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[36838] 【ネタ】社長少女キャロ・ル・ルシエ(リリカル×遊戯王)【完結】
Name: ぬえ◆825a59a1 ID:980dd4c6
Date: 2015/07/03 12:37
 ハーメルン様にてマルチ&追加投稿

  ☆ ☆ ☆

 スカリエッティの研究施設の深部、強度のAMF空間の中、フェイトはスカリエッティの術中に嵌り捕えられていた。

 カツ、カツ、と踵を鳴らしながら、身動きの取れないフェイトへ近づいていくスカリエッティ。その顔はもはや勝利を信じて疑っていないように見える。

 フェイトはここまでたどり着く間に魔力・体力ともに浪費し、既にまともな戦いを出来ない状態だ。唯一残された手札――オーバードライブは、一度しか使用出来ない最後の手段であり、未だ戦闘機人が各地で活動している現状では出し惜しみせざるを得ない。

 このまま彼女をなぶり殺しにすることは容易いが、それはいささか面白みがないというもの。彼女がここに来た、即ち機動六課の戦力が分散してしまった時点でスカリエッティの目論見は全て的中しており、究極この場でフェイトに敗北したとしても問題ないのだから。

 故にスカリエッティは彼女との会話に興じることにした。最高の頭脳を与えられた彼といえども全ての人間の思考に共感することは不可能であり、そして気になる。彼を執念深く追ってきたフェイトもまた、非常に興味深い実験動物なのだ。

「君と私は良く似ている……私は自分の作り出した娘達を、君は自分で見つけ出した……自分に逆らうことの出来ない子供達を、思うように作り上げ自分の目的のために使っている」

「黙れッ」

 そう吼えるフェイトに一言スカリエッティは問いかけた。違うかい、と。それだけで動揺しうろたえてみせる彼女を滑稽に感じながら、その揺らぎをより大きくするべく言葉を続けた。

「君もあの子達が自分に逆らわないように教え、戦わせているだろう? 私もそうだし、君の母親も同じさ」

 母親、プレシアのことを出されて言葉を失うフェイト。かつて自分の受けた所業の数々を思い出し、体から力が抜けそうになる。

「周りの人間は、全て自分のための道具に過ぎない。そのくせ君達は自分に向けられる愛情が薄れるのには臆病だ。実の母親がそうだったんだ……君もいずれ、ああなるよ」

 アリシアを失い、壊れてしまったプレシア。それは彼女がアリシアを大切に思っていたからこそだ。フェイトにとってエリオやキャロはかけがえの無い存在、その二人が自分の手元を離れ、あるいは失われてしまったら?

 果たしてプレシアと……母と同じことにはならないと、言えるだろうか。

「間違いを犯すことに怯え、薄い絆に縋って震え……そんな人生など無意味だと思わんかね?」

 段々と瞳から光が失われていくフェイトを見ながら、スカリエッティは満足とも興冷めともつかない気分を感じていた。

 所詮、人形は人形。人間の人生ですら無意味なのだ……人形の生など、それ以上に無価値。

 自分の思った通りの結末になったことは喜ばしい。だが実験として見るならば、予想と同じ結果を出しただけなどつまらないにも程がある。

 フェイトの心は折れ、その体は囚われになる。エースの一人が堕ちたとなれば局員達の士気は崩壊し、首都を制圧しているナンバーズも、ゆりかご内部の娘達も問題なく作戦を成功させるだろう。





 そう、あの子がいなければ。





「――ふふふふ、ふはははははは!」

 突如として笑い出すキャロ。スカリエッティがわざわざ双方通信を可能にした空間ディスプレイを通じて、ラボには高笑いが響き渡る。

 可笑しくて堪らないと、これ以上の笑い事は存在しないと言うように。

「これまでの俺の苦悩、俺の努力、俺の人生の全てはお前のためにあったという訳だ……」

 バッと顔を上げるキャロ。その顔は、瞳は怒りに歪められていた。

「ふざけるな!」

 怒気を叩きつける。それは思わずトーレとセッテですら身構える程の発露だった。

 だがしかし、その矛先は彼女達でも、ましてやスカリエッティでもなかった。

「よく聞けフェイト。俺は生まれてこれまで、自分以外のために生きたことなど一瞬たりともない。俺の未来へと続く栄光のロード。それを汚すと言うなら、相手が誰であろうと……この手で粉砕する!」

 強い眼差しに射抜かれて、色を失った筈のフェイトの瞳に光が戻る。その表情は強く困惑が浮かんでいた。

 どうしてキャロはそこまで強くあれるのか。年下であり保護する対象だったキャロの言葉に、今やフェイトは心奪われていた。

「貴様のほざく心の闇など俺は嫌というほど見せられてきた。見たくもない心の闇の底の底、心の暗黒までも。俺はそれを乗り越えてここまで来たのだ。心にあるは、己が未来を切り裂く光。それさえあればいい!」

 お前もまた、数々の障害を乗り越えて来たのだろうと喝破されて立ち返るフェイト。九歳から始まって約十年、その間に起きた様々な出来事が走馬灯のように頭を過ぎっていく。

 そのどれもが喜ばしい、楽しいものであった訳ではない。苦しいこと、悲しいこと、辛いこと、そんなことの方が圧倒的に多かった。それは凶悪事件を担当することの多い執務官という役職だからだけではなく、フェイトが率先してそのような事件を担当してきたからだった。

 自分のような、苦しい想いをする子供を一人でも助けたいから。自分のように、あと一歩届かずに大切な人を失う辛さを味あわせたくないから。

 だからこそこの十年、フェイトは走り続け――

「立ち上がれ、フェイト! 貴様はここで終わるデュエリストではない!」

 だからこそ今この時、キャロはここにいるのだから。

「貴様は俺が認めた誇り高きデュエリスト。俺の前で無様な敗北を喫するなど、断じて許さん!」

 キィン、とハウリングするほどの声量は間違いなくフェイトにも届いていた。

 キャロの怒りはそのままフェイトへの期待、どうでもいい相手に対して感情を露わにして叫ぶことなど、ないのだから。

 ふるりと身体に走る震えをフェイトは隠すことが出来なかった。

「オーバードライブ……真、ソニックフォーム」

『Sonic Drive, get set』

 湧きたった心が立ち止まっていることを許さない。

 AMFの圧力を吹き飛ばすように膨大な魔力が、フェイトの中から迸る。噴出した魔力はそのまま彼女の身体を覆い、一瞬の後、その装いを変化させていた。

「貴様にも見える筈だ。見果てぬ先まで続く、俺達のロード……貴様はここで立ち止まるのか!」

 ここで立ち止まる筈がないと期待して、信じている。その気持ちに応えなければならない。否、応えたい。

 二刀に別れたライオットザンバーを構え、フェイトはセッテへと斬りかかった。

「ぐあっ!?」

 スローターアームズを割り、魔力ダメージを通しての昏倒。反応すらさせずにセッテを倒し、フェイトは続けてトーレへと襲いかかる。

「装甲が薄い、当たれば落ちる!」

 トーレが口にした挑発は、しかしフェイトの耳には届いていなかった。

 フェイトの心にはもう、迷いなどないのだから。

 自分はどうしようもなく弱くて、少し揺さぶられただけで迷い、悩み、そんなことをきっと、ずっと繰り返していくことだろう。

 だけど。

「それも全部、私なんだ!」

 一刀に戻したことで密度の跳ね上がったザンバーで薙ぎ払う。打ち出した斬撃はインパルスブレードを割り、トーレをも地面へと叩き落とした。

「はあああっ!」

 ガギィ、とザンバーを手で受け止めるスカリエッティ。その威力は足が床を割り沈むほどだったが、しかし彼の目はフェイトを捉えて離さなかった。

「ああ――」

「何を勘違いしているんだ」

「ひょ?」

 折角話しかけようとしたところで出足を潰され、間の抜けた声を出してしまうスカリエッティ。その間にフェイトは離脱し、再び突撃していた。

「行く手に過去が立ち塞がるのなら、過去を、なぎ倒して行け!」

 キャロの声が後を押してくれる。それだけで、怖いものなど何も無い。

 それに言いたいことがまだ残っている。

「あの子は」

 踏み込み、ザンバーを振りかぶる。

「私の言うことに」

 反応出来ていないのだろう、身体の真横からザンバーを叩きつけ。

「全然従わないんだからッ!」

 振り抜いた。ジャストミートされたスカリエッティの身体は岩壁を叩き割り、崩れ落ちる。

 令状を執行し、三人を縛り上げたフェイトがモニターの方を向く。そこには思った通り、キャロが大写しになっている。

「俺は誰の指図も受けん!」

「それは別に良いよ。いや、部隊指揮からするとマズイけど……応援してくれてありがとうね、キャロ」

 その一言に真っ赤になるキャロ。

「か、勘違いするな。俺にとって敵とは常に最強でなければ気が済まない、ただそれだけだ」

「ふふ、分かってるよ、それがキャロの照れ隠しだって」

「ななな何を言っている貴様ぁっ!?」

 にへら、と笑うフェイトと真っ赤になってうろたえるキャロ。

(仲良いよね、二人とも)

 画面の外、気絶したルーテシアを抱えたエリオは少しばかり疎外感を感じているのだった。





つづく?



[36838] 「デュエル開始の宣言をしろ、磯野!」(六課入隊前)
Name: ぬえ◆825a59a1 ID:980dd4c6
Date: 2013/04/07 15:41
 夜、とぷりと日が暮れ人々が寝静まった頃。ここはアルザスに存在する一つの部族、ルシエの里である。

 山の中にひっそりと、衆目を避けるように作られた集落。その実、外界との接触を避ける傾向が見られるのは彼らの特殊性によるものだ。

 それは次元世界の中でも数少ない召喚獣の使役を司る部族だからであり、加えて彼らの召喚獣があまりにも希少なためである。

 ――竜。広大な次元世界においても、その存在を知らない者の方が少ないだろう。巨大な体と翼、硬い皮膚、鋭い爪と牙、灼熱のブレス……他の獣とは格の違う種族として超常種、或いは幻想種、などと称されることもある。

 総じて巨躯と高い知性、圧倒的な暴力を備えたそれらに人間は為す術なく、生贄や供物を捧げて宥めるという例が多い。竜を弑すことの出来た者や武具を竜殺し、いわゆるドラゴンスレイヤーとして英雄視する点からしても竜種が規格外であることがよく分かる。

 ルシエの場合、竜を崇め奉ることにより宥め加護を得る、巫女として自らを位置づけている。彼らを上位の存在として捉えはしても隣人扱い、ましてや見下ろすことなどあり得ない。

 強大な力が無秩序に揮われることを防ぐべく何世代にも渡って良好な関係を作り維持し、平穏を乱す存在を排し続けてきたのだ。

 危険分子の排除は今までも行われてきたことであり……年齢や状態に目を瞑れば、今まさに同じことが繰り返されようとしていた。





 集落の中でも中央にある一際大事な建物、ゲルの中で焚き火を挟み三人が座していた。一方はルシエの長老と婆であり、他方は六歳になったばかりの幼い少女である。

 少女の方は腕の中に白銀の飛竜を抱いている。彼女が卵から孵したこの子竜は本来かなりの大きさなのだが、故あって小さい体に留められている。

 じっと少女は待っている。長老直々に話があると呼びつけられてからはや数分……漸く長老が口を開いた。

「ーーアルザスの竜召喚部族、ルシエの末裔キャロよ」

 改まった呼称で呼ばれた少女、キャロが長老へと目を向ける。その呼び方だけで重要な話をこれからされることは伝わってきた。こんな夜更けにただ一人呼び出された時点で予想していたことではあるのだが。

「僅か六歳にして白銀の飛竜を従え、黒き火竜の加護を受けた。お前はまこと、素晴らしき竜召喚師よ」

 キャロは婆の評にフン、とひとつ鼻を鳴らす。年齢は六歳だというのに二人を前にして尊大な態度を崩そうとしない。

 生まれつき竜召喚に適性を持つルシエの部族において、更に稀代の才能を持って生まれたキャロ。持ち竜がいることもそうだが、特に黒き火竜の加護は長老ですら持ち得ていない物だ。

「じゃが強すぎる力は災いと争いしか生まぬ」

「すまんな……お前をこれ以上この里におくわけにはいかんのじゃ」

 畳み掛けるように結論を告げる二人。世が世ならば拝まれ崇められただろう素質は、しかし平穏の世にあって無用のものだった。

 過ぎた力を得た者は往々にしてその力を揮いたくなるものだ。そうなれば里の平和は害される。仮に少女本人に野心の類がなくとも、今度は周囲の者が彼女を唆して力を利用するかもしれない。

 特に黒き火竜はアルザスの守護竜、新暦以前から生きているとされる巨竜である。年齢と図体の大きさはそのまま竜の強さを表す……ミッドチルダの首都クラナガンにそびえ立つ高層ビルが低く感じられるほどの火竜の力が無秩序に揮われれば、ルシエの里など間違いなく跡形もなくなってしまうだろう。

 故に部族の未来のため、災いの芽となりうる少女には出て行ってもらう。それが長老達の出した答えだった。

 キャロは焚き火を挟んで二人の話をじっと聞いていた。小柄な体をルシエの部族衣装で包み、腕の中に眠る白銀の飛竜を抱いている。理解できずにいる訳でも、ましてや居眠りしている訳でもない。彼女は里でも聡明との評判なのだから。

 だからこそ長老達はこうして理由を告げることを選んだのだ。彼女であれば自分達の言いたいことを理解し、里のために進んで外の世界へと行ってくれると期待して。

 その読みは当たっている。キャロは間違いなく二人の言いたいことを理解しており、事ここに至り居座ろうなどとは毛頭思っていない。





 だが一つ誤算があった――彼女の聡明さが長老達の予想を遥かに上回っていたことだ。

「クックックックック……ハーッハッハッハ!」

 キャロはいきなり笑い出した。それは年相応の微笑ましいものではなく劣位の者、下等な塵芥を見下す嘲笑だった。

「……フン、下種の考えそうなことだ」

 散々笑い尽くした後、遠慮なく侮蔑の目を向ける少女。二人は向けられた憎悪と怒りに気圧され、反応することができなかった。

 キャロは子竜を離して立ち上がり、腕を組む。それだけで長老達を見下ろしているような構図になった。物理的にも、精神的にも。

「貴様の言いたいことなど分かっている。我が身可愛さに俺を切るか……まぁ貴様も人間、自己保身に走りたくなる気持ちも分からなくはない」

 そこで一旦言葉を切り、苦々しげな表情を浮かべる少女。彼女とてこの里が嫌いな訳ではない。過ぎた力により生まれ育った里の皆に危険を及ぼすというならば、自ら里を離れる心算も無いではなかったからだ。

 しかしそれも、二人に追放を言い渡されるまで。

「だが貴様は大事なことを一つ忘れている……貴様は部族の長であるということだ。長とは無為に年を重ねた者を言うのではない、部下を捨てず率いる者を長と呼ぶのだ」

 幼い子供の良心につけ込もうとする二人は、到底彼女にとって長たりうる存在ではなかった。

 未だ六歳、当然村では竜使役の正しい方法など教えてはいない。この状態の子供を放り出すということは即ち、勝手に他所で野垂れ死ねと言うのとほぼ同義なのだ。

「貴様はどうだ、今まさにこの場で俺を切り捨てた貴様は?」

「じゃが、里の平穏が……!」

「ふん、戦う理由や信念ならどんなに弱いデュエリストの胸にも秘められているだろうさ。重要なのはそれに押し潰されるか、それを守り抜けるかだ!」

 言い募ろうとした長老の言を切って捨てるキャロ。その言の強さは、何十年も生きてきた筈の長老をいとも容易く圧倒していた。

「目覚めよ、我がデッキに宿る青き炎の化身!」

 突如吹き荒れる奔流が、長老達を吹き飛ばす。際にまで押しやられ柱に打ち付けられた長老が目にしたのは、キャロにより封印を解かれた白銀の飛竜の姿だった。

 白銀に輝く体、青の双眸。生え揃った牙は鋭く、精悍なその身からは圧倒的な力が噴出している。

 黒き火竜にも劣らない威容に、金縛りに合ったように固まってしまう長老達。その惨めな様を見てキャロは最早、目の前の二人が取るに足りない雑種であると感じた。

「もはやお前の目は戦いに怯えた負け犬だ。再びデュエリストとして立ち上がることなど出来はしまい」

「う……ぐっ」

 断言するキャロを前にしてガクリと首を折る長老達。

「――フゥン、図星か。どうやら時間の無駄だったようだな……行くぞ、ブルーアイズ」

 黙り込んでしまった老人達を見て興味をなくしたのか、ブルーアイズを伴って外へと出て行くキャロ。外は暗く、一寸先も見えない。それでもこれ以上この場に留まることは彼女の心が許さなかった。





 キャロが村を追放された、その後のこと。

 彼女は山を降りて市街地へと向かい、間もなく公的機関の厄介になった。幼女が放浪を続けていれば当然怪しまれる。身よりも金もないとなれば児童養護施設へと収容されるのは自然なことだった。

 しかし残念ながら孤児の身で得られるのは文字通り最低限の生活のみ。六歳まで里で培った常識を満足させるようなことは出来ない。

 数日と経たずキャロは管理局局員として任官する。予算の関係で出来るだけ費用を削減したい施設と、竜使役という強大な戦力を欲しがった管理局。そこにキャロ本人に対する思いやりなどはなかった。

「ブルーアイズを殲滅戦に!? 最初の話と違います!」

「状況が変わったのだから仕方ないだろう。上官命令は絶対だ」

 相棒の扱いに命令撤回を訴えたがすげなく却下される。上司の思惑は専ら、子供が相手ならば御しやすく戦力に数えられるというもの。

「出て行くというならば構わないが竜は置いていってもらう。あれは子供が御せるものではない、何が起こるか分からんからな」

「そ、んな……ブルーアイズは暴走なんかしません!」

「出所も不確か、身寄りもない子供の言葉を誰が信用すると思うかね? なに心配することはない、新たに召喚士を探して有益に使わせてもらう予定だ」

「く……っ」

 未だ弱いままの彼女に抗う術があろう筈もない。ブルーアイズと引き離されたくない一心でキャロは命令に従い、殲滅を果たす。

 この一件で彼女は学んだ。弱さは罪であると、搾取されてしまうと。嫌ならば強くなるしかないのだと。

 職務の傍ら勉学に励む日々。それが実を結んだのは何回か後の作戦行動の時だった。

「今、何と言ったのかね」

「他人の話ぐらいまともに聞け凡骨。お前に部隊指揮の才能はないな、と言ったのだ」

 青筋を浮かべる上官を鼻で笑い、自分の策を示すキャロ。内心はドキドキだが強者の仮面をかぶり、自信があることを表現する。一見すれば奇策、しかし理にかなった作戦に室内の空気が二分された。

 その場こそ賛同者が少なく採用されなかったものの自信を得たキャロは次の作戦にて命令をはね除ける。単独行動を働き、そしてあろうことかそのお陰で部隊全滅の危機を救ってしまう。

 本来なら命令違反で処罰モノだが結果が結果なだけに強く出られない上官に対してキャロの台頭は更に目覚ましくなっていく。強者の仮面をかぶることが段々と普通になり、そちらでいることの方が当たり前になっていく。

「俺は貴様の指図など受けん!」

「雑魚如き、俺一人の手でねじ伏せてやる」

 結局上官は自信を喪失し依願退職、同位にいる者は気に入らないと突っかかり、下の者は敬して遠ざける。何日もしない内に部隊運営は行き詰まり、配置換えが行われた。

 しかし我関せずの彼女は同じことを繰り返し、部隊を渡り歩く。東に行っては犯罪組織を粉砕し、西に行っては上司をクビに追い込む。南に行っては同僚に身の程をわきまえさせ、北に行っては別部隊への異動を勧められる。

「才能のある人間だからといって何をやっても許されると思うな」

「平凡な連中を見下して悦に入っているのが気に入らない」

「ええっと、何か御用で……? へへ」

 掛けられる言葉、向けられる視線、叩きつけられる悪意など、どこに行っても変わらない。そのくせブルーアイズを見るや否や、自分が強い視線を向けるや否や尻尾を巻いて逃げ出すかゴマをするばかり。

 無論その状況に何も感じていない訳ではない。だが下種な連中に歩み寄るなど彼女のプライドが許すことではなく、力でしか自分を伝える術を知らなかったのだ。

 任せられる任務は戦場での殲滅、放り込まれて竜を暴れさせるだけの、体のいい掃除役。口を開けば煙たがられ、黙って従えば侮られ、力を揮えば恐れられる。

 元々冷めていた彼女の心はより冷え切り、憎悪と憤怒ばかりが積み重なっていく。それを何度も、何度も繰り返して。

 戦場を渡り、地形を変え、敵を殲滅し、破壊の限りを尽くす。

 人の醜さを、戦場の凄惨さを、ありとあらゆる悪感情を一身に浴びて、それにすら慣れて。

 そうして一年程が過ぎたある日、女が訪ねて来た。





(ふん……この女もどうせ同じ)

 大方ブルーアイズの力を目当てにやって来たのだろうが、自分の評判を聞けば手のひらを返した様に引き抜きを止めるに違いない。

 厄介者を押し付けるが如くに部隊を替えてきたのだ。事情を知った者は例外なく引き取りを拒絶して去って行く。今回もまた、そうなるだろう。

 この一年で同じことを何度も繰り返されたキャロは早々に相手への見切りを付けて無視を決め込むことにした。普段辛酸を舐めさせられている腹いせとばかりに失礼極まりない言葉の数々に、わざわざ心を乱されるのも阿呆らしかったからだ。

 当事者を置いて局員達の話は進む。

 凄まじい能力を持ちながら、協調性に難があること。

 独断専行と命令違反が多く、とてもまともな部隊では働けないこと。

 そして精々単独で殲滅戦に放り込む位しか手段がない、という所で女が言葉を遮って話を終わらせた。

 聞くに堪えぬ、ということか。或いは時間の無駄だと悟ったか。また暫くはこのつまらない部隊で過ごすことになるな、と確信していたキャロ。しかしその確信は覆される。

「いえ。この子は予定通り、私が預かります」

(なんだとっ……!?)

 驚きに思わず俯けていた顔を上げるキャロ。そうして初めて女を目に映した。『人間』を視界に入れて意識したのは、本当に久しぶりのことだ。

 女はフェイトという名前の執務官らしい。執務官は大規模事件ばかりを追う花形、このような末端組織にまで足を運ぶとは考えにくい。

 外見からは偏屈な印象も受けない上、さほど腹芸が得意とも思えない。先ほど言葉を遮った所を見るに特別我慢強くもないようで、また今の態度が演技ということもないだろう。

 順当に考えるならば自身の力、ブルーアイズを利用しようと近づいてきたのだろう。しかし散々マイナス要因を聞いておきながら猶それを続けようとする酔狂な人間がいるとも思えない。

(どういうことだ……)

 考えてみても答えは出ない。これまでキャロの周りにいた人間とは、フェイトがあまりにもかけ離れていたからだ。秘めているであろう強さも、凛とした佇まいも、身にまとう空気も。

 結論は出せず、しかし状況は待ってはくれず、あれよあれよと言う間にキャロは門の外へと出されていた。そして隣にはフェイトが立っている。コートを着てはいるが寒くて堪らない。

 深々と降る雪。辺り一面は降り積もった雪で真っ白で、足を踏み出せば半ばまでザクリと埋まってしまう。小さな身体ではかなり歩きにくい。

 しかしそもそも行く先が分からない。仕方なしにキャロはフェイトへと質問することにした。

「俺をどこに連れて行くつもりだ?」

 するとフェイトはしゃがみこみ、キャロの首にマフラーを巻いてあげながら答えた。

「それは、君がどこに行きたくて何をしたいかによるよ」

「どういうことだ?」

「キャロはどこへ行って、何をしたい?」

「……貴様に答える義理はない」

 吐き捨てるキャロ。その言葉に少し何を感じたのか……フェイトは彼女の手を握ろうとした。

「じゃあ、ゆっくり探そう。私も手伝うから」

「放せ! ……勝手にしろ」

 手を振り払い睨むキャロ。その様子が切なく、フェイトは拳を強く握るのだった。





 ――――それから約二年後。

「社長、お電話です」

「ああ」

 首都クラナガンを見下ろす大企業。その最高階にある社長室にてキャロは通信を受けた。

「なんだ?」

「あ、ごめんね、忙しかったかな?」

「いや……急ぎの案件もない」

 良かった、と胸を撫で下ろすフェイト。日曜日の昼なので休みにしているかと思ったのだが、キャロは休日も仕事詰めだったのだ。無論、一企業の社長として。

 二年ほど前にフェイトに保護されてから独学で勉強を進め、管理局でも使用されているシミュレーターシステムを抜本的に変革、ソリッドビジョンシステムとして完成させたキャロ。その特許資金を以って立ち上げたコーポレーションは、今やクラナガンでも十指に入るほどの大企業として君臨している。

 あまり人前に出ることを好まないため、ソリッドビジョンシステムを知っている者は多くとも彼女が社長であることを知る者は少ないのだが。

「それで、なんの用だ」

「ああ、うん。キャロの近況が知りたくて、ね」

 フェイトはキャロの後見人である。いくらキャロが社長であろうとも、その動向をある程度は把握しておく必要があった。

「我が社の業績は右肩上がりだ。何の問題もない」

 商談の場で自身の幼い姿を見て驚かれることには既に慣れた。侮るような態度を見せる輩も時折いるが、例外なくブルーアイズをちらつかせた瞬間に冷や汗を流し大人しくなる。お陰で話し合いを実にスムーズに進められるのだ。

「会社じゃなくてキャロ本人のことなんだけど……」

「……そ、そんなことは分かっている」

 フイと目をそらすキャロを見て笑うフェイト。キャロはというと過去に色々あったせいか虫の居所が悪く、黙り込んでいた。

 と、話題を逸らす先を見つけたのか、キャロは再び口を開いた。

「しかしどうした? 前に報告してからまだ二ヶ月も経っていないぞ。普段はもっと疎らだろう」

「……実は四月から一年間、部隊配置になるんだ。そうなると気軽に連絡をとることも難しくなるから」

「四月? 港湾地区の大規模な工事はそのせいか……」

 暫く前から工事を続けている区画を思い出すキャロ。廃棄されかけていた隊舎に手を加えている情報は知っていたのだ。新しく部隊がそこに駐屯するのだろうとは思っていたが、まさかそこにフェイトが出向するとは思っていなかった。

「どのような部隊なんだ?」

「ええと、あんまり詳しくは話せないんだけど」

 そう前置きして、しかし割と詳細に語るフェイト。彼女の幼なじみ達を隊長陣に、各分野の若手有望株をサポート陣に据えて一つの事件を追っていく。

「でも前線メンバーが決まってないんだよね」

「ほう……?」

「あっ……ゴメンね、自分でなんとかしないといけないのに」

 ついつい悩みごとまで明かしてしまったことにフェイトは気づいて反省する。子供達の前では完璧な姿を見せようと心に決めているのだが、どうにもキャロの前では上手くいかないことが多い。

 それはキャロが幼くして達観していたり、大企業の社長として大人と渡り合える風格があるからだったりするのが理由なのだが……それはさて置き。

 フェイトの内心をキャロは推測した。本当は自身の力を求めるつもりだったのだが、やはり力不足であると感じ取り止めたのだと。故に誤魔化すように話を切ったのだと。

 読みきった、と個人的には信じきっているキャロはニヤリと笑みを浮かべ、フェイトへと指を突きつけた。

「そんなフェイントが俺に通用するとでも思っているのか」

 え、と声を漏らすフェイト。毛頭そんなつもりはなかったからだ。

「大方俺の度胸を計ろうとしてのことなのだろうが……」

「や、ちが……」

「俺は引き下がらない! その話、受けて立つぞ!」

 フェイトには全く取り合わず勝手に話を進めていくキャロ。気づけばいつの間にか彼女は前線メンバーとしてフェイトの部下になっていた。

「ではな、また連絡する」

「あ、ちょっ――」

 返事も待たずに切ってしまうキャロ。備え付けのブザーを鳴らし、専属の従業員を呼びつける。

「お呼びですか、キャロ様」

「磯野、ヤツに連絡を取れ」

「ヤツ、と申しますと会長ですね、少々お待ち下さい」

 数秒と待たずにやって来た磯野へと指示を伝える。磯野は第97管理外世界からやって来た移民の子孫であり、現在は社長付きを務める、サングラスのよく似合う男である。

 待つこと十五分、社長室に設置されたモニター画面に目的の人物が姿を現した。

『ハロー、どうしましたかルシエボーイ。遂に我が社の経営を引き継ぐつもりになりましたか?』

「そんな面倒なことは願い下げだ。そもそも何故俺のことをボーイと呼ぶのだ」

『荒い言葉遣いをしていればボーイ扱いされたいのかと思われるのは当然デース。容姿はキュートなガールなんですが』

 放っておけ、と向けられる絶対零度の視線を飄々と笑って受け流す男。キャロがヤツと呼び、磯野には会長と呼ばれる人物。

 親の代から続く幾つものグループ企業を引継いだ男であり、キャロが会社を立ち上げる際に助力を与えた張本人、ペガサス。サラサラの銀髪で常に左眼を隠し、エセ外国人のような口調をしておちゃらけているように見えるが実際はかなりのキレ者である。

『私としてはユーにグループを任せて遺跡発掘の旅にでも出たいのですが』

 経営手腕も先見の明もあるのだが、それよりも絵を描いたり旅をしたりする方が何倍も好きなペガサス。加えて妻のシンディアは大層な美人(ペガサス談)であり、彼に自慢話を始めさせると数時間は優に過ぎ去る。

「そんなことはどうでもいい。ペガサス、貴様に我が社を一年間預ける」

『……ワッツ!?』

 突然のことに目を見開くペガサス。珍しく呆気に取られた様子の彼には構わず、キャロは四月から一年間を局員として過ごすので経営権を譲渡することを決めてしまう。

 と復活するペガサス。不敵な表情を浮かべて笑い出す。

『フフ、そう言っていられるのも今のうちデース。いきなり私に預けようなど虫が良すぎマース。会長の私が頷かなければいくらユーが願ったところで』

「ちなみにシンディアには先に話を通しておいた。快く引き受けてくれたぞ」

『……ルシエボーイ、それは、それは流石に卑怯ではありませんか?』

「知らん。貴様がとっとと呼び出しに応じないから先に話を通しておいたのだ」

 そういって作成済みの契約書を見せびらかすキャロ。そこにはキャロのサインと、会長代行としてシンディアのサインが記されていた。

『これは悪夢、ノー! 現実である筈がありまセーン!』

 さっさとシンディアと気楽な隠棲生活をしたいデース、と嘆くペガサスを知ったこっちゃ無いと眺めるキャロ。ペガサスの執務室には手ずから描いた妻シンディアの絵が飾られている……要はおしどり夫婦なのだ。

 経営よりも絵を描いたり異国を旅したりする方が好きなペガサスにとって、更なる仕事の増加は苦にしかならない。

 と、ふと名案を思いついたキャロはそれを口にする。

「別に断ってもいいが……シンディアは貴様をどう思うだろうな? 一つ会社が増えた程度で音を上げる夫に幻滅するか、三行半を突きつけるか、フフフフフ」

『やめろ、やめてくれ、Noooooooo!』

 シンディアを利用した恐ろしいイマジネーションは止めてくだサーイと怯えるペガサス。常々イマジネーションの大切さを説いているペガサスも、したくない想像はある。当たり前だが。

 結局社長の座はキャロに留まったまま、経営権のみをペガサスが引き継ぐという形で合意となるのだった。

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 一発ネタ(短編)だったものがネタ(連載)に。海馬瀬人らしさを色々な意味で出せるように頑張ろう、うん。でもデュエルディスクは出せそうに無い。ターン制の概念があれば……無いものねだりか。

 キャラクター達の強さは基本的にDMカードに依存します。今回で言うと、

キャロ(魔法による補助一切なし)≒正義の味方カイバーマン(200/700)
ブルーアイズ(封印状態)≒黒竜の雛(800/500)
ブルーアイズ(竜魂召喚状態)≒青眼の白龍(3000/2500)

 という具合。たかが攻撃力200の海馬がクリボーを侮辱することは許さないぜ!(某MAD)な数値なのでキャロがステゴロ殴り合いなんて夢のまた夢。一方で子竜状態のブルーアイズ(元フリード)は攻撃力800ですが、ブレスは原作通りにAAランク砲撃相当の強さ。多分一般的な局員は攻撃力500くらいと思っておけば良いのではないかと。

 ……W・D・M・GとかB・K・M・GとかD・F・M・Gとか、どうやって思いつくんだろう。センスに脱帽。



[36838] 「黙れ凡骨っ!」(初訓練)
Name: ぬえ◆825a59a1 ID:980dd4c6
Date: 2013/04/03 15:02
 新暦75年4月末、古代遺失物管理部機動六課の敷地内にて。

「ふん……なかなかだな」

 キャロは一人、海を眺めて悦に入っていた。正確には海上にあるソリッドビジョンシステムを、であるが。ソリッドビジョンが実際に使われている光景を見ることが楽しみで昨日はあまり寝ていない。

 各所への調整もおおむね問題無く、この日を無事迎えられたキャロ。空港まで迎えに来たシグナムに「遅いぞ。この俺を待たせるとはいい度胸だ」と言い放ち顔を引きつらせたり、三等陸士という低い階級ながらはやてに個室を要求して部屋割りが紛糾したりということがあったが……。

 磯野に聞いたならば「寧ろこの程度で済むなら御の字だ」と言うことだろう。減給を喰らいかねないので決して口にしないだろうが。

「あれ……早いね、キャロ。他の皆は?」

 と、後方から声をかけられて振り向くキャロ。そこにいたのは直接の面識はないにせよ、彼女も見知った人物だった。

「高町なのは……ここでは教官か。知らん、俺はシステムの具合を確かめておきたかったのだ」

「こらこら、同じフォワードなんだから名前とポジション位は確認しておかないと。これからすぐに訓練だよ?」

 窘めるように言うなのはに分かっていると返すキャロ。教導隊のエースに対する態度としてはあまりにも尊大であるが、それを指摘したところでキャロは聞く耳を持たないだろう。大企業の社長であることを考慮に入れれば妥当とも言えるが。

 大体キャロは保護責任者のフェイトすら同列として扱うのだ。彼女が敬語を使う相手など次元世界広しといえど、未だに存在していない。地上本部のトップだろうが伝説の三提督だろうが最高評議会だろうがこの態度を崩しはしないだろう。

 そしてなのははなのはで別段咎めるようなことはしない。口調や態度など気に掛ける暇があるならば技術をキッチリ叩き込むべし、が方針の戦技教導隊に所属しているからこそなのだが。

 間もなく残りのフォワード陣と通信手兼メカニックのシャーリーが現れ、初訓練が始まるのだった。





 逃走するガジェットドローン八機を破壊せよ、との指令で廃棄都市を再現したシミュレーター内を駆けるフォワードの四人。しかしガジェットはなかなかに機敏なようで、スバルとエリオの攻撃はひらりひらりと回避されてしまう。

 その様子をティアナはキャロとビル屋上から観察していた。共にミドル・ロングレンジを主体とするため、まず敵機の情報を入手するべく動いている。

 何も言葉を交わさずに同じ行動をしている辺り、思考の流れは似ているのだろう。

「ちびっ子、弾丸の威力強化お願い」

「断る」

 ……気が合うとは限らないが。

「ちょっと、今は訓練中でしょうが! いいから手伝いなさいよ!」

「黙れ凡骨! お前に命令される俺ではない!」

 まさか断られるとは思わなかったティアナは憤慨して怒りの声をあげる。だが憤慨しているのはキャロも同様だ。

 何故ちびっ子などというふざけたあだ名で呼ばれなければいけないのか。低身長であることは百歩、いや千歩、いや万歩譲って認めたとしても、初対面の相手に対する礼儀としてありえない。となればキャロのティアナへの評価は馬の骨か凡骨が精々だった。

「だ、だれがポンコツですって!?」

「凡骨だ、無知め」

「うがあああああっ!」

『落ち着いてティア!』

「分かってるわよ!」

 宥めるように念話をよこしたスバルにも吠えた所で少しは冷静さを取り戻したのか、ティアナは手製のアンカーガンを逃走するガジェットへと向けた。

「……シュートッ!」

 二発、三発と飛んでいくオレンジの弾丸。強化がないので込められた魔力はそれなりだが、薄い壁程度なら貫けるだろう。ガジェットにも効果がある筈。

 だが見ていたフォワード陣の予想を裏切り弾丸はかき消えてしまう。ガジェットに命中する直前、何かに遮られるように弾丸が勢いを落とし減衰してしまったのだ。

「バリア!?」

「違う。フィールド系だ、無知め」

「また無知って言ったわねっ!」

 思い切り馬鹿にした口調にまたしても憤慨するティアナ。もういっそのこと掴みかかろうかと考える位、キャロには遠慮というものがない。

『ガジェットドローンには攻撃魔力を打ち消す仕組み、アンチマギリンクフィールドがあるからね。出力を上げると……』

「うわわわぁっ!?」

『飛行魔法や移動用の足場までも消されるから気をつけて、って言おうとしたんだけど……スバル、大丈夫?』

「は、はい、大丈夫ですっ!」

 なのはからの説明途中、ウイングロードを消され足場を失ったスバルが転落していた。慌ててリカバリーしたものの心臓に悪いこと限りなかった。

 思った以上の難敵に一度足を止める四人。闇雲に動き回っても先ほどの二の舞、訓練である以上は攻略の糸口が必ずある。

 幸いガジェットは逃走するのみなので時間は与えられている。とはいえ初訓練の、それも最初の課題で躓いてはいられないとティアナは思っていたし、教官にも思われているだろうと考えていた。

 こんな所で立ち止まる訳には行かない、目指す執務官は遥か彼方にあるのだから――この課題をクリアするためには四人の力を結束する必要がある、それを理解したティアナは傍らの小憎らしい同期とのコミュニケーションを図ろうとした。

「ちびっ子……名前何て?」

「キャロだ、無知め」

「それはもういいからっ! キャロは何か有効な手立て、ある?」

「む……まぁ幾つかあるな」

「私もある。スバル、エリオ。先行してガジェットの逃げ道を塞いで!」

『あ、えっと』

『エリオ、ティアが何か考えがあるみたいだから、やってみよう』

『あ、はいっ』

 スバルの促しに応えてエリオがガジェットの進路上を取るべく走っていく。その間にティアナが全体通信で作戦を伝達していった。

 ガジェットの進行をエリオが妨害し、動きが止まった所にスバル、キャロが一撃を加え、討ち漏らしをティアナが仕留める。各人の技術特性を詳しく把握していない現状では上々の策と言えるだろう。

 傍若無人を絵に描いたようなキャロも特に不平は言わない。いくら尊大でも理のある作戦であれば反対はしない。それを立案した人物に思うところがあったとしても、私情を挟んで手を抜くような真似をキャロはしない。

 程なくしてエリオが高架を切断し、ガジェットの足止めに成功する。逃走経路を探しているのかガジェットの動きは鈍く、そこにいち早く飛び込んだスバルが早速二機破壊することに成功した。

 続くキャロはというと、自身と竜との二段構えで準備を済ませている。

「行け、ブルーアイズ。ブラストレイ!」

 キャロの指差した先にブレスを吐き掛け、容赦なくガジェットを炎で炙るブルーアイズ。とある理由から主人ともどもリミッターを掛けられてはいるが、それでもAAランク級の威力と高温により二機が爆散する。

 それを避けた四機のガジェットは二手に分かれて逃走を始めようとしていた。

「ふ、逃がさん……我が求めるは戒める物、捕らえる物。言の葉に応えよ、封印の縛鎖」

 逃げる経路の片方に控えていたキャロは既に詠唱を開始している。

「錬鉄召喚、封印の鎖!」

『Binding Chain!』

「残りは二体、凡骨はどうするつもりだ……む」

 自分の方とは違う方角へと飛んでいくガジェット二機を眺めながら思案するキャロ。そちらの経路にはティアナが控えている筈なのだが、どのようにしてガジェットを撃墜するつもりなのかは聞いていなかった。

 そのため先ほどと変わらず銃口を向けて突っ立っているティアナを視界の先に見つけた時、キャロは呆れて思わず念話を送ってしまっていた。 

『懲りもせず射撃とは……同じことを繰り返すつもりか?』

 まさかそこまでの馬鹿だとは思わず、見込み違いだったかと思うキャロだったが、続くティアナの言葉に意表を突かれることとなる。

『さっきとは違うわ……弾体を膜状バリアでくるむ。フィールドを突き抜けるまで外殻が持てば、本命の弾は……ターゲットに、届く』

『貴様の魔導師ランクは確か……Bだった筈だ。先程と同じことの繰り返しになるのではないのか?』

 社の諜報部を利用して事前に入手した隊員情報には、少し前までスバルと共にCランクだったと記されていた。多重弾殻射撃はおおよそAAランクに属する技術、決して容易ではないそれに、どうやったら凡骨が手を届かせられるのかと考えるキャロだが。

『一度防がれたくらいで諦めてたら、射撃型を名乗れないのよっ!』

『この女……覚悟の程は分かった』

 そこまで言われては止めさせることもない。手並みを見せてもらおうとキャロは成り行きを観察するに留め、念話を切った。

 果たしてティアナは身の程知らずな凡骨か、それとも常識を突き抜けた凡骨か。

(凡骨をあまり挑発すると、何をしでかすか分からんからな……)

 とはいえキャロが所属する部隊で、しかも同僚なのだ。“しでかす”位で丁度良い、と第三者は言うに違いない。

「固まれ……固まれ……固まれっ」

 今まで知識として知ってはいても試したことのない弾殻形成に、あろうことかぶっつけ本番で挑んでいるティアナ。何とも鬼気迫る彼女の様子をフォワード陣も、なのはやシャーリーも固唾を呑んで見守る。

 そして。

「ヴァリアブル、シュートッ!」

 気合一発、維持で包みきったような弾丸がガジェットに向けて高速で飛んでいく。弾殻形成は充分だったようで、まず一機目を貫通、AMFによる減衰を物ともせず二機目も撃ち抜き爆発させることが出来た。

『やったねティア! スゴいスゴいっ!』

『うっさいスバル……こんなの、当然よ』

 バタリと仰向けに倒れこむティアナ。息は荒く、スバルに軽口を叩いてはいるもののだいぶ気力・魔力ともに消費しているようだった。キャロもまた声をかける。

『見事だ凡骨……と褒めてやりたい所だが、所詮やられ専門の雑魚モンスターだ』

『誰が雑魚よっ!?』

『ガジェットに決まっている。動作レベルC、攻撃精度Dでは小手調べに過ぎんだろうさ』

『その通り。さ、次行くよー!』

『……まだまだぁっ!』

「ふ、凡骨は凡骨なりに足掻くがいい」

 全機撃墜を確認した教官から早くも次があることを告げられ、一瞬顔の引きつったティアナ。半ば自棄になったような気迫の篭った雄叫びを聞きながら、誰に聞かせるでもなくそう零したキャロの口元は僅かに緩んでいた。





 夜、だいぶ前に日は沈み辺りは暗く、街灯がなければ真っ暗な道をフォワードの三人はノロノロと歩いていた。言うまでもなく訓練の疲労が原因である。

 十歳のエリオは言うに及ばず、訓練校を首席卒業し災害担当で精力的に働いていたスバルとティアナですら疲れきっている辺り、かなり過酷な訓練内容だったことが窺えた。

 まるで生気の欠けた三人を見てキャロが声をかける。

「お疲れなのか?」

 その言葉に胡乱気な視線を向けるティアナ。

「そう言うアンタはどうなのよ」

 そうジト目を向けてくるティアナを鼻で笑うキャロ。この程度の疲労、社長業務の過酷さに比べればどうということはない。

「君達とはレベルが違うっていうか……」

「だああっ、ムッかつくわね! って痛っ!?」

 勢い良く吼えた所で酷使した体がピキピキと悲鳴をあげ、思わず変な姿勢で硬直してしまうティアナ。冷や汗をダラダラ流す相方の背を擦りながら窘めるスバルもまた珍しく元気の無い声だった。

「ああティア、そんな体で無理するから……」

「……やむを得ん」

 ゴソゴソと懐を漁り、袋入りの何かを取り出して差し出すキャロ。とはいえ出された方も何が何やらである。

「何よコレ」

「見て分からんか、非常食だ」

 たちどころに体力を回復させる優れものだぞ、と謹製の非常食を押し付けるキャロ。このままでは三人とも寮へ到着する前に倒れかねない。他人がどこで野垂れていようが一向に構わないが、同じ前線メンバーが倒れればその分余計な仕事が回ってきかねない。それは流石にキャロも御免だった。

 後はティアナの“やらかした”一件が思いのほかキャロに好印象を与えたということもある。決して面と向かって言葉にはしないが。

「ねぇねぇキャロ、私も食べていい?」

「いいぞ」

「やったね♪」

 キラキラキラと目だけではなくヨダレまで光らせて問うスバルにも許可を出すと、上機嫌でかぶりつく。その光景に犬の尻尾を幻視したような気分になりながら、キャロは先ほどから静かだった一人にも声をかける。

「ほら、お前も食べるといい」

「あ、ありがとう……」

「……なんか私達と態度違わない?」

「少し距離が近い?」

 遠慮がちに手を伸ばしたエリオにキャロが非常食を手渡す様子を見て、疑問を抱く二人。エリオはそういえば、という具合に理由を説明した。

「あ……ボク達二人はフェイトさんに後見人を務めて頂いているので、それで」

「はー、それはまた……」

「なんていうか、その」

 姓の異なる二人が共に後見人を他人に務めてもらっているというのは、そうそうあるものではない。思ったよりも重い事情がありそうなことに気づき、どうしたものかと思案するティアナとスバル。

「口を動かすのはいいが消灯時間が近い。俺は先に行く」

 その空気を率先して破壊して、キャロは一人寮へと戻っていく。

「あっ、待ってキャロ!」

「わわ、私達を置いてかないでっ」

「全く……あの子は」

 三人はその後ろを先ほどよりは元気に追いかける。それぞれに抱えた事情がありそうだということを、それぞれに理解しつつ。

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 封印の鎖はモンスター? 密に、密に。



[36838] 「場のエリオを生け贄に捧げる」「ゑ?」
Name: ぬえ◆825a59a1 ID:980dd4c6
Date: 2013/04/03 15:03
「そんな……エクゾディアだって!? 僕が、僕が負けるなんてぇっ!?」

「海馬、お前の心の闇を砕く! マインドクラッシュ!」

 ブルーアイズのカードを手に入れるため双六に勝負を挑み、下した海馬瀬人。しかしその所業に激怒した闇遊戯とのデュエルに敗北し、罰ゲーム・マインドクラッシュにより心を砕かれてしまう。

 それから海馬は時間をかけて新たにピースを組み上げていき、復活する。だが彼からはかつてのような冷酷さ、残忍さが抜け落ちていた。

 もちろん周囲の者達にとっては真っ当になったので問題なく、モクバにとっても昔の優しい兄が戻ってきたので嬉しい限りなのだが、どこで間違えたのか大事なピースを入れ忘れてしまっていた。

 青眼の白龍に対する執着心である。

 単一のモンスターに頼り切らなくなった海馬は以前よりも戦略に幅が出て強くなった。それどころか慢心や不遜さが消失して“綺麗な”海馬になっていた。自信や思い切りの良さなどは少しばかり足りなかったが。

 一方で余ってしまった冷酷さ、残忍さ、ブルーアイズへの執着とそれに伴う前世の因縁はどこへ行ってしまったのかというと――――

「何故ブルーアイズホワイトドラゴンと呼ぶか、だと? 知れたこと」

 次元の壁を越えて一人の少女へと宿っている。元々の少女の魂と融けあう形なので色々と変質しているのだが。

「あらゆる青い眼の白龍の中で最強なのだ。ならば固有名として名乗っても構わないだろう。ふはははははっ!」

 まぁ、概ね幸せそうである。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 五月初旬、現在フォワード陣は山間部を走るリニアレール内のレリック確保およびガジェットの掃討を行っている最中だ。

 ただ最終目標を達成するだけならばブルーアイズが全力を揮うだけで足りる。数台を粉々に粉砕し保管車両のみ抉り取ることも容易い。被害金額を度外視すれば、だが。

 当然リニアには運営会社があり、可能な限り損害を抑えて欲しいと言われている。キャロの金銭感覚からするとリニアの一台程度、破壊したとしても安全の方が遥かに勝るのだが、世間一般ではそうもいかない。故にキャロは不満、非常に不満であったが内部に侵入してガジェットのみを破壊しレリックを回収しなければならないのだった。

「……む」

 進攻を続けること暫し、目標としていた貨物車両の手前までたどり着く。ここまでの戦闘はエリオとブルーアイズのみで事足りてきたが、最後まで何があるか分からない。慎重に足を進める二人。

「なっ、これは!」

「新型ガジェットか」

 直径三メートルはあろうかという巨大な球体のガジェットが車両の奥、ケーブルとアームを伸ばして待ち構えていた。恐らくは提供された情報にあった、新たに確認されたというガジェットなのだろう。

 だが形状が変わろうと対策は変わらない。AMFに負けない強度で強化を施し、装甲を貫いて破壊する。それまでと同様にキャロはストラーダに強化を施し、エリオが突撃をかけた。

「く、固い……!」

 ギィン、と穂先を受け止めるⅢ型ガジェット。図体が大きい分、装甲も厚く出力も高いようだった。

 と、後方で構えていたキャロの補助魔法がキャンセルされてしまう。その原因に気づき苦い顔をするキャロ。

(この位置までAMFが届くというのか?)

「エリオ!」

「大丈夫っ!」

 一時撤退して態勢を整えるべきだ、そう判断したキャロだがエリオは退こうとしない。既に突撃した時の勢いは殺されてしまっており、そのままアームとの鍔迫り合いに陥ってしまっていた。

(く……どうする)

 エリオの力ではガジェットには敵い得ない。おおよそ人である限り、機械には敵わないだろう。そもそもエリオの持ち味はスピードを生かした一撃離脱であり、間違っても力比べなどではない。

「うわああっ!?」

 見守る先、アームに撥ね飛ばされて壁に叩きつけられるエリオ。背中を強打して意識が飛んだのか、ぐったりしてしまったところを巻き取られ、車外へと放り投げられてしまう。

 宙に投げ上げられ、崖下へと堕ちていくエリオ。その後を追うようにキャロもまた、リニアから身を躍らせた。

「くっ……俺はお前を死なせはしない!」

 飛び降りの如く落下を続け、伸ばした手でエリオを掴むと高々度リカバリーを発動、落下を停止させた。

「起きろエリオ……起きるんだっ!」

 肩を揺さぶられ意識を取り戻したのか、目を開けるエリオ。すぐに先ほどまでのことを思い出したのだろう、状況を理解し表情を暗くする。

「ゴメン、キャロ、ボクのせいで……」

「このうつけが!」

「ぐっ……キャロ?」

 謝罪しようとしたところで思い切り頬を張るキャロ。赤くなった頬を押さえ、エリオは驚きに固まっていた。

 一度敗れた程度で諦めるなどという軟弱、キャロは認めない。仮にも男であるというのならば、こんなところで俯いていることは許さない。そう告げてリニアレールを見上げるキャロ。

(さて……どうしたものか)

 ブルーアイズを解放できるならば間違いなくⅢ型は粉砕できるだろうが、重いリミッターをかけられた状態では本来の力を発揮させてやることは出来ない。緊急時は別として、四名の力量を合わせておかないと逆に危険なのだ。誰かに頼りきってしまう恐れ、慢心に足元を掬われる恐れ……なのはの説明に納得しての制限である。

 なのであまり気は進まないが自ら赴いて打倒するか、と考えていると。

「キャロ……ボクも戦う」

「エリオ、お前……」

 後ろからかけられた声に振り向くキャロ。エリオの顔には僅かな怯えと、それをねじ伏せようとする強い意志が浮かんでいた。

「俺の戦いのロードに敗北の二文字はない」

「分かってる。キャロの足は引っ張らない」

「当然だ」

 もし腑抜けているようであれば無視して自分一人でケリを付けようと思っていたキャロだが、思いのほかしっかりと答えてきたエリオにその案を廃棄する。この場でキャロがⅢ型を単独撃破することは容易いが、それではエリオが自信を得る機会が失われ、長い目で見て今後の一年間に支障をきたすことだろう。

 そして何より、彼がいるならば新たな手札を一枚、切ることが可能になる。そうなれば断る理由は何もなかった。

 キャロはデバイスに魔力を注ぎ込み、祝詞を謳いあげる。竜を祝福する魔法を。

「儀式魔法、白竜降臨!」

『White Dragon Ritual!』

 始動キーに反応して輝くケリュケイオン。

「蒼穹を走る白き閃光。我が翼となり、天を駆けよ。来よ、我が竜ブルーアイズ!」

 ブルーアイズを縛っていた枷が取り除かれ、その身を数メートルにまで大きくしていく。それと同時にエリオもまた光を帯び、その装いを騎士甲冑へと変えていった。

「儀式召喚、ナイト・オブ・ホワイトドラゴンッ!」

 光球が割れた中から現れたその姿はさながら竜を駆る騎士、白竜の聖騎士であった。その威容はモニター越しに見ていた者達をも圧倒する。

 甲冑に身を包み、ストラーダを握るエリオ。ブルーアイズは高度を上げ、間もなくリニアの上空へとたどり着いた。

「これからあのガラクタを破壊する。俺も補助は掛けるが、戦うのはお前だ、エリオ」

 コク、と頷くのを確認し、キャロは更に補助魔法を発動した。

「まずは目障りなAMFを抑えるか」

『Ritual Buster!』

 宝玉が輝き、リチュアルバスターを発動する。敵の魔法・罠の類を発動不能に陥れるという、条件付ではあるが強力な効果を持つフィールドタイプの魔法だ。当然AMFにも拮抗・中和し、ガジェットをただの機械へと貶める。

 魔法による強化を得て槍を構えるエリオ。二人を乗せたままブルーアイズは滑空し、真っ直ぐに突撃を敢行する。

「一閃必中!」

「ダークアウト・セイクリッドスピア!」

 ストラーダの穂先から魔力流が渦巻き、アームやケーブルを引き千切っていく。易々と槍に貫かれたⅢ型は竜本体により木屑のように引き裂かれ、跡形もなく爆発するのだった。





「痛たたた……」

 任務終了後、隊舎に戻るなり医務室へ直行したエリオはベッド上で呻いていた。強すぎる強化を受けたせいで体全体が重度の筋肉痛で悲鳴をあげているのだ。

「とはいえ自分からやると言い出したことだろう」

「そ、それはそうだけど……痛っ」

「……全く、世話の焼ける」

 そう言いながらもうつ伏せになったエリオの背中に手をかざし、ヒーリングをかけていくキャロ。治療は自分ですると言ってシャマルを追い出したためだ。

 儀式召喚、白竜降臨はブルーアイズの力を一部、寄り代となる騎乗者にも降霊する魔法だ。寄り代といえば聞こえはいいが要は生贄、フィードバックダメージも馬鹿にならない。解除後は魔力体力もろもろが根こそぎ持っていかれることになる……現在のエリオのように。

「……とはいえ少しは気骨があるようだな」

「本当?」

「少しだけ、だ」

 少しであることを強調されてへこむエリオ。だが褒められて嬉しいのか顔は緩んでいた。

 どこにも居場所のなかった少年は、大人達に動物のように扱われ心を荒ませた。助け出してくれた女性に心を救われた彼は誰に言われるでもなく、恩を返すために強くなりたいと思った。それ故に普通の学校には通わず戦闘訓練に明け暮れ、遂には機動六課への配属を勝ち取れた。

 だが六課に来て周りにいたのは、彼よりも遥かに年上の人々、遥かに優れた人々だ。隊長・副隊長は言うに及ばず、スバル・ティアナ・キャロも強い。まるで自分一人が足を引っ張っているのではないかと感じてしまう程に。

 初訓練の際、ただティアナの指示に従い囮を務めるしか出来なかった自分は一機も破壊できなかった。スバル・ティアナは二機、キャロに到っては四機だというのに。

 フェイトに恩返しをするといって来ておいて、実は足手まといなのではないか、お荷物になっているのではないのか。そんな不安が少し首をもたげていたのだ。言った当人にとっては何気ない一言でも、彼にとっては何よりも大切な言葉だった。

「あの、キャロ……もし良かったら、なんだけど、その」

「はっきり言え、男だろうが」

「姉様って呼んでいいかなっ?」

「は……?」

「いやあの、ボク達二人ともフェイトさんに引き取られて兄弟みたいな感じだし、それでっ」

 キャロの方が大人だし、頼りがいあるし、認められて嬉しかったし、と呟くエリオ。始めは却下して当然と思っていたキャロも、それを聞いては無下にし辛い。子供には甘いのだ。

 結局出来たのはぶっきらぼうな口調を作ること位だった。

「……好きにしろ」

「うんっ!」

 満面の笑顔を浮かべて喜びを表す弟分、エリオを見てそっぽを向くキャロ。その頬は僅かに赤く染まっていた。

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 次回、『凡骨の意地』



[36838] 「憐れな没落貴族には勿体ない会社だ」(アグスタ編)
Name: ぬえ◆825a59a1 ID:980dd4c6
Date: 2013/04/03 15:04
 海馬から抜きすぎたせいで色々弊害が発生しそうなことに気が付いた件。
・ブルーアイズがキーになるデュエルが軒並み影響を受ける、勝敗すらも。
・前世からの繋がりが消えたためオベリスクが使えない。
・海馬が多分一番の常識人。襲撃・経営危機・オカルトのコンボで常に胃潰瘍。
・王様の記憶探しも海馬が参加するかさえ不明。青眼白龍が負けても怒らない。
 ……手札には意味不明な海馬、これでどうやって戦えばいいんだ?

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 五月も半ばの頃、機動六課メンバーはミッド東部にあるホテルアグスタの警備任務に従事していた。オークションで取り扱われる払い下げられたロストトギアを、ガジェットドローンが強奪しに来る危険があったためだ。

 案の定やって来たガジェット群を必死に副隊長やフォワード陣は迎撃している。一方で隊長陣は会場自体の警護のため、内部に留まることを余儀なくされていた。

「——随分と開始が遅れていますね」

 ホテルの一室、VIPルームと呼ばれる部屋でオークションの開始を待っていたペガサス。最近お気に入りのワインを試していたのだが、時刻になったにも関わらず始まらないどころか案内の者さえ現れないことに違和感を感じていた。

 コツコツ、とノックされる扉。許可を与え入室を促すとサングラスの男が入ってくる。

「会長、どうやら襲撃を受けているようでして開始時刻を遅らせるようです」

「……そうですか。夕方にはシンディアとの夕食が待っているのですが」

「会場内部に主戦力が留まっておりまして、現状外にいる局員達のみでは鎮圧に時間がかかる模様です」

 その言葉にペガサスは頭を抱えた。遅刻するのは避けたい、しかしオークションにも用があるので帰る訳にもいかない。考古学に造詣が深い彼はロストロギアにも当然詳しく、出品される遺物を是非ともコレクションに加えたいと思っていたのだ。

(困りました。あの品は手に入れたい、しかし襲撃が終わらないとオークションは始まりません……そうです!)

 ハッと閃きが走る。オークション品を手に入れ、夕食に遅れることもなく、尚且つ襲撃の鎮圧を早期に終わらせて安全を確保することもできる一石三鳥の名案だ。

「磯野サン、オークション運営会社の社長に連絡を……いえ、呼び出してください。大事な話があります」

「はっ、承りました」

 足早に部屋を後にし、会場にいるであろう社長を呼びつけに行く磯野。一方のペガサスは自社に回線を繋ぎ緊急取締役会議を開き、決定を通知していた。

「……ということでよろしいですね?」

 いきなりの決定に、しかし取締役達はいつものことかと特に反論せず賛同した。会長は天に愛されているのかという程に読みが当たり、投資にもまずもって失敗したことがない。人の内心が読める、などというオカルトな噂が一時広まった位だ。

「会長、お連れしました」

 オークション会社の社長を連行してきた磯野。自社よりも遥かに規模の大きいグループ企業の会長を前にして社長はすっかり縮こまってしまっている。オークション会場としてホールを使わせてもらっているだけであって会社自体の規模はそれほど大きくなく、VIPルームなど使ったこともないのだ。

「よくいらっしゃいました。さて、ビジネスを始めましょう」

 目の前のソファに座るよう促し、二コリと笑顔を浮かべたペガサス。にこやかな顔そのままに会社の買収話を持ち出し、流れるように事項をすり合わせていく。

 内部にいるものでなければ知りえない、それこそ社長本人でなければ把握していないようなことから彼自身も知らなかったことまで饒舌に示し、詰め将棋のように細部を詰めていく。次々と示される情報の重大さと入手方法の不明さに男は体に怖気が走るのを止められない。

 そして最後、提示された買収金額を見て男の目が点になる。年間純利益の軽く十倍以上、総資産の数倍を提示されたからなのだが、何を思ったかペガサスは涼しい顔で数字を弄る。

「そうですね、これ位でいかがでしょう?」

 二倍に跳ね上がる数字に、男の顔から血の気が引く。これはもはや商談などではない、ビジネスの名を借りた蹂躙である。もし受けなければ何をされるか分かったものではない。

 自分の扱える限界を超えた金を見せられると人間は総じて正気を失う。つり上げて利益を増やそうと考える余裕などある筈がなく、大抵の人間はとにかくその場から脱したくなってしまうのだ。多分に漏れずこの男もそうだった。

「そ、そんなにいりませんから!? その十分の一でも充分過ぎる程です!?」

「そうですか? ではこちらの契約書にサインを」

 震える手でジーク・シュレイダー、とサインを書き込む男。うねり歪みそうになる字を何とか丁寧に収めようと、逆の手で腕を握り締めて書ききった頃には一生分の汗を流していた。

 ————呼びつけてから僅か十分後、ペガサス主導でオークション運営会社の買収が成立する。これによりホテルにいたオークション担当者には指揮権限がなくなり、会長のトップダウンで中止決定が下されたのである。

 避難誘導をスタッフに任せ、警備の必要がなくなった二人の隊長陣が戦闘を開始する。強化されたガジェット群を物ともせず鎧袖一触する二人を見て、前線の四人は疲労で思わず座り込むのだった。










「何よ、アンタも何か用?」

 任務より帰還してからずっとターゲット練習を続けていたティアナ。人目につかない場所で鍛え直そうと思ったのだが捗らず、どうしたものかという所でキャロが姿を見せたのだ。

 アグスタでの任務では防衛線を割られる寸前まで追い詰められてしまった。その状況を打開したのは自分よりも遥かに強い隊長陣だった。

 兄の夢を継いで執務官になり兄の強さを証明する、その目標が遠ざかっていく感覚にティアナは焦る。しかし凡人の自分には地味な訓練を繰り返すことしか出来ない……彼女はそんな泥沼に陥りかけていた。

 ひたすらに基礎スキルを習熟させること、それは訓練校時代以前から続けてきたことだ。とはいえ習熟にも限界がある。天上が見えてしまえば行き詰まるか、或いは他の道を探すしかないのだ。

 かろうじて今はまだ、教導で教わるスキルの習熟限界には達していない。だが先が見えてしまっていることに変わりはなく、ゆっくりと近づいてくる限界に恐々としながら日々を過ごさざるを得ない。

 足を止め、最適な弾丸を選び撃ち抜く……今の彼女に求められている役割はそれであり、究極の話、それだけで充分事足りてしまう。だがそれではガジェットの群にすら勝てない現実を突きつけられ、全く先行きが見えない状態に陥ってしまったのだ。

「貴様、執務官になるのが夢だそうだな」

 思ってもみなかった言葉にしばしティアナの動きが止まる。隊長クラスやパートナーであるスバルは知っていることではあるが、さほど親しくも無いキャロが知っているとは思わなかったからだ。

「それが?」

「なに、貴様はここで立ち止まるのか、と思ってな。ここで消えるなら所詮そこまでということか……どうせ目指す理由も大したものではないのだろう」

 ——ビシリ、と空気がひび割れる音を幻聴する。

「……所詮、ですって? 私の、兄さんの夢を馬鹿にすることは許さない!」

「ふ、この期に及んで遠吠えとは哀れだな……許さないからどうだと言うのだ。負け犬の貴様には尻尾を巻いて逃げ出すのがお似合いさ」

「ふざけるなッ!」

 自身の根幹といっていい兄を貶され激昂するティアナ。左のクロスミラージュをキャロへと向ける。自分でも薄々感じ始めていた理想と現実の差を指摘されることはかなりの苦痛だった。

 キャロは向けられた銃口に動じることもなく結界を張り、バリアジャケットを身に纏う。応じるようにティアナもバリアジャケットに切り替えるが、そこにいる筈のものがないことに気づき鼻を鳴らす。

「何、あの竜は使わない訳? 私も舐められたものね」

 非力な召喚士でありながら身一つで戦いに挑むなど、非常識にも程がある。

「ブルーアイズの攻撃がなくて安心したか? 貴様には勿体無いのでな」

 フン、と挑発してくる言葉にカッと頭に血が上る。

 その瞬間。

「あぐぅっ!?」

 ガン、と顎から上に向けて突き抜ける衝撃がティアナを襲う。脳を揺さぶられた最悪な状態で、何とかたたらを踏みながら後ろに下がった。

 揺れる視界とぼやける肖像、頭に手でガシリと力を込めて意識を戻そうとする。クロスミラージュを構えて牽制しつつ回復を待とうとするティアナの視線の先、キャロは厳しい目を向けてきていた。

 その程度か、と。フルバックの自分に容易く懐へ入られる程、腑抜けているのか、と。

「甘いぞ! 貴様もその辺に転がっているポンコツデュエリストと同じなのか!」

「う、うああああっ!」

 負けられない。コイツにだけは、負けたくない。劣等感も諦念も吹き飛び、今のティアナにはそのことしか頭に無い。気がつけば両銃のカートリッジをロードしていた。





「——迷いは吹っ切れたか、凡骨」

 十数分後、辺り一面を魔力弾で抉りに抉った酷い光景の中、膝を付くティアナをキャロは見下ろしていた。いくつか出来た切り傷を自分で治しながらかけた声音には、最初のような嘲りは含まれていなかった。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 一体何のことかと視線を向けるティアナ。魔力体力ともに使い果たしてしまい、言葉を発するのさえ億劫で仕方が無い。

「貴様が心に迷いを抱えていることなど誰でも分かる。にも関わらず何とかなる気配もなくウジウジと悲劇のヒロイン気取り、見ていて吐き気がする」

「ぐっ……」

「貴様だけが悲劇を抱えていると思うな」

 喝破しながら自分の過去を思い返す。彼女の過去は壮絶と言っていい。

 僅か七歳にして里を追放され家なき子となり、並居る竜種を狩るという死線をくぐり生きる日々。山を降りて都市部へ出るも保護された養護施設はみすぼらしく、スカウトされた陸士部隊でも酷い扱いとたらい回し。フェイトに拾われるまで、彼女の心は憎しみで埋め尽くされていたのだ。

「それって、一体どういう……」

「俺程度の悲劇など新聞を開けばすぐに見つかる。そこらにありふれたお涙頂戴話など、わざわざ話すことも聞くこともあるまい」

 ティアナの問いには答えず煙に巻くキャロ。彼女にとって過去など何の意味も持たない。語るだけの価値もない。

(俺は未来にしか興味はない……過去など踏みつけるために存在する)

 全ては未来のために、過去を踏みつけに、今を生贄に生きる。その先に自分の栄光があると信じて。そうしてキャロは生きてきた。

「貴様の歩んできたデュエル道などまだ入り口だ、世界にはまだ未知のデュエルがある。見える筈だ、果てしなく続く戦いのロードが。なのに貴様はここで立ち止まるのか」

「果てしなく続く、戦いのロード……それが私の前にもある……?」

「踏み記したロード、それこそがお前の未来となるのだ」

 その言葉を受けて静かに考え込むティアナ。「未知のデュエル……戦いのロード……デュエリスト……」と時折口に出して何かを確認するようにしていた。

 キャロはバリアジャケットを解除して手を払う。そしてふと思いついたように最後の言葉をかけた。

「負けを恐れれば、立ち止まるしかない。負けて勝て、凡骨」

「誰が恐れるかっ。見てなさい、絶対に凡骨って呼ぶの撤回させてやるんだから!」

 宣戦布告のようなその言葉には答えず、結界を解除し立ち去るキャロ。跪いたままのティアナに手を貸すことは無い。その必要はないのだから。

 途中でティアナを探していたらしいスバルとすれ違い、居場所を伝えてから寮への道を歩く。

 そうして誰もいなくなったところでブルーアイズが帰ってくる。暫し席を外すように頼んでいたからだ。じっと見つめてくる青い瞳に、言いたいことを読み取ったキャロは元いた方向を一瞥し、視線を切った。

「——己の力で立ち上がれるか。立てれば良し、立ち上がれなければそこまでだ」

(全く、らしくもない……)

 振り返ることなく歩いていくキャロ。その少し後ろをブルーアイズは飛んで付いて行った。










「だから、だから私は……強くなりたいんですッ!!」

 数日後の訓練における二対一の模擬戦の最中、教官であるなのはに静かな怒りを向けられて身を竦ませるスターズの二人。実戦ではなく模擬戦、それもなのはを相手にした場合でしか通用しない危険な、未だ教えていない戦術に手を出したからだ。

 だがそれでも、才能の無い自分は出来ることを少しでも増やさなければ強くなれないのだと銃口を向けるティアナ。嘆息したなのはは彼女よりも先にクロスファイアを放ち、ティアナに直撃させたのだった。

 スバルをバインドで縛り上げ、猶もティアナへの追撃を行おうとするなのは。魔力弾を集束させ、朦朧としてふらつくティアナに向けて不可避の砲撃を放った。

 だが。

「——貴様の散り様、最後にデュエリストとして認めてやる」

 間に割って入ったキャロが砲撃を障壁で防ぎきる。その背中を見たのを最後に、ティアナの意識は闇へと落ちていくのだった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 このキャロの声、読み手の中ではどちらで再生されているんだろうか? キャロの方か、海馬の方か……ふと疑問に。

 次回、『白い悪魔』



[36838] 「White Devilの前には勝率わずか3%……」
Name: ぬえ◆825a59a1 ID:980dd4c6
Date: 2013/05/05 03:24
 突如割り込んできたキャロに対し、なのはは鋭い眼差しを向けていた。一方のキャロは崩れ落ちたままのティアナをスバルに向けて放り投げ、顎で外を示す……要するに相手にしていなかった。

 じっと見てくるだけでいつまでも話を始めないキャロ。乱入してきたにも関わらず何も動きを見せないことに痺れを切らし、なのはは口を開いた。

「まだ模擬戦の途中だった筈だよ。教官の指示なく勝手な行動をとったこと、どう弁明するつもり?」

 掛けられた問いかけは、静かであるだけ押し込められた感情の大きさが伝わってくる。キャロは嘆息しつつそれに答えた。

「規則、それも結構なことだ。だが大事なことをひとつ忘れているぞ」

「忘れている? 何を?」

 訝しげにするなのはをキャロはやれやれと息を吐いて文字通り見下ろし、言い放った。

「貴様は今、俺という地上で最強のデュエリストを敵にしているということだ。自分よりも弱い者に従う理由など無い」

「……何を言い出すかと思えば。キャロもまた頭を冷やした方が良さそうだね」

「ふ、この期に及んで遠吠えとは哀れだな」

 ――ギシリと増す重圧に、外で見ている者達はその場に縫い止められたように身体が硬直してしまう。なのはから放たれる鋭いプレッシャーが、キャロを通り越して突き刺さっているのだ。

 しかし真正面からそれを浴びているキャロは不遜な態度を崩さない。冷静にデバイスの試算結果を聞いていた。

(現状、ヤツの前には俺の勝率は3%というところか……フン)

 あまりにも小さすぎる勝ち目、だが0ではなく、勝つための方程式は確実に存在する。ならば己の手でそれを掴み取ればいい。

「ソリッドビジョンシステム作動!」

 デバイスを介してシステムにアクセスするキャロ。廃棄都市だった模擬戦フィールドが掻き消され、岩と砂ばかりの険しい山々へと姿を変えてゆく。

「これは……こんなフィールドは登録していない筈」

「自分で構築したシステムなのだ、他人の手に渡ったからといって扱えない筈がなかろう」

(これで勝率20%、ここまで上昇すれば充分だ)

 ブルーアイズを解放し背に乗り込みながら解説するキャロ。ソリッドビジョンの開発者であるが故に、彼女の権限は六課の技術者よりも高位にある。望みのフィールドを造り出すことは容易かった。

 急峻な岩山の数々は、かつてキャロとブルーアイズが過ごしたアルザスの地形を再現したものだ。竜種にとって最適の環境を再現したフィールドは当然ブルーアイズの能力値も高めている。

「ステータスの強化……なるほどね」

 キャロとブルーアイズの防御魔法はお世辞にも強いとは言い難く、なのはの砲撃をまともに喰らえば数発で撃墜されかねない。一体一で被弾を覚悟するのであれば能力値を高めておく必要があった。

 加えて遮蔽物らしい遮蔽物も存在しないフィールドならばブルーアイズのブレス攻撃を最大限に活かすことができる。

「戦場構築は戦術の基本、貴様も常々語っていることだ……デュエル開始の宣言をしろ、ヴィータぁ!」

「おっ、おう……デュエル開始!」

 二人に向けられる強烈な視線に、独りでに口と体が動いてしまうヴィータ。普段なら指摘するだろうキャロの言葉遣いにも、今だけは反応が起こせなかった。

「ディバインバスターッ!」

「滅びのバーストストリーム!」

 開始早々、速射砲を激突させる二人。なのはの方には長々と続けるつもりはなく、力押しですぐさま終わらせる気構えだった。

 だがそれはキャロが反応できなければこそ成り立つ話。本来の巨躯を取り戻したブルーアイズと拮抗させられている現状に歯噛みし、カートリッジをロードする。

 追加の魔力供給を受けて勢いの増した砲撃に、ブレスはジリジリと押され始める。

「キャロでは絶対的な火力が足りない。竜を使ったとしても、私の最大砲撃には届かないこと位は分かってる筈だよ!」

「ふぅん、お見通しという訳か。流石だと言いたいが……甘いぞ」

『Virus Cannon!』

「トラップ発動、魔法除去細菌兵器ッ!」

「なっ、レイジングハート!?」

 大威力の砲撃を放っている最中というのは思うように動けないものだ。射出態勢のまま動けないなのは、キャロはそのデバイスに誘導射撃を打ち込む。大した衝撃はなく、しかし紅玉部分が不規則に点滅していることを見ても状態異常を起こしていることは瞭然だった。

「確かに貴様のスターライトは最強にして無敵、しかし俺のデュエルは更にその上を行く」

「今のは一体……」

「魔法除去細菌兵器、この効果により数種類の魔法をこのデュエル中は封じさせてもらった。そう、貴様の切り札もだ!」

「ま、まさかスターライトブレイカーを!?」

 デバイスを外部から弄られたことに気づいて動揺するなのは。その隙を突いてキャロはブルーアイズを駆って空を舞い、ブレスでの撃ち合いを終わらせた。

「安心しろ、一時的にデバイスの機能を麻痺させているに過ぎん。貴様が敗北した後に整備すれば再び使えるようになるだろうよ」

 キャロのプログラミングとそれに付随する技術は、それこそミッドチルダ全体でも群を抜いて高い。幼くしてソリッドビジョンシステムを考案し実用化した頭脳と技術力を以ってすれば、他人のデバイスを乗っ取るまではいかなくとも異常を起こさせる位は出来て当然だった。

 だがなのはは動揺を押さえつけた。否、動揺から立ち直った。

「……それならいいや。なくてもキャロになら勝てるし」

「寝言は寝ている時に言え……敗北に片足を突っ込んでいるのはスターライトを失った貴様の方だ!」

 挑発に乗って怒りを露わにするキャロ。勢いのまま開始されたブルーアイズの砲撃は、しかし決して雑ではなくむしろ精緻だ。

 生まれてからずっと、誰よりも共に生きてきた二人。言葉を交わさずとも意思は伝わり、目を合わせずとも意図は伝わる。そこしかないという所に続けてブレスを、キャロの思い通りに撃ち続ける。

 次々とブレスを放つブルーアイズに、なのはは一ヶ所に留まることを許されない。ビリビリと空気を裂く一つ一つがAAAを越える攻撃であり、一度足を止めれば障壁を張って堪えるしかないだろう。

 そして守勢に回ったならばジリジリと魔力を削られ、いずれ力尽きて撃墜される。それはなのはにもキャロにも、離れた場所で見守っている者達にも分かっていた。

『Axel Shooter!』

 故になのはは回避に専念しつつも、魔力弾をキャロに向けて乱れ撃つ。

「手数を増やすことでこちらに攻撃の暇を与えないとは……なかなかの強かさだ、初対面より好印象だぞ?」

「教官だからねっ!」

 十発単位でキャロを、ブルーアイズの背後を常に狙う誘導弾。キャロはそれの迎撃に掛かりきりになり、ブルーアイズもまた死角を気にして全力で攻撃し続けることは封じられていた。

「だがブルーアイズの前では守備表示でターンを凌ぐ位しかあるまい」

 徐々にキャロは飛行軌道を読み、時折ブレスがなのはの体を掠るようになっていく。しかしそれも、鉄壁といっていい硬さの障壁が防ぎきる。

『Protection Powered!』

「甘いよ、工夫の無い攻撃が極まるとは思わないで」

 高町なのはが堅牢な砲手として評価されているのは魔力量の多さや恵まれた空戦適性だけが理由ではなく、それらを生かす技術の高さが圧倒的だからでもある。

 直撃コースのブレスですら寸前に態勢を調整し、微妙に打点をずらすことで逸らし、受け流す。その運用技術は普段教導で見せるものとは段違いに高度であり、如何に新人教導が“新人教導”でしかないかを明白にしていた。

 なのはの大き過ぎる力は、正に敵として対峙しているキャロにも当然分かっている。かわされ、いなされ、無効化され、いくら攻撃を積み重ねても有効打が未だに極まらない。なのはの言葉通り、工夫のない攻撃では極まる気配すらない。

「――ならばその盾から破壊するまで」

『Stop Defense!』

 ブルーアイズのブレスを囮にして放った散弾射撃、その一つがレイジングハートに直撃し、またしても状態異常を引き起こす。

「くっ……またレイジングハートにハッキングが!」

「守備封じの魔法、これで貴様は自前の障壁しか張れないという訳だ。無論独力でやる分には可能だが、出力は全く足らんだろうな。フハハハハッ!」

 高笑いするキャロ。まともに障壁が張れなくなったならば、例えエースオブエースといえどいずれ攻撃は当たる。なぶり殺しになるのは時間の問題だ。

「行くぞ、滅びのバーストストリーム!」

『Flash Move!』

 数少ない高速移動を使いブレスを回避するなのは。もはや掠ることも許されないブレスの雨の中を、よりスピードを上げて舞い飛び続ける。その先にこそ勝機があるのだと信じて。

 三発、七発、十一発と回避を重ねるなのはと、誘導弾を防ぎつつ砲撃を放ち続けるキャロ。

 まるでチキンレースのような様相の中、先に変化が現れたのはなのはではなく、キャロの方だった。

 徐々にではあるがブレス攻撃の間隔が乱れ始めたのだ。

 ブルーアイズが如何に強い竜だとしても、当然限界は存在する。数回の攻撃ならば許容範囲内だが、十回も全力で砲撃を放てば疲れが見え始める。

 そして模擬戦が始まってからブルーアイズが放ったブレスは、既に五十ではきかなくなっている。

 主人の想いに応え限界を超えて攻撃を続けていたブルーアイズ。だがしかし、ブレスの発射タイミングに一瞬、ラグが生じてしまう。

『Devine』

 そしてそれを見逃す高町なのはではない。

「バスタァッ!」

「かわせブルーアイズッ!」

 戦闘が始まってからほぼ動くことの無かったブルーアイズが、ここに来て回避のために初めて位置を移す。キャロの障壁では砲撃を防ぎえず、直撃すれば大ダメージは必至。それゆえの選択。

 ――だがそれこそが失策。

「何ぃ、設置型バインドだとッ!?」

 なのははただ無為に回避を続けていた訳ではない。ブルーアイズの周囲にバインドを撒き散らし、一度その場を動いたならば確実に捕縛できるように環境を整えていたのだ。

 ギチリ、と空間に固定された体はまともに動かすことすら出来ず、ましてや逃れることなど不可能。

 守勢に回っていた筈の相手がいつの間にか圧倒的な攻め手に変わっているという予想外の状況に驚愕するキャロ。掛けられたバインドはレストリクトロック、除去しようとする姿を嘲笑うように二発、カートリッジをロードしたレイジングハートが突きつけられる。

 そして。

「エクセリオンバスタァァァッ!」

「ぐあああああああっ!?」

 極太の砲撃に呑まれていくキャロとブルーアイズ。乾坤一擲のエクセリオンは、身動きの取れない二人を容赦なく地に叩き落した。










「撃墜一名、模擬戦はこれで終――」

「見事だ……と褒めてやりたいところだが」

「っ!?」

「これしき、痛くも痒くもない」

 決着を告げようとしたなのはの言葉を遮る、キャロの言葉。もうもうと立ち上がった爆煙が風で流れ、中から姿を現す。汚れ破れ傷付いた様子ではあるが、その足は確と地面を踏みしめていた。

「救われたというのか……許せ、ブルーアイズ」

 倒れ付したブルーアイズの頭を撫で、ねぎらうキャロ。着弾の寸前に拘束を破壊し、翼を動かし庇うことで主人を守ったのだ。力任せの破壊のため翼は傷付き、砲撃にさらされてあらゆる部位に怪我を負っている。

 その様を見て、なのはは最後通告をする。例えサレンダーしたとしても責められはしない。竜召喚士が竜を失ったのだから。

「一応、まだ戦えるみたいだけど。どうする、降参?」

「俺の戦いのロード、己の定めは己で決める」

「つまり?」

「俺の未来、それはこの戦いを制した先にある。今度こそ正真正銘、貴様の最後だ」

「うん、最後まで諦めないことがストライカーの条件。見せてみて、あなたの全力を」

 ギン、と折れない闘志を地上からぶつけるキャロ。思った以上の手応えに、なのはも思わず顔に笑みが浮かんだ。

 元より“両者とも”リミッターをつけた状態ではあるが、ここのところ本気を出しての戦いなどしていない。出動に備えるため、教導のため、そして何より本気を揮えない場面ばかりなためだ。

 故にこの全力を揮える状況は、原因はともあれなのはにとっても好ましい。彼女もまた少なからず、強い相手と闘えるのは嬉しいことなのだ。

 ――と、その空白の間、防護結界の外で見ていたメンバーの方に動きが生まれる。

「ん……ここは」

 爆発音が大きかったからだろう、気絶していたティアナが目を覚ます。スバルに手を貸されながら起き上がった先に見たものは、ボロボロになったバリアジャケットで身を包んだ、それ以上にボロボロなキャロの姿だった。

「そんな……アイツ、私の代わりに……」

 それだけで状況を理解するティアナ。意識を失う直前、砲撃に割って入ってきたたキャロの背中を覚えている。ならば今彼女が傷付いているのは、自分を庇ったことが原因だと分かった。

「召喚獣を失ったアンタじゃ敵う筈ないじゃないっ! 何でまだ戦おうとするのよ!?」

 あまりにも不利な状況に、ティアナは反感も忘れて声を張り上げる。自分を庇ったがためにこの状況になっているのだとすれば、申し訳ないにも程があった。

 それに対しキャロは振り向くこともなく、眼前の敵を見据えたまま答えた。

「俺は俺の意思で戦い続ける。貴様の指図など受けん」

 言い放つキャロ。自分の意思を貫いてこそデュエリストである、と。

 ブルーアイズを撃墜され、それでも猶キャロは戦意を無くさない。誰に強制されたのでもなく彼女自身が選んで始めた戦い、逆境に陥ったからといって止める道理は無い。

「俺自身の栄光のロード、それをこんな所でむざむざと潰されはせん。その眼を見開き胸に刻め、この俺のデュエルを!」

 頭上に右手を掲げるキャロ。ケリュケイオンが強く輝き、光を迸らせた。

 最後まで残していた一つの手札、設置型の魔法が牙を剥く。

『Interdimensional Matter Transporter!』

「トラップ発動、亜空間物質転送装置!」

 頭上に開かれた次元の穴、そこから砲撃がなのはへと襲いかかる。ティアナへと放ったクロスファイアを亜空間へ飛ばし、転送先を今に設定し解放したのだ。

 その威力の高さは当然、なのは自身がよく分かっている。人の意識を奪い去る位は軽くできる、それだけの代物だ。

 当たれば、堕ちる。

「っ、くぅっ!?」

 必死になったのがよかったのか、予想外の奇襲に動揺しつつもなのはは砲撃を避ける。そこへキャロが跳び込み、殴りかかった。

「はぁぁっ!」

 不意を突いて仕掛けた近接戦、だがその腕をギチリ、と鎖が縛り付ける。顔を殴り飛ばす寸前の所でキャロの体にはバインドが絡み付いていた。

 なのはの得意とするゼロ距離バインド。接近戦を不得手とする彼女がインファイター相手に使う、嵌め殺しとも呼べる勝利の方程式。

「不用意だね、キャロ。このバインドからは逃れられない」

 態勢を崩したからといってなのはが空中で誰かに遅れをとる筈が無い。例え奇襲直後という千載一遇の機会だったとしても、なのはよりも身体能力で劣るキャロが近接戦を挑むべきではなかった。

「――いや、そうでもない」

 普通ならば、だ。ニヤリと笑うとキャロは静かに攻撃命令を下した。彼女の下方、地面には倒れたままのブルーアイズがいる。

「やれ、ブルーアイズ」

 キャロに応え、戦いが始まってから一番のエネルギーをチャージするブルーアイズ。自分が隙を晒したせいで主人を撃墜の寸前まで追い込んでしまったこの状況で猶も最後に頼ってくれたのだ、応えない筈がなかった。

「なぁ……っ!? きゃ、キャロッ!」

「ふん、逃がさん」

 地上から顎をこちらに向けているブルーアイズを見て総毛立つなのは。急ぎ離脱しようとした所で全身をキャロに組み付かれ、更にパニックに陥る。当然逃れられようもない。

 キャロ諸共、バーストストリームに呑まれていくなのは。障壁を張ることも出来ないままオーバーSにも匹敵する砲撃に根こそぎ魔力を奪い尽くされ、両者共に意識をブラックアウトさせるのだった。










 キャロが気絶から回復した頃には既に真夜中になっていた。その間に隊長陣による海上飛行中のガジェット掃討があったそうなのだが、寝ている内に全て終わっている。ちなみに出撃したのはフェイトとヴィータの二人。シグナムは交換部隊の長として待機する必要があり、なのはは依然として気絶していたからだ。

 シャマルの目を盗み、キャロは医務室を後にした。魔力体力ともに枯渇寸前まで消耗してはいたが、歩いて散歩する位ならば問題ない。

 誰も、ブルーアイズすらおらず一人で考えようとしていたのは昼間の一件だ。

 ――しかしどうやら、それは叶わないようだった。

「こんばんは、キャロ。体の方は大丈夫?」

「何の用だ」

 海へと続く道、キャロはその途中の木陰から近づいてきたなのはに素っ気なく要件を尋ねた。このタイミングで遭遇することが偶然である筈がないからだ。

 足を止めずに前を通り過ぎていくキャロ。なのははその横に並び、そのままに歩を進める。全力でぶつかり合った手前、何となく正対し辛いところがあった。

 顔を合わせないまま、先に話を切り出したのはやはり待ち構えていたなのはの方だった。

「……さっきね、ティアナが訪ねてきたんだ。色々お話した」

 キャロが目覚める前の話だ。意識を取り戻したことを知ったティアナがやって来て、初めてゆっくりと話すことができたという。

 休息を犠牲にしていたのはティアナだけではない。なのはもまた教導のプラン作成、日々の教導、書類決裁、現場出撃と忙しくしている。それゆえ余分な時間はなく、例えば部下と話す時間すらなかった。

「私の教導の意味、ティアナが強くなりたい理由。強くなりたい想いは私もよく分かる筈だったのに、ね」

「強さを求める、理由?」

 疑問の声にああ、となのはは零した。そんなことも話す余裕がなかったね、と。

「そういえば話したことなかったね。私が、魔法と出会ったきっかけ――」

 そうして訥々と語りだした。魔法のない世界で生まれ、魔法に出会い、侮り、恐怖し、求め、溺れ、傷付き、歩んできた十九年間を。

 言葉を交わすことすらも拒絶され、意思を通すために強さを望んだP・T事件。何も分からぬままに撃墜され、意地を通すために強さを望んだ闇の書事件。無理を通して重傷を負い、それでもなお飛ぶことを望んだ撃墜事件。

 助かった筈の命を、泣かなくて良かった筈の人を、壊れなくて良かった筈のものを掬い取って救えるように。無理無茶無謀の末に夢を断たれる人がいないように。昨日より今日、今日より明日は強く、更に強くなることを求めて。

 蓋を開けてみれば何のことはない、ティアナとなのは、二人とも似た者同士だったのだ。ただその蓋を今まで開けていなかっただけで。

「本当はきちんとお話して、分かり合う努力をしなきゃいけなかったんだ。ここは教導隊とは違うんだから」

 戦技教導隊では研修にきた局員に対し、一週や一月という短い期間で上級スキルを教える。元々実力のある者に対して、難しい内容を、短期に身に付けさせなくてはならないという制約がある。

 それ故に口で説明するよりも肉体に叩き込み使えるようになることを第一とし、頭で本格的に理解させるのは二の次になってしまうような所がある。そしてそれが普通のこととして許されてきたのだ。

 だが一年という長期を共に過ごす六課は全く事情が異なる。“表向き時間があるように見える”にも関わらず何らの説明もせず、することはひたすら基本の繰り返し。例えそれが目標へたどり着く最短ルートだったとしても、最も安全なルートだったとしても、長い旅路を地図なしで連れ回されるのは辛いものだ。

 そして前線の四人は決して頭が悪い訳ではなく、話せば理解できる。それを言わずとも大丈夫だろう、分かってくれるだろうと甘えてしまったのはなのはだ。誰が責められるべきかというならば、一番は上司の自分だろうと思っている。

「……そうか」

 長々と続いた語りも海が見えてきた辺りで区切りがつき、日が落ちて真っ黒になった水面を二人して眺める。

(……しかし、どうしたものか)

 キャロは少々困っていた。元々コミュニケーションが得意ではなく、他人の言い分を聞くよりも自分の意思を通す方がずっと性に合っている彼女は、別にティアナとなのはの間を取り持とうなど考えてはいなかったからだ。

 一方で教導内容の決定は教官の専権、模擬戦の進行も同様だ。高町なのはには彼女なりの信念、デュエリストとしての信条がある。

 他方で戦う理由、遥か高みの目標へ挑む夢は個々人の根幹だ。ティアナ・ランスターにもまた、デュエリストとしての信条がある。

 腹を割ってぶつかれば良いだけなのに互いに内にこもって拗らせていく二人が気に入らなかったのは確かだが、どちらかに対して肩入れをするつもりなど毛頭なかった。

 あえて割って入った理由を挙げるならば興が乗ったから、自身の力を確かめたくなったからだ。決して、決してティアナの信念がなのはの心に届かず埋もれてしまうことを惜しんだ訳ではない。

「そんなことは、そんなことは断じて認めんっ!」

「な、なにっ!?」

 ビクッと体を跳ねさせたなのはを見て、つい興奮してしまったらしいことに気付くキャロ。それと同時に気付いたのは、なのはから常の覇気が薄れていること。そちらの方がキャロにとってはよほど問題である。

 体中からアドレナリンをかき出し、血液を沸騰させるような熱いデュエルができる相手というのは希少だ。手を尽くして猶も引き分けるのが精々だった強いなのはが、このようなことで立ち止まっては困る。

「この奇妙な光景はどうだ? 生涯自分の敵と定めた貴様と俺は肩を並べている。今も貴様をこの場で倒してやりたい、そう考えているにも関わらずだ」

「生涯の敵って……私とキャロは同じ部隊で戦う仲間だよ」

「ふん、笑わせるな。例え百万時間あろうとも、貴様とかわす言葉はただ一言」

「戦う、ってこと?」

 違う、デュエルだ、と返して向き直るキャロ。その瞳には戦いの時と同じように、強い闘志が宿っている。

「貴様は俺の認めた数少ない真のデュエリスト。そして俺にとって敵とは常に最強でなければ気が済まない」

 故に貴様は常に最強であれと、腑抜けているなと発破を掛けるキャロ。

 途方もなく分かりにくい――多分分かる人の方が少ない――が、要は元気を出せということだった。

 果たしてなのはは理解できたのかどうなのか。にゃははと苦笑いしつつ頬を掻いている辺り、少し元気は出たようだが。

「だが同じ道に二人の覇者は要らぬ、貴様だけは俺がこの手で倒す!」

「いいよー。私も負けないから! 生涯の友達宣言されちゃったしね!」

「ふはははは……どういうことだ。分かるように説明しろ」

 笑いかけて固まり目を点にするキャロに、なのはは首を傾げた。

「え? だって私が強くいられているかどうか、ずっと見ていてくれるんでしょう? こう、ずっと張り付いている感じで」

「冷静になれ。何故俺がわざわざ四六時中張り付いていなければならんのだ」

「じゃあ電話やメールだね。はい、これ私のアドレス」

「だから冷静になれ。実に目出度い奴だな……」

 ぶつぶつと文句を言いながらもデバイスを差し出してプライベートアドレスを受け取るキャロ。ついでに自分の分もねだられてしまった。

 ついでとばかりに頭をわやくちゃに撫でられたり、抱きしめられたり、意味不明なスキンシップを図ること暫し、満足したのかなのはは笑顔で立ち去っていった。

「じゃあね、キャロ。また明日!」

 何がどうなってこうなったのか全く理解不能、だがどうやら彼女にとって自分は友人としてカテゴライズされたらしいことは分かったキャロである。

「……はぁ」

 重い溜め息を吐く。友人扱いが嫌なのではなく、なのはの押しの強さが嫌なのでもない。ましてや待ち構えているだろう命令違反に対する処分が嫌な訳でもない。本気を出したエースオブエースと戦えたのは良い経験だったが。

 そもそも、ここまで他人に対して干渉することなど今までのキャロらしくない。冷たい世界こそが相応しいというのに。この部隊はあまりにも暖かすぎる。優しすぎる。

(ここに来たのは失敗だったか……)

 六課に来たことすら後悔し始めた所で、上空から竜が舞い降りてくる。空気を読んで離れていたのだろう、雛状態のブルーアイズだった。

「ブルーアイズ……ご苦労だったな」

 決して他人に見せることのない柔らかな表情を浮かべるキャロ。それでも幾分堅いが、年相応の素の彼女に触れられるのはブルーアイズの特権である。

 頬に頭を擦り付ける雛竜。そこには確かに主人への気遣いがあった。

 思わずそれに甘えてしまいたくなる。年相応の子供のように、弱いことを許される童子のように。

「……俺はこんな所で立ち止まる訳にはいかない。許されんのだ」

 だがそれでも、キャロは気遣いを断った。強く目を瞑り、カッと開く。一時の気の迷いを振り払うように。

「行くぞ、ブルーアイズ」

 常の仮面を被り、強さを身に纏う。普段の不遜さを取り戻したキャロは、何か言いたげなブルーアイズに応えることなく寮へと戻るのだった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 スターライトブレイカーやバーストストリーム喰らったら人生観変わる自信がある。そもそも生き残れる気がしないけど。

 やはり一人称が俺だと海馬ボイス再生がデフォルトのようで。せめて私に変えればキャロでもいけるかなぁ……今後たまに一人称が私になることがあるので、その時はキャロボイスでの再生を推奨します。試しに海馬ボイスでやってみたら「なぁにこれぇ」状態だったので。フリじゃないよ、絶対やるなよ!

 次回、『力の意味』



[36838] 「この虫野郎!」「あなた……誰?」
Name: ぬえ◆825a59a1 ID:906a86b7
Date: 2013/04/03 15:05
 7月頭の頃、清々しく晴れた日の午後のこと。外出にも昼寝にも最適な陽気だった……が。

 残念ながらキャロ達は現在、薄暗い地下水道内を駆けていた。

「社の様子を見に行こうとしていたというのに……せめて事件は明日にしろというのだ」

「言っても仕方ないでしょ。放っておいたせいでレリックが爆発でもしたら笑えないから」

「とはいえティアとのデートが終わっちゃったのは惜しいなぁ……」

「あはは……仲いいですね?」

「誤解よっ!」

 そんな掛け合いをしながら途中で別件を追っていたギンガとも合流し、5人で捜索を続けることしばらく。やがて開けた空間でレリックケースを発見し、キャロが代表して持ち上げた。

 皆がそれを見て任務完了かと思ったが、ガンッガンッと辺りに大きな物音が連続して響き始めたことで状況が一変する。

 飛び跳ねる音が徐々に近づいてくることから襲撃に思いいたり、真っ先に反応できたのは年長者たるギンガだった。

「危ない、キャロさんっ!?」

 レリックを手にしたキャロが狙われているのだと当たりをつけ注意を促すギンガ。彼女から見れば小さな子供で肉弾戦が得意には到底思えなかったからだ。

 だが当の本人は腕力を強化するなりゴガンッとレリックケースで襲撃者を殴りつけ、逆に弾き飛ばしてしまった。

「貴様など、瓦礫の中にでも埋まっていろ!」

 襲撃者は予想外の反撃にカウンターを取られ、勢いのまま壁を叩き割って埋もれてしまう。

「……ええっと、あれ?」

 駆けつけようとして動きが止まり、一連のやり取りを見て何かがおかしいと首をひねるギンガ。というか何から何までがおかしい。ティアナは慣れた様子で事情を説明した。

「あー……心配するだけ無駄ですよギンガさん。この子、色々と常識外れですから」

「そ、そうなの?」

「ええ。というか危険物で殴るなっ!」

「つい反射的にやったことだ」

 ケースの強度はガジェットが爆発しても問題ないレベルなので恐らく平気なのだが、それでも心臓には悪い。怒りは尤もだ。

『そもそも中身は既にすり替えてある。ケースを壊されたところで痛くも痒くもない』

『そういうことは早く言いなさい』

 レリック自体は六課に転送済みだと付け加えられてもう帰りたくなるティアナ。もうそろそろ常識人でいることが辛くなってきた。

「だ、大丈夫?」

 気遣わしげに声をかけてきてくれたギンガに応じつつ頭を振り、邪念を追い払う。司令塔まで非常識になったらどうにもならない。

(私は大人、私は大人……)

「……それで、あなたが下手人って訳?」

 気を取り直し、影になった部分から歩み出てきた女の子に向けて銃口を向けながら問う。襲撃を加えてきた、どう見ても敵対意思ある相手だ。

 当の下手人、ルーテシアは姿を現すとキャロの持ったケースを指差し、言葉少なに要求を告げる。

「……そのケースを渡して」

「そう言われてはい、そうですか、って渡すと思う?」

 チャキ、と引き金に指をかけることでティアナは答えを示した。

 ロストロギアを素性の知れない者に渡せる筈がなく、ましてや先制攻撃を仕掛けてきた相手には尚更ありえない。逆に拘束して逮捕が順当だろう。

 そしてそれはルーテシアにも分かっていたようで。

「……我は乞う、小さき者、地を這う者。言の葉に応え、我が命を果たせ。召喚、レッグルツーク」

 デバイス、アスクレビオスの宝珠が光ると共に部屋の到るところに魔法陣が出現する。その数、軽く40。

 何が、と身構えるフォワード陣の視線の先に現れたのは紫の巨大ムカデ、レッグルの集団だ。ゾブリゾブリと溢れるように呼び出され、あっという間に部屋の出入り口を埋め尽くしてしまった。

 嫌な状況に溜め息を吐くティアナ。気持ち悪さも相当なものだが、それよりも脱出を封じられてしまったことの方が痛い。

「実力行使ってこと……この人数差で随分な言い様ね、1人で何か出来るとでも?」

 デバイスを構え臨戦態勢に入る5人。前・中・後衛そろった教本のような布陣が組めており、即座に制圧することも可能だと皆が思っていた。

「私は一人じゃない……おいで、ガリュー」

 人数的に不利なルーテシアだが、慌てることなく戦闘不能になったガリューを送還し、魔法陣を展開する。レッグルを呼び出した時よりも更に強く紫の光がほとばしり、部屋を染め上げていった。

「これはなんだ!? くっ、進行が速い!」

 部屋全体を覆っていくものが結界魔法であることに気付いたキャロが妨害をしようとするが、それよりも早くルーテシアは結界を完成させてしまう。

「強き者に戒めの縛鎖を、猛き者に重き枷を、封鎖結界、超重力の網!」

『Gravity Bind!』

 完成を告げるアルクレビオスの機械音声が響き、それとともにズシリ、とかつてない圧力が5人に襲いかかる。

「がっ……!?」

 急激に増した重力に感覚を狂わされ、たたらを踏むティアナ達。他人よりも頑強なギンガとスバルはまだ良い方で、エリオやキャロはまともに動くことも難しい。

「体が重い……重力が増大した?」

「それだけじゃない、魔法が使いづらくなってる!」

 子供2人を介助しながら状態を確かめるギンガとスバルに、ルーテシアは種明かしをした。ドクター手ずから組み上げた、特別性の結界魔法を。

「この結界は特別性。高い魔力を持った、強い人ほど動けなくなる」

 重力を付加することで物理的に制限をかけると同時に、空間内の魔力素を極端に減少させるのがこの結界の効果だ。簡単に言えば低酸素・高重力空間に置かれているということである。

 魔導師は魔力素をリンカーコアから吸収・ろ過し溜め込むことで魔力を補給している。大本の魔力素が少な過ぎる場合、特に大魔力に慣れた者は普段との落差により体調を崩してしまう。

 体内に酸素を貯めているからといって呼吸しなくて済む人間はいないのだ。

 床に膝を付いたまま、キャロはティアナをからかうように見上げた。

「まともに動けるのは魔力が元から少ない者ということか」

「わざわざジッと見なくても分かってるわよ、私の魔力が少ないって言いたいんでしょ!」

 若干キレ気味に応えるティアナ。だが実際、現状で魔法を充分に使えるのは彼女しかいない。時間をかけて環境に体を慣らせば他の者も使えるようになるだろうが、そのような時間を敵が与えてくれる筈もない。

「おいで、私の兵士達」

 何十体も召喚し、更に手勢を加えようとするルーテシアにフォワード陣が目を剥く。複数召喚は難易度が高い技術でありおいそれと手が出せるものではない。例え召喚獣が弱いものであったとしても数には限度というものがある。

 つまり目の前に居るのは並の相手ではない。虫召喚のエキスパート、いうなればインセクターである。

 空を飛んで襲ってくる羽虫と、隊列を組んで迫ってくるコカローチナイト達。心理的にも物理的にも手強い相手に5人も挑みかかるが、次第に息切れが見え始めてしまう。常時相対しているのは20体程、それでも多いのだが倒した隙から送還され、新手を呼び出されては同じ事の繰り返しという悪循環に陥っているのだ。

 始めはスバルとギンガがアタッカーを務めていたものの、そもそも魔法の使用が上手く出来ていない。エリオとキャロは円陣の中央で伏せていることしか出来ず次第に押されてゆき、やがてティアナをセンターとして防衛に専念することしか出来なくなっていく。





 相も変わらず強い重力の下でまた1体、羽虫を撃ち落したところでティアナが愚痴を零した。

「数が多い! どうしてあの虫達は普通に動けるのよ?」

 その言葉に召喚を封じられ、ろくに貢献出来なくなったキャロが忌々しそうに答えた。ブルーアイズも所在無さ気で元気がない。

「凡骨並にレベルが低いのだ。後は劣悪な環境に慣れているのだろう」

「誰のおかげで保ってると思ってるのよ!」

 突進してくる虫達をティアナが撃ち落しスバルとギンガが止めを刺すという現状、まともに動けるのがティアナのみなのでどうしても火力が足りない。物量に押し潰されかねないのを食い止めることで精一杯、押し返すことなど望めそうにない。

 返しの一撃を叩き込むにもチャージ時間が取れない。ジャミングをされているらしく戦闘が始まってから外部との連絡が取れず、いつ応援がくるかも分からない。

 時間さえあればクロスファイアを撃てるのに、と歯噛みしつつティアナはキャロに念話を送った。

『副隊長達が来るのが先か、私達が押し潰されるのが先か……どう思う?』

『決まっている、俺達がヤツを叩き潰す方が先だ』

『相変わらず自信満々ねぇ!』

 根拠なく自信満々なフルバックを皮肉りつつ、ふとティアナはキャロを見ていて気になることが出来た。キャロと相手の召喚士を比べた場合の違いに気付いたのだ。

 キャロが呼ぶのは専らブルーアイズのみである。この数ヶ月、ティアナの目から見て高レベルな召喚士であるキャロであっても、ブルーアイズ程の竜を自在に操ることは容易ではないように思われた。

 一方、目の前の女の子が呼び出した虫は既に3桁に届く。仮に彼女の資質がキャロを超えていたとしても、あまりにも常識外れだ。

『あの子って、いくらでも召喚できると思う?』

『そんな訳なかろう……召喚自体に魔力を喰う。加えて制御にもリソースを喰われる、強力な個体なら4、5体が精々だろう』

 今あれほど召喚出来ているのは弱い個体ばかりだからだ、と言われて納得するティアナ。一応手強い相手ではあるが、ブルーアイズと敵対した時のような絶望感は生まれない。

 とはいえ呼び出せるのが弱いものだけということはないだろう。恐らくストックには何体もの、何種類もの虫がいる筈。それこそ4、5体呼び出してしまえば限界を超えるほどの個体も。

『ならあの子のキャパシティを超えて召喚させてしまえば隙が生まれる。どう、ありそうな話だと思うんだけど?』

『ふぅん……いいだろう、凡骨の賭けに乗ってやる』

 キャロもその推測に賛同し策を2人で練っていく。反発“さえ”なければ2人の策謀には1分もかからない。

『行くわよ……中距離殲滅コンビネーション、チェーンストライク』

 一瞬だけ防衛をスバルとギンガに任せ、チャージをとるティアナ。カートリッジを潤沢に使い適性の低い炎熱変換を行使、解き放った。

「喰らいなさい、ファイヤーボール!」

 クロスミラージュから火炎弾を撃ち、手近な者達へ直撃させていくティアナ。

 轟々と燃える火の玉を5発、6発と撃たれ、数で押していた虫達にも動揺が広がる。被弾した虫は装甲を融かされ、堪らず戦線を離脱していった。グォォォッ、と雄叫びをあげながら逃げ惑う虫達に、ティアナは炎弾を次々と撃ち放っていく。

「もういっちょ、ファイヤーボール!」

 嬉々としながら火を放ってくる彼女に虫達は戦々恐々だ。召喚獣とはいえ生き物は生き物、根源的に染み付いた火への恐怖は当然ある。それを雨霰のごとく降り注がせてくるのだから、焼かれ炙られ焦げた虫達で辺りは阿鼻叫喚の地獄絵図である。

「逃がさん、封印の鎖!」

「デス・メテオ!」

 ジャラリ、と足元にめぐらされた鎖に足をとられ躓く虫達。キャロが無機物召喚で呼び出した鎖に回避を邪魔された虫達は燃える隕石のような炎弾を撃ち込まれ、転げまわったままに体を焼かれ悶絶していった。

 センターとフルバックによる大火力という色物コンビネーション、連鎖爆撃で粗方の虫達を焼き、最後とばかりに4発ロードするとティアナは両手で2つの魔法を行使した。

「そしてトドメの火炎地獄!」

『Tremendous Fire!』

 クロスミラージュの音声と共に半径にして数メートル、5人を守るように炎の壁が立ち上がった。轟々と天上まで吹き上がる火炎に遮られ、かろうじて無事な虫達も立ち尽くしてしまう。

 派手にカートリッジを消費し、足元には薬莢が大量に散乱している。炎で守られた円陣の中、思いのほか上手くはまった策にキャロは感心した。

「壮観だな。炎の凡骨デュエリスト、といったところか」

『全部が全部本物って訳じゃないわ。むしろ幻影の方が圧倒的に多い』

 ギャンブルだったけどね、と念話で嘯くティアナ。目に見える火炎のほとんどは幻影であり、実体を伴った炎はその10分の1にも満たない。炎熱変換を片手で行いつつ、炎に似せた幻影を片手で作り出す——ツーハンド型魔導師だからこそ出来ることだった。

 実際これが出来るようになるまでそれは苦労の日々があったのだが、彼女が言って聞かせる日は来ないだろう。デュエリストとは口で語る者にあらず、戦いで魅せる者なのだから。

 残り少なくなったカートリッジを銃に込めつつ、ティアナは未だ座り込んだままのキャロに声をかけた。

『さて、私は殲滅の準備をするから幻影の維持協力お願い』

『……まぁいいだろう』

 今もってキャロはまともに魔法を使えない。だからこそ幻術の維持にブーストをかける位はしろということなのだが、やはり面白くはない。なのでブーストはデバイスに任せきり、自身はその後に控える一手へと専念していった。





 燃える壁の外、時折特攻を仕掛けては炙られて逃げ帰る虫達の姿にどうしたものかと思案するルーテシア。この結界内で召喚できるのは現在の虫達レベルが精々であり、これ以上の強さを求めると結界を解除しなければならない。

 何度か探らせた結果、全てが本物の炎ではないことは分かったが……かといって突撃させる訳にもいかない。

(アギトが来れば……ううん、このことを知らせてない。自分でなんとかしないと)

 アギトもゼストも来る見込みがないのだ。数は少ないが火に耐性を持つ虫を呼び出そうかと眺めていた視線の先、何の前触れもなく壁が消失した。

(なに……っ!?)

「クロスファイア、シュートォッ!!」

 晴れた視界の先、無数に浮かんだスフィアが目に入った。走った怖気に従って障壁を張ったルーテシアに、無防備な虫達に次の瞬間、クロスファイアが襲い掛かった。

(ぐ……う、くっ)

 百に迫る弾丸に撃ちぬかれた虫達が次々と送還されていくのを感じながら、全力で障壁維持に力を込めるルーテシア。ようやく攻撃が止んだ頃には、羽虫達はおろか部屋の四方を埋めていたレッグル達も全滅させられていた。

「虫たちが一網打尽……なかなかやる。でも」

 デバイスに魔力を通し、再度ルーテシアは召喚を行おうとする。魔力にはまだまだ余裕があり、虫達も残っている。対するティアナ達に余力はなく、同じことを繰り返せば絶対に倒せる……そう考えての行動だ。

 大っぴらに召喚を繰り返そうとするルーテシア。だがそれをキャロは待っていた。

「そんなに虫が好きなら好きなだけ呼ぶがいい!」

『Forced Summon!』

 ルーテシアが大規模召喚を行うタイミングでハッキングを仕上げたキャロ。戦闘が始まって行動を封じられて以来、結界とデバイスへの侵襲だけをひたすら繰り返していたのだ。

 見たことのない術式や高度なセキュリティに面食らいはしたが、それも最初だけ。キャロは陸戦魔導師である前に科学者なのだ。これだけ時間が与えられていれば未知の魔法だろうがシステムだろうが丸裸にできる。

 キャロの送り込んだウイルスによりアスクレビオスが制御を離れ、ルーテシアは本来呼ぶはずではなかった虫達を強制召喚させられていく。

 ヘラクレス・ビートル、クワガー・ヘラクレス、ギロチン・クワガタ、カマキラー、ビッグ・アントといった地を歩く巨大虫達。

 キラー・ビー、ドラゴンフライ、フライングマンティスといった空を飛ぶ虫達。

 そして一際巨大な虫、インセクト女王もまた強制的に呼び出された。そのどれもが結界の影響でまともに動けず、地に這いつくばっている。

「くぅっ……アスクレビオスが勝手に!?」

「貴様には強力なモンスターが手札にあった。それにも関わらず召喚しなかったのは」

「グラヴィティ・バインドの効果で行動不能になってしまうから。いるだけで戦えないのなら、維持コストとして魔力を消費するのは無駄でしかないからね」

 ティアナに図星をさされ、ぐっと唇を噛んで堪えるルーテシア。キャロは体に力を込めて立ち上がり、彼女へ追い討ちをかける。

「どうやら今の状況は貴様のキャパシティを超えているようだな。せっかく張った網に綻びが出来ているようだぞ?」

「っ!?」

『Heavy Storm!』

 気付くのが遅い、と除去魔法を発動させるキャロ。設置型バインドや結界の類を根こそぎ打ち消す魔力流の大嵐が吹き荒れ、一帯を覆っていた重力網を吹き飛ばしていく。それとともにかかる重圧が減り、空間の魔力素密度が回復していった。

「ククク、ハハハハハ!」

 形勢逆転したことに気が昂ぶったのか高笑いを始めるキャロ。そのせいでデバイスの制御が甘くなり、封印していた魔法が発動しかけてしまう。

『The fang of C——』

「止めろ、それは使うな!」

 勝手に魔法が発動しそうになったことにハッとし、デバイスを怒鳴りつける。発動自体はすぐに止まるが昂ぶりかけた気持ちは今の一瞬で完全に萎えてしまった。

(何故……アレだけは使わぬと封じた筈ではなかったか)

 自問しながらブルーアイズの枷を解くキャロ。虫達もまた重力からは解放されたものの、竜という格の違う存在を前に身動きを許されず固まってしまっている。

 動悸を押さえつつルーテシアを睨み、気をとり直すように声を張り上げた。先程のことを忘れんとするように。

「教えてやろう……戦いの生態系、戦いの食物連鎖。雑魚ごとき、誇り高き獅子に触れることすら許されぬ!」

 顎を開き、ブレスをチャージするブルーアイズ。そこへキャロは自身の魔力を上乗せし、効果範囲を部屋全体へと拡大した。悩みごと壊し尽くせ、と念じて。

「滅びの爆裂疾風弾!」

 軒並み吹き飛ばされ送還されていく虫達。だが自身へと攻撃が届く前にルーテシアは転移を済ませ、部屋から離脱していた。





 戦闘終了後、ジャミングが解けたことで駆けつけてきたヴィータ達に事情を報告して隊舎へ帰る途中、話に加わらず一人で歩いていたキャロにティアナは話しかけた。

「ねぇ、さっき使いかけて止めた魔法って」

「詮索は無用だ」

 追究をかわして歩き去るキャロ。普段ならば飛び出すだろう皮肉もからかいもなく、ただ思いつめた様子に他の者は触れることも出来ない。

(似ているだと……? ふん)

 逃走する寸前に念話にて、自分へと語りかけてきた言葉を思い返す。あなたと私はよく似ていると、過去を失っていると、暗い瞳でそう言われたのだ。

 何故そのような場所に留まっているのか、とも。

 自分に似ているという謎の召喚士との戦闘、そして使いそうになった魔法が昔の記憶を揺り動かしそうになる。封印した忌々しい魔法、汚らわしい過去。とうに捨て去った筈のものが蘇りそうになるのを押さえ込みながら、隊舎へと帰還するのだった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ティアナは立派に(洗脳)城之内を継ぎました、ええ。ATMは不明。

 そしてルーテシアよりキャロの方が悪役に見えるのは何故だ……? 次回こそ『力の意味』、少しシリアス。



[36838] 「セト様」「貴方の心は」「闇に囚われてはなりません」「何だこの美女(×3)は」
Name: ぬえ◆825a59a1 ID:acfc8c9b
Date: 2013/04/03 15:05
 首都での事件以降、考え込むことが多くなったキャロ。悩みの対象はもっぱらルーテシアに言われたことである。

 六課に来てから度々感じさせられていた違和感が彼女にはある。ぬるま湯のような優しさに溢れたこの場所にキャロは馴染むことが出来なかったのだ。身内で固められた六課での日々は、これまで過ごしてきた殺伐とした日々とはあまりにもかけ離れたものだった。それでもその違和感を表出させることなくやって来たのだが、一度形として自覚してしまうと今度はかなりのストレスとして圧し掛かってくる。

 真の意味で心を開ける相手はブルーアイズのみの彼女は誰にも相談することが出来ず、鬱屈した気持ちを蓄積させていく。息を抜く機会でもあれば話は違ったのかもしれないが訓練と出動は続き、時は八月。

 機動六課で最強なのは誰か? ふとしたことで話題にのぼり六課全体に広まった騒動は、『自分より強い相手に勝つためには、相手よりも強くなければならない』という命題の真偽にフォワード陣が答えを出すことで一旦の終結を見た。

 ——だがキャロだけはその答えに満足しなかった。

 勝利するためには相手よりも優れている点で戦うことが肝要である、それは彼女とて分かっている。だがこれはあくまで戦いの心得に過ぎず、最強を誰と決めるものではない。穿った見方をすれば、論点をずらすことで答えをはぐらかしているとも言えてしまうのだ。

 力とは己が生き抜くためにたった一つ信じられるものであり、敵を叩き潰し己の絶対領域を守るために与えられた武器、彼女はそう考えている。常に敵を叩き潰せないのであればそれは不足、絶対の力たりえないのだ。

 戦えば戦う程に勝敗は付き、全ては条件次第で変化する……力量が拮抗している者同士であるならばそれもいいだろう。だが“そんな段階”にある限り、決して最強などと呼べはしない。雑魚ごときでは触れることすら許されぬ、誇り高き獅子、それこそが絶対強者として最強を名乗ることを許されるのだ。

 故に、『最強は時と場合による』という答えをよしとしている隊長陣はキャロのライバルにはなり得ない。誰が来ようとも、どのような状況だろうとも覆し、全力で粉砕する。苦難の数々をそうして乗り越えてきたのだから。

 それを証明するかのようにキャロは隊長陣との模擬戦に単独で挑んだ。リミッターが掛かっているのは共に同じ、であれば勝負を分けるのは慢心の有無、気構えの有無、そして地力の強さだ。

 模擬戦の実施回数は二回、既にシグナムとヴィータを屠った。隊の雰囲気は当然悪くなるが、キャロは態度を改めはしない。仲間の説得は何の意味も持たず、三回目の模擬戦日がやって来る。

 キャロにとってなのはは以前の模擬戦で引き分けたため優先度が低く、また総隊長のはやてが出張る訳にもいかない。故に今日は、フェイトとの模擬戦だった。





 陽光は眩しく空は快晴、だが心情は真逆の観客達を前にブルーアイズに跨ったキャロは対戦者を待ちわびていた。廃棄都市フィールドの中で既に待機しているのだが、当の相手が来ていないのだ。

「今日もまた同じだ……俺は敗北者どもの屍を築きあげ、天に輝く栄光を手にする」

 そう一人ごちるとフィールド外にいるシグナムとヴィータを見下ろし、鼻で笑う。敗者として指を咥えて見ているがいい、とその目が語っていた。

 その視線に殺気立つ二人の副隊長にもキャロは動じない。今はフェイトのことしか頭にない、興味がない。

「キャロ……」

 そうして漸く姿を現したフェイトの表情は何とも形容しがたいものだった。彼女自身、キャロに何を言えばいいのか分かっていないのだ。

 上官として叱責すればいいのか、保護責任者として寄り添えばいいのか。かつて強さを切望した者として共感すればいいのか、先達として戒めればいいのか。

 このままではいけないと思いつつも、どうすればいいのか答えが出ない。当然だ、どう感じているのかも、どうしたいのかも決まっていないのだから。そうして流されるままにこの時を迎えてしまったのだ。

「……貴様とのデュエルは心が騒ぐ」

 一方のキャロはこの状況に対して何ら胸につかえるものがない。当然だ、この状況は彼女が望んだことなのだから。それこそ何年も前、フェイトに引き取られた頃から。

「構えろ。腑抜けた状態で戦いに挑むことは許さん」

「キャロ、止めようこんなこと。こんな戦いには何の意味もない!」

「それは貴様にとってだ。俺にとっては大きな意味が存在する」

 一人倒せばそれだけ最強に近づける。フェイトの懇願を切って捨てブルーアイズを駆るキャロ。デバイスは発動待機状態であり、いつでも魔法を放てる状態になっている。

「くっ……」

「行くぞ、滅びのバーストストリームッ!」

 フェイトが飛び立つのに合わせてブレスを叩き込むブルーアイズ。飛行軌道をずらして難なく回避されるが、そんなことは分かっているとばかりに攻撃を繰り出していく。

 フェイトの持ち味はスピードと高い空戦適性だ。小回りの利かないブルーアイズでは本格的な空中戦を挑んでも上手く行かず、上下左右に死角を突かれて撃墜されるのが関の山である。それゆえブルーアイズは飛び回らず、フェイトの隙を突いてブレスを放つ戦法を採っていた。

(同じ轍を二度は踏まぬ……そうして既に二人を片付けたのだ)

 以前のなのはとの模擬戦で勝負を決定付けたのは、ブルーアイズの体力だった。あれから更に力を増しており百を超える砲撃を放つことも可能だが、限界があることには変わりない。そして闇雲に百発撃ったところでフェイトには当たらない。

『Haken Saber!』

「甘いぞ!」

 だからこそキャロは自分でも魔法を使う。直射撃を、誘導弾を、空間設置型バインドを使ってブルーアイズの攻撃を通す。シールドを、バリアを、フィールドを使ってフェイトからの攻撃を防ぐ。全ては勝利せんがために。

「誘導弾っ? くっ、バルディッシュ!」

『Sonic Move!』

「ふん、よく逃げる。だがいつまで続くかな?」

 戦いが始まってから、フィールドには強いAMFが張られている。魔法生物である竜は魔力結合阻害に対する耐性が人間よりも強い。当然キャロは強い影響を受けることになるが、高速で飛び回らなければならず湯水のように魔力を消費せざるを得ないフェイトと比べれば雲泥の差だった。

 十、二十と積み重なる攻防の最中、ふとキャロは口を開いた。

「分かるか、俺が何故貴様との戦いに執着したか?」

「分からない、分からないよ!」

 迫るブレスをギリギリで回避しながら答えるフェイト。問答をしながらもキャロは攻撃の手を止めない。

「貴様は過去の象徴なのだ。それを粉砕することが俺の未来を輝かしいものにする……」

「未来? あなたには過去だって、今だってあるでしょう!?」

 その言葉に歯噛みし、更に攻撃を苛烈にするキャロ。

「俺の過去には憎しみと怒りしか存在しない……貴様の下らん幻想などとは違うのだ!」

 幼少の頃に身一つで里を追い出され。

 竜の棲む危険地帯をブルーアイズとともに生き抜き。

 街に降りてからは狭苦しい施設暮らしを強いられ。

 局員となってからは醜い感情と休む間もない危険任務を押し付けられた。

 悪意と謀略が渦巻く世界で全ての害悪を跳ね除け続け、生きてきた。

 それが終わったのはフェイトに引き取られたときだ。退役してから勉強を始め、ソリッドビジョンシステムを開発し特許を得て莫大な財産を築いた。彼女は過去を打ち倒したのだ。

 ここにいるのはかつて里を追放されたときの弱い子供ではない。大企業の社長として君臨する強者である。

 腕を振り上げ声を張り上げる。憎しみよ天に届けと、怒りよ皆に届けと。

「俺は全てを憎んでいた……俺を追放した村の者達を、俺を恐れ蔑み遠ざけた部隊の者達を!」

「キャロ……」

「貴様は俺が弱かったことの象徴なのだ。俺はこの場で忌まわしい過去と共に貴様を葬り去る……覚悟を決めるがいい!」

 魔法陣が広がり、膨大な魔力がブルーアイズへと流れ込んでいく。何をしようとしているのか気付いたフェイトは体に走る怖気を止められなかった。

「この反応は……っ!」

「見るがいい、そして慄くがいい! 来い、我が究極の力、アルティメットよ!」

 光に包まれながら変容していくブルーアイズ。やがてその姿を、ブルーアイズ・アルティメットドラゴンとしての姿を現した。

 三本に首を増やした白竜が放つプレッシャーは三倍どころではない。ただ目の前にいるだけで跪くことを強要するだけの威圧に、直接対峙していない観客でさえもその威圧感に顔を青くしている。

「究極竜……これがその姿」

「俺は未来にしか興味はない、過去など踏みつけるために存在する。俺にとって過去の記憶など、朽ち果てた石ころほどの意味もないのだ!」

「どうして、どうしてこんなことに!?」

「貴様が俺を拾った時から決まっていた。言うなればこれは、時を越えた宿命のデュエル!」

 断言するキャロに、しかしフェイトはかぶりを振った。戦うためだけに出会ったなど悲しすぎる。こんな結末を望んだ訳ではない。

「……ねえ、キャロ?」

 究極竜を呼んでからいつの間にか止まっていた攻撃にフェイトも中空で足を止めた。じっとキャロを見つめ、話しかける。想いを伝えるために。

 思い出されるのは引き取った頃の刺々しさが段々と抜け、ほんの僅かずつでも明るさが戻っていったキャロの顔。

「私は……キャロと出会って過ごした過去が、大事」

「言った筈だ、俺は未来にしか興味はないと」

 思い出されるのは自分やエリオ、ティアナやなのはに向けてくれた強い眼差しと、そこに隠れた思いやり。

「あなたの不器用な優しさと傷付きやすさを、私は知っている」

 今に興味がないのなら、ふとした優しさなど見せる筈がない。エリオに、ティアナに優しさを見せてしまったのは、彼女が今を大事に思っている証だ。

「憎しみと怒りこそが俺にパワーを与えてきた、全てを支配する力をな」

「あなたに力があるから手を伸ばしたんじゃない。あなたに笑って欲しかったから、私達は出会ったんだ」

 その言葉にぐらつくものを感じながらも、キャロは会話を終了させた。迷いぐらつくことこそが弱いことの証であると、今こそ弱さを打ち倒す時であると信じて。

「何をほざこうがこの攻撃で、勝利は俺にもたらされる!」

 話を終わらせたのは、それ以上続けたくなかったから。ならばまだ、手遅れではない。

 チャージを始めるブルーアイズを見てかぶりを振り、バルディッシュを構えた。まだ、まだ時間は残っている。

「……切り札の存在は分かってた。キャロが渡り歩いた部隊の報告書を全部読んだから。その対策も……ある」

(奴は俺のアルティメットを読んでいたというのか……?)

「全く、楽しませてくれる奴だな」

 何をみせてくれるのか。期待したキャロだが、フェイトが口にしたのは全く別のことだった。

「キャロ、アルザスがああなってしまったのはあなたのせいじゃない」

「……なに?」

「小さかったあなたが責任を感じる必要はないし、ましてや罪悪感で自分を傷つける必要なんてもっとない」

「何を言っている」

 突然始められた話に付いていけず困惑するキャロ。だが止めるわけにはいかない。彼女がしっかりと聞いてくれるチャンスなど今をおいて他にないのだから。

 キャロの問いかけに応えることなく、フェイトは言葉を続ける。吐露してくれたお陰でやっと推し量ることの出来た彼女の内心を、心の闇を、露わにしていく。

「お金を稼いでルシエの人達を見返そうと思ったんだよね? 自分はこんなに必要とされるべき存在なんだって、里の人達に」

「っ……そんなことは」

 一瞬言葉につまるキャロを見て確信するフェイト。引き取られてから勉学に励むキャロには鬼気迫るものがあった。その理由を当時は教えてもらえなかったが、今ならば分かる。

 この世で人間の有用性を示すために一番効率的なのはお金だ。都市に出てアルザスとの違いに圧倒された少女が、人間の欲望を叶えるその手段に飛びついたのは自然なことだった。

 寝食も惜しんで専門書を読み漁り、フェイトのツテを頼って当時のシミュレーターを見学し、技術協力の名目で研究をさせてもらい、遂にはソリッドビジョンを完成させたのだ。

「でもいざ特許をとってアルザスに帰った時、そこには誰もいなかった。キャロが出て行ったことで真竜の加護を失ったルシエの人達は、とっくに居なくなってしまっていた」

 凍りつくキャロ。その顔からは表情が失われ蒼白になっていた。

 アルザス最強の竜、ヴォルテール。彼が直々に加護を与えたキャロは、いわば神の選んだ巫女である。その彼女を人間の都合で排斥することは当然、竜達の逆鱗に触れた。

 キャロが姿を消して間もなく、ルシエの民は竜を使役できなくなった。心通わせてきた相手に牙を剥かれた結果、ものの数日で部族の全員が死に絶えた。一人の例外もなく。

 それをキャロが知ったのはずっと後になってからだった。自分を追放した者達を見返そうと戻った彼女が目にしたのは、竜達に破壊され廃墟と化した里の姿。アルザスは制御を失い完全な野生となった竜達が跋扈する地になっていたのだ。

 キャロはブルーアイズとともに全てのドラゴンを殺し尽くした。焼き、貫き、切り裂き、抉り、悉くを屍に変えていった。そうしてヴォルテールをも屠って、アルザスは草一つ生えない土地になってしまった。

 それでも、心の喪失感は埋まらなかった。復讐の対象が勝手にいなくなってしまったのだから。その原因に自分も関わっていたのだから。

 その時のことだ、キャロに一つの魔法が備わったのは。ルシエの民が死に絶え、アルザスの竜を殺し尽くした先で、彼女は手に掛けたあらゆる竜魂を操り降霊する技術を見につけた。

 The Fang of Critias、クリティウスの牙。ヴォルテールをも超える神竜クリティウスを殺したことで得た、竜召喚部族としての奥義にして禁忌。

 強大な力は呪いのように彼女を苛んだ。里の皆を、隣人たる竜を、帰るべき故郷を全て失って手にしたソレは自分の罪を見せ付けてくる。お前のせいで、皆が不幸になったのだ、と。

 キャロは逃げて、逃げて、逃げられず……一人ぼっちになった。

「それでもキャロは皆との絆を忘れないように、無くさないようにしたかったんだよね? だからキャロの会社の名前は」

 ——“ルシエ”コーポレーションというのだ、と。

「黙れぇぇっ!!」

 激昂するキャロ。長年の仇を睨みつけ、憎悪を叩きつける。

 それでも猶、フェイトが恐れることはなかった。ただ、彼女がそんな目をしていることがどうしようもなく悲しかった。

「俺は貴様を倒し全ての頂点に立つ、その時が来たのだっ!」

 絶叫するキャロ。残った魔力の全てをブルーアイズに注ぎ込み、何重にも強化を施した。目の前の存在を消し去ることでしか進めないのだと。

「あなたの怒り、憎しみ、全て粉砕するために……貫け、轟雷!」

 フェイトはカートリッジを三発ロードし、眼前に魔法陣を呼び出す。持ちうる最大威力の砲撃を放つため、全てを終わらせるため、左手に持ったスフィアを叩き付けた。

「トライデント・スマッシャー!」 

「喰らえ、アルティメットバーストォッ!!」

 ブルーアイズもまた三本の首からブレスを撃ち放つ。一発ですらオーバーS、単純に三倍に増えたその威力は、熱量はただびとに抗いうるものではない。

 事実、衝突した雷砲とブレスは拮抗することもない。雷は押され、周囲を破壊し尽くしながら境界はフェイトの方へと近づいていく。

 飲みこみ押し潰そうとするブレスを強めようと、更に魔力を送り込むキャロ。より勢いを増したブレスは雷を散らし、もはやフェイトの数メートル前まで迫っていた。

「勝った……っ」

「まだだよ……まだ私の手札は残っている! バルディッシュ!」

『Thunder Fall!』

 バルディッシュから放たれたスフィアがフィールドの上空に飛び立ったかと思うと暗雲がたちこめ、黒く渦を巻き始める。並列で準備していた儀式魔法、サンダーフォールだ。

 降り注ぐ雷が次々とブルーアイズへと突き立ち、そのエネルギーを削り取っていく。そして一際大きな雷鳴が響き、補助で動けないキャロへと轟雷が直撃した。

「がっ、ぐ、あああああああああああああああああああああっ!!」

 バリアジャケットの防御機構など紙とばかりに貫き襲いかかる衝撃に、キャロの意識が白く染まる。体外に逃がそうにもここは空中、逃げ場など存在しない。

 轟雷を受けたのはブルーアイズも同じだ。キャロからの支援を失い勢いを失ったブレスは逆に散らされ、その体へと雷砲が直撃する。

 スパークする視界と、混濁していく意識。何とか繋ぎとめていた意地も、絶対の信頼を置いていたブルーアイズの敗北で折れてしまった。

「俺が……私が、負けるなんて……ッ、私が負ける筈がない。だって」

 勝手に漏れ出していく涙も、封印した昔の言葉遣いも、熱量の大きさにすぐさま蒸発する。それでも流れることを止めることはできない。

「負けたら、すべてが……全部が嘘になっちゃうよぉ……」

 見返してやると、強くなると誓ったことも。悪意に耐え苦しみ抜いたことも。里の皆に申し訳なくて、でも贖う方法が見付からないことも。

「そんなの、イヤだ、イヤだよぉっ!」

 真っ白に漂白される。体も、心も、憎しみも、悲しみも。全てが真っ白に染められていく。

 ようやく止む雷。力を失い墜落していくキャロを、寸での所でフェイトが抱き上げた。

「ごめんねキャロ……もっと早くに気付いてあげられなくて、ごめん……」

 ぽたり、ぽたりとキャロを濡らしていく雫。戦いに勝者はおらず、等しく打ちのめされていた。

 だがそれでも。

(憎しみの果てにあるのは虚しさだけ。憎しみに打ち克って、キャロ)

 真剣にぶつかりあったことだけは無駄じゃない、否、無駄にしない。透明な表情で眠るキャロを固く抱きながら、フェイトは誓うのだった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 次回、『過去』



[36838] 「仮面の下」
Name: ぬえ◆825a59a1 ID:f95bda47
Date: 2013/04/07 15:39
 フェイトに引き取られてからまた約一年後のことだ。

 キャロは必死に走っていた。首都クラナガンを、次元連絡港を、そしてアルザスの地を。その顔は普段の不遜なものではなく、子供らしい表情が覗いていた。

 フェイトの献身的なケアと自由な環境を得たことで少し、本当に少しずつだがキャロは心を開き始めている。そして何よりやりたいことが遂に見つかったのだ。

 里の皆への復讐……とはいえ暴力の類ではない。

(やっと……やっと見返すことができる!)

 遂にソリッドビジョンシステムを完成させることが出来た。特許料により管理局を初めとして様々な企業から莫大な資金が入ってくることが決定している。

(これで、皆に認めてもらえる、褒めてもらえる!)

 追い出されはしたが、それまで良くしてくれた人々のことを悪く思ってはいない。自分が里にとって有用であり災いの芽になどならないと分かってもらえれば戻ることを許してもらえるかもしれない……そんな期待があった。

 仲良くしていた友達も、皆の先生も、育ててくれた人も、きっと私を受け入れてくれる。

 だからこそ幼い体に鞭打って研究を続けたのだ。そしてその成果は、夢見てきた未来は、すぐそこにある。

 ————そう、信じていた。

「…………え?」

 野を駆け、山を登り、かつての懐かしい里があった場所へとたどり着いたキャロが目にしたのは見るも無残な廃墟だった。

「ど、どういうこと? 何が、何があったの?」

 理解が追いつかず、中に足を踏み入れるとより悲惨な光景が広がっていた。

「ひっ……!?」

 仲良くしていた、かつての友達だったものが。

 外の世界のことを教えてくれた、先生だったものが。

 追放を告げた、長老と婆だったものが。

 千切れ、潰れ、焼かれ、燃やされ、腐敗して転がっていた。思わずえずき、膝を付くキャロ。

(どうして、どうしてこんな酷いことに!?)

 これではまるで襲撃を受けたようではないか。そう、まるで竜の怒りを買ったような。

(なにか、なにか手がかりになるものは……)

 調子の悪い体を叱咤して崩れ落ちた家屋を片付け、一軒一軒捜索していくこと暫し。どこか懐かしい気のする家屋の一室にあった場違いな金庫を発見する。

(番号が分からない……えぇっと、えぇっと)

 手当たり次第に思い付く数字を試していく。村の儀式で出てくる数字、長老の生年月日、親しかった人も同様に。

(あ、開いたっ)

 何十と試行を繰り返してようやく開いた扉。ダイヤルをそのままに中を覗き込んで見つけたのは、少し古ぼけた一冊の本だった。

 キャロはそれを手に取り、後ろの方で適当なページを開く。そこにはペン書きで文章が綴られていた。





『あの子がいなくなってからもう一週間が過ぎた。慣れることが出来ず、つい今朝もあの子の分までご飯を用意してしまった』

(これ、誰かの日記帳? ちょっと気がひけるけど情報源は他にないし……)

 そっと持ち主に詫びながら、ページをめくる。

『今日、山奥から大きな咆哮が聞こえてきた。何かの前触れか、と皆が噂している。あの子に何かなければいいけれど』

(いいな……心配してもらえて)

 自分には心配してくれる人などいなかった。そのことで少しだけ、書かれている子が羨ましくなりながら、次へ進む。

『段々と竜の使役がうまくいかなくなってきた。村でも暴れられて怪我をした人がいるが、原因は分からないらしい』

 練度が低ければ暴走もあり得るが、大人に限ってそれはない。何か異変があったのだろうかと思いながら、指が進む。

『遂に竜と言葉が交わせなくなってしまった。彼らが何を言っているのか理解できない。伝わってくるのは多分、怒りの感情』

 召喚士にとって言葉が交わせないというのは致命的だ。制御を離れれば獣は獣、脅威でしかないのだから。

(でも怒ってる? なんで?)

『誰にも原因が分からないまま、里から竜が去ってしまう。山中で襲われて負傷する者も出てきた。長老が託宣を受けに向かった』

(長老……)

 無残な骸となっていた長老を思い出し、何ともいえない気分になる。追放されて怨みはしたが、それまでは寧ろ好きだった。

『長老が帰ってきた。巫女を排したことが原因であるらしい、と青い顔で語っていた。該当するのはあの子しかあり得ない、皆で探しに出る』

(巫女? それって)

 巫女という言葉はルシエでは滅多に使わない。竜と意思を通じるだけならば誰にでも出来るからだ。それでもなお特別な呼称を使うのは、その人物が選ばれた資質を持っている場合のみ。

 例えば、黒き火竜の加護を受けた子であるとか。

(……え?)

 そこまで考えて、今まで読んできた記述がそのまま自分にも当てはまることに気が付き動揺する。ドキドキと動悸が激しくなり、呼吸が浅く、速くなっていく。

 ――イマスグデテイケ

 脳裏に響く警鐘。それでも紙を手繰る指は勝手に動いていた。

『探し始めて十日、依然として見付からない。山奥から伝わってくる竜の咆哮が、日に日に猛々しくなっている気がする』

 ――マダマニアウ

 揺れている文面に書いた人物の恐れが伝わってくる。今にも竜が襲ってくるのではないか、そんな心配が如実に感じ取れる。

『これはきっと罰。あの子を恐れて排してしまった里の皆と、それを受け入れてしまった私達の。本当はあの子を行かせたくなかった……なんて今更言っても信じてもらえないだろうけど』

 ――ヨムノヲヤメロ

 初めて出てきた、追放された子との親密さを窺わせる言葉に引っかかりを覚えるキャロ。そういえばどこか、この字には見覚えがある気がする。

 それが何なのか分からないまま、またページをめくる。

『遂に竜達が里を襲ってきた。あの人も戦いに出たけど、多分そんなにはもたない。こうしている間にも火の手が広がっているけど、これだけは書いておきたい。いつの日かあの子が帰ってきて、この日記を見つけてくれると信じて』

 ――ソノサキヲヨムナ

 恐らくは次が最後のページだ。

(一体、何が……)

 止められないままめくってしまったページ。そこには急いで書いたのだろう、まるで殴り書きのように汚い文章が綴られていた。

『あなたを守ってあげられない、弱い親でごめんなさい。謝って許してもらえる筈がないけれど、それでも謝りたい』

 ――シッテシマッタラ

『里を一人で出て行くあなたの後ろ姿に何度、引き止めそうになったか……嘘にしか聞こえないかもしれないけど、それでも、私達はあなたを愛していた、今も愛している』

 ――ワタシハモウ

『私達の娘へ』

 ――モドレナイ

「…………あ」

 バサリ、と手から滑り落ちる日記。そんなことに気を止める余裕は、もうなかった。

 何故忘れていた? ここは生まれ育った家、この筆跡は母の字だ。

 ふと金庫のダイヤルが目に入る。その暗証番号は、自分の生年月日だった。

「…………あ」

 ガクガクと震えだす体を両腕で抱きしめて、それでも止まらない震えが視界まで揺らす。

 どうしてすぐに山を降りた? 近くにいれば竜は怒らず、里は無事だったかもしれない。皆も助かったかもしれない。

「…………あ」

 視界が揺れ、曇る。もう何も、分からない。分かりたくない。

 どうして、どうして自分はここにいる?

「あ、あ、ああああああああああああああああああっ!?」

 全てが繋がる。自分が里を出て、そのせいで竜は怒り、里は滅び、皆が死んだ。

 友達も。

 先生も。

 長老も。

 両親さえも。

 ズシン、と地を揺るがす衝撃にハッとして外へ飛び出すとそこには目を血走らせた竜の姿があった。獲物を見つけて興奮していることが見て取れる。

「…………お前が」

 グル、と唸り声をあげて首を傾げる竜に問いかけた。お前達が、里を滅ぼしたのかと。そうして返ってきた答えは――肯定だった。

「…………はっ、ははっ、ははははははは!」

 キャロは狂ったように笑い出した。真実狂ってしまえたならば、その方が幸せだったかもしれない。狂いたいのに狂えない、冷静な頭が真実を突きつけてくる。この結末は自分のせいだ、と。

 可笑しくて可笑しくて堪らない。憎くて憎くて堪らない。全てが許せない、竜も、自分も、運命さえも。

「ブルーアイズッ!」

 枷を外され姿を現すブルーアイズ。その力は主人のために、主人の望むままに。

「……殺して」

 放たれたブレスが体を抉り取り、一撃で竜を殺し尽くす。そのことに何の感慨も浮かばないまま、キャロはブルーアイズを率いて山奥へと分け入っていった。

 全てを壊し殺して、だが手に入ったのは喪失感だけだった。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 森林も渓流も失われた荒れ野の中、おびただしい血の海の中、キャロは息を整えていた。呼吸しても鉄のようなよく分からない気持ち悪さが広がるだけだが、それでも肺は酸素を欲しているのだ。

 最後まで抵抗していた真竜ヴォルテールと未知の竜クリティウスも既に死んだ。後は遺骸を焼いて終了である。

 その時、クリティウスの体が光り輝き始めた。粒となり段々と崩壊していく現象はヴォルテールや他の竜にも起こり始め、辺り一面を光りの粒が覆い隠していく。

(これは何!? 私の中に流れ込んでくる……っ)

 続々と流入してくる光に怯えて動けないキャロ。やがて全てが入りきると、体の中に溶け込んでいった。

 彼女の一部として。

(ひぎぃ……ぃっ!?)

 体内で脈打ち暴れようとする竜の力。アルザスの全てが、幼女に過ぎないキャロを、彼女の存在を押し潰そうとする。

 ……耐えることができたのは彼女の資質の高さと、ブルーアイズを残して死ねないという意地があったから。どくり、と命脈する力にあらゆる竜魂を手にしたことがキャロには理解できた。それは竜を完全に掌握した証であり、副産物だ。

 だがそんな物は重荷でしかない。彼女が欲しかった許しや温もりはもう手に入らないのだから。

 ぼう、と視界を巡らしてアルザスを見渡す。災厄の爪痕以外、何も残っていない大地。

「…………っ、ふ……くっ」

 膝から崩れ落ちたせいで走る痛みも汚れる服もどうでもいい。ただ頭の中に長老達の言葉が響く。

 ――強すぎる力は災いしか生まぬ。

(私のせいだ……)

 ――この里に置いておく訳にはいかん。

(私なんて、私なんて……)

 ――里の未来が。

「いなければ良かった! 生まれてこなければ良かった!」

 真実自分は災いでしかなかったのだと知り、滂糯と零れる涙。泣いて、詫びて、自殺して、それで元通りになるというならば喜んで命を差し出そう。

 だが例え差し出そうとも……渦巻く竜の力が死ぬことを許さないだろう。もはやこれは恩恵ではなく呪いだ。

 そして気付いてしまった。アルザスの、ルシエのあったことを示すものは、もはや自分しか遺されていないことに。勝手に死ぬことすら許されないことに。

「……は、ははっ……ははははははっ!」

(これが罰? 一人で生きて苦しんで死ねって、そういうこと?)

 ならば生きてやろう、命ある限り全力で、一人きりで。自分に関わって誰かが不幸になるのはもう耐えられない。

 だからそのために。

「私は……俺になる」

 弱い自分はここで封印する。罪を背負って歩くには小さすぎる無力な子供、キャロはここで殺す。

 ……そうして孤高になったキャロは会社を立ち上げ、やがてルシエの名を知らぬ者はいなくなった。金も地位も名声も、他人が羨む程に手に入れた。

 本当に欲しかったモノは何一つ、手に入らないのに。










(――――ん、んん……)

「キャロ……キャロ……」

 ぼやけた意識が徐々に浮上していく中、何度も名前を呼ばれる。段々とハッキリしていく視界の中に入り込んできたのは、真っ赤に泣き腫らしたフェイトの顔だった。

「……なんて顔をしているんですか」

 思わず声をかけたのだが、それで目を覚ましたことに気がついたのだろう。目を見開いて、恐る恐るといった感じで口を開いた。

「……キャロ?」

「他に名前などありません」

「キャロっ!」

(……どういうこと?)

 何故これ程までに取り乱しているのかが理解できないキャロ。胸元に泣きつかれ、行く先のない両手を彷徨わせる。

 目をやれば場所は医務室のようだった。他に人はおらず、脇のパイプ椅子にずっとフェイトは座っていたらしい。

 模擬戦からは、優に数時間が経過していた。

「どこか痛いところはない?」

「……あれだけの攻撃を喰らったのに痛くなかったらもう人間止めてますよ」

「そ、そうだよね」

 シュンとうな垂れてしまったのを見て何ともいえない気分になるキャロ。昔からフェイトにはあまり強く出られないのだ。

 とりあえず怒ってはいないことをアピールし、言いたいことを言うことにした。

「互いに本気を出したことを悔いることも恥じることもないです……とりあえずお礼は言っておきます」

「え……? ど、どうしたの、どこか打った?」

「何を言っているんですか……少しばかり壮大な夢なら見ましたが」

 呆れてため息をつくキャロに、いつもの様子を見て取って少し落ち着くフェイト。そのまま暫し時間が流れる。

(本当は、分かっていたんだ)

 数ヶ月前、フェイトの部下になることを決めた時のことを思い返す。フェイトの方から自分を求めてきたのだと確信したアレは誤魔化しだったのだ。

 決意したというのに、一人で生きることは辛く誰かに必要としてもらいたかった。誰かに求めて欲しかった。絆を、温もりを求めていた。

 だが口にすることは許されない。誓いに反してしまうから……だから強引に押しきった。不要だと言われてしまうことが怖かったから。

 フェイトがキャロを必要としたのではない。

 キャロがフェイトを必要としたのだ。

(全く……)

「キャロ?」

 自嘲の笑みを力なく浮かべるキャロに気づき、様子を窺うフェイト。本音を打ち明けられたなら、どれだけ楽になれるだろうか。きっと彼女ならしっかりと受け止めてくれる。

 だが全てを話すには流石にまだ踏ん切りが付かない。今までの人生をひっくり返しかねない選択を、すぐには選べなかった。

 だから少しだけ、ほんの少しだけ甘えることにした。途方もない勇気を振り絞って。いざとなれば気の迷いだと誤魔化せる位に。

「覚えていますか、かつてあなたが私に聞いたことを?」

「え……ええっと」

 唐突に尋ねられたフェイトは答えあぐね、至近距離でキャロの顔を見つめた。普段であれば押しのけるのだろうが今ばかりは大人しく、キャロもされるまま向き合っている。

「私がどこへ行って、何をしたいか。あの雪の日、そう聞いたじゃないですか」

「キャロがどこへ行って、何をしたいか……うん、そうだったね?」

「……あの時、私は答えませんでした。それは行きたい場所も、したいこともなかったから」

「そう、なんだ」

「やっと出来たやりたいこともその後なくなっちゃいました。みんな死んじゃったから」

 悲しすぎるその答えにうな垂れるフェイト。薄々そうだろうとは思っていたが、言葉にして表されるとクるものがある。

「でも……いや」

 何かを言おうとして詰まるキャロ。言うべきか言わざるべきか、今一度悩んでいた……あまりにも今までの自分とは違う行動だったから。

「キャロ……」

(……ズルい)

 だが向けられたフェイトの、年上にも拘らず弱々しい眼差しに観念する。少しばかり戻ってきた罪悪感がしきりに刺激され、とてもではないが跳ね除けることなど出来はしない。

「今はまだ、答えを出してないです。でもいずれ見つけた暁には——」

 必ず教えるから、と。行き場のなかった手でフェイトの手を握るのだった。





「一人、か……ふぅ」

 夜も遅いため医務室からフェイトを帰し、パジャマ姿に着替え横になったのが十分前……ただ天井を見上げていた。

 がらんとした医務室は広く、自分が一人であることを強く意識させてくる。いつも一緒に寝ているブルーアイズもいないためベッドの空間は余っていて、心なし寒い。

 身をすくめるようにして丸くなった所で違和感に襲われる。なんということはない、いつも共に寝ている相手がいないからだ。

(ブルーアイズ……)

 隣にいないからかブルーアイズのことばかりが思い浮かぶ。文字通り人生の全てを分かち合ってきたのだから。

 思い起こせるシーンはいくらでもあるが、印象深いものというとまず該当するのは局に任官したばかりの頃のことだ。ブルーアイズに殲滅を命じなければならなかったあの時のことは今でも克明に覚えている。

 里で平和に生きてきた理性ある竜が兵器として扱われるなど嫌に決まっている。加えて誰よりも自分に寄り添ってくれる唯一の味方に苦労を強いる自分が情けなくて仕方なかった。

 召喚獣が寝起きするのは隊舎ではなく厩舎、隔離施設だ。上官の部屋から出た足で向かったそこは清掃一つとっても隊舎とは雲泥の差があり、満足に体を休められるような場所ではない。

 任務を伝えている間、ブルーアイズはじっと話を聞いていた。彼女一人なら自由に生きられるだろうに、自分と一緒にいるせいで不自由を強いられているのだ。

 誰よりも気高く、誰よりも強くあれるブルーアイズを苦しめているのが他でもない主人の自分であることが辛い。殲滅戦に放り込まれるとまで伝えた所で、勝手に頬が濡れていく。

『っ、ごめんね、私が弱いから……ブルーアイズに嫌な思いさせてごめんね……?』

 手で拭いながら頭を下げて謝り続ける。謝ることしか、当時の自分には出来なかった。

 自分とブルーアイズは形こそ主人と召喚獣だが、一度として見下したことはない。自らの半身、いやそれ以上に大切な存在として扱ってきた。

 彼女は優しいから、きっと自分が命じれば何でもしてくれるだろう。己の意思や気持ちを殺してでも……だからこそ嫌がることをしたくない。

 だというのに現実には真逆、更にはみっともなく泣いて詫びるという卑怯なことまでもしている。自分が泣けば許されると思っているあざとい人間のようで、それが更に情けない。

『っ、ブルーアイズ!?』

 その時だ、ブルーアイズが枷を解き、自分を懐に入れてくれたのは。翼で覆い隠され、全てから守り抜くと言うように抱きしめてくれた。

『ずっ……ごめんね、弱い主人で……』

 関係を解消されても文句の言えない状況、だがブルーアイズは応えてくれた。それどころか弱い自分を守り、胸の内で泣かせてくれた。

 その後に赴いた惨めなだけの戦いで、しかし暴れる相棒は何よりも美しく輝いていた。白銀の飛竜は誰よりも強く、また誰よりも気高かった。

(あれが私を救ったんだ。あの姿を見た時に私は決意した……いつか強くなると、ブルーアイズに相応しい主になると)

 それからの日々も苦しかったことに違いはないが、隣には常にブルーアイズがいた。だからこそ乗り越えられたのであり、ブルーアイズがいなければ自分はとっくに終わっていた。

 もし関係を解消され独りにされていたら……想像するだに恐ろしい。だから自分はブルーアイズに大きな借りがあるのだ。いつの日かブルーアイズが誇れる主人になる、そうして初めて彼女に報いることも出来る。

 だが。

「私はまだ、ブルーアイズに相応しい主になれてないんだ……」

 ギュ、と唇を噛みしめてこみ上げるものを堪える。模擬戦での敗北は自分が原因であり、ブルーアイズに何らの落ち度はない。

 いつも傍にいてくれるブルーアイズの全力を受け止められないことが悔しくて堪らない。未だリミッターを一つ残している現状でこれでは完全解放など夢のまた夢、到底真の力を引き出せないだろう。

「でも、どうしたら……いいの、か……」

 なんだかんだ言って体は疲れていたのか段々と目蓋が重くなっていく。どうしたらこれ以上の強さを手に入れられるのか考えたいが抗えない。

 気絶と安眠は違うもの、子供の体は休息を必要としているようだった。

「ブルー……アイズ……」

 そうして完全に意識が落ちる寸前にブルーアイズの名前を呼んで。

 ————優しく包んでくれる誰かの温もりが安らぎを与えてくれた、そんな気がした。










 カラリ、と医務室の戸を開けた先に探していた人がいた。ベッドの上、縮こまり小さくなって眠る主へと音をたてないように近づき、そっと顔を覗き込む。

(涙の跡……)

 頬を伝っている筋に指を這わせ、拭いとる。彼女に涙は似つかわしくない。自信と不敵さこそが似合うのだから。

 涙を弱さと断じ、自己を強く律してきた主は長く泣くということをしなかった。それを実行できる主を誇りに思いながらも、内心では危うさに胸を痛めていた。決して自然な形ではない、歪められた生き方がいつ主を傷つけるか分からなかったからだ。

 だがそれでも、主に降りかかる害悪の全てをはね除ければいいことだと言い聞かせた。誰よりも心優しく傷つきやすい主を守れるのは自分だけなのだから、と。

(……しかしそれでは、いけなかったのでしょうか)

 険のとれ、年相応の和らいだ寝顔を見ているとそんな悔いが心に浮かぶ。

 心の闇を暴かれ泣き叫ぶ主は辛そうではあったが、同時に幸せそうでもあった。誰も触れてくれなかった仮面の奥、本当の自分を見つけてくれたフェイトに歓喜していた……それは自分には出来なかったことだ。

 それどころか主を一番近くで支えていながら度重なる敗北を喫し、彼女を守ると決めた誓いに反してしまっているのが現状である。

(私は……主に相応しい竜には、なれていない……)

 怒りと悔しさ、その対象は私自身だ。

 自分を育てなければ主は追放されなかったかもしれない。自分さえ手放せば主は普通の生活を送れたかもしれない。無用の苦難も心労も、背負わずに済んだかもしれない。いくつものIFが主にはある。

 主ほどの才能と勤勉さがあればどの分野でも、それこそ局の魔導師としてでも成功できたに違いない。だが私を連れていたせいで選択肢が狭められ、いらぬ悪意さえ向けられてしまった。

 ……だが主は自分を選んでくれた。主は助けられたと感じているようだが本当は逆、主が自分を助けてくれたのだ。

 主人を持たない竜など狩られる対象でしかない。しもべを求める召喚士、金を求める密猟者、勇名を求める自信家……敵はごまんといる。そこから守ってくれたのが、主。

 その主が里を出て初めて流した涙は私に向けられたものだった。冷たい仕打ちを受けてさえ、彼女が泣くのは自分のためではないのだ。

 嫌なことを強いてすまないと、泣くことしか出来ぬ主ですまないと、優し過ぎる彼女はさめざめと泣いていた。

 胸の中でを流す主に私は決心した。例え何が立ち塞がろうとも全てを粉砕し、彼女に勝利をもたらすのだと。

(私は……)

 自分は主の傍にいていいのだろうか? フェイトがいるならば、もう自分は用済みなのではないか? 彼女の方が余程巧く主を癒せるのではないか?

 主に関係を破棄されたら、そんな想像だけで体が震える。恐ろしくて仕方ない……それでも主にとってはそちらの方が幸せなのではないか。

 ――ぐるぐると暗い想像が渦を巻き、囚われそうになったその時。

「ブルー……アイズ……」

(っ!?)

 きっと無意識なのだろう、私の名が主の口から漏れた。ただそれだけで私は舞い上がってしまう。自分を必要としてくれているのだと思ってしまう。

 一人で眠る主の隣に体を横たえ、そっと彼女を抱きしめる。普段ならば見せない姿だが、今日だけは許してほしかった。

(もう二度と負けません、ですから……っ)

 傍にいることをお許しください、と。腕の中で眠る主に願うのだった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 次回、『古の記憶』



[36838] 「三千年の時を超えて」
Name: ぬえ◆825a59a1 ID:a2f7b503
Date: 2013/04/03 15:12
 長い文章で書くのはまだ巧くない……反省。分割しただけで内容は変わりありません。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「……はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 セトの危機を感じ取り、王都を抜け出してやって来たキサラ。たどり着いた建造物を駆け上がり広場でセトと合流するが、何やら様子のおかしい神官アクナディンが巨人を呼び出してけしかけて来る。

 セトの呼んだデュオスは瞬殺され、キサラもまた白き竜を呼び出したが戦況は思わしくない。巨人はブレスが当たる直前に粒子状に解けて避けてしまい、驚いている内に形を取り戻すと反撃してきたのだ。

「ああっ!?」

 巨人の一撃を受け、その余波でキサラは地面に倒れこむ。精霊、カーと術者は精神で繋がっており、ダメージを受ければ術者のバー、精神力も削られるのだ。バーとカーが等号で結ばれているキサラならば影響はより深刻である。

 そしてその隙にアクナディンが地中より出現させた六芒星の呪縛が白き竜へと襲いかかった。為す術なく動きを封じられ、ジリジリと石版に飲み込まれていく白き竜。完全に吸い込まれれば竜は封印され、彼女達を守るものはなくなってしまう。

 何とか呪縛を跳ね除けようとバーを振り絞るキサラだが、千年眼に加えて邪神ゾークの欠片まで宿したアクナディンの魔術の前では時間を少し引き伸ばすことにしかならない。

「よせキサラ、お前のバーが尽きるぞ!」

「構いません。けれどセト様、あなただけは守ってみせますっ」

「キサラ……!」

 もう何も出来ないのか、と臍を噛むセト。自分はこうして庇われることしか出来ないのかと。だが自分のカーであるデュオスは早々に敗れ去ってしまい、あの巨人に敵うだけの魔物は手札に存在しない。

 神でも悪魔でも何でもいい、ただ力が欲しい! そう強くセトは願った。

 ——それが叶ったのかどうかは分からないが。

 ブチリ、と大きな音がした。ハッと見ると石版に封じられる寸前の白き竜、その身を縛る六芒星の呪縛を物陰から現れた桃髪の少女が鷲掴み。

『Bind Break!』

 ……あろうことか引き千切っていた。





(……ここはどこ?)

 眠りに就いた筈が、気が付くとキャロは荒野に立っていた。ただ一人、ブルーアイズもおらず見知らぬ土地に放り出されている状況に軽く混乱し、頬を抓ってみる。

(痛っ……でも痛覚を感じる夢もあるっていうし……結局よく分からない)

 過去の記憶を引き出されたせいで素の、年頃の弱いキャロが顔を覗かせていた。心細く思いつつもなんとか現状を把握することに務める。

 しかし話しかける相手もおらず、あるのは見渡す限り砂の吹き荒れる荒涼とした大地のみ。

「ふ……うぇ……」

 正直、ふとしたことで涙さえ零れてしまいそうなキャロ。

「ずっ……ううん、私だって、一人前のレディなんだから」

 泣くものか、と拳を握った拍子にデバイスに気が付き、やっと自分の格好に目がいった。バリアジャケットを着られているので身の安全は確保できる。チンピラ程度ならば多分、魔法なしでも熨せるだろう。

(良かった。じゃあ次は)

 ひとまず人のいそうな場所に向かおう、しかしどの方向に行けばいいのかと悩むキャロの前を女性が走り抜けていった。

(わっ……キレイな髪……)

 余程急いでいるのだろう、こちらには見向きもせずに去って行く女性を観察する。珍しい真っ白な長髪と、質素な布の服。そこまで眺めて重大なことに気が付いた。

「待って、私を置いていかないで!」

 大声で呼びかけてみるが全く反応がなく、どんどん遠ざかってしまう女性。それをキャロは慌てて追いかけるのだった。

 大人と子供の違いがあれば当然、走るスピードも差が出てしまう。見失わないように必死で駆け続けること十数分、前方に見えてきた巨大な建造物にキャロは驚く。

(あれは、煉瓦や石? ミッドチルダでは見ない建築様式……お金かかってそう)

 遺跡としての価値はありそうだなぁ、と感想を抱くキャロ。考え事をしている内に更に距離を広げられてしまい、女性はもう建造物のふもとにまで到達していた。

 キャロもまた走ることに専念して後を追う。ふもとに着き長い階段を駆け上がり、やっと乱れた息を整えられると思ったところで目に飛び込んできたのは……先程の女性がまさに召喚したばかりのブルーアイズだった。

「えっ!?」

(ブルーアイズ? でも私のじゃない、なんであの人が召喚できるの?)

 疑問符で埋まるキャロの頭。自身が卵から孵したブルーアイズと寸分違わない目の前の竜は、しかしリンクを感じられないので自身の竜ではない。

 ならばこれは夢なのだろうと結論付け、一安心するキャロ。後は覚めるまで待っていればいいと思い石柱の影に隠れ、夢の続きを観賞しようと思っていたのだが。

(バーストストリームが光弾なんて……私のブルーアイズよりも弱体化してる)

 ブレスを見てハラハラし。

(一度避けられた位で唖然とするなんて、敵は待ってはくれないのに!)

 惚けた女性にドキドキし。

(ああ、バインドを喰らってしまった!)

 拘束された竜にイライラする。

 詰まる所、馴染み深いブルーアイズのあまりに酷い戦いぶりに落ち着いて見ていられないのだ。最初は大人しく傍観しているつもりだったのだが、今や隠れていた石柱から半分以上身体がはみ出てしまっている。落ち込んでいた筈の気分も既に気にならない。

 そして。

「よせキサラ、お前のバーが尽きるぞ!」

「構いません。けれどセト様、あなただけは守ってみせますっ」

「キサラ……!」

 何やら悲劇のヒロインじみた行動をとっている(ように見える)女とそれに乗っている(ように見える)男のやり取り、そこまでが限界だった。

 ブチリ、と血管が切れる音。もう色々と我慢出来ない。下がっていたテンションも沈んでいた気持ちもすっかり元通りだ。

(三文芝居かっ!? ああああもう、見てられない……いや、見ておれん!)

「バインドブレイク!」

 ブルーアイズを封じていた六芒星の呪縛を手で鷲掴み、妨害の術式で引き千切った。なのはのバインドからすれば玩具も同然である。

「大丈夫かキサラっ」

「は、はい、セト様……」

「つまらん三文芝居は他所でやれ!」

 解放される白き竜にセトとキサラがホッとしたのもつかの間、キャロが二人をもの凄い剣幕で怒鳴りつける。

「許さん、許さんぞ貴様ぁぁぁ! 仮にもブルーアイズを従えておきながらその体たらく、見損なったぞ!」

「え、あ、え……?」

 相手の剣幕もそうだが、珍妙な格好をした白い肌に桃色の髪という外見にセトはフリーズしてしまう。神でも悪魔でも何でもいいと願ったのは自分だが、異国の幼女(?)が現れたのは流石に許容範囲を超えていた。

 キサラの方はといえば彼女も彼女で混乱していた。すれ違った際に懐かしい匂いを感じたのは確かだが、この場で力を貸してくれる理由にはならない。

「あなたは一体……いえ、どうして何の関係もないあなたが干渉を……」

「関係がない? 確かに、貴様らの事情は俺にとって関係はないな……だからどうした」

 だからどうした、その言葉に呆気に取られるキサラ。ふん、と鼻を鳴らしてキャロは言い放った。

「貴様が何者だろうとこの世界がどうなろうと知ったことではない。だが俺は認めん、絶対に認めんぞ、ブルーアイズの敗北を!!」

 小さな体を一杯に動かしてみせるその様子は、キサラは何故か微笑ましさよりも先に威厳が感じられてしまう。

 この世界がどのような位置づけだろうとキャロには関係ない。彼女にとってはブルーアイズが敗北するかどうかだけが大事であり、そのためだけに干渉したのだから。

 最強たりうるブルーアイズが、無様な指揮のせいで敗北するなど許せない。ブルーアイズの強さを証明するためならば自分の悩みも木っ端同然なのである。

 しかし面白くないのがアクナディンだ。折角の策謀を邪魔されるわ無視されるわ、酷い扱いに憤慨していた。

「なんだお前は! 私の邪魔をしようというのか!」

 魔物を操りキャロへけしかけるアクナディン。紫の巨人は右腕を振りかぶり、無防備に見える背中へと叩きつけるが易々と防がれる。

『Protection!』

「静かに待つということができんのか」

『Wing Shooter!』

 話の途中で邪魔をされたことで機嫌が悪いキャロ。障壁を張り攻撃を防ぐと、逆にアクナディンに向けて魔力弾を撃ち込んだ。

「ぐああああっ!?」

「バカめ、貴様など瓦礫の中にでも埋まっていろ」

 ものの見事に直撃し吹っ飛び、そのまま帰ってこないアクナディン。石造りの建物を貫通し、ドォンと崩落していく。

「あ、アクナディン、様……」

「セト様……お気を確かに」

 自分達を苦しめた相手のあまりにもあんまりな光景に茫然としてしまうセトとキサラ。その二人に向き直り、キャロは糾問を開始した。

「さて……何ゆえそこまでブルーアイズの扱いが下手なのだ貴様らは?」

「下手? どういうことだ?」

 衝撃的な光景の連続に上手く働かない頭のまま、セトは問い返す。この時代の決闘、ディアハは一体のカーを召喚し、備えた攻撃方法と特殊能力の強さで勝敗が決まるものだからだ。そこに戦術が入り込む余地は殆どなく、攻撃力の高い魔物を召喚してただ殴っていれば勝ててしまう。

 そんなことを説明するとキャロは思い切り溜め息を吐いた。

「確かにブルーアイズの攻撃力は世界規模で見ても稀有の高さだ。だがそれも当たらなければどうということはない」

 体をバラけさせることでブレスを避けられてしまった先程のことを指摘する。この程度、子供でも知っていることだと子供に断言されてうな垂れるセト。

(戦術もロクに存在しないほど大昔という訳でもあるまいに……)

 ……実はそれで正解なのだが、彼女が知る由もなく。今度はキサラに標的を変える。

「加えて一度防がれた位で諦めるとは早すぎる。俺のブルーアイズならば軽く五十、いや百発はブレスを放つぞ」

 その数の多さに絶句するキサラ。気を失わずに竜を呼び出せるようになったのがついさっきなのだ、その要求は遥か高みにあった。

「貴様もだ、その手に持っている杖はロストロギアだろう。使わずにただ持っているだけでは普通の杖と変わらんではないか」

「うぐっ……」

 ロストロギアとは意味が分からないが痛い所を突かれて唸るセト。確かに戦いが始まってから千年杖の力を一切使っておらず専らキサラに庇われるばかり。ディアハはカー同士でするものという先入観に囚われて、何も出来ないと思い込んでいたことに気付いたのだ。

 言いたいことを言うとキャロは二人に背中を向け、巨人へと向き直った。ガラガラと瓦礫を押しのけて這い出てきたアクナディンの姿がその先にあった。見るからにボロボロであり、当然その目は怒りに歪んでいる。

「バーとはすなわち魔力なのだろう? 尽きかけだというなら下がっていろ。雑魚如き、俺一人の力でねじ伏せてやるわ」

「舐めるなよ小娘ぇっ!」

 怒り心頭のアクナディンが再度巨人をけしかける。

「勢いはいいが速さが足りん」

 次々と打ち下ろされる拳の乱雨の中を、まずは涼しい顔をして回避し続けるキャロ。エリオと共にフェイトに課せられている銃弾回避トレーニングからすればこの程度、ハエが止まる遅さである。それこそフェイトは雷速で動くのだから。

「何故だ、何故当たらん!?」

「耄碌した頭では分かる筈もあるまい。説明するだけ無駄だ」

「おのぉぉれぇぇぇっ!」

「まともに攻める手立てがないならばこちらから行くぞ!」

『Shooting Ray!』

「はっ!」

 思い切り馬鹿にした口調で激怒させ、誘導弾を撃ち出した。真っ直ぐに飛ぶ弾丸は巨人へと殺到し突き刺さろうとする。

「十発もの弾丸!? だが」

 被弾しそうになる巨人。しかし体を細かな粒子に解体することで攻撃を避け、弾が通り過ぎた後に再び集合し復活する。

「先程の攻防を見ていなかったようだな、小娘!」

「……だから貴様は耄碌しているというのだ」

 その程度お見通しだ、と空へと抜けていった誘導弾を操作して呼び戻すキャロ。思うままに動くそれらは粒子で構成された巨人が唯一持つ実体部分、すなわち左眼へと直撃した。

「ぐおおおっ!? 目が、目がぁっ!?」

 魔物とリンクが繋がっていたのか、アクナディンもまた左眼を押さえて痛みに悶絶する。巨人の方はというと次々と誘導弾をぶつけられ、無残に左眼を砕かれていた。

「貴様もそうだがタクティクスがまるでなっていない。凡骨にも劣るな」

 普通ならショック死しかねない痛みに膝を付いて耐えるアクナディン。目を砕かれた巨人は寄り代を失い、靄のように漂っている。

(この程度でお終いか、これなら凡骨の方がよほど骨のあるデュエリストだ)

 ティアナよりもつまらない馬の骨に興ざめ甚だしいキャロだった……が。

「ぬ……グゥッ……!」

 ユラリと立ち上がったアクナディンを見て鼻を鳴らした。

「ふん、惰弱な馬の骨がこれ以上何をするつもりだ?」

「もう、加減はせん、セト諸共に貴様を消し去ってくれるッ!」

 アクナディンの雰囲気が変貌していく。その体は腐食を始め、禍々しい瘴気を噴出し辺りを汚染していく。

「アクナディンの真似事をするのは終わりだ、我が邪神の力で直々に葬ってやる!」

「な……」

 セトの体がふらつく。師と慕っていたアクナディンが既にこの世におらず、あろうことか邪神に体を乗っ取られてしまっていたからだ。加えて彼は実の父親、衝撃は計り知れなかった。

 セトへと慌てて肩を貸すキサラ。未だ戦える様子のない二人の姿にキャロは一人で相手することを決め、口を開いた。

「……それで、貴様の本当の名は何というんだ?」

「ゾーク、それが貴様を消し去る神の名だ」

「ゾーク、か……どうでもいい、どうせ覚える必要も無い」

 自分で聞いておきながら覚える気の無いキャロの態度にゾークは当然憤った。というか誰でも怒るに違いない。

「舐めるなよ小娘ェッ!」

 紫の巨人だったものを吸収、瘴気の塊としてキャロへと叩きつけるゾーク。ゴン、と重い音をたてて障壁にぶつかったそれを見てキャロは少しだけ感心した。

「先程よりは力を増したか。だが頭の方は相変わらず足りていないようだな?」

「減らず口を!」

 二撃、三撃と叩きつけるゾークと、それを防ぎ続けるキャロ。合間合間に射撃を放つが、厚い瘴気に覆われたゾークの体には到達せず遮られてしまう。

 互いに攻撃が通らないまま過ぎる時間。元々攻撃手段をブルーアイズに頼っているキャロには射撃以上の攻撃力を持つ魔法がなく、ブーストを自分にかけるにしても障壁を張り続けている現状では一つが精々。完全にこう着状態に陥っていた。

 と、キラリと光を放つ千年眼。次の瞬間、キャロが予想していたのとは違う方向から瘴気が叩きつけられる。

「な……しまった!?」

 ガン、と襲ってきた衝撃に弾き飛ばされるキャロ。バリアジャケットのお陰で怪我こそなかったが、痛みは当然伝わってくる。だがそれよりもつい今しがた起きた現象の方が問題だった。

(どういうことだ……何故軌道が急に変化した?)

 今までは相手の攻撃軌道を完全に読みきって障壁を張っていた。だが今の攻撃はキャロが障壁を張り始めたまさにその瞬間、軌道を変えて迫ってきたのだ。

 自分の防御タイミングを読まれたのか、そんな懸念がチラついたが即座に否定する。そんな高等なことが出来る頭脳があるのであればそもそも最初、瓦礫に叩き込まれている筈がない。

 ならば原因は他にある。そう考えたキャロは相手を注視する。

「休む間は与えん!」

「くっ!」

 形勢を逆転させて調子付いたのか、次々と瘴気の塊をぶつけてくるゾーク。それを防ごうとするのだが、やはり障壁を張る瞬間に軌道を変えられ防御を抜かれてしまう。

「どういうことだ、何故……」

「不思議か? そうだろうな、ことごく内心を読まれているのだから」

 フンと笑い、髪をかき上げるゾーク。金属で出来た左眼がキラリと光っているのを見てキャロの脳内に電撃が走った。

(あの左眼、何らかのアーティファクトか。内心を読む、とはアレの能力か?)

「その通りだ。貴様の手の内など丸見えだということよ」

「くそ……っ!」

 思考をそのまま読まれ、上手くない状況に歯噛みするキャロ。再開された攻撃にもはや全方位のプロテクションを張って防御することしか手がないのだ。

 そして局面を打開するための手段を思いつかない現状では徐々に魔力を削られていき、やがて枯渇して敗北する。

 考えを読み取られ、攻撃は通らず、守勢もいずれ粉砕されることが決定している最悪の状況。

 容赦なく叩きつけられる瘴気の塊に文字通り魔力と体力を削り取られながら、キャロはジリジリと敗北に近づいていく。一人ではどうしようもないままに。





 そう、“一人では”、だ。

 ——ドォン! と閃光が空を裂いて瘴気を貫く。

 それを放ったのは、キャロの後ろにいた筈の白き竜だった。息を荒げて地に膝を付いたキャロの前に、竜と共にセトとキサラが歩み出る。

 庇われていることに気付いたキャロが二人の背中を睨む。ついさっきまで庇われることしか出来なかった二人に借りを作ったことが気に入らなかったからだ。

「お前に救われたというのか? キサラ、余計な真似を!」

 ぶつけられる雑言、それには振り返らないまま、キサラとセトは口を開いた。

「確かにあなたの戦術は素晴らしい、ですがあなたの攻撃では彼には届きません。力を結束しなければ」

「見ているがいい、異人の少女よ。我らの結束の力を!」

「セト……結束だと? ふん」

(力とは何だ? 己が生き抜くために、たった一つ信じられる物、それこそが力!)

 セトの言葉に気勢を削がれ鼻を鳴らすキャロ。彼女にとって力とは自分の拠り所であり、決して誰かのために揮うものではなかったからだ。

(戦いにおいて己以外は全てが敵。力とは敵を叩き潰し己の絶対領域を守るために与えられた武器なのだ。それは己自身のために存在すればいい)

 そう確信して生きてきたし、そのことに間違いはないと今でも考えている。

(だが、あの二人は……)

 膝を付いたまま視線を前へと向ける。そこには押されながらも寄り添い、ゾークに対抗し続けている二人の姿があった。

 白き竜にブレスを放たせて瘴気を貫き、千年眼の力に対しては千年杖の力を使いスキャンを阻止する。キャロが知る由はなかったが、共にミレニアムアイテムであればこそ互いに対する能力を防ぐことが出来るのだ。

 包囲するように襲いかかる瘴気に対しては竜が翼を羽ばたかせ、暴風を以って吹き飛ばす。お返しに放つブレスをゾークは瘴気を集中させることで到達を遅らせ、着弾前に跳び退ることで回避していた。

(あの男には戦う力がなく、あの女には戦う頭がない。にも関わらずヤツと渡り合っているのは、二人を束ねる何かがあるから……?)

 煩悶するキャロ。自分では押されるしかなかった相手に追い縋っている二人には、自分には無い何かがある。その正体が結束の力だというならば、今より上に行くためにはそれが必要だということだ。

 だが今までの自分は結束、仲間など必要ないと見向きもしなかった。同じ部隊で戦う者はいるが、それにしても作戦を遂行する上での駒としてしか思ってこなかった。部下も同じ、目的遂行の上での駒でしかなかった。

 今までの自分の信念と、目の前で示された力。その食い違いに、積み重ねてきたものが揺らがされる。

「……結束の力。この力はそれをも超えているというのか?」

 口に出して問うキャロ。それに答えてくれる者はおらず、自分で答えを見つけ出すしかない。

「く、あぁっ!?」

「キサラッ!」

 痺れを切らしたゾークが放った、今までで一番の量の瘴気。ブレスで散らしきれなかった瘴気がキサラへと迫るが、その前へとセトは身を躍らせた。

(私は見つけたのだ……世界がどれほど闇に満ち乾こうと、その闇を照らす術を……愛という光を!)

 力のない自分でも盾になることはできる。愛を、愛することを教えてくれたキサラ、彼女を失うことに比べれば自分を犠牲にすることの何とた易いことか。

 セトは覚悟を決め、目を瞑った。間もなく攻撃を受け、キサラと死に別れてしまうことに。口惜しいが、自分に出来ることはもう残っていない。

 だがそれはあくまでセトに限った話。
 
『Protection!』

 えっ、と漏れた声は誰のものだったか。恐る恐る目を開けた二人の前にあったのは桃色の魔力光で編まれた障壁だった。

「勘違いするな、さっきの借りはこれで返した」

 何か言われる前に素っ気なく理由を告げ、前に出るキャロ。そこに籠められて見え隠れする子供らしさに二人は笑みを漏らした。

 アクナディン、否、ゾークは戻ってきたキャロを見て嘲笑をあげる。彼にとって今の戦いは本来の力を取り戻すまでのついで、遊びに過ぎない。

 三人を絶望に叩き込み怨み呪わせることで、邪神たるゾークはより強くなれる。ゾークにとってキャロは邪神を強化する贄でしかないのだ。

「戻ってきたか! だが貴様の心ならば全てお見通し、何の役にも立たん」

「……茶番は終わりだ。怒りの臨界点を越えた俺とブルーアイズが応えてやる」

 挑発に応えることもなくキャロは魔力を練り上げる。既に彼女の中にはゾークの攻略法が組みあがっていたからなのだが、その澄ました様子がゾークは気に入らない。

「やれるものならやってみるがいい!」

 瘴気の壁がゾークに従い、再び全方位から押し寄せる。

「キサラ、やれ!」

 キャロの声に応えてブレスを放つ竜。ゾークに向けて放ったそれは当然防がれるが、開いた隙間はキャロが飛び出すには充分だった。

 後方の様子を気にすることなく突撃するキャロを見てゾークは嘲笑う。

「その動きは何度も見たぞ!」

 雨霰と降り注ぐ瘴気の散弾、その合間を縫ってキャロは迫っていく。ゾークには右に左に、急流に翻弄される木の葉のごとく映る。

「忘れたか、千年眼の前では無力だということを」

 キィン、と光り輝く千年眼がキャロの内心を暴き立てる。その回避方向、速度、行おうとしているフェイント、その全てをゾークは把握できてしまう。

「これで終わりだッ!」

 キャロが回避しようとしたルート、そこに瘴気の塊を放つゾーク。キャロに回避する手立てはなく、打ち据えられて吹き飛ばされる————筈だった。

「ふん!」

 全く違う方向に危なげなく回避するキャロ。読み違えたことに驚愕するゾークをせせら笑い、キャロは猶も進撃を続ける。

「馬鹿な、読み違いなどある筈がないッ」

 再び千年眼を発動し、今度は間違えないと隅々まで思考を読み取ろうとするゾーク。だが。

「な……なんだこれは……三つ、四つ、五つ、まだ思考があるというのか!?」

 幾つもの異なる思考が並列して行われていたことにゾークは再度驚愕する。どれが本当の思考なのか、そもそもトリックがまるで理解できない。

 ゾークは知る由もなかったが、キャロの行っているマルチタスクはミッドチルダではごく当たり前の技術だ。たまたま先程までは単一思考で戦っていただけで、彼女もまた複数の思考を同時に行うことが出来る。

「喰らえッ!」

 混乱したままの雑な攻撃を潜り抜け、ゾークへと殴りかかるキャロ。その腕は強化を施され、障壁程度た易く貫きうる。

「舐めるなッ!」

 それを寸での所で回避し、逆にゾークは下から瘴気をぶつける。ドンッという衝撃にキャロはその体を浮き上がらせ、高く上空へと打ち上げられた。

「……ふ、所詮は小娘の浅知恵、何ィッ!?」

 無様にカウンターを喰らったキャロを笑おうとして身動きが取れないことに動揺するゾーク。肉薄したのはバインドを掛けることが目的、攻撃はブラフでしかなかった。

「やれ、キサラぁっ!」

 拘束されたゾークへと、白き竜が渾身のバーストストリームを見舞う。激しい閃光に飲み込まれたゾークは瘴気を吹き飛ばされ体を焼き尽くされていった。

「ぐぅぅぅっ、このままではッ!?」

(本来の姿を取り戻せば、こんな奴らなど!)

 溜まらず肉体を放棄して抜け出すゾーク。邪神の欠片となって離脱し再起を図るつもりなのだ。

(残る寄り代は盗賊王バクラ、そこに宿った魂と合流すれば全てが片付く!)

 しかし露出したその魂へと、鎖が突き刺さる。

「がっ!?」

『Chain Destruction!』

「魂だけならば滅するのは簡単だ、消えろ雑魚め——連鎖破壊!」

 必滅の呪いが篭った破壊の鎖がゾークの離脱を許さない。ゾークのみならず何処かへと伸びていった鎖はすぐさま白熱し始めた。

 この世界からゾークが存在した痕跡全てを破壊し尽くし邪神を滅ぼす、浄化の鎖。

「あ、あ、ア、アアアアアアアアッ!?」

 カッと閃光が迸り————消失する。そこには既に何も残ってはいなかった。

「……これが我らが勝利せんがための結束の力だ」

 危なげなく着地し、キャロは体に付いた埃を払う。本体を失ったためか瘴気は霧散してしまっていた。

(未だ考案中の魔法だったが、上手くいったな。とはいえ夢での成功では不確かでしかないが)

 魔法陣の中へ鎖を収納しつつ魔法の出来を採点するキャロ。

 チェーン・デストラクションは最近力を付けてきたティアナの幻術対策である。姿を消そうが遠くに隠れようが執拗に追尾し襲いかかる新魔法を実戦で試すことが出来てキャロは大満足だ。

 後は気晴らしとしても上々の趣向だった。やはりブルーアイズこそが最強にして無敵であり、その事実こそが自分の根幹だと理解できたのだから。

「……一応礼を言う。ではな」

 用は済んだ、適当に時間を潰して起きるまで待とうと考えたキャロ。だがそれをセトは慌てて呼び止めた。

「待ってくれ! 何者なんだお前は? どこから来た? どうしてそんなにも強いのだ?」

「質問が多いぞ……人の心には神を越えて信じるべきものがある。俺はそれに従ったまで」

 相棒であるブルーアイズの最強、それこそが自分の根幹なのだと気付いたキャロはその信念を貫き通した。それだけのことだ。

「神を超えて、信じるべきもの……」

 呟き、思わずキサラの方を見るセト。隣の彼女もまた、セトの方を向いていた。

「キサラ……」

「セト様……」

 徐々に近づいていく顔と体。互いの頬に手を伸ばし、顔を近づけていって——

「俺を放って何を始めるつもりだ、貴様ら」

「はっ!」

「い、いえ!」

「全く……」

 思い切り二人の空間に入ろうとしていたのをぶち壊し、しかし彼女は気分を害してはいなかった。

(結束の力か……悪くないな)

 新たな境地に手ごたえを得てそのまま姿を薄れさせていくキャロ。二人が気付いた時には完全に消え、元の世界へと帰還してしまった後だった。

 つい先程までキャロがいた場所にはもう、何も残っていない。だが確かにそこには彼女がいたのだ。

 後に残された二人は顔を見合わせる。

「……あの者は、何だったのだろうな」

「分かりません……ですがまたどこかで会える、そんな気がします」

「キサラもか? 私もどこか懐かしさを覚えた。案外身近な存在なのやもしれぬな」

 えぇ、と返し空を見上げるキサラ。それに倣ったセトは陽光の眩さに思わず目を細めた。

(太陽とは、こんなにも眩しいものであったか)

 ふと視線をやると、だいぶ先に馬で駆けてくるファラオがいた。その遥か先には王国がある。

 何もないように見える砂漠も、セトには何故だか美しく感じられる。それはやはり心境の変化があったからなのだろう。

(その切欠を与えてくれたのは……)

 隣に並び、景色を眺めているキサラを見る。自分の人生に深く関わりを持ち、そして大事なことを教えてくれた存在だ……父に歯向かってまで選んだ相手を手放すことなど考えられなかった。

「キサラ……この国は深く傷付いた。再興には時間が掛かるだろう」

「……はい」

 キサラの眼をじっと見つめる。どこまでも深い蒼の瞳には、セトの顔だけが映っている。

「神官たるこの身は王国のためにある。私といれば辛いことも苦しいことも多いだろう。それでも……」

 私の隣で支えてくれないか、一世一代の言葉にキサラはそっと頷いた。

 ――叶うことならば来世までも共に、と。

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 次回、『小さな王様』



[36838] 「優しさという、強さ」
Name: ぬえ◆825a59a1 ID:a2f7b503
Date: 2013/04/03 17:09
 この世界でAIBOを務められるのはこの子くらいだよなぁ……と。

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 保護されたヴィヴィオが機動六課へとやって来てからはや一月以上が経った。初めこそ情緒が安定しないためか泣くことも多かったが、なのはとフェイトという二人の母親を得てからはそのようなこともなく。

 六課で最も幼い彼女には皆が好意的に接し、受け入れているように見える。ヴィヴィオ自身も優しい人ばかりだと感じていた……ただ一人を除いては。

 キャロ・ル・ルシエ。ライトニング04、三等陸士という低い階級ながら尊大極まりない振る舞いの数々で周囲を翻弄する超問題児。魔法運用の幅と練度は高く、特に持ち竜の全力解放は局でも指折りの殲滅力を持っている。

 ……などということをヴィヴィオが知っている筈もなく、いつも偉そうにしている女の子だなぁ程度にしか思っていなかった。幼い彼女の興味関心は専ら二人の母親が対象であり、他の人間はそこまで重要ではなかったのだ。

 起きるなり鎖を巻きつけられた状態で道路へ投げ出され、暗い下水道を一人彷徨い続け、目覚めて病院の敷地内を歩いていたら突然シスターに威圧される始末。頼れるものが何一つない所に与えられた、自分を守ってくれる存在が何にも増して重要になるのは至極当然のことだろう。

 だがここの所、その状態に変化が生じていた。





「今日もご苦労だったな、ブルーアイズ」

 午後の訓練を終えてヘトヘトなフォワード陣の中で、まず自分より先に竜をねぎらい汚れをふき取っているキャロ。ヴィヴィオはその様子を海上シミュレーターから遥か離れた波止場からじっと眺めている。近づいては危ないというのでわざわざ双眼鏡まで持ち出してだ。

 小さな子供は感情の機微に敏感だ。喜怒哀楽、好悪、名づけるのが難しい感情であっても何となく感じ取れてしまう。自分へと向けられていなくても、である。

 先日の模擬戦でフェイトと戦っていたキャロは泣いていた。表情を強張らせ口調鋭く居丈高に振舞おうとも、確かに泣いていた。何を話しているのかは分からずともヴィヴィオには感じ取れた。その感情、寂しさは自分もよく知っているものだったから。

(あの子も……寂しい?)

 自分よりも年上で強そうな女の子が自分と同じように寂しさで泣いている、それはヴィヴィオにとって一つのカルチャーショックだった。キャロに興味を持つようになったのはそれが切欠だ。

「ねぇなのはママ、キャロってどんな子?」

「えぇっ? うーんと、そうだなぁ……」

 二人の母親に話を聞いたり、それ以前の模擬戦の映像を閲覧したりする中で沸いたのは親近感と憧れだ。キャロが隊長達と繰り広げた模擬戦の数々はまさに目を奪われるものだった。飛び交う難しい魔法、裏の裏まで読み通す戦術眼、自分の全力を叩きつけるタクティクス……早々お目にかかれないハイレベルな戦いは小さな彼女をも魅了した。

「ねぇフェイトママ、キャロに何があったの?」

「……うん、えぇっとね」

 興奮のあまり色々と調べ、分からない言葉の意味をなのはに尋ね、知ったデュエリストという生き方。それは子供心に輝く格好よさの象徴だ。詳しくは教えてもらえなかったが同じように一人ぼっちだった過去を持っていることをフェイトから知り、四才年上の女の子を目標にしたのはそうおかしなことではない。ヴィヴィオの将来にとって幸か不幸かは不明だが。

 もっと相手のことを知りたい、近づきたい。強い欲求を抱いた彼女は翌朝の食堂にて、他の誰もが接し方を悩んでいたキャロへと突撃した。キャロとしても未だどう立ち直るべきか定まっておらず、一人で食事を摂っていたので快く相席を許可する。

 アタックを開始するヴィヴィオ。それが世間話であればキャロも憤慨することはなかったのだろうが、内容はそれとは程遠かった。

 皆に謝ろう、そう言われたキャロは一瞬ポカンとし、ついでテーブルに手を叩きつけた。ガチャン、と大きな音が鳴ったため食堂中の視線が集まるのも気にせずキャロは怒りを露わにする。

「頭を下げろ、だと……! 何故俺がそのような屈辱的なマネをッ!」

 開口一番に「頭を下げろ」と言われれば当然に反発が起こる。だが他方のヴィヴィオも負けてはいない。気圧されることなく正論を返していく。

「悪いことしたらちゃんと謝らなきゃ。私でも知ってるよ!」
 
「ぐっ……だが奴らがそれで矛を収めるとは限らん。俺は容赦なく叩き潰したのだから」

 一瞬つまり、バツの悪そうな表情でこぼすキャロ。一応悪いとは思っているらしいが、出来るだけ頭を下げるのは避けたいのか理由をつけて回避しようとする。

 相手のヴィータとシグナムは古代ベルカの純正騎士であり、己の強さにはかなりの自信を持っている。それを喧嘩まがいの形で粉砕されたのでは決して良い気分はしないだろう。明らかに見下した目で見られたこともあれば尚更である。

「それはどうかな?」

「なに……?」

 和解など不可能、そう考えていたキャロだったものの思ってもみなかった疑問の声に揺らぎが生じる。疑問を差し挟んだヴィヴィオは胸の前で手を組み、何かを夢見るように考えをを口にした。

「わたし思うんだ……デュエルは相手から何かを奪ったり、憎しみ合ったりする為にやるんじゃない。素晴らしいデュエルをした相手は、みんな友達なんだって」

 あなたの見せたデュエルは素晴らしいものだった。だから相手の人もデュエルの結果には納得している筈であり、きっと分かり合える筈。

 それは夢物語のような考えだ。良い戦いを、全力死力尽くしての戦いを繰り広げたからといって敵同士が分かり合えるとは限らない。それどころか却って憎悪が増して関係が悪化する危険すらある。

 事実キャロは以前、戦いとは自分の領域を守り敵を粉砕するための権利だと考えていた。そこに仲間や友といった和合が入り込む余地はなく、ただ殺伐とした知略と暴力が張り巡らされるのみ。

 だが。

「……ふはははははは! お前がデュエルの何たるかを語るか!」

「む、悪い?」

 呵呵大笑されたことに頬を膨らませてすねるヴィヴィオを見て、更に爆笑するキャロ。彼女にデュエリストを説かれるとは思ってもみなかったからであり、更に言えば真理を言い当てられるとも思っていなかったからだ。

 強い想いを持つことがデュエリストになる条件であり、デュエリスト同士の強弱・上下はあろうとも抱えた想いに貴賎・上下はない。これはデュエリストであれば当たり前のことであり、しかしながらキャロ自身が忘れていたものだったからだ。

 大事なことを駆け出しのヴィヴィオに教えられたことの可笑しさ。自身の間抜けさにこそキャロは笑ったのだ。

「ヴィヴィオ、お前はなかなかに見所がある。将来は良きデュエリストになれるだろう」

「本当に?」

「本当だ、俺の目に狂いはない」

 ぱあぁっと喜びに満ちていくヴィヴィオを見て苦笑するキャロ。心から大笑いしたのは久しぶりで、なかなかいいものだった。まるで濃霧の立ち込めていた今後の見通しに光が差し込んだように、今は気分が軽い。

(む?)

 ふと気配に目を向けてみると、こちらを見てハラハラしているのだろうフェイトと目が合った。そしてキャロは気付く。彼女がヴィヴィオに向けている目、それは模擬戦で自分に向けた目と、医務室で自分に向けた目と同じものだった。

 ——ひたすら相手を案じる無私の心。それがヴィヴィオと同じく自分にも向けられていたことにやっと気がついたのだ。

 思い返せば同じような目を、ペガサスやシンディアもしていたような気がする。そして誰より、ブルーアイズも。

(俺は……)

 瞑目するキャロ。振り捨ててきた過去にも、自分を見てくれていた者はいた。それに気付かず自分こそが不幸であると信じ、何もかもを切り捨てて背を向けていたのは他でもない自分自身なのだ。

 過去など無意味と言いつつ誰よりも過去を追い求めていた矛盾を自覚して思わず頭を抱える。弱さを隠そうと塗り重ねてきた仮面そのものが弱さだったのだという結末は、何とも滑稽極まりなかった。

(昨日までの俺は自分の心が築きあげた因縁、過去の鎖に捕らわれた囚人だったということか……くくっ)

 無様で仕方がない自分の姿を知って、しかしキャロは満足していた。今思えば張り詰めた弦のような強さでしかないが、それでも過去の自分を確かに守ってくれた大事な仮面だったのだ。

 折れそうだったキャロを長く護ってくれた自信に溢れた偽りの仮面に、感謝こそすれなじることなどあり得ない。どちらが欠けても今の自分、キャロ・ル・ルシエは存在しえないのだから。弱かった過去と偽った過去、両方があって今の自分があるのだから。

 ————カチリ、とピースがはまり込んだ音がした気がした。チグハグだった二つの心がかみ合ったような、不思議な感覚。やっと自分になれたのだという実感を得られたキャロに、もはや恐いものなどなかった。

「よし、今から奴らの下を訪ねて回るとするか」

「いきなり!? まぁいいや、じゃあわたしも付いていってあげる!」

 180度、いや体感的に540度ほど変わった態度に面食らうヴィヴィオ。だが好ましいことに違いはないのでまぁいいかと受け入れて席を立つ。キャロが悩んでいる内にヴィヴィオのプレートの上は空になっていた。

「ああ、全速前進だ……待て、どうして一緒なんだ? 分かるように説明しろ」

「え? だってキャロって頭下げるの慣れてないだろうし心配で。ほらほら行くよ!」

「何故腕を掴んでいる、はなせ!」

「全速前進だー!」

「は、な、せ!」

 えいえいおーと手を引いて走っていくヴィヴィオに振り回され、結局一緒に六課内を頭を下げて回ることになったキャロ。だが力任せに振り払わない辺り、付いてきてくれて本当は嬉しかったのかもしれない。





 それからヴィヴィオはキャロと共にいようとすることが多くなる。態度がかなり軟化したキャロに大体の人間が唖然とする中、だいたい暇にしているキャロをほぼ独り占めに出来ていた。

 難色を示す者もいたが好きにさせてみようという者もおり、結局しばらくは様子を見ようということを二人の母が決めたのが数日前。ヴィヴィオの対面ストーキングは激しくなるばかりだ。

「キャロ、訓練終わった? 一緒に遊ぼう?」

 シミュレーターから通路を歩いて戻ってきたキャロの腕に跳びついたヴィヴィオは待ちかねたとばかりに遊ぶことを催促する。訓練明けで疲れきっているキャロはそれどころではなく早くシャワーを浴びに行きたくて仕方がない。訓練着も砂埃で汚れておりあまり長く着ていたいものではないのだ。

「これから汗を流さねばならん、いいからはなせ!」

「じゃあその後だね!」

 彼女にとって一緒に遊ぶことはどうやら既定事項らしく、先か後かしか選択肢がないようだ。キャロはやれやれとこれ見よがしに溜め息をつく。

「全く……子供とは何故こうも人の話を聞かんのだ」

 お前が言うな、というティアナからの視線はつとめて無視するキャロ。とはいえ言葉とは裏腹にそれほど嫌そうには映らないのだが。隊舎へと戻りつつ、歩調をあわせてヴィヴィオが付いて来れるか確認している辺り満更でもないらしい。

 なのはとフェイトから無碍に扱ってくれるなと念押しされたこともあるが、元々子供には優しいのだ。本人が十才なため対象となる者が今までいなかったから露見しなかったのであり、加えてヴィヴィオの頭の回転が速いとなればキャロにとってこれ以上の良物件は存在しない。

 打てば響く頭の良さ、しっかりした受け答え、子供ゆえの優れた感受性、そしてキャロの過去を詳しく知らないからこその踏み込んだ物言い。フェイトにもまた出来なかったことがヴィヴィオには可能だったのである。





「あれ、これは?」

 ある日の訓練明け、廊下ですれ違ったヴィヴィオを呼び止め、冷蔵していた物を紙箱ごと手渡すキャロ。持っていく途中で会ったからなのだが、中身にヴィヴィオは興味津々の様子だ。

 よくぞ聞いてくれたとキャロはふんぞり返り説明を始めた。

「ふふん、以前地球へ出張した際に気に入ったシュークリームという代物だ。なのはの実家で作っている物でな、取り寄せてみたのだ」

「なのなママのっ!? わざわざ私の分も頼んでくれたんだ、ありがとー!」

 キラキラキラ、と瞳の中に星が浮かんでいるのではないかと錯覚するほどの喜びようにキャロも満足するがそこはやはり彼女のこと、素直になることなど簡単に出来たら苦労しない。

 ヴィヴィオの笑顔に緩みそうになった頬と目尻を引き締め、そっぽを向く。

「か、勘違いするな。多く注文してしまったから処分に困った、ただそれだけだ」

 ふふんと威厳を取り繕おうとするキャロだが相手は見ていない。どうやってこのスイーツを美味しく食べるかで頭の中は一杯である。

「そうだ、なのはママに後でキャラメルミルク作ってもらうようにお願いしよう! 皆一緒に食べればもっと美味しいし。キャロも来るでしょ?」

「ああ、行くしかあるまい……なにを言っているのだ俺は……ッ」

 誘われて一も二もなく頷き、壁に手を付いてうな垂れるキャロ。ヴィヴィオに汚染されて幼児化してきていると言うべきか、それとも影響を受けて年相応に素直になってきていると言うべきか。とにかくキャロの性格が軟化してきているのは確かであり、その要因がヴィヴィオであることもまた確かだった。










 このままこの日々が続けばいいのに、誰もがそう思っていた。なのはもフェイトも、ティアナもブルーアイズも、ヴィヴィオもキャロも、続くと信じて疑わなかった。

 皆が忘れていたのだ、世界はいつだってこんな筈じゃなかったことばかりであることを。

 九月十二日、公開意見陳述会のために出動していたメンバーの留守を狙って行われた、機動六課への襲撃。戦闘機人二名とルーテシア、そして空・陸双方を埋め尽くさんばかりのガジェット群が急襲してきたのだ。

 グリフィス達も奮戦するが犠牲者は増えるばかり。待機部隊もいたが練度が足りず、ガジェットの物量の前に押し潰される。唯一まともに戦えるシャマルとザフィーラは戦闘機人を抑えることで精一杯で手が回らず、火の手もだいぶ回っていた。

「まだ……いけるな、ストームレイダー」

 隊舎の中、簡易デバイスを持ち出して迎撃を行っているヴァイスのいる通路にはガジェットの残骸がいくつも積まれていた。防衛が始まってから数十分、たった一人で耐え凌いでいるのだ。

 彼の後ろには必死で構築したバリケードが、その先には非戦闘員達が隠れている。彼自身が本当に最後の砦なのだ。

(なっ……ラグナ……)

「……邪魔」

 だがそのヴァイスも光弾に撃ち抜かれ気絶、遂にルーテシアがたどり着く。

 非戦闘員の固まった集団の中、アイナの腕の中でヴィヴィオは恐怖に震えていた。圧倒的な暴力に六課は陥落寸前であり、もはや対抗する術など残っていない。力のない身で出来ることなどなく、ただ過ぎ去ることを待つのみだった。

 その筈だった。

「その子を、渡して」

 ヴィヴィオを指差し言葉少なに要求を告げるルーテシア。それを見てまずアイナが、続いて他のバックヤードスタッフやオペレーター達がヴィヴィオを庇い、ルーテシアの前に立ち塞がる。

 差し出せば何をされるか分かったものではない。これ程の無体を働く輩、それも稀代の犯罪者スカリエッティに渡せる筈がない。そのような選択をよしとするような者は、そもそも六課にスカウトされていないのだから。

「ッ……そう、なら仕方ない」

 無力でありながら庇ってもらえる彼女に感じたのは羨望か嫉妬か、それは不明だがルーテシアは右手をかざし実力で排除しようとした。

「待ってッ!」

 寸前、空を裂く声にルーテシアは攻撃を思いとどまる。声の主であるヴィヴィオはアイナの腕からするりと抜け出し、自ら前へと歩み出て行った。

 そうして皆を庇うようにルーテシアの眼前で立ち止まり、子供らしからぬ強い口調で要求を告げた。

「私が目的なんでしょ? なら、連れて行っていいから……だから皆には何もしないで!」

 ルーテシアとアイナ達はその言葉に驚き目を見開く。だが言った本人にとっては何ら不思議なことではなかった。

 敵の標的は自分、ならば敵わない戦いを挑んで皆が傷付くよりは大人しく捕まった方が被害は少ない。抵抗しても結果が変わらない以上、自分によくしてくれた人達を守れるならば断然良い。

 もちろん恐怖はある。何をされるのか、六課に、ママのもとに戻れるかどうかすら分からないのだ。逃げたい、逃げたくて堪らない。

(……でも、私は)

 ぐっと拳を握って力を込め、弱気を追い出す。

 ただ憧れたのだ、デュエリストという生き様に。如何なる壁や恐怖が立ち塞がろうとも絶対に引き下がらず、己が信念を貫き通す生き方。それは多分どうしようもなく不器用で頑固で愚直で、だからこそ尊く輝いて見えた。

 今ならばヴィヴィオにも分かる……キャロに、デュエリストに憧れたのは自分に確かなものが何一つなかったからだ。過去も家族も存在しない自分は母親という確かな拠り所を求めた。手に入れた拠り所を守れる者こそがきっと、デュエリストだと感じた。

 だからヴィヴィオは引き下がらない。震える体も崩れそうになる足も押さえ込み、自分自身を差し出した。大切にしてくれた、大切な皆という拠り所を守りたい気持ちを貫くために。

「……ガリュー」

 その様は、ルーテシアには眩しすぎた。目を逸らして短く呼びつけたガリューに後を頼み、背を向ける。トンッ、と首筋に手刀をいれられ意識を失ったヴィヴィオを担ぎ上げるとガリューもまたその場を立ち去って行った。

 それを止める力など、アイナ達にはなかった。守りたい気持ちはあろうとも、守るだけの力がなかった。

 助かったことに喜ぶ者などいない。守ろうとした少女に守られてしまった無力さが、残された者達を打ちのめしていた。





「トーレとセッテの具合はどうだい?」

「手酷くやられています。数日は絶対安静が必要かと」

 襲撃後、アジトの中を歩くスカリエッティとウーノは損傷激しく帰還してきた二名のことについて話していた。ウーノの手にはケースに収められたレリックがあり、これから手術室へ向かうところである。

「AMFがなければ当然の結果か。とはいえFの残滓のみならずあの巫女も抑えておかなければ、マテリアルの奪取は叶わなかったからね」

 六課へ急行しようとするフェイトやキャロを足止めしたトーレとセッテは、地上本部地下で戦闘していたチンクより多少マシというレベルまでダメージを負っている。フェイトだけならば二人で充分だったかもしれないが、エリオとキャロまで抑えるとなると明らかに荷が勝ちすぎていた。

 しかしエリオとキャロを通してしまえばそれこそ計画が水の泡だった。キャロがブルーアイズをどれだけ解放するかは不明だが、場合によっては陥落寸前まで追い詰めた戦況を引っくり返される恐れもあった。六課隊長陣と互角の魔導師というのはそういう存在である。

 故にスカリエッティは無謀と知りつつも二人に足止めを厳命した。結果マテリアルとレリックを入手することが出来た訳だが、今度はナンバーズの運用に支障が出てしまっている。

「トーレ・セッテは中破、チンクは大破、ノーヴェ・ウェンディは小破。トーレとセッテの復帰には最低一週間、チンクは数週かかるでしょう」

 ナンバーズにはそれぞれ得意とする分野が存在する。戦闘に秀でているのはトーレ・チンク・セッテ・ディエチだ。ノーヴェ・ウェンディ・オットー・ディードも強いがまだ未熟、ウーノ・ドゥーエ・クアットロ・セインは戦力として数えない方がいいレベルである。現在のまま最終決戦を挑むには手札が不足しすぎていた。

 とはいえこの局面まで来れば勝利は目前、残りの戦闘は全てこちらからタイミングや場所を指定できるとなれば充分恵まれている。何十年も待ったのだ、数日決行を遅らせる程度、今更大した遅延でもない。

 スカリエッティはそう結論付け、頭を切り替える。やるべきことはまだ沢山あり、最たるものは既に目の前にあるのだから。ヴィヴィオは手足を拘束されて台に載せられている筈で、レリックを埋め込まれる時を今か今かと待っているのだ。

「……おや」

「騒がしいですね、何かあったのでしょうか」

 部屋に入ろうかというところで中から大声が聞こえ、思わず二人で足を止める。特に意味はないがすぐには入らず、漏れてくる会話に耳を傾けた。

 部屋の中にいるのはヴィヴィオとクアットロ、そしてディエチ。その内ディエチは黙して作業を進めており、話しているのは専ら残りの二人だった。

 パネルを操作しながらも視線は磔になったヴィヴィオに向けたままのクアットロ。その顔には嗜虐の笑みが浮かび、楽しくて仕方がない様子だ。

「ふふふ、これで陛下も本来の姿を取り戻せますねぇ……全く、力がないのに歯向かうなんておバカな人たち」

「皆を馬鹿にするなッ!」

「そう? 結局陛下を奪われたのだから、彼らが傷付いたのは全て無駄でしょう? 傷付こうが傷付くまいがどうでもいいんですけど」

 激したヴィヴィオの怒りもどこ吹く風とクアットロは笑う。自分達の無力さを知り絶望している人間達の姿を見れば、彼女はそれだけで楽しい気分になれるのだから。立ち向かおうが逃げ回ろうが、等しく無様であることに変わりはないのだ。

 だがヴィヴィオは否定する。決して同じではないと、皆が戦ったことに意味はあったのだと叫ぶ。

「シャマル先生たちは皆を守り抜くために命懸けで戦ってたんだ。大切な人を守りたい気持ちは、私と変わらなかったんだ!」

 自分を差し出して皆を守ったヴィヴィオも、自ら戦い傷付いたシャマルやザフィーラ、ヴァイスも、形は違えど必死に戦ったのだ。その行いを侮辱することは、それだけは許せなかった。

 彼女からいつもの無邪気さや穏やかさは消え、代わりに覇気が溢れ出る。聖王だと言われて納得するだろうその風格は、既に立派なデュエリストのものだ。

「お前に、お前なんかに、みんなの大切なものを奪う権利なんてないんだッ!!」

 緑と紅の瞳をしかと見開き、クアットロを睨みつけるヴィヴィオ。

「くっ! ……フン、いくら吼えようと無意味よ。あなたもまた道具、兵器でしかないのだから。そもそも——」

 気圧された自分を隠すように吐き捨て、ヴィヴィオの心を折ろうとするクアットロ。だがその前に入り口が開き、レリックを持ったウーノとスカリエッティが入室してくる。

「待たせたね……おや、どうしたんだい?」

「なんでもありません。早くレリックの移植を進めましょう!」

「ふむ、私としても異論はないがね?」

 煮えくり返っているだろう内心を想像して愉悦を感じつつ、スカリエッティはクアットロの言葉に頷いた。ケースからレリックを取り出し、ヴィヴィオのバイタルを確かめるウーノ。

 やがて用意は終わる。浮かび上がったレリックが部屋中を赤い光で染め上げながら、ヴィヴィオのはだけた胸へと突き立ち沈み込んでいく。明らかに大きすぎるソレはぞぶりと入りこみ、徐々に彼女の中の空白へと埋め込まれていく。

「ひぎぃっ、ぎぃぃぃっ!?」

 異物であるレリックが溶け込んでくる痛みにぐっと唇を噛んで耐えるヴィヴィオ。だが耐え切れず勝手に涙が零れだしていく。

 レリックが体を兵器へと造り替え、ヴィヴィオの存在を消し潰そうとする。肉体に走る激痛よりも、魂にやすりをかけられているかのような痛みの方が耐えられない。

「ぐっ、うあああああああっ!?」

 例え大人だったとしても耐えられないだろう衝撃に、子供では為す術などある筈がない。ヴィヴィオの肉体は悲鳴をあげ、完全に敗北していた。声が枯れるのではないかと思うほどの絶叫が喉をほとばしり、痛みを、苦しみを訴えていく。

(ひぐっ……まけ、な……い……絶対に、負けないッ!)

 だが心だけは、負けないと誓った心だけは折れずに抗い続ける。憧れた生き様に嘘はつかぬと、強くなるのだと。

 その信念は既に一人のデュエリストのものだった。



[36838] 「ドラゴン族一体につき攻撃力が500上がる超魔導剣士」
Name: ぬえ◆825a59a1 ID:ff7ef8b6
Date: 2013/05/04 14:18
 古代、ベルカの時代において開発使用された兵器は現代のそれを遥かに上回る性能と凶悪さを持っていた。羽虫を払うように命を奪い、息をするように環境を汚染する、ただ効率的に殺すことだけを目的にしたものばかり。

 そしてその中でも一際、危険視されていた存在。土地と生命を贄に生み出される最悪の生物兵器を、ベルカの民は畏れと蔑みを込めてこう呼んだ。

 ——地縛神、と。

 固い体表に通常兵器は意味を成さず、魔法すら遮断する特性を持った巨大生物達。加えて対峙した者の戦う意思を折るという精神干渉能力に、数えるのも馬鹿らしくなる程の人命が失われた。

 膨大な魔力、生命力を常に必要とし、呼び出された土地を離れられないという欠点は存在した。 但し敵地で召喚すれば解決できるため、何ら足枷にならなかったが。

 しかし戦争は終わり、ベルカは滅びた。地縛神もまた、失われた筈だった。

 一人の科学者さえいなければ。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 地上本部及び機動六課が陥落させられたものの、襲撃の苛烈さが嘘のようにスカリエッティ側からの音沙汰がないまま一週間が経過する。不気味ではあるものの、その間にキャロは本社に戻り必要な準備を終えていた。

 それから更に三日後、テロから都合十日後、スカリエッティのアジト発見の報と巨大戦艦出現の報がほぼ同時に六課司令部へと飛び込んでくる。それに少し遅れる形で、首都へ向けて進軍する戦闘機人とガジェットの群を確認。

 アースラに拠点を移した六課人員は三手に別れての作戦を決定、フォワード陣は戦闘機人迎撃のため首都クラナガンへと向かったのだった。





「どういうつもり……自分から窮地に追い込まれるなんて」

 ディードらによる奇襲でバラバラになったフォワード陣だが、ティアナがビルへ隔離される寸前にエリオが突入、戦闘機人達の目論見とは少しだけ異なった状況になっていた。

 それもこれもキャロがエリオの襟首を掴んで放り投げたからである。ブーストした腕力により弾丸のごとく飛んでいったエリオは轟音とともにビル内部へと突き刺さった。

 その結果、目下一番不利なのはたった一人になったキャロである。当然、ルーテシアは問いかけた。一体何を考えているのかと。

 だがキャロは笑う。飛んで火に入る夏の虫はお前だ、と。

「貴様らのつまらん小細工など初めからお見通しだ」

 どこかの時点で奇襲があるだろうことは初めから分かりきっていた。四人一組での戦いに慣れたフォワードに対し、正面からぶつかるのは下策もいい所。以前の交戦も、四人のコンビネーションにより難なく乗り切っている。

 故に、彼女にとっては全て想定内でしかなかったのだ。
 奇襲により自分達を分断し、各個撃破を試みるだろうことも。
 スバルに対し、彼女が戦いを躊躇するギンガをぶつけることも。
 ポテンシャルに劣るティアナを袋叩きにするだろうことも。

 そして読みきり各員に告げた上で、キャロはそれを利用した。自分がルーテシアとサシで戦うために。

「あと、何か勘違いしているようだが……俺は一人の方が全力を出せる。故に窮地に陥っているのは貴様の方だ、小娘」

「っ!」

 覇気に溢れた眼差しに圧されかけるルーテシアを見て、最初に仕掛けたのはガリューだ。会話をしている間に、彼は既にキャロの死角へと回りこんでいた。

 姿を消して忍び寄り、無防備な背中に右腕を振り下ろす。生半な障壁では防ぎ得ない鋭い刃、それをキャロは半身になってかわしながら、流れるように両掌を鳩尾へと押し当てた。

「——!?」

 一点に向けて放たれる十発の弾丸。ゼロ距離で放たれた射撃は、いかに適性の低いキャロのものとはいえ凶器と化す。

 ズドン、と腹部を襲う衝撃に押され、ガリューは数メートル後退った。

「そんなフェイントが俺に通用するとでも思っているのか?」

 接触状態で形成した射撃魔法陣を消しながらやれやれと首を振る。この位の奇襲、ティアナとやりあえば日常的に経験できるのだから。

 追撃が来ないことを見て取ったキャロは右手を天に掲げ、振り下ろした。

「来い、我が手札にて最強、かつ美しきしもべ——」

 主の声に応じて上空から降り立つブルーアイズ。対するルーテシアも自分の召喚獣、地雷王を呼び出していく。その数、五体。

 ポテンシャルとしてはブルーアイズが勝るだろうが、数が違う。五対一の状況は客観的に見て劣勢の筈だが、キャロはそちらに目を向けはしない。ただ、仇のみを見据えていた。

「竜魂召喚」

 短い始動キーに応じ、両方の宝玉を光らせるケリュケイオン。竜魂召喚を用いるのは実に数ヶ月ぶりである。

 キャロの用いる龍魂召喚とは、別のドラゴンの力を降霊し、能力を受け継がせる技術である。キャロとブルーアイズが打倒した竜を糧とするこの技術はルシエにおける基本、そして究極の術である。

 普段は使用することの無い規模のため、回路は最大限に回転させられ悲鳴をあげていた。修復したばかりの宝玉にまたしても亀裂が走る。

 だがキャロは猶も容赦なく魔力を注ぎ込み、両手を天に翳した。そして高らかに謳いあげる。

「蒼穹を焼く赤き憤怒。我が翼となり、天を燃やせ。来よ、タイラントバーストドラゴン!」

 自らのストックから呼び出した竜魂を球状に形成するキャロ。球形に押し込められた魂は真っ赤に脈動し、ブルーアイズへと吸収されていった。

 暴君の異名を持つ竜の魂を受け継いだブルーアイズが姿を変じていく。その巨躯は蒼に染まり、優雅さを粗暴さへと変え、全ての上に君臨する暴君さながらの威圧を放っていた。

 ブルーアイズタイラントドラゴン、攻撃力そのものはさほど上がっていないものの、獰猛さを格段に増した蒼龍が咆哮をあげた。その身に溜めた怒りを力と変え、眼前の敵へと叩き付ける。

 召喚された地雷王達に撤退するという選択肢はなく、ましてや降伏を選べるだけの知能は存在しない。だがビリビリと圧力となって押し寄せる存在としての格の違いを見せ付けられ、彼らですら無意識に後退る。

 今のキャロの辞書に容赦などという言葉は存在しない。ヴィヴィオを取り戻す時まで、立ち塞がる敵は全て叩き潰すのみ。

 ゆらり、と頭上に伸ばされる右手。ブルーアイズが待ち望んでいた攻撃の合図が、下される。

「ゆけ! 滅びのタイラントバーストストリーム!」

 拡散するブレスが地雷王達を呑み込み、打ち倒していく。地雷王も雷撃で応戦しようとするが蒼い閃光に掻き消され、その身を吹き飛ばされていった。

「く……!」

 障壁でもって余波を防いだルーテシアの視界に、既に地雷王は一匹たりとて残ってはいない。ことごとくがその身を焼かれ、地上へと落下していった後だった。

 想定以上の力量差に焦るルーテシア。彼女が戦力として呼びうる虫のほとんどは、以前の交戦で葬られてしまっている。

 だが彼女にはまだ一つだけ、奥の手が残されていた。

「来て……白天王!」

 自分の呼び出せる最大の召喚獣、白天王を召喚するルーテシア。彼女の背後に現れた巨大な魔法陣から、白天王が更に巨大なその姿を現していく。

 虫の分類でありながら四肢を持ち二足歩行を行う白い巨人、それが白天王だ。魔力を根こそぎ奪っていく奥の手ではあるものの、竜種に対抗するにはどうしても切らなければならない切り札だった。

 白天王の体躯は大きく、ブルーアイズよりも更に大きい。流石に攻めあぐねているのか仕掛けようとしないキャロに、ルーテシアは僅かばかり態勢を整える時間を得る。










 そうして暫し、互いに睨みあう主従。

 同じ年頃、同じ孤児の身、同じ召喚士、同型のデバイス、同じ孤独な境遇、二人には共通点がいくつも存在する。

 だからこそルーテシアはキャロに親近感を持ち、疑問を持ったのだ。何故六課に留まって不必要なことをしているのか、と。一人で生きていける力を持つにも拘らず、何故仲間ゴッコをしているのか、と。

 確かに以前の邂逅においては、二人は似ていたのかもしれない。孤独に震え、力があるにも関わらず他人との繋がりを欲していたキャロは、ルーテシアにとって鏡のような存在だった。

 だが今現在、決定的な違いが二人にはあった。猶も答えを持たない者と、既に答えを見つけた者。今を拒絶し立ち止まった者と、過去を直視し清算した者。寄る辺を持たない者と、信念を明確にした者。

「お前は何故、あの男に手を貸す?」

 キャロは問いかけた。気まぐれか、戯れか、気の迷いか。俺の居場所を破壊してまで成し遂げなければならない大義でもあったのか、と。

 そうして返ってきた答えは……彼女にとって興ざめも甚だしいものだった。

「あなたを倒して、全てが終わったらレリックを探してもらえる。アルハザードの技術で生まれたドクターならお母さんを生き返らせられる……そうしたら私にも心が生まれる——」

「憐れだな」

 自分から尋ねたにも関わらず聞くに堪えぬ、とキャロは独白を断ち切った。呆気に取られた様子のルーテシアを見て、フンと鼻を鳴らす。

「死者蘇生、アルハザードの英知……俺には全て、壮大なスケールを並べ上げた泣き言に聞こえるぞ?」

 貴様の身に起きた悲劇など俺の知ったことではない、だがと言葉を続ける。

「間違いなくお前は人間だよ……何故ならそんなくだらない御託を並べて、お前は自分の心の弱さを封印しているからだ。それこそ紛れもなく、人間だけが自らにする愚かな自己逃避だ」

「っ!?」

 容赦なく抉ってくる言葉にユラリ、と目の焦点を失うルーテシア。自分の心を土足で踏み荒らされていく衝撃は、それこそ筆舌に尽くし難いものがあった。

 生まれながらに一人ぼっちで、犯罪組織の中で育った日々。狭い洞窟の中、暗い闇の中、人目を避けて、身を竦めて生きてきた。

 冷たくて、寒くて、震えて、でもそれを伝える相手がいない毎日。手を引いてくれるゼストは、しかし自分を見てはいない。ドクターも、戦闘機人達も、召喚士としての力しか自分に求めていない。

 悲しかった。苦しかった。辛かった。そしてなにより、寂しかった。

 誰かに訴えることの出来ない心にはただただ嫌なことが積み重なるばかりで、痛みしか与えてくれない。だったらそんな心なんて、無ければよかった。

 だから心を閉じた。感情を殺した。気持ちを封じた。そうして自分には心が無いのだと“思い込んだ”。

 ーーギリ、と食い縛った歯が鳴る。抑えきれない激情がルーテシアの表情を歪める。

「あなたに、何が分かる」

「貴様にも分かっている筈だ」

 ドクン、と魔力が命脈する。Sランクの魔力が感情のままに、小さな体から迸る。

「満ち足りたあなたに、何が分かる」

「現実から目を逸らすことの愚かしさを」

 焦点が再び合った時、ルーテシアの瞳からは憎悪をも越えた殺意が噴出していた。

「殺す、あなたにだけは、絶対に」

「他人に求めた所で何も得られはしない……この世界はそんなに優しくない」

 食い殺すと言わんばかりの鋭い視線を哀れみの目で見返すキャロ。

「白天王ッ!」

「ブルーアイズッ!」

 魔力砲とブレスが放たれ、拮抗し、爆発する。爆煙が視界を遮る前にその場を離脱し、キャロはルーテシアとガリューの二人を相手取る。

 ルーテシアは一切の手心なく敵を殺さんと魔法を放ち、キャロは全てを防ぎ叩き潰していった。










「そん……な」

「……これが現実だ」

 猶も君臨し続けるキャロに、ルーテシアは思わず膝を付く。ガリューは瓦礫の中へと埋まっていて、白天王も燃やされて地上に転落していった。

 自失したルーテシアを見て、再びキャロは声をかけた。

「まだ戦うつもりか。ヤツらの言葉を妄信したまま」

「私には、それしかない、残ってない!」

 辺りに響くルーテシアの叫び。他に手はないのだと、自分にはこれしか残っていないのだと必死に訴える。

 その訴えに、キャロは更に大声を叩きつけた。

「ならば聞こう! スカリエッティが貴様を本当に助けようとしていたなら、あの男は何故全てをお前に話さず俺と競わせるような真似をした!? 何故そんな回りくどい、歪んだ方法を選んだのだ!?」

「っ!?」

「貴様も薄々気づいている筈だ、何故貴様がスカリエッティの下で育てられたのか。何故ヤツが貴様の母親の体を保管しているのか」

 ヒュッ、と息を飲むルーテシア。キャロはそれだけの剣幕だった。

「ヤツらはお前を所詮、使い勝手のいい道具としか思っていない。十一番のレリックとやらが手に入った所で素直に母親を返してもらえるかどうか……既に入手し隠している可能性すらある」

「そんな、嘘、嘘だよ……そんなことあっていい筈がない……!」

 そのようなことがあれば前提から崩壊する。ただ良い様に利用されるだけの駒でしかないなど、ルーテシアは到底許容できない。

 だがそれが“あり得ること”なのだと理解させられてしまった今、その可能性を無視して戦うことなど出来ない。彼女はもう、立ち上がれない。

 それでも尚、キャロは訴え続ける。耳を塞ぐことを許さず、容赦なくルーテシアの心を抉っていく。かつての自分によく似た少女の心に触れるために。

「貴様の見てきたものは所詮、全て作りごとの世界。貴様は心を、目を閉じるのではなく、見開き、真実を求めて戦わねばならなかったのだ!」

 そのようなことを言われても、今の自分に一体何が出来るというのか。もう全てが遅いのだ。

 これまでやって来たことを全否定され、底なしの沼に堕ちていくような絶望。行くも地獄、戻るも地獄の自分には、やはりこれ以上進むことなど出来はしないのだ。

 色を失っていくルーテシアの瞳。ぶつけられる言葉の重さに、突きつけられる現実の痛みに、幼い心は壊れる寸前だった。

 その彼女に、キャロは手を差し述べた。

「投降しろ、ルーテシア。俺に負けたことを認め、そして真実を己の目で確かめろ」

 その言葉は一筋の光明だった。何も見えない彼女に差し込んだ、たった一つの道筋。

 だがそれでも躊躇してしまう。もう疲れてしまったのだ、これ以上進もうとすることに、一体意味はあるのか。

「……それでも、まだドクターやナンバーズが残ってる。あなた達でも」

「ヤツら如きがどう足掻こうと、俺に対峙する敵の結末は既に決まっている。あの男の力など取るに足りぬということを、この俺が直々に証明してやる」

「あ……う……」

 力強い断言にすがりたくなる。本当に立ち止まってしまう前に、あと一度だけ進んでみてもいいかもしれないと思ってしまう。

 この自信家の言うことを、信じてみたくなる。

「わたし、は……」

 揺れる心情。あと一押しなのだろう彼女の迷い。





 それを、邪魔する声が空から響いた。

「————あらぁ、いけませんよお嬢様。ソイツはお嬢様の、私達の敵なんですから」

 上空に現れたモニターに映る戦闘機人Ⅳ、クアットロ。彼女の声にビクリと体を震わせて、ルーテシアは俯いた。どうすればいいのか、と。

 戦闘機人達に教えられてきた“常識”と、今キャロによって叩きつけられた“非常識”が衝突し、せめぎ合う。容易に答えを出すことは出来ず、煩悶するルーテシア。

 それを見て……クアットロは嗜虐の笑みを浮かべた。

「そこの子供に甘い話を吹き込まれてしまったんですねぇ。お嬢様はお優しいですから……すぐに惑わされてしまって」

 何を企んでいるのか、キャロが疑問に思う間もなく変化が現れる。ルーテシアが突如として苦しみだしたのだ。

「う、うあああ、ああああああっ!?」

 轟、と魔力を噴出し叫ぶルーテシア。後先考えない魔力放出を続けながら、その目を紅に染めていく。到底本人の意思でやっているとは思えない行動だ。

 その理由に思い至ったキャロは苦虫を噛み潰したような表情でクアットロをなじる。

「洗脳、いや狂化か。人の意思を操るとは……下劣な発想だ」

「ふふ、負け惜しみにしか聞こえないわねぇ」

 好きに吠えろ、そう言わんばかりのクアットロにこみ上げる怒りを感じながら、ルーテシアへと呼びかけていくキャロ。

 だが何の反応も返ってくることはなく、ただ何かの魔法が発動していることが分かった位だった。

 スカリエッティの開発したコンシデレーション・コンソール。予め処置を施すことにより、電波一つで人間の心を塗り替えてしまう洗脳の業。

 人を人とも思わぬ所業にとっくにキレているキャロだが、吹き上がる魔力の密度に近づくこともままならない。手出しできないままの状況にもどかしさだけが積み重なっていく。

「ふざけた真似を……!」

「ふふふ、精々足掻くといいわ。ほうらお嬢様、目の前の憎い敵を、プチッと潰しちゃって下さいな」

「……我が運命の光に潜みし亡者達の魂よ……流転なるこの世界に暗黒の真実を導くため、我に力を与えよ」

 クアットロにその身を操られ、強制的に魔法を行使させられるルーテシア。まず一つ目、周囲一面を覆うように結界が張られると、続けて地上に異変が起こる。

 ドーム上に張られた結界の中、地表に魔力で図画が描かれていく。紫に輝くそれは地上絵と呼ばれる代物であり、描き出されたのは巨大な蜘蛛だった。そして地中よりソレは姿を現す。

「現れよ……地縛神Uru」

 地縛神Uru。古代ベルカの生物兵器の中でも一際凶悪とされた、地縛神の一柱。

 赤い目を爛々と光らせた大蜘蛛、高層ビルをも越える巨体のUruが徐々に近づいてくる。明らかに異様な敵を、当然キャロも魔法で迎撃しようとした。だが。

「……魔法が発動しない、だとっ!?」

 まるで編みあがる気配のない魔法。気が付けば辺り一帯をこれまでにない強固なAMFが覆っていた。その強度、実に100%。飛行魔法すら発動できないレベルだった。

 そして異変はそれだけではない。

「くっ、やれブルーアイズ! ……ブルーアイズ?」

 ブレスで焼き尽くせと命じたにも関わらず応えないことをいぶかしむ。そうしてキャロが見たのは、信じられないことに戦意を折られ膝を付いているブルーアイズだった。

 あり得ない事態に困惑するキャロ。一体何が起きているのか、その疑問に答えたのはクアットロだった。

「ふふふ……魔法無効化能力や対物理装甲も強力だけど、ソレの一番の特長は精神干渉能力。地縛神の前ではあらゆるものが跪くことを強いられるのよ」

 遂に間近まで迫ってしまったUru。自らを呼び出したルーテシアを蜘蛛の糸で絡め取り、囚われの身としてしまう。

 Uruの不気味に赤い複数の目が、キャロに歯向かうだけ無駄だと訴えてくる。にじみ出る邪気が、抗いを無意味であると押し付けてくる。他にも何か、幻覚を見せるような作用もあるのかもしれない。

「くっ……」

 人一倍自我の強いキャロですら、耐え切れず膝を付いてしまう。脳内をかき回されるような酷い不快感と敗北への甘い誘惑が、しきりに彼女を苛んでいく。

 立ち上がることもままならぬ窮地のまま、Uruの吐き掛けた糸がブルーアイズを屋上に縫い止めてしまう。反撃は元より離脱すらままならなくなった主従は絶体絶命だった。

 Uruの攻撃力自体はブルーアイズがまともに戦えるならば、まだ抗いようはある。だが体外への魔法が一切発動しないAMFと通常兵装で傷付けられるかも怪しい装甲、そして何より洗脳効果が厄介過ぎる。

 ふとした拍子に甘い言葉が脳裏に流れ込んでくるのだ。あんな相手では、到底敵う筈がない……これだけの攻撃、負けても仕方ない……そうすれば、すぐにでも楽になれる……実に優しい言葉で、Uruは抵抗心を折ろうとしてくる。










 ——それでもキャロは抗うことを止めなかった。

『どうしてそこまで頑張る必要がある?』

 決まっている。この身がデュエリストだからだ。

『それにどれ程の価値がある?』

 誰に認められずとも譲れないものがある。誰の指図も受けん。

『意地を張って何の意味がある?』

 自分に憧れてくれた者がいた。幼いながらに信念を貫いた者がいた。ここで膝を付くことは即ち、その者の信頼を裏切ることと同義。

 そんなことは。

(そんなことは、断じて認めんッ!)

 ギリ、と歯を食い縛って立ち上がるキャロ。だが風前のともし火といった様子を見て一つ、クアットロは追い討ちを与えた。

「気付いているかは知らないけど……地縛神へ攻撃することはできない、だけど術者本人を攻撃する分には自由。さぁ、どうするのかしら?」

 この状況を脱することの出来るかもしれない、悪魔のような提案。召喚士を殺せば地縛神を送り還せるかもしれないという甘い言葉でクアットロは揺さぶりをかける。

 確かに魔力の供給元がいなくなれば、如何に強力な召喚獣とはいえ現界を維持することは不可能だ。

 だが目の前の地縛神が通常の召喚獣と同じである保障などどこにもない。そして一度手を差し伸べたルーテシアを見捨てるような選択、キャロに選べる筈もなかった。

 視線の先、Uruに囚われてなお魔力を吸い上げられ続けているルーテシア。徐々に土気色になっていくのを見れば、そう時間が残されていないことは瞭然だった。

(ふ……この俺がまたしても劣勢になるとはな。どうしたものか……)

 クアットロの提案を蹴り、Uruを睨み据える。この窮地を乗り切るべく持っている手札を洗い出しながら、キャロはふとフェイトとの戦いを思い返していた。

 キャロはずっと一つの答えを捜し求めていた。究極竜を召喚したにも関わらず喫した敗北、キャロは何度も、何度もシミュレーションを繰り返して敗因を探り続けた。

 そしておぼろげながらも答えを見つけ出したのだ。あの時、フェイトにあって自身になかったものを。

 あの時、キャロは自分のためだけに力を揮っていた。ブルーアイズすらおざなりにして、ただ己の望みのためだけに。

 フェイトは違った。哀しみに、苦しみに表情を歪めながら彼女が戦い抜いたのは、キャロの心を守るためだった。

 人は守らなければならぬ者を背負った時、強くなれるのか……その問いの答えを確信する方法は、デュエルに勝つ以外ない。

(あの小娘は、過去の俺自身なのだ)

 キャロもまたルーテシアに親近感を覚えていたのだ。だからこそ今の彼女が許せず、手を伸ばしたのだから。

 それを踏みにじったのはクアットロだ。上空で高みの見物をしている彼女にキャロは指を突き付けた。

「貴様には分かるまい、この俺を動かす怒りの意味が」

「怒りの意味? ふふふ、今にも死にそうだってことかしら?」

 モニター越しに窮地のキャロを嘲笑うクアットロ。風前の灯といっていい今の彼女がいくら吼えて見せたところで何の痛痒も感じない。

 だがキャロが怒りを感じていた理由はそうではない。“この程度の状況”ならば、逆境と称するのもおこがましい。

 Uruが吐き掛けてくる糸の塊を跳び退って回避しつつ、フンと鼻を鳴らした。元に戻った精神状態でもって、キャロはいつも通り相手を馬鹿にする。

「勘違いするな、根暗女。そんなことはどうでもいい」

「ね、根暗……っ!?」

「貴様は小娘の心を封じ、俺達のデュエルの邪魔をした。それは俺達デュエリストの誇りに傷を付ける行いだ」

「……何を言うかと思えば。決闘? 誇り? そんな下らないことで」

 ブツリ、と何かが切れる音。続いてキャロの身から魔力が吹き上がる。

 デュエリストすら馬鹿にされ、真実キャロはキレていた。そうして決して使うまいと封じていた手札へと手を伸ばす。

「俺はずっと、この身が疎ましかった。竜召喚士でありながら竜殺しでもあるこの身がずっと、疎ましかった」

 す、と懐から取り出した剣の柄。蒼と金で彩られたそれを、キャロは何ともいえない表情で握りしめる。

 ここ数日かけて創り上げた、自分にとっての区切りとなるデバイス。ただの発動媒体でしかないソレは、彼女の力を最大限に発揮するためのものだ。

 誰よりも竜と共に生きる定めを持ちながら、誰よりも竜を殺すという矛盾。彼女の体にはルシエの巫女としての力とアルザスの竜の力、そしてドラゴンスレイヤーとしての力が宿っている。

 これまではずっと、後者二つの力を互いに封印させることで打ち消していた。手に入れた経緯からして忌むべき力でしかなかったからだ。

 だが本来、力そのものに罪はない。そう吹っ切れるまでが長かったものの、既にコレを揮うことに躊躇は存在しない。

 葬られた竜の数だけ加護を得る竜破壊の証。キャロは魔導師であると同時に竜殺者でもあるのだった。

 一振り、柄を宙へ振るうキャロ。何もなかった筈の刀身に数百の竜魂が送り込まれ、光剣を天へと伸ばしていく。

 1メートル、5メートル、10メートル、20メートル、更に伸びようとするソレをキャロはゆらりと大上段に構えた。既に斬艦刀と呼べる大きさになっており、ただ振り下ろすだけで全て両断してしまいそうな様相を呈している。

「で、でもUruの前では抵抗は不可能。相変わらず攻撃できないのは変わらない筈……!」

 刀身に集束しているエネルギー量に冷や汗を流しながら、クアットロは確かめるように呟いた。いくら強力な攻撃ができるとはいえ、精神に働きかける力ではUruに敵う者はいない。その力を揮うことが出来なければ、結局意味はない。

 その呟きをキャロは鼻で笑った。その程度のこと、とっくに対策済みだ、と。

「見るがいい、そして戦くがいい! 新たなる魔法、拡散する波動を!」

 キィン、と光るケリュケイオンが、キャロの体にブーストを施していく。

 拡散する波動、それはフィールド上に存在する相手モンスター全てに対する攻撃を魔導師に強制する魔法だ。相手の攻撃対象にならない、というUruの効果すらも越える、絶対攻撃能力である。

 既に数十メートルにも達している、馬鹿げた大きさの斬艦刀。Uruへ向けて袈裟斬りに振り下ろした光剣は吐き掛けてくる蜘蛛の糸ごと断ち切っていく。

「超魔導烈波斬!!」

 轟音とともに大地が揺れ、衝撃がビル群を倒壊させていく。抗いつつも巨躯を叩き割られ、両断されたUruは消滅していった。地上に落ちたままの召喚獣達も衝撃波を受けて送還され、周囲を覆っていた結界も叩き割られていった。










 Uruの力が失われたためか繭もほどけ、中からルーテシアが放出される。

 倒れ込む寸前で抱きとめたキャロは急いでバイタルを確かめ、デバイスの示す検査結果にホッと胸を撫で下ろす。

「……魔力の枯渇で意識を失っただけか。外傷は……まぁ問題あるまい」

「姉さまーっ!」

 恐ろしく魔力が削られてはいるものの死んではいないことに安心したのも束の間、遠くから聞こえた声に視線を向ければ、ビルを飛び移ってくるエリオと背負われたティアナの姿が目に映った。

 すっかり存在を忘れていたことに気付きしばし状況を思い返すキャロ。どうやら他の戦闘も終結したようだった。その間に二人が傍までやって来る。

「エリオか。それと凡骨」

「凡骨っていうなぁっ! ふんっ、心配して損したわ」

 エリオの背中から降りつつ鼻を鳴らすティアナ。キャロの真似なのだろうか。

 見るまでもなく二人は手ぶらだ。戦っていた相手は一体どうしたのだろうか、と疑問に思うキャロ。

「機人達はどうした?」

「一応全員逮捕したわよ。シャマル先生とザフィーラに引き取って貰ったところ」

「そうか。ん?」

 さてこの後はどうしようか、と本部に回線を開こうとしたキャロの前に、勝手にモニターが出現した。誰が開いた訳でもなく、ましてや六課の専用回線でもない。

「なんだこのビジョンは……これはっ」

 薄暗い映像に目を凝らし、キャロはそこに映っている場所と人物に気づき目を見開いた。

 スカリエッティのアジトの最深部、まさにたった今捕らえられたフェイトの姿があったのだ。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

実際の所、地縛神に攻撃できるかどうかは偉い人に聞かないと分かりませぬ。因みにアニメ版。 答えてみろルドガー!

……一発ネタに追い付いた、と思ったら次で最終話。バトルフェイズと心理フェイズばかりなのは最後まで変わらない。



[36838] 「俺達の満足はこれからだ!」
Name: ぬえ◆825a59a1 ID:acc5787e
Date: 2013/05/05 03:23
 フェイトが立ち直りスカリエッティを逮捕したのもつかの間、新しい問題がキャロ達に降りかかってきた。

 ゆりかご内部の人員とは連絡が取れず、軌道上到達までに艦船団は間に合わず、スカリエッティのアジトには自爆プログラムが作動済み。どれ一つとして疎かに出来ない大ピンチである。

 スバルとティアナはバイクを駆ってゆりかごに侵入し、エリオはアジトに急行、そしてキャロはというとーー

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「全く……結局は火力か。戦術も何もあったものではないな」

 ミッド上空、浮上を続けるゆりかごをブルーアイズの上から眺めて一人ごちる。現存戦力の中で最大の火力を持っている者として、“実力で”ゆりかごの浮上を阻止・妨害することになったのだ。

 総隊長のはやてが氷結魔法へイムダルでも落とせばいい話なのだが、事はそう上手くいかない。彼女は現在指揮権を譲渡してゆりかご内にいるからだ。

 六課襲撃時には使えなかった転移魔法でエリオをアジトまで強制転送し、ブルーアイズを駆って飛んできたキャロ。見た瞬間にブルーアイズでは敵わぬと究極竜へリミッター解除したものの、これでも足りるとは言い切れない。

(一応奥の手は用意してきた、が……)

 離れた位置からでも感じ取れるゆりかごの放つAMFの強さに眉をひそめるキャロ。そうでなくとも大きさが違い過ぎるのだ、並の攻撃では何の意味もないだろうことは一目瞭然だった。

(いや、俺とブルーアイズに為せぬことなどない)

「ブルーアイズ、攻撃の準備だ」

 かぶりを振り、わき上がりかけた疑念をねじ伏せるキャロ。ブルーアイズは主の命に応え、チャージを開始した。三連の顎に集まっていく膨大な熱量に、ガジェットの掃討に当たっていた魔導師達が退避していく。

「退避、退避ーッ!」

 掠っただけでも並の者では落ちかねない、そう分からせるだけの魔力が込められた竜のブレスが、バチバチと放電を起こしながら溜め込まれる。

 そして。

「ブルーアイズ、アルティメットバーストォッ!」

 ドゥン、と空気を揺らがせて射出された三発のブレス。光の矢のようにゆりかごへと突き立ち、爆煙を上げる。





「……チッ」

 だが渾身の三撃は、やはり見た目通りに光の矢でしかなかった。表面を砕き内部をいくらか抉りはしたものの、全体からすれば無傷に等しい。

 単騎で落とせるなれば戦艦とて危険視はされない。戦力インフレを起こしていた古代ベルカ戦乱期においてすらロストロギア扱いされた聖王のゆりかごは、変わらず威容を保っていた。

 そして事態は悪化する。

 これまで無軌道に砲撃を放っていただけのゆりかごが14ある上部砲塔の照準を固定したのだ。その全てを、キャロとブルーアイズに定めて。

 ――ゾワリ、と体を襲うプレッシャー。それはなのはやフェイトと戦い、つい先ほど地縛神を屠ったキャロですら怖気が走るものだった。

 当たれば負ける、絶対に堕ちる、その直感に迷わず退避を選択するキャロ。

 次の瞬間。

「………………は?」

 そう漏らしたのは誰だったか。砲撃が集束し、射線上にいた数十のガジェットすら無視して放たれ、空へと突き抜けていった。塵一つ残すことなく。

 あり得ない。全員の胸を占めるのは同じことだった。ガジェットを破壊・融解させるに留まらず蒸発させてしまったのだ。

 生身で受ければどうなるかなど、考えるまでもない。

 恐慌状態へ陥りそうになる戦場。










「ふっふっふっふっふ……ハーッハッハッハッハッハ!」

 高笑いが響く。呆気に取られる魔導師達の視線の先には、一人の少女がいた。爛々と瞳を輝かせ、獰猛に哂うキャロだ。

 強大に過ぎる敵を前にして彼女の脳はフル回転している。現存する手札は何か、敵の手札は何か、どのような戦術を採るべきか、勝利するためには何が必要か、思考し続けている。

 すぐさまブーストを受け、高速で飛行するブルーアイズ。人龍一体となった二人は空中を自在に飛び回り、砲撃を避け続けていく。

 一般局員を退かせたためガジェットが自由になってしまうが、心配する必要もない。ゆりかごの攻撃で全て消えてしまうのだから。

「昂ぶる、昂ぶるぞ!」

 知略と精神を張り巡らせたギリギリの戦い、それが限界を引き出させているのだ。全身からアドレナリンを掻き出し、体の中の血液を沸騰させる。

 やがて砲門の存在しない後部に取り付いたキャロは、魔法に集中するべく足を止めた。ケリュケイオンがゆっくりと明滅し、周囲から魔力素を吸収し始める。

 キラキラと、キラキラと光の尾を引いて吸い寄せられていく魔力素。赤の、橙の、緑の、水色の、青の、数多の色に染まった魔力残滓が術者、目を閉じて集中したキャロの下へと集まっていく。

 他人の使用済み魔力残滓を回収し、自己の魔法運用に流用する集束スキル。それはキャロの教官、高町なのはが得意とする技術だった。大規模魔法を可能にするだけの魔力を得る手段の一つではあるものの、適性の低い者には不可能である。

 キャロもまた適性は低い。では現在、半径数キロにも及ぶ広域集束を行えているのは何故なのか。

『Double Spell, full driving』

 他人の技を使用可能とするコピー魔法、それがダブルマジックである。

『——The limit of the energy boost is near』

「ガッ……グ、う……ッ!」

 ただ他人の魔力は、そのままでは毒にしかならない。型の合わない血液を流し込まれるようなものであり、当然キャロの体を苛んでいく。体を引っ掻き回され、絶え間なく襲いかかる激痛に顔が歪む。

 ブーストを施しても限界はある。警告を発するケリュケイオン。だがそれでも、引き下がることなど出来なかった。

(ここは耐えろ、俺は人生のあらゆる困難に耐えてきた筈だ……!)

 ヴィヴィオを奪われ、ルーテシアを叩き潰し、フェイトに大言を吐いたのだ。その自分が、激痛程度で音を上げる訳にはいかない。こんな一時の痛みなど、これまでに経験した困難に比べれば如何ほどのものか。

 ブツリと唇を噛み締め、痛みと血の味で意識を保とうとするキャロ。周辺数キロに渡る残滓を根こそぎ奪い取り、集めた魔力をろ過して自分の魔力へと変換していく。

 だが集中のため身動きの取れないキャロを敵が見逃す筈もない。攻撃魔法を編むことも出来ない無防備な彼女にガジェット達が襲いかかる。

 少しでも余力を残しておきたい現状、障壁を張ることは出来れば避けたい。だが自分の盾になれと他部隊の人間に命令する権限がある筈もない。

 出来ることといえば集束を急ぎ、少しでも早く終わらせることだ。耐えるしかない、そうキャロは考えていた。





 だがそれは、彼女が一人で戦っていたならばの話。

「――――何ッ!?」

 殺到してくる数十、いや数百のガジェットの前に飛び込んできた魔導師達。彼らは一様にキャロに背を向け、彼女を守るように布陣していた。

 俺を補助しようとしているのか、だが何故。

 そう疑問に囚われたキャロに答えを与えたのは、その中でも一際、ガラの悪そうな男だった。

「見覚えないか? 俺達はその昔、お前と同じ部隊にいたんだが」

 一瞬唖然とし、その意味が理解できても猶キャロには訳が分からなかった。かつて渡り歩いた部隊での同僚、なのだろう。だから何だというのか。

 悠長に話している暇を敵が与える訳もなく、すぐさま始まる戦闘。編隊を組んで飛来するⅡ型に、遊撃的に飛び込んでくるⅠ型に、重量を生かして突っ込んでくるⅢ型に挑みかかる男達。

 多重弾核を作り、刀剣に付与を施し、AMFを切り裂き破壊していく。空域には機械の爆散した破片や塵芥が舞い、黒く空を汚していく。

 一見上手く立ち回っている男達。しかし敵の物量は圧倒的であり、一人、また一人と撃墜されていく。

「後は、頼みましたよ……」

「ごふっ……俺達の分も、頼みます」

 その光景に固まっているキャロを見て、彼女に及ぶ余波を障壁で防いでいる男達が笑った。そのような余力などないにも関わらず。

「全てが気に入らなかったよ。恵まれた資質、偉そうな態度、全部だ」

「覚えてないだろうなぁ……お前が引っ掻き回した部隊にいた、ただの凡人連中のことなんてよ?」

 そう言われても思い出すことなど出来ない。そのような連中は本当に多く、一人一人を覚える余裕などあの頃はなかったのだから。

 ただ自分の領域を守ることに精一杯で、力を付けることだけに専念していて。

 踏みにじった凡人達のことなど、気にも留めていなかった。

 だろうなぁ、と苦笑する男達。その反応がまたキャロには理解できない。馬鹿にされているのも同然な筈なのに、何故受け流せるのか。

「自分よりずっと年下の子供にいいようにやられて、現実を受け入れる余裕もなかったんだよ。嫉妬してたことに気付いたのはずっと経ってからだった」

「お前が居なくなってから思ったよ。涼しげな憎たらしい面を歪めて引き摺り下ろしてやる、認めさせてやるって。血反吐吐いて飛行適性身に付けたのだって、お前の鼻を明かしてやるためさ」

「……だがその頃にはお前は退役して社長様だ。ふざけるなと思ったね、俺達の怒りの矛先はどこに向ければいいんだ、ってな。お前みたいな生まれ着いての主人公には分かんねえだろ、脇役の気持ちなんて」

 主人公と脇役。自分を主人公だと言われてもキャロにはうろたえることしか出来ない。あの頃の自分が恵まれていたとは、今もなお思えないからだ。

 困惑しているのを見て取ったのか、男達は自嘲の笑みを漏らした。

「分かってるよ、ただの八つ当たりだってことぐらい」

「本当はそんな機会なんざ無い筈だった……だが何の因果かアンタと俺達はここにいる。俺達はアンタに届いたんだ……ざまあみさらせ、ってんだ」

 そう勝ち誇ったように言う男の顔には脂汗が滲んでいて、だがとても清々しい笑顔を浮かべていた。

「クソッ……ったく、やっぱ主人公にはなれそうにねぇなぁ!」

 一人、堕ちていく。

「悔しいなぁ……頼んだぜ社長様」

 また一人、堕ちていく。

「証明してくれよ、俺達みたいな脇役にも意味はあったんだって」

 力尽きて、堕ちていく。苦しい筈なのに清々しい表情のままに。

 ――ギリ、と歯軋りが鳴る。胸に渦巻く感情が、出口を求めて暴れていた。

「……一つ、思い違いをしている」

「あ?」

「なんだよ、社長様」

 少なくなってしまった男達に、キャロは声をかけた。この局面を乗り切るだけならば不要、だが彼女が決闘者であればこそ彼らに伝えないという選択肢はなかった。

「自らの信念に従い死力を尽くす者、それを決闘者と呼ぶのだ」

 強さ弱さはあれど、そこに貴賎はない。己の信念を貫く者は、その誰もが主役なのだから。

「あの男達には、戦う者から迸る熱き鼓動があった。それは間違うことなきデュエリストの証」

 撃墜されていった男達がいる筈の、地上をキャロは見やった。彼らにも又、届くように。

 散って行った者達は決して脇役などではない。限界を超えて命を燃やした姿を見て、誰が脇役と揶揄できようか、その生き様を無駄と評せようか。

 彼らの一人一人が、どうして主役でないなどと言えようか。

 僅かに残った魔力を全て、かき集める。ここでやれなければ意味がないのだ。これまで積み上げてきた全ての人々の戦いが無に帰すのだ。

「見ていろ、俺は常識を超越する!」

 集めきった魔力のことごとくを変換し終えたキャロ。男達を置いてブルーアイズを駆り、ひたすらに天上を目指して飛翔していった。

 目指すは、宇宙。










 彼女は何の目算もなく宇宙を目指した訳ではない。そこには彼女にとっては確固とした、他人からすれば唖然とするであろう理由が存在する。

「二つの月の魔力を受けて本来の力を取り戻すだと?」

 首都決戦の後、聖王のゆりかごについて無限書庫での調査をしていたユーノからの報告の中にあった、ゆりかごが軌道上を目指す理由を聞いたキャロは思わず問い返していた。

 魔力を利用した機械はそれこそ掃いて捨てる程ミッドには存在する。だが月の魔力は長年、何の役に立っているのか不明というのが常識だったのだ。

「あくまで文献での情報だけど、ゆりかごの運用には特殊な魔力が必要なんだ。そしてそれがあの二つの月にも当てはまる」

 他にも該当する事例は存在するのだろうが、最も身近な所にあったのがあの月なのだ、という考察らしい。地上への精密爆撃や他世界への次元跳躍攻撃すらも可能になるというのだからまさに悪夢である。

 一旦ゆりかごが力を取り戻してしまえば、その後に艦隊が到着したとしても意味は無い。近づく前に殲滅され、万一近づけたとしても火力は未知数。虎の子のアルカンシェルですら撃ち負ける恐れがあるとなっては皆が青ざめるのも当然である。

 しかしキャロの心を占めているのはそんなことではなかった。

「軌道上に行けば魔力が手に入るのだな?」

「え? ああ、うん。でもかなり特殊だから運用方法も未発見なんだけど」

「つまり、運用できればゆりかご級の力を得られる……ということだな?」

 その問いに頷きかけて、停止するユーノ。相手が何を考えているか分かってしまったからだ。

 あまりにも危険すぎる、当然止めようとしたが。

「……繋がらない」

 その頃にはもう、キャロは回線を遮断してしまっていたのだった。人の話は最後まで聞かずに全速前進、それが彼女らしさである。

 そうして膨大な魔力をかき集め、ブルーアイズと共に向かった衛星軌道上。周囲を防護フィールドで包みながら、キャロは宇宙から見たミッドチルダに感嘆する間もなく魔力を集め始める。

 真っ黒な宇宙に浮かぶ、二つの月。それを包むベールのような魔力を自分へと引き込みながら、ミッドチルダで集めた魔力を使って変換していく。

 運用方法の確立していない未知の魔力をどのようにしたら使えるようになるか、その問いにキャロが出した答えはまたしても常識に喧嘩を売る代物だった。

「宇宙の意思の波動を受けて新たな力を生み出す。この壮大なプロジェクトに、貴様らの魔力を使ってやる!」

 即ち、力技である。

 膨大な魔力を以って異質な魔力をねじ伏せる、あまりにもあまりな解決策。単純ではあるが、キャロは本気でソレを成し遂げていた。

 それもこれもブルーアイズの最後のリミッターを解除するために膨大な魔力が必要だったからだ。兵器級のエネルギーを得て、キャロはブルーアイズを究極進化形へと昇華させる。

「ベルカの遺物よ、この国を、この世界を貴様の好きにはさせん! 今こそ力を解き放て、ブルーアイズッ!」

 膨大な魔力と究極竜を媒介にすることにより、更なる力を手に入れるブルーアイズ。焼き尽くさんばかりの光が漆黒の宇宙を白に染めていった。

 ――やがてゆっくりと現れるブルーアイズ。その姿は、どこか近未来的なフォルムをした白竜だった。

 光り輝く白き竜、首は一本だが究極竜よりもポテンシャルは高いとキャロには分かっていた。そしてその名前を呼ぶ。

「いくぞ、ブルーアイズシャイニングドラゴン!」

 轟、とあがる咆哮が耳に心地よい。溢れる力がそのままに伝わってくるのを嬉しく思いながら、キャロは第一の効果を発動させた。

 キャロが集束した、周辺一帯で使われた魔力の残滓。それはゆりかごに相対し立ち向かった、名もなき一人一人のデュエリスト達の戦った証である。

 敗れて散っていった者達の魔力を、心を、魂を受け取ることでシャイニングドラゴンは強さを増す。元々の攻撃力は白竜状態と変わらずとも、力を受け継いだ今は桁が二つは違う。

 その魔力量を感知したのだろう。遥か下方よりゆりかごにエネルギーがチャージされ、砲撃が放たれる。それは先ほどの直射砲よりも更に強い、集束砲だった。

 だがそれを前にしてもキャロは動じず、第二の効果を発動させる。

「無駄だ、シャイニングフレア!」

 ゆりかごの集束砲をブルーアイズは強固なバリアで弾き、無効化した。そこには先ほどまでの危なげな様子などはなく、究極竜と比較しても格段に強化されていることが分かる。

 チャージを終えるブルーアイズ。キャロは右手を天に翳した。

「人生こそゲーム、俺の未来は貴様などに踏みにじられはしない! 俺がゲームにかける夢は殺人兵器などに負けはしない!」

 ゆりかごを睨み、手を振り下ろす、狙うは大火力によるゆりかごの撃沈。

「消え去れ古代ベルカの亡霊、シャイニングバーストォッ!!」

 ドォン、と大気を割って放たれたバーストストリームがゆりかごに着弾する。その衝撃で艦体が揺れ、遂に上昇が停止する。

 だが。

「これでも、押し切れぬか……っ!?」

 落ちない。強化した視界の中、ゆりかごはAMFを強化しブレスを分解することで攻撃を緩和し、衝撃を減らしている。

 上昇を抑えることは出来ても、落とすことは出来ない。その状況にキャロは歯噛みした。

 ブレスを放ち続けるのにも限界が存在する。いずれ息切れを起こし、再び上昇を開始してしまう……それでは意味がない。

「俺はやっと、やっと過去にケリを付けられるのだ。その邪魔をすることは何人たりとも許さん!」

 ここでゆりかごを落とすことこそが、真の意味で過去の清算となるのだから。自分の残り少ない魔力すら譲り渡し、キャロは第三の、最後の効果を発動させる。

 その巨躯の彼方此方から光を散らし、自ら魔力暴走を引き起こすブルーアイズ。自滅ともいえる自殺行為を命じられ、だがブルーアイズは退かない。

 周辺から集めた数百人分の魔力残滓と月の魔力、ブルーアイズ自身のエネルギー、そして主人であるキャロの魔力が暴れまわり、荒れ狂う。その暴走をブルーアイズは助長し、加速させ、解き放った。

「喰らえ……シャイニングノヴァ!!」

 巨大隕石が落下したのか、そう見紛う程の奔流が大気圏に突入する。発熱と共に轟音をたててゆりかごに着弾すると同時、空を白い閃光が焼いた。

 膨大なエネルギーが反応炸裂を繰り返す中、徐々に皹が、亀裂が増えていき、やがてゆりかごは艦体を中央から真っ二つに粉砕される。

「絶対破壊能力、シャイニングノヴァ……これが白き竜の力、結束の力か」

 目の前で起きた事象のスケールの大きさに、流石のキャロもしばし呆けてしまう。出来ても精々地上に落下させる、或いは押し戻す位だと思っていたからだ。

(……というか中にいる連中は大丈夫なのか?)

 破壊自体は非殺傷設定で行ったため人間を巻き込んで塵一つ残さないということはない。ゆりかごが崩壊したのは建材を支えていたエネルギーが一気に消失したことによる自壊が原因である。

 だが今現在ゆりかごは両断されて落下中であり、脱出できなければかなりの衝撃が彼らを襲うことだろう。

 最悪受け止めるか、そう考えて急ぎ大気圏に突入したキャロ達。

 と、眼を凝らす先で断面から見慣れたウィングロードが伸び、バイクを駆るティアナとスバルの姿が見えた。どうやらなのはやはやて達も一緒にいるようだ。

「……全く、人騒がせな連中だ」

 あの様子ならば手助けは無用だろうと判断し、進路を変更するキャロ。通信で流れてくる罵詈雑言の数々を聞き流しながら、ブルーアイズを駆り空を舞う。

 シャイニングノヴァが全てを吹き飛ばした空はひたすらに透明で、どこまでも飛んでいけそうな、そんな気がした。










 ――――それから三年後。

「社長、お電話です」

「ああ」

 首都クラナガンを見下ろす大企業。その最上階にある社長室にてキャロは通信を受けた。

「何の用だ?」

『あれ、忙しかった?』

 モニターへ大写しになったのはスバルだった。土曜の午後ということでプライベート通信を送ってきたのだろうが、生憎とキャロは仕事中である。

 というのも六課解散後、ルシエコーポレーションは新たな事業、アミューズメント分野に進出したからだ。既にオープンしたものが二つ、直に建設を開始するものが一つ、するべきことは幾らでもある。

「当たり前だ。次から次に新しい案件が飛び込んできて休む暇もないわ……」

『ティアがミッドに来てるから明日集まろうかって思ってたんだけど』

「……と言いたい所だが問題ない。明日は休みだ」

 前言撤回。その言葉に慌てている磯野を視界から追い出し、実に一年半ぶりの休暇をとる決意をするキャロ。前に休んだのはティアナの執務官合格の時だ。

 スバルとの打ち合わせを済ませ通信を終え、キャロは早速山積した仕事に戻る。





 ――次元世界青眼ランド計画、それが事業の名称だ。あらゆる主要世界にアミューズメント施設を建設し、親のいない子供達が無料で遊べるようにすることを目指した計画は、既に実行段階である。

 ジェットコースターやショーシアター等のアトラクション、バスやレールウェイ等の交通を始めとしてあらゆる物をブルーアイズで埋め尽くし……ブルーアイズ以外にもトゥーンドラゴンや青氷の白夜龍といった関連キャラクター像が彼方此方に建てられている。

 第一弾はブルーアイズランド。地縛神Uruにより崩壊した北部廃棄都市区画を買い上げて建設した、破格の規模の郊外アミューズメントである。

 第二弾はブルーアイス・マリンガーデン。ミッド南部にオープンさせた、水や氷がテーマの海上アミューズメントである。

 そして第三弾、ミッド以外で初となる青眼ランド建設地に選ばれたのは無人世界カルナージだ。ルーテシア達が保護観察を終え次第、マウクランから引っ越す予定の無人世界である。

 ……一個人の持ち龍をモチーフにした遊園地が果たして流行るのか、早晩赤字で潰れるのではないか、という悲観的な事前予想はあったものの、結局は事前のままに終わってしまった。

 というのもJ・S事件におけるキャロとブルーアイズの戦いの模様が、次元世界中に放送されていたからだ。地上本部壊滅に始まる未曾有のテロへの注目度は高く、どれだけ規制しようと映像や情報は流出する。ましてや市街地や上空での戦闘ならば言うまでもなかった。

 十歳の少女が超魔導剣士になり、飛龍が進化し、強大な敵を倒す姿。ヒーローに憧れる子供達のみならず大きなお友達まで惹きつけた話題の的が実体化するのだ。流行らない訳がなかった。

(第三弾のキャラクターは……なんだこれはっ!?)

 新キャラクターを募集し決定するのも社長の大事な仕事だ。一つ一つ目を通していたキャロだったが、とあるキャラクターを見て脳裏に電撃が走る。

 描かれていたのは白髪の女性だ。長く伸ばした白銀の髪に白い肌、青い目をした少女が、白竜の傍らで微笑んでいる。

 青き目の乙女、シンプルにそう銘打たれたソレに、キャロは心を撃たれたのだった。どこかで見たことがあるような、懐かしい感覚に身を任せて磯野を呼びつける。

「磯野、このデザイナーにアポイントを取れ。今すぐにだ!」

「は、ハイッ!」

 慌ただしく動き出す磯野に準備を任せ、つとマウンテンコーヒーを口に運ぶキャロ。一面ガラス張りの壁から見える首都の空は、抜けるように青い。





 ――新暦78年、夏。世界は概ね平和であり。

 社長少女も……まぁ、概ね幸せそうである。



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 翌日にはマリアージュ事件が勃発しマリンガーデンが燃え盛るのは、まぁ海馬社長のお約束。他に『キャロ社長』の小説が見当たらなかったため、シナリオは敢えて王道風にした部分もあります。色物は他の人に任せるよ。

 続編は調子に乗ったらあるかも……その前にドロー力ならぬ執筆力を鍛えねばなりませんが。

 これにて“ぬえ”の綴る『キャロ社長』はひとまず終了、お読み頂きありがとうございました。

 √A〜粉砕・玉砕・大喝采〜、完


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