【prologue そして始まりを (後編)】
ミッドチルダ東部海上。
なのは、ヴィータ、フェイトがヘリでガジェットドローンの追撃に向かっている途中だった。
「なのはちゃん!!」
突然の交信がきた
「この前言ってた捜索隊が居場所を発見したそうや。そっから北北東に20㎞行った地点で現地からはなのはちゃん達が近いそうや。ここはヴィータとフェイトちゃんにまかせて応援いってもらえるか?」
「うん、わかった!
フェイトちゃん、ヴィータちゃん 任せてもいい?」
ヘリの音が木霊す中、了解を求める。
「おう、まかせろ」
「うん、大丈夫だよ。なのはも気をつけるんだよ」
2人の頼もしい返事が返ってくる。
「じゃ、行ってくる」
そう言って1人ヘリを飛び出し、バリアジャケットを装着。送られたデータを元に現場へと飛びだって行った。
管理局の本拠地である司法を司る街ミッドチルダ、マフィアの群がる娯楽とドラックの街ニブルヘルム。
その間にはいくつかの町と、両者を拒絶する巨大な山林が連なっていた。
現在地はちょうどのその山林地帯に差し掛かった所。
崖に囲まれた場所だった。木々のざわめきが、この暗雲立ち込める夜にはやけに不気味に聞こえる。
「そこ、かな?」
ただそこだけがわずかに光っているのが確認できたところで、現地の捜索局員に対して連絡を入れた。
…………
…………
「あれ?繋がらない」
相手が出ない、というよりも繋がらない感じだ。
まさか、結界!?それとも地形のせい?
微弱なAMF、もしくはそれに似たフィールド系魔法が張られているのだろうか?
いやな予感がする。
だんだんと、洞窟の入口らしきものが見えてきた。中から僅かな明かりが零れるだけで、人がいる様子がない。既に突入してしまったんだろうか?今回は命令が統一されていないので、先走って行動してしまう可能性もあった。
近づいていくとサーチャーまでうまく機能しなくなってきた。
まずいな………空中でいったん止まり、そう思考していた時だった。
「ああ゛ーーーーー!!!!」
いきなり、ナニかが穴の中から恐怖に打ちひしがれたような叫び声をあげて飛び出てきた。
何事かと思い、その方向を注視するが何か人のようなものが見えるだけで、薄暗くて詳しく分からない。
戦闘態勢を保ってそのもとへ急いだ。
「どうしたの!?」
びくっとこっちを振り向き体を異常に震わせながら警戒してくる。
さっきは薄暗くよく見えなかったが、局員のマークがジャケットに刻まれていた。どうやらなのはより少し年下ぐらいの男の子のようだ。
「大丈夫、こちら機動6課所属、高町なのは一等空尉です」
そう言うと、その男の子は警戒を解いたようだ。しかしよく見ると、その顔は青ざめ、体を過剰に震わしていることが分かる。
「いったい何があったの?」
「あ、あ、ううぅぅ」
声を出そうにもうまく出せないようだ。落ちついてと、両手に肩をのせる。そして、なんとか言葉を紡ぎ出した。
「こ、ここ、殺され、」
「えっっ!?」
「人が、ぐ、ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃで、死んで、たくさんで、ぐちゃぐちゃっっっ」
思考が止まった。目の前の局員がなんとか とぎれとぎれにも吐いた言葉はとても信じられないような内容だ。もしこれが本当なら、失踪した人はすでに………
そう沈みそうになる思考を強引に「今」に向ける。大切なのは今どう行動するのかだ。考え込むのは最後でいい。
「他の人は、他の局員の人は!?この中にいるってこと!?」
頷きながら、歯の合わない口でなんとか言葉を紡いでいく
「交戦中。紅い、コートの男と。犯人」
それだけ言うとまるで自分の役目は果たしたかというように気を失ってしまった。それだけショックが激しかったということだろう。
しかし、交戦中だったなんて。すぐに行かなかった自分を叱咤しながら その男の子を木の下において自分も向かおうとしたそのとき、穴の中からナニかが飛び出してきた。
長身で、白髪。顔は暗くてよくわからないが、男だろう。なによりその男は真紅のコートを羽織っていた。
「!!!」
緊急に戦闘態勢に入る。男はなのはを一瞬見たが、すぐに無視して逃走を謀る。
「逃がさない!!」
なのはは追撃態勢に入り、男を追う。
「こちら時空管理局、機動6課、高町なのは一等空尉です。現在あなたには殺人事件の容疑が掛かっています。今すぐ投降すればあなたには弁護の機会が与えられます」
その言葉にも反応せず、木々の中に潜ろうとする。そこでなのははスフィアを周りに展開。そして様子見で男に打った。
男は横にステップしてなんなく回避する。
「ちっ」
なのはは空戦魔導士。移動スピードでは勝てないと思ったのか立ちどまってどこからか黒塗りの弓をとりだし、戦闘態勢に入った。
「弓型デバイス!!」
なのはも空でスフィアを展開しながら旋回し攻撃に備える。相手は遠距離タイプ。高速でランダムに動き相手の照準を絞らせない。しかしっ!!!
「えっ!?」
そう、それはわずかに感じ取った違和感。それは経験からか、それとも天性の勘によるものなのか、とっさにバリアを展開することができた。
「痛つぅ、」
避けきれなかったのかバリアジャケットを貫通してナノハの左腹部に衝撃が響いた。
戦慄が走る。もちろん、この高速で移動している中、寸分の狂いもなく命中させたことも驚くべき技術だ。だが、なによりも彼女を驚愕させたことは、
「レイジングハート、今の攻撃!?」
「Yes,Master,。今の攻撃は魔力を使用しているものではありません。おそらく概存する矢の一種でしょう。デバイスにより射出を強化したものだと思われます」
そう、放たれたのは3本の黒塗りの矢。それが魔力も何も使っていないにもかかわらずバリアジャケット越しにダメージを与えた。まともに食らったら字程度では済まされないだろう。その威力に驚くと共に、最悪の特性に関して思考を巡らせる。
「矢が………ほとんど見えなかった」
そう、その音速すら軽く超えて放たれる漆黒の矢はさらに闇にまぎれ溶ける。それをわずかな明かりによって判断しなければならない。対するなのはの攻撃はすべて光を持ち、この闇の中では相手に攻撃を見てくださいとばかりに目立ってしまう。この差は……恐ろしく大きい。
「くっ」
そう逡巡している間に再び、矢が放たれた。それをまたバリアで弾く。
この高速で移動しているなのはを、まるで当たることが確定されているかのような神がかりな正確さで捕えていく。
「レイジングハート!」
いつまでも受けに回るわけにはいかない、
「アクセッ 」
アクセルシューター。反撃しようとした瞬間、再度矢が飛んでくる。
態勢を整え再びアクセルシューターを試みる。
「アク 」
また だ。また
「アクセ 」
矢が飛来する間隔を縫って攻撃しようと試みるが、まるでこっちの思惑を読まれているかのように邪魔され、反撃に転じる隙を許さない。間近にならないと矢が飛んでくるのがわからないためタイミングがとれない。
(この人、おそろしく戦い慣れている!!)
矢の命中精度、こちらの行動を読んでくるかのような洞察力、木々にまぎれ位置を特定させづらくする位置取り。そして闇に紛れるかのように黒く塗られた弓もこの夜の戦闘のためのものだろう。どれをとっても歴戦の勇士のそれ以上だ。
しかし、なのはも10年間戦い続けてき、エース・オブ・エースとまで呼ばれるようになった魔導士だ。威力は弱まるが、無詠唱で行える攻撃で反撃を試みる。その光球は20余、誘導弾を一斉に男にむかって襲い掛かる。
だが男はそれを落ちついて避け、また反撃に通じる。
(やっぱり無理か)
生い茂った木々に邪魔され相手の位置があいまいなうえ、誘導弾では威力やコントロールもあまり無い。直撃コースはせいぜい4、5個ぐらいのものだろう。なによりこっちの攻撃は光源体だから丸見えだ。相手の技量からすればあの程度の攻撃など避けられることは予想できた。いや避けて当然だろう。
「アクセ 」
再び、アクセルシューターを試みるが。相手は予想道理にこちらの攻撃の機会を潰していく。
そして徐々になのはの体に傷を刻んでいった。体にはバリアジャケットごしに衝撃が貫通し、いくつもの内出血が起きている。直撃こそないもののこのままでは時間の問題だろう。
低空飛行をして相手と同じように木々を利用するか、接近戦を試みるか、または一度離脱し体制を整えるかしないと相手の思うつぼである。
しかたない。今度は相手の射程距離圏外から一気に攻めるため今度は急上昇を始める。
ガードは張りつつ100m、200mと上昇していく。
だが、矢は途切れることを知らなかった。
高度300メートル、AMFにも似たこの状況下魔力測定は困難だ。相手を見失わないためにもこれ以上離れるわけにはいかない。
だというのに矢は全く変わらぬ精度でなのはに命中していく。もはや人間なのかと疑ってしまうような神がかった技術だ。
非常にまずい現状の中、とれる行動は思いつく限りで4つ
1・一時撤退
しかし相手は殺人鬼、今ここで逃したら大変なことになっちゃう。この案はダメだ。
2・このままの状態を維持し、援護を待つ。
もしかしたら矢が止むかもしれないけど、これ以上傷が増えたら動きがあきらかに鈍っちゃう。いつくるかもわからない援護を待つのは厳しい。
3・森の中に自分も入る。
絶対却下。相手を見失う可能性が高い上に、相手のホームグラウンドだった場合、罠の可能性もある。
4・接近戦
……これが一番無難かもしれない。相手は何をしてくるかわかんないけどロングレンジよりはましだと思う。
そう逡巡し接近性を選択する。と同時に20余の光球を展開させ放つ、男がそれを避けている間に一気に加速する。態勢を崩しながらもなお矢を討ってくるが、バリアを張つつ、さらに相手に突撃する。
今まさに届かんとしようとするその時だった。
目の前の男は持っていた弓をどこかへと消し去っていて、その手には新たに白と黒の双剣が握られていた。
(変形デバイス!?)
そう思ったのは一瞬、それでもかまわず更に加速を高め、相手に衝突した。
「レイジングハート!」
相手はレイジングハートを双剣で受け止める。
その威力に男の足元はすでに埋もれている。しかしその拮抗も束の間、
「ぬうっっ 」
威力に耐えられず、双剣が吹き飛ぶ。
(今だ!!!)
そうおもって、全力でレイジングハートをふるったが。
「えっっ!!???」
手に伝わるのは、鉄の感触。目の前の男の手には失われたはずの双剣が握られている。
「ぬぁぁぁっ」
訳がわからない。
勢いの失ったなのはの攻撃力より相手が上だった。レイジングハートをなのはごと吹き飛ばそうとする。何とか体制を保つが、男は刃を切り返して追撃に入った。それを勘に任せて避け、力任せに浮上する。
なのははまだ混乱の中だ。
まるで当たることが定められたような矢に、壊れたのに当然のようにそこにある剣。幻術などではない。この手にはまだ受け止めた感触が残っている。
全力全開。
強敵を相手にするときにはいつだってそうだった。どんな敵でも決してあきらめない、120パーセントのパワーを出してきたなのはだ。
しかし、今宵の敵はそれを許さない。奇怪でいて、恐ろしいほど戦いに慣れている。追撃戦だからどうしても相手のペースに合わさなければならない。
全力が出せない。そのもどかしさに焦ってしまう。
(この感覚はあの時の…)
訓練校の短期メニューを受けた際、自分たちに戦術指導をしてくれた教官を思い出す。
自分たちよりもランクは下なのにフェイトと二人がかりでも倒せなかった。その時の感覚に似ている
(でも、そのときの何倍も………!!)
状況が悪かったなんて言い訳にはできない。
目に張るのは弓を構えた姿。対抗策がない中、それでもあきらめずに向かい打つ。
(ぜったいにあきらめない)
しかし、このままではさっきの二の舞だ。結果は……見えている。
それを打破できるのは、
「ああああああああーーーーーーーーーっっっっ」
第三者の介入しかなかった。
そうそれはさっきなのはと話しているときに気絶してしまった少年。それがここにきて目を覚ましたのだろう。勇気半分、狂乱半分といった感じで男に立ち向かう。
「ちっ」
男は素早く双剣に持ち換え迎え撃つ。相手が混乱していたからだろうか、それとも彼女も目に入れつつ闘っていたからだろうか。その両方だろう、冷静に対処はしていたがそのでたらめさに少しやり辛そうにした。
「あがっっ」
僅かな時間で、その少年は腹に蹴りをいれられ吹き飛んでいた。
だが、それで充分だった。
男は急いで彼女の方に向き直る、と同時に剣を投げ捨てる。
空では大気が悲鳴を上げていた。星の如く光る光球。その1点に膨大な魔力が収束していく。スターライト、巨大な魔力球が隕石となり降りかからんとする。
そう、其は
「スターライト・ブレイカーぁぁぁぁ!!!!!!」
(side???)
危なかった………
今は、先ほどの場所からかなり離れた人気のない山奥を自動車道に沿って走っている。
こちらの魔力は既に尽きていた。対してあの少女はあれだけの砲撃にも関わらずまだ余力があったように見える。あの双剣を避けられていたら、手は無かっただろう。
場所、時間帯が良かったというのも大きい。
たかだか、20前後に見える少女にこれほどの力があるとは、驚愕も通り越して呆れが入ってくる。管理局というのはこんな化け物揃いなのだろうか?
残る勝因は経験の差だった。
片方は才能などなく、常に格上や、異質な能力を持った相手との戦闘を強いられてきた戦士。相手に切り札を使われたらそこで終わりだったかもしれない事など、使われて死にかけた事などいくらでもある。そう、エースを出させない。それが衛宮士郎の戦い方の1つだった。
片方は天才といわれ常にトップを走り続けてきた少女。ここ数年では模擬戦を除けば同格、または格上の相手と戦ったことは片手の指で事足りる。
そういった2人の生い立ちの違いが、今回はこの男に勝利をもたらした。
(しかし、私の運の悪さは折り紙つきだな………)
管理局と相対することになってしまうとは。そう皮肉めいた笑いを浮かべ、考え事をしながら走っていると何かが見えた。
若い少女が倒れていた。
ガードレールがひしゃげ、向こうにはバイクが炎上している。
「交通事故か!」
男は彼の正義を行うため、闇に浮かぶその灯をめがけ駈け出して行った。