱丸は俺を殺す気だったわけで…。
純度100%の混じり気のない殺意。

「やべ、ちょっとチビった」

狒々の時ですら、これほどまでに自分の死を意識しなかった。
ははは……一騎当千とかいうけど、この時代の武将って本当に俺とは違う生物だわ。
存在としての格が違う。そんな生物達とこれから対談し、成功させないといけないとか無理ゲーすぎる。

しかし、やらなければいけない。
俺は震えが広がっている脚を叱りつけ、一歩一歩乱丸が入った部屋へと進む。
会談における手札はいくつか手に入ったから、なんとかするしかない。

先ほどの乱丸の反応、そしてインテリ雀には尾張に入ってからある人物に貼り付けている。
ここが一番の正念場だと意気込み、俺は一歩部屋へと足を踏み入れた。



乱丸にとって、勝家は己の半身にも等しい相手だった。
幼いころから肩を並べて戦場を駆け抜けた戦友であり、そして―――彼女の想い人でもある。
いつからかはわからなかったが、気づいた時にはどうしようもなく勝家に好意を持っていた。

その勝家が戦死した。殺された。
浅井朝倉との合戦の中、敵の新兵器によって。
あり得る筈がないと思っていた事が、ある日突然に起こってしまった。

乱丸も勝家も部隊を率いる武将だ。
戦場に出るという事は命のやり取りをしているわけで、その可能性はいつでもつき纏う。
しかしその可能性が浅井朝倉との合戦で起こってしまうとは、乱丸は露にも思っていなかったのである。

乱丸も戦場で何人も人を殺している。
そのため勝家が戦死したと聞いて、納得は出来ないまでも事実を受け入れなければいけない。
今まで自分たちがしていた事は等しく自分たちの身にも起こりうる事なのだから。

――――だが、それは通常の場合。

乱丸が許せなく、使者に対して感情的に当たってしまったのにも理由があるのだ。

それは浅井朝倉の新兵器・鉄砲。
勝家も強者との戦いの果てに力尽き、最後に果てるのであれば本望だったろう。
しかし鉄砲は武士としての誇りを奪い去り、一度も刃を交える事無く勝家は殺されてしまったのだ。

毎日のように武芸に励み、己を鍛えていた勝家。
より高い高みへと昇るため、より高い段階へと進むために邁進していた勝家。
その勝家の努力が、勝家の人生が否定されてしまったかのように乱丸は感じてしまったのだ。

「黙れ。口を開くな。
使者だというから生かしてはいるが、交渉が決裂すれば生きて帰れると思うなよ。
貴様だけではない。浅井朝倉は鏖(ミナゴロシ)だ。そして貴様の首は真っ先に跳ねてやる」

本来なら使者に放つ言葉ではない。
乱丸の身に許されているのは案内のみであり、講和の是非に口を挟むことではない。
しかし勝家の名前すら出されては、抑えられるはずもなかった。

乱丸は己を律するため、部屋に入ってからは口を閉じる。
早急に人がいる部屋へと入り、口を閉じなければ暴走しかねない自分がいるから。
この腸の底にあるマグマのような熱を一度放ってしまえば、自分は使者を斬り殺すまで止まらないだろう。

乱丸個人は講和を望んでいなかった。
くだらない事から始まった戦だが、乱丸には戦の目的は意味を持たない。
心の中に住まう猛りが絶え間なく乱丸に語り続ける。

『浅井朝倉の血肉を。屍を築きあげろ。
我が身を焼き尽くす灼熱は浅井朝倉の血によってのみ鎮められる。
浅井朝倉の兵士を鏖にして犬畜生に食わせてやるのだ』



「そう…その御人には感謝しても仕切れない。
村から助け出して貰えた上に、その後の面倒まで見て頂けるなんて。
とても頼れる方なのだな」

「あー…その、頼れるかどうかは微妙というか、頼りないけど稀に頼りになるというか。
とても評価に難しいです、姉上」

「ふふっ。私はまたその御人に興味が出てきた」

裕輔がストレスで胃に空きそうな時と時間を同じくして、山本家姉弟は安らかな一時を過ごしていた。
配下の者達は気を利かせて部屋に二人だけを残して、五十六がすべき仕事にまで奔走している。
今はただ、二人に再開を喜んで欲しかった。

太郎と五十六は色々な事を話した。
太郎が足利超神より引き離され、村に隔離された話。
五十六が残された家臣を纏め上げ、なんとか山本家再興実現のために奮起していた話。

そして話は裕輔の事にも及んだ。
川からどざえもんの状態でプカプカ浮かび、裕輔が流れてきた事。
そして足利の殲滅戦から裕輔によって命からがら逃げのびた事。

「本当に無事でよかった…すれ違ってしまった時はどうなる事かと思ったが。
またこうして会えて姉さんはとてもうれしい」

「すれ違い、って何の事?」

「む? これは太郎の機転ではなかったのか?」

ちょっと待っていてくれと五十六は向い合って座っていた太郎に断りを入れ、上着の裏側に縫い付けてあるソレを丁重に脇差で千切る。
丁重に取り除かれ五十六の掌に納まったソレを見て、裕輔はあっと声を上げた。

「それ、裕輔さんに預けたままのお守りだ。
そうか、裕輔さん、姉上に届けてくれたんだ……」

「あの時は本当に、私は自分の愚かさを呪った。
千載一遇の機会を逃し、もう二度と太郎と会えないのではないかと」

またこうして会えたが。
五十六はそう言葉にはしなかったが、彼女らしからぬ行動で示した。
存在を確かめるようにぎゅっと抱きしめたのだ。

「あ、姉上。恥ずかしいよ…」

「そう言わないでくれ。お前は私にとって、可愛い弟なのだから」

ワタワタと気恥かしさから慌てる太郎はスルーし、五十六は暫しの間抱きしめ続ける。
女性――更に言うなれば姉は強いのだ。弟がいくら抵抗しようと反撃出来るものではない。
太郎は顔を真っ赤にしながら五十六に抱き締められる他道はなかった。

久しぶりにあう太郎を存分に堪能したのか、五十六はゆっくりと太郎から離れる。
そしてその裕輔の事について詳しく話しを聞きたいと太郎に訊ねた。
太郎にとっても是非はない。太郎にとって裕輔とは紛れもない命の恩人であり、兄のようなものなのだから。

「しかし……太郎を救ってもらった恩はどのようにして返せばいいものか…。
我が家の財産といっても超神に没収されてしまったし。取り立てるにしても、今の山本家では受けた恩と見会わない。
私が嫁ぐしか……しかし、山本家再興のためには私は有力な家柄に嫁がなければ…いや、しかし、それぐらいしか……」

「あ、姉上……?」

太郎から裕輔の話を聞き終えた後、五十六は自分の殻に閉じこもってブツブツとつぶやき始めた。
どうやら太郎を救ってくれた裕輔に対する恩返しをしなければと考えているようだが、内容が内容である。
思考が駄々漏れしているので、太郎は危険な方向に向かいつつある姉を止めた。

「あ、あの姉上? まさか恩に報いるために、裕輔さんと一緒になるとか言い出さないよね」

「…それだが、太郎はどう思う? 私はそれしか方法はないと思う。
しかしそれでは山本家復興の道のりが遠のいてしまう。
あっちを立てればこっちが立たぬ。世の中というものは難しいものだ…」

「姉上御乱心!!? 裕輔さんはそんなつもりで助けてくれたわけじゃないから!!
それにご恩といっても、僕もそれなりに裕輔さんの役に立ってるから、そこまで姉さんが思いつめなくていいから!」

「そ、そうか。うん、わかった。
しかし太郎がそこまで反対するとは、そんなに裕輔殿とやらを義兄上と呼ぶのが嫌なのか?」

太郎の剣幕に五十六は逞しく育ったなと感慨深く思う。
だがそれと同時に不審にも思った。裕輔の事は話に聞く限り、裕輔の命の恩人であり、好ましい人物に思える。
なのにどうしてそれほどまでに否定するのだろうかと。

「別に嫌というわけじゃないですけど。
こう、なんというか、うーん…義兄上と呼ぶのも吝かではないのですけども…」

「? よく分からない太郎だ」

ぐぬぬぬと唸る太郎を見て、五十六は素直にそう思った。

五十六は幼少の頃から武家の娘として教育されてきている。
そのため政略結婚などは普通に受け入れられるし、それが当然であると考えていた。
好ましいなれ人のほうが望ましいが、裕輔の性格は太郎から聞く限り好青年のように思う。
懸念となるのは長女である五十六が他家に嫁がず恩に報いるために嫁ぐ事による、山本家再興の遅延の事だけだった。

そして太郎は今まで想像すらしていなかった事を告げられ、混乱していた。

あんなに綺麗で器量良く、頭も賢い姉上が裕輔と夫婦? それなんて冗談? 
所々抜けていて、お調子者で、怠け者な一面もある裕輔と姉上が?
白い花嫁衣装を纏った五十六(目の前バージョン)と普段の記憶にある裕輔を並べて見た。

「ねーよ」

じっっと想像力を膨らませるため、刀剣のような美しい女性に成長した五十六を凝視する。
何故かいつか裕輔がくちにしていたその言葉がすんなりと出てきた。
五十六は頭に疑問符を浮かべながらも、太郎の奇行を優しく見守った。

確かに裕輔は慕っているが、義兄となると言われれば違和感がある。
太郎にとって裕輔とは悪友に近い関係と言ってもいい。二人の関係は対等だった。

(いや、けど少し待てよ)

太郎は花嫁衣装の五十六の横に並べるのを普段の裕輔から最後の別れの時の裕輔に置き換えてみた

「いや、ひょっとしてありかも…?」

するとどうだろう。
あの時の裕輔は頼りになる男の顔だったし、五十六の隣に居ても然程におかしくはないのだ。
あの時の裕輔なら義兄上と呼んでもいいかもしれない。

いや、けど普段がアレだからなぁ…だけど、いざという時は頼りになるし。
敬愛する姉を裕輔とくっつき、あまり違和感を感じないと少しでも思ってしまった太郎。
悶々として一人頭を抱える太郎に五十六は慈しみの視線を送っていた。

五十六にとって、太郎の話や行動全てが真新しく、また同時に懐かしさを覚えるものだった。

囚われてから見違えるように成長した太郎。
その成長を間近で見られなかったのは無念の一言に尽きるが、それは今さら栓無き事。
そしてその成長を手助けしてくれた裕輔という青年に五十六は感謝が絶えなかった。

束の間の再開を喜び、噛み締めている五十六。
ああ、自分はなんという幸せものなのだろうと。
しかしそんな彼女の幸福な時間は終わりを告げる。

「五十六様、ランス様がお呼びです」

「ああ、ランス殿が。ありがとう井上。
ランス殿にも太郎が見つかった事と捜索の謝儀を述べなければ。
すぐに行くと伝えてくれ」

五十六はもっと太郎と語り合いたかったが、彼女も織田の武将である以上仕事がある。
それにランスには太郎の捜索を願い出ていたのだから、その礼も言わなければならない。
五十六は別れ難そうに席を外すと太郎に言い付けて屋敷を出て、井上に要件を訊ねた。

「して、今回はどんな呼び出しか?
おそらく次の浅井朝倉への遠征への事だとは思うが」

「それどころではありませぬ。
浅井朝倉より講和の使者がこの城に参ったとの事。
ランス殿や3G殿、乱丸殿に光秀殿に利家殿、信長殿は病のため来ておりませぬが、香姫まで来ておられまする」

「なんと、一大事ではないか」

「ですからお急ぎください。既に講和の使者殿は天守閣に到着したようですので」

話しが本当ならば、これからの戦の流れを大きく変えかねない場になるはず。
五十六は太郎と再会した喜びを胸に押しこみ、武将としてのスイッチに切り替える。
天守閣に着くころには織田家弓兵部隊隊長・山本五十六としての彼女がそこに在った。



(はい死んだ。俺死んだ。今死んだ)

裕輔はたったひとりで天守閣にて頭を下げながら、そう思った。

はっきり言って見通しが甘かったという他ない。
裕輔は先ほどの乱丸の殺意が極限だと思っていたが、それは間違いだったのである。
厳密な意味では間違いではないものの、今この部屋に充ちる濃密な殺気に比べれば児戯に等しい。

立ち並ぶそうそうたる面々。
乱丸と同じレベルの殺意を抱く者は少なくなく、それが絡まり密集し裕輔に突き刺さる。
一瞬でも気を抜けば卒倒しかねないほど。

(あの顔三つなのは3G。すると3Gの隣にいる綺麗な女の子は香姫か。
他はよくわからないが…あれは光秀かな。それとあの恐ろしい顔しているのが利家かも)

それぞれの顔に共通するのは裕輔に対する憎悪。
3Gや香姫、光秀などは冷静にこちらを窺っているが、その他大勢の敵意の視線は凄まじい。
モブとはいえ、大の大人―――しかもこの場に呼ばれる程の重臣なのだ。

(こりゃ勝家効果が強すぎたか?)

それは正鵠を射ていた。
勝家が戦死したと勘違いされている戦から、本当に僅かしかたっていない。
そんな中に浅井朝倉の使者が来たとなれば…殺意の針の筵となっていてもおかしくはないのだ。

(鈴女がいない?)

気がかりがあるとすれば、それくらいだ。
裕輔の危機察知は危険を察知する事は出来るが、それがどのような方法でどの方向からくるかまでは知れない。
そのため暗殺などの攻撃には極端に弱くなるのである。

右の「して浅井朝倉よりの使者殿」
真ん中の「話を聞くからに、講和を結びたいとの事」
左の「なんでも朝倉義景殿より書状を預かっていると聞く」

三つ巴「「「それは真であるか?」」」

初めて聞く3Gの言葉に裕輔は動揺しつつも、『然り』と答えた。
間をおかずして3つの顔が話すというのは中々に衝撃的なものだ。
それでも3Gはこの殺意の中にあっても尚冷静でいようとする裕輔を見極めようとしていた。

そもそも、3Gはこの戦に反対だったのである。
理由が雪姫を奪うために始めたこの戦。結局はランスの強硬に反対しきれずに承諾してしまったが、本当は織田から使者を出したかったくらいである。
彼からすれば、講和の使者は条件が許す限り受け入れたい。

彼は浅井朝倉の当主・朝倉義景をよく知っている。
戦を嫌うなれ人であり、戦ではなく話し合いでJAPANを統一しようとしていた。
その志は難しいながらも、3Gは素晴らしい物だと共感していたのだから。

この戦を始めた理由を知っている3Gとしては、ここで戦を終えたいと思っている。
この戦においてどちらに大義があるかなど一目瞭然。
いっそ領地拡大などなら大義がなりたたないものの、ぐっと己を恥じながら戦に専念できる。
しかし敵国の姫が婚姻を断って来て、それを強奪するためなど……先代に申し訳が立たなかった。

ランスには他の人間にはないカリスマがある。それは3Gも認めている。
長年の懸念であった足利を滅ぼしたのも見事であるし、織田家の家臣も何もしていなが何故か綺麗に纏めている。
しかし大義なき戦争には疑問を感じざるをえなかった。この戦において正義は何一つとてない。

3Gの隣にいる香姫はただ、勝家戦死の報を聞いて悲しみに明け暮れていた。
勝家はロリコンなので香姫に対して大層優しく、そして同時に紳士でもあるために香姫の印象はとてもよかった。
そんな彼が死んでしまったと聞き、戦とはいえど世の無情を嘆く香姫。

だが悲しみに落ち込んでいる場合でもない。
兄である信長が病でふせっている以上、このように重要な場では自分がしっかりしなければいけない。
織田の全権はほぼランスが握っているようなものだが、彼は時に無茶無謀を言いだす事があるのだ。
その時に彼に面と向かって意見できるのは3Gを除けば彼女しかいないのだから。

そんな面々に囲まれている裕輔だが、ここからが本当の正念場である。
裕輔は己の双肩にかかる未来の重さと織田家家臣からの敵意に押しつぶされそうになりながらも、毅然とした態度で天守閣の上座に視線を這わす。
傍らにシィルを侍らせ、織田の玉座に座している世界(物語)の王(主人公)へと。

「お初にお目にかかります、ランス殿。
この度は講和に応じてくれた事を」

「―――能書きはいい。さっさと話せ。
俺様は今、お前を斬り殺したくてうずうずしている。
つまらない、くだらん話だったらわかっているだろうな」

ランスという男におべっかは必要ない。
ランスは思い通りにいかず、自分に手痛く噛みついてきた浅井朝倉に腸が煮えくりかえっていた。
それこそここで妄言を垂れ流すようであれば即座に斬り伏せるくらいには。

ランスの良くも悪くも裏表がない態度から裕輔はそれを機敏に感じ取っていた。
ならばランスを納得させるしか、裕輔に選択肢はない。
浅井朝倉と織田における戦争の最終局面を迎えていた。







[4285] 第二十六話
Name: さくら◆f3127f0d ID:0ee01bad
Date: 2009/12/15 16:04
ランスという存在を評価する人々の声は大きく分けて二つに分かれる。
一つは彼を『救国の英雄』と呼ぶもの。そしてもう一つは『鬼畜戦士』と呼ぶもの。
正反対な二つのこの評価はそのどちらも正しく、二律背反していた。

英雄と呼ばれる者にはさまざまな試練や条件がある。
並外れた精神力と肉体を持ち、先を見通す力を発現し、他者をより良い道へと導く。
たとえ困難な苦境に立たされたとしても何度でも立ち上がり、弱者を守るために悪をくじく。

そういう意味でランスという男は英雄ではなかった。
他者の模範となるという意味では。

しかし周囲は彼を――――ランスを英雄へと担ぎ上げる。
彼にとって己のためにした行動は結果的に世界を救う事に繋がるのだ。
リーザスでは他国からの侵略を防ぎ、ゼスでは魔法使いとそうでない者との間にある差別を弱め、魔人の侵攻から国を救った。

彼にはそれをなすだけの力があり、時代は彼と彼の力を求めていたのだ。

彼は他人に指示されたり、強制されて物事を為さない。
彼は自分がしたい事をする。彼は自分が助けたい者を助け、自分が抱きたい者のために動く。
すべき事は基本的にせずに、自分がしたい事のために動くのが彼・ランスその人なのだ。

「で、浅井朝倉は雪ちゅわんを渡す気になったのか?
言っておくが、それ以外では降伏に応じる気はないぞ」

ランスは人の上から目線を酷く嫌う。
そのため浅井朝倉の使者である祐輔を下に見て、わざわざ降伏という言葉を使った。
お前らが頭を下げて俺様に刃向かった事を懺悔し、泣きながら懇願するのであれば許してやると。

「―――我が主、朝倉義景様よりの条件を書面に。
条件における細かい詳細は後から詰めたいとの事。
しかしながら大前提となる条件があるので、それを述べさせて頂きます」

「ほ、ほほぅ…? そうかそうか、そういう態度を取るか。良いだろう、言ってみろ」

「ランス様落ち着いてください、ね? ね?」

ランスは頬の筋肉をピクピクさせ、魔剣カオスを手にとろうとする右手を堪える。
それもそのはず。祐輔はランスの問いかけをスルーして3Gや香姫に直接顔を向けて話しているのだから。
これにはランスが一瞬キレそうになるものの、隣でシィルがあわあわと焦っているのを見て痰飲を下げた。

「いえ、決してそのように思っていたわけでは…。
しかしながら、ランス殿はまだJAPANに来てから日が浅いと聞いています。
ならば条件が妥当かどうかの判断が難しいのではないかと思い、3G殿に判断して頂いたほうがよろしいかと思いまして。
朝倉義景様より3G殿の叡智は深く、内政を取り仕切っている方だと聞いています」

三つ巴「「「まぁ、妥当といえば妥当ですな」」」

それに胸を張るのは3Gである。
織田家の家老を自他共に認められている3Gにとって、内政こそが彼の力を発揮する場所。
うむうむと頷きながら3Gは先を促した。

「申し遅れましたが、改めて名乗らせて頂きます。
浅井朝倉当主・朝倉義景様より講和の使者として遣わされた森本祐輔と申します。
この度は場を設けて頂き、本当に感謝の念が尽きません」

そこで下げていた頭を上げ、チラリと天井裏を祐輔は見やった。
祐輔が名乗りをあげた際に五十六がピクリと反応するも、瞑目したままだ。

「こちらに騙し討ちや特攻紛いの強襲の考えは御座いません。
ですから姿を隠して天井に控えさせている忍の方に苦無を納めて頂くよう、お願いします」

右の「いやいや、使者殿」
左の「それは考えすぎというもの」
真ん中の「我々がそんな事をするはずが…」

「ッチ。出て来い鈴女」

三つ巴「「「って、本当にしてたんかい!?」」」

考えすぎだと苦笑いしていたが、ランスの舌打ちに天地が裏返ったくらい驚愕する3G。
3Gは警戒してはいたものの、講和の使者として堂々と来ている限り騙し討ちはないと考えていた。名誉に傷がつくからだ。
しかし騙し討ち暗殺上等な国から来たランスは祐輔が変な動きを次第、しびれ薬を塗っている苦無を投げるよう鈴女に命じていたのである。

「うい~。わかったでござるよ」

ランスの命令を受け、鈴女は姿を表した――――ただし、畳の裏から。

「あ~…やっぱり遠回りして天井から来たほうが良かったでござるか? ひょっとして鈴女、空気読めてない?」

祐輔「…………………」
ランス「………………」
3G「…………………」
その他大勢「…………」

祐輔「そして条件ですが」

祐輔以外『流した―――!?』

図らずとも、織田側のすべての心が一致した。
なにげにこれが初めての出来事かもしれない。

「――――こちらからの条件は三つ。
一、 織田は浅井朝倉に対し領地侵犯、並びに被った人的・物的被害を賠償する。
二、 両者は領地に対して口を挟まない。またこれを手討ちとして、恒久的な停戦を結ぶ。
三、 織田の影番、ランス殿は雪からの承諾を得ない限り、雪と会わないと誓う。以上です」

そして今度こそ。
祐輔の言い放った言葉はランスの堪忍袋の緒を一つ、確実に千切った。



「一の条件は後詰めで朝倉義景様と詳しい内容を話しあって頂きます。
これは織田側から一方的に理不尽に攻められた事。そして一度もこちら側から尾張へと攻めいらなかった事からご理解頂けるかと思います。
我々には此度の戦争に対して非は見つけられないと判断しております」

右の「ふむ…」
左の「筋は通っておるし」
真ん中の「戦争の発端が発端」

三つ巴「「「無茶な値をふっかけられない限りは問題ないですな」」」

織田軍が通った後の村々には略奪はなかったものの、かなり荒れている。
略奪や陵辱行為がなかっただけ織田軍の錬度が高いとも言えるのだが、復興にはとても時間と費用がかかるのだ。

右の「それに今浅井朝倉では」
左の「大地震によって難民が多数出ていると聞く」
真ん中の「人道的な立場から見て」

三つ巴「「「救援物資を贈る事も考えていたくらいなので、そこは大丈夫でありますな」」」

今地震の震災によって破綻しようとしている浅井朝倉。
地震の余波は尾張にまで伝わり、地震の規模は相当に大きかったと言える。
浅井朝倉と違い忍者隊が健在な織田は浅井朝倉へと偵察に出していたので、織田は情報を得ていた。

「二に関しては一歩も譲れません。
降伏ではなく講和である以上、この話し合いは対等なものであるはずです」

しかしここまで話して、織田…特にランスは面白くなかった。
ここまでの話の流れからして織田が完全に恥を知らぬうつけ者であり、それを浅井朝倉は見逃すと言っているようなもの。
ランスからしてみれば向こうが頭を下げ、どうか許してくださいと謝るべきだと考えているというのに。

だが大半の織田の家臣は己の身を恥、否定できない不肖に歯噛みした。
その家臣の中には明智光秀などの有力家臣もいる。それらの武将は当初からこの戦いに疑問を感じていた者達である。

この戦は足利を討伐した時とは全くもって違うのだ。

足利との戦において、大義名分も誇りも持てた。
足利の圧政に強いられていた領民も解放出来たし、織田長年の懸念も解消する事に成功。
彼等は己の誇りを何一つ捨てる事なく侍として戦が出来た。

それに比べ浅井朝倉では大義名分が何一つない。
浅井朝倉では織田よりも善政が敷かれており、織田の安全を脅かす脅威も存在しなかった。
ただランスが雪姫を欲しいという我儘だけによって戦が起こったのだ。

左の「むぅ…」
右の「それは…」
真ん中の「二の条件は…」

三つ巴「「「難しいかもしれぬ」」」

しかしながら、3Gにしても全ての条件を呑むわけにはいかない。
3Gにしても殆の要求をできうる限り呑んでやりたいのだが、二の条件に関しては気軽に頷けなかった。
何故ならこれに頷いてしまった場合、織田は此度の戦において褒美を与えられないからである。

戦において出兵する兵士の【奉公】に対し、織田は【御恩】つまり褒美を与えなければならない。
これは戦国時代では当然の制度であり、これがあるからこそ兵士は命懸けで戦うのだ。
無論戦う理由はそれだけではないにしろ、報酬が貰えないのに命を賭ける酔狂な人間は少ない。

【御恩】は金で払われる場合があるものの、大抵土地で支払われるのが普通だ。
奪った敵国の土地を戦働きの活躍に応じて分担し、分け与えられる。
それによって御恩となし、兵士の苦労に報いるのだ。負けた場合には考えなくて良い。既に御恩を支払うべき家は壊滅しているのだから。

だから少しも領地を得られないというのは織田にとって厳しい条件なのである。
そもそも戦という物自体とても金を食らうもので、兵站や武器など基本的なものを揃えるのでさえ大量の出費となる。
そのため浅井朝倉との戦いにおける御恩に全て金で支払う事になれば、織田の財政が破綻しかねない。

「俺はこのように述べろと義景様より受け賜っているだけです。
話し合いの場について下さるのであれば、講和前に調整の場を設けるとも仰っています。
これはなんとも言えませんが、譲歩する可能性もあるかと思われます」

うむ…と3Gは祐輔の返答に苦い顔で頷いた。
浅井朝倉の義景といえば歴代の北条早雲や天志教に並ぶJAPAN一の交渉術の持ち主。
これは手厳しい交渉になりそうだと内心呟いたところで。

「ちょっと待て。なんで講和する事前提で話が進んでいる?
俺様は一言も。ひとっっっことも講和するなんて言ってないぞ!」

今まで沈黙を保っていたランスが3Gと祐輔の会話に割り込んできた。

「そもそも三の条件は何だ? ふざけているのか?
雪ちゃんを無条件でよこすというなら、とても優しい俺様は許してやるというのに。
それはギャグで言ってるんだろうな?」

「ギャグで言っているのはお前のほうだろjk…」〈ぼそっ…〉

「ああん? 何か言ったか?」

「いえ、何も。しかしながらそれは一歩も譲れない絶対条件です。
三の条件が呑めない場合、浅井朝倉はこの講和の話を一切なかった事にさせて頂きます」

「ふん、えらく強気だな」

鼻で笑うランス。
彼からしてみれば他の条件はどうでもいいものの、雪姫に手を出せないという条件は絶対に呑めない。
そもそもからして雪姫を手に入れたいがために始めた戦だ。

「俺は知っているぞ。お前のとこの国、地震でぼろぼろなんだろ。
それで焦って講和を結びに来たわりには随分強気じゃないか。
このままでは戦えません、偉大なランス様許してくださいってな。それにお前ら弱いし、次に戦ったら負けるから言ってるだろ」

このランスの言葉に追随した織田の家臣は少なくない。

「そうだ、講和というのもそちらが願い出てきた事。
ならばそちらが幾許かの血を流し、譲歩するのが当然というもの」

「我等は負けたわけではない。
一度は遅れをとったものの、次もそうなるとは限らん」

彼等とて全ての本心からそう考えているわけではない。
だがここで浅井朝倉からより良い条件を引き出さないと、潰れてしまう家の者達ばかり。
戦争は物的・人的被害があまりにも大きいため、何も貰えないとなると家の当主としての立場から反対せざるを得ないのである。

もっとも彼等からしてみても、三の雪姫の条件は認めるべきだと考えてはいるが。

「私も反対だ。浅井朝倉、恐るるに足りぬ。こんな講和なぞ結ぶ必要がない」

そして一部のものだが、浅井朝倉に執着しているもの。乱丸を筆頭とする好戦派である。
理由がどうあれ、歴史とは勝者が作るもの。死人に口なしとまではいわないが、この時代は力が全てなのだ。
弱い事は悪い。これが罷り通る世界なのである。

乱丸の声におずおずと、しかしながら着実に上がる反対の声。
3Gは頭を抱え、光秀ら講和賛成派は彼等をどうしたものかと仰ぎ見る。
話し合いの場は講和賛成派と反対派の二つに分かれてしまっていた。

「み、皆さん落ち着いて下さい。
ちゃんと御恩もしますから、それは心配しないで下さい。
ねっ、3G? 大丈夫ですよね」

右の「おお、姫様…」
左の「こつこつと貯めてきているものがあるので、心配しなくとも大丈夫ですぞ」
真ん中の「なんとおいたわしい…」

三つ巴「「「喝っっっ!!! 者共、静まらんかッ! 使者殿と香姫様の前で情けない! 恥を知れっ!!」」」

あわあわと慌てながら、その場を収めようと3Gに確認する香姫。
3Gは香姫にそんな気遣いをさせてしまった事が情けなく、一喝して黙らせる。
シーンと場が静まり、乱丸に追随してヒートアップしていたものも勢いをくじかれた。

「……ええ、確かに地震で起こった震災は大きなものです。
このまま以前のように浅井朝倉は篭城する事は難しいでしょうね」

そして静まり返っていた場に、祐輔の声は染み渡るように広がっていく。

「もうそこまで知られている以上、隠しても無駄でしょうから。
浅井朝倉には長期間戦えるだけの力はもうありません」

何を言い出しているんだコイツ? とランスも若干困惑した。
講和を結びたい以上、相手に弱みを見せて良いはずがない。それは周知の事実。
だというのに、なぜコイツは鎧で隠している重傷を敵に見せつけるような事をしているのだろうかと。

「そのため浅井朝倉は短期決戦を望むでしょう。
それこそ全軍をあげて、この尾張へと攻め込むでしょうね。
これはあくまで俺の想像で浅井朝倉の決定ではありませんが、十中八九は」

そして続いた言葉は更に一歩踏み込むような発言だった。

「もうこちらに新兵器があるのはお分かりかと思っています。鈴女殿がいますし。
新兵器鉄砲と全ての弾薬を持ち、全ての兵士を用いての最後の合戦になるでしょう。
幸いこちらが負けた場合、民衆は義景様の伝で他国に難民として受けいれられるようですし」

「うん? …おお! あの団子を奢ってくれた、おっぱい好きの御仁でござったか!」

ぺこりと祐輔は鈴女に頭を下げ、鈴女もここでぽんと掌を合して合点がいったようだ。
そしてここまで話されて、織田側は祐輔の言いたい事がようやく理解できたのである。

つまりこういう事だ――――もう余力がないから、特攻しかけちゃうぞ♪ ゴラァ!!

これは祐輔の想像に過ぎないが、おそらく浅井朝倉の取る方針はこれかと思われる。
義景に雪姫を渡す気がない以上、全軍をあげての特攻となる。
雪姫の人望は民衆の中でも高いので、命を賭ける兵士が殆だ。

しかも仮に負けたとしても、浅井朝倉には外交で得た伝がある。
女子供老人を受け入れてくれる相手は沢山あるし、これは戦が敗色を見せ始めた頃から探していた。
これは実際祐輔も義景から聞かされているので確定情報だ。

つまり浅井朝倉は敗戦後の心配を全くしなくていい。
そのため死兵となる事も厭わない兵士はとても手強いものになるだろう。

「鉄砲…あれ、ですか…」

光秀の万感を込めた一言は先刻の合戦に参加した全員の総意に違いない。
あの恐ろしい威力を発揮した武器が、こちらに攻めて来る。それも全てを投入して。

攻め入る側と攻められる側では大きく違う。
攻め入る側は覚悟も準備もできるが、攻め入られる場合そんなのはお構いなしだ。
あの兵器が隊列を整え、じりじりと前進してくる様は考えるだけで身が震えるほどの恐怖。

浅井朝倉を落とせれば非常においしい旨みがある。
しかしその旨みを得ようとすれば、その旨み以上のリスクがあるのも事実。
いまだ鉄砲に対する対策も整っていない現状からすれば、織田としても得たいの知れない浅井朝倉とはこれ以上やりたくない。

しかも仮に勝てたとして、その時の織田の被害はどれほどのものか。
無傷で勝てるはずもなく、負傷した状態で他国からの侵略を防げるものなのか。

同じ想像をしたのは合戦に出たもの全てで、お家存続のために講和反対を口にしていたものを黙らせた。
少しも怯んでいないものといえば、乱丸とランスくらいなものである。

「おいおい、何静まりかえってるんだ?
あんなもん、マリアのチューリップのほうがもっと凄いだろうが」

ランスからすればマリアのチューリップ――鉄砲の起源となった武器を知っているだけに、何をビビっているといった具合だ。
しかし、そんな事織田の家臣達は知らない。彼等からすれば鉄砲は未知の武器。
轟音がなったと思えば次の瞬間には死んでいる、悪魔の兵器。

彼らの脳裏に足軽隊が壊滅した事が蘇る。
あんな兵器を持っている相手とはやりたくない、というのが彼らの正直な心境である。

「……だーーーーッ! もう!! 何で黙っていやがる!!
俺様は戦をやめる気はないぞ! てめぇはさっさと帰って伝えろ!
織田に講和の意思はないっtムググ!?」

右の「ええい!」
左の「お主は!」
真ん中の「もう!」

三つ巴「「「黙っとれ!!」」」

決定的な事を言い放ちかねない場面で3Gはランスの口を強引に塞いだ。
ぶっちゃけ普通の使者と会談なら決定的だが、祐輔はランスを知っているので黙ってもう一度頭を垂れる。
いうべきことは言ってしまったし、後はなんとか講和の方向へ進む事を祈るばかり。

「それで織田側のお答えは?」

ここでランスに訊ねなかったのはわざとである。
それを的確に汲み取ったのは3Gで、すぐさま彼は祐輔に返答する。

右の「それですが使者殿」
左の「話が話だけに、すぐには結論を出せませぬ」
真ん中の「少し織田だけで話しあいたいので」

三つ巴「「「時間をいただいてもよろしいですかな?」」」

「無論です。快い返事を頂けるのでしたら、いくらでもお待ちいたしましょう」

不満そうにもがもがと口を動かすランスの口を強引に塞ぎ続ける。
時間さえ稼げば病床で臥せっている信長にも話しを通し、ランスを説得してもらえる。
如何にランスといえど信長の話しとなれば聞かざるを得ないだろう。

そして3Gには信長が講和に賛成するという確信があった。
信長は言っていた。香姫が安心して暮らせるなら、国盗りには興味がないと。
話しに聞いた鉄砲をもって織田に攻めて来るという脅威を信長が了承するはずがない。

しかも、その危機は容易に回避できるのだ。
ランスが雪姫を諦めるだけでいいという事だけで。

三つ巴「「「乱丸殿、使者殿を客間にご案内して頂けるかな?」」」

「……あぁ」

不満そうに、不承不承といった体で乱丸は控えていた列から立ち上がり、祐輔の前まで進み出る。
そしてぶっきらぼうに「案内する」とだけ告げ、祐輔に退室を促した。
祐輔も「ありがとうございます」と礼を述べ、乱丸について天守閣を後にしようとする。

「ああ、すみません。言い忘れていた事がありました」

が、背後を見せていたランスに振り返り、思い出したように重大な事を口にした。

「講和が成立しましたら、両国の捕虜を解放して頂きたい。
浅井朝倉にいらっしゃる大熊のような捕虜が、『寺小屋の少年少女が待っているのだ!』と言っていましたよ。
彼のためにも早く判断をお願いしたいです」

その時の織田側の反応は劇的だった。
シィルや香姫は息を呑んで口に手をやり、3Gは目を見開いて驚いている。
家臣たちも「な…!」と口を広げ、唖然として驚いていた。

「なんだ、生きてたのか勝家」

ランスはつまらない事のように彼等の驚愕を表した。
彼からすれば勝家という男は役に立つものの、乱丸を手に入れるためには邪魔だったのだ。
口を抑える3Gが驚愕のあまり手を緩めたので、とてもつまらなさそうに。

「―――ッ! それは、それは真か!?」

「嘘言っても仕方ないでしょうに」

「し、しかし、お前はあの時…」

「鉄砲で倒れたとはいいましたけど、何も死んだとは言っていませんって。
まぁもっともこの講和が成立しなかったら場合、保証はできませんが」

乱丸の狼狽ぶりにも拍車がかかるというもの。
このタイミングまで温存していた切り札に織田側は見事に掻き回された。
好戦派の筆頭だった乱丸を。そして人情深い織田の重臣たちの心情を講和へと向ける策。

実質織田の部隊を指揮しているものが織田において大きな力を持っているのである。
武士隊の乱丸、第二足軽隊の前田利家、軍師隊の光秀…彼等が勝家生存を知り、解放のために動かないはずがない。
それに3Gや香姫…平和主義的な所もある彼等も含めれば、容易に講和に傾く。

(もしかして、彼が太郎が世話になった祐輔殿…?
ここは返し切れない恩を僅かでも返す時に他ならない。
できる限り講和を選ぶよう、助力しなければ)

そして弓兵部隊を率いる五十六も浅井朝倉の――むしろ祐輔の味方だった。
あと残るは鈴女の忍者隊だが、彼女はどちらかというと中立だろう。
ここまで織田を率いる武将が講和に傾いているのである。

「織田の影番、ランス殿。どうかご英断をお願いします」

「お、おい。待て。本当に勝家は生きているのだろうな」

「ぐぬぬぬぬ…」と周囲の変化を感じ取ったのか、唸っているランスを他所に祐輔は天守閣を退室する。
乱丸は慌てて勝家の現状について問いかけながら、祐輔の後についていった。



「いや、それはもう講和するに決まっているでしょ。
俺も流石にどうかと思ってたんだよね、今回の戦。全権を任せた以上、口出ししなかったけど」

場所は信長が病で臥せっている自室へと移る。
彼の部屋にいるのは各部隊を率いている武将と、香姫と3G、そしてランスとシィルだ。
他の有力家臣に関しては部屋に入りきらないのと、信長の決定なら納得できると彼等が自粛した。

「それに勝家は昔からよく使えていてくれているし、出来る限り助けたい。
御恩に関しても元足利領で直轄領にした領地を分け与えればいいじゃないか。
ほら、何も問題ない。これで全部解決したね」

「うがーーーーーーッ! ん何も! 何も解決しとらん!!!」

この場で唯一反対しているのはランスのみ。
おま、それはちょっと引くわ…という位意見を変えた乱丸も講和賛成派に転じている。
足利から得た領地を家臣に分け与えるという決定をすれば、他の反対派の多くが納得するだろう。

直轄領を減らすなんて普通はしないものだが、信長は領地に執着はない。
織田が生きていくために最低限必要な尾張の土地はちゃんと残っている。
それで丸く収まるのだったら問題なくない? という認識なのだ。

「俺様は反対だぞ!! 講和なんて、そんな軟弱な―――」

「ランス様~…勝家さんを助けてあげましょうよ」

尚も反対の声をあげるランスをシィルは半泣きになりながら諌める。
もはや頭をぽかんと殴られるのは覚悟の上である。

「ランスさん、私からもお願いします」
「ランス殿…講和を結びましょう」
「ランス殿。厚かましいとは思いますが、講和をすべきだと私も思います」

香姫の懇願、光秀の忠言、五十六の提案。

「そ、そうだ! 囚われているというのなら、鈴女が助けに行けばいい!」

「いや、流石にそれは無理でござるよ。
暗殺なら難しいながらもなんとか出来るかもしれないでござるが、救出となると…。
勝家殿を運びながら、敵国から逃げるのは不可能でござる」

苦し紛れのランスの提案も鈴女は不可能だとはっきり言った。

敵の当主を暗殺しよという命令ならば、浅井朝倉レベルの警備では可能かもしれない。
武田や毛利などの見回りと厳しい警戒ではないので、可能性はある。
だが救出となると話しはまるで変わってくるのだ。

浅井朝倉の牢に忍び込んで、鍵を外して勝家を解放する。ここまでは出来る。
しかし解放した勝家を織田まで連れてくるとなると、絶対に不可能だ。
大の大男である勝家を連れて城の包囲網を抜けるのも不可能だし、奇跡的に抜けられたとしても尾張まで逃げ延びられるはずがない。

そう説明されて、ランスは唸るしか出来なかった。

「ランス」
「ランスさん…」
「ランス殿」
「ランス様…」
「ランス殿…」
「ランス。ここはもう、諦めるでござるよ」

ランスに集まる視線と物言いたげな声。
部屋の空気に耐えきれず、ランスは部屋の端へと自然じりじり追い詰められた。
徐々に追い詰められるランスを更に乱丸が王手をかける。

「頼む。勝家を救ってくれ。なんでもするから」

ランスの目の前で土下座をしながら頼み込む乱丸。
勝家を救うためなら、自害しろと言われたら乱丸は自害するだろう。
つい先ほどまで彼女を支配していた強い憎悪は想いの力そのまま、彼を救いたいという想いに変化したのだ。
乱丸にさらに追い詰められてしまったランスは聡明(自称)な頭脳で現在の状況を考える。

ここで雪姫を欲しいがために、強引に戦をすると言い張ってみたらどうなるだろうか。

まずこの場にいる全員から反感を買ってしまうだろう。
こちらを見つめる信長の視線はあくまでお願いというスタンスをとっているが、その実警告に近い。
彼の行動理念は香姫と国が同義、むしろ香姫に傾く。鉄砲と決死の浅井朝倉の兵士は充分脅威になりえる。

最悪の場合、影番としての地位を奪われかねない。
ランスが影番足りえていられるのは、信長が全権を委任するといっているから。
信長がランスを影番から解くと命令すれば、いとも簡単に彼は一国一城の主から一般市民まで転落する。

これからもJAPAN全国の女の子とにゃんにゃんするのに、この地位はとても便利だ。
ランスからすればこの地位を手放したくない。

仮に影番から降ろされなくとも、彼の人望は底辺まで落ちる。
ただでさえ無理な出兵をしたというのに、更に重臣である勝家を見殺しにする。
それは義をもって徳を説くJAPAN人からすれば最低の行いである。

では逆に戦をやめ、講和を受け入れた場合は?

まず雪姫に手を出すのは難しくなるだろう。
一度約束した以上、夜這いを雪姫にする計画を立てた場合、織田はランスを庇わない。
最悪織田から追い出されるだけでなく、浅井朝倉に対する示しとして首を差し出されかねない。

だが手に入る者もある。
ランスは足元で土下座する乱丸を見た。

今まで頑なにランスを拒絶していた乱丸が何でもするとまで言っている。
これは上手くやれば乱丸とにゃんにゃんできるのでないだろうか?
それは雪姫の損失を補うとまではいかないまでも、ある程度は補填されるほどの旨み。

「ぐぬぬぬぬぬぬ、うぬぬ………」

ランスの中で二つの考えが鬩ぎ合う。
どうしても雪姫とにゃんにゃんしたいという思いと、ランスの中に少しはある理性。
そして理性と連合軍を組む乱丸とにゃんにゃんしたいという思い。

「ぐ、ぬ……わかっ、た。浅井朝倉と講和を結ぶ」

ランスが物理的な重さも持っているのではと錯覚しそうな視線の重圧の中、途轍もなく悔しそうな声で出した答え。
それは浅井朝倉と織田との間に起こった戦いの終結を決めた。





ステータスが更新されました。

森本裕輔(呪い付き) 職種:無 Lv.3/15

攻 1
防 1
知 7
速 1*
探 1
交 7
建 1
コ 3 

技能:神速の逃げ足

命に関わる危険を察知した場合にのみ発動。
発動した場合に限り【速】が9に上昇する。
しかし意図的に発動は出来ず、また命の危険性がなくなった時点で効果はなくなる。

技能:現代知識

現代において大学生程度の学力と知識を持っている。
あくまで一般的なレベルだが、それでもこの時代からすれば高水準。

技能:動物使役

呪い付きになった事により、雀を操れる。
効果範囲は半径2km、最大操作数は50羽。
呪いが侵攻して強まる事により、操作数と効果範囲は増加する。

技能:動物使役2

使役する動物と契約する事により、意志疎通が可能。















あとがき

こ、今回が一番今まで大変でした…。
それはもう、発禁堕山と雪姫、祐輔の邂逅を書いていた時くらいには。
この内容が当時にとって妥当かどうかは正直わかりません。
作者なりに苦心して内容を考え、落とし所を見つけたつもりです。

こんな内容で通るわけないだろ、ボケ。
そう思っても多少は見逃して頂けると助かります。

前回に引き続き、今度は500番の感想を書き込んだ方の読みたい物語を書きます。
ぜひぜひ狙ってみてくださいwww



[4285] 第二十七話
Name: さくら◆206c40be ID:a000fec5
Date: 2009/12/23 16:14
森本祐輔の言葉の半分は嘘とはったりで出来ています。

「もう一生分の運を使い切った、動けねー。
ムリムリ、もう無理。講和が成功したかどうかもわかんね」

祐輔は乱丸に案内された部屋でごろごろと転がっていた。
もうね、精根尽き果てた。あんな素晴らしき惨殺空間モドキに普通の大学生を放りこまないで欲しい。
途中から祐輔は自分が何を言っているのか殆ど理解していなかったし、口が勝手に動いた感じだった。

鉄砲にしても、その殆がハッタリだ。
鉄砲500丁全部を運用して、隊列を組んで織田を攻める?
そんな事実際問題無理に決まってる。

あの時鉄砲の運用が成功したのは、様々な条件が揃っていたため。
十分に鉄砲を整備出来る時間があり、距離に余裕が持てて、冷静に発砲の瞬間を測れた。
前進しながらの運用なんて熟練の兵士でも難しい。それこそ浅井朝倉の急造の鉄砲隊では到底不可能。

「織田にマリアがいなかったのも大きいよなー…。
彼女がいたら確実に詰んでた。なんだかんだ言って、俺は神から見放なされていないらしい」

原作において、マリアは瞬時に鉄砲の弱点を見抜いていた。
彼女が異国からの援軍として尾張に到着していたら、浅井朝倉滅亡エンド間違いなし。
想像するにゾッとする。本当にセフセフだぜ! と祐輔は畳の上を転がりながら一人ごちた。

「イカンイカン、何かテンションがおかしくなってる」

どうやら死のストレスから解放された反動は自覚している以上に大きいらしい。
祐輔はポーカーフェイス気取っていたが、内心ではガタガタ震えて命乞いしたい気分だったのである。
ランスとか乱丸からの殺気が散りばめられた視線で本当に死ぬかと思った。

「やっぱり勝家効果は凄まじかったな…いや、それ以前に重臣の面々の反応が良かった。
これならなんとかなるか……なるといいな。なって欲しいな」

最後に少しだけ不安になったのは仕方がないと言えよう。
祐輔は会談において少なからず手応えを感じていたが、こういった交渉の場につくのは初めて。
大学生である祐輔が経験した事といえば、ゼミでのプレゼンくらいなもの。こんな大一番での交渉なぞしたはずがなかったのである。

「あいつら早く帰ってこないかな」

なので、祐輔は玄さんと若い雀に偵察を命じていた。
彼等を放てば簡単に情報が手に入る。偵察に気づく可能性があるとすれば、鈴女くらいだが。
ちなみにインテリ雀は織田に入って以来、ある任務につかせている。

ゴロゴロと転がっていた祐輔は突如ぴたりと動きを止め、天井を仰ぎみた。

「…はぁ」

今思えば、遠くまで来たものだと思う。
ただの大学生で重病人だった自分が、何時の間にやらランスと論争をやり合って丸め込もうとしている。
宝くじが当たる可能性で言えば、きっと一等賞と二等賞を独占するくらいの奇跡が起こったに違いない。

「……………」

この講和、成功するだろうか。
最善は尽くした。浅井朝倉には迂闊に手を出せないとアピールし、織田家の家臣の同情も引き出した。
戦争とは勝てば良いというわけではない。勝った後にも敵国の侵攻を防げるだけの余力を残して、初めて勝利したと言えるのだ。

「さて、どうするか……」

天井をボーっと見上げて目を細める祐輔が何を考えているのかは本人しかわからない。
ただその目には傍観、達観、諦観…そういった負の要素が混じっているように感じる。

〈ゾワリ〉

「っく…」

気を緩めた祐輔は左腕を襲った怖気に反射的に身を起こした。

「くっ……僕の中の『奴』が目覚める……っ! 静まれ、静まる(ry

脂汗がじわりと滲み、苦悶に顔を歪める。
何か得体の知れないものが左腕の何かが蠢いているかのような錯覚。
思わず邪気眼チックなセリフは自然に出てしまった。

「はは…邪気眼かよ。リアルで体感する事になるとは思わなかった」

何かを堪えるかのように左腕を押さえる祐輔。
疼くのだ―――切り落とされ、感覚も神経も遠っていないはずの猿の左手が。
実際に獣の手の筋肉がぞわりと収縮し、脈動したため巻いている包帯がたるんで毛がはみ出ている。

一度祐輔は立ち上がり、障子を開けて部屋の外に誰もいない事を確認する。
そして誰もいないと確信を持つと、サラサラと包帯を外して丁寧に丸めた。
丸めた包帯をもう一度左手に巻きつける。何かを抑えつけるようにしっかりと。

「参った参った、悲劇を気取るのは嫌なんだけどな。
3Gに聞けば狒々の場所もわかるんだろうけど、流石にこのタイミングでは無理」

困ったな、と祐輔は苦笑する。
3Gは呪いをかけた妖怪の場所がわかるという素晴らしい能力を持っているのだが、ここまで条件をふっかけておいて頼み事は難しい。
仮に教えてもらったとしても浅井朝倉は復興中であるし、織田に頼もうにもランスは間違いなく祐輔を嫌っている。動くはずがない。

そして呪いが解けて戻ったとしても――――祐輔の切り落とされた腕は戻らない。

「無理、か……」

JAPANにおいて隻腕とは大きな意味を持つ。
祐輔はそれを知っていた。いや、思い知らされたと言うべきか。
先の祐輔自身が参加した戦において、片腕や体の一部分を失った者の処遇を。

「ま、なんとかなるだろ。ポジティブポジティブ」

いつまでも暗い顔をしていても仕方ない。
祐輔は気分を転換して、陰鬱とした思考を意図的に廃棄する。
今考えなければいけない事は講和が成立した場合と失敗した場合についてだ。

まず十中八九成功するだろう。
では成功したとして、一番警戒しなくてはいけない事とは何か。
それは如何にしてランスに条件を守らせるか。守らないといけないと思わせるか。

「なんか、使者殺したら無問題とか考えてるかもしれん。ははっ、ハハハハ…」

ないと言い切れない自分が祐輔は怖かった。

もし講和の使者の祐輔が行方不明、もしくは死体で浅井朝倉で見つかったとしたら。
浅井朝倉は講和が失敗したと考え、攻め込むにしろ守るにしろ次の戦の準備をする。
織田からしてみればどちらの対応を取られても応戦せざるを得ず、両者に再び合戦が起こる。

「…あれ、やばくね?」

交渉決裂となれば原作通りに決着エンドを迎える。
雪姫はランスに犯され、義景は捕まり、浅井朝倉という国は滅ぶ。
つまり今気づいたが、使者である祐輔が無事に浅井朝倉へと帰る事も重要になるのだ。

「対応策は一応あるにはあるけど…首筋に何かを感じたら、すぐに逃げるくらいに思っておかないと」

祐輔は一応ランスと暗殺者に対して対応策を用意していた。
しかしながら物事に絶対はないので、可及的速やかに織田から逃げないといけないという結論に達した。

ランスという男を舐めてはいけない。
彼の行動原理は第一に女、第二に女、第三くらいに常識やら倫理が来るのである。
鈴女を使って暗殺くらいは簡単にしそうだ。

危険性を改めて実感した祐輔は冷や汗をダラダラと流す。
覚悟はしていたものの、自分の命以外にも浅井朝倉の運命も背負っていると思うと途轍もなく気が重い。
まるで胃に重石がのっかっているかのような錯覚さえ覚える。

「……あれ、ちょっと待てよ。(俺は何か、忘れていないか?)」

そう、まだ何か失念している事があるような気がする。
まるで歯に何かがずっと詰まり続けているかのような不快感。
とても重要な何かを忘れているような気がするのだ。

(そうだ、魔人! どうして今まで忘れていたんだ!)

この世界には人間以外の種族も存在している。
魔法があるファンタジー世界なので妖怪や魔物も当然いるとして、更に上位種とも言える存在がいる。
それらは通称【魔人】と呼ばれ、神が作ったとされるそれ単体で完成された存在。

魔人は通常の武器や技・魔法では傷をつける事が出来ない。
人間や魔物を超越した力を持ち、無限の寿命を持っている。
いうなれば不死身で無敵な存在と言い換える事も出来る、出鱈目な存在。

そしてこのJAPANにも【ザビエル】という【魔人】が封印されているのである。
その性格は残虐非道、人を人と思わぬザビエルは過去に封印され、現在は8つの瓢箪の中に在る。
それらは厳重に保管されており、影ながら瓢箪を封印し続ける組織すらあるのだ。

「やばい…もう足利滅ぼしてるし。
ひょっとして二個目も割れているんじゃ…」

何がやばいかというと、祐輔が知っている原作において封印である瓢箪が現時点で割れてしまっているのだ。

祐輔が知っているルートは大きく4つ。
本史・謙信・五十六・蘭・全国版であり、無理ゲーと謳われる魔王ルートは知らない。
その4つの中において、3つのルートで瓢箪が割れてしまっているのである。

(警告する。いや、無理だ。
所詮俺は使者。信長がザビエルに犯されているなんて言ったら、それこそ講和が潰れる。
同じ理由で藤吉郎を殺すのも不可能。しかも割れた後だったりすると、意味がない)

たった1つのザビエルが復活しないルートを選ぶためには信長のペットである猿――藤吉郎を殺す必要がある。
実はこの小猿、魔人ザビエルの部下である使徒と呼ばれる存在であり、魔人の配下なのだ。
その1つルートにおいてランスがたまたま藤吉郎を殺めてしまったため、ザビエル復活を阻止したのである。

一度魔人が復活すれば、JAPANは今までにない地獄と成り果てる。
戦争が人間の意思とは無関係に引き起こされ、かつてない殺戮が日常と化す。
それだけはなんとかして避けたい祐輔だった。

だが祐輔に何が出来るというのだろうか。
敵国であった祐輔が信長を疑えと諭しても、何を馬鹿なと一笑に下される事は目に見えている。
それどころか主を侮辱したとして切り捨てられても文句は言えない。

「ああああぁぁぁ、マジでどうすっかなー…」

あくまで可能性でしかないのだが、見逃すと大変な事になる。
若くしてここまで悩まされる祐輔はきっと、将来禿げるに違いない。

〈ガラッ!〉

「失礼致します。浅井朝倉の使者殿」

祐輔が奇声をあげながら苦悩していたところに来訪者が現れた。
信長の部屋での密談を終え、祐輔を呼びに来た五十六だった。
本当は乱丸がその役目を負う予定だったのだが、五十六本人が申し出たのである。
五十六は祐輔が【あの】祐輔であるのかという確認と、そうれあった場合に礼を言うために。

「それでどうしましたか? もうお答えが決まったとか」

「え、ええ。織田からの返答は私からでは伝えられませんので、また天守閣に来ていただけますか」

「それならば善は急げと言いますし、すぐに参りましょう」

ついてきて下さいと前を歩く五十六の表情を見て、悪い答えではなさそうだと祐輔は一人胸を撫で下ろした。
その内心は先行きの不安に塗り潰されながら。



(むぅ)

俺は自分の前を歩く黒髪美人の後ろをすたすたと歩きながら、ある一つの考えに捕らわれていた。
あれはひょっとして五十六ではないだろうかという考えを。

艶があり、腰まで届く一房に纏められた漆黒の長い黒髪。
ややツリ目がちな瞳にすっと朱の引いた唇、凛とした顔立ち。
現代からすればモデルも真っ青な黒髪美人・大和撫子がそこにいた。

しかし彼女が本当に五十六だとすれば、是非とも確かめなければいけない。
とりあえずは本人かどうかを確認するため、五十六(仮)に質問を投げかけて見ることにしよう。

「あの…」
「あの…」

「す、すみません。俺に何か?」
「いえ、私こそ申し訳ない。そちらからなんなりと」

全く同じタイミングで同じ言葉を発してしまった俺と五十六(仮)。
気まずさから一瞬立ち止まってしまい、はは、はははと二人で苦笑しながら先を譲り合う。
お見合いかよと内心思いつつ、俺は彼女に名前を訊ねた。

「もしや貴方は山本五十六殿ではありませんか? 間違っていたなら失礼」

「あ…すみません、申し遅れました。私は山本五十六と言います」

慌てたようにこちらに向き直り、礼儀正しく名乗る五十六(本決定)。
むむ、やはりそうか。改めて見てみると身に纏っているオーラ的な物も他の人間とは違うな。
原作三人のヒロインの一人に数えられるだけあり、相当に美人さんだ。俺に彼女を褒め称える語彙が少ないのが悔やまれる。

だが俺は彼女が五十六だと知って、もう一つ確認しなければいけない事が出来たのだった。

「弟さんですが…ちゃんと、再会できましたか?」

山本五十六…彼女こそ太郎君の生き別れた姉である。
鉄砲の技師さん達が護衛代わりに付き添ってくれたので、無事ではあると思う。
しかしながら俺は直で城まで連れてこられたから太郎君を追い越してしまったかもしれないので、それならそれで太郎君が生きている事を教えてやらないと。

「! やはり、貴方が太郎を救って頂いた祐輔殿でしたか!
はい! はい! 太郎は無事、尾張まで到着致しました」

「そ、そうですか。それは良かったです」

「なんとお礼を言えば良いか…この五十六、この御恩を決して忘れませぬ」

ずずいと。
ポルナレフ状態で気づいたら目の前にいた五十六に詰め寄られ、怒涛の勢いでお礼を言われる。
あ、いい匂い…五十六からは香水とはまた違う、柔らかい心がほっとするような香りがした。

「足利までお守りを届けようとしてくれたのも、祐輔殿だとか。
あの時は本当に申し訳ありませんでした。私とした事が、どんでもない失態を」

「はは、はは。き、気にしないでくださいヨ?」

そして何より、顔が近い。口から漏れる息が俺の頬に感じる。
こんな美人が心の底から俺の事だけを考えて感謝の念を伝えてくれている。
ともすれば簡単にころっと魅力にヤラれてしまいそうな俺がいた。

「お礼は後日、改めて致します。必ず」

そ、そうですかー、あはははと生返事を返す事しか出来ない。
彼女がワザとやっているわけではないと思うが、天然だとすればなんと恐ろしい。
近づかれた事で遠目にはわからなかった抜群のスタイルが強調され、クラクラして立ち眩みを覚えてしまいそうだ。

俺は初めて呪いに感謝した。
通常状態だったらこんなにも純粋に感謝してくれている五十六に確実に欲情していただろうから。
仕方ないよね、男の子だし。更にいうとおっぱい星人だし、俺。

べ、別に強がってなんかないんだからっ。
あれ以来ピクリとも反応しなくなったマイサン(息子)。
体を徐々に侵食する呪いより、こっちのほうが深刻なのは秘密だ。

だがここで頭を空っぽにした事で、俺にはある一つのひらめきが浮かんだ。

「それなら一つだけ、心に留めておいて頂けますか。
これから俺はわけのわからない事を話しますが、理解出来ないかもしれません。失礼な事も言うと思います。
それを貴方がしかるべき時に断し、必要だと思った時にランス殿に助言して下さい」

「わけのわからない事、ですか? なんなりとお申し付け下さい」

未だ織田に来て日が浅い、五十六になら話してもいいかもしれない。

「――――もし、信長殿が彼らしからぬ行動にでた時。
彼が誰とも会おうとせず、部屋に引篭もり、不審な男たちとしか面通りしなくなった時。
ランス殿が持っている魔剣カオスに部屋に出入りしている男、もしくは信長殿のペットを見せて下さい」

「は?」

意味を測りかねるといった様子の五十六。
それもそうだろう、俺の言葉は要領をまったく得無いものであり、意味不明な物。
チンプンカンプンな狂人の言葉と相違ない言葉なのだから。

「い、いえ、申し訳ありません。
きっと、何かしら意味のある事なのでしょう。お任せ下さい。
しかと心に留め、来るべき時にランス殿に伝えます」

「はい。すみませんが、よろしくお願いします」

「言葉の意味を訊ねてはいけないのでしょうか」

「今はまだ。時がくれば、わかって頂けると思いますので」

それでも了解しましたと微笑み、快く頷いてくれた五十六。
現時点で俺が打てる手といえばこれしかなかったので、とても有り難い。
これで何かあった時に思い出してくれればと一縷の望みを持つことが出来る。

いつしか俺と五十六は見に覚えがある部屋の前まで到着していた。
ついさっきまで俺とランス、3G達が会談していた天守閣である。

「それでは祐輔殿、ランス殿や香姫殿が中でお待ちです。
太郎も祐輔殿に会いたい事でしょう。この講和が無事に結べたら、改めて挨拶に参らせて下さい」

どうぞと五十六が天守閣の間の戸をすっと引き、中へ進むように導く。
俺は五十六の言葉にほっと安心しつつも少しの罪悪感、寂寥感を覚えつつ中へと入る。
この講和が成立してもしなくても、太郎君と再会する可能性は少ないだろうから。



「と、いうわけで」
「織田としてはこの講和」
「色々と条件をつけさせて頂くが」

「「「承諾するという結論に至りました」」」

3Gのその答えを聞き、祐輔はほっと胸をなでおろす。
周囲の視線から険が取れていた事、五十六の言葉から予想はついてものの心配だった事にはかわりない。
これで浅井朝倉は救われ、雪姫の悲惨なルートフラグをぼっきりと折る事に成功したのである。

「具体的には」
「賠償金を災害に対する見舞金という名目にしたり」
「本来ならこちらがテキサスまで行くべき所をこちらに来て頂いたりしてもらうが」

「「「そのあたりはご理解いただきたい」」」

信長は条件を認めはしたが、3Gとしては織田の名誉や外面もある。
そのため領地侵犯に対する賠償金を災害見舞金として織田が浅井朝倉に無償で【援助】したという世間体のいい名目が欲しかったのである。
賠償金として決まった額は払うが、賠償金と災害見舞金のどちらが名目的にいいかは一目瞭然だ。

また講和を結ぶ場も織田の尾張で行いたい。
浅井朝倉の国主が尾張へと赴くという形を取る事により、対外的に織田の優位を示す。
それが戦国時代においてどれほど重要かは知らないが、祐輔はおぼろげながらも重要性を感じ取った。

「確かに3G殿の言葉、浅井朝倉へと持ち帰ります。
俺が浅井朝倉へと戻ってから一週間ほどで返答の使者が到着するかと思います」

祐輔は返答しつつ、チラリと視線を左右にちらす。

「こちらの捕虜…勝家殿を含む、75名は講和を結んでから解放しましょう。
場所と時間も講和の場で。心配なさらずとも、ちゃんとした待遇でもてなしております。
勝家殿は鉄砲による怪我を負っていますが、並外れた回復力で次の日には麦飯3杯を平らげていました」

まず目に映ったのは乱丸と香姫。
祐輔の言葉にあからさまに肩の力を抜き、安心した表情を浮かべていた。
特に乱丸は体の力が目に見えて抜けており、座りながらもへたれこんでいる。

そして――――――――

「ご英断して頂き本当にありがとうございます、ランス殿」

「…ふんっ」

恭しく最も上座に座るランスに向け、頭を垂れる祐輔。
ランスはとても面白くないと言いたげに盛大に舌打ちをし、指先で魔剣カオスを弄ぶ。
イライラしているのだ。目の前で頭を垂れる祐輔がこれ以上にないほど腹が立つ。

ここでランスが思いついたのはある意味、自然な流れだった。
女の子が絡むとずるがしこく回転するランスの頭脳である。
過去にも抱きたい女の子に男がいるため、その男を人知れず崖から突き落としちゃったりする男なのだ。

(待てよ…こいつが浅井朝倉に帰るまでに死ねば、この講和はなくなるんじゃないか?
あのチューリップみたいなのは厄介だが、マリアを呼べばなんとかなるような気がする。
マリアの事だ、俺が呼び出したら泣きながら喜んで来るに違いない!)

祐輔が恐れていた通り、これは有効な手段である。
ランスは以前足利から来た使者を斬り殺し、それが発端となって戦争が起こった。
その経験から使者を斬り殺せば話しが拗れて再び戦争状態が復活するのではないかと考えたのだ。

(勝家は残念だが、乱丸も男が死ねば諦めるに違いない。
そこが優しい俺様がくどけば一瞬で俺様にメロメロだ。雪姫ちゃんも手に入る。
ガハハハハハハハ、グッドだーーーー!!!)

勝家は死ぬが、ランスは男の生死に興味はない。あるのは女の子(ただし可愛い子に限る)のみ。
ランスが直接やれば大変な事になるが、そこは鈴女を使えば誰にもバレないだろう。
鈴女は優秀だ。人知れず祐輔を暗殺するくらいは余裕である。

「おお、そういえば忘れていました」

「あん?」

素晴らしい思いつきにランスが自画自賛しているというのに、祐輔の言葉に水を刺される。
ぎょろりとランスの大きな目が祐輔を見据えるが、祐輔は全く気にしないで続けた。
その実祐輔の内心がどうなっているかは、手の甲にじっくりと掻いた脂汗が物語っている。

パチンと祐輔が指を擦らせて鳴らした。
すると二羽の雀がチチチと鳴きながら天守閣の窓より侵入し、祐輔の頭の上に止まる。
香姫はそれを見て、「あ、かわいい」と小さく呟いた。

「この二羽をランス殿の周囲に置いておきます。
何かあればコイツらに申し付け下さい。距離が離れていても俺に伝わりますので」

「わ、わ、あの雀すごく人懐っこいんですね。
しかも頭の上で寛いでます! すごいですね、ランス様!」

「ええい、お前は黙ってろ!
それよりその雀はどういう事だ!? 置いていくの意味がわからん!」

隣ではしゃぐシィルの頭をぽかりと一叩きし、ランスは吼えた。
はっきり言って意味がわからない。そんなランスを見て、掴みは上々だと祐輔は内心でほくそ笑む。

「申し遅れました、俺は【鳥使い】の森本祐輔です。
俺は大陸の蟲使いと同様、鳥と言葉を話し使役する事が出来るのですよ。
これでご理解頂けますか?」

「なにっ、鳥使いだと!? …おい、シィル、知ってるか?」

「い、いえ、初耳です。JAPANでは有名なんですか?」

「私も聞いた事がないです…」

「はて?」
「全然」
「少しも」

「「「聞いたことがありませんな」」」

顔を見合わせて首をかしげる織田家の面々。
ランスとシィルも蟲使いなら見たことも聞いたこともあるが、鳥使いなんて聞いた事がない。
ならばJAPANでは有名なのかと香姫と3Gに訊ねるも、知らないと首を振る。

「ならば説明致しましょう。俺の能力は鳥と意思疎通し、鳥を使役する力。
俺は周囲二里ほどの範囲内にいる鳥を自由に使役し、その全てと意思疎通が出きます。
その証拠に……ふむふむ、ランス殿は貝がお好きなのですね。畳の下に隠すとは徹底してらっしゃる」

「な、なぜそれを知っている!?」

「教えてくれたのですよ、この雀がね。
雀は全国のどこにでもいる。空の上に、窓の外に、森の中に…それこそ、どこにでも。
そして俺はどんな鳥からも情報を得る事が出来ます」

大事な事なので二回言うが、祐輔の体の半分は嘘とはったりで出来ている。
使えるのは雀のみ、会話する事が出来るのも契約した数匹のみ。
尾張に来てからすぐに放ったインテリ雀をずっとランスに貼りつけておき、インテリ雀から情報を得たのである。

「そ、そんな事が出来るのか!?」

しかしそんな事を知らない織田の面々は驚愕を顕にした。
ランスは絶句し、3Gや乱丸などはそんな事が可能なのかと自問自答している。
だが光秀はすんなりと受け入れる事が出来た。なるほど、あの神速とも言える戦場把握にはそんな仕掛けがあったのかと。

「俺はこいつらを使って罰を与えるのが得意でして。
身体的に被害はないのですが、精神的に多大な被害が―――って、すみません。
今は全くもって関係ないお話でした。お許しを」

「むむっ、そこまで言ったのなら最後までいうでござるよ。
めちゃくちゃ気になるでござる」

失言でしたと頭を下げる祐輔。
しかし鈴女は興味を持ったのか、祐輔のお仕置きとやらが何なのか聞き出そうとする。
楽しそうという理由でランスについてきた彼女だ。知的好奇心をくすぐったのであろう。
いったい鳥でどんなお仕置きをするのだろうかと。

もはや話しは完全に脱線してしまってはいるが、他のものも興味があるのか静かにしている。
この場にすぐわないと話しを戻そうとしているのは唯一眉間にシワを寄せている3Gくらいである。

「そうですか? それなら言いますが…簡単です、糞を頭の上に落とすんですよ」

空にいる鳥の糞が頭に直撃する。
その光景を想像した家臣達は顔をしかめ、乱丸や香姫、シィル達女性陣はえげつない事をと思う。
鳥の糞が自分を狙い撃ち、頭に直撃でもしたら、その日一日欝状態間違いなしである。

「それも何百羽と集めて、集中して糞を落とさせるんです。
見物ですよ? 頭の上から徐々に白くなっていき、最終的に彫像のように真っ白になるのは」

「うげ…」

頭上にいるのが一匹ではなく、空を覆い尽くすほどの群れに変わる。
そしてその鳥全てから糞が落下し、波状攻撃で絨毯爆撃をしてくる。
なんてえげつない事をと今度は男性陣も腰が引けた。

「そして反省するまでずっと操り、糞を落とし続けるんです。
外に出た瞬間鳥がわんさか頭上に集まって自分に向けて糞を落とすんですよ。
一歩も家から外にでられませんから、どんな悪ガキでも二日で泣きながら許しを乞います」

こいつはヤバいと全員が戦慄した。

「そ、そんな事が可能なのか?」

「ええ。とりあえず少しだけ呼んでみましょう」

ランスの少しだけ怖気づいた言葉に、再び祐輔は指を鳴らした。
すると祐輔の操る事が出来る最大数の雀が天守閣の間に入り込み、チュンチュンとやかましく鳴き喚く。
その数は100羽に届こうかというほどの数だった。

その雀に道を開けるかのようにざっと周囲の人が避ける。
あんな話しをされた後なので、糞をつけられたら叶わないと考えたのであろう。

「俺はね、嘘が大嫌いなんですよ…嘘つきは絶対に許しません。
ランス殿もそう思うでしょう?」

今現在進行形で嘘をついている口が何を言うのか。
しかしその真偽を知るのは祐輔のみであり、他の人物にはわからない。
そしてようやくここに至り、他の面々も祐輔が何を言いたいのかを悟った。

【――――講和を破れば、これがお前の身に振りかかるぞ】

祐輔はランスに対し、対応策を考え出した。それがコレだ。
女に関わる約束に対して、ランスほど信用出来ない人間はいないと祐輔は思っている。
そのためランスは夜這いして、雪姫を惚れさせれば問題なしと考えている可能性もある。
しかも最も簡単な手段として暗殺という嫌な手段まであるのだ。牽制しておいて、損はない。

3Gや乱丸、光秀などはそれに気づいてムッとしたが、あえて黙っていた。
これは条約を破るなという織田に対する遠まわしな侮辱である。本来ならそれはどういう意味かと問いただしている所だ。
しかし【ランス】という不安確定要素があるため、釘を指す意味では有効かもしれないと考えた。

ランスは何者にも囚われない。
あれほど口を酸っぱくして言ったというのに、進行中の敵国の姫を抱いて一週間もこもっていたランスである。
これがランスに対する自重の手段となるのであれば、それはそれでありだ。

「がはは、はは…も、モチロンだろうが! 俺様は嘘つきが大嫌いだ!」

若干ひきつった笑みのランス。
流石のランスも外に出た瞬間糞塗れとなれば、怯む。
如何に男前で美形なランスといえど、糞塗れで女を口説いて成功するとは思えない。

「すみません、無駄話ばかりして。
それでは俺は早速浅井朝倉へと帰り、義景様にお伝えしたいと思います」

織田の面々を盛大に引かせた祐輔は大量の雀を引きつれ、ではと天守閣を本当に後にする。
天守閣に残ったのは大量の雀の抜けた落ちた羽、そして鋭い視線で祐輔を見送ったランスと織田の家臣達だった。



会談後……

祐輔が尾張の城を出た後、ランスは鈴女を部屋に呼びつけていた。

「あの鳥使いが厄介だ。さくっと行って、さくっと殺してこい。
本来ならここまで嘗められた場合俺様自ら出る所だが、3Gとかシィルがうるさくてかなわん」

「あー…言うと思ったでござる」

ランスは信長から専用の屋敷をもらっており、ここは自室である。
ここにはシィルを除けばランス以外誰も住んでいないので、他人の目を心配する必要もない。
そのためランスはぶっちゃけた内心を鈴女に吐露していた。

「いいでござるか? 絶対3Gとかランスを疑うでござるよ」

鈴女が問うているのは講和が崩壊してもいいのかという事。
あの場で反対していたのはランスのみであり、使者が帰り道に死んだとなればまず間違いなく疑われる。
その疑われっぷりは講和が結ばれるまで乱丸が監視に任命されるほど信用されていない。
乱丸は屋敷の中までは入ってこないものの、屋敷に一つしかない玄関で目を光らせていた。

「心配いらん。あのテッポウとやらも、次やったら確実に勝てる。
だいたい戦争に勝てば雪ちゃんだけじゃなく、領地も手に入るんだ。最初はどうだかわからんが、文句はいわんだろ。
それにお前がちゃんと夜盗に襲われたっぽく偽装すれば、何も問題ない」

不幸な事故ですれ違い、戦争が再度勃発する。よくある事だ。
証拠さえ残さなければランスになんら問題はないのである。

「あ、それと勘違いしているようだけど」

「うん?」

「鈴女があの祐輔ってやつ殺すの、無理でござるから」

「…は?」

無理…? 言葉の意味を理解できないランスは脳内で噛み砕くまで時間がかかった。
忍者として卓越した力を持つ鈴女にとって、祐輔程度はあくびしながらでも暗殺できるはず。
それが無理とはどういう事なのだろうか。

「ほら、あれ見るでござるよ」

鈴女が指差す先には二羽の雀。
それを見てランスは「げっ!」と呻いた。

「あの会談以降、ずーーっと鈴女とランスを監視してるでござるよ。
雀くらいなら全力で走れば抜けるけれど…他の鷹とか速い奴に取次がれると、流石の鈴女でも引き離されるでござる。
だから暗殺しようとすればすぐに相手に伝わるし、不可能でござる。
いや~~~、警戒されているでござるな~~~」

あるいはこの会話すら相手に伝わっているかもしれない。
実際は鳴き声が祐輔に届かないので、そんな事は不可能である。
それに祐輔が尾張を抜ければ効果範囲から外れるので、この操っている二羽の雀も操れなくなる。

しかしそれでも、ランスや鈴女は警戒を解けない。
何故なら雀や鳥が全国のどんな場所にでもいるのだから。
そしてその鳥を祐輔が本当に操れるのか否かは二人に知る術はなかった。

「ぐぬぬぬぬぬ……うがーーーーー!!!!!!!」

『うわ、何をする心の友!?』

ランスは癇癪を起こして魔剣カオスをぶんと放り投げ、鈴女に覆いかぶさる。
この今までにない苛立ちを鈴女にぶつけ、乱暴に彼女を抱いて憂さ晴らしをする事にした。
ランスの中にあるぶっ殺したい奴リストの上位に祐輔が名を刻んだ日だった。



ステータスが更新されました。

森本裕輔(呪い付き) 職種:無 Lv.7/15

攻 1
防 1
知 7(5→7)
速 1*
探 1
交 7(6→7)
建 1
コ 3 (2→3)

技能:神速の逃げ足

命に関わる危険を察知した場合にのみ発動。
発動した場合に限り【速】が9に上昇する。
しかし意図的に発動は出来ず、また命の危険性がなくなった時点で効果はなくなる。

技能:現代知識

現代において大学生程度の学力と知識を持っている。
あくまで一般的なレベルだが、それでもこの時代からすれば高水準。

技能:動物使役

呪い付きになった事により、雀を操れる。
効果範囲は半径2km、最大操作数は50羽。
呪いが侵攻して強まる事により、操作数と効果範囲は増加する。

技能:動物使役2

使役する動物と契約する事により、意志疎通が可能。




[4285] 最終話
Name: さくら◆206c40be ID:a000fec5
Date: 2009/12/29 13:34
織田との会談後、祐輔は逃げるように浅井朝倉へと帰還を果たした。
太郎と再会したい思いもあったものの、それより先に使者としての仕事を終わらさねばならない。
祐輔にとって自分が死ぬ、もしくは重傷を負って身動きがとれなくなる事だけは避けねばならなかったから。

祐輔はランスという男が嫌いではない。
ゲームをプレイしていた時は型破りな彼の行動に爽快感さえ感じていた。
しかしながら女が絡んだ時は彼という男ほど信じられない奴はいないとも感じている。

戦国ランスではかなり丸くはなっていた。
狙っていた乱丸も勝家を本気でどんな手段を使ってでも結婚しようとする様を見て、諦めていた。
また蘭ルートでもにゃんにゃんはしたものの、最終的に諦めてJAPANを去っている。
だがそれでも安心できないのがランスがランスたる所以と言えよう。

「……以上が会談での織田からの回答です」

「森本、いや森本殿。よくぞやってくれた。これで講和への道を取ることが出来る」

しかしながら、祐輔はちゃんと役目を果たした。
今祐輔は浅井朝倉の天守閣で義景とサシで話し合い、会談での織田からの答弁を報告している。
義景としても雪姫の身の安全を保証してくれる報告した時点で全身から力が抜けるのか祐輔から見てとれた。

「信長殿は病に伏せておられたので会えませんでしたが、妹君である香姫はまともな方でした。
やはり此度の戦の発端はランスという異人でした。
こうやって講和は結べましたが、努々気を抜けないと言わざるを得ません」

「ふむ…そんなにか?」

「そんなに、です。雪姫様の周囲に常備護衛の兵をおくことをおすすめします」

祐輔の進言にわかったと義景は頷く。
だが義景の表情は柔らかく、深い皺が刻まれている顔は安堵に包まれていた。

「それはともかく大義だった。森本殿には今後も鉄砲隊の指揮を取ってもらおうと考えている。
だが、それだけでは足りまい。何か望みはあるか? 叶えられる範囲であればとらせよう」

義景は祐輔に全幅の信頼を寄せていた。
かつて他国のスパイである事も疑っていたが、それも霧散した。
スパイであるならば滅びかけた国を救うはずがない。祐輔は鉄砲という切り札まで用意して浅井朝倉を救ったのだから。

更に祐輔は優れた算学者でもある。
智に優れ、行動力もある。戦争で多大な人材的損失を抱えた浅井朝倉からすれば、逃すことの出来ない人材。
祐輔を非常に有用な人材だと義景は高く買っていた。

「いえ、ですが俺は………」

そんな破格とも言える待遇に祐輔は戸惑う。
何かを言おうとして口をつぐみ、また何かを言おうとして口を開く。
それを何度かした後、何かを決意したかのように義景へと断りの言葉を返す。

「ありがたいですが、俺は…」

「部隊を預けるだけでは足りなかったか? それなら公家に掛け合い、位を与えても」

「いえ、そういうわけではないのです」

何か不満があるのかと義景が正式な地位も与えると譲歩するが、祐輔は違うと首を振る。
祐輔だって無欲な人間ではないのだから、地位や名誉、お金だってもちろん欲しい。
しかし事情を話さずにそれらを得たとしても、呪い憑きである事を隠したままでは砂上の楼閣に過ぎない。

「――――――ッ!」

まずは事情を説明してからでないと話にならない。
そしてまるで示し合わせたかのように腕に走る怖気に、丁度いいと祐輔は左腕の包帯を解き放った。

「ぐ、ぅ! これが―――これが、その理由です」

祐輔の左腕の筋肉がビキビキ収縮し、まるで生き物のように蠢く。
今まで変化のなかった耳が僅かにとがり始め、黒い左目が真紅に明滅する。
祐輔は目を見開き唇を噛んで体中を這いずり回る不快感に耐えていた。

祐輔の左腕から身体を蝕む呪いは徐々に侵食している。
そして侵食する際には発作とも言える鳴動が起こり、祐輔には堪えて耐えるしかない。
この発作は不規則に起こり、祐輔の頭を悩ます原因となっていた。

「これは、呪い憑き、か…? なんということだ…」

義景の目に祐輔の変化は呪い憑きによる侵食のように思えた。
呪い憑きによって呪われた人間は身体の一部に変調を来し、最終的には二種類にわかれる。
死に至る物、そして――――妖怪へと変貌を遂げる物。

義景の目には祐輔が人間とは違う異質な物へと変貌するかのように見えた。
発作が収まったのか変化しかけていた耳と目はいつも通りの祐輔に戻り、腕の変調も収まる。
だが祐輔の左腕におおわれた獣の毛は元に戻る気配が見えなかった。

「はぁっ、はっ、はぁっ……くそっ、また少し侵食してる」

祐輔は自分の左腕を見て舌打ちをする。
かつて肘ぐらいまでしかなかった獣の体毛が1cmほど侵食している。
呪いが侵攻している証拠だ。

「俺は見ての通り呪い憑きです。
地位も褒美もいりません。そして俺がここに居る事が難しい事もわかっています。
客観的に見て、俺の功績はこれをして上回りますか?」

祐輔は浅井朝倉に帰る道程で決意を決めていた。
度々起こる発作はいつ起こるのか予期出来ず、隠し通すのは難しい。
ならば打ち明けてしまうしかないと。打ち明けて尚浅井朝倉にいていいと言ってくれるなら、ここに留まろうと。

祐輔の左腕は発禁堕山と同じく、見るものに忌避感を抱かせるものだ。
人間は自分と同じ作りをしているのに、明らかに自分たちとは違う物を排除しようとする。
人間にとって自分たちと違うという事はそれだけで悪なのだ。

そしてここJAPANで呪い憑きは蛇蝎の如く嫌われる。
呪い憑きは例外なく死国という場所に送還され――要するに島流しされるのだ。
よく分からないものは纏めて隔離してしまう。死国とは収監所なのだ。

そして祐輔に呪いを解くという選択肢ははじめから存在していなかった。
まず妖怪の場所もわからないし、狒々を倒すのもかなりの苦労がかかる。
今の浅井朝倉にそんな兵力を出す余力はあるはずがないのだ。

そして仮に呪いが解けたとしても、祐輔は左腕を失っている。
戦で身体の一部を失い、農業が出来ない者もまた死国に送られるのだ。
この時代に仕事も出来ず、何も生産する事が出来ない者は口減らしのために死国へと送られる。
何故なら自分ひとり生きるのに精一杯な世の中なのだから。

有力な武家や裕福な家庭で生まれたものくらいだろう、死国行きを免れるのは。
それでも外面はすこぶる悪いし、めったにないケースとして数えられるくらいにしか存在しない。
戦えない武士など惨めなもの。そう考え自ら命を絶つものすらいる。

「…………」

義景は無言で祐輔を見つめ返していた。
彼は呪い憑きを見るのは何も初めてではない。彼自身他のJAPAN人ほど忌避感もない。
だが彼は統治者であるため、呪い憑きを家臣として置く事の危険はよく理解していた。

まず浅井朝倉の他の家臣が納得しないだろうし、領民も納得すまい。
いくら功績があるとはいえ、呪い憑き…しかもここ最近浅井朝倉に加わった祐輔を取り立てるなど。
これが由緒正しく続く武家の家柄であるならば、まだ道はあったかもしれない。

いや、それも不可能だ。言葉にはせずに義景は否定する。
常時ならともかく、今の浅井朝倉は国としてぎりぎりの瀬戸際に立っている。
そんなところに呪い憑きという火種を招き入れるわけにはいかない。

呪い憑きの家臣がいるという事はそれだけで戦争の引き金になる。
呪い憑きが国主を不可思議な妖術で操っている。呪い憑きが領内で悪逆非道を成し、国はそれを見逃し家臣として加えている。
言いがかりにも等しいが、大義名分がどれだけでも作れるのだ。

今の浅井朝倉に戦争をする余裕は微塵もない。
震災の復興には少なくとも三ヶ月はかかる。
三ヶ月というのも国が最低限の機能を果たすまでの時間であり、とてもではないが他国と事を構えるわけにはいかないのだ。

「すみません、無茶を言いました」

祐輔は義景の沈黙は否と取り、下げていた頭を上げ立ち上がる。
義景も祐輔の言葉を否定する気はないのか、黙ったままだ。

「それでは俺はこれで。すぐに浅井朝倉をたちます。
鉄砲隊は浅井朝倉の守りとなるでしょう。種子島家にお礼と、どうかご贔屓にしてやって下さい」

満身創痍の浅井朝倉でも、鉄砲を備えた城壁は十分に威嚇になる。
祐輔はそれだけ義景にアドバイスすると、踵を返そうとするも義景に呼び止められた。

「国主として、君がこの国にとどまる事を許可できない。
だが一人の人間として礼を言わせて欲しい。そしてすまない。恨むなら、私を恨んでくれ」

施政者とは己を殺さなければいけない。
大を生かすために小を殺す事を平然と出来なければいけない。
雪姫を助けるために戦争を始めた義景は虫の言いことを言っているとは自覚しているが、それでもこの選択を取らざるを得なかった。

此度の戦争において雪姫可愛さだけでなく、大局を見据えてのものでもある。
他国の言いなりになり要求を受け入れていれば、それは織田の属国になるも同義。
しかしながら、彼の心の中に雪姫を渡したくないという思いがあったのも事実なのだから。

「や、頭を上げてくださいよ! 義景様は簡単に頭を下げちゃダメですって!
それに俺はこの国に命を救ってもらいました。感謝こそすれ、恨むなんてありえませんよ」

立ち上がり、祐輔と同じ高さの場所まで降りて義景は平伏する。
そんな義景にワタワタと手をふり、祐輔は慌てて頭を上げるよう願い出た。

「せめて十分な路銀くらいは渡させてくれ」

「いえいえ、今浅井朝倉が大変な状況だというのは理解できてます。
俺にそんな金を使うなら、復興に当ててください。金があって困るという事はないでしょうし」

「しかし、それではあまりにも」

「本当に気にしないでください…あ、でもどうしてもというなら」

何もなしで放り出すわけにはいかないと義景を祐輔の申し出を断り続ける。
義景とて武家の当主なのだ。恩人にこんな仕打ちをして何もなしというわけにはいかない。
だが祐輔としても貰い難いので、あることを伝えてもらうように頼んだ。

「雪姫様に伝えてくれますか。どうかお幸せに。この一言を」

未練たらたらだなと祐輔は自分で自分に呆れる。
だがもう彼女を縛る物は、少なくとも原作にあったフラグは全てたたき折った。
どうか好きだった人に幸せになってもらいたいと思う祐輔だった。

「森本殿、まさか、雪の事を…」

「ハハハ、それこそまさかですよ。それでは」

何人もの子供がいる義景は当然、それと同じくらいの側室がいるプレイボーイだった。
だからわかる。祐輔の言葉が本心から言っている事と、胸に秘めた思いも。
そして納得がいった。何故祐輔がここまで自己を投げ出し、浅井朝倉に尽くしてくれたかを。

義景に部屋をでようとする祐輔を止める言葉はなかった。
止める言葉を吐く資格もない。自分は彼を、娘を救ってくれた恩人を国から追い出そうとしている恥知らずなのだから。
それでも義景は祐輔が部屋を退出するまで、平伏し頭を下げる事を止められなかった。
ただの自己満足だとわかってはいたが、それでも。

その日、祐輔は最低限の荷物を纏めて誰とも会わずに浅井朝倉を出立した。
雪姫と会って誤解を晴らしたい思いもあるが、会ってしまえば決心が鈍るだろう。一郎はまだ毒の影響で目覚めない。
事情を知らない世話になった人々に別れの挨拶をしようとしても、事情を話せないので非難されるであろう事は目に見えている。

出来る事なら離れたくない。当然だ。
今だって雪姫の事が愛しているし、出来る事なら誤解を晴らして駄目元で告白したい。
しかし自分という存在が彼等の安全を脅かすのだ。

祐輔は思う。
悲惨な目に遭うしかなかった雪姫を救い、死の運命にあった太郎を救った。姉弟での再会も果たせた。
ただの原作になかった異分子である自分がここまで出来れば上等じゃないか。

「今までありがとうございました」

深夜、誰もいなくなった城門前でぺこりと頭を下げる男がいたという。
だがその男を見たものは誰もいない。
その男はたっぷり五分ほど頭を下げていたが、城に背をむけ歩き出した。








■ Epilogue







――――――種子島・錬鉄場

戦争が終結し、浅井朝倉に滞在していた技師たちの後詰め組は国へと帰還していた。
彼等数名はその後の鉄砲の整備のため浅井朝倉に残るが、それでも数人。
数十人の後詰めの技師たちが自国で英気を養っていた。

危なくなったら逃げられるとはいえ、それでも精神的に良くない。
国主である重彦に報告を終えた一人の技師もほっと一息つき、趣味である工芸品でも作ろうかと錬鉄場に来たのである。

「……正樹…」

「おや、柚美殿。お久しぶりです」

「………ひさし…ぶり……」

そんな彼に声をかけたのは柚美だった。

「………戦争…どう…なった……?」

種子島家でもっとも気を揉んでいたのは彼女である。
そしてそんな彼女が知りたい情報を持っているのが彼。
おそるおそるといった様子で訊ねる柚美に彼は心配ないと笑いかけた。

「講和です。浅井朝倉と織田が仲直りしました」

「……そう…浅井朝倉の……被害……わかる…?」

「それほど被害はありません。少なくても、祐輔殿は無事でしたよ」

「…そっか」

彼は信じられない物を見たと驚く。
柚美が、微笑んだのだ。儚い薄い微笑だったが、確かに微笑んだ。
彼は柚美のそんな顔を一度も見たことがなかった。

「次の……浅井朝倉への………売り込み、私も……行く」

それだけ言うと、柚美は連鉄場を後にする。
その足取りは軽く、傍から見ていても気分が高揚しているのが見て取れる。

売り込みとは火薬や鉄砲の弾を他国に売りに行くのである。
鉄砲の弾は消耗品。鉄砲の弾や整備する技術は種子島にしかないので、売った後も定期的に販売するのだ。
その時に最新式の鉄砲を売ったりしたりもする。

柚美は次に浅井朝倉に売り込みに行くのを楽しみにしていた。
売り込みに、ひいては祐輔に会えるのを楽しみに。

「…祐輔殿、死ねばいいのに」

男には彼女がいなかった。



――――――浅井朝倉・炊き出し場

震災から復興するため、忙しなく人が動いていた。
戦争が終結した事により兵士だった男手が戻ってきて、各所の村々でも家の建て直しが始まっている。
城下町に溢れていた人々は自分の村へと帰り、それぞれの復興のため働いていた。

しかし村の復興は一朝一夕で出来るものではない。
そのため力仕事ができて体力のある者は村へと帰るが、子供や老人は依然として城下町に残っている。
雪姫はそんな人々に炊き出しを配るため、そこかしこを走り回っていた。

彼女は戦時中に自分が役に立てない事を悔やんでいた。
そのため今自分に出来る仕事を貪欲に求め、侍女がするような仕事も喜んで引き受ける。
そうしないと自分の中に迷いが生まれてしまうから。

【雪。私は織田と講和を結ぶ事を決めたよ】

あの義景に呼び出された日、彼から告げられた事がある。
浅井朝倉は織田と講和を結び、この戦争を終結させる事を考えていると。
しかしこのまま講和を結べば浅井朝倉は織田の属国となるのではと雪姫は反対した。

【いや、それはどうにかなる。
鉄砲隊によって織田との戦いを五分の状況にまで盛り返した】

鉄砲隊とは何だと雪姫は義景に訊ねた。
雪姫は戦争に関する事を今まで聞かされていなかったのだ。
兄や父に聞いても【雪は心配しないでいい】との一点張り。不利であるという事だけは漠然と理解していたが。

【森本という一郎の部下が種子島家より手に入れた武器だ。
これによって織田に勝利し、あまつさえ領内から追い出せたのだ】

そんなに凄いのか? 雪は率直に訊ねる。

【この戦、森本という者が一番の功労者かもしれない。
この戦が終われば取り立てようとも思っている。それだけの功績だ。
……雪…? 雪、どうしたというのだ、待ちなさい】

雪姫が義景の話しをまともに聞いていたのはそこまでだった。
それ以降はいくら義景が話しかけても終始頭に入っていない様子で生返事を返すばかり。
雪姫にとって義景との会話はそこで途切れている。

雪姫にとって、祐輔とは売国奴。裏切り者なのだ。
雪姫が身を呈して国を救おうとしたというのに、それを邪魔した。
もし国が滅びればどんな手段を取っても国を滅ぼした者、そして祐輔に報復しようと考えていた。

しかし、父である義景はそんな祐輔が救国の士だという―――

〈ふるふるっ〉

雪姫は立ち止まってしまっている自分に気づき、悩みを振り払うように頭を振る。
手に持っていた粥が少し冷めてしまっている。そうだ自分には仕事がある。
雪姫は考える暇がないように仕事を求めた。

考えれば、気付いてしまうから。
ひょっとして自分はとんでもない間違いをしていたのでないのかと。

「御免。粥を少し頂けるか?」

「すみません…これは子どもたちの分なのです。
もう少しここで待っていて頂けますか? お待ち出来ない様であれば、あちらのほうに…」

「話をするときは顔を見ろと教わらなかったか?」

困ったと雪姫はわざと伏せていた顔を上げる。
聞こえてきた声は野太い男のもの。子供や老人を優先的に配っているため、男には回らないかもしれない。
そんな事を思いながら顔を上げたのだが―――

「あ、あなたはっっ!」

「久しいな、愚姫よ」

その男の風貌に雪姫は見覚えがあった。
筋骨隆々とした肉体、修験者が着る質素な服装、真っ赤な天狗の面。
かつて浅井朝倉を救うように助けを乞い、断られた男――発禁堕山がいた。

「もう戦は終わりました。今更貴方が出る幕はありません」

「ふんっ、こんな国。助けを乞われようと二度と力は貸さぬわ」

ぴしゃりと言い放つ雪姫に、侮蔑の視線を向ける発禁堕山。
彼にとっても彼女にとっても、互いを不倶戴天の敵と嫌っている。
だというのに発禁堕山がわざわざ浅井朝倉の城下町まで来たのはあるわけがあった。

「用が無いならお帰りください」

「言われなくとも。だが一つだけ答えろ。
―――――祐輔は。森本祐輔は今どこにいる」

発禁堕山にとって、浅井朝倉に来る理由なんて一つしかない。
彼にとってただ一人の友人であり、呪い憑き。同族なのだ。

「……知りませぬ。ただ城を去ったと風の噂で聞きました」

「なんだと?」

「だから、知りませぬ」

そう、雪姫の心に迷いを生じさせている人間は既に浅井朝倉にいない。
是非を問うにも、確認のしようがない。雪姫はさっと無意識の内に顔を伏せた。
祐輔が浅井朝倉を去ってから一週間が過ぎようとしている。

「そう、か…あの馬鹿者め。こんな屑と国を守るために道化となったか。なんと哀れな」

姿を消したという事は自分のアドバイスに従い、死国に向かったのだろう。
話で聞くほどまでに目立ってしまえば発禁堕山のように呪い憑きを隠し、人知れず過ごす事など不可能。
周囲に知られてしまった呪い憑きが行き着く場所は死国という離れ小島にしかないのだから。

「お黙りなさい。かの者は何も言わず、これからという時にいなくなったのです。
これから復興のために重要な時に……きっと逃げ出したのでしょう。沈みそうな船から逃げ出す鼠のように」

ここで初めて、発禁堕山は正面から雪姫を見据えた。
この女は何を言っている? まさか、まさかひょっとして―――

「―――知らぬのか? 何も」

「何をですか。森本というものの全てでしょう、それが」

「…くく、くっっっくくはははは!!!」

「何を笑っているのです! 無礼な!」

呆れを通り越して発禁堕山はただ笑うしかできなかった。
あれほどまでに身を粉にして、祐輔が救った女が何も知らない。
三流の語り手が書いた物語にも劣る悲劇。いや、喜劇だ。

「己の父に訊ねてみろ、愚姫。祐輔が何故何も語らずこの城を去ったか。
奴が呪い憑きであるという事を知っていると伝えてな。
そして己の罪を知れ。贖いの方法すらなく、もがき苦しみながら死ね」

「待ちなさい! 呪い憑き!? 何を言っているのです!」

この男は自分の苦悩を晴らす真実を知っている。
雪姫は走り去ろうとする発禁堕山を追おうとするも、鍛え抜かれた発禁堕山に追いつくはずがない。
あっという間に姿を見失ってしまい、雪姫は荒い息を肩で吐きながら彼の言葉を反芻した。

(呪い憑き…? あの者が? いえ、そんな事はありえないはず。
だって浅井朝倉にいた頃は普通の人間だったわ。じゃあどうして…ひょっとして、自分から? 何故? どうして?)

普通の人間だった祐輔が呪い憑きである発禁堕山に会いに行き、呪い憑きとなって帰還した。
あまりに出来すぎている。ならば祐輔は自分の意思で呪い憑きとなったと考えるのが自然。
しかし自分から呪い憑きになろうと思う人間がいるはずがない。呪い憑きとは人間ではなく、呪い憑きという【種族】として扱われるのだから。

【帰り下さい。
それに雪姫様も発禁堕山様のお言葉をお聞きに成られたでしょう。
貴女様が今更もどった所で発禁堕山様が応じられるとは思いません】

「―――――――ぁ」

祐輔の言葉が雪姫の脳裏によみがえる。
彼は、彼は―――――――――

「い、イヤ…」

【落とし前は俺が…自分がつけますので。ですから雪姫様はどうか、お許しを】

自分を、助けに来たのではないのか?

雪姫は気付いてしまった。意図的に避けてきた答えを気付かされてしまった。
雪姫も馬鹿ではない。その答えも浮かんではいたが、それを認めてしまえば自分が自分でなくなってしまう。
自分を救ってくれた恩人に罵声を浴びせ、あまつさえ頬を殴るという所業は浅井朝倉の姫のする事ではない。

「ぁ、ぁあ、あああああ……」

だが、気付かされてしまった。発禁堕山によって。
声と身体がブルブルと震え、土気色に染まった表情で瞳の焦点を失う雪姫。

「父上、父上……」

ふらふらと今にも倒れてしまいそうな足取りで雪姫は城へと向かう。
そんな雪姫を見かけた兵士が大丈夫かと声をかけるも、そんな声は雪姫の耳に聞こえない。
彼女は自分の考えを否定して欲しい一心で父・義景の元へと向かう。

義景はまさに織田へと講和の条約を結びにでかけるところだった。
しかし雪姫の祐輔の事について聞きたいという申し出に出立の時間を遅らせた。彼女に自分の知る全てを話すために。
それが自分のすべき事だと彼は理解していたから。

だが彼女はそこで残酷な事実を知る。
父である義景から伝えられたのは否定するどころか、彼女の考えを肯定する事実ばかり。
祐輔がただ無骨に、愚直なまでに自分を守ろうとして呪い憑きとなり、人間としての人生を棒にふった。

雪姫は自分がしてしまった取り返しのつかない事実に、意識を失い倒れ込んだ。
謝ろうにも、無知な罪を乞おうにも、祐輔はもう浅井朝倉にいないのだから。

【そして己の罪を知れ。贖いの方法すらなく、もがき苦しみながら死ね】

雪姫が気を失う寸前、耳に響いたのは発禁堕山の言葉だった。



――――――織田・天守閣

「それでは額はこのまま、災害に対する見舞金というわけで」

「うむ!」
「織田としても」
「この条件なら」

「「「なんら問題ないですぞ」」」

織田と浅井朝倉、両者のトップ会見が尾張の城で行われていた。
浅井朝倉からは朝倉義景、織田からは3Gが机を前に向い合っている。
その机の上には調印書…今回の講和に関する条約が記載されているものが置かれている。

内容を確認し、舌戦を繰り広げ、双方合意に至った両者が家印が刻まれているハンコを調印書にしっかりと押し付ける。
ここに到るまでに静かな戦いがあったのだが、合意することを前提に行われた話し合いなので酷いものにはならなかった。
ひとえに義景と3Gの人柄と卓越した政治力から、両者共に譲歩するところがわかっていたのだろう。

本来なら3Gではなく信長かランスがすべきポジションである。
しかしランスにこんな交渉が出来ると思えないし、本人も面倒くさいの一言で切り捨てた。
信長も体調が優れないということで、3Gが代役としてトップ会談に望んだわけである。

「これから織田とは有効な関係を築きたいものです。
復興のための人員を派遣してくれるとの事、真にありがたい」

「義景殿」
「この戦で沢山の血が流れましたが」
「こうして手を取り合い」

「「「互いに繁栄できるよう、頑張りましょう」」」

「本当にそのとおりですな」

3Gと義景が笑顔で手をしっかりと握り合い、これからの事を話しあう。
これから織田と浅井朝倉は争う事はない。それを信じさせるだけの光景が広がっていた。



―――――――織田・城門前

義景と3Gが会談していた頃、城門前で一人の女が険しい目つきで捕虜交換を睨んでいた。
身体はそわそわと落ち着きなく動き、貧乏ゆすりすらしている。
そんな常の彼女らしからぬ様子を織田の兵士は仕方ないと諦め、浅井朝倉の兵は恐怖を覚えながら眺めていた。

「おお、お乱! 元気にしていたか!」

ぴくりと女が反応する。
大きな声をあげた男は捕虜交換の列の最後尾で大きく手を降っている。
その男は浅井朝倉に捕らえられた者の中で最も地位の高い者だったので、最後尾に回されたのだ。

女は男の姿を確認するや否や、男に向かって猛然と駆け出す。
そのあまりの形相に男の手を縛る縄を持った浅井朝倉の兵士が悲鳴をあげながら逃げた。
それでいいのかと問い詰めたいが、それほどまでに女から迸る威圧が凄まじかったのだ。

「お乱、どうブホォ!?」

女は駆けつけ一発、渾身の力でがつんと顔を殴りつける。
惚れ惚れするような右ストレート。巨漢な男も堪らないとばかりに地面に倒れこむ。
あれは普通だったら骨が折れている、と後に捕虜交換の場にいた兵士は語った。

「勝家、この馬鹿…!」

「お、おおおお、おおおおお???」

倒れ込んだ男――勝家――に覆いかぶさるように女――乱丸――が飛びつく。
そして勝家の大きな胸に顔を埋めて声をあげ、静かに乱丸は涙を流し続けた。
乱丸の涙なんて生まれてこの方見たことが無い勝家は目を白黒させるばかりである。

「ど、どうしたというのだお乱!? いきなり泣かれても意味がわからん!」

「大変だった…大変だったのだからな…!」

お前が全部悪い。だから黙って胸を貸せ。
勝家からすれば理解不能だったが、戦友に何かがあったのだと鈍感ながらも察する。
地面に倒れ込んだまま乱丸が泣き止むまで、青い空をずっと眺めていた。

この鈍感な男は知らないのだ。乱丸が勝家を助けるため、どれだけ頑張ったのか。
乱丸は勝家を助けるためにランスに要求された事を犬に噛まれたと思い忘れようと、自分に言い聞かせていた。



――――――織田家臣屋敷

「――ハァッ!」

太郎の一喝と共に引き絞られた弓から矢が放たれ、スパパパと的に突き刺さる。
連続で五本放たれたうち三本が的の中心を射抜き、二本が横に逸れる。
太郎は弓を放った後も気を緩める事なく、背後に迫った木刀を避けようとするが…

「あいたっ!?」

「読みが甘い。それと、まだ放ってから周囲に気を配る速さが遅い」

腰のあたりに迫った木刀を避けきれず、ボクというそれなりに痛そうな音が弓道場に響いた。

太郎と五十六の仲は言うまでもなく良好。
今太郎は五十六の部隊に加えられるように特訓中であり、五十六から手ほどきを受けていた。
当初五十六は太郎が戦場に出ることをよしとしていなかったが、当主となるべき者が戦場にでないで復興できるはずもない。
そんな太郎の説得によって五十六は折れ、ならばと実践に耐えられるまでの実力を磨こうというわけである。

弓兵は射程の長さから安全であるとはいえ、一度懐に入られれば脆い。
また極度の集中力を必要とされるため、奇襲や背後からの攻撃にとても弱い。
そのため太郎は短い時間で可能な限りの本数を目標に当てる訓練と、周囲からの攻撃を避ける訓練をしているのだ。

「あいたたた…姉上、もう一度お願いします」

「…少し、修練しすぎではないか? 休憩をいれたほうが言いと思うが」

「いえ、僕の事なら大丈夫です」

キリッとした太郎の表情に何も言うまいと五十六は訓練を再会する。
以前より精悍になった弟の姿を頼もしく思いつつ、どことなく姉離してしまった弟に寂しさも感じていたり。
こんな事で一喜一憂できる己の幸福を五十六は噛み締めていた。

「…ああ、そういえば浅井朝倉からの講和の使団が来ていたのだな」

「はいっ! ですから、訓練を早く切りあげるためにもお願いします、姉上!」

「私も挨拶に行こう。祐輔殿が来ていればいいのだが」

いつもより張り切っている太郎を見て、五十六は自然と顔が綻んだ。
太郎は浅井朝倉で分かれて以来再会できるであろう祐輔の事を思い、今日も訓練に精を出す。
彼が織田の弓部隊に名を連ねるようになるまで、あと少し。



――――――――織田・ランス屋敷

「ふんふんふーん」

ランスはご機嫌で鼻歌を歌い、これから行く場所について思いを馳せていた。

彼はここ最近のイライラを発散する行き先をずっと探していた。
お目当ての雪姫は手に入らないし、ずっと目にかけていた五十六も弟が見つかって以来そっけない。
弟である太郎が見つかったため、自分は有力な武家か公家の所に嫁ぐというのだ。

ならば俺様のところにとランスはいうが、五十六はJAPAN人でないといけないと固辞。
まだ五十六も若いし、太郎も見つかったので気楽に探すという話しだ。
しかも五十六は既に嫁ぐかもしれない人が見つかっており、ランスと契る事はないと言い切った。

ランスのここ最近の趣味は和姦なのだ。
無理やりもそれはそれで趣があるが、五十六も立派な織田家の家臣。
強行すれば織田全体の評価は下がるだろう。今ランスの織田家における評価は低いと言わざるをえない状況で、それは避けたかった。

まだ弟を自分が見つければ言いようもあるが、なんと弟は自力で脱出したらしい。
これで恩着せてヤルという方法もなくなったのである。

乱丸とニャンニャンはしたので幾分かはプラスになったものの、マイナスがでかい。
そこでランスの耳に入ったのが巫女機関の噂である。なんと無料で出来る風俗のようなものらしい。
これは行かなくてはならないだろうとランスは心を踊らせた。

ランスの興味は巫女機関に移る。
五十六にしても、雪姫にしても後でヤレるチャンスが出てくるかもしれない。
そのため一刻脳内の奥に二人の女の事を押し込み、次の女へと手をかける。

ランスという男は前だけを見る男だ。
やりたい事をやり、したい事をする。それで問題が起これば、その時に解決する。
古い体制をぶっ壊し、新な道へと導くのは、あるいはこういう男なのかもしれない。



―――――織田信長私室

誰もいない暗い部屋の中、信長は布団から上半身だけ起こして目の前で起こる儀式を見ていた。

「うきっ!」

信長のペットである猿の藤吉郎が小さな体で瓢箪を持ちあげる。
そして勢い良く畳の上に瓢箪を叩きつけ、衝撃を与えられた瓢箪が砕け散った。

〈すうっ……〉

砕け散った瓢箪から漏れ出した黒い瘴気。
それが実体を持つかのように纏まり、信長の口から吸い込まれた。
信長は黒い瘴気を愛しむように口から吸収し、閉じていたギラツク目を開く。

「クククッ、これで三つ目…大分戻ってきたな」

この儀式は初めてではない。
ランスが誤って織田家に保管されていた瓢箪を割ってから、今回で数えて二回。
滅ぼした足利家と藤吉郎が明石家から盗んできたものである。

「でかしたぞ猿…完全復活までは遠いが、完全に意識を掌握するまでは合わせて五個割れれば十分」

今までは信長の意識のほうが強く、僅かな時間しか操る事が出来なかった。
そのためランスを諌めた時は信長だったのだが、3つめの瓢箪によって完全に両者のバランスが逆転する。

「もうすぐだ。もうすぐで再びJAPANに君臨することが出来る」

織田信長は信長でありながら、信長ではない何かに変質してしまっていた。
彼の意識は奥底に封じ込められ、信長を蝕むものが彼の意識を牛耳っている。
ソレは愉悦に歪んだ邪悪な笑みを浮かべる顔を両手で覆い、噛み殺すかのように笑った。

「クク、クハッ、クククハハハッハハハハハハッハハ!!!!!!!!」

「ウキッ!」

復活の時は近い。



――――――浅井朝倉・祐輔自室

かつて祐輔に割り振られた部屋に一人、朝倉一郎は佇んでいた。

「………はぁ」

毒から回復して彼が目覚めた時、既に全ては終わっていた。
講和は無事に結ばれ、浅井朝倉での震災復興も進んでいる。

「僕はいったい何をしていたんだろうね、祐輔君。
もっとも大事な時に眠っていて、目が覚めたら全てが後の祭りか。
自分で自分が情けなくて、死にたくなってしまうよ」

彼を残して、兄弟の殆は織田との戦で命を落としてしまっていた。
残っているのは六郎、そして七郎くらいなもの。
そのため次期国主として大忙しである彼だが、度々この部屋に脚を運んでいた。

「祐輔君……僕は君にどう償えばいい……ッ!!」

彼の中に占めるのは後悔の念だけ。
何故祐輔と義景の話し合いの場にいなかったのか、何故祐輔の苦悩に気付いてやれなかったのか、何故呪い憑きであると。
いや、違う。気付く要素はあったのだ。しかし目を逸らし、現実を見据えなかった。

「くそっ、くそっ、くそっ!!!!」

普段の彼と違い、八つ当たりと知りつつも壁を殴る手が止まらない。
祐輔にこんな仕打ちがあっていいはすがないのだ。

鉄砲隊を率いてピンチを救い、戦で勝利するきっかけになり、講和を結ぶ足がかりとなった。
これほどまでに浅井朝倉に貢献し、危機を救ってくれた祐輔を国外に追い出していいはずがない。
呪い憑きであるという事さえ、もしかしたら―――――

「もしかしたらだって…? そんなこと」

――――――戦いで力を得るために自分から呪われた。

「もしかしたらじゃない、そうに決まっているだろうが!!!」

祐輔は浅井朝倉に来る前は両手も無事だった。
彼が左腕を隠すようになったのは戦の直前、種子島家から帰ってからの事。
この辺で妖怪、しかも呪いをかけられるほどに強力な妖怪は一度も出たことがない。

つまり祐輔は浅井朝倉を救うために自ら呪い憑きとなったのだ。

「僕は…僕は。いったい君にどう償えばいいというんだ」

今すぐにでも祐輔を捜索し、連れ戻したい。
頭の固い父に直談判し、祐輔の身柄を保証させたい。
だが、彼は国主ではなかった。国主である義景の権力と命令は絶対。

「いつか、いつかきっと」

いつかではない。
これから一年以内に自分が浅井朝倉の国主となる。
そして祐輔を迎え入れ、それに誰も反対出来ないくらいに偉くなる。

「祐輔君、僕は浅井朝倉の国主になる。
どうかそれまで…どうか、待っていてくれ」

差し迫っては震災の復興だ。
これで自分の手腕を見せつけ、後を継ぐのは自分だと周囲に思い知らさせる。
そして祐輔を捜索して見つけ、今までの扱いを心の底から許して貰えるまで謝り、気の済むまで殴ってもらう。
そして震災から復興した浅井朝倉の家臣として加わってもらうのだ。

「祐輔君……君は今、いったいどこにいるんだい?」



―――――――原家郊外の茶屋

一人の男がいた。
その男は左腕に包帯を巻き、呑気に茶屋で茶をしばき、団子に舌鼓を打っていた。
鼻歌を歌いながら簡略化された地図を眺める。

「さってと、どうしようかな…。
差し当たっては西に行くか、東に行くかだけど」

長距離用の足袋を履き、ぶらんぶらんと脚を交差させている。
侍らしい格好をしているものの、腰に下げているのは脇差のみという珍妙な格好。
普通の刀だと彼の筋力では扱いきれないので、脇差のみの装備なのである。

「北条なら呪い憑きに関して何かわかるかもだけれど、あそこは年中戦争やってるしな。
武田とかマジ勘弁。西日本もなぁ…死国かな、やっぱり」

ぱくり、ぱくりと団子を頬張る。
満足そうにもぐもぐと咀嚼し、一気に喉に押し込んだ。

「そうだな…ダメもとで天志教経由で行ってみるか。
ありがたい坊さん共が何か知っているかもしれない。
それにランスが帰り次第織田にいけば3Gに教えてもらえるだろうから、それまでの辛抱だ」

おばちゃんお勘定―、と茶屋の女主人を呼びつける。
2GOLDだというおばちゃんに財布から硬貨二枚を手渡し、男は荷物を背中に背負った。

「お客さんこの辺の人ではないですよね?」

「ええ、これから少し流浪の旅にでようと思いまして」

「へぇ、旅に。このご時世に危ないと思いますがお気をつけて。
どこか目的地としている場所はあるんですか?」

「はははは…それが、何も。とりあえず西に行ってみます」

おばちゃんに礼を言い、その男は茶屋から立ち去る。
おばちゃんは男が食べた後の団子の皿と湯のみをおぼんに載せ、片付ける。
それにしてもと、おばちゃんは率直な男の感想を口にした。

「両肩と頭の上に雀がいるなんて、変な人」

茶屋を出た男はまっすぐ伸びる街道を西へと進む。

「さてと…それじゃあ、行こうかな」

男からすれば少し狭い田舎道、されど国一番の大街道を一人歩く。
同行者はなく、ただ男の肩と頭の上にいる雀が寄り添うようにとまっている。
季節は夏。これからJAPANは暑くなりそうだ。



「くくっ、くはっ、アハハハハハハハ!!
いいね、面白かったよ。人間にしては、とてもいい演し物だった。
見ていてここ数百年の中で、中々の劇だった」

それは笑う。
祐輔の行動をナニカを通して見ていた者は心底おかしそうに嘲笑う。

「いい、実にいいよ。
イレギュラーと接触し、最後の悲劇なんて出来すぎているくらいだ」

だが、と。
身の毛もよだつような嬌笑を浮かべつつ、万物の主は謳う。

「まだまだ足りない。もっと見せてくれ。
観客(自分)がいる限り、舞台で踊るピエロ(君)は無様に演じ続けないとね」

終わらせるつもりはない。
自分が飽きるまでは物語を続けろと。
傲慢に、当然であるようにそれはナニカを通して祐輔を観察し続ける。

「さぁ、もっと楽しませてくれ」

カーテンコールは終わらない。
これにて物語の演目の一つは終わり、また新たな幕が上がる。
貪欲な観客がいて、演じ続ける役者がいる限り――――――――――

First episode [Asai Asakura chapter] End.
Go to the Next chapter………………….



















*作者はるろ剣をマジリスペクトしているので、最後の場面が宗次郎氏のラストに酷似しています。
祐輔の旅立ちを考えるとコレしか思い浮かべなかった。

あとがき

第一部、 完!
いやはや、長かったです。
一度の休止を挟みながらもなんとか、ここまでこぎ着けました。
なんとか年内に終わらせたかったので。

最終話と聞いて驚かれたと思いますが、第二部も予定しています。
最後のエピローグもどちらかというと、第二部の予告編みたいな感じになりました。
第二部が始まるまで妄想をふくらませてください。

ちょっと時間がかかるかもです。
それでは一応の区切りをつけて、ありがとうございました!
あいるびーばっく!!



[4285] 第二部 プロローグ
Name: さくら◆206c40be ID:a000fec5
Date: 2010/02/03 16:51
最近俺は夢を見る。
夢とは自覚すれば覚めてしまうものだが、夢としか形容できない世界にいるのだから仕方ない。
その夢は定期的にではなく、連続で見ることもあれば日を置く事もある。
そういえばこういうのって明晰夢というのだったか。

その夢の中において、俺は俺でしかなかった。
夢の中において等身大の俺は何をするでもなく、ぼーっと歩いたり休んでいたり。
俺という存在以外は真っ暗闇で、天井も壁もない。ただ漆黒の闇が広がる空間。

俺は今、ただ一人で暗い空間で佇んでいた。

さて、今日は何をしようか。
どうやらこの夢は何をしていてもしばらくは覚めないのである。
そのためこの夢を見ている間は何がしらかをして時間を潰さないと。

そして俺は今日力の限り走ってみる事にした。
夢の中のくせに俺の走る速さはのろく、しかも疲労を感じるという理不尽さ。
これ俺の夢だよね? 夢の中くらい、超人的な力で都合のいいようにやらせて欲しいものだ。

時折疲労から歩き、また体力が回復したら走り出すという事の繰り返し。
目的も時間制限も何もないので呑気なものだ。俺は目覚めるまでの時間潰しのため走り続けていたのだが。

――――――――見つけてしまった。

どこまでも暗闇が広がるだけの空間のはずの特異点。
俺が今まで夢を見続けてきた中で初めての異常。
それはただ緩慢と、ただそのままにそこに在った。

―――――罪人のように十字架に磔にされ
―――――手足、頭から爪先まで余す所なく何重もの鎖で縛られ
―――――ただかろうじて顔の部分が判明するのみ

「………おれ、か…?」

地面と思われる黒い足元から生える、血を啜ったかのように赤い十字架。
その十字架に鎖で雁字搦めに縛り付けられている男は確かに毎朝見る、俺の顔。
そいつは身体に何一つまとっていなく、裸身で静かに目を伏せていた。

「なんだ、これ…どういう――――」

今まで何も変化がなかった世界に現れた、とびっきりの異常。
そいつに近づこうと歩み寄ろうとしたが、まるで見えない壁に阻まれるように一定の距離から先一歩も進めない。
そして俺がどうやって先に進もうかと苦心していると、変化はあちらから起きた。

ピクリと瞼が痙攣する。
そいつは俺の苦労を他所に悠々と目を開く。

ここで初めて俺との相違点を見つけた。
俺の目は日本人なので、当然のように黒い。真っ黒だ。
だが――――だが、そいつは俺とそっくりの顔でありながら、燃え盛るような真紅の瞳をしていた。

俺が気味悪さにじりじりと後退すると、そいつは限界まで口角を引き上げて歪な笑を形取る。
こいつは俺の夢であって、俺の夢じゃない。今まではこの意味不明な空間も俺の夢に間違いないと心のどこかで思っていた。
だがこれだけははっきり言える。こいつは俺の夢じゃない。こいつは異質なナニカだ。

「お前、誰…いや、ナニだ?」

俺の問いかけに歪な笑をますます深める俺に似た男。
全身に震えが走る。恐怖というレベルでいえば、貞子を見た後でみたテレビに砂嵐が映った時以上だ。
さっさと夢よ醒めろと毒づいていると、そいつは初めて声を発した。

「ヒ~ッヒッヒッヒッヒッヒッヒ!!!」



「って、おいいいぃぃぃぃィィィィィイイイイ!?
お前狒々だろ! 狒々に決まってる! 狒々に違いない!!!」

がばっと起き抜けに祐輔は叫び声を上げ、目覚めた。
汗をびっしょりと掻き、珠のような汗が額に浮かんでいる。
一番安い旅籠で宿を取っているため、きっと隣人は祐輔の叫び声で目覚めたに違いない。

さて、起き抜け全力でツッコミを入れた祐輔だが。
はぁはぁと荒い息を整えようともせず、先程みた自分の夢を克明に思い出していた。

「あぁ、もうやっべえよ……よく考えたら左腕だけ鎖繋がれてなかったよ。あいつ絶対狒々だよ……」

ぶつぶつ欝になりながら先程の夢について考察する祐輔。
そういえば祐輔に呪いをかけた狒々の目も真紅のように赤かった。
それに祐輔の全身に巻かれていた鎖は左腕の部分だけ引き千切られたように壊れていたように思う。

今は動かない左腕。
祐輔の左腕は妖怪に呪われ、彼の思いのままに動かせない。
しかも呪いは目に見える形となって現れた。猿の手という獣の手となって。

祐輔は誰にも見られぬように左腕へと包帯を巻きつける。
誰かに見つかった場合、まず間違いなく騒ぎになってしまう。
それはなるべく避けたいため、祐輔は慣れた手つきでスルスルと左腕を覆っていった

【兄貴ィ! どうしたんですか!? どっかのボケが殴り込みに…!?】

「あー、何もない。問題ないから、さっさと散れ」

【そうですかい? ならあっしはこれで】

部屋の窓辺にいた一羽の雀がチュンチュンと鳴く。
それに祐輔はヒラヒラと手を振って問題ないと告げると、雀は一鳴きして羽ばたいていった。

祐輔の呪いは徐々に身体を侵食していっている。
それは身体が人ならざる者へと変化している事に他ならないが、それは祐輔に力も齎していた。
その力こそが祐輔の唯一の戦う力、【鳥を使役する】力である。

今ではその効果範囲、一度に操れる数もぐっと増えた。
更に祐輔にとって喜ばしい事は契約を結べる数も増えたという点である。
契約を結んだ雀と祐輔は意思疎通をする事が出来るので、色々と便利なのだ。

『あー、怖かったっす』

「はは、まぁそういうなって。
ちゃんとお前らと喧嘩はするなって言い含めてるし、実際何もないだろ?」

『それはそうっすけど…それでも、あいつ身体もデカイし怖い物は怖いんすよ』

雀が飛び立ってから少しして、一羽の雀がビクビクしながら窓から侵入。祐輔の肩に止まる。
チチチと囀りながら祐輔に愚痴る雀を祐輔は苦笑しながら聞いてやっていた。

祐輔は使役している鳥に対し、数羽なら契約して会話する事も可能なのだ。
今話している雀は最も長く契約している雀の一羽で、祐輔は後輩雀と名付けている。
以前では片手で数えるほどしか契約できなかったが、今では両手に数えるくらいには契約できるようになった。

『それでこれからどうするっすか?』

「どうすると言われてもな。普通に旅を続けるつもりだけど」

祐輔は今勝手気ままなぶらり旅の最中。
路銀が尽きない内に目的地につかなければならないが、それ以外は自由なものである。

『なら早くしたほうがいいっすよ。
なんかご主人に似た人相書きみたいなものが町の一部に貼られてるらしいっすから』

「…へ?」

正に寝耳に水とはこの事。
祐輔が自分の似顔絵と思しき人相書きを発見して絶叫するのは五分後の話。



「な、何故…どうしてこうなった…?」

ワナワナと若干震えながら人相書きを見つめる祐輔。
そこには確かに自分の名前と顔がまざまざと描かれていた。
しかもそれは確かにここ京の町の城主、ひいては城主代行のランスの許可を得ているという判子も押されている。

『ねぇ、あの人、人相書きにそっくりじゃない?』
『言われてみれば確かに…けど、人相書きのほうが美形よね』
『これは通報したほうがいいじゃねぇか? 発見者には500GOLDって書いてあるし』

(NOOOOOOOOOOOOOOO!!!?)

ビクゥと祐輔は視線を人相書きのまま、背中から投げかけられる恐ろしい言葉の羅列に怯える。
何故ならその人相書きには発見者には報奨金も出すと書かれているが、罪状の部分には何も書かれていない。
なんでも番所に祐輔を突き出すだけで報奨金がもらえるらしい。

(何がなんだからわかないけど、ともかく逃げるべし!!)

ダッと脱兎の如く逃げるわけにはいかないので、祐輔は早歩きでその場を去った。
もうそれは競歩で日本一は無理でも、地区大会優勝くらいはできるのでないだろうかという速さで。
やっぱりランスの怒りを買ってしまったのは大きかったのかと原因を模索しながら。

(ああ、もう本当に上手くいかねぇ!?
本来なら尾張のあの団子屋まで行って、香姫の陵辱イベントフラグを折る予定だったのに!)

祐輔には原作で得た知識がある。
そのため彼は知っていた。魔人が復活すれば幼い姫君が残酷な目に遭ってしまう事を。
だから祐輔は回避できるなら回避させたいと思っていたし、これはそれほどまでに難しい話ではない。

ただ一言本人に言えばいいだけなのだ。
『信長へ見舞いに行く時、もしくは会いに行く時はランスと一緒に行くように』と。
もしくは香姫お付きの護衛である忍者たちに助言するだけでもいい。

今思えば、香姫が残酷な仕打ちに遭ってしまった時は護衛の忍者がいなかった。
一度鈴女に壊滅させられたとはいえ、それ以降も再びつけられないはずがないのだから。
そのため何故あの悲劇の場に誰もいなかったのかというと……香姫が無断で城を抜け出してしまった所にある。

ならば祐輔は顔が割れているため変装でもして、香姫護衛の忍者に言ってやればいい。

『香姫の命、頂きに仕った!!!!』

………確実に祐輔の命の危険が迫るが、そこは神速の逃げ足で逃げればいいかなぁと思っている。
そして逃げ出す時にこう言って去ればバッチリだ。

『くっ、中々やるじゃないか!
この場は一旦引く! だが俺は諦めないぞ! 殺されたくなければ常時護衛でもしておくのだな!』

バカじゃないのと思うことなかれ。
しかしこれなら確実に香姫に対する護衛の数、そして警戒が段違いに上がるだろう。
何故なら暗殺を宣言した男は捕まっておらず、これからも狙います宣言しているのだから。

だがこの作戦も全ては水の泡。
自分が指名手配されているのであれば、祐輔にとって織田領にいるのは危険すぎる。
祐輔は顔を伏せるようにして急ぎ、京の町を発とうとするのであった。



織田家弓兵部隊隊長・山本五十六は単身、部下を引連れ京の町へと戻っていた。
かつて暮らしていた町は今はなく、彩りを変えている。
しかしそれは何も悪い事ではない。足利超神という悪徳の城主が滅び、確実に良い方向へと歩んでいるのだから。

「五十六様。人相書きの配布、そして瓦版への指示を出して参りました」

「うむ、ご苦労。ではこれより森本祐輔の探索に移る。刻限は三刻。兵士全体に伝えよ」

「はっ!」

部下に指示を与えた五十六は己自身も探索を始める。
目当ての人間は森本祐輔という、何の罪も肩書も持たない男。
されど五十六にとっては大恩ある人物で、個人的にも探し当てたいと考えている。

浅井朝倉と織田との間に講和が結ばれたのが二週間前。
この二週間前というのは祐輔という人物が消息を絶ったと知れ渡ったのと同じ期間である。
この報せは織田の一部の人間に驚きと戸惑を齎した。

「姉上、僕も行きます。また後で」

横に控えていた山本太郎――彼女の弟であり、山本家の跡継ぎである。
その太郎は五十六の返事も聞かずに京の町の路地へと走っていった。
無理もない。五十六は太郎の無鉄砲な行動を咎める事もなく見送る事にする。

この姉弟の二人にとって、祐輔とは大恩ある人間だった。
弟の太郎は祐輔を兄と慕い、五十六は太郎の命を救ってくれた祐輔に感謝の念が尽きない。
講和が結ばれ、一息ついて大恩を返そうとした時――――その時にはもう、祐輔は浅井朝倉にいなかった。

森本祐輔逐電。
彼者は浅井朝倉とは一欠片も関係ない。
浅井朝倉の当主、朝倉義景は五十六の問いに腹に一物ある顔で答えた。

『そんな…ッ! 何故!?』

あの時は天守閣にいたというのに、五十六らしからぬ声を挙げてしまったものだ。
だがそれを咎めるはずの3G、光秀といった家臣も少なからず驚いていたので反応できずにいた。
祐輔という人物は良くも悪くも印象深い。あの講和の使者としての会談は織田の面々に祐輔という人物を深く刻みつけていた。
そして祐輔という人物が凡人ではなく、優秀な人物であろうという事も。

「…………」

その場の光景を思い出してしまった五十六はため息をつく。
あの後、朝倉義景が祐輔の事について何も言う事はなかった。
逐電したというのに、問い詰めるというワケにもいくまい―――山本姉弟を除いて。

五十六はランスに個人的に祐輔の探索をしたいと申し出た。
自分が休暇の時でもいい。自らの個人的な部下を使う許可を出して欲しいと。
そして驚く事に―――――――――

『ああん? あんな奴、ほっとけば……いや、待てよ。
あいつが放逐って事は…おい、もうあいつは浅井朝倉とは少しも関係ないんだよな!』

『ま、まぁ』
『逐電したという事なら』
『浅井朝倉との縁を一切きったという事』

『『『そのようにも言えますな』』』

『よし! あいつは織田で探す事にするぞ! ガハハハハハ!!』

ランスが祐輔探索に許可を出したのである。
これには疑問に思ったものの、五十六としては渡りに船。
こうして命じられるまま意欲的に祐輔探索に名乗りを上げたのである。

「森本祐輔殿…」

今、いったいどこにいるというのだろうか。
祐輔と一番長い時を共に過ごした太郎でさえ、祐輔が立ち寄る場所はおろか出身地さえ知らないという。
あれほどまでに人目を惹きつける青年は相反して謎に包まれたままだった。

そして祐輔が余裕をもって人相書きを見ていればある注意書きに気づいていただろう。
『ただし、この者に危害を加える事を禁ず。無傷のまま番所まで引き渡すべし』
不幸なすれ違いという他に、この勘違いは言い様が無かった。



かつて織田と浅井朝倉との闘いで力を振るった祐輔の消息を知るものはおらず。
当の本人は何故織田に捜索されているのかの理由も知らず、逃げるように織田領を去る。
運命のいたずらは祐輔と山本姉弟の再会を許さなかった。

祐輔は西へと旅をする。
同行者は彼のペットである雀のみ。
これから彼が誰と出会い、何をなすのか…それは誰にもわからない。



Next Episode “Je pense,donc je suis” Start!!!




[4285] 第一話
Name: さくら◆206c40be ID:a000fec5
Date: 2010/01/31 22:08
JAPANには瓦版という新聞のようなものがある。

この瓦版には様々な種類があって、その国が刷っているものもあれば町々で刷っているものもある。
国によっては国の発行するものしか公式に認められないというところもあるのだ。
では何故国が管理するかというと、それは過去の歴史が証明している。

情報統制と言う名の下の管理。
はっきり言って、この時代民衆が情報を得る手段といえばクチコミと瓦版くらいなものである。
それを国が管理すれば世論の掌握など簡単なのだ。

『織田、巫女機関に宣戦布告! 全国の巫女マニアの同士諸君、織田の横暴を許すな!』
『浅井朝倉の震災復興は順調のようで、朝倉一郎氏が――――』
『大道寺様のライブ二日後に迫る』

「ここの瓦版は面白いな…流石種子島家、自由な商人の国」

ペラペラと。
祐輔は器用に右手だけで瓦版を抱え、指先で紙をめくる。
それは祐輔が種子島家の端っこ部分で売っていた物を買ったものだ。

「復興もちゃんと出来てるのか。よかったよかった」

行き交う人々の怪訝な視線を物ともせず、祐輔は紙に目を這わせる。
彼はとても目立のだ。左腕に包帯をびっしり巻いているので、着物の裾から覗くのは真っ白な包帯。
しかも祐輔の頭と肩にはちゅんちゅんと可愛らしく雀が囀っているのである。

「はぁ…そろそろ、路銀が心もとなくなってきたな」

周囲からの視線なんてなんのその。気にしていたのは最初だけで、嫌でも慣れる。
そして雀が目立っている原因の一翼を担っているのも気づいたが、彼等は重要な祐輔の『目』なのである。

『おう。この周囲に変な武装集団はいねぇぞ。
それにあのランスとかいう奴も。怪しい奴もいねぇ』

「あ、玄さんご苦労様。また頭の上で休んでてよ」

祐輔の気ままに移動する旅は浅井朝倉を出て、織田から脱出してから結構な時間がたっていた。
時には落ち武者や山賊に襲われそうになって泣きながら逃げ出したり、路銀が心もとなくなってしまって皿洗いのバイトをしたり。
それなりの右折左折の後に種子島の端にまでたどり着いたのだが、一番の出来事といえば天志教で門前払いをくらった事だろう。

そもそも祐輔の原作知識は根も葉もない、根拠のない夢物語に過ぎない。
天志教で大僧正に会いたいとして、祐輔には面識も紹介も地位もないのである。
『ザビエルが復活する(まだ確定ではない)んだよ。えへへへ』とでも言おうものなら、叩きだされる事間違いなしだ。

もう一度言うが、祐輔には情報のソースを提示できない。
早期に魔人を封印できれば被害の拡大を防ぐ事ができるが、それとて確定情報ではない。
しかも天志教の定期検査の後に瓢箪は割れているので、逆に怪しまれるかもしれないのだ。

無論方法がないわけではない。
瓢箪の中にザビエルが8つに分けられ封印された事はトップシークレット。
ある程度上層部の者の耳に入れば祐輔に興味を持ち、大僧正に面通りもかなうかもしれない。

だが祐輔はこうも考えたのである。
『あれ、俺って呪い憑きじゃん? 問答無用で滅殺とかありえるんじゃね?』
そう考えれば呪い憑きの身で天志教の国にはいる事そのものが凄く危険な事のように思えたのだった。

そして祐輔の結論は『怖いから、もう諦めてもいいよネ?』。
流石は元々ヘタレな祐輔。背負う者が何もなければこんなものである。

そこでさっさと蜜柑、なにわを超えて種子島にまで至った祐輔だった。
だが種子島と言っても明石との国境ぎりぎりなので、どちらかと言えばというだけの話で、姫路にもとても近い。
とりあえずは織田から離れられたので旅のスピードを緩めている祐輔なのである。

順調にこのまま行けば種子島にいる柚美たちに会う事が出来る。
しかしそれもどうかと祐輔は思うのだ。

「さてと、どうしたものか…」

難しい顔でむっつりと祐輔は考え込む。
種子島の人々の気質を見れば、案外あっさりと呪い憑きを受け入れてくれるかもしれない。
だがその反面、逆に拒絶される事を想像してしまうと祐輔の脚は鈍る。

人の心というものはとても脆い。
確固とした意思を持ち、何者からの悪意も跳ね返す強さを持つ一面もあれば、
常に他人からよく見られるよう、他人からの視線を気にする一面もある。

祐輔は奇異の視線に対しては感覚が麻痺しつつあったが、感情に関してはまだまだ不慣れなのだ。
ここ一ヶ月の間にぶつけられる嘲り、畏れ、恐れ…祐輔の左腕は悪い意味で目立ちすぎる。
祐輔自身仕方がない事だと思いつつ、心の底では助けを叫び続けていた――――

「会ったら別れが辛くなるだろうな…俺ってば涙脆いし」

なんて事は全然なかった。

単純に今まで放置し、会いづらいという事も十分理由としてある。
ただソレ以上に柚美と再会したとしても、すぐに別れが待っている再会。
祐輔はほとぼりが冷めるまでは死国付近でスゴそうとだいたいの目安を決めていた。

祐輔に悲壮感といった類は多少あるものの、殆ないと言って差し支えない。
何故なら呪い憑きをなんとか出来るアテがあるのだから。

『あー、けどな。奇妙なモンは見つけたぞ?』

思い出したかのように祐輔の頭の上で寛ぎながらチュンと鳴く玄さん。
実際にはチュンと鳴いているだけなのだが、祐輔の脳内にて自動変換される素敵設定。
そのため祐輔にはメロンが大好きなヴェリリリリリィィイメロォォン!! の中の渋い人の声に聞こえていたりする。

閑話休題

「奇妙なモンって?」

『なんか頭に角っぽい装飾品をつけた幼女が木に逆さづりにされてた』

「――――――」

絶句。

普通の生活をしていれば、いや非日常で生きていても中々目に掛かれない光景だろう。
リンチか? リンチなのか? それとも別のナニカなのか?
祐輔は常識人的に混乱しつつも脳内ベータベースに当該ケースを検索する。

「あ」

ヒット。
そうだ、そういえばあの人物がこの世界にいたではないか。
即座に祐輔は心当たりを思い出し、あまりに哀れなので助けてやろうと思い立った。

「玄さん、場所教えて」

『面倒ごとは避けるんじゃなかったのか?』

「や。流石に見逃せんでしょ」

呆れたような声を返す玄さんに祐輔は当然の事と答える。
祐輔は基本的に善人だと自覚している。目の前に困った人がいれば助ける。ただし自分の命が脅かされない限り。
今回は特に危険だとは思えなかったため、助けてやろうと思ったのである。

チュンチュンという囀りのまま、街道を少し離れ林道に入る。
そして祐輔は暗がりの林の奥で彼女と出会った。



「ぅぅ、ぐす、ぐす、ぐす……」

一つ常識的な問いをしよう。

問:目の前で泣き崩れる幼女がパンツ丸出しで泣き崩れている。貴方はどうしますか?
答:そんなもん知るか、バカヤロウ

俺の今まで生きてきた人生において、こんな経験はない。あったらマズイ。
そりゃ子どもが泣いていたら慰めるし、場合によっては親を探すのもやぶさかでない。
しかしこの状況…どうするべ?
目の前で俺が近づいている事にもまるで気付かず、ぐすぐすと鼻を鳴らしながら泣く幼女を目の端に映しながら自問自答する。

「………」

とりあえず、下ろすか。
腰にぶら下げている脇差を手に取り、シャランと音を立てて抜き放つ。
逆さ吊りにされている幼女の背後から近づき、勢いよく縄に半ばから斬りつけた。

「ふぎゃ!?」

すると縄はほとんど抵抗なく断裂したではないか。幼女は真っ逆さまに地面に激突する。
俺は初めてこの脇差を使ったのだが、どうやらかなりの業物らしい。
新しい発見もともかく、まずは「あ痛たたったたた…」と全泣きしている幼女をなんとかしないといけない。

「うっぅう、ぐすっ…くじけちゃ駄目、くじけちゃ駄目よ」

幼女は気を落ち着かせるためか、しきりに自分に言い聞かせている。
完全に俺の存在を無視しているが…もう、俺街道に戻ってもいいよね? なんか急に面倒臭くなってしまった。
そう一応の区切りをつけて幼女から踵を返すものの――――――

「はっ! そう、そうよ、助けてくれた人のお礼言わなきゃ!」

がっしりと何者かに肩を掴まれ、俺の脚は強引に止められてしまう。
何者かなんて愚問か。俺がくるりと振り返った先にはぐしぐしと掴んでいない手で目頭を擦る青い髪の幼女がいた。



祐輔が助けた幼女の名は山中子鹿という。
泣くな泣くなと祐輔が頭を撫でながらあやし、鼻をぐずぐず言わせながらそう幼女は名乗った。
ある意味予想通りだったとはいえ、祐輔としては二つの意味で驚きだった。

一つは自分が思っていた年齢よりも更に幼いという事。
年齢的には諸々の理由で18歳以上なのだが、見た目はどう見ても小学生低学年にしか見えない。
話を聞いたところ乙女の年齢を聞くなと脛をけられたが、おそらく祐輔の想像は外れていない。

それが第一の驚きだとすると、もう一つの驚きはこんな幼女がお家再興のために奔走しているという事だ。

彼女自身から語られた事ではないが、祐輔は原作知識として子鹿の情報を持っていた。
実は彼女の家は九州地方にあったのだが、今は西日本の雄・毛利家によって滅ぼされてしまっているのである。
そのため原作では彼女がお家再興のため諸国を駆け回るも不幸な目に会い続けてしまうというイベント。

しかもそのお家再興というのも、この幼女自身の家ではない。
山中家というのは確か滅ぼされた尼子家の重臣で、この幼女が再興しようとしているのは山中家ではなく尼子家。
主君とはいえ他人のためにそこまでできる子鹿が少し祐輔は眩しく見えた。

「で、なんでこんなとこに?」

「それは天志教の性眼様にお家復興の手助けをしてもらおうと思ったのよ」

事情を聞くに、どうやら子鹿はなにわへと行こうとしていたらしい。

「けれどここは明石よりの種子島家だぞ? なんで逆戻りしてんの?」

「うっ、それは……騙されたのよ」

プルプルと全身を悔しさから震わせる子鹿。
また涙からか鼻声でつらつらと事の顛末を祐輔に語った。

なんで祐輔にこうも事情を話すのかと疑問に思うかも知れないが、子鹿も小さな女の子なのだ。
愚痴りたい事だってあるし、吐き出したい思いもある。
それに祐輔に助けてもらったのだから、事情を話す義務もあると彼女は思っていた。

本当はお供の者達と一緒になにわまで到着していたらしい。
しかしながら性眼と面識もなく、紹介状があるわけでもない。
そう簡単に天志教というJAPANの国教を統べるトップに会えるはずがなかった。

これは祐輔の予想通りとも言えよう。
やっぱり無理があるよなと思いつつ、祐輔は子鹿の愚痴に耳を傾ける。

落胆にくれる子鹿だったが、なんでも怪しい男が声をかけてきたそうだ。
その男によると性眼の知り合いである自分についてくれば、性眼に取り次いでやるというのである。
だが条件として子鹿一人のみしか案内できないという。

「……そこで気付こうよ。明らかにおかしいじゃないか」

「う、うぅ、うぅぅぅ…必死だったの、必死だったのよ!」

お供の者は止めるものの、子鹿はチャンスだと男に着いて行く。
だが性眼へと紹介してくれるはずの男はどんどんなにわから離れて行く。子鹿が不審に思って咎めたところ男は豹変し―――
そして今現在の状況に陥ってしまったというわけなのだ。

「それで貞操は無事だったのか?」

「うん…でも、いっぱい触られた。お金も全部取られちゃったし」

シクシクと泣きながら胸やらお尻やらを穢れを払うようにすりすりと摩る子鹿。
なんて哀れなと祐輔は目頭を揉みつつ空を仰ぎみた。ロリコンは業が深い。
遠くから見て愛でる勝家などの紳士もたいてい業が深いと思ったが、手を出す方はもっと愚かしい。

「……ぅぅ、どうしよう。皆はまだなにわだろうし」

途方にくれるとは正にこのこと。
男に連れてこられたという子鹿は当然の事のように道がわからない。
しかもお金もないとなれば、合流出来る前に飢え死にする事も十分にありえる。

「待ち合わせの場所とかは決めていないのか?」

「……一応あるにはある。けど、そこまで行くには二日はかかる」

ずーんと暗い影を背負って俯く子鹿。はぁ。やれやれと祐輔は力なく頭をふる。
奇妙な光景があると雀が教えてくれた時点で無視して街道を行けば、こんな厄介ごとには巻き込まれなかっただろう。
今頃は次の宿街にでもついて、ゆっくりと茶でもしばいていたに違いない。

「よし、じゃあ山中に20GOLD貸してあげよう。
一日二食にして、町の一番安い宿に泊まれば二日はもつと思う」

きっとこうやって返ってくるアテもない金も貸さずにすんだはずだ。

「え?」

「え? じゃないだろう。流石に合流するまでは面倒みきれないからな」

ぽかんと目をまん丸にする子鹿。
そんな子鹿の右手に小器用に懐から右手だけで財布から抜き取った金を握らせる祐輔。
落とすんじゃないぞと手を離すと、子鹿は「わ、わ、わわ」と慌てて右手を閉じた。

祐輔は基本的に善人なのだ。
全てを救いたいなんて傲慢な事は思わない。自分の出来ること以上をしようとも思わない。
ただ自分が出来る無理のない範囲で、手の届く範囲で手を差し伸べる。

これは偽善だ。
幾人もの命を間接的に、直接的に奪った祐輔は地獄に堕ちるだろう。
だがしない偽善よりもする偽善のほうがいい。何故ならそれによって救われる人も確かにいるのだから。

一方子鹿は自分の右手にあるお金を見つめていた。
はっきり言って尼子家が毛利家に潰されて以来、子鹿に好意的に接してくれるのは今もついてきてくれているお供の者だけ。
残ってくれていた家臣も次々に離れていき、今では数えるほどになっている。

そして家という後ろ盾がなく、単なる小娘に過ぎない自分に世間の風当たりは強かった。
お家再興の力添えを頼んでも断られる事はおろか、門前払いも少なくなかった。
だからだろうか。祐輔から受けた善意がとても懐かしく、とてもギコチなく感じる。

まして他人からの見返りを求めない善意である。
今までが散々だっただけに、反動で子鹿はとても暖かい気持ちになった。

「あ、ありがとう。絶対、絶対返すから! 待ってなさいよね!!」

「おー、おー。お家が再興したら期待してるぞー」

子鹿が反発するかのように祐輔へと反応したのは照れ隠しだ。
祐輔から見ても子供が親に照れ隠しで怒っているいるみたいなものなので、大変微笑ましい。
子鹿に棒読みで返した後、ハハハッと祐輔は笑う。

「まぁ頑張れよ」

「ふんっ、すぐにでも再興してやるんだから!」



「じゃあこのまま街道を行け。このまま北へ行けばたどり着けるからな。
知らない大人にはついていっちゃ駄目だぞ。あと暗くなったら無理せず宿に泊まる事。いいな?」

「子供扱いするなっ!」

祐輔と子鹿はある程度大きな街道まで一緒に歩き、分岐点で分かれる事にした。
祐輔はこれから街道を西に行き、とりあえずの目標地点である死国へ。
子鹿は種子島を北に進んでなにわ方面へと。

ついつい子供にするようにかいぐりかいぐり頭を撫でる祐輔の手を払い、子鹿は小さな胸を張って歩き出した。
しかし何事かを思い出したのか、くるっと後ろを振り返る。

「まだあんたの名前教えてもらってないじゃない!! ちゃんとお金返すんだから、教えなさいよね!」

「あー…、そういえば、そうだったな」

訊ねない子鹿も子鹿だが、気づかない祐輔も祐輔である。

「祐輔だ。森本祐輔」

「ふーん、森本祐輔、ね…よし、覚えた」

うんうんと頷き、胸中で反芻して子鹿は記憶する。
尼子家を再興したら下っ端の家臣くらいには取り立ててやるか。
子鹿は受けた恩はちゃんと返すのだ。

「じゃあね、祐輔!」

そう言って元気よく駆けて行く子鹿に手を振りながら祐輔は見送った。
祐輔は思う。あんな小さな子がお家を再興するために全国を奔走している。
現代っ子である祐輔にとって『家』という概念がとても薄いため、いまいち実感が湧かない。
ただとても大事で重要な事なんだろうなと漠然と思うだけである。


「お家再興、か……」

御家再興で祐輔の脳裏に浮かぶのは仲の良い少年と美人な姉の姉弟。
再会の約束はしたものの結局会うことは能わなかった。
仮に再会できたとしても、それはいったい何年後になるのか……

「ま、元気にやってるだろ」

惜しむらくはこの男は自分の影響力がとても小さいと勘違いしている事だろう。
祐輔が出奔したと聞いて、太郎と五十六が一族の者を使って捜索を開始している事。
ランスが祐輔が同盟国浅井朝倉と関係のない人間となった事を知り、捜索に相当数の人を割く事を懸案しているという事を。

ランスにとって祐輔とは目の上のたんこぶ。
祐輔さえいなければ雪姫に夜這いをかけて、メロメロにして条約を有耶無耶にする事すら可能。
少なくともランスは本気で可能だと考えている。

そこで重要なのが祐輔という存在になる。
無理やりしようとしても祐輔の雀が監視していれば、早い段階で夜這いが見抜かれ作戦が失敗に終わってしまう。
しかも夜這いはあくまで秘密裏に行い、雪姫のほうからランスに会いたいと言わせなければいけないのだ。

つまり祐輔の雀が非常に厄介。
しかも祐輔が生きている限り、ランスは鳥の糞から逃げ続けなければいけないという苦行が待っている。
祐輔の能力の効果範囲を知らないランスは実際に不可能だと知る術がないため、祐輔をずっと警戒しなくてはいけないのだ。

結論からいうと、雪姫とイタすためには祐輔は邪魔。
今までは浅井朝倉の人間だったから手を出せなかったが、国主が出奔したと言ったのだ。
祐輔は世間的に浅井朝倉と『全く関係のない』人間となったのだから。

サクっと殺るか。
ランスの出した結論は単純明快極まりないものだった。

捜索を願い出た五十六の手前、祐輔を害してもよいとは言えない。
一応の名目として捜索のため傷つけるなと命じてある。織田にいればすぐに見つかるに違いない。
そして見つかった場合はランスの標的を外すように命じて素直に応じれば良し。もし仮に断られてもそのまま解放すればいい。

一度織田の城まで連れて来れば、正確な居場所を把握できるのだから。
もし彼が織田の城から帰る途中で不幸な――偶然、不幸な事故で死んだとしてもランスには関係ない。
この時代不幸な事故なんてものは簡単に起こるものなのだから。

何気に死亡フラグを回避している祐輔、流石である。
重要な所を見逃して本当に手配されていると勘違いした事は結果的に祐輔を救った。

「路銀がピンチ。仕方がない、この脇差を質にいれるか。
俺逃げるだけだし、使いこなせないし」

なんか一郎様がどこぞの家の由緒正しい脇差とか言ってた気がするな~。
自分がランスに狙われているとは露とも知れず、祐輔は空に浮かんだ空想の一郎に断りを入れて脇差を質に入れようと決める。
高く売れればいいなぁとのほほんとしながら、少し種子島の市場へと向かう事にした。
ちなみにこれは全然関係ない事だが、結構高値で売れたらしい。











おまけ

予告編再掲載

―――――舞台の幕が開ける

『フハッ、フハハハハハハハハ!!!』

――――復活する魔人
――――彼の下に集うは魔人の使徒

『やれやれ…孵ったのはまだ俺だけか。これから忙しくなるねぇ』

――――闇は人知れず蔓延っていく

『これが私の力…早雲の力になれる!』

――――紙の上に落ちた一滴の墨汁のように
――――誰にも気づかれぬまま

『ぐぬぬぬぬ、生意気な奴め。まだリーザスからの援軍はこないのか!?』
『ランス様…手紙出したの三日前なんですけど』
『俺様が来いといったら、三日でも長すぎるくらいだ』

――――英雄は己の道を突き進む
――――腹の中で邪悪が育っているとも知らずに

『どうしてッ…どうしてですか、兄上!!』

――――加速する舞台
――――賽は既に投げられたのだから

『おうおう、やれば出来るじゃねぇか! そのはんばぁぐを後200個な!』

『ん~っとね…テヘッ☆ しびれ薬と致死薬間違えちゃった☆』

『てめぇも呪い憑きなら、わかるだろ。俺達はこんな糞みてぇな場所から這い上がる。
施しは受けねぇ。自分たちの手で上がり詰めてやるさ』

『主人〈マスター〉…? その命令は理解できない………』

『ククッ、何も戸惑う事はない。人生には酒と戦、後は上手い飯があればそれで充分。
さぁ行くぞ祐輔!! 血を啜り、骨を砕き、戦に酔いしれようではないか!!』

『な、なんでこれが宇宙船だってわかるんですかー!?』

『は~…拾ってくれて本当に助かったね、美樹ちゃん』
『そうだねっ♪』

――――新しい出会い
――――そして再会

『…………本当に……いい、度胸……あまり……私を……嘗めない……で……』

『祐輔さん。僕に何も言わずに放浪の旅に出るとはどういった了見ですか!!』

『その、急な話ですが祐輔殿。祐輔殿は山本家に婿に来るきはありませんか?』

――――再び巡りあった愛しい人

『やっと……やっと、会えました』

――――JAPANを震撼させる魔軍の出現
――――大きな波が戦国乱世を覆い潰す

『って、おいいいぃぃぃぃィィィィィイイイイ!?
お前狒々だろ! 狒々に決まってる! 狒々に違いない!!!
やっべぇよ! もう俺半分くらい狒々なんじゃね!?』

――――演じるは絡繰人形〈マリオネット〉
――――道化は拒絶する。悲劇を、惨劇を、BADENDを

『俺は認めない……欲しけりゃくれてやる!!!!!
だから俺の言う事を聞きやがれぇぇぇぇぇええええええええええ!!!』

――――筋書きの無い演劇の開幕
――――デウス・エキス・マキナは動かない
――――万物の主はただ嘲笑うのみ

Next Episode “Je pense,donc je suis” 
……………coming soon





[4285] 第二話
Name: さくら◆206c40be ID:a000fec5
Date: 2010/02/09 17:11
LP歴××年、JAPANは戦国乱世の炎に包まれた。
だが、人類は死に絶えてはいなかった。

「ヒャッハー! そこどけ、そこどけい!!!」
「パラリラパラリラ~~!!!」

暴力が全てを支配する世界となった大地に野生のモヒカン達が跋扈する。
世はまさに大チンピラ時代―――!!

「いや、この世界観にこれはなくね……?」

祐輔は巻き込まれないよう道の隅に見を寄せ、自転車で爆走する野生のモヒカンを見ながら呆然とした。



車や電車を使わず徒歩での旅となればとても時間がかかる。
しかしながら祐輔は種子島を抜けて以来山賊や物取りに襲われる事なく無事に旅路を進んだ。
真夏といっても祐輔の世界とは違い温暖化も進んでいないため、現代と比べると残暑が残っている程度の暑さでしかない。
それが種子島家へと使者に出るのを除いて長旅をした事がない祐輔にとって救いの一つであった。

種子島を避け、姫路へ。
そして姫路になんの思い入れもない祐輔の旅は順調に進む。
そんな祐輔が次に辿りついたのは毛利領の出雲という土地であった。

西JAPANの覇者・毛利家。
広大で豊かな土地を持ち、東の武田家と並び称されてJAPANにこの家ありと言わしめる家である。

だが―――――――

「ウヒヒャハハハッハーー!!」
「今日も俺の銀星号が火を吹くぜ!!」
「オラオラ、ちぬ様配下の山崎隊のお通りだーー!!!」

「………」

もう、なんというべきだろうか。
祐輔には彼等を表現する言葉がなかった。

彼等の格好は祐輔の世界の典型的なヤンキーそのもの。
しかもこの時代では斬新すぎるモヒカンヘッド。しかも頭の両端は剃っている。
更に彼等は自転車(?)に乗っているのだが――何故か暴走族のようにパラリラパラリラ~~と口で捲くし立てるのだ。

付け加えるなら自転車の荷台部分にノボリをつけている。
そのノボリには【毛利デ夜露死苦!!!】と書かれていた。
俗に言うデコチャリである。しかもおまけに肩にはトゲトゲがついている肩パッド装備なのだ。

彼等をあえていうのだとすれば、某世紀末伝説に出てくる雑魚達。
そうとしか祐輔に彼等を評する言葉はない。

「ももももももももももももうりーー。
ももももももももももももももーーりーーー。
もーーーーーーーーーっりーーーーー」

「ヘイ!」
「ヘイ!」
「ヘイ!」

「毛利! 毛利! 俺たちゃ毛利!」

「「「毛利! 毛利! 俺たちゃ毛利!!!」」」

街道を駆け抜けて行く自転車の集団を見送った祐輔はようやく自覚する。
ああ、そういえばゲームでも毛利軍の兵隊はモヒカンだったなぁと。
あれはキャラデザイン上だけだと思っていたのだが、どうやら毛利家では普及しているらしい。

そういえばと祐輔はふとある事に思いつく。
あのモヒカン達は自転車に乗っていた?

「そうだよ、あれってば自転車だよな。どうしてこの時代に?」

そうである。
自転車とは単純なようで、結構必要な物が多い乗り物である。
均一な歯車、タイヤのチューブに必要なゴム、車輪…他にも様々な物が。

当然祐輔の戦国時代には自転車は普及どころか存在もしていない。
自転車という概念事態が広まったのは時代にして200年も前ではない。
そんな代物がどうしてこんなに大量生産されているのだろうか。

「あ」

といっても祐輔はすぐに自己完結した。
確かにJAPANだけならそうだろう。独自に開発までこぎつけるのは並大抵ではない。
だが大陸の文化ならどうだろうか。橋も近いし、輸入されているのかもしれない。

「なるほど、なるほど。奥が深いな、JAPAN」

また一つ勉強になったと祐輔は歩き出す。
実は彼等は小早川ちぬ隊の精鋭で、自転車を与えられたのは選ばれた者だという事を祐輔は知らない。
そして祐輔は知らぬ間に騒動へと巻き込まれて行くのであった…。



小早川ちぬは毛利家の当主、毛利元就の娘である。
元々毛利家はそれほど強力な家ではなかったが、それもある事件で一変する。

毛利家の当主である毛利元就の呪い憑き化。
彼が失ったのは寿命の半分とマトモではない巨大な身体。
しかしその呪い憑きは元就を比肩なき西JAPAN支配者としたのだ。

元々元就は優れた刀の技能の持ち主であった。
老いてなお衰えない剛力と冴え渡る刀の技。
高齢であるがゆえに周りの者は刺激しないで老衰で亡くなるのを待っていたのだが…。

そんな元就が得たものは人の5,6倍はあろう巨大な肉体。
寿命と引換に更なる剛力を、無尽の体力を、妖怪にも劣らない生命力を手に入れた。
そこに彼の技能が加われば―――――無敵の戦士が誕生する。

元就は怒涛の勢いで尼子家、小早川家、大内家、吉川家を滅ぼした。
更にそれぞれの家に政略結婚で嫁いでいた娘達も毛利家へと帰還を果たし、更に強力化。
西日本では島津家を残して毛利家と戦えるだけの家はなくなったのである。

小早川ちぬは苗字が違うのは小早川家に嫁いでいたからだ。
彼女たち毛利元就の娘は三姉妹。長女の毛利てる、吉川きく、小早川ちぬの三名。
そしてそんな彼女が今現在何をしているかというと、だ。

「ちぬ様! そのように勝手に動き回られたら困ります」

「えー、なんでー? ホラホラ、そう言わずに一杯ど~ぞ☆」

「は、はぁ…。それはいいのですけど、ひょっとして毒とか入ってないですよね?」

「…テヘッ☆」

もうやだ、この上司。配下の女性は泣きそうになった。

彼女・小早川ちぬは間延びした声とぱっちりした目が特徴的な女性である。
彼女の姿はいわゆるメイド服と言われる代物なのだが、それをおかしいと思う人物はいない。
彼女にとってメイド服とは正装であり、戦闘服であり、普段着なのである。

そんな彼女には特技とも趣味とも言える事が一つあった。

「毒殺は勘弁してくださいって言っているじゃないですかぁ!!!?」

「冗談、冗談☆ な~んにも入ってないよ?(たぶん)」

そう、毒殺である。
ちぬは戦場において巧妙に敵の兵站に毒を混入させ、戦うまでもなく壊滅させる。
ついたあだ名が【毒姫】。敵だけでなく味方にも毒をまき散らしてしまう困ったちゃんなのだ。

そんな彼女が何故廃れた農村にいるのかというと、それも一重に領内を見て回るという仕事を引き受けたからである。
そうはいってもそれは名目上だけで、彼女が農村を査察したりするわけではない。
彼女の部下が仕事をするのであって、彼女自身は特に何もしない。

つまるところ長期間のピクニックのようなものだ。
仕事は彼女の優秀な部下たちが片付ける間、のほほんと休暇を楽しむ。
そんな彼女につけられたのがあの可哀想なお付きの女性だというわけだ。

「あ、オジさん。このお菓子ちょーだい?」

「え、あ、はい。ちぬ様、5GOLDになります」

「んーっと、今2GOLDしかないから2GOLDでいいよね?」

「え、いや、しかし、そんな……」

「それじゃーオジさんバイバーイ☆」

元就という大名の姫として育てられたせいか、ちぬは世間知らずなところがある。
ちぬがする事はある程度までは許されるし、実際これまで許されてきた。
このように店の商品を話が成立したとして勝手に持って行ってしまう事もあるのだ。

「お、お待ちくださいちぬ様!!」

付き人の侍従はちぬに置いていかれたらたまらないと追いかける。
普段なら彼女がフォローするのであるが、今回はちぬの付き人は彼女のみ。
見失っては大変だと店の主人に残りの代金を支払う事を忘れてしまう。

「――――」

〈ギリッ…!〉

男は歯ぎしりしながらちぬを目で追っていた。姿が消えるまでずっと。
侍従が自国の領内だからという理由で付き人が自分だけでなければ、気付けていたかもしれない。
ちぬがさっきまでいた町の商店街の者全員の雰囲気の異質さを。

彼等がちぬを見る目は主君の姫を見る目ではなかった。
彼等の目は―――――――略奪を繰返す盗賊でも見るかのような、悪意のある目だった。



はぁ、今日は珍しいものを見たな…。
俺は昼間に爆走していたデコチャリと毛利兵を思いだしながら旅籠の風呂に浸かっていた。
湯船に使われている檜の香りが鼻をくすぐり、今日一日の疲れを取ってくれる。

チャポンと左腕だけは湯船につけずにくつろぐ俺。
旅籠では人のいない時間帯を狙って入っているものの、誰かが風呂に入ってくる可能性もある。
そのため左腕の包帯は解く事は出来ないのだ。

この旅籠は街道の外れにあったものである。
有名な宿街ではないらしくそれほど大きな物ではなかったが、それでも野宿を考えていた俺からすれば有り難い。
日が暮れて野宿も覚悟していたところにこの宿街を見つけたのだった。

「ふぅ」

最後に湯に浸かった俺は髪を掻き上げて水を弾く。
定期的に自分で切っている髪は短くスポーツ刈りより少し長いくらい。
それでも脇差を売ってしまったため切るものがなく、結構伸びてしまっていた。

人が三人ぐらいしか入れない湯船を出る。
自分で用意してあった手ぬぐいで身体の水を拭いて服を着た。
服を着る間に目に入ってしまった、風呂であるというのに不清潔な床を見て思わず顔をしかめてしまう。

なんというかこの宿、非常にボロいのだ。
それはこの宿だけでなく宿街全体に言える事なのだが、寂れているという一言で済ませられないくらい。
街全体が廃業寸前の雰囲気が漂っている。

この時代では一般人の生活なんてどこでも低水準なものだが、特にここは酷い。
宿屋の店番も子供がたった一人でしているようで、俺はまだこの宿で大人と会った事がない。
当然食事も出ない。別に一日抜くくらいは大丈夫だけど、それでもこの街は少しおかしかった。

宿の状態は言うまでもなく店もやっていなかった。
俺が街についたのは日暮れだったが、普通は閉店には早すぎる時間である。
それがどこもかしこも扉を締めているため、晩飯を買う事も出来なかったのだ。

「なんかおかしいな…」

言葉にできない感じ。
何かが喉にひっかかってはいるのだが、中々取れないもどかしさ。
モヤモヤとした物が胸の中でわだかまっている。

俺はそんないいしれようもない物を胸中に抱いて自分に宛てがわれた部屋に戻った。
その予感があたるとも知らずに。



「――――――――!!!」
「――――――――!!!」
「――――――――!!」

真夜中。
祐輔は突如として響いた怒声に叩き起された。
あたりは暗く、夜明けの時間ですらない。

「な、なんだ!?」

祐輔は起き抜けに何か異常が怒っている事を感じ取って、すぐさま寝間着から着流しへと着替える。
寝間着では動きにくいし、いつも来ている藍色の着流しのほうが身体に馴染む。
予備のわらじを袋から取り出して室内であるというのに脚に履いた。

この時代一人旅をするにあたって、寝起きの行動は迅速でなければいけない。
何かが起こるのを事前に防げなくとも、何かが起こった後に対応できなければ待っているのは死。
この一人旅の間で培ったスキルの一つだった。

「くそっ、何が起こってるんだ!?」

祐輔の周囲探知能力は昼間は抜群なのだが、夜はほぼ零に近い。
理由は簡単。祐輔の目となり手となる雀が夜の間は眠っているためである。
無理に操って動かす事もできるが、鳥目というだけあって夜は役立たずなので意味がない。

ひっきりなしに祐輔の耳に届くのは幾人もの男の怒声。
鉄が弾き弾かれる音も聞こえるため、誰かが戦っているのは確かだ。
祐輔に現時点でわかっているのはそれだけだったのだが――――――

「小早川ちぬを捕らえろ!」
「決して殺すなよ! 生け捕りにして交渉に使うんだ!!」

「ちっ、クソ! コイツらnタワバッ!?」
「農民の癖に、夜襲kあべしっっ!?」

「やれ、やるんだ! 今しかない!」
「うおぉぉおおお!!! 俺達の恨み、思い知れ!!」

続いて耳に飛び込んできたのは信じられない言葉の羅列。

ここは毛利領なのである。
小早川ちぬとは毛利の姫。
その毛利を捕らえると言っているのは、この地の農民で…。

「――― 一揆かっ!?」

民衆の不満が爆発し、国に刃向かう一揆の勃発。
祐輔は不幸にも一揆を起こす街に泊まってしまったため、巻き込まれてしまった。



[4285] 第三話
Name: さくら◆206c40be ID:a000fec5
Date: 2010/02/09 17:02
神速の逃げ足。

祐輔が神より与えられた唯一無二にして絶対の能力。
疾きこと迅雷の如く―――凡人には視認さえ能わず、超人とて姿を捉える事を許さない。
こと【逃げる】という事に関して限り、人間の中で祐輔の右に出るものはいないのだ。

ではその発動条件とは何か。
【逃げる】という定義としての大前提に命の危険がある致死性の脅威が必要なのである。
一瞬にして祐輔を殺しうる脅威が迫った時のみ祐輔の首筋が疼き、彼を神にも等しい領域へと押し上げるのだ。

又この生命の危険という条件にも制約はある。
自分から任意で条件を発動させる事はできない。
ただし自分から他人に仕向けて脅威を向けさせる事は可能だが―――その時は本当に殺意を以て攻撃させねばならないのだ。

「…………」

「すまないね、兄さん。一揆の最中に村にきちまった自分を恨んでくれよ」

だから今祐輔が縄で手を縛られて小屋の中に軟禁させられているのは必然なのである。

祐輔の【神速の逃げ足】はあくまで敵が祐輔を殺しうる脅威をもって迫った場合に発動する。
農民が祐輔を捕らえる時に殺意をもたずして。更に殺しうる脅威も持っていなければ逃げ足は発動しないのである。
夜中で雀を操る事も許されない祐輔は農民数人に囲まれた時点でもうどうしようもない状況に陥ったのだった。

「…俺、どうなるんですかね?」

「さぁ? それは俺達にもわからん。
一揆が成功すれば解放するけど、十中八九無理だろうな」

そして捕らえられた祐輔は一揆が起こった翌日、こうして見張りに男一人つけられて小屋に軟禁させられているわけである。
農民らしき男が祐輔の様子を見ているので、一揆を起こした農民は未だに鎮圧されていないらしい。
この祐輔を見張っている男の話によると、祐輔は他人であるが村から逃がすわけにはいかないという説明を受けた。

祐輔はこの一揆が起こって以来、誰が指揮をしているかを目撃してしまっている。
こうした一揆では首謀者は斬首に処されてしまうため、傘連判状というように誰が首謀者かわからないように誤魔化す必要がある。
そしてその首謀者と思しき人物を目撃してしまった祐輔を逃がすわけにはいかなくなったというわけなのだ。

「失敗する? 失敗するとわかっているのに何故?」

そういうわけで捕まった祐輔だが、手荒い真似は受けていない。
あくまで手を縛られるだけで軟禁させられており、見張りの男からも人道的に扱われている。
それだけに祐輔は解せなかった。自分を見張っている農民がどう見ても一揆を起こすような人間には見えなかったのだ。

「……どうしようもねぇのさ。
お前さんは旅人だろ? なら、毛利が年中ずっとどこかに戦を仕掛けてるのは知ってるだろ?」

見張りの男はつらつらとこの一揆の原因について語りだす。
男にも祐輔を巻き込んだ罪悪感があったのだろう。

「毛利の殿さんは呪い憑きになってから次々と有名武家を吸収してきた。
小早川、尼子……収穫の時期も何も関係なく」

戦に必要なのは色々あるが、根本的な物だと【金】と【人】。
長期的に兵站や装備を揃えようとすれば莫大な金が必要になる。
そして戦で戦うのは人。兵隊として常備軍だけでなく、大勢の農民が徴兵される。

―――その必要な物を搾取するのは全て毛利領にある農民からなのだ。

度重なる戦のたびに繰り返される重税と臨時徴税。
収穫の時期だというのに男手を取られては収穫も思うようにいかず、米の生産率はどんどん下がる。
毛利領に住まう農民たちはもう限界だった。

「日々食べる食事は米はおろか、稗や粟すら満足に食えなくなっちまった。
死ぬかもしれないが、だからといって何もしなければ俺達が干上がっちまう」

今までは新たに得た領地から得た糧があったからなんとかなった。
しかし明石との闘いは長期戦を匂わせており、日に日に農民達の負担は大きくなっている。
そこで農民たちは一斉蜂起したのだ。

「ついにやったぞ!! 小早川ちぬを捕らえたぞ! 与助、こいつも見張っておいてくれ!」
「でかした!」

一斉蜂起したにも理由がある。
その理由こそが農民たちに一揆を起こそうと決意させた。

小早川ちぬが村の査察に訪問する。
ちぬの護衛は彼女の親衛隊のみで人数は少ない。
ならば夜襲をしかければ自分たちでもちぬという重要人物を押さえる事は可能ではないかと考えたのだった。

小屋の戸が荒々しく開かれ、数人の男が中へと入ってくる。
農民の男の話に耳を傾けていた祐輔の前に突き出されたのはメイド服の女だった。
メイド服の女の手には厳重に縄が縛られていて見るからに痛々しい。

「うぅっ、いたーい……」

「我等が強いられた苦渋の比ではありませぬ。
すみませぬがちぬ様には元就様との交渉が成立するまでここにいて頂きます」

メイド服の女性は突き出された勢いのまま、祐輔の隣へと無理やり座らされる。
そんな彼女に投げられたのは厳しく威圧的な声。

「与助、お前は俺達と一緒に小屋の外から見はるぞ」
「いや、だけど…ちゃんと間近で見張っていたほうがいいんじゃねぇのか?」

「バカヤロウ、相手はあの姫だぞ? 近くにいれば、毒で殺されかねない。
小屋の外なら直接盛られたり触られでもしなければ、毒をくらう心配はない」
「それもそうか。だがこの男はどうする?」

見張りの男の疑問にちぬを連れてきた男は少し悩んだ後、ほっておけと返す。
彼等に今余裕はまったくない。城主である元就に直談判し、税を少しでも減らしてもらわなければならない。
そのための人質であるちぬであるが、彼女の毒姫の異名はあまりにも恐ろしすぎる。

「今毛利の殿サンに使いを出しているんだ。そんな男に関わっている暇はないぞ」
「…わかった」

見張りの男とちぬを連れてきた男は祐輔と横に転がっているちぬを一瞥した後、小屋の外に出る。
男たちにとってちぬの付き人や兵隊を制圧したこれからこそが正念場なのだから。



なにげに絶体絶命のピンチかもしれない…。

俺は手首にきつく縛られている縄を確かめる。
がっちりと結ばれているそれは、動かせば動かすほど食い込むようだ。
男がいなくなった今縄さえ解ければ逃げられる可能性はぐんとあがる。

脱走者ならば農民達も俺を殺す気で追いかけるだろう。
そうなればこっちのもので、縄さえほどけて手が自由ならば全力で逃げ切れる。
手を振って走れないとバランスを崩して、地面とキスするのがオチだから無理なんだけどね。

「ねぇ、あなたは誰? ウチの隊じゃないよね? なんでここで縛られてるのー?」

はぁ…文字通り身動きの取れない状況にため息をついていると、横のメイド服の女の子から話しかけられる。
あの農民の話が正しければ…いや、特徴から言っても彼女は【あの】小早川ちぬなのだろう。
ネットで必ず【死ぬ】と【ちぬ】をかけてネタにされていたのをよく覚えている。

彼女は俺に興味津々なのか、ニコニコ笑いながら話しかけてきた。
自分の置かれている状況がわかっていないのかとも思うが、これが彼女の素なのだろう。
俺の脳内にあったちぬの声よりも可愛らしい、生きたちぬの疑問の声に答える。

「…完全に巻き添え食っちゃいましたよ。
俺は偶然この村に泊まってしまった旅人です」

「あはっ☆ そうなんだ。不運と踊っちゃったんだね☆」

…なんでそのネタ知ってるの?
それはともかく、なんというか肝が座ってるなぁ。

「怖くないんですか?」

「怖い? なんで?」

「このままだとちぬ様は一揆を起こした農民達と共倒れですよ。
人質としてどんな目に合わされるかわかりません。最低限命は無事でしょうけど」

農民たちも全てが理性的で義憤に燃えているというわけではないだろう。
交渉が失敗に終わって自棄になってしまう村人がいればちぬの身体の保証はない。
彼等は一揆を起こした時点で命を賭ける覚悟は済ませているだろうし、それが負の方向に向かえば残るのは惨事しかない。

という俺の心配を他所にちぬの笑顔は崩れない。

「んー、大丈夫だよ☆ 絶対におねたまが助けくれるし。
それにこういう事はよく起こってるし、きくおねたまの忍者隊はとっても優秀だから☆」

きく…俺の記憶が確かだとすれば、彼女も原作に登場した【あの】きくだろう。
彼女は原作において毛利家の忍者隊を率いる隊長で、忍びの腕も鈴女には敵わないもののうっかり忍者よりは優秀。
そんな彼女が鎮圧に来るのであれば、なるほど。怯える必要もないのかも。

「あと敬語使わなくていいよー? ちぬって呼んで☆」

俺がちぬの安心ぶりに納得がいっていると、ちぬのほうからタメ口でいいという申し出が。
これはありがたいので俺もタメ口で喋ろう。

「じゃあ普段の口調で話すよ。俺の名前は森本祐輔。森本でも祐輔で好きな呼び方で呼んでくれ」

「んー…なら、ユウちゃん☆」

「ゆ、ユウちゃん…?」

キャルン♪とでも擬音がつきそうなウィンクを返すちぬ。
うぬぅ、こうしてみるとやっぱりちぬも相当可愛いな。
胸も大きいし、目もパッチリしていて顔立ちもスッキリしている。

俺がちぬのウィンクにドギマギしながらも、あることを訊ねて見る事にした。
彼女のこの性格なら気軽に答えてくれそうだし。

「じゃあちぬ、ちぬはどうしてこの一揆が起こったか知ってる?」

「うん。のうみんさん達が税が重いから軽減してくれって言ってきたんだけど、断ったの。
そしたら夜に襲われたんだー。多分そのせいじゃないかな?」

「その農民達は一日の食事にも困るくらいだって言ってたけど、税率が高いって事はないのか?」

「んー、ちぬわかんない☆」

わからないって…俺は絶句した。
何故ならちぬは答えをはぐらかしているわけではなく、本当にわからないようなのだ。

「そーゆーのは全部他の人がやってるし。
ちぬやおねたま、おとたま達は戦で戦うのが仕事だもん☆」

これはこれ以上聞いても進展がなさそうなので一度置いておこう。
俺は角度を変えて、根本的な質問に変えてみた。

「戦だけど年中やってるのか? 今の時期は米の世話とかで忙しいと思うけど」

「だって楽しいよ? 戦。
ちぬもおねたま達もおとたまも戦うの大好きだもん☆」

…ちょっと頭痛くなってきた。
駄目だこいつら、早くなんとかしないと。

話を整理すると、農民たちの生活は度重なる戦によって成り立たなくなっている。
しかしながら戦をするかどうかの決定権を持っている上層部(少なくともちぬ)はそれを知らない。
更に戦をする理由というものが楽しいからという戦闘狂(バトルジャンキー)的な理由。

「どうしたの、頭痛い?」

「いや、なんでもない、なんでもないからちょっと考えさせて…」

衝撃でプルプル震える俺を案じているのだろう ちぬの心配そうな声に更に頭が痛くなる。
これは困った事になったぞ…こんな上層部がこんな認識だったら、交渉が上手くいくはずがない。
それであの比較的マトモである農民たちが処刑されるなんて、あまりに可哀想だ。

【祐輔! ここにいたか!】

「わ、雀さんだー☆ 可愛い!」

あ、玄さんどうしたの?
小屋にある小窓から飛んできた玄さんが切羽詰ったような声を上げる。
ちぬは小窓から俺の頭に着陸した雀(玄さん)に目をキラキラさせている。

【どうしたもこうしたもあるか!
この村、もう完全に毛利家の正規軍に囲まれてるぞ!
しかも村人達が自棄になって特攻かけようとしてやがる!】

「な、なんだって!?」

「きゃっ…」

突然大声をあげた俺にちぬが仰け反って驚いているが、それどころじゃない。
どおりでさっきから小屋の外が俄に騒がしいはずだ。ちぬの話の衝撃のほうが凄まじいので気にならなかったが。
展開が早すぎるだろ毛利軍!? いや、ちぬが人質だからそれもわかるか。

【それでこの小屋に殺気立った村人達が集まってきてやがる。
一部の冷静な奴らが宥めちゃいるが、少数派でどうしようもねぇ。
なんか目の色がおかしい奴らばっかりだぜ】

やばいな、最悪な展開になってきている。
俺も手が縛られたままだと逃げられないし、人間箍が外れると何をしでかすかわからない。

「ど、どうしたの?」

「あっ、すまん。どうも交渉が決裂してちぬの家の軍が村を取り囲んでいるらしい」

俺の言葉にちぬの顔がぱっと輝く。

「さっすがおねたま!」

「けれどそうもいかないんだって。正気が残ってるかどうかわからない村人が大勢来てる」

「…ひょっとして、マズイじょーきょー?」

ひょっとしなくてもマズイ状況です。
それはもう、こっちに来てから1,2を争う。
手さえ解けてれば何とかしようがあるのに…!



一揆を起こした村を取り囲んでいる軍は毛利家が次女・吉川きくが率いている。
彼女が指揮する忍者隊と姉である毛利てるから借り受けた足軽隊の混合部隊。
村の周囲で大々的に展開しているのは毛利てるの足軽隊のみで、きくと精鋭の忍者隊は別行動をしていた。

「てる様! ちぬ様が捕らえられている小屋の位置が判明しました!」

「よしっ、でかした! オラ、野郎共行くぞ!!」

【応!!】

足軽隊でわかりやすく威圧をかけ、村人達の目を釘付けにする。
その間に自分たち隠密行動の忍者隊がちぬを助けるという計画だ。
シンプル極まりないプランだが、彼女と部下は優秀でちぬ(とついでに祐輔)が捕らえられている小屋を発見した。

(ちぬ、今行くからな!)

一揆を起こした村の使者が毛利の城に到着したのは空が白み始めた頃。
城の厨房を引き受ける彼女の朝は早く、その使者に対応したのがきくだった。
そして使者の話の中でちぬが捕らえられた事を知り、そのまま動ける者を動員して討伐隊を率いて出動したのだ。

当然の如く使者は斬り殺している。
まだ一揆を起こしたぐらいであれば首謀者の首だけで許したが、妹を捕虜にしたとなれば話は別だ。

毛利家で一揆は頻発に起きているため、全てを全て罰していたらキリがない。
罰すれば罰するほど農民人口が減り、年貢という収穫が減るのだから。
そのため首謀者だけを見せしめに処刑していたのだが…今回はそうもいかないだろう。

「――ッ、きく様! あの小屋です」

音もなくきくを筆頭に8名の忍者が小屋近くの茂みに身を隠す。
気配を消してそっとちぬが捕らえられている小屋を覗き見た。

「っち…当たり前と言えばそうだけど、見回りが多い」

ざっと見ても小屋の周りで見張っている農民たちは20人を超えている。
彼等からすればちぬは生命線なのだから当然だが、きく側からすれば厄介な事この上ない。
しかも運の悪い事に増員と思われる農民たちが新たに加わるようだった。

村の正面に展開した足軽に動揺し、そちらに人数を割いてくれればよかったのだが村人もバカではないらしい。
この人数では自分たちで一気に殲滅というわけにもいかず、少しだけ時間がかかる。
その間にちぬに被害が及ぶかもしれない可能性は否定できない。

(どうする…攻めて見るか? 素人なら数が多くても、30秒あれば殺せる。
だけどもし小屋の中に人がいればちぬが危険になるし…あぁ、もうどうすりゃいいんだよ!?)

きくと精鋭の忍者数名は攻めあぐねていた。
物事に確証がない以上迂闊に動くわけにはいかないが、状況が好転するとも思えない。
祐輔、農民、きく…奇遇にも状況を打開する何かをこの場にいる誰もが必要としていた。









ある一人の男がいた。
男の生は平々凡々としたもので、特に波乱に満ちたものではなかった。
地方にある天志教の坊となって子どもたちに勉強を教え、平和に暮らしていた。

彼の自分の人生に不満はなかった。
平凡そのものであるが日々に満足し、これから先も変わることなく生活を送ると思っていた。
出世こそしないものの、彼の人生は幸せであったと言える。

―――――そう、あの時までは

「はぁ、はあっ、はぁっ…!」

どうしてこんな事になってしまったのだろうと男は思う。
何故自分がこんな目に、と。

ある日を境に夢に出てくる右腕が異形の美しい女。
その日から夢に同じ女が出てくる度に酷い頭痛が頭を襲うようになった。
また身体から何かが抜け落ちていくかのような虚脱感も日に日に増していく。

【――――こんなところにいたのか●●。早く起きろよ】

そして見たことも無い白い顔をした巨漢の男の来訪が決定的だった。
頭は割れるように激痛を訴え、生命力を奪われたと錯覚するほどの脱力感。
決定的なのが――自分が自分ではない何かになりかけているのではないかという直感。

【仕方ねぇな、ちょっと手伝ってやるか】

白い顔の巨漢の男から鉄砲で狙われ、自我の崩壊を起こしかけている男。
男は言葉になっていない絶叫をあげて近くの山へと無我夢中で逃げた。
既に体力は限界。そして――――――

「あっ、あっ、あっあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

〈バキリ! ベチャ……〉

男の身体は内側から破裂した。
腹が内側からの圧力に負けたかのように弾け、中から腸と肋骨が飛び出る。
あたり一面を血の色で染め上げた男の意識はそこで途切れた。

男は絶叫をあげた後糸が切れたかのように倒れる。
人は死ねば骸となるのが当然の摂理ではあるが――男の身体は未だに蠢いていた。
しかしそれは人間的な動きではない。何かが男の身体から這い出ているのだ。

〈ズリッ、ズリッ……〉

男の臓物を掻き分けて腹から這いでたのは一人の美しい女だった。
髪と全身を男の血で塗れているが、女の美は失われない。むしろそれが自然であると思えるほど。
だがその美しさとは美麗や華麗といったものではなく―――妖艶といった恐ろしい類のもの。

そしてその女は―――今はピクリとも動かない男が夢に見た、あの右腕が異形の女そのものだった。

「やれやれ、式部やっと目覚めたか」

「ギ……ガ……」

「まだ孵ったばかりじゃ満足に話せないだろ。
ザビエル様も首を長くして待っておられる。ひとまず行くぞ」

女の名前は【式部】。
魔人ザビエルの使徒にして青龍を戴く者。
今まで男の魂の中に封印されていたが、魔人ザビエルが復活したのと共振して封印が解けたのである。

「……ど………コ………へ……」

「織田だが、お前には先に潜伏予定地の本能寺ってとこに行ってもらう。
ザビエル様も後から来られるから、お前は力を元に戻しておけ」

そして式部に話しかける白顔で巨漢の男もまた、魔人ザビエルの使徒。
この男の名前は【煉獄】。もっとも早く復活を果たし、ザビエルに従う魔の者。

魔人に従う全ての使徒は全てで五柱。
式部、煉獄は復活を果たし、藤吉郎は信長の元で暗躍をしている。
残る二柱とも復活を果たしてはいないものの、ゆっくりとだが確実に復活の兆しを見せ始めていた。










*感想650を取った人には特典があるよ!



[4285] 第四話
Name: さくら◆206c40be ID:a000fec5
Date: 2010/02/19 16:18
一揆を起こした村を取り囲む毛利正規軍。
彼等の多くはモヒカンである。で、あるが故に陽動にはピッタリだった。
村人の多くの目は毛利正規軍へと向いており、その誰もに一揆の交渉の失敗を頭によぎらせた。

村人の中で高まる絶望感。
そしてその絶望感と共に湧き上がる投げやりな感情。
その感情の捌け口が毛利の娘・ちぬへと向けられているのを隠密で動いている吉川きくは敏感に感じ取っていた。

「っち…これ以上はどうしようもねぇ」

何一つ事態は動いていないが、これ以上待ってもいい方に転ぶとは思えない。
正規軍に取り囲まれている村人たちの精神的苦痛もそろそろ限界だろう。
多少の危険はあるがきく救出を強行する他道はあるまい。

【おい、お前ら。準備しろ】

【へい、姐御!!】

きくはそう判断し、ハンドサインで背後に控える配下に命令した。
忍者という隠密で動く必要がある以上、言葉を交わす必要なく指示を出せなければいけない。
きくの指示に隠密型モヒカン達(モヒカンが深緑色。周囲に紛れる)は一瞬にして周囲に散る。

数えて五秒。
全員が四方に散って効率良く村人を殺せる位置につく充分な時間である。
きっちり五秒数え終えたきくは口元に指をやり。

〈ピーーーヒョロロォォォオオ……〉

勢い良くきくが息を吹くと口から漏れるのは鳥の声。
鳥の鳴き声の真似をした十秒後にきく達は村人へと跳びかかった。



きく達が強襲を決断し、村人たちへと襲いかかる僅か前。
状況のマズさを理解しているのかと言いたくなるような笑顔のちぬの横で転げまわる祐輔。
何もいい考えが思い浮かばない。人間限界まで追い込まれると意味不明な行動をするものである。

「あああああああああああ。俺の冒険はここまでなのかぁぁあああ!?
嫌だ嫌だ、童貞のまま死にたくない!! 先生の次回作にご期待下さいエンドは嫌だぁぁああ!!」

「え、ユウちゃん童貞なの? ちぬが相手してあげよっかー?」

「今はそんな事言ってる場合じゃないだろ!?」

嫌だ嫌だと叫びながら転げまわる祐輔の童貞発言に食いつくちぬ。
まぁまぁと言いながら転げまわる祐輔の回転を止めて、祐輔の服に手を付ける。

「童貞のまま死ねないよねー。
こんな状況ってちぬも初めてだから、燃えるね☆」

「ああああ嬉しいようなそうでもないような期待に胸高まるというかこんな場合どうしたらいいんでしょうかうぇwwうぇwwwあけど俺呪い憑きのせいで不能だからヤリたくてもヤレないじゃないかガガガガガガガチクショウちくしょう!!――――――って、あれ?」

色々と限界に近づいていて、色々な事を口走った祐輔だがここで重要な事に気づいた。
ちぬはこの部屋に放り込まれた時、後ろ手に縄を縛られていたはず。
じゃあ今―――何故、ちぬは不自由なくモゾモゾと祐輔の着流しを脱がそうと出来ているのだろうか。

「ストップ! 止まれ、っていうかヤメれ!!」

うん? と祐輔の褌にまで手をかけていたちぬが顔を上げる。
もはや祐輔の息子とご対面まであと少しというところであった。
ちなみに余談だが祐輔の下着はFUNDOSHIスタイルである。大陸の下着は高いのだ。
城主や有力武将ならともかく、一庶民と変わらない祐輔に手が出るものではない。

「どしたのー?」

「なん、で、ちぬは手が自由になって…?」

それはともかく、ちぬの両手に縄は縛られていなかった。
ちぬを縛っていたと思われる縄はちぬが座っていた場所に落ちている。
その縄は不自然に千切れていた。断裂面は腐敗しており、それを無理やり捻切っている。

「あ、ユウちゃんも手が不自由だったら嫌だよね☆
初めての体験がSMプレイもいいと思うけどー」

祐輔の疑問にそう答えながら、ちぬは祐輔の息子を探し当てる作業を中断し、祐輔の両手に縛られている縄に両手を翳す。

「―――――な!?」

〈ジュワ〉

それはありえない光景だった。
ちぬが触れている縄の表面の色が休息に貪色へと変わっていく。
急激な色の変化と共に部屋の中に嫌な匂いが広がった。

腐敗。
何年も使えそうな丈夫な縄が目の前で腐敗していく。
祐輔が呆然とする横で縄は完全に腐敗してしまい、ちぬがうんと頷いた。

「うん☆ ユウちゃんこれで縄、千切れるよー」

「ホントだ…でも、これは何をしたんだ?」

祐輔が言われたとおりに力を込めると、いとも簡単に縄は千切れた。
ちぬはちょっと困った顔をしながら思案する。

「んーっとね…ちぬが「えい」って思うとこうなるんだよ☆」

それはつまりタネも仕掛けもないというわけだ。
ちぬが縄に腐食性の毒を塗ったわけではなく、本当に手を翳しただけで縄を腐食させる。
そんな事を出来るはずもない―――人外の力でも有していない限り、は。

「まさか、封印が解けかかってる‥って、いや、今はこんな事言ってる場合じゃない」

「そだよー。ちぬと一杯気持ちイイ事しないと。
ちぬも死ぬんなら、気持ちイイ事してから死にたいし☆」

「それでもない!!」

どこか食い違っている祐輔とちぬだが、これで活路が開かれた。
今まで両者の手がふさがっていたため逃げられなかったが、今は違う。

「玄さん!」

【…おぅ。俺は何も見ちゃいねぇから気にすんな】

「そんな気遣いはやめて!! 心が痛いから!」

どことなく気まずそうな玄さんの鳴き声に祐輔はさっきの乱心ぶりを思い出して死にたくなる。

「とにかく小屋の外に出て来れ。
これから俺が操れる最大数を集めるから、そいつらと合流して。
それで俺が小屋を出た瞬間に村人たちの目を覆ってくれ」

まずは村人たちの視界を奪う。
そうすれば逃げ切る機会も生まれるに違いない。
祐輔だけ逃げるだけならそんな必要もないが、ちぬも逃げる必要があるから。

「ちぬ、ここから逃げるぞ。
俺が小屋の扉を開いたら俺の後について走ってくれ。
一気にちぬの奪還に来てると思う毛利の軍まで走りぬくから」

「えー? 気持ちイイ事はー?」

「モチロンなしだ。そんな顔しても駄目だからな」

ぷくーっと不満そうに頬を膨らませるちぬ。
そんなちぬを意図して見ないようにして、祐輔は神経を集中させる。
これから操るのは祐輔の限界の数であり、玄やインテリ雀といった契約している雀も協力しくれるとはいえ容易ではない。

「――――――――」

目を瞑って呼吸を整える。
すーーふぅーーっと深く息を吐く祐輔の姿にちぬも祐輔が何かを始めた事に気付く。
なにしてるんだろう? とちぬの興味が気持ちイイ事から移る。

「――よし」

祐輔の呪い憑きとしての能力を司る感覚から手応えを感じる。
この感覚は呪い憑きとなってから祐輔に備わったものだ。
触覚とも聴覚とも視覚とも違う第六感。その第六感を通して祐輔は鳥を操る。

「わ」

「はっ」と短く祐輔は息を吐いて目を開く。
祐輔の纏う雰囲気が僅かに変わった事を、そして変化にちぬは驚きの声をあげる。
祐輔の目が【赤い】――先程まで黒かった左目が赤くなっていた。

「わー、きれー。凄いね、それどうやったのー?」

「何が…って、とにかく逃げるよ。用意して」

「はーい」

祐輔の左目の変化にはしゃぐちぬだが、祐輔は何の事だかわからない。
祐輔は自分が能力を使えば左目が赤くなるようになるなんて知らないのである。
鏡を見ながら能力を使った事がないので当然といえば当然だが。

ちぬは祐輔を面白い人だと思い始めていた。
さっき転げ回りながら意味不明な言葉を口走った時に言ったある言葉がきっかけ。
そして今の変化によってちぬの中で祐輔は興味深い人間の枠内に入ったようだ。

変に素直だなと思いながらも祐輔は操った雀に指示を出す。
一揆に巻き込まれただけの男の静かな反撃の始まりだった。



最初に襲撃に気づいたのは補充されて守りについた村人だった。
五人一組で小屋の周りを警戒していたのだが、男の前を歩いていた二人が音もなく倒れる。
急にどうしたと声をかけようとしたら今度は自分の隣にいる男が倒れた。

先に倒れた二人の深々と苦無が刺さった首筋から真っ赤な血飛沫が吹き上げている。
サン、と。男の隣にいた男は瞬時にして脚の靭帯を切断されて地面に転がった。
五人組の内二人が殺され、一人が無力化された時点で男の目にフリルのついた服が写る。

「て―――」
「敵襲だhy」

男二人が他の村人に襲撃を知らせるべく声を張り上げようとするものの。
一人はフリルのついた服が翻り、何処からともなく現れた中華鍋が顎を砕いて言葉を潰した。
そしてもう一人は助けを呼ぶことは出来たものの、喉に狙いたがわず投げられた苦無のせいで絶命する。

「仕留め損ねたか」

「があああ、はひあrはkまっはっやあ」

チッと舌打ちをしてフリルのついた服――メイド服を着たきくは手元の鎖を手繰り寄せる。
すると先程男の顎を慈悲なく砕いた中華鍋が彼女の手元に戻り、ジャラリと鎖が重厚な鉄の音を鳴らした。

「ひゃひはあはゆは」

「ああ、ウルせえよ。そこで死んどけ」

彼女は男に付き合う時間も勿体無いと激痛に転げわる男の首を踏み砕く。
そして男が絶命するのを確認するまでもなく、ちぬが捕らえられている小屋へと跳んだ。

その跳躍は既に人として人の領域に非ず。
一足飛びに5m近くを跳び、まるで本当に飛んでいるかと錯覚するかの如くの跳躍。
見るもの全てを唸らせる忍者としての強みの一つがそこにあった。

彼女の本来の予定であれば、この時点ではまだ敵に発見されてはいない。
四方に散った彼女の部下はそれぞれ一人でも村人達を相手に出来る猛者揃いである。
しかしながら今回はちぬの救出任務であったために出来る限り事を荒立てないように行動したのだが―――

「やっぱりコソコソやるのは苦手だな!! 
こんな事ならもっと暗殺も習っときゃよかったぜ!!」

彼女は暗殺などが苦手であった。
というのも正々堂々と戦ってこそ面白いし、格の差を見せつけられる。
そんな考えが毛利家にとっての家訓でもり性質でもあるので、暗殺などのチマチマした技能が必要とされなかったからである。

忍者としてそれはどうかと思うのだが、今はそれを言っても仕方ないだろう。
今度からちゃんと暗殺技能も鍛えようときくは内心反省しながらも猛スピードで跳ぶ。
そしていの一番に小屋へとたどり着いた彼女は首をかしげた。

「なん、だ、ありゃ?」

男の敵襲の声に警戒して小屋の周囲を固めるのはわかる。
小屋を中心にして大の男が二重に円を組、間断なく槍を構えていたようだった。
そう、いたようだっただ。しかし円陣は崩れに崩れて乱れてしまっている。

「鳥…?」

悲鳴をあげながら槍で追い払おうとしている男たちに共通しているのは一つ。
その誰もが5~10羽ほどの鳥に襲われて混乱しているのであった。



数、200余羽―――把握。
距離、約30m―――把握。
方角、小屋頂空――把握。

操作ニ支障――――問題ナシ!!

「ちぬ行くぞ!!」

「はーい☆」

操っている鳥の現在状況を把握した俺はちぬの手を引いて小屋の扉前で準備。
そして俺が小屋を蹴破るタイミングを見計らって雀達に最終指示を念じた。
これは俺が呪い憑きになってから出来るようになったというか、新たに出来た器官のようなものだ。

立つという動作にいちいち必要な筋肉の収縮を全て思考する必要がないように、鳥をどういうふうに操りたいか考えれば鳥はそのように動く。
そのため俺はこの器官を通じて感覚的に操れる最大限度の数や距離をなんとなくだけど把握しているわけなのだ。

【行け!!】

指示は単純明快。
最大限度の数を使役しているのだから、命令も単純な物になってしまう。
だがこの場に限って言えば最大限度を使役していても許容範囲内だった。

「うわっ、な、なんだ!?」
「ちきしょう、いた、痛いタタタ!!」
「敵がきたってのに、なんだこいつら!?」

小屋の周囲にいる人間を襲えという指示。
この小屋の中にいるのは俺とちぬだけだし、小屋の外にいるのは一揆を起こした村人達のみ。
ならば敵と味方の区別をつけなくて無差別に襲わせてもなんら問題はなかった。

「おっっっらぁぁあああ!!!」

ドン! とここ一ヶ月で鍛えられた脚でボロい小屋の扉を蹴破る。
逃げる以外には貧弱だった俺の脚力も放浪の旅で幾分か強化されている。
ちょっぴり痛かったけど小屋の扉を蹴破る分には充分足りていた。

ここで初めて外の様子を確認したのだが、いい具合に村人たちは突然の襲撃に混乱してくれている。
人間である敵ならばともかく、普段は人間を恐れて気配だけで逃げてしまう雀が自分たちを襲ってきたのだ。
予期しない形での、しかも予期しない敵からの襲撃に未だ村人は立ち直っていない。

「ちぬ、こっちだ!」

傍らにいるちぬの手をぎゅっと握って、事前に玄さんに聞いていた毛利軍のいる方向へと頑張って走る。
雀達はあくまで敵を怯ませるだけの効果しかないので、正気に戻られたら文字通り命懸けの鬼ごっこになってしまう。
村人たちが雀による小さな襲撃に驚いている隙にどこまで逃げる事が出来るかが今回の作戦のポイントだった。

そう、ポイントだったのだが。

「ギャアアアアアア!!」
「俺の、俺の目ガァァァアア!?」

その……なんで、カラスが混じってんの?
俺が使役している鳥の中には思いにもよらない奴らが混じっていた。

雀の何倍もあろう大きな黒い身体をはためかせて鋭い嘴を突き出すカラス達。
俺が雀だと思っていた鳥の中に1:4くらいの割合でカラスが少ないながらも混じっている。
彼等の攻撃は牽制という範囲を大きく超えていた。

端的に言うと目、抉れてるんじゃね?
襲撃早々に目や顔を庇った奴は無事そうだけど、咄嗟に反撃して追い払おうとした奴は悲惨な目にあっている。
まるで天空の城の大佐みたいなリアクションで地面を転がっていた。

けれど、なんでカラスが?
俺が操れるのは雀だけのはずだったんじゃ―――

【彼と貴方では年季が違いますしね。
せいぜい今の貴方の呪いの侵攻度から言っても、およそ50が妥当です】

そういえば、以前インテリ雀がこんな事を言っていた。
発禁堕山と比べて呪い憑きの力は弱く、その効果範囲も狭いと。
しかし呪い憑きの呪いが強くなるに比例して力も強くなる、と。

まさかこういう事なのか。
妖怪に近づくに連れて雀だけじゃなくて他の鳥も操れるようになる。
妖怪化するという代償の大きさに比例して。

そういえば俺も最初は【鳥を操る】能力だと認識していた。
しかし操れるのは雀だけだったのでそう思っていたのだが…まさか、そういう事なのか?

「なんか…ゴメン!」

それはともかくやり過ぎかもしれない。というかやり過ぎだ。
俺は村人たちに短く謝罪をして、ちぬの手を引いて小屋の包囲網を抜け出す。
過剰防衛気味だとはいっても注目を引き剥がすには充分役立ってくれた。

よっし、このままの勢いで毛利軍の所まで―――――

「っ!」

ゾクリと首筋に悪寒を感じたのは一瞬。
俺のスピードにちぬを巻き込むわけにもいかないので、ちぬの手を離して横に跳ぶ。
周囲の景色を置いてけぼりにして首筋の疼きを感じた地点から離れる事に成功。

ザリザリと足袋が地面を抉って少し離れた地点にまで後退する。
移動後すぐさま疼きを感じた地点を確認…って、苦無か。
俺がすんでのところで回避した場所には一つの苦無が地面に突き刺さっていた。

あの角度からして――上か!

「へ、へぇ…あれを避けるなんてやるじゃねぇか(今、全然動きが見えなかった…こいつ何モンだ?)」

ふわりと音もなく俺達より前方から降り立つメイド服の青い髪の女性。
右手には中華鍋を、左手には中華鍋から伸びる鎖を握って何故か引き攣った笑みを浮かべている。
なんでこんな所にこの人がとも思うが、俺はなんとか命の危機は去ったという事を悟った。



祐輔の今の心境を表すなら【あっるぇー?】だった。
どうして、何故こうなった…! と頭の中がグルグル回っている。
それもそのはず。祐輔はきくとの衝撃の出会いを果たした後、何故か毛利の城の天守閣に身を寄せていた。

「ほぅ、この男が。とてもそのようには見えぬがな」

祐輔を見下ろすようにして、実際に見下ろしながら値踏みしている女。
その女ときく、ちぬの三人が天守閣における二番目の上座から順番に座っている。
きくとちぬはどこかワクワクしながらその様子を見守っていた。

ではまずこのような状況に陥っているかの説明をしなければならないだろう。

あのきくと祐輔の対峙はちぬが間に入る事によって和解する事に成功。
ちぬをきくが抱えて逃げる事によって神速の逃げ足を使う事ができるようになった祐輔は二人とすぐさま村を離脱した。
一揆の村を抜けてきて毛利正規軍に囲まれた時はどうしたものかと立ち尽くした祐輔だったが、それは後から離脱して来たきくの説明によって誤解は解けた。

さて、ここで祐輔の思惑から外れてしまう。
祐輔はそのままジャッ!と爽やかな笑顔で去ろうとしたのだが、そうは問屋がおろさない。
事情の説明とお礼がしたいとガッチリきくとちぬに捕まり、毛利の城まで強引にお誘いを受ける事になってしまった。

面倒事は勘弁と逃げようとした祐輔だが、そこでちぬの事について思い直す。
ちぬの中にいる奴、そして拾中八九復活しているであろう魔人ザビエルはJAPANで過ごす以上避けて通る事は出きない。
なら逃げ出すのは毛利家でちゃんと説明してからでもいいのではないだろうか。

そう判断した祐輔は毛利家まで着いて行く事にした。
しかし祐輔は城に行って一揆について事情を聞かれる程度だと思っていたのだが、通されたのは玉座の間にあたる天守閣。
これには度肝を抜かれて今更ながら恐縮してしまっているというわけなのである。

「や、それがてる姉マジなんだって。
こいつこんな顔してやがるけど、相当やりやがるぜ?」

「そだよー。ユウちゃん凄いんだよー」

信じられんと祐輔をジロジロ見る女にきくとちぬの二人がフォローを入れる。
きくは自分の苦無が見切られ、想像を遥かに超える速さで動いた事から。
ちぬは祐輔をいろんな意味で凄いと認識しているから、そのままの印象を述べた。

「まずは礼を言わねばなるまい。
私はコレ…ちぬの姉の毛利てると言う。旅人よ、妹が世話になった」

「おっ、そういえばあたしも名乗ってなかったな。毛利家次女の吉川きくだ。よろしくな」

毛利きく。
猛将揃いとされる毛利家において、毛利の後継者となるべく選ばれた女性である。
きくやちぬといった妹達が嫁ぐ中、きくは毛利の後を継ぐため婿を取る予定だったから苗字が一人だけ違う。

彼女も三姉妹共通のメイド服を纏っている。
背は低く三姉妹の中では小柄な印象を受けるが、その性格は三姉妹で一激情家だ。
誰よりも戦を愛しており、小柄な身体からは信じられない力が発揮されている。
そんな彼女は毛利家において足軽隊を率いて毛利を支える一柱となっていた。

「申し遅れました、森本祐輔と申します。以後お見知りおきを。
祐輔でも、森本でも呼びやすいほうでご自由に」

「ユウちゃんはユウちゃんだよ? ねー」

「…はい、ユウちゃんでいいです」

きくとてるの名乗りに合わせて祐輔も名乗りをあげるが、ちぬの笑顔に屈した。
そんなちぬの様子を見て二人の姉はほぅと内心で祐輔の印象を上方修正する。
誰にでもフレンドリーなちぬだが、ここまで懐くのは結構珍しいのである。

「ではユウちゃんよ。褒美を取らせようと思うが何がいい?
酒、金、女…ユウちゃんが望むなら毛利家で士官させてやってもいい」

(え、マジでユウちゃんで通すの?)

そんな祐輔の心の声を見通したのか、てるはクックと喉を鳴らして笑う。
思ったよりも頑固でなく、洒落も通じる相手らしい。
遠慮なく言えとてるは祐輔に促した。

まだ報告はきくから軽くしか聞いていないてるだが、ちぬの無事救出に祐輔が起因している事は理解していた。
大事な妹を傷つけることなく助け出せた。ならばその働きに応じた褒美は出さなければいけない。
多少の事なら便宜をはかってやろうと考えていた。

「では失礼ながら…戦を一時休戦してみては如何でしょうか?」

だがてるにとって。いや、祐輔以外は褒美にこんな事を望むだなんて完全に想定外だった。
明石との戦を休戦しろなどという、大それた事を褒美に望むだなんて。



「おいおい、それはどういう意味だ?
なんで一介の旅人のはずのお前がそんな事望むんだ?」

きくが俺をみる目は鋭い。
なんでかしらないけどきくは俺を過大評価しているらしい。
それほどまでに神速の逃げ足のインパクトが大きかったのだろうか。
場合によってはこの場で殺すとも言えそうな鋭い目付きである。

「きくの言うとおりだが、それは如何なる意図の元での望みだ?」

対しててるの眼差しはこちらを深く観察する光秀のような視線。
探る、といったほうがいいのだろうか。俺が何者であるかを見極めるような感じである。
まぁこちらも場合によってはMK5(マジで斬る5秒前の略)だけど。

もっとも早く弁明しないとここから本気で逃げ出す羽目になってしまうのは目に見えて居る。
場合によっては明石からの回し者と誤解されて、今回の一揆の原因とされかねない。

「別に戦自体が悪い、と言っているわけではありません。
ただちぬの身の事を考えるなら戦を控えて欲しいとお願いしているのです」

「え、わたしー?」

「そう、ちぬだ。このままだとちぬが死んでしまう」

突然水を向けられたちぬはぽかんとしている。
なんで自分が戦を休戦するという話で議題に上がったのか理解できていないのだろう。
ただ俺も言葉が足りなくてマズイと思ったのだが、案の定誤解されてしまったらしい。

「ま、まさかちぬ、お前病気だったのか!? それとも本当に妊娠でもしたのか!?」

「えー、やだなきくおねたま。病気も妊娠もしてないよー」

「だ、だよな、ハハハ。焦ったぜ」

どうもきくはちぬが身重だと勘違いしたらしい。
ないないと手を振るちぬにほっと安心して座り直した。

「ならばユウちゃんよ。ちぬが死ぬとはどういった意図だ?
お前が何かちぬに仕掛けたというのならば、生きてこの城から出れるとは思うな」

と、いつの間に用意したのだろうか。
右手に軍師がもっている軍配団扇(相撲のアレみたいなやつ)を握ったてるが有無を言わさない威圧感を放って先を急かした。
その軍配団扇は赤く鈍い光沢が光っており、拭いてはいるんだろうけどアレで何人も撲殺されたんだろうなぁ。

「驚かずに聞いて頂きたい。今、JAPANで未曽有の危機が迫っています」

その鈍い光沢を見て背筋に冷たい物が走ったが、ある意味でこの感覚はこの世界に来てから慣れっこだった。
狒々との闘い、織田との戦、乱丸との対峙…恐怖という感情が麻痺しているともいえる。
そのため俺はすんなりとてるの威圧感に負ける事なく魔人ザビエル復活の事を説明する事が出来た。

俺の説明はとても簡単な物だ。
毛利家にもある天志教からあずけられている瓢箪には8つに分けられた魔人の魂が眠っている事。
その魔人の魂を封じている瓢箪の一つが割れて、恐らく魔人が復活しているという事。

流石に信長が魔人であろうという事は憶測なので話せなかったが、この現状がやばいという事は伝えた。
しかし実際の話を終えた毛利家の面々の反応は――――

「クックック、いいな、魔人か!!
腑抜けた人間とは違う、人類の敵である伝説の魔人!
血湧き肉踊る!! ならば復活を早めるためあの瓢箪を割るぞ!!」

「流石に瓢箪割ったらマズイんじゃねーの?
ま、あたしも魔人には興味あるけどな。ウチにも天志教の信者いるし」

「んー楽しそー! 魔人も毒で死ぬのかな?☆」

………えー?

真性のバトルジャンキーここに極めり。
やだ、何この人達こわい。

この人達にとって魔人とは恐るべき存在ではなく、闘いがいのある強敵らしい。
慌てふためるどころかむしろ率先して瓢箪を割ろうとする始末である。
……あぁ、相談する人間間違えたかもしれない。ここにも瓢箪あるから気をつけてもらおうと思ったのに。

「ですが、魔人が完全復活してしまえばちぬの命も同時に失われてしまいます」

「そこなんだよ、そこ。
魔人が復活するのはお前の話でわかったけど、なんでちぬが死ぬ事になんの?
あたし達が魔人に殺されってんならともかく、お前の言い方だとちぬが死ぬのと魔人の復活が一緒にされてるじゃねーか」

「…説明してくれるのだろうな、ユウちゃん?」

モチロンですと俺は即座に二人の疑問に答える。

「魔人には使徒という自分の力をわけた部下がいます。
そいつらは魔人の封印と共に誰かの魂に縛られて同じく封印されました。
そいつらは魂の輪廻転生と共に何度も転生を繰り返しますが、魔人が封印されている限りは使徒の魂を封印されている誰かに危害は加わりません」

まさか、ときくとてるがちぬをバッと見つめる。

「ですが魔人が復活すれば、使徒の魂は活発化して封印を自力で破ります。
そして封印が破られれば…その誰かの命はありません。死んでしまいます。
ここまで言えばわかると思いますが、ちぬ―――君の魂には使徒の一人が封印されている」

「そっか…コレ、赤ちゃんの呪いじゃなかったんだ」

「お、おいちぬ、嘘だよな。お前の中にそんな奴、いねぇよな?」

「うぅん、きくおねたま。ユウちゃんの言ってる事は多分ホント。
ちょっと前から、ね、夢に出てきてたんだ。ぶっさいくな顔の変なのが」

うろたえるきくを他所に、ちぬは実に落ち着いている。
そういえば原作でもあったな。彼女は自分の中にいる何かについて気づいていた。

「――つまりだ。魔人の復活が不完全な内に滅ぼせばちぬは助かる。
それは理解した。次は戦を休戦しろという意義について説明しろ」

「使徒の復活には個人差があります。
なるべく感情を昂らせず、その特別な力を使わないと復活は遅くなります。
ちぬでいえば腐食させる力とか、特別な毒とかを使わない事で復活は遅らせる事が出来ると思います」

「成程。感情を昂らせる戦は下策か」

しかもちぬの中にいた魔導はぶっちゃけてしまうとザコキャラ臭かった。
他の戯骸や煉獄に比べれば力は弱い方だし、早期に魔人を殺せれば復活を未然に防ぐ事も可能だと思う。

おまけに戦が休戦になれば農民たちの負担は軽くなるに違いない。
あの村の農民たちはもうどうしようもないが、他の農民たちの負担は軽くなるだろう。
冷たいと思われるかもしれないが、あの村人達とはそんなに深い関係だったわけじゃない。ここで直談判までして助命をこう必要性を感じられない。

「これから俺は魔人についてよく知っている天志教に行こうと思います。
天志教とは魔人ザビエルを封印するために生まれた、という説もありますので。
ひょっとすれば使徒の復活を遅らせる秘術などがあるかもしれません」

使徒化を防ぐ方法を探すといえば目的地は天志教か陰陽師の総本山北条になる。
しかし原作において北条早雲が手を尽くしても使徒化を防ぐ手立てがないと言っていた。
ならば当たってみるべきは北条ではなく天志教だ。

それに個人的な感情を抜きにしてもちぬの件は放っておく事は出きない。
使徒の復活はただでさえ大変な魔人に金棒ではなくロケットランチャーを持たせるくらいの厄介さになる。
魔人が復活した以上、出来る限り使徒の復活を防がなければいけない。

「ちぬはここにいてくれ。自分一人で行ってきます。
最悪使徒の復活を防ぐためにちぬごと殺されかねない」

魔導の魂はちぬにくっついているため、ちぬが死ねば引っ張られる形で輪廻転生の輪に戻る事になる。
そうなれば魔人が復活する間に転生する可能性も低くなるし、仮に転生しても零から魂を侵食する必要がある。
時間稼ぎのためにちぬを殺すという選択肢がないというわけではないのだ。

ここまで唐突な事をつらつらと口にした俺だが、ちぬの自覚という確証があった。
俺だけの話なら何を馬鹿なと狂人の戯言にすぎないが、ちぬの命がかかっているのである。
信じない、というわけにはいかなくなったはずだ。

以前天志教を避けて通ったように、俺は今でも天志教に行くのにビビってる。
けれど今回は魔人が復活したという確信があるし、ちぬを助けるという名目も出来た。
会って間もない仲だけど、この後ちぬが魔人に喰い破られるというのは目覚めが悪すぎる。

性眼のおっさんが話のわかる人だったらいいのだけどなぁ。
魔人復活の情報を持っている以上、呪い憑きだからと即座に殺されたりもしないだろう。
しかも信長の魔人化がまだ初期であれば月餅の法(そんな名前だった)によって封印する事すら可能なのだから。

「どうする、元就?」

「こいつの話を信じるかって話だよな。
こいつはともかく、ちぬが心配だ。魔人をぶち殺すってのは確定事項だけど」

「おとたまー」

ここで初めて毛利の棟梁に指示を仰ぐ事になった。
ここの天守閣はともかく広くて大きい。単純な部屋の広さもだが、天井が途轍もなく高い。
織田の天守閣と比べれば2,3倍はあるだろうか。

その天守閣の一番上座にその男はいた。
東大寺の金剛力士像くらいの大きさと威圧感を周囲に振りまき、今まで静かに話を聞いていた。
冗談としか思えない巨躯と老人には思えない覇気の強さ。

毛利元就。
呪い憑きと化して以来、人類最強を誇った人外魔境の体現者。
毘沙門天の化身と謳われる上杉謙信に比類する化物である。

〈ズシン! ズン!〉

その大仏像のような大きさと威圧感を振りまく男が初めて動いた。
一歩歩くたびに天守閣の間に地響きが鳴り、床が振動する。
そんな光の戦士の敵役としても通用するような化物が俺の前まで歩み寄る。

な、なにか俺気にさわるような事言ったか?
まさか、ちぬにタメ口だったのが気にくわないとか!?

「避けてぇ、見ィろぉ」

「え?」

ゆらりと俺の何倍もありそうな刀身の刀が上段に構えられる。
そして呆気に取られている内に――元就の身体が僅かに揺らいだ。

〈ゾクリ!!〉

今まで感じた事がないレベルの首筋の疼き。
疼きなんてレベルじゃない、まるで焼きごてを押し付けられたかのような激痛。
俺は元就が何をしたのかも理解できないまま、今までで培った死の気配から逃げるように床を蹴る。

〈ダァァァァン!!!〉

まるで至近距離で爆弾が爆発したかのような衝撃。
目の前に畳の破片と思われる物が飛び散り、木材っぽいのも粉々に砕けて飛んでいる。
な、なんだこれ? 刀を振り下ろしたのか?

ずざざざーっボロ雑巾のように畳の上を転げまわって、跳び逃げた勢いのままだったのに抵抗して起き上がる。
全力で跳びのいたため、畳が擦れて腕と顔が大変な事になっている事だろう。ズキズキするし。
そして俺が見た光景というのは――爆心地もかくやという悲惨な現状だった。

振り下ろされた刀は畳と床を突き破って下の階にまで届いている。
余波とでも言うのだろうか。馬鹿げた威力によって爆弾が爆発したかのように畳が錯乱。
見るも無残な姿に成り果てて、木片と共に畳の残骸があたりに散っていた。

「な、なにを?」

「合ぅ格だぁぁああ。おまぇに任せぇるうぅう」

呪い憑きの影響である、特徴的な間延びした元就の声が届く。
間延びしたと言ってもちぬのように可愛らしいものではなく、地獄から響く鬼のような声である。
それはともかく合格? どういう事?

「そぉれならァ、簡ン単にィ死ななぃぃいだろォォおおお」

どうやらさっきの一撃は俺が信じるに足るかどうかのテストだったようだ。
本気で勘弁して欲しい。ちょっとチビッたじゃねぇか! どうしてくれる!
実際には口に出せない小心者の俺だが、心の中で元就に罵声を浴びせまくった。

「では元就」

「こぉいつゥううにィ、金をぉ渡しぃてえやれぇェ。
お前ェをおお信じィるぅうう。戦さぁわぁああ休戦んだぁああ」

こうして元就からの信頼を一応勝ち取った俺は即日に毛利を発つ事になった。
目的地は対ザビエルの総本山、天志教。
俺は魔人が月餅の法で封印できるレベルでしか復活していない事を祈りながら毛利を発つのであった。






おまけ

毛利家に移動すると言われて祐輔に用意されたのは自転車だった。
その自転車を用意したきくはフフンと得意げに胸を張る。

「こいつは自転車って言ってな、毛利家の強襲部隊が移動のために使うモンだ。
こいつで毛利家まで行くんだけど…どうしたもんかな」

そう言ってキキっときくは自分用の自転車に跨る。
きく達は訓練を積んで乗れるようになったが、この自転車に乗るというのは訓練が必要なためである。
馬とてばさきの機動力にはかなわないが維持費がまるでかからない毛利家の自慢だ。

二人乗りという方法もあるが、それでは自転車が潰れかねない。
さて、どうしたものかときくが思案していると。

「ちょっと借りますね。……うん、こんなもんか。流石にサドルの高さを変えるとかは出きないか」

するする~っといとも簡単に祐輔が自転車に乗っているではないか。
そんなアホなときくは目の前の光景が信じられない。

「おま、自転車に乗れるのか!?」

「? え、えぇ。乗れますけど?」

こいつタダ者じゃねぇときくが誤解を深めた一幕である。
現代人の祐輔から自転車に乗るスキルは一般的なのだが、それとは知らずすいすい乗る祐輔だった。

「わっ、すごーい。ねぇねぇユウちゃん、ちぬユウちゃんの後ろに乗っていいー?」

「いいけど…じゃあ座席に座って」

「けど座席に座ったら、ユウちゃん座る場所ないよ?」

「大丈夫大丈夫、それはこうして」

ちぬの要望を受けて祐輔は立ちこぎ且つ大きく身体をサドルと前輪の間に沈めて複雑な体制を取る。
それは現代でやった自転車に三人乗るためのポジショニングなのだ。
ちぬに車輪の部分でずっと立たせるわけにはいかないと祐輔はサドルを譲ったのである。

「なっ……!?」

なんだそれは。ありか、その体制はありなのか。
常識では考えられない乗り方にきくとモヒカン達に衝撃が走る。
モヒカン達は概念を覆す自転車のライディングポジションに、きくはそれにプラスちぬを取られたと思って。

「ちぬ、あたしよりそんな男のほうがいいのか…?」

「すげぇ、すげぇぜあいつ! あんな体制で車輪こいでやがる!!」
「ヒャッハー! こいつはイカレてやがるぜ! マジ狂人!!」
「アニキ! もはやあの人はアニキと呼ぶべき人だぜ!」

変な所でモヒカン達の人気を勝ち取る祐輔だった。





*元就のフォントを一々整えるのは大変なので、ここぞという見せ場だけ変えます。
普段は違和感ありますが、このまま普通のサイズでいきます。



[4285] 第五話
Name: さくら◆16c0be82 ID:a000fec5
Date: 2010/03/09 17:22
――――尾張

一向に進まない祐輔捜索に対して五十六はどうしたものかと悩んでいた。
織田の領地内はとっくに調べ上げ、同盟国である浅井朝倉にまで捜索の手を伸ばしている。
だというのに一向に情報の一つも手に入らないとなれば、祐輔は既に他国へと出ているのではないだろうかという疑念も湧く。

他国に出てしまえば軍単位での捜索は不可能になる。
織田の軍が捜索のためとはいえ他国に侵入すれば、それは領地侵犯となって国家間の問題だ。
そのため他国を調べる場合には忍者でも雇って隠密に調べ上げるしかない。

そうなればかかってくる費用も莫大だ。
ただでさえ織田は戦続きなのだ。先日も巫女機関を追い詰め、更に領地を増した。
ランスの好意(五十六はそう思っている)で捜索は続けられているものの、更に申し出る事は戸惑われた。

浅井朝倉の一件以来ランスを疑問視する声もあったが、今ではその声も小さくなっている。
所詮今の世の中は戦国乱世。勝ち続けるランスはその実力によって信頼を勝ち得ていたのだ。
おまけに言うならば最近信長の体調が優れなく、織田の舵取りはより一層ランスが握るようになっていた。

「そういえば…」

ふと五十六は信長について祐輔が何か伝えて欲しいと言っていた事を思い出した。

【――――もし、信長殿が彼らしからぬ行動にでた時。
彼が誰とも会おうとせず、部屋に引篭もり、不審な男たちとしか面通りしなくなった時。
ランス殿が持っている魔剣カオスに部屋に出入りしている男、もしくは信長殿のペットを見せて下さい】

何もなければ忘れてくださいと断りを入れての言葉。
だが祐輔の言葉にはこの現状を予期しているかのような部分があった。

まず信長は誰とも会わなくなっていた。
病が重いためと誰も部屋に寄せ付けないようになり、妹である香すら遠ざけている。
五十六は知らないが以前であれば香と会うくらいはしていたのに、と勝家が訝しがっていたのを覚えている。

そして不審な男達との繋がりが出来ていた。
【三笠衆】というそうなのだが、信長が病の治療のために遠方から読んだ医者の集団らしい。
信長の部屋に出入りするのは三笠衆ばかりとなっている。

だがこれも妙だといえば妙なのだ。
城には典医(かかりつけの医者)がいるというのに、何故得体のしれない人間を雇う必要がある?
その典医も三笠衆から何も聞いていないというのだから、おかしな話だ。

「ランス殿に相談してみるか」

祐輔がどうして織田の実情を予期していたかについて疑問は残る。
しかし祐輔という人物に実際会って、太郎からの話を聞いて信用に値する人間だと五十六は評価していた。
何より太郎を救ってくれた恩人だ。何を疑う必要があるというのだ。

五十六がランスにこの事を相談する事によって織田の実情は大きく変わる事になる。
それは一つの別れと対峙。長きに渡る戦端の幕開けとなるとは誰も知らずに。



ザビエルという魔人がいる。
魔人とは全ての生態系の頂点に位置する魔王の部下であり、数は100にも満たない。
しかしその身体的ポテンシャルと特異性は人間と隔絶したものがある。

一つは無敵結界という全ての魔人が持っている無敵の盾。
魔人は通常の武器や魔法では何をしても傷つける事が出きない。
現代で言うならば核爆弾の爆心地にいても傷ひとつつかない。これが人間との力量差を絶対にしているものなのだ。

そしてもう一つは使徒という部下を作り出す事が出来る。
使徒とは魔人の力を削って作り出す【子】であり、作れば作るほど魔人の力は弱くなる。
しかしこの使徒は魔人に絶対の忠誠を誓っているため、魔人が封印されても復活のために命をかける有能な部下だ。

「本能寺の舞台は整ったのか?」

そしてそんな魔人の【欠片】が信長の身体の中に身を潜めていた。

信長の中にいる魔人の名はザビエル。
はるか昔JAPANに未曽有の恐怖をもたらし、天志教の僧によって八つ裂きに瓢箪の中へと封じられた魔人である。
その力は使徒を何人も持つほどに強く、魔人の中でも上位に数えられている。

そんな魔人の4/8が信長の中に在った。
魔人ザビエルの魂が封じられている8つの瓢箪は全国の大名が守っている。
現在信長の中にあるのは織田・足利・上杉・明石の4つ。上杉のものは使徒である藤吉郎が奪ってきたものだ。

「はい。いつでも行けますぜ」

信長に臣下の礼をとって報告をする煉獄もまた使徒の一人である。

「月餅の法を使える者を探さねばならぬ。
そしてよもや我が懐に潜り込んでいるとは、夢にも思うまい」

「ええ。それにしてもこうも簡単に行くとは思いませんでしたよ」

「くくっ、確かに、な。身体の主が大名とは便利なものよ」

ザビエルとその一派【三笠衆】は拠点を天志教のお膝元本能寺へと移そうとしていた。
ザビエルにとってJAPANの中で一番警戒しているのは天志教のみ。
さらに言うなら月餅の法というザビエルを封じる事が出来る呪法を使える者。

それを早々に探し出して殺してしまおうという企みなのだ。

「では俺はこれで。向こうで先に準備を整えておきます」

第一使徒であり信長のペットでもある藤吉郎は瓢箪を探しに出ているためこの場にいない。
煉獄は先に本能寺で待たせている式部の事もあるし、先に本能寺へと向かう事になった。
信長の自室に残ったザビエルは一人、これからの事を考えてニタリと暗く嘲笑う。完全復活の時は近い。



「やれやれ、戯骸や魔導は何をやっているんだろね。
いっつも俺ばっかり仕事が増えていきやがる」

ま、それも慣れっこだからいいがな。
煉獄は一人で廊下をスタスタ歩きながら今後の動き方について思案していた。
ザビエルが信長の意識を掌握したとはいえ、未だに完全復活には遠い。

そして使える手駒も少ない現状。
式部は戦闘能力が卓越したものがあるが、その他の能力の欠損が多すぎるために使えない。
三笠衆は所詮人間だし、有能に動けるのが猿である藤吉郎であるというのが泣けてくる。

「今は瓢箪を集めるとしますか…っとと、織田の殿サンか」

ブツブツと独り言を呟いていた煉獄だが、向かいの廊下からランスが近づいてくるのが見えた。
実質織田の殿=城主は信長である事には変わりはないが、便宜上煉獄を含む三笠衆はランスの事を殿と呼ぶ。
ランスは背後に桃色の髪の少女、青髪の忍者、そして長い黒髪の女を侍らせている。
煉獄はもうすぐすれ違うのですっと道を空けてランスが通り過ぎるのを待つ事にした。

ランスは何やら魔剣カオスを鞘から抜き放っており、プラプラと振り回している。
危ねぇ奴だなと思いながらもランスが煉獄の前を通り過ぎようとした瞬間。

【待て、相棒】

「アン? どうした?」

【う~ん、コレどうかな~? 微妙に匂うぞ】

ピタリと先頭を歩くランスが歩みを止めた。
そうなると当然後ろを歩く女達もたちどまるし、煉獄も道を空けた状態のままで止まらざるをえない。

【そこのデッカイ男から匂うきがする。もっと身体(剣)を近づけてくれ】

「におうって、お前、まさか」

【ああ、魔人のほうじゃないゾ? ただそれに似た匂いがする】

煉獄からすればランスとカオスの会話の要領はえない。
だが剣が言葉を操り、なおかつ自分を怪しいと断じた事は理解できる。
煉獄の心にまずいという焦燥が生まれた。

煉獄の記憶の中に言葉を発する剣といえば一つしかない。
かつて彼の主人ザビエルを倒すまでには及ばないものの、極限まで弱らせて月餅の法で封じられる一因となった男の武器。
【聖剣日光】ただひとつだ。

「お前、見ない顔だな。誰だ?」

「え、えぇ、俺は信長様に個人的にお使えしている三笠衆の者です。
用事があるので、これで失礼します」

「まぁ待て。俺様が待てと言っているのだから、待つのが当たり前だ」

ギョロリとランスの大きな瞳が初めて煉獄を捉える。
それと同時に煉獄へと魔剣カオスの切っ先が向けられた。
どうする? 煉獄は思わぬ形で窮地に陥り、選択を迫られる。

信長の知識を得ているザビエルからランスの話は聞いていた。
異国からきた馬鹿だが、その腕前は凄まじいものがある。しかし馬鹿だから気にしないでいいと。
腕は立つが自分たちの計画の邪魔足り得ないと。

ザビエルが信長から読み取った情報の中にはランスが魔人を倒したという情報もあった。
しかしそれはあくまで本人の自称であり、ザビエルはとんだホラ話だと認識したのである。
まさか魔人を何人も殺し、国を救った事が事実であるとはザビエルでさえ思えなかった。

ザビエルが身体を完全に掌握してからランスと会っていれば、彼の持つ剣の異様さに気づいたかもしれない。

【うん、こいつ黒。匂いは薄いけど、間違いない。こいつ使徒ぢゃ! 殺せーーー!!!】

「ッチ!!!」

「あ、コラ、待たんか!」

煉獄は与えられた僅かな時間の間に選択をする事に失敗。
カオスに自分が使徒であると見破られた上での逃走という結果しか選べなくなった。
煉獄はその大きな身体からは考えられない俊敏さで廊下から庭へと飛び退く

普通の人間ならいざ知れず、煉獄は使徒だ。
人間とは並外れた肉体と身体能力を持つ煉獄であれば一度姿を隠せば充分逃げ切れる。
ここで自分が死んではザビエル復活が遠のく。死ぬわけにはいかない。

「いきなりランスアタック!!!」

だがランスも歴戦の強者。
魔剣カオスの切っ先を向けるまでしたのだ。
そのまま煉獄の逃走を許すほどランスは甘くない。

カオスの刀身に闘気を漲らせ、横薙ぎに振るって闘気を飛ばす。
魔人の使徒ならば殺しても問題ない。自分の命令を問答無用で無視したので殺しても問題ない。
つまりランスに躊躇する必要性は全くない!

〈ザザザザザザ!!!!〉

闘気の塊は横一文字に空間を切り裂いて煉獄へと迫る。
使い手であるランスが何の躊躇もなく、武器であるカオスが殺意を込めて放った一撃。
その一撃は魔人であっても致命傷と成り得る必殺の一撃。

〈ブシュウウウウウウ!!!〉

「ガッ!? ガアアアアあああああアアあああ!!!」

その一撃は狙いたがわず煉獄の腹をゴッソリと抉った。
だが致命傷には至っていない。闘気が身に迫る一瞬、煉獄は神業的な動きで身を捩ったのである。
ランスが歴戦の勇者なら煉獄は古参の戦士。積み重ねてきた戦場と闘いの数は伊達ではない。

「ジンデ、ダマルガァァアアアアア!!!」

ゴボリと血を吐き、ランスアタックによって深手を負った煉獄は大きく跳躍する。
周囲に血を撒き散らしながらも、ガキリボギリと骨が貌を変え、肉が膨張して加速度的に白い体毛が伸びる。
このままでは煉獄は死んでしまう。そのため奥の手ともいえる手段を取った。

―――四神。
東の青龍・南の朱雀・西の白虎に北の玄武。
ザビエルの使徒は第一使徒の藤吉郎を除いて四柱の霊獣の力をシンボルに持っている。
煉獄が持つのは西。木火土金水の内、【金】の力を与えられていた。

「な、なんだアレは!?」

ランスの驚愕を他所に煉獄の変体は終わりを迎える。
空を駆ける四肢は丸太のように太く、その体躯は百獣の王である獅子のゆうに数倍。
体中に生える体毛は太く針金のように尖っており、【金】の力によって鋼の硬度を持っていた。

白虎・煉獄。
全てを蹂躙しうる力はしかし、ただ逃げるのみに使われていた。
そうせねばならないほどにランスから受けた傷は深い。

【コロス…ガナラズ、織田ノ兵ヲ皆殺ス。ランスモ信長モ全テダ!!!】

そう捨て台詞を吐き捨てて白虎は空へと飛ぶ。
空を飛翔するのは朱雀の専売特許だが、白虎がしたのは飛翔ではない。
強靭な四本足の脚力による純粋な跳躍である。

思いにもよらぬ負傷を負った煉獄は呪詛を撒き散らしながら空へと消えて行った。



「大変な事になったな」

【なにやってんのぢゃ相棒! ちゃんと殺害せんと!!】

「うるさい、黙ってろ駄剣。いきなりなのでびっくりしたのだ」

あーびっくりしたとランスは軽口を叩きながら剣を空中で薙ぐ。
遠心力でカオスに塗れていた血をピッと空に飛び散らせてから鞘に収めた。

ランスと彼女たちは五十六に誘われて信長の見舞いに行くところだった。
普段そっけない五十六からのお誘い。ランスの欲求は巫女機関をあと少しで落とすというところまできていて解消されたものの、美人はいくらでも別腹である。
それに信長とも随分会って無いので、たまには顔くらい見てやるかといった次第だった。

「それより早く信長の部屋に行ったほうがいいでござるよ。
あいつ、信長の部屋から出てきたでござる」

「はっ! そ、そうですよランス様! 信長様は大丈夫なんでしょうか?」

この先の部屋は離れになっており、特別な人間しか入れないようになっている。
今現在ここを無許可で通れるのは譜代の将軍とランス、シィル、信長が特別に認めた者のみ。

煉獄はその禁止区域の方角から歩いてきたのだ。
自然に考えて煉獄は信長に対して用事を済ませてきたと考えるのは普通。

「あいつ病気で弱ってるからヤバイぞ!」

信長の病気は自他共に認められているほどに重い。
剣術の腕前はランスに比肩しうるものを持ってはいるが、まともに動けるのなんて数十秒くらいなものである。
最悪、信長があの魔人の手にかかっている可能性も低くはない。

ドタドタドタと廊下を蹴ってランス達は信長の部屋に急ぐ。
信長の部屋はもう目と鼻の先にある。

「信長! 無事か!?」

いの一番にランスが信長の部屋の扉を開く。
その先に信長はいつもと変わらない様子で一人布団に伏せっていた。



今の五十六の心情を述べるとすれば【戸惑】だろう。

「……へぇ。あの煉獄という男が魔人の使徒だったのか。まるで気付かなかったよ」

「まるで、じゃないわ! 本当にお前って奴はいつも通りだな!?」

「ハハっ。そんなに怒るなよ、ランス。こうして無事だったんだから」

こうやって目の前で無事を確認し、ランスと信長との会話に一言も口を挟まずに沈黙する五十六。
信長はいつも通りの温和な微笑を浮かべてニコニコしているし、ランスの剣幕をスルリと受け流している。
織田家の家臣として無事を喜ぶべきなのだろうが、五十六の内心は穏やかではなかった。

(何故祐輔殿は使徒が信長殿の命を狙っていると気づかれたのだろうか……)

五十六の内心をかき乱す原因はその一点。
織田家の家臣が誰も知らなかった事を、どうして祐輔は知っていたのか。
講和の時に五十六に助言をしたのだから、少なくとも一ヶ月以上前から祐輔はこの事を知っていたという事になる。

果たしてそんな事が可能なのだろうか。
忍者を雇って他国の情報を入手しているわけでもなく、他国の人間が誰も気付いていない事実を掠め取る。
本当にそんな嘘のような神業が可能なのだろうか。

【なんかこの部屋まだ臭いなぁ…こう、ちぐはぐな魔人の感じ?】

「あぁ? 何言ってやがる。この場に魔人なんてもう隠れられんだろうが」

【いや、しかし…確信は持てないけど、はっきり匂うんだって】

「それはさっきの男がいたからじゃないでござるか?」

「ああ、そうかもしれないね。
煉獄はこの部屋で俺の身体を診ていたから、小一時間はこの部屋にいたことになる」

あるいは祐輔は魔人の関係者なのか?
情報を入手できる可能性とすれば、妥当な物はもう一つしかない。
考えたくはないが…祐輔は魔人復活を目論む一味に一枚噛んでいるという可能性が高い。

いや、そんなはずはない。
五十六は胸中に湧き上がった疑問を掻き消す。
弟である太郎を救い、戦を止め、両国を和解させた祐輔の行動が疑問を否定してくれる。

それにもう一歩考えれば祐輔が魔人の一派だとして、何故使徒の行動を阻むような行為を取る。
今回の騒動は邪魔にこそなれ、決して魔人復活の助けにはならないはずだ。

「…あぁ、それと聞きたいんだ。
どうしてあの煉獄が使徒だってわかったんだい? 身近にいた俺でさえ気付かなかったのに」

「んなもんコイツを近づければ一発よ」

【ワシ、実は凄い剣なんです】

「へぇ………」

信長は興味があるのか、鞘に納められている魔剣カオスをしげしげと眺める。
本来は抜き身の剣のままの状態なのだが、JAPANでは剣を鞘の中にいれるのが常識。
ランスは別に鞘に入れる事に抵抗がなかったために現在カオスは鞘に入れられているままの状態が長い。

それが今回はカオスを鞘から抜いていたため、微弱な使徒の匂いにも気づけたのだろう。
そのカオスは今もなお魔人の気配のような物を感じ取っていたが、それも確信に至るものではない。
だから鈴女の意見にそれもあるかもと納得してしまった。

「じゃあどうして煉獄が怪しいって思ったんだい?
俺は全く気付かなかった。いやはや、俺の勘も随分鈍ったものだなぁ…」

信長の自身のうかつさを悔やみながら言った言葉に、ランスもそういえばと自身も疑問を口にした。

「そういえばそうだ。五十六、どうしてあの白いデカブツが気になったんだ?
信長の体調が気になるっつーのはわかるが、お前なんだっけ? あー、その…」

「ランス様、三笠衆です」〈ぼそっ〉

「そうそう、ミカサシューとかいうのも気になるって言ってただろ」

「それは」

ランスに合いの手をいれるシィル。
この部屋にいる全員の注目を一身に浴び、五十六は迷った。
言うべきか、言うまいか。だが言わずにこの場が収まるとは思えない。

「――以前、祐輔殿から助言を戴いていたのです。
信長殿が病に伏せ、身元の知れない者が部屋に出這入りするようになれば。
ランス殿の愛剣を部屋に出這入りする者か、ペットの藤吉郎に見せろ、と」

この五十六の言葉にランス達は純粋な驚きを。
五十六は若干の後悔と、自身の疑問を口にした事で形になった疑念を。
そして―――――信長〈ザビエル〉は新たに出てきた危険人物の名をしっかりと脳裏に焼き付ける。

「う~ん、藤吉郎は見当はずれだと思うけどな。
俺とあいつってかなり前から一緒だったし、何もなかったから。
それよりも祐輔って誰?」

「ああ、そういえば信長殿は知らなかったでござるな。
浅井朝倉との和平の時に浅井朝倉から来た使者の名前が森本祐輔。
鳥を操つる鳥使いで、なかなかに底の知れない御仁でござる」

「鳥使い、ね。なんでそんな人が今回の事を知っていたのだろうね」

鳥使い。少なくともザビエルの記憶の中にそんな人種はいなかった。
それを使って情報を収集した? いや、そんな事はありえない。
ザビエルが部屋で煉獄と会う時は細心の注意を払って周囲に生物がいないか確認している。
ネコはおろか鼠一匹ですら部屋の外にはいなかったはずだ。

しかも煉獄の事を知っているだけでも驚きなのに、藤吉郎の事にまで気づいている。
藤吉郎は見た目が普通の猿だというのに使徒であると、祐輔という人物は知っている。
これを脅威と言わずして何と言えというのだ。

「ああ! だから今回の事を知っていたんですね。
きっと鳥さんで使徒の情報を掴んだんですよ、ランス様」

「多分そうだろうな。ッチ! 忌々しいが、今回だけは助かったな」

一方五十六はそういえばそうだったと自分を恥ずかしく思う。
祐輔は意のままに鳥を操っていたし、それならば今回の異変の予兆を感じ取っていてもまだ説明はつく。
五十六は自分たちの恩人を疑ってしまった自分を恥じた。また一つ、祐輔に借りができてしまったなと。

「しかしまたアイツか…色んなとこに絡んでやがるな。案外あいつが魔人なんじゃないだろうな」

【ないない。魔人なら前会った時にワシが気づいとる】

「どっちにしろあいつを探し出す必要がもう一つ出来たな。五十六!」

「はい!」

ランスの呼びかけに勢い良く返事をする五十六。

「巫女機関はほぼ制圧したから、お前をアイツの専属探索に付ける。
戦には参加しなくていいから、とにかく見つけてこい。アイツが魔人の事をしっている可能性が高いからな」

「はっ!」

五十六からしても願ったり叶ったりだ。
必ず祐輔を見つけ出すという意気込みでランスの命令を改めて受けた。

「げほっ、ゴホッ……あぁ、ゴメンね。ちょっと体調が最近特に悪くて」

と、そんな風に話が纏まりかけていたところで信長が咳き込んだ。
見れば顔色が本当に悪いし、手も微妙にだが震えている。

「だ、大丈夫ですか? 痛いの痛いの飛んでけー」

「ああ、ありがとう」

「そういえば信長、お前もお前だぞ。
あんな怪しい奴を部屋に出這入りさせるなんてどうしたというのだ?」

布団から抜け出せない信長にシィルが回復魔法を唱える。
回復魔法が聞いたのか手の震えが止まった信長に対してランスが呆れたように言った。
そもそも信長が許可しなければ、煉獄が暗殺しに城へと潜り込む事すらなかったのだから。

「あの男が大陸からの医術を持っているという話を聞いてね。
ここ最近体調が悪くなるばかりだったから、新しいのを試してみてもいいかなって。
けどあの男が使徒だったっていうなら今までのも嘘だろうな」

そして信長はこう続ける。

「少し俺は療養するために本能寺に行くよ。
ちょっと身体が洒落にならないからね。ランス、後は任せてもいいかい?」

「おう、こっちは俺様に任せとけ。
ガハハハッ! 次に織田に帰ってくる頃には全国を統一してるがな!」

「ほどほどでいいよ? ほどほどで」

自分は天志教のお膝元である本能寺へと向かうと。
療養のためというなら納得できるし、ランスは俺に任せろと胸を張ってガハハと笑う。
こうして煉獄による暗殺未遂は幕が降りたのである。

―――――ランスは全国統一への思いを強くし
―――――五十六は祐輔を探し出してみせると再度誓い
―――――煉獄は織田への憎悪を滾らせ

―――――そして、信長扮するザビエルは本能寺へ



今回の事はザビエルにとって肝が冷える事態だった。

もし藤吉郎がいれば、周囲が疑念に思ったかもしれない。
もし瓢箪がもう一つ割れていれば、あの魔剣は自分に気づいたかもしれない。
もし自分と煉獄の関係に疑問を覚えられていたかもしれない。

その全てがザビエルの命の危機に直結する。
未だ全盛期の力は振るえず、元の身体の持ち主(信長)の抵抗も少しとはいえ残っている。
そんな中で魔人殺しの剣で襲われれば、今のザビエルでは太刀打ちできない。

「祐輔―――」

今回の危機の原因は祐輔という見知らぬ少年にある。
魔人殺しの剣を持つランスは危険だ。あの剣は紛れもなく魔人を殺し得る。
以前この身に受けた聖剣日光と同じ感覚を受ける。あの剣は自分を殺すと。

確かにランスも脅威。だが一番何が危険かと問われれば―――今現在、祐輔という男。

「―――何者だ?」

煉獄と藤吉郎を使徒だと見抜き。
おそらく信長がザビエルだという事にも気づいている。
直接的に被害を受け、相見えた事はない。だが祐輔という男は危険だ。

どうやって情報を手に入れたのかまるで掴めない。
あの場では鳥を使って情報を得たと他の面々は納得していたが、それはないと断言できる。
そんな事はありえない、と。

小物ゆえに取るに足らぬと捨て置くわけにはいかない。
ザビエルは本能寺へと向かう道すがら、三笠衆にある命令を命じる。
森本祐輔という人間を織田より早く見つけ出し、自分の前に引きずり出せと。

残虐に殺すか。
はたまた自分の力を分け与えて使徒とするか。
祐輔をどうするかはザビエルだけにしか分からない。










あとがき

祐「あれ? 俺の出番は?」

そんなものはない。
初めて主人公が一言も話さず、姿もないお話。
次は主人公側のお話。



[4285] 第六話
Name: さくら◆16c0be82 ID:a000fec5
Date: 2010/03/14 21:28
俺は幸か不幸かのどちらかと言えば幸なのだろう。

確かに色々とあった。
左腕はなくなるし、わけわからん呪い憑きになったし。
あげくの果てには主人公であるランスと戦場でガチバトルだ。正直勘弁して欲しい。

そんな『不幸だ!!』と叫びたくなる事も多々あったけど、俺は今生きている。
普通なら開始一日目にして野垂れ死んでしまったり、夜盗に襲われてゲームオーバーも充分ありえる。
というかそっちの可能性のが断然高かったというのが今になるとわかった。

俺の幸、それは人との良縁だろう。
太郎君との出会い、浅井朝倉の人々との出会い…発禁堕山はどっちかわかんねw
彼等、彼女達との出会いがあったからこそ、俺は今こうして元気に生きている。

いわば良縁スキルとでもいうのだろうか。
普通なら死んでいたり、どうしようもない状況でも選択肢を与えられる。

例えば学園物とかが代表的だろう。
可愛い幼馴染が文句をいいつつ毎朝おこしに来たり、美人の生徒会長が何かと絡んでくる。
更には担任の教師と過去に家庭教師で師弟の関係にあったりもする始末。

俺は声を大にして言いたい。
そんな世界どこにもねーよと。現実見ろよプギャーwwってな。
とまぁ、過去の俺なら言うだろう。いや、今でも言うね。

しかしながらまぁ――――――――

「ふむ……君か。魔人ザビエルの事について話がしたいというのは」

――――――実際こうやって、すんなりと天志教の大僧正・性眼と謁見できているわけで。

「はい」

それでいいのか天志教。
大僧正フットワーク軽すぎだろ。仕事がないのかとツッコミたいが、仕事はあるに違いない。
だって日本と同じくらい大きいJAPANの国教の大僧正。忙しくないはずがないのだから。

これは後から聞いた話なのだが、さんかく達と月餅の法の確認をするための時間だったから時間をとれたらしい。
普段彼が一定の場所に留まっている事はなく、天志教の本拠地にいない事もしばしば。
やはり重要な時に必要な相手と出会えるという事は運がいいのだろう。

顔に大きく刺青が入り、切れ長の目と揺ぎ無い意思を思わせる顔立ち。
性眼はランスや元就とは全く違う、静かな威圧感を感じさせる男だった。
ザビエルは歴代天志教の大僧正の中で最弱と評したが、とてもそうは思えない。

だがその威圧感は今、はっきりと抑えられていた。
お茶こそ出されないものの、部屋は人払いされていて俺と性眼以外には誰もいない。
大僧正を一人にしてもいいのかとも思うが、この大僧正の戦闘力は天志教で一番高い。
俺程度のポンコツが襲いかかっても一瞬で首を跳ねられるのがオチだから何も問題はないのだ。

これは本当にありがたい。
俺がこれから話すことはJAPANを揺るがす話なのだから。
話を最後まで聞いてもらわない事には始まらないのだ。

「お話します。俺の知る魔人ザビエルの全てを」

ここで俺の話を単なる法螺話だと思われても織田との講和と違って被害は出ない。
だが、未来で。これから遠くない未来で想像も出きないほどの被害が出てしまう。
その被害の中には俺はもちろん、浅井朝倉の人々も入っている。

「魔人ザビエルは今、復活しようとしています」

出来る事はしておかないと―――俺にはそれを許容できないのだから。



天志教。
JAPANという大陸から離れた陸地において国教とされる宗教である。
冠婚葬祭は全てこの天志教が取り仕切っている。

その教団は性質上全国各地に信者がいるため、幾つもの支部がある。
全国の妖怪征伐を担う北条家とは協力しあってJAPANの秩序を守っていた。
そしてその教団のトップであるのが祐輔の話を聞いている大僧正の性眼なのである。

性眼が本部であるなにわにいたのは本当に偶然だった。
天志教にはJAPANの秩序を守るという表の顔とは別にもう一つの顔がある。
それは幹部クラスしか知らないものの、この裏の顔のほうが本来はメインなのだ。

その裏の顔とは『魔人ザビエル復活の阻止』。
そもそも天志教の母体となった組織はそれのみをするのが仕事だったのである。
それがいつのまにか人とのしがらみで様々な仕事が増えていった。

この日も性眼は武田と上杉に調停を勧めにいく予定だったのだ。
しかしその前に性眼はまんまるやしかくと月餅の法についての法術に確認しなければいけない。
そう思ってなにわに留まっていたのだが――――

そこで耳に入ったのが魔人ザビエルについて伝えたい事があるという男の話だ。
普段なら性眼の耳に入る事はない。全国各地を飛び回る性眼へと耳に入れる必要はない。
馬鹿の戯言として処理され、性眼に取次がれる事はなかった。

今回の祐輔にしても普段ならば性眼に判断を仰いだりしない。
だが祐輔の対応をしたのがたまたま上部の人間で、祐輔が各地の大名へ天志教が瓢箪を預けている事を知っていたのに引っかかったのだ。
その人間は瓢箪の内部にザビエルが封じられている事を知っている数少ない人間の一人だった。

各地の力のある大名に天志教は瓢箪を天志教との友好の証として渡してある。
だがその大名でさえ瓢箪の内部に封印されたザビエルの欠片が入っている事は知らされていない。
そしてその事実を知っている以上、門前払いをするわけにもいかなくなった。

その人間から取次ぐかどうかの判断を受けた性眼は予定を遅らせて祐輔と面会する事に決める。
なにも性眼本人が面会する必要はない。だが性眼はその生真面目な性格から自分で応対する事を選んだのだった。

「俄には信じがたいな」

そして性眼は今、己の選択が正解であったと半ば確信している。
それほどまでに目の前にいる祐輔から伝えられた情報を重大な物だった。

「残念ですが事実です。既に使徒の覚醒は始まり、目覚めようとしています。
疑われるのであれば…そうですね、瓢箪の確認を。必ずどこか一つは割れています」

「…………」

性眼から見た祐輔という男の印象は若い、という物。
まだ齢も20を超えたかそこそこといったもので性眼の半分も生きていない。名の知れた者ではなく、また誰かの紹介でもない。
そんな人間の言う事を一々間に受けていては国や教団を動かせない。

「それは確かなのか。また確かだとしてもどうやってそれを知った。
聞けば君は自分の名以外名乗れないという。それを信じろと?」

「信じて下さい、と言うしか俺にはありません」

祐輔の返答を聞き、通常であれば話はこれまでとして性眼は時間の浪費を嘆いただろう。
だがしかし――――祐輔は別だ。

「俺の持っている情報の精度、情報量。そこから判断して下さい」

性眼が祐輔の話を聞いて何故正解だと判断したかの理由。
それは祐輔が持っている情報の正確性と危険性の高さからだ。

情報量と情報の精度。
祐輔は己の話を信じてもらうために下地となる設定を全て性眼に語った。
魔人ザビエルの存在、使徒の数と各々の性質、本体を8つに分けて封印した事、二度に渡る使徒の出現と終焉まで……とにかく、自分の知る限り全てを。
そしてそれらの情報は代々天志教の大僧正に伝えられている事実と全て符号している。

情報の出所を祐輔は語らない。
それこそ天志教の全てと言ってもいいほどの事を祐輔は知っている。
性眼は祐輔がどうやって知り得たか問い詰める必要がある。が、それよりも先にすべき事があった。

(最近ざわつきを感じていたが、よもや魔人復活の予兆とは思わなかった。
いや、これは言い訳か。月餅の法の法術の確認をしようとするあたり、薄々感づいてはいたのか)

それは魔人ザビエルをどうやってこれ以上蔓延らせないかと対策を取ること。
性眼はとにかく祐輔の話を聞いて『動く』事を決めていた。

魔人が復活しようとしているのなら、これ以上瓢箪が割れるのを防がなければいけない。
月餅の法も不完全な状態であれば犠牲を払う事なく発動させ、魔人を再封印することも可能。
ただちに全国の瓢箪を持っている大名に使いを出して確認をとらなければいけない。

祐輔が嘘を言って、天志教を混乱させようとしているのでもそれは同じ。
天志教の内部から情報を漏洩させている者をただちに見つけ、処罰しなければいけない。
秘中の秘を漏らしたのだから数は絞られるが、それら高位の者を処罰するには色々手順を踏む必要がある。

どちらにしろ性眼は動かなければいけない。
まずは祐輔の話の真偽を確かめるため、大名に使いを出す。
使いを出すだけならば祐輔の情報が偽でも徒労となるだけで実害はない。

「信じる材料として使徒の母体となっている人間を教えてくれ。悪いようにはしない。約束しよう」

「すみませんが、万が一の事を考えるとそれは言えません」

「心外だな。こちらを信じろと言っているのに、そちらは信じないのか?」

「信用と信頼は別というでしょう。
性眼様は信頼していますが、『天志教の大僧正』としての性眼様もまた信用しています。
時に非情な判断を下すことも必要なのが天志教の大僧正様ですので」

ふぅと性眼は内心でためいきをつく。
どうやら祐輔という人間は思ったよりも口が固く、頭の悪い男ではないらしい。
たしかに性眼の頭の中では『使徒の母体ごと』封印処理をする選択も含まれていたのだから。

「使徒の魂の侵食を遅らせる法術があるのですか?
それがあるのならば俺も名前を出せます。いくつか条件を出させてもらいますが」

「残念ながら、それはない」

「それでしたら申し訳ないですが…本人にも許可を取っていないので」

性眼の言葉に祐輔は表情を暗くして、ちらりと感情を表に出す。
立場上性眼はさまざまな人間と会い、腹の探り合いを行っている。
その性眼からして今の祐輔の反応は『自然』な、嘘をついていない動作だった。

(今のところ彼は嘘をついていない。こちらを欺いているのであれば、また別だが)

性眼は一つの可能性として祐輔が自分を欺けるほどに狡猾な人間であると考えたが、すぐに否定する。
それほどまでに狡猾になるには若すぎる。内心どう思っているのであれ、嘘か真かの判断くらいは性眼自身出来るつもりだ。

祐輔という人物を信用できるか、否か。
性眼にとってその問いに対しては『保留』としている。

嘘はついていない。だが信頼は出きない。
祐輔は自身の経歴を隠しているし、そして何より性眼は気付いていた。
祐輔の左腕に宿る異形―――存在に対してかけられる『呪い憑き』を。

呪い憑きは死国に送られるべき。
性眼もまたJAPANの民と同じ考えを持っているし、それはJAPANを保つために必要な制度。
元就といった特別な例外を除いて、それは守るべき法律なのだから。

だがこの問題が解決するまでは祐輔を見逃そう。
問題が片付き次第しかるべき手順を踏み、祐輔を死国へと送る。抵抗する場合は残念な事にはなるが。
事の真偽がはっきりするまで天志教に嫌でも滞在してもらうつもりなので、逃がすつもりもない。

「わかった、今すぐに動こう。
すまないが瓢箪の確認が終わるまでここに滞在してもらうことになる」

「それは……いえ、考えれば仕方ない事ですね。わかりました」

「使徒の母体となっている人が心配なのはわかる。
だが魔人さえ再封印できれば使徒は再び眠り、母体は命を脅かされる事はない。そこは安心してくれ」

祐輔からすればちぬが心配だが、だと言って天志教を離れるわけにはいかない。
手配書的な意味でも魔人的な意味でも一番危険な織田はすぐそこにある。
ランスがJAPANから去るまでの間、安心して過ごすためには魔人の有無は付いて離れない問題なのだから。

「場合によっては織田に対して性眼様の名前で要請を出してください。
織田には今魔人殺しの魔剣・カオスを持っている異人がいますから」

織田信長が魔人ザビエルだと祐輔は九割がた思っている。
しかし物事に絶対はない。ゲームでそうだからと言って、現実でもそうだとは限らない。
上杉の地や北条の地で瓢箪が割れ、ザビエルが復活している可能性もないわけではないのだから。

確立は等しく1/8。
どこで魔人が復活していてもおかしくはない。
ただしくは毛利家ではないので、1/8ではなく1/7だが。

「君が何者なのかにも興味はあるが、その情報はありがたい。
ただちに本能寺にいる信長殿に使者を送って要請しよう」

その性眼の言葉があるまで、だが。

「ほん……のう……じ…? のぶながさまはそこにいらっしゃるのですか?」

思わずひらがな発音になってしまうほどに衝撃を受ける祐輔。
それもそのはず。

「先日病が悪化されたと聞き、本能寺での療養を許可したのだ」

本能寺に信長が移動した時点で信長ザビエル化は確定ルートになるのだから。

「しかし魔人殺しの剣、か。
話に聞く聖刀・日光と対になる剣と聞いている。
魔人復活の予兆があった時にJAPANにその一振りがあるとは、これも奇縁か」

性眼が感慨深く呟いているが、祐輔はそれどころではない。
頭の中ではえらいこっちゃと絶賛混乱中なのである。

(やばい、やばいぞ!! 本能寺に移るって、もう4,5個割れてるじゃんか!
まずい、これはまずいぞ…!)

何が一番まずいかと言うと、性眼の対応が遅れるかもしれないという事。
今ザビエルが信長であると知っているのは祐輔のみ。だが今回も同じく情報のソースがない。
原作では性眼が本能寺に乗り込んでいたが、それは信長が魔人だと確信してからの事である。

しかもその原作において弾圧されても遺憾であると使者を送っている。
己を律し、法を遵守し、人の心を守り、民の生活を守る。
それを為すためには性眼は常に慎重に動く必要性があるのである。

天志教弾圧という大義名分があった原作に比べ、今回はない。
お役所仕事で手順を踏んでいるうちに瓢箪が更に割れる危険がある。
瓢箪が一つ割れているのと割れていないのではザビエルの力は天地の差があるのだ。

「性眼様、一刻を争う事態になりました!! 魔人ザビエルは信長です!!」

「なに? 先程までは何者か知れぬと言っていたではないか」

「えーっと…そう、勘です!」

「勘!?」

性眼がツッコミを入れるというレアな現場もスルーし、祐輔はこれからどうすると思考を張り巡らせる。
性眼では致命的に遅くなってしまう。信長がザビエルだという確定情報がない以上、性眼が強攻策を取るとは思えない。
ならば残された手段は一つしかない。

「出来る事なら直接性眼様が本能寺へ行ってください!
 まんまるとさんかく、しかくも一緒に! 月餅の法をお願いします!!」

「なに!? そこまで知っているというのか!?」

「そんな事言ってる暇があるならすぐに三人集めて、本能寺に出来るだけ早く!」

ランス。
天志教以外に唯一魔人を殺す事が出来るランスを頼るしかない。
ランスならば人や習慣のしがらみなく、本能寺へ直接行く事が出来る。

そのためにもまずは信長が魔人であるという確証が欲しい。
祐輔は少し危険を侵す覚悟を決めた。
ザビエルであるという確証さえあればランスはすぐさまにも動くという確信があるから。

「待て! どこに行く!」

「俺は本能寺に今から行ってきますよ。だからそっちも早くお願いします!」

「待つのだ! 本能寺へと使いをたてる。だから落ち着いて―――」

「使いなんて出してる暇はないんですよ!」

ダッと部屋を飛び出す祐輔を制止させようと性眼は怒鳴りつけるが、祐輔は意も介さず飛び出した。
性眼に祐輔を殺すつもりはないので普段のままだが、祐輔は非情に身軽である。
これから武田と北条へと向かうため正装をして身重の性眼では咄嗟に動けなかったため、祐輔を取り逃がしてしまう。

「…っく! 誰ぞ、誰ぞいるか!!」

大声を張り上げる性眼の呼びかけに応じて、少し間をおいてから僧兵が数人現れる。
性眼が人を遠ざけていたのが招集に遅れた原因だ。

「はっ、ここに。如何なされましたか?」

「さきほどここに招いた青年を探せ。
まだ本堂内にいるはずだ。探した後は丁重に部屋に軟禁しておくように」

「かしこまりました」

性眼の命を受けてすぐさまドタバタと廊下を走っていく僧兵。
彼等は僧といっても筋骨隆々の武人であり、祐輔程度なら簡単にボコれる。
だが祐輔は見つけられないだろう。祐輔はこのとき既に鳥を操り、人がいないルートを選びながら本能寺へと向かっていたのだから。

「そこのお前、待て」

「っは! 他に何か御用が?」

「本能寺にいる信長殿に使いをたてる。すぐさま鈴明を呼べ。すぐにだ」

鈴明とはそれなりに高い地位を持っている僧侶である。
祐輔は存在はおろか、言動も怪しい。挙句の果てに名門織田の当主を魔人だという始末。怪しすぎる。
だがその言動は捨て置くにはあまりにも危険なものだった。

万が一に備えて使者を出す事を決めた性眼はすぐさままんまる達の下へと向かう。
必要であればすぐさま動けるように。天志教の勤めを果たす時が来たのかもしれないのだ。

「願わくば、何事もない事を…」

役目を果たす事は恐れる事も怖くもない。
だが以前の闘いで出た被害を思うと、そう願わずにはいられない性眼だった。

「彼奴を再び世に出すことなど、あってはならぬ」

性眼は己の武器である鎌を握り、部屋を出た。



――――同時刻・織田国境周辺

見目麗しい町娘が一人、街道をてくてくと歩いていた。
町娘というにはあまりに幼く、そして美しかった。
手で触れば折れてしまいそうな儚さは周囲の視線をひくため、その町娘は深く帽子をかぶって目を俯かせている。

人並み外れた美しさ。
それはそのはず。身なりこそ町娘の姿をしているが、その実織田の姫、香その人だった。
彼女はお供の者の連れずに一人こっそりと抜け出していた。

何故彼女が一人でこうして本能寺に向かっているのかというと、兄である信長に会うため。
香は何度も何度も兄である信長に面会を求めた。しかし返ってきたのは心配ない、来るなという返事のみ。
それは3Gや乱丸、勝家が口添えをしても同じ結果だった。

(兄上…)

香は悲しかった。
あんなにも優しかった兄上が、ある時を境に急に冷たくなってしまった。
しかも本能寺で療養するため向かう直前に使徒に襲われたと聞いた。

聞いたというのも人づてである。
信長本人からは香に何の相談もなく、話もなく本能寺へと行ってしまった。
いくらなんでもあんまりじゃないか。

(私、怒ってるんですからね)

胸中の言葉とは裏腹に、香の顔はくしゃっと泣き出してしまいそうになる。
言葉で何と言おうと、香は信長が大好きなのだ。嫌えるはずがない。
だからこうして信長に断られようと、返事を撥ねのけて一人本能寺へと向かっているのである。

今ランスや勝家、乱丸達は巫女機関との最後の闘いへと遠征中だ。
城には光秀や3Gしかおらず、最後の戦を前にしたどさくさに紛れて一人抜け出してきたのである。
誰にも言わず一人こっそりと。誰かに言えば引き止められてしまうから。

実際には忍者が裏から護衛しているのだが、香は気付く事はなかった。
彼等は香専属の護衛忍者隊であり、常に影から香を見守っている。
彼女たちは香を抜け出したのは知っているが、行き先が本能寺だと感づいていたので特に行動を起こさなかった。

天志教の庇護下にあるなにわはとても穏やかで治安のいい土地だ。
敵国の人間がいるとは万に一つもないし、山賊が出たとしても自分たちで対処できる。
そのため香に贔屓目がる彼女たちは香を信長に会わせてあげようと思ったのだ。

幼い香の脚でも整備された街道を通れば半日で本能寺につく。
今からでは日が暮れてしまうが、それは本能寺で兄妹水入らずで過ごせばいい。
当然彼女たちは3Gからこっぴどく怒られるだろうが…まぁそれもいいかと彼女たちは考えていた。

一人てくてくと歩く香の後を密かに見守るくノ一達、
彼女たちの一団は確実に一歩一歩本能寺へと近づいていた。
香とくノ一達を待ち受ける未来を何もしらずに………。



[4285] 第七話
Name: さくら◆16c0be82 ID:a000fec5
Date: 2010/03/15 22:01
*今回ちょっとグロあります。注意してください。



『ぴちゃ…ぴちゃ…』

兄がいると案内された部屋から響く粘着質な水音。
鼻につんとくる異臭、肉が焼け焦げる嫌な匂い。
さきほどまではか細い女の悲鳴が聞こえていた。

『ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ』

本能が拒絶する。理性が拒絶する。
開きたくない。これ以上進みたくない。
何が起こっているかの想像を拒絶。彼女は考える事を放棄していた。
ジィンと痺れが広がる頭に浮かぶのは『部屋に入りたくない』という想いのみ。

「あ、に、うえ…?」

その扉は地獄の釜の蓋。一度開かれてしまえば戻ることは叶わない。
しかし織田香として。信長の妹として開かないわけにはいかない。

「なにを……なになさっているのですか、兄上!!」

その目に映ったのは――――無残に半身が焼け焦げた女と、死してなお女を穢す香の兄だった。



「やぁ、香。はやかったね。
見てわからないかな? こうやって遊んでいるんだよ」

「うっ……」

死してなお信長は女を穢す事をやめない。
香はあまりにも酷い光景に胃の物を戻してしまいそうになり、手で口を覆う。
それでも喉元にせり上がってくる酸っぱい匂いが鼻についた。

「兄上、狂われてしまったのですか!? いますぐおやめください!」

「本当に脆いものだね、人間というものは。
我の相手をできるのは本当に一人しかいないみたいだね。
クククッ、今頃我が娘はどこで何をしているのやら」

香の懇願の叫びにも耳をかさず、信長は焼け焦げた女性の頭を右手で握る。
そして躊躇なく女性の頭を握りつぶした。

「っう……うぇ、ぇぇ」

半分炭化しているとはいえ、びしゃりと脳漿がぶちまけられる。
香はその光景に耐えきれず、畳に跪いて胃の中の物を全部戻してしまう。
ザビエルは香が苦しむ様子を喉を鳴らして笑いながらみていた。

「どうして…どうしてですか、兄上…?
何故このようなひどい事を…いったい、兄上に何があったのですか?
これでは、これではまるで――――――」

「これではまるで…なにかな? 言ってみてよ」

ぐっと香は信長に震える声で言った。
『まるで兄上ではない誰かと話しているようです』と。

「クフッ、クハハハハ!! なんだ、よくわかっているではないか!」

「え‥?」

「ああ、実に聡明な娘だ。信長の記憶どおり。
貴様の兄はもうとっくの昔に死んでいる」

呆然とする香を見下して愉悦に顔を歪めるザビエル。
ザビエルはこの絶望に打ちひしがれた顔が見たかったのだ。
そのために本能寺まで訪れた香“だけ”をこの部屋まで招いたのである。

「聞いた事はないか? 遥か前に封じられた魔人の名を。
このJAPANの地で猛威を振るい、畏れられた恐怖の存在を」

事ここに至ってあまりの衝撃に感情が麻痺している香は漠然と理解していた。
あの優しかった兄はもうどこいもいないのだと。
この見るのもおぞましい、恐ろしい兄と寸分違わぬ姿をした男は兄と別者なのだと。

「我の名はザビエル! この身体を乗っ取り、JAPANの支配者となる者よ!!」

高らかに言い放つザビエル。
もう力の半分まで取り戻している。
あと一つ。あと一つでも欠片を取り戻せば表の世界に打って出る事が出来る。

「もはや復活も目前。だがな、そのためには邪魔な存在が目の前にいるのだよ」

ギョロリと赤黒く染まったザビエルの目が香を捉える。
狂気に彩られている目に見つめられた香は一つの感情が戻った。
それは『恐怖』という、生物ならばどんな者にも備わっている原初の感情。

「い、いや…いやです、兄上……」

「ほう、まだ我の事を兄と呼ぶか。もうわかっているだろうに」

ザビエルは未だ穢し続けていた女の身体をゴミのように投げ捨てる。
服を一切まとわず全裸の信長はヒタリヒタリと香に迫っていく。香が恐怖で身体を震わせるのを楽しむように。

「なら香…兄のために、苦しんで死んでくれ」

ザビエルには香を殺さなければいけない理由があった。

香が行方不明となれば、織田は全軍をあげて捜索にあたるだろう。
織田が香捜索に力を注げば注ぐほど、復活までの時間を稼げる。
信長に会いに行く途中で何かあればザビエルも疑われるだろうが…それはまず問題ないだろう。

この時代主君とは絶対の存在。
しかも信長は香を溺愛している。そんな信長が香をどうこうしたとは誰も考えないだろう。

そしてもう一つの理由が――――

(クハハ、妹が殺されるのを我の中から見ておけ。そして絶望しろ)

未だザビエルの中にしつこく居座る信長の心をへし折ること。
信長の身体を掌握したザビエルだが、信長の残りカスともいえるものが身体の中に残っている。
それはザビエルにとって不快で不快でたまらないのだ。

ここで愛する妹を惨忍に殺すことによって精神的に信長を殺す。
精神的柱を叩き折れば信長の残りカスも沈黙するに違いない。

そのためには出来るだけ香を残酷に殺さなければならない。
犯しながら焼き殺し、手足を千切り、歯と爪を全て剥ぎ取り、蠱毒の壺の中に捨てる。
ザビエルは香という存在を人としての尊厳を全て奪い尽くしてから始末するつもりだ。

「さぁ、良い声で啼いておくれ、香?」

見慣れた、だが決定的に違う兄の顔と声で近寄るザビエル。
ゆるゆると近づくザビエルに対して香が出来る事はただ部屋の隅に逃げる事だけ。
だがそんな距離はあっという間に追い詰められてしまう。

距離にして畳たったの五枚分。
それだけの距離に兄の姿をしたザビエルというおぞましい存在がいる。

(3G、勝家さん、乱丸さん…!)

香はぎゅっと目を瞑って頼りになる人達を思い浮かべた。
最初にずっと自分の面倒を見てくれた3G、自分によくしてくれる勝家と乱丸。

(ランスさん…!)

そして最近知り合いになったランス。
だがどれだけ心の中で助けを叫ぼうと、その声は誰にも届かない。
ここ本能寺には誰にも告げずに来たのだ。

助けなんか―――こない。
自分の愚かさと浅はかさを噛み締めながらも、香に出来るのは助けを呼ぶ事だけ。

「誰か、誰か……!!」

「助けなどこんよ。お前の護衛は全て足止めさせているからな」

サビエルの無慈悲な声と共に、その無骨な手が香へと伸ばされた――――



祐輔が本能寺に偵察に来た時点で戦闘が始まっていた。
忍者たちがキンキンと金属音を鳴らせて凌ぎを削っている。
祐輔はその様子を離れた所からうかがっていた。

(こりゃもう決まりだな)

祐輔は鳥にザビエルである信長を探らせているのだが、その必要もなく悟った。
忍者たちの片方はわからないが、片方は織田正規軍である忍者隊の服装をしている。
天志教のお膝元で織田の忍者隊が戦っているとなると、祐輔でなくても事態を察せる。

織田はどこまで知っているかしらないが、信長を怪しいと思ったのだ。
そして信長を密かに監視しようと忍者を派遣して魔人配下の三笠衆(推測)と戦闘になったと。
祐輔は自分の五十六に対する助言が役に立ったのかも知れないなと考えている。

今は偵察に行かせている鴉を待ってジッと動かない。
鴉が信長の事を少しでもおかしいという情報を持ち帰れば、祐輔はそのまま織田へと向かうつもりだ。
忍者隊を派遣している以上織田も薄々感づいているだろう。

(これは思ったよりも簡単に話が進みそうだ)

祐輔は五十六が部隊長であるという事を知っている。
最初に彼女に接触すれば、お尋ね者とはいえ問答無用で捕まったりしないだろう。
話さえ聞いてもらえば説明できる自信と根拠が祐輔にはあった。

(上手く行けばお尋ね者も解除してもらえるかも。
恩に訴えかけるみたいで嫌だけど、それぐらいはいいよね?)

そんな事を考えながら茂みに身を隠している祐輔。
じっと身を縮こまらせていた祐輔だが、待ちに待った一羽の鴉が目の前にバサリと舞い降りた。
この鴉は祐輔が新たに契約した鴉なのだ。

『兄者、言われた通りの人間を探ってきた。
結果は黒。やっこさん女を犯しながら焼き殺してやがる』

祐輔はこの鴉をヤンキー鴉と名付けた。
特に名前に意味はない。単にそれっぽいからというのが理由である。
言葉の端々にヤンキーの小物くささが滲みでている。ちなみに祐輔にネーミングセンスはない。

「これでほぼ確定か…それにしても、後味悪い事しやがる」

祐輔の胸の中に湧き上がる嫌悪感。
実際に見たわけではないが、その光景は惨忍なものだろう。
これは一刻もはやくランスになんとかしてもらわないといけない。祐輔は立ち上がった。

「ここから出るぞ。そのまま尾張に向かう。安全なルートを教えてくれ」

『了解だ兄者』

今ザビエルの所にいっても祐輔に出来る事は何もない。
所詮は他人。祐輔にその女を助ける力もないし、どうすることもできない。
祐輔は己に出来る限界を知っている。今出来る事はランスに情報を渡し、一人でも犠牲を減らす事。

『ああ、それとだな兄者』

「ん? もう安全なルートを見つけたのか。早いな」

『いや、そうじゃないんだけどよ。
その信長って奴の妹って名乗った綺麗な服着た女がいたぜ』

「――――――――!」

だが祐輔の冷静な思考に大きなノイズが走った。
冷徹に女を見捨てるという選択をした祐輔の心に波紋が広がる。

(そのイベントが前倒しになったのか。
香の行方不明イベント。そうか、こいつらは香の護衛か。
それなら何故ここにいるのかという疑問が解消される)

このイベントで香は兄である信長がザビエルであると痛感させられる。
信長はもういないと心ない罵声を浴びせかけられ、少年達に幼い香の身体を穢させる。
香の心と身体を壊された代償に信長がザビエルで退治するとランス達に決心させたイベント。

一応祐輔はくの一達を信長の監視と位置づけたが、正直に言うとそれは考えにくい。
主君である信長に対してそんな事をしようものなら、筆頭家老である3Gでさえ腹を切らなければならないだろう。

(これはむしろ好都合だ。
香は重要人物だとはいっても、どうしてもいなければいけないキャラじゃない。
ランスだけでも充分織田は纏められるし、ザビエルに対する敵対心はむしろ高まる)

このイベントは祐輔に有利なイベントだ。
信長がザビエルだと判明しても、ランスを含めて織田は絶対に揺れる。
だが香が穢され――――最悪殺されたとしても、ザビエルが滅びれば祐輔の目的は達成できるのだから。

(そうだ、俺がどうしても香を助けなくちゃいけない義務はない。
俺だって怖い、死にたくない…ここに来たのだって、ザビエルが俺や浅井朝倉の人達に関係するから。
無関係の香姫を助けてやる義理はないんだ)

祐輔も一人の人間なのだ。
無茶を通り越して無謀な行動に出る事もあるが、それも自分と同等以上の大切な人が関係している時だけ。
雪姫を一途に思っていたからこそ、織田とあれほどまでに戦えたのだ。

今回本能寺にきたのもザビエル復活の確認のため。
祐輔一人だけなら魔軍が出現しても生き残れるが、浅井朝倉の人間は難しい。
魔軍の被害がテキサスまで及ばないよう未然に防ぐため、祐輔は性眼やランスに忠告をするため本能寺にきたのだ。

己が死ぬのを怖がらない人間はいない。
祐輔は人を殺すという行為に忌避感は薄れていたが、自分の死という恐怖には慣れていない。
もっと己の死を厭わなくなってしまえば、祐輔はもう戻ってこれなくなってしまうだろう。

そう、何も問題はない――――ならばこの痛みはなんだ。
祐輔は全身に塩酸を被せられたかのような痛みを感じていた。
本当は自分がどうしたいのかなんて理解できている。
だが祐輔はそれを否定する。己の部を弁えろと。お前は決して勇者じゃない、ただの凡人なのだと。

〈ざりっ…〉

自分に言い訳をして己を正当化している祐輔。
別に悪い事ではない、悪い事ではないのだが――――祐輔の中にある香姫を見捨てるという罪悪感が酷く疼く。
それ故己を苛む疼きに祐輔は背後から近づく存在を察知できなかった。

『兄者!!』

ヤンキー鴉の叫び声に反応する祐輔。
祐輔が見たものは―――自分に倒れかかってくる忍者の一人だった。
その忍者の服は元々黒いせいもあるが、全身から吹き出す流血で赤黒く染まっている。

「うわっ!」

祐輔は倒れかかってくるくノ一を避けるように飛び退く。
そのくノ一の手には苦無が握られており、倒れかかるだけでも相手を傷つける事ができる。
しかしながら祐輔を殺し得るほどの力はないのか首筋は疼かなかった。

「くぅ、はぁ……う、ぅ」

〈ズルッズルッ……〉

そのくノ一にもう立つ力もないのか、這うようにして地面を進む。
しかし動く度に傷口が地面と擦れて激痛が走るのか、苦悶の声が滲みでている。
だがその眼光だけは消え失せる事なく祐輔を見据えていた。

「お前、も……三笠、衆、か…」

「……違う」

息も絶え絶えのくノ一。
その様子は余り身体に詳しくない祐輔から見ても長くないと思えた。

「違う…天、し、教の…?
ぃ、や……いま、は、どう、…でも…いい…」

ズルリ、ズルリとくノ一は祐輔へと這っていく。
その光景を見て祐輔の脚は止まっていた。いや、止めるべきだと思った。
この人は今己の最後となるナニカをしようとしている。

人間は死ぬ間際にその本質が現れるという。
命乞いをして助けをこう者、最後の最後まで足掻く者、潔く死を受け入れる者。
今祐輔の目の前で一人の人間の生が終わりを迎えようとしているのだ。

(何やってるんだ、俺? 俺とこのくノ一は関係ない。割り切れよ。
なんで…なんで、こうやって脚を止めてるんだ)

ザビエル復活を確認した以上、既にここに留まっている必要性はない。
香が本能寺にいて信長がザビエルになっているとランスに伝えればすぐに動くだろう。
織田の忍者と三笠衆が争っている今こそがチャンスだというのに。

理解しているというのに、祐輔は一歩も動けないでいた。

「――お願い、が、あります……」

くノ一はごぼりと吐血しながらも祐輔の足元にまで辿り着く。
血でべっとりと塗れた手で祐輔の足首を握り、震える声を振り絞った。
―――重い。殆ど握力が篭っていないくノ一の手が妙に重く感じる。

「どう、か……香、さま、を……どう、……か…………」

どう考えても優男で武器を一つも持っていない祐輔がどうこうできるはずがない。
それはくノ一だって血が回らない頭でもわかっていたはず。祐輔に出来る事なんてない。
だがそれでも――――それでも、くノ一は最後まで主君である香姫を思って逝った。

「……くそっ」

このくノ一にも譲れない者があったのだ。
自分の命を喜んで捧げ、尽くすべき、愛すべき主君が。

「……くそっ、くそっ」

嗚呼、何故脚を止めざるをえなかったのか。
祐輔にはようやくわかった。
このくノ一は―――――

「……くそっ、くそっ、くそっ」

―――祐輔と同じだったのだ。
己の左腕を失っても構わない。己の命をとしても構わない。己の未来を賭けても構わない。
最後の最後まで自分の生き方を貫き通した彼女に、祐輔はどうしようもないほどに同族意識を抱いてしまった。

「―――――――クソッ!!!!!」



「どーも、コンニチワ。呼ばれて飛び出てきた愛と正義の味方です」

香にとっては唐突に、ザビエルにとっては予想外の人間。
その人間――祐輔は他の何者も拒絶する空間へいとも簡単に滑り込んできた。
自然な動作で部屋障子をぴしゃりと開き、自然な動作でザビエルと香の間に割って入る。

「おやおや、お兄さん。ロリコンは心の病気ですよ? 全裸で幼女に手を伸ばしてる時点でアウトか。
ちゃんと治療しないとどこかの誰かさんみたいに手遅れになっちまう」

トコトコと自然な動作で香の横まで歩み寄る祐輔。
ザビエルは自分の配下ではなく織田の忍びがここまできた事に感心し、香は直前までの恐怖で混乱している。
ザビエルが祐輔の事を織田の忍びだと勘違いしたのにはわけがあった。

「ほう? よくここまで辿りつけたな。そこの娘以外は通すなと命じていたはずだが」

「吾輩ったらとても優秀なので、警備をすり抜けてきたのである。ニンニン」

今の祐輔は格好こそ普段通りであるものの、頭に織田忍軍の頭巾を被っている。
被っている頭巾はあのくノ一のもので、頭巾だけ血まみれなので異様な空気を醸し出していた。
祐輔は普段とは大きく口調を変えてなるべく特定されないように注意を払っている。

結局香を助けにきた祐輔だが、それでも最低限の備えはしたい。
一番特定される部位である顔は頭巾で隠し、口調も覚えられないようにキャラ付けしたものを使う。
流石に声だけは変えられないのでそのままだが。

「大丈夫か? お嬢さん。吾輩が来たからにはもう安心だからねー」

「え、あ、え? ぁ、ぇえ…?」

「落ち着いてくれ。君を助けにきた。
ここから生き残りたいなら冷静になってくれ」〈ボソッ〉

香はよく状況を理解できないのか、口をパクパクするだけである。
そんな香の横まで歩み寄った祐輔は香にだけしか聞こえないような声で囁く。
祐輔の声を拾った香は混乱しつつもこくりと頷き、落ち着くために小さく深呼吸をした。

「ところで貴様は誰だ?
織田の忍びとも違うな。織田の忍びはそのような格好はしていまい。
おおかたその頭巾は死体から剥ぎ取ったものか? クククッ」

「いやですワン。これは託されたものでござるよ。
吾輩は緊急時の助っ人なので普段着での任務を認められてるのです。
だから吾輩織田の忍者。吾輩嘘付かない」

「名前はなんという」

「禁則事項です」

香が落ち着くまでもう少し時間がかかるだろう。
それを見越した祐輔はとても嫌ではあるが、ザビエルの問いかけに付き合う羽目になる。
祐輔からすればザビエルとは極力話したくはないので、とても嫌そうだ。

「禁則事項? どこまでも巫山戯た奴だ」

一方ザビエルは楽しくて仕方ない。
三笠衆とはトップレベルの人間を引き込んだ忍者集団。
それが香姫の護衛の精鋭とはいえ、無傷でここまで辿りつけるはずがないのだ。

「なぁ、香。織田にはこんな奴はいないと信長は覚えているみたいだがな。
信長は大層お前を可愛がっていたから、お前の護衛の顔もちゃんと覚えている。
だがこんな奴はいない。クククッ。貴様一体何者だ?」

ザビエルの言葉に祐輔はチッと舌打ちをする。
厄介な事にザビエルはしっかりと信長の記憶を受け継いでいるらしい。
シスコンの信長の事だから香の護衛の顔を覚えていてもなんら不思議ではない。

祐輔の舌打ちの理由は二つ。
ザビエルに対して祐輔の存在に疑問を覚えさせてしまい、香に不信感を抱かせてしまった。
この場で祐輔と香が無事脱出しようとすれば香の協力は不可欠だというのに。

「あなたは、一体誰ですか…? いえ、ですが、この声は聞いた事もあるような…」

自分に何人か秘密裏に護衛をつけているという事は兄である信長から聞いていた。
それが何人であったり、誰であるかまでは知らされていない。
つまり香にとっては祐輔の中身が本当に香の護衛の忍びだとしても判別はつかない。

だが――だが、香には祐輔の声に覚えがあった。
ここ最近とまではいわないが、ランスが来てからの間に。
香は戦場にいかないので尾張の城の中で出会っているはず。

「…今だけでいいから、信じてくれないか。怪しい者じゃない。君の協力が必要なんだ」

静かに、だけど力強く香に対して語りかける祐輔。
祐輔からすればこれは賭けだ。香に不信感を抱かせれば祐輔達の負け。
逃げ出せば祐輔だけは助かるかもしれないが、間違いなく香は死んでしまう。

変わり果てた兄を信じるか、素上の知れない祐輔(血塗れの頭巾で顔を隠しているver)を信じるか。
その選択を迫られた香は迷っていた。

兄がザビエルとなってしまったのは認めたくないが、事実なのだろう。
目は赤黒く濁り、身体からは紅い火炎が吹き出している。以前の温和な笑みは欠片もない。
今も祐輔と香を見下して厭らしく嘲笑している姿が否定しようのない現実を香に突きつけている。

このままでは信長=ザビエルの手にかかって殺されるのだろう。
じゃあ自分はどうしたいのだろう? 香は何をしたくて、何をしなければいけないのだろうか。
だが少なくとも――――

「信じます。私は何をすればいいですか?」

少なくとも、このままザビエルに殺される事ではないはずだ。
直前に見たザビエルに生きたまま犯し焼き殺された女性のためにも、尾張のためにも。
香は何が何でも生きて帰って、3Gやランスにこのことを伝えなければいけない。

だから香は信じる。
顔を隠してはいるが、どこかで聞いた覚えがある声のこの男を。
香はきゅっと小さな掌を握りしめて頭巾に隠された祐輔の顔を見つめた。

「よし。ぢゃあオジさんの首に手を回してね。そうそう…それぢゃあホイっと」

「きゃっ」

祐輔は香の両腕を自分の首に巻き付かせ、右腕でひょいっと香の両足を抱えた。
香は突然の事に驚いて小さく悲鳴をあげ、ぎゅっと首に回した腕をより強く巻きつける。
こうしてやや変則的ではあるが、香はすっぽりと祐輔の胸元に収まってお姫様抱っこされる形になった。

「軽いねー、お嬢ちゃんは。フヒヒwww役得サーセンwwww」

「は、はぁ…」

実際非力な祐輔でも充分に抱えられるほどに香は軽かった。
香はいきなり視点が変わった事で目を白黒させている。
だが今の自分の格好をみて、場違いだとは思いつつも顔が赤くなるのを止められない。ぶっちゃけ恥ずかしい。

さてと、と。祐輔は脱出のための準備が整ったことで、ザビエルに疑問を口にした。

「おややん? どーして何もしないんですかネ?」

それは今まで祐輔と香が放置されていた事。
ザビエルは一切手を出すことはせず、ただ祐輔と香のやり取りを観察していた。
興味深い観察対象であるかのようにニタニタと笑いながら。

「貴様らがどうするつもりなのかと見ていたのだ。
貴様らの命を刈り取る事など羽虫を潰すが如く容易い」

「チート乙」

「? 何を言っているのかはわからんが、せいぜい我を楽しませよ」

ザビエルにとって祐輔と香は玩具なのだ。
香をどうやって殺す(壊す)かを考えていたら、新しい玩具が現れた。
あまりにも脆い人間、壊すだけだった玩具でまだ遊べるというのだ。

余りにもな戦力差に祐輔は現実逃避気味で空笑うしかなかった。
何これ? 光の玉で闇の衣を剥ぎ取ってないゾ○マ様と戦うって事よ?
自分で思いついたあまりにも的確な表現に祐輔は死にたくなった。

「それよりよいのか? 左腕で支えたほうがもちやすかろう」

「それが吾輩、腕が動かないんでござる。若い頃に張り切りすぎた」

祐輔をずっと観察していたザビエルは全く動かない左腕に注目した。
左腕が動かない中で三笠衆の防衛網を突破した。それはかなりの技能を持っているという事になる。
ザビエルの興味は完全に香から祐輔に映った。

ザビエルから見た祐輔の姿はかなり偏っている。
織田忍軍でもないのに織田の忍びの頭巾をかぶり、左腕は麻痺しているのか全く動かない。
手だれである三笠衆の守りを無傷で突破。だが祐輔自身に強者独特の覇気を感じられない。

なんというアンバランスさ。
並外れた実力者であるはずなのに、その出で立ちからは全く強さを感じさせない。
そんな男が魔人であるザビエルと対等の口を聞いているのだ。これが面白くないはずがない。

(左腕が動かない…?)

一方、香の頭にあるひとつの男の顔が浮かんだ。
浅井朝倉との講和の時だ。あの時、香は兄の名代として会談に参加した。
任されたという緊張感とプレッシャーでよくその時の事を覚えている。

「ひょっと、して…森本殿、ですか?」

そう、確かそう使者は名乗っていたはずだ。
平伏している時も左腕が動かないため、苦労していたのを覚えている。

「ごふっ…!? ち、チガウヨ、モリモトじゃないヨ?」

思わぬところから出てきた自分の名前に動揺する祐輔。
祐輔からすればなるべく自分の存在を波立たせず、ザビエルの記憶に残らないようにしたいのだ。
しかしながらその目論見は香の一言でもろくも瓦解してしまう。

「逃げますよ、香様!! 目を瞑って口を閉じて衝撃に耐えてください!!」

もはやここまで。
祐輔は香に注意を促し逃走体制に入る。
何故こうして宣言しなければいけないかというと香に覚悟してもらわないといけない。

「逃げるか。逃げ切れると思うか?」

そしてザビエルに自分を攻撃しようという意思を取らせないといけないからだ。
祐輔の最後の切り札は一にも二にも神速の逃げ足のみ。
神速の逃げ足を発動させるためには敢えて攻撃を誘発させないといけないという条件がある。

ザビエルは祐輔がぐっと脚に力を込めたのを見て攻撃態勢に入る。
祐輔の手は香で塞がっているため、逃走すると見せかけて攻撃するという事はないだろう。
ならば祐輔は宣言通り逃げるのみ――そして追撃者たるザビエルは逃げようとする二人を仕留める。

(脚を裂くか、二人まとめて炎で焼くか。
香は確実に死んでもらわなければならぬが、男は使えそうなら使ってもいい。
どちらにしろまずは――――――)

男(祐輔)を戦闘不能にする。
死なない程度に焼く事に決めた信長は体中から溢れる炎を腕に集約させた。
ボウボウと赤黒い炎がとぐろを巻いて轟音を響かせ、唸りを上げる。

〈ギン!!!!!!〉

祐輔は逃げ足を発動させる前に呪い憑きの能力を発動させる。
1%でも生き延びる可能性をあげるため、この部屋周辺にいる鳥を呼び寄せた。
赤く明滅する祐輔の瞳の力に応じた雀と鴉の編隊が祐輔の空けた障子の隙間から間断なくザビエルに殺到する。

「いけっ!!」

(これが奥の手か)

祐輔の言動や目から何かがあることはザビエルも察していた。
祐輔は何かを狙っており、自分に有利になるように場を導こうとしていたのはお見通しだったのである。
それを敢えて見逃し、祐輔が何をするつもりであるかに興味があったのだ。

「しゃら、くさいわ!!!!」

おそらくこの鳥に襲わせている間に逃げようという魂胆なのだろう。
ザビエルは酷く落胆した。何があるかと楽しみにしていたというのに、待っていたのは鳥の目眩まし程度。
予定を変更し腕に集約された業火で二人諸共焼き払おうとする。

【やめろ!!】
「っく…! 邪魔するか、信長ァぁぁあああ!!」

が、向かってくる鳥ごと祐輔達を薙ぎ払おうとした腕がザビエルの意思に反してピクリとも動かない。
未だザビエルの中で燻っている信長が全身全霊をこめてザビエルの動きを邪魔しているのである。
信長の最後の力を振り絞った抵抗にギリギリとしか右腕は動かず、業火を放つ前に鳥達がザビエルの視界を塞ぐ。

「ッグ…!」

なんという忌々しさか。
こうやって時折抵抗する信長の心を完全に折りたくて香をおびき寄せたというのに。
それがこのような形で裏目にでるとは。

「ガ、アアァァアアア!!」

ついにザビエルは信長の拘束を振り切り、自分を中心に部屋全体に行き届くよう業火を解放する。
腕から放たれた業火はグングンと膨れ上がり、爆発した。
爆圧によって部屋全体の障子が破れて吹き飛び、天井を突き抜けて炎が立ち上る。
それは人間の力を遥かに超えた魔人の炎だった。

「…フン、逃げたか」

轟々と燃え上がる部屋の真っ只中でザビエルは表情を険しくする。
手応えはなし。焼き払ったのは鳥のみだ。もっとも鳥は跡形もなく消え去っている。
突き抜けた天井からパラパラと燃え滓が空へと舞い上がっていた。

追いかける事も考えたが、ザビエルはその場を動かない。
今人の気配というものを探っているのだが、サビエルはちゃんと祐輔と香の気配をたどっている。
だがどういうわけか、信じられない速度で本能寺の中を走り去っているのだ。
今からザビエルが追いかけても間に合わない。

(奴は何を使った、いや何かをしたのか?
成程、これが三笠衆を出し抜いた力か)

祐輔の力の一片を見て(一片だと思っている)ザビエルは笑う。
速度という一点だけとはいえ、魔人であるザビエルを凌ぐ力を有している人間。
ランスに続いてこちら側に引き入れたい人間が増えたと。

「たしか香が言っていたな…森本、と」

いや、待て。
ザビエルは少し思案する。
そして―――――狂ったかのように大声を挙げて笑い始めた。

「ククッ、クハハハハハハッハッハハッハ!!!
そうか、森本! 森本祐輔!! またか、また貴様か!!
鳥! 鳥使いとかこの事か! 貴様は幾度となく我の前に立ち塞がる!」

ザビエルの頭の中でかちりと歯車が嵌った。
一ヶ月も前から自分の復活を予言し、こうしてまんまと目の前から香を奪い去った男。
名前を森本祐輔。得体のしれない、自分の計画を台無しにする男。

「森本祐輔!! 貴様は一体何者なのだ!! クハハハハハハ!!」

嗚呼、なんと可笑しいのだろう。
魔人殺しの剣を持っているわけでもなく、自分と同じ魔人という存在でもない。
だが今まで魔人殺しの剣を持っている人間や魔人といえど、こうも自分を追い詰めた事があっただろうか。

実に、実に愉快―――そして同時に不快だ。
戯れに使徒としてもよいかと思っていたザビエルだが、考えを改める。

「次は殺す。必ず殺してやるぞ!! フハハハハハ!!」

全ての計画を狂わす一粒の砂粒。
完璧に回っている歯車をたった一つの砂粒が狂わせる事もある。
その一粒の砂粒足り得るとザビエルは祐輔を認識した。



[4285] 第八話
Name: さくら◆16c0be82 ID:a000fec5
Date: 2010/04/20 17:35
走る事数分。
短いと思うかもしれないが、祐輔にとって神速の逃げ足でそれだけ逃げればかなりの距離を稼げる。
祐輔は流れゆく外の風景が次第に遅くなっていくのを見て窮地を脱したのを確認した。

神速の逃げ足が解除されたという事は命の危険がなくなったという事。
それすなわちサビエルが祐輔の追跡をせずに見逃したという事にも繋がる。
祐輔は魔人という格上の相手を見事出し抜いたのである。

「―――――……ふぅ」

タン、タンと地面を抉る脚が軽い物に。
祐輔は香を抱えていて少し痺れた右腕に冷や汗をかきつつ、ぐんとスピードを緩めた。
いくら軽いと言っても筋持久力のない祐輔にとって、香を安全域までちゃんと抱っこを維持できるか心配だったのである。

「ここは…どこだかわからないな」

ようやく歩く程度まで速さを落とした祐輔はきょろきょろと近くの風景を流し見る。
無我夢中で走ったので明石側に向かっているのか、織田側に向かっているのかの検討もつかない。
祐輔一人ならともかく、今は胸元にすっぽり収まっているお姫様をなんとかしないといけないので困ったものだ。

「香様、香様…って、やっぱり駄目だこりゃ」

「は、はひ~~~?」

祐輔の胸元に収まっている香はグルグルと目を回して前後不覚になっていた。
香が体験した事は何の準備も覚悟もなくジェットコースターの一番前に乗せられたもの。
祐輔が意図的に走る速度を緩めていなかったら、空気抵抗とかでやばい事になっていたの
かもしれない。

「とりあえず織田に行かないといけないな。
ザビエルの事もだし、香ちゃんも連れて行かないと」

ランスにザビエルの事をどう伝えるか―――――――

「うっ……!」

急に訪れた吐き気に祐輔は香をゆっくりと地面に下ろし、近くの茂みへと跪く。
そして胃に入っていた物を全て吐き出した。
吐瀉物の中には血も混じり、胃の内容物を戻してしまった祐輔を苦しめる。

「っ…! はっ、はぁはぁ………」

祐輔は色々と限界だった。
体力的にも、精神的にも…その全てが追い詰められていた。
魔人という格上の存在と渡り合うためには矮小な人間に多大なダメージを与える。

魔人ザビエル。
祐輔がこの世界に来て以来、様々な人物と死線をかけて対峙してきた。
だがザビエルほどの威圧感、畏怖、恐怖を感じる存在はいなかった。

銃を眉間に突きつけられ、刀を首筋に沿わされたとしてもここまで消耗しまい。
もう吐き出す物はないというのにそれでも祐輔は胃の粘液を吐き出し続ける。
きっとストレスで胃に穴が開くのもあと少しだろう。

「う…ふっ、ははっはははははは! 生きてる! 俺生きてる!」

戻しながらも祐輔は『イキテル! 俺イキテル!』と連呼して祐輔は大きく笑った。
みっともなく吐いても、脚ががくがく震えていようとも、祐輔は生き延びた。
それはどんなに酷い状況でも素晴らしい事。おまけに五体満足だなんて最高ではないか。

ハハハハとひとしきり壊れたように笑っている祐輔。
他に見ている者も誰もいないので(香は目を回している)許してあげて欲しい。
溜まったストレスもこうやって発散しないと、人は簡単に壊れてしまうのだから。

「さて、と」

汚れた口元を袖で拭って祐輔は立ち上がる。
目下の問題である香は現在目を回して気絶している。
まずは香のために身を隠せて夜を過ごす場所を確保しないといけない。

「よっこいしょ、と」

ジジ臭い掛け声と共に香を背負う祐輔。
お姫様抱っこでもいいのでが、腕の筋力的な問題でそれは難しい。
なんという役得と思うかもしれないが、香は着物を何重にも着つけているので感触もへったくれも何もない。

祐輔はお子様に興味はないのでちっとも悔しむ事なく、香を背負って歩き出す。
これからどうっすかなぁと頭を悩ましながら。



〈パチ、パチ…〉

部屋をほのかに灯す小さな炎に照らされる古びた廃寺の一室。
風がふきっさらしの寒い部屋を温める炎の暖かさに香は目を覚ました。
何故か喉が痛い。酷く頭が痛む。気分も最悪だ。ここ近年ないほどの体調の悪さである。

(私、いったい…そう。そう、でした…)

寝ぼけた頭の中に蘇る変わり果てた兄の記憶。
兄の身体を乗っ取ったザビエルという魔人によって、香は完膚無きまで精神的にボコボコにされた。
そして身体を蹂躙されかけたところで……

「あ、目が覚めた?」

「ぁ……」

呼びかけられた声に掠れた声で答える香。
喉が痛い。きっとお腹の中の物を戻してしまったせいだ。
そんな事を無意識ながらも思い出しながら、香は改めてちゃんと呼びかけられた声に答えた。

「はい…森本祐輔殿、ですよね? この度は危ない所を助けて頂き―――」

「待って。お礼は後にしよう」

「え――?」

「どこか身体に痛い所はない? 気分が悪いとか、頭がクラクラするとか。
はい、これお水。ゆっくり飲んでね」

「は、はい。ありがとうございます」

はいと祐輔から香に手渡された水。
祐輔が香の近くにいなかったのは近くの清潔な水を探しに行っていたためである。
香は手渡された水と祐輔の顔を交互に見て、おずおずと水に口を付ける。

「美味、しい……」

「そっか。それはよかった」

香の思わず口を出た言葉に祐輔はにっこりと笑った。
実際その水はその辺の古井戸からくんできた何の変哲もないただの水。
だが身も心も傷つき、摩耗した香にとって身体に染み渡る優しい味に思えた。

人間酷く落ち込んでいる時や精神的に疲れている時、一杯の紅茶やコーヒー、お茶がとても有効である。
それを経験則から知っていた祐輔は何か飲めるものを探しに行っていたのだ。
流石に冷たい水しか手に入らなかったものの、十分効果があったとほっとする祐輔だった。

「落ち着いたか? 出来れば事情を聞きたいのけど…まだ疲れているようだったら、三刻ほど仮眠してからでもいいけど」

頬がやつれ、祐輔の目からしても香は限界近いように思える。
だが祐輔は香がどこまで知り、ザビエルの事についてどう考えているかを確かめなければいけない。
それによって祐輔がこれから取るべき対応が随分と変わってくる。

そのため香から話を聞く必要があるのだが――――祐輔は少し躊躇してしまっていた。
祐輔が香に訊ねている事はザビエルの事、つまり香にとって苦痛でしかない内容に違いない。
それを今の香に訊ねるのは…人としてどうかと思うのだ、祐輔でも。

「いえ、お気遣いありがとうございます。
全部…とまではいきませんが、あの場で起こった事をお話します」

だが香は強かった。
祐輔に助けてもらった以上、事情の説明は最低限しなければいけない義務である。
そして香自身事態の把握をするために声に出した方がいいと判断したのだ。

「ですが…非常に勝手な事を言っているとは思います。
しかしこれから話す事はどうか他言無用でお願いします」

無論これから祐輔に話す事は織田の根幹を揺るがす事実に相違ない。
もし主君である信長がザビエルであると他国に漏れれば…天志教はおろか、魔人征伐の名の下に隣国が一気に攻め入る可能性がある。
上杉、武田、天志教。いずれも一つの勢力のみで織田を滅ぼしうる軍強。香は織田を戦場にしたくなかったのだ。

祐輔に事情を話す危険性は香もしっかり理解している。
だがこのまま何も話さないという選択肢もまたないのだ。
ならばちゃんと事情を説明し、織田は魔人と協力関係を結んでいないという点だけでもわかってもらわないといけない。

「わかった、今から聞く事は全部俺の胸の中だけにしとく」

「ありがとうございます」

祐輔の明快な回答に香は胸を撫で下ろす。
祐輔がどこまで知っているか香は知らないが、少なくとも信長がザビエルであるという事は知っているはず(香視点)。
それを裏に込めて先程祐輔に頼んだのだ。それを理解している色を見せた祐輔に香は感謝した。

「あ! あぁ~…。今頃気づいたけど、敬語じゃなくて普段の言葉遣いで話していたな。
他言無用でいるから、出来れば今までの無礼は許して欲しいんだけど。
それと出来ればこれからもこの口調で話したいんだが…」

「え、あ、はい。そんな事、お気になさらずに。森本殿の話しやすい口調でどうぞ。
それと私の事は香と呼び捨てて頂いても構いません」

「いや、流石にそれはまずいから…香殿でいい? じゃあこの口調で話すよ」

「はい」

実は敬語って使い慣れてないんだよなー。
そういいながらハハハと笑う祐輔は自然体で、直前までにあのような事態に見舞われたとはとても思えない。
今まで体験した事のない非日常に身を置いていた香にとって、祐輔の日常と変りない態度はとても有り難い物だった。

「まずはそうですね。兄う…信長が病に伏せがちという事は知っていますか?」

「ああ、そこは知っている。
ランスが来る前まで領地を拡大しようとしなかったのはそのせいだってね」

信長が病弱であるという事は他国にも有名な話だ。
それでも国として体裁を保っていたのは家臣が有能だったからだが、その話はまた別の話。
今香にとって必要なのは祐輔が一般的な織田の実情の知識を持っていると確認できた事である。

「その病ですが、一ヶ月ほど前から急速に悪く――――――――」

香は祐輔にここに至るまでの経緯を説明する。
廃寺の中に響くのは香の声と薪火がパチパチと弾ける音のみ。
時折香が涙を堪えきれなくなってしまい中断してしまったりするが、こうして夜は更けていった。



「―――――以上が私の知り得る、お話の出来る全てです」

「そっ、か。わかったような口を聞くけど、辛かったね」

「いえ、お気遣いありがとうございます」

全てを香姫から聴き終わった後、俺はなんともいえない感覚に包まれていた。
原作通りに進んでいるな、とか。魔人復活テラヤバスwwとか。そういうのじゃない。
正直厄介な事になったというのが大半を占めているが、それよりも――――

「それで織田はどうするつもりかな?」

目の前のちっさなお姫様が今後どういう行動をとるのか、という興味。
話からいかに信長が好きだったかが伝わってきたし、ぶっちゃけ同情もした。
今この子は大好きだった兄と尾張、ひいてはJAPAN全土を天秤に賭けているのだ。

最も愚かな方法だが、魔人から信長を解放する手段を探すために事実を隠すという選択もある。
だがそれは愚策も愚策。いたずらに魔人に時間をやるだけで、結局は魔人の助けになるだけだ。
だが人間とは情で生きる生き物。敵だからと肉親をすっぱり切り捨てられる奴は狂っているとしかいいようがない。

「無論、ザビエルに身体を支配された兄を討ちます」

だがこの姫様は―――目の前で真っ赤に泣きはらした瞳の少女は、己の兄を殺すと答えた。

「…馬鹿な事だとは思うけど一応確認しとく。
それは織田が全軍をもって、魔人サビエルと敵対するという事でいいんだな?」

「はい。これから私は織田に帰り、家臣と話し合います。
きっと…きっと、皆。納得して、私に賛同してくれると思います」

為政者として。
民のために。
たった一人の肉親を殺すと、少女は俺の問いに答えた。

「…立派だな」

口からすんなり出てきた言葉は本心からの言葉だ。
俺にはそれが合理的だとわかっていても、こうも早く選択できなかっただろう。

「…いえ」

もっともその選択が容易ではないのは見て明らかだ。
今にも泣き出しそうな表情をぐっと堪え、静かに全身を微かに震わせながら目を伏せる香姫。
無理をしている。俺が無理をさせている。だが俺にはこの答えへと誘導する必要性があった。

兄である信長が倒れた以上、織田の直系は香姫のみ。
香姫の願いと命令であれば織田全軍は明日の昼にでも動く。
そして香が頼めばランスさえも簡単に動かせるのだ。

こんな精神的にボロボロになった少女さえ利用し、事態を好転させようとする自分に吐き気がしない事もない。
だがこれが俺であり、俺が成し遂げようとするために必要な事なのだ。
こうやって命懸けで香姫を助けた以上、ザビエル退治に尽力してもらわないと割に合わない。

なにも香を助けたのは俺の利益だけじゃない。
俺の利益を最優先するなら見過ごすのが最もベスト。
だけどこうやって助けた後、なまじ原作知識があるため流れを誘導しようとするのは俺の悪い癖だ。

「あの…」

「ん? 何かな?」

「私からも聞いていいですか?
どうして…どうして、私を助けてくださったのですか?」

俺が複雑な心境でいると、核心をズバリつく質問が香姫から飛んで来た。

「助けて頂いたのは本当に感謝しています。
けれど、わからないんです。どうして私にそこまでよくして頂けるのか…」

「助けた理由、ね」

自分でも少し考えていたけど、やっぱりこれが一番の理由か。
俺は古井戸で軽く洗ってきた、血の染みが取れないソレを香姫の前に出す。

「それは…」

「そう。多分、君を護衛していたんだろう忍者の遺品。
彼女に頼まれたんだよ。どうか君を助けて欲しいってね」

ソレはあのくノ一から拝借した織田忍軍の頭巾。
まだ湿っているソレを食い入るように見つめる香姫に手渡す。
きっとこれは香姫が持っているべき代物だろうし。

「その人は今」

「死んだよ。彼女だけでなく、君の護衛は全部ね」

「そう、ですか」

ぎゅっと血が出る程の唇を噛みしめる香姫。
きっと自分の行動を悔いているのだろう。
後悔先に立たずとはよくいったもの。過ぎ去ってしまった事は今更どうしようもない。

なら死者のために何をするのかが重要になってくる。
その心配は先程香姫の言葉を聞く限りないようだけど。

「彼女に感謝して、出来れば織田で弔ってやってほしい。
できれば彼女だけじゃなくて、他のくノ一達も」

「はい…! はい…!」

ついにポロポロと小粒の涙を流す香姫。
これに関して俺は手出しできない。彼女だけの問題だ。
きっと死んだくノ一もそれを望んでいる事だろう。

「俺も、作ってやらないとな。あいつらの分も」

あの時契約したヤンキー鴉は死んでしまった。
短い付き合いだったとはいえ、結構悲しいものだ。
戦争をしていてその感情が薄れてしまっているのが少し怖いが、これも適応というのだろうか。

あと個人的な理由をいえば、あの欝イベントを見たくなかったってとこだろうか。
避けられる物なら避けたい類の物だし、今回も命の危険さえなければどうやってか回避しようとしただろうし。
俺の妹ぐらいの女の子が陵辱されるなんて胸糞悪い物、実際起こったと聞いただけで罪悪感が凄まじい。

原作知識とは何も利点ばかりじゃない。
知っていて見過ごせば、小物な俺は自分の責任だと思ってしまって夢見が悪くなってしまう。
傲慢なんだろう。まぁ全てを自分の力でなんとかしようとする奴よりはマシだとは思うけど。

ま、こっちのほうの事情は説明できないし、説明するつもりもないしね。
香姫のフラグはいらんですよ。俺ロリコンじゃないし、光源氏計画も否定派だし。
変に執着でも湧かれればまず間違いなくランスに殺される。これ一番ね。

おぱい! おっぱい!
やはりフラグを立てるならこっちがクラっとくるような色気がないといけない。
もっとも自分、今男として終わってますから! そういう事になってもどうにもなりませんから! 残念!  

…欝だ、死のう。
本気で死にたくなってきた。
香姫も精神的にかなりきているみたいだし、俺も結構ヤバイので休息を取ろう。

香姫がザビエルに名前をぽろっと言っちゃうというハプニングがあったものの、多分大丈夫だべ。
顔見してないし、それ以前にこの世界の住人だったら俺みたいなのなんて山ほどいるはずだ。
次会っても『森本? 誰、それwww自意識過剰乙wwww』ぐらいなリアクションだと思う。

「そろそろ夜明け前だけど、少しだけ寝ようか。
自慢じゃないけど、俺の寝付きは凄まじくてね。
そりゃ近く怒鳴りたてようと、どんなに泣き喚こうと起きる事はないんだ」

「え…? あの、一体…」

「じゃー、俺寝るし。香殿も寝ればいいと思うよ? おやすみ」

「お、おやすみなさい…?」

ゴロリと横になる。
身体は死にそうなくらい疲れているが、本当は全然眠くない。
多分魔人と対峙した時のアドレナリンとかが今でもでているじゃないかと思うくらい。

「俺は織田とは無関係な人間だ。
だからここで一人の女の子が何しようが、俺には関係ない」

「あ…」

「これも寝言だからね。俺の寝言マジ凄いからね」

香に背を向けるようにして寝転んでからして少し。
小さくすすり泣く声を耳に入れないようにしながら、俺は明日の事を考える。
とりあえず香を尾張の国境までは送り届けなくてはいけない。手配書も…まぁ、香姫が一緒ならなんとかなるだろう。

「兄上、どうして、兄上……う、ぅぅ、ぅぅぅぅぅぅうぅ…!」〈ぐずっ、スン……〉

この小さなお姫さまは織田に帰り次第、過酷な未来が待っている。
兄である信長を逆賊として、魔人であるとして家臣を纏め上げて討たなければならない。

ならここで少しだけでもガス抜きをさせてあげよう。
これから先ランスと3Gぐらいにしか内心を打ち明け、泣きつく事も許されないのだ。
それがいつやってくるのか、まるでわからないのだから。



翌日、俺は頭を抱えていた。

「どうしてこうなった…」

『おい、現実逃避してる場合じゃねぇぞ! 早く逃げな!!』

玄さんの声が無情に頭に響く。
首筋の疼きは今こうしている間もどんどん強くなっている。
これが今朝の俺の目覚めだった。

「あぁ、なんで首筋が疼くかな、もう! 魔人!? 魔人の配下か!?」 

見逃してくれたかと思っていたが、そうも甘くないらしい。
ともかく俺は状況を把握していると思われる玄さんに矢継ぎ早に訊ねた。
っち! そういや、煉獄とかはもう復活しているはずだ。なら追手がきてもおかしくは――――

『バカヤロウ! そうじゃねぇ! 剣振り回してきてんのはランスだ!!』

「…what?」

――な、い?
え、追っかけてきてるのってランス? 魔人の一派じゃなくて?

「え、どうしてランスが俺を殺す気でくるの?」

『知るか! だが「誘拐犯はころーす!!」とか言ってどんどん近づいてきていやがる!』

誘拐犯…? ここで俺の優秀な頭脳はある方程式を弾き出した。
香姫行方不明→鈴女捜索→廃寺で俺と一緒に発見→壮大な勘違い(!!)→ランスに報告→俺、ピンチ。
な、なんてわかりやすい構図なんだ…! しかも納得できる俺がいる。

「香殿、香どのーーー!! 起きて! マジで起きて! 香ちゃーーーん!!!」

「うぅ……んん、ぅん…」

駄目だ、香姫はお疲れでぐっすり熟睡してらっしゃる! 起きる気配ナッシング!
これはいかん、いかんとですよ! このままじゃ事情を説明する前に俺が死ぬ!
逃げる事はできても、ランスの攻撃をよけ続けるとか出来ると思えん!

ここが決断の時か…!
俺はすぐさま草鞋を履いて、脱出の準備を進める。
香姫の決意は聞いたし、後は俺が触れなくても原作通り話は進むだろ!

「ラーーーンス!!!」

準備を終えた俺はがらっと扉を開きながら叫び声をあげる。
50mぐらい先にはランスが砂埃をあげながらこちらに疾駆していた。
首筋の疼きは如何に俺がピンチかを教えてくれる。

「香姫はここにいる!! 後は任せたぞぉぉぉおおおおおお!!!!」

「あ、こら待て!! 逃げるな、誘拐犯!!」

「事情は香姫から聞いといてくれぇえええ!!!!」

それだけ言い残して俺は神速の逃げ足で逃げ出す。
俺は今、風になる!!!



「ハァハァ…ッち、逃げ足の速い奴だ」

ぜいぜいと息を鳴らしながらランスは祐輔を取り逃がした方向を睨みつける。
ランスの下に香姫行方不明の報せが届いたのは昨晩。
それ以降織田全軍で捜索にあたっていて、香姫と思しき人物の目撃証言を掴んだのが今朝である。

実はこの廃寺、尾張の領地内にあるのである。
それに気付かずここまで走りぬいた祐輔は流石だ。
しかしそれがために情報が集まりやすく、こうまで早期発見となったのだ。

なんでも若い男が気絶している香姫を廃寺に連れ込んだらしい。
将来自分の女になる予定の香姫に何をするつもりだとランスは大激怒。
ランス自らここまで脚を運び、香姫に不届きを働こうとする不埒者を退治しにきたのだ。

本来の作戦では誘拐犯をランスがこてんぱんにやっつけ、香を颯爽と救出。
そこでランスに完全に惚れさせてしまおうという作戦だったのだが、誘拐犯を逃がしてしまったので失敗である。

(それにしてもあの男。見覚えがあったような、なかったような)

一瞬の間だったため、ランスは誘拐犯の男の顔をちゃんと見ていない。
聞いた事があったような声がしないでもないが…後の調査でわかること。
祐輔の顔は覚えて殺したいとまで思っているものの、声までは覚えていないランス。ここらへんに男と女の扱いの差が現れている。
まぁ助け出すだけでもいいかとランスは気を取り直して廃寺に向かった。

「香ちゃんー、無事かー?」

廃寺の中には香姫の他に誰もいない。
肝心の香は質素な毛布を被って、まだ覚醒に至っていなかった。
夢と現のまどろみの中を行き来していたのである。

「香ちゃん、起きろ。俺様が助けにきてやったぞ」

「ぅ、ん……ゆうすけ、どの?」

「…あん?」

ゆっさゆっさと揺らしながら香を起こすランス。
ゆっくりと香の瞼が開き、その薄い唇が就寝前まで傍にいた男の名前を紡ぐ。
なんでここでその男の名前が出てくるとランスの機嫌はまたたく間に悪くなった。

「って、ら、ランスさん!? どど、どうしてここに!?」

「どうしてここに…って。誘拐された香ちゃんを助けにきたのだ」

パッチりと目が覚めた香は目の前に広がるランスの顔に驚きの声をあげる。
それにランスは怖かったなー、もう大丈夫だぞと香に安心するように言う。

「あ、あれ? 祐輔殿、は? 
あの、ランスさん。ここに祐輔殿はいませんでしたか?」

「ああん? 祐輔? シラン。
だが安心しろ。香ちゃんを誘拐した犯人は俺様が追っ払ったからな! がははははは!!」

「誘拐?」

何かがおかしい。話が噛み合っていない。
香姫はまさかと思いながらランスに質問を続ける。

「あの、誘拐とは…? それに追っ払ったって…」

「この寺にいた香ちゃんを誘拐した犯人は俺様に恐れをなして逃げ出したのだ」

香と祐輔以外、この寺に人はいなかったはず。
ランスの話しによれば、その誘拐犯?とやらは寺から逃げ出してきたらしい。
それが意味する事といえば――――

「あ、あああああわわわわわ…なななななななななな、なな、なんという事を…」

香を助けた祐輔を誘拐犯だと勘違いし、ランスが追い払った。
自分と織田に大恩ある人間に切腹物の無礼を働いたという答えに達し、香はorz状態で跪いて衝撃に打ちひしがれていた。
もうこれは駄目だ。取り返しがつかない。どうしようもないレベルの粗相である。

(どどどどどどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!!!??
あわわわわわわわわわ、私! 私は一体どうしたらいいのですか!!? 教えて、助けて3G!!!)

はっきり言おう。これほどまでに香が錯乱した事はあまりない。
頭には全てが終わった後にどうやって謝罪をするかで埋め尽くされる。
一方こうなった原因のランスはどうして香がショックを受けているかまるで理解していなかった。

(ああ、なるほど怖かったのだな)
「もう俺様が来たから安心だぞ! とにかく織田の城に戻るぞ!」

脳天気なランスの顔を少し恨めしく思う香。
この問題に関して、もうどれだけ悩んでいても香には答えは出ない。
全てが終わった後で3Gに相談して、どうするかを決めよう。
香は考えるのをやめた。それも重要だが、それよりも重大な事が迫っている。

「ランスさん、すぐに織田に帰りましょう。
そして全ての部隊の部隊長を集めてください。大事なお話があります」

「お、おう(雰囲気が変わった…?)」

ずーんと落ち込んでいる状態から一転、すくっと立ち上がって香はランスより一足先に寺を出る。
今までとはどこか違う香の様子に戸惑いながらもランスは香の後に続く。
これから香は香にしか出来ない、重大で重要な事をしなければいけないのだから。



香は帰還後、主だった家臣を集めて魔人ザビエル復活を伝えた。
織田の家臣に激震が走り、鈴女はランスの魔剣カオスを本能寺まで連れて行って確認させるも信長をザビエルだと断言。
香と織田家臣、ランス達は苦渋の決断をする。

巫女機関へ戦後制圧に向けていた戦力を尾張に帰還させる。
その間に天志教から織田に使者が来訪。織田は秘密裏に天志教に魔人討伐の申し出をする。
全ての準備が終わった三日後。織田、天志教は同時に本国を出発。決戦の地本能寺で合流する事になった。

「織田…ランス…いいねぇ、きなよ。
今度こそ俺がぶっ殺してやるからよ……」

本能寺の一室にて憎悪を滾らせる使徒が一人。
身体の傷は殆ど癒えたものの、未だ全快にまでは至っていない。
だが使徒・煉獄はもう一人の使徒・式部と共に打って出るつもりである。

だが裏を返せば彼等がでなければいけないほどに魔人側の戦力は少ない。
あくまで三笠衆は諜報の部隊であって、あくまで一部隊に過ぎない。
天志教と織田全軍にぶつかれば、ひと当たりで壊滅してしまうだろう。

本来ならもっと戦力が整っているはずだったのである。
だが香という誤算が全てを狂わし、魔人側に戦力を整えさせなかった。

だが煉獄はそれを微塵も不利だとは思わない。
たかが織田と天志教。変幻した煉獄と式部がいれば十分蹴散らせる。
そう確信していた。

迎えるは魔人。
総大将たる魔人ザビエルは不死身、不死。
配下の使徒も文字通りの一騎当千の化物。

攻め入りたるは織田・天志教連合。
魔人殺しの魔剣・カオスを所持し、英雄の資質を持つ男ランス。
無敵の魔人に対抗する手段として何百年も伝えられた秘術を用いる性眼。

JAPANを揺るがす魔人と人間との長い闘い、第三次魔人大戦。
その始まりの一ページが今、刻まれようとしていた。




[4285] 第九話
Name: さくら◆16c0be82 ID:a000fec5
Date: 2010/05/02 18:42
―――織田・天志教、魔人殲滅作戦

概要:織田、天志教の兵力全てを投入して魔人ザビエルの殲滅する
最優先目的:魔人ザビエルの封印、または殲滅

第一段階:尾張、なにわの二方面から本能寺を襲撃。敵の主戦力を惹きつける。
第二段階:魔剣カオスを持つランスを中心とする織田の精鋭、性眼を中心とする天志教の月餅の法を使う精鋭二組によって魔人を目指す。
なお織田と天志教のニ面作戦とし、個々で動くものとする。
これは双方どちらも一組で魔人を殲滅する力を持っているためであり、本作戦はこの精鋭二組がザビエルにまで辿り着くのを焦点におく。



「…と、いう事でよろしいですかな?」

「ええ。織田としても問題ありません。ですよね、ランスさん」

「ああ。坊主どもが勝手にするというんなら、俺様としてもやりやすい」

織田が尾張を出発する前日。
最後の確認をするために天志教からの使者とランス、香姫、3Gは天守閣にいた。
天志教から遣わされたのは言裏という僧で、なんとこの僧はランスと顔なじみであった。

「つうか言裏。お前JAPANにいたのか?」

「いやはや、拙僧もまさかJAPANでランス殿と会うとは夢にも思っていなかったでござる」

ランスと歓談を交わしている言裏は大柄で野暮ったい印象を受ける男だった。
だがその実ひと当たりもよく、すぐに織田の面々ともなじんでいた。

「それでですな。性眼様からランス殿に留意事項があるでござるよ。
天志教にも魔人を封印するための法術・月餅の法というのがあるんでござるが…。
この術を使うには魔人が弱っているという前提と時間が必要。
だから織田のランス殿を筆頭とする精鋭部隊の後に出発させて欲しいとの事」

月餅の法。
法術を扱う術者と、三人の娘を核にして行う魔人封印のための術。
以前二回ザビエルが復活した時はこの術によって封印する事が出来たのだ。

しかしながらこの術には致命的な欠点がある。
この術を使うには大量の時間が必要。且つ三人の娘が無防備な状態になり、その間守りきらなければいけない。
しかも魔人をある程度まで弱らせる必要があるため、使用にはかなり困難な条件が必須となる。

「ふん、別に構わん。
俺様が先にぱぱぱーっと魔人を殺してしまえば終わりだからな」

「っはっはっはっは。もちろんそれが一番でござるよ。
だから我等は保険な策として月餅の法を並行して執り行っておくという事ですな」

ランスの魔人をおそれぬ態度に、これは一本取られたとばかりにぺしんと禿頭を叩く言裏。
天志教側がランス達の戦力を無いものと考え、性眼が単身魔人と対峙する覚悟であるという事は伏せておいたほうがいいだろう。
いたずらにランスの機嫌を損ねても意味がないと言裏は充分理解していた。

「それでは明日、拾(十)の刻限に本能寺を織田軍が取り囲み、天志教はその後方を二重に包囲。
戦端が開かれたと同時に織田、天志教の精鋭部隊が突入という事で」

「はい、それで問題ありません」

香姫は横に座っている3Gに目配りをやり、言裏の確認に頷く。
3Gは香に対して『おいたわしや…』と言って号泣して以来、八面六臂の働きぶりをしている。
まだ幼い香にこんな非情な役割を背負わせる事しか出来ない自分を恥じているのだ。

しかしどんな理由があろうと信長を討つという決意をした以上、香は織田の全責任を背負う立場になったのだ。
こういった他国との重要な会談では香が自分の意思で全てを決めなければいけない。
3Gがフォローする事はあっても、最終的に決めるのは香なのだから。

「それで魔人の使徒はどうするつもりだ?
俺様がかなり痛手を負わせたが、それでも一匹はいるぞ」

ランスに痛恨の一撃をくらい、逃げ帰るようにして飛び去った煉獄。
まだ回復はしていないだろうが、それでも人間にとって脅威である。

「それは天志教と織田の軍勢で対処する、としかいいようがないですな。
天志教も今回の闘いに出来うる限り法力を持つ僧を集めたでござるよ」

「だがなぁ…ぶっちゃけ、かなり死ぬと思うぞ?」

ランスの経験からしても、使徒である煉獄の反応は良かった。
使徒は魔人と違って無敵結界を持っていないため、普通の一般人でも倒せる。
しかしそれでも両者の間には絶望的な力量差があると言えよう。

「いえ、ランスさんは魔人討伐の部隊に入っていただかないといけません。
使徒は私や光秀さん、五十六さんに任せてください」

「香ちゃん?」

そしてそんなランスの心配を要らないとはっきり断ったのは香だった。

「確かに使徒との闘いは厳しい物になると思います。
ですがランスさんや勝家さん、乱丸さん、レイラさん達は魔人との闘いに専念して下さい。
この闘いで魔人に負けてしまったら、もう織田に魔人を討つ力はなくなってしまうでしょうから…」

既に部隊配置は決まっている。
直接戦闘力の高い勝家や乱丸、治癒の力に長けた名取、そして異国からランスの要請によって援軍として来たレイラという女戦士などの精鋭部隊。
彼女たちにランスを加えた精鋭部隊によって魔人討伐を目指す。

しかし指揮能力は高いものの、直接戦闘力が低い者は三笠衆との闘いに割り振られている。
香はそんな彼等に使徒の対応も任せると言っているのだ。
もちろんその陽動部隊の本陣は香が座る。

「少し疲れると思うが、俺様が相手したほうがいいと思うんだがなぁ」

右「確かに…」
左「使徒も魔人と比べれば弱くはありますが」
中「それでも一騎当千の力を持っているはず」

3G『ここはやはり、精鋭部隊に使徒の撃退もお願いしたほうがよろしいのでは?』

「駄目です」

将来の美少女、香を危険な目に晒すのが嫌なランス。
そして唯一織田の直系であり、それ以前に一番危険な場所に香を置くのに反対する3G。
動機は全く違うものの反対する二人にきっぱりと香は否定した。

「私に闘う力はありません。
ですが、だからこそ、この闘い。私が正面に立ち、魔人と確固たる決意を持って対峙しなければいけません」

自分に出来る事を。すべき事を。為すべき事を。
祐輔に助けられたあの日以来、香はずっと胸中で考え続けてきた。
香に敵と闘う力はない。しかし織田の旗頭として兵を鼓舞し、魔人と敵対する事は出来るのだ。

「この闘いは絶対に勝たなければなりません」

――――――たとえ兄を討つ事になろうと。

こうして天志教、織田の秘密裏に結ばれた連合軍の最終確認は終わった。

言裏は織田とのやり取りを報告しに天志教の総本山、なにわに。
3Gは香を全力で支えるため、混乱を最小限に備えるために根回しに奔走し。
ランスは迫り来る闘いに興奮した血を冷まさせるためにシィルの下へ。



「兄上」

会談の場にいた者が散り散りになり、それぞれ退出した後。
香は一人になり、自室の奥に眠っていた甲冑を前に兄である信長へ語りかけた。

「この鎧、使わせて頂きます」

ふるふると震える手で甲冑の兜に触れる。
冷たい鉄の感触が掌に伝わり、これを信長から贈られた日の事を香は思い出していた。

初めて戦場に香が顔を出す時に過保護な兄が用意したものである。
まだ信長の妻が存命している時で、『こんな鎧用意してアホか!』と信長が飛び蹴りを食らっていたのを覚えている。
その甲冑は防御力を上げるためにかなり重く、幼い香が着込むと一歩も動けなかったのである。

「私は明日、兄上の体を奪ったザビエルを討ちます」

ズシリと手に重い鎧兜だが、かぽっと香の頭にすんなりと装着できる。
香は何重にも着ている着物を全て脱ぎ、鎧を着込むための着衣を身に纏う。
そして一個一個確かめるようにして篭手や具足を体に着込んでいった。

「まだ兄上は魔人の体の中に残っているのかもしれません。
しかし民のため、私は兄上を討ちます。お叱りはあの世でいくらでもお受けします」

鎧の全てを身につけた香。
重い事には重いが、最初にこの鎧をつけた時ほどではない。
むしろ香が感じている重さは精神的な重さである。

これから意識を残っている兄である信長を討つ。
いくらでも恨んで下さって構いませんと、香は目を瞑って大きく深呼吸する。

「兄上、姉上。行って参ります」

そして最後に信長に対して今生の別れを告げた。

この日一人の少女が短き幼年期を終え、為政者となる。
目前と迫った最も辛き試練を乗り越えない限り彼女と国に明日はない。
それ故彼女は決意する。肉親の情を捨て、国を守ると。



――そして現在。
本能寺周辺を囲むのは城の防衛に最小限を残し、ほぼ全軍の織田軍。
この軍の指揮を執るのは織田家から古く軍師を任せられている明智光秀である。

パッとしない経歴を持つ光秀ではあるが、その戦略は堅実にして堅牢。
城攻めや野戦など攻める闘いは苦手であるものの、守りに徹する闘いは得意としていた。
そして今回の闘いの性質上敵を包囲し逃さない、古くからの家臣であるという理由から陽動軍の指揮を任せられたのだ。

「五十六殿、弓兵部隊の配置は?」

「既に終えています。いつ始まっても出られますよ」

周囲はにわかに暗くなっていて視界があまり良くない。
だが包囲して逃がさないだけでなく、本丸である本能寺へと直接攻撃を仕掛けて敵の目をこちらに向ける必要がある。
光秀と弓兵部隊の指揮として残された五十六は天志教より渡された地形図とにらめっこしていた。

「五十六殿がこちらに残って頂いて助かります。
私以外の織田の武将は皆、ザビエル討伐へと向かってしまいましたから」

「若輩ながらこの身、存分に役立てて下さい」

「ははっ。そう言ってくれると助かります」

目を伏せながらの五十六の頼もしい申し出に光秀は笑った。
弓兵である五十六は陽動部隊に回される。無敵結界を持つ魔人に弓では効果がないし、カオスの援護をするには接近する必要がある。
弓で接近戦も出来ないこともないが、達人の刀や槍の闘いの間に割って入るのは流石に難しいと判断されたのだ。

「この道とこの場所を抑えている限り、本能寺の一味とは必ずぶつかります。
敵が出てこない場合はこちらから攻める事になりますが、ね」

陽動部隊である光秀達は魔人と使徒の注目を集める必要がある。
そのためには最悪こちらから打ってでなくてはならないかもしれないのだ。
出来る事なら既に待ち伏せの布陣をひいているため、三笠衆から攻めてきてもらったほうがありがたい。
そしてそれと同じくらい向こう側から本陣のある平地まで降りてきて欲しいという希望的観測もあった。

「しかしこの地形…守るに易く、攻めるに難い。
本能寺とは寺であるはずなのにまるで天然の要塞のようですね」

「弓矢もどこまで届くかという所ですね」

本能寺は山の中腹にあるため立地的に下から上へと攻める必要がある。
更に山という立地上木々の枝に阻まれて弓矢があまり機能しない恐れもあった。

「それでは私はこれで」

「ええ。戦法螺の音が鳴った場合、打ち合わせ通りにお願いします」

戦で最もロングレンジで攻撃できるのは弓である。
陰陽師による式神の攻撃でも遠距離からの攻撃ができるが、詠唱している時間が長すぎるため敵の動きに即座に合わせられない。
そのため敵の第一陣をまず迎撃するのは五十六が率いる弓兵部隊なのだ。

不安そうに地形図を凝視している光秀と別れ、五十六は自分の部隊に戻る。
五十六は最重要な戦によく自分が駆り出されたものだと思う一方、こんな自分ですら動員しなくてはいけないほどに厳しい闘いなのだと表情を険しくした。
こんな状況に陥っても織田軍にあまり動揺が出ない事は並大抵の事ではないと感嘆しつつ。

五十六や光秀、勝家などの武将には事前に香より説明があった。
しかし一般兵には戦前の鼓舞で初めて敵がザビエルである信長だと明かしたのである。

当然演説直後には一般兵は大きく動揺し、皆が皆互いに顔を合わせて夢か幻かと騒ぎたてた。
だがその動揺も香の真摯な訴えに。武将たちが微塵の動揺もなく冷静であるのを見て、自分たちが真の話を聞いているだと理解する。
気丈に振舞う香の姿を見て一念発起した織田軍は鉄の意思を持っているとしか言いようがないだろう。

これから始まる闘いは織田にとってだけでなく、五十六にとっても重要である。
この戦に敗れればおそらく香達は魔人討伐のために立ち上がったのではなく、主君に謀反を起こした悪逆人の烙印を押される。
仮に生き延びられたとしても山本家の再興は霧散してしまうだろう。

そんな打算的な考えがある一方で五十六は織田のために頑張りたいとも思っていた。
降将である五十六に対して織田の人は皆とてもよくしてくれている。
降将といえば使い捨ての駒にされてもおかしくないというのに、いきなり部隊長として抜擢もしてくれた。

「こんな事考えている場合ではないというのに…」

そしてそんな織田の命運がかかっているというのに、五十六の頭の中に占められるのは直前に迫った戦の事だけでなかった。

「祐輔殿とは一体何者なのだ?」

香から信長が魔人であるという事実を聞かされた後にもたらされた、祐輔の情報である。

あれほど探しまわっても発見できない祐輔が香の命を救ったという。
それだけでは飽き足らず天志教に信長が魔人であるという事を伝え、秘密裏に協力体制まで整えた。
太郎から祐輔の話を聞いて凡百ではないとは思っていたが、とんでもない傑物である。

「五十六様!!」

「なんだ、どうしたというのだ」

「それが――――」

五十六が祐輔の事について思案する事が出来たのもここまで。
この一人の部下が持ってきた報告によって五十六は祐輔の事を考えている余裕をなくす。
それは後方の弓兵部隊にまで戦の開始前に敵の手が及んだという緊急事態の発生であった。



「っく! またですか…!」

林の中から飛び出してきた忍者装束の男に太郎は弓をしならせて迎撃する。
しなりの強い弓とは非常時に己を守る簡易的な鞭のようにして使う事が出来るのだ。
太郎は姉の五十六から教わった通りに敵をいなし、脇腹に弓をしならせて叩き込む。

「せいっ!」

「…っぐ……」

そして怯んだ相手に片手で抜き放った脇差を首に突き刺す。
敵の忍者装束を着た男は怯んでいたため碌な対応も取れずに喉を貫かれて絶命した。

「皆さん! 敵は林や森の木々の影、茂みに隠れて襲ってきます!
本来我々がすべき闘いではないですが、非常時には小刀で対応してください!!」

血の滴る脇差を拭う事もせずに周囲に警戒を呼びかける太郎。
本来直接敵と対峙する事のない弓兵であるはずの彼等がこうやって敵と接敵している理由。
それには三笠衆がとってきた奇天烈な戦法による物のせいであった。

通常軍と軍との闘いといえば大戦力のぶつけ合いで雌雄を決する。
しかし三笠衆が取ったのは戦力を半分に分けて半分を本丸である本能寺の防衛。
そして残った半分の戦力を逐次投入するという一見馬鹿げた戦法であった。

だがこの馬鹿げた戦法も立地によって一変する。
本能寺は周囲を林や森といった背の高い木々に囲まれた土地であり、大軍での進軍は困難。
実は織田軍がぐるりと囲むようにして軍を配置したのにはこういった要因もあったのである。

そして背の高い木々は身を隠す絶好の隠場と姿へと変わる。
本能寺の主戦力である三笠衆とは忍集団であり、隠密行動や暗殺は得意中の得意。
これらの要因が全て揃って織田軍は今こうして苦しめられているのである。

敵がどこから来るかわからない現状。
しかも前衛に配置してある武士隊や足軽隊をすり抜けて後方の部隊にまで一気に攻撃してくる。
更にいやらしいのが戦力を削る事を目的にしているのか、ある程度攻撃をしかけるとすぐに撤退してしまうのだ。

一丸となって固まり移動すると後方の直接攻撃に脆い部隊を狙われてしまう。
だからといって後方の部隊を守るようにして布陣すれば思い出したかのように軍隊行動でまとまった行動をしてくる。
JAPANでは知られていないが、現代でいうゲリラ戦法をしかけてくる三笠衆に織田軍は翻弄されていた。

しかも敵は戦の作法である開始の合図すら出さずに攻撃を開始している。
これらの要素に織田勢は浮き足立っており、混乱していた。

「これはまずい、ですね。
このままでは本丸である本能寺に辿り着くまでにかなりの数が削られてしまいかねません」

「そんなにやばいのか?」

「やばいです。早く姉上に指示を仰がないと、僕が受け持っている部隊が危険です」

「あ、五十六さんも来てるんだ。
いやはや、良かった良かった。ちゃんと再興へと向かっているみたいだな」

(ん? 僕は今、誰と話をしているのでしょうか?)

くるりと横で気楽に砕けた調子で話しかけてくる男を見て、太郎は腰が抜けそうになった。

「ゆ、ゆゆゆゆゆゆ!!! ゆ、祐輔さん!?

「やほ。久しぶり」

やっ! と手をあげてにこやかに笑いながら太郎に挨拶する祐輔。
その挨拶ぶりは「今晩のおかず何?」と訊ねるくらいの軽さで、とても数カ月ぶりだとは思えない。
もう何がなんだかわけがわからない太郎だが、とりあえず祐輔と再会したら言おうと心に決めていたフレーズを喚く事にするのであった。

「祐輔さん。僕に何も言わずに放浪の旅に出るとはどういった了見ですか!!」

「いやーっはっはっは(笑)俺にも色々とあるんだよ、色々とな。
ま、それは後で理由を見せてやるよ」

「む」

どうやら祐輔の顔を見るに本当に訳があるらしい。
話をはぐらかしたものの、祐輔の表情に翳りを見た太郎はそれ以上の追求が出来なくなってしまう。
後で理由を見せると言った以上、戦の最中だという事を含めてもここでこれ以上追求すべきでない。

「…というか、本当に何をしていたんですか、祐輔さんは。
いきなり浅井朝倉の使者という大役を受けたと思えば、ふらりといなくなる。
人が必死に探しているのに見つからなければ、香様を助け出したり。きちんと説明してくれるんですよね」

「は、はい。なんかスンマセンっした。自分が悪いです、はい」

有無を言わせない雰囲気を滲ませる太郎に祐輔は謝る事しか出来なかった。
太郎から言われた言葉はそのとおりで弁解のしようがないからである。

「それはともかくとして、だ。
太郎君、この織田軍を指揮しているのは誰? まさか香姫様ってわけじゃないだろうし」

自分に都合の悪くなった祐輔は強引に話の内容を元に戻す。
だがそれこそ今目の前に迫った危機であったと太郎はキリリと佇まいを正した。

「光秀殿ですよ。明智光秀様がこの陽動軍を率いています」

「陽動か。いまいち現状がわからないな…。
よし、太郎君。俺を光秀様のとこまで連れて行くついでに戦の概略と現状を簡潔に教えてくれ」

「連れて行くって…」

さらりと本陣まで連れていけという祐輔に太郎は呆れる。
なんどもいうが今は戦の最中である。そんな中、本陣まで簡単に外部の人間を連れていけるはずがない。

「あのですね、祐輔さん。常識的に物を考えて―――」

「――よろしく頼むぞ、兄弟」

言って下さい。
そう告げようとした太郎の胸に何かが走る。
とても懐かしい感覚だ。そう、兄弟同然に過ごした浅井朝倉での日々を思い出す。

「…まったく仕方がありませんね。いつも祐輔さんは頭が悪いのか良いのかわからない。
おまけに行動は意味不明ですし。発禁堕山のとこで悪酔いした時なんて泣きそうになりましたよ」

「ああ、そういえばそんな事もあったなぁ。サーセンw」

フヒヒと口元を歪めて笑う祐輔に呆れながらため息をつく太郎。
だがその顔は憂鬱な動作とは打って変わって生気に満ち溢れた物であった。

「道すがら今までの経緯について説明するのでついて来て下さい。光秀様のところまで案内します」

祐輔は外部の人間だ。
しかもかつて浅井朝倉からの使者という形で織田に訪れ、織田の敵意を一身に受けた経験もある。
だが同時に香の命の恩人であるという事も山本姉弟は聞き及んでいたので、持ち場を離れて本陣に案内しても支障は来さない。

そしてそれ以前の問題として太郎に祐輔を怪しむ感情は欠片もなかった。
祐輔が敵方のスパイであったり、工作員である可能性を微塵も。
彼にとって祐輔とは短い間とはいえ『兄』であったのだから。



織田本陣・幕内。

織田全軍の指揮を任されている光秀と祐輔は僅かとはいえ会談の時間を設けられていた。
指示を出さなければいけない光秀はそんな暇はないと断ろうとしたが、香が招き入れると決めたのであれば仕方ない。
祐輔が責任者と話をしたいと求めた時、一番早く許可を出したのが香である。

香は祐輔に謝罪とお礼を言うべきとは思っていたものの、時と場所が悪い。
そのため祐輔に戦が終わった後も織田に逗留して下さいとお願い(当主からであるからほぼ厳命のようなものだ)するに留まり、
今は光秀と祐輔の会談の邪魔をしてはいけまいと静かにしている。
ちなみに五十六は前線で指揮をとっているためこの場には居合わせていない。

「貴方が力を貸して下さるというわけですか…」

「ええ、そうです」

祐輔の申し出とは織田と三笠衆との戦闘に協力するという話だった。

「俺の力はご存知でしょう。
天からの視点で周囲を俯瞰し、あまねく人間を包み隠さず索敵します。
敵がどこから現れてくるのかわからないというのであるならお役に立てるはずですが」

今三笠衆がとっているのはゲリラ戦法だと祐輔は推測していた。
数十人単位で移動し、通常では考えられない方法で敵の数を削っていく。
本丸である本能寺を警備でがっちり固め、三笠衆という忍者集団であるからこそできる戦法である。

「ええ、確かにそうですね」

そして光秀は祐輔の力がどれほど有用かについても理解していた。
かつての戦で祐輔の能力――鳥を使役する能力は痛いほどその身に味わっている光秀。
祐輔さえいなければ…と光秀は浅井朝倉との調停後、何度も悔しく思った事がある。

戦場でも最も重要なものは兵力差もあるが、更に重要なのは情報である。
敵がどこで何をしているか。その情報を丸裸にして瞬時に手に入れる事が出来る。
こと戦場の情報集収能力という一点について祐輔はずば抜けて高かった。

先の浅井朝倉との戦――鉄砲という新兵器も大きな脅威ではあった。
だがそれを正しく運用する指揮能力と打ち終わった後に的確に敵の綻びをぶち抜く戦略眼。そして刹那の瞬間に戦場の推移を把握する能力。
それらの中核をなしているのが祐輔であるという事を同盟国となり、鉄砲と浅井朝倉の人材を間近に見た光秀の感想である。

「………」

ここで外部の人間の力を借りるべきか、否か。
ザビエル(信長)討伐はいずれ他国にも知れ渡るだろうから、別に祐輔が関わっても問題はない。
だが織田内の内乱ともいえるこの闘いに外部の人間を関わらせてもよいのかと光秀は逡巡する。

「森本殿。どうか私に力を貸して下さいますか?」

「香様!? よろしいのですか?」

「はい。森本殿は私の命の恩人。
命の恩人を敵の間者と疑うほど、この香。堕ちてはいません。
そしてこの戦は必ず勝たねばならないのです。森本殿さえよろしいのでしたら、どうかお力添えを」

「ああ。香殿さえよければ」

頭が禿げるんじゃないかと思うくらい悩む光秀に代わり祐輔の申し出を受けたのは香だった。
ぺこりと頭を下げて祐輔にお願いする香に隣にいる3Gが「軽々しく頭を下げてはいけませぬ」と焦っているが、祐輔はそんな事気にせず任せろと胸を叩いた。
香が申し出を受ける事を決めた以上、光秀はその決定に従うだけである。

「それでは貴方の力、早速ですがお願いします。
現状兵は見えぬ敵にどう動けばいいか戸惑っているのです」

「ええ。ただちに鳥を使い敵の位置を掴みましょう。
太郎君、鳥を集めるから少し席を外す。ついてきてくれないか?」

「え、えぇ、いいですけど…ここではやらないんですか?」

「ここではちょっと、な」

そう言って横に控えていた太郎を連れてくるりと本陣をでようとする祐輔。
そんな祐輔の後ろ姿に香が声をかけた。

「死なないでください。今までの非礼を侘び、恩を返したいですから。
どうか私を恩知らずの娘のままにしないでくださいね」

「あー、はは…了解」

香の真摯な言葉にぎくりと体を一瞬だけ強ばらせる祐輔。
この戦が終わればそのままの脚で毛利へと帰ろうとしていただけに心に突き刺さる。
香の純真でまっすぐな言葉に断り切れない祐輔だった。



祐輔は己の分を弁えている。
これから魔人討伐の精鋭に加わったとしても出来る事はないだろう。
しかしこの戦場では自分の力は役に立つという事は正しく把握していた。

「さーって、と。まだ使徒も出てきてないみたいだし、引きずりださないといけないな」

本陣から少し離れた場所で祐輔はぐっと呪い憑きの力を司る部分に力を込める。
太郎と光秀から作戦の概略を聞いたため、このままではいけないと祐輔を奮起させたのである。

この作戦では魔人の使徒を誘き出さなければならない。
だが魔人側は守りを固め、厭らしくゲリラ戦法で織田の力を削る戦法を取っている。
このままでは万全の状態の魔人とその使徒をランス達精鋭は相手にしなければならないのだ。

ではどうすればいいのか。話は簡単である。
ゲリラ戦法を取っている部隊を全て撃破し、三笠衆だけで護りきれず使徒が出ざるをえない状況を作りだせばいいのだ。

「太郎君。どうして俺が君に何も言わず、浅井朝倉を出たのかって聞いたよな」

今の織田ではそれが難しいというのなら俺がやってやる。
祐輔はするりするりと左腕を固めていた包帯を緩めていく。
こうやって包帯を解いておかないと能力発動時に筋肉が膨張するため、破れてしまうからである。

「今からしっかり俺を見ておけ。それが答えだ」




かちり、とスイッチを入れるように。
祐輔は呪い憑きとしての力を発動させた。




「え……?」

ガキガチと祐輔の左腕の筋肉が膨張し、爪が醜く伸びていく。
包帯に覆われていたびっしりと生えた赤胴色の毛が逆立つ。
間の抜けた声を上げた太郎の目の前で左目が真紅の瞳となった祐輔の左腕は変貌していった。

『来い』

頭の中で祐輔が念じるだけで周囲の雀・鴉は従って祐輔の上空で旋回を始める。
あとは祐輔が一つ命令を出せば鳥達は忠実な下僕となって行動を開始するのだ。

「俺は呪い憑きだ。とある事から呪われてしまって、な。
だから織田にはいられないし、太郎君と前のように暮らす事も出来ない」

祐輔ははぐらかしも隠しもしなかった。
ただありのままの事実を太郎に伝え、話した。
祐輔の中に太郎に呪い憑きを隠すという選択肢はない。祐輔にとっても太郎とはそれだけの存在なのだから。

「なに、お互い生きていればいつか会えるさ。
俺もずっと呪い憑きでいるつもりもないし。あーけど左腕ももうないんだよね…。
ま、今はそんな事は置いておいて、ここを乗り切る事だけを考えよう」

すっと祐輔が右腕を空へと伸ばす。
それはまるでオーケストラの指揮者のようにピンと張られ。

「散れ。黄色の服以外を身につけた人間を悉く探しだせ」

本能寺に向かってまっすぐと指さした。
既に黒い竜巻のように旋回している数を増やしていた鳥達が四方へと飛び去って行く。
森へ、林へ、物陰へ、民家へ、物櫓へ。あらゆる場所へと鳥達が散る。

正攻法しか知らない織田に対して有効であったゲリラ戦法であったが、祐輔の加入によって立場が激変する。
それはこの闘いの流れに一石を投じる出来事であった。





*あとがき
祐輔が本能寺にくるまで何をしていたかは本能寺編が終わってから番外編で書きます。
長らく放置していたおかげでいつのまにやら50万PV達成。本当にありがとうございます。
つきましては感想キリ番を今回もします。777を取った方の読みたい話を作者がせっせと作ります。
(例:祐輔魔人ルート【ダーク、ギャグ(笑)などの指定もあり】、最初から上杉ルート、柚美との休日編などなど)
777でリクがない場合、800の方に自動的にリク権は移るものとします。



[4285] 第十話
Name: さくら◆16c0be82 ID:a000fec5
Date: 2010/05/02 20:11
あれ? 今の俺、ちょっとかっこよくね?
太郎とのやりとりで少しかっこつけた祐輔が次の瞬間知覚したのは、頬に伝わる衝撃と反転する風景だった。

「ぶるぁ!?」

ガツンと頬に突き刺さる拳。揺れる脳。
腕を振り抜き、やたらいい笑顔で何かをやりきった感を出す太郎。
祐輔は鳥を操りながらもゴロゴロと地面を転がった。

「…? ぉ、おお?」

「ふぅ、やれやれですね。今のは僕の怒りの一発と思って頂いて構いません」

いい角度で入ったのかぐわんぐわんと揺れる脳。
頭にクエスチョンマークを浮かべながら真っ赤になった頬を摩る祐輔。
未だ再起動を果たせていない祐輔にやれやれと太郎は肩を竦めた。

「た、太郎君? 今俺を殴ったね? オヤジにも殴られた事…って、そんな事やってる場合じゃないな。
な、なんで殴ったんディスカーーーー!!!」

「わかりませんか?」

「わからんわ!!」

がぁーーっ! とちょっぴりキレ気味で吠える祐輔を見据えて太郎は目を細めた。

「僕は何故何も言わず祐輔さんが消えたかについて説明を求めたんです」

「だから―――――」

「呪い憑き〈ソレ〉が理由だというのなら、僕はもう一度祐輔さんを殴らないといけませんね」

ふーっと拳に息を吹きかけてチラチラ祐輔に見せつける太郎。
一見冷静に見える太郎だが、その内心は静かな怒りに満ちていた。

「呪い憑き。ええ、確かに驚きました。
ですが、それがどうしたのだというのです?」

「どうしたって…」

絶句する祐輔。
祐輔を詰問する太郎の言葉に偽りはない。
太郎は心の底から祐輔が呪い憑きであるという事実には驚いたが、それが何も告げずに出て行く理由になると納得していない。

「もう一度会うと約束しましたよね。
ならどうして何も言わずに浅井朝倉を出て行ったのですか。
手紙でも、書き置きでも何でもできたでしょう。何故しなかったのですか?」

「………」

「答えられないなら僕が答えましょうか」

アホな祐輔の考えている事は手をとるように読める。
数ヶ月しか共に暮らしていない太郎だが、祐輔の考えにおおよその予測がついていた。

「もし僕が付いて行くとでもいえば山本家の復興の妨げとなる。
そう思ったんじゃないですか?」

山本太郎は名門山本家の嫡男、唯一の直系男子である。
いうなれば山本家復興のための要であり、武勲はモチロンの事良家のお嫁さんを貰わなければいけない。
つまり経歴の一切に傷をつける事を許されない身。

祐輔が浅井朝倉を出る際に行き先を告げずに出てきた理由。
そしてこの場においても魔人の行く末を見届けたら消えようと思っている理由。
その二つの理由の何割かを占めるのは太郎が暴いた祐輔の本音である。

図星をつかれた祐輔は言葉につまり、黙るしかない。
「本っ当にバカな人ですね」とバツの悪そうな顔をしている祐輔にため息をつきながら太郎は言葉を続ける。

「いいですか。呪い憑きと行き先を告げずに消えたのは話が別です。
それはそれ、これはこれ。祐輔さんが変に気を回したせいで何ヶ月も探しまわる羽目になりましたよ」

そういいながら地面を転がって、未だに立ち上がらない祐輔に手を差し出す太郎。
躊躇いがちに手を取った祐輔をぐいと引っ張り上げ、固く手を握る。

「僕たちは兄弟みたいなものなのでしょう? なら隠し事は無しです」

「…ああ、そうだな。悪かったよ」

自分たちの間に変な気を使うのはナシ。それは相手を侮辱している事になる。
自分よりも何歳も年下に諭される祐輔。実にカッコ悪い姿だった。

「もう、ほんっと…今ほど自分がバカだと思った事はないな。
自分ではそれなりに上手く立ち回っていたはずなんだけどなぁ」

祐輔は自分が配慮と言う名の押し付けを無意識にしていた事を恥じた。
確かに山本家復興のため、太郎にとっては祐輔の事を忘れて織田で着々と地盤を固めるのがいいのだろう。
今の祐輔の存在はお家復興を成し遂げようとする太郎の脚を引っ張るだけだ。

いかに優れた武勲をたてようと祐輔が呪い憑きであるという事実は変わりようがない。
それは浅井朝倉での対応を見る限り明らかで、原作から考えても妥当である。
原作の中で呪い憑きと人々がわかりあえていたのはランスという外からの価値観の男がいたからこそ、なのだ。
祐輔がとてつもない美人なら話はともかく、男のためにランスが環境を整える事は天地がひっくり返るくらいありえない。

それはひとまず置いておくとして、あくまで一般論。
世間一般がこうしたほうがよいと考えているだけで、太郎がそうしたいと考えているわけではない。
全てを聞いた後でお家復興のため祐輔と別れるかどうかを決めるのは結局の所太郎本人なのだから。

「このままだとこの戦が終わり次第ふらっといなくなりそうなので、先に釘を刺しときました」

「うん、それ正解。別に魔人さえどうにかなれば、織田はそんな気にならないし。
魔人が消滅か封印されたら速攻で毛利に帰るつもりでいたからな」

「またこの人は…」と太郎は頭を痛めながら、それでも行き先を教えてくれた祐輔に一応満足した。
織田の主君となる香が滞在しろというのに消えるつもりでいたというのは常識外としかいいようがない。
尾張や織田の勢力圏内に住む人間にとっては身に余る栄誉なのだから。

「毛利…確か、西日本の覇者。
端の島津としのぎを削るという、あの毛利ですか?」

「そそ。今はそこでお世話になってる。というか、これからなる予定」

毛利家。太郎はその名前を深く脳裏に刻みつけた。
今の祐輔の話を聞き、これからどのように行動するかは太郎次第である。
だが祐輔の拠点を聞き出せたというのは自分をちゃんと認めてくれたという事なので、太郎はそれが嬉しかった。

「鳥が戻ってきた。敵軍の場所を詳細に書くから光秀様から地図を貰ってきてくれ。
俺の今の姿だと使徒と間違えられて撃退されかねないから」

「わかりました」

ちょっと自嘲気味に笑う祐輔の頭を一発どついてから踵を返す太郎。

「な、殴ったな?」

「そんな笑い方するからですよ。全然似合っていません。
祐輔さんは雪姫様の事を思って、にへらにへら笑っているほうが似合っていますよ」

では、と本陣へ一人戻る太郎。
一人残された祐輔はちょっぴり涙目で参ったなぁとポリポリ頭を掻いて空を仰ぎ見る。
自分なりに気を使ったつもりだったが、大きなどころか特大の余計なお世話だったらしい。

「そうだよなぁ、普段の俺ってこんなんだったよな。
なんかここ最近シリアス展開が続きすぎておかしくなってたかもしれん」

ボロボロと少しずつ壊れていた祐輔の心の崩壊が止まる。
戦国という時代に適応するため、変わらざるを得ない心の変化。
必要以上に祐輔から大事な物を奪い取っていく崩壊が僅かだが、止まった。

ここで太郎と出会えた事は祐輔にとって幸いであった。
化物へと変わりつつある体。相次ぐ人の死というストレス。現代ではありえない現状。
祐輔は知らぬ間に『自分』という存在を削り取られていたのだが、それらが漸く落ち着きを見せ始めたのである。

「さて、と―――――じゃあやりますか」

ククククと悪い顔で鳥を縦横無尽に操る祐輔。
それは人として一皮剥けた、成長した祐輔の始まりの息吹だった。



加速度的に味方軍が駆逐されている。
その報告を部下から煉獄が受けた時、彼はランス達を待ち構える準備をしていた。

「…なに? そのくらい自分たちで処理しな」

「で、ですが敵の動きは我々の位置を正確に掴んでいるとしか思えなく…。
こ、このままでは敵の本隊がほぼ無傷で本能寺にまで到達してしまいます!!」

「無傷、だと?」

終始作戦通り上手くいっていた戦法が急遽通じなくなった。
しかもそればかりか敵である織田軍は組織的にゲリラ戦法を取る三笠衆を追い詰め、その本隊はゆっくりだが本能寺にまで到達しつつある。
この流れは煉獄にとってもまずい。

「お前らは少しも敵の戦力を削れない無能だったか。うん?
それが出来ないってなら今、俺がお前を殺してやろうか?」〈ギリギリッ〉

「煉獄、様…お、…お許、し……」

報告に来た部下の胸ぐらを掴み、片手一本で持ち上げ頚動脈を締め上げる。
地に足がつかない部下は口から泡を吹きながら許しを乞うのであった。

煉獄がたてた作戦とはこうである。
使い捨ての駒である三笠衆をゲリラ戦法で使い潰し、織田本隊の力を徐々に削る。
本能寺につくまでに消耗させ、待機させてある半数の三笠衆をぶつける。三笠衆は壊滅するだろうが、所詮人間。どうとでもなる。

幾分か力を削った織田軍であれば、三笠衆でも時間を稼げるだろう。
その間に煉獄は主力であるランス、その側近である危険人物達を処理する。
この場でランスを殺す必要はないが、煉獄は勝家や乱丸などの危険人物達を確実に処理したいのだ。

煉獄がその身で体験した通り、ザビエルの脅威となるのは織田のランスのみ。
本音を言うのならランスだけを殺しに織田の本陣へと跳び、電撃作戦で倒してもいい。
だがザビエルがランスを使徒にしたいと要望しているので、その作戦は取れないのだ。

今もなお疼く傷跡はランスの剣閃を覚えているし、思い出す度に腸が煮えくり返るような憤怒に駆られる。
だがそれが出来ない以上、万が一とは思うがザビエルの命の危険性を減らすために精鋭を潰すのが常套。

しかし本隊がまるまる残っているとなれば、それも難しくなる。
一対一なら煉獄は人間ごときに負けぬ自信がある。だが多対一では絶対とは言えない。
魔人と違い使徒は無敵結界を持たないので、圧倒的物量差で迫られればもしもがないとは言いきれないのだ。

「っち」

顔色が蒼白から土気色へと変わりつつある男をブンと放り投げながら煉獄は舌打ちする。
作戦を変更しなければならない。隣でぶつぶつと床を見ながら膝を抱えている女に声をかけた。

「式部、予定を切り上げる。もう暴れてこい」

「…イイ、ノ? コロシテ、イイ? イッパイ、イッパイ、コロシテ?」

「ああ」

一人膝を抱えていた式部は右腕の手甲をギチギチとならし、立ち上がる。
式部は外見こそ美しい娘だが、使徒の一人にして残虐非道な性格にして惨忍。
その式部は煉獄の言葉に感情の薄い顔に喜色を滲ませて笑った。

体から溢れ出すのは色気よりも濃密な血の臭い。
左手に携えている特別製の刀からは常に血が滴り落ちている。
使徒の中においても、式部はどうしようもなく血を求めてしまう性分なのだ。

「人間共が思ったより使えない。まだ連中こっちにきていねぇが、こっちから向かう」

本来なら式部は織田本隊と三笠衆との闘いにおける主戦力として使うつもりであった。
それは何故かというと式部の戦闘能力は煉獄に遜色ないが、思考能力が極端に低いために誤ってランスを殺しかねない。
そのため式部は煉獄とは同行せずに、敵の本隊との闘いに投下する事になっていた。

「フフ、フフ……フフフフ」

「間違ってもランスを殺すなよ? ザビエル様に怒られちまう」

人を殺せる。あの紅い鮮血を浴びられる。
歓喜に身を震わせる式部は煉獄の注意の声も気にせず人とは隔絶した跳躍力で飛び立つ。
その式部の後ろ姿を横目で見ながら煉獄も戦場に出るため動き出した。

「…ああ。考えてみれば、この展開もそう悪いもんじゃないねぇ」

そのままの展開であれば煉獄が相手するのはそれこそ織田の精鋭数名だっただろう。式部が全て平らげてしまうだろうから。
だがこの展開ならランスさえ素通しすれば、織田の精鋭を葬った後にも敵がいるではないか。
煉獄の体にまだ残る痛々しい疵痕が訴える熱はとても数名を葬るだけでは冷めそうにない。

「…ぐ……ぁ……」

「ああ、まだ生きていたのか、お前」

投げ捨てられ、部屋の隅でうめき声を上げる部下を一瞥する煉獄。
思わぬ恨みを晴らすチャンスを齎してくれた部下ではあるが、使えない事に変わりはない。
そして―――――

「もういらない。死ね」

「ガ!!?」

使えない人間はいらない。
煉獄が無造作にふった腕は男の頭部を粉砕し、部屋の壁に真っ赤な華を咲かせる。
拳についたねちゃりとした粘着質の物体を煉獄は舐め、これから行う残虐な闘いに思いを馳せた。



所詮忍者集団の三笠衆。
祐輔の能力によって位置情報が筒抜けとなってしまっては、武士隊や足軽隊と正面からの勝負で勝てるはずもなく。
着々と織田本隊は本能寺へと進んで行く。

ついに姿を現す使徒。
それを向かい討つのは織田の本隊と天志教の高僧達。
物語は序盤から佳境へと。激動の数時間が流れて行く。

そんな中――――――

「どうやら上手くいってるようだな」

「そうですね、ランス様。
ここまで一人も兵士さんと出会わないのはビックリしました」

ランス率いる精鋭部隊は本能寺へと到着していた。

「ランス、こっち、こっちでござる。
多分こっちが本堂にたどり着く、敵が一番少ない道でござるよ」

鈴女の案内によって安全で敵の少ない道を歩んできた精鋭部隊。
彼等は魔人ザビエルまであと一歩というところまできていたのだった。

「うむ。それじゃあ気合入れていくか!」

「殺せー! 魔人を殺せー!!」

「お前はウルサイのだ」

自らの剣と一人漫才をするランスを見て、勝家や乱丸は苦笑しながら後に続く。

――――――そして

「ほう、ランス以外にも辿りついたか…。
ランス以外は始末しておけと煉獄に命令しておいたはずなんだがなぁ。
クックククク………」

「…変わり果てたな、信長。いや、今はザビエルだったか」

ついに対峙する勇者の資質を持つ男と魔人。

「信長などとうの昔に消えたわ。今はこの我、サビエルこそがこの体の主よ」

「まったく、香ちゃんを悲しませがやって」

魔人は問う。
自らの配下となり、共にJAPAN.を支配しないかと。

勇者は答える。
そんな物はクソくらいだと。
自分の女になる予定の少女を泣かせた罪、万死に値すると。

「なら―――――ここで死ぬがいい」

「やってみろ。お前なんか一瞬で魔血魂に戻してやるわ」

ついに火ぶたが切って落とされる。
魔人か人か。種族の生存をかけた闘いが、今。





あとがき

あれ…? 話、全然進んでないお…。
キリ番は感想とは別に二回書き込んで頂いても大丈夫です。



[4285] 第十一話【改】
Name: さくら◆16c0be82 ID:a000fec5
Date: 2010/06/07 17:32
怒声が飛び交う。血が乱れ散る。
己という存在をかけて人が互いを殺しあう。
戦場というものはいとも容易く人の命を奪っていく。

特に一番に槍を合わせる部隊の損傷は著しい。
最初の衝突が以降の雌雄を決すると言っても過言ではないが、まず間違いなく死ぬ。
そんな一番槍の部隊に配属された時点で織田の兵士は死を覚悟していた。

「あ、あ、あああぁぁぁあぁああああ!!!」
「ぎゃあああああああああ!!」
「ぎひっやぁ!?」

それでも、と織田の兵士は思う。
これはあまりに理不尽ではないかと。

それは【死】という結果を周囲に撒き散らす嵐だった。
それに触れれば否応なく、抵抗することも許されずに死んでいく。
腕を切り落とされ、脚を切断され、首を刎ねられ、胴体を二分する。

「―――――――ぁ――――」

「フフ、フフ、フフフ」

それが兵士の目の前に現れた時、男は自分でも理解できない感情に声を漏らした。
それは余りにも美しく、それは余りにも禍々しい。そして余りにも恐ろしい。
コヒュ、という呆気ない空気の漏れる音と共に男の首は宙を舞い、支えを失った男の体は地面に崩れた。

「アハ、ハハハ…!」

それはぺロリと刀についた血糊を舌で転がし、味わう。
血独特の生々しいツンとした鉄の味が味覚を刺激し、脳髄が蕩けるような感覚に満たされる。
ゾクゾクと興奮に身を捩じらせて女は次の得物へと向かい猛然と飛び掛っていった。

女の名前は式部。
魔人側の前線部隊に配置された主力であり、切り札であった。



「前衛正面、陣形を保てません!!」

いや、俺も鳥から教えられて分かっているんですけどね?

切羽詰った感じで本陣にて光秀が部下からの報告を受けているのを横耳で聞きつつ、絶えず全体の鳥達を動かし続ける。
俺は直接雀から情報を受け取らないといけないため、巧みに各所に散っている鳥達を本陣へと帰らせなければいけないのだ。
視覚の共有化さえ出来れば戦術幅が広がるのだろうけど、流石にそれはできそうにないしな…。

とはいえ、戦況はちょっとヤバイが作戦自体としてはそう悪くない。
今鳥達から受け取った情報からすると、正面の部隊を切り崩しているのはほぼ半裸の女らしい。
その特徴と鬼人じみた強さからして、まず間違いなく使徒の一人である式部と見ていいだろう。

「太郎君、光秀様に追加連絡。
敵正面でこちらを切り崩しているのは十中八九魔人の使徒だ」

「その根拠は?」

「普通の人間は片手で人の頭をトマトみたいに握りつぶせないでしょ。
しかもそれにもう何十人と刀をあわせているのに疲労した様子もないみたいだし。
作戦は順調に進んでいる。そう光秀様に伝えてくれ」

「了解です!!」

あの後、順調に待ち伏せや奇襲をしてくる三笠衆を潰して進軍していた俺達。
あと一歩で本能寺に辿り着くといった時点で結集した敵軍とかち合い、そのまま戦闘に移行。
こうして俺が広域全体の情報を伝えているわけなのだが…。

太郎君を伝達にやった後からも入ってくる情報を纏めるとこうだ。
軍同士のぶつかり合いを見るのならば織田軍が圧倒的に優勢。押している。
その数の多さを利用して既に敵軍を半包囲し、殲滅へと陣形を取ろうという点まできていた。

しかしある一点に関していえば、織田軍は為す術もなく敗退している。
しかも悪い事にそれは真正面の部隊であり、爆発的な力の存在を止められずにいた。
このままではその一点から敵が抜けてきて、こちらの本陣にまで届くのではないかという恐れを抱くほどに。

「式部、ね。やっぱ復活してやがったか」

鳥から齎らされた情報。そして原作知識。
太郎君には十中八九と言ったけど、ほぼこいつで決定だな。
魔人ザビエルの使徒の一人、式部。話も通じないイカレタ女で、結構厄介な存在だ。

『どうするんだ?』

「どうするって言われてもな。どうしようもないだろ。
引き続き玄さん達は周囲の情報を持ってきた鳥達の仲介、俺に伝達。
俺に出来ることはそれだけで、それをこなすだけさ」

俺は全ての鳥に命令を下す事はできるが、その鳥から情報を得る事は出来ない。
そのため契約をして言葉を交わす事が出来るようになった鳥に仲介を頼まなければいけないのだ。
この辺も呪いが強くなったら解決できるかもしれないが、それを願う気にはなれそうにない。

了解したと言って再び空中に飛び立った玄さんを見送りつつ、現在の状況について考えを巡らせる。
さっきも言ったけど現状、織田にとってこの戦況はいい流れだ。作戦通りと言ってもいい。
敵軍の目は明らかにこちらへと向いており、敵主力であるはずの式部までもが迎撃部隊に組み込まれているのだ。

この作戦の勝利条件は魔人の封印、殲滅。
軍と軍との戦に勝つ事も重要ではあるが、最悪この戦は負けてしまっても問題ないのだ。
もっとも織田家からすれば負けるわけにはいかないだろうけど、極論俺からすれば魔人さえなんとかなればおk! だし。

こちらに戦力が集中すれば集中するほどランス達は楽になっていく。
なんか「ここは俺達に任せてお前達は先に行け!!」みたいな死亡フラグぽくて嫌だけど。
香殿はともかく、光秀なんか明らかに死亡フラグビンビンだよ…。

「裕輔さん!!」

「太郎君、光秀様はなんだって?」

結構ピンチな状況に頭を悩ませていたんだが、その間に本陣へと行っていた太郎君が帰ってきた。
ハァハァと荒い息をつきながらも矢継ぎ早に本陣からの返答を俺に伝える。

「『情報感謝する。今対応を取っているので、その間使徒以外の情報を頼む』だ、そうです」

「対応って?」

「それは僕にも…ですが、時間がかかるのでそれまでに瓦解するわけにはいかないと仰っていました」

対応、ねぇ。
どことなく光秀の言葉だと思うと不安になるけど、ここは信用するしかないだろう。
了解したと返答して、俺は式部発見の報せからずっとしていた事を再開する事にした。

「…見つからない。何処にいやがるんだ」

「まだ見つからないのですか?」

太郎君の不安そうな声。
ああ、多分今俺険しい顔しているんだろうな。自分でも自覚している。
だが自覚していても尚、俺は今の表情を和らげる事が出来ない。

「絶対この戦場にいるはずなんだ、奴が――――煉獄が」

そう、もう一人の使徒がいるはずなのだ。
というか、いてくれないとランス達が不利になる。

煉獄という使徒は式部よりもよっぽど厄介な存在である。
頭もキレるし悪くない。突出した力はないが、使徒の中でのリーダー的存在である印象をプレイ中に受けた。
現時点で復活している使徒の仲で一番危険な奴の居所がつかめないのだ。

「精鋭部隊の存在に気付かれてしまったのでしょうか?」

「だったらこっちで何かしらの行動を起こしてこちらに来させないと駄目って事になる。
はっきり言って全体での勝利より使徒二人をこちらに向けるのが作戦の肝なんだから」

もうランス達のところへ向かったのか?
けどあいつだって神様じゃないし、こちらの戦況を把握していないはずがない。
これほどまでに早く戦線が瓦解してしまったら以降の行動が取り辛くなるくらい理解しているはずだ。

何故あいつらが人間を使うかというと、魔人の魂が封印された瓢箪を探すためだと俺は踏んでいる。
原作では魔人が乗り込んで瓢箪を潰すとゲームにならないからそういった行動は取らなかったが、
現在で完全復活していない事を考えると、こう考えるのが自然だ。

つまり魔人側は瓢箪のある場所を把握できていないのである。
そのため人間を使って人海戦術で片っ端から探索し、割らせている。
そうでもないと無敵結界を持つ魔人が自分で瓢箪奪還に乗り出さない理由が考えられないからだ。

そもそもだって、人間を使う事自体――――

『裕輔!!』

「どうした、玄さん」

思考を遮る玄さんの声。
一時戦から逸れた思考を中断させて、報告を聞くと。

『見つけたぞ、お前の伝えた特徴どおりの男を!!』

煉獄を発見したという報せ。
だが次の瞬間、俺の背筋は凍りつくことになる。

『後衛、本陣の真ん前に飛び降りてきやがったらしい!!』

こちらの本陣の目の前に現れたという、信じられない報せに。
Oh…絶体絶命ってやつですね、わかります。

「太郎君はここで待機! 動くなよ! 絶対動くなよ! ダチョ○倶楽部的な意味じゃないからな!」

「ちょ、いきなりどうしたんですか! っていうか、ダ○ョウ倶楽部って何ですか?」



誰も煉獄に反応できなかった。

「カっ!!」

どさりと飛翔に近い跳躍によって織田の本陣へと飛び込んだ煉獄。
周囲の兵士が反応し、彼の使徒の姿を視界に捕らえた時には全てが終わろうとしていた。
香や光秀の護衛の兵士達は煉獄の持つ火縄銃によって悉く頭を破裂させられ、絶命。

「どうも、お姫さん。ご機嫌麗しく」

呆気に取られていた光秀らが香を守るように立ちはだかる頃には一般兵は全て始末させられていた。
それは数秒にも満たない早業。一瞬にして香や光秀を守る防御は剥ぎ取られたのである。
銃口から紫煙を沸き立たせながら煉獄は悠々と香達の前へと姿を表した。

「こうして直接会うのは初めてかね? こっちは何度も見てはいるんだが」

「私にも貴方に見覚えがあります…兄上の部屋に出入りしていた者ですね」

「物覚えがいいようで助かる。話が早くすみそうだな」

自分を庇うようにして立つ光秀の肩の奥から、香は毅然とした態度で煉獄と対峙した。
ここまで無傷、更に言うなら本陣の外にいる兵士に騒がれずに直接ここまで煉獄は辿りついたのだ。
香は十中八九目の前の男が使徒であるという確信を持つ。

「話とは?」

しかしこの状況は使徒を惹きつけるという作戦の上では成功しているが、非常にまずい。
作戦の根幹部分である香が危険に晒されているのだ。今回の作戦が成功したとしても、今後の織田のため香に万が一があってはならない。
いざとなれば香を守るため光秀は肉の壁となる覚悟でキッと使徒を見据える。

本陣の中での騒ぎを聞きつけ、本陣付近で待機していた兵士達も駆けつけてはいる。
数はおよそ50。皆手練ではあるものの、使徒相手に対抗できるかと問われれば否。
更に使徒と香や光秀達と兵士の間には微妙に距離があるため、もしもの場合は光秀が数秒を稼がなければならないのだ。
そう思えばこそ光秀は鎧の中に滲み出る脂汗を感じざるを得なかった。

「おや? やけに素直でいらっしゃる」

「貴方が殺す気になれば、私の命はいとも簡単に奪われるのでしょう。
それをしないという事は何か聞きたい事があるのではないですか?」

この場で主導権を握っているのは香と煉獄である。
香は恐ろしくて震える声を強靭な意思でもって押さえ込み、使徒に応対する。
作戦成功のため時間を稼がなければならない―――ここで時間を稼げば稼ぐほど、使徒が魔人の援護に行くのを遅らせる事が出来るのだから。

「…くくっ、いいね。話が早いのは俺にとってもいいことだ。
姫さんに聞きたい事は二つあって、正直に答えてくれると助かるねぇ」

そう言って煉獄はぬっと無骨な掌を香達に見せつけるようにして、二本指を立てる。
そして言葉を続けながら一本目の指を折った。

「一つは織田の将軍達とランスはどこに配置している?」

煉獄はランス達や勝家などの武将の位置を把握していない。
この広い広い戦場の中、個人を特定するのは砂漠の中に埋れている金を掬い出すようなものである。
そのため誰がどこにいるのかを把握しており、且つ特定しやすい本陣へと真っ先に跳んできたのだ。

「それはお教えすることはできません。
部隊の将軍達は既に私の手を離れ、独自に動いていますから」

「ああ、そうかい」

「…やけに簡単に引き下がりますね?」

はっきり言ってこの場で生殺与奪権を握っているのは煉獄だ。
だというのにあっさり引き下がった煉獄の不自然さが香には気になった。
そんな香の疑問の声に煉獄はにたりと口を歪め、

「ああ、別に答えなければ答えないでいいんだよ。
それなら片っ端から織田の兵士をぶち殺せばすむ話だからな」

光秀や香を見下ろすようにして嘲笑を浮かべるのであった。
事実それが可能であるからたちが悪い。光秀は自分の体から更に湧き上がる脂汗でべっとりと額を湿らす。
果たしてこの化物相手に自分は数秒もたせる事が出来るのだろうか、と。

「あぁ、あと一つ。こっちのほうが重要といえば重要だな」

この質問にはハッキリ答えないと、まず香を殺す。
そう念を置いてから煉獄は二本目の指をゆっくりと折った。

「――――森本祐輔。こいつは何処にいる?」



あ、あれ? や、やだなぁ…。
なんか自分の名前が物騒な人から呼ばれたヨ?
俺は駆け込んできた本陣の裾から中を覗き込み、中を伺っていたんだが、そこでは想像を遥かに超えた出来事が起こっていた。

いや、うん。煉獄が中にいるのは想定内。
原作通りの白い肌の大男が片手に銃を担いでニヤニヤ笑っている。
本陣にいた兵士の大半が頭を打ち抜かれて沈んでいて、香殿や光秀が大ピンチってのも想定の範囲内だ。

けど煉獄の口から俺のフルネームが出たってのは完全に想定の範囲外すぎる。

ちょwwwwおまwww死亡フラグすぐるwww
ばっちり目を付けられてるじゃねーか! あれか? 信長魔人説を予期したからか? 香殿が俺の名前言ったからか?
まさか全部ってわけじゃねーだろな、おぃぃいいいい!!

そんな感じでゴクリと生唾を飲み込みながら事態の推移を見守る。
前後の話の内容はわからないけど、俺がここに来た時に丁度俺の話をし始めていたし。
作戦的には成功だけど、織田的には大ピンチだからな…

「彼は今、ここにはいません。
彼は私を魔人の手から救った後、何処かへと消えるようにして去ってしまわれました」

よし、香殿ナイス。
一応俺の事はナイショにしてくれるぽい。
なんでここで俺の名前が出てきたかについては知らないが、絶対イイことにはならないだろうし。
ていうか普通に考えて殺されるでしょうね、はい。

「へぇ…ま、いいがな。そこのあんたはどうだい? 森本祐輔、知らないか?
ザビエル様から森本祐輔って男を真っ先に殺してくるように言われているんでねぇ。
そいつを殺しに行っている間はこのお姫さんは逃がしてやるよ。隠すなり逃がすなり好きにしな」

「……………」

「光秀! 耳を傾けてはいけません!」

…あっるぇー? なんで俺こんなに警戒されてんの?
煉獄は香殿から光秀へと水を向ける。香殿は頑として口を割らないと悟ったのだろう。
ぐっと考えるようにして黙り込んでしまった光秀を香殿が叱咤している。

それはともかく、香殿より俺の命を優先ってどういう事?
俺そんな目立つような事したか? 前回香殿救出の時は目立ったが、それ以外は関わってないし。
今までの予期が全て魔人側に知られているとなれば話は違ってくるけど。

というか光秀、悩むなよ。
そこは家臣的に俺の名前を出して香から注意を逸らすべきだろ。
ああっ、いや、出されたら俺がヤバイのか!? どっどどどどど、どうすっのよ?

「何も言わないなら仕方ないねぇ。
お姫さんをぶち殺して、虱潰しに織田の兵士を平らげるとするか」

いつまでも返答しない光秀に対し、ついに煉獄が動いた。
スタスタと散歩でもするかのように光秀と香へと近づいていく。
煉獄にとって光秀はまるで脅威に映っていないのだろう。事実、それは間違いではない。

「っく、香姫様! お逃げ下さい! ここは私が」

「どこへ逃げると言うのですか。ここに逃げ場など―――――」

パァン! という破裂音。
香殿を庇うようにして立っていた光秀の右腕が弾け、飛ぶ。
ビシャビシャと鮮血が噴水のように光秀の右腕の付け根から溢れ出す。

「グ、ギ……ッッッ!!」

「光ひ」

『ラァァァアアアアアアアンス!!!!!』

そしてそれを為した煉獄は大声を張り上げて空へとランスの名を叫んだ。
それは大声というよりも咆哮。空気の震えが本陣の袖で見守っている俺にまで伝わってくる。
とんでもない声量でその大声を戦場へと響かせる。

『今から信長の妹を殺す!!! 殺されたくないのなら、今すぐ本陣にまで来い!!』

ぐあ…あまりの大声に耳を塞いでも三半規管が揺れているのか、視界が揺れる。
それはまさしく獣の咆哮に相応しい雄叫びだった。

「…? おかしいな。
主君を殺すって言ってるのに、将軍が誰も出てこないとはねぇ…」

そして煉獄はバカじゃない。使徒の中では頭脳派だ。
主君である香殿を殺すと宣言しているというのに、織田の強力な将軍が出てこない現状に違和感を持ち始めている。
つまりランス達別働隊の存在に気づき始めてるって事――――

これはまずいな。
いくらランスが強いったって、そんなに早く決着がつくはずがない。
それに魔人が倒されたとなれば使徒である煉獄も何かしら勘付くはずなので、魔人は健在と考えるのが自然。

「光秀さん! しっかりしてください、光秀さん!!」

「…嫌な予感がするから、さっさと死んでもらおうか」

煉獄はまず目の前の香殿を殺す事に優先をおいたようだ。
成程、とても合理的だ。何か他の事を優先するにしても、香殿を殺すのに10秒もかからない。
ならここで香殿を殺してしまってから次の行動に移っても問題はないのだから。

香は失血多量のせいで青白い顔をしている光秀にずっと呼びかけている。
あれは…残念だが、素人目に見ても助かりそうにない。こちらの回復魔法がどんなものかわからないので断言は出来ない。
それはともかくとして、織田にとって現在の状況は最悪な物といってもいい。

じゃあここで俺がとるべき行動とは何か。
このまま香殿を殺されるのを黙って見ているのが俺の【すべき】事なのか。
俺の理知的な部分がそれは違うと訴えかけている。

作戦の性質上ここで煉獄を引きつけなければならない。
ならこのまま放置すれば? 煉獄は香殿を殺し、次にする事は違和感の解決。
つまりランスや勝家達がいない理由を推測し、判明した場合は魔人の援護へと向かうだろう。

これはあくまで可能性の一つに過ぎない。
しかし可能性としては五分五分なくらいに高い可能性だ。
仮に織田の兵士を狩りに行ったとしても、ランス達がいない事は早期に気付くだろう。

それはこの計画上まずい。
ぶっちゃけた話、魔人さえ封印もしくは殲滅できれば使徒は活動を静止するのだから。

――――――なら、俺のとるべき行動とは

「おい、そこの白いの。デカイだけのウスノロ。こっち向けよ」

「…あァ? それは俺の事か?」



こうやって、この場に躍り出て煉獄の相手をする事。




「オラ、お前お探しの森本祐輔様だ。
見つかって嬉しいなら咽び泣け、むしろ俺が泣いていいですかコンチクショウ!!」

くっちゃくっちゃと唾を鳴らし、厭味ったらしく演出しながら前へ出る。
煉獄ははっきりと眉間に皺を寄せて俺へと向き直った。…俺はここで死ぬかもしれん。
それでも前の魔人の時と比べればマシと思えているあたり、俺も成長しているのかもしれない。

ここで俺がすべき事。
それはなんでか知らないが、俺はザビエルより第一種抹殺目標になっている。
それを利用して煉獄をこの場に縫止め、ランス達が魔人を倒す時間を稼ぐという事だ。

ならそのタイミングは今しかない。
香殿が殺される前でも後でも効果は変わらない。
なら香殿が殺される前に名乗り出て助けてあげるのが人情ってものだ。

「いけません! 早くお逃げになって―――」

「いやいや、俺も香殿のようなお嬢さんを見捨てて逃げる程人間腐っていないって。
それにどうやら俺をご指名のようだしね。ここで逃げても、それは問題の先送りさ」

「森本、さん…」

俺を巻き込みたくないのか、必死に逃げろという香殿の訴えに問題ないと返す。
こう言うふうな言い回しをしたのは少しでも恩を売るため。この子義理堅そうだし。
香殿の言う事ならなんだかんだでランス言う事聞くし、彼女から信頼を得るのは今後の事を考えると大幅にプラスに働く。
こうやって名乗り出た以上、こうやってアピールしておかないとな。

「でかい口叩くじゃねぇか」

香殿と俺のやりとりを見て俺が【森本祐輔】だと確信したのか、煉獄は俺へと銃口を向ける。

「ただ、まぁ…お前もマトモな人間じゃねぇみたいだな。
ックックック、呪い憑き、だろうねぇ…?それがどうして織田の手助けなんか?」

「うっせ。成り行きだよ、成り行き」

「…!」

ひょっとして今気づいたのだろうか。
煉獄の言葉に香殿の目線が顕になっている俺の左腕に釘付けになる。
そして驚愕の表情で絶句してしまった。

ま、仕方ないよね。誰だってそうなる。俺だってそうなる。
ただこちらを魔人側と誤解でもしたのか槍を向けてくる織田の兵士には腹がたった。
いやね、ホント。今精神的余裕がないから勘弁して欲しい。

しっかしこれで戦後織田にとどまるという選択肢はなくなったな。
妖怪である3Gも受け入れている香殿だから、寝床と最低限の人権くらいは確保してくれそうだけど。
ランスはこれ幸いと理由をつけて斬りかかってくるかもしれないしな。

「ザビエル様はお前の何が気になるのか知らないが―――死ね」

煉獄の宣告の後、首筋に感じる明確な死の気配。
俺はそれを感じた瞬間、開けた空間へと身を滑り込ませる。
自分を殺しうる攻撃を受けた時限定の、全てを置いていくかのような感覚で走りぬいた。

〈ッパァン!!〉

「なに!?」

「こっちだよ、ウスノロ」

周囲とズレている時間間隔と距離感。
きっとこれはプロのスポーツ選手が到達する極みがずっと続いている状態なのだろう。
目にも碌に映らなかったのか、姿の消えた俺を探す煉獄に冷ややかに挑発の言葉を浴びせた。

「お前みたいなウスノロの攻撃は当たらないな。捕まえられるもんなら捕まえてみろよ」

「――――ブチ殺ス!!」

挑発の言葉に煉獄は全力で反応したようだ。
ぞわりと全身を震わせたかと思うと、煉獄の骨格と肉体がゴキリボキリと音を立てて変化していく。
超大型で恐ろしい針鼠のような、原作通りの巨体へと煉獄は瞬く間に変体した。

小便ちびって生き延びる事を放棄したくなるような光景だが、その一方でこれはいい試金石だ。
この状態になったこいつを相手にして生き延びられたなら、俺はこれから先も魔人の手から生き延びられる。
俺の逃げ足は人だけでなく使徒と対峙しても負けないという絶対の自信に繋がる。

「かかって来いよ、このドサンピンがぁぁぁぁあああああ!!!」

「ガァァァァアアAAAAAAAAAAAAAHHHHH!!!!!」

まぁ俺は逃げるがな!
捕まえられるモンなら捕まえてみせろよ!!
俺は人一人ゆうに噛み砕ける顎が迫ってくるのを見て早くも後悔しながら、全力で本陣から逃げ出した。



剣が煌めく。
刀が一閃する。
槍が縦横無尽に空間を貪る。

その道を極めたと言っても過言ではない武士達の猛攻撃。
鋼が織りなす刃の暴風は、しかし――――――

「ハハハハハハハハ!!!」

無敵結界という名の無敵の盾に阻まれ、肉を通さない。
ザビエルは自分に迫る勝家、レイラ、乱丸を圧倒的な熱風と魔力で蹴散らす。
赤黒い炎が全身から立ち上がり精鋭部隊は距離を取る以外、道はなかった。

「っく…!」

「まっ、たく! 魔人というのは本当に出鱈目でござるな!!」

「魔人の中でも強いほうよ、こいつ!!」

赤黒い炎が鎧を掠め、溶解する様を見て悪態をつく勝家と舌打ちする乱丸。
魔人と相対するのが初めての彼等に対し、レイラは再び魔人へと斬りかかりながら攻めの手を緩めない。

「無駄だというのがわからぬか!!」

「ええっ、私の攻撃、はね…ッ!
――――――――でも」

「むッ」

爆発的な踏み込みにより、レイラの突進で僅かに体勢を崩す魔人。
無駄な事をと内心で笑い、炎で焼き尽くそうとする魔人の胸にヒヤリとした物が走る。

「ランスアターーック!!」

「ック!!?」

目で確認するよりも己の直感を優先した魔人。
もし魔人が確認する事を優先していたら、この闘いはここで終わっていたかもしれない。
魔人は辛くも死角から斬りかかったランスの攻撃を避ける事に成功した。

「――こうやって、隙を作ればランスがやってくれるわ!!」

「ガハハ、そうだ! 俺様に任せておけ!!」

(…厄介な)

無敵結界がある魔人は人間の攻撃は通さない。
その唯一の例外はランスが持つ魔剣・カオスによる一撃なのだ。
そのため勝家やレイラ、乱丸、シィルなどはひたすらランスが攻撃する隙を作るために魔人と一進一退の攻防を繰り広げていた。

『しかし、心の友、弱くなったな~。腕が鈍っとる』

「う、ウルサイ! ここ最近、実戦してなかったから仕方ないだろが!」

魔人対人間、ランスの存在がこの絶望的な闘いに均衡を齎しているのである。
両者の戦力差は互角。ランスの腕が鈍ってさえいなければ、あるいは…と言ったところ。
こちらの決着もまだ、時間がかかりそうである。











あとがき

祐輔→香:香殿で固定。
香から祐輔の呼び方はその場の好感度で変更というわけでw
あと二話か一話くらいで本能寺編は終了します。



[4285] 第十二話
Name: さくら◆c075b749 ID:78a263e8
Date: 2010/06/18 16:08
―――――武将、明智光秀は平凡な人間だった。

有名な武家の家に長男として生まれた。
しかし他人と違うのはそれだけで、他はそこらの一般兵といたって変わらない。
力も、武芸も、特殊な技能も持たない平々凡々とした人間。それが光秀だった。

同年代にいる勝家や乱丸が目に眩しい日々。
一族の者からは情けないと陰口を叩かれ、悔しい思いもした。
そんな光秀が己に出来る事と決めたのは軍略で敵を追い詰める軍師という道だった。

かといって人と比べて光秀の頭はとりたてて優秀なわけではない。
一を教えられれば一、十を教えられれば十、あるいは九しか頭には入らなかった。
人には考えつかないような戦法を考えついたりできない。

其故光秀は己の全てをかけて勉学に打ち込んだ。
一を聞いて十を知り、十を聞き百を知る人間がいるのならば、自分は百を聞き百を知ればいい。
人に考えつかないような戦法を思いつかないのなら既存の戦法全てを頭に詰め込もう。

そしていつしか光秀の陰口を叩く者は少なくなっていった。
我武者羅に知識を頭に詰め込んでいた光秀はいつの間にか織田家筆頭軍師という肩書を手に入れていたのである。
嬉しかった。この知略を主君のために役立たせられる。

だが―――――――

「光秀さん! お願いです、しっかりしてください!!」

(……どうやら、ここまでのようですね)

使徒・煉獄の放った一発は腕を弾け飛ばせるに留まらなかった。
僅かに内臓すらも掠り、その肉を削りとってしまったのである。
次第に薄くなっていく意識と痛みを訴えなくなる体に光秀は己の死を実感した。

おそらくこのまま自分は死に行くのだろう。
織田の命運がかかった戦でなんとも情けない―――しかしただの軍師である自分が香を助けたのだ。
きっと今は亡き光秀の両親も信長も光秀を攻めはしまい。

「香姫、様……全権指揮をあなた様が握って下さい。
軍に対する指揮は、山本五十六殿、に…彼女なら、できます」

「なにを言っているのです、光秀さん! 死んではなりません!」

「申し訳、ありません…実はもう、目を開けているのも億劫なのです」

「そんな…!」

光秀の体を血に塗れるのも厭わず支え、必死に語りかける香。
そんな香を見て、足利に流れず最後まで織田で軍師を努めて本当に良かったと思う。
ああ、自分の選択は間違いではなかったと。

「五十六殿は実質、足利を支えていました。彼女なら…包囲しながら、時間をもたせるのも可能、な、はず、です…」

対足利戦において五十六の部隊指揮がなければ合戦をあと二つは減らせただろう。
そんな彼女ならば現状を維持させるぐらいなら充分に可能だと光秀はぼんやりする頭で判断を下した。
そして問題となる使徒に関しても。

(あの策がちゃんと通用すれば、問題ない…)

ふ、と目の前が一瞬真っ黒になり四肢から力が抜けた。
どうやら本当に限界らしい。

「香姫さ、ま…どうか、御健勝に……織田に、幸、多からん、こと…ぉ……」

「光秀さん! 光秀さん!!!」

織田軍・軍師、明智光秀。
生涯織田を使える主君と定め、その手堅い指揮によって織田を守った軍師。
彼の最後は敬愛する主君の腕の中でゆっくりと息絶えた。



――――同時刻、戦線右前衛。

三笠衆と織田軍が互いに生死をかけた合戦を行う横で、
命をかけた鬼ごっこが繰り広げられていた。

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!」

「捕まえられるモンなら捕まえてみせろよっ!」

追う白い野獣と成り果てた煉獄。
逃げる口は挑発の言葉を撒き散らしつつも涙を流す祐輔。
つかず離れずの距離でこちらも生死をかけた闘いを繰り広げていた。

「なんとか通じるっちゃ通じてるけど…!」

必死に煉獄から逃げる祐輔は彼の目論見通り見事使徒よりも速く動く事が出来ていた。
使徒が変化した姿――あるいはこちらが真の姿か。
身体能力が爆発的に上がる化物の姿で祐輔を追いすがる煉獄の追跡は余りにも苛烈。だが神速の逃げ足でまけない程ではない。

しかし祐輔は逃げつつも細心の注意を常に払わなければならなかった。
それは何故か。

(―――うがっ!?)

前方で一進一退の闘いを繰り広げる三組の兵士達。
突然現れでた三組の兵士達を危機一髪で躱しながら祐輔は狭い隙間に身を潜り込ませた。

祐輔にとって煉獄との鬼ごっこはまさしく肝が冷える事の連続である。
速度で上回る祐輔が何故冷や冷やしなければならないのか。
それは超高速で動き回る祐輔にとって、障害物とは必ず避けなければならない物なのである。

自動車の交通事故を思い浮かべればいいだろう。
物理エネルギーとは対象の重さと速度によって決まる。
そのため時速80kmを超える車がポールにでもぶつかった場合、完全に車体がひしゃげてしまうのである。

この戦国ランスの世界でもそれは違わない。
想像して見て欲しい。車を遥かに超える速さで動き回る祐輔が兵士とぶつかった場合。
出来るのは二体のスクラップ(惨殺死体)である。

「ちっくしょう、あっちはこっちの苦労を知りもしないで…!」

「UGAAAAAAAAAAAA!!!」

それに引き換え煉獄はそんな心配をせずに一直線で祐輔に迫ってくる。
前方にいる兵士をものともせず、強固な槍と化している体毛と四肢で蹂躙しながら祐輔へと牙を向けるのだ。
祐輔の内心が冷や汗の洪水なのも理解してくれただろうか。

しかし――――――

「ねぇ、今どんな気分? ねぇどんな気分?
カスって言ってた人間を未だに捕まえられないってどんな気分?
ねぇ、ねぇ? 教えてよwwwwwwwww」

「ブッコロ、シテ、ヤラァァァアアアアアア!!!!!

祐輔は煉獄を挑発するのをやめない。
2chで教わった敵を愚弄する言葉で煉獄の頭の血管を二・三本破裂させる。
プー、クスクスwと口に手をやり笑いながら煉獄の周囲をわざと見えるようにして走り回る祐輔は控えめに言っても殺したいくらいウザかった。

煉獄が正常な判断が出来なくなればなるほど時間が稼げる。
煉獄の突撃に巻き込まれてしまった兵士は気の毒だが、それは仕方ない。
祐輔だって挑発する度に命の危険が跳ね上がっているのだから。

「ガルァアア!!!!」

「っと! ハッハッハ、捕まえて見ろよとっつあん!!!!」

「マチヤガレ!!」

ブオンと空気の壁が叩き突きつけられるような勢いで振るわれる煉獄の前足。
祐輔は煉獄の予備動作を見ただけでどんな攻撃がきても躱せるように安全範囲まで後退。
煉獄が空振りした事に苛立ち突進してくるのを視界に納め、挑発をやめて再び逃げ出そうとして――――

「――――ガッ……!? なん、だ、これ、は!?」

ガクンと煉獄の体が地に沈んだ。

「へ?」

呆気にとられる祐輔。祐輔は何もしていない。
だが煉獄は突如として【見えない何か】に押さえ込まれるようにして地面に縫いつけられているのである。
ググググと脚に力を込めて立ち上がろうとしているものの、【見えない何か】の圧力は煉獄の動きを縛り続ける。

「こいつは、まさか………!」

煉獄は思い至った。
この体を押さえつける呪縛は過去に受けた事がある。
そう、過去ザビエルが天志教との闘いによって瓢箪に封印された時に―――

「あんのクソ坊主ドモガァァァァアアアアアアアアア!!!!!!!



―――本能寺、郊外

「あ番からわ番まで準備!」
「呪術具、法具、配置万全です!!」

本能寺を半包囲して三笠衆を閉じ込める織田軍。
その後方に詰める天志教の面々とてぼーっとしているわけではない。
彼等も彼等なりに魔人との闘いに備えて組織の全てをかけていた。

この日のために全国から集められた高僧、その数は1000人を超える。
そのいずれも単独で中級クラスの妖怪程度は懲悪できるほどの力を持っていた。
そんな彼等は今性眼から残された指示に従い、大規模法力結界を発動させるための準備を執り行っていた。

法力のない僧達も各地に配置された法具を守るために配置されている。
まさしくこの闘いは織田だけでなく天志教にとっても命運をかけた闘いなのだ。

「伝令、光秀様より使徒出現との報告!」

織田からの報告を持ってきた兵士が【あ番】の場所へ息を切らしながら飛び込む。
その報告を受けた【あ番】を統括する僧正は待機している100人の部下へと指示を飛ばした。

「大規模法力結界、発動!!
ここが起点となるので、ありったけの力を込めて発動せよ!!!」

僧正の声にオオ!と声を張り上げて法力を練り上げる僧達。
グングンと高まりつつある法力を起爆させるために僧正も己の法力を込め始める。
光秀が言っていた対抗策とはこの事だったのである。

使徒の行動や力を封じるのは性眼クラスでも不可能。
ましてや彼等程度の力であれば気合だけで打ち破られてしまう。
―――しかし、それが百人なら? 千人ならば?

そして土地も彼等に味方をする。
魔人ザビエルが本拠地としているのは本能寺。
そう、寺なのだ。土地的にも結界を貼りやすい場所であり、法具の補助も受けやすい。

「全員ここが正念場と心得よ!!
魔人は決して世に放ってはならぬ!! 使徒も同様、何がなんでもここで滅するのだ!!」

【おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!】

二度目に魔人を封印した時よりも僧達の力は落ちている。
しかしそれでもこれほどの大規模の術ならばあるいは…魔人とまではいかずとも、使徒の動きを食い止めるくらいは出来るのではないか。
僧正は自分たちの行動が無駄でない事を祈りながら大規模結界を発動させた。



「姿が、見えねぇと思ってたら、こそこそ結界なんて張っていやがったか…!」

目の前で見えない何かに押し潰されそうな苦悶の表情を浮かべる煉獄。
本当に何が何だかワケワカメな状況だが、奴曰く結界とやらが発動したらしい。
煉獄は化物の形態を保てなくなってしまったのか普段の人型に戻る。

「えらくしんどそうじゃないか」

ぷぷっ、ザマァwwww プギャーーーww
まさしくそんな感じである。
これでここはなんとか乗り切れそうではある。

「ぬかせ…! てめぇも結界の影響受けてるじゃねぇか!」

――――うん、そうなんだ。落ち着いて聴いて欲しい。

煉獄が見えない重圧に押し潰されそうになるのとほぼ同時期。
俺の体はスルスルッと力が抜けて行くかのような脱力感に襲われているのである。

「あ、あぁぁ、あっるぇー?」

ガクガクと脚を震わせながら体を起こす。
お、おかしい。何が起こっているかわからないが、俺達以外の兵士は何の変化もなく闘い続けている。
ということはだ。煉獄の言う結界とやらは対使徒に限定されているものなはず。

「ひょ、ひょっとして呪い憑きだからとか…?」

口に出してしまって自分で落ち込む。
この結界とやらは人間には何も害はなさないが、妖怪とか魔物に対して効果は絶大だと。
…やべぇ、ちょっと死にたい。いよいよもって俺も妖怪にカテゴライズされてしまったのか。

「ぢぐじょうがぁあぁあああ!!!」

しかしながら俺よりも煉獄のほうが強制力はかなり強いようだ。
人型に強制的に戻された煉獄は憤怒の表情を浮かべ、額の血管を何本もぶちぎらせている。
更にどうやら返り血だけでない鮮血が煉獄の体から垂れていた。

「は、は、は、はは…やっばいなぁ、これ」

はっきりいって――――力が全然入らない。
どうやら呪い憑きとしての俺の力は完全に封じられているらしく、鳥を操る能力は使えない。
だが幸いな事に逃げ足だけは錆びついていないようで、なんとかなりそうではある。

「おら、どうしたよ。追ってこないのかな、ウスノロ?」

「コノヤロ――――……あぁ?」

くいっくいっと手招きして厭らしい笑顔で煉獄をバカにする。
これは自分の感覚だが逃げ足だけは正常に機能している。だから引き続き煉獄を馬鹿にし続ける事に問題ない。
だが煉獄の様子がおかしい。今まで激昂して無差別に攻撃をしかけていたのだが、急に静かになって虚空を見上げ始めやがった。

「この感覚…いや、ありえねぇ」

ブツブツと呟く様はまるで夢遊病患者のよう。
注意を引きつけなくてはいけないとは思うんだけど…ぶっちゃけ触りたくないです。
このままどういった行動を決めかねている間に、

〈ダンッ!!〉

煉獄は地面を強く踏みしめ、体をしならせて跳躍した。
俺へと向かってではなく―――明後日の方向、本能寺へと向かって。

「おい、待てよ!! 逃げるのか!!」

「逃げてるのはテメェだろうが!! 
この勝負預ける。テメェは必ず俺直々に縊り殺してやるからな!!」

反射的に追いかけるも煉獄の眼中に俺は無い。
脇目も振らずに本能寺へと最短距離で空を跳躍して先行して行く。
どうやら何かに気づいたらしい。向こうで大きな動きがあったか?

ビュンビュンと風の速さで戦場を跳んで行く煉獄の背に追いすがる。
煉獄をここに足止め――いや、不可能だ。現在俺に奴を止める手立てはない。
煉獄の意識が俺から他へと向かった時点で俺の負けなのだから。

「なら…」

見届けるしかないだろう。
邪魔も何も出来ない、今から本陣に戻ったとしても呪い憑きの力が発揮できないのなら俺は役に立てないし。
今こうして煉獄に対してちゃんと効果を発揮しているのだから、結界を解けとは言えない。

戦場を跳躍する煉獄に対して、戦場の隙間を縫うようにしてジグザグに駆け抜ける。
ここまできたなら最後まで見届けてやるさ。



ザビエルは魔人の中においても上位の力を持つ魔人である。
自分の力を削って生み出す使徒を五人(内一匹)作っても尚衰えない圧倒的な力。
それこそ同じ存在である魔人数人と相対しても負けはしないだろう。

「―――ぐぅぅぅうう!!!」

だがその圧倒的であるはずの魔人が、今、数人の人間によって追い詰められていた。

体の各所に致命傷ではないものの、大小の無数の傷跡。
そして肩口から鳩尾へと大きく裂けた刀傷。これは魔人といえど致命傷に至る傷だ。
表情にも疲労の色が強く、今もまた肩口に魔剣カオスの一撃を受けて苦悶の声を挙げた。

「ガァァアアッッ!!」

「うおっ、あつ、あちちち!!」

苦し紛れに全身から黒炎を巻き上がらせる。
ザビエルに一撃を浴びせたランスは黒炎に顔をしかめて後退。
あっぢー!と火傷を負った手をヒラヒラとさせて後方に下がり、支援に徹している名取から治癒を受けていた。

(―――何故だ!)

満身創痍のザビエルに浮かぶのはその一念。
魔剣カオスを持つランスは脅威に値する。それは認めよう。
だが、何故。何故羽虫に等しい人間ごときにこうまで己が追い詰められねばならない。

ザビエルが追い詰められる理由――それは三つ。
一つ目は人間を甘く見ていた事。いつでも殺せる人間、所詮体に傷一つ付けられないのだからと。
二つ目はランス。ランスの錆び付いていた腕がザビエルとの実践の中で徐々に研ぎ澄まされていっているのである。

そして三つ目――実はこれが一番大きな要素だった。
それはザビエルを構成する魂が封印されている瓢箪。これがまだ四つしか割れていないのだ。
単純計算してザビエルの力は全盛期と比べると二分の一しか発揮できない。ザビエルが思った以上に力が回復していなかったのである。

「終わりだ、ザビエル。将来俺様の女(予定)の香ちゃんを泣かした。それだけで死刑なのだ」

ざ…とランスが魔剣カオスを構える。
これでケリを付けるつもりなのだろう。全身から立ち上る闘気は物理的なうねりを持って見えんばかり。
今までランスを援護していた勝家達もランスの邪魔をしてはいけないと武器を構え、後方で固唾を飲んで見守っている。

「オノレ、オノれ、オのれ、おのれぇぇぇええ!!!」

今、自分という存在はかつて無い窮地に立たされている。
それを自覚しているザビエルは呪詛を吐き散らした。
なんたる屈辱。なんたる侮辱。魔人たる己がたかが人間に対して消滅の危機に瀕している。

(態勢を―――立て直す)

身体を焼き尽くさんばかりの屈辱に身を焦がしながらも、ザビエルが下した判断は冷静だった。
今この場さえ乗り切れば――瓢箪を割れば、それだけザビエルの力は高まる。
あと二つも割ればこの憎い人間共を容易く殺せるようになるだろう。

それもこれもあの人間のせいだと八つ当たりにも似た憎悪をザビエルは祐輔に燃やした。
本来ならザビエルはまだ動くつもりではなかった。最低でも5個、6個瓢箪が割れてから表舞台に上がるつもりだったのである。
それが祐輔によって香を救出された事により情報が流出してしまい、このように不利な状況で表舞台に引きずり出されてしまった。

腸が煮えくり返るほどにドロドロとした憎悪。
しかしその憎悪もここで自身が討たれてしまったらそれで終わり。
ここは何が何でも生き延びなくてはならない。

「おっと、逃がさんぞ。お前はここできちっと死んどけ」

ザビエルの視線がちらりと窓枠に向かったのを敏感に察知したランス。
ランスは身体をザビエルと窓枠の間に移動する事で外への退路を断つ。
ランスの意図を読み取った勝家や乱丸達は逆に階段への道に立ち塞がった。

これで窓から外へ逃げようとすればランスを抜かなければならない。
また階段から逃げようとすれば勝家達の抵抗によって数秒間、無防備な背中をランスに晒す羽目になる。
ザビエルを追いつめたランスはニヤリと笑いながら少しずつ必殺の間合いへと距離を縮めていった。

「死ぬ? 我が? …ククッ、フハハハハハハハハ!!!」

絶体絶命のはずのザビエル。
だが何がおかしいのか、追い詰められているザビエルは額に手をやって大声で笑う。
その狂笑に勝家達は無意識に一歩後退し、ランスは気が狂ったかと顔を顰めた。

「我はこんな所で死なぬわ!!」

【いーや、死ぬね。それより早く仕留めろよ、心の友よ。
ほら、ぼっとせずに! ハリー、ハリー、ハリー!!!】

言われるまでも無い。
カオスの言葉に内心でそう返し、ランスはザリと畳を後ろ足で踏み抜く。
距離は十分。魔剣カオスを最も避けづらい胴体を狙い、横一閃に走らせる。

「ザビエル様ぁぁぁあああああああ!!!!」

―――走らせる、はずだった。

「んなっ!?」

ザビエルを外へと逃がさないために窓を背にしていたランス。
そのランスの背後の窓から、これ以上ないほどのタイミングでの敵の強襲。
祐輔を振り切りザビエルの下へと馳せ参じた煉獄がランスへと踊りかかったのである。

「こな―――」

ランスはザビエルに振り抜こうとしていた剣を思いとどまり、そのままグルリと反転。
身体を180度回転させて遠心力を刃に乗せ、死角から襲いかかる煉獄へと斬撃を浴びせる。

「くそ!!」

「ぐぅ、うがぁあ!! ザビエル様、今のうちに!!}

ゾブリとカオスの刀身は煉獄の胴体に埋まる。
遠心力を載せたカオスの一撃は煉獄の胴を半分ほどまで切り裂くも、分断には至らなかった。
ぐぶぅと口から血を吹き出しながらも煉獄はザビエルの活路を切り開く。

使徒である煉獄はザビエルの危機を本能で感じ取ったのである。
そのため祐輔との鬼ごっこを切り上げ、全速力で本能寺まで急行。
今にも敗れそうなザビエルの姿を見て、瞬時に状況を察して自分を犠牲にして活路を開く。

「そのまま抑えていろ、煉獄!!」

「あっ、待て、コラ!!」

「そうはいかねぇ、ぜ!」

これを好機と見たザビエルはランスの背後にある窓枠へと突進していく。
ランスはそれを防ごうとするも、死にかけの煉獄にカオスをがっしりと掴まれ身動きが取れない。
死にかけとはいえ煉獄は使徒。使徒と人間であるランスの純粋な力勝負では、ランスに勝ち目はない。

――――そして

「この屈辱、我は忘れはせぬ!!
力を取り戻した暁には真っ先に貴様らを血祭りにあげてくれよう!!」

そう言葉を残し、ザビエルは本能寺の窓枠から落ちるようにして去った。



「っち…逃がしたか」

窓枠から下を見下ろしながらランスは舌打ちをする。
瀕死の煉獄の抵抗はあの後するりと終り、ぴくりとも動かなくなり床に沈んで絶命していた。

「ランス殿、あ奴は!?」

「わからん。あの傷だから、ひょっとしたら野垂れ死ぬかもしれん。多分無いがな。
まだ近くにいるかもしれんから、さっさと兵士に探させろ」

「言われずとも!!」

勝家達はランスの言葉を受け、ドタバタと駆けていく。
三笠衆も魔人が敗れたと知れば無駄な抵抗はしないだろう。
彼等は直ちに魔人の捜索をするために兵士へと指示を出しに行ったのだ。

「やれやれ、香ちゃんに申し訳がたたんな…」

ランスの眼下にはただ夜の帳が広がるばかり。
これでは捜索したとしても発見する事は難しいだろう。
長い厄介な闘いになりそうだとランスはなんとなく思った。



魔人、敗走。
織田全軍にて瀕死の状態である魔人の捜索令。

「こうなった、か…」

織田全軍に伝えられている命令からして、どうやら魔人は生死不明であるらしい。
原作通りの展開ってとこか。欲をいえばここで滅して欲しかったのだけれどなぁ。
そうそうこっちに美味しい展開ばかりじゃないって事か。

俺は木の上で鳥達を使いながら得た情報を統合しながら、この戦の決着を把握していた。
軍と軍の闘いも織田の勝利で終結。しかし目的である魔人に致命傷を負わせるも、取り逃がしてしまう。
部分的に見れば織田側の勝利だけど、大局で見ればどちらが勝利者かわからない。

あ、余談だけど木の上登るのマジしんどい。
片手で登るの無理だから、神速の逃げ足で駆け上ったのよ。
リアル壁走りみたいな真似するのは本当に怖かった。能力発動のために三笠衆の残党も挑発しないといけなかったし。

「煉獄は死亡、光秀も死亡…っと。ここか。原作との差異は」

光秀はともかく、煉獄が死んだのは大きい。
ザビエルがどれほどの怪我を負ったかは知らないが、ブレーンである煉獄が死んでしまえば思うように動けないだろう。
ザビエルが死んだと考えるのは希望観測すぎる。なら生き延びたと考えるのが自然。

「島津だとは思うけど…確定情報じゃないんだよなぁ」

原作ではこの後、九州の島津を魔人が乗っとる。
そこから徐々に勢力を伸ばして行くという展開なのだけど…これはあくまでゲームであって、確定未来ではない。
魔人が乗っとるのは別に北条でも武田でもどこでもいいのだ。ランス以外には無敵な魔人だからこそ出来る芸当だな。

十中八九島津だとは思う。断言は出来ないが。
何故ならそう言える理由があそこにはあり、狙われるであろう人物がいるのだから。

「ともかく、一旦毛利に戻るか」

ちぬの対処法を見いだせなかったのは痛手である。
最悪元就や二人の姉から殺されかねないかもしれないが、忠告と注意をしておかなければならない。
追い出されるにしろどっちにしろ、もう一度毛利を訪れなければならないのだから。









あとがき

死亡組:光秀、煉獄
瀕死:ザビエル
役立たず:性眼、三人娘

性眼と三人娘は登場ナシです。
彼等はランス達がしくった時の保検策なので、仕方ないといえば仕方ないのですけどね。
これにて本能寺編はひとまず終了となります。




[4285] 幕間1
Name: さくら◆c075b749 ID:78a263e8
Date: 2010/06/20 18:49
ばんがいへん!

■ その一: 祐輔さん、実は○○オンチ

時は少し遡って。
時間軸としては香を助け出し、ランスから逃げ出した頃。
見事祐輔はランスから逃げ出したのだが―――――

「…ここは誰、私はどこ?」

見事に道に迷っていた。
どれくらい道に迷ったかというと、現在位置どころか方向すらわからない。
本当にどうしようもない。お手上げ状態というやつである。

確か以前もこんな事があったよな…とぼやきながら祐輔はぶらぶらと歩き出した。
そう、足利領から太郎と命からがら逃げ出した時である。
あの時も無我夢中で逃げ出したために完全に迷子状態になったのであった。

理由はわかっている。
それは何故か。少し考えれば。いや、考えずとも答えは出る。
祐輔は――――方向オンチだったのです。

「今日中に町に着きたいな~、できれば織田領の」

香が信長を攻めると決めた以上、魔人勢との決戦は必然である。
ならば織田の領内にいれば兵の招集など様々な方法で決戦の開始をしることが出来る。
そう思ってがさごそと歩いていたのだが…

――30分後――

「う~ん、中々つかないなぁ…」

――1時間後――

「…もう、ゴールしてもいいよね」

ぽっきりと祐輔の心の芯は半ばからへし折られてしまっていた。
早いと思うかも知れないが、祐輔は山の中で迷子、もとい遭難中だったのである。
少し慣れてきたとはいえ現代人。やる気が挫けるのは仕方ないのかもしれない。

「諦めたらそこで試合終了ですよって言うけど、大抵は諦めなくても終わりだよね…いたっ!?」

なんともバチあたりな事をブツブツと言いながら俯いて歩いていた祐輔。
すると突然頭にコツンと硬質な何かがぶつかった感触が伝わり、思わず声をあげてしまう。
アイタタタと頭を摩りながらゆっくりと顔をあげるとそこには―――

「………わーお」

――円盤の、未知の物質でできているっぽい何かがあった。

「え、いや、え? いやいや、ちょっと、ねぇ…」

これはあれでしょ? もうあれだよね? UF○的な。
内心で全然伏字になっていない事を審議するも、考えられるのはそれ以外考えられない。
祐輔はほー‥っと感嘆して手の甲でコンコンと未知の物質でできてるっぽい何かの底部分を叩いた。

「ほぇー…これが宇宙船か。これが宇宙を縦横無尽に飛ぶのか。凄いな」

「こ、これが宇宙船ってどうしてわかったんですか!!?」

え、と祐輔は投げかけられた驚愕の声に未知の物質で出来てるっぽい、もとい宇宙船を叩く手を止める。
そこには祐輔の知識の中にある宇宙服そのまんまを着込んだ少女が興奮冷めやらない様子で外窓から首を出してこちらを覗き込んでいた。



『少しモチツケ。話はそれからだ』
『了承』

実際は違うが、そんな感じで少女を落ち着かせる祐輔。
ひぃ、ふぅ、と宇宙船の壁を一瞬でスライドさせて祐輔に声をかけた少女はあわあわと焦っていたものの、祐輔の言葉に落ち着きを取り戻す。
二人の邂逅から少し時間がたち、ようやく二人は自己紹介となった。

「俺は祐輔。どうして宇宙船を知っているかも教えるけど、まず君の名前を聞いてもいいか?」

「そ、そ、そうでしたね…カ・グヤと言います」

やっぱりそうかと祐輔は確信を深める。
この時代に似つかわしくない宇宙船、宇宙服、未来的なデザイン。
今はちょっと思い出すのが危うい原作知識から彼女に対する記述を掘り起こした。

祐輔の目の前でスーハーと息を整えるこの少女。
実は見た目そのまんまの宇宙人で、高度文明からルドラサウム大陸に派遣された偵察員なのである。
本来は侵略戦争をしかけるための偵察員なのだが、機械が壊れてしまったために立ち往生しているのだ。

「初めまして、カ・グヤさん。
それでどうして俺が宇宙船を知っているかというと…」

「そ、そのですね、祐輔さんも私と同じで?」

「いや、それは違う。俺はここの住人なんだけど…色々複雑なんだよね。全部聞く? 結構長い話になるけど」

「は、はい! 是非!」

原作では彼女とランスの心温まる(?)エピソードによって彼女は上司に侵略をやめるよう要請する事で事無きを得るのだが。
ここで自分の真実を話してもどうしようもないし、彼女に怪しまれずに丁重にお帰り願ったほうがいい。
祐輔はそう判断して彼女に嘘と真実を織り交ぜて自分の境遇を言って聞かせた。

「突拍子のない話だけど、ここには未来と過去を繋ぐ門があってね。
それが滅多にないけど不定期かつランダムに現れて、過去と未来を繋げてしまうんだ。
俺は科学が発達した未来からこの時代にきたから、宇宙船について知ってるってわけさ」

「未来と過去をですか? それは凄いですね…」

フンフンと興味深そうに祐輔の言葉に頷くカ・グヤ。
彼女のサジ加減一つでこの大陸が消える可能性がある事を知っている祐輔は彼女にある事を優しく問いかけた。
祐輔は原作知識から彼女が何に困っているかわかっているのだ。

「それで、この宇宙船何かトラブルでも起こっているの?
なんか宇宙船の底に雑草とか生えてきてるし…相当長い間飛んでないみたいだけど」

「あぅ、それはですね…」

言いづらそうにヘルメット越しの表情を暗くするカ・グヤ。
それでも背に腹は変えられないと思ったのか、ここで祐輔を逃がしてはいつ解決するかわからないと決意したのか。
そのどちらかはわからないが、カ・グヤは現在直面している問題について吐露した。

端的に言えば、カ・グヤが乗ってきた宇宙船は不慮の事故で壊れてしまったのである。
ここJAPANに不時着したのはいいものの、彼女だけではどうしようもない。
涙混じりで現在の窮状を訴えるカ・グヤは涙声で祐輔に懇願する。

「あの、ですね…宇宙船を修復するのにどうしても必要な部品がいるんです。
でも親切な現地の人にいくら伝えてもわかっていただけなくて……」

「ああ、なるほど。その先は言わなくてもいいよ。俺に任せろ」

ドンと胸を軽く叩く祐輔にぱぁっと顔を輝かせるカ・グヤ。
これで印象はばっちりだと祐輔も笑顔の裏で黒い思考を働かせる。
カ・グヤの様子を見る限り大陸消滅の危機は八割去ったなと。

ここで脳裏にちらっと魔人も消し炭にできる凄い武器とか貰えないだろうかと浮かんだが、却下する。
下手に疑いをもたれたらその時点でアウトなのだから。

「それで必要な物は? 町の方向さえ教えてもらえれば調達してくるよ」

「はい、えぇっと、必要な物は…【セロハンテープ】【コイル】【鉄パイプ】です」

そりゃないわ。この時代にコイルとかいわれても、困る。
本当にそんな物この時代にあるのかと首を捻りつつ祐輔は了解と告げて宇宙船を出た。
というかセロハンテープで補強とかまずくないかと祐輔は思うのだが、それは口にしなかった。

―――2時間後―――

「まさか本当にあるとは…」

人間探せばなんとかなるものである。
運良くその町には工場があり、祐輔が特徴を伝えるといとも簡単に作ってくれたのだ。
日本もそうだが、JAPANの職人の技術も相当に高いらしい。

「あ、ありがとうございますぅ!! これで星にかえれますぅ!!」

ハイと二時間後にいとも簡単に三つの品を渡されたカ・グヤは鼻水と涙を盛大に流して感動していた。
ブンブンと宇宙服越しに祐輔の手を握って上下に振り、感謝を表現する。
祐輔はハハハと笑いながら、これだけ恩を売ったんだから侵略してくんなよと内心で呟いた。

自分の感謝を出し尽くしたのかカ・グヤは感涙したまま祐輔の手を離す。
うん?と祐輔が掌の中に何かが残っている事に気がついた。

「あの、これ、お礼です!」

「お礼…?」

「ハイ!!」

掌の中にあったのは小さな瓶。

「その中には超強力な睡眠薬が入っているんです。
本当は凄い傷薬とかを渡せたらいいんですけど…私の裁量で渡せるのは、それくらいなんです。
…本当にすみません」

「ああっ、いやいや落ち込まないで! 別に見返りが欲しくてやったわけじゃないから!」

言いながら申し訳ないと思ったのか、ずーんと落ち込むカ・グヤ。
そんなカ・グヤに気にしなくていいと祐輔はブンブンと手を振った。

「すいません…で、でもでも、その睡眠薬すっごいんです!
全長90mの生命体でも五秒で眠りにつく優れものなんですよ!」

「そ、そうなんだ…ハハ(ゴジラレベルを一瞬って…使い道、なくね?)」

人、それを致死量と言う。
無邪気に効能を披露する少女をよそに祐輔の乾いた笑いが響く。
もらったけど使い道ないな、これ。いや、薄めればいけるか? などと考えるも、あまり使いたくない貰い物だった。

その後何度も祐輔にお礼を言いながらカ・グヤはJAPANを飛び出し宇宙へと旅だった。
こうしてランスの知らない所で原作のイベントを一つ無事に処理した祐輔であったが。

「っあ!! カ・グヤの宇宙船って治癒ビームとかついてなかったっけ!?」

現地の住人とカ・グヤが仲良くなる原因となった要因。
彼女は現地の住人の怪我を直す代わりに食料を手に入れていたのである。
それにカ・グヤが飛びたってから思い出した祐輔は悲鳴をあげた。

「呪い憑きでどうしようもないこのEDもひょっとすれば…!!
チクショーーー!!! なんでもうちょっと早く思い出さなかったんだ、俺!!」

そのなんとも切実な叫びは山中に響き渡ったという。

■その二: 香ちゃんと太郎くん

織田の命運をかけた戦い。
魔人を逃がしてしまうという結果に終わってしまうものの、それも対外的にはあまり痛手にはならなかった。
それは天志教の働きが大きいと言ってもいいだろう。

正直な話、性眼は己達だけでこの問題を解決するつもりだったのだ。
大陸から来た異人・ランスを信用できないと判断し、月餅の法に必要な戦力を温存。
織田の精鋭達は魔人の戦力を少しでも削ってくれれば…と。

しかし結果から見れば性眼達は何もしていない。
万全の体制を整えていたといくら言い繕ったとしても、魔人を追いつめたのは織田の精鋭達である。
歴史にもしもはないが、もしも性眼達が織田を捨駒としてではなく協力者として扱っていたのならば、魔人は既にいなかったかもしれないのだ。

各地の高僧を集めて使徒を押さえ込む協力はした。
しかしそれがどうしたというのだ。

性眼は己を恥じると同時に悔いた。
何故自分はランスを異人であるというだけで信用に値せずと協力しなかったのか。
だがそれを今更悔いたところでどうしようもない。

ならば出来る限りの事をして織田に報いなければならない。
性眼は各地に帰る高僧達に自筆の書を持たせ、各地の大名に織田と魔人との繋がりをきっぱりと否定し、魔人に対する防備を呼びかけた。
書面は魔人が信長の姿をしている事に最大限考慮した内容だった事は言うまでもない。

その手紙の中に瓢箪を持つ大名に対しては真実を伝えてある。
性眼は瓢箪を一箇所に集めるよりも、各地の強力な大名に守ってもらったほうが得策であると判断したのだ。
もちろんそんな物は持てないという大名に対しては回収するとも伝えてある。

それはともかくとして、対外的な織田の評価はフラットのまま。
魔人許すまじと他国から侵略される心配はなくなったのだった。
激戦の疵痕を癒すように尾張の地はしばしの平和を謳っていた…………



保存食、代えの草鞋、長い旅に耐えうる路銀。
急拵えの旅の仕度を大急ぎで太郎は整えていた。

太郎はある任務を主君である香より受けている。
その命令は端的に言うなら実にシンプルかつ明瞭。

【森本祐輔を客将として抱え込むために捜索してこい】

説明に三行も必要ない。
僅か一行で太郎が旅支度を整える理由が説明できてしまうのだ。
それでは何故このような命を太郎が受け賜ったかというと、先の戦の後にあった。

二度も祐輔に命を救われる事になった香。
彼女は当然祐輔が戦後に織田の陣地に来てくれると思っていたのである。
光秀の最後を看取った後、気丈にも織田の全軍の総指揮を五十六に委任し、本大将としてドンと構えていた。

天志教の後押しもあってか戦線を無事維持する事に成功。
五十六の絶妙な指揮によって被害も最小限に減らす事も出来た。
そして勝家達精鋭部隊が織田の陣地に帰還する事によって合戦は織田・天志教の勝利で終結する。

さて、ここで問題である。
果たして祐輔は合戦の後、織田の陣地に立ち寄ったのか?
答えは否。祐輔はどこへともなくふらりと消えてしまったのである。

待てども待てども祐輔が来る気配はない。
香は戦後処理があらかた終わった後も残ろうとするが、家臣達の強い説得もあって尾張に帰還せざるをえなかった。
そして後日、あの場で祐輔と面識のある太郎が香に呼び出されたのである。

そこで太郎に対して命令が下された。

『森本殿を捜し出して来て下さい。
当家は彼を客将として…いずれは召抱えたいと思っています』

それは祐輔を織田の武将に、いずれは正式に家臣としたいという思わぬ申し出だった。
それ以前に祐輔を捜し出さなければならないが、それよりも太郎はそこに驚きを顕にする。
何故なら香も祐輔が呪い憑きであるという事を知っている一人であるからだ。

呪い憑きを武将として正式に登用する。
それは織田という名家の名誉に著しい傷をつける事と同意。
それを承知で言っているのですかと訊ねたところ。

『当家は3Gに家老として頑張ってもらっています。
当時は偏見と疑問の声があったと聞き及んでいますが、それでも今のようにいずれは認められるでしょう。
それに森本殿が武将として闘うのを嫌ったとしたら、彼に織田に居る限りの平穏を約束します。

私は彼に御礼がしたいのです。
命を二度も助けて頂いたのに恩に報いないでいれば、兄上や義姉上に叱られてしまいます』

『おお、香様…!』
『本当は登用に反対せねばならぬというのに…!』
『なんと凛々しく、ご立派に成長なされた…!』

『あの時、私は驚きのあまり森本殿に声をかけられなかった。
彼がその事を許さないと叫弾し、責められるというのなら、その責めを甘んじて受けます。
それでも私は…彼に御礼を言いたいんです。助けて下さって本当にありがとうございますって』

『『『爺は、じぃはぁぁあああ!! オーーイオイオイ!!』』』(感涙)

私、約束を破られて怒っていますと不満そうな香。
魔人との戦いの折、香は祐輔に自分を恩知らずのままにしないでくれと伝えている。
その上恩を上乗せしておいてどこに消えたんだ、と怒っていらっしゃるのである。

そんな香の隣で香の成長を見せつけられて涙腺が崩壊する3G。
彼と香の様子を見て、太郎はこの話が事実であるという事に確信をもてた。

これは太郎にとって思いにもよらぬ幸運である。
香に呼び出されるまで太郎はずっと二つの道について悩んでいた。

即ち山本家復興を五十六に任せ、祐輔について行くか。
織田家で確固たる立場を築き、山本家を復興する事に心血を注ぐか。
そのどちらかを選ばざるをえなかったのだが、その両方を選ぶという選択肢が香より与えられたのである。

『その任務、是非わたくしめに! 必ずや祐輔さん〈ボンクラ〉を連れてきてご覧にいれます!!』

『そ、そうですか…ありがとうございます(今凄い失礼な言葉を聞いたような?)』

祐輔の事について織田の中で一番知っているのは自分であるという自負が太郎にはある。
そして太郎には祐輔の行き先に目星がついている。
太郎の快活な返事に香はちょっぴり困惑しつつも、よろしくお願いしますと正式に命令を下したのであった。

『それと余計な事かもしれませんが、叫弾される事は刹那の可能性よりもありえません』

『え…』

『あのヘタレ…失礼しました、森本殿に女の子を悪く言う度胸はありませんから』

『まぁ』

太郎の発言に祐輔の人となりを思い出してクスクスと笑う香。
そういえば優しい方でしたね、と。ザビエルから命からがら救出された時、祐輔から受けた配慮を香は忘れていない。
香の微笑を思い出し、太郎は回想をここまでと打ち切った。

旅立ちの準備が出来たのだ。
よっと背中に荷物を背負い、腰に下げる脇差と日本刀を確かめる。
準備は万全。後は探索の旅に出ればいいだけだ。

「太郎、その、なんだ…やはり姉さんがその任務を受けるべきだと思うのだが。
私でも森本殿の顔はわかる。太郎にはこの尾張にいて欲しい」

身支度を整えた太郎に姉である五十六がおずおずと任務を交代すると言ってきた。
捜索の旅は危険がつきまとう。太郎を子供扱いしていると思いつつも、心配でしょうがないのである。
そんな戸惑いがちな五十六の申し出に太郎はきっぱりと断りを入れた。

「なにを言っているのです、姉上。
これから織田は大事な時期、姉上も武将なのですから。しっかり働いてください」

「うっ…し、しかし…」

「僕の地位は今のところ足軽大将です。それにそんな事を抜きにしても、この任務を代わるつもりはありません」

祐輔を見つけ出し、織田に連れてくるのは自分の役割。
祐輔に断られるならそれもよし。それを判断するのは祐輔だ。善意を押し付ける事はしたくない。
しかし―――それでも祐輔と織田で暮らしたいと思うのは傲慢だろうか。

「行ってきます!!」

この日、一人の少年が一つの決意と共に織田を出発した。
結果はどうなるかわからない。しかし彼の心に不安はあっても、不信はなかった。
何故なら祐輔がどのような選択をしても、ああ彼らしいで納得してしまう自分がいたから。

■その三: すくーる水着と火縄銃

火縄銃――。
大陸のチューリップの劣化量産型である。
劣化というものの火縄銃だけにしかない利点もあり一概には言えないが、おおむねそういった認識でよい。

火縄銃の開発、生産をしている種子島家。
ここでは日進月歩で技術の改良が行われており、失敗と成功を繰り返している。
失敗も多いが、着実に火縄銃の性能は上がっていた。

〈ズダーーン………ズダーーーン……〉

「今日も、か…」

蒸せかえるような熱気にダラダラと汗を流しながら鉄を鍛える種子島重彦。
彼は修練場(鉄砲の試射などをする場所)から聞こえてきた発砲音に作業の手を一時止める。
首にかけた手ぬぐいで汗を拭き取りながら、隣で作業をしている側近に声をかけた。

「なぁ…柚美があそこで撃つようになって、どれくらいだ?」

「そうですね…大体ですが、自分がここで仕事をしている時は毎日発砲音が聞こえやすね」

ぬぅと重彦は側近の言葉に眉を寄せる。
つい先日休息日を取るように言いつけたというのに、あいつ全然聞いてなかったな。
はぁぁと深くため息をつきながら、ここ最近の柚美の行動に頭を悩ませた。

ここ最近柚美は毎日のように――いや、毎日、休憩もとらずに鉄砲の訓練に精を出している。
しかしそれは訓練と言えるような物でなく、過酷な訓練を身を削るようにしているのだ。

「んっ…たく。あいつを残して先に逝きやがってからに。俺は娘の育て方なんてわからねぇぞ」

柚美が無茶とも言える訓練をしだした時期。
それは病弱で病に伏せていた柚美の父親がついに他界してしまったすぐ後の事であった。

敬愛する父親が死に、柚美は変わった。
外見は以前と変わらない。しかし内面が重彦以外には気付けないほどだが、確かに変わったのだ。

箒星――柚美の父親が彼女に残した形見。
現時点で最高傑作である火縄銃であるそれを片手に柚美は訓練に没頭するようになった。
まるで、自分にはこれしかないと言わんばかりに。

前々から柚美は己の殻の中に篭り、気の許した相手以外とは関わらない気風があった。
しかしそれが父親の死後以来顕著であり、重彦以外とは言葉を交わす事はなくなってしまった。

「どうしたもんか…」

今はまだいい。
柚美は元々無口な娘であり、周囲もそれほど気にしていない。
だが今の状態が今後も続くようであれば、種子島家に柚美の居場所はなくなってしまうだろう。

「あんの馬鹿め。こういう時こそてめぇの出番だろうに」

「はい?」

「ああいや、何もねぇ。気にすんな」

少し苛々してしまい、側近が何事かと重彦に伺いをたてる。
それに重彦は何もないと返して、作業を再開した。

重彦の言う【あの馬鹿】とは言うまでもなく祐輔の事である。
種子島家に来て僅かな時間で柚美と打ち解け(可愛いモノ好きだという弱みを握られただけ)、休みの日には共に外出する仲になった。
重彦の記憶の中において、今の柚美が気を許しそうなのは自分以外祐輔しか思いつかない。

〈――キン!!〉

(出奔、ねぇ…本当のとこはどうなのやら)

赤く煌々と輝く鉄を鍛えながら、重彦は浅井朝倉の使者を思い出した。
重彦は鉄砲の重要なアドバイザーとして祐輔の派遣要請を友好国である浅井朝倉に要請したのである。
しかし帰ってきたのは【その者は既に自国にはいない】という、一点張りの答え。

重彦はまず間違いなくそれはあり得ないと判断した。
祐輔は同盟を結ぶ条件としたほどに両国にとって重要な人物。それは浅井朝倉も理解しているはずで、祐輔を手放すはずがない。
そしてその考えを下した後に推測されるのは、

(死んでねぇといいんだが、な!!!)

思いっきり槌を振り落とす重彦。
上記の理由から浅井朝倉が祐輔を逃がすとは思えない。

ならばもっともありそうなのが、浅井朝倉にとって同盟以上に祐輔が厄介な事を知ったか。それとも祐輔自身が厄介な存在になったかのどちらかである。
そしてその両方の結論として帰着するのが祐輔を秘密裏に暗殺する事。

(どっちにしろ、あいつをこのままここにしておいても仕方ねぇ。
頭を冷やさせるのと、休息をとらせるために他国へ鉄砲売り込ませに行かせるか)

このままでは柚美は間違いなく潰れる。
重彦は体の良い方便で柚美に休養を与えるつもりだ。
鉄砲の機密は柚美も充分に知っているため、一歩国の外に出れば鉄砲の訓練も容易には出来ない。

やれやれ、なんて切り出そうか。
柚美に伝える事を考えて憂鬱になりそうな気持ちを鉄にぶつける重彦だった。

■その四: ざんげ姫

「雪姫様、どうぞ休息をお取りになられてください」
「そうです。これ以上のお勤めは本当に体をお壊しになられます」
「あとの事はどうか我々に任せて」

「いえ…よいのです」

願い縋る臣下の忠言を一言で切り伏せ、浅井朝倉の姫・雪は今日も復興現場へと脚を運ぶ。

織田との終戦後、浅井朝倉は震災復興金という莫大なGOLDを織田より受け取っている。
これによって飢えで人が死ぬという心配はなくなったものの、それでも浅井朝倉の国は荒れていた。
人が住む家がない、水が出る井戸が壊れている、川の堤防が決壊してしまっているなどなど…まだまだ復興には時間がかかるのは誰の目にも明らかである。

そんな復興の現場に朝倉雪は必ずいた。
家を再建するのであれば大工達の小間使いとして慌ただしく動き回り、井戸を掘るのであれば自ら掘り上げた土砂を川まで運ぶ。
その土砂は川の堤防を作るための土嚢として利用された。

浅井朝倉において雪を評価する声は二つに別れる。
それは聖女という民衆の評価と、愚姫という評価の二つである。

民衆から見れば雪は聖女と同一視されるほどに神々しく見えた。
自分たちのために玉のような汗を掻き、同じように作業をする。
それはまさしく長い復興の間に差し込んだ一筋の光明であった。

愚姫という評価も、彼女を酷評しているのではない。
一国の姫である彼女が民衆と同じように作業をせずとも、声をかけるだけで充分な効果がある。
雪がすべき仕事ではない。むしろ彼女の体を心配するものが大半であった。

しかしこの二つの評価は正しくはなかった。
あえて言うとするならば、後者の評価がやや正しいと言ったところか。

雪は贖い(あがない)を求めていた。
あの日、発禁堕山から己の罪を告げられて以来、ずっと。
誰からも与えられない贖いをただひたすらに求めて。

何もしていなければ、雪は常に己を苛む声が聞こえた。
それは雪と同じ声で、ずっと囁き続ける。

『お前は恥知らずの愚か者だ』
『大恩ある人間にお前がした仕打ちはいったいなんだ?』

【違うのです、知らなかったのです! 私は、私は…!】

『知らなければ何をしてもいいというのか?』
『あの者は国を救うために左腕を捨て、呪い憑きにまでなったというのに』
『嗚呼、なんという悲劇』

【ぅ、う……あ、ぁぁああ……‥】

『何も言えぬとなれば、涙を見せるか』
『なんと狡賢く、厭らしい娘よ』
『ならば敢えて言わねばならぬだろうな。お前がした大罪を』

【やめ…やめて、くだ…さ……】

『お前は己を捨て、浅井朝倉を救った英雄を餓鬼畜生のように扱い、国を追放した売女だ』

己を苛む声はやまない。
何故ならこれは雪の罪悪感と後悔が作り出した虚像なのだから。
この幻想はいずれ彼女を喰らい尽くすだろう。

己を苛む声は体を動かしている時は聞こえなかった。
浅井朝倉の復興のため、自ら手を汚して作業をしている時は。

今日も雪は復興作業に赴く。
誰からも許されない罪を贖うために。
この罪を許せるのは生死不明の祐輔だけなのだから。

「…‥?」

ふと、雪は雑踏の中に祐輔を見た気がした。

「…本当に、どうしようもない女」

なんと都合の良い事をと自分を責め、雪は頭を振ってその場を去る。
祐輔を突き離し、この国から去らせる原因を作ったのは己なのだから。



「復興は順調みたいだな…よかった」

俺は毛利へと帰る前に浅井朝倉へ立ち寄っていた。
気にはなっていたんだよな。瓦版で復興は順調と書いていたけど、こうして目で見ないとわからないし。
自分が救った…というのはおこがましいかもしれない。だがその一翼を担っていればいいなと思う国は僅かながらだが活気が戻りつつあった。

流石内政チートの義景様と一郎様、あっという間に国を立て直せるだろう。
既に仮設住宅と思われるものもチラホラ見えるし、そのどれもが中々頑丈そうな作りだ。
一体どうなる事かと思ったけど、俺が大好きだった。今でも大好きな国は復興しつつある。

「そろそろ行くか…」

俺はこの国にはいられない。
今この国に、他国から責められるような火種が少しでもあってはいけないのだ。
織田は香殿が知ってるけど…大丈夫だろ。あれだけ恩を売ったし。

雑踏から目を逸らし、立ち去ろうとする。
だがその中に俺が知っている…片思いしていた女性がいたように思い、硬直した。
後ろ姿だけど、あの透き通るような空色の長い髪。

「雪、姫、様…?」

その髪の長い女性はこちらを見ることなく後ろ姿のまま立ち去っていく。
その後姿がどうしようもなく、胸を掻き乱した。

「はは、ありえない、だろ…うん」

よく見れば一般庶民が着るような服を着ているし、肌も泥だらけだし、俺の見間違いに違いない。
雪姫様がこんなところにいるはずない。うん、ないわー。

それに雪姫様だとしても、俺には会わす顔がない。
結局雪姫様に対して誤解を解く事はできなかったし、今の俺は呪い憑きだ。
原作における彼女の呪い憑きに対する反応を考えるに…とてもじゃないけど、怖くて会えない。

怯えた表情でもされてみ? しかもそれが惚れた女。
俺すぐ死ぬ自信あるね。そんなわけで怖くて雪姫様には会えないのだ。
知り合いに合う可能性もあるので、俺は今度こそ浅井朝倉を後にするのだった。




[4285] 番外編3
Name: さくら◆c075b749 ID:78a263e8
Date: 2010/07/25 15:35
■ IFルート:上杉√

戦国ランスで上杉謙信といえば、一番人気のキャラクターである。
凛とした軍神モードに加え、クーデレという二枚看板を武器に何人もの戦士を撃沈させた。
男の趣味はそれないわー…と思うものの、俺もかなり好きだったキャラクターだ。

あ、その謙信ですが、今俺の隣にいるからww
フヒヒww サーセンww お前らザマァwwwww
まぁ………

「祐輔、追加」

「もう50個目なんですけどねぇぇぇえええええ!!!?
自分の手と顔、ひき肉捏ねる時と焼く時の油でギトギトなんですけどねぇぇえええ!!!」

「…ないのか?」

「そこでシュンとしないでぇぇええ!!! 焼くから!! 焼かせてもらうからぁああああ!!!」

「そうか! やっぱり祐輔はいい人だな!」

「ちくしょぉぉぉおおおお!! いいぜ、やってやるよ!! 今日は俺とお前でサタデーランチタイムだあああぁああああ!!!」

――――ご飯、作ってるだけなんですけどね。

状況を説明するなら、何個もの鍋を同時に操って複数個のハンバーグを焼いている俺。
丁度12時くらいから焼いていて今13時だから、小一時間くらい焼き続けている事になる。
そして今いい具合に焼きあがったハンバーグをこうやって―――

「はい、ハンバーグ一丁あがりぃぃいいい!!」

「おお!」

手のグリップを使ってヒョイっと謙信様のとこに投げる。
放物線を描いて飛来するハンバーグとハンバーグから溢れる肉汁。
当初これをしろと謙信様から要求された時は何を考えているのかと頭を疑ったが、相手は軍神である。

「ふっ! …モグモグ、絶妙だな…!」

空を飛ぶハンバーグを空いた皿で華麗にキャッチ。
肉汁も逃さず全て受けきる辺り、軍神としての力を無駄な方向で発揮している。
だってキャッチする時の腕の動きが見えないんだもの。

モグモグと口で頬張っている謙信様の目は輝いている。
そしてその目は早く次をと要求しているようにも見えた

「祐輔、お代わり」

「嘘やん!?」

「嘘じゃない。ホラ」

すげー動きと見惚れている間に、さきほど俺が投げたハンバーグは捕食されてしまっていた。
ペラペラと空きの皿をお行儀悪く掲げ、ハリーハリーと次を要求してくる。
あまりの衝撃に思わず関西弁になってしまうわ。そんな事あるはずあらへん。それなんてマジックや?

「ヒャッハーーーー!! もうどうにでもなーれ!!」

「うむ、その意気――――」

「謙信、あんた何やってんの!?」

二年間飲食店で働いた技能を全て使っても、この魔人を満足させる事が出来ない。
もう俺の物語はここで終わりか…と妙なテンションになりかけた時、この空間に乱入者が。
ちなみにこの空間とは厨房で、俺と謙信様以外はいない。

え、他の連中?
とっくに謙信様以外の飯作って昼餉に行きやがったよ。
なんでも謙信様を納得させるハンバーグ作れるのは俺だけとか言って、爽やかな笑顔残してな!!

しかしこの乱入者のおかげで終わりのない戦いも終結を迎えるだろう。
その乱入者とは上杉謙信の腹心である直江愛である。特徴はデコ。異論は認める。
謙信様を見守るというか、引っ張るというか。苦労役ポジションのお姉さんなのだ。

「む。しょく……じ?」

「いつまで食べてるのよ! もうとっくにお昼の時間は終わったわよ!」

もう! と額に手をやりながら怒りを顕にしている愛様。
いつも見る光景だがこれは本気で怒っているわけではないらしい。
これが二人の距離感というか、しっくりと来る距離感なのだ。

俺もここに来て二ヶ月がたつが、この光景は日常と化している。
戦では遺憾なく力を発揮する謙信様だが、日常ではポケポケとした天然系。
その謙信様を支えるのが愛様のポジションなのだと強く感じた。

…ひょっとしたら、彼女のデコの広さは苦労しているから禿g――

「森本も森本よ! あなたもあなたの仕事があるでしょう!」

「は、はい! スンマセンっした!!!」

考えている事がバレたのか、愛様の矛先が俺に変わる。
この貫禄と威圧感はとてもではないが20代では出せない。きっと苦労しているのだろう。

「貴方に任せた各村の戸籍と年貢の統計はもう終わったの!?」

「はい、マム!! 既に昨日の内に終わらせてあります、サー!」

「…本当に?」

「自分は嘘をつかないであります、サー!」

このごろそろばんを習っていて良かったと思う日々が続いている。
文字もある程度読めて、計算も出来る。そろばんも使っていいというのなら、あの程度なら半日ほどあれば終わらせられるし。

「変なところで優秀なんだから、もう…謙信も妙に懐いてるし」

「? 何か仰られましたか?」

「なんでもないわ」

小声でぶつぶつ呟くから聞き取れず聞き返すも、なんでもないと返される。
何故かわからないが怒りの度合いも少し削れて、呆れた者を見る目に変わっていた。

「いつも言っているけど、謙信に余り餌を与えないで。仕事が捗らないの」

貴方の主君は犬か何かですか。

「…愛、私は犬ではないのだが」

「似たようなものでしょ。機嫌が悪い時もご飯食べればすぐに直るし」

俺の疑問を謙信様が複雑そうな顔で訴えるが、バッサリと切り捨てる愛様。
しかしながら怒られてしょんぼりとしている姿を見ていると、俺も犬か何かと錯覚してしまいそうになるのは内緒だ。

「ほら、さっさと行くわよ」

「まだ全部食べていないのだが…」

「何か言ったかしら?」

少し不満そうな表情の謙信様も、愛様の額に浮き出た血管を見てブンブンと頷いた。
ああ、けど悲しげな顔でジュウジュウと現在進行形で焼けているハンバーグをじっと見つめてるし。
こう、俺の中でなんとかしてあげたいという欲求がムクムクと湧いてきてしまう。

ああ、そういえばアレを仕入れてもらったんだっけ。
俺は最近厨房に立たされる事が多くなっていたので、厨房の人に仕入れてもらった物があるのを思い出した。
ちょっと探せばすぐに見つかったので、それにハンバーグを挟む。

「謙信様、お仕事頑張って下さい」

「ゆ、祐輔…これは…ッ!」

「ハンバーガーというのですよ。これなら仕事部屋に行きながらでも食べられるでしょう?」

俺に手渡された未知の物体、というかハンバーガーに目を見張る謙信様。
仕入れてもらったのは大陸から入ってきた文化の一つであるパンを入荷してもらったのである。
ハンバーグはご飯のお供という概念があるのか、謙信様にとってはカルチャーショックだったらしい。

「ありがとう、祐輔」

「もう、また謙信を甘やかせて…」

「ははは、いいじゃないですか愛様。これなら移動中でも食べられるから問題ないでしょう?」

愛様の責めるような視線に耐えかね、もう一つ用意していたものを手にとる。

「…これ、私に?」

「ええ、愛様にも。さっき激務の最中厨房の人に聞きましたけど、今日は忙しいから昼食はいらないと仰ったのでしょう?
いくら忙しいと言っても食べないと駄目です。体を壊されてしまいますよ?」

「む、そうなのか、愛。ちゃんと食べないといけないぞ」

「あー、もう…わかった、わかったわよ」

謙信様と俺からの良心に負けたのか、しぶしぶといった感じでもう一つのハンバーガーを手にとる。
このハンバーガーはトマトやらサラダが入っていて非常にヘルシー、女性の味方なのだ。
もっとも謙信様のはハンバーグを三コ挟んである肉食バーガーなんだけどな。

「ありがとう、森本。それじゃ謙信、行くわよ」

「そうだな…腹八分目と言うし」

愛様に手を引かれて謙信様が厨房から引きずり出されて行く。
それは哀愁をただよわせており、どこからかドナドナの歌が聞こえてきそうだ。
というか、あれだけ食って八分目なのか、恐ろしい…ハンバーグはどこに消えていくのだろう? 謙信様の胃袋とハンバーグの量があからさまにおかしい。

「…片付けるか」

それはともかく、この大量に残った食器と調理具を洗ってしまわないといけない。
最近この世界に来てから、ようやく生活のリズムが出来てきた。
それもこれも全部俺を拾ってくれた謙信様のおかげなのだから、これくらいの苦労は喜んですべきだ。



俺は『この世界』に流れてきた時、川の上流から流れてきたらしい。
らしいというのはその時気絶していて記憶がなく、後で謙信様から聞かされたから。
桃太郎の桃よろしくどんぶらこと流れてきて、川辺で鍛錬をしていた謙信様が興味本位で掬い上げたらしい。

どこに興味が引かれたかというと、俺の格好。
その時の俺の姿はレザージャケットを着ていたのでキラキラ光り、とても目立ったそうな。
俺はレザージャケットなんて着た覚えは一%もないし、最後の記憶では病院服のはずなのだがそこを論議しても仕方ない。

病院で一生を終えたはずなのだが俺は生きていて、何故か戦国時代にタイムスリップした。
まぁ拾われた時点で記憶が混濁していたので、記憶喪失としてしばらくの間過ごしたのだが。

『愛、ちょっと来てくれ』
『え、なに?』
『拾った』
『拾ったって、あんた…また犬かネコでも拾ったの?』
『いや、人だ』
『人ぉ!?』

こんなやり取りがあったとか、なかったとか。
そしてなんだかんだで記憶喪失の俺を上杉家で保護してもらう事になった。
しかしこの時代、タダ飯食らいは許されない。食うなら働け、働かないなら死ねが普通なのだ。

幸いだったのは俺に文字の読み書きと計算ができた事。
この時代の文字の普及率はまだそれほど高くなく、計算となればそれこそ文官くらいしかできる者はいない。
その両方が出来た俺に、下っ端にやらせるような仕事を貰えたってわけだ。

それからまた暫くして記憶が徐々に戻ってきたのだが、ここでまた俺は驚く事になる。
上杉謙信が女で、直江愛も女。しかも二人の顔立ちが戦国ランスのキャラクターそっくりなのだ。
聞いていると蝦夷は妖怪の地らしいし、魔法使いやら陰陽師も普通にいるらしいし。

これはもう今自分がいるのは戦国ランスの世界なんだなーと納得してしまった。
死んだと思っていたので、どんな世界であれもう一度生きられるなら儲け物である。
それでここが戦国ランスの世界だと自覚した俺がした事といえば、結構ある。

その一つが―――――

「県政様、お茶をお持ち致しました。そしてこれが尾張で有名な団子屋の団子でございます」

「む? おお、中々気が利くではないか」

原作での欝イベントのフラグ消し、だ。
厨房の片付けを終えた俺は熱いお茶を入れ、わざわざ午前中に遠く脚を伸ばして買いに行った団子の包みを持って一人の男に会いに行った。
ちなみに団子を買いに朝2時に起床し、昼前ギリギリに上杉家まで帰ってきたのである。本当にご機嫌取りって疲れる。

俺がお茶と団子を献上した相手は機嫌よさげに団子を貪り、お茶を飲む。
その相手は上杉県政。謙信様の叔父にあたる人なのだ。

この県政という人間、器が小さいのに野望は大きいという最悪な人間だった。
男性至上主義であり、女の身にして上杉家の国主である謙信様を常に忌々しく思っている。
自分が国主としての実力がないのにもかかわらず、だ。

「あやつらと口を聞いているから軟弱かと思いきや、中々どうして」

「いえいえ、謙信様には一応命を救ってもらった恩がありますゆえ。
それさえなければあんな女に忠誠を誓うなんて反吐が出ますよ」

「ほう…中々いうではないか」

俺の嘘八百な言葉にニタリと口元を歪める県政。
己の野心を隠しているこの男は最近俺に気を許してきたのか、俺のこういった言葉に同調してくるようになった。
それは原作知識を知っている俺にとって、この男が内心ずっと思っている事だと知っているからである。

もちろん俺は謙信様に絶対の忠誠を誓っている。
しかし何故こんな演技をしなければいけないかというと…この男、県政がいずれ謙信様を裏切るかもしれないからだ。
原作において必ず発生するイベント。それは身内で起こる県政の裏切りイベントだ。

このイベントは本当に胸糞悪くなるイベントの一つ。
ランス達の行動が少しでも遅れれば、上杉の女性は家畜同然の扱いを受け、陵辱される。
そのイベントをどうやっても消すためにこうやって県政に取り入ろうとしているわけなのだ。

「尾張に赴いたついでに浅井朝倉で極上の地酒を取り寄せました。お納め下さい」

「ふははは、本当に気がききよる。
森本、期待するがいい。いずれお主を高く取り立ててやるからな」

だから俺はどんなに腹がたっても、この男から情報を取り出さなければならない。
いつか起こるかもしれない裏切りの情報を謙信様や愛様に手渡すために…。



「謙信、あまり森本に関わるのはやめなさい」

「…どうしてだ?」

「彼は最近、県政様に近すぎるの。
県政様の部屋に頻繁に出入りしているって情報があがってきているわ」

「叔父上の部屋に? 別になにも問題ないではないか」

それが問題あるのよ、と愛は謙信に言えなかった。
謙信は県政のドロドロとしたコンプレックスに気付いていない。
最近県政が不穏な動きを見せている事に気づいている愛にとって、それは謙信に隠している事の一つだった。

謙信は政治上の駆け引きや内政が苦手。
そのマイナス面をひっくり返すほどの働きを戦場ではしているが、こういった謀はまるで無防備だ。
それをカバーするのが愛の役目で、愛の最近の悩みとは祐輔の事だった。

謙信は自分が拾ってきた祐輔に何かと気をかけ、祐輔も謙信の期待に答えている。
愛も最初は出来れば拾い物と思って任せた仕事を軽々とこなす祐輔に驚いたものだ。
しかしあまりに祐輔が有能すぎて、愛にとってそれが逆に疑いの種となっていた。

それすなわち祐輔が県政の放った間者なのではないかという疑い。
謙信に取り入り、こちら側の情報を県政に流しているのではないかというのだ。
あの県政にしては無謀な策だとは思うものの、実際謙信になつかれているのを見ていると心配になる。

「愛、食べないのか?」

「え…あ、そうね。頂こうかしら」

隣の謙信の物欲しそうな視線の元にかぷりと口をつける。
愛は激務に追われて昼食を取っていなかったので、実は空腹だったのだ。
口に広がるトマトの酸味とハンバーグのジューシーな肉汁。極めつけに半熟の黄身がとろりと口の中で弾けた。

「あ、美味し…」

「愛が食べているのは私のとは違うな。羨ましい」

「羨ましいっていわれても、これはあげないわよ」

「むぅ。いい、今度作ってもらう」

しかしそんな行動をしていながら、謙信や愛に向ける感情は心地よいものなのだ。
こういった心配りも本物だし、先程見せた困ったような笑顔も愛には本物のように見えた。
愛は祐輔という人物を判断しかねているのが現状である。

(森本、裏切らないでよ)

祐輔が県政の側に立ち、裏切ったとなれば謙信は必ず悲しむ。
それだけは避けたいと愛は心の中で願った。



ここまで書いてみました。
If上杉ルートです。如何だったでしょうか?
これからはダイジェスト風に自分の妄想をお送りします。




―――防げなかった県政による反乱

「愛様、県政様が城を制圧されました!! 場内の女性兵の命が惜しければ、愛様と謙信様のニ名は武装を解除して出頭しろとの事です!!」

「っく、やられた…!」

「愛…私は行く」

「待って、今行ったら…って、言って止まるあんたじゃないか。
でもね、私も行くから。あんただけ行かせないからね」

「愛、すまない」

――――唯一動ける祐輔は謙信と愛、残された女性兵解放に動く

「ハハハハッ、ざまぁないな、直江愛?
日ごろ散々俺に偉そうにしていたお前が今ではこのザマだ!」

「森本…! よくも裏切って、顔を見せられたわね!!」

「あぁん? 裏切られる方が悪いだろ? 生意気こいてんじゃねぇよ、デコちゃんよ?」

〈パン!!〉

「ってぇな、こいつはたきやがったよ。
県政様! この女と謙信、最初に俺がやっちまってもいいですか?」

「うむ、まぁいいだろう。ただ織田の異人の餌に使うから、それほど壊すなよ?」

「了解です。くっくっく」

「最ッ低…! 少しでもあんたを信じた、私が馬鹿だったわ!!」

――――謙信と愛を解放し、祐輔は時間稼ぎに

「謙信様、これを。いつもの剣をご用意できず申し訳ありません。
愛様、弓と矢です。矢はこれだけしか用意できませんでしたので、節約して使って下さい。
捕虜となっている女性はこの部屋に集められています。この道順が一番兵が少なく、外に脱出できると思います」

「祐輔、お前…」

「森本、あんた…」

「何を呆けておられるのです、お二方。
俺がここでお二人を自由に出来るのは僅かな時間しかありません。
県政の奴も今、お二方を拘束できて気が緩んでいるはず。今しかチャンスはありません」

「わかった。祐輔、恩に着る。行くぞ」

「俺はここに残って、なるべく発覚が遅れるように工作します。
お二人だけならともかく、捕虜となった女性は相当数いますから」

「森本、あなた死ぬ気?」

「ははは、嫌だな。上手く乗り切ってみせますって。
だからお二方に言うのは『さよなら』ではなく、『またね』です」

「…祐輔、死ぬなよ」

「謙信様、しばしのお別れです。俺もやばくなったら逃げるんで、心配そうな顔しないで下さい」

「森本………疑って、ゴメンなさい」

「いいんですよ。ほら、早く行ってください!!」

―――脱走が発覚し、追い詰められる祐輔

「よくも儂をコケにしてくれたなぁ…! あやつを捕えよ! 拷問して生を受けたのを後悔させてやる!!」

「神速の逃げ足が発動しない!? そうか、こいつら殺す気できてないから…! ヤバイ!!」

―――捕らわれる祐輔、織田に逃げのびた謙信と愛は上杉家と祐輔を奪還すべく行動する

「死なせない、森本…! あんたをこのまま死なせないんだから!!」





と、ここまで妄想して力尽きました。
番外編だからこれくらいだよネ!



[4285] 第三部 プロローグ
Name: さくら◆c075b749 ID:78a263e8
Date: 2010/08/11 16:23
あの激戦から少しの時間がたった。
魔人を倒せなかったのは痛かったが、元から他力本願なのだ。贅沢は言えない。
むしろ使徒の一角を切り崩せただけでも良しとしなければいけない。

戦後、俺に出来る事は何だろうと考えた。
予定では毛利に直行で行くつもりだったが、本当にそれでいいのかと。
毛利にはしばらく腰を据えて落ち着くつもりなので、毛利に滞在する事を決めた場合、容易に身動きは取れなくなる。

いや、そんなに毛利とは友好関係だったわけじゃないですけどねwwうぇww
一応とはいえ、ちぬの命を助けたのだから滞在は出来ると思うんすけどねww
……それはともかくとして、だ。俺にしかできない事は他にないのか、と。

あるといえばあるし、ないといえばない。
俺に出来る事といえば未然に原作知識を元にして後の悲劇を防ぐ事。
俺自身が悲劇を救えるわけではないが、誰かに忠告するくらいは出来る。

「……長かった。本当に尻が割れるんじゃないかと思う日々だった」

旅の道中にあった毛利で警邏に出ていた毛利兵の自転車をパクり。(命懸けで)
一日十時間くらい自転車のペダルを漕ぎ続け、やって参りました西JAPANの端。
ええ、本当に痔になるんじゃないかと思いましたよ。この自転車クッションとか付いてないんだもの。

あの時の毛利兵(チンピラ)との追走劇は思い出したくもない。
あの二時間の記録は出来るだけ思い出さないようにしよう。

「ほえー…でっかい橋だな。よくもまぁ、こんなデカイの作ったもんだ」

そんな俺の数週間に及ぶ旅の疲れも吹っ飛ぶような景観に感嘆の声を漏らす。
今俺の目の前にある橋はここJAPANと大陸を結ぶ橋であり、天満橋という。
その広大さは現代人の俺からしても、圧倒的な大きさとスケールで驚きを隠せない。

ここまでで賢明な奴はわかっていただけたと思う。
俺が今いるのはアフリカ半島を統べる大名―――島津家のお膝元だ。



島津家。
ここJAPANの最西端に位置する大名である。
大陸との唯一のつながりである天満橋があり、交易も盛んな土地である。

この地を支配しているのは島津一族。
今代の島津はそれぞれ別の時代に生まれれば各自が国主になれたであろう四兄弟が力を合わせて統治していた。



その女の美しさは他から群を抜いて美しかった。
流れるような長髪は吸い込まれるような黒。その端正な顔立ちは東の雪姫と並ぶほどのものである。
大きく見開いた瞳は青く透き通っており、誰もが認める絶世の美女がそこにいた。

その女性は自室で一人、目を瞑り正座をし、ぽんと手を膝に置いている。
瞑想、ではないだろう。その顔は集中をしているものの、表情はやや険しい。
何かに気付いてはいるが、認めたくない。そんな表情。

「………」

普段の彼女を知る人間からすれば、彼女がこんな表情をするとはと驚きを顕にするだろう。
そんな彼女はドタバタと部屋の前を騒がしく歩き立てる物音にも気づかない程に集中していた。

「なぁなぁ黒姫、一緒に団子でも食いにいかないか?」

「いーや、黒ねーちゃんは僕と一緒に遊びに行くんだ!」

がらっと集中している彼女がいる部屋の扉が開かれる。
外から現れたのは理髪そうな顔立ちの少年と男臭さというよりもワイルドな男の二人だった。

理髪そうな顔立ちの少年の名前は島津 イエヒサ。
この島津の地を納める四兄弟の末兄弟であり、島津家の軍師である。
その軍略は幼い年齢を考えても異端。鬼才の軍師というのが妥当な評価だろう。

そしてもう一人の野暮ったい男の名が島津 カズヒサ。
四兄弟の次男で、その剣技の冴えは織田信長に勝とも劣らぬと噂されるほど。
島津家の武士隊を率いる彼は島津家の特攻隊長である。

「…もう、二人共。喧嘩は駄目よ?」

そんな島津の頂点に位置する二人を子供扱いするように諌める女もまた、島津家のお偉いさんなのだ。
女の名前は黒姫―――島津において、四兄弟の寵愛を最も受けている姫である。
もっとも彼女自身は島津の四兄弟を子供のように扱っており、男と女の関係には至っていない。

「二人共まだ仕事があるでしょう? それが終わったら、ね。一緒に食べにいきましょう」

「ちぇ、やっぱり固いな。
仕方ねぇ。さっさと仕事終わらせてもっかい来るわ。
ほら、さっさと行くぞイエヒサ。お前が一番仕事多いんだからな」

「へっへーん。僕の手にかかればあれくらい、一瞬だね、一瞬。
それよりもカズヒサ兄ちゃんのほうこそ早く終わらせてよね! 
…いや、けどそれもアリかも。カズヒサ兄ちゃん、仕事ゆっくり終わらせてね! その間、黒ねーちゃんと一緒にお茶飲んでるから」

フハハ、こやつめ。やめろー、ショッ○ー、ぶっとばすぞー。
そんな感じで頭を拳でグリグリされながら部屋を退室するイエヒサとカズヒサ。
イタイイタイと叫ぶイエヒサを見送り、黒姫はクスリと笑った。

あの子達は本当に…と内心苦笑しながらも、直前までの鬱然とした気分が幾らか和らいでいる。
それに黒姫は少し感謝したが、胸中に燻る嫌な予感はそのまま黒姫の中にあった。

この黒姫、実は魔人ザビエルの娘なのだ。
ザビエルが過去に一度復活した際に人間を犯して生まれた、ただ一人の遺児。
現在推定520歳前後で、肉体年齢は20歳くらいを境に止まってしまっている。

ずっと前の島津の当主に厄介になり、そのまま島津家に滞在していた。
それからというものの彼女は大恩ある島津の当主に少しでも恩義を返すため、その力を貸してきている。
ここ数百年、戦はあるものの平穏そのものの日々を過ごしていた。

―――つい先日までは、という注釈がつくが。

黒姫は直感とも言える部分で魔人ザビエル復活の予兆を感じ取っていた。
日に日に強まる胸のざわつき。悪夢という形で復活を伝える黒姫の第六感。
彼女のここ最近の鬱然とした気分はそれに端を発していた。

しかし彼女に出来る事はないと言ってもいい。
いたずらに確証もないのに魔人復活を仄めかしても混乱するだけだろう。
四兄弟は信じてくれるだろうが、彼女は四兄弟を危険に晒したくなかった。

まだJAPANの最西端にある島津まで天志教の使いは到着していない。
そのため黒姫には魔人復活の確定的な確信を持てなかったのである。

「本当にどうしたら…」

魔人が復活してしまえば、結局四兄弟も巻き込まれるのはわかっている。
しかし理屈ではわかっていても感情では納得できない。彼等にザビエルと関わって欲しくない。
現在JAPANでもっともザビエルの恐ろしさを知っているのは他ならぬ彼女なのだから。

〈カァ!〉

「‥あら?」

抜け道のない思考の迷路に嵌りかけていた彼女を現実に戻したのは一羽のカラスだった。
そのカラスは窓枠から入ってきたかと思うと、黒姫を恐れる事なくトコトコと近づいてくる。
随分と人馴れしたカラスだなと黒姫は思っていたが、カラスの脚に何か括りつけられているのに気付く。

歩いて近づくカラスは黒姫の目の前まで来ると、もう一度カァと鳴いた。

「これ、私に?」

「カァ!!」

そうだと黒姫の問いかけに答えるように強く鳴くカラス。
どうやらカラスの脚に括りつけてある文は自分宛てらしい。
黒姫はカラスを怯えさせないようにゆっくりと脚に結えられている紙を解く。

するとカラスは用が済んだと言わんばかりにバタバタと羽ばたき、入ってきた時と同じように窓から出て行った。
あとに残されたのは黒姫の手の中に残ったくしゃくしゃの紙だけ。
黒姫はいったい何だろうと疑問を浮かべながら紙を広げていき、

「え!? ………どう、して」

驚きの声をあげ、苦渋の表情で手紙の内容を噛み締めた。
黒姫は今日二人と城の外へ行く事は出来なくなった事を伝えるため、部屋を出る。
黒姫の手の中にある手紙の中にはこう書かれていた。

【魔人が復活しました。俺は魔人に関する正確な情報を持っています。
あなたの能力の事や魔人の事についてお話がありますので、今夜宵の刻にお時間頂けますか。
使いにやったカラスをお迎えにあがらせます。カラスの後に付いて行って頂きたい】



祐輔の島津家に訪れた目的とは大きくあげると二つである。
一つはザビエルが島津まで落ち延びて身を隠していないかの確認。
そしてもう一つはこれからザビエルが島津に落ち延びた時の保険。

まず島津の居城にまで来て、ザビエルが落ち延びていないという確信は得られた。
城下町にも変わった様子は何一つ見られないし、祐輔の能力で鳥を城内に視察に飛ばしても異常事態が起こっていないようだ。
まず最悪の事態を避ける事が出来たと祐輔は胸を撫で下ろした。

では次―――もう一つの目的。
万が一。いや、高い可能性で島津へと落ち延びる可能性が高いザビエルに対する布石。
最悪の事態を回避するために保険を用意することである。

そこで祐輔は城内にいる黒姫に手紙を出す事にした。
祐輔本人が行ってはどうかとも思うが、祐輔の能力的にそれは不可能である。
いくら鳥を扱えると言っても城内で人のいない道を探すのは無理であるし、神速の逃げ足も発動しない可能性もあるのだ。

その手紙の内容とは黒姫を呼び出すというもの。
これから祐輔が話す内容は島津四兄弟はおろか、城内の誰にも聞かれるのを避けたい代物。
黒姫本人に直接会って情報を渡したかったのである。

無論祐輔もこの方法で上手く行くという甘い考えは持っていない。
五分五分。いや、三分七分ぐらいの割合で黒姫が手紙の内容に応じるはずはないと思っていた。
誰が宛名かも知れない呼び出しである。祐輔自身呼び出されたのが自分だった場合、絶対に姿を現さない。

それ故に―――――

〈カァ!!〉

「あなたが…手紙の?」

カラスの鳴き声の後に現れた妙齢の美女の姿は大いに祐輔を動揺させたのだった。



「あの……人違い、ではないのでしょう?」

「え、ぇぇぇえええ、人違いではありませんにょ?」

思わず声が裏返ってしまうぐらいに驚かされる俺。
来るはずないだろうし、手紙に忠告文書いてもう一回カラスに送らせようと思った矢先の遭遇である。
そりゃ舌を噛んでしまっても許して貰えると思う。キモイとかも思われなければいいなぁ。

「立ち話もなんですので、席を用意しておきました。
単なる石しか用意できず申し訳ありません。ここら辺にはこれくらいしかありませんでした故」

ワタフタとしているのを精神力で内に抑えこみ、予め用意していたお話の場所を黒姫に勧める。
今思えば俺も随分成長したものである。こんな風に自分を抑えこみ、冷静な仮面を被る事が自然と出来るようになった。
死なないためには成長せざるを得なかった、というのが悲しいところだが。

「ええ、ありがとう」

俺の言葉に礼を述べた黒姫はゆったりとした動作で石の上に腰を下ろした。
今まで暗いので良くわからなかったが、近くまで来てその美貌に思わず息を飲んでしまう。
やっぱり黒姫も他のキャラクターと同じく、類稀なレベルの美人さんでした。

まぁ黒姫の美貌は一旦横に置いておいて、だ。
ゲームの中で彼女は島津四兄弟に宝物のように扱われていたし、彼等からすれば何者にも代えがたい者だろうし。
あんまり長い事そんな彼女が一人で外に出ていられるはずがないので、俺は早々に話を切り出す事にする。

「まずは初めまして。今宵は自分のお誘いに応じて頂き、まことに感謝しております。
この場では敢えて狂子様とお呼びしたほうがよろしいですか?」

「……その呼び方はやめて頂きたいです。
貴方が私とザビエルの繋がりを知っているという事も、真実を話すつもりだという事もわかりましたから」

あらら、バレてーら。

「これは失礼を。どうか平にご容赦下さい」

黒姫から殺意さえ漏れ出したので、ここは素直に謝る事にする。
作中で島津四兄弟よりも強いという描写があったが、どうやらそれはマジらしい。
何も俺は黒姫を挑発する目的でザビエルから与えられた名前を呼んだわけではないのだから。

「魔人ザビエルが復活した事は既に手紙でお伝えしましたね?
ではこれからその詳細な経緯と現在の状況を説明させて頂きます」

では何故俺が黒姫の反応を予想しつつも【狂子】と呼んだかというと、話に信憑性を付けるためである。
ひょっとしたら黒姫はザビエルが復活している事を感覚で知りつつあるのかもしれない。
そのためザビエル復活を信じてもらえるかもしれないが、俺の情報を信じてくれるかは又話が別なのである。

最悪、ザビエルの手の者と思われているかもしれない。
ザビエルが復活した時に娘である黒姫に接触しようなんて真似をする人間なんて限られているのだから。

「まずは今代のザビエルの依代が誰になったかですが。
織田信長はモチロン知っておられますよね?」

ではどのようにして身の潔白を信じてもらうかだが、それは正確な情報を提示する事でしか証明できない。
未来の知識を出したり、原作でしか知り得ない情報を出しても疑われるだけである。

ならば実際にあった過去。
しかも黒姫の最も隠しているであろう事を口にする事で自分の情報を信じてもらおうとしたわけなのだが、あっさりと信じて貰えたので少し肩透かしをくらった気分だ。
ただの挑発ではなく言葉の裏の意図をすぐさま汲み取れるという事は、黒姫は原作通り聡明な女性らしい。

「彼が今代のザビエル。いえ、ザビエルに体を乗っ取られた被害者です」

黒姫と話を交わせる時間は少ない。
それを察している俺は要点だけを絞って今までの経緯を黒姫に語るのだった。



祐輔の話を聞き終えた黒姫の感想は、やはりそうだったかという諦めだった。
魔人ザビエルは再び世に放たれ、彼者の手下である使徒も続々と目覚めている。
話に聞く限りは最悪の事態には至っていないようだが、それでも一つの未来が伺えた。

「次のザビエルの目的地はおそらく―――」

「この島津、でしょうね」

「ええ。そうだと自分も思っています」

祐輔の言葉を沈痛な面持ちで引き継ぐ黒姫。
それに是と祐輔は返答した。

「まず第一にこの地にあなた様――黒姫様がいらっしゃる事。
そして第二にこの地には【魂縛り】がいますね? 第一の条件は第二の条件に繋がります」

「っ!? 貴方、魂縛りの事まで知っているの!?」

「ええ、まぁ…何処に封印されているかは知りませんが」

――魂縛り
JAPANの妖怪において、最も危険とされる五体の妖怪:【禁妖怪】の一体である。
それ単体の力はそれほど強くはないが、その妖怪の持つ能力は国を滅ぼしかねない程危険な物なのだ。

魂縛りの能力とは異様なまでの感染とも呼べる【呪い】。
魂縛りに触れた者は無条件で呪われ、自我を失い、生者を呪うゾンビと成り果てる。
自ら死ぬことすら許されない体になるのだ。

この世に縛られ続けるという苦痛から逃れる方法は一つ。
自分以外の人間五人に呪いを移す事でしか解放されない。
一人が五人、五人が二十五人、そして…といった具合に魂縛りは【増殖】していく。

かつてこの妖怪によってJAPANは滅びかけた事すらある。
今度封印が解ければ大陸にまで被害が広がり、猛威を振るう事になるだろう。
過去の指導者達は多大な犠牲を払って魂縛りを封印したのだが。

「超危険な魂縛りの封印の地がここに。
それだけでも危険だというのに、更には黒姫様がいらっしゃりますしね。
【封印斬り】という、どんな封印でも解いてしまうという技能を持った黒姫様が」

封印斬り。黒姫の持つ固有技能である。
その技能を使えばどんな封印も立ち所に切り裂かれてしまう。
たとえそれが禁妖怪を封じている大掛かりな物でも、だ。

「貴方どこまで…!?」

「殺気を出すのはやめて頂きたい。
黒姫様の手にかかれば、自分の命なんて容易く消えてしまいますので」

誰も知る者がいなくなっているはずの自分の能力を知る人物。
あまりにも情報に精通しているため、ザビエルの手の者かもしれないと黒姫はすくっと立ち上がる。
黒姫の殺気と殺意、そして充分に命を刈り取れるだけの危険を感じ取り、祐輔は冷や汗を流しながら肩を竦めておどけてみせた。

「心配なさらずとも自分は黒姫様の味方ですよ。
…いえ、それは少し違うかもしれません。自分はザビエルの敵ですから。
正確な言い方をするならば、ザビエルを強化させないために黒姫様をお助けするつもりです。
………うん? 自分でも何を言っているのかわからなくなってきたぞ?」

やれやれ困ったと祐輔は頭をかく。
原作知識は確かに便利だが、説明しづらいというのが欠点である。

「それはともかく、自分の立場から言わせてもらえれば。
黒姫様が魔人ザビエルの手に落ちるのも困りますし、魂縛りを解放するのも困るのです。
そのために黒姫様に助言するために、今宵こうして御呼び立てしたのですし」

「助言…?」

「ええ、助言です。
自分が黒姫様をどうこうできるはずもないですし、どうこうするつもりも有りませぬ。
そんな事をすれば島津家が地の果てまで追いかけてくるでしょうしね」

訝しげな視線を祐輔に投げる黒姫を見て、祐輔はこれくらいで丁度いいと割り切る。
祐輔は己の身の程を弁えている。自分が出来ない事は出来ないし、出来る事をやるしかないのだ。
この黒姫の境遇にいくら同情し、助けてやりたいと思っても、祐輔にその力はない。

祐輔は黒姫の如何ともし難い状況を救えないのだから。

「まず一つ目の助言ですが、島津をお出になられる事。
さすれば魔人に発見されるのも遅れますし、仮に発見されても島津まで戻る間時間稼ぎが出来るでしょう」

「そんな事、出来るはずが!!」

「ない、ですよね。ええ、わかっていましたけどね。
そんな事をすれば血眼になって四兄弟が探すだろうくらいは。
しかしこれ、本当にオススメなんですけどね。黒姫様の貞操を抜きに考えれば」

「……どういう事ですか?」

はっきり言うと、四兄弟は黒姫に依存しきっている。
そんな彼女がいきなり姿を眩ましたら、国規模の捜索が行われるだろう。
最悪それだけのために全国に喧嘩を売りかねない。それがないと言い切れないのだ。

それを知っている黒姫の言葉に、祐輔は『ですよねー』と首をカクンと落して落胆した。
貞操の部分について疑問を呈する黒姫に、祐輔は補足を加える。

「今織田に異人がいるという事は知っていますか?」

「ええ、噂は流れてきています。カズヒサやヨシヒサが随分乱暴な方だと」

「そう、そいつです。
正しく噂の通り乱暴な奴なのですが、奴はこの世で二人にしか出来ない事が出来るんです。
魔人を殺して、魔血魂にまで戻すという事を」

「そんな事、出来るはずが…。
あ! 聖刀日光!? まさか、今代の使い手が今JAPANに!?」

「微妙に外れです。
この世に魔人を殺せる武器は二つ。
一つは黒姫様ご存知の聖刀日光、そしてもう一つ魔剣カオスがあります。
その男が所有しているのは魔剣カオスなのですよ」

聖刀日光に思い至り、はっと口元を押さえる黒姫。
彼女は前回の魔人復活の際も存命していたので、日光の存在を知っていたのである。
もっとも祐輔は外れだと言ったが、魔王一行は既にJAPANにいるかもしれないでのそれは正確ではない。

「その男、大層女癖が悪くて。性格も非道、卑劣漢、鬼畜の三拍子揃ってます。
黒姫様の美貌なら必ず保護して下さるでしょうし、JAPANで最も安全な場所となるでしょう。
しかし最悪です。女性にとって最大の敵です」

「…嫌いなの?」

「はい、大嫌いです」

ニッコリと満面の笑顔で即座に疑問に答える祐輔。
そんな祐輔を見て盛大にひきつつ、この情報は黒姫にとって大きなプラスになった。
選択肢ゼロの状態から一つ選択肢が出来たのだから。

「あともう一つあるんですけど…こっちは命の保証はできません。
例え黒姫様が不老不死であろうとも、です」

そう説明しながら、ゴソゴソと懐をまさぐる祐輔。
手に触れるガラス質な感触に指を這わせ、懐から小さな小瓶を二本取り出した。

「これは超強力な睡眠薬でしてね。
水で数万倍に薄めた奴ですが、それでも目覚めるという保証はできません。
どれだけ眠り続けるなんて検討もつかない代物です」

それはカ・グヤからの手土産だった。
祐輔はどうにかして有効活用できないかと考え、結論として薄めれば使えるんじゃね? に行き当たったのだ。
しかし湖に一滴垂らしただけで湖にいる全てとも思える魚が腹を見せてプカプカ浮かんできたため、使用を思いとどまっている代物である。

「死にはしないが、目覚める保証もないものです。
ここに水で数万倍に薄めた物が一本。そして原液が一本あります。
使うかどうかは黒姫様の判断にお任せします」

立ち上がり、黒姫の目の前に二本の瓶を並べる祐輔。
その内の一本が湖中の魚を昏睡させ、薄めた物。そしてもう一本が原液を半分程詰めたものである。
黒姫は目の前に並べられた二本の瓶を迷わず手に取った。

「お使いになられるので?」

「最悪、使う事になるでしょうね。
でもそれはザビエルに捕らえられて、身動きが取れなくなってしまった時です」

それもそうだろうなと訊ねた祐輔も得心がいく。
祐輔が提示した二つ目の案とはどうしようもなくなった事態を想定しての事なのだから。
最悪黒姫が眠りに付けば魂縛りは解放されないという、己の目的だけを達成する方法。後の黒姫や島津四兄弟の事を考慮にいれていない策。

「お話はこれだけですよ。そろそろ…城のほうも騒がしくなってきましたし。
ひょっとして何も告げずに来られたのですか?」

「ええ。だってあの子達、絶対理由を聞いてくるでしょうし。
理由を話さなかったら、一人や二人は必ずついてきます」

国主をあの子達扱い、やっぱ黒姫パネェ。
齢500を超えていると違うな、と祐輔は撤収準備を整えながら考える。
精神年齢は体に引っ張られているのか、まだまだ若いようだが。

「それではご機嫌よう、黒姫様」

「待ちなさい!」

なんか最近こういう去り方が多いな。ポーズと言い回しでも決めるか?
そんな馬鹿な事を頭に浮かべる祐輔を黒姫の静止の言葉が呼び止める。

「貴方、一体何者なの?」

「先程の答えでは満足して頂けませんか?」

「ええ。貴方の情報はとても重要な物です。
しかしその情報の出所がわからなければ、信用する事はできない」

背を向けた祐輔が振り返ると、石の上に座っていた黒姫は着物の裾をいつの間にか破っていた。
体は半身に、肩の力はほどよく脱力させている。それは闘うための構えであった。
無力化させてでも捕らえる。そんな黒姫の意思を感じさせる構え。

祐輔は全てを知りすぎている。
黒姫にとって、祐輔の情報は有意義な物だった。
しかしそれ以上に祐輔の存在が危険だと判断したのである。

「城まで来て下さい。決して手荒な真似はしません」

「それは俺が抵抗しなかったらの話ですよね?」

「そうなります。私には貴方が新たに生まれた使徒としか思えないのです」

黒姫の過去、能力を詳細に知る者はいないと言ってもいいだろう。
ある一人――ザビエルを除いて。ザビエルの使徒ならばこれほどまでの情報を持っていてもおかしくはない。
祐輔は使徒ではないが呪い憑きなので、使徒と判断し辛い雰囲気を持っていたのが仇となった。

「はぁ…やれやれ、こうなっちゃったか」

祐輔の話を真実だと信じ、好意的に受け取られる事は本当に少ない。
黒姫の人となりを知っていても、それはあくまでゲームでのもの。
実際に会った人物が黒姫のような性格でなければ、手紙を差し出した時点で島津の兵にヌッコロされてもおかしくないのである。

「カラス―――『やれ』」

だから当然、祐輔は手を打っていた。

「な!? いったい何をしたのですか!?」

ざわりと祐輔の体の中から異質な何かが漏れ出す。
目では視認できないソレを黒姫は本能で感じ取っていた。
目に見えない封印を斬る事が出来る彼女は祐輔が能力を発動した事を敏感に感じ取った。

カァカァと無数に夜の帳が広がる闇から黒い影が集まる。
それは10や20ではない。およそ50羽ほどのカラスが突如として現れ―――

「――くぅ!?」

黒姫の視界に広がった。

カラスは黒姫を攻撃する事はしない。
しかしその体を使って黒姫の視界を塞ぎ続ける。
これが祐輔の能力なのだと黒姫は気づいたが、あまりの突然さに対応が少し遅れてしまう。

「それでは」

カラスを振り払い、黒姫がカラス達の包囲網から抜けだした時。
そこに既に祐輔の姿は見えなかった。

「彼は本当に何者…?」

これは祐輔が悪いのが祐輔は己の情報を一切明らかにしていない。
それは保身のためなのだが、今回祐輔がした事といえば一方的に黒姫の個人情報を晒しまくった上に選択肢を選べと言って去っただけである。
これで信用してくれ、怪しむなという方がおかしい。

しかし祐輔は島津四兄弟が怖かった。
全員が黒姫を溺愛しており、黒姫に接触するだけでも命懸けなのだ。
そこで命の代わりに貞操を差し出せ、命の保証がない薬を飲めと提案する。知られたら首ちょんぱは確定である。

「信じていいのですか…?」

まるで黒姫にとって、祐輔との対合は刹那の間に見た夢のようだった。
しかし黒姫の手元には祐輔が残した二本の瓶が残されているのであった。




[4285] 第一話【追加補足版】
Name: さくら◆c075b749 ID:d686609c
Date: 2010/08/11 23:13
前略おふくろ様、親父、我が妹真美、そしてペットのジョン(犬)。
異世界で元気にお過ごしでしょうか?

親父とおふくろは健康なので心配していませんが、親父はアルコールを控えていますか?
お医者様から飲むなと言われているのに禁酒している親父の姿が想像できません。
めんどくさいからと避け続け、死ぬ前に盃を交わせなかったのが残念です。

おふくろは趣味のガーデニングに精を出しすぎないように。
熱中症にならないかという事だけが心配です。

真美は俺と一緒で体が弱いので一番心配です。
くれぐれも無理をしすぎないよう、体に気をつけてもらいたいです。
ジョンは最後まで俺に懐きませんでしたね。ふぁっきん。

最後の気がかりは俺の遺書通りにノートPCをちゃんと電子レンジでチンしてくれたかです。
くれぐれも中のブツを親や妹に見られたくないので、弁護士の方お願いしますよ。
いや、ホントマジで。あれ見られたら化けて出るから。

そうそう、ワタクシめは今―――――

「ヒャッッハ―――――!!! パラリラパラリラ!!!」
「チリンチリーン!! チリンチリーン!!(鈴がないので風鈴で代用している)」
「ゲハハハハ!! どけどけーい!! 毛利兵のお通りだーー!!」

―――厳重に縄で縛られ、屈強で世紀末な男達に担がれています。
ああ、嗚呼、アア……どうしてこうなったのでしょうか。

罪状:自転車泥棒
捕まっちゃいました♪

……じーざす・くらいすと!!



どこから説明するも何も、話は簡単な事である
箇条書きで説明するのならば――――

・毛利に入って団子屋で一服していた
・脇に止めていた自転車(盗品)を毛利兵が発見
・ヒャッハー!!←今ここ

こうである。今来た三行である。
祐輔が捕らえられた時にはあくまで捕縛が目的だったので、神速の逃げ足が発動しなかったのだ。
現在祐輔は自分がどこに連れられて行くのかもわからぬまま、男達に担がれている。

補足するなら祐輔の神速の逃げ足の発動条件は色々と細かい。
その中の一つに致死性の脅威、明確な殺意をもたれなければならないという条件がある。
つまり今回のようにただ捕まえるのが目的で命に別状がない場合、神速の逃げ足は発動しないのである。

猿ぐつわは噛まされていないものの、両手両足は完全拘束。
逃げ出せたとしても芋虫のように這って逃げ出すしかない状態である。

「あ、あのー、―――」
「「「毛利!! 毛利!! 俺達毛利!!」」」
「あ、あのですね?だから―――」
「「「ラララ、ラララ、ラララーーーー!!!」」」

(駄目だ、全然聞いてない…)

ぶっちゃけ50%ぐらい祐輔が悪いのだが、それには理由があるのだ。
しかし弁明をしようと思ってもモヒカン達は全く聞く耳を持っていない。
こんな状況にも関わらず意外と余裕があるのは呪い憑きの能力を使えばなんとかなるという楽観視である。

どうしたものかと祐輔は頭を悩ませるも、城まで連れていかれたらちぬの助けでも呼ぶかと考えていた所で――

「火あぶり火あぶり!!」
「フゥーハハハッハハ!! 久々の私刑だぜ!」
「し、死死シシシシシ死しししっし!!!」

どこか城とは違う、処刑場みたいなところに辿りつきました。

「…え?」

これには祐輔、唖然である。
場所には吊るし上げを出来るような鉄製の十字架っぽいのが複数そびえ立っていた。
その十字架っぽいのを中心にぐるりと柵が作られており、市中の者も一体何が行われているかを覗き見る事が出来る。

更に悪いことに十字架の足元には大量の木炭が積まれていた。
ついでに言うなら十字架は何度も使用されているのか煤で薄汚れている。
そこまでを一瞬にして脳内に視覚情報を叩き込まれた祐輔は呻くようにモヒカンに訊ねた。

「SHI☆KE☆I☆?」

「YEEEEEEES!!! 死刑!! HI☆A☆BU☆RI!!!」

「Oh…」

ここに来てようやく状況のマズさに気づいた祐輔。
このままでは祐輔はこんがりローストの呪い憑きになってしまう。
これはもはや四の五の言ってられないので、即座に神経を集中させる。

「俺はこんなところで死んでられないんだっての…!」

「ぎゃああ!? なんだ!? 何だ!!?」
「痛い痛い痛い痛い!? ちょ、おま、痛い!!」

祐輔は絶叫と共に呪い憑きとしての能力を発動。
そこら辺にいる鳥達が祐輔を担ぎ上げている男と、周囲の兵士たちにくまなく襲いかかる。
ゴロリと地面に落とされた祐輔は痛みに顔を顰めるが、それどころではない。

「玄さん、解いて!! お願い解いて!」

『いや、雀の俺に言われてもな…無理じゃね?』

ここでも祐輔の能力の欠陥が出てしまう。
祐輔が操る事が出来るのはあくまで【その場】にいる効果範囲内の鳥に過ぎない。
玄さんやインテリ雀といった【契約】している鳥とは違い、任意でカラス・雀の選択は出来ないのである。

また効果範囲内の鳥しか操る事はできない。
そのため新たにカラスを呼ぶためにはカラスが祐輔の能力の範囲内に入るのを待つしかないのである。
能力は一長一短。そう上手い話はないのだ。

「諦めたらそこで試合終了って偉い人も言ってたでしょ!!!
頑張って、出来る出来る出来る出来る! 玄さんなら出来る! どうしてそこで諦めるんだよ!!
もうちょっと、すぐそこまで来てる!!」

熱血の男風に祐輔は必死に訴えかけるも、雀に脚を縛っている縄を解けるとは思えない。
呼び出した鳥の中にカラスがいなかったのが祐輔にとって悲劇であった。

「なにやってんだ、お前ら…」

そんな処刑場にきくが訪れたのは数分後の話。
彼等の上司であるきくが自転車泥棒発見の報告を受け、どんな奴が盗んだのかを見に来たのである。
そんな彼女が目にしたのは大量の雀に襲われる部下達と、芋虫のようにゴロゴロ転げまわっている祐輔。
あまりにもカオスな光景にしばしの間、彼女は言葉を失っていた。

「ファイトォォォ!!! イッッッッッッパァァアアアアツ!!!!!」



「…と、以上が事の顛末です」

なんとか祐輔の身はきくによって保証され、無事毛利の城まで到着。
すぐさま毛利一家を城の天守閣に呼び寄せ、魔人討伐の結果を説明した次第である。
しかしながら結末を語る祐輔の顔は険しい。それもそうか。結果として話す限り―――

「つまりだ。魔人は取り逃がし、ちぬの対処法も見つからぬと。そういう事なのだな」

ふぅと息を吐く てるの言う通り、毛利勢からすれば先の戦役で得る物は何も無い。
ちぬの体内にある【使徒】をどうにかするためには方法が二つある。
一つは根本の原因である魔人ザビエルを完全に滅する。そしてもう一つは何らかの方法で封印を強固にする。

後者の方法については全く目処がたっておらず、やるなら前者。
そしてその前者についてどうにかするため祐輔が派遣されていたのだが、結果は見ての通りだ。

「え、と、まぁ、その通り、なんですが……」

てるにそのものズバリを言われ、しどろもどろになる祐輔。
こればかりは祐輔にはどうしようもない。
なんとかしてみると息巻いて見せたのは祐輔なので、ここでの罵倒は身を粉にして受けるつもりだった。

「決まりだな」
「うむ、こうなっては異論ない」
「そだねー☆」

しかし、だ。

「…へ?」

意外にも毛利一家の対応は祐輔の考えていた反応と違っていた。
祐輔の報告を残念がったり憤ったりするどころか、逆に生き生きとしている。
これは一体どういう事なのと混乱する祐輔。そんな祐輔を他所に元就が大きく笑い声を上げた。

「ぐわはははははぁはぁはははは!!!
待ぁああつのわァああぁ性ぅにぃいイい、合わねぇエエええェええ!!」

ドン! と大きな音を立てて立ち上がる。
揺れる床。楽しげに笑う三姉妹。未だに一人事情がつかめない祐輔。

「オメェらぁあああ武器をォ持てぇええエ!!」

【了解です親父ぃぃぃいいいいい!!!!】

「おわっ!?」

どこに隠れてた、お前らとツッコミを入れるのも忘れて驚く祐輔。
気づけば天守閣の間にはぞろぞろとモヒカンが集結し、それぞれ雄叫びを上げていた。
え…何コレ? 祐輔の混乱に拍車がかかる。

「みんなー戦好きー?」

【YES!! YES!! YES!! YES!!】

「死ぬのが怖いってカス野郎はいるか!!?」

【NO! NO! NO! NO! NO!】

「うむ! ではこれより!!!」

「天ェン下布ゥウ武ぅううをぉ、はァじめるぅぅううううう!!!!!」

【うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
毛利最強ぅぅぅうううううううう!!YEAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!】

部屋を揺るがす大絶叫。
この日、毛利家は隣接する全ての国に対して宣戦布告をする。
それは魔人サビエルを自ら潰すという、なんとも好戦的な意思表示の現れだった。

「どーしてこうなった! どうーっしてこうなった!?(AA略)」

一人置いていかれた形となった祐輔はもう踊るしかなかった。
踊る阿呆に唖然とする常識人。こうなったら常識人も一緒に踊るかしない。
脳筋とはかくも扱い難い物なのかと、カルチャーギャップを受ける祐輔だった。



「えーっと、つまり……

・今のところ打つ対策がない
・このまま何もしないのは嫌だ。むしろ暇で死ねる
・ならいっそ魔人狩りしねぇ? ついでに他国に攻め入ればいいんじゃね?
・けどちぬの事を考えると…ちぬここに待機させて、興奮させなきゃセフセフ
・ならもういっそ全国制覇しちゃおうぜ!←NEW! 今ここ

という事でいいんですか?」

「うむ! 正しくその通りだ」

打てば響くかのような てるの明瞭とした答えに、祐輔は目眩がした。
待つのは性に合わない。戦狂いが多い毛利家において、人任せほど嫌いな物はない。
これは毛利家の性質をよく考えていなかった祐輔にも責任があった。

「ああ、急に浅井朝倉や種子島に帰りたくなった…」

「む。何か言ったか?」

「ハハハッ、いえいえ、何も言ってないですよ」

思わず本心をつぶやく祐輔だが、余りに小さい声だったのでてるには聞こえなかったようだ。
さてどうしたものか。毛利家の頭脳と言ってもいい てると二人で話し合いの場を持てた祐輔は魔人の特異性について説明する。
頭脳と言っても他の毛利一家の面々に比べて、というだけの消去法の結果だが。

「これは事前に言っていなかった俺にも責任はあるんですが…魔人に通常攻撃は効きません」

「ぬ。それは一体どういう事だ?」

「大陸の人間からすれば皆知っているのですが、魔人には無敵結界という物がありまして。
これがある限り魔人には打撃、裂傷、魔法、全て無効化されます。
この無敵結界を抜けるには伝説の武器、聖刀日光か魔剣カオスでしか不可能なんです」

「ほぅ…それが本当なら、面倒な事だな」

「窒息や衝撃など全てを無効化できるわけではないので、一時的には行動不能にできるとか。
けれどそれは一時的なもので、致命傷は与える事はできません」

全然めんどそうな顔どころか、そんな生き物がいるのかと顔を輝かせる てる。
これは一度戦ってみたいと考えているなと祐輔は頭痛が酷くなるのを感じた。
しかしこれは事前に魔人が無敵結界を持っている事を伝えなかった祐輔の責任である。

JAPANは閉鎖的な国である。
大陸から人は流れてくるものの、それは異人として差別される。
サビエルの侵攻以来魔人の恐怖に晒されていないJAPAN人にとって魔人の脅威がまるで認識されていないのだ。

「それにもかかわらず宣戦布告してしまったし…もう引込みつかないですよね。
確かに魔人のいる地域をしらみ潰しに潰す、瓢箪を確保するという考えは間違っていないんですけど」

「それは我々も考えていたところだ。
我が毛利に瓢箪は一つ。他に任せていては瓢箪を割られる可能性があるからな。
ならば我等が瓢箪を回収して管理するのが善策であろう」

はっきり言って毛利元就は魔人と渡り合えるほどの力を持つ化物である。
原作においても無敵結界を持っていたためザビエルには勝てなかったが、三日三晩闘い抜いた戦歴を持つ。
そんな彼の元に瓢箪を集める方法は間違いではない。

間違いではないが、決め手に欠けるのも事実。
もし仮に魔人を発見できたとしても、魔人を打倒する手立てがこちらにはない。
そしてそれは瓢箪を奪いに来た場合にも同じ。奪われるまでに時間は稼げるが、魔人を打倒する事は不可能なのである。

「どうしたものでしょうかね…」

「うむ、我等も無敵結界なる物があるとは知らなかったからな…」

うーんと唸る てると祐輔。
魔人と遭遇したとしても決め手に欠ける現状。
これはどうしたものかと眉間に皺を寄せる二人。

「あ、てるさん。ヒラミレモンありがとうございます。まだ城にヒラミレモンってありますか?」

「………おお! 健太郎殿か。確か台所にあるはずだぞ」

「そうですか、ありがとうございます!」

場所は てるの自室で話し合っていたのだが、そこを通りすがった男が てるに声をかける。
てるの答えに顔を綻ばせて喜び、男はそのまま城の台所へ続く階段へと向かった。

「……んん!?」

健太郎。ヒラミレモン。
その単語を耳にした時、祐輔に電撃走る。

「て、ててててて、てる殿!?
いいいいいい、今の方はどなたですか!?」

「ん? あぁ、健太郎殿か。
大陸からJAPANに来た刀の達人でな。この前行われた武道会で優勝した客将だ。
これから他国に宣戦布告するので、一人でも手だれが必要であるから当家に逗留してもらっている」

「ひょ、ひょひょひょ、ひょっとして、美樹ちゃんて彼女さんいます?」

「ほう、よく分かるな。ひょっとして知り合いか?」

なんてこったいと祐輔はプルプルと震える。
態度を急変させた祐輔を訝しげに見る てるは少し祐輔から距離を取った。
依然としてプルプル震えていた祐輔は限界を超えてついに爆発する。

「確保――――!!! 魔王カップル確保――――!!
そいつを逃がすなーーーーーーー!!!!」

「ぬ、どうしたというのだ。少し落ち着け」

「キターーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!
これが落ち着いていられるかっての!!! やっと俺にも運が回ってきたーーーーーーー!!! 
こんなご都合主義的な展開待ってた!! 感動した!! もう健太郎になら抱かれてもイイ!!!」

余りにもな展開に狂喜乱舞する祐輔だが、余りにウザいので てるに殴られ、強制的に黙らされる。
小川健太郎と来水美樹。異世界よりこの大陸へと来た、祐輔と境遇を同じくする者。
魔人の無敵結界を無効化する世界に二つの剣の一つ、聖刀日光の持ち主である。










あとがき

今回は

・毛利、宣戦布告する
・魔王カップル、既に毛利にいた

の二本でございます。
もう魔王カップル祐輔がいない間に毛利にいた事にします。
詳しい経緯とかは次回書きますが、たまには祐輔に優しい世界でもいいよネ!



[4285] 第二話
Name: さくら◆c075b749 ID:d686609c
Date: 2010/08/28 17:45
「すーはー」

「どうした? いきなり深呼吸しだして」

「いや、ちょっとテンションがおかしいって天の声が聞こえた気がして。
反省すると共にちょっと真面目に生きないといけないかと思いまして」

「天の…声? 貴様はわからない言葉を使うな」

始まるよ!



前回あまりにもはっちゃけ過ぎた祐輔はてるに連れられて魔王カップルを訪れる事にした。
毎回の事ながらほぼ100%の確信を持っているが、何もかもが原作通りというわけではない。
この祐輔が紛れ込んだ世界でも原作通りの健太郎と美樹であるかどうかの確認である。

「小川健太郎に来水美樹」

この世界には魔人という特別な種族がある。
そして魔王とは魔人の上位互換にあたる存在であり、この世界に一人しかいない。
その魔力、剛力、生命力は他の追随を許さず、打倒しうる存在といえば神様くらいなものだ。
更に魔人、魔物に対する絶対命令権なんて物もあるチートである。

魔王は数千年単位で代替わりをするのだが、今回の代替わりで異変が起こった。
前代の魔王であるガイはなんと異世界から次の魔王候補をさらい、無理やり次の魔王としたのである。
無理やり連れてこられた者が喜んで魔王になるはずがなく、魔王の力を拒絶して完全な魔王とはなっていない。

そこで残された魔人達の間でトップ不在のために勢力争いが勃発しているが、それは今置いておこう。
今ここで重要なのは無理やりさらわれた魔王が姿をくらまし、魔王として覚醒していないという点である。

そして健太郎と美樹。
この二人こそが今までの話であったさらわれた魔王と、その巻き添いになった二人なのだ。
美樹は魔王としての力を拒み、健太郎はそんな美樹を支えるためアテのない旅を続けている。

だが祐輔にとって彼等二人も重要だが、それと同じくらい重要な事がある。
それは二人の旅に同行している一本の刀の存在であった。

「ここが彼等の部屋だ。案内だけでよいのだな?」

「ええ。ありがとうございます、てる殿。
彼等とは同じ(嘘)故郷なので、心配なさらずとも大丈夫です」

「そうか。なら私は帰るとしよう。用があったら私の部屋まで来るがいい」

こうして祐輔とてるは健太郎達の部屋の前で別れた。
あの後すぐに来たため、今はまだ健太郎はヒラミレモンを取りに行っているため不在だろう。
つまり祐輔の目の前の部屋には美樹ともう一人(一振り)がいる事になる。

なんにしろ第一印象というのが大事だ。
祐輔にとって二人はこれからの戦いにおいて、またとない戦力になると確信している。
同時に暴発すれば一瞬で人生がおわる爆弾みたいなものだが、そこは目を瞑った。というか逸らした。

「おっはー! 俺、森本祐輔! ヨロシクね!」

「お、おっはー…? おぉ! オッハー! 私、来水美樹! ヨロシクお願いします!」

とりあえず友好的な態度を示すため、一昔前の挨拶で中にいる美樹に相対する祐輔。
中で一人座っていた美樹は一瞬ぽけーっとしていたが、自分も知っている挨拶に笑顔で返す。
これで第一印象はバッチリだと考えている祐輔は未だに前回のテンションが抜けきっていないようだ。

『美樹ちゃん、お知り合いですか?』

「へっ? あれ、この部屋にいるの君一人だよね? けど何処かから声が…」

内心これが通じてほっとしている祐輔。
そんな二人しかいないはずの部屋に第三者の女の透き通った声が響く。
その声にわざとらしく祐輔はびっくりした態度で驚きを顕にした。どうやら知らないフリを決め込むつもりらしい。

「んーん、知らない人だよ。けどどうして私達の世界の流行り言葉知ってるんだろ?」

『! 美樹ちゃん、ひょっとすると同じ境遇の人かもしれませんよ』

「あのー…どう考えても刀から声が聞こえるのは俺の気のせいですよね? ね?」

ヒソヒソと祐輔を無視してぽつんと座布団の上に置かれている刀と話す美樹。
この子天然か? と祐輔はちょっぴり苦手意識を持ちつつも話を自分の意図した流れに戻すため、強引に話しかける。
するとなんと美樹ではなく第三者の声が祐輔の質問に答えたのだった。

『すみません、私も名乗るべきですね。
ユウスケと言いましたか? 貴方の目の前にある刀、それが私です。名前は日光と言います』

「本当にさっきの声、刀だったんですね! しかも日光って聞いた事ありますよ、俺!」

大げさに身振り手振りをして驚く祐輔。
しかしその内心では いよっしゃーーー!! とガッツポーズをしていた。

聖刀日光。
この世に二振りしかない魔人殺しの剣の一振り。
ランスの持つ魔剣カオスと対を為す刀である。



「――――――と、いうわけで。俺も異世界人というわけ」

「へぇ…僕たち以外にもこっちの世界に連れてこられた人がいたんですね」

「ああ、敬語はいらないよ? その代わりこっちも好きに呼ばせてもらうし。
まぁ俺の場合は気がついたらこっちにいたんだけどね。帰り方もさっぱりわからない。
君達は連れてこられたと。それは大変だったね」

その後ヒラミレモンを手に下げた健太郎を交えてお互いの境遇を話しあう魔王カップルと祐輔。
しかしその話はお互いに真実をぼかした話し合いとなってしまう。
美樹が魔王であると健太郎達も言うわけにはいかないし、祐輔にしてもゲームで知ってますwww とは言えない。

しかし祐輔は原作知識という名前のイカサマの使い手。
健太郎達の話の断片から美樹達の現在の状況をなんとか聞き出そうとする。

「それにしても君達は同年代というわりに美樹ちゃんは中学生みたいだけど?」

「えーと、それは…私、よく童顔って言われちゃうんですよ! ね、健太郎君!」

「そ、そそそ、そうなんですよ! 発育も遅くて、ハハハ! ごめん美樹ちゃん痛いですごめんなさい」

健太郎のフォローにむっとした顔で美樹が健太郎の脚をぎゅーっと抓った。
そんな二人の様子を微笑ましいと思いつつ、ここら辺かと祐輔は追求の手を緩める。
下手につついて二人が毛利から出られては目も当てられない。

「まぁこんな状況だし、ストレスからホルモンバランスが崩れても仕方ないか。
あ、ひょっとしてあの酸っぱくて食べられるような物じゃないヒラミレモンを食べるのもそのせいなのかな?
だったらいくらでも言ってくれよな。俺、ヒラミレモン生えてる場所も知ってるし」

「え、そ、そうなんですか?」

「本当ですか!? よかったね、美樹ちゃん!」

そしてさり気無く健太郎達が必需品としているヒラミレモンの情報を流す。
ヒラミレモンには魔王化を抑える力があるため、魔王となるのを食い止めようとする健太郎達にとっては重要な品なのだ。
そのためヒラミレモンが安定して手に入ると聞いた健太郎と美樹の喜びようはなかった。

「しかしあの聖刀日光をこの目で見られるとは感激だな。 日光さんでいいですか?」

『ええ、構いませんよ。森本殿』

やったやった! と手を繋いで喜んでいる二人から祐輔は日光に話の水を向ける。
祐輔の本命は今話しかけている日光だ。この遺憾ともしがたい現状を打破するため、どうしても彼女の協力を取り付けたい。
実質彼女が魔王カップルの方針を握っているという事を祐輔は今までの会話から察していた。そしてそれは間違いではない。

「何か入用でしたら何でも言って下さい。
打粉・拭い紙・丁子油・油塗紙、刀の手入れの道具でも何でも揃えますんで」

『そ、それは有り難い申し出ですが…待遇が良すぎます。どうしてこのように良くして頂けるのですか?』

祐輔の手入れ宣言にグラっときたようだが、日光はあまりに条件が良すぎると不信がる。
初対面の人間にも関わらず健太郎と美樹は祐輔に同郷の人間というだけで気を許しすぎている。
これは何か裏があるのではないかと日光が疑問に思っても仕方ない。

「いや、ハハハ…俺もちょっと前に日光さんの話を小耳に挟んだんですよ。
以前ザビエルが復活した時に日光さんと天志教の皆さんが協力して封印したと。
ですから今回もザビエルを倒してくれるんじゃないかと期待しているんです」

『今回も…? まさか…』

「そのまさかです。だから日光さんがいれば大丈夫かなと。いざという時はお願いしてもいいんですかね?」

「ま、魔人? 魔人がここにいるんですか?」

「うーん…どっちの陣営の人なんだろ…」

客人である健太郎達にまで魔人復活が伝わっていなくともおかしくはない。
日光は刀であるために表情は伺えないが、動揺している雰囲気が祐輔にまで伝わってくる。
そんな日光とは違いわかりやすい位に動揺している健太郎と美樹に祐輔は三つ指をついて頭を下げた。

「どうかこのJAPANをすくってください。健太郎君、美樹ちゃん、日光さん。
聖刀日光と言えば唯一魔人を倒せる刀だと聞いています。
俺はこの世界の住人ではないですが、ここにいるのはいい人ばかりなんです!!」

がっと勢い良く畳に額を擦りつける。
健太郎達のような純真な人間には下手に探りを入れるよりも真っ向からお願いしたほうがいい。
そう判断した祐輔は真正面から土下座をして頼み込んだ。

「そ、そんな頭をあげてください。僕たちに出来る限りの事はしますから。ね、美樹ちゃん」

「そうですよ。健太郎君は強いですから、その魔人も絶対倒してくれます!」

無論こういったやり方をすれば断れる二人でない。
あまり人から土下座され慣れていない(慣れていてもいやだが)、二人はオロオロとする。
日光はそんなに安請け合いをすべきではないと思ったが、日光が口を挟む前に祐輔はガバッと頭をあげる。

『ちょ、健太郎君! 迂闊な――』

「そうか! ありがとう! 健太郎君が日光さんの使い手なんだな。
魔人に対抗する手段が出来たって城の皆に伝えてくる!! 本当にありがとう!」

『――迂闊な、発言は…』

日光が全てを口にする前に祐輔は言質とった! と言わんばかりに健太郎達と握手をして部屋を退室する。
それは瞬時の早業で、健太郎と美樹は手を握られてそのまま祐輔を見送るしかできなかった。
ポカーンとしている健太郎と美樹を他所に日光は刀なのに大きくため息をつく。

『はぁ…健太郎君、美樹ちゃん。
これでしばらくは毛利家でお世話になる事になりましたよ』

その選択事態は決して悪い選択ではない。
この毛利の城にいればお金の心配もなく、住む場所にも困らない。
しかしここで問題となるのはそれが選んだ結果ではなく、意図的に選ばされた結果であるという事だ。

「でも日光さん、ヒラミレモンが手に入るんだよ?」

「そうだよね、健太郎君。手持ちのヒラミレモンも少なくなってきてるし」

『それもそうですが』

だが祐輔の言葉を信じるなら、必需品であるヒラミレモンが安定して供給できる。
これは彼等の旅の目的の一つであるヒラミレモンを探すという目的の一つを達成できていた。

ヒラミレモンとは柑橘類なのだが、あまりに酸っぱすぎるため食用として流通していないのである。
そのためヒラミレモンを必要とするのは物好きか絶妙な配分で料理に転用できる者のみ。
毛利にヒラミレモンがあったのはたまたま きくが料理のスパイスに使おうと思って確保していたからだった。

『そう、ですね…確かに、悪い話ではありません』

「それに森本さんも良い人そうだったし、同じ世界の人がいるとは思わなかったよ」

「あぅ…けど、森本さん、多分異界の門を通ってきたんだよね。
けど私達があの門を壊しちゃったって聞いたら、絶対怒るよね…」

「美樹ちゃん……」

実際祐輔は二人が想像している方法とは別口で異世界に来たのだが、それを二人は知るはずもない。
実はこの二人、既に自分の世界に戻る事には成功している。
しかし自分たちの世界で美樹が魔王化してしまいそうになったため、焦ってこの世界に戻ってきた過去があるのだ。

その結果異界の門は壊れて動かなくなってしまう。
その事に思い至った健太郎と美樹はどうやって祐輔に真実を話せばいいのかと沈痛な気持ちになった。
祐輔に現実の世界へ帰る気が全くないため、背負う必要がない罪悪感。
それを背負う健太郎と美樹の二人は間違いなく良い人間であった。

『そう、ですね…話すにしても、話さないにしてもタイミングが重要だと思います』

日光はそんな二人を慰めつつも、祐輔に関して少し警戒をしていた。

(森本祐輔という人間、悪い人間ではなさそうですが…決してただ良い人間というわけでもなさそうですね)

実に巧妙に逃げ場を無くし、選択肢を狭めていくやり方。
日光は祐輔の奥底にある打算的な部分に鋭く気付いていた。
本人にもし自覚がないのなら大した物だと日光は率直に思う。

祐輔と健太郎達との会話において、チラホラと自分たちをこの城に縛りつけようとしていた節があった。
聖刀日光が魔人に対抗する唯二つの武器である以上逗留を促すのはわかるが、その縛りつけようとするための餌があまりにもピンポイント過ぎる。

(少し、気にしても損はないでしょう)

結局はそう結論づけて、日光はずーんと沈んでいる二人を元気付けるため城を散歩でもしようと提案する。
これから暫く世話になると思われる城。何処に何処があるかぐらい把握していても損はない。



ひとまずなんとかなりそうか。
棚からぼた餅を落とすわけにはいかない交渉で、なんとかぼた餅をキャッチする事に成功した。
もうちょっと日光さんに出張られたらやばかったもしれないが、終わりよければ全て良し。

これで一方的に攻め込まれるという最悪の危機は回避できる。
今警戒しなければいけないのは原作のようにザビエル単体が城に忍び込み、城主を討たれる事。
いかに元就のおっさんが強いとはいえ、致命傷どころか傷一つ負わせられないのなら勝ち目はないのだから。

簡単に例をあげるならポケモ○のゴーストタイプに物理攻撃を延々としかけるようなもの。
しかも相手の攻撃は一発でもうければ死ぬのだからやっていられない。
まぁその心配はさっきの交渉でなんとか回避できたわけなんだが―――

「やべ、俺これからどうすればいいんだろう」

健太郎君達の部屋から抜けだしたのはいいが、これからどうすればいいかわからない。
あの衝撃の宣戦布告から痺れた頭でてる殿に連れられて直接部屋に行って、健太郎達に会いに行った。
そこを抜けだしてきたのだから、自分の部屋の場所などわかるはずがないのである。

いや、まさか部屋用意されてないとかないよね?
それはないと思いつつ、とりあえずてる殿の部屋に戻ろうとして、

「………」

部屋の場所を忘れた事に気付くのだった。
しまった。こんな大きな城、一回迷ったら絶対辿り着けないぞ?
しかも道を聞くにしろ、周りはモヒカンばかりなので尻込みしてしまう。ぶっちゃけ触りたくない。

「まったく、神様もさっきの幸運をこんなとこで帳尻合わせしなくても。
いや、ちょっと待て…さっきの幸運を使い果たしたから、これから不運ばかりだったりして」

HAHA、冗談きついぜと笑い飛ばせない自分が辛い。

「いやいや、まさか。いやいやいや、まさか」

「あっ、ユウちゃん! 探したよ!」

ここで否定しておかないと後に怖い事になりそうなので、一人ブツブツと呟いていた。
傍から見てこんな怪しい人物である自分に話しかけるのはいないと思うのだが、案外そうではないらしい。
俺の名前(?)を呼ぶ声に顔を向けると、ちぬがにぱーっと笑いながらパタパタ廊下を走ってきた。

「こっちこっち、こっちだよ」

「え、ちょ、おま」

そして有無を言わさず俺の手を引っ張って引き摺っていこうとする。
思ったよりも力があるのか、俺の体はズルズルとされるがままにされてしまう。

「俺これからてる殿の部屋に行こうとしてたんだけど」

とりあえず魔人に対抗する手段が見つかった事を報告しないといけない。
毛利家のブレーンの役割を てるが果たしている事は明らかだから、報告するなら彼女だろう。
俺の部屋を聞くついでに報告しておこうと思っていたんだけど。

「それなら丁度いいね☆ 今から行くとこに てるねーたまもいるよ」

あ、それなら問題ないす。
俺は自分から ちぬの後をついていく。
これから何処に行くのかと聞いても ちぬは曖昧に笑うだけで、教えてはくれなかった。



どんちゃんどんちゃん。
擬音語にするのならそんな感じの騒がしい喧騒が ちぬに連れられてきた部屋では満ちていた。
ちぬが連れてきたのは大広間なのだが、そこでは様々な料理が大きな皿に盛られており、酒の空き瓶がそこら辺に転がっている。

「昨日は母ちゃん犯した~ぜ! ―――――――――――!!!!!!!」

【HYAAAAAAAAAAAAA!!! 最高だぜぇぇえええええええええええええ!!!】

何処かで聞いたような悪魔の歌を叫ぶモヒカンがいれば、ヘッドバンキングしているモヒカンもいる。
そこは一種のカオスというか、既に皆が出来上がってしまっていた。

「こ、これは一体…」

頬をひくつかせながら隣にいる ちぬに訊ねる祐輔。
一般的な生活をしてきていた祐輔にとってライブ会場に近い空気は味わった事のない物だった。
隣のちぬはイェ~イ! と可愛らしく右手を挙げてノッていたが、祐輔の質問に笑みで返す。

「これはね、宣戦布告したから景気付けに大宴会してるの!
それにユウちゃんも来たから、いつもより盛大にやってるんだ☆」

「え、宴会…これが…」

「ほら、ユウちゃんはこっちこっち! おとたまが呼んでるよ」

どうみても黒ミサにしか見えない。
そんな感想を抱く祐輔を他所に、ちぬはまた祐輔を引っ張っていく。
放心状態だったので、またもや祐輔は気づいたら上座の毛利一家のところにいたという事態に陥ってしまったのである。

「お、来た来た。まぁここに座れよ」

ちぬが引っ張っていった先では きくが人数分の料理を用意しており、ちぬと祐輔の姿を見るとパンパンと座布団を叩く。
あは♪ と ちぬが嬉しそうに頬を緩まし、祐輔と一緒に用意されていた座布団の上に座った。
そして何故か祐輔の座った位置は元就の隣であり、一番の上座の次の席という異様な位置。
もっとも毛利では礼儀作法があまり浸透していないので、なんとなく偉そうという事しか周りの家臣達も知っていなかった。

「祐ぅぅぅゥ輔えぇ!!」

「…は、はい! 俺がどうかしましたか!?」

元就の地に轟くような叫びにビクっとようやく現実に戻ってきた祐輔。
即座に現状を理解し、どうして一番厄介なところに来てしまったのかと ちぬに恨めしい目をやった。
祐輔からして元就は顔も怖いし、威圧感も凄まじいしで一番毛利家で怖い人物なのだ。
もっとも ちぬは祐輔の視線に気付いて にぱりと笑うのみで全然伝わっていない。

「飲ォぉめぇえ」

「え”!?」

「何がえ!? だ。ほら、さっさと持て」

正面に元就。左側に祐輔、ちぬ。右側にてる、きくの順番に並んでいる。
祐輔の対面に座っていたきくが右手に大相撲の優勝者が飲むような大きな盃を持ち、左手には大きな酒瓶を持って祐輔に近寄る。
そして祐輔の目の前に両手に持っていた酒と盃を置いた。

「固めの盃だ。今日よりお前は毛利の客人なのでな」

「え、あ、う? その、つまり」

「それなりに期待しているという事だ」

ニィッと男らしい笑みを浮かべる てる。
祐輔もここに来てようやく理解したのか、酒瓶を持って元就の盃に酌をするため立ち上がる。
これが毛利なりの歓迎のやり方なのだと理解したのだ。

「あの、片手で失礼します。俺の左手、呪い憑きのせいで動かなくて」

構わないと元就は大きく頷く。
トクトクと酒瓶から透明な液体が元就の手に収まる巨大な盃に注がれる。
祐輔の目の前にある盃も巨大だが、元就の手にある盃は本人の大きさも相まって超巨大である。

「持ぉぉてえぇぇえ」

「はい!」

注ぎ終わったら次は祐輔の番である。
元就本人が注いでくれるのか、元就の隣にある大きな酒樽を無造作に持ち上げた。
祐輔は慌てて酒瓶を畳の上において、てるに手渡された盃を手に取る。

〈ドボドボドボドボ〉

(おおう……)

祐輔の目の前で清酒がなみなみと注がれていく。
鼻にツーンと来るアルコール臭から、軽くアルコール度数20はありそうだなと祐輔は推測する。
これは飲みきれるかと顔を青くしたが、飲まないという選択肢はない。

「祐ゥ輔えぇエ」

「はい、元就様」

互いに酒で満杯になった盃を持つ。

「こォれからぁああああぁあ、ワぁあぁァシノことわぁああ、オやじぃいとぉぉ呼べぇええ」

「親父、ですか」

「そぉおだぁあああ」

そういえば原作でもモヒカン達は元就の事を親父と呼んでいたなと思い出す祐輔。
なるほど、これも毛利流なのかと祐輔はやっと元就を前にして肩の力を抜いた。
今までの場所と違ってどうなる事かと思ったけど、どうにかなりそうだという思いと共に。

「はい、よろしくお願いします! 親父!!」

「良ぃいい、そぉのいきだぁああァ」

カツンと盃を少しだけぶつけ、盃に口を付ける。
元就は豪快に一気に飲み干し、祐輔は徐々に顔を真っ赤にしながら飲んでいく。

「ぷあ…」

なんとか一息に飲み干した祐輔は目をぐるぐると回して畳に前のめりに崩れる。
「ユウちゃん!?」と ちぬが焦って近寄るが、ただ酔いつぶれただけなので心配ないとわかるとそのまま放置する。

「酒の弱いやつだなぁ」

「うむ。ここでやっていくには強くなければな」

「だよねー☆」

「ガハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

酔いつぶれた祐輔を眺めて笑う毛利一家。
こうして祐輔の毛利家一日目の夜は過ぎていった。



宴もたけなわになったころ、ようやく祐輔は目を覚ました。
祐輔が目を覚ましたのを敏感に察して ちぬが駆け寄ってくる。
色々好奇心旺盛な ちぬにとって、今一番興味を惹かれるのが祐輔なのだ。

「ユウちゃん、おはよー。目、覚めた?」

「…ユウちゃん、か。なるほど、オレの名前だったな。
ふむふむ、そうだ。そうだな。ひっひゃは、そういえばオレの名前だ」

ニタリと笑う祐輔。
どうも少し様子がおかしい祐輔の様子に ちぬが首を傾げる。

「変なユウちゃん、どしたの?」

「いやいや、気にしないでくれ。それでお前の名前は?」

「やだなー、ちぬだよー…あ、そっか! 酔ってるんだね!」

「かもしれん。まだ少し眠いから眠る事にする」

「えー、ユウちゃんの歓迎会も含めてるのに、酔いつぶれてちゃ駄目だよ」

「ひゃっはっひひひ、そう言われてもね。
もう少ししたら起こしてくれ。その内目覚めるよ、オレも」

「そっか。じゃあ、もうちょっとだけ寝てていいよ。
あと少ししたらちぬが起こしてあげるー☆」

「ああ、よろしくな」

そう言って祐輔はまた軽く目を閉じ、意識を手放す。
結局この後 ちぬが祐輔を起こそうとしても、祐輔が目覚める事はなかったそうな。
そしてこの時の会話も覚えていなく、お酒って怖いと思ったそうだ。




[4285] 第三話
Name: さくら◆491058f1 ID:d686609c
Date: 2010/08/28 17:44
JAPANの兵士は農民からの徴兵ではなく、国の常駐兵である。
そのため維持するのにもお金がかかるし、兵士の給料も払わなければならない。
しかし兵士の強さという点では農民からの徴兵とは隔絶した力を誇っている。

では彼等は戦がなく平和な時は何をしているか。
新たな建物の建設に力を貸したり、治安維持のために駆り出されたりもする。
しかしそのほとんどは戦のための訓練の時間に割かれるのだ。

「で、なんで俺がこんなとこに?」

そして祐輔は何故か。
そう何故か自分の意思とは関係なく練兵場に連れてこられていた。
もちろん連れてこられたからには連れてきた人間がいる。

「いや、お前がどんだけやるのか気になってさぁ。
それにお前だって毛利の客人扱いとはいえ戦場に出るンだから、訓練は必要だろ?」

その祐輔を練兵場まで連れてきた人間。
吉川 きくはそう不敵に笑いながら祐輔を縛る手綱を緩めた。
手綱とはいつも彼女が持っている鎖がついている中華鍋の鎖である。

「ああ、そういう事。朝起きて問答無用で連れてこられたからびっくりしてたんだけど」

事情がわかれば祐輔も不要に怯える必要もない。
ジャラジャラとなる鎖から解放され、ふぅと息を吐いて肩を回した。
おそらく自分の力、どこまでやれるかを測ろうという魂胆なのだと安易に発想がつく。

「けどなぁ…」

「ん? どうした?」

「ああ、いや、いい。どうせ訓練始まったらすぐわかる事だし」

う~んと苦い顔の祐輔を不信がる きく。
祐輔にとって自分が訓練するという事が無駄だという事は自覚しているが、それは説明して正確に伝えるのは難しいだろう。
ならいっそ訓練で見てもらったほうが早いという事も。

「よし、じゃあ始めっか!!
へへっ。あんだけ速く動けるお前だから、どんだけやれるか実は楽しみだったんだよな」

「いや~…ハハハ……」

やる気満々な きくと曖昧に笑う祐輔。
自分たちだけならともかく、他の兵士の前で自分の弱さを晒すのは得策ではないからだ。
面倒な事にならなければいいがと祐輔は目の前で整列するモヒカン達を眺めながらそう思った。

ちなみに祐輔と きくがため口なのは、きくがそうしろと強要したからである。
どうも彼女は畏まった言い方をされるとムズ痒くなってしまい苦手らしい。
祐輔にしても使い慣れない敬語よりこちらのほうが助かるので、拒む理由がなかった。



「ぜぁ、へぁ、これ以上はぁ、無理」

「ありえねぇ…」

素振り100回。
祐輔の腕がパンパンになるまでにこなした回数である。
他の兵士が涼しい顔で素振りを続ける中、一番早くギブアップしたのは祐輔だった。

「はぁ? 冗談だろ…って、その腕の張り方は嘘じゃねぇし」

ふざけているのかと きくは祐輔の腕を見るが、祐輔の腕はパンパン。
祐輔がマジで限界であるという事を きくは信じられないモノを見る目で見る。

「いや、だってあの身のこなし。
あんだけ出来て、これだけしか刀が振れないってありえないだろ。武器の問題じゃないんだろ?」

「おう! これが俺の全力全開だ!!」

「いばんじゃねぇよ!! このボケ!!」

「すんませんっした」

開き直る祐輔に怒号を浴びせる きく。
過去に祐輔の動きを見切れなかった事がある きくにとって、これは到底認められない事実だ。
しかしその時祐輔は神速の逃げ足を発動させていたので当然といえば当然なのだが、それを きくが知る術は現時点でない。

「おい、あれマジか?」
「なんであんな奴が客将してんだよ。意味がわからね」
「あれなら俺のほうがよっぽど強いぜ」

他の兵士の間にも祐輔のひ弱さに対する批判が蔓延る。
それも当然。毛利という国において力第一主義なのである。
そのため兵士たちにとって祐輔が弱いにも関わらず元就に近い位置にいるという事は到底納得できるものではなかった。

「やべ」

腕をプルプルさせている祐輔はともかく、きくが兵士たちの様子に気づかないはずがない。

「こっちこい」

がっと祐輔の首を掴んで兵士たちに背を向け、どうすんだと祐輔に訊ねる。
そんな事を言われてもさっぱりわからない祐輔は事情を詳しく説明してくれと求めた。

「つまりだ。一番手っ取り早いやり方が実力を魅せつけるってやり方なんだよ。
だっていうのにお前ときたらヘタれやがって…」

「あの…それ、俺の責任じゃないっすよね?」

「あ”あん!?」

「そうだね、プロテインだね。俺のせいだね」

そんな勝手な事されても…という祐輔の視線を眼光でねじ伏せる きく。
美人な女性ほど睨むと怖いものなので、きくの眼光に対して祐輔はさっと目を逸らした。
しかし きくの目論見は理解できたし、なら今の状況はマズイのではないか。

「うわぁ…」

祐輔はちらっと後ろを振り返るも、すぐに元に向き直る。
案の定背後の兵士たちの祐輔に向ける視線には疑惑たっぷりで、嫌悪や不審を滲ませていた。
これは祐輔が何かをしないと場が収まりそうではない。

(どうっすかなぁ…メンドイ事になったなぁ…)

そう思うも、これは避けては通れない道だったかもしれないと祐輔は思う。
どこの組織だって新参者がいきなり上司になったら納得できないし、不満に思うだろう。
ましてやその男は見た目モヤシで、全く強そうに見えないのだから。

「そうだな…うん、これでいこうか。
きく、気を使ってくれてありがと。後は俺がなんとかしてみるわ」

「お、おう…」

気分を切り替え、首をコキコキと鳴らして兵士たちに向き直る祐輔。
きくはというと祐輔の急な切り替えについていけず、ただ曖昧に返事を返すだけだ。
あるいはこういった切り替え、つまりギャップこそが祐輔の印象を人々に焼き付けるのかもしれない。



「よーし、注目!!」

生意気な新人が兵士たちの目の前で大声を張り上げる。
そう、生意気な新人だ。兵士たちにとって祐輔はただの生意気な新人でしかない。
客人だというが他の国で名前すら聞いた事ない。かといって武芸の達人でもなさそうだ。

日々の不満を察知した きくが祐輔の実力を見せてやる場を作ると言わなければ、もっと早くに暴発していたかもしれない。
しかしその暴発はもう今日起こるかもしれない。というか絶対起こる。
素振りたった100回で限界を迎えた祐輔を見て、兵士たちの不満は最高潮に達していた。

「よし。今日はお前らボンクラに訓練をしてやろうかと思う。
更にあえて言おう。お前らはクソの役にも立たないウジ虫であると!!」

そしてこの言い草だ。
きくの手前堪えてはいるものの、臨界点突破まであと30%である。

「いいか。お前らみたいなウジ虫でもわかりやすいように俺の凄さを教えてやる。
だからそのニワトリみたいな頭でも三歩歩いて忘れないように、よく刻みこんでおけ」

臨界点突破まであと20%である。
もう一部の兵士なんかはコロスコロスを連呼し始めた。
毛利兵の顔色が湯上りの状態から熟れたトマトのように真っ赤に染め上がる。

「これから貴様らウジ虫と俺とで競争だ。
貴様らウジ虫が俺を捕まえられたらお前らの勝ち。半日逃げ切ったら俺の勝ち。
どうだ? 鳥くらいの脳みそしかない貴様らでも覚えられる簡単なルールだろ」

兵士たちの臨界点突破まで秒読みに入った。
きくなんかはもう取り返しがつかないぞ、とアホを見る目で祐輔を見やる。
いい具合に楽しくなってきた祐輔は毛利兵を完全にブチギレさせるため、見下しながら嘲笑した。これは演技であり、祐輔の一面ではない。という事にして頂きたい。

「無論俺は逃げる。俺を捕まえる際に俺が死んだとしても、不幸な事故として処理してもらう。
まぁ絶対に無理だろうがなwww やれるもんならやってみろっていうwwwww
そんなわけで今から開始だ。昼飯までに俺を捕まえてみせろ、このウジ虫どもが!!」

【■■■――――!!! ■■ァアァ■■■■■!!!!!!!!】

〈ドドドドドッドドドドドドドド!!!!!!〉

ここまで言われて冷静でいられる毛利兵はいない。
全員が全員言葉になっていない奇声、怒号、雄叫びをあげて少し離れた場所にいる祐輔目指して猛突進を開始した。
数は一部隊で訓練をしていたために500程で、その全員が土煙をあげて激走する様は猛牛の突進を彷彿とさせる。

「うん、よしよし。上手く釣れた。
いやー、こんな大きな釣り針に顔真っ赤にして釣られるとは本当に単純だな。
殺気満々だし、充分に発動できるぞ」

「何がよしよしだよ…あーあ、こうなったらどうなっても知らねぇからな。
あいつらそれなりの腕だし、もう死ぬぞ。お前」

「いやー、ハハハ。もうそんな心配入りませんけどね。
なんなら きくも追いかけっこに参加する? その場合、俺を殺す気で追っかけてもらわないと困るけど」

「あぁ? そりゃどういう…」

意味だ、と きくが隣にいて会話をしていたはずの祐輔に声をかけようとした時である。
しかしそこに祐輔の姿はどこにもなく、地面に抉れたような跡が残るのみ。
そしてその抉れた跡の先を無意識に視線で追った きくはなかば唖然とした声を漏らした。

「なん…だ…ありゃ…?」

抉れた跡の延長線上に小さくなった祐輔の姿。
距離にしておよそ100mほど離れている。
きくは自分が目を離した一瞬の隙にそこまで移動したのかと背筋をゾクリと震わせた。

(一呼吸の間に、あれだけ移動しただって――――?)

当然、きくより離れた場所にあった兵士たちもその様は見ている。
だが彼等は完全に頭に血がのぼっており、その摩訶不思議な現象よりも祐輔捕縛(殺害に重き)を優先としたようだ。
唖然とする きくをスルーして祐輔を追いかけ、そのまま走り抜けていった。

「やればできるんじゃねぇか…けど、さっきのアイツも手を抜いてるわけじゃねぇし。
うーん……あぁ、もうわけわかんねぇ!! 昼飯の時に締め上げてやる!!」

祐輔の動きにおける余りの差異に混乱する きくだが、ひとまず置いておく事にしたらしい。
これでは訓練を再開できるはずもないだろうし、自分一人が練兵場にいても意味がない。
昼飯時は覚えておけよ、と祐輔に恨み言を吐きながら昼食を作るため、彼女は台所へと向かった。
兵士と一緒に追いかけないぐらいには彼女も混乱しているらしい。



「ほぅ、なるほど。あの騒ぎはそういう理由であったか」

「いや、ご迷惑かけてすいません」

「なに構わん。私の部隊の連中も追走劇に参加したおかげで、こうしてゆっくりと話ができる時間が取れたのだからな」

午後、とある一間で。
食後のお茶とお菓子を食べながら、祐輔と てるはのほほんとおやつ休憩に入っていた。
午前の騒がしさがまるで嘘のように静まり返った城の中で祐輔は午前の追いかけっこの報告をしていたわけである。

完全にブッチKILL状態の兵士のおかげで祐輔は遺憾なく神速の逃げ足を発動。
発動さえしてしまえば使徒と互角以上の速さを誇る祐輔を追い詰める事が可能な者は毛利にはいなかった。
結果は祐輔の逃げきり勝ち。城の中には全力疾走の疲労で死屍累々の兵士の山ができたというわけだ。

ここで問題となったのが、いつの間に祐輔を追いかける兵士が きくが訓練する部隊だけでなくなっていたのである。
野次馬根性や祐輔の言い分を聞いてブチギレたモヒカン達が俺も俺もと追いかけっこに参加。
つまり何故祐輔が てるの部屋に来ているかというと、てるが午後から教導する予定の兵士まで潰れてしまったせいなのであった。

ちなみに昼食後 きくがもの凄い目で祐輔を見ていたが、祐輔は軽く受け流していた。
軽く受け流しているのは見た目だけだが、きくに詰問される前に てるに話を持ちかけたので難を逃れる事に成功している。

「しかし聖刀日光を健太郎殿が所持していたとはわたりに船。なんという行幸か」

「本当にそうですよね。これで毛利単独でも魔人に対抗する事が可能になりましたし」

ついでにというわけではないが、健太郎達の事も てるに報告をする。
魔人と直接戦って勝ち得るという事を聞いた てるの犬歯を覗かせる獰猛な笑みは祐輔の脳裏に焼きつかせられた。
戦闘狂というのは彼女の事をいうのだろう。戦狂いともいう。

「それで、話を元に戻しますけど。
今現在宣戦布告をした国というのは明石、島津という事でいいんですね?」

「そうだ。種子島家など商人の国、攻めても何も面白くはないからな」

「ま、正解ですよ。種子島家には瓢箪ないですし」

祐輔が彼女の元を訪れたのは詫びを入れるためもあるが、それは現在の詳しい状況を知るため。
前回は宣戦布告ヒャッハーで放心状態だったため、右から左へと聞き流してしまっていたのだ。

ふむと祐輔は頭の中で てるから与えられた情報を整理する。
これからどうしたくて、どうするべきなのかと方針を決定するためだ。
もっとも方針を決定したとしても祐輔の思うように動くわけではないが。

(まず明石。ここは休戦状態から再び開戦したわけだ。
もう既に本丸を残すのみとなっているし、そんなに労せずとも落とせるだろ。
それに瓢箪がある国でもある。弱小国より毛利で保管したほうが断然安全だ)

明石家とは弱小にも関わらず、瓢箪を所持している家である。
祐輔は原作知識からしてそこは変わってはいないだろうと当たりをつけて、明石家についての思考を纏める。
明石家に関してはそんなに危険度は高くつけなくていいだろう。

問題というか、厄介な存在が明石には存在している。
だがそれはこちらが最後まで追い詰めなければ起動される事はないだろう。
もっとも起動すれば窮鼠どころではなく、深刻なダメージを受ける事になるが。

(問題は島津、だよな。
多分魔人の本拠地になるだろうし、そのためにこちらの軍備や体力は減らしたくない。
そのためには戦をしないのが一番だけど、それも毛利じゃ無理か)

そして如何に毛利といえど島津を攻略するには時間がかかり過ぎる。
既に宣戦布告をしているが島津から攻めて来る事は今のところないらしい。
つまり毛利から攻め入らなければ紛争は起きないが…。

(逆に考えて、毛利が島津を攻略するのを徹底的に支援して魔人に支配されるより先に島津を早期に潰す。
って、そんなに上手く行くはずがない。それに時間かかり過ぎる)

結論として島津は触らないほうがいい。
しかしそれでは毛利家の人々の気質からして難しい物がある。
しかも明石に矛先を向けたとしても、その間に島津から攻められたら一番危険な魔人候補地の領地を広めてしまう。

原作では二方面作戦なんてしていたが、そんな事をしていたら普通はもたない。
実現可能になるには領地を少なくても10以上、更に優秀な将軍が10人以上は必要だろう。

(頭痛い…なんでこの人達、宣戦布告一気にしたんだろ‥)

覆水盆に返らず。
既にやってしまった事を悔いても元には戻らないのだ。
適度に毛利のフラストレーションを減らし、且つ毛利の体力を減らさないやり方。

「う~ん……」

「どうしたのだ。急に唸りだして」

「いえ、ちょっと上手いやり方がないものかと」

原作知識やらなにやらを総動員して考えを巡らせて悩む祐輔。
そんな上手い話、あるはずがないと諦めかけたところで。

――――――祐輔に電撃走る―――――!

「…あ! あるじゃないか、そこそこいける感じの方法が!
すげぇ、俺ってすげぇ! ひょっとしたら天才かもしれない!」

てるの前だというのに、祐輔は自分で閃いた考えを自画自賛する。
それほどまでに祐輔は自分の考えに自信を持っていた。
素晴らしい、ビューティフォー、この世は俺を祝福している。それくらい型に嵌ればいい考えである。

「てる殿! 俺にいい考えがあるのですが、外交任せてくれませんか!?」

「外交…? 毛利にそのような物は必要ないが」

本気で言っている てるに戦慄しつつも、祐輔は食い下がる。

「もし成功すれば島津と全快の状態で闘えますよ。
それに ちぬの事を考えれば出来るだけ本命と戦ったほうがいいでしょう?」

「本命、とは?」

「あー…これは未確認情報なんですけど、魔人は島津に出現する可能性高いんですよ」

「ほう」

原作知識なので詳しくは言えませんけどねと心の中で祐輔。
お前はなんでも知っているんだなと納得する てるも脳筋毛利一家の一員らしい。

「俺に任せてくれれば無傷で明石、それにもしかしたら死国も手に入りますよ。
どうです? 一枚噛んでみませんか?」



北条家。
JAPANに現れる魔物、妖怪を退治する陰陽師を管理する機関である。
それと同時に自国を持つ大名であり、関東で武田・上杉と鎬を削る戦いを繰り広げていた。

しかし他国と戦争をしながらでも本来の仕事を忘れたりはしない。
他国からの妖怪討伐の要請があれば陰陽師を派遣し、討伐する。
今代の当主である北条早雲は生真面目な性格であるのも一押ししているだろう。

今回陰陽師の要請があったのは京の都。
羅生門に鬼が住まい、通りすがる人を食べているというもの。
それだけなら普通の陰陽師を派遣するが、今回はその鬼が梅川と名乗ったという情報が早雲の判断を変えていた。

梅川。遥かに昔から齢を重ねた強力な鬼である。
その力は並の陰陽師では到底かなう物ではない。
そのため早雲は国の防衛を大道寺に任せ、自ら梅川を退治しに京まで上京したのだ。

「っく!」

「カカカカッ、若い! 若いの!!!」

歴代最強の陰陽師、北条早雲。
しかしその早雲が今、梅川の剛腕に捉えられそうになっていた。
これは彼自身のミスではない。彼は犠牲になりそうだった部下を庇い、自ら身を呈したのだ。

梅川は早雲の隙を逃さず地面を蹴る。
鬼の超人的な身体能力。瞬く間に早雲の前へと駆けて行く。
新たに式神を召喚する時間はない。早雲は覚悟を決め、すれ違い様に直接強力な札を貼りつけ、反撃しようとする。

これを見て平静でいられないのは周りの兵士である。
庇われた兵士はもちろん、彼に親しい者。特に早雲に恋心を持つ南条蘭の動揺は計り知れない。
このままでは…早雲の死を幻視した蘭も走るものの、梅川が致命傷を放つほうが速い。

(やだ! やだ! そんなの!!)

愛しい人が死ぬ。
そんな事―――そんな事、認められない…!

(なんでもいい…なんでもいいから…)

今蘭に出来る事。
それは自分が精一杯走る事ではなく、手に持っている式札で式神を召喚する事。
それも並大抵ではない上位の。今まで蘭が呼んだ事もないような高レベルの式神を。それも早雲の召喚よりも早い速さで。

(早雲を、助けてっ!)

蘭の強い願い。
だが所詮式神は己のレベルに合った物しか出てこないようになっている。
何故ならそれ以上の物を呼んでしまうと暴走してしまい、術者自身が殺されかねない。
蘭の式札にこめた願いは無情にも叶わないのだ。

『……ハハッ…』

普通なら、ば。

『いいぜ。だったら俺の名前を呼びな』

内に叫びかける蘭の声に返す若い男の快活な声。
その声からにじみ出るのは絶対の確信。自分を呼んだのなら、目の前の矮小な鬼程度塵すら残さず消し去るという自信。
聞いたこともない男の声と同時に蘭の中に一つの名前が浮かび上がる。

「っ…来い!!」

早雲を助けられるのならば何でもいい。
蘭は己の心の中に浮かび上がった名前を高らかに言い放つ。

「朱――――雀!!!!!」

瞬間、場の空気が変わった。

「え…っ!?」

【ハハハッ!!!!】

戸惑う蘭の声。恒星と見紛うほどの炎の煌めき。
蘭の頭上に突如として現れた業火の塊は爆発し、炎の余波を撒き散らす。
炎の塊から繭を食い破るようにして現れたソレは蘭に呼びかけた男の声で高らかに笑った。

【ハーッハッハハハハハハハ!!!!】

「な…! ぐわぁぁあ!?」

ソレは大空を火の粉をまき散らしながら飛翔し、一直線に梅川へと飛ぶ。
ソレがまるで何もないかのように梅川と激突して飲み込み、そのまますり抜けていく。
ソレが通り過ぎた後に残ったのは体が炭化し、ブスブスと煙をあげる梅川の姿だった。

蹂躙―――ソレを見ていた人間は、ただただその感想しか思い浮かばない。

「お前、が、朱雀…?」

ソレは鳥のようでいて、鳥ではなかった。
形の成りこそ大きな鳥だが、巨大な炎の塊で体を形成している。
煌々と灼熱に光る不死鳥は呆然とする蘭達を悠然と見下ろす。

【ああ、そうだよ。それでお前の力だ】

「私の、力…」

【これから俺の力が欲しければ名前を呼びな。もっともタダじゃないがな】

不死鳥朱雀。
毛利から遠く離れた地で、産声を上げた。
















あとがき

そろそろリクエストやりますよ!
総感想数1000辺りが非常に怪しいです。



[4285] 第四話
Name: さくら◆491058f1 ID:d686609c
Date: 2010/10/05 16:56
名門明石。
姫路に居城を構える、古くから伝わる武家の名門である。
しかしその名も久しく寂れ、今代の明石風丸の代には相当に落ちぶれてしまっていた。

今代の明石は特に運が悪かったと言っていい。
戦国乱世の世の中に生まれていなければ。平時の平和な世の中に生まれていれば。
あるいは名君となっていた人物、それが明石風丸である。

今明石は隣国である毛利から猛烈な攻勢を受けており、落城寸前。
既に戦える若者も全て戦死。今戦に出ているのは前線を退いた老兵と子供ばかり。
つまり戦を継続する能力が完全にこそげ落ちている状態にある。

もう戦を続けられず、勝つ見込みもない。
だがここで負けを認めれば毛利という名の獣に全てを貪り尽くされる。
自分たち幹部全ての首を差し出し、せめてもの情けを期待するか。それとも玉砕覚悟で攻勢をしかけるか。

明石風丸に連絡が入ったのはそんな時だ。

「使者の方は既に通しているのか!? 決して粗相はしていないだろうね!?」

「わ、若、落ち着いて下されませっ。
なにも若が直接応対せずとも、まずは我々で話を――」

「馬鹿者!! あの毛利が使者を出してきたんだ! あの毛利が!」

毛利からの使者が自分に会いに来た、と。
条件次第では降伏を認め、自治権すら認めると。

「すぐに通してくれ! 早急にだ!」

これが自分に神より与えられた最後のチャンスかもしれない。
明石風丸はかつてない程に焦りを強く、城の廊下を闊歩した。



はい、見事に釣れました。
甘いエサに絶望的な戦力差、そりゃ誰でも飛びつきたくなるものだけどさ。
こうまで上手く釣れてくれると清々しいものがあるわ。

明石に来て毛利からの使者ですよと言っただけで、いとも簡単に城までVIP待遇でもてなされる始末。
これだよね、これくらいが使者に対する待遇だよね。前の織田が異様すぎたせいで、これが普通のはずですよ。
さすがにお茶とお茶菓子まではでなくても丁寧に案内してもらいました。

「さて、と。早速お話に入りたいのですが、明石側は貴方。えーっと…」

「朝比奈と申す。そなたの話は某が伺おう」

「そうですか」

案内された部屋で待っていたのは、年齢だけでなく疲労によって幾重にも深まった皺。
しかしこちらを眼光鋭く見据える頑固ジジイといった感じの老人がこちらを見ていた。
こちらが受ける印象は朝倉景義様と大きく違い、武人といった印象を受ける老人だ。

「では俺が受け持った、こちらが譲歩できる条件を――」

〈ドドドドドドドドド!!!〉

言おうとしたのだが、それは物凄い足音で掻き消される。
一体何事ですかと咎めるべく朝比奈をみると、朝比奈老人はまさかと青い顔をしていた。
ま、こんな場所に早足で会談を中止してまで来て、尚且つ怒られない人間なんて限られているけどな。

「失礼! 遅くなってすまない、貴方が毛利からの使者殿か!?」

がらりと。
話は聞かせてもらったと言わんばかりに勢い良く引き戸が引かれ、とある人物が部屋に息を切らせながら現れる。
それはお前ワックスなしでどうやって立たせてるの? と疑問に感じさせる髪型の人間。

「風丸様! ここは私だけで応対すると説明したでしょう!?」

「馬鹿者! ここで礼を尽くさず、一体どこでこの頭を下げよと言うのだ!
地獄で父上や母上にか!? それともこれから戦で死に行く我が領民か!?」

完全にこっちを置いてけぼりでギャーギャーと喚く二人。
重要人物な朝比奈に対してここまで口をきける人物なんて、明石にはたった一人しかいない。

「まぁまぁ落ち着いて。では貴方が?」

「おぉ失礼しました使者殿。数々の非礼、誠に申し訳ない。
僕が――――――――――明石風丸、この明石家の領主だ」

目の前のヘンテコな髪型の青年。いや、少年がそう名乗る。
原作通りの優しそうな青年で、とても戦国時代の大名をやれそうには見えない。
どうやら原作通りの人間なようだから、話を容易に進められそうだ。



祐輔が今回のように冷静でいられるのは幾つかの条件が重なっているからである。
一つにこの対話が成功しても失敗しても毛利家にとってなんら痛手はないという事。
そしてもう一つに前回の織田との和平講和の使者としての経験が祐輔に余裕をもたらしていた。

もうね、余裕。
ぶっちゃけ祐輔にとって今回の和平はそんな感じである。
だから厳つい爺さんが何人も祐輔を睨んでいても、乱丸の殺気に比べれば蚊に刺されるくらいでしかない。

「ではこちらからの条件を先に口頭で述べましょう。
それさえ認められれば自治権を残したままの降伏も認めます」

「降伏を認めるとは、なんとも傲慢じゃな。毛利の使者殿」

「朝比奈、少し黙っていてくれ。まずは話をお聞かせ願おう」

祐輔の傲慢とも取れる言葉に朝比奈が噛み付くが、それを風丸はピシャリと止める。
風丸から感じるこの対話に対する意気込みに祐輔は案外簡単に対話は成功するかもしれないと思った。



祐輔が勧告の内容を明石風丸に告げた時、それぞれの反応は違っていた。

朝比奈は憤怒を。
朝比奈以外の重臣は疑いを。
明石風丸は困惑を。

各々違う感情を祐輔の言葉に受けたが、勧告の内容にしばし場は凍りつく。
しかして一番早く我に返り、祐輔に猛然と噛み付いたのは朝比奈だった。

「…使者殿、もう一度言って下さらぬかな?」

「ええ、いいですよ。こちらからの条件は以下の物です。
まず明石家にある軍組織を段階を踏まず即時解体、最低限近衛を除いて刀や槍も全て押収します。
また最初の数年間は必要最低限と思われる以外の全ての収穫物を徴収します。

無論軍を解体するのですから、明石の守りには毛利兵から出兵させますよ。
それさえ守って頂ければ自治権、統治権は明石風丸殿にお預けします。もっとも非常事態にはこちらの指示に従って頂く事になりますが」

「貴様は、貴様は我等に無条件降伏をしろと言うのか!?」

「まぁ、そう思って頂いていいですよ」

朝比奈の怒声を涼しい顔で受け流す祐輔。
この反応は予想通りであり、ザビエルからの殺気を受けた事がある祐輔にとって蚊に刺される程度にしか感じない。
それ故眉をピクリともさせずに淡々と条件を告げた。

これはてると事前に話し合った、毛利にどこまで可能かを見極めたラインなのだ。
勧告の条件をよーく見れば毛利の性質に非常に適っている事が良くわかる。

まず毛利は戦いたいが、それはあくまで強者と。
もはや主要な武将が討死し、女子供や老人しか残っていない明石と戦ってもなんら面白くない。
つまり毛利にとって土地を奪う以外に明石と闘うメリットは少ない。

そして明石家に統治権を残すという方法。
はっきり言おう、毛利に国を治める力はない。
ただでさえ自国だけでもギリギリセーフどころかアウトなのに、他国の政治や統治まで手が届くはずがないのだ。

つまり国は任せてやるから、収穫や年貢を寄越せという非常に分かりやすいものなのだ。
ただ軍が残っていれば一揆や反乱を起こされかねないので、限定的に刀狩りを行う。
それによって薄くなった他国からの護りは、それこそ血気盛んな毛利兵がすればいいだけの話。

美味しい所総取り作戦。
これこそが祐輔の立てた作戦なのだ。

「そんな毛利の話を信用できるか! 
貴様らの事だ。軍を解体した途端に条約を破棄して攻め入れられない保証はどこにもない!!」

朝比奈の言葉に追随するようにして吠える明石の重臣。
そんな質問は想定内だと祐輔は表情も変えずに返す。

「あのですね。何故我々が明石に対して条約を破棄して攻めなければならないんです?
この国に残っているのは前線を引いて久しい老人、まだ年端もいかない子供。女。
はっきり言いましょう。滅ぼすつもりならいつでも滅ぼせるんですよ、この国」

祐輔がこんな物言いをしたのは失敗してもいいからである。
交渉とは相手に弱みを見せず、絶えず攻撃の手を緩めない者が勝つ。
しかも圧倒的に毛利側が有利な状況なのだ。何故下手に出なければいけない?

「貴様――!!!」

「―――と、いう不安は当然あるでしょうね。領民にも説明しづらいでしょう。
だからそちら側にもそれなりの戦力を残す事を許可します」

本当なら祐輔が明石から一番取り除きたい脅威。
だが毛利姉妹は交渉が決裂した時に絶対に戦いたいというので、仕方ない。
祐輔はあくまで使者。話を出してしまった時点で、お上の命令には逆らえないのだ。

「この国に眠る四体の『ぬへ』。そちらの切り札を残す事を認めます」

ぬへ。
この言葉を聞いた時、知っている者と知らぬ者の差は歴然だった。
知っている者は何故ぬへの存在と個体数まで知っているのかと戦慄し、知らぬ者は頭をかしげた。

「使者殿…そのぬへという存在は何だろう? 僕はそのぬへという存在を知らないのだが」

この国の城主、明石風丸も知らぬ側の人間だった。
無理もない。毛利との戦いで父が死に、兄弟も死に、繰り上がりで城主となったのだから。
重臣であり、青い顔をしている朝比奈が知っていても、風丸はぬへという存在を知らない。

「そちらの青い顔をしている方のほうが知っていそうですが、いいでしょう。お教えします」

「貴様…!」

青い顔である朝比奈を見やり、先程と打って変わって覇気のない朝比奈を無視して風丸に説明する。

「ぬへとは人が作りし、人に非常に似通った人造生命体。
その躰は人と寸分違わず、言葉を操り、感情まで有しています。
しかし一度戦が始まれば人を殺戮し尽くし、己の命が事切れるまで闘う兵器。

現在ではその非情で倫理に反し、また製造にかかる費用も莫大であるため技術は失われて久しいですが。
前代の明石の城主はそのぬへの製造に四体成功しておりまして、今もどこかの山で眠っています。
あまりに強く、あまりに悲しい生物。それがぬへですよ」

「そんなもの、父上がお作りになられるはずがないだろう!!」

「俺が信じられないというなら、そちらの方に聞いてもいいですがね。
ぬへの製造には国が傾くほどの費用が必要。国政に携わっていた朝比奈殿が知らぬはずがありませんから」

「………………」

「朝比奈…本当、なのだな」

祐輔が言ったぬへの説明は全てを説明していないが、嘘は言っていない。
ぬへという人造兵器はあまりに人に似通っており、それを使い捨てのように扱う事が非人道的だとされて禁呪扱いにされたのだ。
それが全てではないにしろ、朝比奈に祐輔に反論する言葉はなく、項垂れるしかなかった。

「そのぬへは一体で一部隊を凌駕するほどの戦闘力。
たとえ毛利が条約を破棄しようと、明石が軍を組織するまでの時間は充分稼げるでしょう。
そちらの保険として残すことを認めるというのです。ま、起動するか起動しないかは自由ですが」

毛利では祐輔しか知らないが、明石の脅威を語る上でぬへの存在は隠せない。
そのため毛利てるに報告し今回の勧告でぬへの扱いにまで言及する羽目になったのだ。
彼女たちは楽しい戦いができたらいいので、ぬへバッチコイ! なのである。

もっとも小市民で危ない博打は打ちたくない祐輔。
そのためぬへを明石には残したくなかったのだが、苦虫を噛み潰したかのような顔になっている。

「こちらからのお話は以上ですよ。
断るもよし、断らないもよし。毛利元就様はどちらでもいいと仰っています。
もっともこれが最後の勧告。断るというのなら、明日にでも本丸に攻めこんで見せましょう」

これはハッタリではない。
祐輔から滲み出る雰囲気に、明石の重臣達は怒りを削がれて押し黙ってしまう。
毛利にはそれを実現できるだけの力があり、彼等に対抗する力はない。

「貴方に直接聞きましょう、風丸殿。
貴方は自国の領民の命を救いたくはないですか?
このまま戦となれば、老人やこれからを担う子供達が次々と死んでしまう。
戦で負けてしまえばここまでの条件は用意できないと思いますよ。統治権を残すなんてね。

領民を思えばこそ、この条件を呑んで頂けないでしょうか。
毛利はこの条件を破りません。破るメリットがありませんからね」

今までの挑発的な態度を一変し、真摯に風丸に説き伏せる祐輔。
流れる血は少ないほうがいい。ましてやそれは祐輔よりも年下の少年達なのだ。
この降伏勧告に風丸が首を振りさえすれば、家臣達は渋々ながらも従うだろう。

「風丸殿、お答えを」

「僕は……」

風丸は助けを求めるかのように朝比奈へと目をやった。
しかし視線の先の朝比奈は何も言わず、ただ風丸を見返すのみ。
その目が雄弁に語っていた。開戦を決めたのが貴方なら、決着も貴方がお決めください。我々はそれに従うのみです。

「僕は……」

この降伏勧告を受ければ明石は毛利の属国となる。
それは今まで続いた明石家を、先祖を愚弄する行為。
戦って果て、負けた結果ならまだしも、命あるままに敗北を認めるなんて恥以外の何ものでもない。

「僕は。いや、明石風丸は――――」

だが。

「その申し出を受けます。軍は今日にでも即時解体する」

その恥を甘んじて受けよう。
この時代に力がないのは罪。ならば泥は全て自分が被ろう。
明石の次代を担う子供たち、父親の代から使えてくれた老人達を失うわけにはいかない。

ここに明石と毛利の長い戦いが、呆気無く終わりを迎えた。



「ふぅ……今回は楽な仕事だったな」

やれやれと祐輔は肩を回しながら、毛利への帰路についていた。
あの後色々な調整や正式な条約締結までの手順などを確認し、これから毛利てるに報告する事になる。
明石の現状と風丸の性格から考えて、明石の脅威度は最低にまで下がっていた。

しかし祐輔の今回最大の目的は空ぶった。
それは。

「しかしまさか瓢箪が既になくなっていたなんて。
単に紛失したってわけじゃないし…多分、もう割られたんだろうな…」

ザビエルの躰を封印した8個の瓢箪。
その内の一つがあるはずの瓢箪が明石になかったのである。
風丸の瓢箪がないと気づいた時の動揺から隠したりはしていないだろう。

ないものはない。これは仕方ない事だ。
祐輔は思考をきっぱりと断ち切り、次への交渉へと頭を巡らせる。
次こそが厄介であり、元就は成功しても成功しなくてもいいと言っていたが、どうしても成功しておきたい場所だった。

「タクガ、か…」

祐輔と同じ呪い憑きが追いやられ、最終的に辿り着く場所。
一つの可能性として祐輔が辿り着く場所だった場所が次の交渉相手だった。



死国。
そこは罪を犯して逃げた者、隻腕、呪い憑き。
JAPANで生きていく事を許されない者が一緒くたにして集められる流刑地である。

死国には魔物が発生する門があり、自然と人が死んでいく。
ここは陰陽師である北条家の管理する土地ではあるが、魔物や鬼をここに関してだけは放置している。
さもなければ死国に人が溢れてしまうからである。

土地は痩せこけ、まともに人が住める環境ではない。
しかしそんな死国でも必死に生き足掻いている者達がいた。
死国から毛利へと続く門へと目指して歩く呪い憑きである龍馬という少女が指揮するキャラバンがあった。

「もうすぐだな…譲、枯れ草は充分集まったか?」

どこか中性的な魅力を思わせる少女は、しかし荒っぽい男口調で隣の男に話しかけた。

「おう。騒ぎを起こせるくらいには」

「う、うん…」

隣にいる片目に眼帯をしている男はにやりと笑って答える。
その躰は筋肉質ではないものの極限まで絞られ、鋭利な刀を思わせる。
そして譲に追随して肯定した男は譲とは違う意味で異様であった。

その巨躯、まさに異怪。
毛利元就ほどとまでは言わずとも、大人よりも一回りも二回りも大きい。
その背中からは冷たい刃が生えており、もし彼の突進でもくらえば鏖殺されてしまうだろう。

「門まであと少しだ。あと少しでこのクソッタレな土地からおさらばできる」

ゴンの背中に背負われた大量の枯れ草を眺めて、龍馬は感慨ぶかげに呟く。
彼のキャラバンに罪を犯した者はいない。皆躰の何処かが欠損しているか、呪い憑きだという理由だけで最果ての地に贈られた者ばかり。
世界のシステムという大きな法律によって生きる事を拒否された者ばかりなのだ。

だが龍馬は否定する。
こんな子供が夢も見られないような掃き溜めから這い上がってみせる。
必ず鬼や魔物の恐怖に怯える事なく過ごせる世界で生きてみせるのだ。

「へっ、頼むぜ。譲、ゴン。向こう側に行ったら土地を奪い取らなきゃならねぇ。
俺とお前たちで引っ張っていくんだからな」

龍馬は知らない。
今自分たちが門へと向かっているように、毛利からも門へと向かう者がいるという事を。
門の前で待ち構えている者こそが最大の障害であるという事を。










―――――おはよう―――――
―――――こんにちは――――
―――――こんばんは――――

【人と人との挨拶】

―――――毛利きく―――――
―――――毛利てる――――――
―――――毛利ちぬ――――――
―――――毛利元就――――――

【毛利の重鎮】

―――――ザビエル――――――
―――――戯骸――――――――
―――――魔導――――――――
―――――式部――――――――
―――――藤吉郎―――――――

【危険な敵】

それはまるで水を吸い込む土のように。
じわじわと記憶の海から必要な事を吸い込んでいく。

――――ランス――――――――

【物語の主人公】

自己を形成していく。
足りないものを奪い、複製し、略奪し、共有する。

――――雪姫―――――――――

【最愛の人】

それは白に黒が混ざり込む行為ではない。
記憶の海の源泉から水を己へと引き込み自分の物とする。
世界で唯一の存在となるために。

今はまだ早い。
ならば眠ろう。機が熟すまで。
眠る事を許される程には優秀な宿主なのだから。




[4285] 第五話
Name: さくら◆491058f1 ID:d686609c
Date: 2010/11/08 16:03
死国と陸地続きにある毛利領、中つ国。
死国と中つ国との間には国境があり、両者間を行き来するには一つの大きな門を通るしかない。
だがその門は年に二回、呪い憑きや犯罪者を押しこむために毛利側から開けられる以外に開かれる事はなかった。

巨大な朱門。
それは死の地へと送る三途の川。
死国から脱出を図る龍馬達はその朱門をまもなく視界に収めようとしていた。

(もうすぐ…もうすぐだ……)

死国から脱出を図るキャラバンの指揮を取っているのは龍馬。
彼女が立てた作戦とはとても簡単な物だった。

まず集めた干し草を門の周りに敷き詰める。
そして特別に耳が良い呪い憑きに聴覚で毛利側を探らせ、守りが薄い時に干し草に火をつけるのだ。
そうすれば門に火が燃え移ったと毛利側が勘違いし、消火のために門を開けるという作戦。

冷静に考えれば門が少々のぼや騒ぎ程度で燃えるはずがない。
焦って門を開けるよりも周囲の村や部隊から人数を集めて消火するのが効果的。
しかし人間とは時に合理的な行動を取るのが難しい生き物だ。

単純だが成功するはずだ。
このキャラバンを引き連れる龍馬には自信があった。
そして現状ではこれ以上良作というか、脱出の作戦を考えつかない。

「な、なんだ」

「ん? どうした、ゴン?」

「も、門の前に。鳥がいっぱい」

キャラバンの中で身体能力に秀で、視力が最も良いゴンが不信げな声をあげる。
一体何事だと龍馬が訊ねると門の前に不自然なほど沢山のカラスの群れがいるという。
龍馬がぐっと目を凝らしてみてみると、確かに黒い塊が門の前にあった。

「っち、不気味だぜ…」

だんだんと近づいてくるにつれてそれがカラスの群れだという事がわかる。
そのカラスの群れはピクリとも動かず、龍馬達キャラバンをじっと黒い眼で観察していた。
そして先頭を歩く龍馬が近づくと一斉に龍馬にカラスの視線が集中した。

「うおっ、キモ!?」

小さく声をあげてシュッと手裏剣をカラスの群れに投げ込む。
門の付近であるために大きな物音をたてられないが、手裏剣程度なら問題ない。
彫像のようだったカラスの群れは風船が弾けるようにして門を飛び越えて逃げていった。

「よし、邪魔はいなくなったな。じゃあ朱女吾留、よろしく頼むぜ」

龍馬はくるりとキャラバンに向き直り、朱女吾留という老人の名前を呼んだ。
朱女吾留という老人こそ耳が異常発達する能力をもった呪い憑きである。
しかし龍馬の呼びかけに答える声はない。

「どうした朱女吾留……って。本当にどうした。顔が真っ青だぞ」

不審に思った龍馬が朱女吾留の姿を探すと、すぐに姿は見つかった。
しかし朱女吾留はキャラバンから一定の距離を取り、門に近づこうとしない。
それどころかブルブルと青い顔で躰を震わせている。

龍馬に理由訊ねられた朱女吾留は恐怖に震える声で悲鳴をあげた。

「無理、無理だよ…人数なんてわかるはずがない…
兵隊沢山いるよ……100や200じゃない、800人よりもっといるよ…‥」

「なんだと!?」

それは龍馬が予想していた数よりも遥かに多いものだ。
JAPAN中から流刑者が集められ、死国へと送られる時でも500そこそこといったもの。
それが通常の警備で減ることはあっても増える事なんてあるはずがない。

〈ギギギギギギギギ……〉

「な!? は?!」

龍馬の混乱に拍車をかける物音が響き渡る。
それは龍馬だけでなく、譲やゴンといった主要人物も目を見張って驚愕させられた。

それはそうだろう。
門が。決して年に二回だけしか開かれない門が。
龍馬達の目の前で重厚な音を響かせて開き始めたのだから。

「いや、本当に遅かったね。待ったよ」

人一人が通れる程度に開いた門の向こう側から一人の男が現れる。
頭髪は短くザンバラに揃えられ、顔はよくもなく悪くもなく普通の面。
ひょろりとした躰でとても武士には見えない男。

「ああ、皆ありがとう。もう門は閉めてくれて構わないよ」

その男の指示で開かれ始めた門はゆっくりと閉じ始める。
せっかく門が開いたというのに龍馬やゴン達は誰一人身動きが取れなかった。
それはそうだろう――門の向こう側には鎧兜を身に纏い、完全武装した兵隊達の海が見えたのだから。

「さてと。君が龍馬で間違いないかな?」

門から現れた男がにこやかに笑いながらキャラバンの先頭である龍馬に握手を求めて手を差し出す。

「お、おう」

この一連の出来事に不意打ちされた龍馬は目の前の男が誰かもわからないまま、曖昧に頷いて手を握り返すしか出来なかった。



「いやー、長かったな」

祐輔が死国門の前で出待ちを始めてから約三日間が過ぎようとしていた所だった。
門の向こう側に配下のカラスを配置し、自分と毛利で借りてきた兵士は毛利側で待機。
いい加減こちらから出向かなければならないかと考えていた所で門の前に人影ありとカラスが告げてきたのだ。

「じゃ、門開けて」

「了解っすぅううう!! アァァァアニキィィイイ!!!」

祐輔の言葉に野太い男達の声が答え、ギギギと重たい門が数十人がかりで開かれる。
一度兵士を借りに毛利へと戻った祐輔だったが、何故か一般兵モヒカンからアニキと呼ばれていた。
まったくもって意味がわからないが、言う事を聞いてくれるならいいかと祐輔は割り切った。
けっして考えるのを怖くなって放棄したわけではない。多分。

重厚な門が祐輔一人分だけ開く。
門が開いた先には大勢の人間が古いぼろ布を纏い、女子供を守るように屈強な男達が囲っている。
そして主要人物であろう先頭を歩く一団は呆けたように祐輔を凝視していた。

「いや、本当に遅かったね。待ったよ」

その先頭の集団の、更に一番前を歩く中性的な少女に祐輔は外行き用の笑顔で笑いかける。
明石はいわば前哨戦。今回の死国交渉こそが祐輔にとって本番なのだ。
ある程度シミュレーションが出来た明石と違い、まったくこちらは反応を予想できない。

「さてと。君が龍馬で間違いないかな?」

死国の戦力、呪い憑きの力は毛利と遜色ない精鋭だ。
非戦闘員がいる状態では力を発揮しきれないが、彼等だけなら織田の将軍達にも迫る力を発揮する。
これから魔人との苦しい戦いの中で是非とも欲しい人材なのだ。

「お、おう」

まだ衝撃が抜けきっていない龍馬の手を取り、祐輔は握手する。
こうしてトップと握手をするというのは現代でもわかる通り、心理的に重要な意味を持つ。
友好的な態度で祐輔は龍馬と交渉を開始すべく努力するのだった。



シンクロニシティという言葉がある。
直感、第六感と言い換えてもいいが、それは言葉を介さずに相手を読み取る行為。
言い方はどれでもいいが、龍馬は祐輔と握手した瞬間に祐輔が呪い憑きであると悟った。

「お前、呪い憑きだな…? 偶然こっちに送られてくる時期と被るってわけじゃねぇし。
お前一人のために門が開かれるはずがねぇ。お前なにもんだ?」

「…よくわかりますね」

「わかるさ。お前は俺らと同じ匂いがするからな」

祐輔からにじむ同種の匂いを感じ取った龍馬。
同じ呪い憑きであるというのに毛利兵に指示すらしていた。
龍馬にとって祐輔に抱く感情は不信でしかない。

一方祐輔は祐輔で少し驚いていた。
呪い憑きであるというのはそんな簡単に感じ取れるものなのかと。
それと同時に龍馬の目に映る猜疑の思念に困ったとため息をつく。

祐輔はここに交渉をしにきたのだ。
龍馬にもたれた感情は交渉で有利に働くはずがなく、邪魔でしかない。
しかしこれだけの人数がいる中で龍馬しか口を開いていないという事は原作通り龍馬が実権を握っていると見ていいだろう。

「自分もわけあって呪われてしまいましてね。自業自得なんですが。
本来ならここに押し込まれる筈でしたが、運良く毛利家に拾われまして。
今日は貴方方にいい話があって話し合いをしに来たのですよ。代表は貴方でよろしいんで?」

「拾われただと…?」

「その辺はおいおい話し合いで説明しましょう。出来れば一対一で話したいのですが」

あちらで話をしませんかとより門に近い場所を指差す祐輔。
対して龍馬は次々と詰め込まれる祐輔の情報に処理が追いついていない。
呪い憑きであるというのに毛利で拾われ、兵士を使える立場まである。わけがわからない。

「ちょっと。黙って聞いていれば好き勝手言ってくれるじゃない」

「あなたは?」

あたまに疑問符を浮かべて思考停止している龍馬を見かねたのか、キャラバンの一団から着物を着崩したエロイ姉ちゃんが前に出る。
ほほぅ、これは中々…などとやましい事を考えながら祐輔は女性の胸から目を話せない。

「川之江美禰。私の名前さ。あんたこそ名乗りなよ。あんまり私らを嘗めないで欲しいね?」

「これは失礼を。俺は森本祐輔。毛利からある程度の権限を預けられてきました」

「へぇ…毛利の、ね。なるほど、あそこの殿サマはたしか呪い憑きだっけ。
それならあんたみたいな呪い憑きでも暮らしていけるかもねぇ? ……それとそろそろ胸から視線外しな。露骨すぎるよ」

「すんませんっした!!!!」

完全にバレてる。
祐輔は龍馬からターゲットを美禰へとうつし、腰を70度にして頭を下げる。
謝り慣れているというべきか、それは洗練され見事な美しさを持っていた。

「い、いや。そこまで謝らなくとも…変な奴だね」

まさか男で侍が女である自分にこうまで謝るとは。
変な奴と美禰がクスリと笑う一方で、祐輔は頭を下げつつも相手を観察する。

(彼女が川之江美禰、か…やっぱり死国の頭脳はこの人かね。
さりげなく毛利の情報を龍馬に渡しているし、立ち直るまでの時間まで稼いでいる。
こりゃ龍馬に入れ知恵される前に引き離してさっさと交渉したほうがいいな)

最近加速度的に腹黒くなっている祐輔。
よもや見事な謝罪の裏でこんな事を考えているとは思うまい。

「ま、そんなわけでして。ここに押し込まれている皆さんに大事な話を、ね」

「ならここで話な。私等の事は私等全員が決める」

「いやはや、そういうわけにもいかないわけで。
俺はそちらの代表者である龍馬殿とサシで話す必要があるんですよ。
それが嫌なら結構、俺はすぐにひっこみます。この劣悪な環境の中に死ぬまで閉じ込められてもらいますよ」

「………」

「………」

からみ合う視線。
両者共に険悪な表情はしていないが、内心はどうやら。
会話に入っていけない譲やゴンは固唾を飲んで見守るしかできない。

「いい、美禰。俺が話してくる」

「けどね、龍馬」

「いいからさ」

一歩も引く気のない両者を見かねて龍馬が二人の間に割って入った。
ヒラヒラと手を振り心配すんなと美禰に告げ、祐輔に向き直る。

「じゃあ話を聞こうじゃねぇか」

「話が早くて助かりますよ。ではあちらで」

祐輔は死国門に連なる外壁の一部分を指差し、そこへ誘う。
こうしたちみっちぃ事は苦手なんだがなと毒づきながらも龍馬は祐輔に従った。



「かくかくうまうまうまというわけで毛利にお世話になってるんですよ」

「ほー…まるまるさんかくというわけでな。運がいいな、お前」

何事もまずはお互いを知ってからというわけで。
祐輔は自分を信用してもらうため、簡単に自分の境遇について龍馬に説明した。
自分が呪い憑きである事、偶然毛利のご息女を助けた事、拾われた事。

龍馬も同じ呪い憑き。
それがどれだけ大変な事であるか、珍しいケースであるかも理解できる。
そのため最初の頃と比べて幾分顔の険が取れていた。

(そろそろかな…)

ほどよく空気は暖まった。
これならある程度は話してもすぐにキレられたりはしないだろう。
そう祐輔は判断して龍馬に話を切り出した。

「そこで毛利から一つ提案があるんですよ。
今魔人という恐ろしい存在が復活したのは説明しましたよね。
こちらとしては魔人と闘う際に死国の皆様に協力して頂きたいのですよ」

「ならまずは俺達をここから出せ。話はそれからだ」

「んー、それはそれで難しくて…まずは話を詳しく聞いてくれませんか?」

とにもかくにもまずは死国から解放しろ。
そう要求をしてくる龍馬を軽くいなし、祐輔は話を続ける。
何も考えずに龍馬達を解放すればそれこそ猛然と喉笛に噛み付いてくるだろう。

「最初に龍馬殿やキャラバンの皆さんを無条件で解放する事はできません。これは断っておきましょう」

「――あぁ? オイこら、ふざけてんのか」

「無条件ではと言ったじゃないですか。そんなに怒らないでくださいよ」

みるみる内に眉が釣り上がって行く龍馬。
機嫌が悪くなっているのは見ての通りだが、一応まだ話を聞く態勢は崩していない。
これは話を切り出す前にこちらの情報を渡しておいて正解だったなと祐輔は胸を撫で下ろした。

「こちらには非戦闘員である女や子供、老人を保護する用意があります。
暖かい食事、寝床を死国門の付近ですが作りましょう。もちろん毛利側に。
ですが龍馬殿やゴン殿のように戦闘員は簡単に門を通すわけにはいきません。こちらも貴方方が恐ろしいんですよ。反乱を起こされたらたまりません」

内容を補足するなら、祐輔は非戦闘員を毛利側に集め難民キャンプをつくろうというのだ。
龍馬達のキャラバンにおいて脚を引っ張っているのは子供や老人などの非戦闘員。
ならば彼等を保護すれば龍馬達は死国門の中でも苦しいだろうが生活できるだろうという判断。

「もちろん龍馬殿達にも食事の配給を行ないます。
定期的に投石機でそちら側に米や食料を投げ入れます。そちらは不毛の地と聞きましたので」

決戦の前に痩せ細られたらたまらない。
そのため門の内側にいる龍馬達に対する支援も祐輔は忘れていない。

これだけの食料や物資をどうするのかという疑問は当然だろう。
ない袖は振れない。食料や資源は雨水のように無限に湧いてくるわけではない。
だがここで明石との降伏条件に繋がるのだ。

明石を臨時の食料や資源の備蓄基地とし、そこから死国へと回す。
作物の収穫は男手が減ったとはいえ、今期に限れば女子供や老人でも充分に出来るだろう。
多くの成人男子が戦死した今、明石での余剰食料はそれなりにあるはずだ。

それを死国の難民キャンプや支援に積極的に回す。
それが祐輔がこの一連の流れで考えついた策だった。

「貴方方主戦力の皆さんは向こう側にいてもらいますが、それもご了承願いたい。
もっともずっとそのままというわけではありません。有事のさいに前線に出て頂く事を前提条件。
そして戦で充分なほどに活躍して頂ければ死国門の外に領地を約束しましょう」

「……オイ」

ここで原作の知識が生きてくる。
死国勢がある程度の戦力を持っている以上、門の外に一旦出れば他国からの介入は少ない。
また原作通りにわざと奪われるように見せかければ毛利に対する批判も少なくすむだろう。

「もっとも、それは魔人の件が片付いてからになるでしょうが」

「オイ」

ただでさえ血気盛んな国どうし、最悪ザビエル戦を前に戦をする可能性もなくはない。
ここで原作通り温和に進むだろうと見るのは楽観視すぎる。

「おい!!」

「…なんですか?」

ここまで意図的に無視し続けてきた祐輔だが、龍馬が声を張り上げたのを見て限界かと話を切り上げる。
こういった話は一貫性を持たせて説名したほうがわかりやすい。
そう思った祐輔だったのだが、龍馬が青筋をたててキレかけているのを見て流石に止めたのだった。

「なんなりと質問をどうぞ。俺の話はここまでなので、何でも質問して下さい」

どーぞどーぞと祐輔はWelcomeとばかりに龍馬を促す。
そんな祐輔の態度に尚更龍馬は腹が立ったのか、それは怒声に近い声だった。

「それは―――それは、俺達にお前の犬になれって事か!? あア!?
しかも人質として家族を差し出せと!! お前らはそういうのか!!??」

「……否定はしませんよ。見方が変われば、そういう一面に見えるでしょう」

毛利側で保護するという名目で集める難民キャンプ。
それは激昂する龍馬の言葉通り、当面龍馬達が裏切らないようにするための保険。
彼等の結束は高いと見ていた祐輔が考えた外道と罵られても仕方ない策だ。

しかし毛利側にはあっさりと認められる。
この時代、同盟国相手に裏切らないようにするための保険として政略婚するのは当たり前。
お前当たり前の事何言ってんの? と逆に馬鹿を見る目で見られたくらいだ・

「ふっっっっっっっっっっざけんじゃねぇえええええええ!!!」

「うがっ!?」

龍馬がいきなり怒鳴り散らしたせいで祐輔は思わず耳をおさえる。
それはとんでもない声量で、少し離れた場所にいる譲やゴンもビクリとしたくらいである。
それを至近距離で耳に叩きつけられた祐輔は頭がキーンとしてくらくらした。

「人質差し出して俺達はてめぇらが用意したおまんま食えってか!?
ふざけんな!!! 俺達は呪い憑きだがな、鬼畜生じゃねぇんだ!! 身内裏切れるかってんだ!!!」

「ちょ、おま、落ち着いて…何も聞こえないからね、マジで」

耳が麻痺して聞こえない祐輔に対して怒鳴り続ける龍馬。
しばらくこの構図が続いたが、流石に龍馬もこのまま怒鳴っても意味がないと悟ったらしい。
ハァハァと肩を上下させて鋭い眼光で見据える龍馬に多少ビビリつつ、祐輔はやっと回復してきた聴覚を再始動して確認をする。

「つまり交渉は決裂という事でいいですね?」

「ったりまえだ、このゴミ野郎。つまらねぇ話聞かせやがって。
てめぇも呪い憑きなら、わかるだろ。俺達はこんな糞みてぇな場所から這い上がる。
施しは受けねぇ。自分たちの手で上がり詰めてやるさ」

それはこの交渉が失敗であるという事を。
龍馬が誇り高い事も知っていた。この地が余所者に厳しく、仲間の結束が強固な事も。
しかしこの条件以外では死国門に龍馬達を閉じ込めるしか方法がなくなる。

それゆえ祐輔はこの交渉(シナリオ)を決めた。
―――――失敗するという結末すら、交渉の中に入れ込んで。

「そうですか」

いとも簡単に龍馬から目線を外し、くるりと少し離れた位置にいるキャラバンに向き直る祐輔。
まるでもう興味を失ったと言わんばかりの行動に龍馬は口をつぐむ。

(何をする気だ…?)

交渉がしたいと来たわりにはあっさりと引き下がりすぎる。
肩透かしをされたと同時に沸々と嫌な予感が龍馬を包む。
そしてその嫌な予感は正しかった。

「よく聞いてください、皆さん!! 毛利は貴方方を条件次第で迎え入れる準備があります!!
門の向こう側には暖かい食事、外敵に怯える事なく眠れる住居、肥えた土地が!!!」

「んな!?」

先程の龍馬に負けないくらいの、喉が張り裂けるくらいの大声で祐輔が呼びかけたのだ。
龍馬と二人で話をしたいと言って伝えた内容を。

「これは嘘でも冗談でもない!! 明日から一週間、毎日食事を門の向こう側から投げ入れさせよう!!
我々は敵ではない、貴方方の味方です!! 貴方方が条件さえ守れば喜んでこちら側に招き入れましょう!!!」

何故祐輔がこんな行動を取ったのか。
それは人間という生き物の性質を逆手にとったもの。
人間とは苦痛よりも快楽のほうが抗う事が難しい。

これが拷問であれば死国の人間全てに耐性があるだろう。
だが暖かい食事を毎日与えてくれる存在、鬼や妖怪に怯えずに過ごせる日々。
その甘い毒はまるで蜜のようにねっとりと、心の弱い者から侵食される。

その毒に犯された者は不満がたまれば声高々に叫ぶだろう。
何故毛利と手を結ばないのかと。龍馬達がいくら条件を説明しても聞き入れないだろう。
龍馬達が今の地位を奪われないため、ウソをついているのではないかと勘ぐって。

「てめぇ…!」

してやられたと龍馬は祐輔を睨みつける。
やられてから気づいた。祐輔の目的は龍馬達の間に亀裂を生じさせる事なのだ。

「すみませんね。こっちも失敗するわけにはいかないんで」

毎日のように食事が投げ込まれれば、毛利側が本気だと信じる人間も増えるだろう。
毛利側に呪い憑きや厄介者の自分たちを迎え入れる準備があるのだと。

だがその援助も一週間で打ち切られる。
龍馬の秘策は祐輔に見破られ使えず、いつまでも突破口は開かない。
憧れの向こう側を阻む門の前でいつまでも生活しなければならないのだ。

仮に死国の集落に戻ったとしても再起しようという気力はおきまい。
人間というのはただの絶望より、希望を打ち砕かれたほうが神経的ダメージは大きい。
龍馬はリーダーという地位を剥奪され、次のリーダーに龍馬ほどのカリスマはあり得ない。

「それでは俺はこの辺で。一週間後、同じ時間にもう一度来ます。
その時に交渉の返事でも聞かせてくださいよ」

「………」

「そして最後に一つ。干し草でぼや騒ぎ、本当に火をつけても門が完全に燃えるまで一日はかかります。
ぼや騒ぎに乗じてこちら側に乗り込むなんて作戦、通じると思わないで下さいよ。
俺がいる限り門を抜けるには正面突破しかないと考えておいてください」

つまり祐輔のシナリオがここまで進められた時点で龍馬はツミなのだ。
ここで龍馬が一発逆転の秘策でも考えつかなければ。

これで終わりだと祐輔は去っていく。
その忌々しい背中を龍馬達に見せつけて。
龍馬は黙って歯噛みしながらその背中を見送るしかなかった。













「え、あれ、ちょ、え? お、俺だよー?
ほらほら、カラスの合図に気づかないのかなー?」

しかしその背中がしょぼくれた物に変わるのはすぐだった。
祐輔があらかじめ決めておいた合図をしても門が開く気配はまったくない。
今までの余裕の表情から一転、冷や汗を流しながら祐輔は必死に門を叩く。

「え、ちょ、ワロエナイよ!? 見捨てられたの、え!? ウソん!!??」

バンバンバンバン。
祐輔が手で門を叩くたびにキャラバンや龍馬からの視線は冷たくなる。
ああ、こいつ捨てられたんだな。哀れな。やっぱりね。そんな視線に。

祐輔の冷や汗は留まるところを知らない。
何故なら祐輔は自分に自信がないのである。

「もぅ勘弁してくださいよぅ、イジメないでくださいよぅ……」

シクシクシク。
さめざめと祐輔が本気で泣き始めた時。
ようやく死国門がゆっくりと開き始めた。

「だーーっはっっはっはっは(笑!!!  こいつマジ泣きしてやがる!!!
ひーーーーー!!! おもしろすぎる!!!」

死国門の毛利側には腹を抱えて大爆笑した吉川 きくの姿が。
実は毛利の兵を貸しだしたのに帰りが遅いので、きくが偵察にきたのである。
タイミングがどんぴしゃだったので、どうせだから祐輔をからかおうという事になったのだ。

「………」

「あはっ、あははははははははは!!! はぁはぁ…わりわり、あんまりにも情けねぇ面してたからさ」

呆然とした顔で見上げる祐輔。
その目に涙の跡がついているのを見て流石に悪いと思ったのか、笑いながらきくは謝った。

「よがっだーー!! ずっどごのまま死国でずごずのがどおもっだーー!!
現代人の俺にごんなどごろでずごぜるばず、ないわぼげーー!! ぜっだいイジメられで野だれ死ぬわーー!!
あいじでるーー!!」

「うわっ、汚ねっ!? この、くっつくな!!」

だがその笑いも再度嬉し泣きしながら祐輔に抱きつかれ、きくの笑顔は崩れ去る。
最後はまったくしまらない終わり方で祐輔とその一行は去っていった。



「なぁ…あいつ、本当に毛利の使者なのか?」

「そうっぽいぜ。なぁ姉ちゃん?」

「ああ、ありゃ毛利の三姉妹の次女だよ。
その姫さんとあれだけ仲良くしてるって事は…あいつもお偉いさんの一人に間違いってわけみたいだね。
それにしても向こうも嫌らしい条件を出してきたもんだ」

「聞いてたのか?」

「おいおい龍馬、こっちには朱女吾留がいるんだぜ? 
お前らの会話なんて丸聞こえだっつーの。で、なんで嫌らしいんだ?」

「あんたね……聞く限りじゃ龍馬の考えた作戦は見抜かれてたんでしょ?」

「…そうなるな」

「ならその作戦で門を抜けるのは無理。それ以外の方法は?」

「………」

「ない、んだろうねぇ…なら向こうの条件をのむか、こっちが引くしかない。
けどこっちが引いたら、もう一度何かしようっていう気力は湧かないと思う」

「まずいじゃん」

「まずいな」

「だからそう言ってるでしょうが、この馬鹿二人!!」

ゴチンゴチンと龍馬と譲の頭に鉄拳が入れられる。

「これからどうするか考えないとねぇ…」



[4285] 第六話
Name: さくら◆491058f1 ID:d686609c
Date: 2010/11/08 15:53
整理してみよう。
祐輔の長所とは何か。
他者より秀で、アドバンテージを持っている部分だ。

まずは原作知識。
これはこの世界に祐輔のみが持っており、使い方次第ではどれだけでもチートできる代物。
展開がある程度わかるものの確定ではないという欠点はあるものの、今のところ大きく違う事はない。

次は危機察知能力と付随する脚力。
とある事情により彼は命の危険がある場合に限り、一つの極みとも言える速さで動く事ができる。
また命の危機を察知する能力は敵の真意を探るのに役立つ場合もある。

最後に現代で培った算学知識と高等教育を受けた事による高い知識。
一応大学まで進んでいるので、それなりの学力があるのだ。
祐輔はこの三つの武器をフル活用して戦国時代を生き抜いているのだが―――

「アニキ!! これもお願いしやす!!」
「アニキ!! てるの姐御がこれを昼までに片付けておけって!!」
「「「「アニキ、アニキ、アニキアニキ!!!」」」」

「ああ、うん……そこ置いといて……」

今現在祐輔は最後の強みをフル活用させられていた。

祐輔が死国へ行くさいに毛利の兵を借りたのは覚えているだろうか。
毛利てるは兵士を貸しだした祐輔に報告書を提出するように求めたのである。
それは当然であり、毛利てるはこの時点では特に何も考えずに報告書の提出を命じたにすぎなかった。

だが毛利てるの顔色が変わったのは祐輔の報告書を見た時の事。
その報告書には遠征にかかった費用、事細かに書かれた宿泊地点や村の名前。
またその報告書にプラスして明石からの年貢徴収の見込みやそれを死国へ回す配分に関しても概略だけだが付け加えられていた。

これは現代知識だけでなく、浅井朝倉での経験が実に生きていた。
数ヶ月の間だけとはいえ祐輔は国政に携わる一郎の手助けをしている。
そのためおおまかにだが年貢の見込みや分配なども出来るようになっていた。

【こいつ、使える】

脳筋ばかりの毛利において掘り出し物を見つけた。
その時の てるの笑顔といったらまるで獲物を前に舌なめずりする猛獣のようだったと一般兵は語る。
俗に言う笑顔とは本来獰猛な顔だったというアレだ。

それはともかく。
今祐輔の目の前には書類の山がそびえ立っていた。

(これ、三年前の村の戸籍調査じゃないか…あ、こっちは五年前。
いったいいつからまとめてなかったんだよ。よくこれで国が保っていたなぁ)

今現在祐輔がしているのは毛利の各村戸籍調査を最新の物にまとめ、年貢との齟齬がないか調べている。
はっきり言おう、これは国の根幹をなす重大作業である。国に来て一ヶ月たってない者にやらかす仕事ではない。
しかしそれ以上に祐輔へと投げっぱなしにするほど、適当にそれらがされていた。

たとえば祐輔がこんな事俺に任せていいのかと訊ねた時もこんな感じだった。



【そんなもん一々一年ごとに更新してられっかての。めんどくせー】

【ま、マジで…? じゃ、じゃあ年貢をちょろまかしたり、流れ者が住み着いたりした場合の追加年貢は?】

【あー…どうしてんの、てる姉?】

【む。特に気にした事はないな。年貢は足りるだけあればいい。
もし足りない場合があれば直接追加で取り立てにいけばいいのだからな】

【Oh……】

きっと最初に遭遇した村はそんな感じで年貢を取り立てられて暮らしていけなくなったんだろうなぁ。
祐輔は思わず呻きながら魂を飛ばしかけた。

【じゃ、じゃあ戦の徴兵は? それは各村の統計が出てないと困るでしょう?】

【はっはっは、何言ってんだお前。
戦になったら戦える奴は何言わなくても勝手に城に集まってくるっての】

【うむ。今まで急に減ったりする事はない。むしろ増えている】

【OH……】

ど う し て こ う な っ た 。
祐輔は考える事を放棄して、遠くを見つめた。



「ああ、それとそれ、てる様に持って行って。
とりあえずその区画はまとめたから。あと去年の調査書がないから探してきてくれないかな?」

「了解です! アァァニキィ!!」

「「「ヒャッッフーーーーーー!!」」」

祐輔が手渡した書類をもってモヒカン兵士がばっと走っていく。
その先頭を走るモヒカンに続いてその他モヒカンが楽しそうに叫び声を挙げて続く。
その様子を死んだ魚のような濁った目で見つめながら、祐輔は次の書類へと取り掛かった。

どうにも自分は過大評価されているらしい。
先日の追いかけっこが尾ビレ背ビレついて大きくなってしまい、祐輔はとんでもない人間のように広がっている。
更に今まで毛利にいなかった頭脳派。これはもうアニキと呼ぶしか無い。こういう事らしい。

「ふぅ……」

作業に一段落した祐輔はごろりと横になる。
目に疲労が溜まっているのか軽く指で揉み、こきこきと首を鳴らす。
あばばばばーーとわけのわからない呟きを漏らし、天井を見つめる。

「思えば遠くにきたもんだなー……」

こうしてぼーっと天井を見つめると意味もなく昔を思い出す。
始まりはいつで、終わりはいつだったか。死んだと思っていた自分が思わぬ奇縁でこの世界にいる。
そういえば記憶はないが、自分は川を流れてきたのだったか。

「そんでもって太郎君に拾われて、村が焼かれて」

山本五十六の弟、太郎と出会い、彼の村が足利超神の陰謀によって焼き払われる。
命からがら祐輔と太郎は逃げ出し、無我夢中で逃げ出した先で発禁堕山と出会う。
異能の力に触れ、道に迷いながらも浅井朝倉へと流れつく。

「一郎様も元気にやっているのかな」

祐輔はその優れた算学能力を買われて事務仕事を任される。
そこで祐輔は浅井朝倉の後継とも呼べる朝倉一郎の助手につく事になる。
その一郎の後ろに付いて歩き、種子島への条約締結にまで連れだされた。

「柚美や重彦のおっさんは元気でやってそうだけどな」

その先でぽろっと未来知識を零してしまい、種子島にしばらく逗留させられる事に。
しかしその生活も楽しいもので特に辛いと思う事もなかった。
だがこの辺りで祐輔の人生がおかしな方向に転がり始める。

「そうなんだよな…ランスさえ来なければなぁ…」

大陸からのランス襲来。
瞬く間に織田の実権を握ったランスは他国へと侵略。
JAPAN1の美女と名高い雪姫のいる浅井朝倉にまでその手を伸ばす。

「ゲームやっている分には嫌いじゃないけど、攻められる側になると嫌な奴なんだよな」

大恩ある祐輔は浅井朝倉を救うために種子島を出発。
己の非力を補うためにその躰を呪い憑きにまで変えて新たな力を得る。
織田との激戦をへて、なんとか和平交渉にまで持ってきたのだ。

「…………」

その後は知っての通り。
呪い憑きとなった祐輔は浅井朝倉を出向する。
毛利へと流れ着くも、魔人の野望をくじくために再び織田へ。
香の危機を救うが魔人を倒すまでには至らず、現在に続く。

「あの方は元気にしている、のかな―――」

すっと目を閉じるとすぐに瞼の裏に再生できるその姿。
まるで初雪のように柔らかく、白い肌。腰にまで届き、透き通るような蒼い髪。
薄く微笑んだ笑顔は誰をも魅了する美貌。

「雪姫、さま」

ランスの手出しさえなければ元気に暮らしているはず。
祐輔がこの世界に来て淡い恋心を抱いた、高嶺の花。
彼女の最後の顔に憎悪の感情が灯っているのを心苦しく思う祐輔だった。

「――――キ!! アニキ!!」

「…ん?」

思考に没頭するあまり祐輔は自分を呼ぶ声に気付いていなかった。
ん…っと上半身を起こしてみると、イエローモヒカンが神妙に座って祐輔を呼んでいる。
随分長い間ぼーっとしていたみたいだなと祐輔は眠気を散らす。

「ごめん、ごめん。それで何?」

「てる様がお呼びです。なんでも新しい仕事だとか」

「OH…」

まだ仕事が増えるのか。
このままだったら過労で倒れるぞと祐輔は思いながらも、ヘタレな祐輔は断れない。
すぐに行くと伝えると、移動するために書類を片付けて祐輔も部屋を後にした。

―――この時祐輔は知らなかった。この日がJAPANで一番忘れられない日になるとは。



やれやれ。また厄介な事になったぞ。
さきほど出会った てるに言い渡された新たな任務に頭を悩ませながら祐輔はある部屋へと赴いていた。

【それはというのもだな。お前に他国との使者との橋渡しをしてもらいたい】

要するに使者の対応を任せた、と言われたのだ。会って分かりやすく自分たちに翻訳しろと。
いやいや、それはおかしいだろ。それは国の未来を左右させるくらいの大事なのだから、自分で対応しろよと。
そんな感じの事を歪曲かつ遠まわしに てるへ伝えた祐輔だが。

【そも、以前なら使者など来なかったのだ。
それというのもお前が明石を降伏させたというのが他国に知れ渡ったせいだ。
その責任を取れ、と私は言っているのだよ。なに、お前が対応せぬというのなら以前と同じく、門前払いするのみよ】

そう言われたら祐輔としても引き受けざるをえない。
以前なら門前払いしていたのかよというツッコミを飲み込んで。
使者など立てず、文句があるのなら攻めて来い。いかにも毛利らしい対応だなぁと思いながら。

「っとと、ついたな」

考え事をしながら歩いていたら、あっという間に目的の場に辿りついた祐輔。
まいどお馴染み大広間兼謁見の間である。使者と面会する場合、最も適しているのはこの部屋。
どこの城でもこの部屋の作りは変わらないなと祐輔はちょっとした感想を持った。

「ところでキミ、どこからの使者で名前とかわかる?」

「うえ!? 自分ですかい!? なんか東から来たとかなんとか言っていたような…」

「範囲広すぎワロタ」

それとなく部屋の前で警備していた兵士に訊ねてみたが、帰ってきたのは漠然とし過ぎた答え。
この毛利の西には島津しかない。なんかこんなのばっかりだなと祐輔は笑うしかない。
だが毛利の馬鹿は心地良い馬鹿ばかりなのでそんなに嫌いではないが。

「さて、どこの国の人が来るのかね」

あわよくば原作で出演している人間が来てくれれば助かる。
原作知識のある祐輔にとってはその人物の思惑、性格が初対面でも察知できるのだ。
ちょっとドキドキしながら祐輔は謁見の間の扉を開いた。



「おいババァ!! 水と食料を寄越せ!!」

「はいはい、いつもの団子セットでいいんだね? ちょっくら待っておくれよ」

〈パタパタ…〉←茶屋の老婆が奥に戻る音

「あの……もし…」

「ん? 誰だ、お前? ここら辺じゃみねぇ顔だな」

「あの、毛利の兵士の御方ですか?」

「おうともさ!! 毛利のベストモヒカン候補生とは俺の事よ!」

「良かった…私、―――からの使者を仰せつかった者です。城まで案内して頂けますか?」

「ああん? 使者? 毛利は使者とは会わねぇ――って、そういうやアニキがいたな。
よっしゃ俺に付いて来い!! ババァ、団子セットはナシだ!! 仕事が出来た!!」

「貴方に感謝を。それではよろしくお願い致します」



大広間には既に使者と思しき人が一人、頭を下げて礼を尽くしていた。
東から来たと言っていたけど、はてさて。どこの国から来たのやら。
年齢はおそらく俺よりも年下で、顔立ちもどこか見覚えがある。そうそう、数ヶ月一緒に暮らしていた太郎君によく似て―――って。

「太郎君かよ!!」

「え、祐輔さん!?」

俺は思わずズビシッとツッコミを入れてしまう。
誰だってそうなる。俺だってそうする。それは何故か。
だって使者として毛利に来たのが他ならぬ太郎君だったのだから。

「ああ、なるほど、そういう事ね。織田からの使者って事なのか?」

「ええと、そうなのですけど……まだ何も言っていないのに良くわかりますね」

まだちょっとポカンとしている太郎君に気楽に話しかける。
いやいや、こっちもびっくりはしているんだけどね。驚きましたよ。
けれど想定外とまではいかなかったわけで、そこまで動揺はしていないという事なんデスヨ。

嘘。実は動揺していたりする。

しかしながらある程度予想はできていたり。
明石を降伏させたとなれば、織田が西に侵攻するにあたって一番の障害となるのはこの毛利。
なら何らかのアクションがあるのは必然。それが太郎君だとは思わなかったけど。

「つもる話もあると思うけど、それはとりあえず後にしようか。
織田からって事は何か伝えないといけない事があるんじゃないのかな?」

「え、あ、その、その通りですけど…よく落ち着いていられますね?」

「はははっ、色々と鍛えられたからな」

なにか気に食わない。のび太の癖に生意気だ。
そんな雰囲気を滲ませながら納得のいかない様子の太郎君をいなし、本題へ。
太郎君はともかくランスが持って来させた内容だ。どんな物が来るかわからないし…。

若干身構えつつ、俺は太郎君と会話を交わすのだった。



一体どんな内容が飛び出してくるのかと身構えていた祐輔だったが、それは見事に肩透かしをくらった。
それもそうだろう。祐輔は毛利に持ってきた話だと思っていたのであるが、太郎が持ってきたのは祐輔に関する話。
てっきり三姉妹とヤラせろとかいう話だと祐輔は思っていたわけである。

「俺が織田にねぇ…」

「けっして悪い話ではないと思います。むしろ良い事ずくめだと思いますよ。
武将としてではなく客人扱いでの待遇ですし、文官として仕事をするなら陰口を叩かれる事もないと思います。
祐輔さんの身の保証は香様預かりとなりますから…ランス殿でさえ、手は出せないはずです」

祐輔とランスとの仲は最悪であるのは織田で有名な話。
そこで祐輔が織田に来るのであれば香の客人として扱う。
これならランスでさえ迂闊に手を出せないし、出そうとするかもしれないが周りが止める口実となる。

それらを踏まえて祐輔に熱弁をふるう太郎。
だがその太郎の意気込みと反比例して祐輔の顔は険しい。
かつて矛を交えた間柄。そう簡単に両者の溝は埋まらない。

「それに織田には美人が多いですよ。祐輔さんでも嫁が見つかるもしれませんよ?」

「ハハッワロス。織田の美人さんは全部ランスのお手つきでしょ」

「…それがそうでもないから、僕が悩んでいるわけなんですが」

「? 何か言った?」

「いいえ、何も!!」

ケッ! 僕の姉上が嫁入りも考えているんですよ、このボンクラが。
内心の葛藤を胸に抑えこみ、祐輔を色方面でも釣ろうとする太郎。
祐輔のおっぱい好きは太郎も良く知っていたので、当然といえば当然である。

「いやま、太郎君には悪いけど織田には行くつもりはないから」

「そうですか」

「やけにあっさり納得したな。もうちょっと引き下がったりしないの?」

「だって半分そんな気がしましたしね…」

きっぱりと断った祐輔の言葉にですよねーとあっさり頷く太郎。
そのあまりの太郎の引き際の良さに逆に祐輔がびっくりしたくらいである。

「けれど僕も簡単に帰るわけにはいかないんです。香様の命ですから。
しばらくこの辺に滞在する予定ですので、気が変わったらいつでも言って下さい」

太郎も毛利に来る道中色々考えた。
確かに自分は祐輔と共に暮らしたいと思うが、それは祐輔の意思を無視してではない。
ならば太郎に出来る事は祐輔に選択肢をあげる事。

太郎が許される限り毛利にいれば、それだけ祐輔に織田へ来るという選択肢が生まれる。
ここで断っても祐輔は織田へ来る事は不可能ではないが、香庇護下というランス対策が薄れてしまう。
それに香の前で啖呵を切ってしまった以上、そう簡単に帰れないというのもある。

「では僕はこれで一度失礼します。御目通り感謝します」

「いやご苦労でした、織田の使者殿。ご逗留中は我らの城の一室をお使い下さい」

「それは助かります」

これを潮時と見た祐輔と太郎は形式的な礼をして別れる。
二人共使者という立場を忘れたわけではないので、これは当然。
ではと一礼して部屋を出ようとする太郎に祐輔は一声かける。

「―――あとでゆっくりお茶でも飲もう。太郎君と離れて色々あったからね」

一度目は浅井朝倉、二度目は魔人戦。
いずれも祐輔は二度と太郎と再会する事はないと思い別れた。
それがこんな形で再開するなんて、なんという因果か。

「―――はい! 楽しみにしています!」

元気よく返事をした太郎と祐輔は互いに快活に笑い合った。
この再会に感謝をと。出来るなら争う事がないようにと。



「あー、驚いた。心臓に悪い展開は色々あったけど、想定内だったからな。
想定外でこれだけ驚いたのは本当に久々だわ」

「アアァニキィ!! 次の奴を入れてもいいですかね!!?」

「…え? もう一人いるの?」

「? 言ってなかったっすか?」

「言ってねぇよ!! そういうところをちゃんとしてこようよ!?」

「りょ、了解っす!」



思わずモヒカンをSEKYOUしてしまった祐輔だが、自分は間違っていないと言い聞かす。
この毛利にいると精神年齢が退化してしまっているように思うのは内緒だ。
それはともかくと益体もない考えを棚に置き、次の使者を部屋に招き入れる。

「すみません、使者殿、お待たせしまして。それで今日は如何様な―――」

〈ズドン!!!〉

そう。ズドンである。
祐輔が使者を招き、最初の挨拶をした返答は銃声だった。
祐輔はにこやかな顔のまま凍りつき、そのままそーっと自分の足元を眺めてみる。

(OH…度肝抜かれたZE)

なんてこった。
殺気がなかったので全く反応できなかった祐輔だが、足元の畳には生々しい銃弾跡が。
会談の開始早々に銃弾ぶち込まれると思わない。誰だって思わない。

「ちょ、ちょっと、あんたなぁ―――」

非常識にもほどがあるだろうが!
そう怒声を浴びせようとした祐輔だが、そこではたと動きを止める。
そもそもが銃だ。思考停止せずに少し考えれば、銃の時点で誰かわかるはずだ。

「あわ…………あわ…あわわ…………」

怒鳴ろうとした先には見覚えのあるおかっぱセーラー服の美少女が銃を構えていた。
セーラー服の下にはスクール水着を着た彼女は珍しく目をグルグルさせ、動揺を顕にしている。
よくよく見れば少しだけ頬に赤みがさしている気がしないでもない。

「よ、よう…久しぶり?」

祐輔は久々に会う少女――柚美にぎこちなく笑いかける。
あんまりにも久々過ぎたので何を話していいかわからず、これでいいのかもわからない。
だから取り敢えず笑ってみた祐輔だったが。

「……………」〈チャッ〉

「だから無言で銃を構えるな!!」

対する柚美も何をすべきかわからないので、取り敢えず銃を構えてみた。
それと同じノリで撃たれたら堪らないと祐輔は必死に訴える。

「お前使者だろ!? 使者だよな!? だったらいきなり銃撃つな! それじゃ鉄砲玉になるだろうが!!」

「………はっ!」

「今気づいたの!?」

まるで今気づいたかのように目を丸くする柚美。
こりゃえらいこっちゃと祐輔はキョロキョロ周りを見渡してみる。
使者との会談中に銃声。問答無用で柚美が無礼討で処刑されてもおかしくはない。

「な、なんだなんだ?」
「アニキと使者の死合だぁぁああ!!」
「絶対見逃せねぇええええ!!!」

ワイワイガヤガヤ。
いつの間にかギャラリーが出来上がっていた。

「ああ、そういえば、ここ毛利か……なら何も問題はないな…」

「もんだい……ない…の……?」

「ああ、問題ない。大丈夫だ」

そうなの? うん、マジマジ。
二人の和気あいあいあな雰囲気にギャラリー達はやらないのかと散っていく。
お祭り好きというか野次馬根性丸出しな毛利兵だった。



ようやく二人というか、柚美が落ち着いた頃合いを見て何をしに来たのかを訊ねる祐輔。
あうあう言っている柚美の言葉を拾い上げ、補足し、翻訳して目的を聞き出した。

「つまり毛利に鉄砲を売りに来たというわけでおk?」

「……う…ん………おk……」

以前祐輔が教えた通りにぐっと親指を立ててドヤ顔の柚美。
たったこれだけの事を聞き出すのに約20分の時間を費やした祐輔はがっくりと肩を落とした。
歪みねぇ。こいつは全然変わらないわ。

「鉄砲自体は強力な武器だから、こちらとしてもありがたい。
けど俺の権限でどれくらい購入するかはわからないから、ひとまず上司に聞いてみる。
ああそれとどれくらい訓練指導の技師は寄越してくれるんだ?」

「………?」

「あー…つまり、鉄砲の撃ち方を教えてくれる人はどれくらい来てくれるかって話。
柚美も鉄砲を扱うのに時間がかかっただろう? それを教えてくれたり、整備の仕方を教えてくれたりする人の事。
鉄砲を買っても使い方がわからないと意味がないだろう?」

「………ああ…」

成程とぽんと柚美が手を叩く。
それなら問題はないと祐輔に答えた。

「今なら……もれなく…………私が…ついて……くる……」

「お前はおまけか!? というかお前部隊長だろ!? そんなに気軽に離れていいのか!?」

「いい……今、決めた………」

どうやら柚美は久々に祐輔と会えてテンションが上がっているらしい。
重彦と祐輔は同じくらい好きだが、久々補正が入って秤が祐輔に傾いている模様。
いざとなれば一週間くらいで帰れるしと、気軽に考えている柚美だった。

「いや、ま、確かに柚美が指導してくれるならありがたいけど…重彦のおっさんにちゃんと許可取ってこいよ?
話はそれからだからな? おk?」

「…ん………」

あまり表情は変わらないが、心底面倒くさそうに頷く柚美。
どちらにしろ鉄砲を購入する場合、種子島にまで一度帰らなければならないのだ。
重彦がどんな反応をしようと、説き伏せられる自信はある。無言の圧力という技で。

「よし。じゃあ俺はこれから責任者の人に購入数とか聞いてくるから、少し待っていてくれるか?
城の一室を用意する。そんなに長くはかからないと思うから」

祐輔の言葉にコクリと頷く。
それじゃあ失礼するよと踵を返し、部屋を出ていこうとする祐輔を柚美が呼び止めた。
どうしたのかと困惑の表情を見せる祐輔に柚美は不安げに訊ねる。

「………今度は……何も言わないで……どこにも……行かない…?」

祐輔は又会おうという約束をしたまま、浅井朝倉から姿を消した。
次柚美が種子島へと鉄砲の在庫を取りに戻っている間に行方不明にならないのかと不安なのだ。
不安と寂しさに揺れる瞳に祐輔は射抜かれる。

「行かない行かない。柚美が鉄砲を持ってくる間くらいは毛利にいるから」

「祐輔は………嘘つき…‥だから…信用………できない…」

「いやぁ、ははは。色々理由があるんだよ」

柚美がじとっとした眼差しに一瞬に変わり、祐輔はタハハと笑いながら冷や汗をかく。
その責め立てるような視線に祐輔は謝り倒すしか方法はなかった。



「この部屋で待ってな! アニキを呼んでくるからな!!」

「は、はぁ……この部屋でお待ちすればよろしいのですか?」

「おうよ! じゃあ行って来るかな!」

〈バタバタ…〉←モヒカンが部屋から飛び出していく音

「……なんというか…流石毛利、というべきなのでしょうか。
心なし獣臭い…? 私、ちゃんと仕事を果たせるのでしょうか…」



「あ”―……もう盆と正月が一度に来たくらい疲れたし驚いた。
もう何がきても驚かない自信があるぞ。右から流れてきた物を左に受け流してやる」

無言のプレッシャーをかけてくる柚美を宥めすかし、なんとか部屋を出た祐輔。
しかし柚美が毛利に来てくれるというのなら、これは更なる戦力増強のチャンスだ。
鉄砲隊自体も強力だし、柚美は狙撃ができるほどの腕。これは取らない理由がない。

「購入数か…どこから予算を持ってくるか。
いや、いけるか? ちゃんと戸籍を纏めて規定数の年貢を収めさせれば…過去の見逃し分も追加徴税すれば…」

鉄砲購入の予算をどこから捻り出すか。
ブツブツと呟きながら廊下を歩く祐輔の前に突然現れたモヒカンが立ち塞がる。

「アニキ! アニキ!!! お客さんっす!!」

「……今日は客が多いな。それに全部俺に回さないで下さいよ、てる殿」

しかし今日はもう驚かないと決めた。
ふぅと深淵に堕ちていきそうなほど深い溜息を一つついて、祐輔はモヒカンに大丈夫だと返す。

「わかった。今から会うよ。また大広間に行けばいいんだよな?」

「いえ、アニキの部屋に通してるっす!!」

「大広間に通せよ!!」

ええー? と何故怒られたかわからないモヒカンに激しくツッコミを入れる祐輔。
どこの部屋に通したかといえば、まさかの自分の部屋である。
あんな粗末で男臭い部屋に使者を通したとなれば、真面目な使者なら激怒しかねない。

下手したらモメるぞと祐輔は全速力で自分の部屋へと向かった。



――――――運命とは決められた道筋を辿るという考えを論じた学者がいる
――――――あの時、もしもああしていれば。過去を思うと選択肢があるように思うかもしれない
――――――だがそれは今になって思うだけで、その時点での選択肢は一つ

「すみません、使者殿。このように瑣末な部屋にお通ししていまい。すぐに大広間へとご案内します」

――――――選んでいるようでいて、選択肢は一つしかないのだ
――――――決められた道筋。選ぶべくして選んだ選択。
――――――人によっては呪われていると感じるかもしれない

「い、いえ。お気になさらないで下さい。
こちらも飛び入りで御目通りをお願いし申した身、斯様に早く対応して頂き恐悦至極に存じます」

「そう言って頂けるとこちらも有り難い限りです」

――――――しからばこの出会いも必然
――――――別れなくして再会あらず。偶然ではない。




「「―――――――え…?」」





ここでようやく祐輔と部屋の中で佇んでいた使者が顔を見合わす。
二人の表情にまず浮かんだのは驚愕、そして――――

「雪、姫、様……?」

祐輔の心に浮かぶのは気まずさ。
復興の最中に背を向け、二度と会いたくはないと絶縁を叩きつけられた。
驚愕の後に来たのは申し訳なさと、未練。

「嘘……ゆう、すけ……さ…ま…?」

だが果たして使者――雪の胸中を占める感情とは。
形容し難き負の感情がグルグルと巡り、雪を支配する。
最も近い感情を言うとすれば罪の意識と贖罪、だろうか。

何度夢に祐輔の姿を見ただろう。
自分を罵倒してくれれば。呪ってくれれば。非道をされればどれだけ楽だったろう。
しかし夢の中でさえ祐輔は雪を責める事はなかった。

「あぁ…あぁ、ぁあ…! 申し訳…申し訳ございま……」

ボロボロと涙が溢れて止まらない。
雪の口から漏れるのは嗚咽と謝罪の言葉。
許してもらえるとは思わない。いっそ自分の不義を断罪して欲しい。

今まで張り詰めてきた雪に追い打ちをかけるような精神的ショック。
雪は突然泣き出され戸惑う祐輔の前で、静かに泣き崩れるように意識を失った。

「え、ちょ、え? ちょ、え? え、ちょ、おおおおおおおおおお?
と、取り敢えず誰か!! 誰か来て!! もう俺は今何をすればいいかわからない!!?」

怒涛の展開に脳のキャパシティを超えた祐輔はふっと倒れそうになる雪を支えながら、誰かの助けを求めて叫んだ。
盆と正月どころではない。クリスマスとゴールデンウィークも一緒に来たくらいの一日となった。



[4285] 第七話
Name: さくら◆491058f1 ID:d686609c
Date: 2010/11/12 17:16
祐輔の目の前で雪が気を失ってから一時間後。
城内にいるかかりつけの医師と巫女がすぐさま駆けつけ、雪を診察。
診察するので部屋から出て行けと言われた祐輔はそわそわしたまま部屋の外で待機していた。

「な、なして? どうして? 雪姫様が?
これは誰の策略だ? 孔明か? 孔明の罠なのか? くそっ! あの はわわめ!」

傍から見ていて祐輔は哀れなほどに動揺していた。
ぐるぐると忙しなく部屋の前を歩きまわり、頭のネジが外れたかのようにぶつぶつと呟き続けている。
きっと出産を前にして待たされるとこんな感じなんだろうと思わせる酷さだった。

そんな彼の頭の中を占めるのは雪の事である。
それも当然か。喧嘩別れした(一方的に)はずなのに、何故かいきなり謝罪された。
雪の中において祐輔とは絶対の悪であるにもかかわらず、だ。

「まさか義景様、雪姫様にバラしたんじゃないだろうな…」

浅井朝倉で全ての事情を知っているのは義景と一郎くらいなものである。
実際は祐輔が思いにもよらない発禁堕山から伝わったのだが、それは神のみぞ知るだ。
あの元プレイボーイの禿親父め…と不遜な事を内心で思っていると、祐輔の部屋ががらりと開いた。

「! せ、先生! それで雪姫様は大丈夫なんですか?」

「ほっほっほ、まずは落ち着きんしゃい。飴やるからの」

どたどたと詰め寄る祐輔の口に飴玉を放り込み、慇懃に笑う老医師。
あ、地味にうめぇと祐輔が己を取り戻すのを見てから、雪について説明する。

「悪い所は何もない。少々栄養が足りないようではあるが、の。
あえて言うとすれば疲労が蓄積しすぎじゃ。極限まで自分を追い詰めているように見えた」

「そ、そうですか…」

何も悪いところがないと聞いてほっとした反面、何故そこまで追い詰めてしまったのかと理解できない祐輔。
本当に何故そこまで自分を追い詰めるのかわからないのだ―――祐輔本人には、だが。

「しばらくは安静にしておく事じゃな。
滋養の良い物を食べさせて、躰が元の状態になるまで二週間、遅くて三週間というところか」

「そ、そんなにかかるんですか?」

「単なる栄養不足と疲労とは言え、舐めちゃいかんぞ。
疲労は躰に蓄積したものが抜けきるにも時間がかかるし、栄養も躰に回り切るにも時間がかかる。
どちらにしろしばらくはゆっくりとさせるのが必要じゃ。わかったな?」

「はい! わかりました」

よろしい、じゃあワシ帰る。
いそいそと診察道具をまとめ始めた老医師を手伝いながら、祐輔は不躾ながらとある質問をする。

「あの…貴方も昔は兵士をやられていたので…?」

「ほう、よくわかったの。昔は衛生兵として戦場を駆け回ったものじゃ」

何故祐輔がこんな質問をしたかというと。
老医師の頭がやっぱりというか、当然というか若干くたびれた感じのモヒカンだったりする。
どうでもいい事を聞いて申し訳ないという祐輔に気にするなと言いながら老医師は去っていった。

「はぁ…ほんと、どうしてこんな無茶を…」

巫女も老医師も去り、今は雪と祐輔の二人しかいない部屋。
畳の上じゃなんだからと、そこらにいた女手伝いさんにお願いして持ってこさせた布団に雪は眠っている。
時折うなされるように顔を顰める雪を見下ろし、顔に手をやって呆れたため息をつく祐輔。
そうなのである。雪は一国の姫にも関わらず、お連れの者を一人も連れず毛利にまで来たのだ。

「原作を考えれば無謀ではあるけど、無理ではないのか」

思い出したくない、トラウマ物の原作を思い出す。
原作において雪はランスに襲われ、強姦され、失意と憎悪を胸に全国を旅する。
その身を売って織田の追ってをかわし、他国の重鎮と繋がり織田へと宣戦布告するのだ。

その手際を考えれば不可能ではない。
充分な路銀さえあれば身を売る必要もない、のか?
もう一度深く深く、心の底から深い溜息をつき、雪にかけられた布団を肩口までかけ直した。

浅井朝倉は織田と同盟を結んでいる限り酷い状況になるはずがない。
その点に関しては心配する必要もないはずなのだ。

「どうしてそこまで自分を追い詰められたのかはわかりません。
ですが今はどうか、お体をお休め下さい。もう少ししたらマシな部屋を用意しますので」

今日の出来事をどうやって てるに説明しようか。
まずは鉄砲いくつ買うか相談しようかな~~あははは~~。と頭を悩ませながら部屋を出て てるの部屋と向かう。
少し現実逃避している祐輔を責められるのは、それこそギャルゲの主人公くらいなものだろう。



「ふむ――――――さっぱりわからぬ!」

「ですよねー」

てるの部屋。報告現場にて。
今日一日で起こった事を順番にてるに報告した祐輔だが、てるは意味不明と豪快に笑うのみ。
報告した自分ですら理解できないのだからしょうがないだろう。

「分かりやすく整理すると、今日は織田・種子島・浅井朝倉の三国から使者が来ました。
浅井朝倉の使者は倒れられてしまわれたので目的は不明ですが、種子島は新武器の売り込みですね。
織田は…ま、まぁ、自分の知人が訊ねてきただけですので、気になさらず」

まさか自分ヘッドハンティングされていますとも言えず、祐輔はお茶を濁すように締め括る。
そんな祐輔を見透かしているかのように てるはにやりと笑ったが、織田に関して追求はしなかった。

「して、新武器とは如何なる物か?」

「鉄砲、と言います。
これまで既存の物とはどれとも違いますが、超瞬発的に射出される弓、矢の変わりに鉛玉が飛び出す代物です。
その射出速度は目で捉えること能わず、その貫通力も鎧を貫いて余りあるでしょう」

「…ほぅ?」

俄然興味が湧いてきた てる。
そんな てるの様子に食いつきが良いなと祐輔は内心ほっとした。
肉弾戦派っぽい毛利では鉄砲いらん! と言われないかと心配していたのだ。

「それの修練にはどれほどの歳月が必要だ。
鉛玉を飛ばす武器というのなら、その鉄砲とやらを使う戦士を育て上げるのにどれほどの時がかかる?」

既存の武器である刀や槍、弓矢を戦で使えるようになるのは約一ヶ月。
そこまで育った兵士を戦場でようやく指揮できる程に調練できるまで三ヶ月。
達人、と呼ばれる領域にまで育つのには気が遠くなるほどの歳月が必要。

いくら強力な武器とは言え、購入しても扱うのに一年かかるようでは役に立たない。
これが通常の戦ならばともかく、魔人との戦いは目前に迫っている。
試験的にどれほど強力に育つかを見るために購入してもいいが、その場合購入数は少なくなる。

軍師であり、足軽隊を率いる てるは軍略に通じ、時世に敏感でなくてはならない。
例え毛利に合わない武器だとしても、他の国がその新武器を使うというのなら、その武器の長所と短所を把握しておかねばならないのだ。
それらをひっくるめて てるは祐輔に質問したのだが。

「ただ扱うだけなのなら一週間あれば使い物になりますよ。
これは以前浅井朝倉で試験的に投入された代物で、俺が保証します。
個人差はあるでしょうが、一ヶ月も集中的に訓練すれば戦場で使えるでしょうね」

「それは……なんとも、恐ろしい武器を考案したものだ。種子島は」

てるは思わず口から出た感想に頷く祐輔に頭の中の絵図を壊され、驚くしかない。

最も優れた武器とは何かという話がある。
武器には距離、威力、弾数、耐久度など、様々な憂慮すべき項目が存在していた。
この世全ての武器には一長一短があり、最も優れた武器というものは存在しない。

だが敢えて言うとするならば、それは汎用性という点における。
現代において銃がこれほどまでに武器としての名声を得ていたのはその汎用性だ。
使用するのが子供でも、引き金を引く力さえあれば大人をいとも簡単に殺せる。
当てるという訓練は必要だろうが、それも工夫次第でどうとでもなる。

「ですから買っておいても損はないと思いますよ、俺は。
これからの時代鉄砲は既存の軍略全てを覆すと言っても過言ではないでしょう。
例え購入した結果毛利とは合わないと感じられても、実際に目で見ておいて損はありません」

祐輔としては毛利に腰を据えると決めた以上、戦力増強を図るのは至極当然の事。
まだ未確定だが死国勢により前衛が大幅に強化され、更にそこに鉄砲隊が加わるのなら鬼に金棒。
魔人が率いる魔物相手に対しても十二分に戦えるのではないだろうか。

「面白い。そこまで言うのなら、まずは500人分の武器を買おうではないか。
追加注文に関しては後ほど考える。まずはこの目でその新武器がどれほどの物か見定めてくれよう」

「御意に御座います。種子島の使者にはそう伝えましょう」

他に無いか? いえ、今の所はありません。
簡略化すればそんな会話を二三交わした祐輔は てるに断りを入れ、部屋を退出しようとする。
魔人がいつ攻めて来るかわからない以上、早め早めに動いておいて損はないからだ。

「それにしても祐輔、お前も男だったのだな」

「…はい?」

早速柚美に鉄砲の発注をかけよう。
鉄砲がどんな進化を遂げているのかウキウキしながら部屋を出ようとして祐輔を呼び止めたのは、てるのそんな言葉だった。

「知っているぞ。なんでも種子島の使者を押し倒して、気絶させたというではないか。
ちぬにあれ程気に入られて喰われていないというから不能か男色かと思っていたのだがな」

ニヤニヤ、ニヨニヨ。
先程までの獰猛な笑みと違い、てるの顔に浮かんでいるのはそんな感じのからかう嫌らしい笑みだった。

「ふ、ふふふふふふ不能ちゃうわっ!!
というか襲ってませんよ!! どこからそんな話聞いたんですか!!
むしろ貴方そんな性格じゃなかったはずでしょう!? 色恋よりも戦闘でしょ、貴方は!?」

「なに、興味はないが茶請け話の一つとして嗜みもするさ。
きくもこの手の話には初心でな、からかうと面白いのだよ」

うがーーー!っと吠える祐輔をクックッと笑い返すてる。

「それにこの話は城内に既に広まっているだろう。
私がこの話を聞いたのはお前の書類を持ってきた兵士からだからな」

「OMG……」

それを聞いて外人風にショックを顕にする祐輔。
また彼の噂に背ビレ尾ビレがつくのは時間の問題だろう。
ただでさえ疲れているのに、更にどっと疲れた祐輔は力なくてるの部屋から出て行くのだった。



こうして毛利は鉄砲購入を決定し、柚美は一度種子島へと帰る事になる。
もっとも面倒くさいから手紙で済ませようとした柚美だが、祐輔に窘められて渋々種子島への帰路の準備をしていた。

「散々ゴネやがって…そんなに俺は信用ないか?」

「ない」

「き、きっぱり言ってくれるな!」

柚美の見送りに出ていた祐輔だが、柚美にしては明快な返答に思わず眉をひくつかせる。
どうやら少し見ていない間に妹分である柚美は随分と強くなっているらしい。
今もピクピクと頬を痙攣させている祐輔を無視し、キュッキュとマイペースに銃を磨いていた。

「………じゃあ……行って……くる…から……」

「はいはい、行ってらっしゃい」

旅の身支度を済ませ、毛利の城門を抜ける。
丁度門の真下辺りで城下へと一歩踏み出した柚美はくるりと振り返る。

「どうして、いなくなったか……理由……絶対……」

「ああ、わかった。お前が種子島から帰ってきたら、全部話す」

言質を取ったぞと何回も確認してくる柚美に苦笑を返す祐輔。
帰還をゴネる柚美を納得させるために祐輔が約束させられたのがソレだった。

(むしろ話さなくちゃいけないのはこっちなんだけどな)

これから毛利と。いや、祐輔と関わるのなら、呪い憑きであるという事は必ず知らなければならない。
それは避けては通れない道。祐輔が避けて通りたくない道でもあるのだ。

それを打ち明けた事によって柚美が離れるのなら仕方ないだろう。
JAPAN人にとって呪い憑きとは差別や忌避の対象であり、そう教育されてきて然るべき。
だが祐輔と付き合うにはそのハードルと乗り越える必要がある。

「じゃあな! 気をつけて帰れよ!!」

一度だけ振り返り、それからどんどん小さくなっていく柚美に祐輔は手をふる。
やがて城下の雑踏に隠れ、柚美が見えなくなるとゆっくりと手を下げた。

「さて、と。取り敢えずはこれで良し。
ちょっと時間が出来たし、太郎君とでも話をしてくるか」

死国との約束の期限まではもう少しある。
未だ祐輔を待ち受ける刺客という名前の山のような書類はあるものの、一向に終わる気配がないので後回しにする事にした。
今はただ、再び出会えた奇跡に感謝して、旧交を確かめよう。

祐輔は常に雪の事を胸の中に置きつつ、太郎に宛てがった部屋へと向かうのだった。



――――島津――――

鈴虫の声だけが響く王の間。
JAPAN最西端に位置する島津を統べる城主。
島津四兄弟の長男、島津ヨシヒサは一人静かに刀を取った。

既に宵闇が広がり、夜の帳が降りた城は静まり返っている。
だが武士としてのスキル、レベルも高いヨシヒサは一人だけ異変を察知していた。

「………」

たとえるなら際限なく喰らい尽くす黒い炎。
それが今、確実に、我が身の近くへと迫っている。
ついに時が来たかとヨシヒサは覚悟を決めた。

「貴様がここの国主か」

「……ああ、そうだ」

だからだろう。ぬらりと黒の闇が裂け、そこから人が現れても驚きはしなかった。
そこから現れたのはJAPANを未曽有の危機へと落とすべく復活した魔人・ザビエル。
織田での傷もようやく癒え、遂に再び覇権を手にすべく動き出したのだ。

「この地に我が娘がいると聞きしに及んだのだが。
素直に引き渡すならよし、貴様も人間にしては中々の力を持っているようだな。
我が魔軍の配下の末席に加えてやってもよい」

その態度、唯我独尊。
同族である魔人ですら憎悪の対象であり、破滅願望と恐ろしい力を持つザビエル。
その傲慢な言葉に縮こまらず、相対するヨシヒサは不敵に笑って抗う。

「フッ…。さて、お前の娘など知らないがな。我等の黒姫ならこの地にはいない。
更に言うならこの島津を為す四兄弟もこの城にいるのは俺のみ。骨折り損のくたびれもうけだったな、魔人」

黒姫は祐輔からの忠告を受け、ザビエルの事を四兄弟に打ち明けていた。
その結果四兄弟はザビエルに対する対策を設ける。

島津の中核を為す四兄弟は時代が違えば、それぞれが国主になっていてもおかしくない傑物。
ならば一箇所にいて座するのではなく、それぞれが全兵力を四つに分けて分散する。
もし魔人が襲来してもそれで国が壊れる事はなく、一人が犠牲になっても残る三人が魔人と敵対する事が可能。

黒姫には一箇所に留まるのではなく、常にこの四人の居城を移動してもらう。
そうすれば魔人に場所を特定される事はなくなるだろう。

「成程、道理で。この城にまで来たというのに、あやつの気配を感じぬわけだ」

厄介な事をしおって。
ヨシヒサに察せられないレベルでザビエルの顔が歪む。
黒姫を使い魂縛りの封印を解き、JAPAN侵略の尖兵とする計画が崩れたのだ。

ザビエルは妖怪魂縛りの封印の場所を知らない。
しかし先の大戦からも生き残っている黒姫なら知っている可能性が高い。
またその能力からして一石二鳥なのだ。

「……して? 貴様を縊り殺せばこの国は手に入るのだろうな」

「それは無理な相談だ。
もし俺が死のうと、弟達が国を纏め上げてお前と敵対するようになっている。
残念だったな、魔人。そう安々とこの島津、貴様に渡しはせんぞ」

ヨシヒサは肌身離さず持っている竹水筒を傾け、中身を飲み干す。
中に入っているのは島津秘伝のドーピング剤。自分の命を代償に人としての限界を超える。
自ら退路を消し、不退転の覚悟でザビエルと向きあう。

「まだ完全復活はしていないのだろう? 
ならばここでその命、貰い受ける。魔人殺しという異名も悪くはない」

スラリとヨシヒサが白刃を鞘から抜き放つ。
その身に宿るは裂帛の気合。必殺の意を刃に乗せ、魔人を貫かんとする義。

「面白い。少し遊んでやろう」

二つの影が交差する。
島津の明暗を分ける戦いが今始まった。








あとがき

温度差wwwwww
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時間制なので是非とも狙ってみてください。



[4285] 番外編4
Name: さくら◆491058f1 ID:d686609c
Date: 2010/12/04 18:51
ルドラサウム大陸において、大陸とは異なる文化と場所であるJAPAN。
英雄ランスが絶世の美女目当てにJAPANに来てから起こった、魔人ザビエルの復活。
これが俗に言う第四次ザビエルの乱である。

未曽有の危機に落とされたJAPANはなんやかんやで協力体制を築きあげ、魔人と敵対。
幾度もの死闘を繰り広げ、傷付き、死線の果てに人間はザビエルを打倒する事が出来た。
この時に締結された条約、そして各国の疲弊からJAPANは束の間の平和を得ている。

また国が回復したら他国へと侵略を企てる国が出るかもしれない。
しかし魔人の爪痕は深く、少なくともここ十年くらいは平和が続く物と思われている。
そしてこの平和を維持しようと精力的に動き続ける者達のおかげで、戦乱の気配は程遠い。

今日もJAPANは平和だった。



―――きて

……………

―――起きて。起きて下さい

ぬぅ。
耳朶に響く心地良く、優しい声色が俺に呼びかける。
ああ……そうか、もう起きないといけないのか。

未だ朦朧とする頭に喝を入れ、布団に入ったまま伸びをする。
背筋が伸びて、それでようやく目が覚め始めた。
しかし俺のそんな様子に気付いていないのか、呼びかける声の主はゆっさゆっさと体を揺らし始める。

「うぅ…困りました。起きてください、祐輔様。
今日は義景殿が参られると言うのに」

そんな微妙に困ったような声が嗜虐心を刺激する。
いやはや、本当に可愛らしい。普段は凛としているが、独り言を言っている時とかは結構振る舞いが幼かったりするのだ。
このまま寝たフリをして困らせてしまいた―――――

「仕方有りません。叩き起こすしか――」

「起きた!! 今起きた!! おはよう五十六!!」

――くなるけど、起きないとまずいよな!
俺は布団を蹴飛ばし、最近しごかれて俊敏になった身のこなしですぐさま起き上がる。
そして声の主―――五十六に輝かんばかりの朝の挨拶をした。

「はぁ……やっぱり、狸寝入りでしたか。
まったく! 未だ祐輔様は武家というものを良く理解されていないようで」

「いや、ハハハ…。ごめんごめん、この通り」

大変ご立腹の様子の五十六に平謝りするが、常日頃の不精が祟ってかご説教が止まらない。
なんとか誤魔化してみるために、頭を撫でてみる。

「そ、そのような事では誤魔化されません!」

といいつつ、次第に目の険が取れていく五十六。
へへっ、信じられるか? これ、俺の嫁なんだぜ? 正確には俺が婿なんだけど。
そう――今の俺は森本祐輔ではなく、山本祐輔だったりする。

「と、とにかく! 先方は待たせられません!
早く祐輔様は顔を洗って食事を取って下さい! 私達は先に食卓で待っていますから」

もう表情や態度は全然怒っていないのだが、それでは示しがつかないと思っているのか口調は怒ったままの五十六。
昨日は一緒に寝たというのに、五十六は既に着替えを済ませて湯浴みまでしたのか良い匂いがする。
あ、一緒に寝たというのはそのままの意味だから。フヒヒwwwサーセンwww。

それはともかく、これ以上遅くなっては今日のしごきがキツクなるのは眼に見えている。
いそいそと俺は着替えを始めるのだった。



JAPANが平和になり、戦乱の世が終わりを告げた。
未だランスが渡った大陸では戦争が続いているものの、JAPANは確かに平和になったのだ。
そんな世の中で必要となったのは武力よりも、むしろ知力である。

「――ここはこう。護岸工事で人を雇ってみてはいかがでしょう」

「ふむ…その費用はどこから捻出する?」

「それはこの余剰のお金を回せば大丈夫ではないでしょうか?」

「しかしだな」
「祐輔どの」
「工事は期日通りに終わるわけではございませぬ」

「「「長引けば、武士の俸禄にも影響が出ますぞ?」」」

「然様。着眼点は良かったが、惜しいな。及第点はやってもいい」

祐輔の対面に座る義景と3Gから駄目出しをくらい、うぅと呻く祐輔。
こうやって脇の甘い祐輔の内政の穴をついて、祐輔を教育している二人である。

織田の3G。浅井朝倉の義景。
織田の武将である祐輔は時代を担う文官、知将として英才教育を受ける日々を過ごしていた。
ちなみに祐輔は山本家に婿入りしたので、当然ながら織田の人間である。

二人というか、3Gが祐輔に寄せる期待は大きかった。
それというものの魔人戦以前は織田で内政を任されていた明智光秀が戦死。
自分の後継とも言える人間にぽっかりと大穴が出来てしまったのだ。

妖怪であり長寿とはいえ、3Gも歳。いつまでも織田で踏ん張れるかはわからない。
そこで各国で内政に触れ、自身の能力も高いと判断された祐輔に白羽の矢がたったのだ。
その教育をすると知り、祐輔に大恩ある義景も駆けつけて、こうやって日夜祐輔を教育する事になったのである。

日本を代表する知将・朝倉義景と3G。
その二人に教えを乞えるとは、JAPAN中の文官の卵達が羨ましがるだろう。
その証拠に祐輔はメキメキと実力をつけていた。

「ふむ……今日は、この辺にしておきましょうか? 3G殿」

「そうですな…」
「そろそろ香様のお勉強の時間」
「義景殿も引退したとはいえ、お仕事もあるでしょう」

「「「今日はお開きにしましょう」」」

「今日はどうもありがとうございました。
次回もご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」

礼を尽くして頭を下げる祐輔に二人はいやいやと頭を振る。

「いやなに」
「祐輔殿ほど理解が早かったら」
「我々も教えるのが面白い」

「「「それに祐輔殿には早く一線で働いてもらわねばなりませんからな」」」

「3G殿の言う通り。…それに君には返し切れない恩がある。
浅井朝倉と織田との交友を結び、私的な事では雪の心労を救ってくれた。
いつでも呼んでくれたまえ。この老骨が必要とあれば、どこでも駆けつけよう」

「はいっ! 自分には勿体無いばかりです!」

がばっともう一度頭を下げる祐輔を微笑ましく見守る二人。
年を取った二人にとって、若い祐輔の成長を見るのは娯楽と言っていい。
その真っ直ぐな心根が二人には眩しく見えた。

「そういえば祐輔殿」
「もうこのような時間」
「この後、鈴女殿との訓練があるのでは?」

「「「早く行かないと、マズイのではないですかな?」」」

「げっ、やばい!!! す、すみません! これで失礼します!!」

織田にも大陸から時計を導入された事により、織田でも時間の概念が強くなった。
そのため鈴女との訓練の時間が間近に迫っている事を知った祐輔は慌てて道具を片付け、部屋を飛び出す。
そんな祐輔を義景と3Gは暖かく見送った。

「さて…3G殿、もう時間はありませんかな?
浅井朝倉から茶菓子を持ってきたので、よければどうですか」

「おお、これはありがたい」
「少しながら時間もあります」
「最近甘いものに目がなくて」

「「「是非ともご一緒させて頂きましょう」」」



平和な時代にはなったとは言え、山本家は武家の名門。
その山本家に婿入りした以上、祐輔が文官だから武芸を学ばなくてイイという言い訳は通用しない。
しかしながら祐輔の左腕は失われたままであって、通常の武器を使う事は難しい。

「だから、違うでござるよ! もっとシャッと! こうシャッと!!」

「こ、こうか?」

「違うと言っているでござる!! それじゃのそっとでござるよ!!」

鈴女の横で小刀を構え、右手一本で素振りをする祐輔。
しかしながら鈴女の指導はフィーリングによるものが大きく、中々上達しない。
日々四苦八苦しながら鈴女の指導を受けている祐輔だった。

祐輔でも扱える武器となるとそうとう軽い物でなければならない。
そこで白羽の矢がたったのが脇差よりもやや長い小太刀である。
しかしながら小太刀の扱いは五十六にとって弓矢の補助程度のものでしかなく、他人に指導できるほどの腕ではない。

ならばと名乗りをあげたのが祐輔と奇妙な縁のある鈴女。
苦無などの超接近戦武器を扱う鈴女にとって小太刀の扱いなど朝飯前。
だが、と祐輔は指導を受けながら思う。こんな事なら、五十六に教わっておけばよかったと。

「うー、祐輔才能ないなー」

「それはわかっているっつーの!!」

やれやれと肩を透かして呆れる鈴女に食って掛かる祐輔。
いっこうに上達しないし、これなら純朴な五十六をからかいながらやったほうが楽しい。
祐輔のそんな内心を見透かしてか、鈴女はにやりとイヤラシイ目をした。

「にょっほっほっほ。なら祐輔、ゲームでもするでござるか?
祐輔が小太刀を使って少しでも鈴女に掠ったら、おっぱいもみ放題というのは」

「なんですと!?」

はー、暑い暑いとわざとらしく胸元を開く鈴女。
当然祐輔の視線は鈴女の胸元から覗く小麦色の肌に釘付けである。
呪い憑きが取れた彼にとって、もはや己の欲望にストップをかける必要はないのである。

祐輔は今、呪い憑きではない。
最終決戦後、香の助けもあって織田全軍で狒々のいるダンジョンを探索。
3Gの力によって祐輔を呪った狒々はあっさりと見つかり、祐輔は呪い憑きではなくなったのである。

それはともかく、祐輔だ。
平静を装ってはいるが、鼻息は荒く、瞳孔は開きっぱなしである。

「そ、それはどれくらいまでおkなのか? どれだけ揉んでいてもいいのだろうか?
そこんとこkwskよろしく!!」

「………………」
「………………」

失礼、少しも平静を装っていなかった。
今にもHURRY!HURRY! とでも叫びだしそうな程に、興奮している。
そのため祐輔は静かに自分の背後から冷たい視線を送る存在達に気付かなかった。

「ふむふむ。そんなに祐輔は鈴女の胸に興味があるでござるか?」

「ないと言ったら嘘になる。いや、あえて言おう。興味深々であると!」

「…………………」
「…………………」

「―――でござると。香ちゃんに五十六」

(´・ω・`)

安易にこういう表現は使いたくはないが、この時の祐輔の表情と雰囲気は正しくこれだった。
この顔で祐輔がゆっくりと振り返ると、竹水筒を持った五十六と手拭いを持った香がいる。
きっと五十六は鍛錬中の祐輔を思って冷たい水を、香は汗を吹くための手拭いを持ってきたのだろう。

あの事件があったためか、香はランスがいなくなった後の織田で祐輔によく懐いていた。
しかしながら今の表情は兄貴分を見る表情ではなく、明白な侮蔑の表情である。

「ああ、やっぱり祐輔さんも男の人なんですね。
いえ、ランスさんでわかっていたんです。だから別に気にしないでくださいね」

/(^o^)\

安易にこういう(ry
年下の少女から汚い物を見る眼差しを浴びせられた祐輔は樹海に逃げたくなった。
しかし祐輔に追い打ちをかけるのはこれだけではない。

「…………これ、置いておきますね。良かったら飲んで下さい」

痛々しい凍りついた笑顔のまま、地面に竹水筒を置いてそそくさと後ずさっていく五十六。
御願い待って! と必死に伸ばした祐輔の手は効果を出さず、五十六を捕まえる事は出来なかった。

「あぅあぅあうあうあうあうあうあうあうあうあうあぅあ」

「にょっほほほほほっほっほ!! 
これだから祐輔をからかうのは止められないでござるよ!」

「鈴女さん、人をからかうのも程々にしてくださいね。
けれど奥方がいるのに、他の人に鼻の下を伸ばす祐輔さんはどうかと思います。
しばらく反省していて下さい。五十六さんに謝って許してもらうまで、仕事はいいですから」

「だー、あー、だー……」

ああ可笑しいと腹を叩いて笑う鈴女に、絶対零度の冷めた顔で祐輔に謝罪するように伝える香。
祐輔はショックのあまりに言語分野に支障をきたし、幼児退行すらしていた。
実はやらかしてしまった事から逃げだすための現実逃避だったりもする。

スタスタと一度も振り返らずに城へと戻っていく、当時よりもちょっとレディになった香。
女心を未だにはっきりと掴めない祐輔は、あうあうと呻くだけで現実にもどってきていなかった。

「これはもう、今日は訓練にならないでござるね」

当の原因の本人は鍛錬を切り上げ、颯爽と鍛錬場から去る。

「……そこでいったい何をやっているんですか、祐輔兄。みっともない」

一人鍛錬場であうあうと呻く祐輔を拾った太郎はどうしたものかと天を仰ぐ。
厄介ごとを拾ってしまった太郎の心と裏腹に、澄み渡るような蒼い空だった。



山本家の屋敷、太郎の部屋。

「アウアウアー」

「つまり、鈴女さんにからかわれて、見事に釣られてしまったと。
そこを姉上と香様に見つかってしまい、樹海に行って首を吊りたいと」

「だー……」

「はいはい、もう大体わかりましたから。
読み取れないわけじゃないですけど、面倒くさいので早く復帰して下さい」

ひとまず祐輔を自分の部屋へと連れてきた太郎だったが、未だに脳内夢の国から帰ってこない祐輔の頭を斜め45度に叩く。
人からすれば何を言っているのか訳がわからないが、祐輔と付き合いの長い太郎からすればこの通りである。
しかしながら手間取るのには変わらないので、頭を叩いた太郎だった。

「はっ!? 俺は!? ここは一体…」

「はいはい、記憶喪失ごっこはいいですから。
そんな事していても、鈴女さんの胸を見ていて姉上にドン引きされた事実は変わりませんから」

「やめて…現実に引き戻さないで…」

がっくりと畳に手をついて落ち込んでいる祐輔を見て、太郎は思う。
どうしてこんな人が義兄なのだろうか、と。
あんなにも贔屓目なしで美人の、器量も良い。そんな姉上が何故こんなボンクラの嫁にと。

(今はこんなボンクラでも、やる時はやる人だからなぁ…文官の仕事はわからないけど、有能らしいですし)

エグエグと泣く姿からは想像もつかないが、祐輔の為した功績という物は大きい。
最終決戦の折に祐輔がいなければJAPAN全土が魔人に対して協力体制を作る事は出来なかっただろう。
山本家が織田家において新参者なのに重臣の立場にいられるのは、言わば祐輔のお陰なのだ。

「なぁ、太郎君。俺どうすればいいかなぁ…。
絶対五十六に嫌われたよな? どうすればいいのかわからないんだよぅ……。
謝ったら許してくれるだろうか? 五十六に嫌われたら、もう生きていけない。死にたい」

「………」

それがこれだ。あまりの落差に言葉が出ない。
しかし目の前でべそをかいている人間こそ、JAPANを救ったランスと並ぶ英雄なのだ。
もう一度というか何度でも言うが、信じられない。というか信じたくない。

「はぁ……まぁ、あの姉上ですからね」

自分の姉の事である。
それは弟である太郎は何故五十六がそんな行動を取ったかは大体わかるが、それを祐輔に教えるのはなんだか癪に障る。
そのため祐輔にもったいぶって遠まわしに伝えてみた。

「姉上も女性ですから、何か侘びの品でも送ったらどうですか?
あと侘びの品を送る前に誠心誠意謝る事ですね。姉上は古い部分も持っていますから」

「! そ、それだ! それは今も昔も変わっていないんだな!」

ありがとうと太郎の手を取って感謝感激し、そのままの勢いで城下町の方向へと飛び出して行く祐輔。
昔から全く変わらないなと少々呆れながらも、太郎は祐輔を見守るのだった。

「いえ、これも姉上のお陰か…あの時の祐輔さんは見るに堪えなかったからな…。
あのまま押し潰されてしまっていたら、今という時はなかったはずですから」



もう日もどっぷりと浸かり、もうすぐ就寝の時間に差し掛かっていた。
食事は山本家が全員集合してとっているのだが、その間五十六はどこか上の空で会話もあまり無かった。
まだ謝っていないんですかという太郎のジト目の視線をかわしつつ、祐輔は食後一つの決意をもってして閨へと来ている。

「とにかく五十六に謝らないと」

手には昼に城下町で買ってきた侘びの品を携えている。
非常に腹ただしい事に、祐輔と五十六は夫婦なので寝所が同じなのだ。
そのため祐輔は一言入るよと断って、五十六との部屋へと入った。

「五十六…ちょっと話、いいかな?」

「は、はい。わかりました」

部屋の中で五十六は長い綺麗な髪を梳いていて、身だしなみを綺麗に整えていたようだ。
心なし五十六から甘い、良い香りがするような気がする。
これから寝るだけなのに少しおかしいと思いつつ、祐輔は五十六の対面に座る。

「そ、それで、どのようなお話ですか?」

決意を決めた祐輔とは反対に、五十六はどこかぎこちない笑みを浮かべて落ち着かない様子。
そんな五十六にお構いなしに祐輔はがばりと勢い良く畳に頭を擦りつけるのだった。

「昼間はすみませんでした!! 正直鈴女のおっぱいに目が眩みました!!
でも愛しているのは五十六だけなんです! 本当なんです!! 許してください!!」

ひたすら謝り倒す祐輔の姿はどこか浮気をした中年のおっさんと重なっている。
そんな祐輔の謝罪を受けて、五十六は「え?」と目を丸くして、驚きを顕にした。

「ゆ、祐輔様、落ち着いて下さい。ね? 私は全然怒っていませんから…」

「い、五十六ゥ!! 俺は、俺はぁぁああああああああ!!!」

全然怒っていませんよと祐輔を慰める五十六に申し訳がなくて、祐輔は遂に叫び始めた。
何事かと屋敷に住む人間が様子を身に来たが、「お館様のいつも病気か」と呆れて自分の部屋へと帰っていく。
祐輔の錯乱は恥ずかしさに顔を真っ赤にした五十六にお仕置きされるまで続いたのであった。



祐輔がようやく落ち着き、まともに話が出来るようになった頃。
では何故昼間はあんなに余所余所しい態度を取ったのかと祐輔は謝りながら訊ねる。
五十六はお恥ずかしい話ですがと前置きをして、ポツリポツリと話し始めた。

「私はこの通り武芸だけをしてきた女らしさが欠片もない、不器用な女です。
種子島の柚美殿、浅井朝倉の雪姫様、毛利の姫君……祐輔様に相応しい人は他にももっといるのではないかと考えてしまったのです」

鈴女のからかいに見事に釣られた祐輔を見て、五十六は不安だったのだ。
果たして本当に祐輔を山本家という小さな囲いの中で縛っていいものかと。
今五十六が言った人間は祐輔ととても仲がよく、もし彼女達と結ばれていたら祐輔の活躍は更に増すだろう。

それに皆、女らしく素晴らしい女性ばかりだ。
五十六はどこか自分を卑下する傾向がある。
五十六も彼女たちに負けない程に魅力的な女性であるというのに、当の本人にその自信がなかった。

「祐輔様……本当に、私で良かっ―――」
「それ以上は、言わせないから」

本当に良かったのですか…?
どこか心の奥底にあった五十六の思い。
しかしそれを口に出し切る前に、祐輔は五十六の言葉を遮って五十六を抱きしめた。

「あ‥…」

片腕だけだが、その力強い抱擁に五十六は甘い声を漏らす。
体から伝わる暖かさに五十六の中にあった暗い感情が薄れていく。

「五十六が何を勘違いしているのかわからないけど、俺が愛しているのは五十六だ。
俺が死さえ考えていた時に、ずっと一緒に居てくれたのはお前なんだから。
それに今五十六が言った面子が俺なんかを好きになるはずがないから心配しなくても大丈夫。
俺の居場所は太郎君、そして何よりお前がいるここ(山本家)なんだから」

五十六の腰に回していた腕を離し、少し距離を作る祐輔。
咄嗟にというか衝動的に抱きしめてしまったため、床に落とした包み紙を拾って器用に破いていく。

「俺がいた国では、さ。夫婦となる間柄の恋人に指輪を贈る習慣があるんだ」

包み紙の中から出てきたのは一つの指輪。
銀細工を散りばめられたソレは眩い光りを放っている。
祐輔はその指輪を言葉もなく見つめている五十六の左手を取って、薬指にはめた。

「愛しているよ、五十六。今日は本当にごめん――って、どど、どうした?」

中々に良い流れだと祐輔は自画自賛していたが、それも呆気無く崩れる。
それは何故かというと、五十六が指輪をはめていない手で口を覆い、静かにぽろぽろと大粒の涙を流しているからだ。
すわ、何か大きな間違いを犯したか。大いに焦る祐輔。

「いえ、違うんです……ただ、ただ、嬉しくて。
涙が……涙が、止まらないのです」

だがそれは歓喜の涙だったのだ。
五十六の中にあった暗い気持ちがドンドンと剥げ落ちていく。
祐輔と夫婦になり、周囲から祝福されてきた五十六だったが、心のどこかに不安があったのだ。

しかしそれは今、五十六の指で光沢を放っている指輪が全て打ち消してくれる。
これさえあれば五十六はたとえどんな事があっても、祐輔を信じきる事ができる。
夫婦となって暫くの時間がたったが、二人が真に夫婦となった瞬間だった。

どちらからというわけではないが、自然と二人の唇が重なる。
二人が互いを信じ、死が二人を分かつまで二人は共に在る。
ここに幸せの一つの形があった。












IF五十六√END。

*なおこの物語はある分岐点から発生したパラレルワールであり、本編とは全く関係ありません。そこんとこよろしくお願いします。





あとがき

途中まで書いていて死にたくなった。
なんだこのバカップル。死ねばいいのに。




[4285] 第八話
Name: さくら◆491058f1 ID:70f93ce2
Date: 2010/12/18 18:26
―――島津―――

島津四兄弟の次男、島津カズヒサは選りすぐりの精鋭部隊を引き連れ早馬を走らせていた。
行き先は無論、長男である島津ヨシヒサが一人残る居城である。

「ちっ…! 笑えない冗談はキツイぜ!」

先頭を走るカズヒサの顔は険しい。
カズヒサの胸中を走る嫌な予感。それはいつも外れた試しがない。
ヨシヒサからの定期連絡が途切れてからずっと感じていた物だ。

黒姫からの忠告を受け、それぞれ四つにわけた軍。
しかしながら内政の中心はヨシヒサの居る城である。
そのためヨシヒサから定期的に連絡が他の三兄弟に伝わり、三兄弟からは有事の際に使いを出すという取り決めをしていた。

カズヒサはヨシヒサから連絡が伝わる順序が最も早い。
そのため四兄弟の中で最も早く異変を察知し、斥候部隊を差し向けたのだ。
危険な斥候部隊を自らが率いたのは間違いであって欲しいという願望もあっただろう。

だが―――――

「どうして…どうして人っ子一人いねぇんだ!?」

城下町に差し掛かり、間もなく城も視界に入ろうという場所。
視界に入って来る家屋はいずれも焼け焦げ、ここで戦闘があった事は疑いようもない。
寄り道せずに直進してきたカズヒサだが、それまで人一人見ていないのだ。

「なっ! 馬鹿、な…」

ようやく居城を視界に収めたカズヒサ。
だがその声から漏れたのは安堵のため息ではなく、絶望。
己の嫌な予感を裏付けるような景観に部下の前だというのに、我を保つ事が出来なかった。

かつて栄華を誇り、美しい景観を振りまいていた島津の居城。
しかし今やそこにはところどころ灰塵に帰し、哀れに焼け焦げ崩れ去った城があるのみ。
兄であるヨシヒサがいてこのような事を見逃すはずがなく、カズヒサの頭に一つの単語が過る。

―――死―――

(ふざけんな! こんな所で死んで、死んでいいはずがないだろうが!!)

「生存者を探せ! 隊を半分に分ける。
半分は俺と一緒に城の探索、もう半分は城下町で生き延びた奴を保護しろ!」

彼等はいくら調べようと信じられないだろう。
既にヨシヒサは亡く、城下町で生活していた人々が黒炎に焼かれて骨も残らず皆殺しにされた事。
一夜にして行われた惨劇がたった一人の魔人の手によって行われた事を。

島津を取り込む計画が崩れ、目的を失った魔人。
次の動きは一体何か。それは誰にもわからない。
次なる魔の手が伸びるのは一体何処だと言うのだろうか。



――――死国――――

本土と死国を閉ざす門の前で打開策を探すキャラバン。
彼等に一向に良い考えが生まれるわけがなく、日増しに中心人物の間に苛立ちが募っていた。
そんな彼等だが、祐輔が指定した期日は一日が過ぎている。

「だー! くそったれ!! こうなったら本当に火をつけてやろうか!!?」

「やめときなって。あんた達が集めた枯れ草じゃ、ボヤにもならないだろうよ。
それにそんな事したら向こうに私らを処刑するきっかけを与えちまう」

ゲシゲシと巨大な門を唸りながらヤクザキックする龍馬を諌める美禰。
だがそんな美禰もこの現状を打開する事は出来ず、限界を感じていた。

「あいつらは考えなしにキレるしよ! 俺に一体どうしろって言うんだ!」

龍馬がこんなにも腹をたてるのには訳がある。
それは今まで自分をリーダーと慕っていたキャラバンから不満の声を浴びせられたからだ。

(あいつ、ここまで考えて救援物資を送るって言ってたのかね)

あーあ、こりゃ暫く放っておくしかないか。
やれやれと頭を痛めながら美禰の頭に浮かぶのは飄々とした笑みを浮かべる祐輔。
その横っ面をひっぱたいてやりたい衝動に駆られながら、今朝起こった出来事を思い出す。

毎日のように門の向こう側から運ばれていた救援物資。
それらの中には牛乳や白米などこちらでは手に入らない贅沢品が含まれていた。
自分たちを閉じ込めた憎い奴らとは言え、それらの贅沢品を目の前にして意地を張ることが出来る者はいなかった。

二日三日はいい。我慢も出来る。
だが門の前で膠着状態に陥り、用意していた粗末な食料も底を見始める。
人間として三大欲求に数えられる食欲には勝てないのが人間というもの。

龍馬達でさえ目の前にそれらを並べられ、拒否して燃やす事が出来なかった。
食べ物に罪はないと自分自身に言い訳し、貪るようにしてそれらを口にする。
美禰が今更ながらにして思うのは、それらは自由を得るためには絶対に口にしてならなかったのだ。

人間は贅沢を知れば元の生活に戻るのは容易ではない。
今まで想像の産物でしかなかった、しっかりと炊いた白光りする白米。
それらを一度口にしてしまえば、今まで食べてきた木の根で我慢できるはずがない。

知らず知らずの間に死国の人間は以前の生活を忘れていた。
木の根を掘り、僅かに食べられる部分を露出させるために土の味のする根を噛み分ける。
自分たちをこんな場所に追いやった奴に憎悪を、いつかこんな肥溜めから抜けだしてやるという気概を磨く日々を。

そして今日、今まで送られていた救援物資は届かなくなった。

今まで一日一食も満足に取れなかった腹が、一日食事を抜いただけで空腹を訴える。
空腹は人々を苛立たせ、その不満は燻り蓄積する。
その不満はリーダーである龍馬にさえ向けられるようになっていた。

既に時間は正午を過ぎ、太陽はサンサンと輝いている。
今まで定期的に放りこまれていた食事が来ないという事は、今日の配給もないだろう。
つまり祐輔から与えられた時間が終わりを告げた事を意味する。

「毛利に降るか、キャラバンを解散するか。
もうその二択しかないんだろうね…」

「いや! あいつらがもう一度門を開いた時に奇襲をかければ!」

「お馬鹿。奇襲ってのは奇をてらい襲うから奇襲っていうんだよ。
向こうから門を開いて準備万端なとこに襲いかかるのは玉砕っていうの。
それにこっちには女子供もいるんだよ? 今まで門を背後に妖怪あしらってきたけど、相手は人間なんだ」

この門の前で生活するようになってからも、妖怪に襲われた事もあった。
だが充分な食事を取り、暖かい毛布で気力体力も充分な龍馬達は幾度も追い返す事に成功している。
しかしそれもこれからは難しくなるだろう。

「キャラバンを解散するか、毛利に頭を下げるか。
どっちを選ぼうと譲やゴン、私はあんたの指示に従うよ。決めるのはあんた」

もっとも、それは彼等の目的からは遠のく。
彼等の目的――彼等を呪った妖怪を殺し、その身にかけられた呪い憑きを解く。
毛利の条件をのむのなら、手柄を立てるまでは死国に閉じ込められる事になるのだから。

だがキャラバンを解散しても、中心人物である四人はただではすまないだろう。
ここまで従ってくれていた忠誠はいとも簡単に変わり、最悪四人に襲いかかってくるかもしれない。
毛利に膝を着こうとも四人は中心人物から外されるだろう。

死国の面々は今、重要な選択肢を選ばされる。
それは自由を手にするための破滅か、束の間の保証を得るための隷属か。
キャラバン全員のこれからを左右する選択を迫られた龍馬は門を蹴る脚を止め、空を見上げる。

「くそったれ…」

龍馬の心と違い、憎々しいほどに晴れ渡った空だった。



――――北条――――

歴代北条の国主を冠する名前、北条早雲。
わずか齢19にして北条早雲を襲名した青年は仕事に忙殺されながら、ある事を調べていた。

北条という国は他国と違い、特別な使命を帯びている。
それを一言で言ってしまうとすれば、JAPANに出没する妖怪退治である。
国としての体裁を保ちながら、北条は妖怪退治としての機関としての顔も持っているのだ。

北条家は全国から寄せられる妖怪出没の報せに従い、適切な力を持っている陰陽師を派遣。
陰陽師という戦力を自国に入れるという事に忌避感を他国が感じ無い程には必要とされている。
もっとも北条もその信頼を裏切った事もなく、JAPANの秩序を守るために北条家は奔走していた。

北条早雲に寄せられるのは現在応戦中である武田との戦況。
各地に施された封印の管理と維持、死国の管理も任されている。
そこに更に各国から妖怪退治の要請が寄せられるのだ。並の人間では一日で過労死してしまうだろう。

だが今代の北条早雲は非常に優秀だった。
それらの作業を並行して行い、早急に片付けて己の調べ物をする。
初代北条早雲に最も近い男というのも頷ける評価と言えよう。

そんな彼が今調べているのは、彼の恋人(?)でもある南条蘭の事だ。
と言っても彼女の素行などを調査しているわけではない。彼女とは古くから知っている仲なので、調べる必要もない。
ならば何を調べているかというと、彼女が最近になって突如として召喚するようになった式神について。

「あの火の鳥は一体…不死鳥のようにも見えるが…。
いや、そのような高位の存在が何の契約もなしにして現れるはずがない」

蘭自身も何故扱えるのか知らない、戦場や妖怪退治において一個部隊に匹敵する式神。
火の鳥を模し、強大な力を惜しみなく撒き散らす朱雀と名乗る炎の式神。
蘭がその式神を使役し、自在に操れると北条の中でもっぱらの噂である。

早雲は目を通していた資料を脇に置き、新たな資料に目を通す。
彼の幼なじみである蘭は強力な力を得たと得意げだが、早雲は素直に喜ぶ事ができない。
等価交換の原則。強力な力を得る代償が必要ないはずないのだから。

蘭には何度となく朱雀を使うなと伝えてあるが、蘭が朱雀を頻繁に使っているのは噂で流れている。
早雲はそんな噂を聞くたびに胸騒ぎがし、底知れない不安に襲われる。
そのため早雲は無茶とも言えるスピードで仕事を終わらせ、朱雀について調べを進めていた。

「くぅ……」

資料を読み通す目が掠れ、視界が揺れる。
自分自身ですら無理な事をしている自覚はあるが、だからと言ってやめる訳にはいかない。
頑固な蘭に式神である朱雀を使うのをやめるよう促すためには根拠が必要だから。

過労をその身に沈殿させながら早雲は手を動かす。
自分が納得いくまで調べ、それで何もなかったのなら問題ない。
そう自分を誤魔化しながら早雲は朱雀について調べを続けるのだった。



――――毛利――――

とある一室で女性が目を覚ます。
起き抜けに周囲を見渡し、寝ている場所が自分の知らない部屋だと寝ぼけた頭で思い描く。
意識が次第に覚醒していくにつれ、女性はポツポツと成り行きを思い出した。

「そう、たしか…毛利で…」

蒼穹のような透き通る青の髪。
ふぁさと痛んでしまった髪を纏め、最低限の身だしなみを整える。
そして立とうとしたのだが―――――

「ぁ」

脚によく力が入らない。
女性は理解していなかった事だが、女性の体は実に限界を迎えようとしていたのだ。
慣れない仕事に度重なる疲労、それでも国のためにと身を粉にして働いてきた。

ほぼ敗戦、勝てて奇跡とも言える戦。
そして家屋が倒壊するレベルの大地震。
二つの天災と人災に見舞わられた国が再興するのは並ではない。

「ど、どうして」

動揺する女性。
今まで蓄積していた疲労を支えていたのは彼女の強靭な精神力。
その精神力をぽっきりと折られてしまう事が起こったのだから。

「こんな所で待ちぼうけしているわけにはいかないというのに」

もう見える事はないと思っていた人間との再会。
彼女にとっては何が何でも、もう一度会わなければならない理由がある人間。
今彼女の胸中を占めるのはその思いのみで、それは強い意思となっている。

ぐ、ぐ、と細い脚に喝を入れて立ち上がろうとする女性。
か細い体はあまりにも壊れそうなほどに儚く、今に消えてしまいそうに見える。
もしこの場にあの男がいれば、顔を真っ青にして駆け寄るだろう。

〈ガラッ〉

「あ、起きたんだー」

彼女がなんとかして立ち上がったところ。
彼女が寝ていた部屋の扉がスライドし、外から呑気な声と顔を覗かせる。
ニコニコと笑いながら彼女は断りを入れるわけでもなく、女性が部屋の中へと入る。

「あなたは…?」

「私? 私はちぬだよ。あなたは?」

「失礼致しました。私は浅井朝倉の朝倉雪と申します」

女性の質問に彼女は快活に答えを返す。
女性――雪はその名前に思い当たり、会釈を返した。
小早川ちぬ。確かその名前は毛利の三女だったはずだ。

「ちぬ殿。不躾ですが、質問が…」

「あ、駄目だよ起き上がっちゃー。
しばらくは寝てないと駄目ってオジジが言ってたよ☆」

立ち上がっていた雪を再び布団の中へと戻させる。
ちぬなら自分の知りたい事も知っているだろうと雪は大人しく布団へと戻った。

「すみません、このような失礼な格好で。
ですが聞きたい事が一つございます。どうか教えて頂けないでしょうか?」

「いいよー。ちぬの知ってる事ならなんでも教えてあげる」

「では…森本 祐輔という人間に心当たりはございませんか?」

「森本…祐輔…?」

そう。それこそが今、雪が一番欲していた情報だった。
何も知らない愚かな雪に何も言わないまま、国を救い去った人間。
もう一度出会って何をすればいいかは考えられない。だが自分に出来る限りの贖罪はしなければいけないだろう。

浅井朝倉も武家の家。
義を重んじるのは彼女も同じ。
彼女が尊敬する父の代でお家取り潰しの恥を救ってくれた恩は返しきれない物がある。

祐輔、祐輔と首をうんうんと捻るちぬ。
ひょっとすれば名前を変えているのかもしれないと雪は思い至った。

「私と面談して頂いた方です。ひょっとすれば名前を変えておられるかもしれません」

「面談……あー! ユウちゃんの事か!
それだったら毛利で一番ユウちゃんの事知ってるよー☆」

どうやらちぬの頭の中において、祐輔はユウちゃんと記憶されているらしい。
そのため雪の質問に該当しないわけである。

「でもユウちゃん、今ちょっと出かけてるからいないんだ☆
だからそれまでいる? すぐ帰るんだったら、おねたま達呼んでくるけど?」

「いえ、是非待たせて頂きたく思います」

祐輔の不在を知り、内心どこかほっとした雪。
だがそんな自分をすぐさま嫌悪し、嫌らしい女だと思う。
贖罪までの猶予が伸びたと安堵してしまったのだ、雪は。

人間なら誰でも持つ感情。
だが清廉な心を持つ雪にとって、それは度し難い事。

「ひょっとしてユウちゃんの知り合いなのー?」

「ええ…」

「そっか。ならユウちゃんが帰ってくるまでこの部屋使っていいよ。
食事も運ばせるから心配しないでねー☆ じゃ、またね☆」

バイバイと掌をヒラヒラさせて部屋から出て行くちぬ。
そんなちぬを見送って、雪は再び一人になった部屋で思いを巡らせる。
一体自分は何をすればいいのだろうか。その答えを中々出せないまま。




[4285] 第九話
Name: さくら◆491058f1 ID:70f93ce2
Date: 2010/12/27 00:35
「え、龍馬さんキレてるんすか?」

「あ”あ!? 俺キレさせたら大したもんだよ!!」

「めちゃめちゃキレてるじゃないですか……」

やぱり一発ネタは通じないか。がっでむ。



死国側の門前。
期日の時間に少し遅れてしまった祐輔はさっそく門を開き、死国の人間と会談をする事になった。
毛利に残してきた雪が気にならないではないが、それはそれ、これはこれ。
祐輔が手がけた以上、彼しかこの件を処理する事は出来なかった。

そんなわけで今回は明石から徴発した食料を兵士に持たせ、一応の事態に備えて一部隊を連れてきた祐輔。
ギギギと重厚な門を開いた先には、額に青筋を浮かび上がらせた龍馬が腕を組んで待っていた。
そんな龍馬を伺いながら質問したのが冒頭の会話だったというわけである。

「ああ、門は閉めなくていいよ。そのまま待機」

【了解でさぁ!!】

万が一を考えていた襲撃もなく、祐輔は門を閉める事なく待機を命じる。
後方で待機していたモヒカン達は威勢のよい叫びを上げ、その場で気をつけした。

「いえ、本当に遅れて申し訳ありません。
行軍の最中豪雨に見舞われまして、身動きが取れなくなりまして。
この通り謝りますので許してくれませんか?」

そう言って素直に龍馬達に頭を下げる祐輔。
そう、龍馬達である。門の先ではキャラバンは一纏まりになって遠巻きにこちらを見ている。
そして代表者と思しき人間達だけが門の前で待っていた。

身体の各所から刃が生え、灰色の固そうな皮膚の大男・ゴン。
軽装の鎧を肌に直接付けている眼帯の男、譲。
最後に隻腕の女である美禰と龍馬の四名が門の前で祐輔を待ち受けていたのである。

「へぇ…腰の低そうな男に見えるけどな。こいつそんなにヤバいの?」

眼帯の男、譲が祐輔を遠慮など欠片もなくジロジロ見て姉の美禰を見やる。
美禰は鋭い視線で祐輔を射抜きながら譲の疑問に答えた。

「豪雨、ね……どこまで本当なんだか。少なくとも、こっちは雨一滴降ってやしないけど」

「い、いやだなぁ。本当は間に合う予定だったんですって」

その譲に対するというよりも、詰問されるかのような声に祐輔は慌ててフォローを入れる。
確かに祐輔に美禰が考えていたような思惑があったのは事実だ。
しかし今後の可能性も考えてギリギリ期日には間に合わせようとしていたのである。

だが相変わらず美禰が祐輔を見る目は冷たい。
表情から言葉を読み取れば、このタヌキが! と言ったところだろうが。
とにかく胡散臭い物を発酵させ、煮詰めた何かを見る眼差しである。

「それでお答えを聞きたいのですが」

これ以上藪をつついて蛇が飛び出ては構わない。
美禰の頭の回転に冷や汗を掻きつつ、祐輔は代表である龍馬に訊ねる。
この一行のリーダーとは龍馬であるからして、龍馬の回答がグループの総意だ。

「…………」

水を向けられた龍馬だが、未だに祐輔に対する苛々はある。
そのためかこれから口にする言葉を発したくないらしく、むっつりと黙ったままだ。

「りょ、りょうま…」

「…わかってるよ、ゴン」

おずおずといったように龍馬に促すゴン。
ゴンに促された龍馬は頭を掻き毟りながら、むっつりとした顔で祐輔に向き直る。
そして祐輔と目を合わせてはっきりと言った。

「死国は毛利の申し出を受ける」

祐輔はその言葉に内心でガッツポーズを取る。
毛利が強力な奇兵隊を得た瞬間であった。



キコキコと車輪をこぎながら毛利へと帰路に着く祐輔。
その道中で死国との交渉を思い出していた。

「ただし条件がある、か」

それは死国からの同盟を認めるための条件の追加だった。

その条件とは簡単な物。
もう限界に近いゴンの呪い憑きをどうにかして欲しいという物である。
ゴンの呪いはかなり進行しており、彼の五感も半分ほどが既に失われているらしい。

そのため妖怪を探すための人員を毛利側で用意して欲しいとの事。
だからと言って龍馬達だけが門の外に出ては裏切り者の謗りを受けるため、苦肉の策と言えよう。
その時の龍馬達の苦渋の顔は中々見物であった。

またその表情は死国側の門のキャラバンのリーダーは龍馬に任せると一任した事からも続く。
龍馬達はリーダーから下ろされると考えていたらしく、鳩が豆鉄砲をくらったような間抜けな表情をしていた。
事前に失敗したとは言え、脱出計画を企てた彼等だ。継続して指揮権を持たされるとは思っていなかったのである。

しかし、祐輔の考えにおいて彼等は既に味方。
見ず知らずの人間、しかも人間から迫害を受けてきた呪い憑きの集団。
毛利側の人間が指揮するのは難しい事が目にみえているし、それならカリスマのある龍馬に纏めてもらったほうがいい。

そしてこれはあくまで無意識下の打算であるが、祐輔は龍馬達が謀反を企てないと悟っていた。
安全のため門の毛利側に女子供を避難させているので、企てたくとも不可能なのだ。
実行すれば非戦闘員に被害が出る。そんな作戦を強行するように龍馬は見えなかった。

そんな益体もない事をぼーっと考えながら龍馬は妖怪退治について思考を巡らせる。

「だからと言って人員を割くのもな……」

「!? や、やべぇ!? 今日はひょっとして!?」

なんだかなー、3Gなしで見つけるのは無理ぽいよなー。
そんな事を思いながら自転車を漕いでいると、祐輔の後ろについているモヒカン達が騒ぎだした。
どうした何事だと祐輔が後ろを振り返ると、そこには戦々恐々としているモヒカン達がいた。

「え、なに? どうかした?」

「ヤバいっすよアニキ!! ヤバいっすよアニキ!!」
「そうなんすよ! ヤバイっすよアニキ!!」
「超やべぇ!! ヤバイっすよアニキ!!」

あれか。お前らはヤバいとしか表現できない現代っ子か。
もっとボキャブラリーを増やせと頭を痛ませながら、祐輔は何がやばいのかと訊ねる。

「何がヤバイんだよ。そこんところを詳しく」

「え!? アニキ今日が何の日か知らないんすか!?」
「まぁアニキは毛利に来て日が浅いっすから仕方ないっすね」
「だとしてもヤバイっすよ。遅刻はむちうち100回の厳刑すからね」

「だから何がだよ!!!」

ちゃんと受け答えせずに「やべぇ」を連呼するモヒカン達に、ついに祐輔がキレた。
キキっと自転車のブレーキを握りストップし、モヒカン達を問いただす。

『今日はきくの姐御の大料理会なんすよ!!!』

大きく声を揃えて返事をするモヒカン達に、ああ、そう言えばそんな事もあったなと祐輔は思い出す。
毛利では定例的に毛利三姉妹がそれぞれ得意とする分野での、国を挙げての催し物がある。
それ即ち大掃除と大茶会、そして今回行われる大料理会。

「ああ、恐ろしい…!!! 遅れた者には体罰はモチロン、向こう一週間ご飯抜きに…!」
「嫌だあ!! もうウマそうな飯を横目に、犬の残飯を漁るのは嫌だー!」
「あべし!!」
「たわば!!」

ガクガクブルブルと震えながら自転車を止めるモヒカン達。
どうやら彼等にとって、ムチ打ちよりも飯抜きのほうが辛いらしい。
というか犬のエサですらなく残飯なのかよ、と祐輔は内心でツッコミを入れた。

『アニキ!! 早く、早くぅぅぅうう!!! 後生でさぁ!!』

「あぁ、うん、わかった…」

ごつい世紀末な男達が身体を震わせながら懇願する姿。
え、なにこいつらキモイ。祐輔はさっと目を逸らして、ブレーキを離す。
祐輔もご飯抜きにされるのは嫌なのでペダルに力を込めて自転車を漕ぎ出した。

「じゃ、行こうか」

「!? アニキ、その漕ぎ方は一体…!?」

「え、立ちこぎだけど? 急ぐんだったらこれじゃね?」

ごく普通にといった感じで立ちこぎをする祐輔。
だが自転車を操り出してから日が浅いモヒカン達にとっては衝撃的だったらしい。

「すげぇ、メチャクチャ早ぇ!?」
「流石アニキ!! アーニキ、アニキ、アーニキ!! フォフォ!!!」
「ヒャッハー!! これで夕飯に間に合いそうだぜ!!」



轟々と燃え上がる篝火。
炎の周りでは熱に浮かされた男共が狂ったように嘲笑を浮かべ、踊り狂う。
それはまるで悪魔を崇拝している邪教徒の儀式を具現化したかのような光景だった。

……信じられるか? これ、晩飯なんだぜ?

「バーベキューとは中々いい趣味してるじゃないか」

あの後なんとか晩飯の時間に間に合ったものの、時間はウルトラマンが地球でいられる時間くらいしか残されていなかった。
そのまま配下の野郎達と雪崩れるようにして会場に突入、今の騒ぎに至るというわけだ。
わー、すげぇ。豚の丸焼きとかマジ始めて見たわ。豪快すぎる。

「美味しくこんがり焼けたらこっちに持ってきな! 味付けは私がする!」

「へい! きくの姐御!!」

だがそのまま食べるわけでもないらしい。
表面がコンガリ焼けたらモヒカンが きくの所まで持って行って、きくがその場で切り分けて味付けをする。
豚の油が焼ける香ばしい香りにタレの甘い香りがこっちにまで漂ってくるのだから、俺でなくても腹が鳴ろうというものだ。

「馬鹿野郎!! まだ生焼けじゃねぇか!! 溺れて反省して来い!!」

「あああぁああぁぁああざぁああしっっっっっっっったぁあぁあああぁぁぁぁぁぁ――……」

だが生焼けの部分があったらしく、きくの怒りの鉄槌が振るわれる。
調理に使われ熱々に熱されたフライパンで叩かれたモヒカンは礼をいいながら吹っ飛び、城の外堀へと落ちて行った。
モヒカンが妙にいい笑顔だったのは気にしない方向がいいのだろう。

〈ぐぅ〉

「う…」

なので俺の腹の音が鳴り響こうと、それは仕方ない事なのだ。
そういえばあまりの光景に圧倒されて、食事をするという事が頭からスッポ抜けてしまっていた。
材料は過剰と思える程に積まれているが、モヒカン達にかかるとすぐに無くなってしまいそうだから急がないと。

よし、そうとなれば膳は急げだ。

「お、その焼き鳥旨s」

「ヒャッハー!! この焼き鳥最高だぜー!」

「…いやいや、実はそっちのねぎま串が食べたか」

「オラオラー! 雑菌は消毒だー!! そして燃えろ燃えろー!」

「……そ、そういえば きく特製のサラダがあるとか言ってたっけ。そっちに―」

「おらババァ!! サラダないぞ! サラダ寄越せ!!
…え、これ きくの姐御が作ったんすか? いやいや、俺、ババァなんて――あざっしたぁぁぁああああああああああああ――……」

全 然 食 え ね ぇ 。
これは晩飯じゃない。バンメシという名前の戦場だ!
しかも宴会では無礼講なのか、アニキアニキとうるさいモヒカンがちっとも敬意を示さない。

「いいだろう…なら俺も虎になってやる。
そうだ、俺は虎だ! 虎なのだ! だから筋骨隆々のモヒカンにも負けないんだ!
向こうの世界で病院食を食べていた草食系男子とは訳が違うんだ!!」

絶対に焼き鳥くってやらぁああ!!
俺は右手の箸を投げ捨て、モヒカン達が群れる中心へと飛び込んで行った。
狙うは至高の焼き鳥だけよ!!!



「…あー、このねぎま串、まだネギ残ってる勿体ないな」

串置き場に置いてあるねぎま串に、ねぎだけ器用に残された串があった。
俺はふらふらと串置き場まで歩いて行き、誰も見ていないのを確認して、その串を取る。
そしておもむろにねぎを食べる。

「あー、うめぇ…ネギが程良く焼けて、口の中でとろけ――――」

俺はそこまで言って、地面に泣き崩れた。

「惨め…! 圧倒的なまでの惨め…………!! あまりにも惨め…!」

俺は確かアニキと呼ばれてもてはやされていたはず…!
なのに何故…! どうして…! こんな事、あっていいはずが…!
内心少しいい気になっていた罰だというのか…ッ!?

ダン!ダン!と悔しさのあまり、地面に拳を打ち付ける。
俺はいざとなったら焼き鳥の一本さえ手に入れられないのか?
俺が静かに絶望している横でモヒカン達がマンガ肉片手に酒を飲みながら騒いでいるのが、俺の心を更に深く傷つける。

これは無礼講と言って、許していい恨みではない。
この恨み晴らさでおくべきか……無意識の内にブツブツと呟いていたのだが、サッと俺を中心に大きな影が差した。
もうとっくの昔に夜なのだが、篝火を焚いているので炎を中心に明るいのだ。

俺は不審に思い、泣き崩れた姿勢から顔をあげると―――

「ゆぅうすけえ! ワぁああああしィと一緒にィいイ飲まぬぅうかあぁぁあ?」

「親、父?」

そこにはこんがりと焼けた豚の丸焼きを軽々と持ち、片手に巨大な酒瓶を携えた親父・元就がいた。



ガツガツと貪るようにして豚の丸焼きを食らう祐輔。
元就は自分専用の盃に清酒をつぎながら、その様子を楽しそうに眺めていた。

「うぅまァいかああ?」

「旨い、旨すぎるよ親父!
塩胡椒の味付けが若干薄いけど、それを補える程の濃厚なタレ!
ここまで凄まじい程に旨い料理は始めてだ!!」

そうか、そうかと元就は豪快に笑う。
元就ほどの歳になると、自分が食べるよりも若者が元気に食べているのを見るほうが楽しい。
年齢不相応なまでの祐輔のがっつきっぷりに、元就は年甲斐もなく楽しげに笑った。

「ぉお前が、いつまぁでも毛利にィいてくれればぁあなぁあ……」

祐輔に悟られない程度にぽつりと呟く元就。
元就にさえ脇目もふらず豚を貪る祐輔は気付いていないようである。
だが元就は祐輔にいつまでも毛利にいて欲しいと考えていた。

祐輔が毛利に来てから、実に良く国が回っているのである。
今まで てるしかいなかった頭脳派(?)に参謀(?)とも言える祐輔が付いた。
てるが指示を出すことによって祐輔が動き、わかりやすく各方面に指示が出される。

そして きくの手綱の扱い方も心得ているように元就の目には映った。
時に馬鹿を演じ、時に知恵者を演じる。所謂器用貧乏タイプなのである。
ちぬからも好かれており、毛利の中核人物からの信頼は厚い。

「飲ォめえええ!!!」

「…え? これ、飲むんすか?」

ずいと出された元就専用の杯をマジマジと見る祐輔。
なみなみとつがれた盃には透き通るような清酒が輝いている。
祐輔はごくりと唾を飲んだ。

「日本酒、か…」

もう社会人の皆さんはご存知かと思われるが、現代日本で飲み会。
しかも大学生の飲み会となれば、主戦場は日本酒ではなくビールなのである。
祐輔もそれに漏れず、とりあえず一杯目は生中派なのだ。

だが断る事は出来ない。
祐輔は目の前でちゃぷんと揺れる盃に口をつける。
喉をつくアルコール度数の高さに、脳が一瞬にして揺れた。

「ちょ、休k」

「のぉめえええええええええええ!!! ガッハッハッハハッハハアアアアア!!!!」

ストップをかけようとした祐輔の盃を元就が支える。
目を白黒させる祐輔の意思と反して、喉へ怒涛のように注がれる清酒。

(ああ、もう駄目ぽ……)

ぐわんぐわんと視界が揺れ、元就の高笑いが響く中。
祐輔はゆっくりと意識を手放した。



【――よぉ、俺? ちょっと飲み過ぎじゃねぇか? くひゃひゃひゃ!!】

「俺…? これは、夢、か?」

【ユメ? 夢? 夢ねぇ? だが違うんだよ、俺。
オレはしっかりとてめぇの中に存在している、別の存在。
いや、寄生しているからてめぇ自身でもあるのか。クヒャヒャ! 厄介だねぇ】

「その鎖…そうか、お前はあの夢の。
ああ、もういいよ。もう大体わかったから。自分のラノベ知識が恨めしい。
こんな非現実的な事に対しても想像できるんだから、俺もいよいよオタクだなぁ」

【ならオレが誰か言ってみな。答え合わせといこうじゃないか】

「ああ、いいぞ―――――お前、狒々だろ? 正確には狒々化しつつある、俺の一部分か」

【クヒャ―――――大正解!!!】

夢か現か幻か。
祐輔と祐輔に瓜二つの存在以外何者も存在しない空間。
祐輔に瓜二つの存在は祐輔の言葉に、禍々しく口元を歪めて笑った。



「ざっと見る限り、精神世界ってとこか」

【理解が早くて助かるぜ。てめぇが馬鹿みたいに酒をかっくらうから、てめぇの意識が希薄になった。
本当ならオレがてめぇと出会うのは、もっと侵食が進んでからなんだがな。
だがてめぇの意識が希薄になったお陰でオレの意識との垣根が低くなったってわけだ】

「…で、お前が俺に話しかけてきた理由はなんだ?」

【なんだと思う?】

「わからないから聞いているんだよ。
どう考えても俺がお前だとしたら、俺とコンタクトを取るのは乗っ取れると確信した時だけだ。
不用意に接しても警戒して能力を使わなくなるかもしれないからな。
能力を使うのを控えれば当然、呪い憑きとしての侵食も遅くなる。メリットが見つからない」

【ケッケ、確かに! ああ、確かにその通りだ!!
てめぇのクソッタレな、吐き気がするような甘ちゃんには常に苛々させられる!
だがそれを今まで我慢してきた!! 虫唾が走りそうになるのをな! 歯がゆかったぜ? ただ指を咥えて見てるだけってのはよ?
てめぇに接するのは最後の最後、奪えると確信した時だけにしたかったさ!!】

「なら」

【てめぇに忠告するためだよ!!! 
このままてめぇのやりたいようにやらせれば、何処かで必ずくたばる。
てめぇの能力があってもな!! それはオレの身体だ! てめぇがくたばれば、オレもお陀仏なんだよ!!!】

「ああ、そういうことか。なるほどな。
でもその心配は必要ない――――上手くやるし、お前に俺の身体をくれてやるつもりはない。
大人しく俺の中で燻ってろ。この戦が終われば、呪い憑きの根源を潰しに行くからな」

【そう上手くいくカネェ? くひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!】



「――ちゃん! ユウちゃん!」

「っあ…ちぬ、か?」

「そだよー。ちぬです☆」

あぁあ”ぁぁ…頭が割れるように痛い。
一体何があったのか、まるで何も思い出せない。
一体何が……ああ、そういえば親父に酒を飲まされたんだったか。

「ぅ…」

「気持ち悪いー?」

「ぎぼちわるい…」

ちぬに支えられて立ち上がると、猛烈な吐き気が。
ら、らめ! れちゃううううううううううううううう!! てな感じだ。
だが吐けそうで吐けないというジレンマ。成人で二日酔いを体験した奴はわかると思う。

「ならこれ飲むといいよー。ちぬ特製の酔い覚ましだよ☆」

「ありがとう‥」

ちぬから何かを手渡されると、掌にひんやりと冷たい感触。
ううう、ちぬは良い子だな…俺はそれをぐいっと飲み干そうとする。

「ああ、本当だな。首筋がグワングワンと警鐘を鳴らしてっぶぅぅうううううううううううううううううううううううううううう!!!!」

飲み干そうとした物を、そのままの勢いで吹き出す。
首筋にゾクゾクって駄目やないか! それ死亡フラグやないけ!!
思わず関西弁になってしまうほどに、それは正しく酔い覚ましではなかった。

「あ、これ神経毒だ☆ 間違っちゃった、てへ☆」

「それは間違うなよ!!」

でも許しちゃう。
何故かというと ちぬが可愛かったというのもあるが、吹き出した勢いで吐いたからだ。
おかげで随分と楽になった。これも二日酔いの人は良くわかってもらえると思う。

「あ”―、大分楽になった。ありがとう。
けど、まだ気持ち悪いから部屋に帰って寝る」

「そっかー。けど明日は早く起きてね? 
今日の片付けするしー、起きないと きくおねたまに怒られるからねー?」

「おk。把握」

もうなんか返事をするのも億劫。
アルコールが脳に残っているせいか、未だにフワフワしている。
これはさっさと水を馬鹿みたいに飲んで、早く寝るほうがいいだろう。

俺はフラフラと千鳥足で自分の部屋へと向かう。
けど何か重要な事を忘れているような気がするんだよなぁ…? 何だったかな?

後になって思うが、確かにこの時の俺は重要な事を忘れていた。
しかもそれは最重要と言っていいような、人生を左右するような。
だけど俺は気付いていない。その重要な事は“一つ”ではなく、“二つ”だって事を。



自分の部屋に戻るのに、ノックをする人はいるだろうか。
普通はしないし、する人がいるというのなら珍しいと言わざるを得ないだろう。
たとえば自分の部屋に他人がいるというのなら、また話は別であるが。

「疲れた…もう今日は寝よう…」

それは祐輔も同じで、自分の部屋に入る前にノックなどしない。
疲れた身体を布団にそのまま投げ出そうとして、勢い良く戸を開ける。

「あ……」

「へ?」

アルコールのせいか、祐輔は重要な事を忘れていた。
そうなのである。祐輔の部屋は今、祐輔のみが使っているわけではない。
祐輔の部屋では今、【雪】が間借りするような形で住んでいたのである。

祐輔の目に飛び込んで来たのは、芸術品の陶磁器のような白い肌。
初雪を思わせる肌にはシミ一つなく、月の光りに照らされて幻想的な情緒を思わせる。
透き通るような蒼い髪は結えられ、一括りにされているが透き通るような蒼は艶やかに煌めいていた。

「あ、う?」

祐輔の脳は完全に思考停止していた。
それもそうだ。何故なら――自分の部屋には、服を脱いだ雪がいたのだから。
おそらく着替えをしていたのだろう。その現場にどんぴしゃりと居合わせてしまったのだ。

「………」
「………」

両者、無言の時間が過ぎる。
だが我に帰ったのは雪が早く、さっと身体を衣服で隠す。
そして真っ赤な顔で「申し訳ありませんが…」と祐輔に語りかけた。

「その、服を着たいので…後ろを向くか、部屋を出て頂けませんか?」

「はっ!? すすすすすすすす、すみません!!!」

ようやく現世に帰ってきた祐輔は酔いも覚めたのか、今までにない速さで部屋を出た。
その速さときたら、神速の逃げ足が発動している時にも劣らない速さ。
祐輔は今見た光景を脳に完全に焼き付けられ、正常な判断が出来ない程に動揺していた。

「qうぇrちゅいおp@あsdfghjkぉzxcvbんm,。・¥!?!?!?!」

失礼、人間を一時的に辞めていた。
もはや人間としての思考をとどめていない程に混乱している。
だがそれも当然か。今も淡い恋心を抱く人間の裸体を目撃したのだ。祐輔には衝撃が強すぎる。

〈しゅるしゅる〉

しかも現在進行形で布擦れの音が聞こえるのだ。
祐輔がその持ち前の妄想力で色んな事を想像しても、仕方ない事だろう。
祐輔が本日二回目の現実回帰を果たすには暫く時間がかかりそうだ。

「あの…森本、殿? どうぞ、中にお入り下さいませんか? お話が…あります」

「ひゃ、ひゃい!」

結局それはいつまでも部屋に戻らない祐輔を不審がった雪に声をかけられるまで、いつまでも続いた。
互いに少し気まずい雰囲気のまま、こうして雪と祐輔の物語は再開される。

一度は互いの行き違いからすれ違った二人。
だが今、二人には【過去】とは違う【現在】がある。
昔では知り得なかった事を知り、昔では無かった物もある。

二人の【今】がようやく始まった。
それは夜も更けた、毛利のとある一室で。
二人が描く未来とは、道筋とは。











あとがき

次回ようやく雪との対話です。
今雪はあの時知り得なかった事実を知っています。
雪と祐輔の思いが錯綜する次回、ご期待下さい。



[4285] ぼくのかんがえた、すごい厨ニ病なゆうすけ
Name: さくら◆491058f1 ID:70f93ce2
Date: 2010/12/27 00:18
――――――もしもの話だ―――――
――――――史実とは違う外史の話―――――
――――――史実とは枝分かれした話が、そこにはあるのかもしれない―――――

「ラァアアアアアアアアンス!!!!」

「ん? 誰だ貴様、俺様のファンか? だが今は忙しいので死ね」

「ガ‥…アアアアアアアアアアアアアアア!!!?」

――――――降りしきる雨の前に鉄砲は役立たず、主人公は泥水に塗れる――――――
――――――腕は千切れ、牙を抜かれ、骨を断たれて倒れ伏す――――――

「ガハハハハ!! 雪ちゃんは俺様の物だー!!」

「いや、いやああああああああああぁぁぁああああ!!!」

「そんなに嫌がられると、逆に興奮してしまうではないか」

――――――その世界では浅井朝倉は敗れ、雪が陵辱される――――――

「お、れ、は……俺、は…オレは……………ッ!!!」

――――――絶望の淵で主人公は願う。我に闘う力を――――――
――――――ただ背を向けるだけの力などいらぬ。果てなき殺戮の力を――――――

「力を寄越せ!! 全てを凌駕する力などいらない!!
ただあいつを……! ランスを、この手で殺せるだけの力を!!
暇だというのなら魅せよう、飽くなき世界への破滅を!! 絶望を! 地獄を!
俺は喜んで貴様を喜ばせる道化となってやる!!!! 聞いてるんだろクジラァア!!」

――――――記憶をほどき、この世界での原初の記憶を掘り返す――――――
――――――神仏にすら喰らいつくさんとする憎悪は創造神へと届く――――――

【へぇ……君、面白いね。
クフ、クフフフフフフ、キャハハハハハハハハハハハ!!!!】

――――――ここにかつての主人公はいない――――――
――――――いるのはただ腐海の泥に身を沈め、己を鬼とした悪鬼――――――
――――――ただただ世界の崩壊を望む一匹の悪鬼――――――

「■■■、■■■■■■■____―――■■■――――!!!!」

――――――これは正史の物語ではない――――――
――――――ただ己の絶望の捌け口を求めた、一匹の悪鬼の物語である――――――



戦国ランス 悪鬼ルート YUSUKE



今の話をしよう。
かつてJAPANでは群雄割拠の戦国時代に突入していた。
しかもそれはつい最近までの話で、今では大きく姿を変えている。

勘の良い者は気付いていたかもしれない。
まずその始まりとは、各地の有力大名に収められた【瓢箪】が次々と何者かに奪われるという事件。
各地の大名は宝物庫に保管されていたというのに奪われたとあって、それを自分から言い出す者は少なかった。

次の事件はJAPAN全民にわかる形で発覚する。
北条家によって塞がれていた地獄の穴の封印が解かれ、各地から妖怪が大出没。
人間同士で戦をしている場合ではないという状況にまで追い込まれる。

そうして一時的に休戦せざるを得ない状況の一方、織田家で大事件が起こった。
本能寺を治療のために訪れていた信長が何者かに連れ去られ、寺が焼き討ちされるという事件が起こる。
奇跡的生き残った生存者によると、信長は毒を飲まされて死んだように眠ってしまったと。

これら全ての条件に共通して証言されるのが一つの目撃証言。
それは一匹の漆黒の、人の二三回りほどは大きい【鬼】が現場に出没したらしい。
ある者によればその鬼は人を溶かす毒を吐き、またある者によればその鬼は地獄の業火を吹いたのを目撃されている。

人々は不安に思った。
いったい、このJAPANに何が起こっているのだろうか。
その不安は毛利国の。一つの国が一夜にして滅ぼされるという悪夢によって実現された。

死国の門が何者かによって解放され、妖怪に内側から喰い破られた毛利。
そして各地の地獄の穴から漏れ出した鬼達がこぞって毛利へと集結。
内と外からの暴虐に毛利は耐える事が出来ず、一夜にして一つの国が奪われてしまう。

それらの鬼、妖怪、魔物の先頭に立つ者。
それは般若面を付けた、一匹の【黒い鬼】だった。
JAPANの勢力図が一夜にして塗り替えられた瞬間である。

とても魔物だけの集団とは思えない程の統率。
疾風怒濤の侵攻はあっという間に毛利を呑み込み、全領土をその手に収めた。
畏れを知らぬ獣の集団が掲げた国の名前は【終〈ツイ〉】の国。

その日から時間にして、10日が過ぎようとしていた……



【終】の国、最前線。
突如として現れた国に対し、隣接する島津は己の国の防衛を優先。
また大陸との繋がりによってライフラインは確保されている。かの国に対して攻勢に出る事はなかった。

そして終の国もまた、島津へと兵を向ける事はない。
毛利を呑み込んだ後は統治をする考えもなく、そのまま牙を織田へと向けた。
無論途中に存在した明石では暴虐の限りを尽くし、明石は死の大地と化している。

その最前線では一つの戦いが終わりを迎えようとしていた。
陣形の取れていない獣の群れなど恐るるに足らず。織田の軍師はそう考えていた。
もっともその甘い考えは己の死をもって償う事になったが。

確かに魔物の軍団は陣形を組んで、臨機応変に対応したりはしない。
ただ一番近い人間に噛み付き、食らい、非道の限りを尽くすのみ。
しかしその特性に指向性を持たせる者が終の国には存在していた。

空から地上の地理を読み取り、最も薄い場所に妖怪を突撃させる。
空を飛べる妖怪には油と火を持たせ、弓矢の届かない高度から投下させて火の海を作る。
基本性能で圧倒的に劣る人間側にとって、魔物に戦術を取られたら為す術がなくなるのだ。

魔物は集団行動をしない。
同じ種族であるなら話は別だが、基本異なる種族とは慣れ合わない。
それがJAPANでの常識であった。

しかしそれは覆される。
その結果として残るのは織田と魔物達の屍の山。
だがその数は圧倒的に織田の兵士が多く、魔物達はその屍肉を貪っていた。

「つ……ぅ……」

割れた兜から血を流し、かろうじて立っている一人の少年。
織田の将の一人でもある山本太郎は派遣部隊で唯一生き残った将であった。
だが彼はその命も、あと少ししか持続されない事を知っていた。

「ここまで……ですか…」

周囲を鬼に囲まれ、その包囲を突破するだけの力は残されていない。
また増援を期待するにも、太郎達の部隊は余りにも早く瓦解してしまった。
増援が来るにしても、あとしばらくの時間が必要だろう。

「念願の姉上に会えて、これからというのに………。
じい、すまない……山本家の再興は遅くなりそうです」

ジリジリとにじり寄る鬼の群れに、太郎の頭の中に幾人もの人が現れては消えていく。
敬愛する姉である五十六、自分を守って死んだじい、山本家に仕えてくれた家臣。
そして最後に浮かんだのは、今はいない兄と慕った男の顔。

(祐輔さん…今、僕もそっちに行くみたいです)

太郎にその気はなくても、織田が浅井朝倉を滅ぼしたのには違いない。
敗戦国となった浅井朝倉は織田の統治下に入り、今は属国となっている。
織田へと別れた太郎がいくら浅井朝倉で祐輔を探しても、その姿はなかった。

浅井朝倉での祐輔の上司だった一郎に訊ねても首を振るばかり。
固く拳を握り締め、心底悔しそうに吐き捨てた一郎の言葉に嘘はないだろう。
つまり祐輔は戦場で、誰にも看取られる事なく死んだのだろう。

「GAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

正面にいる鬼達が痺れを切らし、太郎へと牙を剥き襲いかかる。
太郎は決死の覚悟を決め、武士らしく最後は華花しく散ろうと刀を振りかぶったところで。

『やめろ』

ピタリ、と鬼達は動きを止めた。
場違いに流れた人間の言葉。だが驚いた事に、鬼たちはその言語を聞いて動きを止めた。
鬼たちは声の聞こえた方向に顔を一斉に向けると、蜘蛛の子を蹴散らすようにワラワラと散っていった。

一気に開けた太郎の視界の先。
そこには一匹の黒い巨大な、しかし人間よりも少し大きい大きさの鬼がいた。

ゴツゴツとした岩石のような皮膚は鋼のように固く。
指の先から伸びた禍々しい爪は肉を容易く斬り落とす。
丸太のように太い首の上には、般若面を被った三本角の鬼の顔が乗っていた。

ゾクリと太郎の全身に怖気が走る。
太郎は知っている。直接姿を見たわけではないが、話には聞き及んでいた。
終の国を打ち立てた魔物達の頂点に立つのは般若面の黒い鬼であるという話を。

「く…! あなたが、首謀者ですね?」

太郎は身体を奮い立たせる。
ここで自分がこの鬼の首をとれば、あるいはこの一件は解決するかもしれない。
鬼は般若面で表情が見えず、しかも起伏の乏しい声で答えた。

『…だとすれば? お前がこの首、取ってみせると?』

「ええ!! この身に変えてでも!!」

『そんな身では肌に傷一つ付けられないさ。
見逃してやるからさっさと逃げるんだな。お前みたいな子供など、どうでもいい』

「たとえこの身が死のうとも、やらなければいけないんです!
それに僕が死んでも姉上が山本家を再興してくれる!! 馬鹿にしないで下さい!!」

刺し違えてでもこの鬼を仕留める。
失血で震える脚で構えを取り、刀を大上段に構える太郎。
例え自分が死のうと、太郎がした功績は山本家の礎とな――――――

『そう、か…五十六とは再会できたのか』

「………え?」

礎となる。
特攻を仕掛けるべく、すり足で距離を縮めていた太郎。
だがその鬼が発したと思われる言葉に、全ての思考が停止した。

「あ、あぁ、あああ」

そういえば太郎にとって、この鬼の声は聞き覚えがあった。
今の今までそんな事、気付く余裕すらなかったから気付かなかった。
だが、そうだ。懐かしささえ感じる声音。

「嘘、だ」

――――――姿貌は違うが、この声は、あの男の声ではないか。

甚大な震えに身体を支えきれず、ぽすんと地面に尻をつく太郎。
目を見開き驚いている太郎を他所に、黒鬼は興味が失せたとばかりに踵を返す。

『この場に限り、見逃してやる。次はない』

「嘘だ、嘘、嘘ですよね…?
そんな、待って、どうして!!」

太郎にはとても信じられなくて。
敵であるはずの黒鬼に、縋るようにして地面を這いながら近づく。
だがそんな太郎には目もくれず黒鬼は太郎を置いて遠くへと歩いて行った。

『ランスに伝えておけ。貴様の首は必ず取ると。
その前に貴様の全てを奪う。シィルも、女も、貴様の全てを壊す』

「ゆうすけさああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!」

彼は既に人に非ず。
ただ人に害を為す鬼しか在らず。
堕ちし主人公は英雄を欲す。ただただ己の憎悪のために。



真っ暗の部屋の中、祐輔は愛おしげに人形の頭を撫でる。
英雄に壊されてしまった人形を。

「殺して……織田を……殺して……あいつを……殺して…」

『ああ、そうだ。殺そう。みんな殺そう』

かつてはJAPANで一番美しいと呼ばれた姫。
だが今は英雄によって祖国を潰され、大事な家族を殺され、自分の純血も奪われ。
英雄に壊されてしまった人形は人形でしかない。

「殺す! 殺してよぉおおおおお! あいつら、全部! 全部!!」

『そうだね。殺そう。全部全部殺して、壊して、奪って、潰して、犯そう』

祐輔は知っていた。JAPANの世界の設定を。
悪戯にオロチを起こす事すらできるし、かぐやの超科学で出来た武器を奪う事も出来る。
だが目下の考えとしてはJAPANを滅ぼすとされた伝説の鬼、セキメイの復活だった。

狂ってしまった。歪んでしまった。壊れてしまった。
ボタンの掛け違いは正す事は出来ず、ただ奈落へと落ちるのみ。
だがこの鬼はそれを躊躇わない。傍らに人形がいる限り。







あとがき

おかしいな…厨ニ病は完治したと思ってたんだけどな。







[4285] ぼくのかんがえた、すごい厨ニ病なゆうすけ(ふぁいなる)
Name: さくら◆206c40be ID:70f93ce2
Date: 2011/01/05 16:39
始めよう。
始めよう。
舞台を始めよう。

役者も揃った。大道具も揃った。時も来た。
主役の英雄。敵役の復讐鬼。ヒロインの二人。

始めよう。
始めよう。
終わりの始まりを。



ニ割。
この数字が何を表すか、知っている者はこのJAPANにはいない。
だがこのニ割という数字が今のJAPANの惨状を示していた。

ニ割。この数字は黒鬼の起こした妖魔大戦争のJAPAN全人口における死傷者数である。
兵士はおろか女子供、老人。果てには妖怪さえもこの数の中に入っている。
それはあまりにも酷く、現実的な数字。

島津を除く西JAPANを食い散らかした黒鬼の軍団は近畿へと進出。
だがその行軍は精鋭率いる織田の軍勢によって引き止められ、明石との境界付近で足踏みをしていた。

だがそんな状況はさいたまで復活した、鬼神セキメイによって激変する。
一体だけとは言え復活した鬼神に武田、上杉、北条は一時的とは言え休戦。
三国の精鋭達によってセキメイに対する事になったが、それでもセキメイの勢いは止まらなかった。

このままではJAPAN全土の危機に繋がると判断した三国は織田家に支援を要請。
妖魔達との戦いがある織田家だが、セキメイの危険性を考えると無視はできない。
決して少なくない数の援軍を東へと割かれ、妖魔達との戦いは増々厳しい物となった。

JAPAN全土が阿鼻叫喚地獄の地獄と化している中。
この絵図を描き出した黒鬼は復讐の時を今か今かと待ち望んでいた。
復讐の時は近いと。あと少しでランスにまで辿り着く、と。



血塗れの城を歩く、一人の修験者がいた。
この城は妖魔(妖怪王ではなく、黒鬼に従う者)達によって既に滅ぼされた物。
そこかしろに肉片や腸が食い散らかされているが、修験者は顔色一つ変える事はない。

時々にちゃりとした感触を感じながらも、城の天守閣へと到着する。
天狗の面をつけた修験者は伺いを立てるでもなく、そのまま天守閣の中へと脚を踏み入れた。

「祐輔。来たぞ」

『発禁堕山か。入ってくれ』

修験者――発禁堕山を迎え入れたのは般若面の黒鬼。
黒鬼は上座にてあぐらをかいて座り、その巨体に包まれるようにして座る雪がいた。
面をつけているので黒鬼の表情は読み取れないが、ずっとスヤスヤと眠る雪の頭を撫でている。

「ふん。今更確認するまでもあるまいに。
この城で人間など儂ら三人しかおらぬ。皆人間でありながら、人間ではないがな」

『それもそうか。だが口は慎め。雪は俺達と違い人間だ』

「お前がそう云うのであれば、そう扱うとしよう」

気に食わないと言わんばかりにフンと鼻で笑う発禁堕山。
そんな彼の態度にも気にする事なく、黒鬼は計画について訪ねた。

『それで、明日の事はどうなっている』

「お前に言われた通り、空を飛べる者は既に足利の山中に潜ませておる。
土の中を掘らせた通路も既に織田の真下まで開通しておるわ。これは今日、郊外で確認したから間違いない。
脚の遅い者、身体の大きい者は地上の前線に配置。存分に織田の注意を引きつけておるわい」

『そうか』

それは翌日に行われる、織田本陣――尾張の本城への奇襲について。
今まで考えた事のないような奇抜な戦法を祐輔はとっていた。

戦において、何も馬鹿正直に国を一つずつ落していく必要はない。
ましてや祐輔の目的は国の掌握ではなく、ランスの抹殺。
であるならば祐輔が勝利するのはたった一回の勝利でいいのだ。

周囲には気付かれぬように、夜の闇に紛れて翼を持つ者達を足利の山中に待機。
そして広大なダンジョンを創りだしたとも言えるモンスター達に地下に道を作らせる。
ランスや織田の軍師が如何に優秀だろうと、地下を通って直接本城を落としに来るとは想像もつかないだろう。

ましてやランス達は黒鬼達がそんな戦法を使うとは夢にも思っていないに違いない。
だがここにいるのは見た目が黒鬼でも、中身は祐輔。
文明が500年は先であろう世界から来たのだ。これくらいは造作もない。

そしてこの作戦も人の裏をかいたものだ。
例え本城に強襲が可能だとしても、並の人間では非戦闘員を殺すのには抵抗がある。
本城にいるのはおそらく最低限の兵士と、兵士たちの帰りを待つ女子供くらい。

どんな悪人だろうと、無抵抗の子供を殺すのは中々難しい。
だが強襲するのは妖魔という獣なのだ。彼等からすれば人間は餌でしかない。
先に彼等を少数だろうと街に放てば、城で戦える武将や兵士はそちらの処理に掛かり切りになるだろう。

また少しでも化物じみた武将を引き剥がすために、終と織田の境界線には多数の兵士を配置してある。
強襲のその瞬間まで、織田の主戦力は自分達が織田を守っているのだと錯覚するだろう。
自分の足元を妖魔の大軍が素通りし、愛する者達に牙を突き立てようとしているとも知らず。

『念には念を入れ、強襲時には地上の奴らに突撃させろ。
そうすれば地響きに気付くという、万が一の可能性も摘み取れるからな。
その指揮は貴様が取れ。俺の髪があれば、妖魔達は扱える』

ブチリと祐輔は自分の髪を千切り取り、発禁堕山へと放り投げる。
その髪を「ほぅ」と感嘆のため息をつきながら、眺めた。

「これで妖魔達を操っておったのか」

『この身体へと変貌した後、呪い憑きの力も変化した。
鳥ではなく、夜の闇に生きる者達に対する絶対命令権。
もっともはっきりと自我を持っている者には大した制約にもならないけどな』

了解したと発禁堕山が散らばった髪を纏め、それを手に取る。
そして祐輔を最後に一度見やった後、何も言う事なく部屋を去った。

「ん、んぅ…一郎お兄様? こんな所におられてよろしいのですか?
浅井朝倉に、ついに恥知らずの織田が攻めてこられたとか。軍議では?」

『ああ、そうなんだ雪。ついに織田…ランスを殺す時が来たよ』

「ランス、そう、ランス……ふふ、そうよ。殺さなきゃ。
あれ……? けど、戦はまだで、けど一郎お兄様は殺されて…?
あら? あれ? …?」

『何も考えなくていいんだよ、雪。
明日はランスの髑髏で酒を飲もう。祝いの酒だ』

【くくっく、クハハ、ハーッハッハッハッハッハ!!!】

しゃがれた、おどろおどろしい声の高笑いが天守閣に響く。
壊れ物を扱うように優しく雪をその腕に掻き抱き、祐輔は狂ったように笑う。
憎悪の炎に身を焦がし、最果ての空へと己を捨てた復讐鬼の願いが叶う時が来た。

『正気にては大業ならず。上手く言ったものだ』



時間は正午。場所は尾張の織田家、本城。
常であれば皆昼食を取り、一時の休みを取っている時間帯。
だが突然として地獄の獄炎は舞い上がった。

天災とは何時起こるかわからぬもの。
そして人の力では予想できず、抗えないもの。
では今織田で起こっているこれは、人災とでも言うのだろうか。

「乱丸殿は西地区の三番地へ」
「勝家殿は兵を率いて、空からの妖怪達に対応」
「鈴女殿は市街地に紛れてきた妖怪達の排除を」

「「「時は一刻を争いますぞ!! 急いでくだされ!!」」」

「おう!」
「わかった」
「わかったでござるよ」

「五十六殿は城内へと侵入して来た妖怪達の対処をお願いします。
本当にごく少数のようですが、ここまで来たという事は相当の手練。お気をつけて」

「委細承知した」

城下町は火の手が上がり、空と地上からおぞましい数の妖魔達が湧き出ている。
城下町の領民にまで被害が出ている以上、落ち着いて行動している余裕はない。
すぐさま城に残っている将軍たちに兵士を与え、各場所へと派遣して事態の鎮圧を急ぐ。

「ぐぬぬぬぬ。魔物の癖に生意気な。
こっちに人がいない間に奇襲をするなど、なんと腹ただしい奴らなのだ!」

精力的に各武将へ通達をする軍師達の後ろで、ランスは歯噛みをしながら苛々していた。
ランスの隣にはいつものようにシィルと怯えてしまっている香がいる。
香がいるのは不本意ながら、ランスの実力がずば抜けているため。つまりランスの横が一番安全なのだ。

「それではランス殿」
「儂は空から状態を見てきます」
「香様の事、くれぐれも頼みましたぞ」

「「「では!」」」

ダダダと3Gは窓へと走っていったかと思うと、懐から縄を取り出す。
あらかじめ形が作られている縄の先端を知り合いのカラス達にくくりつけ、大空へと飛び出した。
鬼太郎で有名なカラスコプターに乗り、城の被害状況を空中から確認しに行くのだった。

「ランスさん、どうしてこんな事に…」

不安に揺れる瞳で香はランスに訊ねる。
今までこんなに香の近くで戦が行われる事はなかった。
戦場に赴く事はあっても、ここまで追い詰められる事はなかったのである。

「ガハハッ! なに、心配するな!
俺様は最強だから、どんなザコが来ようとカオスで斬り伏せてくれるわ!」

かつてより衰えたとは言え、ランスのレベルは40を軽く超えている。
そこら辺のモンスターが太刀打ちできるレベルではない。

「そうですよ。それに、ここまでモンスタ―が来る事はないと思います。
織田の皆さん、とてもお強いですし! ですから――――――」

「!? シィル、避けろ!!」

「そうだね。こんな所にまでモンスターが来る事はないだろうね」

「――へ?」

心配げにオロオロする香を元気づけようとするシィル。
だが突然ランスが声を荒げ、シィルに回避をするように怒鳴る。
しかしいきなりの事なので、シィルは何の事だかわからず反応が遅れてしまう。

「だって―――ここまでモンスターを通したら、それは王手って事だから」

ゴウ、と風を切り裂く音が聞こえる。
空間を貪り、シィルへと飛来する刃は鋭利で薄く細い。
だがその摩擦の無さから速度を失う事なくシィルの身体を貫き、刀身を赤く濡らして壁に突き刺さった。

「シ…シィィィィィイイイイイイイイイイル!!!!」

「ら、ランス…さ、ま」

「ハハッ、刺さったのは脇腹か。それもいい。
即死ではないけど、痛みは大きいし辛い。放っておけば失血死もするしな」

こぽりとせり上がってきた血の塊を口から零し、シィルの身体が傾く。
倒れてくるシィルの身体を支え、ランスは絶叫を上げた。

「久しぶりだね、ランス。
今までの借りを全て返しに来たよ。そして返してもらう。
君はここで死ぬんだ。俺に殺されてね。無残に、虫けらのように。ああ、愉快だなぁ」

シィルに刃を投擲した存在がこつ、こつと階下から階段を登って姿を現す。
それは在りし日の祐輔の姿。今の祐輔の真の姿は人間ではなく、鬼。
だがランスと対面した時は人間の姿でと祐輔は決めていた。

「きっさまぁあああああああああああああ!!
殺す! ぶち殺す! 百万回殺す! どこのどいつだか知らんが、必ず殺す!!
香ちゃん、シィルを頼んだ!」

「は、はい! シィルさん、大丈夫ですか!? しっかりして下さい!!」

「名前はおろか、顔さえ覚えていないか。
いいだろう。貴様の傲慢は今日、俺が裁く。天でもなく、閻魔でもなく、俺が裁く。
煉獄の炎に焼かれ、永続の毒の責め苦に塗れ、絶望を抱いて溺死しろ」

「ごちゃごちゃウルサイのだ!! オラァァアアアアア!!」

ランスがカオスを手に、激情のまま祐輔へと突っ込む。
大事な者を傷つけられ激昂するランスに対して祐輔は嘲笑しながら姿を変えた。
醜い鬼の姿へと。般若面は必要ない。もう姿を隠す必要などないのだから。

この身は人に在らず、この心は人に在らず。
この身も心も鬼に在り。ただ人に害なす存在ナリ。



英雄の資質を持つ男、ランス。
通常決められたレベル上限がなく、またその力も人より並外れたものを持っている。
あくまでただの人である祐輔なら逆立ちしても勝てないだろう。

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

「うおおおおおおおおおおお!!!」

だが今の祐輔は違う。
その身は魔の者。人とは種族からして違う。
飛躍的に向上した動体視力でランスの剣を捌き、本能のまま横殴りに爪を薙ぎ払った。

「っち!」

だがランスには祐輔にはない、幾多の戦闘経験がある。
剣を捌かれたと同時に前脚で強く地面を蹴り、バックステップ。
祐輔の渾身の一撃はランスの服を薄く割くだけに留まった。

『ゴアアアアアア!!』

後ろに引いたランスに対する追撃。
横薙ぎに凪いでしまったため身体が泳いでおり、すぐさまに追撃はできない。
だが祐輔は顔だけをランスに向け、その口から真っ赤な獄炎を吐いた。

「ック、そがぁ!」

流石のランスもこの追撃を避けきる事は不可能。
手に持ったカオスの刀身に闘気を滾らせ、強引にランスアタック。
充分なタメがなかったため完全には発動しなかったが、祐輔の炎を消し去るには充分だ。

『ッチ! あれを避けきるとか化物かよ』

「それを言うなら、貴様が化物だろうがぁぁああ!!」

互いに渾身の一撃を躱し躱され、一度大きく距離を取る。
祐輔は仕留め切れない、マトモに当てられない事に歯噛みをし。
ランスは祐輔の破格な身体能力に舌を巻く。

このままなら膠着状態が続き、戦いは長引くだろう。
そうなれば異変に気づいた織田の将軍達が援軍に駆けつけるかもしれない。
だが――――

「ランスさん! シィルさんの血が! 血が止まらないです!」

「…ッ!」

『そういう事だ。時間稼ぎをしようなどとは思うな。
持ってあと十分。さっさと血止めをしないと、失血死するだろう』

傷ついたシィルの存在がそれを許さない。
流れ出る血のためか、顔が青白いを通り越して土気色へと変わっている。
香が必死に手当をしているが、幼い香では力も能力も圧倒的に不足。

「―――もういい。次で決める」

【こ、心の友…?】

ランスから、余裕という物が一切消えた。
ランスの膨大な闘気が研ぎ澄まされて行く。
次の一撃で決める。魔剣カオスがいつにない真面目なランスに驚きの声を上げていた。

『俺も我慢弱い。お前の首を刎ねたくて、もう我慢できそうにない』

目の前に、焦がれに焦がれた男がいる。
祐輔は血走った目で前傾になり、突撃姿勢を取った。
彼にとって己の武器とは己自身。ならば、この身は弾丸となりて敵を貫こう。

『雪、今、お前の仇を取るよ』

祐輔は後ろ足で畳を蹴る。
蹴り出された畳は大きく抉れ、基板となっている木材まで破裂したかのように砕け散った。
そうして得た前へ進む力で祐輔は文字通り、魔弾となってランスに飛び込んだ。

対するランスは剣を振り上げ、唐竹割りを狙う。
純粋な身体能力は祐輔のほうが上。ならば、必殺のタイミングでカウンターを繰り出す。
魔剣カオスに漲らせた闘気は陽炎となって空間を歪める程に高まっている。

弾けるように飛び出た祐輔がランスの間合いに入った。
祐輔は右手を床と水平に構え、そのままランスにぶつかり穿ち貫くつもりだ。
祐輔の爆発的なスピードと運動エネルギーを考えれば、当てさえすればランスは死ぬ。

「死ねぇえいいい!!!」

ランスが必殺のタイミングで魔剣カオスを振り下ろす。
ただ振り下ろす行為は祐輔がランスにぶち当たるよりも早い。
勝利のニ文字を確信したランスは口元を歪めるが、それはすぐさま違った意味に変わった。

祐輔が地に脚を付けず、地面を蹴り上げてランスへ一直線に跳んだ。
更に大きく身体を捻り、横殴りにカオスの刀身を殴ったのである。
祐輔の運動エネルギーに加え、更に横の回転を加えた衝撃がカオスに激突した。

カオスから放たれるエネルギーと祐輔の渾身の一撃。
それら二つは相殺され、祐輔の右腕は跡形もなく弾け飛ぶ。
だがその代償としてランスの姿勢を大きく崩し、必殺の魔剣さえも退けた。

(殺った!)

衝撃は全て右腕が吸収し、犠牲となった。
未だ祐輔には突進のエネルギーがあり、このままランスに衝突するだけでも決着がつく。
人外の巨体と岩石のように硬質な肌。即死は免れても、戦闘不能に確実に出来る。

【アハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!】

だが――――――――――――

祐輔の頭の中に不快な笑い声が響いたと思うと、祐輔の身体が意思とは関わらず劇的に変化する。
岩石のような身体は人に近い柔らかい物に。大樹のような太く大きい身体は普通の人間のように。
正しくあと一歩の時点で、祐輔の身体は人間に近い物へと戻ってしまう。

【嘘はいけないなぁ、嘘は。神様は怒っているんだよ?】

祐輔の意識が落ちる。
ランスと戦っている、必殺の瞬間から精神世界へと。
強引に連れられた世界では、巨体のクジラのような生き物が祐輔を見下ろしていた。



クジラ、キサマァァアアアアアアアア!!

『はは、駄目だよ。ズルしちゃ。
だって君、彼を殺したら自分も死ぬつもりだったでしょう?
駄目駄目、契約違反。だから力は没収しましたー。キャハハハハハ』

ふざけるな! ふざけるな! あと一歩だっていうのに!

『その顔、最高だよ! そんな絶望、本当に久々すぎるね。
あー、でもこんなに愉快な催しを見せてくれた君にチャンスを上げる』

何が望みだ! 俺が出来る事なら、全てやってやろう!

『なら君が大事にしているお人形、殺してよ。
それなら君に力を返してあげる』

俺に雪を殺せと。そう言っているのか!?

『出来ないなら、だーめ。けど特別にサービスしてあげるよ。
人形を殺す時には君がする必要はない。君はただ、見ているだけでいい』

だが、俺は、雪のために。
ランスへの復讐は……

『彼を殺すのは本望じゃないの? 彼女だって喜ぶはずさ』

そうさ…雪ダッテ、ランスヲ殺シタカッタハズサ。
例エ、自分ヲ犠牲ニシテデモ、殺シテ欲シイハズ。
ダカラ、俺ハ、雪ヲ殺シテモ―――――――



(アア、ソウダ。俺ハ、何ヲ犠牲ニシテデモ、ランスヲ)

あと一歩の距離、祐輔が前へと進めばランスを殺せる。
現実に戻った祐輔が見たのは、驚愕の感情を貼りつけたランスの顔。
本当にあと少しで憎いランスを殺せるのだ。

(ニクイ、ニクイ、ニクイ、ニクイ、ランスガ、ニクイ。
雪ヲ、殺シテデモ)

ヒュッ。
祐輔がクジラの誘いに飲まれかけた時、小さな風切り音が鳴った。
それは破魔の力を込めた一本の矢。

その矢は弱体化した祐輔の身体をいとも簡単に貫き、心臓に刺さった。
祐輔の内部に刺さった破魔の力は祐輔の内部を浄化していく。
碌に力も残っていない祐輔の身体は浄化され、見る見る内に人間へと戻された。

勢いはあっても、重さと硬さという最大の武器を失った祐輔。
その身体はランスへと到達するものの、ただランスを突き飛ばすだけの結果に終わる。
壁まで叩きつけられたランスは多少苦しそうにはしているものの、まだ戦いは続けられる。

【ちぇ、あともう少しで堕ちたんだけどな。
残念だけど、もうポイしちゃお。また新しい玩具見つけよっと】

「俺、は」

クジラの戒めが解かれた祐輔は正気に戻る。
そして自分がしようとしていた事の恐ろしさに震える。
祐輔は愛する者をその手で殺そうとしていたのだから。

「糞クジラの、やつ、!? ゲホッ、ゴホッ!?」

きっと雪を殺す瞬間の祐輔の絶望を楽しもうとしていたのだろう。
糞が、と祐輔が毒づくと同時に祐輔は吐血した。

弓矢に救われたが、弓矢は祐輔を殺す。
もはやただの人でしかない祐輔は力なく床へと崩れ落ちた。

「ランス抹殺、できなかった、か」

己の全てを賭けても殺す事が出来なかった。
完敗を悟った祐輔は力なく意識を失う。
激痛のために強制的に意識を取り戻し、意識を失うを繰り返す。

ランスは祐輔が倒れたのを確認すると、シィルへと一目散に駆けて行った。



俺は…そう、か…弓矢を、受けた、のか。
だがそれもいい。雪を殺してしまうよりかは、いい。
しかしあの矢は一体、どこから飛んできた…?

「祐輔さん、ごめんなさい…! ぅう、うっ。
貴方に矢を向けるなんて、したくなかった!!」

「この声…そう、か。太郎君、か」

天井しか映っていない視界に、涙でぐしゃぐしゃになった太郎君の顔が映る。
泣く必要はない。むしろ礼を言いたいくらいだ。
だがランスは殺せなかった。それだけが、心残りと言えば心残りか。

「太郎、君。俺が死んだ、後、左腕を、切り取れ。
それで、妖魔達は、従う。ダンジョンにでも…押し込、め」

この戦いの後始末をしなければ。
クジラに力を奪われたため、まだ従うかどうかはわからない。
だが俺の能力の起点は左腕だ。おそらく、大丈夫だろう。

「太郎君、図々しいが、毛利の城に、雪が、いる。
気が触れてしまって、いる、が。面倒を、見て、くれ、ないか。
それだけが……俺、の、願い、だ」

「祐輔さん…! はいっ、はいっ! わがりまじた!!」

更に涙腺からボロボロと涙を流す太郎君。
だがそんな太郎君の顔が引き、忌々しい顔が次に視界に映った。

「ランスさん! 祐輔さんを許す事は――」

「ならん。こいつは俺様の物を傷つけた。
万死に値する。たとえ五十六が俺の物になったとしても、こいつは必ず殺す」

「ふ、ふ、ふ」

「何がおかしい!?」

ランスの言っている事があまりにも滑稽すぎて、思わず噴き出す。
激昂したランスは俺の右手にカオスを刺し貫く。俺を黙らせようとしたのだろう。
だが俺は侮蔑の笑みを崩す事なく、ランスへ吐き捨てた。

「あの刃、には、俺の、神経、毒が、塗られて、る。
命は、無事だろう。だが、身体の一部が、動かなく、なる、はず、だ…。
クク、ク、クク。お前は、シィルを見る、たび、罪悪、感に、苛まれ、ろ」

「!? 貴っ様ぁあああああ!!」

「が!? ふ!? かは、くふふ、ハーッハッハッハ!!」

ランスがカオスの刀身を抜き、そのまま俺の腹に突き刺す。
身体を貫く異物に俺の意識は一瞬にして遠のきかけるが、笑みを止めない。
ランスを殺せなかったのは残念だが、これで復讐は成った。

「あ、あぁ…」

視界がボヤケる。
かつて一度だけ感じた、体験した事のある身体の虚脱感。
どうやら俺は本当に死ぬらしい。

「いったい、どこで、間違えて、しまったんだろう…」

俺はただ、雪を救いたかっただけなんだけどな。



祐輔の身体が崩れていく。
最初は脚から石化するように固まり、灰となるように脆く砕け散る。
ランスが慌てて切り離したため左腕は無事だが、祐輔の身体は見る見る内に石化していった。

そして最後にはただ、灰塵が残すのみとなる。
こうして妖魔大戦は幕を閉じたのであった。

■エピローグ

祐輔の死後、終の国はいとも簡単に瓦解した。
祐輔の左腕は案の定というか、やっぱり効果はなかった。
しかし妖魔達は祐輔が無理やり呼び出した者なので、帰巣本能があるのか勝手にダンジョンへと帰っていったのである。

猛威を振るうと思われたセキメイも北条早雲の目覚しい働きによって鎮圧。
一刻とは言え休戦協定を結んだ三国は少しでも仲間意識が出たらしく、上杉と北条が同盟を結んだ。
また行方不明だった織田信長だが、元毛利の城の一室で寝ているのを発見される。

ただ強力な睡眠薬で眠らされていただけのようだ。
だが信長の傍に書き置きがあり、祐輔の筆跡で信長魔人化について書かれていた。
誰もが信じなかったが、山本太郎がかたくなに天志教に支援を要請。

早期の状態で魔人化が発覚、偶然にもJAPANを訪れていた美樹によってザビエルの復活は防がれた。
信長も以前のように病弱に戻ってしまったが、奇跡的に生き残る。

妖魔大戦によってJAPAN人口のニ割が死んでしまった。
しかし魔人が復活すれば、この被害と同等の被害を受けるかもしれない。
もっともそれは誰にも気づかれないが。

そしてシィルだが、早期決着によって一命を取り留める。
だが祐輔の神経毒の後遺症か、手が僅かに震えるようで食事を取るのも大変なようだ。
本人は気にしていない、迷惑をかけて申し訳ないと言っているが、それでも辛そうにしている時がある。

ランスはどうにかして治療できないかと躍起になり、大陸に戻って治療法を探している。
またシィルに対して少し、優しくなったようだ。
恐れ多いとシィルはびくびくしているが、内心ちょっぴり嬉しいらしい。

「ほら、雪さん。こっちですよ」

「んー、太郎お兄ちゃん、雪疲れたー」

「もう少しですから。頑張ったら信長様のお団子あげますから」

「ほんと!? なら雪、頑張るー」

浅井朝倉郊外の墓地に太郎と雪は脚を伸ばしていた。
毛利の城で発見された雪を太郎は保護し、保護下において面倒を見ている。
流石のランスも痛々しい雪の姿を見ては襲うきにはなれないのか、手は出さなかった。

雪だが、奇跡的な回復を見せていた。
しかし幼児退行をしてしまっており、6歳以降の記憶を失っている。
おそらく耐え難い記憶を封印してしまったのだろう。

そんな雪を連れ、太郎は墓参りに来ていた。
墓地とは言いがたい荒廃した場所に立っている、一つの無名の墓石。
雪は無邪気に笑いながらぴょこんと墓の前に立って、首を傾げた。

「太郎お兄ちゃん。この人はお兄ちゃんにとって、どんな人なの?」

「この人はね…命の恩人かな。
雪もこの人に一杯お世話になったんだよ」

「そうなの? じゃあ雪もお参りするねっ」

「うん、そうだね」

墓石を磨き、掃除をし、花を手向ける。
名前は彫れない。あの事件の首謀者として、彼の名前が発表されているから。
祐輔は手を合わせ、目を閉じる。

墓の下には何も残っていない。
唯一遺された左腕もランスによって、無残な事になってしまった。

(祐輔さん…どうして、こんな事になったんでしょうね。
あの戦いの疵痕はまだ残っていますけど、思っていたよりも被害は少ないようです。
ひょっとして、祐輔さんが仕向けたんですか? 本当は、変わっていなかったんじゃないですか?)

「祐輔様…私のために、ごめんな、さい」

「えっ?」

思考に埋没していた太郎は弾かれたように目を開き、横を見る。
そこには目を閉じ、一筋の涙を流した雪の姿があった。
普段の雪ではない。歳相応の知性を感じさせる姿に驚く。

「雪姫…? まさか、記憶が」

「え? どうしたのお兄ちゃん? もういいの?」

「あ、いえ。なんでもありませんよ。帰りましょうか」

「はーい」

だがいつもの雪にすぐ戻り、見間違いだったかと思い直す。
城に戻ろうと言う太郎の後ろに雪は着いて行ったが、雪はくるりと墓に振り返る。

「じゃあね、【私】。ずっと連れて来てって言ってたけど、ここに来たかったんだね」

タタタと再び雪は太郎の後を追って走りだす。
ポツンと佇む墓石に手向けられた、一輪の花の花びらが舞い降りる。
それはまるで真白い初雪のような。墓石に付き添うように、花びらは寄り添った。







悪鬼ルート YUSUKE END




[4285] 第十話
Name: さくら◆206c40be ID:70f93ce2
Date: 2011/01/05 16:35
「どこかの世界で俺が大変な事になっている気がする」

「えと…森本、殿? どうかされましたか? 外は寒いですし、中へどそうぞ」

「あ、すみません」

緊張のあまり何処かで電波を受信した祐輔だった。



針のむしろ、とでも言うのだろうか。

「………」
「………」

祐輔からすれば気まずい別れ方をして最後。
雪からすれば救国の英雄に無礼をし、恩を仇で返した相手。
両者がちゃんと面と面で向かい合い、座り会ったら押し黙ってしまうのは必然なのかもしれない。

(き、気まずい)

祐輔、言われてもいないのに正座である。
相手を伺おうにも目を伏せているため雪の顔が見えない。
だって気まずいし。祐輔はヘタレだった。

(ええい、ままよっ!)

永遠に続くと思われたが、沈黙に耐えられなかったのは祐輔だった。
意を決して祐輔は震える声で雪に話しかけた。

「そ、その。雪姫様、お体は大丈夫でしょうか?
典医の話によれば、特に異常はないらしいですが…」

「えっ、ええ。森本様には何から何までお世話になってしまいました。
本当に、何から何まで…」

「やや、元気ならそれでいいんですよ!」

良かった、良かったと照れを隠すように笑う祐輔。
その笑顔から雪の心に亀裂が走り、優しい言葉の圧力に押し潰されそうになる。

「…一つ、お聞きしてもよろしいですか?」

「は、はい。何でも聞いて下さい。
えと、俺も聞きたい事があるんで。先にどうぞ」

もう耐えられない。
雪は自分から進んで、あの話題を切り出す事にした。



「どうして、森本殿は何も私に仰らないのですか?
あのように酷い仕打ちをした私に。自分が救った国から追い出した私に」



カチリ、と何処かで歯車が回り始めた。
噛み合っていなかった歯車が噛み合い、くるくると回り始める。
止まっていた時間が動く。二人の時間が今、動き出す。



俺の内心は汗でダラダラだ。
畜生、ガッデム。アーメン、ハレルヤ、ピーナッツバターだ。
何を言っているか自分でも良くわからないが、混乱しているのだけは確かだ。

「な、何故それを?」

浅井朝倉で、俺は浅井朝倉に見切りをつけて逃げ出したという風になっているはずだ。
というかそういう風に取り計らってくれるよう、義景様にお願いしたはず。

雪姫様の表情から、誤魔化し切るのは無理。
ここで『そんな事はなかった。君の勘違いではないかね?(キリッ』とかやったら場が凍りつくのは確かだ。
険しい表情で俺の疑問に答えるべく、雪姫様は硬い口調で続けた。

「発禁堕山という、あの修行僧から、聞きました。
森本殿が浅井朝倉を救うため、呪いを自らすすんで受け入れたと。
そしてこれは一郎兄様から。停戦に持ち込めた武器をもたらしたのは森本殿だと」

あ、あの天狗鼻の野郎!! 全部ばらしやがった!!
人がせっかく身を引いたというのに、後になってかき回しやがって。
今度会ったらとっちめてやる。嘘、もうあんな危険人物二度と会いたくない。

「答えを、お聞かせくださいませんか。どんなお言葉でも謹んで受け入れます。
浅井朝倉の姫という、私の立場は忘れて下さい」

言い終えるときゅっと口を固く結び、こちらを見つめる雪姫様。
こんな展開想像もつかなかったせいか、全く何を言っていいのかわからない。
…とりあえず、表向きの理由だけでも言っておくか。

「それは恩があるから、ですよ。
俺は最初、山の中で拾われましたよね? あれは本当に助かったんです。
行くあてもなく、路銀もゼロ。言わばそのまま野垂れ死ぬか、盗賊に身をやつすしかありませんでした」

言った事は事実だ。
足利から追われる太郎君を連れてでは尚更の事。
浅井朝倉の城で拾ってくれなければ、俺の命はあそこで尽きていたに違いない。

「その浅井朝倉が滅びようとしていた。
俺はいても立ってもいられませんでした。
俺に出来ること。ここで恩返しをしなくては。その一念でした」

一番の理由は雪姫様を救いたかったから。
だけれどそれだけの理由で、ここまで身を削って戦に望んだわけじゃない。
確かに俺の中には浅井朝倉に恩返しをしたいという気持ちがあったのだから。

全部本当ではないが、嘘ではない。
今までの経験から、人を信用させるテクニックは全て使った。
これで俺の本心に気づかないでくれたらいいんだが…雪姫様は今、どんな顔をしているのだろうか。

それに恩を着せるようにして、もしそういう関係になっても俺は俺を許せない。
俺はそんな下衆になるつもりはない。

断じて言うが、俺は人から感情の機微に疎いと言われる事がある。
しかしこの時の雪姫様の表情から読み取った感情は間違いじゃないだろう。
どうして、どうして―――雪姫様は、こんな顔をしているのだろうか。

言うなれば絶望と罪悪感、贖罪を求める罪人のような。
様々な自責の念をごちゃまぜにしてしまったような表情をしている。
ひょっとして、俺に二度と許さない、顔を見せるなと言った事を気にしているのだろうか。

「えと、その、もし俺にした事を気にされているんでしたら、忘れて下さい。
今言ったように、俺は浅井朝倉に多大な恩があります。今でも返しきれないくらいの」

あはははと自分でも苦笑いだと思う、乾いた笑いを浮かべながら手を振ってアピールする。
失恋の傷は未だ完全に癒えてはいない。けれどこうやって誤魔化せるくらいには風化している。

「あ、そういえば」

雪姫様は毛利に何か用事があって来たのだった。
もう既に てる殿に報告しているかもしれないが、一応訊ねておいたほうがいいだろう。
俺は出来るだけにこやかに笑いながら、雪姫様に要件を訪ねようとした。

「雪姫様は、どうして毛利に―――――」

来たのですか、と問おうとしたのだが。
何故か正面に座っていた雪姫様に勢い良く抱きつかれてしまった。

え? なに? どっきり? 俺ここで死ぬの? 
ちょ、寝間着だからか服が薄いんですけど。何か柔らかい感触が胸板に当たってるんですけど。
あわわわわわわわわわ、なんか凄い良い匂いがするんですけど!?

「やめて、下さい…っ。そのような優しい言葉をかけないで…っ!」



事実を知っていると語った。
真実を語ってくれと願った。
立場に遠慮をしなくていいと言った。

これで臆する事なく、彼は本音をぶつけてくるだろう。
覚悟は出来ている。今までぶつけられた事のないような汚い言葉でも、罵倒でも受け入れよう。
それが彼の当然の権利で、私の義務なのだから。

「それは恩があるから、ですよ。
俺は最初、山の中で拾われましたよね? あれは本当に助かったんです。
行くあてもなく、路銀もゼロ。言わばそのまま野垂れ死ぬか、盗賊に身をやつすしかありませんでした」

だが祐輔は雪を責める事をしなかった。
祐輔の優しい嘘が雪の心を深く傷つける。

「その浅井朝倉が滅びようとしていた。
俺はいても立ってもいられませんでした。
俺に出来ること。ここで恩返しをしなくては。その一念でした」

そんなはずがない。そんな言葉を聞きたいわけではない。
祐輔がした功績はその程度で収まるはずがない。また、本来収めて良いはずがない。
個人だけの戦に対する功績で言うなれば、あの軍神に勝るとも劣らないだろう。

「えと、その、もし俺にした事を気にされているんでしたら、忘れて下さい。
今言ったように、俺には浅井朝倉に多大な恩があります。今でも返しきれないくらいの」

やめてくれ。やめろ。
心が悲鳴を上げる。祐輔が優しい嘘をつくたび、雪の心は軋みを上げる。
これが罰というのなら余りにも残酷すぎる。

最初に謝ってしまえば良かったのだ。
それが正しいか、祐輔に受け入れられるかは別として。
だがその機会は逃してしまった。祐輔に罵倒されるという未来以外考えていなかったせいで。

頭の中が狂いそうになるほどの感情の唸り。
祐輔の何処か困ったような苦笑い、雪に対して罪悪感を感じ無いようにという配慮。
それらを雪は荒れ狂う感情の中呆然と見つめ、限界を迎えた。

「やめて、下さい…っ。そのような優しい言葉をかけないで…っ!」

そんな言葉をかけられていい女ではない。
国を救い、人を救い、未来を救った男にした仕打ち。
毎晩のように夢を見た時期もあった。

「どうして、怒らないのですか!? 憎まないのですか!? 私が、憎くないのですかっ。
貴方は呪い憑きになって、助けた国から追い出され、またそれを誰も止めようとしない!
自分の保身を考え、戦の火種となりかねない貴方を追い出した国の姫なのですよ!?」

ついに爆発した感情。
雪は何よりも罰が欲しかった。
因果応報。義を捨てた自分に対して。

「え、あ、あの、え、その…と、取り敢えず、落ち着きましょう。
浅井朝倉が大変な時期だったのはわかりますし、それに俺は自分から国を出たんですよ?
だから雪姫様や一郎様、ましてや義景様に恨みなんてありません」

またしても祐輔は優しい嘘をつく。
雪は知っている。父である義景から聞いたのだ。
震災から復興しつつある国を守るため、祐輔を国から追放したのだと。

「それに私は貴方に酷い事をしました!
助けに来てくれた貴方に対して、下劣な暴言をはいてしまいました。
だというのに貴方は私を少しも恨まないというのですかっ!?」

「と、取り敢えず落ち着いて…って、ゆゆゆゆゆ、雪姫様!
き、着物が、着物がはだけてます! は、ははは早く直して下さい!?
くそっ、不能な癖に、こういう時だけに限ってこういう事が起こる!」

なおも詰め寄る雪だが、興奮するあまり寝間着がはだけてしまう。
もう就寝するつもりだったので寝間着の下は何一つ着けていない。そのため初雪のような白い柔肌がそこかしろから覗いている。
至近距離でそれを見た祐輔は顔を真っ赤にして目を閉じた。

だが雪は祐輔が目を閉じる前、その瞳を見ていた。
照れに交じる情欲。隠しきれない雄としての感情を感じ取る。
雪を見る目に僅かにだが、祐輔は情欲してしまったのだ。

若い男なのだから、女性の裸に興味があるのは当然の事。
雪もそんな視線を向けられたのは始めてではないし、いつもなら軽く受け流す。
だがこの状況と雪の感情において、これは間違った結果を生む。

そうか。この方法なら。

「森本殿、このような私に価値があるとは思えませんし、それで贖罪が出来るとは思いません。
ですがもし森本殿さえよければ、この身体、自由にして下さって構いません」

雪は何をして祐輔に償えばいいのか方法がまるでわからなかった。
だが祐輔が少しでも自分に女を見ているのだとしたら、この身を抱いて少しでも憂さを晴らしてもらおう。
今まで守り通してきた純潔も祐輔に守られた物。

祐輔と密着したまま、雪はするりと衣服を脱ぐ。
その月明かりに照らし出された幻想的な身体に、祐輔は絶句して息を呑んだ。



いったい なにが おきて いるのか わからない

急展開すぎて俺の頭は追いつかない。
急に雪姫様が興奮して叫びだしたかと思うと、抱きつかれた。
しかも現在進行中で服を脱いで、俺の服を脱がそうと胸元をまさぐっている。

ちなみに俺はいつの間にか押し倒されたらしい。
俺が下で雪姫様がその上に覆いかぶさっているのが、現状だ。

え、どうすればいいの? 行けばいいの? イクとこまで行っちゃうよ?
もう俺も成人しているし、条例や法律には引っかからないからね? やっちゃうよ?
例え不能でも、いくらでも楽しめるからね? 知識だけなら自信あるからね?

ていうか本当にやっちゃっていいの?
俺若干マゾっ気があるから、今のシチュエーションとかマジゴチなんだけど。
据え膳食わぬは男の恥とかっていうし、よくわからない状況だけどやっちゃうよ?

理性に本能がKO勝ちして、本能のまま動く。
未だ健在な片腕で床に手をついて、ぐるりと身体を動かして雪姫様とポジションをチェンジする。
俺が上で、雪姫様が下。月が雲にかかっていて顔は見えないが、暗闇にいても尚白い肌を見てどうしようもなく興奮した。

「森本殿、お願いがあります。
その…私がどれだけ痛がっても、止めないで下さい。出来るだけ乱暴にして下さい」

あ、もう駄目だわ。
もうゴールしちゃってもいいよね?

俺が雪姫様に飛びかかろうとした時に、月が雲から出て窓からさす月の光りが俺達を照らした。

「…………」

震えていた。
さっきまで暗がりだったから気づかなかったが、雪姫様の身体はカタカタと小刻みに震えていた。
手はきゅっと握り締められ、平気そうな顔をしているが瞳には恐れが混じっている。

それを見て、俺の本能に任せた感情は急激に衰えていく。
冷静に考えろ。今までの雪姫様の言動から考えて、これは本当に彼女が望んだ事なのか?
仮に望んだ事だとしても、これは本当に正しい選択なのか? 

一つ、確かめなければいけない。
俺は無言で固く結んだ左腕の包帯を解き、左腕を外気に晒す。
随分と侵食が進んだ猿の手を。

「……っ……」

雪姫様が猿の手に目をやり、その目から感情を読み取る。
それは先ほどよりも強い恐れの感情。そしてわかりやすいように、身体の震えが少し強まった。
……はぁ、俺、何やってるんだ。最悪だな。

「服を着直して、立って下さい」

雪姫様は俺が好きで、俺を誘っているわけじゃない。
そんな事がわからない程に雪姫様の半裸は俺の理性を奪っていった。
それを責めるわけじゃないけど、雪姫様の言葉から雪姫様の真意を悟れなかった自分に腹がたつ。

雪姫様は多分、浅井朝倉としてではなく自分に罪悪感を持っている。
それも爆弾級の。それに彼女は原作通り激情家なのだろう。
原作でランスに向けられていた憎悪が罪悪感に向けられたとしたら、この思いつめようもわかるかもしれない。

このままやれば18禁まで行っただろう。
しかしその行為は、今までの俺の行動を全て否定しているような物だ。
それにこんな方法で雪姫様とイケナイ関係になっても、一生後悔する。

「……そう…です、か……。
そう、ですよね………私に、は…そんな価値も…ありません」

俺の言葉を拒絶と取ったのか、雪姫様の目から光りが失われていく。
ひょっとして彼女の心は本当にイッパイイッパイで、限界なのかもしれない。
それは水が張り詰められていた水瓶に、今の一言が雫となって溢れさせたのかもしれない。

このままでは壊れてしまう、と俺は直感で思った。
そんな事は厭だ、認めない。認めてやらない。
俺は俺のせいで、俺が愛した人を壊させるつもりはない。

「そうではありません、お願いですから顔を上げて下さい。
いや、違う! 雪、顔をあげろ! そしてちゃんと俺を見ろ!!」

項垂れていた雪姫様の腕を掴み、キスしそうになるほどに顔を近づけ、魂に刻み付けるように大声で雪姫様に語りかける。

「いいか? 俺は、俺の意思で、俺のために浅井朝倉に手を貸した。
もしそれで雪が罪悪感を感じているのならふざけるな! 俺を馬鹿にするな!
行動や、意思、結果は、俺だけの物だ! 誰のせいでもないし、誰のせいにするつもりもない!!」

俺の今の感情を全て雪姫様にぶつける。
これはここで決着をつけなければいけない。俺でもわかる。
ここで解決しなければ、俺はおろか雪姫様まで不幸になってしまう。

「それでも雪が罪悪感を感じるっていうなら――――」

「ぁ…」

片腕で雪の身体を抱きしめる。
イヤラシイ思いはない。ムクムクと湧いてくる煩悩にふざけるなと喝を入れる。
俺が出せる最大限に優しい言葉を、雪姫様の耳元で囁いた。

「―――全て、許す。今日ここで、貴女の罪を全て許す」

雪姫様が俺に罪悪感を感じているというのなら、きっとこの言葉は俺以外が言っても効果がないだろう。
だが俺の言葉なら少しは効果があるはずだ。というかないと困る。

「~~~~!」

抱きしめているため表情が見えない雪姫様の身体に大きな震えが走る。
あれ? 何か選択肢を間違えた? 

「ぅ、うう、ぐす、うわああああああああああ」

そう思った瞬間、雪姫様がドンと俺に体重を重ねてきた。
そして大声を出して泣きはじめてしまったのである。
顔を俺の腹に埋めるようにして、手は胸元に添えられている。

え、これ成功? 成功だよね?

「あの、雪姫、様?」

「うぁ、ぐす、ぅう! すみません、ごめんなさい!!
ずっと、ずっと許して欲しかった!! でも貴方はいない、私達が追いだしてしまったから…!
何かしたくとも、私は何も出来なかったのです!」

その態勢のまま、雪姫様は溜まっていた物を全て吐き出して行く。
次々と出てくる謝罪と後悔の言葉。これが今まで、雪姫様が抱えていたものなのだろう。

「どうすれば良かったというのですか? 私は、私は!」

「辛かったですね。でも全て許します。
今日で全ておしまいです。もう何も抱える必要はありません」

「う、ぅううぁぁぁああ、あああ!!」

このまま全部吐き出させてあげよう。
俺はいつまでも泣き止まない雪姫様の頭を右手で撫でながら、いつまでも彼女の話を聴き続けた。
窓から覗く月からは優しい月明かりがさしていた。











■おまけ

「アニキ! アニキ 一体どうしたんですかい!?」
「おい、早くアニキの部屋にいくぞ!!」

いつまでも続く女の泣き声を不審に思ったモヒカン兵A,Bが祐輔の部屋の戸を開く。
彼らは純粋に心配して来たのである。
だが彼等が見た光景というのが。

「ぅ、ぅう、ぅううううう…!」

「はい、大丈夫。大丈夫ですからね」

抱きついている男女。
半裸の女(雪。まだ落ち着いていないし、寝間着を着直していない)
見覚えのある男(祐輔。抱き合いながら、慰めている)

「「し、失礼しました……」」

モヒカン達は気まずい顔をして、そっと戸を閉める。
この時、モヒカン達に気付かなかった祐輔が悪かった。

「あ、アニキが!! 浅井朝倉の姫さんを手篭めにしてたぜ!!」
「さっすがアニキ! 俺達に出来ない事を平気でやってのける! そこに痺れる、憧れる!!」
「しかもヒーヒー言わせて泣かせるなんて、なんて鬼畜なんだ! 痺れる!」

次の日、祐輔の逸話に女泣かしが加わった。

「あれ? けどユウちゃんから、まだ童貞の匂いがするんだけど?」

「ど、どどどどどど童貞ちゃうわっ」






あとがき 
そうだ、これから祐輔のかっこいい時をSITと名付けよう。
S(スーパー)I(イケメン)T(タイム)。
新年明けましておめでとうございます。これは私からのお年玉です。



[4285] 第十一話
Name: さくら◆206c40be ID:70f93ce2
Date: 2011/05/12 18:09
意外に思うかもしれないが、健太郎と太郎は仲が良い。
二人が仲を深めるきっかけとなったのは早朝のランニングでばったりと出会った事。
毎朝城の外周をランニングする内に挨拶を交わすようになり、共に素振りをする仲にまでなる。

それは今日とて例外ではなく、二人は仲良くランニングを終えて素振りをしようとしていた。

「ふっ、ふっ、ふぅ…健太郎さん、今日もあそこで?」

「ふぅ…うん、それがいいんじゃないかな?」

ぜぇぜぇと荒い息をつく太郎に比べ、健太郎は同じメニューをこなしたにも関わらず僅かに汗をかく程度。
まだまだ未熟だなと己の未熟を思う太郎だが、彼の年齢を考えれば妥当なものだろう。
そんな二人は用意していた手ぬぐいで汗を拭いながら、いつも素振りをしている場所へと歩いて行く。

「山本君は弓に力を入れているんだって? なら弓を練習してもいいと思うんだけど」

「武の道は全てに通じる、というのが我が家の考えでして。
弓を主体にするにしろ、矢が尽きた時に刀で闘えないのなら話になりません。
ですから健太郎さんさえよければ、僕にもご指導頂きたいんですが…」

「いやいや、僕は全然迷惑なんかじゃないけど」

『健太郎君は照れているんですよ。
いつも教えられてばかりで、教える事がありませんでしたからね』

「そうなんですか?」

「はは…実はその通りだったりして」

実に穏やかな雰囲気で素振りの場所へと歩いて行く二人と一振り。
だがその穏やかな雰囲気は、どこぞの誰かのお陰でぶっ壊されるのだった。

『…? 健太郎君、目的地に微弱な生体反応があります。
一応気をつけて下さい。ひょっとすると野生動物かもしれませんが』

「毛利の城に限って、変な人は入ってこないと思うけどな」

「いえ、むしろ変な人しかいないと思いますけど」

若干天然が入っている健太郎にツッコミつつ、太郎は日光の注意に耳を傾ける。
一流の暗殺者ともなれば、自分の気配を殺す事くらいは可能かもしれないからだ。
目的地が肉眼で視認できるようになるまで近づき、太郎は目を細めて見る。

「やっぱり手を付けるべきだったか…いやいや、あそこで手をつけていたら確実にデレのないヤンデレルートに…。
だが俺の人生でこんな機会、二度来るか? いや、ない(反語)。あそこはキスだけでも…………」

ブツブツと人には聞き取れない大きさの声で何がしらかを呟いている哺乳類人科が一匹。その名は裕輔。
昨晩から一睡もしていないのか、目を赤くして虚空を見つめながら呟いていた。

「なんという事でしょう。遅すぎたんです。腐ってしまっている」

思わず目頭を押さえる太郎。
こんな所で一体何をしているんだ、あの人は。
幾度となく過去に胸中で呟いた言葉を思いつつ、祐輔の下へと歩いて行く。

「いったい何をしているのですか、祐輔さん?」

「ぁぁぁぁああ、けどなぁぁぁぁああ。
これフラグ立ってるの? 絶ってるの? 教えてエロい人。
現実ではわかりやすいように頬を染めたりしないからわかり辛いんだよ。なんという糞ゲー」

太郎が話しかけたにもかかわらず、微動だにせず言葉を紡ぎ続ける祐輔。
もう見るからに色々と限界が来ていた。

雪との一件は既に昨晩の事だが、話はそれで終わらなかった。
雪は色々と心労が溜まっていたのか、泣き崩れたまま寝てしまったのである。
それで困ったのが祐輔だった。

【…え? 俺、これからどうすればいいの?】

当然ながら自分の部屋であるが、とてもではないが雪とは一緒に寝られない。
隣に雪が寝ていて、しかもあんな事があって、平静でいられる自信が祐輔にはなかった。
いつトチ狂って雪にイタズラしに行かないか、自分の理性を信じられない。

つまり祐輔は寝る部屋を失ってしまったのである。
空いている部屋を探そうにも、こんな時間に間違えて女性の部屋にでも入ろうものなら殺されかねない。
そのため祐輔は仕方なく外へと出たのであった。

冷静ならば食堂や大広間、天守閣などは人がいないと気付けただろう。
だが何かといっぱいいっぱいだった祐輔にはそんな発想浮かばなかった。
さて、外に出た祐輔だが。一人外で空を眺めていると、雪との事を思い出して悶々としてきた。

【惜しい、仕方がないとはいえ、余りにも惜しい…!
キッスくらいならしても問題ないんじゃなかったか!? いや、けど…!?】

実に童貞らしい発想である。
つまり祐輔は今になって自分の選択は正しかったという大前提の下、ちょっぴり後悔していた。
具体的には手くらい繋いでもいいんじゃなかったのかな? あわよくばキスとか。

【雪姫様の身体、柔らかかったな……そして、これでも反応しないとか。死にたい】

雪の柔らかい肢体の感触を思い出し、顔をだらしなく歪め。
それでも全く反応しなくなってしまったジュニアを思い、死にたくなる。
そんな事を考えている間に夜が明けてしまったのだった。そして現在に至る。

「何をわけの分からない事を言っているんですか。
ついに脳が壊れましたか? 以前言っていたように、斜め45度で思い切り叩きましょうか?」

「えへへへへ…それでも、雪姫様超可愛かったなぁ…」

よし叩こう。
鼻の下を伸ばした祐輔の顔を見て、太郎は決心した。
手に硬い手刀を作り、鋭い一撃を祐輔の首もとに叩き込む。

惚れ惚れするような角度で見事に手刀が首もとに入る。
祐輔の蛙を惹き潰したかのような声が響くと思われたが。

「って、冷たい!? 硬い!? 祐輔さん、いつからここにいたんですか!?」

驚いたのは太郎のほうだった。
手刀から伝わる硬さと冷たさは凍死寸前の体に触ったかのよう。
ブツブツと呟いている祐輔の顔を良く見てみると、顔は実に凍死寸前の青白い顔だった。

「ちょ、死にかけ!? け、健太郎さん! お湯、お湯を!!」

「え、あ、うん。そうだね」

いつもの太郎君より生き生きしているなと思いつつ、一歩引いた位置で眺めていた健太郎。
いきなり自分に矛先が向けられ焦るも、確かに緊急事態だと慌ててお湯を貰いに走りだす。
ついにガクガクと震え始めた祐輔に太郎は叫んで気づけをしていた。

「お、俺、この戦いが終わったら雪姫様に交際を申し出るんだ…誤解解けたし…」

「祐輔さーーーん!? 十中八九駄目ですし、無駄に死にそうな事言わないでくださーい!!」

「ぐふぅ…!」

他人から言われてちょっぴり傷ついた祐輔は目を閉じて安らかな寝顔になる。
その間太郎は必死になって祐輔に呼びかけ続けていた。

【この人を警戒していた私って、一体…】

過去に祐輔の嫌らしい善意に警戒心を深めていた日光。
だがそんな日光も間抜けな祐輔の顔を見て、己の考えすぎかと考えを改めていたりもした。



そんなこんなの一悶着があり。
裕輔を温水解凍(?)し、ひとまずは事なきを得た裕輔たち。
ようやく落ち着いた健太郎は裕輔からの提案に首を傾げるのだった。

「僕が一人でダンジョン探索…ですか?」

「そういうことになるかな」

ずずーっと熱いお茶を飲み干し、裕輔は健太郎に答える。
彼はひとまず煩悩を棚上げして、これからのことを健太郎に伝えるのだった。
一番懸念だった雪の問題がひとまず解決したので、その顔には余裕すらある。

「これから敵対するかもしれないザビエル…魔人は四天王の一人に数えられるほどの存在。
俺の目から見て…というか、日光さんから見てどうですか? 健太郎君は魔人に勝てるレベルにありますか?」

そして余裕が出たからこそ、見えるものもあった。
健太郎を招き入れた当初、彼がいるだけで魔人に対抗する手段ができたと喜んだ。
だがしかし、ただそれだけではいけない。健太郎のレベルが問題なのである。

【……厳しい、でしょうね】

日光の険しい声色が指し示すのが、健太郎とザビエルの力の差。
絶望的とまでは言わない。だが10回やれば、10回健太郎が敗北する。
100回闘って、運に恵まれればあるいは1回は……というレベルの差なのだ。

「なので美樹さんに必要なヒラミレモンを取りに行くついでに修行してきたらどうか、と思って。
これから先毛利が闘うとしたら、魔人の勢力です。だとすれば、初っ端から魔人と敵対する可能性すらある。
なら今の小康状態の内に力を付けておくのも手じゃないかなと思ってね」

原作において、健太郎は小さな大冒険と称して様々な迷宮を探索していた。
裕輔は回数を覚えていないが、何回かの大冒険を経て健太郎はかなりレベルが上がっていたと記憶している。
これから魔人と敵対することが避けられない以上、健太郎のレベルアップは必須条件である。

「どうだろう、健太郎君。
実際に入手できる場所を自分で確認できるというだけでも大きなメリットだと思う。
無理強いはしない。君が嫌というなら、兵を出兵して取ってこさせよう」

実はこれ、100%嘘である。
裕輔が てるに要請したところ、「レモン如きで軍を動かせるか。お前が取ってこい」というありがたいお言葉を貰っている。
なので健太郎に嫌と言われたら、裕輔は頭を抱えることになるのだ。

それなのに健太郎に選択肢を見せ、尚且つ選択肢を半強要している。
場所さえ知っていれば毛利から離れたとしても、健太郎たちは独自にレモンの入手が可能になる。
健太郎達の利益をわかりやすい形で見せ、選択させようとしているのだ。

このあたり裕輔は実に黒い。

「日光さん」

【悪い話ではないと思いますよ、健太郎君。
美樹ちゃんを守るためにも、これからも強くならないといけませんしね】

ちらりと傍らの刀に伺いをたてる健太郎に、肯定する日光。
彼等からしても達成しなければいけない目標が、自分達に必要な物なのでデメリットはない。
仮に力尽きようとして撤退してもデメリットは何もないのだ。

「そ・れ・で。何やら話もまとまったみたいですし」

ごほんと今まで蚊帳の外だった太郎が咳をして場を仕切る。
全員の注目が自分に集まるのを確認してから、ジト目で祐輔を睨んだ。

「どうしてあんなところで凍えていたんですか? 
もちろん説明して頂けるんでしょうね? ね?」

黙秘は許さないですが、よろしいか?
そんな感じで睨まれた祐輔は、蛇に睨まれた蛙のように冷や汗をかく。
詰問されたら情けなさすぎて、泣けてきた。

「い、イヤー、オレ、オナカスイチャッタなー。
あっ、そういえば朝餉の時間だよな! オレ、部屋カエル。飯、食ウ!」

都合が悪いとみるや、即時撤退を決める祐輔。
ここまで生き延びてきたのは伊達ではないのだ。
自分の形勢が悪いとみるや、フランケンっぽい口調で立ち上がる。

「あ、こらっ、まだ話は終わってはいませんよ! 祐輔さん!」

ダッ! と全力疾走で部屋を飛び出す祐輔を、豹のように追いかける太郎。
まるでト●とジェリ●の、ネコとネズミのコンビみたいだな、と健太郎は率直に思った。

「あの二人、仲良いなぁ…僕も美樹ちゃんとご飯にしようっと」

一人置いて行かれた健太郎は肩の力を抜き、美樹と合流するかと立ち上がる。
魔人に追われる旅を続けてきた健太郎達にとって、毛利ではあまりにゆっくりと時間が流れる。
束の間の平和と安全を手に入れ、健太郎の顔は知らず微笑んでいた。



今現在、祐輔は人生最大のピンチに襲われていた。
これほどのピンチは体験した事がない。思考が停止する。

今までどんな苦難だろうと、選択肢はあった。
一つしかなかったり、選ばざるをえない選択肢だったりもしたが。
だがこの苦難の状況において、祐輔は選択肢を一つも見出す事が出来なかった。

「祐輔様…? どうぞ?」

よし、落ち着け俺。BE COOLだ。
祐輔は自分にそう言い聞かせ、まずは現状把握に務める事にした。
まずは客観的に事実を理解する事こそ、解決の糸口になる。

時間:朝餉
場所:大食堂の間
状況:雪が祐輔の茶碗におひつから、白ごはんをよそい、手渡している

「何が何だか…」

わけわかんねぇ、っと祐輔は思った。

どうやら失敗したようだ。
独歩さん、あんたの気持ちがちょっとわかったよ。
ポルナレフ、あんたも多分、こんな気持だったんだろうな。

二人が聞いたら八つ裂きにされそうな、失礼な事を頭に浮かべる祐輔。
祐輔がこれほどまでに混乱した状況に追い込まれているのは、朝餉の場での事だった。

毛利の食事はおかずだけは配膳され、白ごはんは自分でよそう形式である。
それは祐輔にとっても馴染みの形式なのだが、問題は祐輔指定の席の隣に、雪が座っていた事である。

どうして部屋にいるはずの雪がここに? 出歩いても大丈夫なのか?
聞きたい事は多々あるが、口から出るのは「あうあうあうあうあう」という言葉だけであった。
大いにうろたえる祐輔に太郎が苛立ち、尻を蹴って強引に着席させる。

そして冒頭の事態に陥ったというわけなのだ。

「あの、雪姫、様? 色々聞きたい事はあるのですが…。
どうしてここに? 普通であれば使者は僕達と同じ、あちらの席になるのですが」

祐輔が使い物にならないので、太郎がてくてくと自分の席から立ち上がり、雪に訊ねる。
助け舟を出された祐輔は、太郎を仏の化身のように目で崇めた。

「? 祐輔様の食事の用意をしているのですが?」

どうして当然の事を聞くのです?
何故質問されているのかわからないような雪の態度に、太郎は絶句した。
くらっと来た立ちくらみに抗い、自分を支える。

(祐輔さん…あなた、北陸一の美人に、何したんですか)

きっと祐輔の様子がおかしかったのはこれに違いない。
そんな太郎にはおかまいなしに、雪は祐輔を心配げに見やった。

「祐輔様…どこか、私に不手際でも?」

「………―――――っは!?」

あまりにも雪が可憐すぎて、思考停止していた祐輔。
だが雪が新たに刺激を与えた事で、ようやく再起動を果たしたようだ。
現実に帰還した祐輔は「あわわわわわ」と手を振り、畏まった。

「ゆゆゆゆゆ、雪姫様!? どうしてこんな事を!
というかお体は大丈夫なんですか!?」

「はい、おかげさまで立ち歩ける程度には。
ですので祐輔様と共に食事をしようと、ここに来た次第です」

そう言って、にこりと満面の笑みで笑う雪に、以前あった陰はない。
昨日の出来事で、雪の憑き物は綺麗さっぱり洗い流されたようだ。
それだけに、雪の笑顔の破壊力は凄まじい物だった。祐輔の隣にいる太郎が、思わず赤面するくらいに。
それを直接向けられた祐輔はボンっと顔から火を噴き出す。

「そ、そうですかー」

「どうぞ、祐輔様。よろしければ、お側に行ってももよろしいですか?」

「そ、そうですかー」

「ありがとうございます」

祐輔に茶碗を渡し、すっと祐輔の隣に座る雪。
完全に脳内回路をやられた祐輔は、雪からふられた話題に頷くだけの機械になっていた。



「やれやれ…困ったな」

食事が始まり、自分の席に戻った太郎はため息をつく。
太郎の視線の先にいるのは祐輔と、祐輔の世話をかいがいしく焼く雪の姿。
二人に何かがあったのは確実で、それは間違いなく良い物だ。

しかし、それが太郎にとっても良い物とは限らない。

(浅井朝倉の姫が、どこまで本気かはわかりませんが。
あの接し方を見て、憎からず思うくらいには、祐輔さんの事を思っていそうですね。
もし本気なら、姉上の婿養子にする計画は頓挫しましたね)

祐輔を織田に引っ張ってくるための、奥の手。
常々嫁が欲しい、嫁が欲しいと言っていた祐輔の事だ。
美人で器量良しの五十六が嫁になると言ったら、二つ返事で織田にくると思っていたのだが。

(僕としては姉上が嫁がなくて良かったんですが…正直、微妙ですね)

どこか釈然としない思いを抱える太郎。
どちらにしろ、祐輔を織田に引き込むのは難しくなった。
さて、どうしたものかと、太郎は白ごはんを噛みながら悩むのであった。







おまけ・食後の一間

子分A「アニキ、アニキ!!」
子分B「すげぇっすね、アニキ!」

祐「ん? どうかしたか?」

A「どうかしたかじゃねぇっすよ! 
あの浅井朝倉の使者、もうアニキにデレッデレじゃねぇっすか!」

祐「そ、そうか?w」

B「そうっすよ! もうズッコンバッコンなんすよね!
くーーーっ! さっすがアニキ! 俺っちなんか、ついこないだ童貞捨てたばっかりなのに!
百戦錬磨のアニキには、とても敵わないっす!!}

A「うぇ、お前、まだ童貞だったのかよw」
B「ばっか! 今はちげぇよ!」

祐「……………………」

A「にしても遅いな、お前。
そんなもん、元服までに捨てとくもんじゃねぇか」
B「うっせ! 狙ってる女が身持ち固い奴だったんだよ! ま、もう童貞じゃねぇしな!」

祐「……………………」

A「えー、マジ童貞って感じだわw 童貞が許されるのは元服(15歳)までだよなーw」
B「童貞が許されるのは元服までだよなーw」

プー、クスクスクスwww(←笑い声)

童「……………………」

童「おい、お前ら」

A「うぇw どうしたんっすか、アニ…」
B「あ、アニキ? どうして、そんな険しい顔を…」

童「貴様ら、今日の訓練後、外掘り100周な。しなかった場合、飯抜きな」

A「え!? む、無理っすよアニキ!」
B「どうしたんっすか、アニキ!!」

童「うるせぇ! やれって言ったら、やれやボケェェェエエエエエエエエ!!!」

修羅が一人、生まれた。







あとがき

地震ですが、自分の回りにはひとまず、影響はありませんでした。
ご心配してくれた皆様、ありがとうございます。
あんまりにも久々に書いたので、文章が変でしたらすみません。
リハビリがてら、ちょくちょく日常編をしばらくは書きたいと思います。



[4285] 第十二話
Name: さくら◆206c40be ID:70f93ce2
Date: 2011/04/28 17:23
「なんかね、最近さ、モテてるような気がするんだよね。人生に三回しかないっていうモテ期? それが来てるっていうか、確定だと思うんだよね。ビッグウェーブが来ているとしか思えない。ならこのビッグウェーブに乗るしかないだろ。最近雪姫様、俺のご飯毎日よそってくれるし。昨日なんか、肩まで揉んでもらったし。けど、ここまでいい事ばっかりだと、そろそろ落とされる気がするんだよ。ここの神様的な意味で。あのクソクジラがいるし。モテ慣れてないから、的な? 感じだったらいいんだが。そこんとこ、どう思う、太郎君?」

「……えーと」

取り敢えず、太郎の出した言葉はそれだけだった。

兄貴分である祐輔が自分の部屋に来たかと思うと、悩みがあるという。
太郎はメンドクサイ事この上ないので、すぐさま追い返そうとした。追い返そうとしたのだ。
しかしながら祐輔が勝手に悩みを打ち明けだしたので、冒頭のようになったというわけなのである。

「ひとまず、落ち着きましょう」

それは自分に言い聞かせた言葉なのかもしれない。
ツッコミ役が板についてきた太郎だが、こんなには一度に処理できない。
だから太郎はまず、箇条書きにツッコミ所を纏めてみる事にした。

・モテ期が来てる? ないない。
・ビッグウェーブてなんぞ?
・どんだけ疑り深いんだよ!
・お前がモテ慣れてない(笑)とか、知らないよ

集約すると、いきなりモテ出して困惑しているらしい。
――――なんだ、簡単じゃないか。

「死ねばいいのに」

「なぜっ!?」

弟分から浴びせられた冷ややかな罵声に、祐輔はショックを受けた。
にやけてテンションが上がりすぎて、気持ち悪いんだよ。と、太郎は率直に思った。
実際、中途半端にモテ出しているので、完全に否定して祐輔の人格を破壊できないのが辛い所だ。

「ほらっ、もうそういうのはいいですから。
今日は北条から妖怪退治を希望する使者が訪れていると、何故か僕に通達が来ましたから。
…というか、何故僕のところに来るんです?」

「最近一緒に行動しているからじゃないかな? 二人一セットの扱いなんだろ、多分」

「この国って、一体…」

他国の使者に、こんな重要情報流してもいいのだろうか。
いいのだろう。普通なら、他国からの使者なんていう情報、重臣しか知らない。
北条が妖怪退治の機関であるという事情を鑑みても、これはおかしい。

日々自分の中にある、常識が破壊されつつある太郎だった。



関東に位置する、北条家。
一戦国大名としての立場もありながら、同時にJAPANにおいて重要な役割を持っている。
妖怪による被害が起こった国が北条家に要請し、超法規的に他国へ入る事を許されているのだ。

「あれ? 今日も、俺だけ?」

「アニキだけみたいっすね。
というか、アニキが来る前だったら、城にも通さないっす。
勝手に国に入って、勝手に退治していきやがりますし」

「……? 勝手に、やってたんだ?」

「そうっすよ。でもアニキ、外務担当て きくの姉御が言ってましたし。
これから来客があればアニキに通すように言ってたんで、これでどやされずにすむっす」

「今まで勝手に他国の人間入れてたのかよ!?
それに挨拶もなしに、妖怪退治頼んでたのか!? てか、頼んですらいなかったのか!?
どんだけ北条家優秀なんだよ!? 申し訳なさすぎるわ!」

太郎と違い、即座に全てのツッコミ要素にツッコミを入れる祐輔。
年季が違うのだ、年季が。何の年季かと問われれば、困ってしまうが。
しかし今までの対応を聞き、あまりのずさんさに頭が痛くなる祐輔だった。

「ああ、しかし、毛利だと納得してしまう自分がいる。
基本的に世紀末な人間しかいないからな…」

もういいや、使者連れてきてよ。
了解でさぁ! アニキ!

しっしっと力なく手でモヒカンを追い払う祐輔に、快活な返事をするモヒカン。
モヒカンは「ヒャッハー!」と叫びながら、慌ただしく階段を駆け下りて行った。

「北条か」

モヒカンが使者を連れてくる間、北条家について情報をまとめる祐輔。
北条家という存在事態には特に興味はないし、特筆すべき問題があるわけでない。
だが北条家にいる二人の人物が、物語の根幹を成す人間なのだ。

「北条早雲は来ないだろうな。国主だし。よっぽどじゃないと」

二人の人間の内、一人の名前は「北条早雲」。
北条家は世襲制であり、今代の北条早雲に選ばれた男である。
その実力は歴代の北条早雲よりもずば抜けて高く、最も初代に近い男と呼ばれていた。

実際にゲーム内においても、厨キャラと呼ばれる程だ。
高い行動力と速さ、攻撃・防御の多様性、そして特筆すべきは理不尽な攻撃力。
陰陽師ユニットにおいて、妖怪である九尾の狐を除けば一番強いのだ。

しかし祐輔の言うように、北条早雲は国主。
日々尋常ではない量の仕事があるし、武田との戦が終わったわけでない。
こんな西国の国にまで遠征する事はできないだろう。

それなので、今日訪れる可能性があるのは、もう一人のキーパーソン。
運良く当たってくれればいいが…祐輔は内心で少し期待しつつ、左腕の包帯をキツク締め直す。
毛利元就もいるので問題はないと思うが、下手に相手の猜疑心を煽る必要ない。

「はぁ…化物、か」

シュルシュルと締め直す包帯。
そこから現れた獣の腕は、今では肩口にまで侵食している。
つい数ヶ月前までは肘までしか無かったというのに、驚くべき侵食速度だ。

(…………)

きっかけは自覚している。
以前は雀しか操れなかったというのに、今ではカラスまで操る事ができる。
鳥類の中でもカラスの賢さは群を抜いている。それを問題なく操れるのだ。

「行く、か」

だが振り返ることはできない。
確かにあの時、力がなければ救えなかった命もあった。
その命を救うという事は、同時に失う物もある。

だがこの時祐輔は気付いていなかった。

――――――等価交換―――――――

何かを得るためには、何かを失わなければいけない。
何もそれが、自分から失われていくとは、限らないのだから。

【………ヒヒッ】

限りなく遠く、限りなく近い場所で。
何かの不気味な笑い声が響いた。



祐輔が部屋に入り、まず目に入ったのは紫陽花のように鮮やかな紫の髪。
陰陽師と思しき装束に身を包んだ紫の髪の女性は、佇まいをただして祐輔の入室を見守った。
彼女の後ろには複数名の陰陽師がいるが、彼女がこの一団のリーダーである事は明白だ。

「おいおい」

凛とした意思の強そうな瞳。
それらの特徴から、祐輔は一人の人間しか頭に思い浮かばなかった。

「南條蘭…? あんた、ひょっとして、南條蘭か?」

「ええ、そうですが。どこかで面識が?」

ぱちくりと目をまばたかせ、祐輔を見返す蘭。
また思わぬ好機か、厄介事が迷いこんできた物である。
とんでもない不発弾が飛び込んできたのだった。

不発弾。
この表現は何よりも正しい。
祐輔を胡散くさいといった眼差しで見る蘭こそ、ザビエルの最後の使徒「朱雀」を体内に封印されているのである。

ザビエルには五体の使徒がいる。

猿―――藤吉郎
白虎――煉獄
青龍――式部
玄武――魔導

そして最後の一体、朱雀――戯骸。
四神の一、炎の鳥朱雀の名前を冠する戯骸の強さは、使徒の中で群を抜いている。
魔人化した健太郎(そういう可能性もある)と闘い、引き分ける強さなのだ。

「あれですよ、蘭様」

「?」

祐輔が手を組み、うーむと唸っているのをよそに、蘭と配下の者たちはゴソゴソと小声で会話を交わす。

(今どの段階だ? 戯骸を呼び出して、調子に乗っている段階じゃなければいいんだが)

「蘭様の式神の話が、ここまで伝わってるに違いありません」

「あー、なるほどー。私も有名になったものね」

「――――って、マジかよ!? もう手遅れじゃねぇか!!」

「!? な、なによ、いきなり!」

うんうんと唸っていた祐輔だが、目の前で交わされた見逃せない言葉に過剰反応する。
祐輔に急にどなられた蘭は身体をビクっとさせ、警戒色を強く滲ませた。

「大体、貴方は何なのよ?
珍しく毛利が会談の場を設けるっていうから、こうしてわざわざやってきたのに。
こんな事なら、最初から、今までみたいに勝手に退治しに行けば良かったわ」

「蘭様。口調、口調」

「いいわよ、もう。他ならともかく、ここ、毛利だし」

先ほどまでとは打って変わり、ぞんざいな口調で話す蘭。
彼女の部下が言葉遣いを指摘するも、必要ないと切って捨てた。
だがそんな失礼な対応をされている祐輔だが、彼はそれどころではなかった。

(やべぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええ!!
もう使徒化が殆ど進んでるじゃないか! いつ腹喰い破られてもおかしくないんじゃ…!
手遅れの前に、何とかしないといけないんだが)

脂汗をじっとりとかき、現状の不味さに恐れ慄く。
使徒は過去の大戦により、人間の魂に封印され、普通であれば目覚める事はない。
だが魔人ザビエルが復活する事により、その封印は徐々に解けていく。

そして、その封印が解ける速度を早める方法がある。
それは簡単。体内に眠る使徒の力を、封印されている人間が使う事。
祐輔の呪い憑きと同じように、能力を使えば使うほど、その封印の力は弱まっていく。

例えるなら、ちぬの中に眠る魔導の力。
ちぬは魔導の力の一部を特殊な「毒」を生成する、という形で使用する事ができる。
その毒は強力無比な物だが、使えば使うほど、魔導の封印は弱まっていく。

それと同じような事が蘭にも言える。
蘭は戯骸の力を式符を用い、式神として召喚する事ができる。
使徒の力の一片とは言え、その力は規格外。強さに飢えている蘭は気兼ねなく使ってしまうだろう。

祐輔の目の前の蘭が、現在、どの段階まで封印が弱まっているかはわからない。
だがこのまま放置を続ければ、遠くない内に戯骸の封印は解ける。
そうなってしまえば、ザビエル側に最強の使徒が復活してしまう事になる。

「式神駄目、絶対」

「…この馬鹿は、焼き殺してもいいのかしら?」

薬物駄目、絶対。
そんな感じで脳内がてんぱった祐輔は要点のみを伝えるが、蘭からすれば何が何やらだ。
我に帰り、ようやく自分が痛い人間にしか見えないと自覚した祐輔は、ゴホンと咳をした。

「えーと、ですね」

さて、どうして伝えた物か。
完全に痛い子を見る目をしている蘭に、どうやって問題を伝えればいいか。
祐輔の優秀かどうかわからない頭をフル回転させるも――――

(駄目だ…全く思いつかん)

他国の人間が、いきなり真実を突きつければどう思うだろうか。
答えは簡単。信じる筈がない。

いきなり今日会った人間に、貴方の中に化物が住んでいますよ、と言われた場合を想像して欲しい。
よほど親しい間柄でも、最初は冗談だと思い、最後には胡散臭いという印象を受けるに違いない。
ましてや初対面の人間から言われた暁には、言葉の裏を勘ぐってしまう。

祐輔の持っている知識は、何一つ確証のない原作知識。
人を信じさせる根拠が全くないのだ。

ではどうすればいいか。
考えに考えぬいた祐輔が出した答えとは。

「あの…自分も、妖怪退治の現場に行ってもいいですかね?」

「…はぁ?」

自分も同行を願い出る、という。
ちょっと予想斜め上の物だった。



「妖怪退治に、ですか?」

「いや、はは…そうなんです」

手に持ったお盆から湯のみを ことりと机に置き、小首を傾げる雪。
目下全力で一日分の事務仕事を終わらそうとしている裕輔は、苦笑で返すのであった。

新たに予定を作るというという事は、時間を捻出しなければいけないという事。
今まで計画的に立てている予定から時間を捻出するためには、相当無理をしなければいけない。
文官が圧倒的に少ない毛利家にとって、裕輔の仕事量は膨大。その苦労、推して知るべし。

「その…裕輔様は陰陽術にまで、お詳しいのですか?」

「そういうわけではないのですけどね。
ただ、少し気になる事があって。それを確かめに行くのです」

驚きと羨望の眼差しを向ける雪に、違う違うと恥ずかしげに手を振る裕輔。
なんだか最近、妙に持ち上げられている気がする。
片思いとはいえ、愛している女性から褒められて悪い気はしない半面、どこかおもばゆい裕輔だった。

「ふぅ。やっと終わった」

トントンと書類を綺麗にまとめる裕輔。
手に持っていた筆の墨を綺麗にふき取り、仕事道具を片づける。
時間をちらりと見て(JAPANは大陸から時計が導入されている)、約束の時間に間に合ったと知り、ほっとする。

「それでは雪姫様。行って参ります」

「はい。行ってらっしゃいませ。
いつものように夕餉を用意して、お待ちしていますね」

そうそう、その事だ。
まるで当然の事のように言う雪。
裕輔は申し訳なさそうに目を逸らす。

「あの…いつも、本当にありがたいと思っています。
ですが、どうしてそこまでして頂けるのですか? 以前言った通り、雪姫様が背負う必要ないのです」

真面目な話である。
雪がこのように尽くしてくれて、嬉しくないはずがない。
だが以前した裕輔の行為に対する贖罪であるなら、それを認めるわけにはいかないのだ。

それは裕輔にとっての「意地」であり、「プライド」だった。
相手の弱みに付け込む事を今までやってきたが、こと、恋愛に関しては許せない。
なんとも複雑な男心なのである。

そんな裕輔を見透かしてか、雪も佇まいを正し、真剣に答えた。

「はい。それは十分に存じあげています。
ですが、これは私がしたくてしているのです。決して、罪の償いなどではありません。
もし裕輔様がご迷惑でしたら、今すぐ国に帰ります。私の気が済むまで、どうかお傍に置いて下さりませんか?」

雪にとって、これは贖罪ではない。
受けた恩義を返す、恩返しのようなものだ。
そこに投げっぱちな自棄などなく、純粋に裕輔に対する感謝の気持ちが大半をしめる。

雪はそう告げ、じっと裕輔の返答を待つ。
雪から目線を逸らしていた裕輔だが、そういうわけにもいかない。
改めて雪を真正面に捉えると、そこにはまっすぐで確固たる意志を持った雪がいた。

もはや ぐぅの音も出ないとはこの事だろう。
雪の呪縛を解き放った言葉さえ流用した、是と返すしかない問い。
未だ内心に複雑な思いがありつつ、裕輔はそれが単純に嬉しかった。

「ありがとうございます、雪姫様。
ですが、雪姫様は浅井朝倉の姫。体調が戻り次第、国にお帰り下さい。
それまででよろしければ、どうぞよろしくお願い致します」

「はい!」

凛とした、澄んだ清流のような透明な笑顔。
そんな雪の笑顔を直視した裕輔は顔を真っ赤にし、いそいそと出かける準備をするのだった。

「あ、そうだ。
今日は妖怪退治に行くので、何時に帰ってくるかわかりません。
ですので、きくに夕餉を取っておいてもらうように言って下さいませんか?」

「わかりました。では、私と裕輔様の分の食事は取っておきますね」

「え”? いえ、雪姫様は先にお食べになられてくだ」

「お待ちしていますね?」

「………」

「………」

「わかりました。よろしくお願いします。なるべく早く戻りますので」

「はい」

ニコニコ。
先程と同じように、花も恥じらう笑顔を浮かべる雪。
だがその笑顔に潜む妙な威圧感に、わかりましたと返すしかない裕輔だった。



今回の妖怪退治は、結界の不調によるものらしい。
毛利の土地には最大規模のダンジョン、黄泉平坂発がある。
ダンジョンから魔物が溢れ出さないよう結界がはられているのだ。

しかし結界がはられているにも関わらず、ダンジョンからモンスターが漏れでているらしい。
おそらくザビエル復活により、モンスターが活発化しているのだろう。
この報告を受け、北条家はモンスターを退治し、尚且つ結界を補強できる人物の派遣を決定。

モンスター退治ならいざしれず、結界を補強できる人物となると数が限られる。
そのため、今回南條蘭が毛利の国に派遣されたのだ。

蘭を筆頭に、陰陽師達は慣れた様子で結界までの道のりを歩く。
そんな陰陽師達の最後尾を祐輔はてくてくと呑気に付いていくのであった。

結界までの道中、何度かモンスターに襲われる事があった。
しかし相手はイカマンなどの小物ばかり。蘭が手を下すまでもなく、問題なく目的地に到着。
モンスターが溢れ出しているという事から、結界がどうなっているかも予想は付いていた。

「まずいわね…」

目的地について、蘭は開口一番にそう呟いた。

素人の祐輔にはわからないが、結界は限界まで疲弊しているらしい。
今は結界の僅かなひび割れからモンスターが漏れている状態だが、このままでは砕け散る。
そうなればモンスターは自由にダンジョンから出入りできるようになる。

現在ダンジョンの入り口には、肉眼でわかりやすいほどにモンスターが押し寄せている。
我先にと結界の割れ目から抜けだそうとしているのだ。
いくら階層が上の低級のモンスターとはいえ、その数は脅威である。

しかも結界を補強するのではなく、貼り直さなければいけないらしい。
補強するレベルの修復ができない程に損傷し、今にも結界が崩壊しそうな状態。
一度結界を解除し、そこに新しい結界を構築するしか方法はないと結論を出した。

「けど結界を一度解除するって…あいつら、全部逃げだすのでは?」

単純に思った事を蘭にぶつける祐輔。
そんな不安を解消するため、蘭は自信げにニヤリと口元を歪めた。

「ええ、普通わね。
結界を解除するわけだから、こちらに向かわず逃げだす奴もいるかもしれない。
だったら問題は簡単よ。あそこにいるモンスターを全て、焼き尽くしてしまえばいい」

祐輔の言葉を肯定し、それでも問題ないという。
その言葉、表情、雰囲気から滲み出した自信は隠しきれていない。
それならそれで好都合だと、祐輔は蘭の言葉に素直に頷いておいた。

蘭は部下に一応備えておくよう指示を出し、一人ダンジョンの入り口へと歩いて行く。
そしてモンスターでひしめいている入り口の前にたどり着くと、一枚の符を取り出した。

「来なさい! 朱雀!!!」

蘭の力強い言霊に、符が燃え上がる。
符が燃え上がった瞬間、祐輔は蘭の背後の空間が螺子曲がったかのような錯覚を覚えた。

蘭の背後に現れたのは、小さな黒い火種だった。
だがその火種は周囲の空気を吸込み、徐々にその身体を巨大な物にしていく。
轟!と唸るような空気の悲鳴を聞いたかと思うと、その黒い炎は爆発した。

凄まじい熱量に祐輔は思わず目を瞑ってしまう。
祐輔が目をこすり、目を開いた瞬間。そこには一羽の巨大な火の鳥がいた。

(やっぱりそうか…形状も、一致する)

絵画や物語で伝えられる四神とは違う、禍々しい姿。
鳥とは異なる輪郭を持ち、巨大な鉤爪の一本脚。
火の鳥と呼ぶのはおこがましい。炎の怪鳥がそこにはいた。

「焼き尽くせ!」

【ハハッ!】

蘭の命令を受け、若い男の声が怪鳥から周囲へと響く。
怪鳥が大きく羽を広げたと思うと、羽に真っ黒な黒炎が集まる。
怪鳥はその羽を羽ばたかせると、黒炎はダンジョンの入り口へと飛散した。

「………」

その威力に、祐輔は絶句した。
黒炎はダンジョンの入り口とモンスターを跡形もなく溶かし、更地にしたのだ。
モンスターは断末魔の悲鳴をあげる暇もなく、焼き尽くされたのである。

祐輔はその炎に見覚えがあった――――魔人ザビエルの黒炎と、全く同種である。

「……!」

我に帰った祐輔はすぐさま、蘭へと駆け寄る。
蘭が朱雀を戻す前に、確かめなければいけない事があるからだ。
今まさに式神を戻そうとしていた蘭を止めるため、大声を張り上げた。

「よぉ、【戯骸】!! 数百年ぶりの現世はどうだ!?」

自分に声をかけられたと思っている蘭は怪訝な表情で振り返るが、目の前の祐輔は自分を見ていない。
その目は自分の使い魔である【朱雀】へ向けられている。

「はぁ? 戯骸って、何――」

【てめぇ、何だ?】

蘭の言葉を遮って、朱雀は祐輔にその鉤爪を向ける。
いつもはすぐに戻るのに、今日は一体どうしたというのだろうか。
不審に思った蘭が朱雀の目を覗くと―――指示していないのに、強烈な攻撃色に彩られていた。



何者か? ではなく、何か? か。
なるほど、こいつは頭も良く回るみたいだな。

「お前に教えてやる必要はないよ、ホモ鳥。
おおかたザビエルが復活したから、封印が弱体化したんだろうけど。
そこのお嬢さんの式神やってるなんて、随分丸くなったじゃないか。その方が封印早く解けるのか?」

【魔導や煉獄の入れ物ってわけでもないみてぇだな…。
かといって、カラーや人外でもない、ただの人間か。お前、本当に何もんだ?
何で俺の性癖まで知ってやがる?】

「質問に質問で返すなよ、ホモ鳥。ザビエルから、そう教わらなかったか?」

【……ハハッ! いいねぇ! 気の強い男は好みだぜ!】

確認ついでに、情報を得られないかと試してみるが、無駄か。
ちぬのために、何かしら対処法とかを聞きたかったんだけどな。
それにしても、さっきから異様に首筋がチリチリとする。殺す気満々か。

「ちょっと朱雀! いい加減にして! 攻撃の命令とか、出してないわよ!」

【へーへー、わかったよ】

蘭に怒鳴られて、戯骸から感じていた威圧感が薄くなる。
首筋の警鐘もなくなったし、ひとまず命の危険はなくなったというわけだ。
それなら多少踏み込んでも問題はないだろう。

「俺からの質問は一つだ。お前はあと、どれくらいで封印を突き破る?」

【ハハハハハッハ! 答えると思ってんのか?】

「そうだな…なら、お前好みのいい男を紹介してやろう。
気が強く、顔も濃く、腕も立つ。英雄の資質を持つ男だ。その男の場所を教えてやる」

ぶっちゃけランスの事ね。
別に何の問題もない。ええ、ないんです。
ただ気になる男の情報をやれば、こいつも口割るかもしれないし。

【……どんな男だ? 絵に書いてみろ】

少し悩んでいたのだろう。
僅かな間を空けて、戯骸はふわふわと浮かんでこちらに寄ってきた。
飼い主(宿主)である南條蘭がギャーギャー言っているが、敢えて無視する。

しかし絵か…絵には少し自信がある。
生前はpixivにイラストを上げていた事もあるし。
しかもあれだけ特徴的な顔だ。結構自信ある。

樹の枝で、地面にランスの顔を書いていく。
少々の時間の後、それなりにランスっぽい顔が完成した。

【お……お、おおおおおおぉぉぉおおおおおおおお!!!】

表情はわからないが、歓喜している事が一瞬でわかる戯骸。
嬉しいのはわかるけど、バッサバッサと羽を羽ばたかせるんじゃない。
余熱がこっちにまで来て、さっきから熱くて汗が止まらないだろうが。

【イイイイイ! めちゃくちゃ良いぃぃいいいい!!
俺の一番星になるかもしれん!! こいつ、今、どこにいるんだ!?】

「俺の質問に答えたら教えてやる。さっさと答えろ」

尋常でない食いつきっぷりに引きながらも、質問を重ねる。

【そーだなぁ。このまま使われれば、あと7回ってとこか。
俺を呼び出さなければ、二ヶ月はもつ】

「嘘じゃないだろうな?」

【俺の一番星に誓って】

本当にこんな事で答えていいのかと思うくらい、具体的に答える戯骸。
というか、もう一番星決定かよ。流石ランス、モテる。
男にもモテモテとか、ある意味凄い。俺は死んでもゴメンだが。

【ただ――――――】

「ただ?」

【ザビエル様が直接来た場合は、話は別だ。
俺の力はザビエル様から分けられた物だしな。力が共鳴して、すぐに解ける】

魔人が配下の使徒を作る場合、自分の力を分け与えて創りだす。
そのため、使徒の力と魔人の力は同種なのだ。
つまり魔人が直接蘭に触れ、封印を解こうとすれば、すぐさま封印が解けるわけか。

これはある意味、非常に有力な情報だ。
すぐさま ちぬに伝えて、対策を取らないといけない。

「聞きたい事は以上だ。
お前の一番星は織田で殿様をやっている。織田にいけば、会えるさ」

【ヒャッッホーーーーーーーーー!!!
いいねいいね、すぐに会いたい!!! 今から待ち遠しいぜぇえええ!!】

情報を聞けて気が済んだのか、戯骸の姿が薄れていく。
きっと蘭の中へともどって行くのだろう。

【お前も結構良い線いってるぜ! 復活したら、一緒に睦もうな!!】

「俺はノンケだ!!」

消える瞬間、なんとも気持ち悪い事を言い残して消える戯骸。
あいつはガチホモなので、本当に恐ろしい。しかも、ヤッた後、相手は灰になる。
色んな意味で本当に厄介な相手なのだ。

「ちょっと! どういう事なのよ! 説明しなさい!!」

今まで意図して無視していた蘭に詰め寄られ、胸ぐらを掴まれる。
もうなんか疲れた。今は勘弁して欲しい。

「あ、あ、あ、後で、話しますから。
ひとまず封印のほうを先に、ね? 毛利の城でゆっくり話しましょう?」

「む…」

確かにその通りと思ったのか、蘭は更地となったダンジョンの入り口に向き直る。
自分がすべき仕事というのを思い出したのだろう。
やれやれ、どうやって説明したものか……

時折こちらを睨んでくる南條蘭に辟易し、早く城に帰りたいと思った。



城に戻り、祐輔から説明を受けた蘭は、顔面を蒼白にした。

無理もないだろう。
才能の発露だと思っていた式神が、実は魔人の使徒だったのだ。
しかも自分を糧に、いつか躰を突き破るという。

自分の内に眠る朱雀だと信じていた存在に問いかけるも、祐輔の言葉を肯定する返事ばかり帰ってくる。
騙されたという怒りよりも、明確に形を成す死の恐怖が強かった。

「とにかく、これから戯骸の使用は控えて下さい。
できれば戦場にも出ないように。感情の高まりは、封印の解除を早めます」

「…えぇ」

部屋の一室を借り、そこで祐輔と蘭は話し合っていた。
蘭の部下はいない。とても部下に話せる内容ではないからだ。

「今判明している対処法は、これだけしかありません。
上司である北条早雲殿にも伝え、対処法を探してください。
そしてもし、何か対処法が見つかったら。どうか、こちらにもお教え下さい」

「…えぇ」

駄目だこれは、と祐輔は思った。
蘭は畳に目を伏せ、顔面を蒼白にし、上の空で返事を返しているだけ。
十中八九話の半分も伝わっていないだろう。

祐輔は北条早雲宛てに書状を作る事にした。
魔人ザビエルの事、使徒の事、使徒の一人である戯骸が蘭の中に巣食っている事。
そして最後に使徒の封印が解けるのを遅延する方法があれば、毛利にも伝えて欲しい事。

以上の旨を手紙にしたため、蘭に手渡す。
祐輔にできる事は、これくらいしかない。
蘭にこれ以上戯骸を使わないように、と伝える事しか。

その書状を持って、蘭を含む陰陽師達はその日の内に北条家へと戻った。
蘭の尋常でない、衰弱しきった様子から、すぐに専門の者に見せたほうが良いと考えたのだろう。
蘭の部下達も蘭を気遣いながらも、その日の内に出立する事を受け入れた。

静かに物語は終盤へと移ろいで行く。
首魁となる、ザビエルは不気味な沈黙を保ったまま。
ザビエルは果たして今、どこで何をしているのだろうか。







あとがき

復☆活!
定 期 更 新 復 活 !



[4285] 第十三話
Name: さくら◆206c40be ID:70f93ce2
Date: 2011/04/28 17:24
山本太郎には悩みがある。

そもそも、太郎が毛利に来た理由を考えて欲しい。
太郎は香より、大恩ある祐輔を織田に迎え入れ、将として扱いたい。
そのために毛利から引きぬいて来いと命令されているのだ。

だが祐輔に織田に来ないかと誘ってみたところ――――

『ハハハ、冗談が上手いな、太郎君は。
雪姫様の件で、俺は国内指名手配されているじゃないか(笑)』

『指名手配? 何の事ですか?』

『いやいや、気を使わなくてもいいからね?
それにランス恐いし、戦で鬼柴田や鬼武者から恨みを買っているしね。
観光でも遊びにいくのはゴメンだよ』

そう思うだろジョニー? HAHAHAHAHAHA!――と、なんともいい笑顔で否定されてしまったのである。

ジョニーって誰だ、と太郎は思ったものの、確かにと納得する。
指名手配は祐輔の勘違いでしかないが、あの戦で禍根は残っていた。
特に祐輔が挙げたニ名は、未だに祐輔に対して余り良い心象を持っていない。

柴田勝家は森本祐輔を軽蔑する。
銃という新武器を使ったのは問題ない。
だが、侍としての死に場所。誇りを傷つけられたのは、忘れようにも忘れられない。

乱丸は森本祐輔を嫌悪する。
彼女にとって初めての相手とは、柴田勝家であり、そうあるはずであった。
しかし祐輔の策略によってランスに処女を散らされてしまう。
逆恨みであろうとも、祐輔に対する恨みは確かに存在する。

太郎に許された、毛利にいる滞在期間は後少し。
それ以内に決着をつけなければ、太郎は織田に帰らなければいけない。
当初は最終兵器として用意していた五十六との縁談だが、雪の存在によって効果は大分薄れてしまっている。

「まぁ、なるようにしかなりませんね」

今はこの時を楽しもう。
いつかは毛利とも戦になるかもしれない。
しかしそれは戦国時代の宿命であり、仕方がない事だ。
太郎に出来ることは、戦にならないように努力する事と、祈る事だけ。

「た、太郎君! 大変なんだ! 
モヒカン共が、俺の髪型をイカス髪型にするとか言って、カミソリ片手に襲ってくるんだ!
しかもナイスなヘルメットとか言って、ジャ◯様のメットを作ったんだよ!
た、助けてくれ! このままでは、俺は世紀末救世主に殺されてしまう!」

「おまえはいったいなにをいっているんだ」

転げるようにして部屋に駆けこんできた祐輔。
そんな兄貴分に冷たい視線を浴びせつつ、クスリと小さく笑う。
今はまだ―――この馬鹿騒ぎに興じるのも、悪くない。



種子島重彦にとって、柚美は娘のような存在だった。
親友であった仲間が残していった、可愛い可愛い忘れ形見。
柚美が成長し、一人で生きていけるまでは面倒を見ようと考えていた。

そのため、柚美が毛利から帰還したと聞いた時、気が気でなかった。
柚美を元気づけるためであったとは言え、博打の要素が大きかったわけではない。
しかも女の旅。何があるかわかったもんじゃない。

そういうわけで、気を揉みながら重彦は屋敷で待機していた。
名義上は大名だが、重彦は殿様ではない。単なる商工業者のまとめ役であるというだけ。
そのため大行な城を建てる必要はなく、本人も必要はないと考えている。

しかしながら、大人の事情もあり、立派な屋敷を構える事になった。
他国からの客人を迎えるにも、商売人としての商談にしても、それなりの場所を用意する必要がある。
そのため、重彦には立派な屋敷が与えられたのだ。

もっとも本人がその屋敷を使う事は少ない。
作業所で雑魚寝になって寝ているのが殆どである。

閑話休題

そんなわけで、重彦は屋敷の一室で柚美の到着を待っている。
柚美は正式な使者として鉄砲を売り込みに行ったので、部屋にいるのは重彦だけでない。
結果如何では鉄砲を増産しなければいけないので、職人や商人も沢山いた。

「………柚美。戻り………まし…た」

「おう。入りな」

最近の商売の様子はどうだ? 何が売れ目か?
そんな話題に華を咲かしていた一室だが、柚美の声が聞こえた事によって静まり返る。
これから大事な話が始まる、という事は誰もが理解しているからだ。

がらりと障子を開け、柚美が部屋に入る。

(ほぅ…大分、マシな面構えになったじゃねぇか。少しは気分転換になったか)

重彦が一目でわかるほど、柚美の顔は生気に溢れていた。
毛利に行く前にあった鬱然とした空気はどこかへと消え去っている。
これなら以前のように仕事を任せても大丈夫か、と胸をなで下ろした。

「で、柚美。かたっくるしいのも、回りくどいのもいい。
結局毛利の殿さんから注文は取れたのか?」

「……取れた…」

おぉう、マジで?
その部屋一同の心が、今一つになった。

「マジか!?」

重彦は声にも出した。
最初から、この商談は失敗して当たり前。
成功すれば儲け物程度にしか、考えていなかった。

毛利という国の気質から、鉄砲という武器が合わないのは事前にわかっている。
また鉄砲という高価な武器を買うくらいなら、毛利では酒盛りに使うだろう。
そのため口下手な柚美が使者として赴くと決まった時も、反対意見が出なかったのだ。

「そ、それで、数は?」

「………500丁。超……特…急で………」

「なん……だと……?」

重彦を含む、屋敷にいる柚美以外の人間が、驚愕の表情で汗を流した。
ドドドドドと効果音すら聞こえてきそうな様子である。
あの毛利が、である。繰り返すが、あの毛利が鉄砲を500丁も購入したというのだ。

「じょ、条件は? 何か条件でもつけられたんじゃねぇのか?
鉄砲の値段を半額にしろとか、そんな無茶な要求を」

「……ない……ただ……私、が……指南…役として………毛利…に…行く……」

なるほど、それが条件か。
屋敷内にいる柚美以外の(ry は納得したが、これはそれほどの条件ではない。
柚美は部隊長を務めるほどの腕前だが、あくまで出向するだけ。毛利が鉄砲になれるまでの間だけでいいのだから。

「…よし! お前ら、新型の奴を、超特急で500だ!
ただ弾はそんなに作るなよ! あいつら、すぐに飽きちまいそうだからな。
契約とってきた柚美に恥かかせるんじゃねぇぞ!」

【おう!!!!】

屋敷に野太い男達の声が響く。
商売人達は金儲けの匂いを。職人達は仕事の喜びを察知し、すぐさま動き始める。
礼儀作法もあったものではないが、これこそ種子島家なのだ。

「おう、柚美。ご苦労さんだったな。
ちぃっとばかり休んでいけや」

「その……必要…は…ない……」

「? どうしてだ? 疲れてるだろ?」

「祐輔……待ってる………か…ら……」

「! そうか、あのガキ、まだ生きてたか」

祐輔と聞き、重彦にも快活な笑顔が浮かぶ。

「てっきりくたばっちまったもんだと思っていたが…そうか、そうか。
毛利にいるんなら、商人の情報網にも引っかからねぇ」

「………うん……だから……行く…ね?」

「おう! 行ってこい! 
俺がこっちにも顔を出せって言ってたって、言っとけ!
あいつの助言は変に的確だからな!」

こくこくと何度も頷く柚美の頭を撫で、くしゃりと髪の毛を崩す。
それを気持よさそうに柚美は受け、タタタと小走りで部屋を出て行った。

「……おい!! 内容に変更だ!
毛利には弾丸と火薬をたっぷりと送ってやれ! 使い切れんほどにな!」

「はぁ…よろしいので?」

「新型を作るのに一役買った奴が向こうにいる。
弾丸に見合うだけの価値があるって事だ!」

採算が合わないと渋る商人の尻を蹴り上げ、自分も錬鉄場に入る重彦。
その足取りは非常に軽いものだった。



名門明石。
かつての名門は戦国という世において、毛利に敗北を喫した。
武家の名門、明石家の跡継ぎである風丸は、今――――――――――

「これはいいものだ……」

自分で作ったトマトを片手に、うっとりしていた。

毛利の降伏を受け入れた明石家は、農業国家として生まれ変わっていた。
降伏の条件に含まれる、武器の解除。そして毛利への食料の献上。
それを成すためには必然として、国全体が農家として働かざるを得なかった。

といっても、元々は農家が大半を占めるこの時代。
国全体が農業に転嫁したとしても、それほど大きな変化はない。
常備軍として城に常駐していた働き手が農家に転向し、収穫量が増えたくらいだ。

城の兵士は文官を除き、その全てが農業をする。
仕事がない以上、働かなければ食っていけないのだ。
明石家の城は現代でいう役所のような物へと変化していた。

皆それぞれに仕事を持つ中、一片に暇になったのは風丸である。
武力をもたない以上他国の動向を探る必要もないし、国の行く末を左右する決断もない。
することと言えば、礼儀作法をより厳しく学ぶくらいである。

仕方がないので、風丸も農業に手を出してみることにした。
朝比奈達は血相を変えて止めるように進言したが、風丸の意思は固かった。
民が一生懸命働いているというのに、自分だけ胡座をかいて見ているわけにはいかないと。

しかし、案外本人が農業にはまった。
農作物は手間をかければかけるほど成長していくのがわかるからだ。
初めてから数ヶ月も過ぎると、風丸は一日の大半を農地で過ごすようになっていた。

「火鉢。この肥料を、向こうにまいてきてくれないか?」

風丸は肥料の入った大きな樽を指差す。
風丸の隣でトマトをちぎっていた火鉢はこくりと頷き、樽を取りに行った。

「ぬへ」の存在が祐輔より知らされ、風丸は文献が残っていないか部屋を漁った。
そして遂に ぬへの保管場所を見つけ出し、樽に眠る四体の ぬへを発見したのである。
彼女たちを目覚めさせるか悩んだ風丸だが、悩んだ末に風丸は ぬへを起動した。

起動したての頃は風丸の指示がなければ一歩も動かなかったが、今では無言で農作業を手伝うくらいまでには成長している。
彼女たちにも人工的ではあるが心がある。
その心が成長している、と風丸は考えていた。

「最初はどうなるかと思ったけど…戦しか知らないなんて、悲しすぎる。
こうして何か生きる道を見つけてくれたらいいけど」

人よりも優れた力を誇る ぬへは農作業において重宝した。
今では人気者、とまではいかないものの、それなりに領内の人間には認められるようになっている。
中でも火鉢の感情の発達はめざましく、最近では風丸と別行動も取れるようになった。

降伏を受け入れた時、この国はどうなるかと風丸は危惧した。
しかし、その危惧は良い意味で外れてくれた。

周囲の畑を見渡してみても、そこには老人や子供たちの笑顔がある。
戦の恐怖に怯える必要も、家族が死んでしまう恐れもない。
これも一つの在り方なのだと風丸は思うようになった。

「風丸……樽の底が、抜けた」

「わぁ!? 凄い臭いだ、これは糞尿か!?
火鉢もぼーっとしてないで! 水で流しに行くよ!!」

無表情で猛烈な臭いを放つ火鉢の手を持ち、近くの川へと引っ張っていく風丸。
毛利との絶望的な戦をしていた時にはない、笑顔がそこにあった。



「暇だなー…」
「だなー…」

龍馬と譲は二人、ポリポリと芋けんぴを齧りながら不毛の大地を眺めていた。
かつての憎たらしい赤門を背に、甘くて美味しい菓子を食べる。
今までは考えられないほどに生活レベルが上がっていた。

「あいつ、こねーなー」
「だなー」

二人は決してさぼっているわけではなく、本当にする事がないのだ。
二人以外の死国の男達も毛利から持ち込まれた花札などで、暇を潰している。
門の死国側にいる人間で、今現在仕事があるのは、鬼達が集落に近づかないか監視している者だけである。

以前では必死に掻き集めていた食料だが、定期的に毛利から投げ込まれるようなった。
鬼や妖怪たちに対する闘いも、充分な睡眠と食事を取ることにより、楽勝になっている。
そして何より、戦闘力のない者たちがいないため、暴れまくる事ができるのだ。

門の毛利側にいる非戦闘員達も心配だが、美禰がそちらにいるので大丈夫だろう。
何か問題が起これば、龍馬達が行動を起こすまでの時間くらいは稼げる。
しかしながら何も音沙汰がないという事は、元気にやっているのだろう。

一見門の外側と内側では連絡が取れないように思える。
だが呪い憑きであるスメアゴルがいるので、龍馬達は連絡を取り合えるのだ。
それによると、向こうはそれなりに上手くやっているらしい。

さて、問題は死国側の門に遺された者達である。
祐輔の要求は有事の際のもので、平時の物ではない。
そのため、彼等は現在ニートなのだ。NEETなのだ。

「これ旨いな…なんていうんだっけ?」

「芋…けっぴだったか?」

「芋? 芋って、もっと固くてシャリシャリしてて、甘くねぇだろ」

「俺も知らねぇよ…ただ、生じゃないからじゃね?」

「すげぇな、毛利。流石だぜ」

「だな」

何が流石か全くわからないが、二人はポリポリと芋けんぴを貪る。
死国は未だかつてないほどに平和だった。



「う、うわぁぁあああああ!?」
【健太郎君、右斜め後ろです! そこに敵がいます!】

「く、くっそぉおおお!!」
【水漏れですね…薪が湿っていては火をおこせませんし、生米を食べるしかありませんね】

「ま、負けるかぁああ!!!」
【ヒラミレモンまであと少しです、健太郎君!!!】

健太郎と日光は、ヒラミレモンを手にいれるために頑張っていた!
ちなみに健太郎はレベルが2上がった! やったね、ケンちゃん!



宵の刻。
すっかり陽も落ち、空に浮かぶのは青白い月。
どこか幻想的で、蠱惑的な空気が漂う日だった。

そんな日に ちぬが目覚めたのは偶然だった。
喉の渇きから目を覚まし、水を飲みに部屋から出る。
その途中で、普通ではあり得ない人物があり得ない場所にいた。

興味のない人間なら無視するが、その人物は ちぬにとって興味深い人物。
ちぬはパチリと目を開いてお目覚めモードになり、とある屋敷の屋根に登った。
その興味深い人物がいる場所とは、二階建ての屋敷の屋根瓦だからである。

「うんしょ、うんしょ…ふぅ。
こんばんは、ユウちゃん! 何してるのー?」

息を切らせて屋根に登り、そこにいる人物に声をかける ちぬ。
声をかけられた人物は酒瓶を片手に、ニヤリといやらしく口元を歪めた。

「んん? あぁ…確かお前、ちぬだったか」

それは祐輔なのだろう。
だが、その様子はどこかおかしかった。
常日頃会話を交わしている ちぬだというのに、名札を見て名前がわかったかのような反応なのだ。

「あはは、変なユウちゃん☆
あ、ひょっとしてー、お酒飲むと変になっちゃうのかなー?
前もちょっと変だったもんね☆」

「ヒヒッ、そういえば、前にも会ったな。
そういうわけだ、今日のオレは変なんだよ。わかったらどこぞへと消えな」

「えー、なんでー?」

祐輔に邪険に扱われながらも、 ちぬはチョコンと祐輔の隣に座る。
そして大きな夜空を見上げた。

「綺麗な月だねー。満月だったら良かったのにね☆」

「……ヒヒッ! 変な女だ。
ここにいるなら酒を注ぎな。その方が酒も旨くなる」

「うん! お酒注ぐね!」

酒瓶をちぬに押し付け、自分はおちょこを持つ祐輔。
トクトクと ちぬは酒瓶を傾け、中の日本酒をおちょこに注ぐ。
なみなみと注がれたソレを一気に祐輔は飲み干した。

「確かに、今日はいい夜だ。違いねぇ。クヒャヒャハヤ!」






翌日

「ぐ、ぅ…頭が、割れるように痛い…なんだ、風邪か?」

目を覚ました祐輔は猛烈な吐き気と、頭痛に苦しんでいた。
まるで二日酔いのような症状だが、昨晩酒を飲んだ記憶は祐輔になかった。
そのため風邪だろうと祐輔は推測した。

とにもかくにも、てるに申し出て休みを取らなければいけない。
てるの部屋までうーうー唸りながら歩いていると、途中で水差しを持った ちぬに出会った。

「あ、ユウちゃん☆
昨日言われた通り、お水持ってきたよ。はい☆」

「あ、うん、何かわからないけど、ありがとう」

全く身に覚えがないが、今の祐輔にとって水は必要なものだ。
ありがたく水を受け取り、てるの部屋へと向かう祐輔だった。





あとがき

香「何か、忘れられている気がします…」



[4285] 第十四話
Name: さくら◆206c40be ID:70f93ce2
Date: 2011/05/13 09:17
雪が祐輔の世話を焼くようになってから、少しの時間が過ぎた。
雪と祐輔の関係は上々。また、毛利の家臣達との付き合いも悪くない。
祐輔はこの世界に来て、これ以上ないほどに充実した日々を過ごしていた。

だが、ザビエルの脅威が過ぎ去ったわけではない。
前回蘭の中に潜む戯骸の存在を知ってから、祐輔は北条早雲とのパイプを作る。
このパイプは北条早雲からの手紙から始まった。

蘭達が帰国した数日後に、北条家の家押付きの手紙が祐輔宛てに届けられた。
それは蘭達が北条についたと同時期に出さねば毛利につかないほど、時間間隔は短かった。
祐輔は今、その手紙を読み直している。

「何度読みなおしてみても、情報はない…か」

早雲からの手紙の内容は、主に以下の通りである。

・蘭の中に潜む使徒の存在を見つけてくれた御礼。
・かねてから早雲も怪しく思い、蘭の式神(戯骸のこと)を調べていた事。
・北条家に眠る書物を全て調べたが、再封印の方法や解決策は見つからないという事。
・もし毛利で何か解決策が見つかれば、北条に知らせて欲しい。またそれは北条としても、同じである。

つまるところ、祐輔側からすれば、ちぬに役立つ情報は何一つなかった。
間接的に戯骸の復活を防ぎ、ザビエルの力の一端を削ぐ事には成功はしているが。
ザビエルの動きが全くと言ってないため、本当に不気味だと祐輔は感じていた。

ここで惜しむらくは、祐輔を含む毛利が島津に対して無頓着だった事だ。
宣戦布告はしているものの、ちぬに悪影響である戦を毛利はできる限り自粛している。
たま島津側からもちょっかいを出されなかったので、情報集収を怠っていたのだ。

また島津としても、毛利に応援は出さない。
仮にザビエルを押さえ込めたとしても、獣の軍団のような毛利。
一度柔らかい腹を見せてしまえば、獣に腹を食い破られるという恐怖がある。

また魔人側が一人だという事も影響していた。
これがもし魔軍という一国の軍隊規模であれば、島津は全国に救援を出していただろう。
たった一人なのだから、あるいは…という見栄を貼ってしまったのである。

祐輔の知らぬ間に、水面下で話は進んで行く。
物語の邪悪の手は、祐輔のすぐ背後まで近づいていた。



「お茶会、ですか?」

「ええ、お茶会です」

ここ毛利では定期的に催し物が開かれる。
おおまかに言えば大掃除、料理会、茶会の三つだ。
前回は きくの料理会だったので、今回は ちぬの茶会である。

「実は俺も初めてなのですが、それなりに本格的な物らしく。
ちぬから雪姫様も参加されてはどうか、と訊ねられました」

「まぁ、そうなのですか」

祐輔自身、お茶会に参加するのは初めての経験である。
まめに掃除をしないと埃だらけになるため、頻繁に行われる大掃除。
飲めや食えやの大騒ぎが好きな毛利では、料理会も月に何度も開かれる。

そのため、茶会は開催頻度が他と比べると、著しく低いのである。
それは毛利軍の気質が大きく影響しているのは、言うまでもない。

「お誘いは嬉しいのですが…実は今日、午後から浅井朝倉の者が城に来ます。
私が体調を崩したと報告したので、その様子を伺いに来るらしいのです。
ですから、彼等の対応をせねばなりませんので」

心底申し訳ないという顔で断る雪に、祐輔はブンブンと笑顔で顔をふった。

「いえいえいえ! そんな、気にする必要はありませんよ!
ちぬには自分から伝えておきますので!」

「はい。よろしくお願い致します」

「……浅井朝倉に、帰ってしまわれるの、ですか?」

「クスッ」

「な、何かおかしな事を言ってしまいましたか?」

「いえ…ただ、祐輔様があまりにも悲しい顔をなさっていたのが、少し」

クスクスと笑う雪の言葉に、祐輔は顔をぺたぺたと触って確かめる。
祐輔は自覚していなかったが、どうやら相当雪が帰るのを残念がっていたようだ。
クスクスと笑う雪は、そんな祐輔を可愛い者だと思った。

「大丈夫です。今しばらくは毛利にいて、祐輔様のお世話をしたいと考えています。
ですので、使者には理由を話し、お父様や一郎兄様に伝えて頂きます」

「そ、そうですか! お体も万全になってからのほうが良いですし!」

顔を輝かせながら雪の滞在を促す祐輔がおかしくって、また雪はクスクスと笑うのであった。



そんなわけで、雪を連れずに一人で茶会の会場へと来た祐輔。
その異様な光景を見て、あまりの光景に絶句をした。

「ど、どうしたお前ら? 何か悪い物でも食ったか?」

祐輔が戸惑うのも無理はない。
普段は暴虐の限りを尽くし、世紀末救世主伝説のモヒカン達が皆、静かに正座しているのである。
髪型だけはいつものモヒカンであるが、服装はいつものトゲトゲ肩パットではなく、茶会に相応しい礼装だ。

「アニキ…俺達も、今日だけはガチなんでさぁ」

一人のモヒカンがぽつりと呟く。
すると周りのモヒカン達もうんうん頷き、その理由を語りだした。

「最初は、俺っち達も普段の服装だったんです」

この茶会が開かれるのも、ちぬ達の母親が死んでしまってからである。
ちぬ達の母親は荒くれ者共の間に身を置く彼女たちを心配し、彼女たちにそれぞれ花嫁修業を施した。
てるには掃除を。きくには料理を。そしてちぬには礼儀作法を。それぞれ、その分野にかけては一流の腕前に仕立て上げた。

母親の死後、彼女たちは自分たちの腕前を錆びつかせぬよう、定期的に行事を行う事にした。
それぞれの得意分野で城中を巻き込む、一大行事の出来上がりである。
てるの大掃除会。きくの料理大会。そして、ちぬのお茶会である。

「てるの姉御や、きくの姉御は全く問題なかったんです。
掃除すると言っても死ぬわけじゃないし、きくの姉御の飯はガチで美味かったし。
でも悲劇は、ちぬの姉御で起こりました」

お茶を飲み、直後に痙攣して白目を向く者が多数続出。
先程までが元気だった隣の同僚が顔面蒼白でビクンビクンする様に、会場は恐怖に支配される。
そんな会場の中で、ちぬの陽気な声が響き渡った。

【えへ☆ 皆が非常識な格好でくるから、ちょっと手元が狂っちゃった☆】

「それからっす…俺達が、ちぬの姉御の機嫌を最大限損ねないよう、全力を尽くすようになったのは」

そう言って、ブルブル青ざめながら己の肩を抱くモヒカン達。
幸いにも死者は出なかったようだが、何かの毒でビクンビクンした者は数日間苦しんだらしい。
それ以降は少しでも犠牲者を減らすため、彼等は必死になって作法を勉強したらしい。

それにしても、モヒカン達が必死に作法の勉強をする様子は想像すると面白い。

「ま、マジで? ど、どうしよう、茶会の礼儀作法とか全然知らないぞ!?」

この話を聞いて焦ったのは祐輔である。
平凡一般な生活をしていれば、茶会の作法などを学ぶ機会は少ない。
そのため祐輔は茶会の一般知識、作法などを全く知らなかったのである。

一人脂汗を流しながら焦る祐輔の肩に手を置き、モヒカンはニッコリと笑顔を浮かべる。

「諦めるっすよ、アニキ」

そして首を力なく横に振った。

「そ、そんな!? お、俺を見捨てるのか!?」

変に優しい顔をしながら、祐輔からそそくさと離れていくモヒカン。
その後モヒカン達に救援要請を続ける祐輔だが、モヒカン達は

「それでもアニキなら…! アニキならやってくれる…!」

と口走るだけで、目も合わせようとしない。
要するに、モヒカン達から見捨てられた祐輔だった。



俺の命もここまでか…そんな事を思っていた時期が、俺にもありました。

「やだなー。そんな事、しないよー☆」

ゴクリと生唾を呑み込み、目の前に置かれた茶器。
その茶器を置いた ちぬに意を決して訊ねてみると、さっきの返事が帰ってきたというわけなのだ。

「で、ですよねー」

「せいぜい、反省のために痺れ薬を盛っただけだよ☆」

盛ったのか。盛ったのか。
自分でも頬肉がぴくぴくと引き攣っているのがわかる。
おそらくモヒカン達は痺れ薬と戦場での ちぬの恐ろしさから来るプラシーボ効果から、数日間苦しんだに違いない。

ただ、まぁ。
今回はもう大丈夫らしいし、大丈夫だろう。
モヒカン達も礼儀正しくしているし、問題ないだろう。

「今回はどれに入れたか忘れちゃった☆」

「…………」

姉さん、事件です。
いや、俺、妹しかいないけど。



「てめぇ、おいバカこのクソビッチ。
気軽に神経毒盛るんじゃねぇよカス! 睡眠薬と違うんだぞコラ!」

「えへ☆ あれだけいて、当たるユウちゃんって凄いね☆」

「凄いね(キャピ じゃねぇよ! 普通に逝くところだったわ!
オレの耐性がないと、死ぬところだったんだからな!」

月が綺麗に見える夜。
半分キレ目に罵声を浴びせる祐輔と、にこやかに笑う ちぬがいた。
二人は ちぬの部屋で、微妙に噛み合わない会話を交わしながら日本酒を飲んでいる。

先日と同じように一人屋上で月を眺めていた祐輔だが、そこを ちぬに発見される。
一人で過ごしたかった祐輔は逃走を図るも、昼に飲んだしびれ薬のせいで躰が上手く動かない。
そのため意外に簡単に捕獲され、こうして二人酒を飲んでいるというわけだ。

「大体、なんでオレなんだよ?」

「え? どういう事―?」

「いい加減気づいているだろ? てめぇも、オレが普段の俺じゃねぇってことくらい」

一度は酌をさせた祐輔だが、こう何度もまとわりつかれるとうざったい。
突き放すように言い放ったが、言われた ちぬはウーンと少し唸ってから、祐輔の問いに答えた。

「んとね、ちぬ頭悪いからわかんない☆
けど、なんとなく、いつものユウちゃんと違うってのはわかるよー。
でも ちぬは普段のユウちゃんも、ワイルドなユウちゃんもどっちも好きです☆」

ニコニコと答える ちぬ。
流石にこの返しは想像していなかったのか、祐輔は目を点にして驚いていた。
そのまま数秒固まった後、腹を抱えて大爆笑する。

「ウヒッ、ヒヒッ、ヒヒャヒャハハハハハハ!!
こりゃとんだビッチだ!! だが嫌いじゃねぇ。 おら、酒空いてんぞ。注げ」

「はーい」

ずいと突き出された盃に、酒を注ぐ ちぬ。
盃に注がれた酒を一気に飲み干し、上気した顔で祐輔は月を眺めた。

「満月に近い夜だ。
空に浮かんでる月が満月に近けりゃ、俺の部屋を訊ねてみな。
運が良けりゃ、オレに会える。こうやって酒の相手をするなら、付き合ってやる」

「うん☆ ちぬ、わかったー」

二人の夜が更けていく。
おそらく、翌日も祐輔は正体不明の頭痛に悩まされる事になるだろう。
何故なら、ここにいる祐輔とは祐輔であり、祐輔でないのだから。

今祐輔を動かしているのは―――祐輔の躰を日々侵している呪い憑きの、狒々の力。
今はまだ祐輔に躰の絶対的な優先権がある。
しかし静かに、祐輔の躰は己であって己でない物に奪われていく。

等価交換の代償。
それは決して安くないものだった。






ここ島津では、建国以来の危機に陥っていた。

長男であるヨシヒサの失踪。
行方不明ではあるが、現場の惨状から、おそらく命はないだろう。
これを受けて三方に散らばっていた島津四兄弟は対策を取る事になった。

ヨシヒサを倒すほどの相手。
彼等が一人ずつ挑んでいっても、勝てる可能性は著しく低い。
そのため残った三人は手を組み、一致団結して事に当たる事にした。

四男であり、軍師であるイエヒサがこれからの絵図を描き出す。
相手は神出鬼没の魔人。こちらから攻める事が出来ない以上、誘いだすしか方法はない。
そのため残存兵力の八割を支城に集め、如何にも本拠であるように見せかける。

そしてヨシヒサが敗れた以上、戦力を分散しても仕方ない。
最強の武士であるカズヒサ、鉄砲の名手であるトシヒサが支城で魔人を待ち構える。
カズヒサ一人では勝ち目は薄いが、トシヒサと協力すれば勝率が上がるに違いない。

軍師のイエヒサが支城にいても、戦力にはならない。
そのため彼は、彼等にとっての本拠――黒姫の護衛に、残りのニ割の兵力をもってあたる。
黒姫は彼の作戦が無茶であると必死に訴えたが、それは聞き入れられなかった。

黒姫は知っている。ザビエルの持つ、無敵結界を。
伝説の武器でしか傷を付けられない以上、彼等に勝ち目はない。
だが彼等にとって、これ以上の方法がないというのも事実である。

JAPANにおいて隣接する毛利とは対戦国となっている。
だからと言って大陸に逃げようにも、部下を残して逃げられるはずがない。
普段は軽薄でチャラチャラしていても、彼等は領主なのだ。自分達だけが尻尾を丸めて逃げるわけにはいかない。

黒姫は言った。
ザビエルの目的は自分で、自分さえ犠牲になればいいのだと。
だから残った三兄弟だけでも、逃げて欲しいと。

黒姫はとても迷ったが、過去に祐輔と出会った時の話を三人に話した。
試してみたが、睡眠薬の効果は絶大であると。おそらく、自分でも数年は眠り続ける事になる。
自分が意識さえ取り戻さなければ、ザビエルのいいように操られたりはしないと。

その間に島津の人間は織田に亡命して欲しい。
嘘か真かはわからないが、織田には魔剣を持った人間がいるらしい。
もしいないとしても、魔人の配下で虫以下の扱いをされるよりはマシだろうと。

そんな黒姫の必死の訴えに―――――――三兄弟は首を縦に振らなかった。



城が燃えている。

「あーあ、ここまでか。ま、大体はわかってたんだけどね」

イエヒサは支城の一室で、燃え広がる炎を達観して眺めていた。
報告によると、敵は一人。その躰は矢が刺さらず、刀や槍は傷一つ付ける事ができない。
弓矢の嵐や槍の針山をものともせず、真っ直ぐ自分のところへ向かってくるらしい。

「これを使うのも、本当に久々だなぁ」

長らく使っていなかった、弓を背中から手に持つ。
そして弓に申し訳ない程度に矢をつがえ、階段を登ってきた人間に向けた。

「どーも。本当に信長殿の躰なんだね。前に一回見た事あるけど、そっくりだ。
いや、違うか。信長殿の躰を乗っ取ったんだから、そっくりで当たり前だね」

「貴様が、残りの一匹か?」

まるで会話が噛み合わないや、とイエヒサは思った。
階段を悠然と登ってきた人間――否、魔人ザビエルはイエヒサを見下ろす。
足元にたむろする一匹の蟻を見下ろすかのように。

「選べ。我に服従し、我が魔軍の末席に加わるか、今ここで無惨に殺されるか。
魔軍の末席に加わるのならば、命はとりとめてやろう。無様な失敗をせぬ限りはな」

「へぇ。それは寛大な措置で、涙が出てくるね」

「して、返答は?」

言葉を返すまでもない。
イエヒサはつがえた矢をザビエルへと放った。
矢はザビエルの無敵結界に阻まれ、半ばで二つに折れる。

「誰が言う事なんて聞くもんかっ! それならここで死ぬね!」

「ふむ…それも良かろう。
だが屠る前に答えよ。我が娘―――狂子はどこだ?」

狂子――ザビエルより、黒姫に授けられた呪いの名前。
イエヒサは巫山戯るなと、もう一度弓に矢をつがえる。

「その名前で黒姉ちゃんを呼ぶんじゃない!!」

激情と共に弓を引くイエヒサだが、ザビエルは鬱陶しげに手で振り払う。
それだけで矢は砕け散った。

「理解に苦しむな。何故自ら死を選ぶ」

「お前には一生わからないだろうねっ」

再度矢をつがえようとするが、矢筒が炎に包まれた。間近で炎を浴びせられたイエヒサは堪えきれず、矢筒を落してしまう。
何度も無駄な攻撃をされ、ザビエルも相当鬱陶しかったようだ。
イエヒサはちくしょうと毒づき、腰に差している脇差を抜き放った。

「ああ、そうだ。一度、言ってみたかった言葉があるんだよね」

それはかつて、気障なカズヒサが口にしていた言葉。
乱暴で粗野で、脳筋で。イエヒサとは真逆の存在だったカズヒサ。
だが今ならわかる。

【いいか、イエヒサ。
男にはな、負けがわかっていても、負けられない闘いってのがある。
そういう時には言ってやれ―――――】

「クソッくらえだ――――――!!」



グシャ、とザビエルの手の中にある炭が崩れる。
それは人としての面影を遺さず、完全に炭化してしまっていた。
唯一残った髪飾りが、異臭を放つ炭こそイエヒサだと物語っている。

「狂子はここにおらぬか。やれやれ、またいらぬ手間が増える。
煉獄がいないと、こうも物事が滞る物なのか。何か考えねばなるまい」

ザビエルが少し手に力を入れると、イエヒサの顔は完全に崩れ去る。
頭を失った胴体が音をたてて床に落ちた。

ザビエルの想像通り、黒姫を乗せた馬車は既に島津を離れていた。
馬車の積荷に扮して、黒姫が深い眠りについている。
四兄弟が黒姫の食事に睡眠薬を混ぜ、黒姫を知らぬ間に島津から脱出させていたのだ。

脱出のタイミングは唯一残るイエヒサに託されていた。
そのイエヒサはカズヒサ達からの定期連絡が途切れた時点で黒姫を脱出させる事を決意。
黒姫が話していた、可能性のある場所。織田へと進路を取って。

黒姫は意識がある状態であれば、イエヒサ達を残して亡命という手段は絶対に取らない。
そのため食事に睡眠薬を微量混ぜ、黒姫の意思を確認せずに籠へと放り込んだ。

本音を言うのであれば、自分も黒姫について行きたい。
だが黒姫を無事に逃すためにも、ザビエルの目を引きつけなければいけない。
幸いな事に、ザビエルは黒姫の居場所を正確に察知できるというわけではないらしいから。

そして毛利に対しても、彼は顔を知られている。
だが彼等が丁重に保護してきた黒姫であれば、毛利の誰も顔を知らない。
彼等が野蛮な猿に黒姫を見せたくなく、宝石のように扱っていたのが思わぬ形で役立ったのである。

目的の物が手に入らず苛立つザビエル。
島津で手に入れようとしていた狂子も、当座の兵力も手に入りそうにない。
何を為すにしても、手足となる人間は必要不可欠なのだ。

「我に刃向かう人間なぞ、配下に要らぬ。
だが煉獄もいないとなると―――――」

次なるザビエルの目的とは何だろうか。
しかし何が目的であろうと、それは血塗られた物に他ならない。
この島津の地のように。


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