<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[35616] 【習作】 機動戦士Zガンダム 星を追うひと 【拙作リメイク】
Name: ア、アッシマーがぁぁ!!◆996184ac ID:5f18bd3d
Date: 2013/11/23 04:07
この作品は、拙作「ZガンダムにNTLv9の元一般人を放りこんでみる」のリメイクになります。



薄暗い部屋の中で、一人の少女が目を覚ました。
幾重ものコードが繋がれたシリンダーに満たされた、培養液の中に浮かべられながら。
最低限の照明と、数々の計器のディスプレイの明かりのみで照らされた部屋。
その室内で、数人の研究者たちが歓声を上げた。

「被験体NT-007、意識が覚醒しました。排水開始します」
「やったか……!」

コポコポと液体が音を立て、シリンダーから抜けていく。
研究者たちは自身らの技術の粋が形になった感動に胸を打ち震わせる。
少女は、ただそれを無機質な瞳で見詰めるのみであった。

「NT-007、気分はどうかね?」
「………だれ」
「私はここの所長だ、つまり一番偉い人ということさ」

この研究所の責任者である初老の男は、少女へ話しかけた。
白だ。この少女を一言で表すならば、まさにそう表現するのが正しいだろう。
一糸まとわぬ身体は白磁の様に透き通った白さで、腰まで伸びた髪は降り注ぐ雪のようだ。
感情を一切感じさせぬその瞳だけが、まるで空を凝縮したようなネイビーブルーの深い輝きを放っていた。
男は少女に、私の言っている言葉が分かるかね。と問いかけると、少女は一つ小さく頷いた。

「そうか……では、ニュータイプという言葉の意味は分かるかい?」
「にゅー、たいぷ?」
「君のことだ。人類の革新、人の可能性。我々がこれより歩む先の道しるべとして生まれた最高のニュータイプ。
それが君だ、NT-007」
「…………人の、可能性」

空虚な言葉だ。少女に一人前の自我があったのなら、そう思っただろう。
ありもしない偶像を信仰し、それに祈りを捧げながら宙へと手を伸ばし、救いを求めて藻掻き、足掻く。
それは旧い人間オールドタイプの在り方だ。宇宙に進出した人類の――――人の革新ニュータイプを求める者のすることでは、断じて無かった。
白い少女が白衣の男たちを見上げる瞳は、どこか虚しい物を見るかのような哀れみがあった。








「ティターンズ出資の秘密研究所が見つかった?」
『はい、クワトロ大尉。詳細までは分かりませんが、かなり非人道的な研究を行うニュータイプ研究組織の様です』

通信機越しの報告に、クワトロ・バジーナは眉を顰めた。
ニュータイプは、かつてサイド3がジオン共和国となった時、初代首相ジオン・ズム・ダイクンによって示唆された人類が進化した存在だ。
宇宙に適応することで拡大した認識能力によって、人々は皆わかり合える。ダイクンはそう言った。
しかし現実では、ニュータイプは軍隊において非常に優れた兵士として利用されている。
一年戦争という最悪の大戦が終結した後でもこうして、人の尊厳を無視した非道な行いが続けられる程に。

「ムラサメ研究所の様な強化人間を研究している所とは違うのか」
『…それがどうも、研究者たちが旧公国のフラナガン機関の生き残りらしいのです」

フラナガン、と聞いたクワトロの顔に驚愕が浮かぶ。
フラナガン機関。旧ジオン公国軍少将キシリア・ザビが設立したニュータイプ研究の始祖ともいえる場所だ。
ニュータイプ研究と言えば、今でこそ普通の人間に超感覚的な直感力を付与する事が主流となっている。
しかしフラナガンは、先天的な資質を認められたニュータイプたちの能力を開発し、発展させることを目的とした機関だった。
クワトロ――否、シャア・アズナブルにとって最も深い傷として残っている少女。ララァ・スン。
恐らく後にも先にも現れる事の無い、最高の能力をもったニュータイプ。
彼女がその適正を認められ、力を発揮したのもフラナガン機関だ。

「分かった、私が出よう。アポリーとロベルトも同行させる」
『よろしいのですか?時期が時期だけに、アーガマもあまり大っぴらな戦闘は難しいとは思うのですが』
「構わん。地球に降りる前に、後顧の憂いは絶っておくに越した事はない。それに――」

自身の理想であるニュータイプを俗人たちの玩具にされるなど、クワトロにとって許せる物ではなかった。
それにフラナガン機関。ザビ家の遺物が未だ世に残っているというのなら、それを潰すのは自分の役目だ。
公国軍のシャア・アズナブルとして、ザビ家への復讐者キャスバル・レム・ダイクンとして。
キシリア・ザビの妄念など、この世に一片たりとも残して置く気などない。

『大尉?』
「――いや。なんでもない、任務には関係のない事だ」

かつて夢見た、ニュータイプの世界。
自分の理想そのものだったララァは死に、可能性を感じたアムロはその類稀なる才能故に最悪の敵となった。
夢は所詮、夢でしかない。
父ジオンの掲げた思想はザビ家によって地に堕ち、独裁政権による選民思想の方便に成り下がった。
そのザビ家の亡霊であるデラーズは歴史を繰り返し、再び地球にコロニーを落とした。
あるいは真のスペースノイドの国になりえるかと思ったアクシズも、所詮はザビ家の怨念に囚われた愚物たちの巣窟だった。
そしてコロニーの指導者たるダイクンの名を継ぐべき自分は、流れ流れて連邦軍士官の名を名乗る始末だ。

「…ままならない物だ」

だが、その一方でまだ諦めきれない自分がいた。
重力の束縛から開放され、誰もがニュータイプになれる世界。
もう幾度も諦めかけている自身の夢を体現する誰かと、また再び相まみえる事が出来るのではないかと。
らしくもない考えが、頭を過った。






件の研究施設は、廃棄処分されたと偽装されたコロニーの中にあった。
エゥーゴの新型MSリックディアスを駆り、コロニーに侵入したクワトロは眼下に立ち並ぶ廃都市を見やった。
打ち捨てられたビル群の中に、一つだけ照明の明かりの灯された物があった。

「アレですね。資料の中に在った物とも一致しています」

クワトロの赤い機体に随伴する黒いリックディアスに乗るのはアポリー・ベイ。
優秀なパイロットであり、クワトロが最も信頼する部下の一人である彼は呟いた。

「しかし、何故ティターンズはこんな所を研究所なんかにしたんですかね?奴らならこの手の施設は地球に作りそうな物ですが」
「彼らがフラナガン機関だからさ」
「はあ。スペースノイドだからですか?」

クワトロの言葉に、アポリーは首を傾げた。
確かにティターンズの人間の妄信的なアースノイド至上主義は周知の事実ではある。
彼らが『宇宙人』と蔑むスペースノイドを地球の土地に住まわすのを嫌ったというのは、解らない話でもなかった。
だが、そのアポリーの考えにクワトロは「いいや」と首を横に振った。

「ティターンズではなくフラナガンがここを望んだのだろう。連中は宇宙がニュータイプという種を生み出す土壌だということを知っている」
「奴らにとっては、この馬鹿でかい棺桶に地球のリゾート以上の価値があると」
「だろうな。余人には得てして理解し難いのが研究者という人種だ」

アポリーの下らないジョークに、クワトロは薄く笑みを浮かべた。
そうしてクワトロとアポリーが機体を廃都へと進めていた時だった。
リックディアスのレーダーが熱源を察知し、アラートを鳴らし始めた。

「大尉!熱源1、MSが出てきたようです!」
「一機だけ?だとすると防衛部隊ではなく研究用のサンプルか……?」

警戒するクワトロたちの眼前に、一つの機影が現れた。
出てきたのは濃紺色に染め上げられたジムタイプのモビルスーツ、ジム・クゥエル。
ティターンズ結成当初に象徴的モビルスーツとして開発された経緯を持つそれは、既に一線を退いた機体だ。
それは旧式となったからなのもそうだが、何よりジム・クゥエルの設計思想に問題があったからである。
ゲリラ鎮圧を想定したクゥエルは、コロニー内での戦闘を主眼に置いているために、出力が抑えられている。
それは宇宙戦を始めとした空間戦闘での不利を意味し、ひいては対MS戦闘での不振という致命的な結果をもたらした。

「敵モビルスーツを叩く。アポリー、分かっているな!」
「先行したロベルトが施設を抑えるまでの時間稼ぎですね。了解です、大尉!」

ジム・クゥエルをリックディアスのメインカメラに収めたクワトロは、機体のバックパックにマウントされた
ビーム・ピストルをディアスのマニュピレーターに掴ませた。
原則として戦闘レベルの出力のビーム兵器はコロニー内に置いては使用不可能ではある。
しかし、それは民生用コロニー内の建造物損害を考慮した場合であり、加えてビーム自体の出力に制限をかければ考慮すべきはMS破壊時における誘爆のみだ。
クワトロの赤い機体が続け様に3射ビームを発射すると、危なげな機動でジム・クゥエルは廃ビルの物陰へと隠れた。

「あのパイロット、慣れてないのか……?一気に畳み掛けるぞ、アポリー!」
「了解!」

アポリーのディアスは携行していたクレイバズーカを構えると、ビルへと向かって引き金を引いた。
放たれた砲弾が接触すると同時に吹き上がる爆炎。轟音と砂埃を巻き上げながらビルは倒壊した。
吹き荒れる衝撃と爆炎に、ジム・クゥエルは堪らずスラスターを吹かしその場から離れた。
煙幕と化した砂埃の中にクゥエルの影が映ったのは一瞬の事であった。しかし今ここに居るのは百戦錬磨の熟練兵と、あの『赤い彗星』だ。

「貰ったぁ!!」

その機影を捉えたアポリーが、機体のスロットルを全開にし、ジムへと肉薄する。
構えたバズーカを投げ捨て、背部から抜き放ったビームサーベルを振りかぶる。相手の操縦の隙を付く早業だ。
ジムのパイロットが反応する間もなくそのまま機体を真っ二つにされると確信しての、アポリーの一撃だ。
…………しかし。

(――――――ッ!)

次の瞬間に撃墜されるであろうジムに対し、クワトロは強烈な悪寒を感じた。
本能が警戒を鳴らす程のプレッシャー。クワトロがこの第六感的な感覚を覚えるのは、初めてではなかった。
以前にも感じた事がある。そうだ、あれはア・バオア・クーでの――――――

「下がれアポリー!罠だっ!!」
「な、なにぃっ!?」

上段から袈裟斬りに振りぬいたディアスのサーベルが、ジムをすり抜けた。。
否。そうではなく、そう見える程に直前にとった回避行動によって、あたかも攻撃がすり抜けたかの様に見えたのだ。
ジムのパイロットは攻撃を察知してから高速旋回によって機体を半身にズラし、慣性に流される機体を制御しつつサーベルを抜き放った。

「う、うわぁ!!」

放たれた一撃が、アポリのディアスの片腕を薙ぎ払った。
サーベルの粒子が、肩口から腰部のスカートまでを焼き切り、発生したプラズマは衝撃となってディアスを後方へと吹き飛ばした。

「無事か、アポリー!」
『ぐっ、すいません、大尉!』
「完全にしてやられたか……!」

予想外の事態に、クワトロを動揺を隠せずにはいられなかった。
ただの不慣れなパイロットだと思っていた敵が、今では身震いするような存在感を放ってそこにいる。
先程の回避、驚くべきは操縦技能ではなく0.01秒の世界での察知、予測、思考を可能とする人間の常識を遥かに越えた反応速度だ。
ああいった事が出来るパイロットがいることは、クワトロはよく知っていた。
知っていたからこそ驚愕しているのだ。かつて感じたザラついた感覚が、クワトロの意識を掻き乱す。
間違いない、ニュータイプだ。しかもアムロ・レイやララァ・スンに匹敵する程の!

「アポリー、引け!奴の相手は私にしか出来ん」
『しかし、大尉!』
「どの道その機体では無理だ、ロベルトの援護に回れ――――行け!」






ジムを正面に捉え、赤いリックディアスはビームサーベルからの攻撃を次々と放つ。
ジムの戦いは、操縦技術そのものには特筆すべき物は無い。
むしろMSでの戦闘技術全体でみれば、機体制御以外の射撃や格闘という分野は並以下の新兵レベルだ。
しかし、倒せない。エゥーゴのクワトロ・バジーナが、あの"赤い彗星"が。
ただの一度も有効打を与えられずにいる。それどころか、クワトロ本人は圧されるような焦燥感すら覚えていた。

「ちぃっ――――またか!」

次の行動に入ろうとした時に、ジムはそれを予知したかのような絶妙なタイミングで懐に入り込んでくる。
辛うじてジム・クゥエルの一撃をサーベルで切り払うものの、依然として戦況は膠着している。
バルカンを放つ、それをジムは見越していたように、危なげなく避ける。
射線から逃れたジムはそのままサーベルを構え、クワトロ機へと肉薄する。

「くっ、なんだ……!?」

疾走するジムはマウントしていた盾とライフルを投げ捨てると、サーベル一本でリックディアスへと向かってくる。
クワトロの視界の中でその濃紺色のジムが、白い双眼のモビルスーツ姿と重なった。
白い機体、ガンダムが振り抜いたサーベルをクワトロの機体はすんでの処で躱し、相手へ体当たりすることで難を逃れた。
衝撃で揺れるコックピットで、クワトロは幻覚を振り払うように頭を振った。
もう一度目の前を見れば、そこに居たのはガンダムではなくジム・クゥエルだった。

「呑まれているというのか、この私が……!」

ありもしない幻を見るなど、自分の不甲斐なさにクワトロはいっそ苛立ちすら覚えた。
感じる強烈なプレッシャー。ニュータイプなのは確かだ。
だが、やはりアムロではない。ララァであるはずがない。
信じがたい事だった。彼らと同等の力の持ち主が、こんな宇宙の片隅に居たなどと。

「だがっ…!」

目の前のパイロットは危険過ぎた。なんとしてもここで決着を付けねばならないだろう。
拙い操縦は未熟さの証だ。放っておけば、目の前の敵は本当にアムロと同じ程のニュータイプとして覚醒してしまうだろう。
クワトロはリックディアスのスラスターの出力を限界まで引き上げ、目の前のジムに組みつかせた。

「いくらレスポンスが高かろうと、パワーの差まで覆せまい!」

重モビルスーツであるリックディアスの利点を、最大限に利用する。
どれだけ超常的な反応速度を持っていたとしても、所詮相手はジムタイプ。
エゥーゴの新型であるリックディアスとの性能差は歴然であり、さらにパイロットは未熟だ。
そこに付け入る隙があった。

「……こ、のっ!」
「子供、なのか…?」

直接触れ合った機体から、相手のパイロットの声が伝わる。
まだ幼い、少女の声。戦闘中だというのに、クワトロの思考は一瞬真っ白になった。
その一瞬を抜け目なく見抜いたジムがディアスを振り払い、跳躍しながら上空へとスラスターを吹かして逃げる。
しまった、と思った時にはもう遅い。
跳躍したジムは先程捨てたライフルを拾い上げ、此方に向かい引き金を引こうと構えた。
終わった、そう思った瞬間だった。ジムの後方にあった、研究施設が爆発した。
それに気を取られたジムの動きが、一瞬止まる。

「おおおお!!!」

武器を構えている暇などない。
リックディアスの脚部で、ジム・クゥエルのコックピットを直接蹴り上げた。
吹き飛ぶジム・クゥエルは路面を抉りながら地べたへと倒れこんだ。
パイロットは意識を失ったらしく、起きあがる様子はなかった。

「大尉、御無事ですか!?」
「ロベルトか!」

通信機から、クワトロが待ちに待った声が聞こえる。
施設からは炎と黒い煙が立ち上っていた。






施設内にいた研究員は、アポリーとロベルトの両名により残らず縛り上げられた。
もう何年もろくに手入れのされていないであろう埃っぽい研究室で、クワトロは怒りを押し殺していた。
その手にあるのは今ここで押収したばかりの研究資料だ。
倫理を無視した非道な実験、違法薬物の使用。此処は、エゴを剥き出しにした人間の悪辣さを体現したかのような場所であった。

「貴様ら、一体何の権限があってこんな真似を!」

ここの研究所の責任者である初老の男が、怒声をもって怒りを顕にした。
クワトロの絶対零度の視線も意に介さず、男は掛けられた手錠を外そうともがいた。
その往生際の悪さに、クワトロは男の不様さを蔑む気持ちを抑えられずにはいられなかった。。

「私の研究がどれ程の物か貴様らには解るまい!人類の革新、人類の未来。NT-007こそが世界を導く真のニュータイプだと、今に誰もが知る事になるというのに!」
「ニュータイプは、お前たちのような俗物が私欲の為に弄んで良い物ではない!!」

人を人と思わぬ男の言葉に、クワトロの忍耐もそろそろ限界だった。
男との不毛な会話を切り上げるべく、クワトロは先程の戦闘でジムのコックピットから降ろした少女へ目をやった。
まだ幼い、齢10歳前後といった少女だ。その容姿は思わず見入ってしまう程に整っている。
しかし自然ではありえない白い髪とネイビーブルーの瞳が実験の跡である事を知るクワトロは、彼女の美しい容貌に痛々しさしか感じられなかった。

「私と、一緒に来るか?」

抵抗らしい抵抗もせず、ただ静かに自身を見ていた少女に、クワトロ半ば無意識で声を掛けた。
少女は不思議そうにぱちくりと瞬きした。その様子に苦笑しながら、クワトロは手を差し出した。
出した後になって、一瞬不安になった。彼女が、この手を払いのけるのではないかと。
あの宇宙で、ザビ家への憎しみに支配されていた頃の自分の手をアムロが振り払ったのと同じように。
だが、少女はクワトロの手を取った。
一瞬だけ、少女の瞳が宝石のような蒼色に輝いたように見えたが、きっと気のせいだろう。



「アーガマに帰還するぞ」
『了解!』
『了解!』

リックディアスへと搭乗し、コロニーを去るべく機体を動かす。
エゥーゴの本格的な作戦の前に、小さな煩い事を片付けようと出てみればとんだ重労働だったと溜息をついた。
ふと思い、クワトロはリニアシートの脇に座り込んだ少女に声をかけた。

「そう言えば、名前を聞いていなかったな」

なんとなしに聞いたその言葉に、少女はしばらく黙ったままだった。
感情の起伏が少ないのか、表情が殆ど動くことの無いため分かりづらいが、どうやら考えているようだ。
ふいに、少女がその歳相応の声で答えた。

「……NT-007」
「それは名前とは言えないな。しかし、名無しというのも困った物だ」

思わず苦笑した。この娘があの研究所で目を覚ましたのも、つい最近だったというのを忘れていた。
彼女を物として扱う場所から抜け出して来た今、もうその呼び名は不要な物だ。
相応しい名前を考えければいけないな、と思った時だった。

「じゃあ、ナナ」
「7、か。いいのか?あそこは君にとって好ましい場所では無かったと思うが」
「……うん」

NT-007だからナナ。安易といえば安易だが、本人に思い入れがあるならば、それもまあ良いだろう。

「私はクワトロだ。ナナ、よろしくな」
「うん、シャア」

思わず耳を思わず疑った。この少女は今、自分をシャアと呼んだのか。
直接その名で呼ばれたのは、アクシズにいた頃が最後だ。
シャアという男がクワトロと名乗っているのを知っているのは、アーガマの一部のクルーとブレックス准将、後はメラニー・ヒュー・カーバインくらいだ。
しかしナナは自分の言ったことがさも当たり前といった様子で、むしろクワトロが何故驚いてるのかと不思議そうな顔をしていた。
ニュータイプの物の本質を捉える能力。ナナのそれは最早一種の予知にも近いのかもしれない。

「私はクワトロ・バジーナだ。シャアという男は、知らないな」

白々しく嘯きながらも、その口元が釣り上がるのを抑えられなかった。
ナナはシャアと呼んだ。キャスバルではなく、赤い彗星であったシャアと。
時間が経ち歳をとり、それでも自分が未だシャアであることが嬉しかった。
遣り残した多くを、ただ惰性のままに追いかけているのでない。あの頃の燃えるような野心がまだ自分の中にはあるのだ。
リックディアスのフットペダルを踏み込み、機体を急加速させる。
そうして、シャア・アズナブルとナナを乗せた赤い機体は、宇宙の闇へと吸い込まれて行くのであった。





[35616] re.Zガンダム2
Name: ア、アッシマーがぁぁ!!◆996184ac ID:5f18bd3d
Date: 2013/11/22 11:57

白亜の戦艦、アーガマ。
エゥーゴの旗艦として建造されたそれは、ホワイトベースⅡの異名も持つ。
言ってしまえば、曰く付きなのである。
反地球連邦政府運動の中心人物であるブレックス・フォーラ。
アナハイム・エレクトロニクス会長メラニー・ヒュー・カーバイン。
ある意味、地球圏屈指の鼻摘み者といえる彼らが、一年戦争の英雄艦を再現しようというのだ。
反ティターンズという現在の活動目的も含め、地球圏を巻き込む大戦争が起こるまでは既に秒読み段階であった。



「――で、わざわざ連れて帰ってきたのか?」
「仕方がないだろう、キャプテン。彼女をあそこに放り出してきたところで、何になると言うのだ」

アーガマの艦橋。
任務から戻ったクワトロからの報告に、渋い顔をするのはアーガマの艦長であるヘンケン・ベッケナー。
クワトロの持ち帰った研究施設の資料に目を通す彼は表情を顰めた。
彼らの話題に上がっているのは、クワトロが連れて帰って来た少女、ナナの事だ。

「詳細不明の研究被験者。出自も身元も解らん上に、原因不明の白皮症ときている。専門の施設に預けるのが筋だと思うが」
「連邦政府の息の掛かった施設にか? 幾つか検査を受けさせられた後に、オーガスタかムラサメ辺りに送られて記録上では死亡、というのがオチだろうな」
「それは分かるがな……」

そう言って気不味げにバリバリと頭を掻くヘンケンの言いたいことはクワトロにも分かっていた。
この船は戦艦だ。それも、戦闘を直前に控えたエゥーゴの中枢戦力でもある。
この年端もいかない少女を、そんな船に乗せること自体が問題だ。
倫理観の面でもそうだが、運用面で見ても非戦闘員を一人増やすのは、艦の責任者であるヘンケンには頭の痛い話だろう。

「かと言って、今から人一人を月まで送っている余裕は無い。艦長には悪いが、この娘は当面アーガマで世話をさせて貰いたい」
「……致し方なしか」

現在アーガマは、宇宙でのティターンズの拠点であるグリーン・ノア付近の宙域に潜伏している。
それも地道な諜報活動により、ようやく決行されることとなった重要作戦を間近に控えているのだ。
ここで放り出すのが人道にもとる行為であるというのなら、このまま乗せておくより他は無い。
しかし、ヘンケンの懸念はもう一つあった。

「それと大尉、一つだけ聞いておかなきゃならん事がある。なんであのジムを持ち帰った」

ヘンケンはその強面に、さらに眉間を皺をよせた。
廃コロニーでナナが乗っていたジム・クゥエルは、帰還する際にアポリーとロベルトに持ち帰らせていた。
あの驚異的な反応速度を実現するためにチューンされた機体にも興味があったが、MSの頭数はどれだけあったとしても困る物ではないのだ。
クワトロは何かしらの利用価値があると思って持ち帰ったに過ぎないのだが。

「まさかとは思うが、そこの娘をアレに乗せようなどとは思っていないな?」
「邪推だなキャプテン。私とて少年兵に頼った軍隊の末路がどんな物かは理解している。第一、幼すぎる」
「ならいい」

溜まった物を吐き出すように、ヘンケンは一つ大きく息をついた。
件の戦闘の内容は、ヘンケンも持ち帰られたデータと報告によって把握している。
だからこその危惧だったのだろう。白い少女が、実戦に出られるだけの能力があるのは証明されてしまっているのだから。
エゥーゴは今でこそブレックス准将によって一つに纏められているが、元々はスペースノイドが自治権を獲得するために集まり、自然発生した組織なのだ。
倫理観を無視した戦闘部隊をなどいたずらに運用すれば、本来味方であるスペースノイドですらエゥーゴを悪と見なすだろう。

ヘンケンは先程からクワトロの後ろで静かに佇む少女を見た。
色素の薄い容姿、整ってはいるが感情の見られない表情も併せてヘンケンには彼女がまるで人形に見えた。
なんというか、クワトロ・バジーナというどこか浮世離れした男が連れて帰っただけの事はあると思った。
歳は二回り近くも違うが、俗に言う類友のような物だろうか。などとヘンケンは失礼な事を考えていた。

「戦ってもいいよ」
「なんだと?」

ここに来てから、少女が始めて発した幼い声。
ヘンケンは盛大に顔を歪めた。



感情の篭らない瞳でヘンケンを捉えるナナを、ヘンケンは二三瞬きしながら見やった。
一体何を言っているのか、理解をするのに数瞬。
そして意味を理解した上で、怒鳴り声を上げるのを我慢しながら、わなわなと震える声で問いかけた。

「つまり、なんだ。お前はモビルスーツに乗ってティターンズの兵士と戦うと言っているのか」
「そうだよ」
「ふざけるな、駄目に決まっているだろうが!」

艦橋にヘンケンの怒号が響く。
大男の一喝。場違いな感想だとは思ったが、クワトロはその迫力に感心した。
その様相は大の男ですら震え上がりそうな物だが、真正面から受けたナナはまるで怯える様子もなく、ただ無機質な瞳でヘンケンを見上げるだけだった。

「どうして? 私の方がティターンズよりもMSを上手く使える」
「クソ生意気な……戦争は子供の遊びじゃあないんだぞ!」

今そこに座って何を聞いていたんだ、とヘンケンは苛ただしげに舌打ちした。
歳相応以上に利発そうなナナのはっきりとした物言いも、ヘンケンの怒りを助長していた。
子供が自分から進んで人殺しに参加したいなどと、冗談でも口にして良い物ではない。
職業軍人でありながら以外な程に情に厚いのがヘンケンという男だった。

「遊びじゃない。私はあの研究所で戦争するために作られたんだから、戦うのは出来て当たり前だよ」
「お前………!」

ヘンケンは絶句した。この少女が、普通の子供でないことにようやく気が付いたのだ。
恐ろしいことだった。こんな子供が人殺しを当然のとして受け入れているのだ。
だが、それ以上にこの少女をそんな事のために利用しようとしたフラナガンの狂気に、ヘンケンは身震いした。
ナナのネイビーの瞳が、ヘンケンを捉えてはなさない。
一瞬呑まれかけたヘンケンだったが、それを横からクワトロが声を掛ける事で遮った。

「君がどれだけ優秀であろうとも、我々は君を戦場に出す気はない」

クワトロのその言葉に、ナナは視線を彼に移した。
その瞳は疑問と困惑に揺れていた。何故クワトロがそんな事を言ったのか解らないと、ナナは本気で思っている様子だった。
言いようのない硬質な違和感がクワトロに嫌な焦躁感を与える。

「どうして? シャアは私がMSを上手く使えるから、あそこから連れて来てくれたんでしょう?」
「違う。あそこから君を連れ出したのは、ただ君を助けたかったからだ」
「そんなの嘘。シャアはララァって人の代わりが欲しかっただけだよ」

ナナの言葉に、クワトロは一瞬の動揺を隠す事が出来なかった。
確かに、ナナをララァに重ねたのは事実だ。いずれは彼女の様に自分の理解者になってくれるかもしれないと気の早い期待もしていた。
だがクワトロとて大人だ。個人の私情よりも優先すべき、尊重されるべき物が幾つも在ることは重々承知している。
ナナという少女は子供だった。どれだけ優れた素質を持っていたとしてもだ。
人の心を暴くことは出来ても、他人を理解する事がこの少女にはまだ出来ないのだ。

「……私は君を誰かの代わりにするつもりは断じて無い、それは今後も同じだ。人が誰かの代わりになれることは、決してない」

それが死人なら尚更だ。
ナナはまだ不満そうだったが、それ以上を口で伝える気にはなれなかった。
この少女が『人間』になるには時間が必要なのだと、クワトロは己の認識を改めていた。







サイド7、1バンチコロニー。通称『グリーンノア1』。
現在ティターンズの軍施設が置かれているこのコロニーは、民生用でありながら過去に一度壊滅的な被害を受けている。
一年戦争中期、ジオン公国軍中将ドズル・ザビの配下にあったシャア・アズナブル少佐が率いる部隊によって攻撃を受けたのだ。
だがそれも仕方のない事だろう。このコロニーこそが後の戦争の命運を変える事となった連邦軍の一大作戦である『V作戦』が進められていた場所なのだから。
その後ティターンズの軍事拠点の一つとして修復されるなど、何かと連邦軍とは縁があるのだ、このコロニーは。

「ちょっとナナ、あまり動かないで」
「レコア、苦しい……」

ナナがレコア・ロンドに連れてこられたのはグリーン・ノアの市街地の大通りに面している服屋だ。
着の身着のままアーガマに乗り込んできたナナの服を用立てるためにやってきたのだ。

「さっきまで着てた服でいいよ。レコアが選ぶの、全部ヒラヒラしてて動きづらい」
「あんな入院服みたいなの駄目に決まってるでしょ。唯でさえ貴女は目立つんだから」
「でも、もう疲れた……」

試着室の脇にかけられた服は、もうすでに十着に迫ろうという勢いであった。
グリーン・ノアの視察中に突然呼び出され、買い物の手伝いなどさせられたレコアは最初こそ渋々と言った様子だった。
しかしそこは女の性か。目的が少女の服となると、まんざらでもなく店内を物色するのであった。
ナナ本人の好みに主体性がないこともあって、着せ替え人形なること既に一時間と言ったところだった。

「身嗜みには気を使いなさいな。お洒落は女の義務だって憶えておきなさい」
「……よく分からない」
「ふふ、直ぐに分かるようになるわよ。女の子なんだから」

レコアはクスクスと笑いながら、ナナの服のボタンを閉めた。
この少女の幼い容姿とそれに不相応な利発さは、どこか非現実的でアンバランスな印象を与えるが、こうして向き合ってみればただ物を知らないだけの、世間知らずな子供だ。
始めこそ距離感を掴みかねていたものの、こうして向き合ってみれば歳の離れた妹を相手にしているような気分もレコアは感じていた。
……というより、この真っ白な少女があの悪目立ちの権化のような大尉と並んでいたのを最初に見なければ、気後れなどしなかった筈なのだが。
二人が連れ添うと色々な意味で印象が強すぎるのだ。見た目的にも、どんな関係なのかと疑う意味でも。





ナナとレコアが買い物をしている間、外の待っていたクワトロはようやく出てきた二人を見て顔を僅かに綻ばせた。
白いキャミソールに黒のロングスカート、髪の色も併せてモノクロな色彩の中で、ネイビーの瞳が宝石の様に揺れていた。
ナナの姿は、黙って座っていれば深窓の令嬢といっても通じるかもしれないとクワトロは感じた。

「お待たせして申し訳ありません、クワトロ大尉」
「いいや、レコア少尉。こちらこそすまなかった、こういった事を頼めるクルーが他に居なかったのでな」

市街地なので敬礼こそしないものの、レコアは上官に対するそれでクワトロに接した。
そんなレコアに、クワトロはサングラスの中で苦笑気味な笑みを浮かべた。
レコア・ロンドという女性兵士が、まだ目の前にいる経歴不詳の連邦軍大尉に警戒心も持っているのを察したからだ。
そんな様子を見せるクワトロに、レコアは些かやり辛さを感じずにはいられなかった。

「ナナ、向うの公園で休んでいるといい。私は少尉と話がある」
「うん」

クワトロの言葉に、ナナはレコアにちら、と視線を送ると何も言わず公園へと歩いていった。
午後を少し過ぎた市街地の人ごみに紛れていく少女を見送ると、クワトロとレコアは直ぐ隣にあったカフェテラスへと向かった。
連邦軍の基地があるだけあって、こういった飲食店が街角に幾つも見られるほどにはこのコロニーは裕福な場所であった。

「例の件は?」
「やはりガンダムMK-Ⅱは既に完成しているようです。入港して来るアレキサンドリアの目的も、恐らくはガンダムの受領かと」
「そちらは事前情報通りか。それで、"グリプス"の事で何か解ったことは」
「……申し訳ありません。ガードが固く、そちらに関しては殆ど何も」
「構わんよ、元より準備も時間も足りないのだ。少尉は良くやってくれた」

グリーン・ノアは、ティターンズの総司令官であるバスク・オム大佐のお膝元である。
その隣で純粋な軍事目的のコロニーが建造されているというのは、軍内のみならず民間でも噂になっている。
ティターンズの裏の支配者であるジャミトフ・ハイマンが軍の経理部を掌握したことで、湯水のように金をつぎ込んでいるのは周知の事実だ。
その金で一体何を作っているのか。その全容を明らかにしたいのはエゥーゴの創意であろうが、今はまだ時がそれを許さなかった。

「少尉はアーガマに戻れ。私も街を一回りしたら引き上げる」
「……お言葉ですが、今のグリーン・ノアはティターンズの実働部隊が駐留しています。くれぐれも注意して下さい」
「分かっているさ」

どうでも良いといった様子のクワトロに、レコアはその形の良い眉を僅かに潜めた。
この大尉が、あの白い少女へ妙に肩入れしているという事実はこの際置いておくとして、だ。
どう見ても親子でも兄妹でもない、二回り歳の離れた男女の組み合わせが街を練り歩くのに、レコアが感じた不安を責めることは誰にも出来ないだろう。
佇まいを正せばどこぞの貴公子然といったクワトロだが、サングラスの奥に秘められた眼光の鋭さは堅気のそれではありえない。
正直、裕福な家庭の子女とそれを狙った誘拐犯と思われても不思議ではなかった。レコアには口が裂けても言えないが。

「ナナに街を見せたい。あの娘には、人の営みという物がどんな物なのかを教えてやりたいのだ」
「あの子は、特別だと?」

もったいぶったクワトロにレコアは問いかけた。
レコアはここで、敢えて"ニュータイプ"という言葉を使わなかった。
軍であるエゥーゴにとって特別な人材というのが、そういう意味なのはレコアにも分かってはいた。
試すような言葉に、クワトロは皮肉げに口元を釣り上げた。

「可能性を感じるのさ。少尉には、下らない男のロマンチズムだと笑われるかもしれないが」
「……それはご自身の従軍時代の体験から感じる物、でしょうか?」
「フフ。ルナツーで燻っていただけのしがない下士官に、そんな大層な物は在りはしないさ」

その言葉に、レコアはクワトロから男の狡さを感じ取った。
彼の素性はエゥーゴのメンバーの多くが与り知らぬ所ではあるが、だからこそ噂というのは飛び交うものだ。
赤い彗星の名は、一年戦争終戦から7年もの時を経た今でも深い意味を持つ。
むしろティターンズの台頭により反連邦の機運が高まっている現在のほうが、より影響力は大きくなっていると言えよう。
仮にシャア・アズナブルが在命し、地球圏に居るのだとしたら。
彼が背負うべき責任は、たかだか連邦宇宙軍の大尉などとは比べ物にならない重大な物になるのは間違いないだろう。










「ったく、これじゃあ何しに来たんだか……」

その日、ジェリド・メサは休暇を利用して街へと出ていた。
新型機体のガンダムMK-Ⅱのテストに追われ、忙殺されていた中で久々の休みだ。
同じテストパイロットのエマ・シーン中尉が率先して居残りを引き受けてくれたのには頭が下がるが、まあそれはそれである。
とはいえバスク大佐のお膝元で多忙な日々を過ごすティターンズでは一緒に休暇も過ごす同僚も居なく。
気分転換に外へ出たジェリドも早速手持ち無沙汰になり、一人公園のベンチでコロニーの空を見上げるハメになっていた。

「今から基地に戻ったところで仕方ないし……クソ、制服なんぞ着て来なけりゃよかった」

ジェリドは、自身の濃紺のティータンズカラーの制服を忌々しげに見た。
自分が選ばれたスタッフだという自負があってこそ、ジェリドもわざわざ制服を着込んで街へ出たのだが……問題は周囲の目だった。
街へ出れば人ごみが勝手に避けていく。店に入れば店員は顔を青ざめさせるし、食事をしていれば他の客は足早に去って行く。
人の怯えた視線にもいい加減ウンザリし、柄にもなく公園になど逃れてみれば、周りには人っ子一人いないという状況だ。

「まあ、バスクやジャマイカンと同じ制服を着た奴が歩いてたら逃げたくもなるのも分らんでもないか――――うん?」

悪名高い自分の上官二人を思い出し、クツクツと一人笑いなどしていた時だった。
視界に、何やら白い物が写った。何かと思い目を凝らしたジェリドは、それが小さな子供の人影だということにやっと気が付いた。
公園に入ってきた少女はジェリドの居るベンチまで歩いてくると、そのまま何事もないようにその隣に座った。

「…………」
「…………」

妙な沈黙が、その場に流れた。ジェリドは思わず隣の少女をまじまじと見てしまった。
真っ白な少女だ。髪も肌も、着ている服さえもモノクロ調で、その中で少女のネイビーの瞳だけが確かな色彩を放っていた。
少女は隣で視線を送るジェリドなどまるで意に介さず、公園の外の雑踏を眺めていた。
大の男、しかもスペースノイドの恐怖の象徴ともなっているティターンズの自分が隣に居るというのにだ。

「よう、一人か?」

そんな少女に、ジェリドは半ば無意識に声を掛けた。
少女の風変わりな容貌もそうだが、ティターンズの自分を意に介さない態度に興味を惹かれたのだ。
少女がちらり、とジェリドへと顔を向けた。

「………なに?」
「こんな所で何やってるんだ。見ての通り、ガキが遊ぶには良い場所じゃあないみたいだぜ」

二人を除き誰もいない公園を指差し、ジェリドは笑った。
ジェリドは胸を張り、態とらしくティターンズの制服を見せつけた。もう一度少女の反応を確かめたかったのだ。
だが少女はその無表情をピクリとも動かさず、ただジェリドを見据えているだけだった。
ジェリドはその様子を面白くないと思ったが、その反面今日初めて怯えや媚びへつらう以外の態度を取られた事に対する安堵感のような物も感じていた。

「親はどうした、誰かと一緒じゃないのか」
「シャアを待ってるんだよ」
「シャアだって? ははっ」

少女の言葉にジェリドは思わず吹き出した。
シャアと言えば、一年戦争でジオン公国軍エースであったシャア・アズナブルがまず連想される。
そうそう在る名前ではないが、当の赤い彗星はとっくに故人となっていると言われる人物だ。
ニックネームか何かは知らないが、このグリーン・ノアでそんな名前を名乗るっている人間がいるというのは、なかなかジョークの効いていると事だと思えた。

「じゃあ、そのシャアに言っておいてくれ。ティターンズが今度MSの操縦を教えてくれと頼んでたってな」
「………? うん、いいよ」
「ぶははっ! ああ、よろしく頼むよ」

不思議そうな少女の様子が可笑しくなって、ジェリドは笑い出した。
改めて見ると、とても整った容姿の少女だ。ティターンズに物怖じしないあたり、世間知らずな何処ぞのお嬢様なのかとジェリドは思った。
ジェリドはベンチから立ち上がり、近くの自販機で適当なソフトドリンクを二つ買うと、それを一つ少女に渡した。

「ほら、飲めよ」

プルタブを引き起こし、プシュと軽快な音を立てたそれをジェリドは一気に飲み干した。
それを眺めていた少女は、自分の手元のそれを見やると、不思議そうにあちこち弄り始めた。
どうやら缶ジュースの開け方も知らないらしい。

「貸してみろ。まったく……一体何処の箱入りなんだ?」
「箱……入り?」
「お前さんの事だよ、お姫様」
「……箱に入った事はないよ。シリンダーには入れられてたけど」

少女の言っている意味はさっぱりだったが、特に気には止めはしなかった。
ジェリドが捉すと、少女は少しずつ缶を傾けながらそれを飲み始めた。
そうしていると、少女はふと何かに気が付き、立ち上がった。

「シャアだ」

少女の視線の先にあった、公園の入り口には、金髪の男がいた。
コートにサングラスという如何にも怪しい風体の男に、ジェリドは一瞬眉を顰めた。
まさか、誘拐犯じゃああるまいな。という思考が脳裏のよぎるものの、少女がはっきり知人と認識しているのならそれは無いかと考えなおした。

「バイバイ、ジェリド。ジュースありがとう」
「ああ、気をつけて行けよ」

礼を言って歩いて行く少女に、相槌をうちながら、その背を目で追いかけた。
入り口で、少女は金髪の男と二言三言話すと、そのまま去っていった。
二人の様子は目を引くというか、なんとも変わった連れ添いの二人組だった。

「……まさかあの男、本当に赤い彗星のシャアだったなんて事はないだろうな?」

在り得ないと思いながらも、ジェリドは一人ごちた。
旧ジオンの残党狩りを目的としているティターンズの自分が、生きていればA級戦犯は確実であろう人物を見逃していたとなってはいい面の皮だ。
とはいえ7年前のア・バオア・クー戦の規模を考えれば、MIA扱いされているシャアが生きているとはとうてい思えないのだが。
そこで、ふとジェリドは思考を止めた。そういえば、だが――――――

「俺はあのガキに、名前を教えたか……?」

もう一度見た公園の入口には、あの白い少女は姿は無かった。










「……まさか、ティターンズと一緒に居たとはな」

クワトロは深くため息を吐いた。
どこか超然とした雰囲気を纏うナナだが、先ほどの光景は些か予想外だった。
少し前に自分が逃げ出してきた組織の人間と談笑しているなどというのは、恐怖心が麻痺しているというよりは常識と危機感が無さ過ぎると言える。
これでは目も離せん、と眉間を揉みほぐすクワトロの苦悩などは何処吹く風といった様子でナナは話した。

「ジェリドが、シャアにMSの操縦を教えて欲しいって」
「………………そうか、分かった。彼らには戦場でそれを教えてやるさ」

ジェリドというのは、恐らく先程のティターンズの兵士の事であろう。
その人物も、この年端もいかぬ少女がエゥーゴの関係者だとは思いもしなかったはずであろう。
クワトロの渋面を眺めながら、ナナは片手に持った缶ジュースをちびりちびりと飲んでいた。

「ナナ、知らない人から物を貰ってはいけない。知らない人に付いて行ってもいけない。分かったな?」
「? うん、分かった」

ナナの曖昧な返事に、クワトロの感じた不安は的外れな物でもなかっただろう。









「変な感じ……ザラついてる」

街路を歩くクワトロに手を引かれながら、ナナは空を見上げた。
少女の鋭敏な感性は、このコロニーに中にある何かを感じ取っていた。
それは自分と似た何かだったのだろうか。それとも、全く別の新たな可能性だったのか。

「貴方は、誰?」

周囲の雑音に掻き消され、その声を聞くものは誰もいない。
だが………






「……誰だ。呼んでいる、のか?」
「どうしたの、カミーユ?」
「いや……なんでもないよ、ファ」

その時、一人の少年が静かに可能性の芽を紡ぎだしていた。



[35616] re.Zガンダム3
Name: ア、アッシマーがぁぁ!!◆996184ac ID:0da57608
Date: 2013/11/30 06:12

「……まただ。なんだろう、この感じ。何処から――誰なんだ?」

誰かの声が聞こえる。何処か、とても遠くからだ。
カミーユ・ビダンは、数日ほど前から時折覚えるようになったその妙な感覚を、今この瞬間に感じていた。
それはカミーユの無意識に語りかける物で、本当に人の声かも判らない漠然とした感覚だ。
しかし、もっとよく聞かなければと思わせる不思議な響きでもあった。

「カミーユ、なにをブツブツ言ってるの?」

エレカのハンドルを握るカミーユの横から、幼馴染のファ・ユイリィが胡散な視線を送ってくる。
カミーユは態とファの話が聞こえないフリをした。この幼馴染のお節介には辟易しているのだ、前からずっと。
ファは、そのカミーユのつっけんどんな態度は何時もの事だと、溜息を吐いた。

「一人で喋って、気持ち悪いわよ」
「うるさいな。だったら初めから付いてこなければいいんだ」

今日は、元ホワイトベース艦長ブライト・ノアの乗艦であるテンプテーションがグリーン・ノアに着く日なのである。
それを事前から知っていたカミーユは、彼に会おうとわざわざ部活の練習をサボってまでドックベイへと向かっているのだ。
それを目ざとく見付けたファが、半ば強引に付いてきて今に至る。

「ちょっと、やめなさいよ。その癖」

イライラと爪を噛むカミーユに、ファが叱責した。
自分が苛立っている原因は、ファのその喧しさだと何故分からないのか、とカミーユは思った。
さっきだってそうだ。あと少しで、あの声がどんなものか解ったかもしれないのに。
カミーユ達の乗るエレカは住宅街を通り過ぎ、林を抜けながらリニア・カーの乗車口に辿り着いた。
入り口にエレカを停めたカミーユは、入り口から続くエスカレーターを駆け下りながらリニア・カーへと跳び乗った。

「急いで港まで!」
「たった30秒の事じゃないの」

『カウントダウンを省略します』という電子音声と共に、ファが呆れたように言い放った。
そんな煩わしい遣り取りよりも、発信したリニア・カーの窓から見える宇宙空間の方がカミーユにとっては重要な事だった。
コロニーの外側を走るリニア・カーのサンバイザー越しに、星々が猛烈な勢いで通り過ぎていく。
カミーユは、昔からこの景色が堪らなく好きだった。

宇宙ソラか―――ん?)

カミーユの目に、漆黒の宇宙空間に浮かぶ三つの光が映った。
目視できる距離では到底なかったが、カミーユにはそれが直感的にモビルスーツではないかと思えた。

―――――。

「まただ。でも、少し弱い……違う声なのか……?」

以前感じた、あの感覚だ。今度のは前よりも朧気で、でもどこか硬質な。
前に感じたのが、か細く柔らかな少女の様な物だとすれば、今度は無骨な男性の物にも思えた。
カミーユは三つの光が見えなくなるまで、食入いるようにそれを目で追い続けた。









クワトロのリック・ディアスは、バーニアを緩やかに吹かせながら宇宙を進んでいく。
目的地はグリーン・ノア1。コロニー観測所の索敵を逃れる為の隠密行動であったが、クワトロに緊張は無かった。
コロニー外への監視など、平時に置いては有って無い様な物だ。民間の管理会社であれば尚更である。
クワトロは、視界一杯に宇宙空間を表示する全店周囲モニターに視線を走らせ、その先のコロニーを見る。

―――――。

「この感触……アムロ・レイ? いや、どちらかと言えば……」

不意に感じたザラ付いた感覚。クワトロは、しばしその感覚に意識を向けた。
それはシャアがアムロに感じた物ではない。ララァが感じさせた物にも似ているが、やはり違う。
七年という歳月が過ぎているのにも関わらず、気が付けばあの二人の影を探そうとしている自分に、クワトロは自嘲した。
この感じに近いのは、あの二人ではない。つい最近クワトロが出会ったばかりの白い少女のそれだ。

「グリーン・ノアに、あの娘と同等の力の持ち主がいるとも思えんが」

そこで一度、クワトロは頭を振った。
思考がズレている。今自分が懸念すべきは、如何にしてティターンズからガンダムMK-Ⅱを奪うかだ。
クワトロはナナという少女に、この短い期間で自分が思っていた以上に感情移入している事を自覚した。

『大尉、どうかされましたか?』
「どうもせんよ。それより、センサーから目を離すな。民間の機体が出ていないとも限らん」
『了解』

通信越しのロベルトへ返すと、彼は特にそれ以上は何を言うでもなく操縦へと戻った。
勘の良い部下たちは、クワトロが別の方向に意識を割いていたのをなんとなく察したのだろう。
黒いリック・ディアスを駆るアポリーとロベルトは、エゥーゴでも指折りのパイロットだ。
あらゆる状況に対応出来るであろうこのメンバーであってこそ、今のクワトロの余裕があった。

『それにしても、あの研究所から連れてきた子供、随分とゴネてましたね』

ロベルトからの通信に便乗するように、アポリーが口を開いた。
その言葉で、クワトロはアーガマから発進する直前まで自分を連れて行けと食い下がっていたナナを思い出した。

「あれが戦場に出るのは艦長が許さんよ。それに私とて、そこまでの我侭を認めてやるつもりは無い」
『そりゃあそうですね。しかし、自分は少し勿体無い気もします。あれだけの操縦が出来るっていうんですから、ニュータイプってのもあながち眉唾でもないんじゃないかと思いましたし』
『お前が機体をやられたって時の話か? そんなに凄かったのか』

アポリーのナナへの評価に、ロベルトが興味を持った様に言った。
旧ジオン公国軍が大戦末期、ある種の才能を持った兵士を集めた"ニュータイプ部隊"なる特殊部隊を実戦で運用していたのは有名な話だ。
とはいえ続く敗戦の混乱の中で、急造の部隊がまともな戦果を挙げられるほど戦場は甘くはない。
よってニュータイプと呼ばれる人種がそこまで都合の良い存在でない事を、古参の兵士たちはニュアンス的に理解しているのだ。

『口で説明するのは難しいが……噂のアムロ・レイも、実際はあんな感じだったって言われたら俺は信じちまいそうだ』
『おいおい。撃墜数100機越えのトップ・エースと比べるのは、幾ら何でも大袈裟過ぎるだろう』
「……お喋りはその辺りにしておけ。そろそろ無線を封鎖する」

雑談に花を咲かせる部下たちを遮るように、命令を飛ばす。
アムロの名を他人の口から聞く事で、クワトロは自分の中にある感傷を刺激されたような気にさせられたのだ。
普段であれば何という事はない。だが、今のクワトロの中には迷いがあった。自分はナナに期待している。それは否定しようのない事実だ。
あの少女が戦う事に反対する反面で、あの少女がニュータイプとして成長する事を望んでいる。それは矛盾だ。
今の時代で、ニュータイプがニュータイプとして在れる場所は、戦場にしか在りはしないのだから。








ジェリド・メサはその日、後から着く同僚を出迎えに空港へと訪れていた。
ハッチから降りてくるティターンズのメンバーに、素っ気なくない程度に挨拶を交わすジェリドは、一人の男の姿を見つけた。
カクリコン・カクーラー。パイロットとしてのジェリドの相棒である男は、カッチリとしたティターンズの正装で港の出入り口から出てきた。

「よう、カクリコン。会わない内に随分オシャレになったな。その帽子は流行り物かい?」
「けっ。お前さんは相変わらずの皮肉屋だな、ジェリド」

ジェリドがからかうと、カクリコンは拗ねたような反応をするのだった。
身嗜みに無頓着な相棒が珍しく軍帽など被っている物だから、可笑しくなってジェリドは笑った。それを不服とばかりにカクリコンはジェリドを小突く。
大方ティターンズの統括であるバスク大佐への挨拶での御覚えを良くする為に、気張った真似をしたのだろうなと当たりを付ける。
口も人相も悪いくせに、そういう事細かな事に以外な程に気を使えるのがカクリコンという男なのだ。

「カミーユっ、会えやしないわよ!」
「うるさいな!」

悪かったよ、とジェリドがカクリコンに謝った時だった。
ジェリドたちがいる出入り口から少し離れたリニア・カーの乗降口から、なにやら姦しい声が聞こえてくる。
なんとなく気を惹かれて目をやると、降りてきたのはコロニーの民間人らしき少年と少女だった。

(……カミーユ、ね)

ジェリドはふいに、ついこの間の休暇で出会った真っ白な少女の姿を思い出した。
偶然出会って、ほんの少し言葉を交わしただけの相手だが、少女の姿は不思議な程に記憶に残っている。
その特徴的な色彩もだが、美少女といって差し支えない整った容貌がやはり理由だろうか。勿論、ジェリドに"その気"はないが。
しかしカミーユなんてのはあの端正な容姿の少女に、さも似合いそうな名前だ。
だからカミーユと呼ばれたのが少年の方だと解った時、つい独り言など零してしまった。

「なんだ、男か」

なんの悪気があった訳ではない、無意識に出た言葉だった。
不用意だったか、と少しバツが悪い気分になる。とはいえ向こうは所詮、民間人だ。
何もなかった様に視線を少年から離し、先ほどから物資の搬入をチェックしているエマの様子を伺おうとした時であった。
ジェリドの独り言を耳聡く聞きつけた少年が、早足でジェリドへと近づいてくる。

「いけませんかっ! カミーユが男の名前では」
「いや、美しい少年だったものだから……」

ジェリドへ剣呑な視線を送る少年に、鬱陶しいと思いながらも弁解をする。
まさかティターンズの制服を着ている自分に絡んでくるとは思わなかったが、自分にも非があったとジェリドは自分を抑えた。
見れば相手はハイスクールに通っていそうな年頃だ。
ここは自分が大人の対応をとって、お引取り願おう。そう思った次の瞬間だった。

「なめるなっ、俺は男だよ!!」

少年の拳が、ジェリドの顎先へと鋭く突き刺さった。











ティターンズのジェリド・メサ中尉に暴力を振るったカミーユは軍に拘束され、尋問を受けていた。
大柄な尋問官からの数時間に渡る詰問は、カミーユの精神を確実に摩耗させていた。
しかし、尋問官の質問にカミーユは何も答えなかった。
恫喝じみた尋問官の怒鳴り声を聞くと、カミーユの舌はもつれたように何かを言う力を失くしてしまうのだ.

「エゥーゴを知らないだと!?」

狭い室内に響く尋問官の声が、カミーユをいっそう暗鬱な気分へと落とし込む。
カミーユは胸に物が詰まる様な思いをしながら、視線を膝から上げようとはしなかった。
相手を抑圧する高圧的な声音はカミーユへ恐怖を与えるのと同時に、反抗心を外に吐き出す為の勢いを奪っていた。
だが、人は慣れる物だ。そんな尋問官への恐怖の中に、カミーユは煮えたぎる様な怒りも湧き出ているのを自覚していた。

「反地球連邦政府運動、A.E.U.G.。学生なら知らないはずがない。そもそも、エゥーゴのメンバーでないのなら何故ティターンズのクルーに暴行を加える理由が在る?」

向かい合って座る尋問官の指がイライラとデスクを叩く仕草が、カミーユの神経を逆撫でする。
どうせ何を言った所で、この男は自分を弾圧する事でしか自身の仕事を終わらせる気はないのだろう。
相手の男は、スペースノイドの大半がエゥーゴの支持者、そうでなくとも思想には共感していると端から決めて掛かっている。
連邦の独善的な報道に偏見を植え付けられた、典型的なアースノイドなのだろう。
名前を馬鹿にされた。そんな小さな理由でか、とこの男に鼻で笑われるのが、カミーユにはとても耐えられそうにはなかった。

「ホモ・アビスの大会では二年連続優勝、ジュニア・モビルスーツのコンクールでも優勝、更に最近では空手も始めたそうだな? 私がエゥーゴの幹部であったのなら、兵士としての資質を持った君を是非とも参加させたいと思うがね」

尋問官の瞳に加虐的な光が灯るのを、カミーユは見逃さなかった。
人の経歴を悪し様になじるのは、狡賢い大人こそが好む手段だという事をカミーユは知っている。
尋問官はその言葉にすら何の返事も返って来ない事につまらなそうに鼻を鳴らすと、席を立ちそのまま部屋から出て行った。


カミーユは椅子に座る自分の足元を見た。
分厚い遮光ガラスによって隔られた向こう側には、宇宙空間が広がっている。
目を閉じ、意識を宇宙へと向けると目蓋の裏に星々の輝きが浮かんでくる様な錯覚を受ける。

――――――。

(気のせい……なのか? いや、感じる。この感覚は、一体何なんだろう)

広大な宇宙に身を任せる感覚は、カミーユの心に少しだけ安らぎを与えてくれる。
スペースノイドの発達した第六感が超能力染みた能力を開花させる、なんてドキュメンタリー番組が謳う与太話を信じる気はカミーユにもない。
けれど自分にも理解できていないこの感覚が、現実の物としてカミーユに非日常的な実感を与えていた。
そんな思考に浸っていると、取調室の扉が開き、先ほどの尋問官と一緒にスーツ姿の紳士が入ってきた。

「釈放だよ、カミーユ・ビダン君。お母様がお迎えに上がった」

紳士は取り出した鍵をカミーユの両手首に嵌められた手錠へと差し込んで回した。
凝り固まった両手を揉みほぐしながら紳士を見上げる。顔に柔和な笑みを貼り付けただけの、冷たい目をした男だ。
恐らくは行政関係の官吏、それも連邦軍よりの人間なのだろう。

「君が身分不詳のスペースノイドなら、もう数日は彼に可愛がられている所だ」
「そうなんですか。僕がエゥーゴかもしれないから?」
「それが連邦軍の兵士である彼の職務だからだよ」

そりゃあそうだと、カミーユは内心で独りごちる。
母ヒルダは連邦軍の技術士官だ。軍用MSに使用する装甲材の開発にも関わり、グリーン・ノアで母を軽視できる軍人は滅多にいない。
おまけに父フランクリンは技術大尉で、ティターンズの新型機体を作る計画の責任者だ。これでカミーユが釈放されない筈がない。
家庭をまるで顧みず愛人など作る父、それを黙認する母。
そんな両親に反発していながら、こんな時ばかり親の権力に助けられるという事実が堪らなく嫌だった。

「ふん、釈放だと分かったら喋るんだな?」
「怖かったんですよ。怒鳴る人は、嫌いなんです」
「なんだと……!?」

苛立だし気な尋問官へ、脊髄反射で反抗的な言葉を向ける。
案の定それが癇に障った尋問官の理性はあっという間に自制を離れ、手に持ったファイルをカミーユへ投げつけた。
それを額に受けたカミーユは鈍い痛みを感じると同時に、押さえ込んでいた怒りが爆発するのをついに抑えきれなかった。

「マトッシュっ!」

紳士が尋問官へ叱責する背後から地面を蹴り、カミーユは素早く跳躍した。
重力の少ないブロック内だからこその瞬発力で、尋問官へ拳が鋭く突き刺さる。
地球の重力になれたティターンズの人間では想像もしないその動きに、尋問官は為す術もなく背中を壁に打ち付けた。

「カミーユ君! 我々は君を公務執行妨害で逮捕する事も出来るんだぞ!!」
「先に煽ったのは彼でしょうに!」

紳士は怒りを露わにしながらも、圧される様に後ろへ下がった。
だがその後ろからは、立ち上がった尋問官が痛みに呻きながらも警棒を抜いていた。

「尋問されている立場で抵抗する奴があるか、ガキめ! 現行犯で逮捕するっ」

警棒を構えたまま迫る尋問官にジリジリと圧され、カミーユは部屋のドアへと背中をついた。
こんな状況でも逃げ出そうとする小賢しい判断だったが、それも子供の浅知恵でしかない。
開いたドアにカミーユがはっとした瞬間、両腕を二人の警官に捻り上げられていた。恐らく別の部屋からカメラで様子を伺っていたのだろう。

「うぐっ……!」

尋問官の振り上げた警棒が強かにカミーユの脇腹に叩きつけらる。
激痛が走るのと同時に、焼きつくような痺れが背筋を通って喉元に吐き気の様な不快感を催す。
もう一撃を加えようと尋問官は再び警棒を振り上げたが、それが振り下ろされる事にはならなかった。
カミーユの視界が、否。今いるこの建物そのものが突然にして強烈な揺れに襲われたのだ。
尋問官と紳士と警官が、そしてカミーユが。一斉に衝撃で宙に投げ出された。

「なんだ、地震か!?」

コロニーに地震がある訳が無いだろうとカミーユは内心で毒づいたが、衝撃でそれを声に出していられなかった。
バリバリと建物が倒壊する音が間近にまで迫ると、尋問室の一部までが崩壊していった。
壁の亀裂から覗いたのは、モビルスーツの頭部だ。どうやらあの機体が基地に墜落した事が衝撃の原因の様だ。
あの機体には見覚えがあった。父親が仕事場から持ち帰ったコンピューターの中にあったデータの機体、ガンダムだ。

「ガンダムMK-Ⅱが落ちたのか!?」

場は騒然となり、崩れた部屋の脇にも何人もの連邦軍兵士が走って行く。
その騒ぎに浮足立った警官の隙を見て、カミーユは一目散に部屋だった場所から逃げ出した。




カミーユは走った。多くの連邦兵が行き交う中を縫って行くように。
途中に何度もぶつかったが、それを咎める兵士はいなかった。
誰もが事態の把握と収拾に奔走し、カミーユに気を留める場合ではなかったのだろう。

「救護班なにしてる! 早く担架持ってこいっ!」
「MK-Ⅱは何号機だ! ジェリド中尉なのか!?」
「どうした、応答しろ中尉!! 損害は!?」

基地の正面ロビーは建物の倒壊に巻き込まれたらしき兵士で溢れ、阿鼻叫喚の様相を呈するといった状況だ。
咽返る様な煙と粉塵、それに混じる血の匂いに吐き気を覚えたが、迷わずそれを振り払う。
そんな中、見慣れた姿が視線の端を通り抜けたのにカミーユは気が付いた。

「待ちなさい、カミーユ!」

走るカミーユの後ろから、母ヒルダの声が聞こえる。
カミーユは、母の制止に耳を貸す気にはならなかった。今さらこんな状況で何をしてくれるつもりなのか。
母は何時もそうだ。出来事が全て終わってからでないと重い腰を上げず、諦め顔で不平を零しながら事態に対処する。
父に愛人が出来た時もそうだった。疑わしい素振りは以前からあったのに、他人に噂される程になるまでだんまりで。

カミーユは基地の正面入り口を突っ切って、そのまま外へと飛び出した。
道の脇に停めてあったジープを見るや、緊張と興奮で思考速度の加速した頭が、それへ乗れと直ぐ様に判断を下す。
迂闊にも差しっぱなしのキーを回すと勢い良く掛かったエンジンにほっとし、一気にアクセルを踏み込む。
軍用ジープのやかましい駆動音の後ろでまた母の声が聞こえたが、頭に血が上っていたカミーユはそれに無視を決め込んだ。

「鈍臭いんだよ。お袋も、軍の連中も……!」

事故だか何かは知らないが、モビルスーツの一機が墜落した程度ではカミーユの罪はお咎め無しにはならないだろう。
あのまま母と一緒に居た所で、変わるのは精々留置所行が先延ばしになるだけ。
次は嫌々やってきた父が軍警察の担当に頭を下げ、金でも渡して無かった事にして貰うのだろう。父のキャリアを守るためにもそうするのは間違いない。
最後は父に殴られて、晴れてカミーユは無罪の身だ。堪った物じゃない、反吐が出る。

「何がティターンズだよ、勝手に基地なんか作って。連中のお陰で、此処は宇宙の爪弾き者だ」

ジオン残党討伐を掲げるティターンズは、それを名目にあちこちのコロニーでやりたい放題だ。
反連邦運動の取り締まり、軍事力による暴徒鎮圧、それで無関係な人間がどれだけ巻き込まれたか。
地球至上主義を掲げる彼らの宇宙移民者への差別は、コロニーの人間への無差別な搾取も良しとした物なのだ。
このままティターンズの力が肥大し続ければ、スペースノイドは地球に住む者の奴隷にされてしまう。
だからエゥーゴなんてテロ紛いの組織まで出来るのだ。連中は自分たちの横暴で買った反感を、更なる横暴で押しつぶせば済むと思い込んでいる。

「あんな奴らに頭を下げて、それで済まそうって言うのか……? 親父も、お袋も、他人ごとじゃないってのに!」

基地から暫く車を走らせ、カミーユは奪ったジープを乗り捨て、道路横の林へと転がり込んだ。
走る車から飛び降りた勢いで、身体が二転三転と地面に酷く打ち付けられる痛みに、歯を食いしばって耐えた。
身体への痛みが、熱くなった頭に冷静さを引き戻していく。
熱を失ったカミーユに残ったのは、自分のやった事の大きさへの後悔と恐怖だけだった。

「こんな事して、どうするんだよ、俺……」

自分が、どうしようもなく惨めだ。
ティターンズだ両親だと責任を押し付けて、幼稚な反骨精神を満たして得られた事など何一つ無い。
大人たちに反抗して理屈ぶったとしても、カミーユはまだ何の力も持たない子供でしかなかったのに。
みっともなく地べたに這いつくばって、生い茂る草を噛み締めて、カミーユは地団駄を踏む様に拳を打ち付けた。

「助けてくれよ……誰でも良いんだ、誰か」

急に心細くなったカミーユは縋るように胸中に救いの手を求めた。
母の顔が、ファの顔が浮かぶ。けれど彼女たちにカミーユを救う力なんて無い。
こんな横暴な自分を助けるなんて、両親だって御免被るだろう。そう考えて、涙すら浮かんでくる。

―――――――――。

「…………聞こえる、あの声だ」

カミーユの無意識に入り込んでくる、人の声のような感覚。
その不思議な感覚に、今度こそカミーユは誰の邪魔もなく静かに耳を傾けた。
誰にも助けを求められないこの状況で、自分に語りかける何かに縋りたくなったのだ。

「呼んでいる……違う、確かめてるのか? 俺が、誰なのか」

不確かな感覚に没頭していく行為は、自分が異常になったのではという不安を感じさせる。
けれど止めようという気持ちにはなれなかった。未知への恐怖はあっても、不快感はまるで無いのだから。
奇妙な感じだった。自分が特別になったかの様な高揚感、全身を宇宙に放りだされて、何もかも自由になった様な感覚。
いや、きっとそうなのだろう。カミーユがではない。
この声の人物は何物にも縛られない、残酷なまでに自由な感性の持ち主なんだろうと、訳もなく思った。
――――突然、その声が硬質な物に変わった。

「うっ――なんだ……? 危険、攻撃されている? グリーンノアが……!?」

無遠慮に頭を痛めつける感覚に顔を顰めると、全身を大きな揺れが襲った。
揺れているのはカミーユではない、地面が……コロニーが揺れている。
遠くの基地からサイレンが聞こえる。

「空襲警報? 嘘だろ……エゥーゴなのか、こんな時に!」

身の危険に跳ね起きたカミーユは、そのまま林の中を走り抜ける。
安全な場所を、状況の把握を求めて、一目散に駆け抜ける。
そんなカミーユの頭の中からは、先ほどの声のことは何故か綺麗さっぱりと忘れ去られてしまっていた。











後書き

こっそりsage更新で……ば、バレませんように(汗)



[35616] re.Zガンダム4
Name: ア、アッシマーがぁぁ!!◆996184ac ID:0da57608
Date: 2013/12/01 21:36
林の木の影に隠しながら基地への道へ引き返す。
カミーユが見上げると、空にはビームライフルの火線と思わしき閃光がチカチカと輝いているのが分かる。
モビルスーツがコロニー内で空戦をする戦力なんて、同じモビルスーツでしか在り得ない。
十中八九、エゥーゴだ。今の宇宙にそれ程の戦力を抱えたジオン残党なんて居ないのは、民間人のカミーユだって知っている。

「そら見ろ……! 敵ばっかりのティターンズに基地なんか作らせるから、コロニーが戦場にされるんだ」

すぐ近くで戦闘が行われている恐怖と焦燥に、カミーユは爪を噛む。
フェンス越しから軍の敷地内を覗きながら、基地の方まで慎重に近寄っていく。
見れば墜落したガンダムはようやく倉庫へと運び出された所だ。実戦配備前の新型の扱いとしてはお粗末に過ぎる。
あれが宇宙に慣れないティターンズの実態だ。不測の事態になれば、狼狽えて戸惑うばかり。
今なら、親父が造った機体を奪える。カミーユの脳裏にそんな考えが過った。
何を馬鹿なと頭を振るう。そうやって行動して、自分が今しがた逃げて回っていたのをもう忘れようとしている。

そんな時、息を殺して潜むカミーユは一人の見知った人間を見つけてしまった。
黒い制服の連邦軍兵士。カミーユを尋問したMPが、ガンダムMK-Ⅱの近くに立っていた。
MPは近くの一般兵に向かい、何やら喧しくがなり立てている。
その男の姿を見て、カミーユの腸が一瞬で煮えくり返るのを嫌でも自覚した。

「あの軍人、許せないな……!」

先ほどの墜落でみっともなく転げまわった男が、今は機体を出せと怒鳴り散らしている。
エゥーゴなどという反乱分子は武力で殲滅してしまえと。コロニーが壊れれば、そこに住む人は生きてきけなくなるのに。
あいつは、ああやってカミーユの事も痛め付けたのだ。
宇宙人だ、子供だと。自分たち地球人が生かしてやってるのだと思い込んで。

「見てろ。一方的に殴られる怖さを教えてやるっ……!」

カミーユは全速力で基地の横を駆け抜け、牽引車へ載せられたMK-Ⅱへ走り寄った。
コックピットの位置は知っている。手探りで装甲の繋ぎ目に手と足を掛けよじ登れば、すぐにそれは見つかった。
開けっ放しのハッチへ潜り込んで、操縦桿を握る。簡単だ、拍子抜けするくらいに。
すると閉めようとしたハッチを掴み、一人の軍人がカミーユを覗きこんだ。

「貴方……!? 何をしているの、そんなところで!!」
「貴女は、エマ・シーン中尉?」

黒のパイロットスーツを着た女兵士にカミーユは見覚えがあった。
確か、空港でジェリド・メサに殴られた時に近くにいたティターンズのメンバーだ。エマと呼ばれていたのも確かに聞いている。
そんな記憶の片隅にしか残っていそうもない事を、極度の緊張によって鋭敏化したカミーユの感性は即座に引き出していた。
栗色の髪に勝ち気そうな瞳。綺麗な人だと、カミーユは率直に思った。
だが今はそんな事を気にしていられる時ではない。ティターンズなら、どのみちカミーユの敵なのだ。

「危ないです、離れていて下さい!」
「貴方っ、何を!」

強引にハッチを閉め、そのまま機体を起こすべく操縦を開始する。
この機体の事をカミーユはよく知っている。このMK-Ⅱのデータは何度だって繰り返し見たのだから。
ジュニア・モビルスーツの大会では、このモビルスーツのコックピットのレプリカを作って出場した事もある。
機体に自分の知る最適な数値を入力し、出力を上げていく。

「火が入ったままだ、親父め。作るだけ作って後の面倒を見ないから、こんな適当に使われるんだ」

ここには居ない父親へ、悪態を付かずにはいられない。
フランクリンは不精な人間だ。開発部の主任に抜擢される技術力は並大抵ではないが、その人格には大いに疑問が残る。
このMK-Ⅱの開発にしても、フランクリンは技術試験の一環程度に考えている節があった。
この機体がどんな理由で求められたのか。ガンダムの名で何を示したかったのか。そんな事を、フランクリンは露ほども気にしてはいないのだろう。
だからティターンズなんかに協力する。それがどんな意味を持つかなど考えず、目先の利益ばかり見るから疑問を覚えないのだ。

自宅の父の書斎は散らかっている。仕事で使うコンピューターや書類が何時も放り出されたままなのだ。
まるで玩具で遊んだ子供が片付けをしないでいるように。カミーユは父のそんな所が心底、堪らなく嫌だった。

『そこのお前、何をしている! すぐにハッチを開けて出てこい!!』
「あれは……ブライト・ノア中佐だ!」

拡声器を使って声を張り上げる軍人。MK-Ⅱのメインカメラが捉えたのは、カミーユが会いたかった人物だった。
元ホワイトベース艦長、ブライト・ノア。一年戦争での功績を称えられ、中佐にまで昇進した人だ。
カミーユは一度、彼と出会った事がある。軍主催のサイン会で色紙にブライトのサインを貰ったのだ。
あの時のブライトは何処か居心地悪そうに苦笑していた。自分は船を沈めた艦長だと、口癖の様に呟いて。

「怪我をします、離れて下さい!」
「止めなさいっ! 坊やの弄る物じゃないわ!」
「ちぃっ……! 下がれエマ中尉、奴はやる気だ!」

ガンダムが立ち上がる。牽引車を押し潰し、倉庫の屋根を倒壊させながらゆっくりと。
光を吸い込むような濃紺の巨躯。ガンダムMK-Ⅱが醸し出す異様に、退避したエマとブライトは絶句していた。
子供がモビルスーツを動かす、まるで伝記の再現だ。それもブライトが誰より良く知り、連邦軍のエマなら当然聞き及んでいる人物の。

「これでは、アムロの再来じゃないか……!」
「アムロ・レイ――――ブライト中佐? あの子が……まさか、ニュータイプ?」

それは早計だ。という喉まで出かけたエマへの言葉が、ブライトの口からは終ぞ出てくる事はなかった。
一年戦争でのホワイトベースクルーにとって、アムロ・レイは特別な存在だった。
終戦後、ホワイトベースクルーの殆どがニュータイプではないかと民衆は真しやかに囁いたが、それが誤りであるのは全てのクルーが実感していた事だろう。
モビルスーツでの超人的な戦果。少なくともア・バオア・クー戦の時のアムロの重要性は、そんな一側面で語れる物ではなかった。
しかし他ならぬブライトが、あの少年を"アムロの再来ではないか"と、一瞬でも考えてしまったのは事実であった。

「すみませんっ! ブライト中佐、エマ中尉!」
「あいつ、抜け抜けと……!?」

渋面で悪態を付きながらも、やはりアムロにそっくりだとブライトは感じた。
まだ戦争をしている自覚が無かった頃のアムロも、ああやって大人をナメた、人を喰った様な口の利き方をした。
だが今はそんな感傷に浸っていられる場合ではない。子供にモビルスーツを鹵獲されるなど、前代未聞の大失態だ。
ホワイトベース艦長への就任以来、終戦後に至るまで貧乏くじを引き続けたブライトだが、久方ぶりに頭を抱えたく成るほどの災難に見舞われていた。

遂にカミーユが機体を完全に立ち上がらせた時。
そのすぐ近くへ複数のモビルスーツがバーニアを吹かせ、次々と着地していく。
二機の黒いモビルスーツと、同型の赤い機体。モノアイ型のメインカメラと寸胴なシルエットはジオニック系機体の意匠を感じさせる。
そしてもう一機。『2』の数字が肩にマーキングされた、ガンダムMK-Ⅱ二号機が大地へと降り立った。







クワトロ率いるリックディアス隊はグリーン・ノア2へと侵入し、迎撃に打って出た連邦の機体を掻い潜っていた。
連邦の対応は拙遅であり、お粗末に過ぎた。コロニーの損壊を考慮しない砲撃戦などその最もたる物だ。
加えて、主力MSとして旧式を改修したジムⅡを使用している事もクワトロの眉を顰めさせた。
ティターンズが次期主力として次々と新型を開発している中、基地守備隊としてあんな型遅れの機体を現役のままにしている。
それは連邦上層部がどれだけ宇宙に関心が無いかを表しているかの様だ。
先のデラーズ紛争が終息した後でもアクシズを始め、まだ宇宙に燻る火種は幾らでもあるというのに。

―――――。

「何だ、この感覚はっ……?」

戦闘中に発見したガンダムMK-Ⅱを追尾する最中、クワトロは無意識を刺激される感覚に呻いた。
まるで激情に駆られた少年の怒声の様な煩わしさ、ここに来てクワトロは確信を得ていた。
やはり、居る。このグリーン・ノアに、あの白い少女に比肩し得る才能の持ち主が存在するのだ。
あのガンダムのパイロットではない。恐らくティターンズの兵ではないだろう、ならば誰だ?
クワトロの思考を誘導するかの様に、無意識への声は大きくなっていく。

「ええい……邪魔をするな、ナナ! 戦場は子供が口出しするような所ではない!!」

コックピットの中で、クワトロは叫んでいた。理由が在った訳ではない、反射的に出た行動だった。
ナナが自分を通して戦場を見ている。そんなファンタジーめいた馬鹿馬鹿しい考えが脳裏を過った。
しかし、その考えを否定する理由もクワトロは持ちあわせてはいなかったのだ。
振り払う様に声を上げれば、無意識からの煩わしさが煙の様に消えたという事実が残るのみだ。

ガンダムMK-Ⅱはバーニアを瞬かせ、基地施設と思わしき場所への逃走を繰り返す。
それをクワトロは鼻で笑った。艦隊の援護も期待出来ぬコロニー内で、逃げに徹する理由が如何ほどの物かと。
しかし次の瞬間、クワトロは目を見開く事となった。

「大尉、ガンダムMK-Ⅱです! もう一機います!」

基地内部の建物から、その等身を突き抜けさせる様にガンダムは佇んでいた。





複数の機体が乱雑に入り混じる中で、カミーユは酷く緊張していた。
モノアイの不明機体。その隊長機らしき赤い機体に、"力"とでも呼ぶべき圧迫感を感じていた。

「まるで、赤い彗星じゃないか……!」

あの機体にだけは敵と思われてはいけない。そんな自己防衛の意識がカミーユの中に芽生えていた。
そんな時、カミーユの視界の端に黒い小さな人影が映った。
逃げ惑う兵士の中にあって一際目立つ黒い制服の男。その姿を見て、カミーユの意識はあっという間に別の方向へと傾いた。

「見つけたぞ、逃がさないっ!」

バーニアを目一杯に吹かせ、三号機のMK-Ⅱは空中へと舞い上がった。
モノアイの機体、リックディアスが警戒し銃口を構え直すが、そんな事に構ってはいられなかった。
自重に任せ、黒い制服のMP目掛けてMK-Ⅱを降下させていく。
今のカミーユは異常なまでに感覚が冴え渡っていた。まさにイメージした通りの場所へと機体を着地させる事に成功したのだ。

「そこのMP!! 一方的に殴られる怖さを教えてやろうか!?」

外部スピーカーの電源をオンにし、カミーユは叫んだ。
眼前に迫る圧倒的な暴力へ震え上がる男に、カミーユは頭部バルカンの引き金を迷うこと無く引く。
当然、威嚇射撃だ。あの男には、自分が受けた恐怖と苦痛をそっくりそのまま味あわせねば気が済まない。
みっともなく腰を抜かした男。このまま踏み潰してやる、頭に血の上っていたカミーユは機体の片足を上げさせた。

――――……!

「何でだよ、止めろって言うのか? だって、こいつはっ」

無意識への声が、熱に浮かされたカミーユへと制止を掛ける。
目の前の事に無我夢中だった頭が、急に現実へ引き戻されたカミーユは、怒りよりも先に困惑した。
自分は一体何をしようとしていたのか。こんなのは復讐でもない、ただの殺人だ。
カミーユは熱くなりがちだが、決して残酷な人間ではない。問題はあれど普通の家庭で育ち、教育の中で当たり前の倫理観も持たされていた。
自分は、あと少しで取り返しの付かない事をしていた……それを止めてくれた声に、カミーユはどっと感謝の念が溢れるのを感じていた。

このMK-Ⅱの奇行に、とうとう膠着を耐えかねた黒のリックディアスが銃口を跳ね上げさせた。
アポリーの行動に、クワトロを機体を前へ割り込ませ制止を掛ける。

「よせ、アポリー! 敵ではない、二機とも捕獲するぞ」

クワトロは半分賭けで、外部スピーカーを通して声を張り上げた。
それはカミーユにとっても転機だった。あの機体を味方に付ける、この状況を打開するにはそれ以上の事はないのだから。

「そうだ、僕は敵じゃない! 貴方がたの……味方だ!」

カミーユは機体を転回させ、MK-Ⅱ二号機へと標的を定めた。
その様子に混乱したのは、二号機のパイロットであったカクリコンだ。
てっきりあの機体に乗るのは、テストパイロットであるジェリドだと思っていたのだから無理もない。

「今、証拠を見せてやるっ!!」
「なんだと……! 馬鹿な!?」

想定外どころの話ではない状況にカクリコンが呻くと、三号機はその眼前へと瞬く間に突進してきていた。
正規の軍人を相手にして、素手で敵モビルスーツを鹵獲しようなどとは一般人でも分かる無謀だ。
しかし今のカミーユにはそれが出来ると確信があった。感覚が冴えている、機体が自分の手足の様に動くのだ。
スラスターの勢いのまま押し込まれる二号機は、武器を構える暇もなくビルへと押し倒されていった。

「コックピットを開けるんだ! でないと、このまま押し潰すぞ!」
「ぐぬうっ……何故、こんな事になるんだ……!?」

コックピットへと向けられるバルカンの存在に、カクリコンを止むを得ずハッチを開けた。
その手際は見ていたクワトロをして驚嘆という他になかった。
聞こえた声は少年の物だ。ならば当然、正規の兵ではないだろう。

「あの感覚は、この少年のモノだったのか……ならばMK-Ⅱのパイロット、信用出来るか?」

カクリコンがハッチから降りたのを確認し、黒のリックディアスが直ぐさま確保へと移った。
それを静観する三号機には、相変わらずクワトロたちへの敵意は感じられない。
あの機体までを得られるのであれば僥倖だと、クワトロは三号機へと通信を試みる。

「三号機のMK-Ⅱ、一緒に来てくれると思って良いのだな?」
「……はい! ティターンズは許せませんし、もう帰る事も出来ませんから」

エゥーゴならば、スペースノイドの味方の筈だ。
どの道、カミーユには彼らに着いていく以外の選択肢は残されていないのだ。
無力化された二号機を担ぐ二機のリックディアス、それを追う赤いリックディアス。
カミーユは意を決し、その軌道を追う様にMK-Ⅱを空へと飛翔させた。



カミーユが駆るMK-Ⅱの眼下には、荒れ果てたグリーンノア2があった。
ビームライフルの熱で焼け焦げた道路、墜落したジムに押し潰された家。
見ればカミーユの家も潰されている……両親との仲には不満があっても、それはカミーユにとっては替えの効かない物だった。
胸を抉る損失感に歯を食い縛りながら、機体を維持し続ける。

「あれは、ファ……!」

戦火から逃れるため、必死に走る少女の影がメインカメラに映っていた。
居もしない影に怯える様に、あちこちを見ましながら走るファの姿は酷く痛ましかった。
か弱い幼馴染に手を差し伸べてやりたい……しかし今のカミーユは、彼女の所へ戻る資格も失くしてしまったのだ。

「どうした三号機、付いてこないのか?」
「……いいえ、行きます!」

軌道を乱したカミーユに、赤い機体のパイロットは訝しげに声を掛けた。
深みのある、男性の声だ。でもこれは、無意識に語りかけてきたあれとは別の物だと思えた。
赤い機体は、連邦軍の追撃を避ける為にジグザグと複雑なコースを飛行していく。
前に見た連邦軍の飛行演習とは全然別物である事にカミーユは驚いた。より精錬された、熟達した動きだと分かったのだ。

「大丈夫か三号機! 付いてこられるか!?」
「だ、大丈夫です!」

黒い機体の一機が、カミーユの機動の危なっかしさに耐えかねてMK-Ⅱを支えた。
この人の良さそうな声の男が、アポリー・ベイという名前であることをカミーユはまだ知らなかった。
カミーユは機体の片腕でアポリーの介助を退けた。大見得を切って着いてきたのだ、おんぶ抱っこなど願い下げだった。
この熟練の軍人たちに無様は見せられない。そんな子供じみた見栄がカミーユの弱気を消し去ってくれていた。





侵入の際にコロニーの外壁へと開けた穴を潜り、クワトロたちは宇宙へと脱出する。
コロニーの外へ出てしまえばこちらの物だ。追手が来ようとも合図一つでアーガマの支援砲撃が開始される手筈になっている。
流れが完全に自分の望んだ物になっていることにクワトロはほくそ笑んだ。

「ん……来たか!」

宇宙空間に自分たちへと迫る、三つの光源が現れたのをクワトロは確認した。
瞬く間に射程圏内に接近した機体は、連邦の量産機ハイザックだ。
ジオニックのザクを元に、アナハイム社が新素材を採用し再設計、そこに地球系企業のジェネレーターを載せた技術キメラとでも呼べる代物だ。
そんな複雑な経緯をもって生まれたハイザックだが、実際は類稀な堅実さを持った機体として仕上がっている。
ザクの優良な操作性に新世代の装甲の堅牢さ。出力こそ低めだが、それ故にパイロットの思い通りになる扱いやすさも持ち合わせていた。

「出てきたな、エゥーゴめ……よくもまあ抜け抜けと!」

ハイザックを操縦するジェリド・メサは、眼前を翔けるエゥーゴの機体に歯噛みした。
組織へ誇りを持つジェリドには、コロニーを荒らすだけ荒らして逃げるコソ泥どもを許す気などない。
自分も行く行くは上層部へと願うティターンズの威信に、奴らは泥を塗ったのだ。

「無理はするな、ジェリド中尉! その機体に慣れてもいない筈だ」
「俺だってティターンズだ。大口に見合うだけの仕事はさせて貰う、やらせてくれ!」

ドックベイから同時に出撃したパイロットは、ジェリドより先にハイザックの習熟を済ませている熟練だ。
だがジェリドとてグリーンノアで休暇を満喫していた訳ではない。テストパイロットに選ばれ、ずっと過酷な日程をこなして来たのだ。
事実、ハイザックはMK-Ⅱより余程扱いやすい。あの遊びの無い機体に振り回された日々も、決して無駄ではなかったと実感させてくれる。

「ロベルト、信号弾を撃て」
「了解!」

クワトロからの指示で、ロベルトのリックディアスはアーガマへの合図を放った。
数秒後、メガ粒子砲の超長距離射撃による支援砲撃が届く。それまで凌げばクワトロの勝ちだ。
全てが計画にに沿った予定調和だった。しかし、その考えが甘かったとすぐにクワトロは思い知る事になる。






カミーユは見た。自分たちが向かう進行方向から、一筋の光が輝くのを。
速い、まるで流星だ。そんな事を考えた一瞬で、光はカミーユの横を通り過ぎた。
MK-Ⅱを運ぶアポリーとロベルトの横を。敵への警戒を続けるクワトロの上を。
歴戦のエースたちにその存在を認識させる間もなく、その機体はハイザックを駆るジェリドたちの前へと躍り出た。

「ジムなのか? でもあれは、ティターンズの……」

カミーユは、その機体がティターンズのジム・クゥエルだと知っていた。
本来濃紺色の機体は胴体と頭だけを白く塗装され、酷く不格好な姿を晒している。
しかしそのエゥーゴカラーが、ティターンズから奪った機体を自陣の戦力とした鹵獲機体だと証明していた。
それを見て憤ったのはジェリドだ。目の前の巫山戯たジムに、怒りのままライフルを構えた。

「盗んだ機体が増援なんぞとは、恥を知らねえのかっ、テメェらは!!」

瞬いた火線は一直線にジム・クゥエルへと向かう。
やられる。次の瞬間に爆散するとしか思えなかったジムに、カミーユは自分の目を疑った。
ビームが、ジムをすり抜けた。いいや、避けたのは分かる。しかし、そうとしか見えないのだ。
ジムは続け様にハイザック隊から放たれる幾重ものビームを、まるで曲芸飛行の様な機動で躱し続けている。

「馬鹿な、ナナだと……!? ちぃぃっ! ヘンケン、何故出した!!」

超機動を展開する、現れる筈のないジムの存在に、クワトロは怒りと苛立ちでシートを殴り付けた。
ナナの実力は未知数だ。計画への混乱と倫理観の両面で出撃は無いと、ヘンケンと二人で固く誓った筈だった。
あの少女を戦いで散らすなど言語道断だ。クワトロにとって、ナナは決して失ってはならない存在なのだ。
心許した少女を、自分の理想だったニュータイプを。過去に失った男が同じ過ちを繰り返すなど、あってはならない事なのだから。

「馬鹿な、何故……何故、当たらない!?」

ジェリドは目の前の機体が、自分の想像を越えた存在であるのをようやく感じていた。
クゥエル、あれにはジェリドも訓練で乗った事がある。旧式でパワーではジムⅡにすら劣る欠陥機体……その筈だった。
あんな軌道をジェリドは取らない、あんな機動はジェリドには出来ない、あんな反応速度が人間に出来るものか。
何だ、あのマシーンは。ジェリドが戦慄する一方で、カミーユはジムに魅入られていた。

――――――れ?

声が、聞こえる。
より強く、より鮮明に。手を伸ばせば届く様な距離に"彼女"は居た。
カミーユは理解した。カミーユに声を届けていたのは、彼女だったのだ。
今なら分かる。MK-Ⅱを取り押さえた時の感覚の冴えは、彼女が力を貸してくれていたのだ。

あなたは、だれ?

「カミーユだっ! 俺は、カミーユ・ビダンだっ!!」

カミーユは叫んだ。少女に向かって、自分の声を届けようと精一杯に。
モビルスーツという鋼鉄の壁と宇宙空間に遮られ、その声は届く筈がなかった。
でも、聞こえた筈だ。カミーユは理由も不確かな高揚感に包まれ、操縦桿を強く握りしめた。
そしてジム・クゥエルから放たれたライフルの一撃が、強かにハイザックの片足を貫いた。

「野郎、化け物かっ……! な、なんだ!?」

罵倒とも賞賛ともつかぬ呻きがジェリドから零れるのと同時に、閃光が辺りを満たした。
それは戦艦からのメガ粒子砲だ。予想外の火砲の嵐にハイザック隊は浮足立ち、その動きを散漫にせざるを得なかった。
一機、また一機と。ハイザックが粒子の波に呑まれていく。
その悪夢のような光景に、ジェリドの心臓は早鐘を打ち、脂汗がどっと溢れだして止まらない。

「こんな、こんな筈では……!」

火線の間を巧みに掻い潜るエゥーゴの機体への追撃は断念するしかなかった。
それどころか命からがら、自分のハイザックがビームの餌食にならないのを必死で祈るばかりだ。
だが同時に自覚していた、あれが敵なのだと。自分たちティターンズを脅かすのがエゥーゴだと。
ジェリドは火線の止んだ空域を瞬くように去って行く赤い機体とMK-Ⅱを、ジムを。その姿が見えなくなるまで目で追った。














あとがき

なんとか11月内に更新出来たので、ageさせて頂きます……
いや本当に今更過ぎてアレですが、SS自体は止めてないのです、恥ずかしながら。
一年放置の上にsage更新とか意味不明な事をしてるのに感想を頂けた時は、正直舞い上がるほど感激しました。
何時も励みにさせていただいております。取り敢えず気になった所にちょちょっと弁解させて貰うと……

>中の人
リ・ガズィSSの世界のナナには中の人はいません。完全消滅です。
というかLv9世界は、自分の中ではリ・ガズィのパラレルワールド的な扱いなので、元の世界で元気にやってると思ってます。
アル中にもならず、トラックにも轢かれず、日和見過ぎて大学留年とか多分そんな感じです。

>ヘイズル
基本的にSSに登場させる機体は原作のみ、出たとしてもMSV機体だけの予定です。
外伝、特にアドバンスドは原作機体と並べた時の絵面が想像できないのが主な理由です。
渋いMK-Ⅱとハイカラなヘイズルだと、自分的にはなんだかなぁと思ってしまうのです。
ヘイズルの魅力である換装も、鹵獲機体と考えると説得力が薄くなりそうですし。



[35616] re.Zガンダム5
Name: ア、アッシマーがぁぁ!!◆996184ac ID:0da57608
Date: 2013/12/04 22:19
アーガマの居住区画にある一室。所謂フリースペースと呼ばれる場所だ。
そこにエゥーゴの主要スタッフである者達が一同に集っていた。
アーガマ艦長ヘンケン、MS隊総指揮官クワトロ、エゥーゴの指導者であるブレックス・フォーラ准将。
大きな役職を持つ大人たちの貫禄に、カミーユは気後れする様な気分を味わっていた。

「ニュータイプのアムロ・レイの事はアングラの出版物で知っています。以前から、よく話題に上がる人でしたから」
「グリーン・オアシスでアングラか? 軍事コロニーだってのに」
「初めからそうだった訳じゃありませんよ」

どこか緊張した様子のカミーユに、ヘンケンは親しみのある眼差しを向けた。
軍人然とした、何処か粗野な印象のヘンケンだが、不思議とカミーユは悪い感情を持たなかった。
気風の良い兄貴肌。壮年男性特有の男臭さに、カミーユは我ながら現金だと思いながらも気安さを感じていた。

「グリーン・オアシスだって連邦軍が来るまでは、普通の民生用コロニーだったんですから」
「そりゃあそうだが、空気漏れが続いていたらどうしたんだね」

ふっと悪戯っぽくジョークを飛ばすヘンケンに言葉の端に、多分に皮肉が篭められていてクワトロは苦笑いした。
サイド7と呼ばれていた頃のグリーンノアに、誰が穴を開けたかを知っての言葉だ。
クワトロの素性を詳しく聞いてはいないヘンケンだが、これだけ近くに居るのだから大凡の検討は付いている。
それにブレックスがククッと忍び笑いをすると、そんな大人たちの駆け引きに、クワトロの隣に座る白い少女が不思議そうに首を傾げていた。

「君の境遇は、そのアムロ・レイにそっくりだと私は感じるのだよ。もしや君が、エスパーなんじゃないかと思うくらいにね」
「……僕はそんな特別な人間じゃありませんよ。偶然が重なっただけです」

ブレックスの快活な笑顔に、カミーユは伏し目がちに応えた。
エスパーなんて言えば、余程それに近い人物がそこに居るのをカミーユは知っている。
ジム・クゥエルのパイロットであった少女、ナナ。
その存在は薄々感じ取れてはいても、いざ目の前にすれば驚きを隠す事は出来なかった。
真っ白い髪に、透き通る様な白い肌。眼は地球の空の色に似たネイビーブルー。
時々カミーユの目の錯覚の様にちらつく瞳の蒼色が、少女により一層の神秘的な雰囲気を与えていた。

カミーユはナナをちら、と見る。
やはり、あの凄まじい動きをしていたジムのパイロットには到底見えない。
何せ格納庫で彼女が出てきたのを見た時は、パイロットスーツですらない、今と同じスカート姿の私服だったのだ。
感情を窺わせない表情は、無口さと合わせて非常に精巧な人形を思わせる。
……笑えば、きっと凄く可愛いのにな。場違いにも、カミーユはそんな少年らしい感想を抱いていた。

「エゥーゴって、こんな小さな子を戦わせる様な所だったんですか?」
「ああ、いや。それには誤解があってだな。俺は許可なんぞしてないのに、コイツが勝手な真似を……」

つい睨め付ける様になってしまった視線に、ヘンケンがバリバリと気不味気に頭を掻いた。
エゥーゴはスペースノイドの人権を守るために体制に歯向かう、義賊みたいな物だとカミーユは思っていたのだ。
ナナはそんな事は我知らずとばかりに、カップのジュースにストローで口付けていた。
それをギロリとヘンケンが睨むと、ナナはさっと両手で頭を隠した。どうやら先程貰った拳骨が余程痛かったらしい。

「整備班のバカどもが、第一種配備中だってのにそいつに機体を弄らせてたんだとよ。子供の遊びだと微笑ましく見てたらしくてな。気付いた時にはカタパルトですっ飛んでった後だと、泣き言の連絡を寄越す始末だ」

聞けばナナほどの娘を持つ者も中にいる整備兵は、度々ドックに来る彼女をいたく気に入っていたらしい。
予備ですらない置物のジムくらい好きにさせてやれと、シートに座らせ飴玉を舐めさせてやるほど甘やかしていたとか。
飴の甘さに何処か満足気な少女が、整備兵の目のない所で黙々と専門職並みの機体設定をこなしていたなどと誰が思うか。
こんな少女がパイロットなど、それこそ与太話だ。整備班たちは揃って笑い飛ばしていたのだ。
事態は起こるべくして起こった物だと言えよう。

「何事も無かったから良かった物の、クワトロ大尉にはえらく怒られるし……ったく、次やったら拳骨じゃ済まさんからな!」
「わたしは何も悪いコトしてない。シャアが呼ぶから、ジムで迎えに行っただけだもん」

鬼の形相を浮かべるヘンケンに、ナナは不服そうにクワトロを見た。
今まで黙っていたクワトロは怪訝な表情でサングラスを外し、ナナをまじまじと見た。
ナナは嘘を付かない。元よりそうする事を知らないし、それを必要とする機会にもまだ出会っていない。
それをブレックスは興味深げに眺めていた。この少女に特別な物を感じずにはいられなかったのだ。

「ナナ、私は決して出撃してはならんと言ったな? なぜ約束を破る様な事をした」
「だって口出しするなって、あんな大きな声でわたしに言うから。助けて欲しいのかと思った、シャアは全然本気で戦わないし」
「おいクワトロ大尉、何時の間に通信なんて寄越した? 俺は聞いてないぞ」
「馬鹿を言うな艦長。私は任務のため、何時であっても全力を尽くしている。ナナ、妙な事を言うのはよせ」

ミノフスキー粒子の影響下で長距離通信が不可能なのはヘンケンやブレックスも重々承知している。
だが、少女の言葉には奇妙な説得力があった。子供の戯言だと一笑することが出来ないほどに。
ヘンケンはナナのこういう鼻持ちならない所が気に食わなかったが、ブレックスは確信を得たとばかりに頷いた。
ナナの歳不相応な利発さと物怖じしない所に、カミーユは面食らっていた。クワトロは参ったとばかりに溜息を吐くだけだ。






座っていたソファから立ち上がったブレックスは、ナナの所まで歩み寄ると腰を落として視線を合わせた。
ブレックスのナナに向ける表情はとても穏やかだった。好々爺らしい、人を安心させる微笑みだ。

「ナナちゃんだったね。君に教えて欲しいことがあるんだが、良いかな?」
「うん、いいよ。ブレックス」
「おまっ……! 准将と呼ばんか、ブレックス准将と!! 失礼だぞ!」
「構わんよ艦長。だが、年長者を呼び捨てにするのは感心しないな。私の事はおじさんと呼びなさい」

この風変わりな少女を前にした余裕に、カミーユはブレックスの年季の違いとでも言うべき老猾さを垣間見た。
しかし同時に、失った何かをナナに重ねた哀憫も感じ取れていた。
その様子にヘンケンもクワトロも、口を噤んで見守ることを選ぶしかなかった。

「君は遠くの人の声が聞こえるのかい? 目で見えない場所が見えたり、すぐ先の事が分かったりもするのかな」
「……? わたしは聞こえる物しか聞こえないし、見えない物は見えないよ。おじさんだって、そうでしょう?」
「……そうだね、その通りだ。じゃあ君は、どうしてモビルスーツを操縦出来るんだね? 誰かに教わったのかな」

ブレックスの質問が物々しさを帯びたことに、思わずカミーユはクワトロを見た。
見ればクワトロも不穏な様子を察したらしく、口を出そうとした所でヘンケンに肩を叩かれていた。
抑えろ、曲がりなりにもエゥーゴのトップである准将の仕事だと。ヘンケンとて心穏やかでいる訳ではない。
ブレックスの少女への並ならぬ感心は、真っ当な軍人である彼等にも十分嫌な予感を感じさせていた。

「教えて貰わなくたって、出来るよ。私はそのために研究所で生まれたんだから。ティターンズとかガンダムとか、ビデオも沢山見た」
「ほう、ティターンズか。彼らは強いぞ? ナナちゃんとどっちが強いのかな」
「あんなの全然ダメ。ガンダムだってあんな遅い反応で頑張ってたのに……機体を使いこなせてない。宇宙は地球じゃないのに、重力が無いのを知らないんだよ」
「そうか、ナナちゃんは凄いな……」

絶句だ。ブレックスも、クワトロもヘンケンもカミーユも。今まさに少女の異常さに呑まれていた。
ティターンズは地球の重力に魂を縛られた人間だと、少女は言外に言っているのだ。
宇宙への進出で進化した人間、ニュータイプ。ナナこそがその存在である事を、この場に居て否定できる筈がない。
クワトロは血が滲む程に唇を噛み締め、あの廃コロニーの研究者たちへあらんかぎりの怨念を向けた。
奴らは、この少女に何を背負わせた。何故こうまで痛ましく、彼女を歪めたのかと。

カミーユは、胸を締め付けられる様な想いに息苦しさすら覚えていた。
自分が平和を謳歌している最中、こんな小さな子が戦いの為に生み出されていたなどと。
まるでドキュメンタリーを見た学生の安っぽい感想みたいだと思ったが、それでも構わなかった。

「あの、ヘンケン艦長。僕、アーガマから外の景色を見てみたいです。ナナも連れて行って良いですか?」
「うん? ああ、そうだな。構いませんね、准将」
「ああ、長話をして悪かったね、ナナちゃん。カミーユ君も」

だからそう怖い目で見るなと、ブレックスはクワトロに肩を竦めた。
カミーユは二の句を言わず退出を許したヘンケンに安心していた。軍人と言えど、情のある人だと思えたのだ。
ナナの腕を引き立ち上がらせたクワトロは、カミーユも立つように促し、その背をドアへと押した。
カミーユが外へ出る直前、クワトロは他に聞こえぬ様にそっと囁いて耳打ちをする。

「……ありがとう、カミーユ君。すまなかったな」
「いえ……僕だって、他人ごとじゃないんですから」

コロニーの一歩外で、戦争をしているという認識。
それを思い知らされる、稀有な状況だったのは間違いないだろう。
だが一方で、カミーユはクワトロ・バジーナという男への認識を改めていた。
静かな物腰な中に、何処か血生臭さを感じさせる怖い人だと思っていたが、それだけではなかったのだ。
ナナに対して兄や父の様な父性を持つ、一人の少女の身を案じる人間だと、カミーユには今のクワトロが確かにそう見えた。









三人の男が残された一室で、ブレックスは静かにコーヒーを口に含んだ。
ナナの言葉は、興味半分でしかなったブレックスを唸らせるには十分だった。
そしてカミーユ・ビダン。やはり彼も、普通の少年とは違った感性の持ち主だと感じた。

「カミーユ君か。彼をニュータイプと思いたいのは、私の欲目かな」
「アムロ・レイの再来ですか。クワトロ大尉はどう見た?」
「良いセンスを感じます。ただ、ニュータイプはエスパーではありません。なので目に見えて違う所はありません、本来ならば」

敢えてはぐらかすブレックスと、含んだ物言いのクワトロ。ヘンケンは堪らず眉間の皺を揉み解した。
先ほどの会話でも分かったが、准将はあの白い少女が余程お気にめしたらしい。
ガンダムMK-Ⅱを持ち込んだカミーユと合わせ、素晴らしい人材を見つけたとさぞご満悦なのだろう。
クワトロの探る様な視線に、観念したようにブレックスは眼尻を下げた。

「大尉、そんなに彼女を使うのには反対か? 能力に関しては問題ない筈だ」
「能力さえあれば起用すると? それは旧世紀以前の悪しき風習です、我々が倣うべきではない」
「聖人に俗世で生きろと言えるかね。あの才能を枯らすなど、冒涜的とすら私には思える」
「准将の様な分別を持つ方が、子供にエゴを押し付けるのですか」

クワトロの頑なな様子に、ブレックスは堪らず大きく溜息を吐いた。
冷静沈着かつ極めて有能。野心に燃え、地球の重力にしがみ付く輩を淘汰すべく戦う男が、こうも骨抜きにされるかと。
クワトロはナナに感情移入し過ぎている。これでは人として正しくとも、組織に身を置く軍人の姿ではない。
秀麗な容貌と傑出した才覚が、幼いながらも蠱惑的な魅力を醸し出す少女。
クワトロが彼女の何に魅せられたか興味深いが、ブレックスにはナナを手放す気はさらさら無かった。

「我々は慈善活動家ではない、ならば使える物は使わなばならん。大尉とて、それは承知してあの子を連れてきたな?」
「……貴方は、良い死に方は出来そうにない。ブレックス准将」
「君もな。そして私はジャミトフとバスクを地獄に引きずり込むまでは止まらんよ」

見込みのある人材をみすみす手放すなど論外だと、ブレックスは言う。
ティターンズとの正面衝突は間近に迫っている。今は優秀なパイロットが一人でも多く必要な時だ。
特に今後は、エゥーゴ艦隊とティターンズ艦隊の少数艦艇による遭遇戦が予想されている。
今は量より質が求められる状況だ。ニュータイプという甘美な響きは、宝石に勝る価値があると言って過言ではない。

「何も私とて、今すぐ最前線に送れとは言わん。まずはカミーユ君ともども様子を見て、本人たちが望むのであれば正式なクルーとして迎えたいと思っているに過ぎん」
「ですが准将。カミーユはともかく、ナナを出すのは味方の士気にも関わるかと。私は賛同しかねます」
「ヘンケン中佐、あの子を普通の娘と思うのはもう止めたまえ。特別な存在は何処かしらに居る、あれもその一例だと言えば分かるだろう」

ブレックスはナナに既視感の様な物を抱いていた。彼女と近い雰囲気の人間を知っていたのだ。
超然的な、という意味ではない。あれは日常に生きながら、非日常に生きる者の姿だとブレックスは感じた。
長く戦場に居すぎてしまった為に、戦場でしか生きられなくなった兵士。ナナは何処かそれに似ていた。
子供を戦わせる事への疑問など、超人的な戦果の前では容易く霞む。凡百の兵の間でなら尚更だろう。

「ニュータイプを指揮する。艦長職の誇れではないか、中佐?」
「……私はブライト・ノアになろうとは思いません。あの娘が組織に与するための資質を大きく欠くと、ご理解しているので?」
「当然だ。その上で、それを何とかするのが中佐の仕事だと言っているのだよ」

ヘンケンは苦虫を噛み潰した様な渋面を浮かべるしかなかった。
一年戦争で民間人を率いて英雄艦を作り上げた男と、同じ仕事をしろとブレックスが言っているのだから。
ブレックスは未だ苦悶の表情を浮かべるクワトロを見た。
この三十路が迫りつつありながら未だ独り身で来た男が、年端も行かぬ少女の事で悩む姿はなかなか感慨深い。

「クワトロ大尉、君は面白い男だ。自分と似た、何処か浮世離れした人間ばかり連れて帰ってくる」

それはナナの事であり、カミーユの事でもあった。
経験を積み重ねたブレックスの人物眼は、彼らの習性とでも呼ぶべき、自身に近いものを惹きつける性質を見抜いていた。
ナナはクワトロに歩み寄ろうとしている。方法は幼稚で拙いが、心を開こうとしているのは分かる。
カミーユもまた、あの瞬間はナナに心を寄せていた。若く拙速だが、見ていて微笑ましい物でもある。

「未熟だというなら、君が彼女を導きたまえ。それが本来、君に与えられた責務だと私は考えるがね……クワトロ・バジーナ大尉」
「……酷な事を仰る。それが出来る男ならば何故、今こうしているかとは思いませんか?」

言い訳がましい物だと、ブレックスは鼻を鳴らした。
赤い彗星がニュータイプだったという風評を、この男はどうしても認めたくないのだ。
しかし、彼もまた凡庸な人間ではない。カミーユやナナに、多大な影響を与える人物になるだろう。
クワトロが若き才能をどう成長させるのか。ブレックスは今からそれを期待せずにはいられなかった。









カミーユはナナを連れて、アーガマ居住区の一番外側にある通路に来ていた。
厚いガラスの向こう側に外が一望出来る窓。漆黒の海が広がる、殺風景な景色だ。
ナナは窓にぺたりと額を付け、輝く星々をぼんやりと眺めていた。
無機質な瞳は、その光景に何かしらの感慨を抱いた様子はない。

「ナナは、宇宙が好きなのかい?」
「好き……どうして? 宇宙は、宇宙だよ」

カミーユの言葉に、ナナは首をかしげる。
宇宙という人には少し遠い環境が、好悪の対象でないのとは違う気がした。
ナナは、真っ白なのだ。白で境目がないから、好き嫌いの境界が酷く曖昧で、自分ですら良く分かっていない。
関心が無いのではなく、事柄に付随する知識と経験が酷く少ないために、心が余り動かないのだろう。

「俺は好きだな、宇宙は。星がキラキラーって光っててさ、見てて飽きないんだ。凄く静かで、安心するよ」
「カミーユは、地球より宇宙が好きなの?」

ナナからの質問に、カミーユは驚いた。ナナの方から何かを投げ掛けられるとは思っていなかったのだ。
そして恐らく、これが初めて。ナナという少女が自発的に他者に応えを求めた瞬間であった。
ナナの瞳は静かだ。色は地球の空だが、その静寂さは目の前の宇宙を連想させる。

「僕も昔は地球に居た事があるけど、どうかな。今はこっちが……宇宙のほうが好きかもしれない」
「そっか。じゃあ、私と一緒だね」

今まで一度も動かさなかった表情が。ナナが、微笑んだ。
小さな共通点を見つけたと、誰でも持つ普通の親近感。それがカミーユにとって何より尊い物に思えた。
ナナも、笑うのだ。カミーユはそれを知れたことに安堵した。ナナは人形じゃない、人間なんだと。
途切れてしまった会話にもどかしくなる。今は、ナナともっと話をしていたい気分なのだ。

「どうしてクワトロ大尉をシャアって呼ぶんだい? 赤い機体だから?」
「シャアは、シャアだよ。カミーユだってカミーユでしょう?」

酷く哲学的な理由を持ちだされた物だとカミーユは唸った。
曖昧で抽象的だが、どこか核心を抉る。ナナの言葉には奇妙な力がある。
女の子が理解し難い生物であるのはファに嫌というほど分からされていたが、ナナのは格別だ。
一度として出会った事のない不思議な人物に、カミーユはますます興味が惹かれるのを感じた。

「シャアはわたしと同じなんだよ。地球じゃなくても良いと思ってる。だから、わたしが助けてあげるの」
「……そうなんだ。ナナは、優しいな」
「カミーユもわたしと同じだね。分かるよ……ね、こっちに来て」

ナナに手を引かれたカミーユは、そっと掴まれたナナの手の平に何処と無く落ち着かなかった。
小さくて柔らい。そんな筈ないのに、少し力を入れたら壊れてしまいそうだった。
窓ガラスの正面に立たされたカミーユに見えるのは、広大な宇宙空間だけだ。

「カミーユには、宇宙が何色に見える?」
「何色って、宇宙は黒だよ。真空ってナナは知ってるか? 何にも無いから、光があっても反射しないんだ」
「ちゃんと見なきゃダメ。目を瞑ってるから何でも黒く見えちゃうんだよ」

そんな訳があるものか。カミーユの目は両目ともしっかり見開いている。
ふいに、隣のナナを見た。ネイビーブルーの瞳が、ガラスの向こうを覗きこんでいる。
その姿に、カミーユは奇妙な脱力感を覚えた。心が吸い込まれるような、余計な力が抜け落ちていくような感覚。
不思議と心が軽くなる。ナナが見ている物を見たくなって、ナナの真似をしようと宇宙を見た。




漆黒の闇、何もない世界。そこで、何かが煌めいた。
光っている、宇宙が。形のない物が幾つも宙を漂い、太陽の光を反射している。
冷たい宇宙が、今はとても温かく感じた。そこに確かに、誰かが何かを残している。

「――――蒼い」
「そうでしょう? 宇宙は蒼いんだよ。真っ暗じゃないんだから、みんな怖がらなくたっていいのにね」

カミーユの胸が、感動の鼓動で打ち鳴らされている。
見えたのだ。カミーユにも、ナナの見ている世界が。ナナが連れて行ってくれた。
カミーユは嬉しくなってナナの瞳を覗きこみ、あっと声を漏らした。

ナナの瞳は蒼く輝いている。宝石みたいに、宇宙の色とそっくりな蒼色で。
無機質なんかじゃない。暖かな光が宿る歳相応の、優しい少女の目だ。
誰も知らないのだ、ナナの目がこんなに優しいのを。宇宙が真っ暗に見えるのと同じ様に、ナナの目も真っ暗に。
それは酷く悲しい事だ、人は分かりあえるのに。本当に分かりあえば、この蒼い宇宙に出会えるのに。














「おい、カミーユ君。カミーユ君!」
「は、はいっ! ああ、クワトロ大尉……何か?」

急に掛けられた声に、カミーユは驚いて跳ね上がった。
何時来たのかも分からなかったクワトロが、怪訝な物を見る目でカミーユを見ていた。
クワトロから見れば、カミーユは身じろぎもせず無言で窓を眺めていたのだ。
虚ろな表情は夢遊病のそれにも見えただろう。

「君にグリプスの話を聞きたかったが……具合が悪いのなら、無理をせず休め」
「いえっ! その、ちょっとぼうっとしてて。ナナが宇宙を」

そこまで言って、カミーユはナナを見た。
ネイビーブルーの瞳の少女は、相も変わらず無表情だ。無機質な目にも変わりはない。
窓の外は漆黒が広がっている。宇宙だから黒いのは当然だ。真空だからって? そんなの知っている。
さっきの事は夢だったのだろうか。繋いだままになっていたナナの手が、カミーユに夢が現実かをあやふやにしていた。
その様子を見たクワトロは、口元を少し綻ばせた。

「よく懐いた物だ。君さえ良ければ、時間のある時はナナの面倒を見て貰いたいのだが」
「それは、良いですけど……あの、グリプスの話って?」
「それはもう構わんよ。ゆっくりしておけ、私は少し雑事を片付けに行ってくる」

上機嫌に去って行くクワトロ。なんだかなぁとカミーユは思わずいられない。
ナナが意外に早く他人へ馴染めた事に、クワトロの足取りはらしくもなく軽くなっていた。
それとすれ違ってやって来たレコアが、上官の様子に気味が悪いと言わんばかりに眉を顰めた。
そんなレコアを気にもせず歩いて行くクワトロが見えなくなるのを確認し、レコアはカミーユに笑顔を向けた。

「貴方がカミーユね? 私はレコア・ロンド、よろしく」
「あ、はい……レコアさんも、エゥーゴで戦っている人なんですか」
「そうよ、これでも少尉なんだから。聞いてるわ、貴方ニュータイプなんですってね」
「冗談で言われたんですよ。僕がそんなふうに見えますか?」

分かってるわよ、とレコアはクスクスと笑った。
レコアはクワトロが消えていった方を見ながら、そっとカミーユに耳打ちした。

「あの人、変わってるでしょう。私も少し苦手でね……内緒よ?」
「良い人だと思いますよ……レコアさん、クワトロ大尉の事が好きなんですか?」
「ちょっと、何でそんな話になるのよ」

大人をからかうんじゃありません、と額をコツリと叩かれる。
カミーユは何となしに言っただけなのだが、レコアは心外だと眉を釣り上げた。
ぼんやりと見上げるナナに、レコアは何となくそうしたくなって頭を撫でた。
飼い猫の様にされるがままのナナが目を細めると、カミーユには二人が姉妹みたいに見えた。

「ルナツーの部隊に捕捉されたって聞いたかしら? 問題ないとは思うけど、貴方たちもスーツを来ておきなさい」
「レコア、わたしもジムで出る」
「馬鹿言ってんじゃないの。アポリーもロベルトも居るんだから、貴女なんて呼びじゃないわよ」
「……わたしの方が上手いのに」

ナナはムスリと頬を膨らませる。こういう仕草は、歳相応に見える。
言っている事は子供の我侭だが、事実としてモビルスーツの操縦が出来るところがタチが悪い。
そんなナナを悲しげに見たレコアは、カミーユに縋る様な視線を向けた。

「ここだけの話しだけど。この子、多分近いうちに実戦に出されるわ」
「え? そんな、だってナナはまだこんな」
「准将たちの会話を立ち聞きしちゃったの、懲罰物ね。思いの外、准将が乗り気だったわ」

ニュータイプだなんだと、レコアからすれば馬鹿馬鹿しい事この上ない。
大の男が雁首揃えて、少女を戦わせる算段を建てるなど。見るにも聞くにも耐えたものじゃない。
しかし、その決定がエゥーゴの未来のためとあらば。軍人であるレコアには従うしかないのだ。

「……非道い大人よね。あまりエゥーゴに失望しないでね。必死なのよ、誰も彼も」
「レコアさんみたいな人が居るんですから。大丈夫です、きっと」
「ありがとう、優しいのね」

時計を気にしたレコアが足早に去るのを見送って、カミーユとナナが残された。
カミーユはもう一度だけ外を見た。一面黒の、宇宙が広がっている。
ナナを見た。そのネイビーブルーの瞳が一瞬蒼く煌めいたが、きっとカミーユの気のせいだろう。













あとがき

か、書けた……リメイクなのにほぼ書き直しとか絶対何か間違ってる……
書いては消して、継ぎ足しては消しての修正地獄。えらい難産でした。
ガンダムらしさは消したくないのですが、ナナの存在が思いの外邪魔をします。
ニュータイプと言いながらまんまエスパー。王道NT論に喧嘩売ってる気がして気が気じゃありません。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.06040096282959