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[35605] ちょっとお姉ちゃん!(零 ~紅い蝶~)
Name: 海堂 司◆39f6d39a ID:fc355867
Date: 2013/09/09 22:17
 それは、偶然だったのか、必然だったのか。
 決まっていたことなのか、たまたま選ばれただけだったのか。
 運命か、それとも運命の気まぐれか。
 
 いずれにしても、あたしたちは、いつの間にかその村に迷い込んでしまいました。
 『地図から消えた村』かもしれないと、お姉ちゃんは言いました。
 入ってきたはずの道は、古ぼけた鳥居を残して草むらの中に消え、そこから一望できる村に行けば、きっと誰か人がいるハズだと、当ても無く歩きました。
 そして人がいそうな気配を感じて入ってみた古い家から、いつの間にか出られなくなっていたのです。
 入った時は、きしんだ耳障りな音を立てながらも、さほど力を入れなくても簡単に開いたのに、出ようとしたら何か強い力で押さえつけられでもしたかのようにビクともしません。
 
 まるで、閉じ込められたかのように。

「…開かない」

 何度試してみても、やっぱり開かない。開く気配も無い。不安になって、傍らに立つ姉を見ます。

「どうしよう、お姉ちゃん」
「…澪」

 お姉ちゃんは少し考えた後、ゆっくりと口を開きました。

「これはきっとドッキリだね」

 …は?

「ずいぶん凝ったセットだよね。この不況下でよくこんなの造れたよね」
「…え? ちょっと待ってお姉ちゃん?」
「うん? 何、澪?」

 何か変なコト言った? とでも言うような顔で、あたしを見返してきます。

「ドッキリとかセットとかって、何のコト?」
「何のコトって…」

 しょうがないなあ、とお姉ちゃんは苦笑します。 …いや、飲み込めないんですケド?

「こんなの、テレビの企画に決まってるじゃない」

 いやいやいやいや! ちょっといきなり何言ってるの!?

「きっとそのうちオバケの格好した芸人さんとか出てくるんじゃないの?」
「お姉ちゃん、そんなの無いって!」
「なんで?」

 聞き返されましたよ? あれ? あたしがおかしいのかな?

「だって澪、こんな大掛かりな仕掛けっていうか、セットっていうか… そんなのテレビしかありえなくない?」
「違うよ! いろいろと変すぎるよ! あたしたち、別に芸能人とかじゃないじゃない。なんでいきなりテレビのドッキリになっちゃうの?」
「そうだねえ…」

 お姉ちゃんは、んー とアゴに指を当てて考え込みました。そして何か思いついたらしく、ポン、と手を打って。

「友達の誰かが勝手に応募したとか?」

 …あっれえ? 

「困るよねえ。いくら双子美少女だからって、勝手にそんなコトされたらさぁ。ねえ?」

 困るよねえ、とか言ってるわりに、なんとなーく嬉しそうだねお姉ちゃん… いやいや、そうじゃない。

「仮にそうだとしても、ココ絶対ヘンだよ。この村に来る前はまだ日が高かったのに、いきなり夜になってるし、人の気配はするのに姿は見えないし」
「じゃあ、澪はなんだと思うの?」
「だから… 本物のオバケとかじゃないかなって…」
「オバケって… 澪…」

 お姉ちゃんは、やれやれとばかりに肩をすくめました。

「いいかげん、そういう妄想は卒業したほうがいいよ?」

 ちょーっとお!?

「現実で考えなよ。オバケなんているわけないって」
「え? でも、お姉ちゃん、霊感強かったよね? よく金縛りに合ってたりとかしてたじゃない?」
「ああ、あれ設定」
「設定!?」
「こんなあたしカッコイイ! みたいな。アレよ、中二病ってやつ」

 ええええええええええええええ!? そんな、こんなトコロであっさりとカミングアウトされてもお!?

「あたしみたいに幸薄そうな美少女だと、『世界を救う力』とかより、『理不尽に降りかかるこの世ならぬ災い』のほうがしっくりきたりするのよ」

 …今、あたしに理不尽な災いがピンポイントで降りかかってますよ… って言うか、自分で美少女とか言っちゃうんだお姉ちゃん…

「そんなわけだからさ、この家の中うろつきまわっていろんな仕掛けに怯えたリアクションとか取ってたら、芸人さんが『ドーモドーモ、ドッキリで~す』とか言って出てくるよ」

 なんかもう、そんな気もしてきた… で、この家の中を歩き回ってみたのですけれど。



「お姉ちゃん、このメモ… あたしたちみたいに迷い込んだ人が、他にもいるんだよ」
「ありがちな設定だね… もうすこし(あたしの理解をはるかにこえた次元の話題になったので、省略します)ぐらいのでなきゃ、視聴率取れないんじゃない?」
「…お姉ちゃんって、そんな知識をどこから仕入れてくるの?」



『ますみさん… どこ…?』
「ホラあ! やっぱりオバケいるじゃん! あたしの言った通りだよ!」
「だーかーらー、演出だってば。もっと気合の入ったリアクション返さないと、これから先使ってもらえないよ?」



「射影機… コレでオバケと戦えるっぽいよ…」
「つまりコレで、チェックポイントを回った証拠を撮って来いってことだね!」



「お姉ちゃん… どうあってもテレビの企画で通す気なんだね?」
「この歳でオバケとか言い出す澪の方が変だよ? もう何年もしないうちに高校生なんだから。ちゃんと受験とか将来のコトとか考えてる?」
「ゴメンちょっと黙って… なんかもう、射影機が鈍器に変わりそうだよ…」



「襲ってきたあ! さっきのオバケ、襲ってきたよおおおおお!?」
「ホラあ! 澪が使えないリアクションばっかするからADさん怒っちゃった」
「違うよ! ADさんじゃないよ! 射影機めっちゃ反応してるよ!」
「頑張って、澪。ここがこれから先、あたし達がテレビに使ってもらえるかもらえないかの境目だよ」
「むしろ生死の境目だよ!」



 と、色々ありまして… 色々で済ませられないようなコトばっかりだったけど。むしろお姉ちゃんが色々でしたけど!
 気がつくと、あたしは一人で倒れてました。すぐ近くに射影機が転がっている以外には、何も。

「…お姉ちゃん?」

 いない。

「お姉ちゃん!?」

 さっきより大きな声で呼んでみるけど、何も返事が帰ってこない。

「お姉ちゃん …お姉ちゃん!?」

 あたしは何度もお姉ちゃんの事を呼びつつ、倒れていた二階の部屋から廊下に向かって飛び出しました。と、

「お姉ちゃん!!」

 いた。いました。廊下から見下ろしたその先。どうやっても開かなかった玄関の扉を開けて、お姉ちゃんはそこに立っていました。そして、どこか寂しそうな目を向けて、ぽつりと、申し訳なさそうな声で言いました。

「ゴメン、澪。やっぱりあたし、行かなきゃ」
「…お姉ちゃん?」

 行く? こんな不気味な村の、一体どこに?
 そう尋ねるより早く、お姉ちゃんの口が動きました。

「やっぱり今どき双子ってだけじゃ、インパクトが弱いと思うの」

 …は?

「これからの時代、一人でなんでもこなせるオールマイティーなアイドルが必要だと思うの」

 …はあ?

「だから、行くね。お姉ちゃん、ソロで頑張るからね」

 そう言って、お姉ちゃんは行きました。心の中に『?』が浮かびまくっているあたしを置いてけぼりにしたままで。






 …なんかもーどーでもいーやー。









《あとがき》
 手元にソフトと設定資料集はありますが、Wiiを持ってませんので『眞紅の蝶』は未プレイです。



[35605] ちょっとお姉ちゃん! その2
Name: 海堂 司◆39f6d39a ID:fc355867
Date: 2012/10/23 19:04
 どうも、天倉 澪です。
 お姉ちゃんが一人で行ってしまいました。
 どうしようかな、追いかけようかな、とも思ったのですけれど、たぶんそのうち戻ってくるだろうと思い、一階の囲炉裏の前に座り込んでます。
 囲炉裏とは言っても火はついてないし、どうすれば火を起こせるのかなんて分かりません。幸い、そんなに寒くないし、着ている物で十分というのが救いでしょうか。

 …それにしてもヒマです。テレビも何もありません。
 なので、射影機をイロイロといじくってます。
 基本は普通のポラロイドカメラです。ファインダーを覗いて、ピントを合わせて、シャッターを切る。しばらくすると、ジィジィとゼンマイを巻くような音がして、写真が出てきます。

 普通と違うのは、コレが『ありえないもの』を写し出し、『ありえないもの』を封じ込める事ができるということ。
 この機能… と言っていいか分かりませんが、コレが無かったらあたしもお姉ちゃんも無事では済まなかったでしょう。

 なんなんでしょう、この家は。というよりこの村は。拾った新聞記事には『皆神村』とありましたけれど…
 異様というよりも異常、違和感を感じるというよりも不気味で気味が悪いです。
 理由も無く、その辺りを見回したりとかしてしまいます。 
 早くお姉ちゃん、戻ってきてくれないかな、と玄関の戸を見やりますが、その気配はありません。
 ここで探しに出ても良いのでしょうが、行き違いになる方が面倒です。
 それに、

 お姉ちゃんは脚を悪くしています。

 …あまり考えたくないです。だって、お姉ちゃんの脚がそうなったのは、あたしにも責任があるからです。

 そう、
 あれは、
 まだあたし達が幼かった頃の思い出…



「みおー。スッゴイほん、みつけたよー」
「まゆおねえちゃん。スゴイほんって、どんなの?」
「エヘヘ… ジャーン!」
「…わあ! ふわっ! あわわわわ…」
「ね、スゴイでしょー? あたしたちもおおきくなったら、こんなコトするのかなー?」



 …後でものすごく怒られたっけ… じゃなくて。
 えーっと…



「みおー。コレなんだとおもう?」
「なあに、まゆおねえちゃん。 …それ、どこにあったの?」
「おかあさんの、おふとんの、マクラのした。へんなかたちだよねー」
「…あ、ここにスイッチがあるよ、おねえちゃん」
「ホントだ… あはは、へんなうごきしてるー へんなのー」



 …コレも後ですっごい怒られたっけ… でもなくて。
 あれ? なんか昔のあたし達の思い出ってこんなのばっかだっけ?
 そんなハズないよね?
 でも… えーっと…

 ………

 …さ、最近! 昔のコトじゃなくて、最近の印象深かったのは、えーっとぉ…



「へえ~。 澪って、イチゴ柄のパンツはいてるんだあ」
「ちょ、お姉ちゃん! スカートめくらないでよぉ!」



 …と、とにかく!
 お姉ちゃんは脚を悪くしているので、あまり遠くには行けないハズです。だからすぐに戻ってくると、そう思っていたんですが…

「…お姉ちゃん、遅いなあ…」

 なんとなくつぶやいたその言葉が、静かな家の中に響きます。
 もしかして、あまり考えたくはないですけど、お姉ちゃんの身に何かあったんでしょうか?
 考えてみれば、この村は異常なんです。
 明ける気配のない夜。
 人はいないのに、姿も見えないのに、何かこちらを探るような気配だけはそこらじゅうからしていますし、なによりもこの射影機… そしてコレで封じたあのオバケ…

 思わずその場に立ち上がってしまいました。
 バカ! あたしのバカ!
 後悔する事しきりです。
 こんな所にお姉ちゃんを一人っきりにさせるなんて、何を考えていたんだろう?

 お姉ちゃんゴメンね! すぐに行くからね!
 あたしはすぐに玄関を開け、家の外へと飛び出しました。
 
 …どっちに行ったんだろう?
 初めて来た村です。おまけに来たいと思って来たわけでもありませんから、土地勘なんてあるハズもありません。 
 
 こんな事ならお姉ちゃんが帰ってくるのを待つなんてせずに、すぐに追いかければよかったんだと、今さらになって悔やまれます。
 それでもとりあえず、村の奥の方へと続く道を進もうとしたあたしの足に、何かがコツンと当たりました。

 なんだろう? そう思って拾い上げたそれは―

「これ、お姉ちゃんの…!」

 いつも身につけて、大切にしていたお守りです。コレを落とした事にも気付かず、お姉ちゃんは行ってしまったのでしょうか?
 と、その時、あたしの脳裏に何か閃くモノがありました。
 お姉ちゃんを待っている間、ヒマを持て余したあたしは、この家の中をいろいろと探っていたんです。
 そこで見つけたモノ。

 霊石ラジオ。

「これ… 使えるかも」

 原理や理屈なんて分かりません。
 ただ、近くに落ちていた取り扱い説明書というか、注意書きにはこうありました。

 強い思念を持った石を部品の一部として組み込む事で、その思念を聞く事ができると。

 なぜ、そんな突拍子も無いものを使う事を思いついたのか、今にして思えば不思議です。
 射影機なんてモノがすでにあったからなのか、
 この村の異質さに、あたしの心はすでに飲み込まれていたのか、

 それとも、

 あたしがそうするよう、『何か』の働きかけがあったのか…

 いずれにせよ、そのときのあたしは迷う事無く、お姉ちゃんの落としていったであろうお守りを霊石ラジオに組み込みました。 
 そのとたん、石を組み込む前には、どこをいじっても、うんともすんとも言わなかったラジオから、ザーザーとノイズが流れ出しました。
 そして、そのノイズに混じってかすかに、けれども確かに聞こえてきた声。

『…んでる…』

「お姉ちゃん!」

 思わずラジオに向かって叫んでしまいました。けれど、そのラジオはその声に反応する事無く、作られたその用途の通りに、ノイズ交じりの音声を、お姉ちゃんの声を流し続けます。

『…よ…る…よん…でる…』

 この古ぼけた機械の仕組みなんて分かりませんが、自動でチューニングする機能でも付いているのか、ノイズの強かった音が、だんだんと音声が聞き取れるようになってきました。
 お姉ちゃんは「呼んでる」と言っているのでしょうか?

 でも、

 だとしたら誰に?

『…よんでる…いかなきゃ…』

 やっぱりお姉ちゃんは、何か良くない事に巻き込まれているみたいです。
 あたしのせいだ。
 あたしが、お姉ちゃんを一人っきりにして放っておいたから、

 また、

 こんな事に…

『…いかなきゃ…よんでる…いかなきゃ…』

 待っててね、お姉ちゃん。
 あたしがすぐに行くからね!



『…ひゃくまんにんの…あたしの…ふぁんが…』



 …は? 今、なんて?

『…よんでる…ふぁんくらぶの…みんなが…あたしを…よんでる…』

 ………

 …えーっと。






 やっぱり行くの止めようかなあ?









(あとがき)
 単発ネタのつもりでしたがもう少し引っ張ろうと思い、続きを書きました。久々に『紅い蝶』やったら面白くて怖くて。
 これであの村に温泉とかあったら絶対行ってみたいんですけどねぇ…。



[35605] ちょっとお姉ちゃん! その3
Name: 海堂 司◆39f6d39a ID:fc355867
Date: 2012/10/25 06:13
 この夜が明けない村で、時刻にどれくらいの意味があるのでしょう。
 目に付くところに時計なんて無いし、そもそもあたしも時計を付けていませんし、親にケ-タイも持たせてもらってません。

 こんにちわ、でしょうか。
 こんばんわ、なのでしょうか。

 多分ですけど、この村に迷い込んでから経過した時間を考えると、こんばんわ、だと思います。
 という事ですので、

 こんばんわ、天倉 澪です。

 あれから、その場にへたりこみそうになる虚脱感をなんとか追い払い、あたしはお姉ちゃんを連れ戻すため、村の奥の方へと足を進めました。
 角を曲がり、渡り廊下の下をくぐり、不気味な村の道を進みます。
 そして、

「お姉ちゃん!」

 その姿が見えたのは、あたしが呼ぶのとほぼ同時に、お姉ちゃんが角を曲がっていった数秒だけでした。
 あたしは無我夢中で走りました。
 前述したように、お姉ちゃんは脚を悪くしています。どんなに急いでも、ひきずるようにしか走れません。だから、追いつける。追いつけるハズ。

 なのに、

「お姉ちゃん… 待って、お姉ちゃん!」

 お姉ちゃんは大きな門に、まるで吸い込まれるかのようにして入っていきました。あたしも続こうとしたのですが、お姉ちゃんを捕まえようとした、その直前で、無情にも閉まってしまいました。
 もちろん、あたしもその門を開けようと力を込めたのですが、ビクともしないんです。
 あの最初に入った家に閉じ込められたみたいに、不自然な力で押さえつけられているようなそれとは違い、今度は鍵がかかってしまったようなのです。
 お姉ちゃんが内側から鍵を掛けたのでしょうか? …そんなハズありません。

 でも、

 だったらどうして?

 …とにかく、この門を開けるには鍵が必要です。調べてみると、それも二つ要るようなんです。
 どうしましょう。
 鍵を保管してある場所なんて、当然知りませんし、当てもありません。
 この門は諦めて、別の入り口を探すとかした方がいいのでしょうか。

 そう思って、

 振り向いた、

 そこに、

「…ヒッ!?」

 男が三人、あたしの事を囲むようにして立っていました。

 …いえ。男、という言い方は、本当は正しくないのでしょう。
 なぜならその男達は、もうこの世の者でないということがハッキリしているからです。
 霊感の有無なんて関係ない。十人がそれを見れば十人ともそう判断するでしょう。
 
 墨よりもまだ黒い『何か』で描いた、悪意のある絵から抜け出てきたような、現実味の無い身体。
 何か嫌なものが住んでいる洞窟のような、暗く、ぽっかりと開いた眼と口。
 そんな、得体の知れない不気味な男が三人。あたしをここから逃がさないと言わんばかりに、こちらの様子を伺っているのです。
 たまらず、閉まりきった門に背中を押し付けるようにして、あたしはその場から、恐怖で動けなくなってしまいました。

 怖い怖い怖いっ…

 それでも、目を背けたら、その瞬間に襲われそうな気がして、必死になってその三人を睨む… いえ、睨む勇気なんてありません。とにかく目を離さないようにするのがやっとです。そしてそれが、あたしに出来る精一杯の抵抗でもありました。

 …と、

 あたしの方から見て左にいる男が、懐から何かを取り出し… へ?

 あれ?

 取り出したのは… カメラ!?

 それもあたしが持っている射影機のような古いものではなく、最新式の… や、あたしもカメラに詳しくは無いのですが、この村の雰囲気には全くなじまないくらい、立派なカメラを取り出しました。
 そして、それをあたしに向けて、

 シャッターを、

『待て』

 …きろうとしたその時、真ん中の男が止めました。

『レイヤーに断り無く撮影するはマナー違反ぞ』

 は? レイヤー? よく分かりません。が、

『おう、そうであった』

 カメラを持った男は、しまったとばかりにレンズを下げました。 …あれ? なんでしょう?
 なんだか、さっきまで感じていた恐怖とはまた別の恐怖が、ムクムクとわいてきましたよ?

『しかし、どうも府に落ちぬ』

 そう言ったのは残る一人。右にいる男です。

『こやつ、本当にレイヤーか?』
『レイヤーでは無いと申すか?』
『撮影会場はココでは無いと申すか?』
『どうにも分からぬ』
『分からぬ』
『分からぬなあ』
『ではどうする?』
『尋ねよう』
『そうじゃ。尋ねよう』

 そして、真ん中の男があたしの方をじっと見つめてきました。どうやらこの男がリーダーのようです。

『おぬしは、レイヤーか?』

 …さあて、どう答えたものでしょうか? あたしにはレイヤーが何のことなのか分かりません。ですがとりあえず、話は出来るみたいです。
 なので、ここは穏便に事を済ませられるよう、正直に答えた方がいいのでしょう。
 適当な事を言って、変に逆ギレされたらそれこそお終いです。
 あたしは汗ばんだ両手にぎゅっと力をこめて、カラカラに乾いた口を開きました。

「いえ、違います。あたしはレイヤーとか、そういうのじゃありません」

 男達にちゃんと伝わるよう、まだ震えている唇に力を込めて、できるだけゆっくり、はっきりと話します。
 でも男達は黙ったまま、身動き一つしません …たぶん、伝わったと思うのですが。
 先を続けろ、という意味なのでしょうか。

「…あたしは、この門の奥に行ってしまったお姉ちゃんを助けたいんです」

 男達はまだ、黙ったままです。あたしはさらに、言葉を続けます。

「お願いです、力を貸して下さい。勝手な事を言ってるのは分かってますけど、それでもあたしは、お姉ちゃんと一緒にこの村から出たいんです。お願いです、あたしをお姉ちゃんの所へ行かせて下さい」

 そして、しばらくの間、あたしも、男たちも無言のまま、時間だけが流れていきました。
 それは数分だったのか、それとも数秒の事だったのかは分かりません。が、

『なるほど… そなたはレイヤーではなかったのだな』

 左にいた、カメラの男がつぶやくようにそう言いました。そしてカメラをゆっくりと、元の懐の中へとしまいこみました。
 分かってくれたのでしょうか。助けてくれるのでしょうか。



 …なんて、甘かったです、本当に。



「あーっ! ウソですゴメンナサイ! あたし本当はレイヤーです! レイヤーが何するモノなのか分かりませんけどレイヤーです! レイヤーに命かけてます! ウソついてゴメンナサイ!」

 我ながら見事なまでの方向転換です。
 だって、
 カメラをしまったその手で、刃渡りの大きい鎌なんて出されたら、誰だってこうなると思いますよ? 

『うむ、レイヤーであったか』
『しかし解せぬ』
『おぬし、衣装はどうしたのだ?』

 え? 衣装? とりあえず、大鎌で襲われるという危機は脱したようですが… 衣装って、なんの事でしょう?

『衣装も無しで何をするつもりか』
『おぬし本当にレイヤーか?』
『我らを騙そうとしているのではないか?』

 なんだかよく分かりませんけど、衣装が必要みたいです。でも、この人達が言うところのレイヤーでないあたしが、そんなもの持っているわけがありません
 でも、だからと言って、持ってません、なんて正直に答えたら、またあの凶器が出てきてしまいそうです。

「あの… 友達の家に…」

 人間、追い詰められるとこれ位のウソはつけるようです。そんなあたしの答えに、三人は顔を見合わせ、再び、あたしの方へ視線を戻します。
 うう、そんな眼で… 眼があるかどうかなんて分かりませんが… できるだけ見ないで欲しいです。
 すっごい不気味です。夢に出てきそうです。

『忘れたと申すか』
『今は無いと申すか』
『コスプレができぬと申すか』

 コスプレ。というのは聞いた事があります。確か、アニメやゲームなんかの衣装を着るやつですよね? …え? ってことは、レイヤーってつまり、そういうこと?

『仕方ない。それでは今回は特別だ』

 右の男がそう言って、何か、黒い服? を取り出しました。そしてあたしの方に近づいてきて… 怖いです… それを手渡してきました。なんでしょう? なんだかどこか、なじみのある手触りです。すこしだけ躊躇しましたが、思い切って広げてみました。

 …え? スクール水着!?

『案ずるな』
『我らは向こうを向いている』
『着替えたら声をかけてくれい』

 着ろと。
 ここで着替えろと。
 しかも水着に着替えるってことは、一度全裸になれってことじゃないですか!
 いくら向こうを向いているからとか言われても、そんなの無理に決まってます。
 なので、

「あ、あの~ ちょっといいですか?」

『なんだ』

「その… スクール水着をこんな所で着るのは、ちょっと…」

『気に入らぬと申すか』
『競泳水着の方がよいと申すか』
『旧スクでなければ着ぬと申すか』
『白スクでなければ納得できぬと申すか』
『こだわるなあ』
『こだわるなあ』

「いえ! その、学校で着ているので! …あと、できればもう少し、肌の露出が少ないのがいいなあ、と…」

『ふむ』
『一理あるな』
『では、わしが用意しよう』

 …ふう。なんとか、こんな場所で水着に着替えるという、女子にあるまじき行動を回避する事はできたようです。
 でもその代わり、今度は真ん中の男がなにやら取り出してきました。

 あれは… 制服でしょうか? あたしの通う中学校の制服ではないようですけれども。
 そしてまた、さっきと同じように、その制服を手渡してきました。

 …出来れば地面に置いて、あたしがそれを取りにいくとかして欲しい… うう、近くで見ると一段と怖いよぅ… と?

『待て』
『そうじゃ、待て』

 残った二人から物言いです。何か問題でもあるのでしょうか。正直、この状況を考えれば、スク水に比べたら全然いいんですけど… ココで着替えなきゃいけない、という以外はですけどね!

『その娘は、学校で着慣れているからと、スク水を拒否したではないか』
『そうじゃ』
『制服も同じではないのか』
『その通りじゃ』
『わかっておる』

 文句を言う二人に、この男は自信たっぷりです。どうでもいいけど離れてくれないかなぁ?

『娘。制服の上からこれを着るのじゃ』

 そう言って、さらに取り出したのは… エプロン? 

『おお!』
『なるほど!』

 さっきまで文句を言っていた二人から、驚きの声です。え? なんで?

『制服エプロン!』
『制服を着る年頃で、かつ、家にご飯を作りに来てくれるほど親密な娘がおらねば成り立たぬ、奇跡の組み合わせ!』

 …あー。なんだかなー。しょーもない理屈だなー。

『よし、決まりだ』
『決まりだな』
『娘よ、それを着るのだ』
『我らは向こうをむいておる』
『終わったら声をかけてくれればよい』
『できれば… そうじゃ。妹風にな』

 …はい?

『なんじゃ、分からぬのか』
『着替え終わったよ、お兄ちゃん。と言うのじゃ』
『わしは素直になれない幼なじみ風に頼むぞ』

 そして、三人は向こうを向きました。
 …正直、無防備な背中に向かって思いっきり蹴りを入れたいところですが、それが通じるかどうか分かりません。
 もちろん、言われた通りにコスプレをするつもりもありません。
 そんなことをしたら、今度はどんな行為を要求されるか、分かったものではありませんから!



 と、いうことで。



『おのれ! あの娘、逃げて行きおったぞ!』
『わしのスク水を持ったままじゃ!』
『わしは制服とエプロンじゃ!』
『おのれ!』
『おのれえ!』
『わしらの純情をもてあそびおって!』



 …どうやらこの村では、『変態』と書いて、『純情』と読むらしいです。
 まあ、向こうを向いて、あたしが声をかけるまでそのままなわけですから、逃げるのは割と簡単でした。
 スク水と制服とエプロンを持ってきたのは、ささやかな抵抗です。どこか、汚い所にでも投げ捨ててやります。
 か弱い乙女にムリヤリ言う事聞かせようとしたのですから、この程度の罰で済んで、感謝して欲しいくらいですよ、ええ。

 …射影機だってありましたしね。

 恐怖で忘れてましたけどね!

 実に無意味な恐怖でしたけどね!!






 …ハア …ホント嫌だ。この村。









(あとがき)
 夢枕 獏センセイの、陰陽師シリーズとか読んでます。



[35605] ちょっとお姉ちゃん! その4
Name: 海堂 司◆39f6d39a ID:fc355867
Date: 2012/10/25 21:41
 ヴヴヴヴ… と、構えた射影機が小刻みに振動しています。
 覗いたファインダーには、赤く光る円。説明書には、キャプチャーサークルと書いてありました。
 そしてその円の中に、ゆっくりと、緩慢に。しかし明らかにあたしに敵意を持つ黒い影。

 その影が、手にした長い棒を振りかざした、その瞬間。射影機が大きく振動し、サークルもさらに赤く光ります。

 今です!

 すばやくシャッターを切ります。
 射影機から、刺すような光が、影に向かって伸び、その姿を照らし出します。

『おおおおおおお…』

 顔を覆ってうめき声を上げているのは、眩しい以外の理由からでしょう。
 ありえないものを写し出し、そして封じ込める。
 それが射影機です。

『こんな小娘にしてやられるとは…』

 そして影は、苦しげなうめき声を上げながら、その場に崩れ落ち、動かなくなって、消えていきました。
 まるで、最初からそこに存在していなかったかのように。

『…我々の業界ではご褒美です…』

 ………

 幸せそうでなによりです。

 これで、あの、お姉ちゃんを見失った門の前にいた変態、もとい、怨霊たちを一掃する事ができました。
 あとはこの門の鍵を開けて進むだけです。
 この先に何が待ち構えているのかは分かりませんが、行かなければ、お姉ちゃんを助ける事はできません。

 そんなわけで、どうも皆さん。
 天倉 澪です。
 射影機の扱いにもだいぶ慣れてきました。

 門を開ける鍵は二つ。そのどちらも、この村を守るように、あるいは監視するかのように、あちこちにある双子地蔵の下から見つける事ができました。
 もちろん、あたし一人だけで見つける事ができたわけではありません。

 お話しておかなくてはならないでしょう。
 あたしを助けてくれた、あの少年の事を―



 ―あたしは途方にくれていました。あの男達から逃げ出せたのまで良かったのですが、その後、どうすればいいのか、まるで見当も付きません。
 あの門に戻ったとしても、変な男達はまだいるでしょうし、コスプレ衣装を持ったまま逃げましたから、きっと血眼になってあたしを探している事でしょう。
 よしんば、気付かれずに行けたとしても、鍵が無ければどうしようもありません。

「お姉ちゃん…」

 この場にいないお姉ちゃんにつぶやくようにして、霊石ラジオをいじってみたりもしました。
 ラジオには、お姉ちゃんのお守りがはめこまれたまま。何かヒントになるような事が聞こえないかと思ったのですが。

『…スク水の上から…制服の上着だけというのも…イイ…』

 …ラジオを地面に叩きつけなかったあたしの忍耐力を褒めて欲しいです。

『…さらに…ニーソックス…ぐへへ…』

 音量調節機能とかないんでしょうか。できればミュート機能とか!
 …とまあ、そんな感じで当てもなく村をさ迷っていたあたしの前を、



 蝶が、



 横切っていきました。

 紅い蝶です。闇に覆われた、不気味な村で、何匹もの紅い蝶が飛んでいます。
 儚げに、優しげに、そして、哀しげに羽ばたいています。

 あたしはなんとなく、その蝶を追いかけました。
 理由は分かりません。でも、まるでその蝶があたしを助けてくれているような、そんな気がしたんです。
 紅い蝶は、高くも低くもなく、ゆっくりと。なおかつ、あたしが捕まえられない程度には、距離を開けて飛んでいきます。

 そして、その紅い蝶に導かれるようにしてたどり着いた場所で、



「…八重(やえ)? どうしてここにいるんだ?」



 あたしは、その少年と出会ったのでした。

「八重、なぜ戻ってきたんだ。逃げたんじゃなかったのか」

 あたしを何故か八重と呼ぶその少年は、蔵に閉じ込められていました。申し訳程度に開いている小窓には鉄の格子がはめられ、少年はそこからこちらを覗き込むようにして、あたしに話しかけてきます。

「あの… あなたは? どうしてそんな所に閉じ込められているの?」

 あたしの問いに、少年はいぶかしげな表情を浮べながらも、樹月(いつき)、と名乗ってくれました。
 和服に袖を通し、あたしと同じくらいの歳で、純日本人、みたいな顔つきなのに、

 何故か、

 白髪です。

 …どうしてでしょう。なんだか胸の奥がざわざわします。

「僕のことはどうでもいいから。八重、君は早く逃げるんだ」

 どうしてあたしの事を八重と呼ぶのかは分かりません。知り合いに、あたしに似た人でもいるのでしょうか。

「…紗重(さえ)は? 一緒に逃げたんじゃないのかい?」

 紗重。またあたしの知らない人の名前が出てきました。

「あの、あたしは八重じゃないし、紗重という人の事も、よく分からないんですけれど…」

 樹月くんは、不思議そうな顔を浮べていますが、それでも黙ってあたしの話を聞いてくれるようです。

「あたしはお姉ちゃんを探してるんです」
「…お姉ちゃん?」

 ますます不思議そうな顔をされてしまいました。なぜでしょう。あたしを別の人と間違えている以上に、何か見落としがあるのか、それとも何かまだあたしの知らない事があるのか、かみ合っているようで、かみ合ってない。
 それでも、樹月くんは真摯な態度であたしの話を聞いてくれました。

 そして、あの門を開ける二つの鍵は、この村に置かれている双子地蔵のどれかに隠されている事を教えてくれたんです。

 なんかもう、泣きそうです。
 人の優しさって、こんなにも温かいものだったんですね…

「いいかい、何か困った事があったら、ここにおいで。助けになれるかもしれない」

 それとこれも持って行くといい。と、格子の隙間から、布で出来た、紐のついた袋を渡してくれました。
 口を紐で縛って、肩にかける、ナップサックのような造りの袋です。
 あたしはその中に、あの男達からくすねてきた制服とエプロンとスク水。それから射影機に使うフィルムを入れて肩にかけ、袋の下の、紐が繋がっているところに霊石ラジオをくくりつけました。
 これでだいぶ楽です。コスプレ衣装を捨てなかったのは、あたしたちは文字通り、着の身着のままで村に迷い込んだわけですから、何かあった時の着替えなんて持ってませんし、あとはお姉ちゃんの脚に巻く包帯の代わり、布の代用品としてです。

 …あの変態たちに返すつもりなんてありません。

「八重、急ぐんだ」

 樹月くんの優しい声の中に、どこか緊張した響きがあります。

「祭りが始まる前に、紗重を連れてここから逃げるんだ。でないと…」

 …でないと?

「大切な人を失う事になるよ」

 ………

「八重? どうしてそこで難しい顔をして、黙ってるんだい?」

 …ふえ? いや、あの… 別に、ヨコシマな考えが浮かんでしまったとか、そういうわけではないですよ?
 ええ。もちろんお姉ちゃんを助けますとも!
 あんなんでもお姉ちゃんですからね!

 でも、

 助けに行く前に、

「あの、樹月くん?」

 一つだけ、ずっと気になっていた事があるんです。

「なんだい?」
「その… こんな事聞いていいのか分からないんだけど…」
「構わない、言ってくれ」

 それではお言葉に甘えまして。



「どうして、ピンクのリボンなんて付けてるの?」
「………」



 あ、向こうを向いてしまいました。
 やっぱり触れてはいけない話題だったのでしょうか。
 だって、気になるじゃないですか。
 こんな美形なのに、なんでキ〇ィちゃんが付けてるようなデザインの、しかもピンクのリボンなんて付けているのか。

「………」

 ヤバイです。樹月くん、何も話してくれなくなっちゃいました。
 何かフォローの一つでもした方がいいのでしょうか。

 えーと、えーっと…

「あ、あの! 趣味は人それぞれだと思うし! 似合ってるよ!」

 その言葉に、樹月くんは向こうを向いたまま、ビクリと肩を震わせました。

「………」

 ますますもって無言です。
 フォロー失敗でしょうか。
 …怒らせちゃったんでしょうか?

「あ、あの… あたし、行くね? 樹月くんも、そこから助けてあげるから。もう少しだけ待っててね!」

 なんだか居たたまれなくなって、逃げるようにしてそこから立ち去ろうとした、その時。

「八重」
「ひゃいっ!?」

 突然声をかけられ、ビックリして変な声が出ちゃいました。

「早くここから逃げるんだ。でないと」

 …でないと?

「大切なモノを… 失う事になるよ…」 

 ………

 …なるほど。

 大切な『モノ』を、失ったんですね―



 ―とまあ、そんなワケで。
 あたしの行く手を塞いでいた大きな門は、鈍い音を立ててゆっくりと開いていきました。
 その先に見えるのは、三途の川かくあるべしとでもいうような風景と、その川にかかっている長い橋。
 さらにその向こうにうっすらと見える、不気味な屋敷。

 正直、怖くて足がすくみます。
 でも行かなくては、お姉ちゃんを助ける事ができません。

 協力してくれた樹月くんのためにも、あたしはなけなしの勇気をふりしぼって、橋を渡り始めます。

 と、その時です。

『…澪…』

「お姉ちゃん!?」

 霊石ラジオから、ノイズに混じってお姉ちゃんの声が聞こえてきました。
 このタイミングで… 何かあたしに伝えたい事があるんでしょうか?

『…男の娘も…捨てがたい…』






 あーそーですか。









(あとがき)
 ナップサックは原作には出てきません。ご注意下さい。
 お姉ちゃん、オチ担当。



[35605] ちょっとお姉ちゃん! その5
Name: 海堂 司◆39f6d39a ID:fc355867
Date: 2012/10/27 17:27
 ふえっくち!

 うう… さすがに濡れたままの服でいると寒いです。
 仕方がありません。あたしは肩に背負ったナップサックを下ろし、あの制服を取り出します。
 コレをどうやって入手したかを考えると、本当は服としてではなく、布として使用したかったのですが仕方ありません。

 ふ… ぅえっくちっ!

 あうう… つべこべ言う間に着替えないと、風邪を引いてしまいます。
 とりあえず、上着からです。濡れた服が肌に張り付いて脱ぎにくい… どうしてこんな思いをしなければならないんでしょう。

 よいしょっと。

 …あ、忘れてました。
 どうもこんな時にすいません。天倉 澪です。
 ただ今、ずぶ濡れとまではいかなくとも結構濡れちゃってますので、着替えている途中なんです。
 激しい雨に打たれた。とか、あの川を渡っている途中、橋が崩れて落っこちた。とか、そんな理由ではなく、

 オバケのせいなんです。

 あの門をくぐった後、対岸に見える不気味な屋敷へと続く橋を、慎重に渡っていると、手にした射影機がかすかに震えました。
 すぐさまファインダーを覗いて辺りを見回すと、
 


 川に、白いワンピースを着た女の人の霊が、ゆらゆらと漂っていました。



 すぐさま襲ってくるようなオバケではなさそうでしたので、下手に刺激するのもよくないと思い、やり過ごそうとしたのですが… そんなあたしの考えを見透かしたかのように、突然、襲い掛かってきました。
 空中を、それこそ泳ぐように向かってくるオバケは初めてだったので、かなり時間がかかりましたが、それでもなんとか、撃退に成功しました。

 成功はしたんですが…

 なんだかね、やけに水をかけてくるんですよ。そのオバケ。
 途中で姿が消え、射影機のフィラメントにも反応が無くなったので、ひょっとして逃げていったかな?
 とか思ってたら、

 頭上から、

 冷たい水がポタポタと。

 何事と思って見上げてみれば、

 そこには、



 恨みがましくあたしを睨む怖い顔。



 …いや、あれは怖かったです。ビックリして悲鳴を上げて、その場にしりもちとか突いちゃいましたからね。

 そんな事もあり、おまけに少しではありますが、雨が降り出してきたこともあって、この屋敷にたどり着いたときにはこの有様ですよ。
 まったくもってヤレヤレです。
 おまけに例によって例のごとく、屋敷に入ったとたん、その玄関の扉は閉まりきって、どんなに力を入れても開かないし、最初に入った家で手に入れた懐中電灯は点かなくなっちゃうし。

 しかも急に雨がひどくなってきたのか、雨音に混じって時おり走る、雷の鋭い光と響くような音。ホラー映画の要素がここにきて一気に押し寄せてきましたよ。

 懐中電灯にしてもそう。どこも壊れた様子も無い、それに電池切れで点かなくなるのなら、だんだん光が弱まっていくのが普通です。それなのに、この屋敷に入ったとたんに点かなくなっちゃうんですから。

 …あ、ちょっと待って下さい。いま制服の上着を着ちゃいますから。

 …とまあ、そんなわけで、すでに朽ちてボロボロとはいえ、入ったばかりの人様の屋敷の玄関で、着替えをするハメになってしまったわけなんです。
 緊張感の欠片もありませんが、これでもね、



 怖いんですよ?



 なんと言いましょうか、今までいた村は、現実とあの世の中間にあるような感じがしたのですが、この屋敷はそこからさらにあの世に近いような。そんな印象を受けます。
 身体にまとわりついてくるような空気にすら、なにか怪物が腹の中へとあたしを飲み込もうとしているような、無頓着な悪意を感じてしまいます。

 ひょっとして、こんな所で着替えようと思ったのは、風邪を引かないよう、濡れた服を着替えるというのはもちろんですが、
 無意識のうちに、この屋敷の奥へは行きたくない。少しでも先延ばしにしたいというような、ちょっとした悪あがきだったのかもしれません。

 とはいえ、いつまでもここで時間をくうわけにはいきません。
 もし、ここにお姉ちゃんがいるなら、早く連れ戻さないと。

 …割と大丈夫な気がしないでもないですが、そこはそれ、これはこれです!

 時おり光る、雷の明かりを頼りに、早く着替えを済ませてしまわなければ。



 …ずいぶんと光ってますね。



 あれ?

 変ですよ?

 さっきから、雷はあたしを照らし出すかのように光ってます。
 それ自体は別に変ではないですし、むしろその光のおかげで助かってはいるんですが、どうにも違和感があります。
 ゴロゴロと、雷の鳴っている音はたまにしか聞こえないのに、ずいぶんピカピカ光ってます。

 光と音では到達するスピードに差があるため、雷が光ってもすぐに音が聞こえてくるわけではない、と学校で習いました。
 それにしたって変です。光と音の回数に差がありすぎます。
 光が7、音が3くらい。

 おかしいな、と上を見上げた、その瞬間、また光りました。



『………』



 ………

『…あなや、見つかった』

 はい。見つけちゃいました。
 あたしはすぐさま射影機を構え、天井に器用にへばりついて、逃げ出そうとする黒い影に向かってシャッターを切りました。

『ぎゃん!』

 ぼて、と、まるでカブトムシか何かのように、その影は落っこちてきました。
 カメラを抱えてました。
 カメラを守るように落っこちてきたので、ろくな受身も取れなかったようです。オバケのくせに、うんうん唸ってます。

 なるほど。このカメラのフラッシュが、多すぎる雷光の正体でしたか。
 つまりアレですか。あたしが着替えている間ずっと、このオバケは盗撮してたんですか。
 しかも今、制服のスカートをはこうとしてレギンズを脱いでるから、上は制服、下はくまさんパン… もとい、下着姿というあられもない格好を写真に撮られたと、そういうわけですか。

 そうですか。
 そうなんですか。

 そうなんですねえっ!!

『ひいいいいいいい…』

 ふん。なにがひい、ですか。

『た、たのむ。データは消すからカメラだけは…』

 高そうなカメラですもんね、大事なカメラなんでしょうね。

 …でもね、



 乙女の着替えを盗撮したのに比べれば、そんなものは、ただの高価な燃えないゴミですよ!



『ゆ、許せ。許してくれ』

 いーえ、許しません。
 あたしだって、怒るときは怒るんです。
 それともなんですか。自分はもうオバケだから、この世の法や常識や良心は関係ないとでも言うつもりですか。 

 甘いですよ、そんな考え。

 もし、そんな理屈が通るのだとするならば、

 オバケの変態は、



 あたしが裁く!!



『うおおおおおおお…』

 …と、いうわけで。

 悪は射影機の力によって消滅しました。
 SDカードは二つに割って、ぐりぐりと足で踏みにじりました。
 カメラはバッテリーのカバーとか、外せる部品は全て外し、緩められる箇所は全て緩め、玄関にあった瓶の中にまとめて放り込みました。
 ずっと放置されていたようで、中の水は腐っていたみたいですが、運がよければ修理して、また使えるようになるでしょう。

 …さて、

 着替えも終わりました。夏服でしょうか? 半ソデの白のカッターシャツに、膝下まである、濃い青のスカート。そしてポシェット。
 ノートパソコンを入れるようなデザインなのですが、それよりは一回り… いえ、それ以上にサイズが小さいです。携帯ゲーム機のケースよりは大きい、そんなところでしょうか。 
 射影機も、さっき問題なく作動したところを見ると、壊れてはなさそうです。仕方なかったとはいえ、濡らしてしまったので大丈夫かな、と思っていたのでよかったです。
 それでも防水仕様というわけではなさそうですから、気をつけて使っていきましょう。今となってはあたしの味方はこの射影機だけかもしれませんし。 

 着替える前に着ていた服は、惜しいですけどここに置いて行くことにしました。濡れた服をナップサックに入れてしまうと、一緒に入っているフィルムなんかが水気でダメになってしまいますからね。

 と、いうわけで、
 玄関で、ずいぶんと無駄な時間をくってしまいましたが、
 ポシェットに点かなくなった懐中電灯を入れ、
 ナップサックを肩にかけ、
 射影機を手に持って、

 さあ!

 お姉ちゃんを探しに出発です!



『おおお…』
『現役女子中学生の生着替えした服…』
『クンカクンカするのだ…』
『スーハースーハーするのだ…』



 …その前に、もう一戦やらないといけないようです。






 果てしないですね、ここの変態どもは。









(あとがき)
 こんな変態な怨霊、いるわけないだろう。と言う、そこのアナタに尋ねよう。
 アナタは、階段の下から、お姉ちゃんをローアングルで撮ろうとした事が無いと… 言いきれるのかな?

 …どうでもいい所で尺を取りすぎですね。すいません。ただ今、眞紅の蝶、プレイ中です。



[35605] ちょっとお姉ちゃん! その6
Name: 海堂 司◆39f6d39a ID:fc355867
Date: 2012/10/28 08:21
 ここはもう、まともな世界ではない。
 そんなことは分かりきっていました。

 けれども、この村に迷い込む前の日常で、まともでないモノとの接点が全く無かったわけでは無いと、そう思うのです。

 幼い頃、夜中にトイレに行くのが怖かった。
 何気ない模様がいびつな人の顔に見えた。
 
 けれど、そんな子供の頃は怖かったハズのものを、今では友達と笑いながら会話のネタにしていたりします。

 あたしたちは、知らず知らずのうちに、ありえないものとの付き合い方とでも言うべきものを、身につけているのかもしれません。
 それはこの村でも同じです。
 この村の異様さに怯えながらも、あたしはいつの間にか、どこか冷めた頭で、それはそういうものだと受け止めてしまっていたようです。

 射影機があるから、かもしれません。

 射影機を使うということは、すなわち異界と関わる事であり、使えば使うほど、その関係性は深いものになっていく。そんなことが、射影機について書かれていた古書にありました。

 日本語が通じない外国であっても、その国の言葉を覚えれば、コミュニケーションを取る事ができるようになります。
 さらに文化や風俗、日常の習慣を理解すれば、その国の人との関係をもっと深める事ができるようになるでしょう。

 世界が広がるという事は、自分と他を区別する境界線が薄くなる事。 …というよりも、変質するといった方が近いでしょうか。

 射影機を使う事により、あたしと、この村に在る『何か』とを隔てている境界線。
 それが、変質する。
 今まで無かった関係が作られていく。

 それが、この村から脱出するにあたって良い方へ進むのか、それとも… 

 今はまだ分かりません。
 だから今はただ、お姉ちゃんの元へ急ぐのみです。

 …とまあ、いきなりこんな、自分でも良く分からない事を言っちゃってすみません。
 天倉 澪です。

 お姉ちゃんを助けると意気込んだまではいいものの、この屋敷はやっぱり普通じゃありません。
 この夜が明けない村においても、ひときわ異質な場所です。

 ちょっと足を踏み外せば、底の無い、深い、暗い谷底へと落ちていくような不安感が、常につきまとっています。

 そして浮遊霊や地縛霊の数も、まるで村中のそういったモノが全て集まっているのではないかと思うくらい、様々なところで哭き、悲しみ、怒り、



 何かに怯えているようなんです。



『もうベタ塗りはいやじゃ』
『もうトーンばかりを貼るのはいやじゃ』
『疲れてインクをぶちまけてしもうた』
『風呂に入るとトーンのカスが浮くのじゃ』
『いやじゃ』
『いやじゃあ』

 そう言って頭を抱え、身体を丸めるようにして震えているのがいました。

『ひえええええ』
『もう家に帰らせてくれ』
『座りっぱなしで腰が痛いのじゃ』
『手が腱鞘炎なのじゃ』
『助けてくれ』
『助けてくれえ』

 そう叫びながら、雷で明滅している暗い廊下を走ってくるのがいました。さらに、

『許してくれ、許してくれえ』

 廊下を、奥の部屋へと引きずられていく男がいます。引きずる方の男は、白い髪を逆立て、何のつもりなのか、体に縄を巻きつけています。

『許してくれ。後生じゃ、許してくれ』
『いいや許さぬ』
『わしはもう三日も寝ておらぬのじゃ』
『締め切りはすでに十日も過ぎておる』
『もうネタが浮かばぬのじゃ』
『印刷所は輪転機を止めて待ってくれておる』
『アシはみんな逃げてしもうたのじゃ』
『お前一人でも完成させるのだ』
『できるわけがない。許してくれえ』
『許さぬ』

 縄の男は、引きずっている男が泣き叫ぶのを気にも留めない様子で、そのまま廊下の奥へと消えてしまいました。そしてさらに、



『あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
 はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
 はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは』



 狂ったような声で高笑いする女の人。

 死屍累々と周りに転がっている人達、
 所々に散らばっているユ〇ケルの小瓶、コンビニ弁当の箱、真っ白な原稿用紙…

 徹夜が続いてハイになってしまっているのでしょうか。こんなお姉ちゃんを見た事があります。「澪… コンビニでアリ〇ミン買ってきて…」と死にそうな声で。
 そう、あれは確か…



「お姉ちゃん、大丈夫?」

 もう日付が変わろうかという時刻。お姉ちゃんの部屋のドアからのぞき込むようにして、声をかけます。

「んー? 大丈夫大丈夫。それよりもア〇ナミン、よろしくね」

 お姉ちゃんは机に向かったまま、何か描き続けています。

「少し寝た方がいいんじゃない?」
「寝たら間に合わなくなっちゃうもん」
「体に悪いよ?」
「平気だってば… あ、でも」

 そう言って、お姉ちゃんは椅子ごと体を回転させ、こちらを向きます。大丈夫とか平気とか言える顔色じゃありません。そのくせ、徹夜続きで赤く充血した目だけは、何か力がみなぎっています。

「澪がパンツ見せてくれたら頑張れるかな?」
「オヤスミ」
「ああっ、冗談だってば! 毎日の日課みたいなものじゃない!」
「日課で妹のパンツのぞいたりしないでよ」

 スカートはもちろん、ジーパンとかホットパンツにしたら、ずり下ろされたし。ブルマとかスパッツを履いたら、「これはこれでアリ」とか言われたし。

「じゃあ、コンビニ行ってくるけど、他に何か欲しいものある?」
「澪の愛」
「………」
「じょーだんだってば! あ、アリナミ〇は3本ね」
「お姉ちゃん… 死ぬよ?」



 …お姉ちゃん、脚以外はけっこう頑丈にできてます。姉妹の微笑ましい会話ですませるにはちょっと抵抗がありますが、その時のお姉ちゃんはとても楽しそうで、あたしは嫌いじゃありません。



『あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
 はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
 はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは』



 …ご愁傷様でーす。頑張って、間に合わせてくださいね。と、邪魔しないよう、声には出さずに心の中でエールを送りました。さあ、気を取り直してお姉ちゃんを探すとしましょう。

 そんなワケで、修羅場っている大広間を通り抜け、さらに屋敷の奥へと進みます。と、



「ううっ… ひぐっ…」



 …なんでしょう、誰かが泣いているようです。
 射影機に反応はありません。それを差し引いても、今までのオバケとは違う感じの声が、進んだ先にあった部屋の、タンスの影から聞こえてきます。

「ぐすっ… うええええええん…」

 あたしは遠目から、その声が聞こえる所を覗き込むようにして様子をうかがいます。
 女の人です。歳はあたしと同じくらいでしょうか。顔を膝にうずめて、身体を震わせています。そのすぐそばに置いてあるのは…

 え? 射影機!?

「お姉ちゃん… お姉ちゃん… どこ行っちゃったの…」

 この声には聞き覚えがあります。その姿にも見覚えがあります。だって、

「っ! 誰!?」

 あたしの気配に気付いたのでしょうか。その人は顔を上げると、座った姿勢のまま、そばに置いてあった射影機を手に取り、あたしにレンズを向けてファインダーを覗き込みます。

 そして、

 シャッターを切る事無く、ゆっくりと射影機を下ろしました。

 そこにあった、戸惑いを隠せていない顔は、

「え、お姉ちゃん? …じゃない、ええ??」

 変質していく境界線。
 あたしも同じ顔で戸惑っていたのでしょう。だってそこにあったのは、双子であるお姉ちゃん以上に、あたしにそっくりな顔。

 いえ、そっくりと言うより、そこにいた少女は、






 あたしでした。 









(あとがき)
 黒澤家は腐海に飲み込まれてしまっているようです。



[35605] ちょっとお姉ちゃん! その7
Name: 海堂 司◆39f6d39a ID:fc355867
Date: 2012/10/31 09:46
 あたしの眼と同じ眼が、あたしを見つめています。
 あたしの口と同じ口が、何を言っていいのか分からないとばかりに、金魚みたいにパクパクしています。
 あたしの手と同じ手が、これまたあたしが持っているのと同じ射影機を抱えています。

 鏡に映るあたしよりも、あたしそのものの少女が、目の前に立っていました。

「アンタ… 名前はなんていうの?」

 人に尋ねるときはまず自分から、とかそんな言葉も出てきません。なぜなら、あたしも全く同じ事を聞こうとしていましたから。だから、素直に答える事にしました。

 はじめまして。天倉 澪です。

 そう答えたとたん、目の前の少女は大きく息をのみました。それで分かっちゃいました。
 あたしは天倉 澪で、彼女もまた、天倉 澪なのだと。

「とりあえず、座らない?」

 このまま突っ立っていてもしょうがないので、そう提案してみました。少女はちょっとだけ、きょとんとした顔をした後、

「そうね、その方がいいわね」

 あたしと同じ声でそう言って、その場にあたしと向かい合うようにして座りました。
 座ったのはいいんですけど… それからどうすればいいのか、ノープランです。めっちゃ気まずいです。向こうも同じ心境なのでしょう。視線が合いそうになると、慌てて目を伏せる。お互い、それの繰り返しです。

 なんかね、これが日常なら「えーそっくりー なにー? あんた三つ子だったのー?」なんて、友達が盛り上げてくれたりとかするんでしょうけれど、ここは異界。オバケでない自分たちのほうが異常と言っていい世界。

 まさか… オバケ、じゃないよね?

 あたしは何となく、目の前のあたしに手を伸ばしました。向こうも、あたしが何をしたいのか分かったのでしょう。少し体を強ばらせるような素振りを見せたものの、何も言わずにじっとしてくれています。

 そしてあたしの指先が、もう一人のあたしの頬に触れます。

 温かいです。やわらかいです。オバケの感触じゃない、生きている人間の感触です。キメ細やかな、スベスベのお肌です。 …あたしもこんな卵みたいなお肌してるんでしょうか? だったらいいなあ。
 でも、それでますます疑問がわいてきました。

 彼女は一体、なんなのでしょう?

「ねえ」

 ふいに、彼女が口を開きました。

「アンタ、何でこんな所にいるワケ?」
「あたしは… お姉ちゃんを探して…」

 そして、あたしともう一人のあたしが、お互いどんな状況なのかを話し合いました。
 大まかな所は大体同じです。この村に迷い込んで、オバケに襲われて、お姉ちゃんがおかしくなって。

 違うところと言えばですね、

「なんなのよ、アイツら… あたしとお姉ちゃんに、何をさせようって言うのよ…」

 もう一人のあたしは、どうも本格的にオバケに襲われているようなんです。『儀式だ、儀式を続けろ』と鎌や棒で追い回され、覚えの無い『巫女』として、その儀式を務めるよう言われるのだとか。

 …こっちの変態オバケとはえらい違いです。

「お姉ちゃん、霊感強いから、何か変なのに捕り憑かれてるっぽいし」

 …むこうのお姉ちゃんは、中二病の設定ではないようです。

「追いかけて、やっとの事でココまで来たら、何か恐ろしい事になってるみたいだし」

 言ってるうちに、思い出してしまったのでしょう。もう一人のあたしの目に、涙が浮かんでいます。
 …あたしも泣きそうな目には会いましたけどね、どっちかっていうと、恐怖よりやるせなさからくる涙ですけどね!

「もう訳わかんない。何よこの村…」

 そしてついに、彼女は泣き出してしまいました。あたしは彼女の隣に腰を下ろし、小さい子を慰めるような感じで、頭を胸に抱きました。
 彼女も特にそれを拒むような事はしません。もっとも激しく泣き出すような事もありませんでしたが、肩を震わせ、あたしの胸に顔を押し付けるようにして、泣いています。

 それにしてもこうして間近で見ると、この人はどう見てもあたしだという事がよく分かります。あたしが玄関で着替えたせいで、服こそ違いますが、それ以外は全く同じなんです。
 平行世界、並列世界、とかそういうのでしょうか。ほんのちょっとだけ、『何か』が違う世界にいるあたし。無限の世界に存在する、無限のあたし。
 その中で、あたしと同じように、皆神村に迷い込んでしまったあたし。

 それが何かのきっかけで、この場で交わってしまった。

 そして彼女は怨霊に襲われ、あたしは変態に追い回され…

 ………

 …なんでしょう。恐ろしい思いをしている彼女の方をうらやましいと思うこの気持ちは。いえ、もちろんあたしだってこの不気味な村が平気なわけではありませんが… 

 そんな事を考えているうちに、どのくらい経ったのでしょう。ふいに、彼女はあたしをそっと押しやるようにして、寄りかかるようにしていた体を離しました。

「ゴメン… あたしばっかり泣いちゃって」

 あたしはゆっくりと、首を横に振りました。 …だってあたしには泣くような事が無いんだもん。なんか、ホントにうらやましくなってきましたよ。

 そして彼女は、ポンポンとお尻をはたきながら立ち上がりました。

「ありがと。ちょっと気が楽になった」

 なによりです。

「もう行かないと… お姉ちゃんを助けなきゃ」

 …ちょっと忘れてました。

「約束したもんね、お姉ちゃんと。ずっと一緒にいるって」

 約束、ですか。 …そうですね、約束しました。



 ずっと、ずっと一緒だからねって、幼い頃にお姉ちゃんと約束したんでした。




 彼女も同じように、約束したんでしょうか?

「今度のイベントで一緒にコスプレするって」

 同じようにって …は?

「アンタもでしょ? そのコスプレ、似合ってるよ」

 コスプレ? …そういえば、今着ているこの制服は、あの変態どもからくすねてきたものでした。

「ロボ〇ィクス・〇ーツの制服とか。良い生地使ってるじゃない」

 そうですか、ロ〇ティクス・ノー〇って言うんですか。 …今、始めて知りましたけどね!

「お姉ちゃん、脚の怪我が不安だからってずっと断ってたんだけど、あたしがずっと一緒だからってやっとOKしてくれたしね」

 え? 一緒にいようねっていう約束ってそっち!? …あ、あー。あーハイハイハイ。そういうことですか。

「デド〇ラのか〇みとあ〇ね。お姉ちゃんが、かす〇のコスプレするの」

 つまり、『あっち』では、お姉ちゃんのほうが、今のあたしと同じような目に合っていると、そういうことですね。

「くやしいけど、お姉ちゃんのほうが、あたしより2センチ大きいから絶対似合うよ」

 …そこは違っててほしかったなあ! どこの大きさだよとかもうツッコミませんよ! うう… 双子なのに… あたしの方が牛乳とか飲んでるし、お風呂上りにゴニョゴニョとかしてるのに… 

 そんな風に、なんとなく、あたしがやるせない思いをしていると、彼女はまだ涙の跡が残った顔を、ゴシゴシと乱暴にぬぐい、じゃあね、と言うと、この部屋の戸から廊下へと姿を消しました。



 その途端、人の気配が消えました。



 古い木製の引き戸の向こうで、去っていく足音とかも、何も、感じません。
 多分、あの戸を開けても、もう誰もいないのでしょう。交わった世界は、再び離れていったのでしょう。本当にいろんな事が起こる村です。

 あたしの方も、いつまでもこうしてはいられません。
 お姉ちゃんを見つけないと。約束したんですから、ずっと一緒にいようねって。

 いつまで守れる約束かは分かりません。きっとそう遠くない将来、無効になってしまう約束なんでしょう。
 でも、今は、まだその時じゃないから。だから、一緒にいないと。

 そして、あたしも、彼女が去っていったのとは別の戸からこの部屋を出ました。

 待っててね、お姉ちゃん!





 …そしてファイト! もう一人のお姉ちゃん!








(あとがき)
 「月蝕の仮面」プレイ中です。

 A ☆ YA ☆ KO!
 A ☆ YA ☆ KO!!



[35605] ちょっとお姉ちゃん! その8
Name: 海堂 司◆39f6d39a ID:fc355867
Date: 2013/09/09 22:22
 どうも、天倉 澪です。 

 もう一人の自分と別れた後、あたしはさらに先へと進みました。 …と、いいますか、ここ以外はみんな鍵がかかっているか、何か見えない力で塞がれているかのどちらかでしかなくて、こっちに行く以外に無かったんですけどね。

 そうやって進んだ先にあった部屋は、なんとも奇妙な部屋でした。

 相変わらず人の気配はまるでしないのに、なぜかロウソクが明々と灯されています。おまけに豪華な雛人形まで飾られてます …うん? どことなく変な感じのする雛人形ですね… こちらも気になりますが、もっと気になるものがあります。

 それは、部屋の奥のほうにある衝立(ついたて)。

 あたしの腰くらいの高さがある衝立。ちょうど人が一人、隠れるくらいの大きさです。
 向こう側に誰か、もしくは何かいるのか、影が一つ、映りこんでいます。
 ロウソクの火が揺らめいているのか、その影の主がそう動いているのか、ゆらゆら、ゆらゆらと揺れています。

「…お姉ちゃん?」

 あたしは探るようにして、その影に声をかけました。けれども返事はありません。変わらずゆらゆら動いています。
 遠くからゆっくり、衝立を回り込むようにして、その影へと近づきます。だって、不用意に近づいて、何かあったら怖いじゃないですか。

 …いままでロクな目に会ってませんが、怖いことはまるでありませんでしたね…

 いや! でも! もしかしたら、今度こそあるかもしれないじゃないですか!
 映っていた影はなんかこう… ホラ、ねえ? 怪談でよくある、よ~く~も~見~た~な~的なヤツっぽいし、今度こそ射影機をガッツリと活躍させてあげられるかもじゃないですか!

 …ええ、そうですよ!

 フィルムがっつり余ってるんですよ!
 万葉丸なんて一回も使ってませんよ!
 御神水を、あーなんかノド乾いたなー、とかでうっかり飲んじゃいましたよ!
 鏡石は一個しか持てませんとか聞き飽きましたよ!

 ヤバイ戦闘とか期待したっていいじゃないですか! フェイタルフレーム! コンボ! コンボ! とかいいかげんやってみたいんですよ! 何のための『報』ですか! ストレス溜まりまくっているんですよ! やさぐれてるんですよ、こっちは!!



 …えー コホン。お見苦しい所をお見せいたしました。



 まあそんなワケで、あたしはゴクリとツバを飲み、射影機を構え、衝立の向こう側へとゆっくり進みます。
 どんなおっかないのがいるのか、十分に警戒しなければいけません。ワクワク… してないですよ?
 そして、衝立の向こうにいたのは―



「ああ… 澪のニオイ… クンカクンカスーハースーハー」


 
 …思わず膝から崩れ落ちそうになりました。

 そこにいたのは、あたしが脱いできた服に顔を埋めているお姉ちゃんでした。どこからその服を持ってきたのかはもう置いときます。
 キリが無いしね!



 そんなわけで、



「お姉ちゃん!」

 服に顔を埋めたままのお姉ちゃんに声をかけます。が、

「ああ… 澪、澪…」

 まるで聞いちゃいねぇ。
 お姉ちゃんが一番のヘンタイさんです。案外、この村で暮らした方がお姉ちゃんは幸せかもしれません。

「そんなコトない!」

 うおお、びっくりしたあ。ていうか、今、あたしの心を読みましたかお姉ちゃん?

「澪… やっと来てくれたんだ…」

 お姉ちゃんは半泣きで、あたしの胸にすがりつきます。

「澪… 分からない… あたし、自分がどうなっているのか分からないよ…」

 お姉ちゃん… 怖かったんでしょうか。やっぱりこんな不気味な村に一人ぼっち。いくらお姉ちゃんがヘンタイでもさすがにまいってしまうのでしょう。
 その怖さをまぎらわすため、どうやって手に入れたか知りませんけど、あたしが脱いできた服に顔を埋めてクンカクンカ… うん、無理がありますね。ありすぎますね!

 でも、

「お願い、澪。離れないで…」

 今にも消えそうな、か細い声です。あたしの胸で泣いているお姉ちゃんが、なぜか儚く思えます。
 まるで、あたしから離れたその瞬間、ふっ、と消えてしまいそうな…

「大丈夫だよ、お姉ちゃん」

 あたしは震えるお姉ちゃんを包み込むように、そっとお姉ちゃんの背中に腕を回します。その瞬間、ピクリと震えましたが、お姉ちゃんはちょっと落ち着いたようで、小刻みに震えていた体が少しずつ収まってきたようです。

「約束したじゃない、すっと、一緒だって」

 そうです。今、自分で声に出して、それがどれだけお姉ちゃんにとって、あたしにとって、大事な約束なのか… なんとなく分かる気がします。

「あたしは、お姉ちゃんと一緒にいるウン!?」

 え? え? 何? 今のムニュっとした変な感じ!?

「えっへへ~ 澪のムネ、や~らか~い」

 …人がマジメに回想に浸っている時に!
 もう!!



 ―ごっちん!!



「ぎゃん!?」



 ………



 …あたしは恐る恐る、衝立の向こうの様子を探りながら、覗き込みました。
 そこにいたのは何と、

「お姉ちゃん!?」

 まあなんということでしょう。
 お姉ちゃんがぐったりとした様子でそこに倒れています。
 きっと何か恐ろしい目に会ったのでしょう。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」

 こういう時、決して体をゆすったりとかしてはいけません。頭を強く打ってるかもしれませんしね!

「ん… あれ? 澪?」

 まだ意識がハッキリしないのか、お姉ちゃんはどこか寝ぼけたような、ボンヤリとした目で、あたしを見ます。

「大丈夫? お姉ちゃん」
「う~んと… 頭が何だか痛い…」
「何か怖い目に会ったんだね、かわいそうなお姉ちゃん」
「怖い目…? どっちかって言うと、痛い目に」
「立てる? 早くこんなところから出よう?」
「うん… そうだね… あれ? 澪?」
「なに? お姉ちゃん」
「その服、制服だよね。ロボティ〇ス・ノ〇ツの」

 …しまった。乾いてたからってナップサックに入れずに着替えればよかった。ていうか、もう伏字の意味が無いね!

「そっか。澪もついにコスプレに目覚め―」
「―てないから」

 もう一人のあたしみたいなコト言わないでほしいです。

「えー でもー」
「もういいから! 早く行くよ! さっさと出るよ! こんなトコ!!」
「…澪、こわーい」

 誰のせいだ。

 あたしはお姉ちゃんの手を引くようにして、この部屋から出ました。
 なんとかしてこの屋敷から、そしてこの村から出る方法を見つけなければなりません。

 ヘンタイはもうお姉ちゃんだけで十分なんですよ!

 …ハア。






 …射影機、壊れてないよね?









(あとがき)
 いつになったら黒澤邸から出られるんでしょうね?



[35605] ちょっとお姉ちゃん! その9
Name: 海堂 司◆39f6d39a ID:fc355867
Date: 2012/11/06 20:50
 あたしは開いていた本を閉じて、元あった所へ戻します。そして隣にある本を手に取り、表紙をパラリとめくります。

『双子の巫女タン、ハアハア』

 …黙ってその本を閉じます。そして再び、戻して隣の本を取り、開きます。

『双子巫女タンモエモエでちゅー』

 …これもか。

 どうも、天倉 澪です。
 無事… と言っていいかは分かりませんが、お姉ちゃんと合流できたので、次はこの屋敷から、そしてこの村から脱出する方法をなんとかして見つけなければいけません。
 樹月くんに聞けば何か分かるかもしれませんが、どっちにしろこの屋敷から出ないと会えないので、こうして書棚にある本に何かヒントが無いか調べています。
 この屋敷は、いわゆる村長の住んでいた屋敷だったようで、結構な蔵書量です。
 ただ残念な事に、ほとんど古くなって、湿気て読めなくなっていますが、それでも何冊かは読めるものがありました。

 …あったんですけど、

『双子巫女と(何て書いてあるのか読めませんね!)する100の方法』

 こんなんばっかりです。どうしましょうかね、ホント。ため息だって出ちゃいます。と、

「澪~ ため息とかついてたら、見つかるモノも見つからなくなっちゃうよ?」

 あたしの下の方から聞こえてきたのんきな声に、ますますため息が出ちゃいます。

「お姉ちゃんもそんな事してないで手伝ってよ」
「えー だってせっかく堪能してるのに」
「堪能って …お姉ちゃん」

 あたしは深い深いため息をつきました。

「なんであたしのスカートめくってパンツ見てるの?」

 しかもしゃがんで。ローアングルで!
 そうなんです。お姉ちゃん、あたしが調べ物をしている間ずっと、あたしの後ろでしゃがんでパンツを覗き込んでくるんです。

「澪のオシリっていつ見てもプリンってしてていいよね~」

 妹のオシリを品評しないでほしいです。

「もう! お姉ちゃん!」
「あ痛っ!?」

 手にあった本でお姉ちゃんの頭を叩きます。

「マジメにやってよ!」
「だからマジメに澪のパンツ見てるじゃない」
「…怒るよ?」

 少し低い声でそう言うと、

「はーい」

 しぶしぶといった様子で立ち上がって、お姉ちゃんはあたしが調べていた、その隣の書棚へ向かいました。

「ていうか、スカート覗かれたくないなら着替えていつものレギンズ履けばいいじゃん」

 それ以前に妹のパンツを嬉々として覗く姉というのがおかしいと思うんだけど。
 あたしだって、やっぱり着慣れている服の方がいいから、着替えようとしたんですけどね、



「いいよ、澪、着替えなよ。大丈夫、お姉ちゃんがしっかりと見張っててあげるから! だから、ぐいっと着替えよう! あ、その手に持ってる古いカメラ、お姉ちゃんが持っててあげる。 …そんな目で見なくても、このカメラで撮ったりしないって。ちゃんとお姉ちゃんの心のファインダーに収めるから! だから脱ごう、じゃない、着替えよう! だ~いじょうぶだって! 恥ずかしいコトなんて何も無いから! 怖くなんてないから! むしろだんだん気持ちよくなってくるから!」



 こんな事言われて着替えられるワケがありません。結局、あたしは未だ、あのヘンタイ3人組のコスプレ衣装を着ているわけです。
 …とにかく、今はなんとかしてこの屋敷から出る方法を考えなければなりません。あたしはまた、別の本を手に取ります。

『双子巫女タンのチラリズム ~なぜ我々は双子巫女タンに惹かれるのか~』

 …うん。この屋敷から出たら、丸ごと燃やそう。そうしよう。
 それでも中にはまともな事が書いてあったりするのがあるんです。この村の秘密、みたいな。
 ただ断片的な事しか書かれてない物ばかりで、まだはっきりとした事は分かりません。とりあえず、後でまとめるため、重要な事が書かれてそうなページを破ってスクラップにし、ナップサックの中へと入れていきます。本を破るのは、どことなく罪悪感がありますが、非常事態という事で多めに見てもらいましょう。

 そして次の本へと手を伸ばした、その時、

「えへへ~ み~お~」

 背中からお姉ちゃんがしなだれかかってきました。

「もう、お姉ちゃん、また」
「い~じゃん。み~お~」

 そのままうなじに頬ずりとかしてきます。そうやってお姉ちゃんが微妙に体を動かす度に、背中に感じる二つのふくらみ… あたしより2センチ大きな… くっ。

「んー 澪って温かいね~」
「ちょっと… もう…」

 強く振り払えばいいんでしょうけど、あたしもお姉ちゃんに会うまで心細かったし、それでなくともこんな風に甘えられるのは、正直、イヤではありません。
 でも場合が場合です。いつまた、あの変態オバケがやってくるか知れたものではありません。
 そんなワケで、

「お姉ちゃん。このままだと、あたしたちいつまでもこの村から出られないよ?」

 少し強めに言ってみます。お姉ちゃんだって、こんな不気味な村から出ないといけない事は分かっているハズです。でも、

「別にあたしはこのままでもいいけどな~」

 返ってきた答えは、なんというか、耳を疑うようなものでした。

「…はあ!?」

 思わずあたしは後ろを振り返ります。その動きで、あたしにくっついていたお姉ちゃんが少し離れてくれました。

「このままでいいって… そんなワケ無いでしょ?」
「なんで?」

 そんな落ち着いた声で、なんでって言われちゃうと… あたしは何も言えなくなってしまい、ただお姉ちゃんの顔を見つめるしかできなくなってしまいました。

「だって、このままここにいれば、二人でずっと一緒にいられるんだよ?」
「でも、オバケが…」
「関係ないよ、そんなの」

 お姉ちゃん…?

 何か、ヘンです。

「おねえ、ちゃん?」
「約束したじゃない―」



「―八重」



 っ!? 今、なんて?

「ずっと、ずうっと一緒だよね… や××お」

 …何故かよく聞き取れなかったけれど、お姉ちゃん… 今、あたしを何て呼んだの?

 澪?

 それとも、



 八重?



「ねえ、澪」

 …呼び方が澪になりました。はっきりと聞き取れました。でも、あたしの中に生まれた疑惑が、油断するなとあたしに警告してきます。
 油断するな? 何に? お姉ちゃんに?

 目の前にいるお姉ちゃんは、いつもと変わらないお姉ちゃんです。あたしと同じ顔の、たった一人の姉です。

 …本当に、そうなんでしょうか?

「澪…」

 あたしがどう反応していいのか迷っているその間に、お姉ちゃんはゆっくり、両手をあたしの方へと差し伸べてきます。
 それはゆっくりと、

 あたしの首へと向かい、

 さらにあたしの頬を包み込むようにして、

 そしてぐいっと引き寄せられて… へ?



「…ちゅ」



 っ~~~~~~~~~~~~~~!!

「んちゅう… 澪… ちゅ、ちゅう…」

 お姉ちゃんは別にネズミの鳴きまねとかしてませんだったら何をしてるんだと言われましても言われましてもおおお!?

「ん… へへ~ 澪のクチビル、やわらか~い」

 ああそうですかそれはよかったですねじゃなくてえええ!!

「な、何してんのよ! お姉ちゃん!」

 思わず勢いよく後ずさりました。背後にあった書棚に背中からその勢いのままぶつかり、何冊か本が落っこちてきましたがそれどころじゃありません。

「い、妹にキスとか。何考えてるのよ!」
「いや~ だってさ~」

 お姉ちゃんは悪びれた様子も無く、ポリポリと指で自分の頬をかいてます。

「最近、ご無沙汰だったし、いいかな~ って」

 ご無沙汰ってなんだ、ご無沙汰って!

「そんな、いつもしてるみたいに言わないでよ!」
「ん? いつもしてるよ?」

 …は? なんですと?

「澪ってさ、一度寝るとなかなか起きないんだよね」

 よく言われます。

「始めは寝顔を眺めてるだけで良かったんだけど、だんだんガマンできなくなってきて」

 …なってきて?

「こう、ムチュ~ っと」

 ………

「それがもう、病みつきになっちゃって」

 ヘンタイだ… 分かってたけど、ヘンタイがここに、今あたしの目の前にいるよ…

「お姉ちゃん… 病みつきって、まさかあたしが寝るたびにそんな事してたの…?」
「いつもじゃないよ? そうだねぇ… 週に6回くらい?」
「ほぼ毎日じゃない!」

 信じられません。どこまで突っ走りますか。ていうか、あたしと同じ顔でそんなこと言わないで欲しいです。もう一人のあたしの比なんかじゃありませんよ!

「あーあ。あたしが男だったらなー そしたら毎日、澪に(聞こえません聞こえませんなーんにも聞こえませーん!!)とかしちゃうのになー」

 …さっきからあたしの体力メーターがガンガン減っていきます。鏡石が割れる音が今にも聞こえてきそうです。
 ゴメンね! 使いどころが無いなんて愚痴ってゴメンね!

「ねえ、澪」
「…なに?」
「誰もいないんだし、思い切ってここでヤっちゃう?」

 なっー!

 このバカお姉ちゃん!!



 ―ごっちん!



「ぐふっ!?」



 ………

 お姉ちゃんは疲れて眠ってしまったみたいです。






 …さて。とりあえず、今のうちに着替えよう。









(あとがき)
 ずっとお姉ちゃんのターン。



[35605] ちょっとお姉ちゃん! その10
Name: 海堂 司◆39f6d39a ID:fc355867
Date: 2012/11/10 06:52
 あたしは床に座り、同じく床に広げた、集めた資料を一つ一つ確認していきます。
 確認する、と言っても、書いてある事がそのまま読めるわけではありません。
 漢字は多いし難しいし、言い回しもいちいちまわりくどくて、ずっと眉間にしわを寄せながら、本から破り取ったページ一枚一枚を時間をかけて読んでいきます。
 こんなことなら、学校の古文の勉強、もっとやっておくんだったなあ。と思ったりもしたのですが、どう見ても教科書に載ってるような物ではない事に気付き、さすがに頭を抱えそうになりました。

「ねえ、澪~ あたしは何してればいいの?」

 その辺で遊んでてください。

「ね~え~ み~お~」

 …背中にのしかかってこないでください。重いから。
 お姉ちゃんを背中に乗せた姿勢でどうもです。天倉 澪です。

 まあ、こんな感じで集めた資料とにらめっこしてます。正直、分からない事の方が多いのですが、それでもいくつかの事が分かってきました。

 まず一つ、
 この屋敷は村長の屋敷というよりは、祭主、つまり何らかの儀式を執り行う際の指導者、あるいは責任者の屋敷という事。
 ずいぶんと広い屋敷だとは思ってましたが、住居としての私的な空間と、公共の建物としての空間が一つになった造りをしているため、そうなっているようです。
 さらに、この屋敷の見取り図と思われるものも見つけました。これによると、あたしが入ってきた玄関とは別に、もう一つ、出入り口があるようです。ここからそう遠くはありません。これは大きな収穫です。

 すぐに向かいたいところではありますが、ここは状況を整理するのが先です。

「み~お~ 構ってよ~」

 お姉ちゃんはのしかかったまま、体を押し付けてきたり、うなじに頬ずりしてきたり… なんだかずい分甘えんぼさんです。

「もう少し待って、お姉ちゃん。この辺のを片付けたらすぐに出発するから」
「もー さっきもそう言ったよ? …むちゅ」
「ひゃあう!?」
「アハハ。ひゃあう、だって。かっわいい~」
「もう! 静かにしててよお姉ちゃん!」
「はあい…」

 いきなりうなじにキスとか何考えてるんでしょうね!
 …付き合ってもキリが無い事はもう学習しました。話を元に戻しましょう。

 分かってきた事、二つ目です。
 この村で行われてきた『儀式』という物についてです。
 これについては詳しい事はよく分かりません。符丁とか、遠回しな言い方が多くて、それを知っていなければ理解できない。そんな感じです。
 それでもこの『儀式』が、この村において重要なものであったという事は分かりました。
 誰にも言ってはいけない秘密の儀式。そういえば、樹月くんも『祭り』と言っていましたが、それと同じものなのでしょうか?
 
 …樹月くんは、「祭りが始まる前に逃げろ」と言ってました。

 逃げられなければ… どうなってしまうのでしょう? 頭にリボンを付ける事になるのでしょうかね?

「ちゅ… 澪… ちゅう…」

 …多分、あたしのうなじとか首の後ろとかその辺は、お姉ちゃんの付けたキスマークで赤くなってるんだろうなあ… いいや、もう。大人しくしてくれるならなんでも。
 ちょっとこそばゆいですが、唇を奪われた事に比べたら!

 比べ、たら…

 ………

 …うう、自分で考えてヘコみます…

 気を取り直して3つ目、双子についてです。
 この村では双子は神聖視される存在というか… 萌えキャラというか… とにかく特別だったようで、それが女性の場合は『双子巫女』。男性なら『双子御子』として、先ほどの儀式で重要な役目を担っていたようです。
 それがどんな役目かは、手元にある資料では分かりません。もしかしたら詳しく書いてあるかもしれませんが、あたしの読解力ではコレが限界です。

「…はむちゅ」
「ひゃ!」
「澪~ まだ~?」
「もう! 耳たぶをアマガミとかしないでよ!」

 それらをふまえた上でのあたしたちの現状は…

 よくよく考えると、ずい分とマズイんじゃないでしょうか? 変態オバケのインパクトが強くて忘れてましたけど、

 始めに入った家で女性の怨霊に襲われました。
 この屋敷に続く橋の上でも襲われました。

 そして、

「澪…」

 お姉ちゃんは、ほとんど体全体をあたしの背中に押し付けるようにしています。

 思えば、再会してからお姉ちゃんの様子が変です。いや、元々オカシイお姉ちゃんですけど、甘えんぼのお姉ちゃんですけど、こんなにベタベタ甘えてくる事は今までありませんでした。
 お姉ちゃんも、平気なふりをしているだけで、本当は心細いのかもしれませんが…

「澪…」
「ちょっ…! 待ってお姉ちゃ… きゃん!?」

 急に、お姉ちゃんが全体重を乗せて寄りかかってきました。急な事だったので、あたしもバランスを崩してその場に倒れこんでしまいます。
 床に広げたままの資料が、その衝撃で飛んでいったり、つぶれてクシャクシャになってしまいました。

「んふふ~ み~お~」
「もう! ふざけないでよお姉ちゃん!」

 のしかかってくるお姉ちゃんともみ合う内に、仰向けになったあたしの上に、お姉ちゃんが覆いかぶさるという体勢になってしまいました。
 あたしの頭のすぐ横に、お姉ちゃんの頭があります。
 お姉ちゃんの体全体があたしの体を押さえ込むようにして重なり、脚もお互いにからまって動けません。そうでなくてもお姉ちゃんの脚は悪いんです。こんな状況で脚を乱暴に動かすなんてできません。

 …あれ? もしかしてあたし、ヤバイ? リアルでいろいろと危機なんでしょうか!?

「ねえ、澪…」

 ささやく様なお姉ちゃんの声と、わずかに感じるお姉ちゃんの吐息。

「これからどうしよっか?」
「どうしようって…」

 何故かお姉ちゃんの方をまともに見る事ができなくて、宙に視線をさ迷わせたりします。
 …なんでこんなにドキドキしてるんでしょう?

「まずはこの屋敷から出て、それからこの村から出る方法を…」
「そんなにこの村から出たい?」

 耳元でボソボソと。そのくせ何故かはっきりと聞こえるお姉ちゃんの声。

 …お姉ちゃん、だよね?

「ずっと一緒だって、約束したじゃない」
「それはそうだけど、この村から脱出しないと。きっとみんな心配してるよ?」
「…そうだね、澪―



 ―マタアタシヲオイテクノ?」



 っ!?

「…澪? どうしたの?」

 ど… え?

「澪? 顔色が悪いよ?」
「…お姉、ちゃん?」
「大丈夫? 無理させちゃった?」

 そう言って、お姉ちゃんはあたしから離れ、立ち上がります。そして寝転がったままのあたしにそっと手を差し伸べてくれます。
 でも、

「…澪?」

 なかなかその手を取ることができません。さっきとは違う意味で、心臓がバクバクいってます。まるで背中に氷柱でも差し込まれたような、ひんやりとした悪寒が体の芯に残っています。

「澪? どこか具合悪い?」
「あ… うん。大丈夫」

 なんとかそれだけ言うと、あたしは結局お姉ちゃんの手を借りずに、立ち上がりました。
 お姉ちゃんが、なんだか寂しそうにしています。申し訳ないとは思うのですが、今はなんだかお姉ちゃんをまともに見れません。
 資料はもう散らばって、グシャグシャで、また集めようという気にはなれませんでした。

 そうでした。あたし達は今、この村に迷い込んでいるんです。

 いつまでも夜が明けない村に。
 地図から消えた村に。
 
 どうやったら帰ることができるのか、わからない村に。

「澪、大丈夫? お姉ちゃん、ちょっと甘えすぎちゃったね。ゴメンね」
「ううん… いいよ。大丈夫だから」

 とにかく、動くしかありません。
 この屋敷から出て、樹月くんに話を聞きに行く。やる事はハッキリしています。
 何か問題があれば、その時になんとかして解決していくしかないのでしょう。

「よし… 行こう。お姉ちゃん」

 自分に気合を入れるように言って、お姉ちゃんに手を差し伸べます。お姉ちゃんもニッコリと笑って、その手をつないでくれました。

「うん。頼りにしてるからね」

 そして歩き出します。まずは見取り図にあった、出口と思われる場所に向かいましょう。

 でも、

 つないだお姉ちゃんの手が、






 なぜか冷たく感じました。









(あとがき)
 ゆりんゆりんな展開を交えつつ次回へ続く!



[35605] ちょっとお姉ちゃん! その11
Name: 海堂 司◆39f6d39a ID:fc355867
Date: 2012/11/19 14:57
 引き戸に手をかけて力を入れてみましたが、ガタガタとなるばかりで、残念ながらというか、やっぱりというか、戸は開いてくれませんでした。

 どうも、天倉 澪です。
 
 手にした黒澤邸の地図を頼りにここまで来たものの、そう簡単には外に出してくれないようです。仕方がありません。あたしはお姉ちゃんの手を引いて、再び黒澤邸の中へと脚を進めます。お姉ちゃんは片足を引きずりながらも、あたしの歩調に合わせようとついてきてくれます。

「お姉ちゃん、大丈夫? 脚、痛くない?」
「うん、大丈夫だから。心配しないで」

 お姉ちゃん…
 あんなにベタベタ甘えてきてたのがウソみたいに、今のお姉ちゃんはしおらしいです。どこかよそよそしくて、変な感じです。よく分からない罪悪感も、心に染み出してくるように、じわじわと広がっていきます。

 やっぱりアレでしょうか? あの時、お姉ちゃんが差し伸べてくれた手を取らなかった事が、お姉ちゃんの中ではわりとショックだったのでしょうか? それとも甘えてくるお姉ちゃんを、そっけない態度で冷たくしたせいでしょうか?

 なんだか落ち着きません。
 あんまりベタベタされたり、姉妹にあるまじき愛情表現はカンベンですが、こうなってしまうと逆に心配です。

「お姉ちゃん。疲れたら、ちょっと休んでもいいんだよ?」
「ありがとう。でも澪が頑張ってくれてるから、そんなに疲れてないよ。澪の方こそ大丈夫? 疲れてない?」

 逆に気を使われてしまいました。うう… ホントに落ち着かないなあ… と。

「…あれ?」

 ふと、目の前を見ると、さっきまで開いてなかった扉が開いています。出口に行くのに通り過ぎたときは閉まっていたのですが… といいますか、開いているのを見て、始めてココに扉があったのだと気付きました。それぐらいガッシリした造りをした、分厚い扉です。壁をそのまま扉に改造した、そう言っていいくらいです。
 恐る恐る、中を覗き込みます。未だにライトは点いてくれないので、結構おっかなびっくりです。そして覗き込んだ先にあったのは、

「…座敷牢?」

 木で出来た格子が床から天井まで伸びてます。扉に負けず劣らず、がっしりした造りで、ここに入れた者をそう簡単には逃がさない。そんな無言の意志が感じられます。

「澪… どうする?」

 さすがにお姉ちゃんもこの雰囲気に飲まれ気味のようです。だいたい、行くときは閉まってて戻ってきたら開いているとか罠のニオイがプンプンです。でも、この部屋以外は全て調べてますし、それに牢屋ということは、ひょっとしたら看守さんが使うみたいな、鍵束とかあるかもしれません… というのは少し楽観的すぎるでしょうか?

「中に入って調べてみるから、お姉ちゃんはココで待ってて」

 と、一人で中を調べようとしたのですが、

「イヤだよ。一緒に行くよ」

 そう言って、お姉ちゃんは着いてきてしまいました。まあ正直、あたしも心細かったことですし、どっちみちココ以外にいける所はもうありませんし… この屋敷自体が牢屋と思えば、ココに閉じ込められたとしても状況に大した違いは無いのかもしれません。

「分かった。でもあたしから離れないで」
「うん…」

 そしてあたし達は、この牢屋の中を調べました。
 座敷牢と言っても、ここは他に書庫の役目もあったようで、古書が大量にしまわれていました。とはいえ、古くなってボロボロになっているせいで読めませんし、なんとか文字が残っている箇所も、難しい漢字だらけで、あたしには何て書いてあるのかさっぱりです。

 そんなこんなで、何か無いかと探していると… 置かれてあった机の下に、何か鈍く光るものがありました。何だろう? と思って手に取ると、鍵でした。思わず笑みがこぼれます。この鍵が、出口への扉を開ける物かは分かりませんが、試してみる価値はあるでしょう。

「お姉ちゃん! ココに鍵があった!」

 そう言ってお姉ちゃんの方へ振り向きます、が、そのお姉ちゃんはというと、

「うへへへへへ…」

 と、何やらにやけた顔で、気持ちの悪い笑い声を… 笑い声だよね? なんか本当に気持ち悪い。

「…お姉ちゃん?」
「へ? あ、何?」
「何って… 鍵を見つけたから、さっきの所に戻って試してみようと思うんだけど」
「ああ、うん。そうだね」



 …この空気は… この流れは… まさかね?



 とにもかくにも、そうと決まればこんな所に長居は無用です。入ってきたときと同様、あたしが先に出て、その後にお姉ちゃんが続く、

 はず、だったのですが。

 あたしが外に出たとたん、その重そうな見た目からは信じられないくらい、滑らかに動いて、

「澪!?」
「お姉ちゃん!?」

 やけに耳の奥に残るような鈍い音と共に、座敷牢の扉が閉まってしまいました。あたしは慌ててその扉を開けようとしますが、全然動いてくれません。いくら力を入れても、それこそ壁を開けようとしているみたいにびくともしません。

「お姉ちゃん、内側から開けられない?」
「ダメみたい… 全然開かない」

 もしかしたら、とさっき座敷牢の中で拾った鍵を、この扉の鍵穴に差し込んでみますが、ちょっとも入らないうちに、つっかえてしまいました。

「澪… どうしよう」

 幸い、と言っていいのか分かりませんが、扉には申し訳程度の小窓が開いていて、お姉ちゃんの様子はそこから見る事ができます。もっともそんなに大きくないので、頭を出せても肩でつっかえる、それくらいの大きさです。

 やっぱり罠だった… でも、なんで? あたしたち二人を閉じ込めておくなら分かるけど、どうしてお姉ちゃんだけ?

 今は考えていてもしょうがありません。手に入れた鍵で出られるかは分かりませんが、なんとかココを出て、お姉ちゃんを助ける方法を考えないと。

「お姉ちゃん待ってて! すぐになんとかするから!」

 そう言って駆け出そうとしたあたしの手を、お姉ちゃんは小窓から伸ばした手でつかんできました。

「行かないで!!」

 突然の大きな声に、あたしの足が急ブレーキをかけます。

「行かないで… ここにいて…」

 お姉ちゃん… 握られた手から、お姉ちゃんが震えているのが分かります。それはそうでしょう。文字通り、牢屋に閉じ込められているわけですから。でも、このままあたしがここに居ても、どうしようもないのも事実です。

「すぐに戻ってくるから」

 あたしは出来るだけ優しい声で、お姉ちゃんに話しかけます。でもお姉ちゃんは、掴んだ手を離してはくれません。

「約束したじゃない!」

 約束… ずっと一緒だって、約束しました。でも、このままじゃお姉ちゃんが…



「一緒にコミケの壁サークルになろうねって、約束したじゃない!」



 ええい、離せ。

「あー! 待って! 本気で手を振りほどこうとしないで!」
「じゃあお姉ちゃんから離してよ! 大体、今がどういう状況か分かってるの!?」
「分かってるよ!」

 ほーう。じゃあ聞かせてもらいましょう。

「立場が逆だって」

 …は?

「本当なら澪が閉じ込められる側で、その澪をあたしがねちっこく(中学生!)とかして、でも最初は嫌がってた澪がだんだん(あたしたち中学生だからね!)してそのうち(これがネット社会の弊害ってヤツなのかなあ…)で、最後は身も心もあたしから離れられなくなるっていう… あー! あー! 振りほどかないで! ちょ、握った手を引き剥がそうとしないでってば!」

 うるさい、離せ。このダメ姉。

「待って、澪! あたしの話を聞いてってば!」
「もう聞きたくない! いいかげんにしてよ! さっきまでずいぶん弱気だったから心配してたのに!」
「弱気…? あ」

 あ? 今、あ、って言いましたかお姉ちゃん?

「コホン。 澪… マタアタシヲオ あー! ちょ、まだ最後まで言ってない!」
「もー 知らない。もー ホント知らない!」
「だって澪がお姉ちゃんのこと愛してくれないんだもん!」

 まだ言うか。ホントに信じられません! この状況であんな悪質な演技をしますかね普通! じゃあアレですか。座敷牢でお姉ちゃんが変な感じだったのも、中学生にあるまじき妄想にひたってたんですか!

「だって、大変なんだよ? 個人でコミケサークルやるのってさ」
「今の状況の方が大変だと思うけど」
「そんなことないよ!」

 …言い切りましたね。力強く言い切りやがりましたねこのダメ姉。

「この前とか、とりあえず100部作ったのね? で、売り子さん欲しいなーって思ってたら、友達がやってあげるって来てさ、その時は嬉しかったんだけど、結局サクチケ目当てでさ、あたし一人で最後まで売り子やって、終わってやっと戻ってきたと思ったら、ゴメーン、道がわかんなくなっちゃってー とか白々しい態度でさ。そのうえ3部しか売れなかったという…」

 家の倉庫に積んであったダンボールはそれか。お姉ちゃん、スゴイ怒られてましたね。

「だから澪。お願い、一緒にやろう?」
「…何が『だから』につながるのか分からないんだけど?」
「双子美少女が売り子してるってだけで、結構な客寄せになるんだよ? 次に作る薄い本の内容も決まってるし、売り子とかしてくれるだけでいいから。ね?」

 この状況でそんなお願いをするお姉ちゃんの根性は、ある意味で尊敬するべきなのかもしれません。見習うつもりは無いですけどね! でもまあ、ちょっと手伝うくらいならいいかな? そうでもしないと、お姉ちゃんいつまでたっても手を離してくれそうにないですし。

「ちなみにどんな本?」
「あ、気になる? 気になっちゃう?」

 お姉ちゃんはあたしが話しに食いついてきたと思ったのか、ニンマリとした笑みを浮べます。すっごいムカツキますけど、我慢です。

「えっとね、『陵じょ(ああ… 聞いたあたしがバカだった…)ん乱戦隊巫女レンジャー』 …ああっ! 澪! 無言で立ち去ろうとしないで!」
「いいかげん手を離して! もう、ホントに置いてっちゃうよ!」
「待ってってば! それにさ、どうやってココの鍵を見つけるの? 当てはあるの?」

 むむ。お姉ちゃんにしては鋭い質問です。でも大丈夫、ちゃんと当てはあるんです。

「樹月くんに聞いてみる。何か知ってるかもしれな―」
「―樹月くん?」

 …あれ? なんか急に、お姉ちゃんの声のトーンが下がりましたよ? それに握った手にも少し力が入ったような…?

「樹月くんって、ダレ?」
「ああ、うん。この村の人で、あたしに助言してくれた人で…」

 お姉ちゃん、無言です。さっきまであんなに喋ってたのに、急にだんまりです。 …どうしたのかな? と思ったその時、急にあたしを睨みつけるようにして、大きな声で怒鳴りつけてきました。

「あたしという者がありながら! 澪! アンタよそに男作ったの!?」

 いきなりなんだこのダメ姉。

「信じられない! 澪の初めては全部あたしがおいしくいただ―」



 ―ごっちん!!



「へぶっ!?」



 ………



 …いえね? あたしだって、手加減はしましたよ? でもね? さっきも言いましたけど、あたしとお姉ちゃんは分厚い扉に仕切られて、小窓しか開いてないんです。想像してみてください。そんな状況で、頭の上から振り下ろすなんてできないでしょう? となると、必然的に、小窓を貫くようにしてごっちんするしかないんです。

 まあ、その。真正面から。

「…お姉ちゃん?」

 一応、呼びかけてみますが、返事はありません。仰向けにひっくりかえって、ピクピクしてます。ちょっと乙女にあるまじき鼻血が出てるみたいですが、すぐ止まるよね? お姉ちゃん、頑丈だしね!

 さて、さっきはああ言いましたけど、やっぱりお姉ちゃんを置いていくなんてできません。一緒に売り子さんやるって約束もしちゃったみたいですしね!
 まずはこの鍵で出口の扉が開くか、試してみましょう。そして出られたら、樹月くんに助言をもらいにいきましょう。あたしは座敷牢に背を向けると、少し早足で、その場から立ち去ろうとしました。

 その時、あたしの背後から、



「ヤエ… マタアタシヲオイテクノ…?」



 ………

 …ふんだ!






 もう騙されないんだからね!









(あとがき)
 こんなネタばっかでごめんなさい。一応、解説っぽいのを入れるとですね、

『壁サークル』 … 混雑を避けるため、壁際に配置される、いわゆる大手サークルのこと。
『サクチケ』 … サークルチケットの事。売る側の人が開始前に会場内に入るために必要となる。当然、列に並ぶ必要は無いため、コレ目当てのダミーサークルも存在する。もちろん違反行為。
『薄い本』 … 同人誌の別称。総集編は厚くなることも。
『積んであったダンボール』 … 今度のは絶対売れるよ! と、いつだって人は夢を見る。
『巫女レンジャー』 … 零の3作目で登場する。笑顔で牙突をかましてくるアグレッシブ巫女少女。当然ながら、ゲーム中にこんな風に呼ばれることは無い。

 …こんなところでしょうか。自分がコミケに参加していたのはもう何年も前になるので、中学生がエロ同人誌作って売っていいのかとかはよく知りません。『自称』中学生なら何人も見かけましたが(笑)

 あと、何ヶ月か更新できなくなりそうです。良くて月一くらいのペース。そうなる前に、もう一話くらいはなんとか投稿しようと思うので、これからもよろしくお願いします。

 ここまで読んでくださって、ありがとうございました。



[35605] ちょっとお姉ちゃん! その12
Name: 海堂 司◆39f6d39a ID:fc355867
Date: 2013/04/28 08:26
 ギイイイイ… と、耳障りな、まるで鼓膜を針でつつかれているような、神経に障る音を鳴らしながら戸を開けました。そして懐中電灯で中を照らしながら、探るようにして中を覗き込みます。

 シンとした屋内。懐中電灯の光も、奥の方までは照らせないようで、それが返って暗闇を強調しているかのよう。辺りを警戒しつつ… もっとも、この夜が明けない村で、それにどれだけの意味があるのか疑問ではありますが… 開いた戸を押しのけるようにして、静かにゆっくりと家の中に入ります。

 誰もいません。

 ただただ真っ暗な中、懐中電灯の光に埃がチラチラと舞っているのが見える以外に、動いているものなんかありません。それなのに、いたる所から感じる『何者』かの視線… 廊下の角とか、朽ちた家具の隙間だけでなく、無造作に転がっている木片の小さな影からも、人ではない、あるいは人だった何かがこちらをうかがっているような視線を感じます。

 それでも行かないわけにはいきません。あたしはゴクリと音を立ててツバを飲むと、懐中電灯と、強い味方である射影機を持ち直し、一歩ずつ、目的の場所へ向かって歩き出します。

 どうも皆さん。天倉 澪です。

 お姉ちゃんが座敷牢に囚われたあと、黒澤家を抜け出したあたしはまっすぐに樹月くんの元へ向かいました。もちろん座敷牢を開けるための鍵がどこにあるのかを聞くためです。正直、いくら樹月くんでも知らないんじゃないかな。と思っていたのですが―



「座敷牢の鍵なら逢坂家にあるよ」



 と拍子抜けするぐらいにあっさりと教えてくれました。見せてもらった地図によると、なんとあたしとお姉ちゃんがこの村に来て一番初めに入った家です。 …でもなんでそんな家に座敷牢の鍵があるんでしょう?

「あの座敷牢は資料の保管庫でもあるんだ。逢坂家は昔からアニメや漫画に詳しい、いわゆるオタ」

 ハイそこまでです、これ以上は嫌な予感しかしません。お姉ちゃん臭がプンプンです。樹月くんはあたしの心の支えであって欲しいのです。

 まあそんなワケで、あたしはこの家の仏壇の裏側に隠されているという鍵を手に入れるため、この逢坂家にやってきたというワケです。しかしまあ、初めて入った時はこの村に迷い込んだ事の重大さにまったく気付いてませんでしたから、この囲炉裏のある部屋で呑気にお姉ちゃんを待ってたりしたわけですが、今思うとずいぶん神経の太い事をしてたんだなあ、と我ながら感心します。

 まったく。



 あの時は、本当に1話読みきりのつもりだったのになあ…



 とかそんな事を考えていたら、



 ドシン バタン ドシン バタン



 突然の物音に、あたしはビクリと体を震わせます。

 何の音でしょう?隣の部屋からなにやら重たいもの叩きつけるような音が聞こえてきました。かなり激しい音です。まるで何かが暴れまわっているような音。
 あたしは慎重に、何が出てきてもいいように心を落ち着かせ、音の方へ向けて射影機を構えます。障子を隔てているせいでしょうか。かなり鈍い反応ですが、それでも射影機は確かに震えています。その上、

『―! ―――! ――――!』
『!! !! ―――!!』

 何か叫んでいるような声。それも一人ではありません。男の人と、女の人。合わせて二人の声が聞こえてきます。



 ドシン バタン ドシン バタン ドシン バタン ドシン バタン

『! ―――!! ――――! ―――――!!』
『!!! !! ―! ――!! ―!』



 …これはひょっとして逃げた方がよかったんでしょうか? 激しい音と、謎の二人の叫び声はどんどん大きく、激しくなり、さらに部屋同士を隔てている障子が大きく震え、ついには文字通り、蹴破られるような音と共に吹き飛ばされて、

『た、た、助けてくれえ!!』

 男の人… 幽霊ですが… が悲鳴を上げながら転がるように飛び出してきて、

『待ちなさいよ! この甲斐性なし!!』

 それを追いかけるように、女の人… こちらももちろん幽霊ですが… が飛び出してきました。そしてそのまま男の背後から体当たりするようにして、床の上に突き飛ばします。

『う、うわあ!?』

 たまらず倒れこんだ男を、さらにムリヤリ仰向けにすると、女性はそのお腹にまたがり、ぐいぐいと男の襟首を掴んで、ガクガクと揺さぶります。 …よくよく見るとあの女の人、以前にこの家であたしとお姉ちゃんに襲い掛かってきた人ですね… 
 ちなみにあたしはと言うと、予想もしてなかった突然の展開に射影機のシャッターを押す事も忘れ、ポカンと口を開けて、二人のドタバタを見ているしか出来ませんでした。

 今まで変態の相手しかしてませんでしたから、あたしにとってはまさかの展開ですよ。

『いったい何に使ったのよ!』
『何にって… 何を?』
『ふざけないでよ! 結婚資金に貯めてたお金、カラッポになってるじゃない! 通帳の残高がどうして一ヶ月足らずでゼロになってるのよ!』
『それは… その… あの…』

 うわあお。今どき月9でもやらないような内容のケンカです。それでも当人達にとっては大事な問題なのでしょう。煮え切らない男に、女性はさらに声を大きくして怒鳴りつけてます。

『二人で稼いだお金の中からコツコツ貯めてたのに… 一体何に使ったの!』
『あの… お袋が病気でさ、治療に大金がいるって言うから、その…』
『…アンタのお義母さん、一週間前にバッタリ駅前で会ったわよ』
『えっ』

 おうふ。関係ないけど思わず頭を抱えてしまいます。この村に駅前があるかどうかはさておいて!

『すぐにバレる嘘までついて隠そうとするなんて、アンタ…』

 胸ぐらを掴んだままの手がワナワナと震えてます。そして、それまでの怒鳴り声とは打って変わって、静かな声で、ポツリと、



『女ね』



 たったそれだけの言葉ですが、その言葉に全ての感情を込めたとでも言うように、女性は無表情な声でつぶやきました。

『な、何をバカな事を言ってるんだ。そんなワケないじゃないか』
『違うの?』
『もちろんだよ』
『じゃあ…』

 男の顔を覗き込むように… ガンを飛ばしているように見えなくも無いですが… 女性は顔を近づけ、囁くようにして言います。

『アタシのこと、好き?』
『当然じゃないか。キミ以外の女なんて、目にも入らないよ』

 なんとも軽い言葉に、女性はさらに顔を近づけて、

『ドコが好き?』
『え? ええっと…』

 いやいやいや。そこで言いよどむ時点でもうアウトでしょう、誰か知りませんけど男の人。土下座でもなんでもしてひたすら謝らないと、月9が火曜サスペンスですよ? と、あくまで他人目線で成り行きを見守っていたのですが…
 今にして思えば、そんな犬も食わないような痴話ゲンカは無視してさっさと行ってしまえばよかったんでしょう。女性の質問に何とかして答えようとしたのか、そのために、何かヒントになるようなモノを探そうとしたのか、急に辺りを見回した男とバッタリ目が合ってしまいました。

 あ、ヤバイ。

 そう思ったのも束の間。男は救いを求めるようにこちらに手を伸ばしてきて、

『そ、そこのキミ! 警察を呼んでくれえ!!』

 一瞬で巻き込まれました。いや、警察があるんでしょうかねこの村に。とか考えていると、馬乗りになったままの女性も、ぐりん、とこちらに顔を向けてきました。あたしは関係無いですよー と言おうとしたそれより早く、

『アンタ… あんな子供に手を出したの?』

 知らんがな。身に覚えの無い事で殺気を向けるのは止めていただきたいものです。
 ですがその時、ほんのわずか、締め上げている手の力が弱まったのでしょう。チャンスとばかりに男は女性の下から乱暴に抜けだすと、

『た、助けてくれえ!!』

 こっちに向かって走ってきます… って、ええええええええ!? 

『待ちなさいよ!』

 女性もまだ気が済まないとばかりに、それこそ鬼か般若かというおっかない顔つきで男の後を追って… つまりはあたしの方へと突進するかのような勢いと迫力で迫ってきます。

 ちょっとちょっとちょっと!?

 あたしも思わず走り出します。ええ、身の危険をメッチャ感じますから! ていうかそれ以外感じてませんから!!

 と、いうわけで。

「ちょっと! あたしは無関係です! こっち来ないでよ!!」
『助けてくれえ! コロされるぅ!!』
『いつまで情けないマネしてんのよ!!』

 鍵を探しにきたハズのこの家で、複雑なようで頭の悪い鬼ごっこが始まったのでした。



 ああもう!



 


 さっさと行けばよかったなぁ…









〈あとがき〉
 再開した早々、こんなネタですいません(笑) ネットの無い生活もいいな、とか思ってたのは最初の10日くらいでした。



[35605] ちょっとお姉ちゃん! その13
Name: 海堂 司◆39f6d39a ID:fc355867
Date: 2013/06/09 06:46
脅威から逃げる。悪意から逃げる。それは別におかしな事でもなんでも無いと思うのです。特にこの『夜が明けない村』においてはなおさら。

 この村に迷い込んで、いろんな『ありえない事』を体験してきたワケですが、逃げるという選択肢を取った事は無かったような気がします。お姉ちゃんを探し出して、二人で一緒にこの村から脱出する事が目的なのですから、どちらかといえば立ちふさがる、あるいはジャマをする幽霊は射影機の力でやっつける。そうやって、今までやってきたワケです。

 けれども、それはただ単に、逃げるという選択肢を取らざるを得ない、にっちもさっちもいかない状況が無かっただけなのかもしれません。

 手元には、射影機という『ありえないもの』に対抗する手段があった。だから異質な、あるいは異常なものに立ち向かってこれた。
 ホラー映画、パニック映画のように、追いつかれたら最後。とか、昔のファ〇コンのように、触れただけでアウトといった理不尽な状況が無かった。だから逃げるという選択肢を選ばなかった。

 …そんなわけで、どうも皆さん。天倉 澪です。
 長々と話してしまいましたが、今、あたしがどういう状況にあるかと申しますとですね、

『開けてくれえ、開けてくれえ!』

 と、悲痛な叫び声を上げる男性が、あたしが今、逃げ込んでいる部屋の中に入ってこれないよう、自分がつっかえ棒になるような格好で、引き戸を開けまいと頑張っているところです。それはもう、必死に。

『お願いだ! ココを開けてくれ! 頼む!』

 それこそホラー映画ばりにドンドンと戸を叩かれ、懇願されますが無視です。逆に力を込めて、ひたすら開かないようにしちゃいます。

 …走り回りましたよ。古い日本家屋を行ったり来たり、ドタバタと。始めはこの家の外に逃げようと思ったのですが、鍵がかかっているわけでもないのに開かないパターンです。

『うわあ! 追いついてきた! 助けてくれえ!』

 あたしは男性に追いかけられ… というか、一方的に助けを求められたワケですが… そんな男性を、鬼気迫る、般若のような形相で女性が追いかける。今までで一番、巻き込まれた感が強かったです。
 そして、そんな理不尽な追いかけっこの末、この部屋に逃げ込み、必死で引き戸を閉めているというワケなのです。

『ひえええええええええええ………』

 …引き戸の向こうから、何かズルズルと引きずる音と共に、情けなさ全開の悲鳴がフィードバックしていきます。同情はしません。悪いのはあの男の人です。



 …静かになりました。さて、一段落ついたトコロで。



 改めて、この部屋を見回します。あたしがこの家に来た目的は、男女の修羅場をリアルタイムで見学する事ではなく、お姉ちゃんが閉じ込められている座敷牢の鍵がココにあるという、樹月くん情報に従ったワケですが…

 ワケですが…

 ワケで…


 ワ… ケ…



『アナタもまだ若いのに大変ねえ』



 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?



 失礼、かみまみた。もとい、取り乱しました。まさか人がいたなんて… いえ、もちろん正確には人ではないんですが、そのですね、あのですね、なんと言いましょうか。

『そんなに怯えなくていいわよ? どうせアナタもあの男に引っかかったんでしょう?』

 違います。

『いきなりこの部屋に押し込められて何事かと思ったら、あの女が押しかけてきたのよねえ… 二股かけられていたことに気付かなかったアタシもアタシだけど…』

 いやいや、いきなりそんな身の上話みたいな事を聞かされても困るんですけど。と、いいますかその… 今、あたしはものすごく動揺してます。ビビって壁に背中を思いっきり貼り付けるくらいの勢いで。

 えー とりあえず、女性です。さっきまであたしを追いかけていた女性とは別の人が、この部屋にいたようです。布団とか着物とか本とか、そういった雑多なものが腰の高さまで積まれたその上に、気だるげに腰掛けてます。逃げるのに必死だったとはいえ、声をかけられるまで気付きませんでした。
 ふっくらとした、女性らしい体つきです。ファッション雑誌のモデルのような、無理の無い、それでいて無駄の無いスタイル。少し着崩れた感のある着物を着ていますが、それも一つのアクセントとなるような着こなしです。

 …残念な事にただ一つ、どうにもこうにもならないと言いますか。そのせいで、どうやってもこの人はモデルにはなれないだろうなと言いますか、ぶっちゃけ、あたしがココまで怯えている理由がありましてですね。

『まったく、いつまでこんなトコロにいればいいのかしらねえ』

 その人はそう言って、疲れたように肩を落とし、ため息をつきました。そしてその拍子に、整った顔と、長く、艶やかな黒髪をたたえた頭が、



 プラン、プランと…



 うわあ、吐きそう。めっちゃ気持ち悪い。

『あら、大丈夫? 具合でも悪いの?』

 心配してくれてありがとうございます。ですがその原因はアナタですよ、とは流石に言えませんでした。そうです。この人、



 首がポッキリと折れてしまっているんです。



 首から下はすごくまともなのに、首から上がもう… いえ、美人なんですけど、というか逆に美人だからこそなんかもう、生理的に受け付けられないですよこんなの。幸い、襲いかかってくる気配は無いようですが… 襲いかかってこられたらもう、泣いちゃいますよ?

『ねえ、アナタ?』

 はい?

『どうしてこんなトコロにいるのかしら? あの男と何か関係があるの?』

 関係ってなんだ、と言いたいですが… ココは大人しく、正直に話す事といたしましょう。

「あの、お姉ちゃんが座敷牢に閉じ込められて、それを開けるための鍵がこの家にあるって聞いたから、それで…」
『…座敷牢?』
「はい」
『閉じ込められてるの?』
「はい」
『お姉ちゃん… アナタの姉が?』
「…はい」

 そんな短いやり取りの後、その人は少し苦笑いを浮べて、

『まだ若いうちから、そんなアブノーマルなプレイにハマるとろくな事が無いわよ?』

 なんの話だ。
 まあ、それは置いといて、その人はそう言った後、近くに置いてあった箱の中をゴソゴソとまさぐると、一つの古ぼけた鍵を取り上げました。 …それって、もしかして?

『多分、コレだと思うわ。あの男がしきりにアタシを誘ってたもの』

 …誘ってどうするつもりだったのかは、考えない事にします。
 そして、その鍵を手に、ゆっくりと立ち上がり、こちらに向かって歩いてきました。

 いえね、分かりますよ? わざわざ自分から鍵をあたしに渡そうとしてくれているという事は。ぶっちゃけ、この村で会った中で、樹月くんに次ぐいい人なんだなって事くらいは、あたしにだって分かりますよ。

 でもね、折れた首がね、一歩歩くごとに、プラン プランと揺れるわけですよ。
 しかもこちらに向かって歩いてくるわけですから、だんだんと細かいところが見えてきたりとかするワケですよ。 



 本当に皮と筋だけで、頭と胴体がつながってるんだな、とか。



 折れた骨が内側から皮をぐいぐいと突き破るように押している様子とか。



 縦に並んだ二つの目の、開きっぱなしの瞳孔とか。



 その人が一歩ずつこちらに近づいてくる度に、あたしの意識は一歩ずつ遠くへ行っちゃってますよ! 顔から血の気が音を立てて引いていく感覚をモロに味わっちゃってるんですよ!

『ハイ、鍵』

 …ああ、ダメ。そんな、90度超えの微笑で言われても、もう… と、いよいよ気を失いかけたその時、



 バン!



 と、何かが爆発したような音と共に、さっきまであたしが開かないよう押さえつけていた戸が吹き飛びました。そして次の瞬間、

『た、助けてくれえ!!』

 …あの男です。散々やられたのでしょう。顔も体も、まるで切り刻まれたみたいに、いたるところが引っかき傷だらけです。そして、

『いいかげんみっともないわよアンタ!』

 あの女性も、それこそ怨念のカタマリみたいな形相でこの部屋に怒鳴り込んできました。そして、男につかみかかろうとした、その時、

『…何よ、この女』

 気付いたみたいです。首の折れた女の人も、あたしに鍵を押し付けるようにして渡した後、憎々しげにもう一人の女性に向き直ります。 …会ってから今までで一番大きく頭が揺れてました。

『よりにもよって、家の中に連れ込んでたなんて!』
『フン! いつまでもギャアギャアとみっともないわねえ!』
『なあんですってえ!!』

 そして、女性二人による取っ組み合いのケンカが始まりました。男の人はといいますと、そのケンカを止めようともせず、部屋の隅で膝を抱えてうずくまり、ひたすら気配を消してます。 …気持ちは分からないでもないですが、巻き込まれた身としましては同情なんてこれっぽっちもできませんね!

『人のオトコに手を出しておいて、なんなのよアンタ!』
『アンタこそ、もう終わってるって気付きなさいよ!』

 …まあ、子供がどうこうできる話ではなさそうなので、ここは失礼させていただきまーす。あんまりはげしくやりあうと、首がもげちゃいますよー と、口には出さずに心の中でつぶやいて、その場を後にしました。

 出口へと向かう途中、背中越しにドッタンバッタンと派手な音が響いていましたが、気にせず外へと向かいます。あの三人の幽霊を射影機で除霊しないと出られないとかだったらどうしようと思いましたが、幸いそんな事はなく、普通に外に出る事ができました。



 はあああああああああああああああああああああ………



 外に出たとたん、あたしはその場にへたりこんで、大きくため息を吐きました。なんと言いますか… あんな大人にはなりたくないものですよ、ホントに。

 …そして、もう一つ問題が発生しておりまして。

 あの首の折れた女の人、いい人でしたけど、ビジュアル的な怖さ、恐ろしさでいったら今までで一番怖かったんですよね。それで、まあ、その、そういう時に人間の体に働く生理現象と言いますか、なんと申しましょうか… ズバリ言っちゃいますとですね、



 下着とレギンズが濡れちゃってまして…



  


 ハア… なんかもう、色々とどうしましょう。









〈あとがき〉

 チラ裏から移動いたしました。
 あと、感想掲示板の返信も再開しようかと思います。あれだけ偉そうに言っておきながら、勝手を言ってすみません。

 これからも、よろしくお願いします。



[35605] ちょっとお姉ちゃん! その14
Name: 海堂 司◆39f6d39a ID:fc355867
Date: 2013/09/08 18:30
 皆神村と黒澤家をつなぐ橋を渡っていて、ふと思います。

 この川は、一体ドコから流れてきているのでしょうか。

 夜が明ける事がないせいで、水面に日の光を浴びる事が無いせいで、夜の闇ばかりを映してきたせいで、こんな黒い、暗い川の流れになったのでしょうか。
 さながらそれは、地の底の底を流れる、何か得体の知れないモノが、『川という形』を取って、この村に溢れ出しているのかもしれません。
 だとするならば、その川に掛かっているこの橋は? その橋を渡らなければたどり着けない黒澤家は? 

 そしてその橋を行き来している… 私は?

 そんなとめどない考えというか、妄想を頭を振って追い払い、黒澤家へと向かいます。なんと言いますか、この橋の上にずっといると、それこそ川の中に引き込まれそうになるんですよね… むしろ自分から飛び込みたくなるというか。以前テレビでやった心霊スポット特集とかでも、自殺が多いとされる場所にはそんな所があるとかなんとか言ってましたし。

 そんなわけでどうも。天倉 澪です。

 いろいろあって、やっとお姉ちゃんが閉じ込められてしまった座敷牢。その鍵を手に入れることが出来ましたので、急いでお姉ちゃんの元へ向かいます。
 なんかね、あの逢坂家のいろいろを経験したその後、あたしはお姉ちゃんに会いたくてしょうがないんですよ。

 そりゃあ、いつもはお姉ちゃんってマジウザ… もとい、少し空気読んでほしいな、とか思ったりするんですけど、今となってはあのゴーイングマイウェイなお姉ちゃんにいてほしいんです。 …いや、別にお姉ちゃんがいないとダメ! みたいなのでなくてですね、毒を以って毒を制すと言いましょうか。



 この村、人の話を聞かない人が多すぎるんですよ。



 ツッコミすら入れることが出来ないこの状況。一人エアツッコミとか悲しい行動を取らざるを得ないこの現状。さっきなんか、無意識に壁に頭を打ち付けてましたからね。おかげでオデコを少しすりむいちゃいました。なんかもう、精神的に限界だなー と自分で思うんですよね。

 …多分、今のあたしってすごく荒んでるんだろうなー。どうしましょう。すっごい目つきが悪くなってて、おまけに目の下にクマなんて作ってたりしたら。

 とにかく、お姉ちゃんさえいてくれれば、一人ぼっちでこの村を彷徨うなんてことは無いわけです。たとえボケ倒しでツッコミを入れまくる事になろうとも、会話のキャッチボールができるだけ遥かにマシなんです。投げたボールがあさっての方向にしか返ってこないとしても、魔球を投げ返されるよりはずっといい。

 そんなわけで、橋を渡りきり、出たときと同じように、裏口から入ってお姉ちゃんのいる座敷牢へ向かいます。

 …向かった、ん、ですけど。



 …扉が開いてる?



「お姉ちゃん?」

 声を掛けても返事がありません。もしかして、まだ気絶したままなのかな、と思い、恐る恐る中を覗き込んでみたんですが、



 …いない。



 え? え? なんでなんでなんで?
 あれだけビクともしなかった扉がどうして開いてるの? なんでお姉ちゃんはいないの?

 …ひょっとして、ふざけてこの座敷牢の中に隠れてるんでしょうか? 結果として置いていかれたことにスネてしまって、あたしをちょっと脅かしてやろうとか? 

 お姉ちゃんならありえます。この座敷牢、奥のほうが書庫になっててそこそこ広いですから、やろうと思えば隠れるところの一つや二つあるでしょうし。

 でも、

「お姉ちゃん! 隠れてないで出てきてよ!」

 いくら探しても、どれだけ呼びかけても、お姉ちゃんの影も形も見当たりません。なぜ? どうして? 鍵がココにある以上、お姉ちゃんが自力で出たとか考えられません。とすると…



 連れ去られた?



 その考えにたどり着いたとき、あたしは一気に血の気が引いていくのを感じました。
 連れ去られたのなら、誰に? ドコに? 何のために? 

 不吉な考えが、頭の中でグルグルと回り始めた、その時です。



 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ…!!



 突然、射影機が震えだしました。いきなりの事で、思わず落っことしそうになりましたけど、この強い反応。近くに『何か』がいるよです。半ば慌てて辺りを見回します。と、

『………』

 …いました。

 いつの間にか、あたしの後ろに『それ』は静かに立っていました。服装からして男性でしょう。歴史の教科書に載ってた、平安時代の貴族のような格好をしています。教科書と違うのは、その手に… 錫杖(しゃくじょう)って言うんでしたっけ? 杖の先にいくつか輪っかが取り付けられている物を持ち、さらには頭に被った烏帽子から、白い布か紙が、まるでその顔を隠すようにして垂れ下がっていること。

 それはまるで、顔に布を被せられた死者のようで。



 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ…!!



 射影機の反応が尋常じゃありません。まるで怯えているかのよう。戦え、というよりも逃げろ、と叫んでいるように思えます。と、

『八重様』

 男が話しかけてきました。低い、それでいて、よく響く声です。それにしても…

『紗重様はすでに立花の家へと向かわれましたぞ』

 また八重、そして紗重。樹月くんも、あたしの事を八重と呼んでいました。この人も同じように、なにか勘違いしているのでしょうか? …ただ、樹月くんと違うのは、

『八重様も桐生の家へと向かわれませ』

 …桐生家?

『左様』

 厳かに、かつ事務的に、男はあたしの問いに答えます。

『天地の橋でつながる双子の家。急ぎ禊を行わなければ』

 この人の声と、その雰囲気から感じる、有無を言わせない迫力。言葉こそ丁寧ですが、その裏で言う事を聞けと言っているのがまるわかりです。

『八重様』

 そう言って、一歩、こちらへと近づいてきました。あたしはその迫力に押されながらも、なんとか口を開きます。

「お姉ちゃんは、自分でその… 立花家って所に行ったんですか?」

 そんな訳がない。それは分かっていましたが、とにかく何でもいいから話さないと、雰囲気に押されて動けなくなってしまいそうで。それでも、あたしのそんな苦し紛れの質問に何か感じるものがあったのか、男の二歩目を踏み出そうとした足が止まりました。

『お姉ちゃん? …八重様、何をおっしゃられているので?』

 顔に垂らされた布だか紙だかのせいで分かりませんが、こちらをうかがう様に首を傾げています。
 樹月くんと同じだ。あたしがお姉ちゃんのことをお姉ちゃんって呼ぶと、そこに違和感を感じるようです。やっぱり何かおかしい。何か勘違いをしている。

 …もういい加減にして欲しい。なんでこんな事に巻き込まれているの? あたしたちが何をしたの?

「あたしは八重って名前じゃないし、お姉ちゃんも紗重じゃありません!」

 思わず今までの心労を全て吐き出すかのように叫ぶあたしに対して、男は何も言わず、冷静に、ただ静かにこちらを見ています。その、あたしの今までの苦労なんか知らないとでも言いたげな姿に、ますます頭に血が上って、

「あたしたちを解放して! この村から出して!」

 半ばヤケクソ気味に、大声を叩きつけてしまいました。と、それとほぼ同時に、何故か男の姿が消えてしまいました。 …居なくなったのでしょうか? 肩で息をしているほどのあたしの剣幕に、何か違う、おかしい、と思ってくれたのでしょうか?





 ニ エ ノ サ ダ メ ニ シ タ ガ エ ! ! ! !






 ッーーー!!??



 突然、でした。後ろから叩きつけられた声。その声に突き飛ばされるかのように、あたしは前へと倒れこみました。

 …違う。突き飛ばされたんじゃない。



 あたしの中から『何か』が『飛び出しそう』になった。



 その『飛び出しそうになった何か』に引っ張られるようにして、地面へと半ば衝突するようにして倒れこみます。その衝撃と痛みで、目の前がクラクラします。
 痛みとは別の意味で、手のひらに嫌な汗がにじみます。理屈ではなく、とてつもなく恐ろしい事をされたのだと本能が怯えています。

 あたし、バカだ。射影機があれだけ震えていたのは、戦えとか、逃げろとかじゃない。


 
 油断するなと、



 そう警告してくれていたのに。

 …痛む体を、得体の知れない恐怖に震える体を、半ば引きずるようにして立ち上がり、まだ少しだけクラクラする頭で男の姿をとらえます。男は最初に会ったときと同じように、あたしから少し離れた場所に、静かに立っていました。

『二度目はありませんぞ』

 男の言葉に答える事無く、あたしは射影機を構え、ファインダーに捕らえたその瞬間、シャッターを切ります。問答無用です。レンズから光が走り、



 捕らえていたはずの男の姿が消えて、



 すぐそばで、シャン、と何か金属音が聞こえたかと思うと、

「かっ………!?」

 背中に何か打ち付けられるような痛みと衝撃で、再び地面に倒れこんでしまいました。

『…二度目は無いと申し上げましたぞ』 

 倒れたあたしを見下ろすかのように、男が手にした錫杖を、シャン、と鳴らします。さっきの衝撃の答えはアレのようです。もっともそれが分かった所で何の気休めにもなりませんけれど。

 強い、この人。今までのヘンタイ幽霊とは全然違います。本気であたしを、お姉ちゃんを、儀式とやらに巻き込もうとしています。射影機もなんなく避けられてしまう。じゃあ… 逃げる? 逃げられる? …多分、無理です。やってみなければ分からないとかそういう問題ではありません。絶対にあたしを逃がさない。立ちふさがる男からは、何も言わずともそんな意思が強く、ハッキリと伝わってきます。

 どうしよう。このままじゃ、あたしたち…

『時に八重様』

 また、八重。違う。あたしは八重じゃない。八重なんか知らない。そんな反論もできないほど、その時のあたしは追い詰められていました。そんなあたしの様子などお構いなしとでも言うように、男は言葉を続けます。



『…なんですかな、その格好は』



 …へ?

『スク水の上に制服など、はしたない』

 ………う、

『八重様の服の好みにまで口を出すつもりはありませぬが、人前でする格好ではありませんな』

 うわああああああああああああん!?

 よりにもよって、よりにもよって! この村の人からそんな常識的な意見が出るなんて! しかもそれで責められるなんて! 言われたくないですよ! 屈辱だ! うわーん!!

 …まあ、でもこの人は比較的まともそうな人ですし、普通に考えればそうなんですよね。…ちなみにどうして今現在、こんな格好なのかと言いますとですね… まあ、前回、逢坂家でレギンズと下着を汚してしまって、コレ以外に着る物が無かったんですよ。

 ええ、それだけです。



 ………



 お願いします! それ以上は聞かないで下さい! あたしだって年頃の少女なんです! まだ子供ですけど、世間体ってのもそれなりにあるんですよ!



 …失礼しました。っていうか、そんな場合じゃなかったんですよね。どうやってこの場を切り抜けるか、ちゃんと考えないと…

『制服の下にスク水を着るのなら、スカートは脱ぎませんと』

 …あ?

『そして白のオーバーニーソックスですな。さらに女子が身につけるには少しゴツイ感じの運動靴。これが鉄板ですぞ』

 …い?

『パンツじゃないから恥ずかしくない。だからこそ制服の下のスク水が映えるのです』

 …う?

『紳士の目線を奪う瑞々しい絶対領域、見えそうで見えないワキチラリズム』

 …え?

『健康的な魅力と背徳的な色気を兼ね備えてこその制服スク水ですぞ』

 …おーい。

 まあ、アレか。そうですよね、この村にマトモな人がいるわけないですよね。うん、なんだかさっきまでパニクる寸前だったのが急に冷静になれちゃいました。まあ、だからと言って強敵なのは変わりませんが… それなら手の打ちようもあるってものです。

 そんなわけで、

 あたしはいきなり、男の背後を指差して、



「あーっ! あんなところにブカブカで今にも脱げちゃいそうなスク水を着た少女がー!」



 ぶっちゃけ、棒読みです。が、

『なあんですとお!?』

 男はあっけなく、実にあっけなく、あたしの指差した方へ、体ごと視線を向けます… 思いっきりあたしに背を向けて。もちろん、これが狙いです。すぐさま射影機を構え、シャッターを切ります!

『ぐおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?』

 レンズから伸びた光が、まるで槍のように、男の体に突き刺さります。 …が、

『おのれ… よくも嘘をついてくれましたな…っ』

 流石に強い… 今までのように、一撃で、という訳にはいかないようです。すぐさま射影機を構えなおし、もう一撃、と思ったのですが、

『させませぬ!』

 シャン、と、涼しげな音を立てて、凶悪な一撃を食らわせようと、男は錫杖を振り回します。が、射影機のダメージのせいか、先ほどのように瞬間移動することもなければ、攻撃に鋭さもありません。やっと振り回しているといったところです。
 ですが、あたしも結構なダメージを受けてしまっています。そんな温い一撃でも避けるのが精一杯で、なんとか動きを止めなければ、その姿をファインダーに収める事もできなさそうです。

 どうしましょう。さっきのような手はもう効かないでしょうし、それに、

『よくも純情をもて遊んでくれましたな… 桐生家に行く前に、少しばかり灸(きゅう)を据えさせてもらいますぞ』

 …怒らせてしまったようです。もっともスク水と少女で出来た純情なんてロクなものでは無いのでしょうが… あたしがピンチな事に変わりありません。しかも、確実に錫杖の一撃を食らわせようというのか、油断無く身構えつつ、ジリジリとこちらににじり寄って来ています。

 どうしましょう… なんとかもう一度、動きを止めないと。でも、どうやって?

『覚悟を決めなされ、八重様』

 覚悟… あ、そう言えば一つだけ、一つだけ方法があります。けれど… どうしよう、やりたくない。効果はバツグンだという確信はありますが… う~ん。それ以外に他にいい案は無いものでしょうか?

 そうやって迷っているうちに、いつの間に間合いを詰めたのか、男が錫杖を振りかざしました。 …ええい! もう仕方がない!

『きえええええええええええっ!』

 男が声を上げて、錫杖を振り下ろそうとした、その瞬間、
 
 あたしは、

 自分のスカートを、

 

 ペロンとまくり上げました。



『おおっ!?』

 予想通り、男の動きが止まった、その瞬間!

『ぎゃあああああああああああああああああああっ!?』

 素早く射影機を構え、シャッターを切りました。

『お… おおお… お…』

 腹の底から吐き出すようなうめき声と共に、グズグズと、まるで黒い綿がちぎれ飛んでいくかのように、男の姿は消えていきました。

『…まさか生で見る事ができるとは…』

 …いいからさっさと消えてしまって下さい。

 恐ろしい敵でした。変態じゃなかったら負けてました。あのまま何もできずにいたら一体どうなっていたのか… 考えたくもありません。とりあえず、ゆっくりと息をして、呼吸を落ち着かせながら、これからどうするのか考えます。

 …男が言ってました、お姉ちゃんは立花家へ向かったと。普通に考えれば、立花家に行ってお姉ちゃんを救い出せばそれでいい気もしますが、


 ―天地の橋でつながる双子の家―
 ―桐生家―
 ―禊を行わなければ―



 …何故でしょう。一筋縄ではいかない気がします。と言いますか、半ば確信めいた思いが胸の内から湧き出てきます。
 とにかく余計な事は考えずに行くしかないようです。あたしは、ともすれば取り留めのない思考でいっぱいになりそうな頭を振り、その手に抱えた射影機の感覚を確かめると、座敷牢を後にしたのでした。

 そうです。余計な事は考えずに、です!



 余計な、事は、



 考えず…



 ………………









 …パンツじゃ無くても恥ずかしいモノは恥ずかしいですよ!!









〈あとがき〉

 気がついたら夏が終わってました。
 



[35605] ちょっとお姉ちゃん! その15
Name: 海堂 司◆39f6d39a ID:fc355867
Date: 2013/09/09 22:26
 ガタガタと、古ぼけた引き戸をムリヤリ揺らして出来た隙間に、これまたムリヤリ指を突っ込み、力任せにこじ開けます。外とは違う、埃っぽい、カビ臭いツンとした空気があたしの鼻を刺激します。その、なんとも言えない空気に顔をしかめつつ、開いた戸の先に見える屋内に、懐中電灯の光を走らせます。
 元々、そんなに強い光ではないので、そこまでハッキリとは見えませんが… それでもボロボロの障子や、何のために掛かっているのか分からない暖簾(のれん)、土間には、おそらくは水や、穀物を保存していたと思われる瓶が、無残にも大きなヒビが入った姿で無造作に転がっています。

 あたしは慎重に、懐中電灯の光をそこらに這わせながら、ゆっくりと屋内に上がりこみます。と、あれだけ苦労してこじ開けたハズの戸が、

 スウっと、

 まるで自動ドアのように滑らかに動いて、

 パタンと、

 乾いた音を立てて、閉じてしまいました。あたしはそれをチラリと見ただけで、すぐに屋内へと視線を戻します。もう慣れっこです。どうせ開けようとしても、さっき入るとき以上に力を入れたとしても、開かないのでしょう。絶対に。

 そんなわけで、ちょっとずつこの村の怪奇現象に慣れっこになってきました。天倉 澪です。



 ―桐生家。



 座敷牢で襲い掛かってきた男が言っていた、立花家と天地をつなぐ橋でつながれた家。以前、樹月くんに逢坂家についての話があった時、一緒に教えてもらってたので、場所は分かってました。それに天地の橋… この家と、通りを挟んで建っている家、立花家。その二つをつないでいた渡り廊下こそが、おそらくは『天の橋』なのでしょう。

 なんでもこの村は、祭主である黒澤家を筆頭にして、桐生家と立花家、逢坂家、槌原家といった有力者達で治められていたのだそうで。通りでずいぶんと大きな家です。黒澤家には及びませんが、それでも立派に屋敷と言っていい構えでしょう。

 もちろん最初は、桐生家ではなく、お姉ちゃんが向かったという立花家へ向かうつもりでした。けれども、立花家へ入る扉は、全て閉め切られ、どこからも入ることが出来ませんでした。どういうつもりなのか、扉という扉、窓という窓、全てに板が打ち付けられていたんです。
 そしてさらに不気味な事に、その板に鎌やノコギリ、斧、あげくには包丁なんてモノまでやたらめったら突き刺さっていました。

 まるで、一度閉じ込めたハズの何かを、ムリヤリ引きずり出そうとでもしたかのように。

 そんなわけで、あの座敷牢の男の言葉を頼りにこの家に来たワケなのですが… なんと言いましょうか、立花家と違う、この桐生家に入って感じた印象は、



 何も無い。



 今まで訪れた場所は、人ではない、この世のものではないにせよ、『何か』の気配がしていたんです。何かいる。その暗がりに、天井の隅に、あたしの影の中に、何かがいた。あたしが見えない所で、気がつかない所で動いて、囁いて、様子を伺っている何か。

 それが、この家の中には全く感じない。 …いえ、そうじゃない。

 この家は、桐生家は、



 終わっている。



 終わっているから、何もない、続かない、始まらない。終わったままだから、何も動かない、囁かない。終わって、終わり続けている―

 それでも、この家を抜けて、なんとかしてお姉ちゃんのいる立花家への通路を見つけないといけない。そして二人で、この村から抜け出さないと。桐生家が終わっているからと言って、あたしがここで終わるわけにはいかないんだから。そう気持ちを奮い立たせ、懐中電灯と射影機を握り締め、あたしは一歩、踏み出して―



 転びそうになりました。



「…え?」

 後ろから急に、スカートを引っ張られました。突然の出来事に、あたしは一歩目を踏み出そうとしたそのままの姿勢で、固まってしまいました。それでもスカートはまだ、引っ張られ続けています。

 誰に? 何に?

 射影機は全く反応してない。それに、スカートを引っ張れるほど、すぐそばに『何か』が居るハズなのに、何の気配も感じません。得体の知れない、それでも確実に背後に居るであろう『何者か』に、全身の毛穴から嫌な汗が噴き出します。

 おまけにスカートを引っ張る以外に、何かしてくる様子も無い… いえ、めくりあげられたりずり下ろされたりしたら、それはそれで大ピンチですが… とにかく、振り向くしかない。振り向いて確かめないと。そう思って、あたしは恐る恐る、ゆっくりと後ろへ振り向いたのですが…

「何も… いない?」

 目に入ってきた物は、あたしが入ってきたばかりの引き戸、ただそれだけ。本当にそれだけです。それ以外になんにもありません。じゃあ、スカートを引っ張っているのは、一体?

 ゆっくりと深呼吸しながら、ちょっとずつ目線を下げていきます。



 すると、



 なんとそこには!



 予想だにしなかった光景が!!



 …引き戸にスカートが挟まってました。



 もう一気に脱力です。さっきまでの緊張感を返せ! と叫びたくなりました。あーもう、なんだかなー。前回、油断したせいで酷い目に会ったから、必要以上に警戒してしまったようです。とはいえ、警戒するに超したことは無いんでしょうけど、これはいくらなんでもあんまりです。

 まあ、いつまでもスカートを挟んで動けないままでいることも無いでしょう。あたしは苦笑気味に、スカートを引っ張りました。



 …取れない。



 少しばかり引っ張る力が弱かったでしょうか? 全く、こんな事でいちいち手を煩わせたくは無いと言うのに。そんなわけでワンモアです。さっきよりは力を入れて、スカートを引っ張ります。



 …取れない。



 え、ちょっと待って。あたしはもう一度、スカートを両手で持って、体重をかけて引っ張ります。



 ふんぬううう~~~~~~っ!



 …やっぱり取れない。



 えーっ!? ちょっと待って。これマジで? ウソでしょ? ようやく事態を飲み込めてきたあたしは、慌ててスカートを挟んでいる引き戸を開けようと試みます。が、もちろん分かっていた通り、ピクリとも動かない。ならばとスカートを引きちぎろうとしましたが、コレが縫製がしっかりしていて全く破けません。う~む、さすがあのヘンタイ三人衆のコスプレ衣装。あなどれません。

 いやいや、そうじゃない、感心してどうする。ハサミとか、あるいはその代わりになるものがあれば良かったのですが、その類のものは、あいにく持っていませんし、手の届く範囲にそれらしき物も無いようです。さっきとは違う意味で、嫌な汗が出てきちゃいました。

 どうしよう。いやマジでどうしよう? どうしたらいいの!? …と、予想だにしてなかった事態に慌てるあたしの耳に、



 カタン、



 と、『何か』の音が聞こえました。古くなった天井から何か落っこちたのかな? と思って音のした方へ目を向けると、



 女の子が二人、立っていました。



 とっさに懐中電灯を向けます。間違いなく、女の子です。双子でしょうか。二人とも同じくらいの背丈で、黒っぽい着物に、少女特有の艶やかな黒髪を胸の辺りまで伸ばしています。前髪も長く伸ばしていて、それが目元を隠しているせいで表情まではうまく読み取れませんが… ただじっと、土間を上がった板張りに立って、あたしを見つめています。

 まるで、人形に見つめられているようです。そう思ってしまう程、二人ともピクリとも動かず、かろうじて見える口も、まるで生まれてから一度も開いた事が無いみたいに閉じられていて… ハッキリ言って不気味です。笑うと可愛らしいでしょうに、二人がそこに立っているだけで、なにか不吉なものが漂ってくるような、そんな印象を受けてしまいます。

 すると、あたしから見て左の女の子が、いつの間にかその手に持っていた何かをカチャカチャと動かし始めました。…なんでしょう? よく分かりませんが、ゲームのコントローラー、というか、リモコンのような? もっとよく見ようと思って目をこらした、ちょうどその時、もう一人の女の子の腕が動き始めました。前へならえ、の格好で、両腕をピンと伸ばし、指先を水平にした形で、まっすぐにこちらに向けて―

 カタン、と音が鳴って、

 指先が折れて、

 折れた箇所にはなぜか穴が開いていて、 



 パンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパン!



 …乾いた音と共に、スカートが挟まって動けないあたしの50センチくらい右の壁に、何か細かいものがたくさんぶつかりました。あたしは恐る恐る、壁にぶつかって落っこちたソレを見やります。 …考えたくないですけど、コレってあの前へならえしてる女の子の指先から発射されたんですよね? そして目にしたソレは、

 BB弾!? え? ええ~~~!?

 一気に血の気が引いていくのが分かります。ここにきて物理攻撃とか、この村の文化レベルが分かりません! …いや、そんな事でパニクってる場合じゃない。女の子の一人がリモコン ―もう確実にリモコンでしょう― を動かし、それに合わせるように、前へならえした女の子が… 女の『子』では無いのでしょうけど、ウイイイン、とかキコキコ、とか、明らかに人間が出さない音を出しつつ、その指先を少しずつこちらへ向けてきています。 …気のせいか、リモコンを操作してる子が、少し笑ってるような… いやいやいや! ダメでしょそんなコトしちゃ! 親はどんな教育をしてるんですか!

 とにかく、この家の教育方針に文句を言ってる場合じゃない。さっさとここから逃げて、少なくとも射線上から逃れないとBB弾の餌食になる事は明白… なのですが、

「えい! この! この!」

 何度引っ張ってもスカートが取れてくれません。まさか、このためにスカートを挟んであたしを動けなくしたとか? …いえ、止めましょう。今はそんな事を考えてる場合じゃない。 …もう方法は一つしかない。



 スカートを脱ぐ!



 恥ずかしいとか言ってられません。あたしはスカートのホックを外し、チャックを下ろすと、前傾姿勢のようになって、なんとかスカートから下半身を抜こうと試みました。我ながら間抜けな格好ですが、スカートは引き戸に挟まったままなワケですから、こうしないと脱げないんです。そうやってジタバタと両足をもがいた、その結果、前に転がるようにしてスカートから『脱出』し、とっさに横へと飛んだ、というか転がった、次の瞬間!



 再び乾いた音を立てて、



 BB弾の雨が、






 さっきまであたしがいた所に降り注いだのでした―









〈あとがき〉
 個人的に、桐生姉妹は『紅い蝶』から『眞紅の蝶』にリメイクされて、一番カワイクなったと思うキャラクターです。出来れば二人の儀式のムービーとか追加されて欲しかったなァ…

 あと、表題から【チラ裏から】を取って、番外編を一番下にしました。



[35605] 【番外編】夜光虫 (零 ~月蝕の仮面~)
Name: 海堂 司◆39f6d39a ID:fc355867
Date: 2012/11/02 10:40
 …あたしはゆっくと目を開けた。
 ベッドの上でお布団にくるまったまま、ぼうっと視線をただよわせる。
 なんだか騒がしい。また夜中に誰かがうろついて、騒ぎになっていたりするんだろうか。

 暗い。

 夜だから暗いのは当たり前なんだろうけれど、それでもいつもより暗い気がする。
 あたしは両足をベッドから床へと下ろした。ひんやりとした感触が心地いい。
 血でうまく動かなくなってしまったハサミの代わりに、新しく買ってもらったハサミを持って部屋の外へと向かう。

 ゆっくりと部屋の戸を開ける。やっぱりうるさい。夜中とは思えない。
 手の甲で目をこすり、そのまま廊下を進んでいく。この時間には閉められているハズの扉が、なぜか開いている。
 いつもならすぐに、白い服を着た女に見つかって部屋に連れ戻される。そんなにあたしの部屋に行きたいなら、と、女の耳をつかんで引きずってやった事があったけど、別のに怒られて止めた。

 怒られたから止めたんじゃない。あの女で遊んでも楽しくない。メンドクサイ。別にやらなくていいならやりたくない。

 そんな事を思いながら、どんどん部屋から離れていく。
 たくさんの大人が騒いでいる。
 顔を抑えているのがいる。
 周りの大人に向かって何か叫んでいる大人がいる。
 どこに行こうというのか、大声を上げて走っていくのがいる。

 どうも、建物の外に何かがいるらしい。
 あたしは背伸びをするようにして、窓から外をのぞく。窓に自分の顔が映るのはイヤだけど、この騒ぎの原因の方が気になった。

 何かいる。何かから、大人が走って逃げている。あたしはその何かを良く見ようとして眼をこらして、

「ウグエエエエエェェェ…」

 その場に座りこみ、たまらず、うめき声を上げて顔を両手で覆った。
 なんだ、アレは。
 あの顔がグチャグチャの女はなんだ。
 
 なんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだ。

 溶けそうだ消えそうだ無くなりそうだどうにかなってしまいそうだ。

 あたしの顔もグチャグチャになってしまったみたいだ。

「クーハー… クーハー…」

 荒くなってしまった息を落ち着かせる。大丈夫、あたしの顔はあんな風にグチャグチャじゃない。溶けて消えるのは、前からあることだ。大丈夫じゃないけど、大丈夫。

 そしてもう一度、窓から外をのぞく。別にあのグチャグチャ女はどうでもいい。走ってる大人も知った事じゃない。あたしが気になったのは、そんなどうでもいいのの中で見つけた、どうでもよくないモノ。

「!!」

 いた。やっぱりだ。女の子が一人、そこにいる。走る大人にもみくちゃにされて、その場に倒れこんでしまっている。そしてグチャグチャ女が、その子に向かってゆっくりと歩いている。近づいている。

「ギィィ…」

 あたしはすぐさま走り出した。廊下を走り、階段を飛び降り、ジャマなのは突きとばし、踏んづけた。
 玄関口の大きな扉を開けて、外に出る。
 走る。
 グチャグチャ女のいる方へ走る。
 あの子のいる方へ走る。

 いた。
 グチャグチャ女があの子に手を伸ばしている。

「クキイイイイイイイイイイイイッッッッ!!!!」

 あたしは叫びながら、手にしたハサミでグチャグチャ女に切りつける。肉を切る感触と、わずかに感じる血の匂い。
 グチャグチャ女は何歩か後ずさり、グチャグチャの顔でこっちを見る。
 どこに目があるかなんて分からない。見ていると、どんどん溶けてしまう。

「ハー、ハー、ハー、ハー」

 ここまで走ってきたせいで息が荒い。汗が身体にじんわりと浮かんでいるのが分かる。と、

「え… アヤコ、ちゃん?」

 後ろから聞こえてきた声。振り向くと、あの子がまだそこに倒れたまま、こっちを見ている。
 アヤコ? たしかそれは…

「ねえ」

 そう呼びかけただけで、その子はヒッ、と小鳥の首を絞めたような声を上げた。

「もう一度、言って」

 ポカンとした顔をしている。あたしは少し眉をひそめ、血のついたハサミをちらつかせた。

「もう一度言いなさいよ。あたしの名前を言いなさいよ」

 その子の顔が、恐怖にゆがむ。ああ、コレだ。さっきまで逃げまわってたクセに、あたしを見た途端に、この子の中からキレイな、混じりけの無いキレイなものがあふれ出てくる。

「…言えって言ってるのが分からないの? あたしの言うことが聞けないの?」

 少し大きな声でそう言うと、その子は細い腕で自分の体を守るようにして叫んだ。

「あ… アヤ、コ、ちゃん! アヤコ、ちゃん! アヤコちゃん!! アヤコちゃん!!!」

 …あは。

 あははは。
 あははははは。

 あははははははははははははははははははは。

 キレイだ。
 キレイなもので、消えていくあたしが満たされる。
 キレイなもので、溶けていくあたしが形を取り戻していく。

 大人たちではダメだ。あいつらはキレイじゃない。あいつらはキレイをゆがませる。

 泣き顔で笑顔を作る。
 怒った顔で笑顔を作る。
 恐怖の上に、笑顔の仮面を貼り付ける。

 でもこの子は違う。キレイなものをキレイなまま、あたしに見せてくれる。感じさせてくれる。
 最高だ。
 この子は、最高の、



 オモチャだ。



「はははははははははははははははははははは!」

 あたしは笑いながら、グチャグチャ女に向き直る。グチャグチャの顔を見ているとどうにかなりそうだけど、まあいい。コイツの体全部をグチャグチャにしてしまえば、それで終わる。
 終わったら、オモチャで遊ぼう。いっぱいいっぱいキレイをしよう。楽しくて楽しくて、寝る事も忘れてしまうくらい、いっぱいいっぱい。

「キャキャキャキャキャキャ!」

 ハサミを握るようにして、グチャグチャ女へ飛びかかる。目がどこにあるか、やっぱりわからないけど、顔のどこかにハサミを突き立てれば、だいたいはそれでのたうち回る。後は適当に切るなり折るなり剥がすなりすればいい。
 そう思って、ハサミを振り下ろしたのだけれど、

「ぎゃん!?」

 弾き飛ばされた。その勢いのまま、真っ暗な地面に転がる。
 くそう… 許さない、このグチャグチャ女。あたしのオモチャに手を出したばかりか、あたしに逆らうなんて、許さない。
 あたしのキレイを邪魔するヤツは、誰だって許さない。

「アヤコちゃん!」

 あの子の声が聞こえて、そっちを振り向いた。もう立ち上がっているけれど、逃げてはいないようだ。
 よかった。あたしはその子にニッコリと微笑んで見せた。

「待っててね。すぐにコイツをなんとかしてあげる」

 そしたらすぐに、二人であたしの部屋に行って、たくさんたくさん、遊ぼうね。
 だから、そこから動かないで。動いたら、探して捕まえる分だけ、遊ぶ時間が無くなっちゃうから。

「クキイィッ!!」

 あたしはまた、グチャグチャ女へ飛びかかった。さっき弾き飛ばされたとき、ハサミはどこかにやってしまったようだけれど、別にいい。

 この手で、顔が青くなるまで首を絞めてやればいい。
 この爪で、痕が消えなくなるくらいまでひっかいてやればいい。
 この口で、喰いちぎるまで噛み付いてやればいい。

 …でも、届かなかった。

 手も爪も口も、届く前に、グチャグチャ女の手が、あたしの首をつかんだ。そしてそのまま、ブラリと持ち上げられる。
 グチャグチャ女のグチャグチャの顔が、あたしの目の前にある。

 あ

 ああ

 あああああああああああ

 溶ける消える溶ける消える溶ける消える無くなる無くなる無くなる無くなる

 あたしの首をつかむその腕を、思いっきりつねった。剥がれるくらい、爪を立ててひっかいた。真っ赤になって痛くなるまで、グーで殴りつけた。
 それでも、グチャグチャ女の手は、離れてくれない。

「アヤコちゃん! アヤコちゃん!!」

 …何か聞こえる。でもすぐに無くなる。あたしというコップの底に穴が開いて、そこからどんどん漏れていく。元からあったものも、新しく注がれるものも、全部。ついにはコップも溶けて、

 どんどん、溶けて。

「アヤコちゃん! アヤコちゃん!!」

 …あ、や、こ?



 なにそれ。



 遊びたかったのに。いっぱいキレイをしたかったのに。それも消えていく。
 どんどんどんどん消えていく。

 ああ

 だから、お願い。

 あたしを探して。
 あたしを見つけて。
 あたしを呼んで。

 待ってるから。

 あなたが来てくれるのを
 あなたが見つけてくれるのを

 ずっとずっと待ってるから。
 ずっとずっとそこにいるから。
 楽しい事いっぱい用意して待ってるから。

 だから、来て。



 おねがい。






 さもないと









(あとがき)
 時系列とか、その他もろもろガン無視の妄想パラレルストーリーですので本編にはこんなシーンはありません。ご注意を。
 自分の中で、あっちゃんはちーちゃんを上回るかわいさです。フェイタルのポーズがたまりません。

 にゃん(笑)


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