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[35167] 【ネタ短編】ヴィータちゃんとお風呂に入りたい【魔法少女リリカルなのは】完結
Name: イケメンになりたい◆f487c2b0 ID:0195bbac
Date: 2012/09/30 12:54

 ――壊す。
 それが多分己の本質であると、ヴィータは思っていた。
 己の敵を。主に害を為す魑魅魍魎を。――たった一つの幸せも。
 叩いて撃ち抜いて貫いて砕いて壊す。
 それが自分。
 壊すしか能がない、哀れな人形。

 だがそれは、かつての話。
 心優しき主を得て。
 戦闘とは無縁の日常を過ごし。
 頼れる仲間と共に深き闇を退け。
 司法機関に勤め、正義の為に槌を振るう今は。
 そんな自分から脱却出来たと、思っていた。
 大切な主を。信頼する仲間を。愛すべき日常を。

 ――守る。

 それが今の自分の役割。
 『守護騎士』の名に相応しい、自分の真の役割。
 そう思っていた。

 『思っていた』のだ。



 結局の所、それはただの妄想でしかなかったのだ。
 本質は、変わらない。変えられない。
 絶対に屈さない心を持った親友の様に。
 己の騎士道を曲げない仲間の様に。
 自分もまた、変わらない。
 ああ、そうだ、そうなのだ。
 廻り回るこの世界で。救いはない。情けはない。
 幸せとは一体何だったのだろうか?
 


「終わりにしよう、ヴィータちゃん。僕、もう疲れたんだ。気持ちを抑えつけるのに、さ」


 雨が、降っていた。
 目の前の男は、雨に濡れながらジャケットの懐に手を入れていた。
 男は笑っていた。いつもの様に、ヘラヘラと笑っていた。
 そのいつもの笑みが、どうしようもなくヴィータを哀しくさせた。
 もう、手遅れなのだろう。もう、どうしようもないのだろう。
 雨に濡れて、顔を濡らして、ヴィータは判別出来なかったが、もしかしたらそこには雨以外の雫があるのかも知れない。
 ――今の自分の様に。


「ははは……」


 ヴィータも笑った。
 目の前の男に倣う様に。
 どうしようもなく、芯から壊れた様に、ただただ笑った。
 降り注ぐ雨が、彼女の体を冷たく濡らす。
 だけどその冷たさも、何もかも、気にはならなかった。
 


「いいよ」


 ヴィータは言った。
 両の手を大きく広げた。
 目の前の壊れた男の全て受け止める様に。
 自分が壊してしまった男を、受け止める為に。


 志は、半ばだった。
 まだまだ自分にはやるべきことが残っているのも理解していた。
 自分が無抵抗で居ることによって、誰も救われないことも知っていた。悲しむ人が。涙を流す人が居ることも分かっていた。
 だけど。



「あたしが、全部受け入れてやるよ」


 ――もう、何でもいいや。
 そんな、『騎士』にあるまじき捨て鉢な思考。
 終わりにしたかった。終わらせて貰いたかった。壊してほしかった。

「……ありがとう」

 男はヘラヘラ笑いながら、礼を一つ。
 その様子を見て、ヴィータは可笑しくなった。
 この状況で、この台詞。
 礼を言う義理なんて、どこにもないのに。



 ヴィータは思う。否、願う。
 もしかして、もしかしたら、もしかしたらだけど。
 その男の礼を言った理由は
 かつての二人の関係が。共に過ごした時間が。
 虚なものでなく、きちんとした実を持っていて。
 男と笑いあったあの日々だって、決して嘘じゃなくて。
 あの時の笑顔は、『今』の状況とはまるで何も関係していなくて。本心からの彼の笑顔で。
 彼も、きっと楽しくその日々を過ごしていて――
 そのことに対して、礼を言って――

(そうだったら、いいな)

 ミットチルダの首都、クラナガンには雨が降っていた。
 ヴィータは男が懐から手を引き抜く今際の際、そういえば、あの時も雨が降っていたな、とぼんやり思い出していた。









「ヴィータちゃんって呼んでいい?」

 突如、対面の男がそう言い放ち、ヴィータは食事の手を止めた。
 ヴィータは普段から余り良くないと言われている眼つきを更にキツクし、戯けたことを抜かした男を睨んだ。

「駄目だ」
「あ、ヴィータちゃん僕のケーキ食べていいよ」
「聞けよ」
「僕、甘いもの苦手なんだよね」
「聞いてねぇよ」
「ヴィータちゃんは甘いもの、好き?」


 あ、これは駄目だ。
 ヴィータはただただそう思った。
 聞いてないのでなく、聞く気がない。
 この強引さを通り越しての不条理さは、ヴィータの親友を連想させた。

(いや、あいつはここまでじゃないか……)

「クラナガンの外れの方なんだけどね、そこで評判のキャフェがあってね、モンブランが美味しいらしいよ」

 甘いものが苦手と言うのに妙に語る目の前の男を睨みながら、ヴィータは認識を改めた。
 何せ、この男は先ほど任務でたまたま一緒になっただけであり、そして任務が終わり、さぁ帰るか、とヴィータが踵を返した瞬間、半ば無理やり食堂に連れられたのだから。
 要は初対面なのだ。向こうはどうか知らないが、ヴィータは男のことなんて何も知らない。見たことも、聞いたこともなかった。
 誘われた際、一応は断ったのだが、件の男はヘラヘラした笑みを浮かべながら「まぁまぁ」を連呼。結局、それにヴィータが折れる形で、こうして食事に同伴している訳だ。

「……ちっ」

 小さく舌打ちを一つ。
 だけれども目の前の男はそれに気づかないのか、それとも気づいていながらなのか、ともかくヘラヘラしながらケーキがどうのと語っていた。

(面倒くさいな)

 食事自体はもう終わった。
 初対面ながらも、一応は肩を並べて任務をこなしたのだ。一度の誘いを受ける義理ぐらいはヴィータも感じていた。
 だが、それも終わりだ。
 これ以上、付き合う気はなかった。

「……じゃあな」

 がた、と椅子を引き、ヴィータは立ち上がった。
 会話の途中(と言っても男が一方的に喋っていただけだが)に突如切り上げたヴィータに、しかし男は気を悪くした様子は見せず、ただヘラヘラと笑っている。
 男に一瞥すらせず、ヴィータは食堂から立ち去ろうとした。

「あ、お疲れ様! 今度、一緒にキャフェ行こうね!」
「ヤだよ」
「何で!?」

 特に理由なぞなかった。
 評判のカフェも気にはなるし、ケーキも甘いものも好きだった。少なくとも、男の誘いには非がなかった。
 あるとしたら、自分の心構えの問題だ。
 だが、それをわざわざ男に言うのも嫌だった。
 だから、ヴィータは適当な理由をでっち上げることにした。


「カフェの発音がムカつく」


 一言で切り捨てて、ヴィータは後ろを振り向かず、足早に去って行った。
 外は、雨がシトシトと降っていた。


 



 

 次にその男に会ったのは、やっぱり任務の折だった。


「ねぇねぇヴィータちゃん、僕と一緒にキィャフェィ行こうよー」
「……悪化してねぇか?」
「何が?」
「……何でもない」

 前と同じシチュエーションだ。
 任務での同席。その終了後。食事の誘い。そしてゴリ押し。
 違うと言うのならば、外の天気が晴れていることと、カフェの発音の悪化。
 それと。



「……なぁ」
「ん? どったの?」
「……お前、アタシが『どう言うモノ』か知ってんだろ?」

 ヴィータの心情が違っていた。
 最早面倒だったのだ。『茶番』に付き合うのが。
 あの時より、ヴィータの心は荒んでいた。
 


 ヴィータは所謂プログラム体と呼ばれる存在だ。
 ロストロギア、夜天の魔導書、その守護プログラム。
 紅の鉄騎、鉄槌の騎士。
 それが、ヴィータと言う存在だった。

 夜天の魔導書。
 しかし、巷で通りが良い名前は、むしろその前身、狂った悪意、『闇の書』の方であろう。
 ――闇の書の全666ページを、魔導師の「リンカーコア」と魔力資質で埋め、闇の書を完成させる。
 それが彼女のかつての任務。
 今の彼女の主に行き着くまで、書を完成させて転生を繰り返すたび、彼女たちはただ破壊を繰り返していた。
 感情はない。
 躊躇いはない。
 情けもなければ、それが嫌だとも思わなかった。
 彼女は人ではない。プログラムなのだから。
 
 だけど、それはかつての話。
 今は違う。違うのだ。
 心優しい今の主。狂わせていた闇の書のバグを消去。
 贖罪を兼ねての司法機関への従事。
 『家族』達と過ごす愛しい日常。
 そして、育った豊かな感性。



 今の彼女は、かつてとは違う。
 






 だけど、かつての罪が消えた訳ではない。





 ヴィータは自嘲的な笑みを浮かべた。


「アタシと一緒に居ても、碌なことにならねぇよ。お前も、アタシもさ」


 闇の書の被害は、多岐に渡っていた。
 それが過去のものであったとしても、今の彼女に罪はないとしても。
 それでも、過去の爪痕は確かにあるのだ。
 勿論、表向きには彼女たちには何もない。
 今の主を救うために魔力を蒐集する行為をしたのだが、それだけだ。
 被害は出てはいるが、死者は居ない。情状酌量の余地もある。
 そしてその罪に対する罰は、管理局での奉仕活動だ。それも、立派にこなしている。
 

 だけど、消えない。かつての罪はそこにある。
 被害者だっている。殺された者も居る。その家族だって居るのだ。 
 その罪に対しての罰は、宙ぶらりんだ。

 無論、全部が全部、四六時中、そのことに対する非難を受けている訳ではない。
 だが、偶にあるのだ。
 ふとした瞬間に、局員とすれ違う時だとか、任務で一緒になった者と目が合った時だとか、そんな時に。


 強烈な憎しみを向けられる時が。


 それを受けるのに、ヴィータは疲れてしまったのだ。
 大好きな主にも、仲間にも、親友にも、打ち明けはしなかった。素振りすら見せなかった。
 彼らに無用の心配を掛けさせてしまうから。
 ただただ、その小さな体に、悪意を、敵意を、受け止め続けていた。
 だから、ヴィータは関係性が薄い相手と必要以上の接触をしたがらなかった。
 仮にその相手が自分に対して好意的であったとしても、だ。
 下手をすれば、自分と仲が良いという理由だけで、周囲に敵意と言う牙を向けられてしまう可能性があったから。

 それを踏まえての、ヴィータの言葉。
 男は、それに対して、



「僕はコーヒーはブラック派なんだけど、ヴィータちゃんは? 砂糖はいくつ入れる? ミルクは?」



 とヘラヘラと笑っていた。
 ご丁寧に二つのコーヒーカップを持って、だ。
 

「おい……!」
「知ってるよ」

 そのあまりにも人を食った様子に、ヴィータは怒気を込めて声を掛けた。
 それに対し、男はコーヒーカップを持ったまま、ヘラヘラ笑いを浮かべて、ゆっくりと言う。

「ヴィータちゃんが人間じゃないことも知っているし、昔どんなことしてたかも、まぁ知っている。ついでに言えば、周りの局員からどう思われているかも、知っている」
「……だったら」
「でもそれが、ヴィータちゃんとキィャフェィに行かない理由にはならないよ。少なくとも僕にはね」
「……」
「周りは周り。自分は自分。負い目を感じるのは自由だけど、遠慮する必要はないんじゃないの」


 男はそう言って、ヴィータの目の前にコーヒーを置いて、自分の分のカップに口を付けた。


「ごぼっ」

 直後、咽た。


「ま、まっず! このコーヒーまっず! なにこれ! 逆にすげぇ! なんだこの不味さ!?」

 ゲホゲホ、と一人で盛りあがっている男を尻目に、ヴィータは恐る恐る目の前のコーヒーを口に入れた。


「げほっ」

 直後、咽た。


「……まっず」

 想像を絶する不味さだった。
 苦味だとか、コーヒーの風味だとか、そんなの置いてきぼりにした、驚異的な不味さだった。

「ね、不味いでしょ!? なんだよこれどうしたらこんなの淹れられるんだよ……」
「ああ、ふ、っふふ、ホント、不味いなこれ……あははははは」

 ヴィータは笑った。
 親しい者の前以外では初めて、声を出して笑った。
 それは、コーヒーの文句を垂れ流す男に対して可笑しさを感じたのかも知れなかったし、単にコーヒーの不味さがツボに嵌ったのかも知れなかった。
 それとも、他に何か理由があったかも知れないが、ヴィータは深く考えなかった。

 何か、馬鹿らしくなってしまったのだ。
 考える、と言うことに対して。
 考えて考えて、それでも敵意は消えない。憎しみはそこにある。背中には罪だ。
 疲れてしまっても、泣き言は言えない。
 考えるのを止めたとしても、結局は何もかも解決しない、あまりにもお粗末な行為だが、それでも。


「あっははははは! 不味いな、これ!」


 今はただ、溢れる悪意や憎しみだとかを無視して、無邪気に笑いたかった。
 そう言う気分だった。

「ねぇねぇヴィータちゃん、口直しにキィャフェィ行こうよ。コーヒーも美味いらしいよ」

 不味いコーヒーをダシにして、懲りずに誘う男。
 ヴィータは悪戯気にニヤと笑った。

「奢りだぞ?」
「上等。目の色が黒くなるまでコーヒー奢ってあげるよ」
「不味かったらぶっ飛ばす」
「それも上等。不味かったら、アイゼンの頑固な錆にしていいよ」
「何で知ってんだ、それ」
「そりゃあ、僕は」


 そこで男は浮かべていた笑みを一層濃いものにした。
 それは、ヘラヘラしたものではなく、どこまでも純粋で、どこまでも無邪気な笑みだった。


「ヴィータちゃんのファンだから、ね」





――――――――――――――――――

 全三話ぐらい予定。



[35167] その2
Name: イケメンになりたい◆f487c2b0 ID:8b3a81c6
Date: 2012/09/21 21:31


 魔導師ランク陸戦B。
 それが、男の実力だった。
 決して弱いとは言えないが、それでも強いとは言えない。
 使っているデバイスも、管理局から支給されたごく普通のストレージ。
 使用魔法も、戦法も、特に筆すべきところがない。術式もポピュラーなミッドチルダ式。
 よく言えば万能、悪く言えば器用貧乏のオールラウンダー。
 だが一つだけ、おかしなと言うべきか、彼唯一の特徴があった。

 それは、ジャケットの懐から待機状態のデバイスを取り出し、そのまま抜打ちで魔法の弾丸を撃つ、と言うものだった。

 それほど高頻度と言う訳ではなかったが、ヴィータは男と任務に当たることがあった。
 それ以外でも、コーヒーの一件以来、例えば局内などで男と会った時は挨拶を交わすし、暇があるならば話し込んだり、なんだったら食事に出かける時だってある。
 なぜ自分に付きまとうのか、とヴィータが聞いた時、『ヴィータちゃんは可愛いから。可愛い子はキュァァゥフェェィに誘う主義なんだ、僕』と彼らしい軽薄な答えが返ってきた。それに対し、馬鹿言うな、と男を小突いたヴィータではあったが、悪い気はしなかった。その時は。

 すっかりその男と顔馴染みになったヴィータは、やはり任務の際に一緒になった時は男に目が行くのだ。
 そこで気付く。男の初撃は大体はその抜打ちを使う、と言うことに。
 バリアジャケットは勿論展開している。しかし、デバイスは懐に入れっぱなしで、魔法を使うまで展開しない。他の者――ヴィータでさえも、デバイスを展開しているのに、だ。
 抜打ちを否定する気はヴィータにはなかったが、純粋に疑問でもあった。
 彼の抜打ちの技術はそれなりの錬度であり、魔法使用が遅れる弊害も特にはない。
 待機状態ではあるが、それでもデバイスを介した魔法だ。使わないよりは、威力は高い。
 が、非効率的でもある。咄嗟の場合でもなく、相手を油断させるわけでもないのに、彼は最初の魔法を使うまでデバイスを展開しない。
 その理由を、ヴィータは尋ねた事がある。
 すると、彼は。


「……いつか、使うときの為に鍛えていたからね。癖になっちゃったんだ」

 と言った。
 何に使うのか、とヴィータは質問を重ねた。
 男は一瞬だけ、ヘラヘラ笑いを引っ込めた。
 全くの無表情で、無感情。がらんどうの瞳は、ただ目の前のヴィータを見つめていた。

 
「どんな状況にあっても、どこで出会ったとしても、相手を一瞬で打ち抜く為にだよ」


 ぞっとする程冷たい声、ではなかった。
 だけど、そこには何もなかった。何の色もなかった。ただの言葉を羅列しただけの無味乾燥なものだった。
 しかし、直後、ごくごく自然に、彼は話題を変えた。顔にはいつものヘラヘラ笑い。
 自分のデバイスはどうだの、あの人のはどうだの、比較的無理のない話題展開ではあったが、明らかに先の話題に触れて欲しくないのは明白だった。

 ヴィータは深く追求はしなかった。

 人には様々な事情がある。目的や、理由がある。それを十把一絡で済ませることは出来ない。
 だから、ヴィータは何も聞かなかった。
 と言うか、男は自分のことは話さない。
 ヘラヘラ、そしてベラベラとお喋りなのに、ことプライベートな話になると、適当にはぐらかして、気がついたら話題が変わっている。
 ヴィータは、男の家族構成すら知らない。ヴィータが知っていることと言えば、魔導師ランクや所属部隊、年齢などのパブリックなものだけ。
 彼女は何も聞かなかった。踏み入られたくない領域には、踏み入らない。彼女はただ男の質問や話題に答えて応えるだけだった。

 だが。

 それは果たして男を想ってのことだったのだろうが。
 いや、違う。
 多分、ヴィータはぼんやりと、予感だけはしていたのだ。
 だけど、見て見ぬ振りをしていた。
 この温い関係を壊したくなかったから。
 適当に話して、適当に笑って、適当にケーキとコーヒーを奢って貰って、また不味いコーヒーを敢えて飲んで、馬鹿笑い。
 そんな、関係。

 でもそれは、結局は逃げでしかなかった。


 抜打ちを使う相手。その目的。
 男が自分のことを話さない理由。
 自分に接触した理由。本当の、理由。
 がらんどうの瞳。
 空っぽの瞳。
 あの瞳を、ヴィータは知っている。見たことがある。

 あれは、何かもが壊れてしまった者の瞳だ。……かつて、自分が壊してしまった者の瞳と一緒だった。

 気付いていたが、気付かない振りだけはしていた。
 だから、これはそのツケなのだ。

 ヴィータは、彼愛用の待機状態のデバイスがジャケットからギラリと凶悪な輝きを放っているのを見て、刹那、走馬灯の様にそれを思い出した。


(何時も通り、いい抜打ちだ)


 瞬時の思考の海を辿り、ヴィータは笑みを濃くした。
 それは、聖母の様な慈悲深い笑みであり、自分の罪の清算に喜ぶ囚人の笑みでもあった。












 ヴィータと男は良く話す。
 別段、二人は気が合う訳ではなかった。
 食事の好みも違うし、趣味や嗜好に共通点がない。
 だが、それでも二人の会話は弾んだ。男がベラベラお喋りだったと言うのも理由の一つだが、それ以上に、ヴィータもそれに付き合っているのも外せない理由であろう。

 恐らくその理由は、彼女がそれを求めていたから。
 他愛もない話題を話す、ただの顔見知りの存在を、彼女が欲していたから。

 仲間と言う程、彼を信頼していない。
 親友と言う程、彼を知らない。
 家族と言う程、彼を想っていない。

 でも、そんな存在が、そんな人物が、周りに居てもいいだろう?

 結局、プログラム体でしかないヴィータであったが、そのメンタリビティは普通の人間と何一つ変わらなかったのだ。
 「遠慮が要らない関係」、そんな、『見えない敵意を受ける日々』の、逃げ道を作りたかった。
 家族じゃない、仲間じゃない、親友じゃない、だけど、話して気が置けない仲で。
 説明しづらいその関係は、だけどそれなりに居心地がよく、また、それなりに楽しくもあった。
 だからこそ、ヴィータは考えなかったのだ。男と彼女が、どう言う未来を迎えるか。考えないように、していたのに。





 

「あ、ああああああああああああああああああああ!」


 見た事の無い表情。
 聞いたことの無い声。
 いつも見ていた、無駄の無い抜き打ち。

 裂帛の咆哮は、勢いを増す雨に負けじとその場に響く。
 顔には最早笑いなんて欠片も無くて。
 ただただ強い気迫が。
 何が何でも為し遂げる、怨念染みた意思だけが、ヴィータに痛いほど、伝わって来た。

 
(染みた、じゃあ、ないな。そのもの、か)


 ヴィータは、男のヘラヘラ笑いが、嫌いではなかった。
 見る人が見れば、その人を小馬鹿にした笑みは、確かに不快感を与えてしまうものだろう。
 だけど、それでも。
 あのヘラヘラ笑いが。
 自分に向ける、気の抜けた笑いが。
 何の悪意もない、肩の力が抜けた笑みが。その笑みを見ると。ヴィータは。



(っはは……)




 男の凶悪な、鬼気迫る表情と共に、カード状のデバイスが引き抜かれた。
 鉛色の光弾が、先端に灯る。
 刹那の瞬間、ヴィータは笑い方を変えた。
 本人も理由は分からなかったが、ヘラヘラと笑った。



 






 
 ヴィータと男が会う頻度は、実はそれほど高い訳ではなかった。
 男がヴィータを誘う時は局で会った時か、任務で一緒になった時だけ。
 例えば通信などで連絡を取り合ったりはしないし、休日に二人で出かける、なんてこともなかった。
 あくまでも、二人が出会ったときだけ、食事をしたり、話したり、要はそんな仲だった。
 そして、二人が会ったとき、誘うのは専ら男の方だった。
 そもそも男は何処からともなく現れてはヘラヘラと笑い、そしてはヴィータを食事に誘う。
 だけど一度だけ、ヴィータの方から彼を誘ったことがある。


 それは、ヴィータの親友が、ヴィータと共にしていた任務中に撃墜されてから、然程時間が経ってない、とある日だった。
 男は一人で食堂にいて、もう食事を終えた後だった。


「暇か?」
「……超絶忙しい」
「ケーキ喰いに行くぞ、奢れ」
「おぅふ」

 ヴィータに理不尽な言葉を投げ掛けられた男は、だけどヘラヘラ笑ったまま、軽く天を仰いだ。
 対して、ヴィータは半眼で、男を強く睨んでいた、が、これは偶々男が彼女の視線上に居ただけだ。
 本当の目線は、何処にもない。彼女は、何にも見てはいなかった。
 明らかに平時とは違うその様子に、男は、それでもヘラヘラと笑っていた。

「うーん、ちょっと勘弁願いたいね」

 ヘラヘラ笑って、誘いを断った。
 断れるとは思っていなかったヴィータは、その答えに眉を顰めた。
 

「嫌、なのか?」
「嫌、だね」

 男はヘラヘラ笑い、そして頬を掻いた。
 かなり不機嫌な表情を浮かべているヴィータに視線を向けた。

「僕はさ、可愛い可愛い女の子と、楽しく楽しくクュゥゥゥッアッヒュゥェェェェェイに行くことが好きなだけであってだね」
「なんて?」
「……そーんな顔をした女の子と行きたくは、ないんだよ」
「…………」
「それとも、君は悪くない、とでも言って欲しいのかい?」

 彼女の抱える事情を知っているのだろう、意地の悪い笑顔をニヘラと作り、男は目の前のコーヒーに口を着けた。

「ぶっ」

 直後、咽た。

「げほっ、げほごほがほえほっ。……あー、多分だけどさ、ヴィータちゃんは」
「……なんだよ」
「今更僕に言われるまでもなく。僕に何かを言う訳でもなく。もう、何かしらの答えを出してんじゃない?」
「……わかんねぇんだよ、自分でも」
「僕にもわっかんねー。分かる訳ないんだよ、僕では」

 ヘラヘラと、男はコーヒーカップを見せ付けるように掲げた。
 
「気持ちが整理出来たら、また誘ってよ」


 と、だけ男は言った。
 ヴィータは無言で踵を返した。
 背後では、男の咽る声だけが聞こえた。





 その時点で、確かにヴィータは答えを出していた。
 親友の、撃墜。守れなかった、あの事件。
 後悔もしたし、悩みもした。涙だって流した。

 嘆いて、泣き喚いて、不条理に怒りを抱きをした。
 もう二度と飛べないかもしれないと告げられた少女を見ると。
 痛々しい姿で横たわる親友の姿を見ると。
 ああ、これは、これはやっぱり、自分が、壊して、あたしが壊して――――


 そうして数日後。


 ヴィータの親友は、立ち直った。
 拍子抜けするぐらいに、だけど、どこまでも真っ直ぐに。
 決して壊れない、屈さない、折れない、曲げない消えない堕ちない、輝く魂。
 眩しかった。だけどそれ以上に、少し、悲しくなかった。

 ヴィータの親友は、未だ幼い時分だ。
 だけどその幼さに見合わぬ、実力、期待、覚悟。
 そして、類を見ないほどの頑固。
 周囲の誰が何を言ったとしても、一度これと決めたら、あの不屈の少女は貫き通す。
 それが分かっていたから、ヴィータは少女に対して何も言えなかった。何も言わなかった。
 ただ、決意だけ、一つ。

 もう、何も、何一つ、壊させない。

 あの少女の想いが間違っているとは、ヴィータは言わない。
 だけど、そんな少女だって、所詮は一人の人間だ。
 いつまでも折れない、輝きを放ち続けられる人間なんて、いやしない。
 だから、ヴィータは『守る』のだ。
 少しでも、彼女の負担を減らして、少しでも、彼女が輝きを放つ為に。

 
 ただその決意が、果たして正解か、間違っているか、分からなかった。自信がなかった。思い悩んでいた。
 だけどそれを、誰にも言えなかった。ヴィータの狭い世界は、件の少女の撃墜で騒がしく、落ち込んでいる。
 悩みは嘆きを抱えているなんて、彼女一人ではないのだ。

 だからヴィータは、なんとなしに、男に助けを求めたのだろう。
 何かしらの答えを、求めたのだろう。
 結局、答えは返っては来なかったが、答え自体は得た。



 
『今更僕に言われるまでもなく。僕に何かを言う訳でもなく。もう、何かしらの答えを出してんじゃない?』


 まさしく、その通りだった。
 答えなんて結局は自分で出すしかなく、自分で決めて、自分が動くことで正誤を照らし合わせるしかないのだ。それを他人に求めるのはナンセンスだ。
 男からは何の答えもなかったが、だがそれを男に求めてしまうぐらいには、ヴィータにとって男の存在は強いものになっていた。
 それは、他に似たような存在がなかった所為とも言えるし、男のヘラヘラ笑いに、それ以外の何かを求めてしまったのかも、知れない。





 そして、今日。



 少女の撃墜からまた更に月は流れ、また男と元の様にケーキを食べに行く日々が続き、そして。

 空は重い雲。泣き出しそうな、黒い空。
 いつもの様にカフェに誘われ、いつもの様にヴィータが応じ、いつもの様に、クラナガンの外れに向かう途中、その公園で。
 男はぴたり、と立ち止まった。
 ヴィータもそれに倣い、立ち止り、訝しげに男を見た。

「……どうした?」
「ん、まぁそろそろいいかな、と思ってね」


 そう言って、男はまた歩みを進めた。
 ヴィータは何も言わず、動かず、その妙な気配を纏った男の背中を見ていた。


「この公園はさ、僕の両親が死んだ場所なんだよね」


 男はくるりと振り返り、ヴィータを見据えた。


「魔力を根こそぎ盗られて、惨めに、むごったらしく、そして」


 がらんどう、空っぽの瞳で。
 無理やりなヘラヘラ笑いを、顔に貼り付けて。


「頭を叩き潰されて、さ」


 空には雲。
 雲からは一つ、雫が舞い降り。
 周囲には人が居らず、この世界に二人きり。


「殺されたんだ。ここで。君にね」


 罪には罰。
 時は過ぎれど罪は消えず。
 罰は終えても傷はある。
 残された罪は。
 残った罰は。
 


「ねぇ、ヴィータちゃん」

 
 いつもの声で男が言う。
 空の瞳で、男が言う。


「君の罪が許されたとして、他の誰もが君を許したとして、それで、父さんと母さんは帰ってくるのかな?」
「…………」


 ヴィータは何も言えず、ただ男を呆然と見ていた。


「答えてくれよっ、ヴィータちゃん! ……君の罪は! 罪に対する罰は! 何処にあって、何処に行ったんだよっ!」


 冷たい雫が、一つヴィータの頬を伝った。






[35167] その3
Name: イケメンになりたい◆f487c2b0 ID:0195bbac
Date: 2012/09/30 13:20


「実際問題、ヴィータちゃんは直接的ではないにしても、周りから色々言われたと思う。まぁ『今回』はまだともかく、少なくとも『前回』は生粋の犯罪者だからね。それがプログラムされたものであったとしても、だ」

 だけど、と男は言葉を区切った。
 空からはまた一つ、雨の雫がぽたり。

「被害者、と言うのかな? そう言う人たちが、君に敵意を向けている訳じゃないんだよね。言っても司法機関だからさ、酌量の余地なく、所謂「犯罪者」を憎んでいる人も多い訳よ。別に自分がどうこうされた訳でもないのにね」

 それは尤もの話だろう。
 ヴィータとて、納得の行く話ではある。
 かつて犯した罪はなくならい。それは重々承知している。
 そして、司法組織に所属している以上、周囲の目が「罪」に対して厳しいものなのも分かっていた。

 だけど。
 それだけじゃない、筈だったのだ。
 世界の目は厳しくて、憎しみは空気と共にある。
 日常を回すのは情報だ。かつて犯した罪という情報が、憎悪で世界を動かしていた。
 それでも、逃げ道はあったのだ。抜け穴があった、筈だったのだ。
 例えば、親友だったり。
 例えば、仲間だったり。
 例えば、家族だったり。
 例えば、他愛のない話をして、いつもヘラヘラ笑っている男だったり。
 その穴が、狭まってしまう。
 そしてそれは、ヴィータが思っていたより、自覚しているより、巨大な穴だった。
 彼女の心は無風になった。少なくともこの状況下において、他の抜け穴の存在を考えられなくなる程度には、男の存在は大きいものになってしまっていた。


「どうして……! お、お前は……あたしに……お前はっ……!」


 声が、どうしようもなく、震えてしまう。
 空気は湿っているが、喉は干からびていて、乾ききっていた。
 そこから出る言葉も、意味を成さず、自分でも何を言いたいか分からなくなる。


「直接「何か」された被害者はさ、まぁ直接って言っても、友達や家族、っていうカテゴリーなんだけど」


 ヴィータの言葉を聞こえなかったように。
 届かないように。
 男は更に語る。虚ろな瞳の行く先は、何処にもなかった。


「意外とそう言うの、ないんだよ。恨み言吐いたり、憎しみをぶつけたり。本人達に聞いた訳じゃないけど、多分、どこか達観しちゃったんだろうな。罪に対する思考を重ねすぎて、思い至るんだろうね。もしくは諦めるのかな? 『向こうも被害者だ』、『恨んでも、憎んでも、悔やんでも、過去はどうしようもない』とかさ、そんなん。……まぁ僕に一言言う権利があるのなら」

 
 すっ、とヘラヘラ笑いが、なくなった。
 ヴィータの目の前には見知らぬ男が居た。
 いつも柔らかく上がっていた口角は、歪な程に吊り上げられていた。
 瞳は見開かれ、だけどそこには変わらず何も映っていない


「糞食らえだっ! そんなもの!」


 二人きりの公園に怒号が響く。雨が一つ一つ、降り注ぐ。
 生暖かい風が吹き、その雨を薄く揺らした。
 男の目は空っぽで。だけど顔は熱に浮かれた様に、らしくなく、紅潮していた。


「過去は戻らない! この公園で歩いた日々も! 母さんの手料理も! 父さんと笑った日々だって! 戻ってくる訳がない! どうしようもないことは、どうしようもないんだ!」

 かつて。
 幸せな日々があった。
 幸福な家庭があった。
 優しい両親がいた。
 でもそれがある日突然なくなって。
 後はからっぽ。中身はない。どこにもない。
 人生の残りカスみたいな日が続き、両親の後を継ぐとか適当な理由で、食い扶持の為になんとなく管理局に入り、処世術でヘラヘラした笑顔を身に着け、それでも叶わぬ妄想を抱き、必殺の抜き打ちを磨いて、だけど満たされない惰性でしかないロスタイムを送り、そして。 


「どうしようもないどうしようもないどうしようもないどうしようもない! ……どうしようもない!? で!? それで!?」

 そして、話を聞いた。
 覚醒の声を聞いた。
 だけど事件があっさり解決したと聞いた。
 それらが咎らしい咎を受けず、同僚になると聞いた。
 そして、そうして、仇である『鉄槌』を見て。 


 からっぽのこころに、極上の雫が溜まってしまった。


 ギリッ、と強い歯軋りが、雨音に混ざる。


「……それで、何!? 『向こうも被害者』!? 知るか! 『過去は戻らない』!? だからなんだよ! おかしいだろおかしいだろおかしいだろぉ! なんで僕だけが我慢しなきゃいけない!? なんで僕だけ不幸にならなきゃいけないのか!」

 雨が降る。降り注ぐ。
 男は歯を剥き出しにしながら、左懐に右手を入れた。
 体はやや前傾、僅かに腰を落としたそれは、いつも通りの彼のポーズ。
 空っぽの日々で、それでも磨き上げた、いつもの動作。


「君だけ幸せになる。君だけ笑う。駄目だよ、それは。例え世界が君を許して、認めたとしても、それでも、僕は」

 次第に強く降りしきる雨の冷たさがそうさせたのか、男の口調は随分と冷静で、落ち着いたものになっていた。
 だけど、同時に。
 次第に強く降りしきる雨の冷たさがそうさせたのか、男の口調は限りなく冷酷で、そしてねっとりと嫌な雰囲気を纏っていた。 
 

「僕だけが不幸にならなきゃいけない理由なんて、ない……」

 男の声色は落ち着いていたが、それ以上の呪いがそこにあった。
 まるで呪詛のようにぶつぶつと呟く男を尻目に、ヴィータは思い至る。


(ああ、そうか)

 此処にきて、ヴィータは理解した。いや、理解せざるを得なかった。
 男が彼女に近づいたのも、結局はそう言うことだったのだ。
 男の魔導師ランクはB。対して彼女はAAA。
 ランクは絶対ではない、ないが、平時において男がヴィータをどうにかするのは、先ず無理だ。
 見かけは幼い少女であるが、それでも彼女は歴戦のベルカの騎士。生半可な実力、不意打ちでは易々と崩れない。
 男は弱くない。しかし彼女にとって見れば、それは「生半可」に過ぎないものでしかなかった。
 だからこその、接触。そして、交友。

(仲良くなれば、簡単に殺せるってことか? ……当たりだよ)

 ヴィータが『弱い』としたら、それは精神面だった。
 いや、弱い、と言うよりは変化による短所、と言うべきだろうか。
 優しさに触れ、だけど憎しみにも触れ、感情が豊かになり、繋がりを求めて。
 それで、彼女は強くなったつもりだった。壊すだけでない、守る強さを手に入れたつもりだった。
 プログラムされたことをただ実行するだけの人形じゃなくて、自身の意思が決定権を持つ、一つの自我を手に入れた。


 だけど、結果はこの様だ。
 
 変化した精神は、彼女に執拗なダメージを与えた。
 男と過ごした日々を思い出す。
 話して。飲んで。食べて。笑って。
 特に何もない日々。だけど、それが、それこそがヴィータが望んだ日々だった。
 つまり、ヴィータは、男を。

(……期待したあたしが馬鹿だった、ってことだな) 

 思いの触れ幅が、精神への影響を加速させる。
 希望の後の絶望。絶望の後の希望。そしてまた絶望。
 そしてその触れ幅は、ヴィータの心に重く、負担となって圧し掛かる。
 耐え難い、重圧だった。時間を空けて考えれば、それでも持ち直せる重さだが、果たしてその時間は得られるのだろうか。
 男が、思い出したようにヘラヘラした笑いを顔に貼り付けた。 



「終わりにしよう、ヴィータちゃん。僕、もう疲れたんだ。気持ちを抑えつけるのに、さ」


 雨が、降っていた。
 目の前の男は、雨に濡れながらジャケットの懐に手を入れていた。
 男は笑っていた。いつもの様に、ヘラヘラと笑っていた。
 そのいつもの笑みが、どうしようもなくヴィータを哀しくさせた。
 もう、手遅れなのだろう。もう、どうしようもないのだろう。
 雨に濡れて、顔を濡らして、ヴィータは判別出来なかったが、もしかしたらそこには雨以外の雫があるのかも知れない。
 ――今の自分の様に。


「ははは……」


 ヴィータも笑った。
 目の前の男に倣う様に。
 どうしようもなく、芯から壊れた様に、ただただ笑った。
 降り注ぐ雨が、彼女の体を冷たく濡らす。
 だけどその冷たさも、何もかも、気にはならなかった。
 


「いいよ」


 ヴィータは言った。
 両の手を大きく広げた。
 目の前の壊れた男の全て受け止める様に。
 自分が壊してしまった男を、受け止める為に。


 志は、半ばだった。
 まだまだ自分にはやるべきことが残っているのも理解していた。
 自分が無抵抗で居ることによって、誰も救われないことも知っていた。悲しむ人が。涙を流す人が居ることも分かっていた。
 だけど。





「あたしが、全部受け入れてやるよ」





 雨が降る。ただ降る。


「ありがとう」

 人は過去に対して無力だ。
 だから前に進むしかない。
 だけど、過去を蔑ろにして良い訳でもない。
 空に雲。公園に雨。人に罪。罪には罰だ。



「あ、ああああああああああああああああああああ!」


 叫び声と共に抜かれたデバイスは、待ち焦がれるように、先端に鉛色の魔法弾が灯っていた。
 ヴィータは避ける気がなかった。終わらせるつもりだった。
 もう、なにもかもが、どうでも。
 

 ミッドチルダの首都、クラナガン。その外れに位置した公園。
 そこで、二人の男女が向き合っていた。
 雨に濡れながら。そして、互いのことをどうしようもなく、想いながら。









 短編:『壊れた世界』 
 end






























































「僕と、結婚して下さい!」














 start
 短編:『ヴィータちゃんとお風呂に入りたい』










「え」
「あ」
『break barst』
「やべ」


 男の台詞、次いで、デバイスから魔法が撃ち出された。
 それはまぁいい。
 だけど、ヴィータは混乱していた。魔法が目の前に迫っている刹那、とびきり混乱していた。
 叫びを聞き、魔法の発動を確認して、死を覚悟したらコレである。意味が分からなかった。


(え? は? なに、け、けっこん? 何が? 誰と? は? け、血痕死手管砕? なにそれ新魔法?)


 朴斗・血痕死手管砕。
 効果:なんだかんだで死ぬ。
 こんな魔法に違いない。そう、だからこの魔法は避けちゃいけないのだ。
 「やべ、間違えた」みたいな顔している男なんて、いない、いないのだ。
 走馬灯の代わりに、ぐるぐる回る思考。
 そうこうする間に、ヴィータに魔弾が。



「ヴィータちゃん避けてぇえええええええええええええええええええ!」
「お、おおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 当たらなかった。
 悲鳴染みた男の声に反応したヴィータが、かろうじて避ける。
 背後にあった木に魔法が当たり、パン、と弾けた。
 だけどヴィータは後ろを振り向かず、ぽかん、と口を開けて男を見ていた。


「あ、あぶないところだった……つい癖でいつもの魔法を撃っちまった……これだからストレージは融通が利かない」

 さらりとストレージデバイスの所為にして、男はまた懐に手を入れた。
 そして出す。手には小箱が乗っていた。

「ん、んん」

 わざとらしい咳払いの後、では、改めて。

「ヴィータちゃん、僕と結婚して下さい」

 男は見せ付けように、小箱を開けた。
 ヴィータは、変わらず、ボケッ、とその様子を見ていた。

「ちゃんと給料三か月分なんだよ、それ」

 小箱の中には、指輪がキラリ。







「……………………は?」

 三点リーダを大量消費しての、疑問符を、ヴィータは上げた。
 その余りにも呆然とした彼女の様子を見て、男は照れたようにポリポリと頬を掻いた。

「……まぁそうだろうね、いきなりこんなことを言われても困るよね。大丈夫。返事は急がないから。さ、cafe.行こう?」
「それじゃなくて」
「ん? ああ、cafe.の発音? いやー、練習したのがやっと形になってさー、どや?」

 また無駄に上手いのがムカつく。
 『cafe』の後の『.』が特に。なぜ一呼吸置く必要があるのか。
 それはともかく。
 ヴィータはこめかみを押さえた。
 展開が、意味不明だった。
 なぜ、自分は今、求婚されたのだろうか。


「悪ぃ、ちょっと整理の時間が欲しい」
「ええ!? そんな! ヴィータちゃんにそんなものは来ないと思っていたのに!」
「いや、マジでお前黙れ。な?」
『Gigantform』
「すんません」

 
 とりあえず、雨に濡れっぱなしは拙いと、ハイパー今更なことに思い至った彼らは、公園の一角にある東屋の中に居た。
 屋根はあるが、囲いはない。とりあえずの雨宿り。
 中にあるベンチに座り、ヴィータはぽかんと間抜けに口を開けて、亡羊とした目線で空を見ていた。
 と、そこで、手に感じる熱。
 下を見ると、そこには自分以外の手が上に乗っていた。
 顔を上げる。そこには男のヘラヘラ笑い。その目は空っぽ……だと思っていた。
 違う。その瞳には、間抜け面をした自分が映っていた。
 ギュっと強く手を握られたその感触に、ヴィータはやっと我に返ることが出来た。
 バッ、と手を離す。心なしか、顔が熱かった。


「お、おか、おかしいだろぉっ!?」
「どこが?」
「……あたし、お前の両親の……仇、なんだろ?」
「ん、ああ。明言された訳じゃないんだけどね。でも、魔力が抜かれたことからヴォルケンリッターであることは確定だし、その傷口から『鉄槌』の仕業っつーのは分かっていたしね」
「……恨んでるか?」
「まぁね」
「憎んで、いるのか?」
「そこそこ」
「で?」
「君と結婚したい」
「……血痕死体?」
「ああ、一緒の家に住んでイチャイチャしたい」

 どうやら聞き間違いではないらしい。
 ヴィータは逡巡する。
 仇。
 恨んでいる。
 憎んでもいる。
 で。結婚してください。


「どこをどう考えてもおかしいだろ!」
「なにがよ」
「どこの世界に仇に求婚するやつがいるんだよ!」
「ここに」
「お前以外で!」
「それは知らんけど、僕は結婚したい」
「なんでそうなるんだ!」
「好きだから」
「ぅへぇっ!?」
「愛しているよ、ヴィータちゃん」
「ぅ……ぁ……」

 今度は心なしか、ではなかった。
 顔にある熱量を、彼女はきっちりと悟っていた。
 男の空っぽだった瞳には、顔を真っ赤にした彼女の姿が映っていた。
 へらへら笑って、男が言う。


「両親は殺された。でも好きだ。恨みはある。それでも愛している。憎しみは多分消えない。だけど」

 また、手を握られた。
 ヴィータは、抵抗しなかった。
 男の顔が近づく。だけど、ヴィータは動かない。

「この先の人生、僕とずっと、コーヒーを飲んで欲しいんだ」

 耳元で囁くその言葉に、ヴィータは暫し動けなかった。
 空いている方の手で、力なく男を押しのけるのが精一杯で、だけど男は彼女の意を汲み、ゆっくりと体を離した。
 相変わらず、ヘラヘラ笑っていた。
 ヴィータは胸元に片手を当て、高鳴る胸の鼓動を抑える様に、震えた声を出す。

「ちょ、ちょっと、整理、させて、くれ……」
「だからヴィータちゃんにそんなものは必要な」
『Gigantform』
「すんません」

 ちなみに実際ギガントフォームを出している訳じゃない。
 ここ東屋だから。屋内だから。壊れちゃうから。









 

「よ、よーし把握は出来た……理解は出来ないけど」

 されど未だ顔は赤い。
 序に手も握りっぱなしだったりする。
 ヴィータにはその辺りを気にする余裕なんぞないのだ。

「あたしは、お前の両親を……殺した」
「君は覚えてないかもだけど、そうだね」
「でも、お前は、あたしのことを……その、なんだ、す、すす、好き……ってこと、だよな……?」
「この指輪に誓って」
「ちょっ、勝手に……なんでサイズピッタリなんだよ!」

 握られていた手を持ち上げられ、すっ、と指輪が薬指に入れられる。
 そこでやっと、ヴィータは握れられていたのが自身の左手だと気づいた。
 通常、指輪のニーズには遠い、小さい指。だけど指輪はぴったりで。
 ヴィータは憤慨しつつも、恐ろしい程優しい手つきで、その指輪を男に返した。
 一つ、息を吸う。

「あたしが、お前の両親の仇で、だけど、……好き、なのは、わ、分かった」

 それは、まだいいとして。

「だったら、なんでそれを一々あたしに言うんだよぉ……」
 
 そう、これが一番大事だった。
 仇、でも、好き。
 その辺りの事情は、ヴィータには何も言えない。
 男の感情は、想いは、誰に否定出来るものではない。
 が。
 なぜそれをわざわざ自分に言うのか。
 知らなければ、分からなければ、あるいは、指輪は今も彼女の手に――――


「ヴィータちゃん」

 男が言う。声色は、澄んでいて、どこまでも暖かい。

「愛は言葉にしないと伝わらない場合も」
「そっちじゃねぇ!」
「あー……仇?」

 ヴィータはこくりと頷いた。
 男は暫し虚空に目線を向け、そして言う。

「いや、僕、正直、見た目さえないし、優秀な魔導師じゃないし、給料もよくないし、まぁとにかくパッとしないじゃん」
「……そんなこと」
「だから、負い目につけ込めば結婚出来るかな、って」
「屑野郎かお前は!」
「わりと」

 要は脅しである。
 多分、次元世界でも類を見ない、愛と憎しみと打算に塗れたプロポーズだろう。ドロッドロである。
 ヴィータに屑野郎呼ばわりされた男は、だけど飄々としていた。ヘラヘラ笑っていた。

「ってかさ、ヴィータちゃん、勘付いてたでしょ、僕が、所謂『被害者』だって」
「っ……!」
「図星? うーん、なんとなくね、分かったんだ。僕は隠そうとしていたし、言うつもりも実はなかったんだ。でも、会話の端々で、なんとなくだけど、そんな気が、ね」

 目を見開くヴィータを他所に、男はただ語る。

「何も言わず僕が好きだと伝えて、それでヴィータちゃんは……受けられる? 僕のことを好きとか嫌いとか関わらずにさ。……多分、ヴィータちゃんはその時になって、調べるんじゃない? で、僕が被害者だと分かる」
「んっ……!」

 そう言って、男はヴィータの指に指を絡ませる。
 男の指の艶かしい動きに、ヴィータは僅かに肩を震わせた。
 抵抗は、出来なかった。というより、しなかった。

「結局、今と同じ状況に陥るわけだ。まぁさっきは言うつもりはなかったなんて言ったけど、ツガイになる以上は、いずれ分かることだ。だから言った」

 ぎゅう、と絡まる指に更に力が加わる。
 痛みは感じない。ただ、猛烈に熱かった。
 ふと、気づく。
 今まで、自分ことばかりで、この状況に振り回されっぱなしで意識していなかったが――――
 男の顔だって、ヴィータに負けないぐらい、真っ赤なのだ。


 男は息を深く吸う。
 そして、吐く。言葉と共に。想いと共に。

「君と結婚できたなら、少なくとも僕は幸せだ。だから、僕は我慢しない」

 幸せとは一体何か。
 その答えは、所詮人それぞれ。


「失った日々は帰ってはこないさ。でも、『どうしようもない』だけで片付けたくもない。あの時以上の幸せを、僕にくれ」

 大事なのは、それを目指せるかどうか。
 ただ、それだけなのだ。


「何度でも言う。改めて言う。ヴィータちゃん、僕と結婚して欲しい」
「―――――っ!」

 顔はヘラヘラ。だけどどこまでも真剣で。
 男の目はヴィータしか見ておらず、思わず、彼女は目を逸らしてしまう。

「だ、だいたい! なんであたしなんだよ!」
「いや、だって僕……ろ、いや、ろり、いや…………」
「……」
「ロリコンだから」
「言い切んなぁ!」

 実を言うと、若干「そうなのかな」とは思っていた。
 そうじゃなくては、わざわざ自分に声なんて掛けないから。
 でもそれは、また別に感じていた「復讐」、「被害者」と言う想像からの逃げだったのだ。
 そうだったらいいのにな、と言う、救い。
 まぁ間違っても善性な性癖とは言い難いが、それでも好意には違いない。好意は、救いなのだ。
 今はその救いが、この状況におけるヴィータの混乱を加速させていた。
 被害者で、復讐者で、ロリコン。
 ヤバいものにヤバいものを混ぜても、結局ヤバいものしか生れないのだ。救いなんてなかった、

「だから僕の両親が死んだのも! 僕がヘラヘラ笑いしているのも! 僕がロリコンなのも! 全部ヴィータちゃんの所為なんだよ!」
「あたしに余計な罪を負わせんなっ!」

 このままだとヴィータが背負うカルマは無駄にとんでもないことになってしまう。

「あ、あたしじゃなくても、その、居るだろ……なんで、あたしが、よりによって、仇のあたしが」
「誰かが誰かを好きになるのに、理由は要らない」
「んぅ、く……あっ……」

 すっぱりと男は言い切った。
 男が指を動かすたびに、ヴィータは易々と反応してしまう。
 自分でも吃驚する位、淫靡な声を出してしまう。

「正直に言おう。一目惚れだった。幼い顔も。勝気な瞳も。つるぺったんも。何もかも、惚れてしまったんだ。仇なんて、どうでもいいと思わせるぐらいに」

 加え、どこまでも真っ直ぐな、台詞、想い。
 裏にあるのは欲望と打算かもしれない。
 だけど、今ここにある愛は、紛れもない本物で。

「そして、君と会って話しているうちに、惚れ直したんだ。強さに隠れた弱さ。意外にある献身性。喋り方。考え方。生き様。何もかも、好きだ、好きなんだ!」
「っはぁ……ぅくっ……」

 指の動きと相まって、ヴィータの思考に霞が掛かる。何も、考えられなくなる。


「ヴィータちゃん! 今気づいたけど、雨でおっぱい透けてる!」

 からの、これである。
 何かも台無しである。ヴィータは急激に男と距離を取った。

「お前ぇええええええええええええ!」
『Gigantform』
「今度は引かない! それとも、僕を潰すのかい!? ここで、両親の様に!」
「屑か!」
「わりと!」

 すぅーっ、と深く、深く深く、男は息を吸う。
 そして、吐く。

「多分大多数の人は巨乳好きだと思うし、正直その感覚も理解できなくはないよ。おっぱいと言うものは母性の象徴だ。その神神しいまでの輝きは、生命を育む必要な母乳と言うファクターを捻出する訳ことからも解る様に、全ての命の源なんだ。そして、その輝きはやはり大きさによって決定されがちな風潮がある。まぁそんなもんだよね。大きい方が安心感が出る。大きい方が頼もしい。揉みごたえも大きい方が良いだろうさ。ああ、そりゃあ、弾力では勝てないだろうさ! でも、でもね! 僕は思うんだ! 小さいおっぱいだって、いいじゃないか! このなだらかなライン! 一つの芸術の様に美しく均等の取れた乳頭! 乳首の感度も抜群! 恐らく如何に名の知れた天才画家でも決して出せないであろう究極のピンク色! 嗚呼、正しく神々の黄昏! この世ならざるものが生みだした最強にして無敵の黄金比! それが小さいおっぱい、略してちっぱい! …………ああ、そうだヴィータちゃん」

「…………」

「愛してる」
「このタイミングで!?」

 ここまで最低な間の「愛してる」があるものなのか。
 なまじ、その言葉自体に嘘偽りの色が無いだけに余計タチが悪かった。



「はぁー……」

 ため息、一つ。
 状況は意味不明。
 だけど、決意したことが、ある。


「その指輪は、受け取れねぇ……少なくとも、今は」

 ヴィータは男を正面から見据えて、そう言った。
 男は何も言わず、ただヘラヘラ笑い。

「時間が欲しい。……考え、させてくれ」

 好きとか嫌いとか。
 仇とか恨みとか憎しみとか。
 罪とか罰とか。
 考えることは山ほどある。
 何が罪で何が罰で、何が幸せで何が不幸で。
 男は幸せになれるのか。では、自分は?
 懺悔での結婚。それで、果たして、男は、自分は。

 時間が、必要だった。
 少なくとも、『そう言う関係』に喜んでなれる様な、証明が欲しかった。
 そしてそれは多分、すぐ現れるものでもない。
 だけど同時に、そう遠いものでないことも、知っていた。未だ熱い己の顔が、その一端を『証明』していた。



「良いよ、いつだって待つ」
「……ああ」

 男はヘラヘラと笑う。
 つられて、ヴィータも笑う。
 雨は未だ止まず。されど二人は此処に居た。












「雨、止まないね」

「そう、だな」

「結構濡れてるね、僕たち」

「だな」

「……ヴィータちゃん、あそこの建物、見える?」

「……見える」

「雨に濡れて、気持ち悪くない?」

「まぁ、な……」








「ねぇ、ヴィータちゃん」

「……」

「僕さ」

「……」

「――――――――――――――――――――」

 男の台詞は、丁度勢いを増した雨音に遮られて、何も聞こえなかった。
 だけど、ヴィータは、男が何を言わんとしてるか察して、顔を引き攣らした。
 なんだかんだで、断れそうに、なかった。


 end




 あとがき
 最後に男が何を言ったか。 
 まぁタイトルでお察し。

 詐欺なんてなかった(ゲス顔)






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