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[41005] 【習作】えみやさんはようせいさん、なのです(艦これ X Fate)
Name: かえで◆eb5dd369 ID:9a1078fe
Date: 2015/02/21 02:54
凪いだ海に轟音が鳴り響く。
海上に着弾した砲弾が水柱を上げ、その飛沫を浴びながら一人の少女が水上を走る。
表情に焦燥を浮かべ、狙いを絞らせない様に蛇行を繰り返す。

彼女は見た目こそ可憐な少女ではあるが、身に付ける物は物騒の一言に尽きる。
艦橋を背負い、連なる鉄の大砲を腰に下げ、それを苦も無く振り回している事から、少女がただの人間ではない事が容易に窺える

逃げ惑う少女を追う一つの異形。
赤黒いオーラを全身に纏い、上部には複数の艦砲、歯型のような頭部を前にせり出し太い腕が目を引く。

異形の名は深海棲艦と言う。
突如として海より現れ、人類に牙を剥いた化け物に人が名付けたものである。
深海棲艦は人の持つ武器では破壊する事はおろか、かすり傷一つ負わせる事が出来ない、正しく人知を超えた化け物であった。

その一種である軽巡ホ級は執拗に少女に追い縋る。
少女が憎いのか、それとも何かを訴えたいのか、化け物は執拗に少女を追い立てた。

少女もまた人間ではなく、艦娘と言う存在である。
彼女達もまた深海棲艦と呼応するかのように海より現れ、深海棲艦と終わり無き戦いを繰り広げている。

艦娘は深海棲艦に対して唯一対抗できる存在である。
と言うのも、人類では歯が立たない化け物を唯一沈める事が出来る存在だからである。

艦娘と言う存在の出現により、人類は再び地球の覇権を握るかに思えた。

だが、海底より無尽蔵に現れる深海棲艦との戦力差は圧倒的だった。
それだけならまだしも、人類は圧倒的な脅威を前にしてもまだ人類同士の争いを止める事が出来なかったのだ。

結果、世界の荒廃は加速度的に進み、滅亡間近になってようやく一致団結した。
それも争うだけの余力と国が無くなった故の結果である。

海域の殆どは異形の化け物で溢れ、人類に残された領域は極僅か。
人類の命運は今や風前の灯と言った風情である。

運悪く人類の勢力圏から外れた海域に生まれてしまった艦娘の名は電。
日本の艦の魂を継ぐ存在、特Ⅲ型駆逐艦の末妹は、今その命を人知れず終えようとしていた。

「このままでは撃沈されてしまうのです……!」

電は戦いを好まない。
しかし、ただ無抵抗に殺されるつもりも無かった。
蛇行を繰り返し、敵の艦砲が体を掠め水面を叩くその刹那、電は横目で敵の位置を確認した。
水飛沫が舞う中、水面を蹴り強引に体の向きを変え、ホ級を正面に捉えた。

(妖精さん、今なのです――!)

主砲に宿る妖精に発射命令を下す。
12.7cm連装砲より放たれた砲弾は、違わずホ級に直撃し炸裂した。

「やったのです!」

喜ぶ電だったが、すぐにその表情は凍りついた。
爆煙の中からホ級が無傷で現れたからである。

「あ、う……」

ホ級の砲塔が、呆然とする電を捉えた。











リボンで結ばれた栗色の髪をたなびかせ、割烹着を着た女性が深い森の中を走る。
彼女がこうも慌てて走るのは、レーダーに敵と味方の反応を同時に捉えたからであった。
最悪な事に両者の距離は近い、艦種までは分からなかったが、下手をすると轟沈させられる恐れがある
だが、彼女自身に戦う力は無い。
だからこそ、戦えるものに頼る為に走っていた。

森を抜けた先には崖がある。
そこには、以前住んでいた者達の残していった機械等が放置されていた。

「ふむ、これならば多少手を加えれば直るかもしれないな」

そこでは群青色の作業着を着た男が座り込み、工具を片手に何かしらの作業を行っていた。





「む――?」

異音に気付き作業の手を止めて振り返ると、女性が森を掻き分けてきた。
ただならぬ様子に訝しげな表情を浮かべ、男は女性へと声をかけた。

「そんなに慌ててどうした。何かあったのかね?」
「レーダーに感あり!! 敵味方共に近い位置に!」

その言葉に瞬時に男の顔が引き締まる。

「方角は?」
「11時の方向、距離およそ2海里から3海里!」

その報告に男は思わず顔を顰めた。
修理はしたが、思った以上にレーダーの反応が悪かったからだ。

「全く電力が足りないか、それともレーダー自体に異常があるのか、さて、どちらかな。それとも両方か」

男は思わず思案に耽りそうになり頭を振った。

「と、そう言う事を言ってる場合ではないな。すぐに向かおう。
君も直ぐに施設内に入ってくれ、まだ他に敵が居るかもしれないからな」
「はい」

女性は小さく頷いた。
それを見た男はもまた頷き返すと、立ち上がった。

「あの、ご武運を」
「ああ、任せたまえ」

そう言うと男は女性を置いて即座に走り出した。

「やれやれ、非常時に彼女を一人で出歩かせるわけにも行くまい。
防衛施設やレーダーの設置よりも先にインフラの復旧を急がねばならないな」

目にもとまらぬ速度で森を駆ける男はそう一人ごちた。














それは咄嗟の事だった。
電は身を捻り、装甲のある背面ユニットをホ級に晒した。
鉄塊が装甲を貫通し、その運動エネルギーで電は吹き飛ばされ、次に火薬が炸裂し衝撃と熱波が襲う。

「あ、ぐっ……」

電は激痛に顔を歪めた。
ホ級の艦砲射撃は電の背部の甲板に直撃。
右側の連装砲は壊れ、誘爆こそしなかったものの、被害は甚大である。
電は苦痛に悶えながらも妖精から艤装の被害状況を拾い上げる。

「こ、航行能力に問題は無し。でも……」

問題は電の武装が通じなかった事だ。
12.7cm連装砲は電の持つ武装の中でも取り回しやすく、生まれたばかりで錬度の低い電が何とか使える物であった。

「連装砲がダメなら魚雷が……」

最大火力である魚雷を直撃させれば、一撃で轟沈させる事は不可能でも、二発三発と束ねればあるいは。
そこで電は息を呑む。

「あ、う……」

電には魚雷を当てるまでの道筋が見えなかった。
魚雷の速度は遅い。
ただ撃つだけでは直撃は見込めない。

ホ級も魚雷を警戒しているのか、必要以上に電に近づこうとはしなかった。
敵艦からすると、このまま適度な距離を保って電を嬲り殺しにするだけで良いだけの話である。
電が踏み込もうとする素振りを見せるとすぐさま回頭。
徹底して電を近づけさせなかった。

(このままでは、何も出来ないまま死んでしまうのです)

また、ホ級の砲火が精度を増した。
ホ級の艦砲が度々電の身を掠める。

苦痛と緊張により機動が単調化し、動きが読まれつつあるのだ。
最早、完全に捉えられるのも時間の問題。

そこに、最悪の事態が発生した。
内部で燻っていた火種が引火。
それによって主機の出力が著しく低下、航行不能状態に陥った。
電の速度が見る見るうちに下がる。
乗組員である妖精が消火に成功したものの、ホ級はその隙を逃そうとはしなかった。

「あ――」

電とホ級の目線があった。
敵艦はこの好機を逃さない。
そう理解し、電が絶望で顔を青ざめさせたその時。
赤光が天より飛来し、目の前のホ級に突き刺さった。

海面を大きく揺らし、その次の瞬間、炸裂。
着弾時を遥かに超える凄まじい衝撃が発生し、思わず電は腕で顔を覆った。

「オ……オォ……」

爆風が過ぎ去った後に電が目を開けると、そこには轟沈寸前のホ級の姿があった。
だが、ホ級はまだ死んではいなかった。
緩慢な動作で主砲を向けようとする様を見て、電は我に返った。
立場が逆転した事を理解した電は即座に妖精に命令を発した。

「主砲発射! 続いて魚雷一斉発射なのです!!」

電の命に妖精は瞬時に答えた。
主砲がホ級の体勢を崩し、そこに魚雷が殺到していく。

「オ、オオオォォオオォォォオオオオ!!」

死の間際、ホ級はおぞましい叫び声を上げ、この世の全てを呪う。

呪いあれ。
全てのモノに呪いあれ。
何もかも汚濁に塗れよ。
お前も、お前も一緒に来いと吼える。

だが、その願いが叶う事はなかった
全ての魚雷はホ級に命中。
死に際の嘆きをかき消し、再び海に静寂が訪れた。

「はぁっ……はぁっ……」

敵艦が完全に沈み切るのを確認し、電はそこでようやく額の汗を拭い去った。
背部の艦橋より妖精が出動し、電と艤装に応急処置を施していく。

「ありがとうなのです」

ちょこちょこと動き回る妖精に礼を告げて笑った。
妖精も初の実戦を乗り越えた事に安堵していた。
電に向かって敬礼すると、すぐさま作業へと戻っていった。

危機を乗り越え、ある程度の冷静さを取り戻した。
そこでようやく電は先ほどの支援射撃について考えを巡らせる事が出来た。
思わず周りを見渡すも、艦娘の影も形も見えない。

「んっと、確か後方から飛来したから」

くるりと電は回る。
遠くに見えるのは島だけだった。

「きっとあそこからなのです!」

ゆっくりとだが、電は島の方へと向けて走り始めた。
きっとそこに、仲間達が居るのだと信じて。















崖の上で弓を携えた男は小さく息を吐いた。

「なんとか間に合ったか」

索敵を続けるも、千里眼を持つ彼の視界内には敵影を確認できず。
そこで初めて男は構えを解いた。
口元に小さな笑みを浮かべ、彼もまた安堵の表情を浮かべていた。

「とりあえずは報告をして安心させる必要があるな。それから迎えに行けばいい頃合だろう」

あの分ではこちらの島に着くまでかなりの時間がかかるだろうと男は見た。

「さて、存分に歓迎しないとな」

今日はごちそうだ、と男は楽しそうに呟いた。



[41005] 02
Name: かえで◆eb5dd369 ID:9a1078fe
Date: 2015/02/23 01:03
電は先の戦闘時の高揚で忘れていた傷が今になってうずき始めていた
全身は煤に塗れ、体の内側もボロボロだ。

「後、少しなのです……!」

幸いな事に、艤装の航行能力だけは失われておらず、全力稼動しなければ十分陸地まで保つだろう。
目の前の砂浜には二人の男女が走ってきているのが見える。
女性の方は電の記録に残されている。

給糧艦間宮。
姿かたちは変われども、電にははっきりと認識できていた。

男性の方はとんと心当たりが無い。
褐色の肌、白髪をオールバックにし精悍な顔を晒した鋭い目付きを持つ男性。
ノースリーブの黒いボディスーツに身を包み、そこから伸びる太い腕はまるで丸太のようだ。
黒塗りの武骨な弓を手に持ち、電の後方を警戒している様にも見える。

男は波打ち際で立ち止まり、間宮はそのまま電の方に向かって走り出した。

(あの弓で何をするつもりなのでしょうか?)

深海棲艦には妖精を介した武器しか通用しない。
人の持つ弓など輪ゴムの銃よりも威力が無いものである。

(気休めでもに刀や銃を所持する人も居るものですし、きっとあの男の人は人間で、司令官さんなのです)

つまりは艦や妖精ではないと電は結論付けた。

「ああ、電ちゃん無事で良かった……!」

そうこうしている内に間宮は電の目の前まで近付き、嬉しそうにその手を取り、電をゆっくりと曳航し始めた。
正直な所、電も限界に近く、間宮の配慮は本当にありがたかった

「間宮さんありがとうなのです」
「良いのよ。今の私にはこれぐらいしか出来ないから」

間宮に手を引かれ、電は砂浜へと上がり、そして男に向き直ると敬礼をして見せた。

「電です。どうか、よろしくお願いいたします」
「私の名はエミヤだ、こちらこそよろしく頼む」
「司令官さんの名前はエミヤさんと言うのですね」

その言葉に、思わず男は難しい顔をし、それを見た電は困惑した。

「えっと、電に何か変な所でもありますか?」
「いや、君に不手際等は無いし、私にその様に畏まる必要も無い」

その言葉を聞くと、電はますます困惑する。

「ですが、電は艦娘で、司令官さんは司令官さんなのです」
「いや、私は司令官ではない」
「えっと……憲兵の方ですか?」

なるほど、と電は頷いた。

(きっと鍛錬中に敵襲の報があって、そのまま弓を持ってきてしまったあわてんぼうさんのですね)

うんうんと電が頷く様子を見て、エミヤは更に誤解が深まったのではないかと頭を悩ませる。

「私は憲兵ではないし、そもそも人間ではない――そうだな、区分するならば装備妖精になる」

「えっ?」

電は一瞬にして思考回路のほぼ全てをショートさせられた
そう、目の前の八頭身筋肉ムキムキマッチョマンは妖精なのである。
二頭身の愛らしい妖精とは似ても似つかない対極とも言える存在だが妖精なのである。

「電ちゃん、気持ちは分かるけど、本当の事なの。彼、装備できるのよ」

間宮はそっと電の肩に手を置く。
それは、とても労わりに満ちていた手だった。
だが、明後日の方を向き遠い目線をしているのが何もかもを台無しにしていた。

「よ、妖精さんなのです?」
「確かに、本当に不本意ながら、今の私は妖精として存在している。何と言うか、我が事ながら認めたくないが。いや、本当に
実際に奴隷扱いや使い魔として召喚された事はあるが、これは無いだろう……!」

うめきながら肯定するエミヤに引く電。
電が思わず引きつった表情をし、自分の妖精と目の前の男を何度も見比べたのも仕方ない事だろう。

彼自身、妖精扱いを受けた事はあるにはあるが、既にそれは遠い記憶の彼方。
穂群原のブラウニーとは彼のあだ名の一つである。

「ああ、そんな目で見ないでくれ、頼む」

エミヤの方はと言うと、凄まじく煤けていた。
何時の間にか現れたのか、男の肩の上の妖精が元気出せよと言わんばかり肩を叩いていた。

「おほん」

と、間宮が咳払い一つ。
場の空気を変える為。
また、話を先に進める為にわざとらしく大きくして見せた。

「さ、話はともかく電ちゃんを入渠させませんと。電ちゃんも疲れたでしょう?」
「む、すまないな、君も疲れているだろうに、変な事に時間をとってしまったな」

ぐいぐいと手を引く間宮にエミヤも頷いた。

「あ、でも、まだ司令官さんに着任の挨拶をしていないのです」
「その事は後で話そう。間宮君、案内を頼む。私は食堂へ向かう」
「ええl修復剤も使ってしまいますね」
「ああ、惜しまず使ってくれ」
「えっ? えっ?」

司令官でもないのに備品を使う決定をしてしまうのはいかがなものかと混乱する電。
去っていくエミヤを尻目に、間宮は握っていた手を離すと、素早く電の後ろに回り、その背を押し始めた。

「ちょ、ちょっと待って欲しいのです」
「まあまあまあまあ」

間宮はにこにこと人の良い笑みを浮かべ、しかしながら強引に入渠施設に押し込んでいった。


















「……気持ちよかったのです」

入居を終えた電は憮然としながらも、思ったままの事を呟いた。
裂傷や打撲、火傷に骨折、痛めた内臓さえも完治しており、体の疲労もさっぱりと取れていたのだ。

「そう、良かったわあ」

にこにこと笑う間宮を思わず電は半眼で見てしまったが、それも仕方の無い事だろう。

「司令官さんに断りもいれずに勝手な行動を取ってしまったのです」

思わず電はため息をついた。

「大丈夫よ」
「大丈夫って、どうしてですか?」
「ここ、司令官居ないのよ」
「えっ?」

電は半眼だった瞳を大きく見開いた。

「見てもらえれば分かると思うけど、ここはもう放棄されてるの」
「で、でも、さっき崖から援護があったのです!
それに、入渠施設だってあるのに――」
「入渠施設なら、ここに来た時に真っ先にエミヤさんが直してくれたわ
それと、きっと電ちゃんを助けたのはエミヤさんの弓ね」
「で、でも、あの位置からこの島まで、2海里ぐらいはあったのに……」
「まあまあ、詳しい話はエミヤさんを交えてしましょう――さ、付いて来て」

混乱する電に間宮は苦笑を向けると、再びその手を取って歩き始めた。













(確かに、ここは放棄されている鎮守府なのです)

落ち着いて周りを見ればそれが分かった。
戦火の後が、まざまざと残っているのだ。
破壊された港に道路、こびり付いた血の跡が生々しい。

「ここよ」

手を引かれて着いた場所は住居区の一つであった。
だが、そこも壁も壊れ、中が露出している有様だ。

「さあ、入って入って」

電が間宮に手を引かれて案内された場所は食堂だった。
凝った内装の食堂ではなく、どちらかと言えば大衆食堂のような場所だった。

「あ、良い匂いなのです」

匂いに釣られて調理場の方に目を向けると、大柄な男があくせくと働いていた。
鍋を振るう様が妙に似合っていると言うか、何と言うか。

「――ってエミヤさん!?」
「ん? ああ、もう来たのか。少し待っていたまえ、もう仕上がる」
「よそいますね」
「頼む」

あれよあれよと席に座らされ、目の前にはとても美味しそうなご飯が準備されていく
チキンライスにエビフライ、キャベツの千切りにハンバーグとポテト、そして極めつけのたこさんウインナー。
いわゆるお子様ランチである。
色とりどりの料理が電の目を楽しませる。

これをあの筋肉のお化けのような男が作り出したのかと思い、ちらりと目線を向ければ、そこにはエプロン姿のエミヤが居た。

「どうかしたかね?」
「い、いえ! なんでもないのです」

さっと目をそらす電。
一度しっかりと見てしまえば違和感など無くなっていた。


そう、恐ろしいほどにエプロン姿が似合っていたのだ。


「色々聞きたい事は有ると思うが、今は腹ごしらえをしてくれ。長い話になるしな」
「……はい」

見当違いな事を言っているが、電はもう訂正する気も無かった。
彼女は考える事を放棄して、目の前の料理に挑み始めた



本日三度目の思考停止であった。







「……美味しかったのです」

食後のデザートを終え、満足気な電を見て、間宮もエミヤ大満足。

「気に入ってくれたようで何よりだ。さあ、これもどうぞ」

そう言ってエミヤは紅茶を差し出した。

「あ、美味しいのです」

三人はしばし無言で紅茶を啜っていたが、人心地つくとエミヤがおもむろに切り出した。

「さて、現状の把握といこうか」

エミヤの言に二人が頷く。

「まずこちらだが、私と間宮君は一ヶ月ほど前に海上に召喚された。
それから何度か敵と交戦しながらこの鎮守府に辿りついたが、その時には既にここは滅んでいた。
何時陥落したのかは知らないが、機能は全て停止していてね。
いやはや、流石に我々も困ったものだ」

そう言ってエミヤは肩を竦めた。

「間宮君も大分酷使してしまってね、消滅寸前だったから入渠施設だけは真っ先に直した。
その後は最低限暮らせるだけのライフラインを確保し今に至ると言った所だ。
君の方はどうだ?」
「電も海上に召喚されたのですが、その――」
「うん?」

そこで電は口ごもった。
言い出しにくいと言うか、思い出したくないのか。
かなり微妙な表情をしていた。

「目の前に深海棲艦が居たのです」
「それは」
「何と言うか」

死んだ目をした電の言葉に思わず目を覆う二人。
軽巡となると駆逐艦よりも性能は一回り上となる。
その上赤黒いオーラを纏うとなると、それはエリート級と呼ばれる上位種。

「召喚直後と言えば魂の格も相当落ちている状態だろうに、よくもまあ生きてここまで来れたものだ」

深海棲艦と言う無尽蔵に出てくる敵に対抗するためか、少ない代償、と言うか自然現象のように召喚される彼女達だが
やはりそれ相応にスペックダウンしている。
元の力を取り戻すにも、それ相応に魂を取り込む必要が有るだろう。

「本当に死ぬかと思ったのです」
「よしよし、もう大丈夫よ」

どんよりと暗雲を背負う電を慰める間宮。
電が落ち着くの待ってから、エミヤは話し始めた。

「さて、これから君はどうする?」
「どうする、とは?」

頭の上に疑問符を浮かべるような表情で電は聞き返す。

「ここは完全に敵の勢力圏内と見ていいだろう。
友軍も居らず、援軍が望めるような環境でもないと私は見た。
かと言って人類の勢力圏がどこまで残っているのか正直分からない。
単艦で彷徨うのも現実的とは言えないだろう」

単艦と言う言葉に反応し、電は思わず間宮を見た

「えっと、間宮さん達はどうするんですか?」
「私達はここを拠点として動こうと思ってるわ。
食糧の備蓄は私が保有している分があるから一時は大丈夫。
深海棲艦は地上の資材は全て持っていってしまったけれど、幸いな事に、地下に隠し倉庫があって、そこに資材があったの」
「全ての資材が尽きる前に防衛施設を復旧と平行して食料を自給できるように準備を始め、それから鉱山や油田、工廠などの設備の修復を始めるつもりだ」

電は少し考える素振りを見せたが、直ぐに考える事をやめた。

「あんまり考える余地が無いと思うのです」
「まあそう言わないでくれ。やはり、本人の意思と言うのは大事だろう?」

がっくりと肩を落とした電にエミヤは苦笑する。

「これからよろしく頼む。君が我々と共に行動してくれるのなら、取れる手段も大幅に増える」
「よろしくね、電ちゃん」
「はい、こちらこそよろしくお願いするのです」

電は間宮が差し伸べた手を取り、そしてエミヤへと視線を向けた。
エミヤも一つ頷くとその大きな手を二人の手に重ねた。
不思議と、電は不安に感じていた心が軽くなったような気がした。



[41005] 03
Name: かえで◆eb5dd369 ID:9a1078fe
Date: 2015/02/27 10:09
「紅茶のおかわりはいかがかね?」

少し緊張していたのか、電は口の渇きを覚えていた。

「いただきます」
「私もお願いできますか?」
「ああ、構わないよ」

二人のカップを受け取ったエミヤを良く見ると、口の端に笑みが浮かんでいるのが見える。
手際よく淹れられて行く紅茶とエミヤの楽しそうな姿を見て、電は家庭的な人なんだな、と思った。
穏かな雰囲気の中、三人はしばし無言で紅茶を啜る。

緊張感が程よく抜けてきた所で、再びエミヤが口を開いた。

「電君、君が手を貸してくれるなら、役割分担をしたいと思うのだが」
「役割分担ですか?」
「現在、私と間宮君付きの妖精がこの鎮守府の復旧に当たっているが、君の妖精も借り受けたい。
この島の防衛施設を最低限修復し、その後は二手に分かれる。この島に残り開発を進める側と、この島の外へ出て探索を行う側とだ。
探索の目的は二つ、艦娘の捜索と物資の調達だ」
「戦力の拡充を優先するのです?」

電の言葉に、エミヤは力強く頷いた。

「油田は外洋の方に有る、何よりも真っ先に確保したい」
「確かに、そうなると哨戒に当たる艦娘は必須なのです」
「そうだ。だから艦娘の勧誘も優先したい。
燃料が無ければどうしようもない。発電機も動かせないし、艤装を動かす事も出来ない。
だが、逆に言えば燃料さえあればどうとでもなる」

一旦逃げ出して再起を図る事だって可能だろうさ、とエミヤは笑った。

「探索に出るのは電ですね」

電はちらりと間宮の方を見た。
間宮は補給艦としての側面が強く出ているせいか、戦闘には向かないだろうと電は思った。

「そうなるわね。申し訳ないけれど、私を戦力として期待しないで欲しいの」
「いえ、探索側に回るのは異論は無いのです。ただ、その、今の電はあまり戦力として役に立たないのです」

肩を落とし、意気消沈した様子の電に、エミヤは心配するなと笑いかける。

「代わりと言ってはなんだが私が同行しよう。君達のように海上での直接的な戦闘は無理だが、支援なら任せて欲しい」

こくりと頷いた電であったが、エミヤがどうやって支援をするのか想像がつかないでいた。

「海上での支援とはどのようなどのような事をしてくれるのですか?」
「それに関しては、まず私の事について話さなければならない。
私は妖精として呼び出されてはいるが、本来ならば君達と同じ英霊の座から召喚された存在だ」

その言葉に、電は思わず目を剥いた。
ただの妖精ではないと思っていたが、まさか英霊であるとは思いもしなかったか
らだ。

「英霊って、エミヤさんは私達と同じように一度死んでいると言う事ですか?」

電の疑問にエミヤは頷いて肯定した。

「でも、能力を貸すってどうするんですか?」
「私は君達と違って受肉をしていない、どちらかと言えば霊体寄りだ。今のこの肉体も仮初の物に過ぎない」

そう言って、エミヤの体が消え去った。
電は突然の事に思わず息を詰まらせ立ち上がり、慌てて周囲を見渡した。
だが、エミヤの姿はどこにも見えない。

「視線を下に向けたまえ。テーブルの上だ」

声がする方へと電が視線を向けると、そこには二頭身になったエミヤが居た。

「えええええええええええ!!??」

匠の技でも不可能な劇的ビフォーアフター。
思わず電は腹の底から叫び声を上げた。

「ああ、電ちゃんはそっちの姿を見るのは初めてだものね。
むしろ私、最初は小さかったエミヤさんしか知らなかったから、大きくなったエミヤさんを見た時、心底驚いちゃったわあ」
「あの時は驚いた所か卒倒しただろう、君」

妖精サイズの姿のままで半眼で睨むエミヤ。
これが普段のサイズならば威圧感もあろうが、今の姿では愛嬌しか感じない。

「話を戻すぞ――私は妖精として召喚されている。君の艤装に乗り込み手助けをしよう。
なに、目の良さなら自信が有るぞ、観測手としても砲手としても期待してくれていい。それと」

エミヤはそこで言葉を切り、元の姿に戻ると間宮へと視線を送った。
間宮は少し悩んでいたが、目を伏せ、小さく頷いた。

「私の持つ技術や経験、それと特殊な能力を君に貸す事が出来る」
「技術と能力、ですか?」
「そうだ。とは言え、これは君にかなりの負荷がかかる。いざと言う時の奥の手と考えてくれ。
間宮君はそれで体を壊し――いや、死にかけた。今もその後遺症が残っている」

エミヤのその言葉に、電は思わず間宮へと視線を向けた。

「外傷は癒えているから見た目には分からないだろうが、神経に異常をきたしている。
艤装と接続するだけなら問題ないが、全力稼動は不可能だ」
「どうして、そんな事に……」

電は間宮を痛ましいものを見る目で見た。
だが、間宮は穏かに微笑んで首を横に振る。

「仕方が無いのよ。だって、そうしなければ私は死んでいたわ」
「君と同じく敵地のど真ん中に落ちたんだ。最初はなけなしの砲でなんとかしていたんだが、途中で弾薬が切れてしまってな。
あの窮地を切り抜けるには使わざるを得なかった」
「でも大丈夫よ。少しずつ良くなってるの。こう言う時、真っ当な肉体じゃなくて良かったと思うわ」
「普通の人間だったら自我の消失も有り得たがね」
「……完治、するんですか?」

深刻な顔をして問う電に、二人は軽く答えた。

「まあ、きっと治るわよ」
「完全に壊れない限り、問題は無いはずだ」

どうにもお気楽な二人に、電は思わずため息を吐く。

「私達は基本的に人より上の性能を与えられているのです。一体どんな事をすればそんな風になるのですか?」
「妖精として艤装に乗り込むのではなく、私が艦娘に憑依する形になる。夢幻召喚と言うシステムらしい」
「らしい?」
「私も全てを把握しているわけではないのさ」

そう言ってエミヤは軽く肩をすくめた。

「あくまで私のスキルや身体能力を貸し与えるだけで、主動は艦娘が優先される。
憑依してしまえば私自身に出来る事は殆ど無いと言っていいだろう」
「あの力は凄かったけど、反動もまた凄かったわ。本当に死ぬかと思ったのよ」
「長期に渡って使い続けたのも原因の一つではあるのだろうがね」
「一睡も出来ずに強行軍でしたからね」
「今思うと良く生きて帰れたものだ」

脱線した話を戻すために、顔を見合わせて笑う二人の前で電は小さく手を挙げた。

「あの、エミヤさんは具体的にはどんな事が出来るんですか?」
「そうだな、論より証拠と行こう」

エミヤが手を掲げ小さく呟くとその手が光る。
発行は一瞬で終わり、その手には黒塗りの弓が握られていた。

「今のは艤装の展開のようなものですか?」
「いや、違う。これは新たに創り出した物だ。収納してある物を出してるわけじゃないんだ」
「創り出すって……」

電としては半信半疑と言った所だ。
エミヤを疑いたくは無いが、創り出したと言われても信じきれない。

「君は魔術師と言う存在を知っているか?」
「魔術師ですか? おとぎ話なんかに出てくる魔法を使う人達ですよね」
「ふむ、おとぎ話か。それが実在すると言ったら、君はどう思う?」
「……電達のような存在が居る以上、居ないとは言えない思うのですが、その」

口を濁す電を見て、エミヤはそこで言葉を区切り考え込んだ。

(どう言う事だ。何故こうも彼女達に知識の偏りがある。
英霊の座に召し上げられたのならば、あらゆる時代の英雄の存在を知る事が出来る筈だ。
なのに、彼女達にはその知識が無い。
もし有るのならば、魔術師の存在に疑問を覚える事など無い筈だ)

眉間に皺が寄りそうになるのをこらえつつ、エミヤは思考を深めていく。

(電君だけではなくも間宮君も魔術師の存在を知らなかった。
最初は間宮君に異常があるものだと思っていたが、電君も知らないとなると話は変わってくる
彼女達は深海棲艦に限定された即席のカウンターとでも言うのか?)

エミヤは思わず眉間に皺が寄りそうになるのをこらえた。

「まあ、おおむねその認識で間違っていない。私は生前、魔術師だった。この弓は私の魔術によって創られたものだ。
ちなみに、あのエリートホ級に一撃与えたのもこの弓で放ったものだよ」

この男、およそ4km先の動体標的を射抜いて見せたというわけである。
電はしばらく考え込んだ後、間宮へと向き直ると真顔で言葉を発する。

「間宮さん、思った以上にエミヤさんがふぁんたじーなのです」
「まあ、エミヤさんでたらめだから」
「君等も大概でたらめファンタジーな存在だからな!?」

エミヤがそう突っ込むも、間宮は遠い目をしたままで、電に至っては半眼でエミヤを見つめていた。

「まったく、規格外の神秘の持ち主達が何を言っているのか。
外付けの魔術炉心をただの燃料で動かすわ、無意識に各種魔術礼装使うわ、多数の妖精との視覚を平気で共有をするわでそちらの方が余程でたらめだ。
初めて見た時は驚きのあまり死ぬかと思ったぞ」
「えっと、そのぉ……?」
「そう言われましても……」
「どういうことか分かっていないようだな」

まるで遠い昔の自分を見ているような気分だとエミヤは深いため息を一つ吐く。
だが、直ぐに意識を切り替えて、真面目な顔をして話し出した。

「君達は存在自体が一つの神秘――魔術の塊のようなものだ。
何せ艦と言う概念が人々の想念によって形を成し、この地に受肉して出てきているわけだ。
しかもだ、軍艦を人間大のサイズに押し込めたものだから出力が規格外にも程がある」

間宮は展開させた艤装を弄りながら頷く。

「それは、まあ、分かります。元の状態よりもかなりの機能がオミットされていたり、制限こそされていますが、艤装のそれぞれがオーパーツと言うか何と言うか」
「けど、弓であの距離を射抜いた上に大破させるとかありえないのです。
まだ投石器を擬人化させた英霊で砲弾ブン投げましたとか言われた方が説得力があるのです」
「大砲でも良いんじゃないのかしら」
「君等は人をなんだと――まあ、良い。それより、電君、私も君に聞きたい事がある」

エミヤは居住まいを正し、電に声をかけるエミヤ。
今までの軽い話と違い、真面目な話をするのだと理解した二人もまた、真剣に話を聞くべく姿勢を正す。

「なんでしょうか?」
「君は英霊の座に召された後の記録はあるかね?」
「いえ、無いのです」

その言葉に、エミヤはついに眉間に皺を寄せた。

「君にも無いのか……思ったよりも不味い状況かもしれないな」
「どう言う事ですか?」

間宮は一ヶ月間エミヤと行動を共にしたが、このような感情を表したのは初めてだった。
どんな苦境の時でも余裕のある態度を貫いていた男がである。
彼女は自分が思う以上に危うい状況に置かれているのではないかと言う不安がよぎる。

「聖杯戦争と呼ばれる儀式がある」
「……聖杯戦争、ですか?」
「七人の召喚者と、彼等と契約した七騎の英霊が聖杯と呼ばれる万能の願望機を巡って殺しあう儀式だ」
「万能の願望機……そんな物が実在すると」

真剣な表情で頷くエミヤからは嘘は感じられない。
間宮は目線で彼に続きを促した。

「その実態は、膨大な魔力を持つ七騎の英霊を生贄に捧げ、聖杯を満たし、その力で魔術師の目的を果たすという儀式だ。
私が知り得る限り、その殆どが失敗に終わっているがね。中には、聖杯から溢れた力で未曾有の大災害を引き起こした例もある」
「それが、私達に記録が無い事とどう関係するのです?」
「世界から与えられた情報を信じるなら、今のこの戦況で轟沈した艦娘が一人も居ないという事はありえない。
私はまだ君達二人しか艦娘を知らないが。間宮君はともかく、電君は比較的召喚しやすい部類のはずだ。
それが何故、消滅時の情報が座に送られていない」

その言葉に、思わず間宮は声をあげた。

「――まさか!?」
「そうだ、座に還るべき記録が無いと言う事は、未だこの世界に何かしらの形で留まっているのだろう。
問題はその膨大な魔力がどこに行ったかだ。この地に留まっているだけならいい。だが――」



――それがもし、聖杯に捧げられるかのように、どこかに溜まり続けていたら?



ヒュッと電が息を呑んだ。
間宮もまた、顔色を失っていた。

「今の状態が人為的なものなのか、または自然発生したものかは分からない。
だが、もしその魔力を悪意有るものが利用したら――或いは、塞き止めているものが決壊したらどうなる?」
「……世界の滅亡すら有り得ると?」

間宮の言葉に、無言で、だが、エミヤはしっかりと頷いた。

「……まだ、そうだと決まったわではないのですよね」

縋る様に問う電。
また、エミヤは頷いた。

「もちろん、今のは全て推測に過ぎない。だが、これから起こる可能性としては十分有り得る話だ。
まあ、心配するな。私はこう見えても何度も世界の危機を救ってきた。今回の件がもしそうだとしても、君達が手伝ってくれるなら何とかなるだろうさ」

そこで、エミヤは笑って見せた。
不安を打ち消すかのような不敵な笑みを。

「そんな……そんな、世界規模の異常に電達の力なんてちっぽけなものなのです……」
「そうだな。だからこそ、私達は仲間を増やさなければならない――君達は、協力し合うことの大切さを知っている。そうだろう?」

俯く電にエミヤは諭すように問いかけながら、自分の記録にある、ただ愚直なまでに突き進む一人の人間の姿を思い浮かべていた。

往生際の悪さとその頑固さは、きっと自分以上だろうとすら思っている。
どんな時でも諦めず、ただひたすらに前へ進むその姿を知っている。
月の裏側で、生前に叶わなかった夢を果たさせてくれ人を。

間宮はじっくりと時間をかけ、情報を咀嚼する。
そして、おもむろに深呼吸をし、気丈にも微笑んで見せた。

「そうですね。時間がどれだけ残されているかは分からないけれど、今から出来る事からやっていくしかないものね」

間宮の言葉に、電もまた呼応した。

「そうです――その通りなのです」

やはり、彼女達も闘う者なのだろう。
語調こそ静かなものの、確かな闘志を感じられる。

「そうだとも。まあ、私がそんな簡単な事を知ったのは、死んだ後からだったがね。どれだけ遠回りをしてきた事やら」
「ふふっ。でも、貴方は見つけられたのでしょう? それはきっと、誇って良い事だと思うわ」
「誇れるものではないさ。本来なら、誰もが知っている事だからな」

もう止めてくれとエミヤは両手を挙げて首を振った。

「さて、もうそろそろ休んだらどうだ? 初戦闘の後に長々と重い話をして済まなかったな」
「いえ、必要な事なのです」
「そうか。部屋は間宮君と同室を使ってくれ。まだ、修繕がきちんと終わってないんだ。間宮君もそれで良いかね?」
「ええ。じゃあ、行きましょう」
「はい。お休みなさい、エミヤさん」
「ああ、お休み」

二人が去った後、エミヤは椅子から立ち上がると、外を目指して歩き始めた。












やるべき事は山積みだ。
どこもかしこも問題だらけで、考えるだけでも頭が痛くなるが――

「さあて、やりがいの有る仕事だ。きっちりと仕上げて見せようじゃないか」

――今はただ、彼女等を守る為に戦おう。



[41005] 04
Name: かえで◆eb5dd369 ID:9a1078fe
Date: 2015/03/02 00:45
エミヤと間宮の手によって料理が皿へと盛られ、それを電がテーブルの上に次々と並べていく。
今日の朝はオーソドックスにご飯に味噌汁、そして焼き魚である。
三人が椅子に座ると、いただきますと言って朝食に手をつけた。

三人とも無言で静かな食卓ではあるが、雰囲気は和やかなものだ。
特に、艦娘の二人は噛み締めるように朝食を口にしている。
折角得た人の味覚をこれでもかと楽しんでいるのだ。
エミヤとしても、自分の料理を楽しんでもらうのが一番のご褒美である。
朝食は終始穏かなままだった。














朝食を終えたエミヤと電は、食堂で向かい合って座っていた。
間宮と妖精達は既に各々の作業場へと移動し、この場に居るのは二人だけである。

「さて、電君にはこれからやらなければいけない事がある」
「はい」

自分にも作業が割り振られるのだろうと思っていた電は、エミヤの口から思いもがけない言葉を聞いた。

「それはずばり、トレーニングだ」
「トレーニングですか?」
「そうだ」

疑問に首を傾げる電に、エミヤはそのまま説明を続ける。

「深海棲艦に対抗する為に艦を人の体まで縮小している。
そのため、君が持つ今までのセオリーは一切通用しなくなったと言っていいだろう」
「……ええと」

電にも思い当たる節はあった。
以前と比べて勝手が違うと初陣の折に感じた。

「サイズの縮小に伴い、砲の射程距離、及びに視認距離の低下が著しい。
この中でも特にまずいのが視認距離の低下だ。これはレーダーを搭載していない君にとって致命的だ」
「うっ……」

思わず呻く電。
その当時、日本ではレーダーは軽視されていたため開発は遅々として進まなかった。
画期的なアンテナが日本で開発されても、国内での反響はさっぱりだった。
それが国外で注目され、発展していったのは皮肉な話である。

「だが、何も悪い面ばかりじゃない。
そもそも、相手も同様に性能が低下しているからあまり問題は無い。
それに加え、艦では有り得ない人体ならではの細かい機動が可能だ。
となると、お互い弾が当たらないわけだ。少数での遭遇戦ならば、自然と有視界での白兵戦が主体となってくるだろう」
「……確かにそうなのです」

電は一拍おいて情報を噛み砕き、それからエミヤの発言に同意した。
その様を見たエミヤは右手の人差し指を立てる。

「そこでだ、君には体の動かし方の経験を積んでもらう。
メニューはここに書いてあるから、それをこなしてくれ」
「分かったのです」

電は手渡されたメモに目を走らせる。
内容はさほどハードなものはなく、どれも難なくこなせるものばかりだ。

「あの、エミヤさん、これだけでいいのですか?」
「ああ、ただし、丁寧に時間をかけてこなしてくれ。
体を鍛えるのが目的ではなく、体に慣れてもらうために行うものだ。
戦闘の際、極限状態で咄嗟に体が動くかどうかは積み上げた経験がモノを言う」

エミヤはそう言い切った後、遠い目をしてボヤいた。

「まあ、中には直感でどうにかしてしまう人物も居る事には居るが、それは例外だ」
「はあ」

複雑な感情を滲ませるエミヤに、電は曖昧に頷いた。
おそらく、過去に超常的な直感の持ち主に出会ったのだろうと電は推測した。

「とにかく、今の君はその辺りがほぼまっさらな状態だ。元々、人間ではないから仕方の無い事ではあるがね」
「……人としての経験を一から築き上げる必要があるのですね」

拳を握り締め、やる気を見せる電。
それを見て、エミヤは僅かに申し訳なさそうにした。

「すまないな、本来なら工廠で自己改造すると言う手段もあったのだろうが、まだそこまで手が回っていない」
「いえ、それだけでは得られないものがあると電も思うのです」

だから気にしないで欲しいと、電は笑った。

「では、早速ランニングに行って来るのです!」
「ああ、先ほども言ったように、軽く流す程度で構わない」
「了解なのです。では!」

そう言って、電は走り出してドアを開け放ち走っていこうとし――

「へぶっ!」

ドア枠に足を引っ掛け、盛大に顔から壁に激突した。
大丈夫か、と声をかけようかとしたエミヤだが、そっと視線を逸らした。
何も見なかった事にしたのだ。

「ううっ……」

エミヤは考え込んでいる姿勢を取り、起き上がりチラ見する電に気づかないフリをした。
転んだ程度では怪我はしないが、羞恥心はあるだろうと考えた彼なりの優しさだった。

「ん、どうかしたのかね?」

さも今気付きましたと言わんばかりにエミヤは視線を電へと向けた。

「な、なんでもないのです!」

そそくさとドアを閉め、走り去っていく電の足音を聞きながら、エミヤは溜め息を吐いた。

「本当に大丈夫だろうか」

彼女の史実はどうだっただろうか、等と考えながらエミヤは立ち上がり、彼もまた、作業に従事すべく部屋を去っていった。





崩壊した鎮守府。
その道路をゆっくりと電が走る。

右を見ても左を見ても、瓦礫の山だらけ。
電は破壊し尽くされた惨状を見て、内心痛々しく感じていた。
羞恥に火照っていた顔も、もう熱を失っていた。

正門まで走り、折り返そうとした所で、ふと、門が開いているのに気付いた。

「あっ――」

何か感じ入るものがあった電は、そのまま門を走り抜けた。
舗装された道路から逸れ、森の中を散策するかのように彼女は進む。

自然に包まれたこの場所で、電は静かに目を閉じた。

どこからか、鳥の囀りが聞こえる。
風に木々が揺られ、梢が触れ合い静かな音を奏でている。
自然の音に心を傾け、電は小さく息を吐いた。

(ここは、生命に満ち溢れているのです)

手をを伸ばせば、そこに太い木の幹がある。
電はそれをそっと撫でる。




――以前は遠目にしか見る事が叶わなかったが、今はこんなにも近くに有る事が、無性に嬉しかった。



瞳を開けて、電は木々を見渡す。
緑溢れる場所。彼女は、それを素直に美しいと思った。



――物言わぬ鉄の体のままでは終ぞ知る事は出来なかっただろうそれは、何よりも尊く、愛しく感じられた。



未だ見ぬ姉妹と共に、いずれ山へ遊びに行こう。
この深い自然の中で、皆で穏かな時間を過ごすのだ。
だから、その為にも――


「生きるのです。必ず」


誓いを新たに。
電は拳を握り締めた。
















そうして、鎮守府近辺の防衛網の構築を終え、ついに近海の探索に出る日がやってきた。
艤装の補給を終え、電は海面へと滑り出た。
エミヤは電の艤装に乗り込み、既に待機している。

「さて、準備はいいな、電君」
「はい、大丈夫なのです」

徐々に速度を上げ、島の外へ出ようとしたその時、ふと、視界の端に動くものが見えた。

「あっ」
「間宮君が手を振っているな」

崖の上で、間宮と妖精達が総出で手を振っていた。
必ず帰って来るようにと、祈りをこめて。
電もまた手を振って答えた。

「期待には答えなければな。どんな事があっても必ず生きて帰るぞ」
「はい。電にも絶対にやりたい事ができたので、死ぬわけにはいかないのです」
「そうか、なら、私も手を尽くすとしよう」
「よろしくお願いするのです!」

素直な子供と言った風な電を、エミヤは思いの外気に入っていた。
彼女は未熟ではあるが。彼が重視するのは力の有無ではない。
彼女のその心の在り方、優しさを認めていた。

「なに、私がついているんだ、大船に乗ったつもりで居たまえ」

エミヤの言葉に、電はクスリと笑った。

「でも、船に乗っているのはエミヤさんなのです」
「む、これは一本取られたな」

一瞬の後、思わず二人は噴出した。

「なら、大船に乗ったつもりで居させてくれるかな?」
「はい、任せて欲しいのです!」

そう言って電は速度上げて水平線へと向けて走り出した。









不安はたくさんあるけれど、今はただ、出来る事を精一杯やろう。
そうすれば、きっと――

「電の本気を見るのです!」

――いつかまた、みんなと一緒になれると信じて。



[41005] 05
Name: かえで◆eb5dd369 ID:9a1078fe
Date: 2015/03/07 02:10
電は周囲に気を配りながら海上を進む。
エミヤは電の砲塔の上に立ち索敵をしている。

出港より二日経ったが成果と呼べるものは無かった。
ちらりと、エミヤは横目で電を盗み見た。

単艦での行動に緊張を強いられているせいか、電の顔に疲れが見て取れる。
エミヤの目の良さを頼りに進み、深海棲艦を避けて進んできたものの、あまり思わしい状況とは言えないだろう。
どこかで一度休憩させる必要が有ると彼は判断した。

「電君、そろそろ休憩にしよう。ちょうど、あそこに島が見える」
「でも……」
「なに、君の焦りは分かるつもりだが、こればかりは運だ。
私と間宮君も君に出会うまで一ヶ月かかったんだ、あまり気を張り詰めても仕方が無い」
「……はい」

エミヤの提案に電は渋々ながら頷き、島へと進路を変えようとしたその時、エミヤが険しい声を出した。

「電君、8時の方向、深海棲艦が三隻だ――まずいな、一隻は魔力放出しているエリートタイプか」
「魔力放出ですか?」
「ああ、君も戦った事があると思うが、赤いオーラを纏っているタイプだ。
驚いた事に、アレは常時魔力を放出して自身の耐久を底上げしている。艦種によってはこちらの武装は通用しないだろうな。
――あの魚のような形状、駆逐イ級か」
「どうしましょう?」
「まだこちらには気付いていない。少々迂回して島へ向かおう。出来ればやり過ごしたい」
「了解なのです」

電が舵を切ったその矢先、島の影から更に二隻の深海棲艦が出現した。
その二隻は速度を上げ、一直線に電達の方へ向かっていた。

「これは参ったな。どうやら、気付かれたようだ」
「えっと、あの!?」
「エリート級の方もこちらに気付いたようだな。このままでは挟み撃ちにされるな」

混乱している電に代わり、エミヤは極めて冷静に戦況を分析しようと務める。

「はわわ……ど、どうしましょう!」
「目の前の二隻を先に叩く。幸いな事に、奴等は通常の駆逐イ級のようだ。こちらの主砲でも十分通用するだろう。
射程内に入ったと同時に砲撃を開始しよう。タイミングは電君に任せる」
「はい!」

時間との勝負だ、とエミヤは口の中で呟いた。
砲塔の上に座し、狙いを定める。互いに射程圏は同じ。否が応でも緊張が高まる
イ級が口を開き砲を向けたその刹那――

「撃ぇ!!」

――電の12.7cm連装砲が火を噴いた。

エミヤの一射は寸分違わずイ級の口内へ直撃。
盛大な爆炎をあげて海の藻屑と消え去った。

「やったのです!」
「喜ぶにはまだ早い、敵の反撃がくるぞ!」

もう一隻のイ級が電の再装填の間を縫って反撃。
同時に応射を警戒してか、回避運動を取り始めた。

「この程度なら問題ないのです!」

電は僅かに体を傾け回避。イ級の進行方向の先へと進路を向け加速する。
イ級の砲撃は海面に着弾し水柱を上げた。

逃げ回るイ級。追う電。
イ級の狙いは明らかだ。援軍を待っている。
有効射程距離間際の差し合いは電が制しているものの、目の前のイ級は未だ継戦能力を有している。

「なんとか先に仕留めたいが――奴め、溢れた魔力を推進力に変えているな、予想以上に速い!」
「回り込まれているのです!」

後方より赤いオーラを纏ったイ級が迫る。
なんとかして陸地に辿り着き、エミヤを下ろしたい電であったが、深海棲艦がそれを許さない。
二隻の深海棲艦は連動して電を追い立て、島への上陸を阻み続ける。

「なるほど、どうあってもここで我々を仕留めるつもりらしいな」
「後方の二隻と合流されたら手がつけられなくなってしまうのです!」

エミヤは平静な顔を装いながら砲撃を開始、電は焦りを滲ませながら回避運動を取り続ける。

「厄介な。こちらの砲撃にとことん割り込んで来る気か」
「エミヤさん、多少無理してでも島の方へ向かった方が」
「ダメだ」

電の提案を最後まで言わせず、エミヤはぴしゃりと遮った

「奴等の狙いはそれだ。陸上に向けて攻撃できる手段が乏しい。故に、海上でこちらを仕留めたい。
無理に突破しようものなら、こちらが轟沈されかねん」
「でも、このままじゃ――雷跡!?」

そう言いながら電が回頭した視線の先。
海面に独特の航跡を残し進む影。
それは扇状に拡がり、電へと直進している。

「三方向からの同時雷撃か!?」

後方に位置していたイ級も追いつき、電へと魚雷を放っていた。
回避は不可能。
最早、二人の命運は尽きたかに見えた。
だが、彼等はまだ諦めていない。

電は歯を噛み締める。
打開策を見出そうと思考を加速させる。
海上へと飛び上がった赤いオーラを纏うイ級を見たその瞬間、電に一つの閃きが生まれた。

瞬時に配下の妖精に指令を飛ばし、艤装の出力を上げ始める。
際限なく追加されていく燃料を魔力に換え、電は空を睨む。
――そう、二次元的な動きでダメなのなら、三次元的な動きをするまで。

「エミヤさん――!」
「電君――!」

同時に互いの名を呼び合う二人。
どちらの心も折れては居らず、瞳には強い意志を感じさせる光があった。

「――跳びます!」
「奥の手を使う――なに、跳ぶ?」

電の突拍子のない言葉に、思わず素で聞き返したエミヤ。
背部の主機が唸りをあげ、凄まじいまでの魔力が迸る。

「ま、待ちたまえ!」

エミヤは慌てて電を止めようとしたが――遅かった。

「いっ――けぇぇぇ!」

電の声と共に脚部を中心に魔力が爆発的に放出。
その瞬間、海面が爆ぜた。

「はわっ!?」
「うおおおぉぉ!? 総員、何かにつかまれぇぇぇ!」

妖精達からすると、唐突な浮遊感。
電からすると予想以上の推進力。
電は縦に回転しながら弾かれたように空へと舞い上がる。

「はわわわっ」

どちらが上で、どちらが下か、回る視界の中ではそれが分からない。
電は平衡感覚を失いながらも、必死で現状の把握に努めようとした。

だが、海も空も青く、今の電にとっては空が海に見え、海が空に見える。
視線をくまなく周囲に走らせ、その甲斐あって逆さまになった島が彼女の視界に入った。

(島があちらなら、空がこっち。だったら――!)

周り続ける視界の中で、映った島を目標と定め、海面までの距離をおおよそ把握して見せた。

「このままじゃ頭から突っ込んで転覆してしまうのです!」
「なんとか足から着水するんだ、後は妖精の加護を祈れ!」

そこで電は足を大きく振り、あえて更に回転を早めた。
電は右足の爪先から海中に没する事無く着水。
電の祈りに応じ、妖精が発生させた不可視の力場が衝撃を和らげるもその反動は凄まじく
盛大な水飛沫を上げながら海面を滑り、つんのめるように何度も跳ね回る。

艤装が軋み、電もまた、過大な負荷に苦しむ。
彼女は胃からせりあがって来たものを吐き出すまいと堪えた。

「バランスが――!?」
「横転だけは避けろ、加護が失われるぞ!」

腕を振り、足を入れ替え、懸命に体勢を立て直そうと電は足掻く。
その間も主機は回り続け、莫大な魔力を生み出し続けていた。
それに気付いたエミヤが電へと叫ぶ。

「力を抑えてもう一度跳ぶんだ! 残りは姿勢制御に回せ!!」

崩れた体勢のまま再度跳躍。
背部の重量物に重心を持っていかれそうになるも、電は寸での所で制御して見せた。
海面が迫る。力場を形成し二人は着水に備える。

「両足で着水だ! 立ち上がりに注意しろ!」
「はいっ!!」

両膝を曲げ、立ち上がろうとするその間際、エミヤが再び叫ぶ。

「回せぇ!!」

着水の瞬間を狙い、イ級の砲塔が向けられるのを読んでいたからだ。
着水した際の勢いに加え、電は更に加速、敵の砲弾を置き去りにして突き進む。

「また雷跡がっ!」
「速力で振り切れ! 抜けると同時に敵の砲撃が来る。迎撃は私が行う。君は前方のイ級を目指せ!!」
「はいっ!」

エミヤは手短に要所だけを告げ、後方のイ級に対して砲塔を回し意識を集中させた。
加速を続ける電にイ級の魚雷は届く事無く、白い航跡を残していった。
それと同時に後方のエリートイ級の砲口が光を放つ。

「撃つぞ!」
「――!」

反動に備え、電が身構える。
片足を前に、上半身を後ろへ逸らす。

エリートイ級とエミヤの砲撃は同時。
僅かに振り向いた電に見えたものは、中空で二つの砲弾が重なり爆発する光景。

「やっぱりでたらめなのですぅ――!」
「なあに、電君がガッツを見せたんだ。オレもそれに答えただけだよ――それよりも、前方の中破しているイ級は確実に仕留めたい」

一番の脅威であるエリートイ級の魚雷再装填の隙。
それを逃す訳にはいかないとエミヤは言う。
現在、互いに正面を向いた状態に居る電とイ級。
速力は圧倒的に電が上であり、イ級が逃れる術はない。

「よし、電君、腰の発射管から魚雷を二本抜いてくれ」
「え、あ、はいっ」

慌てて電は魚雷を引き抜きその手に持った。
それを見たエミヤは、短く言葉を放った。

「よし、その魚雷をすれ違い様にイ級に向けて投げてくれ」
「はい――はい?」
「魚雷を、投げろ」

ひゅっ、と腕を振り、物を投げる仕草を見せるエミヤ。
目の前と後方のイ級の砲撃を同時に避けながら、それを横目で見た電は困惑を隠せない。

「愚図愚図するな。奴の魚雷の再装填までもうあまり時間がないぞ」
「ううう……今日は艦として色々と大事なものを無くした気がするのです」
「跳んだ時点で大体無くしている。それに、君はもう艦娘なんだ。そんな余分な物はな、そこいらの海にでも捨ててしまえ」

にべもなく語るエミヤ。
電はその言葉に触発され、大きく腕を振りかぶった。

「もうどうにでもなれなのですーー!!」

電のやけっぱち気味な叫びと共に61cm魚雷がすれ違い様に投げられた。

「本来の使い方とは違うが、今の貴様ならこれで十分だろう!」

エミヤは空中にある魚雷を撃ち抜き、爆破。
中破していたイ級は熱波に煽られた。
そして、弾薬庫に引火。イ級は粉微塵となって海へと消えた。

「これで二隻目。後方より二隻、そして、遥か前方に一隻か」
「あの深海棲艦、なんだか動きが悪いのです」
「意図が分からないのが不気味だが、ここからなら互いに届かん。今は後方の二隻を先に叩くしかないな」

猛然と電の後ろに喰らいついてくるエリートイ級。
その様は怒りに震えている様にすら見える。

「奴に後ろを取られ続けるのは不味いな」
「正面に捉えます。エミヤさん合わせて!」
「了解だ」

電はその場で軽く跳び、強引に身を捻り180度回頭。
後進したままエリートイ級と相対して見せた。
エリートイ級の口から砲塔が覗く。

「やらせん!」

エミヤの狙い済ました砲撃は直撃するも、効果は認められず。
繰り返される砲撃を意に介さず、エリートイ級は強引に電との距離を詰めようとしていた。
砲塔が口の奥に引っ込んだを見て、電は魚雷を放つつもりだと確信した。

「本命はこっちなのです!」

機先を制し、電は魚雷を集中射。
その全てはエリートイ級へ吸い込まれるように殺到。
魚雷の爆発によってバブルパルスが引き起こされ、エリートイ級は胴体から真っ二つに割られ轟沈。

主戦力であったエリートイ級の轟沈により戦況は一変。
エリートイ級に追随してきたノーマルなイ級はエミヤの砲撃によって真正面から叩き潰されるという無残なものになった。

「さて、後もう一隻だな」
「でも、なんだか様子が変なのです」
「ふむ……」

慎重に最後のイ級へと向かう二人。
だが、イ級は電の方を向いたまま、微動だにしなかった。

「どうしたものか」

思案顔のエミヤに、電は驚くべき提案をした。

「あの、深海棲艦と接触してみようと思うのです」
「なに?」
「だって、あの深海棲艦からは敵意を感じないのです」
「いや、しかしだな」

渋るエミヤに、電は真剣な眼差しで頼み込んだ。

「お願いします」
「ああ、分かった分かった。君にそういう目をされると弱い。
ただし、私が危険だと判断したら迷わず撃つ。良いかね?」
「はい、ありがとうございます!」

喜色を浮かべる電に、エミヤは仕方が無いとばかりにため息を吐いた。
だが、顔には呆れではなく、苦笑に近い表情が浮かんでいた。



[41005] 06
Name: かえで◆eb5dd369 ID:9a1078fe
Date: 2015/03/15 01:02
「ようやく見えてきたのです」
「何とか無事に戻ってこれたようだな」

エリートイ級率いる艦隊との交戦を終えた彼女等は真っ直ぐに鎮守府への帰途に着いた。
その甲斐あって、二人は一日で帰投を果たした。

だが、電自身に被弾は無かったものの、その被害は甚大だった。
無理な機動の連続により艤装にはガタがきており、電の身体もまた内側に傷を負っている。
特に脚部の傷が深く、既に感覚が麻痺しつつあった。

交戦の際に拿捕したイ級は何をするわけでもなく沈黙を守っている。
否、拿捕と言うよりもイ級自らが望み、大人しく着いて来ているように見える。

不気味と言えば不気味だが、何故か電は負の感情を持つこともなかった。
むしろ、どこか懐かしささえ感じていた。

島が近付くにつれ、海岸の様子が鮮明になっていく。

「あっ、間宮さんが……」
「……固まっているな」

二人の帰還を察した間宮が出迎えに来ていたのだろう。
その彼女は大きく手を挙げ、笑顔のまま凍りついていた。
それも無理のない事だろう。

「やっぱり、そうなりますよね」
「そうだな。何しろ不倶戴天の敵であるはずの深海棲艦と共に帰投したんだ。
意識の一つや二つ、持っていかれた所で不思議ではないだろうさ」

砲塔の上でエミヤは小さく肩を竦めた。

「さて、どう説明したものかな」











「それで、一体どう言う事なのか説明していただけますね?」

間宮は砂浜に着いた二人を出迎えるのもそこそこに、電の背後に居るイ級を警戒しながら二人を問いただす。

「二人が意味も無くこう言う事をするとは思いません。ですが――」
「まあ、待ってくれ」

元の姿に戻ったエミヤが手で制し、電へと視線を向ける。
それだけで察したのだろう。
間宮は小さく頷き、電を入渠施設へと連れて行った。

ある意味、エミヤはしれっと電を生贄に捧げたようなものだが、それはそれ。
彼には二人が居ない内にやらねばならない事があった。

「さて、二人が行っている間に私の方で少し調べてみるか」

海上で調査をするには、妖精化したエミヤでは不可能であったし、何より負傷した電の容態の方が気にかかった。
調査をするにあたり万が一が有ったとしても、彼は陸上ならば深海棲艦に後れを取る事はそうはない。
それ故、今まであえてしなかった事を、二人が居ない内にやってしまおうと彼は考えた。

イ級の装甲に手を触れ、エミヤは小さくつぶやく。

「――――同調、開始」

エミヤは解析を得意とする魔術師であった。
手の平から魔力を走らせる。
外装から内側へ、彼は様々なものを読み取っていく。

「……やはり、深海棲艦は変質した呪いそのものか」

無念。後悔。憎悪。悲哀。憤怒。
様々な思いがヴィジョンと共に浮かんでは消える。
そのイメージは一つ二つではない。
ただ、共通して言える事は、そのどれもが目も当てられぬような悲惨なものであった。

目を閉じたまま、彼は更に内部へと意識を向ける。
怨念と憎しみが渦巻くその最奥、深い悲しみが揺らいでいる。


「……なんだ?」

――光が見える。
僅かに見えるその姿は少女のようだ。
身形は電と同じぐらいだろうか。
手足には闇に侵され変色し、異形と成り果てている。
絡みつく闇から身を守るように小さく膝を抱えるその姿は、今にも消えてしまいそうだった。

「――――」

ふと、エミヤと少女の目が合った。

「……こちらを認識できていないのか」

だが、彼を見る彼女の目は、その実何も映していない。
既に心が壊れてしまっているかもしれないとエミヤは当たりをつけた。

「電君に似ているな――む?」

電の名を聞いた瞬間、少女が僅かに反応を示した。
それと同時に絡み付いていた闇が蠢く。
そこで一度、エミヤは解析を打ち切った。
以前、彼が対峙した事のある凶悪な呪いの塊と同種の気配を感じたからだ。

「厄介な。囚われているとでも言うのか」

イ級に触れていた手を離し、エミヤは顎に手を当て考え込もうとしたその矢先、電の言葉が背後よりかかる。

「なにをしているのです?」
「電君か。深海棲艦の事を調べている最中だ。君の方はどうだ?」
「足に痺れが残っていますが、問題ないのです」
「そうか。だが、無理をするのは良くないからな、遠征は完全に治り切るまで控えた方が良いだろう」

その言葉に電は頷き、エミヤの横へと並び立った。

「なにか分かりましたか?」
「そうだな……」

ここで少し、エミヤは考え込んだ。
この深海棲艦の中に、電に似た少女が居ると告げるべきかどうかを悩んでいた。

「……どうしたんですか?」
「――君には話すべきなのだろうな」

一度頭を振ると、エミヤは深海棲艦の中に電に似た少女が見えたと告げた。
その言葉を聞いた彼女は、彼が先ほどしていたように、イ級の装甲へそっと手を添えた。

突如、イ級が悶え苦しみ始めた。

「――――えっ?」

電が大きく目を見開く。
だが、それはイ級の異変によってではない。
イ級の内側に、彼女の姉である雷を感じたからだ。

雷は今、苦しんでいる。
電に触れられた事により一時的に正気を取り戻したが、呪いがそれを許さない。

「――――――!」
「雷お姉ちゃん!」

少女の声にならない悲痛な叫びと共に、イ級の姿が崩れて行く。
泥となり、球状の塊となって宙を漂っている。
あれは人を侵し、狂わす魔のものであると、一目で分かる邪悪さを放っている。


そこに、電は迷う事無く腕を伸ばす。


「ぐっ――づぅぅ!」
「電君!」

呪いは電の腕を焼き、更には電自身を取り込もうと蠢く。

「あああああ!!」

両腕を奥へ。奥へ。
黒の飛沫が舞い、電の顔を焼く。

「無茶をする!」

そこに、エミヤもまた腕を差し入れた。
死に誘う呪いが彼を焼く。
長期に渡り浴び続ければ、霊体に近い彼には死に至る毒だ。

――きっとこの少女は止まらない。
なら、共に前に進むしかないのだろう。

苦笑を浮かべるエミヤ。
だが、彼もまた呪いを受けたのは一度や二度ではないし、果てには人々の呪いを一身に背負い死んだ者。
この程度の呪いに、そう易々と屈しはしない。

「と……どけぇ!」

狂ってしまいそうなほどの痛みに耐え、電はひたすらに呪いを掻き分ける。

「あ、と少し……!」

二人の腕の感覚が無くなっていくが、そこから更に、二人は一歩前へと突き進む。
そして遂に、二人は雷の手を掴んだ。

雷を強引に引き抜くと同時に、呪いが三人へと降り注ぐ。
地に倒れ付した電と雷は気絶している。エミヤもまた無手のまま二人を庇う様に立っている。
このままでは三人とも闇に飲まれ、その命を失うだろう。
だが――

「――投影、開始」

――エミヤの剣によって、闇は切り裂かれた。

エミヤが両の手に生み出すは陰陽の双剣。
陽剣・干将、陰剣・莫耶。
彼によって魔除けの文句が刻まれた、守りに優れた宝具である。

魔を切り裂き、油断無くエミヤは消え去りつつある闇を見据える。
コールタールのようなソレは海へと向かう。
そして、海に触れると同時に泡となって消え去った。

後に残されたのは全身を焼かれた三人だ。

「何事ですか!?」

間宮が施設より慌てて走ってきているのが見える。
片づけを終え、様子を見に来て見ればこの惨事である。

「どうやら深海棲艦の中に艦娘が囚われていたらしい。
すまない間宮君、部屋の準備を頼む。彼女達をちゃんとした所で寝かせたい」

道理で大人しかったわけだ、とエミヤが溜息と共に呟いた。
そして、気絶している二人を抱え、エミヤは歩き始めた。
宿舎に入るその前に、エミヤは険しい顔をし、僅かに振り向いた。

「あの方角――まさかな」

エミヤは一度目を伏せると、何時もの表情へと戻っていた。













雷はどれだけの時間をまどろみの中揺蕩っていたのだろうか。
彼女が目を覚ますと、見た事の無い部屋に寝かされていた事に気付いた。

「――?」

ふと、雷は温かなものを手に感じた。
目を向けると、彼女の手は知らぬ誰かによって握られていた。
視線を大本へと辿っていくと、そこには自分に良く似た少女が眠っていた。

「電……?」

安らかな寝息を立て、安心したかのように眠る電。
空いた手で、雷はそっと電の頬を撫でる。


――ああ、私は帰ってこれたのだ。


愛おしさに突き動かされ、雷は優しく電を抱きしめた。
ふと、雷は、電が身じろぎしたのを感じた。
電も目を覚ましたのだろう。

「電……」
「雷お姉ちゃん……」

電の存在を確かめるように抱く雷。
電もまたそれに答えるように抱き返す。
言葉も無く、ただ二人は互いの無事を確かめ合った。













エミヤと間宮はその様子をこっそりとドアの隙間から覗いていた。

(今はそっとしておこう)
(了解です)

ひそひそと二人は耳打ちをしあい、足音も無く去っていった。

――ここも、少しずつ賑やかになるのだろう
間宮はそう思うと、無性に嬉しさがこみ上げてきた。

二人が向かう先は食堂だ。
きっと、あの姉妹はお腹を空かせてやってくるに違いない。

その時、彼女達の無事を祝って最高の料理で持て成すのだ。
足取りも軽く、間宮達は廊下の向こうへと消えていった。



[41005] 07
Name: かえで◆eb5dd369 ID:9a1078fe
Date: 2015/03/29 00:40
電と雷の二人は互いの温もりを確かめ合うように、長い間抱き合っていた。
だが、そうしている内に、どちらからともなくお腹を鳴らした。

「……ぷっ」
「……あは」

電と雷は思わず顔を見合わせ笑いあう。

「あーあ、なんだか安心したらお腹が空いてきちゃった」
「うん、じゃあ、食堂に食べに行くのです」

電はそう言って雷の手を引いた。
だが、それに雷が待ったをかける。

「んー、でも、先に着任の挨拶を先にしないと。
ああでも、今ってもう深夜よね? 提督もお休みしてるだろうし、食堂も閉まってると思うんだけど」

疑問を口にする雷に、電は首を振る。

「大丈夫なのです」

おそらく、あの世話焼きな二人組みは、自分達が食堂に来るのを今か今かと待ち侘びているのだろう。
電はそう考えると思わず笑みが零れた。

目の前で微笑む電を見て、雷は一つ息を吐くと、目の前の妹に笑って答える。

「分かったわ。ちゃんと案内してよね」
「うんっ!」

そう言って二人は手を繋いで部屋を出て行った。














「ごちそうさまなのです」
「ごちそうさまでした。ああ、美味しかったわあ」

満足そうに笑う二人に、エミヤと間宮は穏かな笑みを返す。

「お粗末様でした」
「いい食べっぷりだったな。そう喜んでくれるのなら、こちらも作り甲斐があるというものだ」

出された茶を啜りつつ、しばし四人は食後に寛いでいたが、いくらかすると雷が電へと視線を送った。

「それで、事情を説明してくれるのよね」

電はエミヤと間宮に目線で問い、それに二人は頷いた。

「ああ、では私から説明させてもらおう」

エミヤは雷に、この地域から人類は既に撤退しており敵地の真っ只中である事。
それ故に補給の当てが無い事。
そして自身の特異性、世界が危機に陥っている可能性が高い事を包み隠さず話した。
雷はそのどれもに驚愕していたが、その中で最も驚いたのが――

「うん、色々と驚いたけど。一番驚いたのは貴方が妖精ってことよね」
「ああ、うん、オレも、もうその反応には慣れてきたよ」

流石に三度目ともなるとエミヤにも耐性が出来ていた。
だが、それでも彼の心にいくらかの傷をつけたのあろう、微妙に背が煤けている。
過去に盛大に驚いた間宮と電は、エミヤからそっと視線を逸らした。

「えっと、あの、ごめんね。悪気は無かったんだけど、どうしても、その」
「いや、いい。君の気持ちも分かる。私自身、そう信じられるものではなかったしな」

フッと笑うエミヤだが、笑みが微妙に引きつっている辺り、耐性は出来ても、心の傷は地味に抉られていっているようだ。
それを感じ取った雷は、なんとか状況を打破しようと思いついたままに言葉を放った。

「あ、でも、ほら、マスコットみたいで私は可愛いと思うわ。ねー?」

可愛らしく自身の乗組員である妖精に語りかける雷。
だが、雷のその言葉は逆にエミヤの心を更に抉った。
彼女に悪気は無い。無いのだが、無いだけに皮肉を言う事もできない。
今のエミヤは打たれるままのサンドバックだ。

「いいんだ。無理をしなくても――」

手を振りながら気にするなと語ろうとするエミヤ。
ふと、彼の頭によぎるものがあった。

「魔力不足、三頭身――正義の魔法少女のマスコット? うっ、ダメだ、頭が……!」

なにやら別の世界の記録が過ぎったせいなのか、それとも拒否反応なのか。
エミヤは頭を抱えてうめき始めた。

そうなると、慰めようとした雷は慌て始め、傍観していた二人も逸らしていた視線をエミヤへと向けた。
三人はエミヤに労わりの声をかけようとしたが、それよりもエミヤの復活の方が早かった。

「いや、大丈夫だ。なにやら嫌な記憶を思い出しそうになっていただけだ。別に君達のせいなどではない」
「でも――」
「本当だとも。それより雷君、君に聞きたい事がある。嫌な思いをさせてしまうが、質問をいいかね?」

眉間を揉み解し、エミヤは真剣な表情で雷へと向き直る。

「ええ、大丈夫よ」

それに雷は頷き返し、彼女もまたエミヤへと体を向けた。

「では一つ目、君に深海棲艦だった時の記憶は」
「……あまり無いわ。朧気ながら、そうであったと分かるぐらい」

ふむ、と一つ相槌を打ち、エミヤは更に続ける。

「では次に、君が囚われる前の記憶はあるかね?」
「……無い、わね」
「……そうか」

エミヤは目を閉じ、思考を纏めるべく集中し始めた。
しばしの間、食堂に沈黙が落ちる。

だが、それも長くは続かなかった。
考えを纏めたエミヤは目を開き、そして自らの考えを口にした。

「私の想像が正しければ、雷君は負の感情を集める為に利用されたと見るべきなのだろうな」
「負の感情を集める?」
「ああ。想念と言うのは力になる。人口が減少し、世界に魔力が溢れている状況ならば、それはより顕著なものになるだろう」

魔術や呪いと言うものに詳しくない艦娘にはピンと来ない話であった。
彼女達が知る魔術の知識は全てエミヤから与えられたものであり、それも断片的なものでしかない。

「えっと、人が減ったから、一人一人の意識が重要になってるって事よね?」
「そうだ。今の世界のシステムは神代の時代に近いのだろう。その上、世界中に深海棲艦と言う化け物が溢れている。
不安を煽られた人々の思いは深海棲艦の存在をより強固なものにし、それによって奴等はますます勢力を広げる事だろう」

頭が痛いと言わんばかりに首を振るエミヤ。
実際、今の現状は詰みに近い。

「星は生きている、故に自意識が有る。その自己を守ろうとする防衛本能が君達を生んだのだろう。
私の方は人類の無意識によって呼び出された存在だ。
だが、我々は本来のスペック発揮出来ない状態にある。これは非常に不味い事態だ」

深海棲艦の手によって星は枯れ果て、その力を失いつつあり。
人類もまた、度重なる戦火に疲れ果て、滅びを迎え入れようとしている。

「……大方、深海棲艦も人類に脅威を抱いた星が生み出したか後押ししたかのどちらかだろうがな。
手に負えなくなってから慌てて梃入れしたのだろうがどうにも遅い。
星も人類も滅び、全てが終わった後に各惑星のアルテミット・ワンが揃い踏み、等と言う事も有り得るな」
「えっ?」

目頭を押さえ凄まじく不吉な発言をするエミヤに、三人の視線が集中する。
三人は全てを理解できたわけではないが、それでもとんでもない事を彼が言った事は分かる。
思わず漏れた失言に、彼は溜息を吐きつつ話を続けた。

「いや、なんでもない。それはさておき、深海棲艦は雷君を呪いに侵し、苦しめる事で更なる呪いを生みださせていたようだ」
「え、でも、今の私は特に恨んでやるー、とか、呪ってやるーとか、そう言う風な感情を持ってたりしないけど」
「君から呪いが分離する際、アレは海へと帰っていった。その際に、あの泥が全て持っていったのだろう。
言わば、今の君は初期化された状態だ。ほぼ廃人と化していた事を考えれば、そこは不幸中の幸いだったのかもしれないな」

不穏当な単語の羅列に、思わず雷が顔を顰める。

「……うう、廃人も嫌だけど、前の記憶が無くなるなんて、なんだか複雑」
「まあ、そう言うな、英霊になればよくある事だ」

そう言って肩を竦めるエミヤだが、表情はいくらか自嘲を含んだものだった。

「話を戻そう。恐らく、あの泥が海面に到達すれば、その呪いがどこかへと集められるようになっているのだろう」
「それって、まさか」

電がエミヤの言葉に目を大きく開く。
間宮もまた、その言葉の意味を察し、眉間に皺を寄せていた。

「深海棲艦を倒しても、再びどこかで生れ落ちる可能性が高い」
「……大本が、あるんですよね?」

間宮の言葉に、エミヤは静かに頷いた。

「それって、セイハイとか言うの?」
「聖杯かどうかは分からないが、基点となってるものがどこかに必ずあるはずだ。
と言っても、何もかもがあやふやで、正直な所、今のも推論でしかない。
なるべく早く現状を脱し、情報を集める必要があると私は考えている」
「同感ね」

同意を示す雷に、エミヤは視線を合わせた。

「それで――」

エミヤが全てを言い切るよりも早く雷は笑って手を差し出した。

「皆まで言わなくてもいいわよう。私も手伝うわ」
「そうか、感謝する」

エミヤは差し出されたてを握り、雷もまた、力強く握り返した。

「では、改めまして」

雷は手を離し立ち上がり、コホンと一つ咳払い。

「暁型三番艦雷よ! これからよろしく頼むわねっ!」

そう言って、雷は快活な笑みを見せるのだった。




























人の手の入っていない無人島。
その奥地に、二人の人影があった。
二人は共通して同じ髪飾り、巫女服のような服装を着込んでいる。
片方は栗色の髪を両サイドで結い、二つのシニヨンを編んでいる少女。
もう一人は黒髪をストレートに下ろしている女性。

栗色の髪の少女は落ち着き無い様子で歩き回り、黒髪の少女はそれを静かに見つめていた。

「ううっ……天龍達や駆逐艦の子達が心配デース」
「……でも、金剛お姉さま、私達が動けば少ない燃料が無くなってしまいますし
何より艤装が大破している私達では足手纏いになりかねません。
今は皆を信じて待つより他ありませんよ」
「それは分かってるネー。でもね榛名、それとこれとはanother questionヨー」

金剛と呼ばれた少女はそう言ってピッと指を立て、再び落ち着き無く身を動かし始めた。

「それは分かりますが……」

そのあまりの落ち着きの無さに榛名と呼ばれた少女は溜息を吐いた。
彼女の仲間達が遠征に行く度に、こうして金剛は何時も心配している。

そうして、再び金剛が歩き出す前に、森の中から声が響いた。

「おおーい、今帰ったぞ!」

数人が茂みを掻き分け、二人が居る場所へと向かう。
その誰もが人間大のドラム缶を担ぎ、危な気無く歩いて来る。
先頭に立つ少女は眼帯で片目を隠し、その上から前髪を垂らしているのが目を引く。

「Wow、天龍! 無事に帰ってきたようで何よりネー!」
「皆さん、ご無事で何よりです」

そこに二人は駆け寄り、金剛は勢い余ってドラム缶を下ろしている最中の天龍へと抱きついた。

「ぐおっ、金剛、テメェ……」
「Oh……嬉しさのあまりについ抱きついちゃったヨ」
「お前ね……まあいい、ちょっと話がある」

そう言うや否や、天龍は金剛の腕を掴み、引きずる様にして歩き始めた。

「あ、ちょっとちょっと、待って、ちゃんと歩くから待って欲しいネー!」
「嫌だね」

にべも無く言い放つ天龍に金剛は諦め、そのまま大人しく引きずられていった。
天龍は全員から聞こえない位置まで金剛を引きずると、その手を離した。

「ふぎゃ!」

そのまま地面へと背中を打ちつけた金剛は恨みがましい目で天龍を睨んだ。

「もうちょっと優しくして欲しいんだけどネー」
「お前がもう少し自重を覚えてくれりゃあな、考えてやるよ」

ジト目で互いを見るが、天龍の方が先に気を落ち着け、話を切り出した。

「真面目な話だ。駆逐艦のチビ共ももうそろそろ限界に近いんじゃないかとオレは見ている。
せめて、あんた等が戦える状況なら精神的支柱にもなれたんだろうがな」

補給も間々ならず先の見えない不安と言うのは重いものだ。
何時敵が現れるかも分からない状況等と相まって、彼女達の精神を圧迫している。

「hmm、それは、申し訳ないネー……」

しおれる金剛に、天龍は首を振った。

「責めてるわけじゃない。あんた等が俺達とチビ共を守りながらここまで連れて来てくれたんだ。それを責めれるわけがない。
ただ、やっぱりオレと龍田だけじゃダメだ。だから――」

天龍はそこで一つ区切り、そして、はっきりとした口調で金剛へ自分の考えを口にした。

「鎮守府に行って、なんとか修復剤だけでも回収して来る」
「それはダメヨ……とてもDangerネ」
「分かってる。でも、このままでもダメだとも思う。
まあ、最初は様子見だ。一度いった時にゃ、人型の深海棲艦で溢れ返っていたからな。
そこにいきなり突っ込むほど馬鹿じゃねえよ。忍び込むぐらいにするさ」
「でも……海上で遭遇戦にでもなったら……」
「まあ、最近は深海棲艦もあんま見なくなってるしよ、案外大丈夫じゃないか?」
「hmm……」

実際に海に出ていない金剛にはそれは分からない。
何より、今の彼女は仲間を失う事を恐れている。
それが彼女を消極的にさせていた。
だが、このままでは事態は好転しない事ぐらいは分かっている。

「まあ、オレ一人で行くわけじゃない。龍田にも一緒に来てもらう」
「……それならno problemかもしれないネー」

龍田が共に行くと聞き前言を翻した金剛に、思わず天龍が肩を落とす。

「……おい」
「龍田も一緒なら、hotになりがちな天龍でもno problem!」
「いやまあ、そうなんだけどよ」

明るく胸を張って言う金剛に、気まずそうに頭を掻く天龍。
天龍自身に自覚が有るだけに、金剛に何も言い返せないでいた。

「チッ、まあいい。とにかく、オレ達は数日後に偵察に行く。あんたはここでお留守番だ。絶対に大破した艤装は使うな」
「……うん。天龍も、無理だけはしちゃダメダヨー」
「分かってるさ。まあ、なんかあったら響に言ってくれ。駆逐艦の中じゃアイツが一番頼れる」
「分かったヨ」

話はこれで終わりだと背を向け、天龍は立ち去っていった。
金剛はその背を見送ると、大きく溜息を吐く。

「情けないネー……」

どうしようもない事だと分かっていながらも、気落ちする心を止められないでいた。
味方の重荷になるなど、あの戦場で自沈した方がマシではなかったかと、そう考えてしまうほどに弱っていた。

「ハァ、本当にダメだネー」

気の迷いを払うように金剛は頭を振ると、天龍の背を追って歩を進めた。
せめて、あの場所に戻るまでは表情を取り繕わなければならない。
金剛はそう思い気を引き締めた。



[41005] 08
Name: かえで◆eb5dd369 ID:9a1078fe
Date: 2015/04/12 18:02
リハビリを兼ねたトレーニングの後。
食事を終えた雷は、両腕を伸ばし机の上でうつ伏せになり、顔をだらしなく緩めて笑みを浮かべていた。

「いやあ、今日のご飯も美味しかったぁ。
人間って良いわねえ。色々と不便なとこもあるけど、この満足感はたまらないわあ」
「もう、雷ちゃん、だらしないですよ」
「まあまあ、良いじゃない。ね?」

穏かな笑みで食器を下げようとする間宮を見て、雷もまた立ち上がった。

「あ、待って、もういい加減に食器ぐらいは自分で下げるわ」
「でも、大丈夫?」
「平気平気。むしろ、美味しい物が食べれて調子が良いぐらいだもん」

満面の笑みで言う雷に、間宮は特に何を言うでもなく頷いた。
全員で食器を持って厨房に入れば、そこには滅私奉公と刺繍されたエプロンを着たエミヤが丁度出て来る所だった。

「む、下げてきてくれたのか。すまないな」
「このぐらいなんともないわ。そんなに心配しなくても大丈夫なんだから。
それより、ご飯にデザート、どれもとっても美味しかったわ。ありがとう、エミヤさん!」
「なに、前にも言ったが、喜んでくれればこちらも嬉しい――さ、渡してくれ」
「ん、お願いします」

全員から食器を受け取ったエミヤは、流し台へと向かう。
その後姿を雷はじっと見つめる。

丁寧かつ素早い手つきで淀みなく洗われていく食器。
水気を切り、布巾でキュッと磨く姿が妙に様になっている。
その光景を見た雷は好奇心を刺激されていた。

「ねっねっ、エミヤさん」
「なんだね?」
「私もキュッキュッてやってみたい!」
「いや、しかしだね」

エミヤとしては病み上がりの雷に無理をさせたくないという気持ちと、家事は自分がやるべきであると言う義務感がある。
決して彼自身がやりたいわけではない。多分。

だが、こうも目を輝かせる少女を見ると、手伝ってもらうのも良いか、と考えを切り替えた。

「一緒にやるか。では、この布巾を使って――」

そう言いつつ布巾を渡そうとするエミヤ。
その彼に、熱い視線が突き刺さる。
そのあまりの熱視線に、エミヤの体が硬直する。

「じー……」

その視線の送り主は電だった。
彼女もまた、過保護すぎる誰かさんによって手厚く労われており、食器を運ぶ以外はした事がなかった。
控えめな彼女はその誰かさんの厚意を無碍にする事も出来ず、自分から言い出すことも無く今まで大人しくしていた。
だが、その均衡も今や雷の手によって崩れた。

「いや……なんだ、その」

視線を彷徨わせ言いよどむエミヤ。
熱すぎる視線は彼を焦がすかのようだ。

電の期待に満ちた視線が逸れる気配は無い。
エミヤは早々に白旗を振った。

「電君もやってみるか? 三人並ぶと少し狭い。私は後ろで見ているから、二人でやってみるといい」
「はいっ!!」

嬉しそうに布巾を手に取る電と、なんだかちょっぴり寂しいエミヤであった。

「きゅっきゅっきゅー」
「んしょ……んしょ……」

楽しそうに食器を拭く二人。
離れた場所で椅子に座り、二人を見ているエミヤ。
何かあれば口を出すつもりだったがその心配は杞憂で済んだようだ。
雷は手際が良く、初めてとは思えないほどに洗練された手つきだ。
電の方はと言うと、少し要領が悪いのか、時折雷に指摘されながら悪戦苦闘している。
二人とも根が真面目なのだろう。丁寧に磨かれていく皿はどれも綺麗にされており、文句のつけようが無い。

「……特に問題は無さそうだな」
「あらあら、残念でしたね、お父さん」

テーブルの向かい側に座った間宮がからかい混じりに笑う。
それを、エミヤは憮然とした表情で言い返した。

「誰がお父さんか。大体、彼女達の本分は深海棲艦と戦う事だ。私はこのような雑事で彼女達の手を煩わせてはいけないと思ってだな――」
「はいはい、そうですねー。決して自分が家事をしたかったわけでもないですもんねー?」
「……無論だ」
「その間が気になる所ですけど。でもまあ、男の人としてはあんな子達が娘だったら良いと思いません?」

楽しそうに笑いあう二人を見て、エミヤは僅かに相好を崩した。

「まあ、悪くは無い。素直で良い子達だしな」

そう言えば、とエミヤは自分の記憶を振り返る。
ノイズのかかったものではあるが、自身の知り合いの女性はどれもこれもアクが強く、彼女達のようなタイプは身近には居なかったように思える。

「ふむ、娘か。確かに、悪くないな」

何度も頷くエミヤに、思わず間宮が苦笑する。

「そう何度も頷いちゃうのはどうかと思いますよ」
「しかしな、知り合った女性は皆逞しかったと言うか何と言うか」
「あー、そんなこと言っちゃうんですか。酷い人ですねえ」

手で口元を隠し、クスクス笑う間宮を見て、思わずエミヤは溜息を吐いた。
そうして一頻り笑った後、間宮は真剣な表情でエミヤに向き直った。

「それで、やはりあの子達には夢幻召喚を使わせないつもりですか?
私としては、事前にいくらか触れておいた方が良いと思いますが」
「私の経験が適応されるのは君が使用した時に分かっている。事前に使う必要も無いだろう」

実の所、エミヤにとって星側の艦娘とは疑わしいものであった。
その上、夢幻召喚を使えばエミヤに出来る事は何も無い。
それ故に、その力を人を害するために使用される恐れすらあると考えていた。

魔力炉心を備え、人を凌駕する能力を持つ存在。
その彼女達が、投影による宝具を持って人に牙を向いたら?
だからこそ、彼なりに彼女達を見極めようとした。

「それに、できればあまり使いたくない手ではある。
地力を伸ばし、夢幻召喚に頼らずともいい状況にしたい所ではある」

その結果、エミヤが分かった事は彼女達が善良であると言う事だった。
だが、彼女達を知れば知るほど、触れ合えば触れ合うほど、彼女達の善良さが彼を苦悩させる。

「それは、侵食を恐れて?」

間宮の問いに、エミヤは重々しく頷いた。

「――そうだ。何かの拍子で私の記憶を彼女達が見てしまうかもしれない。
こんな愚か者の記憶など、幼く無垢なあの子達にとって百害あって一利なしだ」

吐き捨てるようにそう言って、人類の負の側面を永遠に見続け、そのツケを払い続ける男は静かに目を伏せた。
無表情を装うとしているが、付き合いを深めた間宮にはそれがただの擬態なのだと分かってしまう。

出来る事なら、エミヤは自身が矢面に立ちたかった。
だが、海上で行動する術を持たない彼には不可能な事。

湖の精霊の加護を持つ彼の騎士王ならば彼女達と並び立って戦う事も可能だったろうに、何故、私のような役立たずを呼んだのか。
エミヤは内心そう思っていた。

エミヤは近代の英霊であり、現代の戦法や文明等に理解が深い事。
それに加え、生前にレジスタンス、あるいはボランティアとして様々なスキルを持っていたことも、人の体に不慣れな艦娘の支援として呼び出された理由の一つなのだろう。

確かに、後方支援も大事だと言う事はエミヤもよく理解している。
だが、何時だって彼は自らを犠牲にする事を前提に戦ってきた。
その自己犠牲の強さは、自分を助ける為に誰かが危機に陥るぐらいなら、その命を絶とうする事も厭わないほどだ。
そんな彼にとって今の現状は歯痒くてならない。

「この間は軽く話したが、正直な所君に使わせた事を後悔している。
君は見なくていいものを見てしまい、人に対して疑問を持っている。
そして、今もまだ、拒絶反応により君の体は満足に動かない。違うか?」

あの時、電に心配をかけたくないがために間宮はあえて楽観的に振舞い、エミヤもまたそれに乗った。

だが、休む事無く同調を続け、連戦に次ぐ連戦で疲弊した間宮は、そのおぞましい記憶に耐えられなかった。
エミヤとの乖離。その為におきた投影魔術の失敗。
その反動は、彼女を内側から破壊した。

「それは、そうですが」

言いよどむ間宮
だが、彼女はエミヤに伝えなければいけない事がある。

「確かに、体は本調子と言い難く、思うように動きません。
それに、深海棲艦が出るまでも無く、人は遅かれ早かれ地球を食い潰し、勝手に絶滅していたでしょう。
現状を生み出し、あまつさえこのような現状になるまで争いを収められぬ人に対して疑念を抱いた事も確かです」

大きく息を吸い込み、言葉に力を込めるよう、椅子から腰を浮かし、卓から身を乗り出して間宮は喋りだした。

「ですが、あの時に、あの窮地を切り抜ける際に必要だと判断し、使用を決断したのは他ならぬ私です。
私達は人の手によって創られた、人と戦う為の兵器が元になっているんです。
それぐらいの折り合いをつけることぐらい、もう出来ています」

伏せていた目を開き丸くしているエミヤに、間宮は更に言い募る。

「何より、私は、貴方の助力を得られた事を最高の幸運だと思っています。だから――」

貴方が気にする事など何一つ無いのだと。
そう言って間宮は微笑んだ。

「それより、貴方は一人で抱え込みすぎなんです。
電ちゃんにはみんなで協力する大切さをー、なんて言っておきながら、貴方がそんなんじゃ全然説得力ないです」
「ぬっ――」

思わず苦悶の声を出すエミヤに間宮は更に勢いづく。
人差し指を突きつけながら、更に続ける。

「それに、私だっていざとなったら出撃するんです。そんな時に、貴方が力を貸してくれないと、か弱い私は困っちゃいます。ね?」

おどけるようにウインクを一つ。
それを見たエミヤは、

「クッ――」
「あいたっ!」

中指で間宮の額を弾いた。

「そう言うのだったら早く体を治す事だな。全く、デコピン一つで倒れるようなザマで戦場で一体なにをするつもりだ?」
「うぐぐ、おでこが凄く痛いんですけど」
「ふん、怪我人が生意気を言うからだ――だが、そうだな」

呼吸を一つ挟み、穏かな顔でエミヤは口を開いた。

「使うべき状況だと判断したら迷わず使う。それは約束する。必ずだ」
「――はい、二人をお願いします」

力強く頷くエミヤに、間宮もまた頭を下げた。

「ねえねえエミヤさん、終わったよ!」
「ピカピカなのです!」

そこに、満面の笑みを浮かべた幼い姉妹が飛び込んできた。
二人とも誇らしげに胸を張っている。

「ああ、ちゃんと綺麗になっているな。ありがとう」
「えへへ。あ、それより二人とも、なにを話してたの?」

首を傾げる雷。
それに、エミヤは苦笑しながら誤魔化すように答えた。

「まあ、今後の方針についてだな」
「今後のですか?」
「ええ、そうよ。そろそろ雷ちゃんも体に慣れてきた頃でしょう?
だから、どうしようかってお話よ」

間宮の言葉に雷が頷く。

「そうね、体の不調はもう無いし、何時でもいけるわ。けど――」

そう言って少し考え込む雷に、間宮が問う。

「けど?」
「んっとね、人類の勢力圏がどこまで後退してるかとか、深海棲艦の本拠地がどこかとか、分からないのが現状よね?」

その問いに、エミヤが答える。

「そうだな。事前に与えられた情報があまりにも大雑把過ぎてあまり役に立っていない。
星の機能が上手く稼動していないのが原因なのではないかと思うが」
「んー……?」
「と言いますと?」

疑問を浮かべる雷と電。

「深海棲艦の妨害工作だな。
君達を捕獲、あるいは撃沈する際に記憶を奪うのはこちら側に情報を与えないため。
そして、星の力を奪う事により影響力を削いでいるのだろう」

雷は更に首を傾げ、エミヤに問う。

「星の力を奪うってどんな事をしているのかしら?」
「私達がこの鎮守府に辿り着いた時、この島は深海棲艦の手によって霊脈から魔力を吸い上げられ異界と化していた。
魔力と言うのは生命力と言い換えてもいい。それが不足するという事は、土地が死ぬと言う事だ。
幸い、この島が不毛の大地と成り果てる前に解放する事が出来たから良かったが。
それが世界各地で起きているのならば、星の影響力がここまで落ちていると言うのも頷ける話だ」
「……人体で例えるなら、魔力って言う血をいっぱい抜かれちゃって、勝手に輸血パックに蓄えられてる。
それで貧血を通り越して意識が朦朧としてる上に、肉体が壊死し始めたとかそんな感じ?」
「まあ、そんな感じだ。
それで、その持ち逃げした輸血パックを使って深海棲艦が悪巧みをしていると言う所だ」
「むむ、それって結構一大事?」
「かなり一大事だ。奪われた魔力を取り戻さねばこの星が死に、植物が育たず人が死ぬ」
「んー、ピンチ?」
「とてもピンチだ」

どこか冗談めいたやり取りをしながら真顔で頷きあう雷とエミヤ。

「情報量が少なく曖昧な理由は分かったわ。敵の本拠地が分かれば奇襲とかできたのにって思ったんだけど」
「味方との合流も楽だったんですけどねー。多分、情報が更新されないままだから敵地にいきなり落とされたんじゃないかと」
「ああ、勢力図が昔のままなのですね。ちょっと、と言うかかなり酷い気もするのです」

そんな事を言いながら、艦娘三人は揃って溜息を吐いた。

「うーん、なんとか他の味方と接触したいのですが、まだまだ現状では難しそうなのです」
「人類が仲違いしてなければ、まだまだマシな戦況だったのかもしれませんけど――あ、そうだ」

そう言って、間宮はエミヤを一瞥した後、二人に問いかけた。

「二人は人間の事をどう思ってるのかしら」

その問いに二人は困惑して、思わず顔を見合わせた。

「どうって」
「どう言う事なのです?」
「うーん、ほら、ここまで戦況が悪くなったのもある意味人間のせいって言う部分も有るし、二人がどう思ってるかなって」
「間宮君」

止めようとしたエミヤだが、間宮の真剣な眼差しに思わず口を噤んだ。
いくらかして、その問いに先に答えたのは雷だった。

「うーん、よくわかんない」
「ふむ?」
「だって、この姿になってから実際に人間にあったこと無いし。でもね――」

そこで雷は息を吸い、そして快活に笑う。

「私と共に戦ったクルーはみんな勇敢で心優しい人達だった。だから私は、彼等に恥じないようにしたいって思うの」

彼女の人格を形成する根幹となった彼等を、雷は誇らしげに語る。

「そりゃあね、ここまでやっちゃった人類に思う所が無いわけじゃないわ。
でも、人間ってそういう生き物でしょう? 争い合うのは仕方のない事だわ」

そう言って雷は自分の妹を見た。
彼女の性質は良く知っている。スラバヤ沖海戦では共に救助作業に当たった。
だから、この現状については自分と同様に思う所がある筈だ。
姉の視線を受け止め、電は少し悲しそうに微笑んだ。

「確かに仕方が無いのかもしれないのです。それでも電は、みんなが仲良く平和に生きられればって思うのです」

その言葉に、思わずエミヤは息を呑んだ。



――誰もが幸福であってほしい。
それは、彼が在りし日に夢見た理想。



「うん、それは私もそう思うけど……って、エミヤさん、どうしたの」

心配そうな顔で覗き込む雷に、エミヤは首を振って気にするなと告げた。

「ああ、いや、オレも電君と同じ気持ちと言うだけだ。オレはそれを目指して一度は折れてしまったが、それでも――」



――今も、彼はその星を追い続けている。


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