私たちは恐怖に慄き震え、歯をガチガチと鳴らせて目の前の惨状をただ茫然と見続けることしかできなかった。
生々しくも水っぽいグチャッグチャッという叩きつける音。先生まだそいつ生きてます?
「フシュゥゥゥ」
全身を筋肉の鎧に包んだ屈強の男が立ち上がる。
大出力を発揮したためか、その肉体からは湯気が立ち昇り、口からは蒸気機関のごとく熱量が排気された。
ここはいつからスチームパンク的世界観になったのでしょう?
そうして大気を揺らめかせて男…いや大英雄様が、ザコ軍神の一柱の頭をむんずと右手、そう、片手でお掴みになられ、お引きずりになられる。
頭を掴まれたザコ軍神は先ほどまでは200mを超える巨人の姿をしていたが、今ではいろいろと削げたのか、普通の人間サイズになっていた。
なお、その姿は放送倫理規定あたりに引っかかってしまうのでモザイク処理が施されている。
コワイ。
「さささ流石ですヘ、ヘ、ヘラクレスさん、い、いやっ、様っ。ああああの軍神を一瞬でやっつけるなんて、す、すごいなー、かっこいいなぁー、憧れるなぁー。えへへ」
「フシュー…、ガッハッハ、そうだろうそうだろう。しかし、軍神というには歯ごたえがなかったな。これならアポロンの方がよほど骨がある」
「いいいえいえ、ヘ、ヘラクレス様にはアポロン神さえも敵いませんよ。えへへ、えへへへへ」
私は手もみ猫背営業スマイルのゴマスリモードでヘラクレス様を労います。生命かかってますからね。こっちも必死ですよ。
さて、というわけで軍神アレスという大将がヘラクレスさんにぶっちぎられたので、神々の軍の片方は完全に士気が崩壊しましたね。
おそらく指揮官スキルの恩恵が無くなって、メンタルが豆腐と化したのでしょう。ヘラクレスさんのご活躍を目撃したせいで、心が折れたというのもあるでしょうが。
捕虜は丁重に簀巻きにして転がしておきましょう。人道的な配慮ですね。…そこの蜥蜴、そこに転がっている神々はゴハンじゃないので齧らないように。
「あとはアテナか。あいつ堅いぞ。カッチカチだ」
「アルテミス様、はしたないので敗残兵を重ねた上に立たないでください」
簀巻きになった敗残兵を積み上げたのの上に立って、アテナのいる遠くの方を眺めるアルテミス様。下から見えますよ。
「白…ですか」
それはともかく、アレスが死んだ…いや、戦闘不能になり、彼の率いていた軍団も溶けてなくなったわけで、残すは女神アテナの率いる5000ほどとなっている。
こっちは3万ほど削られたが、依然として圧倒的な数的優位。
「このまま押し切るのかメディア?」
「いえいえ、さらに畳み掛けましょう。相手の対処能力を飽和させるのが物量戦の本領です。ここで私は軍神アレスを墓地に送り――」
私は右手を天にかざし、高らかに宣言する。
底も何も見えぬ奇怪な黒い穴が地面に現れ、そこから伸びる無数の黒い亡者の腕が軍神を掴み、穴の中に引きずり込む。
そして――
「新生アルゴーの飛空艇を攻撃表示で召喚します!!」
アレスが黒い穴に飲み込まれると同時に、私の頭上、はるか上空の虚空に巨大な皹、亀裂のようなものが走る。
亀裂は拡大し、そしてそこから大気を震わすローター音を響かせる一隻の空飛ぶ船が現れた。
その空を駆る船の勇姿に、さしもの神々の軍団も唖然と空を見上げて立ちすくむ。
「はっはーーっ!! がってんだぜ姐さんっ!! みんな俺のこと忘れてないだろうなぁぁぁ!!?」
しかしあの工業製品、久しぶりの登場に張り切ってますね。この分だと、命じておいた役割ぐらいはちゃんと果たしてくれるでしょう。
そうして轟音が鳴り響く中、ダイダロスがふと思いついたように疑問を口にする。
「……ところで、軍神アレスを生贄にする必要はあったのであるか?」
「いえ、とくに」
「「「「…………」」」」
「じょ、冗談ですよ! 単純に位置を交換しただけですから!!」
弁明する私、しかしアタランテちゃんたちの私に対する「うわぁ」な一種異様なものを見る視線が元に戻らない。解せぬ。
◆
「あれは…、なるほど、話に聞いていた天駆ける船ですね!」
女神アテナは虚空から突如現れた飛空艇を睨む。
あの船の前身は英雄イアソンが金羊毛を求め旅立つ際に建造した大型船であったが、アテナもまたこの船とは深いかかわりを持っていた。
まず、英雄たちの道標になるようにと彼女自身の予言の力を《もの言う木》に授けたこと。
また、風を吹かせて航海を助けたというエピソードも存在する。
そんな、彼女が目をかけた船が自分の前に立ちはだかる事に複雑な感情を抱くものの、それよりも集中すべき事があるため女神はすぐさま指示を出すために声を張り上げる。
「あの船を近づけさせてはなりません!!」
「わ、分かりました!!」
神々には少なからず空を飛ぶことの出来るものがおり、そういった者たちが翼を広げて空へと舞い上がる。
また、空を飛べぬ者も用意していた投石用の岩石を空飛ぶ船に向かって投擲を始めた。
「しかし、いったい何が狙いでしょうか?」
「ともかく、我々は早く兵を集中させねばなりません」
アレスの率いた軍勢5,000の第二陣として送り込んだ3,000に上る兵たちは、アレスらが早々に壊滅したために、遊兵となってしまった。
すぐさま構築した陣地へと呼び戻したものの、軍勢というのはそう簡単に動けるものではない。
背中から蹂躙されれば一たまりもないので、前方に警戒しながらゆっくりと後退する必要がある。
「しかし、アレス様も不甲斐ない…。もう少し粘りを見せていただいていれば、援軍は間に合い包囲を破れたというのに」
「終わってしまったことを今さら言っても仕方ありません。今はどうにか3,000の将兵と合流しなければ。切り札を切る事もできません」
だが、戦況は女神の思うようには進まない。
3,000の兵は竜牙兵を近づけぬように牽制しながら上手く後退しているが、こちらの2,000と合流するにはまだ距離がある。
そして、空を駆る船を迎撃に出た者たちは、しかしその船の速度に振り切られ突破を許してしまう。
投擲する岩石もそうそう当たるものではなく、当たったとしても頑丈な装甲を施された船を撃墜するには不足していた。
そして、
「ア、 アテナ様っ! 天駆ける船がっ!!」
「総員警戒しなさい!!」
轟音を響かせて空を飛ぶアルゴー船は、彼らの軍勢の前、合流しようと後退する3,000との間で旋回し、腹を向けて横切ろうとする。
そして、船尾にある扉が開き、無数の小さな欠片のようなものを撒き散らし始めた。
アテナは瞠目する。なぜならばら撒かれたそれらは、
「獣の歯…? いえっ、あれは竜の牙かっ! まさか、あの女っ、我々を分断するためにっ!?」
地上に落下した竜の歯、そこから大地を突き破るように骨の腕が突き上げる。そうして土の中から無数の骨の兵士たちが這い出した。
これが後代において歴史家に匙を投げさせ、オカルト研究者の格好のネタとなり、後世の軍事にまで影響を与えたとされる史上初のエアボーン作戦である。
◆
「なるほど、では貴女は仲間を助けるべく、危険を顧みず単身で父たるポセイドンに会いに行こうとしていたのですね。ううっ、グスッ」
「そ、そういう事になっておるのう……」
外側が色々と騒がしくなっている頃、処女宮の最奥にて紐…じゃなくて《かまど》の女神が幼女の話に涙ぐんでいた。
幼女ペリアスはこの女神チョロいなと思いつつも神妙な態度を崩さず、女神の促すままに事情を多少脚色しながら語る。
「あんな権力欲の亡者にして妻を妻とも思わぬ外道だった貴女が、このような真っ直ぐな性根に変わるとは、私はかの王女の評価を改めねばならないかもしれません」
「いや、アヤツはたぶんもっと下衆……、い、いや、メディア姫は裏表のない素敵なヒトじゃぞ」
一瞬怖気が走ったペリアスはメディアについての評価を脚色する。
本音で言うなら、あの王女は神とか人類とかの皮を被った邪神かその使徒ではないかとか、ヘラクレスよりもよっぽど恐ろしいとか考えていたのだが、幼女だって命が惜しいのである。
「これほど更生したのなら、貴女はきっと立派に家を守れる女になれるでしょう。精進なさい」
「いや、ワシ、いつかは男にじゃな……」
「フフ、自覚なさい。神々が一度やらかせば、原則として取り返しなどきかないと」
「いやじゃぁっ! ワシは男になど娶られたくはない!!」
巨乳をたゆんと震わせてドヤ顔で宣告する女神さま。幼女がどれだけ嘆き抵抗の意志を示そうとも、ギリシア神話は非情である。
「はっはっは、悪くないのではないかペリアスよ。そのまま女として生きてはどうか?」
「はっ、貴方はっ!?」
ペリアスは唐突に背後からかけられた聞き覚えのある男の声に振り向いた。そこには、
「ご機嫌いかがヘスティア伯母様っ! 調子どうっ? 野菜食べてるっ!?」
なんか飛んだり跳ねたり奇声を発する謎存在に視界を遮られていた。
いや、そうではなく、間違いではないけれども、飛んだり跳ねたりするキグルミの後ろに間違いなく幼女の父親、海神ポセイドンの存在を感じ取った。
「ま、まさか父上でしょうかっ!? どうしてここにっ」
「これほどの戦だ。高みの見物といったところだ」
「僕のこと無視するなんてナマイキっ!」
立ち塞がる謎存在を避けるため右に移動する幼女。それを阻止すべく横幅跳びで再び幼女の視界を体で遮る謎キグルミ。
「そ、そうだとしてもお願いがございまするっ! どうか話をお聞き願えないでしょうかっ!」
「僕にも聞かせてっ!!」
諦めず左に移動する幼女。しかし再び横幅跳びで幼女を遮る謎キグルミ。
「……」
「……」
幼女、右移動。キグルミ、横幅跳び。幼女、左移動。キグルミ、横幅跳び。繰り返される理不尽。幼女は青筋を立てる。
「ウザァァァいっ!! さっきからっ、ワシの前にっ!!」
「やっと僕の事に気づいてくれたナッ「いい加減にしなさい」っぷるこぎ!?」
次の瞬間、強烈なハイキックがキグルミの頭部を撃ち抜き、奇怪な存在は錐もみしながら吹っ飛んで壁にぶつかり沈黙する。
足を高く上げて残心する憮然とした表情のピンク髪の女性、いや、女神。幼女はそんな神妃を見て「しゅごいのじゃ…」と呟いた。
「まったく、話が進まないわ」
「相変わらずですねヘラ。もう少し淑女然とした振る舞いをしなさい」
「姉さま……」
そんなヘラをやんわり注意する女神ヘスティア。さすがはオリュンポス最後の良心。慈悲深く心配そうにディオニュソスに視線を向ける。
こんな彼女を外してディオニュソスを十二神に入れようとしたギリシア人の感性はきっとどうかしているのである。
そして、ヘスティアは呆ける幼女の背中を押す。
「ポセイドンに話があるのでしょう?」
「そ、そうじゃった。父上、まずはこちらの宝石を」
促されたペリアスはハッと気づいたようにして、ポセイドンの下へと向かい、そして布にくるまれた両手大の翠緑の石を捧げる。
ポセイドンを含め二人の女神たちもその大きな美しい石に目を奪われ言葉を失った。
透明感のある深い緑。しっとりとした艶のある光沢。それは彼らが今まで一度たりとも目にしたことのない、未知の宝石だった。
「ペリアスよ、この宝石はなんという石だ?」
「翡翠というそうです」
「ほう、して、お前はこれの対価として何を望む?」
海神ポセイドンはニヤリと口角をあげて問う。これにペリアスは真っ直ぐと見返して答えた。
「この宝石はメディア姫から父上への献上品です。故に、どうか姫への助力を」
「ふむ、お主の助命、あるいはその女体化の呪いを解いてやってもいいのだぞ?」
「……ご冗談を」
ペリアスは迷わずそう応える。
いや、本当は心動かされたのだが、ここで助命とか自分本位の願いを口にするのはどう考えても死亡フラグとやらに違いないわけで、泣く泣くそう応えたのだけど。
ほら、神話的な意味でここで強欲かいてバッドエンド直行する話の多さからして。
「良かろうっ! よくぞここまで改心したものだな我が息子よ!」
ポセイドンは高らかに笑う。キグルミが横から花びらを撒く。ペリアスはほっと胸をなでおろした。
そしてポセイドンは言葉を続ける。
「うむ、ではメディア姫の要望、確かに承った」
「ポセイドン様っ!?」
女神ヘラがその言葉を咎めるように声を上げるが、ポセイドンは右手でそれを制する。
「我が息子が命を賭してまで為した偉業だ。あの欲にまみれ、本来ならば無残に死す運命だった我が息子がだ。ならば応えようとも。あのロクデナシの弟も、少しは世にままならぬ事があると知るべきだからな」
「……節度は弁えてください」
「分かっておる」
ポセイドンは鷹揚にヘラの言葉に頷くと、再びペリアスに視線を移した。
「此度の働きは見るものがあった。よって、褒美をとらせよう」
「っ」
ご褒美。その言葉にペリアスは鋭く反応する。
幼女は思った。「やったこれで勝つる。男に戻れるぞ」と。だが、ギリシア神話は非情である。
「ようし、せっかくだから星座に上げてやろう」
「勘弁願います」
やったねペリアスちゃん、星座が増えるよ!
◆
空からの奇襲。
地形や戦線に左右されず、大部隊を速やかに任意の場所に配置するそれが行われた時、女神アテナの思い描いていた計画はガラガラと音を立てて崩壊した。
「ア、 アテナ様! 救援を! このままでは孤立した3,000がっ」
「……いえ、もう間に合わないでしょう」
「見殺しにされるおつもりか!?」
合流すべく後退していた3,000の兵は、突如後方に現れた数万によって退路を断たれた。
退路を断たれた兵たちは狼狽し、骨の軍隊を近づけさせぬようにしていた牽制に隙が生じる。
結果として接近を許し、さらに後方から挟まれた以上、自力での事態打開は絶望的と考えられる。
しかし、こちらに残された2,000でその包囲を抜けるかと考えれば大きな疑問符が付く。たとえ彼女がその力を十全に発揮したところで、間に合う事はないだろう。
そして、助けに出た2,000は無防備の状態で数に勝る敵軍と相対する事となる。
理性的に考えれば、見捨てるのが正解となる。
しかし、目の前の3,000を見捨てたとすれば、残された兵たちの士気に深刻な悪影響が生じるだろう。
これから行われる籠城戦においては忍耐が求められるというのに、最初から士気が挫かれているなど最悪の展開だった。
それでも、アテナは冷徹に命じる。
「作戦の前倒しを。堰を切りなさい」
「なっ…、まさか、味方もろ共……?」
「そのとおりだペルセウス。よりにもよって守護の女神たるこの私が、自軍の兵を犠牲にすると言っているのだ」
ペルセウスははっと息を飲む。常に感情を荒立たせず、冷静に表情を崩さない女神の瞳に強烈な怒りの感情を見たからだ。
ペルセウスはすぐさま女神の意を兵たちに伝える。兵たちは動揺しながらも、自分たちの決められた仕事を実行した。
そして、
大地が泣き声を上げるように、キュウキュウという異音が彼らの前方で鳴り始める。
良く見れば巨大な山体の斜面に亀裂が走るのを見て取れるだろう。
異常な音に気付いた骨の軍隊たちの統制が乱れ始める。そして、敵中に取り残され、いまだ抵抗する神々の兵たちは音の意味を知り、勝鬨を上げた。
次の瞬間、オリュンポスの中腹が崩壊した。
◆
猛烈な勢いで斜面を降った大量の土砂は、神々の軍勢もろとも竜牙兵を飲み込んだ。
そもそもが神の住まう聖なる山の土石だ。それそのものに聖性が宿っており、つまりただの土石流が魔法の武器での攻撃に分類されてしまう。
竜牙兵が粉砕され、打ち倒されてしまうのも当然なのだ。
当然その勢いは私たちの所まで衰えることなく、むしろエネルギーを増して襲いかかってきたのだが、しかしその土砂の津波は一点をもって二つに割れ、鋭角の安全地帯が生じていた。
「いやー、すごいですね。山津波ですよ山津波。しかしさすがヘラクレスさん、死角がない。棍棒一振りで土砂崩れを《割る》とかわけがわからないよ」
ヘラクレスさんのジブラルタル《地峡》ぶち抜き棒の前に、土砂崩れなんてそよ風のようなものなのだ。
まあ、人類が存在する時代にあの場所が閉じていたという公式記録はないのだけど、コルキスのいた頃に伝え聞いた話では閉じていたらしい。
まあ、あの辺りは地震が多いから一時的に閉じていた可能性もあるだろう。良くは知らないけど。地質学的な証拠出せって言われても出せないけど。
600万年前ぐらいは閉じていたどころか、地中海そのものが干上がっていたので、そういう事もなくはないのだ。たぶん。めいびー。
「とはいえ、随分とやられたな」
「まあ、山という環境ですし想定はしてましたが、味方まで巻き込むとは思いませんでした。詰めが甘かったですね」
アタランテちゃんの言葉に私は肩をすくめてそう応える。
あれほど視界を埋め尽くしていた骨の兵士たちが、見る影もなく壊滅している。
まばらに生き残ったのが、土の中から這い出してくるが、活動可能なのは1万を切っているだろう。
土砂崩れを起こすだろうというのは想定内だった。山だし。
そのために予備兵力として空挺を控えさせていたのだが、敵の突出部を包囲できそうだったので、これを前倒しで投入してしまったのが失敗だった。
護国の女神が多数の味方を見捨てるどころか、もろとも土葬するとは思わなかったわけで。
そう考えたのはアルテミス様も同じようで、ぼそりと憮然とした表情で彼女は「アテナらしくない」とつぶやく。
「まあ、仕方ありませんね。最後は泥臭く殴り合いでしょうか」
◆
およそ8,000の竜牙兵の軍勢が整列をはじめ、ゆっくりと女神アテナの率いる軍が築いた野戦陣地へと迫っていく。
陣地とはいっても、土塁と木の柵で造られた簡易のモノだ。塹壕もなければ有刺鉄線もないし、地雷だって埋まっていない。
それでも、野戦築城の戦術的価値は未来も古代も変わりない。戦国時代なら長篠あたりが良い例となるだろう。
守られた陣地から投擲される無数の投石。矢が少ないのは、竜牙兵に効果が薄いと踏んでいるからだろう。
なんとか木の柵にとりついた竜牙兵も、それを越える前に槍や斧の洗礼を受ける。
しかしそれでも、この陣地は本来5,000の兵で守ることを想定した陣地であり、いくら最低限とはいえ2,000では万全に機能するとは言い難い。
加えて、兵を見殺しにしたために士気にはいくらか問題が生じていた。見捨てた兵たちが、その策を受入れ勝鬨を上げたとはいえ、完全にそれが回復したわけではない。
「ダメだ、こっちはもたない!」「左翼が突破されるぞ! もっと投石を!」
「あ、あれは何だ!?」「ヘラクレスだっ! ヘラクレスが来るぞ!」「もうだめだぁ、おしまいだぁ」
本来の粘り強さに欠けたアテナの兵たちは、4倍の敵の圧力と、あと大英雄様の前に早々に一番外側の陣地を放棄してしまう。
しかし、そんな危機を前に、白銀の一閃が荒れ狂う暴力の侵攻を押しとどめた。
「何…? お前は…、いや、貴方は……ペルセウス!」
「初めましてというべきかな。ヘラクレス、我が曾孫よ」
ぶつかり合ったのは、ヘラクレスの棍棒とペルセウスが持つ不死殺しの剣ハルペー。純白の天馬に跨るペルセウスの見下ろす視線がヘラクレスの視線と交錯する。
しかし刹那、ペルセウスの跨る天馬は流星の如く上昇し、ヘラクレスとの距離を取った。
「おおっ、ペルセウス様だっ!」「これで何とかなるぞ!」
現金な神々の軍勢は、恐ろしいヘラクレスと互角に渡り合えるだろう英雄の登場に湧き上がる。
そして同時にどよめきが。
「ペルセウス、ここは任せる」
「御意」
ペルセウスが応えた先にて、神々の軍勢が二つに割れて道を作る。そこをドレスのような白銀の鎧装束の、灰青色の瞳の美しい少女が悠々と前へと歩き出した。
そして彼女は左手に持つ大きな円形の盾を掲げる。
その、無数の蛇を頭から生やした断末魔を上げるような表情の女の頭が埋め込まれた盾が掲げられた瞬間、その前方の数百の竜牙兵が石と化して動きを止めた。
危機感を覚えたヘラクレスは腕で目を隠しながらそれを阻もうと動くが、
「ぬっ」
「君の相手は私だ」
再び鋭い剣戟の前にその行動は阻まれた。一呼吸の間に無数の剣によるやり取り。それは、ヘラクレスと同等の戦士であることの証左。
これではとても女神アテナの相手をすることは出来ない。いや、もしアテナとペルセウスが同時にヘラクレスに襲い掛かれば、さしもの大英雄とて敗れ去るのが必定。
故に、紫のローブの魔女がここに現れたのは当然の成り行きといえた。
「まあ、どうせその予定でしたし」
「ようやく来ましたか、魔女メディア。貴女には私にあのような失態を演じさせた報いを受けてもらいます」
「戦争ってゆうのはそういうものでしょう」
「確かに。ですが恥をかかされた以上、それを理不尽で報いるのが神というもの」
「性格悪い?」
「父の教えです」
「最悪だ。しかも何故か説得力がある」
そんな女神と魔女の和やかトーク。そこにヘラクレスが声をかける。
「メディア姫、すぐに救援する。しばらく時間を稼いでほしい」
するとメディアはニヤリと笑みを浮かべて、
「ええ。時間を稼ぐのはいいですが……、別に、アレを倒してしまっても構わないのでしょう?」 +1
その不遜なもの言いに、ヘラクレスは一瞬呆気にとられたが、すぐに腹を抱えて笑い出した。
「いいだろう。とはいえ、女に背中を任せては英雄の名折れ。先にあの男を倒させてもらう」
ヘラクレスはそう言うと、棍棒の先をペルセウスに向けた。
「では、いくぞペルセウス」
「いいだろうヘラクレス。お前の活躍は天界にも轟いているぞ。こうしてお前と戦うこととなるとは思わなかったが、実のところ心が高揚する!」
「貴方にそう評されるとは光栄なことだ。では、この俺の最強の名を以て返礼とさせてもらおう!」
「いいだろう! 行くぞヘラクレス、我が神話に刻まれる新たな逸話の糧となれ!!」
そして、大英雄と大英雄、女神と魔女の戦いの火蓋が切って落とされる。
最初に動いたのはペルセウスだった。
前口上の直後、ペルセウスは跨る天馬と共に一層の高みへと上昇し、そして一気に急降下を始めた。
大気の流れすらも許さないその速度により、彼の前に展開される魔法の障壁が断熱圧縮により赤く輝く。
赤い流星となったペルセウスは剣を構え、ヘラクレスもまたそれを待ち構える。
多くがその瞬間を固唾をのんで見守る。この一騎打ちがこの戦の趨勢を分けるだろうことを確信するからだ。
ここでペルセウスが打ち勝つ、あるいは引き分け、または戦闘が長引けば、戦況は随分好転するだろう。
いくら彼の魔女が強かろうとも、女神アテナに及ぶはずもない。故にヘラクレスがこうして拘束されているならば、アテナ陣営のその勝算は一気に高まるはずだ。
そして、二人の英雄が雌雄を決すべく交差し―
― すこーんっ ―
一本の矢がペルセウスの眉間に突き刺さった。
「「「「「あっ」」」」」
ペルセウスさんが白目をむいて落馬し、地面に叩きつけられる。
「ペ、ペルセウスゥゥゥッ!!?」
同時に女神アテナちゃんの悲鳴が戦場に響いた。
観衆は何が起こったかわからず困惑の表情を浮かべる。
いや、だって、新旧の大英雄の一騎打ちですよ? ギリシア神話最大の見せ場になるシーンになるはずだったんですよ?
それが矢鴨とかすごい困惑。
観衆は一斉に矢が飛んできただろう方向に視線を集中させた。その先に、弓を構える美少女さん一人。
「え、吾、何か悪いコトしたか?」
視線の集中に戸惑う野生児さん一人。この時メディアちゃんはこう呟いた。
「またやっちまったなアタランテちゃん」
まったくアタランテちゃんは空気が読めないなぁとメディアちゃんは思ったそうです。
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空気嫁。
さて、どうでもいいけど、アテナの髪の色は緑がいいのでしょーか。バズドラ的な意味で。いや、聖闘士的な意味で赤紫? 超能力的な意味でも…。
本当はクッコロしようかと思ったんですけどねー。
「どうだ、観念して素直になったらどうだ?(ニヤニヤ)」
「くっ、コロッケおかわり」