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[34620] 【習作】とあるデビルサマナーの事件簿【憑依・メガテン世界観】
Name: お揚げHOLIC◆4ce8aeb4 ID:33e9f425
Date: 2012/08/19 14:38


この作品はメガテン設定を利用したオリジナル世界の設定であります。

注意書きは順次増えます。




[34620] プロローグ 日常の中の放浪。
Name: お揚げHOLIC◆4ce8aeb4 ID:33e9f425
Date: 2012/08/19 14:39

ふと、目を覚ます。気だるい体を起こし惰性で洗面所に向かい、習性で顔を洗う。
俺は普段使っているスクラブ入りの洗顔料が見当たらないので、致し方なく石鹸で顔を洗った。
寝ぼけた頭で辺りをまさぐるが、自分の歯ブラシも無かったので新しく引き出しから探し出して使った。
随分手間がかかった。

そのあたりでようやく呆けた頭が醒めてきて、ふと違和感を感じる。体が軽いと言うか、小さいと言うべきか。
そもそも洗面所に映った自分の顔らしきものに、見覚えがまるで無かった。誰だ、これは。
今更だが、家の間取りから調度品、臭いに至るまで全てが違う。これは我が家ではない。
まじまじと鏡を見やる。
細っこい体と、幼い顔立ち。ぼさぼさの黒髪はかなり長く、散髪には長らく行っていない事が伺えた。
なにより色白で、あまり外出はしない性質の人間らしい。清潔で健康的とはとても言い難かった。

それとなんとも言いがたい事だが、鏡の向こうの彼には、首にくっきりと紅い線が走っていた。
まるで縄の跡目のようだと思った。そして実際、それは間違ってなかった。



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とあるデビルサマナーの事件簿

(女神転生シリーズ二次創作)

プロローグ 日常の中の放浪。


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それから十分ほどである。俺は混乱した頭をようやく立て直し、論理的な思考を取り戻すに至る。
そして結論。
俺は朝目が覚める、と別人になっていた自分を発見した。そういうことらしい。

哲学や思想の問題ではなく、純粋に肉体的に別人となってしまったのである。
そもそもがおかしかった。
俺はベッドで寝たはずなのに何故か目が覚めたときは床だったし、何故か首に謎の紐がかけてあったのだから。

「しかも、案の定だよ・・・・・。」

慌てふためき急いで目が覚めた部屋へと向かうと、そこにはぷらんぷらんと寂しげに揺れる、途中で切れた紐があった。
そしてそれは天井から伸びてる。その下には、目覚めと共に何気なく投げ捨てた紐の輪。
無意識に手が首を撫ぜる。くっきりと残った跡が指越しでさえわかった。

どう見ても首吊り自殺です。本当にどうもありがとうございました。

「えー。ってことは俺は、この自殺ボーイの体に憑依しちゃったと言う事でいいのかな?」

俺はそれを瞬時に理解した。と言うか理解してしまった。
大体、こういう現象と言うかシチュエーションに耐性があるのがオタクと言う人種である。
特にラノベやネット小説に熱を上げるタイプの人間はこれを熟知していると言ってもいいだろう。
それがある種の心理的防波堤になったと言うか、耐性として機能したのだと思う。

ま、つまりだ。
俺は首をつろうとして紐が切れて墜落しちゃった少年の体に、魂だけが乗り移った。そういう事のようだ。

元の少年がどうなったとか、俺は死んだ覚えが無いとか、そもそも何故こんなことになるのか?とか色々疑問符はつく。

が、とりあえずはこのように解釈しておけばまず間違い無さそうであった。
間違っていたとしても、大方この流れに違いはあるまい。
あったとして、それは全ての前提を覆す乱暴な物理トリックみたいなものだろう。
そんなものは、現実には考えるだけ無駄だ。なにせそれは自分にはまるで感知できない空気のようなものなのだから。

そんなわけで、俺はこの少年の身分証明書を部屋から漁る。
現実問題この体が誰のものであるのか、またこの体の名前や家族構成などは気になるところなのである。
そこそこに重要な事だった。

程なくして身分証明書が見つかる。学生書だ。

「えー、なになに・・・伊織葵(いおり・あおい)・・・・どっちも、苗字にも名前にもなりそうな名前だな」

憶えやすいと言えば、憶えやすい名前だった。
自分の元々の名前、高岡宗次郎とは似ても似つかないが。

「高校生か。ええと、携帯のカレンダーと照合して・・・1年生。ってか今2000年かよ。10年以上前じゃん。」

この携帯は正常に稼動しているし、家にかかっているカレンダーも同じ年を示していた。
この体の主は5月でカレンダーをめくるのを止めているようだが、携帯が誤作動という事は無さそうだ。
そして今日は7月23日。机の上にあったプリントによれば、終業式の日である。
とっさに時計を見る。

「遅刻じゃん・・・。」

まぁ、終業式如き何ほどのこともあるまい。そう俺は自分を納得させた。実際俺もその理屈で何度かサボっている。
直接学業に差し障りは無いし、夏休み前にあの糞長い校長の演説を聞くにもなれんし。

そもそも俺は大学卒業も間近で、そこそこの企業に内定も決まっていた勝ち組である。
何が悲しくてまたまた高校一年生からやり直さなきゃあいけないのか

七月の五月蝿いセミが、太陽の光に照らされて強烈なコントラストを描く部屋に染み渡った。

「えーっと、この状況・・・マジ?」

今更ながら、この非現実的な状況に似つかわしくない生々しい現実的な感触が、どうにも不気味だった。
遅れて不安と現実感が波のように引いては押し寄せてくる感覚。肝が冷える。

というか、そもそもである。差し当たり今は家には誰もいないらしいが、
俺は下手をするとこのまま一生をこの少年の体で過ごす羽目になりそうだった。
人間関係とか、家族関係とかどうするの?って話だ。いや、マジでどうしよう。
俺は家の中の状態から、凡そ考えうる事を予想する。


玄関の靴を見る限り、家族構成は四人。
パリッとした革靴やほったらかしのネクタイからして、会社勤めの父がいる。
残念ながら出しっぱなしの状況からして、都合よく長期出張とかそういう事は無さそうだ。

母はおそらく専業主婦だろう。今日はたまたま居ないが、働いては居なさそうだ。

最後の一人は、多分妹だ。部屋の片付き具合から察するに、そこそこ優秀そうである。


・・・誰も彼も、恐らく最低でも夕方には集合する。そこで、この俺はどうしたら良いと言うのか。
どうにも、頭が痛い。ぐいぐいとコメカミを揉み解す。

(・・・・まぁ、想像力を働かせれば、この葵とか言う奴は根暗で、引きこもりみたいな奴である事は、分かる。
それで多分もしかすると、イジメにでもあっていたことくらいは想像がつくな。
しかし家の壁や調度品に目立った破壊痕が無いという事は、内弁慶では無さそうだ。)

だんだん推論が汲みあがっていく。ま、しかし最もわかり易いメタファーが"自殺未遂"だ。
ここまでなら誰にでも思いつくだろう。ここからも一歩踏み込んだ推理が重要になってくるだろう。

が今現在の予想が正しければ、下を向いてだんまりを決め込んでいれば何とかならんでも無さそうだ。

「うーん多分、きっと、上手く行くといいなぁ・・・・。」

上手く行ってくれなければ困る。
俺はまだこの体・戸籍では生活基盤を持っていないのである。しかも高校生。
家を追い出されれば、さしもの日本とは言え碌な人生が待っていないだろう。
ならば、道は一つ。彼らに寄生するしかないのだ、しばらくは。

確かにこの体の持ち主の家族を騙すのは気が引けるのだが、そもそも自殺なんてするほうが悪いのである。
しかも未遂なのか完遂してしまったのかも判断がつかない。
ま。いつまでこの体に居る事になるかは分からないが、それまでは精々利用させてもらうとしよう。

・・・可能ならば、と頭に付くが。

「差し当たり、少しでも多くの情報を集めないといけないな・・・。」

演技をするにしても、この少年の人となりを可能な限り知らなければ話にならない。

とりあえず、学校にでも行くか。と俺はようやくそこで強張った足を動かした。
明日から夏休みだし、何か問題が起きてもしばらくは大丈夫だろう。おそらく。多分、きっと。



@@@@



────で、学校である。
2000年と言うと、パソコンの立ち上がりもまだまだ分単位のパソコンが多かった時代だ。
地図検索も遅いし精度は悪いし、中々苦労させられた。これがジェネレーションギャップと言うものか。
タイターさんはさぞ苦労したのだろうなと、益体も無い事を考える。それもこれも暑いからだ。

「奈良県立遠藤西高等学校ね・・・古っ。」

なんともやたら歴史や曰くのありそうな校舎だった。古ぼけていて、埃っぽい。
だが、この雰囲気・・・嫌いではない。建築物には古いものこそ趣があるのである。
立てられた当初は何の変哲も無い平凡な建物だったとしても、建物は古くなればそれだけで芸術的だ。
その上この校舎はデザインに凝った建築らしく、あちこちに特徴的な構造が見受けられる。

「うん、うん・・・これは良い。気に入った。」

不幸中の幸いだ。最悪この体で生きていく事になっても、この校舎の母校には愛着がもてそうだった。

その上、これまた幸いな事に校庭ではなく、体育館で終業式は行われているようだ。多少気が楽ではある。
この炎天下で校長も大変だろうが、生徒は密集隊形を取らされるのでさらに大変なのだ。
俺はとりあえずマイクのくぐもった声のする方へ足を向ける。

色濃く塗り潰された影。顎から滴り落ちる雫。
色あせたセメントと、古めかしい金属パイプの配管が張り巡らされた渡り廊下の下をくぐった。
じゃりじゃりと、太陽で温められたコンクリの床を上履きが擦る。

首に巻いたタオルが、汗を吸いきってもうぐしょぐしょだ。
首のあざを隠すために巻いてきたのだが、もって来てよかったと心底思った。

人影が、その造詣を目視可能な距離まで迫る。

すぐに、後ろの方に立っていた先生が気付き、小声で声をかけてきた。
何やら手招きしているようなので、少し小走りで向かう。
伊藤君、と呼ぶ声が辛うじて聞こえる。この至近距離でも発生する揺らめく陽炎の向こうに、年若い女教師が居た。

「伊織君!久しぶりね、1ヶ月ぶりくらいかしら。」

「ええ、お久しぶりです。ええと・・・・。」

「あら、忘れちゃった?高橋杏子よ。」

「すいません、どうにもね・・・。」

そもそも知らないのであるが、適当にぼかしていると勝手に解釈してくれる。
沈黙は金とはよく言ったものだった。

「ええ、ええ。わかってるわ。だけどね、学校に来れるようになっただけでも、凄い進歩なのよ。
もう夏休みだけど、新学期からまた来れるようになれればいいわ。よく頑張ったわね。
・・・・ああ、列はコッチよ、順番は憶えているかしら?」

先生はどうも、伊織・・・つまり俺の事を知っているようだ。
彼女の物言いでは、俺は相当な日数学校に行っていないらしい。
また、教職に付く人間がこういうときの対処マニュアルとして叩き込まれる黄金のテンプレートを繰り出しているが、
伊織クンを心配しているのは事実のようだ。

つまりは、この少年の苦手そうな教師だった。が、しかしこれで少しこの葵少年の事がわかった。
やはり、入学初っ端不登校気味で学校に来なくなったタイプのようである。
それだけに、この女史は大してこの少年の事を熟知していると言うわけでもないようだ。
つまり口べたのような、無口キャラを装って話しかけてみたが大体それでOKのようである。

俺は出席番号順か、身長順かすらわからないので正直に答えた。

「すいません、それも憶えてないです。」

「・・・まあそうだろうと思ったわ。ここよ。あ、列移動してあげて。」

高橋女史に誘導されて列に入ると、やはり当然と言うか見知った顔など居ない。
が、奇異の目で見るものは居ても嫌悪の眼差しで見るものが居ない。
この事から考えて、嫌われていると言うわけではないらしい。
イジメが無かったと考えるのは早計だが、あまりそういうのがありそうな雰囲気でも、無い。

(となると、勝手に気後れして不登校になったタイプか?・・・神経細そうな顔してるしなぁ。)

一人納得しかける。
少年に対しては失礼なのだが、葵少年は見たところ体型分類で言うなら精神病的な傾向を示しているからだ。
勝手に追い詰められて自爆。そういうこともありえそうだった。
あまり科学的な分類法とはいえないが、クレッチマーの考えたこの分類は意外と当たるのである。

そんな事を考えながら、ぽやっと周りを観察しながら突っ立っていると、
後ろの女子生徒からなにやら小声で話しかけられる。

木製の濃い色をした床が僅かにたわみ、キィと音を立てた。
それで、初っ端一番コレである。

「ね、ね。君、伊織君でしょ。ねぇ、なんで今まで休んでたの?何かあった?」

デリカシーの無い少女だと思った。そこで首だけ後ろに向けて見ると、何だか硬そうな雰囲気の黒髪ロングの少女が居た。
この高校の連中は全体的に顔面偏差値が高いが、中でも女で、これだけの器量良し。
ならばさぞ、ちやほやされてきた事だろう。

つまり、これまたこの伊織少年の苦手なタイプだった。かく言う俺も苦手と言うかなんと言うか。

「・・・一身上の都合で、少しね。」

大体予想される葵少年の受け答えはこんなものか、と思う。ぼそぼそと小声で呟く。
いや、正しくは葵少年がこう答えてもおかしくは無い受け答えだろう。
おそらく、話自体殆どしなかっただろうから。

「えー、何?事件とか??」

「・・・・さぁ?」

ド直球な女だ。しかし実際にあったかどうかはわからないのでぼかしておく。

「むー。ちゃんと答えてよ、そんなんだから友達出来ないんだよ。
君、いっつも一人で弁当食べててさ、寂しくなかった?
何事もまずはコミュニケーションから、だよ?ねぇ、何か理由とか悩みとかあったんなら教えてよ。
私でも力になれる事があったら協力するからさ。」

「・・・余計なお世話だよ。委員長か、アンタ。」

詮索好きは好まれない。ましてそれが痛くない腹なら尚更鬱陶しいらしい。
情報は集めないといけないが、情報源としてこの少女は不適格だと思った。

が、しばらくまじまじと此方を見た後少女は呟く。

「・・・・え?そうだよ?まさか、それも知らなかったの?」

呆れた、と言うように目を丸くする少女。
確かにクラスメイトなら知ってて当然だが、少年も多分、知らなかったろうなと思う。

しかしなるほど、ここまでこの少女との会話で俺はいつも一人で弁当を食べていたと言う事がわかった。

ここで一人で弁当と言うのは比喩表現だろう。それはつまり、彼女の目から見て大体常に個人行動だったと言うことだ。
そこで家で確認した教科書類や文房具、制服などには損傷は無かったと言う情報と会わせる。

・・・・何となくイジメの雰囲気ではないな、と思った。

また、この少女は他人に積極的に会話を行うタイプの人間である。
にもかかわらず、彼女はこの少年の事を良く知らなかったと言うことも判明した。

そこから、彼女のような人種でさえ近づき難い雰囲気をを出すような人間だったとも推測できる。
この一目みただけでお節介とわかる人間ですら、この少年の事をあまり知らない・・・となれば結構"硬い"奴だろう。
高校一年生でそんな奴となると、むしろ問題は家庭か?

「うん、知らん。あと、出来たら名前も教えてくれるかな。なんて呼べばいいのかわからない。」

「は?」

のっけから駄目な感じの質問。
委員長(暫定)は、目を丸くして少し考え込んだ。

「・・・あー、うん。段々わかってきた。君、そういう感じの人な訳ね。うーん、思ってたのと違うなぁ・・・。」

「簡単に見透かされるような、浅い底はしてないよ。で、名前。」

つい元の体のつもりで喋ってしまった。ハッとするが既に遅い。

今度こそ、呆然とした顔の委員長(暫定)は信じられないと言う表現を顔で行う。
うん、まぁその気持ちはわかる。わかるけど、仕方ないんだよ。俺は中の人が違うのだし。
驚いた表情から、委員長(暫定)はニタリと好戦的な表情に変わる。様子見は終わりらしい。

「・・・"大枝"よ。"大枝もとこ"。今度は憶えておいてね。伊織葵クン?」

すぐに、反撃してくる"もとこ"。高校生にしては中々の胆力だった。
意味不明なモノに対する対応としてはすこぶる正しい。少し感心する。

「ん、んん。まぁ、多分・・・・。」

と言っても、憶えろと言っても中々な。
今日は色々と憶える事が多そうだから、ふとした拍子にトコロテン式に抜け去っていってもおかしくは無い。
確約は出来かねた。

「ぜ っ た い よ ?」

「あー、ああ。わかったわかった・・・。」

ズイとせまる顔。これは中々の迫力である。
おお、怖い怖い。前言撤回、今回はコレで忘れる事は無いだろう。
ここまで特徴的なイベントなら、もうガッチリと記憶の関連付けが脳のほうで行われているはずだ。

「よろしい。あ、前向きなさい。校長先生がまだ喋ってらっしゃるわ。」

「・・・・・。」

それと新たな情報。結構、彼女は良い性格らしい。一応、言っている事は正論なので大人しく前を向く。

初遭遇の同級生が、濃かった。ただしかし、彼女のお陰で良いスタートが切れたのは確かだ。
ここから後半日の内に、どこまで情報を集め、自分のスタンスを確立できるかが勝負の分かれ目だろう。
彼女とは終業式が終わってからも、少し付き合ってみるのも悪くない。

兎にも角にも最初の難関は、家族に怪しまれない事だった。
まるで寄生獣だ、と内心面白く思う。未知のインベーダーと言う意味では正にそうだ。

ふと何処か頭のネジが外れた感触があったが、こんな事面白がりでもしないとやってられない。
俺は意外とタフな自分に驚いた。
こんな状況でも、意外と冷静にやっていけている自分を誉めてやりたい気分だった。





[34620] 一話 境界線の上に立つ者。
Name: お揚げHOLIC◆4ce8aeb4 ID:33e9f425
Date: 2012/08/15 17:23



終業式の長ったらしい訓示も終わり、クラスメイトらしき連中が歩くほうへ流されてゆく。
階段を上って4階の教室、そこが伊織葵の教室らしい。運良く座席表はあったので、それを見て席に座る。
古びた机と椅子。まさに学校と言う風情だった。

俺は辺りを見回す。少年の情報を一つでも多く仕入れるために。
少なくとも最低限、自殺未遂の原因については原因を特定しておかないと座りが悪い。
目下最重要の課題だ。これが見えてくることによって、この少年の性格や過去も推測が付くだろう。

俺はコメカミをぐりぐりやりながら、机に肘を突いた。

ふと経年劣化で変色した学校机を撫ぜる。落書きだらけだ。
だがそれは歴代の使用者の黒歴史であり、これもやはりイジメによるものではなかった。

ならば、自殺未遂の原因は何なのか。想像するも、あまりはかばかしくは無い。
クラスメイトも遠巻きに見るか、無関心の者ばかりでこの少年に特別何かありそうな者はいないようだ。
少なくともこの教室内部には居ない。だからこそ、わからない。

"イジメ"と言う現象、あるいは状況では、多くの場合いじめる側は一見友人を装うものだ。
そして当然、友達を装った圧迫者が居た場合には、虐められる対象は一人で居る事はむしろ少ないのである。
またそういう手合いは粘着質にどこまでも追いかけてくる。見つけた玩具をそう簡単には手放さないのだ。

ここまで俺はわざと隙だらけに振舞ったが、そうした連中は接触してこなかった。

俺は溜息をつく。
その溜息には、いっそイジメであったほうが面倒が無くて良かったという意味も含まれていた。

トントンと指が机を叩く。無意識の癖だった。考え事が上手く纏まらない時はいつもそうだ。

こんな時は、いっそ結論をぶん投げてしまうのも一つの手だ。
この短期間で決め付けるのはやっぱり良くないと思うのだが、多分これは伊織少年が欝かトラウマか、他の何かか。
まぁ端的に言って、精神病の類であったと考えた方がしっくりくると思った。

家庭環境と言うのも考えが及ぶ。
だがそういうタイプの引きこもりに取っては"部屋"が最後の砦なのだ、しかしその割には扉に鍵も付いていなかった。
家具でバリケードのような物も作られていなかったし、
扉をはさんで家族に対して篭城戦を行うには、いささか無理があると感じる。
家族に対して不満やコンプレックスを持つ人間が、家族に対して開けっぴろげと言うのも、おかしな話だろう。

・・・結局わからない事だらけである。
少なくとも、自分がこの数時間考えた限りで少年には精神病を誘発する外的要因は無い。
自殺にいたる経緯も見えてきていない。

普通はこんな短時間で人間の内面を推し量ろうなどと、傲慢もいいところなのだが、こちとら時間が無いのだ。
夕方までがタイムリミットである。
のんびり少年の身辺捜査でもやって、推理している時間は無い。最低、立ち回りだけは決めておかないと。

もちろん、過去に負ったトラウマと言う線もあるが、そんなものわかる筈が無いし。


はは、と乾いた笑いが漏れる。何となく、呆れたような憐れなような、不思議な気分だ。
ともかく、運が悪かったのだろう少年は。
この若い身空で世を儚んで自殺、挙句何処とも知れん馬の骨に体を乗っ取られる。
あまり運勢のいい人生を歩んでいるとは思えない。

高岡宗次郎は皮肉気な笑みを浮かべる。
つるりとした机に、反射で一瞬映った色白の顔を眺めて思った。

・・・・・もっとも、俺はお前なんかよりよっぽど運が悪いらしいがな。










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とあるデビルサマナーの事件簿

(女神転生シリーズ二次創作)

一話 境界線の上に立つ者。


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あれから時間は大分飛ぶが、8月16日頃・・・そろそろ夏休みの宿題も、ケツに火がついてくる奴も多いだろう時期である。
勿論この葵はそんな事は無い。そんな失敗はもう前世?で懲りたらしい。
三日で、期間の指定の無い宿題は全て片つけた葵は、残す所後自由研究と読書感想文だけだ。

実はまさにそれを、どうしたものかと考えている所でもあるのだが。
そんな事を考えている葵は、今ランニング中であった。

「はっはっはっは・・・・・。」

長い髪を汗で濡らしながら、薄紫色の空の下を走る。
2kmのコースを軽くこなしながら、葵はもう随分体力が付いてきた、と自画自賛した。
最初の頃はヒッキーだけあって、それはもう酷いものだった。
元バスケ部の宗次郎としては許せないレベルの運動不足で、下手をすると1kmも走れないような貧弱ボディだったのだ。

例えるなら10段階評価で。

持久力   :1
瞬発力   :1
柔軟性   :1
筋力    :1
バランス感覚:1


────つまり何もかも悪し。

運動するにしろ、勉強するにしろまず体力!を信条とする葵としては早急に解決するべき問題だった。

"健全な精神は健全な肉体に宿る"・・・・とは誰が言った言葉かは知らないが、真理である。

それは葵がこの体に宿る前に、体で学んだ一つの真実だ。
それだけに、この貧弱な体を放っておくと、宗次郎は自分まで葵少年の如く自殺したくなってしまうかもしれない。
そういう強迫観念に駆られるのだった。
それもまた自主トレーニングに精を出す一つの理由になっていた。

葵少年の自殺の原因が、今現在不明である以上、それは肉体的な欠陥である可能性もある。
あながち、的外れな考えでもなかった。

(そもそも、葵の奴日記もつけて無かったしな・・・・。)

自分もつけてなかったし、このご時世日記なんて律儀につけている奴は珍しいだろう。
人の事を言える立場ではない。罵倒は的外れだ。
だが、遺書さえも無かったのは誤算だった。

箪笥の裏、本のページの間、二重底の引き出し、額縁の裏、パソコンのデータファイルの中。
何処を探しても遺書は見つからなかった。

飛び降り自殺と違って、首吊り自殺は準備が必要なため遺書を書き残すケースが多いらしいのだが、
葵少年にはその法則は当てはまらないらしい。家の何処にも遺書らしきものは無かったのだ。

それが、既に約三週間前の事である。


無事に学校で情報の蒐集を終え、結局大事な所は何もわからないまま迎えた夕暮れ時。
つまり何も大丈夫な事は無かったのだが、だんまりを決め込んでいれば家族は何も言ってこなかったのが幸いだった。
ふだんからこの伊織葵と言う男はこうだったらしい。少し、安堵した。
それでもそこから慣れるまでの一週間は、肝の潰れるようなストレスの連続だったが。

(寡黙な奴だったんだろうなぁ。コイツは)

まぁ多少は家族にいぶかしまれたりもしたものの、その後は上手く溶け込む事が出来た言っていいと思う。
概ね宗次朗の目論見は成功していた。。

それはいい。だが問題はここからだ。

「ぜ、ぜぇ・・・。ぜぇ・・・今日はここまでにするか。」

伊織葵の体に入った宗次朗は、乱れた息を整えながらゆっくりと速度を落とし始める。
首に付けている大型の首輪が揺れた。

ここからはややこしいので、宗次朗の事は基本的にこの体の名前である葵と呼ぶことにしよう。

───で、葵だ。

葵はパチパチと明滅する街灯を見上げた。
それとは対象の方角を向くと、山脈から遥かに太陽が顔を覗かせているのを、眩しく眺める。
夜明け前の冷たい風が清清しい、淀んだ気を払ってくれているようだ。

ここまで3週間ほど、彼は別に遊んでいた訳でもなければ怠惰に過ごしていたわけではない。
むしろかつてなく葵は精力的に活動したと言えるだろう。

家族や家の中の情報媒体から自分の事を調べると同時、積極的に外に出て、社会のことも調べた。
2000年代の高校生では比較的珍しい、個人用のパソコンもあったので、それも利用して様々な情報を収集した。
このオカルト的状況からして、宗教や魔術の類も積極的に調べた。

そして結果としてわかったのは、この世界はいわゆる、平行世界と言う奴であると言う事実だけだった。

根拠は簡単だ。自分の知らないゲームやマンガが世に溢れていて、自分の知っているそれらが無い。
政治家の名前も違えば、芸能人もまるで変わっている。わかり易いにも程がある。

そのため日本史、世界史に大きな違いは無いようだったが、
歴史はちょこちょこと学びなおさなければならない所がありそうだった。
この3週間弱で調べた情報量は、かなりの量に上りそうだ。努力の結果である。

「だからってな・・・結果が出なきゃ意味がねぇんだよな。」

そう、それがわかったからと言ってどうだと言う訳でもない。
この状況の打破と言う意味では、なんの手立ても打てて居ないのが現状であった。

「はぁ・・・・。」

溜息一つ。最近は癖になりつつある。
首に付けた、真っ赤な皮の首輪を手で弄くる。金属部分がチャリチャリと音を立てた。


@@@@



この3週間弱の間、葵は一日も休まずランニングと筋肉トレーニングと柔軟体操を続けた。
その結果それなりに体力は改善し、この感触なら多少は運動部の連中とも張り合えるくらいには強くなっている。
やはり魂が違えば成長速度も違うのか、全く別の体であるにもかかわらず思い出すように葵の体は成長した。

思えば苦労したものだ。

この体が低体温気味だったせいで、始めの頃は寝起きが辛かった事もあった。
しかし今やまるで嘘のように目がパッチリと覚めるし、朝でも食欲が湧く。

意識と体では、体力の上限がまるで違うため、初日には公園でぶっ倒れて2時間ぐらい気絶していた事もあった。
今や、そんなことはあり得ない。

色白の皮膚は健康的に少し色を取り戻し、細身の体は筋肉に覆われ少し太くなった。
(つまりまともに成ったという事だ。)

・・・なにより、中の人が変わったお陰で葵は"若干"社交的になった。

これ等の変化は世間一般的には良しとされる変化である。不自然と感じられても不気味に思われる事は無いだろう。
家族も葵の変化をいぶかりながらも良い方向のものであると認めたのか、最近は構ってくる事も多くなった。
皮肉、とはこういうものかと、骨に染みる。
自殺する前にそうしてやれば、俺はこんなことになってなかったのかもしれないと言うのに。

「おかえり、葵ちゃん。ご飯できてるわよ。今日はなめこのお味噌汁と出し巻き卵が自信作よ。」

「ああ、ありがとう、母さん。」

そっけない返事だ。急に変わられても違和感があるだろうから、こんな風を装っていたがもう慣れた。
どちらかというと最近はこちらが地になってきている感すらある。
人間とはつくづく環境だと思い知らされる。

「兄ちゃん帰ったの?おかえり~。今日は早かった。」

「・・・・ただいま。奏」

兄ちゃん、と声をかけたのは伊織奏(かなで)。伊織葵の妹だ。
おそらく、漢字が似ているから兄弟でこの字の名前をつけたのだろう。
奏と葵。よく似ている。

葵はそのままシャワーを浴びてから、葵は食卓に付いた。家族団らんと言う奴だ。
以前はまるで会話に加わらなかった(らしい)葵も最近では少しは話す。

相変わらず演技は続けているが、元々口数が少ない方なのであまり大差ない。
それでも、それなりに会話は弾んだ。
話を振られて無視しなくなったと言うだけでも、伊織家の人々にとって大きな進歩だった。

「兄ちゃん変なの、最近いっつもその首輪つけてるよね?なんで?」

「なんでもいいだろ。ファンションだよ。チョーカーとか言う奴さ。」

「え~。兄ちゃんセンス無い。絶対変だって。」

妹に指摘されて、一瞬詰まる。そりゃあそうだ、図星であった。
ただ流石に苦しいのは当事者だって解っている。好き好んでこんなものを付けたいわけではない。

理由がある。と言っても複雑な理由ではない。
実は、葵の首に付いたあの首吊りの縄の跡なのだが、あの後取れなくなってしまったのである。
それはもうくっきりと痣になって未だに残っている。

その痣は初日を含め最初の2週間の間はなんとかタオルで誤魔化していた。
だがいい加減苦しくなってきたので最近首輪を付けたのだ。
なにせタオルは暑いし、ふとしたことですぐ取れる。スカーフも同様だし、外見で言うならより酷いだろう。

それで最終的に思いついた策がこれだったと言うわけだ。
ただしファッション用のチョーカーだと細くて使い物にならないため、大型犬用の最大のものを付けている。
当然ゴツゴツしていて付け心地は良くないし、そもそもこんな物を付けていると言うのが気分が良くない。
その内別の案が思いつけばそっちにするし、この痣が消えてくれれば言う事は無いのだが・・・・。

(流石にあけっぴろげにする訳にもいかんしなぁ。縄目の跡までくっきりなものだから、一目で連想してしまう。)

「あら?母さんは可愛いと思うわよ?こういうの、ロックって言うんだったっけ?」

「まあ、若い頃はいろいろやってみる物だ。父さんは何も言わんよ。」

要するに、変だと言う事だ。

家族からの総攻撃もあって、少しブルーな気分で葵は朝食を平らげた。
先代葵も厄介な遺産を遺してくれたものである。百害あって一利なしとは正にこの事だ。




「あ~ったく。こんなもの好きでつけてるんじゃないっての。」

自室でぶちぶち言いながら、葵はネットサーフィンにいそしむ。
2000年代のパソコンは、まだまだデータ容量も処理速度も未発達でレトロな印象である。
まあ、10年後を知る身としては当然なのだが。

「かと言って、首輪を取るよりマシだしな。・・・・ま、しばらくは若気の至りで済むだろ。」

流石に大型の首輪をつけて歩くのも恥だが、首に一筋走る縄目跡を晒して歩くほうがもっと恥だ。
他人からしてみればなんと言う事も無いものでも、本人とっては酷く見られたくないものと言うものもある。
葵の場合は、動機の半分はコレに当たった。

「しかし、オカルト関係もあまり収穫は無いな・・・。所詮はインターネット。ゴミ情報だらけか。」

葵は肩口まで届く長い髪をポニーテールのように後ろでまとめ、それを指で弄くった。
思えば前世(?)ではずっと運動部ばかり続けていたので。長髪と言うものをやった事が無かった。
そこで、いっその事この体では長髪を楽しんで見るのも良いかと思い、葵は髪を伸ばしたままにしている。
流石に清潔感に欠けるので、散髪屋で前髪や毛先を整えてもらいはしたが。

髪形については主観だが、もともとこの"葵"は宗次朗と違って柔和な顔立ちをしているので、まあ似合わない事は無い。
ただ、この長髪にでかい首輪の組み合わせはなるほど確かに、どこぞのパンクロッカーと言ったほうが良い感じだった。
あながち母君の言う事も間違ってはいまい。

そんな事を考えながら、カチカチと適当に検索に引っかかったサイトを片っ端から開いていく。
はっきり言って辛い作業だ。読むに値する情報などこの広いネットの海には滅多と無い。
特に、今調べているような分野に関しては酷いものだ。
サイトを開いては三行読んで呆れて閉じ、ブラクラに引っかかっては再起動する作業が続いた。


それから更にしばらくのことである。
昼をもう少し過ぎたところで、暑さに耐え切れずクーラーのスイッチに手が伸びた頃。

最近は上記のような作業を繰り返すばかりだったのだが、
ふと気付くと、検索エンジンからのリンク先の大分後ろのほうをクリックしたとき、奇妙なサイトに跳んだのだ。
救いようの無い下劣な内容に頭のおかしな人間の妄言ぐらいしか見つからなかったので、
そろそろ諦めようとしていた矢先の事である。

「んん?β版総合悪魔召喚プログラム、配布中・・・・?」

見れば、そのサイトは至極真っ当な自作プログラムを公開している私営サイトだった。
ただ、どういうわけかURLが表示されない上に、HPの題名すら表示されない。

しかも俺はぼんやりと検索一覧からリンクをクリックしていたとは言え、文字列くらいは見ている。
俺はどんなリンクをクリックしてここに飛んだ?なんだというのか、このサイトは。

葵は身を乗り出して、画面を凝視する。
ノートパソコンの液晶画面に映る、懐かしげな単語。遠く過去の記憶が引き出される感覚。

「悪魔召喚プログラム・・・。メガテンか?」

真っ先に思いつくのはそれだ。
だが、こっちの世界にはポケモンとデジモンはあったが、メガテンは無かった筈だ。
それどころか、アトラスと言う会社も無かった筈。ゲーム関連にはひとしきり絶望したから良く憶えている。
どういう事だろうか?
零細企業が初期版を、私営サイトと見まがうばかりの貧弱なサイトで先行公開している・・・と言うことだろうか?

この世界ではアトラス社は、もしかすると目に付かないほどの弱小企業だったのかもしれない。
だけど、このHPにはアトラス社のロゴも無ければ単語一つも見つからない。
金が無いから?・・・どうもきな臭い話だ。
そもそも、どういった団体や組織がこのサイトを運営しているのかと言う所の情報だけが、上手くぼやかされている。
高度に分類化された情報階層と、目を見張る情報量を誇るにも関わらず、だ。

「なんだこりゃ・・・?」

だが、設定は良く出来ていた。端的に言うと、


●このプログラムをインストールすると、パソコンで悪魔を召喚したり使役したり出来ます。

●このプログラムをインストールすると、そのパソコンはDDS(DigitalDevilSystem)以外のOS及びソフトウェア及び、
一切のデータは自動的にアンインストールされてしまいます。安全保障上必要な処置ですのでご承知ください。

●当DDSによって生じたいかなる損害も、製作者は責を負う事はありません。

●当DDSをインストールすると、このサイトへのURLが漏れなく記録されています。

●当DDSは、基本となる悪魔召喚プログラムに様々な追加プログラムを総合したものです。

●β版ですので、しばらくは不具合の調整やアップデートが続きます。
DDSのブラウザのみから接続できるwebサイトでアップデートを行う事を推奨いたします。

●DDSをインストールしたパソコンは、特定のサーバーとしか接続できなくなります。
これもまた安全保障上の必要措置ですので、ご承知ください。

●現在β版テスター募集中です。奮ってご参加ください。
当サイトは、より完成度の高いDDS開発のための勇士を求めています。


・・・・との事である。もちろん。

「あ、怪しい・・・・・・。」

ぶっちゃけ、どん引きであった。











[34620] 二話 悪魔がほほ笑む。
Name: お揚げHOLIC◆4ce8aeb4 ID:33e9f425
Date: 2012/08/15 19:32
β版・総合悪魔召喚プログラム。その存在をどう判断して良いか、しばし悩む。
まず、注意事項に記載されている情報だけでもインストールをためらうが、そこは問題の根幹ではない。
この悪魔召喚プログラムと言うものが存在する意味とは何か。

「・・・この世界が、アトラス系の世界観の、平行世界って事か?」

オタクと言う精神的属性はこんな所でも、優秀な精神耐性を発揮した。
こんな事はまともな頭なら中々考えられないのだが、
オタクはそんな事を普段から臆面も無く妄想しているものなので、簡単に思いついてしまうのである。

まさに愚者であった。



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とあるデビルサマナーの事件簿

(女神転生シリーズ二次創作)

二話 悪魔がほほ笑む。


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「んんー、まぁ脳の茹った結論は置いておいて・・・。」

どうするか。
差し当たり、このパソコンには大して重要なデータも無ければプログラムも入っていない。
伊織葵はクレジットカードなんか当然持ってないし、このパソコンが乗っ取られたとして金銭的な損害は出ない。
OSその他、ソフトウェアの原本であるDISCは残っているし、OSをアンインストールしても問題ないだろう。

「修理不可能になる可能性はあるが・・・。」

パソコン一つと引き換えにしても、価値のある手がかりだったならどうか?
現状を何とかする・・・少なくとも何かこの現象に説明の付けられる情報が手に入るなら。

「インストールする価値は、ある・・・・か?」

そこから散々悩んだ末、結局葵はインストールボタンをクリックする事にした。

どちらにせよ、虎穴に入らずんばと言う奴だ。危険を冒す価値はある。

カチリ。とマウスの左側を押し込んだ。

───瞬間。薄い液晶画面が、電源を落としたように黒くなる。
次いで、緊急コードを打ち込んだときのように黒画面に大文字でプログラムが走り始めた。

「んなっ!?」

覚悟はしていたものの、ぎょっとして飛びのく葵。
インストールとかそんなレベルじゃない。これはまるでハッキングである。。
ガリガリと、情報のフローでフリーズ寸前のハードディスクが唸りを上げる。

めまぐるしく流れて行くログ。
プログラムには多少の学がある俺でも、何を目的としたプログラムなのか、理解できない。
辛うじて、プログラムのファイル構造程度は予想が付くが、それまでだ。

これは本物だ。たかがゲームプログラム如きでは、無い。
液晶画面に、コミカルな効果音と共に指示が表示された。

《インストール完了まで、あと12時間42分32秒です。》


・・・・・・・・

・・・・


・・・バクバクと驚きに早鐘を打つ心臓。途端に静けさを増した、蒸し暑い部屋。
静寂の中に、カリカリとパソコンの作動音だけが響きわたる。

カーテンの間から熱い風が流れ込み、頬を撫ぜた。

「・・・・は、早まったかな。」

ゲーム時のように勝手にインストールが始まったり、一瞬でインストールが終わったりはしないらしい。
いや、それはβ版・・・つまり未完成品だからなのか?
安全マージンを多く取っているからデータ量が多いのだろうか。
わからない。ただ、どっちにしろ今決定的な何かの境界線を踏み越えようとしている事だけはわかる。

今出来る事は精々心の準備程度のことだが、なればこそ覚悟だけは怠ってはならないだろう。

ぼんやりとノートパソコンを眺める。
なんとなく、何の変哲も無い10年前のノートパソコンが妖気をまとっている様にさえ見えた。

取り合えず、インストール完了までの12時間はとても眠れそうに無かった。



@@@@



それからの12時間は大変なものだった。
兎にも角にも、ゲームならば悪魔召喚プログラムをインストールすると漏れなく悪魔が出現するのが常である。
しかもそれが契約済みの友好的なピクシー等ならばともかく、
野放しのケルベロスがご訪問等という事態になったら目も当てられない。

まあ、後者のような事態になったら確実に一家皆殺しなので考えるだけ無駄なのだが。

しかし準備するに越した事は無いのは確かだ。俺はホームセンターで3000円程の斧を買ってくると、手元に抱いた。
小型だが、災害時に家屋を破壊できる程度の強度と破壊力はある。
低級の悪魔なら、交渉に失敗した時にコイツで殴りかかれば、もしかしたら殺せるかもしれない。
儚い希望である。

グッと斧を握り締めながら、今か今かと机の上のノートパソコンを睨む。
インストール状況を示す時間は、あと30秒。緊迫した時間が続いた。

《インストールが完了しました。悪魔召喚プログラムを起動します。》


─────来た!!

緊迫の瞬間。今や召喚器と化したノートパソコンを睨む。
特徴的なブラウザが表示され、全ての機能が十全に機能し始める。マウスポインタの砂時計が直ちに消えた。

しかし、目に見える異変はまるで起こらない。

・・・・・・・カチ、コチと時計の音が響く。

しばらくして、ブゥンと電子音がなり、コミカルな効果音が鳴った。

《あなたの生体マグネタイトの波長パターンを登録します。画面の丸い円で囲まれた部分にタッチしてください。》
《登録された悪魔が居ません。残り12体の空きがあります。悪魔と契約して仲魔を増やして下さい。》

そんな、一秒とも一分とも付かない睨みあいの果て。
ノートパソコンにはなんとも、間の抜けた文字列が表示された。
さらにしばらく全身の筋肉を強張らせて、襲撃に備えるも何も起こらない。



───どうも・・・・何も起こらないようだ。

「は、はぁぁぁ~・・・・・・・。」

気が抜けて、葵はへなへなとその場に座り込んだ。カコンッと、斧の刃の先端がフローリングに突き刺さる。
こんな事の立て続けだ。心臓に悪い。

「と、とりあえず何も起こらないらしいな・・・。」

斧は取り合えず床に転がしておいて、よろよろと机に向かう。
なんとか気を取り直した葵はブラウザをカチカチと動かし始めた。
β版だけあってあまり親切な作りではないが、葵は真っ先にヘルプを起動して操作方法を確認した。

「どれどれ・・・。」

結論から言うと、そこには既に必要十分の用を果たすプログラムも多かった。
ベータ版と言えど、こちらは完成の域にあるらしい。
何度も修正アップデートされた痕跡がログに残っている。
基本的な契約システムに召喚システム。送還システムに待機機能。これ等は既に完成の域にあると見ていい。
・・・あくまでもスペックデータ上ではあるが。

しかし登録されている悪魔の情報が足りないため名前と伝承上の由来しか解らないデビルアナライス機能や、
精度が500m単位のエネミーソナー機能など、重要でありながら不十分極まる物も搭載されていた。

「まさにβ版って事か。」

こちらは使用者の実際に使用した稼動データを基に改良して初回版を作るつもりなのだろう。
そうすると、デビルアナライズも使えずエネミーソナーも凄まじく広域でしか作動しない状況では、
まるでβ晩テスターは捨て駒だ。

・・・・だが、このβ版を使う人間は多いだろう。

「パイオニアはどんな分野でも強い。やってみる価値はあるな。」

とりあえず、気を取り直してDDSブラウザをカチカチと弄くる葵。
結局悩んだ所でやる事は変わらない。まずは情報だ。

「・・・取り合えず、β版テスターは、最初から自分で悪魔を捕まえなきゃ駄目って事か?」

このDDSは本当に不親切な作りであった。
エネミーソナーで大雑把な悪魔の位置を特定して、ソイツと交渉しろ。と、その程度の事すら書いてない。

交渉不能な悪魔や、属性の判断すら其処には載っていなかった。
月の満ち欠けや、MAGの扱いすら。

まるで、このプログラムを使う人間には、その程度の知識があって当然とでもいうような内容である。

(いや・・・?まさかその通りなのか?β版は同業者を使って、微修正を繰り返すつもりだったとか?)

ブラウザを眺める。URL欄には、今度はちゃんとコードが載っている。
だがこれは・・・。

(・・・悪魔関連業者の専用回線?たまたま、俺のパソコンがそれに繋がってしまったとでも?)

URLには、全く未知のコードが記載されていた。コードの中には"dds"と言うワードがある。
どういうわけかこの悪魔召喚プログラムとか言う奴、
プロバイダと契約した覚えの無い回線とも、ネットを繋げてしまう力を持つらしい。
まあカメラも付いてないのに悪魔を分析したり、検知器も付いてないのにアイテムを解析できたりするプログラムである。
それくらい出来てもおかしくは無いが。

(・・・じゃあ、さっきまではどうやって繋がってた?さっきまでは、コイツは唯のノートパソコンだった筈。
・・・・まさか、磁気嵐?)

回線が全く違っても、極稀に混線して繋がってしまうというのは、世界規模で見れば年間何件も起きている事態だ。
磁気嵐の時や、雷の時などは有線でも起こりうる。回線番号以下のコードが万が一、一致していた場合は特にそうだ。
そもそも高度なハッカーなんて連中は、回線番号の違いなど物ともしないし、
ちょっとした無線設備があれば簡単にハッキングしてしまうものである。

そして今日は数奇な事に、太陽の黒点の位置が云々で、日の当たっている側の地球で広域に弱い磁気嵐が発生していた。
それほど広域に電波の乱れが発生していたなら、こういうことも起こってもおかしくはない。

また12時間ずっと安定して接続できたと言う事は、向こうのドメインの登録が特別緩いか、厳格すぎたのだろう。
向こうの管理機は一度接続できたら、コッチが切るか、向こうが気付いて切るしかないタイプのようだ。
そもそも、この特殊回線は制御系の一部で一般回線とも繋がっているのだろうとも推測できる。
俺は今回、特殊回線から這入って一般回線で接続された状態にあったわけだ。

俺はURLコードの中の、ddsと言うワードに注目する。

(ddsってのは要するに悪魔召喚プログラム(DigitalDevilSystem)のことだ。
なら、悪魔召喚プログラム関係者の、専用回線って事か。電話局に金払って開設する、私設回線みたいなものだろう。)

これがDDS-NETの原形なのかもしれない。あるいは・・・・それそのもの。
まぁともかくそれは良い。
重要なのは、その何故かその専用回線に繋げてしまって、こんなものをインストールしてしまった俺のことだ。
これからどうするべきか。

いやDDSをアンインストールして、見て見ぬ振りをしない以上、悪魔を捜して徘徊の一択しかないわけなのだが。


しかし・・・いきなり強力な悪魔と接触してしまったら?
・・・・・もしくはダークサマナーなんかとばったり出くわしてしまったら?

なかなか足踏みする展開である。

「あー、もう。糞、何もかも手探りだ。どうしろってんだよ。」

よくゲームの主人公達の行動を、非合理的だとか、ここはこうするべきだったとか思うことがある。
だがそれは物事を俯瞰し、背後設定世界観を理解し神の視点から物事を眺めるがゆえの現象だ。

自分がそういう事態の当事者になったが最後、
ここはこうするべきだろJKなどとゲラゲラ笑っていた者は慌てふためいて何も出来ないだろう。
大体世の中そんなものだ。

そして往々にしてそういう時必要なのは、正誤を判断するための思索ではなく、
より前へ踏み出すための蛮勇であったりする。

「β版で、まだ身内だけで回している段階って事は、世の中まだ悪魔で溢れかえっているって事は無いんだよな。」

それがいっそ、唯一の救いだ。
絶対数が多ければ、レベルの高い奴も増える。逆に、絶対数が少ない今ならば、雑魚が比較的多いだろう。

・・・・この世界の悪魔にそんな法則が適用されるかは未知数だが。




@@@@



────翌々日。

と、言うわけで路地裏である。
このあたりに弱い悪魔の反応があると言う事でやってきたのだ。

と言っても、現状Eソナーの精度は500m単位なので当てにはならないし、強弱の判定も怪しいものだ。

しかしこれ以上考えても馬鹿の考え休むに似たりとも言うし、善は急げとも言う。
防具は適当に業務用ホームセンターで買ってきた鉄板を厚手の服に縫いつけ、即席の胴鎧を作って装着した。
武器は、パソコンから飛び出してくる奴を警戒して買った消防斧だ。

どれも、上から服を着たり鞄に入れたりして簡単にカモフラージュできる。
加えて安全靴も履いて、一応考えうる手は打った。
時間とお財布と、俺の製作の手腕と相談した結果の最善の装備だ。

後は、実践あるのみ。


・・・・ちなみにここまでで、二万円以上出費しています。

伊織葵君には意外と貯蓄があったし、八月に入ってからはバイトもしているのでもうすぐ給料も入る。
それでも学生には辛いものである。まあ命の値段と考えれば、安すぎるくらいなのだが。

「しかし、さっさとこの異常事態に適応しないとまずいよな。」

もしこのプログラムが正式に世界中にばら撒かれたとして、訳もわからず使う連中も多かろう。
理解できず、アンイストールしてしまう奴も居るだろう。
しかし、危険を承知でデビルサマナーの道へ踏み出す奴も大勢居る筈。

その事実に考えが至った時。手がかり云々依然に、この危険な状況に対して背筋が総毛立つような寒気がした。
ゲームをプレイしていたときはこんなものを真剣に考えた事など無かったが、核ミサイルなど必要ない。
下手をすると、このプログラム一つで人類文明の秩序は崩壊する。

もしこのプログラムが本物ならば、最悪の場合これからのこの日本は・・・・。
いや、この全世界すらがどこにも安全な所など無くなってしまう。
そして自分の身を護る方法など、せいぜいデビルサマナーになるしか有効な手段が無いのだ。

警察も、自衛隊でさえ当てにはならない。
クズノハやヤタガラスのような機関にもコネが無いし、"この世界"にはあるかどうかさえ疑わしい。
ペルソナも持ってないし、禍魂も持ってない。

だから既に、自分には悪魔を仲魔にするしか身を護る方法など無いのだ。
ここまで思考を進められる人間ならば、最早己の選択の余地が無い事に気付くだろう。
全てが嘘だ、と笑い飛ばす事が出切れば良いのだが、それは生憎自分には出来そうにない。
なにせ、こちとら一度既に、信じ難いような超常的体験をしている。
こんなご時世、悪魔召喚プログラムの一つや二つ。あった所で不思議な事など何も無いのだ。
諸行無常である。

ザリザリと掃除のされていない砂利を踏んだ。
さらに路地裏を進んでいく。既にこの至近距離ではEソナーは役に立たない。

「ハァイ!人間さん、こんな所で何かあった?」

そんな事を考えて一人戦慄している間に、突如背後から声をかけられた。
見れば、明らかに悪魔だ。デザインは知っているものとは違うが、あれはまさしくピクシー。

さしずめ、<妖精 ピクシー が 一体 出た!>とでも言うべき状況である。

「え?・・・ああ。・・・・君を探してたんだ。」

「え?私を?っていうか、言葉がわかるの?・・・・もしかして、あなたサマナーさん?」

「ああ。(駆け出しだけどな)」

えらくアッサリと出会えたものである。異界の入り口とか捜す以前の問題だ。
俺が知らなかっただけで、もうこんなに世界には悪魔が溢れて返っているのか??

「・・・よかった~~。私いきなり人間界に放り出されて、途方にくれてたのよね。
MAGも切れかけだったからお腹が空いて空いて・・・。MAGくれるなら、仲魔になってあげてもいいよ?サマナーさん。」

うん?まあ初めからそのつもりだったからそれは良いんだが。

「・・・・いきなり放り出されたってどういう事だ?」

「え~っとね、何か今魔界で噂になってるんだけど、人間界から誰かが悪魔を無差別召喚してるみたいなの。
その召喚術事態は契約はガタガタで不完全だし、対価も無しで呼び出すだけだから誰も応えないんだどね。
ただ、私みたいな弱い悪魔は問答無用で呼び出されちゃう事もあるらしいのよ。多分それだと思うわ。」

「なっ!?誰がそんな馬鹿な真似を!?」

わけわかめ!

予想の斜め上だった。冷静に考えなくてもそれはやばい。
気まぐれでそこそこの高位悪魔が飛び出してくるだけで、大事件である。
まあ連中はそもそも人間界には出てこれるけど強すぎて肉体を維持できないとか、
そういう話らしいから余程酔狂な奴じゃないとやらないだろうが。

しかし、分霊が送り込まれてくる(若しくはもう送り込まれている)可能性は十分ある。
大体、雑魚悪魔だけでも普通の人間にとっては脅威なのだ。

「ね~、もういい?正直もう私、お腹ぺこぺこで目が回りそうなんだけれど・・・・。」

と、そんな事を考え込んでいる間にピクシーが我慢の限界と声をかけてきた。
指をくわえて此方を見るピクシー・・・実に可愛い。だが目がだんだん怪しい色に変わってきている。
飢えたる者は、何をするかわからない。さっさと契約したほうが良さそうだ。

「ああ、悪い悪い。ほら。これで契約成立だ。」

ノートパソコンを操作し、起動しているTALKを操作する。
TALKの交渉結果として、契約締結後のMAGの報酬譲渡を行うコマンドを実行する。
理屈の上では、これで契約完了だ。

が、残念ながら今俺は悪魔を倒して貯めたMAGの持ち合わせがないので、指の先にナイフの刃を滑らせた。
割と痛い上に、正直怖い。だが、ここでビビると悪魔に舐められるのでひと思いにスパッと行く。
指を差し出すと、ピクシーはすぐに吸い付いた。

「ちゅ~~~。」

人差し指に吸い付いて血液からMAGを摂取するピクシー。哺乳瓶をもごもごしている動物の赤ちゃんみたいで大変かわいい。
しかし、あんまり吸われすぎても問題なのでほどほどで辞めさせる。
体内から生体マグネタイトが抜け出る感覚・・・これは新しいな。

「ぷはっ。・・・ありがとう、サモナーさん。私はピクシー!コンゴトモヨロシク!」

そう言って、ピクシーは空中に展開された魔法陣と共に消えた。
ノートパソコンを覗き込めば、仲魔の欄に妖精 ピクシーの表示が映る。

「意外とあっけなかったな・・・・ともあれ、俺の記念すべき初仲魔か。ピクシーとはまた基本だな。」

今やCOMPと化したこのノートパソコンで調べた限り、自分がそこそこのMAG許容量を持っていたからこその荒業である。
最初の交渉がいきなり飢えた悪魔とのモノになるとは予想外だったが、こういう交渉も想定していたのが役に立った。

少し考えれば、本来は仲魔のいない初心者サマナーはMAGを十分持っている悪魔に対して契約内容で釣って戦わせる、
あるいは、サマナー自身で悪魔を狩ってMAGを貯めて契約する。
または師匠や関係者にMAGを初期投資してもらうという手あたりが定石だろうと推測できる。

が、こういう事もあるらしい。世の中色々あるものだ。

(しかし、後ろから声かけられたときはマジでビビった。飢えてても理性的なピクシーで助かったな・・・。)

いや、もしかすると声をかけて普通の人間だったらパクッと行ってしまう気だったのか・・・。
どちらにせよ、やはり悪魔は油断ならないと俺は肝に銘じた。








あとがき


とりあえず、ここまで投稿しました。
面白いと思ったら、感想ください。
糧になります。





[34620] 三話 業界裏話。
Name: お揚げHOLIC◆4ce8aeb4 ID:33e9f425
Date: 2012/08/19 15:19



かつては栄華を誇った威容も既に無く、ボロボロに朽ち果て解体を待つばかりの廃墟が一軒。
いわゆる廃墟マニアの好みそうな物々しい建物は、今、日常と切り離された異世界と化していた。
建物の内部の空間は歪み狂い、魑魅魍魎が跳梁跋扈する地獄だ。

そしてその廃屋の一角。
そこには大量の火の悪魔ウィルオウィスプや、悪霊のポルターガイストがたむろしていた。
生あるものに怨嗟を上げる悪鬼共が呻きを上げて蠢く。冒涜的な光景である。

しかしその前に立ちふさがる二つの影もまたあり。
二つの影はウィルオウィスプを見かけるや否や先制攻撃を繰り出す。
まず大きいほうの影は走りながらナイフを振りかぶった。

「ギャァァッ!!??」

まさに問答無用。ウィルオウィスプの頭(?)にナイフを振り下ろした長身の影はあまりに素早く、躊躇が無い。
ウィルオウィスプが気付いた時にはもう既に頭が真っ二つである。
ナイフにこめられた祝福の力場が悪霊を焼いて白煙があがった。

そしてその後ろには、さらにもう一人の小さな影。

「ジオッ!」

小さな指先から放たれる雷光がポルターガイストを焼く。
悲鳴を上げて逃げ惑うポルターガイストを尻目に、さらに人間と一匹の妖精は攻勢を続けた。

「死ね。」

淡々と、ただ淡々と作業を行う様に悪魔を殺す。
憎悪に歪んだ表情でもなく、雄叫びを上げる戦士でもなく、路傍の石を眺めるが如くの眼光。

さしもの悪鬼羅刹も、これには慄いた。
もうビビるビビる。
反撃は無意味だった。作業をするように的確に全ての攻勢を封じられ、為す術も無い。

「ギィィィィイ!?」

「ギャギャァ!?」

徐々に恐怖に飲み込まれてゆく悪魔の群れ。
そして最初の一匹が背を向けたことで、辛うじて保たれていた集団の秩序が乱れ崩壊する。
集団ヒステリー的に心理的恐慌に飲み込まれた彼らにはもはや、選択肢の幅が無い。

これまで運悪く迷い込んできた獲物を嬲り殺してきた悪逆非道の悪魔の群れが背を向けて逃げ出した。
我先にとホールから逃げ出そうと、細い路地に殺到して行く。

「こらっ、逃げるな!」

男が叫ぶ。無茶を言うな。口がきければ悪魔もそう言いたかっただろう。

それは正しく虐殺。悪魔と人間の食物連鎖がまるっと逆転した異様な光景である。
そしてそれはこのご時世、この業界でも割と珍しい光景だった。







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とあるデビルサマナーの事件簿

(女神転生シリーズ二次創作)

三話 業界裏話。


[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[









虐殺された悪魔の怨念が渦巻く廃墟の一角、倒れた廃材の上に腰掛けながら葵は呟いた。

「チッ、これっぽっちか。」

取り合えず一帯の悪魔を駆逐した後、COMPをカチカチやりながら不活性MAGの蓄積量を確認。
流石に最下級の悪魔だけあって、しょっぱいものである。

「───こわっ!サマナーさん怖いよ!?」

その姿にピクシーが慄く。自らの作り出した血の池の上で戦利品を確認し、それをしょっぱいと罵る。
何処の魔王だと言う話だ。怨念すらも避けて通るだろう。

世紀末(2000年なので特に)の血生臭い環境に瞬く間に適応した葵は、最近は近所の悪魔の虐殺に勤しんでいた。
葵はDDS-NETに接続して情報収集を続ける傍ら、
DDS-BBS(掲示板)で遠藤市内の悪魔関連業者の所在も確認したのでバイトも止めてしまう。
正直不活性MAGを換金した方がよっぽど利回りがいいので、自給ウン百円のバイトなどやってられないのだ。

特に霊障物件の除霊依頼が美味しい。一石二鳥にも程がある。

近頃葵はもう、元の世界に戻らなくてもいいかなーーー?・・・・とか考えていた。

が、しかしこういうスカを引く事も時にはある。
最近は金に目が眩んで異界を見つけるたびに喜び勇んで突撃する葵だが、
(もちろん仲介所に報告して依頼になってから)
別に作業ゲーが好きと言うわけでもないのである。

ぺっと唾を吐き捨て黒い笑みを浮かべるサマナーに、流石のピクシーもガクガクと震えた。

「そんじゃそこらの悪魔なんかよりよっぽど悪魔らしいホー。尊敬するホー。
オイラはマスターに一生ついて行くホー。」

「アンタは良いわよね、気楽で。
私はうっかりしたらあの夜、あの赤い斧の餌食になっていたらと思うとゾッとするわ・・・。」

げんなりとジャックフロストに呟くピクシーは、どうにも言動が妖精らしくなかった。
あの夜にも思ったが、悪魔の癖に曲がりなりにも飢餓に耐えうるそのあり方は、かなりLAW寄りの固体のようだ。
現在思想がCHAOSに傾きかけている葵の相棒には、丁度いいのかもしれない。

・・・・そして、そのサマナーと言えばコレである。

「うーん、どうにもおかしいな。この異界は悪魔の雑魚さに比べて大きすぎる・・・。」

うんうんと唸るサモナーに、ジャックフロストとピクシーはまた始まったかと言う目を向けた。
このサモナーはどうにも常識がおかしくて、人間の癖にこの量の悪魔を虐殺しても雑魚と罵る狂人だった。

はじめはピクシーもついて行く人の人選を誤ったかと思ったものだ。
なにせ、ピクシーを仲魔にした後の初仕事では20を越える外道スライムに突撃させられたのだから。
幾ら雑魚と言っても数が纏まれば脅威である。
しかもその後普通に「ちょっと疲れたな」とかのたまうサマナーは明らかに頭がおかしい。
想像して見て欲しいが、例えば野生動物の群れを虐殺するのがそんなに易しい仕事なわけが無いのだ。
それが悪魔なら尚更である。

しかも外道スライムとは最近増えてきた、実体化にしくじってド低脳になってしまった憐れな悪魔だが、
逆に言うと元々のレベルがそれなりに高かったために実体化に必要なMAGが足りなかったのである。
決して雑魚と括れる者ばかりではない。

「サマナーさん?普通この程度の異界に湧く悪魔なんてこんなものですよ~。むしろ数が多すぎませんか?」

ピクシーの癖に敬語、よっぽど葵に恐れを為したと見える。
こんな心優しい悪魔が葵の仲魔にされてしまったのは、なんたる奇縁だろうか。
ま、それはともかく。

「そんな事は無いだろ。
本当ならこのくらいの悪魔の溜まり場が、この規模の異界ならあと5~6個あってもいい筈だ。」

「・・・・・。」

このサマナーはいままで一体どんな地獄で生きてきたのだろう。
ジャックフロストとピクシーはもとより、COMPの中で話を聞いていた他の悪魔もそう思った。

「ぶつぶつ・・・湧き場が少なすぎだろ常識的に考えて・・・・これっぽっちで俺にどうしろと・・・・。」

尚もぶちぶちと文句を言いながらも、よっこいせと腰を上げて葵は異界の中心部を目指して歩き出した。
DARK悪魔にも匹敵する闘争心だと仲魔達は戦慄する。

(コイツ、やっぱりヤバクない?)

(こうも立て続けに闘わされては身が持たないよ・・・・・。)

(現代にこんなサマナーがいるなんて・・・、今の人間界ってもっとぬるい所だって言うから来たのにぃ!)

(悪魔合体しても記憶が無くなる訳じゃないんだよね・・・。
生まれる前からサマナーさんはこうだったけど、異常だとわかるよ!不思議!)

阿鼻叫喚。最近COMPの中はいつもこの調子だった。どう言う訳かLAW寄りの悪魔が多いので尚更だ。
ホーホー言って笑っているのはジャックフロストくらいのものである。

だがそれもその筈だ。
何せ葵が事の基準としているのは基本的に"大破壊後"の世界や、怪異真っ只中の活性化した悪魔達の生態である。
不穏な空気が漂ってきたとは言え、まだまだ安定しているこの時代の人間界の常識ではない。

考えて見れば解ると思うのだが、そもそもこの日本に葛葉ライドウのような高位サマナーが何人も居るわけでは無い。
ペルソナ使い、異能者や超人なんかも高位の連中はかなり希少種だ。・・・・数だけはそれなりにいるのだが。

そして当然ながらこんな、人間辞めちゃったような奴等が必要とされる規模の霊害なんてものもそうそう起きない。
起きて、地方で年に数回。・・・・これでも多いほうだ。

つまりはゲームの基準での対悪魔戦と言うのは本来なら、ベリーハード状態もいい所なのである。

・・・・。この世界の一般的な人間達にとって。


──で。

そうとも知らず葵は今日もゲーム基準の感覚で悪魔を虐殺する。まあ本人が良いならそれは良いことだ。
人間界から悪魔が駆逐されるのは人間にとって決して悪い事ではないし、仲魔にとっては強くなれるチャンスである。

合理的に考えたならなにも悪い事は無いかった。俺によし、お前によしである。
そうしてしばらく適当に異界を歩き回った葵は、ついに異界の主"幽鬼ガキ"と対面した。

「おっ、金づる見っけ。」

───たかがガキ、と皆さんメガテンをやって事のある人は思うだろう。
が、実は平和な世の中だと普通の悪魔と言うのはこんなモノが一般的なのだ。
むしろ、このレベル以上の悪魔が発生し始めている現状が極めて異常なのである。

考えて見れば解ると思うけれど、世の中天使で溢れかえればキリ○ト教の連中が大喜びだし、
アスモデウスなんかの分霊が現れだしたらサタニストが狂喜乱舞だ。

つまりは平和な人間界で基本的に問題となるレベルの悪魔とは大体、
"悪霊""幽鬼""外道""妖精"等の類となってしまうのだ。
それもその中でも比較的低級とされる連中である。

そもそもそのくらいの雑魚しか人間界に積極的に出てこないと言うのもあるが・・・。

まあ長々と説明してしまったが、つまりここのガキはともすれば序盤ボスくらいは張れるくらい強いのだ。
しかもガキで異界の主とも成ると、明らかに突然変異種のガキである。

これの相手と成ると、業界でもそれなりの一流とされる霊能者の仕事となる。
(もちろん大破壊の後なんかだと、そこそこの傭兵が殺せるレベルだが。)

しかしその強さを目の当たりにしてさえ葵はこれだった。
鈍いわけではない、ギリギリの戦闘に慣れきってしまったのだ。
初体験が多分悪かったのだろう・・・ゲームの感覚を正してくれる大人もいないものだから尚悪い。

「サマナーさんっ!ボスよ、気をつけて!普通のガキじゃないわ、多分また変な人間に弄くられて変異してる!」

「・・・・コイツがボス?ここの異界の主は変異種の幽鬼ガキかぁ。・・・・ぬるいなぁ。」

「・・・・・・・えぇーー。」

取り合えずピクシーを中心にレベルを上げる事を考えているので、葵は編成をジャックフロストとピクシーで臨んだ。
そしてオート戦闘と罵られるのを覚悟で言うと─────ガッシボカ、変異種ガキは死んだ。
アッサリ風味だった。
確かにガキより強かったし、スキルや耐性も違っていたがそういう時は物理で殴るに限る。
所詮はガキ。それでも、効率最重視の指示を出されたジャックフロストとピクシーは息も絶え絶えであった。

「とりあえず、アナライズして情報は送ったし、分析はDDS-NETの向こうの誰かさんに任せるか。」

葵はこのDDS-NETの向こう側で謎のサイトを運営している個人もしくは集団・・・は、
あのスティーブン何某と関係があると個人的には思っていた。

変異種となればいいデータになるか、あるいはデータに修正を迫られデスマーチになるか。
どちらにせよそれなりに価値ある情報だ。

当然葵も変異種の個体差程度の知識は既に仕入れている。
召喚師や霊能者の中には、自分より程度の低い悪魔を改造する技術を持つ一派も居る。
そういうタイプの術者に改造された悪魔が、所謂"式神"と言われるものの一つだ。

「今日はほんとにぬるかったな。仲間も呼ばないし、増殖しないし今日は赤字だ。」

「十分黒字じゃない。何時もが異常なだけで・・・・・。」

「精神的にだよ。仕事は充実感が第一なんだよ。」

「さいですか・・・。」

ガキの死は無駄にはならない。不活性MAGとなって、きっと葵の懐を暖めるだろう。
加えてMAG許容量の増強にもなり一石二鳥であると葵は嘯く。

「あーあ。異界消えた。もう少し稼いで起きたかったのだけれどな。」

景色がぐにゃりと歪んだかと思うと、迷路と化していた廃墟は元通りの陰鬱なボロ屋と化していた。

葵は悪魔をCOMPに戻し、帰路に付く。その後姿はまさしくバイト帰りの兄ちゃんであった。
こんなノリで霊障物件の除霊が行われるとは仲介所の爺さんも思うまい。
こんな物で30万円とは、ボロイ商売だと葵は思った。



・・・・・・・・・・

・・・・・・


ところで。魔界に話が移るのだが、魔界といえば読者諸兄はどんな世界を連想されただろうか?

血みどろの戦乱の世界を想像された方も多いだろう。それもまた間違いではない。
だが今現在は弱肉強食ではあるが魔界は以外にも、それなりに平和だ。

と言うのも、そもそも悪魔と言うのは平均すればそう驚異的な強さではないのだ。
それでも人間と比べればかなり強いのだが、そのレベルなら武器や工夫、鍛錬で対抗のしようがあると言うもの。

問題はそういう小細工が全く通じない真の強者が、上のほうにはゴロゴロ居ると言う事。コレに尽きる。
恐ろしいのは極一部の実力者だけと言うのは何処の世界も変わらないものである。
一般的な悪魔の中には人間界の一般人にも負けてしまうような奴も(極稀に)いるのだ。

だからこそ、強くなるためにデビルサマナーと言う職業や悪魔合体なる所行が成立すると言えるだろう。

悪魔の本当の恐ろしさは、人間に化けて社会に潜む狡猾さや、その特殊能力にある。
身体能力の高さと知能の組み合わせも勿論脅威だが、それはサマナーや異能者達も同じだ。

そう。対悪魔戦と言うのは属性・生態・習性等を熟知していて且つ対抗手段を持っているる人間にとって、
正面切ってぶつかり合うかぎりはあまり怖いものでは無いのだ。
怖いのは契約で騙された時や、人の皮を被った奴や不意打ち上等の奴が相手の時だと言えよう。

特に、その悪魔の力を利用する事のできるデビルサマナーはその傾向がある。COMPとはやはり偉大なのである。

まあ兎にも角にも、デビルサマナーやデビルバスターとか言う連中は悪魔を殺していけばすぐ強くなる。

そこだけはゲーム準拠である。つまりは結構無茶が効いてしまうのだ。
葵の成長速度はそういう意味では何も不思議なものではなかった。


とは言え、この時代の平穏に慣れた一般的なサマナーやデビルバスターの感覚ではやはりそれは異端思想だった。
悪魔にとってすらそうなのだから、その血生臭さは推して知るべし。
ここまで突っ走った感覚を持つ奴は、この時代では珍しいのだ。

メガテンシリーズの主人公がどれほど極端な連中だったかと言う事が良くわかるだろう。
それに加えて、葵は業界の玄人が唸るような知識を持っている。物足りなさを感じるには十分だった。

もちろん何度もいうがこの世界はゲームと全く同じではないし、それはもう大きく違う部分も多い。
しかしそれでもこの知識は意外とアドバンテージになるのだ。
大雑把な見通しがつくと言うだけで、細かな所の裏を取っていけば良いだけなのだから後は楽と言うもの。

ただその"大雑把な見通し"が世紀末状態の荒廃した日本であったりするので、
このようなこの世界の常識とのギャップが生まれてしまうのである。

そしてそのような事はピクシー達に解ろう筈も無く、ピクシーはただCOMPの中でガタガタ震えていた。

可愛い・・・いや、可愛そうに。ピクシー。



@@@@


タバコの煙と酒の臭いが充満する路地裏の雀荘、そこの裏口から仲介所に入った少女は開口一番こう言い放った。

「おっさん、仕事終わった。」

始めはその仕事の速さにぎょっとしていた面々だが、近頃は最早驚きも無い。
疑う者とて既に居なかった。期待のスーパールーキーの噂は市内を超え県を超え、関西圏では有名になりつつある。

「相変わらず早ぇな、オイ。除霊が終わったんなら結界は敷いて来たか?」

「そんな上等なのまだ出来るわけ無いだろ。最近訓練はしてるんだけどなぁ。何時もの坊さん呼んで置いてくれよ。」

仲介所のオヤジ、阿賀浦はなんともアンバランスな奴だとつくづく思った。
この年で一端のデビルサマナーなんてやっている奴は、大抵霊能の名家の出身か、
幼少の頃から才能を見出されて修行を受けた奴だ。
そうであるならば、この程度の事は朝飯前だと思ったいたのだが、どうも見立てが違うらしかった。

「・・・・まー良いけどよ。それ込みの代金だ。ホレ、30万。」

「ひぃふぅみぃ・・・・確かに。」

手早く数え終わると、葵は次の話題を切り出した。

「ああ、それと今回の異界もボスが式神だったよ。どうにも多いね。・・・・術者は特定できた?」

「いや、まだだ。・・・ふむ。無差別召喚に、式の乱造。これは悪魔に取り憑かれた術者の仕業かも知らんね。」

「ふーん。やっぱり、県内に居そう?」

「ああ、この傾向はここいらだけだからな。そろそろクズノハかヤタガラスが動くだろ。」

阿賀浦はここで聞いても居ない薀蓄を垂れ流し始める。
その阿賀浦の話ではなんでも、現在関西圏はヤタガラス、関東圏はクズノハの影響が強いらしい。
昔は逆(クズノハの拠点は京都にあった)だったらしいのだが、
クズノハの活動が帝都に移ってからはヤタガラスと住み分けが起こり始めたようだ。

阿賀浦に適当に報告した少女はどうにも、興味なさげだったが。

「ふーん。まあいいや。・・・じゃあな、帰るわ。」

用事は済んだと、すぐに踵を返してしまう少女。

「ああ、オイ!もう帰るのか?一つ打っていかねぇか?アオイちゃんよ。」

「・・・・ルール知らないから。悪いね。」

アオイ、と呼ばれた少女はパタパタと手を振るとそのまま去っていった。パタン、と閉められるドア。
伸ばされた親父の腕は宙を切った。
雀荘でマージャンに興じる霊能関係者の間から失笑が起こる。

「げははははは、年甲斐も無く色気出してんじゃねえよオッサン。相手女子高生だろ?」

「うっせ、そんなんじゃねぇよ。だれが乳臭い小娘に手を出すって?」

「いいっていいって、照れなくて。手ぇ出したら臭い飯食ってもらうけどな。」

くわえタバコの警察官らしき男が、対霊能者用の手錠をぷらぷらさせると今度こそ大笑いだ。
雀荘の店主、阿賀浦はもう馬鹿な客は無視して報告書の作成に専念する事にしたらしい。
下を向いてペンをカリカリやる。
近頃はパソコンだと電霊が通達中のメールを食ってしまう事もあるので、前時代的な紙の報告書に逆戻りしていた。

電脳結界の敷設が急がれているが、そもそも理論の段階から躓いているので何時になるやら、とオヤジは溜息を吐く。

「経歴不明の謎の凄腕デビルサマナーか・・・、わかってるのは年齢と職業(高校生)と、"アオイ"と言う名前だけ。」

どう報告しろってんだ。阿賀浦は毒づく。と、そこで肩に後ろから軽い衝撃を感じた。
振り向きもせず、阿賀浦は鬱陶しげに払いのけようとする。

「しかも、加えて美少女・・・と来れば、この業界でもゴシップ的価値は満載だな。
ああ~、是非取材したいねぇ。彼女。」

阿賀浦の様子は全く気にもかけずに、記者の杭橋は後ろから肩に肘掛ながら呟いた。
この男もまた業界関係者である。それもこの世代の大人では珍しいペルソナ使いだ。
いかにも記者風の探偵帽のような物を店内でもかぶり、骨董品の加えパイプのぷかぷかやっている。

・・・実はパイプの中に詰まっているのは安物の紙タバコをばらした物であり、
パイプの口側にはそのばらしたタバコのフィルターが詰めてあるのだが。

「馬鹿いえ。この業界の不文律を知らんとは言わさんぞ。長生きしたいなら、やめておけ。」

「いやだなぁ、おやッさん。それくらいわきまえてますよ。
・・・ただ、それでもこの溢れる知的好奇心は押さえ切れないもんでしてね。へへっ。」

それをわきまえていないと言うのだ。と思いはしたが、阿賀浦はもう無駄なので口には出さなかった。

「なんせ、電撃のように現れてからと言うもの、依頼達成率100%。しかも業界の常識破りのそのスピード。
尋常じゃない凄腕だ。で、ありながら異能も使えなきゃ術も無理。これは気になるよね。」

「仲魔が優秀だとも考えられる。実際、あのジャックフロストとピクシーは中々に練られていた。
エンジェルみたいな珍しいのも連れてるしな。」

とは言うが、阿賀浦が知っている彼女の仲魔はその三体だけなのだが。

「仲魔もデビルサマナーの実力の内でしょ。なにせ、それを従えるだけの力を持っているわけなんだから。」

「それはそうだが・・・・。」

「ま、家族関係とか個人の背景とかは追いませんって。そうゆうの調べる奴はいつのまにかドロン・・・ですからね。
あっしが興味があるのは人間性とか趣味とか、依頼の好みとかですよ。後はもっと正確な実力とか・・・かな?
下世話な週刊誌みたいな真似はしませんから安心してくだせぇ。」

「ふん。それだってグレーゾーンだ。まぁ止めろと言って聞くお前でもあるまいし、俺は責任とらんからな。
問題起こす時は、この仲介所と縁切ってからにしてくれよ。」

そういって、阿賀浦は書類の作成に戻った。
杭橋はそれを見て、もう話をする気は無いと見て引き下がる。
杭橋はしばらく安物の、消毒液のようなウィスキーをやりながらマージャンに興じた後、一つ伸びをして清算した。
カランカランとベルの鳴るドアから、外へ出る。トントン、とタップダンスをするような足取りだった。
この男が獲物を見つけたときの癖である。

「へっへ。みんな気になるアオイちゃんってのはどんな娘なんでしょうね。これは売れるぜ?」

主に禿ヅラの、霊能関係の依頼主とかにな。内心でそう呟く。
こういう記事は業界関係者もそこそこ食いつくが、もっと食いつきのいいのは成金の社長さんとかだ。
特に少女の業界関係者はそれなりにいるが、
どういうわけかそういう脂ぎった連中はそういう少女の拝み屋に熱を上げる奴が多いのは困り者だった。
貴重な霊能の因子をそんな連中に掻っ攫われると日本の血脈が維持できない。

けっして女の子の霊能者が特別優秀とか、そういう事は無いのだが杭端には少し理解に苦しむ趣向だ。
ま、老いて尚下半身がご立派なのだろうと思えば違和感も消えるが、それはそれで嫌悪感がぞわぞわと。

「おお・・・怖い怖い。」

さらに解せないのはそういう霊能関係者には初心な娘が多いので、
ころっとこまされて愛人になってしまう者もそれなりの数に上ると言う事だった。
それで、大抵後で泣きを見るのが常だ。

霊能関係者の子女や子弟は師匠が大抵過保護なのでそう言う事になるのだ。男をあまりに近づけないから免疫が無い。
本末転倒だった。

「その点あの娘は隙が無さそうで良いな。そう言う事にはならんでしょうから、罪悪感も無くて済む。」

剛(こわ)そうな女だ。
杭橋はそう呟くと、ホシの"葵"と言う人間にどうやってコンタクトを取ろうか考えていた。
あのすげない態度に大抵の連中はもうやられてしまっているから、別の戦略をとる必要があるだろう。

まぁ記者とかなんとか言ったって、結局は本人に会って宥めすかして聞きたい事を聞きだすのが一番である。
尾行とか隠し撮りなんてのは下の下策もいい所、本当にどうしようもない時にだけするものだ。

そこを最近の若いのはわかって無いんだよなぁ・・・。
と自分もそんなに年食っているわけでもないのに思う杭橋だった。

くわえタバコにペルソナのアギで火を落とすと、上手い事煙で輪っかを作ろうとして失敗した。
どうにも、成功したためしがなかった。


・・・・・・・・

・・・・・

・・・



所変わって、最近雨が多かったため「若干」ひんやりとして「少しだけ」涼しい夜道を行く葵。つまり暑い。

「くしゅっ!・・・・っ。これは・・・"誰か噂"って奴なのかな?」

「ああ、日本にはそういう諺?・・・見たいなのがあるのよね。」

下ろした髪の中に包まって、ピクシーが答えた。
髪の中で肩の上をゴロゴロと転がる。

最近はここがピクシーのお気に入りの場所と化していた。
ただ手触りと言うか肌触りは好きだが汗臭いのは嫌なので、彼女自ら念入りにシャンプーで洗ってはいた。

さっきまでガタガタ震えていた割りに鳥頭と言うか、ふてぶてしい奴である。
まあ妖精とはこういう連中なのだ。

「ホーホー!マスターの噂なんて今頃あちこちでやってる筈だホー!悪魔の連中に知られて無いのが不思議だホー!」

何だかんだいって、葵は悪魔達から好かれる性質と言うかなんと言うか。これもまた、サマナーの才能の一つであろう。
悪魔に親しみを感じさせることの出来るサマナーは多いが、畏怖させることの出来るサマナーは少ない。
そういう意味では、葵の原作知識(と言う名の間違った常識)は有効に作用している。

「ああ、それは理由、わかるわよ。」

げんなりとピクシーが呟く。

「なんだホー?」

「サマナーさんが出会った悪魔は皆、皆殺しか仲魔かでしょ?悪魔の世界に知れる訳が無いわ。」

「ホー!」

合点がいったとばかり、ジャックフロストは短い手を叩いた。背筋の寒くなる話だ。
遭遇したが最後、魔界に戻れないのなら噂になることも無い。目撃者は封じると言う古典的な手段だ。
ただし、・・・実行不可能であると言うのも古典的なのだが。
それをそうとも考えず実現していると言うのが尚更恐ろしい。

「なるほどな。・・・・でもそうじゃなくても、俺みたいな平凡なサマナーが噂になるわけ無いだろ?ははは。」

な?と聞き返す葵。

「・・・・。」

「・・・・。」

しかし、何言ってるの?この人?見たいな目でピクシーとジャックフロストはサマナーを見ていた。
葵はそれに気付かない。

それはこれが葵にとっては普通であり日常だからだ。
基本的には、現在市内で湧いている悪魔は全て悪霊とかゾンビとかばかりなので生かしておく理由が無い。
ピクシーやジャックフロストなら見逃さない事も無いが、人間を襲いかねないようならやはり皆殺しだ。
そこには難しい理屈も狂気も要らない。極々単純なロジックだけがある。効率厨だ。

とは言え本来なら無駄な戦いは極力避けるのが常道と言うものである。
わざわざ皆殺しにしてMAG稼ぐぜ!と言う奴は少ない、っていうかほぼ居ない。・・・・・現代では。

過去にはいたし、未来にも多分居るだろう。人間とはつくづく環境であると知らされる思いだ。

「ああ、ジャックフロストは冷たくて気持ちいいな。デビルサマナーに成って良かった。」

「ホー!ホー!」

ぎゅうとジャックフロストに抱きつく葵は、旗から見れば人形に頬擦りする可憐な少女そのものだった。
本人は気付いていないし、これからも気づく事は難しいだろうが。

ジャックフロストが抱きしめられて照れた声を出す。

「えー、サマナーさん。私は?私は?」

ピクシーが髪をくいくいと引っ張った。可愛い。

「ピクシーは可愛いなぁ。ディアじゃ重宝してるし、意外と頭いいし。仲魔にしてよかったよ。」

「えへへ・・・・。」

自分自身の顔と言うのはどうしても評価し難い。
それが例え他人の顔だったとしても、自分の顔だとなると途端に無頓着になってしまう。
特に男性はそういう傾向があるった。

そのためいまいちわかっていないが、この伊織葵というのはそもそも美少年だった。
ただつい先月くらいまで非常に不摂生で非健康的生活を徹底していた上、
精神的な平衡を欠いていたせいで全て台無しになっていたのだ。

(ジャックフロストが居ればクーラー要らずだ。かわいいし、最高だな。サマナー。)

かつては積年の不摂生が祟り頬はこけ、目元には隈が濃く刻まれ、皮膚はガサガサで唇は薄く蒼かった。
それが今や健康を取り戻し、過摂取とも言えるMAGの供給で肉体は活性化している。
外見も変わろうというものだ。

危ない所に出入りするためにせめてもの変装として、髪型を変えて目元を深く隠すようにしているのも、
女性的な印象に一役買っていた。

ちなみに首輪は特徴的過ぎるので、仕事の際は包帯を巻いている。
ただ普段のときは怪我を疑われるし暑いので、しぶしぶお洒落で通せる首輪を使っているのだが。

「それにしても、あー重い。この服いろいろギミック付いてるのはいいけど重いなぁ・・・。」

「それ特注なんだっけ?いろいろ武器入ってて物騒なの。」

「勝手に特注になったんだよ。あの商売上手に上手い具合に嵌められて。
・・・・混乱の魔法でも使われたのかも知れん。」

「ナイナイ。もしそうなら、最低でもエンジェルが気付くよ。あの娘状態異常には耐性持ってるし。」

葵が今着ている服はDDS-BBSで知った防具屋で仕立てた戦闘服だ。
男物だと言われればそう見えなくも無い程度に布が盛ってあってヒラヒラしてた。
仕立て屋の女主人は当然、葵が男である事を知っているし、この服がどんな印象をもたらすか解っていた。
確信犯である。
中性的と言えなくも無いが、どちらかというと女性側に偏ってしまっている感じだ。つまり女装?である。

「でも、結構良い服だよな。」

「うん、カッコイイと思うよ。魔界に持っていったら流行るかも。人間にしては良いセンスしてるわ。」

柔らかそうな布で出来た黒いコートともワンピースとも取れる戦闘服。
それはファッションとコスプレ、中二病と常識のギリギリの境界の上にあるような際どいデザインだ。
たまたま葵がそれなりに見れる容姿だったから良かったものの、下手な奴が着ると大三次(誤字に非ず)もいい所である。
それを中々気に入ってしまっている葵も中々にお年頃であった。
まぁ男なんてものは一生涯中二病の業からは逃れられないものだが。

そもそもピクシーの言う魔界とはストレンジジャーニーのエンジェルみたいなのがゴロゴロいる所だ。
そこで気に入られそうなデザインと言えば大体予想は付くだろう。

そういうこともあって情報屋の連中は葵の性別をまるで誤解していた。
もちろん情報撹乱と言う意味では大成功である。

「それにしても、今日も日本は平和だな。今日みたいな日がずっと続いてくれれば良いのだけどな。」

葵はしみじみと呟いた。
あの日DDSを手にとって覚悟を決めた葵にとっては、肩透かしもいい所なこの日常。
まさに平和そのものである。

「えっ?」

「ホー?」

ところが、仲魔達にとってはそうではない。
いくら雑魚相手とは言え多勢に無勢の連戦、連戦。まさに地獄の風を浴びてきたばかりである。
これが平和と言うなら魔界ですらが涅槃に等しい。

理解不能なモノに出会った時、不思議な目をするものだ。人にあらずとも、悪魔にあらずとも。
そしてそこには不思議な目をした悪魔が二体いた。・・・・・・・まさに、平和であると言えよう。





おまけ


人間 伊織 葵  LV 13
NEUTRAL-NEUTRAL(CHAOS寄り)
HP 300/300 所持金:約100万円
MP  0/0(未覚醒)  MAG:1万
力  19
知力 18
魔力 22
速さ 24
体力 22
運  ??
機械 29
剣  お祓い済みナイフ
鎧  遠藤西高校制服
装飾 大型犬用首輪・赤色

COMP——ノートパソコン
ディスプレイ:液晶画面
仲魔ストック数:12
インストールソフト容量:6
インストールソフト一覧
エネミー・ソナー
デビルアナライザー(未完成)
フォルマキャプチャー

前世のとあるゲームの影響で、かなり歪んだ常識を持っている。
世紀末を想定した適応が予想外に上手くいき、
現在は悪魔でさえ裸足で逃げ惑う真のN-N状態。
体力が高い
首に首つり自殺の跡が残っているため、首輪で隠している。

ピクシー涙目。


謎の美少女サマナー アオイ LV 13
NEUTRAL-NEUTRAL(CHAOS寄り)
HP 300/300 所持金:約100万円
MP  0/0(未覚醒)  MAG:1万
力  19
知力 18
魔力 22
速さ 24
体力 22
運  ??
機械 29
剣  お祓い済みナイフ
鎧  戦闘用コートドレス
装飾 包帯(首)

関西霊能業界に旋風の如く現れた謎の美少女サマナー。
多くの業界人が彼女との接触を目論むも成功せず、謎は謎を呼ぶ。

その実力は未知数だが、高い依頼達成率と尋常ではない除霊スピードから、相当のものと目されている。
今、業界で一番ホットは話題を提供してくれている彼女はいったい何者なのだろうか?




あとがき

厨設定のオンパレード。こんな自慰小説が、正直書いてみたかったんですすいません。

あと感想での世界観の質問ですが、この世界は設定だけ借りたオリジナル世界ということで一つ。

あ、あと今はネット環境が悪いのでコメ返しは後でします。
感想は随時募集中です。



[34620] 四話 始動
Name: お揚げHOLIC◆4ce8aeb4 ID:33e9f425
Date: 2012/08/22 16:00
まずどの勢力にも先駆けて事実を把握したのは、霊能関係者だった。
かれらの察知能力を舐めてはいけない。
予知・ESP・ダウジング・占いに始り、忍者や式による偵察まで。彼らの情報戦能力は想像を絶する。

暗く、薄ら寒い部屋。電気コードや冷却管、何に使うかも知れぬ装置に囲まれた場所があった。
東京の某所。そこには二人の男がおり、多数のモニターに囲まれた部屋でコーヒーを啜っていた。

コーヒカップをもち、全アルミ製の工業部品染みたテーブルに腰掛ける男はイライラしている。
既にコーヒーカップの中身は空で、呼び出されてから遅々として進まぬ話に痺れを切らしかけていた。

長い付き合いの故にこの沈黙に耐えていたが、何かの悪戯やからかいかと考え始め、そろそろ帰ってやろうかと考えていた矢先の事だ。

対面にすわる、ガリガリの男は話を切り出し始めた。チク、タクと時計の針が進む。

「なぁ知っているか?あの悪魔召喚プログラムの噂だ。」

「は?・・・、どう言う噂だ?正直、アレの噂の事なんぞ多すぎでわからん。何が言いたいんだお前は。」

「その様子だと・・・・まだ、知らんらしいな。
残念だ、俺はお前に・・・この信じ難い事実を告げねければならんのか。」

勿体をつけたように呟く男の声は、しかし震えていた。ゴクリと知らず唾をのむ。
独特の緊張感が場を支配した。男は、その緊張感から気をそらすように思考し始めた。この男の言いたいことって何だ?

・・・・"あの"悪魔召喚プログラムとはつまり、総合DDS機能を搭載した万能DDSの事だろう。
パソコンに明るくない霊能者やオカルティストでも扱えるように開発が続けられていたが、
開発者の話は業界の誰も知らないと言う曰くつきだ。
曰く、曰く、曰く。噂には事欠かさない。最初に言ったとおりだ。見当も付かない。

「・・・・最近通常ネットワークに出回り始めたらしい。
あるWebサイトにたどり着くことが出来たなら、誰でも、どんな人間でもダウンロード出来る。」

「なんだって?」

悪い冗談だった。
少なくとも、この手のジョークは万死に値する。下手に騙されたら自分の命が危ういのだ。
悪戯ではすまない。
もしも本気で言っていたのなら、相手の気が狂ったかもしくは、相手も誰かに騙されていると思った。
何より否定に値するだけの根拠が、男にはあった。

「ははっ、ジョークだろ?あれが正式販売されればどれだけの値が付くか。
・・・そんな叩き売りにも劣るような、愉快犯的な事をするわけが無いだろう。」

故に男は即座に否定した。
コーヒーカップを持った男は、いわゆるハッカーとよばれる人種だ。
ハッカーといえば、企業や政府のパソコンをクラックしたり悪質なウィルスを流布したりするイメージをもたれがちだ。
だが、それは実はハッカーとしての本質を捉えては居ない。

真のハッカーとは協調と譲り合いの、和の精神が何よりも尊ばれる人種だ。
何よりも効率と生産性を重視する彼らは、そうであるが故に作業の分担と情報の共有を戸惑わない。
自身の開発した革新的な発明を、惜しげもなく公開するのが真にハッカーの憧れとする所の、英雄像だ。
そしてだからこそ、その英雄的献身に対しては惜しみない全力の尊敬と賞賛でもって応える。

彼らは実利と名誉を最も追及する人種だ。だからこそ、男はそのような話を根も葉もない噂と断じたのだ。
いくらハッカーと言えど、霞を食って生きているわけではないから、必然的に金は必要だ。
生活資金や開発資金として、彼があの総合DDSの正式版を販売に乗り出すだろう事は、
ハッカー兼オカルティストと言う極度に先鋭化した特殊な人種の間では既に話として持ち上がっていたのである。

もちろんそれには賛否両論あったが、おそらく良心的な価格になるであろう事と、
あれだけの偉業に対しての正当な報酬であると男は考えていたため、男はそれには賛成派の人間だった。

「・・・・アレの開発者は極めて理性的且つ、合理的な人間だ。
開発に協力した際にメールのやり取りをしていたが、そんな事をする人間にはとても感じられなかった。
・・・・何かの間違いだろう。」

コーヒーカップの男は、しかしテーブルを挟んで座る男のこともまた信用に値すると思っていた。
だからこそ、一抹の不安をぬぐいきれなかったともいえる。


対面に座る男はズイとノートパソコンを見せる。
そこには巧妙な隠しサイトだったが、DDSの無料配布サイトが映っていた。

「何だコ────何!?」

コーヒーカップの男は驚愕した。
そこには信じられない光景があった。URLはそれが通常のサイトである事を示している。
つまり、これは一般回線だ。

「何だ、何処から発信されている!?リンク先のサーバーは!?どこの阿呆だ!?」

怒りとも焦りともつかない強烈な感情で頭が真っ白になる。
差し出されたノートパソコンをひったくる様に奪うと、コーヒーカップを投げ捨てすぐにキーボードを叩き始めた。

カチャンと割れて砕けるカップ。
その音をゴングとするかのように、めまぐるしく液晶画面に文字が流れ始めた。
勝って知ったら何とやら、予めインストールしてあったプログラムアナライザを起動すると、
機械語で直接プログラムに割り込み工作をかけ始めた。


・・・・・・・・・

・・・・・・・


ガチャガチャとキーボードを叩く音と、カチコチと響く時計の音。それにブゥゥンと唸る冷却器の振動がしばらく響いた。
冷蔵庫の中のように寒く、乾いた空気の中にあって、指先に全神経と体力を投入する男の顎から汗が滴り落ちる。

「クソッ!なんて防壁だ・・・・・!」

男は数学と文学的センスに優れた優秀なハッカーだった。だが、それでもまったくと言って良いほど歯が立たなかった。
プログラムにウィルスを流そうにも、プログラムの穴が見つからないのだ。
接続先を探そうとしても、ダミーの山でわからない。
しらみつぶしをしようとしても、刻一刻と変わっていくサーバー番号はこの国最高のスーパーコンピュータの処理でも、
きっと把握しきれないだろう。

男は数時間ボードを叩き続けた末に、諦め気味に、せめて防壁の穴を探る事にした。

だが、判明するのは絶望的な事実ばかりだ。サイトのプログラムソースを解析していくと性質の悪い事に、
一定の確率でこの世界中のリンクから無差別にアクセスを誘引してしまうプログラムが仕組まれている。
このシステム自体画期的な大発明だが、それよりも、これがもたらすであろう事態に血の気が引いた。

「────何で、こんな馬鹿なことを・・・・・。」

呟きは疲労と戦慄に震えている。
男が、その呟きに返した。

「それはわからん。だが現在あらゆる対サイバー措置が無効で、
お前が今やってわかったように、サーバーの位置さえわかってない。
それに同様のサイトが複数・・・いや大量に、世界各国のネット上にあるらしい。・・・・これは凄い事になるぞ。」

「何を他人事見たいに言っているんだ!これを作ったのは、一部分とはいえ俺たちなんだぞ!?」

「他人事じゃないさ。だが、ここまで来ると笑いたくもなる。みろ、このプログラムを。
俺たちがβ版であくせく改良に貢献してしまった結果がコレだ。疑うべきだった・・・・今思えば。」

額に手を当て、項垂れる男。よく見れば顔が黄色い。酒に逃げているようだ。今だって素面かどうか。
男がそれだけの重責にさらされている事を感じ取って、ひったくったパソコンを返すと男は追及を引き下げた。
ズシリと疲れた体を背もたれに傾けると、興奮から醒めた疲労感で眠気が襲ってくる。

「・・・誰でも、何時でも悪魔が召喚できる世界・・・。
どんな悪夢だそれは。それを、そんなものを俺たちが作っていたっていうのか・・・・。」

戦慄する男。だがそれは事実だった。
あまりにも利便性を求めるあまりの結果が出たと言う事である。
彼らは堤防として機能していた裏業界への敷居の高さをみずからぶち壊してしまったのだ。

「なんて事を・・・。まさか、あんたなのか・・・・?」

これからのDDSはもはや悪魔業界関連の専売特許ではなくなる。
事によってはCOMPを持った犯罪者が大量生産されることになる。
いや、それ以前に悪魔の手綱を握れずに逆に操られてしまうものや、
最悪の場合肉の袋となって人間社会への侵入の手引きをしてしまう者もいるだろう。

それは実に恐るべき事である。これからの数年間、人類の選択如何によっては恐るべき事になりかねない。
最悪の場合この世界に訪れるのは、正にアポカリプスでありハルマゲドンであり、ラグナロクとなるのだろう。

男は、電脳世界の彼方で怪人の哄笑を聞いた気がした。








────世界は今、軋みをあげながら新たな時代の幕開けを告げる。
────この先に見えるのは、人の世か悪魔の世か。










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とあるデビルサマナーの事件簿

(女神転生シリーズ二次創作)

四話 始動


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所で異界と言うのは一定以上の力を持つ悪魔が、人間界に自らの居城として作る巣や城のようなものである。
そうであるからして、異界を封じると言うのは基本的に城攻めである。
そのため通常はまず異界そのものの力を弱めてから事に当たるものなのだ。
攻城槌や投石でまず、石垣を崩す所から始めるようなものである。

しかし、この遠藤寺の法力僧の現空は奇妙な除霊現場に困惑していた。

「地脈がまったく弱っておりませんな。これを為したサマナーと言うのは一体・・・・。」

地脈の力・・・つまり大地を流れる地球の生態マグネタイトの流れを塞き止め、霊毒を撒いて地の力を弱める。
その上で結界を敷き、異界の外から法力で圧迫し徐々に兵糧攻めにしつつ攻撃して間引きする。
それでようやく除霊に入ると言うのが、この世界の異界封じの慣例だ。

そのために仏教連と陰陽寮は、内部へ突撃するサマナーやデビルバスターを支援する強力な体制を築いていた。
だからこその困惑と疑問だった。

普通、間違っても鬼武者よろしく単身城に討ち入るような真似はしないのである。この時代の人間は。
当然現空もまたそんな事は考えていない。

が、それくらいでないと説明が付かないのも確かだった。

「うむむ。まあ仕事は仕事。すぐに始めるとしますかな。」

とは言っても、楽な仕事だった。
普段が弱りきった土地の保護から始めるのに対して、この土地はむしろ正常なMAGに満ちていて活性化すらしている。
その力を借りればいいのだから、すぐに終わると言うもの。

「うむ、これでよし。」

四隅に塩を置き、独鈷を据えて香を焚き、読経を終えた現空は目を開いた。
ここまでで既に半日かかっているが、普段はもっとかかるのだ。
つくづく普通の除霊現場との落差に驚く。

これでこのような現場は最近で何件目だっただろうか。

「どのような秘術をお使いになられたのやら・・・・できる事なら、是非合間見えたいモノですな。」

現空はまだみぬ偉大な術者を思い浮かべた。
彼の想像上では、長く厳しい修行を経た、立派な仙人のような人物像が描かれる。
そのような者に師事し、さらなる高みを目指すことができるならば・・・さらに人々のため、仏の道を極める事が出来る。
現空は成長に行き詰まりを感じていたため、その手がかりとなりうる光明に仏の見えざる手を感じていた。

───だが事実は彼の想像の斜め上をいく。あらゆる意味で。

それを彼が知るのもそう遠い未来のことではないだろう。
そして、彼の常識がブレイクされて世にもう一人の極N-Nが誕生することになるのも、そう遠い未来の話ではない。







@@@@





で、現空がそんな間違った妄想を抱いている時、葵はまた仕事を請けに仲介所に居た。
夏休みももう終盤、残すところ後1週間あまり。稼ぎ時とばかり、さらなるハイスピードで葵は依頼をこなしている。
ただ、葵が依頼をこなすのと比例するように引っ切り無しに依頼が来るものだから、需要と供給のバランスは取れていた。

が、葵は嫌な顔をして文句を垂れる。
需要と供給のバランスが取れていると言うことは、神の見えざる手による価格調整が正常に働くと言うこと。

つまりは、こう言う事である。

「ええ~?最近依頼料しょっぱくなってきて無いか?オヤジ?」

「いい加減オヤジって言うのやめろよ・・・たくっ。ああ、そりゃ当たり前だ。
こうも霊障が立て続けに起こるものじゃあ、どうしたって誰だってな、財布の中身が寒くなってくるもんだ。
特にお国のサイフはそうだ。あいつらは霊障が起きたら、どうしたって無視だけは出来ないんだからなぁ。」

そう。最悪の場合、地主や建物の所有者の場合はそこを見てみぬ振りをして立ち入り禁止にするだけで話は済む。
だが国は違う。国民及び国家機構の安全保障上そういうわけには行かないのだ。

更に言うと、こうした仲介所で斡旋される仕事の何割かは宮内庁から受注されているもので、
報酬も宮内庁の機密特別予算から練りだされている。

一般にはこの国で一番生産的でない省庁であると思われている宮内庁だが、実際にはこの国で最も働き者だ。
なにせ古代より戦前、戦後から現代に至るまで戦いに闘い続けてきた組織である。
最近では主に戦後の焼け野原に生まれる怨念に対し、また近代では社会に潜む病巣から生じる物の怪に対して闘ってきた。

長い歴史の中を身を粉にして働き続けてきた彼らに、平和ボケと言う概念はない。

「む・・・そう言うことなら仕方ないか。」

葵は取り合えず納得した。
まぁよく考えれば並みの正社員よりもいい給料を貰っていて、これまでが過剰だったともいえる。
これからだってこのペースで依頼がくるなら(あるいは葵が報告して依頼になるなら)数を受ければ帳尻は取れる。

もともと無償でと言うか、趣味的に悪魔を狩って強くなる予定だった葵としてみれば大した事は無い。
報酬が貰えると知ったのは実は偶然だった。

「ふんふん・・・・。」

パラパラと捲られる、葵が来た当初と比べて大分薄くなった書類の束。
そこには奈良県南部~大阪府北部圏の除霊依頼が記載されている。
依頼の範囲が広域なのはこの依頼所が優秀な成績を収めていたがゆえである。

葵はその書類を捲って、一日で回れそうな線路・駅周辺の主要な人口密集地帯の依頼をピックアップしていく。

それはとりもなおさず緊急を要する除霊現場であり、且つ主要都市と違って依頼金が少なくなる地域である。

また人命が多くかかっているが故に責任も重く、その割りに旨みの少ない地域なので霊能者も忌避しがちな現場だ。
特に最近はそんなところにばかり異界が現れるため、
正直な所を言うとビビった霊能関係者諸氏により、仲介所ではそういう現場が溜まっていたのが、近頃の頭痛の種だった。


────実は遠藤市及び奈良県南部~大阪府北部に置ける中間規模の市町村は、軒並み重大な危険に晒されていた。
(そして実はネタバラシすると、全国規模で日和見が重大な危機を引き起こしかけていました。)


だが葵は、良い意味でも悪い意味でもそんな一般常識にはお構いなしである。

溜まっていた危険なお仕事も、葵にとっては普通に駅周辺の、交通に便利な職場である。
原作知識的にも効率の良い攻略チャートだった事だし言う事は無い。
やたらと溜まっている依頼が多いのも、計画を立てる上では少ないより余程次ごうが良かったのである。

「おし、じゃあ今日はコレとコレとコレあたりを、こなしてくるかな。オッサン、手続きお願い。」

「ああオイ、ちょっとまてまてまて。
お前、大丈夫なのか?昨日も一昨日もじゃなかったか?って言うかお前ちゃんと休んでるのか?」

本気で心配げな阿賀浦の視線に、キョトンとした顔で首を掲げる葵。
コテンと首を動かす動作は実に可憐で、騒いでいるのを遠巻きに見ていたものは密かに萌えた。

「夏休みだし、別にこのくらいは平気だけど?・・・・疲れはあるにはあるけれど。」

勉強するにしてもアルバイトをするにしても、運動部で一線で動いてきたものの体力と言うのは想像を絶する時がある。
その感覚が精神的に残っていて且つ、MAGで強化されて急激に発達を遂げている葵の体は実際疲れ知らずだ。

そもそも葵にとってしばらくはヌルゲーレベルの作業が続いていたものだから、疲れたといっても軽い疲れだ。
朝起きた時体が重いなぁ・・・と言ったレベルである。体が疲労を超えて成長を続けている今、問題は何も無かった。

「う、うむ・・・・。まぁなんだ、ちょっとでも疲れてるならそれは止めとけ。ちょっと頑張りすぎだ。
お前が無理してやらなくても、この市内に優秀な霊能者は沢山居るから安心しろ。な?」

優しい目で告げる阿賀浦。そこにぬっと射す影が一つ。振り向くと、其処には一人の青年が立っていた。
後ろから割り込んできたのは葵と同じく高校生くらいで、やたらイケメソ且つ爽やかな好青年だ。
同じ美形でもイロモノの葵と違って、スポーツ体型で髪型もパリッと決めた正統派タイプの憎いあんちゃんであった。

「ああ、阿賀浦のオッサンの言うとおりだ。。ここ最近の連続霊能テロに心を痛めているのは君だけじゃない。
俺たちだって町の皆を守りたいと思っているんだ。
確かに俺らはちょっとふがいなかったが、君だけが頑張ることも無い。ここからは俺たちの事も頼ってくれよな!」

腕まくりをしながら、さらっと臭いことを言いながらもそれが鼻に付かない自然さと華やかさ。
葵は内心このイケメソに第一種外敵判定を下した。別に女に飢えているわけでもないが、それとこれとは別問題である。
心の中で黒い笑みを浮かべて、殴ッ血KILL!と決意した葵。

・・・・そんな度胸は間違っても無いので、思うだけだが。

「そうよねぇ、君があんまり健気に頑張るものだから、お姉さん達も目が覚めちゃったわ。
子供がこんなに頑張ってるのに、大人がコレじゃあダメダメよね。」

今度は隣から、20代後半程と見られる女性が。同調した。
まったく自然な登場で気付かなかったが、この女との接点なんてまず無かった筈。

「本官も同意ですなぁ。まったく、デビルバスターなんて最近はちょっとした副業程度の意識になってて、
初志を忘れちまってたわ。旨みのある副収入なんかじゃなくて、民間人を悪魔から護るために始めた筈だったのにな。」

さらに後ろの麻雀卓からは、いつもヘラヘラとした笑顔を張り付かせていた警官がキリッとした顔をしてこっちを見る。
周りを見渡せば、大なり小なり彼らは同じ意見らしい。なんというか、皆優しい目?をしている。

(なんなんだ一体・・・・?)

葵は、そこでハッとした。
もしや、自分は仕事を取りすぎて他のサマナーやデビルバスターの仕事を奪ってしまっていたのではないだろうかと。
業界では新人の自分だからこそ大目に見られていたが、
実際は恥知らずな行為だったのではないだろうか・・・と気付いたのだ。

もちろん誤解もいい所だった。

「────あ、ああ。う、うん。ありがとぅ・・・・じゃ、じゃあ、その・・・そうさせてもらおうかな?」

仲介所から送られる極めて優しげな視線に、葵は極めて恥ずかしげに答えた。
別にそうと決まったわけではないが、優しく常識を諭されたようで葵はこの時酷い羞恥心を煽られていた。

後で誤解は解けるのだが再び、これは親睦会的な何かだったと二重の勘違いをしてしまうのはご愛嬌と言うもの。
なにせ心当たりが無いのだから正解にたどり着ける筈も無く。

それでも挙動不審に応えてしまったのだが、それが照れたような可愛らしい仕草に見えるのだから美形は得である。

ぶっちゃけ羞恥でちっちゃくなってもじもじしている姿は、
普段の男勝りの仕草をしていた葵(当然です)に慣れていた仲介所の所属員を虜にした。
実に可愛らしかった、とだけ言っておこう。


そしてCOMPの中ではピクシー達がその愛くるしさに悶え苦しみ、謎の感情の芽生えに困惑していた。




@@@@




「────あ、ああ。う、うん。ありがとぅ・・・・じゃ、じゃあ、その・・・そうさせてもらおうかな?」

気恥ずかしそうに、それでいて何が何だか解らないと言うふうにちっちゃくなってしまったアオイは、
有体に言って可愛かった。

普段が普段と言うか、毅然としていて無愛想で硬い印象があった葵だが、
それは硬い覚悟の故だと知った彼らはもはやそのような偏見に囚われてはいなかった。

「おう!まかせてくれよ!この町の平和が俺たちが護るぜ!」

例のイケメソ君を筆頭に、仲介所の所属員が思い思いに声を上げる。
阿賀浦はスレたりヒネたりしている厄介なここの連中が、ここまで素直に前向きになれた事に驚愕する。
ある意味、そういう根性の曲がった連中を宥めすかすのも阿賀浦の重要な仕事であっただけにその驚きも一塩。

特に、中心になっている高校生の青年なんかその爽やかな笑顔の裏にどす黒い心の闇を抱えていたものだ。
家庭環境とか、まぁ世の中にはありふれていると言えばそうなのだが、そんなのは慰めにもならない。

(これが、人徳って奴なのか・・・?)

仲介所が謎の盛り上がりを見せる中、阿賀浦はある意味仕掛け人である杭橋に目を向ける。
視線を向けられた事に気付いた杭橋は、雀荘の隅で、気取った態度でクイと探偵帽子を上げた。
阿賀浦はケッと内心思ったが、今この時だけは正直な賞賛として親指を立てた。

そうして、ちょっと良い感じの気分に浸っている時、阿賀浦はもみくちゃにされていた葵が近づいてくるのに気付く。
少し髪の乱れた葵は、やはりこういう無条件な好意に慣れていないのか顔が赤い。

────好意に慣れていない。人付き合いが極めて苦手。
それが誰にも報われない戦いを続けてきたが故のことだと知った今では、
どうしてもっと早く彼女の本質に気付いてやれなかったのかと、阿賀浦には深い後悔の念が湧いた。

まぁそれはともかく、何のようかと尋ねると葵は阿賀浦にだけ聞こえるようにそっと囁いた。

「あ、じゃあその・・・俺が今、請けても問題なさそうな仕事ってあるかな?」

阿賀浦は呆れた。

アオイは結構ワーカホリックだったらしい。





@@@@



────昨日の事である。

仲介所がこのような謎のフレンドリー感に満ち溢れ、且つアオイの羞恥心を煽りまくった事件はこうして起こった。

その裏舞台の話である。





・・・・・・・・・・

・・・・・・・





夜も更けて、黄ばんだ壁紙の古びた部屋には、咥えパイプからプカプカと浮かぶ安物の煙が充満していた。

「ここと、ここと、この辺ですなぁ・・・・。」

フリージャーナリストである杭橋は、事務所の壁にかけた地図に向かうと、ピンを一本づつ刺してゆく。
そうすると、少しづつ形になって見えてくるモノがあるのだ・・・・たまに。

(古典的な手段こそ、実は確実な手段なんですよね。)

そうして葵の動向を追っていた杭橋は、すぐに葵の依頼の選択傾向について一定の法則があることに気付いた。
プスプスとピンを刺していきながら考える。

「これは・・・人口が過密と言うわけでもなく、都市と言うわけでも田舎と言うわけでもない。
随分中途半端な地域ばっかりですなぁ。」

地図を眺めながら、杭橋は思った。
こんな所の依頼は大抵、旨みが少なく土地の価値も低いため捨て値で依頼が出ている所だらけだ。
こちとら命懸けの商売である、そんな依頼を好き好んでやる奴は少ない。
なので、こういう地域の依頼は人死にが出るか出ないかのギリギリまでほおって置かれるのが常だった。

そもそも、大抵の依頼の値段や難易度と言うのは土地の価値で決まるものだ。

都市や大都市なら、土地の価値も高く経済に与える影響上どうしても国の優先順位も高くなる。
企業や個人にとっても重要だし、金をたんまり持っている奴が多く集まるのも当然ここだ。
それで、悪魔の強さや難易度に関わらず依頼料は高めに設定されている傾向がある。

もちろん、それだけの重大な依頼である。失敗して市民や経済に打撃を与えた場合処罰もありうるリスキーな依頼だ。
実力のある霊能者は結構こういうタイプの仕事を好む。

逆に、田舎だと本気の捨て値で国から依頼が出ている場合が殆どだ。
そもそも人の少ないところでは大規模な異界が発生し難い。要するに弱い悪魔が多い。
その上土地や周りにある程度被害を出しても許容される(市民の障害や死亡は許されないが)ので、
実力が低くともやりようがある。
初心者や、弟子の育成に好まれるのは此方だ。難易度は低めだ。

(ただし、大昔に封印された悪魔が蘇っていたりするのも大抵田舎なので注意が必要である。)

そしてその両方の悪い所を総取りしたような土地が、さっき言ったような中途半端な住宅地みたいな所である。
宮内庁にとっては経済を優先せざるを得ないので後回しにされて料金は低くなる。
民間の除霊依頼は当然土地の価値からして、がくッと低くなる。

それでいて、民間に対する被害のリスクだけは大きいし、中途半端に強力な悪魔が多いので敬遠されるのだ。
まさに悪循環。

「ふーむ。わざわざ、こういう依頼ばっかり受けてらっしゃるのは何ででしょうね?」

基本的に個人主義のデビルバスターやデビルサマナーが考えもしない疑問である。
誰がどんな理由でどのような依頼を受けようと無関心。それが基本的な裏関係者の姿勢であった。
その意味でも、杭橋は異端と言えるだろう。

「それにしても、ここ最近の異界発生率は異常ですなぁ・・・・。
それも示し合わせたようにこんな中間地帯ばかりに・・・・。」

その時、杭橋に電流が走る。
そうだ。なざ、中間層にばかり異界が発生するのか。これが人為的な現象であることは解っている。
ただ、目的がテロにしろMAGの収奪にしろ蟲毒の呪にしろ、言える事は、一つある。

「事の発覚が怖いならド田舎にするし、即効性が欲しいなら都市部に仕掛ける筈。
何でこんな、中途半端な効率の悪い所ばかりなんだ?」

杭橋はここ最近の特に"中間層"の悪魔関連の事件を、今度は日本地図規模でピンに刺して視覚化し始めた。
未解決であり、且つ大して大きくもならないため放置されている依頼を、DDS-NETで調べ上げる。
それも最近と言っても、10~15年前まで遡ってである。

────事は、一地方に留まらない可能性があった。

「ホイ、ホイ、ほいっとな。」

ぷすぷすとリズミカルにピンを消費していく。努めて、楽観的にものを考えるように杭橋は努力した。
そうしていないと事の重大さに手が震えそうだったからだ。

しばらくすると、凡その未解決の中間地帯の異界の位置が判明した。

そこに浮かび上がってくるのはありがちな魔方陣みたいな図形ではない。
しかし、本州全域にわたり刻まれた紅いピンの描く線は、確かに人為的な図形を描いている。

それはさながらナスカの地上絵の如く、そしてそれよりもより緻密で巨大に。

「これは・・・文字?梵字のような、アラビア文字のような・・・・。」

見たことも無い文字だが、ピンの刺し位置をなぞると謎の文字のような物が浮かび上がった。
それは既存の知識に無いからといって言い訳の出来る余地を残さない程に、精密に描かれた"文字"であり"文章"だった。
見ていて気分の悪くなるその造詣は、魔界の深部のものかも知れない。

そして、最近富に多くなっていた大阪北部~奈良県南部の中間地帯での事件は、なんとその最後の一筆である。
最新の事件であるここら一帯の事件が、明らかに文字の最後の部分である。

「な、なんて事・・・これは酷い!スクープなんてものじゃァ無いっ!すぐに宮内庁に連絡しないとっ!」

ぶわっと嫌な汗が出た。
杭橋はすぐに駆け足で受話器を取ると、仲介所を超えヤタガラスを超えその頂点である宮内庁に直接連絡を取る。
本来なら常識知らずもいい所なのだが、今回はそれだけの重大な案件だと判断したし、それは杭橋の予想道理受理された。


・・・・・・・

・・・・・


それから早口でまくしたてた杭橋は、遂に事の次第を説明しきり、宮内庁の方針を聞かされる。
それは杭橋の口から直ちに、関西内陸地方担当仲介所──通称"クエビコ"に報告する義務として与えられた情報だった。

そして当然、それにどのような意義があろうとも相手は文字通り雲の上の方々である。
それは許される事ではない。

杭橋は震える手で受話器を置くと、怒りに満ちた声を上げた。

「宮内庁は、東京大阪主要都市周辺の、魔文字の破壊に専念する・・・だぁ!?
クエビコには優秀なデビルサマナーがいるだろうって、なんてぇ言い草だ!?」

宮内庁の決定ではこの発見と報告を大功績として杭橋を評価すると同時、
事の発覚に至った遠因である優秀なサマナーと最大限の連携を取りつつ、魔文字の完成を阻止せよと言うものだった。

つまり、最悪首都圏及び主要工業地帯を防衛できればそれでいい。そういう事だ。
いや、それは悪意のある取り方だろう。
つまりは陰謀の阻止を狙いながらも、最低でも国家の存続する余地を残そうとする巨人の視点の話だから、
下っ端根性の染み付いた杭橋などには仁義にもとる行為に見えてしまうのだ。

それは杭橋も解っている。
だが、一人の増援も寄越さないとはどういう事か。

ヤタガラスは全力を挙げて大阪市近郊の異界除去にあたり、クズノハは総力を持って帝都周辺の異界除去をまず開始。
仏教連及び陰陽寮、日本キリスト教会はこれをサポート。魔文字の破壊に尽力する。
そこから順次本州全土の魔文字の除去に移る。

それはいい。
だが魔文字最後の一角である、おそらく最も危険が予想されるこの地方に一人の増援も無く、
むしろ引き上げさせるとは何たる事。

「アオイちゃんは・・・・コイツと、コイツらとずっと戦っていたっていうのか!?」

アオイと呼ばれた少女はふらりと仲介所に現れて、それから狂ったように仕事に打ち込んだ。
思えば、アオイが異界を大量に消し去り始めてからだ。中間層の異界が大量発生していたのは。
そう、今考えればあれは、敵の魔文字の一角を作られた端から消し去っていたのだ。

そして、相手は消される端から異界を量産させる事で対応しようとしたのだ。
それはそうだ。あと一歩、あと一歩と言う所で10年越しの計画が発動できないのだ。
それで、ここまで隠れ忍び続けた奴等がボロを出したと言う事。

何処でこの情報を掴んだのかは知らない。何故宮内庁に報告しなかったのかもわからない。
あるいは、出来なかったのじゃぁないかと思うものの、その理由などまではわからない。

だが、一人で・・・仲魔とともにとは言えたった一人で孤独な戦いを続けていたのだ。

わが身を省みず、ひと時も休まず、牙無き人々のためにただただ・・・・!
それを見て見ぬふりなど、出来るはずもなし。
お上が彼女をどう認識しているのかはともかく、今度は自分たちが彼女を助ける番なのだ。
国が彼女を使いつぶすつもりなら、下っ端が守ってやらないといけないのだ。

「のんきな事、言ってる場合じゃねぇやね。こりゃあきばらんとな!」

杭橋は、ジャーナリスト魂よりもまず、人としての義憤にかられて市内のクエビコ所属員(アオイ以外)を呼び出した。
全員雀荘に来るように第一種緊急回線で告げると、自身もペルソナを発動しながら屋根伝いに雀荘に走った。

夜が白み始めた頃あいだったが、第一種緊急回線の重要性を知らない所属員はクエビコには居ない。
(と思われがちだが一人、全く理解していない奴が居ます。誰かはお分かりでしょう。)

杭橋は雀荘のドアを強く叩くと、ペルソナ能力の発動中で強化された体がドアをミシリと軋ませた。

「オッサン!オッサン!起きろ!俺だ、杭橋だ!」

阿賀浦は第一種緊急回線でたたき起こされ、こう尋常でない杭橋の声を聞いていよいよ脳を覚醒させた。
既に足の速い連中はぞくぞくと集まり始めている。
これは槍が降るか核ミサイルが降るか。阿賀浦の脳裏には様々な緊急の事態の予想が巡る。

「杭橋!宮内庁の名前まで出すとは、本気でヤバイ事態のようだな!説明してもらうか。」

阿賀浦は低い声で、杭橋に問うた。





・・・・・・・・

・・・・・




─────これが、彼らのひと夏の戦いの始まりであり、
謎の美少女サマナーアオイと言う虚像が完全に一人歩きし始めた発端であった。

杭橋が使っていた地図がもしも、路線図であったなら気付いただろう。
葵は単に駅で回れる範囲を虱潰しにしてMAG稼ぎと仲魔狩りをしていただけだと。

だが運命の悪戯が、彼に路線図の無い地図を用意させ、
さらにはこの日本を滅ぼそうとする巨大な陰謀に気付かせた。


ここからの謎の美少女サマナーアオイの行く末は、誰もまるで知る事は無い。






乞うご期待!






おまけ



・宮内庁

全国の対悪魔・対霊能犯罪・対超常現象組織を統括する、日本の裏業界の一番偉い人たちの集まり。
宮内庁の傘下の組織として代表的なのは、クズノハ・ヤタガラス・陰陽領・仏教連・日本基督教会など。
人、物、金の流れに気を付けないと直ぐに日本は没落してしまうため、人情と効率の板挟みに苦しんでいる。

アオイの事はたまに現れる転生体あたりだろうと予想している。
どちらにせよ、使い潰しても問題なさそうな人材であるため優先的に依頼を回す予定。
連日デスマーチを続ける彼らにとっては死なばもろともと言った感覚である。

多少ピントはずれているが、実は彼らがアオイについて一番正確な認識を持った組織だったりする。
ていうか、戸籍謄本とか普通に見れるし。



・連続霊能テロ事件

アオイが連日、いわゆる業界用語で"中間地帯"と呼ぶ中途半端な地域で乱獲を行ったことで判明した。
現在は魔文字事件として、宮内庁が全力で対策にあたっている。
日本の諜報組織から10年以上秘匿し続けた大計画が水の泡であり、犯人涙目。

発覚した時点でクズノハライドウやハットリハンゾウなど、
名だたるサマナーやデビルバスターが動き始めているため、もうどうにもならないだろう。


・謎の美少女サマナーアオイ

謎の犯罪組織(規模から個人による犯行とは考えにくい)と日夜孤独な戦いを続けていたダークヒーロー的扱い。
宮内庁上層部は激しい疑問を呈しているものの、下々の噂にかかずらわる事もないと放置した結果こうなった。
現在全国から海外まで噂は拡散を始めており、手が付けられない。

意外と神話に遺った英雄たちの話も、こんな感じで定着したのかもしれない。
魔文字事件と深いかかわりがあった事から、現代の伝説となりつつある。

実は裏の世界のさるお祭りで、薄い本が既に出回っている。


・魔文字事件

国土そのものを呪符として何らかの呪術を行おうとした、近代最悪規模の大霊能事件。
謎の美少女サマナーアオイの足取りが現れ始めた事件でもある、記念碑的事件。

犯人はそのうち、ライドウやハンゾウに半殺しにされて命からがら逃げてきたところを、
アオイに無自覚に止めを刺される。
ネタバレになるが、実際それくらい犯人の命や動機には価値がない。読者に名前すら覚えられることはないだろう。



あとがき

コメント返しはちょっとまた待ってくださいね。
ネット環境が酷くてネカフェで投下してますんで。

感想どうもありがとうございます。
励みになります。


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