「やっぱさ、イエロー先輩って癒しだよな」
「……肩書の話か?」
ジョウトのある昼下がり。ワカバタウンのポケモン屋敷と呼ばれる民家のリビングで、そこの一人息子のゴールドと、居候のシルバーはのんびりと過ごしていた。
怠惰に過ごしているように見えるその実、彼等は名うてのポケモントレーナーである。
図鑑所有者。権威ある教授から、ポケモン図鑑を受け取り旅に出た子供はいつしかそう呼ばれるようになった。彼等はトレーナーとしての天賦の才があり、またその度の最中で強大な陰謀と立ち向かう。まるで意図して選ばれた訳でもないが、不思議とそういう運命に巻き込まれていくのだ。
このジョウト地方には三人の図鑑所有者が居り、そのうち二人がこのゴールドとシルバーである。
また、図鑑所有者はその特徴から二つ名をつけられる事がある。例えば、『孵す者』ゴールドや、『換える者』シルバー。会話に出てきたイエローもそのひとりであり、彼女は『癒す者』の二つ名を与えられたトレーナーである。
その話題を振ったゴールドは、しかししたり顔でいやいやと否定した。
「そうじゃなくて、なんつーの、女の子的な可愛さっつーの? 側にいるだけで和むわ、って感じの」
「くだらん」
実に楽しそうな口調のゴールドを、シルバーは一言で切り捨てる。しかしそれもゴールドは気になどしない調子で話を続けた。
「だって考えてみろよ他の面々。クリスなんかあの生真面目っぷりで、仕事となりゃ『捕獲します!』っておっかねーし、ホウエンの野生児ギャルなんかまず荒っぽそうだし」
クリス。クリスタルという彼女は、ゴールド、シルバーと肩を並べるジョウトの図鑑所有者であり、二つ名は『捕える者』。
野生児ギャルというのはゴールドが付けたあだ名であり、本名はサファイア。ホウエン地方の図鑑所有者である。ちなみに、ホウエン地方の所有者には未だに二つ名は付けられていない。
「まだブルー姉さんが居るだろう」
なかなかなー、と述べるゴールドに、シルバーは仏頂面でけれどしっかりと言葉を挟む。
ブルー。イエロー含むカントー地方の四人の図鑑所有者の内の一人であり、またとある事情から彼女はシルバーとは姉弟のような関係である。『化える者』の二つ名をもつ。
言われ、ゴールドはふむ、と頭を捻る。が、出てきたのは溜息だった。
「ブルーの姐さんはなー」
「なんだ、文句があるのか? 女性的だろう、姉さんは」
興味なさそうな先ほどの様子から一転して、おざなりなゴールドにシルバーは憤慨して見せる。慌てて、まあ落ち着けと宥めるゴールド。
「確かに姐さんは女っぽい。つーか女っぽ過ぎる。ありゃああれでおっかねーって。気付かぬうちに掌で転がらされてそうだぜ。確かにキレーかもしんねえけど、癒されるかっつったら小動物系のイエロー先輩じゃねえのって話だよ」
「……姉さんだって十分癒される」
「ほー。そうかねえ」そりゃオメーだけだと言う言葉をゴールドはしっかりと飲み込んだ。少なからずシスコンのけのある友人を下手に刺激するのはやめておく。
そんなゴールドの内心を知ってか知らずか、シルバーはそれに、と言葉を続けた。
「イエロー先輩がたんに小動物系という評価は、如何なものかと思うがな」
「んだよ、姐さんを却下したからってけち付けんなよ。どう見ても可愛い系じゃねえか。慕われてるレッド先輩がチビっと羨ましいくらいだろ」
「あの人は、ワタルさんと一対一で死闘を繰り広げた事があるそうだ」
「……マジで?」
ゴールドに脳裏に甦るのは、先日の騒動の始まりに、とあるカイリューと対峙した時の出来事。その時のカイリューは相当鍛えられてあったが、本調子でない事もあって制する事が出来たものの、その辺りの事情からそのカイリューの本来のトレーナーと、その手持ちポケモンについては色々と調べていた。調べるほどに本当におっかないトレーナーだと再確認させられていたのだ。
そのトレーナーこそ、一時カントーのチャンピオンを名乗っていた男、ドラゴン使いのワタルである。
方やイエローと言えば、小柄でポニーテールの似合う見るからに可愛らしい少女である。戦うのは苦手だし、得意ではないと言っていたが、まあそんな所も女の子っぽい点でありプラスだろうとゴールドは思っていた。普段からとても優しく穏やか少女であるためにそんな言葉も上辺だけでないと分かるのもある。
「勇ましかったらしいぞ。腕折れてもなお闘士は砕けずに、雄叫びをあげ真っ向から向かっていったと」
「すっげ……すげえけど、マジかぁ……」
そんなゴールドのイメージに、シルバーの言葉が新たな一面を書きたしていく。予想外にも程がある一面だ。勿論、それで印象が悪くなるという事などはないが、それでも結構な衝撃だった。
当り前だろう、とシルバーは憮然とした表情で言う。
「図鑑所有者の定めとでも言うべきか、皆、巨悪と戦う為に激闘を潜りぬけねばならなかったんだ。立ち向かう為の強さの一面を持っていない訳が無いだろうに」
図鑑所有者が戦ってきたのは、いずれも激戦であった。どの相手も、広い地域を揺るがそうと言う大悪事を目論んでいたので、必然的にそうなっていったのだ。そんな中、最後には勝利してきたのもまた、図鑑所有者たちであった。
トレーナーとしての手腕だけではない。折れずに只管抗い続けた故の勝利だったのだ。
「そりゃ分かってるけどよー。あー、今度後輩が出来んならやっぱ可愛い子が欲しいよなー。お淑やかな、可愛い系の。深窓のお嬢様って感じとか」
「ふん、分からんぞ。ジムやフロンティアなんかを片っ端から攻略していくような娘かもな。……おい、そろそろだ。リモコンを貸せ」
「うわー、ありそーだなおい。……あいよ。好きだねーお前も。元ネタなんてよーく知ってるだろうによ」
「これは凄いぞ。タウリナーΩは良いものだ」
「はいはい」