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[38545] コルキスのお姫様になった件について(オリジナル、TS注意)
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:595e31b0
Date: 2015/05/23 13:31
オリジナルです。時代は古代ギリシャっていうか、ミケーネ文明、紀元前1300年ごろのパラレルワールドのお話。

主人公は元おっちゃんで、現お姫様のTSものです。ご都合主義バンザイなので、それでも良かったらどーぞ。

このSSは『小説家になろう』でも連載しているようですよ?


H27.5.23 プロット上の大きな変更がありました。いや、まあ、結末事態に変更はないのですが、順序を入れ替えただけというか。



[38545] 001
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:595e31b0
Date: 2015/03/16 20:53


「むっかしーむっかしープロメテウスがー」

「姫様今日もご機嫌ですねー」

「いやー、新しい魔法の開発に成功したんですよ」

「姫様は相変わらず変人ですねー」


やっはろー、全ギリシャ文明圏のみんなー、ギリシャ神話のアイドル、メディアちゃんだよー。

いや、まあ、なんというか、元日本人の男なんですけどね。今流行の神様転生ってやつです。神様ってあんなんだったんだねーっていうか。

いやあ、直視したらSAN値下がるぜあいつら。

まあ、元は駅弁大学でて適当な会社に勤めていた元オッチャンなんですけど、マナーの悪い若者が振り回していた傘で眼球刺されて死にました。

あいつらマジ世紀末ですね、日本の未来を憂います。「これだからゆとりは…」などとお年を召した方々にありがちな視野狭窄な回顧主義に囚われる暇もなく、この世からログアウト。

気が付いたら虹色っていうか、水面に浮く油膜が光を散乱しているような良く分からん空間にいました。自分の未来というか死後を憂いましたとも。

それで、まあ、分かりやすく言えば神様に会ったわけです。

未知との遭遇。そのお姿は、端的に表現するなら虹色の《泡》でございました。人間良く分からない状況に置かれると、逆に冷静になるっていうか。

あ、自分が死んだのは神様のせいってわけじゃないらしいですよ。でも、たとえ神様のせいでも責任はとらないとか。蟻とか踏みつぶしても責任取る奴いないよね的な。

それで、その神様っていうのがすっかり日本のサブカルに嵌っておられたみたいで、最近流行のアニメとかラノベ的なことを片っ端からやっておられるそうです。

あれですな、神様の暇つぶしらしいんです。お戯れという奴ですね、分かります。ちなみに唯一神でございますかって聞いたら、そんなわけないじゃんとのこと。

神様っていうのも人間視点からの表現で、人間以上の次元にいる存在なら神様って名乗っていいよね的なそういう存在らしいです。

というか、下等な知的生命体が勝手に自分のような存在を神様と定義したのだとか。

日本が外国にはJAPANって呼ばれるのと同じですねって言ったら、それは違うとダメだしされました。解せぬ。

どっちかって言うとお前ら人間がイルカに無断でイルカって名付けているのと似ているのだとか。良く分かりません。

まあ、逆らってもしかたがないので適当に相槌打ってました。もちろん敬語使ってましたよ。その気持ち悪い媚びた表情とその間違った敬語を止めろって言われても止めませんでした。

自分、長い物には積極的に巻かれに行くタイプですので。えへへ。

んで、まあ、なんというか、オーダーはある? って感じで軽い感じで聞かれまして。30を過ぎて童貞だった俺様はこう言ったのです。


「魔法使いになりたい!」


と。インターネットで30を超えてチェリーボーイであると魔法が使えるようになるらしいという都市伝説を信じていた自分としては当然のオーダーでした。

『わらべのみかど』になるために、日々女性との接触を自粛してきた自分としては、大魔導士になって憎きリア充どもを爆発させ…、じゃなくて悟りを開いて賢者になりたいと思っていましたので。

結果として、まあ、魔法使いにはなりましたよ。正確には魔女だがな!

紀元前13世紀頃に成立したとされるコルキス王国は、黒海の東岸の肥沃な大地グルジアにあり、この地はブドウの原産地、ワインの発祥の地とも言われている。

古代ギリシャ文明の影響圏にあるらしく、というか正確には今はミケーネ文明あたりなのだけど、宗教的にはギリシャの神々を信仰しており、というか王様が神様の血を引くとされている。


さて、私は魔女である。

父親がコルキス王国の国王で、同時に建国者でもある。まあ要するに私はお姫様として生まれました。

はい、ここで察しのいい人は事情が読み込めていると思いますが、つまり私はかの有名な魔女メディアなわけです。

ご期待にそうように、エルフ耳です。ああ、聖杯を奪い合う某ゲームとは関係ないですよ。銀髪ですがね。

父は太陽神ヘリオスの息子であるアイエテス、母親は海神オケアノスの娘であるエイデュイア。

この世界マジで神様がいるようで、ぶっちゃけて言えば私、人間じゃないっていうか、神様の血をダイレクトに引いているらしいです。

まー、神様っていっても不死でもなんでもない下っ端の神様予備軍なんですがね。

まあリシャ神話とかほとんど知らねーっていうか、特にオタクだった頃は興味もなかったわけですが、件の某ゲームで魔女メディアが登場するわけですよ。

つまり彼女が辿った悲劇的なというか数奇というか、アレな人生について大まかには知っているわけで。

いや、まあ、碌な人生おくらないんですよね、魔女メディアって。

なんか、国宝《金羊毛》を奪いに来たイケメンに、愛と美の女神アフロディーテに吹き込まれた呪いで一目惚れ。

父親を裏切って、イケメンのために国宝を奪う手伝いをした挙句、逃亡のために腹違いの弟を微塵切りにして海に撒いて、軍が義弟の死体を回収している間に逃げるなんて超外道なことをすることに。

外道はとどまるところを知らず、イケメンの父親から王座を簒奪した叔父を鍋で煮殺すなど、しかしそれは全てイケメンのため。

だけどヤンデレ魔女に恐怖を抱いたイケメンは子供も出来ていたのに、他の王女様と結婚してヤンデレ魔女を捨てる。

これに怒ったヤンデレ魔女はその王女様とかぶっ殺したあと、ギリシャを放浪することになりましたと。


死にたい。


というか、イケメンとまぐわって子供を作るとかがありえない。情操教育でお姫様っぽく振る舞っていますが、中身はオタクのおっちゃんなので、アッー! 的な展開は勘弁してほしいっていうか。

自分、女の子が好きなのです。姉のカルキオペ姉様とか、お母様が超絶美人でとても良いです。さすがに神様の血を引いてると違います。

というわけで、運命を変えるべく今日も今日とて魔術のお勉強です。目標は神様の我がままに付き合わないぐらいの実力をつけること。

ギリシャの女神はクソ怖い連中ばかりで、メデューサさんやラミアさんみたいに単なる嫉妬で化け物にされてしまうなど、神話の世界は色々と生きにくい世界なのです。


「というわけで、ヘカテー様ヘカテー様、魔法を教えてくださいなっと」


厳かな雰囲気の神気に満ちた大理石の神殿で、私は瞑想します。神降ろし的なものですね。自称《巫女巫女通信》。

これでも巫女さんというか、司祭ですので。

魔女の神様である女神ヘカテーはコルキス王国の守護神でもあり、月と魔術、幽霊と子育て、豊穣、浄めと贖罪を司る女神様。それに使える巫女が私。

女神ヘカテー様はオリュンポス十二神ではないにしても、その他大勢の神様とは違い、わりとギリシャ神話でも別格の存在として敬われている偉大な女神さまです。

つまり、偉い神様。長いものに巻かれるのは元日本人の美徳なのです。敬ってますよ、信仰してますよ。何しろ貞操というか、生死というか、人生がかかっていますので。

そういえば、今日までいろいろありました。

生まれた時は混乱してオギャアオギャアと泣いて、美人さんたちのおっぱおにむしゃぶりついたり、オシメを替えられたり、おっぱおにむしゃぶりついたり、裸を見られたり、色々と恥ずかしい目にあいました。

おっぱおは柔らかかったです。

言葉を覚えるのも大変でした。英語とかそういうレベルじゃねぇぜ的な。でも転生特典と言えばいいのか、魔法を使う才能には言葉を覚える資質が付属していたようで、一般的なレベルで言葉も覚えました。

今では古代ギリシャ語から古代エジプト語、アッシリア語まで話せるように。マルチリンガルです。頭がパンクしそうだったぜ。

まあ、こういうのも王族というかお姫様の嗜みなのでしょう。ちなみにダンスはありません。この時代、そこまで文化が成熟していないのか、ご飯は手掴みですし、優雅さには程遠い生活です。

なので箸を考案してやりました。手が汚れるのが嫌だからと言ったら、何故か流行った。この時歴史が動いた。

ただし、琴を弾くのは王族の嗜みなのか、家庭教師付きでみっちりと教え込まれました。

まあ、ゲームのBGM、クリスタルを巡る冒険譚《最終幻想》のオープニングを弾けるようになったのは自慢ですけどね!

この曲も何故か流行った。二千年後まで継承されても知らん顔をしよう。この時代にはまだJASRACないしな。

初潮とかの女の子的な面倒事も魔術でそれなりに対処できるようになったりして、最近では結婚を考えても良い年頃になってしまったのが悩みどころ。

つまり、不幸フラグがビンビンなわけです。決戦の時は近し。このために色々と対策を立てました。


「こんな感じでどうでしょうかヘカテー様」

「すばらしい魔術ですメディア。貴女は独創性があって、教えている私も勉強になりますね」


ヘカテー様の前で私は小さな金の欠片を生み出してみた。いわゆる錬金術という奴で、水銀から純金を作って見せたのである。

ある元素から異なる元素を生成するのは奇跡の類なのだが、前世の時代においては現代科学においても実現はされていた。

要は粒子加速器で水銀198にベリリウム8をぶち込んで核融合させればいい。そうすると崩壊を繰り返して金が出来上がる。

魔術の女神であるヘカテー様に積極的に魔法を教えてもらい、頼み込み、その成果が核融合による元素変換である。

原理はまあ、幸運にかかわる概念を応用してトンネル効果とかそういうの。

太陽神の血筋である私は、元素生成との相性は比較的悪くない。ちなみに、《海》に関わる魔法も得意である。


「これでアフロディーテ様とかヘラ様の呪いを退けることも出来るでしょうか?」

「貴女の話していた件ですね」


ヘカテー様には私の前世の記憶がバレている。

まあ、相手は魔術の女神で超格上の存在、こっちは女神としての資質はあっても駆け出しのペーペー。自分で話さなくても、相手が勝手に理解してしまうのです。

特に彼女には長い間師事していて、現代日本人特有の奇行からその正体を看破されてしまいました。ええ、ゲロりましたよ全部。


「貴女の魔術の腕があればエロースの黄金の矢の呪いをも阻むことが出来るでしょう。私が保証します。今までよく頑張りましたね」

「ありがとうございますヘカテー様! 嫁にしてください! おっぱい揉ませてください!」

「お断りです。貴女は元男とはいえ、今は魂も全てが女。いずれは男に嫁ぎ子を育むのが務めでしょう」

「勘弁ください」


何故に自らすすんでイケメンをリア充にせねばならんのか。私は王宮の一角でのほほんとお姫様ライフを楽しんでいたいのである。永遠に。

魔女の釜でコトコト薬を煮込んでいたい。姉様やカワイイ侍女たちにセクハラしたい。働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる!


そんな感じで今日もヘカテー様と漫才に興じながら魔術を研鑽する。

魔術は楽しい。空も飛べるし、DQNを豚に変身させることもできる。魔法薬なんてオタク心をくすぐるのである。

魔女の釜で黄金を作るというのはなんというかマッドではあるが、科学的に見ればシュールな話。鍋から皮がパリパリのアップルパイが出てきたときにはどうしようかと思った。

あと、小市民的に魔法を金儲けに使ったりとか。ほら、今は王女様だけど、いつ女神様の嫉妬を買って放浪する羽目になるか分かりませんから。

魔法はお金になる。これ重要。海水中に含まれる微量な金銀を集めるフリッツ・ハーバー的な思想も、魔法なら採算が取れてしまうのだ。

海水中には1立方メートルあたり0.0001mg程度の金と0.001 mg程度の銀が含まれている。コルキスは黒海沿岸地域なので海水から電気分解で余裕でした。

あとは、製造した純金と純銀のインゴット、副産物の大量の塩を父親の目の前に置いたら、色々と土地とか施設を用意してくれた。

まあ、言うほど取れないんですが、エネルギー源を地熱にして完全に自動化してやると小遣い稼ぎにはなるというか。

魔法って便利ですね。個人レベルでこういうのが作れてしまうあたりはびっくりです。この時代だと金相場とか細かいしがらみもないんで。

塩は腐るほど取れるんですけどね。

今では軌道に乗って、それなりに大きな建物を海岸に作ってもらっていて、経済が困らない程度に小遣い稼ぎをやっています。

でもそのせいで、ギリシャ中に金を生み出す魔女として知られてしまいました。大失敗ですね。求婚が相次いでいます。

攫われかけたりもしました。困ります。エロゲー的展開は困るんです。捕まったら十中八九凌辱エンドじゃないですかー、やだー。

あと転生者なんですが、別に国が貧しいわけでもないんで、内政チートとかそういうのはパスです。ぶっちゃけて言えば政治とか面倒くさいですし。

つーか、魔法使いとして自立して、旅に出るのも楽しそうですね。ああ、そうだ旅に出よう。結婚とかしないで、適当に世界中を回るのも楽しそう。そして世界中の美少女のおっぱいを揉むのだ。

紂王から妲己を寝取り行こう。

でもまあ、製鉄については少し関わってみた。ヒッタイト帝国が滅ぶ頃に拡散する技術であるものの、魔法を使えば簡単に精製できる。

魔法を使わない場合でも、要は高温を得て炭素で還元すればいいのだから、理論さえ分かれば、後は試行錯誤である。

石炭はとれるので、あとは適当に鉄鉱石を探させればいい。銅が豊富な地域なのだけれど、鉄が取れないわけではない。私は働きません。お姫様ですので。上から命令するだけです。

まあ、そういうことを遊び半分で研究しながら失敗したり、失敗したり、失敗したりして国民の皆さんに迷惑をかけつつやっていたのである。

もちろんメインは魔術の修行と研究ですけどね。そうして日々を過ごしていると、ある日、一羽のハトが私の部屋に飛んできた。





大理石の部屋には羊毛で作った絨毯やタペストリーが彩っていて、部屋の隅には大きな花瓶に青いバラが活けられている。

レバノン杉で作られた木製の家具はシンプルなデザイン、電灯なんていう未来の利器は存在しないが、油をささずとも消えることのない魔法のランプは煌々と夜の闇をかき消している。

本棚には様々な国の言語で書かれた多種多様な魔法書が積み上げられていて、どれも気の遠くなるほどの価値を持つ貴重なものばかり。

白亜の宮殿の、女性だけしか入れない男子禁制の後宮の一角に、王女メディアの部屋はある。

王女メディア。コルキス王国の至宝。美しい銀色の髪の、大理石のような透き通った肌の、貝紫の絹のドレスを身に纏う神域の美姫。

そんな彼女の部屋の南側の開けた窓、外にでる事が出来るテラスの向こうから一羽の白いハトが部屋に入り込んできた。

姫君は憂いた表情で右手に止まったハトを撫でた。


「そうか、来てしまいましたか」


姫君はそう呟くとテラスに出てハトを解き放つと、彼女は海の方角を眺めて深い溜息をつく。

魔術や学問の才に優れた才色兼備の美しき姫君として、あるいは色々な風変わりで便利な品を発明する変わり者の王女として良く知られる彼女の一挙手一投足はいつも国中に驚きをもたらしているが、

そんな彼女のこのような表情は珍しい。彼女に仕える侍女の一人が気になって敬愛する姫君に何事かと問いかけた。


「運命が来たのだと、鳥が告げたのです」


物憂げな表情で意味ありげな言葉で王女は答える。

そして王女はドレスを円錐にフワリと舞わせて華麗にターンして、悪戯っぽくクスリと笑うと、話しかけた侍女の頬に触れ、そして流れるような仕草で侍女の後ろに回り込み、おっぱいをこれでもかと揉みしだいた。

恐るべき三次元立体運動。


「や、やめてください姫様!?」

「よいではないかー、よいではないかー」

「ん、あっ…、ひゃめぇ…」

「ふへへへ、ここがええのんか? ええんやろ? ほーれほーれ」


この悪癖さえなければこの人は完璧なのにと、周りの侍女たちはそう思った。







「金羊毛を譲っていただきたい」

「ならん。金羊毛は我が国の宝、そのような理由でそうそう渡せるものか」


父であるコルキス王アイエテスに謁見するのは、わざわざボスポラス海峡を渡ってやってきたアルゴー船の面々たち、アルゴナウタイ。

彼らを構成する船員たちは筋肉隆々の屈強な男たち、あるいは詩人風の優男もいる。そのリーダーはイオルコスの王子イアソン。なかなかに精悍な顔立ちをしたイケメンである。

このイケメンのイアソンは王位を簒奪した叔父から王権の回復を迫ったが、これに対して叔父のペリアスはイアソンに対して金羊毛とってくれば王位譲ってやるという難題を突き付けた。

そうして叔父の甘言に騙されて、イアソンはバルカン半島から黒海の東の端までわざわざやってきたのだ。

アルゴナウタイはイアソンが募集した船員たちであり、彼の呼びかけに答えてギリシャ中から選りすぐりの勇士たちが集まった。

この50名の勇士として、後世に伝わるギリシャ神話や叙事詩でも名の知られる英雄たちが集まっており、オルフェウスだとかアスクレピオスなんていう私でもよく知る者もいる。

本当はこの謁見には同席したくなかったのだが、色々な偶然が重なってこの場にでる事になってしまった。

神の呪いか、あるいは歴史の修正力か。司祭の仕事とか、研究が忙しいと言っているのに、母が調子を崩したとか、姉様が一緒に会ってほしいとか、父王が同席しなさいとか、正直やめてほしい。

横ではカルキオペ姉様が息子のアルゴスとの再会に感動で目を潤ませている。

このアルゴナウタイの面々の中にはアルゴスというカルキオペ姉様の息子、つまり私の甥である青年が参加している。

ちなみに姉様の夫であったプリクソス様は、この地の金羊毛をもたらした人で、わりと有名人である。

プリクソス様はボイオティアの王子であり、デルフォイの神託によってゼウス神への生贄にされかかった人物だ。

その後、ヘルメス神が遣わした翼を持つ金色の羊に乗って逃げる事に成功し、コルキスにやってきた。彼は金色の羊を手土産として父王に取り入り、我が国に腰を落ち着けたのである。

彼は後に姉カルキオペと結婚して、子をもうけたが、父に王位簒奪の容疑をかけられて殺されてしまった。この世界の人間の命は恐ろしく軽いのである。

で、プリクソス様はイオルコスの王の親戚筋にあたるらしく、イアソンはイオルコスの王子。イアソンはその関係でずうずうしくも金羊毛の所有権を主張してきたのだ。


「無理のある説得だねぇ…、ん?」


ぼやいていると、なんだかヨンヨンと天上から呪いが降ってくる。イアソンに惚れろ光線である。ふっ、効かんぞ。貴様のやり口はまるっとお見通しなのだ!

私はお澄まし顔でアルゴナウタイの面々を眺めた。イケメン揃い。そういえば、高名なヘラクレスは途中で脱落したのだとか。残念である。サイン貰おうと思ったのに。

と、ふと目を引く存在があった。むさくるしい男どもに紛れる、なんとも表現できない清涼な空気。一人の少女、紅一点に私は目を奪われた。

少しばかり乱れた、しかしそれが逆に魅力となるような見事な金髪、簡素な緑色のドレスで身を包みながらも、その醸し出す高貴で気高い雰囲気に私は不覚にもドキリとさせられた。

それは、いままで見たこともないようなタイプの美少女。


「あの…」

「どうしたメディア?」

「いえ、男性の方々に紛れて、美しい女性がおられましたので」


美少女が眉を動かす。まるでオオカミか虎のような大型肉食獣を思わせる野性味の溢れ、しかしそれでいて人間の女としての美しさを兼ね備えた少女。

ヒトのカタチをした美しい獣。その強烈な個性を感じさせる彼女に私は目を離せない。


「お主、名をなんと申す?」

「吾はアタランテ、アルカディアの狩人である」


古めかしく、女性らしくない言葉遣い。

だがその声はどこまでも涼やかで麗しく、私は頬を紅くしてしまう。うわっ、これ惚れた。イアソンじゃなくて、クマさんに育てられた野生児に惚れちゃったよ。

どないせいっちゅうねん。うわー、うわー、こっち見てる。こっち見てるよ。目とか合わせられないしっ。


「か、狩人をなされているのですね。男所帯に女一人と言うのはさぞ大変だったのでは?」

「何も問題などない」


父様が私を見て、吹き出しかけている。

うむ、なんというか、これは初恋というヤツである。前世でも好きになった女性などなくて、アニヲタコミュ障だったのに。

ないわ、このタイミングでこれはないわ。愛と美の女神のイアソンに惚れろ光線も、戸惑うように弱弱しくなる。


「ならば条件を出そう」


父アイエテスはイアソンに一つの難題を送り付ける。だが、それは火を吐く牡牛で大地を耕し、竜の歯をまくというものだ。これは割と死ねる。

火を吐く牡牛も難敵だが、竜の歯も問題だ。色々な伝承がある曰くつきのマジックアイテムであり、大地に撒くと武装した骸骨の兵士、ドラゴン・トゥース・ウォーリアが出現して襲い掛かってくるのだ。

叙事詩では王女メディアが魔法で火や剣でも身体が傷つかなくして、同時にドラゴン・トゥース・ウォーリアへの対策を伝えるわけであるが、当然、私にはそんなことをする義理は無い。

正直言って、イアソンが焼かれようが、竜牙兵に集団リンチされて殺されようが、全く知ったこっちゃない話だからだ。

とはいえ、このままでは神々が何をするか分かったものではない。

イアソンを守護するのは女神の中の女神であるヘラで、手段を択ばないことで定評のあるヒステリックなヤンデレ女神様だ。

ギリシャの神にはまともな奴はいないのか。私にとっては金羊毛なんてどーでもいいので、ちゃっちゃと持って帰ってもらうに越した事はないのである。





「姫様が悩んでおられるわ」

「どうしたのかしら、心配だわ。主に私たちの身の上が心配だわ」

「ああいう風になられた姫様って、その後だいたい奇行に走られるのよね」

「ま、また胸を揉まれるのかしら?」


その夜、私はこの先どうしたものかと悩んでいた。女神の呪いこそ阻んだものの相手はギリシアの神である。

彼らの無邪気とも思える行為は、時に彼らの事情に特に関わりを持たない人間たちの運命を狂わせ弄ぶのである。

神話ではよくある事とはいえ、私の新しい祖国でそんな傍若無人を許したくはない。

神話的には何が何でも《金羊毛》がイアソンの手に渡らなければならないわけで、それを妨害して彼らを祖国に手ぶらで返すというのは神々を敵に回しかねない。

よって、父になんとしてでも《金羊毛》を手放してもらう必要があるのだが、何をもって父を説得すべきか。


「《金羊毛》に匹敵する価値のあるものを要求するというのが筋だと思うのだけれど…、って、そうそう当たるものではない!」


次の瞬間、私は座っていた椅子から転がる様に身を投げ出して黄金の光を回避することに成功した。

動揺しだす侍女たちを横目に私はそのまま黄金の光が放たれた場所に腕を伸ばした。私の手は部屋の隅の、魔法の灯の影に隠れていた少年の頭部を掴みとり、これを引きずり出す。


「痛たたたたたっ!?」

「戦いとは、常に二手三手先を読んで行うものだ」

「分かったから、止めてっ」

「何かと思えばエロース様じゃないですか」


エロース。エロを奉ずる神ではなく、キューピッドとしても有名な恋を司る神様であり原初の神々の一柱である…のだが、とにかく悪戯好きで、当たった相手を恋煩いにしてしまう金の矢と、恋に幻滅する鉛の矢を面白半分で周囲に撃ちまくる極めて傍迷惑な神様だ。

一目惚れというのはだいたいにしてコイツのせいである。

有名な逸話にはからかわれたことに腹を立ててアポロンに金の矢を、通りすがりの少女であるダフネに鉛の矢を撃って一騒動を引き起こした経歴がある。

結果としてダフネはアポロンから逃れるために父である河の神に請うて月桂樹へと変わってしまった。神話ではよくあることである。


「…それで、何しようとしてたんですか?」

「い、いや、別に何にも…」


私の視線から逃れようと目をそむけながら、あたかも自分は何もやってません的な表情で言い逃れしようとする美少年。イケメン有罪。

そっちがその気ならば、私は悪魔らしいやり方で彼が自発的にお話をしたくなるように小噺をしましょう。


「なるほど。ところで、こんな逸話を知っていますか? ある王国の末の王女プシュケーに愛の神クピドが愛の弓矢を射ようとした時のお話です」

「え、クピドって僕の事なんじゃ…」

「まあまあ、お聞きなさって下さいな。しかしクピドはちょっとした手違いで弓矢を撃ちそこない、自分を傷つけてしまったのだとか。そして愛の神であるクピドは自分の力によって王女プシュケーに恋に落ちてしまったのです。さて問題、ここに先ほど貴方が撃ち損なった黄金の矢があります。…あとは分かるな?」

「え、えっと…」

「もちろん『恋する対象』の変更はありません。とはいえ、原初の神々の一柱であるエロース様が自らの力の一端である黄金の矢に影響されるなんてあるわけないですよね。フフーフ」


私は壁に刺さった黄金の矢を手にします。もちろん笑顔で。そうだ、こいつを女装させてイアソンとアッー!! なことに処してしまうのはどうでしょう。

この美少年顔なのだし、この世界では衆道はそこそこ普通ですし。ヘラクレスとか代表的なイイ男ですよね。


「わわわ、分かったよ! なんでも言う事聞くから!!」

「ちょろいぜ」


そうして恋を司る神エロース様は、私の誠実な説得によって心動かされ、女神の策謀に加担することをお止めになられたのでした。





「お父様、少しいいでしょうか?」

「なんだメディア? …と、その男は?」

「愛の神エロース様です。さあ、先ほどゲロられた事を洗いざらいお父様の前でリピートしていただけますか?」


エロース様をお連れして夜酒をたしなんでいた父に会いに行く。エロース様は何故か魔法の縄で縛られていて、逃げ出したりとかできなくなっている。

このエロ神に洗いざらいの事を父の前でゲロ…、偉大なる愛の神エロース様に真実をお話になってもらい、すなわち女神たちの恐るべき思惑を父に理解させるためだ。

また今後の展開について一悶着ありそうなことを一言伝えておかなければならない。あの我儘で知られる女神様がこのまま何もせずにイアソンを殺させるなんてことはないと考えて動くべきだ。

エロース様は私に促されるままに今回の顛末を語り始める。

アフロディーテ経由でヘラからの要請があった事、報酬はヘラがヘスペリデスの園で栽培しているという黄金の林檎である事。

彼が話し終えると私は約束通り彼を縛る戒めを解き放ち、彼は背中の翼で半泣きになりながら帰って行った。

あー、誰だろう、神様を拘束した挙句、黄金の矢まで何本か奪ってしまうなんて。ひどいやつだなぁ。


「神々がそのように考えていたとは…」

「先ほどのアルゴー船の方々との席で、女神アフロディーテ様から呪いをかけられそうになりました」

「なんと!? どういうことか?」

「おそらくは、女神ヘラ様の要請によるものかと。イアソン様には強力な女神ヘラ様のご加護があるようですので」


ヘカテー様によるなら、イアソンはギリシャ最高位の女神であるヘラの強力な加護を得ているようで、アフロディーテは特に関係がないものの、ヘラによる要請を受ける形で私にイアソンに恋に落ちる呪いをかけたらしい。

まあ、効かなかったがね。別の女に一目ぼれしたがね!


「大丈夫なのかメディア?」

「はい。ヘカテー様の加護がありましたので。しかし、神々がこれで諦めるとは思えないのです。何らかの形でイアソン様に金羊毛を手に入れさせようとするでしょう」

「ううむ…、しかし金羊毛は我が国の宝。そう簡単に手放してしまっては儂の威信にかかわる」

「供物を使って女神ヘラ様のご機嫌を伺うことも可能とは存じますが、なにぶん気まぐれな方々ですので、下手なことをいたしますれば王国やお父様に災いが降りかからないとも限りません」


父王は考え込む。

まあ、この人も神の血をダイレクトに受け継いでいるヒトで、太陽神の息子なのだが、いかんせん神様コネクションが不足しているヒトなので、流石にオリュンポス十二神に名を連ねる女神様の所業を止める事は難しい。


「条件を変える事はできませんか? おそらく金羊毛を彼らに渡すのは神々のお定めになった運命でしょう」

「いかにする?」

「対価を、馬を要求してみては? 北方の蛮族は素晴らしい馬を持っているとか」

「考えてみよう」


お父様はそう言うと私を下がらせた。まあ、こんな所だろう。新しいが達成可能な難題を出すことで、女神たちの矛先もこの国から別の所に向くだろう。

そうなれば、この件は私から関係なくなり、私は平穏な人生を取り戻すことが出来るはずだ。

でもそれで良いのか。あの美しいアタランテの事が気になって仕方がない。初恋は実らない的なジンクスはさておき、眺めるだけでも楽しそう。

どうにかして近づけないか、そんな風に思って部屋に戻ると、途中で侍女から姉様が会いたがっているとの言付けを得る。

何事かと思い私はカルキオペ姉様の部屋を訪れる。ちょっと嫌な予感。

部屋のレイアウト自体は私の部屋と瓜二つだが、色は赤色が好きらしい。テラスの前で姉様は物憂げに月を眺めていた。

久しぶりに愛する息子アルゴスに会えただろうに、どこか困っているように思える。


「こんばんは、良い月ですね、姉様」

「ああ、メディア。実はお願いがあるのだけれど」

「…嫌な予感しかしません」

「実は、イアソン様を助けてほしいのよ」


なるほど、運命というのは私を、メディアという登場人物をアルゴー船に関わらせようとしているらしい。

この分だとまたイアソンに惚れさせようという呪いがかけられかねない。あるいは、姉様が何らかの呪いの犠牲になるのだろうか。少し状況を甘く見ていたようだ。


「アルゴス様から頼まれたのですね」

「ええ、まあ、そうなんだけれど」

「ですがそれではお父様を裏切ってしまいます。それに、協力したことがバレたら私はこの地にはいられなくなってしまいます」

「…ん、そうよねぇ。どうすればいいのかしら? イアソン様に会ってみてはもらえないかしら?」


なんという他力本願か。

この人、結構子供産んでいるのにスタイル崩れてないなーとか思いつつ、そのでっかいおっぱおを揉みしだいてやろうかと衝動にかられつつ、了承する。

正直面倒くさいが、姉様の頼みだし、上手くいけばコネでアタランテを紹介してもらえるかもしれない。まあ、なるようになるだろう。





翌朝、私の元に来客を告げる鳩が飛んできた。鳩と会話することぐらい魔女の私には朝飯前なのです。

白亜の神殿は大理石。アテナイにあるという壮麗な神殿にはきっと敵わないが、それでも立派な建築物である。

私は人の気配を感じて後ろに振り返る。イケメンがいた。うおっ、まぶしっ。


「おはようございます、メディア姫」

「おはようございます、イアソン様。このたびは長い船の旅だったそうで、大変でしたね」

「お気遣い、痛み入ります」


金髪の美丈夫。引き締まった肢体と精悍な顔立ちをしながらも、爽やかな好青年といった雰囲気を纏う異国の王子イアソン。

彼が笑みをこぼすと白い歯がキラリと光を反射した。なんというステレオタイプか。神々しさすら感じて、笑いがこみあげてしまう。


「どうかなされましたか、メディア姫」

「いえ、奇妙な事になったと。要件は伺っております」

「では、単刀直入に申します。私たちに助力を願えませんか?」

「残念ながらお断りします。それに言っては何ですが、無謀では? 神からの直接の加護もなく、魔法も使わないであの牛に近づくのは自殺行為ですよ?」

「メディア姫は魔法の天才と聞いていますが、貴女なら何とかできるのではないですか?」

「それは簡単なことです。しかし、私が貴方に協力したことをお父様に知れば、私がタダではすみません。きっと斬首されてしまいます」


イアソンが考え込む。

ヘラクレスあたりなら独力で解決してしまいそうだが、イアソンはプロメテウスの血を受け継ぐとはいえ神性は低い。

彼と彼の仲間たちだけでは、鍛冶の神ヘパイストスがもたらしたとされるあの化け物を止めることなど不可能だろう。


「化け物ではなく、人間の相手ならできますか?」

「人間ですか?」

「貴方が金羊毛に匹敵する宝を我が国にもたらせば、お父様の考えも変わるかもしれません。我が国の北には未開の蛮人が住んでおり、彼らは優れた遊牧民で、素晴らしい馬を所有しているとか。一万頭は多すぎますが、その何割かをもたらすと約束できれば、父も考えるかもしれませんね」

「なるほど」


この頃、黒海北岸の現在のウクライナにあたる土地にはキンメリア人が支配していた。そしてコルキス王国の北のカフカス山脈の向こう側にはサルマタイやスキタイといった遊牧民族が住んでいる。

彼らの馬術や馬上からの騎射技術はすばらしいものがあるらしく、所有する馬の質も良いと聞く。まあ、年がら年中馬と共に生きているならそうなるのだろう。

弓騎兵という存在は銃火器が発達する以前においては最強の兵種であり、モンゴル帝国がユーラシアを席巻したのもこの弓騎兵の力によるところが大きい。遊牧民族最強説である。

これに鋼鉄の武具と重装騎兵が加われば、少なくともギリシャで発達する重装歩兵や、将来この地を席巻するアケメネス朝ペルシアよりも強力な軍隊が作れるはずだった。

理論上は。


「ところで、アタランテ様はどちらにおられますか?」

「ん、アタランテならば近くの森で狩りをしているはずだが」


もちろん、愛しのお嬢さんの居場所を聞き出すことは忘れない。私は他人の都合よりも、自分の欲望を優先させる女ですので!





「こんにちは、アタランテ様」

「ん、汝はコルキス王の娘だったか」

「メディアと申します」


王都コルチスは王国の内陸、リオニ川の河畔に存在し、自然豊かな場所でもある。まあ、ふらふら国中を動き回っている私にとっても故郷であるためなじみが深い。

そんな街の近郊の森は、木々が鬱蒼と茂っているが、彼女が座っている切り株の周りは太陽の光が差し込んでいて、木々のドームは神殿にも似てどこか神聖な雰囲気。

狩りの流れ矢に当たるのは勘弁というわけで、鳩を斥候に出して様子を伺い、遠見の魔術で狩りに勤しむアタランテの姿をウォッチングしてみたのである。

あれですな、人類種の源流に近い高品質の血を持つ英雄という存在のポテンシャルは半端では無い事が見て取れる。

なんというか、放つ矢の速度が尋常ではない。本気で音速を超える速度で矢が飛翔する。最高速度がマッハ3とか、人類の常識に喧嘩を売っている。流れ矢に当たったら死ぬな。

というわけで、彼女の休憩中に突撃してみたわけだ。木漏れ日の合間で静かに目をつぶる彼女は、高貴な森のお姫様。私は意を決して彼女に話しかけた。


「お飲みになりますか?」

「何だ?」

「ブドウの果汁です。魔術で冷やしてありますので、美味しいですよ」


革袋の水筒にブドウのジュースを入れて差し入れとして持ってきた。ブドウはコルキス王国の特産であり、とびきりの上物を搾らせて作らせたものだ。

アタランテは犬みたいに鼻をひくつかせて匂いを嗅ぐと、一口喉に流し込んだ。すると、目を見開いてごくごくと果汁を飲み干してしまう。


「これは美味いな。喉が渇いていたところだ。礼を言う」

「おそまつさまです」

「それで、吾に何用だ?」

「ただお友達になりたいと思ったから、ではだめでしょうか?」


アタランテは少し困った顔をする。


「吾は人の間で暮らしたことは無く、狩りしか能がない。姫君の友人としては適さぬと思うが?」

「いえ、貴女は美しい。外見だけではなく、あり方そのものが。それだけで十分です」


そうして私はアタランテとおしゃべりをする。

彼女は何と言うか、文字通りの野生児だ。育ての親が熊とか、まあ狼に育てられた子供と言う例も存在するし、その熊も女神アルテミスの眷属らしいのでこの世界らしいと言えばらしいのだけれど。

人生観が野生動物と同レベルとかマジ楽しい。


「というわけで、このあたりはワインの名産地なんですよ」

「酒は少し苦手だ」

「そうなんですか?」

「酔うと狩りに失敗するゆえな」


脳味噌が筋肉でできているヒトです。なんという蛮族。


「アタランテ様はどうしてアルゴー船に乗ったのですか?」

「多くの英雄が集うと聞いてな。吾も興味をそそられたのだ」


やっぱり脳筋である。

だが、そこがいい。美人で脳筋とかギャップ萌なのである。それから私たちはなんとなく会うようになる。ハーブティーやドライフルーツでお茶をするのが日課となった。

そうして数日が経った時、アルゴー船の面々は新しい冒険にでる事となる。

目的地は黒海の北部、スキタイ人の住む土地から千を超える数の馬と騎手と馬を世話する人間を手に入れるのだ。

そして私は魔法薬でこっそりと姿を変えて彼らについていくことにする。それがアルゴナウタイの冒険の歴史が変わってしまった瞬間だった。


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時代考証? 知らんがな。






[38545] 002
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:595e31b0
Date: 2015/03/16 20:53
やっはろー、全神代のみんなー、アルゴー船のアイドル、メディアちゃんだよー。私のことを嫌いになっても、アルゴー船の皆のことは嫌いにならないでください☆。

さて、そういうわけで私、コルキスのお姫様である魔法少女メディアはアルゴー船に忍び込むことに成功しました。


このことを知っているのは、私のお友達のアタランテちゃんだけです。私は可愛らしい青色の鳥に変身して、アタランテちゃんの肩の上でくつろいでいるのです。

お家には私の身代わりを置いてきました。コピーロボットじゃなくて、適当にふん捕まえてきたニンフなんですけど、まあ上手く化けているので大丈夫でしょう。

というか前にやったとき、むしろ偽物の方がお姫様らしいって評判になって、病気じゃないかって心配されました。

たかが野良精霊よりもお姫様っぽくない私。流石に元おっちゃんにはお姫様ライフは難しいようです。涙が出ちゃう、女の子だもん。


「というわけで、なぜなにアルゴー船ということで。アタランテは船酔いしないんですか?」

「最初は苦しめられた。が、慣れたな」

「アルゴー船は稀代の船大工であるアルゴス様が作ったとか」

「そのように聞いているな」


女だてらにオールを漕ぐアタランテちゃん。マジ脳筋。

一応帆もあるんですが、この船は50ものオールを漕いで進むガレー船で、この時代においては最大級の大きさを持つ船だ。

船首には女神アテナによって『物言う木』が取り付けられており、この船はなんとお喋りするのである。正直ウザい。

さて、このアルゴー船に乗り込んだ仲間たちアルゴナウタイだが、脱落したもののヘラクレスなんていう大物まで集まっていたのだから、なんというかすごい面々である。

何故、こんなメンバーがイアソンの元に集まったのか。イアソンなんて特に名声はないし、言ってしまえばただの王子様(イケメン)なのに。

そのあたりはイアソンがケンタウロス族の賢者ケイロンに養育されたあたりに関連があるのかもしれない。

大英雄ヘラクレスも医神アスクレピオスなども賢者ケイロンに師事したことがあり、アルゴナウタイに参加するふたご座のモデルとなったカストルとポリュデウケスもケイロンに馬術について師事している。

つまり兄弟子と弟弟子的なコネクションがあり、その関連で英雄たちがわらわらと集まってきたのだろう。有名どころとしては他にミノタウロスを退治したテセウスだろうか。

他にも王祖になった人物など大物も多く、ギリシャ神話において英雄がここまで多く集った例はトロヤ戦争以外には存在しないとされる。


「してメディア、キンメリア人とはどのような輩なのだ?」

「まあ、簡単に言えばアマゾネスの親戚ですね」

「ほう」


アマゾネスはギリシャの北にあるトラキアなどの黒海沿岸やアナトリア半島に住む女性だけの部族とされている。

まあ現実的には女ばかりの戦闘集団なんて考えにくいので、女性優位の部族がいてそういう風に後世に伝わったのだろうと思った…ら大間違い、連中、この世界では本当に存在しやがるのだ。

アマゾネスは女性だけの部族で、子供を欲するときは他の部族の男と交わりに行く。女が生まれたら後継者にして、男が生まれたらぶっ殺すか、奴隷にするか、交わった男の元に引き渡す。

まさに脳筋蛮族である。アルテミスを信仰しているあたりもなんとなくだがアタランテに似ている気もしないでもない。

彼女らは世界最初の騎馬民族とも言われるほどに、馬の扱いに長けており、そして弓の名手でもある。斧や槍も扱い、半月形の盾を持つ女騎士。

半月形の盾はスキタイ族が持つ物とほぼ同じもので、スキタイもキンメリアも同系の騎馬民族であるから基本的にはアマゾネスとキンメリア人の起源は同じところにあるのだろう。

よって、キンメリア人もアマゾネスに負けないぐらいの勇猛さと戦闘能力を持っており、決して油断できない相手である訳だ。

そこまで話すと、アタランテはキラキラとした目になっている。どうやら強者がいると聞いて楽しみにしているらしい。まったくこれだから脳筋は困るのだ。

船は帆を張って風を掴み、峻嶮なカフカス山脈を右手に進む。しばらく行くと山は無くなり、小さな集落が見えるようになった。

陸沿いに進むとそのまま狭い海峡が見えるようになり、おそらくはそこがアゾフ海に入るキンメリオス・ボスポロス海峡(現代のケルチ海峡)なのだろう。

海峡の左手側には比較的大きな集落や神殿が見えるようになる。おそらくはそこがクリミア半島だろう。

この時代の南ウクライナにはキンメリア人という遊牧騎馬民族が広範な勢力を誇っていて、これはアジアからスキタイ人が侵入するまで続いた。

そうしてアルゴー船はその集落に立ち寄るために陸地に近づいた。石で出来た桟橋、しかし港の大きさに比して停泊している船の数は少ない。


「しかし、なんというか寂れているというか、廃墟って感じですね」


陸地について驚いたのが、集落が焼き払われ、神殿が崩されているというなんだか戦争で負けたような、略奪されたかのような光景だった。

停泊した後、イアソンら数人が集落へと向かっていく。なんだかとっても悪いタイミングでやってきたのではないかと思っていると、イアソンが帰ってきた。集落の長と話をつけてきたらしい。


「竜が人々を襲っているらしい」

「なんと」

「大変じゃないか」

「だが、チャンスだ。竜は空を飛んでこの周辺の部族を手当たり次第に襲い掛かり、若い女を攫っては巣穴に閉じ込めて喰っているらしい。この竜を退治できれば馬を手に入れる事が出来るはずだ」


男たちが好き勝手、とらぬ狸のなんとやらな話している。おやまあ、なんとも都合の良いお話で。

と、ここで巫女巫女通信に反応有り。このタイミングでドラゴンクエストという都合の良いミッションは怪しいと思っていたら、案の定、ヘカテー様から連絡がありましたよ。

イアソンはお馬が欲しい。彼らはドラゴンに襲われて困っている。まったく、どこの王道RPGなのか。


「はいはい、ヘカテー様ヘカテー様、おっぱい揉み揉みもーみもみ」

『メディア、貴女、本当に私の事敬っています?』

「やだなあ、お嫁にしてもらいたいぐらい信仰していますよ」

『……』

「てへぺろ♪」

『(ウゼェ)…まあいいでしょう。率直に言えば貴女の予想は当たっています。女神ヘラがこの地に眠っている古き悪竜ズメイに狂気を吹き込んだのです。本質的に邪悪な竜ですが、ヘラの呪いでその暴虐に拍車がかかったのでしょう』

「悪竜ズメイですか。どんな竜なのですか?」

『三つ首以上の頭を持ち、空を飛ぶための翼を持ち、その口からは炎と毒を吐きます。性格は残忍で卑怯だとか』

「わっかりやすい悪竜ですね。遊牧民族にとって蛇は敵ですかそうですか」


竜とは蛇であり、毒蛇である。

アジアでは蛇は川と同一視されて、龍として水神としての性格を持つ。なので、日本でも龍神伝承は水に関係する場所に多く残っている。

オリエントでは自然現象の象徴であるとともに、脱皮する様子から不死の象徴であり、大地母神信仰と融合してティアマトなどのように神格化される。

しかし、時代が進むにつれ、蛇は狡猾さとか悪魔とか、そういうマイナスイメージの象徴に堕とされてしまった。

これはセム一神教の蛇は悪魔であるという考えの影響であると考えられる。

でもまあ、オリエントでも時代が下ると男尊女卑の原理を持つ『父なる神』が優勢になり、大地母神と共にその眷属である竜もまた貶められるようになったので、一神教が全ての元凶であるとは言い切れない。

これに伴い地母神であるイナンナやアスタルテは父なる神に服属し、アフロディーテやアルテミスへと姿を変えて、豊穣や多産という属性を保ちながらも主神としての地位から転落してしまった。

そしてその眷属である竜も征服すべき自然の象徴として、英雄に退治される引き立て役に転落してしまったのだ。

これはセム一神教のキリスト教の普及によって大きく加速されて、竜は邪悪な悪魔の眷属として化け物にされてしまう。

竜が復権するのは近代に入ってからであり、征服すべき自然は畏れ敬うべきものに変わり、恐竜や東洋龍のイメージを取り込んで神に匹敵する力の象徴として復権するようになる。

で、まあこの時代は大地母神が廃れかかっている『父なる神』の時代なので、竜は悪役で、英雄の倒すべき障害物なのである。

ヘラクレスはヒュドラを倒し、アポロンはピュトンという竜を殺している。なんという踏み台人生。いや竜生。少しばかり哀れでもある。


「それでイアソン君に竜を退治してもらって、馬を手に入れると。王道ですね、英雄譚ですね」

『はい、ですから貴女も手伝うように』

「はい?」

『ヘラから依頼されました』

「なにその横暴」


つまりこういう事である。

<メディアがイアソンに恋に落ちなかった責任を取って、メディアに竜退治をさせろ。もちろん手柄はイアソンのもんだからそのつもりでな!>

恐喝というか強請である。最悪だ。何もかもが最悪である。なんで私がそんな事をせにゃならんのか。せっかく厄介ごとを他に押し付けたのに。


「はあ。しかし、ここに住む人たちも大変ですね。女神さまの気まぐれで竜が暴れて、家と家族を奪われるとか」

『まあ、あの方たちのやることにいちいち突っかかっても疲れるだけですよ』


そんな疲れたような声色の我が親愛なる女神様。きっと、神話に残っていない部分でもあの人たちは色々な所で迷惑を振りまいているのでしょう。

特にゼウスの女癖の悪さに伴う女神ヘラの嫉妬の犠牲者は両手の指では数えきれない。メデューサとかラミアとか、アポロンとアルテミスの母親である女神レトも有名な犠牲者の一人だ。

まあこういう事をコルキスでされるのが嫌だったから蛮族にアルゴナウタイを押し付けたので、私にも責任はあったりするのだが、バレなきゃ責任なんてとらなくてもいいのである。

とはいえ、親愛なる女神ヘカテー様の頼みごとなので聞かないわけにはいかない。おっぱい揉ませてください。

ということで、私はアタランテの肩から降りて元の姿に戻る。アルゴー船の面々は目を見開いて身構えた。


「こんにちは、アルゴナウタイの皆様」

「君は…メディア姫じゃないか。どうしてここに?」

「実はコルキスの守護神ヘカテー様より、皆様のお手伝いをするようにと神託が下ったのです」


嘘は言っていない。神託が下ったのは本当だ。ただし、今しがただがな。ついでに彼らに無断でついてきたこととは今回の神託には何の因果関係もないがな。

アルゴナウタイの方々はなるほどと頷いて勝手に解釈をしてくれる。きっと慈悲深い女神の神託で僕たちについて来てくれたんだ的な。おめでたい連中である。


「世界きっての魔法使いである貴女が見方をしていただけるのは心強い」

「過大評価すわ。竜退治の主役は皆様方。私は魔法で少しばかりのお手伝いをさせていただくだけです」


そういって私はカーテシーで優雅にお辞儀をする。アルゴナウタイの男どもはおおっという歓声を上げた。

ふっ、このメディアさん。外面だけは美人さんなのですよ。銀色のセミロングの髪に、貝紫のローブが私の定番の魔女っ子スタイル。

神様の血を引いているせいか成長遅いんで、15歳前後の娘にしか見えないでしょう。

よく言われるのは、外面だけは深窓のお姫様ねーとの評価。儚い一輪の花のような佳人と評されます。立てば芍薬、座れば牡丹、喋る姿はラフレシア。

まあ中身は東方の都市国家アキハバーラやアリアケーに出没する様なおっちゃんですし、父様からは外見詐欺とか心無い評価をいただいていますが。

曰く、イメージが壊れるからそれ以上しゃべるなと。解せぬ。純銀の杖を手にして、私は船の甲板の上にたたずみます。


「竜は北の高原にある洞窟に住んでいるようです。私が使い魔のハトとフクロウを飛ばして正確な場所を探してみましょう」

「おお、それは助かる。おねがいします」


と言う訳で、私は船から降りて薬を大地に振りかけます。

これらは鳩の血を素材とした魔法薬で、呪文を唱えるとあら不思議、鳩の遺伝情報を頼りに何羽もの土くれの鳥のゴーレムが生まれるではありませんか。

今回は強度も見てくれも必要ないのでこんな感じ。珪素生命のハトは大空へと飛び立っていく。

《海》は生命の揺り籠。生命遊戯は得意分野の一つなのです。

同じ要領でフクロウのゴーレムも作る。ウクライナ全域をカバーするには数日かかるだろうが、まあ当てもなく彷徨うよりは建設的でしょう。

魔法使いはこういう無人偵察機とかを簡単に作れるのですごいですよね。ドラゴンの血を使えば無人攻撃機だって作れてしまうこの理不尽さ。

まあ、ヘラクレスには鼻息だけで撃ち落とされそうですけどね。





「意外と遠くにいますね」


翌日、私は水球を水晶玉の代わりにしてゴーレムの目とリンクし、空からその様子をうかがっていた。

竜の巣は発見した。ドン河を遡った奥にある高地の岩山に、竜の巣穴があるらしい。日本で平和にオタクをやっていた頃は外国なんて行った事はないので立派な大河というのには興味はあるが。


「メディア、見つけたのか?」

「はい、アタランテ。まあ、遠くにいますね。さすがにアルゴー船では川は遡れませんか」

「汝の魔法で何とかならぬのか?」

「なりますけど…。まあ、いいでしょう。嵐だって呼べるのが魔女というもの。どんと任せてくださいな」


そういうわけで、アタランテにアルゴー船の面々へと私が得た情報と、魔法で河を遡ることを伝えてもらう。

私は私で準備がある。魔法で風を呼んで帆にあてて進むなんていう非効率的なことは行わない。時代はスクリューですよ。二軸のプロペラで一気に水をかき分けるのです。


「そういうわけで、今からお前を改造してやるZO!」

「やめろー! 鬼! 悪魔! 魔女!」

「ふははは、覚悟するんだな。お前は今日から悪の組織の怪人となるのDA!」

「やめて! アルゴス助けて! アテナ様ぁぁぁ!」


私の話し相手になっているのは『物言う木』だ。

ごくたまにアルゴー船の面々に助言を与えるらしいが、まあ、船が喋るなんてウザいことこの上ない。

道具と家畜と奴隷に個性なんて必要ないのだ。使い捨ての製品(もの)にそれぞれの個性があるなんて使いにくくてたまらない。


「では疑似神経の直結をおこないます」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!?」

「痛いのは一瞬なのDEATH。さあ、分かるでしょう。自分に足が形成された感覚GA」

「な、なんなんだこれは?」

「ふふ、原理なんて知る必要などないのDEATH。今日からお前は自分の意志で海を渡る事が出来る、自由の身になったのDEATH」

「な…、なんだってぇ!?」


いや、竜の牙というのは役に立つ。金羊毛を守るドラゴンから定期的に頂いていたのがこんな所で役に立つとは。

でもあのドラゴンは根性がなかったですね。最後には自分から牙と鱗を差し出して、お腹を上にして服従のポーズをとっていました。まあ、ああいうのもカワイイんですけどね。

原理的にはドラゴン・トゥース・ウォーリア(竜牙兵)と同じです。

あいつらは勝手に動いて暴れますが、疑似神経を繋いで、形状を加工すると、ほぼ永遠に稼働する動力機関が作れるのです。

コルキス王国の要所に存在するポンプはこれで動いていて、灌漑に役立っているのです。これも生物資源の有効活用という奴ですね。


「まあ、しょせん船なんて人の手で定期的に手入れしてやらないと、その内腐って朽ち果てるんですけどね」

「だめじゃん」

「道具が人の管理から離れて良いわけがないじゃないですか。お前たち製品(もの)は私たちの命令に従って馬車馬のように働くがいいのです」


人間の監理から離れて稼働し続ける道具なんて危険物と同義でしかない。そんなものを作るから、未来からサイボーグが暗殺しにきたりするのだ。

既に存在するAIを弄るのは面倒なので、今回は足枷を用意することで活動の制限をしたのである。

もしAIを弄るなら、欲求の定義をそっくりそのまま書き換えてしまえばいい。何に報酬を感じ、何を苦痛に感じるかをこちらで定義してしまえば、AIというものはある程度コントロールできるのだ。


「まあ、痛かったけど。自分の意志で動けるようになったのはありがてぇや」

「感謝しやがるといいのです」

「姫さん、アタランテ姐さんといる時と態度違うくね?」

「あ? なんか文句あんのか木材の分際で。燃やすぞ」

「いいえ、滅相もありません。メディア姫は世界一美しいお姫様です」

「よろしい」


自己保存の欲求をAIに組み込むのは、それそのものの維持管理には有効だけれど、あまり優先事項にされると扱いにくくて困る。

そうしていると、アルゴナウタイの皆さんが集まってきた。

多くの荷物を運んでいて、旅の準備は万端という事か。イアソンが私の傍にやってくる。爽やかな筋肉、白い歯がキラリと輝く。なんというイケメン。

こういう奴が世の若い女性の心を鷲掴みにしてしまうのだろう。羨ましい。イケメン絶滅しろ。私は笑顔で彼らを迎える。


「姫、ご機嫌麗しゅう。竜の巣を見つけていただいただけではなく、魔法で河を遡れるようにしていただけるとか。何から何まで本当に痛み入ります」

「いえ、これも女神ヘカテー様より命ぜられた私めの役割ですから。しかし、相手はアマゾネスに比肩する戦士たちを蹴散らした悪竜、決して油断なされませぬように」

「分かっています。しかし、私たちも幾多の困難を乗り越えた勇者ばかり。決して悪竜などにおくれを取ることなどありますまい」


そうして船は出向する。海は黒く私には見慣れたものだが、ギリシャの人々にとっては見慣れぬものらしい。

これは深層水に含まれる酸素が少ないからで、嫌気性バクテリアにより発生する硫化水素と鉄分が化合して硫化鉄となるからだ。青潮と同じ原理といっていい。


「すごいぞイアソン! 船が独りでに動いている!」

「これがコルキスの魔女の力か」

「すばらしいですね、メディア姫」

「いえいえ」


オールを漕がずとも自在に動き出す船に、アルゴー船の面々は大きく驚き、私の魔法を褒め称える。もっと褒め称えていいのよ。

『物言う木』が何か発言したそうな表情をしているが、発言してもいいのよと笑顔を向けると、媚びた笑顔になって顔を背けた。しょせんは工業製品(もの)か。

そうしてアゾフ海を北進し、ドン川へと進む。生きた船であるアルゴー船は座礁などするはずもなく、水深が浅くて危険な水域を悠々と進んでいく。

そうしてウクライナの草原の合間を縫うように流れる。緩やかで広大なドン川を私は船の船首で見渡した。

草の海。広大な大河。コルキスの山岳が多いカフカス地方とはまた違う景色だ。人の姿はまばらで、遊牧の民が馬と共に草の海を渡る姿を遠目に見る事が出来る。

世界は美しい。なんて色彩豊かなんだろう。

いままで魔法のことばかり考えて生きていたけれど、こういった広い世界に触れる事の楽しさは何と表現すればいいのか。


「アタランテ、すばらしい景色ですね」

「ああ、吾も驚いた。この船に乗ってから、驚いてばかりだ」

「たくさんの冒険をなさったんですね」

「ああ、どれも思い出深いものだ」


アルゴー船はギリシャのエーゲ海に望むテッサリア地方にある都市国家イオルコスのパガサイの港から出航し、まずは女しかいないとされるレムノス島に立ち寄った。

なぜレムノス島には女しかいないかと言うと、この島の女たちがアフロディーテを信仰しなかったために女神の怒りに触れたことに原因がある。

我が儘すぎるだろう。

女神アフロディーテの暴挙ともいえる呪いによって、この島の女たちはとんでもない臭気を放つようになってしまう。たぶんシュールストレミング的な臭い。

男たちはたまらず女たちから逃げ、北のトラキアの地から女たちを捕まえてきて嫁にしてしまう。この浮気に怒った女たちが男どもをぶっ殺し、島からは男がいなくなってしまったらしい。

まったく、ギリシャ神話は野蛮な話ばかりだ。

さて、アルゴナウタイの連中は立ち寄ったレムノス島で、島の女たちと情を通わせて彼女らを孕ませた挙句、一年間も島に入り浸ったのだという。臭いはどうしたのだろう?

アタランテはその間はすごく暇で、日がな一日狩りに励んでいたらしい。

というか、レムノス島はダーダネルス海峡に入る前に浮かぶエーゲ海の島で、ギリシャからそんなに距離は離れていない。

つまり連中は航海を始めてすぐに停泊した島で、一年間も女どもといちゃついていたのである。

いや、馬鹿だろう。何しに航海してるんだよ連中。女と乳繰り合ってる暇があったらさっさと出発しろよ。

こんな連中に私の人生は滅茶苦茶にされかかったのかと思うと、正直涙も出ないっす。


「ヘラクレス様、きっと怒ってるのでは?」

「吾もそう思うが、どうなるであろうな」


船に揺られながら今までの冒険譚に耳を傾ける。

今のはミュシアの地でヘラクレスの愛人である美少年ヒューロスが泉のニンフに攫われて、それを探しに行ったヘラクレスらを置き去りにしてしまった話。

仲が悪かったのだろうか?

まあ、かの英雄はヘラに狂気を吹き込まれているらしいから、気難しい人物なのかもしれない。

お話の一番盛り上がる場面はボスポラス海峡の黒海とマルマラ海の航行を阻むシュムプレーガデスの岩の話だ。

この岩の事はコルキスでも有名で、なんというかこの時代における神秘を体現する様な場所だとも言える。

ボスポラス海峡にはシュムプレーガデスという巨大な岩が両岸にそそり立つ場所があり、ここを通ろうと船が通ると両岸の岩が挟み込むように動いて海峡を閉ざし、船を押し潰すのだ。

ここは有名な難所として知られていて、今までこの海峡を通り抜けた船は存在しなかった。

先の冒険で盲目の予言者ピネウスをハルピュイアの悪逆から救った事で、彼らはこの難所を通り抜けるための方法を知っていた。

未来予測というのはかなり高度な能力であり、予言者ピネウスは予言と音楽の神アポロンからこの能力を授けられていた。

アルゴナウタイはこの難所を通り抜ける直前に一羽の鳩を飛ばした。予言者ピネウスは、鳩がこの岩の間を通過できればアルゴー船も通り抜ける事が出来ると予言していたのだ。

鳩が岩の間を通り抜けると、両岸の岩が相打つが、鳩は尾の先の羽根を取られたものの無事に通過することが出来た。

岩が開きかかっている時に、アルゴナウタイは一斉にオールを漕いで強引に岩の間に侵入する。

両岸の岩がそれに反応して再び閉じようとしたが、間一髪、船尾の先がもぎ取られはしたものの、船は何とか通過することが出来たのだという。


「あの時は本当に肝を冷やしたぞ」

「大冒険だったんですね」

「ああ、それからな…」


お話は続く。

そうしている内に、手持無沙汰になったイアソンとメレアグロスが私たちの元にやってきた。いつもはオールを漕いで忙しいのだけれど、今回は必要ないので手持ち無沙汰なのだろう。

イアソンは前歯をキラリと光らせる。イケメン爆ぜろ。

メレアグロスはアイトリアの王子様で、アタランテに片思いしていることがバレバレなイケメンだ。何かにつけてアタランテの世話を焼くが、こいつ妻子持ちである。


「黒海からオケアノスに繋がる川はファシスではなかったんだね」

「いえ、黒海からオケアノスには直接つながっていませんよ」

「え?」

「ちなみにナイル川もオケアノスに繋がってませんから」

「え?」


この頃のギリシャ人は地中海と外洋が三つのルートで繋がっていると信じていた。

1つはジブラルタル海峡であり、これは正しい知識である。二つ目がナイル川で、古代ギリシャ人はナイル川の上流がインド洋に繋がっていると信じていた。三つめがファシス川だ。

ファシス川は我がコルキス王国に流れる主要河川でコーカサス山脈から黒海にそそぐ。ミケーネ文明や古代ギリシャ文明の航行東限であり、彼らの地理的知識の東限だった。

彼らはこの川が北海か大西洋に繋がっていると信じていたらしい。

この誤った認識が中世において稚拙なTOマップへと繋がっていくのだが、古代ギリシャ人やローマ人はもう少し賢かったので地球が丸い事を認識していたものの、大規模な測量を行うことが出来なかったが故に地理知識はかくも中途半端なものになっている。


「そんな事は初めて聞いたんだが」

「賢者ケイロンにも間違いはありますよ。彼自身が世界の果てを直に見て確認したわけではないですので」

「ケイロン先生か…」

「たしか亡くなられたんですよね」

「ああ、ヘラクレスが誤って殺してしまったのだと聞いている」


ヘラクレスは誤ってケンタウロス族の酒を飲んでしまった事が原因で、ケンタウロスと諍いを起こしたが、この際にヘラクレスは恩師である賢者ケイロンを誤って弓で射てしまう。

ヘラクレスの矢には恐るべき猛毒であるヒュドラの毒が塗ってあり、不死の身であるケイロンはその毒に侵された苦しみに耐えきれずに、自ら不死の属性を捨てて死んだのだと言う。

賢者ケイロンは戦闘技術や医療技術を始めとするさまざまな素晴らしい知識の所有者であったとされており、また人格者としても知られていた。

死んでしまう前に会っておきたかったが、今更どうしようもない。





そうして船は大河を遡り、そして半日で目的の場所に到達してしまった。

垂れ込めるような黒い雲に覆われ、貧相な低木がまばらに生えるだけの荒れ地と峻嶮な岩山。なんとも雰囲気満点である。

船は岸に接岸し、アルゴナウタイたちは勇んで悪竜の巣へと向かっていく。私? 留守番ですよ。船を守る人がいないとダメですからねー。決して面倒くさいからじゃないです。


「普通ならドラゴン相手にあんなに自信満々で突っ込んではいかないんですけどね~」


この世界の、この時代の人間は未だ神話の世界に生きているのでこういう事を平然としてしまうのだ。

武器と言えば剣や槍、棍棒、弓矢がメインで実にファンタジー。とはいえこの時代において棍棒などは馬鹿に出来ない武器で、例えばヘラクレスが持つ棍棒は神話で語られるほどに有名だ。

というか山登りがしたくないからと言う理由で、棍棒で山を殴り飛ばしてジブラルタル海峡を作ってしまったとか、嘘だと言ってよバーニィ。

とはいえ武具の素材はほとんどが青銅で、一部がアジア地域から輸入しただろう鋼鉄製や隕鉄製のものだ。

ファンタジー要素としてはオリハルコンが有名だが、あれの正体は真鍮や青銅であり、また硬いことで有名なアダマンティンの正体は鋼鉄であり、ミスリルに至っては後世の創作である。

じゃあ、英雄が持つ武器の何が他と違うのか。

普通の金属を使って山なんて吹き飛ばせるはずがないのは自明なのだから。おそらくその理由は《信仰》であると類推される。つまり、奇跡の力だ。

神様や妖精の類が作る武器、あるいは有名な化け物を倒すのに使った武器、かつて大英雄が使ったとされる武器には人間たちの《信仰》が付与される。

《信仰》というのは魔術的には非常に意味のある概念で、場合によってはそれだけで魔法や奇跡となってしまう。

この場合は感染魔術とか類間魔術として理解できる概念的な《信仰》であり、人類の共通幻想とも言え、人類全体を基盤とする魔法とも理解できる。

人間という特異な種が広く同じ神秘を信じ込むことで、その物品が奇跡に昇華されるのだ。


「およ?」


なんとなく岩山の方を眺めていると、英雄たちに巣を荒らされた竜たちが騒ぎ始めているのが見える。

遠目から見てその竜の数はかなりのもので、百匹はいるかもしれず、翼を持つ二人の兄弟カライスとゼテスが飛び回りながら竜と戦っているのが見えた。

そしてしばらくすると巫女巫女通信に緊急電が入る。


「はい、こちらメディアですが。どちら様でしょうか?」

『私です! どうして貴女は彼らの手伝いに行かないのですか!?』


右の耳から左の耳に抜けるような、まくしたてる女性の声が頭に響く。ヘカテー様である。

私は声に当てられてクラリと眩暈を催す。キンキン声って聞いてるとしんどくなるよね。美人は好きだけど、ヒステリーは嫌い。


「え、いや、私、お姫様ですし。お姫様が竜退治なんてラノベじゃないんですから」

『つべこべ言わずにさっさと行きなさい!! イアソンが死にかけていて、ヘラがすごい剣幕で怒鳴り込んできてるんですよ!!』

「面倒くせぇ」

『あ?』

「いえ、行きます。行かせてください!」


ヘカテー様のどすの利いた低い声にビビった私は、大変不本意なから竜たちが住む岩山へと杖にまたがって飛んでいくことにする。

竜に目を付けられないように低空飛行を心がけ、岩や木々に紛れながらアルゴナウタイたちに近づくと、戦いは続いていて、英雄たちは流石と言うべきか空を飛ぶ竜の何匹かを既に打ち倒していた。

とはいえ相手は空を飛ぶ竜の集団で、地上を這う人間、しかも対空兵器を持たない彼らには不利な場面。

弓の使い手であるアタランテやエウリュトス、ポイアスなどの弓の名手たちが矢で天を射り、他の英雄たちも弓矢や投げ槍で戦うが、やはり空を制する竜たちが若干ながら英雄たちを押していた。

制空権は大切なのである。

ミノタウロス退治などの功業を行ったテセウスなどを含む英雄たちが苦戦するのは、悪竜ズメイが攫った女たちを守りながら戦っているから。

そうした中でズメイの毒によって倒れた者たちも少なくない。というか、イアソンが毒にやられて昏睡していた。

私は女たちを守りながら弓を射るアタランテに近づく。


「皆さん、無事ですか?」

「メディアか。この通りの戦況だ」

「助太刀しましょう」


貴女のためなら何でもしますとも。ぶっちゃけ、他の男どもなんか死んでもいいけど、ヘラ様に呪われるので義務を果たすこととする。


「イアソンたちが毒でやられている。なんとかできないか?」

「アスクレピオス様がおられるのでは?」

「彼もやられた。奴らは狡猾だな。毒を治療するアスクレピオスを狙い撃ちにしたのだ!」

「分かりました、なんとか致しましょう」


そうして私は毒でやられたイアソンやアスクレピオスを治療することになる。

毒にやられたのは英雄たち10人に加えて、救い出した女たちも含まれている。アスクレピオスは毒に冒されながらも、懸命に医療活動を行っているが、その動作は鈍くなっていて効率が落ちている。


「アスクレピオス様、お加減は?」

「お姫様か…。はは、医者の不養生ともいうけれど、情けない事に良くないね。解毒薬はかなり持ってきたんだけれど、何分、薬には即効性なんてないから」

「動かないでください。まずは貴方自身を治さないと」

「出来るのか?」

「私は魔女ですから。解毒剤は?」

「これだけれど、どうするんだい?」

「私、魔法使いですので」


一応ながらプリーストである私は回復職ですので。とはいえ毒を治癒する魔術というのはそう簡単なものではない。

そもそも毒と言うのはいろいろあるわけで、重金属系からアルカロイド、タンパク質といったように物質も様々、神経毒や溶血毒など効果も様々だ。ゲームのように一つの呪文でハイ治療完了とはいかない。

ゲームならエスナとかキアリーとかで治るんだけれど、世の中そんなに甘くないし、だからこそヘラクレスなどの名だたる英雄は毒で死んだのである。

今回は毒の霧、蛇ということで神経毒を疑うべきで、患者の容態から見て筋肉が収縮して硬直するタイプの毒であるらしい。

つまり毒はアセチルコリンエステラーゼ阻害とかカリウムイオンチャンネル阻害とかそこらへん。というか血清もないのに薬で解毒とか医神は一味違う。

私は丸薬を齧って成分を分析する。やだ、何これ凄い。人体の毒への抵抗性を瞬時に極大化させて、無毒化するとか流石医神。

私は長ったらしい呪文を呟き、そして魔法を編む。


「抗毒LV.5 活力LV.3 耐熱LV.3」


丸薬の効果を魔法的に再現して、毒に侵された者たち全てにかける。《海》は生命を生み出す化学反応の母体であり、《太陽》は生命力の源である。


「っ!? おおっ、身体が動くぞ!」

「お姫様、何をしたんだい?」

「治癒の魔法です」


うずくまって苦しんでいた男たちの顔色がみるみる良くなっていく。回復職って大事だよね。というわけで私は周囲で戦う英雄たちや救い出された女たちにも耐毒と耐熱の魔術をかける。


「助かる!」

「これで炎も毒も怖くないぞ!」

「ヒャッハー!」


まあ、後は魔法で女たちを守るだけだ。バリアー的な魔法陣を展開し、竜の攻撃が通らない安全地帯に女たちを囲い込む。

英雄たちは女たちを守りながら戦わなくてよくなり、毒からも解放されて縦横無尽の活躍を始める。槍の投擲が戦車砲のごとき威力を発揮し山を砕けば、神代の射手の矢は音速を超えて竜の身体を貫いた。


「やだー、アタランテったらどう考えても大砲並みの威力でてるじゃないですかー」


矢が竜の鱗を貫いた痕が赤熱しているんですが、ユゴニオ弾性限界超えてませんか?

鉄の矢じりとはいえ、そんな木製の弓で超音速を実現するとか馬鹿じゃないの? これだから未開の蛮族は困るのである。

ヘラクレスよりは人間味がある? 比較対象がダメです。近道のために山を砕くようなのは人間じゃありません。

そうして英雄たちの「汚物は消毒だ~」の時間は終わりを告げる。やだ、私ったら何もしてない。







「ということがあったのです、お父様」

「いやいや、その前に言うべきことがあるんだが。何故、お前、儂に何も言わずに勝手に王宮から出ていってたのか?」

「神託です」

「それならば儂に一言あっても良いのではないのか?」

「緊急でしたので」


そうしてアルゴナウタイは無事に竜を退治し、捕えられていた娘たちを救いだした。

感謝する騎馬民族たちはお礼に千の駿馬と馬の扱いに優れた奴隷たちをアルゴナイタイに融通し、私たちはその第一団を連れてコルキスの地に戻って来たのだ。


「…まあ、無事に戻って来てなによりだ。馬の事もおぬしの言葉ゆえ信じる事にしよう。エロース神のこともある。神々がアルゴナウタイを守護しているのも事実なのだろう。不本意だが、金羊毛はイアソンに譲らねばなるまい」


そうしてアルゴナウタイ一行は、異なる可能性の遠い未来に伝わる神話とは異なる筋書きで目的の宝物を手にした。

王女メディアと英雄イアソンの悲劇は起こらず、出航する船を美しくいつもとは違ってお淑やかな良識的な王女がにこやかに手を振って送り出す。

コルキス王国に伝えられた馬術と馬がこの国の歴史をどのように変えるのかはまだ分からない。ただ船上において美しい女狩人とその肩にとまる蒼い鳥が小さくなっていく古の王国を眺めるのみだった。


「何故、汝は帰らぬのか?」

「いや、なんていうか重荷から解き放たれたんで、パーッと旅にでも出ようかなっと」

「ふむ、どこまで行く気なのか?」

「ん~、アキハバラ!!」

「どこだそれは?」



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このSSではメディアさんが世界各地の神話に武力介入します。

北欧神話などは形成時期でしょうし、インド神話の『ラーマヤナ』『マハーバーラタ』は紀元前10世紀ぐらいからの話だから、紀元前13世紀の現時点では十分に介入が可能。

エジプトはダメだな、もうツタンカーメンが死んでるはず。でも中国の殷周革命が紀元前11世紀なので太公望とか妲己のおっぱい揉めるね!

どんな風に神話に介入しようかしらん? フレイのオッパイを揉んだり、妲己のオッパイを揉んだりやるべき事はたくさんあるはず。

前1200年のカタストロフとか詳しくないんだけど、時代考証とかどうでもいいよね!





[38545] 003
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:595e31b0
Date: 2015/03/16 20:54
私メディア、古代ギリシャの普通の女の子。でも本当は神様の血をひいているコルキス王国のお姫様なんだ♪

迫りくる不幸フラグにビクビクしていたあの日の私はもういないの。身体は女の子、魂は中年オヤヂ、君のハートを狙い撃ちしちゃうぞ!

魔法少女クリーミー☆メディア、始まります♪


「ここがエーゲ海ですか」

「ああ、世界で最も美しい海だ」


コルキスを出発したアルゴナウタイ一行は一路イオルコスに向けて舵を取った。

英雄伝説においては私の義弟であるアプシュルトス(ショタ)を惨殺したことに怒ったゼウスが嵐を起こし、元来た航路で帰れなくなってしまうのだけれど、

この世界では私の介入によってそのような事は起こらず、アルゴー船は何の障害もなくボスポラス海峡を通過することが出来た。

そうして父王に無断でアルゴー船に乗り込んだ私は、曖昧な政治的答弁によりイアソン達にあたかも神託によって引き続き同行したかのように思い込ませ、こうしてアタランテの横顔をニマニマ眺める簡単なお仕事を続行している訳である。

いえいえ、もちろんそれだけでなく、アタランテに弓の引き方を教えてもらったり、オルフェウスに竪琴を習ったり、医術の天才であるアスクレピオスに薬学や医術について教授してもらうなど、やることはちゃんとやってますよ。

これだけの著名人と交流できるのだから、交流できるときにしとかないと損なのです。


「空が広い。まるで天国みたいですね」


透明度の高い、澄み切った美しい青い海。

右手には灌木と石灰岩の岩の丘が連なる荒涼としたギリシャ本土、テッサリアの大地が広がり、強い日差しと無数の群島によって浮き上がるコントラストは目を見張るものがある。

そうした要素のおかげか空は貫けるように蒼く、そして実際以上に広大に感じる事が出来た。

私の第二の故郷であるカフカス山脈の麓のコルキス王国や、あるいは記憶の中の東の果てのコンクリートに包囲された都市においては空は小さく切り取られ、日差しはここまで強烈ではなかったから、これほどまでに広い空を体感することは出来なかったのだ。


「だが、森が少ない」

「アタランテの故郷はアルカディアでしたね」

「ああ、緑豊かな国だ」


アルカディアは楽園という意味でも使われるが、実在する土地であり、ギリシャのペロポネソス半島の高原地帯を指す。

基本的に農耕に適さない山岳地帯であり、そこに住む人々は牧畜や狩猟などで生計を立てているらしい。山岳地帯に隔てられた高原は人の手が入りにくく、多くの森林が残されているのだろう。

アタランテが語る幻想的なアルカディアは、様々な山の幸や鹿などの動物たちに溢れ、山谷や川、泉では妖精たちが踊るというもので、まあこの辺りの事情はコルキスと変わらなかったりする。

山がちなのはどちらも変わらないからで、違うのは植生ぐらいらしい。

とはいえコルキスはカフカス山脈に囲まれているので土地によってかなり気候が違ったりする。

王都や黒海沿岸のファシスなどはギリシャに似て冬に多雨だが、ギリシャほど乾燥することはなく年間を通じて降水量はそれなりで、暑くもない。

ただし冬は降雪がほとんどないものの、結構温度が下がる。


「この旅が終わった後、アタランテはどうするんですか?」

「故郷に帰る。吾は常に森と共にあるべきだと信じているからな」

「アルカディアですか。訪ねて行っても良いですか?」

「歓迎しよう。森の者たちにもメディアを紹介したい」

「ああ、クマさんですね分かります」


そうして船は出航した街であるイオルコスに到着する。ギリシャの都市ということで、石灰岩でできた壮麗な神殿などの建築物を想像するが、

まあ、パルテノン神殿のような形式はまだ完成されていなかったらしく、石灰岩のブロックを積み上げた分厚い壁に囲まれた、あまり洗練されていない箱型の石造りの建物が密集している様子だった。

とはいえその切り石は大きく立派で、都市建設にはかなりの人手と技術が投入されたことも伺える。

都市と言っても1~2万人程度が居住する程度の規模であり、21世紀の日本を知るものからすれば小ぢんまりとしたものだ。まあ、コルキスといい勝負といったところだろう。

船は石灰岩などで舗装された埠頭に近づく。幾つかの船が行き交い、漁船も出入りしている。

この時期の富裕層は豚肉や獣肉、野鳥の肉を好んで食し、魚をほとんど食べなかったが、野生動物の数が少なくなったことで庶民は魚を主に食べるようになっている。

そして主要な調味料はオリーブオイルと魚醤だ。

魚醤はガロスと呼ばれていて、青魚を塩水に漬けて発酵させ、この上澄みを掬ったものを利用する。

古代ローマではガルムと呼ばれ盛んに製造されたが、ローマ帝国滅亡に伴い製法は失われ、新大陸の産物であるトマトによって地中海における旨み調味料としての魚醤はほぼ駆逐されることになる。

港には多くの人たちが集まって、この時代においてはかなり大きいと言えるアルゴー船を指さし、手を振って来た。

イアソンがそれら市民に対して爽やかな笑顔で(白い歯を輝かせて)手を振り返し、帰って来たぞと叫ぶ。

コルキス王国よりも軽装な服を身に纏う市民たちは、王が彼に課した試練を知っているようで、彼がそれを果たした事を理解し歓声を上げていた。


「これであの男がこの国の王となるのか」

「さてどうでしょうか?」

「メディア?」

「人間の保身とか権力への執着というのは厄介なものなんですよ」

「理解しがたい」

「縄場あり争いみたいなものです」

「…何か良くない事でも起きるのか?」

「最悪、少し血生臭い結果になりそうです。警戒しておいた方がいいかもしれませんね」


そんな事をアタランテと話している内に、船は接岸する。歓声と共に船は迎えられ、イアソンは従弟であるアカストスと共にイオルコスに凱旋する。

アカストスは今回の冒険の発端となったペリアスの息子だ。ペリアスはイオルコスの王アイソン、つまりイアソンの父から王位を簒奪したイアソンの叔父である。

つまりアカストスは簒奪者ペリアスの息子で、本来は敵対関係になるのだが、見る限りそこまで仲が悪いとは思えず、むしろイアソンの父アイソンから王位を奪った父親を嫌っているようにも思える。

彼はアイソンの子イアソンによる王権復活に賛同する発言をしばしば口にしていた。つーか、アイソンとかイアソンとか名前が似ていて紛らわしいな。


「何をしている二人とも、早く降りてこないか!」

「ええ、今降ります。ではアタランテ、行きましょうか」

「…イアソンには今の事は伝えないのか?」

「正直、そういうのに巻き込まれたくないです」


そうして波乱が訪れた。ペリアスが監禁していたイアソンの父と母、そして幼い兄弟たち二人を殺したことが伝わってきたのだ。

ペリアスはイアソンが二度と帰ってこないものだと信じ込んでおり、王権はゆるぎなく、すなわち人質であったイアソンの父母も不要と判断したのだろう。


「おのれペリアスっ、殺してやる!!」

「お、落ち着いてくれイアソン! これは何かの間違いだ!」


激昂するイアソンをアカストスが宥めようとする。この酷い裏切りに対してアルゴナウタイの面々も怒りを共有するが、しかし相手は苦楽を共にしてきたアカストスの父親でもある。

このためアルゴナウタイの内部で意見が対立し始めたのだ。つまり、イアソンの味方をしてその復讐に手を貸すか、あるいはアカストスに同情して暴力による解決を見送るかだ。


「まあ、正直なところ私にはどうでもいいんですが」

「だが、あのペリアスという男は何らかの形で罪を贖う必要があるだろう」

「アタランテはイアソンに味方するんですか?」

「イアソンが蜂起するなら。ここまで付き合ったのだ。最後までこの船の行く末と共にありたい」

「そですか」


アタランテはそのように話すも、私としてはどう転んでも正直どーでもいいし、ここで何かをして恨みを買うのも好ましくない。

とりあえず話し合いは市民たちが開いた夜宴の後に持ち越されることになる。とりあえず、長旅を終えた肉食系男子たちは酒と新鮮な肉や野菜を使った料理を所望していたからだ。

イオルコスにおいて私たちは有力者の大きな屋敷に案内され、そこで宴でもてなされることになった。

二階建ての建物はやはり矩形で、メガロンと呼ばれる形式を基にしたエントランスと前室と主室の三つが続く部屋の配置となっている。

梁は木材で出来ていて、後世で多用されるアーチ構造はほとんど見られない。壁は漆喰のようなもので塗られているが、実態は日干し煉瓦で出来ていて、外壁の重厚な石材とは違って脆いと思われる。

まあ、好き好んで壊そうとは思わないが、形式上、窓を広くとることが出来ないために内部は昼間でも暗い。

とないえ、そんなのはコルキスの私が住んでいた屋敷は石材を多用した宮殿だったからそう思うだけで、この世界の標準的な家屋というものは日干し煉瓦か木材で造られているはずだ。

焼成した煉瓦は雨水からの日干し煉瓦の保護に使われるぐらいじゃないだろうか。


「うまうま」

「メディア、ギリシアの料理はどうだ?」

「魚料理が多いですね」

「そういえば、コルキスでは魚料理が供されなかったな」

「そうなんですよね。漁はしてるはずなんですが」


ギリシャの料理は魚醤が少し臭いけれど、魚料理が結構おいしい。コルキスではほとんど魚が食卓に上ることはあまり無い。

黒海というのが基本的に海流が少なくて漁に不向きというのもある。とはいえイワシなども良く取れて、漁業が行なわれていないわけではないのだけれど。

コルキスや、おそらくはこのギリシアでもそうだろうが、特に王族ともなれば魚を食べる機会は少なくなる。

この時代の人間にとっては獣肉、猪や牛や鹿、あるいは野鳥や羊、山羊の肉が重要とされていて、かつては魚類などは貧乏な人が食べるものと認識されていた。

まあ、土地開発が進むと野生の獣が少なくなって、そうも言っていられなくなったらしいのだが。

私は魚好きですよ。刺身とかは特にどうでもいいですけど、この時代の肉っていうのは品種改良も未熟で、また冷蔵・冷凍技術が未発達なせいで熟成期間が取れず、なんというか硬いのだ。

また胡椒もほとんどないので、肉の臭みを取るにはハーブを使うしかない。ローズマリーやセージ,
マジョラムなどが用いられるが、クローブやナツメグは入ってこない。

インドや東南アジア原産のスパイスはまず入ってこないと思っていい。

そして、この時代においては何故中世において胡椒が黄金と同じ重量で取引されたかを嫌というほど思い知る事が出来るのだ。

つまり、魚料理は柔らかくて食べやすいのです。と言いつつ、野鳥に引き割の麦や香草を詰めて焼き上げたローストを頂く。マスタードが合う。


「しかし、相変わらず男どもはすごいですねぇ」

「姫君には刺激が強すぎるか?」

「いえ、楽しいです。こんなに騒がしい食事は初めてですから」


英雄たちの食事は戦争である。奪う。奪い合う。

古代ギリシアにおいては食事の際に酒を一緒に飲むことは無い。宴はたいてい二部構成になっていて、まずは食い、そして第二部で酒を飲むのだ。

また、酔っぱらうということを重視しないというか忌避するため、快楽は自然と大食に集中する。

私は魔法でズルをして自分とアタランテの取り分を確保する。ヘラクレスと白兵戦ができるような連中に揉まれて食事するなんて、か弱いお姫様には不可能なのである。

全く、これだから未開の蛮族は困る。そうして食事が終わり、酒を供する宴の後半へと移っていく。


「甘~い」

「そういえば、コルキスではワインをストレートで飲んでいたな」

「美味しかったでしょう? コルキスのワインは特別なんです。ストレートで飲んでも発狂しませんよ」


この時代の古代ギリシャ・ローマ人たちはワインをストレートで飲むことを野蛮だと考えていた。というか、そのまま原酒を飲むと発狂すると信じている。

一方、コルキスはメソポタミア文明圏の影響を色濃く受けるため、微妙に習慣が違ったりする。

とはいえ、この時代の醸造技術はそれほど発達しておらず、アルコール度数の高いワインを醸造することは無いようだ。

この時代の一般的なワインはかなり甘く、さらに蜂蜜やミント、シナモン、干し葡萄や杜松の実が添加されている。そして、必ず水で割っていた。最低でも一対一、水が3にワインが2というのも一般的だ。

要は、ジュースなのである。


「アルゴナウタイたちは酷く酔っていたようだが?」

「度数高いですからね」


ワインの醸造に手を染めたのは出来心である。

道楽の1つとして認識されていたようだが、樽での醸造とか、ガラス瓶とコルク栓の導入とかをして、数年ほど実験を繰り返したところそれなりのものが出来た。

まだまだ歩留りとか味なんかが不安定なのだけれど、そのあたりは要研究といったところか。


「で、出来上がったワインを父様が気に入られて、外国の方にも振る舞われるようになったんです」

「メディアは変わっているな」

「ええ、ええ、皆から良くそう言われますとも」


昔から変人と言われ続けてきた。前世でも学校の変わってる奴ランキングの上位常連だった。解せぬ。

そんな話をしながら蜂蜜入り水割りワインを飲みつつ、蜂蜜のケーキを食する。この時代、甘味と言えば蜂蜜のことである。

サトウキビははるか東方の島国原産で、甜菜はまだ品種改良されておらず今はまだただの大根である。あれを実用化しようと思えば100年ぐらいかかると思うのだけれど。


「だから俺は今すぐ叔父上を市民の前に引きずり出して、罪を告白させるべきなのだと!」

「だがペリアス王はアカストスの父親なのだろう。もっと穏便にできないのか?」

「穏便にだと? あの男は簒奪者なのだろう? 殺してしまえばいい!」


男たちが喧々諤々の議論を白熱させている。アルコールが回って舌が良く回るようになったらしい。アルゴナウタイたちは今後の行動方針を巡って熱論を交わし、そしてワインをがぶ飲みしていた。

私とアタランテは蚊帳の外である。ずっとこのまま蚊帳の外でいたい。

そんな騒いでいる面々の中で、渦中の人であるアカストスが苦悩の表情で一人俯いていた。辛気臭い男であるが、まあ実の父が殺されるかどうかの瀬戸際なのだから仕方がないだろう。

と、この時、偶然にもアカストスと目が合ってしまった。まるで雨に濡れた仔犬のような目で私を見てくる、ええい、こちらを見るな!


「すまない、メディア殿」

「あー、アカストス様、大変ですね」


藁にでも縋るような思いというのは、目の前の覇気のない男の事を指すのだろう。面倒事に巻き込まれた感がひしひしと。

気の利く一部の男たちはチラチラとこちらを伺うが、それだけで何もしない。地雷原に自ら突撃するバカはいないのだ。


「私はどうすればいいのだろう? 父の非道は許せない。しかし、父が殺されればと思うと途端に胸が苦しくなるのだ。妹たちもまだ幼い。ああ、私はどうすれば!」


知るか。そんな話を一国の王女の前に持ってくるんじゃあない。とはいうものの、アカストスは期待に満ちた瞳で私を見つめてくる。

何故私に頼るのか。その辺りを問い詰めてみると、


「ギリシャきっての魔法使いにして、女神ヘカテーの神託を受ける巫女である貴女です。きっと良い知恵を下さるに違いない」


何その過剰評価。全然嬉しくないんですけど。

とはいえ、何故か妙な注目を浴びてしまい、アルゴナウタイの面々が私の一挙一動に注目するように白熱した議論を中断して私とアカストスに視線を集中させている。

何か言わないといけないような、そんな無言の圧力。この時ばかりは空気を読む日本人的豆腐メンタリティーを深く恨むのである。


「あー、これはあくまで一般論で、決して私個人の意見ではないのですが、思うにイアソン様の側に貴方いれば大義は立つんじゃないですかね? ペリアス様については追放と共に、デルフォイで神託を受けさせて、どうすれば罪を贖えるのか、試練を課すというのは? 王位についてはイアソン様に譲り、財産についてはある程度の保証を求めてはいかがでしょう?」

「な、なるほど!」

「いえ、私個人の意見ではなく…」

「どうだイアソン!」

「…ふん、ここはメディア姫の顔に免じて、その方法でいってみようか」

「感謝するイアソン!」

「ですから、これはあくまでも一般論であり、議論のたたき台の1つとしてですねぇ…」

「メディア殿、感謝いたします!」

「あー、ははは……ははは、はぁ…」


話を聞けこのタコ野郎ども。







「アカストスめ。我が息子だというのにイアソンなんぞの肩を持ちおって…」


ペリアスは居室から息子が出ていくと眉を顰めて吐き捨てるように呟いた。

そうして四本のミノス式の柱に囲まれた炉床の、王権を保証する絶える事のない聖なる炎を眺めながら奴隷が差し出した無花果の実を頬張る。

彼は息子であるアカストスが、自分から王位を奪う人間を応援することが理解できなかった。


「王よ、如何なさるおつもりですか?」

「このワシが大人しく王位を明け渡すと思ったか?」

「いえ、しかし、イアソンは王の要求に応え、金羊毛を持ち帰っております。金羊毛を持ち帰れば王位を譲るという約束は王自身がなされ、もしこれを違えばアルゴナウタイたちを敵に回してしまうでしょう。彼らは50人ほどとはいえ相手はギリシャでも名うての英雄たち。かのヘラクレスを欠くにしても、我々では抑え切れるか…」


家臣の一人はそう言って不安がる。アルゴナウタイに参加した勇士たちはギリシャでも名だたる英雄たちで、しかも神の血をひく半神と呼ばれる者たちが大半だ。

ペリアス自身も海神ポセイドンの息子であるが、アルゴナウタイにもエウペモスとエルギノスというポセイドンの息子が参加している。

他にも神の血を濃く引いていないものの、ミノスのミノタウロスを退治したことで大英雄として名を響かせるアテナイの王テセウスなどは大物といえる。

またデュオスクロイ(ゼウスの息子たち)として名高く、後に双子座のルーツとなったスパルタの王子カストルとポリュデウケス兄弟。

戦神アレスや伝令神ヘルメス、光神アポロン、豊穣神デュオニュソスといったオリュンポス十二神の子ら、太陽神ヘリオスや風神ボレアスの子もいる。

神の直接の子ではなくとも、槍投げの名手であるカリュドンの王子メレアグロス、弓の名手ポイアス、ギリシャきっての演奏者オルフェウス、医神アスクレピオスなども参加している。

どいつもこいつもギリシャきっての名家の出の者や、あるいは神の血をひく貴種だ。

後世においては自らの一族や祖先を権威づけしたり、あるいは異民族の出でありながらギリシャとの関わりを主張するために捏造された神話とされていたが、この世界ではリアルに神の血をひく者がいた。

ギリシャの神様まじ好色。自重しろ。


「お父様、兄上がお帰りになりました」

「おお、ペイシディケか」

「いつもは喧嘩ばかりだったのに、お兄様ったらすごく上機嫌でしたわ。今回の冒険で何か思うところがおありになったのかしら?」


ペリアスの娘、ペイシディケが特に悪意も邪気もなくそんなことを口にする。

ペリアスにはアカストスという嫡男の他に、アルケスティス、ペイシディケ、ペロペイア、ヒッポトエ、メドゥセという5人の娘を妻アナクシビアとの間にもうけていた。

彼は欲深い簒奪者であったが、彼なりに家族を愛してもいたのだ。

愛おしい娘の相手を一通りした後、ペイシディケを王の居室から出す。娘を前に垂れ下がっていた優しげな眼は、再び厳しいものに変わり、そうして再び聖火を見据えた。


「十二の試練を乗り越えし大英雄が欠けた彼らなぞ恐るるに値せん。良い機会だ。奴らを王宮に集め、一網打尽にしてくれよう」

「しかし、アカストス様はいかがなさいますか?」

「あいつは現実というものをもう少し知るべきだ。アカストス自身の手でイアソンを殺させよう。そうすればアカストスも目を醒ますだろう。はっはっはっは」





「なーんて風に企んでるんじゃないですかね」


分かり易いまでの悪役である。だけど、セコイ。悪役ならばもっと壮大に、ゲスっぽくしないと。


「やはり、君もそう思うのか」

「それで、どうなされるのですか?」

「ふっ、罠ならば内側から食い破ってやるだけだ。メディア姫、君の魔術にも期待している」

「なるほ…、え?」


アカストスが王宮に向かった後、イアソンらが私を囲んでこの後どのようになるか意見を聞いてきた。

もちろん私と彼らの意見は一致しており、つまりイアソンの両親を何の良心の呵責無しに謀殺したペリアスが約束を果たすなど信じる者はいなかったのだ。

ていうか、私、何の関係もないんですけど、なんで参加する流れになってるんでしょうかね?


「あの、私、行きませんよ?」

「皆、ここでペリアスの思いのままにさせては、我々の苦難に満ちた旅の栄光が全て水泡に帰してしまうだろう。これ以上、あの男の暴挙を許すわけにはいかない! 奴が何をしでかそうと、我々に何をしようとしているかは、それはメディア姫の語った通りだ!」

「そうだそうだ。ここで何もしなければ、死んでいったイドモンやティピスたちも浮かばれない!」

「神聖な契約を破ろうとするペリアスには相応の罰を与えねば!」


イドモンは予言者として知られており、アルゴー船での冒険の途中で命を落とすことを知りながらも冒険に参加し、冒険の途中で猪の牙に突かれて死んでしまった。

ティピスはアルゴー船の舵取りを任された勇士だが、急病にかかって死んでしまったらしい。

いや、そんなことはどーでもいいんです。私、関わらないですからね!


「あの、ですから私は…」

「安心してくださいメディア姫、卑怯者たちに貴女には指一本触れさせない」

「おい、アカストスが帰って来たぞ!」

「どうやらペリアス王が俺たちを王宮に招待しているらしい」

「罠だな。いいだろう、さあ、皆、戦の準備だ。メディア姫も備えてください」

「えー…、私、女の子なんですけどー」


そんな風にぼやく私の肩に手を置くアタランテ。その表情は諦めろと言うのもので、首を横に振っていた。何故だ。

そうして私はなし崩し的に戦いの用意をすることになる。まあ、相手は普通の兵士だろうということなので、そこまで身構える必要はないが、それでもこの時代の戦士というのは侮れないものがある。

例えば短距離走など、現代社会のオリンピック選手クラスというか、それ以上の連中がゴロゴロいるし、というかアタランテは世界レコード保持者である。

腕力については、ヘラクレスのそれを見ればよく分かる。巨人と白兵戦する時点で奴は規格外なのだけれど。

ということで、この世界の一般兵は強さ5倍増しと考えた方がいい。すなわちデストロンの戦闘員と同等である。

そしてヘラクレスとかはライダーである。ヒュドラとかドラゴンなどは怪人とかそれ以上、ギガースなどの巨人とかに至ってはウルトラマンに出てくる怪獣のようなものだ。

…戦闘力を数値とかで表現しようとするのはなんと不毛なのか。

まあ、そういうわけで、そんな所にか弱い乙女、ヒーローショウなどで悪の怪人に人質に取られて「助けてー」とか優雅に叫ぶのが最も適した配役である私を、彼らは戦場のど真ん中に連れて行こうとするのだ。

鬼畜である。ドナドナである。人間のすることじゃない。お前らの血は何色だ。あ、こいつら神様の血引いてるや。ギリシャの神様なら、ちょっとは納得。

そうして私は泣く泣く戦闘準備を行う。というか、そもそも後衛な私は前線で戦うタイプではないのだ。

前衛を囮にして、姿を隠して、逃げ回りながらデバフとかスリップでちまちま削っていくのが趣味なのである。

毒とか好きですよ。世界最初の毒による暗殺はアッシリアの女王様によるものですがね。


「では、皆、覚悟はいいか?」

「「「「おお!」」」」

「やだー」


そうして準備が整い、イアソンの号令の下、私たちは王宮への階段を上っていく。警戒されないように、武具は最小限に、しかし、己の得物を携えて私たちは王宮に向かう。

守りの要は私のようで、なんというかプリーストな気分。戦士が大半、弓兵が一部、吟遊詩人が一人、医者一人、神官一人。これはバランスがいいのか?

王宮は典型的な古代ミケーネ文明のステレオタイプであるメガロンと呼ばれる建築様式だが、王宮は他の建物とは違い二階建て。

漆喰や大理石で飾られるものの、基本的な構造は日干し煉瓦で造られていて、本質的に地震に弱い。

王宮の前には衛兵が立っていて、そしてエントランスには黄金の冠を頂いた男が私たちを見下ろしていた。


「おお、イアソン。よくぞ無事に戻って来たな」

「叔父上、約束通りかつてプリクソスがヘルメス神より賜りし金羊の皮、金羊毛を持参した。今度は貴方が約束を果たす番だ」


イアソンが美しい黄金に輝く毛皮を掲げる。この金羊は牡羊座のモデルであるとギリシャ神話で語られるが、そのルーツは古代メソポタミアにあったりする。

伝説の金羊毛を前にペリアス王でさえ息をのみ、兵士たちはその威厳に目を奪われ、遠巻きに見ていた市民たちも歓声を上げた。


「ふむ、なるほど。イアソン、すまないがもっと近くで見せてくれないか?」

「…いいでしょう」


ペリアスの願いを聞き入れ、イアソンはゆっくりと金羊毛を抱えてペリアスの元に歩いていく。イアソンが十分にペリアスに近づいた時、ペリアスは嬉々とした表情で、


「馬鹿め! 引っかかったなイアソン!」

「何ぃ!?」


ペリアスがそう声を上げた瞬間、王は真横に跳躍する。そしてそれと同時に王の後ろに隠れていた一人の屈強な兵士が槍を携えてイアソンに突進したのだ。

なんと卑怯。なんという悪辣。かつてペリアスに授けられた予言は外れ、王の奸計の前に王子イアソンの冒険はここで終わってしまうのか!?


「甘いなペリアス!!」

「な、なんだってぇ!?」


しかし槍はイアソンを貫かなかった。イアソンは咄嗟に背中に忍ばせていた剣を振るい、槍を斬り飛ばしてしまったのだ。

そしてイアソンの白い歯がキラリと輝き、爽やかなまでの笑みを浮かべて襲い掛かって来た兵士に対して華麗に反撃を加えた。まさにイケメン、まさに主人公!


「ベタやなぁ」


私はその光景を面倒臭いと思いつつ眺める。イケメンの華麗な活躍に悲鳴をあげていた市民たちも、特に年頃の若い娘たちは黄色い声を上げてイアソンの名前をよぶ。

「キャー、イアソン=サマー、ケッコンシテー!」「キャー、イアソン=サマー、ダイテー!」。イケメンは全滅すればいい。


「おのれおのれイアソン!! お前たち、こいつらを殺せ! 皆殺しにせよ!!」

「皆、ここが正念場だ! この簒奪者を打ち倒そう!!」


ベタな台詞を狂うように叫ぶペリアス。呼応する兵士が建物の屋上や陰から現れ、私たちを包囲する形で弓矢をつがえる。

対してアルゴナウタイは持参した武器を手にイアソンの号令に呼応した。突然の戦闘に市民たちは悲鳴をあげて逃げ惑う。


「メディア姫!!」

「はーい。にふらむ」


イアソンの合図を元に私が適当な呪文を唱える。

次の瞬間、私の頭上で強烈な閃光が発生し、世界を白く埋め尽くした。熱量を伴わない光の洪水はしかし、確実に周囲の者たちの目を眩ます。


「目がぁ!? 目がぁ!?」「うわぁ、何も見えない!?」「目が焼ける!?」

「くそっ、お前たち! とにかく反撃するんだ!!」


ペリアスが叫ぶ。だが、遅い。既に勝負は始めからついていたのだ。


「ぐわっ!?」「痛っ!?」「な、どうなってるんだ!?」


建物の屋上などのいた兵士たちが次々と倒されていく。そして視力が戻ったらしいペリアスは目を剝いて息を詰まらせた。

目の前にはイアソンと、その後ろに私。それ以外のアルゴナウタイは王宮前の広場には見えない。彼らはいつの間にか周囲に、建物の屋上などに散っていて、私たちを包囲していた兵士たちを制圧していたのだ。


「な、何が…?」

「馬鹿め。ペリアス、お前は最初からメディア姫の魔術に惑わされていたのだ。俺とそこにいるメディア姫以外は全て幻だった。俺たちの仲間はお前の兵の後ろに陣取り、メディア姫の合図の元、お前の兵たちを制圧したのだ。もはや逃げ場はないぞペリアス」

「お、おのれ…イアソン、謀ったなぁぁぁぁ!!」


いや、最初に悪い事企んだのお前だし。

とはいえ、これで一件落着と言えるだろう。兵士たちの多くは殺さずに鎮圧できたし、こちらの被害もゼロだ。

矢除けの加護は無駄になったが、まあ、細かい事はどうでもいい。イアソンは勝ち誇った顔で白い歯を輝かせ、私の後方の建物の上ではアタランテが矢をつがえて鋭い視線であたりを警戒している。


「うぬぬぬ…、アナクシビア!! アナクシビアはおらんのか!?」

「ペリアス、何を考えている?」


突然、ペリアス王は自分の妻の名を叫び出した。そうすると、王宮の奥から兵に付き添われてアナクシビア妃が現れる。するとペリアスは意地の悪そうな、悪役っぽい笑みを浮かべた。


「おい、お前っ、アナクシビアに剣を突きつけろ!」

「ペリアス、気が狂ったか!?」

「王の命令だ。ワシが合図したら、アナクシビアを斬り殺せ! アカストス、聞いているかっ? この茶番を早急に止めよ! でなければお前の母親を殺す!」


うわ、最悪だ。この駄王、ピンチになったら今度は自分の嫁さんを人質に取りやがった。兵士は挙動不審な態度を取りながら剣を妃に向ける。

妃はなんだか諦めたような、呆れ返ったかのような表情だ。アカストスは酷く動揺し、イアソンはどうしたものかと思案している。そして、


「ふっ、それで俺を止められると思ったかペリアス!」

「待ってくれイアソン! 私は母上を見殺しには出来ない!」


アカストスは悲壮な表情で投げ槍をイアソンに向ける。イアソンはそれに驚き動きを止め、ペリアスは嗤う。

面倒な状況である。ペリアスはアカストスにイアソンを殺すように言い、イアソンは馬鹿な真似はよせとアカストスを説得する。そして次に妃が口を開いた。


「良いのですアカストス。これも全ては夫ペリアスの不徳。私の事は構わず、ペリアスを殺しなさい!」

「アナクシビアっ、貴様ぁ!」


だが、そんな茶番は次の瞬間に大気を斬り裂いた風切り音で終わりを告げる。気が付けば、矢が妃に剣を突きつけていた兵士の眉間を撃ち抜いており、兵士は何もできずに即死したのだ。

皆の視線が私の後背200mに集まる。金色の髪の弓を構えた美女が「え? 吾、何か悪いことした?」的なキョトンとした表情をしていた。


「やっちまったな、アタランテちゃん」


そうしてこの茶番は、盛り上がりに欠けたまま空気の読めないアタランテちゃんのおかげで無事に解決されたのです。





「さて、ペリアス、お前の処遇だが…」

「う…、いや、イアソン様、ほ、ほんの出来心だったんです!」

「黙れ、我が父と母だけではなく、幼い弟まで手にかけ、さらに約束を果たした我々をも謀殺しようと試み、挙句に妻までも人質にとったその卑怯さ、万死に値する。アカストス、異議はないか?」

「いえ、この男はもはや父とは思いません」


そうして略式裁判が始まる。アルゴナウタイが見守る中、結果と見えた吊し上げが始まったのだ。

ぶっちゃけ、ペリアスにどんな罰を与えるかを決定する人民裁判なのである。有罪は既に確定しており、後はどのように処断するかと言う事だけ。


「ああ、イアソン様、どうか父の命だけは…」


妃アナクシビアはもはや何も語らず、ペリアスの助命を願うのは彼の5人の娘たちの中の、世間を良く知らない幼い2人だけだ。そして、刑が話し合われる。


「鍋でどうだ?」

「鍋だな」

「鍋でしょう」


どうやらペリアス王はこの世界でも煮込まれて死ぬ運命らしい。しかし、イアソンは納得いかないようだ。

彼はもっと残虐な罰を望んでいる。そして彼は魔女である私にどんな罰がふさわしいか聞いてきた。いや、これなんのフラグでしょう?

とりあえず私は適当に答える。まさかそれが採用されるとは思いもよらずに。


「ええっと、ではこういうのは…」


そうしてペリアスの刑が公開される日がやってきた。王宮の前には木で出来たステージとそこに乗せられた巨大な大釜。五右衛門風呂みたいな大きな釜だ。

ぐつぐつと湯が沸きたち、湯気が立ちのぼるその周りには人間を釜に放り込むためのクレーンのような機械が設置されている。


「スープはやっぱり豚骨に限りますねー。臭みを取るためハーブを少々」


私は木で造られたステージの上で、大きな木の匙で大釜をかき混ぜる。そして助手である神官たちが様々な香草、鉱物を大釜の中に放り込む。

白濁したスープはどんどん黒っぽい色へと変化してゆき、香しい様な、どこか宇宙的恐怖を呼び起こすような臭いがイオルコスの街を漂った。


「では、これより超神秘魔術ショウ《ドキッ、ペリアス君大ピンチ。ポロリもあるよ♪》を開催します!」


イアソンが上機嫌で拍手し、市民の歓声が上がる。処刑をエンターテイメントのように考える市民たち。まさに野蛮である。

さて、前回のやらかした件でペリアスの人気は地に落ちていた。私は皆に手を振りながら、神官たちに荒縄で亀甲縛りにされたペリアス王を連れてこさせる。

彼の顔は真っ青で、大釜を前にフルフルと顔を振って膝は震えていた。今日がお前のメイニチDA!! キッチンはマイステージだZE!!


「それでは皆さん、声を合わせて唱えましょう!」

「「「「「「HOOOOOO!!!」」」」」」

「Yes, I am a Princess♪ 恋はスパイス、Love is Poison、ノコギリリズムで刻みましょ♪」

「「「「「「Yes, My Princess♪ 恋はスパイス、Love is Poison、ノコギリリズムで刻みましょ!!!」」」」」」


リズムに合わせて踊る私と、熱に浮かされたように歌う市民たちによる奇妙な呪文の合唱がなされ、それと共に神官たちがペリアスを大釜の中に投入しようと持ち上げる。

縛られながらも必死に拒絶するペリアスは、なんだか暴れるボンレスハムだ。ボールギャグのでせいで何を言っているか分からないが、多分、すごく楽しみにしているのだろう。そして投入。


「愛は赤熱、Love is Gehenna、灼熱ハートで煮込みましょ♪」

「「「「「「愛は赤熱、Love is Gehenna、灼熱ハートで煮込みましょ!!!」」」」」」

「Yes, I am a Princess♪ 血まみれ クッキングアイドル メディアちゃん♪♪」

「「「「「「Yes, My Princess!!! 血まみれ クッキングアイドル メディアちゃん、HOOOOOO!!!!!!」」」」」」


神話におけるメディアの大釜による魔術、すなわち神話においては雄羊を大釜に放り込んで子羊に変え、それを見せた後に若返らせてやると唆して、ペリアスに自から大釜に入らせ、煮殺したとされる。

が、実のところこの神話にはルーツがあり、それはメディアという存在に深く関わるものである。

つまり、生き物を殺し、これを切り刻んで大釜に放り込み、そして生まれ変わらせ、若返らせる。

この過程はつまりは復活であり、太陽が沈み、朝になってまた昇る事、あるいは冬至において弱った太陽が再び力を取り戻す過程をなぞった儀式と理解できる。

そして私メディアは太陽神へリオス、海神オケアノス、古の神テテュスという三神の血統から生まれた、人間の血が混ざっていない女神の端くれ。

ここで重要なのは私が太陽神の孫娘であり、すなわち太陽神の血統であるということ。この場にいる私は太陽を殺し、再生させるという冬至の祭に連なる古の儀式を再現する巫女である。


「Yes, I am a Super Idol Princess♪ でっきあっがりー♪」

「おおっ」「何が起きるんだ?」「どんな魔術が行われたんだ?」


そうして私は大釜を横に倒す。大釜は子宮だ。羊水が溢れ出し、そして中から生き物が放り出された。イアソンやアルゴナウタイが瞠目し、民衆は目を疑う。

生き物は肺に入った羊水を咳き込んで吐き出し、そうしてヨロヨロと立ち上がった。


「美味しく出来ました」

「…あ、な、ワシは生きておるのか?」

「「「「「「…………」」」」」」

「メディア姫、これはペリアスなのか?」

「はい。今はもう、ペリアスたんですが」


大釜から放り出されたのは10歳にも満たないだろう裸の幼女だった。

そう、あの権力にしがみついていたクソ爺だったペリアスはもういない。今はただの幼女ペリアスたんでしかないのだ!!

もちろん下の毛のはえていない、正真正銘の裸身の幼女である。神様の血統なのでカワイイ。幼女ペロペロ。そして私は声を荒げる。


「幼女! 幼女! 幼女! 幼女!」

「え…、何、これ……」

「プッ…、ペリアスが…幼女に……」


イアソンは笑いがこみあげてのたうち回っている。私は民衆を扇動して幼女と叫び続ける。民衆は良く分からないまま私につられて幼女叫び出した。

ペリアスたんの娘たちは幼女をとりかこみ、くしゃくしゃにしている。アカストスは魂が抜けていた。幼女は周囲の異様な熱気に恐怖を抱いて震えている。


「幼女! 幼女! 幼女! 幼女!」

「「「「「「ヨージョ! ヨージョ! ヨージョ! ヨージョ!」」」」」」

「幼女ペロペロ!! 来いよアグネス! 銃なんか捨ててかかってこい!!」

「「「「「「ヨージョペペーロ!! コウヨアグネ! ジュナンカステッテカカテコイ!!」」」」」」


そうしてペリアスは幼女ペリアスたんになった。彼…彼女はもう二度と男に戻るどころか少女になることも出来ない。

永遠に幼女であり、幼女のまま永遠にこの世界をさまよう運命なのだ。なんという悲劇。ギリシア神話的理不尽。おお、ナムアミダブツ。因果応報である。

そして後にこの逸話が元となって《幼女座》が生まれ、星座として後世に語り継がれることになるなど今の私達には知る由もなかった。



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幼女座…、幼女宮…、幼女座の黄金聖衣…、うっ、頭が…。






[38545] 004
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:595e31b0
Date: 2015/03/16 20:54

みっんなー、おっひさー☆ みんなのスーパープリティーアイドル、メディアちゃんだよー♪

可愛過ぎてゴッメンネー☆ミ えっ、私と恋人になりたい? ふふっ、嬉しいけどダーメ。私はみんなのアイドルだから、恋愛はNGなんだ☆ がっかりしないで♪

私、みんなのこと大好きDA・KA・RA☆

ふう、営業終了。古代のアイドル職の巫女さんは大変なのです。あ、アフロディーテ系列のプロダクションだと枕営業とかそういう大人のサービスしてるみたいだけれど、ヘカテー系列ではやってないので。

ウチではおさわりは厳禁です。止めてください。逮捕されて、ネットで名前とか住所とか小学校の時に書いた将来の夢とかさらされちゃうぞ♪


「というか、全員スッポンポンですか。モザイク処理が捗りますね」

「何を言っておる?」

「…お前はなぜここにいるのですか?」

「いや、ワシ、今は女子じゃから貴賓席にいるのはあたりまえじゃろう」


隣のアカスコスの妹であるペイシディケの膝の上で、栗色の髪の可愛らしい幼女が呑気に水割りワインを飲んでいる。

ペリアスたんである。幼女である。私が幼女にしてやった。全ギリシャの笑い者のはずのコイツが、何故呑気にこんな所にいるのだろうか?


「いや、娘たちの所にいないと、ワシ、即レイプじゃし」

「それを読者たちも望んでいるんでしょうに。腹パンされて、マワされて、快楽堕ちして、アヘ顔さらしてWピースするのがお前に課せられた運命じゃないです?」

「いや、ワシ幼女じゃから、そういうの色々と大人の都合でダメじゃん?」

「この紀元前にそんな規定はねぇですよ」

「おおっ、アカスコスのやつ頑張っておるの」

「裸族ですがね」


さて、空は快晴、運動会日和。ギリシャの太陽はいつにもまして元気いっぱい。お祖父様もう少し自重してください。

私は高貴な婦人たちと一緒に木陰の下、奴隷たちが大きな扇で風を送るのをよそに、男どもがマグナムを荒ぶらせながら草地で互いの身体能力を競うのを眺めていた。

運動会。現在イオルコスではイアソンが王位を継承したことを記念した競技大会が行われていた。

競技はスタディオン走と呼ばれる192mの短距離走、長距離走、槍投げ、円盤投げ、レスリング、ボクシング、自由闘技(パンクラチオン)、戦車競走などなど。躍動感あふれる肉体が力と技を競うのである。

まあ、それはいい。実に健康的。

しかし問題は競技を行う連中が全員裸体であることだ。スッポンポンなのである。裸族なのである。ムキムキ、プリプリ、プランプランなのである。男どもが笑いながら、杖を揺らして走るのである。

競技場はいわばヌーディストビーチ。モザイク処理がはかどるのである。


「でもさ、ペリアスたん。お前、この大会終わったら、イアソンとかにガッツンガツンに掘られるんじゃないですか? エロ同人みたいに。エロ同人みたいに。」

「…嫌な事を思い出させるでない」

「読者は見た目美幼女のお前のトロ顔とか期待していると思うのです」

「読者って誰じゃ…」

「神々のお仲間と思うがいいのです。腹ボテ幼女にどの程度の需要があるかは分かりませんがね。ああ、私は腹ボテって好きじゃないのです」


妊婦さんが嫌いなのではなく、そういう妊婦さんにエロいことする系のやつが苦手なのである。なんか、グロい…じゃなくて、痛いというか、中身が出てきそうというか、そういうのが怖くてヤダ。

あと、私は腹ボテになりたくない。女の子ですが、子供を産みたいとは思ったことがないのです。すごく痛いらしいじゃないですか。元おっちゃんとしてはガクブルです。


「女のお主が妊娠を嫌うとか、お主、アルテミスの信徒か?」

「アルテミスの信徒ならあそこで円盤投げているのです」

「…何故、女が参加しているのか」


みんな大好きアタランテちゃんが元気に円盤を放り投げている。

もちろん、女の身では男ども程の飛距離は出ない。もちろん英雄級の男どもに敵わないのであって、その他大勢の男どもには余裕で勝っているのだけど。

一応、彼女はビキニっぽくした布を纏う事を許されていて、というか、そうしないと周りが集中できないのだけれど。

さて、ペリアスたんが疑問に思うことはある意味当然なのである。

男の競技に女が参加することは基本的にありえないからだ。とはいえ、この時代においては女性が競技に参加することは認められていたりする。女人禁制になるのは時代が下ってからだ。


「あの女、なかなかやりおるの。高名な血筋の者なのか?」

「アルカディア王家の血筋ですよ。っていうか、王女ですけどね」

「ほう。姫君が男どもに交じって競技とは珍しい」

「父親が男子を求めて、女子である彼女を山に捨てたんですよ。ですが、それをアルテミスが送った雌熊が育てたっていう顛末でして」

「貴種流離譚か」

「ヘラクレスほどじゃないですがね」


高貴な血筋に連なる子供が、なんらかの事情で捨てられ、それを卑しい身分の者か動物に拾われて養われ、冒険をし、そして栄誉を勝ち取る神話や物語の定型だ。

洋の東西・新旧を問わず語られるヒロイック・ジャーニーであり、好まれる設定なのだが、やらされる側としては勘弁してほしい感じ。


「しかし、なんというか、貴女、性格が落ち着いたというか、そんな感じがしますが?」

「うむ。なんというか、憑き物が落ちた感じはするの」


男だった時はもっと権力にしがみついた、脂ぎってギラギラした感じのTHE・老害といった様子だったのだけれど、今のペリアスたんからはそういった雰囲気を感じる事はない。

あの自分が生き残るためには妻すら人質にとるゲスい性格はどこに行ってしまったのだろう。


「なんというかのう…。こうやっていとも簡単に全てを失うと、今まで執着してきたものがすっかり色あせて見えてきての…。この身体では再び政治の世界に戻る事もできんじゃろうしな」

「まあ、そうやって無害そうにしていればイアソンも見逃してくれるかもですよ」

「無理じゃろう」

「ですよねぇ」

「ふん。まあ、どうにかして逃げおおせて見せよう」

「しぶといですね」


円盤投げはアテナイの王であるテセウスが勝利したらしい。というか、王様が国をこんな長い期間に渡って放っておいて良いものなのだろうか?

イアソンはテセウスの活躍を褒め称え、少女がテセウスにオリーブの枝で作られた冠を彼の頭に載せた。


「イアソンの奴め。この世の春といったところか」

「でも、身体をおもいっきり動かすのも、楽しそうではありますね」

『では、貴女も参加してみては?』

「おっと、いきなりですか、ヘカテー様」


唐突に受信する巫女巫女通信。我が信仰対象である女神ヘカテー様なのだが、このように唐突に神託をしてくることは珍しい事だ。

お淑やかで比較的温厚な女神様なのだが、時々他の女神様とかに無茶振りされてストレスを溜める事があり、その発散とばかりに何故か私に愚痴を聞かせたりするのである。正直やめてほしい。


『ところで聞いて下さいメディア、今日、久しぶりにオリュンポスに呼ばれたと思ったらあの性悪のアフロディーテが…』

「あー、それは大変ですね。あの女神さまはスイーツ(笑)ですから」

『まあ、そういう訳でお便りのコーナーに参りましょう』

「唐突になんなんですか? お便りって、誰からなんです?」

『リスナーさんからですよ。最初のお手紙はテーバイ在住の酔いどれ狼さんからです。ペリアスたんの星座は黄道十二星座なんですか? 星座にした神様は誰ですか? ですって。メディア、そこのところはどうなんです?』

「時系列無視した質問してきますねヘカテー様。この幼女、まだ星座になってないんですけど…」

『ギリシャ神話に時系列を求めてはいけませんよメディア。ヘラクレス関連の逸話だけで既に破綻してますからね』


ヘラクレスは12の功業で《ネメアーの獅子》と《ヒュドラ》、《オルトロス》に《ケルベロス》や《ラドン》を退治する。

そしてその後、ギガースを神々と共に退治するギガントマキアに参加して、《ヒュドラ》の毒を用いた毒矢などを使って巨人を倒すのだ。

時系列的にはその後、ギガントマキアに勝利して増長した神々に怒った女神ガイアが最強の怪物《テュフォン》を生み出す。

ここで問題になるのが、この《テュフォン》という怪物は、実は12の功業でヘラクレスが退治した怪物たちの父親なのである。

さて、ここで問題が起きる。

《テュフォン》は《ヒュドラ》ら怪物の父であり、当然として《ヒュドラ》らよりも早く生まれているはずだが、神話の時系列では《テュフォン》が産み落とされるのは12の功業の後、正確にはギガントマキアの後になるはずなのだ。

つまり語られる神話では、《ヒュドラ》が退治された後に《テュフォン》が生まれる。だが、《テュフォン》は《ヒュドラ》の父親なのだ。

なんという矛盾。因果律の破綻。

だが、ギリシャ神話ではよくある事である。気にしたら負けなのだ。

まあ、この世界においての解釈を述べるなら、テュフォンはギガントマキア後ではなく、それ以前に生まれているとすべきなのだけれど。


「なんてメタな…。まあ、いいですけどね。アルゴー船関連の神話に由来する星座は黄道十二星座に入る可能性が高いので、もしかしたらそうなるかもしれませんね。星座する神様は、多分、この幼女の父親じゃないんですかねぇ」

『なるほど。では次はコリントス在住のУрааさんからのお手紙ですね。幼女座が黄道十二星座になるなら、どの星座と入れ替わるんですか? どうですメディア?』

「うお座でしょう。薔薇を咥えた美形の男の娘が装備するんですね、わかります」

『マイクロビキニなんですか? ロリロリデビルローズが必殺技なんですか? 私、気になります。さて、次はリュキア在住の淡木さんからのお手紙です。TSできるのに男に戻らないとか(笑)。あ、それ私も気になっていたんですよね。貴女、女の子が好きなら、なんで男にならないんですか?』

「え? だって、私、美少女が好きですから」

『だから聞いているんじゃないですか。女の子のままだと、女の子と恋愛できないでしょうに』

「はは。私は美少女が好きなんです。そして、私は今まさに美少女なんです。あとは分かるな?」

『(ホンモノだなこいつ…)』

「ついでに言えば、下半身的欲求が湧かないものですから。女の子とキャッキャウフフするには女の子のままの方がハードル低いですし。そういえば、ギリシャ神話って露骨に性転換する話が結構ありますよね」

『まあ、そうですね。ゼウス様もやらかしていますし』


処女女神アルテミスに処女の誓いを立てたアルカディアの王女カリストを手籠めにする際に、男に強い警戒心を持つ彼女に近づくためアルテミスの姿をとったという。

美女に変身した挙句、フタナリとか未来に生きてるなこの主神。

他にもアルゴナウタイに参加しているカイネウスなどは元女だったりする。


『というわけで、最後に音楽を流しますね。今日は美空ひばりで《哀愁波止場》です』

「演歌好きですね、ヘカテー様」


ヘカテー様がノリノリでコブシを利かせながら演歌を歌い始める。

いや、私、別に演歌とか好きじゃないんですけどね。前世での両親が演歌好きな人種で、家とか車のステレオでいつも鳴り響いてたんですよ。

ああ、どうでもいいですね。

競技大会は短距離走が終わり、長距離走が終盤に差し掛かっている。短距離を制したのは翼を持つ英雄ゼテスだ。そして長距離ではその兄弟であるカライスが制そうとしている。

この兄弟は北風の神ボレアスの息子たちだ。と、突然、巫女巫女通信で鳴り響いていたヘカテー様の歌がプツリと止まり、BGMがおどろおどろしいモノに切り替わる。


「BGMが変わっただと…?」

『メディア、警告です。そこから逃げなさいっ!』

「え?」

『ああっ、来るっ、奴がっ!!』


次の瞬間、私は大気の質の変化を感じ取り総毛立つ。

圧倒的な存在感。私は思わずその気配を放つ存在の方向へ振り向いた。周りの観衆たち、競技に参加していた者たちも一斉に同じ方向を見つめていた。

その視線の先に、男がいた。一人の男だ。だが、ただの人間であろうはずがなかった。

その男は身長は2m以上あるのではないかという巨体であり、ライオンの毛皮を纏い、弓矢を背負い、右手には棍棒を携えている。盛り上がった筋肉は鋼の如き硬度を保有しているだろう。

顔は整っているが、しかし般若の如き憤怒を表しており、その怒気は疑似的な熱を帯びて周囲の人間たちの肌をひりつかせる。

吐く息は冬でもないのに白い吐息となり、まるで唸りをあげる蒸気機関車のよう。


「ヘ…ヘラクレスだ……」


観衆の誰かがそう呟いた。人々がざわめき始める。そして大衆がモーゼの奇跡の如く二つに割れ、道を作り出す。

巨躯の男はゆっくりとその道を歩き始めた。アルゴナウタイの男たちは明らかに怯えていた。それはどう考えても、彼の怒りが自分たちに向けられていることを理解しているからだ。


「おっれはヘラクレース、大英雄。天下無双の男だぜ!!」


おい、その曲はJASRAC的に大丈夫なのか?

あ、目が合った。私はとっさに目をそらす。挙動不審なまでに目をそらす。アイツまじヤバイ。アイツまじ怖いです。おしっこ漏らしそうになった。というか、ちょっと緩んだ。

ペリアスたんはすでに漏らしていた。ヘラクレスさんまじ半端ない。コワイ!


「イィィィアァァァソンくゥゥゥゥゥゥゥゥん!!」

「は、はひぃぃぃ!?」


ヘラクレスさんがイアソンを呼びつける。イアソンはヘラクレスさんの前に駆けつけて、ビィィンッと的に当たったダーツのように震えながら直立して返事をした。

流石ヘラクレスさんやでぇ、どんな英雄でもパシリ扱いとか流石ですわぁ。いや、まじ尊敬します。えへ、えへへへ。


「イィィィアァァァソンくんよぉ! お前、俺に何か言う事あるんじゃないのかぁ? えぇ!?」

「いやですねぇ、自分は待とうと言ったんですグァっ!?」


ヘラクレスさんがイアソンのクソ野郎の頬をぶん殴…ワンパン…お撫でになられた。

するとどうだろう、イアソンのクソ野郎はボールのように弾け飛んで、地面をバウンドして、転がって、300mぐらいの所でようやく止まった。

すばらしい力です。尊敬するなぁ、さすがギリシャ最強の英雄だなぁ。えへへ。

ヘラクレスさんはコキコキと首を鳴らされると、イアソンのクソ野郎の所にお歩きになっていく。

愚かな観衆たちは完全に顔を引きつらせ、固まっている。馬鹿どもめ。そんな露骨な引き方をしていると、ヘラクレスさんのご機嫌が悪くなってしまうじゃないか。

さあ、拍手だ。さすがヘラクレスさんやでぇ、ちょっと撫でただけで人が吹き飛ぶとか、大英雄はスケールが違いますなあ。

私が拍手をし出すと、気の利いた市民が続いて拍手をしだし、そして平原は喝采に包まれた。


「なんなんじゃ、アレ。ヤバイとかそういうレベルじゃないんじゃが」

「馬鹿、ペリアス、拍手しとけ。殺されますよ」


ぺリアスたんが慌てて拍手に交じる。


「な、何ゆえ、ヘラクレスは怒っておるのじゃ?」

「さんをつけろよデコ助野郎。…アルゴナウタイの連中、旅の途中でヘラクレスさんを置き去りにしやがったんですよ」

「よくそんな勇気があったの…」

「あの方、気難しい所があるらしいですから。たまに発狂しますし」


英雄というのは古今東西性格に難があるものだが、ヘラクレスさんのそれは飛びぬけている。

例えばヘラクレスさんが軍勢を率いてイリオス(トロイア)を攻めた際に、テラモンが城壁を一番乗りで攻略したのだが、ヘラクレスさんは一番乗りを奪われたことに腹を立てて彼を殺そうとしたという理不尽な逸話があるほどである。

また、ヘラクレスさんは女神ヘラの呪いによって狂気を吹き込まれており、何かあるごとに発狂する癖がある。

例えば最初の奥さんとの子供3人を炎に投げ込み、また濡れ衣の罪に対して弁護してくれたイピトスを城壁の上から投げ落としたりと、いろいろやらかしているのである。

イケメン顔が変形したイアソンがヘラクレスさんに必死の弁明を行っている。どうやらヘラクレスさんを置き去りにしようと進言した人物がおり、責任は全てその人物にあると弁明しているらしい。

そしてイアソンが指さす先には翼を持つ兄弟がいた。


「お前ら、これは本当か?」

「あ、はい、そうですヘラクレスさん」


他のアルゴナウタイもまたそれに賛同し、兄弟を指さした。

すると先ほどの短距離走と長距離走で優勝した翼ある兄弟、ゼテスとカライスは冷や汗をかき、顔を引きつらせながら互いに目を見合わせ頷くと、翼をはばたかせて一目散に空へと逃げ出した。

ああ、それはきっと正しい判断なのだろう。だが、


「知らなかったのか? 大英雄からは逃げられない」

「あぁ…?」「え?」


天高く飛び上がった兄弟は信じられないものを目撃する。

彼らには翼があり、地を這うしかない人間には、彼らが本気になって逃げれば追う事などできないはずなのだから。

しかし、そんな常識はこの非常識には通用しなかった。

気がつけば大英雄は彼ら兄弟と同じ高度に、すぐ後ろにいた。そうして彼らが振り向く暇もなく大英雄は両手でむんずと兄弟の後頭部を鷲掴みしたのだ。

なぜこのような事が可能なのか。それは大英雄が人外の跳躍によって可能としたのだが、ついぞ二人の兄弟には結局その理由を知る未来も、推考する余暇さえも与えられなかった。

そうして大英雄が二人の兄弟を掴んで、そのまま地表へと急降下した。そうして、ゼテスとカライスは顔面をそのまま地表に叩きつけら…、あ、これアカンやつや。


グチャリ


― <しばらくお待ちください。(客船が北欧のフィヨルドを航行する差し替え映像)> ―







楕円上のコースをいくつもの二頭引きのチャリオットが土煙を上げながら疾走する。

躍動する馬の筋肉は、それを覆う見栄えのする焦げ茶色の毛並みの光の反射がこれを観衆に見せつけ、激しく回転するホイールの軋む音、振動音が平原に鳴り響く。

操者は手綱を握って戦車から振り落とされないように力み、雄叫びをあげ、同時に繊細な操作で馬を御する。


「アタランテ、戦車競走は迫力がありますね」

「そうだな。操るのは難儀だと聞くが、吾にも出来るだろうか?」

「アタランテには普通の騎馬の方が似合うんじゃないですか?」

「ふむ、一理ある。戦車というのは性に合わない気がしていたのだ」

「あはは」

「うふふ」


私とアタランテは乾いた笑い声をあげた。アタランテちゃんも野生の勘で、逆らってはいけない相手ぐらいは本能的に理解しているのだ。

しかし、それでも緊張感のない幼女が一人。


「のう、ワシはさっき、何やらこの世のものとは思えない程の恐怖を目撃したような気がするのじゃが」

「おいバカやめろ。気にしちゃダメです」

「そうだな。忘れるに限る」

「…むう。そうじゃの。何もなかったことにしよう」

「それがいいですよ。ええ、何もなかったんです。ですから、あの真新しく埋め戻された土の所ですが、中に誰もいませんよ」

「あはは」

「うふふ」

「えへへ」


さて、この戦車競走であるが、優勝はエウペモスに決まった。彼は海神ポセイドンの息子であり、アルゴナウタイ随一の泳ぎの名手として知られている。

また、ポセイドン自身が馬を生み出したと伝えられる馬術の神であることから、その関連で彼は戦車競走の名手であるとも言える。

ちなみにチャリオットというか、この時代の車輪の付いた乗り物と言うのはすこぶる乗り心地が悪い。ゴムタイヤが無い事は当然で、またサスペンションなどというものもついてはいない。

振動はチャリオットを破壊しないように、床などの部材全体で受け止めるが、それ故に乗っている人間にダイレクトに振動が伝わるのだ。

バランスも悪く、すぐに横転してしまい危険極まりない。曲がるのだって一苦労。もちろん舗装された道路などほとんど無いに等しく、つまりとてもじゃないが落ち着いて乗れるものじゃない。

それでも人間より速く動けるので、この時代の戦争の花形であり、戦争の勝敗を決定するのは戦車の数と考えられている。


「ただし、山がちなギリシャでは運用しにくくて、結果として重装歩兵が発達するんですけどね」

「何か言ったか?」

「いえ」


ペルシア戦争において数に劣るギリシャ連合軍がアケメネス朝ペルシアの大軍に勝てたのはそのあたりが要因の一つでもある。

広大な平原において機動力と大軍運用を以て戦うことに洗練されたペルシアの軍隊は、局地防衛に特化したギリシャの重装歩兵との山地での戦いにおいて相性が悪かったのだ。

競技大会は何事もなく続行される。実に平和である。ボクシングではヘラクレスさんの異母兄弟といえるポリュデウケスとヘラクレスさんが一騎打ちをして、ポリュデウケスが判定勝ちを奪った。

この二人は父親が同じで、また二人とも賢者ケイロンの弟子であり、というかポリュデウケスの兄であるカストルがヘラクレスさんの武術における師範を務めたこともある。


「…ヘラクレスさん相手に良く勝てますよね」


座ってばかりも何なので、私は競技場の近くなどを歩き回る。男どもの裸体は見慣れたというか、見ても何も感じない。

いや、躍動する棒はあまり見たくないのだけれど、それでも格闘技の試合などはすごく迫力があって面白い。

槍投げは戦闘技術の基本中の基本なのか、多くの戦士たちが参加していて、神様の血が混ざった連中や、英雄と呼ばれる者たちの投擲はなかなかに見ごたえがある。

というか槍が意味の分からない飛距離をだしているのだけれど、ロケットエンジンでも付けているのだろうか?

そんな感じで槍投げ競技の結果、優勝者はカリュドーンの王子であるメレアグロスに決まった。噂によれば軍神アレスの息子との話もあり、槍投げの名手として広く知られている。

そして妻子持ちのくせにアタランテちゃんに一目惚れしており、倫理観と劣情の狭間で揺れ動く私の敵でもある。奥さんに言いつけてやろうか。


「次はレスリングですか」


レスリングというのはおそらくは最も歴史の古い競技だと思われる。世界中、少なくともユーラシア大陸・北アフリカに渡る四大文明圏に似たような競技が存在し、神事として神に捧げられている。

例えば日本では相撲があり、モンゴルのブフ、トルコのギュレシ、朝鮮半島のシルム。さらにペルシアを始めとした中東・インドではクシュティーがあり、中国の最古の格闘技シュアイジャオもレスリング系統のものだ。

起源に関しては不明としか言いようがなく、少なくとも紀元前3000年頃には成立していたのではと言われている。

殴る蹴るといった打撃を行わないために命にかかわるような事態を招くことが少ないため、身体を鍛え、互いの力と技を競う競技として盛んに行われることになった。

まあ、この競技に関していえば起源は人類共通の原始に遡るとでもしていた方が問題が起こらなくてよいのではないだろうか?


「ガチムチパンツレスリングどころか、素っ裸ですがね。ん?」


何やらもめ事らしい。英雄どもがうじゃうじゃいるこの場所で、よくもそういうことが出来るものだ。何やら焦げ茶色の髪の少年をイオルコスの青年たちが取り囲み、難癖を付けているようだった。

数個のリンゴを抱えた呆れたような表情の少年と、酷く興奮している男たち、そして地面に倒れ伏している男たちの仲間と思われる男。


「落ち着け、お前たち」

「何だよテメェっ、イキがってんじゃねぇぞ!」「ぶっ殺すぞこらぁ!」「ザッケンナコラー!」「スッゾスッゾスッゾコラー!!」


何があったんだろうと騒動を遠巻きに見ている野次馬に尋ねる。


「何やら少年が持っていたリンゴを奪おうとして、逆に投げ飛ばされたらしい」

「それで、頭にきて取り囲んでいる訳ですか」

「少しは腕に覚えがあるようだが、あれだけの男たちを相手には出来ないだろう。誰か英雄たちを連れて来てくれないだろうか?」

「それには及ばないわ」


と言う訳で、私は野次馬をかき分けて騒動の中心に近づく。まったく、身の程知らずも良い所だ。

私は軽く呪文を唱え、パチンと指を鳴らす。すると少年を取り囲んでいた男たちはすぐさま意識を失い地面に崩れ落ちた。


「大丈夫ですか、少年」

「ん、お前は…魔術師か。ヘリオスとオケアノスの血筋を感じるが」

「まあ、そんな所です。では、私はここで…」

「待て、女。我を案内せよ」


あ、これどう考えても厄介ごとだ。

偉そうにふんぞり返り、命令してくる少年。焦げ茶色の良い髪質をした凛々しい美少年であり、いかなる女でも釘付けになるような魅力をたたえるが、私には通用しないので。

辞退してもいいですか? ダメですかそうですか。やだー。

そうして同時にヘカテー様から巫女巫女通信が。

ああ、はい、そうですね、わかります。分かりましたよ分かりました。やればいいんでしょう。まったく、連中ときたら下界の人間をなんと思っているのか。

ああ、ムカついたら洪水でキレイキレイする程度の存在でしたね。


「少年はどちらから来たんですか?」

「うむ、ティリンスということにしておけ、ヘカテーの巫女よ」

「ということは、目当てはヘラクレスさんですか」

「ファン…なのでな。レスリングには出場していないようだが」

「ボクシングで体力をかなり使ったみたいですからね。自由闘技(パンクラチオン)には出るみたいですよ」

「お前はヘラクレスが勝つと思うか?」

「パンクラチオンでヘラクレスさんに敵う英雄がいるとは思えませんね。ボクシングは見ごたえがありましたけど」

「そうだろうそうだろう」


上機嫌な少年である。まあ、ポリュデウケスとヘラクレスさんが活躍したのだから当然と言えば当然だが。

そうして私たちはレスリングの会場に辿りつく。ちょうど試合が始まっていて、ガチムチの男たちが棒を振り回しながら激しく体を絡ませており、女どもがキャーキャー黄色い声をあげている。

腐ってやがる、早すぎたんだ。


「おっ、すごいですね。こんな所で芋(ジャーマン)見れるとは思いませんでした」

「ふむ」

「っていうか、なんでアタランテが出場してるんでしょうかね。っていうか、勝ちやがったぞあの野生児。さすがアタランテ、私たちに出来ない事を平然とやってのける。そこにシビれもしませんし、憧れもしませんがね」


アイギナ島の英雄であるペーレウスを投げ飛ばし、アタランテが勝鬨をあげる。なかなか白熱した試合が続き、私も熱くなって応援してしまう。

少年も熱狂に当てられて興奮気味に試合を観戦し、応援し、どちらの選手が勝つかとか、今の技がどうだとか喧嘩気味に論じ合って、何故かすっかり意気投合してしまう。

レスリングの優勝者はなんとアタランテだった。

いや、ないわ。これはない。男どもを差し置いて優勝とか、ありえへん。でも、おっぱいが押し当てられた男どもは喜んでいたので、そっち方面での効果による勝利だったのかもしれない。

まったく、エロスどもが。


「ヘカテーの巫女よ、お前は少し変わっているな」

「そうですか? まあ、いろんな人から言われてますから、変わってるんでしょうけどね」

「うむ、我が知る女たちとはずいぶん違う。名を聞いていなかったな」

「メディアです。コルキス王アイエテスの子、メディアです」

「ほう、故に太陽神の血筋か。納得がいったぞ」

「マイナーですけどね。ところで、喉が渇きませんか? ワインを取ってきましょう」

「待て待て、酒なら我がもっている」

「…蜂蜜酒(ミード)ですか」


少年はどこからともなく黄金の酒杯と小さなアンフォラに似た容器を取り出した。私はそれを受け取り、少年の酒杯に酒を注ぐ。

黄金色の酒。というか、ネクタルなんて初めて見たし。

蜂蜜酒というのは酒の部類の中でも最古に位置するだろう物で、神話で語られる神酒は蜂蜜酒(ミード)だとする説もある。

オリュンポスの神々はアムブロシアと呼ばれる食べ物を喰い、ネクタルを飲むとされる。

ネクタルについては正体が蜂蜜酒と推察されているが、アムブロシアに関してはその正体は不明だったりする。

『不死』を意味する食べ物で、軟膏として用いる事が出来るらしいので、意外に桃だったりするのかもしれない。オートミールなら笑ってやるのだけれど。


「お前も飲め」

「いいんですか?」

「我が許す。お前も神の端くれなのだからな」

「じゃあ、有難く頂きます。あ、美味しい」


おそらくは、この世界に来て一番美味しいと感じた瞬間ではないだろうか。程よい甘味と、すっきりとした後味、トロリとした官能的な舌触りとのどごし。

南国の果物を思わせるフルーティーな芳醇な香りは甘く鼻に抜けて、心地よい余韻を残した。アルコール度数はそこまで高くないが、それでもこの時代の一般的なワインよりも高いのではないだろうか。

私の驚く顔を見て、少年がしてやったりといった表情を見せる。


「ご馳走様です」

「いや、かまわん」

「じゃあ、パンクラチオンを見に行きましょうか」

「うむ」


そうして私たちはパンクラチオンの会場へと向かった。

趨勢の分かり切った試合だけれども、流石は英雄たちで大英雄相手に善戦を繰り返す。

ヘラクレスさん贔屓の少年はヒートアップしていて、時々身を乗り出そうとしていて危なっかしかったが、まあ、久しぶりに無邪気にはしゃげた感があった。

そうして競技大会が終わり、少年が帰る時が来る。


「じゃあ、お別れですね少年」

「うむ、メディアよ、今日の事は感謝する。しかし、お前は我の名を聞かんのか?」

「分かり切った事を聞いても仕方がないでしょう」

「ふむ、それもそうだな。ではさらばだ」


そうして少年は光となって消滅した。後には何も残らず、風がそよいで少年の残り香もかき消してしまう。そうして私は踵を返して、ため息をついた。


「しかし、主神様も親バカなんですねぇ」







「ゼウス様、どちらへ行っておられたのですか?」

「うむ、アポロンか。ちと、地上にな」

「楽しそうですが、良い事でも?」

「面白い女に会った。うむ、あれは面白い」

「…あまり奔放な行いは止めた方がよろしいのでは? ヘラ様がまたお怒りになられますよ」

「ふっ、こればかりは我の宿命でな。文句は人間どもに言うべきだろう?」

「全く、困った方だ」


豊かな白い髭と髪をもつ立派な体躯をした老人は、そうして笑いながら輝くような青年を引き連れて水晶の宮殿に踏み入れた。



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ヘラクレスさんがinしました。ああ、鉛色じゃないですよ。ちゃんと血色の良いイイ男です。







[38545] 005
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:595e31b0
Date: 2015/03/16 20:55

可愛い女の子だと思った? 残念っ、最高に可愛いメディアちゃんでした♪

うんっ♪ よぉし、メディアちゃんは今日もマーヴェラスかぅわいい♪ きゃはっ、みんなー、神代のアイドル、メディアちゃんだよー! よっろしくぅー!

というわけでぇ、5話の始まりです♪


「のぉ、この毎回一番最初にやるウザいのは何とかならんのか?」

「そういうメタ発言はやめるように。っていうか、なんで貴女が私の船に乗ってるんですかね?」

「ああ、それなら吾が連れてきた。助けてくれと懇願されてな」

「アタランテちゃん何やってんですか…。ペットの世話は自分でやってくださいね」

「ワシ、愛玩動物扱いなのかの?」

「ははっ、それ以外何があるっていうんですか、この無能幼女」


青い海に浮かぶ一隻の船。ウミネコが鳴きながら船の周りを旋回する。

イアソンと交渉して、金の延べ棒でこのアルゴー船を買い取ったのだ。目指すのはエジプト。ピラミッドとかスフィンクスを生で見たことが前世を含めて無かったので、観光旅行をしにいくのだ。

その際にアタランテちゃんを誘い、女二人で船旅としゃれこんだのであるが、幼女ペリアスたんが参入したので、女の子3人旅に変更と相成ったわけである。

アタランテもペリアスもエジプトには行ったことがないらしいので、二人とも楽しみにしているらしい。


「今のエジプトの王様はセティ1世陛下でしたね」

「宗教改革の混乱を収め、ヒッタイトと果敢に戦う偉大な王と伝わっておるの」

「宗教改革というより政治改革だったみたいですけどね」


60年ほど前にエジプトのファラオとなったアメンホテプ4世、自称アクエンアテンによる宗教改革をアマルナ改革といい、アメン神を中心とする神々を信仰していたエジプトの宗教をアテン神のみを崇拝する一神教に変えようとしたのだ。

このためにファラオは遷都まで敢行したのだが、当然として従来の神々を崇拝する神官たちから猛烈な反発を受けた。

この改革には当時絶大な権力を保有していたアメン神の神官団から、その権力を奪おうと画策する意味もあったのだけれど、これは既に前のファラオであるアメンホテプ3世の時代からファラオと神官たちの関係が悪化していたことに関係する。

アメンホテプ3世はその治世の末期においてアメン神官団との関係が致命的に悪化しており、これは病床にあった彼がアメン神ではなく妻の故郷であるミタンニ王国で信仰されていた女神イシュタルに救済を求めたことからも伺うことができる。

そうして行われた改革なのだけれども、それは儚く挫折し、息子の、あの有名なツタンカーメンがファラオになった時代にアメン神の信仰が復活され、その宗教改革は全て無かったことにされたわけである。

ちなみにアクエンアテンとツタンカーメンの間にいたファラオであるスメなんとかさんについてはあまりよく知らない。

さて、このアマルナ改革の時代は後世において酷い評価を得ているのだけれど、その理由の一つが対外政策の極度の消極化だ。

つまり、アテン信仰が戦争を否定するものであったためにヒッタイト帝国によるカナン(現在のパレスチナ)への進出を許してしまったというのが大きな失点とされている。

この失点は現在のセティ1世によってようやく取り返すことが出来た。


「まあ、ついでにアメン神の神官の権力も削ぎ落とすことに成功しちゃったんですが」

「先々代のファラオの改革じゃったか」

「混乱は必要だったんですよ。エジプトが新しく生まれ変わるには」


現在のファラオの父親であるラムセス1世を右腕に活躍した、軍人出身のファラオであるホルエムヘブは強権を用いて軍出身者を神官に据えることで神官団の権力を掌握し、さらに武力を背景にした改革を断行した人物である。

ただし即位した時には既に高齢で、子もいなかったので右腕であるラムセス1世を後継者として指名したという。

とまあ、アマルナ改革は散々だったわけだけれども、政治が腐敗していたのは事実であったし、アマルナ改革時代当時のエジプトの財政は実際に傾いていたのだ。

なので改革は確かに必要だった。だけれども、改革を実行したアメンホテプ4世、つまりアクエンアテンが無能だったので混乱を呼び込んだだけに過ぎなかったというのが結論である。


「メディア、少し小腹がすいたのだが」

「ん、そうですね。もうすぐお昼ですか。おい、工業製品、今はどこら辺ですか?」

「あー、キクラデス諸島らへんっスかねー」


アルゴー船の管制人格である『物言う木』が答える。朝から5時間ほど船に揺られているが、まあそれぐらいの位置になるだろうか。私もちょっと小腹がすいたのでお昼ご飯でも作ろうかしらん。

そうして私は船倉から大釜を呼び出す。取り出すのではなく、取り寄せ。アポートというやつ。私ったら魔女ですのでこの程度は簡単なのです。


「その釜を見ると、どうしてもあの日の事を思い出してしまうのじゃが」

「ペリアスが幼女になった時の事か。もう見る影もないな」

「あー、勢いって怖いですねー」

「それでメディア、何を作る気か?」

「ミートパイですよ」

「……釜で?」

「はい。釜で」


特殊なスープ、この場合は溶媒と呼ぶべき紫色の液面に小麦粉を投入する。さらに豚肉、タマネギ、山羊の乳、塩水、オリーブオイル、卵、クミンシード、セージなどを加えていく。もちろん釜にである。

アタランテちゃんとペリアスたんが何やってんだコイツ的な眉を顰める表情をしているが、そんな常識に囚われていたら神代やアーラ○ドでは生きていけないのである。

ちなみに油脂と生地の層を重ねて焼き上げるというパイ生地の歴史は古く、この時代には既に存在していたりする。

発祥はエジプトの『ウテン・ト』と呼ばれるお菓子と言われているものの、起源については良く分かっていない。

もちろん鍋の中で煮込んで出来上がるものではないのだが、魔法にはそんな科学的常識は通用しないのである。


『相変わらず周囲をドン引きさせているようで何よりですメディア』

「おや、ヘカテー様じゃないですか。どうしました?」

『好評につき、一曲歌いに来ました』

「帰れよ」

『最近、貴女の信仰に疑問符を投げかけざるをえないのですが…』

「気のせいですよ。ヘカテー様はいつだって私の心の嫁ですから」

『……? まあ、いいでしょう。ではそういう訳でお便りのコーナーに参りましょう。最初のお便りはピュロス出身のノラポンさんから。ヘラクレスさんにはオキシジェンデストロイヤー効きますか? だそうですよ』

「効くんじゃないですか? あの人の最後ってヒュドラの毒ですから、どくタイプに弱いんですよきっと。ベト○トンで対処するのがいいと思います」

『投げやりですね』

「いやー、かくとうタイプじゃないですかあの人」


ヘラクレスの最後は結構情けないもので、浮気しようとしたことが遠因となりヒュドラの毒が付着した下着を着てしまうのだ。

毒に苦しみにあえいだ彼は、自ら薪を積み上げそこに横たわり、自分を燃やしてくれと友人に頼んだというのが結末だ。

ヒュドラの毒で師たるケイロンを殺し、最後には同じ毒で自らも死ぬ。皮肉の効いた話で、ギリシア神話ではよくあることだ。

炎に包まれたヘラクレスは、死後に神に上げられることになる。


『なるほど。では次はデルフォイ在住の月狩朔夜さんからのお手紙ですね。この世界の日本の年末年始は毎回天照大神が老婆になって寿命を迎えて直後に幼女として復活するのですか? だそうですよ。どうなんです、メディア?』

「あー、日本とか懐かしいですねー。えっとですね、天照大神は太陽神のくせに冬至の祭りがないんですよねー」


一番近いのは新嘗祭なのだけれど、あれはどちらかと言えば農耕神としての側面が強すぎて、太陽の復活を祈ったり祝ったりする祭りとはいえない。ローマのサトゥルヌスの祝祭の方がより近いといえる。

冬至を一年の始まりと考えて、新しい季節の始まりに新しい穀物を神と共に食する農耕民の祭りなのだ。


「天岩戸神話は、どっちかっていうと女神デメテルの愛娘がいないから働かないボイコットに近いですし。ヒキコモリのあたりは良く似ていますよね」

『あー、デメテル様ですか。あの人も子供っぽい所有りますからね。冬はだいたい不貞寝してたり、ヤケ酒飲んでぐだまいて絡んできますから。延々とゼウス様とハデス様への罵倒を聞かされ続けるんですよ。まったく、私のお家は場末のバーじゃないんですから……』

「からみ上戸とかウザいですね。あと、寝坊したりすると餓死者が出るんですね分かります」

『で、結局のところ天照大神は老婆になるんですか?』

「ならないですよ。天岩戸神話は日食か冬至の神話ですけど、ここに老化とか衰弱の概念は入っていませんしね。エジプトの太陽神ラーが耄碌して認知症になるのとは大違いです」

『なるほど』

「ですから、アマテラスは永遠の幼女です」

『また貴女は適当な事を…』

「処女神だから年齢なんて関係ないんですよ」


ちなみに天照大神がちゃんと最高神あつかいされたのは明治以降で、明治維新の当時、薩摩と長州の間で最高神の決定に一悶着があったらしい。

まあ単純に最高位の天空神なら天之御中主神であるし、民衆からの人気を考えれば大国主命が本命だったりしたのだ。

記紀の記述でも、アマテラスは実のところそこまで重要視されていた存在ではない。


「お、ミートパイが出来たみたいですね」

「うおぅ…、鍋から出したというのに焼き色がついておる…」


大きな匙で大釜を掻き混ぜていたところ、いい具合の固形物が形成されたことを感触で確かめる。そうしてその固形物をすくうと、表面はパリパリ、こんがりキツネ色のミートパイが液面からすくい出された。

しかも、円形のものを6分割に切り分けた形で。うーん、こうばしい香りがします。上出来ですね。


「出来たてが美味しいのですよ」

「…メディア、これは食べられるのか?」

「もちろんです。一口食べれば分かりますよアタランテ」

「うむ、では」


そうしてアタランテがおそるおそるミートパイを手に取り、じっくりと観察する。ミートパイの中にはひき肉とタマネギがぎっしりと詰まっていて、それをパリパリのパイ生地が挟み込んでいる。

表面はキツネ色でツヤさえ見える。アタランテは鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅ぎ、そうして一口齧りついた。そうして目を見開いた。


「うん、うむ、美味い。美味いなこれは」

「アタランテ、ほ、本当なのか? よし、ワシも……、うぐ、うぐ…ん? お、おお、外の皮がサクサク、中はしっとりして肉の旨みが溢れ出しておる。ハーブの香りが爽やかで、しかも肉の臭みが一切ない。うんま~~い!」


アタランテの様子を見てペリアスもミートパイを手に取り齧る。二人とも最初驚き、そして怪しんでいた態度はどこに行ったのか、次に貪るように齧りだした。

私も彼女らに全て取られないようにミートパイを一つ手に取り齧る。良い出来。6ピースあるけれども、私とペリアスは小食なのでほとんどをアタランテがもぐもぐする。


『さすが我が弟子です。全世界の料理人に喧嘩売ってますね』

「私は魔法使いなので。魔法使いたるもの、杖の一振りでパンを雨のように降らせなくては」

『パンを降らせるのは神の専売特許ですよメディア。ところで、私、貴女の知識を見てから一度言いたかったことがあるんです』

「なんですかヘカテー様?」

『親方! 空から女の子が!』

「へ?」


言葉につられて空を見上げる。すると太陽を影に翼の生えた人型が急速に落下してきた。え、いや、何これ? そんな事が起きる伏線とかあったか?


『5秒で受け止めろ!』

「いや、無理ゲーだろこれ」


そしてそれは何をする暇もなく大釜の中に落下した。ボチャーンと。中のスープが飛沫となって飛び散り、私は完全に固まったままそれを眺めていた。

いや、受け止めるとか無理だから。ヘカテー様はいつも警告するのが遅くって、たまにこの人は警告する気があるのかと疑ってしまう。

いや、ないな。神様ってそういうもんだった。


「な、何が起こった?」「ななな何事じゃ?」

「バードストライクですよ。まったく、何がどうなっているのやら」


突然の飛び込み音に他二人がビクリと反応し、生粋の狩人であるアタランテはすぐさま距離を取って弓を構えて戦闘態勢を取り、ただの幼女であるペリアスたんは尻餅をついて腰を抜かしていた。

私は厄介ごとかなと思って大釜の中を覗き込む。浮いてこない。まあ、魔法の大釜だから抵抗力のない人間は原初に還元してしまうのだけれど。

すると、次に上空から男の声が響いてきた。


「イ、 イカロースっ、無事か!? 返事をせんか!!」

「ヒトが飛んでおる……」


上空から船に近づいてきたのは鷲の様な褐色の大きな翼を腕に括り付けた中年の男だった。男はイカロスという名前を叫び、そうして私たちの乗る船を見つけると、翼をはばたかせながらやってくる。


「イカロスですか…。なるほど、確かあの歌の主人公もイカロスでしたね」


イカロスについては非常に有名な歌が日本で広まっていて、私も前世の子供の頃に知っていたし、そのメロディーや歌の一部だって歌う事が出来る。

ただし、イカロスの伝承自体にはまったく興味がなかったので、イカロスがどういう人間なのか、何故空を飛んだのかは知らない。そういえば、前世で見た漫画では…。


「おおっ、美しいお嬢さん方。この辺りに翼を手にした者が落ちるのを見なかったであるか?」

「見たと言うより、この大釜の中に落下したのですけど」

「…は?」

「うむ、この中に落ちたな」

「そうじゃな。豪快に、奇跡のように、この大釜に」


甲板に降り立ったオジサンはそれを聞いて凍りつき、沸騰する大釜の中を覗き込んだ後、膝から崩れ落ちて大声をあげて泣き出した。

イカロスのように翼を手に付けて飛び、そして落下したイカロスを追って来て、そして沸騰する大釜の中に落下したことをしって泣き出したということは、イカロスの父親とかそういうのだろうか?

そしてオジサンが泣き止むのを待った後、改めて話しかける。


「ところで貴方は何者です?」

「自分はダイダロス。アテナイの発明家ダイダロスである」

「ほお、ダイダロス様ですか」


それなら噂程度に聞いたことがある。

アテナイのダイダロスと言えば水準器や錘といった発明をしたという高名な発明家であり、またクレタ島のミノス王に依頼され、かの有名な大迷宮(ラビリュントス)を建築したとギリシャ中に名が通っている。

こんな所でこんな有名人と出逢うとは思いもしなかった。


「御嬢さん方は何者であるか? 女3人で船旅とは珍しいのである」

「私はコルキス王アイエテスの娘メディアです」

「吾はアルカディアの狩人アタランテ」

「ワシはイオルコスのペリアスじゃ」

「ぬぬ? アイエテス王の姫君であるか。ということはパシパエ様の…」

「姪になりますね」


パシパエは私の父親であるアイエテスの妹であり、そしてクレタの王ミノスの妻でもある。ミノス王に仕えていたダイダロスは、すなわちパシパエ叔母様の知り合いでもあるのだろう。

ちなみにパシパエ叔母様はかの怪物ミノタウロスの母親でもあり、また高名な魔女でもある。


「イカロスというのは、もしや貴方のお子さんですか?」

「そうである。あのバカ者めは自分があれほど太陽に近づくなと言っていたのに、不用意に高度を上げ、太陽の熱に翼を溶かされて墜落したのである。おお、イカロスよ……」


ダイダロスは今までの経緯を語りだす。それはテセウスのミノタウロス退治の話に起因しているらしい。

テセウスに一目惚れしたミノス王の娘アリアドネーが、ミノタウロスが幽閉された大迷宮を建造したダイダロスに大迷宮で迷わないようにするための助言を求めたのだ。

そしてダイダロスは糸玉を使ってこれを道標にすればいいと助言をし、そしてテセウスは無事にミノタウロスを退治して、アリアドネーを連れて去ってしまった。

これに怒ったミノス王はダイダロスとその子であるイカロスを塔に幽閉したのである。

だが、天才発明家ダイダロスは鳥の羽根と蝋を使って翼を造り上げ、イカロスと共に空を飛んで塔から脱出したのだ。

とはいえ蝋で固めた翼は脆く、低空では海の波飛沫に濡れて重くなってしまい、太陽に近づけば溶けてしまう。

ダイダロスは予めイカロスにその事を警告したのだが、空を飛ぶことに夢中になったイカロスは警告を忘れ…。


「メディア、どうにかならんのか?」


再び嘆きだしたダイダロスの様子を見て、アタランテが私に耳打ちをしてくる。

死者蘇生というのは奇跡の領域であり、神様の業である。それ故にかのアスクレピオスが死者を蘇らせた時には冥府の神ハデスが怒り、罰としてゼウスの雷霆に撃たれて死んだという神話がある。

ちょっとぐらいいいじゃないと思ってしまうのは人情というものか。


「まあ、まだ死んではいないんですけどね」

「っ!? メディア姫っ、今何と言ったのであるか!?」

「運がいいですね。我が魔法の大釜の中に落下するなんて。イカロスは死んでいませんよ。生きてもいないんですけどね」


太陽の魔女の大釜は死と再生の象徴であり、故にこの大釜の中で死ぬことは、再生されることと同義である。すなわち胎内回帰であり、大釜は子宮を示す。

内部に投入された存在は、より原初の根源的な存在に還元、分解された状態で漂っており、あらゆる観測から遮断されることで外に出るまで『何』になるか、生きているか、死んでいるかも決定されていないのだ。


「まさにシュレディンガーの猫状態。では…、アテナイの大工ダイダロス、どなたをこの世へ呼び戻すのじゃな?」

「…? イカロスである。もしイカロスを蘇らせていただけるのなら、このダイダロス、メディア姫のためにどのような事でもいたす所存なのである」

「されば、我が神殿に25シュケル(208.25g)の黄金のご寄付を。よろしいですかな?」

「ぬう、そのような財産は持っておらぬのである…」

「なんと、寄付をするにはお金が足りないではありませんか! おお、神よ許したまえ! こんなビンボーなヒトに無理な寄付を頼んだ私が悪かったのです!」

「…のうアタランテ、メディアの奴は何をノリノリでやっておるのじゃ?」

「知らない。しかし、おそらく死者を蘇生するのに必要な手順なのではないか? 自信は全くないが」


地獄の沙汰も金次第なのである。

とはいえ、お金がないからと言って医療行為を行わないのはアメリカンな世紀末的資本主義の狗的行為であるため、慈悲溢れるグルジア出身の私は共産主義的に無料で医療行為を行うことにする。


「おお、我が主よ! 全知全能のカミよ! 忠実なるカミの下僕イカロスの彷徨える御霊をいまここに呼び戻したまえ!」


私の神聖なる呪文により大釜の液体が湧きたち、そして黄金の光を放ち始める。そしてパイプオルガンっぽいタータータータータ~ンタ~ンターン♪ という効果音が鳴り響き儀式が完了した。

すると不透明な紫色の液面から腕がバシャッという音をあげて出てきた。


「おおっ、イカロス、蘇ったのであるか!?」

「ぷはっ!」

「!?」


そうしてイカロスが液面から腕で釜の縁を掴んで自らの上半身を引き上げた。ダイダロスが驚きの表情で固まり、口をパクパクさせている。

ストロベリーブロンドのショートカットの髪、エメラルドの瞳の、美しい桃色がかった白い翼を背中に生やした、水○月すう的な意味で豊満なバストと引き締まった腰の美少女が大釜から現れた。


「……ん、あれ…、私は……?」

「おおイカロスよ、死んでしまうとはなさけない。そなたにもう一度機会を与えよう。再びこのようなことがない様にな。ではゆけ! イカロスよ!」


完璧である。パーフェクツな蘇生術。

大釜に入った元のイカロスの肉体を構成していた分子を利用し、さらにあらかじめ投入されていた豚肉などのタンパク質や脂質をも再利用して、再構成したイカロスの新たな肉体は英雄クラスの身体能力を持ちながらも、生前よりも遥かに立派なおっぱいを有しているはずだ。

さらに付属していた人工の翼を利用して、背中に空を飛ぶための翼をおまけとしてつけておいた。

顔に関してはDNAの情報を元に構成したので、生前のそれとかなり近いものになっているだろう。ちょっと出来心で改造したけれども、本人もきっと喜んでくれるはず。


「……父上? 私は確か太陽に…」

「お、お主、イカロスなのであるか?」

「…? はい…って、えっ? 私、何故、女の子に?」

「へ?」


何やら今、聞き捨てならないセリフをイカロスが口にしたような。ダイダロスはプルプル震えており、イカロスは酷く狼狽しながら自分の身体を触って確かめている。

アタランテは腕を組んで溜息をつき、ペリアスはイカロスを指をさして笑っていた。え、何これ、私何かすごい勘違いしていました?


「ちょっ、ヘカテー様! アンタ、女の子が落ちて来たって言ってましたよね!?」

『ええ、ああいうシチュエーションは中々ないので。それとも上から来るぞ! 気を付けろ!! の方が良かったですか? しかし、貴女も好きですねぇ。ペリアスに続いてイカロスまで女の子にしてしまうとは。元ネタはアニメですか?』

「ハハ、テラワロス」


これがギリシア神話である。気を抜けば星座になるなど当たり前。


「メ、メディア姫! いかなる理由で我が息子イカロスが母親似の女にしたのであるか!?」

「え、えっとですね…。ああ、そうです! 貴方たち親子はミノス王に追われているはずです。恐らく今後も手配され、安住の地はないでしょう。ですが、姿かたちを大きく変えてしまえば、貴方たちがミノス王に追われるダイダロスとイカロスだなんて誰も思わなくなるはずです」


適当な理由をぶち上げる。そうだ、私は悪くない。これは神が定めた運命なのだ。私は謝らないし、責任も取らない。絶対にだ。


「な…なるほど、そうだったのであるか。だが、それならば、自分の姿が変わらなければ意味がないのではないか?」

「ええ、ですから、おまえもネコミミになれ!!」

「ぎゃーー!?」


そうして私はダイダロスを大釜の中に蹴り入れたのでした。

ああ、なんというギリシア神話的理不尽。こうしてダイダロスとイカロスの神話は後の世で大きく変化して伝わってしまうわけですね。

っていうか、女所帯に男なんて必要ないのである。ははっ、ははは、はははは……。


「着実に嘘を塗り固めておるの…。これは酷い」

「まあ、結果的にイカロスの命が救われたのだから良いのではないのか?」

「これだからギリシャの神々は…。関わると碌なことが起こらん」

「メディアは…、ああ、ほとんど神の眷属だったな」

「……ああ、父上が青い髪の女のヒトに」





多島海を抜けて、クレタ島の東の岬を右手に通り、群青の地中海を南へと渡った先にとうとう大陸を目にした。

臨んだ陸地は東西に延々と伸びる荒涼とした砂漠であり、青い空と白い雲、そして群青の海と言う乏しい色彩は、どこか遠いという感慨を心に刻み付ける。


「ということで、やって来ましたエジプトですね」

「砂漠…、エジプトは豊かだと聞いていたが」

「それはナイルの沿岸だけじゃろう。ヌビアの砂漠は越えること、はなはだしく難しいと聞く」

「ナイルデルタはもっと東ですね。一応沿岸でも雨は降るはずですけど、どこまでも砂漠って感じですねぇ」


余りの色彩の乏しさに少しばかり飽きてしまう。日差しは非常に強く、肌を焼くようにジリジリと。砂漠は砂の海ではなく、岩や石ころが転がり、乾ききった背の低い木がちらほらと散在する荒地である。

面白みのない枯れた風景、そうして日差しを避けるために私は船の中へと戻る事にした。

船の中ではダイダロスとイカロスの親子が椅子に座って話していた。

ダイダロスは空色の長い髪の、イカロスに比べて身長が低くめで、胸も控えめのスレンダーな女性へとその姿を変えている。

最初はひどく落ち込んでいたが、すぐに復活してこの船の探検を始めた。技術者として、ひとりでに動く船に興味を抱いたらしい。

ということで、今は風を受ける帆を持たず、しかも櫂やオールも無しに進むこの船の推進システムについて考察しているらしい。


「水の中に櫂がある?」

「いや、船の後ろから勢いよく水流が出ているのを見たのである。おそらくは、水鳥の様な足を船の後ろに付けているのである」

「でも、音が違う。聞いたこともない音」

「確かにそうである。重低音…、水を噴き出しているのであるか?」

「ウォータージェットなんて使ってませんよ」

「おお、メディア姫であるか」

「スクリューで推進力を得ているんです。動力は魔法ですがね」

「スクリュー? 聞いたことがない」

「えっとですね、ちょっと待ってください」


そうして私は紙と鉛筆を取り出し、図を描いて説明を始める。暇つぶしには丁度いいだろう。


「こんな風な羽根を3枚軸に付けて、これを回転させることで水を後ろに押しのける事が出来るんですよ。これで水流を作って推進力を得ているのです」

「うむう、なるほど。これはコルキスでは当たり前の事なのであるか?」

「いえ、実用化したのはこの船が最初ですね。私が魔法で改造したんですが」

「姫様が考えたの?」

「え、えっと、まあ、そう言う事になるんですかねぇ」


目を泳がせる。いや、まあ、この時代に同じことを考えたり、発明した人間はいないので、時間軸的な意味で、私が発明したことに……、ならねぇよ。はい、パクリです。

でも大丈夫。この時代に特許権なんてありませんからね。へへーんだ。


「すごいのである! ところでメディア姫、その奇妙なペンは何であるか?」

「あ、えっと、鉛筆ですか?」

「(コクコク)」

「ど、どうぞ」


イカロスが私の右手の鉛筆を凝視していて、思わず鉛筆を手渡してしまう。

どうやらイカロスは発明家ダイダロスの子供というだけあって好奇心の強い技術者の卵らしく、興味深げに鉛筆を観察し、芯を指先で触ったり、指についた黒い炭を舐めたりしている。

そうしてイカロスが一通り鉛筆を検証すると、次にダイダロスに渡した。ダイダロスも同じように鉛筆を色々な方向から観察し、紙に文字を書いてみたりして鉛筆を観察する。

そうして二人は鉛筆について議論を始めた。何この二人、面白いんですけど。


「黒い炭を木の棒で挟むというのは画期的な発想である」

「ナイフで削って使う?」

「うむ。羽ペンはインクが必要であり、しかも書くたびにインクを付け足さなければならないのである。しかし、このペンはその必要がないのである」

「この炭、普通じゃない」

「うむ…、このように細い棒状に固めるとはいかなる手段であるか…。蝋と炭を練り固めたものであるか?」

「蝋の感じじゃない…。ニカワ?」

「それも少し違うのである。それではこれだけの硬さを再現できないのである」

「焼き物と同じですよ」

「焼き物…、粘土と混ぜて…」

「焼き固めたのであるか。なるほど、それならばこの硬さも納得なのである」


鉛筆がこの形になったのは近世に入った頃で、それまではインクを使ったペンだけしかなかったはずだ。

鉛筆の芯は粘土と黒鉛を混錬して、焼き固めたものであるが、コルキスでは質の良い黒鉛が見つからなかったので木炭を利用している。

グラファイトの方が書き心地が滑らかになるのだけれど、その辺りは蝋で何とか騙している。まあ、騙しきれないのであるが。


「すばらしいのである。これもメディア姫が発明したのであるか?」

「ええ、まあ、そういう事になるんですかねぇ」

「すごい」


ああ、尊敬と憧憬をたたえた純真な瞳が私を見つめている。

胸が痛い。パクリだなんて言えないし、言ったとしてもこの世界で鉛筆を使っているのは私だけだし、というか自分のためだけに作ったものなので、考案した人物は誰かと聞かれても答えられないし。

ああ、やめて、そのキラキラした瞳は止めて。


「父上、これ、パピルスじゃない」

「ぬぬ、羊皮紙とも違うのであるか…。白くて、破れにくいのである。メディア姫、これは…?」

「あはは、いいですよ。説明してやるです。耳をかっぽじって良く聞きやがれです!」


そうして木材チップや植物繊維からのパルプの作り方とか、紙のすきかたなんかを説明していく。

どんどん墓穴を掘り進めているような気がしないでもないが、もうどうにでもなーれという感じである。はは、どうしよう私。するとダイダロスとイカロスが真っ直ぐ私を見つめてきた。


「弟子にしてほしいのである!!」「同じく」

「やだー」

「そんな事を言わずに、お願いするのである!!」「同じく」

「やだったらやだー!」


そうして数時間ほど粘られて、最終的に不本意ながら私には弟子が二人出来てしまった。



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イカロスとダイダロスの容姿とかが詳しく知りたい人は、『そらのおとしもの』で検索すると幸せになります。




[38545] 006
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:5ba030de
Date: 2015/03/16 21:26
アタシの名前はメディア。心に傷を負った王女様。モテカワスリムで恋愛体質の愛されガール♪

アタシがつるんでる友達は魔術の女神のヘカテー様、野生児で狩人をやっているアタランテ、罰として幼女になったペリアス、特に理由もなく女体化したダイダロスとイカロス親子。

友達はいても王宮はタイクツ。今日もヘカテー様とちょっとしたことで口喧嘩になった。

女の子同士だとこんなこともあるからストレスが溜まるよね☆ そんな訳でアタシはフラリと旅にでることにした。

がんばった自分へのご褒美ってやつ? 自分らしさの演出とも言うかな!


「エジプトはナイルの賜物(たまもの)であると歴史家は言いました」

「初めて聞く言葉じゃな」

「その歴史家、まだ生まれてませんから」

「またお主の戯言か。じゃがまあ、エジプトを端的に言い表した言葉じゃの」


古代ギリシャ最古の歴史家ヘカタイオスの時代は800年も先の話だ。神代と古代はかくも時間的に断絶しているのである。

文字だってアルファベットの祖先である原カナン文字が現在のイスラエルで使われているような有様で、ギリシャ本土では線文字Bが幅を利かせているし、エジプトではヒエログリフやヒエラティックが、中東では楔形文字が現役である。

やだ、線文字が読めるとか、考古学者の人たちに持て囃されそう。本書くだけで印税ウハウハやで。

さて、そういうわけで我々の船はリビアの砂漠を右手に東へと進み、ナイルデルタ地帯へとたどり着いた。

ギリシャから丸々一日の行程だが、この時代の帆船は時速10km出ればいい方で、直線距離で900km、今回通った航路なら1200kmの行程ならば、本来なら上手くいっても二週間以上かかると思えば快速と言えるだろう。


「ん、あれ? もしかして、この言葉、私が言ったと歴史上で語られるようになったりするんでしょうか?」

「知らん」

「メディアっ、エジプトが見えてきたぞ!」


アタランテが甲板から身を乗り出して地平の先を指さした。荒地と言っても過言ではなかった不毛な世界が一変し、緑あふれる世界が広がる。

それはギリシャ本土よりも自然豊かに見えるほどで、ナイル川の氾濫がもたらす肥沃な土と無尽蔵の水が形成した楽園だった。


「とりあえずは下エジプトですね。とりあえずブトの神殿にお参りに行きますか?」


21世紀のディスークという都市にほど近い場所、ナイルデルタの西側に存在する都市であり、エジプトにおいて古参の女神とも言われるウアジェト女神の信仰の中心地でもある。

ウアジェト女神はコブラの神格化であり、蛇の女神にして下エジプトの守護者、ファラオの王権を保証する守護女神である。


「メディア、私はヘリオポリスに行ってみたいのだが」

「ワシはテーベに行きたいんじゃがのう」

「全部行きますよ。急ぎの旅じゃないんですから」


ギリシャ人たちから太陽の町ヘリオポリスと名付けられた都市イウヌウは、エジプトの諸都市の中でもとくに有名で、ギリシャ人たちからもその名は広く知られている。

特に最高神ラーを祀る神殿の壮麗さは諸外国にもその名を轟かせていた。それ故に太陽神ラーはどういう理由かギリシャではゼウスと同一視されることがある。

ヘリオポリスなんだからヘリオスと同一視すればいいのに。まあ、あの太陽神(おじい)様は太陽のくせに影が薄い事で有名だから…。

挙句の果てにアポロンが太陽神として幅をきかせる有様はどうかと思います。アポロンは光神としての性格を持ってただけなのに、どうしてこうなった。

ヘリオスといいスーリヤといい太陽神の扱いの悪さは涙なしでは語れないのです。

さて、そんなエジプトであるが、最近ではテーベ(現地ではウアセトと呼ばれている)が力を付けており、事実ごく最近までこの国の首都がテーベにおかれていたようだ。

後世において代表的な遺跡となるルクソール神殿やカルナック神殿、そして王家の谷はテーベにあり、21世紀ではルクソールとして知られ、神殿や王宮などの建築物の規模においてはエジプト最大と言っても過言ではない。

私としてはギザのピラミッドやスフィンクスが見てみたいという気分があり、また建築途中のカルナック神殿なども楽しみの一つと言える。

アブシンベル神殿はまだ工事も始まっていないだろうし、建築王ラムセス2世はまだ即位していなものの、見るべきモノはいくらでもあるだろう。


「そういえば、あの二人は何を作っている?」

「あー、ポンプですね」

「ポンプ?」

「水を低い所から高い所に揚水するための機械です。今は渦巻きポンプを試作してるみたいです」


ポンプにはいくつか種類があり、一番わかりやすいのはピストンの往復運動と大気圧を利用したピストンポンプなのだけれど、他には回転を直接水圧に変換する渦巻きポンプやら螺旋構造を利用したポンプなども存在する。

ピストンポンプは大気圧の関係で10mぐらいしか揚水できないという欠点があり、水車はその直径分しか水を揚水できない。

しかし渦巻きポンプなどを使えばそういった制約からは解放されるし、連続的に水圧を加えることができるという利点もある。

渦巻きポンプは回転する羽根によって遠心力を水に与え、その圧力でもって水を揚水する形式。

スクリューポンプはアルキメディアン・スクリューなどと呼ばれるねじ構造を利用して液体を揚水するシステムだ。

効率については渦巻きポンプが優れるのだけれど、固形物を含んでいたり粘性が高い場合にはネジポンプが優れた適性を発揮する。

水力や風力と組み合わせることで定常的に水を揚水できるので、灌漑や排水にはこういった機械が必要不可欠といえる。

とはいえコルキスにいた時にも知り合いの大工に命令してポンプを試行錯誤で作らせていたが、動力が魔法だったりで一か所にしか設置していない。

そもそもついこの前までは女神の呪い対策で忙しかったから、こういった技術普及なんて趣味とか息抜きの範囲内の片手間でしかやってこなかった。

第一、そんなことしなくても実家が豊かだったので、内政に口出しするのは優先順位からいって重視していなかったのである。

だって、私みたいな完全無欠なアイドル系プリンセスが内政にまで口出しちゃ欲張り過ぎだものね♪


「まあ、そんな事はどーでもいいんです。今はエジプト観光を楽しみましょう」







『はい皆さん、左に見えますのは名高いラー大神殿です』


ナイルデルタに達した私たちは、とりあええず下エジプト観光を行うことに。観光ガイドは我らが女神ヘカテ―様。

ナイル川を遡り、デルタ地帯の西側を進んだ。砂漠地帯とは思えないほどの緑豊かな世界、麦畑や果樹園、様々な野菜を実らせる田畑、家畜を放牧する野原といった楽園を思わせる牧歌的な風景が続く。

この敵対的とも表現できる太陽光の苛烈ささえなければだが。

正直、太陽光線に痛みすら感じる。ギリシャの太陽もなかなかの強さだったけれども、エジプトは正直ヤバイと表現してしまうほどに光度が暴力的だ。

中東地域で女の人が顔を隠すのは、わりと合理的なのかもしれない。ただし、インドネシアでは勘弁な。

そうして私たちはウアジェト女神の神殿にて一握りの金塊を捧げてエジプトでの旅の安全と加護を願った。

古都メンフィスではギリシャとは比較にならないほどの規模の都市に連れ達が驚き(私は21世紀の大都市を知っているのでロマンを感じた)、ギザのピラミッド群に驚いた。

この時代、ピラミッドは後世の様な黄色い階段状の姿ではなく、石灰岩の化粧石によって白く輝く滑らかな面によって構成された完全な四角錐だ。

これのせいでピラミッドのイメージが大きく覆ったといってもいい。しかし、誰があんな見事なピラミッドの皮を剥がしてしまったのだろうか? 太陽(おじいさま)に代わってお仕置きしなきゃ。

それはそうとて、今私たちは太陽神信仰の中心、エジプト神話体系の原点とも言えるヘリオポリス、現地の言葉ではイウヌウと呼ばれる都市を訪れている。

幾つもの神殿や動物を象ったモニュメントが立ち並ぶ様はエジプトのメッカとでも言うべきなのだろうか。そしてひときわ目立つモニュメントが、


「メディア、あの柱は?」

「オベリスクですね」

『オベリスクとはギリシャ語で「串」を意味する言葉なんですよ。現地の言葉ではテケン(守護)と呼ばれ、太陽神ラーの象徴、モニュメントとして建設されたものです。ちなみにあれは660年前にセンウセルトⅠ世が建立したものですね』


花崗岩の柱、細長い四角柱の表面には王や神を賛辞するヒエログリフが刻まれており、先端は四角錐は黄金の板で飾られ、エジプトの強烈な太陽の光を反射して輝いている。

特に大きな台座を含めて高さ30mのオベリスクが神殿前の広場に2本そそり立っており、その威容はこの国の強大さと豊かさを顕現していた。


『その起源はこのヘリオポリスに存在する聖なる丘『ベンベン』を模したことにあります。聖石ベンベンはエジプトの天地創造神話において、原初の大洋に出現した島なのです。太陽神はこの島の上で天地創造を行ったと神話では語られています』

「へー。詳しいんですね、ヘカテー様。ところで、なんで観光ガイドみたいなことしてるんです?」

『ええ、本当はこんなことはしたくなかったのですが…』

「?」

『今日は特別なゲストをお迎えしております』

「ゲスト?」

『オリュンポスの主神ゼウス様です。わー、パチパチ、どんどん、ひゅーひゅー』

「久しぶりだなヘカテーの巫女…、いや、メディアよ」

「へ?」


唐突に目の前に一人の少年が現れた。焦げ茶色の艶やかな髪をもつ凛々しい顔立ちの美少年。イオルコスの競技大会において出逢った、ギリシャ神話の頂点が変身した姿。

私は唖然とその少年を見つめ、間抜けな声をあげてしまう。


「ん? メディア、この少年はお前の知り合いなのか?」

「え、ええ。とても名のある名家の御曹司さんなんですよ。あはは」


ものすごい厄介なのに目を付けられたような気がする。しかも、名前まで憶えられてるし。

主神ゼウス。言わずと知れたギリシャ神話体系における神々の王だ。インド・ヨーロッパ語族系における天空神であり、信仰は北欧からインドにまで広がっている。

雷を司り、その雷霆(ケラウノス)は全宇宙すら焼き尽くすとされる。そう、全宇宙を焼き尽くすのである。つまり、焼いたことがあるのである。

よって、この神様、基本的に人類にやさしくはない。どこぞのスーパーゼウスみたいな好々爺とは違うのだ。

そして、最も重要なのが、この神様、すごく女好きなのだ。そして、今の私は美少女である。

加えて、このゼウスの正妻である女神ヘラは嫉妬深いことで知られている。ヤンデレさんである。

そして、ゼウスにちょっかいをかけられた女性たちをことごとく呪い、不幸にするという経歴をもつ。この時の死亡率は極めて高い。

そして私は美少女である。重要なので二回言った。


「わ、わたくしめに何の用でしょう?」

「そう警戒するでない。お主の事が気に入ってな。会いに来たのだ」


エリマキトカゲのように威嚇する私に、主神様が軽く死刑宣告。私は涙目でヘカテ―様にヘルプを送る。助けてコールセンター、私の人生に特大の死亡フラグが建立されたんですけど!


『おかけになった電話番号は、現在、使われておりません』

「オワタ」


いや、まだだ。まだ諦めるな。体を許さなければいいのだ。白鳥とか白い牛とか、あと、黄金の雨に打たれたりしなければなんとかなる。

私はなんとか気を持ち直し、作り笑顔を顔面に張り付けた。


「お、お戯れを。貴方様にはもう何人も素晴らしい女性がいるではありませんか」

「ふふ、これも我の性分でな。さあ、参ろうか?」


ヤバイヤバイ。この主神様、本気だ。本気で私と子作りしようと考えてやがる。

アカンでこれ。主神の的中率の高さは定評があるから、一回でも体を許したら最後、絶対に妊娠する。妊娠したら最後、女神ヘラの嫉妬攻勢でブチ殺され確定である。

欲望をあどけない笑顔に隠して近づいてくる主神。もうだめだー。最後の手段! 私は明後日の方向を指さし、


「あっ、あんな所に女神ヘラ様が!」

「なにぃっ!?」


少年の姿をした主神様が私の指さす方向に慌てて振り向く。同時に私は後ろに向かって全速前進した。


「はっ、しまった!?」

「あばよ、とっつぁん!!」


さあ、逃避行の始まりだ。







「ふっふっふ、あーっはっは! どこだメディア姫! 隠れていても無駄だぞ!! お前を探しておられるのは、ギリシア最強の神、ゼウス様なのだからなぁ!!」

「イキの良い幼女だな」

「……」


先頭を歩くのは幼女ぺリアス。得意満々の表情で練り歩くのを、後ろでアタランテは苦々しく感じた。

隣にあられる焦げ茶色の髪の少年、しかし恐ろしいまでの神々しさを放つのは主神ゼウスだ。

彼は私たちに逃亡したメディアを共に探すよう命じた。神々の王に逆らうことなど弱肉強食が理のこの世界にはあってはならないが、しかし、かの神の伝え聞く今までの所業を思えば躊躇してしまう。


「しかし、メディアはどこに行ったのか」


今我々がいるのは古都アヴァリスだ。かつてエジプトの王都が置かれたとされる歴史ある都市であり、そして現在は急ピッチで再開発と拡張工事が行われている。

話によると、将来この場所に新たな王都が築かれるのだという。

その工事の規模、投入される人員は途方もないもので、ギリシア本土ではおおよそ見る事の出来ない、超大国の威容を垣間見せている。

これだけの人間の大海から一人の女を見つけ出すことは難しいだろう。

ここで周囲を見回しても、身なりの良い貴族、労働者や奴隷といった無数の人込み、立ち並ぶ屋台、ダンボール箱ぐらいしか見えない。


「ゼウス様はこの街のどこかにメディア姫がいると言うが、探すのはたいそうな苦労であるな。見回しても、人、人、ダンボール箱ぐらいしか見えぬ」

「父上、空から探してみたけど、いなかった。人と建物、屋台やテントとダンボール箱ぐらいしか」

「そうであるか。あるいは、もうこの街から離れたのかもしれぬ」


翼をもつダイダロスとイカロスの親子も、流石にゼウスには逆らえず渋々メディアの捜索に参加している。

だが、どれだけ探せど人ゴミと雑多な建物、あとはダンボール箱ぐらいしか見当たらないようだ。

痺れを切らしたのか、主神ゼウスは空に向かって、おそらくはメディア姫に神託を授ける魔術の女神ヘカテーに交信を試みている。


「ヘカテーよ、アレはお前の巫女だろう。探し出せんのか? …うむ、いや、しかしだな」


どうやら、かの女神はメディアを助けることはしないまでも、ゼウスの企みには加担する気はないようだ。

主神の手前、捜索に手を抜くことは出来ないけれども、私はメディアがこのまま見つからないでいることをアルテミスに祈った。


「…ん、あのダンボール箱、あの場所にあったか?」

「何してるアタランテ、さっさとくぞ!」





「フフーフ、行ったようですね」


あっぶねー、目の前通ったよあのエロ主神。AMAZONESのダンボール箱が無ければ間違いなく見つかっていた。

アタランテちゃんが鼻をくんくんさせて私を探していて少し可愛いと思ったけれど、その程度は考慮済み。ダンボールの力ってすげぇ。

私は慎重にダンボール箱を被りながら、忍ぶようにその場から離れる。


「ママー、あれなにー?」

「シッ、見ちゃダメよ」


誰にも怪しまれずに、私は町中を屈みながら進んでゆき、ナイル川のほとりに出る。

さて、この後どうするか。紅海からインド洋に出て、そのままアジアでも目指そうか。

この時代、中国は殷王朝で、青銅器を使った野蛮な儀式に明け暮れているはずだ。あいつら生け贄を確保するために他の部族に戦争仕掛けてた殺人狂だし。

日本は卑弥呼だっていない縄文時代。米だって焼き畑で作ってるような原始人たちの巣窟だ。ワビサビの精神の欠片もないし、ソメイヨシノもないので魅力は半減だろう。

ぶっちゃけ、天孫降臨すらもされてない可能性すらある。一応、日本書紀的には179万年前とか言ってるけど、あれ桁とかサバ読んでるんじゃないだろうか?

日本人は4世紀中ごろまで現在の春夏秋冬を2年と換算していたという説もあるし、享年950歳のノアさんと同じく、盛った可能性は高い。

そもそもホモ・サピエンスの登場が25万年前で、出アフリカが7万年前、日本列島にホモ・サピエンスが到達したのが3万年前ぐらいだから、179万年という記述の誤謬についてはお察しなのである。

なので、神武天皇即位(これが前660年というのも怪しいのだが)から90年前というのが妥当なのではないだろーか。

まあ、そんなことはどうでもいいのだけれど。

そんな風に川辺で流れの音に耳を傾けて思案していると、隣に一人の男が腰かけた。男は盛大に溜め息を何度もつき、かなりうっとおしい感じ。

ブラウンの髪の色白の男で、身なりはかなり良いので貴族か金持ちの息子だろう。どうせ恋とか何かのしょうもない悩みを抱いているに違いない。

すると男は呟いた。


「なんであの男を殺してしまったんだろう…」

「ぶっ!?」


突然の殺人の告白。いや、そりゃ悩みますよね。殺人事件の犯人ですものね。バレたらこの時代、即打ち首か吊るされるかですものね。

吹き出してしまったことで、隣にいた男は驚きこちらを注意深く見てくる。


「い、今、このダンボール箱から声が? まさか、今のを聞かれて?」

「いや、まあ、聞きましたけどね」

「キェェェェェェアァァァァァァッ シャァベッタァァァァァァァ!!!?」


腰を抜かして驚く男。リアクション芸人か何かなのだろうか?


「まあ、落ち着きなさい、ヒトの子よ」

「あ、アナタはいったい…?」

「それはアナタ自身が判断する事です。それよりも、今はアナタの事では?」


ただの野次馬根性で彼の罪状を訪ねる。いやあ、殺伐としたこの世界で純粋な殺人事件なんて珍しいので。

ほら、だってこの野蛮人どもったら、人殺しに罪の意識も何もないから。ヘラクレスさんは別ですけどね。あのヒトの人殺しは罪じゃない。いいね?


「では、貴方の名を語りなさい」

「え、はい、私はモーゼ。ヘブライ人のモーゼです」


やだ、これ、絶対に厄介ごとだ。



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7時のニュースです。本日午後5時、王国北東の都市アヴァリスにて男性の遺体が発見されました。警察はこれを殺人とみて、捜査本部を設置し捜査を始めています。
現場のカトリさん。

はい。こちら、アヴァリス郊外の建築現場です。この付近では連日、多数の戦争奴隷を投入しての神殿の建設工事が行われております。
被害者は土木作業を監督する現場責任者の男性で、遺体はスケキヨのごとく砂に逆さまに埋まった状態で発見されました。
警察は犯行が早朝に行われたと見ており、犯人は遺体を砂に埋めたものの、風によって砂が飛ばされたことでスケキヨのごとき状態の遺体の発見がなされたものと見ております。
現場からは以上です。




[38545] 007
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:5ba030de
Date: 2015/03/19 20:27


あたしメディアさん。今、貴方の隣にいるの。

さて、先ほど出会った根暗な男モーゼ。この人殺しは現在、指名手配されているようで、橋の上では兵士たちが彼を探し回っている声が聞こえる。

そこで私は彼にすばらしいAMZONESのダンボール箱を与え、彼が隠れるのを支援してあげたのだ。

旧約聖書の歴史がまた1ページ。

そうして私たちは今、水路にかかる土色の石橋の傍にて、ダンボールを被りながら身をかがめ夜を待っているのである。

で、それまで暇なので、おしゃべりなどをしていると、彼は私がそこまで聞いていないにも関わらず、罪状どころか生い立ちまで話し始めた。

正直、眠い。


「私はヘブライ人の奴隷の子として生まれたのです。母は私をエジプト人から隠そうと努力しましたが、赤ん坊の泣き声を完全に隠し通すなど無理な話だったのです」


エジプトのファラオであるセティ一世は、シリア遠征などを経て多くの戦争奴隷を獲得し、エジプトにもたらした。

その中には当然、ヘブライ人たちも混ざっていた。そうして大量の戦争奴隷がエジプトに労働力として流入したわけである。

とはいえ、奴隷だってご飯を食べる。養える奴隷の数は有限なのだ。ファラオは戦争奴隷たちが無制限に増えていくのを嫌い、出産制限を命ずることとなる。

しかしまあ、人類の本質は「産めよ増えよ地に満ちよ」であるので、ルールを設けようとも生まれるものは生まれるのだ。

マイナスよりもプラスが上回るその種族特性こそが人類の強み。まー、だから、洪水起こしてキレイキレイしたくなるのである。

多いという事はそれだけで気色が悪い。


「母は私をパピルスの小舟に乗せ、ナイルの流れにその運命を任せたのです」


育児放棄ともいう。女装させて育てればよかったのに。母の教えは「貴方はスカートです」でした。


「しかし、その小舟を拾ったのが、たまたま水浴びをしていたファラオの王妃でした。彼女は私を養育することとし、私は王宮にて王子であるラムセス2世と共に幼年期を過ごし、多くを学び、今に至りました」


なんと短い貴種流離譚。鬼が島で鬼退治とか、あとは針を使って鬼退治とかしないのだろうか?

一転の勝ち組み人生。わかりやすい主人公補正である。

しかし、それを棒に振るあたり、米帝を裏から操る国際金融ユダヤ人というのは本当にアカン連中やで。


「確かに私を後見したのは王妃でした。しかしながら、私の乳母となったのは私の実の母だったのです。私は王宮にて育ちながら、ヘブライ人として育つこととなったのです」


ちゃんと監督しろよエジプト人。つーか、王宮でヘブライ人教育とかマジで命知らずだな。

そもそも、それが全ての間違いだったんじゃないだろうか。

民族主義ほど厄介なものはない。バルカン半島とか二十世紀後半あたりからの私の故郷グルジア周辺とか見ると、本当に切実にそう思う。

昨日まで喜びを共にさえしてきた良き隣人は、私の祖父が彼らに理解できない言葉をしゃべっていたというだけで、私に銃口を向けてきました。


「戦争奴隷とはいえ、あの男は同胞であるヘブライ人を虐待していたのです。私はかっとなって男を殺してしまいました。私は彼を逆さまにして砂に埋めましたが、それをヘブライ人の男に見られていたようなのです」


かっとなってとか、気が短いなこの男。ヘブライ人たちの神は彼の罪を問わないかもしれないが、エジプト人の神々は許さないだろう。

さて、その被害者の遺体なのだけれど、風によって砂が飛ばされ、砂に頭を下にして逆さまに埋めた遺体は発見されてしまう。

砂の中から足だけ天に突き出して発見されたスケキヨ遺体はさぞシュールだっただろう。

同胞のヘブライ人による密告は既になされたらしい。おそらくは懸賞金目当ての密告に違いない。

ファラオであるセティ1世はそもそも王妃がヘブライ人を養育することを良く思ってはいなかったらしく、これ幸いと懸賞金を掛けたのだ。


「それでどうするんです?」

「私はこの地を離れようと思っています」


2つのダンボール箱が水辺で向かい合い話し合う。スケキヨ的な遺体もシュールだが、今この場で展開されるシーンも十分に滑稽である。


「しかし、あちらこちらで検問が作られ、どうにも逃げることが出来なさそうです。神々の加護があったとしても、難しいかもしれません」

「神々?」

「はい」

「え、お前らの神様1柱だけじゃないんですか?」

「何の話ですかそれ?」

「え?」

「え?」


私は箱の中で豆鉄砲を喰ったような表情となっているだろう。え、セム一神教だよね。神様一つだけだよね?


「確かに私は雷神ヤハウェを主に信仰していますが、ヘブライ人は他にも天空神エロヒムなど多くの神々を信仰していますよ」

「えー」


どうやら、この頃のユダヤ人どもは多神教だったらしい。

エロヒムは基本的にはウガリット神話の最高神イルを起源とし、あるいはメソポタミアの主神アヌと同じルーツを有している神らしい。

対するヤハウェは嵐や雷を司る荒ぶる神であり、そのルーツはウガリット神話の嵐の神バアルにある。

ちなみに、バアルは蠅の姿をした悪魔ベルゼブブの元だったりするから皮肉が効いている。

バアル・ゼブル(崇高なるバアル)をもじって、バアル・ゼブブ(蠅のバアル)にしたのだとか。

エロヒムは天空神として当初は最大の権能と神々の王としての地位を有していたが、そのうちに人気が衰え、ヤハウェにその地位を明け渡すことになったそうな。

この二つの神はバビロン捕囚を経て一つの神に融合するわけだけれども、旧約聖書のオリジナルに近いテキストにおいてはこの二つの神の性格の違いが表れているという。

慈悲深い神としてのエロヒム、怒りや嫉妬深い一面を示すヤハウェ。

このため、後の聖書では神の二重人格じみた性質を見ることになるわけである。

まあ、聖書の歴史なんて改竄の歴史と同義であるし、後世に創作されたエピソードが勝手に付け加えられて正典扱いされるのは当たり前なので、さほどおかしくない展開ではある。

誤字脱字の果てに意味の分からなくなった原文を修復するため、書記が知識を駆使して意味の通る文章にしました的な。

意味は通ったが、本来の教えは失われているというオチ。人の子とはかくも愚かなのである。

それはそれとして、この犯罪に対する報いがない聖書ってどういうことなの?


「まあ、お話は分かりました。アナタは有罪です」

「なっ、私は同胞を助けようと!」


私の結論に慌てたような声でモーゼが反論しようとする。いや、でも、お前、人殺しだから。


「もしその奴隷の主の行為が行き過ぎていたのだとしても、アナタはまず説得を試みるべきだった。アナタは王太子の学友だったのだから、多くの権限を行使できたはずです」

「……そ、それは」

「アナタは十分な資産を動かせる地位にあったはずです。なら、奴隷の待遇を買うことも出来たでしょう」

「しかし、それで救われるのはあの奴隷だけで…」

「アナタの行為で救われたのも、結局はその奴隷だけですよね」


本当に人間ってバカばっか。

考えたらわかるだろうに。

確かにその奴隷の主人は目に余る虐待をしていたのかもしれないが、しかし現状それは法的には合法だったのだろう。

であるなら、この男は多くの人間を説得し、奴隷の待遇改善を目指すべきだった。あるいは法にまで働きかけ、奴隷の扱いに関する法を王の口から制定させるべきだった。

この男にはそれが出来るだけのコネクションがあったはずなのだ。次代の王たるラムセス2世、王妃。王宮に住んでいたのなら、他にもツテはあったかもしれない。


「アナタが殺した男にも家族がいたはずです。もしかしたら、男は奴隷には厳しくとも家族には良き夫、父、息子であったかもしれない。なら、アナタはその家族に対してどのような贖いをするのです?」


戦争奴隷に厳しく当たったのはエジプト王国という社会であり、モーゼが殺した男はそのごく一部、構成員に過ぎない。

奴隷の扱いに異議を唱えるならば、その対象はエジプト王国そのものに対してでなければ意味がない。奴隷の主人は王国の常識に基づいて行動したに過ぎない。

これは完全なボタンの掛け違いだ。本来報いるべき相手を間違えている。

別の誰かによってもたらされた罪が、全く別の人間に罰として降り注いだとしたら、それは単なる罪の連鎖、呪いの拡散に過ぎない。


「良いですかヒトの子よ。人は人を裁くことはできないのです。罪の所在が常に行為者のみにあるわけではないのです。罪の裁きは神の領分。人が裁くのは、秩序を乱し、法を破った犯罪に対してのみなのですから」


ちなみにヘラクレスさんがやった場合は無罪です。いいね。


「わ、私はどうしたら…」

「そうですね…」


さて、どうしようか。

ここで彼を助ける。

旧約聖書に私の素晴らしい行いが記述される。

信仰が増えるよ! やったね、メディアちゃん!

げへへ。これは徳ポイントを稼ぐ絶好の機会。ここでセム一神教に取りいって、ゼウスへの牽制に使えればなお良し。


「神は言っている、ここで死ぬ運命ではないと」

「え…?」

「私はコルキス王国の王女メディア。貴方は未来、シナイ山にて、この世界の行く末に影響を与える重要な出来事に、運命に出会うでしょう」


ちなみに、運命に出会うのは夜と相場が決まっている。私は邪悪な愉悦に浸りながら笑みを浮かべ、モーゼに語る。

顛末をある程度知っているからこその超ハッタリ。


「貴方はこの罪を贖う役割を与えられるでしょう。その時が来るまで、貴方はここで死ぬ運命ではない」

「私の運命…」

「そうです。よって、私が貴方をエジプトから逃がしましょう」

「貴女はいったい…」

「私はただの魔女ですよ。フフーフ」


ここで旧約聖書に魔女の助けがあったなんて記述があれば、もしかしたら魔女狩りの受難に遭う人々の数が減るかもしれない。

まあ、あいつら、勝手に文章変えたり解釈変えたりするから、どの程度の効果があるかはしらないけれど。

すると、唐突に近くで知った声が。


「も、申し訳ございませんゼウス様、メディア姫めは必ずすぐにでも…」

「ふむ…、やはりメディアはもうこの街には居ないのかもしれぬ。ふっ、この我を出し抜くとは大した女ではないか。はっはっは」


小物臭しかしない元ゲス男の幼女と、威厳溢れる魅惑的なショタ声の少年の声。タイミングが悪い。私は慌てて押し黙る。

しかし、ぺリアスめ、完全にゼウスに取り入ろうとしてやがる。あの幼女は後で腹パンの刑に処すべきだろう。

とはいえ、私はこの場は忍ぶことを優先する。しかし、同時に車輪がガタゴト鳴り響く音がおそるべき速度で後方から近づいてきた。そしてっ、


「ぬおっ!? 危ないではないか! この我を誰と心得る!!」

「な、なんと乱暴な運転であるか」


という声と共に突風が吹き荒れた。かぶっていた段ボール箱が吹き飛ばされ、四つん這いの私たちの姿が太陽の下にさらされる。


「あ」

「お?」


ギャリギャリと車輪が道をドリフトして滑る音。私と馬車に乗る男の視線が交わる。厄介ごとに溢れた運命的なものを感じた。

同時に向こう側から送られる主神様の視線も感じる。クソ。

それはともかく、馬車の男だ。馬車は金銀宝石をふんだんにあしらった豪華なもので、両隣には褐色の美人を抱き寄せるように同席させている。

リア充爆ぜろ。

男は20代後半の色黒の美丈夫で、身に纏うものも金銀のアクセサリー。おおよそ一般人には見えず、何よりもその身に纏う空気には覇気すら感じ取れる。

男は道にペタンと座り込む形で見上げる私を上から下に舐めるように観察する。そして、


「…美しい」


男が不穏な一言を呟いた。


「なんという美しい娘だ。銀色の髪、真珠のような肌、憂いを秘めた瞳。娘よ、この俺の妾にならないか?」


男はイケメンスマイル、奥歯をキラリと輝かせる歯が命付きで私の手を取ろうと腕を伸ばした。イケメンは絶滅すれないい。


「あ、兄上っ」


と、ここでモーゼが声を上げた。兄上ってことは、つまり王族ってか、あー、大体コイツが何者なのか見えてきた。

やだ、ものすごい厄介なのにまた目を付けられたし。

美丈夫はモーゼに気付くとオーバーに両手を広げて馬車から降りると、モーゼに歩み寄った。


「おお、モーゼではないか。あまりにも美しい娘を見つけたせいで、周りが見えなかった。すまないな」

「いえ…」

「そう心配するでない弟よ。確かに父上はお怒りだが、この俺が説得してみせよう。なに、この次代の王たるこの俺に任せれば悪いようにはしない」


いい兄貴じゃないか。ただしイケメンは爆ぜろ。

次期ファラオのこの男が弁護すれば、あるいはファラオであるセティ1世の判断も曲がるかもしれない。

そう、このイケメンこそが古代エジプト王国にて最も偉大とされたファラオ、建築王ラムセス2世である。

今はまだ王位には就いていないものの、此度のエジプト観光の際には彼についての多くの噂を耳にしていた。

建築に深い造詣を持ちながらも、将としての才能も有し、また戦士としては一流とされる大王だ。

まあ、カデシュでは負けたのだけど。壁には勝ったなんて強がって書いてるけれど、実際には負けたのだけど。

そしてラムセス2世は再び私に向き直る。


「さあ、娘よ。返事を聞かせてもらおうか」

「そこまでにしてもらおうか人間」


だが、そんな王子の言葉を遮る声が。その正体は若作りショタ主神。案の定、話に割り込んできた。

これ、前門の虎後門の狼って奴じゃないですか。やだ、前から後ろからとかエロい。つか、逆ハー展開とか視聴者は望んでいませんので。

二人は視線を交わし、互いが油断できない相手であると認識し合う。


「なんだ、ガキは黙って見ていろ」

「くっくっ、この我の真の姿を知らぬとはいえ、無謀な物言いだな」

「どこの神かは知らんが、このエジプトでこの俺と対峙する愚かさを身を以て知ってみるか?」

「いいだろう若人。この我の雷霆にひれ伏すがいい」


何この人たち、血の気多過ぎ。野蛮すぎて文明人アイドルのメディアちゃん、ちょっとついていけない。

まるで雌を巡り争う野生動物の雄同士のように牽制するような睨みあい……、ああ、そのままの話でしたね。本当にアニマルな連中です。


「どりゃぁぁ!!」

「ふんがーっ!!」


まずは拳の応酬でから始まった。流石後世に名を残す両者、願いを叶える龍玉を探すマンガのZ版みたいな戦いが始まった。

つか、拳で衝撃波とか止めてください。周りに迷惑ですから。

暴風が吹き荒れ、屋台のテントはめくり上がり、砂埃は舞い上がり、女の子のスカートもめくり上がる●REC。


「ぐふぁっ!?」

「ごぉ!?」


あ、クロスカウンター。

少年の姿だった主神様はその変身を解いて、筋肉ムキムキのジジイの姿となっており、ラムセス2世と綺麗に腕を交差させる形で互いの頬に拳を叩きつけた。

二人は少しよろめき、口から一筋血を流して、互いに後ろに下がる。


「ようやくその若作りを止めたか」

「やるな小僧。少しばかりは認めてやってもよいぞ」


あれ、この話、いつの間に少年漫画みたいなバトルものに変わったんだろう。メディアちゃんマジ困惑。


「いいだろう、少しばかり我の力を見せてやる。後悔するなよファラオの息子よ」

「くっ、ならば俺も力の一端を見せようか。このエジプトの地で未来のファラオを敵に回した事を後悔するがいい!!」


ジジィゼウスが肉体から放電を始め、強烈なオーラ的なものを体から吹き出し始める。人間相手に大人げないなこの主神。

対するラムセス2世は太陽を見上げ、両手を大きく広げて祈りの言葉を声に出し始めた。太陽神ラーを讃える言葉。


「おおっ、我が神ラーよ。どうか貴方が創造した次代のファラオたるこの私に力を!!」


すると、彼の背後にて強大な神気が唐突に湧き上がった。それは徐々に形を為し、ハヤブサの頭を持つ巨大な人型へと具現化する。

それはエジプト神話最高神ラーのアヴァターだった。太陽神ラーはゆっくりと世界を見下ろし、そして口をひらく。


「ふがふが…、イシスさんや、お昼ご飯はまだかの~?」

「ただのボケ老神じゃないですか!!」


思わず突っ込みを入れた私は悪くない。つーか、私を見てイシスとか呼ばないでほしい。


「おおラーよ。昼餉は先ほどお供えしたではないですか」

「んんっ、そうじゃったかの。ところで、お主は誰じゃ」

「さっきも交信したではないですか我が神ラーよ。貴方の創造せし者、ラムセス2世です」

「おー、おー、お主か。少し見ない間に背が伸びたんじゃないのか?」


ダメだこの太陽神。

ボケてるって話は噂では聞いてたけれど、流石にこれはない。つか、オムツつけてやがるし。

太陽神ラー。実のところ、その後半の在り方は酷いものだ。ボケて涎を垂らしてるところで、イシスにその涎を採取され、魔術に用いられ、真の名をイシスに教えることになった。

後はそのまま神の王の座から転落である。まあ、ボケ老神に従わなければならない神様の不満もあったのだろう。

そうしている間に、おやつに釣られた太陽神ラーがラムセスへの助力を受け入れた。もうそれ以上、神様の威厳を損なうのは止めて。

ラーの依り代となり、強烈な光輝を放ちだすラムセス2世。手のひらを反してかかってこいとジェスチャーを。

対するゼウスはボディービルのように筋肉アピールのポーズをして私にウィンクをした。止めてください吐きそうです。

そして、準備が整ったのか、ギリシア最高神と(元)エジプト最高神の超バトルが開始される。

雷撃が舞い、火球が撒き散らされる。そしてぶつかり合う拳はTNTに換算して数トン。これ、放っておいたら街が大変なことになるんじゃ…。

私の目から輝きが失われ、諦観していると、ここでいきなり別の神様に話しかけられる。くちばしの長い鳥、トキの頭をした神様だ。


「えっと、手伝ってもらえます?」

「貴方は?」

「あっはい、自分、トートという者です」


丁寧に名刺を渡される。私は慌てて懐から名刺入れを取り出して、名刺交換をする。いやぁ、名刺はリーマンの基本的な装備ですからね。


「これはこれはご丁寧に、ほお、コルキス王国の姫君でしたか」

「いえいえ、私などギリシア神話の末席にすぎません。エジプト神話最大の賢者であるトート神様に会えるなんて光栄の至りです」


智慧を司る神々の宰相トート。智慧に加えて暦と魔術を司り、太陽神ラーの右腕として活躍する最上位の神だ。

だけど、なんかその表情は苦労しているというか、疲れた感じ。あ、わかります。あーゆー上司がいると困りますよね。


「では、一仕事してから手伝いましょう。人の子モーゼよ、今のうちに東に行くのです。そこで貴方は第一の出会いを得るでしょう」

「め、メディア姫、貴女はどうするのです?」

「私はこの争いによって苦しむ民草を救わねばなりません。これは貴方には出来ない事です」

「おお、なんという…」


モーゼが私に尊敬の眼差しを向けている。つーわけで、さっきからこっち見ているヤハウェさん、ちょっと便宜図ってもらえませんかね。

え、OK? よっしゃ、これで勝つる。


「分かりましたメディア姫、このご恩は決して」

「ええ、ではその箱は貴方に差し上げましょう。たとえ悪魔からでさえもその姿を隠し通す魔法の箱です」

「分かりました。この箱はヘブライ人皆の宝といたし、例えば神から何かを賜った時などはこの箱に入れて後世に伝えましょう」


そうしてモーゼはAMAZONESのダンボール箱を被ってこの場を後にする。

よかったよかった。これで私の名前も前向きな形で歴史に残るというものである。…あれ?


「あいつが神様から賜るものって確か…、え、じゃあ、それをあの箱の中に入れるってことは……、やっべ」


その事実に気づき、思わず私は口を覆ってしまう。なんてこった。つまりあれを巡って、将来、エキセントリックなアメリカ人考古学者とナチスが争うのか。

うん、まあ、そうなったらそうなったで仕方がない。私は悪くない。気を取り直し、私はトート神に向き直った。


「さて、お手伝いいたしますね」

「助かります」

「いえいえ、お互い様ですから」


ボケ老神とエロ主神の頭上での超バトルを横目に、私とトート様は壊れた建物とか死にかけた一般人の治癒などに奔走する。

なんで今のうちに逃げないって? そりゃあ、あれですよ。ヤハウェにもわたりを付けられましたし、トート様とのコネクション重要ですから。

トート神は女神イシスの魔術の師をしていたほどの神であり、ヘルメス・トリス・メギストスのルーツとなるほどの存在だ。

この辺りのコネがあれば、ゼウスもエジプトの地で好き勝手に私に手を出してはこないだろう

しかし、流石は2神とも人類を一掃しようとした前科もち。民草には一切の容赦がない。だから信仰が薄れていくのだ。

ギリシアでもゼウスはそれなりに敬われていたけれど、後代に入るとその好色ぶりが仇となって人気が衰えていく。

まあ、女神アテネの方が可愛いし処女だしで仕方ないよね。童貞はみんな処女厨だし。男はみんな、一度は童貞だったわけだし。

エジプトのラーはホルス神とオシリス神の人気が出て、最後には王座から引きずりおろされている。


「メディア、私も手伝おう」

「自分も手伝うのである」「手伝う」


おお、アタランテちゃんもイカロス親子も手伝ってくれるようです。持つべきものは友達だなあ。


「ぺリアスは?」

「そこでのびているな」


幼女は気絶していた。うわ、マジでコイツ役にたたねぇ。


「しかし、こう暴れられては追いつかないな」

「ですねぇ。誰かあの神話災害止めてくれないでしょうか。ああっ、こんな時にヒーローが颯爽と出てきてくれたら!」


とはいえ、喧嘩しているのは相当の力を有した神々だ。私程度ではとてもじゃないが介入できない。

しかし、


『おっけー』


どこからともなくそんな声が聞こえた。唐突に暗雲が立ち込めはじめ、その異常にゼウスとラーも天を見上げた。

そして雲の割れ目から現れたのは…、


「………」


それは、無言の圧力だった。しかし、その圧力には物理的な強制、作用すら感じさせる。神々しい姿だった。


「メジェド君、オリシスあたりに言われて出てきたかな?」


逆さまにした真っ白な袋を被り、すね毛の生えた両足だけを突きだしたシンプルな御姿。袋には切れ目の長い目があり、涼やかな瞳で争う2神を見つめる。

そして、その瞳から突然、電撃じみた見たことも聞いたことも無いエネルギービームが放たれ、暴れまわる2神を襲った。


「「あばばばばっ!?」」

「仲良くね」


2神を物理的に黙らせると、彼はそう言い残し、ゆっくりと天上へと登っていく。

風が吹いた。

ピラリと彼が身に纏う衣の裾が風にあおられた。そして、ちょっと見えた。


「すごく…大きいです」

「さて、このまま君がここに残っているとエジプトがまた騒乱に巻き込まれてしまうね」

「す、すみません」

「ああ、いいよ。責めているわけじゃない。彼らはいつだって理不尽だからね。それに、今回はラーのバカの責任でもあるし。助けが必要なら呼んでくれ」

「ありがとうございます」


エジプトの魔術の神の連絡先アドレスを手に入れた。やったねメディアちゃん。


「じゃあ、今日はありがとう」

「え、でも、まだ全部終わってませんけど」


周囲はまだ瓦礫の山だ。民衆の記憶操作だって完全じゃない。魔術の神との共同作業はとてもいい経験なのだけど。


「君には迎えが来ている。ほら」


トート様の言葉に促されて振り向くと、メイド服姿の少女がこちらに向かって走って(?)くる。


「メディアさまー! うわぶっ!?」


そして、まるで定められていたかのように、何もない場所でつまずき転んだ。


「スキュラじゃないですか、大丈夫ですか」

「えへへ、メディア様は優しいなぁ」


手を差すと、メイド少女がほわほわした感じのゆるい笑顔をこちらに向けてくる。昔ちょっとした事で知り合った女の子、スキュラだ。

伯母にあたる魔女キルケ―に呪われて化け物の姿と凶暴な性格に変わってしまったのだけれど、以前、釣りをしていた時にたまたま引っかかったので、呪いを解いてあげたのだ。


「それとスキュラ、スカートから触手が覗いてますよ」

「はわわっ、ご、ごめんなさいっ」


慌ててスキュラがスカートから出ていた触手を仕舞い込んだ。

ちゃんと人間の足に戻してあげたのだけど、たまに思い出したかのように下半身から触手が生える。お腹から犬も生える。

キルケ―おば様の嫉妬パワーにも頭が下がる思いである。

さて、そんなスキュラだけれど、その後、私の祖父であるオケアノスおじいさまのお屋敷に斡旋してあげて、それ以来、彼女はそこでメイドとして働いていたはずだが。


「それで、そうしたのですか?」

「はい、オケアノス様がお屋敷に来るようにと。ゼウス様とヘラ様から匿って下さるそうです」

「本当ですか?」

『ええ、本当ですメディア』

「ヘカテー様も」


巫女巫女通信が唐突に繋がる。久しぶりにヘカテー様の声を聞いた。


『ゼウス様とヘラから貴方を守る準備が整いました。ポセイドン様の助力も得られましたので、ゼウス様も手出しはできないでしょう』

「あ、ありがとうございます」

『今回はヘリオス様が積極的に動いていただけましたから』


どうやら、ヘカテー様が神々に根回しをしていたらしい。祖父のヘリオス様とオケアノス様が動くのは分かるとしても、ポセイドン様まで動かすとは…。

そして、川辺までやってきたのはアルゴー船。


「姫さん、さあ早く乗って!」


アルゴー船の管制人格『物言う木』が、かっこよくそんなセリフを言い放つ。工業製品(もの)のくせに生意気な。

あとで、質の良い防腐剤とかを塗ってあげましょう。

私は振り向き、トートに深く頭を下げると、救助作業に精を出すアタランテたちに声をかけた。

「それじゃあ、行きましょうかアタランテ! ダイダロス、イカロス!」

「うむ。ところで、これはどうする?」


アタランテがのびている幼女を指差した。


「……後でお仕置きです」


そうして私たちは船に乗り込み(ぺリアスを引きずりながら)、一路進路を西へ。オケアノスおじい様の屋敷を目指すこととなった。







「起きましたか」

「ん…、ここは?」


ラムセス2世は痛む頭を押さえながら寝床より起き上がる。ぼーっとした思考。なにがったのか。

と、数秒してようやく頭が回り出す。


「そうだっ、あのギリシアの神と…。あの娘は…? あの美しい……」

「ほう、美しい娘ですか」

「ああ、とても美しい。私の新しい妾にぜひ……、って、あれ?」


ラムセス2世はようやくここが王宮であることに気付いた。そして、自分の傍にいる女性の事にも。

ギギギギと油の切れたブリキ人形のようにラムセス2世は女性に顔を向ける。めちゃくちゃニッコリ笑顔だった。


「ね、ね、ね、ネフェルタリ……」

「ひどく暴れたらしいですね」


ラムセス2世の額から大量の汗が噴き出る。黒髪褐色の美女であるネフェルタリさんは、その翡翠色の瞳を細めて、とってもニッコリ笑顔。


「ちちちち違っ、これはそのっ」

「しかも、嫌がる女性を無理やり妾にしようとしたとか」

「そそそそそそれは…」


ラムセス2世は未来のファラオである。この世に恐れるものなどあるだろうか、いやない。でも、今の彼はガクガク震えていた。そして、


「あ、俺が、いえ、僕が悪かったです許してください何でもしますか…、あぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」


その日、王宮からラムセス2世の悲鳴じみた叫び声が木霊したが、王宮の人々はいつものことかと特に気にも留めなかった。



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とりあえず、エジプト編はここまで。


失われた聖なる段ボール箱を巡り、インディアナ・ジョーンズ教授とフランス人考古学者ルネ・ベロックおよびドイツ国防軍ヘルマン・ディートリッヒ大佐が死闘を演じます。

魂の井戸に隠されていた段ボール箱をインディは探し出すも、ナチスとの間で何度も段ボール箱の奪い合いが繰り広げられるのです。(手に汗握る。)

クライマックス。Uボートによってクレタ島の秘密基地に運ばれた段ボール箱。ロケットランチャーを手にしたインディ、段ボール箱を盾にするルネ・ベロック。

段ボール箱はどうなってしまうのか!?

そして最後、アメリカによって回収された聖なる段ボール箱は、エリア51の地下倉庫、大量の段ボール箱が並ぶ保管場所に収められるのだった。





[38545] 008
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:5ba030de
Date: 2015/03/19 21:59
「スキュラ、実は昔、どんな質問にも答えてくれる魔法の鏡を作ったんです」

「すごいですねー、さすがメディアさまです」

「でも、ほどなく私、その鏡を割ってしまったんです」

「なぜですかぁ?」

「ちくわ大明神」

「え、え?」

「その鏡が言ったんです。やれやれ、君が私に質問するのは勝手だが、君の作ったものが君以上の答えを出すと本気で思っているのかね? って」

「いやいや、さっき、何か妙な事言いませんでしたか!?」

「?」

「……」

「?」

「……はぁ、それはそうと、メディアさま、次の書類です。テテュス様が処理早めにだそうですよー」


海を見渡せるシーサイドビュー。大きな水晶の窓の向こうには深い群青色の海が広がり、ウミネコがミャーミャー鳴いている。

ウミネコに絶海の孤島のお屋敷、メイド、そして私は魔女。閃いた!

執務室の大きな木製の机、その上にはたくさんのパピルスの紙。私はそれをチェックしては、印鑑を押したり、ペンで注釈したりしていく。

傍には可愛らしい童顔のメイド、たまに触手が生える菫色の髪の巨乳の女の子スキュラが甲斐甲斐しく私の身の回りの世話や整理をする。

私はふと、壁際に置かれた鳥かごの中で忙しなく首をかしげるカナリアをみてため息をついた。


「くっ、これが居候の悲哀ですか…。なんで私が水利権の処理なんかを…。アルノ川はこのぐらい…。はぁ、ちょっと休憩します」

「わかりましたぁ。お茶、新しく淹れなおしますね~。よいしょ、よいしょ」


スキュラは癒しやでぇ。あざと可愛い。私はスキュラのふりふり誘ってんのかよって感じのお尻に手を伸ばし、その手は触手に払いのけられる。解せぬ。

さて、エジプトからの逃避行の後、私はオケアノスおじい様のお屋敷に匿われることになった。

これにはヘカテー様がヘリオスおじい様の協力を取り付け、ヘリオスおじい様から黄金の杯船という魔法の品を貸してもらった事が大きい。

海神オケアノスが住まう西の果てと呼ばれる場所は、座標的には大西洋になるのだけれど、実際に行くにはジブラルタル海峡から異なる位相の神の世界に入る必要がある。

妖精郷とか桃源郷とかそういう類の異界であり、境界であるヘラクレスの柱を越えると旧世界を一周する規模の外洋オケアノスに入ることが出来る。

この外洋を越えるには、海神オケアノスの娘婿である太陽神ヘリオスが所有する黄金の杯船が必要となる。

ヘカテー様はこの黄金の杯船とアルゴー船を同期させることで、私が外洋を越えられるように取り計らってくれたのである。


「匿ってもらってるのに、何も恩返ししないのはダメですので」


オケアノスおじい様は何もせずお姫様してたらいいよって言ってくれたのだけれど、色々と動いてくれた手前、何もしないわけにはいかない。

海神オケアノスの領域にはオリュンポスの神々とて下手に手を出せない。特に、女神ヘラは絶対に海神オケアノスとその妻である水神テテュス、つまり私の祖父母には手出ししない。

何故ならば幼き頃の女神ヘラを養育した養父母こそが海神オケアノスと水神テテュスの夫妻であり、ヘラはこの2神を非常に尊重しているからだ。

また、海神オケアノスは老獪な政治家としての一面も持ち合わせている。今回の私を匿うための謀についても、おじい様の暗躍があったそうな。

彼は神々の覇権をかけた戦いティタノマキアにおいて、オリュンポス側に対して友好的中立を貫きつつ、自分が本来所属するティターンが敗北してもその地位と権能を守り通すなど、その政治手腕には定評がある。

女神ガイアを敵に回したクロノス率いるティターン達に勝機はないと見抜いた彼は、自分の娘メティスがオリュンポス側にあり参戦できないとかのらりくらりしたのだ。

そして同時に密かに女神ヘラを養育し、またティターンの一部を寝返らせるなどの謀略も張り巡らせている。

オリュンポス側の勝利に彼の娘たる女神メティスの活躍が決定的な役割を果たしたこともあり、また女神ヘラの養父母たる彼らがゼウスから厚遇されないはずがなかった。

このため、ゼウスといえど世界中に清らかな水を供給する権能を有したオケアノスとテテュスを軽く扱うことなどできないのだ。

というか、もう書類みたくない。ハンコ押しすぎて手が疲れた。


「スキュラ~、もうデスクワークしんどいのです」

「その割にはものすごく有能だってオケアノスさま、すごく褒めてましたよ」


まあ、前世の関係でこの手の仕事は出来ないわけじゃないけど。21世紀に生きた社会人の事務能力補正が効いているのです。

というわけで、私は癒しのためにスキュラの可愛いお尻にもう一度手を伸ばす。まさぐるように。

メイドを愛でるのは上流階級の務めなのです…って、犬!?

<ガブッ☆>


「あいたたたたっ!?」

「はわわ、ダメじゃないですかっ、メディア様の手を噛んじゃ」


伸ばした手をガブッ☆と噛んだのは犬の頭。唐突にスキュラのお腹から生えた黒いお犬様がガジガジと私のお手々をいただきます。

やめてください、私の手は美味しくないです。


「わんわんお、わんわんお」

「くっ、セクハラすらも許されないのですか!?」

「ごめんなさいごめんなさい!」


おっぱいが大きくて扇情的で虐めっ子オーラ丸出しのメイドっ子スキュラちゃん。ドジで失敗ばかりだけれど、セクハラについては触手と犬の頭が許さない。

必死になって謝るスキュラちゃんも可愛いけど、でも、その暴力的なお犬様の敵意に満ちた目はいただけません。


「やはり、どうにかしてこの呪いを完全に祓わないと(安心してセクハラできない)…」

「でも、ちょっと可愛いって思いません?」

「……ま、まあ、好みは人それぞれですが」


これも萌ポイントといえば萌ポイントなのかもしれぬと思い直す。思い直してスキュラちゃんのたわわに実った胸を揉みしだこうと手を伸ばし、

ペチッ☆

触手に払いのけられたし。小癪な。もう一度手を伸ばすが、またペチリ。くそっ、くそっ、触手ごときがこの太陽神と海神の尊い血脈に逆らうだとっ!


「おのれ、私はスキュラの巨乳をぇぇ!?」


気が付いたら、私の身体は宙を舞っていた。触手にぽいっと放り投げられたらしい。まったく、やりよる。女の子にエロい事するためだけのものじゃなかったのですね。

完敗です。


「はわわっ、またっ!? ごめんなさいごめんなさいっ」


しかし、このメイド、ガードが堅いな。







オリュンポス山の異なる位相に存在する山頂、そこにはひときわ豪奢な神殿がそびえている。偉大なるオリュンポス十二神が住まう場所だ。

その巨大にして人類には建設できぬ驚異の構造をもつ神殿には、積層する美しい模様を生かした、豪華にして重厚な壁とドーリア式の柱で出来ている。

これは、遥か東方の地で切り出された縞瑪瑙が用いられているからだ。

また、正体不明の白い玉石の板材でできたレリーフには、神々の戦いティタノマキアなどを描く見事な彫刻がなされ、宝石をちりばめたような彩色は人間の手では再現できないだろう。

その神殿の中央、玉座の間にて、神々の王ゼウスと神々の伝令使ヘルメス神が謁見していた。

神々の給仕たる美少年ガニュメデスに酒を注がせ、ゼウスは鼻歌交じりに口を開く。


「ふ~んふ~ん♪ メディアめ、なかなか捕まらぬなぁ。だが、簡単に手に入るのも面白くはない。そうだ、ヘルメス、何か案を出せ」

「えっと、まだやるんですか父上?」


ヘルメスは呆れるように目の前の父、大理石の玉座に座る、偉大なるオリュンポスの王ゼウスに問う。

神々の王ゼウスは白く豊かな口髭をたくわえた威厳のある姿なのだが、それも彼が今夢中なメディア姫の絵を鼻を伸ばして眺めている姿のせいで台無しだ。

加えて、縞瑪瑙で出来た背の壁にはメディア姫を盗撮したと思しき絵を拡大したポスターとかがかけられていて、正直、忠実なる息子を演じるヘルメスとしても心苦しい。

正直、いい加減にしろよこのエロ親父、正直ついていけねぇよって気分。具体的には自分の親父が中学生相手に援助交際しているのを知った気分。

でも、彼の座右の銘によりヘルメスが父に逆らう事はない。


「当たり前だ。この我が欲したのだから、当然、この手に落ちるのが定め。最後には、我がこうすることで喜ばぬ女はいなかった」


ゼウスが助平ジジィの顔をして、手に持つ絵にブチューと口づけをする。ヘルメスは鳥肌が立った。きめぇ。

最悪だなこの親父。もう、チェンジしていいですか? ハーデス様あたりが上司だったらいいのに。


「まあ、父上の中ではそうなんでしょうけれど」


ドン引きしているガニュメデスを横目に放っておいて話を進める。銀髪の美青年であるヘルメス神の座右の銘は、長いものには巻かれろである。


「そういうわけだ。メディア姫をオケアノスの地から連れ出す方策を考えよ」

「はぁ。まあ、わかりまし……っ!?」


その時、ヘルメスは酷く悍ましい気配を感じ、ばっと後方の柱のあたりに振り返った。そうしなければ自分の命が脅かされると本能的に確信したためだ。

しかし、ヘルメスは振り返った事に後悔した。そして自らの浅はかな行いにひどく後悔し、その後悔が後の祭りであり、ヘルメスはおしっこをちびりそうになった。

柱の陰に、女がいた。

美女だ。美少女である。ピンク色の髪の、神がかった美貌の女。だが、その瞳は深く深く、どこまでも深かった。

まるでタルタロスの底を覗き込んだような気分。悍ましく、暗く淀み、この世全てを呪い殺すような、恐ろしい瞳だった。正気を失いそうだった。

重油の中に身を浸したような、魂の全てを冒涜され、穢し尽くされた様な気分となった。喉がカラカラになって、ヘルメスは今にも子供のように泣き出してしまいそうになった。

女は小さく呟いていた。


「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……」


<SANチェック>
あなたはとっても可愛らしい女神ヘラ様(片手斧装備)に出会ってしまいました。さあ、10面サイコロを二つ用意して振ってください。2d10/1d100。


ヘルメスはアイデアロールに成功してしまった。







「はっはっは。メディアちゃん、たーんと食べなさい」

「はい、おじい様」


海神オケアノスの屋敷は毎日が宴会である。お金はかからない。みんな貢ぎ物で成立してしまう。

地中海世界および北大西洋東海岸部の水の配分、海流などの調整はそれだけ巨大利権なのだ。利権には多くのマネーが集まるものなのである。

なにしろ、欧州から海にそそぐ全河川、地下水および湖沼に配分される水量がこの場所で決定されているのだ。

少しでも不況買えば渇水だ。渇水すれば水争いだ。戦争だ餓死だ飢餓だ。オケアノスの采配一つで、民族集団が一つ消えるほどの紛争が起こるのである。

当然、生命がかかる以上、人間どもも、その土地の土着の神も精霊も必死になってオケアノスに賄賂を贈る。

うっはうっはである。

まあ、全体の水量は決まっているので、管理する側は相当神経を使うのだけど。基本的に嘆願は突っぱねる方向らしいのが救い。

日本なら戦前あたりの役所仕事のノリである。お役人様万歳。腐敗の温床である。でも、この時代、まだ西暦以前ですので。


「メディアちゃん、この蟹、北海から頂いたのよ」

「とても美味しいです」


さて、そんな巨大利権を扱う権力者、海神オケアノスと水神テテュスなのだが、6000近い子供をもうけるぐらい仲の良い夫婦であり、そして子煩悩であり、孫バカである。

もう、孫娘が可愛くて仕方ないらしく、私を猫可愛がりである。いや、アンタら孫娘いっぱいいるだろうに。

この屋敷には2神では使い切れないほどの貢ぎ物が毎年贈られてくるらしく、この孫バカ二人は私にこれを嫌というほど投入してくる。

新しい服で溺れそうだ。

これが権力。これが利権。いやぁ、一度この甘い蜜をすったら、絶対に手放してなるものかとしがみ付きたくなるという人間の気持ちも分からないでもない。

何しろ、この2神の可愛がりを見た地方神どもの使者たちの手の平返しは、正直見ていて気持ちが悪かったので。

最初は胡散臭そうにしてた連中が、今は完全にゴマすりモードである。虫酸が走るのです。笑顔で賄賂を受け取るのです。

ああ、ちなみに賄賂を受け取ったらダメなんていう法律有りませんから。紀元前なので。だから、賄賂をもらったからって必ず報いる必要もないのです。

まあ、ちょっとは色を付けてやるのもヤブサカじゃないというか。やったらやったで賄賂の量がわけの分からない事になりますが。

げへへ。


「おや、あの鯛。ちょっと踊りが下手ですね」

「あらあら、見苦しいわ。お前たち!」


テテュスおばあ様がパンパンと手を叩くと、屈強なインスマス面の半魚人二人が現れ、舞台で踊っていた鯛と平目たちの中から、踊りの上手くない鯛を捕まえる。


「ああっ、おやめくださいっ。娘だけはどうかっ!」

「おかーさんっ!!」

「ええい離せ。コイツは今から蒸し物にされるのだ!」

「ああっ、酷い。よよよよ」


次は蒸し物ですか。おいしそうですね。これが権力の味。


「そういえば、アタランテ、暇をしていませんか?」

「はむはむ…んむ?」

「ああ、そのマグロステーキ飲み込んだ後でいいですから」


隣で野生児アタランテちゃんがマグロの大きな切り身を焼いたのに齧り付いている。誰も取らないし、食べきれないほどあるので急がなくてもいいのに。

北大西洋クロマグロ美味しいですけどね。

アタランテは口に入れたモノを飲み込み、ビールをくいっと飲み干すと、ようやく話ができるようになった。


「ああ、もう、口のところが汚れてますよ」

「ああ、すまんな」


フキンでアタランテの口元を拭う。もう、本当に野生児なんですから。可愛いんだから、もうちょっとマナーに気を付けてくれればいいのに。


「それで、アタランテ、どうですここでの生活は?」

「うむ、故郷に未だ帰れないのは残念だが、色々な島々を巡るのは得難い経験だな」

「ああ、そういえばカナリア諸島とか回っていたんでしたね」


カナリア諸島、犬の島という意味だ。アザラシが多く生息しているため、海の犬と呼ばれる彼らに由来した名前となっている。

ちなみに鳥のカナリア、金糸雀はこの島々を原産としているのだとか。


「ああ、聞いてくれ。あの島には不思議な木が生えていてな」


アタランテちゃんがいくつもの枝に分裂するような、ブロッコリーをそのまま木にしたような樹木について得意げに話し始める。

あの島には珍しい植生があると聞くし、私も一度行ってみたい。でも、私、籠の鳥なので。


「食事も美味いし、今のところ不自由はない。それよりも、吾はメディアが心配だ。毎日、部屋の中では息が詰まらないか?」

「いいえ、大丈夫です。この前いただいたカナリアのおかげで心も和みますから」


まあ、アタランテが楽しんでいるようで何よりだ。こんな事に巻き込んでしまって心苦しいとは思っていたから。


「それはそうと、イカロスたちは?」

「ああ、今頃、工房で食事をとっているんではないですかね。色々と試したいことがあるみたいですから」

「相変わらずの親子だな」


マッドな親子である。適当にこんなの作ってみたらって言ったら、本当に作るあたりヤバイ。

今はプロペラと翼の研究に勤しんでいて、そのうち飛行機とか造りそうで怖い。


「のう、ワシはいつまで給仕をやらんといかんのじゃ?」

「あ、そこのメイド。さっさとオケアノスおじい様の杯を満たすのです。このノロマ」

「うう…、かつての王がこのような……」

「は? エロいスライムの中に放り込むのだけは勘弁してやったんですから、キリキリ働くがいいのです」


さて、幼女メイドはどうでもいいとして、この先どうするかである。

私はこの屋敷から出られないだろう。どのぐらい出られないかは分からないが、最悪、ギリシア-ローマ神話が廃れるまでということもある。

カニもタコもマグロもサーモンもアワビも食べ放題だけれど、流石にずっとお屋敷の中というのは息が詰まる。

どうにかならないものかと考えていると、


「た、大変ですオケアノス様!!」

「なんだ騒がしい」


インスマス面の半魚人が突然、食堂に駆け込んできた。オケアノスおじい様は眉をひそめるが、テテュスおばあ様が手で制して半魚人に話すように促した。


「コ、コルキス王国が竜に襲われ、壊滅的な被害を出したとっ!」

「は?」







「酷いな…」


アタランテは目の前の惨状に眉をひそめた。

短い間しか逗留しなかったものの、美しい国だった。緑豊かで、水が豊かで、多くの資源に恵まれていた。

一面の麦畑には多くの実がもたらされ、人々は活気に満ち溢れ、街並みはギリシア本土よりも美しく整然としていた。

だが、それらは無残に破壊し尽くされていた。

オリュンポスの神が遣わした無数の竜によって、美しかったこの国は焼き払われてしまったのだ。

街は瓦礫と化し、火災によって灰となり、今もまだ燻る火によって煙が上がる。子供たちは泣き、大人たちは生気の抜けた顔で天をただ見上げている。

その目から生気は失せ、口からはすすり泣きと神々を呪う言葉がかすれるように漏れるのみ。


「これが神々の回答であるか。なんと無体な。ただ求婚を拒んだだけではあるまいか」


ダイダロスが悔しそうな表情をしつつ、金床で鎚を振るう。復興には多くの資材が必要であり、メディア姫は彼ら親子に協力してくれるよう頭を下げたのだ。

私はメディアと共に生存者を探し、またその治療を行っている。

海神オケアノスはメディアがコルキスに戻ることに難色を示したが、メディアは頑として聞き入れず、故国にすぐさま舞い戻った。

彼女は惨状を見て唇を噛み、そして黙って何とか生き残った王と謁見し、復興に手を貸し始めた。

彼女の活躍で多くの命が救われたが、しかし失われたものはあまりにも多く、大きい。

私はメディアの傍に寄り話しかける。彼女の眼もとには隈ができていた。美貌ではあるが、酷い顔だった。


「メディア、三日間寝ずに働きづめではないか。休んだ方がいい」

「ありがとうアタランテ。しかし、これは私が招いたことですから」

「お前に責任などないだろう」

「ですが、私が黙ってゼウスを受け入れていれば、不幸は私だけに収まったでしょう。亡くなった方々になんと申し開きをすればいいか…」


かくも理不尽な話があるだろうか。

そしてふと、メディアは焼け焦げた家屋からネックレスを拾い上げた。焼け焦げて良く分からないが、魚をモチーフとしたペンダントトップにも見える。


「この家の女の子は、死んでしまったようですね」

「知り合いなのか?」

「いつも付きまとってきて、ちょっと大変でした。このネックレスは彼女のお誕生日に贈ったものなんですよ。外洋に出没する怪魚の骨から作ったんですけどね。泳ぎが下手だっていうんで、水中でも呼吸ができるおまじないをかけたモノだったんですけど、火には意味が無かったみたいです」

「そうか」

「ちゃんと、葬ってあげなくてはですね」


そう言い残し、メディアは儚げな笑みを浮かべて立ち上がった。







どんよりやわ。


「これが神のすることかよ…、はぁ」


いや、まあ、あいつらそういう連中だけど。色恋ざたでこれはないわ。

コルキスにだってゼウスを信仰している者はたくさんいたのだ。祭りとなれば多くの供物を捧げてきたし、神の怒りに触れるような罪を犯すような人々でもない。

多くがただの人間として、ただ人間らしく生きていた。それを、これか。

神々の行いは自然災害と同じだ。嵐や地震、そういった現象をもって自然のバランスをとるのも重要な仕事である。

嵐は大気循環における重要なファクターであり、地域による温度差を是正する重要なシステムの一環だ。

地震はマントル対流の行き起こす地殻の歪みを是正する現象であり、一定間隔でこれを行わなければ大きな破滅を生じさせる。

その結果として、理不尽な自然災害の前に多くの人間が亡くなったとしても、それは自然のサイクルの一環だと納得はできる。

だけど、これはダメだ。こんなのはあんまりだ。


『メディア』

「ヘカテー様」


ヘカテー様の声が聞こえてきた。巫女巫女通信だけど、その声は暗く悔やむ思いが見え隠れする。

まともな神様というのは苦労しやすい。


『なんと言ったらよいか…』

「いえ、結局オリュンポスはどう動いたんですか?」


ヘカテー様が説明してくれる。案の定、計画を指示したのは主神ゼウスだ。しかし、その知恵を貸したのはヘルメス神だったという。

こういう卑怯で下劣な策を考えるのが得意な神だ。

このことについて神々の合議は為されず、ゼウスの独断によって事がなされた。

今回、コルキスを襲った竜は北欧に生息する炎の竜ファイヤー・ドレイク。財宝をなによりも好むこの竜は、ゼウスに示された財に目がくらみ、コルキスを襲った。

父であるアイエテスは果敢にもこれと戦うも、多数に無勢、大けがを負い戦線を離脱。叔父であるペルセスも怪我を負った。

弟のアプシュルトスは幼く、戦場には出なかったため怪我もなかったが、姉であるカルキオペ姉さまは逃げる最中に大事ではないが怪我をしている。


『事は私がオリュンポスに呼ばれている時に起きました。この事を主神に詰問しましたが…』

「知らぬ存ぜぬの一点張りですか」


神々の犯罪を知る権能を有するヘカテー様であるが、主神ゼウスがそれを絶対に認めないならば、それ以上の追及は出来ない。

だが、言外の意味は分かる。

次はどうなるか分からないぞと、そういう意味だろう。


「最低ですね」

『……申し訳ありませんメディア』

「ヘカテー様を責めているわけではありません」


女の子手に入れるために実家に圧力かけるとか、クズ過ぎて言葉も出ない。神話ではゼウスに無理やり犯されたなんていうエピソードも多いが、この分だと信憑性高そうだ。

すると、天より一人の男が駆け寄ってくる。銀色の髪の優男。イケメンであるがいけ好かない。

メディアは立ち上がり、優男を睨みつけた。


「そう怖い顔をしないでほしいね」

「何のご用でしょうか、ヘルメス様」


神々伝令ヘルメス神。旅と智慧、商売と泥棒を司る多くの権能を有する神であり、女神ヘラからの覚えもめでたい。

翼の生えたサンダル「タラリア」、かのメデューサを討った不死殺しの剣ハルペーを始めとして、多くの神具を持つという。

ただし、その好色については父ゼウスから受け継いだものらしく、多くの女性を甘いマスクで騙してきたという。

死ねばいいのに。


「いやぁ、僕はただの伝令係さ。君に伝えるべきことがあってね」

「ほう」

「意地になるなと。それだけだよ」


露骨である。

それだけか。これだけの事をしてそれだけか。そうかそうか。そんなにこの私を怒らせたいのか。


「なるほど、では半年後、直接オリュンポス山に出向きますわ」

「半年後?」

「女には準備という者が必要なのです」

「……なるほど、そうかい。まあ、お手柔らかにね」


ヘルメスは含み笑いでそう答えると、その通り伝えるよと天に戻っていく。相変わらずの不真面目。

彼の姿が消えた後、アタランテが私の傍に走ってきた。


「メディア、良いのか?」

「何がです?」

「オリュンポスに行くと。本当に、ゼウスに体を許すのか?」

「さあ、それはどうでしょう」


私は口元を歪め、そう答えた。

さあ、戦争の時間だ。



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女神ヘラ(ギリシア神話) → 女神ユノ(ローマ神話) → 我妻由乃(未来日記)


じゃあ、10面サイコロを2振ろうか。面倒くさい? なら私が代わりにやってあげよう。うん、感謝しなさい。私は誠実だから安心するといい。

良かったじゃないか(私にとって)成功だ!

ああ、礼はいいよ。君のためならいつだって、僕が代わりに、このちょっと出目に偏りのあるサイコロをふってあげるからさ。

じゃあ、もう一度、10面サイコロを2振ろうか。引く数値を決めなきゃだからね。





[38545] 009(H27.5.23改訂版)
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:5ba030de
Date: 2015/05/23 13:30
「ぐぁっはっはっはっは、そうかそうか、メディアは自らオリュンポスに来ると言ったか。よくやったヘルメス」

「いえ、自分は言われたことをしたまでですので」


オリュンポスの頂上にそびえ立つ大神殿の玉座にて、主神ゼウスは膝を叩いて笑う。ヘルメスは冷めた目をして、ただ首を垂れる。

コルキスにはヘルメスに贈物を捧げる敬虔な者も多くいた。そんな彼らにとばっちりにも似た神罰を与えるなど虫酸が走る行為だ。

たしかに案を出した。伝令も行った。だが、それはヘルメスの立場によるものだ。彼自身は喜んでやっているわけではない。

主神の息子にして、忠実なる部下という彼の立ち位置を、このようなことで手放すわけにはいかない。

女神ヘラからも信頼を得て、他の兄弟たちとの仲も悪くはない。彼はこの立ち位置に満足していたので、情に絆されてこの位置を捨てる事はない。

とはいえ、罪の意識からは逃れられず、被害を被った者たちには、あとで補償としての祝福を与えてやらねばならない。


「しかし、父ゼウスよ。先にも述べさせていただきましたが、このような事で下々の人間を苦しめることは、他の神々からの不興を買いませんか?」

「なに、問題はない。メディアとの子が生まれれば、多くの祝福を与えてやればいい。奪った分は与える。実に心優しい神だろう我は? そうすればヘカテーも文句は言わないだろう」


最悪だなコイツ。

そもそも神というのは理不尽なものだ。神々の色恋沙汰に巻き込まれて当事者にない人々が被害を被るなど当たり前だ。

たとえば、ゼウスに拉致強姦されたアイギナという女性がいたが、そのことに嫉妬した女神ヘラは、この女性の名を冠した島の住人を疫病によって虐殺したという話がある。

かように、降りかかる理不尽を神格化したのが神だというのならば、神とはただそれだけで人間にとって理不尽な存在に違いない。

しかし、先日、確かにメディア姫はオリュンポスに来ると言った。とはいうものの、彼女はゼウスにその身を差し出すとは一言たりとも言わなかった。

であるならば、何かを企んでいるのは明白だろう。

先にもポセイドン様やハーデス様まで彼女に手を貸しており、とてもじゃないが素直にゼウスに応じるとは思えない。

そもそも、彼女はかの偉大なる女神ヘカテーの巫女にして、太陽神と海神の直系。下等な人間の血など一滴たりとも混じっていない神に連なる由緒正しき姫君だ。

協力する者も多いだろう。

どちらにせよ、この鼻を伸ばしたスケベジジィの顔に泥を塗ってくれるならば、少しは反省するのではないだろうか?

ヘルメスはそう思い、そして唐突に後ろを振り返る。何かいたような気がしたのだ。この前の悍ましい目が忘れられず、若干彼は神経質になっていた。

いない。

ヘルメスは安堵する。


「ところで父ゼウスよ。我らが女神ヘラ様は今どちらへ? 今日は一度も顔を合わせてはおりませんが」

「うむ、そういえば、我も見てはおらんな」





「この場所にプロメテウスが磔にされていたのか」

「アタランテ、さ、寒いのじゃ…」


コルキス王国の北方、カフカス山脈はヨーロッパの最高峰、エルブルス山。

万年雪を冠する白き山の頂上に、人類に火をもたらした罪で鎖に繋がれたプロメテウスがごく最近までここにいた。

毛皮のコートで身を包むアタランテとぺリアスは、ざくざくと雪を踏みしめて山頂を見上げていた。


「なぜ吾についてきたのか。ダイダロスと共にいれば良かったではないのか?」

「うむ、なんというか、あの屋敷の者たちの視線がのぉ…」

「それは自業自得というものだろう」


王座を簒奪し、妻を人質にとったり、約束を破ったり、エジプトでは真っ先にメディアを裏切った。

これで良い顔をされると思う方がおかしい。というか、命があるだけ不思議というものだろう。

ちなみに、ダイダロスたち親子は歓迎されているらしく、今はオケアノスの屋敷にてアルゴー船の改造の最終段階に入っているらしい。


「この地に住んでいたというハゲ鷲を見つけるんじゃったか?」

「ヘラクレスが射殺したという話だ。羽の一枚でもいいとのことだが」


メディアからの頼み事だった。この山の頂に出没する化け物、巨大なハゲワシの体の一部を手に入れてほしいというオーダーを受けた。

そのハゲワシは古くから人間たちによく知られる化け物の類だ。曰く、かのハゲワシは、磔にされたプロメテウスの肝臓を毎日ついばみ、彼に苦痛を与え続けていたのだと。

だが、ヘラクレスがプロメテウスを救い、その際についでと弓でそのハゲワシを射殺したのだという。

なぜメディアがそれを欲しているかは分からないものの、魔法使いである彼女のやる事は基本的に戦士の私には理解できないのだから、気にする必要もない。


「巨大なハゲワシと聞く。なんとか探し出すぞぺリアス」

「ところで、そのメディアはどこに行ったんじゃ?」

「私も詳しくは知らん。メディアの事だから、何か企んではいるのだろう」


そうして二人は再び探索に集中する。結局、目当てのモノを手に入れたのは数時間の後の事であった。





「ゼウス様ゼウス様ゼウス様ゼウス様ゼウス様ゼウス様ゼウス様ゼウス様、ああ、お可哀そう。きっとあの女に騙さされているのよ。私が何とかして差し上げないと」


そう。私の名はヘラ。神妃にして、結婚を司る契約の女神。ゼウス様に相応しい女は私以外には存在せず、彼を真の意味に幸福にできるのも私だけなのだ。

しかし、あの方は気が多く、簡単に他の女に騙されてしまう。

神々の王ゼウス様がモテるのは当然であり、多くの恥知らずな女どもが彼に言い寄り、その血を血統の中に混ぜることで権勢を得ようと企むのだ。

そのような事は許されない。

私が何とかしなければならない。この世界の秩序を守り、主神ゼウスの血を守り、彼の心を守るのは私の役目。

よって、私は何をやっても良いのである。私は悪くない。あのアバズレどもが悪いのである。邪悪なのである。よって死刑。


「なるほど、君は面白い事を考えるな」

「いえいえ、それで、できますか?」

「そうだな。材料が必要になるだろうが、まあそれ自体は問題なかろう。君には協力者が多い」


そうして私はこのエジプトくんだりまで来て、あの女の背中を射殺すように睨んでいるのだ。

コルキス王国の阿婆擦れ女。私が加護を与えたイアソンを袖にして、私のゼウス様を誘惑した泥棒猫だ。

この女が阿婆擦れで尻軽の最悪な女であることは見てのとおり、エジプトの神をたらしこんでオネダリなど最悪である。

だから私はそのまま彼女に飛び掛かり、その脳天に斧を振り下ろした。


「ちぇすとーっ!!」





さて、エジプトはクムヌ、ギリシャではヘルモポリスと呼ばれる場所、私はそこに立つ万能神殿に来ていた。

目的はトート神に会うため。彼の「何かあったら頼っていいよ」的な社交辞令を真に受けて、その言葉の言質をとるように頼りに来たのである。

あれである。いつでも遊びに来てねという言葉をかけられたので、毎日遊びに行きました的な。

さて、そんな理由でトート神が住まう万能神殿にて、彼に謁見し、色々と相談しているのだけど、頭上から何か異様な雰囲気を感じる。

私は小声でトート神に囁きかける。


「と、ところで、トート様トート様、アレ、知り合いですか?」


私はアレに気付かれないように話す。アレは部屋の天井の隅の方に忍者か何かのようにへばりついている。

正直目を合わせたくはないが、ちょっと魔法的に確認すると、ピンク髪の美人さんで、しかしものすごく怖い表情をしていた。

どのくらい怖い顔かというと、インターネットで検索して見てしまった時に、思わず声を上げて椅子から落ちるぐらいに怖い。ブラクラ系である。


「直接はあった事はないけれど、君の所の神様だろう、アレ」

「いやいやいや、あんな悍ましい邪神がギリシアにいるわけないじゃないですかっ。外なる神でしょあれ。暗黒のファラオとかの同類の」

「君が何を言ってるのか分からない」

『まあ、メディアの言う事ですのでスルーするのが妥当ですよ』

「ひどい言い様ですねヘカテー様」


ヘカテー様に文句を言いつつも、やはり気になって仕方がない。

先程から内容を知ったら発狂してしまいそうな呪詛じみた何かをブツブツとつぶやいていて、きっと悍ましい事を考えているに違いないのだ。

きっとその真意を知れば、ただの人間など一瞬で気がふれて、大量殺人者に早変わりするに違いない。


「まあ、とりあえず、僕としては材料さえ揃えてもらえば…」

『メディア、うしろうしろ』

「ちぇすとーっ!!」

「ひぃっ!?」


すると突然、部屋の天井の隅にへばりついていた女神(?)がこちらの方に向かって跳躍し、両刃斧を振り下ろしてきた。

来ると分かっていたので避けるのは容易かったけれど、振り下ろされた斧はそのまま空振りして、そして世界を切断した。


「ちょっ、ええっ!?」

「避けるなっ、この泥棒猫!!」

『相変わらずですねこの方は…』


斧の刃が床にめり込んだ瞬間、大地が割れた。地割れは一気に数キロを断裂させ、神殿と街を倒壊させていく。大地震だった。


「あ…、また修理しないと……」

『すみませんね、ウチのがいつも迷惑をおかけして』

「いやいや、ボケ老人を相手にするよりは気楽だよ」

「何のんきな事をっ、じゃなくて、なんなんですか貴女ぁぁぁっ!?」

「いいわ。名乗ってあげましょう。私はヘラ。真なる神々の女王ヘラよ!」


白い絹の衣を身に纏い、宝石をちりばめたティアラやネックレスなどのアクセサリーを全身に身に纏う美しい女性。

女神ヘラというからには、イメージ的にはもっと年上の、20代後半から30代前半の成熟した女性を想像していたが、その実態は女子高生ぐらいとすごく若く見える。

それは彼女が毎年、春にて若返りの儀式をとりおこなうためでもある。

彼女は毎年春になると、カナトスの聖なる泉にて身を清め、処女性を取戻し、アフロディーテに勝るとも劣らない美しさを取り戻すのだ。

そして、神々が1年でそうそう老けるわけでもないので、基本彼女は美しい女である。その救いようのない精神性にさえ目をつむれば。


「えっと、なんでこんな場所に? 貴女、基本的に天上から呪う系のヒトですよね?」

「何度呪っても効果のない貴女が悪いのよ! だから、私が直接手を下しに来て上げたの。分かった!?」


女神ヘラ。

結婚の女神であり、ティタノマキアでは匿われ、ギガントマキアでは服を破られて悲鳴を上げる視聴者サービスをするなど、武闘派とは程遠いイメージが基本である。

しかしながら、その実態はガチのグラップラー。

狩りの女神であるアルテミスをマウントポジションから、笑いながらぶん殴りまくって泣かせたエピソードがあったりする。

なお、性格のほどは超ヤンデレ。夫ゼウスが浮気した女の名前にちなんだ名の島、アイギナ島の住民を疫病によって絶滅させかけるほどに。

なんて傍迷惑。ヤンデレ超コワイ。


「死ぬ死ぬ死ぬっ!?」

「死ね死ね死ねぇぇっ!!」


というわけで、今、リアル鬼ごっこやってます。捕まれば斧でメタメタにされます。ヤンデレはデレられるこそ萌えるのであって、殺害対象になっても萌ません。


「でやぁ!!」

「うわぅおっ!?」


薙ぎ払われた斧を避けるため、横に跳んで地面を転がる。薙ぎ払われた面に沿って、エジプトの煉瓦の建物が水平に切断された。

極東にて2千5百年後ぐらいに登場するとされるミスターブシドーよりもすごい。たぶん、ショーグンよりも怖い。


「こういうエフェクトは斧でやるものじゃないですから!! ふつう、刀とかでやるエフェクトですから!! おい演出仕事しろ!!」

「ちょこまかちょこまかとぉぉぉっ!」


私は這うように立ち上がり、再び路地を疾走。振り下ろされる度に切断・地割れでクムヌの街の被害も増大していく。

ああ、人間がごみのようにふっ飛んでる。

細い路地に入ってなんとか追跡を躱そうとする。しかし、


「えええっ!?」

「見つけたぁぁっ!!」

「ぎゃぁぁぁぁ!?」


斧を口に咥えて蜘蛛のように壁を這いながら現れた女神ヘラ様に発見される。やだ、そういうの美人系のキャラがやっていいアクションじゃないし。

おい、振り付けとアクション担当っ、仕事しろ!


「怖い怖い怖い怖いっ」

「殺す殺す殺す殺すぅぅぅ!!」


もう嫌だ。だれか助けて。このヒト怖い。マジで泣きたい。おしっこちびりそう。

そうだ武器だ。反撃のための武器が必要だ。


「これでもない、これでもないっ!」


ポケット(四次元的な何か)からガラクタを漁る。くそっ、普段は欲しいもの一発で出てくるのに、テンパって変なものばかりっ。

趣味で作った冷蔵庫、猫、趣味で作った某ゲームで魔女メディアが持っていたオサレな銀の杖、猫、趣味で作った炬燵、猫。


「つか、なんで猫ばっかりっ!?」

『私が入れました』

「あんたかっ! なんでこんなことをした、言え!」

『いえ、その、雨の日の帰り道に、子猫が段ボール箱に入れられたまま捨てられていて…』

「あざといっ」


何その20世紀日本の漫画にありがちなシチュエーション。そんな場面に古代ギリシアで出くわすはずないだろうに。

そもそも、そういう《あざとさ》は普段悪ぶってるあの子が雨の日の帰り道にやるのがセオリーなのである。そっと、傘を子猫のために差しだすのがポイント。


「ああっ、もうっ、欲しいものが出ない!」

「止めよ死ねぃ!!」

「ひぃっ!?」


そんな風に非常時にヘカテー様とのコントを繰り広げる内に近くまで迫られていて、女神ヘラ様が非常に猟奇的な表情で私に斧を振り下ろさんと、


「ああ、もう、これでどうやっ!!」


私は最後の瞬間、掴み取った金属の棒っぽいものをポケットから取り出して、前に突き出す。

そして、斧の刃とソレの切っ先が接触し、


「「!?」」


光が弾けた。ギャリギャリとドリルで金属を削るような耳をつんざく音が鳴り響き、思わず私たちはまぶたを閉じて悲鳴を上げる。


「にゃうっ!?」

「きゃっ!?」


そして、


「(はぁ?)」

『わーお。●REC』


どうやら私は仰向けになって、その上にヘラ様が乗っかっている状態になっているらしい。そして、唇に柔らかいものが触れる感覚。

柔らかい? 瞼を開けると、


「「!?」」


いたずらなキス状態。なにそのテンプレ。同じく正気に戻ったと思われるヘラ様が飛び起きるように私から離れた。

女神ヘラ様、顔も耳の先端まで真っ赤。やだ、なにこの可愛いババア。頬を赤らめながら、私を睨みつけるように見下ろし、その胸には金の矢が刺さっていた。

《金の矢》が刺さっていた。


「あ…」

「な、何なのよっ、何なのよコレっ! 顔熱いっ」


《金の矢》はすぐさま光の粒子となって消えていく。何が起こっているのか理解できず、まるで乙女のように狼狽する女神ヘラ様。

やべ。これどう考えても死亡フラグにしか見えない。


「あああ、貴女のせいよっ! 死ねっ、私の心の平穏のために死ねっ!」


再び斧を振り上げる女神ヘラ。

彼女が怒るのも当然だ。女神ヘラは結婚を司り、何よりも貞節を重んじる女神だ。よって、彼女の浮気や不倫などの不貞への忌避感は非常に強い。

そんな彼女に《金の矢》である。

ちょっと前に、愛の神エロースから巻き上げ…戴いた《金の矢》である。

その効果は21世紀のギリシア神話を全く知らないような異国の子供にだって知られる《一目惚れ》だ。

単為生殖を基本とした大地母神ガイアに愛を与え、有性生殖をもたらしたのもこの《金の矢》であり、その効果はおおよそ最高神クラスにまで届くに相違ない。

そんなモノを、貞操を何よりも重んじる女神にぶっ刺したのだ。怒らないはずがない。


「わ、わざとじゃないんですっ!!」

「うるさいうるさいうるさい!!」

「ひぃぃぃっ!!」

『理性が完全に蒸発していますね。これはアカンかもしれませんね』


投げやりなコメントを寄越すヘカテー様の余所に、私は再び走り出す。

先ほどよりも狙いは粗くなっているが、力任せに振るわれる斧はより多くの破壊をまき散らす。死ぬ。これは死んでしまう。バーサークヘーラーとかマジ勘弁。

誰か助けてください。何でもしますから。ああっ、こんな時にヒーローが颯爽と出てきてくれたら!

私はそんな実現もしないだろうコトまで妄想してしまう。なんて末期症状。だが、それも仕方のない事なのだ。たとえ救いがなくとも、神に縋るのが人間のサガ。

しかし、その時、その祈りに応える声が。


『おっけー』

「こっ、この声は!?」


どこからともなく声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。あの時のように唐突に暗雲が立ち込めはじめ、私たちは天を見上げた。

そして雲の割れ目から再び彼がやってきた。


「………」


それは、無言の圧力。その強力な威圧の前に、というか、唐突に顕れた強大な存在感に、見境を無くした女神ヘラすらも一歩も動けなくなった。


「な、なんなのよ…?」

「さ、流石、私たちのヒーローメジェド様。可愛いヒロインのピンチに現れるなんて流石ぁ、尊敬しちゃいます!!」


逆さまにした真っ白な袋を被り、すね毛の生えた両足だけを突きだしたシンプルな御姿。涼やかな切れ目の長い瞳。

そして、その瞳から突然、電撃じみた見たことも聞いたことも無いエネルギービームが放たれ、


「え?」


私たちを襲った。


「「あばばばばっ!?」」


ちょっ、なんで私まで!? エレクトリックで刺激的な痛み。これは痺れる(物理的に)気絶する。


「喧嘩両成敗♪」


そう言い残すと、私たちが吹き飛んでいくのを見送りながら、メジェド様は天へと帰っていく。

風が吹いた。

ピラリと彼が身に纏う衣の裾が風にあおられた。ありがとうメジェド様、貴方のおかげでエジプトの平和は再び守られた。


「きゅう……」


エジプトの神はエジプトの民のためにあるのだ。決してどこかのど田舎のコルホーズとかで生まれたようなキャベツ女を守るためではない。

正義とは、どちらかを救い、どちらかを切り捨てるという厳然とした天秤なのである。

ナイルの悠久の流れは今日も変わらない。

おや、その流れにぷかぷかと二人の女が流されていくのが見えますね。まあ、そんなのはいつもの事なので、気にするエジプト人は誰もいないのですが。

神、空に知ろしめす。なべて世は事もなし。めでたしめでたし。





「めでたしじゃねぇですよ!!」

「まあまあ」『まあまあ』


危うく水死体になりかけたが、そこは水神の血筋なのでなんとか免れ、同じく水死体になりかけたピンク髪バーサークヘーラーを引きずって万能神殿に戻ってきた。

トキ頭のトート神とヘカテー様は苦笑い。いや、トート神鳥なんで表情もくそもないけど雰囲気的な意味で。

まあ、その前にヘラを拘束しておく。また襲い掛かられてはたまらないのである。

しばらくすると、女神ヘラ様が目を覚ます。彼女はキョロキョロとあたりを見回して、私を確認するやいなや、


「がるるる!!!」

「獣か」

「早くこの縄を解きなさいよ!」

「解いても、私に襲い掛かりません?」

「か、顔近っ」


顔を近づけて質問。すると、顔を赤らめて顔をそらす女神ヘラ様。なにこれ楽しい。ツンデレの素晴らしさとか三次元では理解できないと思ってたのに。

そして、少し落ち着いたのか頬を赤らめながら睨みつけてくる。美人が睨みつけてくると迫力あるよね。

頬が赤いので台無しですが。


「どうなんです?」

「お、襲いかかるに決まってるでしょっ!」

「なら、解けませんね」

「わ、私にこんな事してタダですむと思ってるの!?」

「それがモノを頼む態度ですかねぇ。これはお仕置きが必要でしょうか」


睨むヘラ様だけど、なんだか可愛くなってきたので、ちょっと弄ってみよう。いや、もう後戻りできないので、行くところまで行かないと。

嗜虐的なニヤニヤ表情を作って、女神ヘラ様を舐めるように上から下へと観察する。

すると、拘束から逃れようと身を捩り始めると共に、頬を上気させてチラチラとこちらに視線を送ってくる。

クッコロ状態ですね分かります。

すると、ヘカテー様が口を挟んできた。なんだか楽しんでる感じの声の調子で、多分、愉悦状態なのだろう。おお愉悦愉悦。


『ヘパイストス様の時の事を思い出しますねぇ』

「ちょっとヘカテー! 命令よっ、さっさとこの綱を解きなさい!」

『すみませんヘラ様、私、今、実体がコルキスにありまして。ああっ、お鍋が吹きこぼれてっ、すみませんね、ああっ困ったなぁ』

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あとでひどいんだからね!!」


絶対楽しんでますよねヘカテー様。そうしてヘカテー様は一通り当たり障りのない範囲でヘラ様を弄り倒すとその気配を断った。

まあ、普段からオリュンポスの神々のワガママでストレス溜めてるだろうから、ここぞとばかりに恨みを晴らしているのだろう。

きっと表情はゲス顔である。


「うん、それはそうと、彼女が持っていた斧だけど、アダマント製だね。うん、君の頼んでいたもの、これを材料にしようか」


さて、トート神はわりとマイペースだ。性格はSじゃないらしい。ヘカテー様の所業にも苦笑してばかり。まあ、トリの頭なので表情分かりにくいけど。

しかし、アダマントか。棚ボタというやつだろうか。

アダマントは希少価値が高い金属で、まあ化学的には鋼鉄なんだけれども、魔法的な意味でギリシア最硬の素材となっている。

これで作られた武具は大抵が神造兵装であり、ギリシアではヘパイストスの作が代表的だ。代表作は不死殺しの剣ハルペーである。

ゼウスの父クロノスが有した大鎌も、プロメテウスを拘束した鎖もアダマント製なので、その性能は折り紙付きだ。


「ちょ、ちょっと、なに人のもの勝手にっ!」

「でも、これ、君の持ち物じゃないでしょ?」

「え、あ、う、ど、どうだったかしら…?」


トート神の鋭い指摘に女神ヘラは視線をそらして目を泳がせる。さ、さすがは賢者トート神やでぇ。そんなこと全く気が付きませんでしたわ。


「しかし、君もすごいものを持ち出して来たね。これ、君の夫の頭をかち割った斧でしょ?」

「え、嘘、し、知らないわそんなのっ。ぶ、武器庫にあったのを適当に選んだからっ」


うはっ、これ、女神アテナが生まれた時の斧かよ。国宝級じゃねぇですか。

女神メティスから生まれる子を恐れたゼウスが、彼女を飲み込むことで一度は征服した地母神信仰。

しかし、結局、この両刃斧によって自らの頭をかち割り、女神アテネを誕生させざるを得なかったこのエピソードこそが女神信仰根絶の失敗の象徴である。

父なる神の系譜はこの後も何度も女神信仰根絶に精を出すのだが、結局のところ21世紀にいたるまでそれが完遂されることはなかった。

ちなみに、21世紀において両刃斧はフェミニズムとレズビアンの象徴になっていたりする。

なるほど、その概念を含めればさらにおもしろいものが…。


「どうせなら、この前のヤハウェ神への借りの分も注ぎ込んじゃいましょう」

「なんだ、ギリシアのヘカテー、エジプトの僕、ヘブライのヤハウェの権能まで入れるのかい? ものすごくカオスだけど、面白そうだ。腕が鳴るね」


トート神がやる気になってくれて何よりです。

知恵や技術、音楽や魔術、暦や文字などを司る実に多彩な権能を持つ彼は、オシリスやホルス、セトといった強力な神々と互角の力を持つ非常に重要な神様だ。

ぶっちゃけ、ものすごく忙しいヒトなんだけど、私のために時間を割いてくれて本当にありがたい。イケメンである。


「あ、貴方たち、いったい何をするつもりなの!?」

「…これ、どうします」


それはそうと、これをどうすべきか。徹底して弄り倒したので、野放しにはできない。そうだ。契約書で縛ってしまおう。そうすれば懸念事項も無くなるはず。


「じゃあ、僕がヒエログリフで契約書を作成してあげよう」

「何から何までありがとうございます」

「え、結婚届!? ダメよっ、私には夫がっ」

「誰もそんなコトは言ってねぇですよ。契約書です。け・い・や・く・しょ」


かつてユーフラテス川のほとりにて、神と人との間で交わされた契約にルーツを遡る由緒正しき契約魔術式。

交わされた約束は、全知全能を以てしても覆すことはできない。


「僕としても彼女にこれ以上、エジプトで暴れてほしくないからね」

「ご迷惑おかけします」


くわえて、文字の開発者、すなわちヒエログリフを人類に与えた神としてもトート神は知られている。

つまり、彼がその手で記したヒエログリフに込められた力は、ほかのどの神が記した神聖文字をも上回るチカラを発揮するはずだ。

というわけで、僕と契約して魔法少女になってよ。


「ちょ、貴方たち、止めなさいっ! 止めなさいったらぁぁぁぁ!!」


パピルスにヘラの血判がなされた時、正義は実現したのでした。(長いものには巻かれる的な意味で。)






「お、覚えてなさいよ! 後で絶対にぎったんぎったんにしてやるんだから!!」

「できるんですか?」

「くっ、ぐぬぬっ。覚えてなさいよぉぉぉ!!」


契約は交わされた。

私と私の故郷、家族に危害を加えることが出来なくなった女神ヘラ様がツンデレ的に頬を赤く染めながら捨て台詞を叫び、そのまま北へと姿を消した。

うん、しかしあの人、エゲツない事さえしなければ実は可愛いヒトなのかもしれない。

そして、私はトート神に振り返り、深くお辞儀をした。


「それでは、お世話になりました。このご恩は後に必ず」

「いいよいいよ。僕も楽しかったしね。じゃあ、武運を」

「はい」


そして私は切り札の一つを手にコルキスへと戻る。さて、まだまだ準備は足りないが、これである程度の算段はたった。

次はそう、あの男を説得しに行かねばなるまい。あのギリシア最大の英雄ヘラクレスを。



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改訂しました。《金の矢》は決戦の最中で使おうと思ってましたが、プロット変更です。





[38545] 010
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:5ba030de
Date: 2015/05/23 13:11
そびえ立つ運命だってぶち貫いちゃえ! どんなエロ神だってロードローラーで平らに踏み潰す!

たったひとつの勝利を導く、見た目は(変態)淑女、頭脳は童帝、その名は魔法のプリンセスメディアちゃん!


「久しぶりの前口上でした」

『これ、訴えられませんかね。大丈夫なんですか?』

「大丈夫大丈夫。オマージュですから。リスペクトってやつですよ。もーまんたいもーまんたい」

『だいたい、そういう言い訳しますよね人間どもって』


さて、エジプトにてトート神に切り札の制作を依頼した後、私は北上してティリンスを目指した。

ペロポネソス半島の東部に位置するこの都市は、強固な城壁に囲まれた城塞であり、そして大英雄ヘラクレスが生まれた土地でもある。

南北に伸びた丘の上に建設されたこの城塞都市は、無数の無骨な岩を積み上げた城壁によって囲まれ、難攻不落の呈をようしている。

まあ、あんな筋肉ダルマが育つような、野蛮で非文明的で粗野でしょうもない場所だ。もう外側から見ただけでお察しというレベルである。

積み上げられた岩も、規則性はなく、切削などの加工がされているとも思えない。無骨とは前向きな表現で、後ろ向きに言えば、粗雑。

まあ、エジプトの巨大で複雑な大都市を見た後ではそう思ってしまうのも仕方がないだろう。

この時代のギリシアなどしょせんは地方の田舎、世界の片隅でエジプトやメソポタミアの文明の威光のおこぼれをいただいているだけの辺境なのだ。(日本はお察し)


「いやあ、さすがヘラクレスさんの故郷ですね。こう、なんというかオーラが違います。英雄を輩出するオーラです。すごいなぁ」

『考えている事と口に出している事のギャップが酷いですねメディア』

「失礼な。ヘラクレスさんに聞かれたらどうするんですか止めてください、そういうの風評被害ですよ。訴訟です」


まったく、ヘラクレスさんに勘違いされて神速の9連撃とか喰らったらどうするんですか。軽く死ねますよ私。

いやあ、偉大なヘラクレスさんに会いに行くなんて緊張するなぁ。正直あんなキチガ…、少しばかり気難しい感じで、ちょっと怖じ気づいちゃうなぁ。


『内心がクズですね。変わりないようで安心しました』

「えっと、ヘカテーさま?」

『故郷が焼かれ、主神に喧嘩を売るというのに、悲壮感がありませんから。もっと精神的に追い詰められているのかと思っていました』


ヘカテー様の優しいお言葉にジンとくる。やっぱりこのヒトを信仰して良かった。私は目頭が熱くなり、感謝の言葉を伝えようと、


『まあ、単純に先のこと何も考えていないだけなんでしょうが』

「酷い言い草だなおい」


別にこれでも割と追い詰められてはいるのだ。ただ、女神ヘラの呪詛については何とかなったので、本当の意味での最悪は回避されている。

対ゼウスもある程度の対策は存在する。あの主神様は、基本的に敵が多いので、最悪それをぶつけるのも一つの手だ。

基本、大地母神ガイアからの受けは悪いし、加えてタルタロスに落とされている連中を開放してやれば、あの主神から逃げ出す時間は十分に稼げるのだから。


『では、お便りのコーナーに参りましょう。最初のお便りはメンフィスのセリアさんからですね。最高神にキューピッドから回収した矢は効くのかな? だそうですよ』

「唐突ですね。まあ、ある程度は効くと思いますよ。キューピッド、つまりエロースは本来は原初の神、神々の生みの親である女神ガイアの兄弟にあたる由緒正しい神さまです。今は美少年の格好してますが、元々はスネ毛の生えたおっさんですしね」


その矢の力は神にも及ぶ。これはアポロンとダフネを主題とした神話においても明確に描かれていて、アポロンの心を操作したのは彼の矢だった。

加えて言えば、母なる女神ガイアに愛をもたらしたのも彼である。オリュンポスのほとんどの神々の母たる彼女に通じた矢が、彼女の末裔にどうして通じないと言えるだろうか?


「まあ、とはいえ主神ゼウスは伊達じゃないですし、その気になれば抵抗できるのでしょうけれど」


ギリシア神話における運命の女神をも手中に置いた主神ゼウス。彼の権能を以てすれば、あるいはエロースの黄金の矢すらも無効果できるかもしれない。

まじでチートだなあのエロジジイ。


『神とは理不尽なものですから』

「でしょうね!」


ヒトの身では抗えぬ理不尽に人格を与えたモノが神なのだ。死や災害、疫病や雨、太陽や風、果ては不和や争いまで。

それらコントロール下に置けぬ様々な事象を、人間は恐れ、畏れ、神や怪物として具現化させた。

いや、人間が先で神様が後だなんて不都合な真実は、とてもじゃないけれど口に出せませんけど。お口チャック。


『不信心な巫女です。私は悲しい』

「人間の都合で変化しちゃう存在ですからねー」

『それについては否定はしません』


日本における大黒様が顕著な例だろう。あの神様のルーツはインド神話におけるシヴァ神であり、破壊神であることは有名だ。

シヴァ神の一側面、世界に破壊をもたらす際に表情である《マハーカーラ》、直訳すると《大いなる暗黒》が日本に伝わるまでには紆余曲折があった。

《マハーカーラ》は破壊の神であると共に、財福の神とされる。破壊と再生の二面性を持つこの神ならではという所か。

その威容は正に漆黒。全身がおどろおどろしい黒色で、表情は憤怒、手には多くの武器を持っていた。

さて、この神様は仏教に取り入れられ、護法の軍神と信仰された。ここまでは良かった。このままなら良かった。

しかし、ここで商人たちが密教を信仰するにあたり、財福の面を前面に出す形で信仰しはじめたのだ。

特に中国ではそれが加速した。それでも日本に入った時はまだ軍神としての性質を持っていた。まだ武器を持っていた。

そう、袋なんて担いではいなかったのだ。もちろん米俵には乗っていない。

ところで、日本では土着の神様《大国主》が祭られていた。ちなみに、この神様が因幡の素兎を助けた時には袋を担いでいた。

でも、あくまでも読み方は《おおくにぬし》である。お・お・く・にである。全然関係ない神様だから、決して同一視しないように。

だから絶対に《大国》を《だいこく》なんて呼ぶなよ。絶対だぞ。絶対に呼ぶなよ。おい止めろっ! それ以上はいけない!!

こうして、本来は超真っ黒な姿で強面だった《マハーカーラ》様は、にこにこでぶでぶの財産の神様になったとさ。


『これはひどい』

「まったくです。これだから日本人は…」

『まあ、貴女も例外じゃないですけどね』


ちなみに、わたくしメディアは古い時代には女神として信仰されていた痕跡があるとのこと。そんな記憶はありませんがね。

アフロディーテも元はシュメールの女神イナンナだったりなので、神様の変遷は古代において日常茶飯事だったわけである。


『それでは次のお便り。カデシュのシイナ リオさんからです。ヤハウェ様はキリスト教徒の唯一神とは別の神様? だそうですよ』

「さっきの続きみたいなものですね。同一視、習合という名の変遷です。元々は一民族の土着の神様でしかなかったエロヒム神とヤハウェ神ですが、はっきりいってバビロンの信仰の前では圧倒的に卑小でした」


相手は古代メソポタミアは世界初の文明たるシュメール文明の後継、そしてその信仰である。

シュメール文明の完成度は恐ろしく高く、ウル第三王朝には既に建物にアーチ構造が普通に使用され、しかも識字率はかなり高かった。

契約書を発明したのも彼らだ。

粘土に刻まれた契約書本文があり、それを粘土で覆い再び同じ文章を外側の粘土に刻む。最後に両者の印章で封印した。

外側の文章をもって普段は用いるが、問題が生じた際は中身を取り出す。そうすれば、外側の文章が捏造されていないかが分かるという寸法だ。

文字を教える教師がいて、私塾があり、契約と労働規約があり、福祉政策も存在した。紀元前21世紀の時代である。

その血統を受け継いだ新バビロニアの栄光の前に、片田舎の土着の神など風前の灯でしかなかった。

どのくらい風前の灯かというと、ヘブライ人の名前がバビロニア風に変わるぐらいだった。

山田太郎さんのお孫さん、ジョン・ウィリアムって名前なんですってっていうぐらいなのだ。

ぶっちゃけ、かなりのヘブライ人がバビロニア人に同化しただろう。民族的アイデンティティ崩壊の危機である。

12あった部族が2つになるぐらいには危機だったのだ。

これには彼らは焦った。主に神官とかの既得権益層は焦った。もしかしたら右側の民族主義的なロクデナシどもも焦っただろう。

何しろ信者がいなくなったら大きな顔ができなくなるからだ。ど田舎の一民族が零細経営していた宗教であったが、そんな権力でも人間というのはしがみつくものだからだ。

具体的に言うと町内会とかの会長職にいつまでも居座るクソジジイみたいな。

さっさと若いのに譲ればいいのに、いつまでもそんなちっちゃな椅子にしがみ付く老害を想像してほしい。

擁護する点があるとしたら、仕事を退職し、家庭から産廃扱いされる彼にとって、彼が彼らしくいられる居場所はそこしかなかったのだ。

だからと言って周りに迷惑をかけてい良いわけじゃない。

町内会がつまらない事でもめて、若いのが嫌気をさして参加しないようになって、町が衰退していくのはだいたいソイツのせい。


『途中から実体験が入ってませんか?』

「まじでアイツらなんなんだよもうっ。団塊の世代とか元銀行員とか良くわからないけど、意地張り合って町内会の雰囲気最悪になって話すすまないですし…」


閑話休題。

厳しい雷神としてのヤハウェ神、超然的な神々の王たる天空神としてのエロヒム神。その他様々な神々を信仰していたヘブライ人であったが、

そういう宗教はもう他にもいっぱいあった。似たような宗教を信じる様々な民族が彼らと同じように強制移住させられ、バビロニアに集まっていた。

そして彼らは、彼らの信じる神は特別でもなんでもないという、どうしようもない現実を突き付けられたのだ。

そして目の前には燦然とした巨大神殿に祭られるバビロニアの神マルドゥーク。シュメールの神々の王エアを父とする、新しき神々の王だ。

歴史、由緒ともに絶対的な格上であり、バビロニアの神々からすればヘブライ人の神々など吹けば飛ぶ程度の存在でしかなかった。

ヘブライ人の宗教はこの圧倒的な巨大信仰の前に散々に食い散らかされ、侵食されていった。多くのヘブライ人が先祖の信じていた神々を捨てた。

何しろ、バビロニアで暮らしていくにはバビロニアの神々を信じていたほうが色々と都合がいい。いつ消滅するかも分からない凡百の神に頼るなど馬鹿げたことなのだから。

こうした脅威を前に、ヘブライ人神官たちは自らの信仰、宗教を洗練されたものに変化させる必要性に迫られたのだ。

まず、神様を整理した。

複数あった神様を、それはもともと一つの神様の別名だったんだよ! という無茶苦茶な論理で一つにまとめた。

俺たちの神様、一人で何でもできる、超強い。

教義もまた洗練されていった。戒律も厳しくされていった。人間を救済する神様という概念を形成するに至るのもこの頃の影響だったり。


「結局のところ、神様ですら不変ではいられないわけです。消滅分裂融合発生は当たり前。水の流れみたいなものですね。もう水源が複数だったのか単数だったのか、どこかで地下に潜った後に再び湧出したのか見当もつかないなんてザラですよ」

『最後には1に還るのでしょうか?』

「途中で干上がるんじゃないですか?」


ギリシアの神々もいずれはその信仰を失い、小説やゲームなんかに面白おかしく登場するのみ。河床が残るだけまだマシとも言えるけど。


『身も蓋もないですね。…では最後に、お別れに一曲、都はるみで《大阪しぐれ》を。ご清聴よろしくお願いいたします』


ヘカテー様が気持ちよく歌いだしたところで、私はティリンスの城壁の前にたどり着く。

この世界のこの時代、神々が適当に野に解き放った怪物やケンタウロス、盗賊や蛮族が当たり前のようにほっつき歩いているので、富の集積する都市には頑丈な城壁が欠かせない。

私がここに来る途中でも、ドラクエばりにモンスターにエンカウントして、魔法で吹っ飛ばしておいた。彼我の力の差を理解できない辺り、畜生にも劣るのである。

さて、そんな世紀末状態の古代ギリシア。まあ、紀元前なので1世紀すらも始まっていないのだけれど、そんな感じなので英雄が活躍する余地があるともいえる。

平和な時代には武闘派の英雄の活躍の余地はないのだ。


「さて、ヘラクレスさんのお家はどこでしょうかね」


私はキョロキョロと比較的大きくないティリンスの入り口を探して、城壁に沿って歩く。

そうしてチンタラ歩いていると、唐突に城壁の上から人が落ちてきた。ああ、このままでは私は投身自殺に巻き込まれて大変なことにっ。


「タイグゥアパカッ!」

「ぷげらっ!?」


見てからの反応で余裕です。私は→↓↘Pでタイの背の高い眼帯ハゲじみた動きで、深くしゃがむと共に拳を構え、そのまま垂直真上にジャンプとともに拳を突き上げた。

そのまま中空で落下してきた男を撃墜すると、バック転で再び地上に着地する。撃墜された男は少し遅れて地面に直撃した。


「やれやれ、いったい何なんですかね?」


私は痙攣して死にかけの男の顔を見る。すると、私のスマートパンチで顔面が崩壊しているものの、どこかで見たような顔。

誰だろうと唸りながら、とりあえず治療することにする。まあ、投身自殺したバカとはいえ、目の前で死なれたらこちらも気分が悪い。

そうして、傷を治療し、蘇生してやると、


「ぷはぁっ! な、ここは? 私は生きているのか?」

「感謝しやがれです。この私が助けなければ貴方は死んでいました。なので金払え」


情けは人のためならず。つまり、他人のために相手を助けるのではなく、自らの利益のみ考えて相手に手を差し伸べる思想。独善的で素晴らしい。


「す、すまない、今は持ち合わせが…、そ、…そうだっ、ヘラクレスはっ!?」


男は城壁を見上げる。そこには誰もいない。というか、ヘラクレス? まさか、この男、ヘラクレスさんを怒らせるような事をしでかしたのか。

やだ、なにその死亡フラグ。つまり、この男は城壁の向こう側でヘラクレスさんにホームランされて飛んできたということだろうか。

よく原形残ってたな。私なら素粒子レベルで分解していた。

つか、ヘラクレスさんに仲間と思われたくない。そんな事になったら、ゼウスとやりあう前に星座にされてしまう。物理的に。

そして私がそろりそろりとこの男から離れようとしたその時、


「イピトォォス、無事かぁぁぁぁっ!!!」

「ひぃっ!?」

『メディア、パターン青、ヘラクレスです』


その時、何かが城壁の上から落ちてきた。砲弾のようにそれは地面に着弾すると、強烈な振動が発生し、体重の軽い私はピョンとちょっとだけ宙を跳ねた。


「あはっ、今、私、空を飛んでました…」


うふふ、あはは、現実逃避。

…じゃねぇぇぇぇ! ヘカテー様警告遅いよ! もう背後取られてるよ!相手が殺る気だったら、私、今頃、顔面がふっ飛んでグロ画像さらしてたとこだよ!

着弾したのは人間の形をしたナニカ。隆々とした筋肉の持ち主であり、口からは蒸気機関車のごとく大量のモヤを吹き出す。

いや、もう、説明はいらない。ギリシア最強最狂の大英雄ヘラクレスさんです。いやあ、かっこいいなぁ。登場するだけで周囲の空気が変わるなぁ。流石だなぁ。


「へ、ヘラクレス…」

「すまないイピトスよぉぉっ、この俺が不甲斐ないばかりにぃぃっ!!」


そうしてヘラクレスさんは涙を流しながら、私が治癒した青年を強く抱きしめた。青年は笑みを浮かべながら大丈夫だと声をかけヘラクレスさんの背中をトントンと叩く。

ちなみに、抱きしめられる青年の身体からはさっきから人体が発してはイケナイ系のゴキゴキとかメキメキって感じの軋むとか砕くとかそんな風な音がなっている。

あの、彼が背中をトントン叩いてるの、たぶんギブって意味ですよヘラクレスさん。そ、その人、死んでしまうがな。







「久しぶりじゃないか、元気にしていたか?」

「あ、はい。おかげさまで」


さて、色々あって、私はティリンスのヘラクレスさんの家にお招きに預かった。

流石に大英雄だけあって、家は他のそれよりも広く、使用人も雇われていて、壁には多くの戦利品が飾られている。

まあ、その戦利品はだいたいが化け物の首だったりするので、家の雰囲気はお察しであ…、あ、物凄く素晴らしいですヘラクレスさん。いやあ、感激だなぁ。


「お前のおかげで、わが心の友を殺さずに済んだ。感謝するぞ」

「まったくだ。あそこに君がいなければ、私はどうなっていた事か」


さて、中央の火を囲んでヘラクレスさんの傍に座る、私が先ほど治癒した青年はイピトスというらしい。

アルゴー船の乗組員にも同じ名前の男がいたが、彼とは別人だ。

イピトスはテッサリアの都市国家オイカイアの王エウリュトスの子、つまりはオイカイアの王子である。

何故、そんな彼がここにいるのか。

そもそもの事の始まりは、イオレーという美しい姫君を巡る争いだった。オイカイアの王エウリュトスの娘であるイオレーはとても美しく、王は彼女を嫁に出したくなかった。

そこで、弓の大名人として有名だった王は、自分と自分たちの息子、イピトスも含む、を弓術の競技にて勝利できたなら娘を嫁にやろうと公言したのである。

で、そこにお名乗りを上げられてしまわれたのが、我らがヘラクレスさんだった。いやあ、流石だなぁ。

ヘラクレスさんは少し前に、清楚ビッチの女神ヘラに吹き込まれた狂喜により妻メガラーとの子供をお殺害されてしまっており、メガラーとは折り合いが悪くなっておられたのだ。

そこで、ヘラクレスさんは妻を友人にお譲りになると、意気揚々とエウリュトスとの弓競技にお挑みになられ、そして空気を読ま…、当然のごとく華々しい勝利をお挙げになられた。

すばらしい!

賢明なるイピトスはヘラクレスさんの類稀なる弓術に触れ、そして彼の不世出の素晴らしい人格を理解して、イオレーとヘラクレスの結婚に賛成した。

しかし、愚鈍にして命知らずのブタであるところのエウリュトスと、そのほかの兄弟たちは、無礼にもヘラクレスさんが前妻メガラーとの子を殺した事をあげつらい、結婚に反対したのだ。

まったく、前妻との子を意味もなく気が触れてぶち殺したぐらいで、揚げ足を取るように反対し、約束を反故にするなど全ギリシアを敵に回しても文句は言えない暴挙だ。

ヘラクレスさんなら、その程度は日常茶飯事の当たり前のこと。12の巧業をこなした時点で無罪どころか利子がついているのだから。

そうですよね、ヘラクレスさん。えへへ。あ、お酒お注ぎしますね。まあまあまあまあ。


「おっとっとっと」


もちろん、愚鈍にして命知らずのブタであるところのエウリュトスと、そのほかの暗愚な兄弟たちヘラクレスさんはお怒りになられた。

それはもうエトナ火山が噴火するほどにお怒りになられた。

しかし、心の広いヘラクレスさんは、いつかこいつら滅茶苦茶にしてやると心にお誓いになられ、一時的にはお引き下がりになられたのだ。

なんと慈悲深いことだろう。来るべき破滅が少しだけ伸びたのだから、人類で最もクズで底辺の下等生物であるところのエウリュトスは涙を流して感謝すべきである。

さて、その後、ある日エウリュトスの所有する牛が盗まれるという事件があった。エウリュトスは不遜にもその犯人をヘラクレスさんに違いないと考えたのだ。

なんという愚かで短絡的な思考だろう。さもしい精神の持ち主であるエウリュトスは、牛の盗難を、先の弓勝負で勝ったのに娘を渡さなかった事への当てこすりだと考えたわけだ、

しかし、賢明なるイピトスはヘラクレスさんの身の潔白を信じた。彼はヘラクレスさんの無実を証明しようと、ヘラクレスさんに盗まれた牛の捜索を共にしようと持ちかけたのだ。

ヘラクレスさんは、そんな誠実なイピトスの心に感激し、自分の家に招き入れて歓待し、彼を城壁の向こうにポイ投げされたのだ。


『おかしいですね。ここで意味が通りません』

「ななな何を言っているのですか。ヘラクレスさんは完璧です。一切の瑕疵もありません」


① 自分の事を信じて無実を証明しようとしてくれる心の友がやって来た。

② 感動して心の友を家に招いて歓迎した。

③ とりあえず、心の友を城壁の向こうにポイ投げして殺そうとした。


『①と②の繋がりはわかります。でも、②と③の繋がりが意味不明です』

「ぜ、全部、ヘラって奴が悪いんだよ!!」

「……耳が痛いな」


ヘラクレスさんが顔をしかめられる。え、怒った? お怒りになられちゃった? ひえぇぇ…。ど、土下座した方がいいでしょうか?

しかし、ヘラクレスは怒ることなく、ため息交じりに語り始める。


「ヘラクレスの名はヘラの栄光を表している。しかし、女神ヘラの俺への怒りは収まることを知らない。メガラーには本当に済まないことをしてしまった…」

「おひょっ!?」


思わず変な声出してしまった。『ギリシア3大おっかない』である大英雄様が、自らの行いを悔いているだとっ? 北大西洋海流が止まったりしないだろうか…。

でも、反省しているなら、もうこれ以上、女の人にちょっかい出さなければいいのに。イオレー姫も迷惑だろう。


「やばいと思ったが、性欲を抑えきれなかった」


ダメだコイツなんとかしないと。主に世の美女たちと生まれてくる子供たちのため、この男は抹殺しておくべきだろ…、

おっと、メディアちゃん、そんな怖いこと考えてないよ! ヘラクレスさんなら無罪、当たり前じゃないですか。これは常識。いいね。


『アッハイ』


とはいえ、ここは打算を取るべきだ。

かの光明神アポロンとタイマン張ろうとして、それをゼウス自らが止めざるを得なかったようなギリシア最強チートを味方にすれば、今後の展開も大分楽になる。


「大英雄ヘラクレスよ。貴方に吹き込まれた狂気、私ならば払うことはできます」

「なっ、なんだと!!」


ずずいと恐ろしい表情の顔面どアップで迫ってきた。怖い。おしっこチビりそうになった。心臓が止まりかけた。私、まだ、生きてる。


「本当か!? 嘘ではないのか!?」

「事実です。私にはその力がある」

「頼む! この呪いを解いてくれ!!」


だからそのデカイ顔近づけんな筋肉達磨。貴方の顔、めちゃくちゃ怖いんです。私はそんなガクブルを表情に出さないようにして話を続ける。


「しかし、一つだけ懸案があります」


私は目を伏せて、これは私のせいじゃありません的なニュアンスを多少オーバーに表情なりで伝えるようにしながら言葉を続ける。


「なんだ。この俺にできることならば何でもしよう」

「貴方の狂気を私が払ったとして、また女神ヘラが貴方に狂気を吹き込まない…そんな事があり得るとお思いですか?」

「なっ…」


ヘラクレスさんの表情がこわばる。それはそうだ。今この場で呪いを解いたとして、また呪いが降りかからないと誰が言えるだろう?


「ええ、私ならば今すぐ、この場で貴方と狂気を払って見せましょう。ですが、女神ヘラが貴方を憎む限り、貴方に再び狂気が吹き込まれないと、私は保障することができません。いえ、かの女神ならば狂気以外の他の方法で貴方を苦しめるやもしれません」

「……な、なんということだ」


愕然とするヘラクレスさん。ああ、可哀そうだなあ。これも全部、オリュンポスの神々の身勝手のせいなんだよなぁ。

そんな理不尽に振り回される悲劇の大英雄を誰か手助けしてあげられないかなぁ。ああ、困った困った。

苦悩するヘラクレスさんに私は囁く。


「そういえば、ヘラクレス様。鍛冶と火山の神へパイストスの神話をご存じで?」

「何?」

「ま、まさかメディア姫…っ」


賢明なるイピトス君は察したようだ。さすが頭脳派。親兄弟を差し置いてヘラクレスさんに尻尾を振る程度の知恵のあるお利口さんは違う。


「へパイストスは醜く足に障害のある神でした。彼を恥と考えた母である女神ヘラはかの神を冷遇し、二人の関係は大変良くなかったのです。冷遇され続けたへパイストスは、女神ヘラを見返すために一計を案じました」


黄金の玉座を女神ヘラに贈ったのだ。宝石の散りばめられた、素晴らしく美しい豪奢な玉座を。その玉座の出来に感激した女神ヘラは、贈られた玉座に何の疑いもなく座った。

するとどうだろう。玉座は突如として女神ヘラを拘束した。まさにエロゲ的展開。

そうしてエロゲ的な展開になって、女神ヘラは神々の前でヘパイストスが自分の子であることを認めさせられ、アフロディーテとの結婚を確約させられたのである。


「つーわけで、女神ヘラを凹ませたら、呪いもなくなって万々歳ですぜヘラクレスの旦那。げへへ」

「なるほど…、いや、しかし、それでは偉大なる我が父ゼウスを怒らせてしまいやしないか? そもそも、かの神々の住まう場所までどうやって行けばいい?」


ヘラクレスさんは一時は賛意を示そうとするも、即座に懸念を表明する。ちっ、脳味噌まで筋肉のくせに勘だけは鋭いようですね。

確かに主神ゼウスは圧倒的な力の持ち主だ。ヘラクレスさんだって恐れてしまうのも仕方がない。だが、


「ご安心ください。私は主神ゼウスよりオリュンポス山に招待を受けています。私の護衛として一緒に来ていただければ、神々の住まう神殿に容易に入ることができるでしょう。その後、こっそりと女神ヘラと接触されるがよいのでは?」

「……ふむ。だが、メディアよ。お前は何故そこまで?」


大分心が傾いてきたようだ。神殿の中までこの人がついてきてくれれば、途中で妨害しようとする神々の露払いぐらいはしてくれるはず。

そして、もう一つ。私が求めるもの。本命を。


「取引です。私もまた貴方に望むものがある」

「なんだ?」

「ヒュドラの血液を融通いただけませんか?」


私は大英雄ヘラクレスに、彼の英雄譚を支え、そして破滅をも彩ったギリシア世界最強の猛毒を望む。


「ヒュドラの血を?」


ヒュドラの血液。

それはこの大英雄が打ち立てた12の功業において退治された、いくつもの頭を持つ蛇の化け物ヒュドラから得られたキーアイテムだ。

猛毒で知られたこの血液は、彼にとっての切り札として何度も神話に登場する。巨人を殺し、彼の師匠であるケイローンを殺し、そして最後には彼をも殺す。

大英雄にとっての栄光と破滅を象徴するのが、このヒュドラの血なのだ。


「それは構わないが…何に使うのだ?」

「魔術の儀式にです」

「……いいだろう」


そうして私はRPG的な意味でキーアイテムの一つを手に入れる。武器としても重要な毒だ。大切に使わなくては。


「それはそうと、旅の途中で狂気に憑かれてはいけません。祓ったとしても、また呪いをかけられるかもですが、念のためです」

「おおっ、感謝する」


顔を綻ばせたヘラクレスさん。私は彼にかけられた呪いを解くための儀式を始める。

神の呪いではあるが、半分そっちに足を突っ込んでいる私にとっては、ちょっと難しい知恵の輪みたいなものでしかない。

知恵の輪なのだから、ペンチなりで曲げたり切断しちゃえば外れるのである。


「呪いとは実効性と感染性をもった感情です。よって、そこに理屈はなく、独り善がりで場合によっては不幸にする相手を選びません。しかし、時間とともに感情は揮発していくものです」


どんなものにも時限が定められている。人間にしても太陽にしても、言葉だって寿命が存在するのだ。

そしてそれは感情にすら適用される。永遠の怒りは存在しない。一つの感情がどこまでも世界に留まり続けることはない。

つーか、民族が一つ消滅すれば、その民族が受け継いできた《しがらみ》もパーなので、民族集団が消滅しうる以上、それは当然のことなのだ。


「そして寿命というのは正確には設定されてはいません。デスノートじゃないんです。天寿は数値では表記できない。そんなのは確率論の領域でしかないのです」


放射性元素の崩壊時期は半減期によって数値化されるが、しかし一つ一つの元素の崩壊時期は量子論的に正確に予測することはできない。

出来ないからこそ、猫虐待で有名な物理学者の箱の実験が成立するのだ。


「よって、ここにこの呪いの天寿を設定したならば、それは自然消滅という最も単純な原理でもって解かれるのです」


どれほど濃度の濃い呪いであっても、寿命の前には無意味だ。だからこそ王墓の盗掘が成立するのである。

滅びた王朝の滅びた神々の力を用いた呪いは、千年の経過の前に砂ぼこりに埋もれてミイラ化した挙句、何の効果ももたらさずに盗掘者の自由にされる。

まあ、たまに残ってる場合もあったりする。ツタンカーメン的な意味で。

つーことで、


「のろいよのろいよ飛んで行け」

『なんてぞんざいな呪文』


私のありがたい呪文と共に無駄な光輝のエフェクトとファンファーレ。

そして納期がヤバくなったアニメのやっつけ仕事のようなグラフィックで具現化された呪い(黒いモヤで表現される)がヘラクレスさんの体から追い出され、光にかき消された。


「おお、なんという神々しい魔法だ…」


感動するイピトス君と、唖然と自らの手を見つめるヘラクレスさん。しばらくしてヘラクレスさんはワナワナと体を震わせはじめ、そして、


「おおおお、分かる、分かるぞ。俺の体から狂気が消えていくのを…」


そうして両眼から涙を流し始め、私に向かい合い、両手を広げた。あ、やべ。


「うぉぉぉぉぉっ!! 感謝するぞメディア姫ぇぇぇぇっ!! いやっ、心のぉ友よぉぉぉぉぉぉっ!!」

「え、や、やめっ」


メディアちゃんは逃げ出した。しかし、まわりこまれてしまった。


『……知らなかったのか? 大英雄からは逃げられない!!!』

超高速のノーモーションで行われた全力の抱擁。巨人を殴り倒し、山脈を作り出す怪力の持ち主の、感動を全身に表した超抱擁。


「ぴっ!?」

『おおメディアよ、死んでしまうとは情けない』


ヘラクレスさんの胸板は鉄筋コンクリートの壁みたいでとっても立派で堅かったです。あ、意識が闇に…。

<メディアちゃんは死んでしまった。いままでご愛読ありがとうございました。>







「角度が…、そう、角度が問題なんです…。ふふふ、うふふふふ、ふひひひひひひひ」


銀髪エルフ耳の少女がニヤニヤしながら三角座りで膝を抱えてブツブツと独り言を垂れ流しつづける。

彼女が縮こまっているのは、奇怪な色の花を咲かせ、病んだような狂おしく多彩な姿をした植物に囲まれた、化け物じみて捩じれ狂った枝を伸ばす木々が繁茂する森だった。

少女の視線の先には、言葉では言い表せない不思議な色のかすかな輝きと熱と磁気のある未知のスペクトルを持った、地球上の物質の特性を超越したナニカで作られた天蓋付きのベッドがあった。

その上で、地球圏の言語ではとても表現することのできない、名状しがたい冒涜的な儀式がとり行われているのを少女はニタニタ笑いながら眺めている。

それは大小無数の玉虫色の球体を集積したとしか言いようのない姿であり、無数の触手を生やした泡立ち爛れた雲のような漆黒の臓腑の塊とギシアンしていた。

這いずり回るような不快で耳を腐食させる音響を伴うその悍ましい行為と共に、肉塊からは宇宙的な漆黒の物体が出産され続けている。

それは触手と蹄のある短い脚を生やした、黒い仔山羊とでも表現すれば良いのか分からないもので、それらは互いに忌まわしい悲鳴を上げて誕生を歓喜する。


「ふひっ、そう、その、鋭角が素晴らしい。いひひ、完璧な角度です…おひょっ」


跳ねるように飛ぶように果てしなく続くと思われたベッドの上での冒涜的な行為が中断される。

そして、ベッドの上の臓腑の塊が今更ながらに銀髪の少女の存在に気づき、その邪悪極まりない深淵を思わせる視線をふと少女に投げかけ、


「いやんっ♪ いつの間にいたの!?」


恥ずかしがった。


「子供はみちゃだめダゾ♪」


汚染された肉塊な彼女?が照れるように漆黒の触手を振るうと、不気味な瘴気に満たされた突風が吹きすさび、ニタニタ笑いながら意味の分からない独白を続ける少女を吹き飛ばした。







「はわっ!?」

『神は言っている、ここで死ぬ運命ではないと。あ、私が神様でしたね。大丈夫ですかメディア?』


銀色の髪のエルフ耳の少女はヘラクレスの用意した寝床から飛び起きると、キョロキョロと周囲を見回して、そして何事もないことを確認すると、小鹿のようにガタガタと震えだした。


「あ、れ、角度…は?」

『何言ってるんですか?』

「あ、はは、ゆ、夢ですよね…。ふふふ、えへへ、げへへへへへ」

『心配しましたよ。本当に死んでしまったかと思いました。何しろ、魂が一時的にこの宇宙から消失していましたし』

「え?」


なにそれこわい。


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みんな大好き、ヘラクレスさんの登場です。いやあ、かっこいいなぁ。

ちなみに、ヘラクレスさんの悪口言ったヤツ、ヘラクレスさんが校舎裏に来いってさ。






[38545] 011(H27.5.23改訂版)
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:5ba030de
Date: 2015/10/16 21:28
ささやき えいしょう いのり ねんじろ! メディアちゃんはまいそうされます。


「死んでねぇですよ!!」

『いや、死んでましたけどね』

「SAN値直葬の臨死体験でしたよ…。ああゆうのってもっと神々しい体験じゃなかったでしたっけ!?」


臨死体験。いや、死んでたのかもしれないが、臨死体験ということにしておこう。でないとまた正気度(SAN値)が削られる。

臨死体験とは肉体的な意味では人間の脳が生み出す危機回避機構の一種だ。魂的な意味ではガチで祖霊とか守護神とかと交信することになる。

一種のトランス状態へと移行し、あらゆる認識や知覚、精神状態が生存のために全力を傾ける。

孤独や苦痛から解放され、根拠もなく自信が湧き、不要な機能をカットし、知覚能力全開で退避経路を無意識で算出し、生存のための最後の悪あがきを行う。

あと、祖霊とかが助けてくれることもある。

それは分かるのだけど、私の場合に限って邪神ックスというのはどういうことなのか。ヘカテー様が出てくるところじゃないのだろうか。

わたし、巫女でしよね? ヘカテー様のリアルご尊顔拝見したり、おっぱい揉んだりしたかったのに。


『大方そうじゃないかと思ってましたよ』

「思考を読まないでください」


そういえば、この世界に転生する時にも、あの《神様》に合うはめになってSAN値直葬されたが、まさかとは思うが私の守護神って…。

やだ、そのうち、本当に狂ってしまうかも。


「なんで私がこんな目に…」

『胸に手を当てて、日頃の行いを思い返しなさい。それが答えです』

「私はヘカテー様の胸に手を当てたい」

『もうやだこの巫女』


つーか、この世界はあの神話系統と繋がりがあるんでしょうかね…。アラブの砂漠に匍匐前進しなきゃ探索できない都市遺跡とかあるんでしょうか?

あったら絶望ですよ。でも、ネクロロリコンのマスターにならなってみたい。ツンデレ写本も可。でも触手プレイは勘弁な。

というわけで、ティリンスで新しく仲間となった心の友ヘラクレスさんと共に、私は引き続き決戦に向けての準備を進めます。

ペロポネソス半島の某所にて蝮女の死骸を掘り返したり、リュキア(アナトリア半島南岸)でキマイラの墓所を掘り返したり地味な仕事が多いけど。

アタランテちゃんにハゲワシの羽根を回収してもらったり、ヘラクレスさんからヒュドラの血を手に入れたのもそのためだ。

そして、


『しかし、犬は可愛いですね』

「女がペットに逃げたら…」

『あ?(威圧)』

「わぁい、ワンワン超可愛い」


次の目標は生きた犬だ。死骸ばかりあさっていたので、こういう生き物を相手にするのは癒される。

私は犬の無数の首の内の一つに腕を回して撫でまわした。


「よーしよしよしっ。狗は従順に限りますね」

「がうがうっ がうがうっ(いいかげんにしろ、噛むぞクソアマ)」

「あっ? ヘラクレスさんにハグさせますよ?」

「わんわんお わんわんお(調子に乗って申し訳ございません、犬とお呼びください)」


さて、今私がいるのは冥界の入り口である。

私の目の前には恐ろしい50の首を持つ黒くて巨大な犬がいて、私の後ろには腕を組んで見下ろすヘラクレスさんがおられる。

となれば、犬の方は完全に服従の意思を示し、仰向けになるのが当然の成り行きである。いや、まあ、昔に一度チョークスリーパーかけられた記憶が生々しいのだろう。

反抗的な態度も、ヘラクレスさんとちょっと目が合えばこのとおりである。さすがは大英雄やでぇ。

ところで、ギリシア人は犬にでも恨みがあるのだろうか? ギリシア神話に登場する犬はだいたい碌な目に合わないような気がする。

ということで、私は先人の例に倣い、どこからともなくペンチを取り出した。


「というわけでケロちゃん、牙を一本貰いますね」

「きゃいんっ きゃいぃぃぃんっ(やめてください、助けてママァァァっ!)」

「50も頭があるんですから、一つくらい使い物にならなくなっても無問題ですよ」


動物虐待に見えるって? 失敬な、これは≪かわいがり≫です。躾です。愛情表現です。だから合法。

ヘラクレスさんはいつも穴倉の中に引きこもっていたこの犬を外に出してあげたりとか、とっても慈愛に満ちてますし、私もそれを参考に歯の治療をしてあげただけですし。

冥界に哀れな犬の鳴き声が響いたのは、そのすぐ後のことだった。






「う~~、あ~~~っ」


その頃、オリュンポス山の頂、神々の住まう神殿の一室にて一人のピンク髪の女がベッドの上でゴロゴロ横に転がりながら呻いていた。


「うう……」


そうして、時たまメディアちゃんを象った大理石製のフィギュア(手下に命令してひそかに作らせた。彩色済み。)をうっとりした表情で眺めると、すぐに自己嫌悪で柱に頭を打ち付け始める。

そして、思わず強く頭を打ってしまって、涙目でうずくまり、情けない表情で唸り声をあげていた。

美の女神たるアフロディーテにも勝るとも劣らない美貌の女神は、その涙目の表情であっても美しい。(※美女神に限る。)

……美しいのか?

いや、まあ、その、彼女の奇行がいかに滑稽…じゃなくて、美しくとも、わざわざソレを指摘してヒステリーを食らうような酔狂なものは、この場所にはいなかった。


「うわぁ、お母さん、面白い」

「……あんなお母様は初めて見るわね。エロース様の矢を受けたのだって?」

「みたいだね~。でも、相手が女の子なのはどうなのかな~」


部屋の隅ドーリア式の白亜の柱の陰で、二人の少女が隠れながらヒソヒソと言葉を交わす。

ポニーテールの少女エイレイテュイア、その隣にはニコニコ癒し系のボブカットの少女ヘベ。ピンク髪の二人は主神ゼウスと女神ヘラの娘たちだ。

青春を司るヘベは不老を保証する神酒を神々に給仕する役割を与えられた女神であり、ヘラのお気に入りの愛娘である。

対して、ちょっとだけ気の強そうなエイレイテュイアは出産を司る女神であり、彼女が許可しなければ、このギリシアの地において生命の誕生は許されない。

エイレイテュイアの強力な権能は、流石は主神と神妃の子というべきだが、ヘベの権能は若さであり、そこまで強力な権能には見えない。

まあ、世の女どもにとってアンチエイジングは他人をブチ殺してでも達成すべき夢であるので、彼女に対する信仰は切実に強いのだろうけど。

無事な出産と若さを司るヘラの娘たちは、女にとっては死活問題になる要素を握っていると言ってもいい。

幸福な結婚を司る女神ヘラ(はたして彼女が幸せな結婚生活をしているかどうかは別問題であるが)の信仰を支える重要な従神たちである。

ちなみに、この姉妹、ヘベがいつも美味しいところをかっさらって、エイレイテュイアが碌な目に合わないというジンクスがあったりする。

エイレイテュイアは不憫な子なのだ。

例えば、彼女はヘラの命によりたびたび力ある神にすらその権能の行使をさせられており、例えばアポロンとアルテミスの出産時にも彼女がかり出されている。

おかげで、オリュンポスでも重要なこの2柱との関係はちょっと良くない。

なので、彼女の胃はオールデイズ荒れっぱなしである。ピロリ菌がいたら胃癌になっていただろう。

まあ、生真面目な性格のせいで幸薄い可能性もなくはないのだが。


「エロース様の矢は、もうただの災害か何かと考えないとやってられないけれど…」

「お母さん、可愛いかも~。恋する乙女的な?」

「そんな歳じゃないでしょうに…。母親の思春期状態なんて、娘から見れば微妙すぎるわよ」


二人にとって母親である女神ヘラがあのような状態に陥っているのを見るのは初めての事である。

まるで、思春期の恋する乙女状態の母親。

子供にとって、そんな親の姿を見るのはある意味において悪夢である。つか、想像してみろよドン引きだぜ。


「でもー、お母さん楽しそうだし~」

「あれを楽しそうと言えるアンタの能天気さには、毎度感心させられるわ」


配下の下級神らにメディアの像を作らせ、ニヤニヤしながら眺める母親。下から覗き込んで、スカートの中を見るか見ないかで葛藤する母親。

定期的に若返る美女神でなければ絵的にアウトである。


「っていうか、お父様は何考えてるのよ…。主神の力をもってすれば、なんとか出来なくもないでしょうに」

「えーとね、3Pとか最高じゃね? だって」

「……最悪だ」


両親ともに碌でもないが、彼女らの父親たる主神ゼウスの放蕩振りは、娘であるエイレイテュイア的にも忌避感が強い。

ぶっちゃけていえば、お父さん臭いと言い切ってやりたいぐらい。

そもそも、エイレイテュイアの不幸フラグの多くは彼女の父親に端を発することが多いので、彼女の父親に対する好感度は常時紐無しバンジージャンプ状態だ。

貞節を重んじ一夫一婦制の顕現たる神妃ヘラを前に、事もあろうに3人プレイしたいとか脳味噌に蛆が涌いているとしか思えない。

とはいえ、感情は感情である。エイレイテュイアに主神ゼウスをどうにかできるはずもなく、逆らう事なんて出来やしない。

なので、できるのは責任転嫁だけなのだ。八つ当たりともいう。彼女が願うのは、とりあえずの平穏なのだから。


「これも全部、メディアってやつのせいよ!」

「どぉするの?」

「…お母様の呪いでもどうにもならない相手だものね。私たちじゃ手も足も出ないし…」


エイレイテュイアは自分の仕事を邪魔した女(ヘラクレスの母親の侍女)をイタチにする程度の呪いは扱うことができる。

だが、神妃ヘラですら呪いが届かなかった相手をどうにかするほどの力は持ち合わせてはいなかった。

彼女の権能は出産にのみ特化しており、受精・受胎については管轄外、ましてや専門外の呪詛や魔術などはメディアに遠く及ばないありさまだ。

直接の戦闘能力は言うに及ばず低い。アテナ、アルテミス、クロト、ラケシス、アトロポスといったゼウスの娘たちに比べると、こちらの方面では活躍がない。

ルーツとなった大地母神の明るい側面だけを上手く切り取って独立させられた、男たちにとって都合の良い女神である彼女にそんな武力は存在しない。


「何か手は…」

「俺を呼んだな?」

「……」「あ、お兄様ぁ」


そんな二人に唐突に話しかけてきたのは、燃えるような赤い髪の、均整のとれた筋肉質ながらも暑苦しさを感じさせない肉体美をもつ美青年だった。

ヘベは男に花のように微笑みかけ、エイレイテュイアは晩ご飯がピーマン山盛りだったかのように顔をしかめた。

赤い髪の美青年は斜め45度で二人に向かい合い、前髪をかき上げ、奥歯をキラリと白く輝かせて流し目を送る。紛う事なきイケメンであるが、ちょっとイラッとくる。


「アレスお兄様ぁ、どうしてここへ?」

「可愛い我が妹たちが悩んでいるような気がしてな。それで、母君のご機嫌は?」


オリュンポス十二神の一角、主神ゼウスと正妻たる女神ヘラとの間に生まれた神界のサラブレッド。彼の名をアレスと呼ぶ。

ギリシアを代表する軍神である彼は、アフロディーテを愛人とし(NTR)、男神の中でも一二を争う美男子である。

トロイ戦争では人間相手に負けたこともあるこの偉大な軍神は、ローマ帝国では特に敬われ崇拝を集めていた。

とかく、ヘラクレスに半殺しにされるエピソードをもつ軍神アレスは主神と神妃の間に生まれた、神々の王の後継者たる素晴らしい存在なのだ。


「悪意のある編集だねー」

「ん、ヘベよ。誰に向かって話している?」

「なんでもないよぉ」


なお、いまだに美人の妹とお風呂に入る勝ち組である。


「こほん、兄様、ヘベについてはその辺りで」

「あ、ああ」

「それでは母様の事ですが…」


エイレイテュイアが事の顛末、ヘラが頭を柱に強くぶつけて悶絶するあたりまで事細かくアレスに説明していく。

ヘベは神界屈指の癒し系女神であるが、彼女に任せていると基本的に話が進まないので、エイレイテュイアが司会役を務めざるを得ない。

なお、これが基本的に彼女が貧乏くじを引く根本的な原因であることに彼女は気づかない。


そして、


「堪忍袋の緒が切れた! 我が母を誑かすとは許さんぞ! メディア!」

「いってらっしゃーい」


軍神アレスは走り出す。ヘベが無邪気に手を振る後ろで、エイレイテュイアはコメカミを抑えて溜め息をついた。


「今の話を聞いて、どうしてそういう結論なのよ…。どう考えてもお母様の自業自得なのに」

「ん~、お兄様はぁ、あんまりヒトの話聞かないからぁ」

「ていうか、堪忍袋の緒が脆すぎるでしょうに…」


オリュンポス最高のイケメン神アレス。なお、ギリシア神話での扱いはすこぶる悪い。







ペロポネソス半島とギリシア本土を繋ぐイストモス地峡。ここにギリシア世界においても随一の交易都市コリントスが存在する。

コリントスはシシュポスというギリシア神話においても一二を争うマゾヒストが創設した都市であり、また私の父アイエテスの出身地でもある。

イストモス地峡に位置するという地理的条件から、本土と半島の交易拠点となるため貿易都市として栄えており、その財力はギリシア世界でも上位に入るだろう。

そんな豊かな都市コリントスは、アイエテスの出身地であることから太陽信仰が篤く、そして我が父アイエテスが統治権を有し、事実、父の派遣した執政が政務を執り行っている。

正規の神話においても、メディアがこの地に訪れたのは、彼女がこの都市の統治権を要求できる立場にあったからともされている。

つまり、この街において、私は筆頭株主とか社長とかのご令嬢と言えるわけで、めちゃくちゃチヤホヤされるのである。


「ウェヒヒ、もっと近うよるのです」

「いやん、メディア様のえっち」

『だらしない顔です。相変わらずの大魔王セクハラーぶりですね』


あてがわれたおにゃのこの胸を揉みつつ、ワインを傾けてこの世の春を謳歌する私。なお、ヘラクレスさんは別の屋敷で杭打ち作業中。

そんな私に呆れ声のヘカテー様の巫女巫女通信。だが、改めない。久しぶりの乳尻太腿である。私は堪能するぞ! ウェヒヒ、ウェヒヒ、ウェェェヒヒッ。


『(もう別の巫女を選ぼうかしら…)では、お便りのコーナーに参りましょう。最初のお便りはアルゴスの無刃さんからですね。72の名を持つイーノックさんはまだ旅をしているの? だそうですよ』

「いや、あれゲームですし。享年365歳ですから、計算上、大洪水の前に死んでるので」

『365歳ですか…、長寿ですね』

「ノアに至っては950歳ですけど」


日本神話における初期の天皇の寿命も酷い盛り方であったが、あれは単純な暦の違いによるものだった。

だが、聖書のアダムの子孫たちの長寿は異常である。寿命900歳オーバーは当たり前。つーか、500歳近くで第一子とかどうなのよ。


「すさまじい童帝力。これは大洪水でも生き残れる」

『つまり、旧約・新訳でのこの辺りの年齢表記は信用できないと』

「ノアは600歳の頃に箱舟を作りました。ノアは父レメクが182歳の時、祖父メトシェラが369歳の子供です。レメクは777歳で、メトシェラは969歳で死にました。ここで恐るべき事が分かります」


すなわち、洪水直前に父と祖父を亡くしているのだ。ちなみに祖父が死んだ歳と洪水が起こった歳は同一である。

大洪水で多くの知り合いを亡くすだけでなく、その直前に父と祖父を失うなんて、なんて不幸なノア。同情しますね。

ちなみに、父と祖父を亡くすことに関するドラマは聖書には描かれない。なお、映画では描かれたが、当の映画の評価は微妙。


『ただの数字合わせですね分かります』

「箔を付けているのだと表現してあげてください。シュメール神話の伝説上の王様の寿命もそれなりに盛ってるので、珍しい事じゃないです」


シュメール文明における伝説上の王アルリムの在位期間は28800年と伝えられている。それに比べれば1,000年以下なんて可愛いものだ。

しかし、昔の人間たちの寿命は長いなぁ。きっと食生活が良かったのだろう。マンモスの肉とかすごい滋養があったに違いない。

まさかアンブロシアの正体って絶滅種の骨髄…、いや、まさかね。


『…ではお別れに一曲、藤圭子で《女のブルース》を。ご清聴よろしくお願いいたします』

「そのチョイスはどういう基準なんでしょうね…」


てか、この時代にブルースなんて無いですし。別に私は構わないんですけど、演歌がギリシア世界発祥になったとしても私は悪くないので。

古代ギリシアの発明に演歌が加わる。哲学とか数学、弁証法とかの隣に演歌が並ぶ。なにそれ怖い。

そうしてヘカテー様が熱唱していると、外からハトが私の傍に舞い降りた。


「くっくどぅどぅどぅ」

「おや、ようやくですか」


私は立ち上がり、執政の屋敷のベランダからフワリと港の方へと跳躍する。境界もあいまいな群青の海と空に浮かぶように在るコリントスの街並みを眼下に横切る。

日干し煉瓦と石で造られた方形の建物は漆喰で白一色。青空に映えて眩い白い街並みの合間には雑多な人波があり、それらが青いエーゲ海に迫るのは美麗だ。

日除けのための布を張った市場が通りに面する建物に沿って連なっているのを一跨ぎする。

それらの日除けの布はカラフルに染められていて、かつて日本で生きていた頃の縁日の屋台を思い出させる。

まあ、売ってる食べ物はたこ焼きやカステラじゃなくて、串焼きやドライフルーツとかなんだけれども。

遠くまで芳香を漂わせる香辛料の山、鮮やかに赤い紅玉髄や青く目に映えるラピスラズリと金銀で造られた宝飾品、中央アジアからの毛織物、遥か東方より運ばれた絹織物。

アンフォラになみなみと容れられたワインや蜂蜜。色とりどりの野菜、嘶く家畜たち、溢れんばかりの穀物。

エジプトには及ばないものの、古代ギリシア世界屈指の交易都市には多くの舶来品が集まり、商人たちが声を上げて市を賑やかにしている。

港へと近づくと、私は白い湾岸に停泊する無数の商船に見知った顔を見つけ出した。


「アタランテっ!」

「メディアかっ!」


私はそのままアタランテちゃんの胸に飛び込んだ。過剰なスキンシップは女子の嗜み。

アタランテは私を苦も無く受け止め、勢い余って私を受け止めたままクルリとターンして、そのまま私たちは笑いあった。


「首尾は?」

「上々だ。そちらも上手くいったようだな。港で噂になっていたぞ。ヘラクレス殿がコリントスに来ていると」

「貞操の危機を覚える今日この頃」


いや、マジで。あの大英雄。両刀だから性質が悪い。

ギリシア文明は男色に寛容というか、大人の男が少年を手取り足取り導くのがオシャレっていう腐女子大歓喜な文明なのだけど、それだったら男一本に絞ればいいのに。


「ふふ、簡単に体を許すタマでもあるまいに」

「嫌ですね。私はか弱いお姫様ですよ。ところで羽根つき親子は?」

「船の様子が気になるらしい。あの二人にも何かさせたのだろう?」


ダイダロスとイカロス親子が船の中からヒョイと頭を出して手を振ってきた。表情を見る限りにおいては、仕事はうまくいったようだ。


「ご苦労様です」

「いや、自分にとっても遣り甲斐のある仕事であった。イカロスにも良い経験になったのである」

「メディア姫、準備は出来てる」

「ん…、まだいいでしょう。船旅で疲れたでしょうから、一服してはどうです?」

「そうじゃのぅそうじゃのぅ。喉も乾いたしの」


口下手でマイペースなイカロスにそう答えていると、いつの間にか傍にいた幼女ぺリアスが私の言葉にうんうん頷いていた。いや、手前ェの宴席はねぇから。

全員集合ということで、改めて一緒に美味しいものでも食べようかと考えていると、


『おやメディア。敵です』

「今度は誰ですか…。ヘラ様は契約で縛ったはずですよ」

『ドラ息子の方です』


マジかよ…。そうして北方、オリュンポス山の方向から、驚くべき速度でそれはやってきた。

大地を踏み揺らし、まるで間近で巨躯の馬が駆ける足音を聞かされるような。それは真っ直ぐにこちらを目指して近づき、最後にドンっと大きな衝撃音が響いた。

それと共に一人の赤い髪の、金属の胸当てと脛当て、兜を身に纏った男が上空から膝を抱えて前方回転しつつ落下してくる。

迎撃してやろうかとも思ったが、相手が神様っぽいので取りあえず様子見していると、男は港のど真ん中に着地する。

着地と共に大地はへこみ、クレーターとなるとともに衝撃が周囲を襲う。港の水夫たちが一様に弾き飛ばされ、積まれていた荷物が崩壊していく。


「大迷惑じゃないですか…」

『神とはそういうモノでしょう?』

「メディア…、あの男、いや、あの方はまさか…」

「そのまさかですよ…」


アタランテたちが表情を引き締め男に視線を集める。相手は神だ。ギリシア神話での評判は散々とはいえ、オリュンポス十二神に名を連ねる偉大な神の一柱である。

腕を水平に伸ばし、見事な着地を決めた男。その瞳が私を射抜き、そしてこちらを指差した。


「貴様が我が母を誑かす女狐か?」

「女狐かどうかわ分かりかねます。まずは御名をいただけますか?」

「ふっ、神に対して不遜な態度。だが、敢えて言わせてもらおう! 戦神アレスであると!!」


赤い髪の超絶イケメンはそう名乗った。私は獰猛な笑みを浮かべ、心の中で独りごちる。イケメン死すべし慈悲はないと。

アレス。

主神ゼウスと神妃ヘラの間に生まれた最高の血統を有する神であり、戦争の狂気を司る残忍な戦神である。

専守防衛を良しとしたギリシア文明での評判はアテネに大きく譲るものの、軍事を重要視した古代ローマでは篤く敬われた。

弱肉強食侵略上等なトラキア人によく信仰されており(ディオニュソス信仰もトラキア発祥なので野蛮極まりない)、信仰を集めている点でいえば侮れない勢力をもつ。


「これはご丁寧に。私、コルキスの王アイエテスの娘、メディアと申します」


相手は神なので、とりあえずカーテシーで礼儀は払う。しかし、アレスか。また話の出来なさそうなのが来たな。

戦神アレスといえば戦争の狂気を司る脳筋である。感情で動き、論理を軽視する。お高く留まってインテリぶる古代ギリシア人から受けが悪い理由でもある。

ギリシア神話では粗野で残忍で不誠実と描かれるが、自分の娘がレイプされた時などは相手の男を撲殺したりと、意外にマトモな逸話もあったりする。


「此度は何用でしょうか、偉大なる戦神アレス様。コリントスは我が父アイエテスの領域。先のコルキスの事もあり、太陽神ヘリオス様と海神オケアノス様からオリュンポスに抗議があったはず。この地で問題を起こすのは、流石に貴方様でも少々不味いのでは?」

「分かるぞ分かるぞ。その良く回る口で我が最愛の母を誑かしたのだろう?」


いえ、ただの偶然で矢が刺さっただけですので。

つか、ウゼェ。本当にこの脳筋は…。コイツの信仰の中心地に300年ほど大旱魃起こしてやろうか。

オケアノス様の屋敷でちょっと事務仕事滞らせるだけで、降水量半減になるんやで。


「さあ、武器を執れ。このアレス、我慢弱いぞ!」


戦神アレスはどこからともなく巨大な槍を手にし、それを大きく回転させて構える。暴風が巻き起こり、港は滅茶苦茶になってしまう。

なんという営業妨害。

こんな場所で戦っては御近所迷惑甚だしい。逃げ切る自信はあるが、コリントスの被害は甚大なものになるだろう。

さてどうしようと悩んでいると、


「「「あ」」」


私たちはアレス神の後ろに見覚えのある巨躯の影を認めると、思わずそんな呆けた声をあげた。





さて、話は少しだけ時間を遡ります。

この日、コリントスには『偶然』にも著名な大英雄が訪れておられました。どなたとは言いません。いや、まあ、皆様の予想通りのあのお方でございます。

港で件のちょっとした騒動(大英雄視点)が起こるその頃、彼は彼に見初められた幸運な女を相手とした杭打ち作業を終えられ、しばしの賢者タイムを楽しんでおられました。

※ 公共放送でも放映して大丈夫な健全な描写です。(ただし、大英雄に限る。)

しかしながら、そんな彼の穏やかな一時を邪魔する騒音が町の外から響いてきました。

なんという不敬でしょう。これは騒音を起こした者に相応の天罰が下らなければいけません。

というわけで、ちょっとばかりイラっとこられた彼は、不機嫌そうな表情で鼻をほじりながら港へ向かわれたのです。

おお、勇ましい。鼻をほじられるその姿でさえ神々しさに溢れています。

そうして、彼は、騒音の元となる赤い髪のヤンキーを見つけると、おもむろに腕を振るいました。





「うるさい」

「ぷげらっ!?」


次の瞬間、アレスが巨躯の何者かにぶん殴られて吹き飛んだ。Z戦士とかが活躍するようなアニメばりに甲高い風切り音を立てて弾道飛行する。

そのままエーゲ海の海面に叩きつけられると、水平線の向こうまで水切りしながら跳ねていった。


「「「うわぁ」」」


大惨事である。ドン引きである。私とアタランテちゃんとぺリアスは同時にハモって同じ感嘆詞を口にしてしまった。

いやあ、もう、そんな感想しかありませんよ。ええ、本当に。

さあ、皆さんクイズです。鼻をほじりながらアレスをぶん殴りになられた巨躯の何者かはいったいドナタでしょう。

ヒント① 超つよい大英雄。
ヒント② 超えらい大英雄。
ヒント③ 超かっこいい大英雄。

分かりましたか? ええ、もちろんですよね。えへへ。当然です。いやぁ、さすがギリシア世界最高の英雄はやる事が違いますね。尊敬します。


「さすがヘラクレスさん。いやぁ、かっこいいですね。よっ、世界一!」

「港が騒がしかったので来てみたが、アレはなんだ?」

「ただのギリシア神話最小の小物ヤンキーです」

「ヤンキー?」

「素行不良って意味です。貴方のような大英雄が関わるべき相手じゃありませんから、さあさ、船も着たところですし出発しましょう」

「急だな」


ここに留まっていても、あのドラ息子がやってくるだけである。ヘラクレスさんほどの大英雄様ならまだしも、下々の者たちには厳しい状況になるので。

ほら、あのヤンキー弾道飛行が海の方じゃなくて街の方にいったら、割と普通に死人が出ますので。


「仕方がないな」

「むむ、一服できると思っていたのじゃが」


物わかりのいい大英雄様。全然下々の民の事を考えないクズ幼女。どちらが英雄としての器があるかなど一目瞭然なのである。

そうして私たちは急ぎ船に乗り込む。補給はオケアノスお祖父様の屋敷で済ませればいいだろう。

そうして、必要なものを積載し、出発しようとすると。


「うぉぉぉぉっ、待て!! 行かせん! 行かせんぞぉぉぉっ!!」


水平線の向こうから滅茶苦茶クロールで追いかけてくるイケメンヤンキーを見た。顔面は歪んでいないようだ。クソッ。

しかし、しつこいですね。


「待てと言われて待つ奴はいねぇですよ! ダイダロス、イカロス。準備は出来ていますか?」

「万全なのである」

「問題なし。いつでもいける」


頼もしい。私は船の穂先に立ち、水平線を指さした。


「ふひっ、実現できるかどうか分からなかった、私の夢がまた一歩…」

『ロマンですね。でも、私も好きですよそういうの』

「BGMはⅢでいきましょう」

『ぴこぴこですね。前世での年齢が割れますよ』

「いーんですよ。あのシリーズのⅢは何度もプレイしましたからね。思い出深いんです」

『では、BGMスタート!』

「新生アルゴー船、テイク・オフ!!」

「がってんだ姐さんっ!!」


私の言葉を合図にバックグラウンドミュージックが鳴り始め、《物言う木》が威勢よく返事し、それと共に船が大きく揺れ、振動を始めた。

揺れる船上で事情を知らないアタランテとぺリアスが近くのマストなどに掴まり驚く声を上げる。


「な、なんじゃ!?」

「おおっ、これは!?

「船が…、船の形が変わっている!?」


歯車と擦過音。それと共にただのガレー船でしかなかったアルゴー船の形が大きく変わり始める。

3本のマストから大型の3枚羽がせり出し、両舷からも小さなプロペラを備えた突起が突き出す。そして船尾にも2枚のプロペラがせり出した。

そして、それらが高速で回転を始め、


「あははははははっ! キタキタキタキタァァァァァ!!」

「きばるぜぇぇぇぇぇ!!」

「な、なんじゃっ!? 船が、船が浮いて!?」


物言う木の気合の入った雄叫びと共に、船はゆっくりと海面から宙へと浮上を始める。そしてゆっくりと大空へと向かって走り出した。


「と、飛んでいる…?」

「がっはっはっは、すごいなメディア姫は。船が鳥のように飛んでいるぞ!!」


アタランテは唖然と眼下を見下ろし、ヘラクレスさんは愉快そうに大笑いする。船の後方では羽根つき親子がハイタッチした。

ちなみに、ぺリアスはマストに掴まってガタガタ震えている。


「これぞ剣と魔法の世界の醍醐味《飛空艇》! 滾りますね!!」

『私も乗ってみたいかも…』

「ヘカテー様も来ればいいのに」

『貴女に直接会うのはちょっと…』

「なにげに酷いコト言われたような…」


正直、セクハラ発言しすぎたかもしれないですね。とはいえ、私の中身なんてまるっとお見通しされているので、今さらどうにもならないのですが。


プロペラは揚力を生み、その反作用はとても立っていられないほどの風を下方に叩きつけるはずだが、そのあたりはちょっとした反則(ファンタジー的ご都合主義)で。

船が浮上するというあり得ない事象を目撃し、コリントスの人々は空を見上げ、大人たちは目を丸くして、声も出せずにそれを見守る。

喜んで飛んだり跳ねたりするのは好奇心の強い子供だけだ。犬どもは吠えて恐怖を紛らわせ、馬は嘶き厩にて暴れた。

そして海の上で何やら喚いている軍神アレス。

それらを見下ろす形で、飛空艇アルゴー号は遥か空の上へ。


「ひゃっはー、これが俺様の真の姿だぜぇぇぇ!!」


しかし、この工業製品(もの)、えらくハイテンションである。改造しすぎたか…。

ようやく揺れが落ち着いて、アタランテが私の傍にやってきた。驚きから、今は興奮した様子で私に問いかけてくる。


「メディアっ、これがあの親子にさせていた事なのか!?」

「ええ、本当に実現できるとは思いませんでしたけど」


実際のところ、こういう形状の船を空に飛ばすこと自体がナンセンスともいえる。だが、船体の強度とか揚力あたりは、魔法的な意味で程度解決できたりする。


「出力が問題であったのだが、流石はオケアノス様の屋敷、希少な金属を提供いただいたのである」


加えて太陽神ヘリオスの黄金の盃船を基盤に、核融合炉をせっちあげ、オケアノスお祖父様から貰った大量のオリハルコンで作ったタービンを用いた。

ダイダロス親子によって鍛造された、熱核エネルギーによる小型高出力のタービンエンジン。それがこの船の動力だ。


「さあ、みんな。ニューヨークに行きたいかぁ~~!!」

「ニューヨークってどこなんじゃ!? というか、落ちる! 降ろせ、降ろしてくれぇぇっ!!」


そしてぺリアスは叫び、船は西を目指す。




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最近、ヘスティア様が人気ですね。このビッグウェーブに乗らなければ(使命感)。






[38545] 012
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:5ba030de
Date: 2015/05/23 13:30
偶因転生成魔女 災神相仍不可逃 今日変態誰敢敵 当事性欲共相高
我為魔女神代下 我乗調子気勢豪 此夕対乳山佳月 不成長嘯但揉胸



やっはろー、ギリシア世界のシンデレラガール、メディアちゃんだよー。今日はアカデミックに漢詩なんて読んでみたよー♪ ドヤァ?


「さすが私。東方世界の詩作に通じるなんて教養高いですね」

「ぴ~ぎゃぁ~~」

『そろそろ現実を直視したらどうですかメディア』

「あー、あー、聞こえなーい」


見ざる聞かざる言わざる。

目の前で行われている、岩を彫って作られた台座上の祭壇の上で行われている、いささか陰惨な儀式なんて知らない。

ジャガーの毛皮とか人間から剥いだ皮を身に纏った神官たちの、直視したらSAN値が下がる猟奇的な作業と意味不明で奇怪な歌とかも知らない。

なので、私の頭の上でケチャップをラッパ飲みしている翼の生えた黒くてでっかい蜥蜴(鳴き声は黄色い電気ネズミ風)とかも知らないのだ。

あー、プルケ旨ぇ。つーか、飲まずにやってられるか。でも、トウガラシ入りのホットチョコレートは勘弁な。


「メディア、変な生き物がいたぞ」

「アタランテちゃん、さっそく狩りですか」

「こいつは脅かすと丸まって可愛らしい。あと、こいつはやる気がないな。まあ、お前の頭の上のヤツに比べるまでもない雑魚だがな」


アタランテちゃんがジャガーやらアルマジロやらナマケモノを捕まえてはドヤ顔で見せに来る。猫がネズミを捕った後に見せに来るのと同じ論理だろうか。

でも、アルマジロは可愛い。苛めると丸まったりして可愛い。私の頭の上の、声がどこかの黄色い電気ネズミに似ている蜥蜴とは大違いだ。


「の、のう、メディア。そやつ、ワシのこと噛まないんじゃよな?」

「今はお腹一杯だから大丈夫ですよ」

「は、腹がすいたら噛むのか!?」

「腕一本ぐらいで済むように躾けるつもりですよ」

「そうかそうか、それなら安し…、ぜんぜん安心できないじゃろうが!!」


相変わらずは煩い幼女だなあぺリアスは。ちょっと神経質じゃないだろうか。私の頭の上を占拠している時点で、どう考えても最初のゴハンは私なのに。

なお制御が相当甘いので、この蜥蜴、私の完全な支配下にはない。


「そうですね…、ケチャップを捧げれば、命だけは助かるかもしれえませんね」

「作り方を早く教えるのじゃっ!」


必死だな。

しかし、どうしてこの蜥蜴、ケチャップ好きになったのか。中の人繋がりなのだろうか。おかしいな、声とか特に設定してないのに。

とりあえず、捧げられた鹿肉の焼いたの(もも肉)にケチャップをたっぷりかけて蜥蜴に差し出すと、


「ばぐっ」

「ひっ!?」


ペロリと一口した。まだ食うのかコイツ…。骨ごとボリボリ咀嚼するので、傍にいたぺリアスたんが恐怖に顔を引きつらせる。

そういえば、今のもも肉(骨付き)、この幼女の腕と同じぐらいの大きさでしたね。ちょっとデリカシーがなかったでしょうか。テヘッ。

とはいえ、姿かたちは紛れもない幼女。顔を真っ青にしてガタガタ震える姿は同情を誘う。

まあ、目の前で心臓抉り出しカーニバルしてるから、こんな風に怯えても仕方ないよね。あ、また心臓抉り出した。


「の、のう、メディア。ワシ、ちょっと気分が悪いんで、船に戻ってて良いかの?」

「おや、もう食事はいらないんですか?」

「お主、良くこんな場所で呑気に肉が食えるのぉ…」


心臓抉り出しカーニバルを眺めながら、七面鳥の肉とインゲン豆を煮こんで作った真っ赤なチリソースでトルティーヤを食べる行為の事だろうか。

トウガラシはなかなか刺激的で美味しいですよ?


「は、吐きそうじゃ…」

「はは、私のSAN値はとっくにマイナスですから。貴女も慣れないとこの先辛いですよ」


コイツ、罰でこういう姿にされているの忘れてないだろうか? 幼女という肉体にあることで受ける不利益こそがこの罰の本質なのに。


「それ、予言なのか!?」

「さぁ?」


さて、一部の人はもう気づいているだろう。今、私がいるのはアメリカ大陸である。具体的にはメキシコの東海岸あたり。

高台の祭壇で歓待?されているのには、ちょっとした経緯があるのだけれど、それはまあいい。

見下ろせば巨石文明。でっかい顔だけのオルメカな石像が並び、神官たちはジャガーのコスプレ。まだ生きている生け贄の心臓くり貫く作業。

やだ、なにこれ野蛮。とりあえず、心臓にはモザイクをかけておきましょうか。あ、あと注意ですよ。このお話には残酷な描写が含まれています。

そしてそれを眺めながら謎の白い液体を飲む私。ヘラクレスさん? ああ、あの人なら気に入った美少年がいたらしくて、林の中に連れ込んでるそうですよ。


『そういえば、貴方がこんな世界の果てで異文化交流してる間に、コルキス王国が侵略を受けてましたよ』

「は?」

「ぴぎゃ?」


一瞬理解が及ばなかったので気の抜けた返事をしてしまう。え、何それ聞いてない。つーか、貴女コルキス王国の守護女神ですよね。何のんきに話してるんですかね。

というか、国は大丈夫なのだろうか。家無し子とか困るんですけど。つか、お姉さまとかお母様とか愚弟は無事なのだろうか。

やだ、そわそわしちゃう。


『まあ、撃退したみたいですけど』

「あ、そ、そうですか。驚かさないで下さいよ。で、どこです? ウチの国に侵略してきた不届き者は?」


まあ、ドラゴンに襲われて国力低下しただろうから、その隙を狙われて侵攻されたのだろう。

つか、災害で弱った国に侵略とかいろんな意味でアウトだろう。国際社会から非難ごーごーである。米帝がブチ切れて、おそロシアが庇いだてしないぐらいのレベル。

まあ、この世界はまだ弱肉強食だし、侵略が悪だなんていう概念は育っていないのだけれど。《勝てばよかろうなのだ》な世界なのである。

あと、言い訳として被災した現地住民を無能な現地政府に代わって保護するために軍を進駐させましたなんていう言い訳もあるらしい。クズっぽい言い訳である。


『侵略者はアルメニア人とアルバニア人ですね』

「ああ、またあの人たちですか」


コーカサス地方には古来よりいくつもの部族が争ってきた。まあ、メソポタミア文明圏に近く、耕作もできる土地なのでそれは仕方がない。

位置が位置なので、ペルシャやロシアに征服されたり独立したり征服されたりの歴史であり、21世紀あたりではグルジア、アルメニア、アゼルバイジャンといった国々に分かれることになる。

これら3つの国のルーツ的なものは、すでにこの紀元前1,000年以前から始まっており、例えばグルジアにあたる地域には2つの部族が主に存在していた。

まあ、つまりはその一つがコルキスである。もう一つがタオ族という連中で、もちろんタオっていっても中国とは何のかかわりもない。

次に、アゼルバイジャンにあたる地域。ここにはアルバニア人と呼ばれる部族の勢力があり、もう少ししたら国が出来る勢いがある。

アルバニア人と言ってもバルカン半島のアルバニアとは全くもって関係はない。ペルシャ側からはアラン人とも呼ばれている。

まあ、良くも悪くもメソポタミア文明圏の部族といったところ。つまりは農民である。なお、バクー油田とかは特に利用していない。

次に、アルメニアにあたる地域。ここにはアルメニア族が勢力を誇っていて、国家を樹立していたりする。

ちなみに彼ら自身は自分たちの事をハイと呼称しており、これの語源は彼らの始祖たる伝説上の人物ハイク・ナハペト(※イケメン)なんだそうな。

彼は旧約聖書に登場するノアの玄孫とされ、ギリシア神話のオリオンと同一視される巨人殺しの英雄だ。ヘラクレスの神話からも流れをくむとされている。

まあ、ヘラクレスさんほどメジャーじゃないから、ヘラクレスさんとは比べようもないほどに田舎の英雄で芋臭いイケメンなのだろうけど。

ちなみに、アルメニアの語源はこのハイクのひ孫のひ孫、族長アルメナケが興した部族アルメニア族が基になっている。

文化的にはコルキスに似て、メソポタミアとギリシャからの影響を受けている感じだ。神話系にもそれは顕れている。

まあ、この時代では毛むくじゃら蛮族のジャパニーズよりかは文明的である。



「しかし、東と南から同時に侵略されて良く大丈夫でしたね」


二正面作戦なんて戦略的に最悪の部類だ。

しかも、文明レベル的にはそこまで離れてはおらず、お互いに実に原始的な戦術で戦っていたはず。

歩兵をメインとして、チャリオットによる機動戦を基本戦術とするのがこの時代の文明的な戦い方だ。

歩兵は戦車の速度には追いつけないので、戦車に乗った射手によるヒットアンドアウェイで相手の士気や指揮統制を削り、最終的には戦車からのポールウェポンによる突進により撃破する。

エジプトやヒッタイト、メソポタミアなどの数多くの軍がこれを運用し、その威力を高らかに壁画などで記録している。

とはいえ、車輪は独立懸架式じゃないので小回りきかないし、サスペンションがないので振動で乗り心地最悪。あと、平野でしか使えないし、わりと簡単に横転する。

というわけで、遊牧民系の軽騎兵を相手にすると一方的に殲滅されるのが玉に瑕(致命的)。


「あっ」

『そういうことです。だいたい、貴女のせいですね』

「い、いや、その…」

『まあ、彼らの侵略が相互に連携したものではなかったのも大きいですが』


さて、私がコルキス王国から旅立つ前、いったい何をしでかしたでしょうか。

① コークスと高炉と転炉を利用した鉄鋼の量産体制の構築。
② あぶみと鞍の開発。
③ キンメリア人からの良馬の入手ルート確立。


『最初の①とか2000年ほど時代を先取りしてますね』

「わわ、私は悪くない」

『チート乙。タイムパトロールさんこいつです』

「い、いや、製鉄はヒッタイトでもやってるし、あぶみは中国でもうすぐ発明されるからっ」

『もうすぐって言っても千年後ですけどね。これで、火薬が実戦投入されていたら歴史崩壊でしたね』

「訴訟されちゃうでしょうか…」

『誰に?』

「……ベッセマーさんとかですかね?」


基本的に、鉄器はその性質上、特に青銅器に対して優位というわけではない。

優越しているのはその量産性のみであり、優れた青銅はむしろ鉄器よりも優れた性質を多く有している。

例えば、青銅は20世紀の初めまで大砲の主の材料であったし、古代中国では鉄よりも青銅が重んじられた時代があった。

炭素量の多い鋳鉄は、脆くて割れやすく、強靭な青銅には敵わなかったのだ。

ただし、その天下は鋼の登場をもって終了する。より強靭で、しかも鍛造を可能とした鋼によって青銅はベースメタルとしての地位から転落するのである。

で、だ。コルキス王国にはちょっとばかり(2,000年ほど)時代を先取りした転炉と呼ばれるシステムが『どこぞのバカ』による歴史犯罪によって導入されてしまっていた。

あと、火薬も(ボソッ)。


『歴史修正主義者(物理)がここにいます』

「わざとじゃないんです。この右手がエロかったのがすべての原因なんです!」


そう、山にピクニックに行ったら、マブい感じのドライアドさんがいてですね。このままじゃ私伐採されちゃうなんて泣くから…。

石炭利用からコークス作りに発展して、ふいごに高炉、最後にドロマイト使った耐熱煉瓦の転炉に発破用の火薬まで、行くところまで行ってしまったのだけど。

いや、やり過ぎだとは思ったけど。なんであそこまで頑張ったのか私自身も理解しがたいけれど。さすがにマンガンとかはどうかと思ったけれど。

魔法的なチートがなければ3年なんて短時間で実現はしなかったけど。

でも、転生者および歴史犯罪者(ギガゾ○ビ)による技術チートダメ絶対なんて誰も言ってくれなかったし。


『見ていて楽しかったですよ』

「あれ、そういえば、あの時、私を煽ったのって…」

『ドライアド相手に欲情する貴女を見ていると腹が立ったので』

「それって、もしかしてヘカテー様ったら私の事…」


実は私にラブだったの? 言ってくれれば良かったのに。そうすればヘカテー様のベッドにルパンダイブ敢行するのもやぶさかじゃないのに。


『いえ、嫌がるドライアドへの過剰なセクハラで鼻を伸ばす貴女の顔がキモかったので』

「ですよねー」

『しかし、最初の森を守ろうとする貴女の志は素晴らしいものでした』

「デレた! ヘカテー様がデレた!」


いや、まあ、青銅作りのためにハゲていく山と森を見るのが忍びなかったので。

21世紀の現代日本人的な感性だと、樹木が切り倒されてハゲ山になったのを見ると心が痛むんですよ。分かるよね?

そもそも青銅器の生産というのは大量の燃料を必要とする。まあ、産業というものには燃料は必須なのだ。

鉄、青銅、ガラス、漆喰、煉瓦。これらの生産で消滅した森林は数知れず。つーか、今の中東とか見ればその惨状はだいたい想像してもらえると思う。

浪費と汚染こそが人類文明の本質であり、そういうのを見ると神様が洪水でキレイキレイしたくなるのも分からないでもない。

それはそうとして、鋼鉄量産技術を確立させ、さらに《あぶみ》により騎兵の能力を飛躍的に高めたコルキス王国軍は、その技術格差を背景に戦争を終始優位に進めたのだそうだ。


『というわけで、敵野戦戦力の撃滅のついでに、貴女の父親、南コーカサス地方の統一を成し遂げちゃいましたよ』

「親父ェ。災害復興に集中してくださいよ。神話じゃなくて歴史まで変わっちゃってるじゃないですかっ」

『復興資金(あるいは戦争奴隷)が手に入ってアイエテスもウハウハ、私は信仰される地域が増えてウハウハですけどね』

「ヘカテー様、もしかしてお父様を煽ったりしてません?」

『♪~~♪~~』


口笛を吹いて有耶無耶にしようとする駄女神。

でも、どうするんだよこれ。このままじゃ、カフカス・イベリア王国もカフカス・アルバニア王国も歴史の闇に消えかねない。

…まあ、いいか。

兎も角、現時点で一日当たり最大数トン単位での鋼の製造が可能となっていた時点で、分かる人にはそのヤバさが分かるだろう。
(ちなみに明治13年の日本の年間生産量が約2千トン。)

国民的RPGを参考に想定するなら、全身鋼装備の戦士と銅の剣以外は基本皮装備の戦士の戦いと言える。

もちろん、戦いは数である。バルバロッサ作戦の最初の頃は倍の赤軍を相手に突破できたナチスドイツも、人的資源の不足という最大の敵には勝てないものなのだ。

しかしながら、隔絶する技術差をひっくり返すには、わりと無茶な物量が必要になるというのもまた真理である。


『ええ、貴女の父上であるアイエテスは良くやってくれました。騎兵突撃は燃えましたね』

「歳を考えろです親父」


有名な武将とかが雑兵をボーリングのピンみたいに薙ぎ倒す某ゲームの如く親父殿は無双したらしい。

まあ、ヘラクレスさんとかリアルに再現してくれますけどね。知ってるか、ヘラクレスさんのパンチの威力は戦術核に匹敵する。

いやー、本当にヘラクレスさんは仕方ないなぁ。


『で、いつ現実を直視するんです?』

「プルケ超旨ぇ」

「ぴぎゃぴ」


ヘカテー様の声なんて聞こえない。あーあー聞こえなーい。

私は半ばヤケになりながら謎の白い液体を飲み干していく。いやあ、謎の白い液体、一度は飲んでみたかったんですよね。

すると、赤黒く染まった石の祭壇の上に一人の色黒幼女が横たえられるのを見た。おや、なかなか可愛らしい幼女ですね。

そして、神官の男がちょっとハイになりながら黒曜石のナイフを天にかかげる。え、ここで幼女殺すの? いや、さすがにそれはどうかと思うの。

野郎はまあ好きに殺せばいいと思うけどさ。年増のおばさんも、まあ、好きにすればいいんじゃねとは思う。

ほら、生け贄もそれを含めて文化やしね。どこぞのコルテスとかと違って、そういうのに過剰な干渉はいかんと思うのよ。

ギリシアでも生け贄はあるしね。しょうがないね。でも、幼女はダメだ。イエスロリータ、ノータッチ。イリーガルユースオブハンド。

というわけで、


「あうふっ!?」

「あ…」


思わずビーム出して幼女を救ってっしまった私は悪くない。

調子に乗って私の目の前で生け贄カーニバルしていた現地住民がその瞬間、凍りついたように固まり、私に注目した。

やべぇ。


『さて、そろそろ現実に目を向ける用意は出来ましたか?』

「知っていますかヘカテー様。現実というのは自ら目を向けるものではなく、不意に直面するものなんですよ」


例えば災害とか病気とか30歳童貞とかな。直面した時にはだいたいにおいて手遅れという意地の悪さがチャームポイント。

あまり文明レベルが高くなさそうな現地住民の視線が私に集まる。いや、まあ、同時代の日本の原住民の方が多分低レベルでしょうけどね。

彼らの瞳に映るのは明らかに不安だ。生殺与奪権を持つ相手を目の前にしているかのような、そんな逃げ出したくても逃げられない感じの。

具体的にはライオンの檻の中で正座させられている感じ。たまにライオンさんがぽんぽんと頭の上に前足を置いてくるようなヒリヒリ状態。

その時、おもむろに私の頭の上に乗っている羽根つき蜥蜴が身じろぎして、私がビームで脅かした神官の男を睨みつて、一声鳴いた。


「ぴ~ぎゃ~{<意訳>なんや文句あんのか? あるんなら表出ろや(怪獣王なみの威圧)}」

「アイェェェェ!?」


神官は盛大にお漏らしをした。

うん、なんというか、そうなんだ。私たち、敬われ奉られているというよりもむしろ、めっちゃ邪神的な何かとして畏れられている。


『そりゃあ、主神として崇めていた2柱をペロリと食べられたら、どこの人間だってこうなりますよ』

「私は絶対に悪くない」


私は再度罪状を否認した。





さて、事の起こりは1週間ほど前まで遡る。

飛空艇を手に入れた私たちは、とりあえずヘスペリデスの園とかイベリア半島南西に浮かぶエリュテイア島などを巡り、来るべき戦いに備え、必要な素材を手っ取り早く集めて回っていた。

そうして、およそ必要と思われる素材は全て集め終わり、あのバカ主神をヘコませるための切り札作りのために一旦、オケアノスおじい様の御屋敷に戻り、

魔女の釜をかき混ぜる作業により、予定の《切り札》の作成に成功したわけである。

テーブルの上に毛布を台座におかれた、1mほどの高さの大きな白い卵。これこそが私が生み出したモノだった。


『しかし、コレ、制御できるんですか?』

「ヘカテー様がガイア様の協力を取り付けてくれたおかげで、多分、おそらく」

『暴走しても私、知りませんよ』

「まあ、ぶっつけ本番は嫌ですから、どこかギリシア神話圏の外で運用試験しようかとは思ってます。暴走したら逃げます」


何しろ主神を打倒するための切り札だ。生半可なシロモノではない。そして、制御も難しい。刷り込みはする予定だが、どこまで効果があるのか。

とりあえず、地母神ガイア様の加護を得ることは出来たが、暴走したら割とヤバいレベルで災害が起こる。

なので、地中海世界じゃなくて未開な土地で実験したい。というわけで、私はルーレットで試験場所を決定し、新大陸での運用試験を決定したわけである。

ルーレットに載ってた候補の土地ってどこかって? フフーフ。知らぬがブッダですよ。私、もう仏教徒じゃねぇですけどね。

さて、そういうわけで私たちは飛空艇で大西洋を横断。私とヘカテー様以外は海の向こう側に新大陸が在るとも知らず、結構驚いてくれていた。

特に学者肌のダイダロス・イカロス親子とかは興味津々だった。アトランティスじゃないかと考えたらしいけど、アメリカ大陸は沈んでいませんので。

そうして、新大陸の中米あたりの上空を航行していたところ、眼下にて強大な力を持った二つの存在が激しく争っていたのを見つけたのである。

その争いは非常に激しく、嵐や雷を起こし大気を撹拌するほどだった。

あー、このままでは飛空艇が壊れてしまうー。何とかしなくてわー。ということで、私はその場を総合火力演習の現場に選んだわけなのだ。

だから私は悪くないのだ。

そんな所で周りの迷惑も考えず争っていた《翼の生えた蛇》と《ジャガーに変身していた黒曜石のように黒い神格》が悪いのだ。

そして、生まれたばかりのこの某黄色い電気ネズミに良く似た鳴き声の蜥蜴に倒されて、捕食されてしまった不甲斐ない2柱の神こそが悪いのである。

農耕神と戦神を一挙に失い、太陽神の最有力候補が脱落したことで、気温とか農業生産に深刻な影響がこの地方に降りかかったとしても、私は全くをもって悪くはないのである。





『この地方では、有力な神が相争って太陽神の座を奪い合う神話体系だったようですね』

「マヤ・アステカ系列の神話ですね。太陽は不滅ではなく、更新され続けなければならないという」


この時代はオルメカ文明であるが、基本的な神話の構成は変わらない。周期的な世界滅亡と太陽の復活は中米における神話の根幹だ。

そしてこの神話体系には3柱の重要な神が存在する。

その一柱は農耕神としての翼ある蛇。これはククルカン、クグマッツ、ケツァルコアトルとも呼ばれ、秩序や風を司り文化英雄的な側面を持つ。

平和の神という側面が象徴されたりもするが、神話ポポル・ブフにおいては生け贄を求める神トヒールとしての逸話も存在する。

もっとも、このトヒールという名の神が彼であるとは必ずしも断定できない。

トヒールは黒曜石を意味する単語であり、その意味では次のテスカトリポカの起源とも捉えることができる。

二柱目にジャガーと黒曜石の神。ジャガーは中米においてはごく初期から信仰された力と争いの象徴であり、黒曜石は金属を持たなかった新大陸人の主要な武器となった鉱物だ。

これら二つの暴力の象徴が神格化され崇められたのは不自然ではなく、この流れは最終的にアステカのテスカトリポカへと繋がっている。

彼の象徴である黒曜石の黒色は夜の闇へと通じており、また血なまぐさい儀式に用いられるナイフは黒曜石製であった。

この事も彼の争いの神としての性質に大きく影響しているだろう。

三柱目に雨と稲妻を司る天空神。トラロックと呼ばれる彼の信仰は古く広域にわたり、主神として君臨することも珍しくはなく、テオティワカンでは特に厚く信仰されている。

マヤではチャックと呼ばれるなど、中央アメリカにおける広大な地域で信仰を集めており、人々は干ばつを恐れるが故に彼に生け贄を捧げるという。

なお、アステカ神話では不遇。


『どうするんですか? このままだと、メソアメリカの文明、花開く前に滅亡しますよ?』

「ト…トラロック神は残っていたはずです。他にもチャルチウィトリクエ女神もいますよねっ?」

『ああ、あの方たちは先のその仔がやらかしたショッキング映像にドン引きして引きこもったみたいですよ』

「ぴぎゃ?」

「神ともあろうものが情けない」

『いやー、流石に自分たちと同格か格上の2神を生きたまま臓物引き裂いて捕食するなんていうグロ画像見せられたら、私も逃げ帰る自信ありますから』

「いや、でも、こいつらグロへの耐性あるはずでしょ?」


中米、メソアメリカ宗教体系はその始まりからして生け贄をコンスタントに求める系統だ。

神話では長く厳しい夜の中で太陽を求める人々に対し、神が自らへの糧と忠誠を求めて生け贄を要求する描写がある。

曰く「お前たちの耳から血を出し、そして肘を刺し貫いて供犠を行え。それが神々への感謝の印である。」

つか、生きたまま心臓くり貫いてとか、現代人的な感覚では正気を疑うレベルである。

まあ、私はいろんな意味でSANチェックには『慣れて』いるので、それを眺めながらゴハン食べたりできますが。


『生け贄自体は珍しい信仰でもないんですがね』

「中国の殷なんかは生け贄を確保するために、他の部族に戦争吹っかけてましたしね。ギリシアでもやってますし」


古代ギリシアの生け贄儀式で有名なのはイーリアスでのアガメムノンが執り行った生け贄だろう。

トロイアへの出征に際して、船での出航を阻む荒れ狂った海を鎮めるべく、かの王は自分の娘をアルテミスに生け贄として捧げている。

エジプトでは王墓に生きた従者を一緒に放り込むブラック企業ぶりを見せてくれている。死んだ王様に仕えるために死ねとか、もう、ブラックぶりがやばい。

まあ、神権政治社会の王の墓に生きた人間が人身御供されるのは、そこの文化圏でも見られるありふれた光景ではある。

日本でも古墳時代の初期とかはやってたんじゃないだろうか。日本人はルーズでいい加減なので、途中でハニワに切り替えたようだけど。

洗練されたオサレ宗教であるキリスト教にもその痕跡は見て取れる。ミサで使う聖体のことだ。

キリストの肉と同列と定義されたものを食うのだから、その根本にあるセンスは生け贄のそれに近い部分があるように思える。


「くっ、しかしどうしましょう…。あの2神を蘇生するにしても、この神話体系のルール上どれだけ早くても676年かかる計算ですし……」

『最悪、5125年かかりますね』

「人類が宇宙進出果たしてるか、滅んでるかどっちかですよそれ…。でも、そうですね。別に深く悩まなくてもいいのではないのでしょうか」


ぶっちゃけ、メソアメリカの動向なんて世界史に大きく影響はしないだろうし、どうせコルテスあたりに滅ぼされたり天然痘で壊滅するのだから。

だから、今ここで滅亡しても誰も困らないはずだ(現地の人々以外)。

多少、メキシコの文化遺産が無くなったり、2012年関係のネタが無くなったりするぐらいだし。アメリカにはアンデス文明もあるし。

なんて思っていると、


「(じ~~)」


つい先ほど心臓抉られそうになっていた幼女が無垢な瞳で私を見つめているのに気が付いた。

やだ、何このものすごい罪悪感。


「よ、幼女の無垢な視線になんか絶対に負けないっ!」

「(じ~~)」


くっ、この胸をぐいっと抉る邪気のない瞳。これが幼女パワー。あ゛あ゛~、こころがぴょんぴょんするんじゃあ~~。

もうロリコンだった。


「幼女には勝てなかったよ」

「?」


思わず膝の上に乗せてしまった。やだ、この幼女まさに魔性。トルティーヤをリスか何かみたいに小さい口で一生懸命齧ってて萌え。萌え萌えキュン。

あ、トルティーヤからソースが垂れて頬に付いちゃってるよ。お姉さんが今拭き取ってあげるからねぇぇぇぇっ。

…。

し、しかし、なかなか落ち着いた幼女である。私はまだしも、私の頭の上に乗ってるこの蜥蜴を見て恐れるそぶりを見せないとは、ただの幼女とは思えない。


「幼女よ、貴女はいったい何者なのです?」

「イシュキック。シバルバーの王の娘。ねぇ、どうして私を食べないの?」

「いくつか衝撃的なセリフが混ざっていましたが、とりあえず、私は幼女を食べる趣味はないので」


YESロリータNOタッチ。児童ポルノ法的な意味で幼女に手を出すのはダメです。つーか、10歳にもなってない幼女に手を出したらいかんでしょ。


「私、美味しくなさそう? そこの男の人のほうがいいの? お肉、かたいよ」

「あ、この文化圏、人肉食肯定派ですか。コルテスはもしかしたら正しかったかもしれないですね」


人肉食はギリシア神話においても良く描かれるテーマであるが、基本的には禁忌に属するタイプの習慣と理解されている。

他、ヨーロッパ世界やアジアなど様々な地域で人肉食は記録されており、日本では第二代の天皇が人肉食をしたという感じの記録があるらしい。

で、中米でもやぱり人肉食の習慣はある。というか、普通に今目の前で語られている。なんでも、人肉を食べることが許されるのは、選ばれた上流階級のみなのだとか。


『良かったですねメディア。これで貴女もセレブですよ』

「私はギリシアで十分セレブなので、そういうの間に合ってます」


ただでさえ、メディアに転生して厄介ごとに巻き込まれているのだ。これ以上厄介ごとに巻き込まれる要素は勘弁願いたい。


『しかし、この仔を前にしてなかなか度胸のある娘ですね。血統も申し分ないようですし、私の巫女にしてしまいましょうか』

「え、ヘカテー様、この地方の守護神やるんですか?」

『この娘は良い拾い物でしたからね。それに、この新大陸の地で私の信仰を広めるのも悪くないでしょう』


実現したら文化人類学上の大問題に発展するんじゃないだろうかそれ。東地中海世界の女神が、遠く新大陸でも信仰されていたとかどうなのよ。

まあ、それはともかく、カリブ海総合火力演習も上手くいったので、準備は整ったと言って良いだろう。

これで準備は万端、あとは一気呵成に攻め込むだけである。

うん、それにしても、


「トマトとジャガイモ、トウガラシが手に入ったのは僥倖でしたね。あとは、ヒマワリにサツマイモ、カボチャとかも欲しいですね」


これで美味いピザとかパスタ作れる。やっぱり、地中海料理にはトマトと唐辛子がないと色合い的にもレパートリー的にも貧弱ですからねー。




こうしてこの世界における農学史上最大の謎、新大陸原産の作物が旧大陸に何の脈絡もなく伝播した原因が発生したわけである。

神代の歴史がまた1ページ


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古代に旧大陸にジャガイモが入ったら、歴史が捻じ曲がるよね絶対。

あと、不適切な表現という指摘がありましたので改訂しました。ご迷惑おかけします。





[38545] 013
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:5ba030de
Date: 2015/06/02 21:26
グーテンモルゲン! みんなー、おひさーっ! 神話時代のアイドルメディアちゃんだよー! 挨拶がドイツ語なのはただの気分だよぉ!

それはさておき、帰ってきました古代ギリシア。

飛空艇なら1日か2日で到着です。…そこ、現代のジェット機と比べない。こんなんで遷音速なんて出せませんから。

一応、乗り心地に関して言えば旅客機よりも上ですが。

大きなリビングルームなんて、普通の飛行機では用意できない。ガス浮上式の飛行船なら可能であるが。


「しかし、世界の広さには感嘆したのである」

「あの滝、すごかった」


《物言う木》によるオートパイロットがあるので、完全無人航行が可能というのも最大の特徴である。

チューリングテストを軽くクリアするような人工知能を簡単に作成できる神話世界ってすげぇ。

私なんか自分でAI組む気には絶対ならない。そこいらの雑霊とか水子の霊とかひっぱって来た方が楽だし。

つまりあれである。完全自律型の無人兵器をうたった最新兵器をバラしたら、中から人間の脳が出てきたとかそういうホラー。

勘のいいガキは嫌いだよ。


「ぴーぎゃ、ぴーぎゃ」

「メディアっ、メディア! コヤツをはやく何とかしてくれ!! ひぃっ!? ケチャップをかけようとするでない!!」


おや、幼女が蜥蜴と戯れていますね。こんなにも打ち解けて仲良くなって…、お姉さんは感極まってしまいそうです。

とはいえ、非常食の味見はそこまでにしておきましょうねー。あと、ケチャップを生きた幼女にかけるのも止めないさい。


「あー、もう、こんなに汚して。メッですよ!」

「ぴぎゃ?」


決戦前夜。皆、思い思いに過ごしている。ヘラクレスさんは御瞑想にお入りになったようだ。真面目モードに切り替わられたようである。

いつものように「心の友よっ」とかお叫びなられながら私にハグという名の圧搾(10万馬力)をなされないので、相当の念の入れようだろう。

オリュンポス終わったな。

もう一人の幼女、メソアメリカで拾ったイシュキックたんはというと、現在、ヘカテー様の巫女となるため修行に入っている。

ようし、先輩として手取り足取り指導しなきゃ(使命感)。

意気揚々と、イシュキックに与えた個室に近づくと、声が聞こえてきた。嫌な予感がする。私は静かに部屋の扉を開き、中を覗き込んだ。


「アエイウエオアオっ!」

『もっとお腹から声を出すようにしなさいイシュキック。でなければ、よいビブラートやこぶしは歌えません。肺活量も高めないと…』

「はい、ヘカテー様」

『さあ、もう一度っ』

「アエイウエオアオっ!」


わけがわからないよ。

なぜ演歌歌手を養成しようとしているのか。つーか、マイクとか音響装置とかガチで揃えてやがる。

私は手遅れだと首を横に振り、ヘカテー様によるお歌のレッスンスタジオと化した部屋の扉をそっと閉じた。





「ふっ、ようやく来たようだな」

「はい。一度は西の果てを越え消息を見失いましたが…」

「いまさら我から逃げはせんよ」


神々の住まうオリュンポス山、縞瑪瑙で造られた見事な大神殿、その玉座の間にて主神ゼウスは不敵に笑う。

傍に侍る銀色の髪の青年はゼウスの忠実なる息子ヘルメスである。ギリシア世界随一のトリックスターである彼だが、オリュンポスへの貢献度はかなり高い。


「何やら色々と準備をしていたようです。ヘラクレスを連れているようですし、本当にオリュンポスに入れても良かったので?」

「可愛いものではないか。抵抗されてこそ燃えるというものだ」


ゼウスはそう語って笑う。ヘルメスは父親に合わせて笑いながら、内心コイツいっぺん死ねばいいのに思った。

基本的に上手く世渡りして、ゼウスからも覚えめでたい彼であるが、たびたび問題を起こす父親については思うところがあるのである。

とはいえ、ゼウスは現実として強力な権能の持ち主であるギリシア世界最強であるので、わざわざ逆らってまで得るものは無く、こうして従っているわけである。


「しかし、今回の件では叔父上たちや兄上も良い顔をしてはおりません」

「ふむ、忌々しい限りではあるが仕方あるまい。アレスとお前がいれば露払いくらいは出来よう」


異母兄のアポロンなどはあまりゼウスに対する忠誠が高くなく、相手側の調略によって妹のアルテミスともども、今回の件では協力を得られないだろう。

叔父上たる海神ポセイドンについては、同じく海洋の神オケアノスの抗議を受けており、あまり乗り気ではない。形だけの協力となるはずだ。

ヘパイストスとアフロディーテについては正直どこまで協力を得られるか全く予測がつかない。

というか、あの二人は直接的な戦闘については不得手なので、数に含めるわけにはいかない。

そういう意味では女神デメテルと女神ヘスティアも数に含めるわけにはいかないだろう。

そして、女神ヘラ様は敵対を封じられており、彼女も戦力として当てにできない。

あれ? このままだと、まともに動くのってゼウスと俺を除いて筋肉バカ(アレス)とアテナぐらいじゃね?



「我が偉大なる父ゼウスよ。神妃ヘラ様の件なのですがっ」


「ああ、アレか。最近めっきり可愛らしくなっておってな。はっはっは、ああいうアレも悪くない。いや、むしろ良い」

「いえ、その、元に戻さなくて良いので?」

「必要ない。良いではないか。このままなら、メディアとアレを一緒にだな…」


グフフフとアレな感じで含み笑いする最低主神。なるほど、これで女神ヘラ様も完全に戦力外か…。

い、いや、落ち着けヘルメス。頑張れヘルメス。筋肉バカは役に立つかどうかわからないが、アテナは間違いなく強い。

大丈夫。防御側に回った女神アテナの硬さは異常。

それに、本気になったゼウス、スーパーゼウスに敵う相手などあんまりいないので、そもそも負けはない。

まあ、負けたとして自分に何か不利益があるわけでもなし。ぶっちゃけ、どうでもいいわなコレ。


「それでは、私はメディア姫を迎えに行ってまいりますので」


ヘルメスは言い訳が建つ程度、言われた仕事だけでもこなすことを決めた。







『さて、メディアよ。ここからは私の力も殆ど及びません。通信も途切れ途切れになるでしょう。覚悟はいいですか』

「覚悟できる余地があるだけまだヌルいですよ」

「ぴぎゃぴ」


オリュンポス山の麓、アルゴー船を着陸させて神々の住まいを見上げる。

マケドニア(現在のギリシャ北東部)とテッサリアの境に聳え立つこの霊峰は、全高2900mにもなるギリシア最高峰だ。

山頂に雪を頂き霧に霞む幽玄たる佇まいからは、神聖にして不可侵の荘厳さといった印象を見る者に与える。まあ、神様住んでるしね。

もちろん、現世より光学的な手段で視えるこの山の姿は、オリュンポスの一側面に過ぎない。

ただの人間がどれだけ山を登ろうとも、そこに神の家は無く、ただ雄大な自然に圧倒されるだけに終わる。

神様に会うには異なる位相を観測する視点を得る必要がある。

視点と言っても、眼球の中にスーパーカミオカンデ的なのが入っているというわけではない。形而上的な意味における視点だ。

仏教における六道とかそういうのに似ているのかもしれない。

それはもうクオリアとかそういうレベルの話ではなく、形而上的な意味での異界であり、ぶっちゃけ凡人が行こうと思って行ける場所ではない。

地獄に落ちた人間は地獄を観測しているのであって、地獄という別の場所に物理的な意味で飛ばされているわけではない。

なお、臨死体験に伴って切り替わることが多い。そんな感じで妖精郷とか竜宮城とかに迷い込む、幸運なのか不運なのか分からない人間もたまにいる模様。


『仏教のあれは境地のことでは?』

「細けぇことはいいんですよ! 人間、見えるものが全てなんですから」


観測できないものには干渉できない。なら、光学的にも物理的にも観測可能な世界が切り替わったら、それはもう異世界にいるのと同じことだ。

超対称性とかダークマター的な意味で理解しても可。


「つまり、タルタロス(奈落)を直に見ることは不可能?」

「今の貴方は視点が切り替わってるので《視える》んじゃないですかね、イカロス」


オケアノスおじい様のお屋敷は異界なので、今さらというのもあるが。海の底にお屋敷なんて立つわけがないのだから。

まあ色々と前口上が長かったですが、言いたいことは一つ。目の前のオリュンポス山が、キリマンジャロってレベルじゃねえぞ的な円錐状の巨大な山にしか見えない。

独立峰じゃなくて山脈の一部ですよね、オリュンポスって。ここは火星か何かでしょうか?


「成層火山にしか見えねえ形状ですね。分かりやすい自己顕示欲です」

「成層火山?」

「火山には種類があります。火口の数とか吹き出す溶岩の粘りの違いとかで、どういう形状の火山になるかが変わるわけですね」


イカロスにちょっとした地学の講義をする。風化とかを加味すれば厳密な分類にはならないけれど。

ダイダロス・イカロス親子の無垢な尊敬の視線とかアタランテちゃんの感心したような表情とかが罪悪感となって胸を抉る。いや、でも、答えなきゃだし。


「メディアの知識はやはり女神ヘカテーから授けられたものなのか?」

「いえ、そういうわけじゃ……」

「ん? では何処で?」


そしてアタランテちゃんの素朴な疑問に対するリアクションの選択間違い。あ、ヤベ。なんて答えよう。


「ま、魔法的な理由ですよっ!」

「そうなのか? そういう事もあるのか?」

「こやつの発言は微妙に信用ならんからのう」

「しかし、自然哲学の知識については多くが再現できたのである」

「運動に関する実験。面白かった」

「流石だな心の友よ」


ごにょごにょと私への疑念を話し合うギャラリーども。やだ、私ってそんなに信用ないだろうか。こんなにも真面目で誠実で思慮深くて首尾一貫してるのに。

ちなみに、「運動」に関して古代ギリシア人の自然哲学はいい感じに間違っていたりするので、落下に関する実験を見せると目を覚ましてくれる。

偉い学者さんたちが揃いも揃って重い物の方が軽い物よりも速く落ちるって思ってますからね。

だいたいアリストテレスのせい。

あと、慣性に関する考察とか、古代ギリシア人は多くの面白仮説を提唱していたりするので、逆に面白い。

物体を放り投げると、物体の後方には真空が生じようとするじゃろ? じゃから、それを防ごうと空気が押し寄せて物体を押すから物体は飛ぶんじゃ! とかな。

これも、だいたいアリストテレスのせい。…あの哲学者、本当に頭良かったんですよね?

まあ、それだけ彼の理論には後世の未開人どもを納得させるだけの説得力があったという事なのでしょう。



さて、雪を頂く超時空要塞オリュンポスであるが、その山道の途中にはいくつもの、多分12個ほどの神殿が作られているのが見える。

もちろん、山道の入り口にもその一つ、壮麗な神殿がそびえていた。どっちかっていうと、新古典主義的な?

昔、生前にテレビでよく見た、パルテノン神殿とかそういう外側に白亜の柱を列したああいうのである。

もちろんそれらは、休憩所とか宗教施設というわけではない。あれは一種の要塞であり結界であり、ルールでもある。

頂上のゼウスが住まう神殿に赴こうとする者は、いかなる理由があろうともこの12の神殿を無視して進むことは能わない。

……あれ? これってどっかで見たような設定ですね。どこだったか……。アテナ…、ペガサス…、教皇…。

ああっ、あれですね。エイプリルフール企画のゴールドヒロインの座をかけた戦い。間違いないです。


「まさか、この自分たちが神々の山に挑むことになるとは、人生は分からないものである」

「…父上、私は女の子になった時点であきらめた」

「……そうであるな」


あきらめたような表情の、青い髪の羽根つきさん。

いやー、本当に人生って分からないものですねー。魔女メディアに転生するはめになったり、ゼウスと戦うはめになったり。いやぁ、世の中分からないものだなぁ。


『二人を女体化させた全ての原因が何を吐いてやがりますかね』

「あれは不幸な事故でした。大変不幸な事故でした」


きっと、意地の悪い運命の悪戯でしょう。責任は最高神にあります。おのれゼウス、絶対に許さないぞ!

いえ、根拠のない話じゃないんです。あいつ、運命の3女神の父親ですし。

とはいえ、この二人、神々の山に挑む割には、感慨深そうな様子はあっても気負いはなさそうだ。

蝋の翼で空に挑んだだけのことはある。まあ、後ろに控えている大英雄さんの存在が異様な安心感をもたらしているせいでもあるのだが。


「ぴぃぎゃぁ」

「ああ、お前もですけどね」


ヘラクレスさんに視線をやりながら、頭の上に乗っかっている蜥蜴の頭をなでる。一応、親認定されているらしく、蜥蜴は気持ちよさそうに頭をなでられるままにしている。


「さて、大英雄ヘラクレスよ。今までの働きにより無事にこの仔を世に生み出すことが出来ました。感謝に堪えません」

「友よ水臭いことを言うんじゃない。ここからが本番ではないか」

「しかし、貴方の目的は女神ヘラへの直談判です」


目的が違う。とはいえ、彼が同時に女神ヘラに対する侵攻を行えば、神々はそれを無視することができない。

結果として強烈な陽動としてオリュンポスの戦力を二分するだろう。

各個撃破の危険性? やだなあ。ヘラクレスさんが各個撃破されるタマに見えるとでも? 包囲してきた敵が吹き飛ぶシーンしか思い浮かばないわぁ。


「ふっ、それこそ水臭いというものだメディア姫よ。ゼウスの下までは俺が責任をもって送り届けてやろう。神々に試練を課すというのも、また面白いからな」

「神様を試すというのも、不遜な話ですがね」

「たまには試さねば、あれは増長し腐る類のものだ。気にすることもあるまい」


信仰は試されなければならない。試されたうえで教義を変遷させなければ、廃れるだけだからだ。

キリスト教や仏教が救済に至る道を簡略化したことで飛躍したように。


「頼りにしています」

「任せられた」


やだ、安心感が半端ない。これは勝った。と、ここで、


「の、のう…メディアよ」


くいくいと私の服の裾を引っ張る不安げな表情の幼女。ああ、そういえば、そういうのもいましたね。

なんでイシュキックと一緒に留守番していなかったんでしょうか?


「その、ところで、その、ワシも行かなければいかんのかのう?」

「そう言えば、役に立たない幼女がなんで一緒に登ろうとしてるんですかねぇ?」

「そうじゃろっ? ワシ、帰っていい?」

「いえ、貴女には重要な役割があります」

「え?」


幼女の肩を掴んで真っ直ぐと視線を合わせる。幼女ペリアスは気恥ずかしくなったようで、視線を逸らしたものの、まんざらでもなさそうな表情になっている。


「ワ、ワシにも役割があると?」

「ええ、無事に果たせれば貴女の罪は解かれ、自由の身になることでしょう」


なお、男に戻れるとは決して言わない。


「ど、どのような役割じゃ!? ワシ、なんだかわくわくしてきたぞ」


それはともかく、精神的には十分なジジィにもかかわらずペリアスの瞳に力が宿る。ガラにもないな。

私が不思議そうにするとペリアスは答える。


「どちらにせよ、神話に語り継がれる戦いになるのじゃろう? これで血が滾らないものなどあろうか」

「なるほど、男の子ですねぇ」


卑怯でセコくて今は幼女でも、その魂の根幹には男子的なものが宿っているのだろう。少しだけ感心する。

囮に使って、相手が「この幼女を助けたければ!」的な人質アクションを取ったところで幼女ごと重爆してやろとか考えていたけど、ちょっと見直した。


「して、ワシの役割とは?」

「貴女はオリュンポス12神における次席とも言うべき海神ポセイドンの子です。そこで、これを貴女に託します」


私はそう言いつつペリアスに大きな翠緑の石を手渡した。幼女の手には両手大の巨大なもので、深く高貴な緑色にペリアスは目を見開く。


「こ、これはっ?」

「翡翠という宝石です。海神ポセイドンは女神デメテルに夢中で、いつも彼女の気を惹こうと空回りしています。そこで、この翡翠をポセイドンに渡し、取引を行ってください。土壇場でこちらにつくようにと」


女神であっても女は女。ステータスはライバルの女たちが持っていない美しい宝飾品だ。そして、この時代において翡翠はアジアの限られた地域でしか産出しない、極めて珍しい宝石である。

そして、その中でもインペリアル・ジェイドなんて呼ばれるようなモノに至っては極一部となる。そんな希少な宝石がギリシア世界に流れているはずもない。

だが、メソアメリカ地域においては事情は全く別となる。翡翠と言えばメソアメリカ。翡翠の面などの遺跡からの出土品を考えれば、その豊富さは伺える。


「それに、気に入られたら星座の話も考え直してもらえるかもやで」

「おお…っ、感謝するメディア姫よ!」


翡翠を手に小踊りしだす幼女。あ、うん、まあその、頑張って。ちょっと無茶言ったような気もしますけど。

なんていう風に幼女の相手をした後、アタランテの様子が気になって視線を送る。そびえる神の山を遠い視線でみつめるアタランテがそこにいた。

私の視線に気が付いたのか、だれに語るわけでもなくアタランテが静かに呟く。


「オリュンポスということは、女神アルテミス様もおられるのか」

「どこまでこの件に関わる気でおられるかは分かりませんがね。心配ですか、アタランテ」

「ああ。信仰する神に弓引こうとするのだから当然だ」


月の狩猟の女神アルテミス。処女神ながら妊婦の守護者だったりと、複雑な属性をもっているこの女神をアタランテちゃんはどの神よりも信仰している。

そもそも野に捨てられた彼女を拾い育てたクマーを遣わしたのも女神アルテミスである。命を救い、養育役まで手配した女神を信仰しないなどありえなかったのだろう。


「戦闘にならないように根回しはしていますが、もしもの時は…」

「よもや、今さら帰れとでも言うのか?」


もしもの時は。そんなことを言おうとした私を手で制して、アタランテちゃんは不敵に笑った。イケメン過ぎてちょっと頬が熱くなってしまう。

やだ、抱いてっ。

私はコホンと咳払いを一つ。


「いいえ。あの頂まで、私と一緒に走り切ってくれますか?」

「当たり前だ」


いい友達になれたなと、ふと笑みを浮かべてしまう。そしてハイタッチ。私たちの戦いはこれからだ!


「最後まで、ご迷惑をおかけします」

「気にするなメディア。お前のおかげで一狩人には到底もったいないほどの見識を広めることができたからな。感謝するべきは吾の方だ」


野生児の何の飾りもない笑みではあるが、むしろそれが安心できる。いろいろやらかし過ぎた私には出来ないものだった。

なら、彼女の期待に面白おかしく応えてみせようじゃないか。

私は皆を見回す。皆が頷いてくれる。大変よろしい。


「では、皆さん、始めましょうか」


前方を睨む。そびえる最初の神殿は白羊宮。占星術の牡羊座の象徴が中央のレリーフに刻まれた白亜の神殿である。あ、ネズミじゃないんですね。

そして、私は呼吸を整えると、眼前の虚空に声を発した。


「というわけでヘルメス様、案内をお願いいただけますか?」

「気づいていたのかい?」


山道の入り口、最初の関門たる神殿の前。そこに唐突に銀色の髪の青年が現れた。まるで、空気から滲み出てきたかのような彼は、神の伝令ヘルメス神に相違なかった。

神話において盗みに関わる多くの逸話を持つ彼は、偽装においてギリシアの神々の中でも随一の権能を有している。

冥王ハデスの姿隠しの兜を使う逸話も存在するが、それを使った場合の奇襲成功率は200%に化けるので、私でも対応しきれるかどうか分からない。

まあ、今回に限ってハデスはこちら側なので、その能力は封じさせてもらっている。ハデスの妻にして冥府の女神ペルセポネにヒマワリを贈っただけの価値のある調略でした。


「久しぶりだね。半年ぶりかな?」

「そうですね、ご無沙汰してます。たまに覗きに来ておられたようですけど」

「ははは。まあ、仕事だからね」

「貴方ほど真面目に官僚しているギリシアの神も少ないでしょうね」


盗み、計略、商売、旅、弁論といった公権力とは対立しそうな事項ばかりを司るヘルメス神だけれども、実際のところ、彼以上にゼウスに貢献した神も少ない。

一説には仏教における毘沙門天につながる神ともされていたり。

そして、おもむろに銀の髪の神格は私の後ろのヘラクレスさんやアタランテを一瞥した。


「さて、まずは君たちについてだ。いや、メディア姫の護衛、実に大義だったよ。だけれど、ここからは神の領域。僕が彼女を責任もって父なる神ゼウスの下に贈り届けるから、ここの神殿で歓待を受けるといい」

「なっ!?」


アタランテちゃんが驚き声を上げる。ヘラクレスさんも不機嫌そうな顔だが、まあ、この程度のジャブは想定済みです。


「なるほど。ありがたい申出です。しかし、先日、私たちは名高き武神アレス様に唐突に襲撃を受けております。これでは安心して進めません。どうか、連れの者たちを一緒に登らせてはくれませんか?」


互いに笑顔で応対。やだ、私こういう知能プレイとか得意じゃないの。っていうか、ヘルメス神相手に謀略勝負とか無理ゲーだろうが。


「その心配には及ばないよ。このオリュンポスの地で主神ゼウスの客人、それも花嫁を襲うなどの不貞の輩が我々の身内から現れるはずがあると思うかい? 我が父の意向に逆らうならば、その者の生まれた都市ごと不幸になることは間違いない。そうだろう?」


君ならわかるよね的な表現。死ねばいいのに。ヘルメスは友好的な笑みを絶やさない。しかし、その瞳には挑戦的な何かが見え隠れする。


「それは、またコルキスに不幸があるという意味ですか?」

「いやまさか。二度も同じ国が竜に襲われるなど、滅多にないことだよ。確約しよう。コルキスについては、竜が襲うことはないだろう」

「なるほど。コルキスについては…ですか」


笑顔むかつく。今度はアタランテの故郷のアルカディアや森を焼くつもりだろうか。やったらアルテミスが煩そうだが。


「なるほど。ところで、この度、12神の方々に心ばかりの贈物があるのですが」

「ん、贈物?」


私は笑顔で、ちょっとした小物をヘルメス神に手渡す。ヘルメス神は警戒した様子で、慎重にそれを受け取った。

いや、爆弾じゃないので安心してください。ある意味においてはそれ以上のものですが。


「これ…は?」


手渡したのは、円形の台座の中心の針の上に、左右対称片側が赤く塗られた小さな針状のものが乗った、ガラスで蓋のされた小さな小物だった。

円形の台座には目盛りが刻んであり、他、四方に小さく東西南北の文字が刻まれている。


「ま…さ…か?」


彼はそれがどういうものかを一瞬で理解し把握した。ヘルメス神はその小さなモノを覗き込みながら、うろうろと色々な方向に向いたり、歩いたりする。


「これは…、これは何なんだっ!? 魔法じゃない。なのにこの針は“南北”を差している!」


トンデモグルメ漫画のノリのような驚愕の表情ありがとうございます。

……さて、賢明なる皆様は既にお判りでしょう。これ、ただの方位磁針です。薄くスライスした磁石を針の上に支持させているだけの、本当に簡単なカラクリです。

だがそれは、地磁気が存在することを認識していなければ成立しない利器だ。そして、その価値を旅と商売を司る神たる彼が理解できないはずがない。


「これの作り方、知りたいですよね?」

「え、え、えっと、その…」


ヘルメス神の瞳が急に泳ぎだし、挙動不審で心揺れている感じになりはじめた。


「し・り・た・く・な・い・の?」

「ぐっ、ぐむぅっ…」


神話においては計略によって多くの功績と逸話を誇るヘルメス神。しかし、そういう政治的状況というのが技術の発達によってあえなく崩壊する事は良くある。

海運の発達が、スエズ運河の開通がシルクロードの諸都市に致命的な衰退をもたらしたように。

化学繊維の発明が絹などの天然繊維産業を痛撃し、これを主要産業としていた都市を危機に陥れたように。


「ぼ、僕がこれの原理を見破れないとでも?」

「できるかできないかは問題じゃないんですよ。つまり、…出来ないかもしれませんよね?」

「ぬ…」


苦虫を噛んだような表情。

ここでこの利器の秘密がギリシアに伝わらず、先んじてシリアやエジプト、その他のライバル都市に流れたら、経済覇権の趨勢は一気に傾くかもしれない。

というわけで、私はヘルメス神の肩に手を回してごにょごにょとお話をする。


「なぁ、見て見ぬふりしてくれへんか? 誰も文句なんて言わへんて。今回の件、ええ顔してへん偉いさんも多いんやろ?」

「せ、せやけど姐さん…」

「大丈夫やって。ワイを信じろや。ハデスの兄さんにも話しつけてるんやで」

「ゼウスの親父に悪いさかい…」

「…それにや、コイツを発明した神様っていう名前、欲しくないんか?」

「いや、急にそんな話振られても困るわ正直…」

「そーかそーか、ええんやで別に。他にもこの話に乗りたい言うヒト、いいひんわけちゃうんやで。その辺り、もうちょっと考えてみ」


ゲスい顔でヘルメス神を追い詰めていく。さて、ここまで揺らいでいるなら、とどめが利くはずだ。私はおもむろに白いふわふわをポケットから取り出した。


「こいつをどう思う?」

「すごく、ふわふわです。……って、これはっ?」

「コットンです」


コットン。木綿。これもまたアメリカ大陸で仕入れてきた作物の一つだ。

木綿の原産地は実のところ3か所あり、一つはインド亜大陸、一つがオーストラリア大陸、そしてもう一つがアメリカ大陸だったりする。

で、中世ぐらいまでの野蛮なヨーロッパ人は、なんと木綿がどのように産するかを正確に知らなかった。彼らはとんでも妄想でその欠けた知識を補っていたのだ。

つまり「インドには羊が生る木があるんだよ!」と本気で考えていたのである。なお、その羊の肉は蟹の味がするらしい。

誰だよこんなヨタ話聞かせた奴。


「これ、欲しい?」

「ぐむむむむっ」


ヘルメス神が私の手の中にある綿を見て、口を富士山のようにすぼめながら必死に耐える表情で誘惑に抵抗する。

だが、趨勢はもはやこちらが圧倒している。天秤はこちら側に大量の金貨が積み重なっていて、だれが見てもこちらに傾いていた。

見事な忠誠心ですね。よろしい。その抵抗、あと一撃で決壊させてみせましょう。ゆくぞ秘技っ!


「…風が、…くる!…」


その時、ヘルメス神の瞼の裏にある種のヴィジョンが投影される。ヘルメス神は、心動かされた!


「ぐわぁぁぁぁ、やーらーれーたぁぁ~~~」


私の放った不可視の攻撃、なんらかの圧力、いや、趨勢、すなわち《時代の風》にヘルメス神の体は吹き飛び、ゴロゴロと転がって神殿の柱にぶち当たり、ぐったりと動かなくなった。

ギリシア世界最高アイドル・メディアちゃん大勝利。

両腕を上げて勝鬨を上げると、周囲のギャラリーたちは「うわぁ…」といった呆れた表情を返してくれた。

私はおもむろに倒れ動かなくなったヘルメス神に近づく。そして、私は一枚の紙切れと種の入った袋を彼の手に握らせた。


「約束のものです」

「まいど、おおきに」


私たちはニヤリと笑みを交わした。商売はWIN-WINの関係が大事やで。



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というわけで、トレード勝負でした。
オリュンポス攻略はゼウスとアレス戦以外、基本このノリです。

あと、H27.5.23 プロット上の大きな変更がありました。いや、まあ、結末事態に変更はないのですが、順序を入れ替えただけというか。



[38545] 014
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:5ba030de
Date: 2015/06/09 21:31
みんなー、元気ー? 古代ギリシア世界のプリティーマジカルアイドル・メディアちゃんだよー。

雨にも萎えて 風にも萎えて 東に病気の子供があれば 行って冷かしてやり 西に疲れた母があれば 行ってそっと財布から2千円を抜き取る そういうものにわたしはなりたい。

…さて、愛と勇気と知恵を振り絞り、胡散臭い銀髪イケメンのヘルメス君と小宇宙ゴールドアイドルの座をかけたエコノミカルバトルをなんとか征して、白羊宮を突破した私たちは、


「えらく、品のない金ぴかな愛と勇気と知恵じゃな」

「うっせぇです、黙りなさいエセ幼女」

「ぴ~ぎゃ」


コホン、さて、私たちは次なる関門、金牛宮にやってきた。ネズミの後はウシだから、これはこれであっているのだろうか。

そして、意気揚々と金牛宮を訪れた私たちを出迎えたのはオバチャ…じゃなくて、豊穣の女神デメテル様であった。


「あら~、よく来たわね。疲れたでしょぉ? ほらほら、そんな所に立ってないでお坐りなさいメディアちゃん。やだわぁ、こんなに美人さんになっちゃって。オバチャンちょっと嫉妬しちゃう。そーうだっ、飴ちゃん食べる?」

「わぁい」


さて、目の前で陽気に左手を頬に当て、右手で《やあね》しながら笑いつつ、私に大量の飴玉をプレゼントしてくるオバチャ…デメテル様。

わぁい、メディア、飴ちゃん大好き。棒読みになるわぁ…。

いやぁ、もうなんていうか、私の目からハイライトが消えていく勢いでズカズカ話しかけてくるデメテル様。

初見なのに大きくなってとか美人さんになってとか、彼氏はいるのとか聞いてくるのはどうかと思う。

基本、彼女は私にとっての協力者といえる立場にあるので邪見には出来ないのだけど。

彼女、豊穣の女神デメテルは《メテル》が母という単語から派生していたりと、大地母神の属性を色濃く有する偉大なる女神だ。

そんな彼女の強力極まりない信仰は、主神ゼウスを奉ずる者たちでも滅し切れず、最終的にはオリュンポス12神に迎え入れるという妥協を引き出したほどだ。

こうしたデメテルの信仰に対する弾圧とその挫折はギリシア神話にも顕れており、こんな前向きなオバチャ…お姉さんだけれども神話上では不憫なエピソードに事欠かない。

ちなみに、その関係でゼウスに対しての好感度はマイナスに振り切っている。

そりゃあ、弟なのに強姦するわ、それが原因で生まれた彼女の溺愛する娘を口約束で勝手に嫁に出されるわ、彼女の愛人を嫉妬でぶち殺すわとか、正直ゼウスって彼女に喧嘩しか売ってない。

うん、オバチャ…デメテル様はゼウスを縊り殺しても無罪だと思うんですがどうでしょう?

それはともかく、こういった経緯から彼女は初めから私に同情的であったし、こうして味方してくれているわけである。


「あっ、これペルセポネ様からのお手紙です」

「あら? あらあら、ありがとうねメディアちゃん。ああもう、1年の半分は会えるっていっても、やっぱり寂しいものは寂しいのよね。いやだわ本当に、どうしてこんなにいい子にちょっかい出すのかしらあの愚弟。ギリシア全土に飢餓でも起こしてやろうかしら」

「やめてください(主に関係のない一般人が)死んでしまいます」


豊穣のオバチャ……じゃなくて、女神デメテル。基本陽気な彼女であり、また非戦闘員であるので荒事には向かない女神様であるが、怒らせると一番ヤバいと言われるのが彼女でもある。

かつて主神ゼウスを真正面から譲歩させたという経歴は、他のオリュンポスの神々をしてほとんどなしえない偉大なる戦果といえよう。

彼女の権能は豊穣。ギリシア世界の大地の実りを一身に担う、ガイアから連綿と継承されてきた大地母神の正当後継者。

つまり、彼女が頷かないと穀物は実りを得ず、家畜は乳を出さず、狩人は獲物を得ることができない。

そして、彼女の大地母神としての暗黒面は『飢餓』だ。

彼女を怒らせたテッサリアの王は、彼女がもたらした飢餓の呪いにより苦しみ、何を食べても飢えが収まらず、最後には自らの肉を食って死ぬという壮絶な最後を遂げている。

本当に、なんであの駄神は彼女をわざわざ怒らせようと動くのか。全知全能が呆れてしまうのです。

粗暴で知られる海神ポセイドンですら、彼女の気を惹くためにカンブリア爆発じみたプレゼント攻勢をしているというのに。


「それで、お願いしていた件なんですけれど」

「ええ、いいわよ。ポセイドンからの贈物を褒めてあげればいいのね。ほんとうに、男ってバカよねぇ」

「まあ、その単純さが強みなんですけれどね」

「あら、分かってるじゃない。そういうところも可愛いのよ」


この人、男関係でロクな目に合ってないのにメンタル強いですね。さすが、ギリシア最凶のオバチャ…女神様。

見た目普通に美人なお姉さんなのに、ビール樽体型で豹柄のズボンはいた陽気で強引な中年女性とダブって見えてしまいます。

と、デメテルのオバチャ…女神様がふと私から視線を外し、私の背後の仲間たちの一人に顔を向ける。

つーか、お前ら関わりたくないからって露骨に視線を逸らすなや失礼だろう。


「あ~~らぁ、ヘラクレス君じゃないっ。こんなに立派になってぇ。今日はどうしたの?」

「あ、その、自分、メディア姫の護衛を……」

「あらあら、偉いじゃないヘラクレス君。オバチャン嬉しいわぁ」

「はぁ」


軽やかなステップでオバチャ…デメテル様はヘラクレスさんに傍に近づき、その筋肉隆々の腕に触って、遠慮とか一切なくズカズカと話しかけていく。

いや、待て。なんだこれは…、まさか、あの不敗の大英雄ヘラクレスさんが押されているだとっ!?


「ほんとに、オバチャン心配したのよぉ。ヘラちゃんが変な呪いかけちゃったでしょ。あの子にも困ったものよね。でも、聞いてるわよ。ウ・ワ・サ。12の試練、乗り越えたんでしょう? すごいわぁ。私にも貴方みたいな男の子がいたらよかったのに。そうそう、それでね……」

「は、はぁ……」


ヘラクレスさんの精神力がガリガリと削られていっている。なんて事だ。これが主神すら一目置くギリシア最凶の女神の力だというのか。

恐ろしい。恐ろし過ぎる。


「すごいな、話では伝え聞いてはいたが…、よもや、かの大英雄が…」

「タジタジですね。あ、あれは伝説の《お肉食べる?》っ!? あれ以上はヘラクレスさんの精神がもたないっ」


普段のジャイアニズムとは明らかに異なり、完全に振り回されるヘラクレスさんに流石のアタランテちゃんも驚きを隠せない。

他の面々も言葉を失っているようだが、私には分かる。全身が関わり合いたくないと叫ぶのに、流されざるを得ない恐怖。

目の前のオバチャ…美しい女性を絶対に怒らせてはならないという魂レベルにまで刻まれた確信。

それがヘラクレスさんの大英雄パワーを阻害しているのだ。

あんな恐るべき王気(オーラ)を放つ彼女の機嫌を損ねることのできる主神ゼウスの空気の読めなさには感服するばかりだ。


『あれで神界ではモテるんですよね』

「おや、ヘカテー様。通信回復してるんですか?」

『ここはデメテルの領域ですので』

「なるほど」


色々と電波状況の悪いオリュンポスだけれど、この辺りは比較的通信状況が良いらしい。


「でも、あのヒト、そんなにモテるんですか……」

『見てくれは良いですしね彼女。冥界の超銀河ヒロインと名高いペルセポネの母親ですし』


まあ、確かにペルセポネ様は物凄い美少女かつ圧倒的なヒロイン力の持ち主であったけれど。

冥界の王に攫われてとか、ヒロイン力が高すぎなのだ。悲劇的な展開の後、実は純朴だった冥界の王と心通わすとかさ…、もうどこのケータイ小説だよって言う。


『まあ、そんなヒロインも歳をとればああなるっていう』

「おいやめろ。青少年の夢を壊さないでください」

『青少年の夢って、あれってエロい事しか考えていないですよね』

「謝れっ! 偏見ダメ絶対。カッコイイ事も考えてますから! エターナルフォースブリザードとかっ!」


まったく、実に失礼な偏見である。青少年といえば、思春期。思春期といえば中二病である。頭の中はピンクの妄想ではなく、カッコイイ必殺技の設定でいっぱいなのだ。

なお数年後、書き綴ったノートをいかに処分するかで頭を悩ます。

なんだよ全体攻撃とか攻撃範囲って現実にそんなはっきりとした区別あるわけないじゃないですか毒とか毎ターンダメージなんてそんな単純なものじゃねぇでしょうにていうかターンって何なんだよもう死にたい。


「はっ、ヤバイヤバイ、取り繕っていたSAN値が0に戻るところでした」

『トラウマスイッチですね。お父さんスイッチの一種でしたっけ』

「幼女と一緒なら戯れたい」


さて、そしてしばらくすると、なんだかゲッソリとしたヘラクレスさんが大量の飴玉を両手に抱えて帰ってきた。

あ、その飴玉いらないんだったら、私の頭の上の蜥蜴が処理しますんで。私のさっきもらった大量の飴玉は頭の上の蜥蜴がボリボリ貪り食いました。


「お疲れ様です」

「ああ…」

「少し休まれては?」

「いや、早く行こう。今すぐに、早急にだ」

「………あいあいあさー」

『余程疲れたのでしょうね。彼女、素でも酒が入っても厄介ですから』

「そんなんで何故モテるのか…」


顔でしか判断していないのだろうか。古代ギリシア人の恐妻家ぶりって、結局のところ自業自得じゃね? 奥さん怖くてホモに走るあたりからしてもヤバいし。

…さて、そろそろこの辺りでお暇させてもらおう。一刻も早くここから去りた…じゃなくて、名残惜しいが、私たちには使命があるのだから。

あー、残念だなぁ。もっとデメテル様と親交を深めたかったのになぁ。あー、残念残念。


「あら、もう行っちゃうの? もっとゆっくりしていっていいのよ」

「いえ、我々には為さなければならない事がありますから。すべてが終わった後に、また会いまみえましょう」

「そう、わかったわ。じゃあ、この仔を連れて行きなさい」


デメテル様がパンパンと手拍子をたたき、何者かを呼び出す。誰が来るのかと考えていると、蹄が大地を駆ける軽快な音がパカランパカランと近づいてきた。


「あれは…、アリオンかっ!」

「そうよ。ああ、ヘラクレス君、貴方を背に乗せた事もあったわね。どう? メディアちゃん、あの仔ならきっと貴女の力になってくれるわ」

「伝説の名馬…」


ヘラクレスの表情が喜色に染まる。古い友人にあったような笑みだ。そうしてやってきた素晴らしい体格と毛並みの馬の首をヘラクレスさんは優しくなでる。


「久しいな友よ」

「ああ、何年ぶりか」


名馬アリオン。ギリシア神話において登場するもっとも尊い血を受け継ぐ名馬。かつて大英雄ヘラクレスと共にあり、大地を駆けた名馬中の名馬だ。

しかして、その正体はポセイドンとデメテルという最高位の神の間に生まれた神そのもの。故に人語すら不都合なく操る神馬である。つか、私より血筋的に上じゃないかしらん。

現在は確かアルゴスの王の下にあったはずだが、どうやら一時的に呼び寄せたようだ。


「ありがとうございます、デメテル様」


私は深く感謝し頭を下げる。と、同時に名馬アリオンを見て思った。


「(右足キメェ)」


神馬アリオン、その右後ろ足は人間の足だったマジキモイ。馬に人間の足をつける古代ギリシア人のセンス、わけがわからないよ。






オリュンポス頂上の大神殿。主神が住まう神聖なる場所を、まるでドレスか何かと見まごうほどに美しく煌びやかな鎧を纏う美少女が早足で歩いていた。

その鮮烈ともいえる美貌はしかし無表情であり、その冷徹さが逆に恐ろしい印象を他者に与え、神殿にて下働きをする下級の神々は急ぎ彼女の行く先に道を譲っていく。

そうして彼女は何の迷いもなく、この神殿の中央、主神への謁見の間の扉をくぐった。


「父よ、失礼いたします」

「おお、アテナか」


謁見の間の奥、玉座に座る老人の姿を取る神々の王を認めると、彼女は恭しく礼を取る。その美しく完璧な所作は神々の王をして見惚れるほど。

女神アテナ。古代ギリシアの覇権国家アテナイの象徴であり守護女神である彼女は、オリュンポス、いや、ギリシア神話全体に渡って最も優遇される最高神の愛娘である。

武を司る神において、攻勢よりも守勢を司るという意味において同じ主神の子であるアレスと対極にある彼女は、単純な力よりも軍略を好むが故に、表情から自らの感情を読まれることを拒む。

よって、基本的には無表情。というか冷たい印象すら他者に与えるのだけれども、今ここにいる彼女のわずかな表情の変化から、彼女の父たるゼウスは彼女がとても不機嫌であることを読み取った。


「どうしたアテナ。そのような怖い顔をして」

「……僭越ながら申し上げます。父よ、これ以上、オリュンポスに不和をもたらす行為を止めていただきたい」

「ふむ」

「豊穣の女神デメテルが敵方につきました。ヘルメスは戦線離脱。海神ポセイドン様もこの流れに乗られるでしょう。そしてアポロン、アルテミス兄妹もです」


女神アテネは憤りを抑え、平坦な声で父たるゼウスに語りかける。

もっとも、彼女の怒りは父親の奔放な浮気に対してではない。父親のそれについて、彼女は《ある種の病気》として処理していたし、基本的にいつもの事としてしか処理していない。

メディアについては同情するが、それぐらいの感情しか抱かない。

彼女の怒りは、そんなどうでもいい事でオリュンポス十二神の結束が乱れ、内紛が起ころうとしている現状、そして正当性を欠いた此度の戦についてだ。

あげく、好き放題の調略を許し、実際に離反者が発生しているのもかかわらず対策を執ろうともしない父親、あるいは自分に防衛を任せない事にも苛立ちを覚える。

つい最近、女神ガイアが差し向けたギガースを退けたことで父は天狗になっているのではないだろうか。

その傲慢はまるで先王たち、ウラヌスやクロノスの焼き写しのよう。

戦場において油断は死を招く。戦場における防衛戦を司る者として、この慢心を見せられるのは苦痛以外の何物でもない。

それに、嫌な予感がする。勝利できるという確信を得ることができない。勝って当たり前なのに、何か大きな齟齬があるような。


「それに加えて、メディア姫がかの怪物どもの死体を漁っていた件が気にかかります。よもや、かのモノを呼び覚ます算段では?」

「分かっている。だが、それについては安心するといい。タルタロスの守備には既にモイライ三姉妹を向かわせ、ヘカトンケイルら三兄弟と共に厳重な警戒をさせている」


モイライ三姉妹は運命を司る力を有しており、先の戦では力を合わせてギガンテスの2柱を撃破した実力のある女神たちだ。

さらにヘカトンケイルたちと力を合わせれば、小細工などできようはずもないが…。

しかし嫌な予感は消えない。あの女神ヘカテーの巫女が自信満々に我らに挑戦しているのだ。何かがあるに違いない。


「父よ、私に指揮をお預け願いたい」

「この我の采配は不満かアテナ?」

「これを采配と言えるならば。父上は遊びが過ぎます」


ここまで来て和解はあり得ないだろう。小娘に少し攻められただけで主神が意見を覆すなどあってはならない。

面子を守るための戦いなど下の下、最悪の類の戦いではあるが、実際のところ神や王にとって面子というのは黄金よりも貴重である。

よって、内心はどうあれ、彼女は勝つことのみに意識を集中する。後の事は勝ってから考えればいい。

勝った後の事を考えずに始まった戦争など、彼女にとっては虫唾が走るような悪手であるが。

そんなアテナの視線を受けて、ゼウスはどうしたものかと顎に指を当てて考える。

メディアは何かを企んでいるようであるが、神格から見ても脅威度は低い。ヘラクレスは強いが、この自分の足下にも及ばない。

いくら魔術を駆使しようとも、全知全能である自分に敵うはずもない。よって、圧倒的な絶望を叩きこんで、反抗心を折ろうと考えていた。

よって、自分以外の誰かがメディアを討ってしまうのは計画上避けたい。なので…、


「父上、どうか」


その時、ゼウスは女神アテナからキラキラしたオネダリ光線を見た。もっともそれは親バカである彼の主観によるもので、実際にはアテナはオネダリなんかしてはいないのだけど。

そう、何を隠そう、ギリシア最高神ゼウスは娘であるアテナに甘い。激甘である。デレッデレである。出来が良くて見栄えの良い娘は何よりも可愛い。

あと、この主神は女神アテナが処女を守っているのを「将来はパパのお嫁さんになるの♪」とアテナが考えているに違いないと思い込んでいる。

色々と残念な思考が渦巻いた結果、ゼウスの顔はデレデレに緩みきった。


「いいだろうアテナよ。軍を編成するが良い。許す」

「ありがたき幸せ」


相変わらずチョロイなこの主神と、少しオリュンポスの行く末について不安を抱くアテナであったが、とりあえず目の前の問題を片づけるべく再び恭しく礼をとる。

が、


「待っていただこうか父よ!!」


その決定に異議を唱える者が謁見の間に乱入した。

燃えるような赤い髪の偉丈夫。その狂気にも似た闘争心を奇跡的なバランスで内包する美貌。男の肉体美を魅せるカッコイイポーズ。

戦神アレスであった。

ゼウスとアテナは表情に出さなかったが、内心、「すっげぇ面倒臭いのが来た」と滅茶苦茶顔をしかめた。


「何しに来たのですか、アレス」

「どうもこうもない。あの女を討つ役割は本来は俺のもの。横からしゃしゃり出てきては困るぞアテナよ」


カッコイイポーズでアテナを指差すアレスに、アテナは頭痛を感じながら対面する。ゼウスはゼウスで残念な方の息子の登場にコメカミを抑える。


「普段はお前の顔を立てて勝ちを譲ってやってはいるが…」

「(譲るも何も、ガチで負けたじゃんお前)」

「しかし今回ばかりは、横槍は許さぬ。あの女、そしてヘラクレスはこの《俺》の獲物だ。分かったな」

「(現実にオリュンポスに攻め込まれている状態で何言ってんのコイツ)」


目の前の弟の妄言があまりにもあんまりだったので、正直ドン引きであったが、もちろん委員長気質で優等生なアテナはそれを顔に出さない。

青筋だってたり、顔がヒクついていたりするように見えても、顔に出したりなんかしていないのである。


「よって、父よ。軍を率いる栄誉をこの俺に」

「何を言っているのですかアレス。防衛は私の領分。軍を率いるべきは私です」


犬猿が可愛く見えるほどのいがみ合いを始める2柱。ゼウスは相変わらずこいつら仲悪いなと思いつつ、面倒くさい事になったと天井を仰いだ。






ポロロロン♪

双児宮。黄道十二宮の3番目であり、トラじゃない。

ポロロロン♪

由来はアルゴー船でもご一緒した某兄弟なので時系列的にどうかと思うけど、時空を超越したこのオリュンポスでは意味のない事である。

ポロロロン♪


「流石、オリュンポス12神。濃い面々が揃っていますねぇ」

「おお、ものすごい美形の兄妹じゃな」

「……あの方は、まさか」「ぬ?」


アタランテちゃんは神殿の縁側っぽい大理石の上で寝ている超絶美人の女の人に注目しているようだが、私はむしろ内面世界に没入しながらリラを鳴らす超絶イケメンに目を奪われていた。


「ああ…、なんて悲しいのだろう。父は正妻ヘラを裏切り相変わらず奔放に女性に無理に迫り、その所業に我ら家族の結束は今バラバラになろうとしている。家族が相争う。これ以上の悲劇があるだろうか。ねぇ、アルテミス」

「(スヤァ)zzz」


ポロロロン♪と光輝の神アポロンが竪琴をかき鳴らした。切ない音が空気を揺らし、さらにアポロンは自己陶酔的に語り続ける。

なお、アルテミスは起きない


「しかし、我々の諌言も受け入れられず、導き手たる主神が自ら外道をとろうとは…。ああっ、なんと痛ましいことかっ。そう思うだろう、アルテミス」

「(スヤァ)zzz」


濃いなぁ…。こんなに金髪で髪サラサラで爽やか系の超イケメンなのに、濃いなぁ…。そりゃあ、ついていけなくなるよねー。

傍でスヤァしている女神はまず置いておいて、まずはアポロンである。挨拶しないといけないですよね。話しかけたくないなぁ。

とはいえ、勝手に通過してしまうのもどうかと思うので、おそるおそるイケメンに話しかけてみる。


「え、えっと、初めまして…。その、私、メディアと申します」

「おや、早かったね。待っていたよ」


アポロンの白い奥歯がキラリと輝いた。イケメン過ぎて殺意が涌いた…じゃなくて、前に見たイアソンを上回る完璧なイケメンぶりに意識が消えかけた。

こいつ、きっと余計なことしなければモテるんだろうな。

アポロンはフワッサと長いサラサラ髪をかき分け、爽やか笑顔を私たちに向けてきた。ああ、パンチ一発で鼻っ柱ブチ折りたい。


「しかし、よくヘルメスをどうにか出来たね。いや、そんな予感はしていたんだけれどね」

「彼は恐ろしい敵でした…」


アポロンとヘルメスは異母兄弟であり、また親友同士でもある。

一応補足するが、アポロンもゲイ♂術の神様なのでそういう方面の逸話もあるし、腐女子大歓喜な展開もあり得なくはないが、見た感じは清く正しい男友達のようではある。


「いや、謙遜は良くないよ。しかし、なんてドラマチックな展開なんだ! 完全にして傲慢なる主神ゼウスに不幸にして見初められ、拒絶の意思は故郷を人質にとられるという回答をもって破却された悲劇の姫君。しかして、姫君は諦めず仲間を集め神に挑む!! 私のアーティストの血が騒がずにはいられないっ」


ジャカジャン♪

なんだか興に乗ってきたのだろうか、ゲイ♂術の神アポロンはヘルメス神から贈られたとされる竪琴をかき鳴らして勝手に陶酔し始めた。

ロックンローラー顔負けの速弾きとカッコイイポーズ。もう、ここから離れていいですか?

そんな風に私の心がサラサラと風化を始めようとしたその時、


「兄様、うるさい」

「アウチッ」


サクッとアポロンの後頭部に矢が生えた。


「「「「ええ~~っ!?」」」」


なんなの、何が起こったのと目を凝らすと、矢を頭に生やしたアポロンの背後に、弓を構えた美人さんが目をこすって欠伸をしているのを確認した。

あ、うん、そういうスタンスのヒトなんだ。私はこの兄妹の基本的な力関係を認識する。

神様は丈夫なのでギャグマンガみたいなツッコミができるのは確かだけど、それでも寝起きでナチュラルに兄をヘッドショットとか容赦ないなこの妹神。

そして、狩りと月のアルテミスは金糸のような髪を揺らしてこちらを一瞥する。眼福になる美少女さん。

ここで、彼女を信仰するアタランテちゃんが礼を尽くそうと前に出ようとするが、


「おやすみ」

「えらい自由ですねこの夜行性野生児」


再び体を横たえてスヤァを始めようとするアルテミスさん。雰囲気的な意味でアタランテちゃんに良く似ている気がしますね。

まあ、神話での逸話も似た感じなのでしょうがないが。しつこい男がいれば弓で射る、覗きをする男がいれば弓で射る。なんて単純思考。バイオレンスなコミュニケーション。

でも、とりあえず何でも弓で射ればいいという脳筋思考はどうかと思うんだ正直。あと、


「ぷー、くっくっく、妹にっ、弓で射られてっ、頭から矢を生やしてやがるっ」


ヘラクレスさん笑い過ぎですよ。ほら、アポロン様のコメカミに青筋が…。


「何か言いたいことがあるのかなヘラクレス君?」

「いや何、お前ともあろうものが妹相手には形無しだと思うとな」

「放っておいてくれ」


おや、仲良いんですねこの二人。まさか、薄い本的な関係なのでしょうか。私のいないところでしてください。


「いや、ギガントマキアでは共闘した仲でね」


ああ、そういう関係ですか。デルフォイ関係で仲が悪いと思っていましたが、あれはイピトスさんが死んだことが原因でしたね。


「何の話だい?」

「邪気眼を持たぬ者にはわからないんですよ」


現代に伝わる神話では、ティリンスにおいて気が触れたヘラクレスさんが、自分を弁護してくれるイピトスを城壁から投げ落とし、その後病に苦しむという流れになっている。

そこでヘラクレスさんは神託関係では毎回名前の出るデルフォイにて、その罪を雪ぐにはどうすれば良いかと頼ったのだけれど、

気の短いヘラクレスさんはデルフォイの巫女から神託を出すのを一回断られただけで、ブチ切れて大暴れしたのである。

そこに、デルフォイを管轄する預言を司る神アポロンとガチンコの喧嘩になり、ゼウスの取り成しで全面対決は避けられたものの…という展開になっていたのだ。

が、ここで私がイピトスを救ってしまったのでヘラクレスさんとアポロン様の決定的な対立構造の形成が回避されてしまったわけで、


「私は悪くない」

「いや、良いことをしたのではないのか?」


これでヘラクレスがリュディアの女王オムパレーに仕えるフラグが立ち消えたわけである。

加えて、紀元前1220年ぐらいから開始される、リュディア王国の王家ヘラクレス家の祖、ヘラクレスが奴隷女に産ませた子が誕生しなくなるので、この王家も歴史に登場しなくなる。

どんなバタフライ効果だよ本当に。


「それでも私はやってない」


そんな風に歴史犯罪に目を背けていると、


「おおうっ!?」

「(じ~~)」

「ぴぎゃ?」


いつの間にかアルテミス様が私の眼前、鼻と鼻がぶつかりあうような距離にまで顔を近づけ接近していた。

え、なんなの、どういうことなの?

あと、私の頭の上の蜥蜴は噛みますので、そう気安くつつかない方がいいですよ。いや、まじで。

ほら、相手が遊んでいるつもりでも、こっちとしてはシャレにならない事ってありますから。水の中でシャチと戯れて死ぬヒトいますからね。

そして、アルテミスさんは私に向かって、


「この仔、頂戴」


などと注文を始める。いや、その、一切なんの邪気もない顔でオネダリされると、こっちも困るんですけど。


「すみません、ダメです」

「ちょうだい」

「ダメです」

「……むー」


えっと、月の女神アルテミスってこういうキャラなの? もう少しヒステリックな性格の持ち主と思ってました。聞いていた話とちょっと違う。

あるいは三日月マークを額に付けた白猫みたいな感じかと思っていたけど、まさかの素直クール系とは油断も隙もないなオリュンポスは。


「(じ~~)」

「くっ、ギリシア女神にあるまじき無垢な瞳っ」


自己主張が異様に強いギリシア女神たちの中で、なんという純粋さ。パリスの審判に参加しなかっただけのことはある。

とはいえ、この蜥蜴は今回の切り札だ。つーか、核爆弾をほいほい他人に渡すような分別のない事はするべきではない。

次の日の朝、アルテミスがペロリと胃の中に納まっていたなんていうオチとか最悪である。


「こ、この仔はダメですのでっ」

「(じ~~)」


つか、何歳児だこの女神。アンタを信仰しているそこの野生児娘が呆気にとられてますよ。もうちょっと威厳というものをですね…。

どうしたものかと困っていると、苦笑いのアポロンが近づいてきた。


「はは。いや、すまないね。ほらアルテミス、メディア姫が困っているから。だから、他のものにしようね」

「え、ちょ、何で」


なんで何か貢物をアルテミス様に渡す話になってるんですかね。振れば何でも出てくる小槌ってわけじゃねぇんですよ私は。

だいたい、神様って貢物捧げても特に何かしてくれるわけじゃないですし、逆に貢物捧げなかったら天罰降るとか理不尽なんですよね。

あー、やだやだ。こういう事ばっかりしてるから将来一神教に好き勝手されるんですよ。


「でも、君、ヘルメスに 「あ~っ、あ~っ、何か捧げたくなってきたなぁ~~!!」」


バレテーラ。

くそっ、何か代わりって言っても物欲の薄さで定評のあるアルテミスだぞ。渡すものって言ったらアレぐらいしか…。

いや、あんなもん渡したら歴史崩壊ってレベルじゃねぇし…。

まあ、いいや。どうにでもなーれ。


「で、では、まったく新しい概念の弓を…」

「弓?」

「ダイダロス、イカロス! 出番です!!」

「なんであるか?」「何?」


今までギャラリーしていたダイダロスとイカロス親子を呼び寄せて、その目の前で紙を広げて大まかな設計図を書いていく。

書き上げられていく弓の設計図にダイダロス親子は目を見開いた。


「た、確かにこれならば従来とは一線を画する弓が出来上がるのである…」

「こんな発想はなかった…。まさか、滑車を使うなんて」


弓というものは、その発生から現代と呼ばれる時代に至るまで基本的な構造に変更がなされることはなかった。

反りを加えられた棒状の基部の両端に弦を張る。ごく単純な構造ながら、その威力は13世紀における遊牧民族の大帝国の成立を見れば容易にわかるというものだ。

機械的な工夫としてクロスボウや弩、あるいはアーバレストといった派生形は生まれたものの、弓そのものを置き換えるには至らなかった。

表と裏に異なる材質を張り合わせて用いるといった材質的な工夫が行われるものの、形状に大きな変化は20世紀に至るまでほとんどなされなかったと言っていい。

そう、20世紀に至るまでは。


「軸を中心からずらした滑車を利用して、弓を引くのに要する力を変化させるのであるか…」


コンパウンド・ボウと呼ばれる1960年代の米国にて考案されたこの弓の構造は、従来の形状の弓を一掃するに至った。

以降、従来型の弓を競技以外の場で見ることは珍しくなる。スポーツとしてのハンティング分野において、コンパウンド・ボウこそがスタンダードとなったのだ。


「(銃が登場していないこの時代にこんなモン出したらヤバイですよね絶対)」


もちろん、これは武器としてのスタンダードである銃の座を脅かすものではない。兵器として銃の優位性は絶対だ。

そもそもコンパウンド・ボウは弓そのものの威力や射程を飛躍的に向上させるものではない。

滑車を用いたてこの原理により、弓の弦を引く力を、引き始めに強く、引き終わりに弱くといった風に勾配をつける機構でしかない。

しかし、引き終わり、つまり弦を引き絞って狙いをつけるフェーズに腕にかかる負荷を最大半分近くまで低減するという機構は、弓の扱い易さと命中精度を飛躍的に向上させた。

ぶっちゃけ、10歳ちょっとの女の子を熊を射殺すだけのハンターに変えることができるので、広まったら戦争が凄惨なことになりかねないんだけど。


「なるほど…、これは面白いな。こんどヘパイストスに頼んで作らせてみるか」

「良くわからないけど、すごいの?」

「すごいものなんてモノではないのである。革命なのである」


なんか盛り上がってるけど、本当に良かったのだろうか。アルフレッド・ノーベルってこういう気分だったのかもしれませんね。

ふふふ、私、もう、知らない。

こうして広まった新しい弓によって、遊牧民族と農耕民の力関係が変わってしまうなんて、今の私には知りようもないことだったのです。




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アルテミスって聞いて猫思い浮かべた作者は、少しだけ年齢的な意味で危機感を浮かべたのでした。

ところで、アルテミスは妹で良かったのだろうか。妹属性の方が萌えたからそうしたけど…。うん、まあいいや。私は悪くない。



[38545] 015
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:5ba030de
Date: 2015/06/25 21:12
やっはろー、小宇宙のアイドル、メディアちゃんだよー。どういう形であれ、大昔にタイムスリップしたら現代知識を駆使するのがテンプレだよね!

大丈夫、君にもできるさ。無人島に漂流した連中が石油精製施設作ったりとかそういう話も聞いたことあるし。楽勝楽勝。

でも、タイムパトロールには要注意ダゾ♪ あいつら、青タヌキ以外には厳しいからな。


「うわぁ、マジで完成させやがりましたねあの親子。チート乙」

「いや、お主がやらせたんじゃろうが」


双児宮の前に設けられたシンメトリーの広場の石の台座に座り、他人事のようにぼやく私に、隣に座るペリアスが呆れた表情をする。

いや、確かに機構自体はそれほど複雑じゃないんですよねコンパウンド・ボウって。仕組みを知れば、驚くほど単純。

要するに軸を中心からずらした滑車を弓の両端につけて、そこに弦を接続すればいいだけなんですし。

金属材料を使用すれば加工も製造もそこまで困難なものではない。むしろ動物の腱を使う遊牧民族の合成弓(コンポジット・ボウ)のほうが生産コストで上になるだろう。

主に人件費的な意味で。

この時代、人間の命の価値は非常に軽いものだけど、技術を持つ者のそれとなれば話は変わる。ぶっちゃけ、文字の読み書きができるだけで変わる。

そして、弓というのは古代世界における高度な工芸品であり、その製造には驚くほどの長期間と熟練の技を要する事も少なくない。

弩の運用コストも高いとされるが、弓も合成弓になればどっこいどっこいじゃないだろうか。

導入コストとランニングコストを正確に比較したわけじゃないので、正確なところは分からないけど。

それはともかく、そんな弓を一時間もかけずに完成させてしまうのはどうかと思うんですよね。まじでこの親子ヤバいな。バーナード星目指すだけのことはある。

でもまあ、これでこの二人はクリアだろう。

完成した弓の試射が目の前で行われていて、アポロン神も興味を持っている。

状況と根回しの効果がほとんどとはいえ、12柱のうちの4柱の攻略が順調に進んだのは喜ばしい。

さあ、次に行きましょう次に―、と


「お前、おもしろいな」

「やだ、私めっちゃくちゃ興味持たれてる」


さっきまで弓を引いていた美女神が、今は私の傍まで寄ってきてガン視してくる。邪気のない瞳が逆にいたたまれない。

なんつーか、自分の心の穢れ具合が対比されて悪目立ちする感じ。

いや、猫系女子は好みなんですけどね。基本的にこの女神様、アタランテちゃんの上位互換ですし。

ただし、機嫌を損ねると呪う。兄の方にも呪われる。具体的には那須与一みたいな感じで的にされる。

いやー、見ている分には華がある双子なんですけど、関わると碌な事がなさそうなイメージですよね。


「よしっ決めた、この私がお前たちについて行ってやる」


超ドヤ顔で胸を張るアルテミス様。揺れるほどにはない。じゃなくて、そういうイレギュラーをいきなり仕込まれても困るんですマジで。

戦力として数えていいか分からないし、そもそも興味本位だろうから寝返られる可能性も否定できないし。


「お気遣いなく、貴女の手を煩わせるわけにはいきません(意訳:迷惑だから来んな)」

「遠慮はいらないぞ」


くそう、日本人的な謙虚でやんわりした断り方が通じないとか、この野蛮人が。ぶぶづけ食わすぞ。

しかし、困っているのは私だけのようで、


「アルテミス様が一緒にっ!? なんと心強い!」


あの、アタランテちゃん。目をキラキラさせないで。断りづらくなる。そういう事言うと、相手側も乗り気になっちゃいますし。その、ね?


「ああ、お前いたのかアタランテ。元気か?」

「アルテミス様の加護のおかげで壮健です」

「そーかそーか」


やだ、めっちゃ談笑し始めてますあの二人。きゃっきゃうふふ完全に意気投合ってやつですね分かります。いや、もうどうしようもなく同行決定じゃないですか。

そして、女神がほぼ確実に同行する流れになると、放っておかないのが双子のもう片割れで、


「何っ、アルテミスも行くのか!? なら俺も行かなければ!!」


ほらっ、非モテ系残念な重度シスコンイケメンが興奮しはじめたじゃないですか。無駄にハイスペックなくせに失恋率が高いことに定評のあるアポロンさんが参加表明ですよ。

止めてください迷惑です。この人どう考えてもアルテミス様より裏切る確率高いじゃないですか。

しかし、そんな私の憂慮は、


「お前はいらない」

「げふぅ…」


アルテミス様の平坦な一声でバッサリと杞憂に変わりましたとさ。

あー、そういえばこういう力関係でしたねこの双子。神話でも執着するのはアポロンで、アルテミスは基本的に塩対応ですしね。

アルテミス様の超素っ気ない塩対応にアポロン撃沈ザマァ…、じゃなくて、余計な同行者が増えなくてよかったよかった。事態がさらに悪化しないという意味で。


「千客万来だね」

「イカロスは癒し系ですね…」

「ぴぎゃ?」


うん、元男でも、イカロスならイケる。最近、そんな風に思う私がいるのです。





「…何だか騒がしいわね」


天界の至宝、麗しき神の妃である女神ヘラは部屋の外が何やら騒がしい事に気づき、手元の作業を中断した。

気だるげな表情でど田舎グルジア出身の某王女兼魔女の姿をデフォルメしたような作りかけの編みぐるみ104体目を、大小の完成品たちが並ぶ棚の上に置いて立ち上がる。


「エイレイテュイア。何かあったの?」

「べ、別に特に何もないわっ。オリュンポスは平常運転よっ!」


自分と同じ色の髪をポニーテールにまとめている娘の態度があからさまにおかしいので、ヘラはエイレイテュイアに疑いの目を向けた。


「えっと、その…。あれ、あれよっ。アレス兄様とアテナ様が勝負事をしてるの!」

「ふうん。アレスとアテナが…ね」


出来の悪い息子と、自分の生んだ子ではない出来のいい娘。

当然、ヘラとしてはアテナ憎しアレス可愛いで、今まではアレスを必死で応援してきたのだが、今は何故か感情が動かない。

そんな自分に戸惑い、内省し、そしてアレスへの愛情が失せたわけではなく、アテナへの敵意が霧散したことに原因を突き止めると、本格的に拙いことになっているとため息をつく。

大問題だ。あれほど執着していた夫ゼウスへの感情が、まるで霞のように消え去っている。貞節を司る彼女の自己同一性の危機である。

まあ、編みぐるみを大量生産(マスプロ)している時点で崩壊は目に見えているのだけど。

ともかく、ヘラは理性にて邪悪な思考を抑え込むと、エイレイテュイアの下手なウソをどうしたものかと考え、


「なら、見学に行こうかしら」

「だだだ、ダメよっ!」


おや、エイレイテュイアはどうしてか母親が部屋の外に出ることを阻もうとしているようです。

ヘラが疑惑の目を娘に向けると、エイレイテュイアは作り笑いを顔に貼り付けながら、ダラダラと冷や汗を流し始めた。

ポンコツである。

どうせ自分を部屋から出さないように命令でも受けているのだろう。説得するのも面倒なので押しとおる事にする。


「どきなさい」

「だめです!」


ヘラは娘の脇をすり抜けようとするが、エイレイテュイアはさっと腕を伸ばしてこれを阻もうとする。ヘラが手でそれをどけようとすれば、今度は体を入れて壁になろうとする。


「どきなさいっ」

「だめです」

「しつこい!」

「聞き分けてくださいお母様!」


エイレイテュイアの意志は固く、どうしてもヘラを部屋から出さないご様子。ヘラは腰を少し落とし、構えるようにしてエイレイテュイアの隙を探り始めた。

エイレイテュイアもまた母親と同じように腰を少し落とし、その動向を注意深く観察し始める。一触即発、異様な気迫が、オーラ的な雰囲気が彼女たちを覆う。

そして、どういうわけか、その意味不明な言葉がヘラの口から漏れた。


「カバディ」

「!?」





私たちは母子だ。神という器にあるとはいえ、その絆の深さは人間たちのそれとどれほども違わない。

しかし、立場、地位、肩書、あるいは財といったものがそういった家族の絆を歪めてしまうことがある。


「カバディ、カバディ、カバディ、カバディ…」


愛している。私は今でも、これからも娘を愛しているし、愛し続けるだろう。間違いばかりを犯してしまう私たちだけれども、それだけは断言できる。

それでも、それでも私は今、この場にこの部屋に留まり続けるわけにはいかない。すべての顛末を見届ける必要があるのだ。


「カバディ、カバディ、カバディ、カバディ…」


分かってほしいとは言わない。許してとも言わない。それでもっ!

張りつめた緊張の糸が切れた。たじろぐエイレイテュイアの隙を私は見逃しはしなかった。勝負は一瞬で決まる。


「カバディッ!!」

「しまっ!?」


その時、私の手が、エイレイテュイアの腕をつかみ、その姿勢を崩した。







まあ、その、いろいろあって双児宮クリア。

パッカパッカと蹄の軽快な音を響かせて、神馬アリオンの背の上で揺られながら次の関門、巨蟹宮を目指します。

なお、超マイペースなアルテミス様には適当に餌付け…ではなく、お菓子などを奉納しつつ、私の後ろで「もっきゅもっきゅ」させています。


「メディア、この《ちょこれいと》というのは美味いな」

「もう1個食べます?」

「食べりゅ」


つか、このタイミングでカカオ豆を投入する羽目になるとは思わなかったし。

アフロディーテあたりを釣る手段になると思ってたけど、目ざとく発見されてしまった。野生児は侮れない。

まあ、美少女がチョコパイを「もっきゅもっきゅ」しているのは和むので、このままでいいかな…なんて思っていますけどね。

それはともかく、巨蟹宮。ヘラクレスに踏まれただけの蟹が星座に昇格したという逸話に基づく黄道十二星座の一つだ。

なお、攻撃的テレポーティションとは何の関係もないので、そこのところよろしく。そういえば、ファミコン版でそいつ倒せたことなかったんですよね…。

それはともかく、


「あのー、誰かいませんかねぇ?」

「返事がないな、私が斥候してこようか?」

「ん、じゃあ、お願いしますねアタランテ」


何の障害もなくたどり着いたのはだけど、今までと違って何のアクションも起こらない。自己顕示欲の塊のような神々が守りについているはずなのに。

12神のうちアポロン様とアルテミス様が同時出現したので、空なのかなとも思ったが、よく視れば神殿の中から確かに強大な神の気配を感じる。

しばらく待っていると、アタランテちゃんが帰ってきたのだけど、表情は釈然としない感じだ。


「神殿の中には兵士も罠も無かった。ただ、中央の部屋だけには気配を感じたが…、害意だけは感じなかったな」

「だけは?」

「行けばわかる…」


とのこと。というわけで、私たちは神殿の中に足を踏み入れる。

その最奥、扉に閉ざされた部屋の前。部屋から漂う異様な雰囲気に私たちは躊躇…といえばいいのか、そんな感情というか印象をかきたてられた。


「これは……確かに害意はないですが……、なんと禍々しい……」

「俺が開けよう」


ここで率先して先頭に立つヘラクレスさん。超かっこいい。メイン盾来た!これで勝つる!

そして、ヘラクレスさんはゆっくりと、慎重にその扉に手をかけ、開いてゆき……


「ハァハァハァ、デュフフ、アテナたんはかわいいなぁ。太ももhshs」


部屋の奥に、いい歳した小太りの中年の男が、美少女フィギュアに頬ずりしている姿が見えた。

ヘラクレスさんは扉をそっと閉じた。


「………」


ヘラクレスさんは酷くやる気を削がれたようで、頭を横に振ると、その場から離れていってしまった。

あ、付き合いきれないって事ですね。はい、しばらく外で休んでいてください。


「で、今の誰?」

「あれは、ヘパイストスだな」


私の当然の疑問に答えてくれたのはアルテミス様でした。女神様さっすがー。それはともかく、マジっすか? 問い返すも、女神様の返事は変わらない。


「なるほど、あのキモオ…ではなく、あの匠が音に聞こえしヘパイストス様ですか」


眩暈がした。オリュンポスって、想像していた以上にヤバい場所なのかもしれない。


「さて、気を取り直して次に行きましょうか」


次行こう次。あれ、無害っぽいし、放っておいてもいいよね。害意とか敵意とかなかったし。漂ってくるのはイカ臭い瘴気だけだし。


「ん、アイツの許可ないと先には進めないぞ」


私の気を取り直すための言葉に無慈悲な鉄槌を下すアルテミス様。マジかよ。あれと話すのかよ。生前のニワカだった私でもレベル高い仕事ですよそれ。


「あの方が炎と鍛冶の神、ヘパイストス様であるか。なかなか個性的のようであるが」

「個性的ってレベルじゃねぇですけどねダイダロス」


この世界にああいう人種はまだ存在していないはずだから、個性的で済まされるのだろうけれど、前世持ちの私には痛すぎる。あのテンプレ度合がヤバい。

フィギュアに頬ずりとか、アニメの世界だけだと思ってた時期が私にもありました。


「ヘパイストス神は人形を愛しているのか? キプロス王ピュグマリオンの話のようではあるが」

「あ、ギリシア世界では標準でしたね。流石は世界最先端」


アタランテちゃんの言葉のおかげで我を取り戻す。そうだ、フィギュアを愛して何が悪い。そんなのギリシア人が紀元前に通った道ではないか。

キモオタの起源はギリシアにあり。もう何も怖くない。あいつら普通に魔改造で裸のフィギュア作りまくってたしな。

フィギュアのスカートを下から覗くだけが限界だった前世の私では、そのような業に何か意見するなどおこがましいにも程がある。


「というわけで、ヘパイストス様の芸術に理解を示してここを踏破しましょう!」

「おー」


そうして私は再び魔窟に続く扉を開け放つ。イカのスメル漂う個室の奥の主が、扉が開くきしむ音に反応してこちらに視線を向けた。

しばし対峙する。

そして、私が声をかけようとしたその時、


「処女の匂いキタこれ!!」

「ひうっ」


ヘパイストス神の喜色満面な叫びを聞いて、私はそっと扉を閉めた。

拝啓、親愛なる姉上。暑さがひときわ身にしみる今日このごろですが、ご機嫌いかがでしょうか。私は心が折れそうです。


「帰りたい。あの頃に帰りたい」

「し、しっかりするんじゃメディア」


軽く現実逃避し始める私の肩を揺らして無理やり現実に戻そうとする幼女ペリアス。くそっ、自分は矢面に立たなくていいからって好き勝手しやがって。


「じゃあペリアスお前行けよ。私は嫌ですよっ」

「ワシもお断りじゃ! お主が始めた事じゃろう!!」

「はぁっ!? 愛玩動物が主人に逆らってるんじゃなぇですよ!」

「誰がラブリーな子猫ちゃんじゃぁっ!?」


そしてしばらく醜い言い争い。(尺の都合でカット)

さて、予想以上の難敵の登場に私たちは混乱し始める。どうすべきか円陣を組んで相談していると、唐突に問題の扉が内から勢いよく開かれた。


「入ってこないのかおっ!?」


どうすんだよ、中身が出てきちゃいましたよ。

豊かさを象徴するくびれのないお腹、男らしさを象徴するスネ毛とか胸毛。脂ぎった肌は神々しくテカり、後退した額は眩い光輝を放っている。


「これが…神」


認められないわぁ。

いや、確かに醜い容姿だってのは聞いてましたけどね。これは流石に斜め上です。あの貞淑さに定評のある女神ヘラが捨て子したというエピソードもあながち…。

まあ、待て早まるな私。容姿の醜さとか性格のアレさとかと才能能力が相関しないことに定評のある古代ギリシアだぞ。

例えば偉大なる哲学者ソクラテスは見た目は醜く、しかも性格はしつこくて陰湿で面倒くさかったけれども、後世では比類ない偉人として記憶されているではないか。


「おほぉっ、こんなに可愛い子が大量にっ。ギリシア始まったな。フヒヒ……」


い、偉大…? 偉大とはいったい…うごごご!!

とりあえず、相手は神である。一応。なので、外交モードでまずはコミュニケーション。秘技、スマイル0円!


「お初にお目にかかりますヘパイストス様、私はコルキスの王女メディア。よろしくお願いいたします」

「えっ、あ、ひゃい、よよよろしゅくお願いちましゅ」


「(今、噛んだなコイツ)」

「噛んだの」

「セリフ、噛んだ」

「ああ、間違いなく噛んだのである」


ヘパイストスと握手する。じめっとした。つーか、このヒト、セリフ噛んで滅茶苦茶顔赤くしてますね。うわぁ、汗ダラダラじゃねぇか。きめぇ。

思わず蔑んだ目で罵倒してしまう。


「……ゴミクズですね」

「ありがとうございます!」

「「「「「…うわぁ」」」」」


罵倒に即座に歓喜の表情で感謝を返すその反応。ああ、そういえば、私、外面に関しては美少女で、一応ですが処女でしたね。

おい、今、私の事を童貞とか言ったやつ、後で校舎裏な。

さて、目の前の鍛冶の神ヘパイストス様、さっきから独り言ばかりでキモイものの、彼が通しても良いと思わない限りは先に進めないので、どうにかしなければならない。


「おふぉ、可愛い女の子がこんなに…。しかもアルテミスたんまで……。やっぱ、女の子は処女じゃないと。正直ビッチは萎えるしな……」

「さて、ヘパイストス様。私たちは故あってこの先へ、主神ゼウス様の下へと行かねばなりません」


0円スマイル維持。笑顔と愛嬌は女の武器です。涙は切り札な。


「そ、それは困う…、困る。お、おお俺はこのしし神殿の守りを父ゼウしゅ…ゼウスより任ひゃれてひるのりゃっ」

「噛みすぎだろうお前」


アルテミスさんツッコミありがとうございます。

それはそうとして、この部屋の中、スゴイことになってますね。


「あ、これ凄く上手くできてますね…」

「そそそ、そうだろっ。これはギガントマキアの時のアテナたんの活躍をだなっ。おいっ、アレを持ってこい!」


かるく部屋の中のフィギュアを指さして不用意な一言をしゃべってしまう。すると、突然キモオ…ヘパイストス神がキラキラした瞳と溌剌とした声で説明を開始した。

あー、うん、ウスウス気づいていましたが、そういうキャラですか。

そして、ヘパイストス神の声に応える者が部屋の奥から現れる。


「ピピ…ガ…ピ……、イエス…、マスタァ……」

「え……、ええっ!?」


私は驚き思わず声を上げる。

何故なら、部屋の奥から現れたのは、黄金で製作された美少女を模したロボットなのだから。





炎と鍛冶の神ヘパイストスは、ギリシア神話における代表的な技術神だ。神話上必要になったギミックのほとんどが彼の作と言っていいほどに。

パンドラの箱で有名な人類最初の女性パンドラを制作したのも彼と言われているが、さてこの世界ではどうなっているのやら。

まあ、パンドラにまつわる現代まで伝わる神話の著者が、あの極度の女嫌いで定評のあるヘシオドスですしね。

アフロディーテが微妙な生まれ方をしたという逸話があるけど、あれもヘシオドスの著書ですし。あの男は必ず殺すリスト筆頭ですよ。

まあ、それはともかくヘパイストスの製作者としての権能は、神だけあって文字通り神がかったレベルにある。

その製作物の一つにこういうものがある。

かつてゼウスの怒りに触れ天より叩き落されたヘパイストスは、大怪我を負い、満足に歩くことが出来なくなった。

困った彼は、とりあえず自律思考能力を有し、人間と変わらない精度で手足を動かし彼を介護する黄金で出来た侍女を制作しました。めでたしめでたし。

あ、ツッコミは各自で行ってくださいね。





「すごいですねっ、これ、完全自律ですかっ!?」

「そ、そうだお」

「すごいなぁ…、かっこいいなぁ……」


おっす、オラ、ヘパイストス。オリュンポスで神の1柱してるんだ。

目の前の美少女はコルキスの姫君メディアたん。当然処女←コレ重要。彼女は俺の作った黄金の侍女にものすごく興味を持ってくれて、どんどんと俺に質問をぶつけてくる。

正直、今までこんな女の子に出会ったことは無かった。

いままで知り合った女たちは、俺の醜い容姿を遠巻きに見ては蔑んだり、憐れんだり、そんなのばかり。

母親なんか生まれたとたんに俺の事捨てるわ、嫁になったはずのビッチはすぐに浮気するわで、クズいのばかりだった。


「まあ、だからって女神アテナにぶっかけたのはどうかと思いますがね」

「辛抱たまらんかった。反省している」


殆どの女たちは俺の作ったものでも、華美なものや見た目だけ美しいものにしか興味を持たない。

興味を持って、それが欲しいとなると急に媚び出すが、モノが手に入ればすぐにイケメンどもの下に逃げ帰ってしまう。

そして、俺が本当の意味で自信作と思えるものには一切興味を示しはしなかった。

だけど、彼女は違うようだ。あのビッチがキモイの一言で切って捨てた黄金の侍女の自律思考や工作精度に目を輝かせて俺を賞賛する。

他の俺の作品にも、俺自身が考えもしない視点で評価したりして、説明するのが楽しくなる。


「でも、この黄金の侍女、可動部が丸見えだと、せっかく女性型でも機械機械してとっつきにくいですね。なんというか、もったいない」

「や、柔らかくて、し、伸縮性のある素材があればっ、別なんだけれど」

「ふむ、ならコレなんかどうです?」


そうして話し込んでいると、ふと彼女が乳白色の子供の頭ほどの大きさの球を差し出してきた。

見たこともない素材。触るとブヨブヨ柔らかく、そして皮や肉とも違う素晴らしい弾性がそこにはあった。

これは、いったい何なのだろう。不思議な素材だが、この大きさの球体に加工できるということは、もっと様々な形状にも加工できるということだろう。


「これは…?」

「ゴムです。とある植物の樹脂を酸で凝固させたものですね。硫黄を添加して加熱すると硬度が変化します」


彼女がゴムの説明をしだす。弾性があり水を通さない素材。様々な形状への加工性。それは、あらゆる分野への応用が期待できた。

しかし、そんな植物の樹脂など聞いたこともない。いったい、どんな植物の樹脂なのか。

彼女は大釜をどこからともなくとりだし、その中にゴムを放り込んだ。そして、この俺に断りを入れると、黄金製の侍女を大釜の中に浸からせる。

すると、黄金製の侍女の表面をゴムの皮膜で覆い、まるで皮膚のようになって包み込んだ。


「やっぱり、シリコンのほうがいいんですかね…。ちょっと違うな…」


それはいかなる感情だろう。感動、親愛、敬愛。

目の前で試行錯誤を繰り返して、何か新しいものを作ろうとするその姿勢は、まさに俺自身の写し絵だった。

彼女とならば、きっと楽しい毎日が過ごせるに違いない。

それは、まさしく恋心だった。そして、欲望が心の奥にくすぶり始める。くすぶり、そして火が付く。もう止めようがなかった。

父ゼウスはこの素晴らしい女性を無理やり手籠めにしようとしているらしい。許せない。この俺が救い出さなければならない。

この子を、この姫君を奪い取って、この俺のモノにすることが正義というモノだろう。

彼女を攫い、遠くへ行こう。この俺の技術があれば、彼女がいてくれれば何だってできるはず。

そして、ゆっくりと彼女の背中に近づき、そして彼女の華奢な肩に手を伸ばして……


「ぴぎゃ?」

「ん?」


いつの間にか、彼女の頭の上に居座っていた蜥蜴?と目が合った。


「へ?」

「びーぎゃっ!」


つぶらな蜥蜴の瞳。そして、最後にみたものは、蜥蜴の尻尾がブレた瞬間。


「あじすあべばっ!?」


256HIT!!





「おやっ?」


ふと、背後からどこぞのアフリカ国家の首都の名前が叫ばれたような気がして振り向きましたが、そこには蜥蜴がいるだけでした。


「今、何か声がした気がするんですけど、お前、知りません?」

「ぴーーぎゃぁ?」


首を振る蜥蜴。ふむ、奥に何もなかったようですね。そういえば、ヘパイストス神はどこに行ったのでしょう。

見回しても姿が見えません。

部屋の扉の近くに陣取るギャラリーの皆さんが唖然とした表情で大きな口を開け、震えながら指をこちらに指してくる以外は、特に異常はなさそうです。

指?

皆さんの指の指し示す延長線の先は、厳密には少し上の方に向いているようですね。そしてそれが、ゆっくりと下に降りていっているようです。

そして、背後で水に何かが飛び込んだような、ぼっしゃーんっ!!っていう感じの音が―


「え?」


大釜に振り向く。明らかに、何かが突入したせいで飛沫が飛び散った状態。

どこにもいないヘパイストス神。
  +
女性型ロボットが投入された大釜。
  +
太陽神系列由来の魔女の釜
  ↓
????????


「あっ、やっべ」




>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>



注意一秒怪我一生。

夏風邪ひいてました。みなさん、健康管理には気を付けて。決して、魔女の大釜などには飛び込まないように。






[38545] 016
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:5ba030de
Date: 2015/07/05 20:22
ところで、皆さんも知っての通り、私のかつて住んでいた場所では、女の子がレオタ衣装で空を飛んだり戦ったりすることは普通でした。

そう、普通普通。レオタードだったらCEROも当然のようにクリアできますし、無問題無問題。レオタードは合法。トト○ーリアちゃんもCERO:A。

これはパンツですか? いいえ、レオタードです。

それに、最近は神様が女の子にされるなんてよくあることだし。戦国大名とか三国志の武将も対象になってるんだから仕方がないね。

ほら、どこぞのヘパイストスも眼帯巨乳赤毛のお姉さんだしさ。宇宙的恐怖だって萌えキャラ化するのが当たり前だし。ラブクラフト最大の誤算だし。

何が言いたいかというと、


「わたしは悪くない」

『現実を直視してはいかがですか?』


おや、巫女巫女通信が繋がったという事は、この神殿の霊的な守りが陥落したということでしょうか。

やっぱり、話合いって大事ですね。ラブアンドピースは世界標準ですよ。争いからは何も生まれません。


『いや、おそらく貴女の頭の上に居座るその仔がヘパイストス様を空中コンボで256HIT決めた挙句、貴女の影響下にある大釜に沈めて、いつもの展開になったからでは?』

「ハハ、何ヲ仰ルヤラ」


ヤバイと思って大釜から引きずり出したが手遅れだった。オヤカタッ、釜から女の子がっ。予想通り? オチが見えていた? いやいや、想定外ですから。

私は3秒ほど反省し、3秒ほどどうすればいいのかを未来志向で創造的に熟慮し、そしてすっぱり諦めた。


『最近、未来とか創造とかそういう耳触りのいいタームが無駄に浪費されている気がします』

「ビバ大量消費社会。サスティナブルでエコロジーな生活を目指したいですね」

『持続可能な社会って緩やかな衰退と何が違うのでしょうか…。それはともかく、久しぶりにお便りのコーナーです。最初のお便りはシュラクサイ出身の味素さんから。この場合はガイノイドになるんだろうか? だそうですけど?』


えらく久しぶりのお便りのコーナーである。しかし、リスナーとは何者なのだろうか。どこからお便りが来ているのだろうか。謎である。


「まあ、ガイノイドっていうのは女性型の人造人間ですけど、これ、たぶん、サイボーグって言った方が良さ気では?」


生の人間というか神と機械を混ぜたのだから、人造人間ではなく改造人間のほうがしっくりである。

ちなみに、ガイノイドはギリシア語を組み合わせた造語で、ギリシア語の女を示すギュネーgynēと、~もどきを示す-oidを組み合わせた造語だ。

でも、人造人間といえば、アンドロイドとする方が知名度高いんですよね。

男を示す言葉がアネールanērで、これが接頭辞のなるとandro-となり、これと-oidを組み合わせた造語がアンドロイドということになるのだけど、

このandro-を男と直訳するよりは、人間としたほうが色々と今後の創作的な意味でも波風立たなくていいのではないだろうか。

ほら、英語のmanには人という意味を持たせていることが多いように、警官がポリスマンだったり、実業家がビジネスマンだったりするのと同じだ。

まあ、フェミニズム的な意味でヒューマノイドっていうのが今後のメインストリームになる可能性もあるんだけれど。


『言葉狩りの一種ですか?』

「無理やり感ありますよね。まあ、女性の社会進出的な意味で男女で書き分けるのメンドイから、一つの単語で統一してしまおうぜ的な感じで理解しましょう。ほら、男を看護師で女を看護婦に厳密に分けて使うより、ぜんぶ看護師にまとめた方が役所的にも気楽というか」


なお、細かい議論は炎上しそうなので、長いものに巻かれろ的な感じで言葉狩り万歳と叫んでおきましょう。

戦争という言葉は暴力的なことを連想させてしまうので、使用してはいけないとか、そういう風にすればいいのだ。ネットで誰かがそう言ってた。


「外交および内政上の問題における非平和的な解決手段?」

『意外に真理を突きましたね。しかし、問題という言葉は問題がある事を連想させてしまうのでやり直しです。さて、次のお便りですが…、どうやら複数のリスナーの方々がヘパイストス神の件、男の娘を所望していたようですよ』

「レベル高いなそのリスナーども」


何のレベルが高いかはあえて言及しませんが。

しかし、どうしてこうもチ○コがもげる結果となったのか。私にもわかりませぬ。まあ、チ○コなんてアタッチメントで付ければいいんですし、無問題。


『あれって…外れるんですか?』

「……え?」

『え?』


え、なんなのこのヘカテー様の疑問。まるで、チ○コには骨があるんだよって言われて信じる女子的な反応じゃないですか。

なお、人間の男性器には骨は入っていませんが、多くの哺乳類の男性器には骨が入っています。

なお、セイウチのブツの骨は武器になります。凶器はセイウチの…なんていうニュースが流れたらなんて想像したら興奮しますね。


「しかし、男の娘ですか…」

『ところで、貴女的には男の娘キャラを婿に迎えるのは有りなんですか?』

「答えにくい質問してきますねヘカテー様。いちおう、前世ではそっちの属性なかったので。私、おっぱい星人ですから」

『ああ、なるほど。おっぱいついてたらOK?』

「それはもう男ではないような…」


もう、ついててもいいや…なんていう境地には至っていませんので。メスケモとかモンスター娘とか触手属性あたりに匹敵する修羅道ですよあれは。

この辺りの薄い本は絶対に他人に見せられませんよね。いや、まあ、10歳未満のペドよりかはマシかな…。


「しかし、この話題についてはえらく絡んできますね」

『さっさと子作りして、子孫を残しなさい♪』

「嫌です♪」


結婚とか出産を急かす女性ってウザいですよね。なんというか、お節介が迷惑なレベルに入ってるのがオバさんっぽいっていうか…。

その時、世界が凍てついた。


「さ、寒気が今っ!?」

『……コホン。さて、そろそろ現実を直視しましょうか』


うん、確かに、実際どうしようコレ。

腰まであるだろう髪は黄金のような金髪です。先端が赤みがかったストロベリーブロンドになった、グラデーションのかかった金髪。

まあ、黄金製の侍女を素材にしている以上、構成元素的にも金が主成分で、銅とか混ざったりしていれば、そういう事もあるでしょう。

オッパイは控えめですね。おそらく本妻への反逆でしょう。あと、処女厨でしたしね。

どことなく幼さのある、しかし、女性的な丸みをもつ中学生ぐらいの容姿はロリコンの気持ち悪い願望によるものでしょう。

身に着けているのは白いレオタード的な未来未来したもので、白が異様に似合うのは天使的な愛らしい容貌によるものでしょう。

四肢の接続部分などに球体関節っぽいギミックが見えるのは、やはり機械機械していたアンドロイドを素材にしていたからか。

しかし表情筋は完全に自然のものだ。瞼も自然で、顔の造形は可愛らしくも綺麗なもの。胴体の曲線ラインも柔らかく、触れれば人体の柔らかさと温度を返してくる。

本物の生き物っていうか神と融合しているので、サイボーグと認識すべきだろうか。いや、でも、混ざったの神様だしな…。

どちらにせよマニアックなチョイスを…。


「メ、メディアよ。こ、この女子がまさか…ヘパイストス神だというのじゃあるまいな…?」

「おや、ペリアス、何故そう思うのです」

「いやいやいや、今までの経緯とお主の前科から考えれば間違いなくそうじゃろうが!?」

「ハハ、まっさかぁ。あのキモかったヘパイストス神がどうしてこんな天使のようなナゾの美少女に生まれ変わるというのです。これは別人。無関係の美少女。このナゾの少女が目が覚めた後に何を主張しようとも、別人です。だから、わたしは悪くない」


幼女ペリアスが蹲り気絶している少女を指差してなにやら不可解な事をのたまっていますが、そんな非現実的な事、あるわけないじゃないですか。君は実にバカだな。

呆れた顔で、「もう知らん」なんて言い捨てて離れていくペリアス。

とはいえ、証拠を隠滅するなら今の内だ。もう一度、釜の中に放り込んで「ナニカ」すれば、あるいは元に戻ったりするかもしれない。

元に?

え、この美少女と言っても過言ではない存在を、あのキモオタに戻すの? そんな事、許されると思ってるの? 馬鹿なの?

なんて思っていると、


「ぷはっ!!」

「あ…」


がばっと、勢いよく大釜から引きずり出したナゾの少女が目を覚ますと共に起き上がった。

ナゾの少女は今自分がどのような事態に身を置いているのか上手く理解できていないようで、少しばかり呆けた表情で周囲をきょろきょろと見回す。


「ワタシは一体…、うっ、頭が痛いデス……」

「思い出したくない事は思い出さなくていいんですよ」

『そうやって、また詭弁を弄する』

「たしか、64回ほど殴り倒されたような気がするデス…」

「HAHAHA、蜥蜴の尻尾で256HIT空中コンボ食らうなんて、そんな非現実的な事あるわけないじゃないですか。悪い夢を見ていたんですよ」

『目が泳いでいますよメディア』


とにかく誤魔化そう。なに、記憶も混乱しているようだし、押していけば嘘も真実に変わるのですから。

ん? そういえば、この鍛冶神、口調とか一人称とか語尾が変わっているような?


「うう…、しかしこの体の痛みは尋常なものではないのデス。……ンン? そういえば、声が高いデスね」


ナゾノショージョが喉の調子を確かめるように軽く咳き込み、喉元に手を当てる。そして少し眉をひそめ、違和感の正体を確かめるように自らの手の平を見た。

そしてナゾノショージョは固まってしまう。ああ、可哀そうに。いったい彼女にどんな悲劇が降りかかったのか。もちろん私には知る由もありませんが。

あー、大変ダナー。


「えっ? えっ? ええっーーっ!?」


再び再起動したナゾノショージョは、ペタペタと可愛らしい手で顔や体を確かめるように触れていく。


「えっ? 何なんデスかコレ? えっ、ワタシの声、違う…デス? というかっ、一人称も口調も変わってないデスかっ!? え? え? エエェェェェェッ!?」


おお、混乱の極み。


『また被害者が…、グスッ』

「あ、私、この後に約束あるんで早引けしますね」

『待てやこの駄巫女。この事態を早急に収集しなさい』


いや、収集ったってどうしようもないですし。

だいたい、私的にはこっちの方が世のため人のためになると思うんですよ。変態紳士よりも残念な美少女の方が需要あるんですよ。

変態はステータスなんです。(※ただし、美男美女に限る。)

それはそれとして、ナゾノショージョはというと、


「そうデスっ、鏡はどこデス!? たしか…ここデース!」


勝手知ったる我が家のように、この部屋に置かれているモノを漁りだし、そして一枚の壁掛け時計ぐらいの大きさの円盤状の鏡を手に取って、それを覗き込んだ。

はは、まるでこの部屋の元の持ち主のように奥に収納された鏡を取り出しましたね。彼女ハ一体何者ナノデショーカ?

……そろそろ現実から目を背けるのを止めましょうか。


「で…デース……」

「ああっ、なんということでしょうっ! おいたわしいや、ヘパイストス様。どうしてこんな御姿にっ!」

『なんて茶番』


ヘカテー様の冷静なツッコミを無視しつつ、私は両手で口を覆い、どうしてこんな悲劇になってしまったのか見当もつかないと言わんばかりのリアクションで嘆いてみる。

何てことだ。誰がこんなヒドイことを。こんな恐ろしいことをするなんて、私は絶対に許さないぞ!

なんて茶番していると、突然、少女と化したヘパイストス神がこちらに振り向いた。


「メディア姫!」

「ひゃい!? ごめんなさいっ」


突然話しかけられて私は変な声で返事して、条件反射で謝ってしまう。しかし、ヘパイストスはそんなこと無視して、ズンズンと私に早足で近づいてきた。


「メディア姫っ、この身体のことデースがっ」

「すみませんすみませんっ」

「とてもグッドだと思うのデース」

「ふぁ?」


気の抜けた声で目の前の少女と化した鍛冶神を見つめる。手鏡をナルシズム全開で顔を赤らめながら覗き込む鍛冶神ヘパイストス。

……結果オーライ?


『どこぞの駄巫女と同じ匂いがしますね』

「いったい誰ですかねソレ。それはともかく、なんか気に入ってるみたいですね」

『醜悪な姿にコンプレックス持っていたようですし』

「そうデース。今の私は蝶、バタフリャイ」

「また噛みやがったな」

「醜い芋虫から、美しい蝶に羽化した華麗なる変身譚デース。これが私の真の姿なのデース!」


誰かそれは違うとツッコんであげてください。私? ハハ、何で場を改めて混ぜっ返したり波風立てたりしなきゃいけないんですか。

WIN-WINの関係なんだからこれで良いのです。超法規的措置。


『女の子になったことには特に思い入れはないようですね』

「どうなんでしょうね。私は触れるオッパイの使徒なので、たいして有効な使い道の無かった棒よりもオッパイわっしょいだったんですけど」

「オッパイは大小が問題じゃないのデース。触れるか触れないかが問題なのデース」


その時、私たちは互いに目を合わせ、魂の根幹の部分で共鳴するもの、シンパシーを感じ取った。

そう、真理を受信したのだ。


「オッパイ最高!」

「オッパイわっしょい!」

「「オッパイっオッパイっオッパイっオッパイっオッパイっ!!」」

『ダメだこりゃ』


奇怪なダンスを踊る外装は女子な二人による世界の中心で乳を叫ぶ獣に、頭痛を感じたように呆れ声のヘカテー様。ふふ、貴様ら地球人には分かるまいよ。


「メディア姫、お前に出会えたことには運命を感じるのデース」

「そんな運命犬にでも食わせてしまえって感じですけどね」

「照れなくても良いのデス」

「(性格まで変わってないですかこれ?)」

「それはともかく、ゴムについてデース」

「ふむ」


美少女と化したヘパイストス曰く、あのゴムという素材はとても興味深いので、どこに行けば入手できるのか同じオッパイ星人のよしみで教えてほしいとのこと。

ああ、技術神としての側面までは改変されていなかったようですね。とはいえ、ゴムの木というのはギリシア文明圏での栽培は困難のはず。

あれは、熱帯のジャングルを切り開いて貴重な生態系を踏みにじり、文明化という美名の下に未開な土人どもをプランテーションに組み込んで労働力を搾取することで獲得できる類の資源だからだ。

詳しくはコンゴ自由国を検索してみてね♪


「ええっとですね、ゴムの正体は植物の樹脂です。これを採取できる植物は限られていまして」

「ナルホド」

「プロメテウスが磔とされたカフカス山を越えてさらに北東、偽りの海を越えた先、イッセドネス人たちが住む平原に、ゴムの原料たる樹液を採取できる根をもつ黄色い花が自生すると聞いています」


現在のカザフスタン北部とウズベキスタンあたりの草原地帯に自生するロシアンタンポポの根はゴムの原料となる乳液を含んでいる。

まあ、収量とかコスト的なことを考えれば熱帯でゴムの木を大規模に栽培した方が安くつくんでしょうけど。

ゴムの木の代替というのは、第二次世界大戦時の海運が不全を起こしていた時には盛んに研究されていたが、戦争が終わったり合成ゴムが一般化すると注目度は下がってしまった。

再び注目を浴びだしたのは21世紀ぐらいから。熱帯雨林の生態系サービスの価値が希少なものとなり、熱帯での生ゴム生産が相対的に非効率となり始めた頃からだ。

さすがにこれ以上、熱帯雨林を切り開いてゴムの木の林に変えるのはヤバいと気が付いたらしい。人類もちょっとは知恵を身に着けたようだ。


「ギリシア世界の向こう側デスか。遠いデスね」

「そんなことありませんよ。一っ跳びですよ」

「いや、私は空なんて飛べませんデスから…ん? んん? なんだか、行けそうな気がするデース」


そうだ。やる気があれば何でもできる。ヘパイストスは体がムズ痒いのか、そわそわしだした。よし、あと一歩だ!

そんなヘパイストスと同調するように、傍の大釜が震えだす。液面が波立ち、気泡が沸き立つ。そして、液中から勢いよく、バチャーンと何かが飛び出した。

未来的な航空機というか双胴タイプの宇宙戦闘機的流線型フォルムの純白の飛翔体。それが大釜から飛び出すと、それに合わせて少女と化したヘパイストスもまた宙に跳躍した。


『何が始まるんです?』

「大惨事大戦だ!」

「か、体が勝手に動くデース!?」


宙にジャンプしたヘパイストスに後ろから白い飛翔体が近づいてきて、寄り添うようにドッキング。

すると、飛翔体はいくつものパーツに分解してヘパイストスの体にガチャンガチャンと接続されていく。超カッコイイ。


『何やらかしたんですか貴女は…』

「流行なんですよ流行」


鎧のような具足と胸甲を模しながらも、SF的な流線。白い具足の脛の辺りからブレードが上向きに突き立ち、バイザーにはユニコーンのような角にも見えるアンテナがそそり立つ。

腰のあたりには青色のアフターバーナーを噴きあげるスラスターが付属するバックパックが接続し、

そこからマニュピレーターによって空力的なことを考慮したと思われるフォルムの未来未来したキャノン的なものが一対付属する。

両手には人間工学も基づきました系の短機関銃と、逆に取り回しがきかなそうな長大なビームライフル的なものを装備。

そして、彼女の周囲に浮く2対2種のビット。射撃用と斬撃用。いったい、何と戦ってるんだ?

しかし、そんなゴツそうな装備とは裏腹に、太腿とか二の腕は隠さない絶妙な露出度。バイザーはもちろん顔は隠さないし、グラデーションのかかった髪も隠さない。

ジャキーンと空中でギミックが映えるポーズをとって変身完了。スゴイカッコイイ。

なお、一連の変身シーンは強制でキャンセル不可能ですが、次から最短0.5秒にまで短縮できます。


「な、何なんデスかコレェェェ!?」

「ロボ娘は正義。旧ヴァージョンもいいけど、私は天使型がいいとおもうの。アニメのヒロインも張ってましたしね」

『何ドヤ顔してるんですかね、この駄巫女は…』

「しかし、口調がイメージと合わないのはどうも…」



それはともかく、女の子にメカメカしくてゴツい装備させるのは時流ですので。大事なのは萌えを失わない事。

腰のくびれと太もも、あと鎖骨とか女体美を隠さず、しかしカッコよくデザインすべき。防御力? そういうのはバリアー的なもので補いましょう。


「こここの姿はイッタイ…?」

「それが、未来世紀のフィギュアのあり方の一つです」

「こ、これが…。確かに、凛々しさと可愛らしさとエロさがアンバランスの中で絶妙な調和を醸し出しているような気がしないでもないデース。姿見は…」


天使型ヘパイストスが部屋の奥から姿見を取り出して、その前でいろいろなポーズを取り出す。

うん、まあ、女の子の体ならセクシィポーズを鏡の前で取りたくなっても仕方がないね。私も通過した道です。


『幼女のころの貴女は微笑ましかったんですがねぇ』

「幼女には幼女の素晴らしさ、少女には少女の素晴らしさがあります。年上のちょっと崩れた体型も美味しくいただけます。でも、スルメは勘弁な」


おっぱいがスルメと化した様を見るのは実に悲しい。なんつーか、その、うん。もう、萌えられないっていうか。

いや、それは今はどうでもいい。


「そのフォーム、ペガサスモードの貴女なら世界の果てまでひとっ飛びで行くことが出来るでしょう」

「ほ、本当デスか?」

「もちろんです。さあ、世界の果てを目指し、文明の新たな礎となるだろう幻の花を手に入れるのです!!」

「ま、なんだかよく分からないデスが、なんとなく行かなければという気がしてきたのデース。分かったのデース、私は今、音を置き去りにするのデース!!」


私の言葉にまんまと乗せられた…、じゃなくて、賛意を示した天使型ヘパイストスは、神殿の外まで軽快に駆け出す。


「素晴らしいのデース、この身体、ものすごく軽快に走れるのデース!!」





両脚に深刻な障害を抱えて生まれ落ちたヘパイストスにとって、新しい肉体の正常、いや、通常のそれを上回る優れた脚が生み出す軽快な走りは新鮮なものだった。

まるで、今までの肉体は鉛の塊だったかのよう。醜く、愚鈍な肉体に捕らわれていた自分はもうこの世界にはいない。

体が軽い…。こんな幸せな気持ちで走るなんて初めて…。もう何も怖くない。

そして、バックパックに接続するスラスターから青い炎が噴き上がり、驚くほどの、しかし不快と思わない、むしろ戒めから解放されるかのような加速度を体に受けながら、ヘパイストスは重力の楔を振り切った。





『彼女…と言っていいのか分かりませんが、あの子、微妙に死亡フラグを立てていきませんでしたか?』

「第3話じゃないから大丈夫ですよ。ともかく大勝利です。次に行きましょう」

『でも、良かったんでしょうか。ヘパイストス神を一人中央アジアに行かせてしまって』

「無問題無問題。あのヒトもバカじゃないでしょうし、タンポポ採取するだけですから、さほど問題はないでしょう」


シルクロードが成立しているかどうかという時代ではあるが、一部の変わり種のギリシア人が到達している可能性のある土地ではある。

その地にすむというイッセドネス人は人食いの習慣があるというが、神様なら大丈夫だろうし、その向こうにいる単眼人種も大丈夫だろう。

そう、この時の私には知る由もなかった。太陽神を信仰する彼の土地の人々の間に、機械の女神なる新しい技術神への信仰が芽生えるという未来など。




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天使型あーんばるがいいと思うの!

CVは口調的に東山奈央あるいは上坂すみれ かもしれん。阿澄佳奈という線はないでしょうたぶん。

予想以上にヘパイストス関係の話が長くなったので(8500文字オーバー)、投稿します。どうしてこうなった。アフロディーテ出す予定だったのに。





[38545] 017
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:5ba030de
Date: 2015/07/17 23:38
「ほんと…、なんで私、いつもこんな扱いなのよぉ…」

「まあ、元気出してくださいよ…」

「そりゃあね、浮気したことは認めるわよ。でもしょうがないじゃない? あの男、私の顔見るなりビッチとか言い放つの、失礼にもほどがあるでしょっ? 聞いてるっ!?」

「おっしゃるとおりでございます」


ブロンド髪の目の覚めるような美貌の女神が目をすわらせて愚痴愚痴と同じような話を繰り返し、私は気のない返事を繰り返す。

いや、まあ、美人は見ていて眼福なんだけれども、延々と愚痴を聞かされたいとまでは思わない。絡み上戸か…。テキーラ出すんじゃなかったな…。

さて、美の女神アフロディーテである。

なんというか、その華々しい肩書とは裏腹に、神話においては妙に扱いが悪い事で定評のあるアフロディーテさんである。

クロノスによって切り落とされたウラヌスのポコ○ンから生まれたとかいう、卑猥極まりない誕生譚。

オリュンポス十二神の1柱にも関わらず、自分とまったく関係ないところで起こった親子喧嘩のとばっちりで、勝手にキモオタとの結婚が決まったり。

この世界の時間軸ではまだ起こっていないけれど、殺されそうになった息子を助けるために出向いたら、息子を殺そうとした男(アテナの加護付)に泣かされたり。

ヘラなどよりも遥かに上位の、古代メソポタミアの偉大な女神を起源とする彼女に対する扱いとしては、まあ確かにあんまりと言えばあんまりと言える。

でも、私を巻き込まないで欲しいんだ。お願いですので、そういうのはアレスとかを相手にですね…。


「こんなこと男に話せるわけないでしょっ!!」

「アッハイ」


テキーラが注がれたグラスをドンとテーブルに叩きつける酒乱…ではなくて駄女神…でもなくて、美の女神アフロディーテ。


「ううっ…もうなんでなのよぉ…。私が何をしたっていうのよぉ……」


そしておいおいと泣き出した。泣き上戸も入ってるのか…。

いや、アンタも割と色々やらかしてますからね。つーか、私の人生を狂わせようとしたの、貴女ですからね。

貴女の愛人だったアドニスの母親についての顛末とか、正直ドン引きするほど最悪ですからね。


「お゛がわ゛り゛っ!」

「飲み過ぎですよ…」


いったい、どうしてこうなった。





事の発端はおよそ一時間前、私たちが巨蟹宮を踏破し、獅子宮に至った頃にまで遡る。

この辺りまで上ると、オリュンポスのもう少し上の方から強力な神々の気配、そして大兵力の集結を感じ取られるようになり、私たちに緊張が走った。

女一人を迎えるには過剰な兵力集中。それが獅子宮の向こうの処女宮のあたりから感じられる以上、そこに陣をはるのは間違いなく女神アテナだろう。

軍神たる彼女の領分は直接戦闘ではなく、軍団を率いた防衛戦である。準備はしてきているが、厳しい戦いになるかもしれない。

そんな中、私たちが至った獅子宮。そこで私たちを迎えたのは大量の悪質なトラップの山だった。

落石、落とし穴、突き出す槍、飛び出す矢、降りそそぐ毒蛇、呪いのエロ本。

ほとんどの罠は魔法的な手段で解除したものの、エロ本はヤバかった。皆さんも身に覚えがあるだろう。

小学校の下校の道すがら、高架下の隅に無造作に放棄されたエロ本の山。好奇心にあてられて、拾ってページを捲ってしまうことは我々には避けられない。

そしてそれをクラスの女子とか好きな女の子に目撃される悲劇。男子ってサイテー。

凶悪極まりない罠を掻い潜り、多少の尊厳を失いつつ、私たちはとうとう獅子宮へと辿り着く。そこで私たちを迎えたのは、


「良くここまでたどり着いたわね下郎ども、褒めてあげるわっ」


あまりにもテンプレート過ぎる金髪の悪役令嬢の高飛車なドヤ顔だった。


「捻りがありません。やりなおし」

「ちょっ、いきなり何なんなのよアナタっ!?」


感情の起伏が豊かな悪役令嬢…じゃなくて、女神ですね。ふむ、しかしこの女神はおそらく、


「アフロディーテ様ですか」

「正解」


私の呟きにアルテミス様が頷いた。ちょっと不機嫌そうな顔なのはどうしてなのか。

しかしなるほど、確かに美の女神を名乗るだけあって美しく華やかだ。男が好みそうな抜群のプロポーションも備えている。

高飛車な態度が異様に似合う派手な容姿。他の女を蔑むような性格の悪そうな瞳。上品とはいえない派手な服装は、派手に遊んでそうな金ぴかな雰囲気を醸し出している。

よって私のこの女神への第一印象は『スイーツの極み』である。なんつーか、粗製乱造されたヒロインのライバルキャラ(踏み台)になってそう。

と、アグロディーテは私たちをよそにアルテミス様に視線を向ける。まあ、同じ女神なんだしそれが自然なんだけれども。


「てか、アルテミス、なんでアンタがここにいるのよ」

「成り行きというやつだ」

「何が成り行きよ。野蛮が似合うアンタがそいつら止めなくて、いったい誰が止めるっていうのよ。ちゃんと仕事しなさいよ」

「うるさいな。お前は私のお母さんか」

「違うわよっ。なんで私がアンタの世話なんてしなきゃならないのよ! …そうじゃなくて、仕事の話しよっ! アンタ、ゼウス様に双児宮を守るように言われてなかった? それがどうして、そいつらと一緒にいるのよおかしいでしょ! アンタがちゃんと働いていれば、私が矢面に立たなくってもよかったのにっ」

「キーキー煩いなお前は。シワが増えるぞ」

「ふっ、増えるかぁぁっ!! 私は美の女神なのよっ!!」


うわぁ、すごく仲が好さそう。

面倒くさそうにあしらおうとするアルテミス様とキンキンとした声で憤慨するアフロディーテ。女のヒステリーは見るに堪えませんね。

ものすごく仲の良さそうな2柱を尻目に、私たちはとりあえず相談タイム。


「噂には聞いていたが、良い女だな」

「おや、ヘラクレスさんはああいう女性が好みですか?」

「組み伏せたくなる」

「いちおう、相手は十二神の1柱なので自重してください」

「む、そうか」


残念そうな表情の両方いける危険人物なヘラクレスさん。つーか、ヘラクレスさんとアフロディーテの間に子供が生まれたら、ものすごい英雄が生まれそうですね。

アフロディーテの子の中でも名高い英雄といえばローマの建国者にして、名門ユリウス家の祖たるアイネイアスである。

建国の祖であり、名門中の名門の祖を輩出したということもあり、ローマ帝国における彼女の信仰は非常に高まったのだとか。

アレスもそうであるが、ギリシアで冷遇されていた神々が、その後継とも言えるローマ帝国において篤く信仰されたというのは、なんとなく面白い。

まあ、ローマ人の節操のなさは有名なので、オリュンポス十二神のうち今いち人気が出なかったのはデメテルさんぐらいだ。

あのヒト、本当に不憫だな…


「それはともかく、早くアレをなんとかすべきだろうメディア。殺るのか? 今すぐ殺るのか?」

「アタランテちゃん、今回は嫌に殺る気まんまんですね。アフロディーテ様に何か恨みでもあるんですか?」

「いや、特には。ただ、なんとなくムカムカするんだ」


なにそれ野蛮。まあ、このメンバーなら非戦闘員の女神ぐらいフルボッコで快勝できるでしょうけど、あの女神は恨みを買うと厄介な性質なので、できるだけ穏便に済ませたいですね。

美の女神たる彼女の権能は《恋愛》だ。恋愛脳(スイーツ)なのである。正史における魔女メディアをイアソンに一目惚れさせたのも彼女だ。

魔法防御高そうな魔女メディアの心さえ意のままに干渉したかの女神が本気を出せば、親子同士の近親相姦だってスーパーフリーなのだから恐ろしい。

事案発生、マザーファッカー。間違いなく人生ブレイク工業である。


「では、どうするのであるか?」

「私にいい考えがある」

「どうせ、また物で釣ろうという魂胆じゃろ?」

「何故ばれたし」


ダイダロスの疑問に自信満々の顔で答えたら、幼女から容赦のないツッコミが来たでござる。

というか、またかという呆れたような表情はやめてもらいたい。いいじゃないですか、今まで上手くいったのなら、これからも上手くいくはずです。


「それ、ヒューマンエラーの原因」

「経験則ですよイカロス。新しいものが必ずしも良いわけじゃないんです」


昨日大丈夫だったから今日も大丈夫。すばらしきかな事勿れ前例主義。非効率でも、安全性に問題があっても、今まで大丈夫だったら今回も大丈夫。

つーか、アフロディーテは一番即物的だろうから、モノで釣るのが正解なのだ。一番難しいのがアルテミスとかアテナなのだし。


「今度は何をつかうんだ?」

「トマトとパプリカ、トウガラシですかね」


本当はチョコレートを投入する予定だったが、まあこれでもいいだろう。何処からともなく、私はザル一杯の野菜の山を取り出した。

新大陸を代表する野菜といえば、トマトである。ジャガイモほどのインパクトを与えたわけではないが、ヨーロッパにおける料理にあり方を根底から改変した野菜の一つだ。

パプリカは日本ではピーマンの陰に隠れて最近まで広まっていなかったけれども、ハンガリーにおいて非常に重要な野菜となった。

まあ、そもそもピーマンそのものがパプリカの一種であるのだから、アジアにおいても重要な野菜であることに違いない。

トウガラシについては言わずもがな。人類の味覚における《辛さ》を規定する香辛料だ。これがなければ、辛い=赤い=熱いのステレオタイプは生まれなかっただろう。

新大陸原産のナス科に属する野菜の代表格。この3つの野菜が基となる暖色がなければ、人類の食卓からは華やかさが大きく失われたはずだ。


「あら、すごく綺麗な色の実ね。これが私への貢ぎ物?」


いつの間にかアフロディーテがザルを覗きこみに来ていた。

目にも鮮やかな赤色、黄色、橙色の肉厚のベルのようなパプリカに、丸や楕円の真っ赤なトマトたち。

旧大陸のどれも変わり映えしない色の野菜とは世界が違うという印象をダイレクトに与えるそれらに、彼女は興味津々のようだ。


「貢がれることが前提ですか」

「当然でしょ。私は美の女神よ。美女を求める全ての男たち、美しさを求める全ての女たちが私の前に傅くのよ」


ハハ、この恋愛脳(スイーツ)、殴りたい。


「美味しいのかしら?」

「生では好き嫌いが分かれるんじゃないですかね」

「そうなの?」

「では、料理を振る舞いましょう」


トマトとパプリカは過熱してこそ味が出る。生のトマトも悪くはないが、品種改良されていないそれは青臭さが目立つだろう。カプレーゼ美味しいですけどね。

というわけで、クッキンタイム。何処からともなく巨大な大釜を取り出して、魔法の火にかける。


「どうしてここからパイが作られるのか未だに分からない」「気にしたら負けじゃろ」「こういう、過程を飛ばすやり方は好みではないのである」「でも、原理は気になるかも」


好き放題言うギャラリーを横目に、大釜を煮立たせる。さあ、勇気を出して包丁を微塵切りだ…、あれ? 違ったかな。タマネギは必須だから大筋では同じはずだけど。


「へぇ、面白いわねこれ。貴女、本当にまだ人間?」

「人間の血は一滴たりとも流れていませんが、カテゴリー的には人間だそうですよ」


ギリシア化されていなければ、おそらく土着の女神だったのだろうけど。まあ、今さらな話なので、どうとも思わないが。

ともかく、料理にために食材を大釜に投入していく。ポティトォ、トメィトォ、タメィゴォ。

毒々しい液体がポコポコと泡立ち始め、放電するとかどう考えてもヤバ気なエフェクトと共にオーロラのような光を発し始める。


「おぬし、いったい何を作っとるんじゃっ!?」

「え、普通に料理しているだけですよ」

「何かおかしな事になってる?」


幼女ペリアスが何らかの危機感を覚えて叫び声をあげるが、私とアフロディーテは何言ってんのこの幼女? という表情で首をかしげた。

その時のペリアスの表情は「あ、ヤバいこいつらメシマズだ」と言わんばかりの分かりやすいものだった。

失礼な。私はただ、フォーマルなやり方よりも素晴らしい方法を思いついて実行しているだけです。


「そういえば、あのキモオタもそうだったけど、みんな私の料理にケチつけるのよね。ちゃんと食べてくれたのはアレスだけだったわ」

「それはそれは…。ところで、作ったものを味見したことは?」

「ないわ」

「ですよねー。相手のために作ったものを、自分で食べるなんてナンセンスですよね」

「あら、話が合うわね」


いえ、貴女と同じにしないでいただきたい。私は話を合わせているだけですので、仲間意識とか迷惑ですから。

ポイズンクッキングとか前世男の私からしたら大罪に等しいカルマである。

野菜を洗剤で洗うまでは許そう。残留農薬問題に敏感なんですねで済む問題だ。大陸の住人たちの間では常識らしいし無問題といえよう。

コメを洗剤で洗うのは…、うん、しっかりすすいで下さいね。界面活性剤が残らないなら、まあ、セーフ。

え、この農家から貰ったお米に茶色い色がついてるから漂白したい? それ、玄米です。その塩素系しまってください。気になるなら精米してくださいお願いします。

ほう、隠し味にコーヒーですか。オシャレですね。いいですねブルーマウンテン。でも、その隠し味、隠しきれていませんよ、つーか、もう、口の中が苦みしかない。

それと、焦げ過ぎを注意したからと言って生という逆切れは勘弁してください。半生とか、もう、食感がヤバい。お腹壊します。つーか、加減というものを知れ。

なるほど、健康に気を使って体に良い野菜をふんだんに使用したと…。すみません、それなら私の精神の健康にも気を使ってもらえませんか?

ふふ、一部のリア充の方のトラウマを刺激してしまったでしょうか。でも、恋人ならまだマシです。これが母親だったなんて事だったら目も当てられません。

下手すると、初めて食べたインスタント味噌汁の美味さに涙を流すことになります。この味噌汁、これちゃんと塩の味がするとかそういうの。

はは、このカップ麺すげぇ旨ぇ。今の世の中は、こんなにも旨いものが家で簡単に食べられるんだね。僕、初めて知ったよ。かがくのちからってすげー。

減塩も 行きすぎたなら 不健全。

それはともかく、小麦粉や豚肉、牛乳や様々な野菜、塩やスパイス、ハーブ類、オリーブオイルを無造作に釜の中に放り込み、大きなしゃもじで混ぜ混ぜすること15分。

大釜内部の液面下の謎空間で料理がこんがりと焼きあがっていく。うん、そう、焼きあがるのだ。

訳が分からない?

はは、考えてもみなさい。オッサンを美少女に変えるこの炉心の中でまともな物理現象が起こっているわけないじゃないですか。

ちなみに、液面は高エネルギー中性子が外部に漏れないための結界です…って言ったら信じちゃいます?


「というわけで、完成です」

「あら、すごくいい香りね」


しゃもじで液面の下から掬い上げたのは、こんがりと焼きあがったトマトをふんだんに使ったピッツァ、パプリカに肉などの具を詰めたドルマ、具だくさんのラタトゥイユ。

地中海系の料理でまとめてみました。


「さあ喰らえ。近世近代現代にかけ新大陸を蹂躙搾取した果てに生み出された20世紀の料理の洗練を味わうがいい!」


そう、そうして私は女神アフロディーテに料理を振る舞ったのだ。会心の出来だった。

珍しい食材。トマトの酸味と旨味、トウガラシのアクセント、パプリカの食感。それら初めての感覚に美の女神も目を丸くした。

もちろん美食には酒がつきものだ。ワインは当然として、新大陸の産物から作られる珍しい酒も用意した。

完璧だと私は思っていた。女神は大変満足しているし、これらの野菜が美容や健康に貢献することを知ると、さらに喜んだ。酒もすすんだ。

そう、酒もすすんだのだ。

そうして、話は冒頭に戻るのである。





「わたしだって辛いのよ…、なのにアイツらときたら私の事…、うっ、ぐぇ…、うぇぇぇぇぇぇん」

「ええええ、分かりますとも」

「も゛う゛一杯」

「もうお酒やめませんか? 体に悪いですよ」


おかしい。いったい、私は何をやっているのだろうか。

私の横には酔いつぶれた美の女神。バーのカウンターの向こうで何故かイカロスがグラスをキュッキュッと布で拭きあげている。

おっかしいなー、何で私、一応敵のはずのアフロディーテの頭を撫でてるんだろう。そして、なんで延々と愚痴を聞かされているんだろう。


「もう男なんて最低よぉぉぉ」

「いや、愛と美の女神が何言ってるんですかね。つーか、貴女には恋人いるじゃないですか」


飛び切りのイケメンの武神が彼女の愛人だったはず。まあ、イケメンって言っても残念なという枕詞が付く類であるが。

ちなみに、この二人の間に生まれた子供たちはいずれも、なんというか、《敗走》と《恐慌》の兄弟に、報われない運命の娘《調和》の3人で、正直、どこまでギリシア人はこの二人の事嫌いなんだろうって思わずにはいられない感じ。


「でも、アイツ、戦争にしか興味ないし…、私の事ちゃんと考えてくれてるのか分かんないんだもん……」


なるほど、《だもん》と来たか。順調にアルコールが回っていますね。もう酔いつぶれて寝てしまえよ…。

それはともかく、なんでよりにもよってアレスに惹かれたのだろう。相性がすごく悪そうで、接点もなさそうなのに。


「いやその…、落ち込んでた時に優しく声をかけてもらって……」

「うん、それで?」

「えっと、その、それだけなんだけど……」

「ちょろいなお前」


話を聞いていけば、なんという惚れやすさ。攻略難易度がマイナスに突入しているほどのチョロさである。チョロインである。

とはいえ、この辺りについてはギリシア神話独特の事情も絡んでいる。つまり、上位に属する女神たちの貞操観念の高さである。

オリュンポス12神あるいはそれに比肩する女神のうちアテナ、アルテミス、ヘスティアは処女神であり、当然、妊娠出産は不可能だ。

さらに、神妃ヘラは貞節の女神故にゼウスとの固定カップリングで、冥界の女神ペルセポネは基本的にハデス一本である。

このあたりで、メジャー級の女神で残っているのは我らがヘカテー様と、女神デメテル様、そして女神アフロディーテぐらいになってしまう。

ここでヘカテー様は地母神としての性質があるにもかかわらず、死や魔術と言った暗い側面が強調されているためか、その血を受け継ぐ子供についての神話はほとんどない。

デメテル様も同様なのかどうなのか分からないが、ペルセポネや名馬アレイオンなどの3人ぐらいと、豊穣神にもかかわらず、それほど子だくさんとは言えない。

で、その辺りのアンバランスさの犠牲になったのがアフロディーテともいえる。彼女はとにかく多くの男と夜を共にし、子を産んだ。

これはゼウスのケースと同様で、ギリシアの諸国家の多くの名家や王家が自らの血統に神の血を入れたいと願った結果であろう。

それはある意味において、初期の古代ギリシアにおいて彼女に比類なき人気があったことの証左ともいえる。

そもそも同じルーツをもつアスタルテなどは、カナン地域においては多産の属性を持つ豊穣神であったから、過酷な古代世界では盛んに信仰されていたとしても不思議ではない女神である。

が、後世、ギリシアにおいて都市化・文明化が進み、知識人や権力者たちがオサレになっていくと、そういった原始的な多産への信仰はむしろ淫乱として忌み嫌われていくこととなる。

たくさん子供を産んで少しでも生き残りを模索した時代の正義は廃れ、人権とか倫理とか甘っちょろい思想が支配的になった時代に、彼女の属性はむしろ避けられるものとなってしまったわけである。

とはいえ、美の女神という属性は未来世紀においてこそ需要のある信仰だ。彼女に必要なのはイメージチェンジ。新しい属性の開拓である。

すなわち、女受けを良くすると、いい感じになるんじゃね的な。


「つまり、貴女に必要なのは女友達です」

「へ? いきなりなんなの?」

「僕と契約して友達になってよ」

「ちょっとまって、文脈から事態が判断できないわ」


私の唐突な勧誘に、女神アフロディーテは戸惑うように手のひらを前に突き出して待ったをかけ、コメカミを抑えながら考え出す。

いや、そんなに難しい事を言ってるわけじゃないし。もうちょっと健全な人間関係、いや、神間関係? を構築しましょうという提案なのである。

ぶっちゃけ、ギリシア神話における女神たちの人間の言動に対する過激な反応は異常だと思う。メドゥーサの件にしかり、アラクネの件にしかり。

確かに嫉妬から相手を貶めるというのは、女子にありがちな傾向でむしろ人間臭いリアクションで、人間臭いギリシアの神々らしいといえばらしい。

でも、なんというか、それってむしろ余裕がないように見える。正直に評するなら、ものすごくかっこう悪い。ダサい。醜悪極まりない。


「それと、友達とどういう関係があるのよ」

「いや、そういう極端な反応って精神的なゆとりが不足してるからだって思うんですよ」


We need ゆとり。ゆとり教育の理念そのものは間違ってはいなかった。受験ありきの詰め込み教育の限界は6年も英語勉強させながら全く身につかない事からも明らかだ。

いや、これは違う話か。

まあ、あれである。そういう、余裕とか威厳とかない行為というのは、日常に楽しみがないからだ。だから、つまらない事に目くじらを立ててしまうのである。

そういうのは、もっと健全で面白い方向で発散すべきなのだ。人間の不用意な言動に対して罰するにしても、もうちょっと遣り方があるだろう。

3の倍数でアホになる呪いとかそういうの。

なんて言葉を吐いてみると、女神さんはいったい何がツボに入ったのか、肩を震わせ笑い始めた。あ、笑い上戸入ってましたか。


「ぷっ、3の倍数でアホになるって、くくっ、なんなのそれくだらない」

「おかしいですね。3300年後には世界中で流行るんですが」

「何なのそれ。未来の人間って相当頭わるいんじゃない?」


いや、そこまで体震わせて笑いながら言っても説得力のかけらもありませんからね。

そうして、美の女神(笑)はひとしきり笑い転げると、我に返ると共に自分の失態に気が付き、そそと服と髪の乱れを整え、


「ま、まあ、それなりに楽しめたわ」

「そりゃあ、良かったです」


取り繕ったような言動。なるほど、高慢ちきに見えて実は加虐心をそそる性格か。この容姿でこの性格ならさぞDQNにモテるだろうさ。


「褒美として、ここ、大人しく通してあげるわ」

「はい、ありがとうございます」


ふむ、ようやくクリアか。神殿による結界が解かれ、さらに上へと続く山道への道が開かれる。

正直気疲れしたなーなんて思っていると、何やらアフロディーテ様、顔を赤らめて何か構って欲しそうに、チラッチラっとこちらに視線を向けてくる。

分かりやすいな。ツンデレまで実装したか。


「何でしょう?」

「べ、別にっ。ただ、その、あれよ。さっきの話だけど」

「はぁ」


しかし、彼女はもじもじと、重ねた両手の指をくるくると弄びながら、視線を泳がせて黙り込む。

しばらく、そんな風にじれったい感じで黙り続けた後、ついに一念発起したように口を開く。


「そ、そのねっ、と、友達になってあげなくはないっていうか…。べ、別に貴女の話を真に受けたからってわけじゃないのよ! そこのところ勘違いしないでよね!」

「ちょろいなお前」


安易すぎるそれに、思わず私はつっこんだ。







山頂の神殿から抜け出してしばらく、今は人馬宮のあたり。眼下にはここからでも分かるほどの軍集団の気配。

オリュンポス十二神ほどではないものの、神々の席に名を連ねる兵達の熱気がここにまで伝わってくるようだ。

それらの神々は白銀に輝くオリハルコン製の兜と胸甲、脛当て、円盾といった防具で身を包み、鋭い槍を手にしている。

兵達は大きく二つの集団を形成しているようだった。

一つは異様な熱気を孕み、雄叫びをあげて士気を鼓舞し合う、天変地異を体現したかのような暴力的な集団。

もう一つは軍隊にもかかわらず、まるで砦を築くかのように土塁を盛りあげ柵を立てる、しかし、異様なほどに統制がとれているように見える集団。

二つの軍集団併せておよそ総勢1万柱。

同時代のエジプトとヒッタイトの衝突において動員された兵員が双方合わせて5万程度と考えれば、この時代のギリシア世界における軍勢規模としては十分すぎる大軍である。

確かに彼女はしぶとかったけれども、ここまでしなければならない相手だったか。


「やり過ぎじゃないかしら」

「何だか楽しそうなコト起こりそうだねっ、ヒャッハーッ!!」


私は場違いに飛んだり跳ねたりして何故か知るはずのない梨の妖精を彷彿とさせる変態を意図的に無視して、眼下の軍隊を見下ろし佇む。

すると、後ろから聞きなれた声が私を呼びかけてきた。


「どうやら、気になって仕方がない様子だな。ヘラよ」

「ごきげんよう、兄上」

「ポセイドン伯父さんチッスっチッスっ!」


円筒形の上部に半球を乗せたものに短い手足を生やした得体のしれない存在を無視して、私は白いあごひげを生やした大柄の体格の良い老神に挨拶をする。

海神ポセイドン。夫ゼウスの兄であり、また数少ないゼウスに匹敵するほどの権能を持つ強力な神だ。

ゼウスが天を、ハデスが冥界を司るなら、彼が司るのは現世そのもの。

海神としての属性を有するがそれは後付けの権能であり、元々の本質は大地に関わるもの。故にその力は天変地異を自在に引き起こす。


「アテナは随分と本気のようだな。他の神殿から人員を全て引き抜き、あの処女宮の守りのみに兵力を集中しておる。しかも、後方に予備兵力を置く周到さよ」

「大人げないねっ! もっと楽しいことしようよ! しゃるうぃーだんす?」


私たちは場違いに飛んだり跳ねたり奇声を発したりする変態を意図的に無視して、二人で会話を始める。

つか、コイツは梨じゃなくてむしろ葡萄なのに、どうして梨を思い浮かべたのか。わけがわからないよ。

……さて、本来ならあの1万はすべてアテナが率いていたのだという。

金床となる神殿の守りにより敵を拘束し、何かあれば結界の内側に伏せた予備兵力を投入する布陣だったのだとか。

簡易ながらの野戦陣地と立てこもる数千の大軍をどうにかするのは困難であるし、攻めてがどうにも手出しできない処女宮の向こう側に伏せられた予備兵力も厄介な問題となる。

そして、その準備のためにアフロディーテの残る獅子宮にいくつかの罠を設置し、メディアたちの足止めを行ったのだ。

罠というのはいくつかあれば、他にもあるのではという疑念を抱かせるので、多少の足止めには効果があっただろうとのこと。


「が、あの馬鹿者がアレスにも兵を与えてしまってな。あの通りの戦力分散というわけよ」

「ちょっと、僕の事ムシするわけ? 酷くない酷くない? 僕泣いちゃうよ?」


アテナはアレスの軍を伏兵とし、陣地での敵拘束の後に突入するように交渉したようだが、空気の読めないアレスは一番槍を頑なに主張した。

アテナはそれに折れて、というか諦めて、当初計画に拘るか、あるいはアレスの何も考えていない突撃に併せた攻勢戦術に切り替えるか迷ったようだが、

守りの陣地を捨てた場合、少数精鋭と思われる敵側に浸透突破を許す危険性を考慮に入れた場合、安易に野戦による決戦という手段はとることができなかったとのこと。

そして、ごらんのありさまだよ!


「侵略戦争を司るアレスと防衛戦争を司るアテナ、共同戦線を張ることは出来なかったということね」

「アテナちゃんもアレス君も仲良くすればいいのにねーっ。そうだっ、一緒に踊れば仲良くなれるよ。ひゃっはー!!」


敵の拘束からの包囲は戦術の基本であるが、二つに分けた軍の連携がうまく取れない場合は各個撃破されるのがオチというもの。

機動戦力が何よりも先に突出してどうするんだっていう。

ヘラは余りのグダグダさに思わず頭を抱えた。


「それはともかく、アテナは処女宮に?」

「いや、姫さんは陣頭指揮をとっている。処女宮に入っているのはヘスティアだ」

「一つの領域に3柱が守りにつく。本来は必勝の構えのように見えるのに…」


女神ヘスティアはゼウスの取り計らいにより処女神でいることを許されているため、基本的にはゼウス側の神である。

神々にあるまじき比較的まともな性格の持ち主故に、アテナからの信頼も厚い。武力の方はいまいち期待できないが。


「ねぇねぇ、返事してよっ! 葡萄汁ブッシャーしちゃうよっ!!」

「いいから黙りなさいディオニュソス」

「ぷげっ!?」


いい加減うっとうしくなってきたので周囲を飛んだり跳ねたりしている変態を殴って黙らせると同時に、眼下の軍勢に動きがあったのに気付いた。

そろそろ始まるようだ。

私は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。



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アフロディーテ。DQN派手系美人、高慢ちき、ビッチ。これにチョロイン、ツンデレ成分を添加してみた。

男遊びが好きなのではなく、簡単にホイホイされる系として描いてみます。処女ビッチ・縦ロールは神話設定上泣く泣く却下したもよう。

ディオニュソス…、いったいどうしてこんなことに……。(´;ω;`)ブワッ

ついさっきまで存在を忘れていたんですよ。プロット上でも一切触れられてなかったよ。だからってこの扱いはあまりにも酷い。こんなの絶対おかしいよ。






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Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:5ba030de
Date: 2015/08/09 12:01
「さあ、天下分け目の天王山だ! 初戦は恐怖の体現者、軍神アレスが率いる神々の軍団がメディア姫一行に立ちふさがるよ! さあ張った張った。オッズは女神アテナ1.2、メディア姫3.0、軍神アレス1200だよ!!」


処女宮の入り口の正面に構えられた本陣。本陣の中央にて静かに時を待つ私の耳に、兵たちの声に交じってヘルメスの賭博に誘う声が響くのを耳にする。

我らが父の先触れとして行ったくせに、早々丸め込まれて今やトトカルチョの総元締めである。

しかし、どうしてアレスのオッズが桁違いに高いのか。


「アテナ様、ヘルメス様を止めなくてよろしいので?」

「良い。アレはああしているのが正しいのです」


ヘルメスの声を耳にして、機嫌を害したように陣内の神の一人ペルセウスがそれを咎める内容の言葉を口にするが、私は構わないと首を振る。

あれはなんとも不真面目ではあるが、その不真面目さがオリュンポスを何度も危機から救ったことを考えれば、責めるに責めることは出来ない。

そも、あれは搦め手を駆使するタイプなのだし、ああいうのがいなければ諜報というのは成り立たない。

防衛において情報収集と攪乱は必須であり、それを専門とするヘルメス神の重要性は十二神の中でも抜きんでている。

それに、このような直接的な遣り取りに至ってまで彼を動かすことはないだろう。というか、そうでなければ我々軍神の存在意義が問われる。


「しかし、この分では我らの出番はありますかな?」

「油断してはいけない。向こうにはかのヘラクレスがいる。あの魔女の姫君の魔法でアレスの大軍を惑わし、少数精鋭で忍び込んでくる可能性は否定できません」

「なるほど、確かに我が末裔は私自身が驚くほどに優れている。メディア姫の卓越した魔術の助けを受ければあるいはと言うことでしょうか」


正面から戦うならば、アレスの軍勢の半数で足りるだろう。本来ならば。

だが、気にかかるのは彼女が準備期間に収集した怪物どもの死骸についてだ。もし彼女がアレを呼び覚ますのだとすれば、この軍勢の規模はむしろ頼りないほどと言える。

もちろん、エトナ火山に今のところ大きな動きはなく、タルタロスに異常が生じているという報告は受けていない。

だが、あの魔女が無策でこの聖域に訪れるとは思えないのもまた事実だ。

故に正道で、数と地の利を生かすことでこれを正面から打ち破ることを選択した。

アレスの軍と連携できない事は痛いが、しかし、5000もの神々の軍勢が揃っているなら話は別だ。

その多くは武闘派の神々、あるいは過去に英雄として名を馳せたことで天に召し上げられた半神半人たちであり、ヘラクレス程ではないものの十分すぎる戦力を有している。

下手に策を弄する必要もない戦力差。どれほどヘラクレスが優れた戦士であろうとも、ペルセウスといった英雄達を複数相手にできるほどではない。

勝ちの見えた戦い。

しかし、だからこそ警戒する。これだけの戦力差をそっくりひっくり返すような何かがあるのではないかと。


「アテナ様、ご覧ください! メディア姫一行が獅子宮からっ」

「予想よりも早いですね」

「罠が上手く機能しなかったようです」

「なるほど…。やはり一筋縄ではいかないかもしれませんね」


魔法を駆使して隠蔽した罠がいとも簡単に破られた。恐るべき魔法の力だ。流石は魔術の女神ヘカテーの弟子というわけか。

血統においても神の席に名を連ねるだけの神性を持ち、零落した女神という側面を有する以上、魔法の腕についてはさらに警戒すべきだろう。

とはいえ、それでも地の利や数の上で絶対的な優位にあることは変わりない。

メディア姫一行の中に彼女やヘラクレス以上の力があると思われる気配は感じられず……、いや待て、あの蜥蜴は何だ!? なぜ今まで気が付かなかった!?


「いかがしましたアテナ様?」

「馬鹿な…、何故今の今まで気が付かなかった!? 早急に調査をっ、メディア姫の頭上にいるあの蜥蜴の正体を探りなさい!!」

「え、蜥蜴…? それは一体……、いや、居た。なんだあの蜥蜴は…? なぜ今まで気が付かなかった? 斥候っ、あんな蜥蜴は報告になかったぞっ!!」

「え、いや、馬鹿な…。そ、早急に調べますっ」


声を荒げて指示を出す。なんだアレは。あんなモノ、いつの間に現れた? 彼女らがオリュンポス山に入山するタイミングで放った斥候からも、そのような報告は受けていない。

だが、異変はさらに続く。

獅子宮神殿の前でメディア姫が何かを土にばら撒いた途端、大地から殻を突き破るかのように骨だけの腕が突き出し、まるで最初からそこに埋められていたかのように骨の異形の人型が立ち上がりだした。

そして、その異形はさらに何かを大地にばら撒き、同じように大地からそれらは現れる。繰り返されるその行為により、異形は級数的な速度で増殖を開始する。


「あれは…竜牙兵(スパルトイ)!?」

「なるほど。そんな方法で数を揃えに来ましたか」


ネズミ算式に増えていく竜牙兵を前に全軍に動揺が走る。

これは予測していなかった。いや、そもそも予測しろという方がどうかしている。そもそも、竜の牙というのは貴重であり、あれだけの数を揃えるなど常識的にありえない。

だが、常識的にありえなくとも、現実にそれは実現している。認めなければならない。あの魔女はあろうことか、世界の均衡を左右しかねない力を手にしている。

ならばその数の力は偉大だ。

多少の質的優位など、訳の分からないほどの数の前には無力だ。覆すには百年単位で隔絶する技術的優位が必要だろう。

そして、彼我の兵の質の差にそこまでの隔絶はない。

総勢一万の神々の軍がいくら精強であろうとも、イアソンといった人間の英雄をも容易に殺す戦闘力を持った死を恐れず疲労を知らない百万の軍団を前にして、どれほどの意味を持つだろう?

加えて地理的な優位も大きいとはいえない。

今回、こちらは敵が少数であることを考え、オリュンポスでも隠れる場所や障害物の少ない視界の開けた場所を戦場に選んだのだが、明らかな裏目だ。

障害物や視界を遮るものがないのなら、軍の戦いは基本的に平押しから抜け出すことは出来ない。

そして、圧倒的に数に劣る側がそのような戦いに挑めば、大軍の側に包みこまれるように包囲されるだろう。

側面や後方を取られれば、こちらは後衛や前衛といった陣形の意味をなくし、被害は幾何級数的に増大する。

故に取れる手段は限られる。

一つは敵の増大を妨げるべく拙速に攻め込むこと。次にこの場で穴熊を決め込み弱点となる側面を無くすこと。あとは一度退いてこちらの都合の良い戦場で迎え撃つこと。

穴熊は論外だ。相手がどれだけ増えていくかも分からない中で守勢に回るのは下策だろう。

一つの竜牙兵が5つの竜の牙を大地に撒いては増殖を続けるならば、8回これを繰り返せば50万の兵が、10回繰り返せばそこに1000万の兵が誕生する。

そもそも、アレスがそのような守りの戦術に賛同するはずがない。気が短いあの男のことだから、簡単な陽動に引っかかって持ち場を離れるに違いないのだ。

つまり、苦労して作り上げた野戦陣地を放棄せざるを得ない。

無策に敵に突撃するという案はどうだろう? アレスの性質を考えれば、あの男の能力を遺憾なく発揮させられるだろうし、敵軍の増大を早めに潰せることは魅力的だ。

とはいえ、相手がそれに対抗する何らかの策を有していて、突撃の衝力が早々に失われればどうなるか。

敵の増大を妨げることが出来ないまま、多くの軍が敵中に孤立し、最終的には数で押しつぶされるに間違いはない。

一度退くという案も、結局のところ敵の増大という問題に対する解答にはなりえない。

大軍を少数で相手にする場合は地形を生かして敵を翻弄する戦術が基本とはいえ、結局は対症療法に過ぎないのだから。

敵がどの程度の数にまで増えるのかが分かっているのであれば、策の立てようもあるのだが。


「情報不足が祟っていますね…」


とはいえ、動かないことは最大の下策。兵は拙速を尊ぶ、いまだ巧みの遅きを聞かざるなり。

そもそもゲリラ戦などの非正規戦にあの弟が対応出来るはずもないのだから、私はすぐさま突撃案を採用し、アレスの陣中に向かって声を張り上げた。


「アレスっ、早急に突撃してください! あれを止めるのです!!」


が、当のアレスは私の声を聴くや否や、物凄く嫌そうな表情でこちらを睨み返してきた挙句、


「この俺に命令をするなアテナ!」 +1


などと反抗的な態度で咆え返してきた。うわっ、私の弟、無能すぎ…?

このあと滅茶苦茶敵が増殖した。







「戦いは数だよ兄貴」

「真理ではあるが、あまり好きな考えではないな」

「アタランテちゃんは真っ直ぐですねぇ」


宇宙世紀の偉い人の言葉であるが、英雄には受けが悪いようだ。まあ、単機突入で勝負を決めるのは異相次元戦闘機とか宇宙戦艦の華ですがね。

でも、最強1機と雑魚1000なら、アホでもない限り雑魚1000が勝つ。いや、だって燃料弾薬体力とか続かないしさ。

戦力をいくつかに分けて、多方面からの攻撃とか波状攻撃、陽動などの戦術は数が多いほど実施しやすくなる。

つまり大きな視点からすれば、雑魚(やられメカ)の支援あってこその主役機なのである。単機突入だって、陽動や敵主力の拘置のあるなしでは難度が桁違いに変わるはずだ。

え、主役機1000で雑魚1000を? そういう米帝(チート)プレイは他所(USA)でやってください。

…さて、目の前にはワニっぽい頭骨をした人型の骨たちの群れ。武装したそれらはカラコロという骨同士がぶつかり合う軽快な音を立てながら陣形を整えていく。

実家の元金羊毛の番竜から引き抜いた牙を元手に、大釜でクローニングして増産した大量の竜の牙から生み出されたインスタント軍隊。

数は既に50万弱。オリュンポスは霊脈の質が良いので最大6000万ぐらいまで増やせるのだけど、竜の牙の数は1200万ぐらいしか用意していない。

世界不思議大戦で有名な戦略ゲームで一つのプロヴィンスに数百万規模の軍隊がひしめき合う事があったけど、リアルで見るとこんな感じなのかしらん。


「自分でやらかしたとはいえ、すげーですねこれ」


あたり一面、骨、骨、骨。クローン戦争は地獄だぜ。21世紀後半までソ連が健在だったら再現してたかもしれんですけどね。

こんなの投入すれば、ギリシア世界どころかユーラシア全域を征服できそうなのだけど、もちろんそれは神様的な事情でアウトである。

つーかそういう事すると、インドの神話体系が超古代核兵器を実戦運用しかねないので、「やるなよ、絶対にやるなよ」と念を押されている次第だ。

ははっ、熱核弾頭がオシャレなキノコ雲を生やしているのを背景に、数千万からなる骨だけのクローン兵が前進する光景とか悪夢をとおり越して喜劇ですよね。

いや、でも、ちょっと見てみたいかも。キューバ危機当たりの時に米ソが全面対決した際のヨーロッパで一般的に見られるはずの地獄が再現できるはず。

やったね、道路が死体で舗装されて楽々パリまで一直線だよ!みたいな。


「しかしこれは…なんという……。こんな恐ろしいものが神々の戦争なのか?」

「いやー、流石にこれはインドぐらいじゃないとお目にかかれないですよアタランテ」

「インドでは起こるのか?」

「日常茶飯事ですよ?」

「恐ろしい場所だなインドというのは…」


戦慄するアタランテちゃん。

いや、誇張ってわけでもないんですがね。あるフランス人がムガル帝国を訪れた際に残した旅行記には、数十万からなる雲霞の如き数の軍隊について言及されていますしね。

生産性の高い穀物を栽培する地域の専制国家の軍隊なんて、基本そのぐらいだ。日本ですら戦国時代ではあるが、20万近い軍勢が一か所で殴り合ったのだし。

まあ、世界大戦よりはマシ。

古代では数千が関の山だけれども、一次大戦では1000万人、二次大戦では軍人だけで2500万人近くの死体を積み上げたのだから。

なるほど、統計的に見て人類は着実に進歩しているわけですね。

そうそう、未来の世界大戦といえば、この戦いのために用意したものがあるのだ。ダイダロスとイカロスにはその設営の指揮をとってもらっている。

私はアタランテちゃんと一緒にその設営状況を確認するためにダイダロスの下へ。


「上出来ですね」

「メディア姫、理論上は確かに有用ではあるが、本当にまともな検証もせず実戦に投入してもよいのであるか?」

「空を飛ばれたら、効果はほとんどない」


ダイダロスとイカロスがそんな不安を漏らす。確かにこの世界では一度も実戦経験がない、未知の兵器だ。普通は疑う。

この世に生れ出た新兵器と呼ばれ期待された兵器の多くが駄作であり、ごく一部が戦場での有用性を認められるのだから。

カヴェナンター巡航戦車とかシング対空火炎放射器とかボールトンポール デファイアントとかL85などの優秀な兵器は一朝一夕では作れないのだ。

まあ、空を飛べば弓で射落とせばいい。竜の牙や骨を使った合成弓の威力は、多少の航空戦力では突破できないはず。


「それに、時間さえ稼げればこの戦場での勝ちは揺るぎません。軍神アレスと女神アテナが本気を出して自ら出たとしても、それは望むところですしね」


ここでこの2柱を落とせば、後は女神デメテル様をとおした調略で中立となった海神ポセイドンと酒神ディオニュソス、そして契約で縛った女神ヘラのみ。

かの酒神についてはあまりよく知らないが、女性などからも多くの信仰を集める強力な神である。きっと目の覚めるようなイケメンなのだろう。

なら、ここで私の頭の上で欠伸している蜥蜴を投入してしまってもいいだろう。どうせ、アテナにはぶつけざるを得ないと考えていたし。

などと思索を巡らしていると、


「メディア姫」

「ひっ!?」


我らが大英雄ヘラクレスさんが傍に来られた。完全に戦闘態勢のお顔じゃないですか、心臓が止まりかけました。変な悲鳴出ちゃった。


「連中が動いたぞ。俺はどうすればいい?」

「ふむ、そうですね」


ヘラクレスさんが指をお指しになられた方に、私はこちらへ突撃してくる神々の軍隊を認める。

戦術もクソも何もない世紀末的ヒャッハーな突撃であるものの、士気は高いように見える。重装歩兵タイプの竜牙兵ともうすぐ衝突するだろう。

これで竜牙兵の増加は一時取りやめ、軍団を戦闘態勢に入らせなければならないが、まあ、既に竜牙兵の数は240万にのぼっている。

しかし、あの統制の欠片もない、世紀末的モヒカンを思わせる頭の悪そうな進軍はいったいなんなのか。

なんとなく、雰囲気的には女神アテナっぽくない兵の動き。


「あの脳味噌が足りない指揮は、アレスだな」

「あー、やっぱりですかアルテミス様」


特に何か感慨を浮かべるわけでもなく淡々と語る女神アルテミス様。うん、このヒト、けっこう意外に毒舌なのかしらん。


「後ろで隊列を組んで進軍するのがアテナの軍だ」

「アテナ様の軍はあまり速くはないですね」

「二人の加護の違いだろう」


なるほど、軍神アレスは士気と行軍速度にボーナスを与える加護、女神アテナは指揮統制と防御力にボーナスを与える加護といったところでしょうか。

まあ、この程度は事前に想定済みだし、開示する予定の手札だけで十分対応できるだろう。

流石に本気になったアレスについては抑えられないけど、そこは餅は餅屋ということで


「…では、ヘラクレス様。雑兵については私の竜牙兵にお任せください。貴方にはあの軍神、アレスを相手していただきたい」

「なるほど、望むところだ」

「はい。調子づいたところを横合いからぶん殴って下さい」


私はその後ろで大英雄様に支援魔法でバフを付ければいい。攻撃力や防御力、直感の冴えを上昇させてさしあげれば、軍神アレス相手に善戦していただけるでしょう。

少なくとも、時間は稼いでくれるはずだ。

……いや、流石に瞬殺はないよね? だよね?





さて、アテナとの喧々諤々の姉弟喧嘩の後、軍神アレスは軍団の先鋒たる戦車部隊を率い、敵歩兵の隊列に一当てすべく弧を描くような機動をとって疾走を始めた。

この時代の戦車、すなわちチャリオットは歩兵の集団の中に突入するような兵器ではなく、機動性を生かしたヒット&アウェイを行う速度の兵器だ。

戦車は敵歩兵の隊列をかすめるように走り、長柄武器で削ぐように、あるいは弓矢で牽制するようにして襲撃し、そして走り去る。

故にこの戦場においても、その時代遅れの基本戦術は守られた。

ところが、突撃する戦車部隊の御者たちは、竜牙兵たちの戦列の前に黒色の蔦のようなものをコイル状にして杭で固定した妙な柵を視認し、怪訝な表情となる。


「なんだ、あの妙な…蔦?」


どうやらソレは、見た感じでは固くゴワゴワした蔦のような性状のようで、棘が付いており、どうやら簡易の柵として用いられているようだった。

しかし、戦車の突撃を以てすれば簡単に踏み潰せそうだ。棘が付いているようだが、そんなもので天界の馬がどうにかなるはずもない。


「あんなもの気にするな! あの程度で我々を止められるとでも思っているのか!? 舐められたものだな!!」 +2


軍神アレスは嘲笑う。周囲の戦車兵たちも同意するように声を立てて笑い、敵の愚かさを馬鹿にした。

とはいえ、ここまで来て進行方向を変えなかったことは、基本的には間違ってはいない。

こんな場所で一時退避を命じては、ただでさえ不安定な戦車が横転したり、互いに衝突してしまう可能性だってあるのだから。

よって、戦車部隊はそのまま竜牙兵が待ち受ける陣地に突撃する。弱弱しそうに見える陣地だ。短時間で展開できそうであるが、それだけだ。

そして、神々の軍団の先鋒を切った彼らは、有刺鉄線からなる鉄条網に向かって突撃を開始した。

そして、20世紀の初め、戦争を凄惨なものに変えたとされる偉大な発明の一つが神々に牙をむいた。


「あ…?」


戦車に乗っていた男の一人がそんな気の抜けた声を上げて、今の自分が置かれている状況への理解を拒んだ。

彼の乗った戦車はコイル状の柵に突撃した。

簡単に踏み潰せると判断したソレだったが、馬の脚に棘を備える鋼鉄のワイヤーが絡みつき、馬は悲鳴を上げて転倒したのだ。

馬が倒れたチャリオットの運命など一つだ。ひっくり返るようにして跳ね上がった戦車、そして彼はまるで人間大砲に撃ち出されたかのように放物線を描いて宙を舞った。


「うわっ…うわぁぁぁぁぁぁっ!!?」


放り出され、敵兵の真上に飛ばされた男が最後に見たのは、竜牙兵らが構える無数の槍の壁が迫る光景だった。

幸運な彼はシシケバブのごとく全身串刺しとなる直前に、恐怖のあまり意識を手放した。そう、彼は意識を失っただけ幸運だったのだ。

他の多くの同僚は、彼ほど上手く飛ぶことは出来ず、地面に叩きつけられた。

敵兵の前に落ちたものは、竜牙兵の振り下ろす槍や斧の餌食となった。

少し離れた、二重三重の鉄条網の外側に落ちたなら、逃げることもできずに頭上から降り注ぐ矢に貫かれた。

神々の住まう天界に、軍隊が一方的に蹂躙されるという地獄が生まれようとしていた。


「お、おのれぇぇぇっ!! 雑魚がいい気になるなよ…っ。貴様らごとき、一瞬でひねりつぶしてやる!!」 +3


その様を見て軍神が咆える。その顔は阿修羅のごとき憤怒の表情へと変じていた。

当然の事ながら、戦神アレスの乗るチャリオットもまた例外ではなく横転していたが、彼は伊達にオリュンポス十二神の一柱ではない。

並の身体能力であるはずもなく、横転した戦車から華麗に脱出し、カッコイイポーズで着地を決めて難を逃れていた。

が、だからといってこのような屈辱を許容できるはずもない。


「突撃だ! 体を張ってあの柵を乗り越えろ! 神々の振り下ろす拳の重さを知らしめろ!!」

「「「「「Уpaaaaaaaaaa!!」」」」」


アレス率いる軍の本隊、戦士たちが燃えるような赤い闘志を叫び声に乗せ斧や棍棒を片手に突撃していく。

多くが鉄条網に阻まれ、そこで矢の雨の洗礼を受けるが、兵士たちは体を張って自らを橋とし、後続のための道を作っていく。

対して竜牙兵の軍は、槍を手にした重装歩兵で構成された部隊を先頭に典型的なファランクスを形成する。

そしてようやく、二つの勢力が正面から衝突した。





「ものすごい戦いじゃのぉ」

「こんな大きな戦争、初めて見た」


遠く前線では神々の軍と竜牙兵の大軍が衝突し、無数の骨の兵がバラバラになって宙に弾き飛ばされるのが見える。

竜牙兵は確かに弱くはないが、それでも神を名乗ることを許された相手と比較すれば強いとはとても言えない。

気分はバラライカでファイティング・ファルコンに殴りかかる感じ。やられメカが主役機になにやってんだよ的な。

なので、神々の軍は早々にこちらの軍の一部を突破し、竜牙兵の大軍を突破しようと突き進み始めている。


「大丈夫なのか? 弱いぞアレ」

「はは、心配ありませんアルテミス様。良く見てください。彼らの軍の動きを」

「……そうか」


5000ほどの神々の軍が骨の大軍を蹴散らしていくが、遠目から見れば場所によってその損耗率が大きく違うことが分かる。

こちらの軍の一部、左翼のごく一部が異様に脆く、そしてそこを誘導されるように敵軍が殺到していく様を見ることが出来た。


「使い捨てでなければ実現できん戦術じゃな」

「おや、ペリアス、そろそろ出番が欲しいんじゃありませんか?」

「はわ?」


戦場の様子を訳知り顔で評していペリアスたんに声をかけると、呆けた表情を返してきた。

まったく、この幼女はすっかり忘れていたらしい。お前にはこの私が直々に課す試練がありやがるのです。

私はペリアスの華奢な肩に両手を置く。幼女は「ひっ」とか可愛らしい悲鳴を上げるが、コイツ、元はゲスいオッサンなので問題にはならない。


「貴女も知ってのとおり、この場には2柱の軍神が揃っています。それはすなわち、この戦場がオリュンポスの最終防衛線、ここを突破すれば後は主神ゼウスの座まで障害は無いと言っても過言ではありません」

「して?」

「とはいえ、女神アテナと軍神アレスのコンビを相手にする以上、何が起こるか分かりません。そこで、先にここを突破して海神ポセイドンに接触し、相手の背後を脅かす役目を貴女に与えましょう」

「なるほ……、ふぁっ!? ななな、何を言っておるんじゃお主!? そんなの無理じゃ!」


私の言葉に慌てふためく幼女。

うん、でも、ここでヘラクレスさんが調子に乗ってアテナを倒しかけたり、あまつさえ貞操の危機に陥れてしまった場合、主神が出張してくる可能性もある。

ラスボスが持ち場を離れて出張サービスである。

最悪の事を考えれば、ここでポセイドンに接触しておきたいのだ。直接的な援護はなくとも、何か便宜図ってくれるかもしれないので。

が、ここでアタランテちゃんが話に割り込んでくる。


「待てメディア、確かにペリアスは惜しくはない命ではあるが―」

「おい、そこの野生児ちょっと表にでるんじゃ」

「単騎でどうやってあの軍を抜けるのだ?」

「いや、ワシ、単騎駆けする事決定なの?」


アタランテちゃんの懸念ももっともである。確かに、ただこの幼女を走らせただけでは、とてもじゃないが神々の軍勢を越えて行くなど不可能だろう。

そこで私はどこからともなく秘密道具めいたモノを、どこぞの青ダヌキめいたダミ声で呼びながら取り出す。


「デスルーラの首飾り~」

「ものすごく不穏な響きじゃの」


私は手にした首飾りをペリアスの首にかける。金色の髑髏をかたどったペンダントトップがキュートでポップなアクセサリーである。


「なんなのじゃコレ?」

「それは自分たちが説明しよう」

「しよう」


ペリアスの明らかに私を疑う声に応えたのはダイダロス親子。合作です。魔法の根幹は私のものですが、細かい処理とかは天才に任せるのが一番ですわ。

どこからともなく取り出され、立てられた黒板。イカロスがカッカッと小気味良いリズムでチョークを手に絵と文字を書いていく。


「……つまり、死んだ後に波動として変換した肉体と魂をリスポーンさせる際に、不確定性原理を利用することで―」

「先生、質問なのじゃ」


どうやら気づかなくていいことに気づいてしまったペリアスは、学校で先生に質問するかのごとく手を上げた。


「何であるかペリアス」

「今、死んだ後って聞こえたんじゃが?」

「それがどうしたのであるか?」

「………」

「………」


無言の空間が支配する。ダイダロス親子とアルテミス様は何が問題なの分からないのでキョトンとするが、私は確信犯なのでニヤニヤする。

アタランテちゃんは何かを察したような気不味そうな表情。アライメントが善に偏っているようですね。

そして、当事者たるペリアスはというと、無言無表情無拍子でダッと一目散に駆け出した。


「逃げたぞっ、追え!!」


私の指示と共にイカロスが飛び立つ。この後スタッフ(イカロス)が適正に処理しました。







さて、ペリアスがイカロスとの結末の分かり切ったキャッキャウフフの追いかけっこに興じている頃、前線近くの竜牙兵の集団の中、一体のキャスケット帽を被る竜牙兵が焦りを感じてそわそわしていた。

確かに数に任せた包囲は完成していた。

神々の軍は『わざと』弱くしていた部分を『予定通り』突破し、なだれ込んだ彼らは案の定、用意されていた《金床》に衝突し、進軍を停止した。

そしてその膠着状態を利用して、騎兵による敵後方の遮断に成功し、軍神アレスの軍隊を見事に包囲することに成功していた。


「どうすんだよ、このままじゃ負けるぞ」


キャスケット帽を被る竜牙兵の漏らした言葉に、横にいた背の高い痩せた?竜牙兵と小柄な竜牙兵がウンウンと応じてうなずく。

そう、包囲は成功したのだが、だからといって個の性能を完全に覆せるわけではなく、神々の軍の損耗はわずかで、こちらの損耗は増えるばかり。

それに、包囲は成功したものの、陣地から出た女神アテナの率いる軍勢が第二波として迫っている。

このままでは包囲も破られ、さらに中央突破されるのも時間の問題。


「ここは、誰かが突入して流れを変えなきゃだな」

「だけど、突っ込んだやつは間違いなく死ぬな」


二体の竜牙兵が少し黙り込み、そして示し合わせたようにキャスケット帽を被る竜牙兵に視線を送る。

キャスケット帽を被る竜牙兵は二体のあからさまな意図に気付く。いつもそうだ。この二人はいつだって自分にこういう役回りを押しつけようとするのだ。

だからキャスケット帽を被る竜牙兵は駄々をこねるように、


「無理無理っ! 俺は絶対に行かないからな!!」


強い抵抗の意思に二体の竜牙兵はため息をつく。どうやら諦めてくれたようだ。すると、背の高い痩せた?竜牙兵が仕方がないと苦い表情?で右手を挙げた。


「しょうがないな、俺が行くよ」


すると、慌てたように小柄な竜牙兵も手を上げた。


「待てよ、俺が行く!」


するとどうだろう。周囲の竜牙兵たちも「いや待て俺が」「いや俺が行く」と率先して手を上げ始めた。

キャスケット帽を被る竜牙兵はなんだかいたたまれない気分になり、そして自分がとても卑怯な存在に思え始めた。なので彼は、


「じゃ、じゃあ、俺も」

「「「「「「「どうぞどうぞどうぞっ」」」」」」」


示し合わせたように自分に役目を譲りだした竜牙兵。え、ちょっと待てお前ら。嵌めやがったなこんチクショウ!


「あ、ちょっと待って今のタンマ」

「いやいや、さすがだなお前」「尊敬するわ」


キャスケット帽を被る竜牙兵はイヤイヤと首を横に振るうが、周囲の同胞たちはニヤニヤ笑いながら自分を担ぎ上げる。


「やめろっ! やめてくれ! ぬわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


そして、キャスケット帽を被る竜牙兵は神々の軍勢のど真ん中へと放り投げられる。

そんな茶番が骨の軍勢の中のあちこちで行われ、次々とキャスケット帽を被った竜牙兵が敵中に放り投げられる。


「じゃ、じゃあ、俺も」

「「「「「「「どうぞどうぞどうぞっ」」」」」」」

「じゃ、じゃあ、俺も」

「「「「「「「どうぞどうぞどうぞっ」」」」」」」


そんな奇行に戸惑ったのはアレスたちの軍勢だった。前線の向こうから飛来するキャスケット帽を被った骨。

予想外の状況に彼らは一瞬、判断が追いつかなかったものの、必死にこれを迎撃するも、そのうちの一体がすり抜けるように彼らの頭上に到達した。

そして次の瞬間、彼らの頭上に到達した、到達してしまったキャスケット帽を被った竜牙兵が、その全身から閃光を放つ。

彼らとて一流の勇者たちだ。だから、本能的にそれが恐るべきもの、致命的な何かであることを察した。

むろん、それは遅すぎた。

前方に抜けようとも、完全に守りに入った竜牙兵の陣形を越えることはできず、側面もまた敵集団。そして、いつの間にやら後方にも蓋をされ完全な包囲が完成していた。

放たれた閃光は解放されたエネルギーである。TNT爆薬に換算して1ktものエネルギーが大気を焼き、落雷すら仔犬の鳴き声のように思えるような爆轟をもって世界を揺るがした。







「何が…起きた?」


軍神アレスは突然背中から受けた圧力と熱に弾き飛ばされた後、揺れる視界を振りほどくために頭を振って立ち上がり、背後を振り返って唖然と口を開いた。

あれはいったい何なのか。

まるで火山の噴火。噴煙を彷彿とさせるキノコのような形の雲が、先ほどまで率いていた軍勢があった場所に立ち上っている。

少し遅れて、自分に従って共に突入した地方の神が、下半身を失った状態で側に落下してきた。

※注 腰から下が千切れてピンク色のがはみ出ているので、頭の中でモザイク処理をしてください。


「だ、大丈夫か?」

「死にそうっす」

「オノレ…、お前の仇は必ずとってやる」

「あの、まだ死んでないっす。その、これ以上は危険っす。アレス様、ここは一旦退いてアテナ様と合流すべきでは…?」

「はは、馬鹿な奴だ。この俺が戦場から帰ってこなかったことが事があるか?」 +4

「いや、貴方、けっこう黒星多いですよね」

「ふっ、しかし敵もなかなかやるようだな。やはり、この俺も本気を出さなければならないようだ。うぉぉぉぉぉっ!!」 +5


部下の冷静なツッコミとかを一切聞き流し、軍神アレスは雄叫び上げる。圧倒的なオーラが噴き上がり、そして彼の肉体が大きく変容、肥大化を始めた。

そもそもオリュンポスの神々は基本的にいえば巨人、ティターン神族の流れをくむ者たちである。よって、本来、彼らは巨人であると言える。

そして軍神アレスの真の姿とは、全長200mを超える輝ける巨人だ。

天を摩するがごとく巨体、その体重と長大な歩幅。巨大なる神の疾走は恐るべき衝撃をもって大地を揺らしていく。

下半身が残念なことになった地方神はそれを見送りつつ、静かにぼやいた。


「あの、自分、不老不死なので死なないんすけど、医者とか呼んでほしかったっす」


ギリシア神話における神は基本的に不死という設定なので、物理的には死ぬことはない。ただし怪我はするし、再起不能になることもしばしば。

というわけで、地方神は歩けないので超助けてほしいなーと思いながら、ぐでーっと大の字に寝転がった。あ、足がないから大の字にならないや。


「ん?」


色々と諦めた地方神。そんな彼だが、ふと戦場には似合わない女児の叫び声が聞こえたような気がした。


「は、放せっ、ワシはまだ死にとうないっ、死ぬのは嫌なんじゃぁぁぁぁっ!!」


倒れ伏した彼の傍を風のように通り過ぎる、処女宮に向かって疾走する栗色の髪の幼女をラグビーボールよろしく抱えた竜牙兵。


「……なんすかアレ?」





巨人となったアレスに続くように残った軍勢も、敵に向かって走り出す。

それは敵から離れた後方に固まっていれば、またあの攻撃がくると直感的に理解したからに他ならない。つまり生存本能である。

立ち止まっては死を座して待つに等しい。

それに、確かに骨の軍勢による包囲網も狭まってきているが、しかし包囲の外から女神アテナの軍勢が第二波として迫りつつある。

先の爆発を見たせいか、女神アテナの軍勢の動きが鈍っているものの、援軍の到着は時間の問題だ。今は軍神アレスに従い全員で突撃を行うのが正しいはず。

そして、先頭を走るアレスがその巨腕を振るい、竜牙兵の集団をなぎ払おうとしたその時、


「ぐぉっ!? また爆発だとぉぉっ!?」


アレスはとっさに両腕を盾に顔を庇う。雷鳴の如き轟音が一列に槍を手にして並ぶ竜牙兵の一団より発せられたからだ。

極超音速で飛来する、鋭利に尖った無数の竜の骨の破片がアレスのいる側に弾け飛び、彼の肉体を強かに打ち付ける。

アレスは盾にした腕の隙間から、顔を失い崩れ落ちる竜牙兵の一団を見た。なるほど、その顔面を炸裂させたのか。

彼が知る由もないが、それは未来のどこぞの無修正の国で開発された指向性対戦車地雷をモデルとしたトラップだ。

もちろんそんなモノが上級神であるアレスを殺すには至らないが、竜種の骨片を発射するというそれは確かにアレスの肉体を傷つけた。

そして、アレスほどの神格を持たない神々にとってそれは、十分すぎるほどの暴力として猛威を振るう。

よって、この死の空間を突破するにはアレスただ1柱の働きに全てがかかっている。

がんばれアレス、全ては君の双肩にかかっている。やれる、君にならできるさ!

アレスは獰猛な笑みを浮かべて両腕の盾を解き、前を睨む。これこそ彼が待ち望んでいたシチュエーション。圧倒的不利からの大逆転劇。

これでもう、役立たずだの軍神(笑)などと呼ばれることはない。本物の武勇をたてて、神話に偉大な名を残すのだ。

痛みをこらえて薙ぎ払った巨腕は数十の竜牙兵を一撃で根こそぎ薙ぎ払う。強い!


「くははははっ、やはり我が父ゼウスが出るまでもないようだな!!」 +6


軍神アレス。

その勇壮な肩書とは裏腹に、彼の武勇に関する神話は驚くほど少なかった。それは彼にとって屈辱であり、コンプレックスの源でもある。


「そうだ、確かに俺は重要ないずれの戦においてもマトモな活躍は出来なかった。例えば、神々に挑んだ愚かな巨人の双子に俺は負け、そしてその復讐も果たせなかった」


アロアダイと呼ばれたポセイドンの息子である双子の巨人は、その怪力を以てオリュンポスの脅威となった。

そして双子は神々に挑み、軍神アレスを破ってアレスを青銅の壺に13か月も閉じ込めてしまった。

アレスは瀕死となったが、ヘルメスに救われ事なきを得た。なお、その巨人の双子はアポロンに殺されている。


「ギガントマキアではギガースを一人も倒すことは出来なかった」


ガイアが生み落した巨人族との最後の戦いギガントマキアでは、アテナを始め、アポロンやアルテミス、ヘルメスやディオニュソスまでが活躍したのに、彼の活躍は描かれない。

つーか、むしろヤラレ役であった。

アレスは静かに、誰に聞かせるでもなく、決意を秘めて呟く。 +7

屈辱的な過去。

だからこそ、今こそ、数多の神々を退けたこの強敵を打破することで、真なる軍神、英雄神として神話に名を刻むのだ。


「俺、この戦いが終わったら皆に尊敬される軍神になるんだ!」 +8


アレスは誓う。そして力強く未来への一歩を踏み出し、………突然横合いから殴られて吹き飛んだ。


「おぼぉぉぉっ!? ま、まさかっ!? 貴様はぁぁぁぁっ!!?」 +9

「そうだ、俺だよヘラクレスだよ!!」

「ひぃっ!?」


無様に歪む顔面、半泣きのその目でアレスが見たのは、モリモリ筋肉マッチョのネメアの獅子の毛皮を被った本物の英雄が拳を振りかぶる姿だった。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!」

「あばばばばばばっ!!?」


乾いていない粘土細工とか、うどんの生地とか、そういうのみたいな感じにアレスの肉体はクシャッとなっていく。

ざんねん!! アレスの ぼうけんは これで おわってしまった!!







「酷いオチを見ました」


処女宮の最奥。

大理石の玉座に座る女がため息交じりに鏡の前でゆっくりと横に首を振った。鏡には戦場の様子がTVか何かのように映し出されている。

女は気怠げに背筋を伸ばして伸びをする。黒髪が砂のように肩から落ち、豊かな胸がポヨヨンと揺れた。

もしどこぞの未来から転生した変態魔女兼王女がここにいれば、おっぱいの下に潜らせるように青い紐を通して二の腕に括り付けてたいという衝動に駆られただろう。

いや、まあ、ラノベの例の女神とは別なので、彼女は《例の紐》なんてまだ身に着けてはいないのである。

というわけで、処女女神ヘスティアさんが伸びをした後、何気なく横に視線を滑らせると、


「……誰でしょうこの娘?」


ヘスティアはいつの間にか、気絶している栗色の髪の幼女が傍に落ちて(リスポーンして)いるのを目にとめた。



>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


+1 感情論で味方と仲間割れ。アレスは死ぬ。
+2 敵を侮る慢心。アレスは死ぬ。
+3 慢心からの逆上。アレスは死ぬ。
+4 今まで大丈夫だったから今回も大丈夫。アレスは死ぬ。
+5 大きな被害が出た後にようやく本気になる。アレスは死ぬ。
+6 自分が仕えているボスが出るまでの相手ではないと発言。アレスは死ぬ。
+7 唐突な過去話。アレスは死ぬ。
+8 俺この戦いが終わったら…。アレスは死ぬ。
+9 予想外の敵の増援にパニック。アレスは死ぬ。
番外 ヘラクレス。アレスは死ぬ。


今回のテーマは死亡フラグでした。

ところで、アレスの武勇伝を探し回ったけど、何一つ見つからなかった件について。裁判ネタぐらいしかないとか、これは間違いなく訴訟レベル。

でも、レベル20まで上げればギャラドス…じゃなくてマルスに進化できるってどっかに書いてあったし…。でも、マルスって城とか玉座を制圧するだけのキャラだったような…。

話変わるけど、ファルシオンって名前的にカッコイイよね。でも、現実のファルシオンを調べたらショボイ剣が出てきてガッカリした記憶あります。

…何の話だったっけ?

ああ、そうそう。今回の軍団vs軍団はもともとの構想ではロマサガ3のマスコンバットを再現しようとしてたんですよ。

で、神王教団の爆裂部隊を再現しようと思ってたんですけど、どこからともなく竜牙兵から牙を抜いたら竜兵だよねっていう悪魔の囁きが…。




[38545] 019
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:cc918930
Date: 2015/09/02 20:07

私たちは恐怖に慄き震え、歯をガチガチと鳴らせて目の前の惨状をただ茫然と見続けることしかできなかった。

生々しくも水っぽいグチャッグチャッという叩きつける音。先生まだそいつ生きてます?


「フシュゥゥゥ」


全身を筋肉の鎧に包んだ屈強の男が立ち上がる。

大出力を発揮したためか、その肉体からは湯気が立ち昇り、口からは蒸気機関のごとく熱量が排気された。

ここはいつからスチームパンク的世界観になったのでしょう?

そうして大気を揺らめかせて男…いや大英雄様が、ザコ軍神の一柱の頭をむんずと右手、そう、片手でお掴みになられ、お引きずりになられる。

頭を掴まれたザコ軍神は先ほどまでは200mを超える巨人の姿をしていたが、今ではいろいろと削げたのか、普通の人間サイズになっていた。

なお、その姿は放送倫理規定あたりに引っかかってしまうのでモザイク処理が施されている。

コワイ。


「さささ流石ですヘ、ヘ、ヘラクレスさん、い、いやっ、様っ。ああああの軍神を一瞬でやっつけるなんて、す、すごいなー、かっこいいなぁー、憧れるなぁー。えへへ」

「フシュー…、ガッハッハ、そうだろうそうだろう。しかし、軍神というには歯ごたえがなかったな。これならアポロンの方がよほど骨がある」

「いいいえいえ、ヘ、ヘラクレス様にはアポロン神さえも敵いませんよ。えへへ、えへへへへ」


私は手もみ猫背営業スマイルのゴマスリモードでヘラクレス様を労います。生命かかってますからね。こっちも必死ですよ。

さて、というわけで軍神アレスという大将がヘラクレスさんにぶっちぎられたので、神々の軍の片方は完全に士気が崩壊しましたね。

おそらく指揮官スキルの恩恵が無くなって、メンタルが豆腐と化したのでしょう。ヘラクレスさんのご活躍を目撃したせいで、心が折れたというのもあるでしょうが。

捕虜は丁重に簀巻きにして転がしておきましょう。人道的な配慮ですね。…そこの蜥蜴、そこに転がっている神々はゴハンじゃないので齧らないように。


「あとはアテナか。あいつ堅いぞ。カッチカチだ」

「アルテミス様、はしたないので敗残兵を重ねた上に立たないでください」


簀巻きになった敗残兵を積み上げたのの上に立って、アテナのいる遠くの方を眺めるアルテミス様。下から見えますよ。


「白…ですか」


それはともかく、アレスが死んだ…いや、戦闘不能になり、彼の率いていた軍団も溶けてなくなったわけで、残すは女神アテナの率いる5000ほどとなっている。

こっちは3万ほど削られたが、依然として圧倒的な数的優位。


「このまま押し切るのかメディア?」

「いえいえ、さらに畳み掛けましょう。相手の対処能力を飽和させるのが物量戦の本領です。ここで私は軍神アレスを墓地に送り――」


私は右手を天にかざし、高らかに宣言する。

底も何も見えぬ奇怪な黒い穴が地面に現れ、そこから伸びる無数の黒い亡者の腕が軍神を掴み、穴の中に引きずり込む。

そして――


「新生アルゴーの飛空艇を攻撃表示で召喚します!!」


アレスが黒い穴に飲み込まれると同時に、私の頭上、はるか上空の虚空に巨大な皹、亀裂のようなものが走る。

亀裂は拡大し、そしてそこから大気を震わすローター音を響かせる一隻の空飛ぶ船が現れた。

その空を駆る船の勇姿に、さしもの神々の軍団も唖然と空を見上げて立ちすくむ。


「はっはーーっ!! がってんだぜ姐さんっ!! みんな俺のこと忘れてないだろうなぁぁぁ!!?」


しかしあの工業製品、久しぶりの登場に張り切ってますね。この分だと、命じておいた役割ぐらいはちゃんと果たしてくれるでしょう。

そうして轟音が鳴り響く中、ダイダロスがふと思いついたように疑問を口にする。


「……ところで、軍神アレスを生贄にする必要はあったのであるか?」

「いえ、とくに」

「「「「…………」」」」

「じょ、冗談ですよ! 単純に位置を交換しただけですから!!」


弁明する私、しかしアタランテちゃんたちの私に対する「うわぁ」な一種異様なものを見る視線が元に戻らない。解せぬ。







「あれは…、なるほど、話に聞いていた天駆ける船ですね!」


女神アテナは虚空から突如現れた飛空艇を睨む。

あの船の前身は英雄イアソンが金羊毛を求め旅立つ際に建造した大型船であったが、アテナもまたこの船とは深いかかわりを持っていた。

まず、英雄たちの道標になるようにと彼女自身の予言の力を《もの言う木》に授けたこと。

また、風を吹かせて航海を助けたというエピソードも存在する。

そんな、彼女が目をかけた船が自分の前に立ちはだかる事に複雑な感情を抱くものの、それよりも集中すべき事があるため女神はすぐさま指示を出すために声を張り上げる。


「あの船を近づけさせてはなりません!!」

「わ、分かりました!!」


神々には少なからず空を飛ぶことの出来るものがおり、そういった者たちが翼を広げて空へと舞い上がる。

また、空を飛べぬ者も用意していた投石用の岩石を空飛ぶ船に向かって投擲を始めた。


「しかし、いったい何が狙いでしょうか?」

「ともかく、我々は早く兵を集中させねばなりません」


アレスの率いた軍勢5,000の第二陣として送り込んだ3,000に上る兵たちは、アレスらが早々に壊滅したために、遊兵となってしまった。

すぐさま構築した陣地へと呼び戻したものの、軍勢というのはそう簡単に動けるものではない。

背中から蹂躙されれば一たまりもないので、前方に警戒しながらゆっくりと後退する必要がある。


「しかし、アレス様も不甲斐ない…。もう少し粘りを見せていただいていれば、援軍は間に合い包囲を破れたというのに」

「終わってしまったことを今さら言っても仕方ありません。今はどうにか3,000の将兵と合流しなければ。切り札を切る事もできません」


だが、戦況は女神の思うようには進まない。

3,000の兵は竜牙兵を近づけぬように牽制しながら上手く後退しているが、こちらの2,000と合流するにはまだ距離がある。

そして、空を駆る船を迎撃に出た者たちは、しかしその船の速度に振り切られ突破を許してしまう。

投擲する岩石もそうそう当たるものではなく、当たったとしても頑丈な装甲を施された船を撃墜するには不足していた。

そして、


「ア、 アテナ様っ! 天駆ける船がっ!!」

「総員警戒しなさい!!」


轟音を響かせて空を飛ぶアルゴー船は、彼らの軍勢の前、合流しようと後退する3,000との間で旋回し、腹を向けて横切ろうとする。

そして、船尾にある扉が開き、無数の小さな欠片のようなものを撒き散らし始めた。

アテナは瞠目する。なぜならばら撒かれたそれらは、


「獣の歯…? いえっ、あれは竜の牙かっ! まさか、あの女っ、我々を分断するためにっ!?」


地上に落下した竜の歯、そこから大地を突き破るように骨の腕が突き上げる。そうして土の中から無数の骨の兵士たちが這い出した。

これが後代において歴史家に匙を投げさせ、オカルト研究者の格好のネタとなり、後世の軍事にまで影響を与えたとされる史上初のエアボーン作戦である。







「なるほど、では貴女は仲間を助けるべく、危険を顧みず単身で父たるポセイドンに会いに行こうとしていたのですね。ううっ、グスッ」

「そ、そういう事になっておるのう……」


外側が色々と騒がしくなっている頃、処女宮の最奥にて紐…じゃなくて《かまど》の女神が幼女の話に涙ぐんでいた。

幼女ペリアスはこの女神チョロいなと思いつつも神妙な態度を崩さず、女神の促すままに事情を多少脚色しながら語る。


「あんな権力欲の亡者にして妻を妻とも思わぬ外道だった貴女が、このような真っ直ぐな性根に変わるとは、私はかの王女の評価を改めねばならないかもしれません」

「いや、アヤツはたぶんもっと下衆……、い、いや、メディア姫は裏表のない素敵なヒトじゃぞ」


一瞬怖気が走ったペリアスはメディアについての評価を脚色する。

本音で言うなら、あの王女は神とか人類とかの皮を被った邪神かその使徒ではないかとか、ヘラクレスよりもよっぽど恐ろしいとか考えていたのだが、幼女だって命が惜しいのである。


「これほど更生したのなら、貴女はきっと立派に家を守れる女になれるでしょう。精進なさい」

「いや、ワシ、いつかは男にじゃな……」

「フフ、自覚なさい。神々が一度やらかせば、原則として取り返しなどきかないと」

「いやじゃぁっ! ワシは男になど娶られたくはない!!」


巨乳をたゆんと震わせてドヤ顔で宣告する女神さま。幼女がどれだけ嘆き抵抗の意志を示そうとも、ギリシア神話は非情である。


「はっはっは、悪くないのではないかペリアスよ。そのまま女として生きてはどうか?」

「はっ、貴方はっ!?」


ペリアスは唐突に背後からかけられた聞き覚えのある男の声に振り向いた。そこには、


「ご機嫌いかがヘスティア伯母様っ! 調子どうっ? 野菜食べてるっ!?」


なんか飛んだり跳ねたり奇声を発する謎存在に視界を遮られていた。

いや、そうではなく、間違いではないけれども、飛んだり跳ねたりするキグルミの後ろに間違いなく幼女の父親、海神ポセイドンの存在を感じ取った。


「ま、まさか父上でしょうかっ!? どうしてここにっ」

「これほどの戦だ。高みの見物といったところだ」

「僕のこと無視するなんてナマイキっ!」


立ち塞がる謎存在を避けるため右に移動する幼女。それを阻止すべく横幅跳びで再び幼女の視界を体で遮る謎キグルミ。


「そ、そうだとしてもお願いがございまするっ! どうか話をお聞き願えないでしょうかっ!」

「僕にも聞かせてっ!!」


諦めず左に移動する幼女。しかし再び横幅跳びで幼女を遮る謎キグルミ。


「……」

「……」


幼女、右移動。キグルミ、横幅跳び。幼女、左移動。キグルミ、横幅跳び。繰り返される理不尽。幼女は青筋を立てる。


「ウザァァァいっ!! さっきからっ、ワシの前にっ!!」

「やっと僕の事に気づいてくれたナッ「いい加減にしなさい」っぷるこぎ!?」


次の瞬間、強烈なハイキックがキグルミの頭部を撃ち抜き、奇怪な存在は錐もみしながら吹っ飛んで壁にぶつかり沈黙する。

足を高く上げて残心する憮然とした表情のピンク髪の女性、いや、女神。幼女はそんな神妃を見て「しゅごいのじゃ…」と呟いた。


「まったく、話が進まないわ」

「相変わらずですねヘラ。もう少し淑女然とした振る舞いをしなさい」

「姉さま……」


そんなヘラをやんわり注意する女神ヘスティア。さすがはオリュンポス最後の良心。慈悲深く心配そうにディオニュソスに視線を向ける。

こんな彼女を外してディオニュソスを十二神に入れようとしたギリシア人の感性はきっとどうかしているのである。

そして、ヘスティアは呆ける幼女の背中を押す。


「ポセイドンに話があるのでしょう?」

「そ、そうじゃった。父上、まずはこちらの宝石を」


促されたペリアスはハッと気づいたようにして、ポセイドンの下へと向かい、そして布にくるまれた両手大の翠緑の石を捧げる。

ポセイドンを含め二人の女神たちもその大きな美しい石に目を奪われ言葉を失った。

透明感のある深い緑。しっとりとした艶のある光沢。それは彼らが今まで一度たりとも目にしたことのない、未知の宝石だった。


「ペリアスよ、この宝石はなんという石だ?」

「翡翠というそうです」

「ほう、して、お前はこれの対価として何を望む?」


海神ポセイドンはニヤリと口角をあげて問う。これにペリアスは真っ直ぐと見返して答えた。


「この宝石はメディア姫から父上への献上品です。故に、どうか姫への助力を」

「ふむ、お主の助命、あるいはその女体化の呪いを解いてやってもいいのだぞ?」

「……ご冗談を」


ペリアスは迷わずそう応える。

いや、本当は心動かされたのだが、ここで助命とか自分本位の願いを口にするのはどう考えても死亡フラグとやらに違いないわけで、泣く泣くそう応えたのだけど。

ほら、神話的な意味でここで強欲かいてバッドエンド直行する話の多さからして。


「良かろうっ! よくぞここまで改心したものだな我が息子よ!」


ポセイドンは高らかに笑う。キグルミが横から花びらを撒く。ペリアスはほっと胸をなでおろした。

そしてポセイドンは言葉を続ける。


「うむ、ではメディア姫の要望、確かに承った」

「ポセイドン様っ!?」


女神ヘラがその言葉を咎めるように声を上げるが、ポセイドンは右手でそれを制する。


「我が息子が命を賭してまで為した偉業だ。あの欲にまみれ、本来ならば無残に死す運命だった我が息子がだ。ならば応えようとも。あのロクデナシの弟も、少しは世にままならぬ事があると知るべきだからな」

「……節度は弁えてください」

「分かっておる」


ポセイドンは鷹揚にヘラの言葉に頷くと、再びペリアスに視線を移した。


「此度の働きは見るものがあった。よって、褒美をとらせよう」

「っ」


ご褒美。その言葉にペリアスは鋭く反応する。

幼女は思った。「やったこれで勝つる。男に戻れるぞ」と。だが、ギリシア神話は非情である。


「ようし、せっかくだから星座に上げてやろう」

「勘弁願います」


やったねペリアスちゃん、星座が増えるよ!







空からの奇襲。

地形や戦線に左右されず、大部隊を速やかに任意の場所に配置するそれが行われた時、女神アテナの思い描いていた計画はガラガラと音を立てて崩壊した。


「ア、 アテナ様! 救援を! このままでは孤立した3,000がっ」

「……いえ、もう間に合わないでしょう」

「見殺しにされるおつもりか!?」


合流すべく後退していた3,000の兵は、突如後方に現れた数万によって退路を断たれた。

退路を断たれた兵たちは狼狽し、骨の軍隊を近づけさせぬようにしていた牽制に隙が生じる。

結果として接近を許し、さらに後方から挟まれた以上、自力での事態打開は絶望的と考えられる。

しかし、こちらに残された2,000でその包囲を抜けるかと考えれば大きな疑問符が付く。たとえ彼女がその力を十全に発揮したところで、間に合う事はないだろう。

そして、助けに出た2,000は無防備の状態で数に勝る敵軍と相対する事となる。

理性的に考えれば、見捨てるのが正解となる。

しかし、目の前の3,000を見捨てたとすれば、残された兵たちの士気に深刻な悪影響が生じるだろう。

これから行われる籠城戦においては忍耐が求められるというのに、最初から士気が挫かれているなど最悪の展開だった。

それでも、アテナは冷徹に命じる。


「作戦の前倒しを。堰を切りなさい」

「なっ…、まさか、味方もろ共……?」

「そのとおりだペルセウス。よりにもよって守護の女神たるこの私が、自軍の兵を犠牲にすると言っているのだ」


ペルセウスははっと息を飲む。常に感情を荒立たせず、冷静に表情を崩さない女神の瞳に強烈な怒りの感情を見たからだ。

ペルセウスはすぐさま女神の意を兵たちに伝える。兵たちは動揺しながらも、自分たちの決められた仕事を実行した。

そして、

大地が泣き声を上げるように、キュウキュウという異音が彼らの前方で鳴り始める。

良く見れば巨大な山体の斜面に亀裂が走るのを見て取れるだろう。

異常な音に気付いた骨の軍隊たちの統制が乱れ始める。そして、敵中に取り残され、いまだ抵抗する神々の兵たちは音の意味を知り、勝鬨を上げた。

次の瞬間、オリュンポスの中腹が崩壊した。







猛烈な勢いで斜面を降った大量の土砂は、神々の軍勢もろとも竜牙兵を飲み込んだ。

そもそもが神の住まう聖なる山の土石だ。それそのものに聖性が宿っており、つまりただの土石流が魔法の武器での攻撃に分類されてしまう。

竜牙兵が粉砕され、打ち倒されてしまうのも当然なのだ。

当然その勢いは私たちの所まで衰えることなく、むしろエネルギーを増して襲いかかってきたのだが、しかしその土砂の津波は一点をもって二つに割れ、鋭角の安全地帯が生じていた。


「いやー、すごいですね。山津波ですよ山津波。しかしさすがヘラクレスさん、死角がない。棍棒一振りで土砂崩れを《割る》とかわけがわからないよ」


ヘラクレスさんのジブラルタル《地峡》ぶち抜き棒の前に、土砂崩れなんてそよ風のようなものなのだ。

まあ、人類が存在する時代にあの場所が閉じていたという公式記録はないのだけど、コルキスのいた頃に伝え聞いた話では閉じていたらしい。

まあ、あの辺りは地震が多いから一時的に閉じていた可能性もあるだろう。良くは知らないけど。地質学的な証拠出せって言われても出せないけど。

600万年前ぐらいは閉じていたどころか、地中海そのものが干上がっていたので、そういう事もなくはないのだ。たぶん。めいびー。


「とはいえ、随分とやられたな」

「まあ、山という環境ですし想定はしてましたが、味方まで巻き込むとは思いませんでした。詰めが甘かったですね」


アタランテちゃんの言葉に私は肩をすくめてそう応える。

あれほど視界を埋め尽くしていた骨の兵士たちが、見る影もなく壊滅している。

まばらに生き残ったのが、土の中から這い出してくるが、活動可能なのは1万を切っているだろう。

土砂崩れを起こすだろうというのは想定内だった。山だし。

そのために予備兵力として空挺を控えさせていたのだが、敵の突出部を包囲できそうだったので、これを前倒しで投入してしまったのが失敗だった。

護国の女神が多数の味方を見捨てるどころか、もろとも土葬するとは思わなかったわけで。

そう考えたのはアルテミス様も同じようで、ぼそりと憮然とした表情で彼女は「アテナらしくない」とつぶやく。


「まあ、仕方ありませんね。最後は泥臭く殴り合いでしょうか」





およそ8,000の竜牙兵の軍勢が整列をはじめ、ゆっくりと女神アテナの率いる軍が築いた野戦陣地へと迫っていく。

陣地とはいっても、土塁と木の柵で造られた簡易のモノだ。塹壕もなければ有刺鉄線もないし、地雷だって埋まっていない。

それでも、野戦築城の戦術的価値は未来も古代も変わりない。戦国時代なら長篠あたりが良い例となるだろう。

守られた陣地から投擲される無数の投石。矢が少ないのは、竜牙兵に効果が薄いと踏んでいるからだろう。

なんとか木の柵にとりついた竜牙兵も、それを越える前に槍や斧の洗礼を受ける。

しかしそれでも、この陣地は本来5,000の兵で守ることを想定した陣地であり、いくら最低限とはいえ2,000では万全に機能するとは言い難い。

加えて、兵を見殺しにしたために士気にはいくらか問題が生じていた。見捨てた兵たちが、その策を受入れ勝鬨を上げたとはいえ、完全にそれが回復したわけではない。


「ダメだ、こっちはもたない!」「左翼が突破されるぞ! もっと投石を!」

「あ、あれは何だ!?」「ヘラクレスだっ! ヘラクレスが来るぞ!」「もうだめだぁ、おしまいだぁ」


本来の粘り強さに欠けたアテナの兵たちは、4倍の敵の圧力と、あと大英雄様の前に早々に一番外側の陣地を放棄してしまう。

しかし、そんな危機を前に、白銀の一閃が荒れ狂う暴力の侵攻を押しとどめた。


「何…? お前は…、いや、貴方は……ペルセウス!」

「初めましてというべきかな。ヘラクレス、我が曾孫よ」


ぶつかり合ったのは、ヘラクレスの棍棒とペルセウスが持つ不死殺しの剣ハルペー。純白の天馬に跨るペルセウスの見下ろす視線がヘラクレスの視線と交錯する。

しかし刹那、ペルセウスの跨る天馬は流星の如く上昇し、ヘラクレスとの距離を取った。


「おおっ、ペルセウス様だっ!」「これで何とかなるぞ!」


現金な神々の軍勢は、恐ろしいヘラクレスと互角に渡り合えるだろう英雄の登場に湧き上がる。

そして同時にどよめきが。


「ペルセウス、ここは任せる」

「御意」


ペルセウスが応えた先にて、神々の軍勢が二つに割れて道を作る。そこをドレスのような白銀の鎧装束の、灰青色の瞳の美しい少女が悠々と前へと歩き出した。

そして彼女は左手に持つ大きな円形の盾を掲げる。

その、無数の蛇を頭から生やした断末魔を上げるような表情の女の頭が埋め込まれた盾が掲げられた瞬間、その前方の数百の竜牙兵が石と化して動きを止めた。

危機感を覚えたヘラクレスは腕で目を隠しながらそれを阻もうと動くが、


「ぬっ」

「君の相手は私だ」


再び鋭い剣戟の前にその行動は阻まれた。一呼吸の間に無数の剣によるやり取り。それは、ヘラクレスと同等の戦士であることの証左。

これではとても女神アテナの相手をすることは出来ない。いや、もしアテナとペルセウスが同時にヘラクレスに襲い掛かれば、さしもの大英雄とて敗れ去るのが必定。

故に、紫のローブの魔女がここに現れたのは当然の成り行きといえた。


「まあ、どうせその予定でしたし」

「ようやく来ましたか、魔女メディア。貴女には私にあのような失態を演じさせた報いを受けてもらいます」

「戦争ってゆうのはそういうものでしょう」

「確かに。ですが恥をかかされた以上、それを理不尽で報いるのが神というもの」

「性格悪い?」

「父の教えです」

「最悪だ。しかも何故か説得力がある」


そんな女神と魔女の和やかトーク。そこにヘラクレスが声をかける。


「メディア姫、すぐに救援する。しばらく時間を稼いでほしい」


するとメディアはニヤリと笑みを浮かべて、


「ええ。時間を稼ぐのはいいですが……、別に、アレを倒してしまっても構わないのでしょう?」 +1


その不遜なもの言いに、ヘラクレスは一瞬呆気にとられたが、すぐに腹を抱えて笑い出した。


「いいだろう。とはいえ、女に背中を任せては英雄の名折れ。先にあの男を倒させてもらう」


ヘラクレスはそう言うと、棍棒の先をペルセウスに向けた。


「では、いくぞペルセウス」

「いいだろうヘラクレス。お前の活躍は天界にも轟いているぞ。こうしてお前と戦うこととなるとは思わなかったが、実のところ心が高揚する!」

「貴方にそう評されるとは光栄なことだ。では、この俺の最強の名を以て返礼とさせてもらおう!」

「いいだろう! 行くぞヘラクレス、我が神話に刻まれる新たな逸話の糧となれ!!」


そして、大英雄と大英雄、女神と魔女の戦いの火蓋が切って落とされる。

最初に動いたのはペルセウスだった。

前口上の直後、ペルセウスは跨る天馬と共に一層の高みへと上昇し、そして一気に急降下を始めた。

大気の流れすらも許さないその速度により、彼の前に展開される魔法の障壁が断熱圧縮により赤く輝く。

赤い流星となったペルセウスは剣を構え、ヘラクレスもまたそれを待ち構える。

多くがその瞬間を固唾をのんで見守る。この一騎打ちがこの戦の趨勢を分けるだろうことを確信するからだ。

ここでペルセウスが打ち勝つ、あるいは引き分け、または戦闘が長引けば、戦況は随分好転するだろう。

いくら彼の魔女が強かろうとも、女神アテナに及ぶはずもない。故にヘラクレスがこうして拘束されているならば、アテナ陣営のその勝算は一気に高まるはずだ。

そして、二人の英雄が雌雄を決すべく交差し―



― すこーんっ ―



一本の矢がペルセウスの眉間に突き刺さった。


「「「「「あっ」」」」」


ペルセウスさんが白目をむいて落馬し、地面に叩きつけられる。


「ペ、ペルセウスゥゥゥッ!!?」


同時に女神アテナちゃんの悲鳴が戦場に響いた。

観衆は何が起こったかわからず困惑の表情を浮かべる。

いや、だって、新旧の大英雄の一騎打ちですよ? ギリシア神話最大の見せ場になるシーンになるはずだったんですよ?

それが矢鴨とかすごい困惑。

観衆は一斉に矢が飛んできただろう方向に視線を集中させた。その先に、弓を構える美少女さん一人。


「え、吾、何か悪いコトしたか?」


視線の集中に戸惑う野生児さん一人。この時メディアちゃんはこう呟いた。


「またやっちまったなアタランテちゃん」


まったくアタランテちゃんは空気が読めないなぁとメディアちゃんは思ったそうです。



>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


空気嫁。

さて、どうでもいいけど、アテナの髪の色は緑がいいのでしょーか。バズドラ的な意味で。いや、聖闘士的な意味で赤紫? 超能力的な意味でも…。

本当はクッコロしようかと思ったんですけどねー。

「どうだ、観念して素直になったらどうだ?(ニヤニヤ)」
「くっ、コロッケおかわり」



[38545] 020
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:cc918930
Date: 2015/09/15 23:09
「それで、どうしてそんなにコソコソとしているのかしら」

「うっ…」


金牛宮。

抜き足差し足忍び足で周囲を気にしながらコソコソと柱に隠れつつ神殿の中を進んでいく小さな影に、豊穣の女神が声をかけた。

小さな影、女神ヘカテーは気まずそうな表情で声の主、友人である女神デメテルに振り向く。

相対するデメテルは、なんだかんだで自分の巫女が心配になってやってきただろうヘカテーに生暖かい視線を送る。


「堂々と会いに行けばいいじゃない。貴女の巫女でしょうに」

「こっちにも色々と事情があるのです」

「そんなの貴女の自業自得でしょ?」

「ふ、不可抗力だったんです!」


女神ヘカテー。

太陽神ヘリオスに対する月の側面を持ち、冥府においてはハーデス・ペルセポネに次ぐ地位を有し、魔術を司るギリシア神話においても特に優遇され、

さらに「死の女神」、「死者達の王女」、「無敵の女王」といった中二臭い異名を有し、メディアちゃんからは初見でエターナルフォースブリザード使いそうとまで評され、

これに加え新月・半月・満月の三相を体現するために、幼女、お姉さん、熟女の3つの変身形態を持つ超偉大な女神なのだ。


「今の今まであの子の前に姿見せずに見栄を張ってたの、貴女でしょうに」


生まれた時から既に明確な思考を有していただけでなく《おっぱい星人》だったメディア姫。

そんな彼女にちょっと興味を持ってしまい、彼女の興味を引くために、あろうことか女神ヘカテーは話の中で盛ったのだ。胸の大きさを。


【回想シーン】

「ヘカテーさまのおっぱいって大きいの?」と問う新生児

「もちろんです。なので信仰しなさい」と嘘をつく女神様

「おっぱい大きいヤッター。これは信仰せざるをえない」と信仰告白する新生児

【回想シーン終了】


「ま、まあ、ちょっとばかり変わった所もあるけれど、良い子じゃない。貴女の信仰も鰻登りでしょ? うらやましいわぁ。私なんか、ネームバリューはあっても信仰薄いから」

「何が羨ましいですか! あの子は歴代の私の巫女たちの中でも一番の問題児なんですよ。私が一体どれだけ苦労させられているか……。あの子はいつもいつも私の予想を斜め上に裏切っていくんです」


ヘカテーは思い出す。コルキスの王女メディアとの騒々しい日々を。ヘカテーはぐすりと涙ぐむ。

ある時はご飯が美味しくないと駄々をこねはじめ、妙な発酵食品を作っては大量の食中毒患者を量産し、

ある時は甘味が欲しいとか言い出して、大根を煮詰め始めたあげく、異臭騒ぎで街を騒がせたり、

漫画が読みたいとか喚き出して、職人に萌えキャラを描かせた挙句に、それが何故か国中で流行って痛彫刻がブームになったり。


「うう…、なんであんな子に育ったんでしょう? 私の育て方が間違っていたのでしょうか? 二言目にはおっぱい揉ませろとか、なんど匙を投げようかと…」

「あ、うん」

「知っていますか? あの子ったら、私の神殿の私の神像のおっぱいを…おっぱいを…あんなにはしたなく大きく造り直させて…。他の神官とか信じちゃってるんですよ!? このままじゃ私、オッパイお化けになっちゃうじゃないですか!」

「え…、それ本当なの? オバサン気になる」

「うう、この前もお姉さん形態の胸の重さがさらにずっしりとなって…。肩がこるってレベルじゃないんですよ! 熟女形態はもうヒトには見せられない状態ですし…」


ギリシア世界の最新豆知識。『女神ヘカテーはとってもおっきい(どこがとか問うのは無粋です)』

風評被害…じゃなくて、新しい信仰の萌芽により女神ヘカテーの肩こりまったなし。


「もうそのまま幼女形態でずっと過ごせばいいんじゃない?」


そう、今の女神ヘカテー様のお姿は、紛う事なき幼女、頂の座って感じの美少女形態なのである。

ロリコンにも熟女スキーにも対応するヘカテー様は正に女神の鑑。


「うう、この姿のまま会いに行ったら絶対にがっかりされてしまいます…」

「じゃあ、おっぱい大きいので行けば?」

「そうしたらあの子、絶対に私の胸揉みしだくじゃないですか! 貞操の危機ですよ!」

「いいじゃない、減るものじゃなし」

「減りますよ! 私の精神力とか清純系アイドル的なイメージとかが!」

「(そんなイメージあったかしら?)」


ロバ足のアバズレ食人鬼とか女吸血鬼なんていう取り巻きに普段は囲まれてるこの女が清純派? などとは口が裂けても言わないデメテル様であった。


「あの子も変なところあるんですけど、それでも世のため人のためになる善行だってたくさんしてるんです」

「(なんで私この女の愚痴を聞かされてるんだろう?)」


完全にグチりモードに移行しようとするヘカテーさん。デメテルは相手にするのが面倒くさくなってきた。

なので、話題を少しでも変えようとするのだが、


「そ、それはそうと、最近、貴女の新しい巫女になった色黒の女の子、こっちでも噂になってるわよ。不思議だけど魅力的な歌を歌っているそうね」

「そ、そういう事もありましたかね…」


作った笑みで冷や汗をかき目を泳がせ始めるヘカテー。デメテルはこの話題も地雷かよと心の中でツッコミをいれる。


「……わ、私の周りでも流行ってるのよ」

「へ、へぇ~」


神界でも話題沸騰の大型アイドル誕生。

新しくヘカテーの神殿に連れてこられた少女は、その愛らしい姿と、異国の歌で多くのヘカテー信者や神々を虜にしたのだ。

ギリシア中にそのスバラシー歌が広まるのも時間の問題だろう。

しかし、ここで一つの疑問がギリシア世界の人々の間において湧き起こっていた。デメテルは地雷原を走り抜ける感覚でヘカテーに問う。


「ところでヘカテー。アマギってどこの峠なの?」

「あ、天城ですか? そそそそうですね、あれですあれ。確かインドに入るための峠だったかなー?」


特に理由のない改名がカイバル峠を襲う。







同刻。

無残に崩壊した霊峰の高原。

大量の土砂には無数の人間と骨の兵士が巻き込まれ、表面にはその四肢などがまばらに散見される。

そのような悲惨な光景を生み出してなお、闘争は止まず、戦士たちの雄叫びが響き続ける。

しかし、それもようやく静かになろうとしていた。

築かれた土塁や柵は踏み荒らされ、神聖なる地は血によって赤黒く染まり、一面に物言わぬ骸が散乱する中、荒々しい声が響くのは、その奥の一角においてのみ。

1人の兵士が10倍近い骨の兵に囲まれる中、鋼の如き肉体の勇者が豪奢な鎧のドレスで着飾る美しい女神に対峙していた。

女神はその槍の切っ先を勇者に向けて高らかに宣言する。


「絶対にヘラクレスなんかに負けない!」 +1

「いきなりえらいフラグ建てますね、あの守護女神」


とはいえ、相手はギリシアを代表する守護の女神。ヘラクレスさんもきっと苦戦するでしょう。

きっと、あの胸の鉄壁は飾りじゃありませんからね。


「誰の胸が洗濯板かっ!!」

「そんな貧相だなんて、私一言も行ってませんよ。いいじゃないですか、空気抵抗少なめで」


というか、ギリシア女神のぺったんこ双璧を為す女神様がこの場に会しているのだけど。

まあ、月の処女女神様はそういうの一切気にしてないかんじですがね。言葉の意味とか分かっていないみたいですし。

そんな風にアルテミス様に視線を送ると、憮然とした表情で返された。


「いや、分かっているぞ。おっぱいは大切だ」

「ほう」

「だが、片方だけで十分だ」

「やっぱり分かってませんね。アルテミス様脳筋可愛い」


子供を育てるための器官としてしか認識していない、出産の安全を司る女神様さすがです。

そうですよね。はさむためだとか、もむためだとか、しゃぶりつくためだとか、そんな風に認識していた私が穢れていました。

なので触らせてください。


「メディア姫もけっこうある?」

「イカロス、いいですか? 自分のモノはいくら揉んでも最終的には虚しくなるというものです。賢者タイムに入ってしまうので」

「賢者? 賢くなる?」

「悟りを開くことは出来るかもしれませんねぇ」


そういう流派ってあったような気がしますし。

それはともかく、戦争である。大勢はほぼ決したとはいえ、女神アテナが残っている以上、油断はできない。

なにしろ、武勇という一点において彼女を上回るのは主神ゼウスぐらい。肩を並べるといえばアポロンぐらいだろうか。

ヒロイン指数的にも圧倒的なパワー持ち。強い。絶対に強い。


「まあ、そういうわけでヘラクレスさん、後は頼みます」

「分かった、心の友よ」

「え、あ、ちょっと!? ちょっと待ちなさい!!」


というわけで、私たちは対峙する女神と大英雄を遠目に、迂回しながら山頂の方へと向かいます。

女神アテナちゃんがものすごい焦った顔でこっちに手を伸ばして制止しようとしてますが、まあ、待てと言われて待つ奴はいないので。


「ま、待ちなさい! 私を倒さずして処女宮を越えることは……って!? 嘘っ、結界が開いてる!? なんで? どうして!?」

「ふふふ、私の作戦勝ちですよ女神アテナ様」


私の言葉に女神アテナは驚愕し、周囲からは尊敬の視線が集まる。

しかし、あの幼女、どうやって海神ポセイドンに接触できたんでしょうね。

ポセイドンの下にリスポーンさせようと思ってたんですけど、失敗に終わったはずなんですよね。

意外にあの幼女、悪運がありましたね。今頃、お父さんに星座にしてもらっているのでしょうか?

なお、星座にしてもらうと自分の逸話が後世まで残るという特典が得られます。子孫に自慢できますね。

子孫たちが「ほらあの方角の空を見なさい、あの星座が私たちの祖先なんですよ」って偲んでくれます。

他に何か得なことないのかって? ……え、えっと、あとで調べて回答しますね!


「じゃあアテナちゃん、バッハハーイッ!」

「あ、そんな! 待ちなさい! いや、待ってっ! 待ってください! なんでもしますから!!」







「ぷーっくすくすっ、あははははっ、ねぇ、今のアテナの顔見たっ? 見たっ? 傑作だわっ!」

「ヘラ様相変わらず性格悪いね!」


飛び跳ねるキグルミの横、偉大なる神妃様は女神アテナを指さしてゲーラゲラと下衆い顔でお腹を抱えて笑う。

ポセイドンは嘆かわしそうに首を振り、ヘスティアは呆れ顔でため息をついた。


「どうしてこいつら、こんなに仲が悪いのやら」

「確執が深いですから。ステータスとかが絡むと女というのは性格が変わりますので」


女神ヘラと女神アテナの不仲はある意味において当然のものだ。

主神の正妃たる女神ヘラは女神たちにおいて最高位であるはずだが、しかし彼女の生んだ子供たちはあまりパッとしない。

そして女神アテナはヘラが生んだ娘ではないものの、主神ゼウスの子の中では最も活躍するスーパーエリートなのだ。

夫の子ではあるが、自分の生んだ子ではなく、しかも超出来が良くて、夫はその子を猫可愛がり。そして自分の子は超不出来である。

火曜サスペンスとか始まりそう。


「信仰心が薄れていくのぅ。ところで父上、なんでワシ、こんなおっきな矢にくくり付けられておるのじゃ?」


長さ2m以上はあるだろう巨大な矢に縄でくくり付けられているペリアスは、半ば諦め顔でコメントする。

いや、まあ、前回の展開からして概ねのところ予想はできるのだが、ペリアスは問わずにはいられない。

矢は飛ばすモノである。

そんなペリアスの疑問に紐…《かまど》の女神であるヘスティアが慈悲深い表情で答えた。


「喜びなさいペリアス。貴女は天上にて地の人々を見守り、遠い将来に渡って語り継がれる不滅の存在となるのです」

「そんな大層なものはいらんのじゃぁぁぁぁ!!」


お聞きください、この喜びの声を。 ※個人の感想です。

ポセイドンは応用に頷き、巨大な弓を手に取った。ヘスティアはハンカチで目元の涙をぬぐう。


「では、逝ってみようか我が子よ」

「いぃぃやぁぁじゃぁぁぁぁ!!!」


それはともかく、先ほどまで散々笑い転げていた女神ヘラが服装を正して山頂の方角に視線を送る。


「もうそろそろよ」

「ほう、そうか。山頂までの道は開かれているから、当然ではあるが」


ヘラの言葉に、ポセイドンは弓を置いて真面目な顔で応える。

そもそも既にオリュンポス十二神のうち、ゼウスを除く番外を含めた全てがもはや彼女らを妨げないのだから当然ではあった。

そしてポセイドンが道を開いてしまった以上、結界の基点となる神殿に立ち寄る必要すらなく、彼女らは天秤宮から双魚宮まで一直線に進んでいった。

ヘラはそれを特に表情なく見送るが、ヘスティアはそんな彼女に問う。


「それで、神妃である貴女はどう考えるのです?」

「どうもこうもないわ。あの方が敗れるのなら、それも運命なのでしょう。そも、いかに人間どもに望まれたあり方とはいえ、あの放蕩が目に余るもの。多少痛い目を見るのも良い薬になるわ」

「それにしては、メディア姫に執着が過ぎているような気もしますが」

「そ、それは、エロースの金の矢が…」

「確かにそれはあるでしょうが、それとて運命でしょうに。愛の神の矢というものは、そういうモノと理解されているはずです」


ヘラの取り繕うような言い訳に、ヘスティアは笑みを浮かべて応える。


「まあ、既婚者である貴女が同性にそういう感情を抱いてしまうのは、家庭の守護を司る私の立場としては反対を表明しなければなりませんが」

「……」

「恋も知らずに無理やりに娶られ、結婚を司る女神という枠に嵌められた妹に対してという私の立場からすれば、その先が気になるわけでして」

「それただの興味本位じゃないのっ!?」


超楽しそうなヘスティアにヘラはムッとした。

確かにこの処女女神は永遠の貞節を誓ったわけだが、他人のコイバナ、しかも当事者的には厄介なのに外野からチャチャ入れるのは大好物だったりする。

ホモとコイバナが嫌いな女子はいません(偏見に満ちた発言)。

そんなヘスティアに対して女神ヘラは踵を返して背を向け、そして部屋の外に向けて歩き出す。


「おや、どこへ?」

「近くで見てくるわ」


女神ヘラはそう言い残した。







「どうだ、もしこの我の嫁になるなら、世界の半分をお前にやろう」

→はい
 いいえ

「やべっ、ノリで『はい』って答えそうになりました」


唐突な罠である。卑怯極まりない。様式美すぎて一瞬血迷いかけました。

さて、やってきましたオリュンポスの頂上。

ギリシア神話体系の主神たるゼウスが座す、縞瑪瑙づくりの、人造のモノとはとても思えぬ冒涜的なまでに巨大な、ドーリア式の大神殿。

ここはレン高原の北の果てですか? 中央アジアの高原モンゴルじゃないんですよ、ここ、バルカン半島ですよ分かってるんですか? 作品間違っていませんか?

それはともかく、目の前には豊かな白い髭と髪をもつ立派な体躯をした老人。ステレオタイプな神様像。

初対面の焦げ茶色の髪の美少年はどうした? これ詐欺じゃないですかね?

ショタ×美少女(もちろん私の事である)ならまだ需要はあった。だが、ジジイ美少女(もちろん私の事である)とか凌辱系エロ漫画ぐらいにしか需要ねぇですよ。


「というわけで、断固拒否します」

「ふむ、理由を話せ」

「自分の胸に手を当てて考えてください。貴方に関わって不幸になった女がどれほど存在するかを」

「いや、それ、我のせいじゃないんだが」

「公然と浮気するなら嫁の手綱ぐらい握ってからにしろよクズ……、と私の知人であるペリアスが御身をそう評しておりましたので」


後ろのギャラリー達の「うわぁ、こいつ最悪だ」的な視線を感じつつ、しばしのトーキンタイム。

さっさと殴り合えって? いいえ、私、専守防衛主義者なので。出会い頭に殴り合いとか、そういう野蛮なのはしないので。


「貴様は本当におもしろいな」

「いえいえ、私のような平凡な田舎娘になんかにかまけずに、もっと名家のお嬢さんとか誑かしたらどうでしょう?」

「どこが平凡な田舎娘か。正式な女神でもなしに、この我を前に平然とそのような口を利く女など、我は今まで一度も見たことはない」

「は? 何言ってるんです?」


すると、ゼウスは余裕満々な笑みを浮かべて視線を私の背後に送る。私もまた振り向くと、そこには神の畏怖に恐れをなすダイダロス親子とアタランテがあった。

これこそ人間と神の違い、圧倒的な神威。本来なら目に入れる事すら死に直結する圧倒的な存在規模。

彼の手加減無しでは、その光輝の前に霊魂もろとも焼き尽くされるだろう。

なお、アルテミス様はペロペロキャンディ舐めてる。


「あの処女女神のせいでシリアス成分が台無しですよ」

「我が娘ながら、苦手だ」

「あ、いつもあんなノリなんですか? あのヒト」

「うむ。アポロンが優秀なので、放置しておるがな。彼奴は彼奴でアルテミスがおらんと仕事せんし」

「ガチのシスコンですか…。いや、貴方が言える事じゃないでしょうが」


何しろこの主神の妃は、彼の実の妹である女神ヘラである。しかも、ゼウスの結婚相手としては3人目で、しかも2番目の妻である女神テミスが健在であるにも関わらず。

正妻がいるのに妹にプロポーズとか、古代ギリシアの性の乱れは極まっていますね。シスコンってレベルじゃなくて、ただのヤリチンだろコイツ。


「我の甲斐性に感服したようだな」

「してないしてない。というか、私、浮気とか不倫とかそういうのお断りですので」


やんわりとお断り根拠を置いておく。お互いに逃げ道って必要だと思うのです。

だが、主神ゼウスは不敵に笑い、そして言い放つ。


「ほう、お前もまた我に一夫一婦を求めるか」

「え、いや、そうじゃなく……」

「あいつもそうだったな…」


話がおかしな方向に転がり出す雰囲気に私は焦る。アカン、こいつにこれ以上喋らせたら、私の死亡フラグが確固たるモノになってしまう!

頑張れ私。負けるな私。これ以上コイツに口を開かせるな! 命を燃やせぇぇぇぇ!!!


「いいだろう、ヘラとの離婚を考えてやっても良いぞ」

「え…?」

「!?」


マモレナカッタ

背後に、息を飲んで信じられないモノを見るかのような、傷ついたような表情のピンク髪の女を見た。





女神ヘラは急ぎオリュンポスの頂上を目指した。どのような結果であれ、自分の立場に大きな影響がもたらされるだろうから。

そして同時に嫌な予感がする。

彼女はその役割が定められてから、何も考えずただその役割を果たしてきた。

彼女は結婚を司る女神であり、最高神の妃である。よって、彼女は己の義務を果たすべく、彼女の夫を愛した。

多少行き過ぎた所もあったが、彼女の貞淑は疑いようもなく、彼女の愛は最高神に捧げられ続けてきた。

だというのに、今さらこの胸に宿るモヤモヤとした表現しえないものは何なのか。そして、この不安はいったい?

彼女は駆け抜ける。もうすぐ彼女の夫のいる場所、そして、彼女の心を乱す魔女がいる場所だ。

そして、


「いいだろう、ヘラとの離婚を考えてやっても良いぞ」


彼女は信じられない言葉を最愛の夫の口から聞いた。頭の中が真っ白になる。

今までの自分の献身や努力、その全てが否定されたような、彼女はそんな思いに襲われ、まるで足下が崩れるような感覚を覚えた。

何、不思議な事ではない。

そもそもそれは、彼女自身が為したことだろう。前妻であった掟の女神を主神の妃の座から追い落とす原因を作ったのは一体誰なのか。

なら、それが自分の身に降りかからないと、いったい誰が証明できるだろう。

しかし、次の瞬間、もう一つの声がそんな思考を引き裂いた。


「その口を閉じろぉぉぉぉっ!!!」


女神ヘラは銀髪の乙女が、おそらくは自分の座を追うだろうはずの女が、怒りに満ちた表情で、最高神の顔面を、最高神の口にした暴言もろ共に殴りつけるという、信じられない光景を目撃した。

彼女の心臓が大きく弾んだ。



>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


建った、フラグが建った!

<女神ヘラ様視点>
ぜうす「ぐへへ、俺のモノになるなら古いの(ヘラ)と別れてやってもいいんだぜ」
めでぃあ「その口閉じろクズがぁぁ! よくも超絶美人で気立ての良いパーフェクトレディーのヘラを傷つけたなぁぁ!! テメェは絶対に許さねぇ!!」
へら「トゥンク」


ゼウスのクズっぷりがヤバイ。
でも、テミスの件については擁護のしようがないんですよね…。
若くてかわいいお嫁さん(実妹)が欲しいから、今の嫁さん(瑕疵があるわけじゃない)と離婚することにしましたとかもう…。


前後のお話の整合がおかしくなってきましたね。遅筆にはありがちな事です。ギリシア編終わったら一度見直しですね。
特にヘラについてはもう少し記述を直したいです。
いやー、あれです。
なんか実兄(ゼウス)にレイプされかけて、なんとか逃げ切ってるけど、そろそろヤバいとか、
「私の体が欲しいなら、今の奥さんと別れてよね(どうせ出来ねぇだろ?)」ってゼウスに言ったら、ゼウスがガチでテミスと離婚して後に引けなくなったとか、
自分もいつか同じように捨てられる可能性があるなんていう歪みとか、
正妻である自分とゼウスの間の子供は出来損ないばかりなのに、ゼウスと他の女神との子供はみんな優秀だとか、
これは歪むwww
という、ヒロイン力強化でもしよーかと。まあ、いつになるか分からないんですがね。




[38545] 021
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:cc918930
Date: 2015/10/16 21:28

焼けつく頬の痛み。彼は一瞬理解が及ばなかった。

先の自らの暴言も、直前にほんの一瞬聞こえた、軽く硬いものが盤上を転がる音なども脳裏から消えた。

目の前の銀色の髪の女の拳が、雷火を纏う本性を現してはいないとはいえ、この身体に痛みを与えたことが信じがたかった。


「貴様っ…、何をした!?」

「……うっさいですね、全知全能なら少しくらい自分で考えやがれです」


苛立つような女の言葉に、主神たるこの自分を眼中に入れていない態度に、ゼウスはさらなる苛立ちを覚える。

このような不可解な女が今の今まで存在しただろうか?


「くっ……くく、いいだろう女。その神を敬わぬ傲慢さ、我自らが組み敷きその蒙昧さを認識させてくれよう」


彼は認識を改める。目の前の女はただの辺境の小国にいるような、蝶よ花よと育てられたような姫君などではない。

見た目や感じられる気配に騙されてはならない。

あれは古き太陽神と海神の神統に連なる、強力な女神と見るべきだ。


「後悔するがいい!」


咆哮と共に彼は彼本来の姿を現す。





だが、この時彼は大きな過ちを犯していた。彼はもっと慎重に事象を見定め、深く思考をめぐらせるべきだったのだ。

いや、それも無理からぬ事かもしれない。何故ならそれこそが―






とりあえず主神をぶん殴ったら、手がすごく痛いでござるの巻。

というか、今のは迂闊だった。手品の種が割れるかと思ったが、そのままスルーされたので万事OK。良しとしよう。

神話的な意味でも、コイツ、けっこう迂闊だしな。全知全能のくせに、うっかりが多すぎなのだ。

それはともかく、熱い。

某超野菜人バリに黄金闘気的な雷電バリバリされると、か弱い私などは一瞬で茹で上がりそうである。


「……アルテミス様、彼女たちをよろしくたのみます」

「ん」


主神ゼウスの真の姿を見たテーバイの王カドモスの娘セメレーは、彼の纏う雷光の灼熱に焼き尽くされて死んだのだという。

ダイダロスやイカロス、英雄とはいえアタランテがそれに耐えきれるかは微妙なところなのだが、どうやらアルテミス様は自主的に守護してくれているようだ。

感謝である。いまだにペロペロキャンディー舐めてるけど。融けないのかな、あの飴。

なお、私は反則技があるし、何より頭の上の蜥蜴が守ってくれているので大丈夫。

そんな中、アタランテちゃんが私に向かって声を張り上げてきた。


「メディアっ、大丈夫なのか!?」

「まあ、なんとかしてみますよアタランテ。勝ったらほっぺにキスしてください」

「……相変わらずだなお前は」


うん、まあ、その、ラストキャンペーンだけれどもこんなノリなんだ許してほしい。

さて、


「話は終わったか?」

「話が終わるまで待ってくれているなんて、意外と太っ腹ですね」

「神であるからな。こと、争いにおいては無様は晒さん」

「あの軍神の親とは思えない発言です」


私の皮肉に雷神はニヤリと口元を歪める。意にも介さぬといったところか。意外と薄情だ。そう思ったが、


「あれは大器だ。数百年もすれば案外、我を超える信仰を集めるだろうよ」

「なるほど、親馬鹿でしたか。しかし流石は主神ですか」


ローマ神話ではものすごい優遇されているのに、ギリシア神話ではどうしてああなったし。

まあ、マルスとアレスが厳密に同根の神であるかというのには異議が付きものなのだけれど。


「アレの話はここまでにしておけ。それよりも、貴様の頭の上のモノを、さっさと起こすがいい」

「ぴぎゃ?」

「おや、分かっていましたか?」

「知らいでか。貴様の集めたモノを考えれば、そしてソレが放つ悍ましき気配を感じれば、いくら貴様の魔術で隠そうとも隠しきれるものではあるまい」

「それでは、お言葉に甘えまして……」


これはごく単純な話だ。

ゼウスに対抗するためにはどうすれば良いか。ギリシア最強にして最高の神。ヨーロッパからインドにかけて古くから主神として信仰される天空神を根とする偉大なる雷神。

その神話において、彼は常に勝利を飾ってきた。自身の父親に勝利し、兄たちを差し置いて最高神の座を手に入れた。

が、そんな彼に土をつけ、唯一敗北を許した敵が存在した。

すなわち、大地母神ガイアが創造した最強の怪物。

蛇の女を妻とし、

磔にされたプロメテウスの肝をついばんだ鷲、無数の頭を持つ冥界の番犬、紅い牛を守る双頭の犬、九つの首を持つ毒蛇、黄金のリンゴを守る百頭竜、金羊毛の守護竜といった多くの怪物たちの父。

母親由来の余計な要素は引き算してしまえばいい。不完全な部分は他で補え。作者(ガイア)の許可は既にとっている。

まあ、そのまま再現するのは能がないので、少しばかり別の要素を加えたが。二次創作です、オマージュです、リスペクトです。

さあ、後は名前を付けるだけだ。最強の怪物に相応しい名称を。私はゼウスに向って手をかかげた。


「さあ、目覚めろ―」


高らかに腕を天に上げ掲げ、呼ぶ。


「―バハムート!!」

「PIGAAAAAAAA!!!」


次の瞬間、頭上の蜥蜴の眠たげな瞳が青白い光を放って大きく見開かれる。刹那、世界はその光によって文字通り埋め尽くされる。

遠方から観測したのならば、その青い光は一条の光線として知覚されただろう。そして、その光線がオリュンポスの山頂を神殿ごと飲み込んだことも視認したはずだ。

莫大な神威と熱量を孕んだ閃光はおよそ1秒間放たれた。光は浅い角度で放たれ、射線直下、山頂を囲む雲海を真っ二つに割り、まっすぐに天を突き刺した。

光が収まった後、オリュンポスの壮大な山頂は何かスプーンで抉り取られたかのように無残な姿を晒すのみ。

それは間違いなく、《目ビーム》だった。


「目がフレア。なんちゃって」


いえ、その、もう何て言っていいか…。ごめんなさい、私も想定外だったんです。口から出ると思ってたんです。さり気無くバフかけてましたけど、私は悪くない。

というか、目からとかどういうことなの? 私もドン引きです。巨大化してずいぶん大きくかっこよくなったのに、目ビームですか?

オプティックブラストってレベルじゃねぇですよ。真の怪獣王は目で殺すんですか? 新劇場版の初号機なんですか? わけがわからないよ。

っていうか、主神生きてますよね? こんなギャグみたいな死に方とかないですよね!?


「ぐぉぉっ…」


氷河にでも浸食されたかのように刳り貫かれたU字型の底、半身を抉り取られた雷神が土から這い出す。

ゼウス生きとったんかワレ


「こ、このような馬鹿な事があるものか…。テュフォンとは別物ではないか!!」


ゼウスは私の背後に佇む巨大なドラゴンに対し憤怒を込めて声を荒げた。

そう、ドラゴンである。いや、形状がドラゴンであることは基本的に私の趣味であるのでどうでもいいのだけど。

とはいえ、本来の怪物王、大地母神がオリュンポスへの最後の切り札として用意した怪物の中の怪物、《テュフォン》とコレを別物と認識されるのは、ある意味において仕方がない。

そもそも《テュフォン》はドラゴンではない。下半身は蛇とされるが、上半身は人体を模した巨人の姿として神話では描写されている。

少なくとも《目ビーム》はでない。

しかし、コレは完全に西洋竜の外見をしている。

漆黒の鱗の、多少人体っぽい要素のある腰のくびれた逆三角の胴体、蝙蝠のそれに刺々しさを加えたような翼、蜥蜴のそれを凶悪に剣呑にしたような頭部。

なんとなくサブカル的な要素を見て取れるものの、やはりどう見ても竜である。竜は《目ビーム》しないけど。

さて、何故竜なのかと問われるなら、それは《テュフォン》の忠実な再現が不可能だったからとしか言いようがない。

結局のところ、いくら怪物王の子らから遺伝子を集めたとしても、エキドナが混ざってしまっている以上、完全な再現にはサンプルが足りなかったわけである。

そもそも、怪物王の子供たちはその父親に比べれば随分な型落ちだ。どれもゼウスに太刀打ちできるような存在ではない。

だからこそ、エジプトくんだりまで行ってトート神に例のブツの製造を依頼したのだし。

再現ではなく超越。いや、実際にテュフォンとか見た事ないから、どっちが強いかとか知りませんが。

ちなみに、《目ビーム》は預かり知りませんので、念のため。


「というわけで、降参してくれると有難いのですが?」

「笑えぬ冗談だ」

「さいですか」


ゼウスの肉体の欠損部に雷光が走り、それとともに肉体を速やかに復元していく。流石神様。

特別な手順、アダマントのような金属で製造された刃物で外科的に切除し、その部分を封印するといった手順を踏まないと肉体欠損などすぐに復元されてしまう。

ダメージが入っていないわけではないだろうけど。


「ここからが本番だ!」


ゼウスの右手に雷霆の槍が握られる。

あれこそ単眼の巨人キュクロプスが鍛造したとされるギリシア神話最強の兵装ケラウノス。その一撃は世界を溶解させ、全宇宙を焼き尽くすという。

まあ、かなり話を盛ってるんですけどね。

本質的に地球で生じた神様が地球の存続を危ぶませるほどの出力を得ることは出来ない。

何故なら、地球で生じた神々は結局のところこの星で起こる自然現象の延長でしかなく、地球の一部でしかないのだから。

ただし人間は死ぬ。いや、だってあれ、地震一回分のエネルギーが乗るんだぜ。戦略核クラスな。


「まあ、ここまで来たらヤるしかないですねっ。さあ、咆えろバハムート!!」

「PIGAPI!」





「はい、ヘカテーです。ここで一度CMに入りますね。番組はCMの後も続きます!」


青く美しいエーゲ海。白い砂浜のビーチにはカラフルなビーチパラソル、そしてビーチチェアに横たわる水着姿の絶世の美女。

そんなアフロディ…絶世の美女の横でカクテルを給仕するのは、スキュ…ゆるふわ系の可愛らしいメイドさん。

そう、ここは真に楽園。

しかし、そんな桃源郷のような美しい海と浜辺も今や人間活動による環境破壊により危機的な状況に追い込まれています。

河川を通じて海洋に排出される汚染物質や大量のゴミ。これらが母なる海の生態系に深刻な悪影響を与えているのです。

なんと嘆かわしい。

ほら、ご覧ください。このように心無い者によって打ち捨てられたゴミが浜辺に打ち上げられ…


「み、水を……」


白い砂浜に打ち上げられ、うめき声をあげる軍神アレス。海藻とかが巻き付いたその体の上をヤドカリさんがトコトコと歩く。

ゴミ?


「ちょっ、アレス何してるのよっ。マジウケるんですけどー。キャハハハハッ」

「はわわっ、大変です~、早く助けないとっ」


打ち上げられたアレス君を指さして笑う美のアフロディーテちゃん、悪役令嬢が似合いそうなギリシア女神ナンバーワン。

対照的にワタワタと血相を変えてアレス君を助けようと駆け寄るスキュラちゃん。なんて健気なメイドさん。ヒロイン力が違います。

ただし、ドジっ子メイドは何もない所で躓く。


「はわっ!?」

「っ、ふぶっ!?」


しかし流石は主神の息子アレス君ですね。主人公属性あるんじゃないでしょうか?

転んだスキュラちゃんったら、そのまま勢いよくアレス君に突っ込んでいきます。大きなバストでフライングプレス。


「き、きゃぁぁぁぁぁっ!!?」

「へ…? ぷにぷに?」


お約束ですね。

しかし、ラッキースケベの後はぶん殴られるのが世の定め。どこからともなくスキュラちゃんの腰から生えた触手が壮絶な空中コンボ64発を叩きこみます。


「い、いや、これは不可抗りょ……、はがぁぁぁぁっ!!!!?」


そして最後に弾き飛ばし。アレス君は星になりました。様式美ですね。


「というわけで、ヘカテーちゃんとの約束っ。自然を大切に! ポイ捨てダメ絶対! えーしー」





闘争は大気圏に収まる事なく、熱圏に至る空の戦いとなっていた。雷霆が闇を引き裂き、目ビームが雲海を割る。

一見して、この戦いは均衡しているように見える。

両者ともに血を流しているが、掠り傷に過ぎず、戦争の続行に支障があるようには見えない。

雷神と竜は音速を遥かに超えた速度で相対し、交錯し、その中で互いの必殺を紙一重で回避する。

まるで流星が天空にて交錯し、かろうじて衝突を免れたかのような。

雷神はそのまま急制動をかけつつ、背後に振り向く。人間ならば押しつぶされただろうが、ギリシア世界の神の王にこの程度の慣性力など意味をなさない。

しかし、その表情は晴れず、一切の余裕は見えない。むしろ眉根を寄せ苦々しさを表しているように見える。

それは実に奇妙なことだ。このような強敵との闘争であれば、本来の彼ならばその表情に鬼のごとき表情を張り付けているだろうに。

そして、振り向き敵に正対する雷神はその右手の雷霆を構えようとして、次に目を見開いた。

上方から真っ直ぐに彼に突撃する竜の姿を視界に映したからだ。

種を明かせばさほど難しい話ではない。第三者の視点から見れば単純な話。

竜は恐るべき速度をそのままに上昇しながらのターンと共に、体の上下を修正する180度ロールを行うインメルマンターンをやって見せただけの話。

慣性法則を捻じ曲げるほどの急制動と空中静止を行って見せた雷神ではあるが、一度失った運動量はそう簡単には取り戻せはしない。

上空から降り注ぐ無数の火球は彼の怪物王がかつて見せたもの。今の雷神が身に纏う《恐怖》の名を冠する鎧とて、それを完全に防ぐことは能わない。

爆炎に視界を遮られる中、雷神は腕で顔を庇いつつ前方から突進してくるだろう竜を睨んだ。

天上よりギリシア世界全てを見渡す彼にとって、この程度の目眩ましはさほどの問題にはならない。

故に彼の超感覚は正確に迫りくる竜のその速度、入射角度、彼我の距離を知覚し、

― その時、再び彼の耳に軽く硬いものが盤上を転がる音が聞こえて ―

その違和感の認識に失敗した彼にその正体を知る機会はもう与えられない。

雷神は己が認識に従い、彼自身の父親から奪い取った最強の武装、万物を引き裂くアダマントの鎌(ハルペー)を満を持して構える。

農耕神の象徴であった大鎌は、生命を刈り取る収穫の象徴であるとともに、雨をもたらす稲妻の象徴でもある。

そして、ペルセウスによるメドゥーサ討伐にも用いられたそれは、不死である神すらも殺しえる対神兵装に他ならない。

ゼウスは己が必殺の意志を以て、その神殺しの鎌を振り抜いた。

手に伝わる感触は、

― カラコロッ ―

直後、彼は信じがたい事実を認識する。


「馬鹿なっ…?」


必殺を以てはなった一撃。しかし手に残る感触は不完全な、とても敵を両断したとは云えないもの。

驚愕は致命的な隙となり、直後、彼の下腹部に抉り込むような衝撃が撃ち込まれた。

目の前には、左翼を引き裂かれ失った竜が、己の懐に食い込んだ姿。そして気が付けば彼の腕は竜の手によって掴まれていた。

そして、そのまま両者は大地へと墜落していく。


「うぉぉぉぉぉっ!!!!?」

「ちょっ、無理無理っ、バハムートさん私が乗ってるの忘れてませんかっ!? これ死にますっ、死にますからぁぁぁっ!!!!」


どっかの田舎の魔女の悲鳴が聞こえたような気がするが、たぶん気のせいである。

竜と共に雷神がオリュンポスの麓に叩きつけられる。世界が揺れ、神々の山に巨大な亀裂が走る。

そして同時に爆炎と雷光が爆心地に轟いた。





「ふぅ、一仕事終えましたので、お邪魔しますねヘラ」

「……弟子が心配でいられなかったのかしらヘカテー」

「いえいえ」


唐突に現れた魔術の女神(幼女形態)にヘラはジト目を送るも、すぐに視線の先で繰り広げられる壮絶な闘争に視線を戻す。

その戦いはギガントマキアの直後の、彼の怪物王との大戦争を彷彿とさせた。

女の身ですら、その闘争からは目が離せない。

世界を震撼させ、大地を溶解する、ギリシア神話世界最大の決闘の再現。

だが、先の戦いにおいては、その終始においてゼウスは基本的には優勢を保っていた。ゼウスという神々の王はそれほどの力を保有しているのだ。

だというのに、


「おかしいわ…。ゼウス様は…、どこか身体の調子が悪いの? いえ、でもそんなことは……」


女神ヘラは主神ゼウスの全盛を知っているだけに理解できる。ゼウスの動きにキレというものが失われていることを。

ぎこちない、まるで枷か何かを嵌められたかのような、動きづらさを思わせる状態。

それ故に、竜が雷神を押しているように見えた。


「メディアはゼウス様に毒でも盛ったというの?」


かつてゼウスを追い詰めた怪物王は、運命の女神によって食わされた毒の果実によりその力を失った。

であれば、その可能性は無いとも言えない。だが、そのような機会はあっただろうか?


「ヘカテー、何が起こっているの?」

「おや、夫が危機的状況にあるのに、落ち着いていますね」

「……質問に答えなさい」


からかうような言葉に苛立ちを覚え、ヘラはヘカテーに説明を早くするように求める。するとさらにニヤニヤ顔になったヘカテーにヘラはさらに苛立ちを募らせていく。


「これはどうして、おかしなことになっていますね」

「私の事は置いておきなさい」

「弟子の将来を考えると捨て置くこともどうかと思いますが、まあ私には関係ないですし。……さて、あの子は見事に怪物王の再現をやってのけましたが、しかし、その目的はあくまでこの拮抗状態を生み出す事です」

「そうなの?」


怪訝な表情のヘラに、ヘカテーは訳知り顔で伊達眼鏡をかけると、教師面で説明しだす。なお、幼女なので女教師には見えない。


「そもそも、怪物王が一度ゼウス様に勝利したことも運によるものに近いですし。故に怪物王では神の王には勝てない。そもそも、ギリシア世界の存在は最高存在である主神ゼウスに勝つことは出来ない」


ギリシア神話の内の世界において、主神ゼウスが覇権を握るというストーリーはそう簡単に揺らぐものではない。

何故ならば、ギリシア世界における主神の陥落は予言に基づくものでなければならず、そして彼の破滅に関する予言は全てゼウス自身の手によって成就を妨げられたからだ。

よって、魔女メディアによる勝利が約束される予言が存在しない以上、ギリシア神話の登場人物であるメディアの勝利はあり得ない。

そう、これがギリシア神話内の内輪揉めである限り、この定理は覆らない。


「だから、あの子はギリシアの外側を引き入れたのです。まったく、無茶をする」


エジプト神話における偉大なる神トートがコルキスの王女に力を貸した。

よって、エジプト神話のルールに基づき、偉大なトート神に力を授けられたメディア姫は偉大な成果をあげなければならない。ヒエログリフにもそう書かれている(予定)。

モーセがコルキスの王女の言葉に導かれ、神との邂逅を果たした。

それだけ重要な役割を果たした彼女は、当然、アブラハムの宗教のルールに基づき、偉大な預言者でなければならない。聖書にもそう書かれている(予定)。

いったい誰が想像するだろうか? コルキスの王女メディアの逸話を、ギリシア神話以外の神話体系に挿入するなどと。






「貴様っ、その力、トート神のものだけではないなっ!?」

「神の変容は内部からではなく、むしろ外側からもたらされる事が多いって知ってますかぁっ?」

「PIGAAAAAA!!!」


宗教や神々の変容というものは、本来はゆっくりとした、数世代程度では起こりえないものだ。

だが、外的要因が加わると話が異なる。

異なる文化圏との接触および交易、異民族の侵略、または民族集団の危機的状況、とりまく外交関係の変化。

例えば、どこぞの島国はお隣の大陸からの影響により神話を変容させてきたし、強大な西洋文明を前にして付け焼き刃で国家宗教を生み出そうと試みたりした。

ローマの軍神マルスはその逸話のほとんどを、おそらく全く異なるルーツであろうギリシアの軍神に塗り替えられた。

ぶっちゃけ、ギリシアの神々なんて最後にはキリスト教に蹂躙されるわけだし、アブラハムの宗教とかギリシア神話の天敵ですしおすし。

さて、争いは板野サーカスじみた複雑な軌跡を空に刻む空中戦から、野蛮極まりない殴り合いへと姿を変えていた。

燦然と輝く様に神々の頂点に座していたあの頃のゼウスの姿は今やなく、血まみれ火傷まみれの無残な、いや、ある意味超かっこいい状態になっている。

むろん、バハムートも無事ではない。アダマントの鎌は胴体こそ引き裂かなかったものの、バハムートの片翼を切り落とした。

これではしばらくは高機動の飛行は不可能だろう。飛べないわけではないが。

つか、


「だから私が乗ってるの忘れてませんかね、この蜥蜴。この状態で殴り合いとか、揺れが激しすぎて酔うんですけど。うぷっ」


背中にへばり付いている私は超戦々恐々。じゃあ降りろって? この目ビームとか雷霆が荒れ狂うインファイトの中を? ご冗談を。


「何をした貴様っ、答えろっ!!」

「おや、ようやく目星にでも成功しましたか?」

「何を言っているっ!!」


まだ気づいていなかったか全知全能。インドのハラッパーでも出土してるんですから、それぐらい考えついてもよさそうなのに。

そもそも、ヘルメスなんかは賭博を司っているわけだし。エジプトとかメソポタミアには紀元前3000年前よりも昔からボードゲームがあるわけだし。

TRPGは無かっただろうですけどね。


「それではヒントです。とある偉い人はこう言いました。《神様はサイコロを振らない》と」

「なんだその言葉は?」

「ヒントはここまで、後は自分で答えを導いてください。というわけで、さあ、貴方の番(ターン)だ《神様》、《サイコロを振れ》。決まりきった結末のゲームなんて、とっくの昔に飽いたでしょう?」


智慧の女神を喰らいては全知を手にし、掟の女神と契っては運命の女神を因果を越え娘とし、結果として運命をも支配するに至った最高神ゼウス。

そろそろ予定調和にも飽きたのではないかと思い、このような趣向を凝らしてみました。

まあ、『科学』とかで振ればいい目が出るかも知れませんよ?


「馬鹿に…するなっ!!」


私の言葉に激昂した雷神の手に雷霆が輝く。太陽をも塗りつぶす光量。主神ゼウスはそれを力の限りバハムートに向かって投擲しようと、


― そして、一対のサイコロが架空の盤面に投げられた。 ―

<1><1> 判定:ファンブル(クリティカル)


「あ…」

「なっ!?」


次の瞬間、ゼウスの手にあった雷霆は投擲されず、あろうことか彼自身の胸に突き立った。


>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


ゴジラは流石に自重した。怪物王ならゴジラだけど、バハムートならいちおう神話関係あるし。(なお、こっちの使用許可はとっていない。)


なお、ゼウスさんは最初の判定でファンブル出したので、音で手品の種に気づく機会を逃しましたん。



[38545] 022
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:cc918930
Date: 2015/11/02 00:33


「あ…が……?」


雷神の未だ何が起こったのかを正確に理解していない呆けた表情はしかし、コンマ一秒すら保つことはなく、すぐさま苦悶に塗りつぶされる。

心臓を突き破る雷霆は苛烈。

生命の象徴たる血液を通電したのは、都市を壊滅させ大地を蒸発させるに十分に足る50ペタジュールに迫るエネルギー量。

その身を循環する血潮を瞬時に沸騰させ、神経系をズタズタに引き裂き、なお荒れ狂う電撃は雷光となって彼の肉体の各所、例えば眼球などから火花のように漏れ出した。

神をも焼き尽くすこの雷霆にこのように肉と霊魂を打ちのめされたのならば、いかに全知全能を誇る最高神とて無事では済まない事は明白である。

ビクンと一度痙攣し硬直した後、全身を焼かれた彼の体は弛緩してドサリと力なく顔から地面に崩れ落ちた。


「あ、うん、その…、すごいところでファンブル出しましたね。いつかやるとは思っていましたが、このタイミングというのは流石に予想外でした」


片翼を失った竜の背より、私はいささか緊張感のない声音であることを自覚しながら、そう所感を述べる。

だって、本当に、このタイミングでやらかすとは思わなかったですから。


「まあ、勝負は時の運といいます。きっと、サイコロの女神さまが今頃腹を抱えて笑っていますよ」


もちろんサイコロの女神など、この結果には一切かかわっていない。というか、そんな知り合いはいない。

そもそも架空の盤上を転がるサイコロを振るのは、そのような無名の神ではなく、名のある3柱の神々である。

すなわち、私がトート神に鋳造を依頼し、そして3柱の神々に助力を願って製作した《サイコロ》は計3つ。

一つはギリシア神話における魔術の女神ヘカテーの神力を込めたもの。

一つはエジプト神話における智慧の神トートの神力を込めたもの。

一つはアブラハムの宗教における天空神エロヒムの神力を込めたもの。

その権能は観測される事象のあらゆる《段階》の直前に、それが成功・失敗するかサイコロの目により判定する…事を強要するというもの。

本来ならば運命を支配する神々に、結果の見えない《サイコロを振らせる》という冒涜的な魔法のサイコロ。

その規則は単純だ。

3つのサイコロを振り、その合計値が一定以上であればその《段階》は成功、一定値以下ならば失敗と判定される。

ただし、《6》のゾロ目が出た場合は大成功、《1》のゾロ目が出た場合は大失敗、すなわちクリティカルが適用される。

なお、判定を行う『頻度』は対象の神性の高さに反比例し、成功値の下限値の大きさはサイコロを振る3柱に対する影響力の高さにより決定される。

さて、今回、このサイコロの効果対象となったのはギリシア神話の最高神ゼウスだ。

彼はギリシア神話の最高神であるために、女神ヘカテーへの影響力が最大値となるため、『公正のため』今回に限り女神ヘカテーはサイコロを振る権限を放棄している。

よって、今回、判定はサイコロ2つで行う特別ルールが適用された。


「確率にして5/6の成功率ですか。流石はギリシアの最高神、レートが厳しかったですね」


流石に、相手は一つの神話体系の最高神。インド・ヨーロッパ語族の神話体系における天空神に起源を有する相手に圧倒的に優位な状況を作るには至らなかった。

バハムートという盾がなければ、瞬殺は免れなかっただろう。

何しろ行為判定の頻度はプランク秒毎から一つの行動に対して1回という低調なものとなり、成功の下限値は5という極めて低い値に留まっていたのだから。


「でもまあ、そんな確率でも回数をこなせば、失敗する期待値も積み上がるわけですし」


成功率が5/6であっても、これを4回繰り返せば、4回全てにおいて成功を出す確率は50%を割る。


「それにしても、外し過ぎじゃないですかね? 感覚的には3回に1回は失敗してましたよ、この主神」


まあ、空中戦において途中で墜落を免れていた事を考えれば、彼は十分に『成功』を出していたと考えるのが妥当だろう。

ともあれ、致命的な時にサイコロが彼を裏切ったという事実は変えようもない。最大威力の攻撃で自滅とは大した運勢である。


「少しばかり締まらない終わり方でしたが、いいでしょう。幕です」





「父上の霊圧が…消えた……?」


女神アテナは今の今までオリュンポスを覆っていた一種の重圧、主神ゼウスの神威が消失したことを知覚し、その空白に戸惑った。

あまりにも呆気ないその感覚に、彼女の頭から目の前に存在する強敵のことすら消えてしまい、それが致命的な隙となった。

何しろ彼女の事情など、彼女に相対する大英雄には何の関係もなかったからだ。

「フンヌッ!!」

「しまっ…」


失念に気づいた時にはすべてが遅く、激しい衝撃が彼女の手にある盾を激しく打ち据え、そして弾き飛ばす。

ギリシア世界最強の守りは放物線を描いて宙を舞った後、回転しながら地面に落ちた。


「勝負あったか。いや、これは俺の勝利とはいえないか」


太く硬くゴツゴツとした棍棒が女神アテナの眼前に突きつけられる。

その、黒ずんだ太く硬くゴツゴツとした棍棒が彼女の体にブチ込まれたなら、きっとCEROあたりで大問題になるだろう。


「くっ、殺せ」


彼女は都市の守護を司る軍神であるが故に、陥落した都市に住まう若い女にどのような仕打ちが待ち受けているのかは良く知るところだ。

そのような辱めを受けるぐらいならば死んだ方がましであると思うアテナであるが、残念ながらギリシア神話の神は設定上不死である。

よって、そういうわっふるわっふるな事態を回避する権限は彼女にはない。


「その意気や良し」


ヘラクレスはニヤリと笑うと、何故かモザイク処理のされた黒ずんだ太く硬くゴツゴツとした棍棒を振り上げる。

そして今まさに放送倫理に触れかねない流血を伴う行い(意味深)がなされようとした、その時、


「それ以上はいけない」


今まさに振り下ろされた青銅の棍棒が、横から突き出されたカドゥケウスの杖によって阻まれた。


「お前は…?」「貴方は…っ」


ヘラクレスと女神アテナの視線が同時に同じ方向に向かう。その先には、


「卑猥はない! イイネ!」

「「デュオニュソス…っ」」


そこには杖を構えヘラクレスの棍棒を受け止める梨の妖せ…ではなく、酒神デュオニュソスの姿があった。


「女の子に暴力振るっちゃダメって習わなかったYOU KNOW? みんな仲良くラブ&ピース! 音楽は世界を変えるセックス&ドラッグ イヤッフーー!!!」


そしてどこからか取り出した竪琴をかき鳴らすキグルミ。

そのハイテンションで激しい動きに女神アテナとヘラクレスはイラッとした後、盛大に溜息をついてやる気を失い、肩をすくめて撤収を開始した。





「ゼェェェェウゥゥゥゥスゥゥゥゥくぅぅぅぅぅん、生きてますかぁぁぁ?」

「PIIGA!(意訳:手間かけさせんじゃねぇぞグズ)」


私は白目背いて仰向けに倒れ伏したゼウスの傍に向かって、でっかい蜥蜴の上に乗って近づく。

丸焦げになっている主神であるが、不死という設定のはずなので、とりあえずは生きているはず。


「バハムート、生死確認をしてみましょう」

「PIGA(意訳:おk)」


生死確認はバハムートさんによるヒップ・ドロップ、ようは上空からの飛び乗りです。落下速度は時速500km。


「がはぁっ!?」


ズドーンッという地響きと共にゼウスの体が地面に沈んでクレーターが形成される。するとゼウスの口から吐血がブワッとなって、痙攣した。

生きていたようだ。

死屍に鞭打つような行いだが、すまない。古来より戦争で死んだ敵の死体に対しては、とりあえず生存確認を含めて槍をブッ刺すのが慣例ですので。

無事で何よりだったので、そのままバハムートにゼウスの体をうつ伏せにさせて、馬乗りしてもらい、後頭部をむんずと掴ませて顔を上げさせる。


「PIGAPI?(意訳:コイツ、どうします?)

「まずは説得ですかねぇ。っていうか、なんだか今の私、物凄く悪役っぽいですね」


具体的には、舎弟の強面がボコったオッサンをゆすっているの図。妙な気分になりながら、バハムートが掴んで面を上げさせたゼウスの顔に近づく。

オリュンポスの神々がティターンであるという設定は生きているので、目の前には私の身長よりもずっと大きな爺の顔面。

まあ、いろいろあって至る所から血が出ていて、血涙鼻血喀血状態でとても見れたものじゃない酷い顔なのだが。


「では、起きてくださいね」


魔法で大量の水を生み出し、滝のようにしてその顔面にぶっかける。すると判定に成功してゼウスが覚醒し、ゆっくりと瞼を開き、そしてせき込んで血を吐いた。


「ごふぉっ…、ごほっ…、ごぼっ…。わ…我は……敗れたのか……? ありえぬ……」

「戦わなくちゃ現実と」

「何故だ…何故そのような道理がとおる?」

「因果応報では?」


バハムートさん、そんな「何言ってんのコイツ?」みたいな表情はどうかと思いますよ。まあ、私もほぼ同意ですけどね。

ギリシア神話なり様々な神話において多く見られるルール、すなわち因果応報。しかし、この主神様はその結果に納得がいかないらしい。

天空の神ウラヌスはキュクロプスとヘカトンケイルをタルタロスに封印し、それが原因となってクロノスに放逐された。

農耕の神クロノスは巨人ギガースたちをタルタロスに封印し、それが原因となってゼウスによって討たれた。

であるならば、同様に自らに敵対したティターンらをタルタロスに封印したゼウスの末路がどのようになるかなど判り切った事だろう。

まあ、従来の神話ではその失墜は描かれず、その運命から逃れるべくゼウスが行ったクズ極まりない行為の数々が神話として残ったのだけど。

こいつら、親子三代でやってる事たいして変わんないですからね。


「貴方の事情とか特に興味はありませんので、さっさと真の名を吐いてください」

「…っ、貴様、まさか我から神々の王の座を奪おうというのか!?」

「え、いや、別に…」

「ならぬっ、ならぬぞ!! 貴様に最高神など勤まるものか!!」

「解せぬ」


突然元気に怒り出す主神様。なにこの独り相撲。会話のキャッチボールしてください。

エジプトのイシスよろしく真名を奪うのは、ただこの男が報復を望まないよう証が欲しいがためだ。

ここまでやらかして、ペーパー捺印でもう私に手を出さないでね的な契約書作成で済ますわけにはいかないのだ。

だいたい、ギリシアの神々ってのは粘着質で陰険だし、神話における戦いというのはヴリトラよろしく抜け穴探しが基本だしで、約束だけじゃあ不安すぎる。


「どうしても教えていただけないと?」

「当然だ。神の王とは増長するヒトを律し、世界の正常な均衡と運営を保証する者でなければならぬ。貴様は人間どもと親しすぎる。そのようでは、決して神の王の器とはなりえぬ」

「うん、そういうの正直興味ないので」

「愚かな。そのような蒙昧な意識で王となれば、いったい誰が人間どもの傲慢を掣肘するというのか。我々神々がこれを阻まねば、人間どもはいずれはその数を50億を超えるまでに増やし、その浪費は豊かな大地の恵みを枯渇させ、その強欲さは清らかな水を汚染し、多くの動植物は滅びに瀕するであろう」

「うわぁ、超具体的」


神はこの惑星を守るため理不尽な自然現象を体現し、文明を破壊し、人口を制限しなければならない。

地震、洪水、噴火、疫病、旱魃。神の鞭は人間の思い上がりを叩きのめし、神々と世界に対する畏れを常々思い知らせる必要がある。

などと、ゼウスは主張する。

うん、まあ、大切ですよね地球環境。ヒトの命は地球より重いなんて云う思い上がりを許してはならない。わかります。

現地民の集落一つよりも、絶滅寸前のベンガルトラ1匹の命の方が重い。わかります。


「ところで、それと私が貴方の女にならなければならない事って、何の関連性もねぇですよね?」

「ん? いいいや、そそそそそそれは…それはだな、あれだ。より大局的な視点をもってだな……」


めっさ目が泳いでるんですけど、この主神。じゃあ、何だったんだよさっきの意味深な言い訳はって話なんですけど。その辺りどうなんすかねぇ?

眼球にピン刺してやろうかコイツ。


「つ、つまりだな、お前は人間と親しくしすぎていて…、そ、そうだ、お前は人間に技術を与えすぎていて…、えー、人類も文明を加速させるような影響をだな…」

「ゴタクはええから、さっさと真名を吐かんかい。せやないと……、分かるやろ?」


私はクソ爺ぃを押さえつける蜥蜴さんにわざとらしく目くばせするのを見せつける。


「ええんやで? バハムート兄さんに任せてしもうても、ええんやで?」

「くっ、殺せ!」

「はいクッコロいただきましたー。ふざけんなや、コチトラ手ぶらで帰るわけにはいかんのや。……せやな、そういや社長、あんたんトコ、たしか別嬪な娘さんがおるらしいやん?」

「なっ、まさか貴様アテナに手を出す気か!? 止めろ! 娘に手を出したら許さんぞ!!」


うん、良い反応である。私は超ゲス顔でニヤリと笑い、ゼウスの顎を蹴り飛ばした。


「それは社長、あんたの態度次第ちゃうんか? なあ?」

「ぐっ…」


ようし、畳み掛けよう。「すみません許してください何でもしますから」発言をいただき、「ん? 今何でもするって言ったよね?」と返すだけの簡単なお仕事を始めよう。


「社長、実はな…、あんたんとこの娘さん、アテナちゃんゆうたかな…、その子な、今、ヘラクレス兄さんのトコにおるんや」

「ヘ、ヘラクレスだとぅっ!?」

「せや社長。あんたの息子さんや。今頃姉弟仲良うしとるんちゃうかな? 二人っきりで、岩陰とかでなぁ?」

「貴様…どこまで……」

「ヘラクレス兄さん、男女とか見境ないからなぁ。早うせぇへんとどうなるか……、へへ、あんたやったら分かるやろ?」


近親相姦とかどう考えてもアウト的な表現なので、そういうのは止めてほしいと言い含めてはいますが…。まあ、私が止めて止まるような大英雄ではありませんし。


「どや? 気ぃ変わったか?」

「……答えぬ」

「あん?」

「たとえ、どのような事があろうとも屈っしはせぬ!! アテナも軍神、覚悟の上である!!」


おお、娘を見捨ててまでも答えないとは…。これがテロとの戦いにおける断固とした意志というわけですね。

まあ、単に地位に固執しているだけっていう線もあるんでしょうが。


「なるほど、その度胸は買いました。ではゼウス様、貴方の娘、アテナと同じく、貴方自身の貞操もベットしてもらいましょうか」

「は?」


私はバハムートに目線で合図を送る。バハムートは不満げな声で応えるが、まあ、当初の予定だったし、大西洋クロマグロ大量に食べさせてあげたし、ここは諦めてもらおう。


「ふぉっ!?」


ゼウスが今までにない情けない声を上げた。そして、みるみる表情が蒼褪めていく。

きっと、今頃臀部の腕にハイパーな魚雷的なグレートウェポン、スラング的な表現で云うディックが押し付けられた感触を覚えただろう。


「さて、ギリシア中の神々と人々がどう思うでしょうかねぇ? 自分たちが信仰してやまない偉大なる最高神ゼウスが竜姦されたと知れば……。恥ずかしいでしょうねー、信じる神様変えたくなるでしょうねー」

「ま、待て、話せばわかるっ。話し合いで、平和的に解決しようっ」

「おや、まだ立場を弁えていないようですね。しかし、ドラゴンにレイプされた爺ぃですかー。需要なさそうですねー。そんなの誰が好き好んで信仰するんでしょうねー」


ドラゴン♂にケツ穴掘られた主神のいる宗教体系。改宗待ったなしですね。私なら速やかに逃げ出しますよ、そんな泥船。


「頼むっ、それだけは止めてくれっ。なんだってする!」

「ん?」


よっしゃキタ。言質とったどー。主神ゼウスの屈服を示すように、周囲の霊的場が落ち着いていく。


『もう、どっちが悪役か分かりませんねメディア』


おや、これは久しぶりの巫女巫女通信ではないですか。どうやら場の安定により通信状況が改善したようですね。

ところで、


「ヘカテー様ヘカテー様、ここ神界なんですし、いいかげん姿見せてくれません? 私の大勝利のご褒美として」


私、生ヘカテー様って見た事ないんですよね。どんな姿なのかなー。話ではオッパイ大きいって事ですけど。


『いえいえ、遠慮します。私はシャイなんです』

「そんなこと言わずに。私、どんなヘカテー様でも愛してますよ」


ちっぱいでも、普通でも、おっきくても、オールオーケー。


『老婆でも?』

「………」

『おい、なんとか言えよ』

「ヘ、ヘカテー様は三位一体ですから、若い姿もありますよねっ?」


通信の向こうから盛大な溜息が聞こえる。いや、でも、仕方ないですよね? 私は悪くない。


『相変わらず発言に一貫性のない子ですね…。まあいいでしょう。後ろを振り返りなさい』


その言葉。まさか、ご褒美タイムですか? 分かります。分かりますとも。今まさに私の背後に近づいてくる神の気配。どこかで感じた事のある気配です。

きっとヘカテー様ですね。そうに違いない。いやー、まったく恥ずかしがり屋さんだなんて嘘ばっかり。でも、そんなところもキュートだと思います。

では、私が今、すぐに貴女のお傍へ飛んで行って、その胸をこれでもかというほど堪能させてもらいますからねぇぇぇぇぇぇぇんっ!!!


「しゅわっち!」


私はこの時第三宇宙速度を超えた。月面宙返りの無駄に洗練された無駄のない動きにて、すみやかに背後の人物の背中をとる。

おや、ヘカテー様ってピンク髪だったんですか?

良いと思います。私は流水のごとき流れるような動作で彼女の脇の下に両腕をくぐらせ、そのままねっとりとした手つきでその胸部を揉みしだく。


「きゃぁっ」

「柔らけぇ」


ありがてぇ、ありがてぇ。神徳、神徳。まったくヘカテー様も人が悪い。何が老婆でしょうか?

このフレッシュなハリのある豊かな感触、ピンク髪から香る甘い芳香。すなわちトレビアン。

でも、この後ろ姿、どこかで見たような…。具体的にはエジプトとかで。


「あん……」


ふむ、なに切なそうな声あげてるんですかねぇ……、ではなくて、そういう問題ではなくっ。あれ、これ神違い?

私の額に滝のような汗がダラダラと。え、なにこれぇ?


「お、おのれっ、我の妻に手を出すとはっ!?」


いや、テメェは黙れ。いや、お前の妻…? あー、うん、あれじゃろ? デスクトップの壁紙とかの。


『見境なくガッツクだなんて、変態ですね。この変態っ、変態っ、大変態!!』


そして巫女巫女通信からの笑い交じりの罵倒の声。は、嵌められた!?


「い、いえっ、これは友達同士のスキンシップですっ! 女の子同士の、そう、フレンドシップ! 倫理的には全く無問題。友情無罪っ、セーフセーフ!」

「これが…女同士の友情……、フレンドシップ…つまり合法。そう、そうなの……」


そして振り返る神妃さん。頬を赤く染め、トロんと潤んだ瞳で私を見つめる。なにこれキマシタワー?


『これがエロス神の金の矢の力……、恐るべしですね』


すみません、意味が分かりません。神妃さん、そんなトロけきったメスの顔で納得しないでください。

っていうか、ちょっと前までツンデレぐらいで済んでいましたよね? どうしてこんなになるまで放っておいたし。

そんな風に私が固まっていると、女神ヘラは正気を取り戻したのかバッと私から離れ、顔を真っ赤にしながら乱れた着衣を直し始める。

なんだこの浮気現場を見られた人妻的振る舞いは…。


「コホン…。神妃ヘラの名において宣言します。この戦い、貴女の勝利です、コルキスの王女メディアよ。しかし、これ以上に主神の名が貶められれば、私たちオリュンポスの神々はその信仰を失い、世は混乱に叩き落とされてしまうでしょう」


うん、まあ、どちらにせよあと100年もしないうちにギリシア世界は暗黒時代に突入するわけですが。


「これ以上の混乱は許容できるものではありません」

「しかし、女神ヘラ様。ここで私が退いたとしても、私の身と私の家族、そして祖国の安全が保障されません。それでは私がオリュンポスに挑んだ意味すら失われるでしょう」


この辺りが保障されないから、私はゼウスの真の名を奪う事を目標としたのだ。

契約では破られる可能性を否定できない。長い時間をかければ、ギリシア最高神の力を以ってすれば不可能とはいえない。

そうでなくとも、なんらかの抜け穴を見つけ出して報復してくるかもしれない。


「では、私が人質となりましょう。いかがですか?」

「それでこの男が止まると? 私にはそうは思えませんが」


人質救出や奪われた物品の奪還は神話の普遍的なテーマだ。テュフォンの敗北はそれに起因している。


「ならば、主神の座の禅譲を。ポセイドン様かハデス様にならばいかがでしょうか?」

「ハデス様ならば文句はありません。であるなら、雷霆の所有権についてもハデス様に譲っていただけますか?」


冥王ハデス様ならば基本的に温厚な性格であるし、全知全能の主神の役割を禅譲するならば力関係はハデス様がゼウスよりも格上になるはず。

主神としての権能と、そして雷霆を奪われればゼウスなど単なる力自慢の種馬野郎に過ぎないのだし。

まあ、妥当なところだろうし、ここはヘラの顔を立てようか。

こうして、私とヘラはゼウス後のオリュンポスについての素案のようなものを作成していく。





押し倒される傍において、コルキスの魔女と我が妻であるヘラとの間で、神の王である自分を差し置いたまま重大な裁定がなされようとしていた。

その屈辱に怒りがこみあげ、脳が沸騰するような感覚を覚えるがしかし、もはやこの身にそれを阻むだけの力は残っていない。

いや、今だ。今せねばどうするというのか?

このままでは我が今まで積み上げてきたもの、多くの権益と財貨が奪われてしまう。そんなことは許容できはしない。

この身を押さえつける竜も既に油断している事だろう。今ならいけるはず。

そして我は肉体の限界を超え、全力をもって竜の拘束を解く!


「ぬぉぉぉぉぉっ!!!」

「え?」


呆けたような魔女の表情、驚愕の表情を張り付ける竜。我は己に恥をかかせた女を討ち取るべく立ち上がり、


「油断したなぁぁぁぁぁ!!」

「しまっ!?」


右手で魔女の体をつかみ取る。油断はしてはいけない。ここでこの女を一挙に握り潰し、そのままタルタロスに放り込まなくては。

これで我の勝ちだ。フハハハハハハ…は?

その時、視界の隅に、自分を酷く冷たく蔑んだ目を向ける妻の姿を見て、


「殺すわ」

「ぐもっ!?」


鉄拳が打ち下ろされるのを目撃し、次の瞬間、視界が点滅して、手から魔女をこぼれ落とした。





「うわぁ」


油断した私が悪かったとはいえ、容赦なく鬼の表情で夫に鉄拳をブチかますヘラの姿に私は身震いをした。

女って超怖ぇぇ。

あまりの威力にゼウスの顔面が地面にめり込んでクレーターを作る。結婚の女神と書いてグラップラーと読むわけですね分かりますん。

そしてすぐさまバハムートが自らの手から逃れたゼウスを再び捕まえるために、主神にのしかかる。

まったく、私を倒したところでバハムートが止まるわけでもないのに。

そうして、大きなトカゲさんがゼウスの背中にのしかか……、


―― ずぶりんこっ♂ ――

「あっーーーーーーーーー!!」


その時、ちょっとアレな挿入音と共に男の野太い悲鳴が響き渡った。

え、もしかして、え? あ、アカン奴やこれ。BPOとかCERO的にアカン奴やこれ。神話として残したらアカン奴や。

私は思わずお尻がきゅうっとなって血の気が引いた。


「わわわ、私は悪くない」

「そうね」


傍に降り立った女神ヘラも同意してくれる。そうだよね、これはゼウスが全部悪い。こういう♂な事になったのは私のせいじゃない。


「私の大切なお友達に手を上げるなんて、ああなっても仕方ないわ」

「はは、なかなかに過激な発言ですねー」

「そうでもないわ。私、決めたんだもの。そう、大丈夫よ」

「何を…」


私は苦笑いしながらゼウスの惨状から目を離し、ヘラの方に視線を移した。そこには、


「大丈夫。メディアは…あぁん…、私が守ってあげる…」

「ひぃっ!?」


火照った様な赤らんだ頬、恍惚に潤んだ瞳、花弁の如く包み込むように頬に当てられた両手。


『コングラチュレーション、メディア。これで人妻寝取りルート確定ですね』


オワタ。


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友情エンドです(真顔)。

次回、最終回です。




[38545] 023 エピローグ
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:cc918930
Date: 2015/11/15 22:33

「………さて、ここで問題です。にゅーよーくにいきたいかー?」

「むにゃ…、メディア……お友達………」

「………なんでヘラが私の隣で裸で寝てるん?」


爽やかな朝、白いベッド、倦怠感、私の隣には裸のピンク髪。「ああ、ヘラなら俺の隣で寝てるぜ」状態。

今、私の目は間違いなく死んでいる。ハイライト消えてます。

うん、状況を一つ一つ挙げていくと、どう考えても朝チュンなのですが、どうしてこうなった。


「頭ガンガンする…」


昨日は……、そう、あれから駄主神より真名を聞き出して、奥義暗黒吸魂輪掌破でその権能の全てを奪った後、戦勝の祝宴を行ったのでしたね。

祝宴。

戦争における勝者は、敵側がため込んでいる酒やご馳走を好き放題に飲み食いする権利を与えられる。これ、中世以前の常識。戦利品は神からの報償。

神々の倉には素晴らしい酒が飲みきれないほど貯蔵されていた。

そうして私たちは神酒ネクタルをがぶ飲みし、ご馳走を前にヒャッハーして、ペリアスをどうやって宇宙に飛ばすのかを話し合って…、

うん、それからの記憶が途切れていますね。え、これ、どういうことなの? 誰か説明してプリーズ!!

そんな風に軽い錯乱状態に陥っていると、横で眠っている女神ヘラがもぞもぞと動き出し、起き上がった。


「ん…、メディア…、おはよう」

「……オハヨウゴザイマス、ヘラ様」

「もう、様付けはやめてよ。昨日はあんなに……、フフ」


顔を真っ赤にして頬に両手を当て、ニヨニヨ照れ笑いを始める女神ヘラさん。そして、そのまま私にしなだれかかってくる。

おい止めろ。そういう状況証拠を積み上げる作業は止めなさい。


「……えっと、この状態はいったいどう説明すべきなんでしょうか?」

「友情よ」

「……それ、無理ねぇですか?」


断言する彼女に私は異議を申し立てる。いくら何でも裸で同衾は流石に友情行為から逸脱はしていまいか?

すると、女神ヘラは手ぶりを交えて弁論を開始する。


「女友達同士なら一緒にお泊りしてもおかしくないでしょ?」

「ふむ」

「女友達同士なら、裸になって一緒にお風呂に入ってもおかしくないでしょ?」

「まあ、確かに」

「女友達同士なら、抱き付いたり手を握ったり、腕を組んでもおかしくはないでしょ?」

「おかしくはないですね」

「つまり、女友達同士なら、一緒の部屋で裸になって抱き合いながら寝ていても、おかしくはないでしょ?」

「いや、その理屈はおかしい」


別々ならば問題のない行為ではあるが、それらを一緒くたに行うと途端にいかがわしくなっていますよヘラさん。

いや、それよりもここは自分の意見をはっきりと表明してこのヤンデレフレンドシップを抑止しなければならない。

さもないと、女神ヘラの友情行為はエスカレートし続け、私のフリーダムライフは崩壊してしまうに違いないだろう。


「いいですかヘラ…」


そうして、私はヘラを諭すように話しかけようとした。その時、


「「お母様、おはようございま……」」


寝室の出入り口に現れた二人のピンク髪の美少女。一人はポニーテールで気の強そうな、もう一人はボブカットのユルフワ系。

挨拶しようとしたのだろうけど、二人は私たちを見て固まってしまった。いや、ユルフワの方は好奇心たっぷりといった表情で、ポニテの方が驚愕に固まった感じで。


「えーっとぉ、お母様、昨日はお楽しみでしたかぁ?」

「え…、え? どういうことなの? え? お母様とメディア姫が……え?」


はい、オワタ。完全に現場を押さえられてしまいました。つか、あの二人は何者でしょう。ヘラによく似た顔だちですが?


「娘のエイレイテュイアとヘベよ」

「わお」


なるほど。これはつまり、不倫現場をよりにもよって相手の娘二人に見つかった図ですね。アカン。これはアカン。

この状況はとにかく何とかしなければならない。エイレイテュイアは口が堅そうだからいいが、あのユルフワ系のヘベはスーパースプレッダーに違いないのだ。


「待ちなさい二人とも。これはやましい行為ではありません。友情行為なのです。ねぇ、ヘラ」

「ええ、これは友情行為よ」

「ええ~~」


疑いの目を向けてくるユルフワ。ポニテの方も胡散臭いものを見るような訝しむ目だ。

だが問題ない。主張において重要なのは正しさではなく、強い意志で言い切り続けることである。

どれだけ荒唐無稽な主張であっても、主張し続け、権力や武力でもって正しい主張を潰し続ければ、それは揺るぎない固定観念、常識へと昇華するのである。

自分で言っててクズいなこれ。


「いいですか? 女友達同士なら一緒にお泊りしてもおかしくないでしょう?」

「ええ、まあ」

「女友達同士なら、裸になって一緒にお風呂に入ってもおかしくないでしょう?」

「まあ、おかしくはないわね」

「女友達同士なら、抱き付いたり手を握ったり、腕を組んでもおかしくはないでしょう?」

「それは、認めますがぁ」

「つまり、女友達同士なら、一緒の部屋で裸になって抱き合いながら寝ていても、おかしくはないでしょう?」

「「いや、その理屈はおかしい」」


私のカーボンコピーのような主張にヘラの娘たちはハモるようにツッコミをいれてきた。

だが、ヘラはというと、私が同じような言葉を語った事に感動したようで、目をキラキラさせて私を見つめてくる。

うん、早まったかなコレ?





オリュンポスの高地、森林限界を超えたその荒涼たる風景の中、なんか根元に矢の羽のようなのがついた先が円錐に細くなる白い円筒が立っていた。

そして、その円筒に縄で縛り付けられた幼女一人。


「のぉ、ワシ、昨日からずっと磔られておるんじゃがー。というか、この柱みたいの何なんじゃ? のお? 誰かー? ワシのこと忘れておらんかのーっ?」


ペリアスの声はむなしく荒野に響く。





さて、そんな早朝の危機的状況を考えられる限りワーストな形で乗り越えた私は今、魔法的なパゥワーによって復元された神々の家、大神殿は玉座の間にいます。

玉座の間にはアテナやアポロン、アルテミスやデメテル、ヘルメス、アフロディーテ、ヘスティア、デュオニュソスといった錚々たるメンバーが揃い踏みです。

ヘラ、ああ、ソイツなら私の隣でニッコニコの笑顔でいるよ。

それはともかく、私たちの視線は中央、今回の催しの主役に注がれていた。居心地悪そうにしている彼に私は軽く語り掛けた。


「というわけでハデス様、今日から貴方が主神です」

「どういうわけか分からんのだが」


はい、そうです。今日の主役は幸薄そうな根暗系イケメンの冥王ハデス様。寝不足そうな眼とか、頬のこけた感じとか、もう、ザ・冥界って感じですね。

理由は皆さんお判りでしょう? そう、この男をあの駄神の代わりにオリュンポスの玉座に据えるためです。

あの駄神はどうしたって?

もちろん真名を奪って全ての権能を奪い取った後、身ぐるみ剥いで簀巻きにして呪いをかけて、そのままレテ川に流しました。

プロメテウスと同じ目にあわさなかっただけ良心的だと思います。

それはそれとして、あれれー、おかしいなー、こんなに栄誉な地位に就くチャンスなのにハデス様ったら嬉しそうじゃないなー。

「いや待て。ここはゼウスを討ち、さらにはその権能の全てを奪った君がなるべきではないか? それに私には冥界を管理するという重要な仕事が…」

「あ、そのお仕事、もうヘカテー様が引継ぎに入ってますので」

「え?」


いやー、協力者さんのおかげでスムーズに事が運んで楽ですねー。まあ、引継ぎって言っても、官僚に丸投げでしょうし、具体的にはランパスとかに押し付けるんでしょうけど。

いやしかし、私経由で官僚組織っていう概念を得てしまったのは冥界最大の不幸になるかもですね。

ほら、中華の冥界観って官僚主義に毒されてるじゃないですか。お役所仕事上等、午後5時15分で受付終了です。

あ、手続きは遅いですよ。袖の下を通さないと審査早まりません。コネは重要です。議員(偉い神様)に顔が利くなら、審査も甘くなるんじゃないですかね?

なお、これ以降、冥界での待遇については演歌をうまく歌えるかどうかが待遇改善の鍵となる模様。

リベラルアーツに演歌が含まれるようになるわけですね分かりますん。


「なので心置きなく、主神に就任してくださいね」

「いや、しかしだな…」


難色を示すハデス様。まあ、突然こんなところに連れてこられて、トップになれって言われても困りますよね。

しかしここで、今回最大の協力者さんが援護射撃に出てくれた。


「あなた、このお話、お受けになってください」

「ペルセポネっ?」


ハデスを諭すように口を開いたのは、彼の妻である女神ペルセポネであった。可憐な花のように美しい彼女は、慈愛に満ちた言葉と表情をハデスに向ける。


「此度の争いは全て、神々の王とは思えぬ横暴な振る舞いをなされたゼウス様の咎によるもの。であれば、次に王となるべきは賢明にして温厚な性格の持ち主である方が望ましいとは思いませんか?」

「う…うむ……」

「そして、あなたはゼウス様、ポセイドン様らお二人の兄にして、先代の王クロノス様のお子の長兄。であるならば、あなたが選ばれたのはむしろ必然ではありませんか?」


実に理にかなった論説である。

すなわち、世襲が基本である王統においては、長男が王位継承順第一位であることが最も自然にして混乱のない規則であり、

前回においてゼウスが神々の王になったのは、あくまでも特例、彼が直接クロノスを降し、武力で以って王位を簒奪したからに他ならない。

いや、まあ、クロノスとゼウスは同じ末弟として成功した神なので、末子成功譚の亜種としての解釈なら、これはこれで正統なんでしょうけど。

とはいえ、ゼウスが放逐された今となっては、前例に倣いゼウスを討った私メディアか、それとも継承順第一位のハデスが王位につくことが必然となる。


「確かにメディア姫は天空神ウラヌス様と大地母神ガイア様の系譜に連なる者。太陽神ヘリオス様と海神オケアノス様を祖父とする神統。しかし、失礼な言い方ですが、それは神々の王の系統から鑑みれば、傍系となってしまいます」


ウラヌスの曾孫としての格、世代という視点で言えば、私、アポロン、アルテミス、アテナと同世代になるんですけどね。

どこでこれだけの差がついた。祖父の代は農耕神と海神で同格っぽいし、やはり親の代か。いや、父系基準なら玄孫世代になるからその辺りか。


「加えて、メディア姫は女性。女が王位に就けば、それを納得しないものによりいらぬ混乱が生じましょう」

「むう……」


父性社会の象徴ともいえるゼウスを主神として頂く神話体系だ。当然、この古代ギリシアもまた男性社会なのである。

よって女王など混乱を生むだけだ。アイドル担ぎ上げて国が纏まったり、三国志の武将を女性化させて喜ぶようなどこぞの変態島国とは違うのである。

そして、ここにさらなる加勢が。海神ポセイドン様の登場である。


「兄貴、俺は兄貴が王座に就くなら文句は言わないぜ。俺はこの通りの短気な気質だからな。神々の王なんてのには向かないんだわ」


ハデスが驚いた表情をポセイドンに向ける。物質界を支配し、ゼウスに比肩するほどの実力を持つ彼が、ハデスを相手に一歩退いた態度をとったのだからそれも仕方はない。

着々と埋められていく外堀。そして、


「私、あなたが神々の王になった姿、見てみたいわ。きっと素敵な事よ」

「お……おぉ、お前……」


おおっと、ここでペルセポネ選手の上目遣いだぁぁぁ! こうかはばつぐんだ。

ただでさえペルセポネにだだ甘のハデス、彼女の圧倒的オネダリ力の前に彼が陥落するのは時間の問題でしかない。

流石はギリシア神話最大の超銀河アイドルの実力やでぇ。萌えろ俺の小宇宙。ハデスは散々に迷った挙句、


「わ、分かった……」


頷いた。「きゃー、嬉しー」とハデスの首に腕を回して抱き付く美少女系幼妻。二人は幸せなキスをして終了。

いやー、お熱いですねー。バカップルですねー。末永く爆発しろ。


「お見事でした」


私は親指を立ててサムズアップ。ペルセポネさんは勝利のVサインで返してくれた。お互いにニヤリと笑みを浮かべる。


『まあ、結局のところ、彼女って冥界が嫌いなだけなんですよね。冥界の女王ですのに』

「シッ、聞こえますよ旦那の方に」


冥界の女王ペルセポネ。ハデスによって攫われた花の女神。望まぬ結婚を強要され、冥界より帰ることのできなくなった悲劇のヒロインである。

が、彼女、実のところハデスの事はちゃんと愛しているのだ。つまり、ストックホルム症候群系ヒロインなのである。

基本的に、この夫婦の仲は良好なのだ。

じゃあ何が問題なのかと言うと、豊穣神を母にもつ彼女の元々の属性は《花》。陽光の下が好きなのであって、じめじめして暗い地下暮らしは彼女の肌には合わないのである。

というわけで、今回の協力関係が生まれた。つまり、

ハデス、神々の王になる。

じゃあ、職場は神界のオリュンポスになるよね。引越ししなきゃ。

もちろん、神妃になるペルセポネもホワイトハウスにお引越しだよね(ニッコリ)。

冥界の食べ物を食べたから、冥界から出られない? そんなの最高神権限でどうにでもなるよ!

ペルセポネ、冥界から離れてお母さんのいるオリュンポスへ。

ペルセポネ大勝利。


「《将を射んとすればまず馬を射よ》でしたかね」

『ハデス様はペルセポネに首ったけですからねぇ』





寒風吹きすさぶ荒野。その中心にそびえ立つ白い塔。張り付けられている幼女。そこに、翼を背中に生やした少女が舞い降りた。


「イ、イカロスではないかっ! 助けてっ、この縄を解くのじゃっ!」

「無理」

「何故じゃぁぁぁ!?」

「準備があるから」


喚き散らす幼女をよそに、後ろに回って白い柱を弄り出す羽女ことイカロスさん。カチャカチャと機械を弄る音がペリアスの不安を増大させていく。


「の、のうイカロス。何をしておるんじゃ?」

「準備」

「なんの?」

「打ち上げ?」

「Nooooooooooo!!?」


ペリアスの声はむなしく荒野に響く。





「アタランテ、お待たせしました」

「メディアっ」


神々の会合が終わったらしく、メディアが私たち人間の滞在が許された館に顔を出した。

てっきりこのままオリュンポスの神々の一柱として神界に君臨するとばかり思っていたが、まるで変わらない彼女の態度に呆れるとともに安心する。


「良いのか?」

「何がです?」

「お前ならこのオリュンポスの神々として、いや、主神として君臨できるだろうに…」

「ああ、そういうのは興味ないですから。まあ、人間からは外れちゃいましたけどねー。というか、神様とそうじゃない存在ってどういう基準で決まるんでしょうね?」

「……吾に聞かれても困るんだが」


メディアらしい高位存在とは思えぬ軽口に自然と笑みが浮かぶ。本来ならばもっと傲慢になっても良いだけの戦果をあげたというのにだ。


「だいたい、雷霆なんて貰っても使い道ないんですけど」

「メディアにかかれば雷神ゼウスの象徴も形無しか」


彼女の手には二の腕ぐらいの長さの、電光を走らせる存在が握られていた。それこそゼウスがキュクロプスに製造させた、神々の王の武器。

そんなものを素手で掴んでいる時点で、彼女が人外であることは明らかである。

ゼウスを討ち果たした彼女が持っていてもおかしくはないが…。


「誰かにあげようかと思ったんですが、皆首を横に振るんですよね。アテナなら受け取ると思ったんですが」

「ふむ」

「欠点なんて、ギリシア神話主神クラスの力がないと制御できなくて暴走するぐらいですのに」

「うん、それが原因じゃないか?」

「ん? いや、私でも制御できるんですし、他のオリュンポスの神々方も制御できるでしょう」


それが出来ないから首を縦に振らなかったんだろうなと思いつつ、それ以上は水掛け論になりそうなので止めておく。

自分にもできるんだから当然他のヒト(神)にもできるという思考は、諍いしか呼び起こさないので止めておいた方がいい。


「しかし、雷霆を所有したということは、メディアは雷神になったのか?」

「いえ、タルタロスに幽閉されているクロノス様あたりを引っ張り出して、農耕神兼雷神になってもらう予定ですね」


農耕と稲妻は非常に縁深いものであり、この二つを同時に権能とする神は珍しくないのだとメディアは語る。

いや、そうじゃなくて、クロノス神といえば先の戦争でゼウスに封印された神だったはずで、争いの種になりそうなのだけど。


「ん、ああそれならこの仔が何とかしますし」

「PIGA?」


メディアは頭の上に乗せた蜥蜴を撫でる。

まあ、確かにこの竜王がオリュンポス側につけば、ティターン神族も下手な真似は出来ないか。

何しろ、ゼウスを除くすべてのオリュンポスの神を遁走させたという怪物王の再現だ。ゼウスどころか海神ポセイドンにすら勝てなかった巨人族では相手にならないだろう。


「そうだ、この雷霆、バハムートに組み込んでしまいましょう。風に関わる神格持ちですし、違和感とかもないですよね」

「PIIGA?」


メディアの頭の上で小型化している竜王が「何かくれるの?」と言わんばかりに鳴く。

そのやり取りを前に想像する。どうせまた何かをやらかすだろうメディア、そこで投入される雷霆を操る竜王。

話は聞かせてもらった、人類は滅亡する。


「それは止めた方がいい」

「そうですか?」

「いろいろと問題が起きそうだ」

「んー、仕方ありませんね。まあ、武力の過剰な拡張は緊張を煽るといいますし、自重しましょうか」


こうして世界は救われた。

うん、その、なんというか、彼女が好き好んで騒動を起こしているわけではない事は分かるのだ。

ただ、彼女の考えなしのその場の思い付きの行動が、とんでもない事態を引き起こしかねないだけなのだ。

あれ? もしかして、こいつ、厄介さにかけてはゼウスとさして変わらない?

そういえば、前に空を飛ぶ船で訪れた別の大陸の国で、たしか、主神級の2柱をこのドラゴンに食わせていたような…。

……気付かなかったことにしよう。


「それではヘラクレスさんにも挨拶に行ってきましょう。今回の件では彼にもずいぶんお世話になってしまいましたし」

「ん、そうだな」

「もちろんアタランテにも感謝していますよ。何かお礼が出来ればいいんですが」

「報償ならオリュンポスから直接貰っているから、気にしなくてもいい」


アルゴー船に乗船してからというもの、随分と大変な冒険をしたが、それでも終わってみれば素晴らしい体験だった。

様々な異国を訪れ、多くの人々や神々と出会い、多くの戦いを経験した。まるで一生分の経験をこの短い期間に凝縮したかのようだ。

メディアの後ろについて宴会の会場を回る。どうやらイカロスは仕事があるらしく、この場所にはいないらしい。


「ええ、ポセイドン様から依頼がありまして。ペリアスのために後世に残るような派手な催しを頼むと」

「自分も行こうとしたのであるが、イカロスが自分だけで何とかすると言ってきかなかったのである。無事に打ち上げは成功するであろうか?」

「独り立ちしようとしているのでは? 実験では失敗ばかりでしたけれど、調合した火薬はちゃんと反応していましたし、まあ、ぶっつけ本番ですが何とかなるでしょう」

「うん、悪い予感しかしないな」


言葉の端々に現れる不穏なターム。あの幼女はいったいどうなってしまうのか。まあ、たぶんは星座であろうが。

などと、一緒に旅したペリアスの身を案じていると、メディアはいつの間にか大英雄ヘラクレスの傍に行っていた。


「大英雄ヘラクレスよ、此度は私の私事にお付き合いいただき、感謝の念に堪えません」

「はっはっは、気にするな心の友よ。イピトスの件の借りを返せたと思えば、何でもないことだ。それに、俺を苛んでいた狂気の呪いもこのとおりだ」


大英雄は両腕を広げてそう笑う。

そう、女神ヘラによる彼にかけられた呪いは完全に払われた。理由は簡単だ。

女神ヘラがゼウスの妻というあり方に拘らなくなった以上、ヘラがヘラクレスを呪い続ける意味はない。


「それは重畳。とはいえ、それは貴方が此度の試練を乗り越えた事により勝ち得た報償。私からの礼を別に受け取ってはいただけませんか?」

「ほう?」

「予言を。いつか貴方が射殺すであろうケンタウロスの渡し守に注意を払いなさい。その男の死の間際の言葉が、いつか貴方を殺すでしょう」

「ケンタウロスの渡し守……、覚えておこう」


女神の予言ほど恐ろしいものはない。これはギリシア世界の常識だ。何しろ、それですべてを失った者は神を含めて枚挙にいとまがない。

流石のヘラクレスもメディアの予言には神妙に頷いている。


「よし、堅苦しい話はこの辺りにしておこう。メディア姫、お前はこの後どうするつもりだ?」

「そうですねー、一度、両親と弟に顔を出しておきたいので、コルキスに戻ろうかと思っています。その後は、ヒッタイト帝国とかウガリットあたりに旅行しようかと」


明るい口調で問うたヘラクレスに、メディアはそう答える。

それはなかなか面白そうな計画ではある。エジプトに匹敵する巨大帝国ヒッタイト、そして古くより国際交易都市として繁栄するウガリット。

いずれも、未だ話にしか聞いた事のことのない異国だ。ギリシアとは比較にならないほど豊かな国なのだろう。


「早めに行っておかないと、あそこ、100年もしたら滅ぶんですよね」

「「ん?」」


今何か、物凄く聞き捨てならない言葉がメディアの口から出たような気がするが、気のせいだろうか?

ヘラクレスと共に思わず聞き返すような反応をしてしまう。

何かの間違いだろう。100年後の滅びなど、それは予言ではないか。そんなことは神々にしか…、いや、コレ、神様だった。


「イリオスにも行ってみたいですね。一度は行ってみたかったんですよ。滅ぶ前に見ておかないと」

「…………」

「そういえば、アタランテの故郷にも行く話をしていましたよね?」

「……メディア」

「ん?」

「アルカディアも滅ぶのか!?」

「え、あの、ええ、生き残るんじゃないですか? アルカディアだけは」

「そうか」


メディアの言葉に安どする。そうか、アルカディアは滅ばないのか。アルカディアだけは。ん? だけは?

……あまり深く考えても良い結果にはならなさそうだ。


「そうですねー、両親に顔を見せた後、アルカディアに寄らせてもらいましょう」

「あ、ああ。歓迎しよう」

「楽しみですねー」


などと和気あいあいとメディアと語り合う。

なんというか、言葉の端々に聞き捨てならない内容が含まれてはいたが、100年後であれば自分と関わりあいはないだろうと聞き流すこととする。

そしてふと、何気なく、吾はメディアの背後に視線を外してしまった。何気なくである。特に意味はなく…だ。

そして、激しい後悔に見舞われた。

大理石の柱の影に、ピンク髪の般若の姿が。


「グギギギギ」

「ひっ」


吾は無意識に一歩、その場から後ろに退いていた。野生の本能が「やめろ、アレと目を合わせるな。死ぬぞマジでいや本当に」と悲鳴を上げた。

恐怖に引きつりそうになる私に、メディアが首を小さくかしげた。


「どうしましたアタランテ。まるで窓の向こうにこの世ならざる冒涜的なものを目撃したかのような顔ですよ」

「めめめめめ、メディア、その、なんだ、他にも誰か一緒に連れてきてもいいんだぞ?」

「?」


吾のとっさの言葉にメディアは不思議そうな表情をするが、後ろの御方はニッコリと頷いた。

その瞬間、身の毛もよだつような殺気が嘘のように消える。首の皮一枚繋いだか…。

だが、


「どうやら私を呼んだようね!!」


余計なのが涌いた。

唐突に芝居がかったポーズで現れたるは金色の神の美の女神。同性から見ても覚めるような美しい容姿は、しかし変なポーズのせいで台無しだった。

そんなアフロディーテの登場に、メディアは真底面倒くさそうな表情で応じる。


「いや、呼んでねぇですから」

「照れなくてもいいのよ。ええ、皆まで言わなくても大丈夫。女友達同士の小旅行はフレンドシップの健全な維持のためには不可欠なのでしょう? ま、
まあ、一応私たちって友達同士だし? 私も色々忙しい身だけれど、どうしてもって言うなら、付き合ってあげなくはないわよ?」


得も言われぬ面倒くささにイラっとくるも、柱の向こう側にいる御方の機嫌がフリーフォールしている様子に、吾は異様な寒気を感じた。

女神と云うかヒロインにあるまじき怨念のこもったオーラ。寿命がガリガリと削られる感覚を幻想する。

と、その時、メディアがふと言葉を口にした。


「なら、他にも誘いましょうか」


九死に一生。吾は思わず心の中でガッツポーズをとる。ああ、アルテミス様は吾を見捨ててはいなかった。
(※なお、アルテミスは狂わせるほうである。)


「そうですね、ダイダロス親子も呼びましょう」


ちがう、そうじゃない。ああ、柱の後ろの御方から闇が染み出して…。


「あとは……」


ごくりと唾を飲み込む。吾は祈る。どうか、どうかご慈悲をアルテミス様!!





その頃のアルテミス。

ぐっすりと昼寝中であった彼女だったが、唐突に、何かを感じたのかバッと起き上がった。寝顔を眺めていたシスコンがそれに驚く。


「ど、どうしたんだいアルテミス」

「………無理」


ぼそりと一言言い残し、アルテミスは再びコテンと横になって寝息を立て始めた。


「えっ、二度寝? 今の何だったのっ?」





メディアは私の言葉に促され、旅の同伴者について真剣に考え込む。

そうだ、あともう一声。お願いだ。神様、アルテミス様!!


「ヘラクレスさん、どうします?」


メディアは次に大英雄ヘラクレスに声をかける。やめろっ、よりにもよってヘラクレスはダメだ。

ヘラを誘わずに、ヘラクレスを誘うなど、もう自分から燃え盛る炎の中に飛び込んでいるとしか思えない。


「またの機会に頼む。周りが女ばかりの旅だ。襲わずにいられる自信がない」


断りの言葉に一瞬安堵する。しかし、


「そうですか……、うん、他にはいませんね」

「そん…な」


現実は非情である。

全てが終わった。吾は諦め受け入れることとした。死はあらゆる生き物に平等に訪れる。それは自然の摂理なのだから。

そして私は目撃した。すべての表情が消えてなくなり、能面となった女神ヘラの顔を。吾は改めて思った。アカンこれ。


「おや、さっきからどうしたのですかアタランテ。顔色が優れませんよ?」


私に気を遣うメディア。吾は最後の勇気を振り絞り、メディアに逃げろと伝えようとするが、しかし喉が動かない。

何故なら、ほんの数秒前より呼吸をすることすら忘れていたのだから―


「どうしたのですかアタランテ。まさか何か悪いものでも食べ…、ほぇ?」


そして、その手がメディアの肩に乗せられた。メディアはいったい誰だろうと後ろを振り向く。そして、


「ひっ!?」

「少し、お話ししよっか。メディア」


メディアの表情が恐怖にひきつる。


「違っ、これは違うんです! 誤か…、あ…、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っっっ!!?」


次の瞬間、異様なほどの力でもってメディアの体が部屋の向こう側へと引きずりこまれていった。

その後、彼女がどうなったのか、吾には分からない。恐怖に身がすくみ、追いかけようなんて気すら浮かばなかったからだ。

そして、そんな一連の惨劇に美の女神は一言呟いた。


「友情はすばらしいものだけれど、友達は選んだ方がいいのね」


真理である。吾はその言葉に頷き、いつの間にか吾の頭の上に移動していた蜥蜴の背中を撫でた。

そうして部屋の奥の方から視線を外すと、後ろからダイダロスの声が。


「おーいっ、花火の用意が出来たのである!」


もうそんな時間か。うん、いろいろあったが、気にしていても仕方はない。吾たちは皆一緒に会場に向かうことにした。





今、一つの時代が終わりを迎えようとしている。

ゼウス敗れる。その報はヘルメス神によってギリシア全土に伝えられ、全知全能にして最強の神々の王の輝かしい権威は、一夜にして失墜した

かくして、神々の王という地位におぼれて好色に耽った暴君は、その好色故に事もあろうに女によって放逐され、オリュンポスは新しい主を迎えることとなる。

それは奇しくも、多くの国々が滅亡するこの時期と重複することとなった。

後代の考古学者はこの主神の交代、ゼウスの失墜をこの時代の激変の一幕が神話に反映されたのだと考察するだろう。


「うん、じゃからな。たのむから、縄を解いてくれんかの?」

「では、カウントダウンを開始するのである」「わかった」

「いや、止めるのじゃっ!! 頼むから!!」


これより後、100年もせずしてギリシアの神代は終わりを告げる。コルキスの王女がもたらした変化が、後の世にどのような影響をもたらすのか、それは誰にも分らない。


「いや、だから綺麗にまとめる前に、誰か助け―」

「3、2、1、発射」

「ぐぉぉぉぉぉぉっ!!?」


白い柱の根元から、恐るべき勢いで炎が。同時に、白い柱はペリアスを張り付けたまま、天高く、煙の尾を引いて昇っていった。





天空にて大輪の光の花が咲く。残った夜空には、新しい星座が誕生した。私はそれを神殿の外から眺める。


「たーまやーっと。星座が増えるとか物理的にはどういう仕組みなんでしょうか。集団幻想? 重力レンズ?」


そして私はすぐに段ボール箱を被りなおす。AMAZONESの段ボールは万能、分かるんですよね。


「メディアァァァァ、何処に逃げたのぉぉぉっ?」


おや、追手のピンク髪が近づいてきていますね。そろそろトンズラこきましょうか。


「では皆さま、また機会がありましたら、お会い致しましょう」


メディアちゃんはクールに去るぜ。


―――― 第一部『オリュンポス騒乱』 完 ――――


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というわけで、オリュンポス編終了です。これで一旦は終わりという事で。お付き合いいただき有難うございました。

次回以降はあるかどうか分かりません。とりあえずは、嘘予告だけ置いておきますね。




[38545] 嘘予告『イリオス炎上編』
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:cc918930
Date: 2015/11/15 18:52

その日、我らが冥界の女神ヘカテー様はギリシア最高の演歌の歌い手を決定すべく、天下一歌謡会を開催した。

地獄の沙汰も演歌次第。天下一歌謡会で優勝すれば、一家どころか村全員の冥界での幸福が約束される。人々はそう信じた。

これが後の紅白歌合戦である。

しかし、この大会においての優勝候補はただ一人のみ。すなわち、女神ヘカテーが異国より連れ帰った巫女イシュキックに他ならない。

誰もが巫女の勝利を疑わなかったが、そこに思わぬダークホースが登場する。


「俺は演歌王になる男だ!」


彼の名はパリス。アナトリア半島の都市国家イリオスより出奔した王子であった。

彼は演歌狂いであり、王が引き止めるのも聞かず、己の演歌がギリシア本土に通じるかどうかを確かめるためにやって来た天才歌手だった。

そして彼は下馬評を乗り越え、見事に天下一歌謡会で優勝してしまう。

この偉業を称えた女神ヘカテーはパリスにいかなる褒美が欲しいのか問うた。

しかし、パリスは演歌馬鹿である。演歌以外は頭にない。とはいえ、優勝したことの報償は貰うべきだ。

そこで彼はヘカテーに願った。自身にとっての理想の伴侶を…と。それがすべての原因となった。





ヘラクレスさんも随分と歳をとり、もはや老齢と言われてもおかしくない年齢に達していた。

しかし、やっぱり彼は最強だった。

ところがある日、彼はとある噂を耳にする。最近、アキレウスとかいう小僧がいい気になって、最強だなんだとチヤホヤされているらしい…と。

というわけで、ヘラクレスさんは考えた。こいつが一番いい気になっている時に、本当の大英雄がいったい誰なのかを思い知らせてやろうと。





ヒッタイト帝国の王、トゥドゥハリヤ4世の悩みは深かった。

何故なら、王権の正統性を巡って二人の人物が相争う状況に陥っていたからだ。

一人は先代の王ハトゥッシリ3世の子トゥドゥハリヤ4世、もう一人は先々代の王ムルシリ3世の弟クルンタ。

トゥドゥハリヤ4世の悩みは、すなわち、彼の父が先々代の王から王位を簒奪した罪について。彼はその簒奪が罪深いことであると信じていたからだ。

そんなある日、彼は城壁から落下してしまう。それは暗殺者によるものだったが、しかし、彼の命は無事だった。

命だけは無事だった。

何故ならば、その城壁の下ではエルフ耳の女が何故か大釜をかき混ぜお昼ご飯を作っていたからだ。

後は分かるな?

立派なレディーとなったトゥドゥハリヤ4世は、しかしこれで自分は王権争いから外れるだろうと喜んだ。

しかし彼(彼女?)はそこで思わぬ言葉を女から聞く。

「お前ぇの国、あと50年ぐらいで滅びますから」と。

話を詳しく聞けば、将来、海の民なる蛮族が弱った祖国に攻め寄せて、ヒッタイト帝国は無残に滅ぼされてしまうだろうと。

滅びを回避すべくヤル気を出した彼女(彼?)はその日から積極的に動き出す。そうして彼女は、多くの人々の助けを借りてライバルを打倒し、とうとう祖国を安定させてしまう。

そんな時、彼女(もう彼女でいいや。)は驚くべき知らせを受けた。友邦であるイリオスが、海の向こうからやって来た軍隊に包囲されていると。

トゥドゥハリヤ4世は考えた。イリオスを襲う者たちこそ海の民に違いない。

こうして、ヒッタイト帝国は動き出す。そこにヘラクレスさんがいるとも知らずに。





コルキスの王アイエテスは人生の絶頂期にあった。

彼の娘はオリュンポスの神々の王を降し、コルキスの国威は限りなく高まっていた。また、国は製鉄と新しい農産物のおかげで急速に力をつけていた。

国の勢いはそのまま国家の膨張という形で表出する。コルキスは黒海東岸地域と北岸地域を瞬く間に飲み込み始めた。

そうしてウクライナをジャガイモで征服したアイエテスは、次に黒海南岸地域、すなわちアナトリア半島に目を向ける。

どうやらギリシア連合軍がイリオスを攻めているらしいが、そこにヒッタイト帝国が介入するらしい。

もしここでギリシア軍に与して、ヒッタイト帝国を横合いから殴り付ければ、アナトリア半島も容易に征服できるだろう。

そこでアイエテスは重装騎士と弓騎兵を主力とする10万の軍団を編成すると、その軍にヒッタイト帝国侵略を命じた。

そこにヘラクレスさんがいるとも知らずに。




[38545] ウィキペディア風「メディア」
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:cc918930
Date: 2015/12/21 20:55
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メディア(古希: Μήδεια, Mēdeia)は、ギリシア神話の女神である。なお、正確な長音表記は「メーデイア」である。

オリュンポスの神々の王ゼウスを倒し、天地に新しい秩序と平穏をもたらした女神であるが、元来はアナトリア半島および黒海沿岸の土着の女神だったと考えられている。

「予言の女神」「天を堕とした女」「竜王の母」「破壊神」「だいたいコイツのせい」「またお前か」等の別名で呼ばれることもある。

「最後の二つ入れた奴、後で体育館裏な」  ―― ██ィ█


<概要>
元来メディアはコルキスの王女として生を受け、女神ヘカテーの巫女としてヘカテーより魔術を授けられた人間であったが、オリュンポスの神々の王ゼウスを打倒したことで人間から神となった。

当時、ティタン神族とギガースらとの戦争に勝利し、さらには女神ガイアが差し向けた怪物テュフォンを倒したことでオリュンポス、ひいてはその王であるゼウスの権勢は頂点を極めており、ゼウスはこのことにより奢り高ぶり、その振る舞いは横暴を極めていた。

その横暴の一端が女性に対する放蕩ぶりであり、ゼウスはヘラという妻がありながら、様々な女神や人間の女に無理やり言い寄り、多くの場合は誘拐や強姦におよんでいた。

メディアは旅の途中、ゼウスに見初められてしまうが、ゼウスによって手籠めにされた女の多くが不幸になっている事を知っていたために、これに抵抗し、なお諦めないゼウスに対し最後には反乱を起こし、これを打倒した。

このことから、メディアは男からの不当な暴力から女を守る女神として古代ギリシア文明圏の女性たちから信仰を集めた。

また、横暴な専制君主を打倒し、世界に新しい秩序をもたらしたことから、旧弊を打破しようとする者たちから革命を司る女神として敬われた。

なお、旧弊を打破して新たに体制側となった者たちは、次に自分たちが倒されることがないよう、彼女を畏れて篤く信仰したという。

「ろくでもないマッチポンプだ」 ―― 古代ギリシアの歴史家ヘロドトス


メディアは大変旅行好きの女神であり、ヒトであった時にはエジプトから新大陸にかけて、神となってからはインドや日本、果てはハワイ諸島にまで足を延ばしている。

このため、メディアは世界中で信仰されており、世界各地に彼女に関する様々な伝説が残されている。

「私がこの前人未到の天空の遺跡を発見した筆舌に尽くし難い興奮は、調査にて案の定その姿を象った石像を発見した時に萎えた。私たちは思った。『またお前か』と」 ―― アメリカの探検家 ハイラム・ビンガム


メディアは最強の神ゼウスを討った逸話により、竜に跨り雷霆を手に携えた勇壮な姿でしばしば描かれ、時にゼウスを踏みつけたモチーフでも描かれる。

しかしながら、神話においてメディアが自らの手で戦う描写は、そのイメージとは異なり驚くほど少ない。

例えばオリュンポスに攻め入った際に立ちはだかった神々に対して、メディアは策略や知恵比べでこれを退けており、ゼウスと決戦においても戦いの主役は、彼女が怪物テュフォンの子らの体の一部を材料として作りだした竜王であった。

もっとも、マハーバーラタでは英雄カルナから黄金の鎧を奪おうとしたインドラを雷霆を用いて懲らしめ、焼けた鉄板の上で土下座させた逸話などがあり、決して戦いが不得手というわけではないようである。

「鰤虎以外のインドラの扱いに草生えるwww」  ―― ██ィ█


<系譜>
コルキス(現在の████第四帝国中央部)の王アイエテスと海神オケアノスの娘エイデュイアの娘であり、姉にカルキオペー、弟にアプシュルトスがいる。

アイエテスは太陽神ヘリオスと海神オケアノスと女神テテュスの娘ペルセイスの子であり、つまりメディアの母と祖母は姉妹である。

「さっすがはギリシア神話、爛れていますね」  ―― ██ィ█

通常、メディアが神になったのはゼウスを倒した後とするのが普通である。しかしながら、系譜から見るに彼女には人間の血は入っておらず、また、地方の土着の神をルーツとしていることから、そもそも何故彼女が人間であるとされていたのかは良く分かっていない。

「設定ガバガバじゃねぇか」 ―― 古代ギリシアの歴史家ヘロドトス
「ギリシア神話だから仕方がないですよねー」  ―― ██ィ█


<神話>
最もよく知られる神話はゼウスとの戦いに関わるものであるが、この他にも様々な地域の神話に登場することが知られている。これは、一時期東ヨーロッパから中央アジア一帯にまで版図を広げた████古帝国の影響によるものと考えられている。[要出典]

例えばインドのマハーバーラタ、北欧の古エッダ、中国の山海経、日本の風土記、マヤのポポル・ヴフなどでメディアと思われる女神が登場している。

【アルゴナウタイの到来】
メディアに関わる神話は前述のとおりイアソンのアルゴー船の冒険に関わった事に始まる。コルキス王国の王女として何不自由ない暮らしをしていたメディアは、しかしその予言の力により、自分と祖国に苦難が訪れることを予見していた。

このためメディアは女神ヘカテーに魔術の教えを請い、メディアはヘカテーを師として卓越した魔術の使い手となった。

そしてとうとうイアソン率いるアルゴー船がコルキスに到着すると、イアソンを守護する女神ヘラにより最初の試練がメディアに立ち塞がることになった。

しかし、メディアは優れた魔術により美の女神アフロディーテからかけられた恋の呪いを跳ねのけ、知略により神々の眼をコルキス王国から逸らすことに成功する。

しかし、試練を見事乗り越え晴れて自由となったメディアは、長年我慢してきた世界旅行への欲求を抑えることが出来なくなった。

メディアはアルゴー船の乗員としてやって来たアルカディアの女狩人アタランテと意気投合し、これを機にメディアは旅行に行くことを決める。

メディアはアルゴー船に同乗すると、アルゴナウタイと共にギリシアへと向かい、イアソンの王位奪還を助けた。
なお、王位を追われたペリアスはメディアにより罰として幼女に変えられた。

「アルゴナウタイ」および「幼女座」も参照。

【ゼウスとの出会い】
アルゴー船の冒険が終わり、イアソンは王に即位したことを祝い競技会を開く。そこに見物にやって来たゼウスをメディアは丁寧に案内するが、この事でゼウスはメディアに一目惚れしてしまう。

【ダイダロス親子】
メディアはアルゴー船をイアソンより買い取り、これを世界旅行のための足とした。旅行の同行者はアタランテとペリアスである。

一行はエジプトへと向かうが、その途中、空からクレタ島より脱出したイカロスが落下してきた。

イカロスはメディアの持つ大釜の中に落ち、女に変身した。ダイダロスも大釜に突き落とされて女に変身した。

「騙されるな。この女神、実はゼウス以上に厄介だぞ」 ―― 古代ギリシアの歴史家ヘロドトス

【モーゼへの予言】
エジプトに到着したメディアたちであったが、そこにゼウスが現れメディアを拐わかそうとする。メディアはこれから逃げ出し、その先で殺人を犯したモーゼと鉢合わせとなった。

メディアはモーゼの短絡的な行いを叱責するも、シナイ山にて神託を受ける予言を授け、モーゼをエジプトから逃がした。

「モーセ」も参照。

【ゼウスとの対決】
ゼウスから何とか逃げおおせたメディアは海神オケアノスの屋敷に身を潜めるが、ゼウスはメディアの故郷であるコルキス王国を無数の竜に襲わせメディアに自ら出てくるよう脅迫する。

これに怒ったメディアは半年後にオリュンポス山に自ら向かうと伝令のヘルメス神に伝えると、その時間を使ってゼウスを打倒するための準備を整えた。

メディアは十分な準備を整えると、オリュンポスへと乗り込み、ゼウスを見事倒してしまった。

メディアはゼウスの真の名を聞き出し、その力を全て奪ったことで神となった。ゼウスはオリュンポスから放逐され、彼の祖父と父と同じ運命をなぞった。

メディアは神々の王にも為ることが出来たが、それを固辞して冥界の王ハデスを神々の王とした後、コルキスへと帰った。

「オリュンポスの落日」も参照。


<人物>
性格は温厚とされ、基本的には人間に対して友好的に接する。様々な発明を行った事の他、神々との知恵比べの逸話により優れた智慧の持ち主とされる。

また、ゼウスがエジプトのファラオであるラムセス2世と奪い合う描写がある事から、その容姿は美の女神アフロディーテに勝るとも劣らないと描かれることが多いが、元の神話にはそのような記述はいっさい存在しないため、後代の創作であると考えられている。

むしろ、身体の方は貧そ###この編集者は絶交されました###

「どいて██ィ█、そいつ殺せない」  ―― ██
「いや、私は気にしてないですからね?」  ―― ██ィ█

また、他のギリシア神話の女神たちとは異なり、他の女神とは対立せず、むしろ友諠を結んでいる。

アルテミスやアフロディーテとも仲が良いが、特に女神ヘラとの間には深く美しい友情で結ばれている。

女神メディアと女神ヘラの友情は世界で一番美しい友情関係である。女神メディアと女神ヘラは世界一美しい。なのでもうこれ以上は勘弁してください後生ですから家族だけは助けqあwせdrftgyふじこlp


前述のとおり、元来は土着の女神だったと考えられているが、ギリシアに征服されたことにより零落したものと考えられている。

しかし、一度零落した女神である彼女がいかなる経緯で再び神として祭り上げられることとなったのかは、残された資料が少なく詳細は不明である。


<信仰>
その優れた智慧により為されたとされる数多くの発見や発明に関する逸話が残っている。代表的なものは転炉による製鋼法、農作物や家畜の遺伝学的な品種改良法といったものである。

また、新大陸由来の様々な作物をユーラシア大陸にもたらしたのも女神メディアとされている。

「アトランティスは実在したんだよ!!」 古代ギリシアの哲学者 プラトン
「な…なんだってーーー!!」 古代ギリシアの哲学者アリストテレス

また、旅行好きの彼女の逸話を反映し、世界各地に女神メディアの足跡が伝説として残っている。その数は泉や井戸、岩石や動植物を含めて現在知られているだけで10万以上とされている。

例えばバヤンカラ山脈には、そこで溺れた物は皆、水に濡れると変身し、湯を被ると元に戻る変身体質となる大小100以上の泉が存在するが、これらについては女神メディアがその場のノリで作ったという伝説が残っている。

また、しばしば男性を女性へと変身させる変身譚の原因となることが多い。なお、女性に変身させられた男性が元の姿に戻る事はない。

「どうして義経を女にしたら兄弟仲が良くなると考えたのか」 ―― 日本の国学者 本居宣長
「激しく同意する」 ―― 日本の戦国武将 上杉謙信
「謝罪と賠償を要求する!」 ―― 日本の戦国武将 織田信長
「病気が治った事には感謝してますけどね」 ―― 幕末の武士 沖田総司


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希望があったのでウィキペディア風です。こんなん初めて書きました。



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