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[3954] 東方よろず屋【第二部】(銀魂×東方シリーズ)【完結】
Name: 白々燈◆46292f17 ID:4e6b5716
Date: 2011/07/25 22:17

8月10日。更新、再開しました。









「注意書き」

これは前回の東方よろず屋の続きになります。
ですので、先にそちらをごらんになったほうが、話はわかりやすいと思います。

そのほかの注意事項

・何人かオリキャラが出ます。お気をつけください。
・クロス物です。その手のものが苦手な方はご注意ください。
・ご都合主義的な部分が多々見られるかもしれません。

以上を踏まえ、大丈夫だと思う方は本編をお楽しみください。
それでは、どうぞ。



[3954] 登場キャラクター紹介
Name: 白々燈◆46292f17 ID:4e6b5716
Date: 2010/09/07 21:54
 この先、キャラクターの簡単な紹介になります。多少のネタバレを含むところがありますので、お気をつけください。
 なお、紹介文はwikiや原作を参考に作者の主観や二次的な要素が混じっている可能性もありえるので、その辺はご了承ください。
 もう一つ、あんまりにもキャラが多いので一部、wikiなどから引用しているところもあります。ご了承ください。






































 ■銀魂キャラクター紹介■

 【坂田銀時(さかたぎんとき)】
 ・よろず屋を経営する銀髪の男。趣味はジャンプ。好きなものは甘いもの。
 糖尿病一歩手前のまるで駄目なオッサン。略してマダオだが、その昔、天人(あまんと)相手に戦った元攘夷志士で、白夜叉と呼ばれた実力者で、実際かなり人間離れした身体能力をしている。
 洞爺湖と銘の入った木刀片手にあまたの事件を面白おかしく、時にはシリアスに解決する。
 大体金欠。そして万年金欠。めんどくさがりな所はあるが義理は通すし、なんだかんだでいい人である。

 【志村新八(しむらしんぱち)】
 ・よろず屋で働く眼鏡の少年。主にツッコミ担当。ツッコミが絡むと異様に強くなる。
 普段は地味でダメージ担当であることが多い。基本的に無個性。
 性格は真面目だが、アイドルオタクだったりと地味に個性的。しかし、このSSでそれが発揮されることは多分あるまい。……かとおもわれたが、第二部が始まったことによりその事実が描写されることに。
 姉がおり、二人で暮らしている。家が道場なので、剣の心得あり。地味に強い。本当に地味に。

 【神楽(かぐら)】
 ・見た目は人間だが、常に傘を持ち、日光の光が当たらないようにしている。
 これは彼女が日光に弱いためで、肌もかなり白い。
 実は天人(あまんと)で他の星の住人、戦闘民族【夜兎】の一人。
 その強さは本物で、岩を一撃で砕いたり、怪我をしてもほぼ一日で完治したりとおおよそ人間の身体能力を凌駕している。
 性格は結構腹黒く、見た目の可愛さに反して破天荒でかなり辛辣。酢昆布が大好物。

 【定春(さだはる)】
 人を乗せて走れるほどの巨大な犬。万事屋の前に捨てられていたところ神楽に拾われ、万事屋で飼われるようになった。
 その正体は大地の流れ龍脈が噴出する場所「龍穴」を守護する「狛神(いぬがみ)」だが、一緒に暮らしていた双子の巫女姉妹、阿音・百音に経済的な理由により捨てられた。
 彼女らからは「神子(かみこ)」と呼ばれている。
 苺と牛乳を飲ませると巨大化して顔がごつくなって大暴れするため要注意。

 【近藤勲(こんどういさお)】
 真選組の局長。よく作中ではゴリラと呼ばれまくり、時々自分でもゴリラと呼称することがある。
 真性の馬鹿であり、お妙にストーカー行為を働くなど、なんか色々問題あり名ところもあるが、本人はいたってお人よしで、そんな理由からか隊士たちには慕われている模様。
 基本的にダメージ担当なイメージが拭えない悲惨な人。

 【土方十四郎(ひじかたとうしろう)】
 真選組の鬼の副長。重度のマヨラー。
 基本的に無愛想だが喧嘩好きな一面を持っている。基本的にはツッコミだがボケも出来るオールラウンダー。
 銀時とは仲が悪いのか、しょっちゅういがみ合っているが、単なる似た者同士という意見が無いでもない。
 妖刀事件の一件以降、地味にオタクの世界に片足が漬かってしまったある意味悲惨な人。

 【沖田総悟(おきたそうご)】
 若いながらも真選組で一番の剣の腕を持つ実力者。
 虎視眈々と副長の座を狙って(?)いるのか、よく土方を亡き者にしようとする描写が見られる。
 生粋のドS。ドS王子などとも呼ばれること多数。基本的にマイペースな人物で、その扱いには土方も手を焼いている様子。
 姉にはとことん甘えるという意外な一面を持っていたりもする。

 【山崎退(やまざきさがる)】
 真選組の密偵。基本的にツッコミとダメージ担当。バトミントンが趣味なのか、しょっちゅうそう言う描写が見られる。
 色々と不幸を引っかぶることが多く、苦労の多い新八とは気が合う模様。
 全体的に地味な印象があるのも原因かも知れない。

 【桂小太郎(かつら こたろう)】
 天人を追討し、倒幕を目指す攘夷派志士の生き残り。
 銀時の幼なじみであり、攘夷戦争時代の盟友。現在は宇宙海賊春雨や高杉率いる鬼兵隊などを相手に、銀時と共闘する事も多い。
 「狂乱の貴公子」「攘夷志士の暁」「逃げの小太郎」の異名を持つ。
 その姓と長髪から「ヅラ」のあだ名で呼ばれ、その際「ヅラじゃない桂だ」と反射的に返す。
 基本的に弄られ役な役回りが多い。そばが好き。人妻も好き。色々時代遅れな部分が多い人。

 【エリザベス】
 坂本辰馬が桂へ贈った正体不明の宇宙生物。飼い主兼相方の桂にはほぼ忠実。
 文字の読み書きなどを桂に教わっている模様。姿はオバQに酷似しており、最初はペットとして登場していたが、現在では桂の相棒として攘夷志士からも一目置かれている。
 被り物をした見かけによらず、高い戦闘力の持ち主。手にしたプラカードは武器としても使用する。口からキャノン砲を出して攻撃たり、ドリルを出して地中を掘り進むことができる。
 中身はただのオッサン……という説が濃厚。

 【志村妙(しむらたえ)】
 新八の姉。見た目はおしとやかだがかなり凶暴な一面をもっていたりする。
 最近は近藤のストーカー行為に頭を悩ませ、自宅を魔改造したこともある。
 ハーゲンダッツが好物。スナック『スマイル』で従業員兼用心棒としても働いているらしく、その実力は下手すると最強かもしれない。
 料理が苦手なのか、出てくる料理は真っ黒な炭となって『かわいそうな卵』と命名されるほど。

 【お登勢(おとせ)/寺田綾乃 (てらだあやの)】
 万事屋の1階にあるスナックのママで、万事屋の大家。かぶき町四天王の一人で、「かぶき町の女帝」と呼ばれる。「お登勢」は源氏名で、本名は寺田綾乃(てらだ あやの)。
 一見怖そうな外見だが、人情に厚く面倒見の良い性格で、時にはそのせいで騙されてしまうこともあるが、自分の性分として平然と受け入れる懐の広い人物でもある。
 万事屋の家賃滞納にはいつも手を焼いており、家賃を払わない銀時との言い争いの日々が絶えない。

 【キャサリン】
 出稼ぎが目的で地球にやってきた天人。
 かつては「鍵っ娘キャサリン」の異名をもつ、窃盗団「キャッツパンチ」の一員だったようで、その頃の腕は衰えておらず、スナックお登勢の金を強奪した事があるが、銀時達の活躍で御用となる。
 釈放された後は改心し、再びスナックお登勢で働いていて、盗みなどはしなくなったが、基本的には性悪。
 どこの星かは不明だが、故郷に家族がおり、仕送りをしているらしい。

 【たま/零號(ぜろごう)】
 元は病弱で孤独だった娘の芙蓉に向けて林流山が造ったプロトタイプのからくり人形。最初はおもちゃのような風貌だったが、改造を重ね人型となった。
 流山を殺した目黒博士によって殺人犯の濡れ衣を着せられ、首だけにまでなって逃げていたところをゴミ捨て場で神楽が持ち帰ったのが出会いのきっかけで、さまざまな経緯を経て体と記憶を失うものの、中枢電脳幹が納入された頭部がゲーム機についた状態で再生。
 現在はスナックお登勢のスタッフという形で客に知識を与えてもらっており、後に源外によって身体と武器を与えられ、立派な従業員兼銀時達の家賃の取り立て人として暮らしている。

 【猿飛あやめ(さるとびあやめ)】
 元お庭番衆のくノ一で、現在は不正な手段で金を受け取る悪党を裁く始末屋として働いている
 得意技は納豆を使った攻撃。好物も納豆である。
 通称さっちゃん。その由来は、忍者学校に通っていた頃、「猿飛」という苗字であることから男子に「猿」呼ばわりされてしまい、それを見かねた女子に「猿」の「さ」を取り、「さっちゃん」と呼ばれるようになってしまった不憫な過去によるものである。
 が、そのワリにはそのあだ名は嫌いではないようである。
 自他共に認める生粋のドM。銀時一筋。

 【長谷川泰三(はせがわたいぞう)】
 ・かつては幕府の入国管理局局長だったが、警護対象者のハタ皇子を殴るという不祥事を起こしクビにされた上、妻のハツにも逃げられる。
 その後も色々な職を転々とするが、いつもトラブルに巻き込まれて辞める羽目になっている。
 初登場時は銀時といがみ合っていたものの、現在は年の離れた友人でギャンブル仲間といった関係になっている。
 悪い人物というわけではなく、身を削っても芯は通し続ける気のいい人物なのだが、基本的に性根だけでなく運も悪い。
 常にこだわりとしてグラサンを愛用している。
 銀魂の【マダオ】といえば彼が真っ先に思い浮かぶだろう。

 【星海坊主(うみぼうず)】
 戦闘民族の夜兎族の男で、神威と神楽の父親。40代。
 第一級危険生物の駆除をしてまわる宇宙最強の掃除屋(えいりあんばすたー)で、付いたあだ名が「星海坊主」。正確な本名は不明。
 「ハゲ」という単語に極端に敏感な反面、カツラの被り方は極めて下手。
 かつて「親殺し」という廃れた風習に従って彼に襲い掛かった息子・神威の手により片腕を失い、神威を殺しかけた過去を持ち、その事件が原因で家族から距離を置いていたが、現在では万事屋としての生活で変わろうとしている娘・神楽を遠くから見守るような立場となっている。腕は義手。

 【高杉晋助(たかすぎしんすけ)
 過激派の攘夷志士でありかつては銀時、桂、坂本とは同志であった。
 紅桜編をはじめ、様々な話で黒幕として暗躍する姿が度々見られる。
 少年時代の恩師、吉田松陽のことをどこか心酔していたような描写も多々見られる。
 銀魂にてギャグが絡むことの無い数少ない人物。彼が出てくると大抵シリアスなので、銀魂にはかなり貴重な人種かもしれない。

 【鳳仙(ほうせん)】
 吉原桃源郷の利権に古くから関わる、銀河系最大規模を誇る犯罪シンジケート・宇宙海賊『春雨』の元幹部であり、現在は吉原を治める楼主として事実上の隠居生活を送っている。
 吉原(特に日輪)に執着心を抱いてる様子。幼い頃の神威の師匠で、彼が団長を務める第七師団の創設者でもある。
 最強の戦闘部族と謳われた夜兎族の中で一大勢力を築き上げた強者で、夜兎族の王とされる「夜王(やおう)」の異名をもつ。
 銀魂においても最強のうちの一人。

 【松平片栗虎(まつだいらかたくりこ)】
 幕府直轄の警察庁長官で、長谷川泰蔵と同じくサングラスがトレードマーク。
 非常に過激な性格で、仕事の際は艦隊を引き連れて全てを塵と化して帰っていくことから「破壊神」の異名を持つ。
 真選組の上司にあたり、隊士たちからは「(松平の)とっつぁん」と呼ばれ、それなりに慕われている。かつて路頭に迷っていた近藤たちを拾った人物。
 警察庁長官とは到底思えない無茶苦茶な言動をする(「警察なんてマフィアみたいなもんだよ」「グラサンかけてる奴はほとんどが殺し屋だ」「オジさんの80%は正しさで出来ています」など)。
 仕事よりも年頃の娘の栗子やキャバクラの方が大事で、愛娘のことになると見境がつかなくなる(チャラチャラした柄の悪い娘の彼氏(七兵衛)を暗殺しようとしたり、「タバコ臭い」と言われたら江戸の人間全てを巻き込んで禁煙を開始した程)。頻繁にキャバクラ通いし、派手に豪遊するシーンが見られるが、「ハートは三十年前母ちゃんにもう盗まれちゃってるから」と愛妻家らしき一面も見せる。
 将軍(徳川茂茂)の父が亡くなって以来、将軍の父親代わり(近藤曰く「悪友」)になっていたという。

 【徳川茂茂(とくがわしげしげ)】
 建前上この国で最も偉い存在である征夷大将軍。そよ姫の実兄。
 真選組を護衛に就かせるくらいの権力を持つが、実権は天人に握られている形だけの権力家。銀時曰く「アッチのほうは足軽」らしい。
 報陰で天導衆に「傀儡とされている」と言われている。将軍様ゲームの命令が全て自分に回ってくる程、極度の不運の持ち主である。気弱さ故か、とてもお人よし。実はブリーフ派である。町を全裸で走った経験がある。

 【柳生九兵衛(やぎゅうきゅうべえ)】
 先祖代々将軍家に仕えてきた名家・柳生家の次期当主。
 隻眼で小柄な体格だが、「柳生家始まって以来の天才」と呼ばれるほどの実力を持ち、剣の速さは神速と謳われている。
 普段から足腰の鍛錬のために身体に重しをつけている(その為全然身長が伸びなかった)。
 剣豪として正装し、一人称は「僕」であるが、女性(いわゆるボク少女)。お妙とは幼馴染み。母親は九兵衛の出産後に死去。
 現在の柳生家には他に家を継ぐ嫡男がおらず「後添えを迎え、“先妻の娘”として九兵衛が一生居場所なく生きるよりはマシ」として、愛ゆえに父と祖父に嫡男として厳しく育てられた。それ故に、現在でも女性としての生き方に憧れや未練があるようである(自分が女性である自覚があるため、性同一性障害ではない模様)。
 お妙を借金取り(第一訓に登場した金貸しの社長と同一人物)から守るために戦った際に左目を失った。
 信念を貫こうとする堅気な割に、その真面目さ故か人の言動を真に受けるなど、案外天然な性格である。
 男に触れられる事に拒絶反応を起こし、たとえ将軍であろうと自分に触れた男を投げ飛ばす。

 【東城歩(とうじょうあゆむ)】
 四天王一の実力を持つリーダー格。九兵衛の従者的存在。
 細目で温厚そうな風貌をしているが性格は短気。特に生卵の鮮度にうるさい。
 柳生編では近藤と対峙するが一撃で倒される。
 九兵衛の幼少の頃から彼女の護衛と世話係をしている。彼女を守る事に命を懸けているが、当の九兵衛からは鬱陶しがられている上に嫌われている。
 だが剣の腕前は認められている。

 【服部全蔵(はっとりぜんぞう)】
 大晦日に銀時とジャンプ合併号を争奪しあったジャンプマニア(ジャンルはバトル漫画よりラブコメの方が好きらしい)で、痔持ちの忍者だが、皮肉にも尻にばかり災難が降りかかる。
 元お庭番衆筆頭で忍術に長けており、「摩利支天」の異名を持つ。
 入院が必要なほどの痔主である。前髪で目が隠れて見えるのが特徴。
 お庭番衆をリストラされた今はフリーターとして職場を転々としている。
 実家は意外にも裕福。脇薫曰く「ブス専」らしい。

 【河上万斉(かわかみ ばんさい)】
 芸能界でつんぽとしても有名な鬼兵隊の一人。
 いつもヘッドホンをして何かしらの音楽を聴いており、それでもなおその剣の腕は土方を持ってしても猛者と言わしめるほど。
 人の在り方を音楽で例える独特な感性の持ち主。その感性ゆえか、一度、山崎を見逃していたりと独特の価値観を持っている様子。

 【タカティン】
 筋肉ムキムキ外国人。このSSではルリティン。
 公式ファンクラブ決定戦において、銀時がタカチンの替え玉として用意した。
 なぜかフランスパン片手にパンツ一丁にグラサンとバンダナしているファンキーすぎる外見。
 なんかやたら強い。日本語が喋れず片言。
 でもなぜかお通語は普通だった。

 【小銭形平次(こぜにがた へいじ)】
 顔はできる男。でもその実激しくダメ人間。
 ハードボイルドをモットーに生きる同心。
 狐を長年追いかけていたが、いまだに捕まえることができず。
 でもその実、その狐が命の恩人だったりと色々複雑。
 すさまじいほどのへたれ。彼の独特のハードボイルドはあの新八にすら死ねよといわれるほどのウザさを誇る。

 【ハジ】
 小銭形の弟分の少女。作者は最近までずっと男だと思ってました(ぉ
 もとこそ泥。そのせいかすさまじいほどにたくましい。
 ぶっちゃけるとよっぽど小銭形よりは役に立っていた気がするのは気のせいではあるまい。
 それでも小銭形を兄貴と呼び慕う。でもツッコミには容赦なし。

 【結野晴明(けつのせいめい)】
 銀時がファンであるお天気お姉さん結野アナの兄で陰陽師集団「結野衆」の頭目。一族歴代最強を誇る天才陰陽師である。
 結野衆は長きにわたり幕府と江戸を守ってきた一族で、自身は江戸の街に無数の式神を放ち、絶えず監視を行っている。
 かなりの美青年であるが、神楽に「妹萌え」と呼ばれるほど、結野アナことクリステルの事に入れ込んでいるシスコン。
 幼い頃は親友だった道満と仲違いをしてしまった事をずっと悔やんでおり、呪法デスマッチの最中に闇天丸に体を乗っ取られた道満に対し、「たとえ千の法術が使えても 友達一人と仲直りする術すら知らない」と己の胸中を明かした。
 銀時たちの活躍で道満との関係がライトなものに変化したため道満とは事実上和解している。

 【外道丸(げどうまる)】
 護身用として銀時に託された、クリステルの式神。
 平安時代に大江山で暴れまくっていた所を結野衆に調伏され、以降結野衆の式神としてこき使われていた。
 性格はその名の通り外道そのものだが、容姿はショートカットの黒髪の美少女。
 一人称は「あっし」で、語尾に「~ござんす」と付ける。奸知に長けており、戦闘スタイルも外道そのもので、初登場時は母親が亡くなったと偽り、相手を油断させて金棒で撲殺する等、その手口は目を見張るほど鮮やか。
 自分の事を唯一友人として扱ってくれたクリステルの事は大切に思っており、クリステルの幸せ第一で行動している。
 そしてそのクリステルの事を思いやる銀時の心意気を認め、銀時をクリステル以外のもう一人の主として認めている。
 …がしかし、銀時の局部に甚大なダメージを平然と与え続けるなど、当人に悪気は無いがぞんざいな扱いも目立つのはご愛嬌といったところか。



 ■東方キャラクター紹介■


 ◇主人公◇


 【博麗霊夢(はくれいれいむ)】
 ・種族 人間
 ・能力 「空を飛ぶ程度の能力」
 ・東方シリーズの主人公。異変解決の専門家の巫女。非常に陽気で危機感に欠ける。誰にでも同じように接し、優しくも厳しくも無い。そんな性格からか、強い妖怪から好かれやすく、弱い妖怪には恐れられる。平たく言うと誰に対しても容赦しない。
 能力は名前だけ聞くとそうたいしたことのないように聞こえるが、実際は「あらゆる束縛から解放される」というとんでもない能力だったりする。
 ちなみに、彼女は仕事をしないことで有名。

 【霧雨魔理沙(きりさめまりさ)】
 ・種族 人間
 ・能力 「魔法を使う程度の能力」
 ・東方シリーズもう一人の主人公。元幻想郷最速だった人。職業が魔法使い。性格は人を馬鹿にしたような態度をとり、思いやりがあるようには思えないが垢抜けており、一緒に居ると楽しくかんじる。見た目に反して結構な努力家。
 ルパンと次元のような関係な人物はいないがその代わり、ルパンととっつぁんの間柄な人物ならわりと多数。ちなみに「借りていく」の名目でしょっちゅう本を盗む。
 キノコを使った魔法や、他にもミニ八卦炉を使った魔法など、中でも恋符「マスタースパーク」は彼女の代名詞とも呼べるスペルカード。
 ただ、魔力駄々漏れで燃費が悪いらしい。


 ◇紅魔郷◇


 【ルーミア】
 ・種族 妖怪
 ・能力 「闇を操る程度の能力」
 ・十進法。人肉大好き。そーなのかー。
 暗い所が好きであり、また食糧を調達するために周りを真っ暗にする。
 が、局地的すぎるがため逆にバレバレなのであまり意味は無い。
 しかも暗闇を作った本人でさえも周りが暗くて見えていないらしく、障害物にぶつかるところをよく目撃される。

 【大妖精(だいようせい)】
 ・種族 妖精
 ・能力 -
 ・大抵チルノに振り回されるお人好しキャラとして出てくる。
 小悪魔のような明確なキャラ間関係がないためゲームに登場する個別東方キャラの中ではダントツの影の薄さを誇るが、そこがまたいい、との一部ファンの声。
 が、実際の性格は小悪魔のモノに非常に近いらしく、悪戯好きでもあるという記述が見られる。
 でもやっぱり出てくるときはお人よしさんです。

 【チルノ】
 ・種族 妖精
 ・能力 「冷気を操る程度の能力」
 ・おバカ。強気で不屈。どんな簡単なナゾナゾでも答えられないらしい。
 一人称は「あたい」か「あたし」のようだ。通称⑨。
 妖精の中では群を抜いて強いようだが、所詮妖精なのでぼこぼこにされること多し。
 某所ではFF風東方の主人公として大活躍だったりするが、本編とはまったく持って関係ない。

 【紅美鈴(ほんめいりん)】
 ・種族 妖怪
 ・能力 「気を操る程度の能力」
 ・紅魔館の門番を務める華人風の妖怪ちなみに何の妖怪なのかは不明。
 チャイナドレスに鍔無しの人民帽と、装いも中国人風であり、紅い髪と帽子についた星に刻まれた「龍」の文字がトレードマーク。
 主に湖からやってくる妖精を迎撃していて、門番以外にも色々と仕事を任されているらしく、紅魔館の庭にある花畑の管理人でもあるという話も。
 妖怪でありながら人を襲わず、逆に人間と親しく話すことから穏和な性格であることがうかがえるが、その一方で侵入者に対しては容赦がない。武術の達人であり、試合を申し込みにくる武道家も多いらしい。
 弱点らしい弱点がなく普通の人間相手には強いが、妖怪としてはそれほど強くない。
 朝は太極拳、昼には昼寝をしている。
 元祖、東方界の名前で呼ばれない人第一号だったが、最近漫画で名前で呼ばれだしたのでそのネタも廃れつつある……のかもしれない。

 【十六夜咲夜(いざよいさくや)】
 ・種族 人間
 ・能力 「時を操る程度の能力」
 ・紅魔館で働くメイドで、レミリアの世話をし、絶対の忠誠を誓っている。紅魔館に訪れる里の人間にも冷たく、常に妖怪の味方。一応、客として幾分には礼儀正しく接してくる。
 彼女の時間を操る能力は人間が持ちえる能力としては最上級。時間を早くしたり遅くしたり、時間を止めたりと出来るが、時間を元に戻すことだけは出来ないらしい。また、この能力は空間をいじることも同様に可能とする。

 【小悪魔(こあくま)】
 ・種族 悪魔
 ・能力 -
 ・紅魔館に住み着く小悪魔。名は無い。ちなみに正式な設定も実はほとんど無く、悪戯好きであるというこは公式設定らしい。
 ただ、大体は礼儀正しく書かれていることが多く、パチュリーの使い魔だったり、図書館の史書のようなしごとをしていたりされていることが多い。
 外見にしても、二通りあり、髪が長くスタイルがいいタイプと、ボブカットで子供に近い体型の二通り。
 ちなみに、公式絵が無いのでどちらが正しいのかも現時点では不明。

 【パチュリー・ノーレッジ】
 ・種族 魔法使い
 ・能力 「魔法(主に属性)を操る程度の能力」
 ・紅魔館に住む魔女。属性魔法を得意とし、さまざまな魔法を組み合わせたりして行使する。
 中でも小さな太陽を作り出して、それを破裂させることで大爆発を起こす日符「ロイヤルフレア」は圧巻の一言に尽きる。
 性格は暗く愛想が悪いが、思考が暗いわけではない。物静かで、めったに外には出ない。100年以上生きているが、ほとんどを本を読むことで生活している。喘息もちで、呪文の詠唱が最後まで出来ないことがしばしば。
 魔理沙とは「ルパンととっつぁんな関係」の人。

 【レミリア・スカーレット】
 ・種族 吸血鬼
 ・能力 「運命を操る程度の能力」
 ・二次はともかく、原作ではルックス、強さ、カリスマを兼ね揃えた希少な人。……だったんだけど、緋想天にてカリスマが大暴落した。「ぎゃおー、食べちゃうぞー」は多分、後にまで伝わる迷言だと思う。
 偉そうで偉い。でも背伸びをした子供のままの子供。かなりのわがまま。
 少食で人から多量の血が吸えず、さらに血液をこぼして服を真っ赤に染めるため「スカーレットデビル(紅い悪魔)」と呼ばれている。
 パチュリーとは長い付き合いの親友で、レミリアはパチュリーのことを「パチェ」、パチュリーはレミリアのことを「レミィ」と呼ぶ。
 ネーミングセンスに問題があり、そのセンスは不夜城レッドを筆頭に全世界ナイトメアまで生み出すカオスぶり。
 最近は素で妹になめられつつあるうえ、言動も相まってカリスマ急降下中……。でも幻想郷最強クラスの実力を持ったうちの一人。
 れみ☆りあ☆う~。

 【フランドール・スカーレット】
 ・種族 吸血鬼
 ・能力 「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」
 ・東方きってのバランスブレイカーその2。能力、身体能力ともに幻想郷最強クラスの持ち主。レミリアの妹。レミリアのことは好きなのか嫌いなのか多分自分でもよくわかっていない。
 長い間幽閉されていたせいか、少々気が触れているらしく、情緒不安定。そのため外に出してはもらえない。本人も基本的に出ようとは思わない。約495年引きこもり。
 感情をそのまま表に出す子供らしさを持つが、能力はある意味紫クラスのでたらめぶり。
 彼女の能力である『ありとあらゆるものを破壊する能力』とは、打撃による破壊活動ではなく、全ての物には力を加えれば物を破壊できる「目」が存在しており、離れた物の「目」を自身の手の中に移動させることができ、強く握ることで爆発(破壊)させてしまう能力。ぶっちゃけ回避不可のトンデモ能力。
 歯止めが利かないという一点でその破壊力は姉を遥かに上回る。
 普通吸血鬼は人間の血を吸うために殺さない程度に襲うものだが彼女に人間を襲わせたら間違いなく血飛沫すら残さず消滅させてしまうらしい。
 彼女には食料としての人間の血と、その元になる人間が結びつかないらしく、その理由というのも彼女が普段食べている「人間の血」は見た目ケーキだったり紅茶だったりするからだそうだ。


 ◇妖々夢◇


 【橙(ちぇん)】
 ・種族 妖獣(式神)
 ・能力 「妖術を扱う程度の能力」
 ・無邪気な猫又。普段は藍とは別居状態。猫を配下にしているが、全然扱えていない。
 勘違いされやすいが彼女にはまだ苗字がない。八雲一家唯一苗字なし。
 でも藍には愛されている。その影響か紫からも最近は愛されているらしい。
 藍の式神。でも思考能力は人間の子供と大して変わらないらしい。

 【アリス・マーガトロイド】
 ・種族 魔法使い(元人間)
 ・能力 「主に魔法を扱う程度の能力」
 ・沢山の人形を操って暮らす賑やかな独り暮らし。魔理沙とは蒐集仲間でありライバル。
 弾幕はブレイン。弾幕はパワーだと主張する魔理沙とは正反対なタイプ。
 魔理沙とは「ルパンととっつぁんな関係」の人その2。
 なんだかんだで彼女に力を貸すことが多く、でもやっぱり口喧嘩は多い。
 実は旧作にも出演していたりしており、その時はEXボスとしても登場した。

 【ルナサ・プリズムリバー】
 ・種族 騒霊
 ・能力 「鬱の音を演奏する程度の能力」
 ・プリズムリバー三姉妹の長女。
 鬱な演奏をして聴衆も憂鬱にするのが特技。
 手に持っているヴァイオリンはかの有名な名器の幽霊……らしい。
 常に糸目で登場しがちだが、公式での糸目シーンは少ない。
 身長が低めであるのをよく忘れられる。

 【メルラン・プリズムリバー】
 ・種族 騒霊
 ・能力 「躁の音を演奏する程度の能力」
 ・プリズムリバー三姉妹の次女。でしゃばり。
 魔法の力は三人の中で一番強い。ついでに姉妹の中で一番胸がでかい。
 手に持っているトランペットはかの有名な名器の幽霊……らしい。

 【リリカ・プリズムリバー】
 ・種族 騒霊
 ・能力 「幻想の音を演奏する程度の能力」
 ・プリズムリバー三姉妹の三女。悪巧みしか考えてない。よくソロでやりたがる。
 姉妹の演奏のうち、聞き側が正気を保っていられるのは彼女のモノのみ。
 なんだかんだで三姉妹の仲では一番狡猾なようで、最終的に自分が得するように動くことが多い。
 一応、姉妹仲は良好な様子。

 【魂魄妖夢(こんぱくようむ)】
 ・種族 半人半霊
 ・能力 「剣術を扱う程度の能力」
 ・人間と幽霊のハーフの二刀使い。師匠は妖忌。
 くそ真面目。半分幽霊なのにお化けが怖い。鞘には花が咲いている。
 妖怪を斬ったり植木を斬ったり、斬れないものはあんまりないので斬りたがる。
 幽々子のボケに突っ込むのが日課だが自身も割とボケているので逆に突っ込まれたりもする。
 全体的にいじられ役。でもストーリーでは「とりあえず斬る。話はそれからだ」なんて言う辺り根っからの辻斬り体質な危ない人物に見られなくもない。

 【西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)】
 ・種族 亡霊
 ・能力 「死を操る程度の能力」
 ・白玉楼の主。腹黒でボケーっとしてる。
 妖夢をいじめるのと紫にいじめられるのが日課。言動がめちゃくちゃ。
 その一見、呑気な外見とは裏腹に、高難易度かつ華麗な弾幕を所有する。
 生前はある「歌聖」の娘であったという。
 無抵抗に相手を即死させる能力が在るが、滅多に使う事はない。
 はらぺこキャラ。何でも喰う。際限なく喰う。とことん食いまくる暴食ぶり。
 切れ者なのか痴れ者なのか、いまいちつかみどころがない。ちなみに体は冷たくないらしい。
 幽霊と亡霊の違いは、実体の有る無しの他に、体温などいろいろあるが、もっとも大きな違いは亡霊は必ず人間の霊であるということ。
 亡霊は実体があるので、体が物質を透過できない。

 【八雲藍(やくもらん)】
 ・種族 妖獣(式神)
 ・能力 「式神を操る程度の能力」
 ・九尾の狐。乳大きめ。油揚げ好きで性格の方は丸く、穏やか。自分の式である橙を溺愛してる。
 基本的には便利屋さんであるため普段は紫にこき使われている。
 性格以外は大体紫の下位互換。しかし比較元が元な上、媒体としての藍自身が最強の妖獣なのでかなり強い。
 それでも使い走りな苦労人っぽいイメージが拭えない悲惨なキャラ。
 誰か彼女に愛の手を。

 【八雲紫(やくもゆかり)】
 ・種族 妖怪
 ・能力 「境界を操る程度の能力」
 ・東方一のバランスブレイカー。モノにもよるが、間違っても彼女を戦闘メインの作品にクロスなんてさせてはいけない。例えるならは○めの一歩にDBのブロリーを持っていくようなものである。
 彼女の境界を操る能力は物事の根底を覆す能力で、別の場所と場所を繋いで移動するほか、論理的な創造と破壊を可能にする能力で、阿求の言を借りれば「神様に匹敵する能力」。彼女も最強クラスの実力を持ったうちの一人で、友人関係も伊吹萃香、西行寺幽々子と、最強クラスの力を持ったメンツが多い。能力のほかにも、常識を超えた身体能力と、超人的な頭脳を持つ。
 性格は人情に欠けるとされているが、本人は話し好き。天子を亡き者にしようとした割には、なんだかんだで桃を持ってくれば許すみたいな発言をしているあたり、案外優しいのかもしれない。
 ちなみに、彼女ほど幻想郷を愛しているものはいないといわれるが、皆からは何を考えているかわからないだの、胡散臭いだのいわれて色々犯人扱いされることも多い。


 ◇永夜抄◇


 【リグル・ナイトバグ】
 ・種族 妖怪
 ・能力 「蟲を操る程度の能力」
 ・ホタルの妖怪。蟲の地位向上に日夜努力中。
 文花帖で妙な商売っ気を出したが、あまりネタにされず。というかあんなサービスは御免こうむる。
 俺魔理沙と違ってあまり槍玉に挙げられないが、ショタ疑惑があったせいか、彼女の一人称は「私」で、「僕」や「ボク」では無い。

 【ミスティア・ローレライ】
 ・種族 妖怪(夜雀)
 ・能力 「歌で人を惑わす程度の能力」
 ・歌はうまいのか下手なのか意見の分かれる。なんでもハードロック調らしい。立ち絵をよく見ると公式ニーソックス。
 何気に爪が凶悪な形。弾幕よりもこれで引っかいたほうが強力そうだ。
 幽々子の食料(非情食、もとい非常食)にされること多数。誰か助けてあげてください。
 鰻屋台ネタはピークを過ぎたのか、最近ではおでん屋台ネタが見受けられる。
 食事的な意味でもっとも人間を襲う「妖怪らしい妖怪」の一人。

 【上白沢慧音(かみしらさわけいね)】
 ・種族 獣人(ワーハクタク)
 ・能力 「歴史を食べる(隠す)程度の能力(人間時)」「歴史を創る程度の能力(ハクタク時)」
 ・知識も豊富でちょっと固いところがあるものの人がよく、人里で寺子屋を開いている。満月のときにハクタクに変身し、体毛が変わり、角が生える。
 能力の歴史を食べるとは、文字通り歴史を隠してしまうことである。また、歴史を作るというのは文字通り、歴史を作り上げるという、能力はかなり強力であると思われる。
 不老不死の藤原妹紅の数少ない理解者でもある。

 【因幡てゐ(いなばてゐ)】
 ・種族 妖獣(妖怪兎)
 ・能力 「人間を幸運にする程度の能力」
 ・健康に気使って長く生きているうちに、妖怪変化の力を身につけた兎。永遠亭に住む大量の兎のリーダーで、その気性の激しい性格は妖怪より妖精に近いらしい。
 一説によるとあの因幡の白兎の馴れの果てとも言われているが定かではない。
 優曇華への呼称は長らく不明だったが、最近の書籍作品により「鈴仙」と呼んでいる事が発覚。更に永琳の事は「お師匠さま」と呼んでいる事も発覚した。
 登場以来、最も出世したであろう中ボス。募金回収活動も活発。嘘と詐欺が大好きな根っからの詐欺師。
 作中でうどんげとは相性がさほど良くないらしく、やり取りが色々と適当な事が多い。

 【鈴仙・優曇華院・イナバ(れいせん・うどんげいん・いなば)】
 ・種族 妖獣(玉兎)
 ・能力 「狂気を操る程度の能力」
 ・永琳と輝夜とてゐのおもちゃ。
 妖夢と双璧を成す弄られキャラ。涙目がよく似合う。生真面目な性格が災いしてか大体はろくな目にあわない悲惨なキャラ。
 正統派美少女っぽい外見のせいもあってか高い人気を得た。
 耳は偽物らしく、根元のボタンが非常に怪しさをかもし出す。
 花でコスチュームチェンジしたにも関わらず、そちらは余り人気がない。
 原作のCGやドット絵から尻尾がないと思われていたが、求聞史紀や緋想天の立ち絵では尻尾ありだったりするので尻尾の有無はどちらでもいいという結論になりつつある。
 能力は狂気を操る程度とされているが実際には電磁波や光なども含むあらゆる波について、その波長・位相などを操ることができる。
 人妖の波長を見ることで性格を見抜いたり、竹林一帯に錯覚を生み出し、迷いの結界を作り出す等、その力は人間や妖精を遥かに上回る。能力だけ見るならわりと強キャラ。

 【八意永琳(やごころえいりん)】
 ・種族 月人
 ・能力 「あらゆる薬を作る程度の能力」「天才」
 ・巨乳。サド。そして永遠亭の影の支配者。うどんげいじめと変な薬をばらまくのが趣味な困ったさん。
 弓が武器のようだが使っている姿を見るのはほとんどない。
 花の兎や人形のエンディングから、人任せにせず何でも自分でやったり出歩いたりしている。
 実は主人の輝夜より強かったりするメタな設定があったりする。
 しばらくは輝夜の側近的な立ち位置と思われていたが、儚月抄により輝夜の家庭教師だったことや、輝夜を呼び捨てにしていることが発覚した。
 最近ではどうも、月の都を作り上げた月夜見より年上かつその相談役らしいことが判明。
 二次創作では奇妙な薬を作るネタが多く、八雲紫同様ただの便利役として使われること多数。
 一体どこまで彼女の地位がインフレするのか、ファンは戦々恐々である。多分主人の輝夜も同じ気持ちに違いない。

 【蓬莱山輝夜(ほうらいさんかぐや)】
 ・種族 月人
 ・能力 「永遠と須臾を操る程度の能力」
 ・地味。ニート。その漢字からてるよ。など呼び名はかなり散々。でも能力はワリと反則。
 正真正銘、竹取物語のかぐや姫だが、倒しに行くと結構はすっぱな庶民口調で迎えてくれる。
 もっこす(妹紅)とはト○とジェ○ーの関係。
 元々彼女は月の民として生まれ姫として何一つ不自由なく育てられたが、それは禁薬である蓬莱の薬を飲んだ時から彼女の生活は一変。
 不老不死となった彼女は罪人として処刑されたが死ぬことができず、やむなく穢れた地上へ転生という形で落とされることになる。
 転生した彼女はある地上の民に発見され、輝夜の名で育てられることになる。
 あとはかぐや姫の通りに生活し、そのうち彼女の罪は贖われ月から迎えの使者が来る。
 しかし地上に残りたいと願う彼女は使者の中にいた旧知の八意永琳と共謀して他の使者を全て殺害し逃亡。
 そんな設定があるからか、シリアスだとものすごく腹黒い性格で書かれることが多い。特に某サイトの輝夜は「様」と敬称を付けたくなるほど理性保ったまま狂ってて腹黒くてカッコいいです。
 でもギャグになると大抵ニートの駄目なお姫様に。この落差はある意味東方一かもしれない。

 【藤原妹紅(ふじわらもこう)】
 ・種族 人間(蓬莱人)
 ・能力 「老いる事も死ぬ事も無い程度の能力」
 ・幻想郷の不死鳥。ぶっきら棒な上に我武者羅。輝夜より年下っぽい。
 けーねとてるよとの三角関係の渦中の人。
 死なないので色んなのに好き勝手嬲られる。
 「蓬莱の玉の枝」を要求された車持皇子(藤原不比等)の娘と思われる。
 暴走ばかりにみえて実はいぶし銀な優しい人。
 文花帖で薄れた殺伐属性は求聞史紀で完全消滅。
 最近では永遠亭に患者を送る際の護衛も引き受けてくれる。根っこのところは本当に優しいらしい。
 ただ輝夜を目の前にすると恐ろしく沸点が低くなるのはご愛嬌。
 【不死「火の鳥-鳳翼天翔-」】などネタ満載。


 ◇萃夢想◇


 【伊吹萃香(いぶきすいか)】
 ・種族 鬼
 ・能力 密度を操る程度の能力
 ・幻想郷に現れた鬼。見た目は少女だが、何百年も生きている。かなりの飲兵衛でいつも酒を呑んでは酔っているが、幻想郷中に広がる薄い霧になって盗み見ていたということもあって時折人の心を読んだかのような発言をする。
 酒に酔っているためか、常に前後にフラフラしている。見かけによらずかなりの怪力。鬼だけに弱点はやはり炒った大豆らしい。
 持ち歩いている瓢箪は「伊吹瓢」と言い、酒が無限に沸いてくるが、転倒防止のためのストッパーが付いており、一度に出る酒の量は瓢箪の大きさ分のみ。紫とは友人。
 鬼は長い間幻想郷から居なくなってしまったとされてきたため鬼を退治するための特別な方法が現在の幻想郷からは失われており、誰にも退治できなくなっている。


 ◇花映塚◇


 【風見幽香(かざみゆうか)】
 ・種族 妖怪
 ・能力 「花を操る程度の能力」
 ・旧作にも登場。自称、幻想郷最強。ただし、それも自他認めるほどの実力の持ち主で、阿求いわく、人間じゃ到底かなわないとまで言われている。一年中花に囲まれて生活し、邪魔が入れば絶大な力で問答無用で滅ぼしにかかる。他の生き物にまるで容赦しない。
 花を操る能力は実際オマケ程度で、実際は人間をはるかに凌駕した身体能力で戦うほうが得意。
 花を飛ばしたり、傘で攻撃したりする優雅な戦い方をする。特定の力を持った人間か、同じくらい強力な妖怪しか相手にしない。
 人の神経を逆なでるのが大好きな困ったさん。

 【射命丸文(しゃめいまるあや)】
 ・種族 天狗(鴉天狗)
 ・能力 「風を操る程度の能力」
 ・幻想郷最速の鴉天狗。性格は真面目で社会適応性は高いが根は狡猾。強いものには下手に、弱いものには強気で接する。ただし、取材対象には常に礼儀正しい。
 実は一回だけゲームで主人公を務めていたりする。ONとOFFの言葉使いの違いが大きい。地味に最強クラスの実力者。【文々。新聞】という新聞を発行しており、妖怪の山以外の場所の出来事も記事にする。
 妖怪の山の外の人間や妖怪を記事にするのは、天狗の中では彼女だけらしい。
 また、ダブルスポイラーにて、山に侵入する魔理沙を匿ったりもしていることが発覚し、山の掟に縛られない彼女らしい一面が垣間見える。
 しかし、それが原因で椛とは不仲らしい。なんてこったい。

 【小野塚小町(おのづかこまち)】
 ・種族 死神
 ・能力 「距離を操る程度の能力」
 ・サボリ魔。世慣れている。
 得意技はFFシリーズよろしくぜになげ。
 会話好きな性格ではあるが、求聞史紀設定では相手が霊の場合は一方的(死人に口なし)。
 よく仕事をサボるせいかしょっちゅう映姫に怒られる……が、まったく懲りていない人。
 天子とは犬猿の仲。職業柄もあるかもしれないが、彼女にしては珍しく嫌悪感はっきりなご様子。

 【四季映姫・ヤマザナドゥ (しきえいき・やまざなどぅ)】
 ・種族 閻魔
 ・能力 「白黒はっきりつける程度の能力」
 ・名字:四季 名前:映姫 役職:ヤマザナドゥ 。
 ヤマは閻魔、ザナドゥは桃源郷(楽園)、つまりヤマザナドゥとは幻想郷の閻魔の意。
 説教魔。理屈っぽい。生足が人気。公務員っぽい。中間管理職。
 妖夢と同じく生真面目な性格で、そのせいか部下の小町には振り回されることが多い。
 元地蔵の神の眷属。


 ◇風神録◇


 【鍵山雛(かぎやまひな)】
 ・種族 八百万神(厄神)
 ・能力 厄を溜め込む程度の能力
 ・厄を溜め込み、それが人里に行かないように見守っている。厄はある程度溜め込むと神に返還するらしい。
 その性質上、彼女の傍にいると厄が移ってしまうが、彼女本人には回りに浮いているだけなので特に害は無い。
 比較的、人間に友好的な神様。

 【河城にとり(かわしろにとり)】
 ・種族 河童
 ・能力 水を操る程度の能力
 ・人見知りの激しい河童。工学迷彩やらミサイルやらとやたら発明家っぽい。
 まさかの魔理沙のパートナーに選抜されたりと意外と忙しい。
 核の力に興味持ったりと好奇心は人一倍な様子。
 今でも人間と河童は盟友だと思っている。

 【犬走椛(いぬばしりもみじ)】
 ・種族 天狗(白狼天狗)
 ・能力 「千里先まで見通す程度の能力」
 ・発射する「の」の字弾幕が派手ででかいので、姿を確認できるのはほんの一瞬。
 そのうえドット絵のみでは判別が難しいため、犬耳、犬尻尾の有無が日夜論争になる。
 にとりと大将棋をしたりするのが日課。文との関係はイマイチ不明だが、どうも上司と部下な関係でおちついているっぽい。
 と、思われていたのもつかの間、ダブルスポイラーにて公式に仲が悪いとされてしまい、原作を見る限りかなりの犬猿の仲の様子。
 そしてダブルスポイラーにてめでたくスペルカードがお披露目。やったね椛。

 【東風谷早苗(こちやさなえ)】
 ・種族 人間
 ・能力 「奇跡を起こす程度の能力」
 ・守矢の神社の風祝(かぜはふり)で、秘術を操る一族の子孫。
 秘術を使用できる者は現人神として人間からの信仰を得るようになったらしい。
 外の世界で信仰を得られなくなった神奈子の提案により、神社ごと幻想郷に移り住んで博麗神社を脅して幻想郷を思い通りにしようとした。
 まじめな性格で自分の力に自信を持っていたようだが、外の世界の常識は幻想郷ではまったく通用せず、霊夢や魔理沙によって返り討ちにされてしまう。
 根拠のない自信が暴走し空回りする典型的な勘違いキャラ。
 その性格からかなりの苦労人な立場に回ること多数。誰か彼女に救いの手を差し伸べてあげてください。
 霊夢と色違いに近い服装から、ル○ージだのと散々ないわれようだが、プロポーションだけなら霊夢より上。
 最近はフルーツだのと新たなネタが追加された。
 最近はすっかり腹黒いドSキャラに……。妖怪退治って楽しいかも。

 【八坂神奈子(やさかかなこ)】
 ・種族 神霊(実体有)
 ・能力 「乾を創造する程度の能力」
 ・妖怪の山に神社ごと引っ越してきた神様。美鈴、霖之助に続いて名前で呼ばれないヒト三号。
 髪型のせいか某子供向けアニメの主人公の母親にそっくりとかなんとか。
 難易度イージーのはずなのにまったく持ってイージーではない弾幕でプレイヤーを苦しめる。
 ガン○ャノンとかみ○えとかオンバシラーとかネタ満載な風神録ラスボス。

 【洩矢諏訪子(もりやすわこ)】
 ・種族 神霊(実体有)
 ・能力 「坤を創造する程度の能力」
 ・守矢の神社に住む本当の神様。ロリ系祟り神。子持ちの人妻(?)。
 何故か帽子が凄い事になっていて、これ自体が生き物でクリーチャーなネタが出来上がるほど。
 諏訪子は早苗のご先祖様に当たるようで、それはまだ早苗本人には告げられていない様子。
 神奈子に神社を乗っ取られても泣かない、挫けない。
 でも霊夢ルートでの神奈子についてのセリフが結構きっついので根に持っているかもしれない。


 ◇香霖堂◇


 【森近霖之助(もりちかりんのすけ)】
 ・種族 半人半妖
 ・能力 「未知のアイテムの名称と用途がわかる程度の能力」
 ・香霖堂を経営している。東方シリーズでは数少ない男性キャラで、
 人間と妖怪とのハーフ。名前で呼ばれない人その2。
 原作の常識人と二次の変態の落差はすさまじいの一言。
 外から来たさまざまな商品を扱うが本人にあまり売る気が無いと言うか、便利と判った物は全て非売品にしてしまう。
 魔理沙が生まれる前に、霧雨店で修行をつんでいた事があるため、魔理沙には昔から遠慮しているらしいが、端からはすでに無遠慮に見える。

 【名無しの本読み妖怪(朱鷺子(ときこ))】
 ・種族 妖怪
 ・能力 記述無し
 ・小説、東方香霖堂の第一話に登場した名無し妖怪。本を読んでいたところを霊夢に強奪され、その際に霊夢の服を少し破く程度だったが一矢報いたこともある辺り、意外と強いのかもしれないが詳細不明。
 ちなみに、朱鷺子とは二次での呼称であって名前ではない。他にも朱鷺娘など呼ばれている。
 霊夢に本を返して貰うために決闘を挑むものの、代理で受けた魔理沙に返り討ちにされるという悲惨なキャラクター。
 銀に藤色のメッシュ髪、藤色の二本の小さな角に、背中のほかに、後頭部の辺りにも小さな赤い翼がある。
 名前の由来となったのは、朱鷺のような鮮やかな紅色の羽から。
 元々小説でしか登場しなかったキャラクターなだけあって知名度はダントツに低い。


 ◇三月精◇


 【ルナチャイルド】
 ・種族 妖精
 ・能力 「音を消す程度の能力」
 ・月の光の妖精。周りの音を消す事が出来る。だが音が鳴っている環境では不自然で反ってばれやすくあまり役に立たない。
 愛称は「ルナ」。三月精の中で最もとばっちりを受ける役回りをすることが多い。
 月の光を浴びる事で怪我を治癒する事が出来る。「文々。新聞」を読んでるシーンが度々登場し、人間の子供と同じ様なものを好む妖精の中では珍しく、蕗の薹やコーヒーなど苦味のあるものを好む。
 月の光の妖精だからか夜に出歩くことが多く、十六夜の日には色々なものを拾ってくるらしい。
 一応3人の中では一番残酷らしく、紫から「(三月精の中で)最も妖怪に近い」と称されていた。
 地味に小説版の主役らしい。

 【サニーミルク】
 ・種族 妖精
 ・能力 「光を屈折する程度の能力」
 ・三妖精のリーダー格。日の光の妖精。
 日の光を屈折させて、虚像を見せて道に迷わせたり、自分達の姿を見えなくしたりする。
 だが雨の日などは不自然でばれやすくあまり役に立たない。愛称は「サニー」。
 3人の中で最も頭は切れ、表情豊かで明るく、元気もある。でも一番失敗が多い。
 日の光を浴びる事で怪我を治癒する事が出来る。
 もっぱら名前の響きがえろいとか散々な言われようだったりするが、そこには目を瞑ろう。

 【スターサファイア】
 ・種族 妖精
 ・能力 「動くものの気配を探る程度の能力」
 ・星の光の妖精。気まぐれな性格で腹黒い。
 能力は三妖精の中でレーダー的な役回りで間接的ながら重要だが、彼女の性格のせいか悪戯が失敗する事が多い。
 三妖精の中では唯一天候に関係なく能力が使える。愛称は「スター」。天候に影響を受けず、常にゆっくり回復する。


 ◇求聞史紀◇


 【稗田阿求(ひえだのあきゅう)】
 ・種族 人間
 ・能力 「一度見た物を忘れない程度の能力」
 ・九代目阿礼乙女で稗田家の現当主。九代目だから名前は「阿求」らしい。
 百数十年に一度の転生を繰り返しながら幻想郷縁起を書いている。
 一代一代は短命で30歳ほどしか生きられないが、総括的に見ればとんでもなく長生きしている。
 主に妖精に対する黒すぎる感情が見え隠れする。なんかいやなことでもあったのか?
 パチュリー、慧音、永琳に並ぶ知識人。


 ◇緋想天◇


 【永江衣玖(ながえいく)】
 ・種族 妖怪(竜宮の使い)
 ・能力 「空気を読む程度の能力」
 ・礼儀正しいのに黒くないという新鮮なキャラ。初の雷属性でもある。龍の世界と人間の世界の間を行き来し、龍の言ったことから重要な情報を抜き取って伝えるのが仕事らしい。
 能力はどう考えても「雷を操る程度の能力」では? と思った人も多分多いはず。
 羽衣は武器でドリルのように回転して相手にぶっさすことができる凶悪兵器。
 技のポーズがサタデーナイトフィーバーに酷似していることから、早速その方面で話題に。
 東方キャラの中で、「お姉さん」という言葉が一番しっくりくるのは彼女だと思われる。

 【比那名居天子(ひななゐてんし)】
 ・種族 天人くずれ
 ・能力 「大地を操る程度の能力」「気象を操る程度の能力(緋想の剣の能力)」
 ・東方緋想天のラスボス。不良天人だの天人くずれだの言われるとおり、性格は天人らしくなく、非常にわがまま。言動はSッポイのにストーリーモードでは全員からワザとボッコボコにされていたことが原因でM疑惑が浮上中。
 暇で退屈だからという理由で幻想郷に異変を起こした前代未聞な人。
 彼女本人のストーリーモードで多くのキャラに連戦して勝利していく様から、多分強キャラではあるだろうが、紫にギッタンギッタンにされたことを考えると最強クラス一歩手前ぐらいの強さと思われる。
 最近はドMに続いてどうも二次辺りでツンデレ属性もついてきた模様。


 ◇地霊殿◇


 【黒谷ヤマメ(くろだにやまめ)】
 ・種族 土蜘蛛
 ・能力 「病気(主に感染症)を操る程度の能力」
 ・能力は恐ろしいが友好的。性格もいい様子。
 もっぱら意図がどこから出るのか議論されていたりするが、詳しいことは不明。
 地下世界のアイドル。でもみんなから避けられる悲惨な人。

 【水橋パルスィ(みずはしぱるすぃ)】
 ・種族 橋姫
 ・能力 「嫉妬心を操る程度の能力」
 ・地上と地下を結ぶ縦穴の番人。とても嫉妬深いペルシャ人。
 どことなく貴公子っぽい格好。服の柄は橋模様。珍しく頭にオプションがないが、その代わり耳が尖っている。
 ヤンデレと思われがちだが、清く正しく真っ直ぐに嫉妬深いだけであるとも言える。
 その外見からアリスもどきとも。

 【星熊勇儀(ほしぐまゆうぎ)】
 ・種族 鬼
 ・能力 「怪力乱神を持つ程度の能力」
 ・伊吹萃香と同じく、鬼族の四天王の一人。
 二つ名は「力の勇儀」。腕っ節至上主義。鬼なのに3面ボスなのは力を試したため。
 なので倒されても余裕が漂う。本来の実力はラスボス級のご様子。
 「怪力乱神(かいりょくらんしん)」とは語ることの出来ない不思議の意。

 【火焔猫燐(かえんびょうりん)】
 ・種族 火車
 ・能力 「死体を持ち去る程度の能力」
 ・さとりのペットその1。あたい3号。怨霊や妖精のゾンビも操ることが出来る。
 努力家で人懐こい。死体や怨霊を操る術や人化能力は努力で身につけたらしい。
 猫の姿の人の姿になるが、人間時はネコミミゴスロリと特徴的。
 種族の火車とは罪人が死ぬと死体を墓場や葬式会場から地獄に持ち去るのが生業。
 なので旧地獄の灼熱地獄を維持する為に、燃料になる死体を猫車で集めるのが日課。
 お空とは友人関係っぽい。

 【霊烏路空(れいうじうつほ)】
 ・種族 地獄鴉 with 八咫烏
 ・能力 「核融合を操る程度の能力」
 ・元はさとりのペットその2の単なる地獄カラス。灼熱地獄跡の温度調節を仕事としている従者なラスボスなのでカリスマ皆無。
 元々は仕事熱心で現状にも満足していたようだが、悪い人達にそそのかされ神(八咫烏=太陽=核爆発)の力を注入されてえらいことに。
 弾幕は驚くほど白い。そのスぺルカード名から「バハムー子」とも。
 しょせん鳥頭。脳みそ小さい。親友のお燐に呆れられている。
 温泉卵を食べてるときに「うにゅ?」という発言を残すことで地味にファンがついているかもしれない。
 つーかそれ共食……。

 【古明地さとり(こめいじさとり)】
 ・種族 さとり
 ・能力 「心を読む程度の能力」
 ・地下深くに存在する地霊殿の主。女性版ムツ○ロウさん
 心を読む程度の能力を持ち、そのせいか如何なる妖怪、怨霊からも恐れられ、いつしか地霊殿に訪れる者は殆ど居なくなっていた。
 その逆に、言葉を持たない動物や怨霊にはなつかれており、そのせいか地霊殿には多くのペットがいる。
 全面的にペットのことは信用しており、お燐、お空も彼女のペットである。

 【古明地こいし(こめいじこいし)】
 ・種族 さとり
 ・能力 「無意識を操る程度の能力」
 ・さとりの妹。本来はさとりと同じく心を読む能力を持つ。
しかし他人から嫌われるのを恐れ、その力を封じてしまった。心を閉ざしているので姉のさとりにも真意が読めない。
 心を読む力は、自らの心の強さでもある。それを嫌われるからと言って閉ざしてしまう事は、ただの逃げでしかなく、結局は自らの心を閉ざしたのと変わらない。他人の心を受け入れないで完全にシャットダウンする事と同義。
 そのせいか、どうにも感情の一部に制限がかかっているようにも感じる。
 無意識を操るため、その存在を確認するのはワリと至難の業らしい。


 ◇儚月抄◇


 【綿月豊姫(わたつきのとよひめ)】
 ・種族 月人
 ・能力 「海と山を繋ぐ程度の能力」
 ・依姫の姉。天性の幸運の持ち主。天然。妹と比べるとタレ目気味。
 永琳の又甥の嫁。ただし「人間風に言うと」という前置きがあるので、実際に既婚者かどうかは不明。元ネタの神話だと正体は鮫(ヤヒロワニ)である。
 窓から飛び降りて玉兎(レイセン)を踏み潰したり、妹がとっておいた桃を勝手に収穫したりと、かなりのお転婆。
 永琳の量子論的講釈を応用し月と地球、表の月と裏の月を繋ぐことができる。
 説明だけ聞くと物質転送かワームホールのようだが彼女の能力は空間上の点と点を直接接続できるようだ。
 裏の月への侵入者の監視および月の使者の先導役を担う。仕事柄平時はかなりヒマ。

 【綿月依姫(わたつきのよりひめ)】
 ・種族 月人
 ・能力 不明(神霊を呼ぶ程度の能力?)
 ・豊姫の妹。永琳の教えを何でも吸収したらしい。姉と比べるとツリ目気味。
永琳の又甥夫婦の息子の嫁。
 ただし「人間風に言うと」という前置きがあるので、実際に既婚者かどうかは不明。
 元ネタの神話だと実家に帰った姉の代わりにその子供を育ててそのまま結婚、神武天皇を産んだ。
 服装は姉妹で殆ど変わらないが、こちらはリボンでポニーテールを結っている。
 わざと怖い事を言って玉兎(レイセン)をビビらせたりと、意外に腹黒。
 月の使者となる玉兎の戦術指南がお仕事。
 本人は割とチートのように強かったりする困ったさん。


 ◇星蓮船◇


 【多々良小傘(たたらこがさ)】
 ・種族 からかさお化け
 ・能力 「人間を驚かす程度の能力」
 ・使われなくなった傘が化けた者。
 彼女は元々は忘れ物の傘だったが、配色が不人気で誰も拾ってくれる事もなく、雨風に飛ばされているうちに妖怪になった。
 カラカサを持っている。オッドアイ。負けても人間を驚かそうと粘る根性の持ち主。でも最後はやけっぱち。今後の目標は原点回帰。
 天子に続くM属性二号……? なんだか巷で素足下駄で人気沸騰中。
 最近の人間は妖怪にちっとも驚かない…と嘆いている。
 どういうわけか涙目がよく似合う。いじられ属性もちなのは確実っぽい。二次だともっぱら早苗の玩具状態。
 二面ボスかと思えばまさかのEX中ボスでも登場。こやつ、できる!!

 【ナズーリン】
 ・種族 妖怪ネズミ
 ・能力 「探し物を探し当てる程度の能力」
 ・1ボスネズミ。長いダウジングロッドを2本持っている。
 ダウジングロッドの右側の先端にW(West)とN(North)、左側の先端にE(East)とS(South)の文字がついている。
 ダウジングが得意な、ネズミ使いの鼠。性格は忠実だが、一方でずる賢く高圧的で逃げ足も早い。
 しゃべり方が小生意気な少年系でしたたか腹黒。
 ご主人は寅丸星。でも本来の上司の毘沙門天から命令されて星を監視している。
 どうも人喰いらしく、しっぽで運んでいる籠の中の子ネズミも人肉大好き食欲旺盛。
 星からは結構信頼されている様子。
 星の頼みごとに、迷惑がりながらなんだかんだいいつつもそれに応えるナズーリン、とかいう関係だったら悶える。主に作者が。

 【雲居一輪(くもいいちりん)】
 ・種族 妖怪
 ・能力 「入道を使う程度の能力」
 ・白蓮の封印時に地底に封印された内の一人。
 性格は真面目だが思い込みが激しく、やる気が空回りしているフシがある。
 忠誠度は高い。自分の役割には自信と責任感を持っているようだ。
 どちらかというと典型的学級委員長のような生真面目タイプ。
 賊には容赦なし。もれなく雲山の鉄建の制裁がお待ちである。
 聖に何かの恩があるようだが詳細は不明。
 同胞である寅丸星やムラサが白蓮を「聖」と呼ぶ中、一人だけ白蓮を「姐さん」と呼んでいる。
 空飛ぶ船のことを「霊験あらたかなかの建物を近代的に改造したもの」と言う。
 これまた長いこと生きているようで、「この時代」にも妖怪に対抗できる人間がいることに感心していた。気持ち人間寄り?

 【雲山(うんざん)】
 ・種族 入道
 ・能力 「形や大きさを自在に変える事が出来る程度の能力」
 ・一輪の取り巻き。ゲームに登場しビジュアルもある、玄爺以来の男性キャラ。
 初見プレイヤーを腹筋崩壊させる程度の能力を持つ。眼力フラッシュ!
 一輪に使役される雲入道。げんこつと雷で攻撃してくる古き良き時代の親父殿と思われる。
 頑固で無口で頭が固いが、根は優しく曲ったことが嫌いで正々堂々としたことを好む、とのこと。嘘は言わないらしい。
 特技はロケットパンチと眼力フラッシュ。どちらもはんぱない頻度と大きさ。
 正直囲まれて逃げ場がなくなる。三面は主に彼が頑張っているのも事実。
 古き良き時代のお父さんを髣髴とさせるキャラである。

 【聖白蓮(ひじりびゃくれん)】
 ・種族 魔法使い
 ・能力 「魔法を使う程度の能力(身体能力を上げる魔法を得意とする)」
 ・大昔の尼僧。人間をやめた大魔法使い。遠い昔に魔法を使ったために封印された僧侶。
 霊夢すらも一瞬怯ませるほどのカリスマ持ち。流石、修行の成果と年の功。
 人も妖怪も神も仏も全て同じと言う絶対平等主義者。
 命蓮というよく出来た弟がいたが、姉の白蓮より早く死んでしまう。
 その死を嘆き悲しみ、死を極端に恐れるようになった結果法力を超えた妖術魔術の類の、若返りの力を身に付けた。
 最初は自分の魔力維持のために妖怪を助けていたが、妖怪の不憫な立場に同情して次第に妖怪を守らねばと思うようになった。
 人間からの信奉も非常にあったが、妖怪との共存を望み加担していたことがばれると一転、悪魔扱いをされて魔界に封印されてしまった悲劇の人。
 人柄は優しく丁寧。例えるならば菩薩様、もっとわかりやすく言えば隣家の優しいお姉さん。
 大人の女性の包容力、ゴッドマザー的な懐の深さを持ち、その内面を慕う妖怪は多い。
 基本的に天然さんで書かれることの多い人。命蓮寺における中心人物。

 【寅丸星(とらまるしょう)】
 ・種族 妖怪
 ・能力 「財宝が集まる程度の能力」
 ・幻想郷界隈では珍しい金髪黒髪混じりの虎柄ショートカット。敬語使い。
頭に花が咲いているが、毘沙門天の弟子でも代理でもあるので偉いっぽい。縁起の良い妖怪とのこと。
 七福神の一人。白蓮の手引きで毘沙門天に帰依しているため信仰を一身に受けていた。
 山の妖怪の中では一番まともで白蓮の信頼もあったが、毘沙門天は心配しており、こっそり動向をナズーリンに監視させている。
 非常に真面目で優秀だが、大事な宝塔をなくしてしまうなどドジっ子属性も垣間見える。
 おかげで、二次では結構ナズーリンに頭が上がらない描写が多い。
 また、相手を褒め称え癖あり。もちろん毘沙門天らしく正義云々も言う。
 白蓮を失ったことを後悔しているらしく、ムラサ船長たちと協力して聖復活のために尽力する。
 おそらく、命蓮寺では一、二を争う聖っ子。


 ◇ダブルスポイラー◇


 【姫海棠はたて(ひめかいどうはたて)】
 ・種族 鴉天狗
 ・能力 「念写をする程度の能力」
 ・花果子(かかし)念報の記者。
 射命丸文とは、お互い妄想新聞、弱小新聞と言いあっているが、仲が悪いわけではなく、どちらかといえば上を目指して競い合うライバルといったところらしい。
 文が一般的なカメラを使うのに対し、はたてはケータイカメラを使う。
 念写能力で家に居ながら写真の撮影をし、それで新聞を書いている。
 この念写、ケータイにキーワードを入力すると画像が出てくるというものらしい。
 要するに画像検索。その所為か誰かが撮ったことのある景色しか撮れないため、
はたての新聞は情報が古いと言われている。
 ちなみに性格は引き篭もっていたためか、自ら鬼に干渉しようとするなど、世間知らずの怖いもの知らず。
 その根っこは明るく生意気で、口調がコギャル(死語)っぽい。
 思ったことをそのまま口にしたりするため、毒舌だったりすることもあるが、ダブルスポイラーのこいし戦では「楽しい気持ちを読んでもらって、楽しくなってもらおう」などという意味合いの発言もしているので、根っこのほうは悪い奴というわけではなさそうである。
 良くも悪くも正直ということか。


 ◇旧作◇


 【神綺(しんき)】
 ・種族 神
 ・能力 記述なし
 ・旧作の中では最も近代的な作品、東方怪綺談のラスボスにして魔界の創造神。
 その溢れ出るようなカリスマに誰もが圧倒された……などということは決してない。断じてない。
 聳え立つ(たくましい)アホ毛サイドテールが特徴的。
 二次だとよく、アリスとの母娘ネタに借り出される。
 しかし公式ではどういう関係なんだかいまいち不明。
 旧作のキャラの中ではワリと有名なほう。時々神崎と間違われる。
 
 【幻月(げんげつ)】
 ・種族 悪魔
 ・能力 記述なし
 ・純白の翼を持った、パッと見天使に見える少女だけどキッパリ悪魔。
 旧作、東方幻想郷のEXボス。夢月の双子の姉。夢幻世界の主。
 発狂モードになると手がつけられなくなるので、東方最凶と呼ばれている。
 でもEXボスの中ではEXアリスに押されてかEX里香並みに知名度が低い。
 彼女もしっかりマスタースパークに似た技を使う。夢月と二人で一人前。
 二次だと大体、幽香の友人で夢幻館に居候していたりする。

 【夢月(むげつ)】
 ・種族 悪魔
 ・能力 記述なし
 ・旧作、東方幻想郷のEX中ボス。
 幻月の双子の妹で、夢幻世界の主。姉の幻月の趣味でメイドの様な格好をしている。うそっこメイド。
 「むつき」では無い。人間の命など何とも思ってないらしい。
 二次では幽香の友人で、もっぱら夢幻館に居候していてメイドの真似事なんかをやっていたりする。でも大抵敬語は皆無。

 【エリー】
 ・種族 妖怪
 ・能力 記述なし
 ・現実世界と夢幻世界の境にある夢幻館の門番。大鎌を使う。
 元祖大鎌少女。ブランクのせいで主人公一行に敗れる。
 小町に比べて、鎌を弾幕に有効活用しているので、どうやら実用品のよう。
 幽香の従者その1。

 【くるみ】
 ・種族 妖怪(吸血鬼)
 ・能力 記述なし
 ・元祖吸血鬼。しかしその力はスカーレット姉妹に遠く及ばない。
 でもテーマ曲は紅でScarlet。もしかして三姉妹の末娘?
 それはそれでウォールナッツ・スカーレットってこれまた変な名前に。
 吸血鬼なので流水が苦手なはずなのに、湖に配属されているかわいそうな子。
 幽香の従者その2。今日もまた幽香にこき使われる。ご愁傷様。

 【岡崎夢美(おかざきゆめみ)】
 ・種族 人間(平行世界人)
 ・能力 記述なし
 ・旧作、東方夢時空のラスボス。後にも先にも、唯一の人間のラスボス。
 ありとあらゆる可能性の間を航行する、可能性空間移動船を造り幻想郷にやってきた。
 平行世界では比較物理学の教授。でも18歳。
 「全ての力は統一原理に従う」という学説に異を唱え、魔力の存在を学会に提唱した。
 が、無論一笑に付され、学会への復讐と自説の実証のために幻想郷に。
 核ミサイルを持ち込み、霊夢にメイドロボを提供するなど、とんでもない方である。本当に物理学者?
 ちなみに、紅魔館から設定が一新されたため、件のメイドロボがどうなったかはまったく持って不明。
 幻想郷の力を見て素敵素敵と連呼する、ちょっとアレな人。
 旧作ラスボス中最強と言われることもあるくらい、その弾幕と避け能力は恐ろしいものがある。
 イチゴが大好き。

 【北白河ちゆり(きたしらかわちゆり)】
 ・種族 人間(平行世界人)
 ・能力 記述なし
 ・花映塚の前身、東方夢時空のセミファイナルのボス。小町のポジション。
 主人の夢美と共に、可能性空間移動船で幻想郷にやってきた。でも幻想郷にもうひとりのちゆりがいるらしい。
 その口調から「Win版魔理沙の中の人」とよく呼ばれる。
 字が汚い。夢美とはタメ口、独断専行しても拳骨で許されるフランクな関係である。
 15歳でセーラー服。でもこれでも大学院卒。

 【小兎姫(ことひめ)】
 ・種族 人間
 ・能力 記述なし
 ・旧作、東方夢時空に登場した幻想郷の警察官。
 性格が破綻していて、しかも感性が普通とずれている。
 そのせいか真性のマニアであり、人が集めようとも思わないものをコレクションする。
 まさしくアブノーマルな道を切り開く存在である。
 袿袴姿のお姫様のようであるが警察官。捜査を任務としている。
 本人は一般人に変装できていると思っているらしい。どうみても一般人に見えません。




 ■ADVENT CIRNO■
 ※簡単に紹介するとFF風味の東方。東方とFFのMIXというコンセプトの元、『One Night Stand』の牛木義隆さんが同人誌で書かれている作品。
 知っている人にはアドチル、Aチルノなどの愛称で親しまれている作品でもあります。
 FF分は薄く、全キャラが必ずしもFFキャラクターに対応しているわけではありません。
 ストーリーの方も特に壮大と言うわけでもなく、ちょっとした珍事件、怪事件をチルノとその仲間たちが「あたいが何とかするわ、なんてったって最強なんだから!」と華麗(?)に解決する。
 そんなちっちゃくてちょっといい話がメインのお話です。
 そしてアドチルを知らない人のためにも、ここでは、そんなちょっと違うチルノたちの紹介をさせていただきたいと思います。
 メインキャラについては、サイトや同人誌に乗っている紹介をほとんどそのまま抜粋しています。
 それでは、↓にどうぞ。







 【チルノ】
 ・元森羅カンパニーのソルジャー。現在は自称、正義の味方。
 当たり剣を軸とし、スイカソード、チョコエッジ、ウエハースブレイドの計6本の剣からなる巨大剣、バスタードチルノソードを軽々と扱い、今日も颯爽と幻想郷の平和を守る。
 猫舌といわれるとキレる


 【レイセン・ウドンゲイン】
 ・チルノとはルパンに対する次元大輔のような関係。
 森羅カンパニーの科学部門統括者、八意永琳の元助手だったが、研究と称しあんな事やこんな事をされるのが嫌で逃げ出す。
 ウサギ型の拳銃、ピーター・ザ・ラビットを操るガンナー。
 クールそうな見た目とは裏腹に、実は結構ノリがいい。


 【メイリン・ロックハート】
 ・喫茶店「7番街中央通り上海紅茶天国」(略して中国)の女主人。
 周りからは「中国の姐さん」「中国のマスター」「中国さん」と愛称で呼ばれて親しまれているが、内心では本名で呼んで欲しいと思ってる。
 チルノとレイセンのお姉さんのような人物。
 面倒見は良いが、ゲンコツは流さすがに痛い。武術の達人。


 【ミスティア・ローレライ】
 ・上海紅茶天国にいつの間にか住み着いていた歌姫。
 ある日メイリンが買出しから帰ってきたら店の中に居て、「お邪魔してます~」とメロディー付きで言われた。
 特に何かを求めてくるわけでも無く、彼女の歌目当てのお客さんも増えたのでそのまま居てもらうことに。
 朝の5時に来て夕方4時に帰る。私生活は不明。
 彼女が来てから店のメニューから鳥料理が消えた。
 澄んだ声で民謡からメタルまで何でも歌う。


 【上白沢慧音(かみしらさわけいね)】
 ・身寄りの無い子供を引き取り、白沢園という学校を開いて勉強を教えている聡明で優しい女性。
 怒ると角が生える。
 チルノもここの卒業生。他の子を泣かすわ、おやつを独占するわの学校始まって以来の問題児だったそうな。

 【マリサ・キリサメ】
 ・手裏剣八卦炉を片手に、色々な場所で盗みを働いていた少女。本人いわく、借りているだけ。
 その盗みも病気になったアリスを救うために、万物の霊薬(エリクサー)を作るためだった。
 後にチルノと結託してドラゴンを撃破。竜の血を手に入れ、無事にエリクサーを作ることに成功する。






 ■オリジナルキャラクター紹介■


 【店長】
 幻想郷のカフェを営む店長さん。本名不明。
 人間でありながら妖怪に対しても広い理解を示しており、ミスティアとは友人関係にある。
 ごつい体つきと渋い声、かわいらしい雀のプリントがされたエプロンがトレードマークという、ナニカ間違えまくった人。

 髪の毛は黒のオールバック。目の色も黒。
 ・身長224cm・体重120kg



 【アオ】
 青い鳥の妖怪。能力は【自身の幸運を分け与える程度の能力】。そのせいか、ものすごい不幸体質でよく死に掛ける。
 人がよく、明るい社交的な性格で、色々間違った関西弁を喋る。
 麻雀でのみ、ありえない絶対的な幸運(強運、または豪運ともいう)を発揮し、現在無敗とかよくわからない特技をもっていたりする。

 髪の毛は青色のロングヘアー。瞳は琥珀色。
 ・身長160cm・体重48kg・スリーサイズB72W58H77


 【撫子(なでしこ)】
 【存在を偽る程度の能力】をもった人間の少女。その能力の特異さから、里の人々からは迫害を受けている。
 基本的に善人で、自分のことよりも他人のことを優先する。大人しく、おしとやかな性格だが、時には大胆な行動に出ることもある。
 特技は料理と色々家庭的。
 
 髪の毛は薄桃色のロングヘアー。瞳は藤色。
 ・身長153cm・体重41kg・スリーサイズB77W61H80


 【ルリ】
 アルビノとして生まれた悪魔。悪魔でありながら騎士としての心構えを持った変わり者。真贋は不明だが、『ブリューナク』と呼ばれる槍を所持している。
 悪魔としてのスペックは全てにおいて平均以下だが、持ち前の技術と度胸でそれを克服する。
 性格は飄々としており大雑把なところもあるが、姉御肌で面倒見がいい。
 髪は白。瞳は赤。能力は【槍と魔法(主に氷)を扱う程度の能力】。
 わりと戦うことは好きな様子。
 ・身長147cm・体重35kg・スリーサイズB82W55H73



 【ソラ】
 とうとう登場しちゃったアオの姉。でも見た目はレミリア並みのちびっ子。
 青い髪のツインテールに、琥珀色の瞳。能力は【空間を渡る程度の能力】。
 超ドS。妹弄りが趣味。でも妹は大好きと中々難儀な性格。
 【何でもあり】をモットーに動く、ある意味オリキャラ内ではもっともぞんざいな設定の下に動くキャラクター。
 銀魂でいうお妙さん。ハレグゥで言うところのグゥのような存在である。
 過去に人間に恋をした経験があり。ただし、時代が時代だっただけに実らなかった。若かりし頃は幽香並みにやんちゃだったようである。
 ・身長133cm・体重30kg・スリーサイズB68W52H66

 【ラピス・ラズリ】
 ルリのありえたかもしれない一つの可能性。もしもアルビノとして生まれず、悪魔らしい力を持って生きていたらというIFの存在。
 ルリとは違い、細かい技術など持ち合わせていないが強大な魔力と飛びぬけた身体能力で辺りを薙ぎ払う。
 170cmもの黒い刀身をもつ大剣を片手で振り回し、その様はさながら悪鬼の暴剣と呼ぶにふさわしい光景で、軽く自然災害の領域である。
 ただし、やっぱり根元はルリなのか根本的に運がない。可愛いものが好きなのも変わらず。ただ、ルリよりも好戦的で冷酷な性格はしている。
 ・身長147・体重35kg・スリーサイズB82W55H73





[3954] 東方よろず屋【第二部】 プロローグ「マダオと天人と兎と天狗」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2008/08/26 23:16

 侍の国。この江戸という場所がそう呼ばれていたのは、はるか昔。
 今この土地には天人(あまんと)と呼ばれる者たちが往来し、かつての面影も薄れつつあった。
 江戸の中央にはターミナルが立てられ、天人たちが次々とやってくる。

 そんな江戸のかぶき町と呼ばれる場所。そこは未だにかつての面影を色濃く残しており、その場所に、今回の主人公は居を構えている。
 坂田銀時。よろず屋銀ちゃんなる店を構えるこの話の主人公。銀髪に白い服をだらしなく来たこのマダオ(まるで駄目なオッサン)は、かぶき町の道端をジャンプ片手に歩き―――

 「こぉのマダオがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 「ぐほぁっ!!?」

 後ろからドロップキックで急襲されて吹き飛ばされることとなった。
 黒髪に眼鏡と特に特徴のない地味な少年、志村新八の見事な一撃は露骨な粉砕音を当たりに撒き散らし、遠慮なく銀時を地面に勢いよく転がした。

 「てめぇ!! 何しやがんだ新八!!」
 「こっちの台詞だボケェェェ!! この家計が厳しいって時に何ジャンプなんか買ってきてるんですかアンタ!!」

 しかし銀時もなれたもので、すぐさま飛び起きてしっかりと反論し、これまたしっかりとした新八の正論が帰ってくる。
 場所は既によろず屋の前。スナックお登勢の隣にある階段を登ればすぐさま二階のよろず屋にたどり着く。
 そんな場所で、二人は辺りの目など知ったことかといわんばかりに口論を始めていたりする。

 「馬鹿おめぇ、ジャンプは男の心のガソリンなんだよ。心はジャンプでできてんの銀さんは。それに金だってほら、腎臓って二つもあるの、なんか邪魔じゃない?」
 「何夢語ると同時に恐ろしいこと口走ってんですか!! 絶対売りませんよ!!」
 「うるせぇぇんだよ、テメェ等ぁぁぁ!! 店の前でガタガタ騒ぐんじゃないよボケェェェェェ!!」
 『あ、すんません』

 いい具合にヒートアップしていたところを、店から包丁片手に出てきたお登勢さんの登場でとっさに謝る銀時と新八。
 それも無理らしからぬことだろう。お登勢さん+包丁で簡易鬼婆の誕生である。その怖さ、押して知るべし。
 ピシャァンッと思いっきり引き戸を閉めるお登勢さんの姿を確認して、二人は安心したように息を吐く。

 「はぁ、まったく。銀さんのせいで怒られちゃったじゃないですか。せっかく懐かしい人たちが会いにきてくれたって言うのに」
 「いや、今のはお前のせいだって。明らかに―――って、懐かしい?」

 「そう、【懐かしい】よ。一ヶ月ぶりかしらね」

 声は、頭上からした。

 声のしたほうに視線を向ければ、その先にいたのは鮮やかな青い髪に、桃のアクセサリーがついた黒色の帽子を被り、にこやかな笑みを浮かべてそこに彼女はいた。
 逆光でよく見えないが、下界を見下ろすように、まるでそれが当然のように見下ろすその態度が、その少女らしくて実に似合っている。

 「こんにちわ、そしてお久しぶりね、銀さん。お邪魔してるわよ」

 彼女の名は比那名居天子。
 少女は銀時たちが行方不明になっていた時期に迷い込んだ異世界【幻想郷】の住人であり、その世界で営んでいたよろず屋のメンバーのうちの一人。

 「おう、なんにもねぇが、ゆっくりしていけや」

 その姿を認めて、銀時も苦笑しながらそんな言葉を投げかける。
 再開というにはあまりにもあっさりとして、あまりにも淡白な会話。だが、彼らにはそれだけで十分だ。



 暦は七月の終わりごろ。一ヶ月の時間を経て、彼女は銀時たちの世界に足を踏み入れた。






 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■プロローグ「マダオと天人と兎と天狗」■










 「そんなわけで、お邪魔してますね。銀さん♡」
 「♡じゃねぇよ!! なんでブンブンまでいんのこれ!? つーか、そこの兎妖怪……たしか、うどんげっつったっけ? なんで簀巻きにされてそこに放置されてんの!!?」

 入った瞬間、そこには天子のみならず、鴉天狗の射命丸文と、何ゆえか簀巻きにされて床に転がされている月の兎、鈴仙・優曇華院・イナバの姿までもがあった。
 明らかに犯罪のにおいがぷんぷんとするその光景に、たまらず銀さん大絶叫。
 そのやかましさにもかかわらず、よろず屋の従業員の一人、夜兎族の神楽は何事もなかったかのように酢昆布にかじりついている。

 「なんでって、たまたま見かけたんでそのまま拉致してきたんですけど?」
 「犯罪だったぁぁぁぁぁ!!? 返して来い!! 輝夜んとこに返して来いコラァァァァ!!」

 再び銀時大絶叫。その瞬間、外の階段を猛烈な勢いで駆け上がってくる足音。その数秒後には勢いよく戸が開く。

 「うるせぇぇぇんだよこのタコォォォォォ!!!」
 『あ、すみません(スンマセン)』

 包丁持った鬼婆、再臨。
 その迫力と殺気に反射的に謝る銀時と文。これまた勢いよく戸を閉めると、お登勢さんはつばを吐き捨てながら帰っていった。
 幸いにして場所がよかったらしく、簀巻きにされた鈴仙は見つからなかった。
 仮にこんな場面が見つかったら、間違いなく警察に通報である。そんなの冗談ではない。ワリと警察にお世話になることが多かったりするが、それは置いておこう。

 「……つーか、いい加減開放してやれよ。大体どういうことなんだ、こいつぁ」
 「うーん、まぁ説明すると長いんだけどねぇ」

 銀時の疑問に、言葉を返したのは彼の傍にいた天子だった。
 うーんっと難しい顔で唸っていた彼女だったが、やがてぽつぽつと昨日の出来事を語り始めた。







 その日、比那名居天子はようやく八雲紫に弾幕勝負で勝利した。
 約一ヶ月の時間を費やし、ようやく勝ち取ったその勝利。それがこんなにも嬉しいものだとは思わず、ついついはしゃいでしまったことは今でも覚えていた。

 そしてその日は、まったく別の場所で二つの事件が同時に起こっていたのである。

 まず一つ、射命丸文が起こした事件である。
 博麗神社に持っていったお酒の山。その日の大宴会に持っていったその極上のお酒。それが事件を引き起こし、同時に文にとっての災難の始まりだった。
 実はこれ、天狗たちを束ねる立場にある「天魔」と呼ばれる天狗の好物の酒であり、文が無断で持ち出してしまったのだ。
 この宴会に必ずといっていいほど参加する「小鬼」がいるのに、その酒が残るなんてことあるはずもなく。

 結果、彼女は大いに怒った上司から「一年間妖怪の山に立ち入るべからず」などという罰を受けてしまったのである。
 しかし、文はこの処分については特に異論を唱えなかった。自分に非があることは確かだし、一年程度ならすぐに終わるだろう。
 長い時間を生きた彼女にとって、一年などそれこそたいした時間などではない。人間とは違う時間の捉え方だからこそ……とも、言えるかもしれない。
 まぁ、問題は。追い出されている間、どこに寝泊りしようかという問題はあったのだが。何しろ、彼女の家は妖怪の山の中だし。

 そして二つ目は、鈴仙・優曇華院・イナバの身に降り注いだ事件である。
 まぁ、事件といってもいつものことだ。彼女の上司が無茶を言ったり、弄んだりで散々な目にあうなんていう、永遠亭ではワリと日常と化しつつあるその光景。
 ただ違うことといえば、そのまま耐え切れずに家出をしてしまったことだろうか。
 あてのない彼女は結局辺りをふらふらとさまようことになったのだが、その時に丁度、山を追い出された射命丸文と遭遇。
 瞬間、捕縛された。主に非常食料的(半分冗談)な意味合いで。
 そんな二人に……というよりも、銀時たちと面識の会った文に、八雲紫からことの通達があったのだ。

 明日、銀時たちのいる世界に道を作る、と。














 「そこでピンっときたんですよ。よろず屋でしばらく寝泊りさせていただこうと思いまして」
 「文さぁぁぁぁぁん!!? 鈴仙ちゃん完全にとばっちりじゃないですかぁぁぁぁ!!!」

 いつの間にか語り手が文に変わっていたことには突っ込まず、聞き捨てならない話のないように思わず新八がツッコミを入れていた。
 鈴仙は既に開放され、ソファーに温かいコーヒー片手に涙を流していたりする。
 実に哀愁を誘う。そしてその姿こそが彼女らしいとか、よっぽど不幸に見舞われる体質なのかもしれない。あれ、なんかデジャヴ。

 「あの、しばらく私もここに寝泊りさせてもらってもイイですか? 今師匠のところに帰ると何されるかわからないので」
 「……ねぇ、食料扱いされたことには何か思うところないの、鈴仙ちゃん?」
 「もうね、……慣れたわ」

 ものすごく遠い目で、ものすごい返答が返ってきた。「むしろ食料扱いなんてまだマシよ。薬の実験台とかもう……」なんて呟きが聞こえてきたりしたが、その辺はスルー。
 誰しも、聞かないほうが幸せだっていうことは一杯あるのである。
 その辺を心得ている辺り、新八は一歩大人の階段を登ったに違いない。ろくな階段じゃないだろうけど。

 「まぁ、そいつはかまわねぇがよ。オメェら一体どこからこっちに来たんだ?」
 「どこって、あそこ」

 銀時の言葉に、天子が平然と指し示したのは、何ゆえかよろず屋内の箪笥である。
 嫌な予感がする。何が嫌って、あるひとつの結果に行き着いたもんだから冷や汗が止まらない。
 恐る恐る近づき、箪笥の一番下を引っ張ってみる。





 そこは、真っ黒な空間と化して異界が広がっていたりするのであった。




 「ちょっとぉぉぉぉぉ!!? ウチの箪笥がどこ○もドアにぃぃぃぃぃ!!!」
 「なんでも、人里のよろず屋のクローゼットとつながってるらしいアル」

 銀時の叫びに、平然と答える神楽。それを肯定するように定春が「ワン」と鳴いた。
 ちなみに、これは新八と神楽が確認済みで、二人はしっかり幻想郷のよろず屋に住んでいるアオと再会を果たしていたりする。

 「そうそう、幽香は太陽の畑で向日葵の面倒見てるから、夏の間は来れそうにないんだって」
 「そうなんですか?」
 「らしいわよ。あそこの向日葵は一斉に咲いて綺麗だしね。彼女なりに苦心してるんじゃない?」

 天子の発言に新八が問いかけ、彼女はその問いを氷解させてやるように、そんな言葉を口にする。
 実際、銀時たちも太陽の畑には行ったことはあったのだが、その時はまだ向日葵は咲いていなかった。
 しかし、あれだけの量の向日葵は目にしているし、それがいっせいに咲き乱れたのなら、それはさぞ絶景だろう。

 「そうだ。天子ちゃんはどうするの? よろず屋に泊まるの?」
 「さすがに私は帰るわよ。ていうか、この家じゃ私までは泊まれないでしょ」

 天子は苦笑しながらそんなことをつむぎ、「確かに」と、新八はそれに同意した。
 確かに、このよろず屋はそこまで広くない。ただでさえ神楽は押入れの中で眠っているというのに、そんなスペースがあるはずもない。
 文と鈴仙も、この分だとソファーがベッド代わりになりそうである。

 「ま、うちに泊まるのはかまわねぇけどよ。その代わりちゃんと働いてもらうかんな」
 「その心配は要りませんよ、銀さん。さすがにただで泊めてもらおうなんて虫のいいことはいいません」
 「私も、別にかまわないけど」

 銀時のその発言にも、特に顔色を変えることもせずににこやかに言う文と、多少戸惑いがちながらもしっかりと言葉をつむぐ鈴仙。

 「なら、俺としちゃ何も言うことはねぇよ」

 そう言って、銀時は愛用の椅子に腰掛けた。
 だらしなく背中を預け、ぼんやりと天井に視線を向ける。

 どうやら、今日からまた騒がしくなりそうだとそんなことを思いながら、銀時はジャンプに視線を落としたのであった。










 「ところで文さん。その手帳とカメラ」
 「あぁ、これですか? 私、新聞は止める気無いですよ? これがあるのは当たり前じゃないですか」

 よろず屋の騒動が、漏れなく幻想郷に流布されるフラグが立ってたりするが、それは銀時のあずかり知らぬところである。


 ■あとがき■
 というわけで、第二部が始まりました。プロローグということでかなり短いですが、いかがでしょう?
 一応、本編の流れには乗らない形になると思います。
 舞台が銀魂世界だったり幻想郷だったりになるんじゃないかなとは思います。
 第二部がいつまで続くかわかりませんが、皆さん、またよろしくお願いします。
 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第一話「爆発は芸術だって誰かがいってた気がする」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2008/08/26 23:15








 「うーん、いい天気ねぇ」

 グーッと背筋を伸ばし、こちらの世界での初めての朝を迎えた鴉天狗、射命丸文は窓の外を眺めてそんな言葉を紡ぎだしていた。
 先ほどまでぐっすりと眠っていたせいもあってか、彼女は若干着崩れした寝巻き姿で、ところどころ健康的な肌が外気に晒されている。
 銀時は……多分まだ眠っているのだろう。この分だと神楽も眠っているらしかった。
 彼女と同じように、反対側のソファーで眠っていた兎妖怪はなにやらうなされていたが、そこはあえてスルーする。
 窓から下を覗けば、既に起きだして仕事をしているらしい人間達と、従来を闊歩する傍目からは妖怪にしか見えない者達、【天人(あまんと)】の姿がちらほらと見える。

 「まったく、どこの世界でも勤勉な者と怠慢な者とで分かれるのね」

 そんな言葉を零し、苦笑しながらちらりと隣の部屋に視線を向ける。意味ありげに向けられた視線の先に、未だに眠っているだろうよろず屋の主の姿を幻視する。
 彼と彼女。どちらが勤勉で、どちらが怠慢か、もはや語るまでもあるまい。
 いつもの丁寧口調はすっかりと引っ込み、代わりに彼女本来の喋りと表情が浮かんでいる。

 新聞記者として、周りとも当たり障りなく、常に丁寧で笑顔でいる彼女。
 そして天狗として、挑発的な言葉と、挑戦的な笑みを浮かべる彼女。
 そのどちらもが、彼女―――射命丸文の切って捨てられない顔でもある。

 くぁーっとあくびをする定春の姿を見つけ、彼女はクスクスと苦笑を零しながら喉元をごろごろと撫でてやる。
 それが気持ちよかったのか、定春は開けていた瞳を再び眠たそうに閉じて、小さな寝息を立て始めてしまう。
 まったく、こうしていればかわいいのに。などと他愛もないことを思いながら、文は机においてあった自分の普段着に着替え始めた。
 寝巻きを脱ぎ捨て、半袖のワイシャツに袖を通し、裾にフリルのついた黒のミニスカート。あとはベルトをしてしまえばいつもどおりの彼女の姿。

 「うぅぅ……、気持ち悪ぃ」
 「あやや、銀さんおはようございます。今日は珍しく早いですねぇ」

 彼女の着替えが終わるのを見計らっていたかのように、顔色の悪い銀時が呻きながら現れる。そのことに多少驚きながらも、敬語を使いながら言葉を投げかける。
 そんな文の姿を見つけ、銀時は死んだような目をこちらに向けて、小さくため息を零したのだった。

 「ブンブンよぉ、ここに居候することになったんだから、その敬語は止めろっつったろーが」
 「いや、そうは言いますけど。今まで銀さん達とは【こっち】で接してきたわけですし……、その」

 銀時のその指摘に、文はらしくもなく口ごもり、困ったような表情を浮かべている。
 文の言うとおり、彼女は銀時たちとは【新聞記者としての射命丸文】として接していたことが多かった。
 無論、プライベートでは素の口調になるため、酒盛りなどをするときは敬語でなかったこともあるにはある。
 が、結局それは銀時たちが幻想郷にいる間の三ヶ月間に数回あるか無いかだ。
 だからこそ、彼女は自分の素を彼らに晒すことを戸惑っている。

 「知るかよ、んなこと。大体、一時的にとはいえここはオメェの家なんだぜ? 家ってのは、自分が自分らしくあるための場所だろーが」

 だから、押さえつけなくていい。とっととさらけ出しちまえ。と、銀時は言いたいことを一方的に言い放ってからのっそりと洗面所に足を向けた。
 その言葉が、文にとってはどんな言葉だったのか。驚きの表情を晒したまま、彼女はついつい銀時を視線で追ってしまう。
 彼女の性格、【新聞記者】としての彼女はともかく、【天狗】としての彼女は、本質である真面目で礼儀正しい部分は変わらないものの、時々高圧的な態度と口調になってしまうのが玉に瑕だった。
 高圧的な態度と口調。こればっかりは、正真正銘【天狗】としての性格の特色なので、どうしようもないことといえばそうなのかもしれない。
 銀時は、そんな彼女を知っている。知っていてもなお、それを抑える必要なんかないと、そう言っている。

 「それにな、ギャップルールって知ってるか?」
 「は? ギャップルールですか?」

 唐突にいわれた言葉に、文は思わず鸚鵡返しのように聞き返してしまう。

 「普段、悪ぶってる奴がたまーにいいことをすると、すんごくいい奴に映る。逆に普段礼儀正しくておとなしい奴がたまーに悪いことをすると、物凄い悪人に映る。これがギャップルールだ」
 「むむ、なるほど。その論法でいけば私は―――」

 言いかけて、何かおかしいことに感づいてピタリと硬直する鴉天狗。
 そしてそんな彼女の脇を素通りして、「あー、気持ち悪ぃ」などと零して洗面所に向かう坂田銀時。
 たっぷり沈黙。そして普段、自分が銀時たちにどのように接しているかを思い出して―――


 「って、その論法だったら私は駄目じゃない!!」
 「あだっ!!?」


 彼女の愛用の手帳が洗面所に入る直前だった銀時のこめかみに、いい具合にジャストミートしたのであった。
 先の言葉で、今までのいい話が全て台無しだ!! と思いもしたが、いつの間にか素の自分が出ていることに彼女が気がついたのは、もう少しあとのことである。













 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第一話「爆発は芸術だって誰かがいってた気がする」■















 「じゃあ結局は敬語のままでいることにしたんですか、文さん」
 「えぇ。もうこうなったら皆さんの前では意地でも敬語で話します。えぇ、話しますとも」

 冷や汗を流しながら、いつものようによろず屋で雑用をこなしている新八の言葉に、文は青筋をしっかりと浮かべながらそんな言葉を返していた。
 天狗とは独自の社会を築いた種族であり、その社会の中で生きてきた文は上下関係というものをはっきりと重んじる傾向がある。
 だからこそ、居候の身である彼女は彼らに対して敬語を使おうとしていたわけなのだが、そのトップから直々に敬語は止めてほしいなどといってきた。
 
 だがしかし、結局は銀時のたとえ話があんまりだったために、このような結果になってしまったわけである。

 「まぁ、私は敬語使ってる文に慣れてるから、別に文句はないアル。信用なくて素を出してもらえなくてもキニシナイアル」
 「神楽ちゃん。片言になってる。変なトコが片言になってるから。というか、どっちの文さんも文さんであることには変わりないでしょうに」
 「あや……、二人にそういわれるとちょっと心苦しいわ」

 神楽と新八の言葉に、申し訳なさそうに文が言う。
 無意識だろうか、素の言葉使いになっていることに気がついて、苦笑をもらす幻想郷組の兎と天人からの視線に耐え切れず、文はついーっと視線を逸らした。


 そんなときに、ピンポーンとチャイムの音がする。
 雑用係の魂か、新八は誰に言われるでもなく玄関に向かっていく。しばらくして戻ってきた新八の手には、小さな箱が抱えられていた。

 「銀さーん、届け物ですって」
 「届け物だぁ? 坂本の奴か? それともヅラか? ヅラならその辺の石ころつけて送り返しとけ」
 「なんですかその陰湿な嫌がらせ。それはともかく、差出人が書いてないんですよ」

 銀時の友人に対しての辛辣な物言いに冷や汗を流しながら、新八はそれを机の上においた。
 荷物を委託して届ける。などという商売は幻想郷には存在しないため、送り届けられた荷物を見て興味深そうにそれを見る幻想郷三人娘。
 特に興味を示しているのは、記事になりそうなことだと考えが表情に出ている文だった。故に。

 「銀さん、私があけてもいいですか?」
 「はいはい。好きに開けろよ」

 届け物の中身に興味がないのか、銀時はいつもの気だるそうな返事をするだけだった。
 それを不快に思うわけでもなく、文は楽しそうに、それでいて丁寧に外装をはずし、箱のふたをはずして中のものを取り出して―――

 「……なに、これ?」

 出てきた奇妙な物体に思わず眉を寄せた。

 「こけし?」

 疑問符つけて言葉にしたのは、鈴仙だったが、どこか自信がなさそうではあった。というのも―――

 「こけしっていうより、子供が作ったガラクタって感じよね」

 天子の言うとおり、それはどう見てもこけしというよりは、小学生が夏休みの宿題の工作で作った「こけし似の何か」としか言いようのないものだったのである。
 が、しかし。それを見て顔色が明らかに変わったものが一人。ガタッと慌てた様子で立ち上がり、その銀時の奇妙な行動に、一同の視線が彼に集まる。

 「ブンブン!! 早く投げ捨てて!! それ爆弾だからっ!!?」
 「はい?」

 突拍子もない発言に、文は間の抜けた声を上げてしまったが、それがいけなかったのだろう。

 彼女の中で、そのこけしもどきが膨張し、まばゆい光を漏らして今にも破裂しようとしていた。
 普通ならば手遅れ。ものの刹那にも満たぬ時間でこの室内は大爆発に見舞われるだろう。
 だが、そのこけしもどきを握っていた人物が、彼女であったことが幸いした。
 幻想郷最速を欲しい侭にする鴉天狗、射命丸文。何も彼女が最速たる所以はその飛行スピードだけではない。

 脳漿から命令が下って、神経を通り命令を流し込んでいく。それはまさしく刹那のときを持って完了し、彼女はすぐさま行動に移した。
 その刹那よりも更に早く、文は手の中で膨張し、膨れ上がるソレを思いっきり振りかぶる。
 そのまま窓の外に全力で投球し、音速をはるかに超えたスピードで、大気の壁を突き破りながらこけしもどきはジャイロ回転しながら飛び出した。
 そのまま勢いあまってお隣さんらしき大木をモチーフにした家に突き刺さり―――




 そして、人の目にすらも映ることを許さぬスピードで行われたその行為の後に、改めてこけしもどきは大爆発を起こしたのだった。

 「ぎゃぁぁぁぁ!! ジャスタウェイがヘドロの森にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
 「屁怒絽さぁぁぁぁぁん!!? 大丈夫ですかぁぁぁぁ!!?」
 「うぉぉぉぉい、屁怒絽ぉ、生きてるアルかぁぁぁぁぁぁ!!?」

 よろず屋メンバーはみんなして大絶叫。慌てて窓の外を覗き込んでいる三人を見て、一体何事なのかと自体がイマイチつかめていない幻想郷メンバー三人。

 『何? ジャスタウェイって?』

 とりあえず疑問に思ったことがぴったりだった三人は、まったく同じ言葉を零していた。
 ……まぁ、ワリと至極当然の疑問かもしれないが。もはやそれが何を名称にしているのかもちょっと危うい。
 それはともかく、お隣さんには申し訳ないが、全速力で投げ捨てて正解だった。と、文は思う。
 何しろ、あれほどの大爆発だ。このよろず屋なんて吹き飛ぶだろうし、さすがに直に持っていた自分も危なかっただろう。いくら妖怪でもだ。

 「やれやれ、少々遅かったようだな。無事か、銀時?」
 「か、桂さん!!? エリザベスさんも」

 屁怒絽の無事を確認した三人に投げかけられた、聞きなれた声。そちらに視線を向ければ、顔見知りの姿がそこにあった。
 桂小太郎。天人を追討し、倒幕を目指す攘夷派志士の生き残り。
 銀時の幼なじみであり、攘夷戦争時代の盟友でもある彼の傍には、やっぱり謎生物であるパッと見オ○Qなエリザベスの姿もあった。

 「おーい、ヅラ。何で人の家に勝手に入ってんだオメェは」
 「ヅラじゃない、桂だ。勝手も何もあのような大爆発の音を聞けば普通人の無事を確認するために飛び込むだろうが」

 至極まっとうな意見を返しながら、桂は小さくため息をつき、そして見慣れない顔を目にしてふと考え込む。

 「銀時、ところで彼女達は何者だ? 見たところ二人は天人(あまんと)のようだが……」

 桂の視線の先には、鈴仙と文の姿があり、彼がそう思うのも無理もないことだろう。
 何しろ、鈴仙には兎の耳があるし、文には立派な黒い翼がある。
 様々な天人(あまんと)が従来する今の江戸において、少々人と離れた姿をしていても天人(あまんと)と思われるのも仕方がない。

 「ヅラ、そいつ等は天人(あまんと)なんかじゃねぇよ。妖怪だ妖怪」
 「……は?」
 [何言ってんの?]

 何気なしにつむがれた言葉。だがしかし、それは桂を呆けさせるには十分だったらしい。
 それはエリザベスも同じだったのか、プラカード掲げて自己主張をしていたりする。
 まぁ、こっちの世界では大半の妖怪だと思われていたものが、実は天人(あまんと)だったという話も多いため、桂の反応も無理ないことではあったが。

 桂は小さくため息をついたあと、銀時の肩にポンッと手を置き。

 「よし、銀時。さっきの爆発でどこか頭でも打ったんだな。妖怪などいるわけないだろう。病院にいくぞ」


 そんな言葉をつむいだ瞬間、頭の病気扱いされた銀時と、自分の存在全否定された文と、二人の見事なツープラトンのとび蹴りが桂に炸裂。
 結果、彼は二階の窓から地上にまっさかさまに落下する羽目になったのであった。



















 「マムシの蛮蔵?」
 「あぁ、お前も知っていよう。何しろお前は一度奴の企みを潰しているらしいからな」

 血まみれの桂にそういわれて思い返してみると、どうやら自分が記憶喪失になったときのことらしい。
 マムシの蛮蔵とは、あの時、銀時が働いていた工場の工場長だった男のはずである。
 あの時は成り行きで、結果的にあれの計画を潰すことになっただけなのだが、それを桂が知るよしもない。

 「その時の恨みらしい。脱獄した奴は、お前に恨みを持ってこうしてあの爆弾を仕込んだというわけだ」
 「あややー、はた迷惑な話ですねぇ、それは。というか、桂さん。自分で蹴っておいて何なんですが、大丈夫なんですか?」

 さすがに血を諾々と流しながら延々と話を続ける桂に危ないものを感じたのか、文はそんな言葉を投げかけていたりする。
 しかし、彼は特に気にしたふうもなく。

 「心配いらん。この程度のことならば慣れている」
 「碌な人生送ってませんね」

 今度は鈴仙からの言葉である。その姿にデジャヴでも覚えたのか、ちょっと哀れみの視線を桂に向けていたりするが、桂は特に気にした風もない。
 さっきから会話に参加していない天子はというと、謎生物エリザベスをじっと珍しいものを見るかのように凝視している。
 時折、「なんか加齢臭がするような……」などという呟きが聞こえた気がするが、その場にいた全員は速やかにスルーする。飼い主の桂以外は。

 「ばか者!! エリザベスから加齢臭などするものか!! ほら、あれだ。エリザベスの匂いはこんがり香ばしい感じのいい匂いのはずだ!!」
 「それ加齢臭じゃない!! ばっちり加齢臭じゃない!!? そしてアンタ鼻をやられてるわ!! 嗅覚を加齢臭にやられちゃってるわよ!!?」

 思わず全力でツッコミを入れる天子。ツッコミを入れると同時に全力でエリザベスから退避する彼女は、慌てた様子で銀時の後ろに回りこんだ。

 [酷い]
 「貴様ぁぁぁぁ!! エリザベスに謝れぇぇぇぇ!!」
 「っだぁぁぁぁ、うるせぇぇぇんだよ!! 話しさっきからちっとも進んでねぇじゃねぇかぁぁぁぁぁ!!!」

 激怒する桂に、今度は新八の怒声が盛大に響く。
 それで話が大幅にずれていたことに気がついたのか、彼はまだ何か言いたそうだったが、小さく咳払いして話を続けた。

 「話を続けるぞ、銀時。奴はこの江戸にとっては危険因子だ。何もかもを破壊しようとする奴のあの思想は人々を傷つける恐れがある。それゆえに、奴は野放しには出来ぬ。
 先日こちらで襲撃を加えた際、逃亡中に奴は新撰組の連中に捕まった。おそらくは、もう襲撃の恐れはあるまい。
 ただ、奴はかつて、攘夷派志士に武器を横流ししていたらしくてな。今回も似たような方法で生計を立てるつもりだったらしい。
 調べてわかったのだが、奴は脱獄してからある人物と接触している。貴様に爆弾が送られたのを知ったのも、この調べごとの最中だが、それは一旦置いておくぞ」

 問題はこの相手だ。と、桂は小さくため息をつく。
 それで、銀時はなんとなくではあったが、その相手が誰であったのかを悟る。それと同時に、その面倒さもだ。
 なんだかんだということが多い銀時だが、結局桂は彼にとっての旧友には違いないのだ。否が応でもわかってしまう。

 「高杉か」
 「あぁ、その通りだ。銀時」

 その言葉に、新八と神楽が身を一瞬だけ硬くした。その様子を不思議に思ったが、文も鈴仙も、そして天子も、今はその時ではないと押し黙る。

 「奴が動くとなれば、江戸全土が巻き込まれよう。奴には注意しろ。今日はそれを伝えにきた」

 ゆっくりと、桂は立ち上がる。それにつられてエリザベスも席を立ち、彼らはまっすぐに玄関に向かっていく。
 その後姿を眺めながら、銀時は後頭部をガシガシと掻きながら、盛大なため息を一つついたのだった。

















 「おーい、ブンブン。なんでわざわざ自分家の屋根で酒盛り? 普通に家の中でよくない?」
 「今日はそういう気分なのよ、銀さん。それとも、私の酌は受け取れない?」

 すっかりと夜になり、新八も天子も自分の家にかえって行き、神楽が寝静まったあと、三人はこうして屋上で酒盛りをしていた。
 銀時が文に言葉を投げかけるが、それをからかうように、挑発的な視線を送ってくすくす笑う文。アルコールが入ったおかげか、頬がうっすらと朱色に染まった文はどこか色っぽかった。
 それで疲れたようにため息をつき、彼は黙って文から酌を受ける。

 「つーかよ、いつの間にか素になってんぞ。敬語でいくんじゃなかったのかよ」
 「いーのよ、酒盛りのときだけは」
 「そうかい」

 軽い会話を2、3かわし、クスクスと文は笑う。純粋にこの酒盛りが楽しいのだろう。飲兵衛だけあって、彼女は楽しそうに酒を煽る。

 「なんだか、いきなり爆弾騒ぎとか、災難だなぁ。いや、姫の料理が爆発するとことを考えれば、あるいは」
 「おーい、うどんげ。戻ってこーい。そんな納得の仕方イヤなんですけど!? というかあのお姫様料理で爆発起こっちゃうの!? 嫁の貰い手ないじゃん!!?」

 今日のあのことを思い出したのか、げんなりした様子で呟いた鈴仙だったが、彼女は別のことを思い出したか「それとおんなじことだよね」などと危なげに呟いていたりする。
 幻想郷の面々が銀時のツッコミを聞けば「まぁ輝夜だし」なんて返答が帰ってくること請け合いである。
 そんなツッコミを入れていた銀時の様子がおかしかったのか、文はくすくすと笑って、幻想郷から見る夜空とは違う、この世界の空を見上げた。

 「銀さん、高杉って、誰?」

 それは、ただ純粋な疑問だったのだろう。その言葉は、文の口から驚くほどすんなりと流れてくれた。
 昼間、桂という男性から飛び出た名前。その名前を聞いた途端、銀時の表情に変化があったのを、文は見逃さなかった。
 新聞記者ゆえの、好奇心。それに、自分自身、友人と思っている人物が見せた、一種の陰り。
 それが気になったからこそ、文はストレートにその疑問を彼にぶつけた。
 少しだけ、彼の気を悪くしただろうかと心配したが、そんな彼女の心配など知らず、銀時は酒を少し煽って言葉を返す。

 「なんてこたぁねぇ。かつてのダチだよ」

 あっさりとした様子で、言葉は返ってくる。
 その言葉の真意がわからないほど、文も、そして鈴仙も、鈍いわけではない。
 かつての……と、彼は表現した。昼間の会話も交えて考えれば、そう表現した理由にはすぐにでも行き着いた。

 「そう、世知辛いわね」
 「まぁ、な」

 わずかな沈黙。やはり聞くべきではなかったかと、文はそう思ったが、それも今更かと思い直す。

 「銀さん、お酒ついで」
 「あ、私もお願いします」
 「へいへい、わーったよ」

 その沈黙を振り払うように文が言うと、それに便乗するように鈴仙も言葉にする。
 それに仕方がないといった感じで、銀時は焼酎を彼女達の杯についでいった。
 せっかく、こっちの世界に来たのだ。なら、どうせなら面白おかしく過ごすほうがイイに決まっている。
 文は思う。ひとまずやるべきことはといえば、やっぱり、こうやって彼らとお酒を飲むことなのである。
 彼の事情は知らない。これから知ることになるかもしれないが、まぁいいかと、そう思う。
 いつか、自分達に話してくれるようになるまで、それまではこうやって月夜のお酒としゃれ込むことにしよう。


 まぁなんにせよ、結局のところ、射命丸文という少女は厄介ごとが好きなのだろう。新聞記者の性として。
 これから起こるかもしれない厄介ごとを想像して、クスクスと笑う少女の姿がそこにあった。















 「ところで、オメェ。明日お隣に謝って来いよ」
 「あっ、忘れてた!?」

 うっかりとなりの家を爆破していたことをすっかりと忘れていた文であった。


 ■あとがき■
 いきなり大惨事な感じですが、第一話修了です。桂、エリザベス登場いたしました。
 ちょっとシリアスな感じですが、どうだったでしょう? とりあえず高杉登場フラグは立てておかないと。
 エリザベス難しいよ。なんかもう色々と難しいですよ。どうなんだこれ? うまく表現できてるだろうか?

 そんなわけで、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第二話「人は見かけによらないとはよく言うけど第一印象って結構大事」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2008/09/01 19:58






 とある神社の一室にたたずむ一人の女性と小さな少女。

 赤い衣服にセミロングの癖のついた青い髪をした女性、八坂神奈子。
 大きな帽子をかぶった肩口で乱雑に切りそろえた金髪の少女、洩矢諏訪子。

 見た目こそ人間とあまり変わらないが、その力は想像を絶するほどの力を秘めた二人。
 人間でもなく、妖怪でもなく、ましてや天人などでもない。

 彼女達二人は、正真正銘、間違うことなき【神様】なのだ。
 そんな彼女達も、東風谷早苗の親代わりを努めはしているものの、いざ力を振るえばその敵はほとんどいない。

 人々からも、そして妖怪からも信仰を得ている神様。そんな神様二人はゆっくりとそろって壁に手をつき……。



 『私の出番は……まだか』



 ワリと切実にそんな言葉を同時に呟いたのだった。

 (八坂様、諏訪子様、ごめんなさい)

 そんな彼女達の切ない後姿を偶然目撃してしまった早苗はというと、第一部のプロローグでちょっとだけとはいえ登場した負い目からか、心の中でそう謝ったりするのであった。










 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第二話「人は見かけによらないとはよく言うけど第一印象って結構大事」■











 「で、なんで私まで付き合わなきゃいけないの?」

 空はこれでもかというほどに晴れ渡り、かぶき町の町並みを照らし続けている。
 そんな快晴の下、【ヘドロの森】なんていう看板が立てかけられている大木に侵食された家の前で、彼女はそんなことを呟いていた。

 薄桃色の日傘を片手に、赤色チェック柄はいつものこと。ワイシャツが半袖になったこと意外は以前と変わりない、深緑の緩いセミロングの髪をした少女。
 第一部でご存知、風見幽香は小さくため息をこぼして隣にたたずむ彼女に視線を向けた。

 「だって、風の噂じゃお隣さんって怖いらしいじゃないですか。銀さん達は仕事でいないし、丁度いいところに幽香さんが来ましたからねぇ」

 いやー、助かりました。なんてのほほんと言ってのける鴉天狗の射命丸文。
 そんな彼女を視界に納めて、やってくるタイミングを間違えたわねと、幽香は一人憂鬱になっていた。

 彼女がこっちに来たのはちょっとした思い付きが原因だった。
 その思い付きというのも、彼女がいつもいる太陽の畑の向日葵たちが綺麗に咲き乱れているので、銀時たちを呼んで宴会でもしようと思ってのことだった。
 当然、幻想郷のメンバーにも声は掛けたし、騒がしいことが大好きな連中だ。大人数が集まるのは想像するに難くない。
 んで、問題は幻想郷のよろず屋で繋がった道を通ってこっちの世界に来た途端、なにやら思い悩んでいた射命丸文に引っ張られて今現在に至る、という事実だ。

 正直に言おう。ぶっちゃけ会いたくない。何にって? それはもちろんお隣さんに。
 彼女にとっては、勘違いとはいえ恐面のお隣さんに間違えられたことは少なからずショックなものだったのである。

 「気乗りしないんだけど?」
 「まぁまぁ、あとで500円あげますから」
 「霊夢じゃあるまいし、つられるわけないでしょ」

 一言でばっさりと斬って捨てる。さりげなくどこぞの巫女さんに対する暴言が含まれていたりするが、その辺に気を使うほど立派な良心は二人とも持ち合わせていない。
 片方は超ド級の生粋のSだし。

 「すみません、もしかしてウチに何か御用でしょうか?」

 野太い声が背後から聞こえ、幽香は自分が珍しく冷や汗を流していることを自覚する。
 あー、ヤバイ。逃亡に失敗したか、などと心の中で悔やんでいる彼女を尻目に、文は遠慮なくフレンドリィな笑みを浮かべて振り返る。

 「あ、初めまして! 実はぶふぅっ!!!?」

 言葉の途中で、何ゆえか噴出す音が聞こえて幽香は小さくため息をこぼしてから、諦め半分で振り返り―――。

 「ぶっ!!?」

 文と同じく思わず噴出してしまったのであった。
 ごつごつしい顔。顔には傷があり、体は緑色。角が生え、獅子の鬣のような黒い髪。鋭い牙に、目の白い部分は漆黒に塗りつぶされ、瞳は禍々しく赤い。
 こう、明らかに「私、地球征服しに来ました」的なそいつの顔は、以前似顔絵で見たその顔よりもよっぽど強いインパクトで幽香の目に飛び込んできた。
 内心、知っていたくせに無様な反応をしてしまった自分自身を叱咤したくなる。
 件の人物の顔を知っていた幽香でさえこうなのだ。初対面の文が思わず噴出してしまうのも無理らしからぬことだった。

 「……えぇっと、ヘドロさん?」
 「えぇ、そうですよ。もしかして、お客さんですか?」

 買い物袋を両手に提げたヘドロが、丁寧な言葉使いで返答する。
 似顔絵で見たときよりもよっぽどインパクトというか、恐怖をあおる顔つきのそいつを視界に納め、幽香は半ば呆然と思考に埋没していた。

 (……あれ? 何? 私、マジでこれと勘違いされてたの?)

 徐々にその事実が認識されだすと、幽香に表情が消え、無表情のままカツカツとどこかに歩き始めた。
 それに気がついた文が、慌てた様子で腰にしがみつき、必死に止めようとするものの、そんなものには目もくれず、引きずりながら歩いていくトレイン状態。

 「ちょっ、どこに行くんですか!! 私を一人にしないでくださいよ!!」
 「コロス、アイツマジブチコロス」
 「キャラ変わってる!!? いや、あれ? 変わった? いやともかくおちついてぇぇぇぇ!!!?」

 ずるずる引きずられながら、文は半泣き状態で必死に引きとめようとしているさまが実に哀愁を誘う。
 そんな光景を、未だによく飲み込めないで眺めているヘドロの姿があったのだが、二人はそのことに気付く様子はなかった。

















 「銀さん、よかったんですか? ヘドロさんのところ、文さんに任せて」

 仕事帰りの道端で、新八はそんなことを銀時に向かって紡ぎだしていた。
 気だるげにスクーターを運転していた銀時は、スクーターの後ろに乗っている新八に言葉を返す。

 「イイも何も、ヘドロの家爆破したのはブンブンだろーが。あいつに行かせるってぇもんがスジだろ」
 「そりゃそうですけど、そのヘドロって人の身が危なくないですか?」

 銀時の言葉に答えたのは、新八ではなく定春の背中に乗った天子だった。定春の背中には天子のほかに、神楽と鈴仙も乗っている。
 その鈴仙が、天子の言葉に付け足すように言葉をつむぎだす。

 「文も幻想郷では最強クラスの妖怪だからね。危ないと思うんだけど……」

 本気でそのヘドロという人物を心配しているのだろう。鈴仙は複雑な表情で思案にふけっている。
 腐っても医者の卵ということか。いや、そういった意味であの天才薬師に弟子入りしているのかどうかは知らないが。

 「どっちが危ないのかねぇ」

 ため息混じりに、銀時はそんな呟きをもらす。
 ヘドロとの始めてあったの日、あのときの出来事が、走馬灯のように甦ってくる。
 顔面凶器。食物の危機。投擲漬物石。鉈投擲。生け贄の祭壇。螺旋階段鬼ごっこ。

 (あ、やべ。なんか寒気が)

 ぞくッと襲ってきた寒気に身を震わせ、さっさと帰ろうとスクーターのスピードを上げた瞬間、

 ズドンッ!!
 『たらばっ!!?』

 横手から突っ込んできた車に思いっきり撥ね飛ばされたのであった。新八ごと。

 『あ』

 その光景の一部始終を見ていた三人はというと、そんな間の抜けた言葉を漏らして一瞬呆然としてしまうのであった。
 ちなみに、銀時が寒気を感じたのと同時刻、幽香が銀時に恐ろしいほどの殺意を覚えた瞬間だったりするのだが、そのことを彼女達が知るよしもないのである。

 放たれる怨念の力って偉大ですね、先生。

















 「いやぁ、すみませんねぇ。昨日のことでわざわざ謝りに来てくれたなんて」

 シャーコ、シャーコ、なんて刃物を研ぐ不吉な音が聞こえるさなか、文はその言葉も右から左へ流れていってしまうほど困惑していた。
 相手の顔が恐ろしいほど怖いというのもあるし、幻想郷にそんな怖い顔したものがいなかったのも原因だろう。
 あぁ、情けないとは思いもするのだが、残念ながら目の前の存在は顔が既に殺人級のモンスターだったのである。

 彼の名はヘドロ。正確には屁怒絽。このかぶき町で花屋を開いている心優しき顔面凶悪モンスター。

 事情を聞いて彼女達を中に招き入れたヘドロは、丁寧に丁寧に包丁……というよりも鉈を研いでいる。
 ぶっちゃけ怖い。長い時間を生きた鴉天狗すら怖がらせるほどに。ちょっとしたスプラッター映画の一シーンのような光景がまた更に拍車をかける。

 「昨日は、そのスミマセンでした。あの時は、あんまり余裕がなかったものですから……」
 「いいえ、気にしなくていいんですよ文さん。そのような事情があったのなら致し方ないですし、皆さんに怪我がなくて何よりですよ。
 ちょっと待っててください。今、軽く摘めるものを用意しますから」

 ぎょろりと、黒い深淵の中に灯る赤い瞳が、文に向けられる。怖いなんてもんじゃない。何しろ片手には鉈である。怖さ倍増だ。

 (つ、摘まれる!? このままだと私、摘まれちゃう!!?)

 そんな想像をしてしまい、思わずがたがたと震えそうになる体をしっかりと押さえつける。
 心を落ち着かせようと何度も深呼吸し、ようやく平静を取り戻した瞬間―――。

 「あれ、鶏肉がきれてるなぁ」

 ヘドロ自身まったく意図していないことであったのだが、その言葉は文の落ち着いた平常心を乱すには十分なものだった。
 だって鴉天狗だし。彼女達鴉天狗は、鳥に対する仲間意識が非常に強い。結果、

 (た、食べられるっ!!?)

 などと、内心動揺してしまったのも無理のないことであろう。

 「ヘドロ、鶏肉になら私の隣に丁度いいのがいるけれど?」
 「止めてよ!! 洒落になってないんだけど!!?」

 そんな動揺を見透かしたように、幽香が文を見ながらそんな言葉をヘドロに投げかけ、余裕がないのか素の言葉使いで幽香に怒鳴る文。
 そんな二人を見て、表情こそ変わらないが心配したような声色でヘドロが二人に言葉を投げかける。

 「喧嘩はいけませんよ、二人とも。それにしても、爆弾騒ぎと聞いたときから思っていたのですが、気をつけてくださいね。何か良からぬことが起こらねばいいのですが……」

 ヘドロのその言葉は、嘘偽りのない本心だ。彼は本当に彼女達、そして銀時たちを心配しており、彼らのこの後の安全について不安に思っていた。
 思っていたんだけれど、残念ながら第一印象が最悪だった文には別の意味に捉えられたらしい。
 見る見るうちに文の顔が青くなっていくのを眺めながら、幽香は小さくため息をつく。

 (それにしても、よく手入れされてるわね)

 言葉にはしないまま、幽香は部屋の中にある植木に視線を移し、そこで立派に咲いている花々に感嘆する。
 生き生きと咲いている花。そのどれもが良く手入れされ、満足そうにその花弁を開いて自己主張する。
 おそらく、自分が丹念に育てた花と同じぐらいに。
 こう聞けばただの傲慢と人は言うかもしれないが、彼女は幻想郷にその名を轟かせる花を操る大妖怪。
 戦闘だけでなく、花の世話や飼育など、彼女にしてみればそれこそ朝飯前。
 その彼女すらも感嘆させるヘドロの技量が、それほど高いという事実を証明する。
 店先に並べられていた植木の花もそうだ。そのどれもが満足そうに、自由に咲いて誇らしげにしていたのを思い出す。

 だからか、自分がコレと勘違いされていたことに対する怒りは、ある程度なりを潜めていた。
 要するに、ある程度ではあるが、幽香はこのヘドロという強面の天人(あまんと)を受け入れ始めていた。
 最初に覚えていた恐怖心も今はすっかりなくなり、未だに内心恐怖を覚えているらしい鴉天狗をからかう余裕まである。
 花を操る妖怪で、花の言葉を聞けるが故に、ヘドロという人物の人となりを知ることが出来たからこそだろう。
 顔の怖ささえなんとかなれば、ヘドロという人物はこれ以上にないくらい好感の持てる人物だった。

 「あなたは、花が好きみたいね。よく手入れされてるもの」
 「はは、ありがとうございます。でも、似合わないでしょう? こんな見てくれじゃねぇ」
 「あら、花が好きなことに見てくれも何も関係ないわ。そうでしょう?」

 その言葉に驚いたのか、ヘドロの顔に一瞬だけ驚愕の色が浮かんで、それからすぐに物悲しげな表情が一瞬浮かぶ。
 それに気を使ったわけではないが、幽香は自分の本心だけを淡々と語り、クスっと笑みを浮かべてそう問いかける。

 「……内面も関係ないってことですかねぇ、それって」

 隣から聞こえた意味ありげな視線を向ける鴉天狗からの言葉はとりあえず無視の方向で、幽香は彼の言葉を待つ。

 「そういわれたのは初めてですよ、幽香さんは優しいですね」
 「あら、私が優しいのならこの世全ての生命体が【優しい人】になってしまうわ」
 「ご冗談を、あなたは優しい方だ」

 幽香の言葉を冗談だと本気で思ったらしい。怖い顔なりに笑顔を浮かべたヘドロは、本心からそんな言葉を返していた。
 まぁ、知らないから無理もないことなのだが、幻想郷では風見幽香の名は悪い意味で有名だ。
 歩いて通れば人も妖怪も避けて、彼女の姿を見よう物ならば逃げ出すものまでいる始末。
 なにより、彼女は生粋のいじめっ子である。他人を弄り倒すのが誰よりも大好きなのだ。

 知らないってことは幸せだ。事実、幽香が優しい人発言に、文は驚きのあまり目をぱちくりさせているのだし。

 「以前、坂田さん達にも話しましたがね、僕は花になりたいんですよ」

 そうして、彼の独白は始まった。ぽつぽつと、ただいまこのときを確かめるかのように。
 その言葉に込められた感情に気がついたのか、文も真剣な表情で彼の言葉に耳を傾けている。

 「昔からこんな外見で人から怖がられてましてね、せめて心だけでも花のように綺麗になりたいと、そう思ったんです。花屋をやっているのは、その気持ちからなんですよ」

 自嘲のこもった言葉。それが、文の心に沈殿していた恐怖をゆっくりと溶かしていく。
 長い間、新聞記者として生きていた彼女だからこそ、その言葉に込められた気持ちというのがよくわかった。
 気がつけば、当初の恐怖はなりを潜めて、いつもどおりに振舞えるほどに落ち着きが文に戻ってきた。

 (参ったなぁ、これじゃあ新聞記者として失格ね)

 内心で自分自身を叱咤して、文は彼に視線を向ける。
 恐怖は、もう彼女の中には残っていない。

 「なら、あなたの心はとても綺麗です。誇ってください」

 自然と、そんな言葉がついて出た。言ってから恥ずかしいと文は思ったが、まぁいいかといい加減に納得する。

 「ありがとう、文さん」
 「いえいえ、どういたしまして」

 いつもどおりの受け答え、いつもどおりの返答。それが出来ている自分に安堵してから、今までの自分の態度を改めて反省する。
 そんな彼女を視界に納めて、幽香は苦笑してからあらためてヘドロに視線を向ける。

 「そうだ、ヘドロ。明日、みんなで宴会するつもりなの。あなたもどうかしら?」
 「いいんですか? 僕が行っても、皆さんを怖がらせるだけかもしれません」
 「いいのよ、あなたが気にする必要ないの」

 むしろ、みんなを怖がらせるのが半分の目的なのだし。とは、言葉に出さずに心のうちにしまいこむ。
 ま、どうせあのメンツのことだ。最初は怖がるだろうけど、話していけばそのうちに彼の人格を知ってなれるだろう。
 良くも悪くも、幻想郷の面々は総じて図太い性格してるし。

 幽香は満面の笑みを浮かべる。そのまま実に楽しそうに、外見相応の童女のように、言葉をつむぎだす。


 「見せてあげる。私の自慢の、太陽の畑の向日葵たちを」




 ■あとがき■
 ヘドロ本格的に初登場。いろいろおかしいところはあるかもしれませんが今回はこの辺で。
 幽香とヘドロはもしかしたら相性イイかもしれませんね。花関係で。
 方や真性の超ドS。方や真性の超善人ですけど。
 さて、次回の話は太陽の畑で行われる大宴会。いったいどうなることやら……。
 もしかしたら、昔別の名前で書いてた東方槍迷譚のオリキャラをそのうちちょろっと出すかもしれません。
 それでは、ちょっと短いですけど今回はこの辺で。

 P.S.緋想天の追加パッチで幽香使えるようにならないかなァとか最近思いますけど、そんなうまい話ないですよね。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第三話「騒ぎ騒いで羽目をはずし過ぎないように気をつけろ」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2008/09/04 23:39







 「おい、山崎。本当にここに桂が入っていったんだな?」
 「ええ。間違いないですよ。確かに桂はここに」

 とある家の一室、そんなやり取りを交わしながら、同じ制服を着た二人の男がたたずんでいた。
 真撰組副長、土方十四郎。そして真撰組の密偵を勤める山崎退である。
 間違いないと断言する山崎の言葉に、しかし、土方は深いため息をついて、彼を睨み付け。

 「居ねぇじゃねぇか!! つーか、ここあのヤロウすらいねぇじゃねぇか!!?」
 「うるさいですぜ土方さん。調べてたらあのチャイナ娘のもんとは思えねぇ女物の下着がわんさか出てきてまさぁ。別件で逮捕できるかも知れませんぜ?」
 「総悟、オメェは黙ってろ」

 声を大にして怒鳴り散らすが、帰ってきたのは頭が痛くなるような弟分兼部下の沖田総悟の犯罪スレスレの発言。
 そのことに実際頭痛を覚えながら、そんな言葉をつむぎだして頭を抱えた。

 ここは銀時が経営するよろず屋の事務所兼坂田家。そこに彼らが入り込んでいるのにはわけがあった。
 先日、桂がここに入っていくところを見たという情報を聞き、念のため密偵の山崎に張らせていたところ、今日、その桂がよろず屋に訪れたのを見たという報告があったのだ。
 彼らもよろず屋のメンバーの実力は知ってるし、なにより真撰組のメンバーを総動員させるわけにも行かず。
 結果、近藤勲、土方十四郎、沖田総悟、そして張っていた山崎退で乗り込むことにしたのである。

 ところが、結局中には誰も居らず、話は冒頭に戻る。というわけなのだ。

 「肝心の桂がいねぇんじゃ意味ねぇだろーが。あのヤロウ逮捕したって何の得にもなりゃしねぇよ」
 「まったくだ。おい、総悟、その辺にしておけ。これじゃ本当に空き巣泥棒だぞ」
 「……近藤さん。そーいうことはポケットからはみ出てる下着を出してから言ってくんねぇか? アンタは今片足がどっぷり泥につかってるぞ」

 ヤバイ、本格的に頭痛くなってきたと呟いて、彼は今の現状に眩暈を覚えていた。
 何しろ、ワリと正論言っている上司は、ポケットからこそ泥の証拠がはみ出してるし、注意したって肝心の沖田は止める気配なし。
 もし、こんな状況を他人に見られたらどうなるだろうか?
 考えるまでもない。間違いなく最悪の状況しか待っていないことは容易に想像がつく。

 「……トシ」
 「あん? どうした、近藤さん」

 頭を抱えていたところを横手から言葉を投げかけられ、頭痛の種を一旦隅に置いてとりあえず振り向いてみると、三人が箪笥の一番下の段を引っ張ったまま硬直していた。
 はたから見れば、それはもう奇怪な光景に映ったことだろう。何しろ、三人ともその箪笥の中を見て冷や汗流しながら硬直している。
 こう、なんというか幽霊見たかのように。

 (ばかばかしい)

 自分の考えに憂鬱になりながら、土方は三人に足を向けた。実は彼、幽霊とかお化けといった類が苦手だったりする。
 それはともかく、土方が気だるげな足取りで近藤たちの近くにまで歩み寄る。

 「どうした、オメェら。そんな箪笥の中見て硬直しやがって。なんかヤクでも入って―――」

 最後まで言葉にすることもなく、箪笥の中を目撃して、土方も同じように沈黙した。

 端的に言おう。箪笥の中には【何も】なかった。何も、である。それこそ箪笥の引き出しにあるべき底すらも。
 引き出しの中には何もなかった。真っ黒な空間が広がり、その置くにはこちらを見てあざ笑っているかのような口や、ぎょろりと蠢く眼。
 それらだけが縦横無尽に存在し、歪な異空間が広がっていた。
 ある意味、彼らが硬直したのも無理もないことだ。何しろ、目の前の現象はこう、明らかにお化けとか幽霊とかそういった類の光景に違いないのだから。
 ぶっちゃけホラーとかそんな類。

 そんなありえない光景に、半ば近藤が気絶しかかった瞬間。

 トンッと、四人そろって誰かに背中を押された。

 『うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?』

 異空間に落ちていき、悲鳴を上げる四人。その大絶叫が見る見るうちに遠くなり、やがて何も聞こえなくなった。
 混乱する暇もなく、思考は犯人がいったい誰だったのかという考えに及びもしたが、残念ながらこの先、生き残れるのかという疑問のほうが重要だった。
 何しろ、保証もないし、どこにつながっているのかもわからない。

 そんな光景を視界に納めて、突き落とした犯人、金髪の見た目麗しきスキマ妖怪は、上半身だけスキマからのぞかせてクスクスと心底楽しそうに笑みを零したのだった。







 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第三話「騒ぎ騒いで羽目をはずし過ぎないように気をつけろ」■











 太陽の畑。そこは幻想郷の中でも五指に入るほどの絶景を拝める、絶好の場所である。
 夏季限定ではあるものの、その咲き乱れる一面の人の背丈を越える大量の向日葵は、見るものの心を魅了してやまない。
 その光景に魅了され、ほうっと彼らはため息を漏らしていた。
 みな総じて片手には酒が注がれた器を持ち、辺りに視線を向けてその光景を見入っていた。

 「すげぇな、こいつぁ」
 「まったくだ。たまにはこうして、ゆっくり息抜きをするのも悪くない」

 銀時が漏らした言葉に答えるように、なかば押しかけるように現れ、そのまま幻想郷に来ることになった桂が言葉をつむぎだす。
 その言葉が面白くなかったのだろう。途端に表情をゆがめ、銀時はうっとうしそうな視線を桂に向ける。

 「つーか、なんでお前までついてくんの。鬱陶しいから帰れ。そして国のためにがんばって来いや」
 「いつまでも気を張り詰めすぎるのも良くないのだ。それに、人が尋ねたら箪笥の中に足を突っ込んでいたからな、気が違ったかと思ったぞ」
 「だーかーらっ! なんで勝手に人の家ん中に入って来るんだよオメェは!!」

 ほっとくと口喧嘩を始めそうな二人に、小さなため息をついて天子が酒を片手に二人の間に割ってはいる。
 有無言わせるまもなく、天子はまず銀時の器にお酒を注ぎ、それから桂の器に酒を注いで、その隣にいたエリザベスにも一応酌をする。

 「ほら、せっかくの酒の席なんだから、喧嘩しないの。ていうか、銀さんもあんまり無茶すると傷口がバックリ開くわよ?」

 まったく、気を使う人のみにもなれというんだと、そんな風なニュアンスをこめながら、彼女は言う。
 自分の器にコポコポとお酒を注ぐ彼女の視線が、自分の傷口に向けられているのだとわかると、銀時は気まずげに視線を逸らして酒を煽った。
 内心、たいした怪我じゃないのに大げさな連中だとは思いはしたものの、彼は小さくため息を漏らしただけでその気持ちを紛らわす。
 視線の先に、彼の傷の治療をした鈴仙が、師匠である八意永琳に説教されている姿を見つけるが、それをただぼんやりと見つめる。
 傷……といっても、幸いたいした傷ではなかったが、鈴仙の診断は実に適切だった。
 骨折していないかどうかの確認や、傷口の消毒など、それこそ医者も顔負けなほど手際が良いのだ。

 「それにしても、あそこだけなんかメンツが凄いわねぇ」
 「んぁ?」

 どこかあらぬ方向に視線を向けていた天子の視線の先を見ると、そこには実に奇妙な四人組がいた。

 一人はこの向日葵畑に居座っている妖怪、風見幽香。
 二人目は鴉天狗にして新聞記者の射命丸文。
 三人目は強面ながらも根っこのほうは心優しいヘドロ。
 四人目は紅魔館で門番を勤める紅美鈴である。

 当初、予想を裏切らずにほぼ全員から怖がられたヘドロであったが、話せば悪い奴ではないとわかったらしく、今はみな普通に彼と会話する。
 この順応能力の高さ。ある意味で図太い神経の連中の集まりだという認識が強まる光景だが、中でも美鈴はヘドロと気が合うらしい。
 というのも、彼女は紅魔館の中庭の花壇などの世話もしているので、そういったことで話が合うらしかった。
 さっきからあそこの四人で会話が弾んでおり、はたから見れば正しく奇怪である。主にヘドロが。間違いなく浮きまくっている。

 「馴染んでますね、ヘドロさん」
 「見た目は浮きまくってるネ。ある意味美女と野獣とかそんな感じアル」

 そんな光景を傍目から眺めていた新八と神楽が言葉にして、咲夜が用意したつまみを口に含む。
 まぁ、確かにね。と、彼らのすぐ傍から霊夢の呟きが聞こえてきて、当の彼女はやはり、宴会用に用意された咲夜の料理を口に運んでいる。

 「誰がどう馴染もうと知らないけど、あの外見で人里に入るのは勘弁してほしいわ。間違いなく騒ぎになるし」
 「それは無理というものだ、博麗殿。何しろ、この世界の入り口は人里のクローゼットの中だ。というかむしろ手遅れ……あ、リーダー、そこの沢庵を頼む」
 「ん? 何がアルか?」
 「ってオィィィィ!!? 頼んでる傍から沢庵食い尽くしてんじゃねぇぇぇぇ!!!」

 もぐもぐとリスのように頬を膨らませながら、大量の沢庵を頼まれた矢先に食い尽くした神楽に対して新八が大声でツッコミをいれる。
 あー、こいつら相変わらずなんだなーとかぼんやりと脳裏を通り過ぎ、霊夢は隣にいた魔理沙からお酒を注いでもらい、ジーっと新八の行動を注視していたりする。

 「アンタも人の事いえないわよ。せっかくの宴会の席で料理をタッパーに詰めてんじゃない」
 「タッパーにつめてテイクアウトなんて邪道だぜ。その場で食べるから料理はおいしいんじゃないか」

 ため息交じりの霊夢の言葉に、魔理沙はからからと笑みを浮かべながらそんなことを言う。
 彼らの言葉の通りに、新八は先ほどから持参したタッパーに料理を詰め込んで、それから自分の食べる料理を皿に取り分けている。
 実に所帯じみた行動。ある意味、それはよろず屋の懐事情を考えれば仕方のないことなのだが、やはり褒められた行為ではないのかもしれない。

 「ごめん、ウチの懐事情がやばくて……」
 「私だってやばいわよ」

 にべもない。あっさりとそんな言葉を返して、霊夢は手ごろな料理を口に運ぶ。
 事実、彼女も財政は芳しくない。だが、だからといって新八のように、そこまでする気にはどうしてもなれなかった。
 ところが、その言葉に何ゆえか銀時が反応し、びっと指差して霊夢に視線を向ける。

 「ウチの財政のやばさ加減を舐めるなよ? 何しろウチにはもう小銭と酢昆布しかねぇからな」
 「何故酢昆布!?」

 ヤバイどころではない。というか本当にこれから先の生活大丈夫なのかこいつ等? そして何ゆえ酢昆布!?
 そんな止めどない疑問の嵐が脳裏をよぎる中、一番疑問だったらしい箇所を疑問系でツッコミを入れる黒白の魔法使い、霧雨魔理沙。
 ちなみにその答えは神楽の給料兼基本食だったりするのだが、この際それは関係ないのでおいておくとして、対する霊夢も何ゆえかフンッと偉そうに腕を組む。

 「甘いわね。私なんて戸棚に残った湿気た煎餅一枚しかないわよ」
 「張り合うなァァァ!! 虚しいんですけどその争いィィィ!!? ていうか霊夢ちゃんそれで生きていけるの!!?」 

 このままだと悲しい戦いが続きそうなので新八のツッコミがそれをさえぎる。どっちもどっちという話がないわけでもないが、その内容は悲惨極まりない。
 主に湿気たという言葉辺りが一番哀愁を誘うが、本人はそう思ってはいないらしい。

 「あら、随分楽しそうじゃない? 妬ましいわねぇ」
 「いや、楽しそうとはちょっと違うと思うぜ?」

 と、その輪に加わるようにして一人の少女が姿を現す。
 癖のない金紗のようなセミロング、それ自体が淡い光を放ってるかのような印象を見せるグリーンの瞳。何よりも特徴的な尖った耳。
 水橋パルスィ、地上と地下を繋ぐ橋を見守る橋姫の少女は、くすくすと笑いながら魔理沙の隣に腰掛けた。

 「うるさいわね! そっちは小銭があるだけマシでしょ!!その眼鏡剥ぎ取って無個性にするわよジミー!!」
 「んだとォォォォォォォこらァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 そしてそんな彼女には気付かずに喧嘩に直行する霊夢と新八。
 ギャーギャーと盛大に殴り合い……というより、一方的に新八が霊夢にぼこぼこにされていき、そんなさまを眺めて冷や汗流す魔理沙と、実に楽しそうに笑っているパルスィ。
 訂正しよう。喧嘩というよりは一方的な処刑である。

 「……楽しそうか?」
 「とっても♪」

 ものすごくいい笑顔でのたまうパルスィ。そして血祭りにされていく新八。
 そして誰も助けに行かない辺り、みんな誰もがその光景を見て楽しんでいるのかもしれない。神楽に至っては「そこで右ヨ、右!!」などと叫んでいる始末。
 どうでもいいが、そろそろ誰か助けてあげないと本気で新八が命の危機に晒されるかもしれない。
 一応怪我人だし。もともと銀時と同じくたいした怪我ではなかったが、今現在リアルタイムで殴り倒されている。

 「それにしても、あなたも随分順応しているわねぇ、ここに。というより、貴方たちの世界の住人ってみんな順応能力が高すぎる気がするわ」
 「いや、驚こうにもこう女性ばかりではな。見た目が人間と変わらぬし、どうにもイマイチ実感が湧かんだけさ」
 「そんなものかしらねぇ」

 桂の言葉にもイマイチ納得しかねるのか、天子はため息をつきながらもう一人の異世界の客人に視線を向ける。
 人だかりが出来てはいたが、その隙間から件の人物の姿は見て取れた。
 その件の人物であるヘドロは、金髪ロングヘアの額に真っ赤な角を持った鬼の少女、星熊勇儀と相対して、ガッチリと腕を組んで睨み合っていた。
 傍目からは腕相撲をしているように見えるが……、いや、事実腕相撲なのだろう。両者睨み合ったまま動かない。

 「……え?」

 動かない? いやいや、それはおかしいだろう。仮にもあの鬼の星熊勇儀が、腕相撲で腕を動かせないとかどういうことなのか?
 何しろ、力の勇儀なんて呼ばれるような少女だ。その力の強さは押して知るべしと言うやつだろう。
 だというのに、あの二人は力が拮抗しているということなのか? その事実に思わず戦慄する。
 まぁ、ヘドロもヘドロで、重い漬物石を片手で空の彼方にまで投げ飛ばせるほどの怪力の持ち主だし、ある意味ではこの拮抗は必然なのかもしれない。

 「いや、まさか私と力でタメ張れるとはねぇ。驚いたよまったく」
 「あなたもその細腕でこれほどの力をお持ちだなんて。異世界というのを実感してきましたよ」

 なんか知らないがお互いをライバルと認めたっぽい二人が、ギリギリと台座に悲鳴を上げさせながら全力をとしている。
 あの様子だとしばらく決着もつきそうにないので、そこから先は興味をなくしたらしい天子はゆっくりと目の前の撲殺現場に視線を向ける。

 うん、いい具合に新八が天に昇りそうである。

 「それにしても、アオの奴遅いわねぇ」

 だがしかし、とりあえず霊夢に殴り倒されている新八をあえて助けることはせず、遅れている知り合いに思考を向ける。
 青い鳥の妖怪、不幸という星の下に生まれた少女、アオ。
 この世界でよろず屋を営んでいた銀時たちが残したよろず屋の後をついで住んでいる妖怪の少女。ちなみに、この幻想郷と銀時の世界に通じる道も、この幻想郷のよろず屋に存在する。
 それはともかく、仕事の関係で遅れるといった少女の姿が未だにない。午前中に終わるという話であったから、もうそろそろ来てもおかしくはない。
 そのはずなのだが、一向に来る気配がないアオのことを、少し心配する。
 何しろ、根っからの不幸体質だ。下手するとこの道中に何かへんなことに巻き込まれてる可能性だってある。

 [心配?]
 「ん? まぁね……」

 プラカード掲げて聞いてくるエリザベスに、少し照れくさそうに視線を背けて、言葉を曖昧に濁す天子。
 色々と彼女には思うところがあるのだが、それでもやっぱり心配なものは心配だ。
 短い間だったとはいえ、一緒に仕事をした仲間でもあるのだし。

 「お~、まだやっとる~。みんな~、今来たでぇ~」
 「おっそい!! 今何時だと……って、誰そいつ等?」

 聞き馴染んだ間延びした声。その独特な言葉遣いに行き当たった天子は、そちらのほうに視線を向けると期待通りの人物、アオがいてほっとする。
 ……同時に、彼女のそばにいるまったく見知らぬ四人組に、疑問を覚えることにもなったわけだけれども。

 その疑問が解けるまもなく、瞳孔が開きっぱなしッぽい男がいきなり刀を抜いたのが見えて、たまらずぎょっとする。
 まぁ天子のその反応は正常なものだろう。普通、見ず知らずの男がいきなり刀抜いたら驚くのが普通だ。
 しかも、こっちに向かって走ってくるし。

 (早いっ!?)

 おまけに、その身体能力ときたら明らかに高い。そりゃもちろん、妖怪なんかと比べるべくもないのだけど、それでも十分に人間離れした速度だった。
 とっさに緋想の剣を抜いて身構えた瞬間―――

 「か~~~つらァァァァァァ!!!」

 刀抜いた男がその言葉をつむいだ瞬間、緋想の剣を直して皿に料理を取り始めた。

 「えぇぇぇぇぇぇぇ!!? ちょっと比那名居殿ぉ!!? そこで武器しまう!? そのタイミングで武器をしまう!!?」
 「いやだって、あなたを守ってあげる義理はないし」
 「何!? そのすんごい薄情な理由!!?」

 あんまりにも薄情な行動にたまらず桂がツッコミを入れてしまうが、結局帰ってきたのは天子の冷たい反応だけだった。
 まぁ、確かに彼女のいう通りでもあるので、それだけツッコミを入れてから桂も迎撃のために刀を手にかける。
 今まさに二人が交差しようとした瞬間―――

 ズドンッ!!
 『たらばっ!!?』

 二人の頭部をゴツイ腕が掴んで地面に叩きつけた。
 とんでもない轟音だったためか、ここに集まっていた全員が視線をそちらに向ける。
 そこには、二人の蛮行を止めた顔面凶器のヘドロが悠然とたたずんでいる。どうやら腕相撲の途中で気付いて駆けつけてきたらしい。

 「まったくいけませんよ二人とも。宴会の席だからってそんなにはしゃいだら。ほら、危うくてんとう虫を踏み潰すところでした。殺生はいけない」

 地面を這っていたてんとう虫を指先にのせ、顔面を地面に埋もれさせた二人にぎょろりと赤い瞳を向けるヘドロ。ぶっちゃけ怖すぎる。
 そんな地面に顔面を埋もれさせた仲間に歩み寄る、四人組のうちの一人の少年。風船ガムをくちゃくちゃとかみながら、本人の前まで来るとぷーッとガムを膨らませる。

 「大丈夫ですかぃ、土方さん?」
 「……これが大丈夫に見えるんだったら眼科に行ったほうがいいぞ、総悟」

 明らかにどうでもよさ気につむがれた言葉に、青筋浮かべながらゆっくりと起き上がる土方。
 内心、相当怒っているに違いない。主に、その怒りの対象は敵である桂よりも身内である沖田にであるだろうが。
 そんな光景をいぶかしげに眺めていた霊夢が、ポツリと言葉を漏らす。

 「誰? あいつ等」
 「あだだだだだだ!!! 折れる!! 折れるって!! 答えるからとりあえず技といてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 見事に決まったキャメルクラッチの餌食になっている新八のむなしく響き、その言葉でようやく新八は霊夢の制裁から開放された。
 開放された新八はというと、内心どう説明したものかと悩みながらも、彼女達への説明を開始したのであった。



 ちなみに、ヘドロの行動に虫の妖怪、リグル・ナイトバグが「いい人だ!! あの人顔は怖いけどいい人だ!!」とか感動を覚えていたらしいが、それはこの際余談である。



 ■あとがき■
 ども、白々燈です。最近困ったことが一つ。
 ウチのPCは地霊殿が動かないということが判明しました。オウシット。
 おかげで未だに地霊殿メンバーの性格をイマイチ掴みかねてます。おかしかったら遠慮なくいってください。
 かなりご都合主義ですが真撰組登場。
 まさかの太陽の畑の宴会は前後編になってしまいました。もう少し、この宴会の話にお付き合いください。
 しかし、カオスだなぁこの宴会。

 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第四話「酒と料理と花さえあれば人はみな友達さっ!」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2008/09/11 23:12





 見たものを魅了するだろう、大量の向日葵が咲き乱れた太陽の畑。彼らは今現在その場所にたたずんでいた。色々な妖怪に混じって。

 「近藤さん、大丈夫ですかィ? 顔が真っ青でナスみたいになってますぜ」
 「ば、ばばばばば馬鹿言っちゃいかんぞ総悟。お、俺のどこが真っ青だって?」

 ばっちりうろたえまくっている近藤の視線の先に、白髪おかっぱの少女が困ったようにため息をついている姿がある。
 近藤が顔を青くしているのは、半分は彼女が理由であり、もう半分は彼女の主人が原因だったりする。
 何しろ、彼女達の周りには目に見える人魂がふよふよと浮いているのだ。何も事情を知らない人間が見れば、それを幽霊だと思うのも仕方がないことだろう。
 というかむしろ、疑いようもなくそれは幽霊の一種なのだが。

 まぁ、少女……魂魄妖夢に至っては、その人魂は自分の半身なのである。
 半人半霊の彼女は、人間の体と幽霊の体を同時に持っている。彼女の周りをふわふわと動いている人魂は、幽霊としての彼女の体なのだ。

 それを見て、近藤は顔を青くする。主に恐怖とかで。おまけに、彼女の主である西行寺幽々子は彼女自身が亡霊だし、幽々子の周りには小さな人魂が複数、せわしなく動き回っていた。
 幽霊が駄目な人間だったなら、この光景は実に耐え難いものだろう。事実、近藤や土方はその類の人間である。銀時もだけど。
 ところが、沖田はある程度は慣れたらしい。平然とそこに居座り、彼は近藤に視線を向ける。

 「そういやぁ、近藤さんは幽霊で気絶したことがありやしたね。それじゃあ仕方ねぇ」
 「ち、違うぞ総悟! 幽霊で気絶したとか恥ずかしいことするわけないだろう!! アレはマヨネーズにやられたっ!!!」
 「なおのこと恥ずかしいわっ!! 何!? アンタの羞恥の基準どーなってんの!!!?」

 沖田の言葉を否定しようと近藤が否定するものの、そのあんまりにもアレな内容に思わず土方が盛大にツッコミを入れた。
 まぁ、確かに。マヨネーズに近藤がやられたのは事実だが、だからといってそこでその発言はどうかともう。幽霊にやられたほうがよっぽどマシだ。

 「ったく、ただでさえ信じらんねー状況が続いてるってーのに」

 小さく呟き、土方はため息をついて現在の状況を確認する。
 内心、面倒ごとを全てほッぽり出したい気分に駆られたが、今の現状を考えてもそうはいかないだろう。

 この幻想郷という異世界、目の前に存在する幽霊や妖怪、吸血鬼といった幻想、妄想の産物と信じられてきた存在たち。
 そんな者達の中に混じって、いつの間にか宴会に参加する形になってしまっている。視界の先には、あの桂がいるというのに。それをなんとも出来ないもどかしさ。
 第一、ここにいるほぼ全員が女性で、小さな女の子もいる。というか、圧倒的に多い。
 そんな楽しく宴会しているメンバーを無視して、桂を捕まえる気にはどうにもならなかった。生憎、土方はそこまで空気の読めない人間ではない。

 「……て、何してんだ総悟」
 「何いってんですかィ土方さん。目の前に桂がいるんだから、このまま仕留めちまいましょうや」
 「ちったぁ空気を読めオメェは!! 頼むからそのバズーカおろせ!! んなもんぶっ放したら周りの連中も吹っ飛ぶわっ!!」

 今にも肩に担いだバズーカを発射しようとする沖田に、土方が全力でツッコミを入れて、近藤が彼からバズーカを取り上げる。
 冗談だと思うやつもいるかもしれないが、残念ながら生粋のドSである沖田はやるといったら本当にやる。撃つといったら本当に撃つ。遠慮なんてコレッぽっちもしない。
 ひとまず沖田からバズーカを取り上げると一安心して、ふぅっと小さく息を吐く。一体どこからあんなものを取り出したのか気になるが、とりあえず今は置いておく。

 それよりも、今の問題はというとだ―――。


 「第一回!! 桂組対真撰組によるミニゲーム大会を開催いたしまーっす!!!」
 『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 どっと沸きあがる周囲の歓声。鴉天狗の少女がかけた号令に、辺りが一気に沸きだってテンションを無駄に高くしていった。
 気がつけば近藤、土方、沖田、山崎の四人の向かいには、少しスペースをとって個性的なメンバーが座っていたりするのである。

 一人は言わずもがな、真撰組の敵である桂小太郎。
 二人目はわれらが主人公、銀髪天然パーマの坂田銀時。
 三人目は金髪サイドポニーの赤い瞳をした少女。吸血鬼のため日光を防ぐために現在日傘を持っているフランドール。
 四人目は青い髪の不幸体質、青い鳥の妖怪のアオ。

 ここに、くじ引きで決まった即興メンバーの桂組VS真撰組のミニゲーム大戦が開かれようとしていた。
 良くも悪くも、幻想郷のメンバーはそろいもそろってお祭り好きな集まりだということなのだろう。








 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第四話「酒と料理と花さえあれば人はみな友達さっ!」■













 「さぁ、始まりました今大会の司会を勤めさせていただきますのは、私、射命丸文です!!
 解説は地下世界のアイドル、黒谷ヤマメさんと、ツッコミには地味眼鏡こと志村新八さんを向かえてお送りいたします!!」
 「ども~、みんなよろしくー!!」
 「……いやいやいや、司会、解説と来てツッコミはないから。ていうか誰が地味眼鏡ですか」

 やたらと高いテンションのままテレビの司会のような進行を進めていく文。以前テレビで見ていて感心していたので、その物真似だろう。
 そんな彼女の紹介にたまらず冷や汗流しながら新八がツッコミを入れてみるものの、文はそんなことに気にもかけずに観客……、つまりは幻想郷のメンバーを煽っている。

 「……無視かよ」
 「まぁまぁ。とにもかくにもお互いによろしくね、新一君」
 「……いや、新八なんですけど」

 フォローに回ったらしい悪意のないヤマメの言葉に余計に傷つくこととなった新八だが、その原因に行き当たっていないらしいヤマメがはてっと首を傾げる。
 まぁ、暗に自分が影が薄いという事実を突きつけられたようなものなのだから、そのことを気にしている彼にとってはその悪意のなさが余計に傷つくのだろう。
 別にヤマメは悪くない。あえて言うなら新八のいる環境が悪いのだ。

 が、そんな二人のやり取りをまったく無視してテンション張り上げる鴉天狗はスビッと指を天にさす。

 「さぁさぁさぁ!! この大会の審査員を紹介いたしましょう!! こちらの方々です!!」

 「そーなのかー」
 「アタイってば最強ね!!」
 「厄いわ。厄を感じる」
 「楽しそうねぇ。あぁ、妬ましい。妬ましいッたら」
 『お酒持ってこーいっ!!』
 「おーい、パシリー。酢昆布買ってこいヨ」

 「見ての通り、碌な方がいません!!」

 ルーミア、チルノ、鍵山雛、水橋パルスィ、伊吹萃香、星熊勇儀、そして神楽の言動が近場にあるマイクから流れてきて、文が見もふたもなく言い切った。
 いや、こう改めて審判席を眺めてみると、本当に碌なやつがいなかった。文がそんなことをいうのも無理もないことだろう。
 いや、まぁそもそもの話、この幻想郷にまっとうな人物なんて数えるぐらいしかいないのだが……。
 その碌でもない奴の筆頭ともいえる八雲紫はというと、今現在、友人である西行寺幽々子と一緒に酒を飲み交わしている。

 「それはともかく、ルールの説明をいたしましょう! 対戦方法と対戦者はこの箱の中からランダムに選ばれます。ただし、一度選ばれた方はその後の種目には出場できません。
 ですので、最低でも全4回戦行われる形になります。種目によってはそれより短くなることでしょう」

 そういって説明が終わると、白い髪をして天狗特有の衣装に身を包んだ少女、犬走椛が三つの箱を文とヤマメ、新八、の前に置いていった。
 文は【種目】、ヤマメは【真撰組】、新八が【桂組】の担当で、中にはメンバーの名前と、種目の中にはここに集まった面子が考えた勝負方法が詰まっている。

 「おい、ヅラぁ。桂組なんて気持ち悪くて冗談じゃねぇからジャンプ組に改名しようぜ」
 「ヅラじゃない、桂だ。ていうか、誰が気持ち悪いだ馬鹿者。というか貴様、いい年こいてまだジャンプなどという軟弱なものを呼んでいるのか」
 「テメェ!! ジャンプを馬鹿にすんなっ!! ジャンプにはなぁ、男の夢とロマンが詰まってんだよ!! 燃えと萌えが混同だぞコノヤロー!!」
 「違うよ! ジャンプには燃えと殺戮と爆発が詰まってるの!! ジャンプは危険と隣りあわせなのよ!!」
 「ちゃうでフランちゃん!! それはちゃうねん!! ジャンプには不幸と絶望がつまっとるんよ!!」
 「オイィィィィ!! いきなり喧嘩してんじゃねぇぇぇよあんた等!! ツーか後半ろくでもねぇし!!? そんなジャンプいるかァァァァァ!!!」

 チーム名巡って喧嘩をおっぱじめる銀時たちに新八がツッコミを入れる。半分ほどジャンプ談義だったような気もするが、フランとアオが言ったものは断じてジャンプなどではない。
 思わず新八がツッコミを入れたのも無理もないことだろう。何しろ、彼女達の発言は本当にろくでもなかったのだし。

 「おい、メス豚。とっとと酒注いでくんなせぇ。そうじゃねぇと口汚く罵るぜぃ?」
 「はっ! 誰がメス豚よ。私にお酒を注いでほしかったらもっと罵るのね。むしろ罵ってくださいお願いします」
 「天子ちゃぁぁぁぁん!!? お願いだから沖田さんの前でMッ気出すの止めてぇ!! 眼鏡のお願い!!」

 真撰組のほうは沖田が言葉に衣を着せぬ物言いで彼らの器に酒を注いでいた天子を罵り、むしろそれが天子に火をつけるものだから収拾がつかなくなりそうなところを新八がツッコミを入れる。
 それでも止まりそうになかったものだから、永江衣玖が羽衣で天子を釣り上げて強制的に退場させる。
 釣り上げた瞬間「ゲット」なんて聞こえたような気もするが、それは幻聴だったということでここは一つ手を打っていただきたい。
 羽衣でぐるぐるに巻かれてずるずると引きずられていく天子は実にシュールなものだったが、羽衣の隙間からわずかに覗く表情には、恍惚が浮かんでいたことはここに追記しておこうと思う。

 「さぁ、双方のテンションが鰻上りになったところで始めましょう!! 何が出るかな何が出るかな~」
 「……文さん、ノリノリですね」

 箱の中に手を突っ込み、鼻歌を歌っている自分の上司に、思わず椛がポツリと呟く。はたから見ても、今の文は実に楽しそうである。実際楽しいのだろう。
 ヤマメも似たようなテンションで箱の中に手を突っ込み、新八はため息をついてからボックスの中に手を入れた。
 しばらく漁ってから、いっせいに箱から手を引き抜く。三人の手には、その勝負を決定付ける紙が握られている。

 「さぁ、勝負方法は【叩いてかぶってじゃんけんポン!!】、真撰組からは【近藤勲】、桂組からは【フランドール・スカーレット】……って」

 用紙を集め、勝負方法を浪々と宣言し、対戦者の名前を読み上げたところで文が思わず硬直する。
 当の名前を呼ばれた近藤とフランはというと、すでに前に歩き出して互いに対峙していた。

 その光景を見て一旦ため息をついた文だったが、仕方なく勝負方法を説明していく。なかなか不安な組み合わせだが、決まったものは仕方がない。
 勝負方法の説明をしているさなか、必要な道具を八雲紫がスキマから取り出して着々と準備していく。ピコピコハンマーと、工事用ヘルメット、そして台座が用意されて準備が整う。
 二人が台座の前に向き直って座ると、ふと、近藤が手を上げて言葉をつむぎだし始めた。

 「あの、すみません。なんか周りからお経とか聞こえるんですけど?」
 「気のせいですよ。さぁがんばってくださいねゴリラさん、骨は拾ってあげますから」
 「何、その発言!!? 不安になるんだけど!!? ていうかここでも俺はゴリラ扱いなのか!!?」

 不安そうな近藤の言葉を罵倒付で返し、何かと物騒な言葉も残した文の発言。
 まぁ、近藤の言うとおり、周りの連中はお経となえてたり、仲には十字を切って祈りを捧げてるやつだっていた。
 そのことに不安を覚えはしたが、目の前の年端の行かないあどけない少女を目の当たりにして「考えすぎか……」と納得させて、その不安を押し殺す。
 実際、その不安は実に的確なものだったりするのだが、このときの近藤が知るはずも無い。

 「いいから早くやろう。えーっと、近……ゴリラ」
 「なんで!? 何で言い直したの今!? そのまま言えばよかったじゃん!!」

 目の前の金髪少女からすらもそんなことを言われ、精神に多大なダメージを負うゴリラこと近藤勲。
 フランはフランで狙ってやった発言だったりするので、内心してやったりなことを思っていたりする。いい感じに巫女やら白黒の魔法使いの影響が垣間見える一コマである。

 「まぁ、いい。やるぞ、フランドールちゃん」

 その言葉に、フランはうなずくとじゃんけんの体勢に入る。それを見届けた近藤も、じゃんけんの体制に入って初手をどうするか決めてから再び言葉をつむぎだす。 

 「叩いて!!」
 「被って!!」
 『じゃんけんポンッ!!』

 出された手は二人とも違う形だった。
 フランはグー。近藤がチョキ。それを視認した近藤は、すぐさまヘルメットを被って衝撃に備える。
 衝撃といっても、相手は子供だ。まさかいつぞやのお妙さんのときのような衝撃は来ないだろうと高を括っていると―――

 ズドンッ!!!
 「ぶらばっ!?」

 脳天からトラックが突っ込んできたかのような衝撃が近藤を襲い、彼はたまらず地面に倒れ付した。
 フランの握るピコピコハンマーは根元からへし折れて宙を舞い、台座は近藤が倒れ付した直撃で粉々に砕け散り、大地にはその衝撃の威力を物語る半径5mほどのクレーターが出来上がっていた。
 これほどの威力を脳天に直撃したのだ。当然、近藤は倒れ付したまま気絶してピクリとも動かなくなった。

 「近藤さぁぁぁぁぁん!!?」
 「局長ぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

 慌てて駆け寄る土方と山崎。クレーターのど真ん中で気絶している近藤を引っ張って自分達の座っていた場所にまで引っ張っていく。
 周りは「あーやっぱりなぁ」なんて表情でその光景を眺めているが、当の土方たちは近藤に何度も言葉を投げかける。
 その甲斐があったのだろう、今度は意外なほど早く目を覚ましたのだ。
 覚ましたのだけれど……。

 「君達は、誰だ?」

 近藤の記憶がすっ飛んでいった。目がかわいくクリッとした感じになってパッチリと見開いている。
 先ほどの衝撃で記憶というものがごっそりと転げ落ちたらしい。

 「局長ぉぉぉぉ!! アンタ馬鹿の癖になんでまた記憶喪失なんてややこしい症状に見舞われてんですかぁぁぁ!!」

 たまらず山崎が大絶叫。まぁ、以前記憶喪失の彼に散々振り回された山崎にしてみれば当然の叫びだったのかもしれない。
 今頃、その時の記憶が脳内を駆け巡っていることだろう。
 そんな彼の心境を知って知らずか、近藤は上半身だけを起き上がらせて、ポケットから布を取り出して頭に当てる。

 「なんだか頭が痛いな。僕の身に何が……」
 「……あの、スミマセン。その頭に当ててるの、私の下着じゃないんですか?」

 何事か呟いていた近藤の言葉を遮り、鈴仙が彼の手に持っている布に指をさしてそんな言葉をつむいでいた。
 何のことかわからず、今度はその布を頭からはずして視界に映るように移動させる。

 それは、鈴仙のいうとおり、彼女が向こうの世界で着替えとして買った下着だったのである。

 途端、ガシッと両サイドから肩を掴まれる。そちらのほうに視線を向ければ、いい具合に黒いオーラを噴出している八意永琳と蓬莱山輝夜の二名。

 「ちょっとツラ貸しなさい、ゴリラ」
 「そうね、悪いようにはしませんよ。これでも医者ですので、記憶喪失ぐらい治して見せますわ。物理的に」
 「あの、スミマセン。コレ僕には身に覚えが……」
 「いやねぇ。それを今から思い出させてあげようって言うんじゃない。物理的に。ね、永琳?」

 ぐわしッと肩を砕きそうなほどに強く握り締めて離さない二人は、そのままずるずると近藤を引きずってどこかへと去っていく。
 危険を感じて近藤が何事かわめいていたが、その言葉が二人に届くことは無く、やがて視界に映らないほどまで遠い場所にまで引きずられていく。
 途端、近藤の悲鳴となんか打撲音が聞こえたが、土方たちは助けに行こうにもいけなかった。だって、前面的に近藤の自業自得だし。

 「すまねぇ、近藤さん。フォローできねぇ」

 申し訳なさそうに謝りながら、土方は目の前に視線を向ける。
 どうやらもうとっくに二戦目が始まっているらしく、桂と山崎がバトミントンで闘っていた。
 中央にはいつの間にかしっかりとネットが張られ、お互い一歩も引かずに闘っている。

 勝負内容は【バトミントン一本勝負!】。先に点を入れたほうが勝ちというシンプルにしてすぐに決着のつく勝負。
 桂組からは桂が、真撰組からは山崎が選出されたらしい。
 今はやや山崎が押しており、この分だと山崎が勝つのは目に見えている。
 伊達に暇があればミントンをやっていただけはある。その度に土方にぼこぼこにされているけど。

 勝負はそのあとすぐについた。結局山崎が勢いのまま押し切り、今度は真撰組の勝利となったようだった。
 一対一の引き分け。これで勝負はわからなくなったといったところだろう。

 「まさか、山崎のやつが勝つとはな。世の中何が起こるかわかんねぇもんだ」
 「何言ってんですかぃ、土方さん。次は俺か土方さんのどちらかですぜィ」
 「わーってるよ。次に俺だったとしても、後ろから撃つようなまねするんじゃねぇぞ」
 「えっ!?」
 「何驚いてんだオメェは!! むしろこっちのほうがビックリだわっ!!」

 念のためにしといた忠告でいきなり驚きの声を上げられ、マジでやる気だったのかと内心冷や冷やしながら土方が大声でツッコミをいれる。
 でもまぁ、あれだ。沖田が土方をちょくちょく狙うのはいつものことなんで、今更といえばそうなのかもしれないが。
 どっちみち、土方にとっては堪ったものじゃないだろうが。

 そんな真撰組のやり取りをよそに、次の対戦を決めようと文が箱の中に手を突っ込んでいた。
 箱の中から手を出すと、握られていた紙には【四人麻雀】と書かれており、結果的に、残りのメンバー全員で参加する形となったのである。

 桂組は銀時とアオの二人。真撰組からは土方と沖田の組み合わせだった。

 「あー、だめだこりゃ。負けたよオメェ、これは負けたって、うん」
 「あかんよ、銀ちゃん。諦めたらそこで試合は終了や」
 「オメーが言うなぁぁぁぁ!! 安西先生の名言をお前が言うなぁぁぁ!! 不幸体質のお前がいる時点で麻雀で勝てるわけねーだろーが!!」

 もう早速諦めムードの銀時にアオが言葉を投げかけるが、彼はそんな言葉をつむぎだして頭を抱えた。

 麻雀とは、運に強く左右されるゲームである。
 無論、相手の牌を読む技量や、場の空気からどう切るべきかなど、実力も必要なゲームではあるが、何よりも幸運が無ければ話にならないのだ。
 自分の手元に、自分の望んだ牌を手繰り寄せる強運。何よりもそれがこのゲームには求められる。

 さて、その点で考えて、アオがこの勝負にむくだろうか?
 断言しよう。ドキッパリと無理である。彼女の不幸体質は伊達じゃない。
 だがしかし、その自信はいったいどこから来るのか、アオは不敵にふふんっと笑って見せるのだ。

 「心配あらへんよ。うち、麻雀でだけはお姉ちゃんにも負けたことあらへんねんから」

 自信満々にそう言って、彼女は紫が用意した麻雀台に歩いていく。その後姿を眺めながら、銀時は盛大にため息をつく。
 何しろ、彼女の不幸体質はよく知っている。一人で買い物に行かせただけでどこかに傷を負ってくるぐらいだ。その不幸度合いは並大抵ではない。

 「よーするに、それってオメェのねーちゃんがテーブルゲーム系が駄目ってだけなんじゃあ……」

 ポツリと呟いて、彼は仕方ないといった風に紫が用意した麻雀台に座った。
 正直、今でも勝てる気はまったくしないのだが、先に席に座ったアオはというと上機嫌に今にも鼻歌を口ずさみそうな状態だった。
 まぁ、今まで相手がよかっただけなんだとこの対戦で思い知るだろうなんて思いつつ、銀時は対戦相手を睨みつける。
 銀時の真正面には土方。アオの真正面には沖田が座る形になる。

 「テメェにだけは絶対に負けねぇ」
 「そりゃこっちの台詞だコノヤロー。帰ってマヨネーズでも啜るこったな」
 「上等だテメェ」

 お互いに言い合いながら、額に青筋を浮かべて睨み合う。その怒りに染まった視線といい、二人の仲の悪さを如実に表している。
 事実、二人とも似たもの同士なだけあってか非常に仲が悪い。

 「お手柔らかに頼みますぜ、旦那。出来るだけひきつけといてくだせぇ、俺が後ろから仕留めるんで」
 「オィィィィ!! オメェはどっちの味方だァァァァァ!!?」

 早くも裏切り発言をかましてる沖田にたまらず土方がツッコミを入れる。
 その光景を見るだけで、彼が普段どのくらい苦労しているのかがよくわかるというものだろう。
 何しろ、その光景を見てアオが既に土方に対して哀れみのまなざしを向けていたりするぐらいだし。
 不幸の塊である少女にそんな視線を向けられる辺りどうなんだろうとか思わなくも無いが、生憎と試合は待ってくれない。
 ころころと台座にサイコロを転がして、親を決める。

 「お、ウチが親やなぁ」

 どこと無く上機嫌なアオの言葉も、もはや銀時と土方の耳には届いていない。
 二人にとって、目の前の相手こそが倒すべき敵であるのだ。周りのことなどこの際二の次である。
 牌を並べて、自分の手を確認する銀時と土方。そんな中、二人が既に読み合いをはじめているなど知るよしも無く、アオは親であるが故に一番最初にツモを切って―――

 「あ、ツモや」
 『何ィィィィィィィィィィ!!!?』

 そんな二人の意気込みを台無しにするように、自分の手前にある牌を倒したのだ。

 天和―――、と呼ばれる役がある。自分が親であるときに、どんなに安い役でもいいのでとにかく初手で上がる。それが天和と呼ばれる役である。
 当然、初手であがるなどよほどの幸運を持ってしても早々できることではない。運を頼りにした役の究極系。ラッキーマンもびっくりなラッキー役満なのだ。

 そんな役をだ、よりにもよって幸運という文字から一番縁遠い人物が成しえたのである。彼女を知ってるメンバーはそれこそ呆けた表情を浮かべてボケッとしてる。
 それも仕方があるまい。ある意味、宝くじで一億円を当てる確率よりもなお低いと思われるような確率だとみな思っていただろうから。
 何がって? とりあえず彼女が普通に上がることが。



 なおその後、彼女は変わらずありえない幸運振りを発揮し、初手で上がらずとも一手目にリーチにしてダブルリーチになり、最悪でも5順目には上がってしまうのだ。
 結局、彼女の親が動くことなく勝負は決してしまい、お互いに決着をつけることが出来なかった銀時と土方はというとどこか寂しそうに周りに酌をしてもらったとか何とか。

 「……なんで、普段にあの爆運が発動しないのかしら?」

 後にポツリともっともな疑問を霊夢が言葉にしたが、それにこたえられる人物が当然いるはずも無く、真実は闇の中に消えていくのであった。
















 「あら、それではあなた達の仕事は江戸の治安を守ることなのね」
 「えぇ、そんなところです。男ばかりでむさッ苦しい部隊ですがね、俺にとっちゃ宝みたいなもんですよ」

 顔をぼこぼこに腫らした近藤は誇らしそうに、目の前の女性、西行寺幽々子にそう言葉をつむぐ。
 目の前には薄桃色の髪をした女性が扇子を片手に優雅に緑茶を嗜んでおり、彼の話を実に興味深そうに聞いていた。
 その隣には妖夢もいたが、彼女達がこちらをどうこうするつもりが無いのだとわかると、近藤も普通に彼女達と接することが出来るようになっていった。
 まぁ、記憶が戻る代償に、顔はこれでも勝かってぐらいに腫れ上がった近藤の顔は、下手な幽霊よりよっぽど怖い顔になっていたりするが。
 彼の話を聞き終え、幽々子は少し思案すると、くすくすと笑って彼に言葉を投げかける。
 その顔は、悪戯を思いついたような童女のような表情で、それが彼女らしいと、傍にいた紫は苦笑する。
 反対に、その表情が出るときは大抵碌な目にあわない妖夢は逆に顔を青くさせていたが。
 そして、その飛び出した言葉はというと……。

 「ゴリラさん。ウチの妖夢をそちらで働かせてあげてくれないかしら?」
 「……は?」

 そんな、身もふたも無いとんでもない話だった。
 その言葉に驚いたのは近藤だけではない。傍にいた妖夢はもちろん、紫まで驚いた表情をのぞかせている。

 「ゆ、幽々子様!!? ど、どうしてですか!!?」
 「あら、社会勉強にちょうどいいかと思って。あなたも、異世界には興味あるでしょう?」
 「そ、それはそうですが……。しかし、幽々子様の身が……」

 妖夢にとって、幽々子は主君であり守り抜くべきもの。
 その守るべき、いや、守りたい存在から離れるなど、妖夢にとっては納得できないに決まっている。
 しかし、幽々子のいうとおり、彼女自身、近藤たちや銀時たちがいる世界に興味があるのもまた事実なのだ。
 その狭間で揺れ動いている妖夢に、幽々子は諭すような声色で言葉を投げかける。

 「永遠亭のところの兎、社会勉強に銀時のところに居候させるそうよ。それなら、私はこちらの方々にあなたを任せようと思う。きっと、あなたにとっても得られるものが有るはずよ」
 「……」
 「心配しなくても大丈夫よ。朝と夜にはちゃんといてもらうし、いざというときは紫がいるもの」

 ね? と、彼女は紫に言葉を投げかける。
 その言葉に一瞬ぽかんとした表情を浮かべたものの、彼女の真意を理解したのかクスクスと紫は笑って「しょうがないわねぇ」なんて言葉をつむぎだす。
 それで、妖夢は一応の納得はしたのか、悪いとは思ったがやや憮然としながらも言葉をつむぎだす。

 「……わかりました」
 「そう、いい子ね。それでゴリラさん、お返事は? 心配しなくても、妖夢は強いわ。未熟ではあるけれど、あなたが心配するようなことではありませんわ」

 そう問われて、今度は近藤が思い悩む番となった。彼の立場上、そういったことは容易に決定できることではない。
 何しろ、彼らの仕事は文字通り命がけであることも多々あるのだ。強いとは言うが、見た目は神楽と同じぐらいの少女だ。すぐに頷けるものではなかった。
 しかし、対して妖夢の表情は決意に満ちている。決まった以上、最後までやり通すと言う意志の強さを感じる瞳だった。
 それが決め手になったのかはどうは知らない。だが、近藤は表情を緩め、どこか諦めたように言葉をつむぎ始めた。

 「わかりました。彼女には手伝ってもらうことになりますが、いざと言う時は俺が命をかけて守って見せます」
 「あらら、たのもしいわねぇ」

 彼の言葉を茶化すように紡がれた言葉だったが、その言葉には不思議と温かみのある言葉だった。
 そんな言葉に激昂することも無く、近藤は落ち着いた様子で苦笑するだけにとどめた。
 これから忙しくなりそうだと、そんな予感はしたが、同時に退屈しなくて済みそうだと、そんな予感も同時に感じ取っていた。

 程なくして、宴会は終わりを告げ、みな思い思いの場所に帰っていく。
 あるものはいつもどおりの日常に、またあるものはまた違う世界に足を踏み入れる日常に、そしてあるものは、自分の従者が成長することを願いながら。






















 「あれ? みんなどこ? 私このまま放置!? 放置プレイ!? 望むところよ!!!」

 約一名、不良の天人さんがみんな帰って行った後もぐるぐる巻きのまま放置されていたりするが、そのことに犯人である竜宮の使いが気がついたのが夜中の二時だったという。






 ■あとがき■
 ども、皆さんこんばんわ。これにて、太陽の畑の宴会は終わりになります。
 妖夢には真撰組にいってもらうことになりました。まぁ、色々と問題あるような気もしますが、とりあえずこうなりました。
 麻雀の話はもうちょっと書き込む予定だったんですが、尺の都合でものすごく短くなりました。
 もう色々詰め込みすぎて、書いてる本人が何がなにやらといった感じですが……いかがだったでしょうか?

 感想に銀魂のアニメは見ているのかとか、東方はどのくらいやっているのかという質問があったので、この場に書こうかと思います。

 ■銀魂
 アニメ△(見れるときは見るけれど飛び飛び。でも見てることは見てる)
 原作 △(現在単行本が11巻まで手元に。現在買い揃え中)

 ■東方
 旧作シリーズ×
 紅魔郷 △(体験版のみ)
 妖々夢 △(体験版のみ)
 永夜抄 ○(妹紅倒せないけど)
 萃夢想 ○
 花映塚 ○
 風神録 ○(EXいけてないけど)
 緋想天 ○
 地霊殿 ×(自分のPCで起動できない)

 と、こんな感じでしょうか? よく今まで書いてこれたなと思うほど悲惨な状態ですね^^;
 東方よろず屋を描き始めた当初とか単行本持って無かったですし…。
 この程度でこんなもん書いてんじゃねぇ!! などと後ろから刺されそうですな。特に銀魂のほうは^^;

 ではでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第五話「半霊と風祝が感じた異世界の生活」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2008/09/14 18:44


 真選組の屯所。そこは武装警察真選組の拠点であり、多くの隊士が寝泊りしている場所でもある。
 そんな場所の一室、隊士全員が出席した朝の会議にて、新しく真選組として働くこととなった彼女は、彼らの前で深々と礼をする。

 「今日から一緒に働くことになった魂魄妖夢です。皆さん、よろしくお願いします」

 誰もが、彼女のその行動にぽかんとしたことだろう。何しろ、外見は年端もいかぬ少女なのだ。無理も無い。
 だがしかし、彼女の腰には大小二本の刀。その服も、間違うことなき真選組の正装だ。多少大きかったのか裾を曲げて丈を合わせてはいるけど。
 普通なら、冗談だと思うところだが、残念ながら彼女の両側には局長である近藤勲と、副長である土方十四郎の姿もある。
 局長はともかく、あの鬼の副長がこんな冗談をかますとは到底思えなかった。

 まぁ、ある意味一番硬直の原因になったものといえば、妖夢の傍でふよふよと浮遊している半身の人魂だったりするのだが。
 
 (あの、すみません。なんか皆さんさっきから黙ったままなんですけど、もしかして幽霊とか駄目なんですか?)
 (……いつぞやの幽霊騒ぎで大半がダウンしたな)
 (駄目じゃないですか!! うわ、どうしよう……)

 小声で話してみれば土方のあっさりとした返答に、さすがに慌てる妖夢。
 平たく言えば、自分の半身も一緒にこの場に現れたこと自体が既に失敗みたいなものだ。あらかじめ聞いておけばよかったと後悔するが、もう後の祭りだ。

 「彼女は半人半霊という極めて珍しい生い立ちでな、ここに浮いている人魂は彼女の半身だ。怖がる必要は無いぞ」
 「近藤さん、それは微妙にフォローになってねぇ気がする」

 近藤がフォローのつもりで言葉を発するものの、土方の言うとおりあんまりフォローになっていない。
 だってこの発言、完璧にふわふわ浮いているものが幽霊の一種であると公認しちゃったようなものなのだから。
 案の定、恐る恐るといった感じで隊員の一人が控えめに挙手をする。

 「局長、彼女が真選組に入隊するのは間違いないんですか?」
 「おう、そうだぞ」

 そして特に何も考えずにあっさりとそれを認めてしまう近藤勲。やっぱり彼はもうちょっと頭のほうを武装したほうがいいのかもしれない。色々と。
 この後の状態を想像して、妖夢と土方が同時にため息をついて、憂鬱な気分を隠しもしないで頭を押さえた。ここまでの動作が見事にぴったりなあたり、この二人は気が合うのかもしれない。
 そして、案の定、隊員たちが騒ぎ立て始めたのだ。

 「マジでか!!」
 「ついに真選組にも女の子が!!」
 「いや、でも幼すぎねぇ?」
 「ばっか、あんだけかわいけりゃ問題無しだって!!」
 「そうそう、ムサッ苦しいだけよりよっぽどいいぜ!!」

 『は?』

 そう、騒ぎ立て始めた。土方と妖夢が予想していた騒ぎとは斜め四十五度ぐらい違う騒ぎだが。
 さすがにその反応は予想外だったのか、思わず目を点にしてその大騒ぎを見つめる二人。
 何しろ、二人とも全員が怖がって大騒ぎするんじゃないかと思っていたのだ。まさか大喜びするとは夢想だにしていなかったのである。
 近藤は満足そうに頷いていたりするが、やっぱりこの人はなにも考えていなかっただけなんだろうことは容易に想像がつく。結果オーライではあったが。
 が、いい加減聞くに堪えない単語も飛び出してきたし、そろそろやかましくなってきたところで……。

 「うるせぇぇぇぇぇぇぇぁぁ!!!」

 土方がぶち切れた。それも盛大に近くにいた隊士を思いっきり周りに投げつけるという恐ろしく乱暴な方法で。
 盛大に上がる悲鳴。それにともなって上がる壮大な人が倒れていく音。その騒音を作った張本人はというと、もう早速刀を抜いて睨みをきかせていたりするのである。

 「会議中に私語をしたやつぁ切腹だって前にも言っただろーが。俺が介錯してやるから全員前に出ろやコルァ」

 怖い。とことん怖い。そりゃもうヤクザだって素足で逃げ出すんじゃないかっていう迫力と怖さがにじみ出ている。
 そんな光景を、冷や汗流しながらぽつーんと眺めているのは妖夢で、その隣にはしっかりと近藤の姿もある。

 「あの、ここっていつもこんな感じなんですか?」
 「まぁ、いつもこんなもんだと思うぞ?」

 マジですか? などと妖夢は思いもしたが、思ったところでこの現状がどうにかなるわけでもないので、とりあえずため息を一つついておく。
 それと同時に、これから先一緒に働くことになるであろう隊員が一人も減らないようにと適当に祈りながら、彼女は今頃二度寝でもしていそうな主人に想いを馳せる。

 (幽々子様、私の仕事初日は、なんかいきなり前途多難です)

 想いを馳せるという言葉とは裏腹に、その想いは想像されるような悲哀なんぞには満ちていなかったけれど。















 
 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第五話「半霊と風祝が感じた異世界の生活」■













 さて、ところ変わりここは幻想郷の妖怪の山の頂上に位置する守矢神社。
 そこで風祝としての(といっても巫女とあまり変わらないが)仕事を終えた東風谷早苗が、ふぅっとため息を一つついて机に突っ伏した。
 その光景はさすがに予想外だったのだろう。すぐ傍にいた八坂神奈子と守矢諏訪子がぎょっとした表情を浮かべ、恐る恐る早苗に声をかける。

 「ど、どうしたのさ、早苗?」
 「そ、そうよ。何かあったの?」

 多少どもってはいたが、その声には心配という気持ちが宿っていることは聞けばわかる。
 何しろ、彼女達にとっては早苗は自分の娘みたいなものなのだ。諏訪子に至っては早苗のご先祖様だ。早苗はそのことを知らないが。
 その早苗が途端にこんな行動をとれば、さすがに心配もするし、驚きもする。
 そんな神様二人に対して、早苗は顔を上げることも無く、机に突っ伏したままもう一度ため息をつく。
 生真面目な彼女にしては随分と珍しい反応である。

 「大したことじゃないんですけど、昨日銀さんたちが来たときに銀さんと神楽ちゃんが向こうのドラマの話をしていたから……。つい、むこうのことを思い出しちゃって」
 「むこうって、外の世界?」
 「はい、諏訪子様。いつも見てたドラマ、どんな終わり方したんだろうとか思っちゃうと、気になってしまって」
 「あー……」

 あいも変わらず、机に突っ伏した状態のままの言葉に、神奈子が困ったような表情であさってのほうを向く。
 もともと、東風谷早苗は幻想郷の外の世界の住人だ。つまり、テレビやら携帯電話の恩恵を受けたバリバリの現代っ子なのである。しかも、もともと彼女は学生だ。
 そんな彼女が、自分の意思で神奈子たちと一緒に幻想郷に移り住み、風祝として彼女達と共に生きていくことを選んだのだ。その辺りには、常人には理解しがたい葛藤もあっただろう。
 その辺りに、神奈子たちにとっては彼女に対する負い目を感じることもある。が、それはこの際置いておこう。

 生まれたときからあったテレビの存在。彼女だって女の子だし、何より人間だ。見たい番組もあったし、楽しみにしていたドラマもあった。
 現代人にとって最大の娯楽とは何か? 誰もがまず「テレビ」と答えるだろう。彼女もそんな一人だったに違いない。

 「あぁ、こういうこと思っちゃいけないのはわかってるんですけど、テレビが恋しいです」
 「テレビかぁ。今思うと銀時の世界って江戸時代ぐらいなのに技術発達しすぎだよね」
 「そういえば、銀時たちの世界にはしっかりテレビも車もバイクもあるらしいからねぇ」

 そこまで呟いて、何事か思いついたのかピタッと硬直する三人。
 妙案でも思いついたのか、おもむろに早苗が顔を上げて手のひらをポンッと叩く。こう、頭の上に電球がぴかーんっとついたかのような感じである。



 『その手があった!!』



 ものの見事に三人同時に言葉が唱和する。
 一体何を思いついたのか、何を考え付いたのか、聡明な皆さんならお分かりいただけることだろう。
 考えが至れば善は急げだ。彼女等三人はすぐさま八雲紫を探すためにばらばらに家を飛び出した。

 どうしてって? 平たく言えば守矢神社から直通で銀時の世界のよろず屋に繋いで道を作ってもらうためである。
 ちなみに、この後。奇跡的にもすぐさま八雲紫は見つかって弾幕勝負の末、意外にも早く道が作られることになったのだが、それはこの際余談である。

 後に生真面目な性分の東風谷早苗さんはこう語る。



 神様二人掛かりは大人気ないと思うんです。




















 「え? じゃあなんですか。テレビ見たさにこっち来たんですかあんた等」
 「……まぁ、お恥ずかしながら」

 お茶菓子を用意しながら呆れたように言った新八の言葉に、少々顔を赤くしながら早苗が言葉を紡いでうつむいた。
 ここはよろず屋。今現在ここの主はジャンプを買うために出払っているため不在。神楽も定春をつれて居ないし、鴉天狗の射命丸文もネタ集めの為にどこかに飛び去ってしまった。
 つまり、ここに残っていたのは新八と鈴仙、そして天子だけだった。

 そこに現れた風祝と神様二人とスキマ妖怪。何ゆえか所々ぼろぼろだったスキマ妖怪だが、その理由を新八は知らない。
 鈴仙と天子はうすうす感づいているようだったが、何も言わない辺り、それを言うつもりはないのかもしれない。

 「あんたにしては、こっぴどくやられたわねぇ」

 新八たちには聞こえないように、小声で紫に話しかける天子。その声色には、純粋に意外だという気持ちが込められており、紫はそれに「そうね」と短く答えるだけにとどめておいた。

 「まったく、いきなり現れて弾幕勝負吹っかけて、二人掛かりだなんて、酷いですわ」
 「いいじゃん。あんたには式がいたでしょうに」
 「あなたたちを相手にするには藍ではねぇ。せめて幽々子だったらもう少し違ったのでしょうけど」

 諏訪子の返事に少々ため息を交えながらも、なんだかんだで楽しそうにテレビに夢中なスキマ妖怪。
 神様二人にスキマ妖怪、そして天人がテレビに釘つけになっているさまは、なかなかお目に見れるものじゃないだろう。
 ちなみに、四人が見ていたのはビデオで録画されていた『渡る世間は鬼しかいねェチクショー』とかいうドラマである。
 自分の居た世界と微妙にニアミスする題名やら内容やら登場人物やらに、早苗が微妙な顔をしていると箪笥の一番下の段があいてひょこっと青い鳥の妖怪、アオが顔を出した。

 「銀ちゃ~ん……って、あれ? 風祝のねーちゃんや」
 「あなたは、確かアオさんでしたっけ?」

 それほど接点があったわけではない二人ではあったが、性分ゆえか早苗は彼女の名前をしっかりと覚えていた。
 そのことに満足しながら、アオは頷いて「そうやでー」と肯定する。
 どこか緩いほわっとした表情を浮かべるアオに、早苗がひとまず挨拶をしていると、ころあいを見計らって新八が言葉を投げかける。

 「どうしたの、アオちゃん。今日はいきなり」
 「んー? 知り合いの白狼天狗様がウチとよろず屋のみんな宛の手紙持ってきてくれはったんよ。せやから、どうせなら一緒に見ようと思うてんけど……銀ちゃんはおらへんのやね」

 辺りをきょろきょろと見回しながら、少々残念に思って言葉の後半が小さくなっていく。
 随分表情豊かな人だなァと思いながら彼女を眺める。なんというか、その表情の豊かさはちょっとした小動物のようにころころとよく変わる。
 まぁ、喋ってる姿を見ると頭はだいぶ緩そうな感じではあるが。

 「誰から?」
 「ウチのねーちゃん」

 ニコニコ笑顔で天子の疑問に即答するアオ。
 新八も天子も彼女の姉のことは知らないが、それゆえに興味も湧くというものだ。以前から、アオの口の端々から姉の存在は感じ取れたが、どうやら随分と破天荒な妖怪らしい。
 神様二人とスキマがテレビドラマのピン子の活躍に熱中している中、新八と天子の興味はどうやらその手紙に興味が移ったようだった。

 「お姉さん、ですか?」
 「うん、ちょっと厳しいお姉ちゃんやけどね」
 『ちょっと?』

 早苗の言葉になんでもないことのように答えたアオの言葉、幻想郷にいた頃はちょくちょく彼女の口からポロッと零れる姉の行動は、ちょっと厳しいどころの話ではない。
 故に、新八、天子、そして鈴仙の言葉が見事に疑問系でハモる。
 普通一般的に、空を飛べない妹を滝壺に重石付でノーロープバンジーさせたり、弾幕勝負の巻き添えを食らわせたり、プロレス技の練習台にするような人を『ちょっと』とは表現しない。
 むしろ、人間はそれを『外道』という。

 「しゃーないなぁ。今みんなで見てしまおうか。どーせ、銀ちゃんのことやからどこかで賭博のひとつでもしとるんとちゃうか?」
 「あー、ありえる。あの人ならありえる。今頃、どこかのパチンコにでも行ってるんじゃないかな」
 「……パチンコまであるんですね、この世界って」

 冷や汗流しながら、早苗はポツリと呟いて、もし、この世界が自分が住んでいた年号にまで時代が進んだら技術はどうなるのだろうとか、そんなとりとめもないことを考える。
 まぁ、凄いことになるのは目に見えてるけど。何しろ、技術だけならここは早苗がいた幻想郷の外の世界よりも上である。
 だって、こっちには宇宙船だって存在してるのだし。ビーム兵器だって余裕である。そのうち巨大ロボットでも作ってそうな勢いだ。
 ……まぁ、下の階のお登勢さんが経営するスナックにはアンドロイドがいたりするけど。

 「ほい、これみんな宛のやつ」
 「うん、ありがとう」

 ひとまず箪笥から出てきて手紙を新八に渡し、アオも壁に寄りかかって自分の分を楽しそうに開け始めた。
 新八が手紙を開け始めると、天子と鈴仙も気になるのか彼の後ろに集まる。それに混じって、気になったのか早苗も後ろに回りこむ。
 いけないとは思っていたが、どうしても好奇心のほうが勝ってしまったらしい。少々の罪悪感を覚えながら、文体を目で追っていく。





 『よろず屋の皆様へ』

 【初めまして。私はアオの姉のソラと申します。風の噂で、あなた方がアオの身を引き取って、面倒を見ているとお聞きしました。

 不出来な妹ではありますが、私にとってはかわいい妹です。あなた方には感謝しても仕切れません。

 心を鬼にして、妹にはこの幻想郷を見て回ってほしいと追い出しはしましたが、人里で元気にしていると聞いて安堵しています。

 まことに身勝手な願いではありますが、これからも妹のことをよろしくお願いいたします。

 機会があれば、皆さんともお酒を飲み交わしたいものですね。その時はまた、改めてお礼をさせていただきたいと思います。

 それでは、またいつの日か会える機会があれば。

                                            ―――ソラ】








 「……あれ? なんかイメージが随分と違うような」
 「確かに。ものすごく礼儀正しいじゃない」
 「本当だね。妹思いのいい人だ」

 鈴仙、天子、新八の順に言葉が紡がれ、なんと無しに三人で苦笑する。
 確かに、手紙の内容を見れば丁寧な言葉使いで、ところどころ妹を心配しているのが見て取れる。
 アオの方を見れば、真剣に手紙のほうを凝視したまま動かない。久しぶりの姉の言葉(手紙だけど)に、姉との思い出でも思い出しているのか……。
 想像してみても、その胸のうちは彼女だけにしかわかるまい。

 (立派な人ですね。それに、すごく優しい)

 それが、手紙を見た早苗のソラという人物の総評だった。
 それを表に出すことは無かったが、早苗はそんな姉を持ったアオという少女を少しうらやましく思う。
 一体、彼女はどんな気持ちで、自らの姉が送ってくれた手紙を読んでいるのだろう。どんな気持ちで、その手紙を読んでいるのだろう?
 気になってしまえば、ソラという人物が自分の妹に宛てた手紙というのが気になって仕方がない。
 早苗はそろそろとアオの隣に移動する。ゆっくりと、手紙に熱中している彼女に気付かれないように、ゆっくりと手紙を覗き込んで―――



 【死ネッ】



 A4サイズの紙にデカデカとはみ出す勢いで書かれた達筆なその文字を見て、見なきゃよかったと心底後悔することになったのであった。
 一瞬の硬直のあと、早苗は何も言わないまま数歩下がって先ほどの光景をスルーする。
 何も見ていない。見ていないったら見ていない。見ていないってことにしておいてくださいお願いします。

 「一度でいいから会ってみたいね、ソラさんに。アオちゃんもそう思うでしょ?」
 「うん! そうやねぇ!! その時がごっっっっっつぅ楽しみやわぁっ!!!!!!!!」

 新八の純粋に会ってみたいという思いの乗った言葉に、アオは額に青筋浮かべながら満面の笑顔でグシャッと手紙を握りつぶしながら声を大にして答える。
 その光景を見ても、早苗は何も答えない。というか何もいえない。乾いた笑みを浮かべたままその光景を眺めていることしか出来ないでいた。
 感動を覚えていた心が徐々に冷めていくのを感じながら、引きつった笑みを浮かべたまま早苗は思う。
 とりあえず、アオのお姉さんにはさっきの感動を返せ!! と全力で抗議したい気分だったが、残念ながら件の人物は妖怪の山のどこに棲んでいるのかもわからないのだから始末に終えない。

 ちなみに、このあと帰ってきた銀時は見事にパチンコで金を使い果たし、新八と鈴仙からダブルパンチを貰っていたりするが、それはこの際余談ということにしておこう。
















 「あのすみません。おごってくれるのは嬉しいんですが、このマヨネーズの固まりなんなんですか? 土方さん」
 「土方スペシャルだ。遠慮すんな、妖夢。とっとと食っとけ」
 「いりません断固拒否します。すみませーん!! 掛けそばおねがいしまーす!!!」

 そのころのとある定職屋での土方と妖夢、こっちはこっちで色々大変そうな一コマだった。




 ■あとがき■
 最近、早苗さんの株が急上昇中。ども、白々燈です。
 今回はいろいろご都合主義な場面が多かったですが、いかがだったでしょうか?
 なんか、今回は色々と賛否両論で分かれそうな感じですね^^;

 さて、感想のほうで好きなキャラは誰ですか? という質問をいただきましたので、この場を借りてお答えしたいと思います。

 東方側はいろいろいるんですけど、特に天子や幽香、文とか好きですね。最近は早苗や鈴仙も。あとルナチャイルドとか。
 銀魂側はやっぱり銀さんと土方ですかねぇ。女性キャラだとわりと陸奥さんが好きだったりします。

 それぞれやっぱり性格に惹かれた部分が多いですね。特に銀魂側のほうはその辺強く出てるかと。

 それでは、今回は少々短いですけど、この辺で。

 ※あんまりにも誤字が多かったので修正しました。
 誤字のご報告、ありがとうございます。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第六話「子供だからこそわかることもあるよーな無いよーななんかそんな感じ」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2008/09/24 00:04
 ※少しだけ地霊殿のネタバレがあるのでご注意ください。






 日の光がまだ高く、さんさんと輝く太陽は容赦なく照りつける。
 時期的に言えばまさしく夏真っ盛り。それはここ、幻想郷も変わらない。

 平たく言えば、暑い。見もふたもなく表現すればむしろ熱い。でも厚くは無い。

 そんな体感温度をほこる外の灼熱地獄の中、いい感じに頭がショートしかかっている妖精の少女、ルナチャイルドはボーっとした表情のままふらふらと浮遊していた。
 彼女は月の光の妖精。そもそもの話、太陽の光はむしろ苦手な部類に入る。
 こんなとき、彼女の友人であるサニーミルクは暑い暑い言いながらも元気にはしゃぎ回るのだろうが、生憎と彼女はそうも行かない。

 「おかしい」

 ポツリと呟くが、彼女の呟きを聴いているものはいない。いつも三人組で行動することの多い彼女達だったが、今は彼女一人だけだ。
 ちょっと些細なことで彼女達と喧嘩してしまい、結果あても無くふらふらしていたルナであったが、もはやそんなことなど頭に残っていない。

 「おかしい」

 また呟く。しかしながら、やはり彼女の言葉に答えてくれる人物はいないわけで、この狭くも広い幻想郷をふらふらと彷徨っている。
 憂鬱な気持ちを吐き出すように、はぁっとルナはため息を零す。サニーやスターのことはもはや心配にも値しない。
 なんだかんだで彼女達との付き合いは長いのだ。時間をおきさえすれば、またいつもの様な関係に戻れることはわかっているのだし。
 第一、サニーもスターも、そしてルナ自身も、そういつまでも引きずるような性格などしてはいない。

 では? 彼女を憂鬱にしている原因はなんなのか? それは実に単純明快で、誰もが抱えるものが原因だった。

 「なんで、今年はこんなに暑いのよ」

 そう、彼女の言葉の通りに、彼女を悩ませているのはこの灼熱とも表現するべき異常な暑さだった。
 昨今、外の世界で話題になっている地球温暖化現象。エルニーニョだかミョルニールだかゴルディオンなんたらだか知らないが、この異常な暑さは勘弁願いたい。
 話に聞けば、人里では何人か熱中症で倒れたらしいし、油断していると妖精でもぶっ倒れそうな勢いだった。

 とりあえず、どっかで涼みたい。もう本当に。いっそのことアオが経営しているよろず屋にでも足を運ぼうか?

 そこまで考えて、ふとある言葉を思い出す。
 それはまだ銀時たちが幻想郷にいた頃、ツッコミ担当の新八から聞いた扇風機という涼むための道具。

 「そういえば、向こうのよろず屋とつながってるのよね、アオの家って」

 汗だくになりながらも、ニヤリと自分の考えに口元がつりあがる。
 避暑地としてはこの上ない場所だろう。涼むための道具はあるし、少なくとも今この場よりは涼しいに違いない。
 そうと決まれば話は早い。ルナはすぐに方向転換をして人里に向かって飛行する。

 まぁ、問題といえば、あの場所が今どんなカオスな空間になっているかわからないということだったが、それは大丈夫だろうと思考する。
 何しろ、幻想郷にいた頃のカオスピーク時を目の当たりにしている。ちょっとやそっとじゃ動じない自信があった。
 だから戸惑いは無い。視界の先には、徐々に徐々に人里の全景が近づいていた。










 
 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第六話「子供だからこそわかることもあるよーな無いよーななんかそんな感じ」■













 ……そう、思ってた。つい数分前までは。
 彼女は箪笥の中からヒョコッと顔を出し、その光景を目の当たりにして愕然とした。

 彼女の視線の先にあったものは……。



 「鈴仙さん。この記事こうしたいんですけどどう思います?」
 「うーん、悪くは無いけどもうちょっと捻ったものがほしいかも」

 新聞の記事のことで相談しあう鴉天狗と月のウサギ。



 「……」

 頭からまるごと定春に噛み付かれ、何ゆえか死体のようにぐったりとしたまま動かない天人。



 『カトケンサッンッバァァァァァァァァ!!!!』

 ノリノリでテレビに釘つけになったまま、机を踏み台にして大声でハモる神様二人と吸血鬼姉妹と夜兎族。その衝撃で机が大破。



 「それで、ここの調理はこう手を加えるのがこつなの」
 「なるほど、勉強になりますよ咲夜さん」
 「あ、新八さん。ここをこう工夫すると味がしみておいしいんですよ」

 家事のことで見事に意気投合している瀟洒なメイドと駄目眼鏡と風祝。



 ズドォォォォォォォォン!!!
 「銀時様、今日こそ家賃を払っていただきます」
 「ぎゃぁぁぁぁぁぁ玄関がァァァァ!!? たまァァァァァァ、テメェ玄関吹っ飛ばして家賃徴収しに来るんじゃねぇぇぇぇぇ!!!」

 無残にも粉々になる玄関。そして進行してくるターミネーターに大絶叫を上げる天然パーマ。



 そんな光景を一部始終視界に納め、ルナは自分の考えがいかに甘いかを知った。
 数分前までの自分を是非とも金属バットで頭をカチ割りたい気分に駆られて現実逃避に走った彼女を、誰が責められようか?

 そこは想像も及ばないカオスだった。混沌だった。ある意味ゲテモノが入った闇なべのほうがまだ上品な感じだ。

 早速後悔した。この場に来たことを心底後悔した。目的の扇風機はすぐそこにあるというのに、あろうことか先ほどのターミネーターの強襲でスクラップと化しているのが視界に映りこむ。
 不意に、目に熱い何かが込み上げてきて、勢いよくブンッと天井に視線を向けた。是非ともこの涙を蒸発させてほしい。今はこの暑さを生み出す太陽がどうしても恋しかった。
 なんというか、今の彼女は精神的に一杯一杯だった。か細い意識を細い細い糸で繋ぎとめ、その上を歩いているかのようなそんな錯覚さえしてくる。

 「うにゅ? さっきの轟音何?」


 そして台所から現れたトドメはこれ以上に無くパンチが効いていた。少なくとも、綱渡りをしていたルナの意識を叩き落すぐらいには。


 プッツンと意識の途切れたルナは前のめりにぶっ倒れ、丁度箪笥の引き出しに引っかかるように気絶することとなる。

 そんな彼女にトドメをさした張本人はというと、ゆで卵を片手に、目の前の惨状をイマイチ理解できていないのかこてんっと首を傾げるだけにとどめる。
 核融合を操る程度の能力を持った霊烏路空は、まぁいいやと適当に納得してから用意してもらったゆで卵をぱくつくのであった。

















 さて、そんな微笑ましくも恐ろしいことがあってからというもの、彼女等は重大な任務を受けて、この暑っ苦しい中、幻想郷の魔法の森へと続く道を歩いていた。

 「……ねぇ、これってあのたまとかいう奴がやるべきことなんじゃないの?」

 不満たらたらなルナの言葉に、付き添っていた早苗と新八は思わず苦笑する。
 結局あのあと、たまは銀時から家賃を徴収するとあっという間にお登勢さんのところに帰っていった。
 あとに残ったのは粉々になった玄関と扇風機。そんな状態でも我かんせずを貫いたテレビ組は凄いと思う。メンツがメンツだけど。
 そんなわけで、彼女達が請け負った重大な任務というのがすなわち、扇風機の購入である。

 残念ながら銀時たちの世界ではクーラーが主流のため、電気店を回っても望み薄だという話が上がった。
 そこで早苗が提案したのは、それなら幻想郷に確実においてある場所に行ってみてはどうか? という提案だった。

 そう、外の世界の道具がおいてある場所。すなわち香霖堂である。

 その場所の事を聞いて、銀時は不思議と納得した。何しろ、銀時は幻想郷にいたときはそこでジャンプを買っていたのだし。
 そして香霖堂に赴くメンバーはじゃんけんで決定され、今現在に至るというわけだ。

 「まぁまぁ。ほら、言ってる間に見えてきたんじゃない?」
 「えぇ。あそこですね」

 新八のいうとおりにそちらに視線を向けてみれば、魔法の森の入り口付近にぽつんと建っている香霖堂が見えて、早苗が同意する。
 二人の言葉につられて、ルナはその場所にうっとうしそうな視線を上げて、再び深いため息をついてのろのろと歩き始めた。
 いい加減この暑さにはうんざりだ。その扇風機とやらの恩恵を早く受けたい。
 そんな思いを燃料にして、ルナは重い足を引きずるように歩いて目的の場所にまで一直線だ。

 というよりむしろ、先ほどのあの光景を忘れたい。あのカリスマのかけらもねぇ神様と吸血鬼の奇行が今も脳裏に焼きついて離れない。軽くトラウマにすらなりつつある。
 つーか誰だ、カトケンって。

 憂鬱な気分のまま、香霖堂の入り口のドアを押し込む。カランカランという独特な音がなり、薄暗い室内が視界に飛び込んでくる。
 よくわからないものが乱雑した店内。そのカウンターの向こう側に、彼、白髪に眼鏡をかけた男性、森近霖之助の姿があった。

 「おや、君は守矢神社の。そちらは新八君と、妖精か。随分と珍しい組み合わせだね」
 「あはは、お久しぶりです、霖之助さん」

 新聞に目を通していた霖之助がこちらに視線を向け、新八は苦笑しながらそんな言葉を返していた。
 幻想郷にいた頃は、銀時につれられてよくジャンプを買いにいくのに手伝わされたものだ。
 最近は元の世界に戻り、それ以来あっていないので久しぶりといっても過言ではないだろう。

 「それで、今日は何をお求めかな?」
 「えぇ。実は扇風機が壊れてしまって。今日はそれを買い求めに来ました」

 新聞を折りたたんで直しながら紡がれた言葉に答えたのは、傍にいた早苗だった。
 すると霖之助はしばらく考え込んで指を指すと、そこにはいくつかの扇風機が並べられていた。
 軽く会釈をしてそちらのほうに歩いていく早苗と新八をよそに、ルナはというと室内にいるおかげで少し気分が回復してきたらしい。
 その分、彼女は店内のガラクタのような場所をじっと眺めていた。いや、正確に言えば小さな道具の集まりというところか。使い方がわからなければガラクタとかわらないだろうけど。

 そんなガラクタの山の中で、ひとつ、ひときわ眼を引くものがあったのでそれを手に取った。

 それは、犬の顔の形をした薄っぺらい何かであった。中央には液晶画面があり、デザインそのものは非常にかわいらしい。

 「気に入ったのかい?」
 「え? あ、うん」

 唐突に声を掛けられ、ルナは少々言葉に詰まりながらも何とか返答する。
 そんな様子に苦笑しながら、霖之助はさらに言葉を続けた。

 「それはあげるよ。初回限定でのサービスだ。どうせお金は持っていないんだろう?」
 「いいの?」
 「あぁ、かまわないよ。その代わり、次からは客引きをするなりお金を持ってこの店を訪れるようにして欲しいとは思うけどね」

 何を考えているのかは知らないが、それだけを呟いて、霖之助は今度は早苗たちに言葉を投げかけ始める。
 まじまじとその光景を見詰め、そのあとに自分の手にあるその道具に視線を向ける。
 ご丁寧に、裏ッかわには使用方法もちゃんと書いてあった。そして同時に、それがどういう道具なのかを知ることにもなったのだけれど。

 彼女が手にした道具。それは、動物が何を言っているのかわかるという道具であったのだった。

 (あ、なんか面白そうかも、コレ)

 動物が何を言っているのかわかる。それはすなわち、あのよろず屋の巨大な犬の言葉がわかるというものだ。
 あのつぶらな瞳のかわいい犬が、一体何を考えているのか、それはほかのメンバーも知りたいところだろう。
 特に、しょっちゅうあの犬にもふもふしている吸血鬼姉妹は。
 言葉に甘えるように、ルナはその道具をポケットにしまう。後に、その道具がどんな惨状を生み出すのかも知らずに。























 「と、そういうわけで。この道具を使えば定春が何を言っているかわかる優れものなのよ!!」

 一体どこからそんな自信がわいてくるというのか、どこか偉そうにそんなことを言う妖精。
 しかし、その事に気分を悪くするわけでもなく、その道具の効果についてあるものは納得し、あるものは感心し、あるものは興味津々に、そしてあるものは顔を青くさせたような気がする。
 まぁ、その顔を青くさせた人物はというと、その道具にいい思い出がないよろず屋メンバーであったが。

 「止めといたほうがいいと思うけどな、僕は」
 「新八ー。そんなことはイイから、こっち直すの早く手伝え」
 「ほら、とっとと手を動かすアル眼鏡。そんなんだから眼鏡って言われるネ眼鏡」
 「オィィィィィィ!! 眼鏡眼鏡連呼すんじゃねぇよチクショォォォォォ!! 手を動かせばいいんだろコノヤロー!!!! 粉々になるまで動かしてやんよォォォォ!!!」

 やけっぱちに叫びながら、ギーコギーコと木材をのこぎりで削り始める新八。彼らは現在、テレビに熱中しすぎた約五名に破壊された机を直す真っ最中である。
 新しい机を購入する余裕は、残念ながら今のよろず屋には存在しない。おととい、どこかの誰かさんがパチンコでお金を全額摩ったために。
 まぁ、彼らもただ単に、あの犬が何を言うかわからないというか予想がつきすぎて困るので、早い段階で現実逃避しているだけの話なのだが。

 「定春ー、何か喋ってよ」

 一番手は天子らしい。定春に話しかけて見るが、何もしゃべらない。そんな中、ほかのメンツはじゃんけんをしているあたり、この順番はじゃんけんで決めようとしているらしい。
 何も知らないって怖いよね。みんな楽しげにじゃんけんしているのだから。

 そして当の定春は何も喋らない。もともとマイペースな定春だ。彼女達の都合で喋るべくも無い。
 んでもってだ。超の付く我侭な性格をしている天子が、この自分の都合で喋ってくれない定春に多少の怒りを覚えるのはある意味必然だったわけで。

 「ほら、喋ってってば」

 ちょっと語尾を強め、軽く鼻先をはたいて見せるが、正直コレがまずかった。というかむしろ力加減を間違えた天子が悪いのかもしれないが。

 「わぎゃぁっ!!」

 とうとう定春が彼女の要望どおりに吠えた。同時にボディブローのおまけもついてきたが。
 ヅドムッ!! というワリとしゃれにならない轟音が部屋中に響き、直撃を受けた天子の手から翻訳機が零れ落ち、ズシャリと仰向けに倒れこむ。
 ビクンッビクンッと痙攣する彼女の表情にヤバ目な恍惚の笑みが浮かんでいたが、みんなしてそれをスルーする。
 よろず屋にいたってはいつか見たようなその光景を見なかったことにして日曜大工に熱を入れる。完全な現実逃避だ。

 そして、零れ落ちた翻訳機をレミリアが拾い、その翻訳機に表示された文字に視線を向ける。

 [いてぇなゆとり教育が!! あんま調子に乗ってるとミンチにした後で動物愛護団体に訴えるぞコノアマッ!!]

 「……あってるっていえば、あってますわね」
 「えらく黒い発言してるのは気のせいかしら?」

 後ろから覗き込んで呟いた咲夜の言葉に、レミリアが冷や汗流しながら定春に視線を向ける。
 あのつぶらな瞳のどこにそんな暴言を吐き出すような思考が存在するのか。世の中って末恐ろしい。

 「お姉さま。今度は私よ」
 「あ、ちょっとフラン!!?」

 レミリアの静止の声も聞かず、フランは彼女の手から翻訳機を剥ぎ取って定春の前に立つ。
 未知の体験に期待を膨らませ、彼女はつぶらな瞳の定春に言葉を投げかけた。

 「定春は、私のことどう思ってる?」
 「わんっ!」

 今度は素直に鳴き声を上げた。先ほどの天子とは雲泥の差である。
 ピピッと電子音が鳴り響き、フランはそちらのほうに視線を向けると、そこには先ほどと同じように文字が浮かび上がる。

 [友達]

 その表示が出た瞬間、ぱぁっと太陽のような満面の笑みを浮かべて、フランは定春の首元に抱きついた。
 その拍子に翻訳機が零れ落ちたが、そのことを気にかけることも無く、フランは上機嫌に定春に頬刷りをする。
 そんなほほえましい光景をぼんやりと眺めながら、日曜大工をしていた銀時がポツリと言葉を漏らす。

 「新八くーん、どうして俺たちとフランとで対応が違うのかなー、定春は」
 「銀さん、それは多分純真な心であるか否かですよ。少なくとも僕等は汚れに汚れてしまったっていうことでしょう」
 「馬鹿いっちゃいかんよ新八君。銀さんの心は純真ですよ~、コレ。パチンコの台座の前で純真な気持ちで大当たりを願ってたんだぞー、俺」
 「どの辺りが純真!!? パチンコ台の前って時点で薄汚ぇ欲望が丸出しじゃねぇかァァァァァァ!!」

 銀時の言葉に納得できないものがあったのか、新八は大声でツッコミを入れる。まぁ、家計を預かる彼のみとしては聞き捨てなら無い言葉ではあっただろうけど。

 そんな彼らの恒例ミニコントはさておき、今度は諏訪子が翻訳機を手にして言葉を投げかける。

 「それじゃ、定春は私のことはどう思ってるのかな?」
 「ワン!」

 ぴろぴろーっと奇妙な電子音。さっきと音が違うことに微妙に首をかしげながら、まぁいいかと諏訪子は翻訳機の液晶モニターに視線を落とす。

 [お前、第五回人気投票で16位だったな]

 「ちょっとぉ!! 何でそんなこと知ってるのさ!!」
 「お、落ち着いてください諏訪子様!!」

 グーで殴りかかろうとした諏訪子を必死に止める早苗。そんな様子を見て大爆笑する神奈子だったが、再び定春がワンッと鳴いて、翻訳機の文字を見て愕然とする。

 [み○え似のオンバシラー。お前は第五回人気投票32位だったよな。大笑いしてっけどお前のほうが笑えねぇよ]

 「やかましいわ!! ていうか、だからなんでアンタがそのこと知ってるんだ!!!」
 「神奈子様!!落ち着いてくださいってば!! 諏訪子様も笑ってないで手伝ってください!!」

 すっかり立場が逆転である。殴りかかろうとする神奈子を、早苗が腰にしがみついて必死に止めようとがんばるものの、その光景を見て大爆笑する諏訪子。
 そんな光景を持て、恨みがましそうにルナがポツリと一言。

 「イイじゃない。私なんて47位よ?」
 『スミマセンでした』

 その悲惨すぎる数字に思わず神様二人が謝った。ついでに風祝も謝った。そこには哀愁と悲哀が見え隠れする辺り微妙な空気をかもし出している。
 ちなみに、TOP10入りを果たしているスカーレット姉妹とその従者、更に鴉天狗はというと、微妙な面持ちで視線をあさっての方向に逸らしていたりするが、それはこの際置いておく。

 「神楽ちゃん。僕等はまだ恵まれていたほうだったね」
 「そうあるな新八。さすがに47位には勝てないアル」

 その悲惨な数値を耳にして、過去の自分を悔い改めたい気持ちで一杯になる二名の若い命。
 出来うることなら土下座しよう。そしてその土下座で是非とも釘を打とうではないか。7位、8位でギャーギャーいっていた自分達がむなしくて仕方がない。
 ……本心では絶対に土下座する気は無いけど。

 「銀さん、こっちは玄関の修理終わりましたよーって、なんですかこの光景」

 鈴仙が空と共に今に戻ってくると、そこに広がっていたのは奇妙な空気をかもし出している空間だった。
 事情を知らない二人はとにかく首を傾げることしか出来ず、わからないものは仕方がないと早急に結論づけて、銀時たちのテーブルの修復作業に参加する。

 まぁその後、何とか復帰した面々は再び翻訳機で遊ぶこととなり、その定春の毒舌ッぷりから阿鼻叫喚の地獄絵図になったことはいうまでも無い。





















 そうして夕方。守矢一家と比那名居天子は帰宅し、霊烏路空も自分の主の元に帰っていき、ルナもそろそろ気持ちの整理がついたの幻想郷に戻っていった。

 「んで? なんでオメェはまだ残ってんの」
 「イイじゃないの、銀時。私はあなたに用があって、ここまで残ったわけなのだし」

 クスクスと、レミリアはそんな言葉を返しながら、ちらりと自分の妹の姿を見る。昼寝している定春の腹の上で、神楽と共に眠りこけているフランの姿。
 まったく、普段の情緒不安定振りが嘘のようだとそんなことを思考しながら、彼女は本題を銀時に投げかける。

 「永遠亭はそこの兎をここに、白玉楼は半霊を真選組に送り込んで、社会勉強させてるでしょう? それなら、それに便乗してウチからもと思ってね」
 「……それ、もしかしてその社会勉強させる対象ってそこで眠ってるフランちゃんのことですか?」

 その言葉を聞いた新八が、視線を眠っているフランに視線を向けると、レミリアは肯定の意を示すように頷いてみせる。
 その反応を見て、銀時は小さくため息をついてからガシガシと後頭部を掻いて、ゆっくりと口を開く。

 「あのなぁ、ウチは託児所じゃねーっつうに。つーか、ウチで預かれるかよそんな核弾頭娘……」

 グシャっと、何かいい具合につぶれる音がしてレミリアの拳が銀時の顔面にぶち込まれる。

 「なんか言ったか天然パーマ? 終いには殴るわよ?」
 「いや、前々から言ってるけどさ、殴る前に聞かない? そういうの」

 鼻血をだくだくと流し、それを手で押さえながら何とか言葉にするが、レミリアはそれを聞かなかったことにして改めて席に着く。
 それを理不尽だと内心思いはしたが、そんな銀時を放っておいてレミリアは次の言葉を紡ぎだしていた。

 「あの子はね、昔から力の制御が下手でずっと地下に幽閉されていたわ。495年間もの間、ずっとね」

 そんな語りだしから始まった言葉は、銀時と新八の反論を潰すには十分だった。
 驚いた表情を見せる新八と、いつもの変わらない表情を見せる銀時に、レミリアはかまわず話を続けた。

 「ある事件を境に幽閉は解いたんだけどね、霊夢と魔理沙が来てからは、引きこもりがちだったあの子も部屋を出るようになって、自分の意思で屋敷の中を歩き回るようになったわ。
 その辺は、霊夢や魔理沙に感謝しないといけないわね」

 少し癪な気もするけど、と呟いて、レミリアは苦笑する。
 レミリアは霊夢に依存し、フランドールは魔理沙に依存している。
 レミリアは報復の機会を窺いながらも、なんだかんだで博麗霊夢のことは気に入っているし。
 フランドールも魔理沙のことを気に入っている。

 「でも、あの子は外の世界を知らなさ過ぎる。だから、少しでも多くのことを知って欲しいのよ。いろんな体験をして、いろんな経験をして、ね。
 それに、あなたたちは信用も出来るし、信頼も出来る。幸い、定春がいるとある程度は精神が安定するみたいだしね。それに、異世界なんてめったに体験できないしね。だから、お願いに来たのよ」

 そういいつつ、彼女は咲夜が用意した紅茶に口をつける。
 内心は、手元に自身の妹を置いておきたいし、不安ももちろん感じている。
 だが、言葉の通りに、妹にいろんな体験をして欲しいと、そう思っているのも事実で。
 それに何より、目の前のやる気ゼロの人間は、いい加減ではあるが不思議と信用も出来るし信頼もできるという奇妙な人間だった。

 「はぁ……。わーったよ、そんなこと言われちゃあ、引き受けねぇわけにもいくめぇよ。ただし、こっちで血液なんて用意できねーから、そこだけはそっちで頼むわ」
 「あら? 銀時が提供すればいいじゃない。あなたの血って甘そうだし」
 「駄目だよレミリアちゃん。銀さんの血なんて飲んでたら、あっという間に糖尿病になっちゃうよ」
 「ってオィィィィィ!! 誰の血が糖尿病だコラァァァ!! つーか俺の血なんて飲ませるかァァァァ!!」

 軽口の応酬に、銀時が聞き捨てならない単語を吐く二人にたまらず大声を上げて、その様子がおかしくてレミリアはくすくすと笑う。
 ……にしても、吸血鬼って糖尿病になるもんなんだろーか? いや、永遠亭の薬師辺りに聞けばわかるのだろうけど。

 「それじゃ、フランのこと、お願いね」
 「あぁ、わーったよ」

 ゆっくりと立ち上がりながら言葉を投げかけ、銀時はけだるそうに言葉を返す。
 その反応はどうよ? と思わなくも無いのだが、それが彼らしい反応なので特に何も言わずに咲夜を従えて、箪笥の引き戸を開ける。
 幻想郷に帰る前に、一度だけ視線を眠っているフランに向けて、うっすらと微笑を浮かべて、彼女は幻想郷に帰っていく。

 「よかったんですか?」

 後ろから声が聞こえて、そちらに視線を向ければ文が複雑そうな表情で視線を向けている。
 頭をカリカリと掻きながら、銀時はけだるそうに立ち上がってジャンプのある自分の机に移動する。

 「あぁ。頼まれちまったからな。なんとかなんだろ」
 「うわぁ、凄い不安になる返答なんですけど」

 あんまりにもあんまりな返答に、冷や汗流しながら文は言う。
 視線を定春のほうに移すと、そこにはいい具合に眠りこけてる幻想郷でもトップクラスに危険な吸血鬼。


 コレはまた面倒なことになりましたねぇ。などと思う文ではあったが、そんな思いとは裏腹に彼女の表情には、うっすらと喜悦に満ちた笑みが浮かんでいた。






 ■あとがき■
 どうも、白々燈です。今回の話はいかがだったでしょうか?
 さて、冥界組、永遠亭と異世界に社会勉強させているのだから、だったら紅魔館側からも出さなきゃというノリで今回執筆しました。
 で、人選がフランになってますが、これは消去法でこうなりました。……どんな消去法だよ、自分?
 未だに書いててフランの性格に自信がないのですが、おかしくないでしょうか^^;

 さて、いよいよえらいことになってきたよろず屋。一体この先どうなるのか……。
 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第七話「撫子の花言葉」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2008/10/05 11:51










 フランを預かったその翌日。よろず屋は意外にも平和に日常を謳歌していた。
 ……残念ながら依頼人は今日も来ていないが。
 そんな状況に辟易してか、ウサギ耳に藤色長髪の少女は深い深いため息をつく。

 「あのさ、よくこんな状態で毎日過ごせてるよね、貴方たちって」
 「うどんげー、そんなあきれた表情こっちに向けんじゃねぇ。なんだか俺ら駄目人間みたいじゃん」
 「正しく駄目人間だと思うけど」

 ウドンゲの冷ややかな視線と共に投げられた言葉に、銀時が相変わらず覇気の無い声で言葉を返したものの、冷ややかな視線が更に冷たくなっただけに終わってしまう。
 そんな彼女の言がよほど面白かったのか、クスクスと天子が苦笑して彼女に言葉を紡ぎ始める。

 「何を今更。依頼人が来ないなんていつものことだし、銀さんが駄目人間なのもいつものことよ。ほら、あなたのところのお姫様も似たようなものだと思うけど?」
 「なっ! 違うわよ!! 姫様はねぇ……アレ? 否定できない」

 彼女の言葉に抗議の声を上げようとするものの、普段のお姫様の行動を思い出し、だんだんと否定できなくなってそう呟く。
 何しろ普段から引きこもり。最近はまぁ多少出歩くこともあるものの、それでも人里までは出て行かないし、もっぱら部屋で一日を過ごし、何でもかんでも部下任せ。
 姫なのだから仕方ないといえばそうなのだが、傍から改めてみてみると正しく駄目人間のような気がしてくる。というか、そういえば姫って周りからニートとか呼ばれてなかったっけ?
 その事実に思い至って、がっくりと肩を落としてしまう。心情はかなり情けなく思っていることだろう。

 「それにしても、神楽ちゃんとフランちゃんに散歩任せて大丈夫だったんですか? 銀さん」
 「別に大丈夫だろ。散歩くらい。オメェは過保護過ぎんだよ新八。何のためにブンブンまでつけたと思ってんだ」
 「余計問題が起こりそうだと思うのは私だけかしら?」

 彼らの能天気な会話に、気を取り直しながら頭を小さく振るった鈴仙は、これまた小さくため息をつき「まぁいいか」と呟いて手元の恋愛小説に視線を移した。
 自分に災難さえ降りかからなければ正直どうにでもするといい。というのが彼女の本音だ。第一、他人と係わり合いになるのは、正直、あまり好ましく思えない。
 彼らとは随分なれて今はそんなことは無いが、根本的に、彼女は人前に姿を見せることを嫌う傾向があった。
 それはこちらに来ても変わらない。そんな彼女が恋愛小説を読むなど違和感がありそうな気もするが、根元のほうでは何か出会いでも求めているのかもしれない。
 間違っても目の前のマダオと眼鏡は御免蒙るだろうが。

 それはさておき、神楽とフランは定春を連れて意気揚々と散歩に出かけていった。
 その付き添いとして文が同行していったのだが、いわく「外をぶらぶらとで歩いてみればいいネタが転がってるかもしれませんので」とどこか上機嫌にしていたのを思い出す。
 それも当たり前だと、鈴仙は思った。神楽とフランの時点でどう考えたって騒ぎが起こることは目に見えているのだし。

 そして案の定、彼女の予想を裏切ることなく突如として爆発音が鳴り響いたのである。
 爆発の音は遠くから聞こえたが、窓の外から黙々と煙が昇っているのが目に見える。そして銀時たちがその光景に視線を向けたとき、再び爆発は起こった。

 「いやいやいや、これは無い。無いってこれは」
 「そうそう。違いますって。あの三人なわけないですって」

 冷や汗だらだら流しながら、必死にその事実を否定しようとするマダオと眼鏡。その言葉を言い終えた瞬間、ごうごうと天にまで昇りそうな勢いで竜巻が発生するのが視界に映る。
 もはや確定だろう。どう考えたってフランの『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』別名『きゅっとしてドカーン』(レミリア命名)と文の『風を操る程度の能力』で巻き起こされた竜巻で間違いない。
 そんな二人の現実逃避にあきれたのか、天子は小さくため息をついてから二人に言葉を投げかける。

 「ねぇ、いい加減現実を見なさいって。どう考えたって吸血鬼と鴉天狗だって。アレ」
 「いやいやいやいやいやいやいや!! 無いから!! そんなこときっと無いからてんてんこ!!」
 「てんてんこ!!? どんなあだ名な訳!? 嫌よそんなちゃんちゃんこのようなニックネーム!!」

 よっぽどテンパッているらしい銀時の言葉に、思わず声を大にしてツッコミを入れてしまう。
 そッからギャーギャーと喧嘩に突入する二人と、それを止めようと奮闘する新八。その間にまたとおくから爆発音が聞こえてきたが、やっぱり鈴仙は小説に目を落としたままだ。
 どうやらこのまま我かんせずを貫くつもりらしい。

 そんな中、がたんと勢いよく箪笥の引き出しが開き、中からアオが慌てた様子で顔を出したのだ。

 「銀ちゃん、鈴仙ちゃん居る!? ちょっと重病の急患―――って、あれぇぇぇぇ!!? 銀ちゃんは重症ぉ!!?」

 大仰に驚く声が聞こえ、思わずそちらに視線を向けてみる。
 するとだ。そこには顔面に要石ドリルの直撃を受け、血を諾々と流しながらぶっ倒れている銀時の姿があった。
 なんて扱いのぞんざいな主人公。かつてここまで酷い扱いの主役がいただろうか?

 ちなみに、散歩に出かけた三人と一匹は何をしているのかというと、どこぞの身軽なじーさんとカン蹴りをしていたのだが、当然ながらそんなことを思う面子がこの場にいるわけも無かった。










 
 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第七話「撫子の花言葉」■















 ここは幻想郷、人里の中の外れのほうに位置するぽつんと立った一軒家。それほど大きくもない、一見すれば小屋とも見れなくもない小さな家。
 そこに、彼らはいた。鈴仙の付き添いで手伝えることがあればと思って一緒に来ては見たが、どうやら件の患者は素人が手伝うとかそういった次元のレベルではなかったらしい。
 結局、天子が永琳を呼びに行ったぐらいしか協力できず、銀時、新八、天子、そしてアオは時間を持て余すように家の外で待機する羽目になった。

 「あの、これ……。どうぞ」
 「お、気が利くねぇ。ありがたく頂くとするかね」

 この家に棲む女性の娘である少女が、銀時によく冷えた飲み水を渡してくる。

 薄桃色のロングヘアー、藤色の透き通るような瞳に、病弱そうな印象を受ける色白の肌。背は150cm程度の、どこか大人しそうな少女で、名は撫子というらしい。

 彼女は銀時に飲み水を渡した後、同じように新八、天子、そしてアオに飲み水を渡していく。
 日は高く上り、さんさんと容赦なく日の光線とも言うべき熱を放射し続けている。当然、水分を補給しないといつ倒れてもおかしくないような炎天下。
 そんな中ずっと立ち続けているのだ。純粋に、この差し入れは嬉しいものがあった。

 「終わったわ」
 「お疲れ様です。……あの、お母さんは?」

 何時間もの間診療と治療に取り掛かっていた永琳と鈴仙が出てきて、少女―――撫子は不安そうな顔で彼女達に問いかける。
 その問いに、二人が見せたのは、なんともいえない複雑な表情だった。

 「手は尽くしたわ。出来うる限りのこともした。でも、……残念だけど、もう手遅れね。もって、今日一日よ」
 「そんな……」

 永琳から紡がれた言葉は、あまりにも残酷な宣告に他ならなかった。
 事実、彼女はこの幻想郷においては右に並ぶもののない薬師であり、同時に医者でもある。
 天才と呼んでも差し支えないほどの頭脳と実力を備えてはいるが、いかんせん病気の進行は手遅れなところにまで来ていたのだ。

 今にも泣き出してしまいそうな表情。永琳とて医者だ。そのような顔を、今までに見る機会はいくらでもあったが、平静を装ってはいるもののやはり慣れるものではない。
 そこは鈴仙も同じ気持ちか、永琳とは違い、彼女はその思いが表情に表れており、どこか辛そうだ。

 「会ってあげなさい。今は意識もハッキリしてるから」
 「……いえ、私は」

 だからこそ、その言葉は少女のために投げかけられた。永琳なりの、医者としての気遣い。
 なのに、少女はそれにはっきりと答えないまま、思い悩んだように口ごもる。

 その表情に浮かぶのは、怯え。
 何かに怯えているというのに、だけど、今すぐにでも母のもとに駆け寄りたいと願う、そんな複雑な表情。
 そんな表情のまま、少女は恐る恐る、自分の家へと入っていく。

 しばらくの無音、後に聞こえてきたのは、ヒステリックな金切り声。それは撫子という少女のものではなく、彼女の母親のものだった。
 ガシャンっと、何かが割れる音が響き、さすがに何か以上があったのかと銀時たちが動こうとした刹那―――


 ―――出て行け、化け物っ!!―――


 ―――そんな、憎悪さえこもった声が彼らの耳に飛び込んできた。

 その直後、家から撫子が飛び出してきた。
 目に一杯に涙をためて、何かから逃げるように走り去っていく。その姿を、ただ銀時たちは見ていることしか出来ずに居た。

 「……銀時、あの子のことをお願い」
 「わーったよ、俺もこのまま帰るって言うのも寝覚めがワリィからな」
 「あ、銀さん、僕も行きます!!」
 「ウチも!!」

 永琳の言葉に答え、銀時はあの少女の後を追いかけるように歩いていき、それに慌てて新八とアオがついていく。そんな姿を見て、やれやれといった表情を浮かべながら天子も続いた。
 それを見送り、小さくため息をついたのは永琳だった。後ろの家に視線を向け、苦々しくその表情をゆがめる。その姿を、鈴仙が心配そうに見つめていた。

 「私のミスね。まさか、こんなことになるなんて」
 「そんな、師匠は何も悪くないですよ」
 「いいえ、ウドンゲ。彼女達のことをよく知りもしないであんなことを言った私にも非があるわ」

 自嘲するように呟いて、永琳は鈴仙の言葉を否定する。
 人の気持ちは複雑だ。そこに一貫性なんて存在しないし、人によってその気持ちの向き方は変わってくる。そこを察することなんて、それこそ心を読むことでも出来ない限りは不可能だ。
 だから、永琳に落ち度はない。だが、―――彼女自身はそう思わない。
 さて、……と呟いて、永琳は気持ちを切り替えるように鈴仙に視線を向けた。

 「さて、ウドンゲ。患者のメンタル面でのケアも大事なことだし、もうひとがんばりしましょうか」
 「カウンセリングってやつですね」
 「今日はカウンセラーね。私達も、そして銀時も」

 いつもの言葉遊びを交えながら、苦笑しながら会話する。そのことに安堵したのか、鈴仙はほっと一つ息を零す。永琳も、うまく弟子に心配をかけずにすんだことを内心で安堵した。
 あとは、こっちの仕事だ。向こうは向こうで、きっと彼らに任せていれば大丈夫だろうと、不思議とそんなことを思っていた。





















 人里の通り。そこは色々な店が立ち並び、それほど大きくない人里の中でも多くの人々が行きかう場所だった。
 その通りで、彼女は当てもなく、とぼとぼと歩みを進めていた。
 そんな彼女の周りには、奇妙にもぽっかりと誰も居ない空間が出来上がっていた。
 遠巻きに、何か異物を見るような人々の表情。随分と慣れたその視線にも、撫子は気付かないまま歩き続けていた。

 心が乾いていた。渇望した感情が心を蝕み、からからに干からびさせていくかのような錯覚。
 母親から受けた、はっきりとした拒絶は、どうしようもないほどに撫子の心を抉った。
 額を手で押さえてみれば、ぬるりとした感触が伝わってきて、血が流れているのだということを認識させる。
 母親が投げた湯飲みでついた傷による、ずきずきと鈍い痛み。それすらも、今の彼女にとってはどうでもよく感じた。

 そんな彼女に、ぽんっと手をかける誰かが居た。
 同時に、額に布のようなものを押し付けられ、血止めをされているのだとようやく思い至った。
 不思議に思って、俯いて下を向いていた視界を上へ戻すと、そこに、今日はじめてあったばかりの銀髪の男……坂田銀時が居た。

 「あなたは……」
 「よう。ちょいとつきあわねぇか? 俺の奢りだ」

 クイっと親指で一軒の店を指され、そちらに視線を向ければそこはカフェになっており、店の中で見覚えのある人物達がこちらに視線を向けて手を振っていた。
 その光景に、ボケッとしていた撫子だったが、銀時に手を引かれて意識が戻ってくる。

 「へ? あ、あの……」
 「おっと、気にすんなよ。俺が好きでおごるだけだからな。妙なナンパに捕まったと思って諦めてくれや」

 そんなことを紡がれ、気恥ずかしくなって顔を真っ赤にして俯いてしまう撫子を、銀時は遠慮なくずるずると引きずりこんだ。
 店に入ると、カランカランと音がなって客の来店を知らせる。それにかまうこともなく、銀時は撫子の手を引いたまま新八たちが居る席に向かっていった。

 「銀さん、撫子。こっちよ」
 「わーってるよ。大声出すんじゃねぇよ、天子」

 ため息つきながら天子の言葉を軽く受け流し、銀時は撫子を座らせると彼女の隣に腰掛けた。
 銀時が、「それで傷口を押さえてな」とハンカチを撫子に手渡す。
 それを受け取って、まじまじと銀時とハンカチを交互に見ていた撫子だったが、「ありがとうございます」と頭を下げてからハンカチを額に当てた。
 それとほぼ同時に、この店の店員がテーブルに近づいてきて、その人影が、ものすごく見覚えのある人物で撫子以外の一同思わず硬直する。

 「……何やってんだ、ヅラぁ?」
 「ヅラじゃない、桂だ」

 にべもなく、お決まりのやり取りとなりつつある会話を繰り広げる二人。
 よくよく見れば、店の置くにはメニューの看板を持って置物のように微動だにしない不思議生物、エリザベスの姿もあった。
 読者の皆様はお分かりだと思うが、桂とエリザベスはそもそも幻想郷の住人ではない。銀時と同じ世界の人間だ。
 幻想郷に来る手段は限られているし、銀時たちが疑問に思ったのも無理らしからぬことだろう。

 「最近、真選組の追跡が厳しくなってきていてな、ここの店長殿のご好意でしばらく厄介になることにしたのだ」
 「おーい、店長!! なんでこんな奴ここに置いちゃったの!!?」

 桂の言葉を聴いた瞬間、たまにこの店に厄介になっている銀時はというと不満ありありの様子で知人関係にあるこの店の店長に言葉を投げかける。
 すると、店長はキッチンから顔だけを出すと、上機嫌に軽快に笑って見せながら言葉をつむぐ。

 「はっはっは!! 照れるなよ銀さんよぉ。話に聞けば、昔ッからの友人らしいじゃねぇの、オメェさんたち」
 「まったくだ、銀時。ところでお勧めはぼそぼそしたチャーハンとぼそぼそしたチャーハンとぼそぼそしたチャーハンとなっておりますがいかがなさいましょう?」
 「オィィィィ!! ぼそぼそしたチャーハンだけしかねーじゃねぇかぁぁぁぁぁぁ!!? ぼそぼそしたチャーハン一択じゃん!!? なんなの、そのチャーハンに対する飽くなき執念!!?」
 「店長ォォォォォ!! 本当になんでこんな奴雇っちゃったの!!? つーかぼそぼそしたチャーハンなんか誰がいるかァァァァァ!!!」

 新八と銀時のツッコミが上がるものの、桂も店長も特に気にした風もなく平然としており、店長は店長でさっさとキッチンに戻っていく。
 一方、桂はというと―――

 「店長ー、ぼそぼそしたチャーハン五つ入りまーす」
 「なんでだァァァァァァァ!!! そんなチャーハンいらねぇッつってんだろーがっ!!」
 「あ、あの落ち着いてください。私は食べますから……」

 むちゃくちゃなオーダーをとって、また銀時に怒鳴られていた。
 それをなだめようと、撫子がそんな言葉をつむいでいたが、その言葉もなんか違うというか、どこかずれたものだったが。
 桂が立ち去っていくと、ようやく落ち着いたのか銀時は小さくため息を零す。
 そんな様子を見て、天子がクスクスと可笑しそうに笑うのが見えて、銀時は彼女をジト目で睨みつける。

 「なんだよ」
 「いえ、店長の言う通りね。なんだかんだで、仲がいいじゃない、銀さんと桂って」
 「だからあんなの友達でも何でもねーっつうに。まぁ、それよりも―――」

 そこで一旦言葉を区切り、銀時は傍らに座る少女に視線を向ける。ハンカチを放して額の傷の様子を確かめているが、どうやら血の方は止まったらしかった。

 「撫子、悩みがあるんなら遠慮なく言ってくれや」
 「え、でも……」
 「確かに、俺たちは今日あったばかりだ。オメェさんの悩みを聞く義理はねぇし、逆に言やァ、オメェにも俺たちに話す義理はねぇ。
 けどよ、誰かに話しちまったほうが、時にはすっきりするもんさ。俺たちでよけりゃ、愚痴でも何でも聞いてやるよ」

 静かに、何かを言いかけた撫子の言葉を遮って銀時は言う。
 撫子が周りに視線を向けてみると、新八も、天子も、そしてアオも。同じような表情で、ただ彼女の言葉を待っていた。

 本当は、彼女自身、話していいものかどうか迷っていた。これは自分自身の問題だし、何よりも相手に話しても迷惑なものにしかならないと思っていたから。
 だが、彼女の心は今、酷く不安定だ。母親から拒絶され続け、それでも慕い続けていた母は今日にも亡くなってしまうかも知れない。
 どうしたらいいのか、何をすればいいのか、考えがごちゃごちゃでよくわからない。まるで迷子になってしまったような、不安と孤独感。

 そんな彼女の背中を、少しだけ、銀時の言葉が後押しした。

 「……私は、生まれてこなかったほうがよかったのかもしれません」

 ポツリとつむがれた言葉は、そんな悲痛な感情のこもった言葉だった。
 小さく、小さく、それでも不思議と耳に残るような少女の言葉。彼女の想いが、少しずつ、彼女の口から銀時たちに語られていった。



 まだ彼女が小さな頃、母親との関係は今のように悪いものではなかった。
 生まれたときから父親は亡くなっており、生活も苦しいものだったが、それでも彼女は幸せだった。
 母との二人での生活は満ち足りていて、楽しかった思い出が今でも心の中に残っている。

 それが、ある日を境にガラガラと崩れ落ちていった。

 いつの頃だったかは正確には覚えていないが、寺小屋に通う以前だから幼い年齢だったことは覚えている。
 木の枝を蝶に変えたり、小さな虫を普通の石ころに変えたり、そんな不思議な能力を、いつからか使えるようになっていた。
 いつか出会った日傘を持った金髪の女性は、その能力のことを【存在を偽る程度の能力】だと教えてくれた。
 時間さえたてば元に戻ってしまうが、情報を偽り、姿かたち、匂いや触感において全てを別の存在へと偽る。
 それが面白くて、楽しくて、幼い自分はその力を持つことの意味も知らずに、自分の母に、知り合いの子供に、その能力を見せたのだ。

 その日から、周りの目が変わって言ったことに、幼い自分自身は気がつかなかった。

 気がついたときにはもう手遅れだった。皆、腫れ物を扱うように遠巻きに自分を眺め、母親ですらろくに口も利いてくれなくなった。
 遊んでいた友達は彼女の元からはなれ、大人たちも彼女にかかわろうとはしなかった。

 そして、今日この日。最愛の母親から、決定的な拒絶の言葉を突きつけられた。



 「難しい問題だな」
 「桂さん」

 話が終わった頃を見計らってか、オーダーされた料理を運んできた桂がそんな言葉をつむぎだす。
 どこから聞いてたんだよ? と思わなくもない物言いだったが、それでも今は誰もその言葉に触れないでじっと桂の言葉に耳を傾けていた。

 「人は自分にはないものを、自分には理解できないものを恐れる傾向にある。古来より、人が妖怪や幽霊を恐れるのはそれが理解できない存在であったが故だ。
 それは、おそらく俺たち攘夷志士にも同じことが言えるのだろうな。少なくとも、かつて攘夷戦争を戦ったものの中の大半は、天人に対する恐れからのものだろう」

 静かに、桂はそう言葉を零しながら、一品ずつ料理を並べていく。
 撫子のことを揶揄するわけでもなく、むしろその言葉は、自分を戒めているかのような、そんな風にすら感じる言葉だった。

 「君の場合は、その能力とやらが原因か。同じ人間だからこそ余計にその恐れは近著になる。言葉は悪いが、君から遠のいていった者達にすれば、君は妖怪と同じように見られているのやも知れぬな」
 「そう……ですね。きっと、そうなんだと思います」

 桂の言葉に、撫子は静かにうなずいた。彼のいうとおり、きっとそうなんだろうという思いは、どこかにあったのだ。
 自覚はあった。見て見ぬ振りをしていただけで、どこかそうなんじないかと思っている自分が居たのも確かなのだ。
 でも、それがわかったからといって、どうしようもないのが現実だった。どうにかしようにも、彼女にとってはもう何もかもが手遅れだったのだ。

 幸せでありたいのなら―――、その能力を隠したまま彼女は生きるべきだったのだ。

 「でも、もう手遅れですから。私はもう、後戻りの出来ないことをしてしまいました」

 困ったような、どこか風が吹けば折れてしまいそうな、そんな儚くて寂しい笑顔。
 そんな物悲しい笑顔のまま、撫子はそう言葉をつむぎだす。
 後戻りなんて出来ない。それが出来たら、どれだけいいだろうと思ったこともある。
 でも、結局それは無いものねだりだ。過去に行くことなんて、そんな事出来はしないのだから。

 「手遅れ……なんてことは無いと思うぜ、俺ぁ」

 だというのに、銀時から零れた言葉は意外なものだった。
 驚いた表情を浮かべて、撫子は銀時に視線を向ける。そこには、やる気の無い気だるげな締りの無い男の顔。

 「オメェは母親のこと、好きか?」

 突然問われてきょとんとしたものの、撫子はすぐに即答した。「大好きです」と。

 今まで、母親に何をされても彼女は恨んだことは無かった。自分が悪いのだとずっと思っていたから、母親を恨むのは筋違いだと思い続けてきた。
 だから、彼女は母親が好きだった。ずっとずっと、幸せだったあのときからこの気持ちは変わらない。

 強いて言えば、ただわがままを言えば、自分のことを一度でいいから、もう一度、愛してほしかった。

 「俺は、家族ってもんがどういうもんかはわからねぇ。だから、あんまり調子のいいことを言えた義理じゃねぇかも知れねぇ。けどよ、オメェさんの母親はまだ生きてる。
 まだ思いを伝える機会はある。だからよ、手遅れなんてことはねぇはずだぜ」

 その時間は、思いを伝える時間は、もうそんなに残されていない。
 拒絶されるかもしれない。また大声で怒鳴り散らされて、深い傷を負うかもしれない。それでも―――このまま、何もしないままなんていいはずが無い。

 少女の願いはなんてことは無い。子供の頃、誰もが持つ子供らしい感情だ。
 親に愛されたい。ただ、それだけなのだ。

 それぐらい、そのちっぽけな願いを、銀時はかなえてやりたかった。
 家族というものを持ったことが無かった故に、自分が持つことが無かったその感情が、ただ銀時にはまぶしく思えたのか、それは彼自身にもよくわからない。

 「心配すんなよ。俺もついていってやるさ」

 不器用に、少女の頭を撫でる。少しでも、少女の背中を押してあげるように。

 「仕事があるから俺はここから動けんが、応援はさせてもらおう」
 「ウチはついて行く! 一人になんてさせへんよ!!」
 「僕も行きますよ。心配ですしね」
 「ま、私も暇だしね」

 桂が、アオが、新八が、そして天子が言葉をつむいで、なんと無しに苦笑する。
 その光景が、ただ眩しかった。久しくみなかった、自分に向けられる優しい笑み。
 それが、こんなにも……どうして嬉しく感じてしまうのだろうか。

 「それに、あなたの親のつけた思いの通りに育ってるんだから自信を持ちなさい」

 天子から言葉が紡がれる。その言葉が意外だったのか、撫子の視線が天子に向けられる。
 それを確認した彼女は、クスっと笑みを零し、静かに言葉を紡ぎだした。



 「知らないの? 撫子の花言葉は【大胆】【勇敢】、そして【純愛】。ほら、そこまで母を思う貴女には、その純愛という言葉はピッタリじゃない」

























 夕焼けが窓から顔を覗かせる。空は茜色に染まり、ゆっくりと日が沈もうとしている。
 そんな光景を、女性はただ眺めるだけだった。
 布団から這い出すほどの体力も無く、余命いくばくも無い自分自身。
 そんな女性の傍らには、少し古くなっている日記帳が置いてあった。

 (これ、貴女の娘さんの日記です。本当はこういうのいけないと思ったけれど、一度でいいですから、目を通してあげてください)

 妖怪ウサギの少女が言っていた言葉が、脳裏をよぎる。
 最初は、読む気なんて無かった。そもそも、こんなものを読んだところで何も変わらない。アレが何をどう思っていようが知ったことではない。
 だが、自分が余命いくばくも無いことはわかっていたし、どうせ最後になるのならと、気まぐれでその日記に目を通した。


 その日記に綴られた内容を見て、自分自身、衝撃を受けたことを隠さずに入られなかった。


 日記とは、自身の本心を書きとめる行為だ。そこに嘘はないし、紛れもない本心が語られる。
 だからこそ、女性にはその内容は信じられないものだった。

 かつて、自分の娘が嬉しそうにその力を見せに来たことを思い出す。
 無邪気で、明るい表情のまま、何の変哲も無い折れた木の枝を、生きた蝶へと変えたその瞬間。
 女性には、その瞬間から、自分の娘が得体の知れないナニカにしか見えなくなっていった。
 薄気味悪いと、心の底からそう思い、自分の娘に辛く当たり、遠ざけた。

 なのに。それなのに、日記には母親に対する恨み言は一つも書かれていなかったのだ。
 それどころか、病状がどんどん悪化する自分に対する心配と不安が綴られている。
 その思いはどこまでも優しくて、その現実を改めて思い知った。

 変わったのは娘だと思っていた。だけどそうじゃない、娘は、あの日から何も変わっていなかった。
 変わったのは、紛れもない、自分自身なのだと。

 気がついたときにはもう遅かった。憑き物が落ちたように思考をめぐらせれば、自分の行った非道に涙が流れそうになる。
 実の娘に、化け物と、そう罵ってしまった。
 もう、あの子といえども帰っては来ないだろう。そう漠然と思った。

 出来ることなら、もう一度あって謝りたい。だけど、自分にはもう残された時間も、体力も無かった。

 だから、今残っているのは後悔ばかり。もっとしっかり、娘のことを見てやれなかった自分自身が、ただ憎い。
 そんな時に、誰かが足を踏み入れる音がした。
 そちらに、かろうじて首だけを回してみれば……そこに、自身の娘がいた。

 「ぁ……」

 呆然と、かすれた声が零れ落ちる。
 どうして? という思いが、脳内でぐちゃぐちゃになってかき回される。
 彼女の表情には、はっきりとした怯えの表情が見て取れた。もう一度、拒絶されてしまうのではないかという不安と、怯え。
 壊れてしまいそうな、そんな表情を見て、彼女は「あぁ……」と、小さく息を吐く。

 もう、今この瞬間しか、自分には時間が無いのだと、そう直感した。

 「撫子」

 かすれた声。それでも、長らく呼ばなかった自分の娘の名前が出たことに少し安堵する。
 その言葉の意味が理解できたのか、撫子はゆっくりと自分の母親に歩み寄って、傍らにゆっくりと正座する。
 今にして思えば、今更どう母親面すればいいのかわからない。だけど、今しか、時間が無いのだ。
 あらためてみれば、自分の娘はあの日以来随分と成長していた。それに気付かないほど、自分は彼女を遠ざけていたのだと、今更のように理解する。
 ようやく、時間は動き出した。だけど、そのことに気がついたときはもう、遅すぎて。

 「お母さん」
 「……なぁに?」

 言葉をかけられ、なるべく優しい声色で問い返す。
 その言葉で少し、不安が薄れたのか、撫子はゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

 「私は、お母さんのことが好きです。どんなに嫌われても、お母さんのことがいつも好きでした。こんなことを言う資格は、私には無いのかもしれない。でも……」

 小さく息を吸い、そして決意を固めたように、その思いを吐露するように言葉にする。

 「私に、お母さんを愛させてください。罵られても、嫌われても、ただせめて―――貴女のことを、いつまでも愛させてください」

 今にも泣き出してしまいそうな表情。その表情をさせているのは自分なのだと、床に伏せる女性は理解する。
 本当に、娘は変わらない。そこで、「私を愛してください」と、そのぐらいの我侭ぐらいは言えばいいのに、結局出てきた言葉はそんなもの。
 誰よりも愛されたいくせに、その思いを押しとどめて妥協する。

 すっと、自分の娘に腕を伸ばす。頬に手を添えて、彼女の温かさを感じるように。

 「ねぇ、撫子。私、貴女に謝らなくちゃいけない。今更、こんなことを言うのも、母親としてどうかと思うのだけれど……」

 一旦、そこで言葉をとぎる。本当に、今更こんなことを言う資格は無いのかもしれない。
 今まで娘にしてきた仕打ちを考えれば、なんて都合のいい言葉だろう。それでも……その言葉だけは、伝えないといけないと思うのだ。

 「今まで、母親らしいことして上げられなくてごめんなさい。……愛してるわ、撫子」

 自惚れ出なければ、きっと彼女は自分に愛されたいと思っているはずだから。だから、最後にそれだけは伝えてあげたかった。
 最後に、本当に母親らしい優しい笑みを浮かべた女性の手は、……ずるりと、力なく撫子の頬からずり落ちていった。

 「……お、母さん?」

 ポツリと、少女の言葉が室内に零れる。けれど、女性は身じろぎもせず、息すらも途絶えさせていた。
 ポツポツと、物言わなくなった女性の頬に、撫子の瞳から溢れた涙が零れ落ちていく。

 「ねぇ、もう一度だけ……言ってよ。私のこと、愛してるって……っ」

 語りかける。もうしゃべることが出来ないと、どこかで理解しているのに、語りかけることを止められなかった。

 「私、お母さんのこと大好きだよ? お母さんも、私のこと、愛してくれてるんだよね? なのに……なんで」

 ぼろぼろと零れ落ちてくる涙。何もかもが遅すぎて、気がついたときにはどうしようもなくて。
 心が壊れそうな苦しみが、溢れ出す涙を後押ししているかのように。ただ少女の中をぐるぐると循環する。

 「なんで、もう―――お別れなの?」

 ようやく、止まっていた親子の時間が動き始めたというのに、それはあっという間に止まってしまった。
 ぐちゃぐちゃに顔を歪めて、涙が頬を伝って、その不条理と、どうしようもない現実が心に重く圧し掛かる。

 本当は、ただ愛されたかった。ほかの誰からも嫌われてもいい。ただ、母にだけは……愛されていたかった。
 その想いが、今ようやく実ったのに。その想いが、ようやく届いたのに。その時間は、もう帰って来ない。

 「嫌だよ……。こんなの嫌だよ! お願い、だよ、お母さん。もう一度、愛してるって……。もっと、一緒に……っ!」

 物言わぬ母に泣き付く様に、彼女はただ泣き続けた。
 嗚咽が、ただただ彼女の思いを語るように、室内に零れ落ちていく。
 冷たくなっていく母の体温が、その現実を如実に伝えてくる。だから、これは紛れもない現実で、どうしようもない真実。

 今はただ、少女は泣き続ける。
 ようやく届いた思いはその手から零れ落ちていって、だけど、その思いを絶対に忘れないように。


























 「あややー、このお弁当はおいしいですねぇ。どうしたんですか、これ?」

 パクパクとその弁当を箸でつつきながら、鴉天狗こと射命丸文はそんな言葉を紡ぎだした。
 人数分の弁当がテーブルに並び、その美味しさときたら思わず声が出てしまうほどだ。
 完全で瀟洒な従者の作るものよりは幾分か劣るものの、その料理は十分以上に美味といえた。
 実際、フランも神楽もその食事に夢中になっているし、実際この会話もほとんど聞いちゃいないだろう。

 「うん、診療のお礼……かな? 今、この弁当を作ってくれた子―――撫子って言うんだけどね、今はアオと一緒に住んでるから、この間のお礼だって」
 「あー、一昨日のアレですか」

 鈴仙の言葉にどこか納得したように、文はその料理を口にする。
 話の顛末は散歩から帰ってきたときに銀時から聞いているので、それ以上は詳しく聞かなかった。
 存在を偽る程度の能力、というのに多少興味が無いでもないが、今取材に行くのも無粋というものだろう。

 「おーい、とっとと食っちまえ、オメェら。早くしねぇと、昼からの仕事にまにあわねぇぞ」
 「それもそうね。珍しく仕事が入ったんだから、張り切らないと」
 「張り切りついでに物壊しまくるなよ、天子。金貰うどころか払う羽目になったら目も当てられねぇ」
 「気が向いたら気をつけるわ」
 「常に気をつけてくれるぅ!!? なんかいきなり不安なんですけどもぉ!? その発言!!?」

 ギャーギャーといつものように騒がしくなるよろず屋。それがいつもどおりで、鈴仙はなんと無しに苦笑する。
 彼女はぽけっとに手を入れて、その紙がまだあることを確認すると、それで満足したかのようにお礼の証である弁当に手を伸ばした。
 ポケットの中に入っている、撫子のからの手紙。
 そこに書かれてあった言葉は、シンプルながら、色々な思いの乗ったたった一言。

 ありがとう。

 ただそれだけの一文だったが、それがどうしてかこんなにも嬉しく感じる。
 時間はかかるかもしれない。でも、アオもいるからきっと大丈夫なのだと、不思議とそう思える。

 さて、今日も張り切って一日を過ごすことにしよう。
 今この瞬間を、後悔しないようにと、そんな思いを胸に。







 ■あとがき■
 みなさん、色々面倒なことしてすみません、白々燈です。
 新しい七話、ここに投下させていただきます。皆さんの期待に沿えるかどうかわかりませんが、いかがでしょうか?

 急いで書き上げたこともあり、いろいろ省いてどこかおかしいところとかあるかもしれませんが、楽しんでいただけたら幸いです。

 最初のところに簡単なオリキャラの紹介を追加しています。必要だったかどうかはちょっとわからないですけど。

 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第八話「猫が烏に追いすがるってことは多分あんまり無い」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2008/10/10 22:17







 「どない? 結構自信作なんやけど」
 「むむむ、確かに以前より美味しくなってますね。この味の秘密はお隣の撫子にあると見ました!」
 「正解や!!」

 文の指摘に、ズビシッといい笑顔でサムズアップするアオ。その隣で、撫子は苦笑を零していた。
 ここはかぶき町のよろず屋。アオが撫子から教わりながら作った弁当の差し入れを食している文、フラン、鈴仙、天子の幻想郷組。
 彼女達の表情には皆満足そうな笑みが浮かんでおり、その差し入れの弁当の美味しさを物語る。

 「お空とお燐も、いる? お空のにはちゃんとゆで卵入っとるよ」
 「ん、食べる」
 「じゃあ、あたいも」

 ほいっと弁当を差し出すアオ。その弁当を、霊烏路空、通称「お空」と、火焔猫燐、通称「お燐」はお腹がすいていたこともあって素直に受け取った。
 時刻は正午。ここにいるべきよろず屋の主はというと暇をもてあましてパチンコに、駄目眼鏡はというとアイドルのライブに突貫、チャイナと定春は近所の子供達と遊びに興じていた。
 そんなわけで、今ここには幻想郷出身のメンバーで会話に花を咲かせていたりするのである。

 そんな中、よろず屋の玄関が開き、誰かが入ってくる。
 誰か帰ってきたのかと思ってそちらに視線をやれば、黒髪を結い上げた女性の姿があった。

 「あ、お妙さんや。こんちわー」
 「あら、アオちゃんこんにちわ。銀さんは?」
 「銀さんならパチンコに行ったわよ。あなたの弟の新八はライブに行ったし、神楽はそこら辺で遊んでるんじゃない?」

 元気よく挨拶したアオに挨拶を返し、辺りをきょろきょろと見回すお妙と呼ばれた女性。
 お妙の言葉に答えた天子の言葉どおり、彼女は志村新八の姉である。
 見た目こそおしとやかそうな美人だが、騙されてはいけない。根っこのほうは恐ろしく凶暴な人だったりする。

 「そっちの子達は、今日が初めてよね?」
 「そうだね。アタイは火焔猫燐、お燐って呼んでよ、お姉さん」
 「私は撫子です。初めまして」

 お妙がお燐と撫子を交互に見てそう言葉をこぼし、それを肯定するように二人とも簡単な自己紹介をする。
 それに満足そうにうなずいて「えぇ、初めまして」と返すと、お妙は彼女達が持っている弁当に視線を移した。

 「あら、お弁当中だったのね。丁度よかったわ。実はね、みんなに差し入れ―――」


 お妙が言葉を最後まで言い切るまもなく、途端、空気が爆ぜた。
 【差し入れ】という単語を聞いた途端、その差し入れの中身を知っているメンバー全員が玄関を目指した。

 射命丸文がその俊足を生かして真っ先に先陣を切り、開けるのも面倒だと言わんばかりに体当たりで玄関を吹き飛ばして突破口を作り。

 そのあとを天子が全速力で駆け抜けていき、更にフランまでもが飛行能力を生かしながら玄関の日傘をあっという間に取り出して太陽の下へと躍り出る。

 事情を知らないお燐をお空が抱えて玄関めがけて飛び、同じく事情を知らない撫子をアオが抱えて玄関めがけて疾走し、その少し先を文字通り脱兎のごとく鈴仙が駆け抜けていた。

 そう、今ここに来て、彼女達は一致団結していたのだ。あの悲劇を繰り返さないためにも、今はただその【差し入れ】から逃げなくてはいけない。
 もうこれ以上、悲しい犠牲は要らないのだと皆思っていた。願っていたのだ。

 だが、その思いを打ち砕くように、白く細いながらも、信じられない力を発揮するお妙の腕がアオの肩を捕まえた。

 「アオ!! 撫子!!!」

 ここに来て、彼女が捕まったことに気がついた鈴仙が悲痛な声を上げる。
 そう、アオが捕まったということは、必然的に彼女が抱えていた撫子も同時に捕まったということ。

 だが、ここに来てアオは、撫子を力いっぱい鈴仙に向かって投げつける。
 撫子は当然ながら、突然の事態でさっぱり事情が飲み込めていなかったが、鈴仙は違った。
 彼女を抱きとめ、切羽詰った表情でアオに視線を向ける。しかし―――

 「行くんや、鈴仙ちゃん!!」

 彼女に何も言わせるまでもなく、アオは公然と言い放った。不退転の決意をその表情に表し、早く行けと、その目が物語っていた。
 それ以上、言葉は要らなかった。彼女は決意したのだ。自分を身代わりにしても、皆は助けると。

 その思いを、その決意を、どうして―――無駄に出来ようか?

 「行って!! 早く!!!」

 迷いを断ち切るように、その言葉に背を向けて、撫子を抱えたまま鈴仙は走り出した。
 長い廊下を抜け、玄関を飛び出し、階段を下りるのも面倒だと二階から飛び降りる。
 綺麗に着地し、彼女は後ろを振り返らずにまっすぐに走りぬける。姿の見えない他のみんなは、おそらくばらばらに逃げたのだろう。

 「うきゃぁぁぁぁぁぁ!!!?? きゅぅ……」

 そして、遠くからアオの悲鳴が耳のいい鈴仙の耳に聞こえ、それもやがて聞こえなくなった。
 足を止めぬまま、自分達の身代わりになった彼女に黙祷する。

 自分達の代わりに、【かわいそうな卵】の犠牲になったアオを、私たちは忘れない!!









 死んでないけど。











 
 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第八話「猫が鴉に追いすがるってことは多分あんまり無い」■















 「……ふーん、だから逃げ出したんだ」
 「うん。アレはちょっと……ねぇ」

 お空から事のあらましを一から十まで教えられ、お燐は納得半分、呆れ半分の表情で言葉を紡ぎ、お空は当時のことを思い出したのかはぁーっとため息をつく。
 現在、彼女達二人は逃げ出したついでに江戸の町を観光気分でぶらついていた。
 多くの人々が行き交い、さまざまな道具が店先に並ぶ。鋼鉄の乗り物、車やバイクが道路を走り、空には宇宙船が飛んでいる。
 幻想郷では見られない光景だけに、中々に興味も湧くというものだ。少なくとも、お燐は既にそちらのほうに興味が移りかけているし。

 「でも、よく鳥頭のおくうが覚えてたよね。そんなに嫌だったの? そのかわいそうなたま―――ごっ!?」

 そう紡ぎながら店先の道具からお空に視線を戻した瞬間、お燐は彼女の姿に愕然とした。

 目はうつろで光を宿しておらず、冷や汗はだらだらと流れ出し、がたがたと小刻みに震えだしている。見ようによっては痙攣とも取れなくない。
 こう、なんというか某暴走自動車に乗って恐怖体験をした直後の、飛び級のちびっ子高校生の如き有様である。

 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい卵にごめんなさいそんな黒くてかわいそうな卵は駄目なんですありえないんですお願いしますタスケテ助けてタスケテ助けてって」
 「おくうぅぅぅ!!? ごめんアタイが悪かったよ!! 悪かったから戻ってきて!! 現実に戻ってきてよ!! リターンしてよ!! お願いだからっ!!! カムバァァァァァァァック!!!」

 あんまりにもやばい状態で何事か口走り始めたお空に、お燐が必死こいて現実に戻ってこさせようとガックンガックンと肩を揺さぶる。
 そんなわけで、彼女達は非常に目立った。もともと美少女といった相貌の彼女達は否が応でも目立つ。
 何より、片やマントに黒い翼と胸元に赤い目をあしらった奇抜な服。片やゴスロリファッションにネコミミと尻尾とものすごく目立つ格好なのである。
 そんな彼女達に集まる視線にも気付かず、お燐が必死に救助活動をしていると、ようやく巧をなしたのかお空の意識が現実に引き戻され始めた。

 「はっ!!? 私は今、何を?」

 そんな言葉を紡ぎだしたお空を視界にいれ、お燐はというと心底疲れたようにため息をついた。
 もう、彼女の前ではあの差し入れの話はやめようと、心に深く刻み込む。それと同時に、アレの差し入れも絶対に食べないとキッパリと心に誓う。
 どんなトラウマを抱え込むかわかったもんじゃない。この目の前の鳥頭みたいに。そんなのはキッパリ御免こうむる。

 「あーあ、せっかくお弁当にありつけたのにさ。お腹空いたなァ」

 そんな言葉を紡ぎ、お燐はお腹をさすりながら、小さくため息をつく。
 あの時のごたごたで絶品だった弁当は置いて来てしまったし、半端に物を胃に納めたせいか、その空腹感もなお大きく感じる。
 まぁ、下手なトラウマ作るよりはよかったのかもしれないが、それとこれとは話は別なのである。

 「じゃあさ、あっちの方に行ってみよう。なんか良い匂いがするのよ」
 「どんな匂い?」
 「卵の匂い!!」

 自信満々にそう言うお空だったが、生憎とこの無意味な自信はいつものこと。付き合いの長いお燐はというと、その自信に疑惑の視線を向けていたりする。
 その視線に気がついているのか、それとも気がついていないのか、ひょいひょいと軽い足取りで先に進んで行く。
 そんな彼女の後姿を見つめながら、小さくため息をつく。
 大体、アンタは鴉なんだから卵食べたら共食いじゃない。などと思うのだが、それも今更なので何も言わない。鴉ってそもそも雑食だし。

 人ごみを掻き分け、まっすぐに匂いのする方向に向かって突貫するお空と、彼女とはぐれまいとその後を付いて行くお燐。
 しばらくするとやたらと高い建物が見えてきて、お空は迷わずその中に入っていく。仕方無しにそのあとを追うお燐だったが、ここで奇妙なことに気がついた。

 「ねぇ、おくう。さっきから人が建物の中から悲鳴上げて逃げてる気がするんだけど?」
 「卵、たまご、ゆでたまご~♪」
 「おくうのお馬鹿、ちょっと聞いてる?」

 お燐の言うとおり、周りは騒然としており、皆出口を目指して悲鳴を上げながら逃げ出していた。
 そのことに気がついていないのか、お空は上機嫌に歌いながらズンズンと先に進んで行く。
 やがてあたりは人の気配が微弱になり、外からはサイレンに似た音も聞こえ始めた。
 あー、なんかやな予感がするなァと思った瞬間、彼女達は後ろから誰かに抱きかかえられ、首元に刀を押し付けられる。

 「こっちに近づくんじゃねぇぞ真選組!! こっちにゃ人質がいるんだっ!!」

 後ろの誰かが窓から身を乗り出し、結果的に彼女達も外の光景を見ることになった。
 たくさんの人だかりが出来、なんか以前の太陽の畑で見覚えのある人物数人と、彼らと同じ服を着た人物達がわらワラと集まっていた。
 オマケに、なんだか物々しい雰囲気まで伝わってくるのだから、ただ事じゃないってことはよくわかったらしい。

 「……えーっと、ねぇお燐。どういうことこれ?」
 「あたいに聞かないでよ、お馬鹿」

 状況をうっすらと理解して、お燐はイマイチ緊張感のない言葉を紡ぎだすお空に眩暈を覚えていた。
 よりにもよってだ。彼女達の主人であるさとりに、「外の世界では暴れないこと」と釘打たれているというのに、どうしたものだろうかこの状況。
 結局、お空に怒りをぶつけることもしないまま、とりあえずこの状況をどうしようかと真剣に頭を悩ませるお燐だった。



























 「土方さん。四番隊と六番隊、皆さん配置につきました」
 「おう、ご苦労さん。ったく、なんだってこんなデパートなんかで騒ぎなんざ起こしやがったんだ、あのヤローは」

 妖夢の言葉を聞いてタバコに火をつけて、忌々しげに人質をとった男に視線を向けている。
 多くの人々が野次馬として集まり、それを遠ざけようと他の隊士たちが奮闘する。
 まったく、面倒ごとや騒動は他人にとってはこの上ない見世物なんだなと改めて理解することになった妖夢は、気難しげに人質になっている二人の少女に視線を向けた。
 霊烏路空と、火焔猫燐。一体何ゆえにこんな場所にいるのかと疑問ではあったが、人質であることには間違いない。
 というか、あの二人ならあっさりとその程度の犯人なんてぶちのめそうだとは思うのだが、そうなると色々と困る事態になりかねないので今はありがたい。

 ―――1×××年、江戸は核の炎に包まれた。

 なんてテロップから始まる世紀末で救世主が闊歩しそうな銀魂なんて御免こうむる。
 なまじお空の能力がそれを実現することが出来る能力なだけに始末に終えない。連射できるし。

 「なんでも、犯人はあのデパートの元持ち主らしいですぜ。先月、借金のかたに騙し取られてその腹いせだそうでさぁ」
 「……えらく詳しいじゃねぇか総悟」
 「さっき山崎の奴から聞いたんでぇ。ま、だからといって現状じゃあどうにも出来やしねぇんですがね」

 やたらと詳しい総悟に思わず疑問をぶつけるが、もっともらしい理由をつけられたうえに、現状の不満を漏らすかのように紡がれる沖田の言葉に、土方も「あぁ」と同意する。

 実際、人質がいるうえに犯人は爆弾を体中にまきつけていた。これでは流石に手が出しづらい。
 まぁ、犯人は絶対に気がついてはいないだろうが、その手に抱えている人質の片割れは文字通り核弾頭みたいなもんである。
 うかつにを出せば、それこそうっかり世紀末な世界のご誕生である。それだけはなんとしても避けなくてはならない。いろんな意味で。

 「ちょっと、どうしたの? こんな大勢で面倒なことになってるみたいだけど」
 「あれ? 天人様。何でこんなところに?」
 「比那名居よ。比那名居天子。なんなの、この騒ぎ?」
 「おいおい、どッからやってきてんだオメェは」

 空からふわりと降下してくる、蒼い髪に桃のアクセサリーがついた黒い帽子がトレードマークの少女、比那名居天子を視界に納め、妖夢と土方がそれぞれそんな反応を返していた。
 いくら真選組が野次馬を寄せ付けないために奮闘しているとはいえ、いくらなんでも空の上までは不可能だ。部外者の彼女がここに降りてきても、隊士になんら責任はない。
 もっとも、天子も天子でなにやら騒がしいことになっていることに気がついて、逃亡中だったにもかかわらずこの場に現れたわけなのだけど。

 「なんでぇ、ドM王女じゃねぇか。何しに来たんでィ? とっとと帰らねぇと罵り倒しちまうぜィ」
 「ただの野次馬ですよドS王子。むしろもっと罵りなさいよ、望むところだわ」

 カモーン、と言わんばかりにクイクイッと両手で手招きする不良な天人様。
 そんな沖田と天子の会話を聞いていた土方と妖夢はというと……。

 『何この会話。すんごい気持ち悪いんだけど』

 ものの見事にシンクロして言葉を紡ぎだしていた。確かに、この二人の会話は、はたから聞いてるといろんな意味で危ない気がする。
 何しろドMとドSで見事に色々と合致してしまうわけで。

 そんなわけで、沖田が口汚く罵り始め、そんでもって罵られるたびになんかいい笑顔で身を捩じらせる天子という、健全な人たちには非常に目によろしくない空間が出来上がる。
 その光景を見ないように、土方と妖夢はデパートの五階付近に陣取った犯人に視線を向けた。

 ……現実逃避とも言うけれど。

 「犯人に告ぐ!! お前は完全に包囲された!! 大人しく―――ってオィィィィィ!! 何ビデオまわしてんだオメェェェェェェェ!!!?」

 降伏を勧めようとスピーカーで呼びかけたのだが、その途中で犯人が器用にも沖田と天子のやり取りをビデオにとっているのに気がついて思わず声を張り上げる土方。
 そして傍にいた妖夢はというと、人質になっているお空とお燐がなにやら言ってることに気がついて、じっくりと双眼鏡で唇の動きを見る。

 「土方さん、二人が何か言ってます」
 「……あぁ? なんて言ってんだあいつ等?」
 「『後ろでハァハァ息荒くして臭くて気持ち悪い』って言ってます」
 「どうでもいいんですけどぉ!!? イラネーよそんな情報っ!! つーか知りたくも無かったわっ!!」

 真顔でそんな言葉を伝えてきた妖夢に思わずツッコミを入れる土方。もう本当にグダグダである。
 本格的に頭が痛くなってきた土方だったが、ここで仕事を投げるわけにもいかない。普段はいい加減だが、仕事に関してはいたってマジメな男だ。
 ここにきて、その辺りが微妙にマイナスになってる気もするけど。

 「どうすんの? あの様子じゃ色々面倒な状況みたいだけど。……あっ、もっと上。そこもっと蹴って!!」
 「オメェこそどうすんだドM女!! 総悟もいい加減止めねぇかっ!!」
 『えぇ~』
 「なんでそこで見事にハモってんのお前等ぁぁぁぁ!!? 何!? 俺何か間違ったこと言った!!?」

 ドSとドMが合わさると手に負えないとはこのことか。土方の制止の声にモロに不満たらたらな声を上げるSMコンビに、土方の魂の絶叫(ツッコミ)が響き渡る。
 下手すると現在の事件の状況より後ろの嫌な空間のほうが面倒な状況になりつつあるのを肌で感じて、妖夢ははぁっと小さくため息をつく。
 再び犯人のほうを見上げると、そこには未だに眼下のドS(総悟)ドM(天子)プレイをビデオに納めている犯人という名の変態の姿があった。

 「……って、アレ? 人質の二人は?」
 「呼んだ?」

 ふと、二人がいないことに気がついて思わず呟くと、隣から声が聞こえてそちらに振り向く。
 そこには、何ゆえか先ほどまで人質だったはずのお空とお燐がぴんぴんと元気な姿でたっていた。

 「何で?」
 「いやさ、拘束緩んでビデオとるのに夢中になってたから、今のうちに逃げ出してきたの」

 妖夢の疑問の声に、お空がサラッとそんな返答をしてくる。お燐はというと、妖夢の後ろで繰り広げられている色々と問題ありそうな空間に視線を向けていたりするが、当の妖夢はそんなことに思考が回らない。

 あれ? っつーことは、今あのデパートには犯人しかいないというわけで……。

 「確保ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 その事実に行き着いた瞬間、妖夢がそんな指示を隊士たちに飛ばし、その言葉に答えてデパート内と外で待機していた隊士たちが一斉になだれ込んだ。
 しばらくして無線から「犯人、起爆装置、共に確保」の報告が届き、妖夢はふぅっと小さく息を吐き出した。

 なんて間の抜けた事件の終幕だろうか。あんまりにもあんまりな結果に思わず眩暈と頭痛がセットで襲い掛かってくる。
 馬鹿だ。明らかに馬鹿だよこの犯人。おそらく、この場にいた多くの野次馬の方々がそう思ったに違いない。

 ドSとドMが世界を救う。

 そんな嫌過ぎるフレーズを振り払うように土方に報告しようと彼らのほうに視線を向けると……。

 「ちょっと! もっとキツク縛りなさいよ!! それでもドSなのアンタ!!?」
 「ほーれ、もっときつく縛って欲しいか? だったらもっといい声で鳴きなメス豚」
 「だから止めろッつってんだろうがオメェ等ァァァァァァァァ!!!!」

 ものすごく関わりたくない空間が出来上がっていた。もはや近づくことすらもしたくない。あの空間にいて全力でツッコミを入れている土方はある意味勇者だと思う。
 もう本当に尊敬します土方さん。などと心の中で思いつつ、その光景を全面的に見なかったことにしてお空たちに視線を向けると……。
 彼女達の肩を、ガシッと力強く掴む知り合いの女性の姿があった。

 「あれ? お妙さん」
 「あら、お疲れ様。妖夢ちゃん。それと、ようやく見つけたわ、お空ちゃんとお燐ちゃん。それから天子ちゃんも」
 『ひっ!!?』

 ギギギッとさびたブリキ人形のごとく、三人が首を軋ませながらそちらに視線を向けると。
 そこにはなんということでしょう。あのかわいそうな卵を作り出しちゃうおッそろしい新八の姉の姿があーるじゃありませんかっ!!

 「お、お姉さん。な……なんで、ここに?」
 「何でも何も、あなた達がばっちりテレビに映ってたもの」

 にこやかにさも当然と、そういわんばかりに笑顔でのたまうお妙さん。だけど、その気配というかオーラというか、そういったもので彼女の感じている怒りは容易にわかってしまうのである。
 ヤバイ。これはヤバイ。と、本能の辺りがガンガンサイレンつきで警告を鳴らしている。
 にっこりとした笑顔のまま、右の手でお空とお燐の襟首をまとめて引っつかみ、縛られて動けない天子は左手でロープを引っつかみ、そのままずるずると引きずっていく。
 その光景を、ぽかーんと呆然と見送ることしか出来ない真選組一同。

 「さぁ、せっかくだからお裾分けを食べて頂戴ね。今日は奮発して玉子焼きと、目玉焼きと、だしまき卵と、スクランブルエッグを作ってみたの」
 『なんでこれ見よがしに全部卵なの!!?』

 あんまりといえばあんまりな内容に、思わず三人の言葉がシンクロして吐き出された。どう考えても全部黒炭状態になっていることは想像するだに難くない。
 だが悲しきかな。現実は無情であり、人間のはずなのにありえない怪力を発揮するお妙の腕からは逃げられないでいた。
 天子にいたっては縛られた状態ではもはやどうすることも出来ないし。







 「卵料理が一番得意なの。さ、早く帰りましょう」
 『ぃやあーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!』








 三人の悲鳴がものの見事にハモり、その日、結局全員見つかって捕まった彼女達は文字通り地獄を味わったという。




 ■あとがき■
 ども、作者の白々燈です。なるべく早く書いてみましたが、今回の話はいかがだったでしょうか?
 幾分軽いノリなのと、お妙さんを初登場させようということで書いてみましたがいかがでしょう?
 天子と沖田がそろうと話が描きやすくて助かります。もうなんか色々と。

 展開とオチが弱いかなっと思わなくも無いですが、今回はこの辺で。

 ※キャラクター紹介の専用ページを作りました。よくわからなくなったらそちらをお読みください。
 新しいキャラクターが出たら、随時更新していきます。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第九話「―――『   カ   タ   ナ   シ   』―――」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2008/10/17 00:54







 はるか遠くの山の中。その山中奥深くにぽつんと立った山小屋の中に、彼らはいた。

 甘党銀髪天然パーマ、坂田銀時。
 真撰組副長で重度のマヨラー、土方十四郎。
 そして、鴉天狗の新聞記者、射命丸文。

 山小屋の外はすっかりと夜の帳が落ち、オマケに台風が直撃しているのか激しい雨と風が延々と吹き荒れている。
 小屋の隅からギシギシと軋む音が鳴り、今にも倒壊しそうで少し心もとない。

 「ったくよー、オメェが張り合うからこうなっちまったんだろーが。おかげでびしょびしょだぜ」
 「うるせーよ。何で俺がテメェの言うことなんて聞いてやらなきゃいけねぇんだ。テメェが張り合ってきたんだろーが」
 「いーやお前が張り合ってきたね、アレは。俺は止めようと思ったよ? でもオメェが必死になるからついつい付き合っちまったんだろーが」
 「テメェのほうが必死だったね。俺はいつでも止めてよかったんだぜ? それをテメェは―――」
 「はいはい、二人とも落ち着きなさい。まったく、今がどういう状況なのかわかってる?」

 言い争いをする二人に、文が服が吸い取った水分を搾り出しながら、ジト目で彼らに言葉を投げかける。
 その言葉使いにいつもの丁寧語が含まれていない辺り、よっぽど腹に据えかねているのか、その辺りを察した二人はむっとした表情のまま、お互いに顔を背けあった。

 こうなった原因は、おおよそこの二人のせいだといえなくも無い。というか、10割がたこの二人のせいだろう。
 さて、こうなった原因を説明するには、まず彼らが依頼を受けたところ辺りまで話はさかのぼる。

 銀時たちに依頼が来たのは今日の昼ごろ。依頼人は若い女性だった。
 特に目立つというわけでもなく、だからといって決して地味ではない。そんな女性だ。

 いわく、「婚約者が登山に行ったきり帰ってこないので、探して欲しい」というものだった。

 なんとも面倒な依頼ではあったが、そこはそこ、報酬がそれなりであったこともあるし、何よりそろそろ生活圏がイエロー通り越してレッドゾーンに達しそうだったが為に受けるしかなかったこともある。
 手がかりは写真と婚約指輪。それだけを頼りに山探しをするなど大変だとは思ったが、それも仕方がない。
 で、問題の山についた途端、真選組に遭遇。いわく、「この山で行方不明者が続出している」というのだ。
 目的が微妙にかぶっていることもあり、もともと仲の悪く、あまつさえ負けず嫌いなこの二人が、周りのことなど放っておいてずんずんと先に進んでいってしまい―――

 結果、探しに来た文が二人を見つけた途端に天気が急変。暴風暴雨に晒され、近くにあった小屋で一旦休むことになったのだ。

 

 パチパチと、囲炉裏にくべられた木屑が爆ぜる音が、静かになった室内に響く。



 肌に張り付く水分を含み、うっすらと肌がすける服に辟易しながら、文は小さくため息をついた。
 気分は陰鬱だ。銀時も土方も、それを語りはしないが、濡れ鼠な彼らも同じ気分だろう。

 外はいまだに、ビュービュー、ザーザー、気味の悪いとさえ思えるほどの雨風の音を運んでくる。

 外の風や雨が弱まれば、二人を抱えて文が麓まで降りればいいのだが、ここまで酷いと流石に危ない。
 彼女一人ならさほど問題ではないが、人を二人も抱えているとなると話はまた違ってくる。

 現在の状況は、どう控えめに見ても遭難だろう。どう考えても。
 まぁ、雨と風さえやめばどうとでもなってしまう状況を、遭難といっていいのかはちょっと微妙だが。

 ふと、何かいいことを思いついたのか、文が途端に面白そうに笑顔を浮かべる。

 「どうした、ブンブン。アレか? 思い出し笑いか? それは止めといたほうがいいぞ、ブンブン。傍から見るとイタイ人だから」
 「違うわよ。それよりも、どうせこの嵐が止むまでは外に出られないんだし、丁度いい話があるんだけど」

 くすくすと笑いながら、文は二人に視線を向ける。
 詳しいことが語られたわけでもないので、一体どういう話なのか検討もつかないというのが現状だが、このまま黙っていてもいずれ口げんかに発展してしまいかねない。
 そのことを自覚してるのか、銀時も土方も何も言わずに黙って頷いて了承の意を見せる。
 それに満足そうに顔をゆがめ、彼女はポツポツと、静かに言葉を紡ぎだした。






 「それではそれでは、よく聞いてくださいね、二人とも。これから語る物語は、『カタナシ』と呼ばれるものです」





 彼女が饒舌に、いつもの新聞記者としての口調で語り始めた途端、パチッと、一際大きく木屑が爆ぜた。







 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第九話「―――『   カ   タ   ナ   シ   』―――」■















 【ソレ】が生まれたのは、私たち妖怪たちの中でも知る者はいません。
 名も無く、正確な姿もワカラナイ。不便ですので、私たちの間では【ソレ】は【カタナシ】と呼ばれていました。
 ……え? どうして【カタナシ】なのか? ……ですって?

 クスクスクス……。あぁ、いえ失礼。なんだかいきなり怯えだしたものですからつい面白くて。
 今更、聞かない。なんてことは言いませんよね? まさか、怖いわけでもあるまいし。
 クスクス、えぇそうでしょう。お二方ならそう言ってもらえると思っていました。

 それではお話いたしましょう。【ソレ】が【カタナシ】と呼ばれる由縁。それは、『【ソレ】が決まった形を持たない』からなんです。
 ある時は空気に、またある時は動物に、そして―――ある時は【人間】に。
 故に【カタナシ】。形を持たず、自由に姿を変えて趣向を凝らして得物を捕食する。

 ん? 【カタナシ】が何を捕食するのか……ですか?
 クスクス、それを今言ってしまっては面白くありません。聞き手は座して、語り手に耳を傾けていてくださいな。

 まず、この【カタナシ】という存在。最初は空気に溶けてから行動します。
 いつか、後ろに、または物の隙間から、誰かに見られていると思ったら……そうですね、もしかしたらその【カタナシ】かもしれませんよ?
 何しろ、【カタナシ】はじっくり、じっくりと、それはもう粘着質とさえ思えるような視線で、何日も何日もかけて観察するんです。
 その挙動一つ一つを、その仕草の細やかさまで、さらにはその言動を。
 何日も何日も、それこそ【カタナシ】が納得するまでずっと、ずっと。

 クスクスクス、どうしましたお二方? お話はまだ続きますから、ゆるりと聞いてください。

 さてさて、一通り観察が終わると、いよいよ行動に移します。
 ですが、何もすぐに……という訳ではございません。【カタナシ】は自分に都合のいいタイミングを見極めるのです。
 出来るだけ、―――そう、襲い掛かるのに最も適した状態を見極める。

 あぁ、そうそう。襲い掛かる……というより、捕食する。といったほうが適切かもしれませんね。
 何を……ですか? クスクスクス、ここまでくれば、お二人も予想がついているとお思いですが……、今はまだ内緒です。

 もちろん、【カタナシ】もただ待つばかりではありません。そう言う状況を作り出すことにも奴等は長けています。

 例えば、目標以外の者をおびき出して、独りになったところを襲うとか。
 例えば、あらぬ噂を立て、誰も近寄らなくなってしまったところを襲うとか。

 あるいは―――、そう。得物の身内の姿になって自分のテリトリーに案内し、閉じ込めてしまう……とか。

 えぇ、もうお分かりでしょう。あるいは、最初からわかっていたんじゃありませんか?
 そうです。【カタナシ】は必ず【ニンゲン】を捕食するんですよ。

 クスクス、二人とも顔が真っ青ですよ。そんなことではこれから先の話が思いやられてしまいますね。
 え? まだ続くのか……ですか? そりゃそうですよ。これからが本番なんですから。じっくりと聞いていてくださいね。



 これは、とある夏の日。ある男性の身に起こったお話です。
















 とある町に住んでいた男性は、非常に悩んでおりました。
 最近、彼は婚約も決まり、仕事も大きなものを任され成功し、おまけに近々祝言も挙げる予定だったのです。
 もはや文句なし。勝ち組街道まっしぐら。ちょっとした登山が趣味であったそんな男性が、最近になって悩みを抱えていたのです。
 いわく、男性は婚約者の女性にこう話していました。


 ―――誰かが、ずっと僕を見ているような気がするんだ。


 男性も、最初は気のせいと思うようにしました。女性も、その時は男性の思い違いだと思っていたのです。
 ですが、どこにいても、その見えない視線はついて来るのです。

 仕事中、入浴中、食事中、そして無論、就寝のときでさえも。

 やがて、男性の中で気のせいであるという認識は、徐々に確信へと近づいていきました。
 鏡を見ていても、後ろには誰もいない。だけど確かに、視線は自分に向けられている。
 確証も無い、そんな無根拠な認識。ですが、どこかでありえないと、そう思っているのも確かでした。
 いるはずが無い。見られているはずが無い。でもやはり、視線は常に感じたまま。
 そして、その視線を感じ始めてからしばらくのことでした。その異常が起きたのは。

 それまで聞こえなかったはずの、ヒタッ……、ヒタッ……、という水で濡れた素足で歩いたかのような足音が、男性の後ろをついて来るのです。

 スタ、スタ、スタ。
 ヒタッ……、ヒタッ……、ヒタッ……。

 三歩歩けば、その謎の足音もまた三歩。五歩歩けば、その足音もまた五歩。
 ゆっくりと、重々しい足音だというのに、それはどういうわけか常に一定の距離から聞こえてくるのです。
 気味悪く思い、全力で走ってみても、その足音は【同じ歩調】で、【一定の距離】から聞こえてきました。
 恐ろしくなった男性は、一目散に自宅へと逃げ込みました。
 ダダダダダダっと、無遠慮な足音を立てて慌てて駆け込み、部屋のカギをかけ、そのままドアにもたれかかるようにずるずると力なく座り込んでしまいました。

 するとどうでしょう。あの気味の悪い足音は―――


 ヒタッ……、ヒタッ……、ヒタッ……。


 先ほどとまったく変わらぬ距離から、その音は再び聞こえてきたのです。
 ゾワゾワッと、鳥肌が立つのを自覚します。背筋に冷たいものを流し込まれたかのように、嫌な悪寒が体中を通り抜けていくような錯覚。
 悪夢なら、覚めて欲しい。そう願う男性の思いをあざ笑うように、その足音は足を止めている今もヒタッと、鳴り止むことはありませんでした。

 当然、といえばそうだったのでしょう。その重い足音は常に一定の間隔でしか聞こえませんでした。
 早足に、あるいは走りでもすれば、その余剰分が余計に聞こえてくるのは当然の帰結です。
 さて、三歩歩けば、また三歩、足音がなった。では―――今この状況で、その足音はいつ鳴り止んでくれるのか?

 男性は恐ろしくなりました。今までの不安が、気のせいかもしれないというその思いが、今この瞬間、紛れもなく【恐怖】に取って代わったのです。
 痛んでギシギシと軋む廊下を通り抜け、着替えることもしないまま、男性は青い顔で布団の中にもぐりこみました。
 頭までをすっぽりと布団で覆い隠し、ガチガチと噛み合わない歯を鳴らし、ただ恐怖でこの足音が止まってくれることを祈るばかりでした。
 ですが、そのヒタッ、という足音は収まるどころか、むしろ―――

 ギシッ……、ギシッ……、ギシッ……。

 あの、痛んで不出来な音が鳴る廊下から、徐々に徐々に、ですが確実に近づいてくるのです。
 いよいよ、男性の心から余裕がなくなっていきました。今まで一定の距離を保っていた足音は、なぜかこの期に及んで距離を縮めてきたのです。
 得体の知れないなにかがやってくる。これほど、恐ろしいものもないでしょう。

 ガチガチガチガチガチガチ。

 やけにうるさいと思えば、それは自分の歯が鳴らす音。それがわからないほどに、男性の心理状態はよくない状態でした。
 その、ガチガチ、という歯を鳴らす音を目印にしてか、ギシッ、ギシッというナニカの足音は近づいてきます。



 ギシ、ギシッ、ギィ……―――。



 そして、その足音は、ようやく止まってくれました。男性の頭の、すぐ傍で。
 それで、男性は直感しました。この得体の知れないナニカは、自分を見下ろしているのだと。
 今まで以上に感じる、頭上からのナニカの視線。その嘗め回すような視線を、見えもしないのに自分に向けられていると直感したのです。

 ガチガチガチ、ガチガチガチガチ。

 生唾を飲み込む音さえ、うるさいと思ってしまう。そのガチガチという音が耳障りだ。頼むから止めてくれ。でないと【コレ】に気付かれてしまう。

 その心を見透かされたのかもしれません。あるいは、その姿があまりにも惨めだったのか。


 ―――クスクス、クスクスクスクス……。


 その嘲笑は、男性の【すぐ耳元】から聞こえてきたのです。
















 それからというもの、男性は目に見えてやつれていきました。
 頬はコケ、目元には隈が出来、顔色も真っ青で誰が見ても正常な状態とは思えませんでした。
 だからでしょう。婚約者の女性がこういったのです。「山に行きましょう」と。

 もともと、男性は登山が趣味ということもありました。女性もついてくるということもあって、彼は二つ返事でOKを出したのです。

 そして当日。あの男性を悩ませていた足音が、今日はどういうわけかパッタリと途絶えたままだったのです。
 それが純粋に嬉しかったのでしょう。男性はいつもの調子を取り戻し、女性はそんな男性の様子を見て、クスクスと笑って見せました。
 久々に、本当に数日振りに何の不安も気兼ねもなく、男性は日常を謳歌していました。

 ですが、それも長続きはしません。天気予報では晴れだったくせに、どういうわけか大雨が降ってきたではありませんか。
 オマケに、台風のような暴風までも共に吹きつけ……、いえ、それは正しく台風だったのでしょう。
 二人は偶然にも近くで見つけた山小屋で雨宿りをすることになりましたが、一向にそれはおさまる気配はありませんでした。


 クスクスクス、ほら、似ていませんか? 今の私たちの状況に。


 失礼、それでは話を続けましょう。


 その夜、二人はその小屋で夜を明かすことにしました。外は未だに轟々と大風が吹きつけ、ザーザーと、大粒の雨が木材を打ちつける音が響き渡る。
 そんな小屋で、トコについていた男性は、ふと……その奇妙な音で目を覚ますのです。


 ヒタッ……、ヒタッ……。


 飛び上がりそうになった悲鳴は、しかし、ついぞ男性の口から出てくることはありませんでした。
 腕も、脚も、声を上げるどころか瞼を上げることさえままなりません。俗に言う、金縛りという霊障の一種。
 徐々に徐々に、その脅えを楽しむように、足音はゆっくりと近づいてきました。
 その足音だけでも堪らないというのに、今回は足音だけにはとどまりませんでした。

 ひやりとした手のひらに、腕をつかまれる。体温のない死人のような手につかまれた感触が、男性の恐怖心を余計に煽ったのです。

 決死の思いで、男性は瞼を開けました。腕を振り払おうと全身に入れた力はしかし、かろうじて男性の瞼を上げるだけにとどまったのです。
 その視線の先にいたのは―――

 ―――男性の指を、今まさに咥えようとする、婚約者の女性の姿だったのです。

 え? という思いが、男性の脳裏に浮上します。現状がまったく理解できず、放心したように彼女に視線を向けることしか出来ませんでした。
 そんな男性の視線に気がついたのか、女性はクスクスクスと、嘲笑うように笑みを零しました。

 そこで、男性を違和感が支配します。
 自分の愛した女性は、こんな笑い方をするヒトだっただろうか? こんなにも、妖艶な笑い方をする女性だっただろうか?



 それに何より、この忍び笑いは―――あの時、すぐ耳元で聞こえてきた嘲笑と【まったく同じ】ではなかったか?



 クスクスクス、目の前の女性の姿をしたナニカが笑う。それと同時に、歯を立てて徐々に力を加えられていく指から、ミチミチと嫌な音が静かな小屋の中に響き渡ります。

 ミチミチミチ、ミチミチミチミチ。

 指先から伝わってくる鈍い痛み。悲鳴を上げようにも、声なんて掠れるほどにも出て来てはくれなかったのです。
 やがて、ブチンッっと、歪な音と共に鈍い痛みは激痛へと変わりました。

 クスクスクス、クスクスクスクス……。

 動けない男性を視界に納め、ニタリと、女性の姿をした【ナニカ】は三日月のように口を歪めました。
 助けてくれ、と、目で懇願する男性を見下ろし、ナニカはクスクスと嘲笑い。

















 ―――イタダキマァス……。

















 「それ以来、男性の姿を見たものはいませんでした。表向きの真実は闇の中。婚約者の女性は今も男性の行方を捜している……。
 と、ご静聴ありがとうございました。以上が、私、射命丸文の語る【カタナシの【怪談】】でした」

 ぺカーッと擬音が聞こえてきそうなほど満面の笑みを浮かべ、文は物語をそう締めくくった。
 対して、銀時と土方はというと、冷や汗だらだら流して真っ青な顔を晒しながら微動だにしない。
 何を隠そう、この二人。得体の知れない幽霊とか怪談とかが大の苦手である。

 「どうかしたの? まさか、本当に怖いの?」

 クスクスと嘲笑うような笑みを浮かべ、文は二人に視線を投げかける。
 今この状況を狙って、似たような状況の怪談を聞かせている辺り確信犯な気もするが、それももはや今更である。
 確かに、銀時も土方もこういった話は大の苦手である。だがしかし、それ以上にこの二人は大の負けず嫌いでもあったりするのである。

 「ば、馬鹿言っちゃいけねぇよブンブン。ちっとも怖くなかったもんねー、銀さんは。コイツは明らかに怖がってたけどよ」
 「ば、馬鹿言うんじゃねぇよテメェ。テメェのほうが明らかに怖がってた。そ、それにオメェ、声震えてんぞ?」
 「オメェこそ声震えてんだろーが!! つーかオメェ、タバコ持ってる手とか老人みてーになってんぞ、コノヤロー!!」
 「オメェこそブルブル震えてんだろーが!! どこのご老人だテメェは!! それになァ、コレは怖くて震えてんじゃねぇ!! 武者震いだ武者震い!!」
 「あー、はいはい。喧嘩もそこまでにしなさい。もう遅いし、今日は寝ましょう」

 パンパンと手を鳴らしながらそう宣言し、喧嘩を止めると彼女はすっと立ち上がる。
 未だに乾かぬ服に辟易しながら、文は近くにあった大きめな布を壁に固定し、また反対側の壁にまでもって行き、手短な道具で固定する。
 すると、簡易的な布の仕切りが完成し、文はにっこりと満面の笑顔で銀時たちに振り返る。

 「寝てるときにこっちに来ないでくださいね?」

 ゴキゴキッと指を鳴らしながら、そんな言葉というよりは脅しを投げかける。
 その笑顔でその行動と言動はどうなのよ? と思った二人だったが、何か言うと弾幕を食らいそうなんで何も言わずに頷く。
 それに満足すると、文は布で作られた仕切りの向こうに消えて行き、やがてシュル……、シュル……、という布の擦れる音が向こう側から聞こえてくる。
 服が雨で濡れて気持ち悪かったというのもあるだろう。しかしそれ以上に、この場に男がいるという状況を忘れているとしか思えないその行動にうろたえる男二人組み。

 (オイオイオイ!! 何考えてんだアイツ!!?)
 (知るかァァァァ!! とにかく寝るぞ!! 下手なことして怒らせたらえらい事になるからっ!!)

 いきなりの行動にうろたえる土方に、銀時はそんな言葉を返していた。まぁ、文の実力って言うもんを知っていればそう言う反応するのかもしれないが。
 一応、文はそれなりに力の強い妖怪、鴉天狗なのだし。下手に怒らせて空の旅にご招待なんて御免こうむる。
 そんなわけで、銀時は半ば強引にお眠りにつこうと床に転がる。服が雨に濡れたままで気持ち悪いのが難だが、火は向こう側なのでどうしようもない。
 そんな銀時の行動に釈然としないものがあったが、土方も仕方ないといった具合に、銀時から背を向けて寝転がる。

 思えば、やはり疲れていたのだろう。服のじっとりとした気持ち悪さも忘れ、彼らはあっさりと眠りに落ちていった。




 ザーザーッと、今もまだ、雨風は降り止む気配を見せてはいなかった。



















 ふと、奇妙な気配を感じて銀時は目を覚ました。
 体に何かが圧し掛かるような重み。しかしそれはどこか少女のように軽く、その意味に気がつく前に彼は瞼を開けた。

 「あら、目が覚めた?」

 クスクスと、少女―――射命丸文は哂う。
 恥ずかしげもなく銀時に馬乗りになって、ニヤリと彼女は口元を歪めた。
 銀時の腕を持ち上げ、チロッと味見をするように舌を這わせる。その瞳の奥底に宿っているのは、ようやく食事にありつけるという―――本能。

 「銀さんって、本当に【美味しそう】なんだもの。お腹も空いたし、今食べちゃってもいいわよね?」

 クスクスと、彼女は笑う。妖艶に、それでいて歪な笑みを浮かべて、クスクスと可笑しそうに、ただ哂う。
 体を動かそうとしても、ピクリとも動かない。その事実に気がついたのに、逃げることすらも叶わない。

 この射命丸文は、紛れもない【偽者】だと。

 「オメェ、誰だ?」
 「あら、気がついたの? 声も出せるなんて、なんて頑丈なのかしら。
 ……まぁいいわ。どうせ私のお腹の中に入ることに違いはないんだし。それに、寝る前に話したじゃない。【私の事】を」

 クスクスと、さも可笑しそうに文の姿をした、【カタナシ】は哂う。
 その言葉に、銀時は「マジかよ」と思わず言葉を漏らし、必死に体を動かそうとするがうまくいかない。
 カタナシは残念そうな顔を作り、ゆっくりと銀時の耳元に囁きかける。

 「本当は、射命丸文だと思わせたまま食べようと思ったのだけど、こうも簡単に見抜かれるなんて。前はうまくいったのになァ」
 「オメェにアイツの真似は荷が重過ぎらァ。どーにも、どこかオカシイとは思っちゃいたんだ」

 せめてもの抵抗にと、目の前のカタナシを睨みつけながら言葉にする。
 確かに、二人を追いかけてきた文はどこかが変だった。無論、どこが? と聞かれれば首をかしげることしか出来ないのだが、それでも違和感が常に付きまとった。

 特別長い付き合いではない。だが、それでも共に酒を飲み交わし、愉快に語り合った仲でもある。
 彼女とて、妖怪の一人だ。鴉天狗という妖怪の中の一人なのだ。無論、人を食らったこともあるのだろう。

 だとしても、そうだとしても少なくとも、あの少女がこんな騙まし討ちのような形で、人を食らうようには思えなかったのだ。
 彼女なら、こんな形ではなく、もっと手っ取り早く襲ってくるだろう。少なくとも、こんな金縛りのような小細工なんていらない。銀時や土方が音速すらも超えて飛行できる彼女から逃げられるはずがないのだから。
 それに、文が酒の席に一度だけ語ったあの言葉が本当なら、きっと彼女はこんなことしない。

 だから、彼は行き着いた。この目の前の彼女は偽者だと。

 「クスクスクス、じゃあ次までの課題ね。もっとちゃんと真似ないと」

 見下すように哂う、カタナシという何か。そんな彼女の能天気な言葉に、銀時は言葉を返そうとして……。







 「えぇ、安心なさい。貴女に【次】なんてないわ」







 その言葉と共に訪れた突風に、それを邪魔された。

 吹きすさぶ豪風。それが通り過ぎたあと、圧し掛かっていた重みがなくなって、途端に轟音が響き渡る。
 同時に、体を拘束していた金縛りが解けて自由を取り戻し、鈍い体に鞭打って立ち上がる。

 「おーいマヨラー、生きてっかー?」
 「うるせー、なんともねぇよ。ったく、テメェに心配されるなんて俺もヤキが回ったか?」

 銀時が言葉を投げかければ、そんな言葉と共に土方も立ち上がる。彼と同じように金縛りにあっていたのか、どこか気だるそうだ。
 カランと、気味のいい音がして、彼らはそちらに視線をむける。
 そこにあったのは、大穴の開いた小屋の壁とその更に向こう。外はいつの間にか晴れていたのか、夜闇の空に月がぽっかりと顔を覗かせていた。

 その月明かりの下に、彼女はいた。
 艶のある黒髪のセミロングを風に靡かせ、いつもとは違う印象を受ける、鋭い目つきをした赤い瞳。白い半袖のワイシャツに、黒色のミニスカート。
 そして、天狗特有の小さな赤い帽子と、下駄のような突起のついた赤い靴に、八手を模した団扇に背中の立派な黒い翼。

 「まったく、探しましたよ。銀さん」

 苦笑を零しながら、彼女は大穴の開いた小屋に入ってくる。カラン、カランと小気味のいい音を立て、彼女は銀時と土方を守るように、彼らの傍にまで歩み寄る。

 「ブンブン……か?」
 「だぁから、そのブンブンっていうの止めてくださいってば」
 「……かわいそうな卵」
 「うんゴメン、無理ですスミマセン」

 その単語を聞いた途端、目を虚ろにしながら即答なされたわれらが鴉天狗。
 どうも例の一件以来、しっかりとトラウマになっているっぽい。そのこぼれ出る言葉が恐ろしいほどに哀愁を誘う。

 「うん、間違いなく本物のブンブンだ。いやー、助かったぜブンブン」
 「……スミマセン、どんな本物の見分け方? いや、だからブンブンって言うなと何度―――」
 「ワリィなブンブン。迷惑かけた」
 「ちょっと!? 土方さんまで!!? なんですか!? 私のあだ名はブンブンで固定ですか!!?」

 何ゆえか双方から弄られ、冗談じゃねぇ!! といわんばかりにツッコミを返す射命丸。
 この反応、この返答、間違いなく本物である。嫌な本物の判別の仕方だったが。

 気を取り直し、コホンと咳払いしてから先ほど自信が巻き起こした風で吹き飛ばした相手に視線を向ける。
 そこに、もはや先ほどまでちょっぴり情けない顔をしていた少女はおらず、【鴉天狗】としての彼女が佇んでいる。

 「なん……で?」

 呆然とした言葉が、カタナシの口からこぼれる。よほど先ほどのダメージが大きかったのか、体のいたるところがドロドロと崩れかかっていた。
 そんなカタナシを、つまらないものを見るかのように一瞥して、文は言葉を紡ぎだした。

 「何故? それは一体何に対して? 私が彼らを助けたことが信じられないとでも?」

 クスクスと、文は笑う。カタナシとは違って、どこか彼女らしさの残るその笑い方。

 「どう勘違いしているのかは知らないけど、鴉天狗は独自の社会を築いて生活している者達だもの。あなたが思っているより、仲間意識って強いのよ?」

 ウインクしながらそう言って、文はカランッと音を鳴らして歩みを進める。
 彼女のその言葉は、暗に銀時が【仲間】であると認めているということに他ならない。
 最初は、もちろんおもしろ半分で近づいた。
 酒を飲み交わしたり、会話を重ねるうちに、彼女にとって坂田銀時は取材対象ではなく、博麗霊夢と同じように【友人】という位置に取って代わったのは、一体いつからか?
 まぁ、霊夢はどう思ってるか知らないけど。と、内心思いながら苦笑して、また一歩歩みを進める。
 そのたびに、カタナシは目の前の存在に恐怖を覚えた。明らかな殺意を向けられ、がたがたとみっともなく崩れかかっている体を恐怖に震わせた。
 自分とは格が違う。彼女の本気を目の当たりにして、ようやくその事実に思い至った自分自身がひどく間抜けに思えた。
 そんなカタナシの様子に満足してか、文は笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。

 「貴女の間違いはいくつもある。一つ、私の姿を騙った。一つ、私の友人に手を出した。でもね、結局それって、元を正せば大きな理由を細かくしたに過ぎないわ。
 ……そうね、もっと簡単に言いましょう。あなたの間違いは極端に言えばたった一つ。たった一つのいたってシンプルな答えよ」

 あぁ、コレ一度で良いから言ってみたかったのよね。と、そんな呟きを零してニッと満面の笑みを浮かべ。



 「単純な答えよ。【お前は私を怒らせた】」



 その言葉と共に振り下ろした団扇。その団扇から巻き起こった真空の刃の嵐は、容赦なくカタナシを飲み込んでいった。

























 「どうも、ありがとうございました」

 力なく頭をたれて、依頼人の女性はよろず屋を去っていった。
 あの後、文がカタナシを遠慮なくトドメをさした後に見つかった、床下の大量の骨だけの死体。
 そのうちの一体に、手掛かりの指輪をした遺体を見つけ、今回の依頼は終了と相成った。
 事後調査は真選組が行っているが、事が事だ。おそらく真犯人は捕まらないだろう。
 ……いや、あの文の一撃を受けて、件のアレが生きているかどうかは不明だが。

 「なんだか、やるせないですね。今回の依頼」
 「しゃーねぇさ。俺たちにはもうどうしようもなかったんだからよ」

 沈痛な面持ちの新八の言葉に、銀時は事務所に戻っていつもの席についてジャンプを手に取った。
 そんな銀時に向かって、神楽が思い出したように彼に言葉を投げつける。

 「そういえば銀ちゃん。文の偽者にひょいひょい騙されてついていったらしいアルな。流石銀ちゃんね。このマダオが」
 「オィィィィィィ!!? いきなりそんな言葉はないんじゃない!? 銀さん危うく食されるところだったんですけどもぉ!!?」

 朝のうちに銀時と文がメンバーに事情を説明し、神楽はというと今更のように、そんな言葉を吐き出していた。
 あんまりといえばあんまりな神楽の発言に、銀時がついいつもの調子でツッコミを入れる。
 そんな様子が可笑しくて、文がクスクスと苦笑する。まったく、あんなことが会った後でもいつものように振舞える辺り、随分と図太い神経しているものだとある意味関心すら覚える。

 そんなことを思っていると、ふと、銀時がこちらに視線を向けたのに気がついて、文ははて? と首を傾げる。

 「昨日はサンキューな。おかげで命拾いしたぜ」

 そんな言葉を投げかけられて、文は一瞬何のことかわからずに思案していたが、そういえば、まだ御礼を聞いていなかったなと思い出した。
 まったく、律儀なものだと思いながら、いつものように文は笑みを浮かべた。

 「いえいえ、友人を助けるのは当然でしょう」

 満面の笑み。嘘偽りのない本心の言葉。それが、坂田銀時が彼女を信じる要因になった、いつかの宴会で聞いた言葉。

 「うわー、あんたが言うとなんか嘘臭いわね」
 「ほっといてください、不良天人」

 横手から上がった野次に、文は余裕のある笑みを浮かべたままそんな返答をする。
 それからはまたいつもの通り。騒がしくも面白おかしいいつものよろず屋の完成だ。

 なんてことはない。射命丸文にとって新聞が生きがいであるのとはまた別に。
 このよろず屋も、今の彼女には楽しくて仕方のないかけがえのない場所になっているだけのこと。
 そのことを、文が自覚しているかどうかは、この際別の問題なのかもしれないけれど。

























 多くの人が行き交う大通り。その人ごみの中に、ぽつんと佇む指輪を握り締めた女性。
 あぁ、と、熱のこもった息を吐き出すように、そして小さく小さく―――



 「食べ損ねちゃったなぁ」



 ポツリとそんな言葉を呟いて、女性が空気に溶けるように消えていった。
 誰もそのことに気がつかず、持ち手を失った指輪がカツンッと、アスファルトの地面に落ちて音を立てた。








 ■あとがき■
 どうも、白々燈です。今回の話はいかがだったでしょう?
 このSSの時期はまだ夏なのでテーマは【怪談】でした。しかし、オリジナルの怪談を書くのは予想以上に難しくて難航しましたけど、いかがでしょうか?
 なんというか、急ぎ足で描いてしまったので色々と説明が足りない気もしますけど……。(;・ω・)

 そういえば、体験版が起動しなかったので地霊殿は諦めていたのですが、試しに買ってみたら起動しました。やった!! これでお空にあえるぜ!! とかなんとか浮かれております。

 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第十話「私の○○に火がついた! っつーか○○て何だよ!!?」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2008/11/01 22:13







 「うーん、最近いいネタがないですねぇ」

 よろず屋のリビング兼事務所の机に手帳と紙を広げ、彼女、射命丸文はそんなことを呟いて首を捻っていた。
 そんな彼女の呟きを聞き、坂田銀時、志村新八、神楽、比那名居天子、鈴仙・優曇華院・イナバ、フランドール・スカーレットは揃って彼女に視線を向けることとなる。

 「この前の事書いとけばいいんじゃない? ほら、銀時と土方があなたの偽者に騙されて危なかったこととか」
 「いえいえ、新聞はあくまで客観の位置と立場でなければいけませんし、アレはモロに私自身が介入しましたからね。そんなわけで、アレは没なのです」

 フランの提案にも丁寧に理由まで沿えて、文はやんわりとそう断りを入れる。
 まぁ実際、あの時に文が介入しなければ、前回の事件で銀時は高確率で亡き者になっていたことだろうし、介入せざるおえないということもある。
 これが見ず知らずの誰かであったなら放っておくということでもよかったのだが、生憎、放っておくには銀時とは仲がよくなりすぎた。
 それはさておき、あの偽者のことを記事にする、という手もあったのだが、肝心のあの偽者のことがまったく未知な上に、裏づけも難しいこともあって結局は没となったのだ。

 「じゃあ、この間のデパート占領事件でも記事にすればいいだろーが」
 「うーん、それも考えたんですけどねぇ。私はその場にいませんでしたし、あの二人の証言とは別に犯人のコメントも欲しいところですね。記事にするには少し弱いんです」

 気だるげな銀時の声にも、文はそう言って再び気難しそうな顔をして考え込んでしまう。
 デパート占領事件、というのも以前、お空とお燐が人質になってしまっていたあの事件である。
 その時は諸事情もあり、あの場には駆けつけられず、そのため写真も用意できなかったし、事の次第を知ったのはとっくに犯人が逮捕された後だったのだ。
 と、いうより、あの時は正直事件がどうとか気にしている余裕がなかったといってしまえばそれまでだったりするが。

 「じゃあさ、アレでも記事にすればいいじゃない。かわいそうなたま……、……うんゴメン。やっぱなんでもない」

 途中まで言いかけて、天子は意気消沈した様子で言葉を紡ぐのをやめた。
 みんな、『何を?』とは聞かなかった。というより、聞けなかった。だって仲間だから、皆まで言わなくともわかってしまったのだ。
 そう、仲間なのだ。彼ら彼女らは、あの【かわいそうなたまご】の被害者なのだから。

 特に、あの不幸体質の青い鳥とか核融合万歳の地獄鴉とかは一時的な記憶喪失になるほどの被害を受けているのだし。
 ちなみに、撫子はというとあの一件以来、未だに高熱にうなされているとか何とか。

 まぁ、そんなことがあって以来、特に幻想郷の面々には絶賛トラウマとしてしっかりと根を張りつつある……つーより、むしろもげるものかと言わんばかりの勢いで根を張っているお妙の料理。
 特に、物理的にも精神的にも大ダメージ請け合いなシロモノなので人妖問わず大打撃である。

 ちなみに、どのくらい大打撃かって言うと、あの八雲紫ですら床を転げまわって悶絶したほどである。
 みんな恐れる【ダークマタ】。そんなものを記事にするほど文とて図太い神経していない。被害者じゃなかったら記事にしてたかもしれないが、それはさておき。

 「どうしますかねぇ」

 くるくると指先でペンをくるくると弄びながら、文はぼんやりと呟き、小さくため息をつく。
 記事にする内容が微妙にいい加減な(ように見える)のはともかく、書くとしたらしっかりと裏づけを取り、妥協しないのが彼女の新聞だ。そこら辺は、彼女の真面目な性格の表れだろう。
 もっとも、その真面目さゆえにこうやって新聞の内容に四苦八苦することも少なくないのだが。

 そんな風に悩んでいると、箪笥の一番下の段がひとりでに開く。と、言うことは幻想郷からの来客だろう。
 そして案の定、幻想郷とつながっている箪笥から出てきたのは、見覚えのある三人組だった。

 一人目は核融合地獄鴉、黒い髪に白と緑の服を着た少女、霊烏路空。
 二人目は死体を運ぶ火車、赤髪おさげのゴスロリファッションの火焔猫燐。
 そして三人目、心を読む妖怪、藤色くせっ毛の少女、古明地さとりの姿があった。

 「あれ? さとりさん。こんにちわ」
 「えぇ新八、こんにちわ。『どうしてこんなところに?』ですか? それは今から話しましょう」
 「うわぁ、相変わらずね。貴女って」
 「『いちいち心を読んで返答しなくてもいいのに』と、思われてもねぇ。こっちの方が手っ取り早いもの」

 にべもなく、相手の心を読んで会話を進めるさとりに、辟易した様子で鈴仙が言葉にするものの、わざわざ心を読んで返答する辺り、いつもの通りといえばそうなのかもしれない。
 そんなわけでお茶を用意しようとした新八を『心を読んで』あらかじめ断りをいれ、さとりはゆっくりと文の隣……、つまりはソファーに座った。

 「んで? わざわざオメェさんがこっちに来た理由は?」
 「真選組の屯所の場所は知ってる? 知っていたら案内して欲しいのだけど」

 さとりから出た言葉は、少なくともこの場にいたメンバーには予想外のものだったのだろう。
 少なくとも、さとりが真選組の面々と顔をあわせたのはいつかの宴会の一度だけである。
 そんな思いが顔に出ていたのか、それとも心を読んだのか、さとりは皆の疑問を晴らすように言葉を続けた。

 「以前、おくうとお燐がお世話になったみたいだから、そのお礼ですよ。それに、……お燐もあの土方という方に興味があるようなので」
 『え?』

 お世話になった、というのは以前のデパート事件のことだろう。しかし、その後の一言が、彼らの視線をお燐に集めるのには十分だった。
 当のお燐はというと、恥ずかしそうに顔を赤く染め、珍しく大人しくしていた。
 こんな反応をすれば、お燐が土方をどう思っているのかなんて一目瞭然というか、想像するのは容易だろう。無論、彼女もその例外ではなかった。

 (こ、これはもしやスクープの予感ですよ! 地獄の火車の恋の相手は人間!! 次の記事はこれで決まりですね!! 私の記者魂に火がつきましたよ!!)

 さっきの憂鬱な気分はどこへやら、スクープの予感に一気にハイテンションになる射命丸文。
 よっぽどネタに困っていただけに、ここでネタになりそうな話題が転がり込んできたのだから当然だろう。
 それに何より、人の色恋沙汰ほど面白いものもないとはよく言うし。と、内心でクスクスと笑ってみたり。

 ―――そんなんだから、恋人も出来ない耳年増なんて皆から言われるんですよ。(by椛)

 (うるさいほっときなさい椛)

 心の中で上司と部下な関係の白狼天狗にツッコミなどを入れつつ、彼女はその案内を買って出た。

 そう、全ては彼女の愛する新聞の為に。
 平たく言うと、これから起こるであろう有象無象の奇々怪々な珍事に期待を膨らませているだけだったりするが、それはこの際余談ということにしていただきたい。













 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第十話「私の○○に火がついた! っつーか○○って何だよ!!?」■















 さて、そんなことがあったのが昼の一時ごろ。
 古明地さとり、霊烏路空、火焔猫燐の三人(?)は、射命丸文の案内で真選組の屯所に訪れていた。
 幸いにも休憩時間だったことが幸いしてか、土方十四郎、沖田総悟、そして最近では土方の副官のような立ち位置にいる魂魄妖夢も屯所に戻ってきているらしかった。
 そんなわけで、事情を話してから奥の客間まで案内してもらって今にいたるわけだが、ようやく彼らが現れたらしい。
 彼らが入ってくる様子を眺め、カメラを構えて部屋の隅で待機しているのはご存知、清く正しい射命丸文である。

 「雁首揃えて一体何の用だ? オメェ等がわざわざこっちに来るなんて珍しいじゃねぇか」
 「以前、うちの子たちがお世話になったようだから、そのお礼よ。危ないところを救っていただいたみたいで、心から感謝しますわ」

 座りながら流れた土方の疑問の声に、事情を説明してから礼を述べて、ゆっくりと頭をたれるさとり。
 そんな主の様子を見てか、お空とお燐も慌てた様子で彼女に習うように頭を下げる。
 それをどう思っているのか、顔には出さずにタバコに火をつける土方。彼が何をどう思っているのか、それはおそらく、心を読むことのできるさとりにしかわかるまい。

 「わざわざご苦労なこった。俺たちは仕事をこなしただけだ。礼を言われるようなことじゃねぇよ」
 「だとしても、二人を助けていただいたことは事実です。それに、お燐もあなたにお話があるようなので」
 「はぁ?」

 心外だとでも言わんばかりに、さとりの言葉に思わず素っ頓狂な言葉がこぼれ出る。
 そんな土方にはかまわず、さとりはお燐に席を譲り、それを悟ったお燐はというと緊張した面持ちで土方の前に座った。

 「お燐、がんばって」

 小声で、背中から親友のお空からの言葉が届く。
 それで少しは緊張が和らげばいいのだが、生憎そういうわけにもいかないらしい。

 「んで? 話ってなんだ」

 小さくため息をつき、しょうがないと語っているかのような表情で、お燐に話を促す。
 カチッこちに硬直し、顔を真っ赤にしながらなんと言っていいのか迷っている。そんなお燐の様子に、図らずも妖夢も沖田もよろず屋のメンバーと同じ事を想像したらしい。
 つまり―――

 (さぁ、いよいよ告白なんですね!! ファイトですよ!!)

 ―――部屋の隅のほうでいい加減な応援を送りつつ、シャッターチャンスを待っている鴉天狗と同じことをだ。
 そりゃまぁ、こんな反応をしている女の子を見れば大体の方が同じ事を想像するだろう。
 そして、いよいよ覚悟が決まったのか。「え、あれ? もしかして、あれ?」などとちょっぴり困惑し始めている土方に、お燐が言葉を紡ぎだし―――

 「あの、お兄さんの死体をあたいの猫車で運ばせてくれない!?」
 『そんな物騒な告白あるかァァァァァァァァ!!!』

 そして全てが台無しになった。そりゃもう、土方、妖夢、文に同時にツッコミを入れられたのがいい証拠である。
 というか、その発言だとどう考えても遠まわしに「死んでください」と言ってるようなもんだし。

 「引き締まった肉体に健康そうな体つき、タバコはまぁ減点対象だけども、お兄さんをはじめて見たときからずっと思ってたのさ。この人の死体をあたいの猫車で運びたいって。
 そして同時に思ったのさ。アタイの恋心に火がついた!!」
 「それは恋心って言うんですかお燐さん!!?」
 「そいつァいけねぇ、是非とも協力させてくんなせぇ!!」
 「オィィィィィィィ!! こっちのドSにも火がついてんぞぉぉぉぉぉ!!?」

 文がお燐に、土方が沖田にツッコミをいれ、完璧に先ほどの空気はすっ飛んでしまった。
 一方、我かんせずを貫いているのは、さとりとお空の二人。まぁ、お空のほうは我かんせずと言うよりよくわかっていないだけのような気もするが。

 「何を言ってんのさ鴉天狗! この胸に湧く使命感とドキドキワクワクする、なんというかこうやらないと落ち着かないコレッて恋心さね!!」
 「ソレはどう考えても職業病です!」

 ズバッとツッコミを入れて頭を抱え、心底疲れたようにため息をつく文。そんな彼女を視界に納め、自分の言い分が間違っていうるのかとちょっと悩み始めるお燐。
 いきなりネタがパーになったこともあって文の落胆振りもかなりのものであったが、そんな彼女の心内を知ってか知らずか、「まぁいいや」なんてのんきに口にして再び土方に向き直る。

 「それで、お兄さん。返答は?」
 「良いわけねぇだろうがっ!! 馬鹿かオメェ馬ッ鹿じゃねぇの!!? もしくは阿呆か!!?」
 「……まぁ、普通そう言う反応ですよねぇ」

 土方の反応を見てそう呟いたのは他ならぬ、現在は彼の副官を勤めている魂魄妖夢である。
 彼女も小さくため息をついて頭を抱え、「どうしてこう問題ばっかり起こるかなァ」と哀愁漂う言葉を漏らしていたりする。
 真選組といえども、色々と面倒なことは多い。そういったことに首を突っ込むことになることが大多数な彼女としては、ある意味当然の反応なのかもしれない。

 「じゃあさ、生きたままでイイからアタイの猫車に乗ってくれない? 地獄まで直行だから」
 「どっちにしろ良いことあるかァァァァ!!! つーか誰が乗るかっ!!」

 一応妥協したのだろう。妥協したのだろうが聞こえが悪いこともあってあえなく却下される。
 土方はしゅんと項垂れてしまったお燐を視界に納め、小さくため息をついて一息入れようとした瞬間―――

 ビュッ!! ズパァァァァァァン!!!
 「って、うぉぉぉぉぉぉぉぉい!!!?」

 後ろから不意打ちで振りぬかれた一撃を、紙一重の差で転がり込むように回避した。
 不意打ちを仕掛けたのは無論、沖田総悟。彼の手に握られている刀は、今まで土方がいた場所を見事に通過し、刀身は床の畳を貫通してバックリと刀傷を作り出していた。
 避けてなければ、もれなく縦からバッサリ真っ二つになっていたこと請け合いな一撃に、土方がその下手人を睨みつける。

 「……チッ」
 「『チッ』!? 今『チッ』っつったかコラァァァ!! つーか、何しやがんだ総悟ぉ!!?」
 「嫌だなァ土方さん。俺はただそいつの願いをかなえてやりてぇだけでさぁ。それに土方さん。俺が土方さんを亡き者にしようとすんのは一種の職業病みたいなもんですぜ?」
 「そんな物騒な職業病があってたまるかァァァァ!!」

 たちまち言い争いに発展する土方と沖田。というより、一方的に怒鳴り散らしているのは土方で、沖田は涼しげに受け流していると取れなくもない。
 こちらに来てそれなりになる妖夢はというと、もうこの二人の言い争いにもいい加減慣れてきたのか、小さなため息をついて二人を無視してお燐に向き直る。

 「お燐、こっちの世界では基本的に人殺しは禁止されています。ですから、あなたのソレにはちょっと応えられないんですよ」
 「えぇ~、本当に?」
 「本当と書いてマジですね」

 呆れ顔で言ってのける妖夢に、もはや無理なのかと悟ったらしいお燐は、がっくりとうなだれて「それは残念」と小さく呟く。

 (あとでちゃんとそちらの方でもよく言っておいてくださいね)

 さとりの方を向きながら、妖夢は心の中でそう語りかける。
 普通なら、こんなことでは伝わるはずもないのだが、そこは心を読む程度の能力を持つ妖怪、古明地さとり。
 彼女の意図を理解したのか、淑やかな様子で首を縦に振った。
 とりあえず、これで一応は安心だろう。問題はこっちの土方VS沖田に発展しそうな争いをどうにかするぐらいだが、最悪は弾幕で黙らせることに決めて先ほどからがっくりと項垂れている文に視線を向けた。

 「面白いネタに出会えると思ったんですけどねぇ……」
 「それはまぁ、同情しますけど。大体、いつもいつも宴会に集まってるメンバーにそんな話が寄り付くと思てます?」
 「……いや、それは……まぁ、そうなんですけど」

 頬をぽりぽりと気まずげに掻きながら、そういえばそうよねぇなどと思い直す。
 妖夢の言うとおり、そう言うことに目ざとかったり興味があるような面々ならとっくにそう言う話の一つや二つは聞いてるだろう。
 強いて言えば、黒白の魔法使い霧雨魔理沙と、香霖堂の主人森近霖之助の話が多少話題に上がったぐらいだが、アレは結局兄妹のような感覚なのだろう。
 実際、霖之助は昔、魔理沙の実家で修行していたらしいので、その時の縁でしかないのだ。

 ……いや、まぁ今回のがそれに当てはまるかといえば違うと思うけど。

 「それでは、この間の事件のことを詳しく聞きたいんですけど!!」
 「……転んでもタダではおきませんよね、あなたって」
 「新聞記者はこの程度のことで嘆いていては務まりません!!」
 「まぁ、機密に関わらない程度なら……」

 後ろの騒音から逃れるように鴉天狗の話に乗る辺り、自分も大概アレだなァとは思いつつも、妖夢はひとまず鴉天狗の質問に答えることにした。
 後ろから聞こえてくる剣戟の音と、「おぉ~」だの「すごーい」だの火車と地獄鴉の声が聞こえたような気もするが、彼女はとりあえず知らん振り。

 後に、この争いは休憩のために帰ってきた近藤の手によって無事に止められるのだが、それはこの際余談である。

























 真選組の屯所からの帰り道、文はご満悦な表情で上機嫌に歩道を歩いていた。
 あれから妖夢や土方、沖田、近藤にそれぞれ色々な事件のことを聞き、ようやく面白いネタが集まったこともあって彼女はご機嫌だった。
 さとり達は途中で帰ってしまったが、まぁ大丈夫だろう。帰り道ぐらいはわかるはずだ。

 「いやぁ、まずはどれを記事にしましょうかねぇ。『将軍の大事なカブト虫、努力の甲斐むなしく踏み潰される!!』、それとも『親馬鹿ココに極まる! 彼氏とのデートを邪魔しようとした父親の一部始終!!』。
 うーん、どれも捨てがたいですねぇ」

 まさに選り取り見取り。今朝とは違う種類の悩みを抱えながらも、やはり上機嫌なのは相変わらず。

 「あやや?」

 彼女がそれに気がついたのはまったくの偶然だった。
 100mほどの先の道路に、急ブレーキをかけながら横転するトラックが目に映ったのだ。
 轟音を立ててまるでボールのように跳ねる巨大な鉄の塊。パニックに陥りながらも逃げ惑う人々。
 一際大きく跳ね上がったそのトラックの次の落下地点、その場所には―――


 くどい様だが、今の彼女は上機嫌だったのだ。それこそ、いつもならやらないような事もついついやってしまうくらいには。


 それを視界に納めた瞬間、彼女は人の流れを逆流した。
 そうなれば一瞬だった。人ごみをあっさりと掻き分けた彼女は、1秒とかけずにその現場に颯爽と駆けつける。

 その姿を見たものが一人でもいれば、「まるで風のようだった」と比喩するだろう。
 それほどまでに、彼女のその行動は風そのものであったのだ。

 頭上には今にも落下しようとするトラック。それには目もくれず、彼女は死の恐怖で縮こまっているソレを抱きかかえた。
 後はただ走るだけ。彼女は再び疾走し、風のように立ち去っていく。
 ある程度現場から離れたところで、彼女は急ブレーキをかけるように一本歯の靴を地面に擦らせる。
 爆発的な速度から急停止による衝撃の後、トラックが大地に打ちつけられた音が遠くから聞こえてきた。


 距離にして、現場から200mほど離れた地点で、ようやく彼女は静止した。
 ふぅっと小さく息を吐き、文は両手に抱きかかえた【少年】をゆっくりと下ろすことにする。

 「さてさて、お怪我はないでしょうか?」
 「え? う、うん」

 にこやかに語りかける文に、まだ状況が掴めていないのか戸惑ったように口にする。
 それをさほど気にしていないのか、そもそもこの少年に興味がないのか。文は「それは何よりです」と事務的に言葉にしてから少年のすぐ傍を通り抜ける。

 もともと、少年を助けたのは機嫌がよかったついでの気まぐれのようなものだ。だから、そのあとでこの少年がどうなろうと知ったことではない。
 だから、会話としてはそれだけで十分だ。気まぐれには気まぐれらしく、会話も適当にあっさりと引き上げたほうがいいだろうと、そう思ったのだ。

 「それでは、今度はお気をつけくださいね」

 にっこりと笑みを作って、最後にそう言葉を投げかける。
 あとはそのままつかつかと歩き出し、一旦しまった手帳に目を通し、思案にふけ始めたところを、「あの!!」と、少年のほうから言葉を投げかけられて、不思議に思いながら文は振り返る。

 「助けてくれて、ありがとう!!」

 一瞬、何を言われたのかよくわからなかった文だが、その言葉の意味が浸透すると、今度はにっこりと、作り物ではない彼女本来の笑顔を浮かべた。
 それは、本当に綺麗で、外見相応の少女らしい笑顔。

 「いえいえ、どういたしまして」

 だから、そんな言葉を返して、今度こそ少年とは別れて歩き出す。
 どこかこそばゆい感情を覚えながら、文は先ほどまでとは違った笑みを浮かべて、クスクスと苦笑する。
 なんだかもどかしくて、くすぐったいけれど、お礼を言われるのも悪くないと、そう思える、そんな温かい気持ち。
 先日、銀時にお礼を言われたときも、こんな感じだったなァと思い出して、文はどこか満足そうに目を瞑る。

 「たまには、こういう人助けっというのも悪くないものね」

 呟いて、彼女は上機嫌に歩みを進める。
 空は晴れ渡り、雲ひとつない快晴。
 これは、今日当たりに銀さんを誘って屋根の上で酒盛りでもしようかな? なんて思いながら、彼女は今日もかぶき町の街中を歩いていく。





 そして、この事が後に色々めんどくさい事態を引き起こすことになろうとは。
 このときの彼女は夢想だにしていなかった。





 ■あとがき■
 どうも皆さん、白々燈です。今回の話はいかがだったでしょうか?
 最近、中々忙しくなってまいりました。まぁ、そうはいいつつも地霊殿やってるんですけど。

 やった感想としては、以下に。

 【霊夢】
 使いやすいのは紫かな。あのショットが広範囲をカバーできて霊撃も文句無しで、特殊能力も緊急回避に使えますし。
 逆に、使いにくいけど使ってて楽しいのは文ですね。ショットがちょっと難しいですけど、いろんな角度から打てて霊撃も強力ですからね。

 自分は霊夢使うときは大体パートナーが文になってます。とりあえず文でノーマルはクリアしました。

 【魔理沙】
 使いやすいのはオーソドックスなにとり。霊撃も使いやすくて中々いいと思います。
 逆に使いにくいけど使ってて楽しいのはパチュリー。ショットの切り替えが楽しくて魔理沙使うときはもっぱら彼女がパートナーになってます。

 とりあえず、今のところイージーは霊夢、魔理沙共に全パートナーでクリアしてます。
 ノーマルは今のところ文のみ。

 EXは……、早苗さんはなんとか突破できるけどこいしが無理(;・ω・)
 最初のスペルカードでアウトでした。強いってばこいし。流石東方のEXボス。


 話は変わり、最近になってアドベントチルノネタが思いついたけど……、よくよく考えるとアレをネタにすると三次創作になってしまうので没に。
 見てみたい、という方がいるなら考えますけど……。そもそも、こういうのってやっぱりいけない気もするし。

 海のネタもそろそろイメージ固まってきたので、近いうちにでるかも。

 それでは、ちょっと短いですけど今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第十一話「驚き楽しめ! 朱鷺色の読書革命!!」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2008/11/01 22:35








 クローゼットから繋がる別世界にて、どこぞの鴉天狗がネタを求めて地霊殿ファミリーを真選組屯所の案内に出かけたその頃、幻想郷のもとよろず屋では今日も今日とて珍客が訪れていたりするのである。

 「アオー、この間頼んでおいた本取りに来たんだけどー?」

 ノックもせずに無造作に開け放たれる引き戸の玄関。礼儀も何もあったもんじゃねぇご登場を披露して下さったのは、人間でも妖精でもなく、妖怪の少女である。
 両サイドと真ん中に藤色のメッシュが入った銀髪の少し短めなセミロング、淡紅色の翼に、頭部には後方に向かって翼とも鶏冠とも取れる赤い色のモノが特徴的な少女だった。
 藍色の着物を軽くはたきながら、返事も待たずにズカズカと中に入ってくるが、この家の現・主人はというと咎める事もせずに軽く手を挙げて答えを返していた。

 「おー、こにゃにゃちわー。朱鷺子ちゃん、お茶でもどない?」
 「なにそれ? こんにちわーでいいじゃん。それにしても、相変わらず人里に住んでるなんてさー、変わってるわよねぇ、アンタって。それから本」
 「鳥妖怪やのに本が好きな朱鷺子ちゃんには言われとぅなかったなぁ。それでお茶」
 「アンタだって鳥じゃない。私も鳥で鳥頭だけど、鳥の癖に無駄に物覚えのいいあんたに言われたくないわ。だから本」

 あっはっはーっと、さりげなくお互いの要求を押し通そうとする二人。
 もっとも、方や冷や汗、方や青筋を浮かべて、という微妙に感情の行き先の違う笑みを浮かべてはいたが。
 ちなみに、前者はアオ、後者は朱鷺子である。

 この朱鷺子という少女。ミスティアやお空のような鳥の妖怪の例に漏れず物覚えが悪い。
 だというのに、彼女は読書が好きだという珍しい趣味の持ち主で、読書に命を捧げる覚悟があるといっても過言ではあるまい。
 何しろこの少女、本を取り返すためにあの霊夢に喧嘩を売ったという、ある意味『輝かしくも間抜け』な経歴を持っていたりするのだ。
 そもそも、この朱鷺子という名前自体、もともと名などなかった彼女に、「名前がないと不便だから」という理由で呼ばれだしたあだ名のようなものだが、それはさておき。
 そんな彼女とアオが出会ったのはミスティアの屋台である。
 それから意気投合しては友人関係になり、今では朱鷺子が好みそうな本をアオが適当に見繕って、それを彼女に渡す。なんてサイクルが続くこともしばしばだ。

 さてさて、今回の朱鷺子が頼んだ本、というのも実は外の世界の書物らしく、人里でオークションにかけられていた品だった。
 残念ながらお金もなく、丁度事情もあったので、代わりにということで人里に住んでいるアオに頼んでおいた品だったのだが……。

 「ゴメン、アカンかった」
 「えー!!? そんなぁ……」

 力なくがっくりとうなだれたアオの口からこぼれた言葉に、朱鷺子もつられたようにうなだれることとなった。
 オークションという事は、人が集まればそれに比例して値段が跳ね上がっていくものだ。
 アオもそれなりに持ち合わせを持って向かったのだが、残念ながら彼女の手を出せる金額を軽々と超えて行ってしまい、どうしようも出来ない状態に陥ってしまったのだ。
 出せるものが出せなければ、当然ながら買うこともままならない。こればかりは文句をいっても変わらない。

 「ホンマごめんな? お詫びといっちゃなんやけど、ウチが取って置きの場所に連れて行って上げるから」
 「とっておき? どこよ」

 理不尽ではあるが、やはりどこか怒りが収まらないのか。そんな思いが表に表れているむくれた顔で、朱鷺子はアオの言葉に噛み付いてくる。
 正直、アレのせいで現在寝込んでいる同居人のことが気になりはするのだが、このままこの少女のことを放置するのはよろしくあるまい。
 自分に非があるならばなおのことだと思いなおし、そうして言葉にする。



 「ウチの友達のところ。きっと、朱鷺子ちゃんも満足するとおもうで?」











 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第十一話「驚き楽しめ! 朱鷺色の読書革命!!」■















 「本だぁ?」
 「そうなんよー。銀ちゃん確か一杯もっとったやろ? ジャンプとか」

 まだまだ昼飯時といえる時間帯。そんな時間帯によろず屋に現れたアオの開口一番がそれだった。
 彼女にしては珍しいその物言いに、銀時は多少面食らったものの、彼女の後ろにいる見知らぬ少女の趣味か何かだろうと勝手に推測する。

 「確かに持ってるけどよ、別に俺じゃなくてもヅラの奴に言えばいいだろーが。アイツまだそっちにいるんだろ?」
 「そっちにはもう行ってきたんよ。そんで、何冊か薄いの貰ってはるんやけど、それじゃちょっと少ないからこっちに」

 そうアオが言うと、後ろにいた朱鷺子が本の入った真っ白な袋を銀時に見せる。
 確かに何冊かは入っているようではあったが、残念ながらどれもこれも薄い本ばかりなのか随分と軽いように見える。
 見ただけでわかるその薄さに、銀時はため息をつきながら少女……朱鷺子に視線を向けた。

 「中は見たのかよ? 一応、いいもんが入ってるかも知れねぇんだから、ちゃんと見てみろよ。気に入らないんだったら、古いジャンプならくれてやるから」
 「まだだけど……、ちょっと待って」

 銀時の物言いに朱鷺子は何か言い返そうとしたものの、一理あることも確かなのでしぶしぶといった感じに袋の封を切って、中身を取り出し―――

 ―――人妻マニアックス。
 ―――人妻萌えMIX。
 ―――人妻ギャラクティカファントムレヴォリューション。

 「人妻ァァァァァァァァァァァァァ!!!!?」

 スパァァァァン!! と、勢いよく本(有害図書)を床に叩きつけたのだった。

 「何考えてんのあのロン毛!! ふざけてんのあのロン毛!!? 何で全部人妻!!? 略奪婚でも狙ってんのぉぉぉ!!?」
 「と、朱鷺子ちゃん落ち着いて! つかツッコミ入れる場所色々まちがッとるよ!!?」
 「ていうかギャラクティカファントムレヴォリューションって何!!? 意味わからないし!!」
 「そこもちゃうよ!!? いや、確かに意味わからへんけど!!」
 「それ以前に女の私にエロ本渡すって何考えてんのよぉぉぉぉぉぉ!!!」
 「ってオィィィィィ!!! 今更そこにツッコミ入れるんかいぃぃぃぃぃ!!?」

 朱鷺子の絶叫にアオがなだめようと言葉をかけ、最後の絶叫に新八がツッコミを入ると、叫び疲れたのか、それとも羞恥ゆえにか。
 とにもかくにも、朱鷺子は顔を真っ赤にしてぜーはーと大きく息を繰り返す羽目になる。

 「まぁ、ヅラだしな」
 「そうヨ、所詮ヅラでしかないアル」
 「まぁ、ヅラだしねぇ」
 「どうせ素で入れた本間違えたとかそんな感じなんじゃないんですか、あの人のことだから」
 「あー、ありえるわね。ヅラってわりと天然入ってるし」

 そして彼とそれなりに面識がある彼彼女達はというと、まぁそういう事もあるわなァ的な空気で言葉を紡ぎだしていたりする。
 ちなみに、言葉にしたのは銀時、神楽、フラン、鈴仙、天子の順番だ。
 どれだけ彼がド天然に見られているのかといういい証拠のような気もするが、それはまぁさておいて。

 「アオー、今度あいつに会ったら一発ぶん殴っとけ。銀さんが許すから」
 「大丈夫や銀ちゃん。今度会ったら全力でリバーブロー叩き込んどくから」
 「いや、どうせならウ○ニング・ザ・レ○ンボー辺りをぶちかましとけ」
 「リングにかけるんやね? わかります」

 銀時にKO宣言を許され、気合の入るアオ。彼女、意外なことだが身体能力は決して悪くはない。
 いや、妖怪なんだから当たり前と言えばそうなのだが、身体能力が低そうに見えるのはその不幸体質ゆえか。
 事実、ジャブの練習をし始めたアオの腕はというと、常人には陰も見えないほど早いジャブが繰り出されている。当たったら一発で意識を刈り取れそうな勢いだ。
 そして心底どうでもいいことだが、ウ○ニング・ザ・レ○ンボーはアッパータイプである。決してジャブ系なんかではない。

 そんな中、天井からかちゃんと何かが降ってくる。丁度、朱鷺子の足元辺りに。
 怪訝に思いながら、朱鷺子はそれを拾うと、赤い縁にガラスがはめ込まれた道具だと認識できた。
 そして、その形状の道具を、彼女がよく行く香霖堂の主人が掛けていたものと同じだと思い至った。

 「眼鏡?」

 なんで室内の上から眼鏡なんて落ちてくるのかと、不思議に思いながら視線を上に向けると、なにやら変な人が視界に映った。
 藤色のロングヘアーに、白い着物にマフラー、ぱっと見は美人な女性だったが、片手に持った袋と天井に張り付いている姿がものすごく間抜けだった。少なくとも朱鷺子にはそう映った。

 「あれ? さっちゃんさん」

 その人物を知っているのか、新八が彼女の名前らしきものを言うと、その女性が身軽な身のこなしでスタッと着地する。
 その瞬間、銀時が思いっきり嫌そうな顔をしていたりするが、その事に気がついた奴はいなかった。

 「どうしたんですか、今日はいきなり?」
 「愚問ね。なんとなく銀さんに呼ばれたような気がしたからココに来たのよ。それにしてもどういう事なの銀さん!! こんなに女の子を一杯たらし込んで!!
 私との関係は遊びだったのね!!? 何よ、燃えるじゃない!! むしろ萌えるわ!! そうやって私の愛を試しているんでしょ!? そうなのよね銀さん!!」
 「……あのさー、ガックンガックンさっきから揺らしてるんだけどー、それ私なんだよねー。銀時とかいう人間はあっちなんだけどさー。おーい、聞いてる馬鹿女ー?」

 なにやら勝手なことを口走り始めたさっちゃんこと猿飛あやめ。
 彼女は元お庭番衆のくノ一で、現在は不正な手段で金を受け取る悪党を裁く始末屋として働いている……のだが、そんな彼女が現在ガックンガックンと脳みそシェイクしている人物は銀時ではなく朱鷺子である。
 彼女、残念なことに眼鏡がないとまったく人が判別できないらしい。オマケに耳まで遠くなるという悪循環つきである。
 そんな彼女を見かねて、新八が拾ってきた眼鏡を彼女に渡し、それを受け取ったあやめは改めて自分が引っつかんでいる少女を見る羽目になった。

 「……あなた誰? それにその格好、コスプレ?」
 「ムカァァァァァ!!! 何なのよコイツ!!?」

 侮蔑の視線交じりに冷静にそんなことを告げられて、たまらず叫ぶ朱鷺子だったが、アオが何とかなだめて殴りかかろうとしたところを何とかこらえさせる。
 そんなやり取りを傍から見ていたフランが「また濃い人が来たわねー」などと呟いていたりするが、皆には聞こえなかったのか誰も答えない。

 「それで、銀さん。どういうことなの?」
 「どういう事も何もただの居候だ馬鹿ヤロー。知り合いからしばらく預かってくれって頼まれてんだよこっちは!!」

 妙な疑いかけられて半ギレな銀時。それに納得したのかどうかは知らないが、あやめは辺りを見渡してよくよくここにいるメンバーを眺め見る。
 んでもって、ポツリと一言。

 「銀さん、まさかロリコンだったなんて。オマケにあんなマニアックなコスプレまで。何なの、あの木の枝みたいな羽?」
 「帰れぇぇぇぇぇ!! 今すぐ帰れぇぇぇぇぇ!!!」

 フランに目が留まった瞬間にそんなことをほざき始めた辺り、やっぱり理解しちゃいなかったんだろう。
 当然のごとくぶち切れた銀時だったものの、そんなことを言ったってこのあやめ、生粋のドMである。喜ばせるだけで実はまったく解決にならなかったりする。

 流石に事態が収集しそうになかったのか、新八が事情を説明し始める。
 それでどうにか事情を理解したのか、……まぁまだ怪しいところはあるが、それでもどうにか落ち着いたようだった。
 とにもかくにも、このドM忍者、銀時が絡むとてんで駄目になるのであった。
 ……ワリと普段でも駄目人間だけど。

 「ふーん、つまり、あなた本が欲しいのね」
 「……そーよ」

 事情を聞いたあやめの言葉に、むすっとむくれた様子で答える朱鷺子。まぁ、彼女にしてみれば初対面からして印象が最悪だっただろう。
 こんなに無愛想な反応なのも仕方がないのかもしれない。そんな彼女を抑える役目に徹しているアオも、それなりに苦労しているだろう。

 「それなら、このあと捨てるつもりだった本ならココにあるけれど、それでいいなら上げるわ」
 「ホント!!?」

 その言葉を聞いて、途端にパァッと顔を輝かせる朱鷺子。
 本がもらえるかもしれないというだけでこの反応だ。根っから本が好きなのがこの反応だけでうかがえるというものだ。
 今まで持っていた袋を彼女に手渡し、それを半ば引っつかむ形で受け取ると、中身を引っ張り出す。

 ―――開運、Mッ娘クラブ。

 「エムゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」

 スパァァァァァンっと、本日二度目の有害図書叩きつけをご披露なされる朱鷺子さん。
 まぁ、あんまりといえばあんまりな展開だが、彼女のことを知っている方々は「あー、やっぱりか」とか妙な納得をしておいでだった。

 「ねぇ、銀時の知り合いって変な人ばっかりね。類は友を呼ぶっていうけど、お姉さまが興味を持つわけだわ」
 「なんですかその変な納得!!? スッゲェ嫌な納得のされ方なんですけど!!? つーかオメェは自分の姉ちゃんどういう目で見てんの!!?」

 フランからのものすごく嫌な納得にたまらず声を上げる我等が銀さん。
 というか、さりげなく自分の姉に対するどく発言が混ざっている辺り、微妙に神楽の影響を受けているいい証拠なのかもしれない。
 というかそれよりもだ、いい加減朱鷺子がかわいそうになってきた。そろいもそろって出されたのは有害図書だし。
 銀時は「しょうがねぇ」と小さく呟いて、重い腰を上げて自分の部屋に足を向ける。その最中、

 「何よあなた。頭を犬に噛み付かれて喜んでるなんて、ドMの地位は私のものなのよ!」
 「馬鹿いわないでよ、私だってドM属性なのよ! それにあなたと一緒にしないで頂戴よ、一応S属性だって持ってるんだからね、このメス豚眼鏡!!」
 「何よ!! ありえないわ!!? SとMだなんて、そんなハイブリットな完全無欠超人なんて!!? 自給自足できちゃうじゃない!!」

 そんなかぶき町のドMと幻想郷のドMの醜いどころか係わり合いになりたくない争いはスルーして、目的のものを見つけるとそそくさと戻ってくる。
 その彼の手には、少年の夢と希望とその他色々なものが詰まった書物、ジャンプの束があった。

 「ほれ、朱鷺子。これ」
 「……ジャンプ? なによこれ」

 ギャーギャーと罵りあいをBGMにして、ジャンプに手を伸ばして一冊だけ読んでみる。

 その瞬間、彼女の目は驚きに見開かれ、やがて食い入るように読み始めたのだ。

 元々、彼女のような妖怪は書物と言えば、物々交換だとか、あるいは廃屋の中に残されているものを拝借するなどでしか入手するほかがない。
 だからか、自然と読む本は文字の多く、絵があったとしてもおまけ程度の本しか読んだことがなかった。
 ところがだ、彼女の読むジャンプは絵がメインであり、それも物語が話として綴られている。人を魅せるその絵と文字の描き方は、彼女にとっては初めてのものだったのだ。
 幻想郷には、生憎漫画の類はない。あったとしても、紅魔館の地下の図書館に数冊紛れ込んでいるか、あるいは香霖堂にぐらいにしかないだろう。

 物覚えの悪い鳥妖怪の彼女にですら、鮮明で覚えやすく、オマケに楽しいときた。
 もっとも、朱鷺子の場合、本の内容を覚えることより【本を読む】という行為自体を楽しんでいたところがあるので、ある意味ではこういった漫画はうってつけだったのかもしれない。

 そんなに熱心に読んでいたのがよほど可笑しかったのか、銀時は苦笑して彼女に言葉を投げかける。

 「読みたくなったんなら、何時でも来な。そんなんでよけりゃ、何時でも読ませてやるよ」
 「ホントに?」
 「あぁ、遠慮すんな」

 実質、ジャンプを読む仲間が増えて嬉しいという感情も少なからずあっただろう。
 だが、それを差し引いても彼女の熱心に本を読む様子は微笑ましいところがあったし、銀時にも彼女を拒む理由は無い。
 その申し出を受けるか少し悩んだあと、朱鷺子は満面の笑顔を浮かべて、そして言葉にする。

 「ありがとう」

 どこか照れくさそうに、頬を赤く染めた彼女だったが、その様子がまたみんなの苦笑を誘って、マタ照れくさそうにする悪循環。
 でも、そんな悪循環も、どこか悪くないなァと、そんなことを思うのも事実だ。

 不思議だ。自分は妖怪で、コイツは人間で、でも不思議と嫌な感じはしないのだ。
 もちろん、最初は嫌な事があったが、これはこれできっとコイツらしいのだろうと、そう思う。

 それが、朱鷺子の思ったこと。彼女自身、らしくないことだとは思いながら、今はただ照れ隠しにジャンプに視線を移すことでやり過ごすことにした。
 これを読ませてもらってるお礼に、たまに手伝ってやってもいいかな、と、そんなことを思っていたりもするが、それを何時いうか悩みどころだ。完全にタイミングを逃してしまったし。
 まぁ、いいかと深く考えずに、また本を読むことに没頭する。時間はたっぷりあるし、帰り際にでも言えばいいやと納得して、本を読みふける。
















 「何よ!! あなたに私の何がわかるっていうのよ!!? いいわ、もっと罵りなさい!!?」
 「何度でもいってやるわメス豚眼鏡!! 貴女にはMとしての気品も自覚も愛情も足りないのよ!!」

 まぁ、モノのついでにあの醜い争いから耳を背けたかったと言うのも理由としてはあったが、それは内緒である。







 ■あとがき■
 どうも、遅くなりましたが第11話を投稿させていただきました。
 今回の初登場は
 東方香霖堂より、名無しの本読み妖怪こと朱鷺子。
 銀魂よりドM忍者の猿飛あやめ。
 の両名に登場していただきました。朱鷺子さんは知ってる人少ないんじゃなかろうか?
 実は東方香霖堂は読んだことないので、性格に関しては完全に二次たよりになってしまいましたが、いかがでしょうか?

 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第十二話「恋って甘くて酸っぱい味がする!?」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2008/11/06 19:49







 「ただいまー」

 玄関の戸を開け、よれよれなウサギ耳をした少女が長い髪をなびかせてよろず屋に入ってくる。
 その少女、鈴仙・優曇華院・イナバに気がついた眼鏡をかけた少年、志村新八が彼女に視線を向ける。
 彼女、暇さえあればご近所の病人やけが人などに薬を売ったりして生計の手助けをしていた。
 彼女の師匠、八意永琳の作った薬だし、当然効き目もよく、なおかつ安価ということでそれなりに評判にはなっていた。
 そんな仕事帰りの彼女をねぎらうように、新八が彼女に言葉を掛ける。

 「おかえり、鈴仙ちゃん。どうだった?」
 「軽い風邪ね。薬も一週間分渡してきたから大丈夫……と、客さん?」

 いつものメンバーが寛ぐリビング兼応接間にたどり着いたところで、一人の少年が座っているのを見つけ、小声で彼に問いかける。
 新八は声に出さず頷くことで肯定してみせると、お茶を用意するために台所の奥に引っ込んで行く。
 その後姿を見つめ、見えなくなったところで件の人物に視線を移してみる。

 (ふーん、随分裕福そうだけど……)

 一人言葉に出さず、そう思いながら少しばかり観察してみる。
 年のころなら12~14歳ぐらい。明るい茶髪のショートカットに黒色の瞳。
 着物が上質なものであるのが素人目に見てもわかる辺り、それなりに裕福な家の出であることは想像するのには難くない。

 「人探し?」
 「はい。黒髪のセミロングで、真っ赤な瞳が印象的な人だったんですけど……。なんか、こう物語の天狗みたいな帽子と靴も特徴的でした」

 それほど鮮明に思い出せるのか、少年はどこか事細かにその人物の特徴を挙げていった。
 挙げていったんだけど……、その特徴を聞いてどんどんやな予感が膨らんで行くよろず屋メンバー。

 視線をフランと神楽に視線を移す鈴仙。すると、彼女たちも計ったように鈴仙に視線を向け合っていた。

 (ちょっと、まさか……。この子が探してる人って)
 (間違いないアル。文に決まってるヨ)
 (特徴が合致しすぎだものね。まず間違いないわ)

 鈴仙、神楽、フランの三人がものの見事にアイコンタクトを成立させる。
 あの破天荒で自由気ままな彼女のことだ。何かえらいことをやらかしちゃってるのかもしれない。
 そんな三人のやり取りをよそに、銀時は浮かない顔をしたまま小さくため息をつく。彼も、この少年の探している人物に心当たりがあるだけに、一体どうしたものかと思案しているところに―――

 「銀さーん、清く正しい射命丸が只今帰りましたー!」

 件の人物が帰ってきた。しかも、いつものように窓から、である。
 すさまじくタイミングの悪い帰還に、全員が内心頭を抱えていると、少年が「あーっ!!」と大声を上げた。
 その一言に、今度は内心でなく実際に頭を抱えるメンバーと、今まで台所に引っ込んでいたが為に、その大声の理由に気がつかない首を傾げる新八、そして指を指されながら少年の視線を受けている文はというと、事情がわからずキョトンと首を傾げる羽目になった。

 「あややや? どこかでお会いしましたっけ?」
 「一昨日のこと覚えてらっしゃいますか? その時にあなたに助けてもらった……」

 そこまで言葉にされて、「あぁ」と納得したように文が言葉を漏らす。
 そういえばそんなこともあったわねぇ、などと思考しながら、目の前の少年を視界に入れると、その時の記憶が徐々に甦ってくる。
 なにせ、正直気まぐれの産物のようなものだったし、それ以上に新聞を書き上げるほうが彼女には重要だったこともあり、すっかり忘れていただけのこと。
 まさか、こんなところで会うことになるとは思わなかったけれど……と、内心で思いながら埋没していた思考を現実に引っ張りあげる。

 「それで、一体どんな御用でしょう?」
 「はい。改めて御礼を言いたくて……、本当に、ありがとうございました。それと」

 そこで一旦言葉を区切り、少年は深く息を吸って深呼吸する。
 急に顔を赤くして、なにやら口の出そうとするが、中々うまくいかないようでもう一度深呼吸する。
 突然挙動不審になった少年を、一体どうしたのかと思い始めた瞬間。



 「ぼ、ぼぼぼぼぼ僕と付き合ってください!! お願いします!!!」



 そんな、トンデモネェ爆弾発言を投下してくださったのでした、マル。







 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第十ニ話「恋って甘くて酸っぱい味がする!?」■















 「ねぇ、銀さん。これってさ、出歯亀って言うんじゃ……」
 「しーっ!! 声が大きいっつーのウドンゲ!!」
 「銀時も五月蝿いってば!! 静かにしなさいよ!!」
 「オメェも五月蝿いネ!! そして私も五月蝿いアル!!」

 鈴仙の声を聞き、それ以上の音量で銀時が声を出し、それに続いてまたそれを上回る音量でフランがツッコミを入れ、またもやそれ以上の音量で神楽が他のメンバーと自分自身にツッコミを入れる。
 そんな変な流れ作業を終えてその事実に気がついたのか、揃って口に手を添える三人。
 その光景を視界に納め、鈴仙と新八が同時にため息をついて目の前の光景に視線を移した。

 視線の先、そこにはカフェで楽しげに談笑する少年と、射命丸文の姿がある。

 「……なんでこんなことになってるんだっけ? ていうかこのサングラス怪しいだけだから意味無いって」
 「馬鹿いうんじゃないアル、うさ公。こういう事やるときはサングラスするもんだと相場が決まってるアル。世界の摂理ヨ」
 「どんな世界の摂理!? そんな偏った摂理があるわけないじゃん!!!」
 「新八、五月蝿いってば」
 「あ……、ゴメン」

 恐ろしい偏見を言葉にされ、思わず現状を忘れて新八がツッコミを入れるが、フランにジト目で言葉にされて反射的に謝る。
 そんな光景を視界に入れて、鈴仙は小さくため息をつく。これだけ騒いでいて目立たないわけがなく、通行人が何事かとこっちにちらほらと視線を投げかけてくるのだ。
 ぶっちゃけると恥ずかしい。オマケに、フランにいたっては日傘まで差しているのだ。
 目立つ上に怪しいことこの上ない。それなりに離れた位置にいるとはいえ、少なくとも文のほうは気付いているだろう事は想像するに難くないし。

 今朝の少年の爆弾発言。大本をたどればそれなのだが、今この状況にはいささか訳があった。

 「即答で『お断りします』だもんなぁ」
 「立ち直れませんよね、普通」

 ポツリと呟いた銀時の言葉に、その言葉の意味を察した新八が冷や汗流しながら眼前の光景に視線を向ける。
 銀時の言葉の通り、少年の告白をあっさりと断った文だったのだが、当のふられた少年は意外にもすばやく立ち直り「じゃあ、今日一日だけデートしてください!!」とかのたまったのである。
 これには文も少しだけ考え込み、しばらくしてから「今日だけという約束ですよ」と、念押ししてからOKを出して出て行ったのが三十分ほど前。
 その後、全員が出歯亀根性丸出しにして後ろをついてきて今現在にいたるというわけである。

 「即答で断ったワリには楽しそうアル」
 「あの鴉天狗のことだし、内心どう思ってるかわかんないと思うけど」
 「笑顔の仮面って奴ね」
 「笑顔の覆面でもいいわ」

 神楽がポツリと漏らした言葉に、鈴仙がため息交じりに答え、その言葉に便乗するようにフランが言い、鈴仙もまた言葉を返す。
 そんな幻想郷のメンバーならではの言葉のキャッチボールを交わしつつ、一日限定デートを楽しんでいるらしい二人を遠巻きに眺め続ける一同。
 最近、依頼もなく鬱憤も溜まっていたというのもあったのだろう。皆等しくして、こんなことをやっている辺り大層暇であったのである。
 年がら年中暇だという話もないわけではないけど。

 (はぁ……、なんでこんなことしなくちゃいけないのかなァ。恥ずかしいし、みんなこっち見て―――)
 「ぶっ!!?」

 いい加減恥ずかしくなってきたのか、鈴仙が少し顔を赤くしながら辺りを見回し、人垣の中から歩いてくる存在を視界に納め、たまらず噴出してしまう。
 いきなりのことで何事かと鈴仙に視線が集まるものの、残念ながら今の彼女にはその事に気付けるほどの余裕はなかったりする。

 「如何したアルか? お前の裸の写真でも路上に落ちててびっくりしたアルか?」
 「どんな可能性提示してるの!? 常識的に考えてありえないし!!? そーじゃなくて、あそこ!!」

 もはや大声になっていることにすら気がつかない鈴仙がビシッと指をさした一角。
 怪訝に思いながらもみんながそっちのほうに視線を移し、目を凝らしてみると―――

 最凶、もといアルティメットサディスティッククリーチャーこと、四季のフラワーマスター風見幽香の姿がそこにあったのである。
 しかもだ。ばっちりこっちに視線を合わせ、にっこりと微笑みながらつかつかとこっちに歩み寄ってくるではないですか。おう、ガッデム。
 すた、すた、すた、ピタリっとグラサン掛けた怪しい一団、つまり銀時たちの前で立ち止まる。

 「な、なにしてるの?」
 「それはむしろこっちの台詞なんだけど?」

 ハイまったく持ってその通りですね。と、おもわず心の中で全力肯定。
 知り合いに見つかったことへの気恥ずかしさから、俯いて手で顔を覆っている鈴仙を尻目に、神楽が「姉御、アレを見るアル」とか指差して彼女の視線を文と少年に向けさせる。
 それで大体の事情はわかったのか、「なるほどねぇ」などと納得して銀時たちに向き直る。兎はまだ俯いたままだけど。

 「幽香さんはどうしてこっちに?」
 「そうねぇ、桜の木の下に埋まっているものを確かめに来たとでも言っておきましょうか」

 クスクスと冗談交じりにはぐらかすようにそんなことをいい、愛用の日傘をくるくると回す。
 まぁ、簡潔に言えば暇つぶしであるという事なんだが、それをこういう風に回りくどく言うのも彼女らしい一面だろう。
 それに、こういう言い回しも暇つぶしの一つなのだ。ちょっとした言葉遊びである。

 「なんだオメェ、桜の木の下には死体が埋まってるとか信じてんの?」
 「いいえ、そんなことあるはずないじゃない。それに、以前試してみたこともあるけれど、死体なんて埋まっていませんでしたわ」

 クスクスと苦笑を零しながら、銀時の言葉に答える幽香。
 それから満面の笑みを浮かべ、日傘の影響で目元辺りまですっぽりと影が覆う。

 「ちゃんと生きてたもの」
 『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 いきなり飛び出したドスの利いたホラーな一言に銀時と新八大絶叫。もはやこいつ等、デートのあとを付けていることを完全に忘れ去っている反応である。
 ……まぁ、確かに。桜の木の下に死体じゃなくて生きてる人間が埋まっていたらそれはそれで怖いものがあるけど。
 ついでに傍にいた鈴仙がその絶叫のおかげで耳を押さえる羽目になったがそれはさておき。

 「ねぇ、神楽。天狗と人間、どこか行っちゃったよ?」
 「マジでカ!?」
 「まさか、ばれちまったか!!?」
 「アレだけ騒いでばれなかったほうがむしろ不思議ですけど」

 鈴仙のツッコミもごもっともである。まぁ、それはともかく、フランの一言がきっかけで文と少年がカフェから姿を消したのを知り、慌てて辺りを見回すが見つからない。

 「定春!!」
 「ワンッ!!」

 神楽の声に答え、傍の芝生に(体だけ)隠れていた巨大な白い犬、定春が元気よく飛び出してくる。
 言わずもがな、定春の存在も彼らが注目を一身に集めていた要因の一つだったりする。だって定春もグラサンしてるし。
 あらためて見るとものすごく目立つ集団である。

 「定春、匂いで文を追うアル!! 見つけ出したらイチゴ牛乳飲ませてあげるヨ!!」
 『それは駄目ッ!!!!!!!!!』

 神楽の定春に対するその報酬に、前回の嫌な記憶が甦った銀時と新八が声を張り上げる。
 もう二度と、前回のような騒動はゴメンな二人なのであった。






















 「まったく、銀さん達は何をやってるんだか……」

 頭痛をこらえるように頭を抑え、銀時たちを撒いた文はそんな風に言葉にしてため息をつく。
 まさか、全員で追跡してくるとは思いもよらなかった。どんだけ暇なんですかあなた達、と思わずツッコミを入れたい気分にかられてしまった。
 実に不覚である。なんかもう色々と。

 「面白い人たちですね」
 「まぁ、面白い人たちといえばそうですけど」

 むしろアレではただの間抜けではなかろうか? とも思わなくもない。
 少年の言葉にそんなことを思いつつ、文は今の状況をそれなりに楽しんでもいた。
 デートというのも初めてのことではあったし、こうやって気兼ねなく体験してみるのも悪くはない。
 少年の話もつまらない、という事もないし、興味深いことも聞けたとあって、それなりに有意義なものだとは思えた。
 さて、次はどこに連れて行ってもらえるのかと思考して不意に、少年が文に問いかける。

 「お姉さんは、天人(あまんと)なんですよね?」

 その言葉に、一瞬あっけに取られる。
 そういえば、自分達はこっちではそういうことになっていましたね、などと今更のように思い出す。
 背中の翼があっても、こっちではどこかの天人(あまんと)としてしか認識されないし、困ることもないのでそれで通しているものだからすっかり抜け落ちていたのだ。

 「まぁ、そうですね」

 当たり障りのないように言葉を返し、文はなんと無しに少年に視線を送る。

 「僕、お姉さんに助けてもらうまで、天人(あまんと)って嫌いだったんです」

 ポツリと呟いて、少年は苦笑する。
 それに文は、まぁそう言うこともあるでしょうねぇと思いながら、文は少年の言葉に耳を傾けた。
 もはやすっぽりと自分が天人(あまんと)という扱いになっているという事を忘れている反応だが、まぁそれを気にしていないといえばそれも文らしいように思う。

 「天人(あまんと)って、僕のお父さんを、お爺ちゃんを殺した人たちだったから、凄く、凄く嫌いだったんです」
 「むむ、という事はあなたのお父さんと、お爺さんは」
 「侍、でした」

 いささか、声のトーンが落ちたような気がしたが、きっとそれは気のせいではなかったのだろう。
 侍の国。この国がそう呼ばれていたのは、はるか昔。
 それは、かつて銀時から聞いた言葉。その時戦争が起きて、多くの侍達が死んでいったという事も、聞いた覚えがある。
 一体、どれだけの侍達が亡くなったのか、本来この世界の住人ではない文には、ただ想像することしか出来ない。無論、少年の心内も、彼本人にしかわかるまい。

 「天人(あまんと)はみんな嫌いで、ずっとずっと毛嫌いしてました。でも、お姉さんに助けられて、思ったんです。天人(あまんと)も、みんながみんな、悪い人ばかりじゃないんだって。
 今日、お姉さんとずっと一緒に居て、話をして、そう思えたんです」

 少年の続ける言葉。その言葉を聞くたびに、少し、ほんの少し、文の良心が呵責に悲鳴を上げる。
 自分は天人(あまんと)ではなく、妖怪。彼を騙していることに他ならない今の自分。
 だから、少し、申し訳なく思う。だけど、今それを言うことは戸惑われた。

 「今日は、本当にありがとうございました」

 すっと、早歩きで少年は文の前に躍り出て、そんな言葉を紡ぎだす。

 「もう、いいんですか?」
 「はい。今日は、僕のわがままで時間をとらせて、申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げて、文の言葉に少年が答える。
 自分は、なんと言葉を掛けるべきなのか、どんな言葉を言えばいいのか、長く生きてきたくせに、ちっとも思い浮かばない。

 「お姉さんは、僕の命の恩人で、初恋の人でした。でも、―――お姉さんは、僕の隣で笑っているより、あの場所で笑っていたときのほうが、ずっと楽しそうだったから」

 少年のその言葉が、文にはどのように届いたことか。
 彼女にとって見れば、彼に見せた笑顔も、よろず屋にいるときの笑顔も、同じものだと思っていた。思っていたけれども、少年は、よろず屋にいるときのほうが楽しそうだと、そんなことを言う。
 それが少なくとも、文には衝撃的な一言だった。

 「そうですかね?」
 「そうですよ」

 まるで当然と、そういわんばかりに少年は言う。
 それが可笑しかったのか、お互い苦笑してしまい、文は少年に言葉を投げかける。

 「困ったときは、何時でも相談してください。よろず屋銀ちゃんをご贔屓に」
 「はい。さようなら、お姉さん」

 人通りもまばらな道で、二人は別れる。手をふって、少年の姿が見えなくなるまで、その後姿を眺め続けた。
 






 やがて、その姿が見えなくなると、文はふと、後ろから迫ってくる気配に気がついて振り返る。
 あらためて見ると、全員がサングラスをしているという状況に、思わず笑いがこみ上げてくる。
 あぁ、確かにあの子のいうとおりだ。自分は今、ああやって誰かと二人っきりでいることよりも、この騒がしい輪の中にいることの方が楽しく思えているのだから。

 「何やってるんですか、皆さん」

 苦笑を零しながら、文は彼らに歩み寄る。
 みんな口々に何か言っていたが、それが間の抜けているような、それでいて暇人丸出しの台詞もあって、それに新八がツッコミを入れたりして。

 彼らとのやり取りが、こんなにも楽しく思い始めたのは何時の頃からか。それはもう思い出せないけど。
 やっぱり、自分はこの場所がすきなのだと、あらためて文は認識することになったのだった。








 ■あとがき■
 最近、色々とスランプに陥ってたりします、白々燈です。
 まいった。参りましたよ。書きたいことの5割も書けなかった。大問題ですチクショウ。

 まぁ、それはさておきまして、今回の話はいかがだったでしょうか?
 本当はこの話、壊れギャグになるはずだったんですけどねぇ。真選組とかも登場する予定でした。
 ふたを開けてみればまったく違う話になってしまったという罠が待っていましたが。


 それでは、今回はこの辺で。次回は多分、うどんげメインの話かも。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第十三話「幻視の夜はまるでダメなオッサン。略してマダオと共に」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2008/11/10 21:15








 ぎらぎらと輝く真夏の太陽。
 そんな太陽にも負けずに、元気にはしゃぎまわる子供達の声が耳に届く。
 それが元気の活力剤―――に、なるはずも無く、鈴仙・優曇華院・イナバは力なく公園のベンチに腰掛けていた。

 「こんな暑いのに、子供がはしゃぐのはどこの世界でも同じなのね」

 一人呟いてみても、この夏特有の暑さは誤魔化せず、うっすらと滲んだ汗が気持ち悪くて辟易する。
 汗で半袖のカッターシャツが張り付き、それを少しでも誤魔化そうと手のひらでパタパタと扇いでみるものの効果は無し。
 そんな彼女の隣に、がっくりと項垂れた男性が少し距離を開けて同じベンチに座った。
 サングラスの奥の瞳はまったく持って見えないが、その様子からしてあまりいい目はしていないだろう。

 「どうでした、就職活動?」
 「……あぁ、今日も全滅さ」

 あぁ、やっぱりか。とは口にせず、「そうですか」とだけ返して鈴仙は明後日の方の空に視線を移してパタパタと手を動かして自身に風を送っている。
 長谷川泰三、それが坂田銀時の友人でもある彼の名であった。
 彼はかつては幕府の入国管理局局長だったが、とある不祥事を起こしクビにされ、現在はあらゆるバイトを転々としながら生活を送っている。
 ちなみに、この不祥事に当の銀時が深く関わっていたりするのだが、それはこの際余談である。

 「もうさー、何かやんなるよなー。俺いまスッゲー空を飛びたい気分だ。さよなら大地、さよなら白い雲、サラバ酸素」
 「いやいやいや、酸素は待ちましょうよ」

 中々にメタな発言をし始める長谷川にツッコミを入れる。
 末恐ろしいことだ。今年の真夏の暑さは人の意識を大気圏突破させるには十分らしい。
 自分も気をつけなければと心に刻みつけながら、彼女は憂鬱を隠そうともせずに、掌で目元に影を作りながら空で燦々と輝く太陽を睨みつける。

 「大体さぁ、なんで俺だけこんな役回りなの? 俺と声がそっくりな他の奴等と差が凄くない? 俺だって他の奴等に負けねぇっていうのにさぁ。是非とも勝負したいよ」
 「そうですか。じゃあザラキ(更木)さん呼んできますね」
 「やめてぇぇぇぇぇ!! そんなの呼ばれたら間違いなく死亡フラグじゃん!! 剣八君は無理だってば!! 何、そのピンポイントで恐ろしいチョイス!!? せめて碇さんにしよう!!?」

 そんな間抜けなやり取りも暑さを紛らわすために、ついでといっては何だが憂鬱な気分を誤魔化すのにも悪くは無い。
 自動販売機で買った缶ジュースをグビッと喉に流し込みながら、ぼんやりと長谷川に視線を向けると、彼は彼で相変わらず求人情報誌を片手に項垂れたままだった。

 「私も、人付き合いとかうまくいかなくて……。慣れないんですよねぇ」
 「そっか、ウドンちゃんも大変だなぁ」
 「ウドンちゃんって言うな」

 ジト目で睨みつけながら、小さくため息。いったい何時から自分は師匠以外の奴等にウドンゲとか呼ばれるようになったのか。間違いなく銀髪糖尿病寸前が原因のような気もするけど。

 鈴仙の悩み。最近は一人で他人と相対することが増えたためか、なかなか対人関係がうまくいかない。
 慣れた相手ならそうでもないのだが、こと見知らぬ誰かとなるとどうにもうまくいかない。この辺りは、彼女の臆病な性格の表れだろうが、こればっかりは早々にどうにかなるものでもない。
 思えば、こういうことは師匠にまかせっきりだったもんなぁと思いながら、鈴仙はまた小さくため息をついた。

 なんだかんだでこの二人、お互いが苦労人な共通点があるためか、たまにこうやって愚痴を言い合ってストレス解消をやっていたりする。

 「今夜あたり、銀さんも誘ってどっか行きませんか?」
 「そうだなぁ、なんか気晴らしになればいいけどなぁ」

 なんと無しに鈴仙が提案して、特に異論も無かったのか長谷川もあっさりと同意。
 奇しくも、今夜は気晴らしにどこかへ出かける、なんていう計画が地道に進みつつあるのであった。









 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第十三話「幻視の夜はまるでダメなオッサン。略してマダオと共に」■















 「いや、確かに言いましたよ。気晴らしにどこか行きませんかって。だからって―――」

 夜の帳が落ち、頭痛でも覚えたのか頭を押さえながら鈴仙が呟く。
 そんな彼女に視線を向けたのは、銀時、長谷川、さらには一緒についてくることになったアオと撫子の四人。
 そんな彼らの視線を気にすることも無く、鈴仙は大きく息を吸い。

 「なんで賭場ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 盛大に上げた大声も、だがしかし、辺りからやかましくなっている音楽とガシャガシャという機械音でほとんどかき消されてしまう。
 確かに、鈴仙の言うとおり、ここは賭場、要するにカジノといっても過言ではないだろう。
 丁半やトランプ、ルーレットやスロット、さらには麻雀台まで完備しており、そこに大勢の人物がひしめき合っていた。

 「バカヤロー、うどんげ。賭場はな、男の夢溢れる場所なんだよ。楽してお金稼げる理想郷なんだって」
 「そんなに楽してお金稼げるなら私達は苦労してないです!!」

 銀時の屁理屈にごもっともな意見をぶつける鈴仙。確かに、こんな場所でお金が楽に稼げるなら世の中ホームレスなんて存在しやしねぇのである。
 そんな鈴仙の意見に同意なのか、撫子が「そうですよ」と真顔で銀時に語りかける。

 「私達にはそういう大きな運を掴みとる力が無いんです。小心者だから大勝ちしても不安になっちゃうだけですよ。後で大きなしっぺ返しが来るに決まってるんですから」
 「……オメェ、若いのにそこまで自分悟っちまったのか?」

 思わず涙が出そうな物言いである。彼女の物言いに思わずほろりときてしまう銀時だったが、それは何とか押しとどめる。
 いくらなんでも、まだ年端も行かぬ少女が語るには達観しきった物言いだ。世の中の理不尽に泣きたくもなるというもの。

 「まぁまぁ、今日は気晴らしなんやろ? ならみんなで楽しもう。ウチ、こんな楽しそうなところ初めてなんよ」

 周りの空気に当てられてか、妙に楽しそうに辺りを見回すアオ。
 一体ココがどういう場所なのか理解しているのかよくわからない反応だが、まぁ彼女のことだからろくに考えてはいなさそうである。
 そんな彼女を視界に納めながら、鈴仙は小さくため息をつく。

 「どうせなら二組に分かれましょうか。アオが心配ですし、私はアオと撫子と一緒に回ります」
 「なら、俺は長谷川さんと回るかね」

 とりあえず、今後の方針を決めて集合時間も話し合い、思い思いの場所に散ることにする。



 そんなわけで、銀時たちは長谷川と一緒に奥にあるルーレットに、鈴仙たちはそれなりに近い場所にあったスロットに足を運んだ。
 100台は超えるんじゃなかろうかと思うほどに並んだスロットを見回りながら、不意にアオが言葉を紡ぐ。

 「一言にスロットとか言うても、いろいろあるんやなぁ」
 「そうね、やっぱり細かいところが違うのかしら?」

 鈴仙も同じ気持ちだったらしく、同意するように返事をする。
 ガチャガチャと喧しくも小気味のいい音を響かせるスロット台の大群を前にしながら、不意に、鈴仙は一台のスロット台の前でピタリと止まった。
 一体何事かと思ったアオだったが、鈴仙はしばらく悩むとその一台に座ると、コインを一枚投入する。

 「大丈夫なん?」
 「任せてよ、アオ。この台からはボーナスの波長を感じるわ」

 鈴仙を覗き込みながら聞いたアオに、彼女はニッと笑みを浮かべながら自信満々に言葉にする。
 レバーを引き、中央の図柄がくるくると回りだす。そして彼女はタイミングよく、三箇所のボタンを押していくと、中央の画面に並んだ図柄はスリーセブン。
 途端、軽快な音楽が鳴り響き、ジャラジャラとコインが大量に放出されていく。

 「すごい、こんな特技があったんですね」
 「ありがとう。でもね、撫子。この程度の波長、合わせることなんて造作も無いことよ」

 得意げに言葉にしながら、またレバーを引いてタイミングよく図柄をあわせる。
 意外な特技に目を丸くするアオと撫子だったが、これは彼女の能力をフル活用した結果なのである。
 【狂気を操る程度の能力】、それが鈴仙の持つ能力だが、実際は電磁波や光なども含むあらゆる波について、その波長・位相などを操るものだ。
 人妖の波長を見ることで性格を見抜いたり、竹林一帯に錯覚を生み出し、迷いの結界を作り出す等、その用途は幅広い。
 この大当たりもその能力をフルに活用した結果なのである。少々ズルイ気もするけど。

 「あれ? 貴女は永遠亭の……」
 「へ?」

 いつの間にか二人の後ろから聞こえてきた声に振り向いてみると、そこには顔馴染みの少女の姿がそこにあった。
 おかっぱの白髪に、今日はいつもの様に緑を基調とした服を着て腰には二本の刀が下がっている。
 白玉楼の庭師にして、最近は真選組副長補佐も勤めている魂魄妖夢の姿がそこにある。

 「妖夢じゃない。どうしたの? あなたがこんなところにいるなんて珍しいわ」
 「それはこっちの台詞。私はちょっと仕事よ」
 「こんな時間なのに?」
 「こんな時間だからこそ、ね」

 小さくため息をつき、妖夢はそんなことを言う。その顔にはなにやら疲れたような表情が浮かんでいたが、ややあってその表情を引っ込める。
 そこで撫子に気がついたのだろう。初めて見る少女の姿に、妖夢は「彼女は?」と鈴仙に問いかける。

 「彼女は撫子。前に色々あってね、今はアオのところで一緒に生活してる子なの」
 「ふーん、じゃあ人里に?」
 「はい。初めまして。えっと……」
 「魂魄妖夢。妖夢でいいよ、撫子」

 なんと呼んでいいのか悩んでいる撫子に、一応自己紹介をしてそう言葉を掛ける。
 それから、自分の仕事を思い出したのか、それともまた別の理由か、妖夢は辺りを見回しながら彼女達に改めて言葉を投げかけた。

 「まぁ、とにかく。今日はココから帰ったほうがいい。遊ぶにしても、ここ以外のほうが断然に安全だから」
 「どういう意味?」

 彼女の言い方に含むものを感じたのか、鈴仙が訝しげに問いかける。
 すると、しばらく悩んではいたようだったが「仕方ないか」と小さく呟いて、妖夢は鈴仙に耳打ちするように近づくと、この騒がしい店内の中でかろうじて聞き取れる声で話し始めた。

 「実はここ、不法な方法で荒稼ぎしているって噂があるみたいなの。それで、私と近藤さん、土方さんとで内密で潜入捜査を」
 「不法?」
 「麻薬、八百長、賭場内部でもイカサマ何でもあり。あんまり派手に目立ってると、目をつけられるわ」

 うわぁ、と露骨に嫌悪感丸出しにしながら、鈴仙は彼女の会話を聞き終える。
 予想以上に厄介な場所らしく、思わず頭痛を覚えて頭を押さえる。まったく、気晴らしにここに来たはずなのに、そんな話を聞くことになるなんていい迷惑だ。
 実に勘弁して欲しい。こんなところに長居は無用。そうと決まればとっととあのマダオコンビを見つけて出て行くに限る。

 「わかった、教えてくれてありがとう。撫子、アオ、そう言うわけだから―――って、あれ? ねぇ、二人とも……アオは?」
 「え、いたの? 私が話しかけたときにはもういなかったけど?」
 「あの……、アオちゃんなら、鈴仙さんが大当たり出したときにどこかに行ってましたけど」

 ガッデム!!

 「もう、どこをふらふらと歩いてるのよ、こんな肝心なときに!!」
 「早く探しましょう! タダでさえアオちゃんは運が無いんですから、時間がたてばたつほど間違いなく厄介ごとに巻き込まれてしまいますよ!!?」
 「はぁ……。しょうがない、ココであったのも何かの縁ね。私も手伝うわ」

 一体どこの子供だ!! といささか憤慨しかけながら、鈴仙は台から離れて辺りを見回しながら撫子、妖夢と一緒に店内を探し回る羽目になる。

 ぐるりと大回りしながら店内を見回し、スロットからルーレット、そこで奥のほうにあったバーにまで足を運ぶ。
 そこで、目的の姿を探そうと目を凝らしていると―――。

 「おう遅ぇぞ、うどんげ。さっさと皿を洗って借金返すぞ」
 「銀さんが早いよ!! 何でもう敗者の最終形態に入っちゃってるの!!?」
 「よぉ、妖夢。ワリィがちょっと手伝ってくれ」
 「何してるんですか土方さんも!! ていうか、何で皆さん下着一枚なんですか!!?」

 マダオ×4人がトランクス一枚の姿で皿洗いさせられていました。マル。
 あんまりといえばあんまりな姿に女子一同は一様に顔を赤くしてツッコミ、何も言わなかった撫子は撫子で恥ずかしそうに俯いてしまう。
 もうなんか色々嫌になりそうな光景である。何が、とは言わない。あまりにも多すぎるから。

 「いや、スマン妖夢ちゃん。さっきそこでこいつ等と会ってな、ちょっと口論の果てに賭場で勝負することになって……」
 「……近藤さん。仮にも真選組のトップなんですからもうちょっと後先考えてくださいよ。土方さんも」

 近藤の言葉を聞きながら、それで一応現状は理解出来たのか、深いため息をついて近藤に言葉を返す。
 もっとも、だからといって理解するのと納得するのとではまったく別の問題だったりするのだが、もう起きてしまったことをどうこう言っても始まらない。
 今の問題は、どうやって彼らが作った借金をチャラにしてみんなを解放するかという事なのだが……。

 「苦労してるわね」
 「うん、そっちもね」

 鈴仙の言葉に、どこか虚ろな笑みを浮かべて答える妖夢。それだけで、お互いが常日頃どんな生活をしているのかが伺える瞬間であった。
 結論から言うと、お互い上司に恵まれていねぇのである。
 そんなわけで、二人は彼らを解放する方法を一緒になって考え始めるのだが、この四人が作った膨大な借金を返す方法などそう浮かぶはずも無く―――

 そんな時、店内に一際大きなどよめきが沸き起こったのである。

 「おいおい、麻雀台の嬢ちゃんスゲェぞ!! アレだけ連戦して負け無しだぜ!!」
 「一体どんな運してやがるんだ!? イカサマじゃねぇのか!?」
 「いや、あたりにギャラリーがいるんだ。イカサマなんかできやしねぇよ!!」
 「あの青い翼があるってことは天人(あまんと)だろ!!? 一体どこの星の生まれなんだ!!?」

 口々に紡がれる言葉の数々。その中で、その人物の特徴が断片的にだが集まってくる。
 いわく、外見はまだ年端も行かぬ少女であるという事。いわく、背中には青色の翼があり、長い髪は同じ鮮やかな青色をしている。いわく、その言葉使いはエセくさい関西弁。

 そこまで情報が集まってくればもはや確認する必要もあるまい。そんな人物は考えうる限り一人だけだ。

 「……鈴仙さん、妖夢さん、これってもしかして」
 「もしかしなくてもアオよね」

 撫子の冷や汗交じりの言葉に答えたのは、頭痛を押しとどめるように額に手を当てた鈴仙だった。
 そういえば、この4人の再登場のインパクトですっかりと抜け落ちていてしまったが、そもそもの話、どこかに行ってしまった彼女を探し出して早くココから出ることが最初の目的だったはずなのだ。
 ココまで大騒ぎになっているのだ。どう考えても派手に目立ちすぎである。
 内心、遅かったか。と、頭を抱えていると、事情を知らない銀時と長谷川が不思議そうな顔をしているのが見えて、「仕方ないか」と小さく呟いて妖夢に言葉を投げかける。

 「ゴメン、妖夢。銀さんたちにも事情を説明して。私はアオを連れ戻してくる」
 「わかった。気をつけてね」
 「私も行きます!」

 妖夢が答え、撫子もアオのことが心配なのか鈴仙の後を付いてくる。
 遠目で妖夢が銀時たちに事情を話し始めるのが見えて、それで安心してか、鈴仙は賭場の端のほうにある麻雀台が並んでいる場所に足を運ぶ。
 多くのギャラリーがつめかけ、この先に彼女がいるのだろう。よく耳を澄ませば、彼女の独特な関西弁がわずかに耳に届いてきた。
 この先に行かなければ行けないのだと理解はしたが、これじゃまるで人垣だ。うっかりしていると撫子とはぐれてしまうかもしれない。
 少し迷い、それから意を決して、すぐ後ろにまでついてきていた撫子の手を握る。

 「ふぇ!?」
 「放しちゃダメよ。しっかりついてきて!」

 いきなり手を握られて驚いたらしい撫子が変な声を零すが、それは幸いにして周りの完成にかき消されたようだった。
 鈴仙の言葉が聞こえてきて、その意味を理解したのか、彼女は一度だけ頷くと意志の強そうな表情を見せる。
 それで、ある程度の覚悟は固まったのか、鈴仙は彼女の手をギュッと強く握ってギャラリーの隙間をかき分けていく。
 圧迫感と、タバコや酒の匂いに苛みながらもなんとか一番前にまで躍り出ると、そこに―――

 「ツモ! 天和、四暗刻単騎、字一色、大四喜!! こいつでトドメ、全員トビや!!」

 なんか色々とありえねぇ役を叩き出している不幸体質がそこにいた。……アレ?

 さて、とにもかくにも探していた人物は見つかった。予想の斜め上をぶッちぎった形でそこに座ってはいたが。
 彼女の周りには勝ち取ったらしい大金が山積みにされ、対する三人の相手は身包みも剥がされて銀時たちと同じくトランクス一枚というトンデモネェ姿になっていた。
 目立ちすぎである。これでもかというほどに悪い目立ち方をしている青い鳥の妖怪に思わずぐらりと眩暈を覚える。
 ここで気絶してしまえたらどれだけ楽だろうか?
 でもそれは出来ない。それだけは出来ない。だって今ココで気絶したら、眼が覚めたときに碌な展開が待っていないだろう事は容易に想像がつく。
 数秒ほど思考に埋没していた意識を引っ張り挙げると、丁度、アオが勝った分の大金を袋に詰めてもらっているところだった。
 だからどうして、そのありえねぇ強運が普段から発揮しないのか常々不思議である。
 そんな思考を振り払い、鈴仙はアオのすぐ傍まで歩み寄ると、遠慮なくその襟首を掴んでずるずると引きずるように退散を開始する。
 アオの持っているお金の入った袋がやけに重たいが、それはそれで仕方がない。

 「およよ、鈴仙ちゃんどないしたん?」
 「どうしたもこうしたもないわよ! いいから早くココから退散するよ!!」

 イマイチ緊迫感のない声に、思わず鈴仙が叫ぶが、事情を知らないのだから仕方がない。
 撫子がちゃんと後を付いてくるのを確認しながら、鈴仙は頭痛がひどくなるのを感じながら、銀時たちがいるであろうバーに戻るために足を速めるのであった。




















 さてさて、とにもかくにも銀時たちは無事に賭場から出ることが出来た。
 もっとも、その際にアオが稼いだお金はというと全て四人の借金に使われて消えていったが。
 一体どれだけ負け続けたんだお前等。などと妖夢と一緒にツッコミを入れつつ、鈴仙は土方たちに後のことは任せると早々に退場したのであった。

 そして現在、このまま帰るのもアレだったので最後に屋台によって帰ろうという話になったのである。
 町並みを通り過ぎながら、空を見上げればこれでもかといわんばかりに満月が輝いている。
 辺りに銀時たち以外の姿はなく、裏道特有の静けさが暑い夏の夜を少しだけ涼しくしてくれた。
 このまま何事もなく屋台に行き、なんとなく馬鹿騒ぎをして岐路につく。それがこの後の理想の展開だ。

 「いやー、助かったぜお嬢ちゃん。俺もう今度ばかりはダメかと思ったし」
 「長谷川さーん、ウチはもうお金ださへんから、そのつもりで」

 後ろから聞こえてくる、長谷川の本当に助かったといわんばかりの声と、せっかく稼いだお金が露に消えたからか、少し拗ねた様子のアオの声。
 そんな二人のやり取りを眺めてか、「アハハ」と苦笑いを浮かべる撫子の声と、どこか気だるそうな銀時の声も聞こえてくる。

 「ワリィな。せっかく大勝ちしてたってぇのによ」
 「……いや、別にもうええんやけどな。銀ちゃん達を助けるために使えることが出来たんなら、それはそれで本望やし。でも、もうちょっと反省してぇな。二人とも」
 『肝に銘じます』

 背後から聞こえるやり取り。それだけだと一体どちらが年上なのかわからなくなりそうな光景だろうけど、よくよく考えればアオはそもそもの話妖怪なのだ。
 もしかしたら、銀時や長谷川より長い時間を生きている年上さんなのかもしれない。実に想像しにくいけど。

 そんな音に紛れて、ジャリ、と小さな足音がなったのを、鈴仙の耳は聞き逃さなかった。

 あぁ、やっぱり来たか。などと思考をめぐらせながら、理想の展開なんて所詮理想でしかないのだと思い知る。
 こんなことならしっかりと大通りのほうを歩いてくるべきだったと心底思いながら、眼前にちらほらと現れ始めた人影に視線を向けた。

 「誰だ、あんた等?」
 「お前さんのツレに恥を掻かされた者でねぇ、今はその報復よ。そこの青い髪の嬢ちゃんをこっちに渡してもらおうか」

 その人影に気がついたらしい銀時が、目の前の連中に言葉を投げかけると、人影のうちの一人からそんな言葉が帰ってくる。
 それで他のみんなも眼前の通路に誰かがいるのと、今の現状を理解したらしい。そして、はるか背後のほうからもちらほらと人影が出現し始めている。
 一方通行のこの道で、左右には建物、前後には見知らぬ誰か。その手には刀やら銃やらが握られており、殺意すらも感じ取れる。

 「おいおい、囲まれてるぞコレ!? 何、どうなってんの!!?」

 んなもん見ればわかるわよ。という長谷川への罵倒は寸でのところで飲み込み、今日って何しに来たんだっけ? と改めて現実逃避をしたくなってくる。
 コレじゃ気晴らしも何もあったもんじゃない。この連中、どう考えても先ほどの賭場でアオにひん剥かれた連中だろう。何人か顔に見覚えがあるし。

 あぁ、もう本当に。今日はイライラしてばっかりだ。

 「みんな、目を瞑ってて。まとめて片付けるから」

 それは、不思議な声だった。鈴仙とは少し距離があるというのに、まるで耳元で呟かれたかのようなその声。これも、彼女の持つ能力の応用だ。
 鈴仙は振り返らず、ただ眼前を睨みつけている。それで、彼女の真意を悟ったのか、銀時たちは目を瞑る。
 それを確認した鈴仙は、ぐるりと辺りの人影たちを【見回した】。
 それだけで、ぐらりと、人影の襲撃者達は違和感を覚えていた。

 鈴仙が取り出したのは一枚のスぺルカード。とっくに下準備は終えている。少しぐらい、派手にうさ晴らししたって罰は当たるまい。

 「散符」

 小さく紡がれた鈴仙の言葉。果たして、それは彼らにどう聞こえたことだろう。
 とにもかくにも、【彼女と目が合った】時点で、既に彼らは彼女の術中にあるのだから。
 第一、この狂気の瞳で相手を直接狂わせるのには慣れているのだ。失敗なんてするはずもない。

 カードが燃えて消失する。きっとこの光景さえ、彼らにはグニャリと歪んで見えたことだろう。
 自分の右手でグーを握った状態から人差し指と親指だけをまっすぐ伸ばす。子供がよくやる拳銃の真似事と似たような形を作り、彼女は空に浮かぶ月に向ける。
 それから寸分違わず、空に打ち出される一発の弾丸。弾幕用の弾を一発だけ月に向かって撃ち、その光景を見た男達はそろって空を見上げることになる。

 そうして、報復に訪れた彼らは仰ぎ見ることになる。
 月の輪郭から放たれたと錯覚するほどの、【無数】の弾丸を。






 「『真実の月(インビジブルフルムーン)』」






 満月から、無数の弾丸の雨が降り注ぐその夜、絹を裂くような悲鳴が響き渡った。

























 ぎらぎらと輝く真夏の太陽。
 そんな太陽にも負けずに、元気にはしゃぎまわる子供達の声が今日も耳に届く。
 それが元気の活力剤―――に、当然なるはずも無く、鈴仙・優曇華院・イナバは今日も力なく公園のベンチに腰掛けていた。

 「飽きないわねぇ、子供って。家で涼めばいいのに」

 一人呟いてみても、この夏の暑さは誤魔化せず、うっすらと滲んだ汗が気持ち悪い。
 汗で半袖のカッターシャツが張り付き、それを少しでも誤魔化そうと手のひらでパタパタと扇いでみるものの効果は無し。
 そんな彼女の隣に、がっくりと項垂れた長谷川が今日も少し距離を開けて同じベンチに座った。
 サングラスの奥の瞳はまったく持って見えないが、その様子からしてあまりいい目はしていないだろう。

 「どうでした、今日は?」
 「……あぁ、今日も全滅さ」

 あぁ、またか。とは口にせず、「そうですか」とだけ返して鈴仙は明後日の方の空に視線を移してパタパタと手を動かして自身に風を送っている。
 暑い暑い。もう溶けてしまいそうだ。今日はもうかえって扇風機にあたろう。文明の利器って偉大です。

 「もうさー、何かやんなるよなー毎回毎回さぁ。俺いまスッゲー空を飛びたい気分だ。さよなら大地、さよなら白い雲、サラバ銀河系」
 「いやいやいや、銀河系は待ちましょうよ。宇宙戦艦にでも乗るつもりですか」

 中々にメタな発言をし始める長谷川にツッコミを入れる。
 末恐ろしいことだ。今年の真夏の暑さは人の意識を大気圏突破どころか銀河の果てまですっ飛ばすには十分らしい。
 自分も気をつけなければと心に再び刻みつけながら、彼女は憂鬱を隠そうともせずに、掌で目元に影を作りながら空で燦々と輝く太陽を睨みつける。

 「そういやぁ、昨日のことで聞きたいことがあったんだ」
 「なんですか?」

 長谷川の言葉に、もううんざりといった具合の鈴仙の声が返ってくる。
 それを意に介す風でもなく、彼は淡々と言葉を紡ぎだす。

 「昨日さ、あの連中急に苦しみだしたけど、一体なんだったんだ?」

 「あぁ、そのことね」と、不思議な納得をしてから、鈴仙はどう答えたものかなぁと思考して、缶ジュースを口に運ぶ。
 それで少し、考えを纏めてから、鈴仙はやがてポツポツと騙り始めた。

 「アレはですね、私の力をフルに使った結果ですよ。彼らは幻覚を見て悲鳴を上げて倒れたというわけです」
 「幻覚?」

 胡散臭げに言葉を返す長谷川に、ニッと笑みを浮かべて彼女は「えぇ」と一言肯定してみせた。

 あの夜、目を瞑れといわれて彼女の言うとおりに目を瞑ってみれば、聞こえてきたのは断末魔のような絶叫だった。
 それで思わず目を開けた彼らが見たものは、ただそこに佇んでいるだけの鈴仙と、傷もないのに狂ったように悲鳴をあげ、【何か見えないもの】に襲われているのではないかと思わせるほど錯乱した連中だった。
 結局、警察に連絡して身柄を引き取ってもらったものの、彼らが何に怯えていたのかは結局わからずじまいだった。

 「私の目を見れば、例外なく強力に狂気に陥れることが出来るわ。あの時の彼らが見たものは、雨あられのように降り注ぐ弾丸に、自分達が生きながらに貫かれていく幻覚よ」
 「うわぁ、えげつねぇなぁ」

 そのさまを想像したのか、青い顔をしてブルブルと体を振るわせる。
 いや、まぁ確かに今思うとやりすぎたかなぁと思わなくもない鈴仙だったが、いい加減ストレスがたまりまくっていたのでその弾みでついやり過ぎてしまったのである。
 気分を紛らわせるように新聞を開いてみれば、そこには昨日の賭場のことが新聞に載っており、真選組の手柄という事になっていた。
 麻薬の売買などをしていたようで、余罪もいろいろあるらしいが、まぁいいかと適当に納得して空を見上げた。

 「なぁウドンちゃん。今日の夜気晴らしに―――」
 「絶対に行きません」

 とりあえず、しばらくは夜遊びは控えようと心に決めた鈴仙であった。






 ■あとがき■
 さてさて、13話が完成しました。皆さん、いかがだったでしょうか?
 今回で長谷川さん初登場になります。あと、鈴仙のスペルカード初お目見え。
 なんか色々と急ぎ足な感じになってしまいましたが、どうでしょうか^^;
 アオがうっかり出しちゃったあの役のことは、まぁキニシナイでください。

 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第十四話「夜雀の屋台の珍客達」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2008/11/20 14:19


 ※今回は二次設定が強い話になっています。ご注意ください。







 さぁ飲めや歌えや月の夜♪ 暗くて見えなくても無問題♪

 杯を片手に語り合えば♪ 陰鬱な気分も弾け飛ぶ♪

 私の歌に誘われておいでよ夜の屋台♪ 鳥目にゃなるけど気にするな♪

 ほら、もう歌しか聞こえないー♪





 幻想郷にも夜が来る。そんな夜の訪れを、私、ミスティア・ローレライはいつものようにのんきに歌いながら屋台の準備をしながら待っていた。
 もう少しすれば妖怪の時間。昼が人間達の時間だというのなら、やっぱり夜は私達妖怪の時間。
 まぁ、私はいつものように、この場所で屋台を開くわけで。

 屋台を固定し、折りたたみ式の椅子を並べ、人数が増えたときの為に机も固定の場所に設置。
 ちょっとした森の広間がほら、少し工夫すれば露天の飲食店に早変わり。
 うむ、後は歌いながら待つだけなわけで。上機嫌に歌いながら、ごそごそと材料の八目鰻と、おでん用の大根とかこんにゃくなんかを準備する。
 ちなみに、私の屋台では鳥関係の食材は取り扱っていないのであしからず。大体この店、焼き鳥撲滅のための運動の一環なわけだし。

 「あら、楽しそうな歌に誘われてみれば、こんなところにお店があったのね」

 と、準備している私の頭上からかかる声は、妙に穏やかというかおっとりというか、とにもかくにもそんな感じの声だった。
 うん、まったく今日は幸先がいい。開店直前にお客さんが来るとは、私の歌もそろそろメジャーデビューかね?

 「そうよー、もう準備できるから、少し座って待っててねー♪」

 そんなことをいいながら、なんと無しにお客さんの顔を覗いてみる。

 真紅の衣服に身を包んだ目立つ格好、だというのにその表情はどこか柔らかそうな童顔の美人。綺麗、という印象よりも、かわいらしい、という表現のほうが真っ先に来そうな女性。
 しっかし、この女性。服に隠れてわかりにくいけど、童顔のくせにものすごくスタイルがいい。うらやましいぞ、その胸。いや、それはともかく彼女のこの独特な髪型。
 銀髪ロングで、頭の左脇の髪の一房をつかってサイドポニーを作ってるんだけど、重力の法則にコレでもかというほどに逆らって歪曲してしなっているのである。
 うん、これはなんというかー……。

 「たくましい」
 「え?」
 「あ、いやいやいや!! 何でもないよー♪」

 うっかり口をついて出た言葉を何とかごまかしたところで、丁度屋台の準備が完了し、私は火を熾して材料を鍋の中へ。
 しばらく食べ物のほうは我慢してもらうしかないけれど、生憎、ココにはちゃんとお酒だってあるのだ。

 「さぁさぁお客さん。一杯やらないかね?」
 「そうねー、……うん。それじゃ、しばらく厄介になろうかしら」

 杯を渡してその中へ焼酎をとくとくと。お客だと確定したからには、精一杯楽しんでもらわねばなるまいよ。
 どこの誰だか知らない、見たこともない顔だけど、ココにいるのならお客さんには変わりない。楽しまなきゃ損損、歌って笑って楽しむに限るさね。

 「さぁさぁ、皆さんよってらっしゃい見てらっしゃい~♪ 楽しい楽しいミスティアの屋台が開店さ~♪」



 そう、例えそれが、私のような妖怪でさえ肌で感じるような、強大な力を持った誰かだったとしても、だ。






 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第十四話「夜雀の屋台の珍客達」■















 さてさて、随分と夜も深くなり、他に客も中々来ないこともあってかその女性と話をする機会が多くなった。
 名前は神綺というらしく、何でも止めるのも聞かずに一人立ちしていった娘を一目見ようとこっちに来たはいいが、いざ会うとなると色々悩んで会うに会えなくなってしまったとか。
 そんなときに私の歌に誘われて、今現在にいたる……っと。
 にしても、アンタ子持ちですか。若いって、若すぎるよ。
 ……いや、そもそもこの人が人間なのか妖怪なのかイマイチハッキリしないんだけどね。

 「まぁ、子供といっても、世間一般で言われる子供とはちょっと違うと思うけどね」
 「ふーん。あ、八目鰻、焼きあがったよ」
 「あら、ありがとう」

 そんな他愛もない話をしていると、強大な力を感じるワリには彼女本人はいたって能天気な印象を受ける。ともすれば、その力を感じるのが気のせいじゃないのだろうか、とも思ってしまうほどにだ。
 だから、私はいたっていつもどおりに会話できた。力は強大なものをなんとなく感じるんだけど、不思議と怖い感じは受けないのだ。
 そこら辺は、きっとこの人が持ってる独特の空気のせいなんだと思う。きっとこの辺も彼女の魅力のうちの一つなんだろうと、なんとなく思った。

 そんな中、こちらの方に近づいてくる複数の足音。その独特な歩き方でそのうちの一人が特定で着てしまうあたり、私達の関係も随分長いもんだとちょっと思う。

 「おぅ、ミスチー。今日も飲みにきたぜぇ」
 「あいあいよー、店長もいらっしゃいな。お、今日はヅラも一緒だねぇ」
 「ヅラじゃない、桂だ」

 ほらやっぱり、店長とそのご一行様だ。といっても、たった二人と一匹(?)だけなんだけどねぇ。
 そのヅラはというと、今日も今日とてそんな返答をムスッとした様子で返してくる。君、ヅラって言われるの嫌いなのかい?
 よしわかった。これからずっとヅラと呼び続けよう。そうするのがコイツに対する礼儀だって前の宴会のときに銀時が言ってた。

 と、それはともかく。
 ロン毛の彼はヅラこと桂小太郎。何でも銀さんの知り合いらしくて、今は店長のところでバイトみたいなことをしているんだとか。
 んで、このみょうちきりんなアヒルのお化けみたいなのがエリザベス。言葉は喋れないのか、いつもプラカードで会話する変な生き物。ちなみに、食べると妙に油っぽくて酸っぱかったとはルーミアの弁だ。
 そして最後、かれこれ30年以上の付き合いになるのが彼、人里でカフェを営む店長。
 最初の出会いはまぁ省くけど、なんだかんだで続いている腐れ縁。

 「はいはい、今日のご注文はー?」
 「蕎麦を頼む」
 「ねぇよ」

 神綺の隣に座ったヅラの一言に即答し、私はひとまず彼を放っておいてペットと店長のほうに視線を向ける。
 するとエリザベスは[大根と焼酎]、店長は「八目鰻の蒲焼と焼酎」と、まともな注文をしてきたので八目鰻を捌いて、手際よく焼いていく。
 それからおでんの大根のほうに手を出そうとしたときに、彼らの会話が耳に届いてくる。

 「ほう、では娘さんの様子を見にこちらに来たというわけですな」
 「えぇ。あの子はちゃんと一人でやれてるんだろうかと心配で」

 ほぅっとため息を零す神綺。一体何時の間にそんな話に発展していたのやら、神綺の悩みをヅラの奴が聞いている形になっている。
 あれ? 気のせいかな。今なんか、娘さんがいると聞いたときのヅラの目が嫌に輝いていたというか光っていたというか、……まぁ気のせいってことで。
 それはともかく、自嘲めいた笑みを浮かべる神綺の手を、ヅラの奴が両手で握ると、彼女の目をまっすぐに見つめ始めやがったのです。
 おい、人の店の前で何やってんのアンタ?

 「いいや、奥さん。もっとあなたは自分に自信を持つべきだ。さぁ、俺でよければ力に―――」
 『瞬殺のぉぉぉぉぉぉぉぉ』

 何か決め台詞ッぽいものを言おうとしたヅラの言葉をさえぎり、これまた聞き馴染んだ二つの声がハーモニー奏でて段々近づいてきて。

 『ファイナルブリットォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!』
 ズドンッ!!
 「おぶぁっ!!?」

 ヅラの頭部と腹部に見事なとび蹴りをぶちかましていたのだった。
 直撃を受けたヅラはというと、そのあまりの威力に吹き飛び、錐揉み回転しながら盛大に大木にぶち当たって停止する。
 んで、それだけじゃ飽き足らないのか、ヅラに襲撃を掛けた二人の鳥妖怪、朱鷺子とアオが鬼のようなオーラを噴出しながら倒れたヅラに近づいていく。
 ちなみに、下手するとヅラが吹っ飛んだ際に巻き込まれそうだった神綺はというと、店長とエリザベスがさりげなく身柄を確保して安全を確保していたりする。
 さすが店長、ここぞって時にいい働きをする。
 そしてエリザベス、アンタ意外と男前だったんだね。拗ね毛はみでてんぞ?

 「てんめぇぇぇぇ、ヅラァァァァァァァ。よくもまぁあないなもん渡してくれよったなぁ。アァ?」
 「アンタのおかげで私がどれだけ恥じかいたかわかってんの?」
 「ま、まて! 落ち着くんだ二人とも!! 話せばわかる!!」
 『やかましいわっ!!』

 スパァーンっ!! と見事な音を立てて何冊もの本がヅラの顔面に叩きつけられる。
 その本に書かれた文字は、『激!! 人妻萌えアンリミテッド!!』とかなんとか。って、ちょっと、アレってエロ本じゃない?
 そりゃ、自業自得ってもんだよ、ヅラ。つーか、アンタ神綺のこと確実に狙ってたでしょ? 人妻萌えだったんだね、アンタ。

 「あの、騒がしくしてスミマセン」
 「ん? いいってば。騒がしいほうが場も盛り上がるわ。撫子は、何がいい?」
 「はい、じゃあこんにゃくとしらたきを」

 彼女達と一緒に着たんだろう。申し訳なさそうに謝る人間の少女、撫子の言葉にひらひらと当たり障りない返答をすると、彼女の注文を聞いて用意に取り掛かる。
 ちなみにあの騒ぎの間にエリザベスと店長の分はとっくに用意済みだ。あの程度の騒ぎでいちいち止まってたら商売上がったりだしね。
 撫子との付き合いは最近になってからだ。なんでも諸事情で、今はアオが引き取って一緒に住んでるんだとか。
 相変わらず、無駄に人がいいやつめ。などと思わなくもないけど、まぁ彼女らしいといえばつい頷いてしまうのだから不思議だ。

 「あー、すっきりしたわぁ。みすちー、大根お願いな」
 「私は蒲焼」
 「あいあい、ちょっとお待ちー♪」

 撫子の分の皿を出し、それから二人の注文を受けて手早く準備。
 とりあえず、ふたりにボコボコにされたらしいヅラはひとまず放置の方向で。冷やかしに来るような奴をいちいち介抱するほど、私は優しくはないのである。

 「彼、大丈夫かしら?」
 「大丈夫やて、そのうち勝手に復活しとるから」

 あんまりのボロボロッぷりに神綺が少し心配したような声を零すものの、そんな彼女にあっさりとした様子でアオが返答する。
 ちなみに、その言葉に神綺以外の全員が頷いたことは言うまでもないだろう。私も頷いてるし。

 「あー、何もあそこまでボコボコにする必要もないだろう。あ、蕎麦一つ」
 「だから、ねぇわよ」

 ほら、行ってる傍から復活したよこのヅラ。というか、アンタそれ毎回言ってるよね? いい加減にしないと張り倒すよ?
 それにしても、銀時といいヅラといい、どうしてこう頑丈かねぇ?
 時々、本当に人間なのか疑いたくなるときがあるんだけど。

 「ええなぁ、ヅラは悩みなさそうで」
 「ヅラじゃない、桂だと何度も言っている。それに、俺にだって悩みぐらいあるさ」

 なんとなく呟いたらしいアオの言葉に、むっと反論しながらため息をつくヅラ。
 なんともまぁ、このヅラにも人並みに悩みがあったらしい。いや、そりゃ生きてるんだから、当然といえば当然なのか。

 「最近、エリザベスの加齢臭が凄くてな、八意殿に見てもらったのだが、レントゲンで不吉なおっさんの影が写って……」
 「いや、それ本体やろ」

 妙に神妙そうに語るヅラの言葉に、ズバッとツッコミを入れる不幸体質。
 うん、やっぱエリザベスの中に入ってるのってオッサンだったのか。いや、だって拗ね毛がはみ出てるし。
 つーかしょうもない悩みだねぇ、おい。

 「八意殿のご好意でな、近々オッサンを摘出する手術をすることになった」
 「いや、せやからそれ本体やて! 現実見ようよ!!?」

 摘出するんだ!!? いやいや、何かおかしくない? 摘出するものとして何か間違ってないかな!!?

 「そっか、加齢臭か」

 ポツリと呟いて、あさっての方を向く店長。
 自分も人事ではないとわかっているのか、えらく遠い目をしながら黄昏ている店長の姿は、なんか恐ろしく哀愁が漂っていた。
 あぁ、気にしてるんだね、店長。この間、ルーミアから「酸っぱそう」なんて言われたの。
 でも、ゴメンね、店長。私も実は同意見なんだ。



























 夜もすっかりと深くなり、もうそろそろ閉店の時間になるのだけれど、未だに残っている客が一人だけ。
 店長もヅラもエリザベスも、そしてアオと撫子、そして朱鷺子も帰路についた中で、彼女だけはまだ、ちびちびとお酒を飲んでいた。

 「はいよ、大根追加ー」
 「あれ? 頼んでないわよ?」
 「いいのさ、オマケだよ」

 そんなやり取りをすると、にこっと笑みを浮かべて「ありがとう」と言葉にする神綺。
 それに照れくさくなって、誤魔化すように再び歌いだすと、さほどしないうちに誰かが暖簾をくぐってきた。
 そこには、嫌がおうにも目に付く銀髪天然パーマの姿があった。

 「いらっしゃい、銀時」
 「おう、相変わらずやってるじゃねぇか。焼酎頼むぜ」
 「あいよ」

 元の世界に帰ったときいたわりには、ワリと最近またひょっこりと顔を出すようになったこの男。
 以前ほどの頻度じゃないけれど、それでも最近顔を見る機会は多い。
 そんなわけで、とっくに顔見知りといってもいいその男は、神綺の隣に無遠慮に座り込んだ。

 「あんた、見ねぇ顔だな」
 「んー、そうねぇ。普段はこっちに居ないから。こっちにきたのはちょっと理由があるの。私は神綺。貴方は?」
 「俺は坂田銀時。こんなもんをやってる身でね、そんな湿気たツラしてないで、俺でよかったら相談に乗るぜ?」

 相変わらずの気だるげな声と共に、銀時は名詞を一枚彼女に渡す。
 その名詞に書かれている文面は……たしか。

 「よろず屋銀ちゃん?」
 「おう、大工、探偵、人探し、何でも請け負ってやるぜ。初回サービスだ、まけといてやるよ」
 「よ、男前~♪ はい、焼酎」

 トンッと、コップに注がれた焼酎と共に、ビンのほうも一緒に置く。
 そのコップを手に持って、早速彼は軽く煽って喉に酒を流し込んでいった。
 私はというと、二人の会話に耳を傾けながら、なるべき聞いていない風に装って、神綺の気持ちを配慮する。
 実際、彼のいうとおりだったのだ。ココにいる間、神綺は話しかければ笑って答えるものの、そうでないときは始終悩んでいるような、そんな調子だった。
 まだココにいるのは、その娘さんとやら似合う決心がつかないからだろう。

 やがて、彼女はポツポツと、小さく言葉を紡ぎだし始めた。

 「私、自信がないの。以前、一人立ちした娘のことが心配で、元気でやってるのかどうか、それだけでも確かめたかった。
 でも、いざ会おうと思うと、怖くなってしまって」

 自嘲めいた笑み。それが、自分のふがいなさから来るのか、それ共もっと別の理由からなのか、それは、私にはわからない。
 ただ銀時は、黙って彼女の言葉に耳を傾けていた。いつものような、真剣なんだかいい加減なんだか、よくわからないそんな顔で。

 「あの子が私のことをどう思っているのか、少し、怖いの。もしかしたら嫌われてしまったんじゃないかと、嫌われたから出て行ってしまったんじゃないかと思うと、どうしても、ね。
 あぁ、本当にダメねぇ、私。これじゃ母親失格だわ」

 それだけ言葉にして、神綺はグイッとコップを煽った。中の酒が空になって、コトンと、軽い音を立てて屋台のテーブルに置かれた。
 私には、正直よくわからない。親と子、それがどういったもので、どういった関係で、どうやって接していけばいいのか。少なくとも、私には想像もつかない。
 そんな中で、銀時はクイッとコップを煽った。中にあった酒が空になり、ただじっといつもの表情で黙ったまま。

 それで、どれだけの時間が過ぎただろう。もう閉店も近いって言うのに、また誰かが暖簾をくぐった。

 「開いてる?」
 「あれ、たしか人形遣いの。珍しいねぇ」

 なんとも珍しいことがあるものだ。暖簾をくぐったのは、あろうことかあの魔法の森に住んでいる魔法使い、アリス・マーガトロイドだったのだ。
 彼女がココに来た回数なんて、それこそ数える程度しかないって言うのに。
 コレはまた、珍しい人が来る日にはつられて珍しい人が来るものなのかね?
 そんな私の胸のうちなど当然知るはずもなく、彼女はあたりを一瞥もせずに一番離れた場所に腰掛けた。

 「で、注文は?」
 「お酒お願い」

 簡潔な返答は半ば予想していたので、私はさっさと焼酎を取り出してアリスの前に置く。
 酒をついで、彼女はそれをクイッと煽った瞬間―――。

 「アリスちゃん?」
 「ブフォアッ!!!?」

 神綺が掛けた一言で思いっきり吹きやがったのである。つか汚っ!!? 私にかかるじゃん!!?
 ゲホっガホっゲホっ! と、咳き込みながら、恐る恐るといった様子でアリスが神綺のほうに顔を向ける。
 そして、彼女は信じられないといった表情を浮かべて、顔を真っ赤にしながらうろたえ始めたのだ。
 ……何故?

 「し、ししししししししし神綺様!!?」

 様付け!!? 様付けですか!!?
 一方、様付けされて呼ばれた神綺はというと、実に子供らしい仕草でいじいじしながらぷーっと頬を膨らませていたりする。
 ……あー、この人も酔ってるなァ。結構飲んでたからね、彼女も。
 というか、童顔だけあってこういう子供っぽい仕草が実にさまになるってどうなんだろう?

 「そんな他人行儀な呼び方しないでよぅー。昔みたいに「お母さん」って呼んでー」
 「い、言えるわけないじゃないですか!! この年になって!!」

 ウガーと激昂する人形遣い。それっきりプイッとそっぽを向いて神綺の顔を見ないようにしていたものの、耳まで真っ赤になっているあたり、どう見ても照れ隠しっぽい。
 うん、アンタの心配は無に帰しそうだよ、神綺。ていうか、アリスから様付けって何もんですかね?
 そしてどうやらその事に気がついていないッぽいほろ酔い気味の神綺様。
 仮に様付けされるような立場にあったとしても、その姿はカリスマ分ゼロだね、これ。

 「嫌われちゃったかしら?」
 「いやいや、それはないって」
 「あぁ、ミスチーの言うとおりだよ」

 なんとなくポツリと呟いたような一言に、私と銀時がそんな言葉を投げかける。
 「それに」と、銀時が小さく言葉を紡いで、向こうに居るアリスに聞こえないように声を紡ぎだす。

 「アンタは立派に母親してるじゃねぇか。それだけ子の心配が出来るッてんなら、あんたは間違いなく母親だよ。母親失格、なんてこたぁねえと思うぜ?
 ……それに、俺はアンタみてぇな親が欲しかったよ。不思議と、持ってる奴等より、とっくに無くしちまった奴のほうが、その大事さってやつを知ってるもんだ」

 理不尽だよな、と呟いて、彼はそのまま酒を煽った。
 いくら、私がとり頭で頭が強くないからって、今の言葉の意味がわからないほど馬鹿じゃない。
 もちろん、それは私のただの妄想に過ぎないのかもしれないけど、きっと彼はこういっているんだとおもう。
 今ある時間を、親子としていられる時間を、ただなくなってしまう前に、後悔しないように。
 ただ、その言葉が、凄く……重くて、貫禄があるような、不思議な説得力を持ち合わせていた。

 「ありがとう」

 その言葉を紡ぎだした神綺の心のうちは、一体どうだっただろう。
 少しは、心の重みが晴れただろうか? 妙に強大な力を感じるくせに、変に人懐っこくて能天気な彼女にとって、先ほどの言葉はどう受け止められたのか。
 無論、私にわかるはずもないし、銀時にだってわかりゃしない。
 でも、少しは軽くなっていればと、初対面の相手に不思議とそんな感情を覚えていた。

 「アリスちゃーん」
 「ちょ、ちょっと神綺様!! というか魔界は如何したんですか!!? 魔界神ともあろうお方がこんなところで!!」

 再び酔っ払いの仮面をかぶりなおして、彼女はアリスのほうに寄って行き、後ろから抱き付いてみせる。
 えへへーっと能天気な表情が実に彼女らしい。つーか、今魔界神っていった? 神様っていった!!?
 そっかー神様かァ。そりゃあの妙に強大な力も納得がいく。ていうかさ、魔界の人たちいいのか? こんなのが魔界の神様で。


 オンバシラぁぁぁぁ!!

 あーうー!!

 サボってんじゃないよ、ただの休憩さね。


 ……うん、ゴメン魔界の方々。こっちの神様にも碌なの居なかった。
 まぁそれはともかく、酔った勢いでじゃれ付く神綺の姿は、ある意味微笑ましい限りだ。カリスマは天の果てにリアルタイムで飛んで行ってるけどね。

 「えっとね、有給とった」

 今神様が有給って言った!!? いいのか神様そんなので!!?
 勢いづく酔っ払い。こうなったらもう手がつけられないのは皆共通である。そして神綺はというと―――。

 「それにねぇ、お母さんさっき銀時ちゃんに告白されちゃった♡」
 『ぶぼぉぁっ!!?』

 なにやら変な具合にさっきの銀時の言葉を歪曲させて受け取っていた。って汚いって両サイド!!
 ゆらりと立ち上がる人形遣い。そしてその顔にはご丁寧に怒りが顔に書いていそうな雰囲気だった。
 お願いだから店壊さないでね。いや、本当に。

 「ふふふふ、ちょっと銀髪、今の話は本当? 私のお母さんに何手を出してんのかしら?」
 「ちがぁぁぁぁう!! そんな話一言もしてねーし!! おいコラ神綺ぃ!! オメェ何言ってくれちゃってんの!!? この子やる気満々だよ!!?」

 やる気と書いて殺る気と書くんですね、わかります。って、そんな現実逃避はさておいて。
 ある意味、助けを求めてんのか文句を言っているのかよくわからない銀時の言葉に、神綺はというと。

 「きゃー!! アリスちゃんが「お母さん」って言ってくれたー!!」

 まったくもって聞いちゃ居なかった。むしろアリスのお母さん発言でテンションうなぎのぼりだ。
 さっきの湿っぽい空気はどこにいったんだろう? と思わなくもないけど、そろそろ本気で止めないと屋台が灰になりそうなので止めに入る。

 「はいはい、ココで暴れないで。朝まで私のおごりでいいから、アリスも落ち着いて。ていうか、アレ間違いなく冗談の類だから」
 「う、……わかったわよ」

 しぶしぶといった様子で引き下がったアリスを見て、ほっと一息。どうやら屋台の消し炭フラグは何とか回避したようだ。
 いや、危なかった。にしても似てないよこの二人。外見、性格共にさ。

 「ほらほら、銀時ちゃんもコップ持って」
 「……」
 「あのー、その銀時ちゃんって止めてくれない? お宅の娘さんから凄い視線感じるんですけどもー」
 「まぁまぁ、いいじゃん。そういうわけで、今日は朝までこのメンバーで騒ぐことにして」

 全員が酒を注がれたコップを握る。なんだかんだといいながらみんなコップを取り、そして、四人で互いのコップとコップを打ち合わせた。



 『乾杯!』



 いろいろ会って、珍客ばかりが訪れた一日ではあったけれど、たまにはこういう日も悪くない。
 馬鹿みたいに騒いで、楽しくあったことには変わりないんだから。
 こんなことがあるから、屋台っていうのは止められない。










 ■あとがき■
 友人「おめぇ、旧作キャラせめて神綺か魅魔ぐらいだそうぜ?」
 作者「え? マジッすか!?」

 と、そんな会話から出来上がった今回の話、いかがだったでしょうか?
 最初、旧作のキャラは自分がろくに知らないこともあってあんまり出す予定がなかったのですが、上のやり取りを経て色々調べることに。
 そしたらまぁ、神綺に大ハマリしてしまいまして(ぉ

 アリスが神綺の娘だとか色々、今回は二次要素が強い話になってしまって申し訳なく思ってます。
 神綺のキャラについても、喋り方とか色々、初めてかいたキャラだけに自信がないのですが、いかがだったでしょうか^^;

 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第十五話「主人と従者は夢と現と幻と」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2008/11/20 14:12

 ※今回も二次設定が強い話になっています。尚、一部かなり暴力的な表現が含まれるかもしれませんのでご注意ください。










 「見つからないわねぇ……」

 日中の炎天下、気だるげに声を上げたのは鮮やかな青い髪に、桃のアクセサリーのついた特徴的な帽子の少女。
 不満なのを隠しもしないまま、彼女、比那名居天子は銀髪天然パーマの坂田銀時の隣で、あちこちせわしなく視線を動かしていた。
 その一方の銀時はというと、これまた人々の行き交う街道の中、一枚の写真を片手にいつもの魚の死んだような濁った目をあちこちに動かしている。

 「ねぇ銀さん、やっぱり無理があるわよ。こんな広い街の中から犬一匹見つけるのなんて」
 「ばっかオメェ、そういう仕事なんだから仕方ねぇだろーが。ったく、そんなんだからオメェは胸が成長しねぇんだよ。牛乳取れ。カルシウム取れ。そんなんじゃ何時までも絶壁―――」

 びゅっ、スパァァァァァァァァァァァン!!

 「って、オイィィィィィィィ!!」

 緋色の閃光と共に空気が裂かれ、悲鳴上げながら飛び退る銀時。それから間髪いれずして、弾けるような音を響かせて大地がぱっくりと斬り裂かれた。
 銀時が今まで居た場所には、緋色の刀身を持った宝剣、緋想の剣がきっちりかっちりと突き立ってバックリと地面に傷を作っていた。
 一歩間違えば問答無用で真っ二つコースな一撃を繰り出した当の下手人、比那名居天子はというと、

 「……チッ!!」

 盛大に舌打ちなされておいでだった。マル。

 「『チッ!!』って言った!? 今『チッ!!』て言った!!? むしろこっちが舌打ちしてぇよ! 舌打ち三昧だよ!! オメェは短気なんだから牛乳取れって言ってんだろーが!!」
 「五月蝿いのよイチゴ牛乳しか飲めないくせに!! 何偉そうに講釈たれてるのよ!! むしろ恥ずかしいわ!!」
 「んだとぉぉぉぉぉ!? フルーツ牛乳だって飲めるぞコラァ!!」
 「黙れ甘党ッ!!」
 「うるせぇ絶壁!!」
 「絶壁言うなっ!!」

 周りの目など眼中になし、アウトオブがんちゅーな勢いで喧嘩をおっぱじめた二人。

 そも、二人がこうして街中に居るのにはいささか訳がある。彼らの言葉の通り、今回彼らが共に居るのはその仕事の内容が原因とも言えた。
 依頼の内容は迷子の子犬の捜索であり、目印は首輪と首輪につけられた赤いリボンのみ。その犬、なんでもとても珍しい犬種で、数億の値がつくとか。
 そもそもの話、江戸の街はタダでさえただっ広いというのに、そんな中から子犬一匹を見つけ出すなどと無理難題もいいトコだ。

 結果、彼らは四通りに分かれて捜索を始めることになった。
 Aグループには、銀時と天子。
 Bグループには、新八と鈴仙。
 Cグループには、神楽とフラン、定春。
 Dグループは言わずもがな、空を己がフィールドとする文。

 Cグループの選別には何か間違ったものを感じないでもないが、捜索を開始してはや一時間がたとうといったところ。
 いい加減疲れもストレスも溜まりに溜まっていたこともあり、喧嘩はだんだんとエスカレートして行くはずだったのだが……。

 「あら、銀さんじゃない。仕事中かしら?」

 そんな聞きなれた声がかかり、二人はそちらのほうに視線を向ける。
 そこにはやはりというべきかなんというべきか、深緑のセミロングにチェック柄の服を着て日傘を差した少女の姿。
 四季のフラワーマスター、座右の銘は『大量虐殺も遊びの内』、アルティメットサディスティッククリーチャー、風見幽香の姿がそこにあったのである。
 それと同時に、彼女の連れらしい、他の4人の少女の姿も確認が出来たわけなのだが。

 一人は純白のワンピースタイプの衣服に身を包み、背中からは純白の翼が生え、金髪の髪はリボンで止められてポニーテールが作られている。ともすれば天使、なんていう表現が似合いそうな少女。
 二人目は、先ほどの少女と顔立ちは似ているが、やや目つきが鋭く、同じ金髪でこちらはセミロング。そしてその服装は目立つことにメイド服という姿の少女。
 三人目はこの中では一番の長身だろう、金髪の髪は外側にカールするようにはねており、白いハットがよく似合う少女。
 そして四人目、色素の薄い金髪ロングヘアーに白いリボン、背中からは蝙蝠のような巨大な翼が生え、大きな日傘を差した少女の姿。

 そちらの四人が気になりはしたものの、とりあえず知人である幽香に視線を向け、気だるげに後頭部をぽりぽりと掻いて言葉を返すことにした。

 「まぁ、そんなとこだな、ゆうかりん。悪いけど手伝ってくんない?」
 「いきなりねぇ。まぁ、別にかまわないけど」

 あんまりといえばあんまりな発言を早速かました銀時に、幽香はというと特に気にした風もなく、苦笑しながらあっさりと了承する。
 その拍子に重なる『えっ!?』という3つの驚愕の声を黙殺しつつ、幽香は相変わらずその笑顔を崩さない。

 「えっと、幽香様。そちらのそことなーく失礼な男はお知り合いですか?」
 「そうよエリー。彼は坂田銀時、やんごとなき縁があってお知り合いになったの」
 「やんごとなき……ですか」
 「そう、やんごとなきよ」

 白いハットをかぶった少女、エリーの言葉にそちらに視線を移し、やんわりと返答した彼女は、再び銀時に視線を戻して再度言葉を紡ぎだす。

 「紹介するわね、銀さん。彼女達は私の友人と、私の従者。
 そこの天使モドキが私の友人の幻月、メイド服を着たのが彼女の妹の夢月。
 白いハットをかぶってるのが私の従者のエリー、同じく私の従者たる吸血鬼のくるみよ」

 紹介されて、銀時は改めて彼女達に視線を送る。
 なるほど、彼女の友人や従者というだけあって見た目が個性派ぞろいと言えば聞こえは悪いが、みんながみんな美人美少女ぞろい。
 改めて幻想郷の女性に美形が多すぎねぇ? などと思う銀時だったが、もう一つ、今まで知らなかったことに顎に手を当てる仕草をして、感慨深げに一言。

 「そうかそうか、ゆうかりんにもちゃんと友達が居たのか。俺ぁてっきり―――」

 ズドンっ!!

 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 本日二度目の銀時襲撃は幽香からの一撃だった。悲鳴を上げながら飛び退ると同時に凄まじい轟音が当たりに響き渡り、幽香の日傘の鋭利な先端がものの見事に電柱を貫通していたのだった。
 オマケに、突き刺さった傘の位置が丁度銀時の顔と同じ高さなのだから、彼が避け損なっていた場合、グロいオブジェがこの街道に出来上がったことは間違いねぇのである。

 「あら、さすが銀さんね。避けると思っていたわ」
 「褒められても嬉しくねぇよ!! 後一歩遅かったら銀さんグロテスクなオブジェになってたよ!! この話ココで終わっちまうとこだったよコノヤロー!!」

 いけしゃあしゃあと言ってのける幽香に、銀時が青筋浮かべながら食って掛かる。
 そんな光景を眺め見て、あぁ、久しぶりに始まったなァとそんなことを思い浮かべながら、怒りが冷めたらしい天子が能力で生み出した小さな要石に腰掛けたのだった。

 空は高く、真夏特有の炎天下。今日も暑くたまらない夏の一日の一コマの始まりである。












 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第十五話「主人と従者は夢と現と幻と」■















 さて、そんな一騒動があった後、幽香は幻月という外見は天使のような少女と一緒に目的の犬を探しにいった。
 残りのメンバーが銀時たちと一緒に回ることとなり、中でも特に不満そうだったのが幻月の妹、メイド服を着た夢月だった。

 「いやぁ、ワリィな。あんた等まで巻き添え食らわす羽目になっちまって」
 「いいよ、別に。幽香様がやる気出してるのに、私たちが何もしないっていうのも何か違うし」
 「くるみの言うとおり。私たちはあなた達のためじゃなくて、幽香様のためにやってるんだから」
 「幽香様、ねぇ。アイツ、身だしなみや身のこなしが優雅だったけど、従者まで居るなんて、どこかいいとこでのお嬢様だったのね」

 エリーとくるみは銀時や天子の会話にも積極的に反応し、言葉を返すというのに。
 当の夢月はというと「何で私がこんなめんどくさいこと付き合わなくちゃ行けないのよ」と言う不満がありありと表情に表れている。
 彼女、実際メイド服を着ているが幽香の従者、というわけではない。彼女がこんな服装をしているというのも、そもそもは姉である幻月の趣味なのである。
 自宅……というよりも、元自宅ともいえる夢幻館の中ではそうでもないのだが、いざこの格好で外を出てみれば、まぁ人間達の視線が鬱陶しいこと鬱陶しいこと。

 「えっと、エリリンが妖怪で、くるみんが吸血鬼、と。よし、覚えたぞー、銀さんは」
 「エリリン!? 何か嫌なんだけどその響き! そこはかとなくどこぞのやられ役みたいな響きだし!?」
 「くるみんってもしかして私のこと!? なんだかくるくる回ってそうで嫌なんだけどぉ!!?」

 なにやら飛び出した妙なあだ名に、抗議を上げる門番二人組み。そんな彼女達に向かって、経験者は語るといった感じでビッと親指をサムズアップなされている我等が不良天人様。

 「諦めたほうがいいわよ、貴方たち。何しろコイツ、自分の友人にヅラなんて見も蓋もないあだ名つけてるんだから」
 「いや、ヅラは友人なんかじゃ断じて無いから。そこ間違えんなよてんこ」
 「だからてんこって言うな!!」

 左手に持った要石が銀時のボディに目掛けて打ち込まれる。だがしかし―――

 「遅ぇ!!」

 ガッと両手を使ってそれを銀時が止める。伊達に何度も何度も要石攻撃にやられているわけではない。
 彼とて白夜叉と呼ばれた男。タイミングさえわかっていればこの程度を押さえるのは造作も無いのだ。
 不敵な笑みを浮かべ、ニヤッと笑みを浮かべる銀時が天子に顔を向けようとして―――

 ゴシャっ!!?
 「ブヴァっ!!?」

 上段からから襲来した右手の要石攻撃の直撃を、顔面に見事こうむったのであった。
 ボディに打ち込むと同時に、下に意識が向いた瞬間に本命の第二撃を振り子のように上段から襲来させるその必殺技。

 「ど……ドラゴンフィッシュ、ブロォ」

 どさりと、崩れ落ちながらそのフェニッシュブローの名を銀時が口にする。
 フッと得意げに銀時を見下ろしながら「10年早いわ!!」と言い切る我等が不良天人、比那名居天子。
 伊達に、暇なときは古本屋に足を運んで立ち読みしちゃあいねぇのである。
 「おぉー」と湧き上がるエリーとくるみからの歓声に、これまた調子に乗って気をよくする天子。
 実にやかましい連中である。いや、エリーとくるみに関しては以前からあんな感じだけども。と、そこでまた夢月はため息をついた。
 こんな調子で果たして目的のものが見つかるだろうか? むしろ見つからないような気がする。先のことを考えるなら、実に憂鬱な気分に陥らざる終えない。
 幽香と姉の買い物に付き合うんじゃなかった。と、改めて後悔し、それも既に遅いものだとまたため息をついてしまう。

 「そういやぁ、オメェさんは? やっぱ姉ちゃんと同じで天使とか?」

 と、今さっき崩れ落ちたはずの人間の声が聞こえて思わず振り向いてみれば、やっぱり完全回復には至らなかったのか顔面血だらけの銀時がそこにいた。
 うん、ぶっちゃけるとかなり怖い光景なのだが、生憎、夢月はそんな光景に驚くほど軟な精神はしていない。いや、回復早すぎない? という驚きはあるがそれはさておいて。

 「天使? まさか、私や『あの』姉さんが天使だなんてありえないわ。確かに、姉さんはどこぞのミサにでも降り立てば、熱烈な歓迎を受けそうな姿ではあるけれど」

 まぁ、数分もすれば酸鼻極まる阿鼻叫喚の地獄絵図になることは間違いないわね。という言葉は、飲み込んでしまい込む。

 「私と、それから姉さんもあんな外見だけどね、『悪魔』よ」

 クスっと苦笑を零して、夢月は言葉を紡ぐ。
 今でも、夢月は自身の姉に対して思うことがいくつもある。悪魔といえば、くるみの持っているような、蝙蝠の禍々しい翼が相場だというのに。
 あろうことか彼女の姉である幻月の翼は白鳥を思わせる穢れ無き純白で、衣服も好んで白っぽいものを着るものだから、尚更天使だなんてものと勘違いされる。
 でも、外見はあくまでも外見。中身はどうかといえば、他の悪魔達なんかよりもよっぽど『イカレている』と表現したほうがより適切だろう。
 何しろ、『あの』風見幽香の友人が務まるのだ。「大量虐殺も遊びの内」なんていう物騒な言葉を座右の銘にしているような女の友人なのである、彼女の姉は。
 無論、彼女とて幽香の友人だという自負はあるが、それはそれで別の話だ。人間の命などどうなろうと知ったことではないが、彼女達よりは分別があるほうだと思う。
 幽香も幻月も、内側は相当イカレてるというのに、仕草や表情なんかは理知的に振舞うものだから尚のこと性質が悪い。
 まぁ、最近は幽香も姉さんも少し丸くなったけど……と、そんなことを思いながら夢月は思い出したように思考の中枢から現実に意識を浮上させる。

 「うわぁ、あの外見で悪魔かぁ。詐欺ね」
 「まぁ、そうよねぇ。私でさえ、姉さんは何か運命の悪戯か何かで産み落とされた挙句、悪魔としての常識を腹の中にすっぽり忘れてきたイレギュラーなんじゃないかって思うもの」
 「いやいや、なんか昨今の妹って姉に対して言葉が辛辣じゃなーい? フランといい夢月といい、少しは姉のこと労ってあげねぇとお姉ちゃん達グレちまうぞー」

 ポツリと呟いた天子の言葉に、夢月がわりかし肯定の言葉を紡いで、銀時がさりげなくフォローっぽいものを一つ。ちなみに、夢月の言葉に幻月のことを知るエリーとくるみはウンウンと頷いていたりする。

 「心配ないわよ、銀時っていったっけ? 姉さんは外見からしてとっくに悪魔としてグレてるわ」
 「性格にしても幽香様とどっこいどっこいですからね」
 「もう手遅れだと思うよ」

 夢月の言葉に便乗して、エリーとくるみがさりげなくひでぇ言葉を吐きまくる。
 そりゃ要するに自分の主を人格破綻者と認めたことに他ならないわけで、もし、この言葉を幽香と幻月が聞いていたら彼女達は明日の日の目を拝めなかっただろう。ワリと冗談抜きで。
 その代わりといっては何だが、みしりと二人の頭を鷲掴みにする手が代わりに制裁を加えることとなる。
 加害者は夢月。被害者はエリーとくるみ。
 もっと違う言い方をすれば、執行者が夢月で、罪人がエリーとくるみなのである。

 「いだだだだだだだだ!! 痛い!! 痛いですって夢月さん!!」
 「ミシミシいってますから!! 冗談抜きで割れちゃいますって!! というか夢月さんだって色々といってたじゃない!!」
 「私はいいのよ、友人で妹だから。あなた達は従者でしょ!!」

 中々めちゃめちゃな理論だが、それに逆らえるほど生憎とエリーもくるみも立場は強くない。
 アイアンクロー通り越してデスクローに発展しそうなその凶悪な握力に、妖怪と吸血鬼であるはずの二人の頭部がミシミシとリアルタイムで悲鳴を上げていた。
 実際この時、普通の人間が同じ圧力を掛けられていたらあっさりと粉々になっているだろう握力だったりするのだが、幸か不幸かそれが露見することは無かったのである。

 「なんか、話聞いてるとそれって似たもの同士ってことでしょ?
 同族嫌悪とかで相性悪そうだなァって思うんだけど……、というか、貴方達の話が本当だとしたら、あの二人が出会ったらまず『殺し合い』な気がするわ」

 むーっと難しげに唸った天子の言葉で、幸いにも頭部が限界を超える前に二人は解放された。
 二人は「ありがとう天人さん!!」と心の中で賞賛を送りつつも、頭部のダメージが思ったよりもでかくて未だに呻きながら蹲っていたりする。

 「ご名答、会って10分と経たずに血の雨が降ったわよ。でも、傍目から殺し合いだけど、きっとあの二人にとってはお互いに『じゃれついてた』だけなんでしょうねぇ」

 その時のことを思い出したのか、夢月はため息をつきながら言葉を紡ぐ。
 大分昔の話だが、今でも鮮明に思い出せるのが不思議だ。
 アレをじゃれついていた、と判断していた当時の自分も、大概、姉に影響されていたのね。などと思いながら、あの『じゃれあい』の後始末のことを思い出して辟易としていたりする。

 「へぇ、気になるわ。よければ教えてくださらない?」
 「物好きねぇ」

 天子の申し出にも、夢月はため息つきながら答えてはいたが「まぁいいか」と思って言葉を紡ぎ始める。




 「そうね、あの時はこんな日のように、とても暑い日のことだったわ」






















 「本当にこっちでいいの、幽香?」
 「えぇ、間違いないわ。花達もさっきからせわしなく教えてくれているもの」
 「便利ねぇ、相変わらず」

 人の視線もなんのその、とにもかくにも目に付く二人の少女。
 方や深緑なんていう珍しい髪の色に、日傘。
 方や天使のような羽根を持ち、衣服も純白のワンピース。

 こんな目立つ彼女等だったが、二人ははっきりいって周りの視線など気にしていない。
 元々性質が似通っていることもあってか、そもそもの話、他人の目を気にするような軟な神経は持ち合わせていなかった。
 もっとも、彼女達がいる今の場所は、人の目など皆無といっていい場所ではあったが。
 人の入り込まぬ無人の工場跡地。その場所において、彼女達はこの上なく異質な存在だった。
 寂れた工場の風景に二人が溶け込めるはずもなく、むしろこの廃工場自体が、彼女達を引き立たせるにはいささか役不足というものだろう。
 それでも、裏のほうには海もあり、夏だというには涼しげな風が流れてきてはいた。

 「それにしても、幽香が人間とねぇ」
 「あら、力があるなら興味を持つわよ? 霊夢しかり、銀さんしかり」

 くすくすとお互いに笑いながら、廃工場の奥にひた進む。周囲を見回してみるものの、目的の子犬の姿は見当たらない。
 それで別段不機嫌になるわけでもなく、幻月も幽香も足取りは軽い。

 「私と初めて会ったときも、あなたは興味を持ってくれたかしら?」
 「もちろんよ。判ってて言っているでしょう? 私と貴女はよく似ているもの」
 「違いないわ」

 なんとなしに言って、また苦笑する。本当に、お互い似たもの同士で、でもだからこそ私たちは親友なのだと、幻月は思う。
 コレを言うと、妹の夢月が決まって不機嫌そうな顔をするのだけど、それはまた別の話なんじゃないかって、そう思っている。
 何しろ、幻月にとって、親友と妹とはまったくの別物であって、それと同格であることに変わりはない。

 「今日みたいな日だったっけ?」
 「そうね、今日みたいに絶好の向日葵日和ね」
 「なにそれ」

 そう言って、幻月はケタケタと笑う。それにつられて、幽香も笑みを零して過去を回想する。



 お互い出会ってみれば、ただただ遊びに興じあったものだ。
 後にも先にも、あの狂おしいほどの『戯れ』は一度っきりだったが、それで十分、と幽香は思う。
 幻月もそれで納得していたし、満足もしていた。そして何より、屋敷が壊れたり血で汚れまくったもんだから、後片付けをやっていた夢月が盛大に怒っていたのもいい思い出だ。
 元々放浪癖のあった幽香は屋敷を数日、あるいは数ヶ月空けることもザラに会ったし、その間は幻月や夢月、幽香の従者であるエリーとくるみが留守を預かった。

 そう、あの戯れ、じゃれあいはあの一度っきり。
 お互いの肉を削ぎ落とし、骨を砕き、目を抉ってやれば抉り返され、脳を貫いてやれば図らずも同じように脳を貫いてきた。
 しかもお互い、体なんてあっという間に再生するもんで、加減なんて知らないし、する気もなかったもんだから、結局再生できなくなるほどにまで疲弊して。
 結果、あたりは自分達の肉片やら血液やらで盛大に真っ赤に染まり、お互いに疲れきったように倒れた。
 そんな彼女達に、遠慮なく文句をたれたのもやっぱり夢月。そりゃそうかと、動かない体でそんなことをぼんやりと考えもした。
 夢幻館。その名の通り、そこは元々幻月と夢月の住んでいた館なのだから、どう転んでも元々屋敷の掃除をしていた彼女がこの後始末をするのは火を見るより明らかだろう。
 当時の幽香は、ただ拠点として立派で豪華な屋敷が欲しいから。なんていう理由で襲来した、ある意味では略奪者だったのだし。

 まぁ、結果的にはなんやかんやでお互い親友という形に落ち着き、こうやって互いに会話するだけでも有意義な時間が過ごせるわけなんだけれど。

 「この中に入っていったみたいね」

 一際大きな倉庫。その隅に咲いた小さな花の『言葉』に耳を傾けながら、幽香は言う。
 一体何時ごろ入っていったのか、入り口にはカギがかかっており、どうにもこうにも、中に入ろうとしたら上のほうにある窓から入るしかないだろう。
 幸い、そこの窓は半分開いていたので、空を飛べる幽香と幻月にはさして問題にはならなかった。

 窓を開け、細い体を滑り込ませる。そうしてあっさりと内部に進入してみれば、まぁ居るわ居るわ。
 ぱっと見れば妖怪と勘違いされそうな、大量の天人(あまんと)のヤマ。

 「あら?」

 想像とはちょっと違った光景に、幽香は首を傾げたが、まぁいいか。と適当に納得する。
 何しろ、目の前には丁度、天人(あまんと)の手によってオリに入れられている目的の犬が居たわけなのだし。
 周りには大量の麻薬、『桃源郷』の山。目の前には、オリに入れられた数々の動物。なるほど、コレは中々に面倒な事態になっているらしい。
 突然の来訪者、というよりも侵入者にざわつき始めたところで、幽香は一歩前に躍り出て優雅に会釈した。

 「こんにちわ、天人(あまんと)の皆さん。私は風見幽香、あなた方が今、檻に入れたその犬に用があるの。こちらに譲ってくださらない?」

 今のこの状況で、そんなことを堂々と言い切るこの少女のことを、彼らはどう思ったか。
 数にして、彼らの数は幽香と幻月の十倍以上。明らかに犯罪現場なその場所で堂々とした振る舞いで、なおかつ商品として売りに出そうとしているものを寄越せという。
 少なくとも、宇宙海賊である彼らにしてみても、その発言は生憎と受け入れられない。
 第一、この場所を見られた時点で口封じをすることは確定なのだから。
 殺してもいいし、文句のない美少女なのだから、売れば金にもなるだろう。

 「生憎だがな、お嬢ちゃん。そいつぁ聞けねぇ相談だ」
 「あら、残念ね幻月」
 「本当ね、幽香」

 特に怖がった様子もなく平然とした様子で、それどころか笑み浮かべてさえ隣に居た友人に言葉を投げかける。周りには、彼らの仲間が徐々に包囲を狭めているというのにもかかわらず、だ。
 その友人ですらも、相変わらず無邪気な笑みを浮かべたまま。
 自分の状況を理解していないのか、それとも、何とかなるのだと楽観しているのか。
 そっと、幻月の後ろから近づいてくる鳥の頭をした天人(あまんと)。彼が幻月の捕まえようとした瞬間―――



 「じゃあ、殺して奪い返すに限るわね」



 そんな、なんでもないことのように、朗らかに幻月は宣言して、腕を振りぬいた。
 グシャっという、何かひしゃげたような音。ぐるんぐるんと何かが宙を舞い、赤い飛沫を撒き散らしながら十mほど先の壁に激突して砕け散った。
 勢いよく、ビシャリと赤い液体がぶちまけられ、着弾点付近にあった窓ガラスの一部を真っ赤に染め上げる。

 「あははははははは!! 見てよ幽香、まるでステンドグラスね!!」
 「あら、ステンドグラスにしては些か趣に欠けるわ」

 その光景を一部始終見ていた幻月はというと、喜劇を見た子供のように無邪気に笑って、幽香は少し否定しながらも興味深げに赤色に染まった窓に視線を移している。
 彼女達の背後に立っていた首無しの天人(あまんと)だったものの体がぐらりとよろけ、そして、倒れる。
 とめどなく血を吹き上げながら、やがて赤い水溜りを作り、ビクンビクンと痙攣している様が、恐怖を煽った。

 その光景を、果たしてどれだけの者達が正常に受け止められたことか。
 少女達を捕まえようとした仲間が、突然首をなくして倒れてしまった。あの天使のような翼を持った少女の右腕は真っ赤に染まり、彼女自身の服にも返り血がかかり、赤く染まっていた。

 じゃあ、先ほど飛んでいったナニカは、仲間の首で。
 それをやったのは、目の前の返り血を浴びたまま無邪気に笑っている、あの少女だとでもいうのか?
 にわかに理解しがたい、いや、理解したくない現実が目の前に転がっている。

 くるりと、幽香が視線を移し、そして駆け抜けた。
 幽香に目をつけられた一人は、もはや不運としか言うほかなかっただろう。
 彼女にしてみれば、ただ単に目が留まった。ただそれだけだったのだから。

 あんまりな現実に理解が追いつかなかったのがそもそもの原因か、それも、標的にされた彼が知る機会は永遠に失われることになった。

 ズダンッと、轟音が響いて今度はそちらに視線が向けられる。そちらに視線を向ければ、幽香の傘に顔面を貫かれ、壁に貼り付けにされた天人(あまんと)の姿。
 鋭利な日傘の先は顔面の骨を易々と貫き、その勢いのまま貼り付けにするのにさして労力はかからなかった。
 ビクビクと痙攣し、物言わぬ骸となった二つ体。それが、元々仲間のものであったなどと、どうして信じられるだろう。
 傘から手を離せば、ほら、人間大のピン挿の標本の出来上がりだ。

 「幽香らしくないね、一撃だなんて。でも面白いわ、それ」
 「失敗したのよ。肩を狙えばよかったけれど」

 感でも鈍ったかしら? などと呟きながら、彼女はすぐに次の得物を選別し始めた。
 ココに来て、形振りかまっていられないと理解したのか、恐怖が心を支配したか、怒りが心を支配したか、それはわからない。
 だが、ここにいた天人(あまんと)たちが雄たけびを上げるのを聞いて、幽香も、そして幻月も満足そうに笑みを浮かべた。







 「大量虐殺も遊びのうち」。その言葉の通り、これから起こるであろう大量虐殺も、『彼女達』にとっては遊びに過ぎないのだから。


























 「ほら、この犬でしょ?」
 「おぉ!! 本当ですよ、銀さん。この犬で間違いないです!!」
 「さすが姉御アル!!」

 時刻は夕刻。幽香たちは後始末を終えた後、何食わぬ顔で堂々と銀時たちと合流した。
 パッと差し出した犬を確認し、それが目的の犬であるとわかると大喜びする新八と神楽。
 これで晴れてミッションコンプリート。久方ぶりに少しは豪華なご飯に出来るかもしれないとテンション鰻上りである。

 「ワリィな、ゆうかりん、幻月。何もなかったか?」
 「何も。強いて言えば、ただ遊んでただけよ」

 くすくすと笑いながら、幽香はなんでもないことのように口にする。
 せっかく買った服を、こんなにも早く着ることになったのは予想外だったが、まぁいいかとも思う。
 何しろ、基本的に赤いチェック柄の幽香ならともかく、幻月に至っては純白のワンピースが真っ赤に染まりきっていたのだから、流石にコレじゃ外に出られない。
 幸い、幽香が買い物で買った服を持っていたことが幸いしたが、なかったら如何しようかと途方にくれていたかもしれない。
 まぁ、それはそれでシュールで面白いわね。などと思いながら、幽香は親友たる幻月に視線を向ける。
 久しぶりに大暴れしたからだろう。すっきりとしたさわやかな笑みを浮かべて、上機嫌な様子の彼女がそこにいる。
 まったく、と幽香は苦笑する。
 そんなんだから、貴女は『かわいい悪魔』だなんていわれるのだと、心の中で親友にそう言葉を送った。

 「それじゃ、今日はこのメンバーで宴会と行きましょう!!」
 「あ、いいね!! 文に賛成!!」
 「そうね、フランもああいってることだし、私たちも同伴しましょうか」
 「あ、幽香様に賛成!!」
 「ずるいエリー!! 私も!!」
 「まぁ、私も一緒に騒ごうかしら?」
 「はぁ!? ちょっと姉さん!!」

 文の一言をきっかけに、途端に騒がしくなる一同。
 そんな騒動を耳に聞きながら、幽香は満足げに笑った。隣に居た幻月も、また同じように。






















 ある一室のモニターの前で、少年はニコニコとしながらその光景を眺めていた。
 モニターの奥、そこに映るのはまるで地獄といって相違ない光景だった。
 あるものは引き裂かれ、あるものは串刺しにされ、あるものは潰されて、それでも尚、その殺戮者二人はは無邪気に笑いあって、会話する余裕すら持っていた。
 臓物をぶちまけ、返り血を浴びながらも、狂喜のこもった笑みなのではなく、喜劇を前にした少女のような無邪気な笑顔。
 それが逆に恐ろしく感じるだろうその光景を、だがしかし、少年は興味深げに、実に楽しそうに眺めていた。

 「おもしろいね、彼女達」

 地球に密輸に携わっていた仲間が皆殺しにされた。そんな話を聞き、その資料を見てみれば、その光景は予想以上。
 戦ってみたい。素直にそう思い、戦えるとなるとどれだけ「楽しい」ことか。
 簡潔に言えば、この少年は極めて彼女達に「近い」性質の人物だという事。この光景を楽しそう、などと感じている時点でそれがわかる。




 彼は春雨の雷槍と恐れられる最強部隊第七師団の団長、名は神威という。











 ■あとがき■
 ちょっと急いで仕上げた感がありますが、いかがでしょうか?
 また旧作からのキャラ大勢出演で、オマケに二次の強い話になってしまいました。
 今回は色々と不安な要素も多く、皆さんに満足していただけるかが凄く心配です。
 中でも幻月、夢月姉妹に関してはWikiや独自的な解釈、数少ない彼女達メインの二次を参考にしただけあって、不安一杯ですよ^^;
 実際、幽香と幻月の関係とか完全に二次頼りに成ってしまったのが申し訳ないです。
 それでは、今回はこの辺で。

 ※誤字が多かったので修正しました。教えてくださった皆さん、ありがとうございました。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第十六話「黒くて硬くてガリガリしてて焦げてて気が遠くなるような……って、長ぇよ副タイ!!」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2008/11/24 16:13








 幻想郷の湖の先に佇む紅魔館。今日も今日とて、かの吸血鬼、レミリア・スカーレットはテラスのパラソルの下で優雅に紅茶を嗜んでいた。
 そんな彼女の元に、優雅な足取りで銀髪でメイド服を着た女性、十六夜咲夜が近づいてきたのを知って、レミリアはそちらに視線を向ける。

 「お嬢様、妹様からお土産が届いてます」
 「フランから?」

 テーブルの上に置かれたそれに視線を向けながら、レミリアは感慨深げに微笑んでいた。
 おそらくは茶菓子か何かだろう。まさか、あのフランからお土産など、少し前までは考えられなかったことだ。
 彼女とて、立場上、それを強く表に出せないものの、姉としてフランのことは大事に思っている。
 この事実が、嬉しくないわけがない。そんな主の様子を見て、咲夜も慈愛に満ちた笑みを浮かべていたが、内心浮かれていたレミリアはというとそれにまだ気付いていない。
 包装を取り、箱の蓋を開けて―――。

 <キャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ>バタン。

 すぐ閉じた。
 ……OK、落ち着け私。落ち着くんだマイハーツ。
 そんな自己暗示を繰り返しつつ、覚悟を決め、もう一度蓋に手をかけ、

 <ギャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ>バタン。

 開けた瞬間に再び蓋を閉じるレミリア嬢。何ゆえか冷や汗を流しつつ、睨みつけるようにソレを見下ろしている。
 おかしい。コレはおかしい。何がおかしいって開けた効果音が悲鳴って言う時点でもはやおかしい。
 というかコレは何? なんですか!? Why!!?

 「お嬢様?」
 「はっ!!」

 あまりにも様子がおかしかったからか、咲夜がレミリアに問いかける。
 ソレでようやくあっちの方に飛びかけていた意識が戻ってきたのか、気難しい顔で咲夜のほうに視線を向ける。

 「……ねぇ、コレ。本当にフランから?」
 「えぇ、妹様直々に持ってこられまして、『これは私からの愛情だから、ちゃんと食べてね。私は神楽と一緒によっちゃんをしばき倒してくるから』と」
 「いちいち声まで真似しなくていいわ」

 咲夜の話を聞きながら、レミリアは頭痛を覚えて頭を押さえながら返答する。
 これで、本物から手渡されたことは間違いないだろう。むしろ、フランからそんなことを言われた以上、本当に食す必要が出てきてしまった。
 チクショウ。わが妹ながらどんどん腹黒くなっていってるぞ。お姉ちゃん悲しい!! などと8割がた妹の成長に悲観しながら、レミリアは咲夜の側からは謎のままだった中身を露にする。

 一言で表すなら、炭だ。というか、それ以上表現しようがない。そんな物体だった。

 「……」
 「……」

 今度ばかりは、咲夜すらも言葉を無くした。そして訪れる重い沈黙の中、その謎の物体Xがジュウジュウと何かが焼け爛れる音を響かせている。
 それも、一つではない。10もの数が陳列し、その様はまさしく、「さァ食ろうてみるがよいわ馬鹿たれが!!」と嘲笑っているかのようでもあった。
 食べたくない。ひじょぉぉぉぉぉぉぉぉぉに食べたくない。だがしかし、彼女は食らわねばならなかったのだ。
 己の、己の中の妹への愛を、確かめるために!!

 「お嬢様!!」

 その蛮勇に気がついた咲夜が止めようとしたが、もう遅い。ソレはレミリアの喉をあっけなく通過し。

 ばったり。

 そしてこれまたあっけなくレミリアを気絶させたのであった。マル。

 「お嬢様!! しっかりなさってください!!」

 ガックガックと肩を揺らし、主の名を呼ぶ咲夜。彼女らしくない、珍しく慌てた様子だったが、それも無理もあるまい。どう考えても危険な倒れかっただったのだし。
 しかし、意外にもレミリアはあっさりと目を覚ました。パチッと目を開き、不思議そうな顔で咲夜を見上げているが、どうにも様子がおかしいことに咲夜は気がついた。

 「お嬢様? あの、どこか具合の悪いところは……」

 恐る恐る問いかける咲夜。そんな彼女の顔を、レミリアはコテンと可愛らしい仕草で首をかしげて、そして一言。

 「うー?」

 その愛らしさにブバッと吹き出る忠誠心(鼻血)、咲夜はあらゆる意識を無限の彼方に飛来させてばったりと気絶した。
 そう、あまりの事態にレミリアの精神は幼児退行を引き起こし、普段のカリスマやら威厳やらがころーんと零れ落ちてしまったのである。




 かの紅い悪魔すらにも異常をきたしたその物体X。
 人はソレを。














 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第十六話「黒くて硬くてガリガリしてて焦げてて気が遠くなるような……って、長ぇよ副タイ!!」■















 天井にまで届こうかというほどの本棚の群れが存在する、紅魔館地下の図書館。
 そこの主、七曜の魔女、パチュリー・ノーレッジは事情を聞き終えても我関せずといった表情のまま本に視線を向けたままだった。
 もっとも、こと彼女に関してはその態度はいつものこと。しっかりと聞いていることは聞いているので、彼女のことを知る人々はその事ぐらいでは目くじらを立てたりしない。
 というより、そのくらいのことで腹を立てているようでは、この魔女との付き合いは到底不可能だろう。

 「それで、レミィが幼児退行引き起こしたのはそのお菓子が原因ってこと?」
 「えぇ、おそらく」

 本から視線も向けられずに紡がれた言葉に、咲夜はほぅっとため息をついて返答する。
 ココで始めて、魔女は本から視線をはずし、己が親友の方に視線を向けた。
 そこに人々に畏怖の対象として恐れられている吸血鬼の姿はなく、むしろ、そこにあったのは椅子に座った小悪魔の膝の上にちょこんと座り、本を読んで聞かせてもらっているレミリアの姿。
 普段なら間違ってもありえない光景だが、それゆえに微笑ましい光景に見えなくもない。

 はぁっと、小さくため息をつくパチュリー。
 強大な力を持った吸血鬼が、どんな理由で幼児退行を引き起こしたかと思えば、よりにもよって食物とは……冗談だとしても笑えない。現実なんで余計に笑えないが。

 「それにしても、本当にこれでお嬢様がこんなになっちゃったんですか? イマイチ信じられないんですけど」

 丁度本が読み終わったのか、レミリアをつれて小悪魔がパチュリーたちの元に戻ってくる。
 小悪魔の服のすそをぎゅっと掴んだまま、レミリアがついてきているのを確認して咲夜は困ったように頷いてみせる。
 ソレで興味がわいたのだろう。「ふーん」と物体Xを手にとって見る。

 「よしなさいよ、小悪魔。レミィですらこうなったんだから、あなたが食したらどうなるかわからないわ」
 「あはは、心配しすぎですよパチュリー様。ほら、こうやって食べてみてもなんとも―――」

 ガリッ!!

 「……」
 「……」
 「……」

 沈黙が重い。小悪魔がソレをかじると言う恐るべき蛮行を行った瞬間から、重い沈黙が沈殿してこの場を支配している。
 一体どれほど時間が経ったのか、ソレすらも曖昧になり始めた頃、ようやく小悪魔がゴフッと血を吐き出したのであった。

 「こ、小悪魔?」
 「ふ、フフ……、まさか道半ばで倒れるか。しかし、忘れないでください。私が倒れようとも、第二、第三の小悪魔が……ガク」

 いきなりの事態に、流石にパチュリーが心配したような声を上げたものの、その直後に意味不明な言葉を吐いてバッターンと直立不動のままぶっ倒れる小悪魔。
 再び訪れる重ッ苦しい沈黙。パチュリーも咲夜も、冷や汗流しながら視線を落として下手人である物体Xを睨みつけている。
 こうなれば信じざる終えまい。というか、目の前で実際にぶっ倒れられては信じざる終えない。
 だがしかし、だがしかし!! あの小悪魔のこと、もしかしたら悪戯の可能性もあるのではなかろうか? そうだったら問答無用でサイレントセレナあたりでツッコミを入れるのに。
 ロイヤルフレアじゃないだけ小悪魔に対する愛を感じる瞬間である。痛いことには変わりないけど。

 と、パチュリーが心配するさなか、小悪魔はパッチリと目を覚ます。
 なんだ、やっぱり悪戯だったか。と、内心安堵した瞬間―――

 「こぁ~?」
 「って、貴女もなの!!?」

 希望は一瞬にして絶望に変わったのであった。むしろ現状は悪化してる。
 そう、小悪魔までもが幼児退行を引き起こしていたのである。なんてこったい!!
 本格的に頭痛を覚え始めたパチュリーだったが、このまま現実逃避をしているわけにもいかない。
 とにもかくにも、この状況の原因はこの物体Xで間違いないのだ。理由がどんなにあほらしかろうが調べてみなければなるまい。非常に不本意だが。


























 さて、その頃。夢幻世界と幻想郷の境にある夢幻館。そこでもちょっとした事件が現在進行形で起こっていた。

 夢幻館の中庭にある花壇。そこには珍しく、この館の主である風見幽香と、その彼女の親友である幻月が楽しそうに花の世話にいそしんでいる。
 その彼女達を、何ゆえか冷や汗流しながら見つめる従者×2と妹の姿。

 「あ、あの……幽香様」
 「あら、どうしたのエリーさん? お昼ならもう少し待ってくださいね。この子達の世話が終わったらすぐにでもご飯用意するから」
 (ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!)

 にっこり眩しいばかりの笑顔で告げられ、エリーは背筋に薄ら寒いものがゾクゾクと駆け巡っていくのを感じながら、上げそうになった悲鳴をかろうじて喉の奥底に飲み干す。
 恐ろしい。何が恐ろしいって、あの極悪非道、暴虐無人、生粋の超ドSのあの風見幽香が、慈愛に満ちた眩しいばかりの輝かしい笑顔を己が従者に向けているのだ。
 コレが普段の彼女なら、笑ってはいてもどこか相手を威圧するような、そんな笑みであるはずなのだ。しかも、物腰柔らかな清楚な言葉使いなんて。
 少なくとも、彼女たちの知る風見幽香はそんな奴ではない。断じてない!!
 思わず土下座して額を地面にこすり付けて許しを請いそうだ。擦り付けすぎて地面が陥没しそうなくらいに。
 恐怖のあまり、そろそろ本格的にエリーが土下座の体勢に入ろうとしたところで、今度は夢月が二人に言葉を投げかける。

 「誰もそんな話してないわよ。そもそもね、ココの家事全般は私の仕事でしょうが。お昼ごはんはとっくに出来てるんだから、さっさと食べなさいって言ってるの」

 主や姉に対しての言葉使いもあったもんじゃない。そんな彼女の言葉にも、幽香はどこか困ったような笑みを浮かべるだけだ。
 夢月の感想はキッパリ「気持ち悪い」の一言に尽きる。
 別に、本当に言葉どおりの意味ではない。あんまりにも風見幽香らしくなくて「気持ち悪い」と感じるだけのこと。
 そんな彼女の心情などお構いもなしに、今度は彼女の姉である幻月が言葉を紡ぐ。

 「ごめんねぇ、夢月ちゃん。もうちょっとしたら終わるから」
 (うわぁ……)

 背筋にゾワゾワと悪寒が走るのを感じながら、夢月は思わず心の中で悲鳴を上げる。
 幽香もおかしいが彼女の姉もおかしい。何がおかしいって全般的に色々とおかしすぎる。
 お前は誰だ? 無邪気でありながら道徳概念とか悪魔の常識とかぽーんっとどこかに追いやった我が愛すべき姉はどこに行ってしまったのか?
 おっとりとして優しげな言葉使いとか、これじゃ本当に天使じゃないか。悪魔なのに。前回初登場したばかりだというのに、あっという間にスペルブレイクならぬキャラブレイクとはいかなことか?
 下手に笑顔のまま脅されるよりよっぽどキツイ。精神的ダメージで胃に穴が開きそうだ。

 「……どう考えても、コレが原因ですよね」

 あんまりにも目の前の光景がアレだったのか、現実逃避するようにくるみが手元に持っていた箱に視線を向ける。
 そこには昨日、よろず屋での宴会の夜、志村新八の姉からお近づきのしるしにと渡された、黒い何かが敷き詰められていたのであった。




























 「はぁ、つまりコレが原因でお嬢様と小悪魔さんが?」
 「えぇ。実に信じがたいことではあるけれど」

 さてさて、場所は戻って紅魔館の門前。
 そこで今日も今日とて門番にいそしんでいる紅美鈴に、咲夜は事情を告げて今日は誰も通さないようにと忠告に来ていた。
 それも無理あるまい。今、この紅魔館の最強戦力二人が不在も同然なのだし。
 レミリアは幼児退行を引き起こし、フランドールは今、よろず屋に居候しているし、彼女の言が本当ならば、今頃「よっちゃん」なる者をしばき倒していることだろう。
 おのれよッちゃん。いっそそのまま妹様に「きゅっとしてドカーン」されてしまうがいい!! などと場違いな怒りを覚えつつ、咲夜は美鈴に改めて視線を向ける。
 美鈴は美鈴で、その物体Xをまじまじと眺めている。「はへー」と声を漏らしながら、指で突っついてみる。
 やたら硬かった。

 「で、これは一体なんなんですか?」
 「卵よ」
 「……は?」
 「卵」

 微妙な沈黙が舞い降りる。
 美鈴は沈黙の中、卵(推定)と咲夜の顔を何度も交互に見比べて、そして、一言。

 「……冗談、ですよね?」
 「私も出来ればそう信じたいわね。でも、パチュリー様が直々に魔法で調べていたから、間違いはないんじゃない?」

 実際、咲夜自身もパチュリーからモノの正体を聞いたときは驚かされたものだ。
 よりにもよって、例のアレがしっかりと食物だったことにも驚きだが、何よりも卵をどう調理したらこうなるのか是非とも問いただしたい。
 料理に対する冒涜以外の何者でもない。コレでは卵がかわいそうではないか。もうかんっぺきに炭だし。
 というか、どこをどうしたら卵が吸血鬼に異常をきたすほどのバイオウェポンになるのかが理解できない。
 どこか遠いところの館では自称最強の妖怪とその親友の悪魔にも盛大に異常が起きていたりするが、ソレを咲夜が知ったのはもうちょっと先の話である。

 「あ、門番。なによー、その手に持ってるの」
 「ちょ、ちょっとチルノちゃん、お話中みたいだし駄目だよ!! えっと、こんにちわ、門番さん、メイドさん」

 上空から声が聞こえてきて、そちらに視線を向けてみればいつかの氷の妖精チルノと、彼女と一緒に居ることの多い名も無い大妖精の姿。
 まったく、今日は千客万来ね、望んでもいないのに。と心の中で愚痴を零しつつ、咲夜は軽く会釈をするだけにとどめた。
 一方、美鈴はというとそれなりに面識もあるのか、彼女達の訪れにも特に表情の変化を出さないまま、やんわりと返答する。

 「いきなりね、チルノ。これはね、卵よ。卵」
 「卵? 食べれるの?」
 「食べれるけど、食べちゃダメ。どう考えても体に悪いわ」
 「あたい妖精だから平気」
 「いや、まぁ」

 そんなやり取りをする美鈴とチルノの二人を、咲夜は一歩距離を置いて眺めていた。
 なんだ。存外に仲が良さそうではないか。まぁ、あの妖精はここら辺に生息しているし、しょっちゅうお目にかかる機会も多いのだろう。
 ふと、視線をチルノの後ろに控えている大妖精に視線を向ければ、おろおろとうろたえている彼女の姿が確認できる。

 「ちょ、チルノ!!」
 「食べちゃダメと言われたら食べたくなるのが生き物の性って奴よね!!」

 何時の間にやらどんな話に発展したのか、チルノは美鈴が持っていた箱から一つの卵(推定)を掴み取ると、美鈴の静止も聞かずに一瞬にして口に頬ばったのである。
 その瞬間、ぴったりとあらゆる行動を停止する氷の妖精、チルノ。微動だにしないまま、直立不動で時間だけがどんどんと過ぎ去っていく。

 「えっと、チルノちゃん?」

 恐る恐る、大妖精が言葉を投げかける。すると、チルノはくるっと彼女のほうを振り向き、にっこりと笑みを浮かべていた。

 「何、だいちゃん?」
 「えっと、大丈夫? なんとも無い? 1+1は?」
 「何を言ってるのよ、そんなの2に決まってるわ」

 馬鹿にされたと思ったのか、チルノは大妖精に対してむっとした表情を見せる。
 その仕草を見て、よかった、いつものチルノちゃんだ。と、安堵の息を零そうとして……。

 あれ? と、妙な違和感に気がついたのだった。

 「……チルノちゃん。2+2は?」
 「4」
 「12+2-7は?」
 「7」
 「20×2は?」
 「40」
 「じゃあ最後、10×20×5×6×0は?」
 「0にいくらかけても0よ。ねぇ、ほんとになんなのよー!!」

 いい加減うんざりしたのか、ウガーッと盛大にお怒りを露にするチルノ。
 しかし、大妖精、それに傍にいてやり取りを聞いていた美鈴と咲夜も、信じられないといった風にチルノに視線を向けるばかりだった。

 先に明言しておこう。妖精って言うもんはあんまり頭がよろしくないが、その中でもチルノはそれが特に近著な方だ。
 何しろ、1+1を「10」と平然とさも当然のように口にするのである。どんな簡単ななぞなぞでさえ一晩明かしてもわからない。
 身も蓋も無く言ってしまえば「お馬鹿さん」なのだが、果たして今のチルノはどうだろうか?

 「チルノちゃん、どうしたの!! 馬鹿じゃないチルノちゃんなんてチルノちゃんじゃないよ!! 自分のアイデンティティ消し飛ばしちゃったらこの世界生きていけないよ!!
 戻ってよチルノちゃん!! 正真正銘のお馬鹿さんだったチルノちゃんに戻ってよぉぉぉぉぉぉ!!!」
 「心配してるのはわかりましたけど言ってることは酷いですわね」

 錯乱しているのか、それとも必死になってしまったがゆえのうっかりか。大妖精が盛大に酷いことを口走りながらチルノの肩を掴んで揺さぶり、その事実を咲夜が冷静にツッコミを入れていた。
 ソレが聞こえているんだかいないんだか、大妖精は「よし、お医者さんに見てもらおう!!」とかさらに酷いことを口走りつつ、脳みそ揺らされてふらふらになっていたチルノをつれてどこかに去っていった。
 十中八九、永遠亭のほうにでも向かったのだろう。医者といえばあそこだし。

 「咲夜さん、これ、捨てたほうがいいんじゃないですか?」
 「あら、食材を粗末にするとよくないわよ? あとで飢えてるだろう巫女にでも持って行ってあげましょう」

 ひでぇ。思わず美鈴は心の中でそう零した。
 巫女といえばおそらく、十中八九博麗の巫女、霊夢のことだろう。というか、飢えているというフレーズではどうしてもそっちのほうが真っ先に浮かぶのはどういう事だろうか?
 明日には幻想郷が終わっているかもしれない。博麗の巫女は幻想郷に欠かせない存在なのだし。

 「咲夜さーん、こにゃにゃちわー」
 「あら、来たわね」

 青空の下、暑い天気だというのにも関わらず元気な声が聞こえてきてそちらに視線を向ければ、人里のよろず屋の跡を継いだ青い鳥の妖怪アオと、その助手のような立場にいる撫子、赤い翼が印象的な朱鷺子の姿が見えた。
 彼女達がココにいるのは、咲夜が彼女達に買い出しついでに依頼を頼みに行ったからである。
 朱鷺子がいるのは予想外ではあったけれど。何しろ、この鳥妖怪で鳥頭な癖して、本を読むのが大好きという変わり者。
 よく香霖堂で見かけることはあったものの……、まさかここでアオたちと一緒に来るとは思いもよらなかった。
 まぁ、手が足りないし、予想外の人員の欠員で人では多いほうがいいのも確かだ。主に、小悪魔の欠員分は何とかしなくてはなるまい。
 彼女達が呼ばれたのは、要するに小悪魔までもが幼児退行を引き起こしたのでその穴埋めのため依頼を持ちかけられたためなのである。

 「お、美鈴さんの持っとるんは一体何なん? ちょっと見せ……、ゲェー!! そ、それはぁぁぁぁ!!!」

 ズザァァァァッと一気にあとずさるアオ。そりゃもう見てて惚れ惚れするようなバックステップだった。

 「貴女、これ何か知ってるの?」
 「え、あ……その」

 咲夜に声を掛けられて、しまったといわんばかりに口篭るアオ。
 知っている。知っているが、是が非でも思い出したくないというのが正直な感想だった。もう手遅れだが。
 いや、知ってはいるが、一体どう説明したらいいのかワカラナイといえばそうだろう。説明を求められても、正直困る。
 正確に言えば、コレがどういった原理でどう調理してどう化学反応起こしたらこうなったのかがイマイチ理解できないのだし。

 「かわいそうな卵」
 「まぁ、かわいそうではあるけど」

 要領を得ない返答に、咲夜はそんな言葉を紡いでからため息をつく。
 この様子からして、おそらく被害者か何かなんだろうが、そう詳しいことまで知っていないようである。
 これでは、何時になったら彼女の主が元に戻るのか、先は憂鬱。不安。やはりため息ばかりが先行する。

 「それ、絶対食べたらアカンよ? 命に関わる」
 「そ、そこまで言う?」

 必死な様子でそんなことを言うアオに、隣にいた朱鷺子が冷や汗流しながら言葉にする。
 卵でそこまで拒否反応が出るのもどうなんだろう? とも思わなくも無いが、朱鷺子はまじまじと美鈴の持っている箱に視線を向ける。
 なるほど、コレは確かに酷い。コレじゃ食物って言うよりは炭だ。

 「でも命に関わるっていうのは言いすぎだと思うけどなぁ」
 「あ、アカンて朱鷺子ちゃん!!」
 「そうですよ朱鷺子さん!! 死にいそいじゃダメです!!」
 「あはは、みんな大げさだって。ほら、食べたってなんとも……」

 パクっ。

 「ごぱぁっ!!」
 「朱鷺子ちゃぁぁぁぁぁぁん!!!」

 二人の制止の声を聞きもせず、遠慮なく卵(推定)を口に運び、あっけなく血を吐いてぶっ倒れる朱鷺子に、慌てて駆け寄るアオ。
 ガクガクと揺さぶってみるものの、一向に目が覚める気配が無い。むしろビクンビクンっと危ない痙攣までしている始末。今までの症状の中で一番極悪だった。
 そんな光景を一瞥し、咲夜は美鈴からその卵(推定)もといかわいそうなたまごの入った箱を奪って、彼女ににっこりと笑いかける。

 「それじゃ、紅白のところにいってくるから、彼女達を図書館のほうに案内してあげてね」
 「本当に持っていくんですか!!?」

 鬼だこの女!!? とか思った瞬間、もうとっくに咲夜の姿は見えなくなっていた。時間を止めて早々に紅白、つまり霊夢のところに向かったのだろう。
 もはや。こうなれば美鈴には祈るしか出来ない。どうか、このまま何事も無く平和が続きますようにと。ワリと切実に。








 ちなみにこの後。

 かわいそうな卵を遠慮なく口に放り込んだ巫女が乱心し、「ソロモンよ、私は帰ってきたぁぁぁぁぁ!!」などと意味不明なことを口走りながら人里の阿求宅を襲撃。
 結果、稗田の家はコレでもかというほどに木っ端微塵に破壊され、阿求をさらっていった巫女こと霊夢はというと、阿求を参謀にして人里で「ジーク博麗」なる国家の独立を恥ずかしげも無く堂々と宣言し、幻想郷中を巻き込む大騒動となったのだが、ワリとどーでもよくあっさりと解決したので内容は省かせてもらう。

 後に、阿求の書いた幻想郷縁起に「哀卵異変」としてうっかり幻想郷の歴史に名を残しちゃったりするのだが、この辺も割りとどうでもいいので省略させていただこうかと思う。

 後日、正気に戻った巫女が恥ずかしさと悔しさと後悔とかその他諸々で自宅の神社の床で転げまわりながら悶絶している姿をよく見かけるようになったとか。
 世界って、理不尽なことばかりだと思うよね。本当に。
















 さて、その異変(?)を巻き起こす原因となったうちの一人、フランドールはというと。

 「いくアル、フラン!!」
 「タイガーショット!!」
 「ぶべらぁっ!!?」

 ズドシャァァァァァン!! という轟音を響かせて、ゴールキーパーのよっちゃんごとボールをゴール内に叩き込んでいた。
 今日も今日とて世界は平和だった。こっちだけ。





 ■あとがき■
 どうも、白々燈です。今回は壊れギャグっぽくでしたがいかがだったでしょうか?
 にしてもかわいそうな卵だけで話一話丸々作っちゃったよ。やばいよかわいそうな卵。ネタ作るのに困らないけどそろそろ自重しなければなるまいかと。
 前回の話ではとりあえず、神威の登場フラグが作りたかったというのが本音だったりします。なので、彼が登場するのはまだまだ先の予定です。
 最近、阿求がかわいくて仕方がないのでどうしたものかと思いつつ。
 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第十七話「世界に轟け! お前の想いが天を衝く!!」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2008/12/03 21:39





 今日も世界は平和。夏真っ盛りの暑い日々も、これまた自然の賜物。
 私、稗田阿求はのんびりと縁側でお茶を頂いていた。
 今日はもう家政婦さんも帰り、家には私一人。この広い稗田の家で、一人でいることは少々物悲しくも感じますが、この夏の日差しは私にその事を忘れさせてくれます。
 外からは人々の喧騒が、小さいながらも聞こえてきて、どこかでは季節遅れのひぐらしが鳴いている。

 「でも、暇なんですよね。なにか面白いことでも起きませんかねぇ」

 そんなことを呟いて、私は苦笑する。まったく、何も起きないっていう事は平和でいいことなのだけど、だからといって暇なのはいただけない。
 不謹慎だけど、何かちょっとした事件でも起きないかな? と思った瞬間。

 「ソロモンよ、私は帰ってきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 ……はい?




 ピカッ!!





 あ、ありのまま今起こった事を話すわ。
 いきなり世界が白くなったと思ったら、家がなくなっていた。
 何を言っているかわからねーと思うが、私も何が起きたのかわからなかった。
 吸血鬼だとか時間停止だとか巫女だとかそんなちゃちなもんじゃ断じてねぇ。
 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったわ……。

 「って、家ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?」

 ガバッと瓦礫の中から私復活!! 虚弱っ子は伊達じゃないんですよ!! あれ、なんか違う?
 まぁ、現実逃避はさておきまして、いや、もうね、本当に家が無いんですけど。跡形も無いですよ。
 百坪以上の屋敷とも言えた稗田の家がモノの数秒でクレーターですよ!? ナニコレ、どんな理不尽!!?
 いやね、確かに面白いこと起きないかなァとかいったのは私ですよ!? でもね、こんな理不尽な被害こうむるのならそんなこと言ったりしませんよ!!?
 あ、お隣さん(アオさん宅)も巻き添え食って吹き飛んでますし。くっ……なんか涙が。
 アオさん。懸命に生きてください。今のに巻き添え食ってたら命が危ないと思いますけど。

 「ふふふ、ふはは、ハァーッハッハッハッハッハッハッハ!!」

 どこぞの某青い炎を操るバンドマンのごとく、空から三段笑いをしながら降臨なさったのは小脇に霊烏路空ことおくうさんを抱えた博麗霊夢さんだった。って巫女だったよ。
 ……何故に!!?
 突然の事態に訳がわからず、ふと、さまよわせていた視線がおくうさんとかち合った。

 ―――マジゴメン。

 目でそんな風に謝られた。
 テメェ、馬鹿ガラス。人の家吹き飛ばしといてゴメンですむと思ってんですか? 後でウルトラアルゼンチンバックブリーカー決めてあげますから覚悟しといてください。

 「喜べ稗田阿求!! あなたはこの博麗霊夢に選ばれたのだ!! 阿求、あなたを我がジーク博麗に参謀として迎え入れよう!! あなたと私、そしておくうとで世界を理想の世界に変えようじゃない!!
 この世界を、この幻想郷を、真の楽園にするために!! 全ての人、妖怪が面白おかしく暮らせる理想の世界へと!! その頭脳、私のために使いなさい!!」
 「……は、はぁ」

 うわぁ、いきなり出てきて何言ってんだろうこの人。何か悪いものでも食べたんですかね?
 霊夢さーん。マジでちょっとどうしたっていうんですか? なんか言ってることが色々イタイですよ? 冷静になってください。恥ずかしくて悶絶もんですよ、その台詞。
 むしろ貴女の頭が面白おかしいことになってますから。
 ていうかなんか野次馬が集まりだしてるし!!? そうですよね、そりゃあんな大爆発が起こったらそりゃ見に来ますよね!!?
 ちょっと、見ないで上げてください皆さん!! 今、巫女の人はなんか色々とテンパッてるんです。リアルタイムで電波受信中で大変なんです。
 だから見ないであげて!! 後生だから!!
 と、人の気遣いも知らず、霊夢さんは不敵な笑みを浮かべて野次馬の前に躍り出た。って、ちょっとぉ!!?

 「諸君、聞いて欲しい! 我々は今こそ始まりを迎える!
 妖怪たちに比べ我が人間達の総勢は30分の1以下である。にも関わらず今日まで生き抜いてこられたのは何故か! 皆、考えて欲しい!!
 一握りの妖怪がこの世界を楽園にしようと考えを労し幾余年、幻想郷に住む我々が自由を謳歌し、生活できているのは図らずもその一部の妖怪のおかげといえよう。
 だがしかし、我等は真に自由だろうか!!? この世界は真に楽園足りえているだろうか!!?
 答えは否!! 断じて否である!!
 妖怪と人間が共存するこの幻想郷においても、未だに人間と妖怪との確執は拭えない。だが、皆も知っている通り、今や妖怪と人間との確執は薄れつつある。
 真に共存の道を選ぶのであれば、何故人里などと区別する!? なぜ妖怪の山と区別する!!?
 諸君等の中には、妖怪に恋焦がれたものもいるだろう。妖怪と友人関係になったものも居るだろう。だが、我等はどうしても今まで一定以上の一線を越えられなかった! 
 君らはどうしようもないのだと見過ごしているのではないのか? しかし、それは重大な過ちである!!
 我等は己が唯一の想いを胸に抱いている。我々はその愚かしさを知りながらも共に歩みたいと思うのだ!
 アオは、諸君らの甘い考えを目覚めさせるために、死んだ! 戦いはこれから始まるのである!!
 我々は人と妖怪の歩み寄りを邪魔するものを断固として否定する!! 我々の幻想郷を真の理想郷とするために!! 私はこの世界に宣戦布告をする!!
 民よ立て! 妄想を燃料に変えて、立てよ民! 我が博麗は諸君等の力を欲しているのだ。ジーク・博麗!!」

 高々と演説を終え、不敵な笑みを浮かべる霊夢さん。ちなみに、頭のほうが追いついていないのかおくうさんはポケーッとしたまま。なんか思考回路がショートしてそうな雰囲気である。
 いや、ソレはともかく……何言ってるんですか霊夢さん。冗談だとしても笑えねぇですよ? そもそもアオさん死んで無いですって。多分。
 そんなもん真に受ける馬鹿はこの人里には―――

 『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! ジーク・博麗!!』
 「って馬鹿ばっかだったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 なんかいきなり賛同し始めた野次馬どもの声に、思わず頭を抱えて蹲る私。いや、ココまでややこしい状況ってのも中々無いと思うんですよ、コレ。
 頼みます!! 頼みますからこれ以上ややこしい事にはならないでくださいよ!!

 「その話、聞かせてもらったわ!!」

 神様。あなたは鬼です。畜生です。おのれ、八坂神奈子。
 突然上がった声に視線を向ければ、まったく見に覚えの無い誰かがみょうちきりんなデカイ船から出てくるところだった。
 ……いやいや、どこから出てきたんですかその馬鹿でかい物体。
 そんな私の気持ちなど知るよしも無く、赤いマントをたなびかせ、赤色の髪のショートカットの少女は、金髪の少女をともなってゆっくりと大地に降り立った。
 その人と目を合わせた霊夢さんは、ニヤリと口元を歪ませました。どう見ても悪党の笑い方です。

 「久しぶりね、岡崎夢美」
 「えぇ、久しぶりだわ。博麗霊夢」

 ガッと握手する二人。そして周りからは歓声がどっと沸き起こる。
 コレが後に、「哀卵異変」と呼ばれる事件の幕開けになろうとは、このときの私は知るよしも無かった。


















 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第十七話「世界に轟け! お前の想いが天を衝く!!」■
















 「みんなに集まってもらったのは他でもない。霊夢のことだ」

 紅魔館のとある一室、多くのメンバーが集まったこの一室で、八雲藍は重々しく口を開いた。
 今、この場所に集まっているのは藍のほかに、西行寺幽々子、蓬莱山輝夜、八意永琳、藤原妹紅、風見幽香に古明地さとり、伊吹萃香、星熊勇儀、レミリア・スカーレット、アリス・マーガトロイド、東風谷早苗、十六夜咲夜、霧雨魔理沙が集まっている。
 下手すると本気で世界が取れそうなメンバーが集まっているのも、その理由は霊夢の暴走を止めるためであった。
 そんな肝心なときに、藍の主である紫は何をやっているのかというと、寝ていたりする。

 「彼女が暴走を始めた原因は他でもない、この物体X、もとい『かわいそうな卵』が原因と見られる」

 傍から聞いてみればかなりアレな理由だったが、その事実には誰も異論を挟まない。何故ならば……。

 「うー?」
 「はいはい、お嬢様。もう少しまっててくださいね」
 「もう、かわいいわね、レミリアちゃん。抱きしめたいわ」

 直に被害こうむった方々が、現在リアルタイムでこの会議に参加しているのだし。元に戻らないままで。
 ちなみに、レミリアのかわいい仕草に心を癒され、幽香の普段ならありえねぇ聖母のような眼差しと微笑で、全員の背筋にゾワゾワと液体窒素でも流されたような悪寒が走ったり。
 まぁ、ソレはともかく。

 「ジーク博麗は現在、妖怪の山に進行準備を進める最中。手遅れになる前に私たちで何とか霊夢を止めなくてはいけない。
 一応、山の妖怪たちには事情を説明してはいるけれど、人里のほうにも、あとで説明しなければいけない。したがって、人里で彼女に反対して幽閉されている上白沢慧音の救出も優先しておきたい」

 藍のその言葉に、神妙な面持ちのままギリッと歯を噛み締めたのは妹紅だった。この中で慧音と最も仲がいいのは妹紅だ。心配で仕方がないのだろう。
 そんな彼女を、冷ややかに見つめているのはすぐ隣にいた輝夜だった。もっとも、その視線はすぐにはずされ、彼女は藍に言葉を投げかける。

 「それで、どうするの。急がなくてはいけないのでしょう? 助けるにしても、霊夢を止めるにしても、動くなら早いほうがいいわ」
 「そこは私が説明いたしますわ、姫」

 輝夜の言葉にそう言葉を紡ぎ、一礼したのは永琳。
 彼女は懐から一本の薬を取り出し、みなの前に見せている。ちなみに、色はある意味危なそうな白である。

 「まず、慧音たちを助ける人と、霊夢を止める人を選別します。コレが少々厄介なところでしてね、霊夢は人里からほとんど動こうとしていません。
 ですので、自然と突入する者は人間に限られてしまいます。なので、妖怪の方々は、以前、八雲紫が作った特殊な陰陽玉でサポートする形になります」
 「なるほど、地底に行ったときのやつだな」

 永琳の説明の途中で入ってきた言葉に、しかし、彼女達は不快の色を見せないまま、その中で藍が静かに頷いてみせる。
 間欠泉と一緒に怨霊が噴出したとき、地下にもぐるときに使われた妖怪が人間をサポートするための通信機能付きの陰陽玉。
 コレをサポートとしてつけるという意味、ソレはつまり。

 「戦闘になるかもしれない、そういうこと?」
 「えぇ。十中八九、霊夢はこのワクチンを飲むことを拒否するでしょう。そうなれば力ずくしかありません。それに、うっかり彼女に賛同してしまった力を持った誰かがいるかもしれませんし。
 そうなれば少々厄介です。一応、妖怪たちは人里で人間を襲えないようになっていますし」
 「うっかりね」
 「えぇ、うっかりです」

 アリスの質問にもやんわりと答え、永琳は辺りを見回す。

 「さて、救助のほうだけど……」

 問題は、誰を向かわせるか、という事だ。向かわせるなら少数人数がベスト。多すぎれば幽閉された人を助けるのにも支障が出る可能性がある。出来るだけ隠密に終わるのが望ましいのだ。
 この条件で選定するならば、まず妖怪連中はアウト。
 該当するのは東風谷早苗、十六夜咲夜、霧雨魔理沙。そして、かろうじて大丈夫だろうと思われるのが、八意永琳、蓬莱山輝夜、藤原妹紅の計6名。

 「私が行く!!」

 永琳が悩んでいると、案の定といった感じで妹紅が声を上げる。
 確かに、彼女なら実力もあるし、万が一戦闘になったとしても何とかなるだけの実力は持っている。それは永琳も知るところだ。彼女の主と何度も殺しあっているのを何度も見ているし。
 だが、果たして彼女は人を助ける際に隠密に長けるか……といえば、否、といわざる終えない。
 しかし、ここで意外な人物の声が上がることとなった。

 「アンタがこっそりなんて真似、出来るわけないでしょう? 私が行くわ」
 「な、輝夜!?」
 「姫!?」

 驚きの声は妹紅と永琳から。何しろ、彼女……輝夜は絶対にこういう事をやらないだろうからと思っていたからだ。
 彼女は優雅に立ち上がり、綺麗な黒髪をなびかせて、藍の傍に置いてあった陰陽玉を二つ、手にとって弄ぶ。

 「何よ、その反応。それはともかく、妹紅、貴女が私をサポートしなさい。たまには、こういうのも面白いじゃない」

 クスクスと、不敵な表情で笑ってみせる。
 はっきり言ってしまえば、輝夜と妹紅の仲はあんまりよろしくない。むしろ悪い。
 というのも、妹紅が一方的に輝夜に憎悪を向けている。と、言えなくもない。輝夜は輝夜で、その妹紅の反応を楽しんでいる節があるので、それほど嫌いではないのかもしれない。
 まぁもしそうだったとしても、追っ手を差し向けたり殺し合いをしたり、かなり歪んだ愛情表現な気もするが。どちらにしても、傍から見ている分には仲が悪いようにしか見えないけど。

 「後ろから、撃つかもしれないぜ?」
 「ソレもまた一興よ。それに、信頼してるわよ、私は」
 「ハッ、言うじゃない! いいよ、あんたに任せる。……いい、絶対に助けろよ?」
 「もちろん」

 コッと拳を重ね合わせる輝夜と妹紅。そんな様子を眺めて、ため息をついたのは永琳だった。
 まったく、普段からそのぐらい仲良くしてくれていれば、自分と慧音の負担も軽くなるのに。と思いつつ、まぁ仕方がないわね、と思い直すことにした。
 そうとでも思ってなければやってられない。そうとでも思ってなければ胃に穴が開いてしまうだろう。蓬莱人なのに。

 「それで、霊夢のほうはどうするんだい?」
 「萃香のいうとおりさね。万が一戦闘になった場合、アイツに高確率で勝てるやつなんて早々いないよ」

 萃香の言葉に、勇儀が同意するように頷く。実際、彼女達のいうとおり、博麗霊夢は弾幕勝負では無類の強さを誇る。
 万が一戦闘になった場合、彼女に勝たなければいけないのだ。もっとも高確率なのは、おそらく八雲紫だろうが、彼女は妖怪なので人里内部で戦闘行動が出来ない上に、現在夢の中だ。
 となると、条件は絞られてくる。この中の人間で、霊夢にもっとも高確率で勝てる者と言えば。

 「魔理沙。この役目、あなたに頼むわ」
 「へへ、当然だぜ。引き受けた!!」

 永琳の言葉に、魔理沙は自前の黒いとんがり帽子で目元を隠し、ニヤリと口元を釣り上げる。
 コレにはいくつか理由がある。この中で、霊夢相手にもっとも勝率がいいのは魔理沙だ。それに、彼女は派手に動く傾向があるし、救出側が動きやすくするための陽動にも使える。

 「なら、魔理沙のサポートは私に任せて。この中で、一番付き合いの長いのは私だし」
 「アリス。足手まといになるんじゃないぜ?」
 「大きなお世話。むしろ、貴女こそ足手まといにならないでよね」

 いがみ合いながらも、お互いにコンと拳を軽く重ね合わせる二人。
 言葉だけ聞くと、かなり不安が残りそうな会話ではあるが、実際、彼女達のコンビが一番長いのも事実。
 おそらく、これ以上に勝率の高い組み合わせはないだろう。下手に組み合わせて、お互いの力をそぐ結果になってしまっては意味が無い。

 そんな光景を、十六夜咲夜は困ったように眺めていた。
 いやはや、まさかおもしろ半分で巫女をからかいに言ってみればこんなことになってしまうとは。
 流石にコレばっかりは反省せざる終えない。というか、あの食物一個でどーして異変にまで発展してしまったのだろうか?
 今のところ、図書館にアオと撫子が保護されている。パチュリーと幼児退行した小悪魔も一緒だ。
 妖怪の山には八坂神奈子等神たちが万が一のために残り、永遠亭には因幡てゐが篭城の準備を進めている。
 あとで巫女に謝りに言っておこう。と良心の呵責にちょっぴり苛みながら、しかし、そんな彼女の心情など知ったことではないといわんばかりに、作戦はまさに今始まろうとしていたのだった。

























 紫特性陰陽玉を従えて、輝夜は人里の外れのほうを歩き回っていた。
 作戦は既に決行に移され、今頃、魔理沙は人里で心置きなく霊夢と対峙していることだろう。
 なら、こちらはその間に、できるだけ早く慧音を助けて事情を説明しなければなるまい。
 だからこそ、彼女は急いでいた。一見すれば優雅な足取りで歩いているだけだが、それでも彼女は急いでいた。気持ちだけ。まったくもって無意味である。

 『あー、あー、聞こえるか輝夜』
 「聞こえてるわよ妹紅。ソレよりも、場所はこっちであってるの?」
 『あぁ、偵察に出てた鬼ッ子の話だと、丁度そのあたりだ』

 ふぅーん、と気の無い相槌をうち、輝夜はゆったりと歩みを進める。
 目に付く飛行は出来ないので、自然と歩く羽目になったのだが、行けども行けども木ばかりで憂鬱になりそうだ。
 森の中といっても過言ではないその場所で、ようやく目的の一軒家を発見するに至った。

 「見つけたわ」
 『本当か!! 早く!!』
 「五月蝿いわね、静かにしてないと見つかる……っ!!?」

 ビュンッと、風を切る音が耳を通り過ぎる。辛うじてかわしたものの、どうやら相手に見つかったと見て間違いはなさそうだった。

 『どうした!?』
 「敵ね。まったく、妹紅が五月蝿いからよ」
 『な、なんだとぉ!!?』

 耳元でぎゃあぎゃあ騒ぐ陰陽玉を無視しつつ、輝夜は目の前に姿を現した人物に視線を向ける。
 赤い髪の少し長めのショートカットに、赤いマントを翻す少女の姿。生憎、今まで幻想郷にいたものの、とんと見ない顔。

 「初めまして、私は岡崎夢美。物理学者をしている者よ。ココに無断で来たってことは、あなたは敵ね?」
 「もちろんよ。私は蓬莱山輝夜。わざわざ、自己紹介してくれて嬉しいわ」

 お互いに対峙し、クスクスと輝夜は笑う。
 なるほどなるほど。こうやって見張りを立てているあたり、しっかりと考えてはいるらしい。
 だがしかし、あの『物体X』を食べて正常に思考が働くとは考えにくいので、おそらく、誰かが参謀にいるのだろう。
 まったく、誰かは知らないが【期待を裏切らない】でくれて本当に助かる。
 一方、輝夜という名を聴いた瞬間、夢美はパァッと表情を明るくして言葉を紡ぎだす。

 「輝夜って、まさか貴女かぐや姫!? さすが幻想郷、かぐや姫なんて、これ以上に無いサンプルだわ!!」
 「あら、私を実験動物にでも使おうって腹かしら?」
 「いやいや、私は『魔力が実在する』ことを論文にまとめて学会に復讐するの! 貴女なら、きっと巫女以上にいいものが取れそうだもの!!」
 「でも断るわ」
 「あら、酷い」

 言葉の遊びを交えながら、彼女達は不敵に笑いあった。
 お互いの言葉に対する不快感など毛ほども表に出さず、クックッと喉の奥で笑い、その瞳には敵意を張り付かせる。

 「妹紅!!」
 『おう!!』

 輝夜の呼びかけに答え、二つの陰陽玉が炎に包まれ、やがてソレは輝夜の背中に張り付いて翼のように燃え広がる。
 いや、実際にソレは炎の翼だった。轟々と燃え上がる焔は大気を焦がし、ちりちりと周囲の温度を上げていく。
 本来なら、白髪の少女がソレを背に携える。だが、今回限り、その少女の力をサポートに、少女の宿敵たる輝夜に炎の翼は従った。
 美しく、だが同時に苛烈。舞い落ちる木の葉が、炎の翼に触れたとたんにあっさりと蒸発する。
 そして、彼女は大空に飛び立つ。炎の翼をブースターのように噴射しながら、彼女は普段では考えられないような速度であっという間に空中に躍り出る。
 その姿を見つめ、夢美もまた楽しそうに、笑って空にと飛翔した。

 悠然と広がる青空の下、輝夜と夢美は改めて対峙する。

 「倒す前に聞いておくけど、どうして霊夢に協力したの?」
 「何、彼女とは面識があってねぇ。協力してくれたら、いくらでもサンプルとらせてくれるって言うから」
 「あら、太っ腹ねぇ」

 呆れたように首をすくめ、輝夜は苦笑を零していた。
 まぁ、一応建前で聞いてみたが、やはり聞いてみても自分にはどうでもいいこと。疑問も解消したし、そろそろコレと遊ぶのも楽しそうだ。
 くすくすと笑う輝夜に、炎の翼を展開し続ける陰陽玉から妹紅の声が届く。

 『輝夜、判ってるとは思うけど、殺すなよ?』

 そんな声を聞き、輝夜は苦笑する。
 まったく、自分には遠慮なく殺しにかかるくせに、それが他の連中になると途端に甘くなる。
 ソレはそれでこの少女の長所だろうが、ソレと同時に短所でもある。自分以外には、この少女は外面には出さないが、とことん甘い。

 「ま、善処はするわ」

 そういいながら、彼女は一枚のスペルカードを取り出した。
 不敵に笑い、輝夜は相手を見据えて挑発的な視線を向けている。
 対する夢美も、余裕たっぷりに笑いながらマントを風にたなびかせている。

 「いくわよ!! 難題『龍の頸の玉 -五色の弾丸-』 !!」

 スペルカードが宣言され、五色の弾幕が波のように夢美に向かって殺到する。
 同時に、夢美も弾幕を展開し、お互いの弾丸が互いを相殺しあい、するりと抜けてきた玉をお互いに回避する。
 こうして、ここに早くも戦闘が開始された。
 空には色とりどりの弾幕で埋め尽くされ、今まさにお互いの実力を確かめるように、その遊戯に身を投じていった。























 一方、人里のほうを隠れるように進んでいたのは、魔理沙だった。
 傍らに8体の人形を従え、警戒しながらゆっくりと目的の場所に近づいていく。
 場所は元稗田亭。今は妙にデカイ船らしきものが鎮座する場所。そこに霊夢はいるらしい。
 壁からゆっくりと覗いてみれば、以前、どこかで見た覚えのある巨大な物体がそこに鎮座していた。

 「おいおい、ありゃ夢美の船じゃないか。アイツ、なんでこっちに来てんだよ」
 『知り合い?』
 「あぁ、そんなところだ」

 コレは中々にめんどくさいことになった。もしもこっちに夢美がいたら、苦戦は免れないだろうと思う。
 人間のはずなのに、あの女は信じられないほど強い。それは魔理沙も認めるところだ。
 チッと舌打ちしながら、悩んでも仕方がないとゆっくりと目的の場所に歩みを進める。
 そこで、なんとも間の悪いことか。霊烏路空が船の中から姿を見せたのである。
 遮蔽物の無い、見晴らしのいい場所。隠れる場所も無ければ、逃げる場所も無い。
 故に、彼女がお空に見つかるのは自然の流れだった。

 「おっと、見つかっちまったか」
 「あ、魔理沙」

 あっけらかんと言う魔理沙に対して、お空は元気の無い様子で目の前の人物を認識した。
 その様子に疑問を覚えながら、魔理沙は何時でも弾幕を展開できるように、最悪マスタースパークを打つつもりで後ろ手にミニ八卦炉を握った。
 お空の弾幕の力強さには、皆が納得するところ。それに対抗するとしたら、おそらくマスタースパーク以外には無いだろう。
 だが、お空は一向に戦おうという気配は見せないでいた。その代わりに、ポツリと……すがるように、彼女は魔理沙に言葉を紡ぐ。

 「……魔理沙、私、どうしたらいいのかな? 今の霊夢、ずっと様子がおかしいの。変だよ、どうしちゃったのって聞いても、変なことしか言わなくて。
 こんなの、こんなの霊夢じゃないよ。でも、霊夢は友達だから、だから……」

 このまま、彼女の傍にいて支えてやるのが正しいのか、それとも、勇気を振り絞って、ソレは違うんだって言うべきなのか。
 今のお空には判断がつかなかった。違うと思うのに、どうしてもソレを言葉に出来ないでいた。
 出会いこそ、あまりいいものではなかったけれど、今は違う。お燐と一緒に神社に行くし、しょっちゅう遊んだりしている。
 霊夢はどう思っているかはわからないが、少なくとも、お空はそんな誰にでも同じように接する霊夢のことを好いていた。
 でも、今の霊夢は違う。何か、いろいろと、間違っている。でも、ソレを言うと嫌われてしまいそうで、怖いと、そう思うのだ。

 ともすれば泣きそうなお空の頭に、ポンッと魔理沙が帽子をかぶせた。
 なにぶん、お空のほうが背が高いのでちょっと背伸びをして格好はつかなかったかもしれないが、それでも魔理沙は飄々とした雰囲気でお空の傍を通り過ぎる。

 「任せな、おくう。この魔理沙さんが、霊夢を正気に戻してやるぜ」
 「本当?」
 「あぁ、私は嘘を付くが、この言葉は嘘じゃない」

 にっとシニカルに笑ってみせて、魔理沙は言う。
 人形のほうからため息が聞こえてきたが、その事を気にするほど魔理沙は繊細でもない。むしろいつものことだ。
 それで、一杯一杯だったお空の心が、少しだけ、少しだけだが、軽くなったような気がした。
 「ありがとう」と、小さな言葉で紡がれて、魔理沙は照れ隠しかプイッと顔を背ける。その事をアリスに指摘されて口喧嘩に発展していたが、ソレもなんだか眩しく見えた。

 「魔理沙、霊夢をお願い」
 「おう、お願いされた」

 苦笑を零し、魔理沙はズカズカと先に進もうとして―――。


 その気配に気がついて、苦笑を零しながら空に視線を向けた。


 そこに、彼女はいた。
 いつもの巫女服に身を包み、不敵な表情をみせる巫女の姿。
 「ヨッ」といつものように軽い返事をしながら、彼女はお空に目配せをして、箒にまたがって空へと飛翔した。
 風を切り裂くように急上昇し、ピタッと彼女と同じ高度で停止してみせる。
 魔理沙の金紗の髪が、風にはたはたと靡く。

 「来たわね、魔理沙。来るなら貴女だと思ってた」
 「まったく、おいたが過ぎるぜ、霊夢。今日は私が主人公だ」
 「あら、じゃあ私は悪の親玉かしら?」
 「そうだな。どっちかって言うと、気が違って正気を失ってる悪の親玉だ」

 だから、と。魔理沙はニッと口元を釣り上げて、笑う。

 「私が正気に戻してやるぜ、霊夢!!」
 「やってみなさい!! あなたを倒して、私は真の理想郷を作ってみせる!!」

 人形の腕から一斉にレーザーが射出され、魔理沙自身も星型の弾幕を展開した。
 対する霊夢も、お札と陰陽玉を駆使して弾幕を展開する。
 人里の空の上で、友人とも呼べる彼女達の戦いが、始まったのだった!





















 弾幕と弾幕が相殺しあい、お互いを倒さんと疾駆する。
 空は苛烈な戦場へと取って代わり、炎の翼を展開している輝夜はというと、思った以上に苦戦を強いられていた。

 『おい、輝夜! 何やってんだよ!!』
 「だぁから、うるさいって言ってるでしょ!? まったく、アンタも見えてるなら、アレが強いってことぐらい判るでしょ」
 『ソレはそうだけど……』

 飛来した巨大な十字架を紙一重でかわし、輝夜は怒鳴り散らす妹紅に対して同じように怒鳴り返していた。
 薄紅色に輝く十字架形の弾幕。これが思った以上に避けにくく、そして多くの弾を弾き散らしてしまうのだ。
 強い。素直にそう思う。こちらはスペルカードをほとんど使い切り、それでも尚、あの夢美という少女に対して一撃も当てられないでいた。
 実際、妹紅も夢美の強さに舌を巻いていた。弾幕は強固で大きさも申し分なく、その特異な形状から避けにくい。オマケに、相手の回避能力の高さにも隙が無い。
 何か、意表をつかなければとてもじゃないが当てられない。
 何か無いかと、思考して―――思いついたのは、意外にもあっさりとそしてすぐに思いついた。
 自分にあって、相手に無いもの。これで意表をつくのが一番効果的だ。
 では、あの少女に無くて、自分達にあるものは?
 あるじゃないか、とびっきりに趣向の利いたやつが。

 「妹紅、出力の調整お願いね?」
 『は、はぁ!?』

 返事も待たずに、輝夜は炎の翼を推進力代わりに一気に加速した。
 弾幕がかすり、腹部に、頬に、腕に、浅き、ところによっては深い傷を作り出していく。
 その様子に、流石の夢美も驚愕の表情を隠せないでいた。
 ソレもそうだ。嵐のように無数の弾幕の中を、遠慮も躊躇もなしに突っ込んでくるのだから。それも、尋常ではない加速でだ。

 「な、何考えてるのよ!!?」

 たまらず叫んで、夢美はさらに弾幕を密集させた。コレだけ撃てば、相手も回避して加速を抑えられるだろうという、そういう算段だった。
 だが、彼女の予想は大きく裏切られる。輝夜は、速度を殺さずにその速度のまま密集した弾幕の中に突っ込んだのだ!!

 弾幕勝負は、比較的安全とはいえ当たり所が悪ければ本当に死に至る危険だってある。そのあたりはボクシングなどの格闘技と同じことだ。
 密集した弾幕の中に、自ら速度も殺さずに突っ込むなど、既に正気の沙汰ではない。

 左手がはじけ飛ぶ。腹部が大きく抉られて血と内臓をぶちまける。さらには十字架の弾幕が、加速していたこともあいまって遠慮なく輝夜の頭部を粉砕した。
 夢美は思わず、吐き気を覚えて口元に手を当てた。ソレもそうだろう。視界に納まる範囲でそんな光景が見えれば、誰だって気分が悪くなる。
 弾幕の嵐が通り過ぎる。もはやボロボロになった首無しのソレは―――【勢いが弱まるどころか、むしろ加速】して夢美の顔面を残っていた右手で鷲掴みにした。

 「なっ!!?」

 驚愕の声は夢美のほうから。混乱した思考が正常に戻る前に、さらに加速したソレは勢いもそのまま遠慮無しに地面に向かって急降下した。
 ギュアッと風を切る音と同時に、凄まじい轟音と背中に走る鈍い痛み。あまりの衝撃に口から息がこぼれて、痛みのあまりに目を一瞬だけ瞑ってしまう。
 そして、地面に強かに打ち付けられ、背中の痛みを覚えながら夢美が見た光景は。

 先ほどまで、首無しの筈だった蓬莱山輝夜の顔だった。

 「え?」
 「はぁい、おどろいた?」

 呆けた声を上げる夢美と、その反応が楽しいか、クスクスと哂う輝夜。
 ところどころ服が破け、明らかに弾幕を受けた形跡があるのに、【傷がどこにも】見当たらない。
 理解できない。どうして、先ほど首を粉々に砕かれた彼女が、こうして平然としていられるのか。
 ニィッと、輝夜の口が細い三日月のようにぱっくりと割れる。クスクスと嘲笑いながら、彼女は砕けたはずの左腕で夢美の首を握り締めた。
 徐々に首が絞まっていく。恐怖が徐々に体内に循環して、ゾクリと悪寒を全身に運んで行く。

 「蓬莱」

 一枚のスペルカードを取り出して、クスクスと輝夜は楽しげに哂う。
 炎の翼から『あぁ!!』とかいう怒り交じりの声も聞こえたが、それに気がつくほど夢美に余裕は無い。
 ヴアッと巻き起こる猛々しい焔。ソレは渦を巻くように輝夜と夢美を取り囲み、やがてぐるぐると際限なく勢いを増し、炎は空高く舞い上がる。

 「『凱風快晴」

 ゴウッと、熱風が二人を包み込む。息をすることすらも困難で、うっかり息を吸ってしまえば内部を焼かれてしまいそうな、そんな風。
 炎が風に運ばれ、獲物を求めるように荒れ狂う。
 あ……と、夢美が何かを言う暇もなく。

 「-フジヤマヴォルケイノ-』!!」

 輝夜の言葉と共に、二人は巨大な火柱に包まれたのだ。
 巨大な火柱は空を貫き、轟々と激しく燃え盛りながら空気を、空を、天を焼く。
 焔は渦を巻き、周囲にあるものを巻き込みながら遠慮なく範囲内全てのものを焼き尽くして行く。

 そうして、巨大な火柱と炎の渦が収まった場所に居たのは、周囲のものを丸ごと焼き尽くされた森の一角と、両腕が炭と化した輝夜、そして、ボロボロではあるが、一応無事に気絶している夢美の姿だった。

 「やっぱり、見よう見まねで使うもんじゃないわね」

 先ほどのスペルカードで炭状態になった自分の両腕を見つめながら、輝夜は小さくため息をついて言葉を紡ぐ。
 あれは本来、彼女のスペルカードではない。その陰陽玉の先に居る、藤原妹紅の得意とするスペルカードの一つだった。

 『自業自得だよ、馬鹿』
 「あら、事実だけに耳が痛いわね」

 妹紅の不機嫌そうな罵倒にも、クスクスと苦笑を零しながら輝夜はあっさりと両腕を『治して』立ち上がった。
 彼女も、妹紅も、そして永琳も。蓬莱の薬を飲み、不老不死になった身。オマケに、輝夜や妹紅にいたってはしょっちゅう【殺し合い】をしていたせいもあって、痛みには強いほうだった。
 まぁ、お互い殺すことが出来ない戦いを、殺し合いと表現していいかどうかは微妙だけど、と、輝夜はそこで人の気配に気がつく。
 そちらに視線を向ければ、そこにいたのは金髪の髪をした少女だった。「ゲッ!?」と露骨に逃げ出そうとしたところを、炎の翼を展開して加速。あっさりととっ捕まえる。

 「貴女、アレの仲間?」

 にっこりと笑顔を浮かべていたが、しかし、少なくともこの少女、北白河ちゆりには笑顔なんてものには見えなかったことだろう。

 「きょ、教授は生きてるのか?」
 「生きてるわよ。優しい誰かさんがちゃんと出力調整してくれてたおかげで」

 おかげで彼女自身は思いっきり両手が炭化してしまったが。これも妹紅から輝夜に対しての抗議のつもりだろう。
 まぁ、自業自得だし、コレぐらいは大目に見ましょう。なんて思いながら、輝夜はニッと寒気のするような笑みを浮かべてみせる。

 「じゃ、幽閉されてる人たちのところに案内してくれる? じゃなきゃ、後ろの誰かさんがあなたを丸焼きにしちゃうかも」
 「う、後ろなんて誰も居ないじゃないか!?」
 「居るのよ。この炎の翼だって、元々私じゃないんだし。ほら、耳を澄ませば彼女の怒ってる声が―――」
 「わかった!! 案内するから止めろよ!!」

 半分怯えたような様子で、ちゆりは慌てて待ったをかける。その様子に加虐心が満たされたのか、輝夜は実に満足そうにニッコリと笑顔を浮かべておいでだった。
 炎が消え、元の陰陽玉が姿を現す。その陰陽玉から、これ見よがしに盛大なため息が聞こえてきたが、輝夜はソレに取り合わずに夢美をほったらかしにしてちゆりの後に続いたのだった。

























 人里の上空、そちらのほうでも苛烈な戦いは続いていた。
 お互い人里に被害が出ないように配慮しながら、しかし、烈火の如き勢いで弾幕を展開する。

 「霊夢!! お前は間違ってる!! とっとと正気に戻れ!!」
 「間違ってないわよ!! 私はこの幻想郷をもっとよりよい場所にするために!! この私が!! 博麗が!! 人や妖怪を導こうって言うのよ!!」
 「エゴだぜ!! ソレは!!」

 行く筋ものレーザーが空を焼き、星型の弾幕が彼方此方に散らばり、弾けて更なる弾幕を作り出す。
 お互いに気持ちを吐露しあいながら、容赦なく、相手を殲滅せんとぶつかり合う。

 「このままじゃ、私たちの未来はどうなるの!? 誰かがやらなきゃ、この先、人と妖怪との自由なんて一生無理よ!!」
 「だからって、お前がソレをやるっていうのかよ!! 驕りすぎだぜ霊夢!! 生憎、私はそこまで幻想郷の連中に悲観しちゃいない!!」
 「わからずや!!」
 「お前こそ!!」

 ビュンッと、魔理沙のすぐ傍を針が通り過ぎる。頬に浅い傷が出来たが、魔理沙は臆した風もなく弾幕を展開する。
 怒涛、苛烈、しかし繊細。弾幕はパワーだと公言する魔理沙の力強い弾幕と、弾幕はブレインだと主張するアリスの人形達による複雑かつ繊細な弾幕。
 二人は否定するだろうが、この二人は間違いなくベストパートナーだといえた。
 だというのに、博麗霊夢は一人でその上を行っている。流石はスペルカードルールの創始者。年季も違えば、そのセンスも飛びぬけている。
 何より、彼女は勘が鋭い。裏をかいたと思っても、こともなげにひょいっとかわしてみせるのだ。

 そして、魔理沙のスペルカードの一つ、星符「ポラリスユニーク」が燃え尽きて、襲来してきた札の攻撃を急上昇して回避して見せる。
 決め手がないまま、事態は膠着する。戦場となった空での攻防は、人里の人々にも映り、あまりの苛烈さに誰もがただ見上げるだけだった。
 魔理沙が残りのスペルカードを取り出せば、手持ちに残ったのはたった一枚だけ。
 しかも、そのスペルカードは酷く燃費が悪い。威力は折り紙つきだが、外せば後がない。事実。コレを撃ってしまえば。魔理沙の魔力は底をつく。
 だが、はたしてコレが霊夢に当たるのか? お互い、長くお互いを知っているだけに、ただ撃つだけでは当たらないだろう事は容易に想像がついた。

 「アリス、霊夢の動き、何とか止められないか? 一瞬でいい」
 『ソレを使うの? 外したら後がないわよ』
 「生憎、分の悪いかけは嫌いじゃないんでな」

 にっと笑う魔理沙の言葉に、アリスは呆れたようにため息をつきながら『でしょうね』なんて言葉を紡ぐ。
 もとより言っても聞きはしないだろう。言っても聞かないなら、必要以上に止めても無駄なこと。正真正銘、時間の無駄だ。
 なら、自分がやるべきことは何か? 魔理沙がソレを撃つといい、彼女はアリスに足止めを要求している。
 人形の向こう側で、彼女と腐れ縁とも言うべき魔法使いは、クッと喉の奥で笑ってみせる。

 「何だ? やっぱり無理か?」
 『無理? 誰に物を言っているのよ、魔理沙。私は七色の人形遣い、ドールマスター、アリス・マーガトロイドよ? その程度のこと、私には造作もない!』

 謳うように、高らかにアリスは宣言する。途端、今まで魔理沙に付き従っていた8体の人形達が散開し、弾幕の隙間をかいくぐりながら霊夢を軸に回転するように取り囲んだ。

 『偵符「シーカードールズ」!』

 アリスがスペルカードを宣言する。その途端、人形達から今までよりも出力の高いレーザーが照射され、霊夢の動きを取り囲むように交差する。
 レーザーの檻。傍から見ればそうとも取れる光景は霊夢にこそ当たらなかったがしかし、動きの自由を奪うには十分だった。
 その満足に動けない空間の中で、なおも展開されている弾幕を避ける彼女は、さすが、といえばそうなのだろう。
 だが、ソレこそが魔理沙の待っていた瞬間。その一瞬を逃すまいと、既にチャージを終えていたミニ八卦路を霊夢のほうに突き出す。

 「魔砲」

 その宣言が、霊夢の耳に届く。それだけで、彼女はこれから魔理沙が放とうとしているスペルカードの正体を看過した。
 珍しく焦ったように舌打ちし、針で二対の人形を貫いてわずかなスペースを確保すると、そこから脱出するように後退しながら結界を重ねるように展開する。
 その直後。

 「『ファイナルマスタースパーク』!!」

 魔理沙の放った極大のレーザーが、文字通り霊夢を飲み込んでいった。
 今までのレーザーが子供だましだとでも言うかのように、山すらも丸ごと吹き飛ばしそうなその極大の光の奔流の中で、しかし、霊夢は結界を維持したまま何とか耐え切っていた。
 突き抜けてくる熱の余波が肌を焼き、防御結界がビキビキと嫌な音を立てて徐々にひび割れていく。
 あまりの眩しさに目なんてまともに開けていられず、辛うじて覗く景色は、まさしく、光が流れていくと表現しても相違ない光景。

 ありったけの魔力をこの一撃に詰め込み、魔理沙は朦朧としそうな意識の中、必死に耐え切っていた。
 つらいのは霊夢ばかりではない。今まさに、魔力を根こそぎ持って行かれている魔理沙にも相当な負担がかかっていた。
 眠気を誘う虚脱感。右手に持ったミニ八卦路からの衝撃で、痛みが右腕を苛んだ。
 だが、彼女にはまだやることがあった。だから、ここで倒れるわけに行かない。
 ココで倒れたら、お膳立てをしてくれたあの人形遣いに、どのツラ下げて謝れというのだ。
 それに、ここで霊夢を止めなければ、何か取り返しがつかないことになりそうで。
 だから、必死に歯を食いしばる。意識を現実に繋ぎとめ、次の一手を確実にするために。

 そうして、光が力なく薄れ、やがて大気に溶けていく。
 その中にあっても、霊夢はいまだ健在だった。ところどころボロボロで、意識も朦朧としていたが、だが確かにその場に浮遊している。
 ソレを確認した瞬間、魔理沙は残った力を振り絞って霊夢の元にまで飛来する。
 加減もクソもあったもんじゃない。弾丸の如きスピードで飛来し、魔理沙は懐から永琳謹製のワクチンを取り出した。

 「霊夢ー!!」

 失いそうな意識を、声を張り上げることで繋ぎとめる。
 その声に反応したのか、霊夢がおぼろげな視線を飛来する魔理沙に向けた。
 ぼんやりとして、焦点の定まっていない瞳。ソレを意に介さず、魔理沙は突っ込み―――

 「いい加減、正気に戻れぇぇぇぇ!!」

 遠慮も容赦もなく、彼女の口に無理やりワクチンの入った小瓶を突っ込んだ。
 ムグッと言う呻きと共に、遠慮なく白い液体が霊夢の喉を通過して投与されていく。
 小瓶がはずれ、風に流されてどこかに運ばれていった。一方の魔理沙はというと、そこで意識が途切れたのか霊夢に体当たりする形になり、彼女もろとも地上にまッさかさまに墜落していく。

 そしてあわや地面に激突しようかといった瞬間、気絶したままの二人は横合いから突進してきた誰かに抱え上げられた。

 「うにゅう……、ふ、二人は重いぃ」

 何とか二人を抱えたはいいものの、流石に二人分の重量はきついものがあったのか、彼女達を救った誰かことお空は、ゆっくりと降下して壁に彼女達の背中を預けさせる。
 疲れきったのか、一向に目を覚ます気配のない二人の様子を、お空はただ心配そうに眺めるだけ。

 『あぁ、まったく。まとめて吹き飛ばすなんて何考えてるのかしらあの黒白は!!』

 空から聞こえてきた罵声に、お空がそちらに視線を向ければ、少々すすけた人形がゆっくりと降下してくるところだった。
 他の人形の姿が見えないところを見ると、先ほどのファイナルマスタースパークでもろとも吹き飛んだのだろう。無事だったのがこれ一体だった、という事なのか。
 どちらにしろ、人形に強い思い入れのあったアリスには余り面白い話ではなかっただろう。
 そしてアリスのほうもお空と、眠るように気を失っている二人に気がついたようだった。
 それで、今まで言おうとしていた文句が、替わりにため息となって人形のほうからこぼれてくることになった。

 「終わったのかな」
 『終わるも何も、始まってすらいないわよ。私たちはソレを事前に止めただけ。明日には霊夢も元に戻ってるわ』
 「うん、ありがとう。アリス」
 『礼を言うなら、そこの馬鹿に言ってあげなさい。がんばったのはソイツなんだから』
 「そう、ね。ありがとう、魔理沙」

 日が沈み、赤みを帯びた夕焼け空。
 その人里の一角で、二人の少女が寄り添うように眠りにつき、その少女の片割れに、お空は笑みを浮かべて、感謝の言葉を紡ぎだす。
 聞こえては居ないだろうけれど、でもきっとソレでいいんだろう。魔理沙にかぶせてもらった、彼女のトレードマークの黒色のとんがり帽を深く被るようにして照れ隠しに目元を隠す。
 見えてないんだから、別にいいだろうにと思うアリスだったが、次第に捕らわれていたらしい慧音の声が耳に届いて、アリスもようやく終わりを実感できたのだった。
















 かくして、巫女は正気に戻り、事件は解決と相成った。
 事件の詳細については、人里においてようやく起きた妖怪の賢者八雲紫と、人里の守護者上白沢慧音の二人による説明があった。
 「食べ物であんな風になるわけないだろ!!」ともっともらしい意見が当然のように飛び出したが、問題の食物を里の長である老人が食べると皆納得した。
 幸いにも、長にも霊夢と似たような症状が発祥し、「ジーク・ジジィ!!」とかほざき始めたので早々にワクチンが投入され、みんなが納得せざる終えない状況になってしまったのである。
 結果、何とか人里、および妖怪の各面々にも納得してもらったはいいのだが、肝心の巫女が羞恥心とか後悔とかで神社の床でのた打ち回る姿がよく見られるようになったとか。




 後に、今回一番の被害をこうむり、乱心した巫女に勝手に参謀に仕立て上げられた阿求氏はこう語る。
 「なんなんですかねぇ、この超展開」と。
















 「と、いうことがあったんで、家が直るまでの間、ココに泊めてください」
 「って長ぇぇぇよ前置き!? 『ちょっと諸事情で家が壊れたんで泊めてください』でいいじゃん!! プロローグで済むはずの話が何で丸々一話使った超大作になっちゃってんのぉ!!?
 なんだよワードパットで143kbって!! いつもの二倍じゃん!! 俺達の出番返せェェェェェェ!!!」

 やたらと長い前置きをいい終えた直後、阿求から飛び出したその言葉に銀時が思わず大声を上げた。
 件の事件の夜、家が跡形もなく吹っ飛んだこともあり、仕方なく阿求はココを選んだのだが、親身に丁寧に説明した阿求の話が、どうも銀時は気に食わなかったらしい。
 まぁ、まさか回想で久しぶりの出番を潰されるとは思わなかったのだろう。前回出てないし。

 一方、どうも自分にも非があるらしいと判ったフランが冷や汗流して明後日のほうを向いていたりするが、阿求はソレを不思議そうに首を傾げてみるだけであった。

 「ちぃぃぃぃ!! なんてことですか!! そんな面白おかしく愉快なことになっていたのにまったく気がつかなかったとは!! この射命丸、一生の不覚ッ!!
 絶対面白い記事が書けると思ったのにぃぃぃぃぃぃ!!」
 「ってオィィィィィィ!!! 悔やむトコ其処かァァァァァァァァ!!!?」

 ぬおぉぉぉぉぉ!! と悔しさの余りに銀時の部屋でもある畳張りの床でゴロゴロとのた打ち回る鴉天狗、射命丸文。そんな彼女に向かって、今日も相変わらず新八のツッコミが飛び交っていた。
 そんな声が聞こえているんだかいないんだか、文はシュタッと立ち上がり、にこやかな笑みを浮かべていた。カメラ片手に。

 「じゃ、そんなわけで取材に行ってきますね!!」
 「行くなぁぁぁぁぁ!! そっとして置いてあげようよ!! 今の彼女はガラスの心よりも脆いふやけたパスタの心になってるよ!!? 触れたら千切れちゃうよ!!?」

 それだけで何をしにいくか悟ったらしい新八は、文の肩を引っつかみ慌てて待ったをかけた。
 そんな彼に、文はにっこりと振り返り、そして一言。

 「心配要りませんよ新八君。そのふやけたパスタの心にミドルキックを叩き込んできます!!」
 「心配しか生まねぇんですけどぉぉぉぉぉぉぉ!!? その台詞に安心する要素が一つも見当たらねぇんですけどぉぉぉぉぉぉ!!!? 馬鹿かぁぁぁぁぁ!! お前は馬鹿かぁぁぁぁぁぁ!!?」

 そんなやり取りが繰り広げられている中で、銀時は仕方がないといった風に小さくため息をつく。

 「わーったよ。お前の家が直るまでだからな?」
 「はい。お世話になります」

 深々と阿求がお辞儀をすると、銀時はそんな彼女を眺めてから銀時はまたため息をついた。
 まぁ、事情が事情だから仕方がないとは言え、段々とこの家の女性比率が高くなってる気がするのは一体どういう事か?

 ちなみに、ココで語られていないことだが、当の岡崎夢美と北白河ちゆりの二名は、いたたまれないみたいで例の馬鹿でかい船ごとどこかに去っていったが、それは阿求の知るところではない。

 「さて、今回の異変のこと、幻想郷縁起に追加しないと」
 「……え?」

 何気なしに阿求から紡がれた言葉に、思わず鈴仙がそんな言葉を漏らす。
 ある意味、文がリアルタイムでやろうとしていることよりもよっぽど悪質な気がしないでもないのだが、そのへんどうなんだろう?
 その言葉が聞こえたのは、何も鈴仙だけではなかったらしい。
 フランも気まずげな顔で「霊夢、ゴメン」とか謝ってるし、今さっきまで散々博麗神社に突貫しようとしていた文も「やっぱり、こういうのいけないですよね」と、ものすごく悲哀に満ちた表情を浮かべてすごすごと引き下がっていった。

 皆思うことはただ一つ。ソレは霊夢に対する哀れみの感情なのであった。




















 一方、そのころ博麗神社。
 夜の帳が落ちて神社らしい風格が漂うさなか、その神社の巫女はと言うと死んでいた。
 言葉の通りではなく比喩だったが、もうなんか表情とか空気とかありとあらゆるものが死んでいた。

 「おーい、霊夢。元気出せって」
 「五月蝿い。放っておいて。むしろ殺せ」
 「まぁまぁ、お姉さんも、早いうちに忘れちゃいなよ。ほらお酒」

 魔理沙の言葉にも覇気がない霊夢だったが、そんな彼女の杯に遠慮なくお燐が酒を注いでいく。
 もはやこうなったら自棄酒だ。ぐいっと力強く杯を煽って、早く酔おうと躍起になった。

 「おくう、アンタも飲みなさい!!」
 「うん、付き合うよ、霊夢」

 そういいながら、お空は霊夢の傍により、彼女の杯に並々までお酒が注がれていく。
 霊夢、魔理沙、お燐、そしてお空。
 今この場にはコレだけの人数しか集まっていなかったが、またいつか盛大に集まって宴会でもやることだろう。
 きっと今頃、あの小鬼が画策してるに違いないと思いながら、霊夢を除く三人は酒を飲んだ。
 霊夢は早く忘れたいのだろう。酒を飲むペースがいつもより倍だ。
 そんな彼女を魔理沙がからかい、二人のやり取りを見てお燐とお空が仲良く笑い合った。

 中々に大変な一日ではあったが、結果的に見ればめでたしめでたしとしめくくられるのだろう。
 お空が間の抜けたことを言って、お燐と魔理沙がそれを茶化す。
 そんな光景を見つめて、珍しく落ち込んでいたらしい巫女の表情に、少しだけ、笑顔が浮かんでいたのだから。














 in 夢幻館

 「うあぁぁぁぁぁぁ!! 私は、私はなんてことをぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」
 「ゆ、幽香さま!! 落ち着いてください!!」
 「んー、どうしたの幽香は? なんか荒れてるけど?」
 「……姉さん、昼のこと考えて物言おうよ」


 in 紅魔館

 「うぉぉぉぉ!! 私としたことがとんだ醜態をぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
 「お嬢様、安心なさってください。しっかり写真に収めてアルバムを作っていますわ」
 「ノォォォォォォォォォォ!!!!?」


 ……めでたし?


 ■あとがき■
 はい、そんなわけで第17話を投稿させていただきます。
 そして、描き終えて最初に思ったことはただ一つ。

 Σ(;・Д・)<あるぅえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!?

 だったことをココに明記しておこうかと思います。(ぉ
 いや、だってですね、最初は壊れギャグのつもりだったんですよ。それが描き終えてみればなんかバトルモノっぽくなってるんですよ。
 あれ? いや、本当にあるぇ!!? な感じなわけで。おかしいなァ。おかげでところどころ穴があるように思えて仕方がない。
 色々ツッコミどころが多いかと思いますが、大目に見てください^^;
 輝夜が妹紅のスペカ使ったり、旧作キャラ出てきたり。中でもちゆり、マジゴメン。

 最近、ぬらりひょんの孫という漫画にはまってます。
 ジャンプの漫画ですけど、個人的には大好きです。こういう漫画。
 というか、雪女のつららが可愛すぎて困る件について。他のキャラもいい味出してますけど。

 さて、今回は長くなりましたがいかがだったでしょうか?
 それでは、今回はこの辺で。

 魔理沙の台詞、一部修正してます。不快に思った方々、本当にスミマセンでした。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第十八話「嫉妬心、その違いは多々あれど」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2008/12/01 21:24









 地底も随分にぎやかになったものだと、彼女、水橋パルスィは最近そう思う機会が多くなった。
 地底に住む妖怪は、大体が地上から追われ、忌み嫌われた力を持つものが多い。
 彼女、パルスィもそんな妖怪の一人。「嫉妬心を操る程度の能力」など、妖怪たちの間でさえ忌み嫌われる能力だった。
 地底に住む妖怪は、大体そういった忌むべき力を持つ者ばかりなのだ。彼女のように嫉妬心を操ることが出来たり、黒谷ヤマメのように感染病を操ったり、あるいは地霊殿の主のように心を読むことが出来たり。
 後に、そんな妖怪たちばかりが集まる地底世界において、地上に嫌気が差し、地上を見捨てた鬼達が地底の旧都に住み着くようになり、ついこの前なんかには人間が下りてきた。

 「地底もさァ、最近賑やかになったよねぇ」

 ハムッと持参したらしいサンドイッチを口に放り込み、パルスィの横にいた黒谷ヤマメはそんなことを口にした。
 なるほど。この押し掛けがましい土蜘蛛の友人も、自分と同じことを思っていたらしい。
 そんなことを思いながら、パルスィは「そうねぇ」と気のない返事を返すだけにとどめ、友人の膝の上に乗っていたバスケットからサンドイッチを一つ攫って行く。
 一口食べてみれば、中々に美味しい味が口内に広がり、思わず口元が緩みそうになる。
 地底らしからぬ明るさをともなった旧都に繋がる橋の上で、パルスィは今日もお決まりになりつつある口癖が衝いて出る。

 「妬ましい」
 「お、出た出た。パルスィの十八番」
 「どんな十八番よ」

 ケタケタと小気味よく笑うヤマメに、パルスィはため息を一つついてもう一度、食べかけのサンドイッチを口に運ぶ。
 うん、やっぱり妬ましい。

 「おーい、居たねぇ。アンタ達」
 「おっ、誰かと思えば勇儀の姐さんじゃないか」

 酒を片手に馴れ馴れしい声を上げる鬼の声。そちらのほうも、パルスィにしてみれば随分と聞き馴染んだ声だ。
 星熊勇儀。地上に嫌気が差し、もう随分と昔に地底の旧都に住み着いた鬼達のうちの一人。
 その姉御肌で面倒見のいい性格のせいか、鬼達だけでなく、地上を追われた地底の妖怪たちにも人望の厚い鬼の四天王。

 「よ、パルスィも相変わらずだねぇ」
 「何よ、相変わらずって。それって、嫉妬深くて嫌味たらしい女って意味かしら?」
 「はっはっはっ!! いやいや、本当に相変わらずだねぇ、アンタは。うん、良きかな良きかな」

 相変わらず気安く話しかける勇儀に、パルスィはこれまたいつものように言葉を投げかける。
 もっとも、そんなこともいつものことなもんで、勇儀は大笑いしてうんうんと頷き、ヤマメも笑みを浮かべて本日5枚目のサンドイッチに手を伸ばし、パルスィもそんな彼女達につられて苦笑を零した。
 一体どこがいいんだか、と思わなくもないが、それもそれで悪い気はしないので何も言わずにヤマメのほうに視線を向けてみれば、六枚目、要するに最後のサンドイッチを口に頬張るヤマメの姿があった。

 「貴女もよく食べるわねぇ。そんなんだからおなかに脂肪が行くのよ」
 「ムグッ!! げほっ!! げほっ!! ち、違うよ!! コレはこういう構造のスカートなの!! 私は太ってないやい!!」

 何気に失礼な発言がパルスィから飛び出し、たまらず盛大に咽たヤマメは、顔を真っ赤にしながら必死に弁解する。
 あ、こいつはまた太ったな。などと思わせる反応だったが、とうのヤマメはそこにまで気が回っていないらしい。それ、頬をつついてやれ、な感じでぷにぷにしてみる。
 それが癪に障ったのか、ヤマメはう~っと唸ってからプイッとそっぽを向く。そんな反応が面白くて、たまらずパルスィは勇儀と一緒に苦笑を零した。

 そんな中、地上に続く縦穴のほうから妙な音が聞こえてきた。

 「ありゃ?」
 「何の音、これ?」
 「音っていうより、こりゃ悲鳴だねぇ」

 ヤマメ、パルスィ、勇儀の順に言葉を漏らし、三人そろって縦穴のほうに視線を向ける。
 やがてその音は徐々に大きくなっていき―――

 「―――……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」

 ぐしゃっ!!

 『あ』

 ものの見事に縦穴から降ってきた何かは地面に激突し、ワリと洒落にならねぇ音を立てて盛大にはねてゴロゴロと橋の付近にまで転がってきた。
 三人の声がシンクロして口からついて出て、思わずその降ってきた何かに視線を向けてみれば、見覚えのある青い翼が視界に映ったのである。









 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第十八話「嫉妬心、その違いは多々あれど」■
















 「いや、ホンマにありがとうな。おかげで助かったわ」
 「私としては死ななかったことが不思議でたまらないんだけど?」

 あっけらかんと口にする縦穴から落下してきた少女アオに、パルスィはため息をつきながらそんな言葉を投げかけていた。
 現在、ココは地底……ではなく、地上の人里のカフェである。
 何故、ここにパルスィと、その隣にアイスクリームをぱくついているヤマメがいるのかというと、少し長くなるが説明が必要になると思う。

 あの後、盛大に落下してきたアオはワリとあっさりと復活を果たし、事情を聞いてみるとなんとも間の抜けた答えが返ってきたものだった。
 いわく、こけて盛大に転がっていった挙句に地底に続く縦穴に落っこちたのだとか。一体どこのおにぎりの話だ?
 そんなわけで、アオが飛べないのは彼女を知る人物なら大抵が知っている事実であり、どうやって帰ろうかという話題になったのである。
 結局、ヤマメとパルスィが二人係で抱えて地上まで連れて行ったのだが、話が決まらなければこの鳥妖怪のことだ。ロッククライミングでもして自力で帰るとでもいいはじめたに違いない。鳥なのに。
 そんなわけで、お礼にという理由で人里のカフェに脚を運ぶこととなり、今現在にいたる、というわけなのである。

 「なんでも好きなの頼んでえぇよ? こう見えても結構かせいどるんやから」
 「ふーん。別にそれはいいんだけど……」

 半眼のまま、パルスィは店内を見回した。
 それなりに客の入りもよく、店員のウェイトレスが忙しく動き回っている。
 そんなに多くの客が居る中においても、地底の妖怪がココにいるというのに誰も気にした風もない。
 地底の妖怪が、地上から追われて随分と久しい。今思えば、この結果も当然だったのかもしれない。
 長生きする妖怪はともかく、わずか80年程度しか生きられない人間達が、地底に追いやられた妖怪たちのことを覚えているはずもないのだ。
 それに少し、腹が立った。自分達で私たちを地底に追いやっておきながら、肝心の子孫や末裔達は自分たちのことを伝えもしていない。
 図らずも、地底の妖怪たちは人間達に忘れ去られてしまったのだろう。こうやって、嫉妬心を操る自分と、病気、それも感染病を操るヤマメが居ても、誰も警戒していないのだから。
 そう思えば、地底に追いやられ、人間達に忘れ去られてしまった自分達が段々と惨めに思えてくる。
 悔しい、とも思う。でもそれ以上に、妬ましい。黒々とした感情が、パルスィの心の中でぐるぐると渦を巻く。
 その感情が今にもあふれ出しそうになって―――

 「……ねぇ、アレ、何?」
 「へ? アレって……。あぁ~……」

 なんか奇妙な集団を見つけ、思わずパルスィはアオに問うてしまう。
 アオもアオでパルスィが指差した場所に視線を向けて、なんだか納得したように微妙な声を漏らすのだった。

 パルスィが指をさした先、其処はカフェの隅のほうにある席であり、其処のテーブルに3人の少女達が沈殿して濁りきったオーラを撒き散らしていた。
 一人は、紅白の巫女こと博麗霊夢。
 二人目は紅魔館の吸血鬼、レミリア・スカーレット。
 三人目は、最悪最凶と名高い風見幽香だった。
 三人とも、普段の様子では考えられないほど覇気がない。むしろその空気は淀んでいるというより腐りきっている。
 誰もがその場所だけを見ないように談笑する姿が見て取れる。どう考えても現実逃避だ。

 「……アレ以来さ、ウチのメイドたちが『お嬢様、うー? って、やってください!!』とか言ってくるのよ。脅しかけても『キャー!! カワイイ!!』とか言うだけだしさぁ。私のカリスマどこ? 今の私は、Not KARISUMA」
 「いいじゃない、それぐらい。私なんて人里の連中から結婚してくださいとかほざかれて冗談じゃなかったわ。鬱陶しいし、夢月はアレをどこかに隠し持ってるし。今まで大切にしてきたアウトローな私のイメージ台無しだし……」
 「いいじゃない、あんた達は。私のに比べたら大した事じゃないわ。何よ、ジーク博麗って。何よソロモンって。人里に買い物に来ればなんか生温かい目で見られるし、同情されるし、もうヤダ。ブラックジャック先生、お金は……ないけど、どうか私の記憶を消してください」

 口々にいいながら、しかしその様子は机に突っ伏したまま動かない。なんかもう見ているだけで痛々しかった。
 パルスィはそんな彼女達から視線を戻し、そしてにっこりと慈愛に満ちた表情を浮かべ。

 「店員さーん。注文お願い」

 先ほどまでの光景を綺麗さっぱり記憶から抹消して見なかったことにした。つまり他の人間達と同じように現実逃避に走ったのであった。

 「うわぁ、パルスィがそんな笑顔浮かべてると背筋が寒くなるね。何か良くないものでも見たのかい?」
 「おだまり、ヤマメ。気になるなら後ろをみて御覧なさい」

 ヤマメから飛び出した失礼な物言いに、パルスィは相変わらず笑みを崩さないまま額に青筋だけ浮かべてそんなことを言う。
 彼女のいうとおりに、ヤマメは指についたアイスを舐め取りながら後ろに視線を向け、……完膚なきまでに硬直した。
 そのまま数秒、硬直したままだったがやがて、彼女は聖女のような慈愛に満ちた笑みを浮かべ。

 「店員さーん。注文お願いねー!!」

 同じように現実逃避に走った。其処には三人に対する溢れんばかりの優しさがあったとか何とか。
 それはともかく、二人の声にこたえて黒髪ロングの男性が流れるような足取りでこちらに向かってくる。その顔に見覚えがあったこともあり、パルスィとヤマメは驚いたような表情を浮かべることになった。

 「あれ、ヅラじゃない。元気してた?」
 「ヅラじゃない。桂だ」

 ヤマメが能天気に言葉を紡げば、桂がむっとしたような表情で返答する。
 もはや完璧にいつものやり取りになりつつあるその光景に、桂は小さくため息をつきながら彼女達に視線を向ける。

 「まぁ、それはともかく。ご注文はいかがいたしましょう? 当店の個人的なお勧めはキムチパフェとなっておりますが?」
 「何、そのゲテモノ。というか今、個人的なって言った?」

 そりゃ遠まわしに嫌がらせか!? と思わなくもなかったが、まぁいいかと適当に思考してからパルスィはみたらし団子を、ヤマメはきな粉餅とよもぎ饅頭を注文する。
 こうやって会話するのにもすっかり慣れたのか、桂も特に深くは追求せずに自分の仕事をこなすことに専念していた。

 「店長ー、キムチみたらし団子とキムチきな粉餅とキムチよもぎ饅頭が一つずつ入りまーす!!」
 「何でキムチ!? だから何でキムチ!!? 何で其処までキムチにこだわったの今!!?」

 前言撤回。しっかりと根に持ったまま仕事してやがったのであった。しかも店長まで「おうよ!!!」と気前よく答えたもんだからたちが悪い。
 そんなわけで、パルスィの抗議の声を物の見事にスルーしつつ、そそくさと別の客の方に去っていく桂を恨みがましく睨みながら、思わず立ち上がってしまったらしく、気を取り直して椅子に座った。

 丁度そのタイミングで、カランとカフェの入り口のドアが開く。新しく入ってきた客は、彼女達にも馴染みのある人物だった。
 銀髪天然パーマ、糖尿病一歩手前のまるでダメな男、略してマダオ、坂田銀時の姿。

 「お、銀ちゃーん! こっち席あいとるよ~」
 「あー?」

 元気よく声をあげブンブンと手を振るアオと、それとは対照的に、気だるげな声を上げてゆっくりとした動作でこちらに視線を向ける。
 やがて、辺りを見回して席が空いてないことを悟ったらしい銀時は、仕方なくといった様子でアオの隣まで歩み寄り、遠慮なく腰掛けたのだった。

 「あら、銀髪じゃない。また甘いもの?」
 「まぁ、そんなトコだな。最近、うちで甘いもの食おうとするとやかましいのがいてなァ」

 パルスィからの声に、銀時はというとため息混じりにそんなことを言う。
 そのやかましいやつというのも、大体は新八と鈴仙の二人で、特に鈴仙は元々医薬関係の知識があるだけに、特に口酸っぱく言うのだ。
 そんなわけで、彼女達が出かけたのを見計らってこっちにきたというわけで。

 「ところでアオ。おめぇ今どこに住んでんの? こっち来た瞬間、クローゼットだけ残して焼け野原だったんですけども?」

 というか、どんだけ頑丈なんだ八雲紫謹製クローゼット。とかいうツッコミはさておいて、アオはいつものようにぽわっとしたような笑みを浮かべ。

 「今は紅魔館にお世話になっとるよ。家が直るまでの間、メイドの仕事引き受ける代わりに、客間を借りとるんよ」
 「じゃあ、今は撫子は紅魔館のほうか?」
 「うん。うちは今日非番やから。こうやってココに居るんやけど」

 そんな会話をしながら、アオはオレンジジュースをクピクピと喉に通す。
 それで大体の事情はわかったのか、銀時はメニューに視線を移した。

 そういえば、と、パルスィは思考する。
 霊夢や魔理沙たちもそうなのだが、コイツもコイツで地底の妖怪にも普通に接してくる。
 いや、怨霊あたりはどうもダメみたいで、途端に挙動不審になるのだが、それはさておき。はるかに危険な自分達にはどうかというと、目の前の態度が答えを示している。
 いつも飄々としていて、つかみ所がなくて。なんというかこういう人物を誰か知っているような気がするのだが、誰だったっけ? と頭を悩ませることになる。

 「どーした、パルパル? あんま考え込んでると禿げるぞ」
 「誰がパルパル?」

 銀時の言葉に、にっこりと死なす笑みを浮かべ、懐から大きめの鋏をすらりと引き抜く。
 銀の刃が怪しく輝き、ギラリと獲物を映し出している。誰が獲物って? そりゃもちろん、暴言というか妙なあだ名を勝手に呼び出した銀時に他ならないわけで。
 ちなみにその鋏、どう考えても髪をや紙なんかを切るためのものなんかではなく、間違いなく肉を切るための得物である。

 「そっかぁ、パルパルかぁ。かわいいと思うけどなぁ」
 「……そう、ヤマメ。まずは貴女から舌を切られたいのね? 昔話の雀のように」

 ギロリと、嫉妬を呼び起こす深緑の瞳が、恨みがましそうに隣の友人に向けられる。
 その隣のご友人、黒谷ヤマメさんはというと、慣れた様子で「まぁ落ち着きなよ」と、いつものようにあっけらかんと笑いながらパルスィをなだめる。
 流石に、彼女と付き合いが長いだけあって落ち着いているというかまったく持って動じちゃいねぇのである。友人の鏡だ。
 結局、ヤマメに言いくるめられてしぶしぶながら鋏を懐にしまうパルスィだったのである。

 「それにしても、霊夢や魔理沙のときもそう思ったんだけどねぇ。銀さんもけっこー無遠慮に私たちと接するよね」
 「そうか?」

 ヤマメがなんとなしにいった言葉に、銀時は意外そうに言葉を紡ぐ。
 いや、実際に遠慮なんて欠片もしてねぇだろう。と思わなくもなかったが、パルスィはヤマメの言葉に続くように言葉にした。

 「そうよ。貴女も、私とヤマメの能力は知っているでしょう?」

 ため息混じりに呟いて、パルスィは言う。
 嫉妬心を操る程度の能力と、感染病を操る程度の能力。
 どちらも、ひとたび使えば恐ろしいほどまでの効力を発揮する。

 嫉妬に狂えば更なる嫉妬を生み、その嫉妬はまた別の人間に伝播していく。嫉妬にまみれた人間の、いや、嫉妬にまみれた生き物の末路など、ろくなことになどなりはしない。
 使えば一人にとどまらず、あらゆるものを巻き込んで破滅していく。それが、パルスィの能力の一端だ。

 病気、主に伝染病を操る能力など、もはや語る必要もないだろう。
 止めるなどできはしない。ひとたび能力を行使してしまえば、それは際限なく広がっていく。
 軽い病気ならまだいいだろう。だが、仮に、どうしようもない病気が感染していってしまったら?

 パルスィは自分の能力を使うことに戸惑いはない。そういう妖怪だと理解しているし、必要に迫れば戸惑いもなくその嫉妬心を操る能力を行使するだろう。
 ヤマメは、自分の能力を使うことをよしとしない。好戦的ではあるが、明るく他人の気遣いができる彼女にとって、生まれ持ったその感染病を操る能力にどんな感慨を覚えただろうか?

 少なくとも、長い付き合いになるパルスィでさえも、友人のヤマメが能力を行使したところをほとんどみたことがなかった。
 嫉妬心。感染病。その能力は、妖怪の自分達でさえ陰湿で、底暗いと思うような能力。
 自分が人間だったら、おそらく、まともに係わり合いになんてなろうとも思わないだろう。
 だが、幸か不幸か、お互い妖怪で、似たように地上から地底に追いやられたもの同士。
 オマケにヤマメがやたらと社交的だったこともあって、パルスィとヤマメは紆余屈折あって友人関係となったのである。

 そんな、忌むべき力を持った自分達と、どうしてこう、この男は平然といられるのだろうか?
 彼女の疑問に答えるように、銀時は「まぁな」と口にしてメニューを元の場所に戻す。

 「じゃあ、何故?」
 「何故ってほどのことじゃねぇよ。あんた等のことはそれなりに信用してるしな。それに、……なんつーか似てると思ったんだよ、あんた達と、俺達は」

 珍しく気まずげに、銀時はそんな言葉を紡いでいた。
 似ているというが、何がどう似ているというのか? 少なくとも、パルスィにもヤマメにも、判断がつかないでいた。
 その疑問に答えたのは、銀時でも、アオでもなく、

 「確かに、そうやもしれぬな」

 神妙な面持ちのまま、メニューを運んできた桂だった。
 彼はそんな表情のまま、注文されたメニューを並べて―――

 「って、本当にキムチ乗ってるし!!?」
 「うえぁ、こりゃあ料理に対する冒涜だねぇ」

 訂正、本当にキムチつきで持ってきた桂だった。ウェイターとしては最悪である、この男。
 そのウェイター失格のこの男は、神妙な面持ちのまま銀時に視線を向ける。

 「なんだ、まだいたのか、ヅラァ」
 「だからヅラじゃない。ウェイター桂だ。地底の妖怪のことは、以前から聞いていたときから少々思うところがあってな」

 小さくため息をつき、桂は店内にいたエリザベスに少しの間、自分の代わりを頼む。すると忠犬よろしくエリザベスは[がってん!!]とプラカードを掲げるとなれた足取りでウェイターの仕事を開始する。


 そうして、桂はその話を語り始める。

 攘夷戦争。開国を迫った天人(あまんと)を倒そうと立ち上がった侍達。
 しかし結局、国は侍達が戦う最中、あっさりと降伏してしまう。
 それから始まったのは、反乱因子として狙われる攘夷戦争に参加していた侍達。
 国の為に戦った侍達は、その国に命を狙われる。
 打ち首にあった同胞は数知れず、今も侍、攘夷浪士達は己が身分を隠しながら、その身を隠して暮らす日々。
 中には、銀時のように攘夷浪士であった事を隠して暮らすものもいれば、国を変えようと、隠れながらも抗う桂のような者たちもいる。
 銀時たちの世界において、攘夷浪士であったという事実は、腫れ物として扱われるには十分すぎる理由になっていた。

 国に裏切られ、反乱因子として追い立てられた忌み嫌われた侍、攘夷浪士達。
 忌み嫌われ、人間はおろか同じ妖怪からも追われ、地底に流れていった妖怪たち。

 なるほど、と……パルスィは納得した。
 確かに、言葉にしてみれば、なんとなく、お互いは似ているような気がしたのだ。
 無論、全部が似ているわけではないが、共感できるところも少なからずあった。

 「へぇー、銀さんも苦労してんだねぇ」
 「まぁ、昔の話さ。今は、見ての通りのらりくらりとしている身なもんでな」

 感慨深そうに言葉にしたヤマメの言葉に、銀時はというとあいも変わらず気のない声で言葉を返す。
 その気のない返事を聞いて、あぁ、とパルスィはようやく思い至った。
 誰かに似ていると思えばこの男、この適当さ加減といいう無関心さといい、霊夢に似ているのだ。
 霊夢に言えば絶対に否定するだろうけど。

 「感染病つってもアレだ。風邪なんかも要するに感染病だろーが。気にする必要なんかねぇよ」
 「いや、流石に風邪は違うと思うんだけど。ていうか何、そのものすごくポジティブな意見」

 ブンブンとヤマメと一緒に首を振るパルスィ。いくらなんでも能力の解釈がポジティブすぎる。そんな能力だったら忌み嫌われて地底に追われちゃいないっつーに。
 そんな彼女達の反応にも、銀時は相変わらず気だるげな声で言葉を返す。

 「嫉妬心っていうのも、ほらアレだ。よーするに嫉妬ってのは愛情や憧れの裏返しみたいなもんだろーが」
 「そりゃまた、穿った意見ねぇ。確かに、そりゃそうだけど……」

 思わず、パルスィは頭を押さえる。
 確かに、嫉妬というのは言い換えれば行き過ぎた愛情だとか憧れだろう。
 なるほど、そんな言葉に置き換えれば聞こえはいいが、実際はもっとドロドロとして陰湿なものだ。言い換えたって結局は何も変わらない。
 でも、……自分の能力を、そんな風に行った人間は彼が初めてだったかもしれない。

 「あ、うちもそう思っとったんよ。そりゃ、行き過ぎた嫉妬って言うのはアレやけど、嫉妬もされへんってことは、それは大事に思われてないってことなんやないかなぁ?
 もちろん場合によると思うけど、大抵、嫉妬する対象って大好きな人か憧れの人なんやろうし」
 「そりゃまた初めて聞いた意見だわ。でも詭弁ね」
 「あはは、そういわれるとつらいなぁ」

 苦笑するアオの言い分に、はぁっと、小さくため息を零し、パルスィも小さな苦笑を零した。
 確かに、銀時やアオの言い分は詭弁だ。詭弁だけど、そういった思考に行き着くやつらは本当に稀だ。

 まさか、以前ヤマメに言われたことを、地上の妖怪や異界の人間に言われるとは、なかなか世の中というのは判らない。
 隣を見てみれば、いやらしくニヤニヤと笑っているヤマメの姿が見えて、なんか複雑なものを感じてムッとした顔を作りながら、パルスィは頼んだ料理を口に運び―――

 「ごはっ!! マズッ!!」
 「パルパルちゃん!!?」

 キムチ乗りみたらし団子という劇物が持ってこられていたという事を失念していただけに、シリアスな空気はものの見事にぶち壊れてしまったのであった。
 そして、この瞬間からアオのパルスィの呼び方が「パルパルちゃん」に固定された瞬間でもあったりするが、この際余談である。
 ちなみに、この会話がきっかけで、よろず屋にパルスィとヤマメがちょくちょく顔を出すようになり、またもやよろず屋にカオスフラグが立ったらしいのだが、これも余談という事にしておこう。






 ■あとがき■
 ども、18話はパルスィとヤマメの話。ちょっと筆が載らずにスランプ気味ですがいかがでしょう?
 地底に追われた妖怪と、攘夷浪士ってなんとなく似てない? とか思ったのが今回の話の発端でした。
 あれ、自分の攘夷浪士に対する認識ってもしかして間違ってるかも^^;
 とりあえず地霊殿のメンバーは好きなキャラが多くて困る。
 パルスィとかヤマメとかお燐とかお空とかこいしとかさとりとか。……あれ? 勇儀姐さん!!?
 とまぁ、それはさておき。今月は更新が滞る可能性が大です。仕事がこの時期死ぬほど忙しくなるので、次は何時更新が出来るか……^^;
 暇が出来ればなるべく描きたいと思うので、気長にまっていてください^^;
 それでは、今回はこの辺で。
 ↓は前回の話の没になった台詞集です。気になったなら目を通してみてはいかがでしょう。地の分は全部外してますけど。

 【前回の話の没になった台詞集】

 その1

 魔理沙「この一撃に全てを賭けるぜ!!」
 幽香『あら。それじゃ、私たちも便乗しないとね』
 幻月『あ、幽香だけずるいわ。私もよ便乗しましょうか』
 魔理沙「へっ! お前達の力、この場で借りるぜ!!」
 霊夢「なっ!? まさか!!」
 魔理沙「いくぜ霊夢!! 私たちの魔砲が火を噴くぜ!! 『クワドロプルマスタースパーク!!』」

 ・最初はアリスじゃなくて幽香と幻月が魔理沙のパートナーの予定でした。今思うとどう考えても人里危ないよなぁ、コレ。
 結局、コレを没にしたのは幽香と幻月があの状態だったので。スペカの名前はもはや適当^^;


 その2

 魔理沙「それでも、それでも!! 守りたい世界があるんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 ・本当はこの台詞入れたかった。SEEDでは一番好きな台詞でした。なのでこのネタは使いたかった。
 でも残念ながら、霊夢にこの台詞を言わせるための布石になるような台詞がまったく思い浮かばず泣く泣く没に。
 ガ○ダムシリーズは全般大好きです。

 その3

 幽香『まったく、お馬ぁ鹿さん。霊夢のくせに、そんなたいそうなことが出来るわけないじゃない。貴女は誰に対しても平等であってこそ、博麗霊夢なのだから。
 その偽りの思考、私と魔理沙で木っ端微塵にして元に戻してあげるわ!!』

 幽香さんが魔理沙のパートナーだったときの台詞。なんだかんだで。幽香って霊夢と魔理沙とは旧作からの付き合いですからねぇ。そういった意味でこの台詞は言わせてあげたかった。
 でも理由は……察してあげてください^^;

 ……あれ? なして没になった台詞こんな真面目くさいのばかりなんだろう?



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第十九話「河童少女の技術が天を貫く! 一方その頃の厄神様は……」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2008/12/03 21:21










 かぶき町の往来で、一際目を引く三人組と一匹は、周りの視線も気にした風もなく歩みを進めていた。
 一匹は言うまでもなく、白い体毛に覆われた顔だけはキュートだがその図体がそれを許さない定春。
 三人組の一角は、その定春の飼い主でもあるチャイナ服に身を包んでいる少女、神楽。
 更に、日傘を片手に金髪赤眼、さらには枯れ枝にダイヤの装飾がされたような翼の少女、フランドール。
 そして最後、この中では一番(無論、定春は除くが)背が高く、深緑の長髪を前に持ってきて首の辺りで束ねるという奇抜なヘアースタイル。フリルのついたリボンや、同じくフリルが所々にちりばめられたゴスロリファッション。
 文字通り、まるで人形のような格好をした彼女は、鍵山雛という。
 そんな三人と一匹が集まっていれば当然のことながら目立つ。目立つのだが、当の本人達は気にもせずに会話に興じているのである。
 もっとも、楽しそうに話しているのは神楽とフランだけで、雛はというと、どこか戸惑いに似た表情を浮かべているが。

 そもそも、雛は払われた厄を集め監視し、人間に不幸が訪れないようにしている厄神様だ。
 集めた厄は神々に渡しているものの、周囲に厄を溜め込んでいるため、彼女の近くではいかなる人間も妖怪も不幸を避けられない。
 おまけに、大量の厄を溜め込んでいるため、素人目にも彼女の周囲に集まる厄が見えるほどだ。
 現に、今の彼女の周りにも、うっすらと陽炎のように厄が揺らめいている。
 こうした理由があるからか、人間に友好的な方である彼女はあまり他人とは関わらないようにしている。
 今も、彼女達に厄が移らないように細心の注意を払っているのだ。自分に話しかけてくれることには嬉しく思うが、コレは中々に荷が重い。

 (……もう。これも無理やり、にとりがこっちにつれてくるから)

 内心、こっちに無理やり引っ張ってきた友人に恨み言を零しながら、雛は小さくため息をついた。
 きっと今頃、あの機械いじりの大好きな河童の友人は、あの扇風機とやらの修理に熱を入れていることだろう。
 あの無遠慮で能天気な友人といい、外に無理やり連れ出したこの少女達といい。もう少し、自分がどういう存在なのかというものをよく理解して欲しい。

 「楽しくないアルか?」
 「いいえ、楽しいわよ。楽しいけど、私の傍には出来るだけいないほうがいいわ。貴女に厄が移ったりしたら大変だもの。不幸になってしまうわ」
 「ハッ! 馬鹿にするなヨ!! ヤクなんかでこの私が不幸になんかなるはずがないネ!! どうせなら主役を張って大暴れするアル!!」
 「……いや、そういうヤクじゃなくて」

 予想の斜め上を行ったボケに思わず額に手を当てる。それは厄じゃなくて役だ。というかどんな間違い?
 どうにも、この少女を相手にすると調子が狂う。思考が読めないというか、何をするかわからないというか、良くも悪くもこの少女はマイペース過ぎる。
 それは、この少女の美点だとは思うのだけど……と、隠し切れないため息がまたついて出る。

 「神楽、アレ」
 「ん? どうしたネ、フラン」

 フランの声に応え、神楽は不思議そうに彼女が指をさしていたほうを向く。
 そこは大きな広場になっており、多くの少年達が遊びに興じていた。バットとボール、さらにはグローブなんかも用意しているところを見ると、野球でもしていたのだろう。
 その中の一人、少々体格のいい、悪く言えば少々小太りな少年がこちらに向かって声を掛けてきていたのだ。彼はここいらのガキ大将、通称よっちゃんである。

 「おーい、助っ人に入ってくれよー!! またあの大人げのない兄ちゃんが来てんだよぉ!!」
 「何ィ!!?」

 クワッ!! と、先ほどまでやる気のなかった顔が急に敵意どころか殺意駄々漏れの顔になって思わず傍にいた雛が引きつった顔をして半歩身を引く。
 神楽の視線が向かう先、そこには今日は非番だったのか私服姿の沖田がいて、神楽の姿を見つけた瞬間、ニヤッと挑発的な笑みを浮かべて見せたのであった。

 「てんめェェェェサド野郎!! いい度胸じゃねぇかコンチクショォォォォォォ!!!」

 神楽突進。騒然と土煙を巻き上げながら、殴り合いでもせんばかりの気迫で猛ダッシュ!!
 その後姿を呆然と眺めるしか出来なかった雛だったが、ふと、フランが神楽を追うべきか、雛の傍にいるべきか悩んでいるのが見えて、雛はたまらず苦笑してしまう。

 「行ってらっしゃい、吸血鬼さん。私はここにいて、眺めてるから」
 「本当? 案内、終わってないんだから帰ったらダメよ?」
 「わかってるわ。ほら、定春が見張ってるって」

 未だに疑問に思っているフランの言葉に、雛はそう答えて後ろにいた巨大な犬に視線を向ける。
 定春が元気よく「ワンッ!!」と一声なくと、フランも安心したのか神楽の後を追って行った。
 そうして、雛はようやく落ち着けるといわんばかりに、安堵したような吐息を漏らして傍にあったベンチに行儀よく腰掛けた。その雛に付き従うように、定春が雛の傍による。

 「友達思いなのね、貴方は」
 「わんっ!」

 雛の言葉に答えているのか、それとも偶然か。多分、前者なんだろうなと思いながら、雛は苦笑した。
 だって、傍には寄っているが、こちらに気を使ってか一定の距離を開けてくれているのだ。それは素直に、ありがたいと思う。これならこの友達思いの犬に余計な厄が移ることもないだろう。

 ゆるりと、視線を少し先の広場で始まった喧騒に向ける。
 うだるような真夏の日差し。どこかでミンミンと騒がしく合唱する蝉達。どこか遠い、だけど確かにそこにあると思う子供達の喧騒。

 あぁ、と。雛は吐息を漏らす。
 その光景が騒がしくて、大変そうで、でもとても楽しそうで、少しだけ、うらやましいと、そう思う。
 でも、自分はあの輪の中には入れない。あそこに行けば、きっと自分は―――



 あの子達を、不幸にしてしまうから。














 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第十九話「河童少女の技術が天を貫く! 一方その頃の厄神様は……」■



















 「さぁさぁ! 修理終わったよ、盟友!!」

 元気であることはよき事かな。そんな言葉を体言でもするかのように、先ほどまでスクラップだった扇風機を修理した河城にとりはそんな風に銀時に言葉をかけたのだが……。

 「あっぢいぃぃぃぃぃ……」
 「うっわぁ、ダレてるねぇ」

 水を一杯一杯にまでためた桶に両足突っ込み、団扇を力なく扇いでいる坂田銀時に思わずそんな感想がこぼれた。
 よろず屋の事務所には今現在、銀時とにとりしかおらず、他のメンバーは扇風機が壊れたこの部屋で過ごせるか!! という事で現在外出中である。
 何でも、今日は今年一番の暑さだとかで日中は所によっては40度を越える地域もあるとか。
 そんな日に限って、計ったように扇風機が故障。仕方なく、知り合いの河城にとりに声を掛けたのである。
 異界の機械をいじれるとあってやる気満々だった彼女は、いい機会だからという理由で友人らしい鍵山雛をつれて此方に来たのである。
 もっとも、その雛も神楽とフランに連れられて、かぶき町を散歩がてらに案内されているけど。

 「おーい、よろず屋ー。修理終わったよー」
 「あー?」

 返事こそありはするが、汗をだらだらと描きまくり、目も虚ろな銀時は軽く日射病にかかってそうな勢いであった。
 一方、にとりは異界の機械をいじれたとあって目に判るほどご機嫌であり、その声も軽快で元気のいいものだった。
 実に対照的な二人である。

 「いいかい、よろず屋。この扇風機にはね、このにとり特製のギミックが大量に詰められていてねぇ―――」

 腰に手を当て、もう片方の手で人差し指を立てながら、自慢げに自分が修理した扇風機の新機能について語っていたにとりだったが、生憎、銀時の耳には届いちゃいなかった。
 彼はにとりの傍を這うように通り過ぎ、ダレきった様子でしがみつく様に扇風機のボタンを押した。このクソ暑い中、一刻も早く扇風機の風が欲しかった。愛しかったのである。
 が、しかし。彼はミスを犯した。ここはにとりの話にだけでも耳を傾けておけばよかったのである。それだけでこの事態は回避できた。

 ウィーンウィーンガシャコンガシャコン! と、なんか軽快な音を立てて変形して行く扇風機。
 この暑さでまともな思考回路が奪われていた銀時は気付くのが遅れ、一瞬思考が真っ白になる。
 そして変形が終わったらしく、なんか扇風機の首の辺りに奇妙なオプションが出来上がった瞬間―――

 キィィィィィィィィィン!! シュゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオ!!!
 「ギャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!?」

 そのオプションから火が吹き、バーニアよろしく超加速で銀時がしがみついたまま扇風機は空に飛び出した。
 窓を盛大にぶち破り、あっという間によろず屋が小さくなっていく。雲を突き破り、空高く高くへと上ったかと思えば、今度はデタラメな方向に急降下。
 キィィィィン!! と空気を切り裂きながら暴れるようにデタラメな方向に飛び回る。扇風機が。

 「オィィィィィ!! どうなてんのコレ!! どういう理屈でこうなったァァァァ!!!?」

 銀時の至極まっとうな文句が飛び出す中、あいも変わらず扇風機は音速の壁をぶち破りながら銀時と共に空を飛行する。
 そんな中、チカチカと扇風機に取り付けられた発光機器が点滅し、それと同時に声が聞こえてきた。

 『よろず屋!! 聞こえてるかい!!?』
 「てんめェェェ、クソ河童ぁぁぁぁぁ!! どういうこったコレェェェェ!!?」
 『よしよし、聞こえているな。いいかい、よく聞いて』
 「オメェこそ聞けコラァァァァァァァァ!!!」

 どうやら通信機も搭載だったらしい。ジェットエンジン(?)とかついていたり、通信機がついていたり、以前、源外の爺さんから魔改造されたバイクのことを思い出していたりするが、それで現状がよくなるわけでもない。
 まぁあっちはこっちの声が向こうに届かなかったし、此方のほうがマシなのかもしれないが。
 それはともかく、通信機の向こうから聞こえてきたのは、『いや~』とどこか気まずげな声がまず出てきて。

 『おもしろ半分で色々な機能つけるもんじゃないね』
 「バカッパァァァァァァァァァァ!!!!!?」

 どこか「てへ☆」とか聞こえてきそうな感じでそんなことをのたまったにとりに、銀時がたまらず大絶叫。
 まぁ、こんな理不尽な状況に晒されたらダレだって怒ると思う。仏さんだって一発でレッドカード取り出して大激怒だ。
 リアルタイムで青筋がビキビキと浮き出ている銀時。とにもかくにも稀に見るキレッぷりである。
 そこでいきなり扇風機が雲の上でUターン。そのままぐるぐると回転しながら急上昇。なんか酸っぱいものがこみ上げてきそうな勢いで暴れまわっている。扇風機なのに。

 『よろず屋、いいから聞いておくれよ。今さっき、天狗様に携帯とやらで連絡したから、そっちのほうにすぐ助けが行くはずさね』
 「……は、早くしてくんない? 今にも銀さん胃の中のものリバースしそうなんですけども?」

 さっきまでの威勢はどこへやら、扇風機にしがみついたまま顔を真っ青にしている銀時の姿。扇風機にしがみついている体勢なだけに尚のことシュールな光景である。
 そんな銀時の様子に気付いているのか、それとも気付いていないのか、にとりはあいも変わらず銀時に言葉を投げかける。

 『いっぱいスイッチがあると思うけど、下手に押しちゃ駄目よ、よろず屋。自爆スイッチとかあるから』
 「って、オィィィィィィ!! なんで自爆スイッチがあるんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
 『ん? 誤爆スイッチもあるよ?』
 「んなこと聞いてねぇぇぇ!!? つーか、何を誤爆するんだぁぁぁぁぁ!!?」
 『あ、自爆すると花火みたいに爆発するから。結構綺麗だと思うよ?』
 「だからんなこと聞いてねぇって言ってんだろーがぁぁぁぁぁぁぁ!! つーか何で花火!? 何で花火ぃ!!?」

 またもや銀時に宿るツッコミ魂。そして上がった声はツッコミと書いて魂の叫びと読むのである。
 と、そんな叫び声を上げる銀時もろとも、扇風機は戦闘機よろしくロール回転しながら急降下していき、そのまま360度アラウンド・ザ・ワールドな感じで大回転。
 この状況でツッコミを入れることのできる銀時も十分アレだが、こんな状態だと知らずに知りたくもない扇風機の機能をぺらぺら喋っていく河童こと河城にとり。
 そろそろ、いくら顔がかわいいからって許されない状況になりつつある今、『え!? 嘘!!?』とかものすごく不吉な声が通信機の向こうから聞こえてくる。激しく勘弁していただきたい。

 『よろず屋、ゴメン。天狗様がスピード違反で今切符切られてるみたい。免停だって』
 「ブンブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!?」

 涙がちょちょぎれそうになった。それがこの理不尽な状況によるものなのか、それとも天狗様こと文が免停食らったことに対してなのか、もしかしたらもっと別の理由なのか。
 その時、ブスンッと不吉な音が聞こえ、急に大人しくなった扇風機。どうもマシントラブルでも起こったのか、うんともすんとも言わない。
 さて、ココで問題である。高度こそ判らないが、ここは雲の上である。当然、銀時が空を飛べるはずもない。扇風機の暴走でココまで来てしまったのだし。
 じゃあ、その扇風機が突如として動かなくなったら、彼はどうなってしまうのか?

 まぁ、そりゃもちろん―――

 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!?」

 重力に吸い寄せられて落下するわけで。

 なんか色々な法則にしたがって、正しく落下し始めた坂田銀時。雲を突き破り、視界一杯に大地が目に飛び込んできた。
 この分だと地面に墜落すること必死である。というか、この高さから落ちたらほぼ死ぬ。むしろ死ぬ。完膚なきまでに死ぬ。
 甦る走馬灯。辛くも楽しくあった日々が駆け巡っていく。
 パチンコ行って全額すったり。家賃払えと毎日のように追っ手が来たり。賭博行ってお金がなくなったり。
 ん? あれ? なんか碌な走馬灯がなくない!?

 「死ねるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 悔しさからか、その目にはたっぷりの涙を浮かべながら銀時大絶叫。まぁこんな理不尽すぎて血反吐をぶちまけそうな最後なんて激しくゴメンこうむる。
 でも残念ながら、現在の彼にはどうしようもない。だっていつも愛用している木刀はよろず屋の事務所だ。
 いや、それがあったところでこの状況がどうにかなるわけでもないんだけど。


 そんなときに、それはやってきた。その白く、拳大ほどの大きさの丸い物体、野球ボールが、遠慮なく扇風機にガコンッと音を立てて直撃する。
 その直撃した場所には―――

 パァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!!
 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 寸分違わず自爆スイッチがある場所だったのであった。
























 子供達の喧騒がどこか遠い。こんなにも近くにいるというのに、彼らの声はただただはるか彼方から発せられているかのよう。
 元気に声をあげ、喧嘩しながらも、騒がしくも、眩しい場所。
 ゆらゆらと揺らめく陽炎が、今日の夏の暑さを物語る。そんな夏の陽気にも負けないで、「あぁ、元気ねぇ」と、鍵山雛はぼんやりとそんなことを呟いた。
 自分があそこに混ざることは出来ない。きっと、あの先のある子供達を不幸にしてしまうだろうから。それだけ、鍵山雛の集めた厄は溜め込まれている。
 だから、彼女は眺めているだけで十分だった。その光景をうらやましいとは思うけれど、それと同時に、仕方ないと、諦めている自分も居る。
 これでいい。これでいいのだと思いながら、眩暈を覚えて日光をさえぎるように、目の上のほうに腕を当てた。

 「よう」

 後ろから、声がした。
 いつか聞いたことのあるその声に視線を向ければ、私服姿の目つきの鋭い男が雛の後ろに立っていた。
 慌てて、漏れ出て行きそうになる厄を押さえつける。それに気付くこともないまま、男……土方十四郎は同じベンチに、少し距離を置いて腰を下ろした。

 「どうして、此方に?」
 「何。あの馬鹿が面倒ごとを起こしてそうでな。タバコ買いに来たついでに姿が見えたもんで、ちょっと様子を見に来ただけだ」

 なんでもないように応えながら、土方はタバコに火をつけ、眼前の光景に目を向ける。
 そこにはピッチャーの沖田がニヤリと笑みを浮かべ、フランがバットの代わりにレーヴァテインを構えて打席に立っている。神楽がぶっ殺せー!! などと盛大に叫ぶ中、周りはなおも盛り上がりを見せていた。
 沖田が全力投球。フランはフランでレーヴァテインを振るスイング。その余波でキャッチャー吹き飛び、それでもストライクゾーンにボールは吸い込まれていく。スコアボードに刻まれるワンストライク。

 「おめぇは混ざらねぇのか?」
 「えぇ。余り運動は得意じゃないから。それに……、私はあそこには行けないから」
 「……厄をため込む程度の能力、だっけか?」

 記憶を探るように紡いだ土方の言葉に、雛は静かに頷いた。
 厄をため込む程度の能力。彼女自身には何の影響もないが、彼女の周りに寄ってくる人間や妖怪は違う。
 程度の差はあれど、必ず何かよくないことが起こってしまう。
 以前の太陽の畑での宴会でその事を聞いていたからこそ、土方はこうして少し距離を置いて話をしていた。
 彼女自身が、人を不幸にすることを、望んでいないと知っているから。それは、土方なりの気遣いだったのだろう。
 沖田のボールがフランの顔面スレスレを通過する。結果はボール。ワンストライク、ワンボール。

 「俺がどうこう、言えることじゃねぇけどよ」

 ポツリと、土方は言葉にする。それからしばらく、言葉を捜して押し黙っていたが、雛は何も言わずにそれをまった。
 どんな言葉を期待しているのか、それとも、もっと別の何かを期待しているのか。彼女自身、よくはわかっていない。
 でも、その言葉を待つことには、何かしら意味が、価値があると思ったから。
 だから、ただ待っていた。そう見知った顔でもない、男の言葉を。

 「アンタは、厄を集めて誰かを救ってる。そいつぁスゲェって、話に聞いたときはそう思った。けど、今のを見ていてな、そうも思えなくなった」
 「どうして?」

 それはただ静かな問いかけだった。人形のような少女の瞳が、揺ぎ無く土方を視界に納めた。
 言葉に詰まる。こういったことはやはり不慣れなのか、気難しげな顔で頭部を無遠慮にかきむしる。
 ミーンミーンと、蝉の合唱が辺りにこだまする。

 どこかとおくで、ボールがミットに収まる音がする。気がつけばスコアはツーストライク、ワンボール。

 「さっきのアンタは、随分寂しそうだった。憧れを追い続けて、とどかねぇと判った子供みてぇに。アンタは誰かを救っても、自分自身を救えてねぇ」

 蝉の声が、一層強くなった気がした。うだるような暑さが身を焼いて、からからと水分を干上がらせる。
 「そうかしら?」と、雛が答えれば、土方はただ「あぁ」と呟いただけ。
 あぁ、そうなのかもしれないと、どこかで思う自分がいた。自分が厄を集めることで、誰かが救われる。それはとてもすばらしい事だと、そう思う。
 けど、その代わりに自分の体は、近づけば厄を移してしまうようになり、次第に人と関われるような体ではなくなっていく。
 自分はそういうものだと、そう理解しているし、これからも続けていくことだろう。
 じゃあ、誰が自分を救う? この厄にまみれた自分自身の傍に、誰がいてくれるのだろう?
 そう思っていた。『数年前まで』は。

 「大丈夫よ」

 その声は、自然と流れて出てくれた。その表情は、どこか晴れやかで、おかしそうにクスクスと苦笑した。
 あぁ、そうだ。自分はきっと自分を救えない。誰かを救えても、きっと肝心な自分が救えない。
 でもその時はきっと、何を言っても人の気も知らないで無遠慮に笑う、機械いじりの大好きな彼女が、自分の傍にいてくれるから。
 だから、それで十分。

 「そうかい」

 それだけを言って、土方は苦笑しながらベンチを立った。
 「やっぱ、こういうのは柄じゃねぇ」と呟いたのが聞こえて、雛はおかしそうに「そうかもね」と苦笑しながら言葉を返す。
 そのまま、土方は振り返りもせずにすたすたと歩いていき、その背中が見えなくなると、雛は野球をしている子供達に視線を向けた。

 気がつけば、スコアボードにはツーストライク、スリーボールのフルカウント。
 子供達に混じって、だいぶ年上の少年といった風の沖田から、今までで最速のボールが振りぬかれる。空気が渦を巻き、まるで弾丸のようにキャッチャーミット目指して飛来する。
 その一瞬を、フランの真紅の瞳は揺ぎ無く捉え。

 甲高い、音が響き渡った。

 フランのレーヴァテインを振りぬいた渾身の一振りは、野球ボールの真を捉えて空高く、盛大な勢いで突き上っていった。
 文句なしのホームラン。誰の目から見てもそうだろう。清々しいくらいの一発であった。

 「あら?」

 パーン、っとどこか遠くで弾けた様な音が聞こえ、その音をたどって空を見上げれば、ボールが飛んでいった方角に、昼で見えにくいが薄っすらと花火が上がっているのが見えた。
 こんな昼間から珍しいと、そんなことを思っていると、神楽とフランが此方に歩み寄ってくるのが見えた。どうやら、今ので勝負アリだったらしい。

 「待たせたアル。さ、散歩の続きネ、雛、定春」
 「そうね。そろそろ行きましょうか」

 ゆっくりと、ベンチから立ち上がる。先ほど花火が上がっていたところを見てみたが、もう影も形も見当たらない。
 一体どこの誰が、あんな気まぐれを起こしたのだろうと思いもしたが、まぁいいかと納得して、前を歩いて自分を待っている神楽たちのほうに向かって歩を進める。

 ミーンミーンと鳴く蝉の声。きっとこの後も、騒がしくなるんだろうなァと思いはしたが、不思議と嫌な気分はしなかった。
















 ちなみに、雛たちがよろず屋に帰ったときに見た光景といえば、何ゆえかボロボロの銀時を治療している鈴仙の姿と。
 その銀時にひたすら謝っている友人の河童の姿だったとか。



 ■あとがき■
 ども白々燈です。本格的に忙しくなる前に早めに更新しておこうという感じで。
 いつ更新しにくい状態になるかわからないので。
 今回はにとりと雛の話。ちょっと今回二次要素が強く出た気もしますが、雛に関しては初登場時がちょい役な上にあんまりといえばあんまりだったので、自分なりに雛を表現できればいいなと思いつつ。
 にとりの話はどこか暴走バイクの話を髣髴とさせる話になってしまった。……深く反省(;・ω・)

 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第二十話「てこを入れる。そんな話」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/01/03 23:02






 「あぁ、銀時? アイツなら怪我の療養とかで新八の家にいるよ」
 「はぁ? 怪我って……なんでよ」

 よろず屋一階に存在するスナックお登勢。そこでタバコをふかしながら返答した家主であるお登勢の言葉に、ずけずけと無遠慮に上がりこんだ比那名居天子はそんな疑問を漏らしていた。
 既に時刻は昼を回り、今日もいつものようによろず屋に訪れた天子だったが、生憎と誰一人としていなかったのだ。
 そこで、行き場所を知っていそうなお登勢に銀時たちがどこに言ったのかを聞いてみたのだが、やや予想外の単語が聞こえてきたもんだから思わず間の抜けた声を上げてしまう。

 「そんなこと、あたしの知ったことじゃないよ。とにかく、ココにいられても準備の邪魔なだけだから、行くんだったらさっさと新八の家に行くんだね」
 「お登勢サンの言うとおりデス。こっちだって暇じゃねぇんだから醜いツラ晒してないでトットト出て行けヨクソボケガ!!」
 「アンタに醜いって言われたくないわよ! その不釣合いなネコミミ捥ぎ取った後に鏡の前に貼り付けてあやるわ!!」

 売り言葉に買い言葉とはまさにこのことか。お登勢のなんてことのない一言に、この店の従業員であるキャサリンが火に油を注ぐような一言をぶちまける。
 そんでもって、感情を抑えるっていう事が苦手……というより、抑えるなんてことをろくにしない天子が怒るのも当然の帰結だったわけで、既に彼女の手には緋想の剣が握られていた。
 ちなみにこのキャサリン、天子の言うとおり、お世辞にも顔が整っているとは言いがたい。言葉は悪いが、はっきり言ってしまえばブサイクである。
 そんな彼女に、自分のことを醜いだのなんだのと言われれば、プライドの高い天子が怒るのも当然といえた。だからこそ、天子の傍に控えていた彼女の行動も実に早かった。

 「総領娘様、ここは抑えてください。ココで暴れては、他の方々はおろか銀時さんの家にまで影響がでます」
 「いいもん、他の天人たちに直させるから」
 「そうですか。では、今日のおゆはんは侍従たちに頼んでこのダークマターことかわいそうな卵を―――」
 「やっぱり人の家を壊すかもしれないから止めとくわ! 私の寛大さに感謝するのねネコミミブサイク!!」

 彼女の傍に控えていた女性、永江衣玖の言葉に、最初こそ聞く耳持たなかった天子だったが嫌な単語が聞こえてきて意地を張りながらも前言を撤回する。
 冷や汗をだくだくと大量に流しながら、回れ右をしてダッシュで店から飛び出す天子を目で追いながら、衣玖ははぁっと小さくため息をついた。
 相変わらず、手のかかるお人だと思う反面、そんな彼女の我が侭になんだかんだで付き合う自分がおかしくて、小さな苦笑を零していた。













 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第二十話「てこを入れる。そんな話」■



















 「ふーん、ここが新八の家かぁ。随分広いのね。ぼろっちぃけど」

 真夏特有の暑さと日差しを遮るように、目の上に手を当てながら目の前の剣術道場に視線を向ける。立派な門構えが天子と衣玖、二人の前に悠然とそびえており、以前はそれなりに活気付いていたのだろうという事が予想できる。
 そんな道場も、天子の表現したように今では多少ボロボロで寂れた雰囲気を漂わせており、どこか物悲しささえも感じさせる。

 「まぁ、いいわ。さっさと入りましょう、衣玖」
 「インターホンぐらい鳴らしませんか?」
 「かまわないわよ。知らない顔じゃないんだし」

 ズカズカと扉をくぐる天子の後を、衣玖も小さくため息をついてから後に続いた。
 門をくぐり、中庭に足を踏み入れる。玄関にまで一直線に伸びた道に出て、左右を見回してやれば、やっぱりそれなりの広さがあった。博麗神社と同等か、それより少しばかり広そうではある。
 そんな風に見回す天子の後姿を、衣玖は少しの間だけ眺める。あの我が侭な少女が、この光景にどういった感情を抱いているのか、衣玖には判らない。
 少し、感傷に浸ったような表情をしていたような気がする。本当になんとなく、大きな違いなんてないのに、そう感じてしまう、違和感。

 「こんな広い家に二人っきりか。広いだけの家なんて……」

 小さくこぼれた声は、天子が口を噤んだことで聞こえなくなる。そんな彼女の隣に、衣玖はスッと静かに歩み寄った。
 それでようやく、彼女の存在を思い出したらしい。失礼な話ではあるが、少し恥ずかしそうに頬を染め、むーっと自身を睨みつける天子の姿を見て、まぁいいか。と、衣玖は思ってしまう。

 「……聞いた?」
 「さて、私には何も聞こえませんでしたけど」
 「本当? ……ならいいわ」

 やや疑いを残した視線のままではあったが、とりあえずは納得したようでそれ以上の追求もなく、天子は玄関に向かって歩みを進めていく。
 先ほどの天子の言葉を、衣玖は確かめるように反芻する。

 彼女は元々、自分の意思で天人になったわけではない。元は地上で生まれ、名居守に遣えていた親のついでに天人になっただけの、幼い子供だった。
 だからか、彼女には天人としての自覚もなければ、そうあろうという意思も無い。そんな彼女は天界で孤立していき、ついには周りから不良天人なんて呼ばれる始末。
 もともと、我が侭で自分勝手な性格もあってか、天子は親との折り合いも余りよろしくないらしい。それは、天界でいつも一人でいるところを見ることが多い衣玖も知っている。
 総領主の娘である彼女の家も、当然のように広い。この家の数倍以上はあるだろう。天子には天子なりに、自分の広いだけの家と、この広い家に住む二人に、何か思うところがあったのか。

 無論、それは彼女本人にしかわからないし、衣玖にしても、彼女の胸のうちを知るよしもない。
 考えても仕方がないと気を取り直し、衣玖は天子の後を追おうと歩みを進め―――

 ピピピッ!!

 「へ?」

 ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおん!!

 前を歩いていた天子が突然爆発して思わず足を止めてしまったのであった。
 もくもくと上がる煙は天に昇る。ジーワジーワと鳴く蝉の声もどこか遠い。いきなりの事態に困惑はおろか思考が停止してしまった衣玖。
 そんな彼女のことなどお構い無しに、空にチカッと何か青白い光が一瞬だけ光る。その直後―――

 ビカッ!! と、青白い光が黙々と煙の上がる場所、つまりはいまだ天子がいるであろう場所を貫いたのであった。
 直後に再び響く爆発音。爆炎が吹き上がり、先ほどの光の威力を物語る。その爆風が衣玖の髪を靡かせ、ようやく彼女の思考が再起動したのである。

 「そ、総領娘様!!?」

 いくら天子の体が頑丈だからって、流石に今の光景を見て無事に思うはずも無い。慌てた様子で駆け寄ってみれば、そこにはちょっとしたクレーターの中で倒れ付している天子の姿があった。
 助け起こそうと手を伸ばした瞬間、ズドンッと盛大な音を立てて蹴破られる志村家の玄関。中から出てきた女性、志村妙は片手に薙刀を持って追い討ちをかけんと人間離れしたスピードで天子と衣玖に向かってきた。

 「テメェ、ストーカー野郎ぉぉぉぉぉ!! 性懲りもなくまたきやがったなコラァァァァァァ!!」
 「えぇぇぇぇぇぇぇ!!!?」

 もう驚きである。びっくりにもほどがある。初対面の相手にいきなりストーカー扱いである。空気が読めてもこんな事態がどうにかなるはずもない。
 今まさに薙刀が振り下ろされようとした瞬間、ピタッと動きを停止させるお妙さん。
 さっきまでの恐ろしい顔はどこへいったのやら、天子と衣玖の姿を視界に納めた彼女はというと、にっこりと人のよさそうな笑みを浮かべたのだった。薙刀片手に。

 「あら、天子ちゃんじゃない。もう、ちゃんとインターホン鳴らしてくれないと、対ストーカー用装備の地雷がOFFにならないじゃない」

 今なんか凄い台詞を聞いた気がする。そんな衣玖の疑問も、天子が地面に突っ伏したまま片手を上げたのを見つけて、とりあえず生きているらしいことは判ったのでほっとする。

 「えーっと、お妙さん。さっきの光は……何?」

 辛うじてでてきた疑問の声。そんな天子の言葉にも、お妙は笑みを絶やさず朗らかに言葉を紡ぎだしていた。

 「衛星兵器、ストーカーお仕置レーザー、略してSOL(ソル)よ」
 「ストーカー殺す気か、アンタはっ!!?」

 ガバッと勢いよく起き上がってツッコミを入れる天子。そんな光景を見て「あぁ、総領娘様、たくましくなられて」と涙をほろりと流す衣玖さん。なんかもう色々グダグダであった。


















 銀時が療養中らしい部屋の一室に連れて行かれると、お妙は一旦準備があるとかでどこかへと歩いていった。その後姿を眺めながら、天子は小さくため息をついて襖を開ける。
 そこにはまぁ、いるわいるわ、幻想郷の指折りの実力者達が勢ぞろいしているのである。
 巫女と黒白の魔法使い、さらには紫とその式であるマヨヒガ組、レミリア率いる紅魔館メンバー、幽々子の冥界組、永琳、輝夜を筆頭とした永遠亭。
 更には映姫と小町の彼岸コンビに、早苗と神奈子と諏訪子、オマケに勇儀を中心にした旧都組や、さとり達地霊殿メンバーまでいる。
 要するに、いつも宴会に集まっているメンバーが所狭しとこの狭い部屋の中に集まっているのだ。

 「おー、天子ちゃんも来ぃはったよ」
 「こんにちわ、天子さん」

 そんなメンバーに混じって、ひょっこりと顔を出したのはアオと撫子、その隣にはミスティアと店長の姿もある。

 「ちょっとちょっと、どういう事なの、これ?」
 「どーもこーもねぇよ。これから大事な話しすんだから、いいから其処に座っとけ」

 布団で包帯ぐるぐる巻きのままの銀時に言葉をかけるものの、帰ってきたのはそんな返答だった。
 釈然としないものはあったが、このままだと話が進みそうにないと判断したのか、天子は仕方なくといった風に新八が先ほど用意した座布団に腰を下ろした。
 それを確認した銀時は辺りを見回し、そして改めて口を開く。

 「それでは第一回、東方よろず屋のてこ入れについて話し合いたいと思う」
 『てこ入れ?』

 イマイチピンとこなかったのか、何人かが疑問の声を上げる。天子の隣にいる衣玖もその一人だ。
 そんな様子を見て、天子は改めて此方の世界に入り浸っている期間が長いのだなと苦笑した。

 「要するに、相場の勢いを人為的に、特に下落を食い止めるために操作すること。あるいは、不振を打開したり弱いところを強化したりするために外部から援助することをいうの。
 こういうのってよくテレビ番組とかでやられてるみたいだけど、私たちもやるの?」
 「天子の言うとーりっ!! 東方よろず屋もとうとう第一部合わせて40話を突破したからな。ここいらでてこの一つでも入れようって寸法よ」
 「なるほど、よりよい方向になるように努力する。あなたにしては珍しく善行ですね」

 天子や銀時の言葉を聞き、ウンウンと頷いていらっしゃる閻魔様こと映姫様。他のみんなも一応は理解したようで、なるほどと頷いている様子であった。

 「で? 具体的にはどうするのよ。要するに何か変化をもたせて読者を楽しませしょうってことなんでしょ?」
 「何だ何だ、霊夢。随分とやる気ないじゃないか」
 「だって、私はいつもほとんど出番ないし」
 「……スマン」

 なんかむなしい一言に思わず魔理沙が目線を逸らした。なにやら微妙な雰囲気になりそうになったところを打破しようと、新八が慌てて具体例を出し始める。

 「まぁ、一般的にはタイトルを変える、とかですよね」
 「もう既に変わってんだろーが。つーかお前、それ前にも言ってたじゃねぇか」

 咄嗟に出た新八の言葉にも、銀時は呆れたような言葉を返すだけだったが、其処で控えめに撫子の手が上がったのを見て、銀時は彼女に視線を向ける。

 「おし、撫子。言ってみろ」
 「は、はい。えっと……こういうのはどうでしょう?」









 「開園、撫子動物園~~~~!!」

 わーっと沸きあがる歓声を浴びて、白いシャツにオーバーオールといった服装の撫子が笑顔のままそんな台詞を言って、舞台の奥から登場する。
 舞台に並べられた椅子には、この番組のレギュラー陣がパチパチと拍手をしながら彼女を迎え入れていた。

 「さぁ、今回も始まりました撫子動物園。私、園長こと撫子です。皆さん、今日もよろしくお願いいたしまーす」
 「ウチは司会のアオや。みんな、知っとる思うけどよろしゅうな~」

 愛想よく笑顔で挨拶する二人。二人は挨拶を終えると笑顔のまま次の言葉を紡ぎだしていく。

 「さぁ、今日の撫子動物園は!! マヨヒガにお住まいの八雲さん家の猫の橙ちゃん。地底深くの地霊殿にお住まいの古明地さん家の猫のお燐ちゃん。○○県にお住まいの田中さん家の猫のももちゃん。××県にお住まいの遠野さん家の猫のレンちゃんで―――」









 「って、オィィィィ!! 猫ばっかじゃねぇかぁぁぁぁぁぁ!!?」

 唐突に入る銀時のツッコミ。それは撫子の説明をバッサリ中断させるには十分だったらしい。
 そんな銀時のツッコミにうんうんと頷く一同。その中で、撫子だけがどうしてそんなツッコミを入れられたのか判らないといった表情を浮かべていた。
 ちなみに、八雲さん家の橙さんとか言っていたが、実際には彼女の住処は妖怪の山なので厳密にはちょっと語弊がある。

 「えっと、いけませんか?」
 「いけねぇも何も、それ動物園じゃなくてただの猫ランドじゃねぇーかっ! もしくはニャンニャンランドだよ!! 読者は猫だけじゃ納得しねぇよ!!」
 「えー。だってかわいいじゃないですか、猫って。あぁ、何度あの子猫を抱きしめたいと思ったことか! でもね、ダメなんです。私、猫アレルギーだから」
 「オィィィィ!! 何その複雑な愛憎模様!!? 尚のことそんな意見実行に移せるかぁぁぁぁぁ!!」

 銀時の指摘に大胆カミングアウトなさる撫子に、今度は新八のツッコミが飛来する。一方、撫子は撫子でそんなこたぁ聞いちゃいなかった。
 何しろ今現在、彼女は猫に囲まれているであろう自分を想像してえらくご満悦な表情をしていたのである。

 「……撫子ちゃん。猫フェチやったんやなぁ」
 「橙、彼女に近寄っちゃいけないぞ。いろんな意味で」
 「お燐も判りますね。彼女のためであるのと同時にあなたの為でもあるのですよ」

 撫子の隣にいたアオが遠い眼をしてポツリと呟き、現に猫妖怪の保護者二人が過保護にも厳重注意していたりする。さとりは撫子の心が読める分だけより真面目だった。
 そんな中、フンッと侮蔑のこもった息を零し、立ち上がったのは吸血鬼であるレミリアである。

 「ったく、そんな温い内容じゃ読者は納得しないよ。どうせやるなら、このぐらいはしないとね」









 時は中世イギリス。城のようにそびえる洋館の幼き主。彼女こそが夜の闇に生きる吸血鬼。
 幼き姿ながら畏怖の象徴であった彼女の傍には、常に人間のメイドと、七曜の魔女、そして親愛なる妹がいた。

 「あら、お姉様。今日は一体どんな御用かしら?」

 分厚く、入るものを拒み続けるかのような重厚な扉。そんな扉すらも片手で易々と開けて、主は妹の部屋に入っていく。
 赤い双眸が自らの姉の姿を捉え、妹である少女は優雅な仕草で言葉にする。
 そんな妹の言葉に苦笑しながら、主はコッコッとブーツの音を響かせて彼女に歩み寄った。

 「愛しい貴女の顔を見に来たのよ、フラン」
 「それだけかしら?」

 お互いにクスっと笑い、お互いの表情を瞳に映す。主は愛しげに妹の頬に手を当てて撫でてやる。
 夜は深く、月の光だけが部屋を照らした。
 月明かりに祝福されるように、二つの影はゆっくりと近づいていく。

 「もちろん。もっと楽しいことを、これからするのよ」

 部屋には二人きり。世界は今このときだけは二人のために存在する。
 お互いの唇が、今まさに触れ合おうと―――









 「首位打者剣ッ!!」
 「クワバラッ!!?」

 ゴキャリと、わりと洒落にならねぇ音が話の途中で盛大に響き渡った。
 レミリアの話を中断させたのはフランドール。彼女の手にはレーヴァテイン(Ver.野球バット)が握られており、それでおもいっきりレミリアの腰を強打したのである。
 余りの威力にレミリアは吹き飛び、盛大に襖を突き破った後、中庭にまで吹き飛ばされた彼女は二度、三度と盛大に転がり。

 ピピピッ!!!

 「へっ!?」

 チュドォォォォォォォォン!!

 地雷に当たって盛大に爆発に巻き込まれたのであった。
 もくもくと煙が上がる中、先ほどのことを思い出したのか天子はなにか微妙な顔をして視線を逸らす。
 参加者の反応も皆さまざま。心配するものも要れば、まぁそうなるよなぁと納得するものもいる始末。さて、そんな中で彼女の一番の従者である十六夜咲夜はというと。

 「あら大変。お嬢様がこの暑さでついに爆発してしまいましたわ」
 「ンなわけねぇだろっ!! レミリアちゃぁぁぁぁぁん!!? 生きてるぅぅぅぅ!!?」

 わりかし天然が入ったボケに新八がツッコミを入れつつ、地雷の餌食になったレミリアの心配をする。
 が、そこはさすが吸血鬼というべきか。多少ボロボロになりながらもよろよろな足取りではあったが何とかもとの部屋にまで帰ってきた。

 「ねぇフラン。なんで止めたの、今?」
 「いや、妄想の中で私の初Kissが奪われそうだったから。お姉様が初めての相手とか妄想の中でとはいえ絶対に嫌だし」
 「そこまで嫌!!? そんなに嫌なの!!? ていうかなんでキスの発音英語!!? 何で英語ぉ!!?」

 ガクッと崩れ落ちるレミリア。涙をはらはらと流しているあたり、先ほどのフランの大胆カミングアウトがよっぽど堪えたらしい。
 ちなみに、キスといっても国によってはスキンシップとかにされるようなアレである。レミリアは多少過剰に表現したが。
 そんな彼女を慰めるのは彼女の従者の中でも人のいいほうである小悪魔と美鈴の二人。咲夜はあらあらと困ったように頬に手を当てており、親友のパチュリーはというと我関せずで本を読んでいた。

 「ふふ、お子様にそんな話は百年早い。自分達の特性をちゃんと生かしててこ入れしないと意味がないわ」
 「幽々子様、もしや何か妙案があるのですか?」
 「もちろんよ、ねぇ紫」
 「その通りよ、妖夢」

 妖夢の疑問の言葉にも、幽々子は飄々とした様子で答え、紫もそれに同意するように言葉を零す。
 それで大抵のメンツは悟っただろう。『あぁ、絶対ろくなことじゃねぇな』と。
 何しろ幽々子と紫である。これ以上にないってくらい、ややこしいことを思いつく人(?)ナンバー1とナンバー2が揃い踏みで頷くのである。

 「では、ご披露いたしましょう。私と紫が考えたてこ入れを」









 それは、一種の都市伝説だった。
 それを見たものは一週間後に死ぬ。そんな馬鹿げた噂話。

 物語の主人公は、銀髪が特徴的な一人の男だった。
 彼が、それが原因で起きた事件に関わったときから物語は始まる。
 人は、それをなんと称したか。彼はその謎を突き止めようと奔走し、そしてついにそれに至った。

 「それはね、幽々子の呪いなのよ」

 ある女はそういった。そして、それを見てはいけない、とも忠告した。
 幽々子の呪い。そんなものがあるものかと、彼は忠告に気を傾けてはいたが、結局は好奇心に勝てず、そして見てしまったのだ。

 そう、幽々子が残した―――呪いのビデオを。









 「ハイ却下」

 早かった。銀時の返答はこれでもかというほどに早く、そして簡潔で判りやすいものだった。

 「あら、どうして?」
 「どうしてもクソもねーよ。銀さん死亡フラグ立ちまくってんじゃねぇか! その話の流れからするとどう考えても死亡なんですけどもぉ!?」

 納得いかないといった風の幽々子の言葉に、銀時は多少語気を強めながらそんな返答をする。
 紫もどうやら納得のいかない様子で、片目を瞑りやや不機嫌そうな表情をのぞかせていた。
 そんな主人と主人の友人の様子を見て、はぁっと小さくため息を零したのは妖夢に他ならず、彼女は幽々子と紫に交互に視線を送ってから言葉を紡ぐ。

 「幽々子様も紫様も、その話じゃどう考えても大惨事な流れになるのは目に見えているじゃないですか」
 「もう、妖夢は固いわねぇ。ただの洒落にしかならないでしょう、こんなの。普通に考えて」
 「そうですね。普通に考えればそうですけど、幽々子様と紫様が二人でやると実際に洒落にならないでしょう」

 ぴしゃりと言葉にする妖夢。実際、幽々子の『死を操る程度の能力』と紫の『境界を操る程度の能力』を使えば、本気で某映画よろしく呪いのビデオが出来上がることは目に見えている。
 従者からそこまで返答が来ることは予想外だったのか、幽々子は多少驚いた様子で扇子で口元を隠した。

 「あら、主人に随分な口を利くようになったわねぇ、妖夢も」
 「う!!? そ、それは謝りますけど……、私だって真選組で毎日がんばってるんですから、このくらい口が回るようになります」

 何しろ、ストーカーにマヨラーにドS王子がいますからね。と、なんかアンニュイな表情でそんな言葉を付け足す妖夢。
 実際、真選組もよろず屋に負けず劣らずの個性派揃いなんで妖夢も随分苦労しているらしい。表情から疲れっぽいものがにじみ出ている。

 「ふふん、なら私の意見なんてどうかしら? 題して、銀魂風竹取物―――」
 「ハイ却下」
 「って、ちょっとぉ!! いくらなんでも早すぎない!!? 回想すらないし!!?」

 得意げに意見を出そうとした輝夜だったものの、銀時がいつものようなやる気のない顔で即却下したために彼に食って掛かる。
 が、当の銀時はというと相変わらずのやる気のなさそーな顔をしてがりがりと後頭部を掻いていた。

 「今更昔話ネタとか誰が面白がるんだっつーの。もうちょっと面白くなりそーな話し振ってこいよ」
 「じゃあ、地獄鴉に協力してもらって世紀末救世主伝―――」
 「アウトォォォォォォォ!!! 輝夜さんそれ色々とアウトだから!!」

 銀時の言葉に妥協案っぽいそれを提案する輝夜だったが、皆まで言わせず今度は新八がストップをかける。
 そのままギャーギャーと言い争いに突入する銀時と輝夜。そしてそれに巻き込まれる形となった新八をよそに、鈴仙は呆れたようにその光景を眺めていた妹紅に言葉をかけていた。

 「あなたは何かないんですか?」
 「あぁ、私? そうだなぁ……」

 うーんと悩み、あーでもないこうでもないと頭を悩ませる妹紅。
 もともと、こういったことは得意な方ではないせいか、随分と考え込んでいる様子だった。
 しばらくして「お」と妙案でも思いついたのか、手のひらをポンッと叩く仕草をして、鈴仙のほうに視線を向けた。

 「じゃあ、こういうのなんてどうだ?」









 かつて、彼女は某所でも有名な不良だった。
 彼女の名は上白沢慧音。そして相棒の名は藤原妹紅といった。
 そんな彼女達も時が経つにつれ、すっかりと大人になっていったが、慧音はあいも変わらずかつてのように飄々と生きていた。
 だが、時としてそれは終わりを告げた。そして彼女は、かつての悪友にこう告げたのだ。

 「妹紅。私はな、教師になろうと思うんだ」

 かくして、ここに元不良+暴走族という前代未聞の教師が誕生した。
 笑いあり、涙ありのドタバタコメディ!!

 GTK(グレートティーチャー上白沢)!!
 こうご期待!!









 「誰が元不良か!!」

 と、そんなツッコミと共に飛来したのは慧音さんの得意の頭突きだった。
 それはものの見事に妹紅の後頭部に直撃し、余りの痛さにゴロゴロと転げまわる蓬莱人。
 そんな彼女に目もくれず、明らかに不機嫌な様子で慧音は妹紅から視線を外すのであった。

 「すまん、今のはなしの方向―――」
 「いや、案外いけるんじゃね?」
 「そうですね。特に優等生な慧音さんしか知らない人には大反響が待っていそうです」

 慧音が銀時に視線を向ければ、意外にやる気になっている甘党と鴉天狗の姿がそこにあった。
 グワシッ!! と、このまま採用の方向で話を進めていた二人の頭を鷲掴みにする慧音先生。
 その表情にはこれでもかというほどににこやかな表情が浮かんでいたが、残念ながらこの場面ではその笑顔が余計に怖い。

 「正面と側頭部と後頭部、どれが望みだ?」

 慧音から飛び出したのは事実上の死刑宣告だった。ようやく事態を理解したのか、だらだらと冷や汗をかきはじめる銀時と文の二人。
 リアルタイムでミシミシと握力という暴力に晒されながらも、このままではアイアンクローで死にいたると悟ったのか、二人は見合わせ、そして小さく呟いた。

 『正面でお願いします』

 できるだけダメージの少ないところを。そう思っての言葉だったが、残念ながら慧音の頭突きの威力は皆が認めるところである。
 にっこりと、慧音は聖母のような笑みを浮かべ、対して二人は地獄で鬼か何かを見たかのような表情を浮かべ。

 ゴヅッ!! ミヅッ!!

 やたらと鈍い制裁の音が響いて、二人は大声を上げながら床を転がりまわる羽目となったのである。
 それで多少の気は済んだのか、慧音は小さくため息をついて元の場所に戻っていく。
 二人の様子を心配して新八が駆け寄り、そんな光景を見て神楽がパンパンと手を叩いてみんなの視線を集めた。

 「ハイハーイ、他に何かないアルか~? 無いともれなく今のGTKで決定になるネ」
 「ちょっ、待て!! まだ引っ張るのか!!?」

 顔を真っ赤にした慧音が神楽にツッコミを入れるが、神楽は神楽でそんなツッコミが耳に入っていないのかものの見事にスルーする。
 そんな中、「ハイハーイ!!」と元気よく手を上げたのは、地獄鴉こと霊烏路空であった。慧音は何とか問い詰めたい気分だったものの、彼女が元気よく主張するもんだからすごすごと引き下がっていった。
 根が善人すぎると苦労する。そんな言葉を表現しているかのような光景である。

 「私ね、この間みたテレビみたいなのがやりたい!! 例えばねぇ―――」









 霊烏路空、通称おくう。
 彼女は今でこそ何の変哲もない高校生だったが、ある秘密を抱えていた。

 「おくう、アンタはアタイと一緒に居ないほうがいい。あんたはさ、れっきとした皇女なんだから」

 友人の火焔猫燐は、彼女にそう告げる。お燐の言うとおり、おくうは今は亡き、暗殺された王妃の娘だったのだ。
 愛すべき自分の主人である古明地さとり、古明地こいしの二人。彼女達にも危害が及ぶかもしれないと恐れる日々。
 だが、彼女はある日、契約によって力を手に入れる。絶対的な破壊の力を。

 「この、力。そうよ、この力さえあれば、今の腐ったこの国をぶっ壊せるわ!!」

 こぼれでた声は歓喜。自分を育ててくれた主人たちに危害が及ばないように、より住み良い世界を作り上げるための力。
 力を手にした彼女に訪れる魔女。そして友人とすれ違い、やがて彼女達は友人同士でありながらお互い戦いに身を投じて行く。
 だが、おくうは戦う。手にした力……『核融合』の力を手にして。

 「ソロモンよ!! 私は帰ってきたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 機動核融合『反逆のおくう』


 coming soon.









 「どう!!?」

 ニコニコ笑顔でのたまうおくう。しかし、誰も反応せず、気まずそうに視線を伏せるのみ。
 あれ? と、現状を理解できずにこてんっと首を傾げるしか出来ないおくうだったが、そんな彼女の肩を友人であるお燐がぽんっと叩いた。

 「あれ? お燐、どうしたのさ?」

 不思議そうな顔で問い返してみるが、友人は残念ながら一言も発しない。
 代わりといっては何だが、彼女は親指でクイッと別の場所を指差した。
 それを不思議に思いながらそっちに視線を向けてみるとそこには―――恥ずかしい過去を思い出して床を転げまわっている巫女、つまり霊夢の姿があったのだった。

 「ぬぉぉぉぉおおおお!! その台詞を言うなぁぁぁぁ!!!」
 「あぁ!! ご、ゴメンよ霊夢!!」

 ゴロゴロと転げ周り、恥ずかしさの余りに悶絶する霊夢。ソロモンよ発言あたりで嫌なことを思い出したらしい。
 その事に思い至ったのか、おくうが彼女に駆け寄って慌てて謝るという、なんとも妙な空間が出来上がったりするのである。
 その胸の内、押して知るべし。というやつだろうか。

 「えーっと、バイオハザード的なゾンビものとかどうかね? 私の能力ならできんこともないよ?」
 「いやいや、それはもうこりごりだから。約一名はゾンビすっ飛ばしていきなりタイラントになっちゃうから」

 ヤマメのそこはかとなく恐ろしい提案も、銀時は意外にも冷静に首を振って見せた。
 以前、ゾンビもどきに襲われた経験があるからか、彼としてはあんなことはもうコリゴリだ。
 確かに、ヤマメの「病気(主に感染病)を操る程度の能力」なら出来んこともないだろうが、生憎と銀時としては勘弁願いたい。
 以前、その映画を見たことのある臆病なところのある鈴仙はというと、ウンウンと首がもげそうな勢いで頭を振っていたりする。
 ちなみに、銀時の言う約一名は皆さんご想像の通りにお妙さんである。

 「うーん、私ならこんな話がいいかなぁ」

 次に声を上げたのはミスティアだった。
 彼女はうーんと少し考え込みながら、ポツポツと自分の考えを話し始める。

 「えーっとね、ヘヴィメタのヴォーカルが私でね。それで本当は普通の歌手を目指したいんだけど中々うまくいかないそんな話。題名はデトロイトメタルチ―――」
 「出来るかぁぁぁぁぁぁ!!」

 あえなく没になった。これが採用された日にゃ、きっとものすごい悪役レスラーのようなメイクをしたミスティアが狂ったように歌を披露するに違いねぇのである。
 ……あれ? 意外に適役じゃね? などと思わなくもないが、とりあえずこれは没の方向で。
 新八にツッコミを入れられたミスティアはというと「ちぇー」と不貞腐れて黙りこくった。そんな彼女をなだめているのがアオと撫子の二人。

 「あの、銀さん。それって、どうしてもしないといけないことですか?」

 そんな彼女達を視界に入れた後、銀時に改めて問うたのは早苗だった。
 その一言に、みんなの視線が彼女に集まり、少し緊張はしたものの、早苗は落ち着いた口調で静かに言葉を紡ぎ始めた。

 「私は、今のままでもいいと思うんです。もちろん、直さなきゃいけないところもあるかもしれないですし、至らないところがあるかもしれません。
 でも、思うんです。私たちは私たちらしく、無理に変えようとしないでありのままでいればいいんじゃないかなって」

 なんて、私が言えることじゃありませんよねと、そんな風に彼女は苦笑した。
 その言葉を聞き、銀時が考え込むような仕草をしていると、襖が開いて奥からお妙が姿を見せる。

 「早苗ちゃんの言うとおりですよ、銀さん」
 「姉上」

 唐突な姉の登場に新八が驚いたような声を上げるが、それを気にした風もなく彼女はにこやかな笑みを浮かべ続けていた。

 「私たちは私たちらしく。無理に自分を変えたって、そんなの面白くないじゃないですか。私たちは今のままで十分。たまにこうやって集まってワイワイしているほうが、きっと性にあっています」
 「……そう、だな。確かに、そりゃそうだ」

 お妙の言葉に、しばらく考え込んでいた銀時だったが、小さくため息を零したあとに苦笑した。
 それで、大体のメンバーは納得したらしい。元々お気楽な面々の集まりだ。何かに理由をつけて、大騒ぎをしたいメンバーがほとんどだろう。
 案の定、「よし!!」と勢いよく立ち上がって、魔理沙が焼酎を取り出してみせた。

 「それじゃ、今日はこのまま宴会だな!」
 「用意がいいねぇ、魔理沙。まぁ、私もワイン持ってきてるんだけどね」

 魔理沙の一言がきっかけに、がやがやとやかましくなる一室。やんややんやと皆酒を取り出し始め、事態はこのまま大宴会に突入しそうである。

 「おーい、一応、こっちじゃ未成年は酒のめねぇからな。魔理沙に霊夢、それから早苗、オメェ等はジュースだ」
 「おいおい、そんなのばれなきゃ大丈夫だろ? というより、もう手遅れだ」

 ほれっと、勝手な理屈をいいながら指を刺す魔理沙。その先には既に自棄酒に走っている霊夢の姿があった。

 「オィィィィィ!! 何もう飲んじゃってんの!? 何もうおっぱじめてんのぉ!!?」
 「五月蝿いわよ銀髪!! ごちゃごちゃ抜かしてると夢想封印で黙らすわよ!!?」

 途端にギャーギャーとやかましくなる一室。そんな光景を楽しそうに眺めるお妙を横目で見ながら、天子は小さくため息をつく。
 これだけの人数が集まれば、この大きいと感じた家も騒がしい活気に包まれる。
 そんな光景を眺めているお妙が、天子にはみょうに嬉しそうに見えたのだ。
 だから、彼女は言葉を飲み込む。きっと、今の彼女に言葉をかけるのは、無粋だとそう感じたから。
 知りたいと思うけど、きっと自分が踏み込んでいい領域じゃないんだろうと、なんとなくそう思ったのも事実。
 だから、何もいわない。きっと今は、この選択こそが正解だと思うから。
 そんな彼女の思考をよそに、お妙はにこやかにみんなに声を掛け始めた。
 あ、なんか嫌な予感がすると天子は思ったが、残念ながらもう遅い。

 「もう、みんながそういうと思って、今日は私がおつまみを用意したから。さ、みんな一杯食べてね」
















 その日、楽しくなるはずだった宴会は、その一言で地獄に変わった。






 ■あとがき■
 皆さん、新年明けましておめでとうございます。そしてお久しぶりでございました。
 ようやくひと段落着いたので改めて、新しい話を投下します。今回は久しぶりにかいたんで、どこかいたらないところがあるかもしれませんが、いかがだったでしょう? とりあえず、リハビリという事で^^;
 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第二十一話「海といえば美女の水着って、お前ソレはオヤジの発想じゃねぇかぁぁぁぁぁ!?」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/01/13 19:35





 「海に行きたい」

 思えば、旅行雑誌を見ながら口にした天子のその一言が、今回の大本といえばそうなるのだろう。
 暦は8月真っ盛り。太陽は容赦なく大地を照り付け、その存在を過剰なまでに自己主張する。
 これには流石に、いつもタフなよろず屋のメンバーも辟易していた。妖怪の文や鈴仙、フランもこの暑さには流石に参っているようであった。

 「そうね、それはいいわね」

 そして、そんな面々に漏れず、大妖怪であるはずのスキマ妖怪、八雲紫もこの暑さはきついものがあるのか鬱陶しげに言葉を返していた。
 彼女は基本的に夜型の妖怪であり、朝方から夕方までは寝ているのが常だ。昼間から起きているのは実に稀なことなのである。
 暑くて眠れないという事で暇つぶしがてらに博麗神社に訪れた後、いつものように巫女をからかって此方に赴いたはいいのだが、想像以上の暑さに表情こそいつもの通りだが流れ出る汗は隠しきれない。
 幻想郷の結界のほうは彼女の式である八雲藍が見ているので、おそらく心配はないだろうし、しばらくココで涼もうと思ったのが運のつき。
 残念ながら頼みの綱の扇風機は温風を運ぶだけの物に成り下がってしまっている。

 「うわ……どうりで暑いはずです。今日は40度超えるんじゃないかって言ってますよ、天気予報」

 阿求も暑さに参っているらしく、ふとつけたテレビであっていた天気予報の情報を見て大きくため息をついた。
 具体的な数字を聞けば、感じる熱さもより具体的なものになる。天子は先ほどまで手にしていた旅行雑誌を放り投げ、「あ~、あづいぃぃぃ」とソファーにごろんと横になった。
 ぱさりとテーブルの上に投げだされる旅行雑誌。丁度開いたページには、外国の真っ青な海がでかでかと映し出されている。
 その海の記事を見て、ポツリと、紫が言葉を漏らす。

 「行きましょうか、海」














 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第二十一話「海といえば美女の水着って、お前ソレはオヤジの発想じゃねぇかぁぁぁぁぁ!?」■



















 「うぅみぃじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 ガバッと傘を持った腕ごとを挙げ、力強く叫んだのは水着姿の神楽。

 「うーみーじゃー!!」

 そしてソレに続くように叫んだのは、日傘を片手にバッと腕を挙げた水着姿のフラン。

 「うーみぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 そして団子三兄弟よろしくといわんばかりに、両腕を高々と上げて続くように叫んだのは、少し長めの銀髪セミロング、黄色いリボンでアクセントを加えられた黒いハットを被った少女。
 古明地こいし。それが少女の名であり、苗字から想像できるように古明地さとりの妹である。そんな彼女もいつものオレンジを基調とした服ではなく、オレンジ色のセパレートタイプの水着を身に着けていた。
 そして彼女達がそんな風に大きく叫んでいる通り、彼女たちの前には広大な海が広がっており、辺りにはちらほら客の姿も見えている。
 そんな三人を尻目に、せっせとパラソルの設置を砂浜にて行っている男が四人と他一匹。
 坂田銀時、志村新八、桂小太郎、店長、そしてエリザベスである。

 「新八くーん。ちびっ子たちは元気だなぁ、オイ」
 「いいんじゃないんですか? 楽しそうですし」
 「いいわけないでしょう。まったく、フランったら、吸血鬼は流水がダメだって覚えてるのかしら? あ、咲夜、パラソルが出来たら紅茶お願いね」

 気だるそうに準備する銀時の言葉に、苦笑しながら新八が答えると、彼の後ろのほうからレミリアが日傘を片手にため息混じりに言葉にする。
 そんな彼女の後ろにはいつものように咲夜が控えており、その少し向こう、少し離れた砂浜からは続々と幻想郷の面々が水着に着替え終わってこちらに向かってくるところであった。
 本日の午前中の天子のぼやきに紫が同意することとなり、急遽決まった海への旅。
 それはひょっこり現れたアオの知ることとなり、「どうせならみんなで行こう!!」という事で彼女が人数を集めたのである。
 結局のところ、みんなもこの暑さに辟易していたのだろう。初めて海を見るものも多く、中には海を見たさについてきた者達もいる。
 要するに、いつものメンバーが集まり、以前、銀時たちが訪れたえいりあんが棲む海にスキマ経由で訪れることになったのだ。

 「あ、手伝いますよ」
 「いや、君は泳いでくるといい。こういうのは、男の仕事だ」

 撫子が彼らに小走りで近づきながら提案するものの、桂はというとそんなふうに言葉にしてやんわりと遠慮する。
 それでも少し迷っている風ではあったが、店長が頷くのを見て、申し訳なさそうに頭を下げてからアオたちのほうに走り去っていった。

 「ったくよぉ、いいよなぁ。女は早々に海のありがたみを満喫してんだから」
 「はっはっは! そういいなさんな銀さんよぉ。こういうのは、俺達みてぇな大人の男の役目よぉ」
 「その通りだぞ銀時、それにアレだ、夏といえば美女の水着と相場が決まっているではないか。みろ、あそこなどたゆんたゆんだぞ」
 「オィィィィィ!! アンタのその一言で色々台無しじゃねぇかぁぁぁぁぁぁ!!」

 相も変わらず気だるげに不満をこぼす銀時に、軽快に応えたのは店長だった。
 その店長の言葉に同意した桂だったが、その言葉は色々と台無しである。現に、新八が彼にツッコミをいれ、傍にいたレミリアがものすごい侮蔑の表情で桂を睨みつけていたりする。
 ちなみに、桂の視線の先には幽香や小町、美鈴、神綺、永琳といった面々が海のほうに歩いていくところだった。
 共通点? 五人とも一部分がメロンであるという事だけ記述しておこうかと思う。

 [よいしょっと]

 そんなやり取りをよそに、浜辺に敷いた大きいシートの傍に、これまた大きなパラソルをエリザベスが突き刺して完成させる。
 片手にプラカード、片手にパラソルと器用な行動だったが、特に問題もなく男達の仕事はひとまず終了したのであった。
 そんなわけで、新八も桂も店長もそれぞれ思い思いの場所に分かれていく。彼らも存分に海で涼みたいのであろうことは容易に想像できる。
 ため息を一つつき、銀時は辺りを見回す。海を見つめるだけのもの、早速海に入っているものと様々だ。
 そんな中、レミリアはというと一応は水着姿ではあったが、元々海に入る気はないらしくそそくさとパラソルの下に入り、傍にいた咲夜に紅茶を注ぐように命令する。
 そもそもの話、流れ水は吸血鬼にとっては弱点である。
 だから彼女にしてみれば水着に着替える必要はコレッぽっちもないのだが、咲夜の「こういうのは形からですわ」などというよくわからない理論で唱えられ、渋々水着を着る羽目になっていた。
 フランも海に行くなどと言い出さなければ、彼女はココには来なかっただろう。
 いつものような気の強さもなく、気だるい様子で浜辺で神楽、こいし等と遊んでいるフランに視線を向ける。
 あっちはあっちで元気にはしゃぎまわっており、そんな光景を見て思わずため息がこぼれてしまう。

 「ねぇ、パチェ。あなたは海に入らないの?」
 「遠慮するわ。本を読んでいるほうが有意義だし、この程度の暑さ、私たちにしてみればたいしたことでもないもの」

 いそいそとパラソルに入ってきた友人に向かって言葉をかけてみるものの、返ってきたのはそんなそっけない言葉だった。
 そんなそっけない言葉もレミリアにしてみれば予測の範疇だったのか、特に何の反論もすることなく、咲夜が差し出した紅茶を受け取って小さなため息を零すだけにとどめた。

 「お前は行かないのか? 銀髪」
 「生憎、俺ぁココにいるので十分だよ。かったるくて泳ぐ気にもならねー」

 「あっそう」と、憂鬱な気分を隠さないまま呟いて、レミリアは紅茶を口に含む。
 そうして計ったように銀時はごろんと横になり、気だるそうに大きなあくびをしてみせる。
 このうだるような暑さの中で寝れるはずもないだろうにと思いながらも、彼の真意に気付いてもいるので、それ以上は何も言わなかった。
 要するに、日の下にも流れ水に入ることも出来ない自分の事を案じて、こうやって適当な理屈をこねてココにいることにしたんだろう。

 (馬鹿な奴)

 それだけ思いながら、レミリアはフッと己が妹の姿に視線を移す。
 そこには、何時の間にあんなに楽しく笑うようになったのやら、神楽、こいし、そしてアオや撫子と一緒にビーチバレーに興じているフランの姿がある。
 果たして、あの子は自分にあの笑顔を向けてくれるだろうか? いや、それ以前に、果たして自分はあの子にあの笑顔を浮かべてやることが果たして出来ただろうか?
 そんならしくない自問を繰り返し、やがて考えてもしょうがないことだと悟るとまたため息がこぼれてしまう。

 「隣、よろしいかしら?」

 ふと、思考に埋没していた意識が浮上する。声の主に視線を向ければ、いつかの間欠泉の怨霊騒ぎ以来、ちょくちょくと宴会に顔を出すようになったものの姿があった。
 古明地さとり。心を読む能力を持ち、忌み嫌われ地底に潜ったさとりの妖怪。

 「『好きにするといい』、ですか。それでは、お言葉に甘えましょう」

 物腰柔らかな態度で、彼女は一礼してからレミリアの隣に腰掛けた。
 相変わらずズバズバと心を呼んでくるやつだな、と思いはしたが、ソレも今更なのでレミリアは何も言わない。
 こういうとき、太陽の光が調子に乗って燦々と輝き、言葉を紡ぐのも気だるく感じる憂鬱な日には、彼女の能力は手間要らずで便利なものだ。
 物は考えようという奴だろう。この程度のことを読まれたからといって気分を悪くするほど、レミリアは狭量ではない。

 「咲夜、彼女の分の紅茶も用意なさい」
 「かしこまりました」

 控えている従者にそう命令を伝え、レミリアはなんと無しにさとりのほうに視線を向ける。
 水着に身を包んだ彼女の肌はとても白く、日の光には余り強くはあるまい。タダでさえ華奢な体つきをしているのだ。今日の日差しは彼女には辛かろう。
 そんな彼女の視線は、彼女の妹のこいしに向けられていた。その姿が、どうしてか……自分の姿とダブって見えて、レミリアはなんとなく、自分達が似たもの同士なのだという事を察した。

 「心配?」
 「もちろん、こいしは私の大事な妹ですから。貴女も、そうなのでしょう?」

 問い返された声には応えず、レミリアは憮然とした表情のまま視線をフランたちに移した。後ろで、自分の従者が微笑ましげに笑っていたことには気付いていたが、あえて気付かない振りをする。
 その問いには、YESと答えるだろう。だがしかし、今まで散々、妹を放っておいてそんなことを言うなんて虫のいい話だと感じて、声にすることはためらわれた。
 だから、返したのは沈黙。もとより、さとりは今のレミリアの思いを知ることはたやすい。だからか、彼女もそれ以上は何も言わず、ただただ己が妹に視線を向ける。

 フランドール・スカーレットと、古明地こいし。この二人は、一体何時のころからか仲のいい友人といった付き合いになっていた。
 どんなきっかけで知り合ったのか、どんな経緯があって壊すことしか知らなかったフランドールがこいしと意気投合しているのか。
 不甲斐ないことだったが、レミリアもさとりもその事を知らない。
 いつも地下にいたフランと、いつもふらふらとどこかへ消えては、いつの間にか帰ってきているこいし。
 違うようで、どこか似ている。そういったのは、奇妙なことにフランドールもこいしもだった。

 495年間。地下で幽閉され続け、最近ではソレも解除されたが、めったなことでは外にでようともしない。
 ありとあらゆるものを破壊する能力を持ち、情緒不安定でふとした癇癪で大事になりかねない悪魔の妹、フランドール。

 心を読む事で嫌われる事を知り、心を読む第三の眼を閉ざして、自らの心さえも閉ざした。
 代わりに無意識で行動する事が出来る様になったものの、誰にも気付かれることが無い。その事を寂しいと思う心をなくしてしまったこいし。

 言葉にすれば違うようで、でもどこか似ていると、不思議とそう感じる矛盾。
 でも、どこが似ているのか、不思議とレミリアもさとりもなんとなくではあるが理解していた。

 二人の似ているもの。それは、病んだ心と、永い永い独りの時間。
 気が触れている。オブラートに包んで言えば、情緒不安定で永い間地下に幽閉され続けてきたフラン。
 心を読む力は、自らの心の強さ。それを嫌われるからと閉ざし、結局は自らの心を閉ざしたこいし。
 そして、この二人はその事をつらいとも寂しいとも感じていないという、歪な共通点。
 地下に幽閉され続けたか。目的もなくふらふらと彷徨うか。行動にこそその違いはあれ、二人の心のうちは極めて近いものだった。

 「どうぞ」

 差し出された紅茶を受け取り、さとりは「ありがとうございます」と丁寧に礼を言うと、なれた仕草で紅茶の淹れられたカップに口をつける。

 「相変わらず、美味しいですね」
 「当然よ。咲夜の淹れたお茶に適うものなんか早々ないわ」
 「恐縮ですわ」

 二人の言葉に、咲夜は優雅な笑みをもって返答する。
 レミリアの言葉は紛れもなく本心からのものであり、その事を悟ったからか、咲夜の笑みはどことなく嬉しそうではあった。
 再び視線を妹に向けてみる。するとそこには、大きく手を振って自分達の名を呼ぶフランとこいしの姿があった。
 その光景に一瞬あっけにとられ、どうしていいか迷っているレミリアとさとりに声を掛けたのは、傍にいた従者でもなく。

 「行ってこいよ。こんな時ぐらい一緒に遊んだって、お天道様も何も言うめぇ」

 傍に寝転がってダレまくっていたどこぞの銀髪の甘党であった。
 そっちに視線を移してみれば、相変わらず気だるげな視線をどこかにと向けたままの銀時の姿がある。
 その視線の先を追ってみれば、なんてことはない。先ほどまで自分達が見ていた光景と同じだったことに行き着いて、少し憮然とした表情を作る。

 「わかってるよ。お前に言われるまでもなくね」

 そういい捨てて、レミリアは日傘を片手にパラソルの下から出てきて、未だに呼んでいる自分の妹のほうに歩み寄っていく。
 ソレにおくれまいと、少し小走りになったさとりが後に続く。
 そんな光景を視界に納めながら、銀時は小さくため息をこぼす。
 相変わらず容赦ない日差しは止むこともなく、じわじわと肌を焼いていく。そんな中で、再びビーチバレーを始めた神楽やフランたちを視界に納め、日傘片手に器用な奴らだなぁと思いながら、銀時は瞼を閉じる。

 「損な役回りね」
 「さぁな、存外そうでもねぇさ」

 あいも変わらず、感情の乏しい魔女の声に、銀時は特に変わった様子もなくそう答えた。

 「そう」

 その声に、わずかばかり満足そうな響きがあった。もっとも、パチュリーはそれ以上はいう事はないのか、持参したらしい本を読む作業に没頭し始める。
 そんな光景に、咲夜が少し微笑ましげな表情を浮かべると、フイッと自分の主人の居るであろう場所に視線を移す。
 妹に手を引かれて、しかし戸惑いながらもどこか楽しそうな主の姿。そんな、姉妹としてはどこにでもありそうな微笑ましい光景。
 見れば、あのさとりの方も、自分の妹に手を引かれ、どこか戸惑いながらもやはり嬉しそうであった。
 その光景を、咲夜はただ満足そうに眺め続ける。ずっと傍にいて、あの姉妹の問題を、色々知っている彼女だからこそ、その光景が本当に価値のあるものだと気付いてしまう。
 フランドールは、徐々にだが変わってきている。今までよろず屋にいて、一度も気が触れたように暴れたという事を聞かないのだから、ソレは間違いない。
 内心、不思議なものだと思うけれど、いいことなのだから深くは考えないようにした。
 そんな光景に見入っていた咲夜だったが、ふと気配を感じてそちらに視線を向ける。そこにいたのは、二人組みの青年だった。

 「よう、姉ちゃん。一人ィ? 俺達と遊ばない?」

 一瞬、その言葉にぽかんとしたものだったが、どうやらソレが自分に向けられているのだと知ると小さくため息を零す。
 彼らの死角になっているパラソルの向こうには、銀時とパチュリーがいるはずだが、おそらく我かんせずを貫くだろう。
 面倒ね。と、そんな気持ちを隠しもしないように鋭い視線を彼らに向ける。

 「生憎、私はあなた方に興味はありません。ですから、早々に立ち去っていただくとありがたいのですが?」
 「おいおい、いいのか。俺達はこの辺でも有名な暴走族、舞流独愚だぜ? そんなこと言ってると、江戸の町を歩けなくなっちゃうよぉ~?」

 いやらしい笑みを浮かべる目の前の男二人に、咲夜はまたため息を零す羽目となる。
 そもそも、咲夜にとっては彼らの言葉にも「だからどうした?」程度の感想しかわかない。これで脅しのつもりなのだとしたら、余りにも馬鹿げている。
 問題は、今手元にナイフがないことだが、だからといって咲夜が彼らに遅れをとることもあるまい。
 銀時もパチュリーも手を出さないで傍観しているのも、そもそも彼女が並みの、それもそこいらのチンピラ程度にどうにかできるはずもないことを知っているからだ。
 実際、幻想郷で彼らと同じ真似をするような命知らずは居るまい。
 さて、本格的にどう始末しようかと思考が傾きかけた頃、見知った面々がぞろぞろとこっちに歩み寄ってくる。
 その中の一人、ミスティアは明らかに迷惑そうな表情を浮かべ、男達に言葉を投げかけていた。

 「ちょっと、あんた達どきなさいよ。メイドだって迷惑してるじゃん。こっちはルーミア休ませなきゃいけないって言うのにさ」

 ミスティアの言うとおり、彼女の後ろには桂がぐったりとしたルーミアを背負って立っていた。
 元々、常闇の妖怪と呼ばれるだけあってルーミアは日の光に弱いのか、桂の背中で気だるそうに唸っていた。
 そんなことなど知ったことかといわんばかりに、男達はケッとつばを吐く。元から人相はよくなかったが、険しい表情を作りいらだたしげに言葉を紡ぎだす。

 「うるせぇんだよチビが! 邪魔だから向こう行ってろ!!」
 「何ですって!! そのゴーグルひん剥いて鳥目にしてやろうか人間っ!!」

 売り言葉に買い言葉とはよく言ったものだ。お互い罵倒を交えて今にも射殺さんばかりににらみ合っている。
 が、ここで彼らは失態を犯していた。いや、咲夜にナンパした時点で失敗以外のなんでもないのだが、ことさらに失敗を積み重ねていたことに彼らは気付かない。
 ポンッと、二人の男の肩に誰かの厳つい手が乗せられる。そして、後ろを振り返った彼らが見たものはというと……。

 「ハロォォォォウエヴリニュアン!」

 2メートルを越そうかという筋肉ムキムキの巨漢、黒髪オールバックの彼はご存知幻想郷でカフェを営んでいる店長だった。
 目にはビカァッと光が飛び出しそうな殺意と怒気が溢れんばかりに輝き、ぎょろりと男達を見下ろした。
 まぁ、要するに。彼らのもう一つの失敗というのは、彼の前でミスティアを罵倒したことだろう。

 「死を、くぅれてやる」

 そしてその報いといわんばかりに、二人の男を掴んだ店長は、静かに親指でビッと自らの喉を横にきった。 ぶっちゃけ死刑宣告である。

 「死ぬかぁっ! 消えるかぁ!! くたばるかぁっ!!? 土下座してでも生き延びるのかぁぁぁ!!」
 「ぎゃあぁぁぁぁ! ぐへぁ!! ぐぼぁ!!」
 「骨まで砕けろぉ!!」
 「ぐぎゃああぁぁぁぁぁぁぁああ!!」
 「ひぃぃぃぃぃ!! け、携帯で総長を―――」
 「アイテムなんぞ使ってんじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 もはや阿鼻叫喚の地獄絵図。もともと妖怪も受け入れるカフェを営んでいる店長自身、万が一のことがあったときのために体は鍛えているのである。

 「ぶるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』

 そして気合一閃と言わんばかりに、店長はそのごつい両腕で二人の男を引っつかむと盛大に海に向かって投げ飛ばしたのであった。
 ザブーンと海に水没するチンピラ二人。
 しかも着地地点付近には不幸なことに風見幽香がいて、水没した二人は必死にもがく余り、あろうことかうっかり幽香のたわわなブツを掴んでしまったのである。
 幽香は二人の頭を鷲掴みにして引っつかむと、にっこりと笑みを浮かべたのであった。そりゃもう、見てる人間には寒気を覚えるような笑みを。
 「あぁ、あの人間死んだわね」とは、幽香とその友人の姉の傍にいて一部始終を眺めていた夢月の言葉である。

 遠くからは悲鳴が聞こえてきて、ソレを聞かなかったことにして銀時はレミリアたちに視線を向ける。
 何時の間にやらワラワラと人数が集まり、大人数でのビーチバレーに発展しているらしかった。
 その中に天子や紫、鈴仙の姿も見え、一体どんな勝負になるんだろうとある意味寒気を覚えそうなメンツばかり。その中に一人、ポツーンと新八がいるんだから、彼にとっちゃこれが今生の別れになるかもしれない。

 「平和ね」
 「あぁ、そうだなぁ」
 「……そーなのかぁ」

 ポツリと呟いたパチュリーの言葉に銀時が同意し、今先ほどパラソルの下に寝かされてぐったりとしているルーミアが、弱々しく言葉にする。

 「オメェもいってくりゃいい」
 「……うーん、そうね。……気分がよくなってからそうする」

 相変わらずぐったりとした様子のルーミアの言葉に、銀時は苦笑してもう一度目の前の楽しそうな光景に視線を向けた。
 そこでは器用にも日傘を持ったままのフランのスパイクが新八に直撃し、思いっきり吹っ飛んでいる光景が目に映る。
 皆は大爆笑し、新八は盛大にキレながら大声でツッコミをいれている。
 なんとも平和な光景に苦笑し、銀時はゆっくりと瞼を閉じる。たまには、こういう騒がしい中で横になっているのも悪くない。

 後に、海に住み着いた強面のえいりあんにみんなが遭遇し、また一騒動あったのだが、それはまた別の話である。





 ■あとがき■
 ども、白々燈です。皆さんいかがだったでしょうか?
 今回はまったくといっていいほど筆が進みませんでした……。あーでもないこーでもないと随分時間がかかった話ですね。
 海の話はもうちょっとどたばたした感じにしたかったんですが、書いているうちにあれよあれよと別路線に。
 今回は本当に反省点が多くなってしまいました。
 それでは、今回はこの辺で。

 ※誤字を修正しました。ご指摘、ありがとうございます。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第二十二話「教授のストロベリーな部屋探し」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/01/21 22:43






 うだるような猛暑続き。記録的な暑さをココ最近更新し続けているかぶき町のとある河川敷。
 そこに、真紅の髪のショートヘア、赤いマントなんて特長的な姿をした少女と、金髪ツインテールのセーラー服姿の少女がボーっとした様子で川を眺めていた。

 「……どうするんだよ、教授」

 金髪の少女、北白河ちゆりは疲れたように傍にいた少女に問いかける。
 教授と呼ばれた少女、岡崎夢美は困ったように「うーん」と考え込んだような声を漏らし、しばらくしてから小さくため息をついて言葉を紡ぐ。

 「しばらく、こっちで暮らすしかないでしょうね」

 その返答はやっぱり予想できたのか、ちゆりは「うへぇ」と心底嫌そうな表情をして舌を出す。
 そんな彼女の頭に、夢美の拳骨がゴンッと直撃して、その衝撃で舌を噛む羽目になったちゆりはゴロゴロと転げまわった。

 「そんな嫌そうな顔をしない。仕方ないじゃない、船が壊れた上に警察に持っていかれちゃったんだから」

 彼女達が表現する船というのは、無論ながらただの船などではない。それも海上船や宇宙船などでもなく、あらゆる可能性を超えて移動できる並行世界を移動する船だ。
 その船が、この世界に着いた途端、あろうことか故障してしまったのである。しかも、出た場所がまた運悪く、この世界の警察の屯所の前だったためにあえなく危険物として没収されてしまったのである。
 まぁ、壊れ方にも問題があったせいで、どの道廃棄するしかなかっただろうが、丸ごと全部持っていかれたのは実に手痛い。
 使える破片なら数多くあっただろうが、残念ながらそれも没収されたので一から船を造り直さなくてはいけないだろう。
 一体何時までかかることやら。そんな思いがため息になって夢美の口からこぼれ出る。
 船を造る目処もつかず、おまけに懐に入っている金額は雀の涙。どうやら通貨は同じらしいことは幸いだった。

 「……とりあえず、当面の家を探さないと」

 岡崎夢美、18歳。教授という肩書きを持っていても、やっぱり歳相応の少女なのである。何度も何度も野宿するのは勘弁したかった。


















 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第二十二話「教授のストロベリーな部屋探し」■



















 「なぁ、教授。どこに行くんだよ?」

 かぶき町の人通りの多い街中を歩く二人。ちゆりはどこに向かっているのか判らず、半ば不安げな声を上げて夢美に問いかける。
 一方の夢美は視線をちゆりに向けないまま、淡々とした様子で言葉を紡ぎ始めた。

 「昨日、親切な銀髪のお兄さんに教えてもらったんだけどね。このかぶき町には、かぶき町の救世主と呼ばれている人がいるそうよ。
 その人はどんな人にも偏見せずに部屋を貸し与えてくれることで有名で、私たちのような訳ありの人にも快く部屋を貸してくれるって話」
 「教授、なんかもうスゲェ胡散臭いんだけど」

 夢美の説明にも、ちゆりの言葉は実に単純明快かつわかりやすい返答だった。
 というか、夢美の説明では自分達がまるで犯罪者のような物言いなのでちょっぴり傷ついたり。確かに訳ありには違いないが。
 というかそれ以前の話、今の所持金で果たして部屋など借りれるのだろうか?

 「何してるの、ちゆり。早く入るわよ」
 「へーへー、わかりましたよ」

 まぁもっとも、そんなことを言ってこの教授が考えを変えるとは露ほどにも思ってないので、ちゆりは何も言わずに彼女に従い、一件の不動産屋の中に入っていく。
 多少ボロボロな感はあるが、ちゃんと店としては機能しているらしく、客が来たと判ると店の奥座敷から一人の爺さんが姿を現した。

 「いらっしゃい。私、不動三蔵と申します。今日はどういったご用件ですかねぇ?」

 なんかいきなり不安になった。何が不安って、その人として安直過ぎる名前あたりが既に不安である。
 なんだよ、不動産経営してるから不動三蔵とか。親の顔が見てみてぇよ、などと一人心の中でツッコミを入れていたちゆりだったが、一方の夢美はというと早速部屋を探して欲しいと遠慮なく依頼したのである。

 「部屋を探してもらいたいのよ。お金はこれだけなんだけど……できれば広い部屋がいいわ」
 「教授ー、そりゃいくらなんでも虫が良すぎるだろ……」

 ちゆりの言葉もごもっともだ。夢美もそれは判っているのか、「あ、やっぱり?」なんて照れくさそうに苦笑した。
 実際、言ってみたものの夢美もそこまで期待しているわけではない。あればいいなー程度の淡い願望でしかないのだが、やっぱり部屋は広いほうがいい。
 まぁ、だからといって無理強いをするわけにもいかない。無いならないであっさりと諦めるつもりではあったのだ。あったのだけど。

 「あー、ありますよ」
 『うそぉ!!?』

 帰ってきたのは恐ろしくあっさりとした爺さんの言葉だったのであった。
























 不動三蔵に案内され、たどり着いた場所はどう控えめに見ても高級マンションの類であった。
 その豪華さに目を丸くすることしか出来ない夢美とちゆりをよそに、不動産の爺は遠慮無しにそのマンションに入っていったので、二人も慌てて後を追う。

 「いやー、お客さんたちは運がいい。ここはウチでも指折りの物件でしてね、丁度一部屋空きがあるんですよ」
 「いや、それはわかったけど……自分で言い出しといてなんだけど、本当に大丈夫なの?」

 いつも強気で余裕の態度を崩すことが少ない夢美が、えらく下手になって爺に言葉をかける。
 そりゃそうだろう。仮にこんなところに棲むことになったとしても、今の手持ちで果たして家賃だって払えるかどうか……。いや、ドキッパリと無理だろう。
 エレベーターに乗り、そんな夢美たちの不安を察したのか、爺は落ち着かせるように言葉を続けた。

 「確かに、ココは本来値の張る物件ですけどね、以前住んでいた人は逃げ出して、その前に住んでた人は蒸発しちゃってましてねぇ。
 家具も何もかもがそのまんまなんで、それさえ処分していただけるなら月の家賃は5千円で結構です」
 『5千円!!?』

 破格も破格。破格過ぎるそのお値段に夢美は「いやっほい!!」なんて喜びそうな表情を浮かべ、対してちゆりはというと明らかに不安げな表情を浮かべた。
 だって、おかしい。もといた世界でもそうだが、こういった高そうな物件が極端に安かったりすると、そこは大抵が『いわくつき』の物件なのは世の常だ。
 そういったことを考えれば、露骨に怪しすぎる。
 どうしてこの人はこう、露骨に怪しいのに喜べるんだろうとか思ったちゆりだが、よくよく考えればこの夢美という少女、物理学者でありオカルトマニアでもあったりするのだ。
 「あー、そうだった」と実に嫌なことを思い出したというように納得したちゆりは、腹を括ることにした。
 こうなればどんな部屋が来ても我慢するしかない。おそらく、この教授は即決するだろうし。
 やがて、エレベーターは目的の階に着き、二人は不動産の爺の後に続いて歩いていく。
 しばらく歩いていくと、ある部屋の前で爺が止まり、合鍵を取り出してドアを開ける。
 いよいよだ。と、ちゆりははぁーっと深呼吸を一つついて、気持ちを落ち着かせる。これで何があっても大丈夫だ。まさか幻想郷以上に常識ハズレな事態は起こるまい。
 そう覚悟して、その覚悟と同時にドアが開く。


 そして、彼女は知った。覚悟していたって、どうしようもない時はどうしようもないんだなぁっと。


 簡潔に言おう。そこはどう見ても殺害現場跡でした。
 壁も床も窓もどこもかしこも血で汚れていない場所は無く、オマケにカーテン辺りにはどう見たってダイイングメッセージとしか思えない「ノボル」とかいう文字まである始末。
 覚悟はしていた。していたけれども、正直、これは無いわ。

 「どうでしょう? 色々とそちらで負担していただければ、さっきのお値段で結構ですよ」
 「何がだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 スパコォォォン!! と、小気味のいい音が響いてちゆりの持っていたスリッパによる怒りの一閃が爺の顔面に見事クリーンヒットした。

 「テメェ爺、どんなとこ紹介してんだよ!? 負担って何!? 犯罪の片棒の負担んんんんん!!?」
 「おぉ、見事なツッコミです。以前逃げてったお客さんも同じツッコミをなさってましたよ」
 「ふてぶてしいよっ!!? 前もこのままの状態でこの部屋紹介したの!!?」

 頭が痛い、などというレベルではない。よもや殺害現場をそのまま残しているとか誰が想像できるだろう?
 酷い。酷いにもほどがある。パイプ椅子でぶん殴らなかっただけまだ我慢したほうだと思う。
 そんな中、夢美はというと特にその惨状を気にした風も無く部屋の中に入っていく。

 「ふーん、悪くないかなぁ。お爺さん、ここにするわ」
 「教授ぅぅぅぅぅぅ!?」

 四面楚歌とはこのことか。彼女の上司とも言えなくもない夢美は、どうやらココを気に入ったらしく、この部屋に住むことにしたらしかった。
 冗談ではない。こんな明らかに殺害現場でしたみたいな部屋に住めるほど、ちゆりの精神は図太くはないのである。

 「どうしたのよ? いいじゃない、この部屋。広いし、お風呂場もキッチンもあるし。ちょっと汚れてるけど掃除すれば大丈夫よ」
 「教授、現実を見てくれよ! ちょっとどころじゃないよ!? これどう考えても殺害現場じゃないか!?」
 「もう、ちゆりってば怖がりねぇ。これはきっとアレよ、イチゴ大好きな前の前の住人がはっちゃけてストロベリー投げ祭りをしていたのよ」
 「ありえないよ!! 室内でそんな意味のわかんないイベントするわけないし、この赤いの明らかに血の跡だって!!?」
 「まぁまぁ、おちついて。ほら、よく見て御覧なさい。なんかでそうじゃない、ここ。幽霊とか」
 「わかってるじゃんか!? 教授だってもうわかってるじゃん!!? ここが殺害現場跡だってさぁ!!?」

 暖簾に腕押しとはこのことか。ちゆりがいくら言っても聞く耳持たない夢美。
 その目はなんというか夢みる乙女の目のごとく、光り輝いていたような気さえする。
 それで悟った。もう退路は無い。この人がこういう目をしたときは、何を言っても聞かないんだっていう事を経験上よく知っていた。
 そして案の定、夢美は不動産の爺に話をして、彼の取り出した契約書らしき紙にサインしている。
 どこがかぶき町の救世主だよ、と、内心悪態をつきながら、ちゆりはため息をつく。もう決まってしまったことは仕方ないので、もう何も言わないが。
 犬小屋なんかを紹介されるよりはよっぽどマシだろう。何でそう思ってしまったのかはちょっと謎だけど。
 やがて爺が帰っていき、この気味の悪い部屋に夢美とちゆりだけになる。

 「さって、早く綺麗にしましょうか」

 にっこりと笑みを浮かべ、早速雑巾を探し始める夢美。とりあえず、リビングのものは全部捨てなくてはなるまい。その事を考えると憂鬱になりそうだが、目の前の物理学者は実に楽しそうだった。
 それ以前に、こんな部屋で過ごして超常現象なんかに見舞われないだろうかと不安になるのだが、その気持ちを察したのか、夢美はちゆりに振り返って笑みを浮かべる。

 「大丈夫よ、ちゆり。あなたは私が守ってあげるわ」

 やけに自信満々で、その根拠は一体どこから来るんだろうと思わなくも無い。ただ、不思議とその声を聞くと安心するのだ。
 そんな自分を自覚して、ちゆりは「あぁ、現金だなぁ。私って」と小さく呟いて無理やり不敵な笑みを浮かべて見せた。

 「生憎だな教授。私だって、自分の身ぐらい自分で守れるさ」
 「あら、無理しなくていいのよ?」
 「無理なんてしてない」
 「してるわよ」
 「してない」

 ニッとお互いに笑いあいながら、我先にと部屋の片づけを開始する二人。
 これからの生活費やら、仕事やらを探すのは実に大変だが、それも二人で何とかできるだろうと思う。
 いつ帰れるかも未定。そもそも、生きている間に帰れるのかも判らない。
 それでも、二人でなら生きていける。それだけは、お互いなんとなく感じていたのだ。
 教授とその助手なんて上下関係のある二人ではなく、今そこにいるのは、お互いを信頼しあった仲のいい少女二人なのだから。

 そんな空気をぶち壊すかのように、ザザッと、歪なノイズの音が突然室内に鳴り響いた。

 その発信源はラジオからだった。恨みがましく、怨念のこもった声が脳裏にこびりつくようにこだまする。
 たまらず、ちゆりが耳を押さえるものの、その声の音量はかわることは無く、まるで耳元で聞こえているかのような錯覚を覚えた。
 恐怖が体を支配する。まさかこうも早くこんな事態に見舞われるなど、どうして想像が出来よう。
 そんな彼女を支えたのは、他でもない夢美だった。心配そうに何かを叫んでいるものの、不思議なもので、そちらの声がまったく聞こえないのだ。
 殺せ、殺せと、耳元で何かが恨みがましく囁き続ける。その気持ち悪さに酸っぱいものがこみ上げてきそうになって、思わず膝を突いて口を押さえてしまう。
 そんなちゆりの姿を見て、夢美は険しい顔をしたまま発信源を睨みつけ、そちらのほうに歩み寄っていく。

 「教授……っ!?」

 止めようとしても、自分の声がそれ以上出てくれなかった。
 いや果たして自分が止めたぐらいで、彼女は止まってくれただろうか?
 第一、いまのこれは正体がわからない。幻想郷の幽霊たちみたいに見えるわけじゃないのだ。
 だが、彼女は物理学者にしてオカルトマニアな一面も持っている。もしかしたら、除霊ぐらいはできるのかもしれない。
 一体どうするつもりなんだ、教授!? と、言葉にしようとした刹那。

 「せいやっ!!」

 ドガシャーン!! っと、盛大に苺クロスを鈍器に見立てて振り下ろし、ラジオを粉々に粉砕したのであった。
 途端、ピタッとあの声も聞こえなくなり、吐き気もすっかり引いていく。
 今までの体の不調が嘘のように回復していき、立ち上がる分にも支障はなさそうだった。
 しかし、ちゆりは立つことが出来なかった。というより。立つという事を一瞬忘れてしまっていたのだ。
 ちょっとばかしの沈黙の後、夢美が手でVサインを作り、「はい、解決したわ」なんてノリノリで言っておられた。
 1、2、3、と何秒間か経過した後。

 「力技で解決しやがったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 そりゃ幾らなんでもあんまりだ!!? といわんばかりのちゆりの絶叫が、このマンションの中に響き渡ったのであった。




















 その日の夜、あの後オカルトじみたことは一切起こらず、結局はアレでとりあえずは解決したらしい。
 ちゆりは未だに納得がいかないのか、微妙な顔をしたままだったものの、夢美にはその理由にイマイチ心当たりが無かった。
 夢美はというと、その日はアレから始終上機嫌であった。もともと、安い理由がちょっとアレだが、だからといって物理学者やオカルトマニアはこんなことで引く気はない。
 というより、むしろ大歓迎な部屋だったりもするのだが、それを言うとちゆりに睨まれるのであえて言わない。
 部屋の掃除も終わり、今では綺麗な一室に早代わり。それで少しは落ち着けたのか、ちゆりは疲れきった様子で新しく買って来たソファーに横になった。
 そしてその隙を見て、夢美は屋台に足を運んでいた。そこには案の定、今日、あの不動産を紹介してくれた銀髪の男性の姿がある。

 「こんばんわ、銀さん」
 「あぁ、アンタか」

 彼が返事したのを確認して、夢美は彼の隣に座る。それからおでんをいくつか注文すると、改めて頭を下げてお礼を述べた。

 「今日は本当に助かったわ。おかげで、いい部屋に住めた」
 「そうかい。そりゃよかった」
 「えぇ、本当によかったわ。高級マンションが月々の家賃五千円なんて、本当にありがたいもの」

 ピタッと、夢美から飛び出したその単語に銀時が思わず硬直する。
 彼の思考の中によぎっているマンションこそ、今現在、夢美たちが新居として手に入れたマンションに違いないのだ。
 途端、あそこの不動産を紹介した罪悪感に捕らわれるものの、銀時の表情を見て察したらしい夢美が「大丈夫」といったので、とりあえずは気にしないようにした。

 「私ね、物理学者でもあると同時にオカルトマニアでもあるのよ。だから、あそこに棲むことには何の異論も無いの」
 「おーい、いいのかぁ、そんなんで?」
 「いいのよ。それにもう、幽霊のことならとりあえず解決したし」

 まぁ、力技だったけどね。と口にして、夢美は屋台のオヤジが出したおでんを箸でつつく。
 幽霊を力技で撃退とはこれいかに? そんな疑問も浮かんでいた銀時だったが、「まぁいいか」と適当に納得して焼酎を煽る。
 何しろ、最近の彼の住居に居候しているメンバーは、ドイツもコイツも幽霊ぐらいなら物理的に滅ぼせそうなメンツばかりだし。

 「ま、何か困ったことがあったらウチに来な。よろず屋銀ちゃんが、万事解決してやッからよ」
 「あら、頼もしいわね」

 お互いに苦笑して、夢美はおでんを口にし、銀時は焼酎を煽る。
 こうして、新しいつながりが出来るのも悪くないかな? と、そんなことを思いながら、夢美は苦笑して今はいけないであろう、幻想郷に住む巫女のことを思い浮かべた。
















 「うーん、うーん。苺が、苺がおそってくるぅぅぅぅ!!?」

 一歩その頃、部屋で寝ていたちゆりが微妙な悪夢に苛まれていたりするが、それはこの際置いておこう。


 ■あとがき■
 今回は早く書きあがったので早速投稿してみます。
 ちょっと短いですけど、皆さんいかがだったでしょうか?
 今回は夢美&ちゆりの銀魂ワールド移住。その際、不動産の話とくっつけてこんな感じに。
 ちょっとオリジナリティが足りなかったと反省する場面も多いです。うーん、困った。
 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第二十三話「変装は人のセンスによって決まるもんだって本に書いてあった気がする」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/01/21 22:38










 「全部で2500円だね」
 「わかった。ちょっと待っててよ」

 かぶき町の一角にある書店にて、一人の少女が本を買うために自分のスカートのポケットをゴソゴソと弄っている。
 真ん中と両サイドに藤色のメッシュが入った銀髪のショートヘアー、黒を基調とした衣類に身を包み、その背には朱色の鮮やかな羽が備わっていた。
 その姿を見れば、このかぶき町に住まう人々は皆、彼女を天人(あまんと)と判断するだろう。
 だがしかし、その認識は大きな間違いである。彼女は正真正銘、人を襲い、攫い、喰らう類の化生、妖怪なのだから。
 まぁ、そんな彼女の趣味は読書であり、本来の住処でもある幻想郷からこうやって此方の世界に来て本を買いあさることもしばしばだ。
 幸い、お金は友人の仕事を手伝うと手に入ることが多いので、そういった意味では昔よりは充実していると思う。
 せっかく見つけた本を、あの博麗の巫女に奪われたのは今でも苦い思い出である。

 「にぃ、しぃ……ご、っと。はい、2500円」
 「はいよ、毎度あり」

 きっちりと代金を払い、名無しの妖怪の少女は機嫌よさ気に紙の袋に詰められた本を抱きかかえる。
 名無しの妖怪、それでは不便なので、彼女と仲のいい友人達は皆、少女のことを朱鷺子と呼んだ。
 朱鷺子は上機嫌な様子で、ご満悦といった表情を浮かべていた。
 今にも歌を口ずさみそうな彼女は、軽快な足取りで本屋を後にするとまっすぐに帰路につく。
 その途中、見知った人物がこっちに歩いてくるのが見えて、彼女は思わず足を止めてしまう。
 見知った顔ではある。見知った顔ではあるが、いつもと格好が違うので朱鷺子は思わず怪訝な表情を浮かべることとなった。
 どこぞのエリートの証のように赤い軍服っぽい服に身を纏い、青い髪は七三分けのような髪型だ。だがしかし、青い髪の所々からは、彼の特徴である黒のロン毛がはみ出している。
 えらくシュールな光景である。というより、むしろ間抜けとしか言い様が無かった。

 「……何してんの、ヅラ?」
 「ヅラじゃない。カツラン・ズラだ」

 朱鷺子の問いに自信満々に答えるカツラン・ズラこと桂小太郎。
 とにもかくにも、某人気キャラに全力で謝れ!! と、朱鷺子の拳が桂の顔面を捉えたのはこの後すぐのことであった。










 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第二十三話「変装は人のセンスによって決まるもんだって本に書いてあった気がする」■










 「大体さー、何であんたこっちに来てんのよ桂」
 「桂じゃない。カツラン・ズラだ」
 「いや、だからそれは絶対に止めたほうがいいと思うんだけど」

 かぶき町の大通りを二人並んで、そんな話をしながら歩いていく。
 桂の顔面には見事な青痣が残っており、それは無論のこと、冒頭の朱鷺子の一撃によるものであることは想像するに難くない。
 そんなやり取りをしながら、朱鷺子ははぁ……と小さくため息を零す。
 なんでも変装のつもりらしいのだが、変装になってない。これじゃむしろ下手なコスプレイヤーである。

 「じゃあさ、カツラン。なんでアンタこっちにいるの?」
 「カツランじゃない、桂だぁぁぁぁ!!」
 「アンタ自分の正体隠す気あんのかぁぁぁぁ!!?」

 と、ここで朱鷺子怒りのアッパーカットが見事に炸裂。桂のあごが跳ね上がり、その衝撃で青い髪のカツラがものの見事にすっ飛んでいく。
 余りの威力に桂の体は浮き上がり、ギュルンギュルンと盛大に回転しながら地面に激しく叩きつけられ、「ぐぼぉ!?」とかなんとか奇妙な悲鳴があがることとなった。
 見た目こそ可愛らしいイメージが先行する朱鷺子だが、曲がりなりにも妖怪であることには変わりない。その力は一般の人間なんかよりもよっぽど強いのである。
 まぁ、そんな彼女の一撃を受けてわりと平然と立ち上がった桂も、そろそろ人間かどうかも疑わしい領域に届きそうな感じではあるが。

 「隠すも何も、俺はやましい事や恥じるような行いをしたことは断じてない」
 「じゃあ何で変装なんてしてるの! 素の格好のまま出歩けばいいじゃない!!」
 「それは、アレだ。俺は此方では指名手配犯でな」
 「やましい事あるじゃないの! 張り倒すよ!!?」

 怒りを隠そうともしないまま朱鷺子が全力でツッコミを入れるものの、桂はそれを特に気にした風も無い。
 そろそろ本気で頭が痛くなってきた朱鷺子だったが、残念ながら行き先が途中まで一緒らしく、この辺の地理を詳しく知るわけでもないので別の道から帰るという手段も使えない。
 疲れたように深いため息を一つつき、彼女は内心で早く別れないかなぁと思っていると、向こうの通りからこれまた奇妙な姿の何かが近づいてきた。
 それはなんというか、白い布のお化けに茶髪のカツラと白い軍服チックな服を着せた、と表現するのが正しいのだろうか? それは遠慮なく桂と朱鷺子に歩み寄ってくる。

 [ただいま]
 「おぉ! 似合っているぞエリザベス……いや、キラ・ザベス―――」
 「アウトォォォォォォォ!!!!」

 もはやある種の冒涜に近い変装に、またもや朱鷺子のツッコミが炸裂する。
 紙袋に包まれた本を大きく振りかぶるオーバーアクション。動作に無駄が多く、隙のでかさはぴか一だが、その分勢いは加算されダメージは大きく跳ね上がるのだ。
 そんな一撃が桂のこめかみに突き刺さる。それも、ご丁寧に本の角というオマケつき。痛いなんてものじゃない、リアルに死ねる一撃が等しくツッコミとして桂を襲う。
 さて、その衝撃音の壮絶さは、はたしてなんと表現すればいいのか。生易しい音ではないそれは、例えるなら岩と岩を同時に叩きつけた時に発生する音によく似ているだろうか。
 これが普通の女の子の一撃だったなら、幾多の戦いを潜り抜けてきた桂なら容易に回避しただろう。
 だがしかし、残念なことに朱鷺子は見た目こそ女の子だが正真正銘の妖怪。
 目に見えて判るようなオーバーアクションであったとしても、振りかぶった後から真横に振りぬくという一連の動作の間隔が恐ろしいほどに短いのである。
 結果、桂はまともに悲鳴を上げることも出来ぬまま盛大に吹っ飛び、ズッタンバッタンと面白いように顔面で地面を跳ねながら、ゴミ置き場に見事にストライクしたのであった。
 周りの通行人がポカンとしたリアクションしか取れない中、桂にツッコミをいれたことで少し落ち着いたのか、朱鷺子はこめかみを指で押さえながら盛大にため息をつく。
 慌てたように桂に走りよるエリザベスを目で追いながら、あらためて桂のほうに視線を向けると、流石に「やりすぎたかな?」と今更のように罪悪感がわいてきてしまう。
 今度からもうちょっと手加減しよう、と心に誓った朱鷺子の肩を、ぽんぽんと誰かが叩いた。

 「ちょいとお嬢ちゃん聞きてぇ事あるんだけど、ここいらで長い髪をしたヤロウを見かけなかったかぃ?」

 振り向いてそちらを見やれば、そこにいたのは同じ服装をした何人かの人間達。その一人、沖田総悟は彼女にそんな質問を投げかける。
 見かけなかったかも何も、今先ほどばっちりそのロン毛野郎をぶん殴ってストライクさせたところなのだが、正直、これ以上面倒なことには関わりたくないので首を横に振ることにした。

 「ふーん、まぁ見てねぇんじゃしょうがねぇ。見かけたら、真選組の屯所にでも連絡してくんなせぇ。ところでその袋の中身何? エロ本?」
 「違うっ!! 仮にもそれが女に言う台詞か!!?」

 果たして、その朱鷺子のツッコミを聞いていたのか聞いていなかったのやら、沖田は後ろにいた部下に指示を飛ばすとさっさと立ち去っていった。
 なんでこう、自分の周りには常識という概念をポロッと置き去りにしてしまったような奴らばかりなんだろうかと本気で頭を抱えたくなる。
 巫女とか、ロン毛とか、M忍者とか、さっきのS王子とか。

 「よもや真選組がこのような場所にいようとはな。手荒ではあったが、これを察しての行動であったか。礼を言うぞ、朱鷺子殿」

 ……OK、落ち着こうか私。その声を聞いたとたん、朱鷺子は自然とそんなことを思った。
 いくらなんでもありえない。どれだけあのロン毛が頑丈だからって、こんなに復活が早いのはおかしすぎる。これじゃ本当に下手な妖怪とタメを張れそうな復活速度ではないか。
 だって、先ほどの一撃はうっかり手加減しそこねた一撃なのだ。下手すりゃ死んでる。
 とりあえず、落ち着こう。冷静になろう。クールになれ、朱鷺子。まさか化けて出たわけでもあるまいに。

 「いや、それは買い被りだって。私はただ関わりたくなか―――っ!?」

 気持ちを落ち着け、桂の言葉に答えながら振り返った朱鷺子が見たものは、なんと言うか奇妙な物体だった。
 人の頭を数倍に膨れさせたようなえらくブサイクな造形に、その表情は人を見下しているようで妙に腹立たしい。
 つまるところ、遊園地なんかでよく見るキャラクターのきぐるみの頭部に似た何かをかぶった桂が腕を組んで、今まさに朱鷺子の眼前に佇んでいた。

 「……ヅラ、なにそれ?」
 「わからん。先ほどゴミ置き場に盛大に飛ばされたときにかぶってしまってな、真選組もいたことだし、しばらくこれをかぶっておこうと……」
 「イヤイヤイヤ、ちょっと待とうよ。いくらなんでもそれは無いって」

 桂の返答にパタパタと首を横に振る。これを変装に使うなんてそれこそ狂気の沙汰だ。
 こんなものをかぶって街中を歩こうものなら問答無用で目立つし、それに何より、どう控えめに見てもただの不審者である。
 というより、そんなものをかぶってる人間となんて一緒に歩きたくないだろう。

 「まぁ、いいではないか朱鷺子殿。ところで、手を引いてはくれぬだろうか。このかぶり物、前が見えんのだ」
 「はずせっ!!」

 にべも無かった。問答無用のツッコミに満足したか、朱鷺子はもう構ってられるかと足早に歩き出した。
 正直、買った本を早く見てみたかったし、桂の相手をするのも疲れる。
 結局、朱鷺子は一度も振り返ることも無いまま歩き去って言った。その後、エリザベスに手を引かれていった桂が何をしていたのかも知らずに。



















 幻想郷の夜、それは妖怪たちの時間であることを意味し、それはさながら多くの妖怪たちが活気付く時間帯。
 その中でも一際深い丑三つ時、彼女―――朱鷺子は上機嫌に、街道にひっそりとやっている屋台の暖簾をくぐった。

 「みすちー、やってるー?」
 「いらっしゃい……っと、朱鷺子じゃん」

 気心の知れた仲、とはよく言ったものだ。同じ鳥妖怪という事もあってか、ミスティアと朱鷺子はそれなりに仲がいい。
 席を見渡せば、他にも何人か先客の姿が見える。
 もっとも、そのうちの一人は、完璧に酔いつぶれて「あ~、うぁ~」とか顔を真っ赤にして唸っているけど。

 「あ、朱鷺子さん。お久しぶりです」
 「ん、久しぶりねー。だいちゃんも、ついでにチルノもさー」

 その酔いつぶれている人物、否、妖精の背を優しく擦っているのは、黄緑のサイドポニーの髪形をした少女だった。
 名無しの大妖精。そのせいか、皆して彼女のことを「大ちゃん」などと呼ぶ。そして、その大妖精に背中を擦られているのは、酔いつぶれたらしいチルノであった。
 そんな微笑ましい姿に苦笑し、朱鷺子はあらためて長椅子に腰掛ける。

 「いつものねー」
 「あいよー、ちょいとお待ちねー♪」

 軽快に歌に乗せながら、ミスティアは注文を受けて調理にかかる。
 もっとも、基本的には八目鰻の蒲焼と焼酎を用意するだけなので、そう時間もかからないだろう。
 コトンッと、焼酎とコップが置かれる。相変わらず仕事が速い。
 朱鷺子は今、それなりに機嫌がよかった。目的の本が手に入ったし、内容にも満足していた。
 元々、読むこと自体が趣味のようなものなので、内容など二の次なのだが、だからといって下手なものを読むより、面白いものを呼んだほうがイイに決まっている。

 「ミスティア殿、まだやっているだろうか?」

 と、ここで昼間の珍事を思い出させるような声が響いたもんだから、途端、朱鷺子の上機嫌な気分がものの見事に霧散した。
 何故って? 彼と関わると大抵、ろくな目にあわないことが多いからである。

 「まだやってますよ、桂さ―――ッ!?」

 人のいい大妖精がその声の主、桂に返答しようとするが、その声が不意に止まった。
 不思議なことに、目の前のミスティアもぽかんとした様子で朱鷺子の隣に視線を向けたまま硬直している。
 もっとも、器用なことに八目鰻を捌く腕だけは忙しく動いたままだったが。
 一体どうしたことか? 流石に二人の反応が変なので、不本意ながらそちらのほうに振り向いてみることにする。
 先に出されていた焼酎を一口にし、憂鬱気にそちらに視線を移してみると―――

 「ブフゥッ!!?」

 不気味スマイルを浮かべた巨大な顔がそこにあったもんだから、朱鷺子は盛大に酒を噴出してしまったのであった。

 「おお!! どうした朱鷺子殿、行儀が悪いぞ」
 「やかましいわよ! というかアンタ、まだそれかぶってたの!!?」

 それは、昼間にちょっとした事件の際に頭にすっぽりとかぶってしまったきぐるみの頭部。
 あれから随分と立つというのに、桂は今もまだそれをかぶったままだったのである。

 「いや実はな、あれから外そうと試みたのだが、これがすっぽりはまっているらしくて外れんのだ」
 「何!? その間抜けすぎる恥ずかしいカミングアウト!!?」

 本気で頭が痛くなってくる。どうしてこう、コイツと相対すると冷静でいられなくなるのかと、朱鷺子は深いため息をつく。
 それもそのはずで、元々朱鷺子は気の短いほうなのだから、仕方がないといえばそうなのかもしれない。

 「大体さー、アンタ昼間どこに行ってたのよ。真選組……だったっけ? アレに追われてるみたいだったけど」
 「なるほどねぇ、そういえばヅラはゴリラ達とは仲が悪いみたいだったからねぇ」

 ケタケタと可笑しそうに笑いながら、ミスティアが朱鷺子の言葉に納得したように声をこぼす。
 当の桂はというと、かぶりもののせいで表情がまったくといっていいほど読み取ることは出来なかったが、小さくため息をこぼす音が聞こえた。

 「生憎、奴等とは色々と因縁があってな。今更、仲良くは出来んさ。昼間、同士と国の行く末のために話し合う会議でも奴等は無遠慮にあがりこんでも来るしな」
 「国の行く末……、ねぇ。私が聞いてもイマイチパッとしないんだけど、ヅラって本当に何者なわけ?」

 桂の言葉を聞きながら、そんな返答をしたのは朱鷺子。焼酎を片手に小さくため息をこぼし、それを煽ると、気だるげな視線を彼に向ける。
 相変わらずかぶりもののせいで表情はわからないが、桂は特に隠す気も無いのか、淡々と言葉を紡いでいく。

 「攘夷志士、と言ってもわからぬか。かつて、江戸に現れた天人(あまんと)たちを排斥しようとした戦争に参加した侍達、あるいは、今の天人(あまんと)が牛耳る幕府を快く思わぬ者達の集まりだ。
 俺もその中の一人。かつては、爆弾を使ったテロも行ったことすらもある」
 「か、桂さんが……ですか?」

 普段の彼の様子からは想像できないのか、大妖精が驚いたような声を漏らす。
 確かに、幻想郷での普段の桂といえばカフェでバイトをしているか、もしくはミスティアの屋台で飲んでいるか、とそんなものだったからだ。
 だが、そんな桂も元の世界に戻れば有名すぎるといっても過言ではない。聞いたことなど無い、などという人物は、それこそほとんどいないだろう。

 「あぁ、だが今は違う。最近では、そんな昔の俺を恥じることも多い。当時の俺は、国を救うと謳っておきながら、今を生きる人々のことを何も考えていなかった。
 ……だが、それでは駄目なんだ。俺達が出来ることは、そう多くはないやも知れぬ。それでも、今の幕府を、国を内側から変えていくことぐらいは……できるはずだ」

 その声に嘘の色はかけらもなく、ただ淡々と、まるで誓いのように紡がれていく言葉。
 それはミスティアも、大妖精も、そして朱鷺子も、初めて聞く桂の声の色。少なくとも、ここまでまじめな様子の言葉を聞いたのは初めてだっただろう。

 (ふぅん)

 知らず、朱鷺子は心の中で相槌を打つ。
 いつもはつかみ所が無くて、いざ話してみればムカッと来るときもあるし、ド天然で、奇妙な生物を連れてる変人で、でも―――

 (ただの馬鹿じゃ、ない……か)

 そう、ただの馬鹿なんかじゃ、決して無かったのだ。
 今までそれなりに顔をあわせることが多かった朱鷺子だったが、今初めて、桂という人物が少しだけ理解できた気がした。

 「私は、そういうのよくわかんないけどさ……まぁ、応援ぐらいはしてあげるわ」

 だから、それだけを言葉にして、またコップを口につける。
 正直、朱鷺子には国がどうのとか天人(あまんと)がどうのとかよくわからない。というよりもむしろ、ぶっちゃけどうでもいい。
 でも、応援ぐらいなら別にしてあげてもいいんじゃないかって、そう思うのだ。

 「そうだな、ありがとう」
 「どういたしまして。じゃ、そのお礼といっちゃ何だけど、今度なにか本をよろしく」

 苦笑しながら紡がれたらしい言葉に、朱鷺子はクックッと意地の悪い笑みを浮かべながら、そんな言葉を紡ぎだす。
 そんな様子に、ミスティアも大妖精もクスクスと笑みを浮かべ、また陽気な雰囲気が漂ってくる。
 「抜け目が無いな、君は」という、苦笑交じりの言葉も今は気になりもしない。
 湿っぽい話はこれまで。後は飲んで楽しくなればいい―――

 「ところで頼みがあるんだが……、このお面誰かとってくれまいか? そろそろ……酸素、が」
 『って、うぉぉぉぉぉぉい!!?』

 筈だったのだが、いきなり呼吸が怪しくなり始めた桂のそんな一言に、思わずミスティアと朱鷺子が素っ頓狂な声を上げる羽目になってしまった。
 よくよく考えればそれも当然か。これがズッポリとはまってしまったのが昼ごろ。それからずっとつけっぱなしだったという事を考えれば、中身がどうなっているかなど考えるまでも無い。
 要するに、中身は酸素がほとんどなく、ほぼ二酸化炭素状態であることは想像するに難くねぇのである。

 「だ、大丈夫ですか桂さん!!?」
 「お、俺は……もう、駄目のようだ。後は、頼んだ……」

 大妖精がその献身振りを発揮して、慌てた様子で桂に近づき声を掛けるが、残念ながら帰ってきたのはそんな言葉で、「ガクリ」と声に出して桂はとうとうぶっ倒れたのであった。
 まぁ、時間を考えれば無理も無い話ではあるのだが。




 その後、朱鷺子と大妖精とで永遠亭に運ぶ羽目となり、桂は無事に命を取り留めた。
 その救助方法というのは、因幡てゐが木槌を持ち出し「少林寺撲殺拳ッ!!」などと叫びながら木槌で被り物を滅多打ちにして破壊するという荒療治であったという。
 ちなみに、語るまでも無いことではあるが、当然、酸素不足よりもてゐによる打撲の怪我のほうが酷く、永琳がてゐを叱りながら彼に治療を施したのは言うまでも無い。



 ■あとがき■
 今回は桂な話……と見せかけて、第6回東方人気投票が始まったみたいなので、朱鷺子支援のつもりで書いてみました。
 そんなわけで、随分と朱鷺子の出番が多いです。

 さて、最近考えてるのは遊戯王ネタで一本かこうかなとか思ったり思わなかったり。
 カードバトルをする銀さんや東方キャラたち。
 ……うん、書くのすんごい難しそうですね……。
 故にまだ未定。

 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第二十四話「アルビノの悪魔は誰のために」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/01/30 21:05






 魔法の森に入り、そして抜けるにはそれ相応の慣れというものが必要になってくる。
 何故ならば、魔法の森は慣れぬ人間が入れば道に迷うことでも有名で、とある妖精たちの悪戯がそれに拍車をかけている。
 そんなわけで、森に慣れない人間が入り込んでしまったらどうなるのか?
 つまり、今現在の三人の状態が答えなのである。

 「よし! 何一つわからない!!」
 「どのへんがよしぃぃぃぃぃぃ!!? 全然良くねぇよ! リアルタイムで迷子になってんじゃねーかっ!!」
 「ぎ、銀さん落ち着いて……」

 グッと握りこぶし作りながらキッパシ言い放ったアオに、銀時が半ばキレる様にツッコミをいれ、撫子が慌ててそれを宥める。
 辺りは一面見回してみても木、木、木! いけどもいけども出られないことに鬱憤がたまっているのか、銀時は疲れたようにため息をつく。
 木々の枝が空を覆い、昼かも夜かもわからない現状。先の道はまったく見えず、未だに戻れる目処はまったく立っていない。
 そもそも、何故彼女達が魔法の森で迷っているのか?
 その理由は、いつもいつも紅魔館の地下の図書館から本を借りていくという名目でちょろまかして行く霧雨魔理沙から、本を返却してもらうためである。
 現在、アオと撫子は諸事情により、家が直るまで紅魔館の世話になっていた。その代わり、彼女達はメイドとして紅魔館で働いており、魔理沙から本を取り返すのが今回の仕事であった。
 それに同行したのが、パチュリーから依頼を受けたよろず屋の面々。
 その中で男手として銀時が同行することになり、他のメンバーは皆して図書館にて小悪魔の負担を減らすように尽力することにしたのである。
 実際アオがいるワリには珍しく、幸運にも魔理沙の家には到着できたし、全部というわけではないが読み終わったらしいものは全て返却してもらえた。
 このあたり、アオと撫子が二人して何とか魔理沙を説得し、それでも説得するのにだいぶ時間はかかったが、そのくらいは予想の範疇だ。
 しかしながら、ことがうまく運んだのはココまでだ。あとはアレよとアレよと道に迷い、今現在にいたるというわけである。
 オマケに、手にはそれなりの量になる本が三人の体力をより多く消耗させる一因になっていた。

 「あ! なぁなぁ、銀ちゃん!! あそこに家があるよ!!」
 「マジか!! こいつぁ助かったぜ」

 そんなだからこそ、その家を見つけたときの喜びも大きかった。実際、何時間も歩き尽くめで早く休みたい気持ちで一杯だったこともある。
 だから、その森の奥でぽつんと佇む家に向かう足は速い。今までの疲れなんて忘れたといわんばかりに盛大に走り出すアオと銀時に遅れまいと、撫子も必死に後に続く。
 ジメジメした魔法の森の中、その家はぽつんと佇んでいた。特別大きいわけでもなく、木造のこじんまりとした家である。
 そのドアを、アオがトントンと丁寧にノックしてみると、数秒としないうちに足音がして、ドアが開いてこの家の住人らしい少女が姿を見せた。
 雪を思わせる白のロングヘアーに、つり上がり気味の真紅の瞳、真っ白なコートに身を包み、そのわずかばかりの覗く肌も病的なほどに白い。僅かに尖った耳が、少女が人ではないことを証明する。
 アルビノを思わせる……などという表現はもはや適切などではないだろう。この少女は見てわかるほどに色というものが抜け落ちた、アルビノだった。

 「こんな森の奥に、人間二人と妖怪だなんて珍しいわね。それで、一体何用かしら?」
 「いやぁ、実は道に迷うて出られへんようになってしもうてな。出来れば、道を教えてほしいんやけど……」

 それで大体の事情は察したか、しばらく考え込むような仕草をして、少女は銀時たちに視線を移す。
 外見は150cmあるかないか程度の小柄さだが、文字通り見かけどおりの年齢ではないのだろう。「しょうがない、か」と小さく紡ぎ、ドアをギィッと大きく開け放った。

 「今日はもう夜遅い。その様子だと疲れてるみたいだし、ウチに泊まっていきなさい。明日、森の外まで案内してあげるわ」













 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第二十四話「アルビノの悪魔は誰のために」■













 「小悪魔さーん、これどこに置いたらいいですか?」
 「それはあそこの棚にお願いします。神楽さんはその本をこっちに持ってきてくれますか?」
 「わかったアル」

 新八の言葉に返答し、そのまま小悪魔は下にいる神楽にそんな指示を飛ばした。
 元気に帰ってきた返事に満足しながらも、もくもくと作業を続けていた小悪魔だったが、とある三人組が帰ってこないことに不安を覚えていた。
 かえって来ない人物、それは魔理沙の家に本の返却を求めに行った銀時、アオ、撫子の三人である。
 もう夜の十時を回る。だというのに、昼前に出発した三人が未だに帰ってこないことが、どうにも不安で仕方がない。
 サボリではないか? と思いもしたが、生憎ながら銀時はともかく、 アオや撫子がサボるのはどうにも想像できなかった。
 では、何か危険な目にあっているのだろうか? と思いもしたが、あの銀時がいるのだ。そこら辺の野良妖怪がどうこうできるとも思えない。
 じゃあ、どうして帰ってこないのか? 一番ありえそうなのとして、魔法の森で迷子になっている可能性ではあるが……。

 「あー……」

 その可能性に行き着いて、小悪魔はしまったといわんばかりに声を漏らした。
 よくよく考えれば、あの森は下手をすれば妖怪だって迷う危険性があるのだし、あの三人が迷っていても何の不思議もないように思えた。
 よっぽどあそこの地理に詳しくなければ、あっさりと迷ってしまうだろう。
 まぁ、実際問題として飛べばいいのだが、残念ながらあの三人は誰も飛べなかったりするのである。
 うっかりしていた。これは実際問題として人選ミスだ。

 「どうしたアルか、こぁ」
 「いやですね、もしかしたらあの人たち迷ってるんじゃないかなぁって」

 本を持ってきた神楽の元に降下すると、彼女がそんなことを問うてきたので気難しげにそう言葉をもらした。
 実際、まさに迷子になっていたりする三人だったが、小悪魔もまさか魔法の森の誰かの家に泊まっているなどとは露にも思っていなかったのである。





















 コポコポと紅茶が注がれ、それを客人である銀時たちに少女は振舞う。
 紅茶の上品な香りが鼻腔をくすぐり、疲れを取ってくれているかのよな錯覚すら覚える。
 家主の少女はルリと名乗った。それにともない銀時たちもお互いに自己紹介を済ませ、今はこうしてティータイムとしゃれ込んでいる。

 「ふーん、強奪された本をねぇ。それは疲れたでしょうに」
 「疲れたなんてもんじゃねーよ。ほぼ丸一日歩き尽くめだぞ?」
 「あっはっは! そりゃそうだ、違いないわね!」

 不満を隠そうともしない銀時の様子がよほど面白かったのか、ケタケタと笑いながらルリは言葉を紡ぐ。
 それが気に障った……などという事もないのか、銀時は小さくため息をついて紅茶に砂糖を投入する。
 そんな様子が可笑しくて、つられるようにアオと撫子も苦笑してしまう。

 「おーい、オメェ等。何くすくす笑ってんの? 銀さん何かおかしい事しましたかねーコレ?」
 「い、いや、ちゃうんよ。なんか、銀ちゃんが拗ねとるみたいでなんかおかしゅうて……」
 「ご、ごめんなさい。なんだか、今の銀さんかわいいです」

 銀時にしてみれば失敬な話ではある。失敬な話ではあったが、事実、その様子は疲れからかどこか拗ねているように感じられた。
 無論、年下の少女に拗ねてるところがかわいい、などといわれて喜ぶような神経構造をしていない銀時は、ちょっぴり落ち込みつつまた砂糖を投入。
 ちなみに、先ほどので大さじ10杯分の砂糖が投入された紅茶を、銀時はぐるぐるとかき回している。

 「……ところで、アンタはそれを入れて大丈夫なの? 砂糖が結構入ってるんだけど」
 「心配いらねーよルリきゅん。銀さん甘党で糖尿病一歩手前だから」
 「駄目じゃないのっ!!」

 バッと銀時の手から紅茶を掻っ攫うルリ。微妙に青筋が浮かんでいるのは多分、目の錯覚なんかではないと思う。

 「何すんだールリきゅん。大丈夫だ、心配はいらねぇって」
 「その根拠がどこにあるって言うのよ!? あとルリきゅんとかいうな!!」
 「根拠なんてもんはねぇよ。ほら、よく言うだろルリきゅん? 心頭滅却すれば火もまた涼しいってかの有名な将軍、武田杉謙信公がだなぁ」
 「誰だそのミックス大名! 武田信玄でしょう!! しかもそのことわざ使い方間違えてるし!? いや、それ以前にそれ信玄じゃなくて快川和尚の言葉だし!? あとだからルリきゅんとかいうなっつってんでしょうが!!」

 初対面にもかかわらず盛大に銀時に振り回されることになるルリ。一瞬、コイツだけ外に締め出そうかとも思ったが、冷静な部分がそれに待ったをかける。
 結局、彼女は小さくため息をつくだけにとどめ、気を紛らわすように手元の紅茶を口に含む。

 「うん、見事なツッコミだルリきゅん。今回は新八不在なもんでツッコミ役に不安があったんだが、オメェなら大丈夫だ。ルリきゅん改め、これから新八2号って呼んでいいか?」
 「……ねぇ、アオと撫子って言ったっけ? コイツ殴っていい? 殴っていーい!?」

 もはや怒ってるのを隠しもしないまま、ルリは銀時と一緒に来た少女達に問うていた。
 まぁ、彼女の気持ちもわからないでもないのか、アオと撫子は困ったように苦笑しただけ。
 そして未だに怒りが収まらないらしいルリに、銀時が肩にポンッと手を置いた。

 「おちつけー新八2号。大丈夫だ、オメェにならできるって」
 「……OK、わかったわ。お前の言いたいことはよぉーっくわかった。わかったからさ、グーで殴らせろやテメェ」

 どんどん言葉使いが悪くなっていくルリ。まぁ、それも仕方のないことなのか、銀時のおちょくり方もわりと容赦ないレベルだったりするのである。
 そんな二人を「まぁまぁ」と宥めるアオと撫子。それでルリは仕方無しといった風に渋々と引き下がる。

 「ごめんなさい、銀さんあれで悪気はないんですけど……」
 「あったら余計悪いっつうに。まぁ、私も大人気なかったわ、ごめんなさい」

 申し訳なさそうに謝る撫子を見て、ルリは自分がいささか冷静さを欠いていたことを思い返して、彼女にそんな謝罪を述べる。
 今考えてみると随分と恥ずかしい限りで、ルリは困ったように苦笑するしかなかった。

 「そや! ココであったのも何かの縁って言うし、お互いの理解を深めるために自分らのことを話すんはどうやろーか?」
 「あら、それは素敵ね。私も乗ったわ」

 アオの名案だ! とでも言わんばかりの一言に、ルリも楽しげに便乗する。
 そんな様子を見て、銀時も撫子も、その案に異論はないのかお互い苦笑しただけで頷いて見せた。



 さて、そんな調子で始まったお互いの身の上話であるが、今現在テーブルに並んでいるのは紅茶ではなくお酒だった。
 そのおかげで饒舌になったせいもあるが、まぁ飛び出すのは素っ頓狂な体験談から真面目な話までピンきりだった。
 最初に自分のことを語ったのは銀時だった。自分がよろず屋を開いていることや、最近居ついている居候たちの話等々。
 酒が手伝っていたこともあるのだろう。サンタクロースの話など、子供の夢が平然とぶち壊れそうな話まで語る始末。
 次に語ったのはアオである。特に、彼女の語った珍事はルリの度肝を抜くのには十分すぎたといえよう。
 何しろ、何度も死にかけた経験があったり、実の姉の厳しさを語られたりと、まぁ出るわ出るわ他人が聞けば不幸な身の上としか思えない話がわんさかと。
 それを不幸だと思っていないのは、そのあたりはこの少女の強さなのかもしれないと、内心、ルリはそう思った。極度のプラス思考、とも取れなくもないけど。
 そして、ルリの中で一番印象深かったのが、撫子の語ったことだった。
 彼女が余りお酒に強くないことも起因しているのだろう。アルコールによって麻痺した思考は、普段なら絶対に人には漏らさないだろうことを喋ってしまっていた。
 それは、里の人々から迫害を受けていた過去や、母親との別離。
 人に人一倍気を使う撫子が、その事を語ることは無かった。今この場面でなら尚更、彼女はこんなことは話さなかっただろう。
 だが、アルコールが入ったという事実は、確実に脳に異常をきたす。アルコールの入った体は、普段は語らない弱音、本音を容易に語ってしまうこともある。

 「そんなときに銀さんに出会って、私は救われたんです」

 だが、それを語る撫子の表情は晴れやかだった。
 意外な人物の名が出たことに一瞬驚き、その件の人物に視線を向けると……何時の間に外に出ていたのやら、盛大に嘔吐しているらしい音が聞こえてきた。
 よし、後であいつ一回しばき回す!! と心の中でひそかに誓いつつ、ルリは撫子の言葉に耳を傾けている。

 「確かに、今も里の人たちとはあんまり折り合いは良くないです。お母さんが死んだときも、凄く……悲しかった」

 出来うることなら、母と共に一緒に暮らしたかった。
 だけど、それをするには母は病に侵されすぎていたし、時間は余りにも短すぎた。
 だがそれでも、銀時がいたからこそ、彼女は最後の最後で、母親の愛に触れられた。彼が、後押ししていられたからこそ、最後の最後で、母の愛に再びふれることが出来た。
 彼女は銀時に感謝していた。もちろん、自分が孤独にならないようにと、今も一緒にいてくれているアオや、よろず屋のメンバー達にも。

 「でも、私は大丈夫。確かに、幸運とは言いがたいかもしれないですけど、今、私は皆と居られて幸せですから」

 だから、彼女は自信に満ちた笑顔を浮かべて、そう断言することが出来た。
 儚げで、だけど満ち足りていて、幸せそうな、そんな表情。吹けば消えてしまいそうで、抱きしめたくなるような、そんな笑顔。
 その笑顔を見て、ルリは、不思議と胸が締め付けられるような思いになった。
 その姿が……その笑顔が、ルリが大昔に友人として共にいた少女と、重なってしまったからか。

 「そっか。いい笑顔ね」

 その事をおくびに出さないまま、ルリはそう告げた。内心、かつての人間の友人と重なった面影を、心の奥底に仕舞い込む。
 さて、彼女もそれだけのことを話してくれたのだ。自分も、それに見合った話しをしなければなるまいと、ルリは薄く笑った。

 「それじゃ、今度は私の話ね。さてさて、ひと時の間、私の話にごゆるりと耳を傾けてくださいまし」

 芝居がかった口調でそういいながら、三人で苦笑する。そのころになってようやく銀時が戻ってきたが、心なしか顔色が悪そうではある。
 まぁいいか、とそんな風におもって、ルリはつらつらと言葉を紡ぎだす。



 彼女は悪魔として生を受けた。珍しくもアルビノとして生まれ、その弊害かはわからないが、彼女は悪魔としては致命的に能力が低かった。
 あっても、せいぜい人間の成人男性と同程度。全身に魔力を流し、身体機能を向上させたとしても人間の4倍程度と、そこまでしてすらも悪魔としての平均以下といったところだった。
 しかも、彼女が生まれた当時はまだ魔法と言うものが現役であった時代だという。それだけで彼女が長い時間を生きているとわかるものだったが、それ以上に毎日生きることで必死だった。
 力の無いものは淘汰される。そんな時代に、彼女のように力の低い悪魔が生き残るのは至極困難を極めたといえる。
 当時、そんな彼女が憧れたのが人間の騎士達だった。悪魔が人間の騎士に憧れる……と言うのも妙な話だったが、彼女は騎士たちの訓練を覗いてみては、その真似事に夢中だった。
 不屈の信念を持って、自分よりも巨大な敵を打倒する。そんな騎士たちの姿に、彼女はある種の希望のようなものを覚えたのかもしれない。
 見よう見まねで騎士の技を習い、騎士の心得を心に刻み、騎士道と言う概念を、彼女は己が支えとして毎日を過ごしていた。
 騎士の英雄譚があれば、それを夢中で読んで、その華やかさ、そして苛烈さ、悲惨な終焉などに心を打たれた。
 彼女の存在は、悪魔としては酷く異質だっただろう。
 いつの日か、悪魔であるはずの彼女は、騎士道と言う信念を持って、弱者を守るために何かしたい。そう思うようになっていたのだから。
 はっきり言ってしまえば、彼女は戦いには向いているとは言いがたかった。
 身体のスペックは悪魔としてははるかに劣り、魔力許容量も人間よりも多少多い程度で、氷系の魔法しか扱えないなど、悪魔として彼女は落ちこぼれに等しかった。
 だが、その歴然たる差を埋めたのが、騎士たちの技術、そして騎士道と言う信念に他ならない。
 実際、彼女はスペックで劣りながらも、その技術と機転を生かして自分よりも強い相手を倒したこともある。そうして、旅する先で理不尽に襲われる誰かを救いながら、ふらふらと当ても無く旅をしていた。

 そんな時、一つの村に立ち寄ったときに、ある少女に出会ったのだ。
 きっかけはなんてことは無い、いつものように盗賊連中を蹴散らした際に襲われていた少女を助けたことだった。
 いつものようにその後を立ち去ろうとしたのだが、この少女が中々強引で、結局は押される形で少女の家に招きいれられた。
 両親は居らず、一人で生活しているらしい少女は、寂しいだろうに儚げにも、元気に笑って見せるのだ。
 何度も話しているうちに、彼女に情が移ってしまったといえばそうだろう。だが、そうだとしてもルリは結局この家を出るタイミングを逃してしまっていたのだ。
 そして、いつしかこの友人を守りたいと、守って見せると、そう誓うようになったのは何時の頃からか。

 だが、その思いは非情とも思える結末で締めくくられた。
 その少女の家に居ついてからはすっかり日課となりつつあった山での狩りを終えた彼女が戻ったときに目にしたものは、無残にも火炙りにされた少女の亡骸だったのだから。
 異端審問、悪魔裁判、思い当たる節はいくらでもあったが、こんなことをされた原因は明らかだった。
 少女は誰にも好かれるような性格だった。誰かの恨みを買うなど考えられるはずも無く、事実、少女の亡骸の傍には何人もの人が涙を流していた。
 自分が傍にいた。自分が、彼女の家にいついてしまったから、彼女は異端として裁かれ、悪魔の手先と断じられて、そして―――火炙りにされた。
 こんなことがあるだろうか? こんなことがあっていいのだろうか?
 守ると誓った。守ると誓ったのに、彼女を殺す原因を作ったのは、他でもない……自分自身だったのだから。



 「それから、私は人と関わるのを避けるようになった。流れに流れて、そしたらこの幻想郷にたどり着いてたわ」

 自重するように言葉にして、ルリはそう話を締めくくった。
 自分が未熟で、まだまだ大馬鹿だったときの話。自分が人と関わることで、その人の人間性が全て否定されてしまう、そんな宗教が力を持っていた時代の話。

 「そんな……ルリさんは何も……」
 「そうね。私自身、むやみやたらに人に害をなしたわけでもない。けどね、当時の悪魔って言う存在はさ、存在そのものが【悪】だったのよ」

 沈んだ撫子の声に、ルリはただ自重するように言葉にした。
 宗教にとって、悪魔とは人心を惑わす人間の敵であり、それと関わったものは等しく異端の悪魔の手先。
 そんな概念が、どこもかしこにも蔓延していた。そもそも、彼女のような考えを持った悪魔自体が、当時も今も異端には違いないだろうから。

 「そういうもんかね」
 「そういうもんよ」

 無気力とも思える銀時の言葉に、少しだけ寂しげに笑って、ルリは言う。
 あー、やっぱりこんな話はするべきじゃなかったかなぁと一人呟いて、ルリは苦笑した。

 「じゃあ、あそこに立てかけられてる槍は……」
 「えぇ、アオのご想像の通り、当時私が使ってた相棒よ」

 部屋の一室、そこに彼女の武器があった。
 シンプルながら、しかし美しいと思わせるフォルムをした2mもの槍。華美な装飾が施され、見るものの心を奪う造りは、類稀なる名匠の作であると推測できた。
 その槍の名を、ブリューナクといった。
 彼女が手にすれば刀身が淡く青白い光に包み、ひとたび投擲すれば、その槍は神話の通りに雷のごとく相手を貫き、強大な魔力で敵の大群を屠る事すら可能とした。
 この槍は、昔どこぞの魔法使いに譲られたものだった。本物かどうかはわからなかったが、その威力、効果はまさに神話に語られるそれと遜色も無かった。
 だから、この槍の真贋はどうでもよかった。彼女にとっては、何度も命を救ってくれた相棒にかわりは無いのだから。
 もっとも、その槍の力を解放すると、彼女の魔力の半分以上を消費してしまうので、使いどころが難しい困った相棒でもあったけれど。
 今では、その相棒を使う機会もほとんど無い。精々、朝の鍛錬で感を鈍らせないように振るうぐらいであり、その後は隠遁生活と言ってもいい生活を続けてきた。
 今日、こうしてアオたちと話せたのは、本当に久しぶりの会話だったから、ついつい嬉しくて饒舌になってしまった。結果的に、話した内容に盛大に失敗してしまったわけだが。
 そんな風に自分の間抜けさに辟易していると、ガッとアオから両腕を掴まれた。
 へ? と間の抜けた声がこぼれる中、アオはいつに無く真剣な表情でルリの瞳を覗き込んでいた。

 「ルリちゃん、一緒に暮らそう!!」
 「はい!?」

 だからこそ、その驚きも一際大きかった。同情だとか、そんな理由でそんなことを言っているなら断るつもりだったが、そんなことで言っているわけでもなさそうだった。
 じゃあ何で? そんな思考がぐるぐると巡る中、アオはさらに言葉を続けた。

 「言っとくけど、同情なんかやないで? ウチは、ルリちゃんと今まで話をして、楽しいと思ったからこんなこと言うとるんや。自分勝手とか、人の事情も知らずに、とか、そんなこと言われてもかまわへん!
 だから、ウチらと一緒に暮らそう! ウチは、ルリちゃんと一緒にいて、一杯楽しいこともしたいし、こうやって一杯笑いあいたい」

 自分勝手な理由。そういわれても仕方がないような、アオの言動。
 だけど、その笑顔はただ眩しかった。明るくて、きっとこの先も楽しいことがあるんだと、そう言っているかのようなそんな笑顔。

 「私も、ルリさんのこと一杯知りたいです。こうやって出会えて、そして話して、お互いを知ったから。だから、私はあなたのことをもっと知りたい」

 撫子も、彼女に語りかける。儚い笑顔を、かつての友人を思い起こさせる笑顔を、自身に向けて。
 正直、迷っているのも事実だった。自分がいて、彼女達が酷い目にあわないだろうかという思いが、ルリの心には根付いている。
 あの一軒は、あの時の友人の喪失は、この小さな悪魔の騎士に間違いなくトラウマとして深く根を張っていた。
 そんな迷いを見透かしたように、口を開いたのは銀時だった。

 「いいんじゃねぇの? こんなところで燻ってるより、こいつ等の傍にいたほうがよ」
 「でも、私は……」
 「建前はどうでもいいさ。オメェはどうしたい? こんな森の奥深くで、一人暮らすほうがいいってか? 違うだろ? さっきまでのアンタは、本当に楽しそうだった。
 アンタのここにあるのは、心にあるのはなんだ? 騎士道、っていうテメェの曲げちゃならねぇ信念があるんだろう?
 だったら、本音に従っちまえばいい。ココに刻まれた……魂に刻んだ騎士道っていう信念は、決してアンタを裏切らねぇ」

 力強い言葉。それが、先ほどまで自分をおちょくったものの言葉なのかと、そう疑いたくなるような、強さの中に優しさを持った頼もしい声。
 そして、初めて彼女は坂田銀時と言う男の本質に触れた。撫子が、彼に救われたと言った理由が、今ならわかるような気がした。

 「まったくさ、そんなこと言われちゃあ、私も断るわけにはいかないじゃない」

 なんでもないことのように、内心の喜びをひた隠しにして彼女は苦笑する。
 そうして、彼女は一旦席を立つと、アオと撫子、二人の傍に近づいて、跪き、頭をたれた。
 その光景に『えぇ!?』と驚きをあらわにするアオと撫子だったが、そんなことにも構わず、ルリは言葉を紡ぎだしていた。

 「あなた達の言葉に、私は感謝する。私は、あなた達の傍に付き添い、あなたたちに牙を向ける全てを貫く槍となりましょう。私は騎士として、ここにそれを誓う」

 もう、あの時のように手遅れなんかにはしない。あの時果たせなかった誓いを、今度こそ守ってみせる。
 自分の魂に刻んだ騎士道の全てをもってして、あの時のように、自分に歩み寄ってくれる彼女たちを守る騎士となろう。
 その姿は、本当に物語の中の王に忠誠を誓う騎士のようだった。凛々しい佇まいと、凛とした言葉が、この少女の行動をより明確に提示する。
 そうして、スッと彼女は立ち上がった。どこか照れくさそうに、頬を染めながら苦笑して。

 「そんなわけだからさ、これからよろしく頼むわ。アオ、撫子」

 その様子が、さっきとはまるで違ったからか、皆して可笑しそうに苦笑をこぼした。
 この日、この時の偶然の出会いを持って、アルビノの悪魔は誓いを立てた。
 彼女達の騎士となり、槍として敵を貫き、盾として攻撃から身を守ろうと。
 弱い誰かを救いたい。そう願い続けてきた悪魔の少女は、今始めて、その願いを現実のものとすることになった。





























 「ふーん、そんなことがあったんだねぇ」

 銀時から説明を受けて、レミリアはそんなことを呟きながら外で騒いでいる三人に視線を向けた。
 用事から帰ってきたらしい三人に+一人という奇妙な自体に、流石のレミリアも驚きはしたが、「まぁいいか」と適当に納得して銀時に説明を求めたのである。
 実に平和そうである。メイド服に身を包んだ二人と、未だになれないのか恥ずかしそうにするアルビノの新人に視線を向け、レミリアはあとでからかってやろうと苦笑をこぼす。

 「んじゃ、俺はこのへんでー」
 「あぁ。じゃ、向こうに帰ってもフランのことはよろしくね」
 「わかってるよ。つーかオメェ、その傷どうしたの? 何、熊にでも襲われた?」
 「強いて言えば赤色の破壊神に迎撃を喰らったわ」

 銀時の疑問になんと無しにレミリアは返答した。
 昨日の夜、久しぶりに我が家に帰ってきたフランを愛でようと彼女部屋に突貫したところ、「お姉さまは部屋に入らないでよ!」という悲惨な言葉と共にレーヴァテインVer.バット仕様でものの見事にホームランされた結果であった。
 思春期って難しいわね、と魔女の治療の際にレミリアはそうこぼしたという。
 495年も生きている少女に、果たして思春期なんていう言葉が該当するかどうかは不明だが。
 銀時が部屋を退出して、あらためて部屋にはレミリアだけが残る。
 眼下に視線を向ければ、そこには種族を超えた友情で結ばれた少女達が、本当に幸せそうに笑いあっていて、レミリアはその光景を慈しむように見守り続けていた。




 ■あとがき■
 どうも、白々燈です。
 今回、どうにもオリキャラメインな話になってしまいましたが、いかがだったでしょうか?
 正直に言えば、この話は色々と書き換えまくりました。三回ぐらい描きなおしたと思います。
 何しろ、最初はルリをレミリアとガチバトルさせる気満々だったという無謀なシナリオがあったくらいです。
 それはさておき、オリキャラの子達は元々、三人でよろず屋をさせたいと思っていたので、これでようやく幻想郷のよろず屋はそろったことになります。
 実は少し前、ディアというオリキャラがいたのですが、コレは諸事情により没になってしまいました。
 ルリはそのディアを基にして色々と設定やらを変えてみたのですが、気がつけば身長以外は面影がゼロになってしまったという罠が……。
 元々、ディアが設定的にどうにも友人に中二病くさいといわれたこともあり、色々変えては見たんですが、それでもやっぱり設定的にはイタイ種類のものかもしれません。むしろ、以前より悪化した可能性すらあるかもしれません。
 このルリ、イメージ的には外見が白レンで性格的にはランサーに近いと思っていただければ。うん、もうこれで既に中二病くさいかも……。ガクガク(((;゚Д゚)))ブルブル
 強さで言うと美鈴に近い形。個としてはあんまり強くないけど、体術や技術でそれをフォローする感じ。
 正直、このルリと言うキャラクター、皆さんに受け入れてもらえるかどうか不安で仕方がありません。^^;
 最後に、このオリキャラメインになってしまった話を最後まで読んでくださった皆さんに、多大な感謝を。


 そして皆さんに懺悔せねばいけないことが一つ。
 東方の人気投票……気がついたら終わってた(;ω;)
 投票してねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!(泣)


 それでは、今回この辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第二十五話「ライバルの存在ってすっごく大事だって偉い人はいった……気がする」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/02/03 22:59







 紅魔館の門の前。そこには本来、門番である紅美鈴の代わりに、見慣れない純白の少女が、小さな欠伸を噛み殺していた。
 少女の名はルリ。今現在、諸事情で紅魔館に居候している悪魔であり、その手には淡い光を放つ矛先をした槍が握られている。

 「暇だ暇だって聞いてはいたけど、まさかココまでとはなぁ」

 ポツリと独り言をこぼし、ルリは気だるげに空を見上げた。
 朝焼けの色が空の彼方に見え始め、どこからか雀の鳴き声が朝の爽やかさを演出する。
 演出するが、生憎ながら今のルリには大層退屈なものとしてしか映らなかった。
 何もないってことは平和でいいことなのだが、だからといって門番の任についたからには厄介ごとの一つぐらい到来してはくれまいか? などと、ついつい不謹慎にも思ってしまう。
 メイドの仕事はそもそも柄じゃないので、こっちの部署の仕事に移してほしいとメイド長に頼み込んだのにコレではいくらなんでもつまらない。
 ふぁ~っと、また欠伸を一つ。昨夜からずっとココで何事もなく立っているだけなのだ。欠伸の一つもでる。
 暇つぶしに片手で相棒である槍をぐるぐると回転させる。ペン回しと似たような感覚で無意識にやっている暇つぶしは、門の内側、つまり紅魔館のほうから誰かが出てきたことで中断することになった。

 「おはようございます、ルリさん」
 「あら、おはよう美鈴。もう交代の時間だったかしら?」

 赤い長髪に緑を基調とした中華風の装いをした少女、紅美鈴の挨拶が聞こえてきて、ルリは手元でくるくると回していた槍を止めると彼女に向き直りながらそう声を返した。
 自分よりも頭一つ半ぐらい身長差がある彼女を見上げながら、ルリは暇つぶしが出来る相手が来たことで内心喜んでいたりもする。
 そんな彼女の内心に気付いているのかいないのか、美鈴は飄々とした様子でんーっと背筋を伸ばした。

 「いえいえ、まだ交代時間は先ですけどね。私としては、朝の運動に付き合ってもらえないかと思いまして」

 伸ばした背筋を戻し、にやりと笑って美鈴は構えを取る。こうなるのも半ば予想できたことだったのか、驚きもせずに、ルリはクッと喉の奥で笑って槍を構えた。
 驚かないのも無理もない話で、何しろこの二人、最近はこうやって時間を見つけてはお互い決闘をもちかけるような間柄になっていたのだから。

 「OK。やっぱり、貴女はわかってるね。話がわかる奴は嫌いじゃないわ」
 「ふふふ、3勝2敗1分けで私が勝ち越してますからね。このまま勝ち星を稼がせて貰います!」
 「ハッ! よく言ったな、美鈴。あとで吠え面かくなよ!!」

 紫電のような一閃と、烈火の如き一撃がぶつかり合う。
 思えば、この二人はお互い似たもの同士であったのだろう。
 妖怪の中ではそれほど強くはないものの、その武術の才を持って接近戦においては上級の妖怪相手にすら互角以上の戦いに持ち込める美鈴。
 悪魔としては落ちこぼれのスペックしか持たず、しかしその信念と槍術、時には魔法を駆使してそのスペックを補って戦うルリ。
 言葉にすれば差異こそあるものの、お互い高い武の技術を持つという点は変わらない。
 拳、槍に限らず、剣や弓を使った技術に関しても同じことが言える。そもそもの話、そういった類の技術は、弱いものが自分より強いものを打倒するために生まれた技術だという。
 自分が生き残るために、自身が守りたいもののために。
 二人はこうして、お互い競い合うように技術を高めあっていた。
 朝が、もうすぐ到来しようとしている。









 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第二十五話「ライバルの存在ってすっごく大事だって偉い人はいった……気がする」■










 ところ代わり、ここはかぶき町のヘドロの森。
 植木に植えられた花や植物を眺めているのは赤を基調としたチェック柄の衣服に身を包み、薄桃色の日傘を差している少女、風見幽香である。
 そんな彼女の傍にいるのは二人。この店の主人であるヘドロと、幽香の従者であるエリーであった。

 「さすがヘドロね。土もいいし、水分も定期的に供給してる。何より、植木というのも高いポイントね。場所によっては花束にしてる……なんてところもあるけど、アレは駄目」

 満足そうに言いながら、幽香は一輪、手に触れて眺める。そんな様子の幽香を見て嬉しそうにしているのはヘドロで、意外なことに目を丸くしているのはエリーだった。

 「珍しいですね。幽香様が他の方をお褒めになるなんて」
 「心外ねぇ。私だって、褒めるときは褒めますわ。ただ、その褒めるに値する者が少ないのよ。お店にしたってそう。花束を置くなんて、死体を飾るのと同じことだわ」

 花は大地に根を宿しているからこそ生きている。茎から切られ、飾られた花たちはいわゆる標本のようなものだ。花束なんてもってのほかで、彼女にしてみればそれは死体の山にしか感じられないだろう。
 花と会話することができ、花を操る能力があり、花を愛するからこその、彼女独特の価値観。
 事実、幻想郷で風見幽香に送ってはならないものTOP3には間違いなく花束が君臨することだろう。実際、幻想郷の花屋には花束なんて置いてない。
 幻想郷でそんなことをしている奴がいたらそれは、残念ながら自殺願望の持ち主と勘違いされても文句言えないだろう。

 「そうですよね、幽香さん。あなたの言うとおり、勉強になります。殺生はいけない」
 「えぇ、そうよ。殺生はいけないわ」
 「……うわー、白々しい」

 お互い笑いあいながら殺生はいけないと発言する二人に、エリーがボソッと一言呟く。その言葉は全面的に彼女の主である幽香に向いていたりするけど。
 さて、非常に唐突ではあるがここで幽香が帰っていれば、後々起こった面倒ごとは回避できたかもしれない。
 何故って? それは実に簡単かつ単純明快な惨劇がこの後巻き起こるからに他ならないわけで。
 幽香はにっこりと笑顔を浮かべ、次の花の様子を見ようとした瞬間―――

 上から奇妙な生命体、えいりあんが落下してきて花は幽香の目の前でぐしゃりと潰れてしまったのである。

 意外と臆病なヘドロが慌てて飛び退き、ことの事態をいち早く察したエリーは顔面蒼白にして恐る恐るといった様子で幽香に視線を向けた。
 エリーからは顔をうかがい知ることは出来ない。花を愛でようとしていた体勢でピタッと綺麗に硬直したままの幽香の姿は、逆に恐ろしさを感じさせた。
 あたりはえいりあんが落下した衝撃で植木や花が散乱し、無残にも植木が割れ、路上に投げ出されたままの花がいくつもある。
 顔は見えなくともわかる。そもそも、状況的にものすごくヤバイ。危険域はイエローゾーン余裕でぶち抜いてレッドゾーンすらも軽々と突破しようとしている。

 「ったく、娘の姿ちょっと見ようと思っただけなのに、なんで地球にまで来てまたえいりあん退治なんぞせにゃならねぇんだっつーの。こちとら二日酔いで頭痛いんだっつーに。
 おーい、そこのあんた等、怪我はないか?」

 となりに隣接している家屋の屋上から、ゴーグル付きの帽子と外套に体をすっぽりと隠した格好をし、片手には江戸時代特有の紙傘を持ったちょび髭が特徴的な男性が、覗き込んでいた。
 その男の言葉に、ピクリと、今まで動かなかった幽香が僅かに反応した。
 ゆらりっと、まるで幽鬼のように立ち上がった幽香は、日傘を閉じ、俯いたまま言葉を紡ぎだす。

 「これをこっちに落としたのはあなた?」
 「あぁ、そうだ。スマン、怪我はなかったか?」

 あぁ、オッサンの馬鹿。と、その言葉を聞いてエリーは恐怖に身を震わせる。
 まるで嵐の前の静けさとは一体誰の言葉か。「へぇ、そう」と、無感情な言葉が幽香の口から滑りでた瞬間……。
 さて、その動きを一体どれだけの人間、または妖怪が知覚出来ただろう。ほんの刹那の間、気がつけば風見幽香は男の隣に出現し―――

 「死ね」

 そんな物騒な一言と共に愛用の日傘を、真横に薙ぎ払った。
 はたして、それは本当に日傘による打撃だったのか。わき腹に直撃した瞬間、肉が、骨が、その衝撃を突き抜けて軋みを上げ、内臓を蹂躙しただけでは飽き足らずに男の体を吹き飛ばす。
 数メートル、などという生易しい吹き飛び方ではない。2tトラックに撥ねられたってこんな吹き飛び方はしないだろう。
 ン十メートル、下手すれば百メートルに届こうかという距離を、男の体はきりもみ回転をしながら吹き飛ばされ、何度も跳ね回り、住宅の家屋に直撃してようやく止まったのだ。
 その光景を、呆然と見上げるヘドロとエリー。そして、エリーは直感した。
 ヤバイ、アレはマジギレしてる、と。
 さて、いささか唐突ではあるが稗田阿求が書き記した幻想郷縁起には以下のような意味合いの言葉が記されている。
 花、その中でも特に太陽の畑に咲いた向日葵に危害を加えたものには、問答無用で滅ぼしにかかる。
 今この場に見せたそれは、まさしくその片鱗。ギラギラと殺意に満ちた赤い目は、やがて興味を無くしたかのように殺意を霧散させ、静かに閉じられた。

 「エリー、手伝いなさい。まだ間に合う子たちがいるはずよ」
 「は、はい!!」

 幽香からかけられた言葉に、エリーは慌てて返事して投げ出された花を集め、ヘドロも彼女に何か言いたそうにしていたが、しばらく迷ってから土を用意しはじめる。
 正直、男性は運がなかったのだろう。実際、男性にほとんど非はないだろうが、残念ながらココにいたのは風見幽香であり、彼女にとって花の命は人間の命よりも重いものだ。
 もっとも、彼女自身、あまり生命の重さには頓着しない性質ではあるのだが、今回はついついカッとなってしまった。
 そんな自分に呆れたように小さくため息を一つつき、彼女は屋根の上から降りようとして……。

 「……オイ、いきなり何しやがるんだテメェ。盛大にふっ飛ばしやがって、残りの毛根死滅したらどうしてくれやがんだコノヤロー」

 その声を聞いて、思わず足を止めてしまった。
 まさか、と半信半疑で男を吹っ飛ばした場所に視線を向ける。土煙のはれた先、そこには多少の怪我を負いながらも平然と立ち上がっている男の姿があった。
 本気で殺すつもりで放った一撃のはずが、しかし男はしっかりとした足取りでこちらに向かってくる。屋根と屋根の間を飛び越え、一歩一歩だが確実に危なげなく近づいてくる。
 その事実に、幽香は二ィッと口の端を歪めて笑みを浮かべた。

 「さぁ? お望みとあらば、死滅した毛根の変わりに花を添えてあげますわ。手向けとしてね」
 「それどんなびっくり超人? そんな頭で人生送りたくねぇよ。……いや、それ以前にオメェ、その白い肌に傘とあの一撃、夜兎族か?」

 苦虫を噛み潰したような表情で、男は幽香に言葉を返す。
 白い肌に、日傘、そして常識では考えられない戦闘能力。確かに、幽香には戦闘民族、夜兎に類似した共通点が多く、男が勘違いしたのも無理はない。
 くるくると傘を弄び、幽香は上機嫌に笑顔を浮かべる。先ほどまでの不機嫌さがまるで嘘のように、彼女は男を見据えている。
 その様子を見ていたエリーは、まるで新しい玩具を見つけた子供のようだと思った。その表現は実に的確で、幽香の内心はまさしくその通りのものであった。
 喜びと期待。その辺の人間が今の幽香の一撃を喰らえば、それこそ即死だっただろう。
 だというのに、男は立ち上がった。弱者にはまったく関心を示さない幽香が興味を持つには、十分すぎる理由。

 「さて、どうかしらね? 私が夜兎かどうか、自分の目で確かめて御覧なさい!!」

 期待に満ちた声を上げながら、幽香が動く。
 彼女の踏み抜いた屋根の一部が圧壊し、まさしく弾丸の如き速度で男との間合いを詰める。
 50mもあった距離を、彼女は秒に満たぬ時間でゼロにした。振りぬかれる日傘の一撃は、予備動作の大きさなど関係無しに風を唸らせて瞬きの間に男に叩きつけられた。
 そんなもの喰らえば、ただの人間は即死だろう。だが、男は己が持った傘で防ぎきり、微動だにせずに傘と日傘が鍔迫り合いのように鬩ぎあっている。

 男の名は星海坊主。第一級危険生物の駆除をしてまわる宇宙最強の掃除屋(えいりあんばすたー)。
 対する風見幽香は、幻想郷最強クラスの実力を持った四季のフラワーマスターの異名をとる大妖怪。
 最強対最強。何の因果か、ほんの些細な理由で最強同士の激闘が幕を開けたのだった。






















 「幽香さーん!! 殺生はいけませんってばー!!!」

 幽香と星海坊主の戦いが幕を開けた直後、ヘドロが大声でそう叫んではいたが、それもおそらく聞こえちゃいないだろう。
 何しろ、二人とも目で追うのがやっと、などという馬鹿げたスピードで戦っており、遠くからは微妙に一般人と思われる悲鳴らしきものも聞こえてくる。
 その光景を見て、エリーは小さくため息をつく。
 男性のほうは知らないが、幽香がああなったらもう止まらないだろうという事は永い間、彼女の従者を勤めていたエリーは理解していた。
 していたのだが、まさかこのまま黙ってみているわけにもいかず、どうするべきかと頭を悩ませることになった。
 正直、自分が止めに入っても幽香は止まらないだろう。というか、止める自信がまったくなかった。
 せめて幻月さんがいれば……と思ったが、イヤ待て待て自分と慌てて思い直す。
 もし、この状況で幻月がいた場合、彼女もあの輪に加わって三つ巴の争いになることは目に見えている。余計に被害がでかくなるだけだ。
 何しろ、幻月も幽香も似たもの同士なのだし。
 一体どうしようかと考えて、一つの妙案を思いついた彼女は慌てた様子で走り出した。
 今、頼みの人物がいるかどうかはわからないが、それでも自分よりはましなはずだと、エリーは走るスピードを上げたのだった。





















 ダンプカーが人を跳ね飛ばした時のような豪快な音が、かぶき町の一角に響く。
 それだけ表現すれば、その一撃がどれほど強烈なものかわかるだろう。大上段から振り下ろされた一撃は風を切り、守りのためにと少女が間に挟んだ日傘に打ち付けられる。
 その衝撃は腕を伝い、体を突き抜け、踏みしめた足が衝撃で僅かに大地に陥没する。それほどの一撃を受けて尚、風見幽香は楽しげに笑って星海坊主の体ごと力任せに攻撃を押し返した。
 僅かに離れる間合い。腕の痺れを無視するように、幽香は反撃とばかりに前進して日傘を眼前に突き出す。
 狙いは顔面。空気の抵抗をまるっきり無視したとしか思えない馬鹿げた速度の刺突は、しかし星海坊主が僅かに顔を逸らすことで皮一枚切り裂くだけに終わった。
 耳に届く風きり音と、わずかに遅れて到来する突きによって生じた風。それを肌で感じながら、しかし、それに恐れることも無く星海坊主は幽香の日傘を掴み、グンッと思いっきり引き寄せる。
 引っ張られることによりつんのめり、前方に体勢を崩された彼女に、星海坊主は容赦なく顔面に頭突きを見舞った。
 グシャリ、などという、傍から聞けば頭骸骨が陥没したとしか思えない拉げた音を響かせて、幽香の頭が後ろに跳ねる。
 まだ終わらぬといわんばかりに、星海坊主はグルンッと日傘を掴んだまま半回転し、強烈な回し蹴りをわき腹に叩き込むと、ゴキャリと、耳を覆いたくなるような悲痛な音が鳴り、ズルリと傘から幽香の手が離れた。
 蹴りに使った足が大地を踏みしめる。僅かに大地を陥没させた足は一種の踏み込みであったのか、回し蹴りの遠心力が生きている状態のまま、握りこぶしを作った右腕が弾丸の如きスピードで幽香の鳩尾を捉え打ち抜く。
 打ち抜いた衝撃は彼女の肉を、臓腑を蹂躙し、それでは飽き足らずに体をくの字に曲げさせて土煙を上げながら何十メートルもの距離を豪快に吹っ飛ばした。
 傍から見れば、今の一連の攻撃で幽香が死んだと皆思うだろう。事実、今の攻撃をただの人間が喰らえばよくて戦闘不能、悪ければ即死しているだろう。
 だが、そんな凶悪な連続攻撃を喰らって尚、幽香は立ち上がって見せた。

 「いったーい!」

 プリプリと怒ったような声を上げながら立ち上がり、服についた埃を軽く叩いて健在振りをアピールする。
 馬鹿げている……としか思えない光景。何しろ、本当に先ほどの攻撃を喰らったのかと思うほど、少女はケロリとしているのだから。
 手ごたえはあった。事実、幽香の額からは僅かながら血が流れている。あの回し蹴りにいたっては、肋骨をへし折った感触が未だに残っているし、鳩尾に入れた一撃は改心の一撃だった。それこそ、内臓破裂を引き起こしてもおかしくない位に。
 だが、あの少女は立っている。首の調子を確かめるように、コキッコキッと音を鳴らしながら、幽香はゆったりとした足取りで歩みを進める。
 その様子に、ダメージを受けた様子は、ほとんど見受けられなかった。
 知らず、星海坊主に冷や汗が伝った。最初に打ち合った時から直感していたが、コイツは予想以上だと内心愚痴をこぼす。
 コイツはヤバイ。これほどの危機感を感じたのは、あの夜王・鳳仙と三日戦い続けたとき以来。
 対して、幽香は内心を喜びが支配していた。
 自分の動きについてきて、なおかつ痛手を与えることが出来るこの男に、幽香は素直に称賛を覚えた。
 頭はズキズキと痛むし、肋骨の2、3本は折られ、内臓……胃か腎臓辺りが破裂したようで、痛みでおかしくなってしまいそうだ。
 込み上げてきた鉄錆に似た味の液体を、吐き出すこともしないままそれを飲み込んだ。
 一歩、二歩、三歩と歩き、肋骨も内臓も綺麗に修復が終わったのを確認して、幽香はにっこりと笑顔を浮かべる。

 「それじゃ、今度は私の番ね」

 まるで、遊戯で順番が回ってきたかのような物言いで、幽香の体が前方に疾走した。
 助走など無く、既にトップスピード。風が、景色があっという間に後ろに流れていくのを感じながら、無手の幽香は大きく拳を振りかぶる。
 コレだけ予備動作が大きければ、避けるのはたやすい。予備動作から直撃までの間隔が恐ろしく短いものの、ここまで予備動作が大きいと攻撃を予測するのもたやすかった。
 狙いは顔面。ココまでわかりやすいと避けるのに難も無く、星海坊主は身をずらす。そして彼の予想通り、顔面への軌道を取った幽香の右拳は勢い良く繰り出され―――

 ピタリと、あらゆる法則を己が腕力で捩じ伏せて、ピタリと停止した。

 その事実に驚愕する暇も有らばこそ、星海坊主の腹部に幽香の左拳がミシリッとめり込む。
 ゴプッと盛大に彼は吐血して、生暖かい鉄錆の匂いがする液体が幽香にぶちまけられる。ニィッと、幽香の口が三日月のように歪む。くの字に身を折った星海坊主に、幽香は思いっきり仰け反り。

 「コレはさっきのお返し、よ!!」

 反撃の狼煙と言わんばかりに、頭突きを星海坊主の頭部に叩き付けた。
 星が散った。などと言う表現がよく用いられるが、星海坊主自身、まさか頭突きを喰らって星が散るという体験をするとは思わなかった。
 衝撃が脳を揺すり、軽い脳震盪と眩暈を起こして思考能力が奪われる。額が割れたか、盛大に血飛沫が上がるが、それがどちらのものなのか判断がつきにくい。
 今まで幽香の日傘を握っていた星海坊主の腕から、彼女の愛用の日傘が滑り落ちる。それを空中でキャッチすると、幽香は迷いも無く日傘を振りぬいた。
 横薙ぎに振るわれた一撃は、星海坊主の肩口を捉える。しかしその刹那。
 まったく逆側から、思わぬ衝撃が体を襲い幽香の体を盛大に吹っ飛ばした。
 頭突きを喰らい、本来なら無意識のうちに頭部をかばう為に動くはずだった星海坊主の体は、しかし、本能がそう命じたのか幽香に傘による薙ぎ払いの一撃を叩きつけていた。
 結果、相打ち。お互い弾かれたように吹き飛び、ゴロゴロと無様に転がり受身も取れないままダウンする。
 背中を強打したせいか、カハッと肺から空気がこぼれる。予想外の一撃を喰らい、混乱しそうになる頭を必死に押しとどめ、体を起こそうとした瞬間ゾクリと、嫌な悪寒が背筋を駆け抜けて慌てて回避行動に移したが、既に遅い。
 杭打ち機を使ったような、豪快な轟音が響く。
 幽香の肩口に星海坊主の傘が突き刺さる。肩を貫かれ、大地に貼り付けにされた幽香の口から、僅かばかりの苦悶の声が漏れる。
 幽香に馬乗りの状態になった星海坊主。彼は、血走った目を彼女に向け、自身の拳を握りつぶさんばかりに力を込め始めた。
 その事に気付いた幽香が、抵抗をする時間を与える間もなく、星海坊主の拳が振り下ろされたのだ。顔ではなく、正確に、心臓へと。
 さて、その時の音をどう表現すればいいのだろう。あえて例えるとすれば、雷が至近距離で落ちたときのような轟音に似ているのではないだろうか?
 雷にも似た轟音を響かせ、星海坊主の拳は正確に心臓に振り下ろされ、その衝撃は柔らかい脂肪を貫き、骨を軋ませ、心臓に到達した衝撃は繊細で健気にも鼓動する命の象徴をことごとく蹂躙する。
 それだけでは飽き足らず、背骨すらも蹂躙した衝撃はとうとう大地に到達し、冗談のような大きさのクレーターを作り出した。
 ゴボッと、幽香の口から鉄錆の匂いがする液体が吐き出される。それっきり、ピクリとも彼女は動かなくなった。

 「はっ、はっ……っく」

 馬乗りになったまま、苦しそうな息をこぼし星海坊主は幽香を見下ろす。
 血濡れになった少女の体は、見ていて痛ましい。すっかり動かなくなった少女の体を見据え、加減出来なかった自身への怒りが噴出してくる。
 夜兎の血。戦いを求める忌むべき血は、この少女と戦っていくうちに徐々に、だが確実に呼び覚まされていった。
 最後の一撃は、ほとんど意識が残っていなかったといっていい。辛うじて繋ぎとめた精神は、しかし、夜兎の暴虐にたやすく飲み込まれた。
 その結果が、コレだ。しかも、この少女との戦いを楽しいと思っていたのは、紛れもない自分。
 因果な血だと毒つきながら、痛む体に鞭を打って少女の体を貫いていた傘を引き抜く。

 果たして、その時の星海坊主の心情はどういったものだっただろうか。彼が幽香の肩から傘を引き抜いた瞬間、ギョロリと見開いた幽香の赤い目を見たときの心情は。

 「なっ!?」

 背筋に薄ら寒い何かがゾワゾワと這い回るような嫌悪感。その様子に満足したのか、先ほどまで死体だと思っていた少女の口が、ニィッと凶悪につりあがった。
 それは一瞬の、ほんの僅かな隙だっただろう。しかし、この妖怪が反撃を試みるには十分過ぎる時間だった。
 不完全な体勢から放たれた拳が鳩尾にめり込む。内臓に痛手を負ったのか、星海坊主が大量に吐き出した鉄錆の赤色の液体は、結果的に下にいた幽香にびちゃびちゃと降りかかる。
 その事実を気にも留めず、幽香はさらに凶悪な笑みを貼り付けてそのまま星海坊主の腹部をぐしゃりと握り潰さんばかりに指をめり込ませて掴み取った。

 「ぎっ!? ぐっ! あぁっ!!」

 ギリギリと、星海坊主の腹に根元まで埋まった指が万力のように握力を加えていくごとに、彼の口から苦悶の悲鳴がこぼれ出る。
 幽香の腕を振り解こうと両腕で掴み、何とか逃れようともがくが彼女の腕は微動だにしなかった。
 そして、幽香は身を起こし、星海坊主の体をその状態で支えたまま立ち上がった。傍から見れば、少女が片腕で成人男性を持ち上げているという、奇妙な光景に映ったことだろう。

 「フフフ、貴方って本当に凄いわ! 意識がトンだのは本当に久しぶりよ!!」

 男の腹部を掴んで宙吊りにするという離れ業をやってのける少女の口から、惜しみない称賛の声が紡がれる。
 宙に浮いた足をじたばたと動かし、苦悶の表情を浮かべたまま、星海坊主はそんなこと知ったことかと彼女を睨みつける。
 クスクスと、幽香は哂う。柔らかい腹部に突き立てた5本の指を、腸ごと締め付けるようにギリギリと力を込めて、彼が苦しむ様を見て、喜び、楽しんでいた。
 そのまま、野球のオーバスローのように勢い良く、彼を放り投げる。盛大な音があたりに響き渡り、一軒のコンクリート製の建物の壁にぶつかってようやく、星海坊主の体は止まった。

 付近に目立った建物は少なく、広い空間が出来上がっている。おそらくは空き地か何かなのだろう、随分と広い場所であった。
 どれだけの距離を投げ飛ばされたのか、正直見当もつかない。星海坊主の目に映る幽香の姿は、ほんの豆粒程度にしか映っていなかったのだから。

 「ハッ、やってくれるじゃねぇか」

 それだけの痛手、それだけの傷を受けて尚、星海坊主は笑みさえ浮かべて立ち上がった。
 そんな彼の様子に満足そうに笑って、幽香は傍らに落ちていた愛用の傘を拾う。
 アドレナリンが分泌でもされているのか、痛みをちっとも感じない。スカッとした爽快感と、危険性のはらんだスリルが心を躍らせる。

 「ふふ、貴方は最高よ。こんなにも楽しいのは、本当に久しぶり」

 お互い、痛みがとうに快楽に書き換えられている。
 二人とも血払いをするように傘を振るい、一層深い笑みを浮かべて相手を見据えた。
 そして双方、まったく同じタイミングで疾走する。大地を踏み抜く、などと言う生易しいものではなく、文字通り大地を踏み砕きながらお互いの敵に肉薄した。
 日傘の一撃と、傘の一撃がぶつかり合う。それだけの衝撃が辺りの塵芥、はては小さな石や握りこぶし台の道具が吹き飛ばされ、近場にあった民家の窓がビリビリと振動する。
 互いに壮絶な笑みを浮かべながら鍔迫り合い、ギチギチと耳障りな合唱が傘から発せられた。
 ギュルリ、と力をうまく受け流されて、幽香の体が傘ごと泳ぐ。そこを狙い澄ましたように星海坊主が拳を作って右ストレートを顔面に狙って放たれた。
 ライフル弾の如き速度と威力をともなって飛来したその拳を、無茶な体勢から幽香はくるりと回転して紙一重で避けてみせる。
 まるで踊りを思わせるような優雅な回避。しかし、それだけで終わるほど風見幽香は甘くなど無い。
 傘をくるりと回し、傘のU字になっている持ち場所を星海坊主の足に引っ掛け、力任せにグルンとひっくり返す。
 それだけで、1mほど中に浮かせられ、まったく身動きが取れなくなった星海坊主に、幽香の拳が打ち下ろすように放たれた。
 交わすことも出来ず、咄嗟に腕を十字に重ねて防御する。
 そうして、直後にその馬鹿げた一撃が星海坊主の体を打ち抜いた。響いた轟音は、それこそ巨大な鉄槌が大地を砕いたような音としか表現のしようが無い。
 衝撃はガード越しに星海坊主の体を蹂躙し、地面に叩きつけクレーターを作り出すだけでは飽き足らず、バウンドした星海坊主の体は空高く舞い上がった。
 一体、どれだけの腕力があれば、人間をバウンドさせて空高く舞い上がらせる、などという芸当が可能になるのか。信じがたい少女の攻撃力に驚きながらも、星海坊主はなおも哂ってぐるりと空中で体を半回転させた。
 落下と共に、幽香のこめかみに落下と遠心力がプラスされた膝が叩き込まれ、彼女の体は盛大に吹き飛ばされて地面を転がった。
 常人が喰らえば、頭が粉々に砕け散っただろう強烈な一撃。着地のことすらも視野の外に置き放った一撃は、確かに幽香に届いた。
 受身を失敗して地面に叩きつけられる。お互い無様に地を這いながら、だがしかし、何が可笑しいのか笑い声をこぼしながら幽鬼のように立ち上がる。
 誰がどう見ても満身創痍。だが二人とも、日傘を、傘を、構えて相手を見据えて笑いあう。

 「貴方、名前は?」
 「そうさな……星海坊主、なんて呼ばれちゃいるがね。嬢ちゃんの名は?」
 「幽香よ、風見幽香。それで、私が夜兎だって確信できたのかしら?」
 「さぁな。正直、どうでもよくなってきたぜ」
 「あら、奇遇ね。私もよ」

 一体どんな理由でこうなったんだっけ? そんなことをぼんやりと思いながら、幽香はくすくすと笑った。
 ま、覚えてないのならどうでもいいことなんだろうと、さっさと原因の検索を放棄して、グッと傘を握る手に力を込める。
 正直、今ではそんなことどうでもいい。今は一秒でも長く、この楽しい戦いを長引かせたい。
 まだまだ終わらない。それは相手もわかっているようで、血だらけでありながらも尚、その獣のようなギラついた目をこちらに向けてくる。
 たまらない。ゾクゾクする。愉悦にも似た快感が背筋を駆け巡り、いっそう気分を高揚させる。

 「さぁ、踊りましょう!!」
 「ハッ! 生憎、踊りには縁がねぇが、コイツぁ別だ!!」

 お互い、疾風のように駆け出した。熱も冷めぬ内に、この戦いを続けようと二人の獣が声を上げる。
 ゴウッと振りぬかれる一撃。その一撃がまさに交差せんとした瞬間―――



 ギィンッと甲高い音が、辺りに響き渡った。



 「はーい、そこまでー」

 場違いの無気力な声が、二人の耳に届く。
 幽香の日傘は木刀で止められ、星海坊主の傘は緋色に輝く宝剣に止められていた。
 二人の間に入ったのは、坂田銀時と、比那名居天子の二名。涼しげに受け止めて見せているものの、銀時と天子の持つ武器からはギシギシと軋むような悲鳴が上がっていた。

 「銀……さん?」

 あんまりにも彼の登場が予想外だったのか、彼女にしては珍しくぽかんとした表情を浮かべる。それと同時に力が抜けて日傘がぶらりと頭垂れる。
 そして、次に聞こえてきたのはどたどたと駆け出す音。その音に気がついてそちらに視線を向けてみると、定春に乗って爆走している神楽の姿があった。
 ある程度近づくと、神楽は綺麗にジャンプして星海坊主に向かい―――

 「テメェクソ親父!! 姉御に何てことしてるアルかコノヤロー!!!」
 「ぐぼぁっ!!?」

 見事なライダーキック……もとい、強烈なとび蹴りをぶちかましていたのだった。
 ズッタンバッタンと盛大に跳ね回り、終いには壁に激突したことでようやく止まる。むくっとすぐさま身を起こす辺り、さすがと言えばそうなのだろう。

 「何すんの神楽ちゃん!! 実のお父さんに向かって顔を蹴るなんて!!」
 「うるせぇんだよハゲ!! 大体何しにこっち来たアルかハゲ!! このハゲ!!」
 「三回も言った!? ハゲって三回も言った!!? いくら神楽でも言っていいことと悪いことがあるぞ!!」

 ギャーギャーと騒がしくなる星海坊主と神楽。その光景を一部始終眺めていた幽香が、ポツリと一言。

 「……親子?」
 「アハハ、そうなんですよ幽香さん。というか、大丈夫ですかその怪我?」
 「大丈夫よ。それよりあっちの方を見てあげなさいよ。私は勝手に治るから」

 うっかりこぼした一言に新八が言い、彼の心配そうに紡がれた言葉にも遠慮して鈴仙をつれて星海坊主のほうに向かわせた。
 実際、幽香の傷はもうほとんど完治していた。肩の傷もほぼ塞がっているし、調子を確かめるためにぐるぐると回してみる。
 まさか、神楽の父親だとは思いもよらず、もう一度、親子喧嘩を勃発させている二人に視線を向けた。
 ……正直、まったく似てない。遺伝子って、本当に不思議。きっと母親になんだろうと勝手に納得して、それにしても……と、小さくため息をこぼす。
 せっかく楽しくなってきたのに、興がそがれてしまった。もう戦う気もすっかりうせてしまい、ぼんやりと親子喧嘩の仲裁に入っている新八たちに視線を向ける。

 「大丈夫か? 痛ぇなら、ちゃんと言えよ。おぶってやるぐらいならしてやらぁ」
 「あら、随分優しいこと。でも大丈夫よ、銀さん。もうほとんど治ってるから」
 「……まぁ、幽香様ですからねぇ」

 銀時から声を掛けられるが、笑顔を向けて丁重に断る。
 おそらく彼女が彼らを呼んできたんだろう。エリーがポツッと失礼な言葉を漏らしたが、聞かなかったことにして親子喧嘩を眺め続ける。

 喧嘩は、まだまだ終わりそうにも無い。




















 紅魔館の門前にて、二人の少女が仰向けに倒れて空を眺めていた。
 疲れのためか息が荒く、ぜーはーと洗い息を繰り返している。

 「ふ、ふふ……3勝3敗1分け。これでまた振りだしね」
 「うぅ、途中までは勝ってたんですけどねぇ」

 一人はしてやったりと言う笑みを浮かべ、方や一人は悔しそうに言葉をこぼした。
 力尽きたせいか、指一本も動かせない現状。門番としてはかなりアレだが、動けないのだから仕方がない。

 「次は勝ちますよ」
 「あはは、相変わらず活きがいい。私、アンタみたいな武人は好みよ」
 「ライバルって奴ですね」
 「そう、ライバルよ」

 ケタケタと笑いながら美鈴の言葉に声を返して、ルリは空を見上げた。
 ゆったりと雲が動き、ちゅんちゅんとどこかで雀の鳴き声が聞こえてくる。
 あぁ、平和だなぁと思考した瞬間、誰かが美鈴とルリの顔を覗き込んだ。

 「……いい身分ね。こんなところで昼寝なんて」
 『げっ!?』

 ものの見事にシンクロする美鈴とルリの言葉。彼女達の顔を覗き込んでいるのは言わずもがな、この紅魔館のメイド長、十六夜咲夜その人である。
 笑顔のままではあるがすでに額には青筋が浮かび、手には銀のナイフがしっかりと握られていたりする。
 しかもだ、二人とも先ほどの決闘で疲れきって動けないわけで、逃げることすらもままならない。
 あちゃー、しくじったー。などと、二人が後悔している最中、咲夜はにっこりと、ついでに青筋もいっそう深くして、二人に言葉を投げかける。

 「二人ともサボってたってことは、二人とも罰が必要よね? 鍛えたいんでしょ? 門番の仕事を放棄してでも。そういうわけで、遠慮なく!!」
 『アーッ!!!!』

 銀のナイフの弾幕が、今日も門の前で展開される。
 なんだかんだで、今日も紅魔館は平和だった。門番の役を担う二人を除いては。
























 宇宙船が行き交う発着所、ターミナル。
 そこに、銀時、幽香、そして星海坊主の三人がいた。
 辺りは忙しく動く人と天人(あまんと)の群れ。その中で、三人は言葉を交えていたのである。

 「もう行くのか?」
 「あぁ、神楽には一目あえて元気なのはわかったしな。傷もすっかり大丈夫だ。あの兎耳の嬢ちゃん、将来いい医者になるぜ。それにしても……」

 くるっと、星海坊主は幽香に視線を向ける。そこには、ニコニコといつもの笑みを浮かべた幽香が佇んでおり、そんな彼女を視界に納めて小さくため息をこぼした。

 「まさか、夜兎じゃなく妖怪だとはな。そりゃ化け物じみてるはずだ」
 「あら、心外」

 特に気にした風も無く、幽香はクスクスと苦笑する。その様子につられてか、星海坊主もたまらず苦笑した。
 何しろ、自分はその化け物と互角に渡り合ったのだ。それじゃ、自分も化け物だと行ってるのと同義だ。
 しかし、不思議と嫌な気分じゃなかった。むしろ、あれほどの戦いに決着をつけられなかったことだけが後悔といえばそうだろうか。

 「白黒、はっきりつけたかったがな、アンタとは」
 「あら、奇遇。私もよ」

 でも、それは次の機会にお預けね。と言葉にして、幽香は笑った。
 こういうのを、ライバルって言うんだろうかと思考して、星海坊主はクッと喉の奥で笑いを噛み殺す。
 正直、あんなに戦いにのめりこんだ勝負は久しぶりだった。鳳仙との戦いとも引けをとらない印象深い戦いであった。
 彼女との戦いの傷も、今はほとんど治っている。対して、あちらは完全回復しているのだというのだから、本当、自分が戦ったのは人外の類だったのだと改めて思い知る。

 「おーい、やめてくんない、そんな物騒な話。そのたびにオメェ等の勝負仲裁すんの銀さん疲れるんですけどもぉ?」
 「冗談よ、冗談。多分、きっと」
 「どっちぃぃぃ!? ねぇそれどっちぃぃぃ!!? 今から不安だよ!? 銀さん不安だよぉぉぉぉ!!?」

 いい具合に幽香におちょくられる銀時。そしてその反応を見て楽しそうに笑う幽香。
 そうしてりゃ、歳相応の少女なのになぁと、星海坊主は星海坊主でなんか複雑な気分に陥っていたが、二人がそれに気がつくことは無かった。
 アナウンスが告げられ、「じゃあな」と星海坊主は短い言葉で別れを告げた。
 その後姿を見送りながら、幽香は次の再開を楽しみにしながら楽しげに見送る。
 敵としてではなく、ライバルとして再会することに、期待と楽しみを覚えながら。






 ■あとがき■
 さて、今回のコンセプトは幽香VS星海坊主でした。あれ、コレどんな怪獣大決戦?
 それはともかく、人気投票の幽香がまさかのTOP10入り!! 9位ですよ奥さん!! 20位から9位!!
 そんなわけで、その記念にとおもって幽香メインの話を書こうと思ったら、内容がどえらいことに。
 アレ、なんだろうこの血なまぐさい話。もしかしたら展開が強引かも…。
 そんなわけで、今回はいかがだったでしょうか?
 今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第二十六話「花畑に送る鎮魂歌・前編」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/02/03 22:58









 うだるような暑さが続いた夏も、今は徐々になりを潜めつつある。
 少しずつ、だが確実に気温は下がっているし、彼女―――風見幽香の周りで咲き乱れている無数とも思える向日葵たちも、どこか元気が無いように思えた。
 無限の向日葵が咲き乱れるここ太陽の畑で、幽香は知らず小さくため息をつくと、愛しむ様に向日葵の花弁を撫でる。

 「もう、夏も終わるのね」

 感傷的なのか、それとも、いつものように淡々とした様子なのか。
 そのどちらとも取れるようで、どちらとも取れないような曖昧な呟きは、向日葵たち以外には誰にも聞こえることも無く空気に溶けて消えた。
 やがて彼女はクルリと踵を返すと、ゆったりとした足取りで歩き出し、向日葵の群れの中に消えていく。



 今年もいつものように、向日葵たちに最後の手向けを送るために。











 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第二十六話「花畑に送る鎮魂歌・前編」■














 真選組屯所には今日も今日とて、日夜江戸の平和を守るために隊士たちが訓練に励んでいた。
 庭で木刀による打ち合い、つまりは手合わせをしていた二人の男女が、互いの隙を探しながら言葉を交えていた。

 「演奏会?」
 「えぇ、そうなんですよ。今夜、太陽の畑でプリズムリバー三姉妹のライブがあるそうなので、近藤さんや土方さん、それに沖田さんにも、日頃のお礼にとおもってお誘いしてるんですけど」

 「今日、確か夕方から非番でしたよね?」と言葉にして、少女―――魂魄妖夢が動く。
 両手に持った木刀、その内の右手に持った一刀を喉元目掛けて踏み込みと共に突き出す。その速度、並みの隊士から見れば腕がかすかにぶれた程度にしか映るまい。
 そんな一撃を、相対する男性―――土方十四郎は難なく受け流してみせる。鋭い目つきを自身の部下でもある少女に向けたまま、彼は受け流して体が泳いだ彼女の胴目掛けて真横に振りぬく。
 しかし、その一撃は少女の左手の木刀に防がれ、舌打ちと共に彼はぐるっと互いの場所を入れ替えるように回り込んだ。

 「確かに、夕方からは非番だが……生憎、俺ぁ演奏になんざ興味はねぇ」
 「まぁ、そういうとは思ってましたけどね。でも、この提案、幽々子様の意思でもあるんですよ」
 「……あの嬢ちゃんか」

 飄々としてとらえどころが無く、呆けているのか、それとも根っからの策士なのか判断しづらい亡霊少女の姿が、土方の脳裏によぎる。
 その合間にも、少女から木刀の一撃が振り下ろされた。一体、その細腕のどこにそんな力があるのか、暴斧の如き一撃が紙一重で回避した土方の傍を通り過ぎる。
 さらに返す刃が土方を襲い、これまた紙一重で回避された木刀は鼻先を通りすぎ、質のある黒髪を撫でた。まだまだといわんばかりにグルンッと妖夢の体が回転し、遠心力を利用した薙ぎ払いの一撃を繰り出していく。
 疾風怒濤。まるで舞踏のような剣捌きは一流の域に届くだろう。その熾烈な連撃を防御し、時にはいなしてみせる土方もまた一流。
 はたして、その二人の攻防を、この場にいる隊士の何人が見えていることか。アイマスクをして完璧に眠り込んでいる某ドS王子はさておき、その攻防を眼にしたものは皆息を飲んだ。
 ガッと、硬い音がしてグルグルと木刀が宙を舞う。木刀を弾かれ、二刀ではなくなった妖夢は、悔しそうに彼を睨みつけるとその眼前にビッと土方の木刀が突きつけられた。

 「惜しかったな」
 「はぁ、また私の負けですか」

 がっくりと肩を落とし、妖夢はどこか悔しそうに弾かれた木刀を拾った。
 妖夢自身、自分はまだまだ未熟であると思っている。それは彼女の回りにいる親しい人物達からも良くそう言われることが原因でもあるのだが、それでも剣の腕は中々のものだろう。
 だがしかし、単純な剣術での勝負では土方や沖田、近藤達に分あるようで、彼女は彼ら相手の時の勝率は余りよろしくなかった。
 もっとも、弾幕を織り交ぜればもう少し結果は違うだろうが。

 「それで、どうします?」
 「そうだな……」

 実際、特に用事が無いのも事実だ。行っても構わないのだが、だからといって興味の無い演奏などに時間を割こうと思うほど酔狂でもない。
 しかし、せっかくの誘いではあるのだ。無碍にするのも気が引けた。
 そんなわけでしばらく思考に埋没していた土方に声を掛けたのは、屯所の奥の部屋から姿を見せた真選組局長、近藤勲その人だった。

 「いいじゃないか、トシ。ここは、西行寺さんや妖夢ちゃんの言葉に甘えようじゃないか」
 「近藤さん」

 思考に埋没していた意識を浮上させ、近藤に視線を向ける。
 そこにはいつものように無意味に自信を貼り付けた近藤の顔があり、彼は靴をはくとそのまま庭に下りてきた。

 「妖夢ちゃん。そのライブとやらはあの向日葵畑でやるのかい?」
 「えぇ、そうですよ」
 「ふむ……、どうだトシ? あの絶景で聴くライブだ。行く価値はあると思うぞ、俺は」
 「ま、近藤さんがそう言うなら、俺もやぶさかじゃねぇが……って、何してんだ総悟?」

 以前の宴会に参加したときの向日葵たちが咲き乱れる絶景を思い浮かべ、確かにそれも悪くないかと思い始めたところに、先ほどまで寝ていたはずの沖田が奇妙な行動をしていることに気がつく。
 そんなわけで、土方は声を掛けてみたのだが、その沖田はと言うとシレッと悪びれも無く言葉を紡ぎ出していた。

 「イヤだなぁ土方さん、コレはライブのための準備でさぁ。土方さんもどうです? この火炎放射器なんて―――」
 「オメェはあの向日葵畑に何しに行く気だァァァァァァ!!?」

 とんでもない発言がポロッと飛び出し、土方が大声でツッコミをいれる。
 そんな光景を視界に納め、楽しげに笑っている近藤とは裏腹に、その隣にいた妖夢はと言うと「あー、誘う人を間違えたかなぁ」と早速後悔し始めているのであった。






















 まだまだ日も高い朝のこと。唐突にやってきて、これまた唐突に喧嘩を吹っかけてきた相手は、この上なく最上級のデタラメであった。
 仮にも門番としてはそんな輩を通すわけにも行かず、第一、喧嘩を吹っかけられてそれを買わないなど、彼女の中での選択肢には存在しちゃいなかった。
 相棒の蒼槍がクルリと回転、普段は隠している自分の身長以上の蝙蝠のような白色の翼を羽ばたかせ、コートの内ポケットから一枚のカードを取り出し―――ルリはその名を宣言する。

 「吹雪『ブリザードダガー』!!」

 スペルカードが宣言と同時に霧散する。
 その瞬間、彼女の周りに雪が生まれ、やがてナイフの形を模った雪は、文字通り吹雪となって件の最上級のデタラメ―――風見幽香に襲い掛かる。
 空中に展開されたその弾幕は、轟々と唸りをあげて辺りの気温を根こそぎ奪いながら吹き荒れる。
 雪だと思って侮る無かれ。その一つ一つが彼女の魔力が込められた鋭利な刃。鉄を斬ることは流石に叶わぬが、木材程度ならたやすく切り裂く。
 だがしかし、相手はあの風見幽香。最強を自称するその妖怪の実力は、その自信にふさわしくまさしく規格外に他ならない。
 迫り来る雪の刃を目にも留まらぬスピードで、弾き、砕き、潰し、散し、踏みにじる。
 自身を蹂躙しに来た雪の刃を、彼女はあろうことか片腕と片足だけ逆に蹂躙しつくしていた。
 はらはらと散り行く雪刃の名残。淡く空気に溶けていく残骸を眺めながら、幽香はクスっと笑みをこぼす。
 雪の刃を防ぎ、潰し、破砕したその腕には、かすり傷一つついていなかった。
 そしてその腕で、幽香はクイクイッと手招き。張り付いた余裕の表情は白の悪魔を見据え、その瞳は「こんなものではないでしょう?」と雄弁に語りかけていた。
 冷や汗が、知らずの内に流れ出る。正直、甘く見ていた……としか言い様が無い。
 その悪名の高さから、長い間隠遁生活を送っていたルリも風見幽香のことは知っていた。知っていたが、まさかココまでデタラメな存在だったと誰が想像できるだろう。
 そもそも、ルリと幽香ではスペックが違いすぎる。蟻と像程の差があるといっても過言ではあるまい。パワーも、スピードも、そして魔力許容量も全て、比べるのが馬鹿馬鹿しいほどにあちらが上。
 スーッと、小さく息を吐いて呼吸を整える。絶望的なまでの身体能力の差は、考えるだけで億劫になりそうだ。
 それでも、ルリの表情には笑みが浮かんでいた。ニヤリと闘争本能を滾らせた獰猛な笑みと共に、またもう一枚、懐からスペルカードを取り出し、宣言する。

 「縮地『バニッシングスピード』!」

 宣言されたスペルカードが霧散する。
 それと同時に、ルリはグルグルと蒼槍を回転させ、やがて勢い良く、幽香に矛先が向くようにブンッと振り下ろして構えを取る。
 その姿を、幽香は余裕を持ったまま眺めている。距離にして200m以上。無論、槍なんかが届くような距離ではない。
 それだけの距離がありながら、あの少女が何をするのか? 幽香の興味はそこに集約された。
 大きく、翼が広げられる。今まで羽ばたいていた翼がその動きをやめ、相手を威嚇するようにやや上空を向いたままピタリと停止する。

 途端、―――ゾクリと背筋が凍る。背筋を虫が這い回るような嫌悪感が、幽香を蝕んで本能で察する。
 ココにいては不味い。直感が考えるよりも先に幽香の体を動かし、そしてそれが結果的に幽香を救った。

 大きく横に避けた幽香の腕に、僅かだったが傷が出来た。
 鼻につくきな臭い匂い。まるで空気が焼けたのではないかと錯覚するような嫌な匂いに顔をしかめながら、【今先ほど通り過ぎて行った】相手を視線で追った。
 幽香のはるか後方、先ほどまで幽香の視線の先にいたはずの少女がそこにいた。
 内心、幽香は顔にこそ出していなかったが驚いていた。
 それもそうだろう。何しろ、先ほどまで人間と同等、魔力で強化して4倍程度の身体能力しか持たなかった相手が、いきなりかの鴉天狗もかくやというスピードで通り過ぎていったのだから。
 再びルリが槍を構える。先ほどと同じように翼が威嚇するようにやや上空を向いたまま停止した。
 その僅か一瞬、彼女の背中―――丁度、翼の間に僅かに空間が歪むのが見えて、その急にスピードが上がったカラクリを理解した。

 原理は単純にして明快。言ってみれば簡単だが、普通はこんなこと誰も実行はしないだろう。なぜなら、それは余りにも危険だからだ。
 魔力の圧縮、そしてその反動を利用した瞬間移動。ルリが今行っているカラクリの正体はまさにそれ。
 自身の背中付近で魔力を圧縮させ、その反動を利用して瞬間移動。翼はその補助として、移動中のバランスをとるための機関となる。
 だが、そんなことをすればどうなるか、自ずと答えは出るものだ。
 無茶苦茶なスピードは体を蝕み、移動するだけで強力なGによって骨が軋み、最悪骨が折れるか内臓が圧迫されて破裂するか、あるいは死ぬことだってありえるだろう。

 白い悪魔が疾走する。デタラメな移動方法で幽香に接近し、すれ違いざまに一閃。
 今度は腹部をやられ、軽く舌打ちをすると幽香は視線を通り過ぎていった彼女に向ける。
 そこにはやはりと言うべきなのか、もう既に瞬間移動の体勢に映っているルリの姿があった。
 グンッと、彼女の姿が掻き消える。あいも変わらずめちゃくちゃだが、確かに使いこなせればその効果は覿面だった。
 何しろ、移動の瞬間が視界に映らないのだ。コレにどうやって攻撃を当てろというのか。
 だが、避けるのは比較的簡単とも言える。タイミングさえつかめれば、予備動作は大きくてわかりやすいし、移動の軌跡が直線的すぎる。
 だから、何度もその瞬間を見て、【目が慣れて】しまえばこんな芸当だって出来る。
 ギィンッと、槍と日傘の一撃が交差する。
 先ほどと同じ空気の焼けるかのような匂いが鼻につき、一瞬にして距離をゼロにしてくるルリの一撃を、幽香はその日傘で見事に防いでみせた。

 「あなた正気? こんな馬鹿げた移動方法はじめて見たわ」
 「それはこっちの台詞! これを防がれちゃ堪んないんだけど!」

 カラクリに気がついて余裕が戻ったか、幽香はルリの一撃を軽く弾く。やはり、先ほどの移動のダメージは軽くないのか、僅かに顔を歪めたまま、ルリは一定の間合いをキープして刺突を繰り出していく。

 欠点だらけの移動方法。それは何も安全面に限った話ではない。
 そもそも、この移動の最大の欠点は途中で方向転換が出来ないことにある。
 さらに、バランスをとることも途中で止まることも難しく、実践的なワザとはとても思えない。
 乱暴な言い方をすれば、後ろからトラックに猛スピードで追突される衝撃を、移動の手段として利用することと似たようなものなのだから。

 高速突きの三連続から薙ぎ払いの一撃に移行。その遠心力を利用してグルンと回転し、十分に威力の乗った一撃を幽香に叩き込む。
 しかし、その一連の動作を日傘で防いで見せた幽香は、最後の薙ぎ払いの一撃を掴んで止めて見せた。
 簡単なことだ。あの移動は至近距離では使えない。だったら、相手を離れさせなければいい。
 驚愕に染まったルリの表情を視界に納めながら、ニィッと満足そうに笑みを浮かべ、幽香はグイッと槍を引っ張って彼女を引き寄せる。

 途端―――ルリの鳩尾に強烈な膝蹴りが叩き込まれた。

 「がっ!?」

 反応すらも許さない馬鹿げた速度の蹴りは遠慮なく、先ほどの移動でダメージを受けた彼女の内臓に追い討ちをかける。
 沈殿するような鈍い痛み。それを脳が知覚するよりも早く、幽香の日傘による一撃が首の裏側に叩きつけられた。
 悲鳴は、聞こえなかった。上空200mほどの距離から信じられないスピードで吹き飛ばされた彼女は、大地に叩きつけられ、そのまま地面を抉るようにして数十メートルもの距離を飛ばされてようやく止まった。
 盛大に上がる土煙が、彼女の姿を隠してしまっている。一体どれほどの時間がたったのか、土煙の中から誰かが飛翔した。
 その飛翔したのは誰なのか、予想通りに白い衣服を纏った少女が此方を睨みつけているのを視界に納め、幽香は満足そうに顔を綻ばせた。

 かれこれ、戦い始めてどれくらいたっただろうか。30分はたっているだろうが、まさかココまで食いついてくるとは予想外もいいとこだ。
 今でこそ傷はほとんど無いが、まともに接近戦を展開すればルリに分があるだろう。実際、最初のほうは彼女に押されていたし、浅くない傷も何度も負った。
 腹に風穴が開いたし、危うく首を落とされそうになった一撃もある。
 だが、その傷も今は完全に塞がっている。彼女にしてみれば、腹に風穴が開こうがそんなものは致命傷にはなりえない。
 しかし、ルリは違う。最初に比べれば目に見えて動きが鈍いし、肩で息をしているところからすると相当に疲労がたまっていることだろう。
 今の状態で接近戦をして勝てると思うほど、ルリは楽観的ではない。事実、先ほどの一連の攻防はあっさりと幽香に軍配が上がったのだから。

 「さて、そろそろ終いと行きますか」

 そろそろ楽にしてやるのも慈悲と言うものだろう。もっとも、そう思う彼女の心とは裏腹に、表情にはこれ以上に無い愉悦の笑みを浮かべて日傘の先端をルリに向ける。
 日傘の先端を基点として、膨大な妖力が集まっていく。今か今かと膨張し、破裂して敵を呑みつくさんとする暴虐の光が、開放されることを心待ちにしている。
 幽香が得意とする攻撃方法の一つ。魔理沙は勝手にマスタースパークなどと名づけたようだったが、彼女の放つそれには名前は無い。

 「やばいなぁ、こりゃ」

 その光景を視界に納め、ルリは一人呟く。
 槍の矛先で円を描く。青白い光の軌跡が巨大な魔方陣を作り上げ、その中央に槍の先端を向けるように構える。
 視線の先には、今にも光の砲撃を放とうとする風見幽香の姿。

 「まぁ、なんつーか、砲撃には砲撃をってやつよね!」

 その脅威に負けないように、ルリは声を張り上げる。魔方陣の中心に青白い光が収束する。バチバチとスパークをおこし、凍てつく冷気が青白い光に収束した。
 魔力が根こそぎ持っていかれる。ボロボロの体に鞭を打ちながら、ルリはガンガンと汲み上げられる魔力を惜しげもなくその一撃につぎ込んでいく。
 その姿を見て、幽香は面白い、と内心で笑みをこぼす。
 これをみてまだ戦うつもりだというその意思、負けないという強い思い。そこいらの腰抜けの妖怪たちよりもよっぽど楽しめるというものだ。

 「さぁて、どこまで耐えられるかしら?」

 多少の期待と、多少の加虐心。その入り混じった笑みを浮かべたまま、幽香は日傘の先端に収束させた妖力を解き放った!
 強大な光の奔流。小さな山程度なら跡形も無く吹き飛ばす暴虐の閃光は、彼女の小さな体を飲み込もうと荒れ狂う。
 その恐怖を目の前にして、ルリは目を逸らさず、しっかりと見据える。強い意志と、折れぬ心を支えにして、決して引かぬとその目が語る。

 「―――スノーライト」

 ルビーの如き赤き瞳が、襲い来る脅威を見据えて言葉を紡ぐ。その言葉が鍵なったかのように、収束した魔力がより一層、膨張し―――

 「ブラスタァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 スペルカードの宣言と共に、青白い光が、スパークと極寒の冷気をともなって疾走した!

 轟音が、辺りにこだまする。ぶつかり合った砲撃と砲撃は、己が力を誇示するように鬩ぎあう。
 軍配は―――意外なことだが、ルリの放った砲撃のほうに上がろうとしていた。
 徐々に、だが確実に幽香の砲撃を押し返しつつあるルリのそれに、幽香は驚きと、素直に称賛を覚える。

 スノーライトブラスター。ルリの持つ魔法の中において最高の攻撃力を誇る切り札。
 その威力はごらんの通り。幽香の砲撃をも僅かではあるが上回るほどで、小さな山なら跡形も無く吹き飛ばし、その余波であたり一体を氷結させ、その氷結から逃れたとしてもスパークによる感電を引き起こす。
 ルリ自身の氷に特化した魔法と、ブリューナクそのものが備える雷の属性を組み合わせて生まれた、砲撃とも思える大魔法。
 だが、この魔法を使うには彼女の魔力許容量は致命的に少なすぎる。
 打てて一発。しかも、打った後は魔力が空っぽになってまともに動けないという諸刃の剣。
 避けられたらその時点で自身の負けが決定する、本当の意味での切り札なのだ。

 だからこそ、この一撃に全てをかける。この一撃で負けてしまえば、本当に後が無い。
 徐々に、だが確実に押し勝って迫っていくルリの砲撃。その光景を消え入りそうになる意識を辛うじて保ったまま、ルリは己が勝ちを確信した途端。

 あぁ、本当にそれはどんな悪夢か。光の鬩ぎあいの中、辛うじて見えたその悪夢のごとき光景。

 「え?」

 思わず、声がこぼれた。目がおかしくなってしまったのかと、我が目を疑うが、そこにあるのは確かな現実。
 視線の先には、砲撃を打っている風見幽香と【もう一人】の風見幽香の姿。

 『惜しかったわね。まさか、久しぶりにコレを使う羽目になるなんて思わなかったわ』

 同じその声はどこまでも楽しげで、とても嬉しそうだった。新たに現れた【風見幽香】が、またあの暴虐を生み出さんと力を収束させる。
 にっこりと、花咲くような笑みを浮かべ。

 『何時でも相手になるわ。再挑戦がしたいなら何時でもいらっしゃい』

 もう一つの暴虐が放たれて、僅かに押していたルリの砲撃が二重の閃光に吹き散らされる。
 その光に飲み込まれて、彼女―――ルリは辛うじて残っていた意識を手放した。




















 「ライブの誘いぃぃぃぃ!!?」

 勝負がついた頃、何事かと下で集まっていたらしい野次馬の美鈴とアオと撫子を交え、目を覚ましたルリがそんな素っ頓狂な声を上げた。

 「そうよ? 言ってなかったかしら?」
 「言ってないよ!!? いきなり『邪魔』とか言って殴りかかってきたじゃないアンタ!!?」

 一通りツッコミを入れつつ、ルリははぁっと小さくため息をついた。
 こんな用事があるんだったら先に言って欲しい。それさえ言えば言伝を頼んで屋敷内に入れることもやぶさかではなかったというのに、これでは無駄に自分が疲れただけではないか。
 いや、確かに強い相手との手合わせと言うのも好きではあるのだが、こんな気の抜けるようなオチが待っているとそれはそれで微妙な気分にもなるわけで。
 というかだ。アオと撫子と知り合いなら最初にそう言って欲しかった。
 あーやばい、眩暈がすると目じりを押さえていると、ふと、その人物のことがココにいることに気がついてそちらに視線を向けた。

 「ところでさ、美鈴。アンタなんでこんなところにいるの? 今日は夕方からでしょ?」
 「あ、そうでした。実はお願いがありまして」

 「お願い?」と返答すると、美鈴は「えぇ」とすまなそうに片目を閉じ。

 「悪いんですけど、今日サボりたいんで夕方以降もお願いできますか?」
 「本当に悪いよ」

 ものすごい理由をぶっちゃけた美鈴に、ルリの冷たい視線が突き刺さっていた。

 「あら? もしかして都合が悪かったかしら?」
 「あ、心配要らないわよ。今見限ったから」
 「ノォォォォォ!? 冗談ですよ冗談!! 冗談ですから見限らないでくださいよォォォ!!」

 まるでコントのような光景を繰り広げる幽香とルリ、そして美鈴の三人。
 その三人を視界に納め、アオと撫子も可笑しそうに苦笑した。
 そして、その事に気がついたのか、「あ」と声を漏らし、アオがルリに言葉を投げかける。

 「なぁなぁ、ルリちゃん。いくのはエエねんけど、その体で動いて大丈夫なん?」
 「そうですよ。怪我もしてますし……」
 「怪我のほうは心配ないわよ。まぁ、しばらくは動けないけど、ライブって夜からでしょ? なら大丈夫、そのくらいには歩けるぐらいにはなってるわ」

 苦笑しながらアオと撫子の言葉に返答し、ルリは疲れたように門の壁に寄りかかった。
 実際、今現在も立ってるのがやっとの状態だ。今から……は流石にきついが、夜なら歩けるぐらいには回復しているだろう。
 もっとも、今日はもう戦闘なんて出来はしないだろうが。

 「そう。それじゃ、夜に太陽の畑で」

 その光景を眺めていた幽香は、そう優雅に笑みを浮かべてきびすを返した。
 次の目的地は博麗神社に、後はかぶき町か。
 予想外に戦闘が楽しめたこともあって、幽香は上機嫌な様子で歩き出す。
 その後姿を見て、ルリは密かに再戦を決意して、いつまでも見送り続けていた。
 存外、このアルビノの悪魔は負けず嫌いなのである。

 「ところでさルリちゃん。さっきのあの魔法、凄かったなァ。今度からルリちゃんのこと『幻想郷の白い悪魔』って呼んでエエ?」
 「いや、それ絶対色々とアウトだから!! 管理局のとか連邦のとかとかぶって凄く嫌なんだけど!?」

 とりあえず、魔力切れで立ってるのがやっとでもツッコミは忘れないルリであった。




 ■あとがき■
 東方よろず屋の夏編(?)もあと2話を残すだけとなりました。
 もうちょっとしたらようやく秋姉妹を登場させることが出来そうです。
 それはともかく、今回は前編で、次は後半に続きます。
 ルリのスペカが3つ登場。

 「吹雪『ブリザードダガー』」
 「縮地『バニッシングスピード』」
 「スノーライトブラスター」

 捻りの無い名前ですが、いかがだったでしょうか?
 それにしても、最初はバトルはばっさり削るつもりだったんですけど、書いてみるとそれなりの量になってしまったので、「じゃあ、物は試しに」という事で。
 楽しめれば幸いですが、……うーん^^;
 オリキャラもうちょっと自重しないと…。
 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第二十七話「花畑に送る鎮魂歌・後編」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/02/06 22:01








 幻想郷と夢幻世界の狭間に存在する館、夢幻館。
 ココには幽香の従者であるエリーとくるみ、そして幽香の親友でもある悪魔姉妹、幻月と夢月が住んでいる。
 肝心の主である幽香はと言うと、もともと放浪癖のある彼女がこの館に帰ってくることはめったに無い。
 それでも、ココにいるメンバーは幽香がいつ帰ってきてもいいように屋敷の手入れを欠かさない。
 エリーやくるみは言わずもがな、夢月もなんだかんだといいながら、幽香の部屋を今でも掃除したりと仕事の手を緩めないのだ。
 さて、そんなメンバーの中でことさら特殊といえるのは幻月と言う少女だろう。
 天使の羽のような翼を持った悪魔。気まぐれで自由奔放な彼女は、自堕落ともいえる生活を送ることが多い。
 何も知らない者がこの館に訪れれば、この幻月と言う少女こそがこの館の主だと勘違いするだろう。それほど、幻月は他の三人と比べて行動に差がありすぎる。
 部屋にこもって読書をするか、あるいは館の前にある湖で泳ぎを楽しむか、そしてあるいは、日がな一日ぶらぶらと散歩をしているか。

 「姉さん、いないの?」

 そんな幻月の部屋に、妹である夢月が入ってくる。
 辺りをきょろきょろと見回してみても目的の人物は見つからず、代わりにテーブルの上に置手紙が残されていた。
 それを拾い上げて読んでみると、段々と夢月の眉間にしわがよっていく。

 「……はぁ、どうしてこう姉さんも幽香もふらっといなくなるかな」

 くしゃくしゃに丸めてゴミ箱にスローイン。カコンッと軽い音を立ててナイスシュートしたゴミから視線を外して、夢月は疲れたように一人呟く。
 「ま、いっか」と開き直って、夢月は彼女の部屋の掃除を開始する。タダでさえ自堕落な姉なのだ。こうやって彼女が掃除してやらなければろくに掃除などしないだろう。
 どこに散歩にいったか知らないが、夢月は姉のことをちっとも心配はしていなかった。むしろ、うっかり姉に遭遇した者を哀れんでやったほうが良いくらいだ。
 何しろ、彼女の姉の幻月も、あの風見幽香に負けず劣らずのデタラメなのだから。











 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第二十七話「花畑に送る鎮魂歌・後編」■














 スカァァァン!! と、そりゃもう小気味のいい音が紅魔館の地下にある図書館で鳴り響いた。
 図書館の主、パチュリー・ノーレッジの凶行に皆一様に目を丸くして驚き、その餌食となったアルビノの悪魔、ルリはと言うと涙目になって自身のこめかみを押さえていた。

 「いきなり本の角でこめかみぶっ叩くとか何考えてんだ!! この紫もや―――、あ、ゴメンナサイ、冗談ですスミマセン」

 いきなりのことに文句を言おうとしたルリだったが、パチュリーが半眼のままロイヤルフレアのスペルカードを引っ張り出そうとしたのが見えて慌てて謝る。
 そんな姿を見て、ハァ……っとため息をついたパチュリーは、朝の戦いのせいで座るのがやっとの状態のルリを見据えてスペルカードをしまいこんだ。
 辺りにはこの図書館の司書の仕事もこなす小悪魔と、他にはアオと撫子、その彼女たちと遊びに来たのか朱鷺子の姿もある。
 どうしてパチュリーが先ほどのような凶行に至ったのか、それがわからないようで彼女達は首を傾げることしか出来ないでいた。

 「……もう一度確認するわ。コレ、本当にあの魔法を構成する術式なのね?」
 「そうよ。なにかおかしいの?」

 幽香との戦いで見せたルリの魔法。あの氷と雷の混成マスタースパークのような魔法の術式が、今、パチュリーの眼前の紙に記されている。
 もともと、朝の幽香との戦いを親友のレミリアと共に見ていたパチュリーが、珍しくもその魔法に興味を持ったのだ。
 氷と雷を組み合わせた魔法。それもマスタースパーククラスの破壊力。
 何より、自分以外に属性を組み合わせた魔法を使うものがおらず、自分の使わない属性であったことも手伝って興味はさらに膨れ上がった。
 そして、彼女達を呼び出して―――朱鷺子というおまけがついてきたが―――ルリにあの魔法のことを聞いたところ、以外にもあっさりと教えてくれた。
 そもそも、彼女は騎士であって魔法使いではない。魔法騎士と言ったほうが正しいのかもしれないが、それをおいておくにしても、彼女は自分の魔法を隠そう、なんていう意識はほとんど無かったといっていい。
 そして、出てきた術式がコレだ。パチュリーはもう一度、深いため息をついてから口を開いた。

 「……こんな無茶苦茶な術式でよく死ななかったわね、あなた」
 「あれ? なんかいきなり物騒な単語が飛び出したんだけど!?」

 すっとぼけたように声を上げるルリを無視しつつ、パチュリーは目の前の術式を視線で追う。
 正直、馬鹿げてる。何しろ、この術式はただ威力を優先しまくっただけの術式なのだ。簡単に言うなら、セーフティーの付いていない兵器と考えてもらえばいい。
 確かに、この術式なら威力だけは見込めるだろう。だがしかし、その他の構成が余りにもダメ過ぎる。威力だけなら及第点だが、その他全てが赤点評価だ。

 氷と雷の属性にちゃんと変換しきれてないわ、魔力切れを起こしたときのためのストッパーが無いわ、構成が甘くて所々魔力漏れになる場所が確認できるわ、タメ時間が長いくせに防御用の魔法結界も展開されないわ。
 欠点を挙げればきりが無いがつまり、魔力の消費効率と自身の術から自身を守るための機能がまるっきり備わっていないのである。
 そもそも、魔法とは理を持って作り出すものだ。こんな極端な魔法はもはや魔法じゃなくてただの失敗魔法。
 下手をすると、まだ魔理沙のほうが丁寧な術式を作れるだろう。ルリのあの魔法の術式は、それほどまでに酷いものだった。

 その事を一から順に丁寧に説明していくと、最初のほうこそ半ば納得のいかないような表情だったが段々と表情が暗くなってきて終いには机に突っ伏したまま動かなくなるルリ。

 「いい? 他にもあるのよ、この魔法の欠点。例えばココの―――」
 「ごめんなさい勘弁してください」

 とうとうマジで謝り始めた。そろそろプライドとか騎士の誇りとか矜持とかが皹割れてブレイクしそうな勢いである。
 その姿が余りにも滑稽だったからか、それともただ単に飽きただけなのか、パチュリーは小さく息を吐くとルリの魔法の術式にペンで修正するべき場所をすらすらと書き連ねていく。

 「大体、こんな魔法使ってたら勝てたとしてもその後が続かない。最悪、魔法を撃った後に死ぬことだってありえるわ。結構永い間生きてたんでしょう? よくもまぁ、今まで生きていられたわね」
 「……いや、まぁあの魔法は今までで3回しか使ったことないし」

 呆れたように言うパチュリーに、ルリは気まずげに呟く。
 実際、ルリはどちらかと言うと接近戦を好む傾向がある。弾幕戦でもない限り、魔法を使うのはほとんど稀だ。それも手伝ってか、あの砲撃魔法は過去3度しか撃ったことが無かった。
 一度目は試しの一発。適当な場所ではなったあの砲撃魔法は、一瞬にして森を荒野に変えてしまったというちょっぴり罪悪感の残る結果を残した。
 二度目は過去に悪魔と戦ったときぐらいだが、それで一撃でけりが付いたものだ。
 三度目は言わずもがな、あの風見幽香との戦闘で。

 たった三回。言葉にしてみればそれまでだが、正直、生粋の魔法使いのパチュリーにしてみれば彼女のこの魔法はもはや魔法使い達に対しての冒涜とも思えるような出来だったのだ。
 その感情が、冒頭での本の角でこめかみを強打するという行動に移させたわけなのだが。
 正直、こんな術式の魔法を他の誰かが使っているというだけで我慢がならない。

 「ほら、訂正すべき場所には印をつけておいたわ。ココさえちゃんとさせれば、魔力の運用効率も格段によくなるし、属性変換もちゃんとできるようになるはずよ。
 それにともなって威力も上がるはずだから、足りない頭使ってしっかり考えなさい」
 「……ねぇ、パチュリー。これ、ほとんど真っ赤なんだけど?」
 「それだけ欠点だらけってことよ。どうやって修正するか、どうやって構成しなおすか、それは自分で考えなさい白もやし」
 「あっはっはっはー……、泣いていい?」

 心身ともに大ダメージ。そろそろマジで泣きが入りそうなルリを慰めたのは、すっかり家族としての自覚を共有したアオと撫子の二人だった。
 彼女の肩をポンッと叩き、アオが親指をズビシッとサムズアップなされた。

 「大丈夫やルリちゃん! うちも一緒に考えてあげるから!!」
 「そうですよ、私も及ばずながら力になりますから」

 やたら元気のいいアオと、にっこりと優しい笑みを浮かべて言葉を紡ぐ撫子。
 その二人が視界に入った途端、今まで自分の切り札だった魔法をケチョンケチョンに言われた憂鬱はなりを潜め、代わりに浮かび上がったのは温かい感情だった。
 そうだった。自分は彼女達を守りたいからこそ、こうやってココにいる。この笑顔を守りたいと思ったからこそ、ここにいるのだ。
 だったら、ここはパチュリーに感謝するいべき場所だ。自分の魔法にもまだ可能性があることを示してくれた。言葉はきつかったが―――そこは、やはり感謝するべき場所だと思う。

 「ありがとう、二人とも。それにパチュリーも、ここまでしてくれてありがとう」
 「別に。そんな魔法使われると私のほうが我慢ならないもの。後で対価は頂くから、そのつもりで」

 お礼を述べても、パチュリーの返答はそっけない。もう会話は終わりだといわんばかりに、パチュリーはいつものように読書に戻っていった。
 その態度に気を悪くするわけでもなく、ルリは苦笑して視線を魔術構成がかかれた紙に移す。
 どうせ、この体では今日は門番の仕事は無理だろう。美鈴には悪いが、今日は夜のライブまでココで自分の魔法の欠点を何とかする作業に没頭することになりそうだ。

 「さて、レミリアちゃんには今日の夜に出かける許可はもろうとるし、これからルリちゃんの魔法改造計画始めるで!!」
 「お、何か面白そうだね! 私も乗った!!」
 「私もがんばります!!」
 「……図書館では静かに」

 やたらとハイテンションなアオ、朱鷺子、撫子の言葉に、うんざりしたようにパチュリーが注意し、その光景を見てルリは苦笑する。

 「生まれ変わった魔法、どうせなら皆で名前付けようか? そのほうが、皆と協力したみたいでええやん?」
 「まぁ、別に良いけどさ」

 ノリノリなアオの言葉に、ルリは苦笑した。
 一体どうなるのか、先は不安でもあるものの、きっと彼女達となら何とかなる。不思議と、そんな漠然とした感情を覚える。
 もう一度、ルリは愛想の無い魔女にお礼の言葉を述べる。だけど、その本に夢中の魔女は特に反応もせず、しばらくして迷惑そうにそっぽを向いただけ。
 でも、それだけで満足だった。これから自分の魔法がどうなるのか、少しの不安と、多くの希望を抱きながら、すっかり家族と言う風になったアオや撫子の姿を愛しむように眺め続けていた。






















 風見幽香がこの場所に居ることは、そう珍しいことではない。
 実際、顔を見せる程度ならコレまでにも何度も合ったし、以前には一緒に仕事もしていたぐらいだ。
 むしろ彼ら―――よろず屋のメンバーにしてみれば、もうすっかり馴染みといっても過言ではあるまい。

 「ライブだぁ?」
 「そうよ、銀さん。あの騒霊姉妹のライブを、太陽の畑でやってもらうことになったの」

 ニコニコ笑顔でそうのたまいながら、幽香は新八が出した緑茶の口をつける。
 時刻はまだ昼になったばかり。相変わらず優雅な仕草で茶を飲む姿は幽香には実に似合っていて、その様子をココ最近居候することになった阿求が興味深そうに眺めていた。

 「あそこで、ですか。……でも、よろしいのですか? あなたは、あそこに他の人間が近づくことを嫌ってるように思っていましたけど」
 「そうね。ま、今回だけは特別よ」

 阿求の言葉に、幽香は特になんでもないように答え、これまたクスクスと苦笑した。
 実際、幽香の言葉が本当なら多くの人間があの場所に訪れることだろう。何しろ、プリズムリバー三姉妹の演奏は多くの人間、および妖怪にも人気があり、ファンクラブまである始末だ。
 その類が、おそらく大勢集まることだろう。それでもいいのか? と問いかけてみても、幽香は余裕たっぷりの様子で返答しただけ。
 なんともまぁ、かの大妖怪が珍しい気まぐれを起こしたものだと一人感心していると、もう既にカメラをスタンバイしている鴉天狗の姿が見えた。
 気が早い。早いっつーか、演奏はどうでもいいんかい!! と心の中だけでツッコミをいれつつ、阿求はそれをおくびにも出さず文ににっこりと笑いかけるのであった。
 まぁ、不安もあるにはあるが、まさかあの風見幽香がいる前で馬鹿なことをする人間はいないだろうし、何とかなるだろう。
 仮に、どこかの大馬鹿が幽香が大事にしている向日葵畑に火を放ったり傷をつけたり、あるいは熱狂しすぎてうっかりをやらかした場合、飛行石を握り締めて「バルス」と呟いた時と同じ、あるいはそれ以上の大惨事が世界を蹂躙することは間違いない。

 実際、阿求の予想を裏切ってどこぞのドS王子がいたらん準備を着々と進めていたりするが、それは彼女のあずかり知らぬところである。
 なんと言う理不尽か。いつの間にか大惨事へのカウントダウンが刻々と迫っていたりするのである。阿求の知らないところで。

 「なんなら、銀さんと二人っきりでもいいんだけど?」
 「いや、その手のからかいはもういいから。もう騙されねーぞ、銀さんは」
 「あらら、それは残念」

 意味ありげに言葉にした幽香だったが、銀時に軽くあしらわれる。しかし、それに気を悪くした風もなく、幽香は相変わらず笑みを浮かべていた。
 銀時も彼女との付き合いもかれこれ長い。こういったからかいにはすっかり慣れたし、それが冗談だという事も知っている。
 がしかし、それを知らないものにしてみれば、幽香の発言はまさしく爆弾発言なわけで―――

 「どういうこと銀さぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!?」

 ずがしゃぁぁぁぁんと、盛大によろず屋の部屋の窓をぶち破って誰か……って言うかむしろ、始末屋の猿飛あやめが飛び込んできた。

 「オィィィィィィ!! アンタどこから入ってきてんですかぁぁぁぁぁ!!?」

 盛大に上がる新八のツッコミ。しかし、とうのあやめはというとそんなツッコミもなんのその、殺意を視線に宿して敵を睨みつけている。
 完璧に始末屋モードがONになっておいでだった。

 「この泥棒猫!! 私の銀さんとナニをするつもりなの!? SでMなプレイなのね!? ライブの後はホテルでベットインッ!!? チクショォォォォォ羨ましいじゃないのよぉぉぉぉぉ!!!」
 「……えーっと」
 「さっちゃんさん、眼鏡かけてください。阿求ちゃん困ってますから」

 おいでだったが、文句を言うべき相手がまったく持ってずれていた。おかげで暴言はかれた阿求は返答に困り、新八が呆れたように言葉を漏らす。
 彼のいうとおり、この部屋に入ってきたときの衝撃のせいか、本来あるべきあやめの眼鏡が床に転げ落ちていたりするのである。
 しかしそれを一体何と勘違いしたんだか、あやめは「イヤン」などと気色悪い声をもらし。

 「銀さん、今日は優しいのね。でもそんな銀さんも素敵!!」
 「眼鏡をかけろ眼鏡をぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 絶賛大暴走中だった。新八のツッコミもどうやら銀時のものと勘違いしたらしく、さらにエスカレートして始末屋モードから一転してメス豚モードになっているあやめ。
 彼女、残念ながら眼鏡が外れると目が悪くなるどころか耳すらも悪くなる。
 恍惚の笑みを浮かべてくねくねと動く彼女を見て、もれなく阿求が全力でドン引きしていたりするが、それに気付く様子もないほどのトリップぶりである。

 「そんな棘のある銀さんも素敵よ! いいわ、もっと存分に罵っ―――」

 言いかけた言葉が、轟音にかき消される。果たして、一体どんなことをすればそんな常識ハズレな音が響くのか、とにもかくにもあやめの言葉がそれ以上つむがれることは無かった。
 とにもかくにも、一体何が起こってそうなったのか、あやめはジャイロ回転しながら盛大にすっ飛び、よろず屋の窓側の壁をぶち破って悲鳴を上げる間もなくお隣さんに激突。隣の家の壁に人型のクレーターを作り出したところでようやく止まった。
 さて、先ほどまであやめがいた場所付近には風見幽香が蹴りを放った後のような状態で静止していた。
 要するに、幽香があやめに向けてハイキックを叩き込んでいたのである。しかも、正確にこめかみを狙うという周到さだ。
 あまりのことに言葉が出ない一同。いや、妖怪や天人メンバー辺りは「うわぁ、いたそう」だとか「あややー」だとか「ねぇ、あれ不味くない?」だの「あ、ちょっと羨ましいかも」とわりと余裕があったりするが。
 そんな中、阿求は誰とも知れぬ女性の冥福を祈った。たとえいきなりわけのわからない言葉を口走って喚いていた頭かわいそうな人でも、死後は幸せであるように……と。
 そして無言のまま足を地に下ろし、幽香は何事も無かったかのようにソファーに座る。

 「ま、そういうわけだから。太陽の畑で待ってるわね、銀さん」
 「ってオィィィィィ!! 何平然と無かったことにしてんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 さっきまでのことを綺麗さっぱりなかった事にして平然と言ってのける幽香の言葉に、銀時のツッコミが盛大に上がることとなった。
 ちなみに、この後あやめはしっかりと復活を果たし、阿求を驚かせていたことを追記しておこうと思う。





















 そうして、夜は訪れた。
 ここ、太陽の畑には普段では考えられないほどの人間、妖怪たちが集まっている。誰も彼も興奮した様子で、だけどそこに種族と言う壁を越えて、このイベントを楽しもうという気概が感じられた。
 そんな光景を、彼らから視線を集めている三人の姉妹は感慨深げに眺めている。
 黒の衣服に身を包み、夜闇においてもなお映える金のショートヘアの少女、長女のルナサ・プリズムリバー。
 此方は薄桃色の衣服に水色の長髪は緩いウェーブがかかった少女、次女のメルラン・プリズムリバー。
 そして赤色の衣服に茶髪のショートヘアの少女が三女のリリカ・プリズムリバーであった。

 「随分、集まったわね」

 ほぅっと小さく息を付き、ルナサは辺りを見回す。
 自分たちのバックには太陽の畑の向日葵たちが咲き誇っている。眼前には人垣とも思える人妖の群れ。
 この場所で行うライブには、少々いつもと行う演奏会とは違う。今日のこの日だけは、彼女達の演奏を聞かせるべき相手は彼らではなく―――

 「いつも思うけどさ、あの妖怪もよくわからないよね。私たちの曲を、ここの向日葵たちに聞かせたいって言うんだからさ」

 そう、今日この日のライブだけは、彼らに向けるというよりも、後ろの花畑たちに送るための演奏に他ならない。
 ケタケタと楽しそうに言いながら、リリカは姉のルナサに同意を求めるように下から覗き見る。そんな彼女の頭を「そういうことをいうもんじゃない」と言葉にして軽く叩くと、件の妖怪の姿を探してみる。
 この人だかりだ。見つけることは困難だろうし、もしかしたらあの中にはいないのかもしれない。案外、いつものように後ろの向日葵畑の中で戯れているのか……。
 まぁ、せん無きことかと、ルナサは思考をあらためる。どの道、自分たちがココでライブをすることには変わりないのだし、やること事態は変わらない。

 それに―――なんとなく、ルナサには風見幽香の考えが少しだけわかるような気がするのだ。

 彼女は独特の価値観を持っている。外面に多少変化はあったとしても、その価値観の根本は変わらない。彼女の価値観とは、一に自分、そしてその次にありとあらゆる花々達。その下が多少変動しようとも、この二つだけは未来永劫に変わることは無いだろう。
 特に、この太陽の畑は彼女のお気に入りの場所だ。夏の間はココにいることがほとんどだし、普段の風見幽香を知るなら信じられないほどの献身ぶり。
 それだけ、ここは彼女にとって特別な場所なのだろう。ルナサにとって、二人の妹が大切なのと同じように。
 違うのは、ただお互いの価値観だけ。本当に、たったそれだけのこと。

 「それだけ、彼女にとってはココが大切だという事よ」
 「確かにここは綺麗だけどさ、……花だよ?」
 「そうね……、そうかもしれない。けど―――」

 そこまで言いかけて、ルナサは口を噤む。
 自分が、これ以上何かを言うべきではないと断じたからか。自分が、誰かのことを知ったように口にするなんておこがましいにも程がある。
 あの妖怪にとっては、これでいいのだろう。絶対不変の価値観を持って、長い時間を生きるあの大妖怪は他人の目を気にするなどあるはずもないことだったか。
 唯我独尊。己が道を己の意思でしかと歩き、周りになど目もくれない孤高の妖怪が、唯一にして寵愛する自然の象徴。
 このライブは、きっと向日葵たちに向けた鎮魂曲。いや、あの妖怪のことだ。きっと、この季節に散ってしまう他の花々にも向けられているのかもしれない。
 ふぅっと、小さく息を吐く。だったら、私たちはその思いに応えてやればいい。風見幽香の願いとやらを、自分たちの曲に乗せてこの季節に散ってしまう儚い生命に向けて。

 「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。今宵の私たちのライブ、存分に楽しんでいってほしい」

 一礼して挨拶すると、わぁーっと歓声が上がった。
 少しだけ、気分が高揚する。後ろの妹達が満足そうに張り切っているのを感じて、ルナサは少しだけ苦笑した。

 「メルラン、リリカ、準備はいい?」
 「もちろんよ、姉さん」
 「よっし、楽しくなってきた!」

 姉の言葉に、メルランとリリカが答える。
 それに満足そうに頷くと、ルナサはヴァイオリンを構え、メルランはトランペットを、リリカはキーボードに手をかけた。

 そうして、騒霊姉妹のライブは始まりを告げた。

 穏やかなヴァイオリンの旋律が流れ始める。その旋律を引き立てるように、優しいタッチで弾かれるキーボード。
 やがて、ヴァイオリンの音源が一つから二つ、二つから三つと徐々に増えていき、いつの間にかライブは大合奏のような迫力を持って流れ始めた。
 彼女達は音を操る。一つの楽器しか持っていないからといって、その楽器の音しか出せない、などという事はありえない。
 たった三人のライブと侮る無かれ、彼女達のライブは等しく数十人単位で行われる大合奏に匹敵する。
 怒涛の旋律が観客達の耳を、心を打つ。時には激しく、時には穏やかな、時には悲しい旋律が、ただただ観客達を魅了するのだ。

 そんな中、観客達の中に混ざっていた沖田総悟の頬に、雫のような涙が伝う。
 いつもなら絶対ありえないそんな光景を前にして、土方が思わずぎょっとした様子で問いかけてしまう。

 「ど、どうした総悟?」
 「土方さん。俺ァ正直、あの女におちょくるつもりでココに着たんですが……参ったな、どうにも今はそんな気分になれやしねぇ」

 涙を拭うように、沖田がそんな言葉を呟く。
 この曲を聴いていると、どうしても脳裏に、最愛の人の姿が浮かんできてしまう。
 沖田ミツバ。沖田総悟の姉にして、今は亡き最愛の家族だった人。
 どうして、彼女のことが脳裏に浮かんでしまうのか、よくわからない。この曲が、この旋律がとても穏やかで、どこか物悲しいからか、イメージがどうしても……姉の姿を思い起こさせてしまう。
 それは―――土方も同じだった。
 その事に思い至ったのか、土方はそれ以上追求しようとは思わなかった。
 ただ黙して何も言わず、ただこの曲に聞き入っている。近藤も思うところは同じだったのか、先ほどから黙したまま何も喋ろうとはしていない。
 この曲は、亡き者に、あるいはこれから逝く者に贈られる鎮魂曲。それと同時に、残されたものに送られる優しい祝福のエールでもあった。

 「妖夢」
 「なんですか?」

 土方と幽々子の隣、要するに二人に挟まれるような形で佇んでいた妖夢に声を掛けた彼に、彼女は不思議そうに首を傾げる。

 「ここにつれてきてくれたこと、礼を言う」

 それは、とても小さな言葉だったけれど、だけどはっきりと聞こえた言葉。
 幽々子が「あらあら」と苦笑して、でも土方はその事に気付かぬまま、静かにこの曲に聞き入っている。
 妖夢は、彼がいった言葉が一瞬わからず、そしてその意味が浸透していくと、彼女は嬉しそうに頬を緩ませる。

 「どういたしまして」

 それだけ言って、妖夢はこの演奏に耳を傾けた。
 流れるような旋律が心地イイ。生きるものにも、死んだものにも、そして、これから逝く者にも送られたどこまでも優しい曲。
 今日始めて聴く新しいその曲が、妖夢はなんだかとても心地よく思えた。



 激しかった曲調が、ゆったりと穏やかなものになる。
 ヴァイオリンの優しい音色が耳に届き、トランペットも控えめに花を添える。優しさが体を包み込むよな錯覚を受けるほど、その音は生きているようにさえ思えてしまう。

 「……凄い」
 「うわぁ、噂にはきいとったけど……」

 感嘆した呟きが、自然とこぼれ出る。
 ルリとアオのこぼした言葉に、朱鷺子は呆然とした様子で頷くだけだった。
 今日はじめて、彼女達はプリズムリバー姉妹の演奏会に訪れた。凄いとは聞いていたが、自分たちの予想を大きく超えたその演奏に、ただ聞き入ることしか出来ないでいた。
 そんな中、撫子の頬に涙が伝っていたことを誰も気がつかなかった。いや、撫子自身が、気付かれないように目を擦っていたこともあるが、後から後からポロポロとこぼれてしまう涙。
 脳裏に、今は亡き母親のことが甦る。もし、この曲を母と聴けたらと、今はもうありえない可能性を夢想する。
 それは、本来ならありえたかもしれない可能性。だけど、それは所詮IFでしかない。
 一番愛されたかった人は、もういない。だけど、今の彼女にはかけがえの無い家族がいる。

 (お母さん、私は幸せです。だから―――今だけは、お母さんのことを想わせて、泣かせて下さい)

 そこに母親がいるような気がして、声を押し殺してただ泣いた。
 流石に彼女が泣いていることに気がついたのか、アオもルリも、そして朱鷺子もぎょっとした様子で心配した様子で声を掛けてきてくれた。
 その思いやりが、その言葉が、こんなにも嬉しいものなのだと、改めて認識する。
 願わくば、この幸せが長く長く続いてくれますようにと、ただすがるように祈り続ける。
 もう孤独には耐えられない。あんな寂しい世界に戻りたくない。私は―――この幸せな世界にあり続けたい。
 それが分不相応な我が侭だったとしても、ただ祈らずにはいられなかった。



 穏やかだった旋律に、また変化が訪れる。
 キーボードが楽しそうに弾き鳴らされる。それは落ち込んだものを元気付けるかのような、軽やかで軽快な音色だった。
 津波のように引き続けられるキーボードの音色が、ただただ観客達を魅了する。

 「……すごい、ですね」
 「そりゃそうです、新八。正直、この幻想郷にあの姉妹にかなう相手がいるのやら……」

 新八の呆然とした呟きに、文がなんでもない風に応える。
 確かに、彼女達の演奏は常軌を逸していると行ってもいい。いや、そもそも騒霊なのだから、常識に当てはまらないのも無理はないのだが、それにしたって素人が利いても物凄いとわかってしまうのだ。
 オマケに、彼女達の演奏は人間の精神には強く影響してしまう傾向がある。
 実際、新八の後ろでは定春に乗った神楽が感極まってワンワン泣いており、それを阿求が困ったように宥めていた。

 「んー、天人にもココまで演奏できる人いないんじゃないかしら。私、結構好きかも」
 「そうね……私も、好きかも」

 よほど気に入ったのか、天子が素直に称賛の言葉を紡ぎ、静かに曲に聞き入っている。
 それに同意するように、鈴仙も曲に耳を傾けた。
 また曲に変化が訪れる。サビに入ったのか軽快な音を奏でてヴァイオリンが、トランペットが、キーボードの音色が、お互いの足りない部分を補いながら奏でられた。
 心が震えるとは、こういうことを言うのか。ただただ、その圧倒的なスケールの曲に聞き入って、温かいものが心に浮き上がる。
 そして、ふと……フランがその事に気がつく。辺りを見回し、そういえば……と、一人人数が足りないことを今更のように気付いてしまった。



 太陽の畑の向日葵たちに囲まれるように、風見幽香は佇んでいた。
 遠くからは満足のいく演奏を披露する姉妹の曲を耳に聞きながら、彼女は辺りの向日葵たちに視線を向けた。
 持って、今夜までの向日葵たちの命。来年になれば彼らの子供達が芽吹き、また今と同じか、あるいはそれ以上の向日葵畑となってくれるだろう。
 循環する命。花だって生きているし、子孫を残すために精一杯。さて……と、幽香はクルリと踵を返そうとして―――その歌に気がついた。
 聞き覚えのある声が、綺麗な旋律を奏でて歌を紡ぐ。声の方をたどっていけば、そこにはやはりと言うかなんと言うべきか、予想通りの人物がそこで歌っていたのだった。

 「幻月じゃない」
 「あら、幽香。お邪魔してるわ」

 一度歌を中断して、幻月は挨拶をする。
 一体いつの間にこの向日葵畑にいたことやら、その事をおくびにも出さず、彼女は幽香に歩み寄った。

 「何してるのよ、こんなところで」
 「別にー、ただ鎮魂曲よりさ、鎮魂歌―――つまりはレクイエムの方が優美だと思わない?」
 「要するに、暇だったから抜け出してきたわけね。オマケに、最初ッから覗いてたと」
 「ご名答」

 さっすが幽香。と、幻月は無邪気に笑った。
 まったく、こんな姉を持って夢月も大変ねぇと他人事のように思っていると、人の気配がしてそちらに視線を向ける。
 そこにはなんと言うべきか、銀髪天然パーマがそこにいたりするのである。

 「銀さんじゃない」
 「よー、ゆうかりん。どーせこっちにいると思ったぜ」

 頭をガリガリと掻きながら、銀時は彼女達に歩み寄る。
 まったく、素直にあっちの方でライブを聞いていれば良いのに、と思いながら苦笑して幽香は彼を招き入れる。
 遠くからまだ演奏は聞こえてくる。一体何の用事でココまで来たことやら、そう思いながら幽香は彼に視線を送った。

 「それで、一体何の用かしら?」
 「なんてこたぁねぇよ。綺麗な歌声が聞こえてきたもんでな、ついついそっちに引き寄せられちまっただけさ」
 「ふーん、ま、そういう事にしておきましょうか」

 それが嘘なのやら、それとも本当なのか、正直判断が付きにくかったが、まぁいいやと適当に納得した。
 コホンと、幻月が咳払いをする。それからしばらくして、流れる旋律にあわせて歌い始めた彼女の声に耳を傾けながら、銀時が幽香に語りかける。

 「今日のライブ、誘ってくれてありがとよ。そこで提案なんだがな、今度こっちの方でも花火大会があんのさ。どうだ? 幻月も誘って、こっちにこねぇか?」
 「あら、素敵ね。幻月も断らないでしょうし、お言葉に甘えようかしら」

 笑顔を浮かべたままそういいながら、幽香は親友の歌声に耳を傾ける。
 耳に心地よい歌声が、温かい気持ちで満たしてくれる。コレなら、きっと向日葵たちも満足して逝ってくれるに違いない。
 事実、幽香の耳には―――ありがとう、と口々に言葉にする、向日葵たちの言葉が聞こえていたのだから。



 幻月の歌が、プリズムリバー三姉妹の曲に合わせて紡がれる。
 生きているもの、死んでしまっているもの、これから逝くものに対する、ささやかで暖かな祝福のエールは、一晩中止む事はなかった。



 ■あとがき■
 ども、白々燈です。今回の話はいかがだったでしょうか?
 さて沖田らしくないと思われる方も多いかもしれませんが、自分もちょっとやりすぎたかな? とちょっとビクビクしてます。

 前回のルリのスペルカード。皆さんから色々ツッコミもらったので一応、包み隠さず話そうかと思います。

 ・『スノーライトブラスター』
 これは皆さんの言う通り、元はばっちりなのはのスターライトブレイカーだったりします。コンセプトとしてはSLBとマスタースパークを合体させようと言うコンセプトだったんですが、もとからにてる技同士だけあってちっとも変わらずという間抜けなオチが。
 そんなわけで、今回の話でもありますように流石にコレはどうよ? って感じになってしまったので色々改良することに。名前も大幅に変わる予定。
 まぁ、砲撃っていうコンセプトは変わらないですけど……。何か案ってありますかね^^;
 いっそ約束された勝利の剣みたいな感じにしてみるのもありか!? とか色々悩み中。
 なにか技の改造案があれば遠慮なく行ってください。正直、この魔法がどうなるか作者にもさっぱりです(ぉ

 ・「縮地『バニッシングスピード』」
 これは元はANUBISUのゼロシフトですね。そのままだとチートすぎるので、それにあれこれと色々欠点をつけたのがこの業だったりします。
 知ってる人は知ってると思いますけど、ゼロシフトはあるとそれだけでほとんどの敵が雑魚になるチート技でしたから……。
 この技、あんまり連続使用してると本文の説明とおりにえらいことになります。驚異的なスピードの変わり、反動がでかすぎる。方向転換も出来なければ、隙も大きい。
 そんな技に仕上がってます。
 なのはの形態変化……という意見もありましたが、実は自分、なのははかんっぺきに二次でしか知らないのでなのはの魔法ってほとんど知らなかったりします。
 知ってるのはディバインバスターとSLBぐらいです。しかも、なの魂ぐらいしかなのはの二次は読んでないので……。StSは一応、何か読んだ気がしますけど途中までしか更新されてませんし……。

 ・「吹雪『ブリザードダガー』」
 コレは特に元ネタなし。単純に吹雪の雪が刃だったら強くね? かっこよくね? な感じで生まれた魔法だったりします。
 単純に、吹雪を起こしてその雪の一つ一つが刃になってると考えてもらって構いません。
 なのはの魔法って言う意見もあったんですが、……えーっとフェイトの? ハヤテの?
 正直、どっちかちょっとわからないのですが、コレは結構一から真面目に考えたので結構ショックだったりします。
 ……友人に聞いてみるかな? なんか今回自分が出したスペルカード、どれもこれもなのはの魔法に似たようなのがあるみたいだし……。

 そんなわけで、長々と書いてスミマセン。中には危ないネタは~という意見もあったので、これからはもうちょっと考えてスペカ作って生きたいと思います。
 特に、スノーライト~はほとんど変わってないというか、氷と雷属性になっただけのSLBという感じであんま変わらないみたいだし……うーん、難しいです。
 それでは、今回はこの辺で^^;



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第二十八話「優雅に咲かせ緋色の花火」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/02/15 17:13








 夏といえば花火。それは天人(あまんと)が襲来してからも、江戸にあり続ける変わらぬ文化。
 毎年この時期になれば、職人達が競い合って多くの花火を打ち上げる。大小、形状、色彩もバラバラの、作り手のクセや思いが乗る炎の花。
 そして今日はその花火を打ち上げる花火大会兼夏祭り。多くの人々がごった返し、歩くのも困難なのではないかと思えるほどの賑わいようだ。
 露店も多く立ち並び、子供づれやカップルなんかが楽しげに店を覗いている。

 そんな賑やかな雰囲気に包まれ、彼ら彼女達も皆楽しそうに辺りを見回していた。

 「あややー、コレはまた凄い人だかりですねー」
 「本当ね。コレはまた予想以上だわ」
 「あ、こういうの私知ってるわ。確か『人間がゴミのようだ』ってやつよね?」
 「……いや、違いますからそれ。天空の台詞でしょ。空からビームでしょ」

 文が興味津々と言った様子で辺りを見回し、幽香がそれに同意すると幻月が思い出したように間違った台詞を言葉にする。
 そんでもって新八がそれにツッコミを入れることとなり、そんな彼女等を視界に納め、銀時はため息をついた。
 今日は女性陣皆が浴衣に身を包んでいる。それがまた全員に似合ってるもんだから、さっきから注目を集めまくっている。正直に言うと視線が痛い。
 なまじ、美人美少女ぞろいのこのメンバーだ。その中に男が二人だけポツンといれば、そりゃ嫌がおうにも注目を浴びるというものである。

 「どうしたのさ、銀時?」
 「なんでもねぇよ、とっきゅん。つーか、オメェさんはこっちでよかったのか?」
 「いいもなにもさ、アオたちは真選組とかって連中の依頼受けちゃったんだから仕方ないじゃん。ま、あとで合流するつもりではあるんだけどさー」

 うちわをパタパタと仰ぎながら、とっきゅんこと朱鷺子はそんな風に言葉を紡ぐ。
 先日、太陽の畑にて邂逅を果たしたアオ達と真選組一向。久しぶりに会ったという事もあってお互い会話が弾んだものだが、その拍子に飛び出したのが今回の祭りの見回りの仕事だったのである。
 おそらく、今もどこかで元気に見回りでもしていることだろう。律儀と言うか根がまじめと言うか、あの三人はそもそも働きすぎなのだ。
 いや、まぁルリ辺りは仕事そっちのけで美鈴と組み手をすることがある辺りは微妙な気はするが。

 「……ところでさ、銀時。あの吸血鬼の妹の方がいないんだけど?」
 『え゛!?』

 はたして、その言葉がどんな意味を持つというのか。銀時と鈴仙の表情がその一言で見る見るうちに青ざめていく。
 それも無理らしからぬこと。いなくなったのはあの悪魔の妹、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力を持つ破壊の権化、フランドール・スカーレットなのだから。
 この人だかり、それを考えるとどうも迷子になったと見るのが妥当なところだろう。
 結局、楽しい祭りの時間は迷子捜索の時間に取って代わってしまったのであった。マル。









 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第二十八話「優雅に咲かせ緋色の花火」■














 祭りとあって賑わいを見せる人々とは別に、銀時たちはそんなことを気に留める暇も無いほどに焦っていた。
 よりにもよって、考えうる限り最悪な人物が迷子になってしまったのである。そりゃあ、必死こいて捜す羽目にもなろうというものだ。
 そんな彼らの心労など露知らず、彼女―――悪魔の妹、フランドール・スカーレットは楽しげに祭りを満喫していたのである。
 赤色の浴衣に身を包み、歪とも取れる翼がせわしなく動いている。辺りをきょろきょろと見回すその姿は、見た目相応の幼さと可愛らしさがあった。
 しかしながら、彼女は吸血鬼であり絶対の破壊者。こと攻撃力、という単純なカテゴリーにおいて、彼女を上回る者は幻想郷においても存在しないと言っても過言ではない。
 何しろ、その能力を持ってすれば隕石すら木っ端微塵に粉砕できるのだ。えげつないにも程がある。
 さて、それはともかくとして彼女はある露店に視線を止める。その出店の名前はクランベリートラップとなっており、自分のスペルカードと同じ名前という事もあって興味を持って覗き込んだ。
 店先に並んでいたのは赤い果実を思わせる飴玉。甘そうなその外観に、フランがほうっと感嘆の息をこぼす。
 それから財布の中身を確認し、十分なお金があることを確認した彼女は、お店の人に声を掛ける。

 「ねぇ、このクランベリトラップ一つくださ―――って」
 「ひとつ300円になりま―――」
 「内側に捻り込むように打つべしっ!!」
 「明日のためにっ!?」

 電光石火の一撃が店の人の頬を打つ。おもっきしグーで捻り込むように打ち込まれたフランのジャブっつーかむしろ右ストレートが店の人を捕らえていたのであった。
 インパクトの瞬間、妙な悲鳴が聞こえた気はしたがフランはそれを無視しつつ相手を睨みつけている。
 常人なら首から上が粉々に砕けてもおかしくない一撃を受けてなお店の人は健在だった。だって、お店の人はフランの良く知っている人物だったりするのだから。

 「何するのよフラン!!」
 「お姉さまこそこんなところで何してるの!? というか何その格好!!?」

 そう、今フランの目の前にいる店の人は間違いなくレミリア・スカーレットその人である。間違いないのだが、なんか明日のためのおやっさんのような格好をしたレミリアは物凄くシュールだった。
 がしかし、妙な格好をしたレミリアはというと、「あ、やば」とか小さく言葉をもらした後、ふるふると首を横に振る。

 「ちッガウー、ちッガウー、ワタシ、レミリア違ウ。大陸からキタ、レミ・リア・ウーというネー」
 「無理があるよその設定!? というかそこに咲夜もパチュリーも小悪魔もいるし!?」

 ビシッと指差した方向にはフランの言うとおり、いそいそと飴玉を作っているメイド長と、会計役なのか本をいつものように読んでいる魔女と、その魔女の好みである紅茶を用意する小悪魔の姿があったりするのであった。
 コレではバレバレもいいとこだ。むしろばれない方がおかしい。
 がしかし、フランの意に反してその場にいる全員がフルフルと首を横に振り始めたのである。
 なんでだよ!! と、思わず心中でツッコミを入れていたりするフランをよそに、咲夜が一礼して言葉を紡ぐ。

 「はじめまして妹様。わたくし、サク・ヤーと申します。以後お見知りおきを」
 「名前まんまじゃん!? ていうか今、妹様って言ったよね!? 妹様って言ったよね絶対!!?」
 「まぁまぁ、落ち着いて妹様。私はパチュ・リーよ。あなたの知り合いとはまったく持って別人なの。そういう事にしてあげて?」
 「パチュリーも名前まんまじゃん!? 何さその格闘家っぽい名前!!?」
 「さすがお目が高い妹様。私、コアック・マーと言うパチュ・リー様の使い魔なのですが、説明させていただくとパチュ・リー様は有名な格闘家でして。
 その人差し指一つで山を崩せるとまで言われた世紀末の覇者なのです」
 「小悪魔お前もかその名前!!? というか一番無理があるよその設定!! それより皆『妹様』って言ってるじゃない!!? 隠す気あんのかあんた等は!!?」

 咲夜、パチュリー、小悪魔による怒涛のボケラッシュに負けじと返ってくるフランの怒涛のツッコミの嵐。
 そんなツッコミのレベルを上げた妹の姿に、レミリアことレミ・リア・ウーは涙をほろりと流しつつ、よよよと感激に身を震わせていたりする。

 「あぁ、フランってばすっかりツッコミのレベルが上がって……姉としてはなんか複雑だわ」
 「やっぱりお姉さまじゃない!!」
 「あら、今更気がついたの、フラン?」
 「最初ッから気付いてたよ!!?」

 あー、マジでキュッとしてドカーン辺りで黙らそうかと本気で考えていることなど露知らず、レミリアは妹で遊んでわりかし上機嫌。
 フランもフランで制裁用レヴァ剣Ver.バットを今にも取り出さんばかりの雰囲気で、今まさに手を出そうとした瞬間にレミリアに手で待ったをかけられる。

 「落ち着きなさい、フラン。ココで暴れたら他の人間にも迷惑でしょう? ほら、お隣の店もこっちを睨んでるじゃない」
 「あう、そっか。ごめんなさい」

 大人しく頭を下げて謝罪を述べるフラン。今までの彼女からは想像も付かないことだったが、その様子を見てレミリアは妹の成長に満足そうな笑みを浮かべている。
 そして、彼女は隣の店の人物に謝ろうと視線を向け―――

 「いや、此方こそじっと見たりしてすまなかった。気にせず続けるといい」
 「何でヅラがココに居るの!!?」
 「ヅラじゃない、コックさんカツーラだ」

 謝ろうとした言葉がツッコミとなって滑りでた。気分はブルータスお前もか!?
 フランの言葉どおり、そこにはコック姿の桂とエリザベス、そして店長の姿がそこにあったりするのである。
 ちなみに、露店の名前は『おいでませ蕎麦ラー油』などと言う色々とアレな名前だったが、この際余談という事にしておいてほしい。

 「さてフラン殿、この際此方で買い物などいかがだろうか? 当店には汁の吸いすぎた蕎麦と唐辛子まみれの蕎麦と胡椒まみれの蕎麦がお勧めとなっております」
 「露店で蕎麦はありえないよ!? あとお勧めの内容もありえないよ色々とさァ!!?」
 「よぉし、フランちゃん俺っちにまぁかぁせとけぇいっ!! ニンニクたっぷりのとんこつ蕎麦をごちそうしてやるぜぃ!!」
 「吸血鬼にそれを勧めるか普通!!? 店長最近なんかキャラ変わってない!!?」

 一通りツッコミを終えてみるものの、店長は店長で豪快に笑うだけだし、桂は桂で真顔のまま。
 はぁっと小さくため息をつき、フランはもうこれ以上何を行っても無駄だと悟って言葉を噤んだ。というか、これ以上色々ツッコミを入れてもなんか無意味な気もするし。

 「はい、フラン。クランベリートラップおまたせ」
 「……あー、うん。ありがとうお姉さま」

 さっと差し出される飴を受け取り、フランはお金を払うと疲れきった声を出しながらのろのろと人ごみの中に消えていった。
 その後姿が見えなくなると、レミリアは浮かべていた笑みを消し、ただただ妹の姿を幻視するかのように視線を動かさずに見つめ続ける。

 「美鈴」
 「はいはい?」

 露店の陰に隠れて、奥から美鈴が姿を見せる。
 いつもの中華風の衣服に身を包み、美鈴は主であるレミリアの後ろにまで歩み寄る。そんな彼女に視線を向けもしないまま、レミリアは淡々と命を下した。

 「フランの後を追って頂戴」
 「……わかりました」

 先ほどまでのふざけた雰囲気とは打って変わって、いつになく真剣な表情のレミリアを目の当たりにし、美鈴は真面目な顔になって頷き、ぴょんっと露店の中から外に飛び出すと人ごみの中に紛れていく。
 気を操る程度の能力。美鈴の能力は聞いてみれば地味な印象を受けるものの、その汎用性という点で言えばこの上ないものだろう。
 気を流し込んで身体能力を高めることや、気を流し込んでの治療、あるいは気配の遮断。あげればきりが無いが、ああ見えて、紅美鈴という妖怪はこういった尾行もお手の物だった。
 小さく息を吐き、先ほど一瞬だけ垣間見た【運命】を反芻する。胸に沈殿する嫌なわだかまりが、レミリアの表情に影を落とした。
 どうしようもない悪寒と、嫌な予感。明確に見えたわけではないが、フランと対峙した一人の男。

 ―――姿も形も、全然似ていない。なのに、その瞳はまるで―――
























 スパァァァン!! という、これまた痛そうな音が当たりに鳴り響くものの、祭りとあってその音は人々の喧騒に解けて消えた。

 「はい、これでそのグラサンいただきね」
 「だから違ェェェェェ!! なんで輪投げで顔面狙ってくるの!? ルール全然違うしよぉ!!?」
 「あ、幽香ズルイわ! 私も、そりゃあ!!」

 ズドンッ!! と言うしゃれになってない音と、店員……長谷川泰三の悲鳴はほぼ同時。
 「そりゃあ」なんていう可愛らしい掛け声のわりに幻月がブン投げたプラスチック製の輪は、気円斬の如き勢いで長谷川を直撃したのである。
 きっと某戦闘民族の王子がその場にいれば「避けろマダオォ!!」などと叫んでいたに違いない光景であった。
 そんな幽香と幻月に遊ばれている(苛められてるとも言う)長谷川のことを見ないようにしつつ、銀時と鈴仙は目の前の知り合いの少女との話を続行していたりする。

 「フラン? いや、私たちは見てないけど」
 「この人だかりですし、もしかしたら見落としてたかもしれないです……」
 「なぁなぁ、はよ見つけんとアカンのとちゃう?」
 「だよなぁ……。ったく、一体どこに行ったんだか……」

 祭りの会場を見回っていたルリ、撫子、アオの証言を聞き、銀時はこれまたため息をつく。
 無論、三人が見ていないだけと言う可能性も無きにあらずといったところなのだが、こうも人が多いと見つけ出すのが困難だ。
 小さくため息をつきながら、銀時はどうしたものかと思考をめぐらす。
 面倒なことに面倒なことが重なるのは経験上よくわかっている。しかし、今回の嫌な予感はどうにも質が違うような気がしてならない。
 まぁ、あの吸血鬼の少女が誘拐にあったとしても自力で何とかしそうな感じではあるが、それとコレとは話は別だ。

 「まったく、もう少しで花火が始まるっていうのに、どこに言ったのかしら」

 ため息をつきながら、言葉にしたのは天子である。
 彼女も浴衣に身を包み、不満を隠そうともしないまま辺りをきょろきょろと見回していた。
 そこに目的の少女の姿を見つけることが出来ず、なおのこと不機嫌になっていく天子だったが、怒ったところで仕方がないのはわかっているので、今のところは我慢する。
 と、羽ばたく音が耳に届く。バサリと羽が羽ばたく音を鳴らして、藍色の浴衣に身を包んだ射命丸文が空から銀時たちがいる場所に降り立つ。

 「おう、ブンブンどうだった?」
 「ダメです。こう人が多いと流石に見つけにくいですね」

 文はお手上げだというように、両手を軽く挙げてそんなジェスチャーをする。
 まぁ、それも無理らしからぬことか。祭りの日と言うだけあって人の数が尋常ではないのだ。
 空から捜索したからといって、もともと身長の低いフランを見つけ出すことは至難の業だろう。
 こういうとき、自身の後輩である白狼天狗の犬走椛がいたらなァと思わなくも無いのだが、それも無いものねだりとして文はあっさりと諦める。
 しかし、こうしている間にも花火の打ち上げの時間は刻々と迫っているのだ。何とか探さねばなるまい。
 皆が考えをめぐらせる中、悲鳴を上げる長谷川の声はドS少女2名以外に届くことは無かったのであった。
 マダオ、南無。






















 さて、そのころのフランはと言うと、人ごみに酔ったのか祭りの場の傍にあった木々の中に入り込んでいた。
 こうやって人ごみの中にいる自分など、少し前までは想像も出来なかったものだ。
 基本的に引きこもりがちであったし、滅多に外にでようとも思わなかった自分。
 きっかけは霊夢や魔理沙と弾幕勝負をとおして知り合い、今はこうしてよろず屋の一員として居候までしている。
 ふうっと、一息ついて空を見上げる。もう少ししたら、この空に花火が咲き誇って綺麗な世界を作り出すことだろう。
 その光景を想像して、胸を躍らせる。多少気分が悪いものの、少し休めば回復するだろうし、今思えば銀時たちにも悪いことをしたものだと思う。

 「あーあ、あとで銀時に謝らないとなぁ。どうやって謝ろう」

 まぁ、適当に謝っとけばいいかと思考して、んーっと背筋を伸ばす。
 そんなときだっただろうか。その声を聞いたのは。

 「ほぅ、お嬢ちゃんは銀時の知り合いか?」

 その声にはっとして、フランは声がした方に視線を向ける。
 そこにいたのは、大きめな木に寄りかかり、キセルを咥え、片目を包帯で隠した男の姿。
 腰には刀を差している辺り、やはり侍なのだろうと推測できたが、予想外の言葉が男の言葉に含まれていたことに、少しだけ、本当に少しだけ、フランは驚いてしまった。

 「そうだけど……、貴方は銀時の知り合いなの?」
 「あぁ……。まぁ、そんなとこだな」

 クックッと笑みを噛み殺しながら、男は鋭い眼光をフランに向ける。
 その目を見て、嫌な悪寒が彼女の背を駆け巡った。薄ら寒い、異常な何かを抱えた目。
 ギラギラと獣のように獰猛な光。今にも喰らいつかんとする苛烈さと、獲物を見定めて冷静に観察する静けさも持ち合わせている。
 だが、そんな飾りのような言葉を使わなくても、フランにはその目に宿っているものの正体に気がついてしまっていた。
 かつての自分と同種のモノ。すなわち―――理性をともなった狂気。

 「あなた、誰」

 スゥッと目を細めて、フランは目を細める。赤色の瞳に睨みつけられ、殺意に似たものを向けられてなお、男はクッと喉の奥で笑いを噛み殺した。
 怯えた様子も、恐怖に染まった様子も無い。飄々とした様子で彼は真っ向からフランに視線を向け、そして言葉を紡ぎだしていた。

 「高杉晋助。お嬢ちゃんが聞いたことはあるかどうかは知らねぇがな」

 聞いた事がある。
 以前に一度だけ、宴会の席で銀時と桂がその名を出したことを覚えている。
 だから、この人物はやはり、銀時と知り合いなのだろう。もはやそれは疑いようの無い。
 だが、どうしても、納得のいかないところが多い。
 目の前の人物は、銀時や桂とは違う。よくけんかをする銀時と桂だが、それはそれで仲のよさにも繋がっているように思えるし、なんだかんだで彼らはそれなりに仲がよかった。
 だが、この人物は、違う。
 雰囲気も、その目に宿ったものも、何もかもが銀時や桂とは似つかない。

 「銀時が来てるか。なるほど、これで将軍でも来てりゃいう事なかったんだがなぁ」

 あぁ、実に惜しい。と、殺意を隠そうともしないまま、男は言葉にする。
 その言葉が何を意味するのか、どういう事なのか、こちらに来てまだ短いフランが理解するには少しばかり難しかっただろう。
 だが、その言葉がどうしても危険なものであったというのはわかった。
 長年、フランと共に歩んだ直感が、この男が危険な相手だと警告を鳴らしてくる。
 本当に、馬鹿げた話だ。相手はどう見ても人間で、フランは吸血鬼。だが、吸血鬼としての理性や直感は、この男が危険な存在であると認識した。
 グッと、腕に力を込める。気持ちは既に臨戦態勢。どうしてかはわからなかったが、この男は見ているだけでただ不快だった。
 理屈ではない。動物であるのならば誰にでも備わっている本能と言うやつが、この男の存在を徹底的に毛嫌いする。
 今にもフランが男を八つ裂きにせんと睨みつけ、高杉もその気配を察したか、刀に手をかけてニィッと口の端を凶悪に釣り上げた。
 一触即発とはこういうことか。遠くから聞こえてくる祭囃子が、やがて邪魔なものだと断じられて聞こえなくなっていく。
 真夏だというのに、二人の間には冷たい空気が沈殿する。今まさに二人が飛びかかろうとした刹那―――

 「妹様ー! どこにいらっしゃいますかー!?」
 「っ!? 美鈴!!?」

 その声が、遠くから段々と此方に近づいてくる。聞き覚えのある声は、紅魔館の門番である美鈴のものに間違いはない。
 思わず振り返ってみれば、いつもの服装で辺りを見回しながら歩いてこちらに向かってくる美鈴の姿であった。
 それで、興がそがれたのかはしらない。ただ、高杉は刀にかけていた手を戻し、踵を返して木々の奥に消えて行く。

 「嬢ちゃん、銀時によろしく言っといてくれ」

 そんな捨て台詞を残して、男はあいも変わらず嫌な笑みを浮かべたまま立ち去っていった。
 誰が言うものかと、反発心にも似た感情が心を支配する。ただ、すっかりと熱は冷めてしまっていたので、自分の目の前からいなくなってくれるのならそれにこしたことはない。

 「あ、こんなところにいましたね、妹様」
 「えぇ、こんなところにいたのよ。それにしても美鈴いつこっちに来たの? お店にはいなかったよね?」
 「奥のほうにいましたからねぇ。ま、それはともかく、銀さんたちと一緒ではなかったんですか?」
 「いや、ちょっとはぐれちゃって」

 正確には勝手に抜け出してきたのだけど……と、心の中でそう付け加える。
 そんな彼女を見て、仕方ないですねぇと美鈴は苦笑してフランの手を握った。
 温かい温もりが、手のひらにじんわりと広がっていく。それを噛み締めながら、フランは美鈴を見上げて見つめ続ける。

 「さ、行きましょう。私の能力なら、銀さんたちを探し出すのもお手の物です」
 「ん、ありがとう。美鈴」

 素直にお礼を言いながら、美鈴のなすがままに腕を引かれて歩き出す。
 そんなフランの様子に安堵しながら、美鈴は銀時たちの気を探すことに専念する。コレだけ人が多いと少しばかり大変だが、幸いにも彼の近場にはあの大妖怪がいるはずなので、探すのには困らない。
 それにしても―――と、美鈴は思う。
 レミリアの命に従ってフランのあとを付けていたのだが、あのまま放置していたらどうなっていたのかと思うとゾッとする。
 あの男は異常だ。敵意と殺意の混じったフランの眼光に、真っ向から見つめていられたあの男。
 少し離れた自分にさえも、この少女の殺気は堪えたというのに、男は涼しい顔をして、あまつさえ迎撃する気でさえいたのだ。
 それにあの目、フランに時折見られる理性のともなった狂気。
 もし、あのままわって入らなかったら? 今頃、この少女はどうなってしまっていたのだろうか?
 無論、美鈴はフランが負けるとは思えなかった。ただ―――何か重大なものが外れてしまって、取り返しのつかない事態になってしまっていたのではないのだろうか?

 (お嬢様は、このことを見越していたんですかねぇ)

 そうなのだとしたら、やはり自分が介入して正解だったのだろうと、美鈴は思う。
 あの男は、危険な気がする。なんてことはない勘でしかないが、どうしてもその勘が外れているとは思えなかったのだ
 二人は手を繋いで人ごみの中に消えて行く。彼女達が銀時たちと合流するのに、それほどの時間はかからなかった。





















 見晴らしのいい場所に陣取り、彼らは今か今かと花火が上がるのを待ちわびていた。
 朱鷺子はアオたちと合流すると彼女達について行き、フランをつれてきた美鈴が代わりに随伴することとなった。
 ひゅるるるるっと、火の元が空に打ちあがる。そして一瞬の間をおいて、緋色の炎が花のように四散した。
 一発打ちあがればもう一発。一発打ちあがればまたもう二発。連続で打ち上げられる花火が、咲いては散って、咲いては散ってを繰り返す。

 「綺麗ね」

 静かに言葉を紡いだのは、幽香だった。
 空に咲く火の花は、一瞬の命を散らして、その鮮やかさを心に刻み込ませる。
 趣向を凝らし、芸術だというようにさまざまな花火たちが群れを成して空に咲き誇った。
 パァンッと、また一際弾ける音がする。夜空を色とりどりの花火が装飾し、人々を楽しませるように弾けて解ける。

 「綺麗ですねぇ。参りましたねぇ、カメラを持ってくるんでしたよ」
 「こんなときでも新聞のネタに走る辺り、やっぱり文らしいアル」
 「でも、本当に綺麗ですね。来てよかったです」

 文の言葉に神楽がいい、阿求がそれに続くように言葉を紡ぐ。
 刻々と時間が過ぎ去っていく中、一人だけ浮かない顔をしたフランが空を見上げた。
 綺麗な花火。きっと今頃なら大ハシャギしていたであろうに、今はどうしてもそんな気分になれずにいた。
 原因は、あの邂逅。未だに、あの男の顔を思い浮かべるたびに、ムカムカとした嫌悪感がこみ上げてくる。
 あの男はどうしようもなく、狂気に染まる危険をはらんだ自分を髣髴させて、どうしても好きになれそうにもなかったのだ。

 「どうしたー、フラン」
 「んー、なんでもない。ちょっとね」

 銀時の言葉に曖昧に言葉を濁しながら、フランはパァンと綺麗に咲いた緋色の花火を視界に映す。
 長い長い夏が―――もう、終わりを迎えようとしていた。







 ■あとがき■
 今回の話はいかがだったでしょうか? 作者の白々燈です。
 次回からはいよいよ秋編です。さて、どんな話になるかはこれからしだいですかね。
 今回は色々と難産でした。どうしても筆が載らず、休み休みに書いていたのですが、どうも消化不良気味に。展開もちょっと強引だったかな?
 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第二十九話「ADVENTの世界にこんにちわ・Ⅰ」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/02/23 20:05







 夏も終わり、秋に入ろうかという季節。
 八月の末。あと数日もすればめでたく秋という季節に移り変わり、それは見事な紅葉をお目にすることとなるだろう。
 さて、秋といえば皆さまざまな言葉に従って過ごすことが多いと思う。
 例えば、食欲の秋。うっかり食べ過ぎて太ってしまった、なんて人も多いはず。
 例えば、スポーツの秋。体をよく動かし、うっかり筋肉痛になった人もいることだろう。
 さてさて、そんな様々な秋の過ごし方がある中で、彼ら、よろず屋のメンバーはと言うと。

 「銀さぁぁぁぁぁん!! アンタ居ないと思ったら何こんなところで油売ってんですかぁぁぁぁぁ!!?」
 「バカヤロー新八。銀さんはなぁ、油なんか売ってねぇよ。ただ読書の秋って言う格言に従ってジャンプを読んでるだけなんですよー、コレ」
 「まだ秋じゃねぇよ、フライングだよ!! つーかそれただ単にサボってるだけじゃねぇか!! 仕事しろぉぉぉぉぉぉ!!!」

 幻想郷に存在する紅魔館、その地下にある図書館にて書籍整理の仕事に追われているのであった。もっとも、約一名は仕事そっちのけでジャンプを読んでいたが。
 それも隠れるように奥のほうで呼んでいるもんだから性質が悪い。新八がキレながらツッコミを入れたのも無理のなことだろう。
 それでやる気を出したのかはどうか知らないが、銀時は手に持っていた今週号のジャンプを閉じ、小さくため息をついて新八に視線を向けて何事か言葉にしようとした瞬間―――

 「いぎっ!?」

 銀時の頭に分厚い本が落下してきた。それも角である。痛いことこの上ない。
 それも、どうやら本棚の一番天辺の方から落下して来たらしく、ドズッとかなんとか色々と不味い音がした。
 本棚と侮るなかれ。何しろこの図書館の本棚は下手するとちょっとした樹木より高さがあるのである。

 「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!! 舌噛んだ!! 舌をやられたぁぁぁぁぁぁ!!?」

 そして不幸には不幸が重なるもんで、どうも舌を思いっきり噛んだらしい銀時が口元を押さえながらゴロゴロとのた打ち回っていたりする。
 いや、自業自得といってしまえばそれまでなのだが、新八もそう思ったらしく、彼の方には目もくれずに落下した本を手に取った。

 「なんだろう、この本」

 やたらと分厚く、開いてみてもそこは白紙。まだ回復してはいないのか、口元を手で押さえた銀時が新八の後ろから覗き込むように本を見る。
 ぺらぺらとページをめくっていくが、やはり書かれているものは無く、一体何の本なのかと二人して首をかしげるしかない。
 そんな中、奥の通路から小悪魔が姿を見せる。彼女も銀時を探していた一人で、彼の姿を見つけて文句の一つでも言ってやろうと歩みを進めて行き―――

 彼らの手にしている本を視界に納めて、サァーッと顔から血の気が引いていった。

 「銀さん新八君!! その本から離れて!!」
 『へ?』

 慌てて駆け寄ってくる小悪魔がそう叫ぶものの、残念ながら余りにも距離が遠すぎたし、タイミングも悪かったのだろう。
 ぺラッとページがめくられる。そこには唯一、真っ赤な文字と同じく真っ赤な魔方陣が書かれていた。
 途端、眩い光が二人を包み込む。その眩しさに小悪魔はたまらず目を瞑り、立ち止まらざる終えなくなってしまう。
 光が収まり、彼女が再び目を開ける。そこに、彼らの姿は無く……パタンッと、一冊の魔道書が床にこぼれ落ちた。







 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第二十九話「ADVENTの世界にこんにちわ・Ⅰ」■














 さて光が収まった後気絶して、目を覚ました二人を出迎えたのはただっ広い荒野である。
 灼熱の暑さはじりじりと肌を焼き、うっかりと干からびさせるには十分な日差しであった。
 そしてこう言っては何だが、オマケといわんばかりに物凄いおまけが付いてきたのだ。
 ドラゴンだ。もう一度言おう、ドラゴンである。大切なことだからもう一回言いました。マル。

 「って、これどんなテコ入れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?」

 全力疾走しながら大絶叫。二人はリアルタイムにドラゴンに追いかけられていた。
 ありえねぇもクソもあるまい。人間の軽く5倍近くはありそうな巨大なドラゴンが強靭な足を踏みしめてズシンズシンと追いかけてくる。
 しかも、よだれをだらだらと流しながら迫ってくるのだから余計に恐ろしい。

 「止まるな新八ィィィィィィ! 止まったら奴の胃袋にジャストインだぞ!!」
 「わかってますよ!! ていうかなんですかアレ!! なんであんなんが居るんですか!!?」
 「俺が知るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 ―――GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!

 真後ろで聞こえる咆哮が二人の会話をかき消して行く。ドラゴンのスピードもたいしたものだが、今の二人も追いつかれまいと信じられないスピードで逃げている。
 今の二人ならば、間違いなくオリンピックに出場して金メダル確実なタイムをはじき出していることだろうが、生憎二人にはその事実に気付く余裕はない。
 さてさて、彼らを追いかけているのはれっきとしたドラゴンである。では、ドラゴンの特徴といえばなんであっただろうか?
 固い鱗に覆われたトカゲのような巨躯、大きな翼で空を飛翔し、高度な知能を持つとさえ言われていることもある。そしてもう一つの特徴といえば―――

 「銀さん!! あれなんか吐き出そうとしてますよ!! ブレスみたいなの撃つ気満々ですよ!!?」
 「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」

 そう、ドラゴンといえば炎の息、つまりブレスと呼ばれる類だろう。
 新八の言うとおり、銀時が後ろを振り返ればそこには口に炎を溜めたドラゴンが今まさに火炎を放とうとしていた。
 ヤバイと、体中が危機感に震えるような悪寒を覚えた瞬間。

 「―――剣技、ブレイバー!!」

 上空から落下した人影が、ドラゴンの頭部目掛けて巨大な剣を振り下ろした。
 それはいかほどの衝撃だったのか、あの巨大なドラゴンがその衝撃に耐えられず頭部が地面に叩きつけられる。
 クルンッと一回転して、人影が大地に降り立つ。
 水色のショートヘアに、小柄な体躯。青い衣服に身を包み、その手にはスイカバーをそのまま剣にしたようなデザインの大剣。
 ブンッと、大剣を振り回すよう動かして肩に担ぐその人影は、間違いなく見覚えのある少女の姿であった。

 「うん、アタイってば最強!」

 満足げに頷き、彼女はドラゴンを見下ろす。当たり所がよかったのか、ドラゴンはどうやら気絶しているらしくピクリとも動く気配が無い。
 頭部に直撃だったのだ。ある意味で言えば必然だったのか。

 「チルノー! 勝手に突っ込んで危ないじゃない」
 「固いこと言いッこなし。結果的に助けられたんだからいいじゃんレイセン」

 新たに聞こえてきた声にも覚えがある。そちらに視線を向ければ、やはり見知った人物が此方に向かってくるところだった。
 違うことといえば、その人物がいつものブレザー姿の上に真っ赤なマントを羽織っていることだろうか。
 彼女達の姿はどう見ても、多少の服の差異はあるものの、氷の妖精であるチルノと、月の兎である鈴仙・優曇華院・イナバに違いなかった。
 鈴仙が此方に気がつき、すたすたと歩み寄ってくる。

 「大丈夫? 怪我とかしなかった?」
 「えぇなんとか。助かりましたよ、鈴仙さん」

 安心したかのようにはぁっと息をつき、新八は鈴仙の言葉に答える。
 すると、はて? と、不思議そうに鈴仙が首を傾げるのが見えて、一体どうしたのかと不思議に思っていると、チルノが鈴仙に向かって言葉を投げかけていた。

 「なにさ、レイセン。アンタの知り合い?」
 「えぇっと、記憶に無いなぁ。悪いけど、以前どこかであったことがあったかしら?」

 彼女の言葉に、本当に心当たりが無いのか首を傾げながら鈴仙が二人に問いかける。
 その一言に、愕然とした。たちの悪い冗談だと思ったが、あいにくと鈴仙はこの手の冗談をするような人物とは思えなかった。
 それに―――、そもそも幻想郷にこんな場所があっただろうか? それなりに幻想郷にいたはずの二人だったが、このような場所なんて見たことが無い。
 さらに、先ほどのドラゴンもそうだ。龍ならばともかく、竜がいるという話は聞いたことが無い。
 つまり、考えられる可能性。もしかしたら自分たちは―――

 「……だから、これ何のテコ入れですかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 またもや、別の世界にたどり着いちまったらしい可能性が提示されたのであった。
























 喫茶店「7番街中央通り上海紅茶天国」、略して中国。
 銀時と新八はチルノとレイセンに連れられ、その店の前にまで来ていた。

 「さ、入りなよ銀時、新八。詳しい話は中で聞くからさ」

 言われるがままに中に入ると、その店の女主人である赤い髪の女性、メイリン・ロックハートが彼らの存在に気がついて「いらっしゃいませー」と笑顔で接客する。
 その姿形がこれまた、銀時たちの知っている人物、紅美鈴と似ており、思わず動きが止まる。
 よくよく店内を見渡せば、歌を歌っている少女もミスティアにそっくり。
 知り合いのそっくりさんだらけだと、ある意味驚きを通り越して逆に冷静になってきそうだ。
 そんな銀時の後ろからチルノとレイセンも姿を見せ、メイリンはあぁ、とどこか嬉しそうに顔を綻ばせた。

 「姐さん、こんにちわ!」
 「姐さん、お邪魔するわね」
 「あら、チルノにレイセンお帰りなさい。今日の仕事はもう終わり?」
 「もうバッチリ! なんたって最強のアタイが居るからね!」

 フフンッと自信満々に言い放つチルノに、レイセンもメイリンも苦笑する。
 チルノに鈴仙に美鈴。銀時たちの知る幻想郷では珍しいメンバーのような気もするが、とりわけココの三人は随分と仲がよさそうに見えた。
 いや、実際に仲がいいのだろう。チルノはそそくさとメイリンの居るカウンター前の椅子に座り、レイセンもチルノの隣に座った。
 そして、チルノはチョイチョイと銀時たちに手招きをする。

 「ほら、そんなとこつっ立ってないで、あんた達もこっちにきなよ」

 チルノに言われ、銀時と新八はお互いの顔を見合わせ、それからしばらくしてカウンターの前の席に陣取る二人に、声を掛けてきたのはレイセンだった。

 「それで、貴方達は何であんなところにいたの? あの辺りはモンスターも多くて結構危険なんだけど」
 「そうさなぁ、なんて説明したらいいもんかな……」

 困ったように銀時が呟き、頭をガリガリと描きながら思案する。
 実際、彼らだって正確なことは判っていないのだ。説明に困ることこの上ない。
 まぁ、唯一わかっていることといえば、少なくともここは彼らの知る幻想郷ではないという事だろう。
 町並みは近代的でまったく違うし、知り合いであるはずの少女達は自分たちのことを知らない。
 確信は無いが、おそらくパラレルワールドのようなものなのだろうという事は推測できる。
 が、結局推測は推測であって、確証ではない。第一、銀時自身、それほど頭が回るようなつくりはしていないのだ。
 仕方なく、正直に一から説明をするしかないと判断すると、できる限りの説明を開始した。
 信じてもらえる可能性は限りなく低いだろうが、今はそうすることしか出来そうにない。

 一通りの説明を終え、帰ってきたのは予想とは少し違うものであった。
 チルノは「マジで! すげー!!」とか純粋に信じたし、一方でメイリンは「うーん、ちょっと信じられないかなぁ」と苦笑して、そしてなにやら考え込んだのがレイセンというそれぞれ別々の反応。
 まぁ、一般的な反応としてはメイリンの方が正しいのだろう。銀時は半ば予想していたものの、げんなりとした様子で小さくため息をこぼした。

 「まぁ、そうだよなぁ。普通はそうなるよなぁ」
 「銀さん、どうします? このままじゃ僕等、帰る目処も立たないんですけど」

 新八の言葉ももっともだろう。前回の異世界に迷い込んだ際、その世界に八雲紫と言う境界を操る程度の能力を持った規格外がいたからこそ何とかなった。
 しかし、この世界でもその彼女が居るとは限らないのだ。
 確かに、ココにいる三人は幻想郷でも顔見知りであったし、街中にも何人か知った顔を見かけた。下手をすれば、たちの悪いドッキリにでも引っかかっていると思えるほどに。
 帰る目処が立たない。帰る方法さえわからない。一度異世界に迷い込んだ身のワリには、彼らは初めて帰れないかもしれないという不安に襲われる。
 そんな中、今まで話を聞いていたらしいチルノが、自信満々にトンッと自分の胸を叩いた。

 「任せなよ! あんた達が元の世界に帰る方法、アタイたちが見つけてあげるから、泥舟に乗ったつもりでいなって!!」
 「いや、泥舟じゃなくて大船だから。泥舟じゃ沈んじゃうから」
 「じゃあ、砂舟に乗ったつもりで任せな!」
 「オィィィィ!! 泥から砂って明らかにランクダウンしてんじゃねぇかぁぁぁぁぁぁ!!」

 はたしてそれはマジだったのかボケだったのか、とにもかくにもツッコミ役と言う役柄ゆえか迅速にチルノのボケにいつもの調子でツッコミを入れる新八。
 そんな新八を見て、銀時はこれ見よがしに盛大なため息を付いて彼に言葉を投げかけていた。

 「おいおい新八くーん、初対面の相手にそんなツッコミいれてどうすんの。オメェはそんなんだからいつまでたっても眼鏡なんだよ。そんなだからこんなとこまで飛んできちゃったんだろーが」
 「元は誰のせいだと思ってんですか!! アンタが仕事サボって、あんなところでジャンプなんか読んでるからいけないんじゃないですか!!」
 「馬鹿野朗ぉぉぉぉ!! ジャンプを馬鹿にすんじゃねぇよ、ジャンプに罪はねぇ!! 罪があるとしたらそいつぁ人の邪な欲望(エゴ)だよ新八!!」
 「なにそれっぽいこと言ってうやむやにしようとしてんの!? 張り倒しますよ!?」
 「上等だテメェ!! その眼鏡叩き折って無個性にしてやんぜ!!」
 「んだとコラァァァァァァァァ!!!」

 売り言葉に買い言葉の応酬は、ついに二人の怒りに火を灯す結果となる。
 椅子を蹴倒すように立ち上がり、今まさに取っ組み合いの喧嘩が始まろうとしていた。
 今まさに、二人が相手に飛び掛らんとした瞬間―――

 ガンッ!! ごんっ!!

 頭部に物凄い衝撃と痛みを覚えて、二人は頭を押さえながら痛みの余りにうずくまってしまった。
 一体いつの間に二人の後ろに移動していたのやら、カウンターから出てきたらしいメイリンが僅かに青筋を浮かべて佇んでいた。
 なんてことは無い。二人が暴れようとしたので彼女が彼らの頭にげんこつをお見舞いしただけの話である。

 「お店の中で暴れないで頂戴」
 『いや……スンマセン』

 謝った。二人同時に土下座で謝った。何故って今のメイリンはすこぶる不機嫌な上に、どこか威圧感を撒き散らしながら二人を見下ろしているのである。恐ろしいことこの上ない。
 そんな二人を見てそれ以上怒る気をなくしたのか、メイリンは小さくため息をついてから「これからは注意してね」と念押しをするだけにとどめた。

 「それでチルノ、彼らの話が本当だったと仮定してどうするつもりなの? アテなんて無いでしょ?」

 メイリンが今度言葉を投げかけたのはチルノ。言葉を投げかけられた彼女はと言うと、一瞬の間も置かず、ビシッと親指をサムズアップなされて自信満々に言葉にする。

 「それっぽいのが分かりそうなダンジョンの探索!!」
 「あぁ……要するにアテもなしのプランなしなのね」

 いや、まぁいつものことだけど。と呟いて、メイリンは呆れたようにため息をつく。
 彼女の言葉の通り、こういった向こう見ずな言動は何も初めてじゃない。いつものことといえばそうだし、彼女らしい言葉であるとも理解している。
 だから、メイリンはいつものように微笑んで、「しょうがないんだから」と優しく言葉をこぼしていた。
 と、そんなやり取りがあった中、今まで黙り込んでいた鈴仙が神妙な表情で唐突に言葉を紡ぎ始める。

 「姐さん、彼らの話が本当だとしたら、一つ心当たりがあるわ」
 「ほ、本当ですか!?」

 彼女の言葉に新八が驚きの声を上げる。そんな彼の言葉にも、レイセンは「えぇ」と言葉にしてカウンターに寄りかかると、ポツポツとその心当たりを話し始めてくれた。

 「まだ私が森羅で師匠の助手をしていた頃、師匠から奇妙な魔道書の事を聞いたの。
 その魔道書はほとんど白紙なんだけど、ある一ページに別の世界の同じ魔道書と繋がって道を作る小さな魔方陣の術式が刻まれているんだって」
 「あ、僕達が図書館で見たのと同じ……」

 呆然とした様子の新八の言葉に、レイセンがコクリと頷く。
 それから、彼女は言葉を選ぶように少し考えながら、人差し指を立てて続きを語りだした。

 「だけど、その魔道書は地下深くの遺跡に封じられている。誰がどんな目的で作り出したかは知らないけれど、数多くの罠が待ち受ける遺跡の地下にある『扉の魔道書』の話」
 「あ、それ知ってますよ。私も聞いたことあります」
 「ミスティアも聞いたこともあるみたいだし、何より森羅でもそんな情報があるってことは……」
 「うん。信憑性は高いと思う。話が本当なら多分、二人がいた場所の近くにその遺跡に続く入り口があるはずよ」

 レイセンが話を終えると今まで歌っていたミスティアもそんな発言をし、メイリンはふむっと思考に埋没する。
 レイセンの話が本当なら、銀時たちの話にも信憑性がもててくるし、幸いにも彼らが帰るための目的もおぼろげながら見えてきたことになる。
 が、しかし。そこに行くという事は危険の中に足を踏み入れるという事だ。
 数多くの罠が待ち受けるダンジョンともなれば、危険性もそれ相応に高くなる。

 「決まりね」

 だが、それでもチルノは言い切った。
 不敵な笑みを浮かべ、自信満々な表情を崩そうともしないまま、彼女は椅子から立ち上がる。
 そんな彼女の様子に、言っても聞かないであろうという事を察したのか、レイセンもメイリンも苦笑して「やっぱりね」と言葉をこぼす。
 彼女の性格はよく知っている。先ほどの話なんかで彼女が怖気づくとは到底思えなかったのだ。むしろ、チルノの過大な好奇心を刺激しただけだろう。

 「行くの、チルノ?」
 「もちろん。そんな面白そうなところに行かないなんて手はないじゃん。それに、困ってるのを見捨てるなんて柄じゃないしね」

 レイセンの言葉に、チルノはなんでもないことのように言ってのける。
 その言葉に偽りは無く、どこまでもまっすぐな瞳はいつも変わらないなァと、レイセンは思う。
 だからこそ、今もこうやって彼女の相棒なんてやっているんだろうと苦笑して、頷いて見せた。

 「でも、いいんですか? そんな危険な場所に……」
 「いいって。首を突っ込んでるのはこっち。気にしなさんな」

 申し訳なさそうに言う新八の言葉にも、気さくにチルノは返答する。
 そんな様子を見て、銀時はガリガリと気難しげに後頭部を掻いて、小さくため息をつく。
 その心中は一体どのようなものなのか、それはやっぱり彼にしかわからないことなのだろう。
 だが、それなりに自分のことをふがいなく思っているのか、それとも申し訳なく思っているのか、この男は肝心な考えを表に出さないだけあってわかりにくい。

 「困ってんでしょ? なら助けるわよ」

 トンッと、店の中のビリヤード台に手を置いて、チルノは不敵に笑う。

 「なんてたってアタイは最強で―――」

 くるっと、彼等の方に振り返る。そこにあるのはやはり自信に満ちた笑み。
 何事にもまっすぐで、揺るがない自信と信念を秘めた瞳を、銀時と新八に向けて。

 「正義の味方だからね!」

 彼女は、臆面もなく眩いばかりの言葉を紡ぎだして宣言したのだった。



 ■あとがき■
 どうも皆さん、お久しぶりです。白々燈です。
 随分と間が空いてしまいましたが、今回の話を改めて投下させていただきたいと思います。

 今回の話はアドベントチルノ。以前から描きたいと思っていたのですが、アドチル生みの親たる牛木さんにメールしてみたところ、承諾を頂いたので今回書くことにしました。
 わざわざ忙しい中、身勝手なメールに応えてくださった牛木さんに感謝を。本当にありがとうございました。

 一応、アドチル編は3話構成で予定していますが、もしかしたら伸びることもあるかも。
 今回は色々と苦労しました。銀時たちの身の上なんかの説明とか悩みに悩んで結局無難な形に。
 アドチルを知らない人にはかなり不親切な話になってしまう気もしますが、その辺りは非常に申し訳なく思います。なるべく努力しますけど…。

 それでは、今回はこの辺で。


 ※キャラクター紹介に「ADVENT CIRNO」の簡単な紹介と、アドチルのキャラクター紹介を追加しました。
 アドチルを知らない方にも出来うる限り面白く書き上げたいと思いますので、追加した紹介でほんの少しでもアドチルを知っていただけたら幸いです。
 配慮が足りず、本当に申し訳ありませんでした。

 ※誤字修正しました。誤字の指摘、ありがとうございました。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第三十話「ADVENTの世界にこんにちわ・Ⅱ」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/03/08 17:15







 銀時と新八が魔道書に吸い込まれた後、程なくして救助隊が編成されることとなった。
 二人が吸い込まれた本は、パチュリーによれば「扉の魔道書」と呼ばれるものらしく、ココではないどこかの世界に繋がっているという。
 その性質上、先がどこに繋がっているのかわからないという事もあって、調査の後に図書館の奥に封じられていたものである。
 それがこうして騒ぎの元になったのだから笑えない。もっとも、この本があった危険区域に足を突っ込んだ甘党にも非はある、と自己完結してパチュリーは早速メンバーを指名した。
 その救助隊と言うのが、神楽と定春、そしてルリという二人+一匹編成。他のメンバーはまだ終わらぬ図書館の仕事に従事することとなり、二人と一匹は準備を万端にして本の中に吸い込まれていった。

 そう、そこまではよかったのだ。そこまでは。

 彼女たちが出現した場所は広大な施設であった。
 ゲームのRPGなどに出て来そうなつくりの建物の中で、地下なのか窓が一つも無く、嫌に薄暗い。ルリが魔法で明かりを灯さなければ10cm先も見えなかっただろう。
 地面を直接削りだしたかのような道が続くこの施設の中、当の救助隊メンバーはと言うと。

 「……い、生きてる? 神楽」
 「だ、大丈夫アル。まだまだ兵器ネ」
 「……い、いや、それ漢字違うって」

 丁度、地面にぽっかりと開いた穴から這い出てくるところだった。
 そんな彼女たちを定春が「ワン」と元気に出迎えるが、それで疲れが取れるはずも無く何とかよじ登る。
 改めて下を覗いてみれば、底は見えずにただただ暗い闇が広がるのみである。
 もしあのまま落ちていたかと思うと肝が冷える思いだ。この穴の大きさだとルリは翼を広げられないし、飛べないのだから結果的によじ登る結果になってしまった。
 もう半日近くココを彷徨っているだろうか? 出口が見つかる気配は一向に無いし、モンスターはいるわトラップはあるわ散々な目にしかあっていない。
 そんな彼女たちに追い討ちをかけるように、ゴロゴロと地鳴りのような音と共に通路の置くから巨大な鉄球が転がってきた。

 「う、嘘でしょ!!?」

 岩じゃなく鉄球なんていう明らかな人工物がゴロゴロと凄い勢いで迫ってくる。
 考える時間なんてあろう筈も無い。もともと反射神経のすぐれる二人は真っ先に踵を返してとっくに走り出していた定春の後を追った。
 地鳴りと反響する音で耳がおかしくなりそうだ。それでいて浮かんでくるのはたった一つの感情である。
 とうとう我慢の限界を迎えたのだろう。二人は狭い通路で鉄球に追いかけられながら盛大に、どこかにいるはずであろう男に向けて大絶叫を上げたのであった。

 『どこ行ったあの天パァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!?』















 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第三十話「ADVENTの世界にこんにちわ・Ⅱ」■

















 「ぶえっくしょい!!」

 一方その頃、その天然パーマは盛大にくしゃみをしておいでだった。

 「おいおい、風邪か?」
 「いや、なんでもねぇ。それより、なんか用か?」

 心配そうに声を掛けてきた女性に、銀時はなんでもないようにそう言葉を返す。
 女性―――、これまたやはり銀時たちにとってはもはや顔なじみとも言える人物、上白沢慧音は小さくため息をついた。
 彼女はやはり、銀時たちの知る慧音とは違うらしく、身寄りの無い子供たちを引き取り、白沢園という学校を開き勉強を教えているのだという。
 現に、今もこの家のいたるところから子供たちの喧騒が聞こえてくるし、なんでもチルノはここの卒業生なのだそうだ。
 チルノやレイセンの勧めでしばらくの間、ココに住まわせてもらうことになったのが昨日の話である。
 彼女は事情を聞くと、快く居候を認めてくれた。その人の良さは、やはり銀時たちの知る慧音となんら変わらないように思えた。

 「実は、夕飯の材料を切らしてしまっていてな。私は授業があるし、少し遠出になってしまうが買い物を頼みたいんだ」
 「へーへー、了解しましたよ。俺ぁ居候だからな、それくらいなら何でもやってやらぁ」
 「すまん、頼む」

 銀時が了承の意を言葉にすると、慧音は申し訳なさそうに頭を下げる。
 その誠実さもやはり向こうと変わらず、「ココ本当に異世界なのかねぇ」と思わず言葉をこぼしてしまいそうになる。

 「新八ー、買出しに行くぞー。ちょっと付き合えや」
 「あ、ハイ! わかりました!」

 買い物のメモとお金を預かると、銀時は新八に言葉を投げかけてそそくさと部屋を後にする。
 本当ならそのダンジョンとやらに今すぐにでも突撃したいのだが、残念ながら相当危険な場所らしく準備を整えてからと言うメイリンの言葉にしばらく待つことになったのだ。
 できれば内部の精巧な地図も手に入れたいというレイセンの言葉の通り、そうでもしなければやはり多大な危険がともなうのだろう。チルノは不満げにしていたが、やはりコレばかりはどうしようもない。
 小さくため息をこぼす。今頃、あっちではどうなっていることかと想像したが、それが意味の無いことだと知ってまた盛大なため息をこぼすのであった。

 「……ところで、この馬鹿でかいホールケーキはどうしろと言うんだ」

 一方その頃、慧音の方でも銀時が自作して残していった巨大なケーキの処分に頭を悩ませて盛大にため息をついていたが、銀時がそれを知るよしも無い。



















 喫茶店「7番街中央通り上海紅茶天国」、略して中国。
 その店内にはいつものようにミスティアが歌を歌っており、チルノ、レイセンの二人はカウンターに座り込んでアイテムの確認を行っていた。
 そんな彼女たちの元に、皿洗いを終えたのかメイリンがカウンター越しに話しかけてくる。

 「どう、準備は?」
 「バッチリ! 備えあれば嬉しいなってやつよ!!」
 「それは嬉しいわね」

 あいも変わらず元気なチルノの言葉に、レイセンは苦笑しながら言う。
 時間は丁度、正午になろうかと言う時間帯。もう少ししたらお客が多くなる時間帯だし、こうやって彼女たちの会話に混ざるのも難しくなる。
 今回、チルノ、レイセンに加えて、メイリンも共に行くつもりであった。
 もっとも、彼女等が騒動に巻き込まれるときは大体一緒に行動していたりするのだが、お店の関係上どうしても一緒にいけないときも出来てしまう。
 が、しかし。今回は行く場所が行く場所だ。自分も行ったほうが完全に、とまでは言わないが、ある程度は安全にはなるだろう。
 まぁ、むしろ問題なのは実力のわからない件の銀髪と眼鏡だ。最悪、残ってもらった方がいいかもなどと思いながら、メイリンはレイセンが持っていた見取り図に目を向ける。

 「うわぁ、罠だらけね」
 「うん。オマケに、ここって数は少ないけどベヒーモスもいるみたい」

 注意しないとねと言いながら思考をめぐらせ、レイセンは小さくため息をつく。
 相方は今にも飛び出さんばかりにウキウキで、まるで遠足前の子供のようである。とてもこれから危険なダンジョンに行こうとする者の表情ではない。
 それも彼女らしいといえばそうなんだけど、と誰にも聞こえないように小さく呟くと、レイセンは地図をメイリンに渡した。

 「ベヒーモスか、厄介ね」
 「えぇ。他のモンスターはそうたいしたことは無いんだけど、そいつにだけは気をつけないと」

 ベヒーモスといえば、やはり知る人ぞ知る巨大で凶暴なモンスターである。
 獅子のような力強さと、豹のようなしなやかさ、更には鋼の如き強靭さを併せ持つ。その爪は大地を抉り、その牙は容赦なく獲物を食い砕くだろう。
 できれば出会わないことを祈りたいものだが、生憎とそういうわけにも行かない。
 こりゃ、中々に大変だわ。とは、やはりメイリンの口からこぼれ出た台詞であった。
 そんな中、来店を告げるようにドアの音がして、そちらに視線を向ければ件の人物たち、坂田銀時と志村新八が来店する。

 「うーっす、メイリン。宇治銀時スペシャル頼むわ」
 「いや、無いですから。そんな銀さんしか食べないような料理、こっちには無いから」
 「はーい、宇治銀時スペシャルね?」
 「えぇぇぇぇぇぇ!? あるの!? マジであるの!?」

 銀時のボケにボケを持って返したメイリンに、新八が驚愕の表情を浮かべてツッコミに入る。
 そんな彼の様子がおかしかったのか彼女は苦笑しながら「冗談よ」とウインクして見せた。
 メイリンの茶目っ気のある行動に安心したのか、それとも呆れたのか、新八は盛大にため息を一つつく。
 そんな新八の様子に苦笑しながら、レイセンは彼に歩み寄って一振りの武器を手渡していた。

 「え? これは……」
 「それは貴方の武器よ。とりあえず扱いやすそうなのを選んでおいたけど……」

 一本の刀を受け取り困惑する新八に、レイセンはそう答える。
 目的のものは相当危険な場所にあることもあり、ベヒーモスなんてモンスターがいるのを考えれば、やはり彼にも武器を持たせた方が賢明だろう。
 何しろ、素手で戦うメイリンを除けば、武器を持っていないのは彼だけになる。
 その事を踏まえて、扱いやすそうなものを一品チョイスしておいたのだが、新八は鞘からそれを抜いて、まじまじと見つめていた。
 彼自身、真剣を持つのはコレが初めてではない。初めてではないからこそ、これから赴くであろう場所の危険性を理解して、思わず身震いする。

 「銀さんは、その木刀でいいの?」
 「あぁ。俺ぁ、こいつ一本ありゃあ十分さ」

 レイセンの幾分か不安の混じった言葉に、銀時はなんでもない風にそう言葉にして、木刀の柄に手をかける。
 長年愛用していた得物であるし、別の剣を使うよりはよっぽどマシな強度をした木刀なのだ。その事を知らないレイセンは少々不安そうだったが、「ならいいけど」と言ってカウンターの席に腰を下ろした。
 そして、そのまま愛用の拳銃、ピーター・ザ・ラビットのメンテナンスを開始したレイセンを見て、今度は銀時が彼女に言葉を投げかける。

 「つーか、オメェさんこそそれでいいのかよ? どう見たってファンシーショップに売ってそうなアイテムなんですけど?」
 「いいのよ。カワイイは正義ってよく言うでしょ?」

 ウインクしながらレイセンは答え、念入りに銃のメンテナンスを行っていく。
 その作業は手馴れており、彼女がその銃を使い慣れていることの証明にも思える。
 実際、ピーター・ザ・ラビットは見た目こそファンシーな可愛さをかもし出しているものの、その威力は銃としてしっかりと機能する威力を持っているのだ。
 まぁ、本人がいいといっているのだし、それでイイのだろうと適当に納得して銀時はカウンターの席に腰掛け、新八もそれに続くように座ると、件のダンジョンの地図が目に映る。

 「あ、もう図面が手に入ったんですか?」
 「えぇ、見てみる?」

 興味深そうに言葉にした新八に、今までその図面に視線を移していたメイリンが彼に手渡す。
 そしてしばらく図面に視線を移していると、新八が「うわぁ」と冷や汗流しながら頬を引きつらせていた。
 それも無理も無いことだろうと、メイリンは思う。何しろ、このダンジョンの内部はトラップだらけなのだ。苦労することは目に見えている。

 「これは苦労しそうですね。何か作戦ってあるんですか?」
 「勿論! この最強のアタイ様に抜かりないわ!」

 新八の不安げな言葉に、チルノは得意げに言う。
 意外、といえばそうなのだろう。おおよそ作戦なんてことを考えるようなタイプには見えないだけに、純粋に驚いたというほか無い。
 いや、あちらの氷精を知っているだけに、その先入観に引きずられている部分も確かにあるのかもしれないけど……と、新八は彼女に対する認識を改める。
 と、この言葉にはレイセンもメイリンも意外だったのか、彼女たちも驚いたような表情を浮かべて、レイセンの方が彼女に問いかけていた。

 「へぇ、チルノが作戦なんて珍しいわね。ちなみに、どんな作戦なの? なんとなく想像が付くけど」
 「罠を片っ端から壊しながらの正面突破!!」
 「それ作戦っていわねぇぇぇぇぇぇ!!? それじゃただの突撃じゃんか!?」

 自信満々に言ってのけるチルノに、新八が思わずツッコミを一つ。
 いや、まぁ確かに文面だけ受け取ると考えなしのようにも聞こえるが、レイセンは少し考え込んでからふぅっと小さくため息をつく。
 今回は、チルノの作戦が一番効率がよさそうなのだ。というか、それ以外にとりようが無い、といったほうが正しいのか。
 何しろ、どこもかしこも罠だらけ。オマケに、所々不鮮明な部分もあるし、せいぜいできることといえば比較的安全な道をあらかじめ決めておくことだろう。
 件の魔道書はダンジョンの最深部。今日は細かい作戦を練った方がいい。
 特に、ベヒーモス対策はしっかりしておかないといけないだろうと、レイセンは銃の手入れをしていた手を止める。
 特に何事も無く、目的の魔道書を手に入れられればいいんだけど……と思考して、そりゃないかと希望的観測をそそくさと打ち切るのであった。























 「お札いらんかねー」
 「いや、遠慮しとくわ」

 メイリンの経営する喫茶店の帰り道、道端の札売り少女の言葉を断り、銀時たちは頼まれた買い物を終えて帰路に着くところであった。
 先ほど通り過ぎた札売り少女を振り返り、新八はこれまた驚きに目を丸くする。

 「あれ……、霊夢ちゃんじゃないですか?」
 「気にすんなー、新八。コレだけ知ってる連中ばかりに会うともういい加減慣れてくるわ」
 「いや、確かにそりゃそうですけど……」

 なんか納得いかないなぁと呟きながら、新八は両手に持った荷物に視線を移す。
 そこには、先ほどレイセンから渡された無銘の刀もしっかりと入っている。
 何かを斬るために特化した鉄の重さが、嫌に新八の両腕に負担をかける錯覚を抱いた。

 「明日、ですね」
 「あぁ」

 新八の言葉に、銀時は短くそれだけを言葉にした。
 今回は早く帰る目処が立った。最初こそ途方にくれたものだが、今では何とかなりそうな気さえしてくる。
 それだけ、この世界のチルノ、レイセン、メイリンの三人は頼もしかったのだ。
 しかし、そのためには明日、危険な場所に足を運ばなければいけない。
 彼女たちは銀時たちに残っていても構わないといっていたが、そんな危険な場所に彼女たちだけを送り出すなど出来るはずもない。
 たとえ、普段がグーたらでいい加減でだらしが無くても、そこは銀時にとっては超えてはならない一線のように思う。
 不安はある。明日、無事に帰ることが出来るのか? 本当にその魔道書で元の世界に帰れるのか? 今頃、神楽や天子たちはどうしているだろうか? 上げてしまえばきりが無い。
 それでも、今は前に進む。やれることをやらずに後悔するよりも、やれることを精一杯やるのだと、噛み締めるように歩みを進めながら。






















 耳障りな断末魔が、狭い通路の中で響き渡る。
 首から血を吹き上げながら倒れたモンスターを尻目に、ルリは小さくため息をついて神楽に視線を向けた。

 「どう、そっちは片付いた?」
 「勿論ネ。こんなザコども相手にならないヨ!!」

 自信満々に言ってのける神楽に、ワンッと定春が同意するように鳴いた。それに安堵しながら、ルリは血払いをしてごつごつしい二本のコンバットナイフを後ろ腰に固定した鞘に収めた。
 もうどれくらい歩き回ったのやら、皆目見当も付かないが相当な時間だろうことは予想がつく。

 「それにしても、槍以外にも扱えたとは驚きネ」
 「まぁ、生きてる時間なら腐るほどあったからね。いろんな局面に対応できないと生き残れなかったのも事実だし」

 神楽の言葉に小さくため息をつきながら、ルリは疲れたように言葉にする。
 本当なら、いつものように愛槍を使って戦いたいところなのだが、残念ながらこのような狭い場所で槍なんぞ振り回せるはずも無い。
 そんなわけで、彼女は先ほどから二本のナイフを使って戦っているのだ。生憎、苦手ではないが得意でもないその武器で戦うしかないというのは、思いのほかストレスがたまる。
 実際、ルリは永い間生きていただけあった他の武器の扱いにもそれなりに慣れていた。
 その腕は槍とは違って凡庸なものだが、それでもそう簡単に遅れを取るほど弱くも無い。剣、弓、格闘といった技術も、彼女は身につけている。
 剣は今先ほど使ったナイフ、弓は魔法で氷細工のものを作れるし、彼女のはいているブーツには靴底に鉄が仕込んである。
 魔法も使えるとあってあらゆる局面に対応できる万能型、それがルリと言う少女の特長だが、要するに器用貧乏、使いどころを間違えれば致命傷なのに変わりない。

 「それにしても、あの槍はどうしたアルか? さっきから見てないネ」
 「あぁ、ここよ、ここ」

 純粋に疑問に思ったのか、神楽がそんなことを聞いてきて、ルリは特に隠そうともしないままそれを実行に移した。
 ブゥンッと不気味な音がして、ルリの手に淡い蒼白の光が集まっていく。そのまま一期は強く光ったかと思うと、その光が収まった先には蒼と白を基調とした彼女の愛槍、ブリューナクが握られていた。
 その様子に、「おぉ!」と神楽が目を輝かせる。そんな様子に苦笑して、ルリはまぁそうなるわよねぇとそう思う。

 「凄いネ!? いったいどんな手品アルか!?」
 「うーん、手品って分けじゃないんだけどね。説明するとね―――」

 この槍、彼女の意思一つで実体と霊体とを使い分けられるのだという。一体どういう原理なのかはルリも知らないのだが、持ち運びに便利なので重宝しているのも事実。
 ある程度の距離なら、実体を解いてすぐさま自分の手元に手繰り寄せることも出来る。
 本来、神話に登場するブリューナクとは元々投擲用だったと聞くし、同じ名を冠するこの槍にもその辺りの配慮がなされた結果なのかもしれない。
 実際、この槍も本来は投擲用だったりするのである。ここで使う機会は無いだろうけど。狭いし。

 「ま、それはともかく今のうちに食事にしましょう。少し先に行けば少し広くなってる場所があるし、そこで一旦休憩ね」

 槍の実体化を解き、ルリは神楽にそう提案する。
 するとどうだろう。明らかに冷や汗を流しながら神楽が視線をあさっての方向に向けた。

 「……ねぇ、アンタまさか」
 「違うヨ。つまみ食いなんてしてないネ。食いすぎて食料空っぽとかそんなこと無いアル」
 「ってちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」

 嫌な予感がして問いかけてみれば、予想を70度ぐらい斜め上をいったぶっ飛んだ返答に思わずルリが盛大に大声を出していた。
 それも無理らしからぬことだろう。定春の背にあるであろう生活用品の中には一週間分の食料があったはずなのである。
 それが一日足らずで全部消えるとあったらそりゃ彼女のような反応になるだろう。おまけに、ルリは一口も何も食べてないし。
 きゅるるるると、わりかし可愛らしい腹の音がなって嫌が応にも自分たちが空腹なのだと思い知らされる。

 「うぅ……お腹空いたアル」
 「あんた、一人で食い尽くしといてそれを言うか」

 恨みがましそうにルリが言うが、空腹のためかそれに力も無い。
 出口もわからない。かといって件の魔道書がこの近くにあるはずだが、それもどこにあるかわからない。
 もはや八方塞である。仕方なしに歩いていくが、その足取りもどこかおぼつかない二人。
 道が開け、大きな部屋にたどり着くと、そこに巨大な獣の姿を目にした目を見張る。
 全長は6mに及ぶのではないかと思うほどの巨体に、強靭な四肢、鋭い牙に鋭利な爪、捩れた二本の角が特徴のそのモンスターは、低い唸り声を上げて彼女たちを睨みつけている。

 ベヒーモス。凶暴にして凶悪なモンスターが、空腹である彼女たちの前に立ちふさがった。
 よりにもよって、空腹の彼女たちに、である。ここ、重要なんでもう一回言いました。
 ニヤリと、二人とも口元を釣り上げる。神楽は傘を構え、ルリは槍を実体化させて構えを取る。
 こんなにも広い空間に出たのだ。コレならわざわざ我慢して別の得物を使う必要も無い。思いっきり暴れられるというものだ。

 「神楽、逃がすんじゃないわよ」
 「当たり前アル。逃がすはず無いネ」

 二人とも壮絶な笑みを浮かべつつ、お互いに言葉を交える。
 ベヒーモスが咆哮をあげる。その咆哮一つとってみれば、並みの相手なら足がすくんで腰が抜けることだろう。
 だが、二人にとってはそんなの関係なかった。むしろ殺る気満々の気合をむき出しにしながら、二人してベヒーモスに疾走し。

 『そこ動くなよ飯ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!』

 食欲全快にして猛獣に喧嘩を売ったのであった。







 余談ではあるが、その後二人はベヒーモスを美味しく頂いたとか何とか。







 ■あとがき■
 ども、いかがだったでしょうか? 作者の白々燈です。
 最近、どうにも疲れやすくて中々筆が進みませんでした。毎日眠気が凄くて、今もコーヒー片手にあとがき書いてますし。
 本当はアドチル側からもレティとか妹紅とか出したかったんですけど、何とか出せないかなぁ。マリサは出す気なんですけどね。
 レティと妹紅は過去編が完結してないこともあって迂闊に出せないって言うのもあるんですけどね。自警団になってるみたいですけど。
 前、中、後編で纏めようと思ったらちょっと収まりきらないみたいだったのでタイトル数字表記に変更してます。
 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第三十一話「ADVENTの世界にこんにちわ・Ⅲ」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/03/26 13:10







 広大な荒野の一角、そこに洞窟の入り口と思わしき大穴が開いていた。
 その大穴こそが、扉の魔道書が封じられているダンジョンであり、その前に5人は集まっていた。

 「引き返すも先に進むもアタイたちの自由!! さぁ、準備はいい!!?」
 「まったく、引き返す気なんて無いくせに」
 「本当ね。先に進む以外に道は無いってね」
 「スンマセン、糖分きれそうなんで帰ってイイですかね?」
 『空気よめ!』

 チルノの威勢のいい言葉にレイセンが苦笑し、メイリンもそれに同意するが、空気読めてない天然パーマの言葉に皆がツッコミを入れる。
 銀時がそう言ったのも実は理由がある。だってこの大穴、明らかになんか出そうなのである。こう、霊魂的なものが。

 「銀さん、流石に今の発言はちょっとアレですよ」
 「新八、明らかに出るってこの穴。なんかこう霊魂的なモンスターが出そうだってここ」
 「そういえば、ここって一応ポルターガイストが出たような……」
 「レイセンちゃん!? それ追い討ちですって!?」

 追い討ちかけるような言葉をレイセンがポツリともらし、新八が逃げ出そうとする銀時の襟首を掴んでツッコミを入れる。
 新八の助っ人になるように、メイリンも銀時の襟首を掴んでずるずると引きずっていく。
 どこにって? 無論、現在ぽっかりと口をあけているダンジョンの入り口である大穴にである。

 「よーっし、恋娘出動!! みんな、アタイについて来な!!」

 威勢良く大穴に飛び込んでいくチルノに続き、レイセン、メイリン、新八、そしてその二人に引きずられている銀時も大穴の中に入っていく。
 さてさて、あいも変わらずどたばたとした雰囲気のまま、彼女達の冒険は始まったのであった。












 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第三十一話「ADVENTの世界にこんにちわ・Ⅲ」■

















 薄暗い洞窟にも似たダンジョンの中を、松明片手に歩いていく。
 この明かりがなければ、おそらくは1m先も見えないだろう暗闇の中、チルノは楽しげに辺りを見回していた。

 「いいねぇ、いいねぇ!! いかにもって感じジャン!」
 「チルノ、あんまり先に行かないでよ。ここ、罠ばっかりなんだから、慎重に行かないと」

 まぁ、言っても無駄だろうなァとは内心思っているので、レイセンもそれ以上言わない。
 第一、慎重なんて言葉、チルノからは最も縁の無い言葉だろう。言ってみたのは、それを気に留めてもらえたら御の字かな程度のものである。
 一応、松明を持つ役目を担っているのは新八で、彼を中心に周りを囲むような陣形を取っていた。
 これは、松明をもった新八が襲われないためのもので、こんなダンジョンの中で光を無くすという事は致命的である。
 勿論、予備の松明も持ってきてはいるが、戦闘中に松明を無くせばそれだけで絶望的なまでに状況は悪くなる。
 だからこそのこの陣形。新八の前はチルノ、左にはメイリン、右には銀時、後ろにはレイセンという陣形であった。

 「……銀さん、なんですか? この手」
 「いや、ほらアレだ。新八、オメェが怖いといけねぇと思ってこうしてんだぞ。アレだ、アレ。幽霊怖いとかそんなんじゃねぇからな。マジだぞ、マジだかんな!」
 「いや、誰も聞いてないですから。自分で墓穴掘ってますから」

 相当切羽詰ってるのか、銀時は慌てた様子でそんなことを言ってくる。なんと言うか、その時点で色々墓穴を掘っているあたり、よほど気が気でないのだろう。
 確かに、このダンジョンの中はなんと言うか雰囲気と言うか気配と言うべきか、そういった出そうな感じの空気が漂っている。
 そんな空気の中、チルノは平然と鼻歌交じりでズンズンと先に進んで行く辺り、よほど根性があるのか、それとも肝が据わっているのか、あるいはその両方か。
 とにもかくにも、小さな体にもかかわらず頼もしい背中を見せながら、チルノは怖気も無く歩き続けている。
 そんな彼女の様子を、レイセンは相変わらずねぇと思いながら眺めていた。
 長いこと相棒をしているが、彼女のああいうところは変わらない。いつも自信に溢れていて、何事にも物怖じしない。ある意味では短所かもしれないそれは、同時に彼女の美点だろうと思う。
 ザッザッと、慎重に罠の少ないルートを選びながら歩いていると、ふと、奇妙な違和感に襲われる。
 歩けば歩くほど、強くなっていく違和感。それが、半ば核心に近づいたとき―――

 鋭い眼光を携えて振り向きながら、レイセンは目にも留まらぬ速度で銃を引き抜き、自身の背後へと銃口を向けた。

 「レイセン?」

 彼女の突然の行動に、チルノが言葉をもらす。その事に疑問を持ったのは皆同じようで、チルノと似た困惑の表情を浮かべている。
 その事を気にかけないまま、レイセンは険しい表情のまま、真っ暗闇の先に銃口を向けたまま動かない。
 しばらくして闇の中から、口笛の音が鳴り響く。
 降参だとでも言うように、両手を挙げたまま闇の中から姿を現したのは、見覚えのある姿であった。
 黒いカウボーイハットに黒いシャツと袖なしジャケット、黒い短パン姿で、帽子から覗く髪は綺麗な金色。その表情には、チルノと似たような不敵な笑みが張り付いている。
 マリサ・キリサメ。それが彼女の名である。

 「おっと、まさか気付かれるとは思わなかったぜ」
 「動くな」

 マリサの言葉に割り込むように、レイセンが宣告する。

 「動くと撃つ」
 「撃つと、盗むぜ?」

 無感動な言葉に、マリサは臆した風も無く、あいも変わらず不敵な笑みを浮かべて言葉を返す。
 一触即発の雰囲気の中、銃を向けたレイセンに歩み寄ったのは、他でもないチルノだった。

 「チルノ?」
 「まぁまぁ、アタイに任せなって。アイツとは、以前にちょっとあってね」
 「そりゃそうかもだけど……」

 納得がいかないのか、レイセンは渋々と言ったようではあったが、一応は銃を納めてくれた。
 その様子を満足そうに頷き、チルノはマリサに歩み寄っていく。

 「久しぶりだな、ヒーロー。こんなところにいるってことは、やっぱり魔道書狙いってことか?」
 「ま、そんなトコよ。ちょっとワケありってやつ」

 仲よさそうに話し始める二人。そんな様子を、レイセンがどこか面白くなさそうな表情で眺めており、そんな彼女を見てメイリンが苦笑する。
 実は、チルノたちとマリサは最初は敵同士といって相違ない関係であった。
 というのも、マリサはある薬を作るためにあらゆる場所からアイテムを盗み、その中にチルノの持つ氷のスペルカードが含まれていたからだ。
 結局、事情を知ったチルノが氷のスペルカードを貸し、なおかつその後のドラゴン退治まで付き合った。
 そんなことがあってからか、チルノとマリサの仲は悪くない。そのことをレイセンも知ってはいるが、だからといってチルノと違って彼女と共にパーティを組んだわけではない。
 盗みを働いたことがある前科があるからこそ、レイセンは銃口を彼女に向けたわけなのだが。
 事情を説明するチルノの話に、マリサは興味深げにその話に聞き入っていた。

 「なるほどねぇ、その話が本当なら、ここにあるお宝も信憑性が高そうだな」
 「残念だけど、今回は譲れないよ。あいつ等を送り返さなきゃならないからね」
 「わかってるよ。それに、お前には借りもあるしな」

 そこまで話し合うと、お互いニッと笑って、拳と拳をコンッと軽く合わせる。

 「手伝うぜ。もっとも、事が終わったら、その魔道書は頂くけどな」
 「それなら問題ないわ。アタイは魔道書なんかに興味ないからね」

 気兼ねなく紡がれる言葉。そこには、やはり確かな信頼の形がそこにある。

 「と、言うわけなんだけどさ、どう?」
 「まったく……、別に構わないわ。一度言ったら聞かないのは知ってるしね」
 「私も問題ないわよ」

 気軽に同意を求めるチルノに、やや呆れながらも、それでも苦笑をこぼして了承するレイセンとメイリン。
 なんだかんだで、彼女達はチルノのことは信頼しているし、その彼女の口から、以前の事件の顛末は聞いている。
 彼女が言うのなら、それで間違いはないだろう。元々、マリサは根っからの悪人と言うわけではないようであったし、レイセンもメイリンも魔道書に興味はない。
 だから、敵にならないというのであれば敵対する理由も無い。目的は一緒で、利害も一致するのだから、仲間が増えるに越したことはないのだし。

 そんなわけで、お互い簡単な自己紹介をしながら先に進んでいく。
 マリサは先頭に立って罠があったら解除しながら先に進む役割を担った。元々こういうことは得意なのか、手際よく罠を解除して行く彼女のおかげで、思ったよりも早く先に進めている。
 只、気にかかることが一つ。

 「こうもモンスターが出ねぇと、拍子抜けだな」
 「本当。トラップばかりで面白くないわ」

 マリサの言葉に、チルノが不満げに言葉を紡ぐ。事実、一体どういう事なのかトラップばかりでモンスターが見当たらない。
 いや、正確には生きているモンスターが、といったほうが正しいのか。
 途中、首を切り裂かれて絶命しているモンスターの亡骸がいくつも転がっていた。
 明らかに人の手による殺害方法に、極最近、このダンジョンに誰かが踏み入ったことは明白だろう。
 だからといって、こうもモンスターと遭遇しないものだろうか? どうにも釈然としない気持ちのまま、彼女達は一段と大きな部屋にたどり着いた。
 そこは、洞窟のような先ほどまでの道とは違い、しっかりと作られたらしいレンガ作りの部屋だった。
 光苔の影響か、薄っすらと淡い光に包まれた室内に、巨大な亡骸が横たわっている。

 「なんだ、ありゃあ?」
 「ベヒーモス……だけど、コレ」

 呆然とした銀時の呟きに、レイセンが驚いた様子でその亡骸の正体を突き止める。
 しかし、レイセンの言葉はどこか迷いがある。それもそうだろう、おおよそ原形をとどめているのは顔だけで、首から下は骨だけになっているのだから。
 その死骸のすぐ傍には焚き火のような跡があり、やはり、このダンジョンに誰かが入ったことは明白のようであった。
 そんな中、メイリンがふよふよと漂う光に気がつく。

 「なにかしら、これ?」

 蛍のようでもあったが、よくよく見ればそれは淡い光を発しているだけの何かであることがよくわかる。
 不思議そうにメイリンがその光を視線で追うと、やがて光は銀時と新八の間をぐるぐるとまわるように旋回し始めた。
 その光景を不思議そうに一同が眺めていると―――

 ―――見ィツケタァ。

 そんな、地獄のそこから響くような声が聞こえてきた。

 「ギャアァァァァ!!?」
 「え、うそ!? マジで幽霊!?」

 その怨霊の声としか思えねぇ声に銀時が悲鳴をあげ、新八もその光から後ずさりながら引きつった声をこぼす。
 その直後だっただろうか、部屋の奥のほうからドドドドドドドとやたらと喧しい音を立てて何かが走ってくる音が聞こえてきたのは。
 すぐさま臨戦態勢に入るチルノたち。しかし、その足音というかその爆走音に聞き覚えがあった銀時と新八は「アレ?」と二人そろって首を傾げることとなった。
 そして、その騒音の原因が姿を現す。

 「わうーん!!」

 暗闇の通路から飛び出す白いもこもこした巨大な何か。チルノたちがそれを犬であると認識するよりも早く、その犬の背から二つの人影が飛び出した。
 薄暗い室内の中、それら二つの影はチルノたちを一切合財無視して一直線に銀時に飛来して。

 『こんのマダオがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
 「ぷるぁっ!!?」

 二人同時に顔面にとび蹴りをぶちかましていた。
 微妙な悲鳴を上げながら、勢いの余りにズッタンバッタンときりもみしながら吹っ飛んで行く坂田銀時。
 それだけでは気が収まらないのか、壁に激しく熱烈なキスをすることになった銀時に向かってすたすたと歩いていく二人。その二人の姿を確認して、新八が驚いた声を上げることになった。

 「か、神楽ちゃんにルリちゃん!?」

 そう、その二人は間違いなく、新八たちのよく知る二人。
 その姿はなんかやたらとボロボロだったが、そんなことを気に留めるでもなく、神楽とルリは倒れ付している銀時に遠慮なく踏みつけるようにけたぐりはじめたのであった。

 「ちょ、何すんのお前等!? ちょっ、痛っ!! 痛タタタタタタタ!!?」
 「うるせぇんだヨこの天然パーマ! 一体今までどこほっつき歩いていたアルか!?」
 「私らがドンだけ大変だったかわかってんの!? わかってないよね!? いっそ死ね!! ココで私らに蹴られて死に絶えろ甘党!!」

 当然のように抗議を上げる銀時の言葉にも取り合わず、むしろ蹴る力がどんどんエスカレートしている辺りどうなのか?
 そこはかとなく、神楽とルリの目じりに涙が浮かんでいたりするのはきっと見間違いなんかではないと思う。
 それも無理らしからぬことだろう。
 何しろ、彼女達が銀時を助けに此方に赴いてからと言うもの、探せど探せど二人は見つからず。
 オマケにモンスターはウジャウジャいるわ、鉄球が迫ってくるわ、落とし穴にかかるわ、矢が飛んでくるわ、亡霊に呪い殺されそうになるわ、ギロチンで危うく真っ二つになりかけるわで散々な目にあっていたのだ。
 そんな時間が丸一日も続いたのである。そりゃストレスも臨界点突破するのも無理ないことであった。
 その光景を呆然と眺めているチルノたち。そりゃ突然の乱入者にどう対応したものかわかりかねるというものだろう。
 新八は小さく息を吐く。いったい、彼女達にどうコレまでのことを説明しようかと、彼なりに苦悩を抱えることになってしまったのである。


























 その後、彼女達もすっきりしたのか今までの事情の説明を受けると、神楽は難しそうに首を捻り、ルリはどこか納得したように頷いて見せた。
 そのまま二人も合流する形となり、改めて自己紹介を交えるとダンジョンの奥に進んでいくこととなった。
 先ほど、ルリたちが合流してからというもの、洞窟と言うよりはれっきとした建物の内部といった風景に変わり、たいまつがなくとも周りが見えるようになったのは幸いだっただろう。
 もともと、内部の見取り図があったこともあり、奥に進むのは比較的スムーズだ。罠はマリサが解除し、モンスターは昨日のうちに神楽とルリがあらかたぶちのめしたせいかまったくといっていいほど遭遇しない。
 その辺、チルノが物凄く不機嫌そうではあったが、彼女の期待も虚しく目的の部屋にまでたどり着いてしまったのであった。

 「ここね」

 図面を見ながらレイセンが言葉にし、辺りを見回す。
 そこは、ここが地下なのかと疑うほどに広い空間だった。高くまで伸びた壁、天井ははるか上に、更にはザッと見積もっても500mはありそうな奥行きの部屋。
 ココに来るまでの光とは一味違った眩い光が室内を照らし、その部屋の中央の台座に、一冊の本が鎮座していた。
 一応、トラップに気をつけながらその台座に近づいていく。
 そして、徐々に明らかになっていく魔道書の全容に、新八が小さく息を飲む音が聞こえた。

 「銀さん……これ」
 「あぁ、間違いねぇ。あの時の本だ」

 仮定が、確信に変わる。ルリにも話を聞いたとおりならば、やはりこの本こそが元の世界に帰るための必須なアイテムなのだろう。
 台座の前に集まり、それを見下ろしてみれば、やはりあの時の魔道書に違いない。
 その事を確認するかのようにメイリンが新八に視線を向けると、彼は間違いないという意思表示のために頷いて見せた。

 「はぁ……、長かったわ」
 「えらく疲れてるな」
 「当たり前でしょ、マリサ。昨日から動き尽くめなのよ、私と神楽」

 げんなりとした様子でマリサの言葉に答えるルリ。そんな姿にメイリンは苦笑し、銀時に視線を向けた。

 「だ、そうよ。早くコレを持って帰りましょう」
 「あぁ、そうだな」

 メイリンの言葉に銀時は答え、魔道書を手に取る。
 この場で帰還する、という事も考えはしたが、万が一があってはいけないし、何よりココまでついて来てくれた彼女達に示しが付かない。
 せめて、安全な場所にまで送り返すのが自分の役割だと、銀時はそう思っていた。
 一応、その辺の事情は途中で合流したルリたちにも伝えてある。なんだかんだといいながら、笑いながら了承したのは、何とも彼女らしいとそう思える。
 台座から魔道書が離れる。これでほとんどのことが解決するはずだった。

 その台座に、歪な目の紋様が施されていなければ。

 歪な目の紋様が、銀時を捉える。その途端、衝撃と共に皆が吹き飛び、眩いばかりの光が視界を奪う。
 思考が追いつかない。理解が追いつくことが出来ない。そもそも、突然の事態に情報が圧倒的に足りない。
 それでも、わかっていることはただ一つ。コレが何らかの、おそらくあの魔道書を守る図面にすら載っていなかった最後のトラップだという事。

 トラウマの眼、それが台座に描かれた紋様の正体である。

 その紋様は、はじめに見た者の心のトラウマを具現化させる。それが、かつて戦った最悪の敵を呼び起こす。
 視界が戻ってくる。光が収まった世界に我先にと回復したチルノは、台座の前に佇むその姿を目視した。
 白の長髪。引き締まった筋肉の鎧に、袴姿。片手には比べるのもバカらしい巨大な鉄傘が握られている。
 そして、根源に働きかけるような、身も凍るような畏怖の感情。

 「何よ、アイツ」

 知らず、冷や汗が頬を伝う。チルノの本能がサイレンのようにけたたましく危険を訴えかけていた。
 視界が回復し、その姿を見た彼女達が同時に覚えた畏怖の念。圧倒的な威圧感が、肺を圧迫しているようで息苦しい。

 「銀さん……、アレ」

 かすれるような声が、新八から届く。
 冷や汗が止まらない。それは銀時も同じだった。出来うることならば―――二度と会いたくない強敵に違いない。
 体が覚えている。心が覚えている。あの台座の前に佇む―――夜王と呼ばれた男の姿を。

 「マジかよ……、洒落になってねぇぜ」

 銀時の呟きが聞こえたのか、それはどうかわからない。
 夜王、―――鳳仙の口元が、ニィッと凶悪な形につりあがる。
 考えうる限り最悪の敵が今、この室内に甦った瞬間だった。







 ■あとがき■
 ども、白々燈です。ちょっと急ぎ足過ぎた気がしますがいかがだったでしょうか?

 最近、ちょっと嬉しいことが一つ。
 友人伝で知ったのですが、東方よろず屋のイラストがあったみたいで見せてもらいました。
 銀時が幽香と天子に言い寄られて顔を青ざめさせて、その様子をため息ついて呆れている鈴仙のイラスト。まさか誰かに描いてもらえているとは夢にも思わず、柄にもなく狂喜乱舞してしまったものです。
 なんというか、嬉しいですね。こういうのが見つかると。
 描いてくれた方、ほんとうにありがとうございます。

 更新が遅くなってしまいましたが、最近、弟がラグナロクオンラインをやり始めたので中々執筆が出来なくなってしまい、更新するのが遅くなってしまいました。
 これからも更新が遅れる可能性があるので、皆様、ご迷惑をおかけいたします。
 それでは、今回はこの辺で。

 ※誤字を修正しました。ご指摘、ありがとうございます。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第三十二話「ADVENTの世界にこんにちわ・Ⅳ」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/03/31 22:59






 ―――ゆるりと、ソレは面を上げた。
 



 皺を走らせた顔は老いたというには余りにも若々しく、また老いたというにはその体は逞しい筋肉の鎧に包まれている。
 ギラリと鈍く光る肉食獣の如き鈍き眼光が、狂気と歓喜を孕ませて銀時たちを射抜いた。
 それだけで、息をすることすら苦しくなる。細胞の一つ一つが、そして根底に眠る本能が、目の前の存在の危険性を訴えてくる。
 夜王、鳳仙。その男が、今まさに目の前に立ちふさがっていた。
 皆が吹き飛ばされたときに手を離れ、今だ台座の上に鎮座する扉の魔道書を守るように。

 「銀さん、あいつは?」

 青い顔をしたレイセンが、か細い声で問いかける。銃を持つ手は僅かに震えているにもかかわらず、気丈にも、あの夜王をにらみつけたまま。

 「夜王……鳳仙。しかし、こいつぁどういうこった? アイツぁ確かに……」

 死んだはずだ。その言葉は、銀時の口からついぞ出ることはなく、しまい込むように飲み干した。
 ソレもそうだ。彼は、夜王鳳仙の死に際に立ち会っている。だからこそ間違いないし、先ほどまであれの姿はなかったはずなのだ。
 じゃあ、目の前のアレは何だというのか。おぞましいほどの殺意も、威圧感も、何もかもがあの時と同じで、悪い夢でも見ているかのような錯覚さえする。
 アレを相手にまともに戦える奴なんて、少なくとも銀時の頭の中には幽香や紫と言った、幻想郷においてもなお最強に位置する彼女達しか思い浮かばない。
 だが、その彼女達も今はいない。知らず、生唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。
 ブゥンっと、夜王が巨大な鉄傘を回すように肩に担ぐ。その衝撃だけで、僅かに地面が揺れる。アレの重量が一体いかほどのものなのか、想像することすらも馬鹿らしい。
 悪寒が、一層強くなる。凶暴な殺意を振りまきながら、夜王と呼ばれた男が疾走する。


 今ココに、最悪の悪夢の舞台が再び幕を開けた。











 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第三十二話「ADVENTの世界にこんにちわ・Ⅳ」■

















 「来るぞ、散れぇッ!!」

 銀時からの警告の声が広い室内に響き渡る。それで我に返ったように、皆が弾けるようにバラバラに飛び退いた。
 途端、今まで彼らがいた場所に巨大な鉄傘が振り下ろされた。
 鳴り響く轟音、次いで飛び散る砕けた床の無数の破片。その一撃の衝撃で大地が振動し、土埃が盛大な粉塵となって辺りを覆い隠す。
 粉塵がはれた先、そこには大きく穿たれ、クレーター上になっている床が晒されている。あんな一撃が直撃すればどうなるのか、想像する必要もあるまい。
 その光景に唖然とするメイリン達。だがしかし、その光景を見ても臆することなく、行動に移した少女がいた。

 「さてさて、コレからがアタイの―――」

 どこか楽しげに紡がれる言葉。こみ上げる恐怖をものともせずに、彼女は力強く、皆を勇気付けるように言葉を紡ぎだす。

 「本領発揮さね!!」

 大地を踏みつける。その瞬間、一体どういう原理なのか大地から彼女の愛剣が突き破るように現れた。
 当たり剣、スイカソード、二本のチョコエッジ、同じく二本のウエハースブレイドが、大地を突き破り、彼女の意思に答えて主を守るように地面に突き立っている。
 当たり剣とスイカソードを引き抜き、軽やかな動きで大地に巨大な鉄傘を打ちつけたままの姿の夜王に疾走した。

 「レイセン、援護!」
 「わかってるわよ!」

 チルノの言葉に応えて、レイセンは根底に訴えかけてくる恐怖を振り払うように愛銃、ピーター・ザ・ラビットを構え、即座に発砲する。
 劈くような銃声。鼻に付く火薬の匂い。空気を抉るように撃ち出された3発の銃弾は、寸分違わず夜王に向かって襲来した。
 銃と言うのは対人においては極めて有効な武器である。そもそも、直進しか出来ないとはいえ高速で飛来する小さな銃弾を、普通の人間ならば障害物がなければ避けるすべがないからだ。
 だが、目の前の男はそんな常識すらも無視するように、鉄傘を一振りする。
 甲高い音が三回連なって鳴り響く。風が唸るような轟音を響かせながら、鉄傘はものの見事に一振りで全ての銃弾を弾き落として見せた。
 そんな馬鹿げた光景にも、チルノは怯むことなく夜王に接近し、当たり剣を振り下ろす。
 敵は振り払ったままの体制で無防備。大上段から振り下ろされた一撃は、遠慮なく夜王に打ち下ろされた。
 だというのに、その光景はどんな冗談だというのか。夜王鳳仙はその一撃を片腕で難なく掴み取ったのだ。
 タダでさえ身長に差があるせいか、当たり剣を掴まれたまま宙吊りの状態になるチルノ。そんな彼女を、夜王の目が冷たく射抜く。
 ゾクリと、それだけで形容しがたい悪寒と恐怖が背筋を駆け上る。ソレを振り払うように、チルノは当たり剣を掴んだ夜王の腕をスイカソードで打ち払う。
 その衝撃で、夜王の手が離れる。宙吊りにされていた体が地に足を付け、大きく距離をとるようにバックステップ。ソレを逃すまいと、夜王は彼女を追撃する。
 唸りを上げて振り下ろされる鉄傘の一撃。回避は間に合わないと直感したチルノは、二本の剣を交差するように頭上に掲げて防御の体制に入った。
 二本の剣の防御と、巨大な鉄傘の一撃が交差する。はたして、ソレは一体どのように形容すれば正しいのだろう。空気を裂くような轟音を響かせて、夜王の一撃がぶつかった。

 「いっ! ぐっ!?」

 ガゴンッと、踏ん張りを利かせていたチルノの両足が大地に沈む。立った一撃で手足が痺れ、衝撃が体の心を伝うように突き抜ける。
 僅かな力も抜けないと本能が理解する。少しでも力を緩めれば、その瞬間にも、自分は潰れて拉げるのだと当たり前のように理解した。
 ギリギリと、歯が砕けそうなほどに食いしばり、全身全霊の力を持ってかの一撃を防ぎきっている。だというのに、無情にもチルノの足元は段々と陥没していき、思うように踏ん張りがきかない状態になっていく。

 「こんのクソジジィィィィィィィィ!!」

 そんな彼女を救うように、銀時が動いた。
 飛び掛るように大きく振りかぶった木刀を振り下ろされた一撃は回避されたものの、わずかばかりにチルノとの距離が開く。
 そこを狙い澄ましたように、もう一つの影が夜王に疾走した。

 「チルノちゃんから離れろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 横に薙ぎ払う一撃が、新八から放たれる。
 仮にも剣術道場に生まれた彼の一撃は、文句なしにすばらしい一撃だった。
 彼とてよろず屋の一員であり、今まで生きるか死ぬかの勝負に身を置いたのも一度や二度ではない。
 だが、そんな一撃をもってしても夜王の鉄傘に弾かれる。
 出来上がる隙。ソレはこの男と相対するには余りにも致命的な大きな隙だ。
 しかし、そんな彼の隙をカバーするように、一人の人影がわってはいる。
 赤く長い髪を靡かせて、メイリンが夜王の脇腹に渾身の力を込めた拳の一撃を叩き込む。そこで初めて、夜王の体がくの字に曲がった。

 「1(イー)、2(アール)、3(サーン)」

 ギュルリと、右足を軸にメイリンが回転する。狙うは人体における急所の一つ。遠慮もなく、容赦もない。遠心力を乗せた一撃を放とうと、彼女の視線を夜王を捕らえたまま。

 「メーリンキィィィィィック!!」

 気合の乗せた言葉と共に、続けざまに強烈な回し蹴りが夜王の頭部を捉えた。
 たまらずたたらを踏み、わずかばかりに後退する夜王を睨みつけながら、メイリンは新八を守るように立ちふさがり、構えを取る。

 「大丈夫、新八君?」
 「は、ハイ。ありがとうございます!」

 油断のなく相手を見据えながら、心配するようにかけられた言葉に、新八は咄嗟にそんな返答をして、正眼に剣を構える。
 夜王を見てみれば、先ほどの一撃すらさしてダメージにならなかったのか、彼は多少頭を振っただけで、面を上げればやはり、底冷えのするような歪んだ笑みを浮かべて立っている。
 その光景を、チルノと銀時も見ていた。数の上ではこちらが有利。しかし、それでどうにかなるとは銀時には思えなかった。
 以前の戦いの時には、日光があったからこそ何とか勝利できたものの、今回は日光に当てるという事自体が、こんな地下深くではそもそも出来ない。
 銀時が苦々しい顔をしている隣で、チルノは手に持っていたスイカソードを当たり剣にドッキングさせる。トンっと軽く大地を踏み、チョコエッジが大地から突き出すように移動し、ソレを手にとって再び二刀流の形になる。

 「ねぇ、銀時。アイツ、なんか弱点ってないの? こう、一撃で勝負を決めれる感じの」

 チルノの目の前で、再びメイリンと夜王が激突する。その援護に回るようにレイセンが銃で、マリサがクナイで遠距離からけん制し、新八と神楽がメイリンに出来た隙を補うように夜王に攻撃を加える。
 圧倒的な数の不利を、あの男は些細なことだと斬って捨てるように一撃で無くしてしまう。

 「日の光が弱点なんだがな……、ここじゃソレも期待できねぇだろ?」
 「なら、やっぱり実力で何とかするしかないって訳ね」

 不敵な笑みを浮かべながら、チルノは言う。頬には冷や汗が流れていることから、恐らくは相手の力量を理解したのだろう。
 それでも、彼女はその表情を崩さない。虚勢でもなんでもなく、ただそうあるようにという在り方のままに、チルノは敵を見据えた。
 その姿が、ただただ眩しい。揺るがない意思と信念を秘めたその姿が、小さな体とは不釣合いに頼もしい。

 「みんな、離れて!!」

 大きく響き渡るルリの声。彼女に視線を向けてみれば、そこには彼女の周りに展開されている、虚空に浮かぶ数十に及ぶ鋭く鋭利な氷柱の槍。

 「氷軍―――」

 ルリの手に持っていたスペルカードが粒子になって溶けて消える。
 ソレが発動の合図だと確認したメイリン、新八、神楽は慌てて夜王から大きく距離をとった。
 皆が離れたのを確認したルリは、腕を振り払うような仕草で並べ番えられた槍の軍勢に命令を下す。

 「『フリーズレギオン』!! 撃ち抜けぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 スペルカードを宣言し、彼女の命令に従って氷槍の軍勢が夜王に牙を向いた。
 その光景は、傍から見ればまるで爆撃のようであっただろう。
 雨霰と降り注ぐ氷の槍は、得物を打ち抜かんと群れを成すように殺到する。
 連続的になり続ける破砕音、氷の槍が降り注ぐたびに巻き上がる粉塵、氷の魔法を使ったせいか、あたりの温度が一気に急降下して息を吐くたびに白いと息がこぼれ出るほどにまでの冷気。
 その光景を見て、ヒュウっとマリサが口笛を鳴らす。

 「派手にやったなこりゃ」
 「……ていうか、やりすぎじゃない?」

 マリサの言葉とは別に、レイセンが冷や汗流しながら言葉にする。
 それもそうだろう。何しろ今の攻撃、どう考えても人一人に行使するには度が過ぎているとしか思えない光景だったのだから。
 ルリは、そんな彼女達の言葉を聞きながら、視線を粉塵の中に隠れてしまった夜王の姿を幻視する。
 二人の言うように、今のはやりすぎたか……と、彼女自身も少し思う。
 先ほどの魔法は長い詠唱が必要になるものの、威力はご覧の通り。一人の相手に使うには余りにも過剰といえる。
 ならどうして、先ほどから感じるあの悪寒が、一向に消え去ってくれないのか?
 その事実に思い至った瞬間、ゾクリと、背筋が凍りつきそうな悪寒が強くなる。
 なんて事のない、確信のない直感は、粉塵の中から覗いた鋭い視線で確信に変わった。

 「え!?」
 「お、オイ!?」

 声を掛ける暇もない。それをする時間すら惜しい。声を掛けてしまえば手遅れだと、長年の経験と勘が訴えかける。
 だから、何も言わずに傍にいたレイセンとマリサを突き飛ばした。

 その直後だった。信じられないスピードで飛来した夜王の鉄傘による一撃が、ルリの腹部を直撃したのは。

 悲鳴を上げる間もない。衝撃で目の前が真っ白になる。宙に浮いた感覚が体を支配して、自身がどうなったのかすらもわからなくなった。
 遠くから、誰かの悲痛な声が耳に届く。その事を認識した瞬間、背中に強烈な痛みと―――、骨の砕ける、歪な音が聞こえてきた。

 「か……はっ!?」

 どさりと、宙に浮いていた体が地面に戻ってくる。情けなくうつ伏せに倒れたまま、喉の置くから上ってきた鉄錆の味が吐き出してしまう。
 ゲホッゲホッと、身を折って咳き込めば、夥しい量の血液がこぼれ出る。
 内臓が痛手を負ったのか、あるいは破裂でもしたのか。どちらにしろ大きなダメージになっていることには違いない。
 一体どれほど飛ばされたのか、レイセンたちの姿がはるか遠くに見えており、恐らくは100m近くは飛ばされたのだろう。
 背中の痛みは、壁に叩きつけられたときの衝撃によるものか。その痛みを堪えるように立ち上がろうとして……、その違和感に気がついた。
 両足が、動かないのだ。いや、腰から下にかけての感覚がない上に、動かそうと思ってもぴくりともしない。
 自身に覆いかぶさる影。ハッとして視線を上に向ければ、鉄傘を既に振り上げている夜王の姿。

 「しまっ……!?」

 自身の体を把握する暇もない。ただ、この状況は思ったよりも絶望的だった。
 何より、下半身がまったく動かないのだ。回避するすべがあるはずもない。仮に上半身の力だけで逃れられたとしても、振るう二の太刀でやられるだろう。
 振り下ろされる凶撃。防げるとも思わなかったが、彼女の体は防御しようと槍を具現させて防御の形をとろうとする。

 そして、轟音と共に鉄傘の一撃が大地を振動させ、盛大に粉塵と土屑を撒き散らした。

 「ルリ!!?」
 「ルリさん!!?」

 悲鳴にも似た銀時と新八の声。状況が状況だっただけに、誰もが最悪の未来を予想した。
 だってそうだろう? あんな一撃が直撃していれば、普通に考えて死ぬのは目に見えているのだから。
 だが、その最悪の予想は―――

 「わうーん!!」

 予想外の形で裏切られることとなった。
 粉塵の中から姿を現したのは巨大な犬。白い体毛の巨大な犬、定春の背にはぐったりとしたまま動かないルリの姿があった。
 そのまま盛大に足音を響かせながら、銀時たちのほうに走ってくる。
 その背にいるルリは、苦しそうではあるが意識は保っているようであった。つまりは―――生きている。

 「よくやったネ定春!!」
 「ワン!」

 神楽の褒める言葉に反応して、定春も嬉しそうに一声鳴く。
 苦しそうに呻いて身を起こそうとするルリだったが、やはり、上半身を起こすのだけで精一杯のようで、あいも変わらず下半身は感覚も無いし、動かせもしない。

 「大丈夫か?」
 「大丈夫……って、言いたいトコだけどね。生憎、背骨と一緒に脊髄もやられたみたい。下半身の感覚もなけりゃ、ちっとも動かないもの」

 最後にごめんなさい、と小さく呟くように、彼女は謝る。
 事実上、この時点で彼女は戦力外になったことは確実だろう。まともに動けないのに、あれの相手をするには少々荷が重い。
 それが、ただただ悔しくてたまらない。誰かの足手まといにしかならなくなった自分が不甲斐なくて、やり場の無い怒りがこみ上げてくる。
 そんな彼女の頭を、ぽんと、不器用な手が撫でた。きょとんとした様子で見上げてみれば、そこにはいつものようにやる気の無い男の顔。

 「わーった。新八、神楽、定春と一緒にルリを守れ。アイツぁ、俺達で何とかする」

 粉塵の中から、夜王の姿が現れる。その姿が現れるのと同時に、チルノとメイリンが夜王に向かって駆けていく。
 程なくして響く甲高い金属音と、大地を踏み抜く裂帛の踏み込みの音。戦うその姿を、銀時は見据えたまま愛刀である木刀を肩に担いだ。
 ただいつもと違うのは、覇気の宿った、尊いとさえ感じる決意の目。

 「銀さん、でも……」
 「心配すんな、新八。偽者なんざに負けたりはしねぇさ」

 飄々と口にして、彼は一歩前に踏み出す。その後姿に―――いつか憧れた騎士達の姿を幻視した。

 「銀さん!!」

 思わず、ルリは言葉をかけていた。その言葉に、ピタリと彼が立ち止まる。
 そこにあるのは騎士の背中じゃない。だけど、それととてもよく似た侍の背中に、ルリは、痛みを押し隠して不敵な笑みを浮かべて見せた。

 「勝ちなさいよ」
 「あぁ、わかってるさ」

 彼女の言葉に応えて、銀時は駆け出した。
 まるで風のように、いつもの飄々とした佇まいのまま、銀の侍が夜の王に向かって駈け抜けていく。
 その後姿を、彼女はただただ、ずっと見送り続けていた。










 「うぉりゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 気合と共に六本の剣をドッキングさせ大剣、バスタードチルノソードを振り下ろす。
 甲高い衝撃音。鉄傘と大剣がぶつかり合い、やがて夜王は力任せに振り払い、チルノを吹き飛ばした。
 その隙を埋めるように、レイセンの銃が火を噴き、マリサのクナイが夜王に一斉に襲い掛かる。
 コレを傘で弾き、叩き潰している間に、今度はメイリンが懐に潜り込む。

 「ハァッ!!」

 短い気合と共に、威力の乗せた拳が鳩尾にめり込む。そのまま反撃をする機会を与えまいと、掌底を突き上げるように顎に叩き込んだ。
 跳ね上がる夜王の頭部、その隙を逃すまいと、体勢を立て直したチルノの一撃が夜王に直撃する。
 だが、それほどの打撃を持ってしても、夜王は彼女達を屠ろうと鉄傘の一撃をもって薙ぎ払う。
 風を切り裂く轟音。回避も間に合わなかった二人は防御する羽目になり、車に撥ねられたかのような衝撃が二人を吹き飛ばした。
 強かに背中を打ち、大地を転げまわる。防御したメイリンの手はジンジンと痺れ、チルノも剣で防御したにもかかわらずその手の感覚が麻痺するほどの衝撃。
 硬気功、という技術がある。気を体に流し込み、自身の体を硬質化させる技法。
 メイリンのそれはもはや鉄に等しい硬度にまで至るその技法を持ってなお、彼女の腕にはダメージが残る。
 もしもまともに受けていれば、それこそあっさりと骨折していただろう。
 恐らく、この男が現れたのはトラップの類なのだろう、という事ぐらいしかわからない。と言うより、そうとしか説明が付きそうに無いこの状況に、メイリンはため息をつきたくなる心境を抑えて体勢を整える。

 丁度その時だっただろう。彼が走り去っていったのは。
 風に流れる銀色の髪。白い着物の裾がはためき、彼の手には愛刀の木刀が握られている。

 「銀―――」

 メイリンが声を掛ける暇も無い。名前を呼ぶことすらも叶わない。一瞬の時間を持って通り過ぎた彼の背中はどんどんと離れて行き。
 そして、耳を覆いたくなるような轟音が響き渡り、二人の男が激突した。

 木刀と鉄傘がお互い拮抗するように鍔迫り合う。ギチギチと耳障りな音を立てながら、銀時と夜王はお互いを武器越しににらみ合っている。
 グンッと、銀時の体が夜王の力に負けるように沈んでいく。顔には苦い表情を浮かべ、冷や汗がだらだらと流れて体温を奪う。
 小さく舌打ちして、銀時は力を受け流すように木刀を下げる。それと同時に内側に潜り込むように足を運び、鍔迫り合っていた武器を受け流す。
 受け流された鉄傘が、虚しく空振り大地に打ち付けられる。それだけで大地が陥没し、一撃の威力を物語るが、銀時にはそれを確認する余裕も無い。
 木刀が薙ぎ払うように振るわれる。振りぬかれた一閃は夜王の脇腹に深々とめり込み、苦悶の表情が僅かに浮かぶ。
 ここではまだ終わらない。そういわんばかりに返しの刃が夜王の下顎を突き上げた。
 跳ね上がる頭部。突き抜ける衝撃に抗えず、夜王の頭部がガクンと天井を向く。
 大きく出来た隙、それを逃さないように再び木刀に力を込めて。
 そこで、言い知れない悪寒が背筋を通り抜ける。氷柱を背中にねじ込まれたかのような悪寒が全身を駆け巡る、その刹那。

 夜王の頭部が、遠心力と反動を利用するように銀時の脳天に叩き込まれた。
 俗に言う頭突き。単純ながらその威力は絶大。グワングワンと脳が揺らされ、目に星が散ったとはこの時のことを言うのか、視界が一瞬白濁する。
 足が余りの威力にガクガクと震えて、一瞬行動不能に陥ってしまう。
 その一瞬こそ、やはり致命的な隙に他ならなかった。
 体勢を立て直した夜王が、鉄傘を振り下ろす。正確に、銀時の頭部へと。

 グシャリと、歪な音が響き渡った。

 鮮血が吹き上がる。ぐらりと倒れていく銀時の体。意識がトンでいるのは誰の目から見ても明らかだった。
 あの一撃を受けたのだ。それこそ即死していたっておかしくは無い。
 なのに、あの男は加減と言うものを知らないらしかった。
 獰猛な笑みを浮かべ、口の端から血の筋を流した夜王は再び鉄傘を振り上げる。
 絶体絶命。誰もがそう思えた。もう一度、あの男の攻撃を喰らえば銀時の命は無い。誰もがそれを当然のように理解する。

 だからこそ、彼女達は動き出した。

 夜王の腕を、体を、脚を、首を、鉄傘を、虚空から現れた氷細工の鎖が拘束し、ギリギリと締め上げる。
 しかし、ピキピキと亀裂のような音を立てて徐々に氷の鎖にひびが入っていく。夜王の動きを止めるには、コレでは不足だと警告しているかのように。

 「銀さん!!」

 だから、彼女は声を張り上げた。下半身の動かない体で、懸命に右手をかざし、氷細工の鎖を制御していたルリは、今まさに倒れようとする銀時の名を呼んだ。
 ジャリッと、銀時の脚に力が篭る。倒れまいと大地を踏みしめ、ギンッと凍てつくような目が面を上げる。かつての白夜叉としての自分を掘り起こし、砕けんばかりに力を込めて木刀を振りぬいた。
 顔面を、その一撃は捉えた。力の向きにしたがって首が捩れ、衝撃によって夜王の体が泳ぐ。

 「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 それだけでは終わらない。終わらせないと、銀時の攻撃はさらに苛烈さを増した。
 もはや既に夜王を拘束していた氷の鎖は粉々に砕け散っている。だからこそ、コレが最後のチャンスだと怒涛の攻めを展開する。
 二撃、三撃など生ぬるい。木刀を振るうたびに、木刀が肉を打ち抜くたびに、銀時の攻撃は速さと威力が跳ね上がっていく。
 疾風怒濤。息もつかせぬ、反撃さえ許さぬ苛烈な連続攻撃は、手首が衝撃で痛み出そうが止まらない。
 だが十、二十と続いたそれも、長くは続かなかった。
 ずるりと、踏ん張っていた脚から力が抜ける。前のめりに倒れそうになる銀時の体。頭部へのダメージがやはり大きすぎたのか、一度力が抜けてしまえばあとは倒れるだけ。
 しかし、彼の体を誰かが支えたまま走り去っていく。
 藤色の長い髪を靡いた。銀時の体を抱きかかえたレイセンは銃を持った右腕に赤い外套を巻きつけて夜王に向ける。

 「インビジブル」

 声に応えて、ピーター・ザ・ラビットが眩いばかりの光を放つ。
 一体それはどんな手品か、光に包まれた銃が変形していき、シルクハットを被った兎のような巨大な銃口に変わっていた。
 大口径の銃口に光が灯る。その先には、倒れ掛かっていた自分の体を、大地を踏み抜くことで支えようとする夜王の姿。

 「真実の月(フルムーン)!!!」

 馬鹿げた火力の銃弾が合計三発。着弾と同時に爆音と轟音が響くほどの破壊力を秘めたその銃弾は寸分違わず夜王の体の直撃する。
 大きくのけぞる夜王の体。まだまだだと畳み掛けるように、今度はメイリンが夜王の懐に潜り込む。

 「三華」

 極彩色の光が、メイリンの腕に集まっていく。それはいつかの決闘騒ぎで紅美鈴が見せたものと同じ光。それが渦を巻いてメイリンの腕に絡みつく。

 「崩山彩極砲」

 唸りを上げて、捻り込むようにメイリンの拳が夜王の鳩尾に叩き込まれる。
 弾ける極彩色。七色の光は炸裂弾のように破裂して、彼女の強烈な一撃は夜の王を空高く打ち上げた。
 ビリビリと、先ほど痛めた腕が悲鳴を上げる。それを無視したまま、メイリンは『彼女』に振り返る。

 「―――ブレイク!!」

 その先には声と共に、氷細工の翼を展開させたチルノの姿。
 ドッキングさせていた大剣から、五つの剣が飛び出して夜王の周りを囲うようにグルグルと宙を舞う。
 その後を追いかけるように、チルノは飛び出した。
 風のように空中を駆け、当たり剣を両手に構えて空中で身動きの取れぬ夜王に飛来する。
 腕の痺れを意識の外に追い出して、ありったけの力を剣を握る腕に込めた。

 「奥義」

 この技に全てを込める。その意思と決意を確かにするために、空中で踊っていたうちの剣の一振りを掴み取る。

 「超⑨―――武神覇斬ッ!!」

 己がもてる最高の一撃を。最高の技を、この場で披露する。
 一撃を加えれば次の剣を、再び一撃を加えればまた次の剣を。
 残像すら残る超高速で動きながら、瞬く間に連続攻撃を叩き込む。
 繊細、そして苛烈な一連の動きは、空中で舞う剣と踊っているような錯覚すら覚えるだろう。
 一撃、二撃、三撃、四撃―――、一つ一つが既に必殺の一撃を八つ叩き込み、最後に両手に持った当たり剣を振りかぶり―――

 「おお、当たりィッ!!」

 全力を持って、その一撃を振り下ろした。
 脳天に叩き込まれる必殺の一撃。宙に浮いていた夜王の体を、その一撃は容易に叩き落していた。
 盛大に打ち落とされる夜王の体。魔道書があった台座を巻き込み、夜王はゴロゴロと大地を転る。
 スタンッと、軽い音を立ててチルノが着地した。
 それに遅れて六つの剣が彼女を守るように大地に突き立った。
 静寂が、室内を支配する。大地に倒れ伏したままの夜王の姿を、誰もが油断無く見据えていた。
 やがて、それも終わりが訪れる。夜王の体が、徐々に薄れて溶けて消えていこうとしていた。
 ある一定以上のダメージを追って実体が取れなくなったのか、あるいは触媒となるトラウマの眼が消えたことによるものか、どちらかはわからない。
 あるいは、そのどちらもであったのかもしれない。そうして、皆が固唾を呑んで見守る中―――悪夢は、跡形も無く姿を消した。

 一体、その光景を見て最初に安堵の息をもらしたのは誰だったのか。

 「あー、疲れた」

 ぺたんと、その場にチルノが座り込む。周りを見渡せば、遠距離支援だったレイセンやマリサは目立った怪我は無いものの、他はほとんど満身創痍と言ったようにボロボロだった。
 視線を銀時に向けてみれば、レイセンの肩を借りずとも自分の足で立ち、目的の本を回収している彼の姿が見えて思わず呆れた。
 あの一撃を受けてまだ動けるなんて、どれだけ頑丈なんだかと、半ば呆れた気持ちを覆い隠すように、チルノは天井を向く。
 なんにしても、小休止には違いない。今回のダンジョンの初めての戦闘がいきなりボス戦という理不尽な状況だったにもかかわらず、チルノは特に不平も無く体を休めることにした。

 「大丈夫、チルノ?」
 「なんとかね、流石に今回はアタイも疲れたよ。ポーション頂戴」
 「はいはい」

 言葉をかけたレイセンにため息交じりに応えながら、チルノは回復アイテムを要求。
 その姿がいつもどおりだったもんだから、ついついレイセンは苦笑して薬の入った小瓶を手渡した。
 さて……と、レイセンは重傷であろう二人に視線を移した。
 頭部に多大なダメージを負っているだろう銀時に、下半身が完全に麻痺したらしいルリ。
 銀時は平然としてはいるが、今後どんな症状が出るかわからないし、ルリにいたっては考えるまでも無い。仮に直ったとしても、今度は辛いリハビリが待っていることだろう。
 そんなレイセンの気持ちも露知らず、当の彼らは例の魔道書を手に入れたことで嬉しそうだった。ようやくもとの世界に戻れるのだ。
 その気持ちもわからなくはない。誰だって自分の家に帰りたいと思うのは当然のことだろうし。
 誰もが安堵していた。目的のものは手に入ったし、最大の脅威は退けた。笑顔を浮かべて談笑しあっていた彼らを、誰が咎めることが出来るだろう。


 和やかな空気を、壮絶な轟音が打ち砕いた。


 部屋の一角の壁が粉々に粉砕され、そこに出来上がった穴から大量の石像の群れが這い出てくる。
 その数、十や二十……などと言う生易しい数ではない。それこそ底なしとでも言わんばかりに、灰色の群れ。
 それも連中はよりにもよって部屋の入り口付近から這い出ているのだからなおのこと性質が悪い。

 「新八、神楽、この本とルリを頼む」
 「え、銀さん!?」

 そんな中、銀時は手にしていた魔道書を新八に手渡した。視線を定春の背に乗ったまま動けない彼女に向け、そんな言葉を紡ぎだす。
 困惑したような声を上げる新八に、銀時は血だらけの姿のまま木刀を肩に担ぎ上げた。
 視線は、出口に群がる動く石像たちに向けられている。

 「レイセン、姐さん、マリサ、皆を頼むわ」
 「チルノ?」

 そんな銀時の言葉に続くように、チルノも重い腰を上げて当たり剣をだらりと下ろし、スイカソードを肩に担いで同じく群がる石像の群れに視線を向ける。
 不敵な笑みを浮かべたのは二人同時。群がる障害に怖気もせずに、悠々と言葉を紡ぎだす。

 「殿は―――」
 「―――アタイ達が引き受けた!!」

 トンッと、大地を蹴るように二人は疾走した。
 群がる石像に真っ向から突っ込み、銀時とチルノに気がついた石像がぐるりと彼らに視線を向ける。
 銀時の木刀、そしてチルノの二本の大剣が風を切り裂いて振りぬかれた。
 ―――衝撃、そして轟音。
 木刀の一振りは石像を二、三体まとめて打ち砕き、二本の大剣はその重さを感じさせぬ軽やかな剣閃で石像たちを薙ぎ倒して行く。

 「行けェ、新八ィィ!!」
 「レイセン、行って!!」

 石像たちが二人に気を取られている間に、手薄になり始めている入り口。
 思考は一瞬。レイセンは意を決したように頷くと、皆を先導して入り口から部屋へと抜け出して行く。
 新八と神楽は後ろ髪を引かれるような思いで戸惑ってはいたが、二人の意図を理解しているのか、何も言わずに部屋を後にして駆け出していく。
 そんな彼らを見送りながら、二人は背中合わせに寄り添った。
 周りは多くの石像たちに囲まれ、退路は既に無い。殿を務めるといった手前、こうでなくてはいけないとはいえ、やはり数が多い。

 「アンタも行ってよかったんだよ? 血まみれのボロボロじゃない」
 「うるせー黙っとけや。ただのイメチェンだ」
 「そりゃ世知辛いイメチェンねぇ」

 銀時の強がりに、チルノはおかしくなってケタケタと笑う。
 じりじりと狭まって行く包囲網。迂闊に攻撃してこないのは、相手の力量を悟ってのことなのか、それともただ単に慎重になっているだけなのか。
 そんな状況でも、やはり二人にはどこか余裕があった。

 「オメェだってボロボロじゃねぇか。オメェがあっちに行った方がよかったんじゃねぇか?」
 「いやいや、これでこそ最強の盾の役目さね」

 不適で大胆な笑みを浮かべたまま、チルノは銀時の言葉に応えた。
 ふと―――記憶の中の思い出が甦る。そんな自分の都合のいい頭に、チルノはなんだか可笑しくて苦笑した。

 「昔、先輩―――レティが言ってた」

 半ば独白のようなその言葉。彼女の憧れであった彼女は、今でも色褪せない思い出として記憶の根底に根強く芽吹いている。
 チルノにとっては彼女との出会いは紛れも無い、運命の出会いと言う奴だったのだろう。
 彼女に今の在り方と、最強であることの意味を教えてくれた、初めての友達。
 今でも、彼女の言葉が心に強く残っている。

 「『弱きを助け、強きを挫く―――最強の矛をも殴り飛ばす、最強の盾であれ』ってね」

 その言葉こそが、彼女の今を支え続ける正義の味方としてのあり方。
 なんてことの無い、夢物語のようで屁理屈のような、だけどチルノの中では紛れも無い真実として受け取られた言葉。
 そこに、迷いは無い。ただただその言葉(憧れ)に届くようにと、彼女の視線は常に前へと向いている。

 「そうかい」

 苦笑して、銀時はそう言葉にした。
 そのまっすぐ差が眩しくて、あるいは羨ましかったのかもしれない。
 自信に満ちたその言葉が、迷いの無い言葉が、不思議とすとんと心の中に溶け込むようであった。

 そうして、石像たちが動き出す。

 鋭利な刃をかざしながら、石像とは思えぬスピードで迫りくる。
 風を切り裂くような一閃。だがしかし、それは石像が放ったものではなく、銀時が振りぬいた木刀の一撃だった。
 まさしく神速。一体どれほどの技量があればそれほどの一撃を繰り出せるのか、銀時はニヤリと不敵に笑って別方向から襲ってきた石像を蹴り飛ばす。

 「けどお前が最強ってのは間違いだチルノ! 俺の方がオメェより倍は強ぇ!!」

 その言葉を背中で聞きながら、チルノは石像の一体を斬り飛ばした。
 その間にスイカソードを当たり剣にドッキングさせ、横合いから襲ってきた別の石像の一撃は軽く大地を踏み、地面から出現させたチョコエッジで防ぐ。
 弾かれたように体を泳がせた石像を尻目に、チョコエッジの腹を蹴り飛ばし、その勢いで地面からグルングルンと回転しながら抜けたチョコエッジが体を泳がせた石像に突き刺さる。
 そのままぐらりと倒れる石像からチョコエッジを引き抜き、再び二刀流になったチルノはまた別の石像を防御ごと斬り潰した。

 「残念、アタイは更にその倍は強いのさ!!」

 石像を二、三体まとめと吹き飛ばす豪快な一撃を放ちながら、銀時はそんなチルノの言葉を聞く。
 その言葉に火が入ったのか、チルノの後ろから斬りかかろうとした石像を木刀の突きで貫き、そのまま別方向に蹴り飛ばすと青筋浮かべながら声を張り上げる。

 「いいや、実は俺のほうがその更に倍は強ぇ!!」

 なんだとコンニャロウ!? とか思いつつも、チルノは二本の大剣で敵を薙ぎ倒す。
 チョコエッジをドッキング、大地を踏んでもう一本のチョコエッジを呼び出した彼女は、それを引き抜いて遠慮なく石像の顔面を突き貫いて、別方向から襲ってきた相手をもう一方の剣で薙ぎ払う。

 「ところがどっこい、アタイはさらにその倍は強い!!」

 こう言えばああ言う。お互い止まるところを知らないままにギャーギャーと言い争いをしながら石像たちを薙ぎ倒して行く。
 多勢に無勢、という言葉がある。だがしかし、はたして目の前の光景はどうだろうか?
 たった二人で既に百はくだらないだろう石像たちの群れを歯牙にもかけずに叩き潰して行く。

 『だから、俺(アタイ)の方が強いって―――』

 お互い同時に言葉がこぼれる。他のメンバーは無事に脱出できただろうか? とか、そんな考えが言い争いをしている間にすっぽりと抜け落ちて行く。
 お互いに青筋を浮かべながら、お互いに向かって盛大に大声を張り上げる。

 『言ってんだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 叫びと共に一閃。数多の石像たちを薙ぎ払い、薙ぎ払われた石像は他の石像たちを巻き込みながら盛大に吹き飛んでいく。
 二人とも、超が付くほどの負けず嫌い。まるで子供の意地のようなくだらない喧嘩をしながらも隙が無いのは持って生まれた才能ゆえなのか、あるいは有り余る戦闘の経験ゆえか。
 やがて、とんっと、二人ともお互いの背中を預けあうように構える。

 「よし、わかった。地上に出たらはっきりと話し合おうじゃないのさ。物理的に」
 「いやー、銀さんも異論はねぇよ? 人間はやっぱ話し合いで解決するべきなんだよ。物理的に」

 軽口を叩きあいながら、お互い可笑しくてくすくすと笑う。
 相手の負けず嫌いさに可笑しくなったのか、あるいはそれと張り合う自分自身が可笑しいのか、あるいはその両方か。
 とにもかくにも、物理的に話し合うにもこの石像の山を何とかしないといけないだろう。

 「後ろ、任せたわ。銀時」
 「おうよ、任された!」

 そうして、お互いの背中を預けていた二人が弾けるように走り出す。
 互いの信頼を預けあいながら、二人は危機とした表情を浮かべて蠢く群れを蹴散らすために疾走した。
























 「うぉぉぉぉぉぉぉ、退け退け退けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 「よろず屋銀ちゃんのお通りネ!!」

 一体先ほどまではどこに隠れていたのか、帰りになった途端現れるモンスターの群れを前にして、新八と神楽が威勢良く突っ込みながら薙ぎ倒して行く。
 その先を先行するように、メイリンがモンスターの一匹を壁際まで蹴り飛ばす。
 先行する三人が走りぬけ、援護するようにレイセンとマリサがその後ろを追い、その後に続くように定春と定春の背に乗るルリが追いすがる。

 「皆、頑張れ!! あと少しだ!!」

 マリサが声を張り上げる。彼女のいうとおり、後もう少しすればこのダンジョンの入り口に付くはずなのだ。
 事実、あともう少しでダンジョンの入り口。そこから出ればようやく一段落といったところだろう。
 だが、現実はそう甘いものではなかった。入り口付近にたどり着いた途端、そこには想定していた最悪の敵が待ち受けていたのだから。
 そこには巨大な凶獣の姿。全長は6mに及ぶのではないかと思うほどの巨体に、強靭な四肢、鋭い牙に鋭利な爪、捩れた二本の角が特徴のそのモンスターは、低い唸り声を上げて彼女たちを睨みつけている。

 「ベヒーモス!? こんな時にッ!!」

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、レイセンがはき捨てる。
 これだけの人数がいれば、ベヒーモス自体は何とかなっただろう。だが、ここにいる皆はあのボス戦のあとの連戦もあってか疲労困憊状態。
 さらに、一人は完全に戦えない状態だ。奥には入り口に差し込んでいるであろう光が見えているというのに、最悪の状況に歯噛みする。
 そんな状況の中、マリサはしばらく思案したあとに、静かに言葉を紡ぎだしていた。

 「皆、しばらく時間を稼いでくれ。私に考えがある」

 その言葉に、彼女に視線が集まる。
 意志の篭った強い視線が、彼女達の視線に応えるように向けられている。

 「どうするの?」
 「一撃で吹き飛ばすのさ。この位置からなら洞窟を崩す心配も無い。だから、私が合図したら皆、私の後ろに下がってくれ」

 レイセンの疑問に、マリサはそう答える。
 その言葉に驚くものの、それを信用していいものかと少し不安になる。
 レイセンにとって、やっぱり彼女は自分の相棒からアイテムを盗もうとした泥棒なのだ。容易に信じろ、と言う方が無理な話なのだろう。
 理屈では、彼女が悪い奴ではないとわかっている。だが、レイセンの心がどうしても納得してくれない。
 チルノは凄いなぁ、と友人の心の広さに改めて思い知らされる中、声を上げたのはレイセンでもメイリンでもない―――

 「わかりました」
 「時間を稼げばいいアルネ? 楽勝ヨ」

 新八と神楽の二人だった。
 巨大な咆哮が、洞窟全体にこだまする。それに怯えることも無く、新八たちは巨大な凶獣に視線を向けている。

 「レイセンさん、援護お願いします」
 「マリサ、しっかり頼むアル。あぁ、それはそうと―――時間を稼ぐにしても、別に、アレを倒してしまっても構わないネ?」

 それだけの言葉と信頼を残して、二人はベヒーモスに立ち向かっていく。
 その二人のあとを追うように、慌ててメイリンが二人と共にベヒーモスに疾走する。
 そんな三人の背中を背に、マリサは愛用の黒いカウボーイハットの唾を下げて目元を隠した。

 「馬鹿、そいつぁ死亡フラグだぜ、神楽」

 こいつぁ失敗できねぇなぁと苦笑して、奇妙な形をした手裏剣を眼前にかざす。
 そんな彼女の姿を視界に納めながら、レイセンは小さくため息をついて、それから銃を取り出して言葉にする。

 「失敗、しないでよ」
 「おうともよ」

 その言葉は、不思議と心強い。まるでそこにチルノがいるような錯覚を覚えて、彼女は知らず苦笑をこぼした。
 前衛三人が、ベヒーモス相手に激闘を繰り広げる。その三人を援護するようにレイセンの銃が火を噴き、炸裂音を響かせる。
 鼻に付く火薬の匂いを感じながら、マリサは苦笑をこぼしてその言霊を紡ぎ始めた。

 ―――さぁ、炉に火を灯せ―――

 ブゥンと、歪な手裏剣に光が灯る。
 視線の先にはベヒーモスの豪腕による一撃が大地を砕く。
 それを転がりながら情けなく回避する新八と、身軽な身のこなしであっさりと回避する神楽とメイリン。
 その隙を突くように、レイセンの銃弾がベヒーモスの爪に撃ち込まれた。

 ―――地を飲み 海を示し 高らかに詠うは幻想―――

 激痛による絶叫が、ベヒーモスから上がる。激痛に抗うように暴れる一撃に、新八と神楽が吹き飛ばされ、メイリンが二人に駆け寄るために走る。
 その時間を稼ぐように、レイセンが舌打ちしながら銃弾をベヒーモスに浴びせかける。

 ―――森羅を照らし 万象を見つめ 那由他の果てすら暴き明かす―――

 ゆっくりと、マリサは目を瞑る。
 心を乱さず、己が精神の奥底に自己を埋没させる。
 戦いの音が遠くなる。もとより、術の詠唱にそのような雑音は不要。あとはそれを成すための必要な手順を踏みながら集中を増して行く。

 ―――天の星々でさえ焦がれるような 真っ赤な真っ赤な火を炉に灯せ―――

 そうして、彼女は目を開けた。
 その視線はレイセンに向けられ、マリサは無言で頷いて見せて、準備が整ったことを知らせる。

 「皆!! マリサの後ろに!!」

 呪文の詠唱の間に、頭から血を流す新八と神楽を抱え、メイリンが全速力でこちらに向かってくる。
 それを逃すまいと、凶暴な本性を隠そうともしないまま、怖気の走る咆哮を上げてベヒーモスが強靭な四肢を持って追ってくる。
 ガコンガコンと、巨大で歪だった手裏剣が変形して行く。メイリンが彼女の後ろに回った頃、その変形はあっという間に終了する。
 その形、その姿、紛れもなく、新八たちの知る霧雨魔理沙のもつ八卦炉と同じもの。
 八卦炉を使ったスペルカード。それは新八たちもよく知るあの魔砲。

 「恋符!」

 迫りくるベヒーモスから目を逸らさぬまま、強い意志を持って声を張り上げる。
 渦巻く高濃度の魔力。圧縮されて今か今かと開放を待ち望んでいる魔力の光が、青白くも美しい輝きを放ち―――

 「マスタァァァァスパァァァァクゥッ!!!!」

 その宣言と共に、高濃度に圧縮された魔力の光は巨大なレーザーとなって眼前の直線状を薙ぎ払った。
 光が、ベヒーモスを飲み込んで行く。それだけでは飽き足らず洞窟の一部を丸ごと消し飛ばした巨大な光の奔流は、洞窟の入り口を大きくしただけでは飽き足らずに空の彼方へと吸い込まれていく。

 そうして、光が収まっていく。光に飲まれた直線状の物体は全て消滅し、余りの威力に魔理沙たちのいる場所が『入り口』になるほど辺りのものが一切合財吹き飛ばされていた。
 余りの威力に、レイセンもメイリンも呆然とする。予想よりもはるか上の破壊力を見せ付けられ、目を丸くすることしか出来ないでいたのだ。

 「……ねぇ、流石にやりすぎなんじゃないの?」

 冷や汗流しながら言葉にしたのは、定春の背にしがみついているルリのもの。
 そんな彼女に振り向き、マリサは不敵な笑みを浮かべて、肩をすくめると―――

 「普通だぜ?」

 そんな言葉をシレッと言ってのけたのであった。
 どこがだよ。と思わず心の中だけでツッコミをいれ、彼女は小さくため息をつく。
 細かいことを気にしているようでは幻想郷ではやって行けない。このぐらいならスルーするぐらいが丁度いいのである。





















 そんなやり取りをしながら、彼女達はようやく外にでることが出来た。
 人段落と思って安堵の息を吐き、その場に座り込むものもいれば、怪我したものを治そうと治療を始めるものもいる。
 アレから一時間、銀時とチルノは、未だに帰ってこない。

 「大丈夫かしら、二人とも」

 心配そうな声色で、レイセンが新八の頭の傷に軟膏を塗ってガーゼを当てる。
 幸い、彼の怪我はそこまで重傷ではなかった。この分ならすぐに傷は塞がるだろう。
 ただ、問題はやはりルリのほうで、今の手持ちの薬ではどうしようもない。

 「大丈夫ですよ、二人とも。それは、レイセンさんもわかってるんじゃないですか?」

 そんな彼女の気持ちを気遣ったのか、新八はそんな言葉を投げかけていた。
 きょとんと、呆けた表情を見せたレイセンだったが、彼が言おうとしていることを察して苦笑した。

 「もちろん」

 そうして、レイセンも新八もお互いに苦笑しあった。
 やがて視線をすっかりと大きくなった洞窟の入り口に向けてみれば、聞きなれた声が互いに喧嘩をしながら向かってくるのが聞こえてくる。
 入り口から姿を現す、銀髪のダメ人間と青い髪の自称、正義の味方。
 その喧嘩する姿がどこか微笑ましくて、二人して笑いを堪えきれずにクスクスと笑ってしまう。

 「だぁから、俺の方が倒した数一体多かったって!」
 「いいや、アタイの方が多かった!! これ絶対だからね!!」

 一体何を言い争っているんだか、そんな感想を抱きながら、新八とレイセンは二人に歩み寄る。
 それに続くように、神楽も、メイリンも、そしてマリサと定春とルリも。
 大怪我をしたものはいたけれども、誰一人欠けずにこうやって目的を達成して帰ってこれたことを喜び合う。
 既に日は傾き始め、太陽が降りて夜の帳が落ちるだろう。
 長い長い一日が、ようやく終わりを迎えようとしていた。





 ■あとがき■
 つ…つかれた。
 ども、作者です。今回の話はいかがだったでしょうか?
 なんか色々なものを詰め込みすぎた感はありますけど、楽しんでもらえると幸いです。
 さて、今回オリキャラのスペルカードが新たに出てきましたが、その説明でも。
 いるかどうかは微妙かもしれませんが^^;

 ○氷軍「フリーズ・レギオン」
 数十の氷の槍を作り出して絨毯爆撃のように一斉に撃ち込む大技。
 イメージしにくい人はFateのギルガメッシュのゲートオブバビロン辺りを思い浮かべていただけるとわかりやすいかも。
 ただし、アレとは違って長い呪文の詠唱が必要な上に所詮は氷なのでアレのようなデタラメな攻撃力は無いです。
 どちらかといえば対多人数向けのスペルカード。

 ○氷の鎖
 正式名称は特になし。現在考え中。
 特別スペルカードと言うわけでもないですけど、彼女特有の技能。
 極寒の鎖なので相手の体温を奪って動きを鈍くする反面、強度はそこまで高くないのですぐに壊されやすい。それでも、一瞬ぐらいなら相手を拘束できる。
 これ事態に明確な攻撃能力は無い。

 と、長々と描きましたが、退屈だった人には申し訳ない。適当に流してもらっても大丈夫です^^;
 さて、次回はいよいよアドチル編最終回。
 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第三十三話「ADVENTの世界にこんにちわ・Ⅴ」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/04/03 23:10







 喫茶店「7番街中央通り上海紅茶天国」、略して中国。
 今現在、ココにはあの時に地下のダンジョンに潜ったときのメンバーが新八の言葉に耳を傾け、神妙な面持ちで黙っている。
 今は、神楽と定春、そしてルリの姿は無い。
 彼女達は一足先に扉の魔道書を使って元の世界に帰ったのだ。
 その時には新八も同行し、重傷を負ったルリをすぐさま医者の元に連れて行ったのである。
 医者―――八意永琳の診断を聞いた新八は、ことの説明をするために再びココに戻ってきたというわけなのだ。

 「一週間かぁ……。なんか、脊髄に傷が入ったワリには随分と早いような……」
 「僕もそう思ったんですけどね、後はルリさんの頑張り次第だそうです」

 メイリンの納得のいかないといった表情で紡がれた言葉に、新八は苦笑しながら返答する。
 ルリの怪我はやはりと言うべきか、耳にするだけで酷いものであった。
 まず、肋骨数本に罅、数本が骨折。胃が破裂したのか破けて大きな穴が開いており、腰椎の一部が粉砕骨折にくわえて脊髄の損傷による下半身不随。
 折れた骨が肺に突き刺さらなかったのは幸運だろう。もっとも、こんな怪我を負えば下手すれば十分に死に至る。
 そんな怪我を負ってなお、彼女が生きていられたのはやはり悪魔である、と言うのが一番大きい。
 全体的な能力が低いとはいえ、やはり悪魔である彼女は人間よりそれなりに自己治癒能力が高い。死に至らなかった原因は一応、ココにある。
 が、しかしである。人間よりそれなりに程度であって、力のある悪魔と比べれば雲泥の差であった。
 事実、幽香に言わせれば「あの程度の怪我、幻月辺りなら治るのに十数秒とかからないでしょう」とのことらしく、ルリ自身、他の悪魔と比べて自己治癒能力は極端に低い。
 あくまで人間よりそれなりに高いぐらいで、その辺の妖怪のほうが高い再生能力を持っている始末である。
 それでも一週間で治るとされた理由はやはり、天才と名高い八意永琳の腕と、ルリ自身が使う回復魔法の併用があってこそだった。
 元々、無茶な戦闘方法をとることが多いルリ自身、怪我が絶えない方であったし、縮地「バニッシングスピード」辺りの高速移動スペルカードで自分の骨に罅が入るなどよくあったことらしい。
 そのせいか、こと回復魔法を使って骨を治したり、神経を繋ぎとめたりなどはよく行っていたという。
 ただし、今回は粉砕骨折である。流石に彼女も経験はなく、永琳の指示の元、手術をしてあらかじめ形を整えた後に彼女の指示に従って魔法で地道に治していくとのことだった。
 それで一週間。怪我の内容から試みれば破格の短期間だが、そのあとには辛いリハビリも待っている。
 そこからは、やはり永琳の言うとおり彼女の頑張り次第、という事なのである。
 回復魔法と言っても、そこまで便利なものではない。特にルリの体内を治す魔法となると、人体の構造を正確に把握しないといけないので、やはりいっぺんにまとめて……とはいかないのだ。
 これがパチュリー辺りなら、もうちょっとうまい魔法があるのだが、元々魔法使いではないルリにそれを求めるのは酷と言うものだろう。

 「でもまぁ、一生車椅子になるよりはいいものね」

 安堵の息をもらしながら、メイリンは苦笑する。
 付き合いは短いとはいえ、人のいい彼女にとってみればやはり気になってしまうのだ。
 見れば、レイセンもチルノも安心したらしい。ほっと息を一つ付くのが見えて、新八も銀時も溜まらず苦笑をこぼしていた。

 「よっし。湿っぽい話はここまでにして、送別会といこうぜ」
 「うし、賛成!!」

 パンパンと手を叩きながらマリサが言い、チルノが元気に賛同する。
 そんな光景を見て、誰もが苦笑をこぼして、手に持っていたグラスを掲げた。


 『乾杯っ!!』


 楽しげな声が響き渡る。すぐさま楽しげな雰囲気に包まれて、十人にも満たないがそんなことは関係ないといわんばかりに、楽しげなお祭りが始まったのである。









 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第三十三話「ADVENTの世界にこんにちわ・Ⅴ」■

















 「―――!!♪」

 景気付けといわんばかりに、ミスティアがG○NGを熱唱する。
 そんな彼女の歌をBGMに、銀時は黙々と目の前のホールケーキを消化するのに夢中になっていたりする。

 「……いや、まさか本当に食べるとは思わなかったなぁ」
 「姐さん、あのまんまだと一人で食べつくす勢いだよ、アレ」

 そんな彼の光景を見て冷や汗流しながらメイリンがポツリと呟き、レイセンがそれに同意するかのように呆れたように言葉にする。
 ふと、銀時の背後に近寄る人影。その気配を察したか銀時はそちらに振り返ると、マリサが苦笑してるんだか呆れているんだか曖昧な表情で彼に言葉をかけていた。

 「おいおい、そんなによく食えるなぁ。見てるこっちが胸焼けしそうだ」
 「糖分なら何でもいけるぞー、銀さんは。糖分限定で胃袋はブラックホールだ。食いたいと言ってもやんねぇぞ? 絶対にやらねー」
 「遠慮しとくぜ。生憎、私はダイエット中なんでな」

 ある意味大人気ない食い意地の張った銀時の言葉に、マリサはというと特に異論は無いのか肩をすくめて返答しただけであった。
 その言葉に安心したのか、銀時は改めて結婚式場とかに出てきそうなホールケーキに向かい合い―――

 その隙を狙ったかのように飛び出す一つの影。彼はその気配に気付いてすぐさま振り返ると、すぐさま迎撃する。
 甲高い金属音。ぶつかり合う二対のフォークがギチギチと鬩ぎ合う。

 「やっぱり来やがったな、チルノぉ!」
 「ふっふっふ、そんなおいしそうなケーキを独り占めなんて、姐さんやマリサが許してもアタイが許さないよ!!」

 でこをぴったりとくっつけ、バチバチと火花を散らしながら睨み合う二人。
 バッと、お互いの顔が離れて弾かれたようにフォークが離れる。
 二人の両手には剣(フォーク)が握られている。ならば、これからおこなうは単純にして明快な決闘に他ならない。
 銀時の右手に握られたフォークがケーキに迫る。
 初速から既に最速。閃光の如き一撃は一筋の光を伴いながら目標を貫かんと疾走。
 だがしかし、銀時が超一流の剣士であるのなら、かの少女もまた超一流の剣士である。
 煌く銀閃。交差する二つの得物。金属と金属がこすれあう嫌な音を響かせて、フォークとフォークが絡み合う。
 チッと舌打ちし、残る片方の腕で再び目標に得物を走らせる。しかしそれすらも読んでいたといわんばかりにチルノのフォークにさえぎられた。
 いいだろう、これからはもはや手を抜くまい。そう言わんばかりに銀時のスピードが跳ね上がる。
 最短にして最速、疾風怒濤とも思える腕の動き。どれ一つとして目標にとどかせまいと、チルノがそのスピードにすら追いついて防いでいく。
 煌く銀の閃光。打ち鳴らされる金属音。既に視認を許さぬ速度へと変貌を遂げた二人の攻防は、一歩もお互い引かぬまま平行線をたどった。
 緻密にして苛烈。大胆にして繊細。既に銀の軌跡でしかわからぬ二人の戦い。打ち鳴らされる音は出来の悪いオーケストラを奏でているかのよう。
 攻めの銀時。守りのチルノ。二人の攻防は一向に崩れる気配を見せず、一進一退の様相を見せている。

 「おい、アレ止めなくていいのか?」
 「止めたいのは山々なんだけどねぇ」

 さて、そんな二人の食い意地の張った末の激闘に、マリサがニヤニヤとしながら言葉にする。なんだかんだであの二人の戦いを楽しんでいるのだろう。
 そんな彼女の様子にため息をつきながら、レイセンはそんな言葉を紡いで、どうしたものかと思案する。
 チルノが止まらないだろうことはよく知っているし、銀時も多分止まらない。
 こんな時、新八ならどうするだろう? そう疑問に思って彼がいる方向に視線を向けると……。

 「あ、これも家に帰って冷蔵庫に入れておこう」

 タッパーにメイリンの料理をつめてテイクアウトしようとしているところだった。
 一体いつの間にタッパーなんぞ持ってきていたのか。あるいはアレを常備とかしているのだろうか?
 そんな嫌な予感を振り払いつつ銀時とチルノに視線を向けると、相変わらず先ほどの攻防が続いている状態だった。
 不意に、軽い眩暈を覚えて目じりを指で押さえる。とにもかくにも、このままだと盛大な喧嘩に発展しそうなので今のうちに何とかしておきたいのだが、解決策が中々見つからない。
 もう放っておこうかとも思うが、テンションが高くなってはっちゃけた二人が何をするかわからない。
 大体、何で二人ともそんなに意地を張り続けるというのか。先日のダンジョンの一件以来ずっとこんな調子なのである。
 実に迷惑だ。二人ともなまじ実力がとんでもないだけに。
 だが、そんな二人の攻防にも終わりが訪れる。二人は敵がお互いしかいないと信じきってしまっていた。
 それがいけなかったのだろう。ひょいっとケーキに差し入れられるフォーク。下手人は先ほどまでG○NGを熱唱していたミスティアである。

 「あ、おいしいですね、このケーキ。さすがですねぇ」

 ほんわかと可愛らしい笑みを浮かべながら、作り手であるメイリンを称えながらホールケーキを食べるミスティア。
 その言葉でピタッと二人の争いが止む。お互いのフォークとフォークを絡ませたまま静止と言うなんとも情けないというか行儀が悪いというか、とにもかくにもそんな状態で呆然と下手人に視線を送る。
 元々おなかが減っていたというのもあるのだろう。甘いものは別腹とはよく言ったもの。二人が呆然としている間にあっという間に残り少なかったケーキを平らげていく。
 そんな光景を呆然と見送ったまま数十秒……。

 「よし、銀時!! アイスの当たりが出たほうが勝ちにしようか!?」
 「望むところだコノヤロー!! オメェ、アレだぞ!? 銀さんアレだかんな!? 手ぇぬかねーぞコラ!」

 チルノがアイスを取り出して勝負を持ち出し、銀時もそれにあっさりと乗った。どうも勝負さえつけられればもうどうでもいいらしい。

 「はいはーい、みんなアイス選んで選んで!!」

 チルノが全員にアイスを配っていく。どうやら強制参加らしく、まぁいいかとレイセンは苦笑する。
 いつものことだし、チルノのこのアイスの当たりを引く確立ならあっさりと勝負が付くことだろう。何しろ、彼女はしょっちゅう当たりを引くし。
 彼らとの付き合いも今日まで。それは少し物悲しく思うものの、仕方がないことなのだと、そう思う。
 今は楽しく、この騒ぎに興じよう。
 そんなことを思いながら、レイセンはチルノから受け取ったアイスを舐め始めたのだった。




 ちなみに、この勝負はチルノが当たりを三連続で引き当てたことであえなく銀時の敗北が決定したのだが、それも余談である。






















 すっかり日が落ちて、月が夜空にぷかぷかと浮かんだ頃、郊外の草原に彼らはいた。
 銀時たちの手には扉の魔道書が握られており、彼らの向かい側にはチルノ、レイセン、メイリンの三人が佇んでいる。
 びゅうっと、冷たい風が吹いた。肌を撫でるような冷気が背筋を震わせ、体温が少しだけ奪われる。
 それをまったく持って気にしていないのはチルノだけ。もっとも、それも当然なのかもしれないが。

 「世話になったな。色々面倒かけちまったわ」
 「最後までありがとうございます。わざわざ見送りまでしてくれて」

 気だるげに銀時は言葉にし、新八は少し申し訳なさそうにそんな言葉を口にする。
 そんな彼らの様子がいつもどおりだったからか、チルノたちは皆おかしそうに苦笑をこぼしていた。
 短い時間、短い期間ではあったが、その間にも確かに彼らの中には絆が出来上がっていたのだ。
 少し名残惜しいとも思う。だが、彼らにも帰りを待ってくれている人々がいる。
 だから、これでいい。元々、この出会いは本来はありえなかったであろう奇跡のようなものなのだから。

 「もし、さ。またこっちの世界に来ることがあったなら、アタイたちのトコに来なよ。いつだって手伝ってあげるからさ」
 「チルノ、それは……」

 レイセンが何かを言いかけて、やがて何をいうか迷うようなそぶりを見せて、結局何も言わずに言葉を閉ざした。
 それは、取りようによっては再開を約束するための言葉だ。またいつかを約束するための、何気ない言葉。
 普通に考えれば、そんなことできるはずが無い。扉の魔道書があるとはいえ、この後、この本はマリサの元に渡る。
 もともと、彼女達とマリサは接点が薄いのだ。日常的に出会うことはほとんど無い。
 だがそれでも―――

 「おう。オメェも俺達の世界に来ることがあったら、遠慮なく俺達のトコに来いや。よろず屋銀ちゃん一同、テキトーにもてなしてやっからよ」

 再開が当然とでも言うように、銀時は平然と言葉を返した。
 その言葉に驚くレイセンとメイリン、ただ一人、チルノだけが不敵な笑みを浮かべただけで右の拳を銀時に向けて突き出す。

 「もちろん。その時は、遠慮無く厄介になるわ」
 「へいへい。そうならねぇことを祈ってるがな」

 軽口を叩きあいながら、突き出された拳をトンッと突く。
 お互い表情には不敵な笑み。それは本来は形の無い信頼が、確かに表に現れている証拠なのだろう。
 本当に、あの地下であの二人に何があったのやらと、少し彼に嫉妬している自分を自覚しながらレイセンはため息をこぼした。
 これではまるであの銀時がチルノの相棒みたいではないか。そこは本来、レイセンのポジションだというのに。
 小さくため息をつき、銀時がロリコンでないことを祈る。もしそうだったとしたら遠慮無く蜂の巣にしてやる気でいるが、それは置いておく。
 ガンマンって言うのは冷静じゃなきゃやってらんないのである。

 そして、銀時が魔道書をめくる。
 ぱらぱらと激しさを増しながらページがめくれて行き、銀時と新八の体が光に包まれ始める。
 いよいよ訪れた別れの時間。寂しさはあったものの、不思議と悲しさは無かった。
 どうしてだろうと、自問して、あぁと心のどこかでレイセンは納得した。
 なんてことは無い、自分もまた、彼らとはいつかどこかで会えるような気がしていたから。
 破天荒で、騒々しかった数日間だったが、彼らといる時間はとても楽しかった。

 「じゃあな、オメェ等」
 「さよなら、みなさん」

 その言葉を最後に、二人が眩い光に包まれる。
 余りの眩しさに視界がくらむ。反射的に目を閉じて、それでも眼球に進行してくる光を遮るために腕で目を覆った。
 しばらくして光が収まり、ぱたりと、乾いた音が耳に届く。
 目を開ければ、彼らの姿はどこにも無い。
 少しの静寂の後、ジャリッとチルノが足を踏み出す。
 草原に落ちた魔道書を拾い上げるその背中を見つめながら、そのまましばらく動かなかった。
 レイセンたちからは、その表情はうかがい知れない。そんな中、ひょっこりとこの場に姿を現した一人の少女の姿が目に映る。

 「終わったのか?」
 「えぇ」

 現れた少女、マリサの言葉にレイセンが返答する。
 後に残ったのは自分たちだけ。彼らは元の世界に帰り、これで何もかもが元通り。
 これでよかったはずの結末。だから、彼女達に後悔は無い。
 心残りがあるとすればそれは―――、もうかれらとは会えないことだろうか。
 そんな彼女達の心中を知ってか知らずか、マリサは肩をすくめるとカウボーイハットを深くかぶり目元を隠す。

 「さて、ヒーロー。本来ならそれはこの時点で私のものになるはずだが、―――生憎、私の家には今スペースが無くてな、その本はお前さんに譲ることにしよう」

 マリサから紡がれたその言葉に、最初に驚いたのは誰だったか。
 そんなことを気にもしないまま、ザッザッと足音を立てて歩き去っていく。
 振り向きもせず、歩みも止めないまま、マリサの姿がどんどん遠くなっていった。

 「じゃあな、ヒーロー。その本、大切にするんだぜ?」

 その言葉を最後に、マリサの姿は完全に見えなくなった。
 彼女が去っていった方向にいつまでも視線を向けて、やがてチルノはくつくつと苦笑をこぼす。
 まったく持って、素直じゃない。そんなことを思いながら、チルノは拾い上げた魔道書を持ってレイセンたちの元に戻っていく。


 空には無数の星が輝いている。満月の夜の下、仲間たちと談笑する自称正義の味方の腕の中には、再開を予感させる魔道書が握られていた。

























 さて、元の世界に戻った銀時たちが現れた場所は、紅魔館地下に存在する図書館だった。
 どうにも魔道書にパチュリーが手を加えたらしく、出現する場所が本のすぐ傍と正確なものへと変わっていた。
 そのおかげもあってか、銀時はすぐによろず屋に入り浸っている彼女たちに再会できた。
 が、しかし―――

 『死ねぇっ!!』
 「ってうぉぉぉぉぉぉぉぉい!!?」

 帰ってきた瞬間、幽香と鈴仙のコークスクリューブローが出迎えたのであった。しかも顔面狙いである。
 しかし、そこは銀時。突然の不意打ちにもかかわらず大きく距離をとるように跳び退って回避した。変わりに新八に直撃し「ぶべらっ!?」とか何とか悲鳴を上げながらすっ飛んでいく駄目ガネ。
 だが、新八の心配をしている暇はない。襲撃はまだ終わりではなかったのだ。
 ゾクリと駆け巡る悪寒が背筋を襲う。
 突然影に覆われてはっとして上を振り向けば、緋想の剣を下に向けて遠慮なく落下してくる天子の姿。

 「うりゃぁぁぁぁぁぁ!!」
 「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 振りぬかれる緋色の剣閃。それを転がるように回避した銀時はゴロゴロと無様に転げまわる。
 ところがどっこい、そうは問屋がおろさねぇ。彼が退避した場所には今まさにそのカモシカのような足をサッカーのごとく振りぬかんとする文とフランの姿。
 ぶっちゃけココが一番洒落になっていなかった。何しろ幻想郷最速の足を持つ文とありとあらゆるものを破壊する程度の能力を持つフランの蹴りである。
 死ねる。問答無用で死ねる。子供でもわかる方程式を目の前にした銀時は物理法則に思いっきり逆らうように飛び退いた。
 その一瞬の後、二人の蹴りが今まで銀時がいた場所を通過し、その跡にビュオンと言う音が鳴り響いた。
 音すらも置き去りにした二人の蹴り。その威力はもはや語るまでもあるまい。

 「ちょっとぉぉぉ!! 何すんだテメェらぁぁぁぁぁぁ!!?」
 「五月蝿いよ銀さん!! 銀さんがいなくなったせいで仕事増えたんだからね!!」
 「鈴仙さんの言うとおりですよ銀さん!! 私たちがどれだけ苦労したと思ってんですか!?」
 「今回ばかりは文の言葉に同意するわ! 本当に、私たちがどれだけ大変だったかわかってんの!? それに、天人を心配させるなんていい度胸じゃない!!」
 「まったく、貴方が新八まで巻き添えにしたから色々大変だったのよ。オマケにルリまで怪我させて、私の遊び相手がいなくなって困ったじゃないの。ねぇ、フラン?」
 「いやー、それは幽香だけじゃない?」

 銀時の抗議の声に、まぁ帰ってくるわ帰ってくるわ、不満の声が続々と。
 どうやら皆して今回の騒動で色々と大変なことが起こったらしい。ギャーギャーと口げんかに発展する一同を尻目に、パチュリーは我かんせずを貫いている。
 それがしばらくは続いただろうか、やがて静かになり、口論はなりを潜めていく。
 ふぅっと小さくため息をつき、言葉にしたのは天子だった。

 「おかえりなさい、銀さん」

 少し恥ずかしそうに、しかしどこか不機嫌な様子を垣間見せながら、彼女はフイッとそっぽを向いてそんな言葉を口にする。
 周りを見渡してみれば、なんだかんだと彼女達の表情には笑みが浮かんでいた。
 どこか安心したような、そんな表情が銀時の視界に飛び込んでくる。
 その様子に、銀時は苦笑した。

 「あぁ、ただいま」

 そうして、その事場はするりとこぼれでてくれた。
 言葉にしなかったかもしれない。だけど、銀時にはわかっていたのだ。彼女達が何を言わんとしているか。
 銀時の言葉に、天子はにこやかに不敵な笑みを浮かべて見せ、文や幽香たちも満足そうな笑みを浮かべていた。
 なんてことはない。彼女達も口にはしなかったが、―――その笑顔は、「おかえり」と語りかけてくれていたのだから。






 ■あとがき■
 ども、白々燈です。これにてアドチル編は終了になります。
 皆さん、楽しんでいただけたでしょうか? 楽しんでいただければ幸いです。
 次回の予定はまだ正確には決まっていませんが―――あの姉妹が登場するかも?
 それでは、皆さん。今回はこの辺で。
 アドチル使用に許可を下さった牛木さん。本当にありがとうございました!!



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第三十四話「隣にいる人は時として意外な人物だったりすることがある」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/04/03 23:10









 インターネットカフェの一角、そこに彼女は座布団の上に座ってしげしげとパソコンを眺めていた。
 腰の辺りよりも長く伸びた藤色の髪が畳張りの床に広がり、障子を髣髴させる簡素な壁に囲まれたその場所で文明の利器であるパソコンを見つめる紅の瞳。
 一体どういう原理なのか、しわしわの兎の耳がものめずらしそうにぴくぴくと揺れる。

 「これがパソコン、ねぇ。たしか式神みたいなものだったっけ?」

 パソコンのすぐ傍に備え付けられていた取扱説明書を手に取りながら彼女―――鈴仙・優曇華院・イナバは訝しげに言葉をこぼした。
 ことパソコンから縁が遠い、幻想郷の住人である彼女がココにいるのには少々わけがある。
 そのわけというのも、本日、銀時は永琳の診療所に診察に行っており、何でも夜なんとかと戦った際に頭部を強打したらしいのでその検査。それにともないよろず屋も休業となったのだ。
 さて、そうなるとやることのない面々はそれぞれ好きなようにかぶき町に散らばっていき、鈴仙はマダオこと長谷川の勧めでネットゲームをすることになった。
 元々、人見知りが激しいのか鈴仙は人付き合いがうまい方ではない。そういうわけで、まずはネットゲームでコミュニケーションに慣れようという事らしい。

 「いや、まぁ……いいんだけどね」

 正直、気が進まない。気が進まないが、興味があるのも事実。
 香霖堂ではガラクタ同然だったパソコンがこうやって現実に動いているのを見ると、やっぱり興味が出てくるものである。
 パソコンのスイッチを解説書の通りに押して、電源を入れる。

 彼女がこれからやるインターネットゲーム、それは今大人気のモンキーハンターというゲームであった。











 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第三十四話「隣にいる人は時として意外な人物だったりすることがある」■














 「へぇ~」

 モニターに映し出されるゲーム画面を見て、鈴仙は感心したように言葉をこぼした。
 画面上には鈴仙が先ほどメイキングしたキャラクターが立っており、その姿は兎耳のない鈴仙といった風体で、キャラクターネームはうどんげである。
 集落の中には多くのプレイヤーが行き交っており、それぞれ個性的な格好をしてチャットで会話を楽しんでいた。

 「そういえば、長谷川さんはどこにいるのかしら?」

 目的の人物をフィールドを歩き回って探すものの、中々見つからない。
 というか、よくよく考えれば長谷川のキャラのネームもわからなかったことを思い出し、諦めてその場で静止させて悩み始めた。
 たしかに、自分の人見知りを何とかするためとはいえ、一人で誰かに話しかけるのも心細い。
 根本的に、鈴仙は何をするにしても臆病な性質なのである。今すぐにどうこうできるようなものでもない。
 そんな時であっただろうか。彼女に話しかけた二人のプレイヤーがいたのである。

 とよっち【こんにちわ】
 「うわわ!? ど、どうしよう。話しかけられちゃった!?」

 不測の事態に思いっきりパニックに陥る鈴仙だったが、このまま何も応えないのは失礼だと判断して何とか気持ちを落ち着かせ、慣れないキーボードに指を這わせてタイピングしていく。

 うどんげ【こんにちわ】

 何とか言葉を打ち込み、ひとまず一安心してから気持ちを引き締める。
 これからは一切の油断が許されない。会話のコミュニケーションもとれずして何が師匠の弟子かと自分を奮い立たせた。
 こう、明らかに気持ちが空回りしているような気はするが、本人がいいのならそれでいいのだろう。

 よっちゃん【あなた、見たところ初期装備みたいだけど初心者?】
 うどんげ【はい。知り合いの方を探してるんですけど、見つからなくて……】
 とよっち【あらら、大変ねぇ。その人のキャラクターネームは?】
 うどんげ【すみません。それがわからなくて……】

 そこまで考えて、失敗したなァと鈴仙は思う。
 そもそも、キャラクターネームを教えていない長谷川も悪いのだが、せめて確認するべきだったかと頭を抱えた。
 そうした気持ちのまま会話を続けていると、ふと名案だとでも言わんばかりにとよっちというキャラが手を叩く動作をする。

 とよっち【それなら、私たちと一緒に狩りをしない? よっちゃんもそれでいいでしょ?】
 よっちゃん【……まぁ、お姉様がそうおっしゃるなら】
 とよっち【あなたはどうかしら? あなたさえよければ、このゲームの基本を教えてあげる】

 「うーん……」

 ゲーム内の会話に視線を向けながら、鈴仙は困ったように唸っていた。
 本当なら長谷川がゲーム内の案内をするはずだったのだが、肝心の連絡手段が取れないときている。
 かといって、このまま何もいわずに彼女達についていくのも長谷川に対して失礼というものだろう。
 そんな様子でしばらく悩んでいると、彼女達に近づいてくる一人のキャラクター。やたらと美形のそいつは迷うことなく鈴仙の作ったキャラクターのほうに歩み寄ってくるのだ。
 一体何事だろう? 彼女がそう思い始めたころに、そいつは言葉を発した。

 M【よぉ、うどんちゃん。こんなとこにいたのか】

 「って長谷川さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!?」

 思わず上がる素っ頓狂な声。周りの客から奇異な視線が突き刺さるが、それに気付かないまま鈴仙はキーボードを打ち込み始める。

 うどんげ【何してんですか長谷川さん!? 長谷川さんそんな美形じゃ絶対にないですって!! 何? そのキャラクターネームのMってマダオのMですか!!?】

 一気にまくし立てられるように打ち込まれる文字の羅列。そのツッコミの切れは一体誰譲りなのやら、怒涛の勢いで打ち込まれた文字がMことグラサンに突き刺さる。
 彼女が相手の正体を看過したのはなんてことはない、彼女のことを「うどんちゃん」などと呼ぶのは一人だけだからである。

 とよっち【マダオ?】
 M【まるで ダンディーな 男 の略ですよ、お嬢さん】
 うどんげ【まるで ダメな オッサン の間違いじゃないんですか?】

 聞きなれない単語にとよっちが疑問をもらし、丁寧に答えたのはMこと長谷川。しかしながらそこに冷ややかな視線でMを眺める鈴仙のツッコミが突き刺さる。
 しかしながらこのマダオ、この程度のことで挫ける様な軟な精神はしていなかった。伊達に人生のどん底に何度も突き落とされているだけはある。

 M【どうですか? ココであったのも何かの縁ですし、一緒に狩りに行きませんか?】

 「うわぁ……ネットゲームで口説いてるよこの人。何を考えてんですか、長谷川さん。アンタ既婚者でしょうが」

 思わずリアルにポツリと言葉をもらし、鈴仙は小さくため息をつく。
 まぁ、好きに生きたらいいよ。と思いつつ、鈴仙はその事についてツッコミを入れるのは止めておこうと心に決めてしまいこむ。
 別の言い方をすれば、呆れてものも言えないといったところだが。

 とよっち【あら? それじゃあお呼ばれしちゃいましょうか。ねぇ、よっちゃん】
 よっちゃん【まぁ、別にかまいませんけど。……それに、この子の事も気になりますし】

 「はれ? 私のこと?」

 自分のキャラに向きながら言われたよっちゃんの言葉に、鈴仙は思わず首を傾げてしまう。
 どうして自分のことなんか我気になるのか。以前、どこかで会ったことでもあるのだろうか?
 そんなことを考えてみるが、どうにも思い至らない。というより、そもそもの話このゲームは今日が初めてなので面識なんてあるはずもないのだが……。

 「そいえば、こういう人をどこかで見たことがあるような……」

 とよっちとよっちゃんのキャラクターの外見を見て、鈴仙は思わず呟く。
 とよっちは金髪ロングヘアーに帽子をかぶっており、よっちゃんは藤色の髪をポニーテールにしている。
 こう、思い出すのだ。月の都にいた頃の、上司とも飼い主とも言うべき二人の姫君を。

 「まさかね……」

 冷や汗流し、頬をひく付かせながら自身にそう言い聞かせる。
 そもそもの話、彼女達はこの世界の住人でもなければ幻想郷の住人でもない。月の都にいるはずなのだから、この世界にいるはずがないのだ。

 とよっち【ではヨロシクね、Mさん。私は狩猟笛使いですわ】
 よっちゃん【よろしくお願いするわ、M。私は太刀使いよ】

 そんなわけで、当初の予定とは違った状態で鈴仙の人見知り克服大作戦(仮)が始まったのであった。





















 お互いの自己紹介もそこそこに、鈴仙たちはフィールドを移動していた。
 その様子を気だるげに眺めながらも、鈴仙はなんとかキーボードとマウスを操作してキャラクターを動かしている。

 「どうしてこんなことになるかなぁ」

 ポツリと愚痴をこぼし、鈴仙は小さくため息をつく。
 もとより、人付き合いの苦手な鈴仙がいきなり見知らぬ誰かと会話をするのは少々レベルが高いといわざる終えない。

 よっちゃん【どうしたの? さっきから黙りこくってるけど?】
 うどんげ【いえ、実はちょっと人見知りする性質でして、すみません】

 咄嗟に打ち込み、失敗したかな? と、少し後悔する。
 元々、あまり口がうまい方ではないのだ。師匠である永琳からは「せめて霊夢の三割ぐらいの図太さがあればねぇ」などといわれたこともあるぐらいだ。
 いや、あの巫女を基準とすると何か色々間違ってそうな気はするが。

 よっちゃん【へぇ。そういえば、レイセンも人見知りする子だったわね。いや、あれは臆病と言った方が正しいのかしら】

 「ちょっ!?」

 何気無しに打ち込まれたよっちゃんの台詞に、鈴仙は思わず声を上げそうになってそのまま飲み込んだ。
 だって、思いっきり自分らしいことがぽろぽろと語られているのである。
 カタカナで打ち込まれた自身の名前。その事がより嫌な予感を増幅させる。何しろ、彼女が鈴仙と名前が漢字になったのは月の都から脱走したあと、永琳に出会ってからなのだから。
 まさか……、いやしかし、いやでも……、などと疑念の念に捕らわれ始める鈴仙は、傍目から見ればさぞかし滑稽に映っただろうが、本人はいたって大真面目なのである。
 ごくりと、生唾を飲み込み、恐る恐ると言った様子でキーボードで文字を打ち込み始める。

 うどんげ【あのー、いきなりでなんなんですけど、ご職業は? 私は薬剤師してるんですけど】
 よっちゃん【あら? 人見知りなのに話しかけてくれるなんて、いいことね。そうねぇ、私は……】

 よっちゃんの言葉がそこで途切れ、自分の息を飲む音がやけに大きく聞こえてきた。
 それだけ、鈴仙が緊張している証であり、一字一句逃すまいとモニターに釘付けだ。
 そんな中、しばらくの沈黙の後に、よっちゃんは言葉を打ち込んでいた。

 よっちゃん【一応、月の使者のリーダーをやってるわね】

 「依姫さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 もはや間違いねぇ。その一言で疑いようもなく、鈴仙の仲の嫌な予感が的中していたことを示唆していた。
 何しろ、月の使者のリーダーである。そんな独特な役職、この天人(あまんと)が行き交う世界であるはずもないだろう。
 月の使者のリーダーと聞いて思い浮かぶ二人の人物。鈴仙のかつての上司であり、ある意味では憧れだった二人の姉妹。
 綿月豊姫と、綿月依姫。現在の彼女の師匠である八意永琳とも深い関係にあった姫君達。
 ヤバイ!! 思わずそんな言葉が思い浮かび、だらだらと冷や汗が流れ出る。
 何しろ、彼女は月の都から逃げ出したいわば脱走兵。それだけで計り知れない罪になるだろう。
 それに―――どんな形であれ、逃げ出したことで彼女たちの信頼を裏切ったのだ。その事が、鈴仙の心に重く圧し掛かる。
 あのとよっちなるキャラクターの向こうにいるのは、ほぼ間違いなく豊姫だろう。
 今現在、とよっちこと豊姫は長谷川と楽しそうに会話しているようだが、いつ、自分の正体がばれないかと鈴仙は気が気でなかった。

 「なんで、ふたりがこっちにいるのよ……」

 ポツリと言葉をもらし、鈴仙は重々しくため息をつく。
 幸い、これはゲームの中だ。かぶき町に彼女たちがいるとは限らない。
 限らないのだけれど……、やはり気まずい。

 うどんげ【へぇ~、そうなんですか】
 よっちゃん【そうなのよ。まぁ、こっちでは素っ頓狂な職業でしょうけどね。それにしても、あなたってやっぱり前に逃げ出しちゃったレイセンにそっくりだわ】

 そっくりも何も本人です。
 思わず書き込みそうになった腕を慌てて止める。同時に冷たい汗がブワッと吹き出てしまいそうになる。
 心臓がバクバクと早鐘のように鳴らされ、少し苦しい。本当に心臓がそのうち爆発してそうな勢いだ。
 そんな鈴仙の気持ちを知ってかしらずか、よっちゃんこと依姫はぽつぽつと言葉をこぼしていく。

 よっちゃん【私は意地っ張りだから、余り言葉にしたことはなかったけど、大切にしてたのよ? 私は立場上、厳しくしなきゃいけなかったけれど……今頃、どこで何してるのかしらねぇ、あの子】

 ぽつりと紡がれた言葉は、ゲーム画面に残されたまま。
 声が聞こえたわけでもない。聞こえるはずもないのに、―――どうしてか、寂しそうにみえたのは、何故なのか?
 もしかしたら、そうみえるのは自分の願望なのではないかと思ってしまう。
 だとしても……いや、だからこそか。鈴仙は意を決したように言葉を打ち込み始めた。

 うどんげ【寂しい?】
 よっちゃん【……そうね、少し寂しいわ】

 その言葉を見た途端、不意に目じりが熱くなる。
 温かい水滴がこぼれないようにと目をごしごしと擦って、嗚咽を噛み殺す。
 自分が、不甲斐ない。どうしてもっとこのことに気がついてやれなかったのか。
 過去には戻れない。彼女は今を精一杯に生きていて、大切な場所であるあの場所を壊したくないと思っているのも事実。
 だけど……、思ってしまうのだ。あのまま脱走せずに、彼女たちの元にいたら―――自分は、あの人たちの隣で笑っていられたのだろうか?
 考えても答えは出ない。出るはずもない答えを心にしまって、言葉を紡ごうとして―――

 フルーツ○ンポ侍G【あのー、すみません。ちょっと聞きたいことがあ】
 ズドンズドンズドンズドンズドンズドン!!

 突然の乱入者に散弾Lv3を遠慮なくぶち込んで強制的に黙らせた。
 畜生、せっかくいい雰囲気だったのに何てことしやがるこの野朗。
 おかげでせっかくいいこと言おうとしたのに全部台無しである。というかなんだよそのキャラクターネーム、一種のセクハラかよ、などと不機嫌にもなろうというものである。

 よっちゃん【ねぇ、レイセン。今のはちょっと酷いんじゃない? いや、あなたがやらなかったら私がたたっ斬ってたと思うけど】
 うどんげ【いいえ、いいんです。こんな名前してる奴は女性のことをストーキングしてるろくでもない奴だって相場が決まっているんです。だから―――】

 そこまで打ち込んで、おやっと思ってあらためて相手の台詞を読み返してみて……ヒクッと頬が引きつるのが自分でもわかった。

 うどんげ【あのー、依姫さま?】
 よっちゃん【えぇ、何かしらレイセン?】

 「ばれてるぅぅぅぅぅぅ!!!?」

 思わず頭抱えて大絶叫。どうしてばれたのかとか、何がいけなかったのか、そんなことにまで頭が回らないほど混乱しきっていた。

 うどんげ【あの、いつから気がついていたんですか? というか、なんでこっちに?】
 よっちゃん【ちょっと事故が起こってねぇ。私と姉さまだけこっちに跳ばされて来ちゃったのよ。あと、なんでわかったかって言うと……、隣の席、見てみなさい】

 「……まさか」

 恐る恐る、壊れたブリキ人形のごとく軋んだ音を立てながら高さの低い障子のような壁に視線を向ける。
 その障子は座った鈴仙の頭ぐらいの高さしかないので、少し身を起こせばほら、ごらんのとおり……。

 「……」
 「……」

 バッチリと、彼女たちと目があった。
 方や引きつった表情を浮かべ、方やニヤニヤと笑みをこぼし、その姉のほうはほんわかと笑顔を浮かべていた。
 しばらく、沈黙が支配した。
 鈴仙の目の前には、藤色の長い髪を黄色のリボンでポニーテールにした少女、綿月依姫と、金髪ロングヘアーに白い帽子がよく似合う柔らかな笑みの少女、綿月豊姫。
 紛れもない、鈴仙のよく知る月の使者のリーダーを勤める姉妹が、記憶と寸分違わぬ姿でそこにいる。

 「お話、聞かせてもらえるわよね? レイセン?」

 にっこりと、依姫が笑みを浮かべた。残念ながら目はコレッぽっちも笑っちゃいなかったが。
 それで、鈴仙は直感した。あぁ、こりゃ私死ぬわね、と。





















 さてさて、そんなことがあったのが数時間前である。
 結局、鈴仙は近場の公園のベンチに移動し、姉妹(特に依姫)に逆らうことが出来ず、洗いざらいを話すこととなってしまった。
 永琳の弟子になったことを聞くと二人は驚いたようだったが、それでもしばらくすると「なら安心ね」と言葉をこぼす二人を見て、あらためて、彼女たちが永琳を信頼しているのだと思わせた。
 一応、輝夜のことだけは伏せておいたが……。

 豊姫の話を聞くと、何でも不思議な書物が見つかって読み進めると不思議な光に包まれて此方の世界に来てしまったのだとか。
 それが一ヶ月も前の話らしく、現在も帰る目処がまったく立たない状態らしい。

 そうして、話は今現在、鈴仙が世話になっているよろず屋の話になった。
 そこでの話をすると、豊姫は楽しそうに笑うのだが、逆に依姫は話を聞くたびに形のいい眉が眉間により、どんどんと逆八の字になっていく。
 特に、銀時の話となるとそれは顕著だった。まぁ、たしかにあの人と依姫さまは相性悪そうだけど……と、思考したところで、すくっと依姫が立ち上がった。

 「あの……依姫さま?」
 「レイセン……、いえ、今は鈴仙か。案内しなさい、その男のところに」
 「うぇ!? な、何でですか!?」

 いきなりの提案に思わず素っ頓狂な声を上げる鈴仙。そんな彼女を見下ろすように、依姫が鋭い視線を向けてくる。

 「聞けばその男、ぐーたらで意地汚くてだらしないそうじゃない。いくら八意様の命だとしても、あなたがそんなところに預けられているなんて、何かの間違いとしか思えないわ。
 だから、案内しなさい。私が見極めるわ、その男を」
 「あらあら、あなたにしては珍しく過激ねぇ。楽しそうだわ」
 「あの、豊姫様……正直、笑い事じゃないんですが……」

 あくまで剣呑な依姫と、どこかほんわかとした風な豊姫。本当にこのふたり、血が繋がっているのだろうかと疑問に思ってしまう。
 しっかし、本当に笑い事じゃないのだ。何しろ、今依姫の手には祇園様の剣がしっかりと握られていたりするのだし。
 頼むから落ち着いてほしい。いや、本当に心からそう思うが、彼女に意見できない自分の矮小さが物凄く情けない。

 「さ、いくわよ鈴仙。道案内、お願いするわ」
 「……はーい」

 正直、気乗りはしない。しないのだけど、この際仕方がない。
 銀さん、後は任せました。と、半ば投げやりのように銀髪天然パーマメントに全てを丸投げすることを決めた鈴仙だった。


 ■あとがき■
 ども、白々燈です。今回の話は綿月姉妹登場の回。
 あいも変わらずご都合主義の多かった話ですが、いかがだったでしょうか?
 今回はなんというか……、色々難しくて思ったようにかけなかったです^^;
 これを糧に、この先も精進していこうと思っています。
 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第三十五話「体は糖で出来ている!!」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/04/08 20:07






 幻想郷の迷いの竹林のどこかにあるといわれている永遠亭。
 そこは天才と名高い名医、八意永琳の住居であり、同時に彼女が開いている診療所である。
 どこぞの月の姫君姉妹が息巻いている頃、我等が主人公銀髪天然パーマメント、坂田銀時はその永遠亭の診療室の椅子に座っていた。
 その向かいっ側には永琳がにこやかな笑顔を浮かべてカルテを覗き込んでおり、そんな彼女を見て銀時は冷や汗を流していたりする。
 なぜかって? だって、その笑顔がどこかステキにものっそい威圧感を撒き散らしていたりするのだから。
 こう、なんというかその笑顔の質は風見幽香とかのものに近いのではなかろうか?
 そんなわけで、銀時は気付かれないようにこっそりと立ち上がって、そろりそろりと忍び足で逃亡を図ろうとしたのだが……。

 グワシッ!!

 永琳が伸ばした手に、襟首をとっ捕まえられた。
 
 「……ねぇ銀時、えらく血糖値が上がってるんだけど? 貴方、別世界に行ったときに何を食べたの?」

 にこやかに、だがしかし、不思議な迫力を携えながら永琳が問う。
 その笑顔には一切の余分はなく、「さぁ、とっととキリキリ吐きやがれこの野郎」と語っているかのような錯覚さえ覚えてしまう。
 顔を青ざめさせた銀時は、恐る恐る振り返り肩越しに笑顔の永琳を覗き見る。

 「いや、アレだアレ。そのー、銀さん定期的に糖分とらないとなんかイライラしちゃうんで、ホールケーキを2つ―――」

 銀時が皆まで言い終えることもなく、永琳のスペルカードが発動したことで続く言葉はついぞ語れることはなかったのであった。
 哀れ、銀時。君のその甘い物に対する執着を、我々は決して忘れないだろう。






 いや、死んでないけど。







 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第三十五話「体は糖で出来ている!!」■














 「そりゃ、アンタが悪いでしょ」
 「おーい、せっかく見舞いに来てやったっつーのにその反応はねーんじゃね? もう見舞いこねぇよ銀さん」
 「お生憎様、アンタが来なくてもアオや撫子がお見舞いに来てくれてるから痛くも痒くもないわ」

 ベッドの上で横になったままの白い少女の言葉がボロボロの銀時に突き刺さり、彼はどこか憮然とした様子で皮肉をこぼす。
 そんな皮肉を気にした風もなく、少女―――ルリは苦笑したように言葉を返していた。
 先ほどの発言で永琳からスペルカードの一撃を喰らった銀時はそのままルリの病室に様子を見に来たのだが、彼女に先ほどの騒ぎの事を聞かれ、説明したら先ほどの言葉が返ってきたのである。

 「ま、その様子なら大丈夫そうだな」
 「まぁね。ただ、まだ完治してないから下半身動かせないけど。アンタももう少し自分の体に気を使いなさいよ」

 ベッドに横になったまま、銀時の言葉に苦笑しながらルリは返答する。
 先日、手術してある程度回復はしているが、まだ完全に治ったわけではない。
 今は自分の回復魔法を使って自身の自然治癒力を高めて、ゆっくりと治療に専念している最中なのだ。
 損傷した場所が場所だけに、治療も慎重ということなのだろう。今現在、ルリの持つ回復魔法ではこれが限界なのである。
 彼女の魔法では、彼女自身にかかる負担も大きいゆえにだろう。
 そんな彼女の言葉にも、どこか憮然とした表情を見せた銀時は、どこか投げやりに言葉を紡ぎだしていた。

 「いーんだよ、銀さんは。体は糖で出来んだよ。血潮も糖で心も糖なんだよ」
 「謝れ! あんたはいっぺん理想に擦り切れた赤い弓兵に全力で謝れ!! あれか!? 銀髪つながりか!?」

 接点薄いよ!! とか何とかルリのツッコミが続く。
 だがしかし、そんなツッコミにもめげることもなく、銀時はあいも変わらず飄々とした様子で後頭部をガリガリと掻くだけであった。
 そんな彼の様子に、ハァ……と小さくため息をつくのと同時に、部屋の襖が開いて永琳が姿を見せる。

 「ほら、銀時。早く行くわよ。貴方のとこの家の人にしっかりと話しておかないといけないでしょうし。うどんげにもしっかり言いつけないと……」
 「へーいへい」

 永琳から紡がれた言葉に、銀時はやはりというべきか、やる気のない返答をしてのそのそと立ち上がり、部屋から出て行く。
 その際に振り向き、「また、来てやんよ」とか何とか残して、彼は永琳に引っ張られる形で退室していく。
 そんな彼の様子に呆れながら、ルリはベッドの傍においてあった「アーサー王物語」という小説を手に取った。
 しばらくして、どたどたと慌しい足音が聞こえてきて襖が開かれる。そこには、今現在のこの永遠亭の兎達を仕切っている因幡てゐの姿。

 「お客さんだよ、ルリ。アンタの家族が来てる。いやぁ、愛されてるねぇ」

 クスクスと意地が悪そうに言葉にしたてゐを見据えて、ルリは気恥ずかしさから小さくため息をつく。
 未だに上半身の自由が利くのは僥倖だった。手のひらで赤くなりそうな顔を覆い隠すことが出来るのだから、今はそれで十分。
 もっとも、そのルリの気持ちに気がついているのか、てゐはクスクスと笑みをこぼす。
 そうして、聞こえてくる二つの足音。それに気付いて視線を再び戻してみれば、やはり、蒼い髪の妖怪と、薄桃色の髪の人間、二人の少女がそれぞれ特徴的な笑みを浮かべて立っていた。
 片方は、溢れんばかりの元気をともなった眩しい笑顔。
 もう片方は、淡く儚い優しい笑顔。
 その二人の笑顔を見て、どこか安堵している自分がいる。

 「やっほー、ルリちゃん。具合はどない?」
 「こんにちわ、ルリさん。お見舞いに来ました」

 そんな二人の言葉に、こみ上げてくる温かい感情。
 ほんの数ヶ月前まではそんな感情とは無縁だったが、今ではたしかに感じて、温かくて心地いい。

 「うん、私は元気よ二人とも。いつもありがとう、アオ、撫子」

 だから、自然と笑みを浮かべて、彼女たちの言葉にルリは応える。
 あの銀髪の大馬鹿にも、自分と同じように守りたいものがあるだろうから、だからこそ体を大事にして欲しい。
 もっとも、そんなの恥ずかしくてとても言えたものでもないけどと、そんなことを思考してルリはクスクスと苦笑したのであった。




















 さて、昼下がりのよろず屋の一室のソファーに、彼女たちふたりはそれぞれの表情を浮かべて座り込んでいた。
 方やニコニコとほんわかとした笑みを絶やさず、方や目を瞑ったままどこか不機嫌そうな表情。
 綿月豊姫、綿月依姫の二人は、新八は用意したお茶を頂きながら暇を潰すこと早一時間。目的の人物はいまだ帰ってきていない。
 幸いなことに、鈴仙が姉妹を連れて帰ったときにいたのは新八だけであり、他の面子がいればややこしいことになっていただろうことは容易に想像できただけにありがたかった。
 幸い、新八は基本的に礼儀正しいし、他人を立てる親切さも持ち合わせていたこともあって、ことが荒立つ心配はない。
 まぁ、問題は……あの天然パーマの糖分侍なワケだが。

 「うーっす、ただいまー」
 「あ、おかえりなさい銀さん」

 さて心配をすればなんとやら。微妙に違うような気もするがそれはともかく、問題の坂田銀時が箪笥の下の段からご帰還である。
 あのスキマ妖怪はもうちょっとマシな入り口を作れなかったのだろうか? その辺、今度あったら徹底的に議論せねばなるまいよと心に誓いつつ帰還した銀時を出迎える新八の声。
 そして、その声に反応して目を開ける依姫。すくッと無言で立ち上がり、ゆっくりと振り返ると目標の人物を視界に納めた。

 「貴方が、坂田銀時?」

 凛とした、鈴のような澄んだ声。あぁ、とうとうこの時が来てしまったかと内心で頭を抱える鈴仙をよそに、銀時はその声の主である少女に視線を向けた。
 藤色の長髪を黄色のリボンでポニーテールに纏めており、ややつりあがった意志の強そうな瞳が印象的な少女だった。
 その少女、綿月依姫を視界に納めた銀時は、気だるげな表情のまま後頭部を掻く。

 「えーっと、どちらさん? 依頼人かなんかか?」
 「それは違うんじゃないかしら?」

 その少女を視界に納めながら紡がれた銀時の言葉に応えたのは、新八でも鈴仙でも、ましてや目の前の少女でもない。
 銀時の後に続いて登場する長い銀髪をおさげにした女性の言葉。その女性の言葉に、はっとしたように息を呑む声が聞こえてきた。
 その声は、他でもない豊姫と依姫のもの。彼女たちを視界に納め、あらあらといった具合に頬に手を当てる八意永琳。
 綿月姉妹の反応はある意味では当然のものだったのだろう。何しろ、彼女たちにとっては八意永琳という人物は他の誰よりも尊敬する恩師なのだから。

 「八意、様?」
 「久しぶり……といったほうがいいのかしらね。懐かしいわ、豊姫、依姫」
 「は、はい! 以前、妖怪たちが月に侵攻してきたとき、知恵を貸していただきありがとうございました!」

 久しぶりの再開だからか、少し頬を赤くして興奮しているようで、今までの不機嫌な様子が嘘のような依姫の姿。
 その姿が新鮮だったからか、鈴仙が驚いたように目を丸くしており、永琳は相変わらず笑みを絶やさないまま。
 そんな中、イマイチ事情が読み込めていない銀時が気だるげな顔で言葉を紡ぐ。

 「え? 何、おたくら知り合い? てぇこたぁあの輝―――」
 「そぉいっ!!」

 ズドン!!

 「ぐぼぉっ!?」

 余計なことを口走ろうとした銀時に、鈴仙のフライングクロスチョップが喉元に直撃。
 体ごと突進された形になったため、二人は勢いあまってドッシャンガラガラと銀時の寝室にまで勢いよく転げまわることになった。
 その光景があんまりにも以外だったからか、ぽかーんとした様子の豊姫と依姫。
 鈴仙の行動がよっぽど以外だったのだろう。再開の感動も忘れてボーぜんと二人が転がり込んでいった部屋に視線を送っている。
 そんなこととは露知らず、鈴仙は銀時の襟首を掴むとガックンガックンと前後に揺らし始めた。

 「銀さん!! 姫のことはあの二人には言わないでください!!」
 「なんでだよ!? つーかオメェ声デケェよ!! 俺の喉元と耳を潰す気かコラァ!!」
 「あ、ゴメンナサイ。実はですね……」

 そうして語りだした言葉は、銀時にとってははじめて聞いたものだった。
 元々、輝夜は月の使者が迎えに来たとき、月の使者の一人であった永琳と共謀して逃亡。
 銀時にはこの時話さなかったが、永琳と輝夜は他の月の使者を皆殺しにしている。
 結果的に、輝夜と永琳は月から追われる身となり、そしてあの二人は現在の月の使者のリーダーであるのだ。
 つまり、現在の輝夜、永琳の二人と、豊姫、依姫の二人は本来なら敵同士なのである。
 ところが、綿月姉妹は永琳のことを恩師として慕っており、その事は彼女たちの元にいた頃からよく聞かされていたからこそ、鈴仙は永琳のことは話したのだ。
 しかし、輝夜のこととなると話は別。二人が彼女のことをどう思っているかわからない以上、鈴仙としてはあまり輝夜のことを話したいとは思わなかった。もっと言えば、話していいのか判断に迷った、といったほうが正しいのかもしれない。
 まぁ、もっとも。あのお方なら自分で正体ばらして場を引っ掻き回しそうだけどと、そう締めくくって鈴仙は小さくため息をこぼした。

 「そりゃ、なんつーか複雑だなオイ。それどんな昼ドラ?」
 「まぁ、傍から見れば師匠を中心とした三角関係と言うかなんというか……」

 それに自分も入っているのだから笑えない。無論、愛情と言うより親愛、尊敬と言った感情の話ではあるのだが。
 こっそりと部屋から頭だけを出して彼女たちの様子を覗き見る。
 そこには、どこか親しそうに話を続ける三人の姿があり、その三人の邪魔にならぬよう、新八は無言でお茶をテーブルに用意していた。

 「オイオイ、新八気付かれてねーよ。ドンだけ影薄いんだよ新八」
 「え、そこ!? コメントするとこそこなんですか!?」

 こそこそと小声で会話する銀時と鈴仙。
 無論、彼のいうとおりに新八はあの場ではまるで空気のように扱われているのは事実なのだが。
 あ、ヤベ。涙出てきたと目じりを押さえる坂田銀時。しかしながらその仕草は非常に嘘臭い。

 「あら、そんなところでこっち覗いてないで、二人とも此方に座ったら?」
 「は、はい!」

 と、そこで永琳が二人に気がついたようでそんな言葉を投げかけてくる。
 鈴仙が驚いたように咄嗟に返事をし、ギクシャクとした様子で永琳の元に歩いていく。その様子を見て、銀時もどこか小さくため息をつきながらめんどくさそうに永琳の元に歩み寄り、彼女の隣にドカリと座り込んだ。
 その光景を見て、今まで笑顔を絶やさなかった依姫の眉間に明らかに皺がより、一瞬にして不機嫌そうな表情になる。
 一方、豊姫のほうは相変わらず笑顔そのまま、新八が運んできた緑茶を口につけてる。

 「八意様、一つお尋ねいたします。何故、鈴仙をこの男のもとにお預けになられたのですか?」

 凛として、はっきりとした言葉の中に、僅かに混ざる疑問の声。
 いや、それは疑問と言うよりも納得が行かない、といった風体の感情でもあったのかもしれない。
 元々、彼女たちがココに来たのはこれが本題だ。
 話を聞いた限りでは、どうにも坂田銀時と言う人間を好意的に見ることは不可能であり、そんな彼に弟子を預けた永琳の真理を知りたかった。
 本当なら自分たちで坂田銀時のことを見極めるつもりでいたが、彼女たちが誰よりも慕う恩師がいる。
 だからこそ、聞いておきたかったのだ。彼女の真意を。
 そんな彼女の言葉に、永琳は少しだけ考えたような仕草をして、それから言葉を紡ぎ始める。

 「たしかに、彼はいい加減でグーたらでやる気なしの糖尿病一歩手前天然パーマだけど」
 「オィィィィ!! 本人目の前にしてそこまで言うか!?」

 あんまりといえばあんまりな容赦ない永琳の言葉に銀時がたまらず声を上げる。
 そんな彼の言葉には取り合わず、永琳は彼女の「それでは何故?」という疑問の視線を受け止めていた。
 だからこそ「でもね」と、そう言葉にして永琳は苦笑する。

 「いざって時には、そんな殻を食い破って、自分の信念に従って行動する。不思議と、彼は人を、妖怪を惹きつける魅力があるのよ。
 だからこそ、私は彼のもとにうどんげを預けたわ。彼のもとにいるからこそ、学べるものが多いと判断したから」

 その言葉に驚いたのは、一体誰だったか。
 きっと、依姫はその中で最も驚いた一人であっただろう。同時に、彼女の恩師にそこまで信頼を得ている、坂田銀時と言う男に多少の嫉妬を覚えたかもしれない。
 鈴仙を見てやれば、そこにはどこか納得したように笑みを浮かべている鈴仙の姿がある。

 「銀ちゃーん、只今帰ってきたアルね!!」
 「銀時ー、具合どうだったー?」

 と、そんなときだっただろうか。玄関のほうから声が聞こえてそちらに振り向けば、遊びから帰ってきたらしい神楽とフラン、そして定春の姿がある。
 ぱたぱたと居間に駆け入ってくる二人を追うように、定春もどたどたと走って居間に入ってくる。

 「あややー! 銀さん、清く正しい射命丸が只今帰りましたー!!」
 「だからオメェはなんで窓から帰って来てんの!? 頼むから玄関から入ってこいコラァ!!」
 「いえいえ、細かいことはいいッこなしですよ?」

 そしてまるで計ったかのようなタイミングで窓から帰ってくる鴉天狗の射命丸文。
 彼の文句もどこ吹く風。にこやかに笑みを浮かべて可愛らしく一つウインクをする文の姿に、銀時は小さくため息をついていた。
 と、そんなやり取りをしている間に幻想郷に続く箪笥の下の引き出しからひょっこりと顔を出す天人と花の妖怪、そして三匹の妖精たち。

 「銀さーん、UN○しましょう!!」
 「さっきまでこのメンツでやってたんだけど、どうにも盛り上がらなくてねぇ」
 「おーい、銀時!! 遊びに来てあげたわよ!!」
 「ちょっとサニー!! いいから早く中に入ってよ、ここの入り口狭いんだから!!」
 「ルナのいう通りよ、ほら早く!」

 途端、ギャーギャーと騒がしくなる一室。その光景に呆然としていた依姫だったが、その光景を見てどこか不思議と納得していた。
 誰も彼もが楽しそうに笑顔を浮かべて、その中心にはあの男がいる。
 人見知りするはずの鈴仙も「イイですね、やりましょうか」なんて楽しそうに口にして、その光景の中で銀時が「しょうがねぇ」なんて気だるげに口にする。
 妖怪、天人、そして妖精に人間。種族もバラバラで、本来なら相容れることのない種族たちが、彼を中心にして笑いあっている。
 なんとなくだが……、永琳が彼に鈴仙を預けた理由が、わかってしまった。
 それと同時に、やはり八意様は凄いと、あらためて恩師に尊敬の念を抱く自分に気付いて苦笑する。

 「ほれ、オメェさんたちもやるか? ここであったのも何かの縁、楽しくやらにゃ、人生損するぜ」

 そんな時に、坂田銀時は依姫たちに言葉を投げかける。
 その言葉にしばらく考え込み、姉である豊姫に視線を向ければ、優しい笑みを浮かべて頷く彼女の姿。
 それに頷き返してから、依姫はにやりと笑って見せた。

 「負けないわよ、坂田銀時」
 「へいへい、そいつぁ心してかからねぇとな」

 どこか気だるげな様子の彼の姿。でも、これが彼らしい仕草と態度なのだろう。
 見極めるにはマダ時間はかかりそうで、完全に信用したわけではなかったけれど、不思議と、はじめに思っていた銀時への不快感は薄まっていた。


 よろず屋の一室は今日も騒々しく、しかし楽しげな喧騒に包まれている。
 また新しく知り合った少女たちと会話を交えながら、いつもと変わらない騒がしさを楽しみながら。







 「ところで、依姫さま。なんでネットゲームなんか?」
 「お姉様がはまっちゃって、私はそれの付き添いってことで無理やり」
 「……あー」

 そんなやり取りがあったりしたのだが、それはそれで別の話。




 ■あとがき■
 どうも、こんにちわ白々燈です。
 今回はこんな感じに仕上がりましたがいかがだったでしょうか?
 今回も色々大変な回でした。最近書かなかったせいか物凄く難しいですね。
 最初の銀さんと永琳のやり取りは東方よろず屋のイラストを書いてくださった方のイラストをもとに書いてみました^^;
 うん、予想以上に難しかったです^^;

 ところで皆さんに連絡事項を。
 今回、Fate/蓬莱の月の姫と、ゼロと小さな吸血鬼を削除することにしました。
 今まで残していましたが、どうにも途中でプロットが甘いとこが見つかり、修正が難しいこともあって削除することになりました。
 先ほどの作品の先を楽しみにしてくださった方々には本当に申し訳なく思います。
 自分の至らなさが原因なので、弁明のしようがありません。
 こういうのは昔から自分の悪い癖なので、本当に返す言葉もないです。

 東方よろず屋はこれからも書いていきますので、どうか末永くお付き合いください。
 また東方よろず屋とは別に作品を書くこともあるかもしれませんが、その時はまた応援してやってください。
 未熟な作者で本当に申し訳なく思います。先を楽しみにしてくださった方々、本当に申し訳ありませんでした。
 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第三十六話「目に見えない絆って奴ほど財布の紐みたいに固いもんだっ!!」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/04/11 21:40






 天界に存在する比那名居の屋敷の一室、その場所に呼び出された永江衣玖は、一人の男性と向かい合うように礼儀正しく座っていた。
 しゃんと伸びた背筋と形の良い姿勢は、それだけで彼女の性格と在り方を語っているかのように洗礼されている。
 そんな彼女に、男性―――比那名居の総領主。つまりは比那名居天子の父親が、重々しく言葉を紡ぎ問いかけた。

 「永江衣玖よ。娘が男の家に入り浸っていると聞いたが、それはまことか?」

 その言葉に、衣玖の表情にわずかばかり変化が訪れる。
 ピクッと一瞬だけ方眉が動き、幸い、それは総領主に気付かれることはなかったものの、気付かれないように小さくため息をこぼしてしまう。
 一体、どこの誰が総領主にその事を吹き込んだのか。おおよそ、彼女のことを快く思わぬ天人の誰かだとまでは予想がついたが、生憎数が多すぎて特定しづらい。
 ここでしらばっくれることは簡単だろうが、恐らくはある程度の確信を持って自身をここに呼び出しただろうことは想像するに難くない。

 「どなたにその事を聞き及んだかは存じませぬが、事実です」

 だから、彼女には正直に言うしか他は無い。
 一瞬の静寂の後に、「そうか」と総領主は重々しく頷いた。
 対面に正座している衣玖には、彼の表情から何を思っているかを読み解くのは少々困難であった。
 だがしかし、ある程度の予想はつく。あらかたの予想を立て終えた頃、総領主は彼女を見据えて言葉を紡ぎだしていた。

 「天子をここに連れ戻してくれ。これ以上、その男のもとに行かせるわけにはいかぬ」

 やはり、か。
 そんな諦めにも似た思いは言葉にすることも無いまま、衣玖は言葉を飲み干した。
 比較的高い地位にいる彼の言葉。一応は目上に当たるだろう彼の言葉を聞くのはやぶさかではないし、彼の気持ちもわからないでもない。
 自分の娘が、見ず知らずのどこのウマの骨とも知れない男の下に毎日入り浸っていれば、それは当然いい気はしないだろう。
 だが―――

 「お断りいたします」

 静かな、しかしはっきりとした言葉で、永江衣玖はその願いを拒絶した。

 「……もう一度申してみよ? 今、なんと言った?」
 「お断りします、と申したのです総領主様」

 僅かな苛立ちを含んだ言葉にも怖気を抱くことも無く、衣玖は冷然と同じ言葉を紡ぎだす。
 もし、この場に他の者が居れば、その空気の重さにすぐさまこの部屋を離れたいと思うことだろう。
 そんな重々しい空気の中、二人ともそれっきり言葉を発せず、やがて衣玖は用は済んだといわんばかりに静かな動作で立ち上がる。

 「何故、何故だ衣玖よ! 天子をここに連れて来い!」
 「何度でも申しましょう総領主様、お断りいたします。今の今まで他の天人達と対等であろうとし、実の娘を蔑ろにした貴方のその願いには、お応えできません」

 半ば怒鳴り声にも近い声が衣玖の耳に飛来する。
 しかし、それに対しても衣玖と言う女性は冷ややかな視線を総領主に送り、ナイフのように鋭利な言葉を総領主の胸を抉りこむ。

 元々、比那名居天子は天人ではなかった。元々は比那名居地子という少女であり、彼女は名居守に遣えていた親のついでに天人になっただけの、幼い子供だった。
 やがて、少女は比那名居地子ではなく、比那名居天子と名を改めて天界で暮らし始める。記憶をたどれば、衣玖が彼女に出会ったのもこの頃だっただろう。
 だからこそ、衣玖は彼女が天界でどのような扱いを受けたか知っている。
 周りは成り上がりだと、あるいは、天人らしくない行動や言動から不良天人と蔑み、父親は他の天人と対等であろうと余念が無く、結果的に娘を余り構わなくなった。

 天人らしくないのは当然だ。そもそも、彼女は天人になりたくて天人になったわけではないのだから。

 天人になった彼女はまだ甘えたい盛りの子供だった。そこに親の愛情が無くて、どうして満足が出来る?

 満たされない。つまらない。くだらない。それが、異変を起こす以前の比那名居天子と言う少女の心の内。
 彼女の取り巻く環境を、今まで衣玖はずっと見てきた。無論、彼女の我が侭が過ぎると感じることがあれば、それは灸をすえるという意味で怒りに燃えるスキマ妖怪を素通りさせたこともある。
 だが、今の彼女は違う。帰ってくればいつも楽しそうで、彼らのことをよく自身に聞かせてくれる。
 退屈に押しつぶされていた少女の姿はそこには無く、ただただ明日が待ち遠しいと目を輝かせる少女の姿。
 かつての、人間だったころに友達と遊んでいた時間を取り戻すかのように。期待に胸を膨らませて明日を待つ少女の楽しみを、どうして奪えようか?
 第一、今更父親面をして彼女の居場所を奪おうとする総領主の言葉に、衣玖は表情にこそ出さなかったがはっきりと不快感を抱いていた。
 父親として不安なのは理解できる。理解できるが―――だからこそ、今更のようなその言葉が気に食わない。

 苦虫を噛み潰したような顔で衣玖を睨みつける。
 それをまるっきり無視するように衣玖は足早に部屋の出口である襖に手をかけた。

 「貴様は―――どっちの味方だ?」

 ともすれば歯軋りが聞こえてきそうな、食いしばったような声。
 怒りか、憎悪か。どちらにしろ衣玖は興味なさ気に静かに振り返る。
 淑やかな佇まいの中、凛とした瞳が冷然とした様子で総領主を射抜いていた。

 「無論、私は総領娘様の―――天子様の味方です」

 キッパリと言い放って、衣玖はそれ以上語ることはないと淀み無い動作で退室する。
 あとに残された総領主は、ただギリッと奥歯を砕かんばかりに噛み締めて、忌々しそうに衣玖が去っていった場所を睨みつけていた。
 まるでそこに、まだ彼女が冷然とした瞳を向けて立っているかのように。














 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第三十六話「目に見えない絆って奴ほど財布の紐みたいに固いもんだっ!!」■















 「と、言うわけですので。しばらく泊めてください、銀さん」
 「いや、ムリだから」

 そんなこんなで丁寧に事情を説明し、これまた丁寧にお辞儀をしてそんなことをのたまった竜宮の使いに、銀髪天然パーマメントは惚れ惚れするほどの速さで即答した。
 どうやら断られるとは思わなかったようで、衣玖はきょとんとした表情を見せたあと、考え込むような仕草をしてこてんと首をかしげる。

 「どうしてですか?」
 「いや、もう家にそんな人が泊まるスペースねぇよ。フランなんてハンモックだぞ? これ以上人を泊まらせようったって布団が足りねぇよ」

 返答はいたって正論で、銀時にしてみれば新八あたりならともかく、衣玖のようなタイプの女性を床にそのまま眠らせるわけにも行かない。
 何しろ永江衣玖という女性は、色々と濃い銀時の周りの女性人と比べればいたってまともな女性なのである。
 礼儀正しく、常に一歩引いて相手を立て、なおかつ気配りも利いて淑やかである。そんな彼女を布団も用意せずに眠らせるなどさすがの銀時にも抵抗があった。
 是が非でも周りの女性陣は彼女を見習ってほしい。特にお妙さんとかお妙さんとかさっちゃんとか。あとお妙さんとか。
 いや、たしかにサタデーナイトフィーバーに酷似したポーズが好きだったりとどこかずれた面も持っていたりするが、それはひとまず置いておくとして。

 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ衣玖! あなた、どうしてそんなこと言っちゃうの!? そんなこと言うとあなたが……」
 「心配には及びませんよ、総領娘様。私にとってはあなたの命令の方が、総領主様のお願いよりもより優先すべき事柄ですから」

 無論、限度はありますけどね。と、そう言葉にして衣玖は傍によってきた天子の髪を優しい手つきで梳いていく。
 それが気恥ずかしいのか、天子は少し顔を赤くして俯き、「でも……」と力なく言葉をこぼすが、それ以上言葉が続かない。
 その様子は、主人と従者と言うより、我が侭な妹と面倒見のいい姉といった風に見えてどこか微笑ましかった。

 「うーん、天人様も色々大変なんですねぇ」
 「鈴仙さんの言うとおりみたいですねぇ。天人の陽気な暮らしと言うのも考え物かもしれませんね。それはそうとどうします、銀さん? うちに新しい布団買う余裕ってありましたっけ?」
 「あっきゅーん、家にそんな財力あるわけねーだろーが。家は絶賛豚肉にも手が出せねぇ家庭事情だコノヤロー」

 そうやってよろず屋の家庭事情に涙しつつ、あーでもないこーでもないと衣玖のことについて話が平行線をたどるメンバー。
 そんな中、フランだけが定春にじゃれ付いていてまったく会話に参加していなかったりするけども。
 なんというマイペース。それはそれで彼女らしいといえばそうなのかもしれないが、ある意味マイペース過ぎる。
 そんな中、よろず屋の玄関が開かれて誰かが入ってくるのに気がついて、フランが玄関に視線を向けた。

 「あらあら、皆どうしたの? こんなに集まって話し合いだなんて」
 「姉上?」

 玄関から姿勢よく歩いてきたのは他でもない、新八の姉であるお妙さんであった。
 こんにちわなどと挨拶する阿求と文と鈴仙。フランは相変わらず定春の首もとにしがみついており、衣玖は無言のまま一礼し、天子は相変わらず腕を組んでソファーに座ったまま視線だけをお妙さんに向けている。
 人それぞれの反応を見てお妙は苦笑すると、遠慮なしに天子の隣に座った。

 「それで新ちゃん。皆で何を話し合っていたのかしら?」
 「えぇーっと実はですね、衣玖さんが此方の方にしばらく在住するみたいなんですけど、銀さんのところじゃもう泊まるスペースがなくて」

 これは新八なりの配慮なのか、詳しいところまではあえて語らず、大まかな部分だけを説明する。
 その言葉に何を思ったか、お妙はあらあらと頬に手を当てて、微笑を浮かべたまま言葉を紡ぎだす。

 「それなら新ちゃん。家でよければ泊まってもらったらどうかしら? 幸い、部屋は余ってますからね」
 「いいんですか、姉上?」
 「勿論よ。衣玖さんのような人なら大歓迎だわ。そうだ、天子ちゃんもどうかしら?」
 「わ、私も!?」

 いきなり話を振られたからか、あるいはその内容が予想外だったからか、天子は素っ頓狂な声を上げて聞き返してしまう。
 渡りに船とはこのことだ。衣玖の話が本当であるならば、天子がこのまま天界に帰れば少なからず拘束されることは目に見えていた。
 だから、必然的に天子も外泊する必要があったのだ。
 無論、天子はその事に思い至っているし、正直その申し出はありがたかった。ありがたかったがしかし、たった一つだけ懸念があった。
 だからこそ、天子はうーんっと頭を悩ませている。

 「泊まれるのはありがたいんだけど、その……。料理が……」

 グワシッ!! と掴まれる天子の頭。腕を伸ばしたのは勿論お妙さんで、ギリギリと頭を砕かん勢いで締め付けている。

 「ど・う・い・う・意・味・か・し・ら?」
 「あだだだだだだだだだだ!! ギブギブ!! 無理無理無理無理!! ドMでもこれは無理ィッ!!」

 激しくおッそろしい笑顔でアイアンクローを天子にかけて、Mに定評のある天子がまさかの激痛でのた打ち回りつつ降参を告げるようにタップする。
 無論、お妙さんの顔は笑っていたが、目が笑っちゃいねぇ。そのどす黒いオーラを撒き散らしつつ、遠慮なくその怪力で天子の頭を脳みそごと圧殺する。
 余りの怖さに銀時、新八、神楽、阿求、鈴仙はおろか、あのフランや文までもが部屋の隅に移動してガクガクブルブルと恐怖に打ちひしがれていたり。
 それだけ怖い。むしろ恐い。割りと平静を装っている衣玖も二歩半ぐらい後退っていたりもする。

 「それで、どうするの天子ちゃん?」
 「泊まります! 泊まらせてください! いえむしろ泊まらせていただきます!! だからギブゥゥゥゥ!!?」

 ミシミシからメキメキ、果てはベキベキに音が変わり始めた頃、ようやくお妙さんの腕が天子を解放する。
 解放された天子は床にうずくまり、悲鳴に鳴らない悲鳴を噛み殺しながら大ダメージを負った頭を抱えるように抑えていた。
 そんな彼女に近づき、衣玖はそっと彼女の頭を撫でてやる。

 「総領娘様、この永江衣玖、あなたのお食事を用意させていただきます。ですので、ご安心を」

 言うの遅いよ!! と言う悪態もつけないまま、天子と衣玖の志村家居候はわりとどたばたとした感じで決まってしまうのであった。





 この後、天子と衣玖をともなってお妙さんが天界に赴き、二人を志村家にしばらく居候させることを比那名居の総領主に直接伝えることとなる。

 無論、天子と衣玖の二人は渋ったのだが、お妙さんには結局逆らえずに彼女を天界に案内し、比那名居の屋敷に通した。
 あとはもう阿鼻叫喚の地獄絵図である。言い換えればお妙さん無双。
 何があったかはあえて語るまい。しかしながら、天子の坂田家入りびたりと志村家居候について一悶着あった後、総領主が「お妙さん怖い! かわいそうな卵怖い!!」とかトラウマを作ったことだけは明記しておこうかと思う。
 もれなくお妙さん最強伝説爆進中。とりあえず、志村家の家庭内権力ピラミッドを早々に理解してしまう天子と衣玖であった。


























 そんな騒がしく過ぎていった一日を締めくくるように訪れた夜。
 皆が寝静まった頃、志村家の縁側に座り、月を肴に酒を楽しんでいる天子の姿があった。
 いろいろありすぎて、一つ一つお酒を飲みながら情報を整理する。なんやかんやといつの間にか決まってしまっていた志村家への居候。
 別に、悪いとは思わない。銀時の家にもそれなりに近いし、この家の人たちも嫌いじゃないのだし。
 クイッと、並々まで注がれたお酒を喉に流し込む。ヒリヒリと喉の奥が焼けるような錯覚を覚えるが、それがまた心地良い。
 そんな彼女に、近づいていく一つの影。天子もそれに気がついたようで、視線も向けないまま、クスリと笑って声を掛けた。

 「どうしたの、衣玖。こんな夜遅くにさ」
 「総領娘様が一人、お酒を嗜んでいるようでしたので、ご同伴に預かろうかと」
 「へぇ、珍しいわね。よろしい、私のお酒に酌をすることを許しましょう」

 そこで初めて、天子は後ろを振り返る。
 白い寝巻き用の浴衣に身を包んだだけの衣玖の姿が目に映り、彼女は苦笑してパシパシと自分の隣を叩いて座るように促す。
 一礼して、衣玖は流れるような動作で彼女の隣に座る。特徴的なあの帽子も今はしておらず、緋色の羽衣で隠れていた体の線が、今はくっきりとなだらかな線を描いて現れている。
 女性らしいと感じるふくよかな胸や、細くくびれた腰。こうしてあらためて彼女を見てみると、やっぱり、彼女のほうがお姉さんなのだと思い知らされる。主に胸とかで。
 考えると物凄く虚しかったものだから、それを振り払うように衣玖にコップを持たせて、手にした焼酎を彼女のコップに注ぎ込む。

 「私が酌をするのではないのですか?」
 「いいの。今、なんか物凄く悔しいから私が酌をする」
 「変な総領娘様」

 ほっとけと、そんなことを思ってついつい苦笑する。
 それにつられてか、衣玖も柔らかな笑みをこぼして、なんとなく、二人でくすくすと笑いあった。
 コップにギリギリまでお酒を運ぶと、彼女は量を調節するように少しだけお酒を口に含み、そして喉に流し込む。
 その光景を見て、色っぽいなァとかみょうちきりんな感想を抱きながら、天子も自分の分のお酒を喉に流し込んだ。

 「今日はありがとう、衣玖。あなたが、お父様の命令に背いたって聞いたときは凄くびっくりしたし、少し怒ったけれど……でも、凄くうれしかった」

 ぽつぽつと、天子は言葉を紡ぎだす。頬が赤いのは、きっとお酒だけのせいじゃないのだろう。
 なれないお礼の言葉を紡ぐのを、この意地っ張りな少女はよく恥ずかしがる。
 そんな様子の天子が可愛らしくて、衣玖は慈愛に満ちた笑みを浮かべて、ただじっと彼女の言葉に耳を傾けていた。

 「いつかはさ、お父様とも向き合わなくちゃいけないのよね。あんなんでも、私の親なんだから。このままじゃいけないけれど、でもさ、やっぱり私はまだ―――皆のところに居たい。
 その事を知ってたから……あなたは、お父様の命令を拒絶したんでしょ?」
 「買いかぶりすぎですわ、総領娘様」
 「いーや、きっとそうだわ。私の知ってる永江衣玖って妖怪は、とっても優しいお人好しなんだから」

 ケタケタと楽しそうに笑って、ごろんと天子は横になる。
 頭を衣玖の膝の上に乗せるように倒れこんで、それが余計に酔いを加速させる。
 くらくらと頭が揺れる。なんだか、アルコールにやられた脳はそれもどこか心地よいと錯覚させた。

 「うぉわ、世界がグルンって回ったァ」
 「まったく、総領娘様飲みすぎです」

 困ったように言葉を紡ぐが、やっぱり衣玖の表情に浮かんでいるのは微笑だった。
 優しく、髪を梳くように頭を撫でてやると、天子は心地よさそうに目を細めてされるがままになって膝枕を堪能する。
 その間は、とても静かだった。秋になろうかと言う季節が、余計な暑さを排して程よい気温であたりを包み込む。

 「衣玖は、私の味方?」
 「はい」
 「きっとこれからも、私はあなたに我が侭言って困らせてしまうわ」
 「そうかもしれませんね」
 「それでも―――あなたは、永江衣玖は比那名居天子の味方?」

 その問いかけに、はたしてどれほどの意味が込められていたのか。
 僅かな逡巡も、その問いに答えるには不要なもの。だって、答えははじめからわかりきっているのだから。

 「もちろん、私はこれからもずっと……あなたの味方で居続けます。天子様」

 それは、きっとある種の不意打ちだったのだろう。彼女は初めて、彼女の前で彼女の名を呼んだ。
 ボンッと顔どころか耳まで真っ赤にした天子が、あうあうと言葉にならない様子で衣玖の表情を見つめ続けている。
 そこには、ひとかけらの冗談も見当たらない。正真正銘、彼女本心の言葉であった。
 元々、不意打ちには弱い上にアルコールが回っているのだ。内心、このタイミングで名前を呼ぶなんてズルイと思いもしたが、どこかで喜んでいる自分がいた。

 「衣玖は、ずるいわ」
 「そうかもしれませんね」

 ようやく平静を装える頃に、天子は何とか言葉にする。意地っ張りな性分らしく、絶対に嬉しいなんて言ってやるものかと変な意地が芽生えていたが、それはやはりと言うべきか、衣玖にはお見通しだったらしい。

 随分と成長したものだと、衣玖は思う。
 かつての孤独だった少女の面影は、もうすっかりなくなっている。
 他人のことなど省みず、自分の思い通りにならなければ癇癪を起こしていたあの頃の彼女は、もういない。
 たしかに、今でも我が侭なところはあるが昔ほどではないし、他人に気が使えるだけの余裕が備わっている。
 それは、やはりあの時、異変解決に乗り出した幻想郷の面々と、―――彼ら、よろず屋のメンバーおかげだろう。
 それはもはや疑いようのない事実だと、天子も衣玖も思っている。

 「それじゃ、命令よ衣玖。これからもずっと、私の傍に仕えなさい。なんたって、あなたは私の味方なんだから」
 「まるで告白ですね」
 「あはは! なるほど、たしかに、これじゃ告白だわ」

 そうやって、お互いの髪を梳かしあいながら苦笑する。
 膝枕をされて心地よさそうに目を細める天子を、衣玖はただ愛しむように眺め続けていた。

 「それでさ、返事は?」
 「聞くまでもないでしょう、天子様」

 お互い満足そうに微笑みながら、今のこの状況を堪能する。
 そこには、目に見えなくとも確かな絆があって、その絆は誰にも断ち切れないほど強く固い。
 きっと、この絆はこれからも続いていくのだろうという確信を抱いたまま、彼女たちはただ笑いあっていた。




 ■あとがき■
 ども、白々燈です。今夏の話は皆さんいかがだったでしょうか?
 できれば天子と衣玖は仲良しであってほしいとかなんとかそんな願望駄々漏れな今回の話。
 それでは、今回はこの辺で。


 ※↓はオマケ。








 ◇3年Z組、銀八先生~~~~!!◇

 銀八「はい、ども~。坂田銀八です」
 天八「みなさんこんにちわ。あるいはこんばんわ。比那名居天八です」
 ルリ八「ども、ルリぱ……って語呂悪いわっ!!」

 ドッパァンッと手前の机をちゃぶ台返しする車椅子のルリ。
 そんな様子を見て、銀八は気だるげな様子で彼女に言葉を投げかけていた。

 銀八「どうしたールリ八先生。まだまだ下半身不随中だからってストレスか?」
 ルリ八「誰が先生か!!? つーか何よこのコーナー!? 今までなかったじゃない!?」
 天八「今回限りの突発的なコーナーよ。作者やその友人から出たこれからの案とか意見とかをここで面白おかしくネタにしちゃおうってこと」
 ルリ八「そりゃなんというか、またえらく自爆しそうな……。主に作者が。つーか、この会話形式何? おまけだから許される会話形式じゃないのコレッて? というかカイバーマンさんとこのあとがきにあるコーナーと被ってない?」
 銀八「んなわけで、早速一枚目のはがきを紹介しまーす」
 ルリ八「無視かよ」

 がさごそと白衣のポケットをあさる銀時。取り出したはがきを手に、その内容を読み上げていく。

 銀八「えーと、まず一通目。『もういっそオリキャラ三人娘と東方メンバーの×××ネタ書いちゃえよ』」
 天八・ルリ八「「ってちょっとぉぉぉぉぉぉぉ!!?」」

 いきなりのあんまりな内容に思わずツッコミを入れる天八とルリ八。
 しかし、そんな中でも銀八だけは顔色一つ変えずに無表情である。

 銀八「実に欲望に忠実な意見でございました」
 天八「欲望に忠実すぎるでしょうその意見!!?」
 ルリ八「どんだけ自分に素直なのよそいつ!? ていうかなんで一発目にそれチョイスしたの!? いや、それ以前にこのSSの作者がその……そういうの書けるわけないじゃん!」
 銀八「いやー、それがそうでもないんだわ。作者は書いたことあるみたいだぞ? さすがに恥ずかしいんで別のPN使ったみてぇだけど」
 天八・ルリ八「「……え゛?」」

 銀八の爆弾発言に途端、無言になる二人。
 そんな二人を見ながら、銀八はぼりぼりと後頭部をかいて言葉を紡ぐ。

 銀八「もう本人の中じゃ黒歴史扱いだから詳しくいえねーけどよ、友人宅の格ゲートーナメントで最下位だった罰ゲームに何本か書いたらしい。霖文とか紫天とか霊レミとか」
 天八「ねぇ、なんか物凄く捨て身なネタな気がするの気のせい?」
 銀八「ちなみに、霊レミの話で某サイトの絵と同じシチュだという指摘があって、何も知らんかった作者がそれを探し出して確かめた後、慌てて書き直したという笑えねぇエピソードが……」
 ルリ八「止めてぇェェェ!! 作者のライフはもうゼロよ!! いろんな意味で!! 次にいきましょう次!!」

 パンパンと手を叩いて銀八の言葉を強制的に止めるルリ八。
 その様子を見て仕方なくと言った様子で次のはがきを取り出す銀八。ちなみに全部実話である。

 銀八「はい、続きまして二通目。『一話だけでいいんでゲストとして、リリなののフェイトを出してくれい!!』」
 天八「いや、無理でしょ」
 ルリ八「作者、二次でしかリリなの知らないじゃない」

 さも当然とばかりに至極まっとうなことを言う二人。
 そんな彼女たちに向かって、銀時は小さくため息をこぼした。

 銀八「ばかやろーオメェ等。もしかしたら可能性はあるんだぞ? 作者がガチでフェイト大好きだから」
 天八・ルリ八「「どうでもいいんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」」

 二人のツッコミが同時に上がる。だがしかし、そこは銀八。彼女たちのツッコミを綺麗にスルーしつつ次のはがきを読み上げる。

 銀八「それじゃ三通目。『オリキャラの詳しいデータ書いたほうがよくね? とりあえず身長とか当てはまる声は誰かとか』」
 ルリ八「なんか、どうでもよくない?」
 天八「オマケに声までとか……。これ、声優に当てはめて答えろってことかしら?」
 銀八「つーわけで、下に詳しいことか書いたから。興味あるやつは見てみるといいぞ?」

 ■店長・身長224cm・体重120kg・声、作者のイメージ的には若本規夫さん■

 ■アオ・身長160cm・体重48kg・B72W58H77・声、作者のイメージ的には植田佳奈さん■

 ■撫子・身長153cm・体重41kg・B77W61H80・声、作者のイメージ的には田村ゆかりさん■

 ■ルリ・身長147cm・体重35kg・B82W55H73・声、作者のイメージ的には水樹奈々さん■

 ルリ八「……ねぇ、これどうやって調べたの?」
 銀八「勿論、ブンブン経由に決まってんだろーが」
 ルリ八「鴉天狗ちょっとコラァァァァァァァァァァァァ!!!」

 青筋浮かべながら大絶叫するルリ八。しかし悲しきかな、件の鴉天狗はこのコーナーに姿を見せちゃいねぇのである。

 天八「作者がイメージしてる声って、こんな感じになってたのね。つーか、ルリって身長の割に胸でかくない? あとで捥ぎ取ってやりましょうか畜生」
 銀八「あくまで作者の脳内だからなー。自分があってると思った声を当てて楽しんだ方がいいぞーオメェ等。はい次ー」

 そんな彼女を無視しつつ次に進める銀八と天八。
 今度は天八がはがきを取り出して銀八に手渡して、彼はそれに視線を落とす。

 銀八「四通目、『東方よろず屋の人気投票とかやってみたら? オリキャラも込みで』」
 天八「……どうやって?」
 銀八「知らねーよ。一応方法は考えてあるらしいけどよ、やりたいってやつが他にもいればやるかもな」
 ルリ八「……いや、やったとしても私たちオリキャラ組は絶対にTOP10にも入らない気がするんだけど……」

 そんなわりと自虐の入ったルリ八の言葉も無視しつつ銀時はポケットをあさるが、どうやら打ち止めらしい。

 銀八「つーわけで。全部出し終わったみてぇだから、こっからが本題だ。今、作者が東方幻想麻雀なるゲームにはまってるんで、もしも対局でかち合ったらよろしく頼むわ。じゃ、そういうことで」
 天八・ルリ八「「本題に入るまでが長ェェェェェェェェェェ!!? つーか、このオマケってそれが言いたかっただけじゃないのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」」

 二人のツッコミを最後に舞台はブラックアウト。
 そんなわけで、皆さん。もしもやってる方がいたら、対局の際はお手柔らかにお願いいたします。作者より。


 終われ


 ※カイバーマンさん、今回、似たようなコーナーやって申し訳ありませんでした。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第三十七話「馬鹿な子ほどカワイイけれど見ていてハラハラするのも馬鹿の子」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/04/11 21:30








 真選組の屯所の一室。そこには真選組の隊士たちがこれからのことについて会議に参加していた。
 もともと荒くれものの集団だったこともあり、この会議を鬱陶しく思っているものも何人か入るのだが、そんな輩には問答無用で鬼の副長のバズーカが炸裂するので大人しいものである。
 その鬼の副長、土方十四郎は黙って目を瞑り、局長である近藤勲の話に耳を傾けている。
 そんな中、この仕事を始めて随分と立つ魂魄妖夢は、小さなため息をつきながらこの部屋の一室に視線を向けた。

 「やー、やっぱお兄さんはカッコいいねぇ。うーん、アタイの火車で運べないのが本当に残念だよ」

 うんうんと土方に視線を送りながら、えらく物騒な言葉を呟く火焔猫燐の姿がそこにあり、その隣には彼女の親友である霊烏路空の姿もある。
 まぁ、彼女たち……というより、お燐がいるのも別にいい。ここ最近はなんだかんだで大人しいし、実害をこうむるのは主に土方なので妖夢としては特に問題はない。
 それに、彼女の親友であるお空がいい意味でストッパーになっているのである程度は安心できる。
 それでも、今の妖夢の気持ちは憂鬱だった。何故ならば―――

 「妖夢ーお酒(おしゃけ)たりゃりゃいよー」

 彼女のやや後ろには、こう性質が悪いほどに酔っ払っている主君がいたりするのだから。
 明らかに呂律の回ってない彼女は西行寺幽々子。正真正銘、魂魄妖夢が守護するべき亡霊のお嬢様である。
 頬は薄く朱色に染まり、ほんわかとした笑顔を浮かべて、真昼間だというのにお酒を片手にぶんぶんと此方に手を振っている姿は、外見どおり愛らしいのだが、残念ながら今は会議中。
 はぁっと、小さくため息をつく妖夢。がたっとおもむろに立ち上がり、隣にいた土方に視線を向けた。

 「スイマセン、ちょっと黙らせてきます」
 「応」

 了承を得て、妖夢はすたすたと無言のまま幽々子に近づき、彼女の襟首を引っつかむとずるずると部屋の外に退出する。
 その数分後、なんか悲鳴と爆発音やら何やらが聞こえてきたが、ここ最近おなじみになりつつあるので誰もがそれをスルー。
 ここに来て早いもので、妖夢は着実に得るものを得て、すくすくと成長しているようであった。


 残念ながら、彼女の主である幽々子は「妖夢が最近私に冷たくて厳しすぎっ!!」とか涙目であったが。










 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第三十七話「馬鹿な子ほどカワイイけれど見ていてハラハラするのも馬鹿の子」■















 さて、会議も終わって各々が休憩に入った頃、土方はマヨネーズ形ライターを取り出し、タバコに火をつけて一服する。
 もともとヘビースモーカーなだけあって、タバコを吸うと落ち着くのだ。退屈な会議の後は一服するに限る。
 そんな彼に歩み寄ってくる二つの人影。それの正体に思い至り、土方は小さくため息をつくとそちらに視線を向けた。

 「なんのようだ、オメェ等。つーか、オメェまだ俺を狙ってやがんのか?」
 「もちろんさね、お兄さん。アタイの目的はお兄さんの体だからね」
 「……おいテメェ。それわざと言ってんのか? つーかわざとだろテメェ。止めてくんない、その誤解招くいい方」

 お燐の言葉に軽く青筋浮かべながら軽いツッコミを入れる土方。
 たしかに、彼女の言葉ではなんというかこう、知らない人が聞けば物凄い爆弾発言には違いない。
 そんな土方の怒りを理解してるんだかいないんだか、お燐はケタケタと笑って言葉を続ける。

 「いやねぇ、あるお方の助言さね。どうしても奴の死体がほしいなら社会的に抹殺して自殺に追い込めばいいって」
 「オィィィィィィ!! 誰の入れ知恵だそれぇぇぇぇぇ!!?」

 トンデモネェ思惑がポロッと満面笑顔のお燐からこぼれ出て、土方が青筋浮かべて怒鳴るようなツッコミを入れた。
 そりゃ、誰だって面と向かってはっきりとそんなことを言われればツッコミの一つでも入れたくなるってぇのが世の摂理って奴である。
 そんな時だっただろうか。ゾクリと背後から感じる滑付くような視線を感じたのは。
 土方がそちらに振り返ってみれば、そこにいたのは……やはりと言うかなんというべきか、沖田総悟がニヤリとどす黒い笑みを浮かべていたのであった。

 「あぁ、すいやせん土方さん。それ、教えたの俺でさぁ」
 「やっぱりテメェか総悟ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 さも当然とばかりにドキッパリと本人の前で黒幕であると告げる総悟。そして案の定、二人揃ってお互いに殴りかかり、取っ組み合いの喧嘩に発展するわけで。
 その光景を楽しそうに眺めるお燐とは裏腹に、その喧嘩を止めようとおたおたと慌てるお空の姿が実に対照的である。
 そんな騒々しい中、ズパーンッと勢いよく襖が開かれて、お燐やお空には見知らぬ、近藤や土方たちにはよく知るオッサンの姿があった。
 白髪のオールバックに年季の入った皺の入った顔、しかし体格はガッチリとしており、グラサンをかけてタバコを吹かしている。
 松平片栗虎。この真選組にとっての上司に当たる人物である。

 「ま、松平のとっつぁん!!?」
 「おぉう、いたか近藤。こいつぁ好都合だ」

 いきなりの上司の登場に目を丸くする近藤だったが、そんな彼にも目もくれず一同を見渡す松平。
 その様子に緊張したのか、一般の隊士たちは身じろぎもせずに正座し、先ほどまで取っ組み合いの喧嘩をしていた土方と沖田も大人しく喧嘩を止めて座り込む。
 その様子を見て、余りの変わりようにきょとんとするお空とお燐だったが、今が好機と見てお燐が土方の背中に抱きつくようにもたれかかる。
 それを鬱陶しそうに眉をひそめた土方だったが、松平がいる手前、強く引き剥がせないので仕方なくそのまま放置するらしい。
 そんな中、小さくため息をつきながら妖夢が戻ってきて、意外な人物が隊舎にいたことに驚いて目を丸くした。

 「松平さん。どうしてここに?」
 「おぉう、妖夢ちゃん。こんなムサッ苦しい連中の中にまだいてくれたとは、オジサン嬉しくて涙が出そうだぜ。まぁ、とにかく座れや」

 その一言で納得したのかはどうかわからないが、妖夢は一つ頷くと土方の隣に正座して座る。
 すると必然と、松平の視線にはお燐に後ろから抱きつかれている土方の姿が映るわけで。

 「……おぉい土方ぁ。オメェ澄ました顔して意外とやるじゃねぇのよぅ。そんなカワイコちゃんに懐かれるたぁ、オジサンはうらやましぃよっ!?」
 「……とっつぁん。何なら変わってやろうか? 言っとくがコイツはそんな優しいもんじゃねぇ。油断してると地獄にまっさかさまだぞ」
 「いやいや、さすがお兄さん。わかってるねぇ」

 軽く嫉妬の混じった視線を向ける松平の言葉に、土方は鬱陶しそうに返答して、その言葉に気を悪くすることもなく、お燐は嬉しそうにケラケラと笑う。
 まったく持って冗談ではない。可愛らしく、人受けのいい明るく朗らかな性格もあって隊舎でも人気のあるお燐ではあるが、火車としての本質を忘れたわけではない。
 憎めない性格だからこそ、その本質をうっかり見失いそうになる。
 もっとも、土方自身、こと彼女のことに関しては油断する気はコレッぽっちも無いのだが。

 「まぁいいさ。とっつぁん、何か話があるんだろ?」
 「おうともよ。おいテメェら、よぉく聞けぃ!!」

 土方に話を促され、松平は厳格に言葉を紡ぎだす。
 それだけで隊士たちの背がしゃんと伸び、誰一人として微動だにせずに松平に視線を向けた。

 「本日未明、お上の城に爆弾が見つかった。そういうわけでだ、爆弾処理班が仕事を終えるまで、オメェらにはやってもらいたいことがある。おぉい、入って来ぉい!!」

 中々物騒な話が上がり一同が眉を顰めたものの、それもすぐさま疑問の表情に取って代わった。
 顔を隠すように頭巾を被った男性が、部屋の中に入ってくる。その光景を見た途端、その正体に気がついたらしい隊士たちはまさかと顔を青ざめさせた。
 しゅるりと、頭巾が解かれる。そしてそこには、凛々しい顔立ちをした男性の姿がり、その男性はまさしく―――

 ((((((しょ、将軍んんんんんんんんんんんんん!!!?))))))

 間違いなく、征夷大将軍である徳川茂茂であった。
 一方、隊士たちはおろか、土方や近藤、妖夢までびしりと硬直している中、事の重大さがイマイチわかってないお空とお燐は、皆の表情の変わりように首をかしげることしか出来ないでいた。

 「しばらく、将軍をここに匿う。姫は俺が面倒を見る。いいかオメェ等、死ぬ気で守れ。もし、将軍に何かあったその時は……」

 すぅっと、サングラスの奥の松平の目が細くなる。
 タバコを吹かし、一時の間をおいたあと、松平はドスの効いた声で。

 「テメェら、腹ぁ斬れ」

 これでもかと言うほどキッパリと、恐ろしい言葉を吐き出していた。
 その一言に隊士たちの顔が青くなる。それを一瞥するだけにとどめた松平は、将軍と二、三ほど会話したあと、部屋から出て行った。
 重い沈黙があたりを支配する中、その空気を読めているんだかいないんだか、将軍は小さく頭を下げる。

 「すまない。しばらく、お前たちのところに厄介になる」
 「い、いいえ上様ぁ!! どーぞごゆっくり!!」

 咄嗟に敬礼しつつ返答する近藤。微妙に声がどもっていたが、将軍はそれを気にした様子も無い。
 さて、かの爆弾処理班がどの程度時間かかるのやら。先のことを考えて、ことの重大さに妖夢は知らず深いため息をつくのであった。





















 空気が重々しい。ぴりぴりとした雰囲気が隊舎内に蔓延して、どこもかしこも油断なく刀に片手を置いたもの達ばかり。
 そんな隊舎の一室に、かの将軍が居住まいを正して座り込んでいる。

 「へぇ~、あれがこの国のお偉いさんってワケね」
 「そうだ。だから絶対に妙な真似すんじゃねぇぞ?」
 「うーん、お兄さんに言われちゃやぶさかでもないんだけどさぁ。……惜しいなぁ、結構いい燃料になりそうなのに」
 「おーい、誰かこいつ摘みだせ。狙ってるよ、間違いなく狙ってるよコイツ」

 その将軍のいる隣の部屋に陣取り、こっそりと彼の様子を伺っているのは土方と沖田、そしてお燐とお空に妖夢の三人。
 彼らの視線の先には将軍と―――、どういうわけか妖夢の主、西行寺幽々子がお互いに酒を飲み交し合っていた。
 マイペースな幽々子だからこそ、ああやって色眼鏡で見ることもなく平然と酒を飲みあうのだろうが、従者である妖夢にしてみれば心臓が縮こまりそうなほど緊張するものだ。
 主に、幽々子が何かやらかさないか心配なだけともいうのかもしれないが。

 「そなたたちも此方に来てはどうだ? 余の話相手になってはくれぬか?」
 「ほらほら、妖夢もいらっしゃ~い。ネコとカラスもこっちでお話しましょう?」

 と、気がつけば一体どういう会話をしていたのやら、将軍と幽々子がそんなことを言いながら手招きをする。
 どうしたものかとお互い見合わせていた妖夢だったが、ふと土方と目が合った。

 「ほれ、オメェ等がいって来い。俺ぁここで見張ってる」
 「それじゃ、アタイはここにいるかねぇ。おくう、アンタが相手してあげなよ」

 土方はもとから将軍と話す気がないのか、ひらひらとやる気なさそうに手を振って妖夢に行くように促すと、お燐もお空に行って来るように言葉を投げかける。
 妖夢とお空はお互い顔を見合わせて、一瞬と惑ったようではあったが二人の言葉に従っておずおずと将軍と幽々子の方に近づいていく。
 二人で将軍に挨拶をしてから、妖夢は緊張した様子で、お空はぽーっと将軍の方を見ながらゆっくりと座った。
 さて、ここで彼女たちを面白そうに観察しだしたのは誰でもない、お空の親友であるお燐である。
 将軍との会話に興味があるのか、それともただ単にお空の様子を面白がっているだけなのか。
 どちらにしろ、お燐と言う少女はこの状況を娯楽にしようと決めたらしい。
 らしいのだが……。

 「えーっと、将軍って何か嫌なことあったの? 頭つるつるだよ?」
 「おくうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!?」

 とんでもなく失礼な発言をしやがったお空に、お燐が大絶叫を上げるのにはさほど時間はかからなかった。
 ネコの俊敏性を遺憾なく発揮。鴉天狗には劣るとはいえ、瞬く間に移動してのけたお燐は遠慮なくお空の頭をどつくと襟首を掴んで一目散にその部屋から退散した。
 一方、何で連れ戻されたかわからないお空はと言うと、頭を叩かれたのが痛かったのか涙目でお燐を上目遣いに睨みつけていた。

 「うにゅう、何するのさお燐。痛いじゃない!」
 「何するってぇのはアタイの台詞だよお馬鹿!! アンタ将軍になんて口をきいてんのさ!? アタイたちで言うところのさとり様みたいな立場なんだよ、偉いんだよ将軍さんはさ!」
 「うにゅ!?」
 「下手すりゃ首とかはねられちゃうんだからね!? それに、あれはもとからそういう髪型なの! 次からもうちょっと考えて発言しな!!」

 一通り怒ってから、お燐は小さくため息をついてこっそりと隣の部屋から将軍の顔を覗き見る。
 それにつられてか、お空、そして土方と沖田までもがこっそりと内部の様子を伺っていた。

 「ねぇ、あれ泣いてない? 泣いてるよね将軍さん!?」
 「オイオイオイ、マジかよ勘弁してくれよ。あれ絶対ぇ泣いてるって」
 「そういや、あーいう泣き方する奴、クラスに一人は居るって聞いたことがありやすぜ」

 泣いている。本人は誤魔化しているつもりなんだろうが、目尻に徐々に溜まっていく温かい涙がその証拠である。
 ヒソヒソと小声で会話しながら、将軍の様子を伺ってみるものの、なんと将軍、その状態のまま幽々子と会話を続行中であった。
 ある意味頑固なのか、それとも意地が張っているだけなのか、微妙に判断に困る光景なのには間違いない。

 「ほら、おくう。ちゃんと謝ってきなよ」
 「う、うん。悪いことしたかなぁ」
 「そう思うんだたらもうちょっとちゃんと考えなよ鳥頭。今度はアタイもついていってあげるからさ」

 言い換えると、一人で行かせると何を言うかわからない。というのが正直な本音だが。
 お空の背中を押しながら、お燐は内心でため息をつきながら室内に入室して、まずは深々と頭を下げた。

 「ごめんよ将軍さん。この子、鳥頭のお馬鹿だからさ、さっきの言葉も悪気もなかったし、世間知らずなのさ。だから、さっきの発言、見逃してやっておくれよ」
 「……ごめんなさい」

 お燐が謝ったのをきっかけにして、お空も申し訳なさそうに頭を下げる。
 根本的に、物事を不覚考えないこともあってか根が純粋なお空は、本当に申し訳なさそうに頭を下げる。
 その様子には十分な誠意が見られたし、もともと人のよいところのある将軍は「そうか」と言葉にして、ぎこちなく笑みを浮かべて見せた。

 「心配するな。余は気にしていない」
 「そっか。それじゃ、そういう事にしておくかね、将軍さん」

 さっきの様子からどう考えても気にしていることは明白ではあったのだが、どうにもその当たりには触れてほしくなさそうな将軍。
 それを察してか、それ以上突っ込まずにお燐は床に座ったのだが……。

 「うにゅ……、でもさっき泣いっだぁっ!?」

 余計なことを言おうとしたお空の手の甲を思いっきり抓って黙らせる。
 抓ったまま腕をつかんでそのまま座らせると、お燐はにっこりと満面の笑みを浮かべていたが、こめかみにはしっかりと青筋が浮かんでいたりする。

 ―――余計なこと口走るなこのお馬鹿!!

 どう見てもその笑顔はそう語っているのが伺える。その様子を楽しそうに見ていた幽々子とは裏腹に、妖夢は頭痛でもしているのか頭を押さえてため息をついていた。
 お燐の表情を見て色々とさとったのか、お空は半分涙目になりながらへこんでいたりする。

 「うぅ、お燐が怖い」
 「怖いとは失敬な。アタイほど友達思いの火車もいないと思うけどねぇ、アンタのためなんだよ?」
 「それは、そうだけど……」

 小声でお互いぼそぼそと言葉を交えるお空とお燐。
 その光景も、傍から見ればどこか微笑ましいもので、将軍の表情にも、今度は自然な笑みが浮かんでいた。
 その表情を見て、ようやくほっと一安心と息を付くお燐。まったく持って、将軍の相手と言うのも心臓に悪い。

 「あらあら、仲がいいわねぇ。うちの妖夢にも、これくらい仲のいい友達がいればイイのだけど」
 「人を友達が居ないかわいそうな子みたいに言うの止めていただけますか? 友達ぐらい居ますよ」

 結構失礼なぼやきに憮然とした様子で妖夢がツッコミ、小さくため息をこぼして正座した足を組みかえる。
 もっとも、その友達と言うのも部屋の外で待機している土方のことなのだが。
 その妖夢の言葉に意外そうに目を丸くした幽々子ではあったが、しばらくするとどこか嬉しそうにわしゃわしゃと彼女の頭を撫で始めた。

 「な、なんですか幽々子様!?」
 「さぁ、何かしらねぇ。強いて言えば、嫉妬?」
 「なんで疑問系ですか!? 意味わかんないですし!!」

 まったく持って不本意なのだが、こうやっていつもペースを崩される。
 こういう状況に陥ると、あぁ、やっぱりまだ幽々子様には適わないなぁと度々思わされるのだ。
 その様子を、どこか羨ましそうに眺めていたのは将軍だった。その事に気がついたのはお燐で、ただじっと彼の顔に視線を向け続ける。
 その視線が―――どこか、彼女の主である古明地さとりと重なって見える。
 生憎、どうして重なってしまったのかは……お燐にはよくわからなかったが。

 「仲がいいな、そなた達は。そなた達のこと、余にも聞かせてはくれないか?」

 そう紡いだ将軍の言葉に、一体何を思ったのか。お燐自身、自分の考えがうまくまとまらなくて混乱しそうになる。
 ただ、その声が羨望に満ちたものだというのは、よくわかった。
 生憎、彼女には将軍と言う立場の人間の生活を想像することは難しい。それも当然のことで、彼女は将軍でないのだし、おまけに人間ですらないのだから仕方がない。
 それでもどうしてか、彼の言葉を拒否しようとは思わなかった。

 「もちろんさね、将軍さん。アタイ達の話でよければ、そりゃもういくらでも」

 肩をすくめながら、お燐はあっさりと返答する。
 そのぐらいなら安いものだ。もともと、お空の酷い発言もあったのだし、話に付き合うぐらい罰が当たることもないだろう。

 そんな時だっただろうか。隊舎内が途端に騒々しくなり、土方のもとに近藤が慌てた様子で走りこんできたのは。

 「トシィィィィィ!! ヤベェよ、さっき航空事故があってこっちに落下してきてるって!!?」
 「んだとぉ!?」

 土方が素っ頓狂な声を上げたのも仕方ガあるまい。何しろこのタイミングで航空事故がおきて、なおかつこっちに落下してきてるとか立ちの悪い冗談にしか思えない。
 慌てて部屋の外に出て空を見上げれば、煙を噴き上げながら此方に落下してくる鉄のギミック。
 なんでよりにもよって将軍の護衛のときにと悪態をつきたくなったが、おこってしまったものは仕方がない。
 舌打ちをし、将軍の避難命令を出そうとした矢先、二つの影が土方の前に躍り出た。

 「はいはいお兄さん、ここはアタイ達に任せなよ」
 「そのとおりよ、土方さん。ここは私とお燐に任せて」
 「オメェ等……」

 不適に微笑むお燐とお空の言葉に、土方はそういえばと思い至る。
 傍に居るととかく忘れがちなのだが、彼女達は人間ではなく妖怪。その片方であるお空は核融合を操る能力を持っている。
 その能力を使えば、あるいは……。

 「頼めるか」
 「もちろん、土方さんは将軍をお願い」

 土方の言葉に、お空は力強く応える。
 その姿は、普段の様子とはまったく違う。その瞳の奥に鈍い光を携え、頼もしいと思わせるその言動。
 先ほどまでおどおどしていたのが嘘のよう。まったくと、土方はため息をつきながらもニィッと口の端を釣り上げていた。

 「さ、お兄さん。将軍さんを守るのはお兄さんの仕事さね」
 「わぁってるよ!」

 そう言って、土方は部屋の中にいる将軍の下に向かっていく。
 それを見届けると、二人は庭に飛び出して、お燐は懐から小さな陰陽玉を取り出していた。

 「さとり様!! 聞こえますか!!?」
 『……お燐? どうしたのですか?』
 「説明している暇はありません!! お空の能力の開放の許可を!!」

 陰陽玉型通信機。それがお燐の持つものの正体であり、それは幻想郷の地霊殿にいるさとりに繋がっていた。
 お燐のただならぬ様子に何かを察したのか、陰陽玉の向こうのさとりは重々しく口を開く。

 『わかりました。では……』

 ゴホンッと咳払いを一つして、さとりはすぅーっと深く息を吸い。

 『ファイナルフュージョン、発動、承認!!』
 「ってちょっと待てぇェェェェェェェ!!?」

 大声で紡ぎだしたもんだから土方がブフゥッと噴出した。なんかいきなりツッコミどころ満載な台詞に土方が大声でツッコミを入れるものの、お燐たちはそれを無視しつつ、お空に視線を向けた。
 ちなみに、彼女達は前日、よろず屋でガ○ガ○ガーのビデオを一話からOVAのファイナルまで熱中して干渉していたことがこの状況の原因であることは想像するのは容易である。

 「おくう!! さとり様からファイナルフュージョンの承認、下りたよ!!」
 「うにゅ!! ファイナル、フュゥゥゥゥゥゥジョンッ!!」

 ノリノリのお燐の言葉に、これまたノリノリのお空。左手を右手に沿え、力強く言葉にした瞬間、紅蓮の炎がゴウッと巻き上がる。
 彼女を中心に渦をまき、荒れ狂う力が一箇所に集中するように集まっていく。
 これまたお燐がラジカセで某勇者王の合体シーンの音楽を流すのも忘れない。もはやツッコミどころが満載な光景である。
 やがて、紅蓮の炎は形を成して無骨な制御棒に、右足にまとわり付いていた炎は鋼のブーツに、左足にまとわり付いていた炎は、彼女の足を軸にぐるぐると回る淡い光へと変質した。
 最後に、背中に群がった焔は真っ白なマントに姿を変え、そこには―――霊烏路空の、戦闘形態の姿がそこにあった。

 「うつ、ほイ、ガー!!」
 「そんなこといいから早く打ち落とせェェェ!!」

 しっかりとポーズまで決めたお空に土方のツッコミが飛んだ。いやまぁ、リアルタイムに宇宙船が落下してきているのだから当然といえば当然なのだが。
 お空は一つ頷くと、あらためて落下してくる宇宙船に視線を向けた。
 右腕に装着された制御棒を、落下してくる宇宙船に向ける。

 その瞬間、あたりを異様な熱気が包み込む。それが、お空の能力の余波であると、はたして誰が想像できるだろう。
 轟々と収束する力が、制御棒の先に集まってプラズマを生み出している。やがてそれは風船のように段々と膨張するように膨らんで行き、過ぎ去った夏の陽気を呼び戻しているかのような錯覚さえ覚える。
 ゾクリと、土方の背中に冷たいものを流し込まれたような錯覚を覚えた。
 核融合を操る程度の能力。そう聞いたとき、イマイチピンとこなかったのが実情だった。
 何しろ、人間大の大きさの生き物が、自身の体の中で核融合を行えるなど、正直に言えば信じがたかった。
 だが、目の前の光景を見て、あらためて実感する。その能力の一端を、今目の前で再現されているのだから。

 「爆符」

 ギンッとお空の目に意思が宿る。体内で起こる核融合を制御しながら、目標の姿をしっかりと視界に納めていた。
 余りの熱気に、お空の立っている周辺の土が蒸発する。制御棒の先のエネルギー球が、3mに届こうかと言う巨大さになった頃。

 「『メガフレア』!!」

 巨大な爆発の波が、迫り来る宇宙船を飲み込んでいた。
 彼女のはなった弾幕は、言葉の通りの爆発の波としか表現の仕様がなかった。眩い光を何十、何百と起こしながら突き進む爆発の波。
 真っ白な光が爆発音と共に弾け、江戸の空を真っ白に染め上げた。
 その余波が、屯所の屋根の一部を吹き飛ばし、昼間であってもなお眩しいばかりの光が江戸を包み込んだのだ。

 やがて、光が収まって、爆発の奔流が消え去っていく。
 その先には、宇宙船の姿はどこにもなく、先ほどの快晴が広がっていた。
 スゥッと、お空の手から制御棒が解けて消え、彼女の白い細腕があらわになる。

 「さすがおくう。よくやったよ」
 「へっへーん、この空さんにまかせなさい!」
 「調子に乗らないの、お馬鹿」

 達成感を胸に秘めて、お互い軽口を叩きながら笑いあう。
 多少派手にやってしまった感はあるが、将軍を守れたのだからよしとしよう。
 あるいは、お空の能力を見て呆然としてるかもしれないと、そう思うとからかってやろうかと苦笑してしまう。
 とにもかくにも、危機は去ったのである。彼女達は笑顔のまま振り返リ―――

 『って、将軍んんんんんんんんんんんんんん!!?』

 顔面に飛行機の残骸が直撃していた将軍を目の当たりにして大絶叫を上げるのであった。
















 ちなみに、航空事故を起こしてメガフレアの餌食になった坂本辰馬は奇跡的に無傷だったとか何とか。




 ■あとがき■
 ども、作者の白々燈です。今回の話はいかがだったでしょうか?
 将軍と松平のとっつぁんが初登場。次は九兵衛でも出すかなぁ。

 ○最近、お勧めの二次創作SS

 クーリエさんのところにあるahoさんの「メディスンが人を毒殺した話」。
 前後編で話の練り方が物凄く上手な作品。題名からは想像しづらいですが感動できるSSだと思います。
 この話を読んでうっかり泣いたのはここだけの秘密です。
 一度読んでみて損のない話だと思います。

 もう一つは最近読んだばかりなのですが、こぶうしさんの作品で「乞い泣く」と、ぞの続編である「呼ぶ声」前編、中編、後編。
 椛×文のSSで18禁なんで読む方を選ぶとは思いますが、もう泣けるの一言。久しぶりに涙ボロボロと流した作品でした。
 サイトは東方夜伽話。自分の黒歴史もここに(ry
 18歳以上なら一回読んでみて損はないと思います。18歳未満は読んじゃいけません。

 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第三十八話「これからも続くようにと願うこと」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/04/17 23:19







 新聞に必要なものとは何か?
 情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ。そのどれもが必要なものであることには間違いはないが、だがあえて、彼女はこう答えるだろう。
 すなわち、速さであると。

 「とまぁ、格好つけてモノローグなどを一つ流してみたわけだけど、どうもイマイチね」

 小さくため息をつき、彼女は電柱の天辺に片足で立ち、江戸の広い町並みをその赤い瞳で捉えている。
 彼女、射命丸文は小さくため息などを一つついて、今日はどこに行こうかと思案するものの、いい場所が思い当たらずに気難しげに眉を顰める。
 最近はこちら側の記事を書くことが多く、それを幻想郷に配って回るわけなのだが、どうにも最近はマンネリ気味なのではなかろうかと自問する。
 テレビ、と言うのは便利なものだが、それを丸写しして新聞にするのは彼女にしてみれば面白くないし、自分の足で確認したわけでもないネタを書くつもりもない。
 やはり、自分の足で確認して、自分の目で見て、そして自分の感じたものを書くからこそ、新聞には読むことによる楽しさと悲しさが生まれるのだと、文は思っている。
 かといって、こうまで新聞にするものが無いとなると、はたしてどうしたものかと思案していると、向こうの通りから歩いてくる見知った人影が見えてきた。
 電柱から飛び降りて、見事に音もなく軽やかに着地する。
 普通の人間ならよくて捻挫、下手すれば重傷を負っただろうその行為にも、彼女にとってはなんて事のない一動作にすぎない。
 そして彼女は、その人影に視線を向けると、笑顔を浮かべて言葉を投げかけていた。

 「やぁやぁ、お妙さんこんにちわ。こんなところで奇遇ですねぇ」
 「あら、こんにちわ文ちゃん。こんなところで何をしているの?」

 突然空から現れた文にも動じることなく、彼女―――志村妙はおっとりとした笑顔を浮かべてそんな言葉を紡いでいた。

 「いやー、最近新聞のネタに困ってまして。それでどうしたものかなーっと」
 「あら、そうだったの。大変ねぇ」
 「まぁ、好きでやってることですから」

 気遣うようなお妙の言葉にも、一切の陰りも見せずに満面の笑顔で返答する文は、本当に楽しそうであった。
 彼女にとって、新聞とはやはり一番の生き甲斐なのだ。新聞を書く、という事に関しては手を抜いたことは無いし、裏を取ることだって忘れない。
 嘘っぱちやゴシップ記事の多い鴉天狗たちの新聞において、彼女ほど真剣に真実かどうかを探るものは居ないだろう。
 ……まぁ、毎回毎回書く記事が微妙なことが多かったり、勘違いして変な風に歪曲させてしまうことも少なくないのだが。

 「そうだ。どうせなら文ちゃんも一緒に来ない? 私、これからお友達のところにいくの。気晴らしにどうかしら?」
 「そうですねぇ……」

 突然のお妙の誘いに、文は思案するようにむーっと自身の顎に手を添える。
 もともと、アテもなかったのだし、彼女の提案は渡りに船といったところ。
 その友人と言うのが気にかかるが、お妙が誘っているのだから悪い相手ではないのだろう。
 それに、もしかしたらそうした気晴らしの中に、何かネタになるような出来事が起こるのかもしれない。
 そうとなれば、断る理由も無い。たまには、こういう風に交友を深めるのもいい機会だろうとも思う。
 以前の自分なら考えられないなァと思いながら、文はクスクスと苦笑する。その辺は、自分に影響を与えただろう博麗の巫女や、あの銀髪天然パーマメントに感謝してもいいかもしれない。

 「それじゃ、お言葉に甘えようかしら」
 「あらあら、その言葉使い聞くの久しぶりね」

 だから、今は記者としての自分を脱ぎ捨てよう。そう思って素の自分をさらけ出す。
 その事を嬉しそうに、お妙は言う。そんな彼女の視線が少し恥ずかしいと思ったのか、文は苦笑して頬を掻く。

 「やっぱり、変?」
 「いいえ、そんなことないわ。記者の文ちゃんも、今の文ちゃんも、やっぱり文ちゃんであることには変わりないんだから、どっちも素敵」
 「……まったくもう、銀時と同じこと言うんだから」

 随分前に、銀時から聞いた言葉。常々、彼は文に対して家にいるときぐらい素で話せと口うるさいのだ。
 そろそろ、この状態の自分のまま、銀さん立ちの前にいてもいいかな? と、最近そう思い始めるようになった。
 その事に思い至って、お妙の言葉を聞いた文は楽しげに笑う。お妙もそれにつられてか、優しそうな笑みを浮かべている。
 こうして、彼女の今日一日はフリー。新聞のことはひとまず置いておいて、自由気ままな一日を送ることになった文は、これから出会うだろうお妙の友人に興味を抱くのであった。













 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第三十八話「これからも続くようにと願うこと」■














 かぶき町の大通りのオープンカフェ。そこが待ち合わせの場所らしく、外のテーブルで文は紅茶をご馳走になりながら件の人物の登場を待っていた。
 男か、それとも女か。そう考えて、まぁ男はないかと考えを改める。
 もし、これから男と会うのだとしたらわざわざ自分を連れて行くはずがないし、失礼ではあるがそれ以前に彼女に彼氏がいるという事が想像できない。

 (まぁ、お妙さんの様子からして、随分と仲がいいみたいだけど)

 紅茶に口をつけながら、横目でお妙の様子を伺ってみると、やはりどこか楽しそうで少し浮かれている用でもあった。
 その洞察力や感情の変化に敏感なのは、新聞記者の賜物か、それとも生まれ持ってのものなのか。
 そのどちらにしても、文のそれが鋭く、的確であるものには代わりがない。
 オフの時にまで、相手の内面まで覗こうとするのは悪い癖だと、文は小さくため息をついて彼女から視線を外す。
 まぁ、なんにしても、彼女と付き合おうなんて考える男は等しく自殺志願者かどこぞのゴリラぐらいのものだろう。
 そこまで思い至った丁度その時だっただろうか。視線を一箇所に向けているのに気がついて、釣られてそちらに視線を向けて―――そこにいた人物に驚愕する。
 左目があったであろう場所には黒い眼帯。黒い髪を結い上げ、ポニーテールにしており、凛々しく端整な顔立ちをした―――

 (お、男!?)

 小柄ながらも、腰に刀を差した少年だったのだ。

 「九ちゃ~ん!! こっちよー!!」

 大声で呼ぶお妙の声に、通りにいた少年も気がついたようで此方の方に早足で向かってくる。
 自分の想像とは大きくかけ離れたその光景に、文はあんぐりと口をあけながら少年とお妙を交互に見比べていた。

 「すまない、妙ちゃん。遅れてしまった」
 「ううん、いいのよ。気にしないで」

 まるでデートの待ち合わせのような会話をする二人に、文はいよいようろたえ始める。
 彼女はどういうつもりで自分をここに呼んだのか? これってどう見ても男女のデートの待ち合わせであって、間違ってもここに自分がいるべきではない。
 少年を顔をよくよく見てみれば、端整な顔立ちは凛々しく中性的ではあるが、どちらかといえば女性よりといったところだろうか。
 それがまた、この少年の背格好に似合っているのだから、そのカッコ良さに拍車をかけていた。
 意外である。何が意外って、お妙に彼氏がいたこともそうだが、それ以上に、この少年と話しこんでいるお妙がとても楽しそうだったのだ。

 「えーっと、お妙さん。私、お邪魔かしら? これから、その……デート、みたいだし」

 気まずそうに、控えめに手を上げつつそんなことを聞くと、今まで親しそうに話していた二人がきょとんとした表情になる。
 それからしばらくして、文がそんなことを言った理由に思い至ったのか、お妙はクスクスと笑って彼女に視線を向ける。

 「文ちゃん。勘違いしているようだから教えておくけれど、九ちゃんは女の子よ?」
 「……はい?」

 一瞬、言われた意味がわからず思わず間の抜けた声を上げてしまう。
 しばらくしてゆっくりとその意味が浸透していき、あらためて九ちゃんと呼ばれた人物を見てみると……困ったように苦笑している姿が見受けられる。

 「僕は柳生九兵衛。こんな服を着てるけど、れっきとした女だよ」
 「あやややー、これは失礼しました! 私は射命丸文です。えっと、九兵衛さん?」
 「うん、そうだ。それから、僕に敬語は使わなくていいよ。射命丸さん」

 気恥ずかしさからか、それとも男と勘違いしていた罪悪感からか、ついつい敬語になってしまった文に、九兵衛は苦笑してそんな返答をする。
 そこに、先ほどの発言を気にしているようには見受けられず、少しだけ文の気持ちも軽くなる。

 「それじゃあ……、そうさせてもらうわね九兵衛。あ、私のことは文でいいわ」
 「そうか、それじゃこれからは文ちゃんと。うん、この響きは君によく似合ってる」

 そんな少し嬉しそうに紡がれた言葉に、文は一瞬硬直してしまう。
 こう、なんというか平然と恥ずかしい言葉を紡ぎだせるこの少女についついドキッとしてしまったのである。
 なまじ、見た目が中性的な美少女であるためか、こういった発現が実に様になるのが困りものだ。
 しかも、どうにもこの少女は先ほどの発言を恥ずかしいとは認識していないらしく、思ったことをそのままストレートに伝えたらしかった。
 くぅ~っと、文はついつい思ってしまう。これで男だったらなぁ、と。

 「九兵衛、私も九ちゃんって呼んでいい?」
 「……別に構わないが」
 「よし、それじゃあ……九ちゃん」

 あらためて言葉にして、名前を読んでみる。するとそのあだ名で呼ばれるのは照れくさいのか、少し頬を赤く染めて「うん」と頷く九兵衛を見て、あらためて納得する。
 あぁ、彼女はやっぱり女の子なんだなぁと。所々男性として振舞っているせいで、最初は文も騙されたが、こうしてみるとやはり女の子らしいかわいさがあった。
 その事実に、どこかほっとした思いになる。同時に、彼女の親御さん方にどうして九兵衛などと男の名をつけたのか、是非とも抗議したい気分にもかられたが。
 もったいない。絶対にもったいない。元がいいだけに、男のような格好が実に残念。おめかしすればもっと可愛くなるだろうにと思うのは、同じ女としての性だろうか。

 「どう? 可愛いでしょ?」
 「むぅ……お妙さんが誘ってきたのもなんとなくわかる気がするわ」

 小声で耳打ちしてきたお妙に、文も同じく小声で言葉を返す。
 その会話が聞こえていなかったらしく、九兵衛は小首をかしげていたが、二人は笑みを浮かべて「なんでもない」と返答して彼女に歩み寄ろうとして席を立った途端。

 「そうでしょう!! 若のカワイさに気がついたとはさすがお妙殿のご友人!! この東城歩、感激の余りに涙が出てきそうです!!」

 ひょっこりと、今まで文とお妙がいたテーブルの下から薄茶色のロングヘアーの男性が仰向けで現れ、盛大に大声でそんなことをのたまったのであった。
 空気が、一瞬にして冷たくなる。何しろ、彼の視線にはバッチリ文のスカートの中身がジャストインである。
 文が無言で天狗の持つ八手を模した団扇を取り出す。それでこれから起こることを察したらしいお妙は、九兵衛の手を引いてそそくさと彼女から離れた。
 それを確認して、文はあらためて懐から一枚のスペルカードを取り出す。

 「竜巻」

 彼女の宣言と共に、光の粒子となってスペルカードが解けて消える。
 同時に巻き起こる激しい強風。轟々と唸りを上げて、彼女を中心にして渦を巻くように荒れ狂う。
 辺りにあったものが風に巻きこまれ、その風の流れを現すように舞い上がる。その刹那―――

 「『天孫降臨の道しるべ』!!」

 今この時、この瞬間を持って、風の操り手である射命丸文の命に従って唸りを上げていた風が完全に牙を向いた瞬間だった。
 風の刃が、巨大な渦を巻いて空高く上っていく。空高く駆け上がる風の流れは、ただただ耳を塞ぎたくなるような轟音を響かせながら周囲のものを薙ぎ散らしていく。
 風を操ることが出来る彼女だからこその絶技。たとえ他の天狗といえど、これほど見事な竜巻を巻き起こすことなど適うまい。
 シンッと、吹き荒れていた暴風がやんで静寂が戻ってくる。
 彼女がうまく加減したこともあって、テーブル以外の被害はほぼないに等しい。あたりの通行人はいきなりの自然現象にポカンとしていたが、事情を知らない彼らに状況を理解できるはずもない。
 まさか、この少女が先ほどの竜巻を巻き起こしたなどと、誰が信じられるだろう。
 そしてしばらくした後。

 「グベラっ!?」

 ズバダーンッと、本当に洒落にならねぇ衝撃音と共に地面に叩きつけられたのは、先ほどの覗き魔の男性、東城歩であった。
 舞い上がれMyボデー、こんにちわ成層圏、愛しいZE重力、そしてただいま固い地面。要約すると彼の先ほどの竜巻での旅はこんな感じである。

 「ふふふ、いやいやいや不覚でした。この射命丸文、一生に一度の不覚です。誰にも見せたことのない私の絶対領域を、よもや貴方のような人間に覗かれるとは……。
 えぇ、不覚にも程がありました。真選組に突き出す前に私がここで成敗してくれます!」

 自分のスカートの中身を見られた恥ずかしさからか、文は顔を真っ赤にしながらもうつ伏せに倒れている東城の頭をグリグリ踏みにじる。
 意識は一応あるのだろう。東城がじたばたともがくが、踏みつけている相手が見た目が少女と侮ることなかれ。
 彼女もれっきとした幻想郷最強クラスの一角を担う一人なのである。幻想郷最速の名は伊達ではない。

 「……何をしているんだ東城」

 そんな彼に呆れたような声を掛けたのは、他でもない九兵衛だった。
 それでこの男が九兵衛の知り合いであると気づいたらしい文は、気まずそうに今まで東城の顔を踏んづけていた足をどける。

 「あら、あなたの知り合いだったのね。不味かった?」
 「いや、問題ないよ文ちゃん。君がやらなかったら僕がバズーカで爆破してた」

 はたして、この場合どちらの方が被害は軽微だったのであろうか。
 いや、この際どっちもどっちであると答えておこうかと思う。どっちにしたってえげつない被害になるのは明白なのだから。
 ……そのワリには、この東城という男性は結構平気そうではあったが。

 「いこうか、妙ちゃん、文ちゃん。東城、お前は帰れ」
 「そんなぁぁぁぁぁぁ!! 若ぁ、私もお供いたします!!」

 おもっきし冷たく突き放す九兵衛の言葉にもめげず、がばっと復活して彼女に駆け寄る東城。
 空気読め。頼むから。マジで頼むから。
 口にこそ出さなかったが、文の目から語られる感情は大体そんな感じで、東城に向けられる視線は物凄く冷たい。
 先ほどから黙っているお妙に視線を向けてみると、そこにはやはりと言うべきかなんと言うべきか、ニコニコ笑顔のままことを静観しているお妙の姿。
 どうやら介入する気がなさそうなので、文は小さくため息をついてから再び九兵衛たちに視線を戻すと……。

 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 盛大な気合と共に東城が九兵衛に投げ飛ばされているところであった。
 ギュルリと余りの速さに渦巻く風。その勢いのままに投げ飛ばされた東城は問答無用で店の外壁に突き刺さる。
 その一瞬、僅か一瞬に起こった一連の動作に、知らず文は感嘆の息をもらしていた。
 洗礼された流れるような綺麗な動作もさることながら、文が敏感に感じたのはその速さだった。
 どれほどの鍛錬があれば、人間の身で先ほどのような速さを体現できるというのか。おそらく、ここいらにいる人間達には、先ほどの背負い投げの詳細はほとんど見えなかっただろう。
 こう、こっちに来て最近色々思う。こっちの人たちはいい意味でも悪い意味でも妖怪とためがはれそうな人たちばかりで困る。特に今現在、隣にいるお妙さんとか。

 まぁ、もちろん。いろんな意味でデタラメなのは、やっぱりあの普段グーたらの甘党侍なんだけれども。




















 「ふぅん、そうかい。今日はそんなことがねぇ」

 とくとくと器に注がれる酒を凝視しながら、銀時は文の言葉を聞いてそんな言葉を返していた。
 すっかり夜になり、よろず屋の屋上にいる二人に肌寒い風が肌を撫でるが、アルコールの強い酒がほかほかと体を温めてくれる。
 酌を終えると、文はとんっと自分の背中を銀時の背に預け、とくとくと自身の分の酒を注ぎ始めていた。

 「えぇ、あの後も東城とかって人が粘って色々大変だったのよ。ま、そのたびに投げ飛ばされてたけどね」

 その時のことを思い出したのか、文はくすくすとおかしそうに笑って、手元の器を口につける。
 アルコールが入ったことにより、薄っすらと朱色に染まった頬。結局、今日のところは新聞になりそうなネタは無かったが、それでも悪くない一日といえた。
 それに……新しい友人も出来たのだ。決して、悪い日ではなかったと断言できる。
 だから、やっぱり今日と言う日にこそ、これからいう事はふさわしいように思う。無論、それは個人的な感情が絡むわけで、他のものから見ればそうならないのかもしれないが。

 「ねぇ、銀さん。私、これでもあなたのことは信頼してるの。こうやって素の自分をさらけ出すのにも抵抗がないくらいに。でも、今まで意地張ってたのに、なんだか今更かなァって思うのよ」

 だからさ、と……文はクイッと酒を煽る。
 銀時は何も答えない。ただ夜空に浮かんでいる月を見上げたまま、黙したままで語らない。
 それが、次の言葉を待っているのだという事に気がついて、なんだかんだで随分と長い付き合いになったものだと苦笑する。

 「こうやってさ、二人っきりの時にだけ、素の自分でいようかなって思うのよ。みんなの前で、今更素の自分を出すの、なんか恥ずかしいし」

 そう言って、文はどこか照れくさそうに笑う。
 今、下の階には神楽とフラン、そして鈴仙と阿求が眠っているが、きっと今頃は夢の中。この会話を聞かれる心配もない。
 だから、今のうちに話しておきたかった。その返答がどんなものか、半ば予想は出来ていたが、彼女は静かに彼のことばを待つ。

 「そうかい」
 「うん、そうよ」

 予想通りの言葉が返ってきて、文は苦笑しそうになるのを堪えて酒を煽った。
 今日は、本当にいい日だとそう思う。いつもなら、新聞のネタが見つからなかったときはこんな気分にならなかったはずなのだが、今はこんなに心地がいい。
 それはきっと、自分に余裕が生まれたからだろう。心に余裕が出来て、落ち着いて物事を見定められるようになったからこそだと思う。
 そしてやっぱり、この甘党でだらしなくて、でもいざって時には頼りになる彼の傍にいるのは、やはり楽しいと、そう感じるのだ。

 「銀さん、これからもヨロシク」
 「へいへい。いつかはあいつ等の前でも素でいられるようになるんだぞーブンブン」
 「だからそのブンブンって……、まぁ、いいか銀さんになら」

 彼の言葉に一瞬文句を言いそうになったが、それも今さらだと思い直して、文はクスクスとおかしそうに笑った。
 それに実を言うと、今はそのあだ名も嫌なものじゃなくなってきたのだ。最初はあんなにいやだったのに、不思議なものだと思いながら、全体重を密着している銀時の背に預ける。

 「んだよ」
 「ん~、別になんでも。お酒に酔ったせいにしてもらえる?」

 憮然とした銀時の言葉を後ろに聞きながら、文はそっと目を閉じてクスクスと苦笑する。
 しばらく何か文句をいいたそうにしていた銀時だったが、小さくため息をついて、それから「しょうがねぇ」なんて言葉にして同じように苦笑した。
 夜はトップリと深く闇色に染まっている。それでもなお、二人だけの宴会は続いていく。
 冷たい風が、頬をなでる。ヒヤッとするその冷たさが、アルコールで火照った体には丁度よくて、気持ちよく感じられた。

 きっと今日も、明日も、これから先も、彼の傍でなら面白おかしく、楽しく過ごせるのだろうと、そんな予感を感じながら、彼女は満足そうに微笑んでいた。





 ■あとがき■
 今回は久しぶりに文の話。それから九兵衛初登場。
 最近、知り合いが昔の投稿してた夜伽のとこに復帰すれば? などとしつこかったり。
 そんでうっかり、他にまた見たいって人がいればね。と返してしまった自分。
 いってしまったからには聞かなきゃならないわけで。うん、墓穴掘ったかなぁ。
 今更ですが、昔はHZE-ZE1033というPNで書いてました。今じゃ自分の中ですっかり黒歴史ですけど。
 もし、他にもまた読みたいって方がいたなら、今度は白々燈のPNで時々暇なときに書いちゃったりするかもしれません。確証はありませんが(ぉ
 今だと、昔ほど恥ずかしくもないですしね。書く分には何とかなるかも。

 それでは、今回はこの辺で。

 そして九兵衛と東城の言葉使いがすんごくうろ覚えだったりする罠。
 間違ってたら遠慮なくいってください^^;



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第三十九話「貴方は壊してもいい人間? それともとっくに壊れてるニンゲン?」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/04/17 23:18






 紅魔館の自室にて優雅に紅茶を嗜んでいるのは、この館の主である幼い少女の姿をした吸血鬼。
 彼女、レミリア・スカーレットはいつもの日課になりつつある紅茶の時間を満喫していたが、突然現れた女性の姿に一旦その動きを止める。
 女性、十六夜咲夜は行儀よくお辞儀をすると、すらすらと言葉を紡ぎだしていた。

 「只今戻りました、お嬢様」
 「ごくろうさま、咲夜。フランの様子はどうだった?」
 「それはもう、お元気でしたわ」

 咲夜の報告を耳にしたレミリアは、「そう」と満足げに頷いて紅茶のカップを口につける。
 咲夜が先ほどまで赴いていた場所は、レミリアの妹、フランドール・スカーレットが居候をしているよろず屋である。
 もともと吸血鬼であるフランは血を摂取しなければならないのだが、その辺を銀時たちが用意できるはずもないので、紅魔館から定期的にフランに血液が送られていた。
 それを送り届けていたのが他でもない、彼女、十六夜咲夜その人である。
 幼いながらも紅茶を飲む動作が実に様になったレミリアの姿は、報告を聞いてから上機嫌であった。
 その事を嬉しく思いながら、メイド長である咲夜は懐から一通の手紙を取り出して、主人であるレミリアの座るテーブルにそっと差し出した。

 「これは?」
 「妹様から、お嬢様へのお手紙です」

 ピクッと、レミリアの羽が僅かに動く。それからせわしなくパタパタし始めたかと思うと、目にも留まらぬ速さで手紙を掻っ攫い、丁寧に封を切って中身を取り出す。
 そこには入っていたのは一枚の写真と、数枚の紙。写真には鬱陶しそうな表情の銀時を中心にフランたちが笑顔で写っており、その写真の隅には慌てていたのか丁度こけかけている文の姿がある。
 その写真を視界に納め、優しそうな笑みを浮かべるレミリア。そういえば天狗の奴が吸血鬼も写る写真を持っていたなぁと苦笑し、今度は手紙の方に視線を移して読み始める。
 その様子を、咲夜は微笑ましそうに眺めていた。こうしていると、フランを銀時のところに預けてよかったとそう思える。
 そう思っていた矢先―――

 「ごぱぁっ!!?」
 「お嬢様ぁ!!?」

 レミリアがリットル単位で盛大に吐血した。
 一体この数秒で何が起こったというのか、咲夜は慌ててレミリアに駆け寄り、ガクガクと主人の方を揺らすものの、盛大に吐血したレミリアの顔色は悪い。
 そして、レミリアは最後の力を振り絞るように、震える指で手紙を指差した。
 見てみろ、とそう言っているようで、咲夜は一度頷くと先ほどまでレミリアが読んでいた手紙に視線を移す。
 そこに書いてあったのは近況報告。このお菓子が美味しかっただの、こんな仕事をして楽しかった、なんていう微笑ましい文体が続いている。
 そして最後に書かれた文に視線を向けた瞬間―――

 ―――お姉さま、私ね……最近、気になる人が出来たの。

 咲夜の顎は血液の滝になった。












 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第三十九話「貴方は壊してもいい人間? それともとっくに壊れてるニンゲン?」■














 かぶき町の一角にあるこじんまりとした団子屋。軒下に設置された長椅子に腰掛けた一人の男が、キセルを片手に辺りの人通りを眺めている。
 隻眼なのか片目には包帯が巻かれており、蝶の刺繍がされた濃い紫の着流しが特徴的で、目元を覆い隠すように笠を被っている。
 そんな男に、近づく小さな影があった。
 その影の主に気がついているのか、男はクックッと喉の奥で笑いを噛み殺す。それが癪に触ったのか、影の主である日傘を差した幼い少女は、不機嫌そうに顔をしかめた。

 「何してるの、晋助。こんなところで」
 「よう、祭りの時の嬢ちゃんか」

 明らかに怒気の篭った言葉にも動じることもなく、男―――高杉晋助は飄々と言葉にした。
 人々の喧騒が、どこか遠くなる。少女―――フランドール・スカーレットは不機嫌そうな表情を隠そうともしないまま、ただただ目の前の男を睨みつけている。
 ルビーのように赤い瞳が、高杉の姿を映し出す。どうしてこんなところに居るのかとか、こんなところで何をしているのかとか、そんな思いがフランの中で浮かんでは消える。
 馬鹿馬鹿しい。どうしてこんな奴のことを気にかけなくちゃいけないんだと思って、思考がぐちゃぐちゃにかき乱される。
 イライラする。この男を目の当たりにするだけで、思い出すだけで、不安定な自身の感情が爆発しそうになるのだ。
 だから、フランは彼が嫌いだった。嫌いなはずなのに、無視することもせずにこうやって話しかけている自分がいる。
 本当に、ワケがわからなくて、余計にイライラしてしまう。

 「こいつぁ奇遇だな。妙なところで会うもんだ」
 「なんでこんな街中に居るのよ。あなた、指名手配犯なんでしょ?」
 「まぁな。よく勉強したもんだ」

 そこで初めて、高杉がフランに視線を向けた。
 鋭く射抜くような視線がフランを捉えて、フランは一層気分がイラつくのを感じ取っている。
 空高く昇り、照りつけてくる天敵の太陽よりも、彼の視線の方が一層気分を悪くさせた。
 落ち着け。と、爆発しそうな苛立ちを押さえ込む。自身が暴れれば周りに被害が出るのはわかりきっている。だからこそ、苛立ちを我慢して、ここを去ってしまえばいいのに……それが出来ないでいる。

 「馬鹿にしてるの?」
 「いいや、俺はそんなつもりはないがね。それに、俺は嬢ちゃんのことは買ってやってるんだがな」

 スゥッと、高杉の目が細くなる。その目を真正面から見据えながら、フランはあいも変わらず不機嫌な表情を崩そうとはしなかった。

 「嬢ちゃん……天人(あまんと)じゃねぇだろ」

 ドクンッと、その一言に心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚を覚えた。
 え? っと、声がこぼれそうになったのを慌てて飲み干して奥にしまいこむ。それでも、同様が表に出てしまったのか、高杉の表情は実に愉快気であった。

 「なん……で?」

 そう言葉にして、その台詞が失敗であったことに気がついたがもう遅かった。
 動揺した心を見抜かれる。切れ目の鋭い瞳が、自身の奥底の感情まで覗き見ているかのようで、ぐらぐらと視界が揺れているような錯覚さえ覚えてしまう。

 「簡単なことよ。俺はそれなりに天人(あまんと)の連中のことには詳しくてね、全て知ってるわけじゃねぇが……、少なくとも嬢ちゃんのような人間の姿のまま、そんな歪な羽根を持った天人(あまんと)には心当たりが無ぇ。
 それに、その日傘。以前会ったときにはそんなもん差しちゃいなかったし、嬢ちゃんのような小さな餓鬼が、自身の体にして不釣合いなデケェ日傘を差すというのは考えづらい。
 つまり、嬢ちゃんは太陽の光に弱いってこった。だが、こいつぁ夜兎の特徴だし、連中にはそんな翼は生えちゃいねぇ。
 時折見えるその鋭くとがった八重歯に、日の光に弱いときて、その真紅の瞳はまるで―――」

 ―――西洋の、吸血鬼みたいじゃねぇか。

 喧騒が、どこか遠い。雑多な人々の気配が虚ろになったような錯覚を覚えながら、フランは一層不快を露にして高杉を睨み付けた。
 そんなフランの様子がおかしかったのか、高杉は一旦フランから視線を外すと、クツクツと可笑しそうに笑いを噛み殺していた。

 「いやいや、言ってみるもんだ。まさかビンゴったぁな」
 「私はまだ何も言ってないわ」
 「肯定しているようなもんだぜ、さっきの態度はな。クックッ、なるほど、吸血鬼ならその馬鹿みてぇな殺気も納得できる。銀時も面白いのと知り合ったもんだ」

 その高杉の様子に憮然として、フランは内心で舌打ちしたい気分に駆られていたが、それを表に出さないままただ睨みつけている。
 キセルを吹かして、高杉はあらためてフランに視線を向けた。
 その視線を向けられると、自分の一番大事な場所を覗き込まれているようで、ゾクリと背筋が凍りそうな錯覚を覚えてしまう。
 あぁ、正直に告白しよう。私は、その目がたまらなく怖くて、恐ろしいと思ってしまっているのだと。

 「嬢ちゃん、アンタは俺と同じもんを飼ってる。うまく隠しちゃいるが、俺と同じ獣をな」
 「何を……」

 言っているの。そう続けようとした言葉は、ついぞ出てくることは無く飲み干してしまう。

 「目を見りゃわかるさ。嬢ちゃんは俺と同類だ」

 その瞳に、全てを見透かされる。
 狂気を宿しているのに、理性を残したままの歪な眼が、フランドール・スカーレットを覗き込んでいる。
 クックッと、可笑しそうに高杉は哂う。篝火のように燻る火を宿したかのような瞳を向けたまま、高杉晋助は彼女の内面に足を踏み入れていた。

 「……黙って」

 怒気の篭った少女の小さな声が、高杉の耳に届いた。
 届いていたにもかかわらず、彼は口の端を三日月のように釣り上げただけで、決してその言葉をとめるようなことはせずに言葉を続ける。
 発せられる殺意も、まるで意に介さないまま。
 意に介さないのは、ある意味で当然なのか。高杉の中の感情は、とっくの昔に壊れているんだから。

 「嬢ちゃんは俺と同じ目をしてる。燻った火を宿して、溢れ出そうとする狂気を孕んだ目だ」
 「……黙ってよ」
 「壊したいんだろう? 引き裂いちまいたいって感情が、本能が、嬢ちゃんの中で訴えてるはずだろう?」
 「……黙ってってば」
 「何を隠す? その立派に牙をぶら下げた狂気は、紛れもねぇ嬢ちゃんの―――」
 「黙れ!!」

 もはや、我慢の限界だったのか、フランの右手がギュッと力強く握り締められる。その瞬間―――









 ―――バァンッと、何かが弾け飛ぶような乾いた音が響き渡った。










 どこかで、悲鳴が聞こえた。ざわざわと喧騒が大きくなって、周りが騒然となる。
 フランは、その中にあっても動じた様子は無かった。冷然とした瞳を眼前に向けたまま、微動だにせずに佇んでいる。
 真っ赤な瞳には、おおよそ子供らしい感情は見えて来ない。
 そこにあるのは、明確な殺意。相手を殺したいという、慄然とすべき殺害衝動。その瞳を向けられた相手は、それだけで体中が弛緩して、気絶してもおかしくないほどの濃密な殺意の視線。

 「ほう、今のは嬢ちゃんが?」

 だというのにもかかわらず、高杉晋助は動じた様子も無く、木っ端微塵に破裂した街中の植木に目を向けた。
 その瞳にあったのは、単純にして明快な興味。その瞳を見て、フランはどう思ったか、「えぇ」と小さく言葉にして、高杉を視界に納めるようにして右腕を彼に突き出した。

 「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力。万物には力を加えると破壊できる『目』が存在する。私は、その『目』を自身の手に移して、握り潰すことで対象を破壊することが出来る。
 ねぇ、貴方は壊してもいい人間かしら? それとも、とっくに壊れてるニンゲン?」

 ニィッと、無邪気な表情を浮かべたまま、フランは彼にそう告げる。
 言葉の端に怒気と殺意をこめたまま、今までの不機嫌な感情が嘘のように気分がいい。
 どうやってこの男を壊そうか。ズタズタにするか、手足を引きちぎるか、あるいは腹を割いて中身を引きずり出してもいいし、能力で破裂させてやってもいい。
 そんなサディスティックな考えをするだけで、憂鬱な思いが全部消え去ってくれた。クスクスと、幼い顔に妖艶な笑みを貼り付けて、壊すべき対象を見下ろしている。
 燻っていた炎が、一気に燃え出したかのよう。今まで押さえていた感情が、激情が、荒れ狂う獣のようにフランの内部で暴れまわった。
 そんな彼女を見て、高杉は怯えることも無く、満足そうにクツクツと笑いを噛み殺していた。

 「ほら、見てみろよ嬢ちゃん。それが、嬢ちゃんの本当の顔だ」

 ガツンッと、後頭部をかなづちで殴られたかのようだった。
 その一言で、暴れていた感情がなりを潜める。背筋に液体窒素でも流されたかのような寒気が、時期に全身にいきわたっていく。
 今、自分は何をしていた? 何を思った? 自分は―――銀時たちと一緒にいて、変わったんじゃなかったのか? 変わったはずなのに―――さっきの自分は、今までの自分と何も変わっていない。
 狂気に飲まれかけて、暴れそうな殺意と歓喜、麻薬のような破壊衝動を抑えようともしなかった。

 まるで、かつて幽閉されていたときのように。

 その事実に愕然とする。ふらりと眩暈を覚えて、僅かばかりたたらを踏んだのは、空に浮かぶ太陽のせいなんかじゃないのは、間違いない。
 ゆらりと、高杉が立ち上がる。その手に差し出されたのは……一本の団子だった。

 「こいつぁ嬢ちゃんにやる。俺はもう腹いっぱいなんでな」

 そういうと、高杉は呆然としているフランに団子を手渡すと、代金を長椅子において店の旦那に声を掛ける。
 奥から店の主人の声が聞こえて、それに二、三程会話すると、高杉は改めてフランに視線を向けた。

 「それから、さっきの答えだがな―――俺はとっくに壊れてるさ。俺は壊すだけよ、全てを」

 そう言ってクックッと、高杉は哂う。
 その言葉の隅々に、雄々しいほどの狂気と憎悪を纏わせて、獣のようにギラギラとした眼をフランから外して歩みを進めた。
 そんな視線を真正面から受け止めたフランは、ただ視線を彼に向けて、ただただ見送ってしまっていた。
 あんなにも狂気に飲まれて、狂おしい憎悪を身に宿して、なのにフランにはどうしてか―――あの瞳が、獣のようにギラついた眼が、……どこか、悲しそうに見えたのだ。

 「フランよ!!」

 そうして、気がつけば去り行く高杉に言葉を投げかけていた。
 その声に、高杉が振り向いた。その様子に安堵すると、フランは再び大声で言葉を紡ぎだす。

 「私の名前、嬢ちゃんなんかじゃなくて、私にはフランドール・スカーレットっていう、立派な名前があるんだから!!」

 その言葉を、はたして高杉はどう受け取っただろう。
 一瞬呆けたような顔をしたあと、意味を理解してか可笑しそうにクッと笑いを噛み殺すと、高杉は片手を上げて別れを告げて、人込みの中に解けて消えていった。
 その後姿を見送るとフランは小さくため息をついて、渡された団子を口に入れる。
 小さな口に、日本の甘味が含まれる。じんわりと、団子特有の甘さが広がってきて、素直に美味しいと思えた。

 「甘い……」

 小さく言葉がこぼれて頬が緩む。
 彼女は彼が嫌いだ。会うだけでイライラして、眼にするだけで感情が爆発しそうになる。
 だって、アイツは自分にこんなにも似ているから。
 誰かに向けた愛情も。何かに向けた憎悪も。その身に孕んだ狂気も。奥に隠した悲しさも。
 だから、これはきっと同族嫌悪。
 彼は、自分はとっくに壊れていると言った。まったく、奇遇なものだと思うとおかしくて、フランはケタケタと笑った。

 なんてことは無い。なぜならフラン自身も、自分が壊れていることを自覚しているのだから。
























 よろず屋の箪笥の下が、がたがたと震えだす。
 それに気がついたのはここ最近居候をしている阿求であった。

 「銀さーん、幻想郷から誰かお客さんですよー」
 「あぁ? ったく、誰だよ。銀さんはジャンプ読んでたッつーのによォ」

 阿求の言葉に、銀時は気だるげな声を上げてジャンプから箪笥に視線を移す。
 そこは慌しくがたがたと揺れており、銀時は面倒くさそうにジャンプをテーブルにおいて、のそのそと幻想郷の入り口になっている箪笥に近づいていく。
 銀時が箪笥の目の前にまで来た瞬間―――

 「銀時ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
 「プロバッ!?」

 レミリアが箪笥から飛び出してきた。フライングクロスチョップで。
 彼女の一撃はものの見事に銀時の顔面に炸裂し、彼はズットンバッタンときりもみしながら吹き飛んで壁に叩きつけられていた。
 吸血鬼の全力の一撃である。その威力、押して知るべしと言ったところか。
 だがしかし、そこは我等が主人公坂田銀時。先ほどのダメージなど意に介さないようにすぐさま起き上がり、綺麗に着地したレミリアに食って掛かっていた。

 「何すんだコラァァァァァ!! 銀さんの顎が砕けるところだったじゃねぇかっ!!」
 「うるさいのよ銀時どういうことよ!!? フランに彼氏が出来たってどういう事!? 眼鏡? あの眼鏡なのね!!? 出てこい眼鏡ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
 「落ち着けぇぇぇぇぇぇ!! いきなり出てきて意味わかんねぇよ! フランに彼氏とかこっちが初耳だわ!! つかドンだけシスコンだよオメェ!? 新八といい勝負だよっ!!?」

 ギャーギャーと口論になる銀時とレミリア。そしてさっぱりと事情が飲み込めていない阿求はと言うと、我かんせずを貫くようで緑茶を飲んで無視していた。
 そんな中、「ただいまー」と件の人物が帰宅した声が聞こえてくる。
 その声に真っ先に反応するレミリア。吸血鬼の身体能力をものすごく無駄に発揮して瞬く間に件の人物がいるだろう玄関に突進し―――

 「そぉい!!」
 「キャスバル兄さん!!?」

 捻りの利いたレーヴァテインVer.バットのフルスイングを臀部に直撃されて、ビッタンバッタンゴロゴロゴロと盛大かつ無様に転げまわる羽目となってしまったのであった。
 そして何事も無かったかのように居間に入ってくるフランドール。先ほどすっ飛ばした姉を見下ろし、どこか呆れたようにため息をついていた。

 「……何してるの、お姉さま」
 「そーいうことは、Mrフルスイング張りのバッティングを披露する前にしてほしかったわ、フラン。私の頬が滝になりそう」

 よよよと泣き崩れるレミリア嬢。一体どっちの方が情緒不安定なのやら。
 でも、そんなレミリアの様子がおかしかったのか、フランはクスクスと苦笑していた。
 それでまぁある程度満足したのか、レミリアはさっさと立ち上がるとさっそく本題を持ちかけていた。

 「ねぇ、フラン。彼氏が出来たって……その、本当?」
 「……は?」

 いわれたことの意味がわからず、フランは思わず眼を丸くする。
 それでしばらくして、自分が書いた手紙の内容を思い出して、あぁとどこか納得した。
 そうとなれば話は早い。にまぁと意地の悪い笑みを浮かべ、フランはクスクスと笑いながら銀時に視線を向ける。

 「あぁ、あれはね……銀時の―――」
 「お前か銀髪ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
 「だからなんで俺ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 再び飛び出すレミリア・フライング・クロスチョップ。
 それがもろに直撃し、銀時はレミリアもろとも勢いのままに隣の部屋にまでゴロゴロと転がっていった。

 「友達のこと……って、聞こえてないか。そもそも、お姉さま勘違いしてるし」

 そして再び始まる口げんか。それがおかしくて、フランは楽しそうに腹を抱えて大笑い。
 かつての自分と決別するかのように、嬉しそうに、楽しそうに笑いながら、フランはどうしてか……今もなお、高杉のことを思い出していた。







 ■あとがき■
 今回の話はフランと高杉再びな感じで。
 なんだか変なところでフラグが立ちつつある両名。この先この二人はどうなるいことやら。
 今回は半分ぐらいシリアスでしたが、いかがだったでしょうか? 少々、展開が急になってないかかなり不安ですけど^^;
 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第四十話「情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ! そして何よりも速さが足りない!!」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/04/29 23:03


 ※キャラぶち壊れ注意。
 ※キャラぶち壊れ注意。
 ※大切なことだから二回書きました。
 ※だからもう一度、キャラぶち壊れ注意。

























 よろず屋の夕飯は基本的に交代制である。
 時刻はすっかりと夜と言っても差し支えない時間帯。今日の料理担当である鈴仙・優曇華院・イナバは肉じゃが、味噌汁といった典型的な和食に野菜サラダといったおかずの調理に取り掛かっていた。
 もともとこういうのは得意なほうであり、永遠亭でもよく作ったりするのでさして苦にはならない。鼻歌交じりで上機嫌に調理を続ける彼女の耳には、テレビに熱中するフランと阿求の声が聞こえてくる。
 随分こっちに染まってるなぁと苦笑して、仕上げにと用意してあった人数分の皿におかずを盛り付けていく。

 「フランー、神楽ー、夕飯出来たからお皿を運ぶの手伝ってくれる?」
 「ん、わかった」
 「任せるアルヨ」
 「言っとくけど、運んでる途中で食べちゃダメだからね。特に神楽」

 一通りの完成したところでフランと神楽に声を掛け、台所に入ってきた二人にそれぞれ料理を渡していく。ついでに、つまみ食いをしないように言いつけるのも忘れない。特に神楽。
 そんな鈴仙の言葉が気に食わなかったのか、神楽はあからさまに不機嫌そうな表情になると「はん」と鼻を鳴らして鈴仙に視線を合わせる。

 「馬鹿にするなヨ鈴仙! いくら私が食い意地張ってるからってそんなすぐにつみゃみぎゅいりゃんひぇしひゃいニェ!!」
 「て言ってる傍から摘み食いしてるじゃない!!」

 台詞の途中でよく味のしみたジャガイモを口に放り込んだ神楽に鈴仙がツッコミを一つ。
 その間にフランはすたすたとテーブルに料理を運んでいったあたり、このやり取りもいつものことなのだろう。まったく持ってこらえ性のない神楽なのであった。
 ひとまずもう一回注意をして、それから最後にご飯をお椀に盛り、それをお盆に載せてテーブルに運ぶ。
 すると、一通り揃っているメンバーの中、一人だけ姿の見えない者がいた。

 「あれ、文は?」
 「まだ帰ってきてねぇぞ。あいつにしちゃ、珍しく遅くなってるみてぇだけどな」

 きょろきょろと見回してみて見つからない人物の名を紡ぐ鈴仙に答えたのは、今もなおジャンプを呼んでいる銀時である。
 彼は美味しそうな匂いにつられたのか、ジャンプを一旦自分の机に置くと、居間の中央にあるテーブルの方に移動してソファーに座った。

 「ふぅん、珍しいね。文でも遅くに帰ってくることあるんだ」

 特に気にした風でもなかったが、鈴仙の紡いだ言葉にはそれなりの驚きが混じっていた。
 基本的に、文はこの時間までにはどんなに遅くなっても帰ってきていた。夜遅くに飛び出すことも度々あったが、基本的に夕飯時にはいつも彼女の姿があった。
 今回、いつもの取材でなく友人のところに行っているとのことなので、それに関係しているのかもしれない。
 そう思っていた矢先―――

 「ィィィィヤッホゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥイイイィ!!!」

 奇声と共に話題の人物が帰ってきた。盛大に窓を蹴破って。
 粉々に粉砕した窓がガラスを撒き散らしながら吹き飛ぶ、ギュルギュルと空中で回転しながら鴉天狗が宙を舞った。
 そして華麗にポーズを決めてテーブルに着地。吹っ飛ぶ手料理。爆砕するテーブル。そして手料理を無駄にされたことによりフラリとぶっ倒れる鈴仙。

 「フゥハーッハァァァァァ!! 私が遅い!? 私がスロウリィ!!? 訂正してください金さん!!」
 「鈴仙さん!!? ちょ、しっかりしてください!!?」
 「オィィィィ!! 何してんのブンブゥゥゥゥゥゥゥン!!? つーか誰が金さん!? 俺の名前が金さんだったらジャンプ回収騒ぎだよ!? オメェが訂正しろバカヤロー!!」

 一瞬にして混沌と化したよろず屋の居間。いきなり意味不明なことを口走る射命丸文、ぶっ倒れた鈴仙を介抱する稗田阿求、そしてこの事態の元凶にツッコミを入れる。
 普段とちょっと……どころか、斜め上通り越して720度回って斜め75度ぐらいにぶっ飛んだ射命丸をみて、物凄い哀れみの視線を向けていたりするフランが文に声を掛けた。

 「ねぇ文、どうしたの? 頭大丈夫?」
 「心配ありがとうプランさん。私はいたって正常ですよ。ですが私の言い分も聞いてほしい! この世の理はすなわち速さだと思いませんか!? 物事を早く成し遂げればその分時間が有効につかえます! 遅いことなら誰でも出来る! 20年かければ馬鹿でも傑作小説が書ける! 有能なのは月刊漫画家より週刊漫画家! 週刊よりも日刊です! つまり速さこそ有能なのだ! 文化の基本法則ぅ! そして私の持論です!! その私が遅い!? スロウリィ!? 納得できるはずがないじゃないですか!!
 他人に運命を左右されるという事は意思を譲ったという事です! 意思を無くして文化なし文化無くして私は無し私じゃなくて私じゃないのは当たり前! だから!! 是非とも私の言い分も聞いてほしいのですよ!!」
 「……うん、すんごい早口で講釈たれてくれたのはありがたいけど、とりあえず病院行こうか。頭の。あとプランじゃないよ」

 もうバッサリである。清々しいくらいの一刀両断ッぷりだった。普通の人間なら立ち直れねぇフランの一言の直撃を受けてなお、射命丸文は止まらない。非常に鬱陶しい。

 「何をおっしゃいますプランさんイイですか!? すなわち速さとは―――!!」
 「きゅっとして」

 どかーん!!













 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第四十話「情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ! そして何よりも速さが足りない!!」■














 「で、新八? 今の話は本当なんだろうな?」
 「えぇ……その、まぁ」

 銀時の確認するような声に答えたのは、あのあと、しばらくしてすぐに現れた志村新八であった。
 彼の話によると、自宅で文がお妙と九兵衛の二人と楽しげに談笑していたらしく、それを見届けた後、新八は夕飯の用意のために台所に向かった。
 悲劇が起きたのはその直後である。絹を裂くような悲鳴が上がり、慌てて彼女達の元に向かってみれば、ぶっ倒れている文、そしてお妙の片手には黒く焦げ焦げのダークマター。
 もう、なんというかその光景だけで全てを語っている気がした。大方、「新しく試した料理だけど、うまく出来たから食べてみてくれない?」とでも言われたのだろう。
 当然、そうなったら逃げる。だがしかし、幻想郷最速の足を持ってしても彼女からは逃げられなかったというのか。世の中って本当に理不尽である。
 そして再び目を覚ました文だったのだが……。
 結果はご覧の通り。以前には見られなかった凄まじいご乱心である。

 「それはまた、……霊夢さん時みたいに凄い変貌ぶりですね」
 「つーかドンだけこのネタ引っ張るんだよ。このネタ何度目!? 作者自重しろよ、読者もマンネリに感じちまうじゃねぇか!!
 ていうかアレどんな変貌!? グラサンか!? グラサンかけて我が道を最速で突っ走るんか!?」
 「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ銀さん。幸い、永琳さんがワクチン作ってるんですから、鈴仙さんがそれを取りに戻ってくるまで待ちましょう」

 一体何を思い出しているのやら、阿求は微妙な顔で文に視線を移し、銀時は銀時で不満たらたらに愚痴をこぼし、そんな彼を新八がなだめる。
 ちなみに、件の人物である射命丸はというと、テーブルと料理を台無しにした責任を取って彼らの目の前でテーブルを修理してたりする。
 所々、フランのキュッとしてドカーンを喰らったせいでボロボロだが、本人は意に介している様子はない。

 「つーか、ワクチンいるってどんな料理? いや、わかるけども。痛いほどにわかるけども!!」
 「銀さん、いくらなんでもそれは姉上に失礼です。いや、わかるけども」
 「そうアル銀ちゃん!! それは姉御に失礼ヨ!! いや、わかるけど」
 「いや、皆フォローになってないよ? いや、わかるけどさ」
 「フランさんも酷いですよねぇ。……いや、わかりますけど」

 結局全員酷いことを口走る。なまじ、阿求以外の全員が被害をこうむったことがあるだけにわりと切実だったりする。
 そんな感じで満場一致な意見が飛び出す中、自分の異常にまったく持って気付いちゃいねぇ文が高らかに笑いながら言葉を紡ぎだす。

 「はっはっはー! 皆さん何をおっしゃいますやら。私はいつもの私、幻想郷最速を突っ走る女、射命丸文ではないですか!! そうでしょう金さん!!」
 「だから金さんじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!! 何自信満々で盛大に人の名前間違えてんだよ! ドンだけ俺の名前を変えて題名を猥褻物もどきに変えてぇんだオメェはっ!!
 いくら銀さんが温厚だからってこればっかりは許せねえよ! ありえねぇもん!! トイレでご飯を食べる並みの暴挙だよコレは!!」

 またもや名前を間違える文。ここまで来るともうわざと間違えてるとしか思えない。
 そのせいか、銀時の怒声交じりのツッコミにも力が入る。しかし、そのツッコミを受けてなお、文は目に光を宿らせて反撃を開始する。

 「何を言うあなたはトイレがどれだけ崇高なものかわかっていない。トイレは排泄行為をするだけの場所ではなく、ゆるやかに物事を考えることのできる個室空間なのである。
 個人宅のトイレもいいが、やはり通なら公共トイレの個室だろう! 他人が近くにいて、天井には外との隙間があるというのに、プライベートが保障されている矛盾に満ちた空間!
 自らの恥部をさらけだした開放感に酔いしれつつ、今後の生き方を考えるのもよし、過去を振り返るのもよし、壁に書かれている落書きを楽しむのもまた一興。
 しかも、誰かに覗かれているのではないかという、マゾヒスティィックな要求にも、覗きたいというサディスティィックな要求にも、応えてくれる柔軟性がある。ここに速さは必要ありません!!
 気持ちを落ち着かせ、開放感に浸りながら便器と友達になる! その便器は友達でーす!! トイレと私とぉぉぉ!!」
 「落ち着いて文さぁぁぁぁぁぁぁん!? 何を言っているか早口すぎて聞き取れないんですけど!!? つーかよく聞くとなんかとんでもないこと口走ってますし!!?」

 もはや無茶苦茶もいいとこである。上記の物凄く長い台詞を32秒という短さで弁舌して見せた文に、新八が思わずツッコミなどを一つ。
 もはや彼女のもとの人格など残されちゃいない。げに恐るべきはかわいそうな卵ことダークマターと言うべきか。
 ……いや、やっぱり一番恐ろしいのはお妙さんか。

 「……ねぇ、やっぱ霊夢もあんな感じだったの?」
 「えぇまぁ、程度の差はありますが概ねあんな感じですかね」
 「……そっか、今度お姉さまにも霊夢にもちゃんと謝っとこう」

 未だにギャーギャー口論を続ける銀時、文、新八の三人をよそに、フランが隣にいた阿求に声を掛ける。
 阿求の返答を耳にして、どこか遠い視線を文に向けながら、フランは哀愁さえ漂わせてそんな言葉を紡ぎだしていた。
 それほどまでに、今の文の変貌振りは凄まじかった。霊夢でもここまでなかったんじゃないかってぐらいの変貌ッぷりである。

 「はやく鈴仙戻ってこないかなぁ。早くしないとトラウマができちゃうよ。文の心のほうが」
 「あー、霊夢さんみたいな被害者がまた増えることになるんですねぇ……」
 「だとしたら、なんとしてもこれ以上外に出さないようにした方がいいネ。トラウマなんて最小限にとどめるに越したことは無いアル」
 「……トラウマが出来ることは確定なんですね、神楽さん」

 三人で寄り添ってこそこそと会話するフラン、阿求、神楽の三人。
 どうやらもう文の心の中でこの出来事がトラウマになるッてぇことは確定事項っぽいので、どうやって彼女の心の被害を減らそうか会議が続く。

 そんな時だっただろうか―――女性の甲高い悲鳴が聞こえてきたのは。

 「ブラボォウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 そして言ってる傍から真っ先に反応したのは、今現在すばらしいぐらいにかわいそうな卵の影響下にある文であった。
 今までの作業なんて何のその。奇妙な掛け声と共に、先ほど自身で粉砕した窓から目にも留まらぬ速さでムーンサルトしながら飛び出す鴉天狗。
 見ていて惚れ惚れするような動きだったが、残念ながら現状だと悪化しているとした言い様がなかったりする。

 「って言ってる傍から飛び出していったんですけどぉぉぉぉぉぉぉ!!?」
 「あっきゅーん!! 言ってる暇があったら追いかけんぞ!! あいつの心が社会的に死ぬ前に!!」

 盛大な大声を上げる阿求に銀時が声を掛けて、どたばたと慌しく玄関から飛び出していくよろず屋メンバー。
 そんなこととは露知らず、最速を謳う彼女は風のように走り抜けていた。
 大地を踏み抜き、風を切り、流れる景色にも目をくれず、風の流れる音を耳に聞きながら、僅か一瞬の時間を持って彼女はその場所に到達した。
 よろず屋から数百メートルは離れたところだっただろうか。彼女の神速の程を様々と見せ付けた結果の先には、路上で倒れ付している女性の姿があった。

 「どうしました、お嬢さん?」

 どこか芝居がかった様子で、文は女性に問いかける。
 所々擦り傷があるが、命に関わるような傷は見受けられない。しかし、小さな嗚咽をこぼしながら、女性は声に反応して文を見上げた。
 そこには、慈愛に満ちた優しい笑みが浮かんでいる。月明かりを逆光にして、全てを包み込むような、柔らかな微笑み。
 そんな微笑を浮かべて、射命丸文は手を差し出している。その声が、その微笑が、女性にとっては救いに見えたのか。

 「引ったくりに……、私のバッグとられてしまって。あの中に、……お母さんの、形見が」

 たどたどしく、嗚咽が混じった声で、女性は言う。
 まだ若く、少し前までは少女であったとうかがわせる顔立ちの女性は、目尻に浮かべた涙をこぼしながら言葉にする。
 何かに訴えるように。何かに救いを求めるように。その訴えにも救いにも取れる言葉に、射命丸文は静かに耳を傾けた。
 普段の彼女なら、このような出来事は無視していたことだろう。だが、幸か不幸か今の彼女は人格の豹変ッぷりが凄まじい。
 犯人の特徴と、犯人が逃走に使った乗り物。追跡に必要なことを聞き終えて、彼女はすくッと立ち上がる。
 それと同時にようやく、銀時たちが追いついてきて、文は彼らに視線を向けると言葉を紡ぎだしていた。

 「皆さん、彼女を頼みます」
 「おい、オメェはどうするつもりだよ?」
 「愚問ですなぁ金さん、私は私の道を行くだけです。引ったくりを追いますよ」
 「だから金さんって言うなッつーに!!」

 飄々とした様子で言葉を返す文に、銀時は言う。
 女性にはフランと新八が付き添い、阿求と神楽が二人の会話の成り行きを見守っている。
 その事を察しているのか、それともただ思うがままを口にしているだけなのか、つらつらと流れるように言葉を紡ぎだしていた。

 「私の目の前に泣いている人がいて、それを救うことが出来るのであれば、私は迷わずこの力を使う。
 たしかに、今追いかけても普通なら捕まえることは不可能でしょう。ですが、幸か不幸か私にはこの足が、この翼が、幻想郷最速と言う二つ名がある!
 だから行きます。私だけが奴等を捕まえられる。そうでしょう、銀さん?」
 「だから、金さんって何度も……」

 そこまで言いかけて、はたと、その事実に気がつく。
 今まで散々名前を間違えまくっていたくせに、今この場で正しい名前を紡ぎだしている彼女の顔は、ニィッと不敵な笑みが浮かんでいた。
 その表情は、いつもの彼女の顔。人格が変わってしまって尚、変わらぬ自信に満ちた鴉天狗の笑顔がそこにあった。

 「あってたでしょう?」

 飄々とした言葉を残して、彼女は漆黒の翼を大きく広げる。
 バサリと夜空に溶けそうな闇色の翼が大きく羽ばたく。それと同時に、彼女は文字通り初速から音を置き去りにするほどのスピードを持って飛翔した。
 余波で風が舞い、銀時たちに風が吹きつけられる。
 彼女の姿はもう既にここにはない。妙な寂しさにも似た静寂が、この空間を支配する。
 その一時の間を置いて。

 「って、行かせちゃダメじゃないですか銀さん!!」
 「しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 最初の目的をすっかり忘れてしまっていたことに気がついた銀時たちであった。



















 そろそろ本格的に秋になろうかと言う季節の夜は寒い。それも、高度500mともなれば尚のことだ。
 カラスの濡れ羽色のセミロングの髪と、衣替えしたばかりの一部に紅葉の柄が入ったカッターシャツ、同柄マフラーを風に靡かせて、赤い瞳を細めて眼下に視線を向け目的の相手を探し出そうと奮闘する。
 こういうのは本来、彼女の後輩である犬走椛が得意なことだが、ないものねだりをしていても始まらない。
 そうして、一台の車を見つけ出す。位置的にも時間的にも、恐らくはあれで間違いない。特徴も遠目からでもわかるほどに一致する。

 「見つけたァ!」

 そうとわかればあとは一瞬だ。歓喜の声とともに彼女自身が風を切り裂く弾丸と化す。
 空気の抵抗など彼女には無意味。風を操る程度の能力を持つ彼女だからこそ適う神速の領域。
 音すらも置き去りに、風そのものと思えるような馬鹿げた飛行速度で、夜闇の高度から鋭角に突き進む弾丸と化す。
 僅か一瞬、瞬きの如き刹那の後、彼女は車の天井に着地―――いや、着弾した。
 鉄の拉げる歪な轟音、彼女が踏み抜いた車体の天井が大きくへこみ、車の中から数人の男の短い悲鳴が聞こえてくる。
 その衝撃の余波は、問答無用で車のコントロールを奪う。結果、ハンドルがうまく取れなくなった車は左右に蛇行し、今にも壁にぶち当たりそうになっている。
 ふわりと、先ほどの苛烈な襲撃とはうって変わり、風に乗るようなバク宙で車から飛び降りる。
 その一瞬のあと、制御を失った車は電柱に激突して動きを止めた。
 人通りはなく、不気味な静けさの中に車の駆動音の名残がむなしく響く。ガタンッとドアが開き、中から二人の男が咽ながら飛び出してきた。

 「クソ、何だッてんだ!!」
 「今のテメェか!?」

 怒りを隠そうともせず、彼らは両腕を組んだまま立っている文に荒げた声を吐き出す。
 その声に反応して、ゆっくりと文は目を開けた。赤い瞳が男達を捕らえ、その様子がおかしかったのか、彼女はニィッと口の端を釣り上げる。

 「さぁ、どうでしょうねぇ? それより、あなた方が先ほど女性から奪ったバッグを返していただきたいのですが?」
 「ふざけてんじゃねぇぞこのクソアマ!! 俺達を攘夷志士と知っての行動か!?」

 言葉ではぐらかし、自身の要求を伝えた文だったが、男達から帰ってきた言葉はそんな言葉だった。
 その言葉に、文の目がスゥッと細まる。赤い眼が猛禽類のごとく鋭くなり、僅かばかりの怒りを携えて男達を見据えた。

 「攘夷志士? あなた達が? ご冗談を。引ったくりなど誇りのかけらもない行為をする連中が攘夷志士など、間違っても口にしてはいけませんよ。
 ただの引ったくりのこそ泥如きが、その名、二度とかたれないようにしてやりましょうか?」

 攘夷志士。かつてそうだった男と、今もなおその地位に甘んじる男がいる。
 そのどちらも、自分にしかない信念を持っていた。例え普段がグーたらでどうしようもない大馬鹿でも、いざとなればその信念に従って剣を取る。そういう男だ。
 少なくとも、こんな男達にその攘夷志士の肩書きを名乗らせてやるほど、文の心は広くない。
 案の定、男達は激昂に顔を真っ赤にし、懐から拳銃を取り出した。撃鉄を起こし、引き金を引こうとした瞬間―――

 「拳銃とは考えましたが、足りませんね!!」

 彼女の姿が掻き消え、男の一人が蹴り飛ばされていた。
 少なくとも、蹴り飛ばされた男は何が起こったかすらもわからなかっただろう。腹部にめり込んだ衝撃が体を突き抜け、体の内部を揺さぶられたかのような衝撃が激痛として襲い掛かる。
 肩口から大地に叩きつけられ、何度も跳ね回り頭から壁に激突して男は沈黙する。
 その様を、残りの男は呆然と見ることしか出来ないでいた。それもある意味では当然か、そもそも、彼には文の体のこなしすらその目に映すことは出来なかったのだから。
 思考が再び働き始め、敵わないと悟ったか青い顔をしながら走り去っていく。男の腕にはあの女性のモノと思わしきバッグがかけられている。
 クッと、彼女は喉の奥で笑いを噛み殺し、そして走り出す。風を切り、大地を踏み抜き、獲物に襲い掛かる獣の如きしなやかさで―――

 「あなたに足りないもの、それは、情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ! そして何よりもぉぉぉぉぉ!!」

 追いつくのに時間は要らない。彼女にとって見ればこの程度の距離、至近距離と変わらない。
 言葉と共に、彼女は男を蹴り飛ばす。そのカモシカのような足から繰り出された蹴りに、男は一瞬で意思を刈り取られる。
 ぐらりと倒れる男。その手からバッグを奪い返すと、文は男を見下ろし、そして言葉にする。

 「速さが足りない!!」

 その言葉を最後に、文は振り向きもせずにその場から立ち去った。もともと聞こえちゃいなかったろうし、聞こえていないなら別にそれもいいだろう。
 歩いていると路地の置くから銀時たちと、あの女性の姿が見えて、彼女は苦笑しながら彼らに歩み寄る。



 この後、定春の裏に隠れていた鈴仙が文の口に直接ワクチンをぶち込んで、事態は一応の収集がついたのであった。



























 幻想郷のカフェには様々な客がやってくる。何しろ店長が大らかであり、妖怪、妖精、人間、誰であれ料理を振舞ってくれる。
 そして今日はそんなカフェに、また珍しい客が姿を現したのであった。

 「こんにちわー。あら、桂ちゃんお久しぶりー」
 「む、久しぶりだな神綺殿。今日はご友人と昼食か?」
 「ふふ、そんなところ。さ、アリスちゃん行こうか」
 「はいはい、まったく……夢子さんに怒られても知らないですよ?」

 店員である桂に挨拶したのは神綺。彼女は正真正銘の魔界の神様という大物である。見た目はとてもじゃないがそうは見えなかったりするが。
 少し会話をして、神綺は娘のアリスに言葉をかけ、アリスはと言うとどこか呆れたように言葉を紡いで彼女の後に続いていく。
 そして奥の席に向かっていき―――その異様な空間に気がついたのであった。

 「……アリスちゃん、あれ……」
 「あー、気にしないであげてお母さん。たまにああなるのよ。……なんか一人増えてるけど」

 神綺とアリスの視線の先、そこには霊夢、レミリア、幽香と―――新たに文が加わり、なんかどす黒いオーラを撒き散らしながらテーブルに突っ伏している。
 事情を知っているアリスは母に気にしないように促し、どこか釈然としなかったようだが、神綺は困ったような笑みを浮かべてアリスと一緒にテーブルに座った。
 そんな彼女達のもとに、桂がメニューを持って歩み寄ってきた。

 「そうそう、彼女たちのことはそっとしておいてほしい。ところで神綺殿、ここいらにお勧めの蕎麦屋があるのだが、どうだろうか? このあと俺と一緒に―――」
 「人の母親を目の前で口説くなぁ!!」

 いきなり口説き始めた桂のあごにアリスの拳が突き刺さる。
 ごぷぁっと奇妙な悲鳴を上げてぶっ倒れる桂。そのままマウントポジションで殴り倒すアリス。その光景をあらあらと困った様子で苦笑している神綺。
 そんな彼女達の隣の席には―――某ダークマターにてトラウマを負った方々が力なくテーブルに突っ伏したままであった。

 人生って、こんなはずじゃなかったことばかりですよね。と、後に射命丸文は語る。







 ■あとがき■
 ども、作者です。そしてすんませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
 ネタだらけです。つかネタしかない話でした。自分でもぶっ飛んだ内容だと思ってます。
 ゴメンなさい。文に色々クーガーの台詞喋らせてみたかったんです。
 反省はしています。でも後悔はして……ごめんなさい、やっぱちょっとしてます(ぉ
 そして最後の最後で力尽きたような気が……。なんだか最近スランプ気味です。
 それでは、今回はこの辺で。こんなネタだらけの話でも笑っていただけるなら幸いです。
 それから最後に、管理人の舞さん。復旧作業お疲れ様でした!!


 ※便器について語るところについてはドラマCDより。所々聴き間違いがあるかも。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第四十一話「お前の物は私の物、私の物も私の物」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/05/03 01:03









 よろず屋の応接間には今日も相変わらず依頼人が来る気配は無い。
 これでも幻想郷にいた頃よりは幾分かマシではあるのだが、やはり周に2,3度来ればいいほうで、生活費のほとんどは鈴仙の診療代や、文の新聞配達(文々。新聞にあらず)のバイトで何とかしている状態なのである。

 「銀さん、どうするんですか。このまんまじゃ銀さんまんまヒモですよ」

 そう、今の客の来ない銀時のこの状況は、新八の言葉そのものである。
 残念なことではあるが、傍から見るとどうしてもヒモにしか見えないのは周知の事実であり、事実、今現在よろず屋にいる天子と阿求がウンウンと頷いていたりする。
 そんな光景にさすがに思うところがあったのか、銀時は小さくため息をついて言葉を紡ぎだした。

 「んなこといったってよぉ新八、依頼人がこねぇんだからしかたねぇだろーが。それに、オメェだって似たようなもんじゃねぇか」
 「アンタが給料払わないからだろうが!! 何をさも自分は関係ないみたいな言い方してんですか!?」
 「そうネ! 私なんか給料が酢昆布なんて労働基準法無視も大概にするアル!! 大体、給料が現物支給とか聞いたことねぇんだよコンチクショー!!」

 そしてそんな一言にぶちきれたのはこのよろず屋に勤めて長い新八と神楽の二人である。二人とも烈火の如き勢いで銀時に掴みかかり、それに加勢するように定春が後ろから銀時の頭にかぶりつく。
 こう、バックリと。

 「いだだだだだだだだ!! なんか久しぶりに来たコレェ!! なんだか懐かしい感覚ぅー!? 頭からなんかスゥーって抜けていくような感覚ぅー!!」
 「がんばって銀さん、その先に私と同じドM境地があると知りなさい!!」
 「そんな境地至りたくねぇぇぇぇぇぇぇぇ!! そんなアブノーマルな境地に至ってたまるかコラァァァァァァ!!」

 ドッタンバッタンギャーギャーと騒がしく暴れまわる銀時、新八、神楽に定春。
 そこにさりげなーく天子が応援を送ったりするものの、応援って言うより自分と同じ境地に引きずり込もうとする言動に猛反発する銀時。
 そんな返答が来ることがわかっていたのか、天子は肩をすくめるとソファーに深くもたれかかる。もう何も言うつもりはないのか、どこか楽しそうに彼らの喧嘩を眺めていた。

 「そういえば、竜宮の使いのあの人はどうなさっているんです?」
 「衣玖? 衣玖なら『居候の身なのですから、何もしないわけにはいきません』とか言ってお妙さんの働いてるお店で働いてるわ」
 「ほほぅ、なるほど……。ん、あれ? お妙さんのお店って確か……」

 どたばたと喧しい騒音をBGMに、阿求はふとした疑問を天子にぶつけてみると、視線を変えずに天子は言葉にする。
 その返ってきた言葉に納得しようとして……あれ? と、思わず首を傾げることになってしまった。
 お妙さんの勤め先はキャバクラであり、彼女はそこの従業員兼用心棒を勤めているという話である。
 キャバクラといえば、そもそも男性を相手に女性が接客するお店であって、よく勘違いする人もいるのだが、決してナニでナニをするところや、おさわり自由な場所ではない。
 もし仮にそんなやからがいれば、衣玖の電撃の一撃に痺れることとなるであろう。少なくとも再起不能なぐらいには。
 それはともかくとして、衣玖は他人を立てるのが上手だったり、空気を読むのがうまかったりと、確かにこういった接客には向いているとは阿求も思う。思うのだけれど……。

 「いいんですか、竜宮の使い。それで……」

 ついうっかり口にこぼしてしまう阿求であった。

 「そういえば、フランはどうしたの? アイツ、今日は見てないけど」
 「あぁ、それはですね」

 今思い出したのか、それとも今まで気にかけていなかっただけなのか、此方にきてからフランの姿が見えないことに疑問を感じて天子が阿求に問いかける。
 すると、阿求は少し困ったような表情を浮かべ、頬に手を当てて、そして一言。

 「ジャンプ買いに行きました」
 「へ?」

 しっかり銀時によって色々間違った方向に染まっているフランなのである。









 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第四十一話「お前の物は私の物、私の物も私の物」■














 かぶき町の一角にあるコンビニの中。そこには様々な商品が陳列しており、週間漫画の金字塔、ジャンプもここにおいてある。
 入り口側の通路に設置された雑誌類の棚に、少女は目的の雑誌を探し回り、一冊だけ残っていたその雑誌に目を輝かせる。

 「あった!」

 言うや否や、彼女―――フランドール・スカーレットは小走りに駆け寄り、目的の雑誌であるジャンプに手を伸ばす。
 最初こそ余り興味の無かったフランだったが、毎週見てるアニメの原作がジャンプで連載されており、原作が気になりだして結局購入。
 それ以来、他の漫画にも目を通すようになったせいですっかり一週間のお供である。
 そんなわけで、彼女は上機嫌にジャンプに手を掛けて―――同じくジャンプに手をかけている別の手に気がついたのであった。

 「……」
 「……」

 視線を横にずらすと自然、お互いと目が合う。
 そこにいたのは色素の薄い目元を覆った茶髪の顎鬚を生やした男性で、黒い忍び装束の上に青いコートという特徴的な姿であった。
 ジーッと、お互い視線を外さないまま睨み合う。向こうの視線は伺えないが、少なくともフランの赤い瞳は射殺さんばかりに細められている。そのうち目からビームが出てきそうな勢いである。

 「……おじさん。手を離してくれない? これは先に私が手を出したの」
 「馬鹿いうなよ。こいつぁ俺が先に手に取ったんだ。大体、オメェみたいなガキにはジャンプは早すぎんだよ」
 「いい年こいた大人がジャンプ買うために子供と張り合うとかさ、色々終わってると思わない?」

 バチバチと苛烈な火花を散らすお互いの視線。
 売り言葉に買い言葉とはよく言ったもので、二人ともジャンプを掴む手に力を込めども緩める様子は微塵も無い。力を込めすぎる余り、両者の腕がプルプルと震える有様である。
 しかしながら、お互いに一歩も引く様子は無い。むしろ徹底抗戦の姿勢を強めるだけで、男―――服部全蔵はフランのキツイ一言に青筋を浮かべて口元を引きつらせながらも反論する。

 「んなことねーよ、男はいつだって少年なんだよ。テメェみたいなマセた子供はマガジンでも読んでろ」
 「読んでるよ、エ○ギアとかはじ○の一歩とか大好物よ。でもジャンプだって読みたいの。ワン○ースとか○リーチとかぬらり○ょんの孫とか大好物なの。
 ほら、少年の心を持ったおじさんにはさ、こっちの本のほうがお似合いよ?」

 そう言って口元を引くつかせて、青筋浮かべながら片腕でとある本を引っ張り出すフラン。
 さもありなん。一体どういう選考基準だったのやら、彼女が取り出したのは紛れも無いエッチな有害図書である。
 その光景にさすがにぎょっとしたのか、全蔵はフランの手から有害図書をかっぱらうと大声で怒鳴りだしていた。

 「テメェは本当にマセたガキだなオイ!! 間違ってもテメェみたいな子供がこんなの手にしちゃいけねぇよ!! つーか誰がこんなん読むか馬鹿!!」

 そういいつつ、元にあった場所に戻そうと反転する全蔵……かと思いきや、「いやでもなぁ」とか言葉をもらしながらしゃがみ込んで有害図書を読み始める始末。
 なにやら言い訳っぽい独り言をぶつぶつとほざき始めたので、フランは軽ーく軽蔑のまなざしを全蔵に向けつつ、遠慮なしにジャンプをレジに持っていく。

 「すいませーん、これくださーい」
 「って、待て待て待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 フランがレジのおッちゃんに声を掛けたところで事態に気がついたのか、全蔵は信じられないスピードを披露してフランの襟首を引っつかむと、そのままずるずると元の場所にまで引きずり戻す。
 当然、フランにしてみれば面白いはずも無く、彼女は怒りを隠そうともしないままむっとした表情で全蔵を睨みつける。

 「何するのよ。私が知ってるお店はジャンプ全部売り切れだったんだから、ここが最後なの。貴方は他のお店に行けばいいじゃない」
 「俺だってここが最後なんだよ。他全部売り切れてたんだよ。だからこればっかりは譲れねぇ」

 ギリギリと引き裂かれそうなジャンプが悲鳴を上げていることにすら気付かず、半ば殺意すら孕ませてお互いを睨みつけている二人。もはやどちらも大人気ないという結論が出そうな勢いである。
 そんな第三者の視線にも気付きそうにない二人の会話はもはや平行線をたどりつつあった。どちらも端から譲る気が無いのだから当然といえば当然。
 それで埒が明かないと判断したのだろう。フランは意を決すると、小さくため息をつき、すぅっと息を吸う。その一瞬の後―――

 「キャアァァァァァァァァァァァァァ!!」

 盛大に悲鳴を上げて全蔵からは思いっきり離れた。いきなりのことに思考が回らない全蔵。回りの数人の客も何事かとフランと全蔵の二人に視線を向ける。
 いつ間にやらフランの服が若干肌蹴て白く細い肩が露になっており、瞳に涙を一杯溜めてるフランに、どうにも警察っぽい男性が彼女に話しかけてきた。

 「どうしたんだ、君?」
 「こ、この人が……この人が『幼女萌えぇぇぇぇぇぇぇ!!』とかわけのわからないこと言っていきなり襲い掛かってきたの!!」
 「はぁっ!?」

 警官の男性に答えたフランの言葉にたまらず全蔵が素っ頓狂な声を上げるが、それもそうだろう。彼にしてみれば完全に冤罪以外のなんでもない。
 しかし、この国での被害者本人からの供述ってぇのは割と重要で、なおかつフランの演技がそれはもう凄まじい領域のもので、プロの女優も真っ青である。
 そんなわけで、警察の男性がフランの演技を見破れるはずも無く、自身の外見を使ったフランの恐ろしい策略に全蔵はゾワゾワと悪寒を感じずに入られない。
 案の定、警官は全蔵に厳しい視線を向け、全蔵の脳内に盛大なサイレンのごとく警報が鳴り響くのに時間はかからなかった。

 「ちょっと君、署までご同行願おうか?」
 「ちょっ、違う!! 冤罪だって……、おいテメェコラクソガキッ!!」

 店内の客から非難の目を向けられつつ、警官に連行されそうになる全蔵を、フランは「計画通りっ!!」な感じで笑うと服を元に戻してそそくさとジャンプを回収して店員に会計を頼んでいた。
 当然、全蔵にとっちゃ見過ごせるはずも無いのだが、彼の言葉にフランが耳を傾けるはずも無く、彼女は意気揚々と会計を済ませようとしている。
 もはや一刻の猶予も無い。そう判断した全蔵は懐から煙玉を地面に叩きつける。
 瞬間、爆発にも似た音と勢いで灰色の煙がもわもわと立ち昇り、警官の喉と目を使い物にならなくした。
 その事態に気がついたフランは、驚いてそちらの方に視線を向けた。
 それは一瞬、僅か一瞬のことだった。フランの傍を黒い影が通り抜け、ジャンプを掻っ攫い、代金を置きあっという間にコンビニから飛び出していった。
 ギリッと、悔しさに歯を食いしばる。常人なら見えもしなかっただろう今の一瞬を、フランの目は寸分の狂いも無く捉えていた。

 「アイツ!!」

 言うや否や、怒りの沸点に達したフランも日傘を差して全速力で全蔵の後を追いかける。
 もはや走る、などと軟なことは言っていられない。文字通り全速力で弾丸と化した彼女は風を切り裂きながら上空へと舞い上がる。
 自身の日傘の頑丈さに感謝しながら、鬱屈になりそうな太陽の下、フランは標的の後姿をその赤い眼に捉えていた。
 狙いを定めるなどと悠長なことはせず、視界に収まった途端獲物を狙う鷹のように急降下。風を裂き、空気の抵抗などものともせずに小さな吸血鬼が突き進む。

 一方で、全蔵は僅かな風の音の違和感に気がつき、後ろを振り返って―――その光景にぎょっとした。
 そりゃそうだろう。振り返った視界に映ったものは、轟々と燃え盛る炎の剣を振りかぶりながら急降下してくる少女の姿だったのだから。
 業火一閃。真横に降りぬかれた一撃はしかし、全蔵にあたることは無くバク宙の要領で回避され、そのまま二転、三転と距離をとられる。
 だが、とりあえず逃げられぬと悟ったのか、全蔵は懐にジャンプをしまうと改めてフランに向き直った。
 空気の焼け付く匂いが鼻につく。一体どれほどの熱量を持っているというのか、業火の剣は大気を熱で揺らしながら少女の手に収まっている。

 「ジャンプ返して。私、昼間に出歩くのものすごくきついんだから、よそで探してきて。ジャンプ代のお金あげるから」
 「断る。こりゃ俺が買ったもんだ。テメェこそよそで探せやガキンチョが。昼間動くのきついってドンだけグーたらなんだテメェ」

 ピクピクッと、全蔵の言葉にこめかみがひくつき、青筋が浮かんでいるのが自分でもはっきりとわかる。
 向こうが知らないので仕方がないのだが、そもそもフランは正真正銘の吸血鬼。外を出歩くのはキツイどころか、今彼女の持つ日傘が無ければそれこそ命に関わる。
 夜起きて、昼に寝る。もともと吸血鬼とはそういうものだ。そういうものなんだけどしかし―――こう、面と向かって馬鹿にされたようにいわれると腹が立つのは仕方がない。
 よくもまぁ、フランにしては我慢してる方だろう。レーヴァテインこそ出しているものの、出力を抑えて人が死なないようにしているのだから。……それでも大怪我は免れないだろうが。

 「ねぇ、おじ様。今ならさっきの暴言とか人の買おうとしたジャンプ掻っ攫ったこととか見逃すから、ジャンプ渡してくれない? いや、本当に」
 「断るッつってんだろ。こっちこそ、人に濡れ衣着せたりしたこと水に流してやるから、ジャンプこのまま持って帰らせろや?」
 「イ・ヤ」
 「だろうな」

 お互い一歩も譲らないまま、フランはレーヴァテインを掻き消して日傘だけの状態になる。
 この状態なら、彼女の能力を使って相手を翻弄できるだろう。問題は場所を間違えた瞬間相手が無事じゃすまないことだが、だからといってこのまま引く気はない。
 幸い、辺りに人はいない。あるいは、彼女たちが気がつかなかっただけで他にいたのかもしれないが逃げてしまったのかもしれない。
 剣呑な空気のまま、二人はにらみ合う。風が、一層強く吹いた瞬間―――

 耳を劈くような、豪快な爆発音が当たりに響き渡った。

 「っ!?」

 驚きの余り、全蔵が横に走る。本当に人間の走りなのか、常人には影を捉えることすら難しかろう。
 だが、その動きを持ってしても全蔵の心は乱れていた。何故ならば―――

 「テメェ、今何しやがったガキンチョ!!?」

 牽制にと振りぬいた三つの苦無が、空中で突然爆発したのだから。
 そんな仕掛けをした覚えはないし、当てる気も無かった。こうやって脅しとけば、相手は子供。
 少々どころかかなり大人気ないが、先ほどの一軒も手伝ってむしゃくしゃしていたし、こうすれば黙って引き下がると思ったのだ。
 しかし、誤算があった。彼女が見た目どおりのただの子供などではないという事実。真紅の鋭い瞳が、普通の人間には捕らえきれない全蔵の動きを遅れもせずに捉えきっている。

 「さぁ? 自分で考えたらどうかしら、おじ様?」
 「チッ! あぁ、めんどくせぇな畜生!!」

 不敵な笑みを浮かべるフランに、もはや相手を子供としてみることを止めた全蔵が接近する。苦無を片手に持ち、本能に従っての接近。
 ある意味、それは正解。遠距離では、彼女の能力の餌食になる。そもそも、彼女のありとあらゆるものを破壊する程度の能力は回避が不可能なのだ。
 能力を使わせない。故に、それには接近して手数で押すしかない。そういった意味で、フランがもっとも苦手とする相手はレミリア、そして接近戦を得意とする美鈴の二人。
 だが、それでも吸血鬼であるフランの身体能力は群を抜く。遠距離、中距離は回避不可能の必殺。近距離すらも超絶な身体能力のせいで難攻不落。
 それが、フランドールの幻想郷最強クラスの一角に数えられる所以。並大抵の相手では、彼女を打ち負かすなどそれこそ夢の話だ。
 黒い影が少女に突き進む。それをフランが迎撃し、見ることが困難な速度で展開される戦闘が開始された。



 そんな二人を、見下ろす二つの影があった。
 高いビルの屋上、興味深そうに見下ろす男は、サングラスにヘッドホンをしている男が、ポツリと言葉にする。

 「なるほど、あれが晋助の言っていた少女でござるか」
 「あぁ。まさかこんなところであの嬢ちゃんを見るッたぁ思わなかったがな」

 男、河上万斉の言葉に、片目に包帯を巻いた男性、高杉晋助が言葉にして、愉快気にフランに視線を向ける。
 彼女が此方に気付いた様子はなく、忍びの男と互角、いや明らかに圧倒しながら戦闘を繰り広げている。
 馬鹿げた速度で振り下ろされた腕の一撃はコンクリートの道路を粉々に砕き、半径数メートルものクレーターを作り出す。
 粉砕音が、あたりに鳴り響く。それに怖気もせずに、忍びは紙一重で回避しながら少女の側面に回りこみ、苦無の斬撃を繰り出すが、それを身を捻るように回避して一旦距離をとる。
 そんな光景を目の当たりにしても、その戦いを見物する二人はどこか楽しそうだった。
 眼下でまた爆砕音が鳴り響く。ともすれば戦場を見学しているかのような錯覚を覚えながら、万斉はひゅーっと口笛を吹いた。

 「これは確かに、晋助、お主に似ているでござるな」
 「だろう?」

 万斉の言葉に、高杉はクツクツと楽しそうに笑みを噛み殺す。
 獣のような瞳でフランの戦いを見下ろし、出来のいい映画でも見ているように楽しげな表情を浮かべている。
 その心情にどこか共感を覚えて、万斉はさらに言葉を続けた。

 「デタラメに鳴り響く不協和音。だがまっすぐに進もうと鳴り足掻くヘヴィメタルのようでもある。確かに、これはこれは興味深い」

 それはまるで独白のようで、その言葉に帰ってくる言葉も無い。
 だが、それはそれでいいのだろう。彼自身、誰かに聞かせるために、相手のことを音楽で表現しているわけではないのだから。

 そんなやり取りがあっていたことなど露知らず、フランは目の前の男を打倒せんと拳を振るう。美鈴の見よう見まねの拳法もどき。やはりそれでは無理があるのか、全蔵に回避されていく。
 だが、全蔵も気が気ではなかったのだ。何しろ挙動の一つ一つが恐ろしいほどに早い。それも、視認すら出来ないという馬鹿げた早さだ。
 回避できているのは予備動作の大きさと、長年の戦闘経験の賜物。もはや回避に専念しなければならなくなっているほどのスピード。
 その一撃が、偶然、全蔵の懐に入っていたジャンプにあたり、すぽーんっと本が飛び出した。

 「しまった!?」

 回避に専念する余り、目的のものを忘れるとはとんだ誤算だ。
 これを逃せば、はたして次の入荷はいつになるのか、想像するのも億劫になる。
 だがしかし、事態はこれで終わりではなかったのだ。ジャンプは勢いよく空高く舞い上がり―――ぽすんっと、軽い音を立てて偶然通りかかっていたヘリコプターにジャストインしたのであった。

 『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?』

 いや、ドンだけ飛んだんだよと侮ること無かれ。何しろフランの渾身の一発である。軽い雑誌なんてそれこそ易々と宙を舞うだろう。
 とまぁ、それはさておき、彼女達の目の前で猛然と爆進するヘリコプター。それを呆然と見送るフランと全蔵。もはやさっきの戦闘の激しさなどかけらも無い。



 さて、話は変わるが同時刻。某所の銀行にて強盗が発生。犯人はあらかじめ用意していたヘリコプターで逃走中であった。
 男達は戦果である大金に酔いしれ、早くもお祭り騒ぎとなっていた。

 「おい、お前もジャンプ読んでないでこっち混ざれよ」
 「ちょっと待てって。もうすぐ読み終わるからよ」

 そんな会話を交えつつ、入り口の開いたヘリコプターで大騒ぎする男達。風が強くてあれだが、万が一の迎撃のために狙撃主だけはいまだ厳戒態勢であった。
 そんな中、ふっと入り口からジャンプが飛び込んできた。

 「なんだこりゃ? 何でジャンプなんか……」

 言葉に仕掛けて、男の言葉が止まる。狙撃主の腕が苦無に貫かれて悲鳴を上げ、それで改めて外に敵がいることを理解する。
 慌てた様子で外に視線を向け、彼らが目にしたものは―――

 『ジャンプを』

 お互いに肩を組んだ忍者の男と吸血鬼の少女の姿で―――

 『返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』

 ものの見事なユニゾンキックの直撃を喰らい男の一人が沈黙した。
 一体この高度をどうやって飛んできたというのか、男と少女は据わりまくった目を当たりに向けてギラギラと殺意を振りまいていたりする。

 「な、なんだこいつら!?」
 「金を横取りするつもりかテメェ等!?」
 「あぁ?」

 錯乱する男達の言葉に、思いっきり柄悪く言葉をこぼしたのは全蔵である。フランも全蔵に背を預けるように辺りを見回しており、その目はもはや軽く殺意が篭っている。

 「いらないよ、そんな紙切れ」
 「その通りよ。俺達がよこせって言ってんのはなぁ……」

 フランの言葉に全蔵が同意し、少女はレーヴァテインを、男は苦無を取り出した。
 男達が今まさに銃を構えた刹那―――

 『ジャンプだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 ヘリコプターの中は、二人の乱入によって一気に地獄に成り果てたのであった。
 二人が大暴れしたせいでコントロールの制御が出来ずにふらふらと頼りなくヘリコプター。
 やがてそれは地面に墜落し、盛大に爆発して華々しく散った。

 その光景を、一部始終眺めていた高杉はクツクツと心底おかしそうに笑いを噛み殺していた。

 「いやいや、随分と酔狂なもんだ」

 よほど先ほどの光景が面白かったのか、なおも笑い続ける高杉を一瞥し、万斉は墜落したヘリのほうに視線を向ける。
 今は既に、あの少女の姿は見えないが、なんとなく、高杉の気持ちがわかるような気がしてふっと彼は小さく苦笑した。
 できれば、一度剣を交えてみたいと思う。あれほどの相手、戦えるとしたらどれほど心が躍るだろうかと思考して、それも今は叶わないことかと心の内に仕舞い込む。

 「なるほど、お主の言うとおり、中々ロックな少女でござる」

 その言葉に、どんな感情が混ざっていたのか。
 万斉のその言葉に、高杉はクッと苦笑すると、ビルの屋上から移動して中に戻り、後に、万斉もそれに続いて彼の後を追う。
 下の道路では、今まさに真選組のパトカーがヘリ墜落の現場に急行しているところであった。























 さて、あの後フランは無事にジャンプを入手。
 お前の物は私の物。私の物は私の物論理で強盗からジャンプを掻っ攫うと、ようやく全蔵と和解し、のちにジャンプで仲良く語り合うまでの仲となっていた。
 そんな昨日のささやかな一軒の翌日、フランは自分が寝床に使っているハンモックの上でジャンプを読み漁っていた。
 ぺらぺらとページをめくる音を尻目に、銀時、新八、神楽、天子、鈴仙、文、阿求は一同で新聞の一面に釘つけになっていた。
 その新聞の一面には、フランと全蔵の写真がでかでかと載っており、見出しにはこう書かれていた。
 『お手柄!? 忍者と少女が強盗犯を殲滅!!?』

 「……なんでそーなるの」





 ■あとがき■
 と言うわけで、今回の話はいかがだったでしょうか?
 最近、やはり不調続きでうまくかけないです。今回戦闘入れるつもり無かったんですけどねぇ。
 最近、フランとセットで高杉が出てくることが多くなった気がするのは気のせいだろうか……。
 それから最後の方、吸血鬼って写真写ったっけ? たしか写ったような気がしないでも……写らないの幽霊だっけかな?
 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第四十二話「人を驚かして楽しむ輩ほど実は寂しがりだったりすることがある」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/05/13 00:31
 ※東方星蓮船のネタバレ有りなのでご注意ください。
 ※ネタバレがいやな方は戻るをお勧めいたします。すみません。

















 「ビデオレターとは、お姉さまも暇なのね、咲夜」
 「まぁまぁ、そうおっしゃらずに。お嬢様なりの趣向でございますわ」

 よろず屋の居間にてビデオデッキにビデオテープを入れ込む新八の姿を見ながら紡いだフランの言葉に、咲夜は少し困ったような表情を浮かべてやんわりと言葉にする。
 今日は定期的に咲夜がフラン用の血液を運ぶ日であり、それと同時にもたらされたのがレミリアからのビデオレターと言うわけである。

 「まぁいいじゃねぇか。オメェのこと心配して、こんな手の込んだことしてんだろうしよー」
 「そうそう、いいお姉さんではないですか、フランさん」
 「ただの思いつきなだけだと思うんだけどなぁ」

 銀時の気だるげな声に同意するように、文もクスクスと笑って言葉にする。
 そんな二人の様子に釈然としないものを感じながら、フランはそんな言葉を呟いて小さくため息をついた。
 そもそもの話、此方の世界に来ることの少ないあの人が機械関係大丈夫なのだろうか? というそもそもの疑問が先立つのだが、それを考えても答えが出そうに無いので思考の隅に追いやっておく。
 大方、こっちに買い物に来たときに物珍しいものは片っ端から買っていっていたので、その時のを使ってみたくて仕方がないのだろう。
 まったく、困った姉だと思っていると、どうやら準備が終わったらしい新八がこちらを振り向いた。

 「銀さん、準備できましたよ」
 「わーった。んじゃ、再生すっぞー」

 銀時が気だるげにリモコンを持ち、それを確認すると新八もソファーに座る。
 阿求や鈴仙もレミリアがどんなビデオレターを送ってきたのか興味津々らしく、どこか楽しそうにテレビに視線を移している。
 リモコンのスイッチが押され、独特の電子音が鳴って画面が映し出される。
 映し出されたのはレミリアの部屋、その部屋のベッドで、レミリアはどこか元気がなさそうにベッドから上半身だけを起こして映っていた。
 ごほっごほっとせきをして、どこか辛そうに言葉を紡ぎだす。

 『フラン、お久しぶりね』
 「わー、どうしたのかしらお姉さま。風邪かな?」

 フランが疑問に思ったようで言葉にしてストローの刺さったジュースを手に持つが、他のメンバーはレミリアが演技しているという事を早々に見破っていたりする。
 何しろせきが物凄くわざとっぽいのだ。いくらなんでも演技が下手すぎると思う。

 (……仮病ですね)
 (自分の心配させて、あわよくば見舞いに来てくれまいかと言う魂胆が見え見えすぎる)
 (いい加減妹離れしましょうよレミリアさん)

 そんなわけで、文、銀時、阿求の三人がそう思ったのも無理も無いことだろう。
 あんまりな演技にあきれ果てていたフランを除くよろず屋メンバーであったが……―――

 『フラン、あなたの方は元気がハァァァァァァァァッ!!』

 ごぶしゃあとものゴッツイ勢いでリットル単位の吐血をしたレミリアの演技に思わず噴出すのであった。
 さもありなんと言うべきか。もうなんというかどこから突っ込めばいいのかわからない。

 (オィィィィィ!! どんな血の出方だぁぁぁぁぁ!!)
 (アンタは末期の危険な伝染病患者か!)
 (演技過剰にも程があるだろーがっ!!)

 それでも、心中でツッコミを入れた新八、鈴仙、銀時。
 演技過剰にも程がある。どこの誰が見ても演技だとわかるようなその光景にもう何を言えばいいのかすらもわからなくなりそうである。
 未だにごほごほと咳き込むたびにぶしゃーぶしゃーと血を吐き続けるレミリア。どうでもいいがそんなに血が出てると人間は普通死ぬ。あ、吸血鬼か。
 それはともかくとして、当のフランの反応はと言うと……。

 「ふーん、お姉さま大変だねぇ」
 「本当ネ。血を吐きすぎて貧血にでもなってそうアル」
 (((((そして演技とばれていないにもかかわらずこの反応の薄さには同情せざるおえない……)))))

 バリバリと煎餅を頬張りながら神楽と一緒にそんな言葉を紡ぎだしていて、騙されているにもかかわらずその反応の薄さにレミリアに同情せざるおえない心境になる一同。
 あれ、なんか涙が。堪えろ、うどんげ、お前が泣いたらレミリアが泣けねぇ!! とかなんとかそんなやり取りが小声で応酬される始末。
 そんな中、ビデオの方にも変化があったようで、画面に映っていたドアが開き、アオが顔を出して部屋に入ってきていた。

 『レミリアちゃーん、パチュリーはんが昨日貸した本を返してくれって……、何やっとるんレミリアちゃん? なんやケチャップ臭いねんけど、ケチャップ使ったなんか新しい遊び―――』

 アオから紡がれた言葉は、しかし終ぞ言い終えることはなかった。
 振りぬかれた拳。力の流れに沿って跳ねとぶアオの頭部。
 連打連打連打連打連打連打連打連打右左右左右左右左ボディボディボディボディボディアッパー不夜城レッド!
 鳴り止まぬ撲殺音。振りぬかれる拳は最早視認すら許さない。殺傷的な拳の連打は止まることを知らず、背筋の凍るような風きり音もやむことが無い怒涛のラッシュ。

 (生き物の動きじゃねぇ!)
 (凄いコンボ数……ある種のハメに近いですね)
 (使った瞬間友達をなくしそうだ)

 未だに鳴り止まない撲殺音を耳にしながら、冷や汗流してあらためてレミリアが幻想郷最強クラスであることを認識するよろず屋メンバー。物凄くいやな認識の改め方だが。

 『うっさいね遊びじゃないんだよ! こちとらフランが私の見舞いに来てくれるかどうか瀬戸際なの!! 余計な邪魔するんじゃないよ!!』
 『えぇ!? だって、それただの仮病……』
 『うるさーい出て行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』
 『ちょっ! さすがにグングニルはうちでも無理―――』

 アオが言い終えるよりも早く、レミリアが神槍をぶん投げる。
 音速の弾丸となった槍がアオに直撃……こそしなかったが、部屋の一部を大破させるには十分だった。その間にアオはそそくさと退散したらしい。
 あの無限コンボを喰らって未だに動けるあたり、彼女の頑丈さってぇもんをありありと語っているような気がしないでもない。

 「相変わらずアオは大変だねぇ」
 「まったくアル。さすがは万年不幸体質」
 「いや、大変ってレベルじゃない気がするんだけど……」

 そんなビデオの一部始終を見ていたフランと神楽の感想に、今度ばっかりはさすがに鈴仙が言葉にしてツッコミを一つ。
 やがて、レミリアはビデオが回っていることを思い出したのか、はっとした表情となりごほごほと咳き込み始めた。物凄く手遅れだが。

 『フラン、私は見ての通りだけど、くれぐれも心配しないで、あなたはあなたでそちらを思いっきり楽しんでおきなさい』

 全身自分の吐血(ケチャップ)とアオの返り血で真っ赤に染まったレミリアがそんなことを言ったところでビデオはザーッとノイズ交じりの画面に変わる。
 どうやら今ので終わりらしかったので、銀時は微妙な顔をしたままリモコンでビデオの電源を落とした。

 「なんだ。意外と元気そうだね、お姉さま」
 『ほんとにな』

 素直な感想を述べたフランの言葉に帰ってきたのは、どこか疲れきったよろず屋メンバーの声だった。
 最早突っ込むのも面倒くさいのか、あるいはツッコミを入れるのが哀れだと感じたからか、新八すらも無言でお茶を飲んでいる始末である。

 「そういえば咲夜、他にも用事があるの? 今日は珍しく長居してるけど」
 「えぇ」

 いつもならフランの食事用の血液を送り届けたら帰宅している咲夜が、今もなおここにいることを不思議に思ったのか、咲夜に向かってフランが問いかける。
 それで、そういえばそうだったと気がついたのか、皆が咲夜に視線を向ける。
 にっこりと、咲夜はその言葉を肯定すると、新八に視線を向けた。

 「お嬢様から、新八を死なない程度に暴行しておけとことづけを承ってきました」
 「ブフゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!?」

 とんでもねぇ発言が咲夜から飛び出して、今までお茶を飲んでいた新八がたまらず噴出した。
 どうも、前日のフランの「気になる人が出来たの」問題で未だに新八がソレだと勘違いしているっぽい。
 それゆえの命令で、どうにもレミリアの思考回路はその日から色々と暴走しているらしかった。……いや、それは以前からか……。

 「もう、まったくお姉さまったら相変わらずなんだから」
 「フランちゃーん!! にこやかに言ってないでこの人何とかしてください!!」
 「じゃ、念のために手足の腱を切っておきますわね」
 「見てー! めちゃんこやる気ですよこのメイドさんー――――――――ッ!!」

 笑みを浮かべて仕方ないなぁもうとかなんとか呟いているフランに、早速拘束されてナイフ当てられてる新八の懇願の大声が上がる。
 とりあえず、現在進行形でいろんな意味で暴走しているレミリアもだが、満面の笑顔で恐ろしいことを発言するこのメイドさんもメイドさんである。
 この姉にしてこの妹有り。この主人にしてこの従者有り。とでも発言していると物凄くしっくり来そうな光景に思わず頭痛を覚えそう。
 そんな中、ごそごそと幻想郷に続く箪笥が動き始めて、誰かが向こうからの来客を知らせる。

 「お、誰か来たな。依頼人か?」
 「銀さぁぁぁぁぁぁぁん!! 現実逃避しないで早く助けてくださいよぉぉぉぉぉぉ!!」

 ウマイ逃げ口を見つけた銀時はいつもでは考えられないぐらい俊敏に箪笥に駆け寄り、現在進行形でピンチになってる新八は大声で抗議の声を上げる。
 とりあえず、このままだと本気でやりそうだと悟ったのかさすがにフランが止めに入ったのを確認して、銀時は入り口になっている箪笥の引き出しを開ける。
 そして顔を出したのは、色素の薄い蒼色の髪を、少し短めのセミロングにした少女。青と赤のオッドアイと白い肌が特徴的。そして何よりも目を引いたのが―――その手にした傘である。
 今は折りたたまれているものの、傘には巨大な一つ目と長い舌があり、きょろきょろうぞうぞと動いていることから作り物でないことは間違いない。
 ぬべろんっと、その傘の舌が銀時の顔面を一舐めし、直後、これでもかと言うほどにピタッと硬直する坂田銀時。

 「あのー、頼めばなんでも依頼を受けてくれるよろず屋と聞いてきたんだけど……」

 一方の少女はと言うと、上目遣いでそう聞くものの余りの反応の無さに段々と尻すぼみに言葉が小さくなっていく。
 その直後、バッターンと盛大な音を立てて銀時は後ろにぶっ倒れ、そのまま気絶したのであった。
 それも無理らしからぬことだろう。何しろこの男、幻想郷やスタンド旅館にてそれなりに耐性がついたとはいえ、そもそも幽霊やお化けが大の苦手なのである。
 さて、彼を気絶に追い込んだ、現在進行形でおろおろしている少女の名は多々良小傘。人を驚かす程度の能力を持った、から傘お化けの妖怪少女である。













 



 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第四十二話「人を驚かして楽しむ輩ほど実は寂しがりだったりすることがある」■














 そんなハプニングから時間がたつこと数十分。咲夜が帰宅したあとようやく気絶から復帰した銀時は、ちらちらと小傘と彼女の持つお化け傘に視線を交互させ落ち着く様子がない。
 そんな銀時の様子を見なかったことにしつつ、新八が小傘にお茶を差し出すと、彼女はどこか緊張した様子でソレを受け取った。
 馴れとは恐ろしいもので、新八や神楽にいたっては彼女の持つお化け傘ぐらいでは驚かないようになっていたのである。

 「それで、今日はどんな依頼を持ってきたんですか?」
 「えっと……実は、私に人の驚かし方を教えてほしいの」
 『驚かし方?』

 小傘の口から飛び出した言葉がよほど以外だったのか、彼らの口から突いて出た言葉はほぼ同時だった。
 その様子に、小傘はこくんっと頷くと、やがてよよよと目元を指で拭って事の次第を話し始めたのである。

 彼女は元々、忘れ物の傘だったのだが、配色が不人気で誰も拾ってくれる事もなく、雨風に飛ばされているうちに妖怪になった者であるという。
 普段は人間に実害を与えることは少なく、ただ人間を驚かせるのを生きがいにしているのだとか。
 ところが、である。最近は驚いてくれる人間が少なく、最近は古典の怪談を読んで勉強しているらしいのだが、それも芳しくない。
 その上先日、船を追いかけていた巫女二人と魔法使いにコテンパンにやられた上にこれっぽっちも驚いてもらえず、すっかり自信を喪失してしまったのである。
 それからもやもやとした気分が続いていたのだが、先日、このよろず屋の話を耳にして此方に赴いたのだとか。

 「あなたは人間を憎んでいるのですか?」
 「うーん、どうかなぁ。見返したいって気持ちはあるけど、憎いって感じはあんまり……」
 「はぁ……、なんというかあなたのようなタイプには珍しい妖怪ですねぇ」

 文の言葉に返答した小傘の言葉は、どうにも阿求にとっては意外なものだったらしい。
 彼女のように忘れ去られて、あるいは捨てられて妖怪化した者はかなりの確率で人間に強い恨み憎しみを持つものが多い。
 毒の人形、メディスン・メランコリーがこれにあたるだろう。
 そんな妖怪とはうって変わって、彼女は基本的に驚かすだけで害を及ぼすことがほとんど無い。傍目から見てもどうにも憎しみがあるとは見えにくい。
 というより、こうなんというか「かまってください」オーラがどことなーく感じられるのは気のせいか……。
 まぁ、それはさておくとして。ここに妖怪として長生きしている文がいたことは、彼女にとっては行幸だっただろう。
 何しろ人生経験が豊富な彼女である。文はうーんとしばらく考え込み、ぴんっと人差し指を立てて言葉を紡ぐ。

 「姿を見せない方が人間は驚くんで、そっちの方でアプローチしてみてはどうでしょう?」
 「そうなの?」
 「えぇ、人間は正体不明のものに酷く恐怖心を抱く傾向にありますからね。ま、とりあえずあなたの実力を見せていただきましょうか」

 いつものスマイル浮かべてウインクなさる鴉天狗。伊達に長い時間生きて経験をつんだわけではないのである。
 そんな彼女が言葉を紡ぎ終えるのとほぼ同時に、インターホンがなって来客を告げる音がする。
 これは好都合、とばかりに文は笑みを深め、クスクスと笑いながら小傘に言葉を投げかけた。

 「ほら、丁度誰か来たことですし、あなたの実力を見せてください」
 「よ、よし! 見ててよー!」

 ふんっと意気込んで立ち上がり、そそくさと玄関の方に向かっていく小傘。
 その後を追うようによろず屋のメンバーもついてきて、少し離れたところでこっそりと様子を覗き見る。

 「つーか、ブンブン。あれが依頼人だったらどーすんの?」
 「心配要りませんよ銀さん。そんなの宝くじで一億当たるよりありえませんから」
 「おいこら、ブンブンやめてくんないそんなこと言うの。実際にそんな感じだからものすごーく嫌なんですけど? 銀さん自信無くすよ?」

 そんなやり取りを小声で交えつつ、事の次第を見守るメンバー達。
 玄関からは宅急便でーすと声が聞こえてくるあたり、どうにも依頼人ではないようで新八は安堵の息を漏らし、銀時はへこんでその場に倒れ付した。
 そんなやり取りがあっているとは露知らず、やる気満々で気合を入れる多々良小傘。
 ひっひっふー、ひっひっふーとなんか色々間違った呼吸法で気分を落ち着かせた後、勢いよく玄関を開け放ち―――

 「うらめしやー!」

 ばっとお化け傘ごと両腕を上げて、そんな間の抜けた声を叫んでいたのであった。

 「……」
 「うらめしやー、おどろけー!!」

 上げた両腕をばったばったと振りながらもう一回声を上げてみる。
 しかし残念ながら、帰ってきたのは「何してんのコイツ?」的な飛脚の顔と、物凄くいたいたたまれない空気と沈黙であった。

 「表は蕎麦屋ー……」

 三度目の正直……には、残念ながらなることも無く、どんどん尻すぼみになっていく小傘の声。
 もういたたまれないどころの話ではない。うっかり中二病的なことを口走って失敗してしまった人間を目撃してしまったかのような気まずさである。
 というか、一発目で失敗してしまったらもう何度繰り返しても無意味だろう。

 「すんません、受け取りのサインお願いします」
 「……あ、はい」

 そしてそんな空気などものともせずに用件をズバッと切り出す飛脚の兄ちゃん。
 その問答無用な物言いにうっかり返事してしまい、書き書きとサインするから傘お化け。
 サインを終えて、みかん箱の荷物を渡される。ソレを確認した飛脚は「ありがとやっしたー!!」と元気に声を出してそそくさと去っていった。
 ぼーぜんと玄関に残される小傘。いたたまれない空気に誰もが声を出せずにいる中、ようやく現実を認識したらしい小傘が、器用に傘を持ちながらみかん箱を両手に持ってとぼとぼと長い廊下を歩いてくる。
 誰もが見てもわかる。軽く泣きが入っていて薄っすら目尻に涙と言う名の液体が溢れそうなほどに溜まっていたりするのである。
 気まずい。気まずすぎる。うっかり下手なこと口走ろうもんならそのまま泣いてしまいそうな勢い……というか、確実に泣く。

 「おい、誰かなんか言えよ。いたたまれねぇよこの空気。つーかあれ泣いてるよね? 絶対泣いてるよねあの子!?」
 「あー、泣いてますよねぇ確かに」
 「オイオイ勘弁してくれよ、クラスにいたよね? あんな感じに泣く子がクラスに一人は絶対にいたよね!?」

 お互い小声で会話しあう銀時と文。その声が聞こえただろうに、他のメンバーは余りのいたたまれなさにどう言葉をかけていいかわからないようで、言葉に詰まっている。
 そんな中、向かわせた言いだしっぺが何も言わないわけにはいかないと気がついたか、文がゴホンと一つ咳払いをして彼女の前に出てきて言葉を紡ぐ。

 「えーっとですね、ひじょーに厳しい意見になるんですが……率直に言うのとオブラートに包んで言うのとどっちがいいですか?」
 「……率直な意見お願いします」

 一応、気を利かせただろう文の言葉にもそんな返答をする小傘。
 ソレで一応は決心がついたらしい文も、「あー」とどこか気まずそうに言葉を濁し……。

 「じゃあ言いますけど―――0点。妖精以下です」
 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 根も葉もなく本音をぶっちゃけた文の評価に止めを刺され、涙を塞き止めていたダムが決壊した小傘のマジ泣きが盛大によろず屋に木霊することになったのであった。
























 「はぁ? 人を驚かせる方法?」

 ところ変わり、よろず屋の下にあるスナックお登勢。そこに皆が集まってお登勢が何事かと問いかけたところ、返ってきたのがそんな反応である。
 彼女の店は基本的に夜の開店で、今は準備中。もとより愛想のよくないお登勢はと言うと、鬱陶しそうな視線を隠そうともしないまま件の少女、小傘に視線を向けた。
 小傘はと言うと、お登勢の視線にも気付いていないのかカウンター席にうつ伏せの状態で座り込んでうんともすんとも言わない。さっきの評価がよっぽど堪えたらしい。

 「にしても、から傘お化けねぇ。あたしにゃどう見ても人間にしか見えないんだけど。その傘はともかく」

 気の無いお登勢の言葉だが、それがこの少女を目にした彼女の正直な感想である。
 小傘が人を驚かせられないのは、その妖怪らしからぬ容姿のせいもあるのだろう。
 何しろ、パッと見はオッドアイであること以外は普通の少女。それも、幻想郷の神秘よろしく結構、というかかなり可愛い部類の容姿である。
 これがもうちょっと強面だったり、恐ろしい外見であったならともかく、残念ながら彼女の容姿に怖がったり驚いたりする要素は全然無い。
 今現在、折りたたまれて彼女の傍に立てかけられてるお化け傘はひとまず置いておくとして。

 「オ登勢サン。コイツ等ノ言ウ事ヲ真ニ受ケテハ駄目デス。オイ小娘、ソンナニ人ニ驚イテ欲シケリャ人前デ服デモ脱イジマイナ!」
 「ちょっと、止めてくださいよ! 小傘さんは真剣に相談に来てるんですから、そんなこと出来るわけないじゃないですか!」
 「そうか、その手があったわ!!」
 「ちょっと待てぇェェェェェェェ!! 落ち着いて冷静になって小傘さん!! そんなことしたら社会的に死にますって!!?」

 トンデモネェ発言をしたキャサリンの言葉に新八がそんなことを言うものの、色々精神的に追い詰められて頭のねじが緩んだらしい小傘ががたっと立ち上がって物凄いことを口走り始める。
 新八のツッコミを受けて幾分か冷静さを取り戻したのか、顔を真っ赤にしてあらためて座りなおす小傘。
 そんな彼女の様子を見て、タバコを吹かして小さくため息をつくと、お登勢は小傘に言葉を投げかける。

 「大体、アンタ今までどうやって人を驚かせてたって言うんだい?」

 そこは純粋な疑問だったのだろう。なんかその一言で周りがやたらいたたまれない空気になったような気もしたが、それに気付かずに小傘はすくっと立ち上がり、お登勢の方を向いて両腕をバッと上げた。
 そして一言、いつものごとく。

 「うらめしやー!」

 ブンブン手を振って驚かそうとアピールする小傘。反応が薄いと見るや、ぴょんぴょん跳び回り始めたが、そんな彼女を見てお登勢は小さくため息をつく。
 おい、あれ誰か止めて来いよ。無理言わないでください銀さん、鈴仙さん後は任せました。うぇ、無理言わないでよ文。とかなんとかぽそぽそと小声のやり取りが微妙に耳に届く。
 それに気がつかぬまま、未だにぴょーんぴょーんと跳ねて「うらめしやー」とかなんとか驚かそうと必死な小傘。段々涙目になってきているのは目の錯覚ではあるまい。

 「いや、それじゃ驚かすの無理だろ」
 「ぐはっ!?」

 そんでもってお登勢の言葉は容赦ってもんが無かった。遠慮のねぇ言葉の刃に貫かれ、小傘は再び座り込んでうつ伏せになり、しくしくと泣き始める始末。

 「うぅ~、誰も驚いてくれない。心がひもじいよぅー。……よし、やっぱり人前で脱ぐしか!」
 「オィィィィィィィィィィィィ! そこから思考離れろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 そして段々と箍が外れていく小傘の思考回路。今まさに服を脱ごうとする小傘に新八のツッコミが入ってその蛮行を強制的にストップさせた。
 モニターの前の皆さんから盛大に舌打ちやら文句やら聞こえてきそうだが、悲しいけどこれ健全板なのよね!

 「ほら、そう気落ちしてんじゃないよ。これやるから」

 さすがに言い過ぎたと思ったのかどうかは知らないが、お登勢が彼女にさくらんぼの乗った皿を渡す。
 他のメンバーにも、店の奥から現れたたまからさくらんぼの乗った皿を一人ずつ手渡していく。

 「どうぞ、皆さんの分です」
 「おーいババァ、どーいう気まぐれだこりゃ?」
 「別に。よそからの頂き物なんだが、生憎数が多くてね。処理しきれないからあんた達にもわけといてやるよ」
 「へいへい、そりゃどーも」

 なんてことの無い風に銀時の言葉に答えるお登勢。そしてそれ以上聞くつもりは無いのか、気だるげな声で納得した風に言葉にすると、遠慮なくさくらんぼを口に運んだ。
 一方、小傘のほうも既にさくらんぼを口に放り込み、さっきの憂鬱が嘘のように幸せそうな表情でさくらんぼを味わっている。なんだかんだで現金な性格である。
 やがて彼女がぺロッと舌を出し、その舌先には雁字搦めになったさくらんぼのへたが乗っていたのであった。

 「うおっ!? 凄いアル小傘!!」
 「あややー!? 私もへたを結ぶのは出来ますがそこまで複雑には出来ませんよ」
 「ふふふ、結構得意なのよこれ」

 さすがにそこまで複雑な風には結べないのか、神楽と文が意外なものを見るように小傘を見て、その様子にどこか満足げに言葉にする小傘。
 そこでふと思う。今、自分は彼女達を驚かせているのではないのだろうか、と。
 そう思うと本当に久しぶりに誰かを驚かせられたような気がして、自分の望む形の驚きではないけどやはり嬉しかった。そして、今更のように気がついたのだ。
 自分は最初に、此方に来たときに盛大に一人びっくりさせていたではないかと。
 そう思えると、今まで沈んでいた自信が再び浮上してくる。気持ちもどこか上機嫌になり、ほかほかと暖かい気持ちになれた。
 だっていうのに―――

 「そういえばさ、さくらんぼのへたが結べる人って<ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!>がうまいんだっけ?」
 『オィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!?』

 フランから飛び出したトンでも発言で全てが台無しになった。どのくらいとんでもないかと言うと、その場にいた全員が彼女にツッコミを入れてしまうほどである。

 「フランちゃぁん、そんな言葉誰に聞いたの!!? あんまりにトンデモネェ発言だから隠すのが○じゃなくてゴ○ゴ13の狙撃音になってんじゃねぇかっ!!」
 「え、違ったっけ? <ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!>じゃないの? 私は<ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!>だってこの前へんな酔っ払いから聞いたよ?
 え? 本当に<ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!>じゃないの!? うそ、本当!?」
 「連呼するなァァァァァ!! もう今のでどこかの誰かがゴ○ゴさんに三回射殺されちまったじゃねぇかっ!! へたが結べるとうまいのはキスの方だコラァァァァ!!」

 まぁ出るわ出るわトンデモネェ単語がどかどかと。
 その単語が出るたびに某有名なスナイパーの狙撃音で掻き消され、その単語が出てくるたびに神楽、キャサリン、お登勢以外の女性陣が見る見るうちに顔を真っ赤にしていく。
 そしてさすがに自分の知識が間違っていると悟ったのか、見る見るうちに顔を赤くするフラン。その様子を見て、ようやく事態を理解してもらえた安堵の息をこぼす銀時。
 とりあえず、その言葉は絶対に人前で使うなと念入りに言い含めると、不承不承ながらフランが頷いて何とか事なきを得たのであった。





















 そんなことがあった日の翌日。
 フランと神楽、阿求が定春の散歩に出かけ、鈴仙が薬剤師としての仕事に出かけた頃。
 彼女、多々良小傘は再びこの場所、よろず屋の一室に訪れていたのであった。

 「んで、今日はどんな用だ」

 やる気の無い表情で無気力な声を紡ぐ銀時。そのやる気ゼロのトップを見ても何もいわないのは、言っても無駄だと理解しているからなのか、文も天子も何も言わない。
 昨日いなかった天子は彼女のことは初見であったが、文からの説明を聞いて一通りの事情は理解した。
 そんな中、小傘は銀時の正面に正座して座り、意を決したように深々と頭を下げてそして―――

 「銀さん、わきちを……銀さんの嫁にして!!」
 「……は?」
 『ぅえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?』

 そんな爆弾発言を投下しやがったのである。
 いわれたことが一瞬理解できなかった銀時は間の抜けた声を上げることしか出来ず、天子と文の二人は盛大な叫び声を上げて慌てた様子で小傘に詰め寄ったのであった。

 「アンタ、何考えてんの! 相手はあの銀時よ!? 人生を無駄にする気!!?」
 「そうです!! 思い直してください小傘さん!! ソレは寿司にトマトケチャップとソースをぶちまける並みの暴挙です!!」
 「オィィィィィ!! オメェ等人を前にしてそこまで言う!? オメェ等の発言の方がよっぽど暴挙だよっ!!」

 そして二人から飛び出す酷い発言に銀時が思わず怒鳴ったのも無理はあるまい。
 どっちにしろ、彼女等も銀時もいい具合に小傘の発言で混乱しているのは明白である。
 そんな彼女等の様子を見て、溜まらず小傘が噴出してクスクスと苦笑し始めた。

 「あはは、驚いてくれた! 心配しなくても半分冗談よ。でも、半分は本気かな?」
 『何でっ!?』

 今度は三人同時に声がハモッた。少なくとも、昨日いなかった天子はともかく、銀時にも文にも心当たりがまったく無かったのだからなおさらである。
 その様子がおかしくて、小傘はまたクスクスと苦笑する。

 「ゴメンゴメン、冗談よ。先日、ここに来た時に銀さん、気絶するぐらいに驚いてくれたでしょ? だから、その事に気がついたら、少し自信ついたから、そのお礼」
 「心臓にわりーよこのお礼。つーか、これただのぬか喜びじゃねぇかっ!!」
 「だからごめんってば」

 申し訳なさそうに謝る小傘に、それ以上怒る気もうせたのか、銀時は小さくため息をつくとギシッと背もたれに体重を預けた。
 そんな彼に、小傘は満面の笑みを浮かべて、嬉しそうに言葉を紡ぐ。

 「ありがとう」

 たったそれだけの感謝の言葉。だが、その言葉にどれだけの思いが乗せられていたか、想像するのは難くない。
 そんな彼女に、どこか安心したように銀時が表情を緩ませる。その表情を見て、文も天子も、しょうがないなァといったような苦笑をこぼしたが、銀時が知るよしも無い。

 「礼を言われるほどのことじゃねぇよ。今回ばかりは、俺は何もしてねぇしな」
 「そんなこと無いよ。あんなに驚いてもらえたのは本当に何十年ぶり」

 銀時の言葉に、やんわりと首を振って、本当に嬉しそうに小傘は口にする。
 その様子だと、本当に永い間誰も驚かせることが出来ないでいたのだろう。今もその時のことを思い出しているのか、クスクスと嬉しそうに笑っている。
 対して、気絶した当人として銀時は複雑な心境だったが、まぁいいかと納得する。
 少女が自信をもてたのならそれでいいのだろう。今の彼女に、出会った頃のような自信の無さは見当たらない。
 それからしばらくして、神楽たちが帰宅し、新八も買い物から帰ってきたところでまたよろず屋は騒がしくなる。
 その喧騒の中で、多々良小傘は皆と仲良く談笑しあっていたのだった。











 今日も幻想郷の一角でから傘お化けが現れる。

 「うらめしやー!」

 元気に声を張り上げて、人の背後から驚かそうと今日も張り切っている。

 「あら、から傘お化け? 飴玉いる?」
 「え、いいの!!?」


 ……残念ながら、人を驚かせられているのかはこの際ノーコメントとさせていただきたい。




 ■あとがき■
 今回の話はいかがだったでしょうか? 新作(まだ体験版)の東方星蓮船から多々良小傘の登場です。
 本当ならWEB体験版まで待つべきなのかもしれないですけど……、イラスト見て以来、すっかりお気に入りになってしまった小傘をぜひ出したかった(;・ω・)
 新作のネタバレがいやだった人はゴメンなさい。反省してます(・・;
 冒頭のネタはハレグゥより。未だにギャグマンガといえばハレグゥが一番好きだったりします。ネタもそろそろ自重しないとなぁ……。
 小傘はこれからも出る……かも。せめてWEB体験版が出るまで次の登場は待った方がいいかな?
 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第四十三話「世の中姉に勝るものはないって言うけどホンマにそう思う(byアオ)」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/05/13 00:32








 ここは迷いの竹林の中にある永遠亭。知る人ぞ知る、月の姫君の蓬莱山輝夜が住まう御屋敷である。
 その渡り廊下を、輝夜の従者である八意永琳がカルテを片手に歩いていた。通りすがる兎妖怪たちが彼女に挨拶し、永琳もにっこりと笑みを浮かべて返事を返す。
 そのまま彼女は歩みを進め、とある入院患者の一室の前で足を止める。
 中から声が聞こえる。複数の声のうちの一つが、永琳の愛して止まない姫君のものなのだから思わずため息がこぼれ出る。
 まったく、あの人はけが人のいる部屋で何をしているのかと思いながら、数回のノックの後に部屋へと足を踏み入れる。

 「ふっふっふ、さぁ、あなたのターンよルリ。私の究極宝玉神レインボー・ドラゴンを退けて御覧なさいな。ま、無理でしょうけどね」
 「ちっ、いちいち言い方が癇に障るねアンタ。私のターン、ドロー!」

 ルリの傍に置かれたカードの山札に手を伸ばし、一枚のカードを引くルリ。その対面には輝夜が同じように座っており、彼女の手には何枚かのカードが握られている。
 何をやっているんだかと、そう思いながら小さくため息をつくが、今の状況で邪魔を入れるとあとで五月蝿そうなのでしばらく傍観することにした永琳。
 よく見れば、輝夜とルリの勝負を観戦するように二人の少女、アオと撫子の姿もある。
 その二人が見守る中、ルリの表情に薄っすらと笑みが浮かんだ。

 「よし、来た! 私は手札から、切り込み隊長を召喚! そして切り込み隊長が召喚に成功したとき、手札からレベル4以下のモンスターを一体特殊召喚できる!
 私は手札から、チューナーモンスター、氷結界の風水師を特殊召喚!」

 勢いよくカードを場に一枚出し、更に手札からもう一枚のカードをフィールドに出す。
 アオが「おぉ!」と驚いたような声を上げ、それに頓着しないままルリは言葉を続けた。

 「レベル3の切り込み隊長と、レベル3の氷結界の風水師をチューニング!
 凍てつく風が、閉ざされた世界を守護する力となる。絶対零度の息吹を受けよ!
 シンクロ召喚! 吹き飛ばせ、氷結界の龍 ブリューナク!!」

 二枚のカードが墓地に送られ、もう一つの山札から一枚のカードがフィールドに出される。
 永琳にはよくわからなかったのだが、その絵柄には氷細工のような龍の姿が描かれており、絵柄の下には文章が書かれている。
 輝夜のほうのカードも鮮やかな龍の絵とその下にテキストが書き込まれていた。
 そのカードが出された瞬間、輝夜の表情が僅かに動く。

 「出たわね、登場して早々に制限行きになった鬼畜モンスター」
 「ま、その意見には同意するけどね。ブリューナクの効果発動、私は手札の4枚のカードを全てを墓地に送り、究極宝玉神レインボー・ドラゴンと、あんたの場にある3枚のリバースカードを手札に戻す」

 輝夜の形のいい眉が一瞬釣りあがり、仕方がないといった風に場に出ていた4枚のカードを手札に戻した。
 これによって、輝夜のフィールドはがら空き。しかし、彼女の表情には未だ余裕が張り付いていた。

 「確かに、ブリューナクの強力さは認めるところだけど、バウンスじゃなく破壊するべきだったわね。
 私のレインボー・ドラゴンは墓地かフィールドに7種の宝玉獣がいればまた特殊召喚できる。加えて、私のライフは5050、対して、あなたはのライフはたったの100よ?
 次のターン、私がレインボー・ドラゴンを特殊召喚し、ブリューナクを倒せば私の勝ちが確定する。
 いくら効果が強力でもブリューナクの攻撃力は2300、攻撃力4000の私のレインボー・ドラゴンに勝てる道理はないわ」

 手札のカードを扇に見立て、口元を隠しながら輝夜は言葉を続ける。

 「ならば、必然的にあなたはこのターンで勝負を決めなくてはならない。問題はセットされた一枚のリバースカードだけど……、それが防御用のトラップでないのはわかってる。
 手札もゼロのこの状況で、あなたはどう戦ってくれるのかしら?」

 輝夜の言葉に篭っているのは、絶対の自信と期待。
 この状況で、このワンチャンスで、一体どんな切り札があるのかと期待に胸を膨らませている。

 「確かに、このカードは防御用のカードじゃない。だけど、このカードがあるからこそ私は勝利を手繰り寄せられる!」
 「おもしろいわ、なら、見事私を打倒して御覧なさい!」
 「言われなくても! リバースカードオープン!! 正統なる血統!」

 ルリの場に伏せられていたカードが表になる。
 おぉ!! と周りからどよめきが起こり、ふと永琳が辺りを見回してみると、いつの間にやらてゐを筆頭にギャラリーが増えており、誰にも気付かれないように永琳は小さくため息をついた。
 無論、勝負に熱中している二人はそれに気がつくこともなく、ルリが言葉を紡ぎだす。

 「私はこのカードの効果により、自分の墓地に存在する通常モンスター一体をフィールドに攻撃表示で特殊召喚する。私は墓地から、ゴキガ・ガガギゴを攻撃表示で特殊召喚するわ!!」

 そう言って墓地からモンスターを一体特殊召喚する。
 その瞬間、輝夜の顔に僅かながら動揺の表情が浮かんだが、すぐに納得したように解けて消えた。

 「……攻撃力2950。そんなモンスター、このデュエル中に出てきてないはずだけど……、ブリューナクの効果で手札から墓地に送ったわけね」
 「ご名答。これで私の場のモンスターの攻撃力の合計は5250になり、あんたのライフを上回ったわ。ゴギガ・ガガギゴの攻撃、プレイヤーにダイレクトアタック!!」
 「……ッ通った! これで輝夜ちゃんのライフは残り2100やから……」
 「これが通ったら私の勝ちよ! ブリューナクで、止め!!」

 最後の攻撃宣言に一瞬の後、沈黙が漂う。
 皆が固唾を呑んで見守る中、輝夜はどこか嬉しそうに、それでいてやはりどこか残念そうに自分の手札を公開し―――

 「私の負けよ。あーあ、惜しかったわねぇ」

 素直に、自身の負けを認めたのだった。
 辺りから「やったー」だの「あー、残念」だのと言葉が聞こえてくる。
 それでようやく、周りに人が増えていることに気がついたのか、ルリと輝夜が辺りを見回し……。

 「はいはーい、大穴ルリちゃんに賭けてた人はオメットさん。姫に賭けてた人は残念だったねぇ~、ほら賭け金の分配は並んだ並んだ~」

 なんか賭場っぽいこの場を取り仕切っていたりするのであった。


 










 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第四十三話「世の中姉に勝るものはないって言うけどホンマにそう思う(byアオ)」■














 「いやー、えぇ勝負やった。あぁやって白熱すると、うちも遊戯王ひろめてよかったって思うわぁ」

 永遠亭からの帰宅途中、アオはどこか満足そうにそんな言葉を紡ぎだしていた。
 先ほどのルリと輝夜のやっていたカードゲームは、銀時の世界や早苗がいたという外の世界にも存在しており、漫画にはまったアオがカードを集めて色々な人物に広めまわっていたりする。

 「でも、怒られちゃいましたね」
 「あはは、確かに。ルリちゃん骨は治ったらしいけど、まだリハビリ中やもんなぁ」

 結局、見舞いに行ったのか遊びに行ったのか微妙にわかりにくくなってしまった自分達の行動に、思わず苦笑いをこぼす二人。
 四人で永琳に怒られたものの、結局、永琳も興味を持ったらしいのでそれでチャラにして欲しいと思うのだが、世の中そう甘くはない。
 輝夜が宝玉獣デッキ、ルリが使っていたのはガガギゴデッキといういわゆるテーマデッキである。アオはE-HEROデッキを使い、撫子は霊使いコントロールデッキを主に使う。

 「文さんも最近やりはじめたらしいしなぁ。やっぱBFデッキかな?」
 「そうですねぇ。なんかそんな感じですよね」

 と、他愛のない話に花を咲かせながら歩いていると、ようやく紅魔館の姿が見えてくる。
 ここまで来ると後はそう時間のかかるものではない。話していれば感じる時間もあっという間である。
 二人が紅魔館の門の前に差し掛かった頃、そこにはなんと言うべきか案の定と言うべきなのか、門の前で立ったまま居眠りしている門番が居たりする。
 その様子があんまりにもいつも通りだったからか、二人は一旦顔を見合わせると、ぷっと吹き出してクスクスと苦笑した。

 「美鈴さん、起きてください」
 「そやでー、おきたほうがエエと思うよー?」

 二人で声を掛け、彼女を起こそうと試みるものの、心地よさそうに寝息を立てて眠ったまま起きる気配がない。
 それはそれで、やっぱり彼女らしいと思いはするのだが、それでもこのまま放っておくとメイド長のナイフの制裁があるのは目に見えている。
 と、いうわけで。アオは一旦コホンと咳払いし、そして言葉を紡ぎだす。

 「えーそれでは、テステス、ボイステス。……昼寝とはいいご身分ね、あなたの役割を忘れたのかしら美鈴?」
 「うひゃぁぁぁぁぁ!! すみませんすみません、寝てないです勘弁してください咲夜さ……って、アレ?」

 目を瞑っていると本当に本人が居るのだと思ってしまいそうな、アオの見事な声真似にたまらず美鈴が飛び起きる。
 そして半ば日常的にそんなやり取りでも繰り広げられているのか、反射的に謝り倒す美鈴だったが、当の咲夜の姿が見えないことに気がついて呆けた顔を浮かばせた。
 その様子が本当におかしかったのか、アオと撫子はクスクスと苦笑してしまう。

 「ただいま、美鈴さん。お勤めご苦労さまです」
 「あ、おかえりなさい二人とも。ところで、今咲夜さんいませんでした?」
 「さー、知らへんよ?」

 白々しくもバッサリと言葉にするアオ。その事場に疑問に思うこともなく、美鈴は「おっかしいなぁ」と首を捻っていた。
 すると、一体何か思いつきでもしたのか、美鈴はぽんっと手を叩くとアオの方に視線を向けて話し始める。

 「そういえば、アオさんにお客さんが来てましたよ?」
 「はえ? ウチにお客さん?」

 誰やろ? と疑問に思いながら首を傾げるアオ。
 もしかしたら人里で世話になった人の誰かが来たのだろうかと思いもしたが、この紅魔館に好き好んでくる人がいないことを思い出してあえなくその考えを却下する。
 じゃあ誰だろうかと思い直して、もしかして銀時たちだろうか? とも思ったのだが、それならレミリアの客になるはずだから違うように思える。
 というより、それなら美鈴は「銀さんたちが来てますよ」と言うはずだ。
 うーんっと思いのほか悩むことになってしまったアオに、撫子が優しい笑みを浮かべて声を掛けた。

 「行ってみればきっとわかりますよ、アオさん」
 「うーん、そやね。美鈴さん、その人は今どこに居てはるんですか?」
 「お嬢様がお部屋で談笑してるみたいですよ? お部屋に入るときは、ノックを忘れないでくださいね、アオさん」

 目的の人物の場所を言った後、美鈴はどこかニヤニヤといやな笑みを浮かべてアオに注意の言葉を投げかける。
 そのことばに思い当たる節があるのか、アオは「うっ」と呻いて気まずそうな表情を浮かべることとなった。
 先日、彼女はレミリアがビデオレター製作場面にうっかり入り込んでしまい、これまた迂闊なことを口走ったものだから散々な目にあってしまったのである。
 幸い、体が頑丈なこともあって翌日にはケロッとしていたが、あんなことはもう二度とゴメンだ。

 「わーっとるよ。気をつけますぅ」
 「よろしい」

 うんうんとどこか満足げな美鈴。実はさっきの声真似がばれてるのではないかと邪推してしまうが、それをここで言うのもなんだか墓穴を掘った気がするのでやめておく。

 ちょっと負けた気分になりながら紅魔館の門をくぐる。紅魔館は広く、レミリアの居る場所まで行くのは中々一苦労。
 壁も床も絨毯も天井も、どこもかしこも紅色で構成されたこの館は、主の趣味の表れのようなものなので、この建物のことをとやかく言っても始まらない。
 程なくして、レミリアの部屋の前にたどり着く二人。中からはレミリアともう一人の声が聞こえてきて、その会話はどこか楽しげであった。
 ただ、気になるといえば。

 「うーん、この声どこかで聞いたような……。こう、耳にするたびに背筋に悪寒が走るんやけど」
 「……へ?」

 なにやら不吉なことを口走り始めたアオに、冷や汗流しながら撫子が思わず間の抜けた言葉をこぼす。
 元々不幸体質な彼女が悪寒を感じるなんてよっぽどである。よっぽどではあるのだが、このまま放っておくわけにも行くはずもなく、アオがコンコンと扉をノックする。
 すると、レミリアの入室の許可が程なくして下りたので、アオは扉の取っ手を掴み、そのまま勢いよく扉を開け―――

 「あら、アオ久しぶ」

 バタンッと、自分とよく似たロリッ子を目の当たりにしてこれまた勢いよくドアを閉めた。
 何か言葉が聞こえた気がする。気がするけどもあえて聞かなかったことにし、アオはくるっと撫子のほうに向き直ると、がしっと肩を掴む。

 「よし、撫子ちゃん逃げよう!」
 「ふぇ!?」

 もはや答えなど聞いていないのか、彼女の手を引いて猛然と走り去ろうとするアオ。その表情にはコレッぽっちも余裕がなく、顔面蒼白でまるで幽霊でも見たような表情だ。
 だがしかし、アオが走り去ろうと足を動かしたその刹那。

 ズドムッ!!

 「へぶっ!?」

 突如、何もない空間からいきなり姿を現した少女がアオの鳩尾にコークスクリューブローを叩き込んでいた。
 膝からガクンと崩れ落ち、地面に頭垂れてビクンビクンッと危ない痙攣を起こしたまま何も喋らないアオ。
 事態が読み込めず、「へ?」と間の抜けた声を上げてアオと少女を交互に視線を向ける撫子。
 そして、たった今アオの鳩尾に一撃を叩き込んだニコニコほんわか笑顔のちびっ子美少女。
 アオと同じ青色の長い髪は、彼女とは違いツインテール。背丈はレミリアと同じくらいで、背中には青色の翼。黒のカッターシャツに藍色のフリル付きのロングスカートという装いの少女。
 その少女が、相変わらず笑みを浮かべてアオを見下ろしている。

 「久しぶりね、アオ。でも、お姉ちゃんの顔を見てすぐに逃げ出すのはどうかと思うんだ、私」
 「……はい?」

 今、件のロリッ子からものスンごい単語が聞こえた気がして、思わず声が出てしまう撫子。
 それでようやく撫子のことに気がついたのか、彼女はビクビク痙攣して口からエクトプラズムってるアオを一旦視界から外し、にこやかな笑みを浮かべて見せた。

 「あなたが撫子ちゃんかしら?」
 「は、はい……そうですけど、えーっと、もしかして……」

 声を掛けられて、恐る恐るといった様子で問い返す撫子。傍目から見ると自分よりも背の低いロリッ子に怯えてる少女の図と言うのは中々にシュールである。
 彼女の態度も特に気にしていないのか、少女は「ええ」と頷いて、そして言葉を紡ぎだす。

 「はじめまして、いつも私の妹がお世話になってるわ撫子ちゃん。私はソラ、正真正銘、アオの姉ですわ」

 チックタックチックタック。その言葉と共に訪れた沈黙。あんまりの事態に脳の処理が追いつかない撫子。
 過ぎる時間。刻まれる時計の音。天に昇りかけるアオの魂。突然部屋から瞬間移動で消えたもんだから何事かと外に出てくるレミリア。
 やがて、永久とも一瞬とも判断が付かない沈黙の後。

 「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!?」

 自分が抱いていたアオのお姉さん像とのギャップに、盛大に驚愕の声を上げてしまうのであった。




















 かくして、レミリアの私室には本人を含め四人の少女がテーブルを囲う形に座っている。
 レミリア、アオ、撫子、そしてソラの四人。レミリアの傍には相変わらず咲夜が控えており、人数分の紅茶を彼女達に振舞っている。

 「いつも妹が迷惑かけて申し訳ないわ」
 「そんなことないよ。よく怪我するのが玉に瑕だけど、よく働いてるわ」

 そんな会話を交えながらにこやかに談笑する二人。対して、ガタガタブルブルと顔が真っ青のアオと、そんな彼女を落ち着かせようと必死な撫子。実に対照的である。
 やがて、ソラはゆっくりとアオのほうに振り向き、微笑みながら言葉をかけた。

 「ところで、アオ。次の私の言葉に『はい』か『イエス』で答えて欲しいのだけど?」
 「イエッサー!!」

 ビシッと敬礼をするかのように答えるアオ。ここまで来ると段々かわいそうになってくる。

 「マムよ」
 「イエスマム!!」

 再びビシッと敬礼するかのように答えたアオ。この姉、妹のいじり方に容赦ってもんがまるでなかった。
 恐ろしいことは、その表情が全て満面の笑顔という事か。

 「……ていうか、はいかイエスって、それ選択肢になってないんじゃ……」

 ポツリと紡がれた撫子のツッコミは全面的に無視。
 怯えた様子のアオに満足したのか、ソラはにっこりと微笑んだまま、そして言葉を口にする。

 「首ねじ切れてみて?」
 「無理ッ!」

 さすがに今度は拒否が出た。さすがにアオだって自殺願望なんか持ち合わせちゃイネェのである。
 割と本気で全力拒否。その様子にも別段怒る様子も見せず、相変わらず笑顔のままのソラ。
 そんな彼女達の様子を、ニヤニヤと楽しそうに眺めるレミリアは、事の成り行きを見守る算段らしかった。

 「ぎりぎりぎりバッツーン!」
 「やめてよ姉ちゃん!? 変な効果音言わんといてくれる!?」

 そしてこれでもかと妹をいじり倒す姉の図。見た目、アオが姉でソラが妹のように見えるのだが、事実はまったく持って逆なのだから世の中不思議である。

 「お嬢様と妹様とは逆のパターンですわね」
 「……ねぇ咲夜、それは言わないで。なんか心の芯がポッキリ折れそうだから」

 ポツリと呟いた咲夜の言葉は、しかし、レミリアにとってはわりと直球ドストライクにキツイ言葉だったらしい。
 やっぱり、妹にいいように遊ばれてるという自覚はあったらしく、紅茶を飲む手が止まって微妙な表情になる。
 そうこうしてる間に、どうやら妹いじりにも満足したのか、ソラがものすごいイイ笑顔で紅茶を口に含む。
 対照的に、アオのほうはそろそろ精神衛生上やばいんじゃなかろうかって感じに顔が真っ青だが。
 仕方ないと、レミリアは小さくため息をつく。

 「アオ、そろそろ仕事に戻って頂戴。撫子も仕事に」
 「あ……はい、わかりました」
 「イエッサー!!」
 「いや、それはいいから。でもマムね」
 「イエスマム!!」

 レミリアの言葉に普通に返した撫子と、ズビシッと立ち上がって直立不動の敬礼を披露するアオ。ドンだけ仕込まれてるというのか、動きにマッタク淀みがねぇのである。
 とりあえず、動きがロボットのような動きのままギクシャクしながら退室するアオ。そのアオに付き添うように撫子も退室する。
 その直前に、撫子が一礼してから退室したのを見て、撫子はどこか微笑ましいものを感じてそれを見送った。
 なんだかんだで、あの二人は本当に仲がいい。アレはアレで、彼女達の美点であるように思う。

 「随分仕込んでるねぇ、アンタの妹。さすがの私でもアレはちょっとひくわ」
 「ふふ、可愛いと苛めたくなりません? こう、獅子は我が子を谷底に投げ落とすといいますし」
 「……リアルにやってないわよね?」
 「まさか」

 その言葉に、ほっとするレミリア。いくら腹黒とはいえそこまでではなかったかと、安堵にも似た気持ちを覚えながら紅茶に手をつけて、口に含む。

 「ロープで亀甲縛りにして滝壺に投げ落としたことならありますわ」
 「ぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!?」
 「あら、虹」

 安心してたところに不意打ちが来た。しかも、へたすりゃ谷底に突き落とすよりえげつない。
 思わず紅茶を噴出してしまったレミリアは何も悪くない。こう、全面的にこの姉が色々とおかしい。
 間違いない、コイツ生粋のドSだと確信するレミリア。その予感は紛れもなく真実なのだから目も当てられない。
 そして当の本人といえば、ちょっとした光の加減で吹き出した紅茶の所々から虹が見えて、「きれいねー」とかほんわかと口にしていたりする。

 「ところで、質問なんですけど」
 「ゲホッゲホッゲホッ……な、何?」

 そんな言葉を投げかけられ、しばらく咽ていたレミリアだったが、何とか持ち直して言葉を紡ぐ。
 それから、人差し指を頬にあてる仕草をして、しばらくしてから、ソラは言葉を紡ぎだしていた。

 「坂田銀時、と言う人のことについて聞きたいの」

 その言葉に、一瞬、レミリアの動きが止まる。
 それからしばらくしてから、「ふぅん」とニヤニヤとした笑みを浮かべ、尊大な態度でソラに視線を向けた。
 鋭く赤い瞳が、目の前の少女を捉える。その事に頓着しないあたりは、肝が据わっているのだろう。あるいは、実力があってこその自信か、その両方か。

 「なんだかんだで、妹のことは大切ってワケ?」
 「もちろん。あの子はたった一人の家族ですし、妹ですから」

 レミリアの言葉に、ソラは答える。
 そこには、確かな温かみがあって、妹の気遣いをするちゃんとした姉の姿がそこにある。
 その様子に満足したのか、レミリアは尊大な態度を崩さないまま、言葉を紡ぎだす。

 「あいつはさ、いつもグーたらで情けなくて貪欲でダメ人間、普段のアイツを見てるといいところなんて一つもない」

 でも、と……レミリアはそこで一旦言葉を切る。
 咲夜が気を利かせてか、新しい紅茶を用意したが、それに手をつけないまま、彼女は言葉を続けた。

 「不思議と、アイツには人が、妖怪が集まるのさ。いざって時は自分の信念って奴を振りかざして、自分の信念って言うルールを守るために戦う。
 そんな時、アイツはいつものダメな大人って奴を脱ぎ捨てて、一本の刀になる」
 「不思議な人。でも、一本の刀ですか、詩人ですねレミリアさんは」
 「はっ! アイツを詩的に語るなんて一生無理だと思うけどね。何しろ、アイツは雲のようにつかみ所のない奴だから」

 でも、だからこそ。アイツは霊夢のように皆に好かれているのだと、レミリアは思う。
 第一、あの情緒不安定な妹が未だに暴走していないとかどれだけ奇跡なのかと。銀時たちの世界にフランドールを送って以来、咲夜からはそんな話を聞かない。
 万が一、暴走の兆しがあれば咲夜から報告があるはずなのだが、未だに一度として報告がない。
 現在、狂気に飲まれていない期間はダントツに一番長いのだ。
 ……結果的に見ると、やはり向こうに送ってよかったと思うのだが、姉としてはなんか色々複雑である。
 ふぅっと、小さく息を漏らしたのはソラ。やがて彼女は、どこか懐かしむように、ポツポツと言葉を紡ぎ始めていた。

 「この百年余りで、幻想郷は随分と変わりました。昔は人と妖怪は相容れず、お互いを殺しあうような関係が続いていたというのに、それが今ではああやって、人と妖怪が笑い合える」
 「それはアオと、撫子のこと?」
 「えぇ。まだ若いアオは知らないでしょうけど、昔はああやって人と妖怪が一緒にいるなんて考えられもしませんでした。彼女には、私と違って人間とも幸せに関係を築いて欲しいですから」

 しみじみと、どこか遠いものを見るように、ソラは言葉にする。
 その言葉に、どこか重みを感じたのか、「ふぅん」とレミリアは口にして、彼女を見る。
 その瞳に、初めて悲しみと、後悔の感情が浮かんでいる。本人は隠しているつもりだろうが、レミリアの目はその程度で誤魔化せるほど緩くはなかった。

 「なんか辛気臭いねぇ、今のアンタの表情はさ。その様子だと、人間と恋にでも落ちたのかい?」

 レミリアの発した言葉に、一瞬、ほんの一瞬だけ、ソラの目が見開いた。
 その反応を見て、内心で当たりかと思いながら、レミリアは無言のまま紅茶を飲む。
 それ以上、言葉にする気もない。当時の人間と妖怪の関係を考えれば、その行き着く先はどう考えても悲惨な末路しかない。
 その事実に、レミリアは触れる気はなかった。触れてもつまらないことだし、面白い話でもない。
 だから、これ以上は踏み込まない。これから先は、きっと……この少女が語りたいと、そう思ったときに聞いてやればいいことだから。

 「敵いませんね、レミリアさんには。それが、運命を操る程度の能力の一端ですか?」
 「違うよ。アンタのさっきの表情と、会話の内容を考えればすぐにわかるわ」
 「あらあら、これは迂闊でした」

 困ったような笑みを浮かべながら、ソラは言葉を紡ぐ。
 紅茶を口に含み、昔のことを反芻する。



 その時はまだ、アオも生まれていなかった時代。まだ、今のように幻想郷で人と妖怪の関係が著しくなかった時代のこと。
 ソラも当時はまだ若く、人間を食料と認識していた頃だ。今まで何度も人間を食べてきたし、何度も人を殺してきた。
 幸い、自身の「空間を渡る程度の能力」は強力で、妖怪の中でさえ抜きん出た実力を持った方だった。
 人間に遅れをとるなんて考えもしなかったし、妖怪の中でさえ自身の実力に絶対の自負があった。
 つまり、当時の彼女は慢心していたのだ。加虐心も人一倍で、むごたらしく殺すことが常になってきていた。
 当時の自分を振り返って、今のソラはやはり、このときの自分と言う奴が酷く嫌いだった。
 結局、好き勝手暴れた結果が別の妖怪から襲われる、と言う結果を生むことになる。
 当然だと、ソラは思う。この時の自分はやはり、常軌を逸していたし、何より妖怪にさえ手を出したこともあったくらいだ。
 そんな奴、放っておく方がどうかしている。
 なんとか相手を殺して、けどこっちも深手を負って、あぁ助からないなと当時は思ったものだ。
 息も絶え絶え、体の体温が段々となくなっていく。そんな死を間近に感じて、そこで初めて、自身が行った非道さに気がついたのだ。
 間の抜けた話だと、彼女は思う。自分が狩られる側に回って、自分が行った酷さがようやくわかる。逆に言えば、そんな状況にならなければわからなかったのだ。
 死にたくないと、都合のいいように願って、ボロボロと泣き崩れたのを覚えてる。今の自分ならきっと、虫のいい話をするなと怒鳴り込んだことだろう。

 そんな時、出会ったのだ。その人間に。

 怪我だらけの傷だらけ。全身血濡れで、息も絶え絶えの妖怪。
 当時の人間だったなら、ほぼ確実に止めを刺すだろう状況で、彼女はその男に出会うこととなった。
 その時は、彼女はすぐに気を失ってしまって、ほとんど覚えていない。
 ただ、気がついたら男の家に連れてこられていて、手厚い治療を受けさせられていた。
 何故? と、当時は思ったものだ。自分は妖怪で、相手は人間。殺しこそすれ、助ける理由がわからなかった。

 ―――なんで助けたの?

 と、そんな疑問を投げかければ。

 ―――妖怪だからって、死に掛けててるのを黙って見捨てるのは嫌なんだ。

 なんて、なんでもないことのようにその男は口にした。
 それからはしばらく、傷が癒えるまで男の家にいることになり、毎日のように会話をした。
 そんな、なんでもない事のようなやり取りが楽しくて、嬉しくて、初めての感情に戸惑いながらも、その男の会話は毎日の楽しみだった。
 自分が、変わっていくのを感じた。一度死に掛けたからなのか、それとも男と一緒にいたからなのか、それはわからない。
 ただ―――嫌な感じは、しなかった。
 そしていつも会話していて、いつも口にする男の口癖が、これだ。

 ―――いつか、人間も妖怪も、楽しく笑い会える世の中になればいいのにな。

 とんだ夢想だと、当時は真面目に取り合わなかった。
 でも、その夢想はどこかステキなように思えて、少なくとも彼女は嫌いじゃなかったのだ。
 そしたら、ずっとコイツと一緒にいられる。それは、とてもステキな夢で、でもやはり、夢は夢でしかない。
 結局、傷が癒えればそれまでの関係。このままここにいれば、彼が異端として里の人間から要らぬ誤解を受けてしまうかもしれない。
 それは、それだけは―――嫌だった。
 傷が癒えて、彼女が妖怪の山に帰ろうとしたとき、男は「このまま暮らさないか?」なんて言ってきた。
 実に一ヶ月、この男と過ごして毎日が幸せだった。この頃には、彼女は自分の恋に気付いていたし、それはとても魅力的な提案だった。
 だけど、それは出来ない。出来ないと、わかっていた。
 結局、彼女は無言のまま飛び去って、妖怪の山に帰った。何も言わず、濁流のように荒れる自身の感情を押さえ込むように。
 きっと、あのまま何か言葉にしていたら―――きっと、自分は泣いてしまっていただろうから。



 ふぅっと、ソラはため息をつく。
 アレからどれだけ時間が流れたか、今では人間と妖怪の溝も確実に埋まってきており、人里にだって妖怪がいるほどだ。
 あの時の夢想が、確実に現実になろうとしている。
 今でもあの時の思いを引きずる自分としては、少し遅すぎやしないかと思わなくもないが、それでもこの幻想郷の変化は嬉しかった。
 あれ以来、人を殺すことも食うこともめっきりとやめて、家族が死んでしまった頃には生まれたばかりのアオをつれて妖怪の山の一角で隠遁生活のような暮らしを続けてきた。
 アオは、あの少女と一緒にいて幸せそうだ。けど、それ以上に、あの少女に人間の温かさってものを教えてくれたのは、きっと……。

 「銀時さんには、お礼を言わなくてはいけませんね」

 きっと、その男こそが、彼女に勇気を与えてくれた人間なのだろう。
 彼女を山の外に出して、初めて帰ってきた手紙。そこに書かれていた言葉に、不意に、胸が熱くなったのを覚えている。
 生まれつき、羽が不自由で飛べないアオ。自分なりに荒療治込みで手を尽くしてみたが、うまくいかなかったものだが、男―――坂田銀時の言葉で、勇気が湧いたと。
 それで、いい。今のように、あの子の大切な者が人間であっても、一緒にいることが不可能ではないという事は、なんとステキなことだろう。
 自分のような思いは、妹には、味合わせたくない。
 あんな思いは、自分だけで十分だから。

 「ふぅん、なら今度行ってみるといい。愉快な奴だよ、アイツはね」
 「そうですね、そうしますわ」

 お互いに苦笑しながら、紅茶に手をつける。
 内心、やっぱり敵わないなァと思いながら、レミリアの洞察力には感心する。
 ここに来てよかったと、素直にそう思える。最後に、妹の顔を見て帰ろうかな? と思いながら、ソラは紅茶を飲み干して、優しそうな微笑を浮かべていた。





















 よろず屋のリビングにて、アオがグテッとした様子で机に突っ伏していた。
 昨日、どうやら紅魔館に姉の来襲があったらしく、精神的にこっぴどく疲れている様子だった。

 「アオちゃん、大丈夫?」
 「あー、アカン新八君。お姉ちゃんのことは好きなんやけど、どうにも条件反射でなァ……」

 新八の心配そうな声に、視線を向ける余裕もないのかアオはそんなことを呟く。
 なんだかんだといって、アオはソラのことが好きだし、尊敬もしてる。だけど、こう一度特訓になると凄いイイ笑顔で物凄い訓練してくるのでやっぱり苦手意識があるのである。
 そんな彼女の様子を見て、どこか苦笑する撫子。当事者なのだからある意味当然の反応なのかもしれない。
 ジャンプを読んでる銀時は特に反応を示す様子はなく、他には天子がツ○サの単行本を読むのに夢中で、それぞれ思い思いに寛いでいた。
 そんな中、箪笥の引き出しが開き、ひょこっとちびっ子が顔を出した。

 「こんにちわー、此方に坂田銀時さんはいらっしゃるかしら?」

 その声に、真っ先にアオが反応してビクッと肩を震わせる。
 残念ながらその事実に気がついたのは撫子のみ。他のメンツは依頼人が来たのかと箪笥から現れた少女に視線を向ける。
 どこかアオを髣髴とさせる顔立ちをしたちびっ子少女は、ほんわかと笑みを浮かべて。

 「妹のアオがお世話になってます。姉のソラですわ」

 チックタックチックタック。その言葉と共に訪れた沈黙。あんまりの事態に脳の処理が追いつかない一同。過ぎる時間。刻まれる時計の音。再びエクトプラズムってるアオ。
 やがて、永久とも一瞬とも判断が付かない沈黙の後。

 『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!?』

 何十にも重なった絶叫が、かぶき町の一角で鳴り響いた瞬間だった。



 ■あとがき■
 今回はいかがだったでしょうか? 初登場のアオのお姉さんのソラが登場。
 けど、彼女がこの後登場するのかはほとほと疑問。多分、めったに登場しないんじゃないかなぁ……。
 オリキャラばかりな話になってしまった気がします。うーん、もうちょっとレミリアに喋らせたかった。
 とりあえず、遊戯王デュエルフラグは立たせておいたから……まぁいいか(ぉ
 それでは、今回はこの辺で。

 P.S、残りライフ100って逆転フラグですよね。とか言ってみる(ぉ



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第四十四話「懐かしいねぇと口走るたびに僕等はまた一歩オッサンの階段を駆け上っていく」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/05/13 00:42










 とある木々が多い茂る自然の山の中。そこに二人の少女が座して言葉を交えている。
 似たような顔立ちをした二人の少女は、想像できるように血の繋がった姉妹であった。

 「と、言うわけで。あなたは弾幕勝負が難しいから、これからは実戦さながらの訓練も交えて行くので、心するように」
 「えー、姉ちゃん。うち、早く飛べるようになりたいねんけど……」
 「文句言わない。弾幕ごっこが出来ないんだから、自分の身を守ることくらいは覚えなさい。中には、スペルカードルールを理解できない知能の低い妖怪もいるのだから」

 ぴしゃりと反論を封じられ、どことなく不満そうだったものの、背の高いほうの少女は「はーい」と了承の言葉を返した。
 信じがたいことだが、この背の高いほうが妹。説明しているちびっ子の方が姉である。
 そのちびっ子はと言うと、「よろしい」と満足そうに頷くと、腰掛けていた岩から立ち上がった。
 それを見た妹も、これから訓練が始まるのだと理解して立ち上がり、軽く準備運動をするように屈伸をしながら姉に問いかける。

 「そういえば姉ちゃん、特訓って言っても何するん?」
 「そうねぇ」

 あいも変わらず、ほわわんと柔らかな笑みを浮かべる姉。うーんっとしばらく悩むと、イイことを思いついたといわんばかりにぽんっと手のひらを叩いた。

 「それじゃあまずは、打たれ強くなるために『ビーム乱射サンドバック訓練』を始めましょうなの」
 「なのっ!?」

 今なんかすッごい物騒な単語を聞いた気がした。あとなんか某魔王を髣髴とさせる語尾も聞いた気がする。
 是非とも空耳だと思いたい。思いたかったがしかし、彼女の敬愛する姉は青色の翼を広げ、優雅に空に羽ばたいた。
 姉はクルンッと空中で一回転すると、彼女の手のひらに蒼黒色の光が凝縮し始める。
 ぶわっと、全身から汗が噴出した。何故ってどう考えても生命の危機しか感じないこの状況ではワリと正統な反応ではなかろうか。
 あと、相変わらず優しい笑顔浮かべてるのが尚更恐ろしい。じりじりと知らずの内に後退するが、それに妹は気付く様子がない。

 「ちょっと待って! お姉ちゃん待とう!! 昨今のアニメや漫画の過剰な暴力表現の子供に対する悪影響が取りざたされとるから、そういう訓練はアカンとおもうんよ! 子供にお見せでけへんって!!」

 混乱によるパニックからか、中々にメタなことを口走る妹。その口調の必死振りから、彼女の感じる身の危険ってものがよくわかるというものである。
 
 「大丈夫よ、心配要らないわ」
 「……ホンマに?」

 姉の言葉にも、妹はどこか疑わしい視線を向ける。
 それにまったく頓着せず、姉は愛らしいにこやかな表情を浮かべ、そして一言。

 「次期に気持ちよくなるわ」
 「なおの事お見せできねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!? つーか姉ちゃんが気持ちようなるんかいっ!!」

 思わず全力でツッコミを入れる妹。方や姉はと言うと、これから行う行為にポッと頬を赤らめていたりする。
 これが男が見たら一発でノックダウンされそうなかわいらしい表情だったが、残念ながら状況が状況なだけにただ恐怖が倍増するだけだったり。

 「それじゃ、元気に逃げ回りましょう♪ あ、一応加減はするけど結構痛いから」
 「ちょ、待っ―――」
 「幻光『ミラージュレイン/バスター』!!」

 直後、姉の連続転移+連続ビーム乱射の雨霰を食らう妹の図が完成したことは言うまでもない。
















 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第四十四話「懐かしいねぇと口走るたびに僕等はまた一歩オッサンの階段を駆け上っていく」■










 「うきゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!?」

 ガバッと、飛び起きるように覚醒したアオ。その様子は並々ならぬ悪夢を見たのだと髣髴とさせるほど真っ青になっており、全身びっしりと冷や汗を流していた。
 その覚醒に一番驚いたのは、他でもない同室の撫子である。
 今日も一日頑張ろうと意気込んでメイド服に着替え終わった後のこの絶叫である。そりゃ驚きもするだろう。

 「ゆ、夢? は、はは……そうやもんなァ。今、姉ちゃんはおらへんもんなァ。あんなラ○ン・ヴァイスリッターのハウリ○グ・ラ○チャー張りのビームの雨霰に晒されることなんかもうないねんもんなァ。
 あは、……あはははははははははははははははははははははははははははははははは」
 「アオさぁぁぁぁぁん!! しっかりしてください、お願いですから!! 笑ってますけどすんごい目が虚ろなんですけどぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 空虚な目でカタカタと笑い始めたアオに、さすがにやばいものを感じたのかいつも以上のテンションでツッコミつつ、正気に戻そうと肩を掴んでガックンガックンと揺らす撫子。
 首がもげるんじゃなかろうかと思うほど揺らしてみるものの、中々効果は見られない。
 一体、どんな夢を見ていたというのか。想像するだけで恐ろしいが大体想像が付いてしまうあたりが非常に虚しい。
 主に姉の夢なんだろう。中々に不憫である。

 「あかん、あかんよ姉ちゃん。次元連結はさすがに山が吹き飛ぶよー。あははははははは」
 「ちょっ、アオさんしっかりしてくださいよ! こうなったら……美鈴さん直伝!! ていっ!!」

 ズビシッと首の後ろ側に叩き込まれる撫子のチョップ。それが功をなしたか、「ほわっ!?」と悲鳴を上げてバタンッとそのまま前のめりにぶっ倒れるアオ。
 いまなにやら聞き捨てならない単語が出てきた気もするが、記憶から綺麗さっぱりと抹消してふぅっと一息。
 そんな時である。扉がノックされてドアが開き、咲夜が顔を出したのは。

 「あ、咲夜さん。ゴメンナサイ、すぐ行きます!」
 「ストップ、今日はあなた達に半獣が用事があるって応接間にいるから、先にそちらに行って頂戴」
 「慧音さんがですか?」

 咲夜から意外な人物の事を聞いて、撫子は驚いたような表情を浮かべる。
 少なくとも、思い当たる節がないので首を傾げることしか出来ないのだが、もしかしたらアオがなにか知っているかもしれない。
 そう思ってそちらの方に視線を向けてみると……。

 「……あ」

 いい位置にチョップ喰らって泡をぶくぶくと吹いて気絶してるアオの姿がそこにあるのであった。





























 「紙芝居ねぇ」

 夕方のかぶき町のよろず屋にて、唐突に現れたアオと撫子。
 その二人が今度、慧音の寺小屋で紙芝居をすることになったようで、どうしたものかと彼、坂田銀時の元に訪れたのであった。
 元々、紙芝居など作ったことがないこともあって、どういう話を作ったものかと手探りの状態の二人。
 何かいい案はないものかと聞いたところ、今現在、この場所に入り浸っているメンバーも考えてはくれるようであった。

 「それにしても、懐かしいですよね、紙芝居って」
 「そうだなぁ。最近は紙芝居ってのもとんと見ねぇもんだしな」
 「なるほど、そうやって懐かしい懐かしいって口走るたびに、男はまた一歩オッサンへの階段を駆け上っていくアルな」
 『やめてくんない、その言い方!?』

 懐かしそうに言葉にする新八に、銀時も同意するように言葉を紡ぐ。それを見て何か納得したように言葉にした神楽に、何か嫌なものを感じたのか二人同時にツッコミを入れる銀時と新八。
 そんな彼らに苦笑をこぼしつつ、真っ先に言葉を紡ぎだしたのは文であった。

 「お二人とも。紙芝居を作るのはかまいませんが、肝心の絵のほうはどうするのですか?」
 「うーん、それなんよねぇ。誰か絵が得意な人が居ればええねんけど……」
 「私達、あんまり絵を描くのは得意じゃなくて……」

 そう、文の言葉はまさしく、現在進行形でぶつかっている問題である。
 生憎、アオも撫子も絵が得意ではなく、頼みの綱だったルリも残念ながら絵心が皆無であった。
 紙芝居といえば絵があってなんぼである。その絵がかけないとあっては本末転倒もいいところだ。
 そんな中、ふむ……となにやら考え込んだのは阿求。彼女はしばらく考え込むと、彼女達のほうに視線を向けて言葉を紡ぎ始めていた。

 「私でよければ、紙芝居の絵を担当させてもらいますよ?」
 「ええの!? 阿求ちゃんに描いてもらえるんやったらこれ以上にないねんけど……」
 「えぇ。子供たちを楽しませるんですから、私も一肌脱いじゃいましょう」

 腕を上げて、二の腕を叩く動作で了承の意とやる気を見せる阿求。
 思わぬところで問題が解決したこともあり、アオと撫子の二人は「ありがとう」と口をそろえてお礼を述べたが、それが、阿求にはなんとなく照れくさい。
 笑顔で「いえいえ」と言葉にしているものの、どこか頬が赤いし、内心では気恥ずかしさゆえのむず痒さと言うものを覚える阿求。
 元々、幻想郷縁起の編纂に携わっていることもあり、イラストなどもお手の物。こういった文系は阿求の得意とするところなのだ。そういった意味では、阿求以上の適任はいない。
 と、なるとだ。後は内容、つまりは紙芝居の物語である。

 「後は物語かぁ。出来れば、オーソドックスな内容のは嫌なんよなァ。どうせならオリジナルの方がええし」
 「フフン、それなら私に任せるがいいネ舎弟!!」

 うーんっと考え込んだアオに向かって言葉にしたのは、自信満々な神楽である。
 一体どういう根拠があるというのか、その表情には絶対の自信と言うものが張り付いているものの、残念ながら他のメンバーは微妙な顔。
 そんな事実眼中にないのか、神楽はダンッとスケッチブックを取り出すと、ペラリとめくる。
 そこに書かれていた絵は―――

 「昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいましタ」
 「て、ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

 口の辺りを真っ赤に染めた熊の絵だったのである。
 思わずアオがツッコミを入れたのも間違いではあるまい。もう一ページ目から既に内容がおかしいというかまったく持って一致してない。
 無論、いきなり止められて面白いはずもなく、神楽はいささか不機嫌そうな表情をのぞかせてアオに視線を向けた。

 「何アルか。どこかオカシイとこでもあったアルか?」
 「いや、おかしいも何お爺さんもお婆さんもおらへんやん!? 何、住んでるって熊の腹ん中ぁ!?」
 「その通りアル。お爺さんとお婆さんは熊の血肉となって永久に生きるというストーリーネ」
 「一ページ目で全てが終わってるんですけどぉぉぉぉぉ!? ていうかそんな話子供たちに見せられるはずないやんか!!」

 アオのいう事ももっともである。そもそも、そんなブラックな話を読み聞かせると間違いなく慧音先生の頭突きが飛んでくることは明白だ。
 たかが頭突きと侮るなかれ、彼女の頭突きは鋼をも砕く。
 と、次に挙手したのはいつの間にやら箪笥から顔を出している桂であった。

 「ヅラァ、おめぇ何でそう勝手に家に入ってくんの? 真選組に突き出してやろーかコノヤロー」
 「ヅラじゃない、桂だ。それはそうと、話は聞かせてもらったぞ」

 いつものやり取りをしっかりと交えつつ、そしてしっかりと上がりこむ桂。
 ちなみに、エリザベスの姿がないがご心配なされるな、彼は今現在、幻想郷のカフェでバイト中である。
 一方の桂はと言うと、いつものように飄々とした様子でテーブルの前にまで来ると、かたっとスケッチブックを取り出した。
 えらく用意のいい男である。いや、そういう問題でもない気もするが。

 「お前達、子供に見せるには将来役に立つものでなくてはいかん。いいか、例えば俺の紙芝居を見るがいい。タイトルは『俺と人妻と攘夷―――」
 『JOYぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!』
 「ぶふぉっ!?」

 桂が自信満々にタイトルをいおうとしたところで、銀時と新八のとび蹴りがものの見事に桂の顔面に直撃した。
 その勢いの余りにずったんばったんと転げまわる人妻萌え。ちなみにやたら絵がうまく、タイトルのところの絵には何故か桂似の誰かと神綺似の誰かが描かれていたことを追記しておこうと思う。

 「オメェ何をガキどもに教えるつもりだよ! どう見たって泥沼の人間関係しか見えてこねぇじゃねーかっ!!」
 「つーか攘夷とかいらないし! あそこで攘夷なんて思想丸ごといらないですから!! ていうか、これのどこが人生に役に立つんだよ。いらねぇよこんな無駄知識!!」
 「何を言うお前等! 今のうちからこういった知識を持った方が子供は育ってよりよいオッサンになっていくのだぞ!!」
 『黙れやこのボケェェェェェ!!』

 そして喧嘩に発展する三人。というより、銀時と新八にボコボコニされていく桂小太郎。
 そんな騒がしさをスルーするスキルもよろず屋にとっては大事な必須スキルなのである。
 皆も自業自得と思っているのか、誰もとめもせずにあーでもない、こーでもないと考えをめぐらせる。
 丁度その時だろうか。箪笥の方から「こんにちわー」なんていう女性の声が聞こえてきたのは。

 「よろず屋はここでいいのかしら。銀時ちゃんはいる?」
 「あ、神綺さんや。こにゃにゃちわー!」
 「こんにちわ、神綺さん」

 一応、面識のあるアオと撫子は彼女に返事をしたが、対して、天子、文の二人は彼女の登場に身を固くしてしまう。
 彼女の持つ潜在的な力の強さに気がついたのは、今まで生きてきたことによる観察眼ゆえか。
 幻想郷において彼女を見たことがないが、これほどの力を持った人物を知らないのに違和感を覚えた。
 特に、幻想郷中を駆け巡り、新聞記者として至る場所を飛び回る文は尚更その違和感が強かった。
 しかし、彼女達の感じた違和感も仕方のないこと。そもそもの話、神綺は魔法の本場である魔界を一から作り上げた魔界の神なのだから、幻想郷にいなくて当然なのだ。

 「あら、二人ともこんにちわ。んー、銀時ちゃんに依頼持ってきたんだけど、もしかしたら間が悪かったかしら?」
 「いや、うちら依頼を持ってきたわけやないから大丈夫や。今な、寺小屋で見せる紙芝居作っとるんよ」
 「そうなの? それなら、今は大変そうだし、あなた達の用事が終わってから頼もうかな」

 アオの気の使った言葉に、んーっとなにやら考え込む神綺。
 実際、これは依頼じゃないので優先されるべきは神綺の方なのだろう。
 しかし、そこは彼女の持ち前の性格ゆえか、相手を配慮してアオたちの用事の方を優先してくれているようだった。
 そんな神綺の肩に、ぽんっと手を置く人妻萌え。どこかでターゲット、ロックオンなんて言ってたような気がしたが、多分気のせいである。

 「ならば、俺と一緒に茶でもどうだろうか神綺殿。あれなら酒の席でもかまわぬのだが……」
 「だからオメェは何いきなり人妻を誘おうとしてんの!? 欲望丸出しじゃねぇか!!」
 「そう? じゃあ、お誘いを受けちゃおうかしら」
 「神綺ぃぃぃぃぃ!? オメェも何あっさり引き受けてんの!? コイツ欲望丸出しだよ!? 下心見え見えだよ!?」
 (((((((((それをあんたが言うか!?)))))))))

 桂が神綺を誘い、その誘いに乗った彼女に銀時がツッコミを入れるが、その銀時にも心の中で全員がもっともなツッコミを入れていた。
 さもありなんという事か。元々、銀時の私生活は大体は欲望と下心が見え見えだったりするのである。
 そんな見事なシンクロが行われているとは露知らず、銀時ははぁっとため息をつくとガリガリと後頭部を掻いてアオに視線を向けた。

 「ヅラの奴に神綺任せて置けねぇから、俺も行ってくるわ。後は勝手にやっといてくれ。ついでに依頼の内容も聞いてくる」
 「ん、わかった。気ーつけてなぁ」

 その言葉には全面的の同意なのか、他の皆も特に反論することもなく銀時たちを見送る。
 その後、全員で意見を出し合い、物語の内容が決まったところで阿求がイラストの製作を開始。
 他のメンバーもそれを手伝うこととなり、休憩を交えながら紙芝居の製作に取り掛かることとなった。
 阿求は、思う。こんな毎日が、いつも続けばいいのに、と。

 たとえ、これから先、次代の稗田に転生したときに、零れ落ちてしまう記憶であるとしても。





















 「うーい、銀さんが今帰ってきたよー」
 「はいはい飲みすぎよ、銀時ちゃん」

 時刻はすっかり深夜と言う時間帯。今まで酒場で散々飲み明かしていた銀時、桂、神綺の三名だったが、他二名はすっかりとダウンしたのでその場でお開きとなった。
 無論、ダウンしたのは銀時と桂の二人。桂は最後に、神綺を自宅に誘おうとしていたのだが、やんわりと断られてしょげて帰っていったことを明記しておこうと思う。
 よろず屋のテーブルに足を向けると、明かりがついているのに気がついて、二人は居間に入る。
 そこには、力尽きたのかテーブルに突っ伏して眠る文達の姿があり、ただ一人だけ、阿求だけが黙々とイラストを描き続けていた。

 「あ、お帰りなさい二人とも」
 「うーっす、ただいまー。つーか何? まだ描いてたの?」
 「えぇ、さっきまで皆起きてたんですけどね。私の分担が一番大変ですし、急いで描き上げないと」

 視線を彼らに向けないまま、一心不乱にとイラストを描き続ける阿求。
 神綺と銀時はソファーに腰を預けると、ただその光景をじっと眺め始める。
 すらすらと描かれる幻想的な風景と、一匹のネコと一匹の犬の絵。どこか仲がよさそうに手の繋がれたその絵は、見ているだけで微笑ましくなりそうだった。

 「私、皆さんと出会えて嬉しいんです。妖怪も、人間も、今は手を取り合って笑い会えることが出来る時代になってきてます。私自身、妖怪の友人もたくさん出来ました。でも……」

 語る間にも、筆の手は緩まない。描かれるイラストに、感情が、思いが宿っていくかのようであった。
 そこには、確かな世界がある。たとえ、それが絵でしかないのだとしても、その絵が語りかける世界が見えてくるような、そんな錯覚さえ覚えた。

 「私は、よくて後十数年しか生きられない。だからこうやって、できることはやっておきたい。次の代になったら、私の記憶はほとんど消えてしまうけれど……」

 だけど、この絵が、この紙芝居が、皆と……銀時たちとであったことのある証であるようにと。
 稗田は一代一代が短命だ。よくて30生きればいいほうだろう。次の代に転生するとしても、その時には先代の記憶はほとんど消えてしまっているのだ。
 阿求は、今の自分の環境を気に入っていた。だからこそ、形に残るように、次の代になっても思い出せるように、彼らと共に過ごした証が欲しかったのかもしれない。
 今まで何度も、死と転生を繰り返してきた。今更のようにも思う。だけど―――

 私は、皆さんのことを忘れてしまうのが、酷く怖いんです。

 それは、心の中にしまいこむ。言ったってどうしようもない、短い生と決められた定め。
 どんなに我が侭を言っても覆らない、決まりきった運命。
 だからこそ、阿求は今を必死に、楽しく生きようとしていた。
 こうやって、誰かと何かを作ったり、誰かのために絵を描いたり、なんでもないこの作業が、ただただ嬉しく思えた。

 「だったらよ、俺たちが忘れねぇ思い出を作ってやるさ」

 その言葉が、心に染み渡る。
 ほら、いつもはグーたらでやる気なしのマダオのクセに、こんなときだけ優しくて、心強くて、そんな彼に憧れてしまう。

 「でも、忘れちゃうんですよ」
 「だとしても、もしかしたら覚えてるかも知れねぇ。なんなら、とんでもねぇ馬鹿騒ぎを起こしてトラウマとして刷り込んでやる」

 なんだ、それ。
 ついつい、それはないだろうと頭の中でツッコミを入れてしまうけれど、それもやはり、銀時らしい言葉のように思える。
 そうして、気がつけば俯いていた阿求の頭を、ふわりと柔らかい感触が包み込んだ。
 清らかな花のような匂いが心地いい。とくんとくんと心臓の音が、耳元でやかましくなっている。きゅっと、拘束する力が強くなったような気がして、そこで初めて、阿求は抱きしめられているのだと理解した。

 「そうよ、あなたが忘れてしまっても、きっとここにいる妖怪の彼女達はあなたのことを忘れない。もちろん、私も。
 だから……、私が思い出させてあげる。何度でも、何度でも、阿求ちゃんに銀時ちゃんのことを」

 耳元からのその言葉が、どれだけ優しくて、どれだけ温かいものだったか。
 まるで、母親に抱きしめられているような錯覚を覚えて、不意に、目尻に涙がこみ上げてくる。
 阿求の母親は、当の昔に果てている。遡れば、彼女の本当の母親はずっとずっと昔に死去したことになるのだろうか?
 随分と久しく、忘れていた母親のぬくもり。それに触れた気がして、ただただ……涙がボロボロと零れ落ちるのを止められそうになかった。

 「だから、生き急がないで阿求ちゃん。みんな、みんなあなたのことを、忘れたりしないから。あなたが忘れてしまっても、私たちが思い出させてあげるから」

 いつか、自分は皆に置き去りにされる。あるいは、置き去りにしていく。
 自分は、置き去りにしてしまったものを忘れてしまう。じゃあ、皆は?
 もし、私が置き去りにしてしまった皆は、私のことを覚えていてくれるだろうか?
そう思うと、とても怖い。とても恐ろしい。忘れ去られるかもしれないという事実が、こんなにも恐ろしいとは思わなかった。
 無意識に、思っていた事実。無意識に思っていた、稗田であるが故に持つ苦悩。
 なんて、自分勝手なことだろう。自分は、次代の時にはほとんどのものを置き去りにしてしまっているというのに。
 その言葉が、その二人の言葉が、こんなにも嬉しい。

 「ありがとう、ございます」

 嗚咽を噛み殺したような言葉が、阿求の口から零れ落ちる。
 神綺は優しく、彼女の頭を撫でてやると、声を押し殺すように阿求は泣き始めた。
 いつまでも、いつまでも、優しくあやすように、神綺は抱きしめ、銀時もその光景に口出し発せず、ふぅっと小さく息をこぼして天井を見上げた。
 誰も起きださない深夜の夜。その嗚咽は、その抱擁は、しばらく続いたのだった。








 後に、阿求がイラストを手がけ、よろず屋メンバー全員で取り掛かった紙芝居が寺小屋で発表される。
 その内容は、一日たつと記憶をなくしてしまうネコに、一生懸命に記憶を取り戻させようと奮闘する犬のお話。





 ■あとがき■
 ども、こんにちわ白々燈です。今回はいかがだったでしょうか?
 多少、強引な勘があるような気がするのですが、楽しんでいただければ幸いです。
 さて、次回は神綺がメインの話になりそうな予感。
 それでは、今回はこの辺で。

 ※幽香、沖田、ソラによるドS3人の特設コーナーを作るかも?
 皆さんは見てみたいと思います? 好評ならシリーズ化も……?



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第四十五話「人形に名前をつけると後々大人になって恥ずかしくなる自分がいる」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/05/21 22:43









 かぶき町の一角にて、一人の女性と、一人の少女が隣り合って歩いている。
 方や、銀髪ロングヘアーで童顔の美女、方や金髪セミロングの落ち着いた雰囲気の美少女。
 そんな二人が歩き、通り図がる人々が次々に振り返る。
 それぐらい、二人は特徴的であり、魅力的であった。
 神綺とアリス。普通の一般的な親子とは少し違うが、神綺は母として、アリスは娘としてお互いを好いていた。
 そんな二人を追いかける、二つの影。
 銀髪天然パーマメント、坂田銀時と、天上天下唯我独尊不良天人、比那名居天子の二名である。

 「ねー、銀さん。あの二人本当に親子なの? なんか物凄く似てないんだけど」
 「あー? 知らねーよ、んなこと。神綺のやつがそう言ってんだから、そうなんじゃねーの?」
 「アバウトねぇ」

 銀時の適当な台詞に呆れながら、天子は銀時に視線を向ける。
 そこにはやっぱりと言うべきかなんと言うべきか、気だるげでやる気ゼロのマダオの姿がある。
 ま、そのあたりはいつものことなので特に咎めもせず、天子は二人に視線を送る。
 今回の仕事は、以前神綺からもたらされたもの。内容は、二人っきりで出かけたいが、なんだか不安なので隠れながら一緒についてきてくれないかと言うものだった。
 他のメンバーは偶然にも来た別の依頼で出払っている。つまり、今は銀時と二人っきりで尾行中という事になるのだが……。

 「銀さんじゃあねぇー」
 「……おい、天子。今の発言何? なんかすんごく侮辱された気がするんですけども?」
 「侮辱じゃないわよ。銀さん相手じゃ盛り上がらないなーって」
 「だからそれどういう意味ぃ!!?」

 はたしてこの二人が尾行に向いていたかと聞かれれば、正直疑問である。
















 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第四十五話「人形に名前をつけると後々大人になって恥ずかしくなる自分がいる」■










 「大体さぁ、仲良さそうじゃない。うちと違ってさ。私達、ついてくる必要なかったんじゃない?」
 「そりゃそうだがなぁ、考えてみろ天子。たったこれだけで報酬が手に入るんだぜ? それだけで今日の夕飯が豆パンから白いホクホクご飯に早変わりだぞコノヤロー」
 「……ゴメン」

 尾行をしながら会話して、そのあんまりな台詞に思わず謝る天子。
 そんなに収入がないというのか。家賃を滞納しているとはきいていたが、まさかこれほどまでに家計が切迫していたとは思いもよらなんだ。
 世も末と言うか恐ろしい。

 そんな会話があっているなどと露知らず、神綺は娘との久しぶりの会話を楽しんでいた。
 一人立ちした娘と会話をするのがこんなにも緊張する。未だになれない感覚を胸に抱きながら、アリスの言葉に耳を傾けている。

 「それで、この間も魔理沙の奴が大事な魔道書を持ち出してね……」

 はぁ……と小さくため息をつき、アリスは疲れたように言葉にする。
 それでも、そんな言葉が出てきてはいても、なんだかんだで信頼はしているらしく、「まったく、しょうがない奴なんだから」と言葉にして微笑んだ。
 その様子に、安心する。以前から何度も幻想郷に訪れ、アリスの言葉に耳を傾けていたけれど、元気な様子でいるのを見ると安心するのは親心からか。

 「それで、お母さん。これからどこに行くの? アイツの世界にわざわざ来て」
 「うん、ここからまっすぐに行ったところにある甘味屋に行こうかなって」

 相変わらず、仲睦まじい様子で歩いていく二人。
 神綺は満面の笑みを浮かべ、アリスは滅多に見せない優しい微笑を浮かべて。

 そんな二人の様子を視界に納めながら、銀時は小さくため息をつく。
 なんだかんだで大丈夫そうな神綺とアリスの二人。これなら、特に何もする必要はなさそうなのだが、仕事は仕事である。
 非常に面倒ではあるが、このまま途中で放って置くわけにもいくまい。
 と、そんなときである。天子が何かに気がついて彼に言葉を投げかけたのは。

 「銀さん、アレ」
 「あぁ?」

 天子が声を掛けて、とある場所に指差して、銀時も釣られて気だるげな声を上げながらそちらに視線を向ける。
 神綺とアリスのやや後方。そこにいたのは、銀時もよく知る人物だったのである。

 「おぉ、神綺殿にアリス殿。よければ俺―――」
 『うるぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
 「ぐぼぁっ!!?」

 いい雰囲気だった二人に空気を読まずに声を掛けようとした男―――桂小太郎に、銀時と天子のとび蹴りが見事にみぞおちに突き刺さった。
 蹴られた体制そのままに、路地裏の方にまですっ飛ぶ。
 突然の物音に何事かとアリスが振り返ってみたが、そこには相変わらず誰もいない。

 「……お母さん、今、何か聞こえなかったかしら?」
 「んー、さぁ?」

 アリスの問いかけに、神綺は不思議そうな顔で返答する。
 どうやら、桂の存在には気がつかなかったようで、そのまま目的の場所に向かおうと前を向いた二人。
 その様子を確認して、はぁーっと銀時はため息をついた。

 「よし、気がついてねぇ。コイツがいると事態がこじれるの目に見えてるからな」
 「銀さん、とりあえず路地裏に放置でいいのね? 気絶してるけど」
 「いーよ別に。奴ならしぶとく生き残るさ。むしろマンホールん中に放り込んどけ。銀さんが許すから」

 中々に散々なことを口走りながら、天子の言葉に銀時が答える。
 人妻好きの桂のこと。あの二人の間にわって入ればまためんどくさいことになるのは目に見えている。
 それだけは勘弁願いたい。正直、桂が関わって碌な目にあったことがない銀時が言うのだから間違いない。

 そんなやり取りがあったことなど露知らず、二人はオープンカフェになっている甘味屋の外の席に座って注文をとっていた。
 趣味のいい装いの店で、シックな制服に身を包んだ店員が二人の注文を伝票に書き込んでいく。
 そんな二人が視界に入るように、銀時たちもカフェに入った。外の席に腰を下ろし、二人の様子が伺える場所に陣取っている。

 「スンマセーン、このグレートマウンテンチョコパフェ1つお願いしまーす」
 「……ねぇ、銀さん。お金は?」
 「心配すんな。さっきヅラから剥ぎ取ってきた」
 「何してるのよ!!? まぁいいけど、すみません、私はイチゴパフェ御願いします」

 一応ツッコミ入れてからちゃっかり注文をする天子。
 中々に酷い物言いだが、きっと多分、銀時が行ってるのは冗談だと思っておくことにする。
 それに、万が一の場合は自分がお金を出せばいいのだし。別にいいかと結論付けた。
 しばらくして銀時と天子の注文したパフェが運ばれてくる。
 銀時のは天子が注文したものより一回りも二回りも大きく、まさに山と形容してもいいようなシロモノである。
 はたして、アレを食って糖尿の方は大丈夫なのだろうかと心底思うが、こと甘いものに関して銀時が妥協することがないのを知っているため何もいわない。
 だって、言ってもきかないし。
 若い男女が甘味屋で二人っきり。傍から見ればどうみてもデートな状況ではあるが、無論、彼らを知る人から見ればそんな発想には至るまい。
 そこまで思って、天子はいいことを思いついたといわんばかりにニマァッと顔を歪めた。

 「はい、銀さん、アーン」

 自分の分のパフェをスプーンで掬い、銀時の眼前に差し出してそんな言葉を紡ぐ。
 まるで恋人……というよりも、どこぞのバカップルのような行為に、銀時はあいも変わらず気だるげな表情を崩さずに天子に視線を向けた。

 「何してんの、お前」
 「何って、恋人の振りよ。こうしたほうが、周りに溶け込めるかなって」

 くすくすと笑いながら、天子はからかうように言葉にする。
 これで少しでも動揺してくれれば、このネタでからかってやろうと内心で苦笑する。
 しかし、そこは坂田銀時。特に何のリアクションもせず、無感動に一言。

 「何言ってんだてんこ。んなこたぁちっとは胸が成長してから物を言え」
 「五月蝿いわね!! どうせ私は胸がないわよこの天然パーマ!!」
 「オメェが五月蝿ぇよ!! つーか誰が天然パーマ!? 天然パーマ馬鹿にすんなコラァ!!」

 せっかくの雰囲気が台無しである。ギャーギャーと盛大に喧嘩を始めたこともあって仕事の方も台無しである。
 暴れて大喧嘩する銀時と天子を視界に納め、呆れたような視線を向けているのはアリスであった。

 「……何してるのかしらねぇ、あいつ等」
 「あは、あはははははは」

 冷めた言葉を口にするアリスをよそに、神綺は苦笑いを浮かべつつ内心では冷や冷やしていた。
 まさか、自分が隠れてついてきてほしいなどと頼んでいたなんて口に出来るはずもない。
 ばれてはいないと思うが、心の中で大暴れする二人に盛大に馬鹿ーとか叫んでいると、ふと、道の向こうから一人の少女が歩いてくるのが見えてきた。
 何があったのかは知らないが、なにやら泣いている様子で、その腕にはボロボロになってしまったクマの人形が抱かれていた。
 ふと、アリスの視線がその少女に向いていることに気付く。
 もはや後ろの銀時と天子のやり取りには興味がないのか、今はただ、向こうから泣きながら歩いてくる少女に視線を向けたまま。
 そうして、その少女が自分達の座るテーブルの近くに来たときに、意外にもアリスが言葉を投げかけていた。

 「どうしたの?」

 いつものような、冷たい声色の中に、僅かな優しさが篭っていたことに神綺は気付いた。
 口を出そうとして、けど、自分が何かをいうべきじゃないと思ったのか、神綺は口を噤む。
 そして声を掛けられたことに気がついたのか、少女は涙を一杯に溜めてぐずぐずと言葉にし始める。

 「さっき……、車に、ミーさん、踏み潰されちゃって……」
 「ふぅん、……ミーさんって、その子の名前?」

 こくんっと、少女はアリスの問いに答えるかのように頷いた。
 どこか固く、冷たい印象を受けるが、できるだけ優しく、安心させるような声色の混じった複雑な声。
 相変わらず、アリスの表情には特に感情が浮かんでいるようには見えない。ただ、傍にいる神綺だけには、アリスの表情がしっかりと読み取れていた。
 きっと、本人もどう接したらいいのかわかっていないのだろう。戸惑って、不慣れな気遣いをしながら、懸命に少女を落ち着かせようとしているのが、なんとなくわかった。

 「貸してくれる? 直してあげるから」
 「……本当?」
 「えぇ」

 ぎこちなく微笑みながら、アリスは温かみを感じる声色で言葉にして、その人形を受け取った。
 腕の付け根が千切れかけ、中身の綿があふれているクマの人形。
 それを視界に納め、念入りに他に損傷がないかを確認して、アリスはふぅっと小さく息を吐き。

 「上海」

 その名を、口にした。
 彼女の声に反応して、アリスのバッグから一体の人形が飛び出してきた。
 まるで、本物の人間のような精巧さで、ともすれば生きているのではないかと錯覚する小さな人形。
 人形はアリスの言葉に応えるように、糸と針を取り出してアリスに手渡す。
 すると、糸が動かぬように掴んだままの上海人形は主を見上げ、こくんと頷く。
 それを確認して、アリスは手際よく作業を始めた。
 それは傍から見ればあっという間の出来事だっただろう。誰が見ても華麗だとわかる洗礼された針捌き。流れるように動く指が、彼女の器用さを物語っていた。
 少女の感嘆の声がこぼれる中、人形の修復はあっという間に終わってしまう。
 役目が終わったのがわかったのか、上海人形はバッグに糸と針を戻し、それからふわふわと浮いてアリスの肩に腰掛ける。
 当のアリスは一通りクマの人形の様子を確認すると、あらためて少女にクマの人形を握らせた。

 「ほら、直ったわ」
 「わぁ……、お姉さん、ありがとう!!」

 先ほど泣いていたのが嘘のように、満面の笑顔を浮かべて少女はアリスにお礼を言うと、よほど嬉しかったのか走りながら立ち去っていった。
 その後姿を、ぼんやりとした様子で眺めているアリスを視界に納めて、神綺はクスクスと笑みをこぼしていた。
 それに気がついて、アリスはというとどこかむすっとしたような表情で彼女に視線を向けるが、薄っすらと頬が赤くなっている。

 「何?」
 「ふふ、さぁて……何かしらね?」

 どこか照れくさそうなアリスを見て、神綺はどこか嬉しそうに笑っている。
 そんな彼女達を視界に納め、喧嘩したせいで所々ボロボロな二人は大人しく注文したパフェを口に運んでいたり。

 「ふーん、意外に優しいとこあるじゃねぇか」
 「アリスは基本的にクールぶってるからねぇ。いや、実際に結構冷静な方だけど」

 意外なものを見たように言葉にした銀時に、天子はそんな返答をしてパフェを口に含み。

 「そうですね、あの方は基本的にデスクワーク派のようですし」
 『ぶふぉっ!!?』

 いきなり横手から現れた異物に盛大に口に含んでいたものを吹き出してしまった。
 彼女の席に突如現れたのは、空気の読める女、永江衣玖。
 しかしながら彼女の今の格好は、緋色の羽衣を特徴とした衣服ではなく、巨大なマンボウの気ぐるみ。
 異質である。そんな異質な格好で現れたもんだから二人同時に吹き出してしまったのである。

 「な、何してるのよ衣玖!?」
 「……見てわかりませんか?」
 「わかるわけねーだろ、お前が馬鹿なことしかわかんねーよ!」

 天子の問いかけにきょとんとした様子で首をかしげる衣玖に、銀時が声を大にしてツッコミを入れる。
 さすがにその言葉は心外だったのか、形のいい眉を僅かに吊り上げたものの、すぐにいつもの平静な表情に戻った衣玖はつらつらと言葉を紡ぎ始めた。

 「馬鹿とは心外ですが……、なぜこのような格好なのかというとですね、お店の宣伝もかねて出歩いていまして、その途中で総領娘様と銀さん二人を見かけたので声を掛けたしだいです」
 「それ何のアピール!? どう見てもキャバクラのアピールじゃねーよ。お前、それただの水族館の宣伝じゃねーか!」
 「……衣玖ってさ、時々すごいボケかますわよね。……天然なのかしら」

 自分の親友ともいうべき女性の意外な一面を見て、天子は頭を手で押さえてため息をついていた。
 現在、永江衣玖は居候であるという手前、お妙と同じキャバクラで用心棒兼従業員として働いている。
 そのお店の宣伝という事で、このような格好で出回っているわけなのだが、これではどう考えても水族館かそこらの宣伝にしか見えなかったりする。
 と、食事を終えたのか神綺とアリスが席を立つ。
 それが視界に映って、銀時と天子は慌てて代金を払って席を立ち、二人の後を追いかけた。
 しかし。

 「つーか、何でお前ついてきてんの? その格好目立つんですけど」
 「空気を読んだ結果です。お気になさらず」
 『どんな空気!!?』

 何ゆえかその格好のままついてきた衣玖に言葉を投げかけ、返ってきた言葉にたまらず銀時と天子のツッコミが重なる。
 何しろ、彼女の格好は目立つことこの上ない。普段の格好でも目立つ方だというのに、今現在、銀時、天子、衣玖の三人は周りからの奇異の視線がざくざくと突き刺さっている。

 無論、周りから目立っているという事はだ。当然、この二人の目にも留まるわけで。

 「……」
 「アリスちゃん。見ちゃだめ。むしろ見ないで上げて」

 なんか物凄い冷ややかな目を三人に向けるアリスに、神綺が冷や汗流しながら言葉にする。
 いくらなんでもあの光景は目立ちすぎる。奇異な三人組からなんとか視線をそらそうと、神綺が何か話題を振ろうとしたその瞬間―――

 「テメェら全員動くな!! このガキがどうなってもいいのか!!?」

 そんな怒鳴り声が聞こえてきて、結果的に神綺もアリスもそちらの方に向くこととなった。
 道路の中央に群がる人だかり。真選組が周りを包囲しているものの、迂闊に手を出せずに手をこまねいていた。
 その包囲されている男は抜刀し、その刀を―――あの人形を持っていた少女の首筋に押し当てていた。

 「アリスちゃん、あの子っ!?」
 「うん、わかってる!」

 珍しく、感情を露にしながらアリスがその人だかりに入っていく。
 人垣を掻き分け、アリスと神綺はようやくその光景が一望できる最前列まで移動した。
 その光景を見れば、男は興奮しているようでいつ少女に切りつけてもおかしくない状態。だからか、真選組も迂闊に手を出せないでいる。
 少女の目尻には涙が浮かび、恐怖に表情を引きつらせていた。

 「アリス!?」

 そんな時に、アリスにとっては聞き馴染んだ声が耳に届いた。
 そちらに視線を向ければ、隊士服を着て人垣を向こうに押しやろうとしている妖夢の姿があった。
 妖夢は別の隊士にその場所を任せると、急いでアリスのほうに走りよった。

 「何でこんなとこにいるの?」
 「それはこっちの台詞よ。それで、アレ何とかなるの?」
 「……正直、難しい。土方さんも作戦考えてるけど、いつ暴走するか……主に沖田さんが」
 「仲間が暴走する心配ってどうなのそれ」

 妖夢の物言いに呆れたような表情を浮かべ、アリスは小さくため息をつく。
 一方の神綺はと言うと、目の前の光景にどうしたらいいのかおろおろとするばかり。
 確かに、この人はこういう状況でどうしたらいいかわからないだろうなァと思考して、アリスは目の前の光景に視線を向ける。

 「妖夢、手を貸してあげてもいいわ」
 「本当? あなたにしては珍しいですね」
 「もちろん、ただじゃないわ。貸し一つよ」

 ぱちんと指を鳴らし、魔力の糸を生成。その内いくつかをバックの中の人形達に接続する。
 既に準備は始まっている。どちらにしても、アリスはこの状況を黙って見ているつもりはなかった。
 あそこに捕まっているのがまったく知らない誰かだったら、あるいは無視していたかもしれない。
 しかし、僅かな時間とはいえ、アリスは少女のことを知り、彼女の笑顔を知った。
 人形を直してあげた程度の、それだけの関係でしかなかったが、会って間もなく死なれては寝覚めが悪い。

 「うん、わかった。貸し一つね」
 「交渉成立ね。後は、私に任せて」

 いつになく真剣な表情で、アリスは犯人に気が付かれぬように糸を動かす。
 魔力で編まれた糸は基本的に不可視だ。見えたとしても、ミリ以下の細さであるその糸を識別することはもはや不可能に近い。
 犯人の腕に、脚に糸が絡みつく。その瞬間―――アリスの準備が全て終えたことを示唆していた。
 グンッと、アリスが腕を引く。その途端、犯人の刀を持つ手が真上に振り上げられ、その場で停止する。
 自分の意思の範疇の外で起こった突然の光景に、男が驚愕する暇も露こそ、アリスは目の前を撫でるように糸を操作し、その動きにあわせて犯人の腕が少女を突き飛ばした。
 男は既にアリスの操り人形。気付かぬうちに糸を接続された男の末路は一つしかない。
 指をクンッと引くと、男はまるで足払いをかけられたかのように宙に浮いた。
 そして、フィナーレ。アリスの四つの指がピンッと伸ばされる。その瞬間、アリスのバッグから糸を接続された4体の人形が空中に躍り出た。
 槍、ナイフ、剣、鉈、それぞれの武器を振り上げた精巧なつくりの人形が、武器を振り上げながら迫ってくる。
 太陽を背に、四つの脅威が武器を振り下ろしながら落下してくる。それは、犯人にとっては恐怖以外の何者でもない光景だっただろう。
 槍は男の股を、ナイフは左脇腹を、剣は右脇腹を、そして―――鉈は頭部を、それぞれかするか否かのギリギリの地面に突き刺さっていた。
 怪我一つなく、余りの光景に泡を吹いて気絶した犯人を、待っていたといわんばかりに真選組が確保する。
 その際、少女が真選組に保護されたのを見て、アリスは男に繋いでいた糸を切断、人形達を手繰り寄せて自分のいる場所に帰ってこさせる。
 それで、今の立役者がわかったらしく、周りからあらん限りの歓声が上がった。
 どっと沸き起こる、空気を振るわせんばかりの歓声に、アリスは気恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にして神綺の手を引いて走り去るように人垣から抜け出していった。
 そんな彼女を視界に納めて、神綺は優しそうな笑みを浮かべてくすくすと笑う。

 「やっぱり、アリスちゃんは私の自慢の優しい娘だわ」
 「ちょ、お母さん!! からかうのはやめてよ!」
 「からかってないわ、本心だもの」

 走るように逃げ出す二人。アリスは神綺の言葉を受けてなおのこと顔を真っ赤にし、なおのこと走るスピードを上げる。
 その可愛らしい反応に、神綺はどこか満足しながらアリスに手を引かれて楽しそう。
 そうして、その日は一日中、アリスと神綺は仲良さそうにかぶき町を歩き回る。
 どこか幸せそうに、どこか照れくさそうに、それぞれ違う表情を浮かべながら。







 「ねぇ、あの二人どこにいったの?」
 「神綺ー、アリスー!! オメェ等どこ行ったんですかー!!?」
 「それじゃ、私は空気を呼んで去りたいと思います」
 『待てこら!!』

 一方、当のよろず屋は完璧に二人を見失っていたが、この際余談である。


 ■あとがき■
 ども、白々燈です。今回の話はいかがだったでしょうか?
 なんか、神綺の話と言うよりアリスの話になってしまった気がする。あtろ、展開も急だった気がするので、反省点が多いです。
 それでは、今回はこの辺で。


 ↓ドSコーナー、始まります。







 ■斬って刻んでドSコーナー■

 幽香「ども、こんにちわ。みんなのお姉さん、東方ドS代表、風見幽香よ」
 沖田「銀魂ドS代表、沖田総悟でさぁ。みなさん、ヨロシクお願いしやすぜ」
 ソラ「皆さん、こんにちわ。オリキャラ代表のソラですわ」
 近藤「どもー、近藤勲です!! いやぁ、よかったな総悟! 専用コーナー作ってもらえるなんて至れり尽くせりじゃないか俺達!」

 やたらとテンションの高い近藤に、沖田はいつもの表情で彼に言葉を投げかける。

 沖田「何言ってんですかぃ、近藤さん。これぁ俺達ドSのためのコーナーですぜ? 人のいい近藤さんが、このコーナーのメインなワケねぇじゃないですか」
 近藤「……アレ? じゃあ俺なんでここにいるの?」
 三人『何でって……、ツッコミ兼生贄?』
 近藤「帰る!! 俺は帰るぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 脱兎の如く凄まじい勢いで逃げる近藤。
 しかし、即座に空間を渡ったソラが近藤の頭を鷲掴みにし、二人のところに戻ってきた。

 幽香「便利ねぇ、あなたの能力」
 ソラ「そうでもありませんわ。転移には高い計算能力と演算能力が必要ですし、連続しようすると脳の処理が追いつかなくて頭痛起こすんですのよ」
 沖田「だ、そうですぜ近藤さん。こりゃ、逃げるのは諦めた方が懸命でさァ」
 近藤「総悟ぉぉぉ!! 頼むからこのちびっ子の手から開放して!! 俺の頭が割れるから!? 兜割れしちゃうからぁぁぁぁ!!」

 顔面鷲掴みにされたまま、妖怪の握力の暴力に晒される近藤。
 しかし、沖田はその悲鳴を無視したまま彼女達に言葉を投げかけていた。

 沖田「そういや、そこのちびっ子とは本編で俺はまだ会ったことなかったっけ。まぁ、同類のよしみで仲良くしてくんなせぇ」
 ソラ「いえいえ、こちらこそ。お近づきのしるしに、今ゴリラの味噌漬け用意しますから、ちょっと待っててくださいね?」
 近藤「いだだだだだ!!? 総悟ぉ、俺死んじゃうから、料理されちゃうから!!? 何、味噌漬けってまさか脳味噌のことじゃないよねお嬢ちゃん!!?」
 ソラ「ふふふ、理解が早くて助かりますわ」
 幽香「あら、楽しそうねソラ。私も手伝うわ」
 沖田「お二方、糸鋸ならここにありやすぜ」
 近藤「総悟ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」

 そろそろマジで泣きが入ってきたので近藤を解放するソラ。
 その顔には非常にいい笑顔が浮かんでいたとか何とか。

 ソラ「ごめんなさい。泣いていたり喚いたりしてるとつい可愛くて苛めたくなっちゃうんです」
 幽香「やっぱり、自分で手を下して泣いたり喚いたり叫んだり、それを楽しむのが通って物よね」
 沖田「いざって時は精神的に追い詰めるのも手でさぁ。その点、幻想郷って場所は調教のしがいがありそうな連中がわんさかいていけねぇ」
 ソラ「eraな某ゲームですね、わかりますわ」
 近藤「怖いんだけど!! 君らマジで会話が怖いんだけど?!! 総悟、戻って来い! それ以上先に行ったら戻ってこれんぞ!!?」
 沖田「何言ってるんですかぃ近藤さん。俺のサド心は常にクライマックスでさぁ」

 半ば予想は出来ていたが、恐ろしく物騒な会話の内容にたまらず近藤が声を上げる。
 現在リアル進行形で神経をすり減らしている近藤勲。さも有りなんという事か……。

 幽香「それじゃ、短いけど今回のドSコーナーもここまでよ」
 ソラ「次のゲストはまだ未定ですわ。そもそも、今回のコーナーで終わっちゃうかもしれないですし」
 沖田「次がみてぇって人がいなすったら、次の生贄(ゲスト)の希望を書いていてくんなせぇ」
 近藤「今ゲストの文字おかしかったよ!? 生贄ってなってたよ!? 何、被害増えるの!? 嘘、マジで!?」
 幽香「それは読者の感想しだいよ。それじゃ、次を楽しみにしていてね」


 ■第一回、終■



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第四十六話「終わる終わる言う作品ほど存外しぶとかったりすることがある」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/06/02 19:17
 ※お知らせ

 非常に急な話ですが、今回を持ちまして、東方よろず屋の連載を終了することにいたしました。
 こうなったのも全ては自分の至らなさが原因です。
 いつも読んでくれている方々には本当に申し訳なく思います。
 思えば、本当に長く続いたもので、皆さんの応援があったからこそ、この作品はここまで続くことが出来ました。
 今まで皆さんの支えられたからこそ、この作品があると自分は思っています。

 もしかしたら、いつかまたこの話の続きを書くこともあるかもしれません。
 その時は、また見て、読んで、笑っていただけたらなと思っています。

 永い間、本当にお世話になりました。
 皆さん、ありがとうございます。

 作者より。































 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第四十六話「終わる終わる言う作品ほど存外しぶとかったりすることがある」■











 『って、なんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?』

 どんがらがっしゃーんと勢いよく画面に流れていたテロップをブン投げる新八と鈴仙とルリ。
 場所は相変わらずよろず屋の事務所。
 ようやく怪我が完治したのか、永遠亭から退院したルリも新八と鈴仙の二人と共に盛大なツッコミの声を上げ、その動きには以前のキレが戻っている。

 「さすがだ、新八二号そしてうどんげ。俺が認めたツッコミの名手だけはある」
 「嬉しくねぇんだよその認識っ! つか誰が新八二号よこの天然パーマメントが!!」
 「なんなのよあの不吉なテロップ!? 縁起でもないでしょ!!」
 「そうですよ銀さん!! ていうかなんで僕の名前が人の嫌がらせに使われてんですか!!?」

 銀時の気だるげな声にも三種三様のツッコミが飛ぶ。
 その声を受けた銀時はと言うと、あいも変わらずやる気のない表情でジャンプに視線を移した。

 「ルリきゅんが退院したって聞いたからな。あのテロップはそのお祝いだよ」
 「あんなお祝いがあってたまるかぁぁぁぁぁぁ! あとルリきゅんとか言うなっつってんでしょ!?」
 「じゃ、ルリ八きゅんってことで手を打とうか」
 「むがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 あー言えばこう言う。未だに銀時相手に口で勝てないルリはプルプルと怒りに震える腕でむしゃくしゃと頭を掻く。
 元々沸点が低い上に、変なところで律儀なもんだからツッコミが拳じゃなくて言葉な辺りが妙な悪循環に陥っていたりすのである。
 そんな彼女を「どうどう」と宥めるフランと文。
 まるっきり馬の宥め方が気に入らなかったのか、「私は馬かっ!!?」とこれまた一つツッコミ入れて、いじけてしまったのかソファーに突っ伏した。
 そんな彼女の姿を視界に納め、内心で同情の言葉を投げかけつつ、新八は銀時にあらためて視線を向けた。

 「ていうか、勝手に終わらせちゃ駄目じゃないですか銀さん。作者だってまだ頑張るつもりなんですから、あのテロップで読者の人が勘違いしたかもしれないじゃないですか」
 「いーんだよ新八。どーせ作者が直接話に介入するわけでもあるめぇに、あの作者にそんな度胸あるわけねぇだろ? アニメでもよくやるだろーが、ああいうの」
 「……いや、確かにやってますけどなんなんですかそのメタ発言」

 色々メタな発言繰り返す銀時に、新八が思わず冷や汗を一つ。
 そんな彼にかまわず、銀時は小さくため息を一つついてまた言葉を紡ごうとして。

 「              」

 違和感に気がついてピタッと動きを止めた。

 「  !?          !?」
 「……銀さん、あんまメタな発言してるから台詞消されてますよ」
 「銀ちゃん、なんか口パクしてる大道芸人みたいな有様アル」

 喋っているのに言葉が出て来ない珍妙な事態に銀時が盛大に怒鳴るものの、残念ながら言葉はやっぱり出て来ない。
 そんな彼に向かって飛んでくる新八と神楽の言葉。ついでに定春も「わんっ!」と一鳴き。
 さも有りなんという事なのか、その様子を見て大爆笑するフラン。それが気に食わなかったのか青筋浮かべて怒鳴る銀時。声出てないけど。
 そんな彼らを放置しつつ、阿求とレミリア、アオ、そして撫子の四人はと言うと、アオが買ってきたP○2で格闘ゲームやってたりする。

 「何してるの、あんたら」
 「何って、うちの好きなノベルゲームの格ゲーや。題名は『Fa○e/unli○ted c○des』っていうんよ」
 「……なんでそんな英語の発音が流暢なわけ? 別にいいけどさ」

 気だるげにツッコミ一ついれ、ルリは覗き込むようにテレビの画面を見る。
 現在の対戦はレミリアと撫子らしく、レミリアは赤いコートを身に纏った双剣使い。撫子は青色の軽装鎧に身を包んだ槍使いを使っていた。

 「ちょっ!? あんたなんでそんなうまいの!? コンボ数がえげつないことになって……ていうかライフが、ライフがぁぁぁぁ!?」
 「ふふふ、こっちに来るたびにやりこんでますからね。私、このラ○サーって人を初めて見た気がしないんですよ。不思議です」
 「撫子ちゃん、それなんか言わん方がエエと思う。物凄い死亡フラグの匂いがする」
 「あ、今なんか運命が見えた。よその平行世界の死亡フラグの運命が見えたって……だからライフがぁぁぁぁぁ!!?」

 もうお手玉状態でループコンボを叩き込まれるレミリアの使用キャラ。
 なすすべもなく嘆きの声を上げるレミリアに、やたらいい笑顔でコンボを叩き込む撫子。
 撫子の発言になんか不穏な気配を感じたアオがツッコミを一ついれ、レミリアが唐突によその世界の運命を垣間見たが、現在進行形でそれどころじゃねぇのであった。

 「ルリちゃんもやる?」
 「……いや、いい」

 正直、あのコンボの餌食になりたくないというのが正直な感想である。
 彼女はため息一つついてやんわりと断ると、阿求に視線を向けた。
 彼女は説明書を読み漁っており、なんだか目を輝かせているような気がしないでもない。
 はぁっと、小さくため息をつくと、仰向けになってぼんやりと天井を眺めだす。
 背骨は見事に完治し、リハビリも終了。いたって健康体になった彼女ではあるが、未だに様子見として激しい運動は釘を刺されている状態だった。
 いつもなら槍の素振り辺りで時間を潰すのだが、それすらも止められているのは半ば拷問に近い。
 体を動かしたくてうずうずしてるのに、それが出来ないもどかしさ。

 「  、あー、あー。よし、戻った」

 そして、ふと視界を銀時たちのほうに向けてみれば、ようやく戻ったのか発音練習をしている銀時の姿が目に映る。
 銀時は声が戻ったことに満足したのか、再びジャンプを読む作業に没頭する。
 その後ろに回りこんだフランが首筋に抱きつき、覗き込むようにジャンプに視線を向けた。

 「あ、次回はとうとう○蜂が卍解するんだ」
 「みてぇだな。いいよなー、卍解。こう、俺もジャンプ主人公として使えたらいいんだけどよぉ、無理な話だもんなァ。住む世界がチゲーよ」
 「あー、私もやってみたいわ。やっぱりバトルアクション物はパワーアップがあってこそよね。銀時ももしかしたら使えるんじゃない?」
 「マジでか?」

 なんだか仲よさそうに話す銀時とフラン。もはやいい具合にフランが此方に馴染んだ証拠のように見えなくもない。
 レミリアが見たら色々卒倒しそうな光景だが、当のレミリアはと言うと撫子相手に連敗中で銀時とフランの体勢に気がつく様子もない。
 もはや仲のいいジャンプ仲間。銀時も銀時で、フラン相手にドキドキするわけもなく、半ば日常と化しつつある光景なので、よろず屋のメンバーは彼らの様子に特に突っ込む様子も見せない。

 「ルリちゃん。お茶どうですか?」
 「あー、うん。頂戴」

 声を掛けられて、ルリは半ば反射的に言葉を紡ぎだしていた。
 あいも変わらず、ここは騒がしくて、銀時は銀時で人をおちょくってくる。
 でも……とても、懐かしい。
 入院生活が長かったこともあるだろう。しかしそれでも、やっぱりこの空気が懐かしくて、ついつい辺りを見回してしまう。
 人も、妖怪も、笑って、笑いあって、喧嘩もするけれど、けれどどこか微笑ましい。
 この空気が、この雰囲気が、ルリは好きでたまらない。
 けれど、それを言葉にするのは気恥ずかしいので、結局は憮然とした表情を取り繕う。

 「相変わらず、ここは騒がしいわね」
 「まあ、そうですね。でも、僕はこの空気が好きですよ」
 「その通りネ。ここはこのぐらい騒がしいのが丁度いいアル」

 なんとなしに呟いたルリの言葉に、新八も神楽もどこか嬉しそうに言葉にした。
 それで、彼らがどれだけこの場所を大事にしているかがわかって、なんとなく苦笑してしまう。

 「そうね、私も結構好きかな」

 だから、言葉にしたのは紛れもない本音なワケで。
 彼女はんーっとノビをすると、ソファーに腰掛けて銀時の姿を視界に納めた。
 相変わらず、グーたらでやる気の欠片もない表情をのぞかせて、そんな彼を慕ってここには様々な妖怪や人間が集まっている。
 自分も、そんな妖怪の一人。
 まったく不思議な人間だと苦笑しながら、ルリは新八からもらったお茶を口に含む。

 一方、銀時はと言うとフランに首筋に抱きつかれたままジャンプを読書中。
 フランの背中にある歪な羽がパタパタと動き、感情でも表しているのか彼女の表情を考えるに楽しんでいるのだろう。

 「ねーねー銀時ってさー、私がこうやって抱きついてもなんも反応しないよね。ドキドキとかしないの?」
 「いや、銀さんロリコンじゃないから。銀さんはそんな趣味ないからねーコレ。せめて衣玖とか辺りの大人の女性が好みだからね銀さん」
 「ふーん、じゃあ幽香とかも?」
 「いや、ゆうかりんは俺死ねる。なんか死ねる自信がある」

 フランの挑発的な言葉に、相変わらず気のない銀時の言葉。
 彼のいうとおり、銀時本人にはいたってロリコンの気は微塵もない。
 それは初めからわかっていたことなのか、フランは特に怒るわけでもなく疑問を紡ぎだすが、銀時は慌てて拒否を入れる。
 何しろ、一度とはいえガチでやりあったことのある銀時である。その言葉にはなんだか不思議な説得力があったりするのである。

 「あら、じゃあ私だとどうかしらね?」

 するりと、フランとは反対側から銀時の首筋に巻きつく細い腕。
 空間の裂け目から上半身だけを乗り出し、蛇のように腕を絡めた女性は、クスリと笑って銀時に言葉を投げかける。

 「久しぶりですわね、銀時」
 「あー、ゆかりん。離れてくんない? なんか色々当たってんですけど」
 「銀時、鼻血鼻血」

 境界を操る程度の能力を持った規格外、八雲紫は、優雅な笑みを浮かべると艶のある声で銀時の耳元に囁きかける。
 一方、銀時はと言うとフランのときとはうって変わって既に鼻血だらだら流している状態である。
 何故かって? とりあえず、メロンが肩口に当たっているとだけ明言しておこうかと思う。
 その事実にフランが冷静な表情で指摘。
 幼女に鼻血について冷静に指摘されるとか、なんか色々恥ずかしい気分に陥りながらも、銀時はティッシュを掴んで鼻に詰め込んだ。
 その様子に満足しながら、紫は相変わらず妖しい笑みを浮かべて銀時から離れる。
 するりとスキマから体を出して、上品な仕草でスキマに腰掛けた。その辺りでようやくレミリアが紫が現れたことに気がつき、彼女に鋭い視線を向ける。
 ゲーム画面には撫子のほうに20winと表示が出てたりするのは余談である。

 「何してるの、スキマ」
 「何って、そうね……大人の魅力で誘惑してると・こ・ろ♪」
 「大人って、千年以上生きてるババアが何言ってるのさ」
 「あなただって500歳じゃない」

 レミリアの言葉に気分を害するわけでもなく、彼女はころころと笑って言葉にする。
 レミリアはそれが気に入らないのかムスッと不機嫌な表情を浮かばせて、視界を紫から外し―――

 「人の妹と何イチャついてんだ銀髪ぅぅぅぅぅっ!!」
 「ていうかまたこのパターンかぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 ロケット頭突きの要領で銀時に特攻するレミリア。そしてそれを察知したフランは手早く回避。
 結果、銀時だけが巻き添えを食らう形となり、ずったんばったんとレミリアともども隣の部屋まで転げまわり、その様子を見て大爆笑するフラン。
 その様子を一部始終眺めていたアオが、ポツリと一言。

 「そういや、結構年配さんばっかりなんよね。ここって。うちはまだ30ぐらいしか生きてへんからなァ」
 「フランさんも495年生きてるんでしたっけ? そういえば、ルリさんっていくつなんですか?」
 「へ、私っ!?」

 まさか自分に話が振られるとは思っても見なかったのだろう。緩みきった表情で緑茶を飲んでいたルリは驚きの声を上げていた。
 すると、他のメンバーもその辺は気になったのか、皆一様に彼女に視線を向ける。
 あー、うー、と呻きながら視線を外し、人差し指同士をつんつんと付け合せる仕草で、困ったように視線を彷徨わせている。
 やがて観念したのか、ルリは俯いて人差し指と中指を立ててチョキの形を作る。

 「2ということは、……200ですか?」

 文の言葉に、俯いたままルリはフルフルと首を振る。
 そして、小さく、本当に小さな声で、ルリは恥ずかしそうにポツリと言葉をこぼし始めた。

 「……キリストが生まれる前だから、……2000以上」

 ピタッと、その言葉に舞い落ちる沈黙。
 かちっかちっと時計が時を刻む中、言葉にするものは誰もいない。
 やがて、たっぷり一分はたった頃。

 『でえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!?』

 予想以上の高齢ッぷりに、その場にいたほとんどのメンバーが大絶叫を上げた瞬間であった。



 ■あとがき■

 あらためて皆様に謝罪を。紛らわしいことして申し訳ありませんでした。
 随分と間が開いてしまってすみません。遅くなりましたが、46話をお送りいたします。
 撫子とラ○サーネタは正直、やるかどうか悩みましたがとりあえず出してみる。
 わからなかった人は本当にゴメンナサイ(・ω・;)
 これからも頑張っていきますので、皆さんよろしくお願いいたします。

 それでは、今回もドSコーナーをどうぞw





 ■斬って刻んでドSコーナー■

 仲良く談笑する幽香とソラの二人。
 そこにわって入るように猛スピードで突進してくる一台の車。
 あわや衝突かと思われたその瞬間。

 ソラ「そぉい!!」

 ぶおんっと車を片手で勢いを殺さずにブン投げるソラ。
 中高く舞う車。その車にトドメといわんばかりに幽香の巨大レーザーが直撃。
 上がる爆発音。上がる悲鳴。そして車から飛び出しくるくるとムーンサルトしながら着地するもう一人のドS。

 幽香「もう、あぶないじゃない、総悟」
 沖田「まったく惜しかったもんでさぁ。もうちょっとで轢けたのに」
 ソラ「相変わらずで安心ですわ、沖田さん。ところでさっきの悲鳴は?」
 沖田「あぁ、ありゃ山崎でさぁ」
 幽香「あら、そうなの? 可愛そうに」

 トドメさした本人がなんか言っているが、それに突っ込まずに笑う二人。
 哀れ山崎。久しぶりの出番があったかと思えばこの扱いである。
 ……あれ、出番?

 ソラ「そんなわけで、始まりましたドSコーナー。まさかの連載ですわ」
 幽香「これもみんなの要望のおかげね、ありがとう」
 沖田「そんなわけで、今日の生贄(ゲスト)は、鈴仙・優曇華院・イナバでさぁ。さ、入ってくんなせぇ」
 鈴仙「……帰っていい?」
 三人『却下』

 すがすがしいまでの即答振りであった。
 へにょんと耳がたれる鈴仙。なんかもう色々諦めた表情で三人のところまで歩み寄ってくる。

 幽香「にしても、第一部からは考えられないくらい出番増えたわよね、あなたって」
 鈴仙「うん、まぁそれには私も驚いてるんだけど……」
 ソラ「そのうち、あなたらしいお色気シーンとか増えるのかしら?」
 鈴仙「増えないよ!? ていうかあなたらしいってどういう事!!?」
 沖田「知らねぇんですかィ? ウサギは性欲が強い生き物なんですぜぃ?」
 鈴仙「いや知ってるけど!! 嫌なほどに知ってるけどもっ!!」

 伊達に医者の卵じゃないのである。そのぐらいの知識は当然ある。だって、彼女の本来の住処である永遠亭には兎だらけだし。
 早速三人から弄られる鈴仙。涙目がなんだかよく似合うのは、はたして喜べばいいのかどうか……。

 ソラ「知ってます? 兎って、強く抱きしめられると死んでしまうんですって」
 幽香「あぁ、確か野生動物に捕まったときに一思いに逝けるため……だったかしら?」
 沖田「へぇー、それじゃ早速確かめてみますかぃ?」
 ソラ「そうね。さぁ、鈴仙さんこっちに来て? ゴキッっといきますから」
 鈴仙「やめてくんない!!? 二重の意味で止めてくれない!!?」

 顔を真っ青にして後ろに下がる鈴仙。カモンと手招きするソラ。
 その表情を見て気が済んだのか、ソラはすがすがしい笑顔を浮かべると鈴仙から視線を外した。

 ソラ「とまぁそれは後でするとしまして、このシリーズも長いですよね」
 幽香「そうねぇ、結構な長さよね」
 沖田「確かに、二人のいう通りでさぁ」
 ソラ「このシリーズの基本コンセプトは友情ですからね」
 鈴仙「あ、そうなんだ」

 ソラの言葉がよっぽど以外だったのか、鈴仙は驚いたような声を上げる。
 きっちり距離をとっているのは彼女の防衛本能がそう命じているが故なのかは定かではないが、そんな彼女の言葉に、幽香も同意するように言葉にする。

 幽香「ほら、妖怪や天人も分け隔てなく接する友情ストーリーってところじゃない?」
 沖田「第一部のほうから大体はそんな感じなんですかィ?」
 幽香「そうよ。今も昔も余り変わらないわ」
 鈴仙「そういえば……そうかも。その辺、ソラさんはどう思ってるんですか?」

 鈴仙の言葉に、そうねぇと考え込むソラ。
 するとソラは笑顔のまま、鈴仙に視線を向け。

 ソラ「ぶっちゃけ他人の友情とかその辺は心底どうでもいいって感じでしょうか」
 鈴仙「あっはっは、ぶっちゃけすぎ。ていういかこのシリーズのコンセプト全否定すんのやめてもらえますか」

 見も蓋もねぇ回答が返ってきて、鈴仙は思わずツッコミを一つ。
 まぁ、無理もない話だろう。いくらなんでもぶっちゃけすぎである。

 幽香「さて、今日のドSコーナーはここまでね」
 沖田「次回の生贄(ゲスト)は一体誰なんですかねぇ」
 ソラ「それじゃ、最後に……鈴仙さんをおいしく頂いちゃいましょうか」
 鈴仙「なんでっ!?」

 ようやく終わったと思ったところにまさかの追い討ちである。
 じりじりと後ろに下がる鈴仙。じりじりと距離を詰めるいい笑顔のソラ。

 ソラ「もちろん、性的にですわ」
 鈴仙「聞いてないよ!!?」
 ソラ「大丈夫、私、両方いけるクチですので」
 鈴仙「だから聞いてないってばっ!!?」

 文字通り脱兎のごとく逃げ出す鈴仙。そして能力を駆使して空間を渡って追いかけるソラ。
 数分後、追っ手として追加された幽香、沖田。
 さすがに三人から逃げられるはずもなく、あえなくつかまった鈴仙であった。
 その後どうなったかって?
 それは、皆さんのご想像にお任せしたいと思う。

 ■第二回、終■



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第四十七話「お見合い写真なんてアテにならない」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/06/08 22:38
※ちょっと下ネタ有りなので注意。










 秋空が涼しげな真選組の屯所。
 立派とは言いがたい客間の一室にて、三人の男性と三人の少女が向かい合って座っていた。
 男性達は、警察庁長官である松平片栗虎に加え、真選組局長の近藤勲、副長の土方十四郎という面々が並んでいる。
 対して、少女たちは幻想郷にてよろず屋を営む三人娘。リーダー格のアオに、大人しく優しい性格の撫子、そして飄々とした姉御肌であるルリ。

 「お見合い……って、私に!?」

 一通りの話を聞き終えた後、第一声を上げたのはお見合いを持ちかけられたルリだった。
 松平は一度頷いて肯定の意を見せ、それにぱぁっと顔を明るくしたのはアオと撫子の二人。

 「……ちょっと、どういうこと?」
 「以前、こいつ等の仕事を手伝ってくれたことがあったろぅ? そん時の集合写真に写ってたオメェさんに、先方がどぉぉうしても会いたいって話でな」
 「……あぁ、あの夏祭りのときか」

 頭痛を押さえ込むように手で押さえ、ルリは小さくため息をつきながら言葉にする。
 正直、ガラじゃない。自分は女である前に一人の騎士だという自覚があり、恋だの恋愛だのといったことにはとんと疎いのだ。
 ましてや、今回は色々すっ飛ばしてお見合いである。
 気が乗らないというか、結婚だの恋愛だの、そういったものと自分は無縁だと思っていたのだ。
 二千年以上も生きといて恋愛の過程で生ずる「そういった」経験の一つもなく、恋愛の「れ」の字も知らないのがいい証拠である。
 一方、そんな彼女の心情など知るよしもなく、明るい表情のまま二人が言葉を投げかけてくる。

 「よかったやん、ルリちゃん。もてる女はええなぁ」
 「そうですよ。お見合いから始まる恋愛って言うのもいいかもしれないですよ?」
 「あんたらねぇ」

 人の気も知らないで……とまでは行かずとも、微妙に蚊帳の外な連中はいいなァとちょっとねたましく思っていたり。
 人の恋愛ほど楽しいものはないとはよく言ったもので、彼女たちの様子はまさにそれである。
 いるよね。自分の恋愛よりも他人の恋愛に一生懸命に世話を焼く人って。

 「まぁ、相手は王子だからよぉ。悪くはねぇと、オジさんは思うが?」
 「お、王子!?」
 「ふわぁ……王子様なんて」
 「た、玉の輿や! なんてこっちゃ!!?」

 松平の王子発言に一気に騒がしくなる三人。
 王子と言う大層な身分にルリは目を丸くし、撫子はうらやましそうな視線をルリに向け、アオはやたら現金なことを口走ってる。
 いつの時代も女の子と言うのは王子と言う響きに弱いらしい。早々に撫子とアオはキャッキャウフフと妄想の世界に突っ走っていった。
 そんな彼女たちを尻目に見つつ、ルリはまた一層深いため息をつく。
 ますます自分などが出会っていい人物なんかじゃない。話を聞いてくると段々そう思えてくる。

 「まぁ、おちぃつけや。これが、先方のお見合い写真よぅ」

 気乗りのしない気分のまま、ルリはそれを受け取るとハァ……と、またため息。
 いけない、幸せが逃げていくじゃないかと思い直して、彼女は意を決したように写真の挟まれた白いバインダーを開け―――

 「って、これゴリラだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 怒りのツッコミと共にそれを松平に投げ返した。
 顔面にぶち込まれる写真。その角がものの見事に突き刺さり、ゴロゴロとのた打ち回る松平。
 その開かれた白いバインダーの中には、どこからどうみても間違うことなきゴリラが写っておいでだった。

 「あ、ホンマや。ゴリラやね」
 「ゴリラですね」
 「どういうつもりよジジイ!! 返答次第によっちゃただじゃおかないわよ!!」
 「まってくれルリちゃん!! これには深い理由があるんだ!!」

 それを見たアオと撫子がどこか冷めたように言葉にし、ルリは怒り心頭といった感じで既に槍取り出して青筋ピクピクさせていたりする。
 さすがに不味いととったか、近藤があわててフォローするように声をあげ、それを一瞥したルリはしばらくしてから盛大なため息をつくとゆっくりと腰を下ろした。

 「で、どういうこと?」
 「実は、この写真に写っているのは地球と関係が悪化している猩猩星の王子でな、君の写真を見ていたく気に入ったらしいんだ」
 『本当に王子なのこれ!!?』

 近藤の言葉に驚きの声を上げる三人。
 そりゃそうだろう。写真に写ってるのはどう見ても袴着ただけのゴリラである。

 「それで、是非ともお見合いがしたいって話が来ててね。猩猩星とはこれ以上関係を悪化させたくないというのが本音なんだ。だから君に―――」
 「じゃ、私達これで」
 「頼むぅぅぅぅぅぅぅ!! 断ってもかまわんからお見合いだけでもぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
 「どわわっ!? しがみつくなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 近藤の話の途中で帰ろうとしたルリの腰にしがみつく松平。そしてオッサンに泣き付かれるという奇妙な事態に陥ったルリの絶叫が屯所に木霊する。
 涼しく過ごしやすい天気の続く秋の日の下、今日も今日とてかぶき町は喧しさに包まれていたのであった。







 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第四十七話「お見合い写真なんてアテにならない」■











 とある立派な料亭の一室。そこで先日会合した六人は集まっていた。

 「ふわぁ~……」
 「意外と似合うてる……」
 「ぅぅ……、そうじろじろ見ないでよ。恥ずかしいんだけど」

 揃って感嘆の声を上げた撫子とアオの声と視線に、ルリは恥ずかしそうに両腕を前で交差させる。
 彼女の今着ているのは上質の和服。黒色の生地に雪と花の装飾が施された着物が、彼女の白い肌と髪とよく合っていた。
 元々、美少女と言っても相違ない容姿ではあったし、多少化粧などをするだけで普段とは全然ちがう印象を受けるだろう。
 肌の色が雪のような彼女に合うようにと、余り目立たない薄く引かれた桃色のルージュに、全体的に落ち着いた簡単な化粧。
 しかし、ろくにおしゃれもしたことがなく、あの白いコート以外にはめったに着ないこともあって、こういった服装や化粧がルリには恥ずかしくてたまらないらしい。
 と、そこでなるシャッター音に、そういえばと思い出しながらルリは半眼でその音源に視線を向けた。

 「で、何であんたがいるの」
 「知的好奇心です! 新聞のネタにもなりますし」
 「どうせ断るわよ」

 単純明快な理由を述べた鴉天狗、射命丸文の言葉に辟易しながら、ルリは立ち上がると松平に視線を向けた。

 「行きましょう。相手待たせるのも悪いわ」
 「おう、こっちだ」

 彼女の言葉に答え、松平が重い腰を上げる。
 すると、彼女のことを心配したのか近藤たちが言葉を投げかけた。

 「ルリちゃん、俺達はこの部屋にいるから、何かあったら何時でも戻ってきてくれ」
 「ま、適当に断ってさっさと帰って来るこったな」
 「……わかってるわよ」

 彼女のことを気遣う近藤と、興味のなさそうな土方の言葉に応えながら、ルリは部屋から退室する。
 松平の後ろをついて行きながら、長い長い廊下を渡る。
 ため息を一つつき、ルリはあらためてお見合い相手の写真に視線を向けた。
 ソコに写っているのは、何度見直しても何度見てみても、純然たるゴリラそのもの。
 何が悲しくてゴリラとお見合いせにゃならんのかと憂鬱な気分になっていると、松平が言葉を投げかけた。

 「何だ? やっぱ、気乗りしねぇか?」
 「ゴリラ相手に気乗りする女がいるならぜひ見てみたいんだけど」

 まったくもって正論な言葉である。
 誰だって相手がゴリラじゃ楽しめという方が無理だろう。だってゴリラだし。
 いくらルリが悪魔であるといっても、さすがにゴリラ相手は無理である。基本、彼女は人の形に極めて近いタイプだ。
 当然、自分の形に近い相手のほうが好ましいのはあたりまえである。

 「実はな、オジさんもお見合い結婚だったんだこれが。でもよ、お見合いの写真なんかアテにならねぇ。初めて女房を見たとき、その三倍は綺麗だって思ったもんヨォ。
 だからな、写真の三倍はカッコいいと思って間違いねぇ。それだって、ただかしこまってそんなゴリラっぽく見えてるだけなんだってヴぁ」
 「ゴリラに見えるかしこまり方って何だよ!? 全身毛達磨になるかしこまり方って何さっ!?」
 「ほら、写真に写るときってリキ入るだろぅ? 大体そんな感じで、そんな風に彫が深ーいダンディになっちまったんだってヴァよ」
 「深すぎるわっ!! 彫も毛も深すぎて泣きたくなってくるわっ!!」

 松平のボケに飛ぶルリのツッコミ。そんな彼女のツッコミにもめげずに、彼女から写真を受け取ると、松平はため息をつくように紫煙を吹き出した。

 「ぶっちゃけるとな、上の連中はあわよくばこのお見合いを成功させたいと思っているらしい。嬢ちゃんにそこまでさせるのも酷な話だから、俺は無理はいわねぇ。
 ただ、見所があるようだったら、せめてお友達から初めて出来ちゃった結婚でゴールインしてくれねぇかっつうのが上の意見よ」
 「……散らせってか? 私の純潔ゴリラに散らせってか? けだものに純血捧げろってかコラ?」

 そろそろ我慢の限界が近いのか、ルリのこめかみに浮かぶ青筋がピクピクとヒクついている。
 そりゃ、上の思惑を聞けばそう思うのも当然だろう。下手すると今すぐにでもお城に投擲ブリューナクぶち込みそうな勢いである。
 そんな彼女に「まぁ、落ち着け」と言葉を投げかけて、タバコを携帯灰皿で潰す。

 「もちろん、近藤ならいざ知らず、嬢ちゃんを巻き込むつもりはねぇ。心配すんな、オジさんに秘策がある」
 「……本当?」
 「まかせろぃ。あ、失礼しますー」

 どうやら、いつの間にか件のゴリラがいる部屋にたどり着いていたらしい。
 内心相変わらず憂鬱が抜けないまま、ルリは部屋に足を踏み入れ―――

 その怪異を、目の当たりにすることとなった。

 袴姿のゴリラが正座している光景だけでも十分にシュールだが、問題はそんなことではない。
 その隣に鎮座する巨体。ゆうに5mはあるだろう巨大なゴリラが、これまた正座して佇んでいた。しかも女物の着物を着て。

 (でけぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!? 思ってたよりも三倍デカイゴリラがついてきてんだけどぉぉぉぉぉぉ!!?)

 まさか口に出すわけにも行かず、心の中で盛大なツッコミをあげるルリ。
 しかし、その目の前の異常をものの見事にスルーしつつ、松平はルリに振り向いて言葉を紡ぎ始めた。

 「ルリ、紹介する。こちら、猩猩星のダブルス王子と、その姉上であられる付き添いのバブルス王女だ」
 「お、王女っ!?」

 今、物凄い聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。
 余りの事態に青い顔をして口をパクパクさせているルリを一人置いて、松平は「それではごゆっくり」と言葉を残してそそくさと去っていった。

 (って、置いてくなジジイ!? つかアレが王女!? どこからどう見てもゴリラを超越したキングコングじゃないの!!)

 いきなり窮地に立たされたルリ。この部屋には今現在、ルリと大小のゴリラ二匹しか存在しない。
 とりあえず、何時でもブリューナク取り出せるように警戒だけは緩めないようにしながら、おずおずと席に座る。
 なれない正座をして、ゆっくりと正面のゴリ二匹に視線を送る。
 睨んでる。なんか物凄く睨まれてる。特に姉のほうから。物凄く気まずい気持ちに陥りそうである。
 とにかく、何か喋らないとと思い立って、言葉を選びながら音を吐き出していく。

 「えっと、何故、私などをお呼びになられたのでしょうか?」
 「ウホッ」

 ……沈黙が、辺りに沈殿した。
 お互いマッタク微動だにせず、ルリにいたっては思考回路がフリーズしてうまく回っている状態ではない。
 そして、やや時間が経過して脳が再起動した頃。

 (言葉通じねェェェェェ!!? 何よ「ウホッ」って、わかるわけないじゃない! 通訳ぐらい置いとけよ、どうやって意思の疎通はかるの!!?
 そしてお前は袴の中に手を突っ込んで何してんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!? お前の脳内で私は一体どんな格好してんだゴリラァァァァァァァ!!?)

 もうなんか一杯一杯だった。とめどなく溢れる現状と目の前の物体に対するツッコミの数々。
 いくら悪魔の彼女でもゴリラの言葉なんてわかるはずもなく、目の前のゴリラはなんか描写することもはばかれるようなことをしている始末。
 色々と泣きたくなってきた。もう笑顔を取り繕うことすらものすんごくキツイ。
 現に、ルリの表情にこそ笑みは浮かんでいるが口の端がピクピクと痙攣しているのがうかがえた。
 スクッと、彼女は立ち上がる。すなわちもう限界だった。

 「すみません、ちょっとお手洗いに言ってきます」
 「ウホッ」

 もはやそれは肯定なのかどうかすらもわからない。というより、言葉が通じているのかどうかすら疑わしい。
 笑顔を取り繕ったまま葵顔をしてルリは退室。

 足早に廊下を渡り、そして元の部屋まで戻ってくる。
 皆が何事かと視線を向けた途端、……無言のままルリはぶっ倒れた。

 「る、ルリちゃん!!?」
 「無理。私もう無理」

 なんかその言葉に色々詰まってた。というか、むしろ泣いてたような気さえする。
 ルリにしてはよく我慢した方だろう。よくぞここまで怒らなかったものだと感心するほどに。
 昨日から一杯一杯だったのだ。そりゃ精神的に限界を迎えてもおかしくないだろう。
 その様子を見て、ぷはぁっと松平が紫煙を噴かせた。

 「やっぱり、無理があったか。仕方がねぇ、替え玉を使うか」
 「なっ!?」

 その言葉に反応したのは、他でもないルリ本人だった。
 自分の代わりに、誰かを犠牲にするかのような行為は、ルリにとっては許容できることではない。
 あれのところに、自分の代わりを行かせるなど、そんなことをするぐらいなら自分で行った方がマシだとそう思う。

 「待って! 私はまだ―――」
 「よぅし、入ってきてくれ」

 まだ行けるといおうとしたルリの言葉を遮って、松平が言葉を紡ぐ。
 押し寄せる後悔と不甲斐なさ。やがてその声に反応して、一つの人影が部屋の中に入ってきて―――

 「ヘイ、ワタシ、ルリティンデス」
 『って、誰だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?』

 登場した替え玉に、近藤と土方と松平以外の全員が大声を上げてツッコミを入れる羽目になった。
 グラサンに金髪ヘッドに筋肉ムキムキのダイナマイトボディ。フランスパン片手に海パン一枚、着物をまるで丈の短いジャケットのように着こなした男が登場すりゃ、そりゃそんなツッコミも上がるというものだろう。

 「どうだ、オメェさんに似てるだろう?」
 「ぶち殺すぞクソジジイッ!!」

 松平のその一言にとうとうぶち切れるルリ。
 たまりにたまった鬱憤がここにきて爆発したようで、もう既にブリューナク片手にブンブン振り回してる状態である。
 さすがにそれは不味いと悟ったか、文が羽交い絞めにして彼女を捕縛して取り押さえた。

 「離せ鴉天狗っ!! 一発殴らないときがすまないんだけどっ!! お願いだから、300円あげるから!!」
 「落ち着いてくださいルリさん! 気持ちは物凄くわかりますが落ち着いて!!」

 どたばたと大暴れするルリを力ずくで止める文。
 彼女に任せて置けば安心と知っているからか、アオたちはそれに加わらず入ってきた外国人に視線を向ける。

 「この人、誰なん?」
 「ワタシ、ルリティン。コレカラ、1時間、一万円、2時間、二万円デ、ワタシ、ルリティンデス」
 「……あの、これさすがに無理があると思うんですけど。というか、欠片も似てないですし、フランスパンですし、バンダナしてますしグラサンですし、ていうかなんで仁王立ち?」

 純粋な疑問を口にしたアオの言葉に、ルリティン(仮)が答え、その言葉を半ば聞き流しながら冷や汗かきつつ撫子が松平に言葉を投げかける。
 すると、松平はぷはっと紫煙を吹き、気だるげな様子で彼女達に視線を向ける。

 「なぁに言っていやがる。どこからどー見てもルリティンだろーが。ほら、外国人なところとか」
 「接点薄すぎるわぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 昨日といい今日といい、テメェ私になんか恨みでもあんのかっ!!?」

 羽交い絞めにされたルリの絶叫が、料亭で木霊する。


 その後、なんやかんやでお見合いはお流れとなり、もう二度とお見合いなんてするかと心に決めたルリであった。














 その翌日、紅魔館で本来門番をするはずだったルリは昨日のアレが祟ったのか、40度以上の高熱に晒されて現在寝込んでいる。
 寝言で、「ゴリラが、ゴリラが迫ってくるぅぅぅ」とうなされているらしく、咲夜もさすがに気の毒に思ったかアオや撫子たちと一緒に看病を手伝っている。
 さて、その紅魔館の門前に向かう影が一つ。
 黒い魔女スタイルの少女はご存知、霧雨魔理沙その人である。

 「へっ、今日は正面突破で行かせてもらうか!」

 真正面から突き崩す。今日の進入方法を決めると、魔理沙は箒の推進力をマックスにまで跳ね上げる。
 門の前に見える人影。それにかまわず、彼女は過剰なまでのスピードで突っ込み―――

 「ヘェェェェェイッ!!」
 「へぶっ!!?」

 勢いそのままに門番の持ってたフランスパンで叩き落された。
 ずざざざーと地面を擦りながら転がる魔理沙。壁に激突してようやく止まり、そして慌てた様子で起き上がって門番の姿をにらみつけ。

 「ヘイ、ワタシ、ルリティン! 門ニハ、一歩もトウシマセンッ!!」
 「お前誰だァァァァァァァァァァァァァァァ!!!?」

 ソコには、フランスパン片手に仁王立ちをした、ルリ愛用のコートをジャケットのように着こなす外国人、ルリティンの姿があり、魔理沙が力の限りのツッコミを上げたのであった。

 ……ちなみに、余談ではあるが彼の時には一度も門は破られることはなく、美鈴、ルリ、ルリティンと三大門番長として紅魔館に君臨することになったとか何とか。
 なお、ルリティンが紅魔館に永住を始めたことはここだけの話である。


 ■あとがき■
 タカティンとバブルス王女初登場。しかもタカティンはまさかの準レギュラー……?
 ちょっと下ネタがひどかった気がしないでもないですが、いかがだったでしょうか?
 ゴリラのオリキャラですが……第三王女って言うぐらいですから、王子いるよね、きっと^^;
 それでは、今回はこの辺で。





 ■斬って刻んでドSコーナー■

 幽香「さぁ、今日も始まったドSコーナー」
 ソラ「今日のゲストはマダオでおなじみのあの方ですわ」
 沖田「それじゃ、紹介いたしやす。長谷川さんでさぁ」

 ぱちぱちぱちと拍手する三人。
 その拍手にあわせて、グラサンをした人物が登場し。

 ?「なんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 スパァァァァン!! と小気味のいい音を立ててグラサンを地面に叩きつけた。

 ソラ「まぁ、ルリさん。長谷川さんになんてことを!?」
 ルリ「長谷川さんじゃないわよ! これただの汚いグラサンだろうが!!」
 沖田「何いってるんでさぁチビ。こっちが本体で、あっちは眼鏡を立て掛けとく的な棒みたいな奴ですぜ?」
 ルリ「せめて人間として認識してやんなさいよあんたら!?」

 二人の容赦ねぇひどい言葉に盛大にツッコミを入れるルリ。もはや本当にツッコミキャラとして確立しつつある彼女に、今度は幽香が言葉を投げかける。

 幽香「馬鹿ね、ルリ。心って、どこに存在すると思う? 魂って、どこにあるの? それは心臓、それとも脳かしら? いいえ、ちがう、それはきっと―――グラサン」
 ルリ「あんたらに心はないんかっ!?」

 ズビシッと一つ突っ込みいれ、彼女はふらふらとした足取りで壁にもたれかかる。
 あー、だりぃといいながらそのままずるずると座り込んでしまった。

 幽香「あら、どうしたのかしら?」
 沖田「そういえば本編で風邪引いてやしたね」
 ソラ「あのまま純潔奪われちゃえばよかったのに♪」
 ルリ「て、テメェら、人がどれだけ大変だったと……」

 三人の心もない言葉に青筋を浮かべるルリ。
 そんな時だった。件の人物が片足を引きずりながら現れたのは。

 ルリ「長谷川さん!? あんた、その怪我……」
 ソラ「あらら? どうなさったんですの?」
 長谷川「なぁに、ドジ踏んじまっただけよ」

 自嘲するように言葉にし、長谷川は言葉にする。
 彼はその時のことを思い出すように、ポツポツと言葉にし始めた。

 長谷川「あいつ等に、やられちまったのよ。俺もヤキが回ったもんさ」
 ルリ「だれだぁぁぁぁぁぁぁ!!? 何だこの無駄な存在感醸し出すオッサン!!?」

 回想の奇天烈な人物に思わずルリがツッコミを入れる。
 ちなみに、どれだけ奇天烈かと言うとブリーフ一丁に丈の短いジャケットに頭にはクイズ番組の帽子かぶったほど奇天烈なオッサンだった。

 長谷川「店長だ。朝遅刻したら叱られた」
 幽香「そうなの? 傷口はここかしら?」

 傷がありそうな場所をギューッとつねり始める幽香。
 もちろん、長谷川から悲鳴が上がり、それを喜々としてソラが駆け寄る。

 ソラ「ここかしら? えい!!」
 沖田「じゃ、俺はここを抓らせていただきますぜ」

 まるで死肉に群がるハイエナのごとく。
 長谷川を囲んでどんどんとつねり始めたドS集団。
 それを遠めに見ながら、ルリは色々つかれきった表情でため息をついた。

 ルリ「それじゃ、今回のドSコーナーはここまでよ。みんな、風邪には気をつけなさいね」
 長谷川「ていうか誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 ■第三回、終■



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第四十八話「かつての上司とかつての部下と」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/06/08 22:38








 とある団子屋に座る一人の少女。
 紫の髪をポニーテールにして黄色のリボンで纏めた、どこか凛とした佇まいの少女は、優雅にお茶を嗜みながら眼前の光景を眺めていた。
 様々な人々が行き交い、様々な機械が通り過ぎる光景。
 穢れだらけの地上の民。その中に紛れて暮らすという奇妙な体験をすることとなった少女、綿月依姫は感慨深そうにその光景を眺めている。

 「お嬢ちゃん、団子はいるかい?」
 「えぇ、お願いするわ」

 団子屋の主人に声を掛けられて、依姫は愛想よく言葉にする。
 奥に引っ込んでいった主人を視界に納めながら、彼女はふうっと小さく嘆息する。
 待ち人はいまだ来る気配がない。その事を待ち遠しく思いながら、依姫はこれまでの生活に思いをめぐらせていた。
 っと、そんなときだっただろうか。どこか懐かしく、それでいてここ最近ようやく再開した部下の声が聞こえて、彼女は嬉しそうに頬を緩める。

 「すみません依姫さま! 遅くなりました!」
 「まったく、少し遅いわ。これは罰が必要かしら?」
 「ええっ!!?」

 大仰に驚いておろおろとしているかつての部下、鈴仙・優曇華院・イナバの姿を視界に納めて、依姫は満足そうに笑った。
 ずっと長いこと会っていなかったが、こうやってからかってやると以前と変わっていなくて安心する。
 からかっているのだと気付いた鈴仙は、クスクスと笑う依姫を視界に納めて、どこか憮然とした様子でプイッとそっぽを向いた。

 「もう、依姫さまの意地悪」
 「ふふ、冗談よ鈴仙。さぁ、座りなさいな。少し休憩してから、この町を案内して頂戴」

 そんな彼女の様子に微笑ましさを覚えながら、依姫はそんな言葉をこぼしていた。
 その彼女の言葉に、鈴仙は満足そうな微笑を浮かべて「はいっ!」と力強く頷く。
 すっかり秋と呼べる季節になった九月の中頃。二人はただ楽しそうに笑いあっていた。







 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第四十八話「かつての上司とかつての部下と」■











 「おぉ、嬢ちゃんも来てたのかい。旦那は元気にしてるかね?」
 「えぇ、おじさん。銀さんなら今日も元気ですよ」

 相変わらず、依頼人はあんまり来ないけど。
 そんな言葉を紡ぎそうになって、慌てて飲み込む鈴仙。
 現在のよろず屋において、残念ながら依頼人の数はさほど多くはない。
 もっとも、こればっかりはどうしようもないので、何を言ったところで始まらないのだけど。

 「そうかい。嬢ちゃん、コイツは俺からの奢りさね。旦那によろしく伝えておくれよ」
 「ありがとう、そうさせてもらいます」

 団子屋の主人にそう会釈して、鈴仙は団子の盛られた皿を受け取った。
 それからあらためて、依姫の隣に座ると団子を一つ差し出す。
 それを受け取り、依姫はたれのついた団子を口に含む。じんわりと甘い味わいが広がって、素直に美味しいと思わせる味に、彼女は頬を綻ばせた。

 「美味しいわね。ここにはいつも?」
 「はい。銀さんに連れられて、結構くるんです」

 鈴仙の言葉に耳を傾けながら、依姫は「そう」と微笑んでもう一口、団子に口をつける。
 それを満足そうに視界に映すと、鈴仙も団子を一つ手にして、パクッと口に含んだ。
 穢れだらけの地上。月の民達がもつ共通の認識がそれだ。
 それは忌避すべき対象であり、中には地上の民を見下すものも非常に多い。
 依姫と豊姫の二人は、そんな月の民が多い中であってもそういった偏見を持たない珍しいタイプだった。
 それも、彼女の師匠ともいうべき八意永琳の影響でもあり、彼女の教えがなかったら他のものと同様、地上を見下していたかもしれない。
 そんなことを思いながら、依姫はまた眼前の世界に視線を向ける。
 穢れだらけの地上。なるほど、確かにこの世界には穢れが満ち溢れているだろうし、欲にまみれた地上の民が多いのも事実。
 しかし、他の星の民たちがこうやって行き交い、穢れを持ち歩く天人(あまんと)の群れ。
 穢れがあって当然。誰しも大なり小なり欲があって、その欲にしたがって生きるのだから。

 「まったく、月の民の偏見も色々と正さないといけないのかもね」
 「偏見ですか?」
 「そうよ。地上の民は穢れている、なんてよく言う奴がいるけど、実際は他の星のもの達でさえ大なり小なり穢れを抱えているわ。
 こっちにきて思ったことは、穢れのない月の民こそ、本当は異質なんじゃないかっていう事よ」

 人差し指をピンッと立てて、依姫は言葉にする。
 無論、穢れがない事を悪いことだとは思わない。しかし、穢れを抱えているからといって、それを見下すのはどうなのだろうと、此方に着てから常々思うのだ。
 鈴仙は釈然としなかったのか、「そんなものですかね」と口にして考え込むように顎に手を当てた。
 そうやって考えている姿を見ると、やはり、あの人の弟子なのだとそう思う。昔の自分達の姿を見ているようで、なんとなく、依姫は微笑ましく思う。

 「ま、あなたなりに考えて御覧なさい。答えは人の数だけあるという事を忘れては駄目よ」
 「むむ、師匠みたいなこといいますね、依姫さま」
 「当然、あのお方の受け売りですからね」

 そんな風に語って、お互いくすくす笑い会う。
 お皿に乗せられた団子を一つずつ味わいながら、他愛もない話を繰り返して楽しんだ。
 やがて、団子が全てなくなると、二人は席を立って座っていた長椅子に御代を置いた。

 「おじさん、お勘定はここに」
 「ヘイ、また来てくんなせぇ。あっちの洋菓子屋が出来てからっていうもの、こっちの古臭い団子屋に来てくれるのは嬢ちゃんたちぐらいなもんでさァな」
 「ふふ、そうさせてもらうわ」

 そんな会話を交えて、団子屋の店主と別れると二人は歩き出した。
 かぶき町の大通りを行き交う人々の中、鈴仙は少し考え込みながら歩みを進める。
 一体どこを案内しようか、どこをどう回って、どう楽しんでもらおうか。
 そんな考えをめぐらせながら、自分の記憶にあるかぶき町の場所を色々と候補に上げては、あーでもないこーでもないと悩んでしまう。

 「ねぇ、鈴仙。あの人だかりは?」
 「へ?」

 そんなときだっただろうか、依姫が鈴仙に言葉をかけたのは。
 思考の渦から意識を現実に浮上させ、鈴仙が見たものは見るからにオタクの集まりとわかる人だかりと、その中央の部隊で歌を歌う少女の姿だった。

 「あぁ、あれは今江戸で人気のアイドルで、寺門通って言うんですよ」
 「そうなの。にしてもなんというか……」

 鈴仙の言葉に、依姫はなんか微妙な顔をしてその一団に視線を向ける。
 それもそうだろう。あの少女の歌もそうだが、何よりもあの一団は色々濃い過ぎるのだ。
 もちろんなかには普通の人も見て取れるのだが、だからこそオタクの集団が余計に悪目立ちする。
 と、依姫が何かに気がついたのか、ある一点に視線を向けてじっと見つめている。

 「どうしたんですか、依姫さま?」
 「……ねぇ、あれってあなたのところの新八じゃないの?」
 「へ?」

 意外な人物の名前が出てきたことに、鈴仙は素っ頓狂な声をこぼしながら彼女の視線を追っていく。
 群がる人だかりの中。視線を凝らすように注意深く見渡す。
 すると、ある一角、オタク軍団の中においてなお異彩を放つ連中のまん前に、その男は立っていた。

 「おらソコぉぉぉ、声張り上げろぉぉぉぉぉ!! そんなんで応援になると思ってんのかぁぁぁぁぁぁ!!」
 「って何してんの新八くぅぅぅぅん!!?」

 鉢巻に法被という異質な衣装に、その腕には竹刀が握られておりあの異質な集団の声援に隠れもせずなお一層デカイ声を張り上げる。
 普段の彼からは想像もつかない形相でオタクどもに指示を出す姿は、ある意味圧巻であった。
 鈴仙も依姫も、お互い無言のまま呆然とそれを眺めている。一体どんな反応をしろと言うのか、碌な反応が出来ないまま彼の姿を視界に焼き付けてしまうこととなる。

 「軍曹ぉぉぉぉぉぉぉ!! 腹から声をださんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 はたして、これはどこからどうツッコミを入れるべきなのだろうか。
 もはやどうすればいいのか判断に苦しむ光景。その光景を視界に入れて、言葉を紡いだのは他でもない―――

 「あの無駄のない統率された動き、あの眼鏡、出来るわ」
 「依姫さま……それマジで言ってんですか?」

 まさかの依姫だった。
 そして依姫のびっくり発言にたまらず鈴仙がツッコミを一つ。
 彼女の気持ちもわからないでもないだろう。よりにもよってウサギたちに戦闘訓練をつませている当人からそんな言葉がこぼれたのである。
 そりゃ、彼女の正気ってものを疑いたくなるというものだろう。

 「もちろんよ、鈴仙。あの統率されたよどみのない動き。キレのある挙動には一切の乱れがない。並大抵の努力ではあそこまで統率は出来ないわ」
 「さいですか」

 なにやら熱く語りだした依姫に、鈴仙は投げやりな返答をすると小さくため息をついた。
 なんかここにいるのは危ない気がする。それを直感した鈴仙はと言うと、この場から去ろうと依姫の腕を掴んで足早に移動しようと足を動かす。
 出来るだけ早く、出来るだけ遠くにとスタスタと止まる気配も見せず、依姫はそんな彼女の反応に驚くこととなった。

 「ちょっと、どうしたの鈴仙」
 「いえ、なんかここにいると脳みそがやられそうなんで」
 「あなたもひどいこというわね」

 かつての部下の毒舌ッぷりに思わず冷や汗を流しつつ、依姫は鈴仙に手を引かれながらもう一度あの光景に視線を向ける。
 まるで軍隊のような統率ッぷりに、意外な才能を新八に見た依姫であった。


















 公園のベンチに腰掛け、鈴仙と依姫の二人はジュースを片手に寛いでいた。
 日差しは高いものの、秋特有の涼しさが心地よい風を運んでくれる。
 そして、ベンチに腰掛ける男性がもう一人。マダオこと長谷川泰三その人である。

 「……どうでした、今日は」
 「あぁ……今日も全滅さ」

 鈴仙の言葉に、どこか死んだような声で返事する長谷川。
 一体彼に何が襲ったというのか、どす黒いオーラを纏いながら俯いている。
 それを別段気にする風でもなく、鈴仙は「そうですか」と簡潔に言葉にしてからジュースに口をつける。

 「どうしたの、彼?」
 「あぁ、今日も就職に失敗しただけの話ですよ。いつものことなんで、放っておいても大丈夫です」
 「……大丈夫なの、それ?」

 えらくドライなことを口走る鈴仙に、依姫はそんな言葉を返しながらあらためて長谷川に視線を向ける。
 万年無職のプータロー。妻には逃げられ、お金は賭場で全額スリ、煤けた駄目な大人の背中がそこにあるのみ。

 「へっ、俺もヤキが回ったもんだぜ。あんな連中から逃げるだけが精一杯だなんてよ」
 「……ねぇ、コレ何? 明らかにナニカおかしくないこの回想」

 長谷川が呟くと同時に流れる回想。その回想にはショッ○ーみたいなのに囲まれた長谷川と、その中央、長谷川に牙をむく一匹の巨大猫。
 明らかに構図としておかしい。こう、猫とか猫とか猫とか、あとショッ○ー。

 「面接官だ。自己紹介したら怒られた」
 「何、この無駄な存在感のある面接官!?」
 「ていうか、自己紹介して怒られるとかどんな理不尽なのよ」

 長谷川の言葉に、鈴仙が盛大にツッコミをいれ、続いて依姫が冷静なツッコミを一つ。
 そんな彼女達の言葉を受け、長谷川はタバコを一つ吸ってふーっと一息をついた。

 「俺のグラサンが気に入らなかったらしい。『テメェ、その汚いグラサン引っさげて来てんじゃねぇ屑がっ!!』って言われたよ」
 『可愛い顔してスゲェ毒舌だこの猫!!?』

 毒舌ッというか、むしろただの暴言のような気がしないでもない。
 長谷川のグラサンに隠れてわかりづらいが、目尻に薄っすら涙がにじんでいるような気がした。
 というか、面接官が猫と言う時点でナニカに気がついてほしい。こう、明らかに常識的に考えてその時点で色々間違っている。

 「……苦労してるのね、あなたも」
 「ありがとう、よっちゃん。元気が出るぜ」
 「よっちゃんで言わないでくれる」

 ぽんっと肩に手を置いて言葉をかける依姫。そんな彼女の言葉を嬉しく思ったか、長谷川が言葉にするもののあだ名で呼ばれることはジト目でドキッパリと拒否。
 そして再び項垂れるマダオ。それっきり興味を無くしたのか、依姫もジュースに口をつけた。
 ちなみに、ジュースの名前は「ドロリ濃厚ピーチ味」である。

 「飲みにくいわね、このジュース」
 「うーん、アオのお勧めだったんだけどなァ。このジュース」

 飲みにくいことこの上ないのか、二人して微妙な顔をしながらそのジュースに視線を下ろす。
 アオ曰く、このジュースにはありとあらゆる願いと願望と切望が詰まっているとか何とか。
 ここだけの話であるが、先日、アオがP○2の「A○R」というノベルゲームにはまりにはまり、ラストエピソード見てオイオイと泣いていたことは記憶に新しい。
 その時、銀時とかフランとか神楽とか阿求やらが一緒に大泣きしていたのもここだけの話である。ついでに「ゴール」という単語も現在、よろず屋では緘口令が敷かれているとか何とか。
 アオにいたってはOPテーマの「鳥○詩」を聞くだけで涙を流す始末である。

 「……飲めないわね」
 「そうですね」

 そんなこととは露知らず、一向にせり上がってこないジュースと一所懸命に格闘しながら、ポツリと二人して呟く。
 マダオはぶつぶつと何事か呟いていたが、面倒ごとに関わりあいたくない二人は見事にスルー。
 やがて、マダオはゆらりと立ち上がるとふらふらと歩いていき、道路に出たところでいい具合に車に轢かれたのであった。




















 あれから、様々なところを回りながら二人はかぶき町を堪能していった。
 途中で奇妙な天然パーマでグラサンの変な人物にナンパされたりはしたが、概ねこの町を案内できたとは思う。
 さすがに吉原には連れて行かなかったが、もうほとんどの場所を回りきったはずだ。
 時刻は既に夕方になろうとしている。秋ともなれば、夜が近づけば少し肌寒い。
 楽しんでもらえただろうか? そんな不安が胸中を占めて、自然と依姫の姿を盗み見る形となった。
 凛とした佇まいに、まっすぐに前を向いた視線。昔と変わらぬ姫君の姿が、そこに変わらず存在している。

 もう、二度と会うことがないと思っていた。

 だって、自分は月から逃亡した脱走兵の裏切り者で、彼女の信頼を裏切ったのだ。
 そう思えば、罪悪感がこみ上げてくる。
 今も、こうして気にかけてくれているから、なおのことその思いが強くなる。

 「なんだ、オメェがここにいるなんざ珍しいな」

 そんなときだっただろうか、知り合いのその声が聞こえてきたのは。
 視線をそちらに向ければ、茶屋の外の椅子で団子を口にしている土方の姿がある。

 「土方さん、またそんな食に対する冒涜を……」
 「何言ってやがる。マヨネーズはなんにでも合うように作られてんだよ」
 「いやいやいやいや」

 彼の言葉に首をブンブンと振る鈴仙。
 一方、依姫が不思議そうな顔をしているのに気がついて、そういえば彼女は会った事なかったなと思い出した。

 「依姫さま、彼はこの町の警察に勤めてる真選組副長、土方十四郎さんです」
 「あら、そうなの。はじめまして、私は綿月依姫。鈴仙がお世話になってるみたいね」
 「さぁな。たまに顔あわせるぐらいで、特に何か世話焼いてるわけでもねぇよ」

 依姫の自己紹介に、彼はぶっきらぼうに言葉にしただけでタバコに火をつける。
 私服の着物を着ているという事は、恐らく今日は休みだったのだろう。
 もっとも、片手に刀を持っているのは相変わらずらしく、土方さんらしいなァと鈴仙は苦笑した。

 「それにしても、今日は休みなんですか?」
 「あぁ、まぁそんなとこだ。それより、オメェ等はとっとと帰れ。今、俺と居ると碌なことがねぇぞ」
 「え? それってどういう―――」

 言葉に仕掛けて、その違和感に気がついた。
 鈴仙が辺りを見回すと、辺りから感じるいくつもの視線。
 怒り、憎しみ、嫌悪、憎悪、言葉にすればきりがないほどの数多の視線が、彼女達を捕らえて離さない。

 「鈴仙、気がついた?」
 「……はい。一人、二人、三人―――もっと居ます」

 ごくりと、生唾を飲み込んだ音がやけに大きい。
 この視線の元が誰なのか、視線の先がどこからなのか、鈴仙の能力を使えばそれを知ることは容易い。
 囲まれている。その敵意に囲まれているという事態に、自身の臆病な心を必死に押さえつける。
 土方はそんな二人の様子に小さくため息をつくと、腰に差している刀を引き抜いた。

 「真選組副長、土方十四郎とお見受けする」

 それが合図だったかのように、男たちがこの場に歩きながら現れる。
 この場の雰囲気の異様さに気がついたのか、通行人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
 現れた男たちの数は、二十四人。たった一人相手にこの人数。よほど自分が怖いと見て、土方はクッと喉の奥で笑いを噛み殺した。

 「それがどうした? 俺一人殺るためにたったこの人数ったぁ、ずいぶんと安く見られたもんだ」
 「強がりを。だが、用件がわかっているのなら話は早い」

 男の一人がそう言って、すらりと刀を引き抜いた。
 白刃が光に反射する。その歪な形をした月のようなそれを視界に納めながら、依姫は携帯していた刀を引き抜いて相手を睨みつける。
 その彼女を、土方は手で制止して、男に言葉を投げかけた。

 「おい、テメェ等の目的は俺だろう? こいつらは関係ないから見逃せ」
 「それは、無理な相談と言うもの」

 男の殺意が、より一層強くなる。
 刀を土方に向け、男は憤怒の形相でさらに言葉を続けた。

 「天人(あまんと)の小娘の命など、考慮する必要もない」

 それは、明確な殺意の言葉。紛れもない、憎悪の込められた穢れだらけの視線。
 その視線から守るように、依姫は鈴仙の前に出る。
 射抜くような、鋭い視線。それを眼前の男たちに向けながら、依姫は言葉を紡ぐ。

 「鈴仙、あなたは空から逃げなさい。足止めなら私がするわ」

 その言葉が、耳に届く。
 逃げろと、目の前の彼女はそう言葉にした。
 かつて、憧れて恋焦がれた人だった。強くて、凛々しくて、頭脳明晰で、何でもそつなくこなす彼女に、ただただ憧れた。
 その彼女が言う、逃げろと。

 「……いいえ、私も戦います」
 「鈴仙?」

 だが、鈴仙はその言葉を聞き入れなかった。
 彼女の反応がよほど以外だったのか、依姫は思わず鈴仙に視線を向けた。
 ソコには、気丈にも眼前を見据えた鈴仙の姿がそこにある。
 鋭い視線で、強い意志を持った瞳が、ただただ前を向いて見据えている。

 「私は、もう逃げたくないです。あの時の私は臆病で、依姫さまたちの期待を裏切ってしまいました。でも―――」

 すぅっと、小さく息を吐く。
 本当は、少し怖い。あの刃に切り裂かれるかもしれないと、そう思うだけで身がすくんで、体がいうことをきいてくれなくなってしまいそう。
 自分は、月から逃げたときと少しも変わっていない。臆病で、情けなくて、泣き虫で、弱くて、自分に自信をもてないままの自分。
 だが、それでも。

 「私は、教わったんです。師匠達に、銀さん達に、皆に。ここで逃げたら、きっと私の心が死んでしまうから」

 いつだったか、夜の宴会のときに彼らが言っていた言葉。
 侍は、自分が大事だと思うもののために剣を抜く。自分が守るべきもののために刃を掲げるのだと。
 その時は、イマイチ実感がもてないでいた。その時の言葉を語った銀時たちは酒に酔っていたし、当時は銀時のこともグーたらの駄目人間という認識でしかなかった。

 けれど、あの比那名居天子との決闘のとき、その認識は一変した。

 自分達の信念をかけて、自分達の大事なものをぶつけ合う銀時と天子の姿は、今でも思い出せる。
 自分よりもはるかに強い相手に、真っ向からぶつかっていった男の背中が、あの言葉を思い起こさせた。
 侍は、守るものが在る時には逃げてはいけない。仮に、もしその場面で逃げてしまったなら、それで生き残れても、魂が死んでしまうのだと。

 「……そう、強くなったのね、鈴仙」

 その、少女の意志の強さに、依姫は嬉しく思った。
 かつての臆病なところは変わらない。けれど、それでも強く成長したかつての部下の姿を見るのは、本当に嬉しく思う。

 「後ろ、任せるわよ」
 「はい!」

 前を見据えて言葉を紡げば、後ろから力強い言葉が返ってきた。
 それが、なんと頼もしいことか。まったく、月の都にいる玉兎たちにも見習わせたいぐらいだと、依姫はクスっと笑った。

 「そういうわけよ。手伝わせてもらうわ」
 「……好きにしろ」

 彼女の言葉にも、土方は特に気にした風もなく、あいも変わらずぶっきらぼうな口振りで前を見据えている。
 それが合図であったかのように、男たちは一斉に動き出した。
 男たちは、攘夷志士。かつて天人(あまんと)達を廃そうと動いた者達。
 現在では、多くのテロリストまがいのことをするものばかり。その中には、狂信のように天人(あまんと)を嫌うものも多く居ることだろう。
 故に、それを邪魔する真選組が目障りと感じるものも多い。彼らも多分にもれず、その連中の類なのだろう。

 まぁ、もっとも。彼らの不幸は鬼の副長、土方十四郎に喧嘩を売ったことだけでは飽き足らず。

 「フッ!!」

 月の使者のリーダー、神霊の依り憑く月の姫君、綿月依姫をも偶然とはいえ標的としたことだろう。

 一つ息を吐いて、彼女は瞬く間に駆け抜ける。
 刀を下段に構え、低い体勢のまま、あっという間に男たちの群がる真っ只中に駆け込んでいった。
 銀色の閃光が煌き、一人の男の脇腹に峰がめり込む。
 骨の砕ける音を耳にしながら、彼女は柄で男の顎をかち上げると、そのまま背後に迫っていた男に一撃を叩き込む。
 風が切り裂かれ、後ろから迫った敵の腕に叩き込まれる依姫の刀。
 峰で打たれたといっても、その一撃は骨を容易く砕くほどの衝撃だろう。歪に変形した自身の腕、刀を取りこぼしながら悲鳴を上げる男を尻目に、依姫は更に刀を振るう。
 女性が扱うには、余りにも長大な刀。彼女の身長よりも長いその剣を、依姫はまるで手足のように操り、また一人、また一人と男たちを昏倒させる。

 「あ……」

 鈴仙の口から、呆けた声がたまらず上がった。
 強いと、以前からそう思っていた。昔から憧れだったし、稽古をつけてもらったことも何度かある。
 だけど、その動きに魅了される。いまだ、神霊の力を借りずに敵をなぎ倒す彼女の姿が、とても強くて、華麗で、凛々しくてかっこいい。
 時間にして、僅か三十秒、依姫と、そして土方だけで半数が既に叩き潰されていた。
 依姫も常軌を逸した動きで敵を薙ぎ倒すが、土方も負けてはいない。
 鋭い剣閃で敵を切り裂き、貫き、鬼の如き形相で己が敵を切り倒していく。
 悔しい話だが―――鈴仙が入り込む余地は、どこにもない。いや、へたに手を出せば、それこそ二人の邪魔になりかねなかった。
 精々、自分に向かってきた相手を弾幕で昏倒させ、あるいはその瞳で狂気に陥れて幻覚を見せるぐらい。

 そして、本当に終わりを迎えるのはあっけなかった。

 気がつけば、リーダー格らしい男を残して、他は死屍累々。
 土方も、依姫も、汗も流さず息も乱していないまま、血払いをするように刀を振った。
 圧倒的、などと言う言葉では生ぬるい。時間にして一分弱、あの人数をたったそれだけの時間でほぼ全滅に追い込んだのだ。

 「へぇ、中々やるわね貴方」
 「オメェもな。正直、そこまで強いとは思わなかったが……」
 「まだ力は隠してるからね。あと八百万回は戦っても余裕がある計算になる」

 余裕たっぷりに依姫は応えながら、土方と共に残りの一人に視線を向ける。
 一瞬、男はたじろいだようだったが何とか踏みとどまった。
 この二人を前に、逃げ出さないことを褒めるべきか。あるいは、ココに踏みとどまったことを蛮勇と責めるべきか。

 「さて、残るはテメェだけみてぇだが?」
 「くっ、腐った幕府の犬が……っ!」

 土方の言葉に、男は懐から銃を取り出し、彼女達に向ける。
 拳銃を向けられたものの、依姫は涼しい顔でそれを見つめていた。
 取り乱す様子も、恐怖に染まる様子もなく、ただただ静かな瞳で眼前の男をにらみつけるだけ。

 「まだやるのね。正直、呆れるわ」
 「黙れ、いくら剣の腕が立とうと、拳銃には敵うまいよ!!」

 やれやれと肩を竦める依姫に、男は声を荒げる。
 そんな男の言葉に、依姫はニィッと口の端を釣り上げると、凍てつく視線を男に投げかける。

 「そう思うのなら、やってみれば?」

 そこに、恐怖は無い。怯えもなければ、ただただ紛れもない自信がそこにある。
 そんなもので、自分がやられるはずがないという自負から来る絶対の自信。
 傍から見れば、何を馬鹿なと思うような言葉のはずなのに、その佇まいがそう思うことを許さない。
 冷や汗が、男の頬を伝う。ギリッと、奥歯を噛み締めるように、憤怒の形相で引き金を引いた。
 吐き出される銃弾。鉛の凶器が空気を焼き、大気の壁を突き破りながら依姫の柔らかい肉を粉々にせんと馬鹿げた速度で飛来する。

 依姫は、剣を振り上げる。まるで流れるように行われたその動作。
 自然すぎて、誰もがその作業に移行したと気付かぬようなスピードを持って行われたその動き。
 眼前に、鉛の弾丸。今にも依姫の心臓を喰らおうと迫る鉛の弾丸を、彼女は寸分野狂いもなく見つめていた。
 音速に近い速度で飛来する小さな鉛の塊、それを肉眼で視認するという離れ業の後。

 ―――振り上げられた刃が、大気を切り裂くように振り下ろされた。

 ギィンッ!! と、甲高い音が鳴り響く。
 真っ二つに切り裂かれた銃弾が、衝撃を加えられたことによって失速し、やがて大地に転がっていく。
 今度こそ、男の目に信じられないといった表情が浮かんだ。
 そんな彼のことなど気にも留めず、依姫は自分の刀を大地に深く突き刺した。

 そして、再び男の理解の範疇となる出来事が巻き起こる。

 大地から、無数の刀が飛び出してきたのだ。
 迂闊に動けば、その身を切り裂くだろう程に密集した刃の檻。
 それは男だけでは飽き足らず、気絶し、あるいは未だ呻いているものたちをも取り囲むように出現し、逃がすまいと刃の檻が所狭しと群れを成した。

 「祇園様の剣からは逃げられないよ。しばらく、そのままにしてなさい」

 神霊をその身に宿し、その力を行使する。
 これは、数ある依姫の力の一旦。神の力を行使したにもかかわらず、依姫は実にあっけらかんとした様子で鈴仙に視線を向けた。

 「大丈夫、鈴仙。それと貴方も」
 「は、はい!」
 「心配いらねぇよ。怪我一つしちゃいねぇ」

 依姫の言葉に、慌てた様子で鈴仙が返事をし、土方もなんて事のないように返事をする。
 誰も怪我らしい怪我の一つもせず、相手はほぼ壊滅状態。遠くからはサイレンの音が聞こえてきて、警察が近づいているのだと知らせてくる。
 それまでは、依姫はココにいるしかない。何しろ、依姫が持つ刀を抜くと、この刃の檻もたちどころに地面に還ってしまう。
 身柄を引き渡すまでは、こうやって居るしかないだろう。
 それ以上に、依姫は鈴仙の成長が嬉しかった。
 以前は、力はあっても臆病な子だとそう思っていた。それでも、彼女は今、前を向いて変わろうとしているのが、十分に伝わったのだ。
 それだけでも、十分。彼女にとっては、これほど嬉しいことはない。

 遠くからサイレンの音が響き渡る、その音をどこか遠くに聞きながら、依姫は思う。
 私も、自分の気持ちにけじめをつけなければいけないのだろうなと。




















 その翌日、よろず屋の一室にはぴりぴりとした緊張感に包まれていた。
 よろず屋の事務所のソファーには、依姫と豊姫が座っており、その対面には八雲紫、蓬莱山輝夜、そして鈴仙が座っている。
 傍には八意永琳と、八雲藍の姿もあり、場の空気は異様に重い。

 「ねぇ、なんでこんなことになってんの? 今にも昼ドラの如き修羅場が巻き起こりそうなメンバーなんですけども!?」
 「銀さん、大声出さないでください。写真とろうとしてるの気付かれちゃいます」
 「ちょっ、文さんこの状況で何してんですか!?」
 「トゥルルルル、トゥルルルル、たららららんらんたららららー」
 「神楽ー、止めてくれる! 銀さんの目の前でその世にも奇妙な音楽止めてくれるー!? つーかそのグラサンどこから仕入れたの? なんか腹立つんだけどこの子!?」

 一方、その隣の部屋はと言うと野次馬魂バリバリでその光景を眺めていたりするが。
 そんなことには気にも留めず、言葉を紡ぎ始めたのは依姫であった。

 「八雲紫、あなたは月の都の人心を惑わし、妖怪たちを扇動し、果てには月の神酒の窃盗。
 蓬莱山輝夜、あなたは地上に迎えに来た使者達を煙にまき、八意様と共に逃亡。
 鈴仙、あなたは率先して戦うべき立場にありながら、恐怖に負け地上へと脱走。
 以上の罪は、決して軽いものではない。故に、私達はあなた達に極刑を申し付けます」

 ざわりと、その言葉にその空気がぴりぴりとしたものに変わった。
 今にも飛び掛りそうな藍を手で制止し、紫はいつもの怪しい笑みを浮かべたまま目の前の姉妹に問いかける。

 「ふふ、銀さんたちを使って呼び出したかと思えば、そのようなことを申し付けるためだけにお呼びになったわけではありませんでしょう?」
 「えぇ、もちろん」

 紫の言葉に、言葉にしたのは豊姫。
 緊張した空気の中、にっこりと笑みを浮かべた豊姫は、扇子をたたむとそれでピッと彼女たちを指した。

 「あなた達の罰は、私達に地上の美味しいお酒を振舞うこと」

 その一言に、はたして何人のもの達が正常でいられたことやら。
 大半のものはぽかんとした表情を浮かべ、中でも内心ビクビクしていた鈴仙の表情はこれまた面白いものであった。

 「っぷ、あははははははは!! なにそれ、堅物のあなた達がまさかそんな提案をするだなんて思いもよらなかったわ!!」

 そんな中で、真っ先に大笑いしたのは輝夜だった。
 よっぽど先ほどの提案が面白かったのか、あるいはその刑罰のしょうもなさが面白かったのか、ケタケタと童女のように笑い転げている。
 紫もクスクスと苦笑して、永琳もやれやれとどこか呆れたようではあったけれど、どこか安心したように表情を綻ばせていた。

 「以上を持って、神酒の件も、昔の月の使者のことも、脱走のことも水に流しましょう。使者のことについては千年以上も前だからね」

 本当は、まだ少し納得がいかないけど、と小さくこぼして、依姫は言う。
 そんな中、彼女達の前に置かれる日本酒の山。その日本酒を持ってきた人物に視線を向ければ、そこには銀髪の天然パーマの姿がそこにあった。

 「そのくらいなら、俺たちからも振舞ってやらぁな。おい新八、ババァのとこに行って場所開けてもらって来い」
 「はい!」
 「今日は宴会ですね!? よっし、今日は飲みますよ!!」
 「姉御達も呼ぶといいネ! 人数は多いほうが楽しいアル!」

 あれよあれよと言う間に騒ぎが大きくなり、あっという間に宴会ムードのメンバー達。
 文は早速幻想郷に飛び込んでメンバーを集めに向かい、新八は場所を貸してもらうために走って玄関から飛び出していった。
 そんな中で、紫は目の前の二人の姫君に視線を向ける。

 「一体、どういう心積もりなのかしらね?」
 「さぁね。いつまでもいがみ合ってても仕方がないと、そう思っただけよ」

 半分は本音ではあるが、もう半分は実はちがう。
 半分は、鈴仙を育ててくれたであろう幻想郷に感謝の意味を込めて。
 もっとも、感謝するべき対象は、ここにいる銀髪のグーたら男にもなんだけれど、それは口に出さずにしまいこむ。
 視線を銀時に向ければ、そこには神楽や銀時に肩を組まれ、いまだ困惑している鈴仙の姿がある。
 その騒がしくも幸せな情景に、自然と頬が緩んだ気がした。

 「どうする? 幻想郷の入り口はすぐそこ、帰ろうと思えば帰れるはずだけれど?」
 「そうね。そうかもしれない。でも―――まだ、こっちにいたいのよ」

 紫の言葉に、依姫はそう言葉にする。
 それで、その真意は理解できたのか、紫は「そう」と短く言葉にしただけで深くは問いかけなかった。
 騒がしくなるよろず屋の一室で、依姫は静かに眼を閉じる。
 今、自分は確かにここにいたいと願って、この場の空気を楽しいと思っていることを自覚した。

 その日、稀に見るほどの大宴会に発展し、種族の違いも関係なく、皆楽しげに酒を飲み交わす。
 その日、幻想郷の面々と月の使者のリーダーである二人が、確かに和解をした記念すべき日だったから。



 ■あとがき■
 幻想郷のメンバーなら大体酒盛りで和解してそうな気がする。
 そして今回の話はどうだったでしょうか? 楽しんでいただければ幸いです^^;

 pixivにて、東方よろず屋のオリキャラのイラストを載せさせていただきました。
 東方よろず屋で検索すれば出てくるかと思います。現在、ルリと撫子の絵だけ。
 そのうち、アオとソラ、店長のブンも乗せたいとおもいます。
 興味があった方は覗いてみてください。ペイント+マウスなんでうまく描けませんでしたけど^^;
 ペンタブほしい……。

 それでは、今回はこの辺で。今回はドSコーナーはお休みです。
 ではではー。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第四十九話「レッツゴー☆ふぁんしぃ」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/06/13 23:21






 もう少しで昼間になろうかと言う時間帯の紅魔館の門前、そこには最近になってようやく門番に復帰した少女が気だるげな様子で目の前の少女たちと会話していた。

 「ファンシーショップ?」
 「そうなんよ。銀ちゃん達んとこの方に新しくオープンしたらしくて、皆で行こうかーって話になって」
 「それで、アオさんと朱鷺子さんと私で話し合って、それならルリさんも誘おうって話になったんです」
 「そうそう。それで、どうなの? 行く?」

 イマイチ気乗りのしないルリの言葉に、アオ、撫子、朱鷺子の三人が続けざまに言葉にする。
 そんな彼女達の誘いの言葉にも、ルリはやはりどこかイマイチといった様子で浮かない表情をしていた。
 ファンシーショップ。要するに女の子やらが好みそうな可愛い服やら人形やらアクセサリーやらを置いてある店に行こうと誘ってくる。
 それはいい。別に問題ない。問題は、ルリの心内が最大のネックになっていたりするのだ。

 「いや、なんていうか……私がそういう店行くのって、なんかイタイと思わない?」
 『なんで?』

 ぴったりと三人でハモって首をかしげる辺り芸が細かい。そんな彼女達のシンクロッぷりに、ルリはこれまた盛大にため息をつくのだった。
 外見こそ小柄で可愛らしいという表現が真っ先に来そうなルリではあるが、実際は二千年以上も生きている悪魔。
 その辺、自分で自覚しているのでそういう店に行くのには抵抗があるのだ。
 しかし、である。世の中そうは問屋が卸さない。困ったことに彼女、可愛いものが結構好きだったりするのである。
 でも、いい年して可愛いもの欲しがるってどうよ?
 でも、いい年してゴスロリ系の服着たがるってどうよ?
 でも、いい年して「キャー、クマさん可愛いー!!」とかはしゃぐのどうよ?
 といったように、本能では行って堪能し尽くしたいと思ってるのに、冷静な理性が「落ち着けよ、可愛いものにはしゃぐ二千歳なんて、即死もんだぜ?」と語りかけるのである。
 ……訂正。結構好き、ではなく、無茶苦茶好きに訂正させていただきたい。

 「それに、私は門番の仕事がまだ残ってるか……ら?」

 仕事を理由に断ろうとしたところで、ぽんっと肩に置かれた手に気がついて後ろに振り返る。
 そこには、一体いつの間にこの紅魔館に住み着いたのやら、グラサンバンダナ仁王立ちの、通称「ルリティン」がいつものふてぶてしい表情で親指をグッとサムズアップなされた。

 「後ハ、私ガ引キ受ケタ。行ッテ来ルトイイ」
 「なんで変なところでそんな男前なんだあんた」

 とりあえずツッコミ一つ入れて、あらためて断ろうとした瞬間、右腕をアオに、左腕を朱鷺子に拘束されるルリ。
 「へ?」と間の抜けた声を上げながらずるずると二人に引きずられ、視界の先にはルリティンにお礼を言っている撫子の姿が映る。
 あ、逃げられない。っていうか拒否権ないのね。と理解したところで、これまた彼女は陰鬱気なため息をこぼすことしか出来なかったのである。











 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第四十九話「レッツゴー☆ふぁんしぃ」■












 江戸の一角に新たにオープンしたというファンシーショップ。
 そこは連日、若い年頃の少女たち、または女性達がきゃっきゃうふふと可愛いものを愛で、楽しみ、そして着こなす場なのである。
 その店の装いもこれまた徹底しており、店先には可愛らしいぬいぐるみ達が並んでおり、それぞれが様々な動きで客をもてなしている。
 その前景が見えてきたところで、一層楽しげな様子を見せる三人とは裏腹に、いつもとは違ってコートについているフードをかぶり、サングラスをかけたルリだけは憂鬱な気分を隠し切れないでいた。
 あらためて思う。明らかに自分はこの場所に向いていないと。
 見た目こそ小柄。しかし精神は成熟しきっている。いくら見た目的に違和感がなかろうと、やはり、冷静な部分が複雑な気持ちを浮かび上がらせてしまう。
 昔を思い出す。まだ幻想郷に来る前、何度ファンシーショップに入ろうと思ったことか。何度ファンシーショップの前で、理性と本音がリアルファイトを繰り広げたことか。
 思い出す苦い記憶。悶々と悩み続けて挙句の果てに警察に連行されたのは今でもトラウマものである。

 「あの、あれって紫さんじゃないですか?」
 「へっ?」

 記憶の中で職務質問受けていたルリを現実に戻したのは、そんな撫子の言葉であった。
 彼女の視線の向かう先、そこには普段と違ってうろうろそわそわと落ち着きのない大妖怪、八雲紫の姿がある。
 そして感じるデジャヴ。あぁ、あそこにいるのは、間違いなく理性と本音がリアルファイトを繰り広げ、終いには警察で職務質問受けた自分だと。
 すたすたと彼女に歩み寄る。すると、やはり彼女は此方に感づいたのか、いつもの調子を取り繕おうと妖しい笑みを浮かべ始めたが、その前にルリがポンッと肩を叩いた。
 言葉は不要。同じ苦悩を知り、同じ道を歩き、同じ趣味を持った者と出会えたことを嬉しく思いたい。

 「まさか、あなたも―――」

 そこまで言いかけて、八雲紫は言葉を噤む。その言葉を肯定するように、ルリは一つ頷くと、お互いの視線を絡めあった。
 視線と視線がぶつかり合う。

 「可愛いものは正義よね」
 「yes」
 「可愛い服だって着てみたいわよね」
 「yes」
 「でも、年齢的にこういう店に入りづらくて困っちゃうのよね!」
 「yes!」
 『同士っ!!』

 紫の問いかけに返答するルリ。そして、お互いがまったくの同種であると悟ったか、二人はまったく同じタイミングでヒシッと抱き合ったのである。
 その光景を見て、ひそひそと何か言いながら通り過ぎていく通行人。そしてそれに気付かない抱き合って喜びを噛み締める二人。
 なんというかこう、はたから見ると物凄く痛ましい。
 そんな彼女ら二人に平然と話しかけられるこの三人も、結構肝が据わっているような気もする。

 「あの、紫さん。もしかして入りづらいんですか?」
 「それなら、うちらと一緒に入らへん? うちらと一緒やったら、付き添いで来とる保護者って面目も立って違和感ないやろうし」
 「そうそう。それなら周りの目を気にする必要ないでしょ?」
 「あ、あなた達」

 感動で涙を流しそうになる八雲紫。今、かの大妖怪は猛烈に感動していた。具体的に言うと食材を食べた瞬間に口からビームを発射する某味皇のごとく。
 はたして、過去にこのような言葉をかけられたことがあっただろうか? いいや無い。
 だって彼女の式である八雲藍ですら「紫様、年齢的にそれはちょっと……」とか失礼極まりない台詞を吐くぐらいである。
 ふと、紫はルリに視線を向ける。そこには優しげに笑みを浮かべるルリの姿があった。
 お互いに頷きあい、紫はアオに向き直るとこくんと頷く。それを確認した瞬間、アオは満足そうに笑みを浮かべるとあらためてファンシーショップに視線を向けた。

 「行くで皆の集!! 可愛いものを愛でる心は十分かっ!!」
 『応っ!!』
 「よろしい、ならば戦争や! いざ、戦場へっ!!」

 一時のテンションって言うものは恐ろしいもので、その場のノリとか雰囲気とかに酔ってしまうと普段やらないような悪乗りすらしてしまうものである。
 現に、アオの言葉に、朱鷺子に混じって撫子、ルリ、紫まで彼女の掛け声に反応する始末だ。
 先陣を切ったのはアオ。一体いつの間にこの集団のリーダー的な立場になったのやら、彼女は真っ先にファンシーショップの入り口を潜り抜け―――

 「あら、アオじゃない」

 ふわっ。

 ―――まさかのドSな姉と女装した桂を見つけて口から魂が飛び出た。

 「アオォォォォォォォォ!!? 魂が出てるって!! 吐くな、飲み込め!! そのまま行くと死ぬからっ!!」
 『アハハー、邪魔せんといてぇなルリちゃん。昇れそうなんや、ウチ、今なら飛べそうな気がするわぁ』
 「魂で喋るなぁぁぁぁぁぁぁ!!? ていうか昇るなァァァ!! それ昇ったらあの世にまっしぐらッつーかソレ飛ぶって言わねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 ガックンガックンと今にも天国への階段を登ろうとするアオを必死に揺さぶりつつ呼びかけるルリ。
 そりゃ長年生きてきたルリでも知り合いの口からエクトプラズムっていうか、魂が飛びだしゃそりゃあ慌てるッてぇもんである。
 そんな彼女達から現実逃避するように、撫子と朱鷺子は予想外の二人に目を丸くして言葉を投げかけていた。

 「……あの、なんでお二人がここに?」
 「そうそう。えっと、アオのお姉さんだっけ? そっちはいいとしてもさ、あんた何してんのさヅラ」
 「ヅラじゃない、ヅラ子だ」

 純粋に不思議に思っているらしい撫子と、桂がいることで若干不機嫌な様子の朱鷺子。そんな彼女達の問いに、桂はいつもとは違う微妙な返答をしていた。
 女物の着物に、微妙に化粧が施された桂。もとはいいだけに微妙に似合っているが、はたしてそれがいいのかどうか……。
 と、彼女達の疑問に答えたのは桂ではなく、隣に佇んでいたソラであった。

 「何でも、このお店に攘夷志士の過激派の方が危険なウイルスを持ち込んだらしくて、その潜入捜査だそうですわ。私はその手伝いですの。
 それはそうと、そちらの白いお嬢さん、その子を戻すにはコツがいるんですのよ」
 「はい?」

 まるで普段から手馴れてますと言わんばかりの言動に、軽くパニック起こしていたルリはついつい間の抜けた声を上げてしまう。
 ソラは魂が飛び出ているアオの傍まで近づくと、クスっと笑みを浮かべ。

 「せいっ!」

 喉元に貫手をぶちかましていた。いわゆる地獄突きというやつである。
 手に残る生々しい感触。悲鳴を上げることすらかなわず、余りの痛さにゴロゴロと転げまわるアオ。そしてこれでもかと言うほどいい笑顔のソラ。

 「はい、戻りましたよ」
 「って何してんの!!? 今の明らかにトドメ―――」
 「何するん姉ちゃん!!?」

 アオ復活。喉もと押さえて未だに痛そうな顔をしているが、確かに魂は戻ったッぽい。

 「……えぇぇぇぇぇぇ」

 そしてその理不尽な復活方法に、イマイチ納得のいっていないルリの声が上がるが、ソラがそれを気にした風も無い。
 はたして、今の同じ技を喰らって、自分は彼女ほど早く復活できるだろうかとついつい自問する。
 結論から言おう、キッパリ無理。
 あらためてアオの頑丈さに感心しつつ、ルリは今先ほどのアオの発言を反芻して……ピタッと硬直した。

 「はじめまして、八雲紫様。以前から、あなた様の噂は耳にしていましたわ」
 「ふふ、お世辞はいいのよお嬢さん。あなたこそ、昔ほどのやんちゃはなさらないようで何よりですわ」

 そしてルリの視線の先では、なんだか大物に挨拶しているソラの姿。
 ソラ、アオ、そしてソラ、そしてまたアオと交互に視線を移し、ルリはぽつっと言葉をこぼす。

 「……お姉さん?」
 「うん、そうなんよ。あれ、言うてへんかったっけ?」
 「いや、お姉さんがいるとは聞いてたけどさ……」

 まさかこんなちびっ子が……とは、さすがに言葉にしなかった。
 何しろ、結構な身長差があり、どっちかって言うとアオの方が姉と聞いた方がしっくりくるぐらいの身長差である。
 それにしても、なんだか話を聞く限りだとめんどくさそうな話になってきたなァと、ルリは思う。
 元々、ファンシーショップを堪能するためにここを訪れたのであって、攘夷志士の思惑に巻き込まれたくないというのが本音だ。
 ところがどっこい。ここに桂がいるという事は、ほぼ高確率で巻き込まれる気がするのだから笑えない。
 その辺、ルリだけではなく朱鷺子も同じ気持ちなのか、どこか微妙な顔をして桂に視線を向けている。撫子だけは苦笑いを浮かべてはいたが。

 「大変そうねぇ、あなたもさ」
 「無論だ。このような罪も無い人々を巻き込むようなやり方、今の俺には許容できん」

 こうして真面目なときは真面目なのだが、どうしてこう普段はイマイチ締まらないのか……。
 そんな疑問を常々思う朱鷺子たちであったが、残念ながら桂は普段とぼけているように見えてもいつも真面目なのである。

 「ていうか、そんなに危険なウイルスなの、それ?」
 「あぁ。恐らく、俺が知る限りでは最悪のシロモノだ」
 「そ、そんなになんですか?」

 ルリの言葉に応えた桂の台詞に、不安そうな撫子の声。
 彼は「ああ」と頷くと、静かに目を閉じて悔しげに言葉を紡ぎ始めた。

 「正直、あれがばら撒かれれば江戸は崩壊の一途をたどろう。それほどまでに危険なものだ。人々は理性を失い、地球は滅びる」
 「な、なんでそんな危険なもの……」

 正直、頭を抱えたい気分で一杯になった。なんでそんな危険なウイルスを攘夷志士が所持しているのかと小一時間問い詰めたい。
 予想以上の危険度に、ルリはたまらず頭を抱え、朱鷺子やアオもことに深刻さがわかったのか真面目な顔をして桂の話に耳を傾けていた。
 無論、今までソラと話していた紫も、その話を聞き逃さなかった。
 この世界に入り口や出口を作っている以上、そのウイルスが幻想郷に流れ込む危険性もあるのだ。それは、幻想郷を愛してやまない紫には見逃せることではない。

 「以前、この世界でもそのウイルスがばら撒かれたことがあってな。あの時はまさに地獄だった」
 「ねぇ、ヅラ。回想がおかしいんだけど。これただゴミ捨てに行こうとして階段から転んだだけよね?」

 しみじみと語っているところ悪いのだが、ルリのほうからツッコミが上がる。
 先ほどから会話の内容と桂の回想がまったく持って合致してないのだから仕方がない。回想の桂はどう見てもゴミ捨ての途中で階段から転んだようにしか見えなかったのだ。

 「せめてサンダルでなければあのようなことには……クッ」
 「クッ、じゃねぇんだよ。イイからそのウイルスの話し続けろよ、関係ないだろこの回想」

 もはやツッコミ疲れたのか、半ば投げやりなツッコミで先を促すルリ。そしてその意見にほぼ同意なのか、うんうんと頷くメンバー。
 ちょっぴりその反応が寂しかったのか、彼は少し寂しそうな表情をのぞかせた後、ゴホンッと咳払いを一つして言葉を続けた。

 「ウイルスに感染したものは見慣れ以外なく自我を失い、眉が繋がった「マユゾン」となって人々を襲い瞬く間に感染して仲間を増やす。
 そのウイルスの名は「RYO-Ⅱ」といい、感染したものは皆例外なくダメなオッサンになってしまうのだ」
 「……は?」

 その説明の後に返ってきた彼女達の反応は、これまた正常であろう反応だっただろう。
 どんな恐ろしい作用を引き起こすかと思えば自我をなくして駄目なオッサンになる。という、なんかウイルス舐めとんのかと思うようなシロモノだから無理もない。
 だって、駄目なオッサンである。緊張感を持てという方が土台無理な話なワケで。

 「ねぇ、ヅラ。それ本当に危険なの? ていうか何、そのパチモンゾンビ」
 「パチモンゾンビじゃないマユゾンだ」
 「いや、しつこいから、ヅラ。話聞いてよ」
 「ヅラじゃないマユゾンだ」
 「頼むから私と会話して!!? お願いだから言葉のキャッチボールしてくれない!!?」
 「キャッチボールじゃないマユゾンだ!!」

 微妙に噛み合わない朱鷺子と桂の会話。
 そんな彼女達とはうって変わり、アオとルリはというと。

 「なんですって!? RYO-Ⅱ!!? あのRYO-Ⅱだというの!!?」
 『あれ!!? 予想外の人が食いついた!!?』

 まさかの妖怪の大賢者がその話に食いついて驚きの声を上げているところであった。
 驚きの表情を浮かべ、紫はふらりと眩暈でも起こしたようにたたらを踏む。
 はたして、その様子のどこにツッコミを入れればよろしいのやら。ツッコミのいれどころに二人が迷っていると、店内に不思議な生物が入ってくる。
 桂のペット兼相棒、宇宙生物のエリザベスだ。

 「おぉ、エリザベス。どうだった?」
 [やっぱり地下みたいです、桂さん]
 「そうか……、俺はここで失礼する。ソラ殿、こちらに」
 「えぇ」

 短いやり取りを交えて、桂とソラがエリザベスと共に店の外へと出て行く。
 その後姿を見送りながら、紫は気難しい顔をしたまま黙り込んでしまう。
 そこには、いつもの大妖怪としての表情が張り付き、その超人的な頭脳を持ってして何事か考え込んでいる様子である。

 「どうする? なんか、このまま放っておくのも気が引けない?」
 「うーん、そうやなぁ。うち等になんか手伝えることがあったらエエねんやけど……」

 ふうっと、小さくため息をつきながら、アオは朱鷺子の言葉に応えた。
 実際、桂は普段マヌケなところしか想像できないが、あれでもれっきとした攘夷戦争を生き残った猛者だ。
 それに、アオにとっては恐ろしくも尊敬すべき姉がいる。一体どういう経緯であの二人が知り合ったのかは不明だが、あの二人がいるなら手伝うようなことなんて無いように思えるのだ。

 「それで、賢者様のご意見はいかがなものかしら?」
 「そうね、私も行くわ。せっかく誘ってもらって悪かったけれど、ゴメンナサイね」

 傍らにいたルリの言葉に、紫は笑みを浮かべると扇を縦に振るう。
 空間が切り裂かれ、スキマが現れる。紫はその中に戸惑いなく入り込み、やがて空間の裂け目がぷっつりと閉じた。
 この人目のつく場所でそんなことするなよ! と、思ったものだが、後の祭りであることには変わりない。
 ルリは小さく溜息をつき、辺りを見回してみれば、案の定、ぽかんとした様子の人々の姿がそこにあった。
 ……物凄く帰りたくなってきた。

 「……ねぇ、私達関わらなくても何とかなるんじゃないの。あのメンツ」
 「……そうですね」
 「ウチもそう思う」
 「明らかにオーバーキルっぽいなぁ」

 ルリの素朴な疑問に、撫子、アオ、朱鷺子が同意するように言葉を紡ぐ。
 事実、あの三人なら何とかなるような気がしてならないのだから不思議だ。
 ここの地下に一体どんな輩がいるのか知らないが、あのメンバーに狙われた時点で計画は失敗に終わることだろう。
 正直、わかりきった未来に思考を回すのは止めにしようとため息を一つ。
 その瞬間、撫子を除く妖怪メンバーには地下の方から僅かな振動と悲鳴が耳に届く。
 あ、終わったな。と彼女達だけで勝手に納得していると、そんな彼女達の様子に撫子が不思議そうな表情で首をかしげるのであった。

 「あの、どうかなさったんですか?」
 「あ、何でもないんよ撫子ちゃん。例の三人が下で大暴れしとるだけやから」

 まったく持って事実である。事実なだけに笑えないのがみそであるが。
 なまじ妖怪だけあって人間よりも高い身体能力を持つ二人はもちろんだが、長い生の中で感覚が人よりも鋭敏化しているルリにも届いた下からの振動。
 恐らく、普通の人間には気付かないだろうし、この悲鳴も人間には聞こえないだろう。
 一体どんな暴れかたしているのやら。頼むからレーザーとかが床から飛び出すことだけは勘弁願いたい。

 「さ、気を取り直して店内を見て回ろうよ。せっかく来たんだしさ」
 「そうですね。そうしましょうか」

 朱鷺子の提案に、皆同意見だったのか賛同の意を示して頷くと、皆思い思いの場所に散っていく。
 その様子を眺めながら、ルリはため息を一つついてサングラスを外してフードを取った。
 彼女はアルビノであるが故に、メラニン色素がなく肌の色が白いのはご存知の通り。
 厄介なのは、紫外線から守ってくれる色素がないため、外を出歩くときはこうやってフードとサングラスをしなきゃいけないことだ。
 今の時期や冬場ならまだしも、コレが夏場だと考えてほしい。暑さで死ねる。
 もっとも、彼女にとってはそれも今更なのでどうこう言っても始まらないのだけれど、傍目から見たら怪しい人にしか見えないのはどうにかならないのだろうかと常々思う。
 そんなことを考えながら店の中を見回していると、ふと、目に止まった人形があった。
 ドキンッと胸が高鳴る。熱にやられたかのようにふらふらとした足取りで、ルリは一歩、また一歩とその人形に距離を詰めて行く。
 そうして、その人形の目の前にたどり着くと、また一層胸の高鳴りが強くなった気がした。
 そこにあったのは、可愛らしいウサギのぬいぐるみだ。真っ赤なまん丸な目に、バツのような口。真っ白でふわふわな毛に、ちょこんと座り込んだ愛らしい姿。
 正直に語ろう。もうドストライクである。
 人形を手に取り、頬を朱色に染めて今にも「えへへ~」などと嬉しそうな笑みを浮かべそうなルリの姿を見たら、普段の彼女の印象とのギャップで周りのものはびっくりすることだろう。
 それはやっぱりルリにも自覚はあるらしく、「あぁ、今の私ってだらしない笑顔浮かべてるんだろうなぁ」とそう思った瞬間。



 盛大な轟音と共に、ファンシーショップが爆砕しました。




 「って、なんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 木っ端微塵になったファンシーショップの瓦礫の中から勢いよく、ツッコミと共にルリが復活した。
 辺りを見回せば先ほどまで店内にいた客が逃げ惑い、アオは撫子をかばって気絶、朱鷺子は何が起こったかわからずにぽかんとした表情を浮かべていた。
 床には、まるで巨大な何かが浮上したと思わしき巨大な穴。覗き込めば、忌々しそうに空を見上げる桂の姿があった。

 「覚えていろ桂ぁ!! RYO-Ⅱは貴様に駄目にされたが、俺たちの幕府討伐は終わらぬわぁっ!!」

 そして、上空から響く声。スピーカーで拡張されたらしきその声に視線を向ければ、今まさに逃げ出そうとしている飛行船。
 要するに、あの連中があの三人と一匹から逃れるためにあれで無理やりここを突き破ってきたという事なのだろう。
 風を切り、ドンドンと離れて行く飛行船。それを視界に納めながら、ゆらりと……幽鬼のようにルリは立ち上がった。

 「最近はさぁ、脊髄砕かれるわ、病院で寝たきりだわ、派手な運動するなって釘刺されるわ、ようやく治ったかと思えばゴリラに求婚されるわ、ゴリラに夢で魘されるわ。
 本当、どうせなら今日この日はそんな嫌なことを忘れようって気晴らしに楽しもうと、思ってたのにっ!!」

 思えば、本当にここ最近は災難続きだった。ストレスをためるなと言う方が土台無茶な不幸の見舞われっぷり。
 癒しを求め、ストレスを解消しようとしたらこの有様である。そりゃ、誰だってこんな理不尽な状況に追い込まれりゃ頭に血が上るというもの。
 それに……彼女にとっては大切な友人達にまで危害が及んだのだ。許せるはずもなかった。

 「テメェ等! 五体満足でいられると思うなよ!!」

 怒気を孕んだ言葉が紡がれ、彼女の手に長年に渡る相棒が現われる。
 彼女の感情に呼応してか、いつも以上に輝く光を携えて、蒼き槍が彼女から膨大な魔力を汲み上げる。

 「―――光槍「ブリューナク」!!」

 スペルカードを取り出して宣言すると、スペルカードが燃え尽きて灰になる。
 ドクンッと、槍が魔力を与えられて脈動する。その瞬間、淡かった光が、あっという間に太陽のごとく輝きだした。
 まるで光そのもののように、いや、「光そのもの」となり明確な輪郭をなくした槍を片手に、ルリは獣のように身を低く構えると、一気に駆け抜ける。
 ありったけの魔力が槍に吸い取られる。今にも眩暈で倒れそうな体を怒りで無理やり稼動させ続けた。
 十分の助走がつき、思いっきり槍を振りかぶる。眩き光となった彼女の相棒は、今この瞬間を持って―――

 「ブチ貫けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 文字通り白い閃光となって空を駆け抜けたのだ。
 紫電を伴い、音を置き去りにしながら、白い光が大気を突き破って目標に向かって突き進む。
 ブリューナクとは、本来ケルト神話において光の神ルーが所持したとされる槍である。
 意思を持ち、白い光、熱、稲妻と共にどこまでも敵を追いかけ、必ず貫いたといわれている神代の魔槍。
 「貫くもの」の名を冠するこの槍を持っている限り、負けることはなかったとさえ言われるほどのものだ。
 無論、彼女の持つ槍が、本当に神代に存在したブリューナクであるかどうかは定かではない。
 だが、仮にもその名を冠し、彼女が長年愛用し続けた相棒でもある最も信頼する武器である。
 その槍をかわそうと、標的であった飛行船が慌てたように回避行動をとり始め、砲撃で光を迎撃しようと乱れ打つ。

 しかし、それは一体どんな冗談か。光はまるで物理法則をまるっきり無視した規格外な動きで縦横無尽に砲弾の雨霰をかわし始めたのだ。

 もはや直角などと言う生易しい角度ではない。無茶苦茶な鋭角で曲がりくねり、標的を貫こうと駆け抜ける。
 そして、僅かな抵抗もむなしく、白い閃光が飛行船を貫いた。
 あっという間に貫通し、光の帯が船体から抜けていく。その直後、貫かれた場所から爆発を起こした飛行船だったが、白い閃光の追撃は終わらない。
 鋭角を曲がり、あっという間に空に吸い込まれて消えて行く白い光。しかし、それはしばらくすると流星のごとく、不時着しようとする船体に落下。

 直後、真っ白な光が爆発を起こしたかのように広がった。

 いや、それは文字通り光の爆発、とでも表現すればいいのだろうか?
 空中で紫電を伴って大爆発を起こしながら広がっていく白い光。びりびりと衝撃が離れたこちらにまで伝わってきて、辺りの小さな破片を吹き飛ばして行く。
 彼女にとっての最大の切り札。敵をどこまでも追跡し、必ず貫く必殺の槍。長年、彼女のピンチにいつも応えてくれた愛すべき相棒が、今まさに牙をむいた瞬間でもあった。
 光が収まり、飛行船は残骸と成り果ててバラバラと砕けて海に落ちて行く。
 この時、飛行船に乗っていた乗務員は全員無事に海に着水する辺り、いくらスペルカードルール用で放ったものとはいえ、なんとも呆れた頑丈さである。
 彼女の手に、役目を終えた蒼い槍が帰還する。それを霊体に戻し、ふぅっと一息ついたところで。

 「あ、まず……」

 魔力を根こそ持っていかれて、バタンッとその場で魔力枯渇が原因で気絶するルリ。
 彼女の相棒の唯一の欠点といえば、一発打つとほぼ確実に魔力が枯渇するという、とんだ魔力の消費具合であろう。
 撫子や朱鷺子の声が、どこか遠い。畜生、なんで最近いつもこうなんだよ! と世の中の理不尽さに涙を流しながら、ルリはその場で意識を手放したのであった。




















 彼女が再び目を覚ました頃、辺りはすっかりと夕方になっていた。
 気がつけば警察のパトカーで眠らされており、アオや撫子があの後、現場に現われた土方達に事情を説明して休ませてもらっていたそうなのだ。
 無論、その頃には桂も退散したらしく、彼らとは顔をあわせていないという。
 その後、何とか体は動くようなので土方達にお礼を言うと、ルリはアオに肩を貸してもらいながら幻想郷の入り口があるよろず屋目指して歩いていく。
 なんでファンシーショップ行っただけで体が動かなくなるまで疲弊するかなぁと、怒りに任せて無茶をした自分を責め立てたくなった。
 そんな憂鬱な気分になっていると、いつの間にかよろず屋の玄関前にまで来ていたらしい。
 疲れていることもあるだろうが、まったく気がつかなかったなんてよっぽどまいっているのか……。

 (欲しかったなぁ、あの人形)

 今頃、そんなことを思っても後の祭り。自分にはやっぱりああいうものには縁がないのだと自嘲して、アオに連れられてよろず屋にはいる。
 すると、やっぱりこの部屋の主である坂田銀時がソファーに座っている。座っているのだけれど……。

 「あの、あなた達は、一体どちら様でしょうか?」

 こう、なんかキャラ的に色々間違った台詞を口走っていた。
 ピタッと硬直するアオ達。いったい何が起こったのかわからないまま思考はフリーズ状態。
 そんな中、事情を知っているらしい鈴仙が盛大なため息をついて言葉を紡ぐ。

 「今日の昼にさ、攘夷志士たちが乗ってた航空機が爆発したの知ってる? あれの破片が銀さんの頭に直撃してさ、その……記憶がぽろーんっと転げ落ちちゃったみたいなのよ」

 その言葉に、ヒクッと口の端を引きつらせるルリ。そりゃそうだろう。その航空機問答無用で粉々にしたのは彼女だし。
 世の中、悪いときはとことん悪い方向に転げ落ちていくものらしい。
 その事実を悟ったルリは、今度、厄神様にちょっとお払いを頼もうと切に思うのであった。


 ■あとがき■
 ども、作者です。そろそろオリキャラのメインな話はお休みしないと。
 今回、ルリというキャラを作った際にいつか出したかったスペルカードがようやく出せました。
 動きが想像しにくい方は「手投げ式真シャインスパーク」と思っていただければわかりやすいかも。
 正直、このスペカは最後まで出すかどうか悩みましたが、彼女の切り札の一つと思っていただければ。
 高性能ですが撃ったら魔力切れで動けませんし。
 あと、ゆかりんが可愛いもの好きなのは某SSの影響だったり。あのゆかりんは可愛かった。

 次週は記憶喪失になった銀さんの話になる予定です。

 pixivの方に、アオとソラのイラストを投稿しました。興味のある方はのぞいてみてください。
 後は店長のみ。そして誰か、ウチの子らを描いてあげて。ペイントとマウスじゃ限界がががが。

 それでは、いつものドSコーナー、始まります。









 ■斬って刻んでドSコーナー■

 ソラ「さぁ、今回も始まりましたドSコーナーですわ」
 幽香「とうとう今回で四回目ね。みんなの応援があってこそのドSコーナーよ」
 沖田「早速ですが、今回のゲストを紹介いたしやしょう。さ、土方さん、入ってくんなせぇ」

 沖田の紹介で登場する土方。しかし、その表情には露骨に嫌そうな顔が張り付いていた。

 土方「なんで俺がこんなとこに出演しなきゃならねぇんだ」
 沖田「何言ってやがんですか土方さん。そんなもんここで土方さんを亡き者にするために決まってますぜ」
 土方「本音が駄々漏れなんだけどぉ!!? ちったぁ本音隠せやコラァッ!!?」
 幽香「でも真実よね。私もあなたがどれほどいい声で鳴くのか知りたいもの」
 ソラ「そうですね。とりあえず爪から剥がしますか? 指先って神経が集中してて結構痛いんですのよ」
 幽香「それならそこら辺の壁に指を押し付けて、思いっきり削ってあげた方が楽しい悲鳴が聞けるわ」
 ソラ「まぁまぁ。教えてくださってありがとうございますわ。早速試してみます?」
 土方「待て待て待て!! 何、そのおッそろしいトーク!!? 総悟が三人いるみたいなんだけどこの空間!!?」

 中々恐ろしい会話を繰り広げる三人にたまらず土方がツッコミを一つ。
 そんな中、沖田が荒縄を持って土方に話しかけた。

 沖田「ま、そんなわけで土方さん。ここでいっちょMに目覚めて見やしませんか?」
 土方「そんなわけってどういうわけだ!!? マジで何この空間!!? なんでこんな会話ばっかりなんだよ!?」
 幽香「当たり前ね。だってドSコーナーだし」
 ソラ「基本ですよね」
 土方「そんな基本があってたまるかっ!!」

 一通りツッコミを入れてから、土方はため息をついてタバコを取り出してマヨネーズ型ライターで火をつける。

 土方「つーか、なんで俺呼ばれたんだよこのコーナー」
 ソラ「それはまぁ、感想にご意見がありましたので」
 沖田「土方さんを亡き者にしてくれって感想がそりゃもう毎日わんさかと」
 土方「いや、総悟のそれは嘘だろ。絶対お前の願望だろそれ」
 ソラ「むしろ私たちの願望かしら?」
 幽香「そうね。私は苛められればそれでイイのだけど」
 土方「頼む。誰かこいつら牢屋にぶち込んでくれ。ほんと頼むから」

 土方の願いは割りと切実だった。何しろリアルに命の危機である。

 ソラ「と」
 幽香「言うわけ」
 沖田「で」
 三人『死ねぇ土方ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
 土方「なんでそんなに息ぴったりなんだオメェ等ぁぁぁぁぁ!!? 打ち合わせでもしたのかオイィィィィィィィィ!!!!?」

 追っかける三人。逃げる土方。その延々と続くかと思われた逃走劇は、疲労困憊になった土方を見計らってソラが空間を渡って捕獲することで見事に終止符を打つのであった。
 え、その後?
 それはもちろん、皆さんのご想像にお任せしたい。


 ■第四回、終■



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第五十話「あなたの尊敬してる場所」
Name: 白々燈◆7529948c ID:4e6b5716
Date: 2009/06/22 22:47







 「すみませんでした」

 朝も早いよろず屋の一室にて、その珍妙な光景は広がっていた。
 まず、百合と形容できるほど純白色で統一された姿の少女が膝を折りたたんで頭を下げる、いわゆる土下座の体勢で額を床に擦りつける。
 そして対面したのは記憶喪失で現状におろおろしている銀髪の男性。他のメンツはその光景を面白がったり、気の毒にと同情したり、実に多彩だが関与しようとはしない。

 「あの、もういいですから。僕がこうなったのは仕方がないことですし」

 そうして銀髪の男性、坂田銀時が「だから、顔を上げてください」と言葉にしたのをきっかけに、少女―――ルリの顔が上がるが、その表情は余り芳しくない。
 そりゃそうだろう。目の前の人物の不調の原因を作ったのは他でもない、彼女なのだから。
 パッと見れば、男性の様子にどこにも不調の様子は見られない。だがしかし、坂田銀時と言う人物を知っているものから見れば、これほどの不調もちょっと無いだろう。
 坂田銀時は現在、記憶喪失に陥っている。そのせいかやたらと生真面目な性格になってしまい、普段の彼とはとてもかけ離れたものになっている。
 鈴仙の見立てでは、記憶の根底に働きかけることが出来ればもしかして……と、非常に曖昧な返答にとどまったが、どこの医者に見せたところで彼女と同じ返答にしかなるまい。

 「そうですよ、ルリさん。こうなったものは仕方ないですし、もう気にしないでください」
 「その通りネ。ルリが悪いことした訳じゃないから、堂々としてるといいアル」
 「そうですよ。それにしても、ここにいていいんですか? あなた確か門番でしょ?」

 新八がルリに気遣うように言葉を紡ぐと、続けて神楽も同意するように言葉を続け、阿求が話題を変えようとそんな疑問をこぼした。
 彼女の言葉どおり、ルリの現在の役割は紅魔館の門番である。阿求の記憶が確かならば、今日の門番は彼女のはずである。
 すると、ルリは小さくため息をついて、どこか気まずそうに視線を逸らしながら、ぽつぽつと言葉を紡ぎ始めた。

 「レミリアに頼み込んで、今日一日だけ休暇もらったのよ。私が原因で記憶喪失になったんだし、治るまでとは行かないまでも、私だけ知らない振りするわけにも行かないもの。
 だから、今日一日は皆と一緒に銀さんの記憶をもどす手伝いをしたいのよ」
 「あやー、生真面目と言うかなんと言うか、律儀ですねぇ」

 彼女の返答に、目を丸くしながら感心したように言葉にしたのは文だった。
 実際、ルリ自身にはほとんど非がないのが実情である。原因を作ったのは確かに彼女だろうが、今回の件は本当に運が悪かっただけとしかいえないのである。
 こういった風に親身になって事に取り組む辺り、彼女の正確と言うものをよく表しているのだろう。

 「それで、今日は何をするつもりだったの? 何か考えてるんでしょ、鈴仙」
 「うん。こういった場合、無理をしない程度に本人の記憶を刺激してあげた方がイイと思うの。
 昨日は甘いもの食べさせてみるとか物理ショックとか色々試してみても効果なかったし、今日はそっちの方面で行こうかなって」
 「……いや、物理的ショックって漫画じゃないんだからさ」 
 
 フランの質問に鈴仙が得意げに答え、その中の過激な発言にルリがついついツッコミを一つ。
 ちなみに昨日の夜、ルリたちが帰った後でフラン、文、神楽の三人で頭をボコスカ張り倒したりして色々と試したのだが、残念ながら戻るどころかそのたびに記憶をロストする始末。
 結局、成果ゼロどころかマイナスであったことを付け加えておこうかと思う。








 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第五十話「あなたの尊敬してる場所」■












 幻想郷に足を踏み入れ、稗田邸の建築に精を出している伊吹萃香に挨拶をして、自分の家の直り具合を確かめるために阿求がそこに残った後、一同がまず訪れたのは人里のカフェである。
 ここはよく銀時が甘いもの目当てで訪れていたこともあり、何よりここの店長とは親しい友人同士であった。
 彼の脳に眠る記憶を刺激するにはよい場所だろう。
 そんなわけで訪れたカフェであったが、そこで意外な人物と遭遇することになったのであった。

 「何、記憶が?」
 「えぇ、そうなんですよ慧音さん。それで、今日は幻想郷を回っていこうと思って」

 店内のテーブルでプリントを広げていた上白沢慧音の言葉に、新八がそう言葉にする。
 ここ最近、カフェには彼女の姿がよく見えるようになり、気分転換もかねてここでテストの採点をしているのだとか。
 そんな時にばったりと、記憶をなくした銀時と他メンバーに遭遇したというわけである。

 「そうか……どうりで目元が引き締まっているはずだ。いつもみたいに目が死んでいない」
 「あの……皆さん言ってましたが、普段の僕ってそんなに目が死んでましたか?」

 慧音のどこか納得したような呟きに、銀時が冷や汗を流しながら言葉にする。
 そりゃ、記憶のあった頃の自分がそんなあんまりよろしくないらしいことを告げられたら気にもなるというものだろう。
 しかし、基本的に人のいい慧音がその事をはっきりと言葉に出来るはずもなく、嘘も苦手な彼女はふいっと冷や汗流して視線をそらした。
 そんな彼女の代わりとでも言わんばかりに。

 「死んでますね」
 「えぇ、死んでますね」
 「目が死んでてこそ銀ちゃんアル」
 「海に浮いてる死んだ魚のような濁った目してるよね」
 「むしろ腐ってるよね。目」

 新八、文、神楽、鈴仙、そしてフランの順にどかどかと言葉の絨毯爆撃を喰らって店の隅でのの字を書き始める銀時。
 そんな彼を励まそうと、ルリがぽんぽんと肩を叩いてい慰めているが、言葉は紡がなかった。
 だって、彼女もおおむね同意見だったし。

 「……君らは、なんというか容赦ないな」
 「いつものことよね?」
 「むしろデフォです」

 気難しそうな顔をして言葉にした慧音に、鈴仙が新八に問いかけてそして彼が肯定する。
 そんなやり取りをしていると、店の奥からここでかくまってもらう代わりにバイトをしている桂とエリザベスが此方に歩み寄ってくる。

 「さて、注文を取りたいのだがいいだろうか? それにしても、まだ記憶が戻っていないのか、銀時」
 [大丈夫?]
 「えぇ、そうなんですよヅラさん。むしろ民間療法を試すたびに記憶がリセットされてしまいまして」
 「ヅラじゃない桂だ」

 注文を取りにきた桂だったが、いつもとの様子が違う銀時を見てため息をつきながら言葉にすると、エリザベスも心配なのかプラカードを掲げた。
 彼も銀時が記憶喪失であることを知る一人。昨日、幻想郷に戻る際によろず屋を通過しているので、結果的に彼も知ることとなったのである。
 そんな彼の言葉に返答したのは文であるが、呼び方が気に入らないのかむすっとしながらお決まりの台詞を桂は口にしていた。
 彼の意に反して、着実に幻想郷では彼の愛称は「ヅラ」で固定されつつあるのであった。南無。

 「まったく、いいか銀時。お前は俺の舎弟として日々をパシリとして使われていたのだ。思い出せ、あの日々を!!」
 「いや、嘘こくな。何を平然と嘘の記憶刷り込もうとしてんだアンタは」

 なにやら熱く語りだした桂であるが、残念ながらその言葉は嘘もいいところである。
 結局、その言葉にはルリがツッコミを入れることとなり、その目論見はあっさり破綻したが。
 そんな様子の彼女たちを見て、小さくため息をつく慧音先生。
 「仕方がない」と小さく呟き、彼女は銀時に手招きをした。

 「こっちに来てくれないか銀時。私も少し手助けをしてみよう」
 「本当ですか?」

 慧音の言葉に、銀時は気を取り直して彼女の元に歩み寄る。
 彼女は銀時の頬に手を添えて、ゆっくりと銀時の額に自分の額を重ね合わせた。
 彼女の顔が間近に迫って顔を真っ赤にして固まる銀時と、その光景に「おぉ!!?」と辺りからなにやら期待に満ちた声が上がる。
 文にいたっては既にカメラをスタンバイしている状態。さすが鴉天狗、抜け目がねぇのである。
 その事にまで意識をまわしていないのか、慧音は触れ合っていた額を振りかぶるように離した。
 もう一度言おう。振りかぶるように、である。
 その直後のことだ。ゴヅッ!! という、余りにも鈍く痛ましい音が響き渡ったのは。

 「って、何してんですか慧音さん!!?」
 「何って、民間療法を試してみたんだが……、大丈夫か銀時?」

 突然の事態に盛大なツッコミを入れる新八の言葉に、慧音はさも当然のように答えると、よっぽど痛かったのか床をゴロゴロと転がりまわる銀時に心配したような言葉を投げかけていた。
 民間療法と聞けば聞こえはいいものの、彼女が行ったのは結局のところ頭突きである。昨日の文たちによる物理的ショックを頭に叩き込むのとあんまりかわらない。
 そして、ゆっくりと銀時が起き上がる。彼は痛む頭を押さえながら、ゆっくりと顔をあげ。

 「あの、……ここはどこですか? 僕は誰?」
 『また記憶が飛んだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?』

 案の定と言うべきかやはりと言うべきか、予想通りに記憶をポローンとなくしてしまった銀時であった。



















 その後、永遠亭、白玉楼、紅魔館、地霊殿、そして夢幻館と順番にまわったものの、事あるたびに銀時の記憶が転げ落ちるので成果はないに等しかった。
 と言うより、どうして皆して物理的ショックで直そうとするのか小一時間ぐらい問い詰めたい気分にかられた鈴仙だったが、それを言っても直す連中ではないことを知っているので何もいわない。
 というより、幽香と幻月のツープラトン攻撃を頭部に受けて見事に生きてた銀時に素直に賞賛を送りたいところである。
 そんな訳で、頭に包帯を巻いた銀時をつれて最後に訪れたのは、彼がよく利用する屋台。
 時刻は夕方。この時間帯であれば恐らくは開店しているであろうミスティアの経営する屋台である。
 案の定、一本道の途中で遭遇する屋台。肉の焼ける香ばしい音を漂わせながら、店主である夜雀が鼻歌交じりで銀時を率いた彼女達を出迎えた。

 「おー、今日は大所帯だねぇ。銀さん、朱鷺子から話は聞いてるよー。記憶喪失なんだって?」
 「そーなのかー?」

 笑顔で迎えたミスティアの言葉に、先客だったらしいルーミアからそんな声が上がる。
 その様子に苦笑しながら、記憶の戻らぬ銀時の変わりに答えたのは鈴仙であった。

 「そうなのよ。あ、今日はお酒はいいから焼き八目鰻をお願いね。人数分」
 「あいよ。それにしても寂しいねぇ、あんなに仲良かったのに忘れちゃうなんてさぁ」
 「むー、じゃあ私の事も忘れちゃってるの、銀時?」
 「……すみません」

 鈴仙が注文しながら座ると、それが合図であったかのように他のメンバーも席に着く。
 屋台に備え付けられた長椅子には鈴仙、文、フラン、銀時が座り、外に用意されたテーブルと椅子には新八と神楽、そしてルリが座り、定春は神楽の傍で待機している。
 彼らが席に着いたのを確認しながら、からかうようにミスティアが言葉にすると、自分が忘れられていることに納得がいかないのかルーミアが不貞腐れたように言葉を紡ぐ。
 銀時は、その二人の様子にどこか罪悪感を覚えていた。
 無論、彼自身が記憶をなくして一番苦労している。しかし、それ以上に、仲のよかったらしい彼女たちの事を忘れている自分がひどく情けなく思えたのだ。
 その思いが、謝罪となって言葉に乗って紡がれる。そうしてそのまま、彼はぎゅっとミスティアの手を握り締め、彼女の目を見ながら言葉を続けた。

 「でも、もう少しだけ待っていてください。あなたのことも、皆のことも、きっと思い出して見せますから」
 「……ッ!?」

 誠実でまっすぐな言葉。以前の銀時からは絶対に紡がれないその言葉と、いつもとは違うキリリとした両眼。
 その瞳に見つめられて、思わずドキッと胸を高鳴らせたミスティアは、思わず両手を振り払って後ろに振り向いた。
 顔が熱い。茹蛸のように顔が真っ赤になっていることが自覚できて、ドキドキと高鳴っている心臓を落ち着かせようと深呼吸。

 「落ち着け、落ち着くのよミスティア。相手はあの銀さんよ? あんなの、ただ単にいつもと違って目が中心によってるだけじゃない。
 それに、こんなんで惚れるなんて下手なニコポやナデポじゃない。そんなの断じてプライドが許されないわ」
 「……何いってるんですかミスティアさん」

 ぶつぶつとうわ言の様にメタなことを口走るミスティアに、呆れたような新八のツッコミが一つ。
 そんな彼女の様子を眺めていた文、鈴仙の二人が「あー、わかるわかる」と微妙な納得をしつつウンウンと頷いていたりする。
 この二人、前日の夜にまったく同じことを言われ、普段とは違う銀時にちょっと心をときめかせちゃったのであった。二人にとっては実に不覚であっただろう。

 「銀時ー、あなたは私の非常食だったんだよ? だから、今度来た時は一思いに食べてあげるね」
 「そしてお前は何を吹き込んでんだ!!? 誰が信じるかそんな話!!」
 「マジですか!!? 僕食料!!?」
 「銀さぁぁぁぁぁぁぁん!!? それを信じないでくださいお願いですから!!」

 そしてどさくさに紛れてルーミアが自分に都合のいいような危険な記憶の捏造をしているところに新八が怒鳴り、まさかその言葉を信じてしまった銀時に新八から物凄い勢いでツッコミが飛ぶ。
 早くも事態は混沌を極めようとしている。その様子を遠めで見ていたルリはと言うと、気だるげに小さくため息をつきながら定春の頭を撫でる。
 そんなときであっただろうか。一人の妖怪がミスティアの屋台を訪れたのは。

 「あら、今日は賑やかですわね。お邪魔いたしますわ」
 「あれは銀さん。あれは銀さん。あれはマダオ……よしっ! っと、およ? ソラさんいらっしゃい」

 新たに現われたお客にぶつぶつと呟いていたミスティアが気付き、元気よく彼女を迎え入れる。
 青い翼に青の髪をツインテールにした小柄な少女。アオの姉、ソラであった。
 彼女はいつものニコニコ笑顔を浮かべながら、長椅子に席が開いてないことを知ると何もいわずに外に用意されたテーブルの席に着く。

 「あら、確かルリさんだったかしら。銀さんたちと一緒だなんて、今日はアオ達は一緒じゃないのかしら?」
 「えぇ。生憎、今日は私だけよ。銀さんの記憶がまだもどってなくてね、せめて今日一日ぐらいは記憶取り戻すの手伝わないと」

 「私のせいだからね」とそう言葉にして、ルリは肩をすくめてため息をつく。
 その様子に、嘘がないと悟ったのか、ソラは珍しく残念そうな表情を浮かべて銀時に視線を移す。
 なんだかんだで妹弄りが大好きな困ったお姉さんである。肝心の妹がいなくて少々残念だったのだろう。
 それで、矛先が記憶をなくした銀時に向いていれば笑い話にもならないのだけど。

 「それなら、私も手伝おうかしら」
 「あぁ、物理的ショックはもうおなか一杯ですからね、ソラさん」

 ソラの性格を知っているからか、彼女の言葉にジト目で視線を送りながら鈴仙が言葉にする。
 何しろ、今日だけで何度民間療法と言う名の物理ショックがあっただろうか。そのたびに記憶をなくし、そのたびにこれまでの経緯を説明するのにはもはやうんざりなのだ。
 その言葉に同意なのか、うんうんと同じ苦しみを味わったよろず屋メンバーが頷く。もう面倒なのはぶっちゃけ皆ゴメンなのである。
 何しろ、ソラの性格なら十中八九物理ショックをやらかしそうなのだから仕方がない。
 それがよほど心外だったのか、むっとした様子でソラは言葉を紡ぎ始めた。

 「そういうのでしたら……そうですね、今回は魔法を使ってみましょうか」
 「今回はって、やっぱり殴るつもりだったんですか……って、魔法?」
 「えぇ。まぁ、私の場合本職じゃないので、触媒の魔法の杖が必要ですけど」

 鈴仙の疑問に答えながら、ごそごそと自身のポケットをあさり出すソラ。
 彼女が魔法を使えるのは初耳だったためか、皆興味心身で彼女に視線を送る。
 やがて、「あ、ありましたわ」とにこやかに言葉にしたソラが、とんっと【ソレ】を取り出した。

 「いや、ちょっと待ってください」
 「はい?」

 【ソレ】を見た瞬間、慌てて待ったをかけたのはルリだった。
 彼女がどうして待ったをかけたのかイマイチわからなかったのか、可愛らしい声を上げながらこてんっと首をかしげるソラ。
 しかしながら、ここにいるメンバーは皆、ルリと同じ気持ちだっただろう。【ソレ】が取り出された途端、皆して呆然として【ソレ】に視線を送っている。
 だって、【ソレ】は杖には見えなかった。ついでに言うともはや既に棒状ですらない。
 グラサンを掛け、筋肉ムキムキの肉体に黒の革ジャンと黒のレザーパンツがぴっちりと着込まれているソレは、どこからどう見ても未来からやってきた某抹殺マッスィーンである。

 「どうしたのですか? 銀さんの記憶のとりもどすのでは?」
 「いや、この際ソレは置いておいて、今は別のことについてソラさんと色々話し合いたいと思う」

 不思議そうに言葉にするソラにルリは至って平静な言葉を紡ぎだす。内心、色々ツッコミたかったのだがツッコミ所が多すぎて逆に冷静になってしまったらしい。
 そんな彼女の物言いに、やっぱりわからないのかソラは「はて?」と頬に手を当てて首をかしげた。

 「何のことですか?」
 「今アンタが出したっていうか、召喚したっていうか、そのやたらとどこまでも追っかけてきそうな魔法の杖に関してだ!! つーかどこから出したんだソレ!!?」

 ズビシッと勢いよく魔法の杖(仮)に指をさしながらルリがツッコミを入れる。
 ちなみに、出されてから微動だにしない直立不動の魔法の杖(仮)。それで納得がいったのか、「あぁ」とやたら嬉しそうな笑みを浮かべてぽんぽんと魔法の杖(仮)に手を当てる。

 「カッコいいでしょう? 私のお気に入りなんですよ、この魔法の杖」
 「いや、私にはもう魔法の杖っていうかもう未来の抹殺マシーンにしか見えないんだけど……って、ほら!!? なんか流れてるんだけど!!?
 某未来の抹殺ロボットのテーマが流れ始めてんですけど!!?」

 やり取りの途中で流れてくる某テーマ曲。ででんでんででん、ででんでんででんと特徴的なリズムがどこからともなく流れてくる中で、ルリはこれまた盛大にツッコミを入れる。
 そんな彼女のツッコミにもめげず、相変わらずソラはニコニコ笑顔である。

 「まったく、変な言いがかりは止めてくださいな。魔法の杖であることを証明して見せましょう」
 「……本当に?」

 ジト目で睨みつけながら言葉にするルリに臆した風もなく、ソラは「えぇ」と言葉にして魔法の杖(仮)と共にBGMを伴いながら銀時に歩み寄る。

 「それでは行きますよ。リリカルマジカルよよいのよい!」

 はたして、それは魔法の呪文としてはどうなのよ? と言うような呪文と共に、グシャリと、何かが拉げるような歪な音が響き渡った。
 ズッテンバッタンと吹き飛ばされる坂田銀時。振りぬかれたのは渾身の右ストレート。
 その凶拳を打ち込んだのは他でもない―――魔法の杖(仮)であった。

 「ってなんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! つーかソレ結局物理的ショックじゃねぇかっ!!?」
 「まぁ、新八君もそんなこというの!!? ちゃんと魔法じゃない。これを取り出したところとか」
 「そこが魔法なんかいぃぃぃぃぃぃぃ!!? その後のなんかただの右ストレートじゃねぇかぁぁぁぁぁ!!」

 あんまりな事態に盛大にツッコミを入れる志村新八。
 ソラに対するあらゆるツッコミは新八とルリに丸投げし、文たちは慌てて銀時に走りよる。

 「ちょっと、銀さん!! 大丈夫ですか!!?」
 「銀時、しっかり!!」
 「銀さん!! ちょっと、銀さん生きてる!!?」
 「銀ちゃん、大丈夫アルか!!?」

 文、フラン、鈴仙、そして神楽の順に声を掛ける。
 何しろ、音が尋常な音ではなかったのでさすがに心配になろうと言うものだ。
 それ以上に、また記憶が飛んでいたりしたらまためんどくさい説明をしなきゃいけないこと請け合いである。
 それだけは勘弁願いたい。いや、もう本当に。
 やがてパッチリと目を覚ます銀時。でも、その目はなんだか可愛らしくクリッとしたものに変わっていたりする。

 「君タチハ、誰ダ?」

 そして案の定、記憶どころか言語能力がかなりおかしくなっていた事をここに記しておこうと思う。




















 結局、何の収穫もないまま幻想郷から帰宅する一同。
 ルリも結局何の役にも立てなかったことに情けなさを覚えて、最後に彼女達とわかれたときはどこか憂鬱気であった。
 実に律儀なものである。そんな様子に感心しながらも、結局、銀時たちはよろず屋に戻っていく。
 そしてよろず屋にもどってきた彼女たちが見たのは、先に帰宅していたらしい阿求と、その彼女と談笑していた天子だった。

 「あ、帰ってきた帰ってきた。それで、銀さんの様子はどう?」
 「全っ然駄目。ていうか、戻るどころか訪れるたびにリセットされてさぁ」

 天子の言葉に、疲れたように鈴仙が言葉を紡ぐ。
 実際、収穫どころかむしろマイナスであったのではなかろうかとは、ここにいる全員の意見である。
 そんな彼女達の様子を見て、「ふぅん」と息をこぼしながら、天子は銀時に視線を送った。

 「すみません、みなさん。僕、これからも精一杯、記憶が戻るように努力しますから」
 「う、……こう真面目な銀さんって新鮮ですよね。もう、いっそこのままとかにしますか?」
 「何いってるのよ文。それじゃ臭いものに蓋の原理じゃない。あ、臭いものって言っちゃった」

 文の手を握りながら言葉にする銀時に顔を赤くしながらたじろぐ文。
 そんな彼女の言葉にツッコミを入れるフランだったが、その台詞は中々にひどいものである。
 阿求は彼女達の様子を眺めながら、クスクスと笑って阿求は思う。
 なんだかんだで最初は大騒ぎをしたものの、やっぱり自分達は銀時の傍にいられることに安堵していた。
 時間はかかるかもしれない。だけど、ゆっくりと時間をかけて記憶を取り戻せばいい。
 彼女達の様子を見ていると不思議とそう思えるのだ。

 「なんだかんだでいつもと変わりないですよね。天子さ……」

 言葉に仕掛けて、ピタッと阿求の言葉が止まった。
 もののついでに、顔にはわかり易いほどにお怒りが顔に書いてある天子の姿。
 阿求がその怒りを確認した途端、ボッ!! と勢いよく吹き上がる緋色の気質。髪が逆立ち、緋色のオーラに包まれたその様はまさしく某サ○ヤ人の色違いである。

 「ちょっ!? 天子さん!!? 落ち着いて!!」
 「そうですよ!! 素人目にわかるほどの気の高まりはヤバイですって!!」

 それに気がついた新八と阿求が慌てて止めに入るが、時既に遅し。
 天子だってわかっている。あれが記憶喪失のせいだって。この怒りが無意味にも八つ当たりに近いことも理解している。
 だって、仕方がないじゃないか。自分の信頼する人が目の前で女の人を口説いたようにしか見えない光景に、怒りを感じるなと言う方が無理というもの。
 こういうのを嫉妬と言うのかな? と、天子の中の冷静な部分が告げる。決して羨ましいなんて思ってないったら思ってない。
 でも、ソレよりも何よりも、彼女が感じているもっともな怒りは―――

 「記憶がないのは仕方がない。他人に妙に優しいのも我慢する。でも、でも―――マダオじゃない銀さんなんて、一体どこを尊敬しろって言うのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」
 『一体どこを尊敬してたんだアンタァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!?』

 ものすんごい心底どうでもいいところに関してだった。
 その天子の魂の言葉に、その場にいた全員のツッコミがものの見事に突き刺さる。
 ソレも仕方がないことだろう。色々なところを差し引いてもツッコミどころが満載過ぎるのであった。




 その日、夜空に緋色の巨大なレーザーが空を切り裂き、覆っていた雲を丸ごと吹き飛ばすという珍事件が発生する。
 その緋色のレーザーの中に、数人の人影が確認されたとか何とか。
 ちなみに、翌日には記憶が戻ったボロボロの銀時と他メンバーと、その彼等に必死に謝る天子の姿が確認されたそうな。
 よろず屋の天井にはこれでもかと言うほどの巨大な大穴が開いていたが、天子が呼んだ天人たちが快く修理を請け負ってくれたのであった。


 ■あとがき■
 ようやく書き上げました第五十話。皆さんいかがだったでしょうか?
 色々と描きたい部分があったのですが、最終的にはこんな感じに。たまにはルーミアの出番があってもいいよね?
 それでは、今回はこの辺で。今回はドSコーナーはお休みです。
 それでは、皆さん、また次回。


 ででんでんででん、ででんでんででん。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第五十一話「マヨラー侍が出会ったIFの可能性」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:4e6b5716
Date: 2009/07/02 21:39









 「おーい、こっちに焼酎頼むぜ、妖怪のお嬢ちゃん!」
 「はいはーい! ちょいと待っててね、お客さん!」

 今日も今日とて幻想郷のカフェは繁盛している。
 もともと味は皆が知っている通り絶品であり、人間も妖怪も分け隔てなく接する店長の人柄か、彼のことを好んで訪れる人間、妖怪も珍しくない。
 そんな訳で、こういった風に人間と妖怪が親しげに話す光景もよくあること。人間のお客さんに元気よく返事した朱鷺子は、注文を受けてとたとたと慌しく走り回る。
 今日、彼女がここにいるのは小遣い稼ぎに店長の店で短期のバイトをしているためだ。
 彼女が趣味としている読書にはどうしても本が必要だし、新しいものを買おうとしたなら当然のごとくお金が必要になる。
 そんな訳で、いつもならアオ達や銀時たちの仕事を手伝うのだが、最近は仕事がそう多くないらしいので店長のご好意に甘えているというわけである。

 「てんちょー! 焼酎一丁!!」
 「あいよ!! まぁかせとけいっ!!」

 キッチンに大声を張り上げれば、中から気前のいい男性の声。
 その声を聞くと、繁盛している店内に舞い戻り、すかさず注文を取ろうと視線を彷徨わせて―――。

 「……あ」

 考えうる限り憂鬱にしかなりそうに無い光景が目の前に広がっているのだった。
 彼女の視線の先、そこのテーブルにいたのは白玉楼の庭師、魂魄妖夢と、真選組の4人。そして―――注文を取りにいった桂がそこにいたのである。









 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第五十一話「マヨラー侍がであったIFの可能性」■












 真選組唯一の女性隊士と言っての過言ではない魂魄妖夢に連れられて、近藤、土方、沖田、そして山崎が訪れたのは幻想郷のカフェ。
 なんでも人里で人気の店であるらしく、日頃のお礼という事で普段からよくお世話になっている四人に妖夢からお誘いがかかったのである。
 まさか妖夢に名前を覚えてもらっていたとは露知らず、彼―――山崎退は「いよっしゃぁぁぁぁ!!」と思わず叫んだほどだ。
 そんなわけで、カフェに入店した五人はウェイトレスに案内されて席に座る。

 「しっかし、桂の野郎をここ最近見ねぇな。どこに雲隠れしてやがんだか……」
 「確かに、奴さん以前にも増して尻尾を掴ませねぇ。面倒なことになりやしたぜ、土方さん」

 席に座った途端、いきなり真面目な顔で愚痴をこぼした土方に、同意するように沖田が言葉を重ねる。
 そんな彼らの様子を見て、苦笑しながら近藤はメニューを手にとって言葉を紡ぎ始めた。

 「オイオイ、二人とも今日は仕事の話はここまでにしよう。せっかく妖夢ちゃんから誘ってもらったんだ。今日は仕事の疲れなど忘れてしまおうじゃないか」
 「そうですよ。今日は私のおごりでかまいませんから」
 「馬鹿いうな。飯代ぐれぇ自分で払う」

 近藤の言葉に同意するように、妖夢はどこか楽しそうに言葉にする。
 すると、土方はどこか面白くなさそうな表情を浮かべると、小さくため息をついてメニューに手を伸ばしながら返答。
 そんな彼らの様子を眺めながら、そういえばと、山崎は思う。
 彼らのいうとおり、江戸では最近ほとんど桂を見かけなくなった。
 近藤の言うとおり、こんな時ぐらい仕事のことを忘れてもいいのだろうが、密偵としての性かどうにも気にかかる。

 「それでは、メニューの方はお決まりでしょうか?」

 その声で、思考に埋没していた意識が浮上する。
 いけないいけないと頭を振りながら、その最中にも近藤たちが注文を頼んでいる声が耳に届く。
 早速注文しようと顔を上げて、……そのウェイターの顔が目に入った。

 「か、かかかか桂ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」
 「桂じゃない。ウェイターカツーラだ」

 思わず目に入った件の人物の顔に、たまらず山崎が素っ頓狂な声をあげ、その台詞に真っ先に反応したのはウェイターカツーラ……などではなく、桂小太郎その人である。
 そんなやり取りに周りからの視線が集まっていることなど露知らず、山崎は青い顔をしながら口をパクパクと開閉を繰り返していた。
 そんな彼に、怪訝そうに視線を向けたのは近藤、土方、沖田の三人である。

 「何言ってんだ山崎。どこに桂が居るってんだ? とうとう目ぇ腐ったか?」
 「えぇ!!? いや、だって副長コレ桂でしょ!!?」
 「その通りだぞ山崎。こんなところに奴が居るはずないじゃないか。ほら、髭が生えてるし」
 「どこからどう見ても付け髭じゃないか! 局長ぉぉぉぉぉ!! お願いですからもう少し頭の脳細胞増やしてください!!」
 「うるせぇなぁ。ウェイターカツーラって名前の人なんだから、どう考えたって別人じゃねぇか」
 「沖田隊長ぉぉ!!? そんな愉快な名前の人間がどこの世界捜せば居るって言うんですかぁぁぁぁ!!?」

 孤立無援とはまさにこのことである。バッチリ正体を看破した山崎だったのだが、周りが揃いも揃って信じてないこの状況ではソレも無意味。
 そんな彼を放っておいて、続々と注文を取るメンバー。そんな彼らを視界に納め、山崎は失意のためかがっくりと肩を落として座り込んだ。
 もうめちゃくちゃである。なんで気付かないのか小一時間ほど問い詰めたい。逆切れして真っ二つにされそうなんで言わないが。

 「芋侍ど……、お客さーんご注文は?」
 「今本音がポロッとこぼれてたよな? お前絶対桂だよな!!?」
 「桂じゃない。ウルグアイカツーぐぼぁっ!!?」

 なにやら軽く本音が飛び出しかかった桂に山崎が相変わらず食って掛かる。
 そんな彼の言葉をまた適当にやり過ごそうとして―――台詞の途中で鳩尾に肘を喰らって奇妙な悲鳴を上げることとなってしまった。
 彼の鳩尾に肘を叩き込んだのは白髪に青のメッシュ、朱鷺色の翼が特徴的な少女であった。

 「馬鹿やってないで、他のとこ回っててよヅラ。ここは私がするから」
 「ヅラじゃない桂だ……あ、違った。メソポタミアカツーラだ」
 「なんでドンドン名前変わってんのよ。イイから、ほら、あっちに行った行った」

 しっしっと追っ払うような仕草で桂を下がらせる少女。蹲っていた桂はやや不機嫌そうな顔をしていたが、しぶしぶといった様子で引き下がって他の場所に注文を取りに行った。
 そんな彼の後姿を視界に納めながら、小さくため息をつくと少女はあらためて彼らに視線を向けた。

 「はいはい、お客さん、見苦しいところを見せちゃってゴメンね? さ、ご注文は」
 「そんなに他人行儀じゃなくてもいいと思うけど、朱鷺子。私たち、知らない仲じゃないんだから」
 「ま、そうなんだけどね。一応、これでも店員なもんで」

 ケタケタと笑いながら、朱鷺子は妖夢の言葉に答えると、早速改めて注文を取り始める。
 妖夢、近藤、沖田、山崎と注文を取り終えて、視線をメニューを覗き込んでいる土方に向けると、あらためて言葉を紡ぎだす。

 「それで、ご注文は?」
 「チャーシューメンマヨネーズ大盛りで」
 「いや、無いからそんな料理」
 「そうか……。じゃあチキンドリアマヨネーズ大盛り」
 「いや、無いって」
 「カツ丼マヨネーズ超特盛り」
 「無いって言ってんでしょ! なんでマヨばっか!!? つーかここに来てなんでグレードアップさせたのさ!!?」

 いい加減先のやり取りに飽き飽きしたのか、朱鷺子が青筋浮かべながらツッコミを一つ。
 朱鷺子のいうとおり、おおよそ食に対する冒涜としか思えない組み合わせばかり注文する土方。
 しかし、残念ながらこの男、極度のマヨラーなのである。

 「うるせーよ。マヨネーズはなんにでも合うんだよ。八汰のタバコ、八尺瓊の刀、草薙のマヨネーズが俺の三種の神器だコラ」
 「日本神話に全力で謝れよこんちくしょう!!」
 「不満か? なら裏マヨネーズ式・大蛇薙みてぇな技でも作るか? マヨ使った技とかで」
 「草薙さんとこの息子さんに焼き尽くされてしまえっ!! 主に無式あたりで!!」

 駄目なら暴走した八神さんに捕食されるがいい!! などと一通りツッコミを入れ終わると、心底疲れたように朱鷺子はため息をついた。
 もういい、もう無視しよう。そう心に固く誓って、朱鷺子はあらためて土方の注文を取ると店長の居るであろう厨房に向かって声を張り上げた。

 「店長ぉぉぉぉ! 杏仁豆腐を一つ、掛け蕎麦を一つ、チャーハン一つ、ハンバーグ一つ、カツ丼マヨネーズ超特盛りという名の犬の飯をお願いしまぁぁぁぁす!!」
 「ってちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 せめてもの嫌がらせなのか、朱鷺子の中々に過激な注文の仕方にたまらず土方がツッコミを入れる。
 すると、彼女は鬱陶しそうな視線を土方に向けると、気だるげに言葉を紡ぎ始めた。

 「何?」
 「何じゃねぇよ! なんだ今の注文の仕方!!?」
 「いいじゃない、事実よ」
 「まったくでさぁ、土方さん。そこの嬢ちゃんのほうが正しいですぜ」

 思わぬところから援護射撃。無論、朱鷺子にとっては。
 そして思わぬところから不意打ち。主に土方にとっては。
 そんな言葉を紡いだのは他でもない沖田総悟その人であり、彼はニヤニヤしながら土方に視線を向けていた。

 「そろそろ自覚した方がいいですぜ土方さん。そんなんだから妖刀に呪われてオタクになっちまうんですぜ?」
 「……上等だテメェ、表に出ろコラ」

 バチバチとメンチきりながら言葉にする土方。その様子はどこからどう見てもヤンキーかあるいはヤクザさんである。
 主にここだけではあるが、気まずい空気が流れ始める。
 殺意すら感じる土方の視線を、軽く涼しげに受け流す沖田。屯所では割と見慣れた光景なので近藤も妖夢も止めに入らない。
 しかし、ここのカフェの住人達はそれを見るのははじめてである。当然、周りは騒然―――となることも無く、皆思い思いに時間を楽しんでいた。
 ここは幻想郷。人間と妖怪が共存する美しくも残酷な楽園である。このぐらいの騒ぎで取り乱したり騒いだりするほど人里の住人は軟ではねぇのである。
 さて、そんな二人が睨み合いがしばらく続いた後、今にも斬り合いが始まりそうになったところで―――ふと、誰かが二人の間に割って入ってきた。

 「はーい、ストップね♪」

 その声はどこか楽しげで、鈴のような声色はまるで童女のように感じられる。
 そんな透き通るような声で言葉を紡いだのは、純白の翼を生やした金髪の少女であった。
 彼女の声にあっけに取られていた二人だったが、その姿に見覚えがあったのか難しい顔をしながら言葉を紡ぎだす。

 「お前、確か祭りの時によろず屋と一緒に居た……」
 「あら、覚えてたのねぇ、お久しぶりといったところかしら」
 「そういや、そうだったっけね」

 自分のことを覚えられていたことが意外だったのか、少し目を丸くしながら幻月が言葉にし、その様子に朱鷺子が彼女に言葉を投げかけた。
 その幻月の姿はと言うと、この店の正式なロングスカートタイプの制服を見事に着こなしており、あくまで外観だけは清楚な雰囲気の彼女にはよく似合っている。
 黒と白で構成され、センスのいいデザインの制服に身を包んだ彼女は、優雅に一礼して言葉を紡ぐ。
 実際、妹から「たまには働け」という苦言を受けてここにいるのだが、それはこの際ここはおいておこうかと思う。

 「さてさて、お客様。本日のご来店ありがとうございます。ですが、喧嘩なさるようでしたら問答無用で殲滅いたしますので、そのつもりで」
 「殲滅って言うか……虐殺の間違いじゃなくて?」

 にこやかな彼女の言葉に、冷や汗流しながらジト目でツッコミを入れたのは朱鷺子である。
 すると、幻月はぱちくりと眼を瞬かせ、やがてぽんっとどこか納得したように手を打った。

 「なるほど。それもありなのね」
 「ゴメンナサイ冗談です勘弁してください」

 そして真に受けた幻月の台詞に謝る朱鷺子。
 何しろ彼女ならやりかねないというかなんというか。目をキラキラと輝かせながらそんなことを平然と受け入れられる幻月も大概鬼畜だが。

 「ま、そういうわけで。ここでの喧嘩は駄目よ。やるなら他所でやりなさい。私が相手をしてあげてもいいけど」
 「へぇ、そうですかい。なんなら、俺とヤりあってみますかぃ?」
 「ふふ、それもいいわね。けど―――」

 すぅっと、幻月が目を細めて沖田を視界に納めると、クスっと妖艶な笑みを浮かべて言葉を続ける。

 「どうせなら、足腰が立たなくなるまでヤりあうのがいいわ。気持ちよくて、何も考えられなくなるくらいに……ね?」
 「あぁ、そりゃあいい。俺達は気が合いそうじゃねぇですかぃ」

 甘く、誘惑するかのような幻月の言葉。その真意を理解しながら、沖田もニィッと黒い笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
 その真意は、無論言葉どおりの意味ではない。単純に殺し合いを楽しもう、などと言う意思が紛れ込んでいる。
 それに同意する辺り、彼のサディスティックな一面がよく現われているような気もするが。

 「……山崎、なんでだろう。俺、今の言葉にものすごくドキドキするんだが」
 「局長もですか。俺もです」
 「近藤さん、山崎さん。ドキドキするのは結構ですが、あの人の誘いに乗っちゃ駄目ですよ。比喩でなくミンチにされますから」

 なにやら少し恥ずかしそうにもじもじする二人を見て、呆れたように忠告した妖夢は、ため息を一つついて用意された水を口に含んだ。
 なまじ、近藤辺りは本当に誘いに乗りそうだから困る。いや、仮に誘いに乗ってえらい目にあったとしてもなんやかんやで無事なんじゃないかとは不思議と思ってしまうのだが。
 何しろ、毎日のごとくお妙さんの殺人級の一撃を喰らい続けているのである。そう思うのも無理も無いことであろう。
 あと、もうそろそろストーカーの罪でとっ捕まってもいいんじゃないかとも思うが、ソレはこの際胸の内にしまいこんでおく。
 その頃であっただろう。桂がエリザベスと共に料理を運んできたのは。

 「芋侍……じゃなくて、お客様ー。杏仁豆腐を一つ、掛け蕎麦を一つ、チャーハン一つ、ハンバーグ一つ、カツ丼マヨネーズ超特盛りという名の犬の飯をお持ちしましたー」

 ただし、変装の付け髭を忘れていたが。

 「テメェ、桂ぁっ!!?」
 「む、何故わかった!?」
 「……おーい、ヅラ。髭忘れてる」

 大声を上げて刀に手をかけた土方の言葉に、驚いたように桂が言葉にする。
 そんな彼に、もうなんか諦めたかのように朱鷺子がツッコミをいれ、それで自分が変装を忘れていることに気がついたのか「あ」とか間の抜けた声を上げる桂。
 沖田と土方が刀を引き抜き、桂も懐から「んまい棒」を取り出して叩きつけようとした瞬間―――

 「ぶるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 『ぐぼぁっ!!?』

 いきなり乱入した店長によって床に強制的に叩きつけられていたりするのであった。
 ゆらりと、まるで幽鬼のごとく叩きつけた三人を見下ろす店長。その目には何やら赤い光が宿っていたような気がしないでもない。

 「ぅおぉ客さまぁぁぁ! 店内での暴力行為はぁ、ご遠慮願いまぁす! そしてウェイタァァァァ! オメェはもうイイから裏方に行ってこいぃぃぃぃぃぃ!!」

 怖い。何が怖いってその皆まで言わせるもんならブッチKILLと語ってるその気配とか目とか雰囲気とかが。
 そんな店長の横で、わきわきと手を動かしながら「うー、残念」と拗ねている幻月の姿があったりするのだが、それをあえて見ないようにして妖夢は用意された杏仁豆腐を堪能するのであった。

























 彼は、幕府の重鎮であった。高い地位に着き、天人達にも一目置かれる彼は、まさに時代の寵児であっただろう。
 だが、彼は底意地が悪い。他人は容赦なく蹴落とし、時には媚を売り、自分以外は取るに足らぬ生き物だという、そんな見下しが常に彼の心には存在した。
 だから、彼にはわからなかったのだ。
 自分が今、どうしてこんな目にあっているのかという事を。

 「あーあ、つまらねぇ。まさか、初仕事がこんな小者狩りとはね」

 吐き捨てるような言葉を紡ぎ、その声の主は風を切るように血払いをする。
 声の主は、年端も行かぬ少女だった。身長は150に届かなぬ小柄で、鮮やかなグレーの長髪を首の後ろでひとまとめにしている。
 漆黒のコートを身に纏い、彼女は詰まらなさそうに瑠璃色の瞳を男に向けた。
 その視線に直視されて、男はなおの事目の前の非現実的な光景を目の当たりにせざる終えなくなった。
 室内は、まるで嵐に直撃されたかのようにボロボロだった。畳張りの床は彼方此方が陥没し、柱は薙ぎ倒され、天井の一部が崩落してしまっている。
 そして―――床に倒れているのは、数十人にも及ぶ骸。
 あるものは上半身が丸ごと削ぎ落とされ、あるものは死体すら残らず、血潮をぶちまけてこの世に別れを告げた。
 それをなしたのは、目の前の少女。到底信じがたいことではあったが、自分の目の当たりにした光景を信じないわけにはいかない。
 そして何より異質なのは、その少女よりも長大な細身の大剣であった。
 漆黒の刀身はおよそ170に届くだろうか。明らかに大人でさえ両手でも満足に扱えそうに無いそれを、その少女が片手で振り回しているという光景。

 「さて、さっさと終わらせるかね。悪いね、おっさん。アンタには特に恨みなんて無いんだけど……ま、コレも運命と思って諦めてくれや」

 その言葉を向けられて、男は上げそうになった悲鳴を辛うじて喉の奥に飲み干した。
 一歩、また一歩足を踏み出す少女のその姿。緩慢な動きで、逃げ出すならいまだというのに、腰が抜けてしまったのか下半身がいう事を聞かない。

 「まっ―――」

 上げようとした声は、ついぞ紡がれることは無かった。
 男にとっては、ある意味幸運だったのか。彼は、自身が痛みを感じる前に絶命したのだから。
 男は、自身が死んだという自覚もないまま命を落とす。
 なぜなら、少女は数十メートルもあった距離を刹那にてゼロにし、一撃の元に男を真っ二つに切り裂いたがゆえに。

 小さなため息が一つ、血染めの世界でこぼれた。少女は心底詰まらなさそうに、今先ほどまで生きていたモノを見下ろしている。
 彼女の仕事はこれで終わり。終わりなのだが―――もう少し手ごたえのある奴は居ないのかと嘆息する。
 その時だったか。部屋の外からどたどたと喧しい音が鳴り響く。
 あぁ、そういえば盛大に暴れたっけなァと、自身が暴れた結果の光景に視線をめぐらせた。
 コレだけ暴れたのだ。誰かが気がついて警察にでも通報したのだろうと自己完結。
 そして蹴破られる襖。その奥からなだれ込んできたのは、案の定、話に聞く真選組であった。

 「御用改めである! 神妙にお縄につけ賊が!!」

 部屋に踏み込んだ土方が大声をあげ、それを合図に真選組の隊士たちがなだれ込んで行く。
 そして、目の前の光景に息を呑む。人の形をした亡骸は一つも無く、どれもコレもが剣で付けられたとは到底思えないものだった。
 そして、なにより驚いたのが―――その少女の姿形。
 髪の色や髪型と瞳の色、血色のいい肌の色と、何もかもがあの少女とは違う。
 なのに、その少女の顔立ちは―――

 「ルリ……だと?」

 アルビノの悪魔、ルリとまったく同じ顔だったのだから。
 その名に、目の前の少女がピクッと反応する。気だるげな視線を眼前に向けて、少女は土方に言葉を投げかける。

 「ルリ……? 誰だ、それ」

 怪訝そうな表情をのぞかせたまま、少女は辺りを見回してため息をつく。
 本当ならもうちょっと遊んでもいいのだが、目的は達した。入団試験は見事パスしたのだから、これ以上長居するのも余りよくは無いだろう。
 仕方ない、と少女は踵を返してすっかりと壁の役目を果たさなくなった大穴に足をかける。

 「おい、待てテメェ!!」
 「待てといわれて待つ馬鹿がどこに居るよ、真選組副長殿? 本当ならアンタとやりあってみたかったが、悪いね。もう時間なんだ」

 土方の言葉にも、少女は鬱陶しそうに言葉を返すだけ。
 ここは7階。外には夜空が広いがっており、彼女は今にもそこから飛び出そうとしているのである。
 不可解な行動の答えを示すかのように、少女の背中から漆黒の蝙蝠の翼が生えて、とんっと優雅に空を舞った。

 「攘夷志士、鬼兵隊のラピス・ラズリ。アンタとはまた会いそうだからね、今のうちに名乗っとくさ。じゃあな、土方副長殿」

 クスっと笑みをこぼし、そう言葉を残して、少女は空を舞う。
 空を飛んで逃げるなど予想外にも程がある。妖夢が追いかけていったが、あの速度だ。恐らく追いつけまい。
 土方は小さくため息をつくと、面倒な謎は一旦隅において隊士たちに現場の調査する指示を出す。
 生存者は絶望的。一体どれほど暴れたらこのような惨状になるのか。
 面倒なことになってきた。その思いは言葉に出さぬまま、土方は小さくため息をつき、懐から取り出したタバコに火をつけるのだった。



















 「随分、派手にやったみたいじゃねぇか」

 河川に浮かぶ小さな館船。その一室でキセルを吹かせながら、クツクツと笑いながら高杉は言葉にする。
 その視線の真正面に居る少女、ラピスは不敵な笑みを浮かべて彼を流し見る。

 「気に食わなかったかい?」
 「いいや、上出来だ。何より、アンタのその派手な殺し方は結構気に入ってんだぜ、俺は」
 「そりゃどーも。ま、おかげで私は大暴れできるんだ。感謝はするよ」

 少女は心底楽しそうに、用意された酒を何の戸惑いもなく口にする。
 彼女にとってはこの程度の酒など水に等しいのだろう。特に酔った様子も無く、ゆらゆらとゆれる船内から外の光景を一瞥している。
 彼女の戦い方は、おおよそ技術、などと言うものが欠落していた。だというのに、高杉は彼女のことを一目おいている。
 理由は、彼女の戦い方。その光景にある。
 身の丈以上の大剣を片手で軽々と操り、一度ふれば暴風の如き勢いで辺りを薙ぎ払い、その暴剣にかすりでもすればその瞬間にその部分が衝撃ではじけ飛ぶ。
 剣が大地に打ち付けられれば噴火のごとく大地が爆砕し、振るわれる剣は視認さえ許さない。
 要するに、彼女の剣には技術が必要ないのだ。圧倒的な速度と暴力的なまでの力を持って、敵をことごとく蹂躙し押しつぶす。
 それが彼女の戦闘スタイル。そんな戦い方を可能にしたのは―――彼女が悪魔として生を受けたがゆえの高い身体能力にある。

 「さて、私は精々、ニゾウとやらの代わりを勤めさせてもらいますかね」
 「あぁ、期待させてもらうぜ、ラピス」

 気だるげな言葉を残しながら、彼女はゆっくりと立ち上がって船の看板へと足を向ける。
 その彼女の背中にそう言葉を投げかけると、彼女は手をひらひらとふって退出した。
 その直後、彼女の声と武市の声が聞こえてきた。大方、武市が彼女にちょっかいをかけているんだろうと辺りをつけて、高杉はクツクツと笑う。

 鬼兵隊に新しく参入した少女、ラピス・ラズリ。その姿はルリと酷似しており、顔立ちは少なくともまったく同じであった。

 さて、ここで一つの事実を告げよう。
 幻想郷の外の世界にとって、銀時たちの世界は並列世界の過去に当たる。
 ここに、彼女の姿がルリとそっくりであることの答えがある。
 つまり彼女は―――ルリとは違う可能性。
 アルビノではなく、悪魔として相応しい力を持って生まれていたら、こうなっていただろうルリのもう一つの可能性。
 その性格は冷酷で、戦うことに喜悦を感じる戦闘狂。
 ルリとラピス。お互いにとってはIFでしかない彼女達が出会うのは、もう少し先のこと―――。


 ■あとがき■
 みなさん、遅くなってすみません。ようやく最新話を投稿できました。最近仕事がきつくて…^^;
 さて、今回敵役として登場したオリキャラ。要するにルリのありえたかもしれない可能性なのですが、合体して最強化なんて事はないのでご安心を(ぉ。
 このキャラ、よろず屋チームの戦力がアレなので、それと対抗するために友人と一緒にコンセプトを決めて作ったキャラなのですが、いざ出来上がってみればえらいことに。
 外見、色違いのルリ。戦闘方法バーサーカー(ヘラクレス)、性格がブ○ーチの白一護というコンセプトの元作られたわけですが、見ての通り厨設定満載のトンでもキャラに。
 こんなキャラでも受け入れてもらえればなーとは思ってます。イラストはそのうちpixivで上げたいと思います。
 それでは、今回はこの辺で。中々ドSコーナーを書く気力のない自分で申し訳ないです。
 では。皆さんも体調にはお気をつけて。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第五十二話「星屑と太陽の約束事」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:4e6b5716
Date: 2009/07/08 00:27












 空には宝石が散らばったような星空が広がっている。
 外の世界ではこの光景も既に幻想になってしまったのか、この幻想郷の夜空はキラキラと輝いている。
 その光景を、二人の少女が見上げていた。
 一人は長い金髪靡かせ、を白と黒で構成された衣服に、いかにもなとんがり帽子の魔法使いスタイルの少女。
 もう一人は、黒い髪に緑のリボン、白と緑の色合いで構成された服装に、その背には大きな漆黒の翼が生えている。

 「うわぁ……綺麗だねぇ、魔理沙」
 「おう、そうだろそうだろ」

 子供のように瞳を輝かせる黒髪の少女―――霊烏路空、通称お空に、魔理沙はケタケタと楽しそうに笑いながら言葉にする。
 彼女達は魔理沙の箒に跨り、悠々と空の散歩を楽しんでいる。いつものスピード重視の移動ではなく、後ろにいるお空に気を使ったのかゆったりとした飛行であった。
 遊覧飛行、とでも言うべきか。事実、彼女達はこの空を満喫するために、こうやって空に上がってきたのだから。
 特に、お空にとってはこの星空はとても綺麗なものに思えたのだ。
 長年、地底深くで暮らしていたお空は星空を見るという機会に恵まれなかった。
 たまに外に出てきても夕方には帰ってしまうし、夜に地底から出るときがあってもそういう時は大抵宴会の時だ。
 幻想郷の面々が集まる大宴会である。ゆっくり夜空を見物する暇などあるはずも無い。
 だから、こうやって落ち着いて夜空を見上げるのは今回が初めてな気がする。
 内心、感嘆と覚めやらぬ興奮にウキウキしながら、お空は楽しそうに夜空を見上げ続けている。
 そんな彼女を、魔理沙は微笑ましそうに見つめていた。
 最初に出会ったときは敵同士だったが、そこは幻想郷。なんやかんやでこうやって関係を持つのは常であったし、魔理沙自身、お空の事を気に入っていることもある。
 そうでなければ、普段ろくに整理整頓しない彼女が家中を大掃除して彼女を自宅に招き入れるなどしなかっただろう。

 「よしよし、そんなにこの星空が気に入ったんなら、今日の記念にお前にはコイツを送るか」
 「うにゅ?」

 魔理沙の突然の言葉に、お空は不思議そうな声を上げて星空から魔理沙に視線を移す。
 そこにはスカートのポケットをあさり、ごそごそと何かを取り出そうとする魔理沙の姿があり、やがて彼女は一枚のカードを取り出した。

 「スペルカード?」
 「違う違う。お前も知ってるだろ? 遊戯王のカードさ。レアモノだぜ」

 カードを受け取りながら聞いてみると、魔理沙はそんなことをなんでもないように言葉にする。
 そのカードに描かれていたのは、不思議な姿をした白色の竜だった。
 お空も、遊戯王の事は知っている。なんでも銀時たちの世界の漫画で、その漫画内で人気だったカードゲームである。
 余りの人気に実際にカードゲーム化。その戦略性やら多様性から、銀時たちの世界でもファンが多く、この幻想郷にはルリが広めまわっていた。
 他にも魔理沙や輝夜といった面々がこのカードゲームにはまり、今では幻想郷内でもちょっとしたブームだ。
 以前流行ったサッカーにしても同じことが言えるのだが、幻想郷の面々は人間しかり妖怪しかり、目新しいものに目が無いのである。

 「お前さんはそのゲームはまだだったろ? なら、いつかおまえ自身のデッキを組んで、私に挑んで来いよ。正々堂々、デュエルしようじゃないか」

 不適に笑って見せる魔理沙に、お空はくすくすと笑ってにっと笑って見せた。
 そこには、本人達にしか知り得ない絆があって、だからこそお互いに競い合い、高めあい、こうやってお互いに笑い会える。

 「もちろん。負けないよ、魔理沙」
 「おう、決戦の場はコイツでどうだ?」

 ひらっとくしゃくしゃに丸められた紙を受け取って、広げて書いてある内容に目を通す。
 そこに書かれていたのは、銀時たちの世界のカードゲーム大会の知らせであった。






 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第五十二話「星屑と太陽の約束事」■












 「カードゲームの大会?」
 「うん、そうなの。魔理沙と約束しててね、その大会で勝負しようって」

 よろず屋の事務所にて交わされた会話は、おおよそそう言った内容のものであった。
 件の話をお空から聞いた銀時はと言うとめんどくさそうな表情で椅子に腰掛け、気だるげな様子で盛大にため息をついた。

 「なんでそれを俺に言うんだよ。銀さんそんなのやったこと無いからね?」
 「銀さん、嘘はよくないですよ。フランさんや私、それにアオさんや撫子さんにルリさんとも勝負してるじゃないですか」
 「まぁ、あんまり勝率はよくないよね」

 銀時の言葉に、文とフランからツッコミが入り、彼はどこか不貞腐れた様子でため息をつく。
 実際、銀時の勝率と言うのが余りよろしくないのだ。文のBF(ブラックフェザー)デッキには展開力と即効性で負け、モンスターを除去する効果の多いフランのデッキとも余り勝てていない。
 実質、彼がよく勝つ相手はアオかルリという根本的に運が悪い面々に限られていた。

 「で、なんで俺たち?」
 「実は―――この大会、5人1チームの大会なの。私一人じゃどうしようもないから、心当たりを片っ端から話してるんだけど、皆都合が悪いみたいで……」
 「ははぁ、なるほど。それで撫子さんがいるわけですか」
 「えぇ、まぁ」

 銀時の疑問にお空が答えると、文が納得したように頷き、お空に連れられてここにいる撫子も苦笑い。
 実際、お空は思いつく限り当たったのだが、メンバーの集まりは思いのほか芳しくなかった。
 アオもルリも今日は仕事。撫子が唯一非番だったので彼女についてきてもらったのが真相なのだ。

 「それに、銀時にとっても悪い話じゃないはずだよ?」
 「なんでだよ。俺、そんなめんどくせぇことに出るつもりねぇぞ?」
 「へぇ~、いいのかなぁ銀時ぃ」

 イマイチ乗り気でない銀時の様子を見て、お空はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
 彼女はふふんっと得意げに胸を張ると、大会を告知されている紙を取り出して銀時に突きつける。
 そこに書かれていたのは―――賞金三百万円という破格の優勝賞金であった。

 『工場長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!?』
 「うにゅ!?」

 銀時のみならず、新八、神楽、フラン、文、そして鈴仙からすらも驚愕の声が見事に唱和し、その余りの大音量にビクッと実を縮こまらせるお空。
 よろず屋の家計は日々切迫している。冷静に考えれば、銀時たちが賞金をちらつかせられて動かないはずが無かったのである。
 かくして、非常に欲望丸出しな動機でチームよろず屋がここに結成された瞬間であった。





















 「あーあー、何でうちの連中誰も遊戯王やってねぇんだよ。参加できねぇじゃねぇか大会」

 いや、どっちにしろ指名手配されてるんじゃ無理かと、少女はつい納得して小さなため息をついた。
 毛先が黒色のグレイの髪という、特徴的な髪をした少女は、手に収まった自分のデッキを見て憂鬱気であった。
 彼女の名は、ラピス・ラズリ。攘夷志士鬼兵隊の一員であり、現在目下として真選組から捜査に対象にされているはずなのだが、彼女の立ち振舞いは実に堂々としたものである。
 彼女がここにいるのは他でもない、自分の趣味の一つであるカードゲームの大会があるので、その見学に来たのだ。
 ラピスの周りでは、残念ながらコレをしている人間が一人も居ない。
 武市辺りは頼めばやってくれそうだが、そもそも彼女は彼のことが余り好きでないのでそれは遠慮願いたい。
 人の部屋に夜這いかけてくるような奴を好意的に見るほどラピスだって性格はひねてない。
 長年倒錯した人生を歩んで来たし、今更貞操がどうのこうのと言うつもりも無いのだが、アレと寝るのは絶対にゴメンこうむる。
 そんなわけで、やりたいのに出来ないのは意外と苦痛なもので、時たま抜け出して近所の子供とデュエルしてるぐらいである。
 やはりと言うかなんというか、高杉には抜け出しているのが知られているようで、稀にその事を聞かれるが別に責められているわけでもないらしい。
 単純に興味でもあるのか、判断に困るとこだが、まぁいいかとラピスは思考して会場に足を速める。

 そしてようやく河川に設置された会場にたどり着くと、そこには群がる人で埋め尽くされていた。
 さすがと言うべきかなんというべきか、今人気のカードゲームだけあって大層な人数である。
 そこに向かいながら、ゆったりとした歩調で彼女は歩みを進めると、ふと、気になる人物が視界に映った。

 「アイツは、確か……」

 視界に映る、白髪の男。気だるげな視線をした男の周りには、何人かの少女と一人の少年がついている。
 坂田銀時。高杉のかつての同士であったはずの男で、彼女も高杉本人から耳にしたことがある。
 いわく、白い夜叉。敵はおろか味方からすらも恐れられた純白の修羅。その事を語る高杉は饒舌で、随分と楽しそうであったことを思い出す。
 彼がそれほど気にかける男なのだ。正直、どれほどのものか興味があった。
 それに、彼の周りに何人か「人でない者」が紛れているのが視界に映る。さすがに種族の特定までは面倒だが、一目見てわかるもの達ばかりだ。
 クスっと、ラピスは笑みをこぼすと、ゆっくりと後ろから歩み寄る。まだだいぶ距離があるから気付かれないだろうが、ここからならじっくり観察が出来る。
 今後、戦うかもしれない相手を見ておくのも悪くない。ここで戦って見るのも悪くないが、そこまでするほど彼女も無粋ではない。
 そう思った瞬間―――、一人が車に轢かれた。それもわりと全速力で。

 「……は?」
 「文さぁぁぁぁぁぁぁん!!?」
 「ブンブゥゥゥゥゥゥゥン!!?」

 あんまりな事態に間の抜けた声を上げたラピスを他所に、思いっきり跳ね飛ばされた少女に駆け寄っていく銀時と新八。
 あんまりな事態にどうしたもんかと思考がまとまらない中、今さっき轢いて行ったパトカーが止まり、一人の青年が顔を出した。

 「なんだ、旦那ですかぃ。近藤さんしりやせんか?」
 「あんなゴリラのことなんか知るかぁぁぁぁぁぁ!! つーかお前なんてことしてくれてんの!!? 大会出れなくなっちまったじゃねぇかぁぁぁぁ!!」

 その青年の顔を見て、ラピスは思わず「あ、やべ」と呟いてしまう。
 何しろ、件の青年は間違いなく、先日の一軒で顔を見た覚えがあるのである。確か、真選組の一番隊隊長だったはずで、あの時土方と一緒に居たはずだ。
 コレは不味いことになったとは思ったが、未だに突然の事態で思考が鈍い。ふと視界に映った轢かれた少女を見てみると、生きてはいるらしいが打ち所が悪かったのか気絶しているらしい。
 ウサギ耳の少女が一応、病院に連れて行きますと言いながら、彼女を背負って空を飛んでいった。
 どうやら、アレはもう復帰はむりそうだなぁとぼんやり思っていると、ふと、あの青年とばっちり目があった。

 「大会のことなら旦那、あそこの嬢ちゃんを誘ってみたらどうですかぃ? ほら、ちゃんとデッキ持ってやすぜ」
 「おい、マジか!! おい、そこのアンタ!! 誰かとチーム組んでるか!?」
 「い、いや……一人だけどよ」
 「よし、頼む! もう時間がねぇ!!」
 「え、いや、ちょっ、待てよオイ!!?」

 ぐいぐいと銀時に腕を引っ張られ、そのまま少女達の輪に入っていってしまうラピス。
 あれ、なんでこうなってんの? とか本気で思う。だって、本当なら遠目で観察するつもりだったのがまさかの大接近である。
 結局、彼女はこのままよろず屋チームとして登録され、まさかの大会参加と相成ったのである。

 「……ところで、オメェさんルリきゅんそっくりだな。……新八三号? ラピキュン?」
 「誰だよそれ!!? つか誰がラピキュンだコラ!!」

 とりあえず、ルリと同じくツッコミの才能は健在のようすなラピスであった。ついでに幸運具合も同じっぽいのはこの際余談かもしれない。



















 「最強のデュエリストの称号がほしいかぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!』
 「三百万がほしいかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
 『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』

 司会の言葉で盛大に盛り上がる会場内。そんな会場の熱気とは裏腹に、ラピスは心底疲れた様子でため息をついていた。
 確かに、大会出たいなとは思っていたが、よもやこの先敵になるかもしれない相手と同じチームとか目も当てられない。
 あと、どいつもこいつも人を見れば「ルリさんそっくりですね」とか言うのが鬱陶しい。なんで和名なんだよと思わず突っ込みそうだ。
 というか、あの一番隊隊長は人の顔覚えてねぇのかよ!! と、なんか色々語りたかったがそれも無意味に終わりそうなので何も言わない。

 「魔理沙!」
 「お、やっぱり来たなお空」

 と、唐突に声が聞こえてそちらに視線を向ければ、そこにはお空と言うらしい少女が、金髪の少女と仲良く談笑している姿が目に映る。
 と、その隣に……こう、なんかここにいちゃいけない人物の姿が目に映って思わずあんぐりと口をあけてしまった彼女は別に悪くないと思う。
 だって、そこにいたのは真選組局長、近藤勲そのひとなのだから、驚くなと言う方が無理だろう。
 彼女にとってはバッチリ敵である。

 「おい、ゴリラ。なんでテメェここにいるんだよ。さっきドSが探してたぞコラ」
 「はっはっはー!! よろず屋ぁ、俺はゴリラなどではない、闇ゴリラだ!!」
 「……なんだよ、そのぶたご○らみたいな語呂の名前。つかなんで闇?」

 心底鬱陶しそうに紡いだ銀時の言葉に、高笑いを上げる近藤。まるで頭でも打ったのではないかと思うような変貌振りに、ついつい新八が一つツッコミを入れる。
 そんな新八の問いに、ニヒルにふっと似合わない笑みを浮かべると、近藤は自信満々に懐からあるものを取り出した。

 「見るがいい!! 俺が新たに手にした力、千年リングの力を!!」
 『って、お前それただのポンデリングじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 そのあるものは……残念ながらどう見てもポンデリングにしか見えない。
 そんなわけでツッコミの声が三つ上がった。そう、三つである。
 ツッコミの主は銀時と新八、そしてラピスからもであった。
 そりゃ突っ込みたくもなるというものだろう。まさか自分達の最大の障害であると説明された真選組のトップがこれである。
 だんだん泣きたくなってきた。

 「魔理沙、お前のチームは誰が居るアルか?」
 「こっちは私と近藤、それとアリスに霊夢と、あそこのジミーな」
 「魔理沙ちゃん!!? せめて名前で呼んでくれない!!? なんで皆して俺のことジミーって言うんだよ!?」

 神楽の問いに答える魔理沙のあんまりな物言いに、ジミーこと山崎は盛大にツッコミを入れるが誰も取り合わない。
 そんな哀れな様子の山崎を視界に映し、それからラピスはぐるりと視界を移して近藤に視線を向ける。
 そこにはいかにもな悪役笑いを上げる近藤の姿があり、その姿はいかにも馬鹿っぽい。

 「……なぁ、この国の未来は大丈夫なのか?」

 いや、私が言うのもなんだが、とは思ったがそれは口に出さず飲み込んだ。
 その問いに答えてくれるものは誰も居らず、変わりにぽんっと肩を叩かれてそちらに視線を向ければ、そこには哀愁漂う新八の姿がそこにあった。
 あぁ、なんかコイツとは仲良く出来そうだなーとかしみじみと思うラピス。

 要するに、彼女も現状だけで一杯一杯であったことをここに追記しておこうかと思う。


 ■あとがき■
 ようやく始まりました遊戯王編! これからちょっと長くなりそうなので話数がすごいことになりそう。
 よろず屋チームVS魔理沙チーム。近藤がおかしいのは例によって例のごとく……?
 そして前回に壮絶な初登場を遂げたワリには早くも苦労人ポジションに着きそうな感じのラピス。
 彼女、もともとルリと同じ存在なだけあって幸運が激低なのです。
 デッキが判明していないキャラは誰がどのデッキを使うのか、予想してみると面白いかも?
 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第五十三話「かけろ決闘者(デュエリスト)!!」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:4e6b5716
Date: 2009/07/08 23:52








 この日の空はこの上ない快晴。辺りは熱気に包まれ、覚めやらぬ興奮に包まれている。
 だというのに、彼女の気分はひどく憂鬱であった。

 「なんでこんなことになったかねぇ……」
 「あの、顔色が悪いんですけど、どうかしましたか? 具合でも悪いんですか?」
 「いや、そういうわけじゃないんだが……」

 まさか、本当のことを言うわけにもいかず、ラピスは撫子の言葉に曖昧な返事をしてため息をつく。
 憂鬱気な視線を銀髪の男に向けてみれば、金に飢えた亡者の目で司会者の煽りに全力で雄叫びを上げている。
 あー、やっぱ来なきゃよかったかと内心思っていると、ふと、撫子がジュースを一本彼女に差し入れてくれた。

 「どうぞ。お口に合うかわかりませんけど」
 「あぁ、サンキュー。もらっとくさ」

 正直、この少女の行為が非常にありがたい。
 ガラじゃないが、この少女が居るとなんだか癒された気分になってくるから不思議である。
 それだけ、今の彼女が精神的に一杯一杯であるという証なんだが。
 そりゃ、自分の敵であるはずの相手と一緒に居たり、オマケに最大の敵であるはずの組織のトップがトンデモネェ超ド級のバカであることを知った日にゃ憂鬱にもなるってもんだろう。

 「ねぇねぇ、ラピスはどんなデッキ使うの?」
 「さぁて、そいつは本番になってからのお楽しみって奴だろ? 今は秘密だ」
 「ふーん、それもそうね」

 ケタケタと笑いながら、日傘を差した少女は言葉にする。
 少女、フランドール・スカーレットの言葉に肩をすくめて答えたラピスだったが、それに気を悪くした風も無く、ニィッとどこか楽しそうに口元を歪めるフラン。

 確か―――高杉が随分とこの少女のことを気に入っていたようだったが、なるほど、確かに実際に出会ってみればそれも納得する。
 この少女の本質は、酷く高杉に近い。
 内包した狂気を抑えるか、解き放ったか、ただそれだけの違い。
 もし、些細なきっかけでもあればその瞬間に瓦解する危うさを、この少女は秘めていた。
 何より、ラピスの興味を引いたのは彼女の内包するその力だ。
 理屈などではない。本能と言う奴が、目の前の少女が強大な力を持った絶対の強者であると訴えてくる。

 「それでは、第一回戦は―――テレビ局までマラソンをしていただきます!!」
 『……はぁ!!?』

 訴えてくるのだが、残念ながらそんなシリアスな空気は長く持たなかったのであった。マル。








 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第五十三話「かけろ決闘者(デュエリスト)!!」■












 「なぁ、コレ遊戯王の大会だよな? カードゲームの大会だよな? なんでマラソン?」
 「まぁ、いいじゃないか。コレはこれで楽しそうだぜ」
 「そんなのアンタだけよ、魔理沙。ま、代表者アンタだから精々頑張りなさいよ。私はのんびり向こうで待つわ」

 心底納得いかなさそうにぶつぶつ呟くラピスに、魔理沙がケタケタと笑いながら言葉にするが、そんな彼女に霊夢がぴしゃりとツッコミを一つ。
 一通り言いたいことは言い終えたのか、霊夢は一つため息をつくと山崎の襟首を引っつかんでふわふわと飛行してテレビ局を目指して飛んでいった。

 「はー、人間が魔法も使わずに空を飛ぶとはねぇ……」
 「それがあいつの能力だからな。ま、私にはコレがあるからまったく問題ない」
 「……おーい司会者、箒で空飛んでいく気満々なのが一人居るんだけどいいのかコレ?」

 魔法の一つも使わず空を飛ぶ霊夢を見て感心したように呟くラピスに、魔理沙が得意げに言葉にする様を見てついつい司会者に抗議する。

 「問題ありません! 空を飛ぼうが車使おうが電車に乗ろうが自由です!! 上位4組までが決勝に進出できますので、急いでください!!」
 「それもうマラソンでもなんでもねぇだろ!!?」

 至極まっとうな意見がラピスから飛び出したが、司会者はそれを綺麗に無視して空砲を空に向けて構える。

 「じゃ、私達先いってるね。頑張って、ラピス!!」
 「え、……あぁ、うん。頑張る」

 そんなこんなしているとお空が元気付けるように言葉にするが、当のラピスは曖昧な返事しか返せなかった。
 お空は銀時を抱えると立派な翼を広げて空を飛び、フランも片腕で撫子を抱えるとお空の後を追うように空を飛んだ。
 はぁっと小さくため息をつき、ラピスは気持ちを切り替える。
 ここまできたらグダグダ言っても何も変わらない。こうなったら意地でもその上位4組に入らねばなるまい。
 ここまで来てデュエルの一つもせずに帰るとか冗談ではない。
 唯一気が合いそうな新八や、神楽ももう車でテレビ局に向かったし、屈伸運動をしながらゆっくりと魔力を体内で循環させる。
 もともと運動能力が悪魔らしく極端に突き抜けた彼女が、魔力でなおの事強化を施すのだ。
 大人気ない気もするが、此方は走るのだ。コレぐらいは許容範囲だろう。
 それに―――もともと、手加減というのは昔から苦手なのだ。他の連中には悪いが、遠慮なく蹴落とさせてもらおう。

 「さ、走れ!」
 「ちょ、なんだその適当さ!!?」

 と、意気込んだのはいいのだがツッコミを入れてしまうのはその性分か。
 空砲と共に紡がれた司会者の言葉に、たまらずラピスがツッコミを入れた。
 それが不味かったのか、彼女を残したほかの参加者はあっという間に駆け出していってしまう。
 特に魔理沙は初速から既に車など目ではない速度で駆け抜けて行く。
 他にも自身の車やバイクなので駆けて行く参加者。完全に出遅れてしまった形となったラピスは忌々しそうに舌打ちすると遅れを取り戻すように駆け出していた。

 一歩目で大地を踏み抜き、二歩目には既に大気の壁をぶち破り、三歩目には文字通り風となって駆け抜けた。

 はたして、その速度をどれだけの人間が知覚できたことだろうか。
 一番先を飛翔していた魔理沙が、その近づいてくる気配にハッとして振り返る。
 速度には自信がある。最速こそ文に譲っている状態だが、速さには彼女なりの誇りがあった。
 振り向けばそこに、あの少女が居た。低空を高速飛行する魔理沙の後を追うように、大気の壁などものともせずに疾走する黒い影。

 「よぉ、魔法使い。先に行くぜ」

 不敵な笑みを向けられる。僅かな交差。時間にしてコンマ一秒にも満たない邂逅であった。
 それが、本当に彼女から紡がれた言葉かはどうか知らない。あっという間に背中を向けて走り去っていく漆黒のコートを纏った悪魔を見送りながら、魔理沙はニィッと口の端を釣り上げた。
 久しぶりに沸き起こる高揚感。速さに対する渇望。最速は自身だと豪語してやまない魔理沙にしてみれば、この状況を燃えずしてどうしろと言うのか。

 「はっ! 言ってくれるなラピス! 待っていろ、いや待つな!! 今すぐぶち抜いてやるぜ!!」

 もはや後のことなど考えない。今は余裕を持って自身を置き去りにしたあの悪魔に目に物を見せてやると気持ちを高ぶらせる。
 魔力をありったけ総動員。今駆け抜けている本来の目的など既に思考の隅に埋もれた。
 そして、彼女は魔力をまるでジェット噴射のように放出しながらあっという間にラピスに追いつく。

 「へぇ、よく追いついたな」
 「生憎、私は速さでアイツ以外に負ける気なんて無いのさ。このまま置き去りにさせてもらう!」
 「は、言ってろ魔法使い! いいぜ、私だってさらさら負ける気なんてねぇんだからな!」

 風を切り、大気の抵抗を根こそぎ踏みにじり、二人の少女が不適に笑いあう。

 「魔理沙だ。霧雨魔理沙、覚えておけよ!」
 「ハッ、そうかよ。あぁ、覚えておいてやるさ霧雨魔理沙!」
 「教えてやるぜ」
 「あぁ、教えてやる」
 「この勝負!」
 「勝つのは!」
 『私だ!!!』

 人知を超えたスピードを持って、魔法使いが、悪魔が、嬉々とした笑みを貼り付けて疾走する。
 まるで暴風そのものにでもなったかのような二人が、お互いを今この瞬間強敵として認め合った。
 最速を謳う魔法使いが。
 己が力を信じて疑わない悪魔が。
 この勝負の大本の目的を綺麗さっぱり思考の隅に追いやって、彼女達はただただ疾駆する。
 もはやお互いにしか視界に映らない。あるのは己の信じる力を持って相手を抜き去ることに全力を尽くすことのみ。
 負けん気が強い?
 負けず嫌い?
 あぁ、確かにそうだろう。この二人は確かにそうで、だがそれ以上に己が打倒すべき敵に出会えたことに狂喜する。
 くだらない理屈などいらない。ギラギラした闘争に火を宿す本能さえあればそれでいい。
 二人はただただ前へと向かう。
 ただただ前へ。それ以外いらないと語るかのように、ただまっすぐに。





















 「……暴れてるわねぇ」
 「うわー、魔理沙に追いついてるよあのラピスって子」

 そんな二人を、上空から見ていたチームメイトはと言うとそんな感想をこぼしていた。
 眼下に視線を向ければ、もはや自然災害と化したとしか思えない、暴力的な速度で駆け抜けて行く魔理沙とラピスの姿がある。
 速度は軽く見積もっても音速など余裕を持って超えていよう。
 馬鹿げたスピードで突き進む二人が通り過ぎた後を、ソニックブームが辺りに撒き散らされて大なり小なり被害が続出しているのだから笑えない。
 そんな彼女達を視界に納め、魔理沙と付き合いの長いアリスが近藤を抱えながら深いため息をつき、銀時を抱えたお空がそんな感想をこぼしていた。

 「文とどっちが早いかなぁ」
 「さぁ? でも、まだ文の方が早いんじゃない。興味ないけど」

 フランの純粋な問いかけに、霊夢が本当にどうでもよさそうに返答する。
 事実、霊夢にとってはそんなこと知ったことではないし、誰が一番早かろうが興味がない。
 そんな彼女達の会話とは裏腹に、霊夢に襟首を掴まれて宙吊り状態の山崎は、眼下の信じられない光景に頬を引く突かせていた。
 そりゃそうだろう。人間の身で起こせるような規模の速度ではないし、その通り過ぎた後はくっきりと二人が通り過ぎた傷跡が残っている。

 「……あの、平然と会話してるけどさ、あの理解しがたい速度には何かツッコミを入れるところは無いの?」
 「無いわね。こっちじゃわりと日常茶飯事だし」
 「霊夢のいう通りね。大体、運命を操るような奴だっているんだし、速いだけじゃ今更驚かない」

 山崎の言葉に返答した霊夢とアリスの言葉は、実にあっさりとしたものであった。
 それもそのはず。彼女達は文、魔理沙と幻想郷最速を謳う二人の速度をいつも目の当たりにしているのである。
 文はしょっちゅう霊夢のところに取材しに着ていたし、魔理沙もなんだかんだで霊夢の神社に来る。
 それに、魔理沙が色々なところを飛び回るもんだから、その飛行速度は周知の事実。
 加えて、幻想郷にはそもそも非常識な力を持った連中ばかりなのだ。
 速さぐらいで驚いてたらやっていけないのも事実である。
 ついでに、アリスにいたっては母親が魔界を一から想像した神様だし。あんな性格だが。

 「なんだか、似てますね」
 「ん? 魔理沙とあのラピスって奴が?」
 「それもあります。けど、それ以上に―――ラピスさんが、ルリさんにそっくりなんです」

 ポツリと呟いた撫子の言葉に、霊夢が問い返すと、その事を肯定しながらももう一つの可能性を提示した。
 無論、ラピスはルリとそっくりだと誰もが思った。何を今更とも思ったが、撫子の様子を見るとどうにも少し違うような気がする。

 「どういうこった?」
 「なんて言ったらいいんでしょうか、うまく言葉に出来ないですけど……感じるんです。あの人は、ルリさんと根本的な、根元の部分が同じなんです。
 存在を構成する大本、魂……といっていいのかわからないですけど、それが同じように感じるんです」
 「……へぇ、アンタもわかったんだ。アンタの場合、能力のおかげかな」

 銀時の疑問の言葉に、撫子が難しい顔をしながら言葉を紡ぐ。そんな彼女の言葉に同意するように、霊夢は感心したように言葉にする。
 撫子が彼女のことを感じ取れたのは、その存在を偽る程度の能力ゆえにであろう。
 彼女の場合、その能力の性質からあらゆるものに対するその根源には酷く敏感に感じ取れた。

 「アイツ、ルリと魂が同じなのよ。ドッペルゲンガーでもあるまいに、あそこまでそっくりなのも珍しいわ」

 呆れたように言葉を紡ぐ霊夢の視線の先に、そこにはいまだに疾走を続ける魔理沙とラピスの二人。
 面倒なことにならなきゃいいけど、と心の中で呟いて、霊夢は首が絞まってタップしている山崎に気がつかぬままテレビ局に急ぐのであった。





















 長谷川泰三は上機嫌であった。珍しく就職が出来たのもあるが、これから順調に仕事を続けられれば別れた妻、ハツとヨリを戻そうと未来の設計図を思い描いていた。
 タクシーの運転をしながら、長谷川は上機嫌に鼻歌を口ずさみ車を走らせ―――

 その瞬間、長谷川の運転するタクシーが空高く打ち上げられた。

 「ってなんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 後方から聞こえる悲鳴になど耳も貸さず、少女二人が駆け抜ける。
 まるで風。神風とも見える吹きぬける神速の領域。他に何もいらぬと二人の少女が到達した局地。
 ここに、かの鴉天狗が居ればこの争いに参加できなかったことを悔しく思うだろう。
 それほどまでに、二人の速度は常軌を逸した速度に達していた。
 生身の魔理沙が耐えれているのは、魔法である程度軽減しているが故に。
 それでも大気の壁は彼女の体を蝕み、吹きつける風が刃のようにざくざくと体に突き刺さる。
 だが、なお彼女は速度を緩めない。それどころかもっと早く、もっと先へと口の端を釣り上げて不敵な笑みを浮かべた。
 対して、ラピスは素直にこの少女を賞賛を覚えていた。
 人間の身で耐えれるような速度ではない。それこそバラバラになってもおかしくない速度を持ってして、少女はなおの事加速する。
 加減をしているつもりは無い。負けるつもりなどハナッからあるはずも無い。彼女にとって、どんな些細な勝負であろうと全力で戦ってこそ価値のあるものだと信じている。
 それでも、少女の方が僅かに、だが確実に、速い。
 あぁ、認めよう。私はお前を甘く見ていたのだと。自身の慢心を一喝するようにクックッと喉の奥で笑いを噛み殺した。

 そうして、勝負は終わりを迎えた。
 ゴールテープを切った魔理沙が、勢いあまってテレビ局に突っ込んで大騒ぎになっている光景が視界に映る。
 その僅か一瞬の後、ラピスがゴール。速度で勢いがついた自身の体を大地を踏み抜くことで無理やり速度を殺すと、あらためて彼女は大惨事になっているテレビ局玄関に視線を向けた。
 ラピスの足元に盛大なクレーターが出来上がったが、本人はそんなこと知ったことではないとばかりに視線を魔理沙に向ける。
 魔理沙はぴんぴんとした様子で「いてて」などと零しながらラピスのところにまで歩み寄ってくる。

 「私の勝ちだな」
 「あぁ、そうだな。確かに、アンタの勝ちだよ、魔法使い……いや、魔理沙」

 彼女の宣言に、ラピスは苦笑しながら握手を求め、魔理沙もそれに応えて手を結ぶ。
 悔しいという気持ちはある。どんな勝負でアレ、負けず嫌いの彼女にはこの勝負で負けたことは本当に悔しく思う。
 だが、それ以上に心は晴れやかだった。全力を尽くして、それでなお負けたのだ。
 悔しいと思うが、それをとやかく言うほど彼女は無粋ではない。


 
 こうして、お互いにいい勝負をしたと褒めたたえながら勝負は決した。
 ……といった風に終われば綺麗なオチだったろうが、残念ながら霊夢に二人揃って正座されて説教喰らったのはここだけの余談にしておこうかと思う。


 ■あとがき■
 遊戯王編なのに内容が遊戯王じゃないこの不思議。
 メンバーのデッキは既にきまっています。誰がどのデッキか想像してみると楽しいかもしれないですねw
 次回からいよいよデュエル開始。それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第五十四話「いきなり準決勝!? ‐霊使いVS機械仕掛けの機関銃‐」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:4e6b5716
Date: 2009/07/13 20:29






 『さぁ勝ち残った四組のチームの皆さん、そして会場にいる数多の観客の方々、お待たせいたしました。コレより、遊戯王デュエルモンスターズ大会、準決勝を開始いたします!!』

 テレビ局の内部で盛大な音量で紡がれた台詞に、多くの観客が歓声を上げる。
 そんな歓声を受けて、銀時たちはあらためて準決勝の相手に視線を向け、これまた盛大にため息をついていた。

 「何してんだババァ。なんでアンタがこんな大会に参加してんだよ」
 「ふん、私はともかくたまの奴がどうしてもってね。あたしゃその付き添いさね」
 「……おーい、ババァ。そいつが違法のからくりだってわかってるかー?」

 彼の問いかけに答えたのは、銀時の家の下に住む大家、お登勢であった。
 彼女の隣には姿がばれないようにか、髪を下ろしてニット帽をかぶり、着物ではなく現代風の若者といった風なカジュアルな服装をしたたまが居る。
 彼女の傍にはチームメイトらしい子供達が4人おり、たまはその少年達と仲よさそうに話していた。
 そんな彼女の様子を見て、銀時はまぁいいかと小さくため息をつく。たまは色々と複雑な事情を抱えた心を持ったからくりである。
 そんな彼女の楽しそうな様子を見ていると、細かいことを愚痴愚痴言うのがどうにも億劫になってしまう。

 「まぁ、いいけどよ。知らねぇぞ、俺は」
 「わかってるよ。言ったろ? 訳ありの連中を抱え込むのには慣れてるんでね」

 苦笑を零しながらタバコの煙を吐き出すお登勢を見て、銀時はそれでこれ以上小言を言うのはやめた。
 その訳ありの連中に自分も含まれているのだから笑えないが、だからこそ銀時は彼女に感謝もしているのだ。
 見た目どおり中々頑固な性格をしているお登勢だ。これ以上何を言っても引くまい。

 『準決勝は代表者戦です。各チーム、代表者はデュエルディスクを装着して舞台に上がってください!!』
 「お姉ちゃん、頑張って!!」
 「はい、皆さんのためにも」

 司会者の言葉に反応して、子供達がたまに言葉を投げかける。彼女はいつもの無表情が嘘のようににっこりと笑うと、デュエルディスクを腕に装着して舞台に上がった。

 「やった、私が勝った!」
 「うにゅ~……負けちゃった」
 「くっそ、やっぱチョキにしとくべきだったか!」
 「むぅ~、撫子じゃんけんだけ何でそんなに強いの?」
 「……じゃんけんって、お前等……。いや、最初に負けた私が言うのもなんなんだけどさ」

 対して、よろず屋チームはと言うとじゃんけんで代表者を選んでいた。
 仮にも賞金がかかっているというのにこの決め方である。呆れを通り越して感心してしまいそうである。
 撫子は会場に来て渡されたデュエルディスクを装着して舞台に上がると、あらためてたまと対峙した。

 「よろしくお願いしますね、たまさん」
 「はい、よろしくお願いします撫子様」

 お互いに挨拶を交わし、礼儀正しくお辞儀をすると、気持ちを改めてまっすぐに相手を見据え、そして―――

 『デュエル!!』

 戦いの火蓋を切って落としたのであった。




 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第五十四話「いきなり準決勝!? ‐霊使いVS機械仕掛けの機関銃‐」■










 【撫子LP8000・たまLP8000】


 「先行は私ですね。いきます、ドロー!!」

 撫子がカードを一枚引き、手札に加える。
 しばらく思考して、やがて彼女は行動に移す。

 「私はカードを一枚伏せ、さらにモンスターカードを一枚セット。ターンエンドです」
 「……私のターン、ドローさせていただきます」

 撫子のターンが終わり、自分のターンが回ってきたたまがデッキからカードを一枚ドローする。
 彼女は、迷わず手札から一枚のカードをデュエルディスクに置く。

 「私は手札から、ツインバレル・ドラゴンを攻撃表示で召喚します」

 すると、彼女の宣言と共に舞台の一部が発光し、立体映像でリボルバーの頭を持ったモンスターが現われる。

 【ツインバレル・ドラゴン】
 効果モンスター/☆4/闇属性/機械族
 ・ATK1700 ・DEF200
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、相手フィールド上に存在するカードを一枚を選択して発動する。
 コイントスを二回行い、二回とも表立った場合、選択したカードを破壊する。

 「ツインバレル・ドラゴンの効果を発動します。私は、裏側守備表示でセットされたモンスターを指定、コイントスを行います」

 用意されたコインを手に持ち、たまがコイントスを行う。
 撫子が固唾を呑んで見守る中、一度目のコイントスは表。
 そして二度目のコイントス。打ち上げられたコインは空高く舞い上がり、そして―――裏。
 その結果を見て、ほっと安心したよう撫子は胸をなでおろした。

 「裏、失敗ですね。残念です。ですが、コレよりバトルフェイズに移行します。ツインバレル・ドラゴンで裏側守備表示モンスターを攻撃!」

 たまの宣言により、ツインバレル・ドラゴンの頭部から2発の銃弾が発射される。
 それが裏側でセットされたモンスターに届く直前、撫子が伏せていたトラップカードを起動させた。

 「トラップ発動! くず鉄のかかし!!」

 【くず鉄のかかし】
 罠カード
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動することが出来る。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
 発動後、このカードは墓地に送らず、そのままセットする。

 撫子の言葉に応えて現われるくず鉄で出来たかかしが、不思議なフィールドを張って相手の攻撃を無効化する。
 役目を終えたかかしは墓地に送られず、再び撫子の魔法・罠ゾーンにセットされた。
 どっと歓声が沸きあがる。司会者の声もどこか遠い。それだけ二人がこのデュエルに集中している証拠でもあるのだろう。

 「私は、このままターンエンドです」


 【撫子 モンスター1 魔法・罠1 手札4】LP8000
 【たま モンスター1 (ツインバレル・ドラゴン、ATK1700) 魔法・罠0 手札5】LP8000


 「私のターン、ドロー! 私は手札から、幻惑の巻物を発動。ツインバレル・ドラゴンに装備します!」

 【幻惑の巻物】
 装備魔法
 装備モンスター1体の属性を、自分が選択した属性に変える。

 撫子の言葉に従い、巻物が現われてツインバレルドラゴンに撒きついた。ぶくぶくと巻物から泡が吹き出し、徐々にツインバレル・ドラゴンの色を変えて行く。

 「私が選択する属性は水。そして、裏側守備表示だったモンスターを反転召喚! おいで、水霊使いエリア!」

 【水霊使いエリア】
 効果モンスター/☆3/水属性/魔法使い族
 ・ATK500 ・DEF1500
 (リバース)このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手フィールド上の水属性モンスター1体のコントロールを得る。

 撫子のフィールドにセットされていたモンスターが表側攻撃表示になり、姿を現したのは水色の髪をした可愛らしい魔法使いであった。
 この瞬間、リバースされた水霊使いエリアの効果が発動し、幻惑の巻物で水属性になったツインバレル・ドラゴンにエリアが放った水流が撒きついていく。

 「ツインバレル・ドラゴンのコントロールを奪わせてもらいます! ウォーターキャプチャー!!」

 「えい!」っとまるで釣竿の要領で水霊使いエリアがツインバレル・ドラゴンを引っ張り上げ、撫子のモンスターゾーンに移動させる。

 「このままバトルフェイズです。ツインバレル・ドラゴンでダイレクトアタック! そして、水霊使いエリアでダイレクトアタックです!」
 「くっ!?」

 たまLP8000→6300→5800

 コントロールを奪われたツインバレル・ドラゴンの攻撃と、水霊使いエリアの攻撃を受けて一気に体力を減らされる。

 「メインフェイズ2、私は自分フィールド上の水霊使いエリアと、現在水属性になっているツインバレル・ドラゴンを墓地に送り、デッキから憑依装着エリアを特殊召喚します!」

 彼女の宣言と共に、水が渦を巻いてツインバレル・ドラゴンと水霊使いエリアを包み込む。
 二つのカードがそれぞれの墓地に送られ、そしてデッキからリザードマンのようなモンスターの幻影を従えたエリアが特殊召喚された。

 【憑依装着エリア】
 効果モンスター/☆4/水属性/魔法使い族
 ・ATK1850 ・DEF1500
 自分フィールド上の「水霊使いエリア」1体と水属性モンスター1体を墓地に送る事で、手札またはデッキから特殊召喚することが出来る。
 この方法で特殊召喚に成功した場合、以下の効果を得る。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃したとき、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 「お、いきなり出たよ撫子の奴のメインアタッカー」
 「……可愛い顔してえげつない戦略とるな、アイツ」

 銀時が感嘆の声を漏らすと、ラピスがその戦術にちょっぴり引きつつそんな言葉を紡ぎだしていた。
 恐らく、ラピスのデッキとあのデッキの相性は最悪だろう。そのせいか、あんまりラピスには撫子のデッキは好ましくないらしい。
 そんな仲間内の会話に、ちょっと憂鬱になっていたりする撫子。

 (……仕方ないじゃないですか。私の好きなカードがこういう効果なんですから)

 いけないいけないと頭を振ると、撫子はまだ自分のターンが終わっていないことを思い出して手札から魔法カードを一枚発動させた。

 「私は永続魔法、一族の結束を発動。コレによって憑依装着エリアの攻撃力を800ポイントアップさせて、ターンエンドです」

 【一族の結束】
 永続魔法
 自分の墓地に存在するモンスターの元々の種族が1種類のみの場合、自分フィールド上に表側表示で存在するその種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。

 憑依装着エリア(貫通)、ATK1850→2650。

 「では、私のターン、ドロー。私は手札から、闇の誘惑を発動します。デッキからカードを二枚ドローし、手札の闇属性モンスター、リボルバードラゴンをゲームから除外します」

 【闇の誘惑】
 通常魔法(準制限)
 自分のデッキからカードを2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスター1体をゲームから除外する。
 手札に闇属性モンスターがない場合、手札をすべて墓地に送る。

 【リボルバー・ドラゴン】
 効果モンスター/☆7/闇属性/機械族
 ・ATK2600 ・DEF2200
 相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。
 コイントスを3回行い、その内二回以上が表だった場合、そのモンスターを破壊する。

 「さらに、私は手札から魔法カードD・D・R(ディファレント・ディメンション・リバイバル)を発動させます。
 手札からカードを一枚墓地に捨て、除外されたリボルバー・ドラゴンを攻撃表示で特殊召喚し、このカードを装備します」

 【D・D・R】
 装備魔法
 手札を1枚捨てる。ゲームから除外されている自分のモンスター1体を選択して攻撃表示でフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。
 このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。

 特殊召喚される三つの銃身を持つ機械仕掛けのドラゴン。
 強力な効果を持った上級モンスターが出現し、厳しい表情で現われたモンスターに視線を向けている。

 「さらに、私は手札からメカハンターを召喚します」

 【メカ・ハンター】
 通常モンスター/☆4/闇属性/機械族
 ・ATK1850・DEF800

 「リボルバー・ドラゴンの効果を発動。私は憑依装着エリアを選択し、コイントスを行います」

 効果を発動し、コイントスを行うたま。撥ねた三枚のコインは勢いよく宙を舞い、そして二枚の表と一枚の裏が出る。
 それはつまり効果が成功したことを意味し、キリキリとリボルバー・ドラゴンの激鉄が上がっていく。

 「効果成功、憑依装着エリアを破壊します。ガン・キャノン・ショット!」

 効果でエリアが破壊されガラスが砕けたようにホログラフが消えて行く。その余波が撫子を襲い、たまらず彼女は目をつぶった。
 さながら、原作を完全再現したかのようなホログラフに感嘆を覚えると同時に、なにもここまでリアルにしなくても……とも思ったが、残念ながら現在はそんなことを考えている場合でもない。

 「これであなたのフィールドはがら空きです。メカ・ハンターでダイレクトアタック!」
 「くぅっ!」

 撫子LP8000→6150

 「続けて、リボルバー・ドラゴンでダイレクトアタックです」
 「トラップ発動、くず鉄のかかし!!」

 メカ・ハンターの攻撃は通し、攻撃力の高いリボルバー・ドラゴンの攻撃はくず鉄のかかしで無効にする。
 攻撃を無効化されたたまは、ある程度わかっていた流れなので特に気にした風も無くあっさりとターンを終了させた。


 【撫子 モンスター0 魔法・罠2(一族の結束/裏) 手札3】LP6150
 【たま モンスター2(メカ・ハンターATK1850/リボルバー・ドラゴンATK2600) 魔法・罠1(D・D・R) 手札3】LP5800


 「私のターン、ドロー。……私は、カードを一枚伏せ、さらに手札から憑依装着ウィンを召喚!」

 【憑依装着ウィン】
 効果モンスター/☆4/風属性/魔法使い族
 ・ATK1850 ・DEF1500
 自分フィールド上の「風霊使いウィン」1体と風属性モンスター1体を墓地に送る事で、手札またはデッキから特殊召喚することが出来る。
 この方法で特殊召喚に成功した場合、以下の効果を得る。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃したとき、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 彼女が手札から召喚したモンスターは、竜の幻影を纏った魔法使いの少女。黄緑の髪をポニーテールにした少女が、フィールドに出現する。

 「通常召喚された憑依装着は貫通効果を持ちませんが、それでもリボルバー・ドラゴンを倒すには十分です!
 一族の結束の効果で、憑依装着ウィンの攻撃力は800ポイントアップ。2650のウィンでリボルバードラゴンに攻撃します!! ウインドスライサー!!」
 「っ!」

 たまLP5800→5750

 幻影の竜が突風のブレスを打ち出し、ウィンが杖を使ってそれを疾風の刃に変える。
 疾風の刃はリボルバー・ドラゴンに直撃し、機械仕掛けの竜がガラスのように砕け散っていく。
 それを見て、内心ほっとしながら撫子は自分のターンを終える。
 正直に言えば、撫子のデッキはこういったモンスター除去の多いデッキとは根本的に相性が悪い。
 たまのデッキは、まさしく撫子のデッキにとっての天敵なのだ。
 その事をよく知っているのだろう。たまの様子は実に落ち着いたものだった。

 「私のターン、ドロー。私は手札から、ブラックボンバーを攻撃表示で召喚」

 【ブラック・ボンバー】
 チューナー・効果モンスター/☆3/闇属性/機械族
 ・ATK100 ・DEF100
 このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する機械族・闇属性のレベル4モンスター1体を表側守備表示で特殊召喚することが出来る。
 この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 たまから召喚されたモンスターは爆弾をそのままモンスターにしたかのような存在だった。
 大きな目と口があり、導火線にはバチバチと火花が散っている。
 しかし、何よりも筆頭すべきなのは―――チューナーであるという事実。

 「ッ! チューナーモンスター」
 「その通りです、撫子様。私はブラック・ボンバーの効果により、墓地のツインバレル・ドラゴンを守備表示で特殊召喚します。
 ブラック・ボンバーの効果でツインバレル・ドラゴンの効果は発動できませんが、問題はありません。私は蘇生したレベル4のツインバレル・ドラゴンをレベル3のブラック・ボンバーとチューニング。
 黒き空に舞い上がり、虚空より来る爆風よ、吹き荒べ。シンクロ召喚、薙ぎ払いなさい、ダーク・ダイブ・ボンバー!」

 【ダーク・ダイブ・ボンバー】
 シンクロ・効果モンスター/☆7/闇属性/機械族
 ・ATK2600 ・DEF1800
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 自分フィールド上に存在するモンスター1体をリリースして発動する。
 リリースしたモンスターのレベル×200ポイントダメージを相手ライフに与える。

 橙色のボディをした爆撃機のようなシンクロモンスターが降臨する。
 重厚な存在感を醸し出しているモンスターの存在に、撫子は不味いといった風に表情を歪めた。
 それもそのはず、ダーク・ダイブ・ボンバーの効果は強力で、このモンスターが出現すればそのターンで決着がつくこともあるほどのカードだ。
 現状、攻撃力と言う面で見ればこちらが勝っているものの、楽観するには余りにも不味いモンスターであることに代わりは無い。
 そして、その予感はすぐさまに的中することとなった。

 「私は手札から、死者蘇生を発動します」

 【死者蘇生】
 通常魔法(制限)
 自分または相手の墓地にあるモンスターを選択して発動する。
 選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。

 「私は墓地のリボルバー・ドラゴンを再び特殊召喚。そしてコイントスを行います」

 蘇生されるリボルバー・ドラゴン。今の撫子にこれほどキツイカードはない。
 行われるコイントス、そして結果は―――三枚とも、表であった。

 「リボルバー・ドラゴンの効果を発動。憑依装着ウィンを破壊します」

 リボルバーの効果により、憑依装着ウィンが破壊される。これで、撫子を守る壁モンスターが居なくなり、高い攻撃力を持つモンスターが相手フィールド上に並ぶこととなった。

 「バトルフェイズ。メカ・ハンターで攻撃」
 「トラップカード発動! ハーフorストップ!」

 【ハーフorストップ】
 通常罠
 相手ターンのバトルフェイズにのみ発動することが出来る。
 相手は以下の効果から一つ選択して適用する。
 ●バトルフェイズ終了時まで、自分フィールド上に存在する全てのモンスターの攻撃力は半分になる。
 ●バトルフェイズを終了する。

 「なるほど……モンスターが居ればそのトラップは生きたでしょうに。残念です。私はモンスターの攻撃力を半分にし、攻撃を続行。
 メカ・ハンターでダイレクトアタック!」

 撫子LP6150→5225

 「ダーク・ダイブ・ボンバーでダイレクトアタック!」
 「トラップ発動、くず鉄のかかしです!」

 ダーク・ダイブ・ボンバーの攻撃を無効にし、再びくず鉄のかかしがフィールドにセットされる。
 しかし、やはり撫子の表情はすぐれないままで、次の攻撃が襲い掛かってきた。

 「リボルバー・ドラゴンのダイレクトアタック」
 「っ!」

 撫子LP5225→3925

 リボルバー・ドラゴンの攻撃が直撃し、撫子の残りライフが半分を切った。
 バトルフェイズが終了し、たまのフィールドのモンスターの攻撃力が元に戻る。
 メインフェイズ2に移行し、ここからがダーク・ダイブ・ボンバーの本領発揮だ。

 「ダーク・ダイブ・ボンバーの効果を発動。レベル4のメカ・ハンターと、レベル7のリボルバー・ドラゴンをリリースし、あなたのライフに効果ダメージを与えます」

 たまのフィールド上に居たモンスターが生贄に捧げられ、生贄に捧げられたモンスターが光となって撫子に直撃。
 その直後、彼女はリアル映像の爆発に巻き込まれてライフを大幅に削られる。

 撫子LP3925→3125→1725

 「きゃあぁぁぁぁ!!」

 痛みは無いが、リアル性を追求したのか擬似的な衝撃が襲いかかって来る。
 思わず悲鳴を上げてしまったが、コレが中々、本当に爆風に晒されているかのような錯覚さえ覚えるほどだ。

 「このまま残しておいても、次のターンでやられる可能性が高い。ならば、私はダーク・ダイブ・ボンバーをリリースし、あなたのライフに効果ダメージを与えます!」

 ダーク・ダイブ・ボンバーが自身の効果で生贄に捧げられ、光となったダーク・ダイブ・ボンバーが撫子に直撃する。

 撫子LP1725→325

 「撫子!!」
 「うにゅ!? 大丈夫、撫子!!?」

 一気にライフポイントを削られた撫子に、銀時とお空から声が上がる。
 そのあまりの一方的な光景に、たまらず悲鳴が上がるのも無理らしからぬことだろう。
 何しろ、根本的に相性が悪く、なおかつ撫子の使う霊使いデッキはそもそもの話、扱いの難しいデッキでもある。
 お互い、フィールドにモンスターは居ない。
 居ないが、どちらが優勢かは火を見るよりも明らかであろう。

 「落ち着いてよ、皆。まだ勝負はわからないよ」

 そんな中、冷静に言葉を紡いだのはフランであった。
 その視線はいまだ撫子に向き、赤い瞳が彼女を捉えて話さない。

 「へぇ、随分と冷静だな。コレだけの劣勢、覆せると思うのか?」
 「わかんないよ。でも―――」

 ラピスの疑問混じりの言葉に、フランは静かに首を振る。
 だが、そこにあるのは確かな信頼。確かな希望。爆炎が晴れて姿を見せた撫子の姿を、目に焼き付けるように―――

 「撫子は、まだ諦めていないわ」

 そう、言葉を零したのだ。
 その言葉を肯定するように、撫子の瞳にはまだ戦う決意が見て取れていた。


 【撫子 モンスター0 魔法・罠2(一族の結束/裏) 手札2】LP325
 【たま モンスター0 魔法・罠0 手札2】LP5750


 (今、私の手札に起死回生のカードは無い。でも、このまま守っているわけには!)
 「私のターン、ドローです!」

 カードを引くが、それは彼女の望んだカードではなかった。それでも、彼女は諦めるつもりなどないのか、キッと対戦相手を視界に納める。

 「私はカードを一枚セット。さらに、私は手札から憑依装着ヒータを召喚します!」

 【憑依装着ヒータ】
 効果モンスター/☆4/火属性/魔法使い族
 ・ATK1850 ・DEF1500
 自分フィールド上の「火霊使いヒータ」1体と火属性モンスター1体を墓地に送る事で、手札またはデッキから特殊召喚することが出来る。
 この方法で特殊召喚に成功した場合、以下の効果を得る。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃したとき、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 召喚される燃え盛るような赤い髪の少女。傍らには燃え盛る狐の幻影が少女を守護するように佇んでいる。

 「一族の結束の効果で憑依装着ヒータの攻撃力は800ポイントアップします。憑依装着ヒータでダイレクトアタックです!!」
 「くっ!」

 たまLP5750→3100

 憑依装着ヒータの攻撃で、炎に包まれるたま。大量のライフが削られるが、それでもまだ彼女には余裕があった。
 撫子のターンが終わり、たまのターンが回ってくる。

 「私のターン、ドロー。……私は、未来融合フューチャー・フュージョンを発動。
 デッキから、ブローバック・ドラゴン、リボルバー・ドラゴンを墓地に送り、発動後2ターン目のスタンバイフェイズに、ガトリング・ドラゴンを特殊召喚させてもらいます」

 【未来融合フューチャー・フュージョン】
 永続魔法(制限)
 自分のデッキから融合モンスターカードによって決められたモンスターを墓地へ送り、融合デッキから融合モンスター1体を選択する。
 発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時に選択した融合モンスターを特殊召喚する(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)。

 「さらに私は、オーバーロード・フュージョンを発動。自分のフィールド、または墓地から指定のモンスターを除外し、融合モンスターを特殊召喚します。
 私が融合デッキから召喚するモンスターは、キメラテック・オーバー・ドラゴン……と、言いたいところですがサイバー・ドラゴンが墓地に居ないのでそれは不可能。
 よって、私はガトリング・ドラゴンを融合デッキより特殊召喚します」

 【オーバーロード・フュージョン】
 通常魔法(制限)
 自分フィールド上、または墓地から融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、闇属性・機械族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)。

 【ガトリング・ドラゴン】
 融合・効果モンスター/☆8/闇属性/機械族
 ・ATK2600 ・DEF1200
 「リボルバー・ドラゴン」+「ブローバック・ドラゴン」
 コイントスを3回行う。表が出た数だけ、フィールド上のモンスターを破壊する。
 この効果は1ターンに1度だけ、自分のメインフェイズに私用することができる。

 「ガトリング・ドラゴン。この局面で、それを出しますか」
 「コレが、今の私における最良の方法です撫子様。最悪、効果による自壊もありえますが、賭けに出るのも悪くありません。
 ガトリング・ドラゴンの効果を発動します」

 ピンッと、宣言と共にたまはコイントスを行う。
 ガトリング・ドラゴンの厄介なところは、必ずその表になった回数だけモンスターを破壊しなければいけないことにある。
 つまり、最悪自分のモンスターすらも破壊しなければならなくなるのだ。故に、強力ではあるが扱いが非常に難しい。
 一度目は裏、二度目は表。そして三度目は―――裏。

 「破壊対象は一体。ガトリング・ドラゴンの効果で憑依装着ヒータを破壊します」

 ガトリング・ドラゴンの銃口が火を噴き、雨霰と吹き荒れる弾丸の中でヒータがガラスが砕け散ったかのように破壊される。
 再び効果でモンスターが破壊されたため、撫子のフィールドはがら空きになる。
 しかし、彼女の魔法・罠ゾーンにはくず鉄のかかしがある。1体のモンスターでは戦闘ダメージを与えられない。

 「私はこれで、ターンを終了です」


 【撫子 モンスター0 魔法・罠3(一族の結束/裏/裏) 手札1】LP325
 【たま モンスター1(ガトリング・ドラゴンATK2600) 魔法・罠1(未来融合フューチャー・フュージョン) 手札1】LP3100


 「私のターン、ドロー! ……っ、私はこのままターンを終了します」

 悔しそうに言葉にしながら、自身のターンの終了を告げる。
 彼女の手には、モンスターカードが存在していない。せめて、憑依装着のいずれかが手札に来てくれたらよかったのだが、それもIFの話でしかない。

 「私のターン、ドロー。私は手札から、メカハンターを召喚します。バトルフェイズ、メカハンターでダイレクトアタックです!」

 機械仕掛けの兵士が撫子に迫っていく。くず鉄のかかしがあるから、コレは防がれるはずだ。
 そういう算段だったのだが、事態は予想外の方向に流れていた。

 「トラップカード発動、和睦の使者!」

 【和睦の使者】
 通常罠
 このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になる。
 このターン、自分のモンスターは戦闘では破壊されない。

 戦闘ダメージを完全に遮断する罠カード。
 意外だと思ったが、冷静に考えれば勝利はどの道目前であるという事。
 仮に、あのデッキ特有のコントロール奪取が行われるとしても、リバース効果ゆえに1ターン待たなければならない。
 それなら、2体のモンスターが居るこの状況でなら用意に戦闘破壊が可能だ。
 どの道、このターン攻撃しても無意味。
 それを悟ったのか、たまはあっさりとターンを終了させた。


 【撫子 モンスター0 魔法・罠2(一族の結束/裏) 手札2】LP325
 【たま モンスター2(ガトリング・ドラゴンATK2600/メカ・ハンターATK1850) 魔法・罠1(未来融合フューチャー・フュージョン) 手札1】LP3100


 (このターン、私があのカードを引ければ……。でも、私に……引けるのかな)

 気持ちが、押しつぶされそうになる。自分は今、みんなの気持ちを背負ってここに立っている。
 それに、仮に引けたとしてもその後の些細なミスも許されない、完全な綱渡り。
 だが―――

 (違う、こんな気持ちじゃいけない。あんなに楽しそうにしてた、お空さんのためにも、私を導いてくれた、皆のためにも!)

 彼女は、その弱音を吐き出してデッキトップ指をかける。
 もう、迷いは無い。弱音もはかない。自分は、みんなの思いを背負ってここに居る。
 きっと、あの人も同じなのだとわかっている。それでも、―――コレだけは譲れない!

 「私のターン、ドロー!!」

 一枚のカードを手札に加える。そのカードは、まさしく……彼女が望んだカードだった。

 「私はモンスターカードを裏側守備表示でセット。そして手札から魔法カード、太陽の書を発動!!」

 【太陽の書】
 通常魔法
 裏側表示でフィールド上に存在するモンスター1体を表側攻撃表示にする。

 「このカードの効果により、私はセットしたモンスターカードを表側攻撃表示に。私がセットしたモンスターは、闇霊使いダルクです!!」

 【闇霊使いダルク】
 効果モンスター/☆3/闇属性/魔法使い族
 ・ATK500 ・DEF1500
 (リバース)このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手フィールド上の闇属性モンスター1体のコントロールを得る。

 闇霊使いダルクが表になったことにより、闇がガトリング・ドラゴンにまとわり付き、ダルクが手を引く動作をすると瞬く間にガトリング・ドラゴンがコントロールを奪われて撫子のフィールドに現われる。

 「私はダルクの効果でガトリング・ドラゴンのコントロールを得ます。そして、ガトリング・ドラゴンの効果を発動です」
 「この状況で、それをしますか」
 「どの道、次のターンにはあなたのフィールドにフューチャー・フュージョンのガトリング・ドラゴンが特殊召喚されます。なら、私はこのターンに賭けるしかない。
 分の悪い賭けは、嫌いじゃないですから」

 ニッと笑みを零して、撫子はコイントスを行う。
 一度目は、裏。二度目も、裏。そして、運命の三度目―――。
 彼女が勝利するには、ここで表を出す以外に方法はない。次のターンにはガトリング・ドラゴンが召喚され、ダルクを破壊されることだろう。
 そうなっては本当に勝ち目など消えてなくなる。この一瞬に、賭けるしかないのだ。
 か細いか細い綱渡り。だが、それさえ渡る事が出来たなら―――。

 「表です! 私は、メカ・ハンターを破壊します!」

 彼女は、れっきとした勝者になれる。
 ガトリング・ドラゴンの効果が発動し、メカ・ハンターに一斉掃射が浴びせられ破壊される。
 がら空きになったたまに、もはやなすすべがあるはずもない。

 「これで終わりです! 闇霊使いダルクと、ガトリング・ドラゴンでダイレクトアタック!!」

 たまLP3100→1800→0

 『ブラボォォォォォォ!! まさかまさかの大逆転劇ぃぃぃぃぃ!!』

 どっと、歓声が辺りに巻き起こった。
 二人を包む歓声は、二人に対して惜しげない称賛さんの言葉が送られている。
 ふと、体中の力が抜けていくような気がする。それだけ気を張っていたという事なのだろうと理解するのに、少しだけ時間がかかった。

 「おめでとうございます、撫子様。私達の分も、決勝戦、銀時様達と共に頑張ってください」

 いつの間にか、手を差し伸べているたまの姿がある。
 それを呆然と見上げて、その言葉の意味を理解すると、柔らかな笑みを浮かべて、撫子はうなずいていた。

 「はい。皆さんの分も、頑張ってきます」

 そうして、彼女はたまと握手を交わした。
 そうするとまたどっと歓声が沸きあがって、ついつい恥ずかしくて顔を真っ赤にしてしまう撫子だったが、対してたまはというと平然と佇んでいる。


 準決勝は危うい場面も合ったものの、なんとか勝ち残ることが出来た銀時たち。
 やがて、魔理沙たちの勝負も決着がついたようで、魔理沙たちのチームが勝利したことを告げる司会の声が浪々と響き渡るのであった。



 ■あとがき■
 ようやくデュエルに突入。知らない人のためにカードの詳細も乗っけてますがいかがだったでしょうか?
 それでは、今回はこの辺で。暑さに負けず、皆さんも頑張ってください。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第五十五話「決勝戦!? 主人公同士で戦うことってめったに無いけどそれもまた一興」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:4e6b5716
Date: 2009/07/13 20:29





 決勝戦が始まってからと言うもの、観客達の熱気も覚めやらぬところまで達していた。
 デュエルモンスターズ決勝戦、場所もテレビ局屋上特設スタジオに移動し、その内容は五対五の総当り戦である。

 決勝一回戦は、撫子の霊使いデッキ対アリスのブラックマジシャンデッキ。
 こちらは手数の多彩さやトリッキーさで勝り、アリスが勝利を収める。

 決勝二回戦は、フランのヴォルカニックデッキ対山崎の凡骨エグゾディアデッキ。
 こちらは山崎がエグゾディアパーツをあと一つ揃えれば勝利だったものの、その直前にフランがヴォルカニックデビルを召喚。
 ヴォルカニックデビルのダイレクトアタック+火霊術「紅」でヴォルカニックデビルを生贄に捧げて合計6000ものダメージを与えて勝利となった。

 さて、決勝三回戦はラピスと近藤の勝負と相成ったわけなのだが、ここで一つハプニングが発生する。
 近藤が身につけていた例のポンデリング、見た目はともかくとして本当に妙な力があったらしく、まさかの闇のデュエルが勃発したのである。
 実際に痛みを感じる闇のデュエル。そしてそのまま試合を続行させる司会。高笑いする近藤に、もうなんか色々諦めたような表情のラピス。現実逃避とも言うか。
 そんなこんなでゆるゆると始まった闇のデュエルも、終盤を迎えつつあった。

 【ラピスLP200・近藤LP3000】

 ラピスのフィールドにはモンスターが居らず、対して近藤のフィールドには邪神アバターが悠々と鎮座する。
 アバターはフィールド上の一番攻撃力の高いモンスターより、100ポイント上回る攻撃力となる厄介なモンスターである。
 対して、ラピスはカードを一枚ドローすると、ニィッと表情をゆがめた。

 「私は、ミイラの呼び声の効果で手札からダブルコストンを特殊召喚。そして、ダブルコストンは闇属性モンスターを召喚する場合、このカード一つで二体分の生贄とすることが出来る。
 私はフィールドのダブルコストンをリリース。現われろ! 最強の地縛神、ウィラコチャ・ラスカ!!」

 上空に巨大な心臓のようなものが出現し、それがやがて膨張して光に包まれる。
 そうして現われたモンスターは、このテレビ局の高層ビルよりもなお巨大な黒塗りの鳥のようなモンスター。
 上空にナスカの地上絵のような模様が浮かび上がり、現われた地縛神が甲高い鳴き声を上げて大地を揺るがしていた。
 
 【地縛神 Wiraqocha Rasca】
 効果モンスター/☆10/闇属性/鳥獣族
 ・ATK100 ・DEF100
 「地縛神」と名のついたモンスターはフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
 フィールド上に表側表示でフィールド魔法が存在しない場合このカードを破壊する。
 相手はこのカードを攻撃対象に選択することが出来ない。
 このカードは相手プレイヤーに直接攻撃をすることが出来る。
 このカードが召喚に成功した時、このカード以外の自分フィールド上のカードを3枚までデッキに戻し、戻した数だけ相手の手札をランダムに捨て、
 このカードの攻撃力を捨てた数×1000ポイントアップする。


 「……あー、レッドアイズ・アンデットドラゴンとか出てくるからアンデットデッキかと思ったら……」
 「アンデット地縛神かよ。つーか何この絵面。もはやどっちが悪役かわかんねーよコレ。邪神に地縛神だもん、もろにどっちもラスボスじゃねーか!」

 そんな二人のデュエルを遠巻きに眺めながら、フランが意外そうに言葉を紡ぎ、銀時がその光景に色々ツッコミを入れていたりする。
 その銀時の言葉に同意しているのか、観客席から降りてきた新八と神楽、それどころかお空や撫子までがうんうんと頷いている始末だ。
 そりゃそうだろう。色々壮観な光景だが、今までやられていた鬱憤がたまっていたのか、ウィラコチャ・ラスカの効果発動中に思いっきり高笑いしているラピスの姿もあることだし。
 そんな彼女にたいし、近藤はニィッと笑みを深める。それが気にかかったか、高笑いをやめたラピスは近藤に言葉を投げかけていた。

 「何がおかしい?」
 「くっくっく、言っただろう、コレは闇のデュエルだと。攻撃力が3100となった地縛神で攻撃すれば俺は負ける。だが、それでは哀れな犠牲者にしか過ぎん近藤勲の命は無いぞ、さぁどうする!?」
 「いや、どうするって言われてもなァ……」

 こう、どこぞで見れそうなシチュエーションに、ラピスは困ったように腕を組んで考え込んでいた。
 ぶっちゃけ、アレがどうなろうと心底どうでもいいって言うのがラピスの本音である。
 大体、本来は敵だし、ここで始末した方が後々楽な気はするのだが、さすがにテレビ中継でそれはどうよ? という気はするのである。
 無用な厄介ごとは避けるに越したことは無い。と、そんな風に考え込んでいると、一人の女性がラピスの隣に立った。
 その姿は、ラピスには見覚えの無い人物。しかし、他のよろず屋組にはよく知った人物である。

 「姉上!!? なんでここに!!? ていうか何してるんですか!!?」
 「銀さんやお空ちゃんが出るって聞いたから、天子ちゃんたちと一緒に見学に来ていたのよ。ほら、あそこの観客席に天子ちゃんと衣玖さんも居るわ」

 お妙が指を差したその先には、大きく手を振って自己主張する天子と、その隣で読書に勤しんでいる衣玖の姿が観客席で確認できた。
 それはいい。それよりも、彼女がどうして舞台に上がったのかが理解できないでいた。
 いや、可能性なら一つだけあった。いやでもまさか……と、どこかで否定していたかったのかもしれない。

 「闇ゴリラさん。この勝負であなたがやられれば近藤さんも同じ末路をたどるという事かしら?」
 「その通りだ。それでも攻撃するというのか?」
 「へぇ~」

 ゾクリと、背筋に悪寒が走った。
 お妙は満面の笑みを浮かべていた。そりゃ、見る人が見れば一発で惚れてしまいそうな綺麗な笑みであっただろう。
 だがしかし―――目が全ッ然笑っちゃいなかったのである。
 絶対零度の中に突っ込んでいった方がいいんじゃないかって位に冷たい目が、近藤を見据えていた。

 「不味い、ラピスさん姉上を止めてください!! 姉上はマジだ!!」
 「は?」

 突然の新八の声に、彼女は思わず間の抜けた声を上げていた。
 だがしかし、時すでに遅しとはこういう時の事をいうのだろう。お妙の行動は誰かが知覚するよりもはるかに早く、そして迅速であった。

 「地縛神Wiraqocha Rasca(ウィラコチャ・ラスカ)の攻撃!! デス・シンギュラリティ!!」
 『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?』

 攻撃命令を下したのはラピスではなく、傍にいたお妙である。
 その場に居たラピス、近藤を含む全員が驚愕の声をあげる中、ちゃっかり地縛神がお妙の声に応えて攻撃準備に入っていたりする。

 「待て待て待て待て!! こいつの命がどうなってもイイと言うのか!? コイツはお前の恋人ではなかったのか!!?」

 慌てて言葉にした近藤の……いや、闇ゴリラのその一言の危険性に、この場に居た人々のどれだけが理解できたことだろう。
 傍にいたラピスは背筋に走る悪寒と本能が知らせる危険信号に思わず後ずさり、銀時は「俺しらね」と無視を決め込み、お空は何か嫌なことでも思い出したのか顔を真っ青に青ざめさせた。
 闇ゴリラは知らなかった。お妙が自分の恋人だというのは、所詮彼の妄想でしかないことを。
 対してにっこりとお妙は笑みを浮かべた。残念ながら、額に現われた青筋は一層深く刻み込まれていたが。
 しかしそれも一瞬のこと。その刹那の後には悪鬼の如き形相に早代わりし。

 「くたばれぇ!! ストーカー野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 魂の叫びと共に、ウィラコチャ・ラスカの攻撃が闇ゴリラ……近藤を思いっきり吹き飛ばしたのであった。




 第三回戦、ラピス『アンデット地縛神』VS闇ゴリラ『三邪神』
 結果、途中乱入によりラピス反則負け。













 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第五十五話「決勝戦!? 主人公同士で戦うことってめったに無いけどそれもまた一興」■











 「……なぁ、この行き場のない悔しさはどこにぶつけたらいいんだ?」
 「あ、あははははは……」

 タンカで運ばれていく近藤を視界に納めながら、ぽつりと寂しそうに呟いたラピスに、撫子が乾いた笑みを浮かべて困ったように視線を彷徨わせていた。
 何しろ勝てていた勝負である。それが変な横槍でおじゃんになった上に反則負けじゃ報われない。

 「ま、お妙のやることなすことにいちいち気にしてたら身が持たないよ?」
 「うん、フランの言うとおり。仕方ないよ。お妙さんだもの」
 「姉御じゃ仕方ないアル」
 「姉上ですから」
 「……お前らそれでいいのか?」

 フランの言葉に同意するようにお空が言葉にし、神楽と新八が同意してうんうんと頷いた。
 そんな彼らの何か色々と諦めまくった言葉に、冷や汗流しながらラピスがツッコミを入れると、皆揃ってそっぽを向く。
 そんな彼らから視線を外し、ふと、いつまでもタンカで運ばれる近藤の姿を見送るお妙の姿に視線を向け。

 「チッ、即死すればよかったのによぉ」

 その恐ろしすぎる一言を聞かなかったことにして視線を元に戻した。
 うん、彼女とは関わらないようにしようと深く心に刻み込むと、丁度次の試合を始めるアナウンスが流れ始めた。

 「銀さん、頑張ってください!」
 「そうネ! 私達の豊かな食卓は銀ちゃんにかかってるアル!!」

 新八と神楽の声援にも、どこか気だるげな様子でポケットに手を突っ込み……そのままピタリと硬直した。

 「ちょっと銀時、早く上がってきなさいよ」

 舞台のほうからめんどくさそうな声で霊夢が言葉にするが、銀時は冷や汗をだらだら流し始めて、ギリギリと首を軋ませながらお空たちに振り向いた。
 嫌な予感がする。こう、その行動の一部始終がある一つの可能性を提示しているような気がしてならない。
 そして案の定、銀時は冷や汗をだらだらと流したまま、ポツッと一言。

 「デッキ忘れた」

 ピシッと、空気が凍った気がした。
 無論、空気が凍ったとは所詮錯覚に過ぎないのだが、なんだかあたりの気温がぐんぐん下がっている様な気がするのはどういうことか。
 誰も口を開けない。いや、彼の言葉の意味を理解するのに時間がかかっているのか、あるいは理解していても頭が拒否しているかのどちらか。
 そしてたっぷり30秒、某スタンドもびっくりな時間停止を体験したような錯覚の後、あらためて時が動き出した。

 「ちょっとぉぉぉぉぉ!! どういうことですか銀さぁぁぁぁぁん!!?」
 「そうネ! お前私の豪勢な食事をどうしてくれるアルかコンチクショォォォォォォォ!!」
 「うるせーよ!! 忘れたもんは仕方ねぇだろーがコノヤロー!!」
 「うわ、開き直ったよこの人!!?」

 新八と神楽に詰め寄られた銀時だったが、半ば逆切れに近い形で開き直った。
 その事で傍にいたフランが苦言を零したものの、その言葉も銀時を余計に開きなおさせる要因にしかならなかった。
 ぎゃぎゃーと騒ぎ立てるよろず屋チームを冷やかな視線で眺めながら、霊夢がポツリと一言。

 「ねぇ、まだ?」
 「ちょーっと待ってー!! 俺のデッキが家出したー!! 銀さんのデッキが意思に反してボイコットしてるぅー!!」
 「それ要するに忘れたって事でしょ?」

 そして色々言い訳並べ立てる銀時にも、ばっさり一言で斬って捨てる霊夢はこれまた容赦が無い。
 司会が時計を気にし始めたところで、ヤバイと感じたかなおの事慌しくなるよろず屋チーム。
 そりゃそうだろう。この決勝戦は総当り戦。よろず屋はただでさえ負け越しているのである。ここで棄権負けにでもなろうものなら負け決定である。

 「誰か、誰か予備のデッキ持ってねぇか!!?」
 「うにゅ、私一つしか持ってきてないよ!」
 「……私もです」
 「私もコレだけよ。どうするの、本当に棄権になっちゃうわ!」

 あーだこーだと言い合いながら、しかし大会用に一つのデッキしか持ってきてないのだから当然あるはずも無い。
 ところがである。ラピスがごそごそとポケットをあさると、一つ別のデッキケースが出てきた。
 彼女が元々見学する気だったのがここで幸いになったのだろう。予備もいくつか持ってきていたのである。

 「あ、そういや突っ込んだままだったか」
 「よし、それ使う!! ちょっと貸せ!!」
 「え、いや待てそのデッキは―――!!?」

 ラピスの静止の声も聞かずに、銀時は彼女の手からデッキを掻っ攫うと舞台に上がっていき、デッキケースからデッキを取り出すとそのままデュエルディスクに装着。
 「あー……」などと苦々しい声が聞こえてきたが、あえてスルーしつつ霊夢に視線を向けた。

 「待たせたな」
 「来なくてよかったのに。めんどくさいし」

 銀時の言葉に、霊夢は「ハァ……」と小さくため息をついて、あらためて彼に視線を向けた。

 「それじゃ、始めましょうか」
 「おう」

 慌しく始まったデュエル。銀時はデッキをシャッフルすると、初期手札を5枚引いてその内容を見て―――完膚なきまでに固まった。

 「ラピスきゅぅぅぅぅん!!? このデッキ何!!? いきなり初期手札がありえないんだけどぉ!!?」
 「うにゅう……ねぇねぇ、ラピスが出してた地縛神ってさ、なんで最強なの? 他の地縛神の方が使いやすくない?」
 「あぁ、アレか。あれの原作の効果がチートでな、バトルフェイズスキップする代わりに相手のライフを1に出来たんだよ」
 「あぁ、知ってる知ってる。ウィラコチャはチートだったよねぇ、原作は」
 「オィィィィィ!! お空とフランと雑談してねぇでこっちの質問に答えてぇぇぇぇぇ!!!?」

 悲鳴に近いツッコミを入れつつ振り返るものの、当の本人はお空とフランと一緒に雑談に興じており、全然銀時の話を聞いていなかったりする。
 そして再び上がった悲鳴でようやく彼女は銀時に視線を向けた。

 「人の話を聞かないあんたが悪い。それまだ試作で回してないんだよ。デッキコンセプト的に相当重いはずだから、気をつけて回せよ!」
 「重いなんてもんじゃないんですけどもぉぉぉぉぉ!!!? お前コレもうヘヴィ級なんてもんじゃねぇよスーパーヘヴィ級だよ!!? お相撲さんが5人手札に乗っかってるよぉ!!?」

 よっぽど手札が悪いのか、銀時は半ば悲鳴に近いツッコミを入れながら仕方なく霊夢に向き直る。
 デッキからカードを一枚ドローするものの、召喚できるモンスターを引かなかったのでそのままターンエンド。
 霊夢のターンがまわってきて、彼女はカードを一枚引くと手札からモンスターカードを一枚召喚する。

 「私は手札からE・HEROエアーマンを召喚、デッキからHEROと名のついたカード一枚を手札に加えるわ。私が手札に加えるカードはE・HEROプリズマーよ」

 【E・HEROエアーマン】
 効果モンスター(制限)/☆4/風属性/戦士族
 ・ATK1800 ・DEF300
 このカードが特殊召喚に成功したとき、次の効果から1つを選択して発動することが出来る。
 ●自分フィールド上に存在するこのカード以外の「HERO」と名のつくモンスターの数までフィールド上に存在する魔法または罠カードを破壊することが出来る。
 ●自分のデッキから「HERO」と名のついたモンスター1体を手札に加える。

 【E・HEROプリズマー】
 効果モンスター/☆4/光属性/戦士族
 ・ATK1700 ・DEF1100
 自分のエクストラデッキに存在する融合モンスター1体を相手に見せ、そのモンスターにカード名が記されている融合素材モンスター1体を自分のデッキから墓地に送って発動する。
 このカードはエンドフェイズ時まで墓地へ送ったモンスターと同名カードとして扱う。
 この効果は1ターンに一度しか使用できない。

 「E・HEROエアーマンでダイレクトアタックよ」
 「ごふっ!?」

 銀時LP8000→6200

 モンスターから攻撃されて思いっきり仰け反る銀時。そしてライフがごっそり減らされたが、そんなことよりも銀時にとっては無視できない現象が起こっていたりする。

 「オィィィ!! なんか痛みがあるんだけどコレ!!? 何がどうなってんのぉ!!?」
 「さぁ、さっきの闇のデュエルとやらの名残が残ってんじゃないの?」

 鼻血たらしながら思いっきり抗議する銀時に、心底めんどくさそうに応えたのは霊夢である。
 それから彼女はターン終了を宣言すると、再び銀時のターンがまわってきた。

 「俺のタァァァン!! ドロォォォォ!!」
 「なんか段々やけっぱちになってきたわねアンタ」

 半ばやけくそ気味にカードを引く銀時の様子に、どこか呆れたような霊夢の言葉が飛んでくる。
 その言葉に彼女にしては珍しく、同情というか哀れみの感情が混じっていたような気がしないでもない。
 そんな哀れみの言葉にもめげずにカードを確認。すると、銀時の表情がニィッと歪んだ。

 「俺は融合のカードを発動!! 手札のブルーアイズ・ホワイトドラゴン3枚を墓地に送り、来い、ブルーアイズ・アルティメットドラゴン!!」
 「あー、やっぱそういう事故起こしてたか……」

 【青眼の白竜(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)】
 通常モンスター/☆8/光属性/ドラゴン族
 ・ATK3000 ・DEF2500

 【青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)】
 融合モンスター/☆12/光属性/ドラゴン族
 ・ATK4500 ・DEF3800

 意気揚々と融合召喚を果たした銀時を他所に、そのデッキを作った本人はと言うとボソッと小さく呟いていたりする。
 それをあえて耳にしないようにしながら、銀時は握りこぶしを作りながらブルーアイズに攻撃命令を下していた。

 「ブルーアイズ・アルティメットドラゴンでエアーマンを攻撃! アルティメット・バースト!!」

 霊夢LP8000→5300

 ブルーアイズの攻撃が直撃し、跡形も無く吹き飛ぶエアーマン。
 霊夢のLPがこれまた勢いよくごっそりと減っていく。原作で有名なカードであることもあって会場がどっと歓声に沸くが、霊夢は特に気にした風も無く依然と佇んでいる。
 と、少し気になった考えが浮上したのか、銀時はいぶかしむように彼女に言葉を投げかける。

 「……あれ、痛くねぇの?」
 「そうね、そういや痛くないわ。名残なくなったんじゃないの?」
 「おぃぃぃぃぃ!!? 何この扱いの違い!!? 銀さん泣くよ? マジで泣くよ!!?」

 いくらなんでもタイミングのよすぎる前デュエルの名残の消え方に、銀時がたまらずツッコミを入れるが、霊夢は小さくため息をつくのみである。
 いや、まぁ確かにタイミングよすぎる気がするけどね。と心の中で思いつつ、彼の涙ながらのターンエンドと同時にデッキに指をかける。

 「私のターン、ドロー。私は手札から一枚セットし、更に魔法カード発動、デュアルサモン。私はこのターン二度通常召喚を行うことが出来る。私は手札からモンスターを守備表示で召喚。
 そのモンスターをリリースし、現われなさいE-HEROマリシャスエッジ」

 【E-HERO(イービル・ヒーロー)マリシャスエッジ】
 効果モンスター/☆7/地属性/悪魔族
 ・ATK2600 ・DEF1800
 相手フィールド上にモンスターが存在する場合、このカードは生け贄1体で召喚することが出来る。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 「更に、私は手札から地割れの魔法カードを発動。相手フィールド上の最も攻撃力の低いモンスター1枚を破壊するわ。
 あなたのフィールドにはブルーアイズが1枚のみ。よって、ブルーアイズ・アルティメットドラゴンを破壊よ」

 彼女の宣言と共に地面がわれ、その中に飲み込まれていくブルーアイズ・アルティメットドラゴン。
 攻撃力4500ものモンスターが居なくなり、壁が居なくなったことで思いっきり攻撃できる条件が整った。

 「バトルフェイズ、マリシャスエッジでダイレクトアタックよ」

 銀時LP6200→3600

 銀時にマリシャスエッジの攻撃が直撃。するとライフが見る見るうちに削れていき、あっという間に残りライフが半分を切ってしまった。

 「あー、これはもう駄目かしら」
 「おいフラン、やめてくんないその諦め。銀さんはまだ諦めてねぇよ。絶対に諦めねぇ! だって三百万がかかってるんだもの!! 負けるわけにいくめぇよ!!」
 『お前どんだけ金がほしいんだよ!!?』

 劣勢な銀時の様子にフランがポツリと呟くと、何やら不屈の闘志をあらわにする銀時であったがその内容は大分不純である。
 そんな銀時にたまらずラピスと新八が揃ってツッコミを入れ、お互いのシンクロッぷりに思わず肩を組んで「今度のみ行くか?」とか何とか意気投合していたりする。
 そんな彼らに言い聞かせるように、銀時は再び言葉を紡ぐ。

 「確かに、俺の今の状況は劣勢だ。けどよ、だからって引けるかよ。男にはな、引いちゃならねぇ、譲っちゃならねぇ一線がある。
 それすら守れねぇようなら、そいつは本当に負け犬になっちまうだろうさ。
 どいつだって守りてぇもんがある。譲りたくねぇ矜持がある。劣勢だからって諦めてたら―――勝てるものも勝てなくなるさ。
 だからここは諦めねぇ。諦められねぇ。ここで俺が負けたら―――お空の約束が果たせなくなるだろうが!」

 その啖呵に、ハッとしたのは誰だったか。
 銀時が自身のデッキに指をかける。その瞬間、彼の手が眩く発光し始めたではないか。
 その光景に、会場の誰もが息を呑んだ。一体何事かと目を細めるもの、何が起こったのかわからずに困惑するものと様々だ。
 そんな中で、霊夢はあらためて銀時に視線を向ける。
 普段、ぐーたらでやる気がなくて色々ダメなところしか見せない男が、ここに来てやる気になっている。
 その姿が、酷くまぶしい。彼のそんな真面目なところを見たのは、霊夢にとっては天子が異変を起こしたあの時以来だ。
 随分、久しいなと頬を緩める。そう思ったのも束の間、銀時はカードを一枚引き抜いた。

 「確かに、アンタの言う通りね。諦めたらそこで全ては終わるわ」

 彼女の言葉が届いているのか、銀時はそのまま引いたカードを発動させる。
 儀式魔法を使ってデッキからレベル4の通常モンスター2枚を墓地に送り、銀時の手札から攻撃力3000の騎士が召喚された。

 「そういえば、アンタは幻想郷に居るときからそうだったわね。普段グーたらでやる気なくて、でも仲間のためならいざって時には真面目になってた」

 続く霊夢の独白に近い言葉。その間に、彼は更に手札から魔法カード竜の鏡(ドラゴンズミラー)を使い、フィールドに召喚された騎士と墓地の青眼の究極竜を除外する。
 そしてフィールドに現われたのは、究極の竜に跨った究極の騎士だった。
 究極竜騎士(マスター・オブ・ドラゴンナイト)、攻撃力5000にも及ぶ最上級融合モンスターが、霊夢の眼前に展開された。

 「本当、そういうところばかりは感心するわ」

 苦笑を零し、霊夢は言う。銀時が手札から装備魔法、巨大化を発動し、究極竜騎士に装備したのが見えて、疲れたように、でもどこか嬉しそうにため息をついていた。
 巨大化の効果で、攻撃力10000に倍加した究極竜騎士に、会場から割れんばかりの歓声が耳に届く。

 「まぁ、でも―――」

 穏やかな笑み。それが意味するものは、はたしてなんだったのか。
 銀時が攻撃を宣言する。巨大化した究極竜騎士が、霊夢のフィールドに存在するマリシャスエッジに攻撃を放つ。
 今まさに、攻撃が直撃しようかと言うその瞬間。

 「そのことは今回のこととはコレッぽっちも関係ないけどね」

 遠慮なく伏せていた罠カードを発動させるのであった。
 出現したのは不思議な筒。それは究極竜騎士の攻撃を吸い込み、そして全てを吸い尽くして行く。
 そして撃ち返される10000ものダメージが銀時に直撃するのであった。

 【魔法の筒(マジックシリンダー)】
 罠カード(制限)
 相手モンスターの宣言時に発動することが出来る。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、その相手モンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 銀時LP3600→0

 『散々カッコいいこと言って結局負けたぁぁぁぁぁぁぁ!!!?』

 よろず屋チームから上がる盛大なツッコミ。それを背後に聞きながら、霊夢は満面の笑顔で舞台から降りる。
 そんな彼女に、魔理沙は冷や汗流しながらポツリと一言。

 「お前、相変わらず容赦ないな」
 「当たり前でしょ、生活費がかかってるもの」
 「って、お前も金かよ!」

 ドンだけそっくりなんだよお前等。とは、さすがに言葉にしなかった。
 霊夢が銀時と似ているといわれるのが嫌いなのを知っているので、それを言うと問答無用で夢想封印が飛んでくる。
 君子危うきに近寄らずとは、よく言ったもんである。
 ふと、向こうの方に視線を向けると、ギャーギャーと大騒ぎしている銀時たちの姿があった。
 いや、楽しそうだねぇと苦笑しながら、魔理沙は舞台に上がっていく。

 『さぁ、優勝者が決定しました!! 勝者は―――』
 「悪い、司会者。コレ借りるぜ」

 優勝者を告げようとした司会者のマイクを奪うと、魔理沙は銀時たちのほうに歩みを進める。
 ぱちくりと眼を瞬かせる司会者を他所に、彼女は銀時と一緒に居たお空を視界に納める。
 そうして、彼女と眼があった。
 ニィッと彼女は口の端を釣り上げると、マイクを通して言葉を紡ぎだす。

 『悪いな、観客の皆。生憎、私には約束があってな。このままじゃ終われないのさ。悪いが、もう少し付き合ってもらいたい』

 彼女の突然の宣言に、会場がシンッと静まり返る。
 その空気の中、魔理沙はかまわず言葉を続けて行く。

 『確かに、チームとしての勝負は決着がついちまった。そいつは仕方がねぇし、変わることのない事実だ。
 けど、それがどうした!? まだ私と、アイツが居る!! チームとしての勝敗なんて関係ない! 私は、霊烏路空、お前と勝負をつけに着たんだぜ!』

 ビシッと、お空を指差しながら魔理沙は声を張り上げる。
 相変わらず不適な笑顔を貼り付けて、『上がって来いよ』と言葉を続けた。
 その彼女の言葉に戸惑いを覚えていると、ふと、後ろから声がかかる。

 「行って来いよ、お空。約束だったんだろ?
 お膳立ては整ったんだ。誰が文句言おうが、俺がお前達の邪魔はさせねぇ。存分に戦って来い」

 後ろを振り向けば、気だるげだけど、どこか温かみのある笑みを浮かべた銀時が居る。
 その言葉に、後押しされる。心に温かいものが流れ込んできて、ほかほかと温かくなったような気がした。
 辺りを見回せば、新八も、神楽も、お妙も、フランも撫子も、みんな頷いて笑みを浮かべている。
 一人だけ、仏頂面をしたままふいっと顔を背けたが、それが逆に微笑ましくてなんだかおかしかった。

 「行ってくるね、銀さん」
 「おう、ガツンと叩きのめしてやれ」

 彼の言葉に送られて、お空は舞台に上がる。
 その瞬間、静まり返っていた会場がどっと沸きあがり、盛大な歓声と拍手をもって彼女を迎え入れた。

 『ブラボォォォォォ!! まさかまさかのラストバトル!! 勝ち負けを超えた世紀の一戦、まさしくラストにふさわしいでしょう!!』

 一体いつの間に予備のマイクを取り出していたのやら、大声を張り上げて観客をあおっている司会者。
 そんな司会者など目に入らないのか、お空と魔理沙はお互いに対峙し、クスクスと笑いあった。
 もはや、言葉は要らない。後はカードで語るのみ。言葉にするのは、全てを出し切った後でも遅くないから。

 「行くぜ、お空! 私のターン、ドロー!! 私はカードを一枚伏せ、モンスターを守備表示で召喚してターン終了だ」

 魔理沙のターンが終了したのを確認し、お空は一度深呼吸してから、あらためてデッキに指をかける。

 「私のターン、ドロー! 私は二枚のカードを場に伏せ、フレムベル・ヘルドッグを召喚!」

 【フレムベル・ヘルドッグ】
 効果モンスター/☆4/火属性/獣族
 ・ATK1900 ・DEF200
 このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地に送ったとき、自分のデッキから「ヘレムベル・ヘルドッグ」以外の守備力200以下のモンスター1体をフィールドに特殊召喚する事が出来る。

 溶岩で出来た犬のモンスターが召喚される。匂いまで再現しているのか、お空にとっては嗅ぎ慣れた溶岩の匂いが妙に心地よかった。

 「行くよ、魔理沙。フレムベル・ヘルドッグで裏守備モンスターを攻撃!」

 フレムベル・ヘルドッグが体当たりで裏側モンスターを破壊。すると、砕け散ったモンスターはサーチカードのクリッターだったらしく、彼女はデッキから召喚僧サモンプリーストを手札に加えた。

 「私もフレムベル・ヘルドッグの効果が発動するよ。私は自分のデッキから、フレムベル・マジカルを特殊召喚。そのままダイレクトアタック!」

 【フレムベル・マジカル】
 チューナー・効果モンスター/☆4/火属性/魔法使い族
 ・ATK1400 ・DEF200
 自分フィールド上の「A・O・J」と名のついたモンスターが存在する限り、このカードの攻撃力は400ポイントアップする。

 魔理沙LP8000→6600

 「更に、メイン2でレベル4のフレムベル・ヘルドッグと、レベル4のフレムベル・マジカルをチューニング!
 集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、スターダスト・ドラゴン!!」

 【スターダスト・ドラゴン】
 シンクロ・効果モンスター/星8/風属性/ドラゴン族
 ・ATK2500 ・DEF2000
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 「フィールド上のカードを破壊する効果」を持つ、魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、このカードをリリースすることでその発動を無効にし破壊する。
 この効果を適用したターンのエンドフェイズ時、この効果を発動するためにリリースされ墓地に存在するこのカードを、自分フィールド上に特殊召喚することができる。

 白銀の竜が、フィールドに舞い降りてお空の傍らに佇んだ。
 お空よりもはるかに大きい体躯のそのモンスターは、あの時、魔理沙が彼女に渡したカードであった。
 その雄姿を見て、魔理沙はクッと笑いながら帽子のつばで目元を隠した。
 それでこそ、倒しがいがあるというもの。外野の歓声がやたらと騒がしいが、そんなこと知ったことではないと魔理沙はカードを一枚引く。

 「私は手札から召喚僧サモンプリーストを召喚! 更に、私はサモンプリーストの効果を発動。手札から魔法カードを一枚墓地に送り、レベル4チューナー、ハイパー・シンクロンを特殊召喚。
 そして、そのままシンクロさせてもらう!
 出て来い、レッド・デーモンズ・ドラゴン!!」

 【召喚僧サモンプリースト】
 効果モンスター(準制限)/☆4/闇属性/魔法使い族
 ・ATK800 ・DEF1600
 このカードはリリースできない。
 このカードは召喚・反転召喚に成功したとき、守備表示になる。
 1ターンに1度、手札から魔法カード1枚を捨てることで、自分のデッキからレベル4のモンスターを特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚したモンスターは、このターン攻撃できない。

 【ハイパー・シンクロン】
 チューナー・効果モンスター/☆4/光属性/機械族
 ・ATK1600 ・DEF800
 このカードがドラゴン族モンスターのシンクロに使用され墓地に送られた場合、このカードをシンクロ素材にしたシンクロモンスターの攻撃力は800ポイントアップし、エンドフェイズにゲームから除外される。

 【レッド・デーモンズ・ドラゴン】
 シンクロ・効果モンスター/☆8/闇属性/ドラゴン族
 ・ATK3000 ・DEF2000
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 このカードが相手フィールド上に存在する守備表示モンスターを攻撃した場合、ダメージ計算後相手フィールド上に存在する守備表示モンスターを全て破壊する。
 このカードが自分エンドフェイズ時に表側表示で存在する場合、このターン攻撃宣言していない自分フィールドのこのカード以外のモンスターを全て破壊する。

 お互いのフィールドにエースモンスターが君臨する。
 お空も、そして魔理沙も、ニィッと笑みを浮かべて、楽しそうに笑いあった。
 約束は、今ここになされたのだ。あとは、ただただお互いの死力を尽くすのみ。
 この日、テレビ局に設置された会場で、覚めやらぬ熱気に包まれたまま約束の勝負は続けられたのだった。




















 すっかりと夜も遅くなり、彼らは悠々と帰路についていた。
 銀時の背中にはぐっすりと眠りにおちているフランが背負われており、神楽も定春の背中で爆睡中である。
 結局あの後、お互いに長引いた勝負は引き分けに終わり、しかし名勝負だったと二人には惜しみない拍手が送られた。
 一緒にチームメイトをやっていたラピスは、いつの間にか居なくなっていたが、縁があればそのうち出会うこともあるだろう。

 「やー、楽しかったよ。あんなに熱中したの、魔理沙や霊夢と弾幕勝負したとき以来かな」
 「そうかい。そりゃよかったじゃねぇか」

 心底楽しそうに言葉にしたお空に、銀時は苦笑しながら言葉にする。
 撫子は新八と共に談笑しており、こちらの会話には気がついていないようではある。
 そんな二人から視線を外し、銀時はハァ……と小さくため息。

 「結局、賞金は全部町の修理代だからなァ」
 「あはは、確かにそうだね。でもさ、足りない分はラピスが出してたけどさ、あの袋の中身ってなんだったのかな?」
 「さぁな、興味ねぇよ」

 彼のいうとおり、せっかくの賞金は待ちの修理代で請求されて一円も残らなかった。
 賞金に興味のなかった魔理沙はともかく、賞金目当てだった霊夢と銀時はガクッと膝を折ったもんである。
 そんな中、足りない分を払っていたラピスだったが、彼女が手渡したのは少し小さかったがダイヤの原石である。それも数個。
 その事を知らなかった銀時は、はたして幸運と思えばいいのやら不幸と思えばいいのやら。
 どちらにしろ、気晴らしにはなったという事でよしとするかと、銀時は苦笑した。

 「さて、今日はもう寝るかね」
 「そうだね、私もくたくたー」

 そんな会話を交わしながら、彼らはよろず屋の玄関をくぐった。
 今日は疲れもしたが、それ以上に思い出の残る一日だっただろう。
 そして、彼らは自宅の居間にたどり着いて―――完全無比に硬直した。

 だって、そこに―――魔王が居たから。主に鴉と兎の。

 あちゃー、忘れてたーと銀時とお空が二人揃って心底後悔していると、青筋を浮かべた二人がにっこりと笑いかけてきた。

 「銀さん、私のこと忘れて随分と楽しそうでしたねぇ。早めに気がついたからあとで駆けつけて驚かそうと思ってしばらく様子見てたのに、病院による気配もないなんて……」
 「本当、電話にも出ないしさぁ。そこんとこどうなの?」

 二人が怖い。どのくらい怖いかって言うと定春が問答無用で自分の主人連れて幻想郷の入り口に我先にと逃げ込むぐらい怖い。
 ついでに、新八にいたっては撫子つれてとっととお登勢さんの家に避難する始末である。
 冷や汗が止まってくれない。悪寒がひしひしと全身にいきわたる。そんな二人を、今まで綺麗さっぱり銀時たちに忘れられていた文と鈴仙は、にっこりと死なす笑みを浮かべ。

 『少し、頭冷やそうか?』





 ―――その夜、逃げそびれたマダオと地獄鴉の悲鳴が辺りに木霊したとかなんとか。






 ■あとがき■
 今回で遊戯王編は終わりになります。本当はもっと長かったんですが、様々な意見をいただき、それを考えて大幅に削って現在の形となりました。
 とりあえず、やりたかったところだけを詰め込んで、そのほか色々と書き換えました。
 確かに、前回の話は銀魂らしさも東方らしさも皆無であり、前回の話で不快にさせた方も多かったように見受けられました。
 この場を借りて、謝罪させていただきます。本当にスミマセンでした。
 今回の話、結局中身は遊戯王バトルですし、オリキャラも相変わらず居ますが、それでも銀魂らしさや東方らしさが出せて入れればいいなと、そう思います。


 それから、厳しい意見から庇ってくれようとした読者の皆さん、お気持ちは非常にありがたいのですが、管理人さんが指定なさるとおり、コメントへのコメントは禁止されております。
 庇ってくれた手前、非常に心苦しいのですが、以後は批判的な意見があってもそれにコメント、あるいは特定のコメントに向けて挑発に見えるようなコメントは自粛ください。
 お気持ちは嬉しかったです。本当にすみません。

 それでは、気を取り直して。次回はギャグ……系かな。
 こんな作者の作品でよければ、また次回、見てもらえると嬉しいです。
 では、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第五十六話「子供は風の子、元気な子……て元気すぎるだろうがぁぁぁぁぁ!!?」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:4e6b5716
Date: 2009/07/15 20:59






 今回、よろず屋の面々に久しぶりに依頼が入った。
 その依頼内容は子供の子守であり、依頼人は幻想郷駐在の出産間近の妊婦さんである。
 そういうわけで、彼らは妊婦さんの手伝いをする係と、子供の子守をする係とで別れることになった。
 話し合いという名のじゃんけんの結果、妊婦であるい奥さんの手伝いを万が一のことを考えて医療知識のある鈴仙を筆頭に、フラン、神楽、阿求、そして文。
 子守を担当することになったのは銀時と新八と天子、そして―――。

 「それじゃ、これからヨロシクね? ゆーちゃん?」
 「だー!」

 ものすんごいサディスティックな笑顔を浮かべて子供と握手している風見幽香であった。











 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第五十六話「子供は風の子、元気な子……て元気すぎるだろうがぁぁぁぁぁ!!?」■











 「不味いですね」
 「あぁ、不味いな」
 「不味いわよね、どう考えても」

 新八、銀時、天子の三人が冷や汗流しながら目の前の光景を見ている。
 人里の人々がちらちらと此方を伺っているのをあえて見ないようにしながら、彼らはどうしたものかと頭を悩ませていた。
 何しろ、あの幽香が子供の世話である。どう考えたってろくなことにはなるまい。

 「さぁゆーちゃん、高い高いしてあげるわね?」
 『駄目ッ! あんたはきっとその子に強烈なバックスピンをかける!!』

 両手で子供を抱えて言葉にした幽香に、大慌てで新八と天子が止めにはいる。
 幸いといっていいのかどうかわからないが、依頼人の家は子供達が遊ぶ広場のすぐ隣なので、依頼人の目が届く。
 さすがに、幽香もそこまで考えなしではない……と、思いたい。
 さてさて、その肝心の子供の名前は優。先ほどから幽香がゆーちゃんと呼んでいるのがその子である。
 どうにも幽香になついているようで、先ほどからべったりの様子なのだ。
 だからなおの事、銀時たちはハラハラすることになるわけなのだが。

 「いいか、新八、てんこ。幽香とあのガキから絶対に目ぇ離すなよ」
 「わかってますよ銀さん。万が一があったらえらいことになります」
 「えぇ、そうね。あのドSが何をするかわかったもんじゃないわ。あとさりげなくてんこ言うな」

 銀時が二人を集めて耳打ちすると、新八も天子も同意するように頷いてくれた。
 風見幽香の悪評は周知の事実。君子危うきに近寄らずとはこのことなのか、広場で遊んでいる子供達はともかく、大人たちはその子供をつれて広場の隅の方に避難する始末。
 それでも、幽香が一時期カフェでウェイトレスをやっていたおかげか、何人かは平然と居座っている図太い神経のものが何名か居たが。

 「ねぇ銀さん。とりあえず迷子になったらいけないから、この子を抱っこしてましょうか?」
 「……いや、お前はそのまま絞め殺しそうだから却下」

 幽香のトンでも発言に銀時が青筋浮かべながら返答すると、「残念」と呟いてため息を一つ。
 ため息をつきたいのはこっちだと思ったが、どちらにしろ言っても無駄なことは周知の事実なので何も言わないが。

 「じゃ、こっちの紐付きの腕輪にしましょうか。コレならまだ怖くないでしょ?」
 「まぁ、それなら……。その代わり、天子、見張り任せた」
 「えぇ、了解」

 そうして彼女が取り出したのは一対の紐で繋がった腕輪であった。
 自分に付けて、それから子供の腕に装着させる幽香を見ながら、心底疲れたように銀時が苦言をもらし、天子が頷いたが、幽香本人はそんな苦言などどこ吹く風だ。

 「さ、好きなように動いていいわよ、ゆーちゃん」
 「だー!」

 幽香の言葉に、元気よく声を張り上げるゆーちゃん。
 不安を残す三人を他所に、幽香と繋がった状態のゆーちゃんは勢いよく―――爆走し始めた。
 もう一度言おう。爆走、である。

 「……銀さん、ぼく疲れてるんですかね。幽香さんが凧みたいになってるんですけど」
 「大丈夫だ新八。俺もそう見える」
 「凧かぁ、懐かしいわねぇ。人間だったころにやったっけなァ、私も」

 三人が半ば呆然とした様子で言葉を零す中、子守をするべき対象は土煙を巻き上げながら楽しそうに大爆走中。
 その勢いのあまり、腕輪で繋がった幽香が空中に浮き上がりぶらぶらと揺られていたりする。

 「ちょ、ちょっと待ちなさい! 待ちなさいったら!! ねぇ、ちょっとぉ!!?」

 幽香の静止もなんのその。よっぽど面白いのか妖怪も真っ青な速度で広場を駆け抜けて行くゆーちゃん。
 幽香も止まらせようと必死になっているようなのだがピクリともしないこの不思議。
 近所の方が「すわ、異変か!?」とびっくりなさっておいでだったが、それも無理らしからぬことであろう。

 一方その頃の、家の中の奥さんの手伝い組である鈴仙たちはと言うと。

 「……ねぇ、鈴仙。目の錯覚かな? なんか幽香が涙目で悲鳴上げてるんだけど」
 「フラン、見ちゃ駄目。あれはきっと幻覚とかそんな類だから」

 全力で見なかったことにしたとか何とか。

 そんなこんなでたっぷり30分。
 そこには心底つかれきった様子で膝を突く風見幽香とは対照的に、ご満悦な表情で心底楽しそうなゆーちゃんの姿。
 あの幽香が膝を突いてぜーはーいってる姿も中々レアである。

 「幽香さん、大丈夫ですか?」
 「だ……大丈夫よ。あの子本当に人間なの? サ○ヤ人の血でも引いてるんじゃないでしょうね?」
 「……あー、否定できないのがちょっと怖いわね」

 ぐったりしている幽香に心配したように言葉をかける新八に、幽香は恨みがましい視線をゆーちゃんに向けて言葉を零し、それを否定できなかったのか微妙な顔で天子がポツッと呟く。
 何しろ、幽香を引っ掻き回したほどの猛者である。言葉もロクに喋れぬうちからコレでは、彼女の成長が非常に恐ろしい。
 その内、手から「波ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」的なビームを出してなんかいろんな者を滅殺してそうな勢いである。

 「およよ、銀さんじゃない。何々、仕事? 私も手伝おうか?」

 そんな彼らにかかる声一つ。
 どこかで聞き覚えのある声に反応してそちらに視線を向けてみれば、水色の髪と赤と青のオッドアイが特徴的な少女が、お化け傘を片手に佇んでいる。
 多々良小傘。それが少女の名であり、からかさお化けの妖怪である。

 「なんだ、小傘かよ。銀さんたち忙しいから、ほら向こうに行った行った」
 「う、ひどいなぁ。それはつまりわちきが役立たずと申すか!?」

 小傘の顔を見た銀時はと言うと、めんどくさそうにしっしっと追っ払おうとするが、それに反応してむーっとした顔で抗議する小傘。
 ところがだ。周りの天子と幽香はと言うと、うんうんとしきりに頷いているのだから酷い話である。

 「うわぁぁぁぁん!!! ちくしょー!!」
 「待ってください小傘さん!! 子守の手伝いお願いしていいですか!!?」

 そんな彼女たちを見て泣きながら走り去っていこうとする小傘を、基本的に人のいい新八が放って置けるはずもなく、大慌てで待ったをかける。
 それで少しは気が晴れたのか、未だに目尻に涙を残しながらも「ホント!?」と嬉しそうに振り返ってきた。

 「えー、あの子いても変わんない気がするんだけど」
 「天子の言う通りね。何かが出来るわけでもなさそうだし」
 「新八ー、情けかけてもそいつのためにはならねぇんだぞ?」
 「あんた等ちょっと黙れぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 しっかし、他のメンバーって言うもんは容赦って物を知らないらしい。
 再び泣き出しそうになった小傘を新八が慰めていると、面倒を見ていたゆーちゃんがとてとてと此方に歩み寄ってくる。

 「うー、うー」
 「えへへ、ありがとう。慰めてくれるの?」

 目尻にたまった涙を拭い、小傘はしゃがみこんでゆーちゃんの頭を撫でる。
 すると彼女は気持ちよさそうに目を細め、どこか喜んでいる様子であった。
 その光景が、どこか微笑ましいもののように見えて、銀時にも自然と頬が緩むのが感じられた。
 まぁ、あいつが居てもいいかとそんな風に思いながら、彼はやれやれと腕を組んだ。
 そう、いい気分に浸っていたのも束の間―――

 「たかーい、たかーい!」

 すぽーんっ!

 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」

 小傘がゆーちゃんに空高く放り上げられていた。
 「は?」と間の抜けた声を上げる一同をよそに、ドンドンと空高く上っていく小傘。
 やがてその姿は雲を突き抜けたあたりで視認が不可能になり、なんともいえない空気が流れ始める。
 沈黙はたっぷり20秒、ようやく思考がまともに戻ったのは新八であった。

 「って、小傘さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!?」
 「よせ、新八。小傘はな、星になったんだ。アイツは俺達の心の中でいつまでも生き続けていられるさ」
 「縁起でもないこといわないでくださいよ!?」

 空高くに放り投げられた小傘の名を呼ぶ新八に、肩をたたきながら達観したように銀時が言う。
 無論、そんな言葉に納得行くはずもなく新八が盛大にツッコミを入れていたりするが、当の小傘はと言うとしっかりと天子に抱きとめられて無事であった。
 もっとも、突然の事態に目を回して気絶していたが。

 「銀さん、この子どうするの? 一応、無事みたいだけど」
 「しょーがねぇ。てんこー、オメェが面倒見とけ。俺達はあのサ○ヤ人ベイビー相手にするわ」

 問いかける天子の言葉に、銀時は気だるげな様子で言葉を返すと、ゆっくりとゆーちゃんの所に歩み寄る。
 見た目は子供と侮るなかれ。その潜在的な人として色々と間違ってる力は幽香も身にしみている。
 本気で「実はサ○ヤ人の血を引いてます」といわれた方がしっくり来るこの少女との遊びは、何故か死と隣りあわせかもしれない。
 
 「銀さん、あなた一人で逝かせないわ」
 「幽香……」
 「駄目……なんて言わないでしょうね?」

 一人で逝かすまいと、幽香が銀時の隣に並ぶ。
 その表情には、いつもの飄々とした笑みが浮かんでいて、それが銀時には心強かった。
 一人で戦地に赴くよりも、二人で赴く方が心強いに決まっている。それが、仲間と認め合えるほどの者同士であるなら尚更だ。
 そこに、それ以上の言葉は要らない。この二人に、今は余分な言葉など不要なものだ。
 ただ一歩、これから相対するべき相手に一歩踏み出す、それだけでいいのだから。

 「……どこに行く気なんだよお前等」

 無論、そんな空気の二人に遠慮なく新八のツッコミが飛んできたが。
 そんな戦場に赴きそうな空気の二人に、新八はあらためてため息を一つつくと二人の前に一歩歩み出る。

 「ここは僕に任せてください。ほら、ゆーちゃんおいで、ままごとしようか?」

 二人にそういいながら、新八は手を叩きながらゆーちゃんに言葉を投げかける。
 すると、彼女は嬉しそうに笑いながらこちらに走りよってきたのであった。

 「どーいうつもりだ新八?」
 「あらかじめ奥さんに聞いてきたんですよ。ゆーちゃん、ままごとが好きだって聞いたもんですから」
 「そうか、それならむやみやたらと引っ張りまわされる危険性も少ないわ。さすがね、新八」

 疑問の言葉を投げかける銀時に、新八はそんな言葉を返してシートを引いてままごとの準備を始めると、彼女も手伝いながら感心したように言葉にする。

 「じゃあ俺がお父さんか?」
 「それなら私はお母さんかしら?」
 「僕はそうですね……」
 『眼鏡立て』
 「なんでだぁぁぁぁ!!? なんで二人してはもったんですか今!!?」

 お互いの役柄を決めつつコントを始めた頃、ゆーちゃんがようやく戻ってくる。
 すると彼女は、精一杯に手を当てて「まーま、まーま」と主張し始めた。

 「あらら、お母さんはゆーちゃんに決まりね。それじゃ私は娘かしら?」
 「じゃあ、僕は息子―――」
 『だから眼鏡立てだって』
 「せめて生き物にしてくれませんか!?」

 さりげなく役柄を主張しようとした新八の言葉は、銀時と幽香の二人にバッサリと切り捨てられる。
 そんな出だしで始まったままごと。その様子を眺める天子はと言うと、「大丈夫なのかしらねぇ」と小傘に膝枕しながら呟いていたりする。
 不安を抱えながら始まったままごとではあったが、わりかし順調であった。

 「お母さん、私おなかが減ったわ。ご飯まだなの? 不味かったら殺すよ?」
 「そんな娘居るかぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ハードル高すぎじゃねぇかぁぁぁぁ!!?」

 まぁ、その中で幽香が案の定な役付けをしていたが。
 ところが、そんな幽香の滅茶苦茶な要求にもゆーちゃんはグッと親指をサムズアップさせる。
 そして、その光景を彼女達は目の当たりにすることになったのであった。

 原始的な摩擦による発火を使って火を用意、その脇に石を積み立てると、その上に真っ平らない石を用意して簡易のフライパンを準備。
 更にどこから取り出したのやら様々な材料を取り出してその上で調理していった。

 そして待つこと30分。

 「うー!!」
 「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
 「出来ちゃったんですけど立派な中華料理がさぁぁぁぁぁ!!?」
 「コレをこの家はままごとって言うの!? どう考えたって本場の料理そのものじゃぁねぇーかぁぁぁ!!?」

 そして出来上がったのはまさかの中華料理。
 さすがに海鮮系こそ存在しなかったが、そこに並ぶのは見るもの全てが美味そうに出来上がった料理の群れ。
 自信満々に親指をサムズアップするゆーちゃんを他所に、幽香、新八、銀時の順に驚愕の声を上げる。
 そりゃそうだろう。この光景はどこからどう見ても色々おかしい。















 さて、外でそんな大騒ぎがあっていることは綺麗さっぱり思考の隅に追いやりながら、鈴仙は依頼人の女性を椅子に座らせていた。
 他のメンバーは文と阿求は夕飯の用意、神楽は一応、女性の傍で待機している。

 「ゴメンナサイね。こんなことまでしてもらって」
 「いえ、いいんですよ。気になさらないでください。おなかの子供に何かあったら大変ですし」

 女性のすまなさそうな言葉に、鈴仙は笑顔で応える。
 鈴仙自身、こうやって人前で何の戸惑いもなく笑えるようになったのも、なんだか新鮮でこそばゆい。
 それを悟っているのか、神楽がニヤニヤとこちらを見ていたが、鈴仙は気付かない振りをして女性の言葉に耳を傾けている。
 話を聞けば聞くほど、この女性が自分の子供をどれほど大事に思っているのかが伝わってくる。
 それはいいのだけど、あの子は色々と間違ってると思う。こう、最強クラスの妖怪を振り回せるのは人間としてどうなのかと言う話である。
 無論、本人の前でそんなこといえないけど。

 「ところで、聞いてほしいことがあるのウサギさん」
 「なんですか?」

 にっこりと、笑みを浮かべながら言葉にする女性に、鈴仙は優しい笑みを浮かべて問い返す。
 すると、女性は聖母のような微笑を浮かべて、そして一言。

 「産まれそう」

 そんな、とんでもねぇ爆弾発言を投下したのであった。

 「えぇぇぇぇぇぇ!!? もうちょっと早くそういう事は言ってくださいよ!? ちょっと我慢しててくださいね、今師匠を呼んでもらいます!! 文、出番よ!!」
 「任せてください! 永琳さんを連れてくればいいんですね!?」
 「はい!!」

 彼女の言葉に応えて、文が最初の打ち合わせどおりに外に飛び出し、翼を広げると大空へと羽ばたいていった。
 こういったときのために文をこちらに残しておいたのだが、どうやら大正解だったようである。

 「イイですか、落ち着いてください。ゆっくり深呼吸して」
 「そうアル。深呼吸深呼吸。ひっひっふー、ひっひっふー」
 「わ、わかったわ。……ひっひっふー、……ひっひっふー」
 「出るぅぅぅぅぅ!!? それ出る方のですって!!? ていうか何ですか今産む気満々ですか!?」

 鈴仙が医者らしく振舞おうとしたところ、神楽が横から余計なことを行ってとんでもない事態になりつつある。
 たまらず鈴仙がツッコミを入れると、女性は苦しそうながらも、大量の汗を吹き出しながら、にっこりと笑う。

 「落ち着いてウサギさん。こういうとき、こんなことわざがあるの知ってるかしら?」
 「え?」

 こんなときに何を……と思ったが、今はそれを思うようなときではない。
 女性を落ち着かせようと必死になっていた鈴仙は、彼女が何を言いたいのかようく耳を澄ませる。
 すると、女性はにっこりと、花咲くような笑顔を浮かべ。

 「やめられない止まらない♪」
 「それことわざじゃないですよね!!? ていうか止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?」

 女性の言葉に、鈴仙が突っ込みつつ悲鳴を上げる。
 その数十分後、文が永琳をつれてきて何とか事なきを得たものの、当の鈴仙は本当にぐったりとしている様子だったという。


 かくして、今回久しぶりに幻想郷での依頼が来たよろず屋メンバーであったが、今回改めて、幻想郷の住人は色々と図太いことを知るのであった。





 ―――後日。




 『……』
 「うっ!!」

 建築途中だった阿求の家であったが、鬼の萃香と共にいつぞやのゆーちゃんが建築を手伝ったらしく、これまたご立派な稗田邸が完成したとか何とか。




 ■あとがき■
 最近、PSP初音ミクとPSPパンヤにはまってる白々燈です。今回の話はいかがだったでしょうか?
 今回は久しぶりに幻想郷でのお仕事。幻想郷の住人は皆パワフルなのです。
 子供は元気が一番です。今回はそんなお話。

 さて、シリアス編はしばらく延期になりそうです。というのも、感想で指摘されたとおりに最近、作者はオリキャラが気に入られたことでどうにも調子に乗ってしまっていたようでした。
 今回予定していたシリアス編、銀さん達はもちろん、鬼兵隊や神威、更には幽香や椛といったキャラが登場予定でした。
 ただ、このシリアス編、店長、ソラ以外のオリキャラが全員登場予定だったのもあり、今回、大幅に見直すことにしました。
 あまり詳しいことはいえないですが、正直に言えば、シリアス編にどうしてもオリキャラが多少絡んでくることになると思います。削れるところはとことん削るつもりではありますが。
 登場するオリキャラは現在、一応二人にまで絞り込めましたので、おいおいシリアス編を投稿したいと思います。
 オリキャラが嫌い、気に入らない、と言う方には本当に申し訳ない話ですが、大目に見てもらえると嬉しいです。すみません。
 そんなわけで、しばらくはギャグ系の話がメインになります。

 それでは、今回は短かったですが、この辺で。

 ※あらためて見直してみて、少し思うところがあったので、その部分と誤字を修正しました。
 もし、修正前の文章で不快に思った方々、申し訳ありませんでした。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第五十七話「風邪は万病の元」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:4e6b5716
Date: 2009/07/15 20:54







 博麗神社に訪れる参拝客は少ない。
 というのも、もともと博麗神社は山の麓、その道中には妖怪が飛び出す獣道が続いていることもあり、里の人間はまず行こうと思わないのだ。
 コレには、霊夢本人が人間にも妖怪にも興味のなさそうな冷たい態度を取ることにも原因ある。
 そんなだから、弱い妖怪や一部の里の人々から恐れられている節のある霊夢だが、それこそ霊夢にとっては里の人からどう思われようが興味ないのだ。
 見ている人はちゃんと見ている。それを知っているからこそ、彼女は日がな一日をお茶と掃除でのんびりと過ごす事が出来る。
 無論、彼女にも親友は居る。認めたくはないが、妖怪の方が友人と呼べる連中が多いのはどういうことか。
 とにもかくにも、するりとスキマから現われた麗人、スキマ妖怪の八雲紫もそんな一人である。

 「お邪魔いたしますわ、霊夢……っと、あら?」

 いつものように神出鬼没にいきなり部屋の中に現われた紫は、その光景に思わず疑問の声を零すことになる。
 と言うのも、部屋にはいるなり目に入ったのは床に伏せて息苦しそうにしている霊夢の姿であった。
 ははぁ、とにんまりと笑みを浮かべ、口元を愛用の扇子で隠すとくすくすと忍び笑う。

 「まったく、博麗の巫女が風邪ねぇ。そのような体たらくでは困りますわ」
 「……うっさい。いいから帰れスキマ。今日はアンタの相手してやれるほど暇じゃないわ」

 ケホッと軽く咳き込みながら、霊夢は小馬鹿にしたような紫の言葉に返答する。
 ギロリと射殺せそうな視線を紫に向け、すでにその手には妖怪退治用の退魔針が握られていた。
 それだけの気力があるなら結構、と言葉にすると、一変して困ったような笑みを浮かべて霊夢の傍に礼儀よく座って、彼女の頭を撫で始めた。

 「それなら、今日は私があなたの面倒を見ようかしら? 存分に甘えてもいいのよ、霊夢?」
 「うっさいなぁ、子供じゃあるまいし。妖怪のアンタに甘えてどうするって言うのよ、馬鹿馬鹿しい」
 「もう、強情さんね。こんなときぐらい、他人を頼りなさいな」

 そんな他愛のないやり取り。いつもなら癪に障るはずの紫の声が、今はなんだか妙に心地よい。
 それを認めると、なんだかムカムカした嫌な感情と、恥ずかしいのやら嬉しいのやら複雑な思いが心に燻っていくのが自覚できた。
 まったく、狙ってやってるんじゃないだろうな、このスキマは。と、心の中で悪態をつくと、頭を撫でられる心地よさにどんどんと睡魔に溺れていく。
 あー、でも、不思議と悪い気はしないんだよなぁと、霊夢は少し悔しく思いながら、その心地よさに意識を手放していった。






 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第五十七話「風邪は万病の元」■











 「……馬鹿ですかあんた等」

 さてさて、そんなことがあった日の翌日、事の惨状を見た八雲藍の紡いだ言葉がそれである。
 場所はここ博麗神社。ここには相変わらず、風邪で床に伏せている霊夢と―――息苦しそうに床に伏せている藍の敬愛すべき主、八雲紫がいた。

 「クッ、主人に向かって……その暴言はどうなの藍?」
 「看病して病気移された挙句に、肝心の本人の風邪が悪化してたら意味がないでしょうが。というか、もう帰っていいですか? これから好きだったシンガーの追悼式ビデオを見て彼を見送りたいんですが」
 「主人よりもムーンウォークゥ!!?」

 チクショーと布団を深くかぶってしくしくと泣き始める紫。そんな彼女を見下ろしながら「あーめんどくさいなァ」とポツッと零す藍。

 「霊夢、紫様に変なことされなかったか? 具体的にはネギとかネギとか口移しとか」
 「口移しはやられそうだからとりあえずボムッといた。あとネギもやられそうだったからみっくみくにしておいた」
 「よくやった霊夢。それでこそ博麗の巫女だ。そして最後の発言はどこで覚えてきたお前」

 そんなやり取りをかわしながら、霊夢が咳き込んだのを見て小さくため息をつくと、藍は「しょうがないか」と呟くと困ったような笑みを浮かべた。

 「今日は私が君と紫様の面倒を見よう。紫様が迷惑をかけたようだからね」
 「別にいいのに……、まぁいいか。あんたなら信用できるし」
 「何よこの態度の差!!?」

 と、ここで勢いよく八雲紫復活。無論、風邪が治ったわけではないが、それでもツッコミの勢いは復活したっぽい。
 そんな彼女の声に、霊夢と藍は二人して彼女に視線を送り。

 「……アンタ、普段の自分の行動考えて物を言いなさいよ」
 「紫様、残念ながら普段のご自分の行動を考えてものをいってはいかがでしょう?」
 「……ねぇ、霊夢、藍。あなた達ってそんなに仲良かったっけ?」
 『さぁ?』

 さてさて、その見事にシンクロした二人の物言いに何かを感じたのか、紫はとうとう「ぐすん」と不貞寝を決め込むと、やがてすやすやと柔らかな寝息を立て始める。
 そんな自分の主人の様子に、藍は苦笑すると、あらためて霊夢に視線を向けた。

 「さ、君も眠るといい。家事は私が請け負っておこう」
 「うん……、わかった。あ、戸棚の餅は私のだから、食べちゃ駄目よ」
 「そこまで食い意地が張ってるつもりはないよ。さ、そんな心配せずに眠りなさい」

 慣れた様子で頭を撫でる藍に、霊夢はお母さんみたいだなァとそんな感想を抱きながら、やがてゆっくりと眠りに落ちていく。
 そうして、彼女が眠りにおちたことを確認した藍は、なにかおかしいのかクスクスと笑みを零していた。

 「まったく、普段からそうしていれば可愛げがあるんだがな。なんだかんだといって、巫女といえど年端も行かぬ少女ということか」

 そんな少女に、この幻想郷の中枢を担わせているのだから、内心で少し罪悪感が浮かんだが、それもすぐに打ち消した。
 この少女のことだ。きっと、そのことすらもどうでもよく感じているのかもしれないし、あるいはそんなこと気にするのが馬鹿馬鹿しいほどに陽気に生きるのだろう。
 今も、そしてこれからも。この幻想郷の中で、自分達のような妖怪と関わりながら。

 「さて、ひとまず掃除かな」

 感傷を打ち消すように言葉にしながら、藍は笑みを零して立ち上がる。
 病人に家事など言語道断。今日は自分が全てを引き受けるといったのだ。ならば、それを全うするぐらいはして見せよう。













 そんなわけで始まった大掃除はこれまた大掛かりなもので、ほこりを立てないように細心の注意を払いながらてきぱきとこなしていく。
 なまじマヨヒガでは藍が家事全般を引き受けているのだから、手際がいいのも当然なのかもしれない。
 それでも、他人の家なので勝手が違うのが難点であったが、それもすぐになれると後はもうあっという間である。
 そして、棚の掃除に取り掛かった頃、ふと霊夢が言っていたことを思い出した。

 (確か、ここに餅があるんだったか?)

 ふと、そんなことを思い出して腕を止める。
 別に食べようと思ったわけではなく、中の餅を取り出してどこにおいてから掃除しようかと少し考えをめぐらせたのだ。
 そんなときだっただろうか、後ろから感じる視線に気がついたのは。

 (……まさか)

 いやまさか、と思いながら、恐る恐る視線を後ろに向ける。
 この部屋と、渡り廊下を挟んで向こう側の部屋、そこは霊夢の部屋であり二人が寝入っているはずの場所だが―――。
 その、なんというか。アレだ。霊夢の目がコレでもかって位にかっぴらいてた。しかも寝息立てながら。

 (……待て待て待て! なんだアレは!? 寝てるのか? 眠ってるのか? 半目どころか全開じゃないか!!?)

 じーっとこちらを見つめている……様な気がする視線。距離にして5m程度だからこそ、そのかっぴらいた目がカッサカサになっているのがわかって余計に怖い。
 こう、明らかに感じる殺意に冷や汗流しながら、藍はぶんぶんと頭を振ると、あらためて戸棚に手をかける。
 そして、再び後ろを振り返ってみると―――オリンピックとかでよく見るクラウチングスタートの状態でスタンバイしている霊夢が居た。

 (クラウチングスタートだとぉぉぉぉぉ!!? しかも相変わらず寝息立ててるとかどれだけ器用なんだ!!? というかもう起きてるだろお前!! 間違いなく起きてるだろ!!?
 そんなにか? そんなに大事なのかこの戸棚の餅が!!? どんだけ食い意地張ってるんだお前ぇぇぇぇぇぇぇ!!?)

 そんな彼女に心の中で藍がツッコミを入れるが、当然、彼女にそれが届くはずもない。
 盛大にため息を一つつき、藍は心底疲れきった様子で戸棚から離れて別に部屋の掃除に取り掛かった。
 要するに諦めたのだが、本人の名誉のために霊夢が怖かったとかそんなことは断じてないと明言……出来たらよかったなァ。

















 さて、そんな一幕があってから一通りの掃除を終えた藍は、小さく息を吐くとあらためて辺りを見回してみる。
 綺麗に磨き上げられた廊下や、塵も残さない徹底ぷりに満足すると、ふと玄関の方からノックの音が聞こえてきて、はて? と首をかしげることとなった。
 一体、このような時間に博麗神社に何用だろうか? と思考しながら、迂闊に自分が出るのは不味いかと考えをめぐらせた。
 何しろ彼女自身は妖怪であり、万が一、里の人が博麗神社に訪ねたのであれば、話がややこしくなりかねない。
 さて、どうしたものかと思考したところで、どこか聞き覚えのある声に「あぁ」と藍は言葉を零していた。
 とたとたと足早に玄関に向かい、戸を開ければそこには顔見知りの顔がそこにある。

 「ありゃりゃ、コレはコレは八雲の藍さまじゃないですか」
 「しばらく振りかな、小兎どの。今日はどういったご用件かな?」
 「いやいや、霊夢ちゃんが風邪引いたって霧雨さんとこの娘さんに聞いてね。ほら、お土産持ってきたけど、この際硬いことは抜きに藍さんもどう?」
 「いや、私は遠慮しておこう。さ、上がられよ小兎姫。それは霊夢に直接渡してやるといい」

 お互い軽い談笑を交え、藍は現われた女性を招き入れる。
 赤い髪を首の後ろ側でまとめ、その服装はまるで袿袴姿のお姫様。それを趣味で着ているという変わり者の、人里のたった一人の警察官。
 小兎姫。それがこの人間の女性の名前である。
 彼女の手にはお土産らしい果物の籠が抱えられており、それをここまで持ってくるのはいくら空が飛べるといっても苦労したことだろう。

 「それにしても、藍さんがここにいるとは珍しいね。何かあったの?」
 「いや恥ずかしながら、私の主人もこちらで床に伏せられていてな、主の看病をするついでに霊夢の看病と、それから家事を私が引き受けただけのことだよ」
 「あはは、妖怪の大賢者たる紫様も生身ってことかね。あ、そうそう、ヅラっちも後で見舞いにくるって言ってたよ」
 「桂殿が? なるほど、霊夢も案外人望があったんだな」

 意外な言葉に目を丸くしながら、藍はクスクスと苦笑しながら中々に酷い言葉を吐き、小兎姫もそれに同意するかのように「そうかもね」と言葉にして苦笑する。
 妖怪に好かれやすい霊夢ではあるが、この小兎姫のように人間の中にも彼女を好いている人物は結構居るのである。
 店長しかり、小兎姫しかり、魔理沙しかり、早苗しかり。
 こう、大体が性格に難のあるメンバーばかりなのがちょっとアレだが、それでも藍はその方がいいのだろうなと、そう思っている。
 そんな話をしている間に、霊夢と紫が眠っている部屋にたどり着く。
 襖を開け、中に入ると……。

 「む、スマヌ。邪魔しているぞ」
 「お前誰だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 目元を黒い横線で隠された黒人の男性がいつもの桂の服装で居座っていた。
 藍がツッコミを入れたのも無理もないことだろう、彼女にとってはまったく持って知らない人物なのだから。
 ところがどっこい。彼女の隣にいた小兎姫はと言うと、しゅたっと手を上げて満面の笑顔で言葉を紡ぎ始めた。

 「お、ヅラっち。早かったねぇ」
 「はぁっ!!?」

 その小兎姫の一言にたまらず素っ頓狂な声を上げる藍。
 そりゃそうだろう。だって、目の前の男と桂小太郎は似ても似つかないっていうかどう考えても別人である。
 すると、目の前の人物はむすっとした様子になり、そして一言。

 「ヅラじゃない。ウイ○ス・ミスだ」
 「……おい、いま○がはいったぞ。と言うかお前もう完璧にそれほぼ別人だろ。だってもう桂殿じゃないよ、ウイルスそのものだよ。だってウイ○ス・ミスって言っちゃったよコイツ」

 もうつかれきった様子でツッコミを入れる藍。出来ればコレが桂と認めたくはなかったが、いつものやり取りに声も同じ、さらに彼の傍にはよくよく見れば桂のペットであるエリザベスの姿がある。
 心底つかれきったようにため息を一つつくと、藍は目の前の桂に言葉を投げかけた。

 「桂殿、何ゆえそのような姿に?」
 「姿? 俺の格好が何か変か?」
 「いや、変って言うか、気付いてないのか? ある意味それもすごいが……」

 いやまさか、正面きって顔がまったく違います、とは言えず、気難しい顔で唸る藍を他所に、小兎姫はるんるんと楽しそうに歌を口ずさむと、霊夢の顔を覗き込む。

 「いやいや、こうしてみると歳相応なのにねぇ。先代様が亡くなられたときからこうやって頑張っているのを見ると、私も頑張らないとって気がするよ」
 「……頑張ってるって、霊夢がか?」
 「そりゃそうよ。この歳で一人暮らしなんだもの。寂しくないはずがないと思うけどなァ、お姉さんは」

 愛しそうに頭を撫でてやりながら、小兎姫はそんなことを言うが藍は普段の霊夢の様子を知っているんで中々頷けない。
 もっとも、紫様ならどう思うだろうかと一瞬思ったが、それもせん無きことかと思考を打ち切る。
 確かに、霊夢の心内は霊夢本人にしかわからない。自分は紫ほど霊夢のことに詳しいわけでもなければ、小兎姫のように幼馴染に近い関係とも違う。
 所詮、他人には妄想しか出来ない。それが、霊夢と特に深い関係であるわけでもない藍には尚更だった。
 再び、視線を霊夢に落とす。そこには安らかな寝顔の霊夢―――から、なんか黒い靄みたいなものが吹き出していた。

 「……あれ、疲れてるのか私は」

 ごしごしと目をこすり、もう一度霊夢を見る。
 すると今度は先ほどよりも凄まじい勢いで吹き出している黒い靄のようなもの。
 目をこすり、そしてもう一度。目をこすり、また見る。それを何度繰り返しただろう。もういい加減、これは現実だと認めるしかなくなった藍は、目をぎょっと広げて仰け反ったのである。

 「な、何だコレは!!!?」
 「おー、何時見ても壮観だねぇ」

 驚きの声を上げる藍とは裏腹に、小兎姫の言葉はなんとものんびりしたものであった。
 黒い靄が吸い上げられていく先、そこには桂が口を開けて黒い靄を吸い込んでいるところだった。

 「こ、これは一体」
 「ヅラッちはね、ウイルスを極端に吸い付けやすい体質みたいでね、人里のはやり病をぜんぶあの人が持っていっちゃったのよ。
 しかも、永琳先生の話だと免疫能力が凄まじいって話で、病気になってないんだからびっくりダヨね」
 「なんと……、桂殿にそのような特技が……。で、その結果があの顔なのか」

 呆然とした様子の藍の言葉に、小兎姫が丁寧に応えてくれて、それで納得したように頷いてしまう。
 どうりで最近、人里で病気の話を聞かないはずだと、桂の不思議な体質に呆れればいいのやら感心すればいいのやらで複雑な気分になってしまう。
 やがて、ぱっちりと目を覚ます霊夢と紫。むくりと起き上がって伸びをすると、血色のいい肌が少し映る。
 どうやら本当に病気は治っているらしかった。

 「あー、よく寝たわ。悪いわね、家事やってもらっちゃって……って、なんでアンタがここにいるのよ、小兎姫」
 「もう、霊夢ちゃん酷いなァ。せっかく魔理沙ちゃんに病気だって聞いてお土産持ってきたのに」
 「……ったく、魔理沙の奴。他の皆に言うなってあれほど言ったのに。あ、お土産頂戴」
 「はいはい」

 小兎姫が苦笑を零しながらお土産を渡すと、霊夢は嬉しそうに頬を緩めて中のりんごを齧る。
 その様子に藍は苦笑しながら、あちらは大丈夫かと思考すると紫の方に歩みを進め、彼女の隣に座り込む。

 「具合はいかがですか、紫様」
 「えぇ、すっかりよくなったわ。それにしても、不思議な体質の人間が居たものね」

 藍が紫の具合を尋ねると、彼女は苦笑しながら言葉にする。
 その様子に、少し驚きの表情を浮かべ、藍は一応熱が無いかを確かめるように紫の額に手を当てながら、言葉を紡ぐ。

 「聞こえてらっしゃったのですか?」
 「もちろんよ、藍。ずっと霊夢の寝顔を堪能してたもの♪」
 「……紫様、実はお妙殿から卵料理を預かって―――」
 「ちょ、主人を脅すつもり!!?」

 ものスンごい不純なことを語り始めた紫に、藍が皆まで言う間もなくうろたえ始める八雲紫。
 まてまて、プライドとかその辺はどうでもいいのかよと一瞬思ったが、残念ながらこの食物に関しては正直、藍自身も仕方ないと思っているのでなんともいえない。
 さて、隣の主従がそんなコントをしている中、霊夢は一緒に見舞いに来てくれたらしい桂に視線を向けて―――綺麗に固まった。

 [目が覚めた?]
 「おぉ、具合はどうだ博麗殿―――」
 「でぇぁらぁぁぁぁぁぁ!!」

 桂に皆まで言わせる間もなく、霊夢の回し蹴りが桂を捉えて盛大に彼を吹き飛ばす。
 桂はきりもみ回転しながら盛大に吹き飛び、障子を突き破って外に飛び出すとぴったんばったんごろごろごろと勢いよく転がっていく。

 「お前誰よ!!?」
 「……霊夢、信じがたいだろうが……アレは桂殿だ。落ち着け」

 アレと始めて対面すれば、間違いなく皆が同じことを突っ込むだろう言葉を吐き出す霊夢に、藍が心底疲れたような言葉で彼女をいさめる。
 案の定、霊夢は「はぁ?」と胡散臭そうな表情をのぞかせると、あらためて庭先で倒れている桂に視線を向け―――

 そして、その異変は起こった。

 「な、何よアレ!!?」

 霊夢が尋常ならざる声をあげ、その事の異常さに藍が慌てて後ろを振り向く。
 そこには―――桂の口から黒い靄が大量に吹き出しているところであった。それはまさしく湯水湧く間欠泉のごとくとどまるところを知らず、凄まじい勢いであふれ出していく。

 「不味い! ヅラっちの溜め込んでいたウイルスが行き場を失って暴走している!!?」
 「な、なんですって!?」
 「アレだけの数を溜め込んでいたのか……、よく死ななかったな桂殿」

 小兎姫が現状をわかりやすく叫ぶと、霊夢がぎょっとした表情を浮かべて驚愕の声をあげ、藍が疲れきったような表情でそんなことをポツリと一言。
 いわゆる現実逃避なのだが、今の現状では現実逃避していても事態は好転しそうに無い。
 仕方なく、彼女は自身の主に意見を伺おうと視線を向けて―――

 「紫様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 そこには、変わり果てた主人がそこにいるだけであった。
 まぁ、つまりは―――ウイ○ス・ミス化していたことをここに追記しておこうかと思う。



 かくして、ウイルスが幻想郷中に蔓延した。
 後に、幻想郷中に巻き起こったこの異変はほぼ全住人が様々な姿に変態し、有象無象の大混乱になったのだが、病気にかからない蓬莱人である八意永琳、蓬莱山輝夜、藤原妹紅、そして病気を操れる黒谷ヤマメ等の活躍で終結する。
 かくして、後にウイ○ス・ミス異変として後世に末永く語り継がれることになるのだが、それはまた別の話である。








 ■あとがき■
 ども作者です。今回は旧作から小兎姫さんがご登場。
 そしてゆかりん大好きな皆さん、本当にスミマセンでした。ガクガク(((;゚Д゚)))ブルブル
 最近、鬼兵隊メインの話が浮かんだけど、ラピスと高杉達しか出ないからどうしたもんかと本気で悩んでいたり。
 前回散々言われてるので、さすがにどうかなぁ。せめて東方キャラを登場させることが出来たらよかったんだけどなァ……^^;
 それでは、今回はこの辺で失礼いたします。
 ではでは。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第五十八話「奴は大変なものを盗んでいきました」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:4e6b5716
Date: 2009/07/23 21:57





 さて、以前に幻想郷でお世話になっていたよろず屋メンバーには、少々変わった知り合いが存在する。
 というのも、その人物は幻想郷の警察官であり、主に人里の中の犯罪を取り締まっている。
 もっとも、全体的に陽気な気のある幻想郷の人々が起こすのだから、そう凶悪な事件なんてものはほとんど起こったためしがない。
 主に喧嘩を仲裁したり、食い逃げ犯を捕まえたり、なんてのがほとんどなのだそうだ。
 そんな警察官―――小兎姫は人里でも評判の若い娘でもある。
 気前がよく、明るく朗らかで、人への気遣いができる優しさに、その上可愛いとあれば老若男女問わず好かれるのも頷ける。
 しかし、そんな彼女にも一つだけ欠点があった。それは―――

 「キャー! 新八君カワイイー!!」

 趣味が少々どころか斜め75度ぐらいにぶっ飛んでいる変人であるという事か。
 よろず屋の事務所で小兎姫が上げた声。その先には―――小兎姫の手によって女装させられている新八の姿があったのであった。













 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第五十八話「奴は大変なものを盗んでいきました」■











 「……あの、小兎姫さん。これ、どういうことですか?」
 「え? 何って……女装」

 新八の困惑の声に、「何をいってるの?」とでも言うかのようにあっさりと小兎姫は返答し、そのまま新八に着せている袿袴の細かい調整に夢中になる。
 小兎姫の着せ替え人形と化している新八に、これまたクスクスと忍び笑いが聞こえてきて、彼はムッとした様子でここにいるメンバーに視線を向けた。

 「よかったじゃない、新八。かわいいよ?」
 「そうそう、フラン言うとおり。似合ってるわ?」
 「フランちゃん、鈴仙さん。それ嫌がらせですか? ていうか二人揃って疑問系じゃないですか。フォローになってねぇよ」

 微妙にフォローになっていない二人のことばにツッコミをいれ、情けなくてへこみそうな気分のまま盛大なため息を一つ。

 「ゲハハハ!! 心配しなくてもいいアル新八!! お前はその服を着るために生まれてきたネ!」
 「ブハハハ!! そうだぞ新八ぃ!! 誇っていい。オメェは今輝いてるさ!!」
 「オメェ等には尚の事フォロー入れてほしくねぇんだよ!! 馬鹿笑いしてる奴がフォローもクソもあるかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 そして追い討ちのごとく大爆笑している神楽と銀時の約二名に、新八の怒り交じりのツッコミが飛び交う。
 そんないつもどおりなよろず屋の光景に、小兎姫は苦笑を零しながらるんるんと鼻歌交じりに調整を終えていく。
 この小兎姫と言う女性、前述の通りに気前がよく、明るく朗らかで人への気遣いができる優しさを持ってその上かわいいしスタイルもいいと完璧超人のような特徴が勢ぞろいだが残念な事実が一つ。
 彼女の致命的な趣味の悪さ。
 つまりは普通の人と感性がずれているので普通の人がかわいいとは思わないものをかわいいと思ったり、今のように人を着せ替え人形にして遊んでみたりと。
 一癖も二癖もある幻想郷のメンバーの中においても彼女はなお一層異彩を放つ癖を持っているのである。

 「えー、おかしい? かわいいと思うんだけどなー。あ、新八君、このカツラもお願い」
 「はいはい、わかりましたよ」

 よっぽどみんなの反応が以外なのか、どこか納得の言ってなさそうな小兎姫が不満交じりの声を零しつつ、新八に黒髪ロングのカツラを渡す。
 もはや何を言っても無駄だと悟っているのか、新八は諦めたような達観したような微妙な表情でそれを受け取り、ため息をついてからそれをかぶった。
 その瞬間、シャッター音が鳴り響いてハッとして新八は音源に視線を向ける。
 そこには、ひじょぉぉぉにいい笑顔をした文がご満悦な表情でカメラを持っていた。
 いや、まさか……と、嫌な汗が噴出す新八を他所に、文は満面の笑顔で一言。

 「ありがとうございます新八、今度の新聞のネタにさせていただきますね!」
 「止めてくれませんか!!? 僕を社会的に殺す気なんですか!!?」

 案の定、新八にとってはある意味で死刑宣告に近い言葉をぶっこいたのである。
 無論、彼女がこと新聞で妥協することはまずありえないのでこのまま記事になることは明白だろう。
 せめて小さく乗せられることを望みたいが、彼女のことだ。その希望も薄い。
 そして悪いことには悪いことがかさなるらしい。玄関が開く音が聞こえ、新八は口端を引くつかせてブリキ人形のごとく軋んだ音を鳴らしながら玄関に視線を送る。
 バンッと襖が勢いよく開き、そこにはやはりと言うべきか、自慢の蒼いロングヘアーを靡かせて比那名居天子が両腕を組んで部屋に入ってきた。

 「おはよう銀さん!! 今日も元気に……―――」

 そして―――当然のごとく女装した新八が目に入るわけで。
 言いかけた言葉が止まり、ピタッと硬直する比那名居天子。気まずいんだか気まずくないんだか、微妙な空気が流れた直後。

 「あはははははははははははははは!! なにそれちょっと、もしかして新八!!? 似合ってないってそれはと言うかキツイってば!! あははははははははははははいやいやいやいやないないないない!! ちょっ冷静に自分を見つめなおしてみてよ新八!! その格好すごく面白いって言うか虚しいていうかとにかく言葉にしにくい奇妙な感想を抱けるわ!! ひーひー!! 駄目、ダメぇ、おなかが、お腹がいたい。笑いすぎてお腹が……お腹が!! あはははははははははははははははははははははははははははは!! はひぃ、はひぃー! ちょ、もう、もう駄目! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!! お腹が、お腹がぁぁぁぁ!! ヒィーヒィー!! ップァッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
 「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! ドンだけツボにはまってんだアンタ!! つーか笑うだけでドンだけ行数取ってんだよ、読者の方々に迷惑だろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 案の定、盛大に大笑いし始めた天子に新八がツッコミを入れるのに差して時間はかからなかった。
 しかし、はたして彼女に聞こえているのかいないのか、なおも大笑いしながらひーひー言いながら苦しそうにソファーに腰掛けた。

 「よかったじゃねぇか新八。オメェ、言ってたろ、いつかてんこの奴をヒィーヒィー言わせてやるってよ。叶ってよかったじゃねぇか」
 「言ってねぇよ!! 何勝手な事実を捏造してんですか!! つーか、こんなことでヒィーヒィー言わせて嬉しいわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 もはや何からツッコミを入れればいいのやら。
 とりあえず聞き捨てならない銀時の言葉にはしっかりと怒り交じりのツッコミを入れつつ、新八は目の前で未だに大笑いしている天子を睨みつける。
 しかし、それすらも異に反さないのはさすがと言うべきか、彼女は未だに大笑いを続けていたのだが……、唐突に、笑い声が止まってぶっ倒れた。

 「ちょ、心臓とまってる!!? ちょっと新八、笑わせすぎ!!」
 「なんで僕のせいになってんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」

 倒れた天子に駆け寄る鈴仙の言葉に、新八がその理不尽ッぷりに悪鬼の如き形相で吼える。
 かくして、新八自身が確信したことはただ一つ。
 今日この日が間違いなく厄日であるという事であろう。
























 「……えらい目にあった」
 「エロい目?」
 「ちげぇよ!! 何ですかその嫌な聞き間違い!!?」

 かぶき町の従来に少年のツッコミが木霊する。
 その声に反応して道行く通行人がこちらに振り向くが、少年……もとい新八は気付いている様子はない。
 かくして、少年の傍らにいた女性、小兎姫はと言うとその事を気にするそぶりもなくえらく上機嫌である。
 そんな彼女の様子に、もう一人の少女、稗田の阿求が苦笑しながら言葉を紡ぐ。

 「楽しそうですね、小兎姫さん」
 「んー、そりゃそうよ。ようやく稗田様のお屋敷も直ったのだし、あなたが帰ってくるのだからコレほど嬉しいものもない。お友達が帰ってくるのは嬉しいものでしょ?」
 「あはは、小兎姫さんにそう思われているとは、恐縮ですねぇ」

 なんだか照れくさい台詞が帰ってきて、阿求は困ったように後ろ頭をかくと顔を薄っすらと朱色に染めてしまう。
 こう、面と向かってこういう恥ずかしい台詞をいえてしまうのも小兎姫の美点なのだろうが、こっちとしては恥ずかしくて仕方がない。
 今回、小兎姫が来たのは他でもない、阿求を迎えに来たためである。
 その事もあってか、阿求の壊れてしまった家具の調達もかねてこうやって外に居るわけだ。
 そうなると当然、男手が必要になるわけで、無論この男も付いて来ているのだが、その当人は不満そうに顔をしかめていたりする。

 「なんで俺まで来なきゃならんかねぇ」
 「イイじゃないの、力仕事は男の仕事ってね。ちゃんとした依頼なんだから、頑張って仕事に励みなさいな」

 ぽつっと愚痴を零す銀時に、隣を歩いていた天子がクスクスと皮肉交じりに言葉を向ける。
 はたから見ているとまるで兄妹のように見えなくも無い二人の雰囲気だが、それが二人の関係というか、仲のよさって物を如実に著してると思う。
 無論、二人ともその事を否定するような気もするが、それはさておき。

 「それにしても、……そっか。阿求はもう帰っちゃうのか」
 「元々、そういう約束だったしな。アイツも俺ん家みてぇな狭い家じゃなくて、元の家に帰れるんだからのんびりできるだろ」
 「ま、確かに銀さんの家は狭いけどね」

 感慨深く呟く天子の言葉に、銀時が気だるげな言葉でなんでもないように言うものだから、それがいつもどおりで彼女は苦笑しながら同意する。
 だけど、少し寂しくなるなァとは、思いはしたが口にはしない。
 阿求がどう思っているかはわからない。
 けれど、一生の短い彼女に、少しでも楽しい思い出が出来ていればイイのだけどとそこまで思って、そんなことを考えた自分がおかしくて苦笑する。
 以前の自分なら、こんなこと絶対に思わなかっただろうから。我が侭で自分勝手で、他人のことなどまるで考慮しないかつての自分。
 そんな自分から、随分変わったものねぇと思う。
 最初のきっかけは、自分が最初に異変を起こした時。
 それから霊夢たちと会話するようになり、自身の変化を感じていたように思う。銀時たちと出会ってからは更にそれが加速した。
 面白そうだからと無理やり通いつめて、一緒に仕事をして、一緒に笑って、一緒にバカやって。

 「でもさ、私は銀さんのところが好きよ? 広い家なんかより、狭い家でも銀さんやみんなと一緒に居る方が楽しいもの」

 だから、それは彼女の紛れもない本心なワケで。
 それを聞いた銀時は、特に何か反論するでもなく「そうかい」となんとなしに口にして後頭部をぽりぽりと掻く。
 彼がその言葉をどう思ったのか、無論、天子にはわかるはずもない。元々、雲のようにつかみ所のない男なのだ。坂田銀時と言う男は。

 「どーしてこう、俺の周りにゃ一癖も二癖もある連中ばっかり集まるかね」
 「あら、類は友を呼ぶって言うじゃない。銀さん自身が一癖も二癖もあるのだから、そんな連中ばかりが集まるのは当然だわ」
 「そういうもんかね?」
 「そういうものよ」

 一体その自信はどこから来るのやら、天子は無い胸を張ってどこと無く偉そうにそういいきった。
 天上天下唯我独尊をその身で見事に体現する、ある意味天子らしいと言えばそうなのかもしれない。
 そんな彼女の様子に、銀時は苦笑を零したが、それが誰かに見られる前にいつものやる気の無い表情に戻る。

 「それにさ、私は銀さんに大切なものを盗まれてるもの」
 「あぁ?」

 くるんっと、ステップを踏むように半回転しながら、天子が前に出るようにして銀時に振り返る。
 手を胸に当て、満面の笑みを浮かべて、ただ一言。

 「私の、心よ」

 そんな言葉を、彼女は恥ずかしげもなく言ってのけたのだ。
 まるで、それが誇らしいことであるかのように、ルビーのような赤い瞳が銀時を捉えて放さない。
 ずっと一緒にいたい。ずっと彼らと共にいて、いつまでも馬鹿をやっていたい。いつまでも、彼らと一緒に笑っていたい。
 それは、その日。異変を起こしたときからずっと思っていたこと。
 それならほら―――この心はきっと、この目の前のやる気の無い、だけど頼りがいのある大馬鹿に奪われている。
 その事に不快感は一切無い。この気持ちが、尊敬からなのか、あるいは恋心なのか、どっちなのかは正直判断に困るが。
 でも、彼女がここにいたいと思っているのは事実。
 銀時と喧嘩して、神楽と遊んで、定春にじゃれ付かれて、新八をからかって。
 そんな彼らの場所が、ずっと好きでたまらないのだ。
 今も、そして多分、これからもずっと。

 「それどんなカリオストロ? 銀さんはルパンじゃねぇんですけども?」
 「じゃあ私はクラリスね」
 「いや、ありえねぇから」
 「ですよねー」

 銀時はむすっとしたまま、逆に天子はケタケタと笑いながら言葉を交わす。
 そんな時だっただろうか、一軒の店から飛び出す一人の男。店主がすぐさま出てきて、何事か喚いている。
 どうやら食い逃げか何からしく、真っ先に動いたのは二人の前に居た小兎姫。
 懐からロープつきの手錠をブンブンと振り回し、「ゴヨウラリアーットォォォォォォ!!」とか叫びながら犯人に投擲。
 撓るロープ。まるでカウボーイのごとく放たれた手錠はものの見事に犯人の腕にガッチリフィット。つんのめる犯人を見定めた瞬間、「フィーッシュ!!」と気前よく小兎姫が犯人を釣り上げた。
 ものの一瞬の見事な逮捕劇である。

 「小兎姫が銭形のとっつぁんかしら?」
 「とっつぁんだよアレ。間違いねぇよとっつぁんだよ」
 「あの名シーンが再現できるわね」
 「しねぇよ。誰がするかコノヤロー」

 そんな会話をしながら、今度は二人揃って苦笑する。
 なにやら一瞬の逮捕劇におぉっと湧き上がる歓声と共に、民間人にどっと囲まれる小兎姫と阿求に新八の三人。
 少し離れていた二人は難を逃れていたが、ここから見ると中々に壮観な光景である。
 人ごみに飲まれて目を回している阿求を視界に納めて複雑な思いを抱きながら、天子は言葉を紡ぐ。

 「ねぇ、銀さん。もし、阿求が帰ったらさ、……銀さんのとこに泊まってもいいかな?」
 「なんだ、やぶからぼうに。まぁ、いいんじゃねぇの? 空きが出来るのは確かだしな」
 「もう、あっさりしてるなァ」

 銀時のあっさりとした対応に複雑な気分を覚えながらポツリと言葉にするが、よくよく考えればそれもそうかと思い直す。
 何しろ、阿求が帰ったとしても神楽にフランや鈴仙、それに文もいるのだ。
 あれ、コレなんてハーレム? とメンツだけ聞けばそう思うが、普段の彼の態度を見てるとそうとも思えないのがこれまた不思議である。

 「ちょっと銀さん天子ちゃん! そんなとこで傍観してないで何とかしてください!!」
 「試練よ、耐えなさい新八」
 「なんの試練だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!? アンタただ助けにはいるのがめんどくさいだけだろ!!?」

 もみくちゃにされた脱出が出来てない新八から助けを求める声が上がるものの、これまた天子がそんな言葉を口にして新八がツッコミを一つ。
 うん、いつもどおりのツッコミで安心したと変な納得をしながら、クスクスと笑う。
 新八の悲鳴を聞きながら、さて、今日はどれだけ騒がしくして阿求を送り出してやろうかと思考する。
 慌てることは無い、夜まではたっぷり時間があるのだ。ゆっくりと考えればいい。
 どうせ、宴会になるのは目に見えていることだし、盛大にお別れ会としゃれ込もう。どの道、会おうと思えば毎日でも会えるわけだし。

 いつか、自分も銀時とわかれることがあるだろう。
 それは仕方がない。自分は天人で、銀時はどんなに規格外な身体能力を有しているとしても人間なのだ。
 銀時が寿命で別れるのが先か、それとも、自分が死神に寿命を刈り取られるのが先か。
 どちらにしろ、どんな形であろうと、別れはいつか必ず訪れる。
 だからこそ、今を盛大に楽しもうと、天子は思うのだ。

 「さ、そろそろ助けに行きましょうか。私の心を奪った泥棒さん?」
 「そうすっかねぇ。つーか、オメェは絶対クラリスじゃねぇから。お姫様っぽい性格だけどもクラリスじゃないから。むしろお前は伯爵を抹殺できる」
 「むしろ城ごと荒野に変えてみせるわ」
 「その物騒な自信はなぁに!!? いや、わかるけども!! オメェなら間違いなく出来るけどもぉ!!」

 そんな会話が当たり前になったのはイツからか。
 もうそれすらも思い出せないし、今はそんなこともどうでもいい。
 楽しそうに笑いながら、天子は銀時の手を引きながら人だかりに歩みを進める。
 これからの自分に、これからの未来に思いを馳せながら、憂鬱な未来なんか丸ごと吹き飛ばしてやるとそう意気込むように。

 一歩一歩、彼女は銀時と共に歩んでいく。










 ■あとがき■
 さてさて、今回は半分が小兎姫、もう半分が天子な話ですがいかがだったでしょうか?
 天子の心の内ははたしてどうなることやら。今のところ、彼女の中で銀時はきっと頼れるお兄さん。(?)
 まぁ、銀魂に恋愛要素いらないとは思いますしね。天子にはああやって曖昧なぐらいが丁度いいのでしょう。
 やはり熱さは大敵です。自分のやる気をガリガリ削って生きます。うぼぁー。

 さて、PSPの初音ミクを買ってめっきりボカロにはまった作者ですが、困ったことにうちのパソコンは壊れてるのか音が出ないのでゲームにはいってる分の曲しか聞けません。(・ω・)ショボーン
 そんなわけで、友人の家でお勧めをいくつか聞かせてもらったのですが、いやボカロってすごい。
 特に気に入ったのが「ワールドイズマイン」や「メルト」、ゲーム以外だと「結ンデ開イテ羅刹ト骸」や「magnet」、「RIP=RELEASE」や「Just Be Frends」が好きすぎてたまりません。
 特に「結ンデ開イテ羅刹ト骸」はすごいの一言。あの意味深な歌詞に日本独自の薄気味悪さや怖さがたまりません。というかあのPVのミクが可愛かった。
 自分はルカ派じゃ!!(何が!?)ミクも好きだけどね!?(だから何が!?)

 とまぁ、作者の暴走はさておきまして、今回久しぶりのドSコーナー、いってみよー!














 ■斬って刻んでドSコーナー■

 幽香「さぁ、みんな久しぶりね。風見幽香よ」
 ソラ「今回ので第五回。それにしても随分と間が空きましたねぇ」
 沖田「作者の怠慢でさぁ。今度晒しときましょうか?」
 ソラ「首をですねわかります」
 幽香「当然ね」

 あっはっはっと笑うドS三人。ひとしきり笑ったところでおもむろにスタッフがカンペを取り出して三人に見せる。

 沖田「さ、てきぱき行きやしょう。今回のゲストは地霊殿の主、古明地さとりさんでさぁ」

 パチパチと拍手がなるなか、複雑な表情のさとりがゆっくりと三人の隣に歩み寄ってきた。

 さとり「……そう、あなた達の考えは大体わかったわ。みんな心の中真っ黒なのね」
 幽香「当たり前よ」
 ソラ「私の心はコールタールのごとく真っ黒ですのよ?」
 沖田「むしろヘドロのごとく濁りきってますぜ。何しろドSなもんで」
 さとり「仲いいわね、あなた達」

 みごとぴったりと息のあった三人に冷や汗流すさとり妖怪。なまじ心の声が聞けるだけに余計に恐ろしい。
 しかし、そこはその能力ゆえに図太い神経の持ち主であるさとりは割りと表面上はいくらか冷静だった。

 幽香「あら、わりと冷静ね。今までの連中だとそれなりに慌てたというのに」
 さとり「伊達にこの能力のせいで地上を追われたわけではないのよ。あなた達の心は手に取るようにわかる」
 沖田「さすがさとりの妖怪。コイツは手ごわそうですぜ」
 ソラ「手に取るようにわかる……ですか。ふーむ」

 さとりの言葉を聞き、ふと考え込むソラ。
 一体何を考えているのやらと幽香と沖田が思った刹那、ばっと顔を真っ赤にして飛び退いたのであった。

 さとり「あなた、何考えてるの!!?」
 ソラ「何って、ナニですけど?」
 幽香「なるほど、その手があったわね」
 沖田「あぁ、そっちですかぃ。ハードでいいんですかぃ?」
 ソラ「えぇ、むしろ×××板行きになっちゃいそうなのでお願いします」
 さとり「ナニが!!?」

 おッそろしく不穏な言葉にさとりがまた後ろに下がる。
 じりじりと追い詰める三人。じりじりと後退するさとり。
 すっかりいつものノリである。

 さとり「ちょ、何を想像してるの! 想像とはいえ私にそんな格好させないで!! イヤ、待って!! そんなの無理!!」
 幽香「大丈夫、所詮想像だもの」
 ソラ「そうそう、想像ですわ。ちとハードですが」
 沖田「ほーれほーれ、こんな想像とかどうですかィ?」
 さとり「誰かぁぁぁぁぁぁ!! この人たちなんとかしてぇぇぇぇぇ!!?」

 にじり寄る三人に思いっきり後退しながら叫ぶさとり。
 そんな彼女にカンペで「ゴメン、それ無理」と返答する青い髪の眉毛が特徴的なスタッフの少女が居たような気がするが気のせいという事にしていただきたい。
 三人の想像の中のさとりがどうなっているのか、それは皆さんの想像の自由である。





 ■第五回、終■



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第五十九話「私もお前も泣きっ面に蜂」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:4e6b5716
Date: 2009/08/31 10:30







 さて、かぶき町にて盛大な大騒ぎがあっていたその頃、ここ幻想郷でも珍妙な事件が起こっていたりするのである。



 幻想郷の博麗神社には一人の巫女が住んでいる。
 博麗霊夢というその少女は他人に興味を示すことがほとんどなく、年がら年中陽気に過ごしているそんな人物だ。
 彼女本人にはあまり自覚はないのだが、どうにも周りの面々はそんな彼女のことを気に入り、神社にはしょっちゅう妖怪が集まってくる。
 神社としては致命的に間違っているが、本人が口ではなんだかんだと言いながらも「まぁ別にイイや」などと諦めているのだからどうしようもない。
 そんなわけで、意外にも来る者拒まずな彼女ではあるが、今回ばかりはこれまた困ったように目の前のものを見つめていた。

 「……」
 「その、なんだ霊夢。現実逃避をしたくなるのはわかるがコレは現実だ」

 珍しく放心している巫女に、気まずそうに声を掛けたのは狐の妖獣であり、八雲紫の式である八雲藍。
 かく言う藍も目の前の物体に半ば放心したような状態だが、それでも自分の家でなかっただけ幾分か冷静であった。
 いくら彼女でも、もし目の前の物体と同じものがあったら間違いなく巫女と同じように放心していただろう。
 彼女達の目の前にある物体、それは人間の倍近くあろうかと言う巨大な蜂の巣であった。

 しかも、巣の形状的にスズメバチ。









 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第五十九話「私もお前も泣きっ面に蜂」■











 さて、とりあえず話をどこまでさかのぼればいいのやら。
 まず、人里の稗田阿求の家が完成し、本日めでたくその当人が幻想郷に帰ってくる。
 こういった事柄で何かと大騒ぎするのは幻想郷のメンバー特有のものか、あっという間にその話は広がり、いつもの大宴会のノリと相成ったのだ。
 会場は新稗田邸。その事を霊夢に伝えるために、主人である八雲紫の命でここに赴くことになった藍であったが、そうして冒頭の事態に遭遇したのである。
 呆然とする巫女。明らかにサイズが間違っている巨大なスズメバチの巣。さすがの彼女の主もここまで奇天烈なことは想像だにしていなかったに違いない。
 というより、想像していたらちょっと主人の頭の中身を疑いそうだ。

 「……あぁ、紫のとこの。何のよう?」
 「そんなに邪険にしなくてもいいだろうに……。稗田の件は知っているか?」
 「知ってる。早苗が来てから一緒に行くつもりだったんだけど」

 鬱陶しそうに言葉を返しながら、霊夢は再び目の前に鎮座する蜂の巣に視線を向ける。
 それで、あぁなるほどと、大方の事情を察したか藍はこれまた気まずそうに眼前の光景に同じく視線を向けた。
 大方、守矢神社の巫女を待つために外に出たところでこれを見つけてしまったのだろう。
 確かに、この蜂の巣はいくらなんでもインパクトがでかすぎる。
 と、そんなこんなで途方にくれていると、空のほうから聞き覚えのある声が聞こえてきてそちらに視線を向けた。

 「霊夢さーん。どうしたんですかー? っと、あれ? 藍さんもいらしたんですか」
 「あぁ、早苗。ちょっと稗田の宴会のことでこちらにきたんだが、困ったことがあってね。……で、君の腰にしがみついているその子は誰だ?」

 ゆっくりと境内に降り立つ早苗にそう挨拶しながら、藍は訝しげに彼女の腰にしがみついている一人の少女に視線を向ける。
 蒼色のセミロングに、珍しい赤と青のオッドアイ。全体的に空色を主体とした衣服に、彼女の手には畳まれた唐傘が握られている。
 少なくとも、藍にとっては初めて見る顔であった。
 そんな彼女の問いに、早苗はにっこりと笑い、そして一言。

 「私の玩具です」
 「違うよっ!!?」

 その言葉に少女の方から全力で否定が入ったが、相変わらず早苗はニコニコとしたままである。
 その表情を見て、あぁと藍は納得した。
 何故って、その表情が物凄くお仕置きしてるときの自分の主にそっくりだったから。
 つまり、「あぁ、とうとうドSに目覚めてしまったんだな、早苗」と、藍の心情的にはそんな感じである。
 また一つ、幻想郷の良心があらぬ方向へ旅立ってしまったかと内心で嘆きながら、腰にしがみついている少女に視線を向けた。

 「驚けー! 驚いてよー!! むしろ驚いてくださいお願いします!!」
 「わー、こがささんいたんですかびっくりしたー」
 「むきー!!!」

 がんばれ、超がんばれ、激がんばれ。
 思わず涙がちょちょ切れそうだった藍はぶんっと空を見上げた。視界が霞んでいたのは気のせいなんかではあるまい。
 太陽よ、この愚かな身の涙をどうか跡形もなく蒸発してくれと強く思いながら、この妖怪の少女が強く生きていけることを切に願った。

 「あ゛ー、朝日がまぶじい゛なー霊夢」
 「何で泣いてるの。私が泣きたいわよ」

 しかし、声が震えているのはさすがに誤魔化せなかったか霊夢から厳しいツッコミが一つ。
 別に彼女は悪くない。悪いものがあったとすればきっとそれは人の心であろう。などとガラにもない事をちょっと思ってしまう。
 さて、そろそろ現実逃避をしていても仕方ないと目の前の巨大な蜂の巣に視線を向ける。

 「何アレ!!?」
 「……うわ、小傘さんを弄り倒してて今まで気づきませんでしたけどなんですかコレ」

 小傘の驚愕の声にようやく目の前の蜂の巣に気がついたのか、早苗が冷や汗流しながらそんな言葉を零す。
 ドンだけその子を苛めるのに集中してたんだお前は。とは口に出さず、心の中でだけツッコミを一つ。
 それはともかく、こうしてさぐっては見るものの蜂の妖怪かと思ったが、どうにも妖気といったものを一切感じない。
 普通の蜂の巣にしてはいくらなんでもでかすぎるし、以前ここに来た時はこんなものなかったはずなのである。
 というより、ここに巣を作るような命知らずな妖怪は居ない。巫女の逆鱗には触れるべからずとはよく言ったもんだ。

 「あー、もう。細かい事考えても仕方がないわ。あれを駆除するわよ。あんた達も手伝いなさい」
 「それはかまわないが……どうするつもりだ?」

 心底鬱陶しそうに言葉にした霊夢に、藍はそう問いかける。
 実際、藍にしてもアレを駆除するのに協力するのはやぶさかではない。
 第一、霊夢はあんまり自覚はないだろうが、彼女はこの幻想郷を維持するのに大事な支柱のようなものなのだ。
 代えはきくが、だからといって放っておいていいほど安い存在ではない。
 何より、今代の巫女、つまり霊夢は彼女の主人のお気に入りだ。それが蜂に刺されて死にました。では笑うに笑えない。
 そんな藍の心情など露知らず、霊夢はすたすたと蜂の巣に歩み寄って行く。
 一体何を……と、そう思った瞬間。

 ―――ベキィッと、何かがへし折れるような痛々しい音が響き渡った。

 振りぬかれた霊夢の回し蹴り。霊力で強化されたその威力は生半可な妖怪なら一撃で葬れるだろう凶悪さ。
 その凶悪な一撃が、蜂の巣の側面に直撃し、粉砕、玉砕され、あまりの威力に支柱が圧し折れて吹き飛ばされる。
 グルングルンと宙を回る巨大な蜂の巣。それは境内の中ごろまで吹っ飛んで行き、早苗と小傘の頭上を越え―――そして、盛大な地揺れと共に地面に叩きつけられたのであった。

 「って、なにしてんですか霊夢さん!!?」
 「何って、駆除。シンプルでいいでしょ?」
 「シンプルすぎますよ!!? ていうかドンだけ物理的手段に訴えかけてるんですか!!?」

 あんまりな危険行為に当然のように早苗がツッコミを入れるが、当の本人はそんなツッコミなどどこ吹く風だ。
 身の危険を悟ったか、小傘が早々に死んだ振りしていたりするのだが、それは激しく意味の無い行為である。
 だれかその事を教えてやってくれと脳の隅っこで思考しながら、藍は吹き飛ばされた巣に視線を向ける。
 奇妙なことに、予想された蜂の襲撃が微塵もない。それどころか、何も飛び出して来ないのに違和感を覚え、彼女はゆっくりとその巣に歩み寄る。
 そういえば、奇妙といえばそれ以前から妙ではあったのだ。居るべき蜂の気配すら感じず、羽音の一つも聞き取れない。
 蜂の巣としてコレほど奇妙なこともあるまい。蜂の一匹ぐらい姿が見えてもいいはずなのだ。

 「もしや、カラなのか。この巣」
 「え、そうなの?」

 そして中身がカラと聞いた瞬間死んだ振りをやめる小傘。あぁ、逞しいなァこの子はとかそんな場違いなことを考えつつ、吹き飛ばされた巣の表面を撫でてみる。
 やはり、気配は―――

 (ん、何か居る……のか?)

 あった。しかし、蜂と言うにはどうにも奇妙で、むしろ人間に近いような気さえする。
 というか、むしろヤニ臭いとはこれいかに。

 「引越したのかなぁ。もう、驚いて損したわ」

 ぷーっと頬を膨らませながら、小傘がこんこんと表面を叩いてみる。彼女はからかさお化けの妖怪。自分が驚かされたことが微妙にプライドに触ったのかもしれない。
 そう思っていた瞬間、ウィーンと妙な音を立てて巣の一部が開いた。

 「……」
 「……」

 そしてバッチリと絡み合う視線。開いた巣から伺えた顔は、どう見てもヤクザな人々であった。
 グラサンを掛け、頬には傷があり、しっかりとスーツを決め込んだ方々が向こう側に一杯いらっしゃったのである。

 「……えーっと、うらめしやー?」

 引きつった笑みを浮かべながら、それでも驚かそうとするのは妖怪としての矜持か。
 無論、驚かせられていないのだから話にならない。というより、向こうの視線が鋭くなっただけのような気さえする。

 「お嬢ちゃんかのぅ? ウチをこんなにしたんは」
 「ち、違います違います違います!!」

 ドスの聞いた声にすぐさま必死になって謝る小傘。
 妖怪としての誇りはどうしたよ? と一瞬思ったが、無数のヤのつく方々ににらまれたらそれもまぁ無理もないかと思っていると、霊夢がすたすたと小傘の傍にまで歩み寄った。

 「私がやったわ。つーワケで出て行け」
 「気持ちが前面に出すぎだろお前!!?」

 ある意味霊夢らしいキッパリとした物言いにさすがに藍がツッコミを一つ。
 後ろに視線を向けると、早苗が青い顔して卒倒寸前だったが、それも無理もない。
 むしろ、外の世界出身の早苗の方がヤクザの怖さと言うのはよく知っていることだろう。

 「兄貴ィィィ!! 支柱がポッキリ逝ってしもうてますわぁ!!」

 と、いつの間にやら外に出てきていたらしいヤクザの人が一人。
 その人物の奇妙な姿に、思わず皆が硬直する。
 こう、なんと表現すればいいのやら。その姿は基本的に人間と大差ない。
 ただ唯一違うところがあるとすれば、蜂のような尻になっているという、どこぞのできの悪いコスプレのような姿であった。
 あれ、なんか姿が色々間違ってない? と、皆共通して思っていたが、そんなこちらの心情など露知らず、どうやらトップらしい男がこちらを睨みつける。

 「こいつぁどない落とし前つけてもらいましょ? 人ん家こないにして、ただで済むとは思うとらんでしょうな?」
 「……失礼を承知で言うが、其方にも非があるという事を自覚してほしい。確かに、いきなり蹴り飛ばした霊夢にも非はあるが、ここは幻想郷のもっとも大事な場所だ。
 その様な場所に妖怪が巣を作るなど退治してくれといっているようなものだが……」

 言いかけて、言葉に詰まる。
 見た目はどう見ても妖怪の類だとしか思えないのだが、どうにもひっかかる。
 妖怪特有の力、要するに妖力といったものを彼らからまるで感じないのだ。むしろ、ただの人間がコスプレしていたといわれた方がしっくり来る。
 第一、妖怪のほとんどは巫女の存在を知っているはずだ。彼女を食おうと画策する大馬鹿ならともかく、こんな場所に巣など作っては退治してくれといっているようなもの。
 ここに巣を作る意味をまるで感じない。メリットどころかデメリットだらけだ。

 「誰が妖怪じゃオドレェェェェェェェ!!? ワシ等のどこが化け物と言うんじゃ!!?」
 「……え、妖怪じゃないんですか?」

 子分らしい男の言葉に、早苗が意外そうに言葉をもらし、小傘も気持ちは同じなのか頷いている。
 いよいよ、話がおかしくなってきたことを感じた藍は頭を抱えそうだったが、ソレをしたところで解決するはずもない。

 「わしは超蜜星のハッチ、妖怪なんぞ架空の化け物と一緒にされてはかないませんわぁ」
 「……はぁ? この幻想郷じゃ妖怪なんて当たり前に居るわよ。アンタの目の前に居るそいつだって妖怪なんだから」

 びしっと指差しながら言う霊夢に、藍はため息を一つつく。
 この物怖じしない性格は彼女の美点であるが、なにもこんな時までその物言いはないんじゃないかと思うわけで。
 ゴーイングマイウェイを地で行く彼女らしいといえばそうだが、現状はまったく持って嬉しくない。

 「……待て、ハッチ殿と申されたな。どうにも私達とあなた達とでは認識の違いがあるように感じるのだが。貴殿はここがどこかご存知か?」
 「どこも何も、地球のかぶき町ではないんかのぅ?」

 その言葉で、霊夢達にあるひとつの可能性が浮かび上がってきた。
 地球のかぶき町、などという物言いから、恐らくは銀時たちの世界の住人で間違いないだろう。
 大体、超蜜星などと言うぶっとんだ星の名前など聞いたこともない。
 つまり、ありえる可能性としてはただ一つ。

 「……紫様、お願いですから寝相を何とかしてください」

 彼女が寝ぼけてまたなんかやらかした可能性である。
 そろそろ本気で泣きたくなってきた藍の肩に、ぽんっと霊夢が手を置く。
 そこには、珍しく慈愛に満ちた、それでいてどこか痛ましそうな視線を向けてくる霊夢の姿があった。

 「やめてくれ霊夢。その視線を私に向けるな。本当に泣きそうだよ私は」
 「いいのよ。あなたは今、泣いていい」

 しかも優しい声で泣いていいのだと語りかけてくるのだから始末に終えない。
 その台詞にお前はどこのトリーズナーだよと思わずツッコミを一つ。
 泣きたい気持ちを全力で押しトドメ、藍は再びハッチなる人物に視線を向けた。

 「ハッチ殿、ここはあらゆる幻想が住まう幻想郷。妖怪たちの残された美しくも残酷な楽園なのです。ここはあなた達の言うかぶき町ではない」
 「それを信じろいうんかぃのぅ?」

 藍の言葉に、訝しげな言葉を返すハッチ。それも無理もないことで、彼らにとっては妖怪などと言う存在がそもそも理解の範疇の外だ。
 信じろ、といわれてすぐさま信じられるような事柄ではない。
 そんな彼らに言葉を続けたのは、藍ではなく霊夢であった。

 「信じる信じないはこの際関係なのよ。事実だもの。いいから出てけ」
 「霊夢さん、だから気持ちを前に出しすぎですって……」

 そして続く言葉は相変わらず容赦が無い。
 そんな彼女の言葉に早苗が冷や汗流しながらポツッと一言。
 無論、霊夢がその言葉を意に介さないのはわかりきった事実なのだが、そうでもいわないとこのやり場のない感情をどこに吐き出していいかわからないのである。

 「わし等も面子があってのぅ、早々出て行くわけにもいかんのですわ。それにのぅ、そこの嬢ちゃんが蹴り飛ばしてくれたせいで、ウチの姐さんが天に召されてしもうとんのや」
 「え゛?」

 今度ばかりは、藍の嫌な予感が最大限の警報をけたたましく鳴らし始めた。
 恐る恐る、視線をハッチが指差す場所に向けてみる。
 そこに―――こう、頭から血を流してくたばっている彼らの同族の老婆っぽいのがいた。
 頭に直撃していたのは銀時の世界で話題のゲーム機らしく、たしか紫様も持ってたっけなァと現実逃避。

 「わわ、早苗!! なんか囲まれてる!!」
 「あー、やっぱそうなるんですねぇ」

 もっとも、後ろから聞こえてきた彼女達の言葉がその現実逃避すら許さなかったが。
 ため息をつきながら辺りを見回せば、まぁ居るわ居るわ。同じ種族らしい男達が周りを取り囲んでいる。
 さて、どうしたものかと頭を悩ませる。こう、こうなるとこちらに非があるのは明白なわけで、本気で頭を抱えたくなる。

 「こうなったらそこの紅白以外のお嬢ちゃんに体で責任とってもらうしかないのぅ!! わし等には姐さんしか女が居らんのや!! 姐さんが逝ったいう事は星が滅ぶのと同じなんやぞ!!」
 「落ち着けィリキィ!! 早まっても何の解決にもならへんぞぉ!!」

 涙ながらにぶち切れている子分に、ハッチが抑止として働いている。
 この分なら、もしかしたら話し合いで何とかこの状況を切り抜けられるかもしれないと光明が見えてきた。
 このハッチと言う男、意外と理知的らしくまずは話し合いの姿勢らしい。そこにこちらが付け入る隙もあるだろう。
 しかし―――

 「……ねぇ、そこの蜂。なんで今、私を外したのか聞いていい?」

 ゾワッと、背筋に悪寒が走りぬけた。
 それは紛れもない恐怖と言う感情。ゾワゾワと這い上がる悪寒に、藍は冷や汗流しながら其方に視線を向けた。
 そこには、能面のように感情をすっぱりと排除した巫女の姿がある。

 「なんでも何も、嬢ちゃんのような貧相な体じゃ面白くないんじゃボケェ!!」
 「……へぇ~」

 あぁ、言っちゃったよコイツ。とは、藍は口にしない。口にした瞬間こっちにまでとばっちりがきそうだったから。
 確かに、早苗も小傘もそして藍も、平均よりも胸はあるほうで、むしろ藍にいたっては表現としては巨乳で間違ってない。
 が、今この状況でそれを喜んでいられるほど三人は能天気ではねぇのである。
 男は言ってしまったのである、霊夢にとって最大の禁句を。
 今でも思い出す。ほろ酔いだった幽香がその事で巫女をからかい、まさかの肉弾戦で滅ぼされる寸前まで行ったことを、はたしてどれだけの人々が信じられることか。
 早苗はその時のことを思い出したか顔を真っ青にしてガクガクブルブルと身を震わせ、小傘にいたっては恐怖で既に泣いてる。
 出来れば自分もそっちに加わりたかったが、ストッパーぐらい果たさないとなァと半ば諦めにもにた心情で、霊夢を抑止しようと言葉を投げかけようとした瞬間。

 「それは、私が貧乳だってことかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 ボンッと、まるでどこぞのスー○ーサ○ヤ人のごとく、気―――ではなく霊力を纏って辺りにスパークがほとばしった。
 あ、もう無理。とすぐさま匙を投げた藍は、とりあえず早苗と小傘が巻き添え食らわないようにと結界を構成しつつ彼女達に近づく。
 怒れる巫女に関わるべからず。もはやコレはこの幻想郷に住まう妖怪の共通の認識である。
 というか、スペルカードルールも使わずに幽香を殴り倒せる時点で既に何か色々間違ってる。
 とりあえず、三人は黙祷した。彼らが安らかにあの世に逝けるようにと。
 そんな彼女達の姿など目に映ることもなく、怒りに燃える霊夢は懐からスペルカードを取り出し、そして怒りを乗せて咆哮のごとく宣言した。

 「夢想天生!!!」

 かくして、怒れる巫女の前に、彼らは五秒と持たなかったことをここに明言しておこうかと思う。









 結局、藍が主人である紫を呼び出して彼らを元の世界に戻して今回の騒動は終止符を打つ。
 件の姐さんだが気絶していただけだったらしくわりとぴんぴんとしており、永琳の治療を受けてご機嫌で帰宅なされた。
 とまぁ、言葉にすればそれだけの話であるが、件の蜂ヤクザさんたちはたまったものではなかったろう。
 何しろ、彼らにもちょっとした非があったとはいえ、家を破壊された挙句に一族5秒で全滅。面目が丸つぶれである。
 もっとも、この出来事も幻想郷の中でのこと。彼らの心には深ーい傷が出来ただろうが、外面に向ける面子だけは何とか守られたような気がしないでもない。

 「あー、だから霊夢が不機嫌だったアルか」
 「うん、そうなのよ。ものすごく怖かったんだから!」

 一連の話を聞き、そんな風に言葉を零したのは神楽であった。
 よっぽどその時の霊夢が怖かったのか、一部始終を見ていた小傘が身振り手振りでこと細やかに詳細を伝えている。
 ふーん、と妙な納得をしながら霊夢に視線を向ける。現在、彼女は新しい稗田邸の居間に居座り、今は機嫌は悪くないようで文と談笑している。
 こちらは仕事で家具の設置や宴会の下準備などを手伝っているというのに、なんとものんきなものである。

 「あーあ、銀ちゃん達も早くこっちに着てほしいヨ」
 「あはは、そうだね。あ、私は早苗のとこで手伝ってくるから」
 「了解ですヨー、逝ってらっしゃいヨー」

 ひらひらと手を振りながら、笑顔で走り去っていく小傘を見送る。言葉のニュアンスが違うのはお約束。
 きっと彼女はあのドSに目覚めちゃった風祝に言いように弄られるのだろうし。

 「そういえば、どこかで聞いたような連中だったような……気のせいアルな」

 何か思うことがあったものの、思い出せないのですっぱり思考をやめて神楽も仕事を再開する。
 実際、彼女は一度全面的に関わったことがあったのだが、それももはや記憶の奥底であった。
 今日も今日とて幻想郷は平和である。
 もっとも、思考の隅で式神に説教喰らうスキマ妖怪が映った気がするが、それも詮無きことであった。





 ■あとがき■
 さて、今回の話はいかがだったでしょうか?
 今回は前回の話の時に別の場所で起こっていた出来事。
 そんなわけで銀さん達は登場させられませんでしたが、楽しんでいただけると幸いです。
 炉心融解という曲を聞いて以来、すっかりその曲が脳内リピートされる始末。他の曲も色々聞いてますけど、奥が深いですね、ボーカロイドって。
 それでは、今回はこの辺で。↓はドSコーナーです。













 ■斬って刻んでドSコーナー■

 幽香「さぁ、今回で第六回目のドSコーナーよ」
 沖田「前回のコーナーでスタッフに特別ゲストが居たりしたわけですが、気がついた読者が居たみたいでさぁ」
 ソラ「R・Aさんですね。今もあそこにいらっしゃいますわ」

 ソラの指差す先に笑顔で手をふっているスタッフ「R・A」さん。
 どうにも実名伏せたままこのまま居座るッぽい。

 幽香「とまぁ、それはさておいて。今回のゲストは多々良小傘よ」
 ソラ「というわけで、いらっしゃってくださいな。小傘さん」

 ぱちぱちぱちと拍手がなり、ステージの置くから小傘が歩いてくる。
 その表情には既に余裕がなかったりするのだが、そんなことは三人の知ったことではないのである。

 沖田「さ、今回の生贄(ゲスト)はこれまた加虐心をそそる相手でさぁ」
 ソラ「そうですね。東方キャラには珍しく小動物系な匂いがぷんぷんですもの」
 小傘「あのー、帰ってもいいでしょうか?」
 三人『ゴメン、それ無理』
 小傘「それ人様のネタだよ!!?」

 ぴったりハモッた三人の台詞に思わず小傘がツッコミを一つ。
 既に涙目な辺りが哀愁を誘うが、本人はそれどころではないのである。
 後ろを振り向き全力でダッシュ……する間もなく、空間を渡ったソラにあえなく捕獲された。

 ソラ「ゲット♪」
 幽香「さて、どう料理しようかしら。傘キャラの先輩として手取り足取り、その体に教え込んであげるわ。よりにもよってキャラ付けに傘を選んだという事の意味を!」
 小傘「それ物凄く私情はいってる!!?」
 沖田「あぁ、そういやぁそっちの傘キャラは強キャラばっかりか、幽香に紫に、晴れの日限定でレミリアとフランでしたねぇ」

 じたばたと暴れるがソラの手から逃れられない小傘。
 そしてそんな彼女にドSな笑顔を浮かべて近づいていく幽香。
 今まさに小傘の命が尽きるかもしれないと、そう誰もが思ったりもしたその瞬間。

 ?「まてーい!!」

 その声が、浪々と響き渡った。

 幽香「何?」
 ?「弱き者に群がり、怯える顔、泣き叫ぶ声に愉悦を感じる鬼畜生。人それを―――ドSと言う」
 沖田「このどこかで聞いたようなフレーズ。一体何もんですかぃ?」
 ?「お前達に名乗る名は無い!! トォーウ!!」

 どこかで見覚えのある翠色の髪、蛙と蛇のヘアアクセサリーが特徴的な彼女がステージ着地。
 その人物の登場に、小傘はぱぁっと表情を明るくさせた。

 小傘「早苗!!」
 早苗「小傘さん、もう大丈夫ですよ。さぁ、彼女を放しなさいドSさん達!! 小傘さんを苛めていいのは私だけです!!」
 小傘「あれ、素直に喜べないこの不思議!!?」

 小傘の言い分もまったくである。どっちに転んでも苛められるのは確定っぽいこの状況。
 スタッフの方々に「助けて!」とエールを送るが、案の定スタッフR・Aさんから「ゴメン、それ無理」とカンペを見せられただけであえなく救いの道は閉ざされたのであった。

 ソラ「ふっ、私達三人を相手に勝てるとでも?」
 沖田「まったくですぜ。甘く見られたもんでサァ」
 早苗「小傘さんを弄り倒すためなら、私は火の中水の中、どのような苦行にも耐えて見せましょう!!」
 小傘「何でそんなに意気込んでんの!!? もっとべつのベクトルに向けようよそのやる気!!」
 幽香「そう、私達は相容れないのね。残念だわ早苗」
 早苗「愚問ですね、幽香さん。私の加虐心を満たせるのは彼女だけです!! そうですよね小傘さん!!?」
 小傘「同意を求められても困るんだけど!!?」

 もはや一触即発の雰囲気。スタッフは早々に退避したらしく既にその場には居ない。唯一、R・Aさんが居るが、その表情は実に楽しそうでありとめてくれそうに無い。
 ニィッと、幽香の口がつりあがる。その日傘の先端には、素人目にみてもわかるほどの魔力が収束し始めていた。

 幽香「ならば、受けなさい!! この私の、元祖マスタースパークを!!」
 早苗「さぁ、神の奇跡をその目に焼き付けなさい!! 大奇跡「八坂の神風」!!」
 小傘「いぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 二つのスペルカードがぶつかり合い、小傘が余波に晒されて悲鳴を上げるが、既に当人達には聞こえていない。
 結局、3対1という変則バトルが発生し、ドSコーナー始まって以来の大惨事になったのであった。
 誰が勝利したのかって? 誰が勝っても小傘が受ける被害は変わらないので、そのへんは皆さんのご想像にお任せしたいと思う。






 ■第六回、終■



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第六十話「ブレーカーが落ちたって大切な記憶はなくならない」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:4e6b5716
Date: 2009/08/03 23:12






 新築された稗田邸には様々な人物達が訪れていた。
 銀時たちはもちろん、様々な妖怪たちや神々、わざわざ暇を合わせてくれたのか閻魔や死神まで居る。
 そして、人里の多くの人々も稗田邸の宴会に訪れていた。
 その中には無論、反妖怪派の思考を持つ者もいたのだが、彼らにとってはまさしく衝撃的な光景の連続な日になるとは、この時ばかりは彼らも想像すらしなかっただろう。
 というより、既に度肝を抜くような展開に頭が追いついていなかったりするのだが。

 「あ、向こうで花屋をやってるヘドロです。これ、うちで育てた花なんですが、御近づきの印にどうぞ」

 目の前のどう見ても妖怪な外見のヘドロに花を手渡され呆然とする反妖怪派筆頭の男。
 彼の右腕ともいうべき同士の何人かは既にヘドロの顔を見て泣きそうというかむしろ失神寸前である。
 それも無理らしからぬことだ。何しろヘドロはそもそも顔面のパーツが凶悪すぎるのである。
 そして当のヘドロはというと、阿求の方に足を向けて歩みを進めていたり。

 「あ、ヘドロさん。わざわざ御足労ありがとうございます」
 「いえいえ、我が家が直ったことは喜ばしいことではありませんか。あ、これうちの新商品なんです。よければどうぞ」
 「むむ、コレは綺麗な花ですね。有難く頂いておきますね」

 そしてそんな顔面凶悪モンスターに平然と談笑する阿求。
 仮にも人里で有数の権力を持つ稗田の人間がこれである。妖怪を廃そうとする彼らにしてみれば軽く悪夢の如き光景に違いない。
 そもそも、彼らがここに訪れたのは妖怪の内情視察も兼ねているのだが……。
 残念ながら彼らの価値観ってもんは今日この日、虚しくも崩れ去ろうとしていることは、彼らはまだ知らない。










 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第六十話「ブレーカーが落ちたって大切な記憶はなくならない」■










 「すごい数だな、僕の誕生日会を思い出すよ」
 「ふふふそうね。慕われてるわね、阿求ちゃんは」
 「からかわないでくださいお妙さん。稗田は人里でも高い地位なので、自然とこうなってしまうんです。さ、お妙さんも九兵衛さんも一口いかがですか?」

 広い稗田の屋敷に集まる人々に、九兵衛とお妙がそんな言葉を零し、阿求は苦笑しながら手に持ったお酒を彼女達に勧める。
 屋敷は随分と広く、しかしそれでも収まらない人数が庭にまで溢れ帰り、底はそこでお祭り騒ぎのような喧騒であった。
 それはそれで五月蝿いものだが、阿求はこの喧騒が嫌いではない。昔は鬱陶しがっていたようにも思うが、随分な変わりようだ。
 そんな彼女の気持ちがわかっているのか、お妙も苦笑しながらコップを差し出して、お酌をしてもらおうとしたのだが。

 「いけませんよお妙さん。こんな昼間からお酒なんていけませんよ。酔いに酔って合体コンパみたいになったらどうするんですか。いけませんよ、昼間からお酒は」

 そんな、どこかで聞いたことのある声にさえぎられた。
 ぴったりと沈黙する三人。他の喧騒が喧しいだけにこの空間だけはやけに歪な空間に早変わり。
 そうして僅か一瞬の後。

 「どこから沸きやがったゴリラァァァァァァァ!!? テメェは永遠に天井と合体してろぉぉぉぉぉ!!」

 凄まじい轟音と共にお妙の蹴りがゴリラ……つまり近藤のあごに突き刺さった。
 その衝撃音はまさに雷のごとく、衝撃は既に必殺の域に届いており、事実、近藤は蹴りによって打ち上げられた挙句、稗田邸の高い天井に頭から突き刺さったのであった。
 ぷらーんぷらーんと揺れる近藤の足。天井を突き破った衝撃でぱらぱらと破片が舞い落ちる。
 そのあんまりな光景にぽかーんとする一同。それは人間も妖怪も例外ではない。
 いやだって、その蹴りはどう考えても人間が出せる威力なんかではないわけで。
 そうでなければ床から4mもある稗田邸の天井に突き刺さるなんて不可能だ。

 「……お妙さん、新築なんであんまり壊さないでいただけると嬉しいんですけど?」
 「あら、ゴメンナサイね阿求ちゃん。ついゴリラさんが居たから後先考えずに一撃叩き込んでしまったわ」

 そして皆呆然とする中で平然と会話する稗田阿求。
 彼女もいろんな意味で強くなって帰ってきた証拠のように思えなくも無い。
 実際は、お妙さんとか他諸々に色々と耐性がついてしまっただけの話しだったりするのだが。
 要するに、いわゆる諦めが肝心と言う話だ。

 「……あぁ、だからいったのに近藤さん」
 「あら、妖夢ちゃんも来てたのね」
 「はい、お久しぶりですお妙さん。土方さんや沖田さんたちも来てますよ」

 ほら、と指を差す妖夢。彼女の指の先には、亡霊の姫君と会話している土方と沖田の姿がある。
 もっとも、沖田はともかく、土方のほうはめんどくさそうな表情を崩そうとしないまま会話に参加していたが。
 彼の傍らにお燐が居るのはご愛嬌。皆うらやましいと思うのならば彼と変わってみるといい。瞬く間に地獄へ一直線間違いねぇのである。
 と、そこに訪れる天然パーマメントの糖分侍坂田銀時。彼は土方たちの姿を見つけると途端に顔をしかめ、苺牛乳片手に阿求の方に歩み寄ってきた。

 「おいおい、なんであいつ等がここにいるんだよ。何しにきたのあの税金泥棒」
 「税金泥棒って……、私がご招待したんです。何か不服ですか?」

 心底嫌そうな銀時の物言いに、妖夢がむすっとした様子でその言葉に応える。
 実際、彼女も今はしっかりと真選組の一員であり、近藤たちを仲間だと思っているのだ。
 そんな彼らをそんな風に言われて面白いはずもない。
 そのことを察したか、お妙の批難じみた視線が銀時に突き刺さり、九兵衛からは脇腹をこつかれる。
 それでようやく、銀時は気まずそうな表情を浮かべると、小さくため息をついた。

 「わーったよ、俺が言い過ぎた。さっきの言葉は撤回するから、頼むからあっちを何とかしてくれ」
 「……あっち?」

 はて? と首をかしげながら、妖夢は彼の言葉の通りに其方の方に視線を向ける。
 さて……その光景をどう表現していいものやら、言葉にするのも難しいのだが、とにもかくにもそこには果てしなく珍妙な光景が繰り広げられていた。
 まぁ、具体的にいうと。

 「さぁくやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 紅魔館の吸血鬼が従者に拳を叩き込み。

 「おぜぅさヴぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 反撃とばかりに従者が主人にドロップキックをぶち込む。

 「さぁくやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 そしてまた反撃とばかりに主人がジャイアントスイングで従者をブンブンと振り回す。

 「おぜうさヴぁぁっ!!」
 「さぁくやっ!!」
 「おぜうさヴぁ!!」
 「さぁくやぁぁ!!」
 「おぜうさっヴぁっ!!!!」
 「さぁぁくやぁぁぁぁぁ!!!」

 そして以降、お互い殴り合いのループ完成。なんというかその光景は一言で言うならはてしなく暑苦しい。
 誰か何とかしてくれと思うが、幻想郷でも指折りの実力者である二人を止めるのは中々至難の業である。
 へたに強い人物が止めにはいるとそれこそ余計に事態がこじれかねない。

 「何してんだあいつ等……」
 「武田軍ごっこや。ウチが教えたんよ」

 その騒ぎに気がついて妖夢たちのほうに来た土方がポツリと言葉を零すと、声は妖夢たちとは別の方向から聞こえてきた。
 土方が其方に視線を向ければ、そこには青い髪と翼が特徴的な少女がニコニコと笑顔で「こにゃにゃちわー」などと緩い挨拶をしてきた。
 現在、紅魔館で居候中のアオである。

 「オイオイ、何そのディープでマニアックな遊び」
 「コイツのいう事に賛同するのは癪だが同感だ。つーか何でそんなの教えたんだよお前」
 「え? いや、だってレミリアちゃん暇やーっていうから」

 銀時のツッコミに、いやいやながら土方も同意する。
 するとアオから返ってきた言葉は何とも簡素でゆるーい答えであった。
 そしてニマァと嫌な笑みを浮かべるアオは、きししっと笑いながら言葉を続ける。

 「それよりも、土方さんや九兵衛ちゃんもあっちに混ざりたいとちゃう? あっちに混ざってレッツパーリて叫びたいちゃうん?
  うずうずしとるんやろ? 二人とも英語を駆使して馬をハーレーのように乗りこなしてレッツパーリしたいやろ? そうやろ二人の筆頭―――」
 『テメェは少し自重しろボケェェェェェェェェェェ!!!』
 「ぎゃん!!?」

 そして恐ろしいメタ発言を連発するアオに、ツッコミ役二人の強烈なかかと落としが脳天に直撃した。
 頭を粉々に粉砕せんばかりの一撃を受け、でもそれでも頭を抑えてうずくまる程度で済むアオの頑丈さ。
 疲れたようにため息をつく二人のツッコミ役、新八とルリの二人。今日も今日とて彼らはすでに苦労しそうな雰囲気である。

 「じゃ、私はこいつちょっとしばき倒してくるんで、後ヨロシク新八」

 盛大なため息の後、ルリは新八にそう告げるとアオの襟首を引っつかみ、そのままずるずると引きずって行く。
 すると部屋の入り口の辺りで盛大に怒られ始めるアオと、困ったように笑顔を浮かべながらルリをなだめている撫子の姿。
 その光景がどこか微笑ましく思えて、阿求はクスクスと苦笑を零していた。

 「相変わらず、仲がいいですねアオさんたちは」
 「まぁ、いつもの通りッちゃいつもの通りだわな」
 「そうですね。……あれ? 銀さん、姉上は?」

 阿求のしみじみとした言葉に、銀時があっさりとした様子で同意する。
 その事自体には異論が無いのか、新八も同意したのだが、目的の人物の姿が見えずに銀時に問いかける。
 すると彼は小さくため息をつき、くいっと親指を差して視線を向く。
 新八も彼に習い、その指の先を視線で追っていくと―――

 『レッツパァリィィィィィィィィィ!!!!』

 未だに武田軍ごっこを続けていた従者とメイドに、お妙と九兵衛がドロップキックをぶちかましているところだった。

 「ッて姉上ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!? 九兵衛さんも一緒になって何やってんですかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 まさかのレミリア&咲夜VSお妙&九兵衛の戦いが勃発したことに悲鳴に近いツッコミを上げて新八がそっちの方に走り去って行く。
 ぎゃーぎゃーと喧しくなる一角を他所に、阿求は新八に心の中で「ガンバ」とエールを送って黙祷する。
 さもありなん。どうせこの後、新八があの四人の争いに巻き込まれてしまうのは火を見るより明らかな虚しい事実である。

 「ったく、オメェのとこは相変わらず騒がしいな。おい、妖夢。近藤さんはどうした?」
 「あー、近藤さんなら……」

 大暴れするお妙たちの姿を見ながら土方がそうぼやき、こちらに来た目的を思い出したのか妖夢に問いかける。
 すると、彼女にしては珍しく気まずそうに視線を彷徨わせ、煮え切らない言葉を零すばかり。
 やがて観念したのか、彼女は無言で上を見上げた。それにつられるように、土方も上を見上げて―――

 「って、近藤さぁぁぁぁぁぁぁん!!!?」

 天井と合体して宙ぶらりんになってピクリとも動かない近藤の情けない姿があったのであった。

 「何だコレ!? 何がどうなってあんなところに首だけ埋まってんだよ!!?」
 「いやー……なんと言うかいつものとおりと言うか」

 土方の至極まっとうな意見に、妖夢が気まずげに視線を逸らしながら頬をかいて言葉にする。
 実際、あの状況を説明しようにもいつものこととしか言い様がないのが実状なのだが、なまじ近藤が埋まっている場所が高すぎるだけに説明に困る事態には違いない。
 土方が沖田を呼び付け、妖夢と三人で何とか近藤を救助しようと奮闘するのを尻目に、阿求と銀時は一旦その場を離れて料理の並んだテーブルに足を向ける。

 「どうですか、料理のほうは?遠慮なく食べていってくださいね銀さん」
 「あぁ、そうさせてもらうさ。1週間は何も食べなくても大丈夫なように食いだめておかねぇとな」
 「……大げさでもないのが困るところですね」

 なんだか色々とやりきれない台詞を聞いた阿求は視線をあさっての方向に向けてしみじみと言葉にしてしまう。
 こう、なんというかその表情はまるで悟りを開いた僧侶のようで、どことなく哀愁が漂っていた。
 だって、彼女もしばらくよろず屋に居候していたのだ。彼らの貧困具合は身にしみて知っているのである。
 そんなやり取りをしている間にテーブルに到着すると、そこには用意された食事をすごい勢いで平らげる神楽と霊夢がおり、そのすぐ傍には桂の姿もあった。

 「なんだ、オメェもいたのかよヅラ。いいのか、真選組もいるんだぞ?」
 「ヅラじゃない、カツオだ」
 「……桂さん、どこからツッコミいれたらいいんですかね、それ」

 いつものやり取りを繰り広げる二人を視界に納めながら、どこかしらけきった様子で阿求が桂に言葉を投げかける。
 某ゲームで有名な配管工の姿をした桂は実にシュールで、なんとも言えない物悲しさを感じてしまうのである。

 「そうか……真選組もきているのか。大方、妖夢殿が招待したのだろうが、あらかじめ変装して正解だったようだな」
 「だからって何でその格好なんですか? めちゃくちゃ浮くんですけど」

 桂のしみじみとした言葉に、半ば呆れたように阿求が口にする。
 確かに、彼の服はこの場の雰囲気で言えば非常に浮いた格好であることは間違いない。
 と、そこで何か足りないことに気がついたのか、阿求はきょろきょろと辺りを見回し始める。

 「そういえば、エリザベスさんはどこに?」
 「む、そういえば先ほどから見ていないが……」

 彼女の言葉に、いつの間にか居なくなっていた相棒を探すように視線を彷徨わせる。
 すると、とある一転でピタッと桂の視線が止まった。
 その先に、確かに彼の相棒であるエリザベスの姿があった。
 あったことはあったのだが、そのなんと言うべきか……レミリア達の争いに巻き込まれて大変なことになっていたりする。

 「エリザベスゥゥゥゥゥゥ!!!? 貴様等ぁぁぁぁ、エリザベスに何をするかぁぁぁぁ!!?」
 「ハッ、来るかロン毛!! このレミリア・スカーレットに歯向かうか!!」
 「上等だァァァ!! ロン毛は大人しく盧山昇龍破でもスカ撃ちしてろコラァァァァ!!」

 特攻する桂。迎え撃つカリスマたっぷりのレミリア。そしてもはや手当たりしだいなお妙さん。
 阿鼻叫喚の地獄絵図とはこのことか。どんどん被害がでかくなっていく一方なのだが、銀時は相変わらずわれ関せずを貫くらしい。
 知らん振りしてとっとと料理をぱくつき始めた。

 「……いいんですか、あれ」
 「いいんじゃね。どうせすぐ収まんだろ」
 「それもそうですね」

 そしてあっさりと無視を決め込むことにした阿求。とりあえず心配なのは壊れた屋敷の修繕費であるのだが、この際全壊しなきゃどうでもいいやと投げやりであった。
 だって、軽くアルマゲドンに達しそうなあの喧嘩に混ざるほど阿求は体が強くない。か弱い人間は大人しく無視を決め込むのが上策なのである。
 ……いや、向こうの喧嘩起こしてる面々のほとんどが人間だが。

 「まったく、賑やかになってきたじゃないかぃ。これでこそ江戸っ子の心意気ってもんさね」

 そんな現実逃避をしていると、聞きなれた声が聞こえて其方に向ける。
 そこにいたのは、タバコを吹かしながらどこか楽しそうな表情をしているお登勢の姿があった。

 「あ、お登勢さん」
 「楽しんでるかい? コレだけ騒いでるんだ、楽しまなきゃ損ってね。それから、牛鍋の用意ができたよ。あんたも食べるだろ?」
 「はい、是非いただきます」

 にっこりと笑みを浮かべながら、阿求はお登勢の言葉に応える。
 それから彼女は振り向き、銀時に言葉をかけようとしたのだが……。

 「銀さんもどうですか……って、あれ?」

 当の本人がどこにもいなくなっていたのである。
 はて? と首を傾げるしか出来ないでいたのだが、まぁいいかと納得して用意された牛なべに視線を向ける。
 何しろ久しぶりの肉である。よろず屋にいると肉、それも牛肉にはほとんどありつけないので久しぶりの肉料理だ。
 たっぷり堪能しようと心に決めて、すっかり浮かれ気分の阿求。

 「やや、ここに牛鍋発見です! 私もいいですか?」
 「もちろんですよ。文さんもこちらに」

 と、ここで文が乱入。彼女も肉料理は久しぶりなのでどこか嬉しそうである。
 他にも、お登勢の隣にはキャサリンがいるが、文はフッと怪しく笑うとクスリと言葉を紡ぐ。

 「最速の名は伊達ではありませんよ。全て奪いつくして差し上げましょう」
 「……プライドの高い天狗としてそれってどうなんですか」

 そして阿求のツッコミはこれまた容赦が無かった。
 うぐっと呻いて冷や汗を流す文を尻目に、阿求は箸を握ると手を合わせて「いただきます」と行儀よく言葉にする。

 「先手必勝っ!」
 「って本当にやりますか!!?」

 風の如きスピードで箸を伸ばす射命丸。まさか本当に実行に移すとは思わなかったのか、阿求が驚愕の声を上げるが文本人はそんなこと知ったことではない。
 何しろ、本当に最近は肉料理を口にしていないのだ。よろず屋の貧困具合は苛烈を極め、毎日食卓が戦争なのである。
 無論、よろず屋の食卓に豚肉はともかく、牛肉などと言う高級品が並ぶはずも無い。

 (取った!!)

 幻想郷最速を謳う鴉天狗。そのスピードはその名に恥じぬ非常識極まりない速度であった。
 今まさに、箸が牛肉を掴もうとした瞬間―――

 信じがたいことに、文は何者かに弾き飛ばされたのだ。

 「なっ!!?」

 驚愕の声が、反射的について出た。
 彼女の目の前で繰り広げられた光景、それは到底信じられるような光景ではなかったのである。
 そこにあったのは、邪悪なオーラを身に纏い、文すらをも置き去りにせんとばかりの数多の残像が見えるほどのスピードで箸を鍋に突っ込むお登勢とキャサリンの姿だったのである。

 「フハハハハハハ!! 甘インダヨ小娘!! テメェに食ワセテヤル牛肉はネェンダヨ!!」
 「カカカカカカカッ!!!!肉がほしけりゃ私達を押しのけることだね!!」
 「……あれ、なにこの嫌がらせ」

 ドキッパリと誰にもわたさねぇ発言をした二人に、ポツッと言葉を零す阿求。
 そりゃそうだ。身体能力が普通の人から見ても劣っている彼女にこの食卓の戦争に混じれるはずも無い。
 一方、文は驚愕に打ちひしがれていた。
 ただの人間が、自分すらも置き去りにするほどの速度で高速で箸を動かしている。
 認められない。認められるはずが無い。
 同じ天狗仲間なら、その事実があっても理解は出来た。納得するかはべつとして、この光景もある程度は受け入れられただろう。
 だが、相手は人間。しかし、その人間がありえないほどの速度で挑発してくる。
 そう、挑発だ。つまり、目の前の人間は挑戦して見せろとそう問うている。
 クッと、喉の奥で笑いを噛み殺す。
 面白い。壁があってこそ世の中は楽しく、障害があってこそ目標を達成したときの充実感は大きいのだ。
 自分の速さはこの程度なのか? この程度が自分の限界なのか?
 否―――断じて否!
 ならばどうする。ならばどうすればいい?
 簡単なこと、今以上になお速く動けばそれでいい!!

 「言ったな人間! 幻想郷最速の二つ名、しかとその目に焼き付けるがいい!!」
 「はっ!! 上等っ!!」
 「カカッテ来イヨ!! 小娘ッ!!」

 そして勃発する鍋戦争。
 そのスピードはもはや言葉に尽くしがたく、いつの間にか神楽と霊夢も乱入している始末である。
 人間の立ち入れる領域ではない。もはや阿求は完全に置いてけぼりを食らった状態で、神速の争いを目に焼き付けている。
 ぽつーんと佇む阿求の肩を、ぽんっと誰かが叩いた。
 其方に視線を向ければ、穏やかな慈愛を秘めた笑みを浮かべた鈴仙の姿があった。

 「阿求、これあなたの分ね」
 「……鈴仙さん、本当にお嫁に来ませんか?」
 「いや、女同士だし遠慮しとく」

 あらかじめ阿求の分を取っていたらしい鈴仙が彼女にそれを渡し、それに感銘を受けながら阿求が中々とんでもないことを口走る。
 しかしそこは鈴仙、すっぱりと断ると困ったように苦笑を浮かべて、再び鍋戦争に視線を向ける。
 争いは、未だに衰える様子を見せていない。いつまで続くんだろうなァと軽く現実逃避をする二人。
 しかし、なにも現実逃避をしているのは彼女達だけではなかったのである。

 「……リーダー、人間って、あんなスピードで動けるんですネェ」
 「……俺達、今までなにやってきたんだろうなァ」

 人間よりもはるかに強力な力を持つ妖怪を廃そうと考える彼らの目に、妖怪と対等以上に渡り合う人間の姿が目にこびりつく。
 もはや彼らの中の常識ってもんが色々木っ端微塵になった瞬間であったのだが、誰もそれを知るよしは無いのである。
























 盛大な大騒ぎとなった宴会も今はすっかりとなりを潜め、夜も深くなり空にはまん丸の月が浮かんでいる。
 稗田邸の屋根の上で、阿求はちびちびとお酒を嗜んでいた。
 少し酔いが回っているが、それでも今はこの気分が心地よい。
 一人の月見酒というのも、なかなか乙なものですネェと苦笑する。
 すると、阿求が使った梯子から一人の男性が上ってきて、彼女はクスクスと笑った。

 「どうですか、銀さん。具合の方は?」
 「あー、吐いたらすっきりした。ちょっと風に当たらせてくれ…・・・ウップ!」
 「はいはい、無理はしないでくださいね」

 屋根に上ってきた銀時にそう言葉を零すと、彼は青い顔でそんなことを言う。
 どうやら相当に悪酔いしたらしく、その様子が彼らしくてなんだか安心した。
 不思議なもので、彼との付き合いも随分と長い。
 最初は不真面目な人だと思ったが、一緒に過ごしていくとこれが中々どうして、一本の通った芯のようなものが見えてくるのだ。
 不思議な人だと、そう思う。
 きっと、そんな彼にみんなは引かれ、あのよろず屋にとどまっているのだろう。
 最初から、この家が直るまでと言う条件付だったのだから仕方ないのだが、あそこを離れることが少し寂しく思えた。
 染まってるなァと思いながら、阿求はポツポツと言葉にする。

 「今まで、本当にありがとうございました」
 「別に、そういう約束だったしな。礼を言われるほどのことじゃネェよ」
 「そうでもありません。きっともう、私にはこれ以上に楽しいことなんて、早々に起こらないでしょうから」

 そういう阿求の表情はどこか悲しそうで、だけど精一杯の笑顔を浮かべている。
 彼女の言葉の意味。それは、これからは彼女は幻想郷縁起を書き記さねばならないし、次の代に移るための転生の準備も行わなければならない。
 そうして、九代目阿礼乙女としての生を終え、閻魔のところで奉仕し、一部の記憶以外をすべてなくして十代目阿礼乙女として転生する。
 その時には、銀時たちはもういない。たとえ、阿求を知っていた妖怪がいても、自身はその事を忘れてしまっているのだ。
 それが―――少し、寂しかった。
 かつては、そんなことは思わなかった。少し昔までは人間と妖怪は対立していたし、今ほど良好な関係などではなかった。
 初代であった頃の自分は、妖怪から人々を守るために、幻想郷縁起を書き記し始めたはずなのだ。
 イツまでもイツまでも、妖怪に劣る人間を守るために、何代も何代も転生を繰り返す。
 そこに―――前世の生活の記憶がある必要は無い。
 あったとしても邪魔なだけだ。どうせ自分を覚えている人間は皆死んでしまっているのだから、あったとしても自身が苦しいだけなのだから。
 だから―――きっと、彼女はずっと昔から孤独であったのだ。
 だけど、今は違う。人間と妖怪の関係はここ100年ほどで良好になり、スペルカードルールが導入されてからはより親密になってさえいる。
 少し人里から離れれば、人間と妖怪の夫婦も少なからず存在するのだ。
 阿求にも、転生しはじめてから初めて、妖怪を友達と思えるようになってきた。
 それは、かつてはの自分からは考えられないことだ。
 そして今この時ほど―――全ての記憶を引き継げない自身の転生を恨めしく思った。

 「私は、もってあと十数年。それまでに、幻想郷縁起を纏めなければいけないし、転生の準備も始めなければいけません。
 もう、銀さんたちと共にいる時間も……あまり取れないでしょう。そして私は―――皆さんのことを……」

 それ以上、阿求は言葉を紡ぐのをやめた。
 口を噤み、儚げな表情のまま酒を少量口に含み、そのまま喉に通して行く。
 忘れてしまう。大切な記憶も、楽しかった思い出も、皆、皆、彼女の中から零れ落ちて行く。
 せっかく友達になった妖怪の皆とも、せっかく出会ったときに、きっと自分はこう言ってしまうのだ。

 ―――あの、どちら様でしょうか?

 それが、酷く恐ろしかった。
 その言葉はとても残酷で、彼女達を傷つけてしまうのかもしれないと思うと胸が破裂しそうな気分に陥ってしまう。
 嫌だ。そんなのは絶対に嫌なのに、その未来はきっと遠からず訪れてしまうだろうから。

 「忘れねぇさ」

 だというのに、彼の言葉はやはりどこか温かい。
 いつもの無気力な声じゃなく、どこか優しさを含んだその声が、妙に心地よい。

 「例え何度ブレーカーが落ちようが、電源を引っこ抜かれようが、本当に大切な記憶は忘れねぇよ。それに言ったろーが。馬鹿騒ぎ起こしてトラウマにして刷り込んでやるってよ」
 「あぁ、言ってましたねぇそんなこと。確かに言ってました」

 銀時の言葉に、阿求はケタケタと可笑しそうに笑った。
 そういえば、彼は以前そんなことを言っていた。無茶苦茶な言葉だったが、あの時程阿求の心を揺さぶった言葉も無かっただろう。
 だから、今までの憂鬱な気分はすっかりとなりを潜めてくれた。

 「で、今日のはしっかりトラウマだったかよ」

 その何気ない言葉に、阿求はクスクスと苦笑する。
 そして彼女は夜空を見上げ、月を掴むように手を伸ばす。
 満面の笑み、晴れやかな笑顔のまま、稗田阿求は言葉にする。

 「もちろん、すっごく騒がしくて、やかましくて、楽しくて、すっかりトラウマものです」

 言葉にしてみれば、なんと清々することか。
 銀時はそんな阿求の言葉に「そうかい」と苦笑して、屋上に寝転がった。



 その日から、よろず屋からは稗田阿求の姿が見られなくなった。
 時たま現われる程度で、以前居ついていたほど彼女の姿は見られない。
 そうして、稗田阿求は自分の本来の場所に戻っていったのだ。
 大切な記憶と、そして思い出と共に。















 パタンっと、私はすっかり古びたその日記を閉じた。
 先代の稗田の日記なのだが、これだけが丁寧に机の中に保管されていて、不思議に思って手に取り、読みふけっていくうちにいろいろなことを思い出して行く。
 くすくすと笑いながら、私は外に視線を向けた。

 「あぁ、本当に思い出せるものなんですね、銀さん」

 今はもういない人に向けて、私は感慨深く呟いた。
 空は今日もこの上なく快晴だ。目だった事件も聞かぬまま、日々平和に限る。
 巫女が動かないのは平和の証。もっとも、今の幻想郷で事件が起こる方が稀ではあるのだけれど。
 そよ風が気持ちよい。十代目としての生を受けてまだ数年だけれど、これからはもう少し楽しいことが待っているのだから。

 「あややー!! 十代目阿礼乙女さんはあなたでしょうか!?」

 そして、そんな声が後ろから聞こえてきて振り向くと、そこには記憶に残るそのままの彼女の姿があった。
 丁度いい、十代目としては初対面だし、どうせなのだから驚かしてあげようとくすくすと笑う。

 「えぇ、そうですよ。射命丸文さん、あ、ブンブンさんとお呼びした方がいいですか?」
 「誰がブンブンですか!! って……、何でそのあだ名を。……まさか記憶が」

 驚いたような表情を浮かべる彼女に、私はしてやったりとくすくすと笑う。
 彼女はこの後どんな反応をしてくれるだろうか。それがすごく楽しみで仕方がない。





 彼らが残してくれた言葉。皆が残してくれた思い出。
 たとえブレーカーが落ちたって、電源を引っこ抜かれたって、何度でも思い出せる大切な記憶。
 それを背負って、今日も私は歩いていける。
 この人間と妖怪が楽しく、幸せに暮らせる理想郷で、私はきっと生を謳歌するだろう。


 ―――さぁ、ガンバレ私。十代目の稗田の人生はこれからなのだから。







 ■あとがき■
 ども、作者です。今回長かったですがいかがだったでしょうか?
 今回は全体的に阿求のお話なんですが、楽しんでいただけたら幸いです。
 転生による記憶の喪失、そんな人生を送る彼女の内面を、少しでも語れていれたら幸いです。

 最近はボカロの曲でSPiCaという曲がお気に入り。歌詞も好きなんですが、ミクの声とあのギターがたまらないのです。
 ……染まってきたなァ、自分^^;

 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第六十一話「天子の新しい生活」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:4e6b5716
Date: 2009/08/15 00:19

 ※今回、ちょっと下ネタアリなのでご注意を。











 くぁ~っと、あくびを噛み殺すように一人の少女が起床した。
 ここ最近、ようやく見慣れ始めた天井とはまた変わり、少し古びた天井が視界に映り、「あれ?」と声を零しながら彼女―――比那名居天子は徐々に思考を覚醒させていく。
 起きてすぐのせいでよく頭が回らない。ぼんやりとした思考の中、ふと、自分が何かに抱きついていることに気がついた。
 もぞもぞと気だるそうに視線を上に向ける。するとそこには―――

 「うひゃあぁぁぁぁぁ!!?」

 まどろんでいた意識が覚醒する。
 跳ねるように飛び起きた彼女は、一気に壁際まで転げまわった。
 ぜーはーと荒い息を整えながら、今まで自分が抱きついていた人物―――坂田銀時に目を向ける。

 「な、なななななんで私、銀さんなんかに抱きついて寝てんのよ!?」

 気が動転してか小さい声で怒鳴るなんていう器用なことをやってのけながら、彼が寝ているのに気がついて慌てて口元を手で覆う。
 元々一度寝だすと中々おきない銀時だ。朝早いこともあって未だに起きる様子は無い。
 そこでようやく、彼女に冷静な思考が戻ってきて、そういえばと先日の夜のことを思い出した。

 (……そういえば、今日からこの家で生活するんだっけ。……寝ぼけてこっちにでも来ちゃったのかしら?)

 小さな子供でもあるまいにと、そこで思考を打ち切って小さくため息をつく。
 幸い、誰にも気付かれていないようだし、このままこの部屋を出てしまおう。
 そう決めてしまえば話は早い。彼女はゆっくりと立ち上がると、そろりそろりと銀時の部屋から退出する。
 そこでようやく、彼女は一安心とばかりに息を吐いた。
 万が一、先ほどの光景を誰かに見られていたら恥ずかしくてたまらなかっただろう。
 これは自分の記憶の中で埋没させるべきだと即決すると、この部屋で睡眠を取るよろず屋の居候たちに視線を向け―――

 「……」
 「……」

 未だ眠っているメンバー達の中においてただ一人だけ起床し、それも考えうる中で最悪の人物がカメラ片手ににっこりと笑みを浮かべておいでだった。
 まさか……と、嫌な汗がひんやりと頬を伝う。
 件の人物、射命丸文はと言うと、にっこりと満面の笑みで言葉を紡ぎだす。

 「実はですね、この『ヤッちゃったぜ☆』的な行為の後にも見えるこの写真を新聞にするか、あるいはとある人物に高額で売りつけるか迷っているんですが……。
 是非ともご友人としての意見をお伺いしたいですネェ、天子さん?」
 「……いくらよ」

 阿求がよろず屋から去り、天子が新たに居候を始めた初日。
 早速幸先の悪いスタートを切った天子であった。










 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第六十一話「天子の新しい生活」■










 「あー、朝っぱらから最悪だわ」

 歯磨きをしながらしかめっ面で愚痴を零した天子とは対照的に、射命丸文は上機嫌。
 そんな彼女達の対比がよっぽど奇妙だったか、鈴仙たちは首を傾げるばかりである。
 銀時も神楽も二人そろって爆睡中。この分だと昼近くまで寝ていそうな勢いだが、割といつものことなので誰もその事には追及しない。
 そろそろ新八が来る頃かなーと気ままに思っていると、テレビの占いが自然と目に付いた。
 この占い、テレビで大人気のアナウンサーが担当していることもあってかべらぼうに人気があり、天子もこの占いはそれなりに気に入っていたりもする。
 なんだかんだで年頃の女の子という事か。長生きしていても精神は子供のまま育ったような天子なのだから、こういったことに興味をもつのも当然だったのかも知れない。

 「あー、やっぱ今日の運勢悪いのかぁ」
 「へー、天子ってこういうの信じるのね。意外だわ」

 歯磨きを終えて、改めて居間に戻ってくると丁度自分の正座の占い。
 その内容が芳しくないものだから、天子は微妙な表情で呟くと、鈴仙の方から意外そうな言葉が飛び出していた。

 「そりゃ、全部信じてるわけじゃないけどさ。でも、案外馬鹿に出来ないものよ。こういう占いって」

 そんな彼女の言葉に当たり障りの無い返答をしながら、天子はゆっくりとソファーに腰掛けた。
 ふぁ~っとあくびを噛み殺し、よろず屋きってのツッコミ眼鏡を待つことにしようと決めると、気だるげな視線をテレビのデジタル時計に移した瞬間。

 『今日のアンラッキー!! 青い髪のロングヘアーで痛みに快感を感じちゃう、でもちょっとSで最近ツンデレなあなた!! 今日、死にまーす!!』









 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第六十一話「天子の新しい生活」■








 ―――今日、死にまーす!!










 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第六十一話「天子の新しい生活」■









 ―――今日、死にまーす!!









 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第六十一話「天子の新しい―――

 「って、しつこいわよ!! ドンだけサブタイ流せば気がすむの!! 鬱陶しいわいい加減ッ!!」

 BGMと共に何度も現われるサブタイを画面外にブン投げながら、天子が盛大にツッコミを入れる。
 かつて無いサブタイコールがさすがに鬱陶しかったのか、ほんのり青筋まで浮かんでいる始末である。

 『アンラッキーに対抗するのは赤。血に濡れた体を自身の体で覆い隠しましょう!!』
 「それで何を隠せっていうのよ!!?」
 『ラッキーアイテムは甘党な男。いざと言うときは血糖値の高い彼を身代わりにしましょう!!』
 「最低じゃないそれ!!?」

 何から何までツッコミどころ満載な占いの内容に律儀にツッコミを入れると、天子はリモコンを使ってテレビの電源を落とすと改めてため息をついた。

 「あー、何よあのピンポイントで私を狙ってるとしか思えない内容は」

 まったく持ってその通りである。むしろ合致しすぎで薄ら寒いものまで感じてしまい、何か監視カメラでもついてるんじゃあるまいかと疑いそうだ。
 今日は朝からついていないだけに、あの占いの内容がまったく持って的外れとも思えないのだから困り者だ。
 まぁ、だからといって天子もそうやしやすと死んでしまうほど軟じゃないが。
 だから、彼女にしても気に病むようなことは何もない。ちょっと面食らったが、どちらにしろいつもどおり生活することだろう。
 憂鬱な気分をため息に乗せて吐き出すと、んーっと背筋を伸ばして気持ちを一新させる。
 さてさて、今日はどんな依頼が来るのだろう。そんな期待を胸に抱いて、天子はくすくすと笑った。
 「まぁもっとも、依頼人が来ないこともありえるんだけどね」と、どこか楽しげに呟きながら。


















 「で、案の定依頼人は来ないわけだ」
 「うるせーよてんこ。来ねぇもんは仕方ねーだろーが」
 「だから、てんこ言うなっつってんでしょーが理科の実験爆発頭」

 実に予想通りといわんばかりにニッと笑みを浮かべながら言葉にした天子に、気だるげな銀時の言葉が返ってくる。
 そんでもって、いつものようにむっとしながら返答する天子。
 彼女は銀時の隣に位置取り、かぶき町を彼と共に歩き回っている。
 何をするでもなくぷらぷらと散歩するように歩き回るのだが、これはこれで中々嫌いではない。
 最近ではすっかりと見慣れた町並みでも、こうやって出歩いていればまた新しい出会いがあるかもしれない。
 それが、面白おかしいトラブルを抱えてくれれば理想的だ。

 「いや、いっそ自分からトラブルを起こすのもありかしら?」
 「おい、何さっきから物騒なことぶつぶつと呟いてんの? やめてくんない? マジでやめてくんない!?」

 思っていた言葉がついつい口から出ていたらしい。それを少し気恥ずかしく思いながら天子は俯くのだが、対して銀時にしてみればたまったものではない。
 何しろ、天子はやるといったらやる。他人の迷惑なんぞお構いなし。無茶と屁理屈で道理や理屈をねじ伏せる。
 天上天下唯我独尊を体現したかのような性格の彼女だ。どこぞのトリーズナーなアルター使いの如くトラブルを起こすのは間違いネェのである。
 と、そんなやり取りをしている中、向こうの通りから歩いてくる一人の少女。
 藤色の長い髪を黄色のリボンでまとめポニーテールにし、この廃刀令のご時世に立派な一振りの長刀を腰に差した少女の名は、綿月依姫。
 以前、鈴仙が彼らと出会わせて以来の仲になるのだが、その彼女の表情はどこか浮かないものであった。

 「やっほー、依姫!」
 「ん、……あら、天子じゃない。ついでに銀時も」

 そんな彼女にも意に介さず、シュタッと手を上げながら声を掛ける天子。
 それで二人に気がついたのか、先ほどの浮かない表情はなりを潜めて、いつもの気の強そうな彼女の表情が浮かんでいる。

 「で、どうしたよ。随分とうかねぇ顔してたじゃねーか」
 「む、……やっぱりわかる? ちょっと厄介な事件に巻き込まれちゃってね。その調査中よ。一応、今は探偵業だから」

 銀時が気だるげな風に声を掛けると、依姫は小さくため息をついて疲れたようにそんな言葉を紡ぎだしていた。
 彼女がそんなことを言う辺り、よっぽど難解な事件なのだろう。
 当然、そんなことともなれば退屈が嫌いな天子が食いつくのは目に見えているわけで。

 「へぇ~、なるほど。よかったらさ、私達も手伝いましょうか?」
 「おい、何言ってんの天子。銀さんこれからパチンコに行こうとしてたんですけども?」
 「たまにはいいじゃないこういうのも。時には人のために働きなさい駄目人間」
 「いや、お前も駄目人間だから」
 「銀さんにいわれたくないわ」
 「俺もオメェにはいわれたくねーんだよコラ」
 「……やるの?」
 「やるかコラ?」

 いい争いしながらお互いににらみ合う二人。
 いつの間にか口げんかに発展している二人に、「相変わらずネェ」と呆れたように依姫が言葉にするが、天子の耳にも銀時の耳にも届いていない。
 一触即発な雰囲気を醸し出す二人だが、これもこれでいつものこと。二人の仲のいい証拠だ。
 それがわかっているからか、依姫も何もいわずにただその光景を視界に納めるのみ。
 町行く人々も、そんな二人のやり取りには慣れ始めたのか皆して素通りである。
 そろそろ殴り合いに発展しそうな雰囲気になったその瞬間―――

 「きゃ!?」
 「うぉっ?」

 二人の間を、見知らぬ男が猛スピードで通り過ぎていった。
 男から放り投げられたビンから液体がこぼれ、銀時の服に付着する。
 そのまま猛然と走り去っていく男だったが―――

 「逃がすかっ!!」

 依姫が吼えて、祇園の剣を地面に突き刺す。刃が半分まで埋まった瞬間、逃げ出そうとする男を無数の刃の檻が捕らえて取り囲んだ。
 その光景に唖然とする一般人を他所に、依姫は小さくため息をついて銀時に視線を向ける。

 「銀時、大丈夫?」
 「あぁ、なんともねーよ。つーかあれ、やりすぎじゃね?」

 剣の檻に囲まれた男に視線を向けながら銀時がぼやくが、依姫はフルフルと首を振って「そうもいかないのよ」と疲れたように言葉を零した。

 「最近、カップルを狙った変な集団が事件を起こしててね。複数犯みたいで被害が続出してるのよ。で、本当に大丈夫なの銀時?」
 「だーから、大丈夫だッつってんだろ。何も変わったところは……」

 言いかけて、ピタッと銀時が硬直する。
 その様子に疑問を感じた依姫が小首をかしげて不思議そうな表情を浮かべていたが、銀時は慌てた様子で道路の隅に移動した。
 その奇怪な行動に天子すらも訝しげな表情を向けたが、銀時は今それどころではなかったのだ。
 そろりそろりと、銀時は恐る恐るといった様子で自分のズボンの中を覗き込む。

 あぁ、そこにはなんと恐ろしいことか。追先ほどまで生い茂っていたはずのそこは見るも無残な不毛の大地に成り果てていたのだった。

 「オイィィィィ!!? なんで俺ここばっかり被害にあうんだよ!!? なんでここばっかり集中砲火ぁ!!? 不毛の大地になってるよ見るも無残だよコレ!!?
 なんだ使ってないからなのか!!? 使ってないから反逆してんのか!!? 反逆の(ズギューン!!)かコラァァァァァ!!!!?」
 「あー……、コホン。えっと銀時、あいつ等はそうやって多くのカップルの男達を不毛の頭にしていく毒を撒き散らしてるのよ」

 銀時の凄まじい絶叫に、さすがに依姫もいたたまれないものを感じたのか、あるいは別の理由からか、顔を赤くしながら俯くようにそんな言葉を紡ぎだす。
 天子も天子で銀時の台詞は中々に刺激が強かったらしい。顔を真っ赤にしたまま俯いて黙っている。煙を吹いて今にも火が出そうな勢いだ。

 「一応、解毒剤は存在してるのよ。ただ、連中が持ってるらしくて、私の仕事はそれの奪還―――」
 「テメェらの居場所吐け!! 今すぐ吐けコラ!」

 依姫がいうや否や、祇園様の剣で拘束されている男をボッコボコに殴り始める坂田銀時。
 怒り心頭とはこのことか。ここまで彼がぶちきれるって言うのも中々珍しいかもしれない。
 しかし、それも仕方の無いことだろう。彼は以前、男の象徴とも言うべき場所をドライバーに改造されたりドット絵にされたりと悲惨な目にあっているのだ。何故かそこだけ。
 そして今回のこれである。彼の心情、押してしるべしといったところか。

 「そうね、せっかく捕まえたんだから急いだ方がいいわ。いずれ、あの毒が全身に回ったら銀時も悲惨なことになるものね」
 「え、あれって全身に回るもんなの!?」

 ため息をつきながら言葉にする依姫に、天子が驚いたように言葉にする。
 全身に回る、それはイコール全身の毛がなくなるという事だ。
 つまり、それはつるッパゲ眉毛なしの坂田銀時が生まれるというわけで。

 「あんた達の拠点はどこ!!? 今すぐ吐きなさい!!」
 「死ねよお前!! マジで死んでくれよ!! テメェらの本拠地ゲロしてから死んでくれよ頼むから!!」

 銀時と一緒に犯人をボッコボコにし始める比那名居天子。
 さすがにそんな銀さんは許容できないのか、ワリと目がマジで据わっていたり。
 対して、犯人はと言うとボコボコにされる挙句に、祇園の檻のせいで逃げられないという悲惨な状況だったりする。

 「……ねぇ、さすがにやりすぎじゃない?」
 「いーや断固としてコイツが本拠地喋るまで蹴るのやめねぇからな俺は!!」
 「そうよ!! 全身つるっつるな銀さんなんて冗談じゃないわ!!」

 さすがにかわいそうになってきたのか、依姫がそんな言葉を零すのだが二人は蹴り倒しながら一行にやめる気配を見せないでいたりする。
 特に銀時はよっぽど腹に据えかねたらしい。未だに青筋が浮かび上がり、今にも血管が切れてしまいそうな勢いだった。

 「わ、わかった喋るから!! 喋るから蹴るの止めてくれ!!」

 犯人の男が悲鳴混じりにそう言い、二人はようやく蹴るのをやめて男を冷ややかに見下ろした。
 嘘をつけばそのままブッチKILLと言いたげな視線。それに貫かれる男の心境はさぞかし恐ろしいものだっただろう。

 「もし嘘だってわかったその時は……頭カチ割って中身引きずり出すからそのつもりでね?」
 「ヒィ!!? わ、わかった!! わかったからその鋭角の岩を振りかざすの止めてくれ!!」

 加えて、その天子の脅しがトドメだった。
 そしたらまぁ、喋るわ喋るわ。よっぽど天子の脅しが怖かったのか、青い顔したまま男は震え上がりながら言葉を続けて行く。
 そんな男の様子を見ながら、天子に少しやりすぎたかなーと罪悪感が浮かんだが、それも今更なので思考の隅に追いやった。

 かくして、男から情報を得た三人はそのままその集団のアジトに乗り込むことになった。
 場所は港の一角のコンテナの中。そこに地下に続く道があるという。
 その場所を目指し、彼らは行く。
 一人は己が男の誇りを取り戻すために。
 一人は己の尊敬する人物のプライドを守るために。
 一人は己が請け負った依頼を完遂せんとする使命感ゆえに。

 そんな三人の後ろを、ひっそりと付いてくる影。
 その事に気がつかぬまま、三人は目的の場所へと歩みを進めるのだった。






 ■あとがき■
 ども、作者です。更新遅くなってすみません。
 ようやく少し暇が出来たので何とか61話を投下することが出来ました。
 ちょっと短い話でしたがいかがだったでしょうか? 次回もこの話が少し続きます。

 それから今回、一部、人によっては不快になる表現があったかもしれません。
 不快になられた方がいらっしゃったのなら、この場を借りて謝罪させていただきます。
 本当にスミマセンでした。

 さて銀時の運命は!? 天子は一体どうなるのか!!? まて、次回!! 



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第六十二話「天子の新しい生活 ~私を誰だと思ってるの!?~」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:bc851994
Date: 2009/08/31 10:29









 【―――ハードボイルドの語源を知っているか?
 「固ゆで卵」そう、今日の燦々と輝く太陽はまるでハードボイルドだ。
 なぜ、固ゆで卵の意のハードボイルドが現在のような意で使われるようになったのか。
 そいつはジャンプを愛読する坊や達にはまだ早い。
 ビジネスジャンプを読むようになってから出直してくるんだな。
 そう、俺がハードボイルド同心、小銭形平次―――】
 『うるせぇぇぇぇぇぇぇ!!』

 なにやらモノローグで講釈をたれていた男の頭を、銀時と天子のハイキックが直撃した。
 ごしゃりとしゃれにならない音を響かせてどったんばったんと転げまわる、顔だけならハードボイルド、でも中身は全然駄目なオッサン、小銭形平次。
 彼らがいる場所は港のコンテナ群。辺りには様々な色のコンテナが所狭しと並んでおり、目的の入り口を探すのも一苦労しそうだと、依姫が小さくため息を一つ。
 一方、蹴り飛ばされた小銭形はというと、むくっと起き上がってずかずかと銀時と天子の駆け寄っていった。

 「ちょ、何をするんだ貴様等ぁぁぁぁぁ!! 俺のハードボイルドが台無しじゃないか!!」
 「五月蝿い、しつこい、ウザイよハードボイルド」
 「つーかなんでお前いるの!? なんて読者に優しくねぇ登場の仕方してんだよ!! つーか何、前回の俺達を追ってきた影ってお前かよ!!?
 誰が予想できるんだよこんな展開予想外すぎるだろうがぁぁぁぁぁ!!」

 抗議の声を上げる小銭形の言葉にも、天子は心底冷め切った目で冷たく切り捨て、銀時の口からももっともらしいツッコミが彼に飛来する。
 小銭形平次、彼は以前銀時たちと共に通称狐と呼ばれる義賊の事件に関わった男である。
 その時の縁で、今でもたまに飲み仲間として銀時と会っているのだが、残念ながら今回の理不尽かつ唐突な登場には銀時も許容できなかったらしい。
 と、そんな彼を庇ったのは彼の部下と言うか相棒と言うか、小銭形のことをアニキと呼び慕っているハジという少女だった。

 「ちょっと落ち着いてほしいでやんす皆さん!! 実はアニキも連中の被害にあってやして、男にとって大事な場所の毛根が死滅してるんでやんす!!」
 「オィィィィ!!? なんでお前と被害箇所が一緒なんだよ冗談じゃねぇよ!!」
 【―――男にとって逃げられないときがあるとするならば、それは恐らく今。
 ハードボイルドに生きると決めた以上、友と認めた男が自分と同じ症状に苦しんでいるとなれば見逃せるはずもない】
 「うるせーんだよ!! わざわざハードボイルド調で喋ってんじゃねぇよ!! つーか、お前となんか友達でもなんでもねぇよコノヤロー!!」

 ハジの言葉に銀時がたまらず大声をあげ、そして相変わらずハードボイルドっぽくモノローグを入れる小銭形。
 そのウザさに銀時がぶちきれながらツッコミを入れる中、目的の場所を見つけたらしい依姫がぱんぱんと手を叩く。

 「はいはい騒がないの。入り口、見つけたからすぐ乗り込むわよ」
 【いよいよ奴等の拠点に乗り込む。男とは常に危険に身を置かねば生きられない血に飢えた獣なのだ。
 先刻から震えが止まらない。どうやら、俺の中の野獣も居ても立っても居られず暴れだしたようだぼろろろろろろろろろろ】

 モノローグで語りながら嘔吐する器用なことをやってのける小銭形を見下ろしながら、心底疲れきったような表情を見せる一同。
 そんな中、なんだかやるせない表情をした依姫がポツリと一言。

 「不安になってきたんだけど」
 「依姫、私も同じ気持ちだから大丈夫」

 天子の言葉にそれは大丈夫なの? と言う返答も紡げぬまま、依姫はあさっての方向に視線を向ける。
 かくして、しょっぱなから前途多難な雰囲気のまま、彼女達は犯人グループのアジトに乗り込むことになったのであった。
















 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第六十二話「天子の新しい生活 ~私を誰だと思ってるの!?~」■














 コンテナの中に隠された地下へ続く階段を下っていくと、細長い通路が彼らを迎えた。
 明かりはついており、先は曲がりくねって奥が見えないようになっている。
 ひんやりとした空気は地下特有のものなのか、それとも冷房でも効いているのか、イマイチ判断がつかない。
 見張りが居る様子も無く、奥に続く通路だけが不気味に伸びている。

 「さ、奥に行きましょう!! 犯人どもをとっちめて解毒剤を入手しないと」
 「それはわかってるけど、慎重にね。何が起こるかわからない以上、油断は禁物よ」
 「わかってるって」

 依姫の注意に気軽に応えながら、天子はズカズカと無遠慮に前進を開始。
 まったく持って人の忠告に応えちゃいねぇ天子の様子に呆れたようにため息をつきながら、依姫たちも後に続く。
 奥に奥にと続く道を気軽な様子で歩いていく天子の様子は、トラブルに巻き込まれたことをどこか楽しんでいる様子であった。
 無論、犯人グループの行いは到底許せるものではないが、それはそれ。コレはコレである。
 せっかくトラブルに巻き込まれたのだ。どうせなら面白おかしく楽しんで進んだ方がイイに決まってる。
 それは彼女なりの持論。天界の長い退屈の時間の中で、少女が至った結論なのだ。
 そんな彼女の様子にため息を一つつく依姫。気負うよりはよっぽどイイが、かといって緊張感の欠片も無いのはちょっとどうなのかと思わなくも無い。

 「ハジ、俺の髭は大丈夫か? まだハードボイルドな髭が残ってるか?」
 「大丈夫でやんすアニキ。まだ残ってるでやんすよ」
 「なぁよっちゃん、俺の髪は無事か? 無事だよね? 無事だといってよよっちゃん!!?」
 「あんた達五月蝿いッ!!」

 小銭形がハジに問いかけ、彼女はそれに平然と応えていたが、対して銀時の言葉には依姫のジト目とツッコミが返ってくることとなった。
 なまじ、メンバーの大半が頼りないだけに心底つかれきったため息がこぼれそうになるが、彼女はなんとか押しとどめる。
 ため息をするたびに幸せが逃げていくと聞くし。
 あぁ、月に残してきたレイセンは大丈夫かしらと現実逃避をしながら歩みを進めるが、どうにも先が見えず、特に何も起こらない一本道。
 一体どれほど歩き回っただろうか、何度も階段を降り、通路を歩き、階段を降りると繰り返すが、先ほどから人っ子一人見当たらない。
 随分と地下に降りてきたのだと推測は出来たが、やはり先が見えずに疲ればかりがたまってくる。

 「……ねぇ、本当にここなの?」
 「だと思うわよ。他に怪しいところがあると思う?」
 「そうよねぇ」

 疲れた様子の天子の言葉が向けられるが、依姫としてはそう応えるほかが無い。
 何しろ、一通り探したあとにようやく見つかった場所なのだ。ここまで入り組んだ構造になっている以上、違うとはどうにも考えにくい。
 その辺はわかっていたのか、天子も気だるげに納得したように呟いてまた足を動かし始める。
 そんなときだっただろうか。ガコン、などと言う奇妙な音が鳴ったのは。

 『……』

 一同、ピタッとその場に止まる。
 恐る恐る音がしたほうに全員が首を向ければ、そこには壁に手を着いている小銭形の姿。
 問題は、その手が壁に深く埋まっているという事なのだが。
 その事実を皆が認識した瞬間、案の定、ウィィンなどと言う機械音を立てて床が動き始めたのである。
 オマケに、後ろに流れる床のその先に、鋭利な針の壁が出現するという用意周到振りであった。

 「オィィィ!! やっぱりこうなるんかいぃぃぃぃ!!」
 「ちょっとオジさん!!? アンタなんてことしてくれんの!!?」

 全力で前に走りながら怒鳴る銀時に、この状況の元凶に文句を言う天子。
 しかし、文句を言っても現状が打破できるわけも無く、彼らは全力疾走を余儀なくされたのであった。
 もっとも、そうまでしてもまったく持って前に進まないという結構あれな状況だったりするのだが。

 「口を動かすよりも足を動かす! 止まったらそのまま串刺しよ!!」
 「そうでやんすよ皆さん!! とにかく走るでやんす!!」
 「わかってるわよ!!」

 依姫とハジの言葉に、怒鳴るように返答した天子だったが、ふと今朝の占いが脳裏によぎる。
 冗談じゃないと内心で愚痴を零しながら、天子は現状を打破するにはどうしたらいいか思考を回転させ始めた。
 このまま走っても埒が明かないのは明白。天子と依姫が他を抱えて空を飛ぶ、という選択肢もあるにはあるが、女の細腕で人間二人分の重量はさすがにキツイ。
 ハジの体重が比較的軽かったとしても、単純に考えて80kg以上の重量になることは明白だ。
 向こうの針の壁を壊す、と言う選択肢も無いでもないが、壁の厚さがどれほどあるかわからない以上迂闊なことが出来なかった。

 【人生と言うのは常に前に向かっているようで実は流されているだけなんてことはざらにある。
 そんなときには流れのままに身を任せてみるのも一興ではあるのかもしれない】
 「うるっさいわね!! 人が考え事してるときにそれやられると腹立つのよ!! 潰すわよあんた!!」
 「おちつけ天子ぃ!! 喋るだけで無駄な体力を消耗しちまうぞ!!」

 もはや余裕もへったくれも無い。思考をめぐらせてる最中にハードボイルド調で語り始めた小銭形に天子が怒鳴り、銀時がそれを諌めるように言葉にする。
 人間、思考の最中に邪魔されると不思議と腹が立つもんで、なおかつ小銭形のハードボイルドがもう鬱陶しいこと鬱陶しいこと……。

 「皆さん落ち着くでやんす! こんな時こそサライを歌うでやんすよ!!」
 「二十四時間走れってかぁぁぁぁぁぁ!!?」
 「―――♪」
 「オィィィ!! 天子歌うなぁぁぁ!! さっき無駄に体力消費するって言ったばかりだろうがぁぁぁ!! つーか何、そのレベルの高い歌唱力!!? なんか腹立つんだけど!!?」

 今度はハジからそんな提案が飛び出すが、銀時からツッコミが入る。
 そんな二人にかまわずサライを歌いだす天子に、銀時が忠告なんだかツッコミなんだかイマイチ判断しかねる言葉を投げかける。
 実に忙しい男である。
 そんな中、依姫がはっとしたかのように銀時に視線を向ける。
 走る銀時。上下する体。頭からハラハラと舞い落ちる繊維っぽい何か。

 「銀時!! 不味いわ、髪の毛が抜け始めてる!!」
 「本当だ!!? なんか走るたびにこつこつ抜けていってる!!?」
 「マジでか!!? おいおいヤベーよマジでありえねぇよ! 主人公に対する最悪の暴挙だよコレは!!?」
 「あぁ、兄貴の方からもこつこつ抜けていってるでやんす!!」
 「知らねーよお前のとこの馬鹿大将は!! いっそそのまま禿げ散らかせ!!」

 いよいよもって全身に薬の効果が現われ始めたのか、銀時の頭から徐々に零れ落ちていく髪の毛。
 小銭形は髭から徐々に抜けていき、ハジが大声でその事実を告げるものの、銀時にとっちゃ小銭形に気をかける余裕はねぇのである。
 はてさて、解決の目処が立たぬまま走り続ける一同。そんな時、通路の奥から流れてくるナニか。
 まさかと、銀時の脳裏に嫌な記憶が甦る。そして案の定―――

 「え、なんでお婆さん!!?」
 「やっぱりかィィィ!! つーかなんでこの状況でババアが流れてくるんだよ意味わからねぇよ!!?」

 以前、狐のときに遭遇したトラップと同じように布団に伏したお婆さんが流れてきた。
 その状況に困惑する天子。言葉こそ無かったが、依姫もまったく同じ気持ちであったのだろう。
 そして過去に同じ経験があった銀時は盛大にツッコミを上げるのであった。嫌な予感バッチリ的中である。
 ぐんぐん後ろに流れていくおばあさん。それを見送る一同。
 んでもって、その先には当然のごとく針の壁という処刑トラップがあるわけで……。

 「放っておけるわけないでしょ!!」

 その光景を見て良心の呵責に耐え切れず天子がお婆さんを担ぎ上げ、銀時たちもそれに続いてお婆さんを担ぎ上げるのであった。

 「オイィィィ、誰がババア流してんの!!? お年よりは大事にしろコラァァァァァ!!」
 「どうするでやんすか!!? 以前と同じパターンでやんすよコレ!!?」
 「え、前にもこんなことあったの!!?」

 一体どんな状況よ!!? と言うツッコミは、さすがの天子も喉の奥に飲み干した。
 言ったところで現状がどうにか好転するわけでもないのだ。余計な体力を使わないに越したことは無い。
 色々ツッコミたい事は山ほどあったが、今はそれどころではないのである。
 そして再び流れてくる一つの影。それは案の定、正座したおじいさんだった。

 「今度はお爺さん!!? 一体どうなってんのよ!!?」

 おじいさんを担ぎ上げ、お婆さんの傍に座らせて再び走り出す一同。
 当然、体力はガリガリと削られていくワケで、天人である天子ですらも息を切らし始めている。
 ていうかこの状況一体なんなのかという至極まっとうなツッコミももはやする暇が無い。
 あとついでに、銀時の後頭部が色々とやばいことに気がついたが、華麗にスルーして全力疾走。
 見てない。何も見ていない。まるで後頭部だけが坊ちゃんヘアーの丸刈りみたいになってたけど見ていないったら見ていない。
 見ていないんです記憶から抹消させてくださいお願いします。

 【人間は誰しも荷物を抱えて生きるものだ。時にはその荷を降ろし、休みを取るの一興ではある。
 だが忘れてはいけない。男には決して荷物を下ろしてはならぬときがあると。それが今において他に無い】
 「だからうるさいって言ってんでしょうが!! 疲れてるときにそれやられると本気で腹が立つんだけど!! 死になさいよアンタ!!」

 一体どこにそんな余裕があるというのか、あいも変わらずハードボイルド調の小銭形に天子がツッコミ……ではなく正真正銘の苦情を叩きつける。
 中々に発言が彼女らしからず過激なものだったが、それも無理も無いのかもしれない。

 「て、また誰か来たわよ!?」
 「どーせ息子だろ!! 今度息子なんだろ!!? もうぜってー助けねぇからな!! ジジババオーバーだからなっ!!」

 再び通路の奥から流れてくる人影に依姫が気付き、銀時が過去の経験からあたりをつけるように言葉にする。
 何しろ、彼のときはこの後に息子と赤ん坊と三世代続いて流れてきたのである。今回もそういう流れだと判断したのだろう。
 そして、流れてきたのは正座をした息子―――

 「あ、総領娘様。こんにちわ」
 「って、なんで衣玖が流れてきてんのぉぉぉぉぉぉ!!?」

 なんかではなく、竜宮の使いの永江衣玖であった。
 予想外にも程がある。なんでもないように普通に挨拶しながら流れてくる衣玖に、天子が思わずツッコミを入れたのも無理も無いことであろう。
 すると衣玖はスッと目を瞑り、そして一言。

 「空気を読んだ結果です」
 『どんな空気だっ!!?』

 今度はさすがに全員からツッコミが飛んできた。
 しかし、コレは考えようによってはチャンスだ。
 幸い、衣玖は妖怪であり天子たちよりもずっと力が強い。オマケに、その羽衣をうまく使えば、何人も抱えなくてもうまくこの場を切り抜けることすら可能なはずだ。

 「衣玖、お願い! この状況を切り抜けるのに力を貸して!!」
 「それは、残念ながら無理です、総領娘様」
 「なんでよ!!」

 あまりの予想外な言葉に、天子の口から悲痛な言葉がこぼれる。
 見限られたのだろうか? こんな我が侭な自分に愛想を付かしてしまったのだろうかと、泣き出しそうな思いがどんどんと溢れてくる。
 彼女は静かに頭を振る。どこか遠いものを見るように視線を上げた永江衣玖は、静かに一言。

 「先ほどからずっと正座だったので、足が痺れて動かないのです」
 「衣玖さぁぁぁぁぁぁぁん!!?」

 まさかである。予想外もいいとこだ。今までの暗い気持ちが纏めて宇宙の彼方にまですっ飛んでしまった気分だった。
 思わずさん付けした天子の心中はいかな物であっただろうか。
 よもやそんなアホらしい理由だったとは夢想だにしていなかったのである。

 「ねぇ衣玖、あなたどうしちゃったのよ!! 物静かで知性的なあなたはどこに行ってしまったの!!? 最近どんどんアホの子になってない!!? なってるわよね!!?」
 「失礼な。そんなわけ無いじゃないですか。あ、すみません、出来れば私も担いでくれませんか?」
 「っだぁぁぁぁぁもう!!」

 半ばやけっぱちになりながら衣玖を担ぐ天子。
 もはやどこから突っ込めばいいのかわからないこの状況に、天子の寿命がストレスでマッハ状態である。

 「えぇいままよ!! みんな、思いっきり跳んで!!」
 「えぇ、どうしてでやんすか!!?」
 「いいから! 一気に下にぶち抜くわよ!!」

 彼女の言葉に、銀時が真意を悟ったかお爺さんお婆さんを抱えたまま大きく跳ぶ。
 それにつられるように依姫、ハジ、小銭形も少し遅れて跳躍し、天子は小さく跳んで能力を行使して足元に要石を作り出す。
 ギリギリ全員が乗れる程度の大きさの要石に、全員が着地する。それが合図になったかのように、僅かに浮いていた要石が重力にしたがって落下し、未だに移動する廊下に突き刺さる。
 このままでは走る必要がなくなっただけで今までとほとんど変わらない。このままでは後ろの針の壁に串刺しは免れないだろう。
 だがしかし、ここから大地を操る程度の能力を持った天子の本領が発揮される。

 「―――要石『天地開闢プレス』!!」

 天子がスペルカードを取り出して宣言する。
 その途端。見る見るうちに足元の要石が巨大化。やがてそれはこの廊下を突き破るほどの巨大さに変貌すると、とうとう廊下が重みに耐えかねて崩落した。
 下の階の廊下を、その重さと落下速度で次々とぶち抜いていく。
 後ろから小銭形とハジの悲鳴が聞こえたような気がしたが気にしない。
 まるでジェットコースターに乗っているかのような落下速度。鉄の床をぶち抜いていくガゴンっという音が尚の事恐怖心を煽るのだろう。
 もっとも、そんなこと天子にとっては知ったことじゃないし、そこまで思考する余裕もない。
 平たく言うと、天子の怒りが有頂天。怒髪天を突くとはよく言ったもんである。

 やがて最下層に到着したのか、一際広い空間に出るとそのまま巨大な要石が床に突き刺さる。
 耳を劈くような轟音と、落下の衝撃で吹き上がる土煙。
 ざわざわと響いてくる複数の困惑する声。犯人グループの声だろうと判断するのは容易だった。
 もっとも、犯人達にとってもこの状況は混乱しても仕方ない状況であっただろう。
 いきなり天井から巨大な要石が落下してきて、その上には複数の人間。その先頭に立つ少女が、腕を組んで威風堂々と仁王立ちしていたのだから。

 「だ、誰だテメェは!!」

 犯人から飛ぶ怒号。連鎖する怒りの声は、次々と天子に向けられる。
 クッと、喉の奥で笑いを噛み殺す。
 何が彼女をそうさせたのか、湧き上がる激情を押さえ込んで眼下の犯人達を見下ろした。

 「例え墓穴を掘っても、掘りぬけて突き抜けたなら……なんてよく言ったもんね。
 私が誰かって? ちゃんちゃらおかしいわね。耳をかっぽじってよく聞きなさい地上の民よ!!
 私を誰だと思ってるの!? 非想非非想の娘とは私のこと!!
 私は比那名居天子!! 覚えておきなさい、お前達をぶちのめす女の名よ!!」

 最後まで言い切り、緋想の剣を取り出してふわりと舞い降りる天子。
 後ろから「オメェはどこの天元突破ですかぁぁぁぁ!!?」などという銀時のツッコミが聞こえたが気にしない。
 少し遅れてから、依姫と銀時も彼女の後に続き、あとはもう敵味方入り混じれての大乱闘。
 阿鼻叫喚の地獄絵図とはよく言ったものだ。よっぽどストレスでもたまっていたのか、数で勝る犯人グループをバッタバッタとなぎ倒していく天子達。
 一応、お爺さんとお婆さんの護衛にと残った小銭形とハジがその光景を呆然と見詰める中、衣玖はと言うとはふっと悩ましい吐息を零す。

 「あぁ、総領娘様。随分と逞しくなられて……」

 どんどん遠い場所に行っているような気がしないでもないけれど、でもそれでもいいのかもしれない。
 衣玖にとっては彼女は目上の人物であると同時に、面倒のかかる可愛い妹のようなものだ。
 隆起した大地に打ち上げられる犯人達、そして嬉々とした表情で敵をなぎ倒していく妹分。
 一人立ちできているようで、でもやっぱり手のかかる妹分。
 ほふっと、もう一度と息を零し、苦笑する。
 なんだかんだで、結局自分はあの少女の元に寄り添い続けるのだろう。
 時には迷惑をかけられたり、我が侭をいわれたりもするだろう。
 けど、それでもいいかと、そう思っている自分がいるのだからどうしようもない。
 眼下の光景を視界に納める。大暴れしているすぐ天子の傍、見覚えのあるツルッパゲの男性がいたような気がしないでもなかったが、全力で見なかったことにした衣玖であった。


 かくして、そんなこんなで事件は解決。
 この世に絶望した銀時とか小銭形が色々と情緒不安定になったり。
 髪の毛が戻るまでの数日間、盛大に居候たちから大笑いされることになった銀時がいたり。
 天子の新しい生活は波乱万丈の幕開けであったが、それを不満に思うでもなく、当の彼女は実に満足そうであったという。




 ■あとがき■
 ども、みなさん遅くなってすみません。作者の白々燈です。
 今回の話はいかがだったでしょうか? 楽しんでいただけたのなら幸いです。

 最近は非想天則をやっていたりします。まさかのおくう参戦に狂喜乱舞しておりました。マジでスミマセンでした。
 そしてようやくパソコンを買い換えて音が出るようになったり。実に2年ぶりにパソコンで音を聞いた気がします。(・ ・;)
 
 それでは、今回はこの辺で。


 ↓コレよりドSコーナー。

















 ■斬って刻んでドSコーナー■


 ソラ「みなさんこんばんわ。今日も始まったドSコーナーの時間ですわ」
 幽香「今回で第七回目。早速今日のゲストを紹介いたしましょう」
 沖田「ドM筆頭、比那名居天子嬢でさぁ。さぁ、入ってくんなせぇ」

 ぱちぱちと拍手と共に現われる天子の姿。
 あいも変わらず腕を組んで偉そうな様子の天子は、合いも変わらず不敵あ笑みを浮かべたままだった。

 天子「ふっふっふ、とうとうこのコーナーに私がゲストとして呼ばれたのね。長かったわ、読者の皆さんからは収拾がつかなくなりそうなどと危惧されたこの私が、ついに!!
 さぁ、私を苛め抜いて見せなさいドSども!! この比那名居天子、逃げも隠れもしないわ!!」

 自信満々でそう宣言する天子の表情に浮かぶ喜悦の表情。
 これから苛められるのだと思うとゾクゾクとした快感が駆け上ってくるのである。
 衣玖は嘆くのだろうが、残念ながらこのお嬢さんは色いろんな意味で手遅れであった。
 しかし。

 幽香「あ、総悟。ラー○ャンがそっちに行ったわよ」
 沖田「あ、キレやがったぜこのサル野郎」
 ソラ「きゃー、金色になりましたわ。『ク○リンのことかー!!』って奴ですわね!」

 そんな天子を無視して三人そろってPSPのモンハンやってた。
 ちなみに、幽香が大剣、沖田が太刀、ソラがヘヴィボウガンだったりする。

 天子「……あるぇ~?」

 まさかのガン無視に冷や汗流してポツリと言葉を零す天子。
 よもや、放置プレイの方向で来るとは予想外であった。まるっきりこっちを見ようともしない三人にむすっとした様子で言葉を投げかける。

 天子「ちょっと、なんで私のときはそんな淡白なのよ。相手してよ。弄り倒しなさいよ。むしろ弄り倒してくださいお願いします」
 幽香「嫌よ。なんでドMを苛めないといけないのよ。面白くない」
 沖田「まったく同感でさぁ。相手が泣き喚いてこそ面白いってもんですぜ」
 ソラ「その通りよ。ドMなんて人格破綻者、苛めてもあまり面白くないもの。まぁ、弄り方によってはより愉しめますけど」
 天子「あんた等に人格破綻者なんて言われたくないのよこのドS共が!!」

 散々な言い様にさすがに天子が吼える。
 五十歩百歩なんて言葉があるが、まさにこの場に適した言葉のような気がしないでもない。

 幽香「それにしてもソラ、アンタの装備変わってるわよね」
 ソラ「ふふ、基本はヒーラーU装備ですけど、腰装備だけはガブラスーツベルトにしてるんです。この方が可愛いでしょ? ガンナーはやっぱりこの格好ですね。
 ハンターはやっぱりキリン装備ですわ。可愛いですし、エロいですし」
 天子「どんな選考基準なのよ!!?」
 ソラ「ナルガXのガンナーもいいですよね」
 天子「知らないわよ!!?」

 ソラの発言に天子がツッコミを一つ。だって、女としてその発言はどうよと思うわけで。
 こっそり覗き込んでみてみれば、三人そろってラー○ャンをボッコボコにしているところであった。
 しかもノーダメージ。

 沖田「お、討伐成功ですぜ」
 幽香「割とあっさり倒せたわね。次は何を倒しましょうか?」
 ソラ「ミ○ルーツ行きましょう。もうちょっとで勝利と栄光の勇弓Ⅱが作れるので」
 幽香「じゃ、そうしましょうか」
 沖田「でも、その装備で大丈夫ですかィ?」
 ソラ「任せてください。この装備でアカ○トルムを何度も討伐してますから!」
 天子「ちょっと、アンタたちそれでいいの!!? ドSコーナーじゃなかったのコレ!!? もはやなんかただのモンハン談義になってるんだけど!!?」

 未だにモンハンで盛り上がる三人にツッコミを入れる天子。
 そりゃそうだろう。何しろこの三人、ドSコーナーなのにドSらしいことは何もしていない。
 そんな中、ふぅっとため息をついたのはソラである。
 彼女は立ち上がると、ソラのそばにまで歩み寄ってクスっと妖しい笑みを浮かべた。

 ソラ「そんなに苛めてほしいのでしたら、私がお相手してあげますわ。もちろん、ベッドの上で」
 天子「あれ、そっち!!?」

 予想外の方向に突っ走っているソラに、天子が僅かに後退する。
 そしてにじりにじりと追い詰めて行くソラの表情には、あいも変わらず妖艶な笑みが浮かんでいたりする。
 はしっと天子を捕まえるソラ。そのまま満面の笑みで、いまだモンハンに勤しんでいる二人に言葉を投げかける。

 ソラ「それでは、向こうの方で苛めてきますね。性的に」
 天子「ゴメンそれは望んでない!!」
 幽香「あらそう、それじゃ楽しんできなさい」
 天子「いや止めてよ!!?」
 沖田「あ、それならビデオお願いしますぜ。衣玖の姉御に売るんで」
 ソラ「もちろんですわ!!」
 天子「ちょっと黙りなさいよドS王子!! あと売るな!! コレでもかって言うくらいいい笑顔で承諾するなっ!!」

 天子のツッコミもなんのその。天子を非常にいい笑顔でずるずると隣の部屋に引っ張っていくソラ。
 そしてあいも変わらずモンハン続行中の幽香と沖田。
 今日も今日とて、やっぱりドSコーナーはドSコーナーらしい幕引きで終わるのであった。マル。



 ■第七回・終■



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第六十三話「バイオハザード……?」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:4759a7ad
Date: 2010/08/22 11:38
 ※今回、星蓮船のネタバレを含みます。ご注意ください。











 始まりは、私がいつものようにパチュリー様の命で図書館の整理をしていたときのことでした。
 ……いえ、正確にはその表現も正しくは無いのかもしれませんね。

 なぜなら、その時にはとっくに、紅魔館は変わり果てた手遅れな状態になっていたのですから。





 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第六十三話「バイオハザード……?」■











 静寂がこの空間を満たし、乾いた匂いを運ぶ静まり返った図書館。
 私こと名無しの小悪魔の仕事は本の整理、そしてパチュリー様のお世話。言ってしまえば、パチュリー様専属の雑用係……では、なんだか聞こえが悪いですね。ここは秘書と言う事にしておきましょう。
 専属の秘書。うん、なんだか出来る女みたいでちょっといいかもです。眼鏡でもかければ完璧でしょうか? 今度、咲夜さんに頼んで買ってきてもらいましょうかねぇ眼鏡。
 そんな他愛もないことを考えながら、私は一人ふぅっと小さくため息を零す。

 そう、一人なのです。

 今この図書館には私しかいない。
 敬愛するわが主、パチュリー・ノーレッジ様は今頃、この館の主であるレミリアお嬢様にお茶に招かれてテラスで優雅に紅茶を嗜んでいることでしょう。
 ちょっとうらやましく思うのと同時に、パチュリー様に命じられた仕事をこなしたいとも思う。
 二律背反、とでも言えばよろしいのでしょうか?
 私とて、レミリアお嬢様のようにパチュリー様と紅茶を嗜んだりしたいのです。しかし、私にとってはパチュリー様から賜った仕事は何よりも変えがたい至福の時。
 私に仕事を任せてくださるという事は、それだけ私のことを信用、あるいは信頼してくれているという事。
 これが、使い魔として存在する私にとって嬉しくないはずがない。その信頼に、全力を持って応えたいと思うのは当然なのです。
 いやでも、寂しいのは寂しいのですけどね。

 「パチュリー様~、あなたの小悪魔は寂しくて死んでしまいそうですよ~」

 なんとなしに呟いてみましたが、「聞こえるはずが無いか」と苦笑して、いつも使っている椅子に腰掛ける。
 静寂、と言うのも嫌いではありませんが、それでもやはり一人でいることは寂しいものです。
 早く帰ってきてくれないかなぁ、パチュリー様。そんなことを思っていたときでした。
 ギィッ……と、重厚な扉の開く音。
 期待を膨らませて其方を振り向いてみれば、入ってきた人物が目的の誰かでなかったことに落胆し、膨らんだ期待が空気の抜ける風船のように萎んで行く。
 代わりに沸きおこったのは焦燥と不安。
 だって、今しがた扉を開けた妖精メイドは―――今にも息苦しそうな表情で膝を突いていたのですから。

 「どうしたのゴンザレス!?」
 「小悪魔様、ゴンザレスって言わないでください。それよりも非常事態です、一刻も早く紅魔館から脱出してください」
 「非常事態? どういうことなのゴンザレス。まさか、とうとうメイド長が欲望に我慢できずににゃんにゃんうふふな破廉恥行為に及んだりとかしかしたんですか!?
 畜生、なんてうらやましいんですか咲夜さん!! 私も混ぜてくださいよ妬ましい妬ましぃぃぃ!!」
 「……頭大丈夫ですか」

 わーい、ゴンザレスってば冷たい。小悪魔泣きそうです、よよよ。
 その冷静さ、さすが私とパチュリー様直属の図書館部隊隊長。妖精の癖に頭よくて冷静で妬ましい妬ましい。パルパルパルパルパルパルパル!!

 「パルパル言ってないでイイから脱出してください。今のところ、無事なのは小悪魔様だけなんですから」
 「あれ、心読みました?」
 「おもいっきり口に出してました。そんなことよりもイイから脱出して、後ほどそのピンク一色の発禁な脳みそを永遠亭の薬師にでも見てもらってください」

 うわぁお、辛辣。ゴンザレス、もしかして私のこと嫌いですか?
 ……と、そこまで思考して気がつく違和感。
 今、彼女はなんといった? 無事なのが、私……一人?
 嫌な予感が駆け巡る。足のつま先から、背筋を通り脳髄を伝って、脳に届けられる冷たい悪寒。

 「ゴンザレス、パチュリー様は!!?」

 そう問いかけたときの私の声は、どこか悲鳴みたい。
 鏡なんかで確認しなくても、今の私はきっと血の気を無くした青い顔をしていることでしょう。
 聞き間違いであってほしい、そう一縷の望みを託して問いかけた言葉にも、返ってきたのはフルフルと静かに横に首を振る動作だけ。

 「そんな……」

 足の力が抜けて、がっくりと膝を折る。
 一体どうすればいいのか、嘆けばいいのか、泣けばいいのか、それとも今すぐにパチュリー様のいるテラスに駆ければいいのか。
 一度思考が漂白されて、様々な感情と思考が入り混じり、何をどうすればいいのかわからない。
 そんな私に、再びゴンザレスは言葉を投げかけてくれた。
 膝を折った私を叱咤し、元気付けるかのように。

 「小悪魔様、コレはパチュリー様の命でもあります。今、感染していないあなただけが頼りなのですよ。私もお嬢様やメイド長、パチュリー様達のようにいつ変態するかわかりません」
 「変態!?」
 「どこに食いついてるんですか、そういう意味じゃありません。いいですか、一刻も早く巫女に、あるいはスキマ妖怪に事の次第を伝えて……ッ」

 しっかりツッコミを入れたかと思えば、彼女は苦しそうに表情を俯いてしまう。
 彼女を助けようと慌てて駆け寄ろうとするのだけれど、それは他ならぬゴンザレス自身に止められてしまった。

 「……私のことよりも、あなたにはやることがあるでしょう。いいから行ってください、小悪魔様。必ず、必ず紅魔館を救ってください!」
 「―――ッ! わかりました、待っていてくださいねゴンザレス。正直、事態がまだ飲み込めていませんが、すぐに巫女に事情を伝えてきます」
 「お願い……します」

 普段、真面目な彼女がコレほどまでにお願いをするという事は、紅魔館はそれほどの事態に見舞われているという事。
 パチュリー様や咲夜さんはおろか、あのお嬢様でさえ不覚をとったという事になる。
 よく考えればわかることだったのだ。私が駆けつけたところで、何も出来るはずがない。
 私に出来ることは、口惜しいけれど外部に助けを求めることだけ。
 情けない、と悔しさを押し殺して私は駆け抜けて行く。彼女を追い越し、図書館を出てまっすぐな廊下を振り返りもせずに。
 それが、私の大好きな家族を救える唯一の手段だと信じて。
















 景色が後方に流れていく。風を切りながら目的の場所を目指して空を翔る。
 早く、早く、早く! 気持ちがせいているせいか、いつも以上のスピードで空を飛んでいるというのに遅いと感じて苛立ちばかりが募っていく。
 パチュリー様は無事なのか、みんなは手遅れになっていないだろうか、様々な不安が綯い交ぜになって私の心の内をかき乱す。
 視界に博麗神社が見えてくる。私はあせる気持ちを抑えながら徐々に減速してゆっくりと神社の境内に降り立った。
 急ぎすぎて大怪我なんてして、肝心の助けを呼べなくなってしまっては目も当てられない。

 「霊夢!!」

 大声を上げて、私は神社の方に駆け寄って行くけれど……そこで人影に気がついて、はたと足を止めてしまった。
 そこに立っていたのは、灰色の衣服に身を包んだ少女。背丈はレミリアお嬢様よりも少し高いぐらいだろうか、すらりとした細身の体に、端正な顔。
 色白の肌はきめ細やかで、その瞳は赤く、大きいけれどもどこか鋭い印象を受ける。鼠の丸い耳に薄い灰色の髪はボブカットにされて、それがこの少女にはよく似合っていた。

 「やぁ、紅魔館の……司書君だったかな? 霊夢ならここにはいないよ」
 「ナズーリン、さん?」

 その人物があんまりにも意外だったから、私は呆けたようにその少女の名を読んでいた。
 以前、空に浮かんだ宝船騒動の時以来の付き合いになる妖怪ねずみ。今は確か、人里の近くに立てられた「命蓮寺」という場所に彼女の主人共々、そこで生活していたはず。
 そんな思考を見透かしたかのように、彼女はやれやれといった様子で肩をすくめた。

 「私のご主人がまたうっかり無くし物をしてしまってね。探し物から帰って見れば主人ともども、寺の皆が愉快なことになっているもんだから巫女の元を訪れたわけさ」
 「あー、それはなんと言うか……ご愁傷様です」

 彼女のご主人のことを知っている私としては、なんとも言えず当たり障りのない返事を返すだけにとどまった。
 何しろ彼女のご主人、虎丸星さんはいわゆるドジッ子さんで、私達の予想もつかないものをこれまた私達の予想もつかない場所に無くしてしまうのだ。
 そのたびに、「探し物を探し当てる程度の能力」を持つ彼女が探し物を探す羽目になる。

 「その慌てようから見ると、どうやら君のほうもなにやら異常事態とお見受けするよ。寺だけでなく人里でも感染が広がっているようだし、コレはいよいよ大事かな」
 「感染……?」

 そういえば……ゴンザレスもそんなことを言っていたような気がします。
 それはつまり、紅魔館だけにとどまらず、幻想郷全体に及んでいる感染症……という事なのでしょうか?
 それにしても……、なーんか私とナズーリンさんの間に温度差があるような気がしてならないんですけど。
 私の方は切羽詰っているというのに、対してナズーリンさんのほうは余裕綽々といった感じ。
 いくら冷静で思慮深いナズーリンさんだって、なんだかんだ言いながらもご主人の星さんのことは慕っていたと思うんですけど。

 「……なんというか、随分余裕ですね、ナズーリンさん。ご主人が心配じゃないんですか?」
 「あぁ、いやあの主人にはたまにはいい薬じゃないかな。確かに最初は驚いたけど、しばらく観察してるとばかばかしくて呆れてくる」

 やれやれと、これ見よがしにため息までついてしまった彼女。
 あるぇー? なんかいよいよ話がおかしくなってきた気がしますよワトソン君。どういうことですかコレ、ホームズ先生。いや、ナズーリン先生。
 と、そんな疑問に苛まれているとこれまた珍しい顔が博麗神社の鳥居をくぐった。
 あの白色と独特なシルエットは……間違いない、エリザベスさんです。

 [ついてきな、二人とも]

 くいっと指を階段の方に差して、いつものようにプラカードに言葉を書く。
 一体どうしたものかとナズーリンさんのほうに視線を向けてみると、彼女はしばらく思案した後で小さく頷いて見せた。

 「ついていこう。彼はどうやら、何か事情を知っていそうだからね」
 「そうですね」

 どちらにしろ、ここには霊夢はいないみたいだし、このままじっとしているわけにも行きません。
 色々納得のいかないことも、わからないことも山積みですけど、ジッとしていたって問題は解決しないのですから。

 エリザベスさんの後ろを二人でついて行きながら、博麗神社を下りていきます。
 長い長い石段をくだり、ゆったりとした足取りでエリザベスさんは前を歩いていく。
 どうやら、歩幅を私達に合わせてくれているみたいで、少し離れると止まって私達が離れないように歩幅を調整しているようです。
 なんという男前。なんでこう無駄なところで無意味に男前なんでしょうかこの人。……あれ、人?
 それはともかくとして、獣道をひたすらまっすぐ歩いて行くのですが、やはり空を飛ばないと疲れますね。仕事場でも基本的に飛んでますし。
 それにしてもこの方角は……魔法の森のほうでしょうか?
 そう思った直後のことです。草むらから飛び出す黒い影が、私達に襲い掛かったのは。
 咄嗟に動いたのはエリザベスさんでした。彼はプラカードを真横に振りぬき、飛び出した影が吹き飛ばされてゴロゴロと地面を転がります。
 そこで、改めて飛び出した影の全容があらわになる。見覚えのあるグリーンのチャイナ服に、鮮やかな赤い髪、それは間違いなく―――

 「美鈴さ―――って、うわ気持ち悪っ!!?」

 美鈴さん……だったんですが、なんか顔半分が全ッ然知らない黒人男性になっているのですよ。しかもなんか眉毛がごん太になって繋がってますし。
 思わず反射的に本音が出ましたが、私悪くないですよね!? だってあれじゃ某ロボットアニメのア〇ュラ男爵です!!

 「……君は、なんと言うか酷いな」

 あはは、やっぱりー? ですよねー。美鈴さんゴメンナサイ。
 と、冗談はさておくとしても、コレはいったいどういうことなのでしょうか。いつもは温厚なあの美鈴さんが敵意をむき出しにして私達を睨みつけているのです。
 明らかに普段とは違う、正気には見えない状態の美鈴さん。まるで獣のように唸り、私達を逃がすまいとギラギラとした瞳で凝視してくる。
 そして、私達を庇うようにエリザベスさんが立ちふさがった。

 [君達は香霖堂に。ここは引き受けた]
 「む、無理ですエリザベスさん!! 相手はなんか気持ち悪……じゃなくて、正気を失っているとはいえ美鈴さんですよ!!?」

 エリサベスさんがそう促すけれど、私は声を大にしてそう言葉にした。
 何しろ、弾幕勝負ならいざ知らず美鈴さんは接近戦において無類の強さを誇ります。何しろ、あの吸血鬼であるお嬢様にでさえ、接近戦ならば互角に近い勝負が見込めるほどです。
 エリザベスさんには悪いですけれど、とても彼が勝てる相手とは思えません。
 しかし、彼はそこを引きません。まるで背中が語りかけているかのような錯覚すら覚えてしまう。
 早く行け、と。彼の背中が、そう語る。

 「行こう、小悪魔」
 「でも……」
 「ここでこうしていても、彼の足手まといだよ。私達を生かそうとしている彼の勇気を、ここで無駄にするわけには行かない」

 どこか達観したような言葉。ナズーリンさんは私の手を掴んで走り出す。
 途端、背後から何かが打ち合う音と轟音が響き渡る。はっとして振り向けば、美鈴さんの拳を、エリザベスさんがプラカードで防いでいるところでした。
 砕け散るプラカード、そしてその衝撃で吹き飛ばされるエリザベスさん。彼は大木に叩きつけられ、ずるずるとずり落ちて地に落ちた。

 「エリザベスさん!!」
 [行け!!」

 その光景が遠くなる。私が最後に見た光景は、彼がそのプラカードを掲げて、美鈴さんの蹴りを転がるように回避しているところ。
 そして―――美鈴さんの瞳から涙が零れ落ちていたのを、私は見逃さなかった。

 辺りが薄暗くなり、すっかりと先ほどの光景も見えなくなってしまった。
 代わりに、視界で徐々に大きくなっていく一軒の建物。
 建物の前には物が乱雑に置かれ、外の世界の道具が溢れた古道具屋。咲夜さんと一緒に、ここに本の仕入れに来たことも一度や二度ではないから、この場所はよく知っている。
 香霖堂。偏屈な主人が住み、役に立つものから、用途や意味のわからないものすらも置いてあるこの場所に、一体何があるというのか。
 とんとんっと、ナズーリンさんがノックをすると、ドアが僅かに開いて瞳が私達を値踏みするようににらみつける。
 やがて何かを悟ったのか、僅かにしかあいていなかった扉が大きく開かれる。

 「どうやら、あいつ等の仲間じゃなさそうね」
 「れ、霊夢!? あなた、どうしてこんなところに!?」
 「別に、イイから入りなさいよ」

 そこにいたのは、神社にいなかった博麗霊夢だったものだから、私は思わず驚いてしまう。
 そんな私を鬱陶しそうに一瞥すると、彼女は視線で早く入れと催促を始めたので、身の危険を感じる前に私とナズーリンさんは店内に入る。
 と、そこにいたメンバーに、これまた私達は目を丸くさせることになるのです。

 「これは驚いた。随分な実力者ばかりだね」

 感嘆したように言葉を零したナズーリンさんのいうとおり、ここにいるメンバーは私が場違いだと思えるほどの方々ばかりだった。
 先ほどの博麗霊夢はもちろん、あのスキマ妖怪の式である八雲藍、永遠亭の主従、蓬莱山輝夜に八意永琳、妖怪の山の神社の巫女、東風谷早苗に、竹林に住み、永遠亭までのボディーガードも勤める案内人の藤原妹紅まで。
 他にも、ここの主人である森近霖之助や、この幻想郷によく顔を見せるようになった桂小太郎もいます。

 「よく無事だったな、二人とも。ところで、エリザベスを知らないか? 生存者を捜すと言ったきり、帰ってこんのだ」
 「それは……」

 桂さんの言葉に、私は思わず口ごもってしまう。
 私が言うべきか否か、迷っている間にナズーリンさんが静かに首を振った。

 「そう……か」
 「すまない。本当なら加勢すべきだったのかもしれないが……」
 「いや、君が気に病む必要はない。エリザベスは、君達を守ろうとしたのだろう。今回、感染者に触れられただけでアウトなのだ。それに、まだエリザベスが死んだと決まったわけではないからな」

 明らかに落胆したかのような桂さんの言葉に、申し訳なさそうにナズーリンさんが謝るが、彼は静かに首を振ると毅然とした様子でそう返答した。
 そこにあるのは、確かな信頼。明確で、何よりも固い堅牢な信用と愛情。
 あぁ、エリザベスさんは愛されているんだなと、その様子だけでそうわかってしまう。

 「と、いう事は生き残ったのはここにいるメンバーだけ……ってことね」
 「姫、確かにその通りですが、別に死んでいるわけではないんですよ?」
 「わかってるわよ永琳。そうじゃないと、そこの考え無しがここでジッとしてる筈がないものね」

 くすくすと笑いながら、揶揄するように言葉にしたのは輝夜さん。
 そして輝夜さんのいう考え無し……つまりは妹紅さんが盛大に舌打ちをして、輝夜さんをギロリと睨みつける。
 あぁ、勘弁してくださいよ二人とも。こんな狭いところで争われたら私は間違いなく巻き添え食らってお陀仏です。

 「ここで喧嘩はよしてほしいね。荒事なら店の外で頼む」

 そんな彼女達をけん制するように、霖之助さんからため息交じりの言葉が飛ぶ。正直、けん制になってない気がしないでもないですが。
 それでも効果はあったようで、輝夜さんは肩をすくめ「はーい」なんて言葉にして、妹紅さんも霖之助さんに迷惑をかけるつもりはないのか仏頂面でしたがそっぽを向くだけで終わりました。
 ……あぁ、肝が冷えます。寿命が縮みますよ本当に。
 何しろこの二人の場合、スペルカードルールなんてものじゃなくて本気の殺し合いなんですから。

 「藍さん、幻想郷で今なにが起こっているんですか? 無事なのが、私達だけって……」
 「あー、その何だ。説明すると非常にめんどくさいんだが……」

 私の質問に、気難しそうな顔をした藍さんは「さて、どうしたものか」と言葉を零した。
 はて……藍さんが口篭るとはこれまた珍しいこともあるものです。ことの説明なんかはご主人がご主人ですし、大の得意だったと記憶しているのですけど。

 「それは、俺から説明しよう」

 と、ここで彼女に助け舟を出したのは意外にも桂さんでした。
 なんだか微妙な顔をした藍さんでしたが、小さくため息をつくと彼に説明を促すように頷いてみせる。
 それから、彼の口から事の次第が語られ始めたのでした。

 「今回の事件を引き起こしているのは、とあるウイルスだ。それがどうも別のウイルスと妙な方向にジョグレス進化してしまったようでな、俺が知るものより凶悪なものになってしまった。
 元のウイルスはインフルエンザウイルスと……RYO-Ⅱと呼ばれるウイルス兵器だ」
 「へ、兵器!!?」

 さすがに、私もこの単語には驚きを隠せずに声を零した。
 彼はそれを確認して頷くと、つらつらと再び言葉を紡ぎ始める。

 「そう、かつて猩々星と戦争をしていた丸米族が、毛深いものにだけ感染するウイルス兵器を開発、それがRYO-Ⅱだ。
 このウイルスはやがて毛深くないものにまで感染するようになり、感染したものは眉が繋がりゾンビのように徘徊し、感染者を増やしていく。
 そして、このウイルスの最も恐ろしいところは―――感染したものは例外なく行動が駄目なオッサンになってしまうという事だ!!」
 「……はい?」

 彼の説明を聞いて、うっかり私は間の抜けた声を上げていたと思います。
 イヤだって、技術の進んだ桂さん達の世界の兵器だって聞いたからどんな恐ろしいものかと思ったら……オッサンになるって。
 あぁ、だからナズーリンさんが余裕酌酌だったわけですね。見た目は色々とあれですが、実質オッサンになるだけって……。

 「やがて幻想郷中に充満したら、そうなったらどうなる!!? 幻想郷はお終いだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 ズダンと勢いよく床を叩く桂さん。はたしてあれはマジでやっているのでしょうか。正直、色々とシュールなんですけど。
 ……あー、本気でやってそうでいやだなァ。桂さん、冗談とかいう人じゃないし、何時でも全力投球な人だし。

 「……あれ、なんでそんな冷静なんだ小悪魔殿」
 「いや……だって、駄目なオッサンって。なんか、緊張感に欠けるといいますか……」
 「何を言う、小悪魔殿!! あれだぞ、金にがめつく強欲で、仕事も怠けてばかり。辺に繊細でマニアックな趣味を持ってなんか気持ち悪い、そんなオッサンになってしまうのだぞ!!
 そんな駄目なオッサンの何がいけない!!? 言ってみろ、一つ一つ直して行くから!!」
 「強いて言えば今先ほど桂さんが言った部分全部です」

 あぁ、途端に頭痛がしてきました。どうりで先ほど藍さんが言いよどんだわけです。
 これは確かに色々と説明しづらいものがあります。
 ……と、あれ? でも、先ほどの桂さんの説明だと、美鈴さんの見た目が徐々に変わって行ってたことに説明がつかないんですけど。

 「あの、桂さん。それだと見た目が黒人男性みたいになっていく現象の説明が出来てないんですけど」
 「うむ、それがインフルエンザウイルスと妙な方向にジョグレス進化したようでな。あのウイ〇ス・ミス化はインフルエンザ分だ」
 「そんなインフルエンザ聞いた事もないんですけど!!?」

 彼の説明に納得がいかず思わずツッコミを入れると、霊夢が私の肩にポンッと手を置いて小さくため息をつく。

 「信じがたいけど、本当よ。私が風邪引いたときにそいつが来てたんだけどね、そん時はそいつ黒人男性みたいになってた」
 「マジですか!!?」
 「霊夢の言うとおりだよ小悪魔。で、それに驚いた霊夢が彼を蹴飛ばし、その拍子に彼の中に溜まっていた大量のウイルスが幻想郷に充満し、奇怪な方向にジョグレス進化したわけだ」
 「それじゃ霊夢のせいじゃないんですかこの事態!!? ていうかさっきから何回引っ張るんですかジョグレス進化!!?」

 今とんでもないことが霊夢と藍さんの口からこぼれ出て、私はうっかりツッコミを入れる羽目になりました。
 すると、やっぱり自覚はあったのか霊夢は明後日の方向を向いて冷や汗をかいてらっしゃる始末。

 「まぁまぁ、小悪魔さん落ち着いてください。解決のめどは一応立っているんですから。そうですよね、永琳さん」
 「えぇ、早苗のいう通りよ」

 思わずそのまま突っかかりそうだった私を押しとどめ、早苗さんが永琳さんにそう問いかける。
 すると、永琳さんはにっこりと笑みを浮かべると安心させるように言葉を紡いだので、それでようやく落ち着いた私は彼女に視線を向けた。

 「感染が始まって時間がたっているもの、ウイルスを解析し、薬も出来上がったわ。後は、この薬を弾幕に乗せて打ち上げて薬を拡散させるだけ。
 問題は打ち上げる場所だけれども……人里の中央の広場が丁度いいわね」
 「人里か、それは中々難しそうだね。私もネズミ達に里の様子をさぐらせては見たが、感染者だらけだよ。その中央となると、これまた難題だ」

 永琳さんの説明に、今度はナズーリンさんが苦言を零す。
 確かに、ナズーリンさんの言うとおりです。桂さんの説明が本当なら、感染者に触れただけでアウトになってしまいます。
 感染者が群がる人里の中央にだなんて、それは至難の業でしょう。
 しかし、その懸念は予想済みだったのか、永琳さんは相変わらずにっこりと笑みを浮かべたままでした。

 「もちろん、感染せずに中央にまで行くのは至難の業でしょう。ですが―――私は蓬莱の薬を飲んだ身、病や毒には非常に高い耐性があります」
 「何、アンタ一人で行くつもりなの?」
 「えぇ。姫にこのような雑務をやらせるわけにはいかないですし、薬の扱いに関しては幻想郷一であると自負していますので。皆さんの手をわずらわせる必要もありませんわ」

 怪訝そうな霊夢の言葉に、永琳さんはそうあっさりと返答した。
 なんと言う安心感。さすがに本物の医者から出る言葉は安心感が段違いです。

 「なら私が一応、護衛について行くわ。私も蓬莱の薬を飲んだ身、アンタと同じように耐性があるはず」
 「あらそう? それならお願いしようかしら」

 妹紅さんの申し出に断る理由もないのか、永琳さんは意外なものを見るような視線を向けながらも反対はしなかった。
 確かに、妹紅さんも蓬莱の薬を飲んだ身の上。それなら連中にもある程度対応できるかもしれません。
 ……あ、もしかして輝夜さんと一緒に居たくなかっただけかも知れませんね。それに、妹紅さんにしてみればご親友の慧音さんが心配でしょうし。

 「では、行ってまいりますわ姫」
 「えぇ。妹紅、永琳の邪魔にならないようにね」
 「わかってるよ。いちいち腹立つわね、アンタは」

 永琳さんが気軽に言葉にしたというのに、また余計なことを言って輝夜さんが妹紅さんを煽る。
 身に感じる殺気が痛いです。グサグサ体に突き刺さってるかのようですよ。
 妹紅さーん、ノーモアウォー!! ノーモアウォーですっ!!
 そんな私の必死の祈りが届いたのか、しばらくすると殺気を抑えて永琳さんと共に妹紅さんは香霖堂を後になさったのです。
 ……はぁ~、もう勘弁してください本当に。

 「あー、てすてす。聞こえますか永琳さん」
 『えぇ、バッチリよ早苗さん。もう少ししたら人里に到着するわ』

 いきなり陰陽玉に話しかけ始めた早苗さんのほうを怪訝に思っていると、その陰陽玉から声が聞こえてきて少し驚いてしまう。
 そういえば、以前パチュリー様が間欠泉騒ぎのときに紫さんから譲り受けてましたっけ?
 あれと同タイプの通信機能つきという事でしょうか。なんと言う便利アイテム。私も一つほしいです。
 私がそんなことを考えてしまうように、随分と緩い空気がこの場には流れていました。
 永琳さんの実力は知っていますし、妹紅さんが強いのは周知の事実。だから、みんな大丈夫だと無意識に思っていたのでしょう。



 永琳さんたちと通信が途絶えたのは、―――その後すぐのことでした。























 眼前には感染者が群がる亡者の里、蠢く人垣はまるで地獄のよう。

 「……と、シリアスな感じにまとめて見ましたがどうするんですか」
 「どうするって、強行突破しかないだろうね。そのためにこうして全員で来たんだから」

 私の言葉に肩をすくめながら返答したのは、隣に居たナズーリンさん。
 いや、まぁそういうだろうとは思っていましたけど。
 今の人里には妙な結界が張ってあり、内部での飛行が不可能になっていたのです。
 霊夢にいわせると、このタイプの術は術者本人を倒さないと解除できないのだとか。
 張ったのは……恐らく、慧音さんでしょう。人里を守護する彼女のことですから、異変に気が付いたときには外部からの進入が無いように結界を張ったはず。
 飛べない人間の方々には、空からの襲撃者が一番恐ろしいですからね。この幻想郷では尚更です。
 もっとも、人を守るためのこの結界も今はあまり意味を成してないのですが。まさか風邪の延長でこのようなことになるとは慧音さんも夢にも思わなかったでしょうし。
 ……この結界があるってことは、慧音さん、もしかして感染しましたか?

 「まったく、よりにもよって蓬莱人まで感染するなんて……、酷い悪夢だわ」
 「ヤマメの奴でもいれば少しは違うんでしょうけどね。あっちはあっちで大変みたいだし」

 頭痛でもしているのか頭を抑える輝夜さんに、心底めんどくさいといった雰囲気がありありと見て取れる霊夢。
 霊夢の言うとおり、ヤマメさんがいれば少しは違うのでしょうが、彼女は地底にウイルスが侵入しないように能力をフル行使しているらしくて身動きが取れないとか。
 さすが病気(主に感染症)を操る程度の能力。凄まじい防御能力です。

 「万が一のことも考えて、永琳殿からいくつか薬を預かっておいて正解だったな」
 「桂殿、本当によかったのか? なんなら、香霖堂の店主と共にあそこに残っていてもかまわなかったのだが……」
 「そういうわけにもいかぬ。経緯はどうであれ、これは俺にも責任があることだ。君達だけ行かせるわけにわいかんさ」

 いざと言うときは盾になろう。そう締めくくって彼は静かに瞼を閉じる。
 それだけ覚悟があるという事なのでしょう。根が生真面目な人柄ですし、テコでも動きそうに無いところを見ると何を言っても無駄そうです。
 それを悟ったのでしょう。藍さんもそれ以上は言わず、「あまり無茶をなさらないように」と釘を刺すだけでした。
 うーん、霖之助さんとは大違いです。いや、あの人はそもそも運動が得意ではなさそうですし、弾幕勝負も出来ないので仕方ないといえばそうなのですけど。

 「下手に攻撃できないのは面倒ね。人里の人々はただ感染してるだけだし」
 「その感染が厄介なんですけどねぇ。あー、もう本当、いったいどこのバイオハザードですか。ラクーンシティじゃあるまいし」

 霊夢の一言に、早苗さんが心底疲れたように言葉を零す。
 触れられただけで感染と言うのが一番厄介なのには違いないので、ここにいるメンバーが同意しました。
 オマケに、感染速度も馬鹿にならないですし、幸いなのはこの中に毛深い人がいないことでしょうか。そのおかげで空気感染だけは免れてますし。
 なんにしても、一番いいのは見つからないように里の中央につくのが一番なんですが、それも難しいでしょう。

 「さぁ、こんなところで躊躇してても仕方がないわ。とっとと行きましょう」

 輝夜さんが痺れを切らしたのか、臆した風も無くずかずかと人里に歩みを進め、入り口をくぐる。
 特に異論はなかったので私達もそれに続き、輝夜さんの後に続いてなるべく感染者、通称マユゾンに見つからないように移動していきます。
 時には建物の裏。ある時は草むらの中。ある時は家の中。身長に中央に近づく私達の光景は、はたから見ればさぞシュールなことでしょう。
 え、不法侵入? 馬鹿を言っちゃいけません、こちらだって色々と必死なのです。
 しかし、やはりわかってはいたことですがこうやって隠れながらこそこそと移動していると時間がかかります。
 現に、気の長いほうではない霊夢が見てわかるほどに苛立っているのがわかる。

 「あー、もう。まどろっこしいわね」
 「霊夢さん、気持ちはわかりますけど早まらないでくださいよ?」
 「わかってるわよ」

 憮然とした様子で愚痴を零した霊夢に、戒めるように早苗さんが言葉にすると、彼女は釈然としない様子で唸るように返答する。
 うわぁ、あれは相当イライラしてますよ。さすが霊夢、妖怪たちの子供のしつけに「紅白が来るぞ!」なんて揶揄されるだけあります。物凄く怖いんですけど。
 さて、気がつけば人里のカフェの裏に到着したわけなのですが、ここいらには例のマユゾンの姿が見当たりません。
 桂さんの話によると、奴らはオッサン臭い場所を非常に好むのだとか。
 パチンコや床屋、または賭場や居酒屋などが特に多いのだとか。パチンコなんてこの幻想郷には無いので、恐らくは賭場や居酒屋辺りに集中して集まっているはずです。
 だから、この場所はある程度は安全だと、その油断がいけなかったのでしょう。

 ピシリと、私の耳元に届く壁に皹の入る音。
 それに気付いて振り返るよりも早く、カフェの壁が爆砕したのです。
 衝撃で破片が飛び散り、一際尖った破片が私の顔面に飛んでくるのが、まるでスローモーションのよう。
 現実感の無い光景に、私はまるで写真を覗き込むような錯覚を覚えていました。
 身動きのとれない私の腕を誰かが掴み、そのまま引っ張ると先ほどの景色がスライドのように流れていく。
 数瞬遅れて、鋭利な破片が私の眼前を通りすぎるのを、他人事のように私はぼんやりと眺めていた。
 そうして、誰かに抱きとめられたところで、私はようやく自分のみに起こった事実を認識し、途端に冷たい嫌な汗が噴出すのを感じました。

 「大丈夫か、小悪魔殿」
 「あ、……はい。大丈夫、です。ありがとうございます、桂さん」

 背筋に悪寒が駆け上がっていくのを感じながら、私は彼にお礼を言う。
 彼が私の腕を引っ張ってくれなければ、私は多分大怪我ではすまない傷を負ったはず。
 桂さんに抱きとめられた形になる今の格好が少々恥ずかしいですが、今はそんなことを気にしている場合ではありません。
 砕け散り、大穴が開いたカフェの壁から、のっそりと誰かが姿を見せる。
 砂金のような金髪は赤いリボンでポニーテールに結われており、その衣服はいつもの白いものではなくカフェの白と黒を基調とした制服。
 そして何よりも目に付いたのは―――その純白の大きな翼。

 「幻月、さん」

 間違いない、そこにいるのは幽香さんのご友人の幻月さんに間違いないです。
 なんてついてないことでしょうか。まさか最初に遭遇したマユゾンがまさかのラスボスクラス……って、あれ? 眉毛繋がってない。
 眉毛は確かに太いんですけど、マユゾンの特徴である太眉の繋がりがないんです。
 これは一体どういうことでしょう……って、あの太い眉毛、よく見たら海苔ですよね?

 「あの、幻月さん。あなた、感染してないでしょう?」
 「チガウー、チガウー、感染シテルヨー、ホラコノトオリ、シャーコノヤロー!!」
 「やっぱり感染してないでしょ!!? なんで顎しゃくってんですか!? なんで片言なんですか!!? 物凄く腹立つんですけど!!? ていうか本当に何してるんですか!!?」

 さすが巫女といったところか、私は怖くて聞けないことを平然と言ってのける早苗さん。しかも帰ってきた幻月さんの言葉にツッコミまで返す始末。
 すごいです風祝。そこに痺れる憧れます! パチュリー様ほどじゃないですけど!!

 「今ノ状況ナラ人里で大暴レ出来ル思タヨ、あぽっ!」
 『最悪だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?』

 そんな彼女のツッコミに、相変わらずの片言で幻月さん。
 しかも、その内容が内容だけに私達全員から盛大なツッコミが飛んだのも無理も無いことでしょう。
 ていうかそのあぽっ! ってなんですか、早苗さんの言葉じゃないですけどものすんごい腹立たしいんですが!?
 なんなんですかその悪ノリ!!?

 「……幻月殿、悪いがそこをどいてはくれないだろうか? 私達はこの事態を収拾するために、中央の広場に向かわねばならないのだが」
 「コノ先ニ行キタイナラ私ノ屍ヲ越エテ行キナサイアル!」
 「せめてキャラ統一しなさいよ」

 心底疲れきったような藍さんの言葉にも、幻月さんはと言うとまったく持って聞く耳なし。
 そんな彼女のまったく持って統一できてないキャラ作りに輝夜さんが呆れたように言葉を零した。
 もっとも、幻月さんはそんな輝夜さんの台詞なんてお構いなしに既にファイティングポーズを取っていらっしゃったりするんですが。
 うわぁ、最初の敵がいきなりラスボスってなんですかコノ理不尽。

 「仕方がないか。みんなは中央の広場を目指してくれ、ここは私が引き受ける」
 「おや、いいのかい? 正直、君一人では少々荷が重いと私は思うけどね」

 藍さんの言葉に、そう問いかけたのはナズーリンさん。
 確かに、幻月さんはあの幽香さんのご友人で、しかも噂に聞けば彼女と互角の勝負を繰り広げたとか。
 藍さんも、確かに強いです。確かに強いですけど、幻月さんは藍さんの主人である八雲紫さんと互角に渡り合える規格外。
 彼女一人では、恐らく負けてしまう。それは、多分みながわかっていたことですし、藍さん自身もわかっているはず。

 「何、伊達に私もあの方の式はやっていないさ。いいから行くんだ、ここは私が―――ッ!」

 不適に笑って見せた藍さんの言葉も、最後まで紡がれることも無く、風を切るような鋭い音に遮られた。
 しんっと、音が静まり返る。一体いつの間に距離を詰めたというのか、幻月さんは貫手を放ち、藍さんはそれを防ぐように掴み取っていたのです。

 「不意打ちか。さすがに少々卑怯ではないか、幻月殿?」
 「あはっ♪ まさか、あのくらい反応して当然でしょう? それがスキマ妖怪の式なら尚更、ね?」

 少々、怒気の混じった藍さんの言葉に動じた風も無く、幻月さんはケタケタと愉快そうににやりと笑う。
 まるでその口は三日月のようで、悪ふざけでつけていた海苔を剥がして投げ捨てる。
 お遊びはお終いと、つまりはそういうことなのだろう。肌に感じるぴりぴりとした威圧感。それが殺意でないというのだから、この悪魔の底の深さに身震いがする。

 「あのくらいとは言ってくれる。私は結構肝を冷やしたのだが……さて、先ほどの片言言葉はもうよろしいのかな?」
 「いいの。だって、飽きちゃったもの。それよりも今は―――」

 言葉が言い終わるよりも早く、自由な右腕でストレートが飛んでいく。
 と言っても、私にはまるで見えないのでそうであるだろうという予想でしかないのだけれど、ガリガリとカフェの壁をバターのようにあっさりと削る辺り、もしかしたらもっと別の攻撃方法だったかもしれない。
 けれどそれは、藍さんのお得意の結界で防がれ、それに気分を害した風も無く幻月さんは笑みを浮かべたまま藍さんを結界ごと蹴り飛ばした。
 バチィっという、稲妻がほとばしるような音。焦げ付くような嫌な匂い。
 藍さんは無傷のまま着地、しかし結界が維持できなくなったかガラスのように砕け散る。
 対して、幻月さんの足は酷く焼け爛れてしまっていた。だというのに、それは一瞬であっという間に再生、そして何事も無く元通りになってしまう。
 話には聞いてましたが……なんて、規格外。

 「あなたと遊んでた方が楽しいもの!!」

 それは、歓喜の声。
 戦いに赴くためのものでも、ましてや絶対に勝つという気迫でもない、ただただ純粋な喜びの声。
 それは、さながら新しい玩具を見つけた子供のような朗らかさ。以前、宴会の席で幽香さんは幻月さんのことをこう評していた。

 ―――無邪気で子供のようで、だからこそ子供のような残酷さを持った変わり者。

 道端の蟻を興味本位で踏み潰すような、あるいはバッタの足を一本一本引きちぎるような、もしくは蝶の羽を毟り取り地に投げ捨てるような残酷性。
 それが、彼女の―――幻月さんのもっとも純粋で、もっとも残酷な本質。

 「呆けてないで行くわよ!」
 「で、でも!?」
 「アイツだって紫の式なんてやってるのよ。そう簡単に負けたりしないわよ」

 霊夢さんの叱咤に、意識が戻ってくる。
 旋律のような打突音を響かせながら、どんどん奥に移動していく藍さんと幻月さんの二人。
 多少押されているようですけど、未だに無傷で互角に渡り合う藍さんに素直に賞賛を覚えてしまいます。
 正直、次元が違う。あそこに割り込めるのは、それこそお嬢様か妹様クラスでないととても無理。
 確かに、今の私達にはやるべきことがある。あの戦闘の音を聞きつけて、マユゾンたちが集まってくる気配がしますし。

 「ごめんなさい藍さん、今度油揚げ奢ります!!」

 そう言葉を残して、私は既に走り出している霊夢たちの後を追う。
 後ろから聞こえていた音が、どんどんと遠ざかっていく。代わりに近づいてくるのは、獣が唸るような低い声ばかり。
 あぁ、間違いない。私達はマユゾンたちに見つかってしまったのだと、誰もが理解した。

 「あぁ、もうあのエセ悪魔!! あいつのせいで気付かれたじゃない!!」
 「愚痴を零すなら走る方に労力を割いたほうがいい。中央の広場はここを抜けてすぐだ!」
 「わかってるわよ!!」

 いい加減我慢の限界がきたのか、霊夢が怒り心頭といった様子で怒鳴ると、彼女の隣を併走していたナズーリンさんがそう忠告する。
 彼女のいうとおり、ここを抜ければ中央の広場はもうすぐ。
 そこで弾幕に乗せて薬をばら撒けば、この騒ぎにも終止符が打てるのです。
 この、心底あほらしくてばかばかしい異変ともおさらばなのですよ!!

 「まったく、一匹いればなんとやらッて奴? ぞろぞろと湧き出てきちゃって!!」

 鬱陶しそうに言葉にする輝夜さんのいうとおり、家屋の中から、あるいは家屋の死角から、同じ顔に変質したマユゾンがわんさかわんさか湧き出てきています。
 不味いです、このまま群がられると広場までの道がマユゾンで埋め尽くされてしまいますよ!?

 「こんな時に空が飛べたら……っ!!」

 ないものねだりをしても仕方がない。それはわかっているのに、零れ落ちたのはそんな言葉。
 埋め尽くされるマユゾンの群れは、なるほど、確かに地獄と形容しても間違いはないでしょう。
 感染は触れられただけでおこなわれ、次から次へと爆発的に広がって行く。触れたらアウトと言う状態で、この数の暴力はまさに絶望的。

 「どうするんですか!? もう攻撃しないでどうこうできる状況じゃないですよ!!?」
 「……しょうがないか、できるだけ怪我させたくなかったんだけど」

 なるべく怪我をさせないでと言う方針でしたから、私の言葉に答えた霊夢の顔には苦渋の表情が浮かんでいました。
 それもそのはずで、彼らはあくまで被害者。博麗の巫女として、できるだけ怪我をさせたくなかったというのが本音でしょう。
 霊夢が懐から札を取り出し始め、他の皆さんもそれぞれの弾幕用の道具を取り出す。かくいう私も、ロングスカートに隠れた太ももに隠してある刃の潰した苦無を取り出し―――

 ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!!

 『……はい?』

 炸裂した爆発音に、思わず間の抜けた声を上げることになった。
 もくもくと吹き上がる土煙。それが収まった後に眼前に広がった光景は、ピクピクとしびれて動けない様子のマユゾン達だった。

 「オメェさんたち、無事かぁっ!!?」

 野太い声が頭上からかかる。其方に視線を向ければ、家屋の屋根の上、そこに二つのシルエット。

 「おぉ、店長、エリザベス!! 無事であったか!!?」

 桂さんが歓喜ゆえに声を上げる。
 そこには店長と、既に感染したと思われていたエリザベスさんが、以前、外の書物で読んだことのあるロケットランチャーと呼ばれるものを肩に担いでいたのです。

 「あたぼうよ!! 里の連中なら気にすんな、少々派手だが、ただの痺れ薬よ!!」
 [ここは任せて桂さんたちは先に!! 道は彼が切り開くから!]
 「彼?」

 確かに、店長の言うとおり怪我をしている人はひとりもいない。
 その事に安堵し、ほっと息を吐いていた私を他所に、エリザベスさんの台詞が気になったのかナズーリンさんが怪訝そうな表情を浮かべる。
 それが合図であったかのように、私達の後ろから響く足音は、おそらく馬の走る音。
 そして、私達の頭上を飛び越える影。太陽の光を遮り、私達を一瞬だけ影が覆った。
 まるで後光を差したようなその光景。その正体は―――

 「Let’s Party!!」
 「って、なんでこの場面でルリティィィィィィン!!!?」

 うちで門番やってるルリティン(仮)でした。まさかの再登場です。
 いつもの法被のごとくピッチピチな白のコートにバンダナにサングラス、両腕を組んでふんぞり返るその姿。
 両腕を解き、懐から取り出したのは六本のフランスパン。どうやってしまっていたのかつっこんだら……いけないんでしょうねぇ、やっぱり。
 片手に三本、もう片手に三本と独特なスタイルで群がるマユゾンを張り倒していくルリティン。
 わー、フランスパンって固いんですねー。などと遠い目で現実逃避してみる。

 「気持ちはわかるけどね、道が出来たよ。今は放心してる場合じゃないだろう」
 「はっ!!?」

 そ、そうでした。ナズーリンさんの言うとおりです。この機を逃すわけには行きません!!
 これも紅魔館のためお嬢様のためパチュリー様のため、里の皆さん、ごめんなさい!!
 そう心で謝りながら、私は既に駆け出していた皆さんの後を追う。
 先陣を切るのは馬に乗ったルリティン。まるで十戒のように道が割れていき、私達はその間を通っていく。
 広場にたどり着き、彼がいるおかげであっという間に中央にたどり着きます。
 出てきたときはうっかり現実逃避してしまいましたが、正直助かりました。
 このまま行けばなんとかなりそうです。ありがとうルリティン!! 本当に助かりまし―――

 カチッ!! ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!

 「なんでですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 先陣を切って真っ先に中央にたどり着いたルリティンさんが馬ごと爆発して、私は思わず大声でツッコミを入れてしまう。
 なんで、なんでいきなり爆発なんですか!!? ルリティンさんもそんないい笑顔で吹っ飛ばないでくださいよ!!?

 「そういえば、子供達と一緒に『んまい棒』を作っていたのだが、もしや子供達がマユゾンになったときにここに零れ落ちたのか」
 「子供と一緒になんてもん作ってるんですか!!?」

 納得が言ったかのようにしみじみ語る桂さんに、早苗さんから盛大なツッコミが上がりますけど、それも無理もないことでしょう。
 今度、慧音さんに厳重注意してもらったほうがいいのかもしれません。って、今はそんな場合じゃないんですけど!!?

 「きゃあ!!?」

 後ろから押さえつけられ、地面に叩きつけられる。
 ここはいわばマユゾンが群がっていた中心地、そんなところで守りを失ってしまえばどうなるか、火を見るよりも明らか。
 途端、体に変調は訪れ、動悸が激しくなって意識が朦朧としていく。辛うじて残った意識で辺りに視線を向ければ、私と同じように組み伏せられていく皆さん。
 ここまでだと、無意識のうちに理解する。結局、私自身は何の役にも立たず、紅魔館のみんなを救えなかったことに後悔の念が湧き上がってくる。
 情けない、悔しい。そんな負の感情が身を支配して、私の体を絶望が閉ざす。

 ―――そんな中、私は、その光景を見たのだ。

 次々と変態していく仲間達。次は自分がああなるのだとわかっているのに、それが気にならないほどの鮮烈なその光景。
 誰もがウイルスに屈するその中で―――二人が、威風堂々と立っていた。

 「神霊」
 「神宝」

 彼女達がスペルカードを宣言し、数多の七色の光が彼女達の周りを旋回、張り付いていたマユゾンたちを弾き飛ばす。
 彼女の霊力が形を持った鮮やかな光は、神々しい輝きを持ってくるくると回り。
 彼女の宝である宝玉は、旋回しながらも眩い光を放ちながら瞬く間に分裂していく。
 あぁ、そうか。そうだったのだ。
 思えば―――彼女達二人だけは、全ての条件を兼ね備えていたのだ。
 方や、異変の時以外は碌なことはしておらず、趣味は飲酒で人の顔を見ればすぐにお賽銭を要求する。
 方や、姫という役職がら日がな一日外に出ず、趣味は盆栽と最近はもっぱらネットゲーム。お金持ちのワリには節約に目がなくて珍しいものには目がない。

 そうだ、彼女達はすでに―――

 「『夢想封印』!!」
 「『ブリリアントドラゴンバレッタ』!!」

 ―――誰もが認める駄目人間だったのだ。













 その日、空に七色の美しい光がはじけた。
 弾けた光に乗って薬が飛び散り、マユゾンと化した人々が正気に戻っていく。
 かくして、こうしてウイ〇ス・ミス異変、あるいはマユゾン異変は幕を閉じました。
 世界は、こんなはずじゃなかったことばかりだというのは、一体誰の台詞だったのか。
 かくして、駄目人間から始まった異変は、奇妙にも駄目人間の手によって終着を迎えたのでした。

















 「とまぁ、そんなことがあったんですよ妹様。あ、黄泉ガエル守備表示にしてターン終了です」
 「ふーん、惜しいことしたなァ。その変質したお姉さま見てみたかったかも。じゃ、私のターン、ドロー。
 ……あ、三枚の永続トラップを墓地に送って神炎皇ウリアを特殊召喚するわね。それから永続トラップ、最終突撃命令発動よ」
 「やめてあげてください妹様。お嬢様泣きますよ。あと止めてください妹様、攻撃力12000のウリアとかマジパネェです」

 さて、時間は戻り現在。私の目の前には妹様が座り、のんきに遊戯王でデュエルなどしつつケタケタと笑っていました。
 今、私達がいるのは紅魔館地下の図書館。辺りには銀さんや新八君がせっせと本の整理を手伝ってくれています。
 その間、まさか妹様に館のことを手伝わせるわけにはいかないので、私がお話し相手というか暇つぶしの相手を勤めていたというわけで。
 それにしても、妹様変わったなぁ。昔はもうちょっと怖い感じがしてたんだけど、角が取れてとっつきやすくなった感じがします。
 うん、お嬢様が涙を呑んで銀さん達に妹様を預けた甲斐があったというものです。
 でもカードゲームのデッキは相変わらずえげつないのです。止めてください、あんまり強くない私にウリアロードとか。
 とりあえず、マユゾンになった人たちは記憶が曖昧になっていたことは、幸いと言うべきでしょう。
 へたに記憶に残ってても、トラウマになるだけです。
 あぁ、でも阿求さんが異変のことを纏めるつもりで紅魔館にも来ましたけど……はたしてどうなるやら。
 さて、パチュリー様の使い魔たるこの小悪魔、今日も元気に図書館の仕事を頑張りましょう!!



















 ※オマケ

 異変は解決した。人々は次々に正気に戻り、辺りは活気を取り戻しつつあった。
 そんな中、その異変解決に貢献した男性は、一人ぽつんとその瓦礫となってしまった自身の経営していた店の前に佇んでいた。

 「あー、その、何だ店長。正直、申し訳なかった」
 「えっと、私も調子に乗りすぎちゃったかなぁ……なんて、あはは……その、ゴメン」

 その男性の後ろに佇み、気まずそうに声を掛けた少女が二人。
 店を瓦礫にした張本人、八雲藍と幻月の申し訳なさそうな声にも、煤けたように見える背中は何もいわない。
 やがて、彼は晴れ渡った空を見上げる。あぁ、今日はこんなにも素晴らしい空が広がっていると現実逃避。
 そのままポツリと、一言の言葉が空気に溶けて消えて行く。

 「……つれぇ、辛すぎて、涙が出てきやがった」














 ■あとがき■
 みなさん、お久しぶりです。白々燈です。
 以前、ちょっとだけ話に出た異変の内容を書いてみる。
 最近忙しかったこともあり、脳みそがうまく働かない状態での執筆でしたが、いかがだったでしょうか?
 最近、弟がまたネットゲームやり始めたので時間が中々取れません。
 なので、更新が遅くなると思いますが、それでもまた見てもらえると幸いです。

 最近、東方のボーカルアレンジで百鬼飛行を気に入って割りと毎日聞いてます。
 原曲は小傘の「万年置き傘にご注意を」なんですが、とてもカッコいい曲です。

 それでは、今回はこの辺で。


 ↓はドSコーナー。














 ■斬って刻んでドSコーナー■

 ソラ「みなさん、こんにちは。ドSコーナーの時間ですわ」
 幽香「今回は第8回目。今日のゲストは志村新八よ」
 沖田「さぁ、はいってくんなせぇ」

 ぱちぱちと拍手と共に現われる新八。
 その表情はやはりと言うべきか、どこか浮かないものだった。

 ソラ「いらっしゃい、歓迎しますわ。ツッコミの名手……えっと、デスメガネ?」
 新八「なんでだよ!!? それ別人じゃんか!!? 居合い拳とか使えませんよ僕!!?」
 ソラ「いえいえ、そういう意味でなくてですね、存在が死んだように薄い眼鏡さんと言う意味でして」
 新八「そっちかぃぃぃぃぃぃ!!? つーかドンだけアンタの中で僕の存在感薄いんですか!!? 僕の存在よりも眼鏡優先か!!?」
 ソラ「え? だって、眼鏡が本体なんですよね?」
 幽香「私も眼鏡が本体だと思ってたわ」
 沖田「俺もでさぁ」
 新八「お前等眼科に行って来い!! 本当に頼むから!!」

 全員からの口撃(誤字にあらず)にも持ち前の根性で耐え切りしっかりとツッコミを返す志村新八。
 さすがはこのシリーズ全編を通してツッコミ役を任された男。このくらいじゃめげねぇのである。

 新八「そういえば、ソラさんのことで読者の方から質問が来てませんでした? こう、百合なんですか? みたいな質問」
 ソラ「あぁ、そういえば」
 幽香「今この場を借りて質問に答えてあげてもいいんじゃない?」
 沖田「そうですぜ。メガネ弄ってもしかたねぇですし」
 新八「あれ……、それはそれで寂しいっていうか、あの……ドSコーナーとしてゲスト放っておいていいんですか?」
 ソラ「それじゃ、私でよければ質問に答えさせていただきますわyuruさん」
 新八「いや、聞けよ」

 新八がなにやらいっているはスルーしつつ、カメラ目線になるソラ。
 段々と新八が喧しくなってきたので、幽香が新八にコブラツイストを決めて黙らせる。
 見事な関節技である。少なくとも沖田が「おぉ」と感嘆の声を上げるぐらいには完成された技であった。

 ソラ「いいですか、yuruさん。人生、長く生きていると色々と倒錯するものなんですのよ?」
 新八「自信満々の笑顔で何いってるんですかアンタタタタタタタタタタタイダイイダイ折れるぅぅぅ!!?」
 幽香「ふふ、さすがデスメガネ。そのツッコミ魂だけは褒めてあげるわ」

 ソラの一言にコブラツイストをかけられながらもしっかりツッコミを入れる新八。
 まさにツッコミ芸人の鑑のようなその行為に不覚にも涙がちょちょぎれそうになった。主にスタッフが。
 そんな彼に賞賛の言葉を送りつつもまったく持って技を外す気のねぇ幽香であった。
 あと、やっぱり彼らには新八の名前を呼んであげる気は皆無である。

 ソラ「とまぁ、冗談は置いときまして。真面目に答えるとですね、確かに私はどっちもいける口ですよ? 男も女もどんとこいです!
 ですけど、やっぱり一番なのは今は亡きあの人なのです。最近は女の子によく言ってますけど、そうですね、返ってくる反応をみて楽しんでいるのですよ」
 沖田「おぉ、珍しくまともに答えやしたね」
 ソラ「私だって、たまには真面目になりますよ? 今でもあの人一筋ですから」
 幽香「それじゃ、今回のドSコーナーはここまでね。それじゃみんな、次のドSコーナーを楽しみにしてなさい」
 沖田「そんなわけで、次回をお楽しみに」
 ソラ「ば~いちゃ、ですわ!」
 新八「ていうかいい加減技をといてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?」


 ■第8回、終■



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第六十四話「命蓮寺に増えたとある居候の話」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:a162acf6
Date: 2010/08/22 11:38





 人里の傍に立てられた寺、命蓮寺。
 ここは寺でありながら妖怪たちが住まう奇妙な場所であり、その実質的なリーダーである聖白蓮は人と妖怪の平等をうたう僧侶であった。
 誰にでも優しい性格の彼女はこの寺はもちろん、人里の者たちからの信頼も厚く。
 ここには、そんな彼女に惹かれて集まった者たちが住まう場所なのである。

 そんなわけで、妖怪たちばかりが住まうとはいえ、ここ命蓮寺の朝は早い。
 日の出前には全員が起床し、朝の掃除に始まり仏門らしく修行を終え、それからやっと朝食というスタンスがここの朝の日常であった。
 そんなわけで、命蓮寺の渡り廊下を歩く二人の女性と少女。
 一人は170に届こうかという身長に、特徴的な金と黒のトラ柄ヘアー。毘沙門天の代理であり虎の妖怪である彼女は寅丸星。
 虎の妖怪、という割には温和な顔立ちと性格をした彼女はニコニコと笑顔を浮かべており、その隣には灰色がシンボルとでも言わんばかりに一色に染まった少女が小さくため息。
 星の従者であるネズミ妖怪、ナズーリンは主人がご機嫌だというのにめんどくさそうな視線を向けるばかり。

 「いつもありがとうございますナズーリン。助かりました」
 「……ご主人、君はそのうっかりだけは何とかならないのか? 朝っぱらから探し物なんて、次はごめんだからな」
 「うぅ……ごめんなさい」

 しゅんと項垂れた星を見やり、ナズーリンは小さくため息をひとつ。
 はたから見ればどちらが主人なんだかよくわからないやり取りを交わしながら、長い渡り廊下を歩いていくと。

 ふと、なんか奇妙な物体が目に映った。

 「……」
 「……」

 気まずい沈黙が二人を包む。
 それが、目の前の物体が目に入ったからなのか、それとも目の前の物体が何かやらかしているからなのか。
 その人影らしい物体二つは、中庭に生えていたらしい雑草をもしゃもしゃと口の中に放り込んでいた。
 はたして、その光景にどこから突っ込めばいいものやら。
 二人が沈黙していると、人影の一人がこちらに振り向いた。
 自然と、視線が絡み合う。そして当然のように気まずい沈黙。
 はたして、その沈黙はどれほど続いただろう。長いような短いようなよくわからない沈黙の後、人影はいたって真顔で一言。

 「こんにちは、サンタクロースだよ(裏声)」

 その人影の顔面を、ナズーリンのダウジングロッドが強襲したのはそのすぐ後のことだった。




 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第六十四話「命蓮寺に増えたとある居候の話」■





 「あらあら、それは大変でしたわね」

 ニコニコとのんびりな声をこぼした人物はこの寺のリーダー、聖白蓮のものだ。
 その視線の先には久方ぶりの朝食にありつけたらしい男と奇妙な生物、桂小太郎とエリザベスに向けられている。
 聖はそんな彼らに笑顔を浮かべ、星は困ったように苦笑し、ナズーリンは心底めんどくさそうな視線を向けている。
 ほかのものは皆出払っており、今命蓮寺にいるのは彼女たちだけであった。

 「すまぬ、聖殿。店長の店がつぶれてしまって、これ以上迷惑をかけるわけにもいくまいと彷徨っていたのだ。正直、助かった。
 ……ちなみに、好物は蕎麦だ」
 「おい、何で今好物言った? なんで今の話から好物の話題になった? 蕎麦を出せということかそれは?」

 事情を説明しつつ遠まわしに好物を要求する桂に、ナズーリンが口の端を引くつかせながら腕を組む。
 従者の様子に気がついた星が「まぁまぁ」と彼女をなだめるが、桂を見るナズーリンの目は鋭くなるばかりである。

 「ふむ……、どうでしょう? 桂さんさえよろしければ、しばらく命蓮寺にすみませんか?」
 「ちょ、聖!?」
 「む、……しかし聖殿、それはさすがに迷惑ではないか?」
 「あら、困ったときはお互い様ですわ。ね、ナズーリン」

 コロコロと笑顔を浮かべながら進んでいく話の内容に、ナズーリンが声を上げるが聖は笑顔でそんな一言。
 むぐぅっと言葉に詰まるナズーリンだが、彼女もこの女性との付き合いは長いもので、一度言い出したら聞かない頑固者であることはよく知っている。
 しかし、それとこれとは話が別なわけで。

 「聖、女性ばかりの寺に男性を泊まらせるのは……さすがにどうかと思うが」
 「あら、桂さんはそんなことをする人じゃないと思うわよ? よく博麗神社の宴会にもいらっしゃるし、真面目で好感の持てる殿方だわ」
 「……あー、そうだな。聖から見れば大抵の者がそうなる気もするが……」
 「それに、雲山も話し相手が増えてうれしいのではないかしら。あの子は唯一、家で男性ですし」
 「……まぁ、そうかもしれないが」

 まぁ、もとより人に説法をよくのが日常である聖だ。
 口はうまいほうだと自負してはいるのだが、聖のこの不思議な説得力というものは生来のものだろう。
 小さく、けれども深いため息。
 もとより、この寺のリーダーは紛れもない目の前の彼女なのだ。
 その彼女が是というのならば、それは紛れもない決定事項に他ならない。
 まぁ、桂という人物の人となりはある程度は知っているので、間違いは犯さないだろうという信頼ぐらいはもてるのが救いか。
 まったく、めんどくさいことになったもんだと内心憂鬱である。

 「すまぬ、ナズーリン殿。エリザベス共々、しばらく厄介になる。これでも男だからな、力仕事なら何でも請け負おう」
 「ま、非常に不本意だが、聖が言うのなら仕方がない。精々、骨になるまでこき使ってやることとしよう」
 「はっはっは、ナズーリン殿も言うではないか。……ところで、ここは蕎麦は出るだろうか?」
 「里で食いたまえよ!!?」

 いきなり先行きが不安になるナズーリンであった。


 ▼


 そんなわけで、命蓮寺に桂とエリザベスが住み着いてそろそろ一週間。
 当初は不安でたまらなかったナズーリンだったが、これが思いのほかほかのメンバーには桂のことは好評だった。
 もともとくそ真面目な連中が多いこの命蓮寺、同じくくそ真面目な桂がなじむのにそう時間はかからなかったのである。

 よかったのやらよくなかったのやら、微妙に複雑な気分に陥りながら廊下を歩いていたナズーリンは、ふと目にした光景に目をしばたかせた。
 視線の先には、縁側に腰掛ける桂と聖。二人は緑茶を片手にのんびりと庭の光景に視線を向けていた。
 ……年よりくさい。非常に年寄りくさいことこの上ない光景に、思わず「君たちはどこの隠居した熟年夫婦だ」とツッコミを入れそうである。
 こそこそと廊下の角に隠れ、二人の様子を伺うナズーリンの姿はまるで覗きのごとく。
 けれども、やはり二人の会話はナズーリンにしても気になってしまうわけで。
 大きな耳を澄ませながら、風に乗る声を聞き取っていく。

 「聖殿、ここはいいところだな。妖怪であれ人であれ、ここではそんな垣根など越えてのふれあいがある。
 正直、俺にはまぶしいくらいだ」
 「あら、そう思ってくれる人間はそう多くないわ。そう思える桂さんこそ、とてもいい人のように思えるのだけれど?」
 「まさか、俺はそのような大層な人間ではないさ」

 まるで、自嘲するような言葉。
 それは今まで彼の口からは聞いたことのない、自分を蔑む様な、そんな声。
 その声に、どんな意味が含まれていたのか。
 その言葉に、どんな思いが乗せられていたのか。
 「聖殿には、話すべきだな」と、桂小太郎は小さくため息をつき、晴れ渡った青空を見上げながら言葉をつむぐ。

 「俺の世界のことは、知っているか?」
 「えぇ、存じてますわ。天人という宇宙人が襲来した江戸時代と」
 「あぁ、そうだ。俺はその世界で、その天人を廃そうと活動した攘夷志士だ。昔も今も」

 その視線の先に、何を見ているのか。
 かつての時代か。
 かつての友か。
 かつての敵か。
 彼の瞳に移るのはきっとそのどれもであり、そしてそれらすべてが昨日のように思い出せるに違いない。
 ゆっくりと、言葉を続ける。
 小さく、けれどもはっきりと、まるで懺悔でもするかのように。

 「聖殿、あなたはかつて人間たちに封印されたと聞く。長い間封印され、それでもなお、あなたは人と妖怪の平等という考えを捨て去っていない。
 逆に俺は、かつての戦いで多くの仲間を失い、天人を、幕府を目の敵にして戦い続けた。
 どれだけ世界を憎んだかもわからん。どれだけ、世界を壊してしまえと願ったかなど、両手を使ってももはや数え切れん。
 しかし、そんな俺にも……あの世界に大切なものができた。あの世界を壊してしまうには、あそこには大切なものができすぎた。
 天人を廃そうとするのではない。国を壊すのでもない。ただ、共存できる国を、今の国を内部から変えられるようにと。
 おかしな話だ。すべてを壊そうなどと蛮行を繰り返しておきながら、いまさらそんなことを俺は思っているのだ。
 そんな俺にとって、聖殿……貴殿は眩しすぎる」

 それは、紛れもない桂の心で。
 それは紛れもない、彼の偽らざる本心であった。
 その気持ちを―――隠れ聞いていたナズーリンは、少しだけ判るような気がした。

 この寺にいるものは、みんなが聖白蓮を慕っているものばかりだ。
 ナズーリンはほかのメンバーと少々事情が違うが、彼女を慕っていることには変わらない。
 かつて、聖白蓮は人間たちの手によって封印された。はるかかなた遠くへ、世界すらも超越した奥底に。
 その時、その瞬間、自分たちが抱いた感情も、桂の抱いた憎悪と似たようなものではなかったか?

 何度、世界を壊そうと思ったかわからない。何度、世界を憎んだかわからない。
 それでも、それでも―――きっと聖白蓮は、そんなことは望まないだろうから。
 だから、彼女たちは踏みとどまった。いつか、聖を救う日を夢見て、長い長い永遠にも似た時間をすごしたのだ。
 そうして、彼女を救い出したときの皆の喜びを、彼女たちは知っている。
 その瞬間はじめて、彼女たちは皆救われた。

 けれども、桂は今もかつての自分たちと同じ場所にいる。
 憎み、悩み、けれども懸命に前へと進もうと足掻くその姿を、どうして邪険にできようか。

 「私は、そんなに聖人君子ではありませんよ。私も始まりはただ―――醜い私欲による保身だったんですもの。
 誰よりも死を恐れ、誰よりもこの力がなくなることを恐れる。それが、聖白蓮の始まりだったわ」
 「……しかし、元は人の身でありながら妖怪を救いたいと、人と妖怪が平等にあれるようにと願うその姿は本物だと、俺は思ったが?」
 「えぇ、それに偽りはないわ。けれどね、桂さん。私はね、最初はただ自分の利益のためだけに妖怪を助けていただけなのよ」

 困ったような、それでいて悲しそうな。
 聖の負い目。聖白蓮が持つ悩み。それは、この寺のメンバーなら誰もが知っている事実。
 彼女の始まり。死を恐れ、力の喪失を恐れ、人間の味方の振りをしながら妖怪を救い続けた僧侶。
 始まりこそ、確かに私欲だっただろう。それを告げられた者たちも、はじめこそはみんな驚いたものだ。
 けれども、彼女が誰かを救おうと真剣なのを知っている。その行動に、その思想に、偽りがないと誰もが己が身で体感しているから。
 だから、彼女を好いて今もこの寺に残っている。
 たとえ、始まりがどのようなものであったとしても、彼女たちにとって聖白蓮という人物が恩人であることに変わりはないのだから。

 「だが、……今は違うのだろう?」
 「そういう、あなたも」

 あぁ、と……ナズーリンは小さく息をこぼす。
 あの二人は、どこか似ている。
 確かな思想を持ち、行動に起こす所も。
 けれども、その始まりが褒められたものではないというところも。
 悩み、苦しみ、考え、それでもただ前へ進もうとするそのあり方は、確かに似ていると、そう思えたのだ。

 「お互い、大変だな。聖殿」
 「そうね、桂さん。お互い、がんばらなくては」

 目標ははるか遠く、ゴールはどこまでも先で見えもしない。
 ともすれば迷ってしまいそうな道の中、それでも二人は前を進むのだろう。
 ナズーリンは、静かにその場を離れた。これ以上盗み聞きをする気にはなれず、これ以上聞くのは良心が痛む。
 ふと、廊下を進んでいるとエリザベスが歩いてきた。
 きょろきょろと辺りを見回しているあたり、桂を探しているだろうことはすぐに想像がついた。
 この奇妙な生物もまた、桂を信用しているのだろう。
 自分たちが、聖を信頼するのと同じように。

 「君の主人ならこの先だよ」
 [ありがとう]

 プラカードを掲げてとてとてと去っていくエリザベスの後姿を見送りながら、ナズーリンは苦笑する。
 そこでふと、彼女の上司に当たる星が部屋から出てきて、不思議そうに首をかしげた。

 「どうかしましたか、ナズーリン。なんだか上機嫌に見えますが」
 「なに、意外な共通点を見つけたというかなんと言うか、以外にも私たちは似たもの同士だったというやつさ」
 「……あぁ、なるほど」

 なにか合点がいったか、星はくすくすと楽しそうに笑う。
 どうやら、彼女は早々に自分たちと彼らとの共通点に気づいていたらしい。
 さすがは腐っても毘沙門天代理。変なところで鋭いなどと、なかなかひどいことを思うのはご愛嬌。
 この主従、きっとこの先もこんな関係であり続けるに違いない。

 「ご主人、ちょっと付き合ってもらえないかな。ちょっと新しい定食屋ができてね」
 「ふふ、良いですね。ご一緒しますよ」

 そんなわけで、二人は並んで歩いていく。
 今頃、あの奇妙な生き物は主人に会っている頃かとふと思ったが、どちらにしても彼女がいるのだからへんなことにはなるまいと結論付けた。
 とある晴れの日。秋の彩る紅葉の季節。
 命蓮寺に、奇妙な居候が増えたそんな日の出来事である。


 ■あとがき■

 みなさん、お久しぶりです。覚えていらっしゃるでしょうか?
 ずいぶんと長い間離れていましたが、今回から更新を再開したします。
 長い間お待たせしてしまって、本当に申し訳ありません。
 以前のような更新速度はまだ難しいかもしれませんが、これからもがんばっていきたいと思います。
 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第六十五話「私とあなたと彼と彼女とあいつとこいつとそいつにありがとう……って、それもう皆にありがとうでよくね?」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:a162acf6
Date: 2010/08/22 11:38


 パチパチと、よろず屋の一室で拍手の音がこだまする。
 部屋の主である坂田銀時はソファーの上で横になったまま、顔に乗せたジャンプをどけてそちらに視線を移す。
 そこには、満面の笑顔でパチパチと拍手する射命丸文の姿があった。

 「おめでとう」

 意味不明である。
 何が意味不明って、何の脈絡もなく拍手された挙句、満面の笑顔で「おめでとう」とかわけがわからない。
 加えて、相手はあの射命丸文である。
 あくの強い幻想郷のメンバーの中においてなお油断ならねぇ鴉天狗が、何の意味もなくこんなことをするとは思えないわけで。
 周りをよく見渡して見ると、居候している幻想郷メンバーが全員でこちらに向けて拍手してた。
 なおのこと意味がわからねぇ。
 そんなわけで、銀時は深いため息をひとつ。
 そしてそのまま気だるげな視線を彼女たちに向け。

 「……何、なんか変なもんでも食った?」
 「違いますっ!!」

 そんな失礼なことをのたまって、案の定ながら全力で否定された。
 今日も今日とて、ここよろず屋は相変わらずの騒がしさなのである。



 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第六十五話「私とあなたと彼と彼女とあいつとこいつとそいつにありがとう……って、それもう皆にありがとうでよくね?」■





 「銀幕デビュー?」
 「そうですよ。せかっくお祝いしようかと思ったのに、銀さんったらあんなこというんですもの」

 すっかり拗ねてしまった文の言葉に、ようやく合点がいったらしい銀時は「あー」と今更のように声をこぼした。
 しかし、申し訳なさそうな素振りもせず、あいも変わらない気だるげな表情のままの銀時は、がりがりと後頭部を掻きながらため息をつく。

 「オメェ、それいつの話だよ。ずいぶんと前の話じゃねーか。もうとっくに劇場公開期間終了してんだよコノヤロー」
 「しょうがないじゃないですか。大人の事情です」
 「大人の事情じゃなくて、ただ単に作者の都合だっただけじゃねーか」
 「そこはほら、まぁ置いておきまして」

 物を置くようなジェスチャーの後、コホンとひとつ咳払い。
 相変わらずいまいち信用ならないにこやか笑顔に変わり、鴉天狗の少女はポンッと手のひらを打ち合わせる。
 こういうとき、決まって彼女は何かろくでもない提案を言葉にするのだから困りものである。

 「実はですね」
 「キャンセルで」
 「……まだ何も言ってないじゃないですか」
 「どーせお前のこったから碌でもねー話なんだろーが。お前がそう言っていいことが起こったためしがねぇんだよ。
 自分の胸に手を当てて聞いてみ? 中二病を抱えてたあの頃を思い出して憂鬱になる社会人の気分になるから」
 「ドンだけ人の事を迷惑がってんですか!!? 終いには泣きますよ!!?」
 「おう泣いとけ。お前さんのカメラでそのあられもない泣き顔納めてやるから」
 「あらやだ、台詞だけ聞くと犯されてるみたい。と、冗談はさておきまして」

 はぁっと小さくため息をつく文。
 いつもどおりに取り付くしまもないというか、やる気のかけらも見せないというか。
 今日も今日とて駄目人間代表とも言うべき男は、ジャンプを片手にゴロゴロとソファーでくつろいでいる。
 天子やフラン達は新八と神楽とで映画の話に花を咲かせているというのに、この男ときたらこんな調子なのだ。
 まぁ、いつもどおりといえばそうなのではあるが、それだけじゃ納得できない心の不思議。

 「まじめな話、銀さんに会ってもらいたい子がいるんですよ」
 「え、何、合コン?」
 「いや、違いますから。ていうか、何でそんなに食いつき早いんですか。私の後輩ですよ、後輩」
 「……後輩?」

 怪訝な表情で文に視線を向ける銀時。
 どうやら話は聞いてもらえるようで内心ほっとしながら、にこやかな笑顔で言葉を続ける。

 「銀幕デビューを果たした銀さんにぜひとも取材をしたいと、お芋頬張りながら多分そんなこと言ってました!」
 「とてつもなくいい加減且つ曖昧なんですけどぉぉぉ!!? オメェそれどうでもよさ気な空気丸出しじゃねぇかぁぁぁぁ!!?
 本心が透けて見えるんですけどもッ!!? お芋にばかり心動いてるの丸分かりですけどその後輩!?」
 「そんな事ありません。お芋ウマーって満面の笑顔でしたし!」
 「どうでもいいんじゃねぇかぁぁぁぁ!! お前、それこっちの事かけらも興味ないの丸分かりだよ!? 世の中の嘘発見器とか読心術とか要らないくらいに態度に出てんだけどっ!!?」
 「会ってもらえませんか?」
 「会うわけねぇだろーがっ!! どんなにかわいい子だったとしても絶対に会いにいかねーかんな、銀さんは!!」

 ドきっぱりと断る銀時に、文は「えぇ!!?」と大仰に驚いてみせる。
 まぁ、先ほどの話を聞けば銀時の気持ちもわからなくもないのだが、そんな事にはかまいもせずに、この鴉天狗はニィッと笑い。

 「ちなみに、幻想郷で有名な蕎麦屋で食事奢るとも言ってるんですが?」
 「是非ッ、お願いします!!」
 「ってお願いすんのかいィィィィ!!?」

 奢りという二文字にあっさりと態度を変えた駄目人間に、新八のツッコミが飛来するのであった。マル。



 ▼



 幻想郷の人里の角にある隠れた名店がある。
 人一倍頑固で危険でデンジャーでクレイジーな店主が経営するその店は、人々や妖怪の間でも噂になるほどだ。
 しかし、その店主には黒い噂が絶えず、蒼い炎を操るだとか、時折血に狂って暴走するだとか、上位の妖怪にすら匹敵するとか、レディースヤンキーな衣装でスクーターを乗り回すだとか。
 とにもかくにも嘘か本当かわからない噂もあってか、その店には度胸のある人物以外にはなかなか訪れないため、隠れた名店という扱いになってしまったのである。

 その名は、蕎麦処『八神庵』。

 「喰え、啜れ、そして死ねぇッ!!」がキャッチフレーズの、何かが色々間違いまくったその店の席で、坂田銀時と射命丸文はのんびりと座って後輩の登場を持っている。

 「まだこねぇのかよ、お前さんの言う後輩」
 「うーん、そろそろじゃないかしら?」
 「もうそれ何回目だよ。何時になったら来るんだよ、お前の後輩。なんかね、ここの店主が殺気混じりに睨み付けて来るんですけども。心臓に悪いんですけども。
 ていうか何だよアイツ。明らかに店主として間違ってるよ。なんだよ赤毛で切れ目で殺気撒き散らす店主って。一回客商売勉強して来いよコノヤロー」
 「フンっ! 俺は蕎麦処『八神庵』の店主である前に一人のバンドマンだ!」
 「やべーよ聞こえてたよ。つーか今バンドマンって言ったよ。何でそんなやつが蕎麦屋なんて経営してんだよ。おとなしくバンドしてろよ、ギター掻き鳴らしてろよチクショー」

 ものすごく客商売に向いていない店主に愚痴りつつ、銀時は小さくため息をこぼす。
 そんな彼の様子に文が苦笑していると、店の暖簾をくぐって一人の少女が入店した。
 ややウェーブの掛かった腰ほどまである栗色の髪は、紫のリボンでツインテールに。
 襟に紫のフリルが付いた短袖ブラウスに黒のスクエアタイ、同色のハイソックスに黒と紫の市松模様のスカートという出で立ちの少女は、文たちの姿を見つけると大きく手を振った。
 相変わらず元気のいいことでと苦笑する文の元に、件の少女は小走りに近づいてくる。
 やたらでっかいリュックサックが目に付いたが、文はそんなものないかのように振舞いつつニヤニヤと笑っている。

 「ゴメーン、準備してたら遅くなってさー」
 「まったく、次は気をつけなさいよ。ほら、隣に座ってるのがこの前話した坂田銀時よ」
 「ほほーう」

 興味深そうにジロジロと嘗め回すような視線を向ける少女に、銀時は居心地の悪さを感じながらジト目で彼女を睨み付けている。
 そんな彼の様子があまりにもらしかったからか、隣に座る文はくすくすとどこかおかしそうだ。
 やがて、気が済んだらしい少女は腕を組み、ムーッと気難しそうな表情のまま一言。

 「冴えない顔よね」

 情け容赦ない台詞を口走りやがったのであった。マル。

 「え、いきなりなんなのこの子。人の顔ジロジロ見るなり冴えないとか失礼にもほどがあるんですけど」
 「だって、本当のことでしょー。特にその目、死んだ魚みたいな目しちゃってさぁー」
 「いいんだよ、いざって時はきらめくから。本気出したら輝くから」
 「それ、本気出したら働くって口走るニートの理論じゃないの。信用のかけらもないし」

 ムッと見つめあう(睨み合う)少女と銀時。その横で文が笑いを必死にこらえてプルプル震えているのには気づかない男と女。
 文面だけ見るとロマンチックっぽいけど、実はまったくもってそんなこたぁねぇこの不思議。

 「はたて、本当のことよ。銀さんっていざという時は目を輝かせてビーム撃つから」
 「マジで!? すげぇ!!?」
 「ブンブン、俺ロボット? おめぇさんの頭の中で俺は鉄の城的なロボットになってんの?」
 「ね、ね、ビーム出してよ! 目からビームなんてロマンだわ!」
 「いや、出ないから。銀さんそこまで人間やめてないっつーの。そういうのは新八に頼め。あいつは眼鏡からビームが出る」

 惚れ惚れするような大嘘だった。
 もれなく少女の中で新八は眼鏡からビームを放つ的な何かと認識されたらしく、夢見る少年のごとく目をキラキラと輝かせるそのさまは信じて疑ってすらいない。
 文が指摘しようとして、やっぱり面白そうだからいいやと口を閉ざす。銀時も銀時ならこの鴉天狗も大概なのであった。

 「ほら、初対面なんだから挨拶なさい。新聞記者としての基本でしょ?」
 「おっと、私としたことが迂闊だったわ」

 もっとも、話が一向に進まないのはいただけない。このまま促さなければ本題に入るのはいつになるやら。
 そんなわけで、文が先輩の務めと促してやれば、ようやく自己紹介もしていないことに気がついたか少女はにこやかに笑って、あらためて銀時へと向き直った。
 自信に満ちた、前へと進もうという意思が感じられるような、力強い表情で。

 「花果子念報の新聞記者、姫海棠はたて。よろしくね、坂田銀時」

 これが、後々まで長い付き合いとなる新たな鴉天狗の少女との邂逅である。



 ▼



 さて、それからの話はそうたいそうなものでもない。
 はたてが質問し、銀時が答えるというシンプルな時間が続き、気がつけば夕方という頃合になっていた。
 そんな長い時間、文はというと二人の会話にニヤニヤとしながら耳を傾け、隙があれば茶化して場を混乱させたりとやりたい放題だった。

 「もう、文のせいであんまりインタビューできなかったじゃない! ライバルだからって邪魔するなんて卑怯だわ!」
 「あら、私はあなたのことをライバルだなんて認めたことなんてないんだけどねぇ」
 「何よ、私と同じ弱小新聞のくせに」
 「回りの評価なんて知らないわ。私は私のやりたいようにやってるだけよ」

 とまぁ、口を挟めばこんな感じである。
 仲が悪いのかと思えば、どうにもそういう風には感じられない。
 お互い、こんな喧嘩としか思えない会話を楽しんでいるような、そんな雰囲気を感じるのだ。
 文なんて口ではああ言っているが、その表情は親しい人物に向けるやさしいもの。
 ライバルだと認めてもいるし、また友人だと認めている証拠なのだろう。
 口ではこんなことを言うあたり、どこかひねくれている彼女らしいと銀時は思う。
 まぁ、それはそれ。彼には今現在まだやるべきことが残っていた。

 「すんませーん、チョコレートパフェくださーい」
 「ま、まだ食べるのあんた!? ていうか、蕎麦屋でパフェ!!?」

 それすなわち、数日間の空腹を満たす食事である。
 恐る恐る財布の中身を確認するはたてのことなどお構いなしに注文するあたり、この男も容赦ねぇのであった。
 もっとも、パフェの注文は「蕎麦屋にパフェなどあるかッ!!」という店主の言葉で一刀両断にされたが。

 「あの、もう勘弁してください。お金がもうないんです」
 「しょーがねぇ。パフェもねぇみたいだし、帰るかブンブン」

 そういいながら席を立ち、三人は勘定を払うと店を出た。

 夕焼けが空を染め、紅葉の並木道もあってかずいぶんと風流だ。
 さらさらと涼しげな風が流れ、頬を撫でて行く。サクサクと土を踏み、三人の足音は人里のはずれで季節の中で音を立てていた。
 後ろでは、二人の鴉天狗が親しげに会話を交えている。
 長い付き合いになるが、文にこんなにも仲のいい友人がいるとは思いもよらなかった銀時は、どこか感慨深げな表情をさらしている。
 こう、娘に初めて友達ができた父親のような気分。とてつもなく失礼な話ではあるのだが、そう思ってしまったのだから仕方がない。
 そこでふと、疑問がひとつ脳裏をよぎる。
 すでに人里の中頃。もうそろそろこの世界とよろず屋を繋いでいる場所(タンス)にたどり着くころだ。
 人里の出口への道はとっくに通り過ぎてしまったし、だとするといつまでもあの鴉天狗の少女がこちらにいる理由がわからない。
 無論、見送りという可能性もあるにはあるのだが、なにやら先ほどから気になっている大きなリュックサックがどうにも不安をあおる。

 「ところでほたて、オメェどこまでついてくんの?」
 「誰がホタテだコラ。……って、あれ? もしかして文から聞いてないの?」

 一瞬妙なあだ名つけられて激昂しかけたはたてだったが、その言葉の意味に気がついて、はてと首をかしげた。
 ギギギィッと、錆びた鉄のような音を響かせながら銀時の首が文に向く。
 そこにはまぁ、なんということでしょう。これでもかと言わんばかりにものすごくイイ笑顔をした射命丸文が親指をぐっと立てていた。
 少なくとも、とてつもなく腹立たしかったことは明記しておかねばなるまい。

 「ブンブン、どういうこと?」
 「いやですねぇ、なんでも宴会のときにあの子、上司の大天狗の頭を加減間違えてド突き倒しちゃったらしくてー」
 「しばらく追い出されちゃいましたー♪」

 イエーイと手を打ち合わせる鴉天狗(バカ)二人。
 え、つまり何それ? もしかしてもしかするの? などといういやーな予感を肯定するように、よく見たらリュックから寝袋の一部がはみ出してらっしゃる。
 だらだら冷や汗が流れ出る。ただでさえ今の状態でご近所様から嫌な噂を立てられているというのに、これ以上女の子の居候が増えたらどうなるやら。
 考えるだけに恐ろしい。布団が足りないという理由も、寝袋完備ならもはや何の障害にもなりはしない。

 「つまり、何。家に泊めろって?」
 「さすが銀さん、お察しのとおり。無理を承知で頼みたいのだけど……駄目かしら?」
 「駄目つったってなぁ」

 というか、はじめから拒否権なんてないようなもんじゃなかろうか。
 何しろ二人とも鴉天狗。しかも新聞記者ときたもんだ。
 もしもここで断ろうものなら、なにやらいらんことを捏造されて新聞にされないとも限らないわけで。
 それに何より、さすがに女の子を知らん振りして野宿させるのも気が引けてしまうわけで。
 普段はぐうたらで怠け者でやる気のない男ではあるが、なんだかんだといって根は善人なのである。
 多分、きっと。

 「わーったよ。ただし、家の仕事手伝ってもらうかんな。覚悟しとけよ」
 「ふふん、このはたてにかかればそんなのお茶の子さいさいよ。大船に乗った気持ちでいなさい」
 「よーし、その意気だほたて。頑張れほたて。……あれ、よくよく考えりゃお前さんの名前うまそうじゃね?」
 「はたてだって言ってんでしょうが!? ていうか、あんたワザと言ってるでしょ!?」

 ムキーと悔しがる少女を適当にあしらいながら、内心ため息つきつつもやれやれと肩をすくめる。
 果たして、その呆れは目の前の少女に対してか、なんだかんだと甘い自分にか。
 隣で文がくすくすとおかしそうに笑っていたが、それが面白くなくて銀時はムスッとした表情のままズカズカと道を行く。
 内心、新八やほかの連中になんて説明しようかと思考して、めんどくさいから適当でいいやとあっさり結論付ける。

 そんなわけで、よろず屋に帰ったらまたひと悶着あったりするのだが、それはまた別のお話なのである。



 ■あとがき■

 皆さん、今回の話はいかがだったでしょうか?
 今回はダブルスポイラーから姫海棠はたてが登場です。
 何気に、一番好きなキャラクターだったりします。そんなわけで居候がまた一人増えることになりました。
 正直、銀さんを書くのが久しぶりすぎてうまく表現できてるのか果てしなく不安ですが、楽しんでいただけたら幸いです。

 さて今回の話で出た蕎麦処『八神庵』。元ネタわかる人いるか正直不安ですが、わかった方がいたのなら、クスッと笑っていただけると幸いです。
 正直、元ネタが古すぎてわかる人が少ない気もしますけど^^;
 ……あの頃のSNKは楽しかったなぁ。BOFしかり、草薙家の一族しかり……。

 それでは、今回はこの辺で。
 ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第六十六話「虫けらのように愛し……いえ、やっぱ人並みに愛してください」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:a162acf6
Date: 2010/08/22 11:46
 ※下ネタ少し多めなのでご注意ください。





 「ふぅ」

 疲れを乗せるように一息ついた少女は、今まで手入れしていた機械をまじまじと眺める。
 やがてどこにも異常がないことを確認し、少女は満足そうにうんうんと頷いたのだった。

 「ふふ、さっすが私。しばらく機械には触ってなかったけど、腕はなまっちゃいないわね」
 「お疲れ様、夢美ちゃん。助かったよ」
 「このぐらいお安い御用よ。なんにしても仕事だからね、やるからにはキッチリやるわ」

 ふふんと得意げに語る少女の視線の先には、まだ年若い男性の姿がそこにある。
 真選組密偵、ジミーこと山崎退である。
 ここは真選組屯所の一室。機械修理の仕事を始めた少女―――岡崎夢美は、工具を手馴れた様子で直していく。
 元々、彼女は齢18にして教授という立場にあり、平行世界航行船を作り出した紛れもない天才である。
 このくらいの修理は朝飯前であったし、何より自分たちの世界とはまったく違う歴史を歩むこの世界の技術にも興味があったから、ある意味ではこれ以上にないくらいの都合のいい仕事だったのだ。
 助手のちゆりも今はコンビニでバイトしているし、いつまでも研究ばかりに時間は費やせない。
 そんなわけで始めた機械関係の修理家業ではあったが、これが中々好調のようす。
 まだなんともいえない段階だが、この分なら修理できない……なんてことはなさそうである。

 「それで、局長さんはどこにいったの? そろそろ報酬の話をしたいんだけど」

 コキコキと固まった肩をならしながら、山崎に問いかける夢美。
 何しろ、備え付けられたヒーターをすべて修理して回ったのである。そりゃあ肩もこるものだろう。
 まだまだ秋の季節とはいえ、そろそろ寒くなってくる時期だ。そのために、ここの局長である近藤勲から仕事を依頼されたというのに、その本人をさっきから見ていない。
 仕事にでも出かけたのだろうかと首をかしげていると、なぜか目の前の青年は盛大なため息をひとつつき。

 「あぁ、局長ならねぇ……たぶんあそこじゃないかな」

 なんだか、心底疲れきったため息とともにとんでもなく投げやりな言葉をつむいだのであった。





 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第六十六話「虫けらのように愛し……いえ、やっぱ人並みに愛してください」■





 そうして、案内された場所は多少寂れた様子の、しかし立派な道場のある一軒家だった。
 剣術がだんだんと廃れていくこの時代を象徴するかのように、どこか物悲しさを覚えるその建物の前で、岡崎夢美と山崎退は佇んでいる。
 ふぅんっと、まじまじとその建物を眺めながら、彼女は隣にいる青年に言葉をかけた。

 「ここ、あの局長さんの家?」
 「いや、そんなことないよ。でもまぁ、まったくかかわりがないわけじゃないけど」

 どこか困ったように言葉を返しつつ、ピンポーンとインターホンをならす武装警察。
 なにやら含みのある言い方に疑問を覚えた夢美だったが、まぁそこはそれ。今の状態でわかるはずもないこと考えても仕方がない。
 そんなわけで思考を打ち切っていると、インターホンから女性の声が聞こえてきた。

 『はい、どちらさまでしょう?』
 「あ、すみません姐さん。ウチのバカ来てませんかね?」

 ……今、なんか上司に向けるにあるまじき言葉が聞こえた気がする。
 このまじめそうな青年がそんなことを言うとは思わず、思わず我が耳を疑ってしまう夢美だったが。

 『あぁ、ゴリラね。ゴリラなら庭に落ちてると思うわ』
 「あ、そうっすか。いつもすみませんね、うちの局ちょ……バカが」
 「え、何この会話」

 あんまりにもあんまりな会話に思わずツッコミがついて出た。
 いやだって、ゴリラだのバカだの局長といいかけてやっぱりバカだのと、もはや上司にも親しい知人にも向けるものではない言葉の羅列。
 ていうか、落ちてるってどういうことだよ。意味わかんねぇ。
 そんな疑問渦巻く夢美をつれて、山崎は門をくぐって中に入っていく。
 玄関へと続く道から離れ、広大な庭のほうへ移動しながら歩いていると―――こう、なんというか一般的な庭にはあるはずのない大穴が開いていた。

 「あぁ、やっぱりここか」
 「え、どういうこと?」
 「見ればわかるよ」

 なにやら慣れきった言動にどこか疲れがにじみ出ているのは、果たして気のせいだったのか。
 山崎に連れられて、意味がわからぬままに大穴へと足を進める岡崎夢美。
 あぁ、そこにはなんということか。竹槍の見える底に落ちまいと、必死に両手両足で踏ん張る真選組局長がそこにいた。

 「ふふふ、落ち着け、落ち着くんだ勲。これはお妙さんの照れ隠しに違いないんだ勲。
 だからネガティブなことを考えるな勲。ちょっとでもネガティブなことを考えてみろ勲。あのバーゲンダッシュの二の舞勲ぉぉぉぉ」

 確かに、落ちてた。文字通り落ちてた。明らかに殺す気マンマンの竹槍ゾーン付の落とし穴に。
 思わず絶句。思考がうまく回らない中、本当ならあわてるべき場面で隣の青年はやたら冷静だった。

 「やっぱり、またここですか局長」
 「え、またってどういうこと?」
 「そ、その声はザキ!? 山崎と岡崎教授かぁぁぁぁ!? チクショォォォ!! なんだよぉぉぉ!!
 よりにもよってこの絶望的な状況で死の呪文みたいな奴等がダブルで助けにきやがったぁぁぁぁ!!?」
 「局長、じゃあちょっとザオラルさん呼んできますね」
 「スンマセェェェェン!! ザラキ君じゃなくてよかったから!!? 剣八君じゃなくてよかったから、せめてザオリクさんでお願いします勲ぉぉ!!?」
 「もしもし、ちゆり? ちょっと携帯コンクリ製造機あったでしょ? あれ持ってきてくれる? ちょっと穴を埋め立てるから。ゴリラごと」
 「え、あれ、ちょっと、うそ? 夢美ちゃんのほうから何か不吉な言葉が聞こえるんだけど? 嘘だよね? 嘘だと言ってよ教授ぅぅぅぅぅぅ!!?」

 穴から聞こえるゴリラこと近藤勲の悲鳴もなんのその、二人そろって盛大にため息をついた山崎と夢美は、穴のなかの真選組局長に視線を落とす。
 はたして、この状況はどこからどうツッコミを入れるべきなのか。そも、どうしてこんな状況になっているのかが皆目見当もつきやしない。

 「局長、もういい加減姐さんをストーキングするのやめましょうよ。俺、そろそろ局長がストーカーしてるのどうかと思うんですけど」
 「違うからね!? 断じて俺はストーカーじゃないからね!? ただ俺はしつこくてねちっこくて陰湿でシャイな愛のハンターなんだ!!」
 「いや、それをストーカーって言うんでしょうが」

 なんか、ようやく納得した。いや、納得せざる終えなくなったというべきか。
 そりゃ、みんな言葉も刺々しくもなるってもんだろう。よりにもよって、みんなを率いるべき人物が堂々とストーカー宣言である。
 この落とし穴もまぁやりすぎな気がしないでもないんだけど、それ以上にこのゴリラ似の局長は逞しくしぶとそうなんで丁度いいのだろう。

 「と、ところで、そろそろ助けてくれ死の呪文共。俺の腕と足がね、生まれたてのゴリラのごとくプルプル震えてんだよぉぉぉ」
 「いや、そこは鹿でしょ」
 「いや、間違ってないからね? 意味合い的には間違ってないからね? 誰しも生まれたてのときは不安じゃんっていうか、ヤバイ……落ちる。ついでに実が出るぅぅぅ。ウンってつくのが溢れ出るぅぅ」
 「もういっそ、そのまま落ちればいいのに」

 夢美だって年頃の少女だ。むしろ、女性だからこそ嫌悪感も人一倍だし、その山崎の言う「姐さん」という人物に同情すら覚えてしまう。
 ストーカーにいい印象を抱けるはずもなく、けれども、かといってこのまま放置しておくのもさすがにどうかと思うわけで。
 はぁ、とため息をひとつつき、しょうがないかと助けようとした刹那。

 ふと、大きな影が彼女たちを覆った。

 突然影が差してあたりが暗くなり、なんだろうと夢美は空を見上げた。
 そして目に映ったのは、視界いっぱいに広がった要石の底。
 「はい?」と間の抜けた声をこぼす暇もつかの間、それはまっすぐに猛スピードで落下して。

 ズドォォォォォォォォォォン!!

 『あ』

 近藤が落下してた穴の真上に、ものの見事に轟音を立てて着地した。
 二人が呆然と、その落下してきた巨大な要石に視線を向けると、その真上に一人の少女が得意気に腕を組んで佇んでいる。
 長く煌びやかな蒼い髪を靡かせて、赤色の瞳を輝かせながら少女は高らかに声を上げた。

 「衣玖ー、遊びに来たわよー!!」

 少女の名は比那名居天子。唯我独尊を地で行く天界のわがままお嬢様である。
 一方、ザキコンビは先ほどから微動だにしない。何しろ、先ほどの振動は体が一瞬宙に浮くほどの衝撃だったのだ。
 はたして、そんな衝撃を受けて手足の限界が訪れていた近藤が耐えられるのか。
 最悪の未来を予想して固まる二人。そしてそんな二人に今頃気がついたのか、蒼い顔をしている二人を不思議そうに見つめている不良天人。
 どのくらい時間がたったころだろうか。先ほどの衝撃を聞きつけて、お妙さんと永江衣玖が庭に姿を見せた頃。

 「きょ、局長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

 山崎の悲鳴にも似た絶叫が、あたりにこだましたのであった。



 ▼



 ところ変わり、志村邸の居間。
 そこで先ほどのメンバーが集まっており、山崎と夢美の視線の先には、にこやかに笑う女性の姿。
 志村妙。それがこの家と、そして道場を切り盛りする女性の名であった。

 「すいませんね、姐さん。うちの局長がまた迷惑をかけて」
 「いいえ、いいのよ。大事に至らなくてよかったわ」

 頭を下げる山崎に、お妙はにこやかに笑いながらお茶を用意していく。
 そんな慣れたやり取りを繰り広げる二人を視界に納め、夢美はチラリと隣に座る近藤勲に視線を向けた。
 頭に竹槍がぶっささってた。もうこれでもかと言うぐらいにドッピュドッピュと血を噴出しながら軽快に笑う真選組局長。
 ……これ、大事じゃないんだ。と思った夢美は決して悪くないと断言したい。
 でも仕方ないのである。この程度の怪我、割と日常茶飯事だったりするのだし。

 「本当、ゴリラも懲りないわよねぇ」
 「仕方がありませんよ総領娘様、ゴリラさんですから」
 「まぁね、ゴリラだもんねぇ」
 「あの、二人とも。そんな露骨にゴリラ扱いされると、さすがに俺もへこむんだけど」

 そして容赦ない天界二人組。天子は相変わらずニヤニヤと楽しそうだし、衣玖はもの静かな表情のまま緑茶を一口。
 顔を真っ赤にしながらへこむゴリラこと真選組局長。無論、顔が真っ赤なのは恥ずかしさとかではなく、頭から流れてくる血のせいである。

 「お妙さんもさー、少しぐらい脈有りぐらいの気配見せてあげてもいいんじゃない? せめてさー、ほら、虫けらぐらいには」
 「あれ!? 傍目から見たらお妙さんの俺に対する扱いって虫けら以下!!?」
 「今更気づいたんですか、局長」

 そしてこの密偵、上司に対するツッコミが容赦ねぇのである。
 まったく、そこは上司としてゲンコツのひとつでもするところでしょうにと呆れつつ、お妙から差し出されたお茶をずずーっと一口。
 そんな中、天子たちの物言いに優しく微笑みながら、「そうね」とお妙は言葉にし。

 「その位ならいいかもしれないわねー」
 「って、目の前で雑巾の絞り汁お茶に入れられたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 相変わらず容赦しなかった。いったいどの変が脈有りの態度なのかぜひとも問いただしたい。
 ジョバジョバと雑巾から絞られる灰色の水が、緑茶の中に混入されて見る見るうちに危ない色に変色していく。
 近藤の絶叫も無理らしからぬことだろう。精神的にいろいろとショックすぎる。

 「はい、どうぞ近藤さん」
 「そしてそれを笑顔のまま差し出されたぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
 「……ねぇ、山崎って言ったっけ。あの人、いつもあんな感じなの?」
 「姐さんはいつもあんなんですよ」

 「そっかー」とどこか遠い目をして納得する教授。果たして、それを責めることができる人物が世の中にどれだけ居ることやら。
 なんというか、ストーカー嫌疑が発覚してからは嫌悪感でいっぱいだった近藤のことを、今では哀れみすら抱いてしまいそうな気分だった。
 いや、だってなんというか、これはその……無残すぎる。いろんな意味で。
 そんな感じで哀れみを抱いた瞬間、何か迷っていた表情の近藤が、キッと覚悟を決めたような表情になる。
 戦場を行くことを決めた男のような、これから負けられない何かに挑む前の誰かのような。
 そんな、決意に満ちた表情で。

 「お妙さん、俺は確かに不器用で馬鹿でゴリラかもしれん。だが、……だが!! 俺がお妙さんに向けるこの思いだけは、愛情だけは!!
 誤魔化すことのできない、誤魔化したくはない俺自身の気持ちだ。だから、これが虫けら程度の愛情表現だったとしても俺は、俺はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 近藤(ゴリラ)は、そのお茶を、飲み干した。
 まるでその様はビール瓶を一気飲みするサラリーマンのごとく、しかしその覚悟たるや死地に赴く戦士のソレだ。
 その男にそこまでさせるものとは、いったいなんだったのか。
 男は、笑った。
 どこかやりきったような、晴れやかな表情。それはまるで、悟りを開いた僧侶のようだ。

 「お妙さん」

 穏やかな声だった。
 とてもやさしく、聞くものが安心してしまうような、そんな暖かさを持った声。
 誰もが、彼のその様子に目を丸くした。何が起こったのかと、思わずそう勘繰ってしまう位に。
 男は紡ぐ。満干の思いを、ありのままの思いを紡ぎ。

 「やっぱ、人並みに愛してください……」

 ビターンと、直立のまま後ろにぶっ倒れた。

 「局長ぉぉぉぉ!!? いくらなんでも無理があるでしょうがぁぁぁぁ!!」
 「ザ、ザキ……ちょっと、トイレつれってってくれ。お、お腹がギュルギュルいってんの。茶色い何かが今にも産声をあげうごごごごごごご、も、もう出るぅ!?」
 「だぁぁもう、ウザイよダリィよメンドクセーよ局長ぉぉぉぉ!!」

 ぎゃーギャーと騒がしくなる居間。他のメンバーは我かんせずを貫くようで、暢気にお茶を楽しんでいるし、夢美もそれに習ってずるずるとお茶を一口。
 苦い味わいを楽しみながら、ふと、今更のように彼女は思案した。

 「……あれ、そういえば私なんでここに来たんだっけ?」
 「ザキィィィィィ!!? 産まれるぅ!! 茶色いアンチキショウが産まれたてのゴリラぁぁぁぁぁぁ!!?」
 「だぁぁぁぁもう、うるせぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 疑問の声も、真選組二人の声にかき消されていく。
 結局、彼女が本来の目的を思い出したのは、これより一時間ほど後、近藤勲が人としての大事な何かを無くしてしまった後のことであった。



 ■あとがき■
 どうも、作者です。
 ギャグメインの話になりましたが、今回の話はいかがだったでしょうか?
 近藤さんのギャグ話にすると、どうにもこんな感じになってしまうのが自分の力不足を感じます。
 いやまぁ、原作でもギャグのときは大体報われない人なんですけど、やりすぎてないかかなり心配です。あと、下ネタも多かったかなぁとちょっと反省中。
 不快になられた方がいらしたなら今のうちに謝罪します。本当にすみません。

 それでは、今回はこの辺で。
 皆さん、暑い日が続きますが、熱中症にはお気をつけください。
 ではでは、健康にはお気をつけて。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第六十七話「空舞う天狗の突撃取材にゃ気をつけろ!」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:a162acf6
Date: 2010/08/24 15:31


 「というわけで、今日からよっろしくお願いしマース!」

 紡がれた少女の言葉はこれでもかというほどに晴れやかであった。
 一方、対峙する二人の女性―――お登勢とキャサリンは、物凄い冷め切った表情をのぞかせておいでである。

 「……腐ってるね」
 「腐ッテマスネ」

 言葉をこぼすと共に向けられた冷め切った視線の先には、ジャンプを片手にソファーで横になる坂田銀時の姿があるわけで。

 「ちょいと銀時、こりゃどういうことだい。どこでこさえて来たのさ、この娘っ子」
 「ソノ通リデス。オメェドンダケ女居候サセレバ気ガスムンダヨ、コノクソボケガ」
 「うるせーよ化け物共。しょうがねーだろーが、居候させてくれーって言うんだからよー」
 「だとしてもねぇ、限度ってもんがあるだろう。これで何人目だい?」

 ため息をつきながら、お登勢はあたりに視線を向ける。
 一番初めに居候をはじめた神楽はまだいいとして、幻想郷から帰ってきてからどんどんと増えていく居候。
 文、鈴仙、フランドール、阿求。阿求が帰ったかと思えば今度は天子が居候を始め、そして昨日からこのはたてという少女も居候を始めたとか。
 加えて、幻想郷からわりと毎日誰かが訪れるんで、この家の女性比率はトンでもねぇことになりつつあるのであった。

 「マッタク、オ前コレハーレムッテ言ウンダヨ。マサカ、夜ナ夜ナ『オ楽シミ』ジャナイダローナ、手ヲ出シテンダロ、コノロリコンガッ!!」
 「出すわけねーだろーが。その瞬間に俺の命が物理的にも社会的にも消滅するわ。お前いっぺんこいつらが戦ってるとこ見てみ?
 ド○ゴ○ボールとかブ○ーチとかのトンでもバトル見てる気分になるから」
 「いやいやいや、私をそこと同列にしないで」

 銀時の言葉にフルフルと否定を入れる鈴仙。
 何しろ、ここにいる幻想郷メンバーで他と劣るのははたてを除けば鈴仙のみ。
 フランドールは言わずもがな、天子だって他とは隔絶した実力の持ち主だし、文にいたっては千年を生きている大妖怪と数えられてもおかしくない古参である。
 やはり、そういった別格たちと比べると鈴仙はどうしても劣る。
 もっとも、本人は自身を過小評価しすぎることもあり、劣るといっても十分な猛者であることに変わりはなかったりするのだが、それはさておき。

 「はたて、そろそろ行くわよ」
 「あ、ちょっと待っちなさいよ文!?」

 窓から身を乗り出した文がはたてに声をかけ、慌てて彼女は先輩でもあり友人でもあり、そしてライバルでもある文に駆け寄った。
 二人の手には愛用のカメラが握られており、これからいつもどおり取材へと旅立つのだろうことが伺えた。

 「そんなわけで、銀さんいってきまーす!!」
 「お土産期待してなさいよー、銀髪ー!!」
 「おーおー、行って来い。人様に迷惑かけんなよー、知らない人についていくんじゃねーぞー、お菓子挙げるとか言われてもついて行っちゃ駄目だかんなー」
 『私たちは子供かッ!!』

 鴉天狗二人のツッコミを適当にあしらいつつ、再びジャンプを読み始める駄目人間。
 ギャーギャーと騒がしくなるその光景を視界に納め、お登勢は小さくため息をつく。
 結局はいつもどおり。駄目人間の癖して変なとこで律儀なこの男のことだ。変な間違いは犯すまい。
 そうこう思案しているうちに、鴉天狗の少女たちは窓から外へと飛び出した。
 黒い羽がひらひらと舞い、人影が見る見るうちに小さくなる。
 その光景を見て、お登勢は改めて少女たちが人ではないのだと思い知らされる。
 もっとも、このお登勢という女性にとってしてみれば、人であるかそうでないかなど、取るに足らない瑣末ごとでしかないのだが。








 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第六十七話「空舞う天狗の突撃取材にゃ気をつけろ!」■








 「はたて、あなたは私たち妖怪が何故この世界で存在できるかわかる?」

 文は時々、とても難しいことを言うなぁと、はたては思う。
 空に聳えるような大きな建物の屋根の上で、鴉天狗の少女は風を受けながら眼下の町並みを眺めている。
 幻想郷の人里とは比べ物にならない広大な町並み。江戸時代のまま科学が発達し、本来の歴史からは大きく外れてしまった世界。
 そんな世界で、彼女は、射命丸文は問う。
 なぜ、幻想である彼女たち妖怪や天人が平然と存在しえるのか。
 幻想郷の外の世界であれば、彼女たち幻想の生き物たちは力を失い、瞬く間に消え去ってしまうだろう。
 だが、ここにはそれがない。
 外の世界と同じように科学が発達し、妖怪たちが忘れ去られているこの世界でも、彼女たちはここでも平然と存在を許されている。
 それは何故か。考えては見たものの、突然問われて答えが即座に出るはずもない。
 そんなはたての様子に苦笑して、文はツンッと彼女の額をつつく。

 「答えはね、この世界が幻想を許容するからよ。本来、私たち妖怪は人間が認識しないことには存在できない不安定な生き物だわ。
 力は強く、超常的な力を使い、人々から恐れられることで力をつける。逆に、人々から忘れ去られれば力は衰え、衰弱し、やがて―――」

 こぶしを握り、そして弾くように掌を広げた。
 その動作の意味するところは、考えるまでもなくはたてにも理解できた。

 すなわち、―――消滅である。

 「でも、ここは違うわ。世界が変われば、私もあなたも、そしておそらくはあの八雲紫でさえも、その世界の理に縛られる。
 多分だけど、この世界は現実と幻想が交じり合っているのよ。本来歩むべきはずだった道筋から外れた歴史は、それだけで幻想を内包する。
 私たちの……幻想郷の外の世界が本来歩むべき歴史の道筋であったのなら、その道筋から外れてしまったこの世界はすでに幻想そのものよ。
 この世界がすでに幻想であるからこそ、私たち妖怪という幻想の生物が何不自由なく生活できる。
 外の世界でそうだったからといって、この世界でもそうであるとは限らない。
 あの世界では人々から忘れ去られれば消え去ってしまう妖怪達も、この世界ならば忘れ去られようと生きていける。
 ある意味では、当然なのよ。世界が変われば理も変わる。理が変われば、妖怪や人の在り方が変わるのもまた道理。
 私たち異世界の妖怪が、こちらの世界の理に適合させられるのも、ある意味では必然だったのか」

 まるで独白のような言葉。何かに思いをはせるように、町を見渡す彼女は何を見ているのか。
 こんな姿を見ていると、改めて思い知らされるのだ。
 彼女が、千年の時を生きた鴉天狗であるのだと。
 普段はにこやかで、お調子者で、けれども礼儀正しくて、でも時々生意気で。
 そんな、あまりにも大妖怪らしくない振る舞いをしていても、その奥にあるのは長い年月を経て積み重ねられた思慮深さ。
 はたては、ごくりとつばを飲む。
 彼女のその姿に、気圧されたと言ってもいい。
 そして、あらためて思い知らされるのだ。
 自分は、こんな人を相手にライバルだと、堂々と宣言したのだという事実に。
 普段とはまるで違う彼女。威風堂々としていながら、静かな印象を与えるその姿は、確かに千年の時を生きた大妖怪のそれだった。

 「とまぁ、自分勝手な解釈のでっち上げだけどね」

 けたけたと、少女らしい笑顔を浮かべて文は笑う。
 先ほどまでの思慮深い大妖怪の姿はそこにはなく、いつものへらへらとして、雲のように掴みどころのない彼女がそこで笑っている。
 その姿を見て、ほっとしたのはどうしてだったのか。

 「ふーん、何をホッとしてるのかしら?」
 「う、うるさいな! 文には関係ないでしょ!!?」
 「ほらほら、スマイルスマイル。怒ってると顔に皺が増えるわよー」
 「大きなお世話よ!!」

 こんな風に会話してると、本当に彼女が長い時間を生きているのだと忘れそうになる。
 けれども、提示された道の差は歴然だ。
 生まれた差の分だけ彼女には経験と知識があり、そしてその差は確実な壁となってはたてを阻むだろう。
 彼女とはライバルでありたい。対等な関係でありたい。
 そう願いはするけれども、重ねた年月の差だけはどうあっても覆せない。
 目標は、遥か彼方。遠く見えない、ライバルとしてありたいという許容範囲。
 そんな差をまるでないかのように、彼女は接してくれる。隔絶されがちな狭い天狗社会で、生まれた年月の差を鼻にかけない天狗が、果たしてどれだけいることか。
 あぁ、だからこそ、自分は彼女の隣に立っていられるのだと、はたてには思えた。

 「それで、どこに取材に行くのよ」
 「あら、何の意味もなくさっきみたいな話をしたと思ってるの?」

 ニマァと、文は笑う。
 まるで悪巧みをする子供のような、それでいて妖怪らしい妖しい笑み。
 ゾクリと、はたての背中に薄ら寒いものが駆け巡る。
 脳からの電気信号が体中を駆け巡り、いやな予感がぐんぐんと膨れ上がっていく。
 ガッチリと、肩を掴まれた。万力で締めつかられるかのようなこの痛み、まるで「逃げないよね?」という無言の圧力に思えてならねぇこの不思議。
 文は笑っている。少なくとも、他の天狗がいたら巻き込まれてなるものかと全力で逃げ出すそんな笑顔で。

 「行くわよ。この世界の幻想達がいる場所に」

 彼女は、文字通り流星と化したのでござった。どっとはらい。

 逃げる暇も、抵抗する暇も、悲鳴を上げる暇もない。はたては文に掴まれたまま、彼女のスピードを体験させられる。
 胸が苦しい。体が軋む。ごうごうと耳鳴りのような音が、傍を過ぎ去る風の音だと認識するのに、どれだけの時間がかかったか。
 まともに息ができぬはたてと違って、とうの文は涼しげな顔だ。
 彼女にとって、この程度はそよ風と変わらぬということか。胃なんかの内臓が口から飛び出しそうな苦しみに耐えるはたてとは雲泥の差だった。
 幻想郷最速の鴉天狗。だれもが口にするそれを、はたてはどこか眉唾物であると思っていたが、そんなことはない。
 思い知らされる。目の当たりにさせられる。
 その誰もが噂するその言葉が―――紛れもない事実なのだと。
 やがて、視界に広がっていく地面。ぶつかると思ったその刹那。

 雷が落ちたかのような爆音とともに、急ブレーキによる衝撃がはたての体を貫いた。

 胃の内容物がこみ上げてきそうなのを必死に堪え、体がどこももげてないかおぼろげな視界で確認する。
 よかった、つながってる。そう安堵したはたての心境、押して知るべしといったところか。
 二度、三度と深呼吸。体の調子を整えるように息を吸い、心を落ち着かせるように吐く。
 死ぬかと思った。なんだか負けたようで絶対に口にしたくはなかったが、そう咄嗟に思ってしまうぐらいには、はたてにとって文のスピードは過ぎたものであったのだ。

 「あ、あんた何すんのよ!!?」
 「ありゃりゃ、はたてにはまだあのスピードはきつかったかしら? 結構抑えたんだけどなぁ」

 今、なんか凄い不吉な言葉を聞いた気がする。
 こっちは体がもげてしまったのではないかと不安だったというのに、こいつはそれでもなお加減したと言いやがったのである。
 本日何度目になるかわからないが、あらためて彼女が長い時間を生きた妖怪であるのだと思い知らされる。非常にうれしくない方法でだったが。

 「……ねぇ、文。あんたに初めて勝負を挑んだときの幻想風靡、あれ手加減してたでしょ?」
 「さぁて、何のことやら私にはさっぱり」

 はぐらかされた。天狗の団扇でパタパタと口元を隠しながら視線をそらされ、はたては睨みつけるものの意に介した風もない。
 その態度は、本当にしらばっくれているだけなのか、それともはたてのプライドを気にしてそうしているだけなのか。
 どっちにしても、非常にうれしくない。

 「あ、あんたねぇ……」
 「まぁまぁ。それにしても、さすがはたてね。これだけ陰陽師に囲まれても彼らをガン無視だなんて、ある意味尊敬するわ」
 「はぐらかすな!! いいから人の話を―――」

 ……。
 …………。
 ………………Why!!?

 ギギギィと、錆びた扉のような音を立てて文が視線を向けている方向に目を向けた。
 そこにはほら、なんと言うことでございましょう。
 大きな大きな屋敷から、まぁわんさかわんさか現れる陰陽師の山。

 「ねぇ、文。ここ……どこ?」
 「結野衆とかいう陰陽師たちの屋敷ね」

 まるでなんでもないことのように、隣のライバル兼友人はそんなことをのたまった。
 一人二人ならはたてだって動揺しなかったが、それが十人二十人となると話は変わってくる。
 しかも、ドイツもこいつも「曲者だー!」とか叫んでりゃ、物々しい雰囲気というのは伝わってくるわけで。
 青い顔をするはたてをよそに、ぺかーっと音がしそうなほど満面の笑顔を浮かべた文はシュタッと右手を上げ。

 「こんにちわー、文々。新聞の清く正しい射命丸でーす! 陰陽師の皆さんに突撃取材に参りましたー!!」
 「って、文ぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 良くも悪くも、この鴉天狗は超マイペースであった。
 元からこういう性格だったのか、それともよろず屋の連中の影響かは定かではないが、どっちにしろはたてにはたまったもんじゃねぇのである。
 ズゥンッと地鳴りにも似た足音が響く。はたてが恐る恐る顔を上げると、そこにはこちらを見下ろす巨大な鬼の姿があった。
 こんな状況でも、文は相変わらず笑顔を崩さない。ニコニコと人のよさそうな笑みを浮かべる文とは対照的に、鬼の表情はどんどんと眉を吊り上げていく。

 「お嬢ちゃん、見たところ鴉天狗のようだが……こんなところに乗り込むたぁ見上げた根性よ。いいかぁ、よぉく聞け。
 ……家は読○とってっからよその新聞は要りませんッ!!」
 「え、そこなの!!?」
 「そこを何とか!! 今ならおいしいイチゴ牛乳もつけちゃいます!!」
 「どっから取り出したのソレ!? ていうか目的変わってない!!?」

 取材じゃなかったのかよ!! と言葉を紡ごうとして、薄ら寒いものが背中を走り抜ける。
 え? と疑問に思う暇もなく体は文に引っ張られて、急加速に視界がブラックアウトしかけるが、それに文句を言う暇もない。
 先ほどまで自分たちがいた場所を、凶悪な鋼の棍棒が貫いていた。
 上がる土煙。響く轟音。もしもあのまま立っていたのなら、腕の一本は持っていかれていたかもしれない。
 ぐらぐらとする頭を抑えるはたてとは対照的に、文は笑みを崩さぬまま、興味深そうに先ほどの一撃を繰り出した相手に視線を向けていた。
 見かけは幼子のように小柄だが、しかしその二本の小さな角と、手に持つ身の丈以上の巨大な金棒が彼女を人ではないと証明する。

 「はずしたでござんすか」

 特に残念に思うでもない、感情の起伏が小さな声。
 ゆるりと視線をこちらに向ける少女の表情には、特に感情は表れていない。
 ただ淡々と、事実を受け入れるだけ。ぐるんと振り回すように金棒を担いだ少女を視界に収めて、クツクツと文は笑う。

 「あややや、驚きました。今の一撃、私でさえも気づくのに時間がかかりました。随分とまぁ、後ろからこそこそと気配を隠して近づくのがお好きなようで」
 「そういうそちらこそ、逃げるだけがとりえの鴉でございやしょうに」

 なんでもない皮肉の応酬。このぐらい、幻想郷では挨拶代わりの言葉みたいなもの。
 ついついいつもの調子で挑発してしまったが、それを平然と返してくるあの少女もなかなかに性格が悪い。
 人のこと言えませんけどねぇなどと苦笑していると、陰陽師の誰かが少女に言葉をかけていた。

 「外道丸! 貴様、何を勝手に!?」
 「前にも言ったでござんすが、あっしの主はクリステル様とあのお方のみ。
 クリステル様の兄である晴明様の言うことならいざ知らず、そちらの言うことなどはなから聞く気などございやせん。
 第一、調伏されていない妖怪が陰陽師の屋敷に訪れるなんて、向こうの目的はひとつでござんしょう」
 「あややー、本当にただの取材なんですけどねぇ」
 「下手な嘘はつくもんじゃござんせん。ただの取材が目的なら、庭にわざわざ大穴明ける必要もなかったでやんしょう?」

 信じてもらえないのも自業自得だった。いつもの癖でつい派手な登場をしてしまったわけだが、今回はそれがあだになってしまったというわけらしい。
 いや、こんな登場すればそりゃ警戒するだろうが、幻想郷だと割りと日常茶飯事なんでスルーされていた弊害なんだろう。
 やっぱり、幻想郷の常識って色々おかしいのかもしんない。

 「いやー、ごめんはたて。やっちゃった☆」
 「『やっちゃった☆』じゃないわよ!! どうすんのこの状況!!?」
 「うーん、とりあえず全員黙らせますかね?」
 「何その物騒な思考回路!!?」

 一触即発とはこのことか。文と外道丸、文とはたてと二重の意味で一触即発なこの空気。
 その中心たる文は余裕綽々だが、無論、はたてにしてみればたまったもんじゃないわけで。
 こいつの取材の仕方、絶対におかしい!! と、この時はたてはあらためて思い知ったとか何とか。
 今にも戦いが勃発しそうなその空気の中、それを破ったのは他でもない。

 「待て、外道丸。そやつらは銀時のところの客人じゃ」

 第三者の、制止の言葉であった。
 意外な名前が出たことに目を瞬かせる文と外道丸をよそに、陰陽師たちの中から一人の男性が現れた。
 薄茶色の短髪に、きりっとした切れ目。しかし、発する空気は穏やかで、彼がまとう空気は他の陰陽師たちとは比べて明らかに頭ひとつ以上に飛びぬけていた。

 「外道丸が失礼をした。わしは結野衆の長、結野晴明。取材ぐらいなら、いくらでも応じよう」

 静かに笑って、晴明と名乗った男は指示を出して皆を下がらせる。
 その命に従い、陰陽師たちも、それに使役される鬼たちもそそくさと思い思いの場所に戻っていく。
 外道丸と呼ばれた少女だけは残っていたが、彼女も金棒を納めてすでに戦う意思は見せてない。
 目を見張った。自分の思い違いではないのかと、何度も何度も自身の感覚に疑問を訴える。
 けれども、文の下した直感は変わらない。信じがたい、ひとつの結論。
 この男の霊力が、あの博麗霊夢に匹敵するほどの大きさなのだと、文の長年の勘が訴えかけていたのだった。



 ▼



 「ワシがそちらを知っていたのはワケがあってな、ワシは異変がないようにと江戸中に式神達で監視している。
 そんな時、恩人とも言うべき客人の家にあやかしの気配があるではないか。恩人に何かあっては申し訳がたたんからな、悪いと思ったが、しばらく監視させてもらったというわけじゃ」
 「ははぁ、見られてるとは思っていましたが、あなたの仕業でしたか。街中でも式神らしきものを見かけることがありましたが、それもあなたで?」
 「そうじゃ。江戸を守るのが、我ら結野衆の役目じゃからな」

 案内された居間で聞けば聞くほど、この結野晴明という男はでたらめだった。
 彼の傍にはあの外道丸が控えており、いまだにはたては警戒を緩めなかったが、文はと言うと彼の話を興味深げに聞き入っている。
 文が今まで江戸で見た式神の数は、十や二十などという数字では足りない。そのすべてを、この晴明という男は使役しているという。
 出鱈目にもほどがある。今でこそ霊夢には及ばない霊力ではあるが、その式神すべてを戻せば霊夢と互角。
 紛れもない天才。文の目で見たって、霊夢は百年に一人の天才だと思っているのに、それと同格の存在が世界を超えてとはいえもう一人。
 本当、世の中何が起こるかわからない。だからこそ、世の中というのは楽しいのだが。

 「ま、その辺は仕方のないことでしょう。私たちは銀さんに害をなすつもりはありませんけど、あなたたちにしてみれば私たちは得体の知れない妖怪ですからね」
 「理解が早くて助かる。まことに申し訳ない」
 「気にしてませんよ。もう大分前から監視が外れたことは知ってますし」
 「……なるほど、外道丸と同じように、見かけどおりの実力ではないということか」
 「ふふ、見かけで実力を測るなど愚の骨頂。妖怪相手に見かけで実力が測れないことは、あなたもご存知かと思いましたが?」
 「その通り。その若い見掛けで、いったいどれほどの時を生きたか、少々興味があるな。鴉天狗よ」
 「おっと、女性に年を聞くなんてデリカシーがなっていませんわ」

 「これは一本とられたな」と、晴明は苦笑する。
 くすくすと笑う文もどこか楽しそうで、どうやら存外に話が弾んでいる様子だった。
 そんな二人のことを、はたてはぼんやりと眺めている。
 色々と聞きたいことはあったが、今はそれを問いただす空気でもない。
 「さて」と、晴明は居住まいを正す。それにつられて、文も居住まいを正して手にした手帳に色々と書き込んでいる。

 「他に、何か聞きたいことは?」
 「そうですねぇ」

 うーんと悩みながら思案し、そこで妙案が思いついたらしく文はにこやかに笑った。

 「それじゃ、銀さんのこと教えてくださいな。あなた達のことを助けた、銀さんの話を」

 それは、はたてにしてみれば意外な一言でもあった。
 はたては銀時とであってそれほど時間がたってないし、まだ彼のことをよく知らない。
 けれども、文がそこまで気にかける理由がやはりわからないのだ。
 グーたらで、やる気がなくて、欲深いまるで駄目な人間。
 はたての印象はそんなもので、だからこそ、この目の前の三人のように、銀時のことを話す彼らが楽しそうなのかがわからないのだ。

 「取材はいいのか?」
 「ええ。それはまた後の機会ということにしておいて、彼、あんまり昔のこと話してくれませんからね」

 困ったように、文は笑う。
 その表情に、その言葉に、どんな感情がのせられていたのだろうか。
 はたてには、わからない。わからないけれど。

 「わかった。ワシの知る話でよければ」
 「晴明様、ここはあっしが。銀時様は、あっしのもう一人の主でござんすから」

 少なくとも、そうさせるだけの魅力が、あの駄目人間にあるのだということは、なんとなくわかった。
 それが何かはまだわからないけれど、ここにいるみんながそうやって優しそうに笑える何かが、きっと銀時にあるはずで。
 あの無表情だった外道丸が、どこか温かみのある笑顔を浮かべるぐらいには。
 こうして、あの駄目人間のところにいれば、自分にも見えてくるのだろうかと、そんなことをはたては思う。
 それが、いつになるかはわからないけれど。
 そうであればいいなと、そう思う。自分も、文と同じように彼にあるものを見てみたいと、彼女たちの会話を聞いて、そう思えたから。

 「そうでござんすねぇ、まずは銀時様の右の金の玉と左の金の玉がガチンコでぶつかり合って潰れてしまったあの話から」

 思えたんだけど……なんか、外道丸の話を聞いて自信がなくなってくるはたてであった。



 ▼


 「新八ー、銀さんのイチゴ牛乳知らね?」
 「いや、知りませんから」




 ■あとがき■
 今回の話はいかがだったでしょうか?
 ちょっとシリアス風味でしたが、楽しんでいただけたなら幸いです。
 外道丸と晴明初登場。でも、口調に物凄く自信がなかったり^^;
 おかしいと思ったら遠慮なく言ってください。なるべく早く修正します。
 それでは、今回はこの辺で。

 ※とんでもない間違いが発覚したのであわてて修正。
 名前の漢字間違えるとかもうね……。もう読んでしまった方、申し訳ありませんでした!!



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第六十八話「主人公だって物語の途中で死ぬことがある……って、何この不吉なサブタイトル」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:a162acf6
Date: 2010/08/29 00:54
 ※今回、色々とひどい話です。そして今回、色々と汚いです。お気をつけください。
 








 それは、とある昼下がりの出来事である。
 居候の多いよろず屋とはいえ、この時間帯となるとそれほど人数は多くない。
 鈴仙は近所を薬の補充に回っているし、フランもどこかへとプラプラと暢気に散歩でもしている頃合だ。
 天子はこの場に残っているか、それともお妙の家へ衣玖に会いに行くかのどちらかで、文にいたっては大体はあちこちに取材と飛び回っている。
 そんなわけで、今ここに残っているよろず屋メンバーといえば、おなじみの銀時、新八、神楽、定春に加え、最近居候をはじめたはたてのみ。
 ジャンプを読むものもいれば、犬に芸を仕込もうとするやつもいる。家事をしているメガネもいれば、ソファーでのんびりしている奴もいるわけで。
 そんななんでもない一日に、事件は起こるのである。

 「ねぇ、銀時。一時期玉無しになったって本当?」
 「ごっぽぁ!!?」
 「銀さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!?」

 どストレートなはたての一言。血を吐く銀時。あがるは新八の悲鳴。
 部屋の主は椅子から転げるように倒れ付し、その様子をソファーでくつろいでいた下手人がポカーンと見つめ、メガネとチャイナが慌てて倒れた男に駆け寄った。
 いまだに事態の把握が追いつかずに放心しているはたてに、神楽が顔を向けて抗議する。

 「なんてこと言うアルかはたて! 銀ちゃんはなぁ、アソコがドライバーになったり玉を粉砕されたり無毛になったり碌な目にあってないアル!
 色々と繊細なんだよぉ! デリケートなんだよぉ!! その話題に触れるべからずネ!!」
 「……いや、ほか二つはともかくドライバーって何をどうしたらそうなんのよ」
 「色々あったんですよ。それはともかく、そんな話誰から聞いたんですか?」

 疲れきった新八の言葉にこれ以上聞かない方がいいと悟ったか、はたてはそれ以上聞きはせずに、新八の疑問に答えるように「んー」っとあごに指を当て。

 「確か、外道丸って子が「銀時様ならその時の様子を喜んで話してくださるでございましょう」って言ってた」
 「オイィィィィィィ!! よりにもよってあの子からかいィィィィ!!?」
 「新八ィ、そんなことはいいから銀ちゃん起こすの手伝うネ!」
 「あ、そうだった。銀さん、しっかりしてくださいってば!」



 ―――へんじがない ただの しかばね の ようだ―――



 ぴたりと、その場にいた誰もが沈黙した。
 誰もがだらだらと冷や汗をあふれ出し、そんな彼らの様子を定春が不思議そうに首をかしげている。

 「え……いや、うそ……冗談ですよね、銀さん?」
 「そ、そうよ! 嘘よね、冗談よね!?」



 ―――へんじがない ただの しかばね の ようだ―――



 果たして、その沈黙はいかなものだったか。
 誰もが硬直して動かない。現実を許容しきれず、理解が追いつかず、ただただ呆然とするばかり。
 どれくらいの時間がたっただろう。玄関のほうで「ただいまー」などと天子の暢気な声が聞こえた頃。

 「銀さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!?」

 新八の、宇宙に響かんばかりの絶叫が辺りに木霊したのであった。






 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第六十八話「主人公だって物語の途中で死ぬことがある……って、何この不吉なサブタイトル」■







 そこには、数多くの人々が集まっている。
 お金がなかったこともあり、場所は幻想郷の人里。その一角にある大きなこの場所は、以前幻想郷に住んでいたときにお世話になった人の好意で使わせてもらっていた。
 棺で安らかに眠る銀時に視線を移した後、新八は葬式場に訪れた人々を見回す。
 博麗神社の宴会に出席していた妖怪達はもちろん、人里でお世話になったさまざまな人々。そして意外なことに、真選組からも近藤や土方、そして沖田と山崎の姿もある。

 「本当、ゴキブリ並みにしぶといもんだからすっかり忘れてたわ。人間は、こんなにも脆く儚い生き物だってこと……」
 「文さん」

 困ったような、それでいてやはりどこか悲しそうな声。
 その声の主に視線を向ければ、さらさらと天然パーマを指でなぞる文の姿。
 そんな彼女の後ろから近づく影。文が振り向いて見れば、そこには真選組の者たちが神妙な面持ちでたたずんでいる。

 「遠路はるばる、ご苦労様ね」
 「心中お察しするよ、射命丸のお嬢ちゃん。しかし、嫌な奴だったことに変わりはないんだが……なんだな、いなくなっちまうと随分と寂しくなるな」

 文の言葉に返事をした後、近藤の人情の厚いことが伺える言葉に、文はくすくすと苦笑する。
 本当に嫌な奴だったと思っているのなら、寂しくなるなんて言葉は使わないだろう。
 本当に嫌な奴だったら、世界を超えてまでこんなところにまで訪れやしないだろうに。

 「お前もそう思うだろう、トシ?」
 「知らねー。俺は奴がいなくなって清々するぜ」
 「ハッハッハ! そういうなトシ、お前のそういう素直じゃないところは直したほうがいいと思うぞ」
 「……よけーなお世話だ」

 気まずそうに顔を背け、土方はタバコがつけれず口元が寂しいのかどこか落ち着かない。
 そのことを沖田にからかわれ、一触即発の空気をかもし出す中、そんな彼らを新八は複雑な面持ちで眺めていた。
 いがみ合うことの多かった彼らでも、こうして葬式に顔を出してくれる。
 彼らが桂と顔を合わせる場面もあったが、場の空気を呼んだのかお互い顔を背けただけで特に諍いは起きていない。
 それだけ、坂田銀時という男は不思議な魅力を持っていた。
 ふと、足音に気がついてそちらに視線を向けると、お登勢と阿求がそれぞれ並んで、棺の中の銀時を見つめている。

 「ったく、老いぼれより先にくたばっちまうなんてねぇ。……こっちより先にくたばってどうするつもりだい、この大馬鹿は」
 「本当ですよ、銀さん。まさか、私が銀さんの死に目を見ることになっちゃうなんて、夢にも思わなかったですよ。
 先に死ぬのは、きっと私のほうだと思っていたから」

 方や、老い先の短い高齢の者。方や、転生の秘術によって短命の宿命を帯びた者。
 違いはあれど、目の前の棺で眠る男よりも早く、寿命を迎えるはずだった二人。
 そこにどんな思いがあったのか、新八にはわからない。
 それは本人たちにしかわからないし、わかるつもりでいるのなら、それはただの傲慢だ。

 新八の傍にいる天子は、今にも泣きそうな顔で、けれども泣いてやるもんかと意地を張っている。
 思えば、幻想郷に来てからこの方、もっとも長い付き合いになるのは彼女だ。
 家を潰されたり、一緒に仕事をしたり、一緒に笑い、そして時には敵として戦うこともあれば、仲間として共に戦ったこともある。
 良くも悪くも、この幻想郷で一番よろず屋に深入りしたのは彼女なのだ。

 「泣いてるアルか?」
 「べ、別に泣いてる訳じゃないわよ。でも、……でもさ、身近な人が死んじゃうの初めてだから、こんなにも……誰かが居なくなるって、苦しいのね」

 思えば、天子は親しい人物を亡くすというのは、これが初めてだった。
 彼女がまだ地子と名乗っていた幼い頃、両親と共に天人へとなった彼女は事実上、死から最も遠ざかった。
 天人となり、天子と名を変え、寿命を迎えるたびに訪れる死神はすべて彼女が追い返してきたのだ。
 だから、未だに天子の両親は健在だし、彼女はこれまで死というものに触れずに育ってきた。
 不良と呼ばれ、親族以外の天人からは疎外されるようになった彼女にとって見れば、他の天人が死神に刈られようと胸の痛むような事柄ではなかったし。
 それで居て彼女は力が強かったから、結果的に死神たちを何度も何度も撃退してきた。
 だから、親しい人が死ぬのは、これが初めて。
 初めて触れた、親しい人物の死という現実。
 あぁ、と……喉からか細い吐息がこぼれ出る。

 (私、こんなに大切で、こんなにも当たり前のことにも、今の今まで気がつかなかったんだ)

 親しい人物が死ねば、それは深い悲しみに襲われる。
 親しい人物が死ねば、それは深い苦しみに苛まれるだろう。
 そんな、当たり前のことを―――まだ若い時期に天人になってしまったがゆえに、彼女は知らなかった。
 知識で知っていても、体験するのとではまったく違う。
 知識で知っていたとしても、それが理解であるとは限らない。
 そんなことにも、今の今まで気づけなかった自分が、天子には腹立たしくて仕方がない。

 そんな彼女の様子を、新八は痛ましそうな表情で見つめるばかり。
 うまい言葉が見つからず、なんと声をかけていいかもわからずに、ただ見ていることしかできない自分がもどかしい。
 もう一度、棺の中に眠る銀時に視線を向ける。
 まだ生気にあふれたその姿は、ともすれば今にも起き上がりそうな雰囲気さえあった。
 けれども、現実は変わらない。結果は今、目の前に提示されている。

 「銀さん、なんで死んじゃったんですか」

 新八の言葉は、誰にも届かず溶けて消える。
 思えば、本当にきっかけはあっさりとしたものだったのだ。
 というか、きっかけがきっかけとわからないほどに意味不明すぎて、なぜこうなっちまったのかさっぱりわからない。
 まるでポル○レフの気分を味わいながら憂鬱になっていると、ふと、耳に届く嗚咽があった。
 そちらに目を向ければ、蓬莱山輝夜が嗚咽をこぼしながら涙を流している。
 彼女も、銀時と中のよかった一人だ。
 ジャンプをお互いによく読んでたし、時には取り合ったりもしたが、その話で彼と盛り上がるのもまた彼女だった。

 「何で、……何でなのよぉ」

 それは、誰に向けた言葉だったのか。
 今は居ない男に向けてか、それとももっと別の誰かにか。
 まるで幼い童女のように泣きじゃくる彼女に、新八は痛ましそうな視線を向けて。

 「何で私だけ鋼竜の宝玉が出ないのよぉぉぉぉぉ!!?」
 (オイィィィィィィィィィィ!! アンタ葬式で何やってんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?)

 一瞬で心の中の壮大なツッコミに取って代わったのであった、マル。

 「あー、もう泣くなって。まだ手伝ってやるから」
 「そうそう、まだまだ時間はたっぷりあるわ」
 (妹紅さんに豊姫さんまで一緒に何してんのぉぉぉぉ!!? 三人仲良く葬式中にモンハンんんん!!?)

 こっちのシリアスそっちのけで和気藹々とモンハンにいそしむ不謹慎な連中×3人。
 新八が葬式の場で大声を出すわけにもいかず心の中でツッコミを入れていると、ため息をつきながらポニーテールの少女、依姫がジトリと三人をにらみつけた。

 「ちょっとあなた達、葬式の場で不謹慎だわ。お姉さまも、そういうのは時と場合を弁えてください」
 (よかった!! 依姫さんだけはまともだった!! もっと言って!! そこの駄目人間どもにもっと言ってぇぇぇぇ!!)
 「あら、依姫。これは輝夜から八意様を取り返すための布石よ? こうやって仲良くしておけば、必ず隙を見せると思わない?」
 「しかし……」
 「あら、あなたは八意様に帰ってきてほしくないの?」
 「そ、それは……」
 (依姫さん負けちゃ駄目だ!! あなたは正しい!! だから言い負かされないでぇぇぇぇ!!)

 心の中で全力でエールを送る新八。その効果あってか渋る依姫の姿に、「しょうがないわね」と豊姫はがさごそと袋から何かを取り出し、それをこっそり依姫に手渡した。
 それは、―――八意永琳のブロマイド集(チラリもあるよ☆)である。

 「も、もう……しょうがないですねぇ」
 (買収されたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!? なんか色々最低な方法で説得されたあの人ぉぉぉ!!?
 まともだと思ってたのに、あなただけはまともだと思ってたのにぃぃぃぃ!!?)

 買収された依姫に絶望していると、ふと聞き覚えのある声が聞こえてそちらに視線を向ける。
 そこには、場の雰囲気にそぐわぬ立派な椅子とテーブルを用意して紅茶をたしなむ幼い吸血鬼の姿。

 (オィィィィィ!!? どこから持ってきたそのセット!!? 明らかに邪魔になってんだろうが!!?)
 「咲夜、こういう葬式でこそ、こうやって紅茶のブレイクタイムに限るわよねぇ」
 「そうですね、お嬢様」
 (んなわけあるかぁぁぁぁぁぁぁ!! 葬式で優雅にブレイクタイム決め込んでんじゃねぇよ!! お前らの頭をブレイクしてやろうかぁぁぁぁぁ!!?)

 もうツッコミ所満載である。
 改めてよくよく見回してみれば、酒飲んでる奴がいたり昼寝してる奴がいたり喧嘩してる奴がいたりと、葬式ってことをまるで理解してない連中ばっかりだったりする。

 (駄目だぁぁぁぁぁぁぁ!!? よくよく考えたらドイツもコイツも大小関わらず駄目人間ばっかりだったぁぁぁぁぁぁ!!?)
 「うぃーっく、銀時ぃ本当に死んじまったのかい? 私は寂しぃよーう……」
 (オィィィィ!? だから何で昼間っから酔っ払ってんのアンタ……って、あれ? 萃香ちゃんに関してはいつも酔っ払ってね?)

 棺おけにもたれかかってケタケタ笑う酔っ払いの鬼。
 その不躾さに思わずツッコミを入れそうになって、そういえばこの人は常時酔っ払ってることに気がついてげんなりと肩を落とす。
 この伊吹萃香、残念ながら幻想郷の誰も彼女の素を見たことがない正真正銘筋金入りの酔っ払いなのであった。

 「ったく、私はアンタのこと一目置いてたのにねぇ。馬鹿でずぼらでだらしないくせに、私達鬼とも平然と会話するアンタのことはさ。
 お酒弱いくせに、いつも私と酒を飲むのは付き合ってくれたっけねぇ。……あぁ、本当にもったいない。アンタと飲む酒は、結構うまかったって言うのにさ」
 「……萃香ちゃん」

 何かを、懐かしむような声。
 思えば、幻想郷に居た頃は銀時と萃香、そして文の三人でよく酒を飲んでいたことを思い出す。
 最近のようで、けれども思えば懐かしいと感じる。
 萃香にとって、銀時はやはり気のいい飲み仲間だったのだろう。
 残念ながら銀時自身は酒に弱くてすぐに悪酔いするくせに、酒を飲むのは好きなんだから始末に終えない。
 そんな彼と飲む酒が、おいしかったのだと、見た目幼い、けれども隔絶した力を持つ鬼の少女はそんな風に笑った。
 「寂しくなるねぇ」などと言葉にして、萃香は酒をあおる。まるで、そのさまが自棄酒のようにも見えて、新八はかける言葉を見つけられず―――

 「ぅぼえー!」
 「台無しだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 目の前の大惨事に、変わりに大きな声でツッコミを余儀なくされたのであった。
 詳しい描写は省かせてもらいたい。けれどもあえて言うのならば、棺の中の一部に黄色いモザイクがかかるような状況になったとだけ口にしておこうかと思う。

 「なにしてんの萃香ちゃん!!?」
 「いやー、ごめんごめん。ちょっと昨日飲みすぎちゃって……ウップ」
 「アンタは年がら年中飲みまくってんだろうがッ!!? 吐くまで飲むなっ!!? 酒は飲んでも呑まれるなって言うでしょうッ!!」
 「ふ、ふふ……さすがメガネ。誰もが畏怖するこの鬼の萃香にそこまでのツッコミを入れるなんて、私、惚れちゃうかも……うぅ、水ぅ」

 どうやら相当飲んでるらしく、明らかに悪い酔い方をしている萃香に新八は頭を痛めつつ、水を飲ませて背中をさすってやっていると、もう一人の鬼の女性が近づいてくる。
 地底に住む鬼、星熊勇儀その人だ。
 ちなみに、彼女もどこからどう見ても酔っ払ってた。

 「お、萃香が悪酔いしてるなんて珍しいねぇ」
 「うぅ……この伊吹萃香、一生の不覚……ウップ」
 「アッハッハッハ、珍しいこともあるもんだねぇ。それにしても、そこのメガネ君は相変わらず優ウボェー!」
 「何でだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

 第二弾、棺に投下。
 たまらず新八が盛大にツッコミをひとつ入れると、すっきりしたらしい長身の女性はアッハッハッと豪快に笑う。
 ちっとも反省のみえねぇその姿、後ろで友人の橋姫が盛大にため息をついていたが、勇儀は気づいちゃいまい。

 「何で今わざわざ棺の中で吐いたんですか!!? 何でわざわざそっちに顔もっていっちゃったんですか今の!!?」
 「いやー、手ごろな位置に手ごろなものがあったんでつい」
 「お前ら死者を何だと思ってんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 まったく持ってそのとおりだった。新八の隣で阿求がうんうんとシミジミ頷いていらっしゃる。

 「まったくネ!! お前ら死者を冒涜してただで済むとウボェェェェェェェェェェェ!!?」
 「神楽ちゃんんんんんんんんんんん!!!?」

 そして続く第三弾。そして部屋中に満たされる酸っぱいかほり。
 わざわざ棺桶に移動して吐いてるあたり、こいつら確信犯かもわからんね。
 新八が中身を確認してみれば、そこにはなんということでしょう。銀時の顔部分以外がすべて、黄色のモザイクで埋め尽くされていた。
 もうなんというか、色々最悪すぎて涙が出そう。

 「何してんの神楽ちゃん!!?」
 「ゴメン新八、もらいゲロネ。許せヨー」
 「だからなんで皆して棺で吐くんだよぉぉぉぉぉぉ!!? もう最悪じゃないかぁぁぁぁぁぁ!!?」
 「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇ!! オチオチ寝てらんねぇじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 「アンタがうるせぇぇぇぇぇぇぇぇ!!? いいから銀さんは黙って―――」

 新八が何かを言いかけて、ピタリと、誰も彼もが硬直した。
 皆がギリギリと首を鳴らして棺桶のほうに視線を向ければ、そこには棺桶から身を乗り出している死人のはずの銀時の姿。

 「何だよ、おめぇら。て言うかこれどんな集まり……って酸っぱぁぁぁぁ!!? 何これ棺桶!!? ていうかなんでゲロまみれ何だよこの棺桶、ばっちぃじゃねぇかッ!」
 「え、いや……あの、ていうか銀さん、生きてるんですか?」
 「オメェ、これのどこが死人に見えるって言うんだよ。銀さんピンピンしとるわ!」

 のそのそと棺の中から出てくる天然パーマ。なんか色々酸っぱいにおいがするのはご愛嬌。
 「ちょっと着替え取ってくるわ。あとシャワー浴びてくる」などと言い残して退場する天然パーマ。
 呆然とする一同。何がなんだかさっぱりわからず、困惑するしかない面々。
 そんな中で、小傘にキャメルクラッチを決めていた早苗が立ち上がった。
 満面の笑顔をみなに向け、穏やかな表情のまま。

 「これが、奇跡です!!」
 「奇跡ってレベルじゃないんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

 そんなことをのたまって新八から盛大なツッコミが飛んできたのであった。
 そしてそのまま宴会になだれ込むのはご愛嬌。全員が全員、すっかりとお祭りモードに早代わりで「よかったよかった」と笑いあっている。
 新八や天子は釈然としないものを感じたが、「まぁいいか」と苦笑する。
 こういうところは良くも悪くも、この世界の住人たちの悪いところであり、また同時に美点でもあるだろうから。









 ちなみに、こうなった原因はブラッ○ジャッ○似の医者が誤診したせいだったりするのだが、それはこの際瑣末ごとなのかもしれない。


 ■あとがき■
 更新再開してから何かが足りないと思ったら、新八がぜんぜんツッコミしてないことに気がついた。
 そんなわけで、今回の話はいかがだったでしょうか?
 色々怒られそうな話ではありましたが、楽しんでいただけたら幸いです。
 それでは、今回はこの辺で。

 ※誤字修正しました。誤字を教えていただき、ありがとうございました。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第六十九話「お前の心にインストラクターは三度輝く」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:a162acf6
Date: 2010/08/29 00:55





 幻想郷に存在する紅魔館、その地下にある大図書館。
 七曜の魔女が根城にするその場所で、白をイメージさせる少女がテーブルに突っ伏してげんなりとため息をついた。
 その小さなテーブルの向かい側には青い髪の少女と、薄桃色の髪をした少女が、困ったように笑みを浮かべて本を開く。
 白の少女がルリ、青の少女がアオ、桃色の少女が撫子といい、三人は人里でよろず屋を営む仲間たちであった。

 「……えっと、ルリちゃん元気だしぃや。大丈夫やて、次は勝てる勝てる!!」
 「そうですよ! 次にまた頑張ればいいんです!!」
 「ん、……ありがと二人とも。でもさ、このままじゃ駄目だと思うわけよ」

 励ましてもらえて一瞬笑みを浮かべたが、再び浮かない顔をして小さく息を吐く。
 このルリという少女、今は目の前の二人と共に紅魔館に居候しているのだが、その門番という役割のせいか門番長である紅美鈴とよく手合わせをする。
 少し前までは五分五分と言った戦績だったのがここ最近徐々に負け越し、先日にとうとう勝率が二割台に落ちてしまったのである。
 そして、彼女がここまで落ち込むことになった最大の要因は。

 「お、何だお前たちもいたのか」
 「げ……」

 後ろから現れた、この紅魔館の主であるレミリア・スカーレットに先日ボロ負けしたせいである。
 うっかり口から飛び出た露骨な声に不快になるでもなく、むしろ面白そうな表情を覗かせたレミリアはクスクスと笑いながらルリに視線を向けた。

 「雇い主相手に随分な言葉をこぼしたもんだね。ま、その様子だとこの間の決闘は随分堪えたみたいだけど?」
 「うるさいなぁ。なんだよ、敗者を笑いにでも来たの?」
 「まさか。そこまで暇じゃないし、そんなに性格悪いつもりはないよ。まぁ、ちょっとしたアドバイスさ」

 肩をすくめながら言葉をこぼした見た目幼い吸血鬼に怪訝な表情を覗かせながらも、何もいわないところを見るに聞く気はある様子。
 このルリという少女、負けず嫌いなところは多々あるが、相手の意見を聞けるくらいには分別があるらしい。

 「ズバリ、あんたは紙装甲過ぎる! 攻撃力は真・○ッター、スピードはモビ○スーツ、そのくせ防御力とエネルギーはボ○ボ○ット!!
 あんたには致命的に耐久力が足りてない!! あと、大技がどれも一発限りって正直どうよ?」
 「うわぁい、ズバッといいやがったよこのロリっ子」

 いきなり泣きそうになった彼女は何も悪くあるまい。だがしかし、それが事実なのは変わりないわけで。
 再び机に突っ伏した彼女を見て、レミリアは小さくため息をつく。

 「オイ、そこの青と桃色二人。ここは私に任せて仕事にもどれ」
 「え、でも……」
 「デモもストライキもないよ。これは主人としての命令よ。いいから、咲夜の手伝いに行ってきなさい」

 パンパンと手をたたいて二人に仕事に戻るように促すと、撫子に言葉をこぼしたがそれにも取り合わない。
 有無言わさず席を立たせ、背中をぐいぐいと押しながら図書館の出口へと押していった。
 いまだに心配そうな表情を見せる二人を睨み付けてさっさと追い出すと、レミリアはいまだに机に突っ伏すルリに視線を向ける。

 「……で、何をそんなに焦ってるんだ?」
 「……そう、見える?」
 「見えるから言ってるのよ。居候とはいえ、今はうちのメイドだからねあんたは。焦って自滅された日にゃ目も当てられないわ」

 その言葉を聞いて小さく、ルリはため息をつく。
 彼女は視線だけをレミリアに向け、それから机に突っ伏したままぽつぽつと言葉をつむぎ始める。
 無気力のようで、けれどもやはりどこか悔しそうな、そんな声で。

 「別に、焦ってるつもりはないのよ。たださ、私……こんな状態で二人を守れるのかなーって」
 「守るって、あいつら二人かい? なんともまぁ、随分と傲慢な言い草だこと」
 「わかってるよ、傲慢な物言いだってことくらいはさ。でも、誓ったんだよ。あいつらと一緒にいるって、決めたときから」

 自分が傍にいたせいで、命を落とした少女のことが脳裏に浮かぶ。
 守れなかった。助けられなかった。それどころか、自分がいたせいで彼女は死んでしまった。
 何度、自分を責めたかわからない。何度、悔しく思ったかわからない。何度、己を不甲斐なく惨めに思ったことか。
 だから、今度こそ守りたかった。
 大切な友人を。大切な家族を。自分と一緒にいようといってくれた、大切な人たちを。
 だけど、届かない。今のままじゃ、足りないのだ。
 今のままじゃきっと、自分はまた守れない。
 守りたい。今度こそ、絶対に。それは、彼女の奥深くに根付いた強迫観念。

 「歪んでるねぇ」
 「……そうね、自覚はあるわよ」
 「あっそ。ならいいわ。自覚がないのが一番性質が悪いからね」

 ニィッと、レミリアは笑う。
 彼女の歪みを確認してなお、紅の悪魔は楽しそうにクツクツと笑った。
 パチンッと、レミリアは指を鳴らす。
 すると、瞬間移動でもしたかのようにフッと咲夜が現れ、レミリアは彼女に視線を向けたまま言葉を紡ぐ。

 「咲夜、あいつ等を呼んでちょうだい。報酬は好きなようにってね」
 「かしこまりましたわ。少々お待ちを」

 言うや否や、あっという間に咲夜は消える。
 時間を止めることができる彼女ならではの登場と退場。最初ここに訪れたときも、随分と驚かされたことを覚えていた。
 ただ、それよりも気になるのはレミリアの表情だ。ニヤニヤといやな笑みを浮かべ、何か不吉な予感がしないでもない。

 「何をするのよ?」
 「何を? 決まってるじゃない」

 さも当然のように、紅の悪魔は断言する。
 ニィッと楽しげな笑みを浮かべたまま、彼女は堂々と腕を組み。

 「特訓よ!!」

 そんな言葉を、自信満々に言い放ったのであった。







 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第六十九話「お前の心にインストラクターは三度輝く」■









 「と、言うわけで。俺たちがお前さんのコーチになったから」
 「帰る」

 ぐるんと180度踵を返してスタスタと立ち去ろうとする白いちびっ子悪魔。
 そんな彼女をあわてて止めるメガネが一匹。
 場所は紅魔館の正門前。そこにはルリとレミリア、咲夜の他には元祖よろず屋メンバー三人が揃っておいでだった。

 「待ってくださいってルリさん!! そんなすぐに帰られたら仕事になんないじゃないですか!!」
 「だって、仕事する気ないじゃない!!? 天然パーマにいたってはジャンプ読みやがってからに!!」

 まったく持ってそのとおりだった。肝心のよろず屋のリーダーはジャンプの読書中なのである。
 仕事中にもこの態度、そりゃルリだって帰りたくもなろうというものだろう。どう見たってやる気のかけらもないのは丸わかりだし。

 「だってしょうがねーだろーが。今日がジャンプの発売日なんだからよー」
 「あんた、仕事とジャンプどっちが大事なのよ?」
 「んなもんジャンプに決まってんだろーが。ジャンプ定期購読は世界の摂理だこのヤロー」
 「今こいつ世界の摂理にとんでもなくしょうもない項目組み込みやがったよ。仕事よりもジャンプとったよこの天然パーマ」

 いやまぁ、彼ららしいといえばそうなのかもしれないけどと、ため息をつきながらそんなことを思う。
 思えば、あの二人と一緒にいることを後押ししてくれたのがこの天然パーマである。腹立たしいことはいろいろとあるが、それでも彼にも感謝している。
 しているんだけど、……それでも正直、こんな態度とられてたら腹も立つわけで。

 「心配すんなルリキュン。ブンブンたちは事情があってこれねーが、その代わりに助っ人を用意したから」
 「……助っ人ぉ?」

 心底胡散臭そうな表情を見せるルリには目もくれず、銀時はチリンチリンと鈴を鳴らす。
 そうして虚空から滲む様に現れた三人の人影―――

 「幽香です♪」
 「ソラでーす♪」
 「沖田で~っす」

 が、現れた瞬間ルリは脱兎のごとく逃げ出した。
 だがしかし残念かな、とっとと空間を渡ったソラにあっけなく捕縛され、ずるずると引きずられて戻ってくる。
 必死にじたばたと暴れるルリに対し、彼女よりも小柄なのにびくともしないソラさん。
 心なしか、表情がものすんごく楽しそうだった。

 「どうしたルリキュン。なんかいやなもんでも見たか?」
 「いや銀時ヤバイッて!!? この三人は本当にヤバイ!! お前この三人ドSの三大筆頭じゃないの!!?
 ていうか、幽香とソラさんはともかく、何で沖田がいるのよ!!? 仕事はどうした仕事はッ!!?」
 「今日はオレ非番でさぁ。そしたら旦那から面白そうな話を聞かされたんで便乗したって訳でしてねぇ。いやぁ、腕が鳴るってもんでさぁ」
 「本当、最近は秋の花を探してプラプラしてて暇だったからねぇ。いやぁ、楽しみですわ」
 「うふふ、最近アオをいじめたりなくてちょっと欲求不満ですもの。……丁度いいですから、スケープゴートになってもらいましょう」
 「ほら!!? 不吉な台詞ばっかりだもの!!? 特訓とは名ばかりのいじめをする気満々だもの!!? このアルティメットサディスティッククリーチャー三人衆ッ!!?」

 必死に訴えかけるものの効果なし。残念なことに天然パーマの甘党侍はジャンプの国に旅立ってしまっていた。
 仕事しろ! マジで仕事しろ!! いや、本当に切実に。
 そんなことを思ったものの、空間を渡る能力を持ったソラがいる以上、どうあがいても逃げられないと悟ったルリはふてくされたようにそこに座り込んだ。
 もうどうとでもなれと投げやりな態度に気を悪くすることもなく、ソラはくすくすと笑って彼女を解放した。

 「レミリアさん、思いっきり犯っちゃっていいんですね?」
 「うん、思いっきり殺っちゃってもいいんだよ?」

 帰りたい。ものすごく帰りたい。なんというか、このままいると明日の朝日が拝めない気がしてならないわけで。
 とうの言いだしっぺはメイドを傍らに控えさせ、朝日から守るパラソルの下で観戦を決め込むらしい。
 性質が悪いったらありゃしない。

 「さて、ルリさんの問題点はそのぺらっぺらな紙装甲。まずはそこから克服いたしましょう」
 「えっと、どうやって?」

 恐る恐ると聞いてみる。するとソラはにっこりと笑った後、視線をはずして「あちらを」と指を向ける。
 怪訝そうな表情を覗かせながらもそちらに目を向けると、なにやら親指をぐっと立てるチャイナ娘こと神楽お嬢さん。
 ただし、彼女の数m先には門番仲間のルリティンがスタンバイしており、そして神楽の傍にはルリティンと同じくらいのやたら筋肉質なグラサンの角刈りが直立不動でたっていた。

 「誰、あの人?」
 「インストラクターです。さぁ、神楽ちゃん始めてください」
 「任せるアルッ!」

 ソラの言葉に堪えて元気よく返事をする神楽。いったい何をするのかと思いきや、彼女は傍に立っていたインストラクターを軽々と抱え。

 「どりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 全力で分投げた。
 「はい?」と間の抜けた声を上げるルリを、果たして誰が責められようか。
 目が点になったルリの目には、きりもみ回転しながらルリティンに直進するインストラクター。

 「ヘェェェイ、ハァラァショォォォォォォォッ!!」

 そしてインストラクターを受け止めるルリティン。
 弾丸のごとく高速回転するインストラクター、筋肉を脈動させてそれを受けとめるルリティン。
 筋肉と筋肉のぶつかり合い。汗と汗がほとばしるその光景は、果たしていったい誰が得をするというのか。
 そしてその衝撃はあたりに余波を撒き散らし、衝撃が砂埃を巻き上げる。
 その刹那。

 チュドォォォォォォォォオオンッ!!

 『インストラクタァァァァァァァァァァ!!?』

 ルリティンもろともインストラクターが爆発した。
 たまらずあがる新八とルリの二人の悲鳴にもにた絶叫。
 しかし、そんなことなどまるでなかったかのように、説明係らしいソラがにっこりと微笑む。

 「と、いうわけで。耐久力というものは早々あがるものじゃありません。そこで考えた方法はただひとつ、痛みになれて気持ちよくなりましょう作戦です!!」
 「自信満々に何いってるんですかぁぁぁぁぁ!!? ただでさえさっちゃんさんと天子ちゃんがいるのにこれ以上ドMはいりませんから!!?」
 「というか、この方法だと私よりもむしろインストラクターのほうが心配なんだけど!!? 単なるとばっちりじゃないのインストラクター!!?」
 「大丈夫です、彼は後100回の爆破を残しています」
 『インストラクタァァァァァァァァァァァ!!?』
 「大丈夫よ、彼は後100回マスタスパークと一緒に飛んでくるから」
 『インストラクタァァァァァァァァァァァァァ!!?』
 「大丈夫でさぁ、彼は後100回はバズーカで打ち抜かれまさぁ」
 『インストラクタァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!?』

 涙がちょちょ切れそうだった。
 いったいインストラクターの彼に何があったというのか。
 いったい何が、彼をそこまで駆り立てるというのか。
 インストラクターとしての矜持か。
 それとも、インストラクターとしてのプライドか。
 涙なしでは語れない。語れるはずもない。だって、もう沖田とか特訓関係ないし。

 「さぁ、では早速特訓を……」
 「まって、勘弁してあげてっ!!? 私の身よりもインストラクターの方が心配でたまらないんだけどッ!!?」
 「インストラクターさん、スタンバイお願いしマース」
 「お願い、人の話し聞いてぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 パンパンと手をたたいてモクモクと煙が上がっているほうへと視線を向けるソラ。
 ルリが必死に止めようとするのだが、残念ながら彼女の中ではすでに決定事項になってしまったらしい。
 もうすでに幽香は傘を開いて準備をし、沖田は自前のバズーカのメンテナンスにいそしんでいた。
 しかし、一向に現れないインストラクター。ソラが「あら?」と首をかしげ、幽香が怪訝そうな表情を煙が上がる場所に向ける。
 そしてふと、上空に何かが見えた気がして、みんなが空を見上げた。

 そこに、インストラクターが親指をサムズアップする幻影が浮かんで、虚空へ解けて消えていった。

 沈黙が、あたりに落ちる。モクモクと上がる煙はいまだ勢い衰えず、誰もが言葉を発せないでいる。
 果たして、最初にその事実を認識したのはいったい誰だったのか。

 『インストラクタァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!?』

 みんなの悲痛な叫びが、天に召された彼の後を追うように虚空へ解けて消えていったのだった。



 ▼



 後日、インストラクターは奇跡的に息を吹き返したとか何とか。



 「……あれ、私の特訓は?」





 ■あとがき■
 今回の話はいかがだったでしょうか?
 久しぶりにオリキャラ出したんですけど、楽しんでいただければ幸いです。
 ただ、やっぱり今回はいろいろと反省点の多い話になってしまいました。
 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第六十九-オマケ1話「オマケの銀八先生のコーナー」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:a162acf6
Date: 2010/08/29 23:24










 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第六十九―オマケ1話「オマケの銀八先生のコーナー」■









 誰も居ない校舎にチャイムがなる。
 白衣を着た教師がけだるそうに教室に入り、憂鬱そうな表情を隠しもしないまま言葉をつむぐ。

 「はい、銀八先生のコーナーでーす。ここでは正直どーでもいい情報や、どーでもいい話題をねたにして、おまけにしようというコーナーでーす。
 そんなわけで、作者の妄想とか妄想とか妄念とか、そんなもんが垂れ流されるから、そんなもん興味ねーってやつは、素直に次の話しを呼んでおくことをお勧めするー」

 ガラガラと、銀八先生の居る教室に誰かが入室する。
 そこにはニコニコ笑顔のグラマーな教師姿の風見幽香と、ブレザーなんだけど簀巻きにされたせいでちっとも服がわかんないルリ。
 ルリを引きずりながらにこやかに入室する幽香を見て、銀八は再び視線を戻す。

 「と言うわけで、このコーナーのアシスタントは作者の独断と偏見で幽香とルリを交えてお送りしたいと思いマース」
 「よろしくね、みんな」
 「帰してぇぇぇぇぇぇぇぇ!!? 私こんなドSと一緒のコーナーとか絶対に嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 びったんばったんと暴れるルリをきっぱり無視しつつ、銀八は机の中から今日のお題が書かれた画用紙を取り出す。

 「ズバリ、銀さん達をスパ○ボ風に能力を表したらどうなるかーということです」
 「あぁ、六十九話でも誰かさんの残念な性能がちょっぴり語れてたわね」
 「残念とかいうなぁぁぁぁぁ!!? お前に生まれつきハンデ背負っても頑張ってるやつの何がわかるって言うのよぉぉぉぉぉ!!?」
 「と、言うわけで先ずは銀さんとゆうかりんから表してみようかと思う。ちなみに、作者の偏見とか十分に入ってるから、これちがくね? というのも作者は承知の上なんで、そこんとこヨロシク」

 ものの見事に無視である。しくしくと簀巻きのまま泣きはらす少女をよそに、二人の教師は一枚の紙を取り出した。

 ■坂田銀時■
 ・HP 5000 ・EN 120
 ・機動力 6
 ・運動性 120 ・装甲値 1200
 ■技能■
 ・底力
 ・援護攻撃
 ・援護防御
 ■武器性能■
 ・格闘 (格闘・威力2300・射程1)
 ・洞爺湖の木刀 (格闘・威力3200・射程1-4)
 ・白夜叉の血(格闘・威力4200・射程1-2・気力130)
 ■能力■
 ・格闘 155
 ・射撃 98
 ・防御 110
 ・命中 177
 ・回避 166
 ・技量 180
 ■精神コマンド■
 ・熱血
 ・ひらめき
 ・集中
 ・てかげん
 ・魂
 ・不屈

 ■風見幽香■
 ・HP 8800 ・EN 150
 ・機動力 5
 ・運動性 90 ・装甲値 1700
 ■技能■
 ・HP回復(小)
 ・分身
 ・アタッカー
 ■武器性能■
 ・格闘(格闘・威力2500・射程1)
 ・愛用の日傘(格闘・威力3000・射程1-2)
 ・花符「幻想郷の開花」(射撃・威力3300・射程1-5・消費EN10)
 ・幻想「花鳥風月、嘯風弄月」(射撃・威力3800・射程2-8・消費EN40・気力110)
 ・マスタースパーク(射撃・威力5000・射程3-9・消費EN70・気力130)
 ・ダブルスパーク(射撃・威力5800・射程3-10・消費EN100・気力140)
 ■能力■
 ・格闘 147
 ・射撃 151
 ・防御 120
 ・命中 167
 ・回避 135
 ・技量 182
 ■精神コマンド■
 ・熱血
 ・必中
 ・鉄壁
 ・ひらめき
 ・気合
 ・ど根性

 「とまぁ、だいたいこんな感じだと思うわけよ、うん」
 「ふーん、銀さんはリアル系、私はスーパー系ってところかしら?」

 紙を見ながら二人はそんなことを言い合い、なかなか興味深そうに見ている。
 一方、いまだに簀巻き状態のルリはもう抵抗を諦めたのかしくしくと床に突っ伏している。
 そんな状況で、コホンと咳払いをする銀八先生。
 もう一枚新たな紙を取り出して、それを机の上に置く。

 「と、いうわけで。色々例えられたルリキュンをスパロボ風にデータにしたのがこれだ。みんなー、見ないなら見なくていいんだぞー。気持ちはいつでも次の話だ
 そういうわけで興味のある奴は、つぎをよんでみるといいんじゃね?」」


 ■ルリ■
 ・HP 2200 ・EN 80
 ・機動力 7
 ・運動性 140 ・装甲値 600
 ■技能■
 ・分身
 ・底力
 ・リベンジ
 ・援護防御
 ■武器性能■
 ・格闘(格闘・威力2200・射程1-2)
 ・ブリューナク(格闘)(格闘・威力2800・射程2-3)
 ・吹雪「ブリザードダガー」(射撃・威力2800・射程2-4・消費EN5)
 ・氷の鎖(格闘・威力3000・射程1-3・消費EN10・気力110)
 ・縮地「バニッシングスピード」(格闘・威力3800・射程2-5・消費EN10・消費HP10%・気力120)
 ・スノーライトブラスター(射撃・威力4500・射程3-7・消費EN70・気力130)
 ・光槍「ブリューナク」(格闘・威力5800・射程1-9・消費EN80・気力140)
 ■能力■
 ・格闘 150
 ・射撃 140
 ・防御 55
 ・命中 168
 ・回避 180
 ・技量 178
 ■精神コマンド■
 ・直感
 ・加速
 ・集中
 ・熱血
 ・不屈
 ・捨て身

 「……うん、なにこの紙防御。つーかなんかこの低HPの癖に武器欄にHP減る武器があるんだけど」
 「これだけ脆いくせに捨て身覚えるとか……ちょっとアレよねぇ」
 「確実に二軍行きじゃねーか。本当に攻撃力とスピード以外さっぱりだよ。というか、耐久力人間の俺以下って悪魔としてどうよ?」
 「これ、仮にフル改造したとしてもかすって死ぬレベルよね?」
 「オマケになんだよこの無意味な底力。体力減る前に当たったら死ぬだろーが。残念だよ、残念すぎるよ。
 ……あれ、そういえばお前さん戦う描写あるときって大抵一発か数発で戦闘不能になってね?
 ゆうかりんの時といいエセ夜王の時といい……そっか、こりゃ納得だわ、うん」
 「やかましいわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 散々好き放題言われてさすがにルリがお怒りの声を上げるものの、簀巻きにされてるんでその場で跳ね回るのみ。
 びったんばったんと跳ね回るさまは、なんともシュールなことこの上ない。

 「と、いうわけで今回の銀八先生はここまでー。あ、ちなみにもうこのスパ○ボ表みたいなのはやんねーから、次このコーナーあるときはまた別の話題なんで」
 「散々人いじり倒しておいて今回だけ!!? あんたら私をいじり倒したかっただけだろ!!? ていうかいい加減解きなさいよコンチクショウッ!!」
 「このコーナーでこんなことしてほしい、あんなことしてほしい、なんて要望があったら感想に書いて頂戴ね。作者が気が向いたらそのネタでこのコーナー書くかもしれないものね」
 「超アバウト!!? ていうか不定期確定なのこのコーナー!!?」
 『そんじゃ、次の銀八先生のコーナーまで、サーヨーナラー』
 「いいから、これ解けコラァァァァァァァァァァァ!!!?」


 ■あとがき■
 ふと思いついたおまけ。続くかどうかはさっぱり不明。
 そんなわけで、次は本編です。どうぞ、ごゆっくりお楽しみください^^;



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第七十話「あからさまな格安物件には気をつけろッ!!」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:a162acf6
Date: 2010/09/07 21:55



 それは、とある昼下がり、真選組屯所での出来事である。

 「全面改装?」
 「そうなんだよ、トシ。何でも隊舎を全面リフォームするとかでな、今日から全員しばらく安宿に泊まることになったんだが……」
 「なんだよ、何か問題でもあんのか、近藤さん?」

 タバコに火をつけながら問いかける土方に、近藤は困ったように頭をかいて、それから咳払いをひとつ。
 何やらいいにくいことでもあるみたいで、しょうがないとため息をつきつつ、土方は視線で話の先を促した。

 「それがな、どうにも二人分ほど定員オーバーするんだよ。隊の者たちを野宿させるわけにも行かないから、俺が抜けるつもりなんだが……」
 「あぁ、そういうことか。だったら、もう一人は俺でかまわねぇ。どっか適当にぶらついてるさ」
 「む、……すまんなトシ。なにぶん、上も予算がどーので色々うるさくてなぁ」

 はぁっとため息をひとつつく近藤に、手のひらをひらひらさせて気にしていないという意思表示。
 普段馬鹿で色々ツッコミどころ満載な人物だが、気苦労の耐えない人であるし、なにより人がいい。
 彼にしてみれば、部下の代わりに自分が、という思考回路をしているんで、この話も相当に不本意なのだろうことが伺えた。
 だからこそ、近藤を慕う隊員も多いのだが、それはひとまずおいておこう。

 「あら、それじゃあなた達二人はしばらく宿無しなの?」

 と、そんな二人の会話に混ざったのは赤髪の少女である。
 大きなテレビの前で配線を弄くりながら二人に視線を向ける彼女は、テレビの修理に訪れていた岡崎夢美。
 そんな彼女の言葉に、「まぁ、そうなるな」と近藤は苦笑する。
 ふむ、っと思案しながらも手を止めないのは、科学者気質の彼女らしいといえば彼女らしい。
 あらかたの修理を終え、すくっと立ち上がった少女はにぃっと笑みを浮かべた。

 「それなら、家に泊まりなさいよ。同居人がいるけど、私が言えば文句は言わないし、家も広いから二人ぐらいなら何とかなるわよ」
 「いや、しかし男が女の子の家に泊まるってのはちょっと……どうかと思うんだが?」
 「あら、私はあなた達のことは信頼して言ってるんだけど? こう見えても人を見る目はあるつもりだからね、気にしないでいいのよ。
 それとも、あなたたちは私や同居人に何かするつもりなのかしら?」
 「な、そんなことしないぞ!? なぁ、トシ!!?」
 「近藤さん落ち着け。ありゃあからかってる目だ」

 顔を真っ赤にして全力否定する近藤に、土方が疲れたようにため息をこぼす。
 彼のいうとおり、夢美はくすくすとおかしそうに笑っており、一目でからかっていることが読み取れた。
 最近思ったが、どうにも夢美という少女は近藤をからかっているの楽しんでいる節がある。
 以前、山崎とともに近藤を迎えに行ったらしいことを聞きはしたが、その時に何かあったのだろうか。
 考えても土方にはわからないが、敵意をもたれるよりはずっといい。

 「ささ、人の行為を無碍にするもんじゃないわ。ちゃっちゃと準備しちゃってね」 

 かといって、この少女の家に泊まるのも正直どうかと思うのだが、どうやら彼女の中ではすでに二人が泊まることは決定事項らしい。
 携帯電話で同居人に事情を話す少女を視界に収め、疲れたようにため息をついた土方の姿を、荷造りを終えたばかりの妖夢が見つけて不思議そうに首をかしげるのであった。






 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第七十話「あからさまな格安物件には気をつけろッ!!」■












 ブォォォンっと、狭い室内に機械音が静かになっている。
 エレベーターに乗って上機嫌の夢美とは裏腹に、近藤と土方の二人は呆然と動かない。

 (ト、トシィィィィィィィィ!? 思ってたより5倍くらい豪華なマンションに到着しちゃったんだけどぉぉぉぉ!!?
 やばいよマジやばいよ、俺いつもどおり貧相なパジャマしか持ってきてないんだけどぉぉぉぉ!?)
 (近藤さん落ち着け!? きっとあれだ、たまたま大安売りだっただけだよ。別に、ここが高級マンションだったわけじゃ……)
 「……どうしたの? 何か具合でも悪いの二人とも?」
 「いいえ、何でもありません!!? おかまいなくぅ!!?」
 「……そう? ならいいんだけど」

 怪訝そうな顔はしたが、特に問いただすでもなく彼女はそこで言葉を切る。
 そんな話をしてる間に、エレベーターが止まってドアが開く。
 長い共用廊下を渡り、そしてとある部屋の前にまでたどり着く。ここが、彼女たちの住居であるらしかった。
 女の子の部屋に泊まるという状況にドキドキする近藤とは裏腹に、いまだに憂鬱な気分を隠せないでいる土方。
 そしてドアを開けようとしたところで、ふと、夢美が思い出したようにとあるものを取り出し。

 「あ、そうそうこれもっててね。なくしたら憑かれるから」

 そんな物騒な言葉をつむいで、二人にお守りを手渡したのであった。

 ((い、いわくつきだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!? この物件絶対いわくつきだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?))
 「ちゆりーただいまー! 二人を連れてきたわよー」
 「帰るぅぅぅぅぅぅぅぅ!!? 帰って俺はドラミングするぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!?」
 「まぁまぁ、そういわずに」

 脱兎のごとく逃げ出そうとした近藤を、あっさりと捕縛する物理学教授。
 にこやか笑顔でずるずると引きずっていくさまは、果たして彼女が本当に人間なのか疑いたくなってくる光景だった。

 「あ、ワリィ。ちょっと分度器忘れたから、ちょっと取りに帰って―――」
 「大丈夫よ土方さん、ここに分度器あるから」

 あっさり退路ふさがれた。
 そのまま近藤同様、土方も襟首つかまれて中へと引きずり込まれていく。
 小さくため息。これはいよいよ、覚悟を決めるしかなさそうだった。

 (近藤さん、ハラァ決めよう。何、いきなりなんか出てくるわけじゃねぇだろうさ)
 (そ、そうだよな。いわくつきだからって、毎日毎日出るわけないよな!)

 お互い運うんとうなずきあい、夢美から開放されて覚悟を決めた。
 さぁ、何でも来いと思いながら靴を脱ごうとしたとたん。

 先に廊下を歩く夢美の先に、首を吊っている女の幽霊が見えたのだった。

 ((い、いきなり出てきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?))
 「さ、どうぞ。あがってあがって」

 そして彼らの気など露知らず、にこやかに部屋にあがることを促す夢美お嬢さん。
 その後ろではぎしぎし鳴らしながらぷらーんぷらーんとこちらをガン見する首吊り幽霊さん。
 心なしか、うめくような声が聞こえるのは気のせいではあるまい。

 「あがれるかぁぁぁぁぁぁ!!? お前、後ろで振り子のごとくプランプラン揺れてんだろうがぁぁぁ!!?」
 「あぁ、これ?」

 思わずツッコミを入れた土方の言葉に、なんでもない風に後ろの幽霊を指差す夢美さん。
 すると彼女は「しょうがないか」と小さくため息をつき。

 「フンッ!!」
 『蹴ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?』

 惚れ惚れするようなハイキックで幽霊を文字通り一蹴したのであった。マル。
 いったいどんな除霊効果があったのやら、顔面に蹴りの直撃を食らった幽霊はおぞましい断末魔を上げながら霧散する。
 パンパンと手を払う彼女のことを、果たして頼もしく思うべきか、それとも罰当たりと思うべきなのか。

 「さ、あがって頂戴」

 にっこりと、彼女は微笑んだ。
 近藤と土方はお互いに顔を見合わせ、小さくため息をつくと靴を脱いで言われるがままに部屋へとあがる。
 もう、後戻りはできない。なんか耳元でそう呟かれた気がして、二人は思わず背後を振り返ったが誰もいない。

 「……あの、夢美教授。ここ、家賃いくら?」

 近藤の震える声がを誰が責められようか。
 いまだに玄関付近だというのにこの怪奇現象の連発である。
 一方、夢美はそんな彼の言葉に不思議そうな表情をのぞかせ、さもなんでもないかのように一言。

 「五千円だけど?」

 その一言で、不安のどん底に叩き落される近藤と土方だった。



 ▼



 トントントンと、包丁でまな板をたたく音。
 コトコトと煮込むなべの音がするのは、紛れもない料理の音に他ならない。
 鼻歌交じりに料理にいそしむ夢美は実に楽しそうで、漂う香りが食欲をくすぐること請け合いだろう。
 話のとおり部屋は広く、いくつもの小部屋に分かれており泊まる分には何の問題もあるまい。

 しかし、である。

 女の子の家に、しかもその女の子が手料理を作ってくれるという、男なら夢のようなシチュエーションの状況であるにもかかわらず、あがり込んだ男二人は顔を真っ青にしていた。
 同居人の女の子、北白河ちゆりは特に何も言わず、のんびりとテレビ番組に釘付けになっている。

 (……トシ)
 (……なんだ、近藤さん)
 (なんかね、視線を感じるんだけど。めちゃめちゃガン見されてるんだけど)
 (見るな近藤さん。見たら魂持っていかれるぞ)

 お互い小声でひそひそと言葉を交えあう。
 何を隠そう、彼らの視界の隅、スモークガラスのあるおしゃれな雰囲気のする部屋のドア。
 その部屋のスモークガラス部分に、何かが張り付いて此方をにらみ付けているのである。

 (トシィィィィィィ!!? やっぱりなんかいるよアレ!? なんかこっち睨み付けてるよ!!?)
 (落ち着け近藤さん! ありゃアレだよ、ただの汚れだよ。ゆ、幽霊なんてい、居るわけないじゃねぇか)

 ガリ……ガリ、ガリガリガリガリガリガリガリガリッ!

 (トシィィィィィィィィィ!!? やっぱ居るって!!? ゴースト的なあんチクショウがそこに居るって!!?
 引っかいてるもの!!? ガリガリ扉引っかいてるものぉぉぉぉぉぉぉ!!?)
 (おちつけぇぇぇぇぇ!!? ありゃあ幽霊なんかじゃ断じてねぇ!!? あれはお隣の田中さん的な何かなんだよきっと!?
 おすそ分けを持ってきて、つい勝手に上がり込んじゃうお茶目さんなんだッ!!)

 二人が必死こいて現実逃避をしていると、「できたわよー」などと声が上がってにこやかな表情の夢美がキッチンから姿を見せる。
 いつもの赤い普段着からマントを取っ払い、エプロンを着込んだその姿はまるで新妻の如し愛らしさで悶える事請け合いである。扉の向こうの田中さん(仮)が居なければだが。

 「とりあえず、炊き込みご飯と野菜サラダと、グラタンも作ったから、遠慮なく食べてね」
 「お、今日は力入ってるなぁ教授」
 「ふふーん、どうよちゆり? 私だって女の子だからね、男の人に手料理作るって言うの、結構夢だったのよねぇ」
 「あー、大学じゃ教授は男の気配もなかったからなぁ」
 「余計なお世話よ」

 笑顔のまま青筋を浮かべるという器用な真似をしつつ、ちゆりの耳を引っ張る教授。
 そんな微笑ましい光景とは裏腹に、土方と近藤の視線の先には、ドアノブをガチャガチャと動かして今にもあのドアが開こうとしていた。
 そして、乱暴に扉が開き、悪夢がまさに起ころうとした、その刹那。

 今にも突撃しようとした幽霊に、飛んできた手榴弾ことパイナップル爆弾が直撃した。

 あがる小爆発。顔面を吹き飛ばされる幽霊。そのまま首なしのまま断末魔をあげながらのた打ち回り、そして霞のように消えていった。
 呆然と、今の手榴弾を投擲した少女に視線を移す二人。
 そこにはなんというべきか、まるで野球選手のようなきれいなフォームの夢美教授が、いい汗かいたといわんばかりに構えをといて額の汗をぬぐう。

 「あのー、夢美ちゃん。今の、何?」

 恐る恐るといった風に、近藤が疑問を投げかける。
 すると彼女は、にっこりと満面の笑顔を浮かべた後、惚れ惚れするような澄んだ声で。

 「対オカルト用パイナップル爆弾。略してオッパイよ!」
 「女の子がそんな略称つけちゃいけませぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!?」

 そんな言葉をつむいだら、近藤から盛大なツッコミが飛んできた。
 それも無理らしからぬことだろう。こう、幽霊とかどうでもよくなるくらいには、近藤的には見過ごせない言葉だったからである。
 同居人であるちゆりも「やっぱそうだよなぁ」などと同意の意を示してらっしゃる。

 「何を言ってるのよ近藤さん。オッパイはオッパイ以外の何物でもないわ。私がオッパイと名づけたのならそれはもうすでにオッパイなのよ!」
 「連呼しないでぇぇぇぇぇ!!? 女の子がそんな言葉連呼しちゃだめぇぇぇぇ!!?」
 「……近藤さん、なんでどんどん前かがみになってんだ?」
 「トシィィィィィィィィィ!!? それを指摘しないでぇぇぇぇぇ!!? 俺の男の尊厳が色々砂上の楼閣のように崩れ落ちるからぁぁぁぁぁ!!」

 そんな近藤の必死の訴えに、夢美は不思議そうな顔をして首をかしげ、土方とちゆりは事実に気がついたが指摘はしなかった。
 その代わり、生暖かい視線が飛んできたが、近藤はその視線を浴びて泣きそうになってたりする。
 そんな時である。土方の携帯に電話がかかってきて、プ○キュアの主題歌が流れてきたのは。
 ちゆりが驚愕のあまりに思いっきり噴出したが、土方は意に介さず電話を取る。
 何か緊急の用事だった場合もある。基本的に、彼は電話をいつも出るようにしているのだが……。

 『もしもし、私メリー。今、屯所の前に居るの』
 「うぉあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 不気味な女の子の声が聞こえてきて思いっきり携帯を窓の外に分投げたのだった。

 「どうしたの土方さん。もしかしてメリーさん?」
 「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇ!!? なんでわかるんだよ!!?」
 「いや、だってここの家、よくメリーさんから電話かかってくるし」
 「……そのたびに教授がイチゴクロスで迎撃するんだよなぁ。……物理的に」

 いや、私はもう慣れたけどな。と、どこか遠い目をしながら語る同居人のちゆりさん。
 どことなーく哀愁が漂っているのは、果たして気のせいだったのか?

 「というか、何でこの家こんなに幽霊出るの!!? もうやだぁぁぁぁぁぁ!!? 俺帰るぅぅぅぅぅぅ!!?
 帰ってドラミングしてバナナ喰うぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
 「いやぁ、ここに住み始めたときにも出たんだけどさ。その時に退治したわけよ。そしたら援軍呼ばれちゃったみたいでねぇ。
 ……素敵じゃない!! こんなにオカルトが集まる部屋なんて早々ないし、研究もし放題で創作意欲がうずくって言うか、研究心がうずくって言うかぁ」

 近藤の悲鳴に近い泣き言に、うっとりとした様子で答えるオカルトマニア。
 真っ青になる近藤と土方をよそに、どこか疲れきったようなため息をつくちゆり。
 最初は怖がっていた彼女も、今ではすっかり順応して幽霊ぐらい一人でもあしらえるようになってしまったのである。
 まったく持ってうれしくなかった。いやもう、本当に。
 そうして鳴り響く電話の音。土方が「まさか」といやな予感を覚えながら電話を取ると。

 『もしもし、私メリー』




 彼らの、長い長い女の子たちとの(悪)夢の同居生活は続く。



 ▼



 とある昼下がり。真選組の改築が終わった屯所にて。
 鴉天狗であり新聞記者でもある射命丸文の取材に山崎が受け流していると、ふと見覚えのある人物たちが荷物を持って屯所に入ってきた。
 ほかでもない、近藤勲と土方十四郎である。

 「ちょっと、局長に副長聞きましたよ。夢美ちゃんたちの家に泊まったんですって? みんなが「うらやましい」って文句言ってましたよ?」
 「あ゛ぁ゛?」

 とんでもなくドスの聴いた言葉だった。土方の目は血走り、頬はコケ、「てめぇ寝言ほざいてんじゃねぇぞ」と目が訴えてきた。
 対する近藤はもはや生気はなく、頬もコケ、今にも倒れそうなほど足取りも頼りない。
 そのまま、二人は屯所に歩いていく。
 一体なんだよと思った山崎だったが、隣に居た文がポラロイドカメラで彼らを取る。
 出てきた写真が徐々に色ついていき、「あややー……」とどこか苦々しそうに言葉をこぼし。

 「……随分、いっぱい憑いてきましたねぇ」
 「ほぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 写真を覗き込んだ山崎から上がる悲鳴。
 その写真に写る近藤と土方の背中に、ダース単位で肩に乗ってる悪霊の数々がうつっていたのだった。





 ■あとがき■
 ある少年が入手した一冊の本。
 その本から飛び出したのは一人の魔法少女。
 なんと、その魔法少女はクトルゥフの一人格であるという。
 ご近所の後輩にはハスターさんの一人格という少女が住み着いてさぁ大変!
 恐怖と絶望のSAN値がゴリゴリ削れる新感覚ラブコメディ。

 「魔法少女だよくとるぅふさん!!?」

 乞うご期待!! 

 ……とかいうオリジナルの話を思いついた俺はいっぺん頭打ったほうがいい気がする。
 とまぁ、作者の妄想はさておきまして、今回の話はいかがだったでしょうか?
 またもやあのマンションの話でしたが、なんか色々原作よりグレードアップさせてみました。
 そして教授のあの武器の略称は……うん、ごめんなさい。不快になった人が居たら本当に申し訳ない。
 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第七十一話「ニアミス、モロミス、毘沙門違い」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:d1a210c4
Date: 2010/09/11 19:42



 本日、この命蓮寺には珍しい客が訪れていた。
 一冊の本を抱えて聖白蓮の後を歩く小柄な少女。背に赤い翼を持ち、頭には小さな二本の角が見えているとおり、彼女は妖怪である。
 正確な名はないが、皆は彼女の綺麗な朱鷺色の翼からもじって朱鷺子と親しみをこめてそう読んでいるが、それはさておこう。
 彼女たちがいるのは様々な書物、宝物、像が置かれた蔵である。
 その中で目を輝かせる朱鷺子を視界に納め、聖白蓮はどこか微笑ましい様子でどこか楽しそうでもあった。
 もともと、面倒見のいい上に子供が好きなたちであるのだろう。その表情から慈愛の念がよく見て取れた。

 「すっごーい、本当にお宝の集まるお寺だったのねぇ。噂だと思ってたわ」
 「ふふ、うちの子のおかげよ。私としては、あまりそういうのには興味がないのだけれど」

 興味はないが、客寄せ、あるいは信者を集めるにはやはり必要なものではある。
 些か不順ではあるだろうが、教えを説くにもやはり何かしらのきっかけは必要なものだ。
 本当は、こういったものに頼らないほうがいいのだとは思うが、かといって思いだけで教えを浸透させることはできない。
 ままならないわねと、それは白蓮自身が思い悩むひとつの事実であった。
 そんな彼女の気持ちなど露知らず、朱鷺子は鼻歌交じりに蔵の中を物色している。
 もともと、本を読むことを楽しみとする彼女だが、それは裏を返せば知的好奇心旺盛だということと動議でもあるだろう。
 そんな彼女にとって、このもの珍しいものが集まるここは正に宝の山だったのだ。
 そうしてひとつひとつ見回していき、ぴたりと、とある物体の前で止まった。

 「……」

 無言のまま、目の前のソレをにらみつける。
 どこぞのヴァンパイアな格闘ゲームに登場する鎧武者そのものな真っ赤な甲冑を身に包み、微動だにせず直立する一人の男性。
 何の冗談か、その両頬には『天』とマジックで書かれており、どこかで見たようなロン毛が兜からたれていたりする。
 男と少女の視線が絡み合う。というかぶつかり合う。
 そろそろ沈黙に耐えかねたのか、男がおもむろに口を開き。

 「こんにちわ、毘沙門天でぐぼぁっ!!?」

 皆まで言わせることもなく、身長差などまるっきり無視した少女の踵落としがものの見事に炸裂したのであった。









 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第七十一話「ニアミス、モロミス、毘沙門違い」■












 「なんで桂がここにいるのよ!!?」

 場所を移しとある客間。
 そこには先ほどまで蔵にいたメンバーがのんびりとお茶をたしなんでいた。約一名は声を荒げていたが。
 そんな朱鷺子のこえにも動揺ひとつせず、先ほどと同じ格好の桂はずずーっとお茶を飲む。

 「何、俺がしばらくこの寺に厄介になっているということさ。白蓮殿のご好意でな、その代わりこの寺の経営を手伝っているというわけだ。
 ……ところで朱鷺子殿、先ほどの行動はいただけないぞ。もし本当に毘沙門天だったら喧嘩を売ってしまったということになってしまうではないか」
 「うるさいよ!? 今のあんたの存在そのものが毘沙門天に喧嘩売ってるでしょうがっ!!」
 「それから、年端もいかぬ朱鷺子殿があのような黒の下着をはくのはちょっとどうかと。婦女子たるもの、下着は清楚な白と決まっているではないか」
 「大きなお世話よ!!? ていうか、どこ見てんの!!?」

 顔を真っ赤にしてブンッと手に持った本を分投げるものの、とうの桂は涼しげな顔でソレを受け止めた。
 腐っても攘夷志士ということなのか、その動きによどみはまったくもって見られない。
 肩で息をする朱鷺子を視界に納めながら、「まぁまぁ」と聖が仲裁に入る。

 「落ち着いて、朱鷺子さん。それから桂さんも、女の子相手に配慮が足りませんわ。面と向かって下着の話などするべきではありませんよ」
 「む、……そうか。そうだな、俺の配慮がいたらなかった。すまぬな、朱鷺子殿」

 優しく諭されてそれに気づいたのか、桂は深々と頭を下げて謝罪を述べる。
 それに朱鷺子はまだ納得していないようではあったが、そこまでされて何かを言う気にはなれずに、ふてくされた様子で席に座った。
 その謝罪がからかうでもない、不真面目なものでもない、誠実なものであったからこそ、朱鷺子は何もいえずにお茶を飲むしかないわけで。
 今の格好が少々あれだが、この桂という男、ふざけているように見えていつも大真面目なのである。
 だからこそ始末に終えないという意見もあるが、ソレはさておき。

 「そういえば桂がここにいるってことはさ、あのエリザベスっていう変なのもいるわけ?」
 「無論だ。だが訂正してもらおう、エリザベスは変なものではない、エリザベスはエリザベスであってエリザベス以外の何者でもないのだ。
 たとえ中におっさんが詰まってようがアニメ監督が詰まっていようが、エリザベスはエリザベスなのだ」
 「ごめん、ツッコミ追いつかないんですけど」
 「何を言う朱鷺子殿、エリザベスは俺の大事なペットだということをわかっていればいいのだ」
 「中におっさん詰まってんのに? 監督さん詰まってるのに?」
 「おぉ、エリザベス丁度いいところに」
 「聞けよ畜生」

 朱鷺子のツッコミ無視して部屋を通りがかったらしいエリザベスに声をかける桂に恨みがましい視線を向けつつ、彼女は疲れたようにため息をつく。
 桂のマイペースなところは知っているし、どうせこのまま問い詰めたってうまくはぐらかされるのが関の山だろう。
 そう思って、朱鷺子は桂と同じようにエリザベスへと視線を向け。

 [巻き割り終わったよ、桂さん]
 「って、何でよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」

 思わず盛大にツッコミを入れることになったのであった。マル。
 彼女の視線の先、そこにいたのは雲の妖怪の入道である顔だけオッサンの口から、目と嘴だけ出したエリサベスの姿だったのである。
 なまじ見た目のインパクトがすさまじかっただけに、朱鷺子が思わず大声を上げたのも無理はあるまい。だって、どう考えたって食われて顔出してるだけにしか見えないのだから。

 「どうした朱鷺子殿、なにかおかしいものでも見たか?」
 「どうもこうもあるかっ! 何なのよあの意味不明不思議生物!!? 雲のオッサンとオ○Qが変な風にジョグレス進化しちゃってるじゃないの!!?
 中身がオッサンなだけじゃなくて外面もかんっぺきにオッサンと化してんじゃないのよ!!?」
 「違ぁぁぁう!! あれはオッサンではない!! オッサンの雲山殿とエリザベスが融合した『ウンザベス』だ!!
 すごいんだぞウンザベスは! 分裂だってするんだぞ!!? 一人で『ファンファンウィーヒッザステーッステー』もお手の物なオッサンなんだぞ!!?」
 「結局オッサンじゃないのよぉぉぉぉぉぉぉ!! ていうかそこの不思議生物!!? 頼むからそこで時間差でぐるぐる回るな!! それから歌うなぁぁぁぁぁ!!」
 「さぁ、朱鷺子殿もどうだ!!? さぁ、聖殿も!!」
 「あら、楽しそうね。じゃあ、一緒に」
 「混ざるなぁぁぁぁぁぁぁ!! ていうか聖はそこで混ざっちゃだめだってばっ!!? もうツッコミ追いつかないよぉぉぉぉ!!?」

 とんでもないカオスな空間が出来上がりつつあった。
 十体に分裂したウンザベスと桂、聖が時間差で上半身をぐるぐる回し、朱鷺子がそれにツッコミを入れるのだが収まる気配は一向になし。
 ぐしゃぐしゃと頭をかきむしる朱鷺子の心労、押して知るべしと言ったところだろうか。

 「姐さーん、ネズミが帰って……」

 そんな中、カオス空間に助けがはいるかのように襖が開いた。
 一人の尼が何かを報告しようと口を動かしたが、その光景を見てピタリと止まる。
 聖白蓮を慕い、この寺で生活する入道使い、雲居一輪である。
 その女性の登場に、あぁ、よかったと朱鷺子は安堵の息をこぼす。
 身内から注意されれば、いくら彼らも止まるだろうとホッと一安心……。

 「……素敵、姐さん」
 「なんでだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」

 したかったけど、同じ穴の狢だったことを確認して心底絶望した。とりあえず、思わずツッコミ入れるぐらいには。

 「あら、一輪。あなたもどう? 結構楽しいわよ?」
 「はい、喜んで姐さん!!」
 「待ってよ!? 落ち着こうそこのお姉さん!!? 冷静に状況考えようよ、この状況で仲間入りしたらお姉さんまで頭アッパッパーの仲間入りだよ!!?」
 「……あら、雲山なんかいつもと違うわね、イメチェン?」
 [いいえ、合体の結果です。むしろ、あなたと合体したい]
 「イメチェンどころじゃないでしょう!? ていうか何そのプラカード!!? どういう意味での合体なのさ!!? 」

 なんか余計にカオス空間が増殖中。
 ついには一輪も輪に加わり、どこかで見たような踊りを繰り広げる目の前の寺関係者。
 なんだか泣きたくなってきた。ていうか、むしろ帰りたい。
 帰りたいけれどしかし、肝心の出口は目の前で踊るアホ共に塞がれて出ようにも出られない。
 そろそろ、朱鷺子がストレスでぶっ倒れそうになり始めたころ、再び部屋の襖が開いた。

 「聖、今帰ったんだがご主人を……」

 ネズミの妖怪が絶句する。そして同時に、踊っていた迷惑な連中もピタッと停止。
 聖以外のみんなして恐る恐るといった風に首を回してネズミ妖怪ことナズーリンに視線を向け、しまったといった風に顔をゆがませた。
 気まずい沈黙。気まずい空気。その中でいまいち事態を把握できてない聖さんは、急に止まってしまったみんなに「はて?」と首を傾げるばかり。

 「……桂。これはどういうことかな?」

 額に青筋を浮かべ、こんな事態を引き起こしたであろう人物に視線を向けるナズーリン。
 しかし、桂はいたって真面目な表情を崩さぬまま、ナズーリンの視線を真っ向から受け止め。

 「桂ではない。毘沙門天だ」

 はたして、その言葉にどれだけの意味がこめられていたことだろう。
 そして桂はその言葉を彼女に向けていうことがどれだけ危険なのか、果たして理解していたのやら。
 毘沙門天の代理の寅丸星の部下である以前に、彼女は毘沙門天その人の直属の部下であるというのに。
 にっこりと、花が咲くような満面の笑顔がナズーリンに浮かんだ。
 ……無論、額にはしっかりと青筋が浮かんでいたが。

 「おい、そこのロン毛、ちょっとこっち来い」

 襟首をつかまれ、ずるずると連行されていく桂。
 その姿を呆然と見送る朱鷺子は、いまだにぐるぐる回るように踊ってる方々をどうすればいいのか途方にくれたのであった。






 後日、桂に振り回されがちなナズーリンと朱鷺子に友情が芽生えたとか何とか。


 ■あとがき■
 ちょっと最近スランプ気味な作者です。
 なんだか勢い任せなうえに短い話になってしまいましたが、皆さんはいかがだったでしょうか?
 こういうのを書いている以上、スランプっていうのはどうしてもつき物なんですが、なかなかうまくいきません。
 それでは、今回はこの辺で。

 ※ちょっとオチに思うことがあったので修正しました。安易にネタばかり詰め込むのもあれだと思ったので。
 それでは。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第七十二話「キャンプに大人数で行くと何が起こるかわからない・前編」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:81e78fd8
Date: 2010/09/14 00:21




 程よい涼しさが身を包む秋の季節。
 とある山のはずれのキャンプ場に、多くの少年少女たちが集まっていた。
 色鮮やかな紅葉が見るものの目を奪い、その美しさだけでもキャンプに参加した意義があるというものだろう。

 『ほあっちゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 もっとも、中には絶景よりも食欲な者たちもいたりするのだが。
 上がったのはぱっと見20mほどの巨大な水柱。その下手人はチャイナ娘こと神楽と、吸血鬼の妹であるフラン。
 二人が拳で生み出した水柱から、ぼとぼとと溢れるように落ちてくる川魚の山。

 「オイィィィィィィ!!? 二人とも何してんのぉぉぉぉぉぉぉ!!?」
 「うるせーヨ新八、今日の晩御飯のオカズ調達しろっていたのお前アル」
 「そーそー、だから私と神楽が手っ取り早く川魚を取ってるんじゃない」
 『ねー♪』
 「『ねー♪』じゃねぇぇぇぇぇぇぇ!? だからってどんな取り方してんだお前ら!! 他の皆さんドン引きしてんじゃねぇかぁぁぁぁぁ!!?」

 楽しげに手を打ち合わせる神楽とフランに、新八のツッコミが飛んでいく。
 キャンプだというのに日傘を指した二人はそれを苦にするでもなく、このキャンプ場を楽しんでいるようだった。
 もっとも、それに比例して新八のストレスは鰻上りだったが、そこは指摘しないのが花というやつなのだろう。
 今日も今日とて、新八はツッコミとしてあちこち大忙しな一日となりそうである。









 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第七十二話「キャンプに大人数で行くと何が起こるかわからない・前編」■












 「まったく、あの子ったらはしたないわね。あの子は自分が吸血鬼だって自覚あるのかしら?」

 非常識なことやって大はしゃぎする二人を見つめながら、大きなパラソルに高級そうなテーブルを持参という、別の意味で非常識なことをやってる吸血鬼はため息ひとつ。
 そんな彼女に、微笑ましそうな視線を向けるのは魔女の友人である。

 「あら、私にはあなたが嬉しそうに見えるのは気のせいかしらね、レミィ」
 「絶対に気のせいよ。パチェの気のせい。……ちょっと、咲夜に小悪魔まで何笑ってるのよ?」

 パッチュリーの後ろに控える小悪魔、そして自身の後ろに控えている咲夜が笑っているのに気がつき、憮然とした様子のレミリア。
 しかし、曖昧に誤魔化されてはレミリアも何も言えず、その憮然とした視線を同じパラソルにいるもう一人に向けた。

 「おい、銀髪。あんたあの子に何吹き込んだの?」
 「吹き込んでねーよ、ありゃ天然だよ天然。つーか、吹き込んでるとしたら神楽だろ絶対」
 「いや、ていうか人と話すときぐらいジャンプ読むのやめろこの馬鹿」
 「うるせーよ、銀さんからジャンプ取ったら何が残るってんだよこのヤロー。ていうか、何でギンタマン巻頭カラーなんだよ、後ろの方行っとけよおもしろくねーんだから」
 「おい、今ギンタマンを馬鹿にしたか銀髪!? 今すぐ取り消せ!! あの漫画ほど人間の愚かしさとか駄目具合とか、その中にある人情劇がすばらしい作品はないんだぞ!!?」
 「いや、ねーよ。ありゃただ駄目人間寄せ集めただけじゃねーか」
 「よし、表に出ろ! お前に拳でギンタマンの素晴らしさを語ってやる!!」

 レミリアが日傘持ちつつ、銀時の襟首をつかんで歩き去っていく。
 なんだか本格的に騒がしくなってきたのを感じて、パチュリーは疲れたようにため息をひとつ。
 このままだとなんか銀時の命が危うそうだが、まぁ医療知識のある鈴仙もいるので一応大丈夫だろうと結論付けた。
 親友がいなくなったことで暇になったのか、魔女は携えていた本を開いて読書にいそしむことにしたらしい。
 なんとも暢気なもんである。

 「咲夜、あの三人は?」
 「あぁ、アオ達なら美鈴とはたてとかいう鴉天狗と一緒にテント作るの頑張ってますわ」
 「あらそう。遊びほうけている連中よりはよっぽどマシかしらね」

 魔女の言い分に咲夜がちらりと辺りを見回せば、食料調達をしている神楽、フラン、新八はまだいいとしても、天子や文なんかはその辺を自由に歩き回っている。
 そんな魔女の言葉に声を返したのは、傍らにいた彼女の従者だった。

 「パチュリー様、そうおっしゃらず。こういうときは、仕事も忘れてパーッと楽しむのがルールというものです」
 「そういうものかしら?」
 「そういうものですよ。ほら、妹様もあんなに楽しそうです」
 「反比例して眼鏡が大変そうだけどね」

 魔女の言葉のとおり、楽しそうに根本的に間違った魚捕りを楽しむ神楽とフラン、そしてツッコミに忙しい新八。そしてどんどん遠くのキャンプ場に避難なさる一般の方々。
 そんなこんなで、この場が紅魔館メンバーとよろず屋メンバーの独占状態になるのには、さして時間はかからなかったのである。
 ……とんでもねぇ迷惑っぷりだった。

 「あはは、私ちょっと手助けに行ってきますね」
 「……正直、あなたにあの二人が止められるとは思えないんだけど?」
 「何をおっしゃいますパチュリー様、私はあなた様の使い魔、腕っ節は貧弱なれど、私の最大の武器はココですよ」

 トントンッと自分の頭をつつく小悪魔。そんな彼女の様子にため息をつき「好きになさい」と投げやりにつぶやいてから読書を再開。
 後ろの方で銀時の悲鳴やら爆発音やら聞こえてくるけど気にしない。魔女は無関心を貫くことに決めて、キャンプ場だというのにのんびり紅茶を一口。
 今日も世界は平和だった。主に魔女の周りと美鈴の周りだけ。

 そんな時である。のんびりと読書を楽しんでいた魔女と、優雅にたたずんでいるメイド長のところに、アオが慌てた様子で訪れたのは。

 「どうしたの?」
 「あぁ、咲夜はん。レミリアちゃんと銀ちゃん知らへん?」
 「あの二人なら」

 ちらりと、視線だけをそちらに向ける。
 アオもそちらにつられた様に視線を向けると。

 「だぁかぁら、ギンタマンは面白いって言ってんでしょう!!」
 「うるせぇぇぇぇぇ! 俺は断じてみとめねぇ!! ブ○ーチの方が絶対面白いから!!」
 「確かにブ○ーチが面白いことは認めるわ!! でもね、ギンタマンだってブ○ーチに負けてないのよ!! 冗談はそのパーマだけにしときなさい!!
 お前のその頭なんて生まれた瞬間『卍・解!』とかいって爆発した結果でしょうが!!?」
 「んだとコラァァァァァァ!! 銀さんだってなぁ、ジャンプ主人公らしく『卍・解!』って叫びてぇんだよ!! パワーアップとかしてぇんだよ!!
 それから俺の頭は『卍・解!』した結果じゃねぇから!!? こんなの卍解じゃねぇから!! 卍解できたらお前にだって腕っ節で負けねぇんだよコノヤロォォォォォォ!!」
 「……うわぁ」

 ドン引きした。何にドン引きしたって、ふざけた人外バトル繰り広げてるくせに、その喧嘩内容のしょぼさにドン引きである。
 あと、いくら昼間だからって吸血鬼と互角に渡り合ってる銀時にドン引きする。ドンだけ人間の身体能力に喧嘩売ってんだよとか本気で考えてしまう。
 ……いや、それに関しちゃ何も銀時だけの話ではないのだが、それはさておき。

 「銀ちゃーん、レミリアちゃーん、ちょっとえぇ?」
 『うるせぇぇぇぇぇぇ、T○ L○VEる!派は黙ってろやぁぁぁぁぁぁぁ!!』
 「……前々から思うとったけど、実は仲ええよね二人とも。いや、そんなことよりも話聞いてほしいねんけどー」

 しつこくも食い下がるアオに、いまだに納得はいっていないようだったが二人ともひとまず喧嘩をやめた。
 レミリアはほぼ無傷、銀時はところどころ怪我がある辺りは、互角に見えてどうやら銀時の劣勢だったっぽい。
 いやまぁ、それでも十分異常だと誰もが判断するだろうが、そんな考えを隅におき、アオは言葉を続けた。

 「なんか真選組の人たちがこっちに来とるやけど。なんか場所を変えろとか何とか」
 「よし、追い返せ。フラン貸すから」
 「おい、なに人の妹勝手に貸してんだ銀髪。咲夜、全員仕留めて来なさい」
 「どっちにしても物騒なんやけど!? 二人とも指示が殺る気マンマンやんか!!?」

 人選的に皆殺しにする気としか思えない発言に、たまらずアオがツッコミをひとつ。
 そして今まさに命令を遂行しようと飛び出そうとした咲夜を、アオが慌てて腰に飛び掛るようにしてストップさせた。
 なにやら騒がしくなってきたところで、林のほうからゆっくりとした足取りで一人の男が現れた。

 「おーぅい、話はついたか?」
 「ゲッ!!?」

 そしてその男を見つけた瞬間、銀時から露骨に嫌な声が上がる。
 その男、名は松平片栗虎。警察庁長官の肩書きを持つ大物の一人であった。
 そして経験上、この男が現れると必ずといっていいほど碌な目にあっていない銀時にしてみれば、この反応は当たり前だったのかもしれない。

 「ごめん、みんな退く気はないっぽいわぁー。ていうか、咲夜はんマジおちついて? とりあえずナイフしまおか? ええ子やから!!」
 「そうか……しかし、オジさん困ったなぁ。お嬢ちゃんたちには以前迷惑かけたから穏便にぃ行きたかったが、こぉいつぁ仕方がねぇ」
 「なんかあっちはあっちで銃取り出しおったんやけどあの人!!?」
 「すまんなぁアオちゃあん。警察もしょせんマフィアみたいなもんだからよぉ」
 「少なくとも警察のトップとしてその発言あかんよね絶対!!?」

 さて、本格的に騒がしくなってきたキャンプ場。魔女の不愉快指数も鰻上り。
 ギャーギャーワーワーとあちこちで身内が騒ぎ始め、そろそろロイヤルフレアあたりで一掃しようかと本格的に検討し始めたころ。

 「よせ、片栗虎。ここには先にこの者達がいたのだろう。後から来たのはこちらだ。わざわざ追い出す必要もない」

 ピタリと、その声が聞こえた瞬間、先ほどまでアレほど騒がしかった喧騒がやんだ。
 そのあまりの不自然な静寂に、魔女が不思議そうに眉をひそめ、思わず辺りを見回した。
 銀時、新八、そして神楽の三人が、見てわかるほどに青い顔をさらし、他のメンバーはその理由がわからず首を傾げるのみ。
 そしてその答えは、林の奥から真選組の近藤、土方、沖田、妖夢とともに現れた一人の男性が握っていた。
 誰が見ても上質だとわかる立派な着物、江戸時代らしい髷に、凛々しい顔つき。
 レミリアたちは知らない。それが誰なのか。
 しかし、この世界の住人である銀時たちは知っている。

 「ここでキャンプをしよう、片栗虎。余もたまには、城下の者達と触れ合ってみたいのだ」
 (((しょ、将軍かよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?)))

 その名、徳川茂茂。紛れもない、この世界の、正真正銘の征夷大将軍である。
 銀時、新八、そして神楽の三人が、珍しくもその気持ちをひとつにした瞬間であった。

 「オイてめぇらぁぁぁぁぁぁ!! 全員集合ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 「はぁ? なんで吸血鬼の私が人間のお前の指示に従わなきゃいけないのさ?」
 「うるせぇちびっ子ぉぉぉぉ!! いいからとっととこっちに来い!! さもなきゃ銀さんが妖怪とか吸血鬼の領域すっ飛ばして大魔神になるぞコラァァァァァァァァ!!」

 いまいち事態のつかめないレミリアたちだったが、新八と神楽は急いで銀時の元に集まる。
 それでただ事ではないとわかったのか、いまだに怪訝な表情をのぞかせながらもココいいる紅魔館のメンバーもぞろぞろと集まった。
 その様子に文や天子も気がついたか、不思議そうな顔でその輪に加わっていく。

 「あやや、どうしたんですか銀さん?」
 「そうよ、珍しく動揺しちゃってさぁ」
 「うるせーよ! いいかお前ら、絶対にあの男に変なことすんじゃねぇぞ!!? 何たってこの国の将軍だからなアレ」

 文と天子の不思議そうな声に、銀時は硬い声で苦々しくつぶやく。
 何しろ、将軍がかかわるといろいろと嫌な事件ばかりに遭遇するのだ。キャバクラとか、床屋とか、あとプールとか。
 その辺の事情を知らないレミリアは、やっぱり怪訝な顔を崩さずに銀時に言葉を投げかける。

 「将軍ねぇ。そんなに強そうには見えないけど」
 「うるせーよ、とにかくこの国じゃ一番えらいんだよアレは!」
 「そう言われてもねぇ、いまいち実感が……わかりやすく例えなさいよ、わかりやすく」

 例え、といわれても銀時もうまいたとえが見つからない。
 そんな時、意外なところから助け舟が現れた。
 他でもない、レミリアの親友のパチュリーからである。

 「レミィ、要するに、吸血鬼的に言えばブラド公みたいなものよ」
 「なん……だと?」
 「え、今のでわかったんですか?」

 なんだかよくわからないたとえで物凄いうろたえるレミリアさん。
 そしてその名前がどういう意味を持つのかさっぱりわからない新八は、思わずそんな言葉をこぼしていた。
 そんな彼の気持ちなど露知らず、なるほどと頷くレミリア。もともと長く生きている文は将軍という肩書きの重さは理解しているし、天子も同じだ。
 とりあえず、みんな粗相があると面倒な相手だというのはおおむね理解したらしい。

 「まったく、めんどくさいねぇ。何だってそんなやつがここにいるんだか……、咲夜、アレには粗相のないようにね」
 「かしこまりましたわ、お嬢様。それにしてもまぁ、あなたたちも大変ね」
 「あー、本当に勘弁願いてぇよ。もうこれで何回目だよ、あの将軍とかかわるの……」
 「銀さん、案外苦労してるんですね」

 労わるような小悪魔の言葉が、妙に心にしみるのは果たして気のせいだったのか。
 一歩間違えれば打ち首になりかねないこの現状、もはやすでに数えるのも馬鹿らしい遭遇率だ。
 しかも、今回も餓えたサメのごとく問題ばかりを起こすような連中ばかりなのだから、その心労、推して知るべしといったところか。

 「んー、よくわからないけれど、あの変な頭の人に何もしなければいいのね?」
 「そのとおりよ、妹様。私たちにとっては将軍の存在なんて対して意味もないけれど、だからといって問題を起こすのも面倒だわ」

 パチュリーのいうとおり、彼女たちにしてみれば将軍の存在には大して意味はないが、だからといって何か問題を起こすメリットもないし、デメリットも見当たらない。
 どちらかと言えば、この中で一番困るのはほかでもない銀時たちだろう。
 何しろ、彼らには文字通りでメリットだらけなのである。

 「つーわけで、皆なるべく将軍に失礼のないよーに。なんかあったらマジで銀さんの首が飛ぶから。処刑されちゃうから」
 「大丈夫よ銀さん、私がうっかりして何かあっても幻想郷に住み込んじゃえばいいんだから!」
 「何その問題起こす気満々の発言!!? やめてくれないてんこ!!?」
 「あっはっは、だからてんこって言うなっつってんでしょーが」

 そんなわけでお互い殴り合いを始めた銀時と天子。
 その二人を見てため息をつく者、苦笑するもの、野次を飛ばすものとさまざまだが、何とか意見は一致したらしい。
 そこで、ふとパチュリーがアオに視線を向けると、彼女は何事か考え込んでいる様子だった。

 「どうしたの?」
 「いやー、パチュリーはん。なんちゅーか何か物凄く致命的なことを忘れとるような……」

 なにかが引っかかるのか、眉を八の字にして気難しげにうなるアオ。
 思い出さなきゃいけないような、思い出さないと致命的に手遅れになってしまいそうで。
 けれども思い出せずにうんうんとうなっていると、その答えは唐突に目の前に現れた。

 虚空からにじむように、その人影は現れた。
 転移したかのように現れたのは三つの人影。
 一人は青い髪をツインテールにした小さな少女、その背には鮮やかな蒼の翼。
 もう一人は鮮やかなエメラルド色のセミロング、赤い瞳。その手には薄桃色の日傘の少女。
 そして最後の一人は、金紗の髪を赤いリボンでポニーテールにし、純白のワンピースに純白の翼を持った少女だった。

 ピタリと、銀時が、新八が、神楽が、それどころか文も天子も、そしてレミリアすらもがピタッと硬直した。
 そして忘れていたものを彼女たちを見て思い出したのか、アオが冗談でなく顔を真っ青に染める。

 「こんにちわ銀さん、今日はアオに聞いていたよりも人数が多いですね」
 「まったく、あんたまでついてこなくてもよかったのにねぇ、幻月」
 「幽香ぁ。だーって、暇だったんだもん。いいでしょ別にぃ」

 三種三様、それぞれ好き勝手な言葉を述べるが、彼らにしちゃそれどころの話ではない。
 彼らは知っているのだ、彼女たちが訪れたという意味を。
 彼女たちが今このとき、このタイミングで、このキャンプ場に訪れたその意味を。

 「アオに誘われたんで、幽香さんと幻月さんも連れてきちゃいました。さぁ、楽しいキャンプにしましょう?」

 にこりと、青い翼の少女が微笑んだ。
 天使のように優しそうな、けれどもその実すさまじいサドッ気を秘めたその笑みを。

 「そういうわけよ、幻月ともども、お邪魔するわね銀さん」
 「そーそー、私こういうの初めてだから、ちょっと楽しみだわ」

 にこりと、日傘の少女が微笑んだ。
 太陽のような笑顔で、その実残虐性を秘めたその笑みを。
 楽しそうに、純白に翼の少女は笑顔を浮かべた。
 童女のような笑顔を、しかしその実、燻るような狂気を秘めたその笑顔を。

 はたして、彼らにはその笑顔は前者と後者のどちらに映っただろうか。
 数秒か、数分か、どちらともつかぬ沈黙の後。

 『どういうことぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?』

 その場にいたほとんどのメンバーから、悲鳴にも似た絶叫が木霊した。

 最強と名高い花の妖怪、風見幽香。
 その友であり、子供のような狂気を孕んだ幻月。
 そして、最近彼女たちと友好関係を持つようになったアオの姉のソラ。



 幻想郷、アルティメットサディスティッククリーチャー三人衆。
 満を持して、ここ将軍のいるキャンプ場に登場である。



 ■あとがき■
 ども作者です。相変わらずちょっとスランプ気味。
 ただ、体調は回復したので、いろいろ書きながらスランプ脱出したいと思います。
 次は後編ですね。次回、将軍はどうなることやら……。
 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第七十三話「キャンプに大人数で行くと何が起こるかわからない・中編」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:6a013f6b
Date: 2010/10/06 17:46





 空気が、一変する。
 果たして、それは誰がもたらした沈黙だったのか。
 たった三人。そのたった三人の登場が、この場の空気を変えてしまった。
 だが、それも無理らしからぬことだったのだ。
 人はその三人の少女たちを、こう称するだろう。

 アルティメットサディスティッククリーチャー、究極のドS怪物と。

 (まずい、まずいですよ銀さん!)
 (あぁ、まずいなんてもんじゃねぇ。今までだって蜂蜜塗りたくった出川○郎を飢えた熊の群れに放り込むようなもんだったが、これじゃ追跡者の群れに丸腰のブラッド放り込むようなもんじゃねぇーか!
 もう見るにたえねーよ。どう考えたって死亡フラグ以外の何物でもねぇじゃねぇーかよ!!?)

 冷や汗だらだら流しながらアイコンタクトを成立させる新八と銀時。
 長年の付き合いがそうさせるのか、それともこの危機的状況がもたらした奇跡だったのか。
 逃げ出したアオを空間渡ってソラがとっ捕まえ、残り二人も彼女のところに行って囲んでいるのを見送りながら、レミリアも銀時と新八のアイコンタクトに入り込む。

 (どーすんの銀髪ッ!? 粗相のないようにとか言った手前、それを破るのは私のプライドが許さないって言うのによりにもよってあの三人!!?)
 (うるせーよ、今それを考えてるんだろーが!!? 大体なんであの三人まとまってんだよ、ありえねーよ!! 明らかに過剰戦力だろッ!)
 「あ、なんだあんた等も来てたんですかぃ?」
 「あら、久しぶりね沖田」
 「こんにちは、沖田さん。お勤めご苦労様ですわ。どうです、ご一緒に?」
 「お、そいつぁいいや。じゃ、ちょっとだけ」
 「銀ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!! ヘルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥプ!!!?」
 (((増えたぁぁぁぁぁぁぁ!!!?))) 

 そんな空間にまたドSが増えたもんだからさぁ大変。
 今までだって無理ゲー状態だったのに、サド王子が加わったことによって事態は更なる泥沼に陥りつつある。
 目の前で弄り倒される哀れな青い鳥から視線をはずし、銀時と新八とレミリアは円陣を組むように身を寄せ合った。

 (どうするんだ!? もはや手がつけられないよ!?)
 (うるせぇぇぇぇぇ!! 知恵を搾り出せレミィ!!? 大丈夫、お前ならできるから!!)
 (お前がレミィとか言うな天然パーマが!!)
 (んなこといってる場合ですかッ!! どうするんですか、将軍に何かあったら僕ら打ち首ですよ!!?)
 (だから、そうならないように今から考えるんだろーが!! いいか、敵は少数とはいえ強大だ。ドSの中のドSの集まりだ。だからこそ俺たちは数に頼るしかねぇ!)
 (あぁ、幸い私たちには人数がいる。だが、それでもアレを相手にするには少々戦力的に心もとない!)

 何しろ、相手が相手である。
 常識とか道徳観念とかあさっての方向にポーンっと投げ捨ててそうなドSたちだ。
 しかも、どいつもこいつも実力的に申し分ないのだから非常にたちが悪い。幽香にいたっては「大量虐殺も遊びのうち」などとさも当然のように口にするクリーチャーである。
 加えて、将軍から危険を守るという戦力としてみるには、身内に不安の残るメンバーなのも痛いところ。
 パチュリーは微塵も興味などないだろうし、フランにいたっては勢いあまって将軍を消し炭にしかねないし、神楽にいたっては真顔で何をおっぱじめるやら。
 人格的にも戦力的にも唯一適しているのが門番の紅美鈴なのだから、彼らの戦力に不安が残るのは火を見るより明らかだった。

 (愚痴をこぼしても仕方がねぇ。足りねぇぶんは俺たちがカバーすんぞ。いいか、まずはレミリアはあの門番の姉ちゃんを―――)
 「一番、天子! 地割れ、いっきまー―――」
 「って、待てやオィィィィィィィィ!!!」
 「おぶぅっ!!?」

 話し合いの最中に天子がとんでもないことをやらかそうとしたもんだから、銀時があわててタックルの要領で天子の動きを止める。
 獅子身中の虫とはこういうことをいうのだろうか。早くも前途多難な雲行きを感じさせるに十分な光景だった。
 そんな光景を見やり、新八は思う。

 「あぁ、これ僕ら死んだな」

 ついでに思った言葉が悲しみを帯びてついて出た。








 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第七十三話「キャンプに大人数で行くと何が起こるかわからない・中編」■













 「おめぇは一体何しようとしてんのぉぉぉぉぉぉ!!?」
 「いや、なんとなく?」

 勢いあまってマウントポジション取りながら問い詰める銀時に、何ゆえか照れくさそうな天子さん。
 恥ずかしそうに「てへ」などと舌を出すさまは非常に愛らしいのだが、残念ながら今の現状だと銀時の怒りを煽るだけの結果にしかならないわけで。

 「おいおい、こんな真昼間から随分とお楽しみじゃないのよぅ。オジサンもまぁぜろやぁ」
 「オメェは一体どんな勘違いしてんだクソジジィ!! てんこも顔を赤らめんのやめてくんない!!?」
 「真昼間から事をおっぱじめるヤツァみんなそういうのよぉ。オジサンのいうこと信じなさい。オジサンの9割は正しさでできていますぅ」
 「オメェのピンク色な9割なんぞ信用できるかぁぁぁぁぁぁ!!」
 「はーい、銀さん天子さんピースしてください!!」
 「ブンブンは一体何を撮影してんのぉぉぉぉぉぉ!!?」

 ギャーギャーと騒がしくなる一角。
 その光景を見やりながら、レミリアは憂鬱そうなため息をひとつつく。
 彼女自身、自分の発言にはそれなりに責任を持っているつもりだ。
 吸血鬼である以前に、一つの館を統べる主人として、自分なりの矜持とプライドを持って自分の言葉に責任は持っている。
 一度いった言葉に二言はないし、それを反故にするのは誇り高さを是とする彼女にはもってのほかだ。
 だからこそ、これからのことを思うと頭が痛い。思わずこめかみに指を当てて揉み解した彼女の心労、押して知るべしといったところか。

 「咲夜、美鈴たちも呼んできて。今回はちょっと面倒なことになったわ」
 「かしこまりました、すぐにでも」

 傍に控えていた咲夜に言葉をかけ、彼女が時間を止めて文字通り姿を消したのを確認すると、問題の四人に視線を向ける。
 風見幽香、幻月、沖田総悟、ソラの四人。おそらくそれぞれがサドメーターを問答無用でブッチギルだろう問題児ばかり。
 その問題児から将軍を守るのである。なんで吸血鬼の自分が将軍守らなきゃならんのかと頭が痛んだが、一度言った言葉を撤回するつもりもない。

 新八の尽力によってようやく開放アオが開放されたのか、二人であの三人に事情を説明しているらしい。
 沖田はすでに隊のほうに戻っており、今は近藤と土方、妖夢と一緒に将軍の傍に控えている。
 新八とアオの説明が吉と出るか凶と出るか、注意深く見守っているレミリアの元に猫のように襟首引っつかんで天子を抱えた銀時が戻ってきた。

 「あら銀髪、お楽しみだったみたいね」
 「おい、レミリアまでやめてくんない? 銀さんそんな趣味ないからね? 誤解招くような発言勘弁してほしいんですけども?」
 「むー、銀さんそろそろ猫扱いやめてくれない?」
 「やかましい。お前のような気まぐれ天人は猫扱いで十分だコノヤロー」

 天子の意見ばっさりと切り捨て、猫掴みしたままで銀時も新八とアオのほうに視線を向ける。
 一方の天子は面白くなさそうにムーッと頬を膨らませていたが、やがてあきらめたのか彼女も問題のメンバーに視線を向けた。
 すると、ちょうど説明が終わったのだろう。得心がいったといったように、幽香はふむっと一息つく。

 「なるほど、事態は把握したわ」
 「まったく、そういうことは早く言ってくださればいいのに」
 「わかってもらえましたか。幽香さんソラさ―――」

 ぴたりと、新八の言葉がとまる。ついでに表情も完全無比に硬直した。
 やがて次第にだらだらと流れてくる冷や汗という名の絶望の証。
 アオにいたっては完璧に顔を青ざめさせ、いまいち事態がわかってないのか幻月は不思議そうに首をかしげていた。
 それも無理もあるまい。何しろ、新八とアオの視線の先には。

 「そんな楽しそ……じゃなくて、大変なことでしたら私たちも進んで協力しましたのに。ねぇ、幽香さん?」
 「そうよ、水臭いわよ二人とも。私だっておもしろそ……じゃなくて、大変だったのなら私も協力するのに」
 『ねぇー?』
 ((ニ、ニッコニコォォォォォ!!? 近年稀に見る超絶なご機嫌オーラかもし出してんですけどぉぉぉぉぉぉ!!!?))

 満面の笑顔だった。とてつもないほどの輝かしい笑顔だった。どのくらい笑顔かって言うと後光が差すぐらいとびっきりの笑顔だった。
 見る人が見ればほれてしまいそうな笑顔だというのに、銀時とレミリアには絶望しか感じないこの不思議。
 あと、協力するとか何とか言っているが、これほど胡散臭い台詞もあるまい。本音微妙にもれてるし。

 (銀髪ぅぅぅぅぅぅ!!? ヤバイ、あいつら将軍にちょっかいかける気満々だよ!?)
 (見りゃわかるよ! ヤベェヨよマジヤベェよ、むしろあいつ等に火がついちまったよ!!?)
 「お嬢様ー、咲夜さんから緊急事態だって聞いたんですけどどうしたんですかー?」
 『よし、よくきた美鈴!!』
 「わわ、何ですか二人して? びっくりしたなぁ」

 勢いよく振り向いたレミリアと銀時に若干引きつつ、冷や汗流しながら不思議そうに首をかしげる。
 彼女の傍にはテントの作業が終わったのか、撫子とルリ、そしてはたての姿も見えた。
 はたてはいまいち事態が飲み込めていないのかよくわかっていない表情をしていたが、こっちの事情にも詳しい撫子とルリは、将軍とソラ達を見つけて一発で事態を把握した。
 ……正直、心底把握したくなかったとは、後のルリの弁である。
 そんな彼女たちから、外の世界の話をよく聞く美鈴はというと、なんとなく事情を察したのか困ったような笑みを浮かべてぽりぽりと頬をかく。

 「あぁー、なんというかまぁ、不味い事態だっていうのはなんとなくわかりました」
 「わかったんなら話は早い。何か手はないか?」
 「うーん、そうですねぇ」

 主人の言葉にしばらく考え込み、やがてポンッと手をたたく。
 何かいい考えでも思いついたのか、にこやかな笑みを浮かべる彼女はどこか頼もしい。

 「少々、私に任せてもらってもよろしいですか?」

 安心させるかのような言葉に、レミリアは静かにうなずいた。
 何か考え合ってのことなのだろうということは想像できたし、レミリアも美鈴とは随分と長い付き合いだ。
 こういうときの彼女は、なんだかんだで頼りになるのだと理解している。
 長い間、紅魔館の門を守っている武人。時にはおっちょこちょいなところを見せることもあるし、少々サボり癖がないこともないが、頼りになるときは頼もしいものだ。
 そんなレミリアの思いを一身に受け、美鈴はスタスタとサドの集団に歩みを進めていく。

 「いらっしゃいませ皆さん。来て早速出悪いんですけど、食材の調達を手伝ってもらえませんか?」
 「あら、門番じゃない。それは私たちも手伝わなければいけないこと?」
 「あはは、お恥ずかしながら人数も増えましたし、いっぱい食べる子もいるんで食材が追いつかないんですよ。
 どうです、あそこで妹様と神楽ちゃんも魚を取ってますし、よろしければ手伝っていただきたいんです。今のままじゃとても足りないので」
 「……ふーん、まぁそういうことなら」
 「……仕方ないですわねぇ」
 「ねぇねぇゆーか、川魚ってどうやって取るのかな? 私初めてだからすっごく楽しみ!」
 「はいはい、そりゃよかったわねぇ。いいから落ち着きなさい」

 美鈴の話を聞き、しぶしぶといった様子で納得する幽香とソラ、そして将軍のことは最初っからあまり興味なかったのか、やったことのない未知の体験に胸を躍らせている。
 そんな様子の彼女らを見て、ほっと一安心と安堵の息を吐いた人物がどれほどいただろう。
 それはレミリアであったり銀時であったり、また新八やアオでもあった。

 「おーい姉御ー!! はやくみんな連れてこっちで魚を刈り取るネ!」
 「そうよー、早くしないと私たちが取りつくしちゃうわ!」
 「はいはい、言ってなさいお子ちゃま達め。ほら、行くわよ幻月」
 「はーい!」

 なんとも元気に手を上げる幻月をつれて、幽香も川のほうに向かっていく。
 なんだかんだと楽しそうなあたり、まんざらでもないのだろう。
 そんな彼女たちを見つめながら、くすくすとソラも笑顔を浮かべた。

 「ふふ、どうせならマグロでも引っ張りあげるとしましょうか」
 「いやいや、ソラさん川にマグロとかいませんから」
 「何をおっしゃいます新八さん。もしかしたら川にもマグロがいるかもしれないじゃないですか。ほら、あきらめたら夢はそこで終わりなんです!」
 「居ねぇっていってんでしょうが!! なんなの、そのマグロに対する飽くなき執念!!?」

 特徴的なツインテール揺らしながら、力いっぱい言葉にするソラに新八がツッコミをひとつ。
 それにもめげないのはやっぱり彼女らしいのか、「絶対マグロ取って見せます!」と意気込んで川のほうへと向かっていった。
 これでひとまず、一難去ったといったところだろうか。
 将軍から距離が離れる彼女たちを視界に収め、銀時はどっと疲れたようにため息をつく。

 と、そんな彼らに近づく影二つ。
 真選組副長、土方十四郎と、現在その補佐役の魂魄妖夢である。

 「ちょっと、銀さん大丈夫なんですかあの人たち?」
 「お前、何でよりにもよってあいつ等まで居るんだよ?」
 「うるせーよ、こっちだって予想外なんだよ。お前らだって心して将軍守れよ。こっちだって一杯一杯なんだから」

 妖夢が心配そうに言葉をかけ、土方が心底めんどくさそうな表情を浮かべる中、銀時はもう一度ため息。
 真選組の心配ももっともだろう。幻想郷に訪れたことのある彼らもまた、あの三人のサド具合をよく知っている。
 人のいい近藤は「大丈夫だろう」と笑顔で信じて疑っていないが、土方や妖夢は万が一もあると不安であるのだ。
 そんな彼らの会話に入り込んだのは、未だに事情をよく把握してないはたてだった。

 「よくわかんないけどさ、あの人間に危害を加えなきゃいいんでしょ? だったら今は安心していいんじゃない?
 あっちはあっちで楽しそうだし、後は私たちしだいでしょ?」
 「あ、あんたねぇ。気楽に言うけど大変なのよそれ」

 なんとも気楽なはたての言葉に、レミリアは盛大にため息をひとつ。
 しかしながら、実際にそのとおりなのだから笑えない。ここであーだこーだといったところで、結局頼りになるのは自分たちなのだ。
 いざというときは、自分たちが何とかして彼女たちを止める。
 それは銀時たちにとっても、そして真選組にとっても同じこと。
 あらためて川で魚を取ろうと奮闘する面々に視線を向ける。
 基本的に流水がだめなフランは初撃で手を怪我しており、そんな彼女を美鈴が肩車しているさまはなんともほほえましい。
 幻月は初めての体験に楽しそうな様子で夢中になっているし、そんな彼女を視界に納めて呆れながらも幽香も律儀に手伝っている。
 ソラもアオと新八を引き連れて、なんだかんだと魚取りを楽しんでいる様子だったのだが。

 「あーら、手が滑りましたわー」

 すっぽーんと、水の中に突っ込んでいたソラの手から放たれたのは、紛れもないカジキマグロだった。

 『って、なんでカジキマグロォォォォォォォォォォォォォォォ!!?』

 その場に居た全員から盛大なツッコミが上がったのも、無理らしからぬことか。
 だって、川にマグロである。カジキマグロである。鼻先が凶器と化した憎いアンチキショウなのである。
 そんな中、驚きをあらわにしたのは小悪魔であった。

 「あ、あれはっ!!?」
 「し、知っているのか小悪魔!!?」
 「はいお嬢様、アレは空間を渡る能力を持つソラさんの力をフル活用し、手の先だけを海につなげてカジキマグロを引っ張り上げたのです!!」
 「あのチビッ子何してくれてんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」

 見事な解説役としてきっちりと説明した小悪魔の言葉を聞いて、銀時が青筋を浮かべなあら怒鳴り声を上げる。
 体の一部分だけ転移させるという、ある意味高等技術をこんなアホなことに使用するソラに怒鳴り声を上げたくなるのも無理もないことだろう。
 いやだって、明らかに意図的な上にカジキマグロはすさまじい勢いで将軍に飛来しているのだし。
 油断した傍からコレである。まったく持って冗談ではなかった。
 だがしかし。

 「将軍あぶねぇ!!」

 意外なことに、その手前でカジキマグロをとめたのは沖田だった。
 飛来したカジキマグロをしっかりと抱え込むように受け止め、あわや串刺しかと思われた将軍は事なきを得た。
 まさかの人物が将軍の危機を救ったところを目の当たりにして、銀時たちは目を丸くして。

 「おぉっと、足が滑っちまったぃ」
 『って、将軍んんんんんん!!?』

 そのまま一回転してカジキマグロの尾びれが将軍の顔面にクリーンヒットしたのだった。
 こう、びたーんっと。
 その勢いはどれほどのものだったのか、飛来した勢い+遠心力というエネルギーの詰まった尾びれビンタは問答無用で将軍を吹き飛ばしたのである。
 びったんばったんと転げまわる将軍をボー然と周りが見送る中、沖田とソラがグッと親指を立てたのを目撃した人物は残念ながら誰も居なかった。

 「しょ、将軍んんんんんん!!? 総悟、なにしてんのぉぉぉぉぉぉ!!?」
 「何をいってんですかぃ近藤さん。こいつぁ不幸な事故でさぁ。ほら、あのまま放っておいたら将軍串刺しでしたぜぃ?」
 「おぅい、そこのお嬢ちゃん!? おめぇも何してくれてやがんだぁ!!?」
 「あら、かっこいいオジサマ。これは不幸な事故ですわ、まさかこんな川にカジキマグロが居るとは思いもよらず、びっくりしてしまったんですの。怖かったですわ、私」

 近藤、そして松平にとそれぞれ問い詰められ、いけしゃあしゃあと言い訳並べるサド二人。
 それを見て幽香はクスクスと今にも大笑いしそうなのだからたちが悪い。
 ソラに至っては「うぅっ」と今にも泣きそうな表情を浮かべるあたり、その演技に拍車がかかっているあたり末恐ろしい。
 何が恐ろしいって、傍目から見ると小さな女の子にヤクザが絡んでるようにしか見えないあたりが。
 いきなり問題が起こったことに対して、銀時たちはそろって頭を抱えたが、そんな中、20mはぶっ飛んだだろう将軍がムクリと起き上がった。
 そんな彼にあわてて駆け寄る松平は、やっぱり将軍の良くも悪くも父代わりであり悪友でもあるのだろうことが伺えた。

 「おい、将ちゃん大丈夫か?」
 「フフ、あぁ心配は要らない片栗虎。俺は大丈夫だ」

 クックックッと、何ゆえか怪しい笑みを浮かべてらっしゃる将軍様。
 その様子があまりにも異様だったからか、誰もが彼の様子がおかしいと気がついた。
 そんな回りの視線など露知らず、将軍は不敵に笑う。
 クツクツと、なんだか悪役みたいなすさまじい笑みを浮かべて。

 「このキャンプで、俺を満足させてくれよ片栗虎!」
 『なんか違うのが憑いたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?』

 その場に居た全員から声がこだまする。
 将軍の背後、みんなにはなんだか某満足で有名な中二病を拗らせたデュエリストの幻影が見えたとか何とか。





 ■あとがき■


 そんなわけで、次回は後編。
 気晴らしにTF5をやったら止まらなくなって行進が遅れました。
 TF5のモブがかわいくて困る件。
 ツァンディレとか、ゆまとか、マリアさんとか、ゆきのんとか。

 PS、将軍と満足さんって声優同じなんですね。最近はじめて知った作者でした。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第七十四話「キャンプに大人数で行くと何が起こるかわからない・後編」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:6a013f6b
Date: 2010/10/17 22:28



 ぴーひょろ~ ひょろりららら~

 気の抜けるようなハーモニカの音が夜のキャンプ場に鳴り響く。
 その下手人はほかでもない、頭を打ってなんかいろいろとおかしくなった将軍様である。
 いったい何をイメージしているのやら、髷を解いてハーモニカを吹く姿は一種の落ち武者以外の何者にも見えはしねぇのである。

 「おいおい、どうすんだよあれ、満足さんから後期満足さんにいつの間にかクラスチェンジしてんじゃねーか。
 誰かツッコミ入れろよ。あの落ち武者に誰か気の聞いた台詞で張り倒してやれよ頼むから!」
 「いやいや、無茶言わないでくださいよ銀さん。もうなんかあれ哀愁が漂いまくってんですけど。見てて物悲しくなってくるんですけども。
 そんな将軍になんてツッコミ入れればいいんですか!?」
 「あら? 『下手なハーモニカ奏でてんじゃねぇぞこのハゲ』とでも言って張り倒せばいいんじゃありません?」
 『いや、お前はもう黙ってろ』

 銀時と新八の会話に入ってきたソラに、二人そろってツッコミというよりも文字通りの苦情が飛ぶ。
 まぁ、二人のその言葉に誰もがうんうんと頷いたのも無理もないことか。
 何しろ、そもそもの原因はソラが海からカジキマグロを引っ張りあげて将軍めがけて分投げたのが原因なのである。
 その後は奇跡的にも、咲夜とか美鈴とか文とかその他もろもろの活躍もあって将軍への被害は免れたが、そのせいか彼女たちの大半が疲労でダウンしてしまっている。
 今残っているのは、銀時、新八、レミリア、フランの四人だけ。
 その苛烈さ、想像することすらも難しい。
 そして今、彼女たちはまた新たな試練を迎えようとしているのである。 

 「第一回ぃ、キャンプ場ぅ肝試し大会ぃぃぃぃ!!」

 夜も深くなったキャンプ場に、松平の声がこだまする。
 何めんどくさい企画思いついてんだよこいつ、という苦情を胸に秘め、銀時たちはこれからのことを思って絶望しているのだった。






 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第七十四話「キャンプに大人数で行くと何が起こるかわからない・後編」■










 ルールは簡単。各自くじを引き、四人一組を作って目的の場所にまで歩いていく。
 キャンプ場にある森を抜け、目的の祠に蝋燭があるのでそれをとって戻るだけの、簡単なルールだ。
 無論、真選組は万が一がないように周辺を警備するので不参加だが、なんの因果か銀時たちも参加する流れとなってしまったのである。

 「さぁ、くじを引けぃ。誰とあたっても文句は無しよぅ」

 そんなことをのたまいつつ、どう見てもヤクザな警察のトップがくじを差し出した。
 次々とくじを引いていく幽香たちを見つめ、銀時と新八は冷や汗を流しながら小声で会話を交わしていく。

 「どうするんですか銀さん、万が一幽香さんたちと将軍が同じグループになったら僕らじゃもうどうしようもないですよ!?」
 「俺だってどうするか考えてるよ。かなりの高確率であのドSの誰かと将軍が同じグループになるのは間違いねぇんだ。
 だったら、将軍と同じグループになった誰かがあいつらを止めるしかねーだろーが」

 小声でひそひそと言葉を交える二人に、しかしあわてる様子の彼らと違って余裕たっぷりの笑みを浮かべていたのはレミリアだった。
 その様子に怪訝そうな表情を浮かべる二人だったが、そんな彼らの様子にもかまわずレミリアはクスクスと笑う。

 「このグループを決めるのがくじだって言うなら好都合。お前たちは忘れてはいないか? このレミリア・スカーレットの能力を」
 「そ、そうか! レミリアちゃんの能力は確か!?」

 新八がみなまで言うこともなく、結果はすぐに現れた。
 幽香、ソラ、幻月が同じグループに固まったのである。
 運命を操る程度の能力。それが、彼女の―――レミリア・スカーレットの能力。

 「ふん、私の能力を使えばこの程度のことは造作もないのさ」
 「よくやったレミリア! これで将軍をこっちに引き入れちまえば新八一人の犠牲で住む!」
 「そうですよ! これで将軍も安全……ってあれ、銀さん今なんかさりげなく僕をあっちのグループに入れようとしてませんでした?」

 喜んだのもつかの間、なんか聞き捨てならない言葉を聴いてそちらに視線を向ける眼鏡。
 そんな彼らにあきれたようにため息をつきつつ、とりあえず将軍の心配がなくなったレミリアは安堵の息をこぼし―――

 運命を操作したはずなのに、何ゆえかあのドSと同じグループになった将軍を見て血反吐撒き散らしながらぶっ倒れたのであった。

 「お姉さまが、お姉さまがぶっ倒れたぁぁぁぁ!!?」
 「オィィィ!!? なんで将軍が彼女たちと同じグループになってんですかぁぁぁぁぁ!!?」
 「おいこらレミリアァァァ!!? ありゃ一体どういうことだよ!!? 考えうる限り最悪の状況じゃねぇかッ!!?」
 「ば、馬鹿な。奴の不運は私の運命を操る力すらも打ち破るというのか……あ、だめ、意識が遠のいていく」
 「寝るなぁぁぁ! 起きろぉぉぉぉ!! てめぇだけ楽になろうたってそうはいかねぇぞこらぁぁぁぁ!」

 ぴーひょろ~ ひょろりら~

 「うるせぇよこの馬鹿殿!! いい加減満足から立ち直れコノヤロー!!」

 ぴー ひょろひょろぴー ぴっぴっぴ!

 「何それ!? もしかしてそれ返事のつもりなんですか!!? めちゃくちゃ腹立つんですけど!!?」

 新八のツッコミも意に介さず、将軍はハーモニカから口を離さず演奏で返事するばかり。
 そんな様子を見て、今にも笑い出しそうなドS達。そのサドの中のサドから、幽香が将軍の腕に自身の腕を絡ませ、クスクスと妖艶に笑って見せた。

 「ふふ、決まったものは仕方がないわ。私たちは将軍とイイコトして楽しんでくるから」
 「オメェのいいことほど信用ならねぇもんはねぇんだよ!! ていうかソレいいことってお前にとってのイイコトだろーが!
 そのメンバーだとサディスティックパーティーまっしぐらじゃあねぇーか!!」
 「もー、銀時ってば心配しすぎだってば。私もソラもいるんだし、酷いことにはなんないよー。腕の一本か二本がもげてるかも知んないけど」
 「オメェはその発言で何を安心させようとしたの!!? 不安しかつのらねぇよ!!? お前馬鹿だろ!!? ぜってぇ馬鹿だろっ!!?」

 幽香の言葉にツッコミを入れる銀時を見て、幻月がフォローのつもりらしい言葉をつむぐのだが、ちっともフォローになってねぇこの不思議。
 とにもかくにも、このまま彼女たちを将軍と一緒に肝試しにいかせるわけにはいかないのだが、戦力差は絶望的だ。
 レミリアは自分の能力が通じなかったことにショックを受けて気絶しており、いくら銀時といえど彼女たちを相手にするのは自殺行為。

 「みなさーん、早く行きましょう」
 「そういうわけで、楽しんでくるわね銀さん」
 「って、待て待て待てぇぇぇぇぇ!! そのまま行かせるわけねぇだろーが!! つーか、あのクソジジィは何してんの!!? 黙ってねぇで何とか言えよ!!?」
 「あぁ、あの片栗虎とかいう人間ならソラがさっき殴り倒して気絶させてるけど?」
 「クソジジィィィィィィィ!!?」

 涙がちょちょ切れそうだった。
 よくよく見てみれば、頭に巨大なたんこぶを作って倒れ付している松平の姿。
 下手人のソラはというと、実ににこやかな笑顔を浮かべつつ、その手には巨大なハンマーが握られているんだから始末が悪い。
 こんなときに真選組がいれば少しは違ったのだろうかとふと思考して……極太レーザーの雨あられで逃げ惑う隊士達の姿がありありと創造できて絶望した。
 何しろ、ある程度の山なら一撃で吹き飛ばせる巨大レーザーをぶっ放せるのである。数の差などあってないようなもんだった。

 「まちなさい」

 そんな、今にも将軍を連れて行こうとした三人を止めたのは、フランドールだった。
 いつになく真剣な表情をのぞかせ、彼女は三人の前に立ちはだかっている。
 その光景を、意外に思ったのは誰だったか。
 幽香か、新八か、あるいは銀時だったのか。
 しかし、ソレも瑣末ごとだったのだろう。深紅の眼は、油断なく幽香たちを見据えている。

 「それ以上、銀時たちを困らせるなら私が容赦しないわ」
 「あら? 容赦しないって、私たち相手にあなた一人で勝てるとでも?」
 「あなたこそ、忘れてない? 私にはフォーオブアカウンドがあるのよ? 数の差なんてあってないようなものよ」

 「それに」と、フランは静かに目を閉じる。
 何を考えているのか、何を思っているのか、再び彼女は瞳を開ける。

 「銀時も、新八もここにいるわ。私は一人なんかじゃないよ」

 その言葉に、どれほどの価値があっただろうか。
 その言葉の意味に、どれだけの者が価値を見出せたか。
 以前の彼女からなら、決して飛び出すことのなかった言葉だと、誰が気づけるだろう。
 そのことを、銀時は知っている。
 そしてそれは、幻想郷に銀時たちがいたとき、よく彼の元にいた幽香も。

 「ふふ、あなたからそんな言葉を聞くことになるとは思わなかったわ」

 はたして、このこみ上げてくる楽しさは何なのか。
 その狂気ゆえに地下に幽閉され、人とのふれあいを知らなかった少女。
 霊夢たちと出会い多少は改善されたものの、外に出ることを望むことのなかった彼女は、今こうしてここにたっている。
 自分の感情に任せて暴れる出なく、いまここで幽香と対峙するのは銀時達のため。
 良くも悪くも、銀時たちといると誰もが何かしら変化するらしい。
 霊夢や魔理沙と同じように、何かを変えてしまう魅力を彼が持っているということなのか。
 もっとも、自分もその一人なのだから、疑う余地もないのだが。

 「わかったわ。この風見幽香、この名に誓って彼に怪我をさせないと約束しましょう」
 「……本当?」
 「えぇ、約束は守るわ。これでも、いいところのお嬢様だもの、私」

 くすくすと笑いながら、幽香は告げる。
 ソレは果たしてどんな気まぐれだったのか、自分自身で驚きながらも、けれどもいやじゃないと感じる自分がいた。
 ソレが不快にならないのだから、自分もずいぶんと変わったものだと、幽香は苦笑する。

 「いいの、幽香?」
 「えぇ、いいのよ幻月。約束は約束なのだし、純粋に楽しみましょう?」
 「うーん……、そうだね。うん、そうするわ」

 どこか楽しそうに、子供のような笑顔を浮かべて幻月も了承した。
 なんだかんだで、自分達は似たもの同士の親友なのだ。
 幻月は幽香のことを好いているし、唯一無二の親友だと思っているのだから、彼女の言うことには基本的に聞き分けがいい。
 そうとなれば、残るはソラだけだ。
 そんな彼女達の光景を見て、ソラは少しだけ残念そうな笑顔を浮かべたが……それだけ。

 「もう、これでは私だけ悪者じゃないですの。……わかりました、これ以上は彼に何もいたしませんわ」

 「あーあ」と、どこか残念そうにつぶやくソラを見て、幽香も苦笑する。
 ここまでいったのだ。大妖怪としてのプライドを持つ幽香だから、一度言ったことは必ず守るだろう。
 そのことを知っている銀時は、ようやく安堵の息をこぼした。

 「わりぃな、よくやったフラン」
 「ふふ、たまにはあなたの役に立たないとね」

 にこやかに、フランは笑った。
 どこかうれしそうに、どこか晴れやかに、今までとは違う、幼さの残らぬどこか大人びた笑顔。
 その笑顔を受け、銀時は「そうかい」とぶっきらぼうに返しただけ。
 それでも、その表情には笑顔が浮かんでいて、フランにはソレで十分だった。

 「さぁ、いってらっしゃい。楽しんできてね」
 「えぇ、そうさせてもらうわ。小さな吸血鬼さん、この風見幽香、約束は必ず守ら―――」

 ズドォォォォォォォン!!

 言葉が、途中で途切れた。
 上がる爆炎、もこもことあがる煙、そして将軍がいたはずのところに転がる船らしき残骸。
 パカッと、何事もなく扉が開き出てきた人物は、グラサンにもじゃもじゃした頭の誰かだった。

 「アハハー、運転ミスッて不時着してしもうたぜよ! ここは江戸であっとるかいのー?」

 いかにも馬鹿丸出しな台詞を大きな声で言葉にしながら、男は辺りをきょろきょろと見回している。
 銀時を見つけて「おー金時ぃー!!」などと大喜びしていたが、一同そんなこと気にしている暇はないわけで。
 かろうじて、将軍が残骸の中から這い出してきた。
 いかにもぼろぼろで、命が風前の灯の将軍は、フッと笑い。

 「これじゃ、満足……できねぇぜ……ガクリ」
 『将軍んんんんんんんんん!!!?』

 相変わらず何かに憑依されたまま、そんなことをのたまって息を引き取ったのだった。







 ▼

 その後、鈴仙の尽力もあってなんとか将軍は息を吹き返しましたとさ。



 ■あとがき■
 今回の話はいかがだったでしょうか。
 少しでも楽しんでいただければ幸いです。
 次回は少しシリアスになるかもです。

 PS、チラシの裏で遊戯王のSSを書き始めたので、興味がある方は読んでみてください。
 題名は『頑張る彼女の遊戯王生活』というSSです。……これだけ見るとあんまり面白くなさそうかも^^;
 こちらも、遊戯王のSSも難儀してますが、どちらも楽しんでいただけたらいいと思っています。

 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第七十五話「世界の中心で○○だと叫ぶ」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:314a2fa9
Date: 2011/04/07 02:32



 その日、紅魔館の誰にも告げずにこっそりとよろず屋に訪れたレミリア・スカーレットが見たものは、窓際に佇む見知らぬ誰かだった。
 マントを羽織り、長いもじゃもじゃの白髪、おおよそ記憶にない人物の存在は、彼女が胡散臭げな表情を見せるには十分だったわけで。
 こっそりと妹の様子を見に来たというのに、真っ先に見つけたのが顔見知りじゃなくて不審者である。そりゃ彼女も顔をしかめるというものだろう。

 「お前、何者?」

 静かな言葉は、有無を言わせぬ意思が込められていた。
 強く、鋭く、凛とした声は、夜を統べる吸血鬼としての威厳に満ち溢れている。
 問われれば反論はさせぬ、許さぬと、暗にそう告げるかのように。
 さながら、王の糾弾のような言葉。常人ならばその言葉をかけられただけで萎縮し、頭を垂れるだろう。
 そんな魔性の言葉を向けられながらも、男はクツクツとおかしそうに笑った。

 「おいおい、レミリア。俺のこと忘れちまったか?」
 「フン、生憎と私の知り合いにお前みたいな怪しい奴はいないんだが?」
 「随分な言葉だなァ、オイ。俺だよ俺」

 気さくな言葉を紡ぎ、男は振り返る。
 どこかで見覚えのある笑みを浮かべ、己を指差した男は、ただ一言。

 「銀さんだ」

 そんな、爆弾発言を投下しやがったのであった。










 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第七十五話「世界の中心で○○だと叫ぶ」■








 コチ、コチ、コチ。

 いたたまれない無音の中、秒針が時を刻む音だけが部屋を支配する。
 己を指差した男と、呆然とする少女が向かい合ったまま、どれほどのときが刻まれただろう。
 眉間を揉み解し、男の言葉をじっくり吟味したレミリアは、頭痛を堪えるようにため息をつくと、もう一度彼に視線を向けた。

 「……は?」
 「だぁから、銀さんだってば」
 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 先ほどの吸血鬼さながらのかっこよさはどこへやら、素っ頓狂な声を上げて驚愕を露にするレミリア。
 まぁ、無理もない話である。目の前の自らを銀時と名乗る男は、頬に傷があったりなぜかオレンジの胴着を着てたり共通点探す方が難しいぐらいだ。
 強いてあげるなら天然パーマと白髪ぐらい。

 「ほ、ほとんど別人じゃない。なんでそんなに変わってるのよ」
 「そりゃ変わるだろーよ。アレから二年もたってるんだぜ?」
 「たってないわよ! 確かに前回の投稿から半年近く離れてるけど、実際はあのキャンプからまだ一週間とたってないし!!?」

 もはやちんぷんかんぷんである。わけのわからない事態にますます混乱するレミリアに、救いの手が差し伸べられた。
 玄関から聞こえてくる聞きなれた声。それは紛れもない、よろず屋で唯一といっていい常識人、志村新八の声である。
 彼なら、彼ならきっとこの戯言を口にする銀時を何とかしてくれると、希望を抱いて玄関の方に振り返り。

 「Oh、レミリアちゃんじゃーん。チィーッス!」
 「お前もかぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 希望が粉々に粉砕された。
 生真面目だったメガネはグラサン赤髪のチャラ男に大変貌を遂げていたのである。
 くちゃくちゃガムを噛み、逆立てた髪にピアスに腕輪。もはや原形をとどめぬ志村新八の姿に、ガクリとレミリアは膝をつく。
 神(常識人)は死んだ。ふとそんなフレーズが脳裏に浮かんだ瞬間、玄関からパタパタと足音が聞こえてくる。

 「もう、新八君、彼女をおいて言っちゃうなんて酷い象さんの鼻ッ!」
 「HAHAHA、ゴメンヨォお通ちゃん! 許して朝鮮アサガオ!」
 「ふふ、そのお通語に免じて許してあげルーズソックス!」

 目の前でキャッキャウフフする元アイドルオタクとアイドル。
 驚愕のあまり、目が飛び出すんじゃないかってほどに丸くするレミリアは、信じられない様子でポツリと一言。

 「ウゼェ」

 紛れもない本心が思わずついて出たのであった。
 いや、そんなことよりも目の前の光景が信じられない。ありえないと言ってもいい。
 だって、新八である。あの新八が、あろうことか憧れのアイドルと彼氏彼女の関係になっているという事実が一番ありえない。
 どのくらいありえないかと言うと、目の前の新八の変貌がやウザさが些細なことに思えてしまうぐらいありえない。
 そんな風に目の前の光景が信じられない様子のレミリアの耳に、襖が開く音が聞こえてくる。
 其方に視線を向ければ某ネコ型ロボットよろしく、押入れで眠っている神楽が姿を見せたのだが……。

 「うー、うるさいアル。オチオチ寝てられないネ」
 「か、……神楽まで」

 大人の姿でグラマラスな体つきに成長した神楽を見て、レミリアはただ呆然と言葉を紡ぐしか出来ずにいた。
 まるで自分ひとりが置いていかれたような疎外感。自分の常識が、ガラガラと崩れ落ちていくかのような感覚。
 足に地がつかない、どこに足を踏み入れればいいのか、どこに立てばいいのかすらわからず、レミリアはよろよろと後退した。
 そんな耳に――最愛の妹の声が耳に届いて、ハッと我に帰った。

 「うー……ん、お姉様来てるのぉ~?」
 「フラン!」

 そう、自分は何を弱気になっていたというのか。
 自分には彼女が、最愛の妹がいるじゃないかと、胸に希望を膨らませて声のほうに視線を向ける。
 なぜか銀時のいる寝室からの声だったが、今のレミリアにはそれを気にする余裕もない。
 そうして、襖が開き――。

 「ふぁ~……おはよー」
 「えぇ、おはようフラ……ンンンンンンンンー!!!?」

 驚きの成長を遂げた妹の姿に、レミリアは恥も外聞も投げ捨てて驚愕した。
 何よりも違いがわかるのはその身長、レミリアと同じくらいだった背丈がザッと見でも160cmほどはあるだろう。
 美しかった金紗の髪は腰まで届くほど長く、毛先をリボンでまとめている。
 白い着流しのような寝巻きははだけ、その端々からその蠱惑的な体が確認できた。
 豊満な胸とくびれた腰、丸みを帯びたお尻に、裾から覗く足はすらりと細くしなやかでカモシカのようだ。
 今だ少女のあどけなさを残す女性の顔つきになった少女は、眠そうに目をこすりながらくぁっとあくびを一つ。
 一瞬別人かと思ったが、枯れ木に七色の宝石という異色な羽を見る限り、間違いなくこの少女がフランドール・スカーレットなのだろう。
 あまりの驚きに、銀時の部屋から胸の大きくなった天子が出てきたことも全然気がつかないあたり、彼女の驚きがどれほどかがよくわかる。
 そして、呆然とするレミリアを他所に、あろうことか成長したフランは銀時の背中に「えへへー」などと緩い笑みを浮かべて抱きついた。
 以前のフランだったなら単に微笑ましいだけだっただろうが、今の姿のフランがやるといろんな意味で危ない。状況的にも絵面的にも。
 一瞬、銀時に紛れもない殺意が沸いたがなんとか押しとどめ、二度ほど深い深呼吸。
 それでようやく、気持ちは落ち着いてくれた。状況の整理は未だにつかなかったが。

 「フラン、はしたないから止めなさい」
 「えぇー、お姉様のいけずー」
 「レミリアちゃんの言うとおりだよ。いくら銀さんと夫婦になったからって朝からイチャイチャしちゃ駄目だって」
 「新八のいう通りよ。いくらあなたと銀時がふう……」

 先ほど新八の口からとんでもない台詞が飛び出して、言いかけた言葉がピタッと止まる。
 ギリギリと新八の方に視線を向け、そしてもう一度銀時とフランに視線を戻す。
 窒息する金魚のように口をパクパクさせていると、その理由を察したらしいフランが一層強く銀時に抱きつき。

 「私たち、結婚したの!」

 その一言で、レミリアの眼球から血液の滝が流れた。

 「ちょっとちょっとフラン、私の事忘れないでよ。私だって側室みたいなもんなんだからさー」
 「ふふーん、いいじゃない天子。昨日は一緒に楽しんだんだからさぁ。縄って、結構新境地だったよね」

 フランの手首に縄の後を見つけ、今度はレミリアは鼻血を吹いた。

 「YOYO、銀さんマニアックじゃないですかー。いくら文さんたちが会社立ち上げて自立したからって、まだ神楽ちゃんいるんですよー?」
 「うるせーよ新八、銀さんあれだから。色々と縛るタイプだから。銀さんSだから」
 「そーそー、嫉妬はみっともないよー。ねぇねぇ銀時ー、子供何人欲しいー?」

 あんまりにも生々しい言葉に、とうとうレミリアは吐血。
 ごぽぁっと盛大な寮を吐血したにもかかわらず、誰にも気付かれないこの理不尽。
 さりげなく新八が驚きの事実をカミングアウトしたが、それを吟味して理解する余力もない。

 「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」

 あんまりにもあんまりな事実に耐え切れず、踵を返してレミリアはよろず屋を飛び出した。
 後ろから聞こえてくる静止の声も、愛しい妹の声すらも振り切って、江戸の町を小さな吸血鬼が走り抜けていく。
 みっともなく泣き叫び、血液の涙を辺りに撒き散らし、音速の壁を軽がる突破して辺りのものを根こそぎ薙ぎ払いながら全速力。
 人々が舞い上がり、車が吹き飛び、海の上を走りぬけ、そしてとうとう彼女は光の領域を突破した。

 太平洋を走りぬけ。

 砂漠に鎮座するピラミッドの斜面を駆け上り。

 自由の女神を駆け上がり。

 スーパーサイヤ人達の戦闘の間を駆け抜け。

 最速を目指すアルター使いの車と競争し。

 「アクセルシンクロォォォ!」とシャウトするデュエリストと並走し。

 「卍解」と叫んだオレンジの髪の死神の隣を通り抜け。

 自転車で時速300kmをたたき出す公園前派出所の警察官に追いかけられ。

 とある魔法少女を頭から食おうとした魔女を撥ね飛ばし。



 そうして彼女は江戸の端にある岬へとたどり着いて――

 「ウソだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!?」

 悲しみに包まれた絶叫を上げ、その絶叫はあまりの音量に目の前の大海を割った。
 ザアパァンっとはじかれて舞い上がる水しぶきにも目をくれないまま、膝を折って手を突き、レミリアは絶望に打ちひしがれる。
 吸血鬼の弱点であるはずの太陽の光で身を焼かれるが、レミリアは煙をあちこちから上げながらも微動だにしない。

 「ありえない! よりにもよってフランがあの銀髪と結婚!!? それどころかあのメガネに彼女が出来ているだなんて!!?
 なんなんだあいつ等の急成長!!? 一体何が起こった!!?」

 鬱憤を晴らすかのように並べ立てられる言葉はどれも本心で、彼女はやがて体操座りをするとボー然と太陽を見上げた。
 しゅうしゅうと自分の体が焼ける匂いがするが、今はその匂いと痛みが丁度いい。
 とにかく、もう何も考えたくなかった。耳を塞ぎ、目を瞑り、思考を停止してただただ太陽を見上げるばかり。
 そんな彼女の隣に、ふと気配が生まれた。
 其方に視線を向ければ、妖怪の大賢者、八雲紫がすすけた様子で体操座りをして太陽を見上げていたのである。
 それで、理解した。

 あぁ、彼女もきっとみんなに置いていかれたのだと。

 「太陽が、眩しいですわね」
 「あぁ」
 「あなたも、ですのね?」
 「あぁ」

 コクリと、ただ頷く。
 彼女達の間にはそれだけで十分だった。それ以上の言葉は何も要らない。

 「藍と橙がね、ぐれちゃったの」
 「そっか」
 「それで霊夢に泣きついたらね、霊夢が森近霖之助と結婚してた。魔理沙込みで」
 「……そっか」

 しばしの、無言。
 ザザァーと言う波の音が二人の沈黙を埋めて、ただただ寂しさだけが二人を支配する。

 「みんなに内緒でよろず屋行ったらさ、みんな変わり果ててた」
 「そう」
 「それどころか、フランがあの銀髪と夫婦になってた。あの天人込みで」
 「……そう」

 ザパァァァン。

 波飛沫が上がる。青空の下、吸血鬼とスキマ妖怪は煤けた背中を晒したままそれ以上何も喋らない。
 悲劇が存在するというのであるのならば、この意味不明な状況に完全においていかれたことに他ならないだろう。
 いつの間にか二年がたっている。自分達は前回からほんの数日しかたっていないと感じているのに、いつの間にか自分達は置いていかれてしまった。
 少し前、妹の成長を喜んだ時間が懐かしい。頭を撫でてあげれば、嬉しそうに目を細めていた妹の顔が今も鮮明に思い出せた。
 まるで、自分達だけタイムスリップしてしまったかのよう。どこにも居場所がない疎外感が、胸を縄のように締め付ける。

 「私はな、ここ最近ずっとこの世界のノリに引っ張られてきた。その世界の流れに乗り、自分らしくあることを忘れていたんだ。
 威厳ある吸血鬼を演じ続けるのは……正直、疲れていたのさ。……はは、これは罰かもしれないね」
 「……レミリア」

 それは、血を吐くような懺悔の言葉。
 自分を自分らしく飾ることをせず、この世界の流れに乗って楽に生きる。
 そう、言うなれば自分は幻想郷の生き物であるという自覚を忘れるように、この世界の常識に染まりボケたりツッコミを入れたり、本来のあり方からかけ離れたのだ。
 二人は、それ以上何も言わない。何も喋らない。ただ、黙って空を見上げ続けた。

 そうやって、今にも死んでしまいそうな彼女達の背中にふと気配が生まれた。

 「まったく、なんという顔をしているのだ、二人とも」

 その声に驚き、二人は振り返った。
 そこに立っていたのは、修行僧のようないでたちの男だった。袈裟を着て錫杖を持ち、笠で目元を隠した男。
 しかし、二人はその男に見覚えがあった。はっと息を呑んだのは、はたしてどちらだったのか。

 「お、お前は……」
 「お前じゃない」

 レミリアの驚きの言葉に、どこかずれた言葉を返しながら男は笠を取る。
 長い黒髪を晒し、生真面目な双眸はただただ二人を見つめていた。
 何も変わらない。何一つ、以前と変わりない、男はただ一言。

 「桂だ」

 そう、言葉を紡ぎだした。



 ■あとがき■
 生存報告+銀魂再開おめでとうということで。
 地震、自分は無事でしたがみなさんは大丈夫だったでしょうか?
 一人でも多く、無事であることを願うばかりです。
 他にも色々不安なことは多いですが、皆さんがこの話で少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

 そして今回の話、銀魂のとある話を知っている人は何の心配もしてないとは思いますけど、知らない人は色々と驚いたのではないだろうか^^;
 その辺、ちょっと心配ではありますけど。気分を害された方がいたら申し訳ないです。
 ただ、今回の話は更新に間が空いた今しか使えないと思ったのでつい^^;

 それでは、今回はこの辺で。

 ※寝る前の描き忘れと追記※
 一応、元ネタはあの話ですが、原因はもっと別のをと考えています。
 もうちょっとクロスらしい原因を考えているので、その辺は次回ですね。

 それから感想で正直に様々な指摘をしてくださったsswtyさん、本当にありがとうございました。
 元々次の話では戦闘を入れるつもりだったのですが、今まで漠然としてつかめなかったものがつかめたような気がします。
 sswtyさんが指摘どおり、見返してみれば確かに指摘どおりだと感じました。
 本当は自分で気付かないといけないのでしょうが、自分自身で気付けない辺り、本当に不甲斐無い話です。申し訳ありません。
 これから、sswtyさんが指摘してくださった点を注意して、自分なりに考えて話を書いていきたいと思います。
 本当に、本当にありがとうございました。
 未熟者ではありますが、精一杯精進していきます。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第七十六話「このカラーのご時世でもモノクロだって使いよう」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:314a2fa9
Date: 2011/04/08 22:55





 「何者かが作った結界の……中?」

 唐突に現われた桂の言葉を聞き、レミリアはもう一度確認するように問い返す。
 少女の言葉に深々と頷いた桂は、真剣な表情になった二人に視線をめぐらせ、言葉を紡いでいく。

 「左様。レミリア殿、そして紫殿の異常に気付いたパチュリー殿と藍殿の話によれば、ここは言うなれば仮想空間のようなもの。
 俺達の世界を模倣した結界の中。俺達は今、魂だけでこの世界に佇んでいるというわけだ」
 「つまり……私が見た銀時たちは……作り物ということ?」
 「うむ。今更このSSでハーレムとか誰も喜ばんからな。銀魂ファン然り、東方ファン然り、そういうのは『T○L○VEる』とかに任せておけばよい」
 「なんか真顔でさりげなくメタ発言しますわね、この人」

 でもよかったーと内心で胸をなでおろす妖怪二人。
 今まで二人が見たものがもし現実だったなら、割と本格的に身投げしたかもしれない。
 何はともあれ、ここが現実の世界でないというのなら話は早い。その結界を作った何者かとやらをとっ捕まえて、締め上げたうえで帰還すればいいのである。
 そこで、ふと疑問が浮かんだレミリアは目の前の男に視線を向けた。

 「そういえば、何でお前がここに?」
 「何、江戸に詳しく、動けるものが俺だけだったという話だ。この結界、藍殿の話によればかなり強固なようでな、俺一人を送るのが限界だったらしい」
 「……銀時は?」
 「先日の宴会で二日酔いだ」

 ――そんなことだろうと思ったよ。

 思わずそう言葉にしそうになったレミリアは辛うじて飲み込み、「あー、そう」と適当な相槌を打つにとどめたのであった。








 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第七十六話「このカラーのご時世でもモノクロだって使いよう」■








 がやがやと騒がしいかぶき町の道を歩いていく。
 まるで本当に生きているかのような光景、偽者の世界といわれても、今だ信じられない。
 そういう意味で言えば、この結界を作った人物は相当な者なのだろう。
 日傘を片手に歩くレミリアは、釈然としない面持ちでポツリと呟く。

 「しかし、作り物の世界とはいえ他の顔見知りがどんな変貌を遂げているのか、知るのが怖いわね」
 「こうまで真に迫っていますと、確かにそうですわね。恐らく、本物と誤認するように細工が施されているのでしょう……」
 「まったく困ったものだ。俺達の世界では以前、イボが原因で全員が変貌したが……今回の二人の様子を聞いてるとその状況によく似ているな」
 「……なぁ、お前達の世界はどーしてそう、幻想郷以上に非常識な理由で異変が起こるんだ?」

 眩暈を覚えたレミリアが眉間をほぐしながらそんなことをのたまったが、それも無理のない話だろう。
 だって、イボである。今回と似たような異変があったというのに原因がイボである。
 思わずどんなイボだよ、とツッコミ入れそうになったが、知ったら知ったでイボが恐ろしいものに見えてきそうなんでやめておく。
 何事も知らない方が幸せだという事もあるのである。どっとはらい。

 「あややー、レミリアさんに紫さんに桂さんじゃないですか。珍しい組み合わせですねー」

 ふと、嫌に聞きなれた声を耳にして、レミリアは思わず顔をしかめた。
 銀時たちがあの変貌を遂げていたのだ。偽者とはいえ、まるで本物と対峙しているかのように錯覚するこの結界の中だと、軽くトラウマになりかねない。
 このまま無視しても仕方がないので、仕方なくといった様子でレミリアは振り返る。
 そこには、想像を絶する鴉天狗の姿が――

 「どーも、お久しぶりです!」
 「……あれ?」

 あるだろうと予想していたら、いつもと変わらない射命丸文の姿に目を瞬かせた。
 拍子抜けしたというべきか、それともほっとしたというべきか。
 ニコニコと笑みを絶やさない取材モード中の鴉天狗は、記憶の中にある彼女の姿とまったく変わらない。
 いつもは胡散臭いと感じるその笑顔が、今はこんなにもホッとするというのも皮肉な話だが。

 「三人はどこに行かれるのですか? 珍しい組み合わせですけど」
 「うふふ、ちょっとした異変解決のようなものですわ」
 「ふむぅ、そーですかぁ。私も今追っている事件がなければついて行きたいところですが……」

 紫の返答に残念そうに肩を落とす文をみて、本当に変わらない様子に苦笑する。
 まさかこの結界の中でいつもどおりの人物を確認できるとは思わなかったのだ。
 変な話ではあるが、こういう些細なことが喜ばしかった。
 そんなことを思っていると、パタパタと人ごみの向こう側から声が聞こえてきて、そちらに視線の向ける。
 目に映ったのは最強クラスの一角をになう花を操る大妖怪、風見幽香。
 その彼女がらしくもなく、パタパタと大慌てな様子でこちらに向かってきたのである。

 「社長!! 奴が動きました!」
 「しゃ……」
 「ちょう……?」

 一つ目の驚きは幽香が文に対して敬語を使ったことに対して。
 二つ目の驚きは、幽香の口から文に向けて社長と紡がれたとき。
 わけのわからない事態にレミリアと紫がポカーンとしていると、その様子に気がついた文が苦笑しながら名詞を取り出して彼女たちに手渡した。

 「すみません、私はこれで! 行きますよ幽香さん!」
 「はい! どこまでもついて行きます社長!!」

 そんな会話を繰り広げながら、どたばたと慌しく去っていく二人。
 ふと、桂がレミリアが受け取った名詞を見て、「ふむ」とどこか納得したように頷く。
 今だあの二人の掛け合いがショッキングすぎて呆然としているレミリアと紫を他所に、桂は静かに名詞を読み上げた。

 「文々。新聞(株)社長、射命丸文……か」
 「あの鴉天狗が……」
 「社長……」

 呆然と呟きながら、ふと視界に入ったビルを見上げた。
 そこには屋上付近に『文々。新聞(株)』という文字が入っており、軽く見ても50階はあるだろう超巨大な高層ビル。
 なんか、身近に感じられたのに一気に遠い人になってしまったような気分を味わう二人だった。

 「それにしても幽香殿も淑やかになったものだ。驚いたな」
 「そっちも、驚くってレベルじゃあないと思うんだけどねぇ……」

 ため息をつくレミリアのいうとおり、幻想郷の住人なら驚愕だけではすまない話である。
 まず自分の目を疑ってかかるか、はたまたは夢を見ていると現実逃避するかもしれない。
 あるいは、何かたくらんでいると勘繰った方がしっくりするレベルだ。
 そんな彼女達の様子に、桂は呆れたように言葉をこぼす。

 「なんだかやる気がないな、二人とも」
 「そりゃお前、この広い町で犯人を探せっていうんだ。生憎、私はシャーロック・ホームズじゃないんで犯人探しは苦手なんだよ」
 「オマケに、どうやらこの結界には私達の能力を阻害する効力があるみたいですの。まったく、私達を取り込んだ相手は何が目的なのやら……」

 呆れたように方目を瞑り、扇子で口元を隠した紫はそんな言葉を紡ぐ。
 見えない相手の目的、使えない能力、そしてどこに居るか、それどころかどんな姿かすらもわからない主犯。
 やる気がないというわけではないのだが、あせっても仕方がないというのがレミリア、紫の共通の意見だった。

 「ま、今は相手の出方待ちだな。それまではこうやって地道に探すさ」
 「うーむ、そう悠長なことを言っていていいものかどうか……。時間がないというのに」
 「ん? どういう意味だ?」
 「……む? そういえば言っていなかったな」

 これはうっかりしていたと一人ごちて、桂は腕を組む。
 その様子に怪訝そうな表情を浮かべてレミリアは首をかしげるのだが、そんな彼女にかまわず桂はいたって真面目な表情で。

 「この結界を24時間以内に何とかしないと、この世界の出来事が侵食して現実のものとなるらしいのだ」



 その瞬間、レミリアと紫は比喩でなく盗んだバイクで走り出した。



 ▼



 アレだけ多かった人々の姿はまばらになり、空は夕闇が揺らめいている。
 カァーカァーと夕日の空で鴉が泣いている様子を、レミリアと紫は呆然と見上げていた。

 「……もう、夕方か」
 「……えぇ、夕方ですわね」
 「……咲夜、男の娘になっちゃってた」
 「……萃香が、オジサンになってしまわれてましたわ」
 「……パチェが、マッチョになってたわ」
 「……幽々子が、お相撲さんみたいになってましたわね」

 その背中に漂うのは哀愁か、あるいはやるせなさか。
 変わり果てた従者、そして親友を目の当たりにして、レミリアと紫はいささか心が折れそうになってた。
 あと数時間で、あの悪夢の如き変化が訪れてしまうのである。
 それだけは何とかしないといけないというのに、今だ手掛かりらしい手掛かりは得られていないのだ。
 二人してため息をついていると、襟首を掴まれて細い道に引き寄せられる。
 一体何事かと、引っ張り込んだ下手人、桂小太郎に視線を向けるのだが、彼は「シ」と人差し指を口にあて、静かにするように促した。
 一体何事かと思って彼の視線を追えば、その先には黒い衣服に身を包み、帯刀した一組の男女が歩いている。

 「アレは確か土方と……もしかして妖夢?」
 「チッ、真選組め。時間がないというのに」

 忌々しげに舌打ちする桂の言葉。
 普段から彼らが敵同士だと聞いていたし、その事自体にさして興味のないレミリアだったが、今だけは彼の言葉に同意したい気分だった。
 普段からは想像も出来ないほど穏やかな笑顔を浮かべた土方は一通り会話するとどこかへと去っていったが、妖夢はその場に止まって辺りを見回している。
 白の髪はおかっぱではなく長く伸びてポニーテールにされており、170cmに届こうかという背丈もあり、凛々しく整った顔立ちは風格すら漂わせている。
 傍に控えている半霊も一回り大きく、彼女のそばで油断なく辺りを見回すように動いていた。
 今の妖夢は真選組としてそこにいる。攘夷志士の桂がいる今、生真面目な彼女は早々見逃してはくれまい。
 ここで真選組につかまり、余計な時間を食うわけにはいかず、息を潜めて彼女が去るのを待っていると……。



 ジジジッと、世界がノイズに包まれた。



 一瞬、世界がモノクロに移り変わる。異様な気配に己の力を体中にめぐらせ、油断無く辺りを見回した。

 揺れ動く人込みの中、視線を感じて其方に視線を向ける。

 そこに、長い髪をした男が立っていた。

 顔を見ようとすると、ノイズが走ったように顔を確認できないが、ただ微笑んでいるのだけがわかる。

 辺りの音が消え、無音が世界を駆け抜ける。

 世界がぶれる。壊れたテレビの中にいるかのように、目の前の光景がグニャリと歪んだ。

 あぁ、と……音のない世界でレミリアは理解する。



 今の男こそが、この世界に何らかの関わりのあるナニカだという事に。



 世界が波打つように、元の色を取り戻していく。
 無音だった世界に賑やかさが舞い戻り、喧騒が耳に入り込む。
 男は、まだ立っている。
 相変わらず顔を見ようとするとノイズが混じって確認できないが、モノクロの体のまま男は踵を返した。

 「チッ! 桂追うよ! アイツが――」

 振り向いて言葉を投げかけ、皆まで言えずに息を呑んだ。
 普段あまり表情を変えることのない男が、信じられないものを見たように驚愕を表情に浮かべていた。
 震える手を叱咤するように、ギュウッと握り締められた拳。

 「……先……生?」

 小さく、か細く紡がれた呟きは、ともすれば聞き逃してしまいそうなほど弱々しい。
 驚愕する表情、震える手、呆然とした呟き、それらに宿ったのははたしてどれほどの激情だったのか。
 知らずの内に、桂は駆け出していた。手を伸ばして、遠いナニカを追い求めるかのように。

 「松陽先せ―――ッ!?」

 上げようとした言葉が、一筋の剣閃にさえぎられた。
 駆け出したことが仇になったか、それとももっと別の原因だったのか。
 放たれた極音速の斬撃を、桂は腰の刀で辛うじて受け止めていた。
 少しでも抜くのが遅れていれば動を薙がれ、逆に抜ききってしまっていれば刀ごと真っ二つになっていただろう。
 遅すぎず、しかし抜ききらず、絶妙なタイミングでの防御に成功した桂は、きわどいタイミングに冷や汗を流していた。
 その視線の先には懐かしい彼方の記憶の残滓ではなく、白髪の見た目麗しい一人の侍。

 「妖夢……殿ッ!?」
 「今日こそお縄についてもらいますよ桂さん。……いいえ、攘夷浪士、桂小太郎ッ!」

 金属の擦れあう耳障りな音が響いて、二人は弾かれる様に距離をとった。
 にらみ合うように対峙する二人に、辺りは騒然となって逃げるように人々が駆けていく。

 「……レミリア殿、行ってくれ」
 「いいのか?」
 「今は先生を……彼を見失うわけにはいかん。何より、彼女は俺を逃がしてはくれまい」

 刀を抜き、桂は構えを取りながらそう言葉を紡ぐ。
 まばらだった人の姿は、やがて完全にレミリアたちだけを残す形となる。
 未熟で半人前と呼ばれていた少女の面影はなりを潜め、静かな流水のような気配を持って居合い抜きの構えを取っている妖夢。
 まるで隙のない、明らかに違う気配を纏う、達人の域へと成長を重ねた彼女は、恐らく時間すらも切り裂いて見せるだろう。
 そんな彼女から逃げ切るのは、恐らく至難の技だ。レミリアが力を十全に振るえるというのならば話は別だが、それもこの結界の中ではそれもままならない。
 しかし、攘夷志士の自身がここで引き付けていれば、少なくともレミリアは自由に動ける。
 もともと、攘夷志士でもなんでもない彼女に、妖夢や真選組が邪魔をする道理はない。

 そんな彼の言葉をどう受け止めたのか、レミリアは小さくため息をひとつ。

 何も言葉にしないまま、語る言葉は持ち合わせていないというかのように、吸血鬼の少女は消えた男の背中を追い始めた。
 幼い少女の足音が遠ざかるのを、その背中で聞きながら目を細める。
 その姿を見届ける暇もなく、桂は小さく息を吐き、目の前の侍を視界から外さぬように見据えている。

 「今は、見逃してはもらえぬか、妖夢殿」
 「生憎、今は真選組の一人ですから」

 桂にとって、魂魄妖夢と言う少女の立ち位置はやや複雑なものだ。
 初対面のときはその生真面目な様子に感心し、自らの主に一身に仕えるその様子は感銘すら覚えたものだ。
 だからか、桂は彼女のことをとても好ましく思っている。真選組に入り、その剣を磨く今も心はいつだって彼女の主に向けられていた。
 故に、桂にとっては妖夢は敵であるものの、同時にその心意気を好ましいと思える少女だったのだ。

 「どうしても、行かせてはくれぬか」
 「今は勤務中ですからね、あなたと剣を交えるのは不本意ですが……今は真選組の一人として、あなたを斬ります」

 その言葉には、引かぬという意思が宿っている。
 作り物の世界、誰が生み出したかもわからぬ偽りの世界。
 にもかかわらず、恐らく本物も同じことを言うのだろうなと、桂は苦笑した。

 「幻やもしれん」

 ポツリと、桂は呟く。小さく淡々と、しかし彼女に届くように。

 「偽りやも知れぬ」

 まるで自分に言い聞かせるように、噛み締めるように。

 「だが、それでも構わぬ」

 見つけたのは、在りし日の思い出の象徴。
 幼き頃に学び、教えを乞うた、今の彼自身を形作った恩師。
 幻でいい。偽りでも構わない。ただもう一度――。
 静かに語る桂の刀から、カチャリと、鍔鳴りの音が鳴り響いた。

 「そこをどけ妖夢殿。どかぬと言うのなら、無理を承知で押し通るッ!!」

 裂帛の気合と共に、攘夷志士を纏める侍が駆け抜ける。
 迎え撃つは、その剣の全てを一人の主に捧げた侍の少女。



 二人の剣閃光が交差し、始まりを告げる金属音が鳴り響いた。




 ▼



 耳障りなノイズが纏わりつく。
 ノイズが走るたびに視界が歪み、カラーとモノクロの世界が入れ替わる。
 まるで、映画の中に迷い込んだかのような錯覚を覚えたまま、追いつけない背中を追い続けていた。
 吸血鬼の身体能力をもってしても追いつけぬ背中を見つめ、レミリアは人知れず舌打ちを一つ。
 もはや江戸の町並みはどこにもない。森ともつかぬ中、階段をただ駆け上がっていくばかり。
 いつまでこの追いかけっこが続くのかと、レミリアが辟易し始めた頃。

 ブツンッと、世界が完全なモノクロに切り替わった。

 「……ここは?」

 いつの間にか、見知らぬ場所に立っていた。
 辺りには子供達が駆け回り、目の前には寺小屋らしき建物がある。
 どこか見覚えのある顔立ちの子供が、ふと視界に映る。
 色がないはずなのに、それが銀髪であるとわかるのは一体何の細工がしてあるのか。
 どことなく死んだような目の少年や、ロン毛の無表情な少年と、どこか不満を抱いているような少年。

 そんな少年達の下に、件の男はいた。

 敵意こそ感じず、顔もいまだ見えないが、穏やかな表情でこちらを見ている。
 油断こそしないし、そもそも負ける気もさらさらないのだが、目的が不明な以上、迂闊に手を出すのはうまくない。
 後手に回らなければいけないことに不満をあらわにし、腕を組んでジロリと男を睨みつけた。

 「……それで、何のようで私をここに呼んだ?」
 「お前は何者だ、とは……聞かないのだね」
 「興味がないからね、私はとっとと外に帰りたいんだよ。返答いかんによっては、吸血鬼の恐ろしさをその身に刻んで消滅することになるよ」

 生憎、モノクロは嫌いなんだと、そう言葉にするレミリアに、男は笑みを深くした。
 「そうか」と静かに頷いた彼は、踵を返して寺小屋に足を踏み入れ、そして振り返る。
 相変わらず敵意も感じないまま、親しい生徒に話をするような、そんな声色で。

 「中で話そう。私は一度、君と話がしたかった」

 男は、レミリアにそう言葉を投げかけたのだった。











 ■これより↓(銀魂とも東方とも余り関係のない)オマケ■
 


 巴マミは本来死ぬはずだった。
 魔女に頭から食われ、その生を終える……筈だったのだが。

 「ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァ……!!!!」

 いきなり横合いからすっ飛んできた幼女に魔女が撥ね飛ばされたのである。
 その衝撃はどれほどのものだったのか、撥ね飛ばされた魔女は跡形もなく消え去った。
 何がどうなったのかさっぱりわからず、呆然と走り去っていく少女を見送るマミ。
 心なしか、幼女の背中にコウモリの翼があった気がするが気のせいだろう。
 ついでに、真っ赤な魔力を纏って全力疾走してた気もしたが、やっぱり気のせいという事にしておきたい。
 幼女が見えなくなり、たっぷりと沈黙が場を支配した後。

 「何事?」

 割と切実にそんな言葉を呟いたのだった。



 この後、走り去った通りすがりの幼女の駄々漏れだった『運命を操る程度の能力』によって巴マミの運命は激変する。
 うっかりちゃっかり最後まで生き残ったりするのだが、それはまた別の話である。



 余談だが、件の幼女が走り去った傍に居た者達は皆、運命が激変したとか何とか。









 ■(銀魂とも東方とも余り関係のない)オマケその2■




 シン・アスカ「なんで俺のところにまで来なかったんだよ!!?」(泣)





 ■あとがき■

 というわけで、今回の話はいかがだったでしょうか?
 オマケは完璧に悪ふざけの産物です。気にしないでください^^;
 本編の方は前回の話を投稿したときには出来ていたのですが、台詞の見直しなどをして改めて投稿させていただきました。
 少しは東方らしさが戻ってればいいのですが……うーむ^^;
 紫が途中空気になってますが、一応理由があるのでそれはまた次回。
 今回の話に出た男の正体は……まぁ、大部分が気付いているような気がしますが、今はまだ謎という事で^^;
 とりあえず、長くなりそうだったので一旦切りました。お嬢様と『男』の会談と、妖夢VS桂はまた次回。

 それでは、今回はこの辺で。ここまで読んでくださって、ありがとうございました。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第七十七話「先生にとって教え子はいつまで経っても教え子である」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:314a2fa9
Date: 2011/04/23 23:49





 この世界はモノクロで覆われている。
 一時しか保てぬ淡い幻想の世界は、はたして誰の記憶の残滓だったのか。
 少々大きめの四角テーブルに向かい合うように、彼と彼女は向き合っていた。

 「不機嫌そうだね」
 「あぁ、こんな不快な世界に招待されたんだ。後でぶん殴ってやらないと気がすまないね」
 「その様子だと、この世界が誰が作ったのかわかっているのかな?」
 「フン、忌々しいがこれほどの世界を作れるような奴なんてアイツぐらいだからね。もっと早く気付くべきだった」

 舌打ちし、不満をあらわにしたレミリアは腕を組んで男を睨みつける。
 対して、男は柔らかに微笑んだだけで、彼女の視線も意に介した様子はない。
 肝が据わっているのか、それとも鈍感なのか判別がつかないが、どちらにしろレミリアには面白い話ではないわけで。

 「私の気が変わらないうちに早く話せ。吸血鬼の王たる私に、一体何が聞きたい?」

 言葉にはせずとも、つまらん話であれば殺すと、その目が物語る。
 幼い顔立ちには不釣合いに細められた赤い瞳は、滾るような怒気が滲んでいた。
 コポコポと、茶を注ぎながら少女の視線を受け流す男は、それを無言でレミリアの前に置く。
 フンッと不機嫌そうに鼻を鳴らし、彼女は掻っ攫うように茶を受け取り、煽るように一口。

 「私の教え子は、どうしてるのかと思ってね」
 「そんなのは本人に直接聞け。そうでなくても、あの銀髪の傍には他にも居るだろう?」
 「確かに。けど私は、彼らから一歩距離を置き、それなりに親しい君に聞きたかったのが、一つ」
 「……一つ?」

 怪訝そうな表情を見せれば、男は静かに頷いた。
 それから、どれほど無音の沈黙が続いただろうか。
 数分だったかもしれないし、あるいは数十分だったかもしれない。
 やがて、男は口を紡ぐ。苦笑とも、自嘲ともつかぬそんな笑みで。

 「二つ目は……そうだな、つまらない死人から君への忠告だよ」








 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第七十七話「先生にとって教え子はいつまで経っても教え子である」■









 白銀の閃きが首を撥ねんと疾駆する。
 目で追うのもやっとだというのに、一撃一撃が重く鋭い。
 気を抜けば一瞬で斬られると直感しながら、桂は迫り来る斬撃を避ける。
 紙一重でなく、大きく後ろへ。仮に紙一重の回避などしようものなら、反す刃で真っ二つに切り裂かれるだろう。
 故に、その間合いから逃れるように大きく下がる。
 それを逃さぬとばかりに、少女は強靭な足腰をバネに突撃するように追撃した。
 踏み抜かれた地は砕け、彼女は文字通り疾風のように。
 大上段から振り下ろされた刀に舌打ちし、今度は転がるように回避行動。
 空気が断ち切られる音が耳に届く中、彼は片腕をついて体勢を立て直した。

 僅かな間。

 血払いのように振られた刀の音を無視しながら、彼女――魂魄妖夢は静かな瞳を桂に向ける。
 油断も慢心もない、ただただ敵を斬るという意思の宿った瞳は、見ているだけでその意思に飲まれてしまいそうだ。
 疲れた様子も無ければ、怪我をした様子もない。
 対する桂は満身創痍だ。肩で息をしながら立ってはいるものの、彼方此方傷だらけで、致命傷こそないものの至る所が裂け、着物には血も滲んでいる。

 二人の戦いは、余りにも一方的だった。

 桂とて、弱いわけではない。天人(あまんと)との大戦を生き残ったのは、偶然やまぐれなどでは決してない。
 それでも……、その差は歴然であった。
 いまだ成長しきっていない妖夢であったなら、恐らくは桂と互角ほどの腕であっただろう。
 しかし、今の彼女は成長し、大成した魂魄妖夢。
 半霊ゆえに普通の人間よりも外見の成長の遅い彼女が、どれほどの年月を重ねれば大人の女性の姿へと至るのか。
 その年月の間にどれほどの修練を積んだのか、想像することすら困難だろう。

 「やはり、強いな」

 苦笑をこぼし、桂は刀を握りなおす。
 こぼした言葉は感嘆、修練を積み、剣の道に没頭し、ようやく至れるだろう達人よりもその先の領域。
 その刃は使えるべき主の為にと、未熟な少女が至った師である祖父と同じ高み。

 「大人しく、捕まる気は……ないんでしょうね」
 「あぁ、俺はこんなところで捕まるわけにはいかんし、君に斬られるつもりも毛頭ない。よもや、ここまで実力に差があるとは思わなかったが」

 はぁっと、息を整えるように静かに息を吐く。
 そんな彼に斬りかかることもなく、妖夢は油断なく刀を納めると居合い抜きの構え。
 必殺にして神速、苛烈にして繊細。同じ侍として惚れ惚れするような剣舞を前に、桂に残された選択は多くない。
 説き伏せるか、あるいは撤退するか。
 口惜しいが、単純な剣技では今の桂に勝ち目はない。

 「妖夢殿、その剣は何のために振るう?」
 「愚問ですね。この剣は全て幽々子お嬢様の為に」
 「その結果が、その強さか。……羨ましいな、未だに守りたいものが傍にあるというのは」

 つまらぬ感傷と、斬って捨てるのは簡単かもしれない。
 しかし、それが容易に出来ぬからこそ人であり、そして過去に目を向けるのもまた人の性である。
 かつて桂が守りたかった人は、既にこの世にはいない。だからこそ、今は彼女が羨ましい。
 彼女の剣は、どこまで言っても主を守るための剣だ。真選組に身を置いていてもそこだけは変わらない。
 静かに、妖夢は息を吐く。桂の言葉を聞いて何を思ったのか、少しだけ、少女は悲しそうな表情を乗せて。

 「今の桂さんには、ないんですか? 心から、守りたいと思ったものは」
 「……少し前の俺だったなら、恐らくは「ない」と答えたであろうな」

 苦笑をこぼして、男は呟く。
 攘夷だと、国を正すと口にしながら、全てを壊すこともいとわなかったかつての自分。
 こんな世界、消えてしまえばいいと何度思ったことだろう。

 しかし、それはかつて盟友だった友が変えてくれた。
 己の行いを、見つめなおす機会を与えてくれたラーメン屋の女性が居た。
 そして、人間と妖怪、平等に平和な世界を目指す女性に己を重ねたこともあった。

 いつからだろうか、壊したいと思ったこの世界に大事なものが出来たのは。
 いつからだろうか、この国の未来をと願うようになったのは。
 はたしていつから、己はこれほどまでに変わってしまったのだろう。

 けれど、その変わってしまった自分が、思いのほか心地よかったのだ。

 「だが、今は違う。俺にだって、守りたいものぐらいあるさ」
 「……そうですか」

 彼の答えに、どこか満足そうに妖夢は笑った。
 形の良い唇を緩め、どこか安心したような言葉。
 敵と対峙したものとは思えない少女の言葉に、桂はクツクツと苦笑した。

 「なら、私もその気持ちに負けていないという事を示さねばいけませんね」
 「手厳しいな、妖夢殿は。だが確かに、気持ちでだけは負けられぬ」

 カチンッと、桂は刀を鞘に収めると腰溜めに構え、不適に笑って妖夢と対峙する。
 彼女と同じ居合い抜きの構え。それは取りも直さず、彼女と同じ土俵で勝負するという事。

 「君を退け、改めて先生を追わせてもらう」
 「なら、待ったなしの一本勝負。勝っても負けても恨みっこは無しと言う事で」
 「承知」

 そんな会話を交えながら、二人は笑いあった。
 今この瞬間、二人は敵同士ではなく、最初に出会った頃のような気持ちで対峙している。
 不思議なものだと、桂は思う。
 頭のどこかで彼女は偽者だとわかっているのに、けれど気持ちはこんなにも晴れやかだ。
 そこに、偽者であるかなんて関係がない。今感じている思いそれこそが全て。
 だって、偽者であろうとも恐らくこの彼女は、ありえるかもしれない可能性の一つだと、無意識のうちに理解していたから。

 土を蹴りだす音は、まったくの同時。
 風を切り裂くように走り抜ける二人の表情には、変わらぬ喜悦が浮かんでいる。
 彼と彼女の獣のような咆哮と共に、鞘から抜き放たれた刃は神風のように早く鋭く疾走し。



 一瞬の後、耳を劈くような金属の音が、世界に木霊した。



 ▼



 「心配せずとも、お前の教え子は変わっちゃいないさ。あの白髪も、あの馬鹿も。もう一人は知ったことじゃないがね」
 「まるで、昔の彼らを知ったように語るね」
 「当たり前だろう。私の力は運命を見通すんだ。過去を知るぐらいわけないんだよ」

 そんな当たり前と言うように言葉にして、レミリアは腕を組んだまま外の景色を眺める。
 様々な子供達が元気に駆けずり回り、その中にはやはり、見覚えのある誰かの幼い顔。

 「でも、その様子だとみな元気そうだ」
 「死んだ後でも生徒の心配か。ご苦労なことね」
 「教師とっては、教え子はいつまで経っても教え子だよ」

 そんな彼の言葉に、レミリアは「そうかい」と口にして肩をすくめる。
 自分の知る範囲の情報を渡してみたが、男はただ噛み締めるように、嬉しそうに話を聞き入るのみ。
 男にとって、レミリアの知る彼等がどういう関係だったのか、詳しいところまで聞き入るつもりもない。
 興味もないし、彼女にとってはやはりどうでもいいことで、そしてそんな自分が深入りするべきではないと知っている。

 「それで、つまらない死人が何を忠告してくれるんだ?」
 「そうだね、覗き見をしているようであまりいい気分ではなかったのだけど」

 そう呟き、男はお茶を一口。
 静かに気を落ち着かせているかのようで、一瞬の静寂が場に満ちる。
 男は、やはり笑っている。顔はいまだはっきりと認識は出来ないが、それだけはなんとなく知ることが出来た。

 「君は、妹を大事にしているみたいだね」
 「当たり前だろう。いきなり何を言い出す」
 「だが、同時にどこか遠慮しているように私は感じる」

 ピクリと、レミリアが僅かに身じろぐ。
 ジロリと一層鋭くなった視線を男に向け、不機嫌そうだった表情は一層険しくなった。
 不愉快な話だが、男の言葉は事実であり、そしてレミリア自身が抱える一つの悩み。
 その能力の危険性故に、何百年と言う長い時間を幽閉された妹。

 過去の妹は気が触れており見境なしで、その能力が危険だったこともある。
 そして何より、その能力に目をつけて利用しようとするものもいるだろうし、その力を危険視して排除しようとするものもいるだろう。
 だから、人目に触れさせるわけにはいかなかった。
 誰にも知られず、誰にも触れられず、ただただ籠の鳥のようにあの地下の部屋に閉じ込め、幽閉した。

 歪んだ愛情だと、誰もが口にするだろう。
 酷い姉だと、きっと誰もが非難するだろう。
 それでも、彼女は己が正しいと思ったことを貫き通してきた。
 今も、恐らくこれからもずっと。

 けれど――本当に、妹を幽閉し続けてきたことは正しかったのだろうかと、今でも思い悩むのだ。

 だから、妹とどう接すればいいのかわからない。
 妹に、なんて話しかければいいのかわからない。
 495年と言う膨大な時間、外に触れることもなく暮らしてきた妹に、どんな顔をすればいいのだろう。
 それが……わからない。わからないのだ。

 「よく見ているものね」
 「一応、これでも先生だからね」
 「そうかい。幻想郷のハクタク先生とは大違いだ」

 そんな軽口を叩きながらも、ついてでたのは小さなため息。
 まさか、元人間の亡霊に指摘されるとは露にも思わず、私も耄碌したのかしらねと呟いた。
 さすがは、あの個性豊かすぎる連中の先生だと、そんなことをついつい思ってしまう。

 「一度、ちゃんと話してみてはどうかな? 言葉にして、語って、わかりあう。そのために「言葉」があるのだから」
 「……今更、何を話せって言うのよ」
 「何でもいいんだよ。昨日のこと、明日のこと、好きなこと、話題は様々なんだ。ちゃんと話して、お互いの気持ちをしっかりと確認するといい。
 家族だからっていつまでも一緒に入られない。いつかはどこか遠くへ行ってしまうかもしれないんだから。例えばほら、誰かと結婚してしまうとか」
 「うぐッ……」

 今朝の悪夢の如き光景を思い出して、レミリアは思わず顔をしかめた。
 まさか、あの偽者の配役はこの話のために配置されたんじゃないだろうなと、元凶だろう「アイツ」に悪態をつきそうになる。
 というか、性格の悪い「アイツ」のことだ。間違いなく、この話をするとわかっててああいう配役になったに違いない。
 ……うん、やっぱ現実に戻ったらぶっ飛ばすと心に秘めつつ、男の言葉にも一理あると、レミリアは思う。

 レミリアもその妹も、お互いに素直になれない性格だから、今のままじゃずっと思いはすれ違ったまま。
 こうやってその事を指摘されるには、彼女の立場はあまりに複雑だ。
 紅魔館の主。幻想郷のパワーバランスの一角を担い、人々はおろか、妖怪たちの中にも吸血鬼の彼女を恐れるものは多い。
 唯一指摘するとすれば親友のパチュリー・ノーレッジぐらいだろうが、彼女もまたフランドールのことに関しては慎重な一面があったのだ。
 なれば、やはり丁度良かったのだろうと、レミリアは思う。
 妙な感覚ではあるが、そっと背中を押されたような心地よさを感じて、彼女は小さくため息をつき、そして笑った。

 「まったく、人間の忠告もたまには聞くもんだ」
 「意外と素直だね。事情は知らないが、参考になったかな?」
 「あぁ、参考にはさせてもらうさ。それで、私達姉妹の事情は聞かないのか?」
 「そこまで図々しくは無いよ。それに、聞かれても君は怒っただろう?」
 「なんだ、よくわかってるじゃないか」

 クツクツと笑い、レミリアは席をたつ。
 もうこの場に用はないといわんばかりに、バサリと翼を広げて紅の吸血鬼は踵を返した。
 そんな彼女の姿に、男は安らかな笑みを浮かべると、静かに言葉を投げかける。

 「行くのかい?」
 「あぁ、もう長居をする時間は無いし、必要も無い。時間はいつだって有限なんだ。うちのメイドの時間は無限に近いがね」

 そう言って歩みを進める少女を、男は止めない。
 お互いに語ることを全て語ってしまったゆえか、あるいは、もっと別の理由からか。

 「じゃあね、亡霊。もう二度と会うことは無いだろうが、次があったらうちのメイドの紅茶でも馳走してやるさ」
 「そうか。それは楽しみだ」

 モノクロの世界が揺らいでいく。この世界が保てなくなってきている証拠なのか、それとも男が成仏しかかっているからか。
 どちらにしても、レミリアには関係の無い話。彼女の瞳には、もう先の未来が映っている。
 そんな彼女の様子に、「あぁ」と、男の安心するような吐息が聞こえた気がした。

 世界にノイズが走る。

 モノクロだった世界は壊れたテレビのように歪み、男も景色と同じように歪んで消えていこうとしている。
 歩みも止めず、振り向きもしないまま、少女は歩いていく。
 それでいいと、男は思う。死人の自分とは違って、あの少女には未来がある。
 人間であれ、妖怪であれ、それには変わりが無い。
 つまらない自己満足かもしれない。あの少女もそう思っていて、それでも指摘はしなかった。
 本来交わらなかった出会い、ありえなかった邂逅。
 だから、きっとこれでいい。別れはあっさりとするべきだろう。
 気になっていた教え子のことも聞けたし、満足だ。
 世界が崩れ落ちる。ガラガラと音を立てて、モノクロの世界が白く染まる。



 そうして、彼は目を閉じた。再び眠りに落ちるように、静かに、穏やかに。
 その様子をこの結界の主は満足そうに笑い、そして母のような慈愛をもって見届けた。



 ▼



 よろず屋の屋根の上、吸血鬼の少女はクイッと酒をあおる。
 現実の世界に帰還し、結構な満身創痍だった桂を永遠亭に運んだその夜の時間。
 レミリアは今も酒を飲んでいるだろう坂田銀時に視線を向け、その姿がいつもと変わらぬという事実に内心でほっと一息ついていたりする。

 「……おーい、フラン、天子、なんで銀さんのほっぺた引っ張ってんの?」
 「いや、なんか物凄く汚された気がするんでなんとなく」
 「フランに同じ。なんか夫婦的な何かにされてた気がしてすごく不快だわ」
 「オィィィィ!!? 何その暴論!!? 誰がお前等なんか妻にするかコノヤロー!!」

 ギャーギャー喧しく喧嘩する三人に苦笑し、レミリアは月を見上げて酒を一口。
 他にもよろず屋に居候するメンバーが面白おかしく騒ぎ立てているが、たまにはこういう月見酒も悪くない。

 「それで、居るんだろう。八雲紫」

 静かな声で問いかければ、バックリと空間に裂け目が現われ、そこから金髪の女性がセンスで口元を隠して登場した。
 クスクスと妖しい笑みを貼り付けて、女性はレミリアの隣に腰掛ける。

 「随分とふざけた結界を作ってくれたじゃないか」
 「あら、何のことかわかりませんわ。私だって被害者ですのに」
 「ふん、あれほどの結界を作れるのはお前ぐらいだろ。大方、あの式神もグルなんだろ?」
 「さて、どうでしょう?」

 クスクスと、楽しそうに妖怪の賢者は笑う。
 恐らくだが、レミリアと同じようにあの世界を嘆いていた八雲紫も恐らくは偽者。
 途中で姿も形も消えたというのに、その違和感すら気付かないほどに巧妙に細工されたもの。
 まるで悪気の無い姿に盛大にため息をついて、レミリアはジト目で紫を見る。

 「それで、何が目的だったんだ。お前のことだから、ただの慈善ではないんだろ?」
 「ふふ、親友の頼みは断れませんわ。幽々子がどこで彼と知り合ったかは知りませんけど、それ以上にあなたには有益になるかと思って」
 「私とフランのことでか?」
 「えぇ、あの子ほどの力が制御できないのは危険極まりない。けれど、それでもあなたが歩み寄りを見せれば、少しは幻想郷にも有益になるでしょう。
 そういう意味では、彼らの教師であった彼ならばあるいはと思いまして」
 「……どーいう理屈だ、それ」
 「ほら、あくの強い銀時と桂の先生ですから」
 「……それで納得しそうなのがまた嫌だな」

 げんなりとため息をつき、レミリアは空を見上げた。
 確かに、有益な話ではあったし、忠告としては中々に身にしみるものだった。あの世界だったからこそ尚更だ。
 その事で一発殴ってやろうと思ったが、今はどうにもそんな気も起きない。
 桂は桂で満足そうだったし、得るものは確かにあったのだろう。彼も、そして自分も。
 ふと、未だに騒がしい空間に視線を向ける。
 ギャーギャーと楽しそうに喧嘩する妹を視界に納め、レミリアは自然と笑みを浮かべることが出来た。

 さて、とレミリアは重い腰を上げる。
 向かう先は妹の下へ。今まで、心のどこかで遠慮し続けてきた最愛の少女の前に。
 何を話せばいいのか、何を語ればいいのか、未だに思考はごちゃごちゃで定まっていないけれど。
 それでも、話さ無ければ何も変われないから。



 それを教えられたのが元人間の亡霊というのが中々癪だが、たまには悪くない。



 ■あとがき■
 今回は色々と大変でした。妖夢と桂の勝負がどうなったかは皆さんのご想像にお任せします^^;
 今回は色々と書いていて難しい話でした。色々なやんで今の形に落ち着きましたが、楽しんでいただければ幸いです。
 松陽先生の口調に自信が無い……(泣)おかしかったら遠慮なくいってください。

 前回、予想以上にシンに対しての感想が多くて笑いました。
 作者は結構シンは好きなキャラなんですよ。ボンボン漫画版とスパロボZをやって好きになった口なんですが、この間ようやく知り合いにアニメDVD借りました。
 ……えっと、まぁ……うん、お察しください(泣)
 予想以上に酷かった。もうなんか色々と。

 
 それでは、今回はこの辺で。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 第七十八話「恩師の言葉は何よりもずっと心に残り続ける」
Name: 白々燈◆46292f17 ID:314a2fa9
Date: 2011/05/04 23:19







 命連寺の客間にて、その男――桂小太郎は満身創痍な体を横たえていた。
 彼方此方に巻かれた包帯がその怪我の程度を物語る中、そんな男の傍には盟友とも呼べる男が呆れたように彼を見下ろしている。
 くるくるとはねた白髪天然パーマは他でもない、坂田銀時その人だ。

 「随分と派手にやられたなズラぁ、話はレミリアのヤツから聞いたぜ」
 「ズラじゃない、桂だ。それより、どういう風の吹き回しだ銀時、貴様が俺の見舞いなど」
 「見舞いじゃねーよ。お前の情けねぇ面拝みに来てやっただけだ」
 「ふん、相変わらず口だけは達者だな」

 お互いに憎まれ口なのか軽口なのか判断のつかない言葉の応酬。
 他人が見れば険悪とも取れるかもしれないが、彼らを知る人物からすれば彼等らしいと微笑むことだろう。
 そんな悪態をひとしきり交わして、訪れたのは僅かな沈黙。
 視線を友と呼べる男から外し、その目を天井に向けた桂は、感慨に耽るように言葉を紡ぐ。

 「……お前も聞いたか、レミリア殿から、あの人の伝言を」
 「……あぁ」

 茶化すことも、馬鹿にすることも無く、静かな言葉を零す。
 もう二度と聞くことは無いだろうと思っていた言葉。
 もう二度と聞くことは叶わぬだろうと覚悟していた恩師の言葉。
 それを、こんな形で聞く事になった奇跡に、桂は苦笑した。

 「まったく、不思議な世界だな、ここは」

 その言葉に、どれだけの感情が乗せられていたのか、どんな想いがあったのか。
 先日の事件の際、銀時にも、桂にも、それぞれレミリアに伝言が預けられていた。
 彼らの恩師とも呼ぶべき人から、それぞれに向けて。
 それは、きっとお互いに胸の内に秘めるだろう。銀時も、桂も、その内容をお互いに語るまい。
 だが、それでいいと、二人は思うのだ。

 「あぁ」

 その声は、はたして何に向けられた言葉だろうか。
 桂の言葉に応えたものだったのか、あるいはもっと別の誰かにか。
 開いた襖から、縁側の外が目に映る。
 澄み渡る青空はどこまでも伸びていて、見るだけで感嘆するに値するだろう。
 そんな光景を視界に納めて、銀時は何を思うのか。
 ただ静かに、けれども小さな笑みを浮かべて。

 「不思議だよ、この世界は」

 感慨深げに、そんな言葉をこぼしていた。








 ■東方よろず屋【第二部】■
 ■第七十八話「恩師の言葉は何よりもずっと心に残り続ける」■











 ふわりと、命連寺の庭に一人の少女が降り立った。
 端整な顔立ちに深緑の髪はセミロング、ルビーのような真っ赤な瞳。
 真っ白なブラウスに、赤のチェック柄のベストとロングスカート、そしてその手には薄桃色の大きな日傘。
 花を操る能力を持った大妖怪、風見幽香は笑顔を浮かべたまま我が物顔で命連寺の庭を横断する。
 庭の掃除をしていた妖怪達は恐れた様子で離れていき、そんな様子を気に留めないまま目的地に進んでいく。
 そんな彼女の姿を認め、銀時は盛大にため息を一つついた。

 「こんにちは、銀さん。ご機嫌はいかがかしら?」
 「たった今機嫌がよろしくなくなったとこだよ。つーか、さも当たり前のように人の家に不法侵入してんじゃねーよ」
 「あら、幻想郷では今更な話ね。幻想郷では常識に囚われていてはダメよ?」

 クスクスと苦笑しながら、堂々と上がりこむ幽香。
 そんな彼女を視界に納め、疲れたように頭を押さえる銀時の内心はいかなものだったのか。

 「大体、お前何しに来たんだよ」
 「あら、あなたに用があって来たのによろず屋に居ないんだもの。新八にここに居るって聞いて、わざわざ出向いたのに冷たいわ」
 「そうだぞ銀時、いくらなんでも冷たいのではないか?」
 「オメーはコイツがどんな奴か知らねーからんなこと言えるんだよ。余計な面倒ごと起こすんじゃねーぞゆうかりん」

 ジト目の銀時の言葉にもどこ吹く風、大して気にした風も無くクスリと笑うと彼女は銀時の隣で正座する。
 そんな彼女の様子に何を言っても無駄と悟ったのか、銀時は諦めたみたいでため息をついて床に伏せる桂に視線を向けた。

 「なーに笑ってやがんだ、オメェは」
 「さぁてな、生憎だが俺は口にチャックさせてもらおう」
 「古ぃんだよ! 今時口にチャックとか誰も言わねぇから! ゆうかりんも裁縫道具とチャック用意すんじゃねぇよ! 縫い付ける気満々じゃねぇーかッ!!」
 「だぁって、口にチャックするとか言うから。それに、冗談に決まってるじゃない」
 「オメェが言うと冗談に見えないし聞こえねぇんだよ!」

 まったく持って油断ならないことこの上ない。
 先ほどまでは比較的静かだったというのに、途端に騒がしくなった原因はやっぱり幽香のせいだろう。
 本人はニコニコと実に楽しそうなのだが、銀時にはたまったものではない。
 そんな中、襖が開いて命連寺の住人が姿を見せた。
 水兵服に白い帽子、クセッ毛の黒髪はショートボブ。救急箱を片手に現われたのはこの命連寺の船長こと村紗水蜜である。
 村紗は先ほどまで居なかった人物が部屋に居ることに驚いたが、相手が風見幽香だと悟ると疲れたようにため息をついて部屋に足を踏み入れた。

 「聖の教えに感化して仏門に下る……って、そんなわけないですよね。あなたほどの大妖怪が」
 「えぇ、もちろん。寝言は死んでから言うことね。……あ、既に死んでたわね、あなたは」

 クスクスと目を細めて笑いながら、幽香は挑発するように言葉を投げかける。
 それに取り合うわけでもなく、村紗はげんなりとした様子でため息をついて「まぁ、いいですけど」と呟いて桂に視線を向け――。
 ふと、今度は先ほどまで居たはずの男がいなくなっていて目を瞬かせる羽目になった。

 「……あれ? 銀時さんは?」
 「あぁ、銀さんならあそこよ」

 幽香は相変わらず楽しそうに言葉にして指をさす。
 その先を視線で追っていくと、何ゆえか壷の中に頭を突っ込む銀時の姿があった。
 信じがたい奇天烈な行動に何を思ったか、村紗は眉間を指でほぐしながら、もう一度銀時に視線を向ける。

 「……あの、何してるんですか?」
 「……いや、ストロベリーバニラ王国への入り口が」
 「うちの寺にそんな場所ありませんから」

 そんな頓珍漢なやり取りを聞いてくすくすと笑うのは幽香である。
 意地の悪い笑みを浮かべたまま、流し目で銀時に視線を向けた。

 「銀さん、幽霊が苦手だものねぇ~」
 「あぁ、なるほど。確かに私は船幽霊ですから納得は出来ますけど……」
 「ば、馬鹿なこというんじゃねぇよ! 誰が幽霊苦手だって――」
 「あら、銀さんの後ろに血まみれの幽霊が」

 幽香がみなまで言葉にするまでも無く、銀時は迅速に行動を起こした。
 後ろを確認することも無く、部屋からウルトラマンのような姿勢で飛び出した銀時はそのまま中庭の池に飛び込んだ。
 ザバーンッと盛大な音を立てて着水する銀時をポカーンとした様子で見送る村紗の様子に満足したのか、幽香は桂に視線を向けた。

 「楽しい友人を持って何よりだわ」
 「何を言う、君も奴を友人だと思っているくせに」
 「さぁって、それはどうかしらねぇ」

 軽口を互いに叩き合って、クツクツとお互いに笑いあって楽しそう。
 そんな彼らを恨めしそうに見つめたのは村紗――ではなく、頭に水草を引っかぶった銀時である。
 全身ずぶぬれで水が滴るその様は、本家船幽霊である村紗よりもよっぽど船幽霊らしかった。
 無言のまま縁側まで歩いてくるさまはなんとも恐ろしいのだが、無論、幽香がそんなことで動じるはずも無いわけで。

 「あら、随分とみすぼらしい船幽霊も居たものねぇ」
 「そりゃどーも」

 ドカリと不貞腐れたように縁側に座り、頬杖をついて黙り込む。
 機嫌をそこねたみたいでこちらを向きもしない銀時に、楽しそうな笑みを浮かべて満足そうだ。
 そんな彼らの様子を見て冷や汗を流す村紗だったが、当初の目的を思い出したのか改めて桂に視線を向けた。

 「……包帯替えますよ」
 「あぁ、スマンな村紗殿」
 「私はいいんですけどねぇ。……というか、どういう仲なんですかあの二人」
 「ただの友人だろう。銀時は女にもてるような性格ではないからな」
 「オメーに言われたくねぇんだよッ!!」

 桂の一言が聞き捨てなら無かったのか、銀時が声を荒げて舌打ちする。
 本格的に腹に据えかねたようで、彼は頬杖をついてそっぽを向いてしまった。
 なんだか子供のような拗ね方に村紗は微笑んで、「なるほど」とどこか納得した様子。
 桂の上半身を起こし、包帯を丁寧に取り替えながら、彼女は世間話でもするかのように言葉を紡ぐ。

 「桂と銀時さんは、同じ先生のところで学んだんだっけ?」
 「あぁ。俺や銀時にとっては、先生であり師匠であり、そして父でもあった人だ」
 「ふーん、そっか。なら、私にとっての聖みたいなものか」
 「そうだな」

 どこか楽しそうに語る村紗に同意するように、桂は頷く。
 村紗にとって、聖白蓮はまさしく恩人であり、大事な家族でもある人だ。
 船幽霊として日々を命を刈り取るだけの存在だった村紗に、その船を与えその地の呪縛から解き放ったのが他でもない聖だった。
 彼女が封印され、その封印をとくために仲間と共に船出し、彼女を救出したときの喜びは今も覚えている。
 久しぶりの会話も、久しぶりの声も、久しぶりの感情も表情も、何もかもが永い間彼女が求めてやまぬものだったのだから。
 だからこそ、久しぶりに恩師に会ったという桂の気持ちがわかることが出来たし、それがもう二度と出会うことの無い人物だというのなら尚更だろう。
 居候とはいえ、桂はいまや命連寺の仲間であると、村紗は勝手ながらそう思っていたりするから、こうやって何かと世話を焼いていたりするのである。

 「はい、終わったよ。恩師に何をいわれたか知らないけど、その言葉はしっかりと胸に刻みつけるヨーにね」
 「わかっているさ。いわれずとも忘れたりはせんよ」
 「うん、よろしい」

 嬉しそうに頬を緩ませながら、村紗はぽんぽんと背中を叩いて頷いた。
 そんな彼女に苦笑した桂を見て大丈夫だと感じたのか、彼女は手をひらひらと振って部屋から退出する。
 ふと、銀時のほうに視線を向ければ、幽香にからかわれている彼の姿が目に映って笑みをこぼしながらゆっくりと床に伏せる。
 あの時、一瞬だけ見た恩師の姿。そして残された言葉は、あまり多くは無い。

 ――あなたは思い込みが激しいですからね、時には立ち止まり、己がなすべきは何かをゆっくりと考えなさい――

 けれど、それで十分。自分を見直す機会をくれた恩師には、感謝の念を。
 レミリアから伝え聞いた言葉ではあったけれど、それでもあの人らしいと、心から思えたから。

 ふと、襖が開いて誰かが部屋に入ってくる。
 その人物は、この寺のトップともいうべき人物、聖白蓮。
 自分と同じように己の理想のために歩み、そして村紗達にとっての松陽先生のような人物。

 「気分はいかがですか? 桂さん」

 優しく、温和な性格が読み取れるようなそんな声。
 そんな彼女の言葉に心地よさを覚えながら、桂は「あぁ」と小さく言葉をこぼし。

 「不思議と清々しい気分だ、聖殿。たまにはこうやって立ち止まり、考えることも悪くないものだな」

 そんな言葉をこぼした桂に、聖は何を思っただろうか。
 彼女は彼の傍に歩み寄り、静かに正座をすると、優しく微笑んで「えぇ」と同意するように頷いたのだった。



 ■あとがき■

 ども、皆さんこんばんは。今回の話はいかがだったでしょうか?
 まさかのまたシリアス風味な話が出来上がってしまったので作者が一番驚いてます。
 次回はギャグでいけるかも。まだ未定ではありますけどね^^;




 ※↓ここから本編に関係ない最近見た種運命のアニメで気になったことなので、興味の無い方は次の話へ。



 アニメ見て思ったこといくつか。色々いいたいことはあったのですが、特に気になったところだけ。

 1.やたらと出番の無いシン。
 2.ハイネの死亡シーンは正直ギャグかと目を疑った。
 3.何故かシンが敵を倒すときだけやたらと入るグロ描写。
 4.漫画と違って何の主張もさせてもらえず、成長しないまま一方的にやられるシン。
 5.そしてなぜか議長を撃ったレイ。正直、ここが一番ワケがわからない。
 6.ストライクフリーダムのポーズでアニメ終了。……どういうことなの?

 いや、もう本当になんと言うか……漫画で好きになった自分には色々といいたいことが多すぎる話でした。
 なまじ、キラ達も嫌いじゃないんで余計に。製作者の意図が透けて見えている気がしました…。
 なんと言うか、シンヘイトを見てる気分になったのですが、自分の考えすぎですかね? 特にシンが敵を倒すときによく入るグロ描写とか、何の成長もしてないところとか特に。
 アスランとも漫画だといい勝負してたのに、あっさりとやられたときはポカーンとしましたが……。
 あとハイネの死に方はもっと何とかならんかったのか……。

 唯一見てよかったと思ったのがフリーダムVSインパルス戦(アンチ的な意味でなく)とシンのアロンダイトとか振り下ろすときの悪人面ぐらい。
 あの顔は鬼気迫る感じがして個人的には物凄く好きだった。

 漫画やゲームから入ったせいか、シンやステラはもちろんキラもラクスも好きなキャラなんですが、アニメは首を傾げてしまう行動が目に付くというか、なんというか……。
 これからも種シリーズもキャラも好きでいると思いますけどね。なんだかんだで思い入れのある作品ですから。



 さて、ここまで作者の雑談に付き合ってくださってありがとうございます。
 色々長くなってしまいましたが、今回はこの辺で^^;
 それでは皆さん、ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。



[3954] 東方よろず屋【第二部】 最終話
Name: 白々燈◆46292f17 ID:6a013f6b
Date: 2011/07/25 22:26









 カシャリと、小さなステージに照明がつく。
 そこに並び立って立っているのはたったの二人。
 黒色のスーツに身を包み、そのさまはどこかも服を思い起こさせる光景だった。
 一人は銀髪の天然パーマの男性坂田銀時と、もう一人は青い髪を腰まで下ろした少女比那名居天子。
 それぞれ神妙な面持ちでステージに立ち、ライトに照らされるさまはどこか哀愁が漂っているような気さえする。

「本日は、皆さんに重大な発表があって、急遽、このような話に切り替えさせていただきました」

「これまで続いてきた東方よろず屋ですが、今回、諸事情により急遽最終回を迎えることとなりました」

「元々、『銀魂のノリ引っ張りすぎじゃね?』『オリキャラ出張りすぎじゃね?』などの意見は以前からちらほらあったわけですが……まさか、作者があんなことになるなんて」

 うぅっと涙をぬぐう天子の肩を、なんともいえぬ表情で銀時がたたく。
 そうやってしばらく慰めていたのだが、気を持ち直したようでぐずっと鼻をすすってから再び天子は正面を向いた。

「ともかく、今まで読んでくださった皆さん、これまで付き合ってくださって本当にありがとうございました」

「こんなことになるなんて俺たちも想像しちゃいなかったが、作者の次回作にご期待ください」

 そういって、深々と二人は頭を下げた。
 綺麗にそろったその姿。深々と下げられた頭はいまだ上げられない。
 そんな謝罪が、どれだけ続いただろうか。
 数秒か、あるいは数分ほどだったのか。
 長い長い沈黙が続く中、それに耐え切れなくなったらしい天子が小声で銀時に話しかけた。

「……ねぇ、銀さん」

「あぁ? 何だよ?」

「これ、いつまでこうしていればいいの? ほら、どうせあれなんでしょ? いつもの最終回詐欺みたいなさ」

 こそこそと話しかける天子に、銀時は「はぁ?」とけだるげな声を上げ、やれやれといった風に下げていた頭を上げて、小さくため息をつく。
 その様子にきょとんとしながら、天子も頭を上げると、それに合わせたように銀時が口を開き。

「何言ってんだ天子、今回は詐欺じゃなく、本当に最終回だ」

 そんな、トンでもねぇ爆弾発言を投下しやがったのであった。

「はぁぁぁ!!? ちょ、どういう意味よそれ!!?」

「そうですよ銀さん、僕たち聞いてませんよそんなの!!?」

 そしてそんな発言許容しきれないのか、舞台袖から飛び出してくる二つの人影。
 吸血鬼のフランドール・スカーレットと我らがツッコミ役の志村新八である。
 方や驚きに満ちた表情で、方や怒りに顔をにじませながら、ズカズカと銀時に歩み寄っていく。
 そんな二人に問い詰められながらも、銀時はというとけだるそうな表情を崩さぬまま、ひらひらと手を振っている始末。

「どーもこーも、決まっちまったもんは仕方ねーだろーが」

「仕方ないって、納得できないよ!? 私と晋助との伏線とか投げっぱなし!!?」

「そーですよ!? ていうかこれ要するにただの打ち切りじゃねぇかぁぁぁぁ!!」

「ちょ、ちょっと銀さん!!? え、うそ、本当にこれで終わり!!?」

 銀時の言葉に、フラン、新八、天子の順で問い詰めるものの、当の主人公は「くぁー」と大きなあくびまでする始末。
 根本的にやる気の足りてない我らが主人公は、今日のこの日は特にやる気が感じられない。
 そんな仕草にイラっと来る三人だが、それも無理らしからぬことだろう。
 いきなりの終了宣言に戸惑いを隠しきれねぇのである。

「別にいいじゃん、こんな最終回があったってよー。最後までグダグダして終わるのもある意味銀魂っぽいじゃねーの?」

「だからって伏線丸ごと投げっぱなしで終わっていいわけないでしょ!? 私と晋助の絡みは何だったのよ!!? 幽香と神威との絡みも投げっぱなしじゃない!?」

 いまだに食って掛かるフランに何を思ったか、銀時はめんどくさそうなため息をひとつつくと、「わーったわーった」とやる気なさげに言葉をつむぐ。

「しょうがねぇ。それじゃ、本来の最終回の一部を載せりゃいいだろ?」

「え、いや、そういうわけじゃなくて……本来ならもうちょっと続けるべきなんじゃないのかなーっと――」

「そういうわけで、最終回、いってみよー」

「聞いてよ!!?」




 ▼




 チクショオオオオオオ!!
 くらえロリコン!! 禁忌「レーヴァテイン」!!

 さぁ来なさいお嬢さん!
 私は実はロリコンじゃありません、フェミニストです!
 グアアアアア!!
 このザ・ロリコン……じゃなかった、フェミニストといわれた武市が、こんな小娘に!?
 馬鹿なあああああああ!!?

 武市がやられたようでござるな。

 フフフ、先輩は鬼兵隊の中では際弱ッス。

 あの娘子に負けるとは、鬼兵隊の面汚しでござる。

 くらえええええええ!!

 グアアアアアアア!!?

 やった……ついに鬼兵隊を倒したわ。
 これで晋助の居る船への扉が開かれる!!

 お嬢ちゃんよ、戦う前にひとつ言っておくことがある。
 お前さんは俺を倒すのに覚醒フラグが必要だと思っているようだが、別になくても倒せる。

 な、何ですって!?
 ふ……上等よ、私もひとつ言っておくことがあるわ。
 この私に捕らわれの姉が居たような気がしたが別にそんなことはなかったわ!

 そうだ。お前の姉はやせ細ってきたんで最寄の町へと解放しておいた。
 後は俺を倒すだけだな。クックック……。

 ウオオオオオオオオいくぞオオオオオオオ!!

 さぁ、来い嬢ちゃん!



 フランの勇気が世界を救うと信じて……!!
 ご愛読、ありがとうございました!!



 ▼



「って、これ完璧に打ち切りの終わり方だろうがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 一部始終語られたところで新八のツッコミが冴え渡る。
 指をズビッとさされても我関せずといった様子で、銀時はステージの上で横になってごろごろとジャンプ読む始末。
 そんな彼に追い討ちをかけるかのように、フランが怒り心頭といった様子で言葉を続けた。

「そうよ! ていうかこれ完璧にソードマスターよね!? ソードマスター的なヤマトの終わり方よね!!? こんな最終回あるわけないでしょう!
 大体、仮に大まかな流れがこんなんだったとして、なんでお姉さまが攫われたことになってんの!!? なんか向こう側に居たオリキャラの存在まるっとなかったことにされてるし!!?」

「はぁー、もう。うるせぇなぁ。今の最終回に何の不満があるっていうんだよ」

『不満だらけだよッ!!』

 やる気のない主人公の声に、新八、フラン、天子のツッコミが響き渡る。
 そんな様子を見かねたのか、舞台袖から定春に乗った神楽と、苦笑いしている文が歩いてきた。

「銀さん、そろそろ本当のことを言ったほうがいいんじゃないですか?」

「そうアル。ちゃんと理由いわないとみんな納得しないネ」

「ワン!」

「……どういうこと?」

 二人の言葉にジト目を向ける天子だったが、二人は答えるつもりがないのか肩をすくめるだけ。
 そんな中、ようやく話す気になったようで、銀時は小さくため息をついて立ち上がった。

「しょうがねぇな。いいか、三人とも。今日で最終回なのは他でもねぇ、作者がある病気にかかっているからだ」

「病気?」

「そう、病気だ。そしてこの病気、ある意味お前等幻想郷の連中とも密接な関係があるともいえる」

「私たちとも?」

 フランの疑問の声に、銀時は重々しくうなずいた。
 ごくりと、生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえ、いったいどういうことなのかと思考がめぐる。
 考えても考えても出ない答えに道を照らすかのように、銀時が口を開いた。

「そう、それは多くの銀魂二次創作作家がもっとも気をつけなきゃならねぇ代物。
 銀さんがやたら強くなってたり、銀さんがやたらモテモテだったり、あるいはハーレム作っていたり。
 それどころか銀魂らしさを出そうとするあまり、クロスキャラに銀魂のようなノリで「○○だろうがぁぁぁぁぁ!」とかツッコミ入れさせたり、あるいはボケさせたり!!
 そう! それは銀魂とクロスさせるがゆえに現れる弊害! 銀魂のノリが他作品に感染する恐ろしいウイルスとも言うべきもの!! それは――ッ!!」

「そ、それは!!?」

 ごくりと、誰も彼もが息を飲む。
 たった数秒の無音が、まるで数分に感じるかのような感覚。
 そんな沈黙を打ち破るように、銀時は言葉をつむぎだした。

「それは、銀魂ウイルス! あるいは銀魂菌!! 略してタマキンだぁぁぁぁぁぁ!!」

「何でそんな略し方にしたんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 あんまりにもあんまりな発言にたまらず新八が突っ込みを入れる。
 天子達幻想郷のメンバーはというと、いろいろとあれな略称に顔を赤らめていたりするが、そんなこと関係ねぇと言わんばかりに言葉を紡いだのが神楽だった。

「何を言っているアルか新八。タマキンはタマキン以外の何物でもないアル。タマキンはタマキンだからタマキンって言われてるんだよ。わかったアルか新八?」

「神楽ちゃんんんんんん!!? その単語連呼しないでぇぇぇぇぇ!!? 女の子がそんな単語連発しちゃだめだよ!!?」

 あんまりにもあれな言葉を連呼する神楽の口を止めようと彼女のほうに向かう新八だったが、その前に定春に頭から噛み付かれてじたばたもがく羽目となった。
 そんな彼を気にすることもなく、フランは納得がいかないというように銀時に詰め寄った。

「ちょ、ちょっと待ってよ!? 作者はなんとなくわかるとして、私たちの誰かがそっちのノリにつられてるって言うこと!? いったい誰が?」

「居るだろーが。一番タマキンの影響受けてるやつが、お前の身内に」

「身内って、一体誰が……」

 言いかけて、言葉がぴたりととまる。
 そういえばと、フランの脳裏に駆け抜けるとある人物の奇行の数々。
 具体的に言うと、勘違いして銀時にフライングクロスチョップしたり、異世界を次々と爆走したり、海に向けて大声で叫んだりとかetcetc……。

「って、お姉さまのことだコレ!!?」

 気づいて愕然とするフランであった。
 そんな彼女の言葉を肯定するかのように、銀時がうんうんと頷いて言葉を続ける。

「そのとーり。他の連中も片鱗が見え隠れせんでもないが、奴が一番近著に現れていることは明らか!
 したがって、第三部につなぐため、第二部は今回で最終回だッ!!」

「だ、第三部……ですって!?」

「そのとおりだ天子! 時期はいまだ未定だが、来る日に向けて作者が「サイボーグ白々燈」にグレードアップするための最終回だッ!!」

「だめじゃないの!? それみんな筋肉ムキムキの劇画タッチになってる未来しか見えてこないわよ!!?」

 思いっきり突っかかる天子をなだめようと、「まぁまぁ」と文が間に入って止めた。
 一体なんで止めるのかとにらみつける天子だったのだが、その手に持っていた酒瓶を見てげんなりとため息をついて彼女を見る。
 にやにやといけ好かない笑みを浮かべている文の表情から、彼女が何を言いたいのか察したのだろう。

「ねぇ、まさか……」

「ふふ、そのとおりですよ天子さん。今まで私たちがあちらのノリに染められていた分、ならば最後くらい私たちのノリで締めたっていいじゃないですか」

「そういうことだ天子! お前等らしい最後の締めくくりといやぁ、アレしかあるめぇ」

 クツクツと苦笑する銀時にあきれたようにため息をつきながらも「まぁいいか」と天子は笑った。
 確かに、いろいろ最悪な最終回かもしれないが、最後の最後くらいこんなノリでもいいような気がした。
 そう、自分たちらしい、幻想郷らしい最後の締めくくりといえば、ただひとつ。

「つまり、宴会だぁぁぁぁぁぁ!!」

 銀時が大声を上げれば、たちまち暗かった世界に光が満ちた。
 見渡す限り人と妖怪が入り乱れ、すでに大宴会の模様を呈している。
 場所は博麗神社の境内の中、月夜の下に設置されたセットの上から見渡す光景は、やっぱりいつもどおりな妖怪たちの馬鹿騒ぎ。

「九ちゃん、さぁどうぞ」

「あ、……ありがとう、妙ちゃん」

「おーい、マヨネーズ足りねぇーんだけど!」

「ホラ、お望みの犬のクソですぜ、土方さん」

「オイてめぇ、今マヨネーズに何つったコラァ!!?」

 ……とまぁ、なんだか見覚えのある人間が混ざっているのもご愛嬌。
 思わず頭痛を覚えそうな光景ではあるが、ドイツもこいつも楽しそうである。
 そんな中に混ざるように、新八加えたままの定春がその中に加わり、宴会はいっそう混沌とした風景に変わりつつある。

「銀さーん、こっちにきて一緒に飲みましょう」

「幽香殿の言うとおりだ。こちらで共に飲まぬか銀時」

[こっちこっち!]

「うるせぇーんだよ馬鹿共! 今行くからちょっと待っとけ」

 幽香、桂、エリザベスの言葉にめんどくさそうに返しながら、銀時もステージから降りてそちらに足を向ける。
 その姿を見送る天子に肩をかけながら、文はニヤニヤとした笑みを浮かべて言葉をつむぐ。

「ほら、あなたも行きましょう」

「……はぁ、わかったわよ。フラン、あんたは?」

「んー、私はお姉さまのとこにいくよ。いろいろ話もあるし」

 そういって、フランは軽い足取りで姉が居る場所へ足を進めた。
 いろいろ言いたいことはあったのだろうが、彼女は言ってもしょうがないと感じてこの宴会を楽しむことに下らしい。
 切り替え早いなあとため息をひとつついて、彼の後を追おうと視線を向けると。

 三人の元へ向かう途中、その中央で待っている銀髪の侍の姿が見えた。

「おら、とっとと行くぞてんこ」

 けだるげな言葉で、けれどどこか、からかっているかのようなその言葉。
 そんな言葉が、そんな声が、今の天子にはどのように聞こえただろう。
 クッと、喉で笑いをかみ殺すように、口の端を吊り上げる。
 浮かんでいるのは、いつものような不適な表情。
 不遜で、傲慢な、けれどもどこか彼女らしいと思えるような、そんな笑み。

「てんこじゃないってば。私は、比那名居天子だって言ってるでしょ?」

 そんな言葉と共に、少女は彼の元へと歩みを進める。
 堂々とした少女の後姿を見やりながら、文も苦笑してその後に続く。
 がやがやと騒がしい宴会騒ぎ。夜はまだ始まったばかりで、きっと今まで以上に騒がしくなっていくことだろう。



 ▼



 世界は回っている。ぐるぐる、ぐるぐるととまることなく。
 その中で、彼らは笑いあい、手を取り合い、語り合っている。
 いつかまた、彼等彼女等の慌しく騒がしい日常が語られることもあるだろう。

 それが語られるのは、きっとまたいつかの別の話。



 ▼


 東方よろず屋【第二部】 最終話「最後はやっぱり宴会で!」


 ■完■


 ■あとがき■

 はい、というわけで第二部最終回です。
 多分、過去に類を見ない最終回な気がしないでもないですが、自分なりに考えて出した結論でもあります。
 どうも最近、銀魂のノリに引っ張られすぎているような気がするので、一度銀魂から離れてみようかと思っています。
 作中で語られた銀魂ウイルスのあれ、内容は友人の持論だったりします。
 私自身も、そのへんに思うことがあったので今回作中でこんな書き方をしましたけど^^;
 私自身、気をつけないとなぁと納得するところが多々あったので。自戒の意味もこめて。

 第三部をいつか書くつもりではありますが、なにか一作ほど長編(中篇?)書いてから、第三部を書こうと思ってます。
 それでは、こういう最終回に思うことがいろいろある人も多いでしょうが、今回はここまでということで。
 私自身、こういう最終回で大丈夫なのかと不安に思うのですが、楽しんでいただけたなら幸いです。
 最終回詐欺に見せかけて本当に最終回って……どうなんだろうなぁ^^;

 いろいろ思うことはあるかと思いますが、私も自分なりに修行してきます。
 皆さん、今までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

 それでは、また次回。次回作の作品か、あるいは第三部で会いましょう。


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