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[39088] 【ネタ】【東方×銀英伝(一部)】古明地文里の優雅な日々
Name: Rei.O◆79a6e000 ID:a8b439bb
Date: 2013/12/18 16:51
<注意書き>
・本小説は「らいとすたっふルール2004」に従い作成しています。
・本小説は「銀河英雄伝説」の一部分を「東方Project」の世界に混ぜ込んだものです。
・話の立ち位置的にはプロローグなので、尻切れ感が酷いです。また、続くかどうかは不明です。
・筆者は他サイトでも物を書いていますが、これについては他において公開しておりません。
・規約は確認しましたが、何分初投稿なので、不備ありましたらお知らせ下さると嬉しいです。
<注意書き終わり>



古明地文里の優雅な日々

 大地の奥底、かつての「地獄」の一領域。
 財政上の問題というひどく切ない理由で切り捨てられた「旧地獄」、そこを走る「旧地獄街道」、そして「旧都」の中心部。
 「地霊殿」。
 かつてこのここが地獄の一部であった頃、その場に在った「灼熱地獄」。その怨霊を鎮め封ずるべく在る屋敷。
 その奥深く、本棚と茶器と書き物机と、ちょっとした寝台がある程度の部屋に、奇妙な出で立ちの、少女のようなものがいた。
 クセのある紫の髪、白い肌、ゆったりとした袖の長い水色の服に、薄桃色のセミロングスカート。
 そして左胸に、奇妙な紐の伸びる「第三の目」。

「んん?」
 少女の姿をしたそれは、ちち、と走るノイズとともに、小さな音を聴きとった。
 尋常の音ではない。地霊殿は封印の屋敷、ある種の神殿といってよい。通常の建造物とは比較にならぬ、過剰に過ぎるほどの余裕を持って設計された建物だ。
 いざとあらば、その壁一枚一枚が物理的に防壁となる。ゆえに壁の数々には隙間一つなく、厚みも凄まじく、きちんと戸を閉めれば音はおろか、煮炊きの薫りすら通りはしない。
 それを不便とみなすそれは普段戸を少し開けていたが、しかし今日は、のんびりと書物を読み漁るべくきっちりと戸を閉め切っていたのである。
 では、何が聞こえるのか。

「……探している」
 何を? それを。
 聞こえたのは意思の声。思念の声。表層意識の声なき声。
 さとり。
 それは、世にそう称されるものである。

 かつて、古明地さとりという、一人のさとり妖怪があった。
 さとり妖怪。それは心を読む妖怪である。
 つまり、尋常の妖怪よりも酷く迫害されるものであった。
 彼女とその妹は、受けるストレスに耐え切れなかった。

 妹は心を閉ざし、心を読む第三の目を閉ざした。
 さとりにとって、第三の目を閉ざすことはそのままであらば死を意味する。もとより、物理的な力をほとんど持たぬ妖怪なのだ。
 では、姉たるさとりは?
 家族を失う恐怖に震え、受け入れられぬことに絶望し、ほとんど折れかけた「姉」の矜持を杖に歩いてたどり着いた先で、彼女は、奇妙な霊魂と出会ったのである。

 それはきっと、何かの間違いであったのだろう。

 さとりは、霊魂と対話した。
 心を読む能力がここで役に立った。霊魂とて、言葉は聞こえる。ただ発せられぬだけだ。
 しかし、さとりは言葉ならぬ意識のみで相手の想いを受け取れる。彼と対話するに不都合はなかった。

 当時のさとりは、流れ者であった。
 人々と妖怪たちの迫害に怯え、妹たるこいしがその目を閉じたことを嘆き、恐るべき未来に倦んでいた。
 ゆえに、霊魂に関して素人である彼女にもわかるほどぼろぼろでありながら、それでもなおその聡明さを失わぬその霊魂に、彼女は半ば自棄/妬けで、ただ一言告げたのだ。

 『私に、憑きませんか』



 ある男の話をしよう。

 男は商人を父に持つ、ごく普通の赤子として生まれた。
 男が5歳になった年、母は死に、男は父の船で幼少を過ごすこととなる。
 男は、歴史に惹かれた。

 15の年、父が死んだ。父は骨董の収集を好んでいたが、そのほとんどは贋物であった。
 資産を持たぬ男は、戦いの歴史とて歴史には違いないと、軍学校へと駒を進める。
 男は名誉に欲を持たず、ただ歴史に明け暮れ暮らしたいと願っていた。

 21の年、男は期せずして英雄となる。
 守るべき民を棄て逃亡を図った上司たちを囮の代わりとし、敵の包囲網から民を守って脱出を成功させたのだ。
 あるいは、ここが転換点であった。

 男は、奇功を立てた。追い詰められてものらくらかわし、ここぞというその一点を叩く。
 なにかと疎まれることも多い。命を狙われたことも一度では済まぬ。
 だが、彼には彼を慕う仲間があった。彼は仲間を救い、仲間に救われ、戦った。

 28の年には、全滅間近の味方を救う。
 29の年にはとうとう、難攻不落の要塞を落としてみせた。
 男は、「魔術師」と呼ばれた。

 男は分をわきまえていた。
 戦場に出た時、戦はそのほとんどが終わっているものだと知っていた。
 心理を読み、意図を汲んで、魔法のようにその穴を突く。
 男はそれで戦に勝てると知っていた。
 しかして、戦争には勝てぬとも知っていた。

 命を狙われ、危地を脱し、最後は仲間とともに立ち、最期まで「敵」に手を焼かせ続けた。
 男は報われぬ戦いを強いられた。しかし、その身の奥深くに仕舞い込んだ、ただひとつの信念を持って、ただひとつの種子を残し、義理の子を死なせぬために巨大な敵と戦い続けた。
 曰く――「最悪の民主政治は、最良の専制政治に優る」。

 男は、狂信者どもの襲撃に遭う。
 戦い続けた敵と、ただ一度会話するために、その場へ向かう最中のことであった。
 薬で朦朧とする意識の中左足を貫かれた彼は、敵に強要した出血を想い、遺す者たちを想い、その往く末を想いながら、ゆっくりとその命を落とした。
 齢、僅かに33。仲間たちの奮闘虚しく、「魔術師」が還ることは二度となかった。

 男、さとりが出会ったその霊魂の名を、ヤン・ウェンリーといった。



 広い廊下を、白猫が走る。
 走る猫はなにやら包みをさげていた。
 それは、布に包まれた竹簡である。
 かつて東洋において広く使われ、紙の普及とともに廃れたそれであるが、この幻想郷においては生き残っている。
 竹の入手が易く、逆に木の入手が安定しないこともある。しっかりとした紙は妖怪頼みになることもあるだろう。だが最も単純な理由は、その強度だ。
 幻想郷は結局のところ、不安定な領域である。
 書を運ぶ者が困難に直面するのは別段珍しいことでもなんでもない。妖精のいたずらに遭うこともあるし、妖怪と交戦することもある。そもそも不整地ばかりゆえ、単に転倒するというのもないとはいえない。
 つまり、最も安価かつ輸送上都合のいいものが竹簡であった。

 猫が止まる。見れば、廊下に並ぶ戸の一つが開いていた。
 顔を出したのは、さとり。
『是非曲直庁より、さとり様へと』
「ああ、ありがとう」
 そういうとさとりは腰を落とす。結び目を解き、受け取る。ひとなで。猫は一仕事終えたとばかりにしっぽを揺らし、にゃん、とひと声。
 先の思念は、この猫のそれであった。

 猫は、やはり尋常の猫ではない。
 姿形も習性も猫であることは疑いようもなく確実であったが、それにしては随分と聡明であるし、長生きである。既に20年は生きているというのに、未だそこらの若い猫以上の身体を維持し続けていた。そしてなにより、竹簡を首から提げられる程に、大きい。
 ゆえに動物でありながら、その猫はさとりの右腕として、普段からあちらこちらへ動いている。動けぬ理由だらけのさとりと違い知恵者の動物に過ぎぬこの猫は、そういう面でひどく便利な猫であった。
 名はない。名を持たぬ事こそが猫でありながら猫ならざる猫たる秘訣なのだと、猫はそう言っていた。それだけが不便だとは、さとりのこぼした愚痴である。

「なにか、あるようね?」
 その場を動かぬ猫に、さとりは言った。
『中身を御覧ください』
「大丈夫よ、ちゃんとみるわ」
『お言葉ですが、それで何度お忘れになっていたことか』
 う、とさとりが言葉に詰まる。
 痛いところをつかれたな、彼女はそう思った。
 同じ文字でも、書籍――特に歴史書のたぐいと、こういった書類ではものが違う。好きなものに意識が向くのは仕方ない、そう考えていると、猫は呆れたような感情とともに、意識下へと続きを綴る。
『なにより、重要書類だと』
「あらら、それは一大事」
 まるで人事のように言って、仕方なしに包みをひらく。竹簡の上下に施された黒白二色の縁取りは是非曲直庁公式の竹簡であると示すものだ。それ自体はいつものとおりだが、随分と小奇麗である。普段なら何度も使用され古びてどこかしら縁取りのはげているところだが、今回に限ってはどうやら新品であるらしい。
 おや、と心中に声を上げ、さとりは少し驚いた。何事かあらば二言目には経費がないとつけるようなあの曲直庁の連中が、まさかなんでもないただの連絡でこんな辺境へ新品の竹簡をよこしたと?
 嫌な予感しかしない。しないが、まさか読まぬわけにもいかぬのがこの身、宮仕えならぬ地獄仕えの辛いところ。
 からり、音を立て竹簡がひらく。
 ――辞令、古明地さとり殿。旧地獄管理担当官を命ず。
「……これは」
『さとり様?』
 さとりは、悟った。
 やられた、と。
「……やれやれ」
 仕方がない、と肩をすくめて、さとりは猫に命じた。
 とりあえず屋敷の動物たちから力のあるのを選抜し、酒樽を引っ張りだしておいてくれ、と。
「これも給料分の仕事、かぁ」



「動き?」
「旧地獄管理担当官が換わりました。警戒が要るやもしれません」
 いつかの夜、どことも知れぬ場所。閻魔と妖怪がそこにいた。
 片やこの世の罪を裁き、善となり悪を敷く是非曲直庁の閻魔。
 片やこの世の幻想を守り、その存続と維持を担う妖怪の賢者。
 さして仲がよいわけでもないこの二者が会うからには、何かが起きたということである。
「『天地の盟約』在る限り、私は地底に関われない。それを知った上で?」
「ええ」

 かつてこの二者は、本格的に仲が悪かった。
 そもそも、長命な存在と閻魔は相性がよくない。生命は基本的に生きるほど善行も罪も重ねるものであり、特にこのスキマ妖怪に限って言えば、やることがいくらなんでも大きすぎた。
 善行が罪を曳き、罪が善行を牽く。そんなものと閻魔が、理由もなしに仲良く出来るはずがない。
「旧地獄管理担当官が体調不良を理由に職を退き、そのポストに地霊殿管理官が横滑りしています」
「……あらやだ、私も歳かしら。耳がおかしくなったようですわ、もう一度言ってくださる?」
「都合のいい時だけ年寄りぶらないでください、年端もゆかぬ背格好しておいて。……古明地さとりが、旧地獄管理担当官になったといっています」
 幻想郷は結局、閻魔にとっても楽園なのだ。

 さとりという妖怪が、心を読むという極めて強い能力を持ちながら、力を持ち得なかったのはなにゆえか?
 その原因は、さとりという種族そのものの欠陥にある。
 心を読むとはいうが、実際に「読んで」いるわけではない。彼/彼女らは恒常的に「表層意識の声を聞かされている」という方がまだ正確な表現である。
 明確になにかを探すようなものならば、それが密閉された部屋の中であろうと、聞こえる。聞こえてしまう。
 ちょうど人の聴覚のようにそれらを無視したり、逆に雑多なものから拾い上げたりという能力を得るまでに、ただ聞こえ続けるというだけで、多くは耐え切れずに死ぬ。
 そしてそれを得てなお、さとりというものはその能力ゆえに、「知らない他者の行動を予測する」能力に劣るのだ。何故なら、短期的であれ、「向こうから答えがやってくる」のだから。
 敵対する、するかもしれぬ相手と、誰が会うことを喜ぼうか。ましてや、相手が心を読むと評判のさとりならば? これは「万難を排してでも」というよりは、むしろその「排すべき万難」である。
 そしてさとりは迫害された。妖怪だからと人から、危険だからと妖怪から。一部は神に庇護を求め、そして見えてしまった神の心に打ちのめされて消えていった。
 神すら、さとりを愛することは終ぞなかったのである。

「……いったい、どこかしらね。あれの勢力を広げて、一体何を企むのかしら?」
「辞令は正規の経路で出ています。あたりましたが、どうにも」
 にもかかわらず、さとりの中でも古明地さとりと、その妹こいしだけが、今の今まで生き延びている。
 しかも堂々とさとりを名乗り、是非曲直庁の財政改革の尻馬に乗って地霊殿という要衝を押さえ、地下に移り住んだ鬼と縁を結ぶ?
 聞けばこいしは読心の力を失ったというが、それすらももはや疑わしい。
 読心を失ったさとりなど、さとりではない。それは唾棄すべき弱者に過ぎず、死に体の妖怪に過ぎず、急速にその存在を薄れさせて消滅するものでしかない。
 では、なぜそれはさとりとして在り、在り続けていて、なお行動することが出来、そもそも姉に面倒を見られているのか!

 ――というのは、何も知らぬ者達から見た時の話。
 紫も映姫も、さとりが安穏以外の何も求めていないということぐらい、知っている。
 そもそもだ。地底がさとりの下に結束したとして、一体何ができようか?

「八雲紫。私は」
「みなまでいわないの」
 ゆえに、彼女らはそれを為した何者かを警戒する。
 閻魔四季映姫は、生来の生真面目な正義感から。
 賢者八雲紫は、その幻想郷に対する真摯な愛から。
 勢力間のパワーゲームで、犠牲者が出ることなど許せはしない。
 それゆえ、むしろ庇護すべき対象の一人であるさとりがそんなものに巻き込まれようとしているとあらば、警戒するほかないのだ。

「では」
「ええ。こちらでも網は張ります。でも期待はしないで頂戴」
 あなた同様、私も最近忙しいの。紫はそういって、その口元を扇子に隠した。



 さて。
 かつて、古明地さとりが現世に絶望し、ほかのさとりたち同様に自らを失おうとしていた時。出会った霊魂は、もはや消え去らんとしているところであった。無理からぬことである。
 まずもって、死に方が良くなかった。宇宙の只中で、出血多量により徐々に死に至るなど、その時点でかなりの負荷である。
 そうでなくとも、このヤン・ウェンリーという一人の優秀な提督には、随分と負担がかかっていた。彼自身はのらりくらりとかわしているつもりであり、周囲もそうしていると見ていたが、それでも彼のなすべきことは多く、そのどれも大変な労力を要することはいうまでもない。
 そしてそもそも、死した魂という枠でありながら、世界を超えてしまったこと。彼の世界にいうヴァルハラへ逝けなかった時点において、その魂が真っ当に還ることなどありえない。そして魂というやつは、聖書が教えるほど頑強ではない――。

 ゆえにその魂は、さとりへ完全に同化した。
 あの歴史と平和と怠惰を愛し、民主制とひとりの養子、妻と友人たちを守るために戦った若き提督の知恵も記憶も喜怒哀楽もなにもかも──愛という感情すらも、さとりは受け取ってしまったのだ。
 ヤン・ウェンリーという個は、喪われた。古明地さとりという個も、完全なものはもはやそこになかった。
 そこに在るのは、そのどちらでもある存在。

 ヤンの知と精神力はさとりのもつ欠陥を埋めた。
 声なき声を時に受け止め、時に無視し、時に頭を掻いてごまかして、そしてその心情を汲み取って、先を見据えた策を打つ。ヤンの得意分野である。
 そもそもさとりが是非曲直庁に入り込んだのは、その知によるところが大きい。
 是非曲直庁はつまるところ裁判所と刑務所の運営団体であり、相手がさとりであろうとなんだろうと公平に扱う。それどころか、それまで嫌われ迫害された分同情的ですらあった。まずそれだけで、入り込む価値が十二分にあった。
 もとより、さとりは事務仕事の類を苦にしない。自らの先が長いことも知っている。ならば、寄らば大樹の陰である。是非曲直庁という大樹を頼るのに、少々の労を惜しむ理由はなかった。

 財政改革の間隙を縫って地霊殿管理官の職を掠め取ったのは、さとりの読心能力がうまく働いた結果だった。そのまま切り捨てるのはいくらなんでも無責任が過ぎると騒ぐ反主流の一派につき、自らその処理役に名乗りを上げることで、地霊殿への永住権を手に入れた。
 幹から離れれば、面倒な権力闘争に巻き込まれることも少なくなる。何をためらうことがあろうか。

 旧地獄の妖怪たちとうまく住み分けてみせたのは、宇宙艦隊の変わり者やあらくれものを扱ったという経験が背後にあった。
 幸運なことに、流入した妖怪たちの中には、原始的ながら力をもとにした秩序が生まれていた。
 そういった手合には最初から意図も何も全て吐いてしまったほうがいいと記憶から引き出したさとりは、うまくその協力を得ることに成功する。

 結果として、妹を世話しつつ時折いくらかの竹簡を送り、それ以外は概ね読書に励む生活という天国がさとりのものとなったのである。

「……だったんだけどなぁ」
 しかし、ここで辞令である。
 命令なら致し方ない。だが、旧地獄管理担当職がいきなり回ってくるというのは、いくらなんでも無茶だった。
 繰り返しになるが、この地底、旧地獄というところは、その名の通りかつては地獄であった領域である。財政上の問題というひどく切ない理由で切り捨てられた部分だ。
 旧地獄管理担当の職には、曲直庁から事務方のひとりがついていた。他との兼業で忙しく、基本的にはさとりと曲直庁本庁の窓口役兼監視役でしかなかったが、人情にはそれなりに篤く、ずいぶんとさとりによくしてくれた。
 この職が回ってきたのは、その事務官が病気療養に入るからだという。
 過労であった。ある日突如倒れ、療養を要すると判断されたらしい。彼は少々真面目過ぎるし、抱え込みすぎたのだろうと、さとりは悲しみはしても驚きはしなかった。
 気づけば猫は、命じた酒樽の準備を終えている。ちょうどいい、さとりはそうつぶやいて、したためた竹簡が乾いたことを確認した。
「忙しくてすまないが、これを『先輩』に」
 曲直庁に問えば、療養はどこでしているのかぐらいは聞き取れるでしょう。そういって、さとりは猫の首に包みをさげた。
 さとりは、その職責と様々な法の制約で、地下から動けない。恩人の見舞いにもいけないのだ。
『……承りました』
「悪いわね」
『いえ。それよりも、ほどほどになさいますよう』
 猫は走り去る。はて、ほどほどにとは酒のことであろうか、と、さとりは首を傾げた。
「しかし、本庁は大丈夫かしら?」
 あの有能な「先輩」が倒れるなんて、事務方が大変なことになっているんじゃなかろうか。あそこはそれこそイゼルローン並に忙しいのだから。
 面倒がなければいいが、さとりはそう考えて、いや、今はそれよりもすべきことがあったなと、待機する動物たちの方へ足を向けた。



[39088] 【ネタ】【東方×銀英伝(一部)】古明地文里の優雅な日々 - 2
Name: Rei.O◆79a6e000 ID:9116060d
Date: 2014/07/06 19:01
<注意書き>
・本小説は「らいとすたっふルール2004」に従い作成しています。
・本小説は「銀河英雄伝説」の一部分を「東方Project」の世界に混ぜ込んだものです。
・筆者は他サイトでも物を書いていますが、これについては他において公開しておりません。
・なんか続きを期待されてたらしいのでちょっとだけ続きました。久しぶりに物を書いた気がします(気のせい)。
・なんとなくこのタイトルでのっけとくのもナンだと思ったので、「もしも天才兎が~」のほうは消しときました。うん。どうみても続けられないしね。
<注意書き終わり>

「おお、空に燐じゃないか。お前さんらが来たということは、さとりが来るのか?」
 屋敷、と言っていいだろう。旧都の建物でも比較的壊されない、なかなかの威容を誇る建物の中。女が、立膝をついた足元に声を上げた。
 にゃあん、燐と呼ばれた黒猫が声を上げる。並ぶ烏も、挨拶代わりか羽を広げてみせた。
 猫は猫でも、しっぽが二本の猫又だ。未だヒトガタをとること能わぬが、人語を完全に解する、さとりのお気に入りだ。
 烏に至っては、これは地獄鴉である。鉄の体と燃え盛るくちばしを持つと伝承されるものだが、どういうわけかこれが燐と仲が良い。鳥頭であるがこれも人語をよく解するので、やはりさとりのお気に入りだ。

 この旧都という場所において、大工の需要は極めて多い。
 但しそれは気温が高いから火事が起きやすいとか、湿度が高くて建材が朽ちやすいとか、そんな真っ当な理由によるものではない。
 喧嘩が絶えないからだ。なまじ誰もがある程度以上の力を持つものだから、建てた端から壊される。例外は地霊殿や橋ぐらいのもので、これは単に壊すと不味いからそこでの喧嘩は自粛、という不文律によるものだ。一説によれば、旧都と呼ばれる領域が本来のそれよりも拡大している最大の原因は喧嘩だという。破壊と再建が繰り返され続けた結果、外へ外へと広がっているのだと。
 そんなわけだから、大工仕事が出来る者はそれだけで引っ張りだこである。
 そして大工の中でも仕事が速く、嘘を嫌い、しかも腕っ節が強い――そんなものがいれば、強い尊敬の念を抱かれるのは自然の流れだ。

 つまり、この女――鬼、星熊勇儀はそういう存在であった。
 地上にいたころは「山の四天王」と呼ばれ一勢力の頭とされていた程である彼女が、地下に降りた程度で劣化する道理もない。
 旧地獄に流れ込んだあらくれたちをまとめあげたのは、その腕力と伴うカリスマによるものだ。

 そんな彼女が楽しみにしているのが、不定期にやってくるさとりである。
 圧倒的な力の差に萎縮されたり、お零れに与ろうと擦り寄られたり、一極支配憎しと逆恨みされたりと嫌な連中も多いこの地下において、知恵者でありながら正道を旨とし、心を読むがゆえに嘘を嫌い、自らの目的のためとはいえ他者の嫌うことをわざわざかって出るような存在。
 心を読まれるということさえ、勇儀からすればまるで脅威に値しない。鬼は嘘をつかぬのだ。表裏はあるにしろ、それはさとりもわかっている。
 旧都の状態確認や頼みごと頼まれごと、愚痴、笑い話、嘘のような本当の話。さとり手ずから、地霊殿の余り部屋で醸造しているという酒を持参しやってくるその時を、勇儀は本当に楽しみにしている。

 だから、さとりの先触れである猫と烏など、勇儀からすれば正しく喜ばしいものの筆頭なのだ。

「さとり様がいらっしゃるならば、我らはお暇したほうがよさそうですな」
「確かに。 ……では、星熊様。我らはこれにて」
「これからもよろしくお願いいたします」
 勇儀は、応、とだけ応えた。木材の商談に訪れていた商人二人組が去ってゆく。彼らにとってさとりは最強の味方であり、最悪の敵だ。
 普段ならば嘘ではないという保証をしてくれるわけであるが、どのみち鬼相手に嘘を吐くわけにもいかぬ。つまりタダで心を読ませてしまうわけであり、ここは切り上げるが吉である。縁のための投資ならばともかく、完全なタダ働きは商人に似合わない。

 勇儀は息を吐く。どうにも、商人相手は面倒だった。己相手に嘘を吐くことも悪辣な真似をすることもないとはわかっているが、そうでなくともあれは快いものではない。
 にゃん、と声。見ると、燐が首を傾げていた。
「ああ、大丈夫だ。来てくれて問題ないと伝えてくれ」
 そう言うと、空が飛び立つ。次いで、燐も走りだした。いい組み合わせだな、と勇儀は思う。空は疾いが鳥頭だ。燐は空ほど疾くはないが、賢い。速度と確度を補い合う組み合わせだ。
 そしてそこまで考えて、私も細かいことを考えるようになったものだな、と思った。
 豪放磊落こそが生き様であると思っていたが、どうしてこれも。
「……悪くない」



 猫は、走る。
 竹簡を落とさぬよう速度は多少控えめであったが、それでも、速い。
 猫はという生物は、一般の家猫ですら、全力を出せば半刻で大凡十二里を駆けるほど(※)の――勿論その勢いをずっと維持できればだが――捷さを誇る。
  (※約48km/h。一般道における車の法定速度ぐらい。)
 江戸の世において天下の将軍様が日光東照宮を参る際使われたという、日光の御成道――本郷追分より幸手まで――で十二里三十町。捷さのみでいえばこれを半刻というのだから、家猫の底力が知れるというもの。
 ……では、普通の倍はあろうかという、竹簡を首から提げられる程の体躯で、にも関わらず若いものと同等以上の身体能力を保持し続ける、この猫の捷さたるや如何程であろうか?

 旧都は広大である。狐狸化生、いくらかの鬼に多数の怨霊、木っ端妖怪や変化のたぐいは数知れず。
 これを多数呑み込んで暮らさせる、かつての大江戸の如き旧都の広さを称えるべきか、それともその旧都ですら足らず多くの妖怪どもがそれぞれ思い思いに在るこの化生共の数量を称えるべきか?
 答えはいつも簡単である――即ち、どちらもすさまじい。
 
 猫は、旧都を駆け抜けた。
 中心に在る地霊殿より出ると、裏街道を駆ける。遠回りだが、喧嘩に巻き込まれぬための措置であり、面倒を引き起こさぬための措置でもある。なにより、この猫の捷さならば、少々の距離は誤差であった。
 橋をふたつ渡り、旧都の外郭へ出る。かつてここが地獄であった名残、怨霊封じの内向き防壁──外郭。地霊殿の片割れであるこれは、さとりの権限の及ぶ限界でもある。「旧都」の領域は──古明地さとりの銘の下、星熊勇儀が統制してきた領域は、ここまでだ。
 猫は、走り方を変えた。道を走るのではなく、跳躍し飛ぶように進む。整備が不完全で誰が狙うとも知れぬ道を漫然と走るのは、危険だった。
 
 地霊殿を出て、半刻。木っ端共の攻撃をかわし、抜け穴をくぐり、変針を三度繰り返した後。
 この地底と、地上とをつなぐ大穴、『橋』。そこで猫は、見知った存在に出くわした。
「ついさっき、ここを通って行った気がするのだけど?」
 古くは水神信仰に端を発し、橋を外敵から護るものとして祀られ、伝承により歪み、嫉妬深いとされ、神であると同時に妖怪として語られるもの。
 緑翠の瞳が妖しく光る、緑色の目をした見えない怪物をあやつるもの。
 橋姫。
 
「流石のお前も、少しツカれているようだけど」
 橋姫が言う。猫はその通りだと一声鳴いて、しかし、と竹簡を揺らしてみせた。
 さすがの猫も、地底に降りてからこんなにも早く「穴」を登るのは初めてだった。疲労は、間違いない。いくらか、憑かれてもいるだろう。
 だが、それは問題ではない。問題ではないのだ。
 敬愛する古明地さとりが、その上司に向けて"見舞いの竹簡を放つ"。要件は不明だが、療養中の相手に竹簡。しかも、直前にひどく困惑した様相?
 ──緊急事態だろう、と、猫は見ていた。
 故に、猫はもう一声鳴く。行かねばならぬのだと。我の使命だと。

「……持って行きなさい」
 橋姫は、小さな包みをとりだす。何事かつぶやき、数秒指を押し当てると、投げてよこした。
「この橋姫の呪が、お前を護る。必要とされたまま死ぬなどと、あまりにも妬ましい」
 にゃあん。
 猫は鳴いた。今度は、礼を込めて。
 鳴いて、包みを咥えて、『橋』を天へと駆けていく。

「……妬ましい」
 信頼される古明地さとりが。
 信頼する相手のいる猫が。
 橋姫は、小さく呟いた。
『あの猫を取り巻くすべてが、妬ましい』
 古明地さとりを、地霊殿の住人たちを、首から提げた竹簡を、届け先の誰かを、駆け抜けてきたであろう街道を、踏みしめられたであろう大地を、吸われ力となったであろう空気を、食まれ血肉となったであろう糧食を、自ら与え、咥えられた包を、
「……ァぁあ!」
 ……猫を見届けた自らの緑の瞳、それすら妬む橋姫は、一つ身を震わせ、甘く恍惚とした、それでいて底冷えのする笑みを浮かべる。
 
「……早く、使われないかしら……」
 そうすれば、アレを永遠に私のものにできるのに。
 轟、と吹き抜けた風だけが、その呟きを聞いていた。



「ぅ」
 安楽椅子に身を任せ、重い頭を重力に任せ、ついでに万年筆をペン立てに任せて、さとりはゆったりとした時間をすごしている……或いは考え事をしている……ように見えた。
(……彼女と会うといつもこうなるんだから……)
 右腕で目を覆い、左手を垂らし、安楽椅子のふわふわとした挙動に顔をしかめる。
 胸の奥底に未だくすぶる吐き気、じりじりとした責めるような頭痛に、なんだかゆらゆらと不安定な意識。
 要するにさとりは、酷い二日酔いに襲われていたのであった。

 鬼という種族は、「鬼のように」という形容が出来るほど単純に強力である。そして、同時に無類の酒好きだ。
 彼らに言わせれば、生と酒を楽しめる事こそが「鬼らしさ」なのだという。強さはそもそもの前提、ということらしい。
 さとりは、この地底にやってくるまで、鬼という妖怪にして一種の神である存在を知らなかった。
 もちろんそれはヤンにもいえる。歴史に強い彼だが、そんな細かく古い部分まではさすがに知るはずもない。
 しかしヤンの記憶をもつさとりが勇儀と対面した時、彼女に覚えたのは懐かしさであった。

 ヤン・ウェンリーの周囲に変わり者が多いというのは、かの世界においてはあまりにも有名な話である。
 「伊達と酔狂」のダスティ・アッテンボロー。「エースのフォーカード」ポプラン、コーネフ、シェイクリ、ヒューズ。もちろん、「魔術師」ヤン・ウェンリー自身も変わり者であることはいうまでもない。
 その中に、ワルター・フォン・シェーンコップの名もある。
 自由惑星同盟において、その敵手である銀河帝国からの亡命者と子弟のみで構成される、精強無比の陸戦隊――「薔薇の騎士」連隊の第十三代連隊長。
 豪胆不敵な毒舌家で、女好き。不良中年と呼ばれても否定するのは中年というところのみで、ひねくれているのか真っ直ぐなのか、あるいはその両方なのかという人物である。
 基本的に白兵戦を専門とする男であるが、多くの部下を預かる連隊長であるだけあってか否か、広い視野と鋭い洞察力、そして何よりも一本の芯を備えた人間であった。
 星熊勇儀という鬼の、「粋」を体現するようなその立ち居振る舞いと豪胆不敵な思念の声は、さとりのもつヤンの記憶から、シェーンコップの姿を想起させるに十分だった。
 そうなると「旧都」在住の妖怪たちは「薔薇の騎士」連隊の隊員たちという事になってしまって、奇妙な違和感があとに残るのだが。

(しかし)
 さとりは思う。会合は成功であった。意図はともかくとして、命令として伝達された以上は遅かれ早かれ管理担当として任を果たさねばならない。
 ならば、有力者との会合は早い方がいい。判断としては単純であったし、実際これがなんらかの意志による偽報であった場合余計な面倒を引き起こす可能性もあった。
 が、ある意味、そのための「猫」の派遣でもあった――「こちらはそう聞いたから動いたのですよ」という宣言である。もっとも、九割方は単なるお見舞いなのだが。

 地底の妖怪どもは基本的にひねくれ者だらけであるが、その混沌とした様相とは裏腹に、力のある明快な秩序が存在する。
 だから、さとりはその最初期において、まず勇儀に秩序の維持を一任した。といっても、お墨付きを与えただけである。
 当時、地底が既に見せていた秩序の片鱗は、勇儀の腕力と種族によるものだった。秩序には力が必要である。既に力でありシンボルであるものを外すことほど愚かなこともない。
 力による秩序ということは、力の強いものには誰もが従うということでもある。鬼という種族はその点力には事欠かなかったし、仁義にも篤い。「曲直庁の役人がやってきて彼女の統制にお墨付きを出した」という事実は、彼女に従う妖怪たちの自尊心を満たすことにもなった。

 そして、ヤンの知識が古代ローマの例を引き出してきた。曰く、「パンとサーカス」。
 本来それは、「群衆とは食と娯楽さえあれば政治に目を向けなくなる愚かな生物である」と揶揄する表現だが、同時にさとりの赴任と施策が反対されないための最重要要件でもあった。
 さとりの欲求は、平穏無事な生活である。是非曲直庁に入ったのも地底に降りたのも恐怖を押し隠して勇儀と交渉したのも、それだけのためだ。だから極端な話、独裁的だろうがなんだろうが、自分がリンチされないことがもっとも重要だった。
 だから、さとりは商人を引き込んだ。曲直庁を通じて多方面と交渉し――竹簡をやりとりするだけの作業だったが――地上との交易を「盟約」の例外的なものとして認めさせ、地底に木材資源と食料を入れた。
 ヤンの知識は、その商人たちはきっとフェザーン人のごとく阿漕な真似をするだろうと嘯いた。或いは切り取るパイが残っているうちは別かも知れないが、それすらも微妙な所だと。
 実際の所、さとりは今も恐れている。引き込んだ商人たちがいつか調子に乗って、そういう面倒を起こすのではないかと。だからこそ気付かれない程度にいくらか策を講じたし、勇儀にもいくらかいい含めた。

 もっとも、気づいていないのは本人ばかりである――商人たちに聞けば、わかるだろう。一体誰が。この土地で、そんな間抜けなことをしようか。
 ことこの地底において、さとりは勇儀と同じ程度に恐れられているのだ。「怪力乱神」を取り込むなど、いったいどのような知謀を使えばそうなるのか!
 しかもさとりは、傍から見れば何を考えているのかさっぱりわからないような行動を取っていた。明らかに面倒な土地へわざわざやってきて、開拓でも搾取でもなく現地の原始的な統治機構にお墨付きを与えたと思えば交易を整え、しかしどこからも自らへの利益を確保していない。
 挙句、住処はかの地霊殿である。封印の屋敷、怨霊の神殿、灼熱地獄の蓋の蓋。そんなところに平気で住むような存在を、一体誰が害せようか――

 ……「あの」星熊勇儀すら、いくらか話しただけで簡単に従ったというのに?



[39088] 【ネタ】【東方×銀英伝(一部)】古明地文里の優雅な日々 - 3
Name: Rei.O◆67538af1 ID:9aab3e1a
Date: 2015/10/04 19:49
<注意書き>
・本小説は「らいとすたっふルール2004」、もとい、「らいとすたっふ所属作家の著作物の二次利用に関する規定(2015年改訂版)」に従い作成しています。
・本小説は「銀河英雄伝説」の一部分を「東方Project」の世界に混ぜ込んだものです。
・筆者は他サイトでも物を書いていますが、これについては他において公開しておりません。
・書きかけを発掘したので載せておきます。話が動きそう(動くところを書くとは言ってない)。
・それにしてもこのさとヤン、割と気合の入ったのんべである。
<注意書き終わり>


 包みを一つ首から下げ、もう一つを口に咥えて、猫が走る。
 目指す先には、やたらと大きな川があった。
 本来水嫌いなはずの猫が川を目指す。単純に考えれば、猫か川かのどちらかが尋常のものではないことになろうか。

 猫は川辺につくと、咥えていた包みをおろし、みゃう、と一つ鳴いた。
 鳴いた先には、女。傍らに大鎌を置き、空を見上げて昼寝中であった。
「……んん……」
 身じろぎ一つ。女は起きない。猫は耳元へ寄り、もう二三、にゃあ、にゃあう、と鳴いた。
「……ん、ああ、お前さんかい。ふわあ」
 欠伸を一つ。嘘から出た真だ、とこぼしながら、猫へ言う。
「いいよ、送ってやる。今呼ぶから、乗りな」
 猫は、にゃあん、と返すと、おいた包みを咥え、どこからともなく現れた渡し船へと乗り込んだ。

 尋常でないのは、どちらもである。
 猫は、齢二十を超える。体躯は通常の倍以上を誇り、身体能力は若い猫よりも高いところを維持し続けて久しい。妖力の類こそなく人語を話すこともできないが、聞き取って理解し、示された行動を取る高い知能を持つ、古明地さとりの右腕である。
 川は、その名を「三途」という。
 冥府と顕界を分かつ長大なそれは、本来であらば死者たちの渡るものとして有名だ。この女、渡し守・小野塚小町も、あえて種族名を付けるなら「死神」である。

 何故猫がここへ来たか?
 理由はごく単純であった。「是非曲直庁」。裁判所と刑務所とその他周辺施設の運営を一手に担う、いわばあの世を司る役所である。
 猫は、大分特殊であるが、猫だ。ほとんど妖怪のような存在であるが、妖力も持たぬし、ごく普通に傷つくし、間違いなくいつか死ぬ定命の存在である。
 故に、嫌われ者の妖怪たちが「自ら」地底へと移り住んだとき、地上の者と結ばれた条約――「天地の盟約」による通行制限を受けていない。
 地底の中央、地霊殿から何か報を発する場合、この猫が竹簡を預かり届けるのが通例であった。

 この手の事象は曲直庁において珍しくない。
 曲直庁が幻想郷でも冥界でもなく、三途を超えた先の先、どこでもない領域の一角に存在する以上、たとえ信頼できたとしても、そこいらの郵便屋に任せるわけにはどうしても行かない。
 だから、曲直庁はさとりのような「出向組」が書類輸送の専任者を抱えることを推奨したし、死神たちにはこの猫のような書類輸送担当者がやってきたら優先的に曲直庁へ運んでやるよう命じている。
 もっとも、この小町のような一部の不届き者たちは、この命令をサボる口実に使うことがよくあるのだが。曰く、「来ると聞いたから待機中である」と。

「いやあ、しかし」
 小町は言った。「お前さんも大変だね? ほとんどとんぼ返りじゃないかい、これは」
 私のほうは言い訳に説得力がつくからいいけれど、小町はそう続ける。
 猫は、にゃあ、と鳴いた。さとりと違って思念の声は通じない。意思疎通は難しかったが、相槌とYes/Noぐらいならば、十分にやりようはあった。なによりも、顔見知りであるし。
「さとりといったかね、お前の主人は」
 にゃあん。肯定。
「あれはたまあに、お前さんを酷使するね。お前さんさすがに若くないだろう、大丈夫なのかい」
 うー、と唸り。そしてにゃあん。
「酷使程度にゃ入らんってかい? それともまだ若いってか? 地底と庁舎を日に何往復ってのぁ、十分にキツいと思うがねえ」
 二年前のときゃあお前さんだって船上で寝てたろう、と小町は言う。猫もにゃあと相槌だけ打ち、否定はしなかった。
「まあ」小町は続ける。「それでもあんときゃ上が大騒ぎだったらしいからね。仕方ないところはあるし、行き先が地底じゃあなおさらではあるんだが、それでもねえ」
 猫は、今度こそ否定した。みゃあう、少しだけ濁らせた強い鳴き声が響く。それ以上は言うな、そういう意味だと、小町はとった。
「あいよ。まあ、あたしもお前さんが好きでやってるってのはよぉく知ってるからね、別に止めやせんさ」
 本当にキツそうならあん時と同じくのんびりこぐだけだからね、そう嘯く。猫は、みゃあ、と小さく鳴いて、頭を下げた。
「礼はいらんよ。あたしだって霊魂運ぶよりあんた運ぶほうが面白いんだから。それによくサボりの種にさせてもらってるしね」

 そこまで言って、小町は前方斜め上へと目をやった。そろそろかね、とつぶやく。
 直後、ざぱり、舟が揺れる。そこには、僅かな水位の差があった。目を凝らせば、ごく薄い陽炎のようなゆらめきが見える。
 境界。三途の川とそこへ接続する水路の境であり、「どこか」と「どこでもない」を切り分ける境目。
 遥か上空から見て、ひどく緩い弧を描いていることに気づけるかどうか。ほとんど直線といえる、巨大な境界線だ。
 周囲が急激に暗くなる。この「どこでもない」領域は、「どこでもない」が故に独特の時間の流れ方をする、ある意味において死後の審判が行われる裁判所よりも厄介な場所だった。

 唐突に、舟に置かれた箱が騒ぎ立てる。お、来たかい、と一言つぶやき、小町は箱を取り上げた。
『先行管制より接近中小型船。所属及び目標知らせ』
「先行管制、こちらザナドゥ・四季隷下、小野塚。輸送、壱類呂号」
『先行管制了解。貴船に臨時符号"呂壱七"を付与する。弐号管制に従い入港せよ』
「呂壱七了解。弐号管制の誘導を受ける。 ……運がいいね、弐号なら楽だよ。腕がいいから」
 猫は鼻を鳴らして済ませた。船のことはわからないから。

 似たりよったりなやり取りを弐号管制と交わした小町は、ぎい、と舟が鳴くのを合図に櫂の持ち方を変えた。舳先から舟が引かれるかのように、舟がひとりでに進んでいる。
「呂壱七より弐号管制。誘導牽引を確認」
『弐号管制了解。異常なくば到着まで現状を維持されたし』
「呂壱七、了解」
 まさしくこの舟は引かれているのだ。管制の誘導により桟橋へと、目には見えない、ロープとも引き波ともつかない力で。小町は舵を離した。
「さあ、そろそろだ」
 小町の言葉に、猫は舳先の先を見た。角灯の輝き、無数の桟橋、腕を振るう輸送担当者誘導員の姿。
 喫水が異常に浅くなりはじめ、まもなく停止位置であると伝える。竜骨が半ばあらわになるほど浮き上がったとき、舟は所定の船着場へとついていた。

「おおーし、到着ぅ」
「お疲れ様です、死神殿! ご用向きは!?」
「この猫だ! 地霊殿のさとりからだ、丁重に扱ってやってくれ!」
 桟橋から、板がかけられる。猫が小町に、みゃあ、と一つ鳴くと、小町はその頭に手をやって、慈しむように撫でた。
「あまり無理はしないでおくれよ? こういっちゃなんだが、お前さん大事な大事なサボりの種なんだ」
 猫は、みゃあ、とその言い草を咎めるかのようにひとつ鳴いて包みを咥え、しかし頭を下げると、板をわたり、桟橋へと軽やかに降りる。

「……さあて、戻りますかねえ!」
 ふわあ、と一つあくびを入れ、船上で体を伸ばしながら、小町はそう口にした。誘導員が首を傾げ、言う。
「はえ? 死神殿、休憩なさらないので? いつも一息入れてからでしょうに」
「いいやあ、そろそろ仕事しておかないと、四季様にどやされっちまうからねえ……ああ、そうだ」
 小町は、胸元を探る。誘導員も慣れたもので、眼福とばかりに眺めるだけだ。
 数秒の後、小町は手製と思しき小さな巾着を探り当てる。ちゃりちゃりと音のなるそれを取り出すと、桟橋へほうった。
「おとと、……死神殿、これは?」
「それであのお猫様に、なんか精の付くもんでも食わしてやってくんな。残りはお前さん、好きにするといいよ」
 誘導員は、へへぇ、と頭を下げると、「さ、行きましょうかい」と足元へ声をかけ、奥へと引っ込んでいった。小町は管制へつなぎ、要求する。
「呂壱七より弐号管制、出港を要請する」
『こちら弐号管制、要請を受……呂壱七、少し待て……』



「……ふぁあ」
 あくびをひとつ。さとりは、のんびりとしていた。
 もっとも、のんびりとしていた、というよりは、のんびりと「させられていた」、というほうが幾分正確だろう。
 全身から力を抜き、だらりと安楽椅子に体重を預けきっていながら、眉間にちびちびと寄る皺がそれを証明していた。
「あ゛ー……」
 宿酔である。勇儀との会合のせいだ。
 基本的に、妖怪という連中には酒好きが多い。かつてのさとりは数少ない例外であった(それでも弱いものを嗜むぐらいではあった)が、ヤンとの融合以来、特にブランデーは好むようになった。
 ただし、だからといってさとりのアルコール耐性が変わるわけではない。要するに、さとりは酒に弱かったから酒が嫌いだったのだ。酒の味を知っているヤンの記憶を得たから呑んでいるが、下手に呑めばあっという間に潰れてしまう。仮に潰れなくとも、翌日に手ひどく残る。
 その結果が今のさとりだ。

(……彼女と呑んだらどうなるかなんてわかりきってたじゃないの)
 ブランデー。この洋物の蒸留酒はこの幻想郷においてまともに手に入るものではなかった。ごく当然の話であるが、幻想郷は比較的古い日本の一部分を切り取ったと評すべき存在であり、そこに西洋の蒸留酒などが存在する術など、そのままではないのだ。
 故に、その風味と付随する感情に「あてられた」さとりがとった手段は、「造る」というものであった。幸運なことにその基礎的な製法自体はありふれた知識としてヤンの記憶に存在していたし、材料を揃えることも、代替を許容すれば難しくはなかった。
 ――そして奇妙な話ではあるが、これがさとりの地底における地位を強固に確定することとなっていた。

『さとりさま』
「なあに、燐?」
 ぐでり、としたさとりによってきたのは、燐だ。
 猫のいない時、彼女は主に連絡役として空とともに重要な役割を果たす。ともに空がいないのは、まあどこかをふらふらと飛んでいるのだろう、とさとりは思った。
「また、空がどこかにいったの?」
『いいえ。ととのぎさまより、ぶらんでいのざいこがつきたと』

 これだ。
 さとりは結果として、自ら酒蔵を立てた。結果として多数の副産物が生まれたり散っていったりしたわけであるが、最終的に当初の目的であった「ブランデーの醸造」には失敗している。ぶどうがないのだ。
 ブランデーは要するに蒸留したワイン。ワインはぶどうからできている。よって、ブランデーは作れない。
 しかしながら、ウィスキーには成功した。大麦が手に入ったからだ。旧灼熱地獄であるここならば蒸留用の熱源には困らないから、材料さえあれば知識と試行回数の問題である。
 そもそも、ウィスキーの名は西暦1300年代、aqua vitae (アクア・ヴィテ、命の水) の名で輸入されたブランデーに端を発している。これはラテン語であり、ゲール語に逐語訳されたuisce beatha (ウィスケ・ベサ) の前半分がなまってウィスキーとなった。
 後の歴史としても謂わば模造ブランデー (ぶどうの代替として大麦をはじめ各種の穀物で作られたのが始まりである) だし、まあこれもこれでいいじゃないか、と、さとりはとりあえず納得することにしていた。

 さて、妖怪とは酒好きな生き物である。酒好きな生き物は、次第に濃い酒精を求める傾向にある。そして、こと飲料品の類において、新商品というのは(その後定着するかはともかくとして!)ある程度好まれるものだ。
 ――それが例えば、理由はともかく、さとりがこれを勇儀の元へと持ち込んで一本を贈り、もう一本を二人して呑んだ、という話とともに広まったなら、どうだろうか。
 その酒は美しい誂えの瓶に詰められてあり(八雲紫からかつて贈られた外界のブランデーの瓶である――ラベルはごく丁寧に剥がされていた)、鬼すらも一口で思わずたじろぐような強さの酒で(たとえば「鬼ころし」ですら15度だが、ブランデーは40度である)、最終的には共にひっくり返って寝ていた(鬼の四天王といえば、酒で潰れたところを殺されたとされている!)、なんて、話であれば。
「ああ……売り切れたのね」
『はい、さとりさま』

 はじめは、さとりが引き入れた商人からだった。噂の酒を売ってもらえないかという話である。
 色々と聞くうちに、これはどうやら旧都中に広まるのも時間の問題だぞ、と判断したさとりは、ちょうどいいから売ろう、と考えた。酒は少量仕込むというのが難しいのだ。余剰分は更に蒸留して消毒用にするつもりであったが、まあそれももったいないし、と。
 かくして、地霊殿特産のブランデー「焔」が生まれる。さすがにガラス瓶で売るわけにも行かないので樽で卸し、そこから先はなんとかうまくやれ、と丸投げした。商人たちははじめこの強烈な酒精に難儀していたが、最終的に専用の瓶を確保して捌き始める。
 これが冗談のように売れた。なにしろ地底の権力者から、地底の実効支配者へ贈られ、しかもトラウマを乗り越えて友情を築くような(もちろんこれは「尾ひれ」だ)酒である。
 容れ物こそ確かに樽と瓶でふつうのものと変わらないが、いざ開けてみればその琥珀色といい強烈極まる酒精といい、売れない理由がどこにあろうかという状態である。
 
 そして、商人たちと彼らの取引は、鬼たちにより手厚く護られた。鬼たちからすれば「焔」は新たな伝説であり、鬼たちの頭が新たに得た友情の証であり、強い酒である。
 取引の守護はオマケではあったが、そこはそれ、嘘を嫌い、それこそ"鬼のように"強い鬼たちの守護である。
 出入り商人たちから話を聞いた紫はその所業に思わず声を上げて笑ったという。さとりは地底の荒くれどもを、胃袋――肝臓と言うべきだろうか――からも制圧してしまったのだ。
 しかも、本当に卸値、いや、その希少性からすれば価格破壊というか、ものを知らないというレベルの価格で売り払っている。本当に利益もなにもない。

 さとりは、引き出しから万年筆を取り出すと、くるくると弄ぶ。流石にこの状況で文を書くのは少々厳しい。半ばいいわけであったが、事実でもあった。
 弄んでいたそれを、先が傷つかぬようペン立てへと慎重に立てる。数時間後の自分自身へ、"書くべきものがある"旨の申し送りである。
「燐」
『はい』
「後ほど書状を出すわ。だけど、今は少し休みたいの。少し時間を置いてからまた来てちょうだい」
『わかりました。 ……のみすぎちゅうい、ですよ?』
「燐、燐。答えはわかっているけれど、それは誰に言われたのかしら?」



 どことも知れぬ場所に、ひとつ大きな狐がいた。
 無論、尋常の狐ではない。人型を取り、道士服を纏い、妖獣たちの最高位たる証、ふさふさとした九本の尾を持つ狐――天狐である。
 天狐は傅く。その身の先には影がひとつ。
「紫様」
「聞きましょう」
「『大結界』は双方とも正常です。特に『博麗』はこのところ調子が良く、巫女によればここのところ『補充』も『逆流』も『痛痒』もないとのこと」
「そう」
 影――八雲紫は、口元にやっていた扇子をずらす。現れた唇が、ひどく蠱惑的に一度蠢く。何かを言いかけて、扇子が再度口元を隠す。数秒の後、片手で閉じられた扇子がぱしん、と音を立てた。
 狐、八雲藍は心中に身構えた。何か、厄介事らしい。
「藍。地底へ連絡を取る必要があります」
「『天地の盟約』を無視なさる御積りですか」
「いいえ、堅持します。あれは堅持されねばなりません……少なくとも、今は」
 なるほど、荒事になりそうだが、それを避けたい流れだ。藍はそう判断した。
 そうなると、
「……通行制限を受けないものとなると、厄介ですね」
「あちらからの連絡とそれに対する返書は気にしなくていいのが救いね。古明地さとりは随分使い勝手のいい部下を持っているらしいわ……橙は?」
「一匹だけ、手懐けることに成功したとは」
「負担が大きいわね。さすがに野良猫一匹では……」
 紫は沈思した。藍も、記憶の中へ潜った。
 「天地の盟約」は、42の主文と128の副文、そして3つの補文からなる。これは要するに、地上と地底の接続孔、「橋」について妖怪の通行を禁じる条約である。合計173の文章のうち157まではその制限範囲を規定するものだ。
 紫はこれに実効性を持たせるため「橋」の地上側に結界を張ったし、地底側からもこの「橋」を監視するものがいる。これは後に補文のひとつとして盟約へ組み込まれ――さとりの仕業である――、地底を第二の楽園として維持する重要な壁となっている。
 細かい規定を無視して言えば、通行制限を受けるのは、自我を持ち、妖力、魔力のいずれか、あるいはこれに類さない非肉体的な能力を扱えるものとされている。
 藍が結論へ達したのは、紫から遅れることコンマ3秒といったところだった。
「人形師の力を借りましょう」
「は。対価は」
「任せます。多少、多目に振る舞っても構わないわ」
 ちょっと急ぎたいの。紫は茶化すかのように言って、口元を隠した。
 


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