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[35537] 【習作】Sword Art Online - Reinca Reaper 【SAO転生・オリ主モノ】
Name: レイス◆fb25e506 ID:cd665d91
Date: 2012/12/04 01:30

 このSSは、電撃文庫発刊・川原礫氏の著作『ソードアート・オンライン』の二次創作となります。
 内容には「転生・オリジナル主人公・オリジナル設定」が含まれております。

 特に飛び道具関係の設定を多様し、話が進む毎に独自解釈も増すため、人によって原作の世界観を大きく損なう場合があります。ご了承下さい。

 また、ご意見・ご感想等が御座いましたら、感想掲示板までお寄せください。


 追伸;この作品は10話以内に完結できる中編を目指しています。出来ると、良いな…(汗



[35537] Trans_01
Name: レイス◆fb25e506 ID:cd665d91
Date: 2012/11/25 11:31


 転生。それは魂が再び現世へと舞い戻ること。ネット小説ではお気に入りの作品に対する介入行為として行われる。
 起こり得る未来の知識を携え、それを駆使して原作の改変行為や介入を行う。
 知識面でのアドバンテージは次に起こる事への心構えや対策をし、最善の結末へと至る可能性を秘めている。

 そう、例えば――このデスゲームの名を関する仮想現実大規模オンラインゲーム(通称:《VRMMO》)、ソードアート・オンライン《SAO》でも、である。

「そう、あるある…ねぇよ(笑)」

 その言葉と同時に、眼前の敵のHPバーのポイント残量は消滅。死亡エフェクトとともに砕け散る。
 周囲を改めて確認をし、安全を確認する。尤も、敵のPOP(再配置)地点が重なることもあり、安全圏へと移動を開始する。

「SAOで転生して尚且つ、茅場晶彦を攻略して英雄になる? システム的不死持ちを?――…無理ゲー過ぎるだろ常考」

 武器を背負い直してアイテムウインドウを展開する。回復アイテムを手に出現させ、口にする。微妙な味に顔を顰めてしまう。
 先の戦闘では大した被ダメージではなかったので気休め程度に先刻、手に入れた微回復のアイテムを使った。
 キウイフルーツ大のパイナップルを彷彿させる回復アイテムの歯応えは固く、まるで未成熟の柿を食している気分になる。味も見た目と同様だ。

「確かに俺TUEEEは出来るよ。そんじょそこらのプレイヤーよりも強いよ。若しかすれば、あのビーターや閃光に逼るかもしれないぜ?」

 前方にPOPエフェクトが発生。相対距離が近いため、出現と同時に敵は此方へと肉薄をする。
 敵は、猿の容姿に簡素な西洋風の武具を装備している。手にするハンマーからは光が迸り、ソードスキルの発動が伺い知れた。

 此方が武器を手にする暇もなく、敵の攻撃が迫る。上段からの叩きつけ。直撃をすれば徒では済まない。
 だが見極め易い、モーションの遅いスキルだ。横に避ける。同時に跳躍し、敵の背後へと逃れる。

 敵のソードスキル発動後の硬直時間を利用し、武器を手にする。そしてソードスキルを発動すべく、構える。
 敵は大技のソードスキルを発動直後のため、追撃はまだ来ない。そして此方も武器に光が十二分に宿り、発動態勢が完了する。
 漸くの追撃が改めて此方に迫る。互いに肉薄、そしてソードスキル発動。攻撃を食らい、敵は此方の後ろへと流れ、四散。勝利後のリザルト画面が眼前に表示される。

「だが茅場晶彦は無理だ。ゲームマスター《GM》だし、転生者が転生させてくれた神に挑むようなものだ。
 それ以前にどう攻略をしろと? 原作は、かのビーター様々な攻略だったんだぞ。100層完全攻略もラスボスは茅場だし――…あれ、詰んでないか?」

 ウインドウを消し、眼前を見据える。先程と同じ容姿の猿が2匹、そしてその二回り大きい猿も確認した。大猿をリーダーとしたパーティ《PT》だ。連携攻撃があり、撃破難易度は高い。
 距離にして100m弱。敵の索敵範囲外でまだ此方に気が付いていない。改めて左手で構えを取る。空いている右手でアイテムストレージ画面を展開。任意の剣を選択し、手に取る。
 左の武器の中仕掛に右の剣を番える。そして引き絞る。光が弦と剣に集束し、ソードスキルが発動。引き絞る右手を放し、剣を投射。

 光の尾を引き、敵へと肉薄。丁度、直線一列となる最前列の猿に命中。被ダメージエフェクトととも吹き飛ぶ。剣は勢い衰えずに二匹目に続いて三匹目へと着弾。この時点で二匹を撃破。
 最後尾の大猿が被ダメージで雄叫びを挙げる。剣は大猿の胸部防具を貫通し、胴体深くに突き刺さっている。刺さることで持続ダメージが発生、数秒の後に死亡エフェクトを発して四散した。
 改めてリザルト画面が表示される。獲得アイテムを確認せずにウインドウを消し、地面に転がる剣を回収。そのままアイテムストレージに格納する。

「―――ま、来てしまったものは仕方がないな。ぼちぼち生き残りましょうか、このSAOの世界で」

 彼、ユニークスキル《剣弓術》持ちのSAOプレイヤー、メイソン。弓使い《アーチャー》として巨大浮遊城《アインクラッド》の大地を駆ける。


  ◆


 さて、自己紹介が遅れて申し訳ない。俺はメイソン、勿論SAOプレイヤーネームだ。日本生まれの日本育ち、生粋の日本人だ。但し、転生者の肩書を持つ。
 何故、転生をしたのかは覚えていない。気が付いたら赤ん坊となり、平凡な家庭の一男として生きていた。
 本来であれば曲がりなりにも社会人として生き、少々オタクながらも人生を過ごしていた俺が何故、赤ん坊になったのか。それは正しく神のみぞ知ることだ。

 とは言え、なってしまったものは仕方がない。再び赤ん坊から人生を謳歌しようと決めて早十余年。
 子供万歳と親に怒られたり警察や消防のお世話になったり失恋やら悲しい別れ等々、子供ながら色々とやってきた。勿論、社会常識の範囲内でだ。
 別段、魔法の世界に召喚させられたり、この世界が滅亡の危機に瀕していて実は勇者の末裔だった等という事態は起きていない。平々凡々な人生さ。

 一つ付け加えるならば、転生前よりも科学技術が少し先を行っている点だ。特にネットワーク関係の技術、仮想現実《VR》ゲームが発売されるなど、転生前にはお目にかかれなかった。
 転生前は精々、ヴァーチャルボーイだ。そんな経緯の関心から、その時の人である茅場晶彦関係の本、記事は良く目を通した。
 何かデジャビュを感じたが、転生前の知識が今まで生かされた事がなかったのでスルーしていた。フルダイブ(全感覚投入)とかマジぱねぇ。

 茅場晶彦が作ったオンラインゲームを是非プレイしたいと販売店に飲食排泄寝袋完備で三日前から並んで購入した。
 βテストにも応募したが此方は落選。「orz」宜しくとばかりに意気消沈し、この時の悔しさを返上すべく初回ロット分のSAOを手にする為に籠城の構えで並んだ。
 学校? 勿論、学校と親には事前了承済み。親は子供の決意を呆れ眼で、学校は自校の学生の行動力に溜息交りに、ではあったが。

 そんなこんなで高校一年の初冬、SAOのサービス開始の13:00から一時間強の後にプレイ開始。休日だったから部屋の掃除やら日用品の買い物で少し出遅れた。
 まぁ、茅場晶彦が作ったゲームだから興味があって、オンラインゲームをプレイすること自体には然程強い関心がある訳ではなかった。
 なので何時ものように軽くネットサーフィンをする程度の気持ちで他の利用者よりもルーズにプレイを開始。

――そして、SAOプレイ初日に茅場晶彦当人からデスゲーム宣言を受け、この世界がライトノベルの『ソードアート・オンライン』の世界であることを思い出した。

 何もかもが後の祭りであり、生きてログアウトするにしても解決の糸口は皆無。ゲームクリアの鍵を握るキリトさんやアスナさんに任せるにしても丸二年はかかる。
 それまでに色々と此方から介入やら手助けをしようとも考えたが、肝心の茅場晶彦を攻略する術が見付からない。ゲームマスターの名は伊達ではなかった。

「そして時間は無情にも過ぎ去り、かのデスゲーム宣言から早二年弱。俺はソロでゲーム攻略を目指しているのであった、まる」

 弓を構え、剣を番える。襲い来る狼タイプの敵二匹に対して、足を動かして射線軸を移動。一直線となった時点で射る。
 一匹目の脇腹を穿ち、貫通。そして二匹目の右側面の二足を掠める。一匹は撃破し、二匹目は転倒。その隙に二撃目を放ち、完全撃破する。
 剣を矢とし、敵に近づくことなく敵を攻撃する。《投剣》のスキルと酷似する、弓という専用の武器を利用するスキル《剣弓術》。

 どの様な取得条件であるかは全く解からない。サービス開始初期、茅場晶彦によるデスゲーム宣言当時から既にこの手の中に弓は存在していた。
 更に具体的には、となるとその当時は生き残るのに必死だったため、如何しても思い出せない。無理に思い出す必要もないので、今はこの武器の利点を生かして迷宮区の攻略に勤しんでいる。

 剣弓術スキルの最大のメリットは、敵の攻撃に晒される前に攻撃が可能な点。SAOは剣のゲーム、つまり接近戦による削り合いのゲームだ。
 敵に近づけば反撃をしてくるので、それに対して受け止める/躱す/受け流す等をしなければならない。
 無論、攻撃される前に撃破すれば御の字だが、常に反撃の憂いに帯びている。だが『剣弓術』はそれを無視できる。

 そして『投剣』スキルとの絶対的な違いは、矢となる剣の性能を利用した攻撃が可能な点だ。
 先の狼タイプの敵に射った二撃。一射目は細剣、高い飛翔速度と貫通性能を持つ。二射目は粗悪品な片手剣、剣の中でも平均的な性能を持つ。

 両手剣ならば飛翔速度は低下するが、威力は高い。刀剣であれば片手剣並みの性能で曲射が可能など、剣の種類によって使い分けが可能。
 弓のソードスキル発動をすれば、その性能に応じた追加効果が付加される。クリティカル発動や硬直、貫通性能の強化などが基本だ。

「とは言え、デメリットが大きいのもネックなんだよな。これが」

 射った剣を回収し、耐久値の残量を確認してアイテムストレージに格納をする。このスキルの最大にして唯一のデメリット、攻撃毎に剣を消費する必要があるのだ。
 このスキルを使用するには専用武器である弓は当然のこと、矢となる剣が必要だ。一射毎に、剣の投棄も同然な攻撃をしなければならない。
 通常のプレイヤーはメインの武器に加え、予備に何本かストレージに格納しているものである。しかし、メイソンは攻撃の数だけ武器が必要とする。

 射れば射るほど攻撃手段を消耗する。敵に包囲された時は剣の残量は目減りをし、高所のフィールドともなれば奈落の底へと落ちて回収不可という事態も十分起こる。
 またアイテム毎に重量は決まっている。武器の性能が高い/付加効果のある武器は総じて重量があり、アイテムストレージを逼迫する。
 迷宮区探索やフロアボス等のゲーム攻略には高性能な武器は必須だが、必要数の武器と高性能な武器の両立はできない。必要に応じて取捨選択をしなければ、攻略は不可能になる。

「さて、次の獲物は何処かな、と」

 ステータスウインドウを展開し、探索スキルを発動。四方にあるオブジェクト以外の存在が表示される。
 この周辺の敵は粗方倒してしまったため、反応は皆無。否、此方の探索範囲内に侵入した反応が表示される。色は青、他のSAOプレイヤーだ。
 アインクラッド攻略最前線が現在70層弱、そこで攻略に勤しむ者を上層プレイヤーと呼ぶ。メイソンが居る45層ならば、相手は中層プレイヤーだ。

 マップデータから、暫くすれば進路上前方の曲がり角から相手は顔を見せるだろう。
 同じゲームに閉じ込められた者同士、軽く挨拶を交わす程度は良く行われる。特に迷宮区の攻略にはマッピングは重要であり、情報のやり取りを行うのも少なくはない。
 曲がり角から姿を見せたのは一組の男女。男は盾を持ち、女は細剣を帯びている。盾で敵の初撃を防いで細剣で反撃、カウンター主体のパーティのようだ。

「―――」

 既に攻略済みの迷宮区とはいえ、各層に存在するサブダンジョンで安全にレベル/コル稼ぎをする方が安全だ。
 それにも関わらず、このペアは一層上へと繋がる危険な迷宮区へと足を踏み入れた。男女の表情からは小さな緊張は見られるが、それは怖いもの見たさのそれだ。
 男が索敵スキルで周囲を確認しながら足を進め、女がそんな男へ積極的に声をかけている。お化け屋敷の中を進むが如く、彼らは互いに励まし合いながら真っ直ぐ奥へ、ボス部屋へと向かう。

 彼らの目的地は既に解放されているボス部屋からひとつ上層の街へと向かうことなのだろう。中層プレイヤーならではの娯楽。
 安全を確保しつつ、普段は近づかない迷宮区へと足を延ばす。成功した暁には仲間や知人、酒場で屯するプレイヤー達に自慢をする。ちょっとした度胸試しだ。
 ゲーム攻略に参加しない者達は、彼らなりにその日を過ごす。上層の攻略組のプレイヤー達がゲームクリアをしてくれるその日まで――。

 男の体が吹き飛ぶ。隣にいた女は行き成りの出来事に目を瞬かせる。男も倒れた態勢で茫然としつつ、自身に起きた現象に目を向ける。胸に突き刺さる剣を見る。
 索敵画面には何も表示されていなかった。敵はいない筈だ。なのにどうして、という感情が男の顔に表れている。そして数瞬の間をおいて男のHP残量が零となり、光とともに砕け散る。
 女はその光景を驚愕の眼差しで見届けた。それが死亡時に起こるエフェクトだと。否、目の前で起こったことを受け止められず、硬直していると言った方が正しい。

 軽い衝撃を女は感じた。見下ろすと、自分の胸に男と同じように突き刺さる剣が見えた。そして目線をHP残量表示へと向けると、継続して残量が減少している。
 引き抜かないと。自失に近い中での思考で、女は胸に刺さる剣へと手を伸ばす。両の手に突き刺さる剣。女が持つ細剣と似た剣がその手を縫い止めた。
 何が、と女は剣が飛んで来た方を見遣る。そこには誰かが立っていた。距離があるため、大まかな体格から男であるとしか判断が出来ない。

そしてもう一つ、

「――…オレンジ、カーソル?」

 SAOプレイヤーの頭上に表示されるカーソル色は通常、グリーン。ダンジョン等の敵はレッド。
 そしてSAOプレイヤーの中で犯罪行為の判定を受けた者のカーソルはオレンジとなる。

「レッド…―――」

 女の肉体、アバターが四散する。その場には男女が転倒の際に取り落とした武具と、先程まで身体に突き立っていた剣の計6つの装備が転がるのみとなる。
 それに手を伸ばし、自身のアイテムストレージに格納する人陰――メイソンが其処に居る。彼の頭上に存在するカーソルの色は、オレンジ。

 オレンジ色のカーソルを持ち、SAOプレイヤーを殺害する者をこう呼ぶ、

「――…大した武器を持っていなかったな。今回は外れか」


――レッドプレイヤー、と。




[35537] Trans_02
Name: レイス◆fb25e506 ID:cd665d91
Date: 2012/11/16 22:29

 第49層のサブダンジョン。東洋文化の遺産アンコールワット遺跡を彷彿とさせる石造りの建造物が立ち並ぶフィールドである。
 だがその様相は厳かなモノではなく、何世紀も人の手を離れて朽ちてしまった様相を呈している。石畳の隙間から樹木が乱立し、傷みと崩落を如実に再現した廃墟と化している。
 木々を含む多くの植物が人の背丈を優に超えて建造物を覆い、蔦が木々すらも跨って日差しを遮ぎる。そのため、このフィールドは薄暗いものとなっている。

 そして、薄い霧も発生しているために常闇を彷彿とさせ、ダンジョンの全容を一望することは愚か、索敵範囲も制限を受ける。
 敵と戦闘をするための視界は確保されており、奇襲の危険性は小さい。単に軽い肝試し程度の視野の狭さでしかない。
 探索関係のスキルをきちんと使用し、警戒を怠らなければ恐るるに足らない。PTを組んでいるのであれば、互いにカバーすれば良い。

 そして此処に薄霧の中、敵の攻撃を掻い潜っている最中のソロプレイヤーが一人居た――。

「――ッ!」

 敵の攻撃を弾く。しかし、想定以上の重みの乗る攻撃に呻き声を上げる。見れば攻撃の元は両手剣である、大剣。
 攻撃速度よりも破壊力を目的とした剣だ。片手剣で捌くには少し重荷である。それに加え、速度も乗っているのだから厄介極まりない。
 今の攻撃を捌き切り、衝撃の余波から回復すると彼は索敵スキルを展開。サーチング開始。だが、捕捉出来ない。舌打ちの変わりに毒を吐く。

「一体何なんだ、奴は…!?」

 足元を見る。今、攻撃された大剣が転がっている。攻撃は斬撃ではなく、遠方からの投擲によるもの。彼の見立てでは《投剣スキル》と見る。
 SAOは剣のゲームだ。接近戦を旨とする武器を手に取り、魔法や銃といった遠距離攻撃は一部の例外を除いて一切が存在しない。

 その例外が投剣スキル。だが、このスキルの使用に当たって制約が存在する。
 投剣スキル専用の消耗品による固定ダメージ。または、フロアボスの弱点として使用される場合だ。
 前者は雑魚敵への先制攻撃や牽制、戦闘回避の為に使用される。後者は階層ボスの弱点として過去に幾度か確認されている。

 活躍する場面は存在するが、決して戦闘の主役して使用できる武器スキルではない。
 ゲーム攻略の最前線は愚か、中層のプレイヤーでも積極的に使用するプレイヤーは居ない。

(だが、奴の攻撃の威力と速度は投剣スキルの範疇を超えている。これは武器スキル特性をそのままに攻撃されているようにしか思えない…!)

 閃光が視界に入る。それはソードスキル発動の証。敵を視認出来ない中で唯一、敵の存在と攻撃位置を知らせる証。
 身体が即座に反応する。弾くのではなく、躱す。身体を大きく捻り、反撃をかなぐり捨てる。これは回避に専念する必要があると、そう感じた。
 後に遅れて棚引く外套の裾が弾け飛び、残光を放って切れ端が消滅する。何気に自慢の一張羅が、と驚嘆する先に戦慄が彼の胸中に押し寄せる。

(今の攻撃は細剣。速度重視の武器ならば投擲速度が高くなり、大剣なら威力が高くなるのか! 一体どんなスキルを使えばそんな事が実現できるというんだ!?)

 そんな逡巡を胸中に抱き、射線軸から敵の主な位置を特定。接近戦を挑むべく、走る。既に幾合からの攻撃を捌き、相手の攻撃インターバルは大きいことは判明している。
 恐らくは、攻撃毎に武器を再度装備する必要がある為だ。武器を投げれば装備を手放したも同然の状態だ。
 改めて武器を装備するにはメニューウインドウを展開し、武器を右手に装備し直す必要がある。

 この仮説は論理的に可能であるが、実践では敵の攻撃に対して無防備となるリスクを伴う。だが、これも未だに仮説に過ぎない。
 何故なら、未だに敵を捕捉できず、それを実行している姿を確認できずにいる為だ。その攻撃の一撃一撃は致命傷に至りかねず、回避も紙一重なモノが多い。
 更にはフィールド効果で視界が制限され、障害物の多い遺跡と森の広がる地形効果で距離のある敵を捕捉するのは困難である為に視認は愚か、接近も困難であることが理由である。

 攻撃地点と思われる場所には何も居ない。敵は彼が此方に来るのを予測し、既に移動をしていた。
 周囲を警戒するが、ソードスキル発動の閃光はない。だが、視界の端に小さな影を捉え、剣を振るう。剣戟が交錯する時に発する火花エフェクトが発生。弾き、転がるそれは曲刀。

(見間違いでなければ、直線起動ではなくて曲線を描いて飛んで来た。ソードスキルを発動しなくても特殊な攻撃が可能なのは厄介だな…!)

 実はソードスキルを発動し、遺跡の陰または木々の死角から放った可能性も捨て切れない。何しろ曲線を描くのだから、断定できない。

「これが《フロアボスの亡霊》の正体だとでもいうのか――…エギル!」

 ゲーム攻略の最前線で戦う攻略組にカテゴライズされるソロプレーヤー、キリト。彼は今、背中の死角から生じた閃光に気が付かずに毒を吐く。


  ◆


「キリト、"フロアボスの亡霊"という噂を知っているか?」

 馴染みの商店で小休憩をしていたキリトに、店の主であるエギルがそう言葉をかける。
 精悍な体躯の男は何時になく真剣な表情と雰囲気を纏っている。
 単なる雑談ではなく、少々きな臭い話題だと感じたキリトは不思議気に眉を寄せる。

「ボスの亡霊? 聞かない話だけど、何かしらのクエストかイベントの事か?」

「いや、噂というよりも怪談、怪談というよりも偶然が度重なった不幸な出来事とも言うべきか…」

 言葉を濁し、視線が宙を踊る。エギルという剛毅な言動な人物にしては歯切れの悪い言葉に、キリトは少々困惑する。

「どうした、エギル。アンタにしては歯切れが悪いじゃないか」

 エギルは今度こそ黙り込む。口に手をやり、紡ぐべき言葉を吟味してか情報を整理をしてか今一度頷き、はっきりとした口調で言葉を発する。

「キリト。ここ最近、中層の迷宮区やサブダンジョンに向かったプレイヤーが消息を絶ち、《はじまりの街》の碑石に名前が消えたプレイヤーが何人も居る」

 はじまりの街に存在する碑石。それはSAOに閉じ込められた一万名のプレイヤーの名簿表。その名前に打消し線が刻まれ、打ち消された証があることは死を意味する。
 モンスターが存在するフィールドに出れば常に命の危機と隣り合わせだ。その事実をこのエギルが一々話題に出す必要もない。ならば、とキリトは言う。

「オレンジ――…いや、レッドプレイヤーによる《PK》(殺人)か?」

「俺もそれは考えたが、俺の見解からすれば違う。奴らにしてはPKの仕方が中途半端だ」

「そう断言する根拠は?」

 レッドプレイヤーのする事は、健全な人間からは計り知れない。単なる物取り感覚で殺害する可能性だってある。

「件のプレイヤー達の中には肝試し感覚で迷宮区に挑んだPTが居たんだが、やられたのはその内のペア一組だ。
 装備・スキル共に万全で《転移結晶》(安全圏へのテレポートアイテム)も確保、《安全マージン》(その階層ボス攻略に必要かつ安全なレベル)も確保していた。
 そんな奴らを狙うにしては一組だけなのは解せない」

 殺人をゲーム感覚でやるにしては殺される人数が少ない。言葉の裏に隠された意味にキリトは眉を潜める。
 そうと判りつつも、エギルは言葉を続ける。この話をする口にする、意味を理解してもらうために。

「このPKを良しとするレッドプレイヤーの犯行だと仮定した場合、そういう連中ならば他人に解る証拠を現場に残す。或いは表明をする」

「表明とは随分と物騒だな。テロリストの真似事でもする奴が居るのか?――…スマン、失言だった」

 「いや」とエギルが言葉を返す。話が逸れることを口にしたキリトだが、自身が発した言葉を否定し切れない事実に口籠る。
 エギルもそれが解っているからこそ別段、反論の声を上げなかった。

 犯罪行為を行うオレンジプレイヤーの中には悪名を上げる集団、《オレンジギルド》が存在する。
 《ラフィン・コフィン》がその最右翼であり、奴らならばどんな犯罪行為を行っても不思議ではない。それが殺人でも、だ。
 そうと判断してキリトは、今の話で聞くべきことを口にする。

「エギルの言う通りに、奴らにしては爪が甘いかもしれない。だけど、違うと断言するには根拠は薄いんじゃないか?
 もしかすればそういう事を良しとするレッドプレイヤーかもしれない。不運にも転移不可の部屋に入ったり、迷宮区を甘く見過ぎただけかもしれない。
 エギル、アンタもさっき言葉にしていたが、本当に偶然なのかもしれないぞ」

 相手の言葉を全否定する。だが、これで終わるとはキリトは微塵も思っていない。
 何故なら、重要なワードが未だに出ていないのだから。

「エギル。それが判らないアンタじゃない。それにも関わらず、亡霊と言った。何故、"亡霊"なんだ?」

 沈黙が室内に訪れる。エギルは瞼を伏せ、キリトはそんなエギルを見据える。次に紡がれる言葉を暫し待つ。
 エギルはSAOの中では斧使いとして最前線のボス攻略にも参加する猛者であり、中層で商いをする大人でもある。
 阿漕な商売をする剛胆な言動を旨とし、SAO内でも理解のある大人であるとキリトは認識している。そんな彼が今、苦悩を口にする。

「初めは、商売のお得意様が死んだ時の事だ。そいつは装備の強化のために、ウチで扱ってるレアアイテムの値切り交渉して来た。
 骨のある奴でな、最後は俺の方が折れた。その妥協案として下層の方にあるレアアイテムを幾つか取りに行かせたのさ。
 特にそいつのレベルと装備なら問題なく、レアアイテムと言っても時間を要する以外は然して難しいものでもなかった筈だった。だが奴さん石碑に刻まれた」

 エギルの話が何時のどの階層かは判らない。だが、エギルの観察眼による判断ならば、決して生死を別つ無理難題ではなかった筈だ。
 単にそのプレイヤーが勇み足を踏んでヘマを犯したか、レッドプレイヤーに殺されたか。理由は数あれど、エギルが気に病む必要はないものだ。

「それからだな、何気なく石碑に刻まれる名前を気にするようになったのは。そして、ふと気が付いた。
 ウチのお得意様である中層プレイヤーの名前に打消し線が刻まれているのを。それが日に日に増えていき、店に来なくなったのを、な。
 俺の記憶にあるそいつ等は、最前線の攻略組でもなければ、無理無謀をするなんて決してやらない連中だった」

 詰まる所、迷宮区などの戦闘を行う上できちんと安全に配慮をするプレイヤーであるにも関わらず、死んだ現実。
 キリトにはそのプレイヤー達がどの程度安全に配慮したかは判らない。だがエギルが言うのならば、事実なのだろう。
 では何故、死んだのか。それが判らない。ならば、調べるまでだ。

「これは何かあると踏んだ俺は知人や伝手、情報屋を使って独自に調べてみた。
 するとある共通点が浮かび上がってきた。サブダンジョンか迷宮区で死んでいる、尚且つ"時期"でもあった」

「――…時期?」

 予想外のワードにキリトはオウム返しの言葉を発する。モンスターが存在するフィールドである圏外であれば、PKを含めて有り触れた死因である。
 だが、時期とは如何なる意味を持つのか。何かしらの季節限定のクエストか、隔月か季節限定で出現するボス級のモンスターか。または《ネームドMob》(レアモンスター)か。

「石碑には大まかな死亡原因と死亡時刻も記されるから、そこから奴らの死亡前の居場所や行動をある程度限定できる。
 調べると、俺のお得意様のように決してダンジョンで死ぬような奴らではないプレイヤーが他にも何人も死んでいるのが判った。
 で、話を聞いて時系列と階層別に纏めてみると不思議な結果が出て来た。時を追う毎に犠牲となるプレイヤーの階層が上へと向かっていた」

「――PKをする範囲が広がっているのか?」

「違う。敢えてPKと仮定するならば、PK場所が移動をしている――、上に。そしてそれより下の階層での犠牲者はパタリと途絶える。
 行ったり来たりではなく、階層一つ一つ、犠牲となる場所が登って来ている。まるでフロアボスの攻略に合わせてるみたいに、な」

 成程。此処で漸くの合点がいく。話を聞く限り、これはレッドプレイヤーによるPKだ。それも個人的な理由による計画的愉快犯。
 アインクラッドという城の全100層の中でも、中層以下の低レベルのプレイヤーを狙うのではなく、階層一つ一つ毎に一歩一歩、上へ上へとPKを行う。
 その階層に飽きたら上の階層へ。または最前線の階層が一層上へ行けば、それに合わせてもう一層上でPKを。

 エギルはその行動をまるで倒されたフロアボスが亡霊となり、下層のサブダンジョンや迷宮区を彷徨っているものだと例えた。
 フロアボスが倒され、新たな怨念を感じた亡霊が一層上へ、そしてまた一層上へと登っている、と。PKに対する皮肉だと、キリトは思う。

「…それで、アンタの見立てでは今は何層に居るんだ。その亡霊は」

 その問いに、エギルは間を一つ置いて告げた。

「第49層辺りだ。最近、第45層で似たような被害があったという話を耳に挟んでいるが、この話との関係性はまだ確認できていない」

 キリトは「そうか」と言葉を返し、店の出口へと向かう。それをエギルが言葉をかけ、止める。

「キリト。言い出しっぺの俺が言った手前、行くなとは言えん。だが敢えて、釘を刺しておく。止めておけ。
 お前さんが気にする必要も、出張る必然もない穴だらけな俺の与太話だ。
 アホなPKかもしれないが、本当に偶然が重なっただけの事故かもしれない。だから、お前さんが行く必要は何もない」

 これからキリトがするであろう行動を確信しての言葉。そして、首肯がキリトから返ってくる。

「そんな与太話を真剣に調べてるのはアンタだろう、エギル。心配いらない、サブダンジョンを軽く一周したら今日は布団に入って寝るさ」

 歩みを再開する。再度の静止の声に振り返る。迫る物体を手に取り、見る。転移結晶だ。

「餞別だ。必要に迫られたら、迷わず使えよ」

 大袈裟だと思いつつも、軽く手を振ってキリトは店を後にする。
 だが、それ程までにエギルという人物を真剣にさせる何かが、このアインクラッドの大地に存在する。それを実感する。
 軽い気持ちで向かうつもりの足取りは、既に最前線の攻略への足取りのモノへと変わっていた。


  ◆


 閃光は――、正面!。迎撃も回避も容易な角度だが、その全てが一瞬だけ遅れた。それは索敵スキルの発動に意識を割いていた為だ。
 スキルの発動には特定のモーションまたは意識の集中が必要となる。敵はその隙を見逃さなかった。
 回避は間に合わず、片手剣を眼前に構え得て衝撃に備える。下策ではあるが、それ以外だと手遅れになる。

(今度は――、槍!)

 針のように細くて長い、細剣と見間違えそうな長大な槍がキリトの持つ片手剣の腹へと吸い込まれた。
 衝撃が腕を貫く。両手剣のような重厚な重みではないが、此方の防御していた腕を一瞬で跳ね上げる。この現象にキリトは驚愕した。

(不味い、狙われる!?)

 両手剣や細剣などと攻撃特性が異なる槍に対する分析に割く時間はない。この無防備な瞬間は命に係わる。そして当然の攻撃が飛来した。
 衝撃は軽微だった。胸元を軽く小突く程度だが、見れば短剣が刺さっている。刺し口からは継続ダメージのエフェクトが表れている。
 だが、それにしてはダメージ減少量が早過ぎる。HPバーの端を見れば、紫の水滴模様のアイコンが追加されていた。

(毒の継続ダメージ!? 毒の追加効果付きに短剣か!)

 即座に短剣を引き抜き、毒以外の継続ダメージを回避する。そして遺跡の瓦礫の陰へと身を隠す。
 アイテムストレージから解毒ポーションを選択、出現させる。そして、曲刀が眼前を通り過ぎ、ポーションが弾き飛ばされる。
 攻撃により、アイテムに設定されている耐久値が零となり、消滅エフェクトを発して光となって虚空へと消える。

「くそっ! 解毒をする時間も与えないというのかよ!」

 キリトのほんの小さなミスから、戦闘の突破口を切り開いた相手の手腕に思わず悪態が口から出る。
 相手方もキリトに対する明確な戦術が見出せない現状、キリトへの継続ダメージは貴重だ。故に解毒を阻止した。
 そしてキリトも相手の姿が未だに判らず、後手に回る現状に苛立ちと焦燥が募るばかりである。

「――HPは半分を切り、尚且つ毒のダメージで更に減少を続けている。敵の目的と姿も未だに不明。此方の付け入る隙はただ一つ」

 それは即ち、攻撃の合間に特攻を仕掛ける。相手の攻撃はソードスキル以外、大きな問題はない。威力、速度ともに弱いのだ。
 恐らく、スキルの発動をすることで武器特有の特性を生かした攻撃が可能になるのだ。
 でなければ、一々自分の居場所や攻撃軌道を描く閃光を放つ必要がない。この視界の悪さを殺す必要もないのだから。今の解毒ポーションへの攻撃のように。

「――…」

 メニューウインドウを展開し、コマンドを選択していく。出し惜しみをしている時間はない。
 武器アイテムをもう一つ選択をし、展開。眼前に新たな片手剣が出現する。更に武器スキルの設定も変更。
 最後に新たに出した剣を左手に装備…できない。閃光が視界の端に灯ったからだ。敵の攻撃、ソードスキル発動の声/殺意がキリトへと届く。

「――ッ!!」

 左手に剣を取る。メニューウインドウを介さずに直接、手で握ることで武器を装備としたとシステムに認識させる。
 だか、これでは装備と認識されるまでに僅かに時間を要してしまう。故に迎撃をギリギリまで遅らせる。
 攻撃モーションを早く行えば、左手の武器は装備手順不正で単なるオブジェクトアイテムとして認識され、武器として直ぐには使えない。

 飛来する剣を弾き飛ばす。細剣だ。キリトの現状、毒状態で混乱していることを見越しての最速の攻撃。
 PKにしては徹底した完璧主義だ。尊大なプライドを持っていれば、両手剣で大ダメージを狙うだろう。そうであれば、キリトの装着は問題なく間に合っていた。
 剣を弾き飛ばしたのは、左手の片手剣。間に合った。そして右手にも片手剣が存在する。それ即ち、《二刀流》を意味する。

(敵に対策を取る時間を与えずに、即行でケリをつける!)

 ソードスキルを発動する。二刀流のソードスキル《スターバースト・ストリーム》を発動。合計、十六連撃の神速へと足を踏み入れる。

(通常の移動速度では、逃げる敵に追い付けない。ならば、ソードスキルの移動速度補正を利用して肉薄する!)

 スキル補正を利用した疾走で攻撃地点と思われる場所へ到達。何もないのは予め予測できていた。
 虚空を一閃。連撃スキルである以上、一定時間内に剣戟を行わなければスキルが終了し、硬直時間が発生してしまう。
 全十六連撃が終わる前に敵を肉薄し、倒さなければ死ぬのは此方だ。

 即座に視線を巡らせる。居た。木々を駆け抜ける何かを目撃する。容姿までは把握できないが、初めて敵を尻尾を垣間見た。
 一直線に加速をする。片手剣がキリトへと飛来する。剣戟の二合目で弾き飛ばす。更に素振りを一度、二度、三度。
 上方からの攻撃が二度、叩き落とす。敵は遺跡の上の階へと移動していた。

 素振りで垂直方向への瞬時に移動、上の階へと高度が合致すると刺突の素振りで水平移動。着地、そして改めて素振りをして追跡を再開。
 連撃の半分は既に消費した。だがその甲斐もあり、敵の姿が鮮明となった。カーソルの色は判別不明な距離だが、その姿は人だ。
 ボスの亡霊ではない。プレイヤーの一連の不審な死も偶然ではない。人の手によるPKでしかなかったのだ。

 更に素振りを二回。相手も此方の異様な接近速度に恐れたか諦めたかは定かではないが、その足が止まった。
 そして数瞬の後、片手剣が飛来する。スキル発動の閃光はない。払い除け、更に肉薄する。
 刺突の素振り二回による最後の加速、相手を肉薄。残るは最後の一撃のみ。相手を捉えた。攻撃範囲内だ。

 相手のカーソルの色は、オレンジ。顔と容姿は男。その手にはソードスキルを発動した両手剣が、キリトへと照準を合わせていた。

――弓に、剣を矢として構えた姿で。

(―――な、に…?)

 スキル最後の一撃。キリトは思いも因らぬ光景を前に、最速のタイミングが逸した。故に先手は、相手のソードスキルによる攻撃。即ち、射撃だ。
 先程までの経験が反射となり、キリトは両手の剣を交差しさせる。矢の着弾点を防御するもその重い一撃にキリトは大きく弾き飛ばされる。

「――ッア!?」

 辛うじて着地に成功する。衝撃で呻き声を上げ、石畳に片膝を着く。それ以上、身体は反応しなかった。
 それは被ダメージによるものかソードスキル発動後の硬直か、その両方か。HPはレッドゾーン突入間近、毒のダメージが時間で解除されているのが救いだ。
 視線を相手へと見遣る。そこには当然のように姿はない。相手に距離を取られた。漸く硬直が解け、左右の剣を構えて再度の攻撃に備える。

―――…攻撃が止んだ。静寂がこのサブダンジョンを包み込む。

「逃げた、のか?」

 否、助かったというべきだろう。そう、キリトは認識する。キリトの未知な武器スキル、またはソードスキルを警戒したのだろうか。
 それともPKをするには美味しくない相手だと悟ったか。その答えは、相手のレッドプレイヤーの胸の中にしか存在しない。
 先程までの戦闘が夢だと言わんばかりの呆気ない幕引きである。この事実にキリトは、何一つ釈然としない思いを抱く。

「奴は一体、何だったんだ…?」

 その疑問に答える者は、此処には居ない。





「参ったね。今回のプレイヤーは随分とTUEEEと思ったら、あのキリトさんだったとは…! 危うく主人公を殺しちゃうところだったZE☆
 キリトさんにはこのDEATH☆GAMEを攻略してもらわなくちゃいけないし、キリトさんに目を付けられちゃ、今度はこっちが危ないね」

 その男、メイソンは言葉にしつつも流石だとも感心していた。キリトはどんな角度や不意を突いた弓による射撃を迎撃、または回避していたからだ。
 このゲームでの遠距離武器は、メイソンの持つ弓以外は存在しない。それはつまり、初見であればメイソンは絶大なアドバンテージを有している事実を意味する。
 特に今回のような互い視界を制限するフィールドであれば猶の事、有利となる。暗視や捕捉関係のスキル駆使し、今回のように一方的に相手を捕捉しつづけたのあれば、確実にHPを削り切れる自身がメイソンにはあった。

 だが、キリトはそんな完全不利な戦況に対抗した。直勘としか思えない反応速度で直撃ギリギリのタイミングで初撃を払い除けた。
 これが二刀流スキルを会得した者の反応速度だと云わんばかりの刹那の反応だった。流石のメイソンも距離が開いては相手プレイヤーの細かな造形までは判別できない。
 狙った相手があのキリトであるとは流石のメイソンも予測できず、それを成し得た相手の神業に唖然とさせられた。それでも狙ったからには、と攻撃を再開した。

 それ以降もキリトはメイソンの姿を捕捉できない中で此方の攻撃パターンを分析していた。正解に至らずとも近似の解答へと到達する観察眼と分析能力。
 そして二刀流スキルへのコマンド変更操作をギリギリのタイミングで成功させる強運。正しい主人公の姿だと、端役を自負するメイソンは溜息を吐く。

 恐らくは、より上層へと向かほどにゲーム攻略の重要人物や登場人物との遭遇率は更に高くなるだろう。
 下手なSAOのメインキャラへの干渉がこのデスゲーム攻略の足枷になることは極力避けたい。そうしなければ、本当に一生ゲームから解放されなくなってしまう。流石にそれは勘弁願う。

「今度からはもっと慎重に獲物を選ばいないとなぁ~☆」

 メイソンはそう、言葉にする。そしてその足はそのまま、第49層の迷宮区へと赴いていく――…。




[35537] Trans_03
Name: レイス◆fb25e506 ID:cd665d91
Date: 2012/11/20 00:44


「ねぇ、リズ。ちょっと聞いて良い?」

 そう、一人の少女が声をかける。純白を基調とし、赤いラインで色を整えた騎士然とした戦闘服の少女だ。名をアスナという。
 対する相手もまた、少女。此方は給仕服、またの名をメイド服に身を包んだ少女。名をリズベットという。勿論、両者ともSAO世界での名だ。

「んー、どうしたの。アスナったら、改まって」

 そう答えて、回転砥石に中てていた細剣を宙に翳す。剣の腹は鏡面の如く輝きを放つ。そして剣の耐久値を確認。減少していた値は随分と回復している。研磨は成功だ。
 リズという少女は、鍛冶屋を生業とするSAOプレイヤー。今もこうして戦闘で目減りした武器の耐久値を回復させるべく、お得意様兼親友のアスナが依頼する砥ぎの仕事を熟している。
 此処はリズベットが拠点とする鍛冶工房/水車付きの個人宅でもある《リズベット武具店》。アスナはその工房の片隅でリズの仕事振りを仕上がるの待つ序でに眺めていた。

「リズは武器作製や防具作製スキルとかの鍛冶職人のスキルをメインに上げてるよね?」

「そうだね。そうしないと良い武器や防具は作れないし、その他にも細々とした鍛冶スキルを上げていかないと補正ステータスも良いのが付加し難いもの。
 基本的な鍛冶スキルの大半は完全習得(マスター)してるけど、最前線で使うにはまだまだ必要なスキルが多いのがネックなのよね。それが如何かしたの?」

 細剣の刃を鞘に納める。そしてリズベットは剣をアスナに渡し、アスナは経費をリズベットに支払う。

「リズは此処で色々な武器や防具を作ってるじゃない。そうなると迷宮区やダンジョンには縁が無いから、レベルはそう高くはならないと思ってたんだけど…」

 メニュー画面からフレンドリストを表示。任意のプレイヤーを選択し、最後に一つのステータス画面を展開。表示されるステータスのプレイヤー名はリズベット、眼前の少女のステータスだ。
 フレンドリストから閲覧できる情報は現在位置に所属ギルド、そして現在のレベルといった簡素なモノ。そしてアスナはそのレベルを注視する。

「レベル77。最前線で戦うプレイヤーとまでは行かないけど、随分とレベル上げを頑張っているんだな、と思って…」

「まぁ、確かに。レベル上げなんてしている時間があれば、鍛冶スキルを集中的に上げた方が良い武器が沢山作れるわね」

 リズベットのホームである一軒家が存在するのは第48層。現在の最前線は第73層だ。安全マージンは、その階層数+10レベルとされる。
 このセオリーを当て嵌めると、リズのレベルでの安全マージン限界は第67層。PTと装備次第ならば第70層辺りの迷宮区での戦闘も可能なレベルでもある。
 そして確認にもなるが、スキルは使うことで熟練度が蓄積される。そしてスキルは熟練度1,000に達することで《完全習得(マスター)》し、本来のスキル能力を駆使可能となる。

 戦闘スキルであれば、迷宮区などの安全圏外に出現する敵モンスターをスキルで倒せば熟練度は向上、同時にレベル経験値も獲得出来るので一石二鳥だ。
 だが、戦闘と関係のない武器作製/防具作製や料理、釣り等々のスキルは純粋にスキルの熟練に徹頭徹尾しなければならない。
 逆に言えば、レベル経験値を上げる余地がない。故に職人スキルと呼ばれる。

「だけど、良い武器に良い武器補正ステータスを付加するには良いアイテムが必要になる。買い付けで手に入らない時は自分でクエストを受けて取りに行く必要があるでしょ。
 鍛冶屋《スミス》の職業でないと発生しないクエストもあるから、定期的に上の層でレベル上げをしてるのよ。マスタースミスを目指すのも楽じゃないわよ」

「ああ、成程。それで時折、お店が閉まってたんだ」

「そ。本当なら成る可く、お店を空けないようしたいんだけどね。こればかりは如何しても時間を要するから、ね」

 そう言い、リズベットはアイテムストレージから一つのアイテムを展開。琥珀色をした塊、鍛冶アイテムの金属を炉の入口に添える。
 アスナはその鍛冶アイテムが如何ほどの価値/作製補正があるかは判らないが、その光沢からレアアイテムの類なのは理解できた。

 炉の中に入り、再びアスナの目に姿を現したアイテムは赤発色に輝いていた。それに向けてリズの鍛冶ハンマーが振り下ろされる。
 辺りに響く打撃音。幾度も振り下ろされては金属特有の劈く音が木魂す。それが工房内を駆け廻り、幾度も反響する。アスナはそれを傍の椅子に腰を据えて観察する。

 音が鳴り始めてどれ程の時間が経過したか、アスナには分からない。叩く数が100を超えて200に到達して300、400を過ぎ去った頃には数えるのを止めた。
 これがゲームでなければ、リズベットの額には数多の汗が滴っているだろう。その金属をハンマーで叩く姿/瞳の真摯で真剣な眼差しが衰える兆しは一向に見えない。そしてその終焉もまた見えない。
 まるでフロアボスを相手に戦っているのではと、アスナは幻視する。そう、これは鍛冶屋の戦いなのだ。工房が戦場で、敵は鍛冶アイテム。そして勝利の証は、最高の武器/防具アイテムの作製成功。

「…」

 叩き始めてからアスナはリズベットとの会話の一切が絶たれている。リズベットは此方を振り向く気配はなく、アスナはそんな彼女の横顔を飽きることなく見詰め続ける。
 そして同時に思う。彼女は何を想い/願い、鎚を振り下ろしているのか、と。高レベルの装備アイテムを作製する為とはいえ、延々と幾百もの鍛錬をする精神は尊敬の念を覚える。
 だが偏に鍛錬をすると呼ぶにも、これはゲームである。システムで定められた手順を踏めば、それを行うプレイヤーの意思は必要としない。

 アスナ自身は料理スキルをマスターしている。料理には包丁やフライパンといった刻む/炒める為のアイテムが必要だが、実際に切る/炒ることはしない。
 料理に工程はほぼ『魔法の杖の一振り。それが南瓜を素敵な馬車に変身させる』を地で行くのだ。スキルさえ上げれば、プレイヤーの手を煩わせない。
 だが目の前のリズベットは、決してそれに頼らない。自身の一振りが今、作製途上のアイテムにその意志を注ぎ込まんと振り下ろしている。システム的に無意味か否かは論外だとばかりに。

 澄んだ音が鳴いた。アスナは耳にこびり付いた鍛錬の音の中で、その音に違和感を覚える。何が如何違うのかは説明できないが、一つの確信を抱く。それが最後の一打だという事。
 リズベットの鎚を振るう手は止め、眼下の鍛冶アイテムの変容を見据える。それを見てアスナは、それがアイテムの産声なのだと知る。

 単なる塊であったアイテムがより一段と光を帯びて変態。姿がひとつの形に成る。それは鉾。縄で締めたような柄から伸びる、透き通らんばかりの琥珀色が夕日が差し込む室内と色が同化している。
 それは細剣だ。剣先は凹んでいるが、決して打突による攻撃が不得手な武器ではない。アスナはそう直感した。

「ご免ね、アスナ。話の途中で鍛冶を始めちゃって。ふと思い付いた鍛錬方法があったから、思わず打ち始めちゃったわ」

 気にしていない旨をリズベットに告げる。窓の外に目を向ければ、夕日の半分が地平線へと沈んでいる。お昼過ぎに来てから思いの外、長く居座ってしまった。
 リズベットはお詫びとばかりに件の細剣をアスナに差し出す。細剣使いとして作品の試し振りさせてくれる。体の良いテスターにされているとも言えるが…。

「――…凄い。私が使ってる細剣には攻撃力が一歩劣るけど、ソードスキルの敏捷度補正があるから連撃速度が速い。
 それに耐久値は多いのも凄いけど、一番凄いのはこの重量感。羽のように軽い! 凄い、まるで小枝みたい!」

 アスナは演武でも披露するかの如く、リズの作製した細剣を振るう。細剣の基本である連撃の刺突に始まり、上段中段下段に水平斜め斬り、ソードスキル各種の発動までアスナの出し得る限りの技を試した。
 流石のリズベットもアスナのその嬉々としてソードスキルを発動させてまで剣を振るわれては顔を引き攣ってしまう。こうなっては暴風の目と化したアスナが満足するまで振るわせるしかなかった。

「気は済んだ?」

「うぅ…。ゴメンね、リズ。折角の新しい剣を勝手に振り回しちゃって…」

 一通りの技を終えたアスナがそんなリズベットに気が付いたのは更に十分後のこと。そうと気付いた数瞬後には赤面、右往左往とあたふたしつつも丁寧に細剣を返却。そして肩を落としてシュンとなる。
 先程の技のコンボに続いて百面相をするアスナに、リズベットは苦笑する。自分の作品をこんなに喜んでもらえたのは職人冥利に尽きると、彼女は思う。

「それでね、リズ。その剣なんだけど――…」

 合わせた両の手を世話しなく動かすアスナ。彼女の視線は頻繁にリズベットの手元、今し方にアスナが振り回した細剣に注がれている。
 アスナの言わんとする事を察して苦笑い。そして口の端を釣り上げるイイ笑顔で告げる。それはもう、清々しいまでに嫌らしく。

「売っても良いけど――…お金、ある? 結構イイ値段になるよ、コレ」

 ぐぬっ、とアスナが慄く。その様はまるでご飯が近い時間に美味しいスイーツを食したい衝動に駆られ、我慢しなければならないと叫ぶ理性との葛藤に苛まれれたかの如く。
 そんな反応をするアスナの顔を見て、満足したリズベットはアイテムストレージを表示して細剣を格納する。それにアスナは首を傾げる。

「店頭に飾らないの? 置いておけば良い客引きの飾りになるのに」

「この剣の素材はレアアイテムだから、似たような武器はそうそう打てないの。
 マスタースミスを目指す身として、もう一度打っても作れない武器を店に飾るなんて私のプライドが許さないわ」

「そ、そうなんだぁ」

 リズベットは胸を張って告げる。アスナはそれに頬を引き攣らせながら肯定の意を返した。
 妙な職人気質を露呈するリズベットから、親友を名乗るアスナは物理的に距離を取る。そんな時、店先の鈴が軽やかに鳴り響く。来客の合図だ。

「こんな時間に済まない。リズは居るか?」

 店の奥にある工房に居るため、姿は見えない。だが、その声に聞き覚えがある。リズベットとアスナは互いに顔を見合わせ、店頭へと足を向ける。

「キリト、こんな時間に如何したの?」「あ、キリト君だ」「お。リズ、こんばんわ。アスナも居たのか」

 来客はキリトだ。互いに挨拶を交わしながら、こんな時間に来るとは珍しいとリズベットは思った。偽物の太陽が完全に地平線に沈んだ今の時間は普段、閉店している。
 今日はアスナの来訪と鍛冶に夢中になって閉店作業が遅れたからだ。キリトなら、また日が昇ってから来るような少年である。
 そんな彼がこの時間に店に訪れるということは、リズベットひとりに用事があるか、差し迫った緊急性の高いものであるか、だ。

「それでキリト。何か用事があるんでしょう?」

 リズベットの問い掛けに返事はない。キリトの視線がアスナとリズベットを行ったり来たりしている。どうやら他の人が居ると話せない類の話題のようだ。

「ん、それじゃ。私はお暇するね、リズ。今日は剣をありがとう。また宜しくね」

 そんなキリトの様子から察したアスナは別れを告げ、店の出口へと向かう。

「キリト君。リズにあんまり無茶な難題を押し付けないでね」

「無茶とは何だよ。まるで俺が持ってくる話は何時も、碌でもないモノばかりと云わんばかりじゃないか?」

「実際そうじゃない。それとも自覚なしかな?」

 アスナの言に口籠る。問われ、返す言葉がキリトには見付からない。したり顔をするアスナはそのままリズベットと一言二言言葉を交わし、今度こそ店を出た。
 リズベットはそのまま店の玄関の掛札を閉店に設定し、店を閉める。店番のNPCも姿を消し、この店兼家に居るのはリズベットとキリトの二人になる。
 キリトにはリビングのある私室で待つように告げ、工房の炉や置かれた機材の片付けをする。リアルなら全ての作業を終えるのに小一時間は要するがゲームなので、ほんの十分で終える。

「それで、キリト。今日は一体どんな用件なの?」

 リビングで待つキリトは椅子に腰を掛けず、窓際で外を眺めて待っていた。此方の問い掛けにキリトはアイテムストレージから幾つかのアイテムを展開し、テーブルに置いた。
 両手剣に細剣、曲刀、槍。その全ては攻撃に用いる武器だ。これが一体何を意味すのか、数瞬の間をおいてリズベットは武器からキリトへと疑問の眼差しを向ける。

「少し確認してもらいたいんだが、この武器から情報を読み取ってくれないか?」

「読むって――…この武器の耐久値や銘柄、製作者とかの? そんなの商人のエギルにでも頼めば良いんじゃない」

 そう言いつつも、武器を一つ一つ手に取り、鑑定にかけて情報を引き出していく。

「まぁ、確かに。エギルにも来る前にやってもらったんだけど――…一応、武器の専門家であるリズにも確認してもらおうとかと思ってな」

「一応、という処が少し気になるけど。そう思うんだったら真っ先にこのマスタースミス☆リズ様の所に駆け込んで、『マスタースミス様! どうかパーフェクトなスミスでビューティな貴女様の御力を御貸し下さいませ!』て言いに来なさいよ」

 キャピっ♪としたリズベットにキリトは呆れと疲れの交った顔で答える。その様はまたの名を、ドン引きしたとも言う。

「…なんだよ、そのパーフェクトでビューティなスミス様☆、てのは。自意識過剰にも程があるんじゃないか、戦鎚《メイス》使いのリ、ズ、ベ、ッ、ト、さん?」

「うわ、酷っ。そんな事を言う失礼なお客には何も教えてあげないわよ。このままアンタを家から追い出して塩を撒いてやるんだからっ」

 剣の切先を向けられ、キリトは諸手を上げて降参の意を示す。そしてその眼差しを真剣なモノに替え、言葉を口にする。

「この間、圏外で俺はとあるプレイヤーに襲撃された。そいつはソロプレイヤーで、投剣スキルと思われる攻撃で俺を翻弄してきた」

「ふーん。で、そいつを蹴散らしたは良いものの、取り逃した。そして現場には投げて転がるこれらの剣が在った、と」

 PKという犯罪の被害あったこのキリトは強い。最前線の中でも一際偉才を持つソロプレイヤーとしてこのSAOでは名を轟かせている。
 そんな彼を翻弄し、逃げた。恐らく、相手は分が悪いとPKを諦めたのだ。だが今度はキリトの方が相手を、レッドプレイヤーを追いかけ始めた。
 特に投剣スキルを使ってPKを行う、その特異性に目を付けられたのだ。こうなった彼は、相手を追い詰めるまで止めることはないだろう。

「そんな処だ。それで相手の足取りを追う手掛かりに、奴の置き土産の武器を調べていたんだが――…」

「どうかしたの?」

「奴がどんなレッドプレイヤーかどうかで、この先の見方が変わる。本当に投剣スキルを使ってPKをする奴なのか、仲間が居るのか、でな。
 投剣スキルは投げれば大抵その武器を使い捨てのように使うしかない。回収するにしても効率が悪い。そして何より、使える武器を揃えるには並大抵の手段では揃わない。
 これらの武器は軽く見積もって、最前線で使われても遜色のない性能を持っている。そんな武器を奴はどうやって手にしたのか。PKで獲得したにしては、数が多過ぎる」

 視線がリズベットを射抜き、リズベットはそれを淡々と見返す。キリトはそのまま、言葉を続ける。

「戦ってみたからこそ判る。奴は実力者だ。だからこそ解せない。奴は投剣スキルに何故拘る? 武器を投げずに上手く接近し、これ等の武器で攻撃すれば大抵のプレイヤーはPKできる。
 名乗りを上げようとすれば幾らでも上げられる。それ程までの実力を持っている。なのに、情報屋からも奴の話に関する話題は湧き出てこない。
 まるで投剣スキルでPKをすることが奴のプレイスタイルだから一々、他人に言い触らす必要がないと謂わんばかりだ」

「キリト」

 リズの静止の声。だが、キリトは言葉を止めない。

「不確定な情報しか存在しない。だから、色々と推測をして推論を並べている。だからまず、確定情報から精査している最中だ。
 判っている事の一つ。これ等の武器に共通する点、プレイヤーメイドにして製作者が同一人物。その人物が――…」

「製作者名はリズベット。この私。そうでしょう?」

 悲しみを帯びた笑みをリズベットは浮かべ、キリトに変わって答える。キリトはそれに口を閉ざす。それは肯定の意。
 既にエギルからこの事実を聞いている。そしてある推理をし、そしてその可能性を打ち払った。今日、此処に来たのはそれを確固たるものにするため。
 そうであって欲しくないと願う、彼の理性の足掻き。だがそれは彼女の浮かべる表情が現実を突き付ける。

「キリトがこの武器を見せた時から分かってた。見せてくれる武器全部が私の作品。私が手掛けた最高傑作の数々だ、てね。
 見間違えたり、忘れたりなんてしない。だって全部、私が心を込めて、良い武器になることを願って作り上げた武器だもの」

 今にも瞳から涙が零れんばかりの笑みを浮かべる。それを直視できず、キリトは視線を逸らしてしまう。

「…可能性としてリズが一つのギルドに纏めて武器を納入したり、偶然リズの武器を懇意にしていたプレイヤーから奪ったとも考えた。
 だが調べると、奴にPKされたと思われる犠牲者の中にそんな都合の良いギルドやプレイヤーは存在しなかった。だからこそ、もう一つの可能性がどうしても浮上してしまう。

 ――奴に、レッドプレイヤーに武器調達あるいは製作の協力をしている可能性を」

 キリトはリズベットを見詰める。それは自分の推理を確信した眼差し/それはそうであって欲しくない苦悶の表情。
 リズベットは武器をテーブルに戻す。少しの間をおいて、彼女はキリトへと再び視線を交わした。一つの思いを秘めて。

「キリト。その人は本当に投剣スキルの使っていたの?」

 確信を貫いた。キリトは口をきつく結ぶ。その先の言葉を紡ぐのを拒絶する。

「その人は、素手で剣を投げ付けていたの?」

 視線が宙を泳ぐ。今、起っている現実から逃避するために。

「その人は、本当は、剣を射る何かを持っていなかった?」

 だが、眼前の少女は現実を/真実を/確信をキリトに突き付けた。逃げ道は、もう無い。

「その人は――、《弓》を使っていなかった?」


  ◆


 メイスが敵モンスターの腹を下段から打ち穿つ。ソードスキルの威力が乗る攻撃に、敵は硬直と後退を余儀なくされる。
 その隙を逃さず、タメの大きい二連撃スキルの攻撃を継続。放った一撃目の軌道をそのままに逆回転。上段へと振り上げたメイスを、敵の脳天へと振り下ろす。
 敵は地面へと叩き付けられ、そのまま消滅。リザルト画面が少女、リズベットの眼前に表示される。

「さ。先を急ぎましょ、キリト」

「あ、ああ…」

 現在、二人PTを組んでいるリズベットとキリト。彼女が今、最後の一匹を華麗に倒す姿を見たキリトは生返事を返すしかなかった。
 この階層は第50層のサブダンジョン。リズとキリトの今のレベルなら容易に攻略可能なのは知っているが、リズベットが戦う姿はこれが初めてだ。
 しかも、だ。メイスを駆け、敵を流れるように見事に打ち倒す姿は一介の鍛冶屋には見えない。中層の、贔屓目に見れば上層プレイヤーに見えてしまう。

「手際が随分と良いけど、随分とリズはこのダンジョンには来たことあるのか?」

「鍛冶アイテムのクエストで何度かね。買い付けたり、取引する事も多いけど、自分で取りに行く方が数が集まる場合もあるから」

 なるほど、とキリトは感心する。同時にリズの装備へと改めて目を向ける。
 装備は普段の給仕服に各所にプロテクター風の軽防具を全身に纏っている。それらは全てプレイヤーメイド、リズベットの作品だろう。
 一見すれば、何処ぞの神話に出てくる戦乙女とも見える。まぁ、その童顔をみれば背伸びをして装備だけを整えた子供にも見えなくもない。

「…キリト。今、失礼なことを考えていなかった?」

「何を言う。俺は格好良いリズベット様の雄姿を心の中で称賛していたんだぜ。ほら、そんな事よりも敵が来たぞ!」

 リズベットのジト目を流し、タイミング良くPOPした敵モンスターへ突撃をする。その際に向けられる、リズベットの疑惑の眼差しは意図して無視する。
 敵モンスターは大猪。突進力が高く、防御重視の盾持ちプレイヤーであっても防御し切れない威力を有する。移動力もあり、敵のペースに飲まれると命に関わる。
 だが弱点も明確だ。横の動きには弱い。故に突進にのみ気を付ければ、後は側面からタイミングを合わせて攻撃を当て続ければ良い。

「リズ!」

 キリトがセオリー通りに、突進攻撃をする敵の動きを見極めて側面に回避。すれ違いざまにカウンターの斬撃を敵の胴体を食らわせる。

「キリト、スイッチ(攻撃を継続したまま交代するの意)!」

 そうしてカウンター攻撃を食らい、突進速度をそのままによろめく大猪。その進行先には、メイスを大きく振り被ってソードスキルを発動完了させているリズベットの姿。
 攻撃範囲に侵入。スキルを発動し、野球選手のホームランバッター顔負けのフルスイングで大猪の鼻っ面を強打。敵の巨体が宙を舞い、キリトの方へと吹き飛んでいく。
 キリトは慌てて落下地点から退避する。敵は落着と同時に消滅し、キリトはそんな様子を見届けてから安堵の溜息を吐く。

「リズ、危ないじゃないか! 下敷きになってHPが減ったら如何してくれる!?」

「最前線で戦うアンタがこんな事でHPが減る筈ないじゃない。第一、軽く減ったHPポイントなんてアンタのレベルなら自動回復で直ぐに元に戻るじゃない。細かい男は女に嫌われるわよ~」

「余計なお世話だっ」

 そう愚痴りながらも、キリトは心でリズベットの玄人ぶりに舌を巻く。今の敵は高威力な単調な攻撃方法に加え、防御力も高い。
 つまり、吹き飛ばしといった敵の硬直や吹き飛ばし攻撃への耐性が高い。それをリズは突進したままの大猪を、元来た道を戻るようにキリトの所まで吹き飛ばした。
 ダメージはキリトの初撃で大半を奪ったが、今のリズベットの攻撃は本来、敵のHPを如何ほど奪い去ったのか。下手をするとキリトの単発最高威力のソードスキルを上回る威力を秘めているかもしれない。

 勿論、単発の威力が高いメイスだからこそ単純な比較は出来ないが、彼女がそこまで戦闘スキルを保持している事も驚きだ。
 一つのスキルレベルを実用レベルまで引き上げる、またはマスターするには長い時間を根気良く使い続けなければならない。
 鍛冶スキルを上げるために工房に篭っていては戦闘スキルは決して上がらない。一体彼女は如何のようにして二律背反の戦闘スキルと職人スキルを習得するに至ったのか。

 その答えは、この先に在るのかもしれない――。

「それで、リズ。お願いしたい事というのは、この先にあるのか?」

「そ。そこにキリトが探している答えと、私のお願い事があるわ」

 あの日、武器鑑定の話はリズベットの言葉によって延期された。彼女はあの後、キリトにこう言った。

『キリト、アンタに一つお願いした事があるの。詳細はまた後で連絡する。遅くても半月以内に、必ず。
 その時にキリトが追うレッドプレイヤーの問題の答えも、きっと見つかるから』

 あの時のキリトは、その言に頷くしかなかった。リズベットがレッドプレイヤーに協力しているという衝撃の事実を前に、それ以外の選択肢はなかった。
 果たして、10日後の明け方。リズから第50層のサブダンジョンでPTを組んで最深部に向かう旨のメッセージが届く。
 リズベットと件のレッドプレイヤーとの関係。それが明確となる日が来た。第73層の迷宮区から第48層のリズの武具店へ直行。

 連絡から一刻も経たずに姿を見せる連絡相手に、リズベットは驚いて目をぱちくりとさせ、そして悲しい笑みの苦笑を返した。
 この先の待ち受ける真実を、彼女のその笑顔が物語っている。キリトは予感していた。誰もが幸せにならない結末が待っているのだと。

「リズ。このダンジョンの最深部への道のりはこっちだろ」

 広葉樹林の生い茂り、晴天が広がるダンジョンは道のりが決まっている。複雑に絡み合っているが、売られているコンプリートマップを使えば最深部までの最短ルートは把握できる。
 しかし、リズベットは途中、全くの別方向に行ってしまう。それこそ観光名所の一つとして知られる綺麗な滝が流れ落ちる滝壺のフィールドに繋がる道を歩いていく。

「キリトは知らないの? 滝の裏側に秘密の隠し洞窟があるのを」

「いや、知ってはいるけど、そこは一度限りのクエストでしか入れない洞窟だ。今はクエストクリアで落盤し、塞がれている筈だけど…」

「正解。けどね、必ずしもそのクエストだけが洞窟に入れる唯一の条件じゃないのよ」

 初耳だ。キリトはリズベットの後を追いながら驚く。リズベットはキリトを一瞥し、話を続けて良いか視線で確認した。それを、頷くことで返した。

「探してみると結構あるのよ、そういうクエスト。職人スキルが一定レベル以上に達しないと出現しないクエストや、一度誰かがクリアして人も知れずにいたフィールドが別のクエストで入れたり、とか」

「成程。条件次第で再びレアアイテム獲得が可能なのか」

「それがそうでもないのよ。試しにあるPTが二度目の挑戦をしたんだけど、居るのはモンスターとクエストクリアに必要なアイテムだけ。
 ダンジョンは踏破可能だけど、レアアイテムや隠しボスはナシ。殆どが中層プレイヤーの肝試し感覚でレアダンジョンに潜りに行くだけだから、最前線の人にとっては無縁な話よ」

「珍しいだけで、美味しい話でもない訳か…」

 リズベットが肯定の意を返す。目的の洞窟ダンジョンまで道程は順調で、途中に出現する敵は初撃必殺で通過する。
 滝壺のフィールドは話に違わず、美しい自然の様相を呈し、見る者の心を引き付ける。水飛沫の冷たさを肌に感じ、滝の裏側に通じる道を通り、裏側へと二人は向かう。
 見れば、滝の裏側に件の洞窟が在り、その入り口から先は深淵が広がっていた。落盤は、何かしらのクエストの影響で撤去されたのか。そのまま中へと進入する。

「キリト、聞きたいことがあるんだけど良い?」

 唐突の質問。リズベットの顔は変わらずに進行先を向いたままだ。未だに敵モンスターと遭遇せずに手持無沙汰なので先を促す。

「犯罪行為を行ったプレイヤーのカーソルはオレンジになる。そうなるとこの世界の活動するには色々と制約が課されるわよね?」

「――…ああ、そうだ。転移結晶が使えなくなり、階層移動はいちいち迷宮区を通らないといけない。街へ入ると鬼のように強いNPCに襲われるし、買い物をするにしても割増だ。
 はっきり言って、オレンジ色になる利点は俺にはない。そして――…」

 好んでオレンジ色になる奴等の気持ちも分からない。そう答えようとして言葉を噤む。
 お互いレッドプレイヤーの件で微妙な心持なのだ。これ以上、波風を立てる必要はない。

「…オレンジ色になったカーソルを、グリーンに戻すクエストがあるのも本当なのよね?」

 キリトが紡ごうとした言葉にリズベットはある程度察する。だから沈黙を穴を埋めるように話を促す。

「カルマ回復クエストの事だな。色々と善行を積むことをメインに、NPCの細々とした依頼を熟す時間がかかるクエストだ」

 キリトも一度、オレンジギルド討伐の際にオレンジカーソルになった。直ぐにカルマ回復クエストを受けたが、これが七面倒だった。
 子供のお使いから広大な宿屋施設の全フロアの清掃作業、果ては階層を20も跨いだ雑魚モンスターのドロップアイテムを、アイテムストレージを何度も満杯にして集めないといけないアイテム収集クエスト等々。
 それを十や二十を熟さないといけない。必要レベルは足りているが、とにかく時間を要した。あれはもう経験したくない。

「そうなんだ…――」

 キリトの顔からどんなクエストか察して言葉を噤む。その後、特に話題も湧かず、キリトはリズベットの後を追うだけの時間が過ぎていく。
 そうして辿り着いた一つの大扉の入口。此処は嘗て、このダンジョンの隠しボス部屋として存在したフィールドへの入口だ。リズベットの話が本当なら、この先には何もない部屋が広がるだけだ。

「キリトは此処で、少しだけ待ってて」

 彼女はメニュー画面を幾度か操作をし、一言だけ言い残して大扉を小さく開けて中へと入っていく。
 キリトは首肯をし、近くの壁の寄り掛かって時が来るのを待ち侘びる。答えは急いても返っては来ない。

 ――…。

 リズベットが部屋に入って暫くしても、姿を見せない。十分は過ぎているのに関わらず、まだ声がかからない。
 フレンドリストを展開し、リズベットの項目を確認するとまだ健在である事を示している。安堵の溜息を吐く。最悪の事態は起きてはいなかった。

「ん?――…これは、歌声?」

 ふと耳に届いたソレ。改めて耳を澄ましてみたが、何も聞き取れない。
 幻聴かとも思ったが、ふと傍にある大扉に目を向ける。リズベットが入る時に開けて、そのまま半開きになったままの扉が目に入る。

「真逆、中からなのか?」

 扉に手をかけ、そして踏み止まる。リズは待てと言った。今、その言を破って良いのかとキリトを躊躇させた。

「――」

 意を決して扉を開ける。中は迷宮区の階層ボスの部屋よりも少し小さい、洞窟の切り立った岩が其処ら中に見られるフィールドだ。
 周囲を見渡すが、リズベットの姿は見当たらない。歩みを進め、部屋の最深部へと進む。そして耳に届く、声。先程の歌声だ。

 それは『きらきら星』だった。小さな子供が良く耳にし、口遊む唄。その歌声は決して上手い類ではなく、拙い語り部として彼の耳に届く。
 だけれどもその声は、心安らぐものに聞こえてしまう。まるで母親に慰められるかの如く/母の腕の中で癒されるかの如く…。
 剣を鞘に納め、キリトは声の発信源へと向かう。場所は部屋の最深部の片隅、一際大きな岩場の陰。そこに彼女、リズベットは居た。

 一人の少年に膝枕で寝かし付け、髪を手で梳きながら唄を歌う一人の少女の姿を、キリトを目にする。
 まるで我が子をあやすように、リズベットは優しい眼差しで眼下の少年を慈しんでいた。

「キリト」

 彼女はその眼差しのまま、キリトへと顔を向ける。その顔には優しさの他に、一抹の悲しみを映している。

「お願い、キリト。彼を、メイソンを助けて…」

 その頬に一筋の涙が通り過ぎた。その涙を前に、キリトの胸中は強く締め付けられる思いに駆られた。
 オレンジカーソルの少年を庇護するリズベットに対して、二の句を告げられずに立ち尽くすしかなかった――…。




[35537] Trans_04
Name: レイス◆fb25e506 ID:cd665d91
Date: 2012/12/04 01:35


「あ…ありのまま今、起こったことを話すぜ!

 『俺は第50層の迷宮区攻略をいつも通りにソロで攻略すると思ってたら、あのキリトさんとパーティを組んで一緒に攻略をしていた』

 な…何を言ってるのか判らねーと思うが、俺も何をしているのか解らなかった…。頭が如何にかなりそうだった…。
 バグだとかチートだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…」

「独り言で何を呟いているんだ、メイソン?」

「いや、何。現状を端的に説明するためにテンプレをやっていただけだZE☆」

 合点が往かず、キリトは困惑の表情をする。対してメイソンはあっけらかんと何でもない意を手を振ることで返す。
 二人が居る場所は第50層の迷宮区。クォーターポイントにして100層から成る《浮遊城アインクラッド》の折り返し地点。
 基本に振り返るかの如く、この迷宮区は第1層の迷宮区と同じようなオフラインRPGのダンジョン遺跡を彷彿とさせる構造となっている。

 出現するMobモンスターも同様で、第1層のフィールドに出現する動物・植物系モンスターと類似する容姿を持つモンスターばかりだ。
 勿論、第50層の階層に見合う攻撃に防御力、思考ルーチンを有している。それでも基本を押さえていれば、決して負ける事のない難易度である。
 中層プレイヤーの中にも基本に立ち返る為にこの階層を巡る者は少なくはない。この階層がそういう場所であると、メイソンはキリトから聞いた。

(そういう豆知識は確かにアリガタイけど何故、攻略組で最前線で戦うスーパーソロプレイヤー☆キリトさんとPTを組んでいるんだろう…? リズさん。貴女は一体全体、彼に何を吹き込んだんですか)

 思い出されるのは、有無を言わせぬ迫力満点の微笑みを湛える一人の少女。それはもう、清々しく厚顔で唯我独尊かつ尊大に傲慢なオーラを発しながらこう仰られた。

『メイソン。アンタはこれからこのキリトとパーティを組んで迷宮区攻略をするのよ。あ、もう決定事項だから質問は一切必要なしね』

『え、あの、リズ…いえ、リズベットさん? 話が全く、これっぽっちも、マイクロ単位どころかピコ単位すらも話が見えないのですが…?』

『質問は要らないって言ったわよ。メイソン、アンタが言うべき言葉はただ一つ――…"はい"か"Yes"よ。"Yes, Mam"でも良いわ』

『…』

『返事は?』←女神(修羅)の微笑みを湛えている。

『イ…イエス、マム!!!』

 …――

 いや、ホント。如何してこうなった。進路先に出現する敵を蹴散らしながら、メイソンは幾度目かの愚考が頭を巡る。
 リズベットに言われるがままに、キリトが申請するPT参加要請に同意し、尻を引っ叩かれて迷宮区へ直行。そして今に至る。
 迷宮区半ばまで会話の"か"の字もなく足を進め、そこでお互いに自己紹介がまだだったのでお互いに頭を下げ合う。この間の襲撃を謝ったり、弓の事を話したり等々…。

「―…そうか。それで弓に使う剣の補充のために武具を扱うリズと交流があったのか…」

「そ。射った剣はなるべく回収しているんだけど、射る毎に剣の耐久値も目減りするから武器屋の存在は必須なのよ。
 数を揃えるにも、耐久値を回復させるにも鍛冶スキルのある職人が必要で、そんな最中に出会ったのが彼女だったという現実。
 本当ならフツーな女の子よりも、ダイナマイトボディのエロスを醸し出すセクスィーな女性の鍛冶職人と出会えれば良かったと俺は思うんだが、キリトさんはどう思う?」

「…黙秘させてもらうよ」

 然様で。と、索敵で進路先の左角より二秒後に敵モンスターが顔を出すのを確認。大きさから、小型の敏捷タイプと判断する。移動力のある敵は先手を撃つに限る。
 先手を取る為に弓に番える剣は、細剣を選択。剣を番えて弦を引き絞り、ソードスキルを発動。射る。投射された細剣は瞬時に曲り角の壁面を這うように通過し、顔を出した敵モンスターの頭部に命中。
 光を放って消滅をする。一撃で屠ったため、どの様な容姿をしたモンスターかは不明のままだが、リザルト画面の経験値から小人の容姿をするコボルトだろう。

「それで。第50層ボスはお地蔵様みたいな恰好をして、カバディをしながら飛鳥文化アタック夜露死苦!なラッシュ攻撃を仕掛けてくるのか」

「お前は何を言っているんだ?」

「俺も自分で言っていて判らなかったよ。詰まり、複数の腕から繰り出される絶え間ない連続攻撃に気を付け、隙を見つけて攻撃をすればいいのか」

 センスがぶっ飛んだ冗談は流石に通じなかったが真逆、あのテンプレがキリトの口から飛び出すとは思いもしなかった。
 それは兎も角として、フロアボスの部屋が間近に迫っている為、キリトから過去の経験からボス攻略のヒントを伝授してもらう。
 クォーターポイント毎に、第25層や第50層には特別強力なフロアボスが居るとのこと。マジか。道理で第25層では逃げ撃ちでしか勝てなかった訳だ。あれはマジ死ねる。

「…――」

「ん。キリトさんや、どげんしたの?」

「…いや、何でもない。そろそろボス部屋が見えてくる頃合いだ」

 顎に手を添え、キリトは何やら考察に没頭していた。彼は素っ気ない返事で歩みを早め、メイソンの先を行く。その顔には『解せない』と書いてあるが、さてはて?
 それから少しばかり歩くとフロアボスの部屋に通じる扉の前に到着をした。真っ直ぐにこの場所を目指したので、小一時間もかからなかった。既に攻略済み且つ、迷宮区のマップはコンプリートされて露店にてデータを購入済みだからこそ出来る芸当だ。
 そしてどの階層でも思うのだが、この扉は無駄に大きい。これはフロアボスの巨体に合わせて作られているのだろうか。他の階層のボス達が遊びに来る為か、設計者が平等精神を発揮してどんな大きな体躯のボスも通れるようにしたのか…。アインクラッド七不思議の一つになるだろうな、きっと(嘘)。

「それじゃ、ボス攻略と行きますか。キリトさんや、心の準備は出来たか? 回復ポーションの備蓄の確認は? アホ面な顔をマジ顔にする準備はOK?」

 キリトは何やら、閉じているボス部屋の扉を見上げて茫然としている。何が彼をそうさせたのか皆目見当がつかないが、彼の肩を叩いて現実に戻ってもらう。

「フロアボス撃破には攻略組のキリトさんの力が必要なんだ。頼りにしているんだから、頼むぜェ。あ、それから。ラストアタックボーナスね。止めは俺が刺すから、忘れないでくれよ?」

「あ、ああ…。任せてくれ――」

 未だに何か釈然としないのか、その返答には覇気がない。本当に大丈夫なのか此方が心配になるが、あのTUEEEキリトさんなら大丈夫だろうと気持ちを切り替える。
 此処から先は、命をチップにした本当の戦場が待っている。コンティニューなんて出来ないデスゲームの真実がこの中にある。
 開けた扉の中は暗闇。これはフロアボス戦では何時もの演出だ。そして後方に流れた扉が閉まる音。隣りから動揺する気配を感じる。最早、それに気を使う時間はない。

 フィールドに光が灯り、このフィールドの奥で佇む主の姿が目に映る。地蔵の如く直立して佇む、その姿はまるで修行僧のようだ。
 背丈は二階建ての一軒家程度だろうか。三対の腕が拝み、祈りを捧げるように手を合わして二人を迎え入れた。
 その伏せた瞳が見開かれ、声を一つ。雄叫びだ。衝撃波を伴う声に顔を顰めて受け流す。若しかすれば、今の声には麻痺効果があったかもしれない。無警戒に居たならば、先制攻撃を許しかねなかった。

 合わさった手が其々、その巨体の背の後ろに回される。そして再び掌が見えた先に見えた物、それは剣だ。両手剣/細剣/曲刀/槍/戦鎚/戦斧だ。
 瞳を輝かせたソイツのHPバーが表示される。数は三つ。それと同時に、奴の頭上にフロアボス名が表示される。《Illshambles the Bloody Bonze》――血塗れの破戒僧。
 どう見てもあれは地蔵様ではなく、阿修羅だ。メイソンは片手剣を弓に番えながらも、そう心の中で愚痴る。フロアボスが軽く前傾姿勢となったので、ボスの気勢を殺ぐ為に射る。

 剣が細剣で弾き飛ばされる。初めから命中するとは思ってはいない。だが、そのまま此方が射った剣が砕けて消滅するのは予想外だ。
 ボス戦を想定し、持てる剣の耐久値は高めの物を用意している。今の片手剣はアイテムストレージ内でも耐久値残量は上位に位置している。それが破壊された。
 つまり、敵の攻撃力が非常に高いか武具破壊の特殊効果持ちかのどちらかだ。何れかにしろ、楽に勝たせてくれる相手ではない事は確かだ。

 アイテムストレージから新しい剣を取り出そうと思ったが、途中で中断する。何故ならば、敵が直ぐ目の前に居るからだ。
 彼我の距離を瞬時に詰め寄り、両手剣による斬り下しを繰り出していた。側面に回避。だがそれを見越していたボスは曲刀による水平切りをし、それを弓の峰で受け止める。
 踏ん張りが効かない。堪えるよりも先に、体はフィールドを大きく跨ぐように吹き飛ばされた。大した馬鹿力だ。空中でアイテムストレージから曲刀を選択し、展開。新たな矢を手に取る。

 ――さあ、死闘の始まりだ。


  ◆


 キリトはこの現状/事態を只々、驚愕一色に染まるしかなかった。それでも眼前に迫る剣戟を躱し、往なすための防御は忘れない。
 此奴は第50層のフロアボスだ。以前に垣間見た強敵の容姿そのものだ。だが、第74層の最前線でレベル上げをしているキリトにとって、今やこのフロアボスの攻撃など恐れるに足りない。
 以前よりもレベルは当然として武具やスキル熟練度、それら全てが過去を遥かに上回っているのだから。それこそがレベル制MMOの醍醐味/理不尽。このSAOも例外ではない。その筈だった。

「――ッ!」

 往なした腕に衝撃が走る。敵の斬撃、両手剣を防御したことによる副次効果だ。防御を少しでもミスると、一時的な硬直時間が発生する模様。
 見れば、奴の他の腕の剣/細剣から光が漏れており、高速の斬撃がキリトに襲いかかろうとしている。認識できても、硬直で体が動かない。
 明後日の方角から飛来する剣がボスの頭部に飛来する。それをボスは細剣で迎撃、剣を破壊する。そして標的を攻撃主であるメイソンへと替え、即座に槍による突進を始めた。

(巫山戯ろよッ。細剣中位技を使った上に、スキル発動後の硬直が無いだと!?)

 剣を破壊した先程の細剣によるスキル技は、キリトの見間違いでなければ九連撃。最前線でも良く使われる技を、このフロアボスは使用した。
 それだけではない。ボスとはいえ、スキル技を発動させた後は必ず硬直時間は生じるものだ。だがそれが起らない。それだけではない。

(ボス部屋の扉が閉まった事で退却は不可能。素手で戦う筈のボスが剣を手に取り、見た事のない攻撃手段で襲ってくる――…!)

 そして何よりも…――!

「どうして此処に、"倒したフロアボス"が居るんだッ?!」

 フロアボスの亡霊が、現実に存在した。

 フロアボスは、更に上の階層へと到達するために倒さなければならないモンスターだ。倒すことで、更に上の階層のボスを倒す機会が生まれる。
 そうなれば当然、倒されたフロアボスはその役目を終え、二度とその姿を現すことはない。そして現在の最前線は第74層だ。つまり第73層までのボスは倒され、もう二度と姿を拝むことはない。
 だが此処に、第50層のボスが現実に存在し、メイソンとキリトに攻撃を仕掛けている。嘗てのボスは剣を持たず、素手によるラッシュ攻撃がメインだった。それが何故? その思いがキリトの胸中を駆け回る。

「くそったれッ!」

 毒を吐き、吶喊。敵はメイソンに近接攻撃を仕掛け、メイソンはそれは俊敏な動きで躱して反撃をしている。
 彼は敏捷値極振りにしている聞いた。それを生かし、敵の三対による連撃を回避している。否、躱しながらメニュー画面を展開して操作をしている。
 オブジェクト化した剣を時には上空へ放り投げ、或いは足元へと落とす。または手に取り、弓矢として射る。その一連の動作は淀みなく、常に流麗だった。

 その様に驚愕で呆けるよりも優先すべきことあるをキリトは自らを律し、ボスの隙だらけに見える背後に斬撃を見舞う。左右の手に剣を携える二刀流で、だ。
 既にメイソンには知られている。そして、この未知の敵と化したフロアボスに出し惜しみをする余裕もない。全力で挑まなければ、此方が殺される。
 右手の斬撃は敵の背中を深く斬り刻み、続く左手の剣戟は曲刀によって防がれた。まただ。この敵は連続攻撃を許さない。多腕である事を生かし、メイソンの攻撃を継続しながら一対の腕の反撃が来る。

 曲刀と槍による連撃。曲刀は不規則な軌道を描き、槍はリーチの長い速度を乗せた超連撃を繰り出してくる。これも一種の二刀流による攻撃だ。真逆、自身が二刀流の洗礼を受けるとは夢にも思わなかった。
 間合いが徐々に離される。リーチの長い槍の攻撃は厄介だが、タイミングを合わせれば接近は出来る。それを曲刀の不規則な斬撃によってその隙をカバーしているため、付け込めない。
 そして敵の斬撃有効範囲からキリトが離脱すると、曲刀の腕が此方を威嚇するようにゆらゆらと揺らしたまま攻撃を止め、槍の腕は再びメイソンへの猛攻に加担する。

「俺は纏わりつく蠅か蚊なのかよ…!?」

 先程から、否、常に敵の攻撃目標はメイソンひとりだ。敵の思考ルーチンがメイソンの遠距離攻撃を最優先攻撃対象に指定しているのだろう。
 弓による射撃を真面に浴びた時、敵のHPバーの一つの一割を削った。その時は槍だった。もし、それが両手剣であれば、三割を削ったかもしれない。それ程までに、弓の威力は絶大だった。
 メイソンのレベルは69。安全マージンは十二分に取れており、レベルによる筋力値補正も高いようだ。その上で、敵の攻撃有効範囲外から攻撃可能となれば、キリトとて一番の脅威を優先して倒そうと思う。

 そうと判りつつも、キリトは憤りを覚える。彼とて、最前線で攻略組として/ソロプレイヤーとして戦っているSAOプレイヤーだ。下層のモンスター相手を対等以上に戦う自負があった。
 嘗て倒したフロアボス/変容した姿で再び会い見えた時、敵はキリトを歯牙にかけない。その現実に、キリトの頭の中のスイッチが切り替わる。此処は攻略の最前線だ、と。
 敵の姿は第50層のフロアボスの様相を呈しているが、全くの別のナニカだ。良く見ろ。そして攻略の糸口/弱点を探り/確定し、攻めろ。キリトは機械的に思考を進める。

 そしてソードスキルを発動する。《ヴァンガード・ソルストライク》。左右の剣を重ね合わせ、一本の剣として大威力の一撃を繰り出す技だ。跳躍をし、上空から襲撃する。
 曲刀が防御の姿勢に入る。そんなモノは突破するだけだ。交差した両者の剣は、次の瞬間には一方が弾かれ、一方の剣は攻撃に成功する。勝者はキリトだ。
 大威力の攻撃に敵は被ダメージ硬直が発生。キリトも大技のスキル発動後により、行動は不可能。そして、その隙を奴は見逃さない。敵の頭部に/胴体に/槍を握る腕に、剣が突き立つ。

 メイソンの弓による連撃だ。予めオブジェクト化してフィールド中に転がしていた剣を使うことで、連続攻撃を可能にした。
 敵が悲鳴を上げる。敵のHPバーの一本目を削り切った。まだ二本分が残っている。キリトは硬直が解けた直後、敵の正面に回り込んだ。そして攻撃を再開する。
 敵の反撃が繰り出される。それを左右の剣で弾き、そして躱す。敵の剣は五本。メイソンの攻撃で、槍を握る腕が空手となっている。

 その腕は、嘗ての第50層のボスと同様の素手の攻撃を繰り出しているが、槍による連撃よりも対処が容易い。躱し/弾き/迫り/攻撃をする。この繰り返しだ。
 だが、このままの攻防を続けるとジリ貧なのは自明の理。次々に掠る敵の斬撃は此方の自動回復量を優に上回り、既に此方のHPバーの三割が削られている。
 此方の攻撃手段は左右の手の二つ。敵は一つがリーチの理を失いつつも、六対の六つ。リーチも敵の方が上だ。ソロで挑めば、敗北するしかないとキリトは確信する。

(真逆、中層で勝てない敵と相対するとは思いもしなかったぜ…)

 キリトは頬を小さく釣り上げて、笑みを浮かべる。敵が全ての腕による同時攻撃でをし、それを防ぐことに成功したものの、防御をしたことによる硬直をしてしまう。
 敵は全ての手を振り上げ、その全てのソードスキル発動を光を灯している。あれを全て受け止める事は不可能だ。そしてあれをこの身が受ければ、死ぬ。
 それ故の笑み。そして、この先の展開を見越しての笑み。キリトもソードスキルを発動体勢に入る。だが、それでは遅い。迎撃にはならないとキリトも理解している。

 神速の閃光がフロアボスの胸中を貫く。敵のソードスキルはその衝撃で霧散。膝を着き、その巨体が初めて麻痺に似たダウン状態となった。
 敵に突き立つ剣は細剣。透き通る琥珀色をした剣が敵に持続ダメージを与え続けている。それを目にしたキリトは思考するよりも早く、二刀流スキル技《スターバースト・ストリーム》を発動する。
 合計十六連撃の斬撃が無防備を呈する敵の身体に繰り出される。後方からも、敵の腕や頭へと次々と剣が飛来し、突き刺さる。

 メイソンの一射が改めて敵の腕/鉾を持つ手を射抜き、敵が鉾を取り零した時に其れは起こった。それは丁度、敵の全ての腕から剣が消え失せた時の事だ。
 その瞬間、先程までダウンしていた敵の瞳に光が宿り、このフィールド全体に轟く咆哮を上げた。キリトは攻撃を中断して距離を置く。そして敵の様子を観察する。
 見遣れば、敵のHPバーが残り一本を切っていた。HP残量による攻撃パターンの変化か。それとも剣を全て失った時に起こる変化か。どちらしろ、敵は動く。

 再び起き上がり、そして全ての腕を大きく広げる。そして、その体に光が灯る。その様はまるで幽鬼のようだ。
 敵の攻撃が来る。確信はない。だが、敵の攻撃方法は判った。キリトは身構える。そしてメイソンが攻勢を仕掛ける。メイソンは知らない。嘗ての第50層のボスの攻撃を。
 敵は跳躍でその一射を躱した。天上間際まで飛翔した巨体は真っ直ぐメイソンが居る場所へと降下。メイソンは位置を変え、着地地点に偏差射撃。命中。敵は追撃を行う。

 防御をかなぐり捨て、被ダメージ硬直を無視した特攻。第50層のボスが、HPをレッドゾーンにした際に行った攻撃パターンだ。
 その猛攻は、今は時のギルドであるKoB《血盟騎士団》団長であるヒースクリフのユニークスキルがなければ大敗していただろう。
 それが今、更なる敏捷と攻撃力を兼ね備えてメイソンとキリトの目の前に再び姿を現した。目に付いたプレイヤーを片っ端から攻撃を行い、此方の攻撃の一切を防御しない。その隙を突く。

 キリトの斬撃が敵を斬り裂く。敵が此方を見る。同時に三対の腕が一斉に攻撃を仕掛ける。

「さあ、終わりにしよう――!!」


  ◆


 拳の一撃を往なす。そして次の拳を体を捻り、直撃を躱す。秒間六発を優に超す拳が幾度となく迫る。
 その全てを対処するには手が足りない。故にキリトは、防御し切れない攻撃を受ける前に態と拳を受け止め、防御姿勢のまま吹き飛ばされる。
 そしてメイソンが攻撃を仕掛け、態と敵の攻撃目標となる。そしてキリトはその隙に回復を行い、再び攻勢を仕掛ける。

 ダメージを与えるプレイヤーをターゲットにする、敵の思考ルーチンを逆手に取った戦術だ。
 嵌め技と化した攻略法を得て、敵のHPを確実に削り続ける。これを幾度となく繰り返すことで、敵のHPを撃破目前のレッドゾーンへと陥れていく。
 撃破する為に時間を要する攻撃ではあるが、確実性があった。故にこれを繰り返すこと――…最早、忘れた。

(何時になったら、此奴のHPは底を見せるんだ?!)

 キリトは苛立ちを募らせていた。何故ならば、フロアボスのHPが減らないのだ。敵は、HPがレッドゾーンに至ると同時に攻撃を中断し、瞑想を行う。そして再びHPパー半分まで回復をする。
 これを幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も!
 キリトとメイソンは、敵のHPバーの四割を削ることは出来る。だがその先が続かない。全てを削り切る前に、回復を許してしまう。打開策が見付からず、只々唯々終わりの見えない攻撃/死闘を繰り広げる。

 キリトは、手にする剣《エリュシデータ》と《ダークリパルサー》の耐久値が気になっている。幾合もの攻勢と防御によって耐久値は大きく減少しているからだ。
 耐久値が底を着けば剣は壊れてしまう。他の剣に交換するにも、奴に確実なダメージを与える剣はこの左右の片手剣に匹敵する剣を彼は持っていない。
 どちらかの剣が破壊されれば、その時点で此方の優位性は確実に崩壊する。後の一割の削る戦術が見つかっても、それを実行できる攻撃力を喪失していては意味がない。

(転移結晶での撤退も視野に――…駄目だ。扉が閉じている以上、使えない可能性が高い!)

 嘗てキリトが所属するギルドが全滅した、あの忌まわしいトラップ部屋。出入り口は閉じ、転移結晶を無効にしたフィールドの悪夢がフラッシュバックする。
 もし使用可能でも、あの攻撃の前で転移結晶は使えない。若しかすれば、転移結晶に反応をして結晶を使うプレイヤーに特殊な攻撃を仕掛ける可能性は否定できない。それこそ命取りになる。

「ナニか、何か無いのか…!」

 周囲を見渡す。視界に映るのはボスのフィールド。戦闘を繰り広げるフロアボスとメイソン。メイソンは一貫して敵の攻撃の合間を縫って剣のオブジェクト化と射撃を行っている。
 メイソンが有する剣の多さには驚きを覚える。あの中にはSAOプレイヤーから殺して奪った剣もあるだろう。それでも、リズベットの協力が一番の要因だろう。
 射られる剣はピンキリだ。美しい剣があれば、粗製の剣がある。ボロボロの剣や質実剛健な剣も見られた。リズベットから与される剣は、失敗作から成功作まで性能や種類も問わないようだ。

 そして奴の戦い方にも目を見張る。高い敏捷値を生かして敵の連撃を確実に回避し、場合によっては弓で往なしてもいる。
 キリトのようにステ振りで筋力値を主体にしているプレイヤーなら可能な受け止められる攻撃を、足で回避し続けていた。
 常に敵の攻撃の先を読み、時には瞬間的な反応速度が必要になる回避運動を行っている。それをボス攻略開始当初から何一つ衰える事なく、躱し続ける。

 延々と続く戦闘に疲労を覚えるキリトは、攻撃を躱すよりも攻撃を受け止める回数の方が多くなってきた。攻撃も粗くなっている。
 この状態で若しも、敵の手に再び剣が戻れば勝てないだろうと、消耗している精神状態であっても理解していた。

 だがメイソンの瞳は/敵を見据え続ける眼光は敵を射抜き続けている。それが彼の才能か、それとも何か彼をそのように駆り立てる何かが存在するのだろうか。
 彼がレッドプレイヤーとして戦い、リズベットがそんな彼を助けて欲しいと懇願する何かが、其処にはあるのだろうか…?

(――アレだ!)

 キリトは駆ける。敵を打倒する手段はこれしかない。もしそうであれば、一つの仮説が成り立つ。それは倫理的で、そしてメイソンには残酷な現実となる。
 キリトはその剣を手に取る。武器スキルを会得していない為か、武器としての認識しない。単に重量のあるオブジェクトとしてキリトの手に圧し掛かる。
 急がなければならない。メイソンの回避能力は高いが、完全に躱しているわけではない。視界の左上方に表示されるPTメンバーのHP情報は、メイソンのHPが半分であることを示している。

 残り数分でメイソンのHPは完全に削り取られる。そうなる前に、必勝の可能性をお膳立てし、現実のものにしなければならない。
 鉾を運ぶ。槍を抱える。細剣と曲刀を持つ。戦鎚を/戦斧を引き摺る。両手剣を背負って駆ける。そして――、

「メイソンっ!!!」

 咆哮を伴い、キリトは敵に吶喊する。十六連撃のスキル技を伴い、敵の矛先を自分に向けるように仕向ける。

「集めた剣を――撃てッ!」

 メイソンが見る。それを視界に収め、認識/理解する。そしてキリトの意図を察し、離脱する。それを確認する暇もなく、キリトは連撃を敵に叩き込み続ける。
 敵の拳が迫る。上体を伏せて躱し、続く拳は剣戟と合わせて往なす/攻撃する。三の拳は脇腹を捉え、吹き飛ばされる。しかし、スキル発動補正で大きく吹き飛ばされる事はなく、連撃を継続。
 攻撃に次ぐ攻撃。キリトとフロアボスの攻撃の連鎖を幾合となく交わす。だがしかし、回数制限のない敵とは異なり、キリトは16が限界だった。

「――――ッッッ!!」

 最後の一撃が敵の懐深く抉る。そして見れば、敵のHPバーは残り二割弱となっている。レッドゾーンぎりぎりだ。その結果にキリトは、笑みを浮かべる。
 敵の拳がキリトを大地へと叩き付ける。息が詰まる。それでも顔を上げてみれば、敵の拳にソードスキル発動の光が灯っている。
 その拳が一度振り下ろされれば、キリトのHPが尽きるまで殴り続けるのだろう。そうであると、不思議と確信が持てた。だがそれと同時にもう一つ、確信がある。

「俺達の、勝ちだ!」

 拳は振り下ろされず、敵は大きく吹き飛ぶ。その巨体が落着し、フィールド端まで滑る。その末に苦悶の悲鳴を盛大に上げている。
 もう一方を見れば、メイソンが射った態勢で立っていた。何てことはない。メイソンが剣を射ったのだ。戦鎚を/このフロアボスが使っていた巨大な戦鎚を。
 再び敵を見れば、HPがレッドゾーンに突入している。メイソンは二射目に細剣を選択。重々しく雄大に、身の丈を超える細剣を弓に番える。そしてスキルを発動する。

 敵が起き上がり、攻撃主のメイソンを睨ね付ける。細々と細剣に光が粛々と宿り続け、そして光が細剣の全てをを包み込んだ瞬間、投射。キリトがその軌跡を認識/反応するよりも早く、光が敵の胸部を射抜く。
 悲鳴が上がる。敵は瞑想/回復に走らない。キリトの読みは当たった。敵の剣を使用し、短時間で大ダメージを与える事が攻略の鍵だったのだ。
 メイソンは足元に転がる、残り四つの敵の剣から戦斧を選択、ソードスキルを発動、投射。続いて両手剣を、鉾を射る。敵のHPは、残り数ドットだ。敵を倒せる。キリトがそう確信した時――、

『―――!!』

 今までとは異なり、声なき咆哮がフィールド全体に轟く。その声にキリトの身体が動かなくなる。麻痺だ。敵の最後の悪足掻きに、キリトは舌を打つ。
 見れば、メイソンは弓に槍を番えた体勢のままに片膝を着いている。彼も麻痺になっていた。あと少しという所で必勝の策が無効化されたその渦中で、敵が行動を再開する。
 その移動速度は歩く程度のものだ。足運びはぎこちない。弱点を突いたことによるダメージエフェクトなのかもしれない。だから、突き立つ剣による持続ダメージも発生していない。

(――メイソン、撃て…!)

 キリトは声にしようとし、掠れ声のみでメイソンへは届かない。敵はキリトに見向きをせず、真っ直ぐメイソンへと向かう。
 メイソンは終に槍を取り零す。体は傾き、そのまま地面に倒れ伏す。彼は回復を行っておらず、HPはレッドゾーンのままだ。これは不味い。拳の打撃数回でやられてしまう。
 動きが鈍いままの右手を振る。だがメニュー画面は開かない。腰のポーチに解毒薬を入れていなかった事に悔む。そして遅々としながらも、匍匐擬きでメイソンの許へと向かう。

 そんな無駄な行為をしている合間に、敵はメイソンを攻撃範囲に収める。そして雄叫びを幾度も上げる。まるで勝利を謳うかの如く/怨敵を討つ悦びを世界に知らしめるかの如く。
 メイソンは突っ伏した体勢であり、表情は窺えない。だが、空いた右手が起き上がろうと懸命に地面を押している。麻痺が、そんな思いを嘲笑う。
 敵の三対の掌が一つに重なる。一つの拳となった手に目映い光が集束していく。初めてみる攻撃だが、その拳が振り下ろされるのであれば、メイソンの命は確実に奪われる運命にある事は判る。

「メイソン!」

 掠れながらも、芯の通った声を張り上げる。同時に、メイソンは吼える。自らを束縛する状態異常の効果に抗する為に。だが動けない/動かない。

 阿修羅/死神の拳/鎌が、振り下ろされる。

 ソードスキルの光が、フィールドの大地へと落ちる/墜ちる。

 …

 ……

 ――…、

 フロアボスの頭を、槍が貫いた。

(――…何?)

 敵の巨体が崩れ落ち、そして転倒と同時にその身体は光となって霧散する。無数の光が周囲を目映く照らしている。そして虚空に浮かぶ『Passed the Next Floor』の綴り。
 そしてキリトの眼前に表示されるリザルト画面を見止めた事で、敵モンスターを撃破した事を理解する。次瞬、キリトは脱力する。そして、そのまま地面に仰向けとなった。
 高い天井が、遥か遠くに感じる。疲労感が一気に押し寄せ、身体はピクリとも動かない。理解の範疇を超えた結末に、キリトは一人茫然とするしかなかった。

 そういえば、とキリトは頭だけは如何にか動かし、目的の人物を探す。そして見つけた先にはメイソンの姿が。仰向けに大地に倒れ、左手からは何かが四散した光が灯っていた。弓だろう。
 彼の左手から先程まで使っていた弓が見当たらない。成程。理屈は解らないが、あの状況下で辛うじて槍を放ち、敵の拳を弓で弾いたのだろう。流石にノーダメージには出来なかったようだが。
 メイソンのHPは辛うじて残ったのは奇蹟的である。弓の耐久値に防御のタイミング、そしてメイソンのHP残量の何れかでも不足をしていたら、彼は生き残れなかった。その結果、彼は生き延びた。

 その強運に驚くと同時に呆れも覚える。何もかもが如何でも良くなり、もうこのまま寝てしまおうという結論に至る。
 此処はボス専用のフィールドのであるため、Mobモンスターは出現しない安全圏だ。
 流石に剣の耐久値がとても危ない領域にあるため、朦朧とする意識の中で用心して剣をアイテムストレージに放り込む。そして大の字になって、完全に地べたに寝転がる。

(――ああ、眠いなぁ…)

 弓やPK、今回のボス等々、メイソンとリズベットに聞きたい事は沢山あるが、疲れた頭は睡眠を最優先事項として処理を進める。
 キリトの瞼は上と下が完全にくっ付き、全身の筋肉は脱力し、呼吸は穏やかな寝息へと変化する。

 とどのつまり、寝たのである―。



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