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[39514] 【習作】【ヒカルの碁】初めからの始まり
Name: しあ◆3889be11 ID:b3d1c001
Date: 2014/02/27 00:01
【はじめに】

突発的なヒカ碁フィーバーで勢いだけで書きました。逆行みたいなタイトルだけど、転生ものです。
一人称って難しい。
初投稿につき、不備等ありましたらご指摘ください。よろしくお願いします。

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【初めからの始まり】



 進藤ヒカル、25歳。車に轢かれて死亡しました。
 交差点で事故った車がその衝撃で歩道に突っ込んでくるとか、ちょうどそこにオレがいたとか、まあ、ありがちっちゃありがちだけどどんな確率だよといいたくなる事故でオレは死んだ。避けるとか逃げるとか全然無理なタイミングだった。アクションスターならかっこよく避けられたかもしれないけど、碁打ちなんて基本的にインドア派なんだ。無理だ。
 心残りといえば、挑戦中の本因坊戦くらいで。
 ああ、もしかしてこれで佐為に会えるかな、なんて思ったオレは親不孝者と言われても否定できない。ていうか先に死ぬ時点で親不孝か。ごめんな、母さん。不可抗力だ。
 トーヤは泣くだろうか怒るだろうか。両方か。ずっと共に高みを目指すという約束、果たせなくてごめん。いつかはそうなるのが当然としても、こんなに早いとは思わなかったよな。オレもびっくりだ。
 ……本当のびっくりは死後にやってきたわけだけれども。

 さて。

 改めましてこんにちは。新藤光流、三歳です。
 ……うん。記憶持って転生とか、物語の中だけの話だとオレも思ってた。しかもこの名前だ。「みつる」とか読まれそうだけど、これは「ひかる」と読むのだ。現両親が呼びかけてくるので名前に関しては早くから分かってたけど、姓に関してはなかなか知る機会がなかったので(なにしろ乳児だったので)フルネームを認識したのは最近だ。いったいなんの冗談なのかと思ったね。
 ちなみに、現父親が出産の連絡を受けて産院に向かってる時、大きな流れ星を見たので光流なのだそうだ。愛なんだか適当なんだかさっぱり分からないけど、まあ、ありがたいからいいか。

 オレは今、現両親と一緒にリサイクルショップに来ている。ベビーベッドと小さくなった子供服を売って、大きめの服とおもちゃを買うとかで、けっこう大きなリサイクルショップだ。
 オレにはここで成し遂げなければならない使命がある。
 「あいうえお」とか書いてあるようなおもちゃの購入を阻止し、碁盤と碁石を買ってもらうのだ!
 あれだって一般的にはおもちゃの範疇だろう。折り畳みでもいい。いっそマグネットでもいいんだ。一人目隠し碁も頭の中で棋譜並べもいいが、白黒の宇宙をこの目で見たい。
 オレは碁に飢えていた。
 うちには碁盤も碁石もないし、もちろん詰め碁集なんかもないし、そもそも絵本以外の本はオレには取れないところにしまわれているし、ようやく乳児を脱して幼児にジョブチェンジしたようなオレにテレビのチャンネル権だってあるはずない。ネットで事足りるからと、新聞すらとっていないのだ。
 オレは碁に飢えていた。
 もういっそ気味悪がられるのを承知で、全部ぶちまけてやろうかとすら思った。実のところ、すでに異常さに気付かれていないこともないんだし。
 色とりどりのおもちゃに囲まれて、幼児であるからには一応遊んで見せようとはするものの、気付くと脳内棋譜並べをしているような子供である。傍目にはぼーっとしているようにしか見えまい。
 ようやくまともに動けるようになった体は短い手足と重い頭がバランス悪くて、走るのが怖くて走れない。走ると転ぶ。そりゃもう豪快に。幼児の転び方は、一度大人を経験した身にはなかなか恐怖だ。幼稚園の仲間たちがなぜあんなに躊躇なく駆け回れるのかまったく謎だが、つまりここでもオレはあまり幼児らしく出来ていない。
 極め付けに、オレはあまりしゃべらないようにしている。なにしろ口調が幼児口調だ。口周りや舌の筋肉が未発達だからだろうか、どうしても舌足らずになるのがむちゃくちゃ恥ずい。
 いや、当たり前で仕方ないのは分かってるんだ。子供の声で「ごちしょーしゃまでした」なんてのはむしろ可愛いんだろうとは思う。思うけど! それが自分の口から出てるとなると耐えられないんだよ25歳プラス3歳な男としては!
 まあそんなわけでオレは現状、遊ばない、走らない、しゃべらない幼児である。……うん、変だ。
 現両親は、もしや障害があるのではと戦々恐々としているようで、ちょっと申し訳ない。
 かといって全部話してしまうのも、オレはあなたたちの子供じゃないと言うようなもので、それはそれで申し訳ない。いろいろ面倒なことにもなりそうだし、考えどころである。
 まあ、喋らないことに関してはそろそろ解禁してもいいかなーって感じになって来ているので、この件に関しては要検討。とりあえず碁盤と碁石があれば耐えられる。
 とにかく碁盤である。碁盤はどこだ。
 はやる気に押されて店内を駆け抜け――ようとして、頭から転んだ。慌てて抱き上げようとする母親の腕をすり抜け、また駆ける。涙がにじむのは痛いからじゃない。
 オレは碁に飢えていた。
 オレがここまで碁バカだとか、知ってはいたけど分かってなかった。
 たったの三年、うち半分くらいは進藤ヒカルとしての意識はほとんど朦朧としてたから、実質一年半碁に触れていないだけなのに。こんなに気が狂いそうにあの世界を求めてる。
 ああ、佐為。
 佐為はどんなに苦しかっただろう。
 求めても求めても触れられず、ただ過ぎて行く時間。何もできないこの身を恨んで、こんな運命に投げ込んだ神様を憎んで、でもまだこの道を繋いで行ける事に心から感謝した。
 そうして辿り着いたのは、足付きの碁盤が重ねて置かれている一角。木地はくすみ、とりきれなかったのだろう傷や汚れのある、いかにもな中古品ばかりだ。うっすらと埃っぽい片隅の、いかにも売れていないし売る気もない風情が泣けてくる。
 ひとつだけ、他のものより状態のいい碁盤が平置きされて、見本とばかりに碁笥が二つ乗せられていた。震える指先で蓋を取り、つややかな黒い石にそっと触れる。
 前よりずいぶん大きく感じられるのは、もちろんこの手が小さいからで。小さな手と細い指と薄い爪で、すっかり慣れたあの打ち方はもう出来ない。
(また初めから、始めるんだ――)
 佐為と出会った当時のように、初心者同然の手付きで石をつまんで。
 十九路の宇宙に、そっと置いた。
「………………あれ?」
 置いたばかりの石を拾い上げ、碁笥をひっくり返さないように慎重に下ろし、オレは袖口で盤面を拭った。
「……これ、オレのだ」
 木地の色、木目の形、小さな傷に至るまで記憶のとおり。じぃちゃんに買ってもらった最初の碁盤――佐為と打った、あの碁盤だ。
「は……はは……」
 ぺたりと座り込むと、三歳児にはテーブルにちょうどいいくらいの高さ。腕を置いて顔を伏せる。
 進藤ヒカルの碁盤ともなれば、欲しがる人はそれなりにいただろうけど、形見分けには一人暮らしをしていた部屋の碁盤が充てられたのだろう。佐為との思い出が残る碁盤を、佐為と過ごしたあの部屋から動かす気にはなれなくて、引っ越すときに新しく買ったものだ。
 しまいこんでいたこれを見つけたのは母親だろうか。一人息子の遺品を見ていたくなかったのか、しまいこむより使って欲しいと思ったのか。棋院にでも伝えれば喜んで引き取っただろうけど、碁界とは疎遠なままだった元両親には思いつかなかったのかもしれない。
(佐為……おまえいま、どこにいる?)
 碁の神様のところで打っているのだろうか。
 そこに行ければ良かったけど。
(オレはまだまだ修行不足なんだってさ)
 この事態はそういうことなんだろう。だったらどうして師匠を取り上げたんだと文句を言いたいけど、打っていくことに否やはない。
 嫌ではない、けど。
(オマエと打ちたいよ、佐為……)
 本当はもうそれだけで良かった。塔矢アキラのライバルだった進藤ヒカルは死んだのだ。タイトルに手を掛け、国内外の強敵としのぎを削った進藤ヒカルは。
 それからまだたった数年。そこに、まったく同じ打ち筋の言葉も覚束ない幼児が現れるとか、あんまり怪しすぎて笑える。
「さい……」
 息だけで囁いたら涙が落ちた。
 碁が打ちたい。自分じゃない誰かと打ちたい。
 なにより誰より、佐為と打ちたかった。
 だから。
『何を泣くのです、幼子よ――』
 その声が聞こえたとき、夢ではないかと思ったのだ。

 ――佐為。

 言葉は声にはならなかった。
 顔を上げれば目の前に、白い狩衣。
 長い黒髪を引きずる風なのも気にせずにしゃがみこんで、優しげな顔立ちに心配の色を乗せて。
 ばっちり目が合ったら、ひどく驚いた顔をした。
『私の姿が見えるのですか?』
「……みえ、る」
『私の声が聞こえるのですね』
 そう言って微笑んだ綺麗な顔が、水の膜で歪んだ。
(佐為。佐為。佐為――っ!)
 消えたんじゃなかった。消してしまったんじゃなかった。オレに見えなくなってただけだった。いてくれた。いてくれた!
 ……喉が詰まって声が出ない。
 そういえばオレはいま、たった三つの子供なんだから泣いたっていいんだ。そんな風に思ったらもう止まらなくて。
『な、泣かないでくださいよう』
 本格的に泣き出した幼児におろおろうろうろする囲碁幽霊。
 でもなぁ、佐為。泣かせたくなかったら、ホントは出てきちゃだめなんだぞ。オマエ幽霊なんだから、子供は泣くさ。そうだろう?
 大泣きするオレを迷子だと思った店員が館内放送で両親を呼び出し(ちなみにオレは碁盤に張り付いて離れなかったので、迷子センター的なところには連れて行かれなかった)はぐれて焦っていた両親がすっ飛んできた後もやっぱり泣いて。
 連れて行こうとする腕に全力で抗い、碁盤と碁石を抱え込もうとし、泣き声の合間にこれが欲しいんだどうしてもいるんだと訴えた、らしい。
 ――うん、どこからどう見ても駄々をこねる子供デスネ。正直よく覚えてないんだけど、このまま忘れてもいいかな?
 泣き過ぎて重い身体をチャイルドシートにはりつけにされて、隣の座席には囲碁セット。その向こうに困惑しきりの囲碁幽霊を乗せて、車は帰宅の途に就いた。
 子供体力で泣き喚いたのは失敗だった。眠くてたまらない。もう目を開けていられない。
(ごめん、佐為。自己紹介はまた後で……)
 懐かしい繋がりを確かめるようにそう言葉を向けて、オレは目を閉じた。

 ――ああ神様、お願いです。

 今度は間違わない。絶対に間違わないから。全部佐為に打たせるから。
 だから神様、オレから佐為を取り上げないで。
 おねがいだから。
 ずっといっしょにいさせてください。



 ――了。

---------------------------
佐為:ヒカルの碁盤で寝てた。なんか呼ばれた? と思ったら初対面の幼児に大泣きされた。
『なんでこの子、私の名前を知っているのでしょう』
ひかる:一回死んだせいか違う身体だからか、塔矢アキラへのライバル心にちょっと距離感。
「オレはもう、佐為と打てればそれでいいや」
光流の母親:かわいいかわいい一人息子がちょっと変。ていうかすごく変。
「やっぱり検査してもらった方がいいのかしら……」
光流の父親:かわいいかわいい一人息子がちょっと変。ていうかすごく変。
「まあ、これも個性だろう」




[39514] 不愉快注意のおまけとあとがき的ななにか
Name: しあ◆3889be11 ID:b3d1c001
Date: 2014/02/22 16:21

【ヒトの身には覚えていられないコト】


「なんっでこんなことにーっ!!!」
 涙声の絶叫にふと意識が浮上した。
 やわやわとした白い光に満たされた空間。露出を間違った写真みたいに景色は全部白く飛んで、なのに眩しいとは感じない不思議なところだった。
 ぼんやりと滲む人影が二つ。
「彼はねぇ、ボクが大切に大切に育ててきた碁打ちですよ。まだまだ五十年からかけて磨かれていくはずだったんですよ。それがなんで死んじゃうんですかぁぁ……」
 重みというものの全くない声が、大袈裟すぎてまったく本気とは思えない悲哀の色を存分に乗せて言い募る。
「寿命なのだから仕方あるまい。お主の事情など知らぬわ。時間をかけたくば長く生きる者を選ぶが良い」
 正反対に深く響く重い声がそう応えた。
「ボクには寿命は計れないんですよぉぅ。長生きさんに才能あるとも限らないんですよぉぉ」
 おおおおお、と嘆く声にあきれたように肩をすくめて(たぶん)重い声の主は姿を消した(みたいだ)。
「ああああ……メインメンバーだと思って心血注いで育てたキャラが強制シナリオで死んじゃった気分っ!」
 軽い声の主はがっくりと膝を折り(たぶん)しばらくめそめそと涙した(フリをしてるよな、これ)。
 どれくらいそうしていただろう、人影はふいにこちらを向いて(たぶん)、ああそうだ、と楽しそうに笑う。
「ねえきみ、シンドウヒカルくん。転生に記憶持ってってみない? うんうん、それがいい。それがいいよ。幸い碁打ちなんてアスリートと違って一から身体作らなきゃーなんて事ないしね。強くてニューゲーム! いいね!」
 は? え、ちょ、なに――なんて言う間もなく、暗転。

 神とは理不尽なものである。ヒトの言葉など届かないのだ。



---------------------------
遊技の神様:面白ければなんでもいい。記憶ごと転生させたら佐為と再会しちゃってあれ? まあいいや、飽きてきたし。
「神の一手はまだまだ遠いよ〜頑張れ〜」




【あとがき的な何か】

実は神様転生でしたーとか。
ええとゴメンナサイ。ノリが酷くて不快になられる方もいそうだなぁとは思ったんですが。
真面目な碁の神様はきっと他にいます。

佐為は結局望みを叶えたわけではないのだし、実は消えてなかったよーっていってもいいかな、と。
シンドウヒカルのこの後は佐為がいない方が面白い! とか思った軽い神様が佐為に強制麻酔。生死には直接関われないけど、もう死んでる佐為には多少は干渉できる。チョー危険。
きっと真面目な碁の神様は全力で止めた。でも遊技全般の神様のほうが上位。飽きられた方が平穏。

ヒカルの神の一手への執着は佐為を失ったことに起因しているから、取り戻した今はどうでもいいとは言わないが二の次。
表向きには佐為に打たせて、それを一番間近で見て、検討して、あとは棋風がどうとか分からない初心者とネットと佐為と打てれば満足。だと思っている。今のところは。
アキラに対してはちょっと複雑だけれども、まだ出会ってもいないんだから考えない。
とりあえず今は囲碁人口を増やすべく、幼稚園のオトモダチに五目並べを伝授中。
「やっぱ道具から親しむべきだと思うんだ。――って、ああっ! 食べるなそれは飴じゃないっ! そこ! 投げるなーっ!」



[39514] 始まりからの先
Name: しあ◆3889be11 ID:b3d1c001
Date: 2014/02/27 00:03
【表題変更のことについて】


【短編】の文字を消しました。
短編の予定でしたが、なんか続きました。感想いただいたおかげでやる気が続いたものと思われます。
もう一話くらいは続きます。更に続くかもしれませんが分かりません。なるべくキリのいい感じで締めていくつもりですがそれも分かりません。作者は長編を完結させたことがありません。明らかに“続く”で終わっていても、短編連作だと思っておいた方が安全です。
短編のつもりが続いたので、おまけと後書きが変な位置にありますが、とりあえずこのままにしておきます。

かろうじて一人称。……一人称? 語調が別人……orz




【始まりからの先】


 目が覚めたオレの脳裏を占めたのは、もしや夢だったのではないかという恐怖だった。
(――っ! 佐為っ!)
 焦燥もあらわな呼びかけに、はい、と呑気な応えが返り、知らず詰めていた息を吐く。
 しん、と静まった室内。二階の和室にのべた布団の上で、右に父親左に母親、いつもの夜だ。
(佐為?)
 そっと体を起こして見回せば、部屋の隅に端然と座したその人は、律儀に応えを返してから首をかしげた。
『何故私の名前を知っているのですか?』
(ああ、……うん。ちょっと場所変えようか)
 両親を起こさないよう、忍び足で部屋を出る。おそらく碁盤は一階リビング、おもちゃ箱のあたりだろう。行きたいがしかし。
(うーん……)
 三歳児にとって階段というものは、誰かに抱えられるか手を引かれて上り下りするものだ。一人で安全に下りる手段といえば、後ろ向きに這い降りるという、なかなかみっともない姿となる。あまり人目に晒したいものではないが、こんな夜中に転げ落ちるわけにもいかない。
 普通に下りようとして転げ落ちたこと過去数回、オレもさすがに学習した。
「……まあいっか、さいだし」
『なんですか?』
「なんでもない」
 そうしてたどり着いた一階。リビングの照明を小さく絞って、碁盤を横目にキッチンへ。踏み台を持ち出して水を汲み、一息に飲む。あれだけ泣けば喉も乾く。泣いた事は記憶の底に封印したいところだけれども。
「あー、なんかハラへった」
『このまま寝かせておくべきか、起こして食事を取らせるべきか、母御が悩んでおられましたよ』
 そういや食ってないんだっけ、変な時間に寝ちゃったからなぁ――そんな事を呟きながら戸棚を漁った。冷蔵庫の扉が重くて開けられないというのは認めたくない事実である。ビスケット発見。
「んじゃ、うとっか」
『え、……はい?』
(打とう、佐為)
 きっとそれで分かるから。


 お願いします、と頭を下げて、オレの黒は右上スミ小目。やっぱりいつもの打ち方は出来なかった。だって石がでかくて重い。指先だけで挟んで持つとか、どうしたって落ちるんだけど。なんか間抜けで笑える。
 あの頃のように碁笥を手元に二つ置いて、対面に座した佐為を仰ぐ。
 ――ああ、佐為がいる。
 こみ上げる幸福感に震えた。佐為がいる。何度も何度も夢見たとおりに。
 あんまり嬉しくて涙が滲み、慌てて盤面に視線を戻して目元をぬぐった。なんだかもう泣いてばかりだ。いくら三歳児とはいえ、精神年齢25歳プラス3歳としてはどうなんだオレ。
 目線鋭く盤面を見ていたはずの佐為が、一手目を示さず頓狂な声をあげた。
『あ、あれ?』
 ぱたぱたと胸元を探り、袂を振って、きょろきょろと周りを見回す。
『私、扇子をどうしたのでしょう』
「どうって……」
『なんか、ないんですけど……』
 首を捻りつつ、碁盤の下まで覗き込む佐為。いやそこにはないと思う。
「まあいいじゃん、ゆびでさせば」
 なんでもない風に言ってはみたが、オレはまたしても泣きたくなった。
 ――じゃああれは、やっぱりオマエだったのかな。
 夢で扇子をくれたのは、やっぱりオマエだったのかな。ただのオレの願望じゃなくて。だったらどうして覚えてないんだ。やっぱりただの夢だったのか。
 ――代わりに買って持ってた扇子は、誰か受け取ってくれただろうか。
 塔矢であればいいと思う。あれはただのカタチだけれど、継いでくれればいいと思う。
 オレはもう、打たないから。
 佐為の腕になるんだから。


 綺麗な指先がすっと伸びて、十九路の宇宙で星を押さえた。


「ありません」
 敗北を告げたのは、案の定オレの方だった。十年以上をプロとして過ごしたオレだって、強くなったはずなのに。全然届かないのが悔しくて嬉しい。
『ヒ、カル……』
 呆然とした風の佐為の声に、やっぱり分かってくれた、と嬉しくなって顔を上げ――オレは息を飲んだ。
 佐為が泣いてる。
 白い頬に透明な雫がしたたって、袂に吸い込まれていく。
 幾筋も、幾筋も。
『ヒカル……ヒカル、ごめんね。……ごめんなさい……』
「ちょ、……え? 」
 なんで佐為が泣くんだ?



  ***



『ヒカル、ごめんね。……ごめんなさい……』
 打とう、と言った幼子は、それは確かにヒカルだった。
 何故この幼子がヒカルなのか、何故己が未だここに在るのか、それは分からなくても。
 打てば分かる。この子はヒカルで、あれから何年も研鑽を積んだヒカルで、だから。
 ――私は、どれほどあなたを傷つけたのでしょう。
 あんなに、壊れてしまうのではないかと思うほど、全身全霊で泣いていた子供。ひたすらに佐為と名を呼んで、会いたかったと、ただただ会いたかったと、そんな想いが溢れて響いた。
『私は……ヒカルが妬ましかった。私は消えてしまうのに、ヒカルはこれからも打っていく――どうして、と。ずるいと、そう思って。ずいぶん我儘を言いました。なんて――なんて、浅ましい』
 そんな、と言いかけたヒカルを、首を振る事で制して続ける。
『私はあなたといられて幸せだった。とても楽しかった。それだって本当なんです。そういうことを伝えるべきだった。ヒカルが大好き。そう言えば良かったんです。私が消えれば、優しいあなたはきっと泣くだろうと分かっていたのにっ!』
 そう、分かっていた。
 きっと泣くだろう、探すだろうと分かっていた。
 ……分かっていたのに。
 楽しかったと伝える声は届かなかった。なにもかも遅すぎた。眠たそうなヒカルの姿が霞んでいく時の焦燥と恐怖、そして後悔。どうして――。
『どうして、笑って別れてあげられなかったのかと』
(――佐為っ!)
 叩きつけるような強い声に顔を上げる。
「オレだってっ。オレだってぜんぜん――」
 幼い口調にもどかしげに唇を噛んで、ヒカルはぐっと拳を握った。
(全然信じてやらなくて、打たせてやらなくて、オレが打ちたいって、そればっかりで!)
 ごめん、と絞り出すように告げた声は、前とは違う幼い響き。こぼれた涙を腕で拭って、でももういいじゃん、と泣き笑った。
(また会えたんだからそれでいいじゃん。オマエ消えてないし、オレこんなんだし、ワケ分んないけど、もういいじゃん)
「うとうよ、さい。……オレとうってよ」
 その名の通り光のような、愛しい子供。
 ――私はこれから、この子の為に在ろう。
 神の一手へと到る長い道のり、この子が少しでも高みへ登れるように。
『はい……はいっ! 打ちましょう、ヒカル!』








------------------------------
微妙にすれ違っている二人(笑)



↓の会話を入れたかったのですが、佐為が泣き出してしまったのでいれられませんでした。残念。

『では貴方は、私の知っているヒカルなのですか? はー、不思議なこともあるものですねぇ』
「……オマエにだけはいわれたくねーよ」





[39514] 先の先は停滞
Name: しあ◆3889be11 ID:b3d1c001
Date: 2014/03/08 21:02
【ご注意】

閑話的な両親ターン。
一人称挫折。でも三人称ともいえない。
ヒカルが別人。


【先の先は停滞】

 新藤家の主婦、新藤美月の朝は遅い。
 とはいっても、朝食を作り、弁当を詰め、洗濯機を回しながら夫を送り出せる程度の時間に起きてはいるのだが。
 幼い息子が四時とか五時とか早すぎる時間に元気いっぱいで起き出したり、ママ友からはそんな事は頻繁で当たり前だと聞くけれど、離乳食に切り替えたころから美月は息子に起こされた事は一度もない。
 食事中に遊び出してしまうから、時間は余分に見ておかなくちゃ――そう言ったママ友には、曖昧な笑みしか返せなかった。食べる時は食べ終わるまで食べる、美月の息子はいつもそうだったから。
 そもそも夜泣きの少ない子供だった。乳離れにも苦労しなかった。トイレトレーニングに至っては、やった覚えすらないのである。いつの間にか完璧に出来ていた。行動がいちいち慎重で、急に走り出すなどほとんどしないし、曲がり角から飛び出したりもした事がない。ありえないほどに手がかからないといえる。
 食べこぼしも少ない。
 ママ友が子供を連れて遊びに来たとき、ひかるくんはずいぶん綺麗に食べるのねぇ、とつくづく羨ましそうに言った事が強く印象に残っている。
 あのとき美月は目を瞠る思いでいた。その子供を見て、幼い子供とはこれほど騒がしく手がかかるものなのか――と、とても幼い子供のいる母親とは思えないことを考えたものだった。
 そんな母親の裏で、当の子供は恥辱に震え、失敗に涙し、早く早く一刻も早く己の思うとおりに己を動かすことが出来るよう、神に祈って――呪ってともいう――いたのだが、そんなこと美月は知る由もない。
 ただ、言葉が遅いのは気にかかった。
 同じ月齢の子供が(伝わるかどうかはともかくとして)一生懸命なにか喋っている頃、美月の息子は意思のほとんどをジェスチャーで示した。開けて、取って、それ頂戴、そんな簡単な事でさえ。
 おもちゃに興味を示さないこともある。幼児番組も好きではないらしい。余所の子供はテレビを見ながら踊ったりするのに。
 もしや何か障害が、とも思ったけれど、言葉を理解していない訳ではないようで、話し掛ければきちんと聞いて、ちゃんと通じた。最近はまったく喋らないわけでもなく、意味の取れない言葉もない。
 あまりにも聞き分けが良くて手がかからない、それが悩みだなんてママ友には言えなくて。おかしいおかしいと思いながら、検査を受けさせる踏ん切りもつかなかった。
 だから、驚いたけれど嬉しかったのだ。買い物に行った先で、これが欲しいとわんわん泣く息子が。
 ――欲しがったのが囲碁セットというのは予想外だったけれど。


  *


「おかあさん、おかあさん、オレこれやりたい」
 キッチンに立つ母親に、ヒカルは碁盤を指差してみた。いいわよ遊んでて――見当違いの答えが返る。
「ちがーう! ちゃんとやりたいんだってば!」
 そう訴えれば、どこか嬉しそうなため息を吐き、母親はいそいそと碁盤の前に座った。
「さ、どうするの? お母さんに教えて?」
 ……独自ルールの子供の遊びだと思ってるな、これ。
 新藤光流の囲碁歴捏造計画は前途多難である。両親の両親つまりは祖父母も、囲碁とはまったく無縁なことは分かっているし。
「そーじゃなくて、オレがおしえてほしいんだ」
 目標、囲碁教室。
 しかしながら母親は、まったく予想外の行動に出た。
 ちょっと考え込んだあと、碁笥から白石と黒石を一掴みずつ取り出し、碁盤の上に置いて――チューリップを描いたのだ。白石が花、茎と葉が黒石。デフォルメされたチューリップが盤上に咲き誇った。
「どう?」
 ちょっと得意そうな母親にダメ出しも出来ず、ヒカルはこっそり肩を落とした。
「うん……かわいいね」
 可愛すぎて泣ける。
(――駄目だ、佐為。ウチの親、囲碁教室の存在すら知らねぇ……)


 ***


 新藤家の大黒柱、新藤陽一は息子が生まれるまでずっと子供に縁がなかった。
 一人っ子なので甥も姪もいない。親しい友人は独身者ばかり。妻の懐妊は嬉しかったが、どう接していいものやら皆目見当がつかない。
 標準的な子供の成長段階もまったく知らなかったから、不安げな妻に「これも個性」と言い切れた。
 囲碁セットを欲しがったあたりから急に独り言が増えたが、言葉が遅いと悩んでいた妻を思えばむしろ成長。暇さえあれば白黒石を並べている姿は、外を駆け回る子供たちを思えば不健康と言えるだろうが、夢中になれるものがあるのはいい事だ。
 さて、もうすぐクリスマス。
 何が欲しいかとそう問えば、かわいい息子の“本”との答え。棚で埃をかぶっている絵本を思えば虚しくもなるが、己が息子の望みである。選ばせてやろうと買いに出掛けた、のだが。
「…………これが欲しいのか?」
「うんっ!」
 満面の笑みで三歳児が差し出す囲碁タイトル戦最新棋譜集。何故。
「あー……これは父さん読めないぞ?」
 父さんだけじゃなくて大概の人が読めないぞたぶん。解説だけなら読めるだろうが、意味が分からなくては意味がない。少なくとも平仮名さえ読めない幼児の読むものではない。
「いいんだオレが、じゃなくて、ええと、もようがキレイ? だから、みるだけ」
 たどたどしく訴える息子は目がきらきらしていた。積み木にもレゴにも見向きもしなかったというのに、そんなに白黒模様が好きか。
 息子の中では画集のような扱いなのだろうと納得して、陽一はレジへ向かった。
 ――うん、イラストロジックに見えなくもない。
 パラパラめくってみてそう思う。
 間違えた上に途中で諦めたイラストロジックもどきの、いったい何がこんなに息子を惹きつけるのか、それは謎だけれども。


  *


 囲碁タイトル戦最新棋譜集を発見したヒカルは浮かれた。
 かつてのライバル、先輩、後輩たち――進藤ヒカルが死んで四年余り(新藤光流が生まれて三年と少し。十月十日は胎児である)――彼らはいま、どんな碁を打つのだろう。
 浮かれた挙句、いいんだオレが読むんだから、なんて言いそうになって慌てて誤魔化したりもしたけれど、手に入れてしまえば無問題。
『変な顔をしていましたねぇ』
 苦笑する佐為に肩をすくめてみせる。
(まあ仕方ないさ。月刊囲碁の購読頼まなかっただけマシだろ)
 それはさすがに三歳児として変すぎるので自重した。
 囲碁以外ではあまり物事を深く考えないヒカルだが、出来るだけ両親に心配をかけたくないとは思っている。前の両親にひどい親不孝を働いた自覚がある事もあるし、幼稚園で普通の子供を見るにつけ、親に対する無条件の信頼と親愛を抱けないのが申し訳ないような気になってしまうのだ。いい人たちではあるのだけれど、いい人たちだと思う時点で子供としてはダメダメである。
 少々変なのは仕方がないとしても、変すぎるのは良くないだろう――そんな風に思うせいで、新藤光流囲碁歴捏造計画は進捗はかばかしくない。
 唯一の救いは、リビングで(つまりは両親の目の前で)佐為と二人で極度に高度な対局をしていても、囲碁のルールも知らない二人は子供の一人遊びと見てくれることか。自室もない身としては、変に誤魔化さずおおっぴらに打てるのは大変ありがたい。
 とはいえ、周囲の大人がルールも知らない状況だからこそ、苦労しているともいえるわけだが。
(はぁ……。ルールを知る機会がないってのがイタイんだよなー)
 進藤ヒカルの時は、祖父がアマチュア高段者だったので助かった。最初の手ほどきさえ受けてしまえば(本当に受けたかどうかは別にして、受ける機会があったという事実さえあれば)棋譜を見ました打ってみました考えましたで押し通す事も可能だろうが、現時点では打つ手がない。せめて子供向けの本でも読めるくらいの年齢であれば良かったのだが。
『焦っても仕方ありませんよ。ヒカルはまだ三歳なのですし』
(……だな。これ並べてみようぜ、佐為)
『はいっ!』
 途端にぱぁっと明るくなった佐為の笑顔を見上げれば、ヒカルは何度でも幸せになれる。
 開いた本の目次に触れて、[名人:塔矢アキラ]の文字に目を閉じた。

 ――待っててよ、トーヤ。そこに佐為を連れて行くから。





-------------------
『囲碁タイトル戦最新棋譜集』
詳しい解説付き七大タイトル戦全戦棋譜。
リーグ戦、トーナメント戦の戦績を掲載。
中でも面白かった対局を10局、解説者が選出。解説付きで掲載しました。
2○○×年の棋戦をここに集約!
――捏造。

***

幼児の自由のなさを侮った。一日中誰かの目が光ってる(当たり前)
ヒカルが周囲に気を使うとかまるで別人。大人になったんだと思ってクダサイ。

いいかげん確定申告をしなきゃなので更新ができません。
青色申告ってなんで青色なんだろう桃色じゃダメなのかとかやってる間に熱が冷め切ると思われますので、やっぱり完結とか無理デシタ。
あと二話くらいで終わらせられそうなので、何とかしたい気持ちもなくはないですけども。
今後の流れとして飛び飛びで書いた場面って、そのまま投下してもいいんですかね?
チラ裏はゴミ箱じゃないって怒られるでしょうか……。


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