大分前に読ませていただいた作品に感銘を受けて、つい
B.A.B.E.L.の無駄に長い廊下を、1人の男と年端もいかない少女が歩いていた。
男の名前を村雨 理介。
少女の名前を有木 陸。
2人は同じ歩調で、速度を合わせ、当然のように寄り添い歩く。
しかし、周りから注がれる視線は、嫌悪か、同情のそれだった
村雨は黒いスーツに同色のロングコート。ネクタイ、ワイシャツ、靴に至るまで完全に黒一色の衣装を身にまとい、酷く痩せた、目の下に分厚い隈をもつ不気味な男だ
中途半端な長さでざんばらに切られた髪の毛が、そして口にくわえた煙草――もとい、電子煙草がさらにその不気味さを煽る。
対して有木 陸。彼女はいっそ笑い出してしまいそうな程に可憐な少女だった。
ふわふわした明るい茶色い髪。微笑を浮かべた薄い唇。大きな青い瞳はきらきらと輝き、まだ12歳という若さながら、すらりと伸びた手足と膨らみかけた胸。
名前こそやや男の子のような印象を煽るが、ドレスを着せれば絵本のお姫様のような少女。それが、彼女だった。
しかし――彼女は当然のように、不気味な男、村雨に付き従う。
身にまとうのは藍色の実用性重視のエプロンドレスにヘッドレス。――所謂メイド服と呼ばれる衣装に、両手で抱えた村雨のアタッシュ・ケース。首には無骨な首輪が填められ、手足にも金属製の錠前が填められている。
不気味な男が可憐な少女を奴隷の如く扱う様に、嫌悪感を催さない人間はいない。しかし、そんな視線をないもののように扱いながら、村雨は局長室へと足を踏み入れた
「…コードネーム、ザ・メイデン。及びその管理官村雨。出頭しました」
傲岸不遜。机に座ったまま相対する桐壺は薄ら寒いその態度に苛立ちすら覚えた
「…うむ。何故呼ばれたのかわかるかね?」
「…問題行動は起こしておりませんが?」
しれっと答える村雨に井桁を浮かべる桐壺だが、それより早く彼の秘書たる柏木が数枚の書類を提出する
「確かに、村雨さんとザ・メイデンが出動した任務の遂行率は現在100%…現地では警察組織との連絡もしっかりとっており、事後処理のしやすさにも定評があります。また、必要な書類をその日のうちに制作していただけるのはとてもありがたいことです。ですが…」
柏木の"タメ"の間に書類に目を通した村雨は、ふむ、と鼻を鳴らして陸に書類を手渡す。じゃらり、と両手を拘束する鎖を鳴らしながら片手を伸ばして受け取った陸は、「…あら」と小さく声を漏らした
「あなたのせいでB.A.B.E.L.は…B.A.B.E.L.は…っ!
年端もいかない少女を拘束調教する変態組織だって妙な噂がたっているんですっ!!」
「あながち間違いでもないだろう」
「全然違ァあああああうっ!!B.A.B.E.L.は健全極まりないヨ君ぃっ!!」
間髪いれずに返された言葉に思わず机を蹴り倒して怒鳴る桐壺。当の被害者(仮)たる陸は困ったように笑うだけ
「…ザ・チルドレンに行われていた電気ショックによる行動の強制は、調教ではなかった…ということか。日本は恐ろしい場所だな」
「ぬぐぅ…!?み、皆本くんに変わってからは一度も電気ショックなんか使われとらん!あれは管理官とザ・チルドレンの相性が悪かっただけだ!」
皮肉げな笑みを交えて返された言葉に、顔を真っ赤にして怒る桐壺。最も、一際ザ・チルドレンを…エスパーの子供を溺愛している桐壺のことだから、その怒りの矛先はそんな管理官をザ・チルドレンに付けてしまった自分なのだろうが
「…それと、この枷は必要だ。こいつの場合は電気ショックなど効果がないのだからな」
ぽふっ、と陸の頭に手をおいて答える村雨。――確かに、言っていることに間違いはない
未だにエスパーに対する根強い恐怖や忌避感は民衆の中に色濃く残っている。取り分け強力なエスパーは恐怖の対象だ。そんな彼、彼女等を災害の現場に出すということは、ともすれば事故現場に猛獣を放し飼いにするのに等しい印象を与えてしまいかねない
勿論エスパーは人間だ。だから話し合えばわかりあえるし、そんなことないと理解できる。だが、初めて超レベルエスパーと出会った一般人は、その強大な超能力を前に恐怖を抱いてしまう
だから、B.A.B.E.L.はそんな人間たちのために『首輪』をアピールしなければならないのだ
暴れたら電気ショックがあるから大丈夫ですよ
リミッターで力を使えなくなってるから大丈夫ですよ
あなたに危害なんかくわえませんよ、と
しかし――こと有木 陸の場合は、そのアピールが難しい
一目で分かる強力な電気ショックが、彼女には効かないからだ
彼女は、電子操作の暫定超度6――エレクトロマスターなのだ
彼女に対する電子ショックなど、食事と大差ない。どころか、高圧電流を長時間流そうが、原発空母並みの発電、送電が可能な彼女にとってはちょっと胃もたれするかな?程度の効果しかない、という実験結果まで出ている
それ故に、いざというとき即座に彼女を拘束する手段として手枷、足枷をしている――という理屈は分かっていても、納得できないのが人の情だ
「ぐぬぬぬ…ならばせめて服装はどうなんダネッ!?有木くんも12歳!思春期といってもいい年齢ダヨッ!?もっと可愛い服とか綺麗な服とか着せてあげたらどうなんダネッ!?」
「お言葉ですが…」
ここでようやく、ひたすら沈黙していた陸が自発的に口を開く。
彼女は嬉しそうに、どこか陶酔したようにメイド服を撫でながら、微笑を浮かべて言う。
「わたしは…村雨さまからいただいたこの服、大好きです。他の服なんかより、ずっと」
桐壺。轟沈。
『彼女の事情』を知っている者は思わず涙してしまいそうな台詞に、四肢を投げ出して号泣する桐壺。そんな桐壺に「なか、泣かないでくださっ…!わ、わたしまで…っ!」と涙を溜めながらすがりつく柏木
カオスな光景にため息を吐いた村雨は、踵を返す
「ま、待ちたまえ村雨クン!まだ話は」
「すまないが、疲れている。中身のない話を続けるくらいならば、研究も進めたいしな」
「ぬぐっ…!?」
鬼のような形相で自分を睨みつける桐壺の視線を真っ向から受けながら、しかし村雨は平然と去っていく。陸もまた、少し悩んだような素振りをみせたものの、「し、失礼します!」と鎖をじゃらじゃら鳴らしながら退室していった
「……さて、君達はどう見るかネ?」
桐壺の言葉と共に、隣の部屋で隠れて見ていた数人――ザ・チルドレンの三人と、その管理官である皆本が入室してきた
中でも興奮状態の薫が喜色満面で桐壺に詰め寄る
「なになになにあれ誰誰誰っ!?めっちゃくちゃ美少女じゃんっ!まだ若いけどあれは確実に大成する器っ!現時点でもBないし限りなくCに近いBっ!!期待が止まらんっ!」
「阿保言いなやっ!んなことよりあれ絶対あかんパターンのやつちゃうのっ!?毒牙っちゅうか紫穂の喜びそうなやつやん!不潔ーーーーっ!!」
「葵ちゃんそれどういう意味?…それよりも、皆本さん、あの男の人の心が読めなかったんだけど…心当たりある?」
姦しい2人はともかく、事態を重く見ている残り2人の表情は堅い
「…資料によると、村雨 理介はザ・メイデンがその能力を制御できるようになるまで何度も感電しているらしい。それを警戒して対エレクトロマスター用のコートを纏っているそうだ。常にコート表面上を電子が流動し、足下に逃がすアースとして機能しているらしい。それが原因で思念波が散ってしまうんだろう。紫穂の超度なら、直接接触すれば読むことは可能だろうが…」
「幼児性愛者に接触するのは避けたいわ」
「僕も出来ればザ・チルドレンに彼に近づいてほしくない」
もしザ・チルドレンにまで村雨の魔の手が伸びたら…と想像するだけで拳を握り締めてしまう皆本。そんな皆本の様子に薄く微笑みつつ、紫穂は姦しい2人に声をかけた
「薫ちゃーん、皆本さんが一丁前に焼き餅焼いてるみたいよー」
「あ?…み、皆本までそういう趣味に目覚めたのかっ!?仕方ねぇやつだぜ全く…」
「イヤーッ!皆本はん不潔ーーーーっ!!」
「どうしてそうなるっ!?僕はお前らのことを心配してだなぁっ!!」
「いっつも子供子供って言いながら、私達が彼の手込めにされるんじゃないか、って普通に想像しちゃったんでしょ?子供相手でもそういうことが可能だって想像しちゃったんでしょ?それって皆本さんが深層心理でそういう欲求をもっているからで痛いっ!」
「サイコメトラーが真顔でそういうこと言うな!本気にされたらどうするっ!」
茶番はともかく
「一番困るのはだね、陸クンが村雨クンに嫌悪感を覚えていないことなのだよ」
「あー、確かにむしろどんとこい。いつでもウィルコム。って感じの顔してたなー」
「薫、Welcomeやウェルカム」
空中で胡座を掻く親友のスカートを引っ張って注意しつつ
「…まぁ、彼女の事情を顧みると理解出来ないわけではない…ガネ」
…沈黙が降りる。この場にいる者は知っているからだ。有木 陸の短いながらも壮絶な半生を
――とある家。夫婦2人しか住んでいない、極々普通のどこにでもある家庭。
しかし、平凡ながらも暖かい夫婦の生活は、奥さんの妊娠を契機にがらがらと音を立てて崩壊してしまう
奥さんの身ごもった子供は、胎児時点で超度1に認定されるエスパーだったのです
胎児のころなら問題ありませんでした。しかし、彼女の出産後、エスパーですが赤ん坊である娘は癇癪と共に放電し、手が着けられなくなってしまいます
両親はノイローゼになり、娘は1歳にも満たない年齢で特務機関B.A.B.E.L.に引き取られます
しかし、彼女の悲劇はそこで終わりません
彼女が2歳になるころ、彼女の超度は暫定5にまで上昇していました
当然、幼児にそんな強大な力が制御できる訳もなく――彼女は程なくして、全身麻痺状態になってしまいます。脳から肉体に指令を出す、微弱な生体電流すら彼女のコントロールを離れてしまったのです
身体の成長と共に上が超度は、一時期彼女こそが4人目の超度7なのではないか、と噂になるほどでした
最も、予知能力によって彼女が10歳になるころ、自身の能力によって身体を焼かれて死亡する、という未来が見られてからは、その噂はぱったりと消えましたが
彼女が生まれて8年間。彼女はずっとベッドの上で、空の青さは勿論食事の美味しさすら知らずに育ちました。指一本動かせなかった彼女に、五感があるはずもありません
――そこに、ふらりと現れたのが村雨理介という専門科でした
彼は所謂天才児で、幼少の頃に外国の専門機関に留学したエリートでした
彼の専門分野は脳科学――取り分けESP能力開発制御を専攻していました
そんな彼が、あと2年で死ぬ、と言われた少女に手を差し出したのです
ただしそれは――悪魔の誘いでした
しかし、彼女にはその手に縋るしか道は残されていませんでした
彼女は自由と引き換えに、命を得たのでした
「だが…。村雨は間違っている。確かに彼女の命を救ったのはすばらしい。けど、臨床実験すらしないで開頭手術までして、あまつさえその後は奴隷扱い…っ!あんな衣装まで着せて…っ!」
「まったくだ!いくら似合うからって、本人が嫌がってないからってあんなうらやまけしからん…っ!いいぞもっとやれっ!」
「あんたは一体どっちの味方やねんっ!」
「…とにかく、私達はもちろん皆本さんも、あの人達のやり方には言いたいことがたくさんあるの。だから、受けても良いわよ?局長」
反応は様々だが、皆一様にやる気を漲らせるザ・チルドレンのメンバーを見て、感動に涙を浮かべながら桐壺は大きく頷く
「ウム。…では頼むぞ諸君!
題して!『ザ・メイデン更正計画』!!いまこのときよりスタートだっ!」
『おーっ!!』
…などと。勝手に盛り上がられていることを知らないザ・メイデンたちは、のほほん、と廊下を歩いていた
「いい天気ですねー」
「……」
「あ、今他人いないから喋っても大丈夫だと思いますよ?」
「…そうか。そうだな。日本男児は余計なことを喋らない。背中で語る…というのは、友人間では必要ない決まりだったな」
「ええ、私も知らないでぺらぺらお喋りする時代は終わりました。大和撫子は3歩下がって殿方の後を追うんですものね」
うんうん、と深く頷く2人
「…でも、普通にお喋りしたいですねぇ」
「仕方ない。日本人は結果主義の完璧主義。未熟なうちは叱られる」
「ですね。早く同期のエスパーの方々のお友達になりたいです。そして語り合います。メイド大戦DXについて」
「…ああ、それなんだが」
「はい?」
「お前の娯楽のために買ったものだったが、もしかしたらお前の年代の流行りのゲームじゃなかったかもしれない」
「…はいっ!?」
「あれ、18禁ゲームだった」
「……はぁっ!?」
「いや、ほら。違うんだ。お前の年齢近いのがザ・チルドレンだっただろう?だからこっそり調べたんだがな?
明石薫が好きなもの
ゲーム、及び若い女性
野上葵が好きなもの
金。及び若年層向け遊具
三宮紫穂が好きなもの
どす黒いストーリー性のある猟奇趣味な後味の悪い話
だったんだ。その全てをかねそろえていたのがお前に与えた「借金メイド〜私は今日もアナタの玩具〜」だったわけだが、どうもザ・チルドレン以外の同年代の少女はそういったゲームに嫌悪感をもつ、という統計がだな…」
「…つまり、あれですか?私がメイド服とか着て露骨に話題ふってくれちゃってもかまいませんよ?とアピールしていたのは…」
「無意味だったんだろうな。つまり、私達はまだまだ世間知らずということだ」
「…嗚呼、学校というところに行っていない管理官に、私はいま絶望しています」
「……すまん」
「…いいですけどね。別に。でもあとで軽くビリビリします。低周波マッサージ機くらいで」
「地味に痛いんだが。ああ、荷物もういいぞ。そろそろ充電終わるだろ」
「んー…。パソコンの充電は終わりましたけど、携帯とリミッターがまだですね。もうちょっと持ってますよ。…というか、いい加減買い替えたらどうですか?フル充電でも一時間保たないってどうかと思います」
「…気に入っているんだ。そう言わないでくれ。…とりあえず、まず用意するべきは話題だな。私は皆本管理官の友人になりたい。彼の作り上げた理論、論文は畑違いの私が見ても美しいと感じる素晴らしい数式だった。是非とも討論してみたいのだ」
「相変わらずの研究おバカですね。別にそれはいいんですけど…。論文にかかりきりで私のこと放置したりしたら、すねますよ、私。いじけますよ。HD流出させますよ」
「恐ろしいことを言うな。お前にとっても悪い話じゃないだろう。前々からザ・チルドレンの友達になりたいと言っていたんだし。…それはともかく、ほぼ初対面の我々が彼らに接触するに当たり、必要な前準備はわかっているな?」
「ハッキングして監視カメラの映像でストーキングですね!「ヤンデレ冥土」に出てたから間違いないです!」
「…そうなのか?…食事に誘う、とかではないのか。ふむ、そうか、なら、任せた。しかしあれだな、やはり日本は怖い土地だな。盗撮が容認されているとは…」
「お任せください!ギャルゲーは嘘を吐きません!だから大丈夫ですよ!色んな作品で容認されてますし!」
にっこり笑顔で答える陸に、村雨もまたうっすらと笑った
村雨理介
幼い頃から海外、しかもほとんど人と関わらない生活を送ってきたのでコミュ力0。また、ナチュラルに天然で口が悪い
天然。しかも常識がない。見た目が病的なのもマイナス要素
本人は寡黙で漢らしい日本男児を演じているつもり
陸との仲は良好。親、あるいは兄として接する。また、一人暮らし歴が長いため家事は万能
天才的な頭脳の持ち主だが基本的に常識がないのでフリーダムに阿保
具体的に年齢制限みないで9歳の無垢な女の子に調教系のエロゲを買い与えちゃうレベル
有木 陸
エレクトロマスターの暫定超度6。発電量を考えれば超度7といっても過言ではないが、自力での制御が出来ないため超度6
現在は村雨が脳に埋め込んだチップ&制御装置により能力の制御が可能となっている。無骨な首輪はこれらの装置の安全管理のためのものであるため、風呂に入るときも外せない
ベッドの上に縛り付けられて育ったため、常識0。また、美的センスもおかしい。味覚もおかしい。外見以外は色々残念
エロゲやギャルゲーのイベントが現実にも本当に実在していると確信している。そのため、天然系のお姉さんキャラを必死で演じている。じゃないと友達が一人もいない、背景でぼーっとしている人間になると本気で考えている
村雨のことをあらゆる意味で慕っており、村雨にだったら身体の中刻まれようと頭に怪しい機械ぶち込まれようと笑顔で許す脳みそ緩い娘。実は最初に与えられたゲームにより、「村雨メイド好き疑惑」が彼女の中で根強く育っている。しゃべり方、及び服装、行動がナチュラルに奴隷なのは、メイド(調教後)を演じているから
実際のところ、頭の中身は4歳くらいの幼児と大差ない。頭も悪い。ただし電子制御されている機械ならば自由に動かせる