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[34870] 【ネタ】装甲騎兵ボーダーブレイク(装甲騎兵ボトムズPF×ボーダーブレイク)【続いた】
Name: 第22SAS連隊隊員◆143f6d7d ID:54420b75
Date: 2012/09/05 03:37
装甲騎兵ボーダーブレイク

鉛色の雨雲が垂れこむ空。今にも泣き出しそうな灰色の空を背景に、一機のヘリが飛んでいた。人を乗せて運ぶためのヘリにしては大きく、武装ヘリならばあるはずの武装が全く見当たらない。
胴体の部分はかなり大きく、そして角ばっており窓は一切見当たらない。胴体の上では双発のローターがやかましいエンジン音を撒き散らしながら、猛烈な速度で回転している。
そしてそのヘリの内部では全身が鋼鉄で出来た人形――人型機動兵器、ブラストランナーが暗闇の中に静かに佇んでいた。機体ごとに若干の差はあれど、全長平均は約5メートル。腰と足の部分には頑丈そうな拘束具でしっかりと固定されており、さながら店頭に飾られる玩具の様である。
背丈、カラーリングにエンブレム、更には機体を構成するパーツに武装。何から何までもがバラバラなブラストランナーが五体、ヘリの片側の内壁に並んでいる一方。その反対側には正反対に殆どが統一された五体のロボットが並んでいた。
同じように腰と足を固定され、全長はブラストランナーよりも低い約4メートル。顔の部分には眼の代わりに大きさが異なる円形の三つのレンズ――ターレットレンズが付いており、左耳の部分にはアンテナが。カラーリングは緑をメインに塗装されている。
武装は違いがあれど、バズーカを装備した一機を除いて殆どがロング、若しくはショートバレルのマシンガンを装備。あとの違いは肩にミサイルポッドを乗せた一機くらいだろうか。
何から何までもが統一された緑のロボット――アーマード・トルーパー、通称AT。このATの名前はスコープドッグという。
全く統一されていない五体のブラストランナーに、殆どが統一された五体のAT。真逆のロボット同士が互いに背を向けあって左右に並んでいる光景はどこか滑稽である。
アーマード・トルーパーのコックピットでは、搭乗の際には必須である赤い耐圧服を着た兵士が乗っている。頭にはスコープ付きヘルメットを被り、目の部分にはターレットレンズからの視覚情報を受け取る為のスコープが下りており、顔は窺がえない。

『ようし、お前ら。作戦が始まる前にもう一度確認するぞ』

肩にミサイルポッドを担いだATのパイロットが通信を入れた。

『作戦開始と同時に、俺達は湾岸沿いの迂回ルートを進行。出来るだけ静かにな。敵のベースに辿り着いたら防衛要員に自動砲台、そしてレーダーを破壊だ』

『で、レーダーの破壊を合図に味方が一斉に攻め込む。だったな?』

『その通りだゴダン』

五機の中で唯一バズーカ、ソリッドシューターを装備しているAT。そのATのパイロットであるガリー・ゴダンは何処か気だるそうに喋る。
通信を入れたパイロット、ノル・バーコフは微笑しながら返答した。スコープにに隠れて笑みは見えないが。

『と、ところでよ。やっぱブラストランナーって強いのか?』

『心配なら今からでも降りろコチャック。お前が居るとハッキリ言って邪魔だ』

『な、なんだと!』

『こらこら、いい加減に喧嘩はやめろ』

怯えた声で喋る男、ショートバレルマシンガンを装備したATのパイロットであるコチャックは、自分を馬鹿にしたゴダンに食ってかかる。
この二人の喧嘩は何時もの事であり、バーコフは慣れた口調で仲裁に入った。

『分隊長、他に注意すべき点は?』

『俺達の目的は飽くまで敵ベースの侵入だ。道中で敵さんに出くわしても相手にはするな。こんくらいか』

『了解』

静かに口を開き、バーコフに質問した人物。ロングバレルマシンガンを装備したATのパイロット、キリコ・キュービィーはそう言うと沈黙する。
沈黙しながらも、キリコは隣から自分に向けられる殺意をAT越しにでも感じ取っていた。しかし、キリコは口数が少なく、ゴダンの様に自ら喧嘩を売るような真似は決してしない。
自分に突き刺さるような殺意を感じながらも、彼は特に何も言わず。ATの操縦桿を握ったままスコープに映る目の前の壁を眺めていた。

『それとザキ。大丈夫だと思うが、前みたいにキリコを撃つなよ』

『……了解』

バーコフはキリコ機と同じくロングバレルマシンガンを装備したATのパイロット。ゲレンボラッシュ・ドロカ・ザキにそう言った。
ザキはこのバーコフ分隊の中では最年少でありながらも、他のメンバーに引けを取らない程の腕前を誇る。
だが、バーコフが注意した通り。ザキはキリコに出会った当初から彼に対して異常なまでの殺意と恐怖を抱いていた。
この分隊が結成された惑星ガレアデでは、キリコが搬送された病院で偶然にも同室になり、ザキは夜中に突然キリコに襲い掛かったことがある。
それだけでなく、その後の任務でもキリコに向かって意図的に銃を発砲するなど、明確な殺意を抱いている。
ザキ自身も、初対面のキリコに対して何故そこまでの殺意と恐怖を抱くのか分から無いと言う。とは言え、実際にザキが事を起こすのはキリコと二人きりの時が多く。分隊では可能な限り纏まって行動する暗黙のルールが出来ていた。
と、ヘリの内部がけたたましい警告音と赤い回点灯で満たされる。続いてブラストランナー、ATのパイロット達に通信が入った。

『まもなく作戦空域に到着する。各機、装備と機体の最終チェックをしておけ』

ヘリのパイロットからの通信にブラストランナー、ATに乗る男達は己が愛機の最終チェックを始める。
装備はキチンとある。弾も込めてある、マガジンもある。機体の動力源も問題なく稼働している。何時でも戦闘を始められる。

「ポリマーリンゲル液、反応、循環率、温度問題なし。マッスルシリンダー正常稼働」

キリコはATの血液とも言えるポリマーリンゲル液に、液に反応して筋肉の役割を果たすマッスルシリンダーのチェックを行っていた。
ATの唯一の視覚情報であるスコープに映る照準を始めとした、ありとあらゆる機体状況。OSの役割を果たすミッションディスクの挿入も確認し、準備完了。
作戦が始まれば後は何時も通り。無いよりはマシな脆弱極まりない装甲、僅かな被弾で即座に炎上、爆発する全身を巡るポリマーリンゲル液、動く棺桶とも比喩されるこのATに身を委ねて、戦場を駆け抜ける。飽きるほど繰り返してきたことだ。
キリコが機体のチェックを終えると、目の前のハッチが開かれる。機体が前にせり出し前傾姿勢に、スコープには暗闇の代わりに鉛色の雲が流れる景色が映った。視界に映る景色の下には、島の端らしき部分が僅かに見える。

『作戦空域に到達! ロック解除、行って来い!!』

言葉通り、各機体を拘束しているロックが外された。前傾姿勢であるため重力に引かれて十体のロボット達は下に落ちて行く。落ちる先は戦場、既に幾つもの火線が走り爆発があちこちで起きていた。
と、AT達は空中で背中のパラシュートを開くが、ブラストランナー達は何もせずにそのまま戦場へと落下して行く。ブラストランナーはパラシュート無しで高度から落下しても問題は無いが、ATにはそんな真似は出来ない。
そんなことをすれば間違いなく機体は原型を留めぬほどに潰れ、中のパイロットの死亡も確実である。
十秒程のスカイダイビングを体験し、先に戦場に降り立ったのは五体のブラストランナー。着地直前に腰部のブーストを吹かして衝撃を出来る限り殺し、安全に着地する。
自分達の本陣となるベースに降り立った彼等は、素早く設置されているカタパルトに乗り込み、前線へと文字通り弾かれる様に跳んでいった。
それから数十秒後、遅れて五体のATがベースに降り立つ。着地と同時に上半身が前に深く沈みこむAT独特の降着体勢を取って衝撃を吸収し、背負っていたパラシュートを切り離す。
ブラストランナーとは違い、カタパルトを使わずに足裏に設置されたローラーを使って文字通り地面を滑るように走り、迂回ルートである湾岸へと向かった。
まるで樹木の様にあちこちに曲がりくねった様々な太さのパイプ、行く手を阻む大小様々な色取り取りのコンテナ群。ここはさながら人工のジャングルだろうか。
前線から離れた位置、身を隠す場所には困らない地形、オマケに前線の激しさは相当な物であり。その場に居る者は無意識に戦場へと意識を向ける。
幾つもの銃弾が飛び交い、一瞬の内に幾つもの命が散って行く前線。その脇を隠れるようにバーコフ分隊のATは進行していた。
ローラーダッシュでコンテナの合間を滑らかに進んで行く五機のAT。幸いにも敵とは全く遭遇せず、感づかれた様子も無い。

『ようし、良い感じだ。このまま敵さんの懐に潜り込むぞ』

『な、なぁ。気付かれてないよな?』

『うるせぇぞ、コチャック。そんなに心配なら今すぐ降りろ』

戦場と言う極限の緊張が強いられる場所であるにも関わらず、バーコフ分隊の面々は至って平然としていた。バーコフは小さく鼻歌を歌いながら、コチャックは相変わらず怯え、そんなコチャックにゴダンは苛立ちをぶつける。
キリコは自分のすぐ後ろに居るザキの視線と幾分かは収まった殺気を感じながらも、黙々と操縦桿と足元の二枚のペダルを操作してATを動かす。
先頭を走るバーコフがATのターレットレンズを回転させ、観測用のレンズに切り替えた。レンズ越しの視線の先には巨大な三角形の物体、敵のベースが人工ジャングルの奥に見える。
戦場に降り立った際に一瞬だけ見えたが、その時に比べて三角形はかなり大きくなっている。それだけ敵ベースも近いと言うことだろう。バーコフは改めて操縦桿を握り締め、ターレットレンズを戦闘用に戻した。
と、コンテナの僅かな合間。その先で何かが動いた。気が付いたバーコフは素早くブレーキをかけATを停止させる。

『止まれ、隠れろ』

先程とは打って変わって緊迫した声の命令。分隊のメンバーは命令通りにATを停止させ手近なコンテナの陰に隠れる。
バーコフの視線の先では数機のブラストランナーが前線の方向に進んでおり、その手にはショットガンやアサルトライフル、更にはガトリングガン。背中には恐らく榴弾砲であろう長い筒に、近接用の大型ブレードまで背負っている。
バーコフ分隊は息を潜めて敵が過ぎ去るのを待った。敵のブラストランナーは近くのカタパルトに乗り込むと、一瞬で撃ち出されて前線へと跳んで行く。その後ろ姿を見届けて、コンクリートジャングルの向こう側に消えたことを確認するとバーコフは小さく息を吐いた。

『ようし、もう良いぞ』

バーコフ機のATが手を小さく振って後ろの分隊員に安全を伝える。コンテナに隠れていた隊員達は辺りを窺がいながら身を乗り出す。
敵ベースまでそう距離は無いだろうが、見つからないに越したことは無い。バーコフはゆっくりとATを歩行させ周囲の安全を確認する。と、コンテナ群を抜けた所で耳が何かの音を拾った。音量は小さいが特徴的な電子音が規則的に聞こえる。
――罠か!? バーコフの背中に寒気が走るが、電子音の音源を見て罠では無いことを確認した。が、直接的な罠で無いにせよ、それは事態を悪化させるには十分な代物であった。
コンテナとコンテナの合間にひっそりと隠れるように置いてある物、三枚の羽が開かれた装置――索敵センサーがそこに置いてあった。

「ちぃ!」

バーコフはATのショートバレルマシンガンで索敵センサーに銃弾を撃ち込み、即座に破壊した。
分隊員が何事かと慌てると、叫ぶように指示を飛ばす。

『センサーに見つかった! 急げ、ベースまで突っ切るぞ!!』

隊員からの返事は舌打ちが一つと怯えた声が一つ、了解の声が二つ。返事は様々だが四機のATのローラーが回転し足元に火花が散る。
バーコフもATのローラーを回転させ、ベースまで突っ切る準備が出来た。形振り構っていられる状況では無い、直ぐにでも気が付いた敵が集まってくるだろう。
五機のATはベースに向かって足元に火花を散らしながら全速力で走り出した。
障害物が多い迂回ルートの湾岸からメインルートの道路に乗り込み、最短距離をバーコフ分隊はひた走る。途中、巡回していたブラストランナーに遭遇するが牽制の威嚇射撃だけ済ませ、不必要な戦闘は徹底的に避ける。
既に敵ベースの入り口が見える距離まで近付き、バーコフはここで命令を下した。

『ゴダン、レーダーを破壊しろ。キリコとザキは防衛要員の相手。コチャックは自動砲台の破壊だ!』

口早に指示を与えると五機のATはベースへと乗り込む。ニュードの塊で出来た緑色に輝くコア。巨大なピラミッドの傘に収まるコアを中心に、その中では数機のブラストランナーと、侵入してきた敵を迎撃する幾つもの自動砲台が待ち構えていた。
破壊力のあるバズーカ、ソリッドシューターを装備したゴダンのスコープドッグはベースの奥へ。そこには巨大なパラボラアンテナ型のレーダーが左右に首を振っている。
躊躇うこと無くゴダンはソリッドシューターの引き金を立て続けに引いた。黒い大きな穴から赤い弾頭のロケットが三つ飛び出し、巨大な白い皿のようにも見えるレーダーに飛来する。
白い尾を引いてロケットはレーダーに直撃し、巨大な爆発と火柱を上げた。レーダーであった破片や残骸が辺りに飛び散る。爆発が収まったあとには、無残なスクラップと化した燃え盛るレーダーだったものがそこにあった。
一方、コチャックはベースを守る自動砲台の相手をしていた。四方八方から一定の間隔で撃ち出される砲撃を何とか避けつつ、ショートバレルマシンガンを砲台に浴びせる。
一台、また一台と着実に自動砲台を破壊し、回避にも余裕が出てきた所で同時に隙が生まれた。コチャック機の足元に砲撃が着弾し、スコープドッグの脚がもつれる。フラフラと不安定な軌道を描いて、やがて派手に倒れた。

「いてて……」

横転したATの中で、コチャックはぶつけた頭を擦りつつ機体を立て直そうと操縦桿を握る。と、スコープに映る外の様子に思わず手が止まる。
一機のブラストランナーが手に持った機関銃の銃口を此方に向けていた。既に引き金に指がかかっている。後はほんの少し指に力を入れるだけで黒い穴から大口径の鉛弾が飛び出し、紙屑にも等しいATの装甲をズタズタに引き裂くであろう。中のコチャックごと。

「う、うわああぁぁぁぁ!!」

恐怖の余りコチャックは叫び声を上げ目を閉じ、両手で頭を抱える。ブラストランナーの指が引き金を引くまであと数ミリ。
そして、引き金が引かれ銃弾が飛び出した。火薬の力で撃ち出された鉛の弾頭は狙っていたATに命中せず、明後日の方向に飛んで行く。
コチャック機を狙っていたブラストランナーは、横からやってきたキリコのスコープドッグのターンを加えたアームパンチの直撃を側頭部に受け、倒れ伏す。
スコープドッグの左腕から空薬莢が排莢され、伸ばしていた左腕を戻す。立ち上がろうとしていたブラストランナーに、キリコの後ろに居たザキのスコープドッグがマシンガンを浴びせる。マシンガンを浴びたブラストランナーは被弾した箇所を始め、関節部や様々な場所からニュードの緑色の粒子を噴き出し爆散する。

『大丈夫か?』

『た、助かった……』

『気をつけろよ』

キリコは抑揚の無い声で、ザキは舌打ち混じりの声でコチャックの安否を確認すると、キリコとザキのATが背中合わせになる。
背中を向けあった瞬間に手に持ったマシンガンを発射、射線の先にはブラストランナーが。二人の銃撃は左右のステップで回避されるが、その間にコチャックはATを立て直し三人は別々の方向に散って行く。
五人がベースに突入してから三分が経とうとしていた。奇襲にも等しい突撃によって防衛していたブラストランナーにダメージを与えることは出来たが、撃破には至っていない。
更に悪い事に、バーコフ分隊に気が付いた前線の敵がベースに戻り、時間が経過するごとに敵が増えて行く。幾ら腕の立つ分隊とは言え数の差だけはどうしようもない、錬度でカバーしようにも限界がある。

『クソっ! バーコフ、このままじゃ押し切られる!』

『分隊長、味方はまだ来ないのか?』

ゴダンは焦りに満ちた声で、キリコは変わりの無い平坦な声であるが、内心では危機を感じているのであろう。
バーコフはスコープドッグの肩に担がれたミサイルポッドの最後の三発を牽制に撃ち、敵のブラストランナーと距離を取りつつマシンガンを乱射する。
前線の敵が戻ってきたということは、同時に味方も此方に向かっている筈だ。もうすぐ、もうすぐ来る。しかし、それまでの時間が余りに長い。
マシンガンの予備のマガジンも直に底を着く、近接用のアームパンチだけで戦うのは余りに無謀だ。早く、早く来てくれ。バーコフは焦燥で満ちた心の中で必死に祈る。
やがて、五機のATはベースの奥に追い詰められた。目の前にはこの戦場に居る殆どの戦力が集結したであろうブラストランナーの群れ。その群れが多種多様な形の不気味に光る眼で五機の獲物を睨みつける。

『万事休すか……』

『クソッたれ! こんな所で死んでたまるか!!』

『あ、ああ……』

『ここまでか……』

『……』

バーコフは諦めたように、ゴダンは吐き捨てるように、コチャックは呻き声を、ザキは歯噛みしながら、キリコに至っては無言で今の感情を吐露する。
目の前のブラストランナーの群れが手に持った様々な得物を持ち上げ、五体のスコープドッグに照準を合わせる。
これだけの数の一斉射撃を浴びれば、数秒後には鉄屑とポリマーリンゲル液、血と肉と骨で出来たスクラップの山が出来上がっているであろう。
アサルトライフル、機関銃、ショットガン、サブマシンガン。ありとあらゆる銃火器が火を噴く寸前――。

『伏せろ!!』

五人の耳に届く野太い声、上から響く気の抜けるような飛来音、音に合わせて上空から近付いてくる赤い火の玉。
バーコフ達は声の言うとおりに咄嗟にATをしゃがませた。直後、ブラストランナーの群れの直ぐ後ろに火の玉が着弾し、まるで小さな隕石が落下したかのような爆風と衝撃が生まれる。
巨大な爆風はブラストランナーの背中から容赦なく襲い掛かり、華奢な体付きの機体は大きく吹き飛ばされ、頑強な機体は衝撃と爆発の直撃を浴びることになった。
バーコフ達のATは必死に地面にしがみ付き、吹き飛ばされまいと指先に力を入れ内部のマッスルシリンダーが悲鳴を上げる。
爆風と衝撃が収まりベースは静まり返る。火の玉が着弾してから数十秒後、バーコフはゆっくりとATの顔を上げた。
ターレットレンズを左右に動かし何が起きたかを確認する。スコープ越しに見えるその景色にはブラストランナー達が居た場所のすぐ後ろに、煙を上げる巨大なクレーターが。その周りにはブラストランナーだった残骸が散らばっている。

『……助かった、のか?』

バーコフが独りごちると、耳に先程聞こえてきた野太い声が届く。

『遅れてすまない、間に合ったようだな』

幾つもの重い足音がベースの入り口から聞こえ、ターレットレンズをそちらに向けると何機もの味方のブラストランナー達がやってくる。
ここで初めてバーコフ達は自分達が味方に助けられ、命拾いしたことを理解した。
最低野郎と呼ばれ、使い捨て前提の兵士と兵器たち。今日もまた、彼等は生き延びることが出来たのだった。



[34870] バレリオ攻城戦
Name: 第22SAS連隊隊員◆143f6d7d ID:54420b75
Date: 2012/09/05 03:36
装甲騎兵ボーダーブレイク

バレリオ攻城戦

アストラギウス銀河。その銀河ではギルガメスとバララント、二つの星系が開戦理由も定かではない戦争を百年も続けていた。
百年物歳月の間に、多くの人命や惑星が失われていった。そしてその戦争の中で開発された機動兵器、それがアーマード・トルーパー、ATである。
戦いは数で決まる。という言葉があるようにこのATはそれをある意味、見事なまでに体現した兵器であった。
徹底した低コスト、生産効率の合理化。それだけでなく操縦に必要な技術レベルも低く、短期間でパイロットの養成が可能であるなどまさに数で勝負する兵器であった。
しかし、ATは使い捨てが前提となり。下手をすれば拳銃さえ貫通する鉄で出来た薄い装甲、全身を循環する僅かな火種で炎上、爆発するポリマーリンゲル液、この手の兵器には必須である生命維持装置、脱出装置までもが簡略化されてしまった。
その結果、ATは搭乗者の死亡率が非常に高い兵器になり、「歩く棺桶」とまで比喩されるほどであった。が、ギルガメスにバララントの両軍にはそれこそ人員だけは腐るほど有り余っており、全くと言っていほど問題視されなかった。
そして、いつかATは搭乗兵器としては余りにも低すぎる生存率、こんな兵器に乗る人間もまた最下層に属する幾らでも替えが利く人間。
この二つを合わせて人々はAT、そしてATに乗る人間を軍の公式見解とは違った意味で『ボトムズ』と呼ぶようになった。
幾つもの戦火に晒される惑星、その中の一つに百年戦争とはまた違った戦争を惑星内で繰り広げている星があった。
そして、その星にもまた。とある最低野郎達が居た。





上からまるで滝の如く大量の水が降り注ぐ。余りの量に下に居る者は水の重さで押しつぶされそうだった。ここはギルガメス軍の基地内、その中のとある部屋で赤い耐圧服を着た五人の男が大量の水に晒されていた。
ヘルメット越しでも大量の水が跳ねる音で五月蠅いのが良く分かる。口の辺りから伸びる酸素ボンベに繋がったノズルが無ければ、まともに息もすることが出来ないだろう。

「ったくよぉ。この惑星に居る限りは、出撃から帰ってくる度にこんな事をしなくちゃならねぇのか?」

「我慢しろゴダン。俺達はニュードに耐性が無いんだ、洗浄を念入りにやらないとニュードに汚染されるぞ」

耐圧服越しでも分かる屈強な体付きの男、ガリー・ゴダンは周囲の音にも負けない様な大声で愚痴を垂れた。それを宥めるのはゴダンの直ぐ隣に立つ男、ノル・バーコフ。
現在洗浄されている五人の男はバーコフ率いる分隊であり、任務の一環としてこの惑星に配属された。配属先の惑星では百年戦争とはまた別の戦争、バーコフが口にした『ニュード』を巡って争っている。
ニュードとは、今までの物に代わる新しいエネルギーとして注目されていた。が、このニュードを発表した国際研究機関GRFはニュードは人体への高い毒性を持つ。という事実を隠蔽したまま発表。
そして、その隠蔽された事実は大量のニュードが貯蔵された軌道上の巨大研究施設、エイオースの爆発によって人々に知られた。
他組織がニュードを手に入れることを恐れたGRFは大規模な回収作業を開始する。一方、GRFへの不信感から国際的な抗議活動が発生し、ついには反GRF組織であるEUSTが発足した。
この惑星ではGRFとEUSTが互いにニュードを巡って争っており、どの場所でも戦火が絶えない。オマケにニュードに汚染された地域が主戦場となるため、戦場ではニュードに対して耐性を持つ耐性保持者がブラストランナーを駆り、戦っていた。
そしてこの惑星のGRFに配属されたバーコフ分隊、彼等はニュードが存在しない惑星産まれのため当然ながら耐性は持っていない。その為、ニュード汚染に対処するために改良された耐圧服を着て、汚染を防ぎながらATに乗って彼等は戦っていた。
が、装着者の汚染を防げたところで耐圧服そのものに付着したニュードは洗い流さなければならない。出撃から帰ってきた彼等はニュード洗浄のために現在進行形で洗われていた。
数十分に渡る洗浄が終わり五人は目の前にある重厚な扉を潜る。潜った先は細長い空間になっており天井も低い、五人とも潜り部屋の中で等間隔に並ぶと即座に扉が閉まり、同時に上下左右から強烈な風が吹き出す。
吹き出した風は耐圧服表面の水滴を一つ残らず吹き飛ばし、風が収まった頃には五人の耐圧服は塵一つ見当たらない新品同様の状態になっていた。

「ああ、やっと終わったぜ」

耐圧服の洗浄を終えて、洗浄区画を出たゴダンが開口一番に愚痴を零す。ヘルメット脱ぐとそれを小脇に抱え、中に籠っていた湿気によって蒸された頭髪を掻きむしる。
あとの四人もヘルメットを脱いで顔を掻きむしる、伸びをするなどして任務で疲れた体をほぐしていた。
丸い月が浮かぶ夜空の下、五人は洗浄区画から遅い夕食を食べに食堂へと向かう。食堂に到着するとトレイを取りその上にフォーク、スプーンを乗せカウンターの上にトレイを置く。
すると、カウンターの向こう側の兵士が慣れた手つきでトレイの上に料理を乗せて行き、トレイの上に本日の夕食が完成すると、それを手に取り空いているテーブルに座る。一番最後のコチャックがテーブルに座った所で五人は夕食を食べ始めた。

「にしてもよぉ、情報省のお偉いさんは何を考えて俺達をこんな辺鄙な場所に配属したんだか」

「さぁな、お偉いさんが考えることはわからん。ま、一兵士でしかない俺達には関係ないことだ。黙って任務をこなすしかない」

ゴダンは本日のメインディッシュである分厚いハムステーキをそのまま齧りながら疑問を口にする。その疑問に向かいに座っているバーコフはコンソメスープを啜りながら答えた。
バーコフ分隊はギルガメス軍情報省の長官であるフェドク・ウォッカムの命によってこの星に配属された。また、今の彼等は単なる軍人で無く情報省直轄の特殊部隊ISSの隊員となっている。
ウォッカム曰くこの配属も任務の一環らしいのだが、当然ながらバーコフ達にその理由を聞く権利は無かった。

「はぁ、この惑星に居る間はずっとあんな任務を続けなくちゃいけないのかよ……」

「仕方ねぇだろ、結局どこへ行こうが今は戦争中だ。中身が変わるだけで地獄なのは変わらねぇよ」

「……」

コチャックがポテトサラダを突きながら心底嫌そうに愚痴を零すと、隣のザキがそれを窘める。ザキの向かい側に座るキリコは無言でパンにピーナッツバターを塗っていた。
それから五人は他愛も無い雑談、ブラストランナーへの対策、今後行われるであろう任務について食べながら話し合った。
五人全員が夕食を食べ終え、空の食器が乗ったトレイをカウンターに置くと五人は食堂を後にした。その後、この基地で宛がわれた部屋に一旦立ち寄り、タオルと着替えを持つとシャワールームへと向かう。
既に遅い時間になっていたので、五人は手早くシャワーを浴びると身体を拭いて着替える。シャワールームを出た所で洗濯カートに洗濯物を放り込むと部屋に戻った。
全員が耐圧服の上をハンガーにかけてロッカーにしまうと、ベッドに横たわる。最後にバーコフが部屋の電気を消すと、部屋の中は窓からの月明かりでうっすらと照らされる。
入口脇のベッドに横になっているキリコは、窓から見える満月を眺めながら今までの事を思い返していた。
惑星ガレアデでの任務、ポリマーリンゲル液タンクの大爆発、粛清委員会の襲撃、マイナス200度のダウンバースト。
自分はあと、どれだけの地獄を見ればいいのだろうか? 今まで何度も死ぬような目に遭いながら、奇跡的にこうして生きている。少なくとも自分が生きている間は地獄が続くだろう。
キリコはそう締めくくって考えることを止めると、目を閉じて眠りに就いた。





翌日、起床したバーコフ分隊に早速本日の任務が言い渡された。
今回の任務は奪われたコアの奪還である。先日、城砦都市バレリオにてGRFのコアがEUSTに奪われてしまった。バレリオにはニュードの結晶が点在しており両者にとっては喉から手が出るほど欲している場所の一つである。
GRFのコアはその城砦都市の中にあり、そう簡単には攻め込まれない構造になっていたのだが、その点を過信してしまい夜に奇襲を受けて一気に陥落してしまった。
そこで即座に奪還作戦が立案され、奪われた直後で防衛体制が整っておらず、尚且つニュード結晶が回収されていないこのタイミングでバーコフ分隊に御鉢が回ってきたのだ。

「ったく、いきなりこれか」

ゴダンがヘルメットの内で舌打ちする。現在五人は山岳地帯をスコープドッグに乗って歩いていた。予定ではこの先にある城下町の入り口でブラストランナーの部隊と合流し、奪還作戦を開始することになっている。
空は清々しい青とまばらに白い雲が浮かんでおり、外に出かけるには絶好の天気だった。そんな青空の下、五機の緑色のATが茶色い山岳地帯をひたすら歩き続ける姿はどこかシュールである。
数十分ほど歩き続けて地平線の向こう側に城壁の頭が見えてきた。更に歩き続けると灰色の巨大な城壁が全て視界に収まり、手前の城門前には数機のブラストランナーが待機しているのが見える。

『よぉ、来たか』

『おお、あんたは昨日の。あん時は助かったぜ』

『そういえば自己紹介がまだだったな、俺はゴードンだ。』

『バーコフだ、今日はよろしく頼むぜ』

城門の前で待機しているブラストランナーの内、背中にガトリングガンを背負った一機は昨日の港での任務でバーコフ達を助けたパイロットだった。
ゴードンと名乗ったパイロットは乗っているブラストランナーの腕を軽く上げると自己紹介する。次いで、後ろに控えているブラストランナーを親指で差した。

『紹介するぜ。こいつがレオ、隣がレイン、後ろがゲルトだ』

『レオだ。よろしく頼む!』

『レインです。本日はよろしくお願いします』

『ゲルトだ。足を引っ張るなよ』

紹介された順にパイロットが搭乗するブラストランナーがアクションを取って自己紹介する。
レオぬブラストランナーは中性的な体格、背中に近接用の大型ブレードを背負った機体。レインのブラストランナーは細身でその手には狙撃銃を持っている。最後のゲルトのブラストランナーは屈強な体格に機関銃を持ち、彼の機体だけ脚部がホバークラフトになっている。

『ノル・バーコフだ。この分隊の隊長をしている』

『ガリー・ゴダン。まぁ、よろしくな』

『ダレ・コチャック。よろしく』

『ゲレンボラッシュ・ドロカ・ザキ』

『キリコ・キュービィーだ……』 

次にバーコフ達も自己紹介し、互いの挨拶を済ませた。そしてAT、ブラストランナーに乗るパイロットたちはこれから向かう城砦都市について話し合う。
このバレリオ城砦都市のコアが奪われたのはつい数日前。構造上、奪われたコアは都市を見下ろせる高い位置にあり、オマケに都市に続く道を除いた三方は切り立った崖に囲まれている。コアのあるベースに侵入出来るルートは都市からのみと防衛に適した形だ。
地雷などの本格的な防衛策は恐らくまだ敷かれていないため、作戦はコアへと忍び寄り防衛線の準備中であろう敵を奇襲するというものであった。
纏まっていると見つかる危険があるため、都市ではお互い適度に距離を取りながら侵攻。全員がベース間近に近付いた所で一気に攻撃に出る手筈である。
それぞれ進むルートを決め、全員が配置に付くと九体のロボットは城門を潜り都市へと進んでいった。
都市に入ってから十分後、城壁内部では横一列に並んだロボット達が民家に隠れながら着実に歩みを進めていた。
念には念を押して地面に地雷や索敵センサーが置かれていないか細心の注意を払いながら進んでいるが、ここに来るまでまだ一つも見つけていない。空から索敵するブラストランナーの偵察機も警戒していたが、こちらも全く見かけていない。

『驚くほど静かだな』

『見つからないことに越したことはありません。と言っても、流石にこれは不気味ですが』

バーコフとレインがこの静けさについて今の心情を口にする。
都市にはロボットの足音と水路を流れる水の音だけが響いており、それ以外の音は全く聞こえない。索敵センサーの電子音が聞こえれば心臓に悪いが、敵地で何も音がしないと言うのもこれはこれで心臓に悪い。
民家に隠れながら通りを偵察し、異常が無いことを確認すると通りをゆっくりと進む。と、左右を警戒しつつ水路に架かる橋を渡っていたキリコが視界の端に何かを捉えた。
反射的にそちらに視線を向け、ターレットレンズを偵察用の物に切り替える。キリコの視線の先には城壁上部に吊るされた巨大な金色の鐘。その鐘の下で何かが動いたような気がしたのだ。

『分隊長、あの鐘の下で何かが動かなかったか?』

『鐘? ……いや、何も居ないぞ?』

『こちらでも特に異常はありません』

キリコの疑問にバーコフも偵察用レンズで鐘の下を確認するが、何も見えない。レインも手に持った狙撃銃のスコープで覗くが、やはり異常は無かった。
バーコフとレインが再び前進する中キリコだけはしばらく鐘の下を見詰め、やがて後ろ髪を引かれる思いで橋を渡った。
その背中を高所からの眼差しが見送る。
作戦を開始してかなりの時間が立ちバーコフ達は都市を半分渡り切った。彼らの眼の前には長い上り坂があり、坂の先には目的のベースが。
ここに来るまで罠や襲撃等は一切無く、本当に準備中なのか、はたまた自分達を誘い込む為の罠なのか。期待を不安が九人の胸中に渦巻いていた。
あとはベース間近まで接近し配置に着いたら一斉に攻撃に出る。ここまで来たのならば後には引けない、鬼が出るか蛇が出るか、運命は天のみぞ知る。
坂を上る為の一歩を各々が踏み出した所で、ここで初めて新たな音が聞こえた。水の音と足音しか聞こえなかった耳が何かの音を拾う。
気の抜けるような高い音、時間と共にその音は大きくなって行く。九人の背中に寒気が走った。

『榴弾だ! みんな逃げろ!!』

レオが音の正体を察知して力の限り叫ぶ。ATは足裏のローラーを回転させ、ブラストランナーはブーストを全力で吹かす。
九体のロボットが一斉に後退し、一拍の間を置いて先程までロボット達が居たラインに榴弾の雨が降り注ぐ。地面を容赦なく抉り、石造りの民家を吹き飛ばし、巨大な火柱と土煙を幾つも上げる。

『気付かれていたか!』

その光景を見ていたゲルトが舌打ちする。ここで全員が自分達はまんまと誘い込まれていた事に気が付く。
更に追い打ちをかけるように、ゲルトが乗るブラストランナーの背中を照準が捉えた。背中から感じる殺気にゲルトは反射的に右方向に機体を傾けた。
ゲルトのブラストランナーの左肩を掠めるように線が通過する。獲物に喰らい付き損ねた線は地面に激突し土煙を上げた。

『狙撃だ! 狙われているぞ!!』

『オマケに囲まれています!!』

都市のそこかしこから鉛弾とニュードの弾丸が放たれ。AT、ブラストランナーが隠れる遮蔽物を穿って行く。
前に進めば榴弾の雨、後ろに下がれば狙撃の歓迎。前門の虎、後門の狼とはよく言ったもの。進むも地獄、引くも地獄とはこの事か。

『バーコフ、狙撃兵の相手は俺達がする! お前たちはベースに向かってくれ!』

『わかった! 死ぬなよゴードン!』

ゴードンの提案にバーコフは迷うこと無く賛成した。
ATの武装では狙撃する敵のブラストランナーに対抗するのはどう考えても無理である。しかし、ゴードン達の乗るブラストランナーならばレインの狙撃銃、場合によってはゴードンやゲルトのガトリングガンや機関銃で対抗できるだろう。
バーコフ分隊は目標のベースに向けてATを転身させ、ローラーダッシュで土煙を上げながら全速力で向かう。反対にゴードン達は各々の得物を構えてバーコフ達に背を向けた。
四機のブラストランナーは民家が密集する都市に散り、手始めに狙撃兵の位置を探る。
民家の陰にしゃがみ込んだレオは、アサルトライフルの銃口だけを壁から出して適当な方向に向けて引き金を引く。散発的に銃弾が放たれてレオのブラストランナーの足元に空薬莢が散らばった。
マガジン一つ分を撃ち終えてリロードの為にアサルトライフルを引っ込めると、途端に銃弾が民家の壁を穿った。レオはマガジンを交換し終えると機体の顔を僅かに壁から出して、銃弾が飛んできた方向にカメラをズームさせる。
狙撃兵がいると思われる城壁傍の高台には、太陽光を反射し光る物体が見えた。
レオは右手にアサルトライフル、左手に手榴弾を持つと。息を整えて民家から飛び出した。左右にブーストを吹かして狙われないように蛇行し、尚且つ高台に向けてアサルトライフルをフルオート連射する。
弾丸は高台の塀や後ろの城壁に命中し、その場で膝立ちしている狙撃兵には掠りもしなかった。狙撃兵も蛇行しながら近づいてくるブラストランナーに照準を合わせて引き金を引くが、こちらも全く命中しない。
やがて狙撃銃のマガジンが底を突き、狙撃兵はリロードのために塀に身を隠す。その行動をしっかりと見ていたレオはブラストランナーを時計回りに一回転させ、左手に持っていた手榴弾をアンダースローで投げた。
緩い弧を描いて手榴弾は高台の塀を越え、後ろの城壁に跳ね返りマガジンを交換していた狙撃兵の足元に転がる。それに気が付かなかった狙撃兵は新たな弾倉を叩き込んだ狙撃銃を構え、棒立ちになっているブラストランナーの頭に照準を合わせて、引き金に指をかけた所で足元からの爆風に吹き飛ばされた。
高台から吹き飛ばされた狙撃兵は石を敷き詰めて作られた通りに叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
一方、ゲルトはホバー脚の特性を活かして都市の中央にある水路の交差点上に浮かんでいた。足元から水飛沫を撒き散らし、前後左右に慣性を付けて不規則に水上を舞う。
先程からニュードの弾丸がゲルトを狙うが、その全てが水面を叩いて水柱を上げるばかり。当のゲルトは弾丸の軌跡から冷静に狙撃兵の位置を割り出していた。
やがて、城壁の上に居る敵の位置を完全に掴むとブラストランナーが持つ機関銃を背負い。代わりに大型のバズーカ、サワードキャノンを構える。
構えたそれを狙撃兵では無く自分か浮かぶ水面に向けて撃ち、狙撃兵と自分の間に巨大な水柱を作った。
スコープを覗いていた狙撃兵は突然の水柱に驚き、その向こうに隠れるターゲットを探す。右へ左へと視界を動かすが姿は見当たらない、とすれば水柱の向こうで待ち構えているか。
銃口を水柱に向け収まるのを狙撃兵は待つ。収まると同時に引き金を引くつもりであったが、その前にスコープに映る水柱の向こうから白い弾頭が飛んできた。
弾頭は城壁の上で構えていたブラストランナーの頭に直撃し、爆発する。頭部から煙を上げながら狙撃兵は城壁の外側に落ちていった。

「フン、警戒を怠るからだ」

ゲルトは鼻息を一つ鳴らして散って行ったブラストランナーに戒めの言葉を送る。その言葉が届くことは決して無いが。
そして、ブラストランナーパイロットの中で最も狙撃兵に対抗できるであろう装備のレイン。彼は城砦都市の入り口付近の高台に上り、城壁に吊るされた鐘の下から自分を狙う敵と対峙していた。
狙撃と狙撃、条件は五分と五分。どちらか先に動けば、一瞬の隙を突いて動いた方が撃ち抜かれる。かといって何時までも我慢比べをしていては埒が開かない。
レインは狙撃銃を右手に持ったまま、左手でブラストランナーの背中に積んである物を手に取った。
レインを狙っている狙撃兵は銃口を彼のブラストランナーが隠れた瓦礫に向けていた。瓦礫の近くにはブラストランナーが隠れられるような遮蔽物は存在しておらず、飛び出せば次の物陰に隠れる前に狙撃できる。
少しでも動きがあれば撃てる準備は整っていた。と、瓦礫を狙う照準が映る視界で何かが右に飛び出す。反射的に飛び出した物をスコープで追うと、それは台座に細い支柱が付けられその先に銃が備え付けられた物体。セントリーガンだった。
慌ててスコープを元の位置に戻すと、そこには此方に銃口を向けるブラストランナーの姿が。
レインのブラストランナーが引き金を引いた。長い銃身を持つ狙撃銃から弾丸が放たれ、同時に空薬莢が一つ宙を舞う。
弾丸は回転しながら同じく狙撃銃を構えるブラストランナーに疾駆し、やがてスコープレンズを貫いて頭部を撃ち抜いた。ブラストランナーが倒れると同時にレインの機体の足元に空薬莢が転がる。
その頃、ゴードンは崩れかけた民家の陰に隠れながら見えない敵と戦っていた。民家から飛び出してはガトリングガンを散発的に撃つが、元々数で押す武器であるガトリングガンでは集弾率が悪く遠くの敵に命中弾を叩きこめない。
機体を安定させて発射すれば命中させる事が出来るかもしれないが、そんなことをすれば格好の的である。
城壁上の敵の位置は掴めているが、こちらにその敵を確実に攻撃できる手段が無いため歯痒い思いをする。敵の狙撃兵を攻撃できる唯一の手段は背中に背負ったタイタン榴弾砲ただ一つ。あとの問題は如何にしてそれを命中させるかだ。
ガトリングガンの弾倉を交換しつつ思案すると、リスクは大きいが方法が思い浮かぶ。今はこの方法しか思いつかない、一か八かに賭けるか。
ゴードンは覚悟を決めるとブラストランナーをその場でしゃがませて、背中の榴弾砲の砲身を伸ばす。コックピットのゴードンはディスプレイに映るマップから、狙撃兵が居る位置からやや離れた場所を指でタッチする。
すると、長い砲身からテンポよく榴弾が撃ち上げられ空の青に消えて行った。砲身を元に戻してゴードンはガトリングガンを構えると、自分を狙う狙撃兵が居る城壁上。その城壁の縁を機体を安定させて右から左にガトリングガンで掃射し始めた。
石造りの城壁の縁が次々と砕かれ石の破片が舞う。城壁上の狙撃兵は弾丸の嵐が自分に近づいてくることを察知すると、一旦構えるのを止めて弾丸の嵐から逃げることにした。
ブーストから青い炎が噴き出し、機体を前進させる。その後を追う様に破壊の嵐は城壁を破壊して行く。
やがて、嵐から十分な距離を取った所で狙撃兵は再び銃を構えようとした。銃に手をかけた所で上から何か聞こえる、思わず上を見上げると空の青と雲の白に混じって赤い火の玉が落ちてきた。
火の玉は狙撃兵の右側の城壁を砕き、次に左側の退路を断つ。トドメに進退極まった狙撃兵に火の玉が直撃し、砕かれて瓦礫とかした城壁の中に埋もれて行った。

「案外、上手くいくものだな」

ゴードンはブラストランナーの中で笑みを浮かべると、バーコフ達が向かったベースに視線を向け、彼らの無事を祈った。
ベースへと向かったバーコフ達は榴弾の雨の中を紙一重で潜り抜けていた。次々と絶え間なく降り注ぐ破壊の雨、その中をローラーダッシュ、ターンピックを駆使しながら突き進む。
目的のベースまであと僅か、この雨さえ乗り越えれば戦闘に持ちこめる。スコープ越しに映る火柱と土煙の中を潜り抜けながら彼等はひたすら走り続ける。
永遠に続くと思われた破壊の雨の向こうにゴール、ベースの入口が見えてきた。五人はここでローラーダッシュを最大まで回転させ一気にベースに突撃する。
あちこちが苔生した石の階段を駆け上がり、ベースに突入すると。そこには榴弾砲の次弾を装填する五機のブラストランナーが。
バーコフ達はスピードを落とさずにブラストランナーに接近すると、バーコフのATは肩のミサイルポッドを、ゴダンはソリッドシューターを、コチャックとザキの機体はマシンガンをブラストランナーに向けて放つ。榴弾砲を構えていた四機のブラストランナーは成す術もなく直撃を浴びてスクラップに変わった。
最後に残った一機をキリコのATはショルダータックルでニュードのコアを支える柱に叩き付ける。背中から叩きつけられたブラストランナーは力なく項垂れ、それに追い打ちをかけるように胴体にアームパンチを叩き込んだ。
トドメにキリコはロングバレルマシンガンの銃口を敵の頭に突き付け、引き金を引く。銃弾はブラストランナーの頭を射抜いて機能を完全に停止させた。

『これで最後だな』

『だな、任務完了だ!』

キリコの言葉通り、彼が仕留めたブラストランナーでベース内の敵は居なくなった。あとは任務完了の旨を司令部に伝えれば直に友軍がやってくるだろう。
バーコフ分隊の面々は安堵したように息を吐くと、今日も生き延びることが出来たことを実感するのであった。そんな彼らを労う様に城壁に吊るされた黄金の鐘が鳴り響く。鐘の音に驚いたのか、鳥の群れが大空へと飛び立って行った。
その鳥の群れの向こう側、丁度バーコフ達が居るベースを見下ろせる山の頂から、巨大な片刃のブレードを担いだ一機のブラストランナーが彼らを見詰めていた。



[34870] 零下の巨影
Name: 第22SAS連隊隊員◆143f6d7d ID:d9e96a86
Date: 2013/06/04 04:02
装甲騎兵ボーダーブレイク

零下の巨影

吹雪が吹いていた。GRFとEUSTの二つの勢力によるニュードを巡る戦争により数多く廃棄された区画、ここD51もそんな廃棄された数ある区画の一つである。
長い間、決して止む事の無い吹雪に晒され続け今にも崩れ落ちそうなビル群。そのビルすらも白く塗り潰してしまうほどの猛吹雪の中を、五体の影が歩いていた。互いに付かず離れずの距離を保ちつつ一歩一歩を確かめるように歩き、左右に並んだビルの間をひたすら歩んで行く。

「ったく、まさか、また吹雪の中を歩く羽目になるなんてな」

「安心しろゴダン、今回は以前のようなダウンバーストは起きない。コチャックも心配しなくて良いぞ」

「あんな無茶苦茶な調合はもう勘弁だ……。というよりも、あの配合比率は二度と作れる気がしない」

歩き続ける五体の影。白を基調とした冬季迷彩に塗装され、足には雪上走行用の装備を付けたAT――アーマード・トルーパー、スコープドッグ。そのパイロットであるガリー・ゴダン、ノル・バーコフ、ダレ・コチャックは通信で呟いた。
バーコフ率いる彼等は以前にも猛吹雪の中をATで歩き続け配属先の基地に辿り着き、更にその基地を防衛するための戦闘途中にマイナス200度のダウンバーストに襲われた経験がある。
彼らがこうして生きているのは気象学の知識を持っているバーコフがダウンバーストを予見し、更にATの内部を循環するポリマーリンゲル液の技術者でもあるコチャック。この二人が『偶然』にも揃っていた為、マイナス200度でも凍結しないポリマーリンゲル液をコチャックが配合し九死に一生を得たのだ。
この猛吹雪の中を歩き続けていると、バーコフ分隊の面々は嫌でもあの時の事を思い出す。

「分隊長、目的地のGRFのベースまでの距離は?」

「作戦開始まで時間が無いが、あと五分もしないだろう。PL液をしっかりと温めておけよ」

「こんな所とはさっさとおさらばしたいな」

バーコフ分隊の一員であるキリコ・キュービィーは事務的な口調で隊長であるバーコフに尋ね、ゲレンボラッシュ・ドロカ・ザキはダウンバーストの時を思い出し、身震いしながら愚痴を零す。
そしてバーコフの言うとおり、それから五分もしない内に分隊はGRFベースへと辿り着いた。ベースの周りには他に比べて背の高いビルが周りを取り囲んでおり、この場所だけは吹雪の影響も小さかった。
ベース何は巨大なパラボナアンテナ型のレーダーが首を左右に振り、盾の付いた数機の自動砲台も同じく首を左右に振ってベース内を絶えず警戒している。
そしてベース中央に存在する巨大な傘、その下には最大の防衛目標である緑色に光輝くニュードコアが台座の上で静かに輝いていた。
傘の下には先に到着していた五機のブラストランナーが待機しており、バーコフ分隊の到着に気が付くと先頭で待機していたリーダーらしき機体が手を振る。

『何とか間に合ったか、遅れてすまんな』

『気にするな、俺達もついさっき到着したばかりだ。この吹雪じゃ仕方ない』

バーコフが一先ず時間ギリギリに到着したことを通信で謝罪すると、手を振ったブラストランナーは器用に肩を竦めるような動作をとる。
その動きに小さな笑いが起きると、今度は打って変わって生真面目な口調で今回の作戦を話し始めた。

『今回の作戦は西側にあるEUSTのコアの確保、及び破壊が目的だ。だが、この吹雪で真正面から突っ込むのは自殺行為。そこでだ』

リーダーの男が「マップを開いてくれ」と言うと、分隊のメンバーはコックピット内の小さなディスプレイにここD51のマップを表示させた。
ディスプレイに映るマップには東側に自分達GRFのベース、その反対側。つまりは西側にEUSTのベースが存在する。

『まず、部隊を二つに分けよう。片方の部隊が中央にある窪地で敵を引き付ける。その隙にもう一つの部隊は南側の小さな迂回路を使って敵の背後を叩くんだ』

『つまりは挟み打ちで一網打尽、敵さんを全滅させたら残り少ないであろうベース防衛を一気に叩くって訳か』

『その通りだ、話が早くて助かるよ』

リーダーの男が口にした案は実に分かりやすい物。しかし、分かりやすいからこそ効果は大きく挟み撃ちにされればどんな集団であろうと、ひとたまりも無い。オマケにこの悪天候で偵察機や索敵センサー、もしくはレーダーユニットでも使わない限り迂回路を移動する部隊の発見は困難である。
案件を確認すると、部隊の割り振りを決め始める。陽動部隊は出来る限り人数を多くしたいが、かといって人数を間違えれば敵の後ろを襲う奇襲の効果が小さくなる。
話し合いの結果、ATのみで構成されたバーコフ分隊は全員が陽動部隊に。ブラストランナー部隊はリーダー機が同じく陽動、残りの機体は全て奇襲部隊へと割り振られ、陽動6:奇襲4の比率となった。
ちなみに、バーコフ分隊全員が陽動になった理由は「敵もATが多ければ調子に乗るはず」という実に分かりやすい理由である。
部隊の割り振り、移動ルート、奇襲のタイミング。作戦内容の確認と調整を全て行い、いよいよ作戦開始が目前に迫る。吹雪は相も変わらず続いているが白い煙幕は心なしか先程よりも弱くなっていた。
バーコフ分隊のメンバーの視界にはAT搭乗の際に必須となるスコープが下りており、スコープドッグのターレットレンズからの視覚情報は全てこのスコープに映し出される。そのスコープの隅には作戦開始までのカウントダウンをコンマ五桁まで表示するタイマーが残り十秒を切っていた。
ある者は固唾を飲み、ある者は操縦桿を握り締め、ある者は深呼吸する。このベースに集まった十人の男達は思い思いの方法で精神を落ち着かせ、目の前の作戦に集中する。
やがて、タイマーが一秒を切り。その後ろにある五桁の数字が左から次々と0に変わり、全てが0になると作戦開始の声が上がる。

『作戦開始!!』

十体のロボットが一斉に駆け出した。ベースに薄く降り積もった雪を巻き上げ、D51の唯一の進軍ルートであるビル群の谷間へと突き進む。
ベースを飛び出した所で陽動部隊と奇襲部隊に別れ陽動部隊はそのまま西の窪地に向けて直進。奇襲部隊は窪地手前で進路を変更し、手筈通りに南の小さな迂回路に向かう。
陽動部隊の六体が雪で出来た丘を乗り越えて窪地に顔を出すと同時に銃弾が雪を舞い散らせる。先頭を走っていたバーコフとリーダー機は素早く崩れた高速道路に身を隠すと、後続の四機も同じく身を隠す。
暫くの間は高速道路の瓦礫の向こうで爆風や銃弾が絶え間なく轟き、その度に瓦礫の破片がパラパラと剥がれ落ちる。敵の攻撃が止んだ事を確認するとバーコフ分隊とリーダー機は左右から顔を出してお返しとばかりに猛攻を開始。
マシンガンにミサイルポッド、ソリッドシューターにグレネードランチャーが窪地の向こう側に殺到する。敵も同じく崩れた高速道路に身を隠して攻撃をやり過ごし、武器のリロードが完了すると再びバーコフ達を攻撃する。
この攻防が二回ほど入れ替わる頃には吹雪は殆ど収まり、鉛色の雲の合間からは太陽が顔を出そうとしていた。
EUST部隊の三回目の攻撃中、それは背後から現れた。四機のブラストランナーが背後のビルから飛び降り、その手にはアサルトライフルにガトリングガン、ショットガンにニュード機関銃が握られている。
銃口は既にEUSTのブラストに合わせており、四機のブラストは躊躇うこと無く引き金を引いた。
銃口から次々と鉛弾にニュードの弾丸が撃ち出され攻撃の真っ最中で後ろが無警戒になっているブラストの集団に殺到。頭部を撃ち抜かれた機体、コックピットである胴体に直撃した機体、今、まさに投擲しようとしている手榴弾に命中し右腕が跡形も無く吹き飛んだ機体。
EUSTのブラスト集団は奇襲の初撃で半分が撃破され、運よく生き残った半分も次の瞬間には前後からの攻撃によってスクラップと化した。
文字通り一瞬で敵ブラストの集団を撃破したGRFのメンバーは一度窪地に集まり、最終目標である敵ベースに向けての進行準備を整える。あとはベースで待ち構えているであろう残りの敵防衛部隊だが、この数でなら間違いなく制圧できる。
弾装の交換を終えて簡単な機体チェックも済ませると十機のロボットはEUSTベースへ向けて進軍を開始した。罠を警戒しつつ今度は作戦開始の時よりも幾分か緩やかに機体を走らせる。
崩れた高速道路を越えて、奇襲部隊が飛び降りたビルの角を曲がり後はこのまま直進するとEUSTのベースへと辿り着く。
と、バーコフの視界中央に何かが映った。バーコフは目を凝らして中央の黒い物体を確認しようとするが焦点が合わないのかおぼろげな輪郭しか見えない。バーコフはスコープドッグのターレットレンズを切り替えて焦点を合わせると、今度は物体がハッキリと見えた。
バーコフの眼に見えたのは黒い巨鳥だった。左右の巨大な翼からは青い噴射炎を噴き出し、その翼の下にはバーコフから見て左側に三つの銃口を持つチェインガン、左側に大口径のグレネードランチャーがぶら下がっている。
そして物体の中央、鳥の嘴を思わせるその箇所には緑色の光球が徐々に大きなっていた。バーコフの背筋に寒気が走る。

『避けろ!!』

バーコフは叫ぶと同時に機体を右に、分隊のメンバーも左右に素早く機体を逃がす。ブラストランナーに乗ったリーダーとショットガンを持つ機体も咄嗟に機体を右に逃がした。
反応が遅れてその場に棒立ちとなった残りの三機のブラストランナー。次の瞬間には彼等は緑色の光に跡形もなく吹き飛ばされた。

『ワフトローダーだ!! 逃げろ!!』

リーダーの男は機体を立て直しつつ叫ぶと、退却するように指示を飛ばす。バーコフ分隊も彼の叫びから黒い鳥――ワフトローダーが自分達には到底敵わない敵であることを悟る。
機体を起こして逃げようとする彼等に容赦なくチェインガンから鉛弾の暴風雨が、グレネードランチャーから榴弾の雨が、ニュードキャノンから死の一撃が降り注ぐ。
黒い死神から逃げるために今にも崩れそうな機体を必死に制御し、左右に蛇行しながら七機のロボットは逃げ惑う。
来た道を戻ってビルを曲がり、窪地を越え、高速道路の瓦礫を越えて酷く長く感じた道のりを走り続けて自軍のベースへと逃げ延びた。バーコフ達は被っているヘルメットから伸びるノズル、そこから供給される酸素を貪るように吸い込み恐慌する心臓と頭を何とか落ち着かせた。

『い、一体なんだありゃ!?』

『ワフトローダー、ブラストランナーが搭乗する兵器だよ。まさかあんな物を持っているなんて……』

リーダーの男も深呼吸しながらバーコフの質問に答える。
全員の精神が落ち着いた所で改めてリーダーの男は先程の兵器、ワフトローダーの説明を始めた。
曰く、三機までブラストランナーが搭乗することが可能であり。それぞれ操縦、チェインガン、グレネードランチャーを担当する。当然ながら耐久力は並外れており余程の高威力の武器をまとめて直撃させない限りは撃破は困難を極める。
更に悪い事にあの黒いワフトローダーはシールド発生装置を装備しており、正面からの攻撃は殆どが無効化されるとのこと。
弱点は後方の操縦席下部に設置されたニュードラジエーターだが、そこを狙う為にはチェインガンとグレネードランチャーの攻撃を掻い潜ならければならない。
そこまで聞いてバーコフは自分達が完全に手詰まりである事を悟った。
高威力の武器など自分達の機体にはある訳が無い。弱点であるラジエーターを狙うにしてもあの二つの銃座の攻撃を避けながら狙うなど不可能。銃座を先に破壊しようにもシールドを展開されてはやはり無意味だ。
オマケにワフトローダーの護衛の為に随伴のブラストランナーも数機付いているであろう。

『俺達の手持ちの武器で一番威力が高いのは恐らく俺のミサイルポッドと、ゴダンのソリッドシューターか』

『俺はグレネードランチャーかこの近接戦用のデュエルソード、それかこいつのリムペットボムVだな……』

リーダーの男が言うと、ブラストランナー部隊で唯一生き残った機体が腕に装着された弾装から縁が黄色に塗装された、アンテナ付きのリモコン爆弾を取り出した。

『このリムペットボムをラジエーターに纏めて直に貼り付けることが出来れば間違いなく破壊は出来るのだが……』

『自殺行為、だな』

『それか、自分の機体に纏めて貼り付けてワフトローダーに抱きついて自爆するか……。無論、これは言うまでも無く却下だが』

この場で唯一あのワフトローダーを撃破できる可能性を秘めているのは、ブラストランナーの持つリムペットボムVのみ。しかし、撃破するには弱点に直に、しかも纏めて設置して爆破しなければならない。
あとはリーダーの男が冗談で口にした所謂『神風アタック』を犠牲は承知の上で仕掛けるか。無論、自ら進んで犠牲になろうと考える高邁な精神の持ち主はこの中に居るはずも無い。生きる事に誰よりも何よりも執着しているバーコフ分隊は言わずもがな。
何か、何か、策は無いのかと全員が頭を捻っている最中。キリコだけは別の事を考えていた。
キリコだけはベースの北西にそびえ立ちベースに長い影を落とす一際高く傾いたビルをじっと見つめ、何かを考えていた。やがて考えを纏めると自分の考えをバーコフに伝える。

『分隊長、あのビルは使えないか?』

『ビル? あのやたらと高いビルか?』

『まさか、あのビルから飛び降りて奇襲をかけようってか?』

『それは違うなゴダン、俺の作戦はこうだ』

キリコが考え出した作戦、自分達の手持ちの火器であの黒い巨鳥を撃破することが出来るかもしれない唯一のプラン。キリコの作戦を聞き終えた六人は、この手詰まりの状態で一筋の光明を見出した。

『そうだな、これ以上のベストな作戦は無いだろう。キリコの案で行くぞ』

『だったら早速準備を始めよう、敵もそろそろ体勢を整えてこっちに来るはずだ。時間が無い』

バーコフとリーダーの男はキリコのプランを再確認し必要な準備を揃えるためにメンバーに指示を出す。誰もが生き残るために全員は懸命に動き続けた。
やがて全ての準備が整い、本日二度目の作戦開始が告げられる。

『失敗は許されないぞ、作戦開始だ!!』

生き残りをかけた作戦の火蓋は切って落とされた。ベースから三機のATが飛び出しキリコを先頭に後ろにザキ、更にその後ろにコチャックが続く。三機は雪を巻き上げ白い航跡を残しながら奇襲をかけた窪地へと向かう。
瓦礫に身を隠して前方の様子を窺うと、丁度ビルの曲がり角から黒いワフトローダーが顔を覗かせた。その下には随伴の数機のブラストランナーが歩いている。

『確認した、派手に行くぞ』

『了解』

『ああ、神様……』

ザキが了承を、コチャックが祈りを呟くと三機のATは瓦礫の脇から顔とマシンガンを覗かせて一斉に発砲。数発の銃弾がワフトローダーのボディに命中するが、掠り傷が付くほどであった。
ワフトローダーは機体の前面に半透明の六角形の集まり。ハニカム構造のシールドを展開すると主砲のチャージを開始する。その間にも左右の銃座は絶え間なく鉛弾と榴弾を吐き出し続けた。
キリコ達はワフトローダーがシールドを展開した時点で瓦礫から離れて後退を開始していた。最後にコチャックが離れた所で榴弾と銃弾が瓦礫に襲い掛かり粉々に撃ち砕く。
三機のATはワフトローダーの攻撃を避けながら後退しつつマシンガンを撃ち続け、遂にはGRFベースの目の前に辿り着いた。ベースの入り口前に三機のATは並び、黒い鳥と対峙する。
巨鳥の嘴には溢れんばかりの光を放つ緑色の光球が今にも放たれようとしていた。限界まで充填されたニュードキャノンの直撃を浴びれば、痛みを感じる間もなくあの世へ行きである。
左右の銃座も銃口をATに向けてトドメを刺さんと狙いを定めた。随伴するブラストランナーも各々の獲物を構える。
そんな絶対絶命の状況下、キリコはただ一言だけ呟いた。

『今だ』

キリコ達の左側、一際背の高いビルの根元が爆ぜた。
老朽化して傾き危ういバランスでなんとか持ち堪えているビルの根元が一気に吹き飛ばされ、支えを無くしたビルはゆっくりとその身を落とす。その先には黒い巨鳥が。
ビルは途中で自重に耐えられなくなり中程から真っ二つに折れた。折れたビルの片方は先に逃げようとしたブラストランナーを容赦なく踏み潰し、もう片方は後退して避けようとしたワフトローダーに直撃した。何倍、何十倍もの質量の塊がワフトローダーを押し潰す。
やがて、限界に達したニュードキャノンは放たれること無く砲身内で暴発し、黒い鳥は自らの武器でその身を滅ぼした。

『撃破確認』

キリコがそう告げると、崩れたビルの根元から二機のATとブラストランナーが姿を現した。ATが持つソリッドシューターと肩のミサイルポッド、ブラストランナーがもつグレネードランチャーからは硝煙が立ち昇っている。

『やった……よな?』

『ああ、ブラストランナーも全滅。敵影は一切なし。俺達の勝利だ!』

七人が勝鬨を上げる。不可能と思われたワフトローダーの撃破、それをキリコの作戦――敵を誘き寄せ、手持ちの火器を使ってビルを破壊し、その下敷きにする――は見事に成功。
生き残った者たちは生きている喜びを噛み締め、搭乗する機体でその喜びを表現する。が、その喜びも長くは続かなかった。
七機のコックピットに鳴り響くアラート音。ディスプレイには新たな機影が一つ。瞬きを終えて瞼を開けた次の刹那には一機ブラストランナーが左右に割れていた。
頭頂部から股までを綺麗に一直線に切り裂かれ、搭乗していたパイロットは自分の身に何が起きたのか知らぬまま散っていった。
切り裂いた本人――全身を夜を思わせる漆黒の一色に染め、右肩を血の様な暗い赤で染め抜いたブラストランナーは、振り下ろした巨大な片刃のブレードを右に振り抜く。その先にはリーダーの男が乗っているブラストランナーが。
刃が叩きつけられ、今度は胴体を横に真っ二つに切り裂いた。ここで新たな敵に反応したゴダンがソリッドシューターを放つ。が、黒いブラストランナーは後退せずに逆にゴダンのATへと踏み込み、そのままショルダータックルを浴びせた。

『ゴダン!!』

バーコフが叫ぶと、黒いブラストランナーはすぐさまバーコフの機体を狙い。ブレードの峰の部分を叩きつける。胸部に命中した一撃は薄いスコープドッグの装甲を大きくへこませながら吹き飛ばした。ゴダンとバーコフのスコープドッグはビルの下、キリコ達がいる場所へと叩き落とされた。
一瞬にして二機を完全破壊し、更に二機を無力化したブラストランナー。突如、現れた敵にキリコ、ザキ、コチャックは警戒する。
黒いブラストランナー。鋭角的な身体つきに、その頭部には鬼を連想させる一本の角が生えており、バイザーアイがキリコ達を睨みつける。

「野郎!!」

ザキがしびれを切らして手に持つマシンガンでブラストランナーを撃った。黒いブラストランナーは即座にその場から飛び上がりキリコ達から離れた場所に着地する。
手に持った巨大な片刃のブレードを背中に背負うと、ブレードは中央から折り畳まれて背中に収まった。代わりに取り出したのは二丁のサブマシンガン。
右手のサブマシンガンは延長マガジンにロングバレル、バレルの下には本来は左手で握る為のグリップが装着されている。まるで旧式の銃に無理矢理カスタムパーツを取り付けたような外見をしている。
左手のサブマシンガンは逆にグリップこそ付いているものの、それ以外にカスタムパーツは見当たらず。無駄な装飾の一切を省いた軍用のサブマシンガンを思わせる外見。
黒いブラストランナーは腰のブースターから赤い噴射炎を噴かすと、蛇行しながらキリコ達に接近してきた。ザキが再びマシンガンを放つが、黒いブラストは嘲笑う様に旋回しながら銃弾を悉く避ける。
キリコ達との距離を半分まで詰めると黒いブラストは両手のサブマシンガンの引き金を引き。ザキに向けて銃弾の雨を浴びせた。ザキも避けようとするが、その前にATの足を撃ち抜かれて動きが取れなくなり、その隙を付いて銃弾が浴びせられた。

『ザキ!!』

距離を詰めたブラストランナーは今度はコチャックに向けて回し蹴りを放つ、速さと体重が乗った重い蹴りの一撃。その直撃を浴びたコチャックは呻き声を上げる暇も無く壁に叩きつけられた。
そして最後に残ったキリコ。黒いブラストは両手のサブマシンガンの銃口をキリコのスコープドッグに向けると、同時に黒い穴がバイザーアイに突き付けられる。キリコも同じくマシンガンの銃口を黒いブラストに向けていた。
両者は微動だにせず二つと一つの銃口を向けあい静かに時が流れる。キリコは操縦桿のトリガーに指をかけ何時でも撃てるようにしていた。
やがて、観念したのか黒いブラストが腰のブースターをキリコのスコープドッグに向けると、全力で噴射させ後退して行く。
キリコは去って行くブラストランナーに銃口を向けたまま、その姿が消えるまでトリガーから指を離さなかった。やがて黒いブラストが地吹雪の向こうに消えるとキリコは安堵のため息を吐き、震える指をトリガーから話す。
そして、キリコの脳裏には過去の悪夢が蘇っていた。右肩を血の様な暗い赤で染め抜いた鉄の悪魔、吸血部隊レッドショルダー。決して忘れることが出来ない暗い過去。どれだけ走っても、どれだけ逃げ続けても追いかけてくる悪夢。キリコは頭を押さえ、必死にその過去を忘れようと頭を振る。

「あいつは一体、なんだったんだ……」

キリコの疑問に答える者はいなかった。



[34870] 天を衝く光
Name: 第22SAS連隊隊員◆143f6d7d ID:d6ee3393
Date: 2013/07/15 23:22
装甲騎兵ボーダーブレイク

天を衝く光

雨が降っていた。空を覆う鉛色の雲から絶えず雨粒が降り注ぎ地表を濡らす。雲間から時折、幾重にも折れ曲がった稲妻が世界を照らし轟きを上げる。
ここはデ・ネブラ。ニュード戦争の発端となった研究施設エイオースの残骸があちこちに点在する山岳地帯である。
山岳の至る所に崩壊したエイオースの一部が存在しており、時と共にその表面は苔や蔦状植物に覆われてさながら自然の芸術作品と化している。
至る所が切り立った崖になっており、一歩足を踏み外せば奈落の底へと転落し、容赦無い死が待ち受けている危険極まりない山岳地帯。そんな場所でも幾重もの火線が重なり、幾つもの爆発があちこちで巻き起こる。

『よくもまぁ、こんな場所で派手にやってるな』

『戦争に場所や時間も関係ないだろ、ゴダン』

デ・ネブラの東側、戦場を見下ろすことが出来るGRFベースから、あちこちで繰り広げられている戦闘を見ながらゴダンが呟く。ここは山岳地帯であることに加えてエイオースの残骸、更にはニュード回収設備も点在しており元から狭い戦場が更に狭くなっている。
当然ながらそのような場所で戦闘を行おうものなら必然的に戦闘は激しくなる。だが、バーコフが言ったように戦争に場所も時間も関係ない。そこにあるのは撃つか撃たれるか、殺すか殺されるか、勝つか負けるかの二者択一のみ。
撃った者が、殺した者が、勝った者だけが生き残り。撃たれた者が、殺された者が、負けた者は容赦なく死ぬ。どこまでもわかりやすくシンプルで極めて単純な結果が残る。それが戦闘であり戦争である。

『ようし、俺達もそろそろ行くぞ。今回の任務はサテライトバンカーを運ぶためのルートの確保だ』

バーコフが搭乗するスコープドッグが右手のショートバレルマシンガンで今回の任務目標――サテライトバンカーを指した。
楕円形の形をした衛星砲の誘導装置となるサテライトバンカー。威力は絶大の一言であり、GRFはこれをEUSTのコアに直撃させようと考えている。
しかし、衛星砲はサテライトバンカーを中心に発射されるため、これをコアに直撃させるには当然ながら敵のベース、しかもコアの真下でバンカーを起動させなければならない。
そこで今回のバーコフ達に与えられた任務は、敵を撃破しサテライトバンカーの運搬ルートの安全を確保するというもの。
バーコフのATが右手を振り上げると、それに応えるように彼の後ろに並ぶ四機のスコープドッグが同じく得物を持った右手を振り上げる。
先頭のバーコフ機が足裏のホイールを回転させるとATの足元からが泥が撒き上がり始めた。ホイールの回転数が一定を超えるとバーコフのスコープドッグは雨水と泥を撒き散らしながらベースを滑るように飛び出し、その後に続いて残る四機の同型のATもベースを後にした。
山肌の緩やかな斜面を滑らかに下り、狭いルートを一列に並んで縫うように走り抜ける。間もなくしてGRFのベースから最も近い位置で行われている戦闘エリアに到着した。
谷の向こう岸と手前に二つの建築物、間には建築物を繋ぐ橋が架かっており、EUSTにとってここは抜ければ目標のGRFベースまでのショートカットとなる重要ポイント。当然ながらGRFもこの場所を死守するために必死に抵抗している。
バーコフ達が到着すると同時に建築物の陰から飛び出して箸を渡ろうとした一機のブラストランナーが、向こう側から飛んできたロケット砲の直撃を胴体に浴びた。
胴体――つまりはコックピットに命中したロケット砲は爆発し、破片と爆風を撒き散らす。上半身を失ったブラストランナーは橋から崖に転落し、あっという間に霧の向こうに姿を消す。
バーコフは転落したブラストランナーの姿を一瞥するとすぐさま壁に張り付いた。後続の四機もそれぞれが物陰に隠れ得物を構える。
バーコフのスコープドッグが橋の向こうの様子を窺がう為に顔を出そうとした瞬間、弾丸の嵐が壁を穿った。鉄筋とコンクリートで出来た頑丈な壁も次々と襲い来る弾丸によって削られて行き弾痕を残す。何発かの弾丸は壁を貫通し、バーコフのATを掠めた。
暫くの間、橋の向こうから幾つもの火線が通り抜ける。やがて火線が収まるとバーコフはその隙を逃さず命令を下した。

『撃て!!』

物陰からバーコフ達のATに加えGRFのブラストランナーも合わせて顔を出し、銃火器のトリガーを一斉に引く。今度は逆にこちらが火線を放ち、橋の向こうに居るであろうEUSTのブラストランナーに向けて攻撃。
今度は反対側のコンクリートの壁を弾丸が穿つ。弾幕の中でも果敢に反撃を試みようとした数機のEUSTブラストランナーが、弾丸を浴びて動かなくなった。
マガジン一つ分を撃ち切ったバーコフが空になった物を取り外し、新たなマガジンを装着しつつ部隊員であるキリコに指示を飛ばす。

『キリコ、ここは俺達が押さえておく。お前はザキを連れて別の部隊を援護してくれ!』

『了解した』

『了解!』

バーコフは即座にこの場所での戦闘が長引くことを確信し、キリコとザキの二人を別の場所に向かわせることにした。ただでさえ現在のGRFは押し込まれている状況、更にこのデ・ネブラは幾つものルートが存在するために混戦に紛れてベースに向かう機体は十分に考えられる。
だとすれば、一箇所に戦力を集中するのは危険。どこでも良いのでとにかく前線を押し上げなければならない。キリコとザキが乗るスコープドッグは建築物を離れると、すぐ隣の小高い丘に向かう。
エイオースの残骸が巨大なトンネルの様に覆いかぶさる地点、ここでも戦闘が行われておりGRFのブラストランナーは岩場に隠れながら応戦していた。対するEUSTの機体も岩場やエイオースの破片に隠れながら一進一退の銃撃戦を繰り広げている。
キリコとザキは到着すると即座に手近な遮蔽物にATを移動させ、相手の攻撃が収まるのを待つ。銃声が幾分か収まってきた所で隠れている岩から機体の上半身を乗り出し、ATのマニュピレーターがマシンガンのトリガーを引く。
一定のリズムで鉛弾が吐き出され、回避が遅れたブラストランナーに数発の銃弾が浴びせられる。その隙を逃さずキリコの隣に隠れているザキがブラストランナーの弱点――メインコンピューターが収められている頭部に照準を合わせ、躊躇うこと無く引き金を引いた。
キリコのATが装備する物よりも銃口が短いマシンガンから同口径の銃弾が吐き出され、容赦無くブラストランナーの頭部を破壊する。
機体の全ての制御を行うコンピューターが破壊されたことにより、EUSTのブラストランナーは仰向けに倒れた。全身を人間の様に痙攣させ、関節や破損箇所から緑色のニュードの煙を吹き出し、やがて動力源であるニュードドライブが暴走し木端微塵となり消えた。
それに続くようにGRFの機体達も一斉に遮蔽物から身を乗り出し、得物を吼えさせる。負けじとEUSTも遮蔽物から銃火器だけを出して反撃。
キリコはマガジン半分ほど撃つと一端身を隠して相手の動きを観察する。相手は遮蔽物に身を隠しており、こちらの攻撃は中々通らない。榴弾砲や重装砲を持っているブラストランナーに砲撃支援を要請しようにも重装砲を持つ機体はここにはおらず、榴弾砲も相手の上には天井代わりにエイオースの残骸があるため無意味であろう。
エイオースの残骸――ふと、キリコはその残骸にターレットレンズを切り替えてピントを合わせる。よくよく見て見れば、残骸は長年の間に風雨に晒されたことによってあちこちが今にも剥がれ落ちそうになっているではないか。このまま大きな衝撃を加えれば残骸からパーツが剥がれ落ちるのは想像するに難くない。
キリコは火器管制で自身が搭乗するATの肩に装着されたミサイルポッドを選択。ロックオンをフリー状態にし、スコープに映る照準をエイオースの残骸に合わせ、発射。
十二発のミサイルが収められた長方形の箱から、二発のミサイルが推進剤の炎を噴き出し、噴射煙を残しながら残骸に向けて飛翔する。二つのミサイルは着弾すると即座に爆発、朽ち果てて老朽化が進んでいるエイオースの残骸に強烈な衝撃と振動を与えた。
それが発端となり始めはパラパラと小さなパーツの破片が、次に剥がれかけていた幾つかが、終いにはそれが連鎖となってブラストランナーを押し潰すほどの巨大なパーツが次々とEUST勢の頭上に降り注ぐ。
頭上の爆発にEUSTのブラストランナー達は思わず見上げる。そこには目前に迫る巨大なパーツの数々が。
あっという間に数機の機体が押し潰され、落下物を避けようと物陰から飛び出した機体は瞬時に弾丸の嵐によって屑鉄に姿を変える。

『分隊長、丘の上を制圧した。そちらの敵の横から攻撃を仕掛ける』

『よくやった、直ぐに頼む!』

動く敵機がいないことを確認すると、キリコは先頭に立ちATの左手を振って「ついて来い」とジェスチャー。GRFの部隊は右手を上げて応えると、ローラーダッシュで走り出したキリコのスコープドッグを追う。
バーコフ達と対峙している敵部隊の横を突く形で、幾つもの銃火器が火を噴いた。敵の部隊は丁度攻撃の手を休めている最中だったらしく、無防備な背中や頭部に幾つもの弾丸が襲い掛かった。
空になった弾倉を取り替えているため反撃することもままならず、殆どの敵は成すすべも無く命を絶たれ。僅かな敵は辛うじて武器を持ち替えて反撃を試みるも、構えた時には集中砲火を浴びて同じ末路を辿った。
建築物側の敵部隊の殲滅を確認するとバーコフとゴダン、コチャックを先頭にGRFの部隊が橋を渡ってキリコ達と合流する。

『助かったぜキリコ。このまま一気に敵を押し込むぞ』

バーコフ隊が先陣を切って前進、それに続けと言わんばかりにブラストランナー部隊も続く。次に彼らが向かったのは建築物から少し離れた位置にある塔。
円形の輪を三つ重ねたような三階建ての構造になっており、それぞれの階から顔を出して攻撃が可能という籠城戦にはうってつけの構造になっている。
GRF隊は岩やニュード回収設備等の遮蔽物に身を隠し、出来る限り姿勢を低くして反撃の機会を窺がっていた。
高所からの攻撃によりたとえ姿勢を低くしていても時折、銃弾が機体を掠める。更にはそれぞれの階がローテーションを組んでお互いの隙を埋めるように攻撃を仕掛けているためGRFは反撃に出ることが出来ない。
既に幾つかの僚機は撃破されており、時間と共にジリジリと数が減って行く。バーコフ達が歯痒い思いをしていると突然、耳に通信が入った。

『こちらGRFブラストランナー、遅れてすまない。只今より援護に回る』

『こちらバーコフ分隊、そちらに榴弾砲やエアバスターを持った機体はいないか? いたら大至急、戦場の中央にある塔に砲撃を頼む! このままでは全滅する!』

『了解、戦場中央の塔だな』

通信が終わるとバーコフ達の遥か後方。GRFベースから複数のくぐもった音と火の玉が撃ち上げられた。火球が鉛色の雨雲に消えてから数秒後、甲高い音が塔の周辺に響き渡る。
塔に籠城する敵機は何事かと辺りを見回し、GRFの部隊は塔の上空を睨んでいた。甲高い音は徐々に大きなり耳が痛くなるほどに大きくなると塔の上、雨雲を突き破り、空から三つの火の玉――榴弾が落ちてきた。
榴弾は積み重ねられた三つの輪を潜り、寸分違わず中央に着弾した。三発の榴弾が一斉に着弾したことで巨大な爆風と爆発が塔を揺るがす。
後に続くように雨雲から次々と榴弾の雨が塔に降り注いできた。榴弾群は塔の最上階から階層を破壊し、その階に潜んでいたブラストランナー、更には下の階の機体も巻き添えにして破壊の限りを尽くす。
榴弾の雨が止むと、後に残るはコンクリートの瓦礫の山にそれに埋もれたブラストランナーだった残骸が。

『助かった、礼を言う』

『気にするな。俺達はサテライトバンカーを運ぶ、その先に居る残りの敵は任せたぞ』

『ああ、任せておけ』

バーコフは通信を切るとちら、と空の様子を窺った。雨は着実に強くなっており雷もベースを出発した時よりもかなり激しくなっている。
「こりゃ、大雨になるな」とバーコフは小さく呟くと、足元のペダルを踏み込んでスコープドッグを走らせた。
戦局はEUSTからGRFに徐々に傾いていたが、遂にGRF部隊は敵ベース目前にまで迫った。彼等から見て右にそびえ立つ崖から流れる滝、その下を流れる川に架かる巨大な鉄橋を渡れば目的地であるEUSTのコアに辿り着ける。
敵は余計な戦力の消耗を避けるためか橋の向こうからじっと此方の様子を窺がっており、攻撃の気配は感じられない。既に戦意を喪失したか、あるいは抵抗を続けるのか。
どちらにせよGRFは既にEUSTの喉元に刃を突き付けた。あとはほんの少しだけ力を加えるだけで相手に決定打となる一手を打つことが出来る。

『ようし、行くぞ。一斉攻撃だ!』

バーコフの声を合図に数機のブラストランナーと五機のATがベースを目指して橋を渡る。相も変わらず敵に動く様子は無い。
ブラストランナーとATの混成部隊が橋の中程に到達した所で敵が動きを見せた。
装備しているグレネードランチャーやバズーカ砲であるサワードキャノン、更には固定砲台であるロケットターレットやミサイルターレットを撃ってきたのだ。橋の脇を流れる滝に向けて。
幾つもの爆発物が滝の頂上に着弾し瓦礫と水しぶきを撒き散らす。敵の突然の攻撃に警戒したGRF部隊は、その見当違いな方向への攻撃に思わず足を止めた。

『あいつら、何を考えてんだ?』

『血迷ったか?』

バーコフ分隊のコチャックとゴダンが疑問を口にすると、彼らの足元から振動が伝わってきた。
「地震か?」とザキが訝しがると揺れが徐々に大きくなってくる。それだけでなはい、それに合わせて明らかに地響きとは違う音が大きなってきた。
橋の中央で固まっているにも関わらず、EUSTのブラストランナーは滝を攻撃してからまたもや動きを見せない。まるで何かを待っている様に。
敵の意図に気が付いたのかバーコフはあらん限りの大声で叫んだ。

『橋から逃げろ!!』

彼の声に直ぐ反応したバーコフ分隊はATをその場で反転させて来た道を全速力で戻った。その動きを見て何かを感じた数機のブラストランナーも同じように来た道を戻る。
そして行動が最も遅れたブラストランナーは次の瞬間、崖から押し寄せてきた土石流に飲み込まれた。
大量の水と土砂に押し流されて、橋と共にブラストランナーは崖の下へとあっという間に流されていった。

『クソッ、これが目的だったか!』

『まんまと誘い込まれたか……』

ゴダンが悪態を吐いてバーコフは苦虫を噛み潰したように顔で呟く。
今、彼らの眼の前には激流が絶えず流れている。敵ベースへの唯一のルートである橋も流されてしまったため、完全に遮断されてしまった。
このままでは敵のコアを破壊することが出来ない、ヘリでベースに乗り込むという方法もあるが、この悪天候でヘリを飛ばすのは危険すぎる。仮にヘリを飛ばせたところで敵も迎撃してくることは確実なので、やはり危険であることに変わりは無い。
なんとかしてこの状況を打破し、サテライトバンカーを敵のコアの真下で起動させなければならない。
ブラストランナーやATに空を飛べる装備でもあればこの問題は解決するのだが、当然ながらそんな都合の良い物はあるわけがなかった。

『分隊長、カタパルトを使って敵のベースに乗り込むのはどうだ?』

『カタパルト? ベースに乗りこめるようなカタパルトなんてあったか?』

『ああ、あそこにある』

キリコのスコープドッグが指差した先。そこには崖から突き出たエイオースの残骸があり、その先端は丁度スキージャンプのジャンプ台の様に反り返っていた。

『キリコ、お前まさか……』

『ああ、そのまさかだ。ザキ』





「キリコ、本気でやるんだな?」

「ああ、今更になって変更する訳にもいかない」

バーコフの問いにキリコは迷いなく答える。橋が流されてからおおよそ十分後、GRFの部隊は敵ベースを見下ろせる崖の上に居た。
キリコの提案した作戦は実に単純で分かりやすく、そしてどこまでも無謀極まりないものであった。
崖から突き出したエイオースの残骸をカタパルト代わりに使い、サテライトバンカーを持ったままジャンプ。そのまま敵のベースに乗りこんでコア下でバンカーを起動するという作戦。
この作戦に最適なのはアサルトチャージャーを装備した強襲兵装の軽量ブラストランナーであるが、生憎にもその二つの条件を満たせる機体は居なかった。
その代わりに作戦を立案したキリコ自身が自ら実行に移すと言い、誰も反対するものが居ないためそのまま作戦の準備が行われている。
キリコは自身の機体を極限まで軽くする為に取り外せるものは全て取り外していた。武装は勿論のこと、取り外せる装甲や右手アームパンチの弾薬、更にはポリマーリンゲル液も駆動に必要な最小限の量にまでするほど。作戦を成功させる為にもありとあらゆる手を尽くし、手順も綿密に練られた。
サテライトバンカーを持ったキリコのスコープドッグが走り出すと同時にGRFの部隊はEUSTベース内の敵機を攻撃、可能な限り露払いを行い少しでも安全にキリコが着地、バンカーの起動を行えるようにする。
失敗は許されない、極限の緊張と不安がGRF部隊の間に流れていた。
キリコはスコープドッグの軽量化を終えると降着姿勢の機体に乗り込んでハッチを閉めた。バーコフも同じく自分の機体に乗り込み、通信で準備が整ったことを知らせる。
狙撃銃を持つ者は崖の縁にしゃがんで敵ベースをスコープ越しに睨み、榴弾やエアバスターをもった物はディスプレイに映る座標と着弾地点の計算。他の武装を持った機体も崖の縁に並んで照準をベース内の敵機に合わせていた。
キリコはATにサテライトバンカーを持たせると、準備が出来た旨をバーコフに伝える。

『敵さんは俺達が撤退したと思っているらしい。チャンスは今しかないぞ、準備は良いか?』

『問題ない』

『頼んだぞ……。作戦開始!!』

バーコフの声を合図にキリコのスコープドッグが走り出した。それに合わせてバーコフ達とブラストランナー隊も攻撃を始める。
キリコはATを全開まで加速させて十分な助走を付けている。その間にEUSTのベースに向けて狙撃と砲撃、爆撃が一斉に降り注ぐ。
スコープドッグが残骸に乗った、足裏のホイールが極限まで回転し火花を散らす。目の前には反り返った先端が徐々に迫ってきた。
敵ベースに降り注ぐ一斉攻撃は、油断していたEUST勢に容赦なく襲い掛かった。次から次へと機体が破壊され、あっというまにベースの内部は火の海と化す。
そして、キリコの機体は残骸の反り返った先端をジャンプ台代わりに踏み切り。曇天の空を跳んだ。煤けた緑色の機体が白い楕円球を手に空を舞う。
一瞬の浮遊感のあとに下に強く引っ張られる感覚。目の前に降りたスコープに映る視界が下にさがって行く。
弧を描いて徐々にベースへと近づくスコープドッグ、十秒にも満たない飛翔の末。ベースを囲う壁の縁を掠めるようにして着地した。
雨でぬかるんだ地面を長々と惰性で滑り、壁にぶつかって停止。体勢を立て直してバンカーをしっかりと持つと目標であるコアに向けて走り出した。生き残っていた敵機が阻止しようと銃器を構えるが、崖の上から狙っている機体がその頭を貫く。
キリコは台座の上で緑色に輝くコアの下に到達すると、サテライトバンカーをしっかりと地面に固定し起動させる。座標が衛星に送信されたことを確認すると、素早くコアから離れた。
バンカーはまるで花が芽吹くように傘を開くと、中央のレンズから一筋の桃色の光が上に伸びる。光は徐々に太くなりバンカーを覆い隠しやがてはコアの傘を飲み込むほどに太くなった。
光が極限まで肥大化すると、空を覆う鉛色の雨雲を突き破って桃色の極太の光柱がコアに突き刺さった。光柱はコアはおろか、それを隠す傘もろとも破壊し尽くし安定していたニュードコアを暴走させる。
暴走したニュードコアは行き場を無くしたエネルギーが内部で徐々に高まり、それに合わせて穏やかだった光が乱舞する。
サテライトバンカーによる衛星砲が収まると、エネルギーを収めきれなくなったコアが暴発した。巨大な火柱を上げて、真上の雨雲に開いた穴に届くかと思うほどの火柱が噴き上がる。
その様子をキリコとバーコフ分隊、GRF部隊は静かに見つめていた。



[34870] 鉄のララバイ 前篇
Name: 第22SAS連隊隊員◆143f6d7d ID:d6ee3393
Date: 2013/09/09 23:10
装甲騎兵ボーダーブレイク

鉄のララバイ 前篇

ここはギルガメス軍の基地、現在の時刻は満月が空に浮かぶ夜である。敷地内のブリーフィングルームにはバーコフ率いるバーコフ分隊の五人がパイプ椅子に座っていた。
室内はプロジェクターを投影するために明かりは点いておらず、唯一の光源である正面スクリーンに映し出された映像からぼやけた光が、おぼろげな影を五人の足元に落とす。
十の視線の先にはスクリーン。そこにはギルガメス軍の制帽を被り、胸には煌びやかな勲章を付けた一目で高官とわかる金髪の男が映っている。

『諸君らの次の任務は、EUSTが秘匿していると思われるブラストランナー、及び大量のニュードの確保だ。数日前、こちらにEUSTが妙な動きをしているとの情報が入った』

画面が男から巨大な施設を真上から撮った衛星写真に切り替わり、施設の搬入口と思わしき箇所が拡大される。
モザイクだった画像が徐々に鮮明になって行き、最後には入り口前に並ぶ大量のコンテナが見えるほどに鮮明になった。

『見ての通り不自然な程に大量の物資と機体が運び込まれている。この施設はニュード戦争前に放棄された施設だが、EUSTは逆にそこを突いたのだろう。わざわざ捨てられた場所を探索する者もおるまい』

男が説明している間にもスクリーンには次々と拡大写真が写され、大量のコンテナに混じって荷台にシートがかけられたトラックも写っている。シートの表面には人型の模様が浮き出ており積まれている物がただならぬ物であることを示していた。

『そこで諸君らにはこの施設に隠された大量のニュードとブラストランナーの確保を命ずる。この二つを手に入れることが出来れば戦況はGRFに大きく傾くことは間違いない』

再び男の映像に戻り、改めてバーコフ達に今回の任務が伝えられた。男――ギルガメス軍情報省次官であるフェドク・ウォッカムは薄い笑みを浮かべながら任務を遂行する自分の部下達に言葉をかける。

『無論、確保が不可能な場合は破壊しても一向に構わん。敵にくれてやるくらいなら跡形も無く燃やした方が良いからな。それと、君たちには此方から特別仕様のATを渡す。今回の任務はそれに搭乗して遂行してくれたまえ。決行は三日後の予定だ。それでは健闘を祈る』

ウォッカムは最後にそう締めくくると同時に映像は途切れた。正面のスクリーンには何も写らず、白い布だけがそこにある。
やがて部屋の照明が点けられスクリーンも天井に仕舞われて行く。ブリーフィングを終えた五人は座り心地の悪いパイプ椅子から立ち上がると、思い思いに伸びをする。
一通り身体の疲れを取ると彼等を率いる分隊長であるノル・バーコフが隊員を見回す。

「とまぁ、聞いての通り。お偉いさんから直々の命令だ。今回の作戦は今までの中で最大規模の作戦になるだろう」

「しかし、特別仕様の機体まで寄越してくれるなんざ随分と気前が良いな。こういう時は大抵、碌でもないことがあるってのがお約束だ」

「それだけ今回の作戦は重要ってことじゃないのか?」

ウォッカムの口から語られた「特別仕様の機体を渡す」という言葉。一見するとまるで専用機を与えられるような意味に聞こえるが、彼等は情報省特殊部隊ISSの隊員であっても所詮は幾らでも替えの利くボトムズ(最低野郎)であることに変わりは無い。
そんな自分達に上司は特別な機体を渡すと言うのだ。胡散臭い物を感じるのは当然だが、とりわけ今まで命を狙われ続けてきた男、ゴダンは特に疑っている。
しかし、それに異を唱えたコチャックが言ったように重要な作戦に惜しみない投資をするのもまた当然。作戦が成功を収め、投資した以上の利益を得ることが出来るのならばこの待遇も納得出来る。

「考えても仕方ねぇよ。どっちにしろ俺達は命令に従うしかないんだ」

バーコフ分隊の中で最年少であるザキは、ふたりの意見をこの言葉で纏めた。
たとえ彼らがどれだけの疑念や猜疑を向けようが、上官からの命令は絶対。軍隊の絶対の掟の前では一兵士の意見など塵芥にも満たない。ましてやそれがボトムズならば尚更である。
無口なキリコを除いた分隊の四人は暫くの間、ブリーフィングルームの中でああだこうだと意見を交わしていたが、やがて消灯時間が近い事に気が付くとブリーフィングルームを後にして割り当てられた部屋に向かう。
各々が自分のベットに潜り、バーコフが電気を消すと部屋の中は窓から差し込む月明かりで柔らかく照らされる。月を臨むことが出来る位置にベッドがあるキリコは、満月を眺めながら収まらない胸騒ぎの原因を考えていた。
重大な作戦の前に緊張などしてはいない、これよりも重大かつ危険な作戦は今まで飽きるほど繰り返してきた。
死への恐怖も感じていない、そんな物はとうに擦り切れてしまっている。
では、この胸騒ぎの正体は一体なんなのだろうか? 青い瞳に黄色い月を映しながら考え、キリコが辿り着いた答えは至極曖昧で抽象的な物。己の第六感、つまりは勘であった。
こんな考えに辿り着いた結果にも自分にも呆れてしまう。しかし、だからといってその考えを否定できない自分もまたそこに居た。
キリコは小さな溜息を一つ吐くと、仰向けになり瞼を閉じる。そして意識が眠りに落ちる直前に一つだけ祈った。
――願わくば、全員が生きて帰れるように。と





ウォッカムから作戦の指令が下されてから三日後。いよいよ作戦決行の日が訪れた。曇天の空の下、軍事施設で多くの人間が動いていた。
現在バーコフ分隊はGRFとの合流地点である中継基地にて準備を行っており、周りでは多くの兵士が慌ただしく走り回り、幾つものATやブラストランナーに物資があちこちを行き交っている。
そんな中でバーコフ達は今回の作戦で自分達が搭乗する特別仕様のATの点検を行っていた。彼らの前にはトラックの荷台に乗せられた馴染み深いAT、スコープドッグが五体並んでいる。
しかし、カラーリングは何時もの緑色では無く全身が艶消しの黒一色に染め上げられている。左肩には彼等の現在の所属であるISSの文字が白で刻まれており、左背中には煙突のような形をした姿勢制御用のジャイロバランサー。踵の部分には標準装備の加速用ブースターが、各機体の武装も全て新品であり傷一つ見当たらない。
自分達がこれから搭乗する機体を眺めながら、普段着用している赤い耐圧服では無く、目の前のスコープドッグと同じく新品の黒い耐圧服に身を包んだバーコフ分隊が並んでいた。
文字通り何から何までの至れり尽くせりにゴダンは口笛を吹く。

「ヒュー、こりゃまたVIP待遇だな。特別仕様とは聞いていたがここまで良い機体を寄越してくれるとはね、オマケに耐圧服も新品と来たもんだ」

「元は宇宙戦や低重力戦を想定した機体らしいが、地上で運用するにも全く問題は無いそうだ。ありがたく使わせてもらおう」

「すげぇ……、精製されたばかりのポリマーリンゲル液だ。しかもかなり質の良いやつ」

ゴダン、バーコフ、コチャックは自分達に渡された機体について感想を口にする。彼らの言葉を聞いて分かるように、この黒いスコープドッグはATと言えど他のATとは一線を画する機体である。
これから重大な作戦に向かうにも関わらず、三人はまるで新しい玩具を与えられた子どもの様に喜んでいた。その横でザキはどこか呆れたような表情を浮かべ、キリコは何時も通りの無表情で機体のチェックを行っていた。
そんな五人の元に近付く四人の人影が。

「よぉ、これで三度目だな」

「ゴードン! もしかしてお前達もこの作戦に参加するのか?」

「まぁな、聞いた話じゃEUSTが大量の物資を隠し持っているそうだな。それを確保出来ればGRFにとって大きな戦力になる」

「偶然とはいえ、また出会うことになるなんてな。よろしく頼むぜ!」

「よろしくお願いします」

「また頼むぞ」

近付いてきた四人はウーハイ産業港にてバーコフ達の危機を救った中年の男ゴードン。バレリオにて敵防衛部隊の足止めを行った血気盛んな若いレオに、落ち着いた物腰が印象的なレオと同程度の年齢のレイン、そして老齢に達していながら眼光の鋭さは四人の中で最も鋭いゲルトの四人であった。
ゴードンとはこれで三度目、レオ達とは二度目の出会いになる。

「今回は大規模な作戦らしいからな、俺達も機体を最新鋭の機体にしたぜ」

ゴードンが右手の親指で自分の後ろを指差すと、その先には四機のブラストランナーの姿が。
細かい部分は変わっている物の、全体的なデザインはかつてバレリオで彼らが搭乗していた機体と変わっていないため、誰がどの機体に搭乗するのかは直ぐにわかった。
右端に立つ分厚い装甲に身を包んだ、緑を基調とし縁を黄色で塗装した四機の中でも一際大柄な体格のブラストランナー、ヘヴィガード。ゴードンが今回用意したのはその最新鋭のモデルであるヘヴィガードG型である。
その隣に立つのは頭部の両脇に獣の耳を思わせるパーツが特徴の白のボディに赤いラインが映える機体。決して細すぎず太すぎず、無駄のないシンプルな体格が印象強いクーガーシリーズの最新モデルのクーガーNX。この機体はレオが操る。
更にクーガーの左隣に立つのは、肉と言う肉を極限までそぎ落とし骨だけを残したかのような極度に細い手足が特徴のE.D.G.。今回の作戦でレインが使うのはE.D.G.シリーズの最新型、漆黒に塗装されたE.D.G.-θ。
左端に鎮座するは、この機体だけ脚部が存在せず代わりにホバーとなっているブラストランナー。左右に分かれたホバーの前面にキャタピラの様な装甲が付けられたネレイドシリーズの最新作、ネレイドRT。オレンジと白に塗装されたこの機体はゲルトが操縦を行う。

「信用できるお前たちに最新鋭の機体か、これは頼もしい限りだな」

「お前達も今回は何時もと違うATに乗るみたいだな。期待してるぜ」

そう言うとバーコフとゴードンは互いの右の拳をぶつけ合った。
それから彼等は今回の作戦についてニ、三話し合い。互いの健闘を祈るとゴードン達は機体の元へと走って行く。
作戦開始の時間は刻一刻と近づいていた。
全ての準備が整いギルガメス軍とGRFの双方は目標である施設へと進軍を開始する。長い隊列から一機のヘリが列を外れて明後日の方向へと進む。

「いいか、俺達は今回、搬入口の反対側にある格納庫入口から侵入する」

ヘリの機内ではバーコフが床に地図を開いて今回の作戦についての説明を行っていた。
今後のGRFとEUSTとの戦況を左右する一大作戦とだけあって、キリコを始めとするメンバーの顔付きは何時になく真剣であった。

「この施設は搬入口と格納庫入口を除いた周辺が全て山に囲まれている。まず本体が搬入口から攻撃を仕掛けて隠れている防衛部隊を燻り出す」

バーコフが地図に描かれているニ箇所を除いて周辺が山で囲まれた施設の右側、すなわち搬入口を指で叩いた。

「しばらくして敵さんを誘き出せるだけ出したら、本命である俺達の出番だ。手薄になっているであろう格納庫の入り口から侵入する」

バーコフが今度は施設の左側、格納庫を指で叩く。

「あとは奥に隠されているであろうブラストランナーとニュードを確保。そして敵の中枢を制圧して任務完了だ。シンプルで分かりやすいだろ?」

作戦の概要を説明し終えたバーコフは笑みをメンバーに向ける。それに応えるようにキリコを除いた三人は笑みを浮かべた。
バーコフを地図を畳み、畳んだ地図を耐圧服のベルトの裏にしまうと床に置いておいた黒いヘルメットを脇に抱えて立ち上がる。それに倣う様に分隊の四人もヘルメットを手に立ち上がった。
彼等はATが格納されているヘリ後方の部屋の扉を開けると、薄暗い機内に溶け込むように佇むスコープドッグに素早く乗り込んで行く。搭乗した者から機体のハッチを閉じてミッションディスクを挿入すると、機体のOSを立ち上げた。
狭いコックピット内の計器に次々と光が灯り、挿入されたミッションディスクを読み込む。一分もしない内に機体のOSは完全に立ち上がり、スコープドッグは何時でも戦える状態になった。
そうこうしている内にヘリは目的の格納庫に近付いたらしく、パイロットから機体投下の準備をするように通信が入る。
キリコは何時まで経っても収まらない胸騒ぎを無理矢理に胸の奥に押し込め、慣れた手付きで機体のチェックを行っていた。
武装はロングバレルのへヴィマシンガンに右肩の十二連ミサイルポッド、スコープドッグには標準装備されている炸薬を使用する左腕のアームパンチ。過剰な火器を排してシンプルで扱いやすい装備のみを纏めた、実にキリコらしい仕上がりになっているスコープドッグ。火器管制のチェックを行い異常が無いことを確認。
思えば今までの人生の中でこの鉄の棺桶を操り、多くの同僚の兵士たちと共に戦い、そしてその全てが散って行った。バーコフ、ゴダン、ザキ、コチャック。キリコと共にここまで生き延びて来た彼等は、レッドショルダー時代の三人組と同じかそれ以上の時間を共にした。
ここまで来て脱落者を出す訳には行かない、誰一人欠けること無く全員で生還してみせる。キリコは胸中でそう決意すると、被ったヘルメットに降りているゴーグルのケーブルを座席のプラグに繋いだ。
ゴーグルのレンズが赤から青に変わるとキリコの視界にヘリ内部の壁が映る。手元のコンソールを操作してATのターレットレンズを切り替えて、ゴーグルと機体の接続に異常が無いことを確認すると通信でバーコフに準備完了の旨を伝える。

『分隊長、準備が完了した』

『こっちもだ、何時でも行けるぜ』

『準備が完了したぞ!』

『機体に異常なし、さっさと終わらせようぜ』

『ようし、全員大丈夫だな。いよいよだぞ』

バーコフの元に次々とメンバーの準備完了の報告が伝えられる。バーコフは自分達の準備が完了したことをヘリのパイロットに伝えると、バーコフのゴーグルに映る内壁が左右に開いて行く。黒い壁の中央から覗いたのは、鉛色の雲が浮かぶ空に赤茶けた大地。
機体を固定している拘束具が前のめりにせり出し、機体が前傾姿勢に傾く。鉛色の空が見えなくなり代わりに見えたのはニ箇所を除いて周りを山で囲まれた、赤茶色の大地に良く映える白いドーム状の施設。
ドームの左右には道が伸びており、自分達がこれから突入する格納庫とは反対側の道から、友軍であるギルガメス軍とGRFの混成部隊の姿が見えた。

『機体投下十秒前!』

パイロットのアナウンスにバーコフ分隊は視線を友軍から真下に動かす。そこには細い道が一本だけ伸びている。

『九、八』

バーコフはATの操縦桿を握り締めた。ヘリから投下されればあとは自分が指揮を取らなくてはならない。

『七、六』

ゴダンは右手で拳を握り締め、それを左手で鳴らしていた。どんな相手が来ようとも邪魔をするなら容赦しない。

『五、四』

コチャックは震える身体を必死に抑え込みながら前を睨んでいた。ここまで来たんだ、今更逃げられないことは分かっている。

『三、ニ』

ザキはヘルメットの下で渇いた唇を舌で舐め、湿らせていた。今までも五人で潜りぬけてきた修羅場の数々、それに比べれば今回の作戦は欠伸が出るほどに単純で分かりやすい。

『一、ゼロ!』

キリコは閉じていた目を開き、目の前の景色を見据えた。操縦桿を握り締めると同時に身体に感じる浮遊感、次の瞬間には重力によって全身が地面に向けて強烈に引き寄せられる。
ヘリから黒い五体のATが投下された。投下されたATは徐々に加速して急速に地面との距離を縮めて行く。ある程度の位置まで落下した所でバーコフ分隊全員の耳にアラート音が鳴り響く。
五人は迷うこと無くレバーを引いて機体の背中に装着されたパラシュートザックを開いた。スコープドッグの背中のパックから白い布が顔を出して尾を引いて行く。
一瞬で白い布は傘を開いてパラシュートとなり、落下している機体を重しにしてゆっくりと地表に降下させて行く。五機の黒いATが赤茶けた大地を踏み締め、上半身が前に深く沈みこみ衝撃を吸収するAT独特の降着姿勢で完全に着地した。
バーコフが全員が無事に着地したことを確認するとパラシュートザックを切り離し、残る四人も同じく切り離す。役目を終え、炸薬によって強制排除されたパックが地面に落ちる前に、五人は機体を格納庫へと走らせる。ローラーダッシュによってスコープドッグの足元から赤茶色の砂埃が舞い上がり、軌跡を残して行く。
格納庫の入り口の扉は既に開かれており、バーコフ分隊は迷うこと無く飛び込んだ。蛍光灯が照らす格納庫に飛び込んだ先には左右に支柱が等間隔で並び、ハンガーには整備中の機体も存在しない殺風景な格納庫。
支柱のそばやハンガーの周りには無数の資材や燃料が詰められているであろうドラム缶が。正面には左右に並んだ二つの大型エレベーターの扉が見え、それ以外は何も見当たらない。
バーコフ分隊は格納庫内部を警戒しつつ右のエレベーターのスイッチを押した。元々人型兵器の使用を前提にしている作りらしく、ATの指先でも問題なくスイッチは押せた。
エレベーターの扉が左右に開き、内部に異常が無いことを確認すると五人は乗り込む。床の左右に並んだ向こうと手前を指す三角形のスイッチ、キリコのスコープドッグが手前を指すスイッチを踏むと、エレベーターの扉が閉まり地下に向けて降り始める。
扉の上の階数表示は最下層のB3、つまり地下三階でエレベーターは停止した。ゆっくりと左右に開いて行く扉の脇にバーコフ分隊は隠れ襲撃に備えるが、扉が完全に開かれてから十秒以上経っても弾丸は一発も飛んでこない。
バーコフとゴダンが搭乗するスコープドッグが、エレベーターの左右から顔だけを出して前の様子を窺がう。エレベーターの前には長い一本道の通路が続いており、人影や機影は全く見当たらない。

『お留守みたいだな』

『胡散臭いが、ここまで来たら引き返すわけにもいかねぇな』

バーコフとゴダンの二人がゆっくりとエレベーターから出ると、後続の三人も警戒しつつ後に続く。五人の機体がエレベーターを出た所で扉が閉まった。
一本道の通路は天井の照明が薄暗く照らしているものの、かなりの距離があるらしく通路の先は暗闇となっていた。バーコフを先頭に五体のATは通路をローラーダッシュ特有の甲高い音を響かせながら疾走する。
しばらくの間、通路を進み続けると左右に細い分かれ道が出てくるが、バーコフは構わずに通路を直進し続ける。

『なぁ、さっきから分かれ道を無視しているけど大丈夫か?』

『コチャック、お前だったら人に取られたくない沢山の物をどこに隠す? 尚且つそれが緊急時には直ぐに動かせる必要もあるのなら?』

『そりゃ……ああ、そういうことか』

バーコフの謎掛けの答えにコチャックは納得した。EUSTが隠しているとされるブラストランナーに大量のニュード、万が一にでも敵に見つかった場合は少しでも多く非難させる必要があるだろう。
特にブラストランナーの様な兵器は戦場で動かせてこそ真価を発揮する。それをわざわざ戦場から遠く離れた場所に隠しては意味が無い。

『この通路は恐らく作業機での通行を前提に作られている。左右の分かれ道は作業機が擦れ違えるほど広くないから、いざという時は物資を持ち出しにくい』

『となると、この広い主通路の先にある部屋に目標が……』

『だろうな』

ザキの呟きをバーコフは肯定すると、スコープドッグを加速させる。機体の足元から先程よりも激しく火花が飛び散り薄暗い通路を僅かに照らす。
やがて、バーコフ達は通路の先にあった扉の前に辿り着いた。扉の脇には開閉スイッチが設置されており、バーコフのATがスイッチに指先を乗せて後ろを振り返ると四機のATが腕を上げて応える。
スイッチが押し込まれ小さな電子音が鳴ると扉が左右にゆっくりと開き始めた。バーコフ達は得物を構えながら様子を見るが、扉の先の暗闇に動く物や敵の気配は感じられない。
扉が完全に開き、バーコフ達の目の前に黒い壁が出来た。先頭のバーコフが部屋の様子を窺がいながら一歩足を踏み入れると、途端に部屋の照明が点いた。
一瞬にして部屋が照らされバーコフの機体はターレットレンズを腕で覆う。やがて眼が明かりに慣れたバーコフは、ゆっくりと腕を下ろすと部屋を見回す。
大きな部屋の中には作戦前のブリーフィングで見た物と同じコンテナが積まれており、敵が隠れている様子は無い。バーコフは後続に安全であることを伝えると四人は次々と部屋に入る。

『誰もいねぇな』

『御留守の様だが……。コチャック、コンテナを調べろ』

『あいよ』

ゴダンが敵がいないことを訝しがっていると、バーコフはコチャックにコンテナを調べるよう指示する。コチャックのATは近くにあったコンテナに近付いて蓋に手をかけると、そのまま持ち上げた。

『あ、ああ!?』

『どうした?』

『な、なんだこれ!?』

コチャックが開いたコンテナ。その中には大量のニュードの代わりに大量のコードに繋がれた巨大な四角い物体。大型の爆弾の姿が。



[34870] 鉄のララバイ 後篇
Name: 第22SAS連隊隊員◆143f6d7d ID:d6ee3393
Date: 2013/12/18 01:58
装甲騎兵ボーダーブレイク

鉄のララバイ 後篇

ここは施設の搬入口前。ギルガメス軍とGRFの混成部隊が施設を守るEUSTのブラストランナーと戦っていた。
赤茶けた大地を縦横無尽に戦場を駆け抜ける人型ロボットの群れ、その中で一際目立つ頑強な体格のブラストランナーが手に持った大型ガトリング砲が火を噴く。
銃身下部のボックスマガジンに銃口の金属フレーム、回転する四つの銃口から絶え間なく火が噴き次々と敵ブラストを鉄屑に変えて行く。

「甘い甘い! そんなものか!」

ゴードンが操るヘヴィガードG。その手に持つGAXダイナソアが恐竜の名の如く喰らい付いた敵機を喰い千切って行く。
一通り敵機を撃破し、一旦ダイナソアを折り畳んで背中に背負うと、代わりに背中から取り出したのは大型バズーカ、サワード・コング。ゴードンは機体を跳躍させると前方の地面に向けてコングを発射した。
黒い穴から飛び出した弾体がゆっくりと飛翔し地表に近付いて行く。着弾すると着弾地点の周囲に居たブラストランナーは爆発で全て吹き飛ばされ、至近距離で爆発を浴びた機体は木端微塵となって消えた。
黄緑と黄色の巨体が着地してコングを再び背中に背負うと、今度は左腕に装着された戦闘用チェーンソー、ブレイクチェーンソーを展開する。折り畳まれた刃が飛び出し猛烈な勢いで回転を始める。
ゴードンはそのままブースターを吹かして機体を前進させ、真正面から向かってくる同じくチェーンソーを構えた機体に突撃する。
両者がぶつかり合う寸前に二本のチェーンソーが振り下ろされ、回転する刃と刃がぶつかり合い激しく火花を散らす。双方ともに機体の全体重を前に押し出して相手の刃ごと機体を切り裂こうと腕に力を込めた。
力と力がぶつかり合う勝負を制したのは、ゴードンであった。ブレイクチェーンソーが相手のチェーンソーの刃を圧し折り、そのまま機体を斬り付ける。
機体の右肩から左脇腹を袈裟切りで両断し、真っ二つになった機体は爆散した。

「突き進むのみ!」

白いボディが映えるクーガーNXを駆るはレオ。無駄のないしなやかな動きで戦場を走り抜け、手に持つ単発式ライフルSTAR-10Cで次々と敵機の頭を撃ち抜いて行く。
と、正面からレーザー刀型の近接武器、リヒトメッサーを構えたブラストが突っ込んできた。緑色に輝くニュードの刃を横薙ぎで振りレオのクーガーを切り裂こうとする。
レオは咄嗟に機体をしゃがませるとスライディングの要領で刃の下を潜り抜けた。刃が頭上を通過すると振り向きざまに左腕を振って腕に装着されていた箱――41型手榴弾・改の弾装から紫色のボールが飛び出す。
信管が付いた紫色のボール。41型手榴弾・改はリヒトメッサーを振り抜いたブラストの背中に向かって飛んで行く。そして、限りなく近づいた所で信管が作動し手榴弾は爆発した。強烈な爆風と破片がブラストの背中に襲い掛かり、容赦無く機体を引き裂いて行く。
レオはクーガーの体勢を立て直すとSTAR-10Cを背中に背負い、代わりに中央から折り畳まれて背負っていた大剣、SW-ティアダウナーを構えた。
更に後腰に装着された推進装置、AC-ディスタンスを起動させ爆発的な加速を得て機体を突進させる。目指すは前方の敵機、こちらに気が付いたのか手に持ったサブマシンガンを乱射してきた。レオはティアダウナーの巨大な刀身を盾代わりにして強引に接近し、敵が間合いに入ったところでティアダウナーの銀色の刃を右に振り被り勢いを付ける。
一回転して加速を付け同時に接近、二回目の回転で加速と遠心力を十分に付けた巨大な刀身を目の前のブラストランナーに叩き込んだ。
巨大な暴力と化した刃が鋼鉄のボディを容易く引き裂き、真っ二つに叩き割った。

「悪いですが、私の総取りです!!」

漆黒の機体が戦場を切り裂く。その名の通り機体がまるで鋭利な刃のようなデザインのE.D.G.。レインは機体を右に左と動かしながら手に持つ大型の狙撃銃、炸薬狙撃銃・絶火で次々と敵の頭を撃ち抜いて行く。
本来ならば戦場を見渡せる高台等からの定点狙撃に使われるのが狙撃銃、それをレインは本来の用途とは全く違う方法で使い敵を射抜いていた。戦場を駆け抜けながら一瞬だけスコープを覗いて照準を合わせ発射、四角形の長大なバレルから炸薬が撃ち出され、照準の向こうに捉えた敵機の頭部を次から次へと流れるように爆ぜさせている。
一発撃っては装填し一発撃っては装填し、まるで無駄のない動きで癖の強い絶火を手足のように使いこなす。と、装填の最中にレインの目の前に二機のブラストランナーが立ちはだかった。その手にはショットガンと機関砲、既に引き金に指がかけられており、あと少しで得物から散弾と巨大な弾丸が吐き出される。
レインの機体は絶火を左手で持つと、右手で腰に装着されたブラストランナー用のハンドガン、マーゲイバリアンスを構える。右から左へ流すように腕を動かし、その間に前方の二機のブラストの頭部に銃口を向けて引き金を二回引いた。
一回引き金を引くごとに三回の反動が腕を震わせ、バリアンスから金色の空薬莢も三つ弾き出される。バリアンスを向けられた二機のブラストはそれぞれ頭部に三つの穴を開けて倒れた。

「貴様らには俺は倒せん!」

オレンジと白のツートンカラーで塗装されたネレイドRT、それを操縦するゲルトはネレイドが持つレイジスマックで次々と敵を粉砕していた。
ホバー独特の機動で敵機の懐に飛び込み、至近距離で頭部目掛けてレイジスマックの引き金を引く。重金属で作られた散弾の弾幕が一瞬にして敵機の頭部を消し飛ばした。
ゲルトは敵を撃破すると素早く次の獲物を探す。と、ゲルトの眼に背中を見せている敵機が映った。ゲルトは口端を釣り上げるとレイジスマックを背中に背負い、代わりに左腕に装着された箱型弾装から何かを右手で持ち、迷うこと無く敵機の背中目掛けてネレイドを突撃させる。
無防備な背中に体当たりを食らわせるとネレイドは右腕でその背中を殴り付け、同時に何かを設置した。吹っ飛ばされる敵機の背中には小さなアンテナの付いた縁が黄緑色に塗装された黄色い物体、リムペットボムVが設置されていた。
ゲルトがスイッチを押すとリムペットボムは信管が作動して爆発、設置されていた敵機は他の機体を巻き込みながら跡形も無く木端微塵に吹き飛んだ。

「良い調子だな、このまま押し切るぞ!」

ゴードンがサワード・コングで敵機を纏めて吹き飛ばしながら叫ぶ。戦況はギルガメスとGRFが優勢、この調子なら敵を殲滅して施設に突入も可能な勢いである。
しかし、ここに来てEUSTは突然の撤退を始めた。一斉にEUSTのブラストランナーが施設に向けて退却し、突然の行動にギルガメスとGRFは動きを止める。

「撤退か?」

『そうみたいだが、いきなりだな』

『何か思惑があるのでしょうか?』

『気を付けろ、逃げる獲物は大抵は何かを企んでいる』

ゴードンの呟きにレオ、レイン、ゲルトが応える。
このまま施設に突入するべきか、それとも命令があるまで様子を窺がうか。ゴードン達が思案していると彼等に無線が入る

『誰か聞こえるか? こちらバーコフ分隊!』

「こちらゴードン。どうしたバーコフ、何かあったのか?」

『ゴードンか!? 施設には絶対に入るな! ニュードなんて何処にも無い、EUSTは施設ごと俺達を吹っ飛ばすつもりだ!!』

「どういう意味だ?」

『爆弾だ! ニュードは何処にも無い、これは罠だ! 直ぐに引き返せ!!』





「爆弾だ! ニュードは何処にも無い、これは罠だ! 直ぐに引き返せ!!」

バーコフは無線の向こうに居るゴードンに向けてそう叫んだ。ゴードンが「直ぐに全軍に伝える。敵は施設に逃げ込んだぞ」と返事をすると無線は切断される。
無線でこの施設が罠であることを伝え、件の大型爆弾を睨むと後ろを振り返る。バーコフ分隊がニュードが保管されていると考え辿り着いた部屋、その部屋に置かれていたコンテナの中身は全て爆弾であった。
――まんまと嵌められたか。バーコフはヘルメットの下で舌打ちすると分隊員達に命令を下す。

『ようし、お前ら。この施設にもう用は無い、さっさとずらかるぞ!』

その命令に四人の分隊員が搭乗するスコープドッグは右手を上げて応える。バーコフのATが先頭を切って部屋を出ると、残る四人も部屋を後にした。
またしても長い通路をひたすら進み続ける。薄暗い通路にはスコープドッグのローラーダッシュの駆動音だけが響いており、それ以外の音が聞こえないことが不気味に感じられる。
爆弾はタイマーやセンサーの類はセットされておらず、恐らくは遠隔操作で作動するものとバーコフは考えていた。ゴードンは無線で敵はこの施設に逃げ込んだ、と言っていた。
地上の敵が撤退してこの施設の中に居るとすれば、まだ爆破はしないはず。恐らくは撤退した振りをして誘い込み、そこを爆弾で一網打尽にする計画であったのだろう。だとすればギルガメス軍とGRFが施設に入ってくるまで爆破はしないはずだ。
バーコフはそう結論付けると、通路の先に見えてきたエレベーターを見て安堵の息を漏らす。
エレベーターに全員が乗った所でバーコフのATが上に向かうスイッチを押した。しかし、エレベーターは全く反応しない。バーコフはもう一度スイッチを押してみるが、やはりエレベーターは反応しない。

『くそっ、こんな時に!』

『バーコフ、どうする? 別のプランは無いのか?』

バーコフが悪態を吐くとゴダンが何か別のプランは無いかと尋ねる。それに答えたのは別の人物であった。

『分隊長、おそらく何処かに地上に繋がる道があるはずだ。通行手段がエレベーターのみとは考えにくい』

『キリコの言うとおりだな……。ようし、お前ら。別の道を探すぞ!』

キリコの案に賛成したバーコフはエレベーターを出て右の通路に進んだ。その背中を分隊員達も追う。
蛍光灯が弱々しい光を放つ薄暗い通路、枝分かれした幾つもの細い通路と扉を五機の黒いスコープドッグが通り過ぎて行く。
五人は上の階に通じる道を探して視線を巡らせるが、その様な物は見当たらない。焦りと緊張が徐々に高まる中で先頭を走るバーコフが遂にそれを見つけた。

『あったぞ! 上に向かう通路だ!』

バーコフが見つけたのはまるでとぐろを巻いた大蛇を連想させる、上へと続く吹き抜け構造の巨大な螺旋通路。横幅も十分にあり多少、乱暴な操縦をしても落ちる心配はそうそう無い。
一刻も早く施設から脱出したい彼等は、スコープドッグのローラーを限界まで回転させると勢い良く螺旋通路を登り始めた。ひたすら上に向かって走り続け同じ景色が視界を通り過ぎて行く。
走れど走れど見えるのは鋼鉄の壁と床、弱い光の蛍光灯に別の場所に向かう脇道。もしや自分達は同じ場所を走っているのではないか?
そんな錯覚させ感じ始めた頃に、脇道から何かが姿を現した。現れたのは一体のブラストランナー、自分に向かうバーコフ達に気が付いていないのか螺旋通路の真ん中に歩みを進める。

「そこをどけぇ!」

先頭のバーコフのスコープドッグが手に持つショートバレルマシンガンのトリガーを躊躇い無く引いた。短いバレルから弾丸が絶え間なく吐き出されブラストランナーに向けて疾駆する。
ようやっとバーコフ達の存在に気が付いたブラストランナーは、全身に弾丸の雨を受けてボディが穴だらけになり、接近してきたバーコフ機のアームパンチの直撃を顔面に受けた。吹き飛ばされたブラストはそのまま螺旋通路の外、吹き抜けに落ちて行く。
障害を排除した所でまたもや前方の脇道からブラストランナーが出てきた、今度は素早くバーコフ達の存在に気が付き、手に持つ突撃銃を構える。
が、引き金を引く前にバーコフの後ろを走るキリコの機体からの銃撃を受け、ブラストは突撃銃を撃つことが出来ぬまま沈黙。緑色の爆炎と煙を撒き散らしながら機体は爆散した。

『バーコフ、なんだこいつら!?』

『恐らく、他の場所に爆弾を仕掛けていた連中だろう。俺達は運悪く鉢合わせしちまった訳だ』

『クソッたれ!』

ゴダンが悪態を吐きつつも、新たに現れたブラストランナーに向けて機体が担ぐソリッドシューターを発射する。赤い弾頭のロケット弾がブラストの胴体に命中し、粉々に吹き飛ばした。
ここまでの騒ぎに感付いたのか、脇道から続々とブラストランナーが現れる。各々が手に持つ銃器を五機の黒いATに向けて撃ち、螺旋通路のあちこちでマズルフラッシュが焚かれる。

『こんなところで死んでたまるか!』

『俺達は生きてここから帰るんだよ!』

『お、俺達は絶対に生きて帰るんだ!』

『邪魔すんな!』

『そこをどけ』

一刻も早く脱出しなければならないこの状況で事態は更に悪化する。分隊の五人は己を奮い立たせるように叫び、そして機体を駆る。
死んでたまるか、死んでなるものか。ここまで幾つもの地獄を潜り抜けてきた、今更こんな所で死ぬわけにはいかない。
それは彼らの生存本能の叫びか、はたまた魂の叫びか。

『俺は!』

『俺達は!』

『俺達はなぁ!』

『俺達はぁ!』

『俺達は……!』

五人の叫びが木霊する。

――俺達は死なねえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!

地獄の釜は開かれた、進むも地獄は退くも地獄。己が生命の為に彼等は突き進む。
駆け抜けろこの戦場を、吹き飛ばせこの地獄を、生き抜いて見せろ己が生存本能に従って。
五機の黒い犬は螺旋通路を駆け上がり、行く手を遮る敵機を悉く破壊する。
銃弾で風穴を開け、榴弾で吹き飛ばし、吹き抜けに叩き落とし、ただ只管に突き進む。
敵も必死の抵抗で五人を止めようとするが、突き進み続ける彼等の勢いの前にはまるで意味を成さない。
遂には業を煮やしたか、一部のブラストが螺旋通路を攻撃して、上に続く道そのものを破壊した。

「そんなもので俺達を止められると思うな!」

バーコフが叫ぶと、彼は機体の踵部分に装着されたブースターを吹かした。続くように後続の四機もブースターを点火させる。
立ちはだかる敵機を蹴散らしながら機体は徐々に加速し、破壊された道の手前で機体は最大まで加速した。その勢いのまま五機のATは床を蹴って跳躍、向こう岸に待つ二機のブラストランナーに榴弾と鉛弾を浴びせながら着地した。
これで更に勢いに乗ったのか、バーコフ達はブースターを吹かしたまま螺旋通路を昇り上げる。
無限にも続くと思われた道に、遂に終わりがやってきた。螺旋通路の頂上、その場所に1Fと描かれた扉が見えてきた。
ゴダンがソリッドシューターの照準を扉に合わせ、引き金を引いた。赤い弾頭の榴弾が白い尾を引きながら飛翔し、扉に直撃する。爆風と爆炎が生まれ、それが消え去った後には扉を失った出入り口があった。
バーコフ達はその出入り口に飛び込むと、その先は彼らが侵入の際に通過した格納庫だった。

『よっしゃぁ、さっさとずらかろうぜ』

『ゴダン、水を差すようで悪いが。お出迎えがいるようだ』

言いながら、バーコフのスコープドッグが右腕を持ち上げた。
その手に握られているショートバレルのマシンガン。銃口の先には外へと続く出入り口の前に仁王立ちする、漆黒のブラストランナーの姿が。背中には片刃の巨剣を担ぎ、額から伸びた一本角、右肩は血の様な赤で染め抜かれた機体。見間違えようのない、D51で襲ってきたあの機体だった。
黒いブラストは右手の掌を上に向け指を数回、折り曲げる。誰が見てもわかる「かかってこい」という挑発であった。

『ここから出たければ俺を倒せってか』

バーコフは呟くとマシンガンを握り直し、黒いブラストに向けて機体を走らせた。後ろの四人も後に続き黒いブラストを取り囲むように動く。
黒いブラストの周りを円を描くように五機のATが走り回る。中央のブラストは両手に意匠の異なるサブマシンガンを握り締め、じっと身構えていた。
やがて、バーコフの機体がブラストの背中に向けてマシンガンのトリガーを引くと、それを合図に黒い鬼は動き出した。
右に跳ぶと両手のサブマシンガン――右手のM92ヴァイパーと左手のM99サーペントが火を吹き、鉛弾の嵐が正面に居たザキのスコープドッグに襲い掛かる。
ザキは機体を急旋回させて難なくこれを避けると、その隙を突いて黒いブラストの横から、コチャックがショートバレルマシンガンを乱射しながら突撃してきた。

「当たれえええぇぇぇぇ!」

が、コチャックの叫びも虚しく。黒いブラストはその場で一回転してコチャックの攻撃を避けると、すれ違いざまに突っ込んできたコチャックの機体の背中を目掛けて、二丁のサブマシンガンの引き金を引いた。
幾つもの銃弾が黒い背中に襲い掛かり、機体をズタズタに引き裂く。ボロボロになったコチャックのスコープドッグは、そのまま格納庫の壁に激突して動かなくなった。

「う、うわあぁ!」

「コチャックーーー!!」

「野郎!」

倒されたコチャックの姿を見て、ゴダンの怒りに火が付いた。肩に担いだソリッドシューターを乱射しながら、黒いブラストへと突撃する。
これに対して当のブラストは、両手のサブマシンガンをしまうと代わりに背中に担いだ巨剣、SW-ティアダウナーを手に取った。
中央から折り畳まれていた刀身が展開し巨大な刃となる。それを後ろ手に構えると、黒い悪鬼はゴダンに向けて疾駆する。
飛来する赤い弾頭の榴弾を紙一重で次々といなし、ゴダンのスコープドッグと黒いブラストの相対距離が徐々に縮まって行く。
途中からゴダンはソリッドシューターを撃つことを止め、じっくりと相手に照準を合わせていた。そして、絶対に避けることが出来ないであろう至近距離で、必中の一撃を放った。
砲身から発射された榴弾は、白煙を引きながら黒い機体に飛翔する。対する黒いブラストは、身を捻ると巨剣を振るった。
黒いブラストが回転すると、それに従って大剣も回転し巨大な刃が榴弾を切り裂いた。榴弾が爆発すると爆風と黒い爆煙が撒き散らされ、黒い煙幕の向こうから大剣を構えたブラストが、ゴダンの機体に襲い掛かる。
逆袈裟で左下から右上に胴体を切り裂かれ、ゴダンの機体が吹き飛ばされ格納庫の床に倒れた。

『ゴダン、大丈夫か!?』

『な、何とかな……』

幸いなことに刃はゴダンまで届いておらず、彼は無事だった。今度はバーコフとザキの二人が挟み撃ちを仕掛けて黒いブラストに攻撃する。
バーコフがブラストの足元に向けてマシンガンを撃つと、ブラストはバックステップで回避する。ステップ着地の瞬間を狙ってザキがマシンガンのトリガーを引いた。弾丸の嵐が黒い機体の背中に迫りそれら全ては銀色の壁に弾かれた。

「なっ!?」

「ちぃ!」

弾丸の全てが盾の様に構えられたティアダウナーの刀身に弾かれた。完璧な隙を狙ったザキの攻撃にも関わらず、黒いブラストは着地の瞬間に腰のブースターを全力で吹かして急旋回し、そのまま手に持つ巨剣で防いだのだ。
ザキが驚愕しバーコフが舌打ちすると、ブラストは空いている左手でザキの機体に向かって何かを放り投げた。
下手で投げられたそれは紫色に光っていた。ザキが思わずそれを目で追うと投げられた物体は球形で信管が付いている。球体がザキのスコープドッグの目の前で爆ぜた。

「ぐあっ!?」

球体――41型手榴弾・改の爆撃を受けたザキの機体が大きく吹き飛ばされる。その際に至近距離から爆風と破片を浴び、格納庫の床に倒れたザキの機体は無残な姿になっていた。

「そこだっ!」

ザキに注意が向いた瞬間を逃さずバーコフが肉薄する。マシンガンを乱射しながら黒いブラストに突撃するも、この攻撃もバックステップで回避された。
そして、バーコフはブラストが跳んだ方に肩のミサイルポッドを向けた。バーコフの指が操縦桿のトリガーにかかる。
指がトリガーを引くと同時にミサイルポッドが爆発した。バーコフの機体が右腕と頭部を失いながら左に吹き飛ばされる。バーコフに狙われていたブラストは銃口から硝煙が立ち昇るM92ヴァイパーを左手に握っていた。

『分隊長!』

『だ、大丈夫だ……』

それだけ言うとバーコフの通信は途絶えた。
瞬く間に四人が倒され残るはキリコ一人となった。ターレットレンズ越しに黒い悪鬼を睨むとキリコは機体を走らせる。
牽制にマシンガンを数発だけ撃つと、踊るように回避したブラストは返礼に両手のサブマシンガンを撃ってきた。この攻撃をキリコは機体をターンさせて見事に避ける。
キリコは機体をターンさせながらもミサイルポッドの照準を敵ブラストに合わせ、回避行動の終了と同時にミサイルを三発放った。この攻撃にブラストは手首の弾倉から手榴弾を取り出して、自分に迫るミサイル目掛けて投げ付けた。
極めて短く設定された信管が即座に作動し、手榴弾がミサイルもろとも爆発する。一通りの攻防を終えてキリコとブラストは対峙した。

「はあっ……はあっ……」

キリコは深く大きく息を吸って冷えた空気を肺に送り頭と身体を冷やす。
今まで様々な困難に立ち向かってきたが、この状況はその中でも間違いなく最悪だった。
分隊のメンバーは自分を除いて全滅した、時限爆弾のタイマーは今もカウントダウンが進んでいる、そして、目の前の相手は恐ろしく強い。オマケにこいつを倒さなければここから脱出することも叶わない。
キリコの脳裏には自分達の行く末を嘲笑う死神の嗤い声が聞こえていた。

「……」

キリコは操縦桿を握り直す。
もう時間がない、次の一手で勝負をつけなければ。
ヘルメットに繋がれた酸素ボンベから一際に大きく息を吸い込むと、それを一気に吐き出した。改めて前を、目の前の敵を見据える。

「いいだろう」

ペダルを踏み込み機体を走らせる。

「死神だろうが全智全能の神だろうが……」

黒いブラストも腰のブースターを噴射させて走り出す。

「たとえ神にだって俺は従わない!」

ここでキリコは隠し玉を使った。
ペダルを更に踏み込むとスコープドッグの踵の部分、ジェットブースターが火を噴く。ローラーの回転に加えてジェット噴射の推力を得た黒いスコープドッグは一気に加速した。
キリコはミサイルポッドの照準をブラストに合わせトリガーを引いた。肩のポッドから再び三発のミサイルが放たれ、白い尾を引きながら黒いブラストに迫る。
対するブラストは、急激に加速したATに驚きほんの僅かに隙が生じた。
それによってミサイルを回避することも迎撃することも出来ず、ミサイルが機体の周囲に着弾する。
初弾は機体の後ろに、次弾は左、最後は右に着弾したミサイルから爆風が生まれ、ブラストを大きく揺さぶった。
大きくよろけている敵に目掛けてキリコのスコープドッグはショルダータックルを浴びせる。
右肩がブラストの鳩尾の部分に直撃し、そのまま機体ごと押し込む。
足元から大きな火花を飛び散らせながらブラストは押し込まれ続け、やがて格納庫を支える支柱の一つに背中から激突した。
スコープドッグはブラストから身を離すと、素早く左の拳をブラストの胴体に叩き込む。
左腕のアームパンチに内蔵された炸薬が爆ぜ、生まれた爆発によって拳が先程よりも強烈に叩き込まれた。ブラストの胴体が大きくへこみ、ATの左腕の排莢口から金色の空薬莢が一つ弾き出される。
キリコは機体を一回転させながら距離を取り、マシンガンの照準を大きくへこんだブラストの胴体に合わせ、引き金を引いた。
マシンガンから一発だけ銃弾が放たれ、それはブラストの胴体を貫通した。その際に機体の制御回路を破壊したのかブラストのあちこちからニュードが吹き出す。
スコープドッグがブラストの脇を走り抜けると同時に、ブラストのニュードドライブが暴走したのか黒いブラストが内側から爆発した。更に支柱の周りに置いてあった幾つものドラム缶、中身は燃料が詰まっていたらしく、それに引火して巨大な爆発が生まれた。
爆発と爆風を背中に感じながらキリコは機体をブラストから離れた位置で半回転させた。
回るターレットからキリコの熱い視線が突き刺さる。
ようやく敵を倒したキリコは改めて分隊に通信を入れた。

『みんな、無事か?』

『だ、大丈夫だぁ』

『あぁ……なんとかな』

『生きてるぞ……』

『俺たち、悪運だけは強いからな……』

声は弱々しいが、返事が返ってきた。
それからバーコフ分隊は動ける機体と動けない機体を確認し動かない機体はそのまま破棄、搭乗機を失ったパイロットはまだ動ける機体に掴まりながら格納庫を後にした。
時限爆弾が作動し施設が跡形も無く吹き飛ぶのはそれから直ぐあとのことであった。





「ふむ、そうか……なるほど。わかった」

ここはギルガメス軍が管理する療養地、どこまでも続く森が眼下に広がる崖の縁に白い建物があった。
崖下を一望できる展望台には三人の男が居た。
一人は先程、部下からの報告を聞いていた情報省の長であるフェドク・ウォッカム。
もう一人はウォッカムの腹心であるルッタ・コスケ。
最後の一人は軍服を着た二人と違い青白い患者衣に身を包んだ老人、ヨラン・ペールゼンである。
ペールゼンは車椅子に座りながら顔に掛けたサングラスに太陽と空、森を映していた。黒いグラスの向こうで何を見て、何を思っているのかは窺がえない。

「閣下、吉報です。例の五人は生き残りました」

「……」

ウォッカムの言葉にペールゼンは答えない。口を真一文字に結び、顔の深い皺が更に深くなる。

「これで五人は異能生存体、あるいはそれに限りなく近い近似値であることが証明されたようなものです」

ウォッカムは酷薄な笑みを浮かべながら言葉を続けた。

「近いうちに終戦に向けた大規模攻略戦が始まります。私は現場に向かわなければなりませんので、これで失礼いたします」

ウォッカムはペールゼンの背中に向けて一礼すると、踵を返して歩き出す。

「君はまだ、わからないのか?」

ウォッカムの足が止まった。

「異能生存体はキリコただ一人。それ以外は近似値に過ぎない」

「閣下、お言葉ですが貴方は少し完璧にこだわり過ぎるきらいがある」

ウォッカムとペールゼンは互いに背中を向けたまま言葉を交わす。

「貴方の完璧主義ぶりには私も敬意を抱いております。しかし、完璧にこだわるあまり全てが水の泡となっては本末転倒です。貴方はもう少し妥協という物を覚えた方が良い」

「私からも忠告しておこう。本物と本物に限りなく近い紛い物、一見すると両者はとても良く似ているが所詮、紛い物は紛い物だ。本物に成り変わることは決してできない」

「胆に銘じておきます」

それだけ言うとウォッカムは展望台を後にした、それに続いてコスケも立ち去ると展望台にはペールゼン一人が残される。

「キリコ、お前こそが、お前だけが正真正銘の異能生存体なのだ」

誰に言うでもなく、ペールゼンは小さく呟いた。





その頃、バーコフ分隊の面々は軍隊からの召集がかかり、目的地に向かうシャトルに乗っていた。
キリコを除いた四人は疲れから座席に座ったまま爆睡しており、次の任務に備えて体を休めていた。キリコだけは窓の外に広がる暗い宇宙に光る星々を眺めている。
今回も生き延びることが出来た。しかし、次の任務で分隊の誰かが死んでもおかしくない。
キリコは今までそんなことを何度も経験していた。昨日まで隣にいた同僚が次の瞬間には物言わぬ死体と化していた。戦場では当たり前のことだが、それは確実にキリコの心をすり減らしていった。
しかし、とキリコは思う。
この四人とはここまで共に生き延びてきた。もしかしたら五人揃って終戦まで生き残ることが出来るかもしれない。
淡い期待を込めて、キリコは視界に映る幾つもの星に願った。
――願わくば、五人揃って生き残れるように。と。
キリコは座席に座り直すと目を閉じて、そのまま眠り始めた。
彼らが向かうは激戦の舞台、モナド。


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