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[34559] ゼロの出来損ない
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2012/08/13 02:16
※注意※

・これは某サイトに掲載していた同名の話です。
 誤字脱字を含め多少の修正を加えていますが、基本的には同じものです。
 
・この話には差別的な表現が使用されています。
 ただしコレは、この話の舞台における社会情勢を予測した結果、現実味を増すために使用したものであって、差別的思想に基づくものではありません。

・この話は童話調です。
 そういった文体に対して不快感を感じる方は注意してください。

・オリ主転生ものです。チート、アンチ的表現もいくらか含まれています。
 個人的にはアンチのつもりはありませんが読む人によってはそのように受け取れるかもしれない内容です。
 また、主人公は弱点はありますがかなり強い設定ですのでチート的だと感じるような内容です。
 
・筆者の文書力は稚拙です。
 だから、そんな文章とかが、きらいな人とかは、読まないほうが、いいとおもいます。誤痔とかも、いっぱい、いぱーい有るとおもいます。
 
・更新はかなり不定期になりそうです。
 基本的に開いている時間の暇つぶしとして書いていますので更新のペースは筆者自身わかりません。
 感想への返信を含めかなり更新速度に偏りがでると思います。



[34559] プロローグA エンチラーダの朝
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2012/08/13 22:46
フィクション。IF。もしも。
 人は仮定の話が大好きです。


 そしてコレもそんな仮定のお話。


 もし、私達の住むこの世界の、この国の人間が、
 此処とは全く違う世界に生まれ変わったら。

 それも私達がフィクションとして知っている世界に。

 そんな仮定のお話です。





 朝早く、まだ小鳥も目を覚まさない頃からメイドの朝は始まります。
 メイドたちは次々に起床すると、忙しく身支度を済ませ、そそくさと持ち場につき自分の仕事を始めます。

 朝はメイドたちにとって戦場でした。

 エンチラーダも朝、まだ暗い時間に目を覚まします。
 彼女は落ち着いた様子で身支度を済ませると、ゆっくりと、それでいて無駄のない動きで厨房へと歩いていきます。
 その仕草ときたら、実に優雅で、まるで一廉の貴族のように堂に入った動きです。
 それでいて気取ったところがなく、誰もが、彼女を見るたびに、どのようにしたらあのように美しく歩けるのかと、ため息をつくのでした。

 あるいはその優雅さは彼女の容姿から来るのかもしれません。

 なにせ、彼女ときたら、まるで水仙の花のように凛とした美しさを持っていました。
 身を着飾ることもせず、質素な服装に身を包みながらも、その美しさは少しも損なわれること無く、メイドたちは勿論、貴族からさえも羨望の目線を向けられるほどでした。

「おはよう御座いますエンチラーダさん」

 不意に後方から挨拶をされたのでエンチラーダが振り向くと、そこには箒を持ったシエスタが笑顔で立っていました。
 シエスタは素朴で愛嬌のある顔立ちで、トリステインでは珍しい黒い髪をした少女です。
 彼女がいかなる生い立ちで、いかなる経緯を持ってメイドになったのか、エンチラーダはしりません。
 シエスタとエンチラーダは身の上を話し合うほどに親しいわけでは無いのです。

 しかしエンチラーダはシエスタという人間に対して、結構な好意を抱いていました。
 なにせ、シエスタは、同じメイドという立場である自分に対しても、実に礼儀ただしく接するのです。

「シエスタ女史、おはよう御座います。いい朝ですね」

 エンチラーダはそう挨拶を返しましたが。
 笑顔のシエスタに対して、エンチラーダは少しも笑っては居ませんでした。

 その無愛想な表情は失礼ともいえるものでしたが、シエスタは少しも気にしませんでした。
 なぜなら、エンチラーダはソレが普通だからです。


 エンチラーダは笑いません。
 仕事中、少なくともメイドや使用人たちが見る限り、一度たりとも笑ったことがないのです。

 一部の口汚い人間は彼女のことを「鉄面皮」とか「無愛想」と言いますが、それが事実ではないということをシエスタは知っていました。
 
 エンチラーダはたしかに表情を変えませんが、感情が無いわけではないのです。
 シエスタはエンチラーダが少なくとも自分の挨拶を不快に思わず、さらには気持ちを込めた挨拶を返してくれたことを理解していました。

 挨拶を終えると、シエスタはそのまま作業にもどります。
 朝のメイドにはおしゃべりをしている暇は無いのです。

 エンチラーダもそこにとどまること無く、いそいそと厨房に向かいます。

 エンチラーダが厨房に入ると、そこはもう戦場の最前線です。

 コックたちが朝食を作り、メイドたちは大急ぎで食堂の掃除をしています。
 辺りには罵声が飛び交い、誰もが忙しそうに動いていました。

「よう、嬢ちゃん!相変わらず遅い出勤だな!」
 大声でエンチラーダにそういったのはコック長のマルトーでした。
 遅い出勤とは言いましたがその声色には避難めいたものはありません。

「おはよう御座いますマルトー氏、申し訳ございません、あまり朝は得意ではありませんので」
「べつに責めてねーよ、お前は一番最後に来るけれど、他の奴らの3倍働くからな。なんだったらもう少し遅れてきたっていいんだぜ」


 そう言いながらマルトーはソップをかき回しました。

 彼の言うとおりでした。
 エンチラーダの仕事ぶりときたら、それはそれはたいへんなものでした。
 その日も誰よりも早くテーブルを拭き、皿を並べ、ワインを用意します。

 なんと言ってもエンチラーダは仕事が早いのです。
 
 エンチラーダは決して人より早く動いていると言うわけではありません。その動きは急いでいるふうでもなく、実に淡々としたものなのです。
 ただ、その動きには、全く無駄がありませんでした。
 まるで川のごとく、流れるように作業をするのです。
 
 ですからエンチラーダは一番遅くに仕事を始めますが。
 一番早くに仕事を終わらせるのです。

 彼女の働き振りを見る度に、他のメイドたちはどうやったらあのように効率的に動くことが出来るのか、不思議に思うのです。




 さて、エンチラーダは今日も一番に掃除を終わらせると、マルトーがしゃがれた声で彼女に言いました。
「おう、嬢ちゃん!あがったぜ、甘いオムレツ、青菜のスープ、魚のムニエル、サラダ」
 そう言って彼は料理の乗ったトレーを彼女に渡します。

「魚は何を?」
「鱒だよ、昨日届いた奴だかなり良い物だぜ、サラダの人参なんか最高の奴をつかった、そうそう、水も井戸の奴じゃなくて例の湖のだ。質素なようで、材料は一番贅沢だぜ」
「ありがとうございます」
 表情こそ替えませんでしたがエンチラーダの返事の声色には確かな感謝の意が含まれていました。
 日常の些細な事柄にも、シッカリと感謝が出来る彼女のことを、マルトー氏は気に入っていました。

 彼女はトレーを持つと、そのまま、その流れるような足取りで厨房を後にします。

 忙しさのピークこそ過ぎましたが厨房は相変わらず忙しげで、メイドもコックも大急ぎで動いています。
 しかし、エンチラーダはそれらをもう手伝うことはありません。

 なぜなら彼女の目的は、その朝食を運ぶことだったからです。
 厨房でした全ての仕事は、彼女に取って朝食が出来上がるまでの暇つぶしに過ぎませんでした。
 本来彼女にはそれらの仕事をする必要がなかったのです。

 朝、彼女に与えられた仕事は、食堂の準備でも、清掃活動でもなく。
 ただ唯一。朝食を運ぶと言うことだけなのです。

 彼女は朝食の乗ったトレーを持って男子寮に向かいます。

 途中、朝食を食べようと食堂に向かう生徒たちとすれ違います。

 しかしエンチラーダは彼らに挨拶をすることはありません。
 彼女はその朝食を少しでも迅速に運びたかったし、下手に挨拶をしてトレーの上のものをこぼしてはいけないと思ったからです。

 本来であれば、メイドが貴族を前にして挨拶をしないのはあまりにも無礼なことでした。許される事ではありません。
 しかし、エンチラーダにはそれが許されていました。
 学園にいるメイドの中で。
 エンチラーダだけはそれが許されていました。

 ですので、すれ違う生徒たちは、挨拶をしないエンチラーダを冷たい目で一瞬見ますが、それ以上の行動を取ることはありませんでした。

 皆、エンチラーダの立場を理解していたからです。


 学生寮の一番奥の部屋。
 太陽の光の届かないそのドアは、まるで物置のように簡素で、まるでその部屋は何年も使われていないかのような陰湿な雰囲気を出していました。

 エンチラーダはトレーを扉脇の台に一旦置くと、その扉を4回ノックしました。


「ご主人様、朝食をお持ちしました」
 彼女がそう言うと、部屋の中から掠れた返事がありました。

「ああ、入れ」
 エンチラーダは料理を持って部屋に入ります。


 そこは簡素な部屋でした。

 別段ハルケギニアにおいて、簡素な部屋は珍しくもないのですが。貴族の部屋の中では非常に珍しいことでした。

 貴族でありながら、装飾品が何も無い部屋と言うのは普通であればありえないことなのです。

 しかし、その部屋は、まるで使用人の宿舎のごとく、いえ、使用人の宿舎でさえもう少し物に溢れているでしょう。
 兎に角、その部屋には物がありませんでした。

 ただ、一台のベッドと、テーブルに椅子があるだけで、それ以外には小さなタンスが一竿あるだけ。
 そしてそのベッドの上では、一人の青年が眠そうな表情で座っておりました。

 

「おはようございますご主人様」
「ああ、おはようエンチラーダ」

 朝の挨拶


 その時。


 エンチラーダの頬がかすかに釣り上がります。




 彼女が微笑を向けるその人間。



 彼こそが、彼女の使えるべき主人でした。
 
 
 
 
 



 一人の人間が、その世界に生まれました。
 私達の世界の記憶を持っているのはその一人だけでした。

 フィクションの世界に、フィクションでない記憶を持つ人間が生まれて、その世界はどのように変化するのか。

 これはそんなもしものお話です。



[34559] プロローグB テオの朝
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2012/08/13 22:47
特別な人間は特別な扱いをされます。

 どんなに平等主義者であっても。
 どんなに贔屓をしない人間でも。

 特別な存在に対しては他と違う扱いや反応をするのです。

 それはたとえファンタジーの世界であっても、変わらないことでした。





朝早く。

 生徒たちは食堂で朝食を食べる時間です。
 朝の食堂は騒がしく活気にあふれていました。

 品行方正な貴族の子供とはいえ、まだまだ騒ぎたいざかりの年頃です。
 誰かと会話したり、授業の対策をねったり、昨日行った予習を反芻したり。

 魔法学園の生徒たちは騒がしく食事をしていました。



 そんな喧騒溢れる食堂から少し離れた宿舎。
 もう、生徒たちはみんな食堂に行ってしまって、まるでモルグのように静まり返ったその宿舎錬の一番端。

 その部屋の中。
 エンチラーダと喋りながら朝食を食べる男性。
 彼こそがエンチラーダの主人でした。


 彼は本名をテオフラストゥス・フィリップス・アウレオールス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイムと言いました。
 とはいえその舌を噛みそうになる名前を一々呼んでいてはキリがありませんので彼は自らを『テオ』と名乗り、周りも彼のことをテオと呼んでいました。

 エンチラーダの運んできた食事を口にするその食べ方は堂々として優雅ではありましたが、所々マナーに反したものでした。
 とはいえ、その食事風景を見るものはエンチラーダ以外には居ませんでしたので、その食べ方を咎められることはありません。

「今日の魚は鱒か」
「ええ、昨日の晩に届いたと聞き及んでおります」
「ふむ…美味い」
 鱒を口に入れながら静かにテオはそう言いました。

「サラダには良い人参が入っているようですが」
「うむ…美味い。美味いが…よく解らん。正直、吾は美食家と言うわけでもないのでなあ、人参は人参だろう」
「ええ、全くもってその通りでございます、人参はどうあがいても人参です…ワインは飲まれますか?」
「いや、水でイイ」
「今日はガリアから取り寄せたラグドリアンの水にございます」
「ほう…たしかに美味い…が、別に此処の井戸の水で良くないか?」
「おっしゃるとおりでございます。ええ、一々水にこだわる人間の気がしれません」

 エンチラーダは料理をサーブしながらテオと会話をします。

 彼は一人だけ、食堂に行くこと無く自室までエンチラーダに料理を運ばせて食べていました。
 どんな偉い貴族の子供であっても、魔法学園の生徒は食堂での食事が義務付けられています。よっぽどのことがない限り部屋に食事が運ばれるなんてことはありません。
 さらに言うのであれば、メイドがつきっきりで食事の世話をするなんてことも有りません。
 学園のメイド達は生徒の世話をすることが仕事でありますが、誰か一人だけを特別に世話するということはありません。


 しかし、エンチラーダだけは別でした。
 彼女はテオに付きっきりで、彼の世話だけをしていました。

 なぜならエンチラーダはテオの専属のメイドだからです。


 学園にいる他のメイドたちとは違い、エンチラーダは学園ではなくテオに個人的に雇われているメイドなのです。
 それは本来であれば許されないことでした。

 魔法学園では、生徒に自立をさせるために、専属のメイドをつけることを禁止しています。
 それは如何に位の高い貴族の子息であっても同様です。

 事実。この学園でテオ以外に専属のメイドを雇っているものはおりませんでした。

  
 しかし学園において唯一テオにだけ、それが許されていたのです。


 なぜならば彼は『特別』だったのです。

 特別な存在は特別な扱いをされます。
 それはどんなに平等を良しとする場所であってもです。




 テオは土のメイジを多く排出してきたホーエンハイムの一族の出身でした。
 テオの土の魔法の腕たるや、同学年はおろか、学園のどの生徒よりも得意であったのです。

 特にゴーレムの類を作らせたら右にでるものは無く、
 それこそ学園の教師ですら彼ほどに巧みにゴーレムを作り出すことは出来ないほどでした。

 だから一部の人は彼のことを「人形使」の二つ名で呼んでいました。



 しかし、彼が特別扱いされる理由は彼が「人形使」だからではありません。



 テオは、学生でありながらすでに土のスクエアなのです。
 一般的にメイジの強さは、いくつの系統を同時に扱えるかで決まります。
 1つの魔法だけを使えるものが「ドット」
 2つの系統を足せる者は「ライン」
 3つの系統を足せる者は「トライアングル」
 4つの系統を足せる者は「スクウェア」
 魔法学院の生徒は殆どがドットで、ラインメイジにもなればで学院の優等生です。トライアングルは殆ど学生ではいません。
 そしてスクウェアともなれば超一流の使い手です、魔法学院の教師ですらそれほどの使い手は多くありません。
 ですから学生でありながらスクウェアであるテオは、学院始まって以来の天才として認識されていました。

 だから一部の人は彼のことを「天才」の二つ名で呼んでいました。



 しかし、彼が特別扱いされる理由は彼が「天才」だからでもありません。




 彼は土のメイジでありながらそれ以外の魔法さえも実に上手く操るのです。
 メイジには全て系統と言うものがあります。
 簡単にいえば得意な魔法が存在します。
 テオの家は代々土のメイジの家系ですから、テオも土の系統のメイジだと誰もが思いました。
 事実として彼は土の系統の魔法がとても上手でした。
 しかし、彼はそれ以外の系統魔法も上手だったのです。
 彼はすべての魔法を、まるでその系統の魔法使いとして生まれたかのように、実に上手に使いこなすのです。 
 すべての系統を満遍なく使えるテオは他には無い才能を持つ人間として認識されていました。

 だから一部の人は彼のことを『万能』の二つ名で呼びます。



 しかし、彼が特別扱いされる理由は彼が「万能」だからでもありません。



 彼は座学も一流でした。
 魔法を上手く使うだけではありません。
 彼は学園の座学の成績は一番だったのです。
 その知識たるや、アカデミーの研究員もかくやというほどの聡明ぶりなのです。

 だから一部の人は彼のことを『秀才』の二つ名で呼びます。



 しかし、彼が特別扱いされる理由は彼が「秀才」だからでもありません。




 たとえ芸術的なゴーレムを作れる「人形使」でも、
 たとえ早くもその才能を開花させた「天才」でも、
 たとえ全ての魔法を平等に使える「万能」でも、
 たとえ知識を有する「秀才」であっても、

 学園は彼を特別扱いはしなかったでしょう。



 彼が特別な扱いをされる理由は別にあります。



 彼が自室まで朝食を運ばせるのも。
 専属のメイドをつけるのも。

 その特権が許される特別な理由。
 それは彼の足にありました。




「エンチラーダ、朝の授業は?」
 口元をナプキンで拭きながらテオは聞きました。

「土の授業になります」
「では、そろそろ行くとするか」
「では移動いたしましょう」

 そう言ってエンチラーダは彼の座っていた椅子を動かします。
 そしてそのまま扉まで移動をします。

 コロコロと音を立てて動くその『車』椅子に座るテオの下半身には。

 膝より下が存在しておりませんでした。




 「人形使」「天才」「万能」「秀才」の他に、テオにはもう1つだけ二つ名がありました。



 彼に直接言われることのない、
 それで居ながらどの二つ名よりも呼ばれることが多い二つ名。

 他人と違う違う『特別』な彼に対して、殆どの人間は侮蔑と嘲りを込めてこうよびます

 





 「足無」のテオと。





特別な存在は特別な扱いを受けます。
ただしその特別扱いは、
必ずしも好意的なものとは限りません。



[34559] 1テオとエンチラーダとメイド
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2012/08/12 23:21

 いつも通りの一日でした。

 エンチラーダはいつも通り、朝起きて、いつも通りに朝の仕事をするのでした。
 厨房はいつも通りに忙しそうで、皆いつも通りに動いていました。
 ただ、一つだけ、いつもとは違う部分がありました。

 厨房の隅に、いつもならばそこには無い物が存在していたのです。

 それを目の前にしてエンチラーダは言いました。
「何ですかこれは?」

 それは見慣れた鍋でした。
 ソップ用の寸胴鍋です。

 しかし、本来ならばその鍋は釜の上にあるべきでした。
 ソップを作るために釜の上で火にあぶられているべき鍋です。
 その鍋が、何故か今日は厨房の隅に置かれていたのです。

「ああ、壊れたんだよ、何処かにヒビが入ってるんだろうな、水が少しずつ漏るんだ」
 いそがしげに手を動かしながらマルトーが答えました。

「ではいま、ソップはどうしているんですか?」
「一回り小さい鍋で作ってるよ、鍋が小さいから2回に分けて作ってるな。一応新しい鍋の注文は出しているが、それくらい大きい鍋だと特注だからなあ。直ぐには出来ないだろうな」
 そう言いながらマルトーは小さくため息を付きました。 
 ソップを二回に分けで作る。コレは簡単なようで実に面倒なことなのです。ましてや忙しい厨房においてはなおさらです。
 これから大変になるであろう朝晩のソップ作りを考えるとマルトーはため息を付かずにいられません。

 そんなマルトーの様子をみたエンチラーダはこう言いました。
「何ならばご主人様に作ってもらいましょうか?」
「ご主人様って・・・あの…」
「ええ、テオ様でございます」

 その言葉にマルトーは悩みました。

 本来ならば良い話なのでしょう。
 いえ、数日かかると思われた鍋の修理が直ぐに終わると考えるならば、それはとても良い話です。 
 土のスクウェアメイジが鍋を直してくれるなどそうそうあることではありません。
 
 しかし、マルトーはその話に直ぐに頷くことができませんでした。
 何故と言って、マルトーは貴族が嫌いでした。

 いつも偉そうで、見栄をはり、それでいて精神的に未熟。
 料理の味もわからないくせに文句だけは一人前。
 そんな貴族が嫌いでした。 

 そして「テオ」と言う人間は、そんなマルトーが嫌う貴族の見本のような男だったのです。

 傲慢。
 ワガママ。
 偉そう。
 尊大。

 少なくとも、はたから見る限りでは、テオはそのような人間にしか思えなかったのです。

 ワガママな性格などはゆるせないでもありません。
 なにせテオには足がありません。自分では歩くことができないので自分の力では出来ないことも多いでしょう。結果、他人に何かを求め、それがワガママな性格につながっているのでしょう。 
 しかし、だからといって、傲慢である必要も尊大である必要もありはしないのです。 
 マルトーはエンチラーダの主人に対しては、足が無いということに対する同情心も持ていましたが、同時に如何にもな貴族であるという嫌悪感ももっていたのです。

 そんないけ好かない貴族に借りをつくることが、なんとなくマルトーは嫌だったのです。

 そんなマルトーの表情を読み取ったのでしょう。
 エンチラーダはこう言いました。
「別に私が頼むことですので、誰も気負うことはありません。あくまで一人のメイドとその主人の間でするやり取りですので…」

 そこまで言われてはマルトーも断ることは出来ません。

「それならまあ頼むとするけれど、しかしその鍋持てるのか?」
「問題ありません、力には自信がございます」
「いやそうじゃなくて物理的に…」
 そう言ってマルトーはエンチラーダの腕を指さします。

 ソップ用の鍋はそれはそれは巨大で、エンチラーダの腕の長さでは鍋の半径に届きません。
 両肩と肘の関節を外しでもしない限りは、エンチラーダは鍋の両端の取っ手をつかむことができないのです。

 しかし、エンチラーダは冷静でした。

「まあ方法はなんとでもなります」
 そう言って、エンチラーダはマルトーの思いもしなかった方法で鍋を運ぶのでした。


◇◆◇◆


 いつも通りの一日でした。

 シエスタはいつも通り、朝起きて、いつも通りに朝の仕事をするのでした。
 いつものように廊下を箒でもって掃いていきます。
 ただ、一つだけ、いつもとは違う出来事がおこりました。

 廊下の角から、いつもならば絶対にあるはずのないものが現れたのです。



 鍋です。
 逆さになった鍋から足が生え、その足で廊下を歩く巨大な鍋でした。


「ナ…鍋が歩いている」
 シエスタはゴクリと唾を飲み込みました。

 確かに此処はトリステイン。
 様々な亜人や幻獣の跋扈する世界です。
 しかし、そんな世界に住むシエスタにしても、足の生えた鍋なんて奇っ怪な妖怪は見たことも聞いたこともありませんでした。

「アレは一体…もしや!」

 シエスタはかつて祖父に教えられたとある話を思い出しました。
 曰く、死してなほこの世に未練残せしは魑魅魍魎と成り果てる。それは命無き物もおなじであり、物をゾンザイに扱えばそれは悪霊となって動き出す。
 
「なんてことかしら。きっとだれかが鍋を手荒く扱ったから『鍋お化け』になってしまったのね」
「おや?その声はシエスタ女史?」
「あれ?この声はエンチラーダさ・・・」

 ふと聞こえた声。
 それは紛れも無いエンチラーダの声だったのですが、
 その聞こえてきた場所が問題でした。


 エンチラーダの声は鍋お化けの中から聞こえてきたのです。

「なんてこと!?
 エンチラーダさんが鍋お化けに…
 取り憑かれてしまっている!?」

「は?」
「大丈夫ですかエンチラーダさん、一体何をしたんです?鍋をゾンザイに扱ったんですか?それとも鍋に入れちゃいけないものでも入れたんですか?」
「…?あのう、言っている意味が分からないんですが?」
 そう言いながらエンチラーダはイソノファミリーの如く鍋から登場しました。

「あ!エンチラーダさん!」
「別に鍋に取り憑かれたわけでもありませんし、鍋に呪われたわけでもないです。ただ、鍋をかぶっているだけですよ」
「そ・・・そうだったのですか」
 シエスタはとても恥ずかしくなってしまいました。

 考えてみれば当然のことです。
 普通に考えて鍋に足が生えるなんてことはありえませんし、鍋に取り憑かれたり、呪われたりなんてあり得るはずが無いのです。

 しかし、鍋をかぶるなんて普通に考えたらそれもありえない状態です。
 シエスタが混乱したのも無理も無いのでしょう。 

「ええっと、その、気を悪くしたらスイマセン。けれど一応、言っといたほうがいいと思うんで、言っておきます」
 非常に言いにくそうにシエスタが言葉を続けます。

「何ですか?」
「そのファッションは流行らないと思…「ファッションではありませんよ?」」
「え?違ったんですか?いや、スイマセン、てっきり斬新なファッションなのかと」
「シエスタ女史、貴方は私を何だと思っているんですか?流石に私も鍋をかぶるのが最新トレンドだとは思っていません」
 そう言ってエンチラーダはため息を一つつきました。

 シエスタに、自分がそんな人間であると。鍋をかかぶるような出で立ちを、自ら好んでするような人間であると。そう認識されていると思うと、溜息をつかずには居られませんでした。

「そ、そうですよね。でも、だとすると何で鍋なんてかぶって歩いていたんですか?宗教的理由ですか?」
「シエスタ女史、貴方は私を何だと思っているんですか?単に鍋を運ぶのに持ちにくいからかぶって歩いていただけです」
「あ、ああ、そうですよね?よかった、私てっきりエンチラーダさんが突然頭がおかしくなっちゃったんだと思った」
「シエスタ女史、正直なのは美徳ですが、本人の前ではある程度言葉を選ぶべきかと思います」
 
 エンチラーダはこのシエスタの思ったことを直ぐに口に出す性格が結構好きでしたが、それも時と場合によります。
 何時かシエスタはこの性格が災いして何やらトラブルに巻き込まれないかと、エンチラーダは心配になりました。
 
「とはいえシエスタ女史、いいところで会いました。実は手伝って欲しいのです」
「手伝うって?鍋を持つのですか?」
「いえ、鍋は別に普通に持てますので、問題ないのです。問題なのは鍋をかぶると、前が全く見えなくなることなのです」
「ああ」
「じつは、此処に来るまででもう何回も壁にぶつかっておりまして、正直、教会の鐘になったような気分なのです」
「それは不便ですねえ、わかりました、テオ様のお部屋に行けばいいんですか?」
「はい、よろしくお願いいたします」
 そう言ってエンチラーダは再度ナベをかぶります。

 シエスタは、ナベの取っ手を握りながら彼女の進むべき方法に、誘導を開始します。

「ああ、エンチラーダさん気をつけて!そこには例のツボがありますから、割れたら大変なことになります」
「ああ、貴方が昨日割ってしまったやつですか」
「ええ、まだ糊が乾ききっていないからちょいとした衝撃で割れます」

 そんなことをいいながら二人は騒がしくテオの部屋へと向かうのでした。




◇◆◇◆


 いつも通りの一日でした。

 テオはいつも通り、朝起きて、いつも通りに朝食ををするのでした。
 そしてその後、いつも通り、趣味の占いなんぞを一人で行いながら昼前のアンニュイな時間を過ごしておりました。
 ただ、一つだけ、いつもとは違う部分がありました。

 部屋に来客があったのです。
 
 はじめはエンチラーダが来たのかと思っていましたが、何やら扉の向こうからは聞きなれない人間の声が聞こえます。
 テオが何事かと思い扉を開けると、そこには。


 鍋が居ました。


「ナ…鍋が立っている」
 テオはゴクリと唾を飲み込みました。
 流石のテオも、まさか扉を開けて鍋が現れるとは思っていませんから、コレにはビックリです。

「だ…大丈夫ですか?到着しましたよ?」
 そしてその鍋の隣では何やら黒い髪をしたメイドが、鍋にささやいています。
 
「て…手下を連れている」
 丁寧に鍋に付き従うメイド。
 さては相当に地位の高い鍋なのかとテオが思った所で、鍋の中から声が聞こえました。

「ご主人さまこのような姿で失礼致します」
「そ…その声はエンチラーダか?ど…どうしたんだ?その体。まさか何か質の悪い呪い…」
「厨房から鍋を持ってきたのですが、持ちにくいものですからかぶって来ました」

 そう言ってエンチラーダは白猫の如く鍋を持ち上げてその本来の姿を表しました。
「し…知ってたよ?中にエンチラーダが入っているって?鍋はかぶっているだけって吾は知っていたからな?」
「?ええもちろんですとも?」

「で…どうした、新しい健康法か?」
「いえ、実はこの鍋、何処かに見えないヒビがあるようで、壊れているのです。そこで、ご主人様、この鍋を直してください」

 そのエンチラーダの言葉に、驚いたのは誰あろう、その隣にいたシエスタでした。
 シエスタは、エンチラーダが鍋を運ぶ理由はテオの錬金の材料にでもするのだと思っていたのです。

「それを吾が直すのか?」
「はい」
 冷静にエンチラーダはそう言いましたが、その横でシエスタは震えていました。

 貴族に対して開口一番鍋をなおせなんて、たとえエンチラーダが長年テオに使えているとしても、あり得ないほどに失礼なことでした。

 そして、エンチラーダのその言葉に、テオは如何にも不機嫌そうに眉をしかめます。
 そのイラただしげな様子にシエスタは怯えずには居られませんでした。

「馬鹿なことを言うな」
「…」
「ひいっ」
「我が身の日々の食事をつくる道具であるぞ!そんなボロくさい鍋で無く、新しくて良いものを作らねばなるまい」

 そう言ってテオは腕をまくり上げ、杖を手にしました。
 今にも錬金を開始しようとするテオに向かって、エンチラーダが話しかけます。

「ああそれと一つ」
「なんだ?」
 錬金を邪魔されて、テオは少し不機嫌そうに聞き返します。

「使いやすさを追求しますのでいつぞやのように無駄な彫刻はやめて下さいね」
「なにを言うか、何事にも芸術性は必要だぞ!かくなる上はグランギニョール劇のごとく、美しくも妖美な彫刻を周りに施し…」
「やめてくださいね」
「いやしかしだな普段使う物にも…美意識は」
「やめてくださいね」
「…………っち、まあいい。今日の午後までには用意しておく…あひるのスープをつくる鍋をな!」

 そう言ってテオはゲラゲラと笑いました。

 突然笑い出したテオに、シエスタはどう反応して良いのか解らず、そのまま固まってしまいました。
 如何せん今の言葉の中の何処に笑う要素があったのか微塵も理解が出来なかったのです。

 すると彼女の困惑を察したのか、エンチラーダはそっと彼女の手をとって、その部屋を後にしました。
 特に挨拶もなく二人は部屋を後にしましたが、テオは全く気にした様子もなく、鍋の錬金にとりかかるのでした。


 テオの部屋からの帰り、シエスタはあの場で思った幾つかの疑問をエンチラーダに投げかけました。


「あの、こう言っては失礼かもしれませんが、エンチラーダさんはテオ様との会話が、思ってたより何というか、ズケズケというか、フレンドリーというか…」
「気安い?」
「そう、気安く会話をされるんですね」
「ええ。そりゃあ気安いのですもの。」
「でも、ほら、テオ様は貴族様じゃないですか。何というか、失言とかで殺されちゃったりって、不安に成らないんですか?」

 シエスタのその言葉に、エンチラーダは小さく一回ため息を付きました。

「シエスタ女史、そもそも貴方は勘違いしています」
「勘違いですか?」

「私はあの方に仕えているから、ご主人様の言うことを聞いているわけでではないのですよ」
「え?」
「私は自らの意思であの方の言う事を聞いているのです。私があのかたの言うことを聞きたいと、自らお世話をさせていただきたいと、そう思ったから自ら仕えているのです。私が仕えているのは貴族のメイジではなく、テオ様という個人なのです。あの方はそれに価する方だと私は思っております」

「は、はあ」
 エンチラーダは相変わらず無表情でしたが、その声色には確固たる信念が込められていました。

「もし、いま貴方がご主人さまを指さして『やーいこの足なしー』と叫びながら挑発ダンスを踊ったとします」
「しない、しないです!私そんな事!」
「いえ、分かっています。例えばの話ですので。例えばそれを実行したとしても、あの方はきっとそれも笑ってゆるしてしまわれると思います」

「ええ?」
 シエスタは少し信じられないといった様子でした、
 なにせ、貴族を指さして馬鹿にするなど、この国ではそれ即ち死を意味するのですから。
 
「あの方は既に、たくさんの不敬を体に浴びています。足の無いあの方は、家族はもちろん、家中の使用人たちからも侮蔑の目を向けられています。むしろ裏でこそこそ言わず、面と向かって考えを告げる豪胆さを褒めさえするでしょう。あの方は、些細なことで怒るような矮小な人間では無いのです」
「そ…うなんですか」


「それでいて少し子どもっぽい所があるのも魅力的です。いつまでも少年の心を忘れず、それでいて大人の度量も持ち合わせているのです、その絶妙な性格のバランスは一種の奇跡とも言えます」

「はあ」

「些細なことで子供のようにハシャギ、下らないことで子供のように拗ねる。それでいて、細かいことにはこだわらず、寛大な心を持ち合わせる。常に好奇心を持ち、そして小さな幸せを常に見つける。そのご主人様の魅力たるや、筆舌に尽くしがたく、あの方のそばに居るだけで私はそれはそれは幸せなのです」

「えっと…」

「あのお方の存在は言わば神が私に与えた私の運命なのです、あのお方こそが本来あるべき貴族の姿であり、あのお方こそが私を導く唯一にして絶対の…」

「あのエンチラーダさん、私…」

「さらには!」
  そう言ってエンチラーダはがしりとシエスタの肩をつかみます。

「あのお方の素晴らしさはそれだけではないのです。この際です、シエスタ女史、あのお方の素晴らしさについてトコトン話しあいましょう」

「ええぇっ…」
 シエスタは正直今直ぐにでも走って逃げたいと思いましたが、がっしり攫むエンチラーダの手がそれを許しません。


 結局シエスタはその後テオの錬金が終わるまで、エンチラーダのテオ自慢を聞くはめになるのでした。


◇◆◇◆


 テオが錬金を終えたのは昼を少しばかり過ぎた頃でした。


 エンチラーダと、疲れきったシエスタが彼の部屋を訪れると、テオはとても良い笑顔でそれを迎えました。

「フハハどうだ。吾にかかればこんな物、アヒルのスープを作るより余裕だ」

 そう言って彼が指さした先には、それはそれは美しく輝く大鍋がありました。

「凄い!まるで銀のように輝いています」
「…ように?」

「こんなピッカピッカの鉄鍋、今まで見たことがアリマセン!」
「…」
 シエスタは心からの賞賛をテオに向けました。

 しかしテオの表情は曇っていました。
 不機嫌と言うほどでは無いにしろ、なにやら複雑めいた…まるでアップルパイだと思ってかじったらそれがミートパイだったときのような、複雑で影のある表情だったのです。

 シエスタは、何故テオがそんな表情をするのか不思議でしたが、それでも怒っているわけでは無いようなので、特にそれ以上は気にしませんでした。

 



さて。

 テオの作った大鍋ですが、コレがコックたちに大評判でした。

 なにせその大鍋ときたら、それはもうピカピカで見栄えが良かったし。
 それに使い勝手もとても良いものでした。

 なんといっても、その鍋は他のどの大鍋よりも早くお湯が沸くのです。

 忙しい厨房で、速く煮える鍋はとても有り難いものでした。
 きっとテオが凄い魔法をかけてくれたのだと厨房の中で大評判です。

 おかげで厨房のコックたちやメイドたちは一様にテオの評価を上げるのでした。




 しかし、それほどの評価を得ながらも、テオの反応はあまりよくはありませんでした。

 コックやメイドがお礼をテオに言う際にあの鍋の出来を褒めるのですが、それを聞くたびにテオははにかんだような複雑な笑顔を向けるのです。
 誰もがその反応を不思議に思いましたが、おそらく褒められて恥ずかしいのだろうと思い、左程気にはしませんでした。

 マルトーなどは流石にコレほどのものをタダでもらうわけにはいかないと、代金を払おうとしましたが、テオは頑としてそれを受け取ろうとしませんでした。

 代金がダメなら、せめて料理でとマルトーはテオの好きなものをと。テオの好物は何かをエンチラーダに尋ねると…

「それなら良いものがあります」
 と、エンチラーダはある料理を提案するのでした。

「そんなもので良いのか?」
「ええ、むしろご主人様はそれを食べたがっておりました」

「しかしアレだね、これだけの鍋作って、お礼がそれだけってのが奥ゆかしいじゃあねえか」
「ああ見えてあの方は欲のない方ですから」
「それだ。これだけのものを作って自慢の一つもしやがらねえ、普段の行動からして傲慢なやつかと思ったが、そうでもなかったんだなあ」

「ええ、あの人は今一歩のところで傲慢になりきれないお方なのですよ」



◇◆◇◆



「あひるのスープです」
 そう言ってエンチラーダがテオの前に皿を出します。


「そうか…」 
 テオは一言そう答えて、無表情にそのスープをすすります。

「少しショックを受けていますね」
「五月蝿い」
 不機嫌そうにテオが答えます。

 しかしエンチラーダの言葉は止まりません。囁くようにしてテオの耳元で言葉をつづけます。
「せっかく銀の鍋を作ったのに鉄の鍋と勘違いされたのが、なんだか気に入らないんですね?」


 銀。
 それは金に次いで貴重で高価な金属です。

 錬金においてはその金属の価値が上がる程に難易度が上がると言われています。
 例えば金を錬金するには相当の才能と実力が必要で、それこそスクウェアのメイジがありったけの精神力を込めてやっと少しばかり錬金できる程度なのです。
 勿論、銀は金に比べれば容易に錬金することができますが、それはあくまで金に比べたらです。

 シエスタ初め、コックとメイドがアノ鍋を鉄鍋と勘違いしたもの無理はありません。
 
 大鍋が作れるほどの銀。
 普通のメイジならば、いえ、たとえ有能なメイジであっても。
 それ程の量の銀を錬金するなんてことは無理なのです。
 銀で大鍋を作るなんて、それだけで褒め称えられてしかるべきです。
 しかし、テオは鍋の材質が銀であると明かすことはありませんでした。

 なぜなら…
 

「でも今更銀の鍋だといえば、なんだか自慢しているみたいで恥ずかしいんでしょう?」


 そうです、鉄鍋だと思われている鍋を、銀であると訂正すれば、それは自分を褒めろと遠まわしに言っているようなものです。
 褒めることを強要することほど情けないことはありません。

 他の貴族はどうか知りませんが、少なくともテオはそんなことをしたくはありませんでした。

「そういう、あと一歩で傲慢になりきれないところ。私は好きですよ」
「五月蝿い」

 そう言ってテオはスープを飲み干すと、食器をトレーに置いて、サッサとそれをもって部屋から出ていくようにエンチラーダに手で合図をしました。
 その子供のような行動はむしろエンチラーダにとって微笑ましいものでした。

  


「失礼します主人様」
 と言ってそのまま部屋から出ていくのでした…


 …その顔に笑顔を浮かべながら。



 子供のようなテオの行動と、それを微笑ましく受け止めるエンチラーダ。




 それはいつも通りの二人の光景でした。






◆◆◆用語解説(含プロローグ)

・エンチラーダ(エンチラダ)
 トウモロコシのトルティーヤを巻いてフィリングを詰め、唐辛子のソースをかけた料理、北米及び中米、南米に到るまで幅広い地域で食されている。
 こんな名前を付けた理由は丁度話を考えていたときに食べていたMREの中にコレが入っていたから。

・モルグ
 死体置き場のこと。
 
・サーブ
 serve・料理を運んだり、配ったり、取り分けたり、切り分けたりすること。
 間違っても「球技で攻撃側から最初の球を打ち込む」ことではない。

・テオフラストゥス・フィリップス・アウレオールス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイム
 中二病患者及び経験者にはおなじみ、錬金術師パラケルススの本名。
 この名前を付けた理由はなんとなく土のメイジだから錬金、錬金といえばパラケルススと言った、連想ゲームから。

・パラケルスス
 フラスコに馬糞と精子を入れたり、妖精と戯れたりした…………今で言う変態?

・ソップ
 スープのこと。

・死してなほこの世に未練残せしは魑魅魍魎と成り果てる
 その悪しき血を清めるが陰陽の道
 悪霊退散!悪霊退散!

・鍋お化け
 地方妖怪鍋お化け。
 酷い扱われ方をした鍋が妖怪になり果てたもの。
 美味しい食事を、ドブ川に流れるハンペンみたいな味に変えてしまう。
 逆にマズイ料理をカニカマボコの味に変えてくれるらしい。
 
・斬新なファッション
 まだまだ寒さが残る今日この頃、やっぱり気になるのは鍋スタイル!鈍い光沢が貴方を大人っぽく輝かせます!ぜひエンチラーダの着こなしを参考にしてみてね☆

・吾
 「われ」もしくは「あ」と読む一人称の人代名詞。

・グランギニョール劇
 ホラー&スプラッタな劇のこと。

・銀
 錆びにくく、熱伝導率が金属の中では最高レベル。
 富の象徴でもあり、金持ちのことを銀のスプーンを咥えて生まれるともいう。

・アヒルのスープ
 一部の国で使われる「簡単である」という意味の慣用句
 テオはジョークとしてこの言葉を使ったが残念ながらシエスタには理解してもらえなかった。
 が、或いはそのほうが良かったのかもしれない。
 なにせ日本語的な意味に直すと以下のようなかんじになる。
「では吾が茶碗をつくろう。なあにコレくらい、お茶の子さいさいだ…………茶碗だけにね!」



[34559] 2テオとキュルケ
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2012/08/13 02:03

 少年少女。
 それも、大人になることを間近にした、モラトリアムな少年少女。

 そのほとんどが夢中になるものがあります。


 それは恋です。

 それは貴族も平民も変わりありません。
 魔法学院は、恋の話題であふれています。

 やれ、誰が付き合った、誰が好きだ、誰かが誰をふった、誰と誰が別れた。
 色々な噂や、事実が飛び交うのです。

 どんなに恋愛に縁遠い人でも、いやむしろ、恋愛に縁遠い人程そういった噂の中心になりやすかったりするのです。
 あの男嫌いの誰々がとうとう誰それと付き合ったとか、あの女に縁がなかった誰々に遂に恋人が出来たとか。
 古今東西意外性のある話題は注目の的なのです。

 しかしそんな中、テオに関する恋愛の話題だけは上がることはありません。


 なぜならテオには足が無いからです。
 ここ、ハルケギニアにおいて、身体的欠損は、大きな欠点として認識されます。

 それこそ、恋愛対象から真っ先に除外されるほどです。
 恋愛に関する噂や話題に、彼の名前が上がるという発想すら誰ももたなかったのです。

  

 しかし、魔法学院の生徒の中で、そんな彼に注目する女性が一人だけ居ました。

 キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。
 美貌とプロポーションにより数々の男を魅了していますが、熱し易く冷め易い性格のため誰とも長続きはしない女性です。

 彼女は魔法も座学も学園で一番の彼にたいして、結構な興味を持ち、そして彼に近づこうと思ったのです。

 とはいえ、別にキュルケはテオに恋をしたと言うわけではありません。
 というより。彼女は今までどんな男に対しても本気になったことはありませんでした。
 
 いつもからかい半分に男を誘惑しては、つかの間の情熱を楽しむだけなのです。
 
 ですから。
 それもカラカイのつもりでした。
 足が無いくせに偉そうなテオを少しばかり誘惑してやろうと思ったのです。

 テオがどんな反応をして、どんな行動を取るのか。
 それを楽しもうと思ったのでした。


◇◆◇◆


 その日、テオは庭の隅で錬金をしていました。

 錬金には材料が必要です。
 勿論それは空気や水でも良いのですが、出来ることならば錬金する対象に近い素材である方が容易に錬金ができるのです。
 ですので、テオは錬金をする際は庭に出て、そこらへんの土を使って錬金を行います。
  
「ええっと次は…はあ?タイタン銀のチェスセット?チェス盤使って人殺しでもするのか?」
「さあ、向こうの希望ですので私にはなんとも…」
「まあいい、ええと、鉄から4を引き、2,8,14,2を2,8,10,2」

 ブツブツと何やらこむずかしいことを言いながらテオは土塊を金属のチェスの駒に変えていきます。

 普段であれば、それは特に誰も気にすることの無い光景でした。
 テオが庭で何やら錬金をするのはいつものことでしたし、そもそも、庭と言ってもかなり端の人目に付きにくい場所です。

 しかし、その日は少しばかり違いました。

 テオに話しかける人間がいたのです。 
「ハアイ、テオ。ちょうしはどうかしら?」

 陽気な声でキュルケがそう挨拶をしたのです。

 そして。
 その、挨拶に対してテオはこう答えました。
「…誰だお前は!」

 突然の挨拶に、テオは驚いたらしく、少しばかり声を荒げてしまいました。
 エンチラーダはテオをなだめるように言いました。
「ご主人様、同じクラスのキュルケ様でございます」

「…きゅう、りゅう、けえ?」
「ええ、キュ・ル・ケ様です。同じクラスですよ?覚えてないんですか?」
「吾、あまり他人に興味を持たない質だからなあ」

 そのテオとエンチラーダのやりとりは少なからずキュルケのプライドを傷つけました。

 彼女は自分が注目されていると言う自負があります。
 男たちの視線を集め、男子生徒はすべからく自分を知っていると、そう思っていたのです。
 
 ところが目の前の男は、同じクラスであるにもかかわらず、自分のことを知らないのです。

「ふむ、まあ、いいか、はじめましてキュルケ君」
「え…ええ、別に初めてではないんだけれども、というか、本当に私のこと知らないの?」
「???」
 キュルケの事にテオは首を捻ります。
 どうやら本当にキュルケのことを知らない様子でした。
  
「ま…まあいいわ、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ。キュルケって呼んで頂戴」
 そう言って彼女はにこやかに自己紹介をします。
 
 不愉快ではありましたが、キュルケは別にテオと言い争いをしに来たわけではありません。
 出来るだけフレンドリーな対応を心がけていました。

「ふむ、吾はテオフラストゥス・フィリップス・アウレオー…オール…ボン…ボンバ…ボンバヘッ…」
「テオフラストゥス・フィリップス・アウレオールス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイム様です」
「そう、それ!吾はそれだ。テオと呼んでくれたまへ」

 その返答にキュルケは呆れ返りました。
 テオは自分の名前を覚えていないのです。
 確かに長ったらしい名前です。一々言うのが面倒になるのもわかります。
 でもだからと言って、自分の名前を覚えないなんて、どう考えてもオカシイことでした。

 しかし、キュルケはそれを笑うこともナジルこともしません。
 今日の彼女の目的は、テオを笑うことではなく、テオを誘惑することだったのですから。

 ですので彼女はその顔に微笑を浮かべたまま話を続けるのでした。
「よろしくねテオ」
 キュルケはそう囁きます。

 それはまるで普通の挨拶のようでしたが、計算された動きでした。

 喋り方、見せる角度、仕草、表情。
 その全てに到るまで、計算された、男を誘惑する動きでした。

 そして大抵の男はただ会話のをしているうちに、キュルケに対して興味をもつのです。

 しかし、テオの反応はあまり良くはありませんでした。
「ふむ、して、今日は何の要件だ?」
 
 さも、当たり前のようにテオはそう答えます。
 キュルケの仕草に戸惑う様子も、好色な視線を向ける様子もありません。

 とはいえ、さすがのキュルケも、挨拶をしたその日のうちにテオを骨抜きに出来るとは思っていませんでした。


「あら、別に要件なんて無いわよ?それともクラスメートに挨拶することがそんなにいけないことかしら?…まあいいわ、次は私の名前覚えておいてね」

 そう言って、彼女はそのままそそくさとその場を後にしました。
 最初から図々しく話しかければ相手の印象が悪くなると思っていました。だから、あっさりと、少しつれない様子でその場を後にしたほうが、相手の印象に残りやすいことをキュルケは知っていたのです。

 少しずつ。

 少しずつテオを誘惑すれば良い。
 むしろ、難解な砦を崩すほうが、やりがいがあるとすら、キュルケは思っていました。


 そんなキュルケの思惑とは裏腹に、テオは突然現れて突然帰っていったキュルケに、戸惑い以外の何物も感じてはいませんでした。

「エンチラーダよ」
「はい」

「彼女…ええっと、キュルケだったか?キュルケとはどんな人間なのか知っているか?」

「ええ、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。身長は171サント、スリーサイズはB94/W63/H95。趣味はジグソーパズルで特技はハープ。「火」の系統の魔法を得意とする優秀なトライアングルメイジで、本国ゲルマニアのヴィンドボナ魔法学校でトラブルを起こし中退、実家からある老公爵と無理矢理結婚させられるのを嫌って、トリステインに留学したと記憶しております」

「エンチラーダ」
「はい」

「正直お前の記憶力に恐怖を感じるぞ」
「ありがとうございます」
「・・・」
 あんまりなエンチラーダの返答にさすがのテオも二の句が継げませんでした。 


「しかしご主人様、クラスメイトに興味を示すのは初めてでございますが、何か彼女に気になる点でも?」
「気になる点か…無いでも無い…」
 その言葉にエンチラーダは静かに動揺しました。
 テオが他人に対して興味を持つなど、学院に入学して依頼初めての事だったのです。

 しかしエンチラーダはその動揺を決してテオに悟らせないよう、必死に平静を装うのでした。

「…あの女、片目だけ頑なに隠しているが…アレは何だ、右目に何か秘密があるのか?」
「は?」

 長年テオに連れ添っているエンチラーダですが、この回答は予想外でした。
 確かにキュルケは片目を隠すような髪型をしています。
 しかし、その事にまさかココまで主人が興味を示すとは思っても見ませんでした。

「怪光線が出るとか、死の線が見えるとか…………………おやじが住み着いていたりしてるとか」
「は?」
「そしてそのオヤジは夜な夜な『おいキュルケ!』とか言いながら色々なアドヴァイスをキュルケに対してしているんじゃなかろうか!そしてこの学園を中心にトンデモナイ痛快活劇が繰り広げられ…………」
「ご主人様!落ち着いてください!」
 そう言ってエンチラーダはテオの肩をがしりとつかみます。
 
「すまん吾としたことが取り乱した」
「キュルケ女史のあの片目を隠すのは若いうちに有りがちな残念ファッションだと思われます」
「残念ファッションって…若いうちはカッコイイと思ってやっていたけれど、大人になってから思い出すとおもいっきり恥ずかしいというアレか?」
「ええ、キュルケ女史はおそらく片目を隠すことでモテと考えているようです」
「な…なんて残念なセンスなんだ」
「きっと大人になったときにとても後悔すると思われます」
「それは…あえて触れないほうが良いのか?」
「はい、若気の至りというのは、優しい気持ちで見守ってあげるのがマナーです」
「そうか、温かい目で見守ってやらなくてはな」
「ええ」

 そして二人はキュルケの帰っていった方向に目を向けます。


 温かい。慈しむような視線で。


◇◆◇◆

 

 次の日。

「ハアイ、テオ。今日はいい天気ね」
 この日も昨日のようにキュルケはテオに挨拶をしました。
 勿論、昨日同様に挑発的な服装で、悩ましげな動きをしながらです。
 
 テオはその挨拶に対して。 
「やあキュルケ君、良い朝だねえ」
 そう答えました。

 しかし、その返答に。 
 キュルケは戸惑いました。

 それは今までに見たことのない反応だったのです。

 たしかに、普通の挨拶です。
 しかし、大抵の男は、その普通の挨拶の中にも、それなりの下心が見え隠れします。

 特に視線。

 キュルケと会話する時。男の視線には好意や下心や或いはそれを悟らせまいとしてかえって不自然になるような、色めき立った何かが込められていました。
 しかし目の前に居るテオの目線は好意とか、好色とかそういったものは含まれていませんでした。

 かといって、昨日のような無関心のそれとも違いました。

 その視線はなにやら慈しむような。そんな視線だったのです。

 
 それもそのはず。

 テオはキュルケの挑発的な服装も、悩ましげな動きにも、さして興味は示しませんでした。
 むしろ滑稽にすら思えたのです。

 片目を隠し、胸を強調、足強調、彼女のモテに対する飽くなき努力、全身で「モテタイねん」と言っているようで。 
 テオに取ってはその必死さが滑稽で滑稽で、笑わないようにするので精一杯でした。

 そんなテオの心内を知らないキュルケですが、彼の視線に特に嫌悪感も不快感も無いことはなんとなくわかりました。
 
 彼が自分に対してさしたる興味を持っていないことは残念ですが、それでもそういった男を振り向かせるのも恋の醍醐味であると思うキュルケは。
 彼の意識を少しばかり自分に向けさせる手段に出ます。

 即ち、男の注意を自分に向けるための文句を囁くのでした。

 即座に相手に好意を伝えるのではなく。
 それとなく、相手に、もしかして脈があるのかもと思わせるセリフ。

 それを言うことで、自分に意識をもたせる第一歩が踏み出せる言葉。


「テオ、ちょっと聞いても良いかしら」
「なんだねキュルケ君」

 そしてキュルケはその顔をテオの直ぐ目の前まで持って行き、テオの耳元で囁くように必殺の一言を囁きます。

「あなた、情熱はご存知?」










 次の瞬間。








 テオは爆発しました。
 
「ブハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 それは壮絶な笑い声でした。
 テオの人生においてそんなに声を荒らげて笑ったのは初めてでしたし、
 キュルケの人生に置いてそんなに笑われたのも初めてでした。
 

「!?!?」
「ハハハ…クヒー、プヒー」
「ご主人様、さすがにそれは失礼です」
 あまりの笑い方にエンチラーダが注意をしますが、テオの笑いは止まりません。

「スマン、分かっていても、ブハ!ハハはハハハ!!ブハ!ゲハハハハ!」

 テオはもうおかしくておかしくてたまらなかったのです。
 なにせ、ただでさえ滑稽に異性を意識している女性の口から「あなた、情熱はご存知?」なんて、如何にも気障ったらしい言葉が出てきたのです。
 もし、彼が社交界に置いて幾らかの経験を積んでいたのならば、それらの格好も、行動も、然程変には感じなかったでしょう。
 なにせ貴族の世界というのは芝居がかった言葉や、如何にも極端な服装が持て囃されるのですから。
 
 しかしテオは普通の貴族ではありませんでした。
 
 社交界の経験が殆ど無いテオは男を誘う服装にも、芝居がかったセリフにも左程慣れていませんでした。
 
 如何にも出来の悪い芝居の真似をしているようで、もう、滑稽で仕方がなかったのです。
 

「あヒー、もうダメだ、もう許してくれアヒー」

 許してくれアヒーと言われても、むしろ許して欲しいのはキュルケの方でした。
 彼女はこの状況の異常さに置いてきぼりを食らっていました。
 
「申し訳ありませんツエルプトー様。ご主人様はなにやらツボに入ってしまいましたので、あまりお気になさらないでください」

「プスー、プスーお腹痛い」
「はいはい、では一旦お部屋戻りましょうねー」
 そう言ってエンチラーダはテオを自室まで運んでいくのでした。

 キュルケの人生において。
 こんなにも腹立たしい敗北は初めてのことでした。



 キュルケは戸惑いと困惑と怒りと屈辱の混じった視線を、
 テオが消えていった方向に向けるのでした。

 絶対に誘惑して見せると、その心内に闘志を燃やしながら。


◇◆◇◆


 次の日。

 キュルケが庭に来ると、そこにはテオしかいませんでした。
 それはそう珍しいことでもありませんでした。
 
 テオだって人間ですから、一人になりたい時も多いのでしょう。
 しばしばエンチラーダを連れずに行動しているところを目撃されています。

 まあ、どのような理由にせよ、テオが一人で居ることはキュルケにとって良いことでした。
 なにせ、邪魔者なしにテオを誘惑できるのです。

「やあキュルケ君、昨日は悪かったな」
「ええ、せっかく私が意を決して聞いてみたのに、笑うなんて酷いわ」

 拗ねたように、文句を言うキュルケ。
 勿論、その拗ねた言い回しと態度も男の気を引くための計算され尽くした仕草でしたが、テオはその仕草を全く気にした様子はありませんでした。

「そうだな、吾は酷い人間なのだ。自覚もある。そして。まどろっこしいことは嫌いだ、だから、単刀直入に聞こう。何が目的で吾に近づいた?」
「どうしたの?」

 突然のテオの言葉にキュルケは戸惑います。
 未だかつて、このような言い回しを向けられたことはキュルケにはありませんでした。

「生憎と吾は足なしだ。そんな人間に興味をもつという事がおかしい。まあ、なかには足が無いという事実に対して興味をもつものもいるが、君は違うようだからな、何か裏があるように思ったのだ。」
「何でそう思うの?ただ、挨拶をしただけじゃない」
「吾が名前を間違えた時に、顔色を変えなかった」
「?」
 それはことさら意味不明な言葉でした。

 テオが名前を間違えた時。確かにキュルケは顔色を変えないようにしていました。
 しかし、それがなぜ、キュルケに裏があるということになるのでしょう。

「君の身分が吾より低いならばわかる。そこで顔色を変えれば不敬に当たるからな。しかし君は違う。吾と同等。いや、足がある分、吾よりも自分が上だと思っている。そんな人間が、あの時に吾を馬鹿にもせずに笑顔を浮かべていた。つまりは吾に嫌われるべきでは無いと判断したのだろう。そういったたぐいの人間は、吾に何か願いがあって寄ってくる輩だ。何かを錬金してほしい、水の秘薬を作って欲しい、金を貸してほしい、何かを教えてほしい。まあ、なんか目的がある。まあそれ自体は構わん。対価を支払うならば錬金くらいするさ。ただ、まどろっこしいのは勘弁だ。吾はそういうのが嫌いなので」

 なるほど、テオの言うことは最もでした。
 テオは足がなく馬鹿にされる質です、さらに、自分が名前を覚えていないという如何にも愚かしい行動を取れば、まず間違いなく相手はテオのことを馬鹿にするでしょう。
 もし、その素振りを見せないとすれば、それはテオに取り入ろうとする人間です。
 そして、テオに取り入ろうとすると言うことは、即ち、テオに対して何かを求めている人間と言うことです。

 ですが、別にキュルケはテオに取り入ろうとしていたわけではないので、そのテオの考察を否定します。

「あら、別に私は貴方になにか作って欲しいとか、お金を貸してほしいとか、何かを教えて欲しいとか思ったことはないわよ?」
「では、吾に何を求めているのだね」

「そうね…愛なんてどうかしら」

 キュルケのその言葉は、結構な衝撃をテオに与えたようでした。
 いつも余裕を持ってニヤニヤとした表情のテオの表情が、少し崩れたのです。
 
「それは、一種の冗談か、吾を馬鹿にする新しい手法か?」
「まさか、冗談で愛を語ることは無いわよ?」

 キュルケがそう答えるとテオは少しばかり、何かを考える素振りを見せ、そしてこう答えました。
「…君は良い女だそれは認めるさ、だがな、所詮は良い女でしか無いのだよ」
「?」
 キュルケはテオの言っている言葉の意味が全く理解できませんでした。

「言い方を変えてやろう…そこ居らの有象無象を引っ掛ける分には構わんが吾を誘惑するには実力不足だ小娘」

 吐き捨てるようにテオは言いました。 

 それは明確な否定、拒否でした。


 しかも、その理由が「実力不足」


 これ以上無いほどにキュルケのプライドを傷つける言葉だったのです。

 衝撃を受け、混乱するキュルケに対し、テオはさらに言葉を続けます。

「そもそも、だ。何も知らない小娘が愛を語るな」
 キュルケはテオのその言葉にムッとして何か言い返そうとテオの方を見て、

 そして驚きました。




 テオの表情が怒りに溢れていたのです。


 それはテオが稀に見せる不機嫌そうな表情ではありません。
 明確な嫌悪感を出した、怒りの表情だったのです。
 

「愛だ?愛とは何か知りもしないくせに。愛を知らず、愛を理解せず、そんな幻想をよくも語れるものだ」

 そう言ってテオはその場から音もなく部屋へと戻って行きました。


 残されたキュルケはテオの不可解な反応に混乱するばかりで、
 しばらくの間。その場から動くことが出来ずに居るのでした。


◇◆◇◆

 次の日。

 その日、キュルケの前にはテオは現れませんでした。
 しかし、そのかわり、エンチラーダが一人で彼女の前に姿を表しました。


 そしてエンチラーダはキュルケを見つけると、その頭を下げこう言いました。
「昨日はご主人様がご迷惑をおかけしたようで申し訳ございませんでした」
「別に怒ってないわよ、それに、別に貴方が謝る必要も無いでしょう?」
「いえ、必要ならばございます。私は、あなた様がああしてご主人様と一緒にいることに感謝をしているのです。差し出がましいことを言わせていただけるのならば、今後共ご主人様と仲良くしていただきたいと思っております」
「へえ、意外ね、貴方、私とテオがそういった関係になるのを嫌がると思ってたんだけど」
 キュルケはそう言いました。

 キュルケは今までに何度も恋を経験してきました。
 その際に色々な人間の視線を見てきました。

 ですので、キュルケはエンチラーダがテオに向ける視線が、タダのメイドが雇用者に対して向けるものでは無いことに気がついて居ました。

 ですからテオに近づく自分をエンチラーダは心の中では疎ましく感じていると思っていました。

 しかし、エンチラーダはそのキュルケの言葉に対して、数回首を横に振るとこう言いました。
「もし貴方がご主人様を篭絡出来るのならばそれはむしろ喜ばしいと思っております」
「貴方…嫉妬はしないの?」
「しませんよ。別に私はあのお方の恋人ではありません。そもそも私は、ご主人様に愛される事はありませんので」
「それは身分が原因かしら?」

 身分。それはこの世界ではある意味で絶対の物です。
 身分が違うとということはそれだけで種別が違うとされることすらあるのです。
 犬が猫に恋をしないように。平民に対して全く恋愛感情を抱かない貴族と言うのも、別に珍しいものではありません。
 キュルケはもしかしたら、テオもそのたぐいの人間ではないかと思ったのです。

「いいえ?それが全くないとは言いませんが、それとは別な理由が原因です」

 そう言ってエンチラーダは小さくため息をつきます。
 その顔はいつもと変わらず無表情でしたが、何処か悲しげにも見えました。

「ご主人様は人を愛さない方です」
「?確かに偏屈だけど…それは言いすぎじゃないの?それに、貴方とは結構仲が良さ気だけど?」

「ええ、好意は得られていると自負しています。しかし、あのお方は決して私を愛することはありません。というか、何者も愛しはしないのです」

「愛さない?」

 それは、太陽が西から昇るというに等しいことでした。

 愛なくして人は生きていけない。
 キュルケはそう考えていました。
 誰も愛せないなんて、そは足が無い以上に人間として欠落して居ます。

 いえ、それはもはや人間とは言えません。
 どんなに偏屈な人間でも、愛され、愛することはせずに居られないことなはずです。

 しかし、エンチラーダは嘘偽りを言っているわけではありませんでした。

「何故ならば、誰一人としてあのお方に愛を捧げることはできませんでした、実の親も、兄弟も、メイドも使用人も。ですからあの方は今までに一度だって愛を得られなかったのです」

 それは、とても悲しいことでしたが、不思議なことではありませんでした。

 なぜなら身体障害は、身体を負っている当人やその先祖が罪を犯した結果であると考えられていたからです
 私たちの世界では同情の対象となる身体障害者もトリステインでは同情されるどころか、からかいの的でしかないのです。

 足が無いテオは、それだけで家名を落とす者です。

 家族やそれに連なる者が彼に対して悪い感情を抱いたとしても不思議ではないのです。

「あの方は何かを好きになることはあります。しかし、それが愛になることはないのです。自分を愛さないこの世界をあのお方が愛することはないのです。しかし、その一方で、あのお方は誰よりも愛を欲していらっしゃいます。誰かに愛されたいと思い続けています。そして、誰かを愛したいと思っているのです」

「私ならば彼に愛を与えられると、そういうこと?」
「いえ、たとえ貴方でなくても、それこそココの他のメイドや平民、貴族、蛮族、亜人、誰でも構いません。あのお方を愛し、愛される存在が現れればそれ程に喜ばしいことはありません。」

「へえ」
 それは一種の挑発でした。

 出来るものならば自分の主人を篭絡してみせろ。

 エンチラーダはそう言っているのです。

「ただ、あの方を愛するというのならば覚悟をしてください」
「覚悟?」

「覚悟のない愛は、あなた自身を不幸にしますので。」

 之が、他の女であればその言葉を鼻で笑っていたでしょう。

 覚悟。
 そんなもの、どんな時でも持っているつもりでした。

 そのために自分を磨き、自分に向けられる悪評も悪意も障害も全てねじ伏せる力と技術を身につけてきたのです。

 自分は愛の為に生きている。
 即ち、愛の為に命をかけるほどの覚悟が自分にはあるのだと、そう思っていました。




 しかしエンチラーダの言葉には今まで聞いたどの言葉にもない、どす黒い信念のような物が渦巻いているのをキュルケは感じ取ってしまいました。

 エンチラーダの忠告は、嫉妬ではなく、ほんとうに心のそこからそう思っている事実からくるものでした。


  「何も知らない小娘が愛を語るな」
 その言葉がキュルケの頭の中で反芻されました。



 そしてその時になって初めてキュルケは理解したのです。

 何故、テオがあんなにも憎々しげに自分を見たのか。
 あんなにも不愉快そうに『愛』という言葉を言ったのか。


 愛を無くし、
 愛に絶望し、
 愛を忘れた彼に取って。

 軽い気持ちで語られる恋愛論が、如何に愚かしく腹立たしいものであったのか。
 キュルケには測り知ることが出来ませんでした。


 そして、自分がテオに対して抱いていた、からかい半分の愛が。



 如何にテオに取って残酷なものであるのかを。



◇◆◇◆

 次の日の朝。

「はあい、テオ」
「おはよう、キュルケ君」
「おはよう御座いますキュルケ様」

 キュルケはテオに挨拶をしました。

 今までのように軽い挨拶でした。


 しかし、そこには一昨日までの悩ましげな動きも、官能的な口調もありはしませんでした。


 キュルケは自分自身が本当の愛を知らない事実に気がついたのです。
 少なくとも、彼に否定されないだけの本気の愛を、今まで自分の中で見つけたことがありませんでした。

 中途半端な気持ちでテオを誘惑したところで、テオにまた馬鹿にされるのは目に見えています。




 しかしキュルケはテオを諦めたわけではありません。



 からかい半分の、軽い気持ちの愛をやめただけなのです。

 改めてテオを誘惑してやると、彼を知り、彼を求め、彼に求められる。
 そのために必要なことは甘いささやきでも、悩ましげな動きでもでは無いと言うことに、彼女は気がついたのです。

 まず、彼を知ること。
 よく知りもしない人間に対して、愛を唱えること事態がそもそも間違いなのです。



 そして、まずは。

「オトモダチからで勘弁してあげる」
「は?」
「…」


 何を言っているのか理解出来ないといった様子のテオの隣で。

 キュルケは笑うのでした。 






◆◆◆用語解説

 
・タイタン銀
 タイタニウム、即ちチタンの事。
 硬くて腐食や金属疲労にも強い。
 確かにコレで作ったチェス盤ならば人を殺してもチェス盤には傷がつかないかもしれない。

・鉄から4を引き、2,8,14,2を2,8,10,2
 鉄の陽子を4つ減らし、電子を2,8,14,2から2,8,10,2にすると、あら不思議、チタンの出来上がり。
 同じ要領で水銀を金に変える事もできる。
 つまり陽子やら中性子やらの数を変えてやれば良いのだ。
 実はこれ、現代科学でも真面目に研究されていたりする。
 水銀にガンマ線を当てて、金を作ることは理論上可能らしい。
 ただ、それを作るコストは出来上がる金の価値を軽く凌駕しているらしいが。

・…オール…ボン…ボンバ…ボンバヘッ
 ボンバヘッ!
 今なお中毒者を出し続ける最強のヒップホップ。
 ボンバヘッ!(オトーサーン!)

・オヤジは夜な夜な
 普段は小さいカップのお湯に浸かっている、目玉の妖怪。
 キュルケの父親が体の溶けてしまう病気に掛かった末に目玉だけが残り、それが妖怪化したもの…という設定。

・残念ファッション
 中学生くらいから始まり成人してからも続く場合がある。
 基本的にモテると思って着た結果、空回りというパターンが多い。
 ペーズリー、バンダナ、レザーコート、ブーツ、下着チラ見せ、大きめのヘッドフォン、シルバーアクセサリー、背伸びしたスマートフォン、鍋をかぶる等、条件は多岐に存在する。
 まあ中二病の延長にある服装だと思えばわかりやすい。
 普通に考えたら片目を隠すファッションとか、もう凄い中二病である。

・音もなく部屋へと
 テオは魔法が使えるので車椅子ごとフライやレビテーションで移動している。実は魔法のおかげでかなり自由に動け回れたりする。

・誰も愛さない
 愛ゆえに人は苦しまねばならぬ!!
 愛ゆえに人は悲しまねばならぬ!!
 愛ゆえに…こんなに苦しいのなら悲しいのなら…愛などいらぬ!!
 おれはその時から愛をすてた!
 帝王に愛などいらぬ!!はむかう者には死あるのみ!!
 …たぶんテオは今こんな感じ。ピラミッドを作り出さないだけまだマシか。



[34559]  おまけ テオとタバサと占い
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2012/08/13 23:20


 魔法学院にはタバサという少女が居ました。

 キュルケの友人でしたが、その性格はまるで正反対。
 明るく活発なキュルケとは対照的に、寡黙で常に孤独に行動する少女でした。

 キュルケ以外の人間とは話すことすら稀で、というのも彼女は基本的に一部の人間以外の他者に対して、さしたる興味を持たないのです。


 そんなタバサですが、テオに対してはそれなりの興味を持っていました。
 
 良くも悪くもテオは目立つのです。
 その身体的特徴によって目立つというのも有るのですが、タバサが興味を示したのはテオの魔法の才能と座学の知識でした。
 
 タバサは優秀な生徒です。
 学院でも数少ないトライアングルメイジで、座学の成績も悪いわけではありません。
 
 しかしタバサは現状に全く満足をしていません。
 彼女にはもっと実力が、知識が、能力が必要でした。
 
 何故ならばタバサには目的がありました。
 
 それは毒で心を狂う病気にされ、軟禁された母親を助けること。
 そう、とある事情からタバサの母親はオルレアン家の屋敷に閉じ込められているのです。

 しかもその状況を強いているのは自分の叔父でもあるジョゼフ1世。
 ガリア国王その人なのです。

 いかなる理由で彼がそのような行動をしたのか、タバサはその全貌を知っているわけではありません。政治的な理由も有るのでしょうがそれだけではなさそうです。
 兎にも角にも。タバサの敵は強大でした。


 そんな敵から母を救い出すためには知識と力が必要です。
 母親の毒を消し、病の呪縛から救い出す知識。
 そして囚われの身から解放する力。
 それも、未知の毒を解毒するほどの知識と、国王の追手を全てをねじ伏せる程の強大な力が。

 トライアングルメイジの天才的な才能を持ったタバサでしたが、それが出来る位置には未だ至っていませんでした。
 そんな理由で彼女は今以上の知識と戦闘能力を欲っしていましたが、なかなか思うようにはいきません。

 まず、知識。
 これは四六時中読書でもって、あらゆる知識を詰め込んでは居るのですが、いまだ母親の毒の正体すらつかめていません。
 
 そして力。
 トライアングルメイジになってから、どうにも実力が上がりにくくなってしまったのです。少しずつ技術の向上はみられるのですが、こんなペエスではいつまで経ってもスクエアのメイジにはなれそうにありません。

 本来ならば誰かに師事して教えを乞うのでしょうが、あいにくとタバサにはそれが出来ません。

 表立って誰かに弟子入りすれば、それは母を軟禁する相手に自分が実力を上げて何やらしようとしていると公言しているに等しいことなのです。

 ですから、タバサは学院の授業以上のことは自力でもって知り得なくてはいけないのですが、その授業に対して彼女は不満を持っていました。
 魔法学院の教師ときたら、役にも立たない平和的で温い魔法やら、知りたくもない国の歴史など、どうでも良いことばかりしか教えてくれないのです。

 生徒たちもドットの生徒たちが殆どで稀にラインがいる程度。
 このようなレベルの学院の授業の中で彼女が得られるものはさして多くはありませんでした。

 しかし、
 そんな中にテオが居ました。

 テオはさして自分と違わない年齢で有るのにすでにスクウェアのメイジでした。さらには知識も豊富で。全てにおいてタバサの一歩先に居る人間だったのです。

 如何にしてスクウェアになれたのか。
 如何にしてそれだけの知識を手に入れたのか。

 タバサはテオに対して結構な興味を持っていたのでした。
 
 タバサは出来ることならば彼女はテオと接触をしたいと思っていましたが、なかなかその機会はありませんでした。


 なにせテオはタバサの目から見ても傲慢で偉そうでワガママで気難しそうでした。
 そしてタバサは自分の性格が外交的ではないことを自覚していました。

 そんな自分が、彼に面と向かって話をすれば相手を怒らせ、その縁を自ら潰してしまうような気がしたのです。


 ですので、タバサはどのようにしたらテオと友好的に接触できるのかその機会を伺っていました。

 そしてある日。
 自身の数少ない友人。というか、学院において唯一の友人であるキュルケが、そのテオと仲よさ気だという事実を知るのでした。


◇◆◇◆

 
「はあい!テオ、貴方に会いたいという娘を連れてきたわよ~」
 そう言いながらキュルケはテオの部屋にタバサと共にズカズカと上がりこんできました。

 突然の訪問。それも部屋の主に許可も取らずに入室。
 
 淑女に有るまじき行動ではありますが、キュルケはマイペースに行動しますし、テオもその奔放な行動に対して嫌悪感は見せませんでした。
 エンチラーダもテオが不愉快そうでないのを感じ取ってその二人に特に文句は言いませんでした。

 テオとエンチラーダはただ当たり前のようにに二人を迎え入れ、そしてキュルケの隣にいる背の小さいタバサを見て、テオは開口一番こう言いました。





「君の子供か?」






「…ごめん、その言葉に悪気はないのはわかるけれど、さすがに殴るわよ?」
 どうしてキュルケが一児の母に見えましょう。
 あまりに失礼な言葉にキュルケの手はワナワナと震えますが、テオは不思議そうな顔をするばかりです。

「エンチラーダよ?なぜキュルケは怒っているんだ?」
「ご主人様、彼女は自分が子持ちであると思われたくない様です」
 エンチラーダがそう言うと、テオは納得したという様子で数回うなずきました。

「なるほど隠し子か?」
「友達よ!タバサって言うの!」

 タバサは目の前のやり取りに少し驚いていました。

 目の前でキュルケと話すテオは、何やら親しみやすい雰囲気を出していたのです。
 これは自分の彼に対する認識が間違っていたのか、それとも彼をそんな雰囲気に変えるキュルケが凄いのか、兎に角この雰囲気はタバサにとっても良いことでした

「タバサが、貴方に興味があるんだって、珍しいのよ?この子が何かに興味を持つなんて」
「ほう、まあ珍しがられることには定評のある吾である、好きなだけ見ていくが良い」
 そう言ってテオはペシペシと自分の膝をたたきました。
 どうやらテオはタバサが自分の足の部分に興味があると勘違いしたようでした。

 タバサは別にテオの足にはさして興味はありませんでしたが、せっかく好きなだけ見れば良いと言ってくれたのですから、遠慮なくテオを見ることにしました。
 果たしてどうしてこの男が自分以上の実力を手に入れられたのか、その秘密を探ろうと、彼の体を隅々迄観察します。

 そんなタバサとは対照的に、キュルケはマイペースに部屋中を観察し、面白そうな物を見つけると即口を開きました。

「ねえテーブルの上のこれ何?なんか小さい紙に文字を書き込んでるけれど」
 そう言ってキュルケはテーブルの上を指差します。
 そこには小さい紙がいくつも散らばっていて、テオはそれらに何やら書き込んでいたのです。

 実はタバサも、テオのその行動が気になっていました。
 もしかして、コレが彼の有能さの秘密なのかと、その紙面を読もうとした時、テオの口から予想外の言葉が聞こえたのです。
「占いだ」

「占い?貴方そんな事するの?」
 キュルケが驚いた声を上げます。
 確かにテオのイメージと占いはあまり結びつきません。

「まあちょっとした暇つぶしにな」
「ご主人様の占いは百発百中なのですよ」
 そう言って、なぜがエンチラーダが誇らしげに胸を張りました。

「へえ、じゃあちょっと占ってもらおうかしら」
 テオの占いにキュルケは興味津々です。
 大抵の女の子は占いに対して興味を持ち、そしてキュルケもその例外ではありませんでした。

「吾の占いは特殊でな。現在・未来のことを予め紙に書いてそれぞれの箱の中に入れて有る。後は箱に手を入れてそれを取り出せば、それが占いの結果なのだ」
 そう言いながらテオが腕を上げると、まるでその動きを予想していたかのようにエンチラーダが何処からとも無く2つの箱を出してきました。

「へえ、なかなか面白そうじゃない、じゃあまずは現在を占おうかしら、この箱でいいの?」
「うむ、的当に取ってみるが良い、怖いくらいに当たるぞ?」

「はい、じゃあタバサから」

 そう言ってキュルケはその箱をタバサの前に差し出します。
 正直タバサは占いというものに対してさしたる興味を持ってはいませんでした。
 しかしワザワザ勧められたものを断る程に嫌いというわけでもありませんでしたから、素直にキュルケの言葉に従います。

 タバサは箱に開けられた穴からその中に手を入れると、一枚の折りたたまれた紙片を取り出します。

 そしてタバサはその紙を広げ、中に書かれた文章を読み上げました。




( 今日も元気だご飯が旨い。 ○6点 )






「・・・あ、当ってる」

 その内容の通り、今日も美味しくご飯を食べたタバサは、慄きました。
 まさか占いがこんなにもピタリと当たるとは思いもしていなかったのです。
 
 しかしキュルケの反応は違いました
「ごめんなさい、私は動揺を隠しきれていないわ。それ占いなの?あと何?6点って?」


「なんだ。キュルケは文句があるのか?ならば貴様も占ってみろ、怖いくらいにあたってるぞ」

 そう言われたので、キュルケも一枚、箱の中から紙を取り出します。
 
  そしてその紙にはこう書かれていました。



 
( 靴がくさい  ●1点)




「…って!くさくないわあ!」
 あまりに酷い内容に、思わずキュルケは声を荒げます。

「ははは解っておる解っておる…衝撃的な事実は自分でも認めたく無い物だ」
「何一つ解ってない!違うからね!くさく無いから!タバサ!なぜ汚いものを見る目を私に!?だ、騙されちゃダメよ。そもそも、今日の運勢なんて当たり障りの無いことを書いておけば大抵当たるじゃない。顔を洗ったとか、食事をしたとか、そんな日常的なことを書けば当たるのは当然でしょう?それと、私の足は断固くさくないからね!こんな占い全くのデタラメよ!」

 そう言ってキュルケは占いのかかれた紙をビリビリと破りました。

「全くうたぐりぶかいなあ、キュルケ君は。そうまで言うのならば未来の箱の紙を引いてみろ。まだ起きていないことなので之はごまかしようがない。いかに吾が優れた占い師であるかをとくと味わえ」
 
 
 そう言ってテオは先程とは別の箱をズズズイっとキュルケの前に差し出しました。
 キュルケはその中の一枚をおもむろに取り出すと、それに書かれた文章を読み上げます。
 

( ハゲで人生が変わる ●2点 )


「……これ、私が将来的にハゲるってこと?ねえ、そういうこと?」
「未来というのは常に予想外の事態に陥るものなのだ」
「予想外すぎでしょこんなこと!どうして私がハゲなきゃいけないのよ!」
「髪の毛の栄枯盛衰はままならないものです、あと靴の臭い取りには銅貨が良いそうですよ?」

 そう言ってエンチラーダが一枚の銅貨をキュルケに差し出します。

「だからハゲないし!足もくさくない!それとタバサ!何で私の頭部を見つめるのよ!こんな占い全くのデタラメよ!」

 キュルケは大声で占いがデタラメだと主張しました。




 しかしタバサはそう思いませんでした。




 なぜならタバサは知っていたのです。
 
 
 
 
 
 キュルケの部屋の下駄箱の中から、どす黒い臭いがすることを。


 確かに当たり障りの無いことが書かれているだけかもしれません。
 しかし。少なくともタバサが朝美味しくご飯を食べたのも、キュルケの靴が臭かったのも事実です。  
  
 そして、更に言うのであれば、タバサにはキュルケが将来ハゲることに対する心当たりがありました。
  
 キュルケは毎日異常なまでに髪の毛を手入れするのです。 
 何度も櫛を入れ、洗い、更には水の秘薬を髪に使うことすらありました。
 アレだけ過剰に髪を弄れば、将来的にハゲるというのも十分にうなずける話です。

「ほれ、そこの青い髪の毛のチミっ子も引いてみろ」
 喚くキュルケを無視しながらテオはタバサの目の前に箱を差し出します。


 タバサはその箱の中から一枚の紙を引きます。 

 その紙を開く瞬間、タバサはゴクリとつばを飲み込みました。
 表情には現れませんでしたが、タバサはとても緊張していました。

 たかが占いです。
 キュルケの言うとおり、デタラメである可能性も十分に有ります。

 しかし。
 そこに書かれる未来が悪いものであれば。
 いえ、悪いもの程度であれば構いません。

 もし、もしもそこに絶望的な未来が書かれていたら。 
 自分は立ち直れないんじゃないか。



 そんな気持ちだったのです。


 その心中に不安を抱えながらタバサが紙を開くと、そこにはこう書かれていました。  




( 病気が治ってみんな幸せ ◎100点 )





「ホラ見なさい!タバサそもそも病気じゃないし!その占いいい加減にも程が   「信じる!」  …タバサ?」

 突然大きな声で叫ぶタバサにキュルケは驚きます。

「この占い、信じる!」
 そう言って彼女はその占いの紙をぎゅっと握りしめました。

「当たり前だ、百発百中のテオ占いであるぞ」
 そう言ってテオは笑います。
 それは占いが絶対に当たると信じて疑わない、自信の笑でした。

「ちょっと待ってよ、二人して盛り上がってるけど、私は信じないわよ、将来禿げるなんて!!」
「まあ、そういうな、吾は足が無いが何とか生きておる。毛がなくったって死ぬわけじゃあない」
「最近では質の良いカツラも出まわっておりますので、あまり気になさらないほうが」

「だから何でこの占いが当たってる方向で話が進むのよ!私の足はくさくないし、今後禿げることもあり得ないんだから!」
「そうは言うがこの部屋には今四人いて、その内の三人が吾の占いを信じておる。75%の信頼性であるぞ?なあ」

 そう言ってテオはタバサの方を見ます。

 タバサはすかさず答えます。
「信じる」


「キュルケの足は?」
「臭い」

「キュルケは将来?」
「ハゲる!」


 そのやりとりが、止めでした。




 キュルケの怒りは頂点に達し。

「オマエラ!」









 その日。
 
 

 
 テオの部屋から火柱が上がるのが、校庭から観測されたそうです。



◆◆◆◆用語解説 


・点取り占い
 伝説の占い。そもそもこれ占いじゃないだろ!という内容の文章と脱力系のイラストが描かれている御籤のような占い。
 そのあまりにも的はずれな内容に中毒者は多い。

・ 靴がくさい  ●1点
 点取り占いの基準として、点数の前に書いてある丸が黒丸か白丸かでその内容の善し悪しがわかる。
 基本的に良い内容ほど高得点で白丸が多い。逆に悪い内容ほど点数が低く黒丸が多い。ちなみに丸の種類は他にもあるが、テキスト的に表現できたのはこの二つの丸だけだった。
 それと。
 キュルケたんの足はくさくなんかないやい!
 という人は以下の文章を読んでいただきたい。

・靴が臭い
 ポイントは足では無く、靴が臭いということ。
 この世界の革鞣しがどのような技術によってなされていたかは不明だが、原始的なオイル鞣しやタンニン鞣しであることが予想される。
 そうなると、オイル鞣しの場合は現代社会よりも精製技術が荒いであろう油の独特の匂いがつくし、タンニン鞣しならば、タンニンの原料である木の実、オガクズなどが発酵した匂いがつくことが予想される。
 即ち、この世界の革靴にはすべからく独特の匂いが付いていて臭いのである。
 さらはしっかりと加工された靴ほどオイルや薬品が多く使われている。言うなれば高い靴程に臭い。
 お洒落さんのキュルケの靴箱はさぞどす黒い臭いがすることだろう。

・銅貨
 昔から靴の消臭には10円玉が効果的と言われている。
 銅には殺菌効果があるのだ。ちなみに銀貨や金貨でも良い。
 銀や金にも銅のように殺菌効果がある。単にコスト的な問題で銅が使いやすいというだけのこと。 
 ちなみに、あくまで殺菌効果であり、油や薬品の匂いが消えるわけでは無いので注意しよう。

・ハゲ
 この時のキュルケは最終的にコルベールとあんなことになるとは思いもしなかったのです。
 この占いは将来禿げるという意味ではなくハゲ(コルベール)によって人生が変わるということを暗示している。
  
・手入れのしすぎ
 ヤバイらしいよ、薬の使いすぎとか、手入れのし過ぎとか。
 適度なケアを心がけましょう。

・病気が治る ◎100点
 治るといいねお母さん。
 ちなみに本物の点取り占いは10点が最高点。100点なんて点数はない。



[34559] 3テオとエンチラーダと厨房
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2012/11/24 22:58
「流石にアヒルのスープじゃあのナベに吊り合わない!」
 厨房のコック長マルトーがある日エンチラーダにそう言いました。

「どうしたのですか?」
 突然そんなことを言われたのですから、顔には出しませんでしたがエンチラーダも流石に戸惑いました。

「今日まで使ってきて思ったんだが、アノ鍋は使いやすすぎるんだよ、錆ないし、直ぐ煮えるし、取っ手の位置とか、形とかが絶妙で使い勝手が良すぎるんだ、どう考えてもこの前の礼じゃあ釣り合っていない」
「別にご主人様は対価を求めてはおりませんよ」
「俺の気が済まないんだよ、無理矢理にでも何かを受け取ってもらいたいんだ、何だったらアイツは受け取ってくれるんだ?」

 それはマルトーの気質だったのでしょう。
 彼はとにかく、あの鍋に見合うお礼をテオにしたいと思ったのです。

 マルトーのその言葉に対して、エンチラーダはしばらく考えたあと、こう言いました。

「ではココにご主人様をご招待しましょう」

 その言葉に、厨房に居た全員が固まりました。
 彼女の言っていることが理解できなかったのです。
 
 貴族を厨房に招く。それはどう考えても失礼に当たることです。
 お礼どころか、完全に馬鹿にされていると思われるでしょう。
 
「それはさすがにまずいんじゃねえか?」
 マルトーが言いました。

「いいえ、むしろご主人様は口にはだしていませんが、こういった人が多く猥雑な場所が好きな方です」
「いやしかし…」
 マルトーが唸っていましたが、エンチラーダの行動は迅速でした。

「それでは今夜にでもご主人様をココに連れてきます、特にいつもと違うものを用意する必要はありません、せいぜい食事を一人分大目にして頂けたら結構です、では、私はご主人様にそれを伝えに行きますので」

 そう言って彼女はそそくさとその場を後にします。
 そのあまりにも迅速な動きに、マルトーは否定も反論もする事が出来ず、ただ、呆然とその場を後にしたエンチラーダの背中を見ることしか出来ませんでした。



◇◆◇◆


 そそくさと廊下を歩くエンチラーダのを見て彼女に声をかける物がおりました。
 シエスタです。

「エンチラーダさん、調度良かった、実はテオ様が前に食べたがっていたお菓子が手に入ったので持って行ってもらおうと厨房に行くところだったんです」
 そう言ってシエスタはお盆の上に乗ったお菓子と紅茶をエンチラーダに見せました。

「シエスタ女史。ふむ…よろしければ、一緒に参りませんか?私一人で行くより説得力が出ると思いますので」
「説得力?」
「ええ、じつは今日、厨房でご主人様にあのナベの『お礼』をしたいそうなのです。私一人がそれを伝えるよりは学院のメイドである貴方が一緒にいたほうがご主人様も気分が良いかと思いまして」
 エンチラーダの言葉にシエスタはなるほど納得しました。
 テオの部下であるエンチラーダが礼を言うよりは、学園側の人間であるシエスタがお礼を言ったほうがテオに対しても感謝の意をより表せるでしょう。

「なるほど、それはそうですね。わかりました、コレは私が運びます」
 そう言ってエンチラーダとシエスタはテオの部屋へと向かうのでした。



 二人はテオの部屋に入り。

 そしてエンチラーダは主人に向かって開口一番こう言いました。

「あのナベの礼に厨房の一同がご主人様を食事に招待をしたいそうです」
「はあ!?」
 エンチラーダの言葉に一番驚いてつい叫んでしまったのはシエスタでした。
 確かにテオに「お礼」とは聞いていましたが、その内容がまさかそんなことだとは思いもしなかったのです。
 食事に招待と言えば聞こえはいいですが、それは使用人の食事を食べさせると言っているわけで、お礼どころか完全な侮辱です。

 事実、テオはエンチラーダの言葉に対して不機嫌そうに顔を歪めます。
「つまり吾に使用人に混ざって飯を食えと行っているのか!」
「はい」
「ガクガクブルブルガクガクブルブル」
 シエスタはエンチラーダの後ろで震えっぱなしです。

「不敬にも過ぎるな」
 テオが一段と低い声で言いました

「はい」
「ひい」
 エンチラーダはその低い声に当然のように返事をし、
 一方シエスタはその声に怯えました。

「…で、何時行けば良いんだ?」
「今日の夕食など如何でしょう」

「そうか…」
 そう言うと、テオは椅子の背もたれに体重をのせ、フンっといらただしげに鼻を鳴らしました。


「ところで、本日のお菓子ですが…「いらん。茶だけ置いて帰れ」」
「かしこまりました」
 そう言ってエンチラーダはお茶だけをテーブルに置くとそのままシエスタと共に部屋を出ていきました。


「ダダダ、大丈夫なんですか!?ものすごく不機嫌そうでしたよ!?」
 部屋を出ると同時にシエスタはエンチラーダに聞きます。

「問題ありません」
「でもお菓子も要らないって!」
「大丈夫です、むしろ大丈夫です。」
「むしろって…」

 エンチラーダは気がついていました。
 テオが普段だったら絶対に食べるオヤツを今日に限って食べなかったこと。
 
 テオが怒っていたわけでも不機嫌なわけでもなく。
 今晩の夕食に備えて腹をすかせておこうとしていることに。

◇◆◇◆

 厨房はザワついていました。
 なにせ今日貴族が賄いを食べに来るのです。
 そんなこと、学園始まって以来の大事件です。

「やっぱりほら、貴族だから、料理もそれなりのものにしたほうがいいか?」
 不安そうにマルトーがエンチラーダに聞きました。

 さすがのマルトーも、特別な物を出すことを提案します。
 マルトーは確かに貴族嫌いでしたが、テオには鍋を直してもらった借があります。
 彼が嫌がる物を出せば、その借に報いる事にはなりません。

 しかしエンチラーダはそんなマルトーの提案を否定します。
「いえ、不要です。普段我々が食べているものと同じものを出してください」
「いや、しかしさすがにそれは…」
「中途半端な気遣いをあの方は嫌います。ココに招待するからにはココの流儀で持て成していただきたいのです」
「いいのか?いっちゃあ何だが、貴族のお坊ちゃんが喜ぶとはとても思えないぜ?」
 不安そうにマルトーが聞きますが、エンチラーダの答えは変わりません。
 
「あの方は誰よりも貴族ですが、同時に誰よりも貴族ではありませんので」
 エンチラーダはそう言いました。

 マルトーはその意味がよくわかりませんでしたが、兎に角、いつも通りの賄いを作るべきであるというエンチラーダの意見を尊重することにしました。




 そして 夕刻。
 貴族たちの夕食の時間も終わり、使用人たちが賄いを食べる時間です。
 今日のメニューはシチューでした。
 とはいっても、それは生徒たちに出した料理の材料のあまりで作った物です。
 シチュー用の食材を集めたわけでも無ければ、食材の良い部位を使ったわけでもありません。

 一般の家庭であれば確かに上等な部類の食事でしょうが、貴族からすればとても食べるようなものではないのです。

 厨房の皆は不安でした。
 さすがのテオも激怒するのではないかと。

 そこにエンチラーダに連れられて少し不機嫌そうに顔を歪めながらテオがやって来ました。
 
「ふん、吾がこんな下賎な者共と一緒に食事など…おい、今日のメニューは何だ」
「シチューでございます」
 そう言いながらエンチラーダはテオを食卓に座らせます。

「シチューだと?全く、良くもそんなものを吾にだそうと思ったものだ。せめて大盛りなんだろうな?あと人参は少なめで」
「心得ております…マルトー氏お願いできますか?」

「お…おう」
 そう言ってマルトーは言われたとおりシチューを大目に皿に盛ります。

「だいたい作りからして質素で粗野で…ほれ、一同何をしている、サッサと食卓につけ、コレではいつまで経っても吾が食べられんだろ」
「いや、流石に貴族様の前で俺達が飯を食うのは…」

 貴族と平民が一緒に食事をする。
 それは明らかな不敬です。
 本来平民は貴族の食事が終わった後に、別室で食事をするものなのです。

 しかし、テオはそれを許しませんでした。

「吾に毒見をさせる気か?」
 怒気を交えた声でそんなことを言われては、他の人間も食卓に付かないわけには行きません。

 一同恐る恐る食卓に付き、食事を開始ししようとします。

「こら待て、その席がまだあいてるだろ、席に皆ついてからだ。仲間はずれは宜しく無いぞ…ほれ、エンチラーダお前は吾の隣だ」
「かしこまりました」

「一同席についたな、では食べ始めよう」

 テオがそう言って夕食が始まります。
 しかし、そこにはいつもの食事風景のようなザワメキはありませんでした。
 まるで葬儀の時のように静まった、静かな夕食でした。
 
 みな、テオの機嫌を損ねないように、何も喋らず黙々と食事だけをするのでした。
 その場で唯一、テオだけが言葉を発していました。

「ああ、全く、所詮は平民用の食事だこののっぺりとした味が!」
「ふはは、粗野、粗野」
「ふむ、野菜の切れ端ではないか、貧相な部位を入れるものだ」
「この肉は内蔵だな、全く酷い材料だ歯ごたえがありすぎる」
「食事が足りない奴はいるか?いないな?シチューまだ鍋に残ってるのか?おかわりもらっちゃうぞ?もらっちゃうからな?アレだぞ、あとでお前だけ多く食べたとか言いっこなしだからな!エンチラーダ、頼む」

 それは口汚く、その場の一同もあまり良い気持ちはしませんでしたが、だれもそれに文句は言いませんでした。
 マルトーですら、コレが鍋の借を返すためだと思い、その言葉をただ黙って聞くだけでした。

 ただテオだけが喋りとおし、そして、彼は三杯のシチューを食べきるのでした。

 そして食事が終わるとテオは、気怠げにこう言いました。
「ふむ、まあこんなものか。まあこれが礼だと言うのならば、確かに受け取った。もともとアノ程度のナベに礼など不要なのだ」
「お帰りになられますか?」

 そう言いながらエンチラーダがテオの車椅子に手をかけようとすると、テオがそれを拒否しました。

「いらん、腹ごなしに一人で帰る、お前は後片付けでもしていろ」

 そう言ってテオはそのまま厨房から出て行きました。
 その姿を、厨房の一同は呆然と見送ることしか出来ませんでした。


「大丈夫なのか?アイツ無茶苦茶怒ってなかったか?」
 テオの姿が見えなくなると、マルトーが囁きました。
「まさか、あれほどに上機嫌なご主人様は久しく見ます」
「上機嫌?あれが?」

 その場の一同が驚きます。

「あのかたは小さなの頃からこういった状況を望んでいたのです」
「コレを?」
 流石に信じられないと言った様子でマルトーが聞き返します。

「そうですね、この際ですからあのお方の過去を少し語りましょう…」

 そう言ってエンチラーダはテオの過去を語り出します。

 その内容は兎に角テオに対する賛辞であふれていましたが、要約するとこのような話でした。


◇◆◇◆

 
 トリステインのある場所にホーエンハイムという貴族の領地がありました。


 そして、そのホーエンハイムの家にはテオという一人の少年が居ました。






 テオは聡明で、元気で、優しくて、そして才能豊かでした。

 だから誰もがテオを愛しました。

 両親はテオをホーエンハイムの誇りであるとまで公言し、
 母は出来た息子を自慢しました。

 妹は兄を慕い、使用人たちもテオに仕えるべき未来の主人として接しました。

 テオ少年の未来は輝いていました。

 彼の人生は順風満帆だったのです。





 ある時点までは。





 ある日。




 病気でテオは足を無くし。そしてそれと同時にそれまで持っていた全てを無くしたのです。
 幸せな毎日はまるで蜃気楼のように消え去って行きました。
 父の期待。
 母の慈愛。
 妹の尊敬。
 使用人の忠誠。
 輝かしい未来。
 幸せ。
 愛情。
 それまで当たり前に持っていた全ては反転してテオにふりかかります。


 足のない人間。
 それは、存在自体が一種の罪悪でした。
 身体障害は、身体障害を負っている当人やその先祖が罪を犯した結果であると考えられていたからです。

 つまり、それはホーエンハイムの家として、許されないことだったのです。
 自分の一族から出来損ないが出た。それは一族を揺るがす問題です。




 結果、テオは。
  隔離されました。

 テオは領地の端にある小さな塔にすこしばかりの使用人と共に閉じ込められたのです。
 そしてホーエンハイム家はテオを隠し。彼はそもそも居ないものとしました。



 別に不思議なことではありませんでした。
 身内に身体的な欠損や障害の在ったものが生まれた時、その事実を隠すために隔離されるか、最悪殺されるなんてことはこの世界では珍しいことではありません。
 むしろ、殺されなかっただけテオはマシな部類だったのでしょう。

 テオは飼い殺しにされる予定でした。

 その残りの一生をその塔で暮らし、
 そこから見える景色と、いくらか与えられる本を人生の慰みとして、一人寂しく死んでいく。 
 そう、誰もが思いました。



 しかしそうはなりませんでした。


  
 ホーエンハイム家の誤算は、
 テオを監禁することで、テオが何も出来なくなると思ったこと、
 エンチラーダという存在を所詮一介のメイドであると侮ったこと、
 そしてテオの才能を見誤まったことでした。
 



ある日。
 トリステインで開かれたとあるパーティー。
 各国の来賓はもとより、各国の王族までもが姿を見せたそれはそれは豪華なパーティーでした。
 貴族の中でも本当に名門とされるものだけが呼ばれ、ホーエンハイムの当主でさえ出席がかなわなかったほどの、それはそれは格式高い宴でした。
  
 その中のメイドの中に、エンチラーダは紛れていました。
 彼女がいかなる経緯でそこに紛れ込めたのかは分かりません。 
 
 しかし彼女は違和感なくそこにおり、そして、クロッシュの乗ったお盆を片手に一直線にある場所に向かいます。

 それは、パーティーの主賓の前でした。
 

「本日顔を見せることが出来なかったお詫びにとテオフラストゥス様より贈り物をあずかっております」
 そう言って彼女は盆の上のクロッシュを取り、それを見せました。

 大抵のものであればそのようなことは歯牙にもかけられなかったでしょう。
 贈り物など、貴族の世界ではありふれていて、それをこんな席で突然渡されても困ると言うものです。

 貴族社会には贈り物をするにもそれ相応の手順というものが必要なのです。
 ましてや相手は王族です。
 取り入るためにパーティー会場で突然贈り物等の小細工は今まで飽きるほどに受けてきました。

 しかし、パーティーの主賓はその贈り物を断るようなことはしませんでした。
 なぜならその贈り物は、そんな手順を忘れさせるだけの物だったのです。


 それは虹色に輝く水晶の白鳥でした。


 古今東西、お伽話の中でだってそんな美しい水晶は存在しませんでした。
 それはまるで光に照らしたダイヤモンドのように美しく輝き、見る人間を魅了したのです。

 その白鳥の今にも動き出しそうな造形と相まって、それはもう神々しいまでの存在感を放っていました。 
 その場にいた誰もがその白鳥に目を奪われ、まるでその白鳥こそがパーティーの主賓のような存在感でした。

 そこですかさずそのメイドが言葉を発します。

「我が主人、テオフラストゥス様より
 ココに居る皆様の分、あずかっております。
 どうぞ、お帰りの際にはクローク部屋におよりください。」

 そう言ってから、エンチラーダは皆が呆然としている間に颯爽とその場から消えてしまいました。

 誰もがテオフラストゥスとは何者で有るのか知りたがりましたが、その質問に答えられる人間はその会場にはおりません。 

 その後のパーティーはテオの話題で持ちきりです。

 一体何者なのか、
 何処の国の者なのか、
 どんな人間なのか、
 貴族か、
 王族か、
 そもそも人間なのか、
 なぜそれほどのメイジを誰も知らないのか、
 
 誰もその答えが解らぬまま、その日は更けていくのでした。
 



 その日を境に、
 世間にテオフラストゥスの作品が少しずつ現れはじめました。
 
 それは装飾品であったり、
 日用品であったり、
 あるいは武器であったり。

 トリスタニアの各店に少量ずつ卸されるその商品は、どれもが美しく、それでいて実用的なものでした。
 如何なる国の如何なるメイジであっても、それ程に素晴らしい物は作れませんでした。

  
 
 直ぐに噂は広がります。


 ホーエンハイム伯がその噂を知るころには、もうその噂は止められないところまできていました。

 『トリステインに天才有り、その名はテオフラストゥス』

 誰もがテオの作品を求め、誰もがテオの正体を知りたがりました。
 
 そうなってしまうとホーエンハイム家はもうテオの存在を隠しとうすことは出来ません。
 こうして、天才、テオは表の舞台に現れるのです。

 人々はテオの正体を知り驚きました。
 

 テオは出来損いとされる人間でした。 
 その人間が、史上最高の錬金の天才である。 
 
 
 テオの評価は侮蔑と賞賛の入り交じった何とも歪なものになりました。



 しかしその後も、彼の作品は依然として求められます。
 その出来は、他のどんな製品よりも素晴らしかったからです。

 特に、武器を扱う者からの支持は絶大でした。
 なにせ武器の良し悪しには彼らの命が掛かっていたからです。

 いつの間にか、テオの存在はトリステインにおける大きな外貨収入元にまでなりました。



 そしてテオが17歳の時。
 彼にとって大きな転機が訪れます。


 テオがトリステイン魔法学園に入学することになったのです。
 それは異常な事態でした。

 学院とは一種の社交界です。
 貴族の子供たちは、そこで勉学以外に貴族社会のイロハを学びます。
 
 足の無いテオにとって社交界は決して入れる場所ではなく、即ち魔法学院にも行く必要は有りませんでした。
 いや、必要がないどころか、それはハッキリ言ってホーエンハイム家にとってマイナスでした。
 
 なにせ、そんな事をすれば、自分たちの家に「出来損ない」が存在することを強調するようなものなのですから。
 そもそもそんな出来損ないを社交界に送るなんて馬鹿にしてくださいと言っているようなものです。
 
 しかし、その頃にはテオの存在はホーエンハイムだけの問題では無くなっていたのです。 
 


 テオが17歳になる頃。
 ガリアとゲルマニアのそれぞれの魔法学園から入学推薦状がトリステインに届いたのです。

 珍しいことではありましたが、前例がないわけではありません。
 どの学院もどの国も優秀な生徒を欲しています。
 他国の優秀な人間を自国の学院に推薦することは、別に不思議なことではないのです。

 学院は社交場です。
 他国の学院に通うということは、それ即ち他国の社交場に通うということです。
 言い換えればその国に染まると言うことです。
 
 つまりテオが他国の学院に入学すれば、その後のテオが相手の国に奪われることは火を見るより明らかでした。
 学院に推薦と言えば言葉は穏やかですが。
 それはテオをトリステインから奪おうとしているに等しいことでした。
 

 無理も無い話です。
 
 足がなかろうが、出来損ないだろうが、錬金の天才テオは金の卵を生むガチョウです。
 どの国だって欲しがる人材です。

 しかし、トリステインからすればたまったものではありません。
 万能の天才、テオが他国に奪われるということは、即ち、トリステインの力が減り、他国の力が増えると言うことでした。
 
 トリステインとしても、そのガチョウを手放す気はさらさら有りません。
 他国の学院にテオをやるなど言語同断です。

 しかし。理由なくそれを断ることは出来ませんでした。
 それは国家間の関係を悪くすることだったからです。
 
 「お前の国に盗られそうだから入学させたくない」など国家間の交渉の中で言えるはずもありません。

 理由が必要でした。 
 テオが他国の学園に入学できないという「正当な理由」が。



 
 
 こうしてテオのトリステイン魔法学院に入学することになりました。

 自国の学院に入学させる。
 他国からの推薦を断るコレ以上に無い正当な理由でした。

 つまりテオの入学は、なかばトリステインという国からの要請でもあったのです。
 
 
 

 こうして足の無いテオは魔法学園に入学するに至ったのです。 
 本来認められていない専属のメイドを一人引き連れて。



◇◆◇◆



「ご主人様は
 社交界に入ることは出来ません。
 家を継ぐことも出来ません。
 貴族として扱われることはありません。
 ですのでせめて心だけは、誰よりも貴族で有ろうとしています。
 故に主人様は、平民に頭をさげることは出来ません」

 そうなのです。
 如何に、貴族らしくないと言われているテオであっても。
 平民に頭をさげることは出来ないのです。
 
 それは貴族の絶対の決まりでした。 
 貴族が平民に頭を垂れるということは、即ち貴族制度そのものの否定につながるからです。
 
 たとえ自分が悪くても謝らない傲慢さが貴族には求められているのです。

「ですが、あの方は間違いなく皆様に感謝をしています。口にも態度にも出しませんが確かに感謝しているのです。
 この学院に来るまで、ご主人様は塔から出ることは出来ませんでした。
 今日のような、多人数での食事は、あの方が憧れていたことの一つなのです。感謝しないはずがありましょうか」


 そう言いながらエンチラーダは立ち上がり、皆が見える位置に移動すると言葉を続けました。






「ですから主人に代わって私が言わせていただきます。














   ありがとうございました」














 そう言ってエンチラーダはきれいなお辞儀を一同に向けるのでした。
 
 
 

◆◆◆用語解説

・食べたがっていたお菓子
 乾パン
 お菓子と言うよりは保存食に近く、普通は貴族は食べない。
 別に特別美味しい物というわけでは無いが、偶に食べたくなる不思議な魔力をもっている。
 防災セットの中にあるのをついつい食べて、怒られた経験があるのは筆者だけではあるまい。

・クロッシュ
 よく外国のパーティーとかで料理を隠すようにして盆の上にのってる、ドーム状のあの、あれ。
 皿にのった料理が冷めたり、ほこりかぶったりしないようにかぶせるもの。
 鐘を意味する言葉でもあり、ドーム状の帽子なども同じくクロッシュと呼ばれることがある。
 ちなみにキルギス相撲もクロシュと呼ぶ。

・虹色の水晶
 人工的に着色した石英
 真空内において、水晶を熱し、その後高温に熱しイオン化した金属の蒸気を添加する。すると金属原子が水晶の表面に蒸着し独特の金属光沢を水晶に与える。オーロラオーラと呼ばれる水晶。
 現代社会では容易に作れ、値段も然程高価ではない。が、自然産出することがないため、ハルケギニアではそれはそれは重宝されることだろう。

・白鳥
 羽ばたくギミック付き白鳥
 おまけ機能として、年に一回だけ深夜に白鳥の湖を歌いだす
 夜中便所にいこうとして、歌う白鳥と遭遇し気絶した貴族がいたとかいないとか。

・クローク部屋
 1、元々はクロークやコートなどを掛けるための部屋のことである。が、今ではコートを始めバッグやその他、荷物の保管場所として機能する部屋をクロークルームという。
 2、便所の隠語
 勿論エンチラーダは1の意味で言った。間違っても2ではない。パーティー会場の客の中にトイレで白鳥を探した人間がいたかは不明。

・金の卵を生むガチョウ
 あるところに一日一個ずつ黄金の卵を産むガチョウがおり、その持ち主は金持ちになる。しかし、一日一個の卵が待ち切れなくなり、腹の中の全ての卵を一気に手に入れようとしてガチョウの腹を開けてしまう。ところが腹の中に金の卵はなく、その上ガチョウまで死なせてしまう。という内容の童話に由来する
 あくまで比喩表現であり別にテオが本当にガチョウの遺伝子を持っているわけでも、金の卵を尻から出すわけでもない。



[34559] 4テオとルイズ
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2012/11/24 23:23

 それはとある昼下がりでした。
 
 

 学園で一番鬱蒼とした部屋。
 男子寮の一番端にある、光の届かない暗いドア。
 テオの部屋です。

 そしてその部屋の前に、一人の少女がおりました。

 それはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールという少女でした。

 「ゼロのルイズ」と呼ばれ、テオ同様に学院の生徒たちに蔑称される少女です。
 それというのも、彼女は幼少時から魔法に失敗し続けたため、魔法の才能が皆無であると皆に認識されていたからです。
 彼女の魔法はなぜが爆発という結果以外を残さないのです。

 そのルイズが今、テオの部屋の前に立っておりました。

 そして彼女はドアを乱暴に数回叩きます。 
 すると扉が開き、中からエンチラーダが姿を現せました。
      
  
「之は…ヴァリエール様、いかが致しました?」
 何時ものような変わらない表情と淡々とした口調でしたが、そのセリフにはすこしばかりの戸惑いが含まれていました。
 
 普段テオの部屋を訪れるものはほとんどおりません。
 
 事務的な理由で教師や他のメイドが現れる程度で、クラスメイトは稀にキュルケとタバサがやって来る程度です。
 そこに突然ルイズという、テオと然程親しくもない女性が訪ねてきたので戸惑うのも無理はありません。

 そんなエンチラーダの戸惑いをよそに、ルイズは口を開き高圧的にこう言いました。
「テオは居る?」
「ご主人様は今、おっきなサンドイッチを食べるのに夢中なので、要件がありましたら私が聞きますが」
「私はテオに話があるの、メイドは引っ込んでなさい」
 そう言ってルイズはエンチラーダに退くよう手を振ります。

「はあ」
 そう言ってエンチラーダは一歩下がりました。

 本来であれば、不審な人間は部屋に入れるべきではありません。
 エンチラーダは身を呈してでもルイズを引き止める必要が有るのですが、今回はそれをしませんでした。

 ルイズの様子からして、押し問答の末にあまり好ましくない結果になることが予想できたからです。

 ルイズはズカズカと部屋に入り込み、テオの隣に立つと彼の名を呼びました。

「テオ!話があるわ」
「旨い、さすが調理場にあるあらゆる具材を盛り込んだサンドウィッチ。別々に食べたほうが旨い気もするが、それにしても旨い」
「テオ!」
「ただ正直シチューを挟んだのは失敗だった気もする…美味しいけどなんかベタベタだ」
「こら!足なし!」
「いや、逆に考えるんだ、ベタベタになっちゃってもいいさってな」

 ルイズの呼びかけに対してテオは一向に反応を示しません。
 完全にサンドイッチに夢中です。


「ルイズ様、申し訳ありませんがご主人様は食べ物の事になると周りが見えなくなる方です、もしなにかご要があるのならば私が…」
 エンチラーダがそう言いかけたとき…
 
 
 大きな爆発音が響きました。

 ルイズが、サンドイッチに魔法をかけたのです。


 サンドイッチは無残にも飛び散り、テオの体はパンに挟まれていた具材まみれになってしまいました。
「……はじけるうまさにも程があるだろ…」
 突然の目の前の惨事にさすがのテオも呆然とします。


「テオ、話があるんだけど?」

「あ?…お前は…ええっと…ええっと…」
「ルイズ様でございますよご主人様」
 彼女の名前を思い出そうとして出来なかったテオに、エンチラーダが耳打ちします。

「そうだ、ルイ~ズだったな、なんだ、何どうした?、正直吾は今目の前で起きた怪奇現象の謎を解明するのでいそがしいのだ、どの具材の組み合わせが爆発につながったんだ?シチューか、シチューが原因か?まさかシチューをパンに挟むと爆発するとは、之は世紀の大発見だぞ?」
 そう言いながらテオは飛び散ったサンドイッチの破片を拾い集めようとしますが、

「は、な・し・が・あ・る・の・よ」
 そう言いながらルイズはテオの顔を引っ張り無理矢理に自分の方に向けさせます。

「…なんだ」
 ルイズの問答無用の様子にテオも渋々と言った様子で聞き返します。

「魔法の事でちょっと聞きたいことがあるのよ」
「魔法?何の魔法だ?…いや、待て。話をするのにこうも落ち着かない状況もよろしくない。エンチラーダ、取り敢えず飲み物…そうだな、彼女には紅茶を、吾にはミルクに粉を溶かしたものを」
「かしこまりました」

 テオの注文を受けると、エンチラーダはそのまま速やかに厨房へと向かいました。

「ミルクに粉を溶かした物?」
 聞きなれない言い回しに、ルイズが聞きます。
 
「ココアだ」
「なにアンタそんなモノ飲むの?子供ね」
「飲み物に大人も子供もありはせんよ。下らないプライドで飲みたいものが飲めないなんて不幸なことだろう、それとも君はココアを飲まないのかね?」
 そう言ってテオはニヤニヤと笑いました。
 
 これです。
 この笑い方が、ルイズは嫌いでした。

 まるで全てを馬鹿にしたような。嘲るような笑い方。
 彼は誰からも馬鹿にされながら、それでいて、彼自身は全てを見下したような態度をするのです。

「というか、『ミルクに粉』であのメイドはココアって解ったわけ?」
「もちろんだ。吾とエンチラーダは心が通じ合っておる」
 胸を張って自信満々にテオは答えました。

 そこからは自分に仕えるメイドに完全なる信頼を置いているのが見て取れました。

「まあいい兎に角この部屋を片付けるとしよう。本来コレはエンチラーダの仕事なのだが、まあ彼女は今頃吾のためのココアをこしらえている頃だろうから、吾が掃除をしてしまおう…ルイズ君、少しばかり脇によってくれたまえ」

 そう言ってテオが杖を振りながら何やらルーンを唱えると部屋に散らばっていたサンドイッチの破片は瞬く間に一箇所に固まり、そしてそのままゴミ箱の中に入って行きました。

 それは憎らしいほどに鮮やかな手際でした。

 レビテーションかフライか、傍またそれ以外の魔法なのか、ルイズにはわかりませんでしたが、兎に角如何なる魔法であっても、散っているゴミだけを固めて捨てるなんて芸当は、簡単なようで実に精巧な技術を要することです。

 それを、さも簡単にやってのけるテオ。

 彼が偉そうなのも、或いはこの実力があってのことなのかもしれません。
 なるほど確かに彼は偉そうにするに値するだけの実力を持ちあわせています。

 しかし、しかし、しかしです。

 彼は足が無いのです。
 この世界のおいて身体障害者は、貴族の屋敷で道化になるか、でなければ道端で物乞いでもしているのがふさわしい人種です。

 そんな人間が、謙ること無く偉そうにしている。
 それが、ルイズには特別に不愉快でした。

 或いはその不快感は嫉妬だったのかもしれません。
 なにせルイズは魔法が使えません。

 ですから、学院で一番に魔法が上手いテオに対して、嫉妬を覚えているのも別に不思議なことでは無かったのです、 

 そんなルイズの心の中のドロドロとした心境をよそに、テオはそのまま風の魔法で部屋の換気も始めます。

 そして部屋全体の空気を入れ替え終わる頃に、
「ご主人様…お持ちしました」
 そう言って、エンチラーダがサルヴァーに飲み物を乗せてもどってきました。
 
 そしてそのサルヴァーの上にはとても美しい琥珀色をした香りの良い紅茶が入ったカップと。
 
 
 
 
 なにやらドロリとした真っ白な液体の入ったカップがありました。
 
 
 予想外の存在にテオとルイズと視線がそのカップに釘付けになります。
「エンチラーダ…何だねこれは」
「ミルクに小麦粉を溶かしたものですが?」
 さも当然のようにエンチラーダはそう答えました。

「それ具のないシチューじゃない」
「…」

 ミルクに小麦粉を溶かしたもの。
 ルイズの言うとおり、それはシチュー、もしくはホワイトソースと言われるものです。

 流石にそんなものを紅茶の代わりに飲むほどテオは変人ではありません。

 テオは一瞬エンチラーダを叱ろうかとも思いましたが、別にエンチラーダは彼の命令に違反したわけではありませんでした。
 彼女の出したものはたしかに「ミルクに粉を溶かしたもの」であって、テオの要求通りのものを持ってきています。
 責められるべきは明確な指示を出さなかったテオなのです。

「アンタ、全然心が通じ合ってないじゃない」
「ち…違う。本当はコレが飲みたかったんだ、急に飲みたくなったんだ。吾とエンチラーダは断固心が通じあっとる」
「下らないプライドのせいで飲みたいものが飲めなくなってない?」
「だまりゃっ!」
 テオは声を荒らげました。

「いいからとっとと要件を言え、このチンチクリン」
「チンチク…!ちょっと、それ私のこと!?」

「お前の他にどこにチンチクリンが居るんだ、どう考えてもお前がこの部屋の中で一番身長が低…
 待てよ……足が無いぶん吾のほうが背が低いではないか…なんということだ!!」

「ご主人様、ご主人様はたとえ身長が低くてもその心の大きさたるや、この世界の如何なる人間よりも大きいのです。見た目の大きさなどにこだわってはいけません」
「それもそうか、じゃあ気にしない、吾は小さいことを気にするような小人では無いのでな」

「それでこそご主人様でございます」

 チンチクリンと言われ怒りかけたルイズでしたが、目の前のテオとエンチラーダのやり取りを聞くうちに、もう何だかどうでも良くなってしまいました。
 
「…話を続けていいかしら?アンタこの前、火の魔法の授業で木を爆発させていたでしょ」
 このままではいつまで経っても話が進まないと思ったルイズは、割りこむようにして話を始めます。

「…ええっと…ああ、一昨日の授業か、確かに爆発させていたな、アレだ、吾は芸術は爆発であるという信念に基づき、爆発彫刻なるものを考えてだな。まあ結果はオガクズが出来るだけだったんだが」
「いえ、アレはご主人様の諸行無常を表現した素晴らしい芸術であったと認識しております」
「うむ、そうだな、カタチあるものはいずれ壊れる、その当然の摂理の中に一種の芸術性が存在しておるのだ」
「ご主人様ほどの芸術家は世界広しといえども二人として居はしませんとも」
「ふむ、見え透いたお世辞ではあるが、言われて悪い気はせん」
「お世辞ではございません、そのようなこと私の口から出るはずが無いのです、ご主人様に関する私の賛辞は全てが例外なく事実でございます」


「私の話を聞きなさいよ!」

 ルイズは声を荒らげました。
 テオとの会話は大抵独り言か、エンチラーダとのやり取りへと発展します。

 まるで、話し相手が最初からいないように。
 眼の前の人間など眼中に無いように、自分の世界へ入り込んでしまうのです。

 テオと話をするのはルイズにとって一苦労でした。 
 
「兎に角!私が聞きたいのは!どうしてアンタの魔法が爆発したのかよ!」

 そう。
 それこそがルイズがこの部屋に来た理由でした。
 ルイズの失敗魔法はことごとく『爆発』するのです。

 この世に失敗魔法は数あれど、爆発する失敗魔法は前例が無いことでした。
 無論「爆炎」の魔法のようにルイズの爆発に似たような魔法は無いわけではありませんが、あくまで「爆炎」の魔法は爆炎であって「爆発」とは違います。
 ルイズの爆発と同じ現象を起こす魔法は他に存在せず、ルイズがなぜ魔法を失敗するのか知るものも判るものもおりません。
 ルイズ自身もいかなる理由で自分の魔法が爆発するのか全くわからないまま今日まで魔法が成功することはありませんでした。

 しかし、一昨日。

 ルイズはテオが自分の失敗魔法とそっくりの「爆発」を起こすのを目にします。
 ですのでテオのその爆発の理屈をしれば、自分の失敗の理由のヒントを得られるのではないかと、こうしてテオの部屋にやってきたのです。

 しかし、ルイズのその思いをよそに、テオは頓珍漢な答えをします。
「どうしてって…また君はずいぶんと哲学的な質問をするのだな?」
「哲学的!?」
 別に哲学的な質問をしたつもりのないルイズはその言葉に戸惑います。

「何故に爆発が起きたのか、それは吾がそれを望んだからだ、しかしなぜ吾はそれを望んだのか。なるほど、衝動的感情だと思うのだが、それは吾の人格そのものも関係していると言えるだろう。
 何故に吾はそれを求め、そしてそれを実行したのか。ふむ、深く考えるほどに思考の袋小路にはまっていくようだ」

「だから!私が聞きたいのは!アレがどんな魔法かってことなのよ!」
 ルイズはもう、コレ以上無いというくらい大きな声で叫びます。

 その気迫有るルイズの様子に、テオも流石に真面目に答えることにしました。

「爆発か…」

 そう言って彼は杖をゴミ箱に向け、小さく何かを唱えると、次の瞬間ゴミ箱の中が爆発をしました。
「な!な!」
 突然の爆発音と衝撃にルイズは驚きの声を出します。

「爆発はトライアングルの魔法だ。火火土、あるいは火火水だな、火土水や火土風でも出来るか、ただな、共通しているのはどれもトライアングルであるということだ。頑張ればラインでできないこともないが。まあラインでそれが出来るだけの才能が有るような奴ならば、すでにトライアングル以上になっているだろうな。
ちなみに先日及び今の爆発は火火水だ」

「トライアングル?」
「ああ、そうだ、トライアングル。3以上の魔法を組み合わせられる程度の能力を有しているメイジの総称だ」
「じゃあ、なに?私の魔法はトライアングルの魔法だって言うの?」
「少なくとも爆発が使える奴はまず大抵がトライアングルのメイジだな」
「じゃあ何で私は他の魔法が使えないのよ!」
「…?」
「……?」
 
 ルイズの言葉にテオとエンチラーダがキョトンとした顔をします。 

「え…?アレわざとじゃなかったの?」
「はあ!?」
 テオの言葉にルイズがマヌケな声を出してしまいました。

「てっきり無能のふりしてるんだとおもっていた」
「ええ、私もてっきり壮大な悪ふざけなんだと思っていました」
 そう言いながらテオとエンチラーダは顔を見合わせます。
 それは冗談ではなく、本当にそう思っている様子でした。

「なな、何で私がワザと魔法を失敗しなきゃいけないのよ!」

「魔法が使えないふりをして、自分を馬鹿にする奴をあぶり出して、社会に出た後に抹殺するんだと思っていたんだが?」
「信用できる人材を発掘し、今後の社交界を有利に生き抜く心づもりなのだと思っておりましたが?」

 確かにテオとエンチラーダの考えは理にかなっていました。
 無能のふりをして、周りを観察することは賢者の常套手段の一つです。

 魔法が使えないふりをして、それを馬鹿にする物、それを馬鹿にしないもの、見ぬくもの、見抜けないもの、差別するもの、しないもの。そういった人間を観察する。 
 伏魔殿の如き社交界を生き抜くのには兎に角、人間関係は何よりも大切です。そしてその上で、信用できる人間と、信用出来ない人間を選別することは非常に重要なことなのです。
 ですからテオとエンチラーダの勘違いは必ずしも荒唐無稽とは言い切れない物でした。

 しかし。残念ながらルイズの魔法が失敗するのは、そんな計算された道化的行動ではなくて、本当に失敗しているに過ぎなかったのです。

「違うわよ!わ、私がそんな姑息な手段を取るはずが無いでしょう!」

「失敗でトライアングル魔法を連発なんて大したジョークだと感心していたんだが」
「ええ、私もさすが座学の学年二位は、やることも奇抜ながら理にかなっていると感心しておりました」

「違うわよ!…あれ?でもアレよね!爆発がトライアングルスペルだと言うのなら、私は実は凄い才能があるのじゃない!?すごすぎてまだ技術が追いついていないとか!?」

 ふと、ルイズは自分が実はすごい才能を持っていて、そのために魔法が暴走しているのではないかと言う仮説を立てます。
 しかし、テオはそんなルイズの仮設をあっさりと否定しました。

「それはないな。魔力の制御が出来ずに暴走しているとしたら、爆発が起きるはずがない。爆発は実はアレで結構繊細な魔法だ。かなりの技術力を必要とする。ただ馬鹿みたいに魔力が有れば良いというわけではない。むしろ、少量の魔力で効率よく攻撃力を出すための魔法だ」

 そう言ってテオはため息を付きます。

 彼の言うとおり、爆発の魔法は一見、力で持ってねじ伏せるタイプの魔法に見えますが、複数の系統を絶妙なバランスで組み合わせなければ発生しないので、かなり繊細な魔力操作を必要とする魔法です。暴走で発生するのはオカシイのです。


「じゃあ!なによ、なんで私の魔法は爆発するのよ!」
「さあな、努力が足りんのか、才能が無いか…その両方かもな」
 テオはそう切り捨てます。

「じゃあ私はどうしたら魔法が使えるようになるのよ!」
「せいぜい頑張るんだな、努力が報われれば万々歳だ」

 そう言って彼は手をフラフラと振りながら答えます。
 それは実に興味なさげで、ルイズの魔法に関してはどうでも良いといった様子でした。
 事実テオは、ルイズの魔法がなぜ爆発するかなんて微塵も興味がなかったのです。




「天才の貴方には解らないでしょうね!私の気持ちは!」
 そのテオの様子に、ルイズは皮肉を込めた言葉を投げますが、テオの様子は全く変わりません。

「まったくだ、凡夫の事なんぞ解る気もない。解ったところで得も無い」
「!!」
 ルイズに対して、凡夫と言い放つテオに、当のルイズは言葉を失いながらも刺殺さんばかりの視線を投げつけます。

 しかし、テオはその視線に対してもさしたる反応は示さず、むしろそれでルイズに対する興味を完全に失った様子でした。

「エンチラーダ、ルイズ女史がお帰りだ、ご案内してやってくれ」
 そう言ってテオは扉の方を指さします。

「ルイズ様、そろそろお帰りになるべきかと思います」
 そう言いながらエンチラーダがルイズの肩に手をかけます。

 エンチラーダはゆっくりと、それでいてシッカリとルイズの体を押して、部屋の外へと彼女を誘いました。
 ルイズは怒り心頭でしたが、兎に角テオと離れたいと思っていたこともあって、素直にその動きに従いました。

「腹立つ、腹立つ、ハラタツ~!何よあいつ、ちょっと才能があるからって、お高く止まっちゃって。努力する人間の気持ちが理解出来ないんだわ、そうに違いないわ!」
 部屋から出た途端、喚くようにルイズはそう言いました。

「ルイズ様、ご主人様は確かに才能豊かな方ですが、努力を知らないわけではありません」
 エンチラーダがそう言いますが、ルイズは全く信じません。

「嘘よ、アイツが努力しているところなんて一度足りとも見たことはないわ!」
「アノお方は努力を他人に見せない方ですので」
「努力しない人間ほど『自分は頑張っている』って宣うのよ!」
「…」
 エンチラーダはその言葉に反論しようかとも思いましたが、興奮したルイズに対しては何を言っても無駄であると判断し、何も言い返すことは有りませんでした。

 結局ルイズはイライラとした様子でそのまま自分の部屋へと戻っていくのでした。



◇◆◇◆



「ルイズは帰ったかね」
 部屋に戻ってきたエンチラーダにテオはそう問いました。

「はい、たいそうご立腹の様子でした」
「そうか、まあ、そうだろうな。思ったより沸点の低い女性のようだ」
「そうですね」

「反応が楽しい使用人、馴れ馴れしいキュルケ、騒がしいルイズ、此処は退屈しないな」
 そう言いながらテオは笑いました。

 塔に幽閉されていらい、常に孤独であった彼は、この騒がしい魔法学園での生活を結構楽しいと感じていました。

「ご主人様が楽しめていらっしゃられるのでしたら何よりです」
 エンチラーダも楽しげな主人の様子を見て嬉しくなりました。
 自分の主人の幸せこそが、エンチラーダにとっての幸せなのです。

「皆それぞれ全力で人生を生きている。必死とすら言える。誰も自分の人生に疑問を持たずにただ真っ直ぐだ。吾が求め、吾が望んだ人生を、さも当然のように生きている」
「御主人様、御主人様の人生もそのように生きられますよ。それを邪魔する者はおりません」
「そうかな」
 そういうと、テオは芝居めかした動きでもって右手を上げ何処か遠くを見るようにこう言いました。


  「嗚呼、人生は舞台だ。誰もが役者だ。おのおのが自分の役を演じる」


 それはまるで舞台役者が観客に向かってしゃべるような、如何にも演劇臭い喋り方でした。
 淡々と、誰もいない場所に向かって、それでいて誰かに語りかけるようにテオはセリフを続けます。 
 エンチラーダもただそれを無表情な視線で見続けます。


  「人生はただ歩き回る影法師、哀れな役者だ。
   出場の時だけ舞台の上で、見栄をきったりわめいたり、そしてあとは消えてなくなる
   白痴のしゃべる物語だ。
   わめき立てる響きと怒りはすさまじいが、意味はなに一つありはしない。」


 そう言い終わると彼は体の力を抜き、気だるそうに椅子に背をもたれます。 




「ははは、さて、吾という哀れな役者はどのように見栄をきるべきか、すこし楽しみでもあるな」
 そう言って、微笑を浮かべながらテオは優雅にカップに口を付けるのでした。















 そして。





 次の瞬間。
 テオは口からホワイトシチューを吹き出しました。



◆◆◆◆用語解説

・おっきなサンドイッチ
 特注品、調理場にあったありったけの食材を挟み込んだサンドイッチ。

・はじけるうまさ
 かなりの新食感だが、危険過ぎる。
 口の中で弾けなかったのは幸い。

・ルイ~ズ
 緑の人気者と同じようなイントネーションで。

・サルヴァー
 1・小型のお盆 salver
 2・海難救助船 salvor
 何方の意味で取るかは読者にお任せします。
 
・だまりゃ!
 一応テオは貴族なので怒りかたも高貴なのでおじゃる。
 
・火火水
 全体反応型の水蒸気爆発、水分を高温で気化することで爆発を起こす。身近な例では噴火やヤリドヴィッヒがある。

・人生は舞台だ。誰もが役者だ。おのおの~
 シェイクスピアの言葉。『お気に召すまま』参照。

・人生はただ歩き回る影法師~
 こちらもシェイクスピア。『マクベス』参照

・白痴のしゃべる物語だ、わめき立てる響きと怒りはすさまじいが、意味はなに一つありはしない。
 ええ、まさにこの話のことです。
 
・ホワイトシチューを吹き出す
 カッコ付けたのにカッコつかない。そんな人間、テオフラストゥス。



[34559]  おまけ テオとロケット
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2012/11/24 23:24

 浪漫。
 それは悲しい衝動です。
 
 コレに取り憑かれれば、人はがむしゃらに前に進もうとします。
 時に人は浪漫のために命をかけ、そして時に人は浪漫のために命を落とすのです。

 傍から見れば馬鹿らしい事かもしれません。

 しかし、馬鹿だと思っていても突き進む。
 それが浪漫なのです。


◇◆◇◆


 ある日のことでした。
 エンチラーダが学院の皿を全て磨き終わって、テオの部屋に戻ろうと歩いていると、庭でテオが何やらゴソゴソと車椅子の下に潜り込んでいるのがみえました。

 エンチラーダはとうとうテオの頭がオカシクなったのだと思いましたが、それを直接テオに言えば彼が傷つくと思ったので、あえてそうは言わず、ただやんわりと彼の行動の意味を問うことにしました。

「ご主人様何をなさっておられるのですか?椅子の下には何もありませんよ?」

「む?エンチラーダか、ちょうどいいところに来た、今作業が終わったところなのだ」
 そいういうとテオは椅子の下からはい出て、その椅子に座ると先まで自分のいた車椅子の下を指さしてこういいました。

「この椅子コレをつけてみたのだ!」
 そう言ってテオが指さす車椅子の下部分には何やら筒のような物が取り付けられていました。

「??」
 エンチラーダにはそれがなんなのか、見ただけではさっぱりわかりませんでした。

「実は今日、コルベール師のところに新しい火の魔法に関する件で少しばかり話をしにいったのだが、そこでたまたま壁に立てかけられている之を見つけたのだ」
「何なんですか?これは」
「空高く舞い上がるへびくん、試作4号だそうだ」
「???」
 名前を聞かされてもエンチラーダにはやはりそれがなんなのかわかりませんでした。

「名前はアレだが、要は火薬の推進力で飛ぶ筒、即ち火箭だな」
「はあ、火箭ですか」

 火箭と言うのは即ち火矢です。
 しかし、その筒は普通の火矢にしては形状が微妙に違います。
 強いて言うなら攻城やフネでの戦闘でしばしば使われる特殊な火箭ににています。
 それは私達の世界で言う所のロケットでした。

「この火箭、仕組みは単純だが、実は結構面倒でな。まっすぐ飛ばしたり、途中で爆発しないように飛ばすのはかなり作るのが骨なのだ。吾も何度かつくろうと思いつつ、めんどくさそうなので今日まで作ってこなかった。しかし、まさか完成品に出会えるとは思わなんだ」

「試作品4号なのに完成品なのですか?」
 試作品というからには完成品を作る為にテスト用として作られたもののはずですので、その名前の矛盾をエンチラーダは疑問に思いました。

「コルベール師曰く、もっと小型化し、空中を自由に動かせるようになって初めて成功なんだそうだ。これはまっすぐ真上にしか進まないからな、そういう意味で試作品らしいんだが、吾に言わせればこちらのほうがむしろ完成品だと思うのだ」

「はあ…それはわかりました、でも、それを椅子に取り付けてどうするんですか?」
 エンチラーダはそれが火箭で、まっすぐに飛ぶものであることは理解できましたが、それを椅子に付ける意味がわかりませんでした。

「これを付けることで途轍もない速さで異動が可能になるのだ」
「途轍もない速さでございますか?」

「コルベール師曰くコイツの速度はフライどころか飛龍のそれを遙かに上回るそうだ」
「そんなに早いのですか?」
 飛龍と言えば、ハルケギニアにおいて早いものの代名詞です。
 それを超える速さというのは中々に想像しがたい物でした。

「しかし早く飛べばそれだけ体に負担がかかると聞きましたが、その速さは大丈夫なのですか?」
 テオの安全を一番に考えるエンチラーダですから、その装置に、テオに対する危険性が無いかを心配します。

「そこだ!従来の魔法では空気抵抗の問題があり、速度を上げることが出来なかった、何せ魔法というのは2つ以上同時に操るのは実に面倒だからな
「はあ」

「吾も、フライの際に空気抵抗をウインドシールドでもって軽減していたが、やはりその分フライの魔法がおざなりになり、最高速度を出すことが出来ずにいたわけだ」
「アレでですか?」 
 エンチラーダの知る限り、テオのフライは飛龍ほどとは言わないまでも人間離れした速さでした。アレで本来の最高速度では無いのならば、彼が求める最高速度とは如何ほどなのでしょう。

「そこでこれだ、このロケットで速度を出すならば、吾は目の前に空気抵抗のことだけを考えれば良い。之ならば吾の求める最高速度が出せるだろう」
「しかし、姿勢の制御などは大丈夫なのでしょうか、フライと違って火薬で進むのでしたら、飛ぶ方向が決まらないのでは無いですか?」
 
「ふむ、実は吾もそこらへんは心配だったのだがコルベール師曰く、問題は無いらしい。姿勢制御の工夫がなされているらしく、常にまっすぐ真上に上がるそうだ」
「しかし、良く、コルベール様がそれを譲渡してくれましたね」
 エンチラーダはそう言いました。

 教師のコルベールは発明狂であり、常に新しいものを発明しては実験をしています。
 確かに発明品が欲しいと言えば嬉々として彼はそれを譲渡してくれるでしょう。勿論その発明に関する長ったらしい説明を聞くという労務と交換にですが。

 しかし、それは安全な物に限ります。

 生徒思いで、慎重派という一面もあるコルベールは危険性のある発明品はまず生徒に貸出したりはしません。
 高速で飛翔するための火箭など、成績優秀者であるテオとはいえ、そう簡単に貸してもらえるとはエンチラーダには思えなかったのです。

「まあコルベール師は、単に花火替わりに発射して遊ぶと思っていたようだが、まさかこのような画期的方法で持って使うとは夢にも思うまい」
 そう言いながらテオは笑います。

 どうやら、どのように使うかに関してはコルベールに詳しく伝えなかったのでしょう。
 確かに危険そうな火箭もただ飛ばして遊ぶだけならば然程の危険は無いでしょう。
 まさかコルベールもこのような使い方をするとは、全く予想していなかったにちがいありません。

「どれくらいの速さが出るかも未知数であるからな、まあ椅子には固定化がかけてあるので多少のショックでは壊れないだろうし、方向は体重移動でもって定めれば良いだろう。兎に角コイツがまっすぐに飛ぶというのなら向きを変えるだけで行きたい方向にいけるはずだ」
「しかしご主人様、もう少し安全を確認してからのほうが…」
 流石にいくら原理的に大丈夫でも、いきなりぶっつけ本番で飛行に望むのはやはり危険だと思ったエンチラーダは、取り敢えず安全性の再確認を促しますが、テオはその言葉に耳を傾けませんでした。
 
「くどいぞエンチラーダ。男にはな、浪漫というものがある」
「浪漫…でございますか?」

「そうだ。誰よりも早く!誰よりも高く!誰も到達していない地点に誰よりも先に到達する。それこそが浪漫であり、そしてその浪漫を達成してこその男である」
「しかし・・・」

「エンチラーダ、吾はな、せめて男でありたいのだ。安全を確認しながら、ビクビクと空を飛ぶなんてそんなみっともないことはしたくない。吾はこのとおり、人より足りない部分が有る。人間として見られないことすら有る。しかしだ、それでも男であることを止めた覚えはない。一人の立派な男であると、男テオフラストゥスであると、自分自身に対して胸を貼りたい。そうすれば吾こそがお前にふさわしい主であると、吾は胸を張って言えるだろ?」
 真面目な表情でテオにそう言われてはエンチラーダは何も言い返せません。
 というか、「お前にふさわしい主」なんぞとテオの口から言われてしまったら、エンチラーダは今直ぐにでもテオに抱きつきたい気持ちで、それを必死に我慢するのに必死でした。

「わかってくれるか?エンチラーダ」
「ハイ」

「ではエンチラーダよ少し避けてくれ、吾は行く、吾の勇姿をその目に焼き付けるが良い」
「はい!」

 エンチラーダは少しテオから離れ、テオはロケットの発射作業に入ります。



「では点火!」
 テオがそういいいながら杖の先から火を出すと、それはロケットの導火線に着火し、
 次の瞬間、ものすごい勢いでテオは飛び立ちました。


 轟音、
 土煙、
 火薬の匂い。

 それらが混ざり合う中、テオは途轍もない勢いで飛びました。



 それはエンチラーダが見たことのある如何なる生物より早く。
 まっすぐに。
 真上に向かって。
 ドンドンと空高く舞い上がって行きました。
 

































錐揉みしながら。



「ご主人様~~!!」
「ウボアーアアァァァァァァァァ・・・・・・」

 高速回転する椅子はまっすぐに真上に飛び、テオの姿は回転のために竜巻のような様相で飛んでいきます。





 どこまでも。






 どこまでも。










◇◆◇◆


 ロケットの姿勢制御に関しては古来から色々な方法が取られてきました
 近年でこそジャイロ制御やコンピュータ制御が導入されていますが、そのような物がない時代。人々はいろいろな工夫でもって物をまっすぐに飛ばします。

 特に昔から使われる姿勢制御。
 物をまっすぐ飛ばす一番簡単な制御方法。
 弓矢や銃弾などにも利用される、原始的ながら確実な方法。
 試作品のロケットにおいてコルベールが採用した方法。 





 それは回転することだったのです。
 



◆◆◆用語解説


・火箭
 日本では基本的に火矢のことだが、中国語ではそのままロケットという意味になる。微妙にニュアンスが違うようだが、ロケットは本来兵器として開発され、現在も割合では兵器としてのロケットのほうがずっと多い。超高性能な火矢と言えるので、広義的には間違っていない。
 
・フネでの戦闘でしばしば使われる特殊な火箭
 火箭はいろいろな状況で使われるが、木製であった船での戦闘で使われる事が多かったらしい。火龍出水は漢の浪漫。
 
・火龍出水
 赤水晶のロッドの固有技の火龍出水は、全員のHPを回復し、同時に狂戦士状態にする技…ではない。
 火箭の一種で大筒に小さな火矢を括りつけた二段式火箭。他にも一窩峰・飛槍出水・群豹横奔箭など、火箭には男のロマン兵器が多い。
 
 
・椅子 ロケット
 AngelBeats見てて面白かったので。
 実際は重心の問題もあるので、つけ方を相当工夫しないと、したたかに頭を地面に打ち付ける結果になると思われる。当然のことだが、良い子は決して真似してはいけない。
 現実の世界でも15世紀の頃には王冨(万戸)さんが椅子ロケットにトライしている。
 ちなみに彼はソレはソレは空高くまで舞い上がった。
 
 具体的に言うと天国に。

・まっすぐに飛ばす。
 簡単なようで実に難しい。
 発射角度や重心と推力の関係や横風の影響などで簡単に向きが変わってしまう。

・火薬式
 固形燃料タイプのロケットは初速が速い…というか、基本的には速度調節ができないので、いきなりフルスロットルで飛ぶ。

・浪漫
 ロケット、それは男のロマン。異論は認める。


・錐揉みしながら
 超級覇王電影弾みたいなかんじ。
 
・回転。
 スピン安定式と呼ばれる安定方法。
 第2次大戦中のロケットなどによく使われていた。
 現宇宙空間での姿勢制御でも良く使われている。



[34559] 5テオと使い魔
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2012/11/25 00:05
 春になり、トリステイン魔法学院は進級の時期を迎えます。

 この時期行われる一大イベントと言えばなんといって召喚の儀式です。
 二年に進級する際に生徒達がサモンサーヴァントという魔法でもって使い魔を召喚するのです。

 それは魔法学院における絶対のルールでした。使い魔の召喚はいわばメイジの絶対の条件でも有るのです。
 当然召喚の儀式も重要視され、春の使い魔召喚の儀式のルールはあらゆるルールに優先するとすら言われていました。


 そして、その重要な儀式が行われる当日。
 
 その儀式を行う若い魔法使いたちは誰もがその心に期待と一抹の不安を持っていました。
 なにせ使い魔召喚の儀式ではどんな使い魔が出てくるのか呼び出すその瞬間までわかりはしないのです。 

 自分はどんな使い魔を召喚するのだろう、良い使い魔が召喚したい、出来るだろうか、そもそも召喚が成功するだろうか。
 そんな期待と不安の入り混じった思いを、誰もがその胸に押し込めていたのです。

 そしてその中で特に不安を持っていたのはルイズでした。
 何せ彼女は今までに一度だって魔法を成功させたことがないのです。サモンサーヴァントが成功できる可能性が一番低いのが彼女でした。
 
 そして、そのルイズの次にその場で不安を感じていた人間。
 
 それは他でも無い、テオフラストゥスその人でした。
 


「不安だ」
 何時もの自信満々のテオとはうって変わって、今日のテオはとにかく自信なさ気にうなだれていました。

 そんな不安そうな主人の様子に、エンチラーダは心配げに声をかけます。
「ご主人様、どうなさったのですか?いつもウザったいくらいに自信たっぷりですのに、今日に限ってまるで乙女のようにしおらしくなられて」

「吾とて、不安になることくらい有る。サモンサーヴァントが上手く行くか不安でたまらないのだ。」
「ですが、サモンサーヴァントでございますよ?スクウェアであるご主人様が失敗するとは思えないのですが…」

 エンチラーダはそう言います。

 彼女の言うとおり、過去サモンサーヴァントは失敗したものはおらず、メイジなら誰でも使える基本的な魔法”コモンマジック”であるとされる魔法です。
 彼女の言うとおり、スクウェアであるテオは失敗するほうがむずかしいでしょう。
 
 しかし、エンチラーダのその言葉に、テオは首を横に振りました。

「他の魔法であれば法則性がある。どうすればどんな魔法が出来るのか全て決まっているし予測が出来る。勉強や練習をすればまず間違いなく出来るようになる」
「はあ」
「しかしサモンサーヴァントは違う。何が出てくるのか全くもって予測ができない」
「はあ」
「しかもチャンスは一回。間違えたからと言ってやり直しがきかない・・・ああ、どうしよう。もう何か酷いものを呼び出してしまいそうな気がしてきた」
「その根拠のない被害妄想の誇大妄想はおやめください」
 不安そうに頭を抱えるテオに、エンチラーダは諭すようにそういいます。
  
 しかしテオのネガティブシンキングは止まりません。
「例えばだ。何かの間違えで羽虫とか、ナメクジとか、蟻とかを呼び出したらどうしよう」
「考えすぎですよ、ご主人様の実力ならばドラゴンを呼び出しても不思議ではありませんよ」
「そんなモノ解らないじゃないか。なんか酷いのを召喚してショボーンてなるかもしれないだろ?」
「そんなことはまず無いと思います。それにたとえ虫や小動物であっても、それは必ずしも悪いとは言い切れませんよ?たとえば学院長などの使い魔は小さなネズミですが、誰も学院長の能力を疑うことは有りません」

 エンチラーダの言うとおり、魔法学院の学院長の使い魔はモートソグニルという名前のネズミでした。
 しかし、そんな小動物を使い魔としていますが、学院長が高名なメイジであることは間違いなく、
 使い魔の力が弱いからと言って、必ずしもその主人の魔法使いとしての資質が低いということにはなりません。

 しかし、それでもテオの妄想は止まることは有りませんでした。
「しかしさすがに、例えばゲジとか、いやむしろゴキ・・・「ご主人様…ほら、気分転換に他の方のサモンサーヴァントをご覧になっては?何もしていないと悪い考えが浮かんできますので」
 そう言ってエンチラーダは他の生徒を指さしました。
 もはやテオに対して如何なる説得も意味が無いと悟り、せめて彼の注意を他に逸らすことにしたのです。

「あらテオ、こんな隅っこでどうしたの?」
 ふと声をかけられたので、テオとエンチラーダが横を見るとそこにはキュルケがおりました。

「主人様の順番は一番最後ですので木陰で涼みながら順番を待っているのです」
「ふーん、ねえ、見て見て!私はサラマンダー!それも火竜山脈のサラマンダーを召喚したのよ」

 そう言う彼女の足元にはトラほどもある大きさのトカゲがおりました。
 それは火蜥蜴と言われる種類の動物で、鮮やかで大きな尻尾は確かに火竜山脈のサラマンダーであることを物語っています。
 それは火蜥蜴の中でも特に上等とされるもので、火の属性のキュルケには相性の良い使い魔でした。

「キュルケはすごいなあ。キュルケはサラマンダーをつかさどっている、ぼくにはとてもできない」
 テオはサラマンダーを見ると、いつもとは違う調子でそう言いました。

 その言葉に、キュルケは戸惑います。
 あまりにも普段のテオの反応とはかけ離れているのです。

「…ねえ、テオ何か変なもの食べた?いつもと様子が違いすぎない?」
 キュルケはエンチラーダにそう聞くと、エンチラーダは首を振りながら答えます。

「いえ、ご主人様は常に変なモノを食べていますが、様子が違うのはそれが原因ではありません、ご主人様は自分がどんな使い魔を呼ぶのか不安なようで、今日はどうも調子がすぐれないようなのです」
「へえ…テオも緊張とかするのね?意外だわ?」

 いつも自信アリげで偉そうなテオのイメージから、今日のテオの様子がとても奇妙に見えたキュルケはストレートにそういいます。

「失敬だな、吾だって人間だ、不安になったり心配になったりくらいする!万が一イワシとかヒラメとか召喚したらどうしよう、召喚直後に死亡確定じゃないか、今からでも桶と水を用意しておくか?」
「あなた土の属性でしょ?流石に魚は無いんじゃないの?」
 そうキュルケが言います。

 彼女の言うとおり、召喚されてくる生き物はその召喚主の属性に近いものが呼ばれることが多いのです。

 キュルケの火蜥蜴のように、火の属性のメイジには火に関係する使い魔が。
 魚は水生生物ですので、呼び出せたとしても、水のメイジが呼び出すべき使い魔です。 

 テオは一応土のメイジですので、土に関係する生物が呼ばれる可能性が高いのですが、テオはそうは思いませんでした。

「わからん、吾全系統が普通に使えちゃうから本当に何を召喚するのか自分でもわからんのだ、どうしよう、ハリガネムシとかカマドウマとか出てきたら」
「無いと思うけど…というか、ドットのメイジだってそんなの召喚しないと思うわよ」

 テオの突飛な想像にキュルケは呆れた声を出します。


「ほら、ご主人様、他の方の召喚風景を見てみてください、誰一人として小さな虫など召喚してはおりません」
 そう言ってエンチラーダの指の指す方では、まさに今、タバサが召喚を終えたところでした。

 彼女はとても大きなドラゴンを召喚しており、彼女の周りは感嘆の声が響いています。

「ああ、ドラゴン召喚している奴が居る」
「へえ、あの子、凄いの召喚したわね」
「タバサ様ですよ、学年でもご主人様の次に魔法の才能の有る方です。彼女がドラゴンを召喚できるのでしたら、ご主人様は竜王を召喚しても何ら不思議はありませんよ?」
「そんな大惨事になりそうな奴を召喚したいとは思えんが…」
「私ちょっとタバサに声かけてくるわ、貴方たちも行く?」
 タバサの友人であるキュルケはそうテオたちを誘いますが、
「いや、正直嫉妬の炎が炸裂しそうなので行かない」
「そ…そう」
 テオが物騒な言葉を言うので、そのままテオたちを置いてタバサのところに行ってしまいました。


 再度、エンチラーダとふたりっきりになったテオたちの視線の先では、次の生徒がサモンサーヴァントをはじめようとしています。


 そして。
「ふむ。次はルイーズか」
 サモンサーヴァントもいよいよ大詰めで、テオの一人前。
 即ち、ルイズの順番が回ってきました。



◇◆◇◆



 ルイスの順番が回ってきてからかなりの時間がかかりました。


 彼女は何度も呪文を唱えますが、そのたびに爆発が起こるだけで、何も召喚されません。


 興味津々で彼女の召喚を見ていたギャラリーも次第に飽きてきて、ヤジが飛び始めます。
 すでに帰ってしまった生徒も居ます。
 テオとエンチラーダもだんだんと飽きてきて、ヤジの一つも飛ばそうかという頃になってようやく、ルイズの召喚が成功しました。


 爆発による粉塵の中、影が一つ見えました。
そして、粉塵が晴れると、その中からでてきたのは。


 一人の青年でした。





「ルイズ、サモンサーヴァントで平民を呼び出すなんて」
 誰かがそう言って、その場が笑い声に包まれました。
「ちょっと間違えただけよ!」
「何時も間違えてるじゃないか」
「さすがゼロのルイズだ!」
 誰かがそう言い、そして周りは再度笑い声に包まれます。

 その喧騒から少し離れて、テオは他の生徒達には聞こえない程度の声で言いました。
「人間だな」

 そしてエンチラーダは答えます。
「ええ、人間です」

「古今東西、使い魔に人間が召還された例は…」
「伝説の中にそれらしいのが一件だけございますね」

「そして使い魔は召喚したメイジの属性によって変わる」
「即ちルイズ様の属性は…」


「「虚無」」

 虚無。
 それは、ハルケギニアで神として崇められる英雄が使っていた魔法。
 今では誰も使えるものの居ない、伝説の属性です。

 そして、
 テオは突然体をくねらせ、まるで舞台役者のように言いました。

「ああ、運命と運命をとりまく衣裳は、人生を一幕の芝居にする。上演がすすむに従って、いちばん律義な人間も、ついには自己の意志に反して役者にさせられてしまう…か」

 堂々としたそのセリフは、周りの笑い声にかき消され、エンチラーダ以外に聞くものはいませんでした。

「芝居にしては観客が騒がし過ぎますがね」
 エンチラーダがそう言います。

「彼らは理解していなんだろ、この事実を。サモンサーヴァントで人間が呼び出されるという事実の重大さを。彼女の魔法と、この状況を見れば、少しぐらい疑問に思ってもおかしくないのに。誰も何も気づかない。大体だ平民だとしても人間というのは一番使い勝手のいい存在であるのに。その有用性が理解できておらんのだ、使いようによってはドラゴンよりも有効な使い魔だというのに」
 そう言いながらテオは小さくため息を付きます。

 彼の視線の先ではルイズが教師のコルベールに、サモンサーヴァントのやり直しを要求していました。
 召喚された少年は状況が理解できていないのかキョロキョロと辺りを見まわしています。

「まったく、何が不満だって言うんだ、人間だぞ普通の。ゲジとかナメクジとかよりもよっぽどいいじゃないか」
「さあ、時に人は他人と違うことを嫌がりますので、自分が特殊な使い魔を召喚したことが許せないのではないでしょうか。まあ当然のように却下されておりますね」
「おや渋々ながらコントラクトサーヴァントをしたな」

 コントラクトサーヴァント。
 それはサモンサーヴァントで呼び出した物を使役する魔法です。
 
 呼び出しただけでは、相手は使い魔にはなりません。
 メイジはサモンサーヴァントの後にコントラクトサーヴァントをすることで初めて使い魔を得ることが出来るのです。

 そしてその魔法ですが、他の魔法とは少しばかり違う特徴がありました。


 普通の魔法は杖を持って呪文を唱えれば成功します。触媒を必要とすることもありますが、基本的に杖を振って口を動かす以外の行動はひつようありません。
 しかし、コントラクトサーヴァントだけはそれに加えある行動をする必要が有るのです。

 その行動とはキス。
 即ちくちづけによって使い魔との契約を完了させるのです。


 ルイズは呼び出した平民の男性にコントラクトサーヴァントを行い、そして契約がなされました。
 サモンサーヴァントとは違いそちらは一回で成功したようです。
 
「相手が平民だから『契約』ができたんだ」
 誰かが言いました。

「馬鹿にしないでよ!わたしだってたまには上手くいくわ!」
 ルイズがそのに突っかかります。
 
「ぐわ!ああああ!」
 平民が突然叫びながら悶え出しました。
 おそらくルーンが刻まれる際に痛みが体に走っているのでしょう。

 その横で他の生徒達はルイズをからかい、そしてルイズは顔を真赤にしながらそれに反論をしていました。

 生徒たちはただ騒がしく、罵ったり、誂ったり、怒ったりするばかりです。

 その様子を遠目にみながら
「騒がしいなあ」
 と、テオはつぶやきました。

「皆、まだまだ若いのです。騒がしいのは致し方無いかと」
「仮にも貴族だろうに落ち着きが無いのは貴族として失格であるぞ」

 テオがそんな事を言っていると、


「さあ、ミスタ・テオ貴方の番ですよ」
 教師のコルベールがテオにそう言いました。

 その言葉に、テオはわかりやすく慌てます。

「いや…失礼ミスタ、吾はまだ心の準備が…」
「もうすぐ日が暮れてしまう。ほら、もう影がこんなに長くなってしまっているじゃないか。直ぐに始めなさい」

 にべもなくコルベールはそう言います。

「ではご主人様サモンサーヴァントを」
「まて、まあ、まて。何とかほら、後日にならんか?せめて心の準備が出来るまで…あ、そうだ吾用事があったんだ、吾の部屋にある」
 テオは落ち着きなくそんな事を言いますが、エンチラーダは容赦なく彼を庭の広い所に連れていきます。
 
 
 誰もが彼に注目しました。

 彼は誰からも馬鹿にはされていましたが、同時にその魔法の腕が一番であることも、誰もが認めるところだったのです。
 ですから、学年の誰もが、彼がどんな使い魔を召喚するのか、興味津津だったのです。


 生徒たちの注目の中、テオは誰に言うでもなくつぶやきます。
「ええっと兎に角、容姿が悪すぎないのを、何でもいいから、良いの、良い奴、良い子をお願いします」

 祈るようにそう言ってから、テオはサモンサーヴァントの魔法を続けます。

「……我が名は『テオフラストゥス』。五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし、"使い魔"を召還せよ」


 テオがそう唱えると、輝かんばかりの光が彼の目の前に発生します。

 そして光が収まったとき。
 
 
  そこに居たのは。











  一人の小さな女の子でした。







 周りはざわつきました。

「また平民だ」
「出来損ないな奴はきっと平民を呼ぶようにできているんだよ」
「しかも今度は子供だぞ」
「ハアハア」


 コレにはテオも驚きました。
 何が出てくるか予想がつかないとは思っていましたが、まさか自分も人間を呼ぶとはそれこそ予想外だったのです。

「エ・・エ・・・エンチラーダ、吾凄いことになっちゃったかも。そうなると吾の属性って?」
「イ…イエ。ご主人様は間違いなく普通の属性です、と…思います…が、流石にこの状況は予想外でした」

 そう言って二人は再度召喚された少女を見ます。

 金髪の小さい少女。
 周りをキョロキョロと見ながらも怯えた様子でした。
 無理もありません、魔法学院の真っ只中に呼び出されれば、普通は怯えます。
 ましてや相手は少女です。人形のような可愛らしい子供なのです。
 むしろ泣き出さないだけ立派というものでした。 
 

「これ…吾どうすれば良い?」
「どうするもこうするも……どうしましょう?」

「何をブツブツ言ってるのです?ほら、早くコントラクトサーヴァントをしなさい」
 二人で話をするテオとエンチラーダに向かって教師のコルベールがそう言います。

「…つまり、ミスタ、吾にこの子とチッスをしろとおっしゃるか?」
「というか、コントラクトサーヴァントだよ」

「………………

…………

……




  …犯罪だろ?」

 さすがのテオも幼女に対してキスをするのには抵抗がありました。


「しかし、ご主人様こう言ってはなんですが、ナメクジや羽虫とするよりはマシなのでは?」
「ま、そうなのだが…しかしなあ」

 確かにナメクジや羽虫や、ましてや台所をカサカサと走る網翅目の虫とキスをするよりは、よっぽどマシなのですが、しかしさすがに幼女にキスをすれば、テオは何か大事なものを失うような気がしました。

「ミスタ・テオフラストゥス。呼び出した以上は彼女は君の使い魔だ、幸い前例もさっき出来た。それに使い魔召喚の儀式のルールはあらゆるルールに優先するのだよ、彼女に、さあ、彼女にコントラクトサーヴァントを」
 そう言ってコルベールはテオにコントラクトサーヴァントをするように促します。

「ご主人様、とにかくコントラクトサーヴァントをしなくてはいけません。進級がかかっておりますので。無理にでも彼女には使い魔になってもらわなくてはいけません。
 更に言うのならば、こういったことは初めが肝心です。
 あまり弱気な態度では後々舐められます。特に子供は態度に敏感ですので。ココはすこし強気に対応したほうがよろしいかと」

「うむ、そうだな」

 テオはそう言うと、改めて少女の前に立ち、そしてこう言いました。
 
「少女よ。お前は今から吾の使い魔となるのだ。それは決定事項であり覆ることがない。泣こうが喚こうが変わることはないのだ。
 更に、使い魔となるからには吾と一緒に居なくてはいけないのでもう帰れない。
 お前は吾の使い魔になるのだから四六時中吾のために働かないといかんぞ!吾の目となり耳となり秘薬の材料を探すこともしなくてはいけない。そして、たとえどんなにお前が嫌がってもお前は吾の命令を聞くしか無いのだ、恨むなら恨め」
 
 そこまで聞いて少女は怯えます。
 どんなことをさせられるのか、少女は完全に理解してはいませんでしたが、テオの様子から何やらただならぬものを感じたからです。
 
「当然ワガママは許さんし、生活は厳しい。
 オヤツは一日一回しか駄目だ。まあ、偶には一日二回の日があってもいいかもしれんが…。
 睡眠時間は一日10時間までだ。昼寝は一日1時間まで。ゲームは一日1時間。育ち盛りのお前には辛いだろうが、しかし泣き言は許さん。
 あと仕事もしてもらうぞ。
 秘薬の材料としてそこらへんの苔でもとってもらおうか。硫黄とかは危ないところにしか無いからな、別にいらん。
 それをしっかり守るのならば、定期的に家に帰ってもいいし、というか、吾が旅行がてらお前の故郷まで送ってやらんこともない。あと、当然だが無給だ。まあ、頑張って仕事をするのならばたまにお小遣いをあげないこともないがな。
 それと、部屋にクックベリーパイが用意されているから、これが終わったら食べさせてやる。だからコントラクトサーヴァントが痛くても泣くんじゃないぞ!」

 すこし顔を赤くしながらそういうテオの言葉を聞いて、
 先ほどまで怯えていた少女はこう思いました。


 …この人、実はすごく優しい? と。


「ご主人様、もう、十分ですから」
 額を抑えながらエンチラーダがそう言います。
 
「ふむ、まあ、吾も最初だから少し怖がらせすぎたかもしれんが、吾の言うことを聞いているぶんには悪いようにはせん」
 そう言いながら彼は杖を持ち、コントラクトサーヴァントの準備をします。

「と…その前に聞いておこう。幼女、お前の名は?」

 テオの問い。



 その問いに対して、少女は自分の名前を答えます。









「わたし…エルザ」
 そう言って彼女は誰にも見えないくらいに小さく、笑うのでした。



◆◆◆用語解説


・羽虫
 羽の生えた虫

・ナメクジ
 カラのないカタツムリ

・蟻
 第一級隔離指定種に認定されている虫
 NGLにデカイ巣がある 

・ショボーン
 (´・ω・`)←こいつ

・ゲジ
 すごく早く動くムカデ

・ゴキ
 台所の黒い悪魔

・キュルケはすごいなあ
 テオは不安のため、無理やり書かされた感想文のような口調になることがある。

・ハリガネムシ
 寄生虫、良くカマキリとかバッタの尻から出ているアレ。

・カマドウマ
 羽のないキリギリスのような虫、別名便所コオロギ。

・竜王
 1、天龍八部衆の八大竜王。ナーガのこと
 2、世界の半分をくれる太っ腹大王。気に入られるとちゃん付けで呼ばれる上にリュウちゃんと呼べるようになる。

・ゲームは一日一時間
 ハイブリッジ名人の名言である。
 ただし、これは良い子に向けてのメッセージなので大人には関係ないのだ。

・エルザ
 ゼロの使い魔の番外編である「タバサの冒険」に登場。
 原作を読んでいる諸兄らはすでにご存知だろうが、詳しい正体は次回。



[34559] 6エルザとエンチラーダ 
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2012/11/25 00:08
「私、エルザ」
 少女はそう言いました。


 テオはエルザと名乗るその子供の、名前と容姿を脳内で何度も反芻しましたが、彼の記憶にはそれらしいものは存在していませんでした。
 それはテオに対して、全く縁もゆかりもない子供だったのです。
 テオは、自分が完全なる無関係の人間を召喚してしまったのだと思いました。

 テオは戸惑いました。
 ひょっとして自分は『虚無』の属性では無いのかと、一瞬思いましたがすぐにその思いを打ち消します。
 自分が虚無の才能が無いことは彼自身が一番によく知っているのです。
 自分にその才能が無いかと、過去何度か虚無の魔法に挑戦しそしてその結果、その才能が無いことを理解していたのです。
 
 では、なぜ自分の目の前にこの幼女が現れたのか。
 
 まず考えられるのはテオ自身の属性です。本来、サモンサーヴァントでは、自分の属性に近い物が呼ばれます。
 しかしテオは一応は土のメイジとされながらも、全ての属性を使いこなします。
 その全ての属性を兼ね備える幻獣がおらず、人間が呼ばれたと言うのであれば、いちおう考えうることでもあります。
 
 
 そして次に考えられるのは、自身がそれを望んだからというものでした。

『人間というのは一番使い勝手のいい存在』
『使いようによってはドラゴンよりも有効な使い魔』

 此等は先程ルイズが人間を召喚した時にテオ自身が言った言葉です。
 この言葉は皮肉でも的当に口から出た言葉でもありません。彼が本当にそう思い口にした言葉です。

 あるいは彼は憧憬を持ったのかもしれません。
 彼の召喚の直前に行われた、ルイズの召喚に。
 その伝説の属性に。伝説の使い魔に。そして、生涯の相棒に。
 テオは心の何処かで、苦楽を共に出来る意志の通じるパートナーを召喚したルイズを、虚無を、羨ましいと思ってたのかもしれません。
 だとすれば、目の前に子供が召喚されたことも、別に不思議なことではないのです。
 サモンサーヴァントでは、召喚主の希望や理想が多少なりとも反映されることが珍しくは無いからです。
  
  とはいえ、テオとしては納得がいかない部分が一点。
  
 
 それはその人間が「子供」だと言うことです。
 平民の子供。それも、一人前に召喚された男とは違い、その少女はこのハルキゲニアの人間です。服装や反応から見てそれは間違いありません。 
 そんな子供が自分の希望で理想である。
 それはテオにしても受け入れがたいことでした。
 
 (小児性愛の気は無いはずなのに…)
 
 そう思いながらテオは頭を抱えます。
 ひょっとして自身の心の中には自分でも気づかない性嗜好障害が潜んでいるのではと、テオは自分の心に恐怖を感じ、そしてその体を震わせるのでした。
 
 
 一方。
 その目の前に居る、エルザも震えていました。

 エルザの目の前にいたのは足のない一人の男です。
 隣にメイドを連れ、上質の服を身に纏った男。
 足が無いながらも、彼が貴族であることは疑いようのないことでした。
 貴族であるからには勿論メイジです。
 
 そして、今その周り囲むようにしてこちらを見ている沢山の人間も、皆、貴族のメイジであるようでした。
 貴族社会に詳しくないエルザでも、ああ、此処が話しに聞く貴族の学校というものだというのがわかりました。
 つまり今エルザは、恐ろしい恐ろしい貴族の群れの中に、一人放り投げられた状態でした。

 エルザはその状況に震えます。


 それはトリステインにいる平民の子供であれば当然の反応でした。
 しかし、エルザの心の中は、その「当然」とは違っていたのです。

 なにせその震えは恐怖からくるものではありませんでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 それは歓喜の震えでした。



◇◆◇◆



 数分前。

 夕方。日も傾き、影が伸びた頃。
 それはエルザの前に現れました。
 
 それは楕円形の鏡のようなもので、一見するとそれが何なのか全くわからないような不思議なものでした。
 しかしその楕円形の鏡のような物を目の前にしたとき。エルザは悟りました。
 自分が召喚されようとしていることを。

 ハルケギニアのすべての生物は、それを目の前にした時に、それが何であるかを理解します。
 そしてその鏡は、それを望むものの目の前にしかでてこないのです。

 使い魔と主人が多くの場合強固な信頼関係で結ばれる理由は、一説ではサモンサーヴァントの魔法は初めから主人と相性のいい存在を選んでいるから、と言われています。
 
 ですから基本的に召喚の儀式は失敗することはありません。
 たとえ人間以上に力のある、マンティコアやグリフォンやドラゴンが召喚されても、それらが召喚主を攻撃したり食べてしまったりということはまずあり得ません。
 召喚される対照が、それを納得した上で召喚されるからです。
 
 自分が召喚されることを理解し、そしてそれを望んだ相手だけが召喚される。

 或いは今まで人間が召喚されなかった一番の理由はコレなのかもしれません。
 大抵の人間は、無条件に誰かの下僕になれと言われて良い気持ちはしません。突然呼び出され、使い魔になれと言われても納得はしないでしょう。
 結果、良い主従関係は結べ無いのでそもそも召喚がなされない。よって人間や知恵ある亜人が召喚されない、というのであればそれらが召喚されない説明は付きます。

 その鏡の中に入れば、自分は召喚され、何処かのメイジの使い魔となる。
 普通の人間では、納得し得ないであろうことでしたが、しかしエルザは違いました。

 エルザは自分が誰かに召喚されるという事実を、理解した上で、自らもそれを望んだのでした。


 普通の人間ならばで嫌がるであろう使い魔に、彼女はなりたいと自ら思ったのです。

 
 なぜなら。


 なぜなら、エルザは普通の人間ではありませんでした。

 と言うより『人間』ではありませんでした。


 エルザは吸血鬼だったのです。




「最悪の妖魔」
 それが吸血鬼に付けられた枕詞でした。

 太陽の光に弱いながら、それ以外の弱点は特になく、力も強く生命力も高く。初歩のものなら先住魔法を使う事も出来ます。

 とはいえ、力で言ったら、オークやオーガの方がよっぽど強く。魔法ではエルフのほうがよっぽど強いのです。
 それでも、吸血鬼には、それら他の亜人を差し置いて最悪と評価されるある一点の理由がありました。
 
 それは、「人間と見分けがつかない」ということです。
 
 外見は人間と全く変わらず、牙も血を吸うとき以外は隠しておけ、魔法でも正体を暴くことはできず、なにより狡猾。
 吸血鬼は誰にも知られること無く人間社会に入り込み、いつの間にか人間たちを食い殺すのです。
 それが吸血鬼を最悪と言わしめる理由でした。

 そんな吸血鬼ですが、天敵が居ないわけではありません。

 吸血鬼の唯一とも言える天敵。
 唯一にして最大の天敵。それは他ならない『人間』でした。

 人間は集団で持って吸血鬼を見つけ出しそして殺します。
 如何に力強く魔法の使える吸血鬼といえど数の暴力には勝てません。
 そして人間の中でも特に「メイジ」という人種は危険でした。

 かつてエルザの両親もエルザの目の前でメイジに殺されています。 
 それは実に悲しい出来事でしたが、しかしエルザにとっては良い教訓でもありました。
 決して人間に正体がバレてはいけない。より狡猾に、より慎重に。そう生きることを教えてくれました。
 
 エルザは身寄りのない子供のふりをして人間社会に紛れ込み、
 両親をメイジに殺された『人間』の子供として、メイジを自分から遠ざけながら生きていました。

 彼女は人間を捕食しては居ましたが、同時に人間に怯えてもいました。
 何時か自分も両親のように人間に殺されるかもしれない。
 そんな恐怖が、消えること無く彼女の心のなかでくすぶっていたのです。

 そんな彼女の目の前に突如現れた鈍く光る鏡は、彼女にとって幸運の片道切符でした。

 彼女は迷うこと無くその鏡の中に入ります。 
 その先にある輝かしい未来を信じて。



◇◆◇◆



 光る鏡の先に飛び出た光景を見て、エルザは自分の選択が正しかったことを知ります。


 召喚主は貴族です。
 自分を呼び出し、コントラクトサーヴァントをしたそのメイジは野良の戦士でも、どこぞの三流メイジでもない。地位のあるメイジなのです。

 地位。それ即ち力です。
 絶対的な力なのです。

 そして使い魔となると言うことは言い換えれば召喚主の庇護下に入ると言うことでもあります。
 つまり、
 エルザは力ある貴族という存在の庇護下に入ると言うことでした。

 たとえ人間の血を吸っても、まさか貴族の関係者に吸血鬼が紛れているとは誰も思わないでしょうから、之ほどに都合の良い立場はほかにありません。
 
 
 更に言うのであれば、エルザにはもっと素晴らしい計画がありました。
  
 それは召喚主をグールにすることです。
 グールとは、吸血鬼の下僕のことです。
 吸血鬼は人間を血を吸い殺したあとの死体を、一体、動く死体として自由に操ることができるのです。

 グールは外見上は生前のその人と変わらず、更には記憶も生前の物を持っています。太陽にも強く、見た目は全くグールであると解る要素はありません。
 しかし、それは見た目だけであって、中身は動く死体で吸血鬼の操り人形に過ぎないのです。


 隙をみて、この男の首筋に歯を入れて、グール〈下僕〉に仕立て上げてしまえば、もうエルザには怖いものはありません。
 貴族の下僕を使い、好きなだけ血を飲むことが出来ます。

 たとえば不自然に平民が消えたとしても、誰も貴族が犯人だとは思いません。思ったとしても相手が貴族であればたいていの人間は泣き寝入るしかありません。
 この世界では人の命はとても軽く、ましてや貴族に比べれば平民の命など紙にも劣るのです。

 今までエルザは、吸血鬼でありながら、その平民と言う紙のような生き物のふりをして生きていくしかなかったのですが、それが貴族の主人として、ヒエラルキーのトップに立てるのです。
 
 エルザは自分に舞い降りた幸運に狂喜乱舞したい気持ちを必死で抑え、怯えた演技を続けます。

「ああ、幼女…エルザか。そう震えるな。プディングじゃあるまいに。むしろ震えたい気持ちでは吾のほうが絶対に上だ」
「ミスタ、そんなことより早くコントラクトサーヴァントを」
 コルベールがテオにそう言いました。

「了解だ、まったく、違うぞ、吾は絶対に違うからな、例の属性ではないからな……違う…よな」
「ご主人様?」
「ええいわかっておる!我が名は『テオフラストゥス』五つの力を司るペンタゴン。この幼女に祝福を与へ、我の使い魔となせ…」

 そう言いながらテオはエルザに口付けをします。
 エルザは自分の口に付けられたテオの唇に歯を起てないように我慢をしていました。
 出来ることならば今すぐにでもこの男の血を貪り、グールに仕立て上げたいとも思いましたが、そんな事をすれば、自分が吸血鬼であることがバレかねませんので、自重します。
 
 
 タイミングは慎重に選ばなくてはいけません。
 
 まずはこの男の信用を得ること。
 そして誰も自分に対して疑いを感じなくなった頃合いに、事をすすめるつもりでした。
 薔薇色の人生が待っているのです。一時の欲求で全てを台無しにするほどにエルザは短絡的では有りませんでした。

 一瞬の光りが辺りを包んだかと思うと、次の瞬間、エルザの体に熱が宿ります。

「ルーンは?何処かに刻まれているか?」
 テオがそう言うとエンチラーダはエルザのからだをさわり、ルーンの位置を確かめました。
「胸元です…ええっと、コレは例のものではありません」
 エンチラーダはエルザの胸元を確認しながらそう言いました。
 例の物と言うのが何を指すのか、エルザには解りませんでしたが、その言葉を聞いてテオの表情がかなり和らいだのが解りました。

「違うか?」
「ええ、一番目でも二番目でも三番目でも、たぶん四番目でもありません、たしかこれは使い魔の弱点をほんの少し改善する程度の、ありふれたルーンのはずです」
「そうか」

 そう言ってテオはわかりやすく安堵の息を吐きます。
 そしてその言葉に、心の中で一番に反応していたのはその隣りのエルザでした。

 エルザはますます自分には運が向いて来たと思いました。
 弱点を改善する。それはとても素晴らしいことです。ほんの少しと言うのがどの程度なのかはわかりませんが、少なくとも今よりは良くなるのは間違いありません。
 吸血鬼の弱点といえばなんといっても太陽です。
 アノ忌々しい太陽の力に少しでも耐えられるようになるのですから、それだけでアノ鏡に潜ったかいが在ったというものです。
 
「さて、では皆教室に戻るぞ」
 コルベールがそう言うと、他の貴族たちはフワフワと浮いたかと思うとそのまま移動を開始しました。
 
「コルベール師、吾、ちょっと、っていうか、かなり気分が悪いので部屋に戻って良いだろうか」
 テオが力なくそう言います。
 
「ミスタ・テオ。確かに顔色が優れないな。無理は良くない、直ぐに部屋に戻って休みたまえ」
 テオの顔色を見たコルベールはそう言いました。

「申し訳ない」
「ご主人様大丈夫ですか?」
「大丈夫?」
 心配そうにエルザがテオに尋ねます。

 今の彼女に必要な演技は、いつものメイジに怯える子供でも、不幸な子供でもありません。
 眼の前の貴族に気に入られる、あどけない少女の演技です。

「ああ、大丈夫だ」
 そう言ってテオはエルザに笑いかけます。

「…ではコルベール師、失礼する」
「ああ、あまり無理はしないように」
 そう言ってテオは、エンチラーダに車椅子を押されながら自室へと戻って行きます。
  
 道中、使用人たちや生徒たちが遠くからその様子を伺っていました。 
 正確にはテオの使い魔であるエルザを見ていました。
 しかし、その中に誰一人としてエルザを吸血鬼であると疑っている人間はいません。

 
 部屋に行くまで。エルザはショウウィンドウの中のケーキを物色するような気分でした。
 自分たちを見る人間たちをチラリと見ては思うのです。

 あの女の血は美味そうだ、
 
 偶にはあの男のような奴の血も悪くないだろう、
 
 あの壮年のメイジの血はどんな味がするのだろう、
 
 あそこに居る奴らの血を飲み比べるのはきっと面白いに違いない。
 
 杏の種を割るようにあそこの女の骨の中の骨髄を味わうのはきっと楽しい。
 

 そんな事を思いながらテオと共に移動をしました。



 一方テオはそれに気づくどころか隣で青い顔をするばかりです。
 エンチラーダに車椅子を押されながら、頭を抱えブツブツと独り言を続けます。

「幼女とか召喚とか…メイジとしてと言うか人間としてまずい…大丈夫なのか?いや、色々と倫理的に。
 いや、別に如何わしいことをするわけではないから良いのか?
 しかし幼女だぞ?
 むしろ逆に考えろ…如何わしいことを考えなかったからこそ純真な子供を召喚したのだ。
 そうだ、そうに違いない、そういうことにしよう」
  

 そしてそんなテオの様子を見ながらエンチラーダが一言呟きます。

「ああ、苦悩するご主人様も素敵です」



◇◆◇◆



 部屋につくと、テオは早々にベットに横になり、エルザには約束通りクックベリーパイが差し出されました。

 エルザはクックベリーパイには全く、完全に興味がありませんでした。
 吸血鬼である彼女にとって、食べ物は人間の体に流れる液体しかありえず、目の前のクックベリーパイは粘土の塊とさして違いありません。
 
 しかし、彼女は差し出されたそれを、とてもとても美味しそうに頬張りました。
 それが、子供らしい行動だからです。


 気怠そうに上を見ながらテオはエルザに幾つかの質問をしました。 
 その殆どはたわいもない事でした。
 
 やれ年齢は、好きな食べ物は、なにか欲しい物はあるか、そして…
「住んでいた村の名前はわかるか?」
 テオはそう聞きます。
 
 その質問に対してエルザは嘘をいうことも出来ました。
 しかし、エルザはそれに対しては真実を答えることにします。
 嘘を言ってそれを看破されれば、自分にとってマイナスですし、もし、上手くすれば、このメイジは自分の故郷に行くことになります。
 
 旅行先の他にメイジの居ない状況。
 
 この男をグールにするには一番の機会です。
 特に自分の住んでいた村であれば地の利もありますので、ますますそれが容易になります。
 
「サビエラムラ!」
 エルザはそう答えます。

「サビエラムラ?」
 テオは脳内でその名前を検索しますが、彼の知る限りトリステインにそんな名前の場所は有りませんでした。

「サビエラ村?たしかガリアの山間にある村では?」
「たぶんそこ!」
 エンチラーダの言葉にエルザが肯定を返します。

「ふむ、ガリアか…」
「一応あちらの貴族にも顧客は多いですから、行くこと事態には問題ございません」
「ふむ、すぐにでも行きたいが、向こうの都合もあるでな。まあとりあえず手紙を出しておこう、向こう側からの返事があってから向かうとするか」
「それがヨロシイかと思います。手紙は私が代筆しておきます」

「では頼んだぞ」


 エンチラーダはその会話を聞きながら終始上機嫌でした。

 目の前の貴族は今食べているクックベリーパイよりも甘い男のようです。
 
 たかだか一人の平民のために、他国まで行こうとしているのです。
 取り入るのも簡単そうならば、そのまま襲うのも簡単そうです。
 
 そんなエルザの心内を全く知らないテオは、ため息を一つつくと、
「エンチラーダよ、吾は今日疲れた、色々と思うこともある。出来れば一人になりたいのだが…」
 そう言ってテオはチラリとエルザを見ます。
 
 正直、テオとしては、いま心の整理が未だに付かず、一人で自分の心と向き合いたいと思っていたのです。

 主のそんな気持ちを察したエンチラーダはこう言いました。
「私の部屋であずかりましょう」
「ふむ、それがよいか。小さくともレディーである。男の部屋に泊まるよりはそっちのほうが良いだろうし、まあエンチラーダなら安心である」
 
 そう言ってテオは上半身を起こし、エルザの方を向くとこう言います。
「エルザよ、エンチラーダのいう事を聞いて良い子にしていなさい」
「はい!」

 元気よくエルザは返事をします。

「ではご主人様失礼します。エルザ、行きますよ?」
「はい!じゃあね!」
 そう言ってエルザとエンチラーダはその部屋を後にします。

 部屋からはテオの独り言がブツブツと漏れ出して居ましたが、エンチラーダもエルザも気にせずその場を後にしました。

 エンチラーダはテクテクと歩き、エルザはその隣を歩きます。

 普段通り、というか、それらしい演技をしながらエルザは歩いていましたが、その心内はとても上機嫌でした。
 彼女の頭の中では食べ放題のヨーデルが奏でられ、これからの素晴らしい未来を想像しては、にやけそうな顔を必死で押さえつけていました。

 よくよく見れば、目の前の女も中々に美味そうな容姿をしています。

 シミひとつ無い肌。
 程よい肉付きの体格。
 
 主人をグールに仕立て上げた後は、まず始めに眼の前の女を味わおうとそう思った時。
 眼の前の女、つまりはエンチラーダが口を開きました。

「さあエルザ、こちらです」

 そう言って彼女は扉を開けました。
 いつのまにか目的地に到着していたようです。

「うん」
 そう言ってエルザは室内に入ります。

 その部屋はよく整理された質素な部屋でした。
 ダブルベットが一つと机が一つ、そして本棚しか有りません。
 
「一応此処が貴方の部屋ということになるでしょう…ああそうだ、ココで生活するにあたって注意点が幾つかあります」
「注意点?」
「ええ、まあ、わかりやすく言うとやってはいけないことですね」
「やってはいけないこと…」

 エンチラーダはエルザをベットに座らせるとその前に立ち、指を立てながら注意点を上げて行きました。
 それは当然といえば当然のことでした。
 エンチラーダはエルザを子供だと思っているのでしょうから、エルザに対して、子供にするような簡単な決まりごとを課すのでしょう。
 エルザはそう思い、その言葉に子供らしく反応しようと思いました。

「まず、大声で騒いだり、走りまわったりはしないこと。どうしてもなときは室内ではなく庭で騒いでください」
「解った!」
 エルザは元気よく答えます。そういう子供は誰からも好かれるからです。

「次に、マナーを守ること、と言ってもあまり厳しいことは要求しません、なにか間違えたマナーがあればその都度注意します」
「うん!」
 エルザは素直に答えます、そういう子は誰からも好かれるからです。

「3つ目はそうですね、ワガママはあまり言ってはいけません。勿論要求があれば私もご主人様もある程度は叶えますが、度が過ぎた要求は当然却下しますのでそのつもりで」
「はい!」
 エルザは行儀よく答えます、そういう子は誰からも好かれるからです。

「そして最後…まあ、コレは努力義務ですが、ココで当分は血を吸うのはお控えなさい」










 その言葉で、エルザの心臓は凍りつくような感覚を覚えました。







今眼の前の女は何と言った。
 なぜその言葉を口にしている。
      なぜ、なぜ、なぜ、なぜ。

 そんな疑問が頭の中を駆け巡り、恐怖がエルザを支配します。


 しかしそんなエルザの反応とは反対に、エンチラーダの反応は全く変わらずそのまま言葉を続けます。
「貴方は一応ご主人様の使い魔です、貴方が問題を起こせばご主人様の品位に関わりますので」

 まるで騒いではいけないという注意と同じようなトーンで、エンチラーダはそうエルザに注意をします。

「え?ちが…」
「ああ、そういった惚けは不要ですよ吸血鬼。偽証は不要です。無駄です。」
 エルザは必死でそれを否定しようとしますが、エンチラーダはにべもなくそれを潰します。

「何、簡単な推理ですよ。
 普通サモンサーヴァントで呼び出されるのは人間とは限りません。
 むしろ割合からすると人間が呼び出される事は実に少ないんです。
 可能性であればエルフや羽人、獣人、夢魔、或いはミノタウルスが召喚される可能性だって十分にあるんです。
 勿論吸血鬼である可能性もね。
 実際のところ、被害妄想にも近い考えです。しかし私にはご主人様の安全を第一に考えるあまり、色々と疑ってかかる癖が付いてしまいまして。
 それで貴方のことを観察していたんですが。
 此処に来るまで、器用に陽の光を避けて歩いていましたね。
 私の比較的難しい言い回しにも普通に反応してました。
 クックベリーと一緒に出された薬草茶を、顔色一つ変えずに飲みました。
 
 まあ、本当に被害妄想に近い私の考えすぎなんです。たいていは杞憂で終わるんです。
 
 ですが。
 
 貴方の反応で確信に変わりましたよ」


 その言葉を合図にエルザは自衛のための行動を起こします。

「眠りを導く風よ!」
 エルザは呪文を唱えました。
 先住の魔法。
 ハルケギニアの魔法使い達が使う魔法とは別の異質の魔法。
 『眠りの風』は相手を、それこそ一流のメイジであっても眠らせることのできる魔法でした。


「今何を…ああ、眠りの先住魔法ですか、へえ、そんな呪文なんですね」
 しかし、目の前の女はそんな魔法を気にもとめませんでした。
 確かに一部の人間や亜人には、魔法の効きづらい者は居ます。
 でも、それでも全く効かないなんてことはあるはずがなかったその魔法を、その女は涼しい顔で耐えたのです。

「無駄ですよ、私にはその魔法は効きません。眠りも、魅了も、混乱も出来ない体ですので」

 そう言ってエンチラーダは依然としてそこに立っています。
 
 
 勝てない。
 
 
 エルザは咄嗟にそう判断しました。
 
 そして迅速に次の行動を起こします。
「私遠くに行く!もうここには来ないから、だから、だからタスケテ!」
 それは必死の懇願でした。

 エルザにはプライドも誇りも存在しません。
 
 ただ自分が生きることこそを第一と考え、それ以外は二の次です。
 兎に角今彼女は目の前のメイドの靴を舐めてでも生き延びたいと、そう考えるのでした。
 
 しかし、エルザに対するエンチラーダ反応は冷たいものでした。
「貴方ナニを馬鹿なことを言っているのですか?」
 それは何処か怒気を含んだ声でした。
 
「そんなことが許されると思っているのですか?」
 そしてそれは決意を持った目でした。
 エルザは自分の言葉が、何かエンチラーダの逆鱗に触れたことを理解します。
 
「貴方は自分の立場を理解しているのですか?」
 エンチラーダの言葉は止まりません。

「あの御方の使い魔でありながら、それを止めて遠くに行く!それはあの方のサーヴァントという立場を、使い魔を止めるということですか?貴方は今、あの方の使い魔という。素晴らしい立場だというのに!!だというのに!!!」
 そしてエンチラーダはエルザの両肩をがしりと掴むと叫ぶように言います。
「それを すてるなんて とんでもない!!!」

「ひい!」

 エルザは怯えました。
 
 今までたくさんの人間を殺し、たくさんの人間を騙してきたその吸血鬼は、
 目の前の、一人の女性、それも平民のメイドに確かに恐怖していたのです。



「あら、怯えてしまって、可哀想に」
 そう言ってエンチラーダはその手を彼女の頬に当てます。とても優しく。
 しかしその行為はむしろエルザの恐怖を助長させるだけでした。 
「!!」
 恐怖のあまりエルザは声が出なくなり、その体を震わせます。

「安心なさい、私は別に貴方をどうこうしようと言う気は無いのですよ…だって、貴方はあのおかたの 使い魔なのですから」
 そういうエンチラーダの声はとても優しげでしたが、エルザの恐怖は止まりません。
 むしろこれだけの気迫を出しながら優しげで居られるエンチラーダに対する恐怖は増すばかりです。

「貴方はまだ、気がついていないのですね?貴方今、素晴らしい立場にあるのです。なにせ私ではかなわないそれが貴方には許されているのです」
 
 エンチラーダはエルザから手を離し、その手を自分の胸に当てるとまるで宣教師が教えを説くように語ります。

「誇りなさい、喜びなさい、私がどんなに望んでも、渇望しても、決して手に入れられないものを貴方は手にしようとしているのですよ?そして同時にそれは貴方だけががあの方に与えられるものです」
 
 何処か虚構を見つめながら、身振りを交えた語り口。
 それは隙だらけの動き。
 本来ならば逃げる絶好の機会です。
 
 この女が自分から手を離している隙に、渾身の力で持ってこの女を蹴り飛ばして逃げるべきなのです。
 
 なのに。
 
 
 なのにエルザは動けません。
 
 まるでゴーゴンに睨まれたかのように指一つ動かせず、その視線はエンチラーダから外すことができませんでした。
 
「ああ、今貴方は、あのかたに愛される権利を手に入れようとしている」
 焦点の合わない視線を何処かに向けながら、目の前の女は叫ぶように言います。

「コントラクトサーヴァントは一種の呪いです。それは使い魔の心を変え、主人を愛するようになる。そしてその効力は主人側にも適応されます。きっと貴方はあの方に愛されます」
 まるで夢遊病のように首を振りながらエンチラーダは続けます。

「なんて素晴らしいんでしょう。あの方が幸せに近づく。あの方が幸福になる。あの方が愛を、愛を知るのです」


 そしてエンチラーダはその焦点を再びエルザに戻し、こう言います。
 

「あの方に愛されなさい、それこそが貴方の役目であり存在意義です…良いですか?」
 それは先程の注意点を語る調子とは全く違う言葉でした。
 先程より優しげで、柔らかい口調でしたが、それは一切の拒否を許さない絶対的な命令でした。
 
 
  エルザがそれに対する答えとして言えるのはたった一つ。
  
  
  
  短い短い一言の言葉だけでした。それ即ち。

「はい…」

 エルザに拒否権は有りません。
 いま自分に残された道は彼女の言うとおりに動くこと。
 それ以外に置いて自分が助かる道は無いのだと理解しました。
 
 それは理性ではなく、本能でそう感じたのです。眼の前の女には逆らってはいけないと。

「ヨロシイ、聞き分けのある子は好きですよ。ああ、まあ子という年齢かどうかは見た目じゃわからないんでしたっけ。まあ、貴方が年上か年下かなんてどうでもいいことですよね」

 そう言ってエンチラーダは再びエルザの肩に手を置きます。

「それさえ守れば、後はナニをしても構いません。それこそこの学院のあの方以外の全ての人間の血を吸い尽くしたってかまいませんよ?もちろんあの方の立場もありますので、バレないようにと言うのが前提ですが」

 その言葉を聞きながらエルザは思います。
 いま自分は、この世で一番恐ろしい生物の隣にいる。
 人間より、メイジより。ずっとずっと恐ろしい何かの隣にいる。
 そして、自分はその庇護下に入ってしまったのだと。
 
 それは確かにエルザの望んだ絶対的な立場でした。
 なにせ目の前の生物は今までエルザが見たどんな生き物より恐ろしいのですから。
 その庇護下というのはある意味でとても安全な立場なのでしょう。
 
 しかし、
 しかし、それは………
 
 

「ああ、そうだ、それと一つ言い忘れていました」
 そう言って彼女はエルザの方を見て笑いながらこう言いました。





「貴方を歓迎しますよ吸血鬼」


 それはエルザの長い人生の中でも、

    一番に美しくそして、恐ろしい笑みでした。




◆◆◆用語解説


・小児性愛
 ペドフェリアのこと。
 13歳以下の子供に対する性的欲求、またそれを抱く人間のこと。
 ロリコンとの違いは、ロリコンは専門用語ではなく単なる概念で定義が曖昧であり、特に対照が13歳以上でも場合によってはロリコンと定義されるし、また、性的欲求を持たず、単にファッションや芸術的な趣向による興味であってもロリコンとされるのに対して、ペドフェリアはガチである。
 ちなみに13~17歳程度の子供に対して性的欲求を抱くのはエフェボフィリア、もしくはヘベフィリアという。
 
・吸血鬼
 ハルケギニアの吸血鬼は、一種の種族として存在しており、我々の知るそれとは若干違う。
 繁殖方法も普通の生物と同じであり、吸血鬼に噛まれることで吸血鬼になるということはない。
 ただ、吸血鬼は噛んだ人間をグールという下僕にすることができる。

・グール
 原作ではグールの記述はあまり多くないので詳しくは不明だが、吸血鬼は沢山の人間をグールにすることは出来ず、基本的に一体をグールにすることしかできないようだ。
 その反面で、作ったグールを結構あっさりと使い捨てている描写(他人を吸血鬼と思わせる為に使った後に殺させている)があったために、一生に一体とは思えず、一度に扱えるのが一体ということのようだ。
 アンドヴァリの指輪のように死体を動かす先住魔法と共通点も多く、魔力の関係上一体しか扱えないと筆者は想像している。

・太陽
 吸血鬼の弱点が太陽ならエルザは、サモンサーヴァントの時は大丈夫だったの?と言われそうなので。此処で解説。
 前回の話で主人公テオ達は木陰で休んでいた。
 その直ぐ側の木がじゃまにならないスペースに移動したが、シッカリと木陰はそこまで伸びている…ということにしておいてください。
 弱いと言っても人間に隠れて生きるからには、太陽に触れた瞬間蒸発とかではなく、太陽に触れると軽いやけどを負い、長時間で死ぬ…程度だと考えている。でないと直ぐにバレるし。
 直射日光をもろに浴びなければ。多少体調が悪い程度で耐えられるのだと勝手に想像してみたり…。

・枕詞
 歌にみられる修辞で、特定の言葉の前に置くことで、言葉の流れを整えたり情緒を出すための言葉。
 ○○といえば最初に○○と付く、というような定番の言葉という意味にも使われる。
 例
 ちはやぶる…神、氏
 若草…夫、妻
 たらちねの…母
 インディアン…嘘つかない

・例の属性
 虚無の属性 OR ロリコン属性
 
・プディング
 プリンのことだが、ババロアやカヌレなど、液状のものを固めた物を広義的にプディングという。
 甘い物とは限らず、ブラッドプディングやヨークシャープディングのように甘くないものもある。
 
・杏の種を割る
 梅干しの種の中のテンジンさんみたいに、杏の種中にも食べられる部分がある。
 コレが俗にいう杏仁。本来の杏仁豆腐の材料である。
 特別美味いというわけではないが、独特の匂いがするので、好きな人は好き。
 しばしばアーモンドと混同されることがあるが、別ものである。

・食べ放題のヨーデル
 トリステイン 学院で 飲み放題 飲み放題
 骨髄も割放題
 ハッピーヘブンパラダイス

 残念ながらこのあとエルザの脳内はハッピーヘブンパラダイスからゴートゥーヘルした。 

・それをすてるなんてとんでもない!
 何か特別なものを捨てようとしたときに表示される。
 
・ゴーゴン
 メドゥーサに代表される頭に蛇生やした魔物 
 



[34559] 7エルザとテオ
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2012/11/25 00:10
 その日。
 雄鶏よりも早く、エンチラーダの朝は始まりました。

 エンチラーダはテキパキと身支度を済ませると、未だ夢の世界を彷徨うエルザにバラ水を霧吹きで吹きかけます
 チリチリと細かい霧がエルザの頬に掛かり、エルザはさわやかな香りと頬に伝わる冷たい感触で目を覚ましました。


 それは今までのエルザの生涯において、一番に優雅で最高の目覚めで。


 同時に最低の目覚めでした。
 なにせ、目を開けて一番に。昨日散々恐れたその人物が目の前に居たのです。

「おはよう御座いますエルザ」
「お…おはよう、ございます、エンチラーダ様!!」

 エルザがそう挨拶するとエンチラーダはため息を一つ付きました。

「様は不要です。それを付けるべきは我らがご主人様に対してで、私はあくまであのお方の使用人ですので立場的には別に貴方の上と言うわけでも有りません」
「は…はい」

「それと、昨日までの演技はどうしました?別に演技をしろとは言いませんが、ご主人様の前でそのような態度はしてはいけません、あのかたは砂糖細工のハートですから、見た目子供の貴方が怯えた態度を取れば、それはそれは傷つきます」

 そう言ってエンチラーダは少しばかり眉を下げました。
 それは実に囁かな表情の変化で、注意深く見ていないと見逃してしまいそうなほどでしたが。
 普段から表情の乏しいエンチラーダにしては最大級の不満顔でした。

「それに、私も多少傷つくのですよ?」
「……」
 その言葉には嘘は有りませんでした。

 エンチラーダは、別段エルザに対して敵意も警戒心も持っていなかったのです。
 エンチラーダにとって、エルザは『主人の使い魔』であって、それ以上でもそれ以下でも無いのです。

 主人と常に居るエンチラーダは、エルザとは今後、長い長い付き合いをする事になります。
 で、あるならば、出来るだけお互い仲良くしたいと言うのがエンチラーダの考えでした。

「さあ、立って。今日も一日の始まりです。びくびくと一日を過ごすよりも少しでも今日という日を楽しんだほうが得でしょう?」
 そう言ってエンチラーダはエルザの頭をなでます。
 
 エルザはそれに恐怖をしました。
 なにせ得体のしれない存在が、今、自分の頭を撫でているのです。
 もし、自分がこの目の前の女の機嫌を損ねれば、この撫でている手は容赦なく自分を殺してしまうと。そう思うと恐怖を感じずには居られませんでした。

 しかし。

 不思議なことに。
 奇妙なことに。
 おかしなことに。

 その恐怖と同時に。
 エルザは得も知れない喜びも感じていました。
 それはもしかしたらエルザの吸血鬼としての本能だったのかもしれません。

 人間に擬態し、人間の保護を良しとする吸血鬼にとって。
 絶対の強者からの好意は絶対的な喜びを彼女に与えるのです。

 エンチラーダの指がエルザに触れる度に。
 エルザの中を恐怖と幸福の2つの感情が走りまわるのです。

「ではまずは厨房へと参りましょうか…ああ、そこのフード付きのショールを纏うと良いでしょう。室内とはいえ朝ですので、日に当たる場所も多いです…それにまだ冷える季節です」
「はい」

 フード付きのショールは、少しばかりエルザには大きくて、まるでマントのようでした。
 体の殆どを布ですっぽりと覆い、エルザはエンチラーダについて行きます。

「エンチラーダさんおはよう御座います」
「おや、シエスタ女史、おはようございます」

「…ええっと、その隣にいる子供は?」
 シエスタはエンチラーダの隣に佇むエルザを見ながらそう言いました。

「昨日ご主人様が召喚しました子供です。エルザと言います」

「ああ!あの噂の。ええっと…おはよう御座いますエルザちゃん」
「おはようございます」
 
 エルザは礼儀正しく返事をしました。
 普段のエルザであれば、人見知りをするような、少し怯えた表情をそこに入れるのですが、ここではそれはしませんでした。
 そういった行動を、あまりテオとエンチラーダが好まないと思ったからです。

「か…かわいい」 
 如何にも子どもらしいエルザの反応にシエスタは骨抜きです。

「一応皆さんに紹介をしておこうと思いまして」
「ええ、そうですね。きっとみなさん気にいると思いますよ?」
「では」
「バイバイ」
「ええ。バイバイエルザちゃん」





 次にエンチラーダたちが訪れたのは厨房でした。

「よう!エンチラ……その子供は?」
 マルトーがエンチラーダの隣の子供を見てそう言います。
「ええ、実はご主人様が昨日召喚した子供で、エルザと言います」
「おはようございます」
「おう、おはよう。…そうか、変わった貴族だとは思っていたが、呼び出したのもやっぱり変わってたんだな」

 何やら納得と呆れの入り混じったような声で、マルトーは言いました。

「今日はこの子に学院を案内しようと思いまして、申し訳ないのですが朝の手伝いは…」

「ああ、別に構わねーよ。むしろ、いつも言ってるけれどお前は手伝う必要もないんだ、一々断らずに休みたい時は休めばいいさ」
「ありがとうございます」
「バイバイ」
「おう、またな嬢ちゃん」



 そんな調子でエンチラーダはエルザに学院の中を案内して行きました。
 
 広い図書館、動く絵、踊る石像、室内の噴水。
 それらをエルザに見せていきます。

 エルザは緊張しつつも、今まで見たこともない貴族の学舎に興奮をせざるを得ませんでした。
 エルザは長い年月を生きた吸血鬼でしたが、その人生の大半を平民に紛れて生きてきました。田舎の村で平民の生活をしていたエルザにしてみれば、まるでお伽話の世界に入り込んだように凄いものだったのです。


 そしてエンチラーダとエルザが最後に訪れた場所が、
「さて、ココがご主人様の部屋です。っと言っても昨日すでに来てますから、知っているとは思いますが」


 テオの部屋でした。




 エルザは唾を飲みます。


 エンチラーダと言う、よく解らない何か。それは確実に自分が敵うことのない、悪魔のような存在です、
 そしてその悪魔が崇拝するテオフラストゥスという人間。

 一体如何なる者なのか。
 少なくとも目の前の女を従えるだけの存在であるわけです。

 昨日の時点で彼に対してはさしたる恐怖を感じませんでした。
 しかし、考えてみればそれこそが一番に恐ろしいことです。


 なぜならテオフラストゥスは吸血鬼すら騙し通していたことになるのです。

 あの優しさも、あの間抜けな言動も、あの甘さも。

 全ては演技だったのです。
 擬態の天才である吸血鬼以上のミミック。

 テオフラストゥスの本性とは一体いかなるものなのか。
 あのニヨニヨと笑う笑顔の下にどんな本性が隠されているのか。

 それを想像するほどに、エルザは恐怖をせずには居られなかったのです。




 カチャリと音を立ててエンチラーダが扉を開けます。

 物音一つしない室内は、朝だというのに暗くて、まるでそれこそ吸血鬼の塒のようでした。
 そしてその暗い部屋の奥のにあるベット、テオはそこで眠りの世界をさまよっていました。


 エンチラーダとエルザは一歩ずつそこに近づいて行きます。


 エルザは一歩近づくごとに自分の心臓の鼓動が強くなることを感じました。



 そしてベッドの隣にたどり着いた時。



 そこに横たわるテオは、


「う~ん、う~ん。もう食べられない」
「この、如何にもな夢を見てらっしゃるのが我らが愛すべきご主人様です」
「…」

「え?甘味?ならば別腹だからもう少し食べるか~むにゃ」
「この麗しき寝顔を見ているだけで、今日も一日がんばろうと言う気にもなりますね」
「……」

 エルザは戸惑いました。

 寝ている間も擬態をしているのだろうか。
 しかし目の前のよだれを垂らしながら寝ているのは何なんだ?
 これが本当にコノ悪魔を従える男なのか?
 そんなエルザの困惑をよそに、エンチラーダはテオを起こします。

「ご主人様おはようございます」
「もうお腹…んん?」

 エンチラーダの優しい揺さぶりで、テオは目を覚まします。

「ふむ…ああ、エンチラーダかそれと…こども?」
「ご主人様、エルザですよ、昨日召喚したじゃないですか?」
「昨日?ああ、吾の召喚した子だったな。うむ、おはようエルザ」

 そう笑顔で朝の挨拶をするテオ。

 それは屈託の無いもので、とてもその表情の裏に恐ろしい本性が隠れているようには見えませんでした。

「しかし今日は一段と早いなあ、いつもは朝食の頃に来るはずだろう?」

「ええ、今日は折角ですからエルザに学院の案内をしておりまして、ついでに朝のご挨拶をと思ったものですから」

「ふむ…せっかくだ、今日は久しぶりに食堂で食事をするか」

「ヨロシイのですか?」
「まあ、貴族の食卓というものになれさせておいたほうが良いだろう。今後の人生を吾と過ごすのだ」

 そういうテオの様子は、やはり昨日見たままに、甘くてチョロイ。如何にもお人好しのメイジのそれで。エルザは、なぜエンチラーダが彼を崇拝するのか理解できませんでした。



◇◆◇◆



 魔法学院の食堂はそれはそれは立派なものでした。

 テーブルには豪華絢爛な飾り付けがなされ、
 たくさんのローソクには惜しげなく火がともされ、かごにはフルーツが盛られています。

 
「すごいすごい!」


 それは演技ではなく、エルザの本心でした。
 エルザはこのように豪華な食事を見たことがなかったのです。

 吸血鬼にとって、本来人間の食事はさして興味を引くものではありませんでした。
 それは吸血鬼にとって、動植物の死体であって、食欲を唆るものではなかったのです。

 しかし、そんなエルザでさえ、目の前に広がる沢山の食事には感嘆の声を上げざるをえなかったのです。

「すごい!」
「これ、あまり飛び跳ねるな、お前は…吾の膝だな」
 そう言ってテオはエルザを自分の膝の上にのせました。

「ねえ、テオ、食べていいの?これ、食べちゃっていいの?」
「まあ好きなように食べれば良い…が、あまり汚らしく食べるのはよろしくないぞ」
「は!!?」

 その時エルザは思い出しました。
 昨日エンチラーダに言われた言葉を。


 『マナーを守ること』

 不必要に騒ぐ事はどう考えても良いマナーとは思えません。


「どうした、急にしおらしくなって」
「マ…マナー良くしないと…」
 エルザの言葉にテオは微笑をその顔に蓄えました。

「まあ、その通りではあるが、然程気にし過ぎなければ構わんよ。マナーなんぞ社交界で媚を売るような輩が覚えれば良いことだ。あまり不快にならない程度にしていればそれでよい…ただ、むやみに騒ぐには確かによろしくは無いなだ…例えば…」

 そう言ってテオが視線を向けた先。

 そこには一人の男がキョロキョロと辺りを見ながら何やら騒いでいます。
「こんなに食べられないよ!俺!参ったな!ええおい!!お嬢様!!」

 それは昨日ルイズが呼び出した使い魔。
 サイトという名前の使い魔でした。

「ああいう風に騒ぐのは頂けない」

 テオはサイトを見ながらエルザにそう言います。

 
「多少騒ぐのは構わんだろうが場所に合わせた行動が必要である。時と場所に合わせて相応の行動を心がけるべきだ、ああいうのは兎に角浮くのでな。見てて見苦しい」

 確かにその男は食堂で一人だけ浮いていました。
 如何にもお上りさんのようなその様子は、見ている方が少し恥ずかしくなってしまいます。

「なるほど」
 エルザはそれをみて見苦しく騒ぐのはやめようと思いました。
 少なくとも、自分はあのように見られたくはなかったからです。


「平民でさえそうなのだ、貴族には特に気品が必要だ。それは偉そうにふんぞり返ることではない。気品たるものこそが貴族である。例え相手が平民であっても、気品を忘れず紳士淑女的に対応するものだ。それができないものは貴族として失格である。例えば…」


 そう言ってテオが見た先。
 そこには小さな少女がハシャグ男に冷たい視線を向けていました。 
「…アンタは私にの特別な計らいで床」

 そう言ったのはルイズという、昨日サイトを召喚した少女でした。


「ああいうのは頂けない。人間を犬扱いするという行為には気品が全くない」

「なるほど」
 それはまるでお伽話に出てくる意地の悪いメイジのようで。
 平民に床で食事をさせるその姿は、まさに悪役のそれでした。


「って…先刻からごちゃごちゃ横で言ってるけれど!いつもは自分の部屋で食事するアンタが何で今日に限って食堂に居るのよ!」
 テオの声が聞こえていたのでしょう。
 ルイズは怒りを含んだ声でテオに話しかけます。

「なに、せっかくなのでエルザに食堂を見せようと思ってね、こうして一緒に食事中だ」
「なによ、あんたこそ使い魔を膝に乗せて食事なんて…まるでマナーがなっていないじゃない」

 ルイスの言葉は確かに間違えではありません。
 貴族の家庭において、子供を膝に乗せて食事をするというのはまずありえないことでした。
 というより、貴族の世界で子育ては本来乳母にでもやらせることで、貴族自身が膝に子供を乗せるのは、マナーに反した行動です。

 しかし、テオはそのルイズの指摘に対して、顔色ひとつ変えずに答えました。

「は!くだらん。全くもって意味のないマナーだ。子供を膝の上に乗せてはいけない?非効率極まりないではないか。一々係の者を呼び寄せて、彼女の食事を手伝わせるのか?良いかねミス・ルイーズ。形式化したマナーはな、一種の儀式であり、そして意味の無い儀式はな。ただの愚行というのだよ」
 そう言いながらテオは口を歪めます。

 その貴族らしからぬテオの言葉に、ルイズは呆れてしまいました


「そう言う君こそマナーを勘違いしている。そのような汚らしいものを食堂につれてくる人間に言われても困るね。全くこの食堂はあくまで貴族のための食堂だ、入るべきは貴族とその使用人であって、使い魔は使い魔用の宿舎で食事をするべきなのだ」
 テオはサイトを指さしてそう言いました。

 その言葉にサイトは少なからず腹を立てましたが、彼が文句をいう間もなく、隣のルイズの口が開いていました。

「あんた言ってること無茶苦茶だって理解してる?」
 ちょこんとテオの膝の上に座るエルザを指さしながら、ルイズはテオに言いました。

「むさっ苦しい男と可愛い幼女を一緒にするな!」

 怒鳴るようなそのテオの言葉に…
「納得できちまうだけにすごく悔しいぜ畜生」
 サイトは納得してしまいました。
 確かにサイトがテオの立場だったとして、自分のような男と、エルザのような少女、ドチラを傍らに食事をしたいかと問われれば、断然エルザです。


 サイトはエルザと自分の食卓を比較しました。

 かたや貴族と一緒に楽しい朝食。
 ご主人様と一緒に美味しそうに料理を頬張る子供。

 かたや一人寂しく床で食事をする自分。
 硬いパンを齧りながら冷たいスープを飲む。
 
 二人の話部位から。自分とエルザの境遇は同じ使い魔のようです。

 しかし、この扱いの差。
 サイトは不満を感じざるをえませんでした。

 
 そしてそんなサイトの気持ちを代弁するかのようにテオはルイズに対して言葉を続けます。

「そもそも、お前のしているのは妙なプレイであって、人間に対する躾とはかなり違うとおもうぞ?」


 それは正論でした。


 彼女のしているのは幻獣や犬、猫に対する躾そのものです。

 恐らく彼女は、当初考えていた対応。
 つまりは、人間ではなく幻獣が召喚されると思っていた時の対応を、そのままサイトに対してしているようでした。

 普通。
 高慢な貴族といえど、普通は使用人や雇い人を床で食事させるなんてことはしません。
 むしろ、部下を冷遇することは部下を厚遇するだけの財力がないと言っているようなものです。見栄をはりたがる貴族は部下に対して結構な高待遇をする者も少なくは有りません。

 しかしルイズはそれをしません。
 若く貴族の仕組みを理解しきれていないのか、単にサイトを人間というカテゴリーで見ていないのか。或いは単に応用力が無いのか。
 結局彼女は幻獣の使い魔に対する躾方法をそのままサイトに行う以外の方法を思いつかなかったのです。

 テオのその言葉に、サイトは心のなかで拍手を送りました。
 そうだその通り、もっと言ってやってくれと。
 
 しかし、そんなサイトの心内などどこ吹く風。
 ルイズはこう答えます。

「甘やかすと付け上がるじゃない」
「君は飴と鞭を履き違えている、躾とは甘くする時は甘くして、厳しくするべきは厳しくするべきなのだ」
「ごちそうさま…」
 エルザはそう言ってフォークをテーブルに置きました。 

「エルザ、口の周りにソースべったりではないか、品がないぞ、さあ、口を出して、吾がハンケチーフで拭ってやる」
「モガモガ」
「よし、綺麗になったな。エルザ、デザートは何かたべるか?」
「たべる!」
「まったく、何でもかんでも好きに食べられるというわけではないんだからな、そういったワガママは決して君自身のためにならんぞ。エンチラーダ大至急厨房からデザートを」
「かしこまりました」
 
 そう言うとエンチラーダは春風のように颯爽と厨房へと歩いて行きました。

 その様子を見たルイズとサイトは呟きます。
「全然厳しくないし…」
「甘やかし過ぎだし…」

 二人が呆れている間に、エンチラーダはトレイの上に幾つかのお菓子を乗せて戻ってきました。

「ベリータルトの他にクックベリーパイとモモのコンポートを持ってきました」
「全くエンチラーダ。それは持ってきすぎだ、エルザが虫歯になってしまう」
「食後にはしっかり歯を磨かなくてはいけませんね、ああ、そうだ子供用の歯ブラシの用意をしなくては」
「何、歯ブラシならば吾がつくろう。ユニコーンの毛のブラシと金の柄の物なんぞどうだろう」
「ご主人様、それは甘やかしすぎです、ブラシはせいぜいグリフォンの毛と、柄はせいぜい銀程度でヨロシイかと」
「む、そ…そうだな。子供の頃に物を与え過ぎると良くないからな。その程度で十分だろう」
「ああそうだ、歯磨きの時にはちゃんと鏡がなくてはいけませんね」
「む!そうだな、子供用の鏡台を作るか」
「ええ、では私が材料を探してきましょう」


 その光景を見ていたサイトが言いました。
「な…なあ、このへんではこんな教育方針が普通なのか?」

 それはまさに、親馬鹿がかわいい子供について話し合っている光景でした。
 サイトの住んでいた現代社会にもそのような親が居なかったわけでは有りませんが。
 話しに聞くことこそあれど、サイトはそれを現実に見るのは初めてでした。

 あるいは、このような光景は貴族社会では当たり前なのかと思い、ルイズに尋ねますが…

「…いえ、流石にここまでの親バカぶりは珍しい部類だわ」
 さすがのルイズもテオとエンチラーダのやり取りに呆れ返ります。


「ああ、そう言えばメイドの中には子持ちの者もおりますので、必要なものを聞いておきましょう」
「そうだな経験者の助言は大切である。できるだけ早急に必要な物を揃えなくてはな」
「洋服も買いましょう」
「護身用の道具も必須だな」
「勉強道具も大切です」
「装飾品も作らねば」
「玩具も…」
「お菓子…」
「かゆ…」
「う…」

「正直この優しさに不安すら感じる」
 ボソリとつぶやくエルザを見ながらサイトは思いました。 
 今の自分のようにゾンザイな扱いは嫌だが、エルザのように過保護の対象になるのも嫌だなあと。



◇◆◇◆



 教室内は奇妙奇天烈な生き物で溢れ帰っていました。

 どれもコレもが変わった形をしていて、長いことハルケギニアで生きてきたエルザにしても見たことのない幻獣がたくさん居ました。

 ハルキゲニア的生物は不思議がいっぱいです。


「ねえあの目玉のお化けみたいなのはなに?」
 不思議な生物を指さしてエルザが尋ねます。

「バグベアだ…アイツこっちの方ガン見してないか?」
 テオは妙に怯えた様子でそう言いました。
「…?気のせいでは?目が大きいのでそのように見えてしまうのでしょう」
 エンチラーダはそう言いますが、テオは依然怯えた表情です。
「そうか?なんか、視線が物凄く怖いぞ、っていうかアイツの存在自体かなり怖い」


「あっちのウネウネは?」
「スキュラだ」
「海辺に住む幻獣ですね、あまり内陸では見ないと思います」



 エルザが興味深くそれらを観察していると、教室に杖を持ったけっこうな年の女性が入ってきました。
 それは土の授業の教師たるシュヴルーズでした。

 彼女は笑顔で教室を見渡すと、満足そうに数回うなずきます。
 
「皆さん春の使い魔召喚は大成功のようですね。」

 そしてシュヴルーズはエルザとサイトを見て、言いました。

「おやおやミス・ヴァリエールにミスタ・ホーエンハイムはずいぶんと変わった使い魔を召喚したのですね」
 シュヴルーズがそう言うと、教室は笑いに包まれました。

「ゼロのルイズ、召喚できないからって、そこら辺の平民をつれてくるなよ、足なしは何処でそんな子供をさらってきたんだ」
 その言葉を聞いた、ルイズは立ち上がり怒鳴りました。

「ミセス。シュヴルーズ!侮辱されました!風邪っぴきのマリコルヌが私を侮辱しました」
「かぜっぴきだと!俺は風上のマリコルヌだ!!」

 口汚く怒鳴りあう二人とは対照的に、テオは終始無言でした。
 まるで目の前のやり取りに全く興味がないといった様子で、気怠げにそれを眺めていたのです。

 その無関心さが少し不思議だったエルザは、テオの方を見ます。
 テオは、その視線に気がついて、エルザに言いました。
「言いたい奴には言わせておけ。口喧嘩というのは子供のすることだ」

 そう言ってニヤリと笑うテオの表情は、なんだかこの世界そのものを馬鹿にしたような、何やら達観したもののようにエルザには思えました。

 最終的にその口喧嘩はシュヴルーズの魔法でもって、生徒たちの口を物理的に閉じさせるという方法によって終了しました。

 シュヴルーズはそのまま簡単な自己紹介を始めると授業の説明を始め、そして今日するべき授業の内容を言いました。

「みなさんには『錬金』の魔法を覚えてもらいます。もう覚えている人も居るでしょうが、基礎は大切な事ですので、再度おさらいをすることにしましょう」

 そう言いながら彼女は教卓の上に置かれていた石に向かってなにやら呪文を唱えると、石は色を変え、輝きだしました。

「凄い…金だ!」
 エルザがそう言いました。
 彼女は錬金の魔法に関わることがあまり無かったのでしょう。
 目の前で起きた錬金にたいそう驚いた様子でした。

「いえ、残念ながら真鍮です、ゴールドの錬金は『スクエア』のメイジで無くてはいけません。私はただの『トライアングル』なのですから」
 少し恥ずかしそうに、シュヴルーズはそう言いました。

 そしてそのまま、一回ばかり咳払いをすると。
「では、みなさんに錬金をしてもらいます。そうですね、まずはその可愛らしい使い魔さんを連れているミスタ・ホーエンハイムにやってもらいましょう」
「まあ、よいでしょう」
 そう言いながらテオが指先を回すような仕草をすると、エンチラーダが椅子を押して教室の前の方に移動します。

 教卓の前に移動したテオは、コホンと小さく咳をしてから、言いました。

「今更錬金なんぞと思わなくもないが、最初の授業、各々の実力を知るのは大切な事ですな、と言っても私は錬金は特別得意と言うほどでもないんですが…」

「いえいえ、ミスタホーエンハイムは優れた『錬金』を行うと聞いています。私、実はそれを見るのを楽しみにしていたんですよ」

「むしろ吾の本職は造形であって、その素材に対してはさしたる注意を払ってはいないのですよ。なにせ真の芸術とはその素材ではなくその形によって価値が決まる。たとえ木製の彫刻でも素晴らしい物は素晴らしいし、金で出来ていたとしても、不出来な作り物には素材以外の価値がない」
 テオの言葉は止まりません

「つまり本来錬金というものは如何に優れた造形を作り出せるかで評価すべきなのです」

 それは流れるような作業でした。
 たしかに錬金は土の魔法の中でも基礎と言われる魔法です。言わば初級の魔法です。
 しかし、だからと言って、何も考えず片手間で出来るようなものではありません。
 
 それなりに精神の集中と、シッカリとしたルーンの詠唱が必要なのです。

 しかし、テオは、ぶつぶつと話しながら。まるで世間話の合間についでにそれを行うようにさり気無く、石に向かって杖を向けると。




 事はすでに終わっていました。

 彼の手元には水晶で出来た髑髏が置かれていました。

「ふむ、短時間で作ったにしてはなかなか、歯の数が本物より少ないところが味噌だが、まあ時間がないので仕方が無いか」
 そう言いながら彼は、その水晶の髑髏を右手にもつと指先でクルクルと弄びはじめました。

 それは見事な物でした。

 ただでさえ不純物が入りやすい錬金の魔法です。透明な物を錬金するのはそれだけで至難の技なのです。
 それなのにその水晶のドクロは、まるで水でできているように透き通った物でした。

「さ…さすがですミスタテオ」

 それはシュヴルーズが想像していた以上の出来事でした。
 彼女はテオが『非常に優秀な生徒』であると聞かされてはいましたが、ココまで『異常に優秀な生徒』だとは、この瞬間まで思って居なかったのです。


「それは素材に対して言っています?それとも造形に対して言っています?」
「両方です」
「そりゃあありがたい事ですね。まあ吾としては造形以外の評価はさしたる…」
「ご主人様…それ以上は授業に差し障りますので」
 テオの話が止まりそうもなかったのでエンチラーダが言葉を遮りました。

「む、仕方ない。たしかに吾のための授業ではなかったな。失礼ミス。どうぞ授業を続けてください」
 そう言ってテオは髑髏を片手に席に戻ると、それをエルザに渡しました。
 エルザは受け取ったその髑髏の目玉に腕を入れたり、口をカタカタ言わせたりと、楽しそうに遊びはじめます。

 エルザは無邪気にそれを触っているようでしたが、実際の所、それを手にとってようく観察をしていました。
 そしてその恐ろしいまでの透明度と緻密な造形に感心をしました。
 なるほどテオは確かに優れたメイジのようです。

 そして、その様子を後ろの席で見ていたサイトはルイズに言いました。
「マジかよ、あれ。水晶の髑髏だぜ?オーパーツとか作れるのかよアイツ」
「アイツだけよ、あんな事するのは。普通の錬金だとせいぜい金属の性質を変えるくらいよ。あんな事、ふつうのメイジは出来ないし、出来たとしても精神力のほとんどを使いきってしまうわ」
「でもアイツ簡単にやってたぜ?」
「だからアイツだけなのよそんなこと出来るのは、万能のテオ。学園始まって以来の天才…」

 そう言って彼女は苛立だしげに爪を噛みました。
 まるで彼が天才であるということを許せないかのように。


「ミスヴァリエール!授業中の私語は慎みなさい!」
「は!はい!」
「おしゃべりをする暇があるのならば次は貴方にやってもらいましょう」
「はい!」
「さあ、ミスヴァリエール」
「先生」
 キュルケが立ち上がり言いました。

「何ですか?」
「止めておいたほうが良いと思います…」
「なぜですか?」
「危険だからです」

 キュルケはシュヴルーズに対してルイズの魔法が危険であることを伝えますが、シュヴルーズは取り合いませんでした。

「さあ、ミス・ヴァリエール。気にしないで。失敗を恐れていては何も出来ません」
 そしてその言葉にルイズは立ち上がり、
「やります」
 と言いながら教室の前に歩いて行きました。

 その様子に教室内はざわつき出します。
 誰もが机や椅子の下に隠れ始めます。

「??どうしたの?」
 周りの異常な行動に、エルザも不安になります。

「まあ、あの女の魔法だ、無理も無いかな」
「直ぐにわかりますよ」
 そんな周りの反応とは対照的にテオとエンチラーダは余裕の表情でした。

「私たちは潜らなくていいの?」
 何やらただならぬ雰囲気に怯えたエルザはテオに尋ねます。
「隠れるというのは弱者が強者に対して行うことだ。吾はそのようなことをする必要がない」
「ご主人様の隣に入れば安全ですよ」
「一体何が…

 エルザが言いかけた時。




 轟音が響き渡りました。




 それはまさに地獄絵図でした。
 突然の轟音と衝撃に、教室の内装はメチャメチャです。
 さらにはそれに驚いた使い魔たちが暴れだし、教室の中は収集のつかない事態に陥っていました。

「ふむ、まさに大惨事」
 そう言ってテオは笑いました。

「ビ…ビックリした」

 エルザは驚きました。

 まさか魔法が爆発する。それもあんな大きは音と破壊力を伴ってです。
 それは今までエルザが見てきた如何なる魔法とも違うものでした。

 そしてエルザが驚いたのはもうひとつ。

「全く。盾が一瞬でボロボロだ…」

 それを防いだテオでした。


 一瞬。
 まさにその盾は一瞬で現れたのです。

 アースウォールのような粗野な壁ではなく、
 所々装飾の痕跡のある、立派な盾だったのです。

 それを一瞬。瞬きよりも早く創り上げたのです。

 他の生徒達が、埃を被り所々怪我をしているのに、自分たちには煤一つついていません。
 その盾はあの頑丈そうな机や椅子よりもよっぽど防御力があったことが伺えます。

「せっかく綺麗な装飾を付けた盾を出したのだが、コレじゃあわからないな」
「いえ、たとえボロボロでも、ご主人様の作った盾は気品溢れておりますよ」
「まあ、衝撃を吸収するための装飾だからな、使ってこその盾であるし、壊れたのもまた、機能美の一つであるな」

 エルザはその言葉を聞きながら、ただただ感心するばかりでした。

 緻密な彫刻が出来るとか、貴重な素材を錬金できるとか。
 エルザにとっての価値観は、そのようなことに重きを置いてはいませんでした。

 人間を捕食する吸血鬼として。
 エルザが注目するのはそのメイジが如何に強いかです。

 そして、目の前で丈夫な盾を一瞬で作り上げたテオという存在は。
 エルザの興味を十分に引くだけの才能を持ちあわせていました。

 例えばコレが盾でなく剣であったら。
 そもそも錬金でなくブレイドやマジックアローだったら。
 
 恐らくテオは一瞬で敵を殺せるでしょう。

 圧倒的強者。

 目の前の主人テオフラストゥスはまさにそれだったのです。

「怪我は無いか?」
 そう言ってエルザの頭をなでる彼はの笑顔は。
 それはそれは眩しくて。


「うん」
 エルザはただただ、その心地良い手の感触に酔いしれるしかなかったのです。


 それは吊り橋効果だったのかもしれません。
 もしくは、ただの使い魔のルーンの呪縛なのかもしれません。
 或いは他者に取り入る吸血鬼の本能だったのかもしれません。


 しかし。
 それは、エルザが求めたものだったのです。


 親を早くに無くし。
 誰の保護も無く、一人で逞しく生きてきたエルザにとって。
 自分を守ってくれる。
 強い保護者の存在は、得られないことを知りつつ、心の何処かで求めていた存在だったのです。



 サモンサーヴァントの魔法は、相性の良い使い魔を召喚する。
 それは言い換えれば、使い魔に、相性の良い主人を与えると言うことです。

 エルザはそれを、今まさに実感したのでした。





◆◆◆用語解説

・ミミック
 宝箱タイプのモンスターのイメージが強いが、本来は擬態、及びそれをする者のこと。
 この世界おける吸血鬼はまさにミミックと言うにふさわしい生物。
 え?昆虫?遺伝子が泣き叫ぶ?なんのこと?

・もう食べられない
 ざ・寝言。

・食事
 吸血鬼の食事は勿論人間の血。
 人間の食事が食べられるかどうかについては原作には記述がなかった。
 食欲を唆るものでは無いらしいが、食べることが物理的に不可能であるとは言われていない。
 人間に擬態する立場としては、人間の食事を一切食べないと言うのはこの上なく怪しいので、恐らく食べること自体は可能であると思われる。
 おいしいと感じるかどうかに関しては不明。
 
・ハルキゲニア
 なんか突起物のイッパイついたふしぎ生物。
 間違い検索をして、その不思議フォルムにトラウマ者続出。

 以下間違いやすそうな言葉羅列。
 インゲニア・恐竜
 アレゲニア・惑星
 バルギゲニア・暴走連結生命体
 ハルゲニア・色々調べたらHargeniaという鳥類が居たらしいが、コレはHarugeriaの誤記の可能性がある。
       或いはドイツ語のhaargenial〈素晴らしい毛〉ということなのかもしれない。
       まあコレだと発音がハァルゲニアルっぽくはなるけれど…

 つまり以下のような意味になる。
 「ハルゲニアのルイズ」→ルイズの髪はとても素晴らしいのです。
 「ハルゲニアの住民」→シラミども
 「ハルゲニアの危機」→ヘアダメージ
 「ハルゲニアの平和は俺が守る」→ヘアケア
 「ハルゲニアの爆発魔法」→アフロ
 「ハルゲニアの陰」→陰毛
 「ハルゲニア隆起」→カツラ・フライアウェイ
 「俺はハルゲニアに戻りたい!」→フサフサよ今一度!!

 今後、表記間違いをするだろうから今のうちから言い訳をしておこうと思っただけ。
 「うわコイツまた間違えてるよ…死ねばいい!!」とか思わずに、「素晴らしい毛の上に皆立っているんだ」とか「むしろギャグ」とあたたかい気持ちで読んで頂けたらありがたい…
 
・バグベア
 テオが恐れた理由。
 「このロリコンめ!」って言われないかと恐れていた。

・スキュラ
 下半身がタコ或いは犬の怪物らしい。上半身は美女とのこと。
 亜人の類だとすると、もしかしたら亜人は結構頻繁に召喚されているのかもしれない。

・指先を回すような仕草
 テオとエンチラーダの間で通じる手話のようなもの。
 一々あそこに行け、ここに行けと言うのが面倒くさいので、指の動きや、仕草でエンチラーダに対する指示が出せるように編み出されたもの。

・強さ
 生物は強い存在に寄り添いたいと欲する
 強いものをリーダーにコミュニティーを作り、強い存在のいるコミュニティーに所属したがり。
 強い異性の愛を求め、強い相手の遺伝子を求め。強い仲間を連れたがり、自身も強くありたいと願う。
 強さは恐怖と同時に安心感を与えるのである。

・吊り橋効果。
 ドキドキする状況では時に人はそのドキドキを恋と勘違いする。
 危険な状況では人は恋に落ちやすいのである。
 が、所詮その恋心はまやかしであるので、長続きはしないらしい。



[34559] 8テオと薬
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2012/11/25 00:48
「諸君!決闘だ!」


 昼下がりのヴェストリの広場にそんな声が響き渡りました。

 日中でも日のささない鬱蒼としたヴェストリの広場は人間であふれていました。


 貴族の決闘。
 それは別に珍しいものではありません。

 最近は、その頻度は減りましたが貴族同士が決闘をすることは昔から多々あったことです。
 そしてそれは学院では禁止こそされていましたが、若いとはいえ貴族である生徒たちは度々決闘を行い。そして同時に他の生徒たちにとって、それを見るのはまたとない娯楽でした。
 見学の生徒たちは広場の中心に居る二人の人間を取り囲むように立ちながら、決闘を行おうとする二人を囃し立てます。

 そしてその喧騒の中心に居た二人。

 それはルイズの使い魔、サイトと。
 ギーシュと言う一人の生徒でした。



 そして今にも始まろうとしているその決闘会場脇。
 集まるギャラーリーから少し離れた位置にある木陰に、テオ達はおりました。

「決闘、決闘」
 楽しそうにエルザが呟きます。

 事実、その決闘はエルザに取ってとても興味深い物でした。

 ギーシュは魔法学院の生徒です。

 その生徒の強さを知ることは、言い換えればこの学院のメイジの強さを知ることでもあります。
 それは人間に擬態するエルザに取って、かなり重要な情報なのです。

 エルザはテオに尋ねました。
「あのギーシュってどれくらい強いの?」

 テオは答えます。
「どうかなあ、吾はアイツの事をよく知らんからなあ」
「ご主人様はグラモン様が少し苦手なのです」

「そうなの!?」
 エンチラーダの言葉にエルザは驚きました。

 テオが苦手とする。
 言い換えればテオが恐れるほどの人間なのです。

 さてはあのギーシュという男は相当に優秀な人間なのかと、エルザが思った時。



 広場の中心に甲冑の人形が現れました。
 それはギーシュが魔法で作りだしたゴーレムでした。

 それはなかなか立派なゴーレムです。作りだす手際もかなり手馴れた物でした。

 しかしそれは、テオの魔法に比べれば、ずっと劣っているように思えました。
 それを肯定するかのようにテオが口を開きます。

「酷いゴーレムだ。芸術性のかけらもない」
「お言葉ですがご主人様、ご主人様以上のゴーレムを作れる人間はトリステインに二人とおりませんよ?」
「出来の問題ではない。魂の問題だ。たとえ造形が悪くても、良いものは良い。技術性は確かにあるのだろう。だがアイツには芸術性が無い。ゴーレムにおいてそれは致命的だ、動かすべき人形に魂を込めずしてどうしてそれを動かせようか」
 テオはギーシュのゴーレムを盛大にこき下ろします。

 そこに、ギーシュに対する恐れのようなものは見えません。
 エルザはそれが少し不思議でした。

 テオはギーシュが苦手だと言っているのに、テオにはギーシュを怖がる様子が見られません。

 エルザは再度テオに尋ねます。
「ギーシュはテオより強いの?」
「ふむ…どうかな?」

 テオはあやふやな返事を返します。
 それは、とぼけているのでは有りませんでした。
 本当に疑問を持っている様子だったのです。

「?」
「実は試した事がないのでなあ」
「ご主人様はグラモン様よりも実力は格段に上でございますよ」
「どうだかな、戦ってみないと何事もわからん。特に吾はメイジ同士の戦いを経験しておらん」

「そうなの?」
「誰も吾とは戦いたがらないのでな」

 それは当然のことでした。
 テオは足が無く、馬鹿にされる人間でしたが、同時に天才で万能です。

 彼と戦ったとして、勝てる人間はそうはいないでしょう。
 しかし彼と戦って負けでもしたら、身体障害者に負けたという悪いレッテルだけがはられる事になります。

 ですから 誰も彼と決闘をしようと思うものはおりませんでした。
 テオとしても自ら進んで決闘を行うほど好戦的な人間ではありませんでした。

 結果。  
 テオは学院において今まで全く誰とも戦ったことがなかったのです。

 テオの実力は誰もが認める程に凄いものであることは事実ですが。
 果たしてそれが如何ほどに戦いで生かせるのか。それは全くの未知数で。
 テオ本人すら自分自身がどれほどに強いのか今ひとつ知らないのです。

「そう安々と負けるつもりは無いが、経験の差は早々埋まりはしない。絶対に勝てるとは断言できはしないな」
「でもテオのほうが、あそこの貴族よりズット強いと思う」
 
 エルザはそう言いました。

 お世辞ではありません。
 本当にそう思ったのです。

 魔法の才能もさることながら、その動き、体つき、視線や雰囲気に到るまで。それの全てが、テオが強いメイジであることを物語っています。
 他人の戦闘力を図るに長けた吸血鬼であるエルザにはその確信がありました。

「…そうか。まあ、そう言われて悪い気はしないな。まあ、確かにギーシュは学院で特別強いという部類ではないしな。この決闘も案外アイツの負けで終わるかもな」

 テオがそう言います。
 しかし流石にそれに対してはエルザは異を唱えました

「でも、あの黒い髪のお兄ちゃんはきっと負けちゃう」
 エルザはサイトを指さしてそう言いました。

「ほう、どうしてそう思う?」
「だって。アノお兄ちゃんどう見ても弱そうだもん」

 それは子供の純粋な感想のようで、実際はエルザのシッカリとした観察眼によって見ぬかれたことでした。
 彼女はサイトの肉付きや動きから、戦いにおいて完全な素人であることを見ぬいたのです。

「では賭けるか?」
「かけ?」
「あの男が負けたらお前の勝ちだ、何でも好きな願いを言えば良い。吾が叶えられることならば何でも叶えてやろう。しかし、もしあの男が勝ったら吾の勝ちだ。吾の言うことを一つ聞いてもらうぞ?」
「いいよ!」
 テオの提案した賭け。それはとても部の良い賭けでした。
 タダでさえ平民が貴族に勝つには、魔法というアドバンテージを覆す要因を必要とします。

 しかし、サイトは見る限り素人。

 どう逆立ちしてもメイジに勝てるとは思えなかったのです。


「げふ!」
 そして、そのエルザの予想通りに、サイトはゴーレムにボロボロにやられていくのでした。

 素手のサイトはゴーレムに殴られ、まるでサンドバックのように一方的な試合展開を見せます。


「おう、ボロボロだなあ」
「まあ、素人ですので当然といえば当然ですね」
 サイトが勝つと予想したテオは、サイトが一方的に痛めつけられることが当然であるかのような反応を見せます。

「お、みぞおちに当たった、アレは痛かろうて」
「気絶しない程度の力で手加減されてますね」
「遊ばれとるな、ははは、まあ仕方ないか、あの動きじゃあ馬鹿にされて当然だ」
「なぜあの程度の実力で決闘をしようとしたのか理解に苦しみますね」
 テオとエンチラーダは自分が勝つと予想したサイトが、ヤラれる様を実に楽しそうに見ているのでした。
 サイトが負ければテオは賭けに負けるのに、まるでそれを気にする素振りがありません。

 エルザは、ひょっとしてテオはワザと負けるつもりで賭けを提案したのでは無いかと思いました。

 テオは、妙に自分に対して優しい人間です。
 ワザと自分が負ける賭けを提案し、自分に対して好きなモノを与えようとしているのではないか。

 そう思った時。


 事態は急転しました。

 
 ギーシュがサイトに剣を与えたのです。


 サイトはギーシュに渡された剣を握り。



 そして。


 決闘の様相はまるで逆転をするのでした。


 ゴーレムはまるで粘土のように簡単に切り裂かれました。
 いや、ただ切り裂かれたのではありません。
 目にも止まらない速さで切り裂かれたのです。

 サイトの目の前のギーシュは勿論。
 
 その場にいた全ての人間が驚愕します。

 眼の前の平民は何なんだ。
 目にも止まらない速さで剣を振るなんて。
 あんな人間がどうして存在できる。

 誰もが、サイトの強さに驚き。
 勿論エルザも驚いていました。


 しかし、そんな中で。
「おう、速い速い」
「なるほどあのようになるのですね」
 テオとエンチラーダの反応は冷静でした。

 エルザはそれにも驚愕しました。
 この二人は、自分でも見抜けなかった、サイトと言う人間の強さを、当然のごとく予測していたのです。
 自分の主人とその従者の観察眼は、自分のそれよりも遙かに上であることをエルザは痛感しました。

 そしてさらに驚いたことに。

「あんなものか。まあ、早いが…あいつ本当に動きが酷いな」
「才能は有りませんね」
 二人はまるでサイトの実力を大したことが無いように話をしていたのです。

「見えるの?」
 テオとエンチラーダは自分が見えなかったサイトの剣筋を、冷静に観察した挙句に酷評までしたのです。

「動きが早いだけでそれ以外の性能は酷い。剣筋はめちゃくちゃ、動きは散漫。相手が達人級なら間違いなく通用しないな」
「まあ、グラモン様程度でしたら、アレくらいの実力で十分でしょう」

 まるで水槽の中の魚の喧嘩でも見るかのようなその様子。
 それは、まるで、天国から下界を見下ろす神のような、そんな何かを見下すようなものでした。

 そしてエルザがその二人に驚いている間に。

 サイトの蹴りがギーシュの顔に決まりました。

「ま、参った」
 そして、その決闘の決着が付きます。

 その予想外の結果にギャラリーたちは大騒ぎです。

 ギーシュが負けたぞ。
 あの平民何者だ!

 歓声が辺りを支配して、まるでお祭りのような騒ぎになりました。

 それはエルザにとって予想外で生徒同様にエルザも大いに驚いていました。
 なぜテオはこの状況をさも当然のように予想し得たのか。
 エルザはそう思いながらテオの方を見るとテオはその表情に微笑を浮かべ、それ見たかというような表情を作っていました。 
 

しかし。


 しかしその顔は。


「何で苦しそうな顔をするの」

 エルザには苦しそうに見えました。


「…そう見えるか?」
「うん」

 それはエルザが人間の表情を読むのに長けていたからでしょうか。
 それとも使い魔と主人という関係のなせる技でしょうか。

 その場にいたエルザだけが、テオのその表情に気が付きました。

「そうだな。まあ色々とあるのだ、吾にも」

 テオの、本心を語らないその回答に。
 エルザは不満を覚えました。

 まるで子供のような扱い。

 勿論それは仕方のないことなのです。
 エルザは子供のような外見をし、テオはエルザを子供であると思っています。
 で、あれば、そのようなテオの言い方は別に普通のことなのでしょう。

 しかし、エルザはそれが嫌だと感じました。

 自分が未だにテオの信頼を得ていないような。
 そんな気がしたのです。
 「ご主人様」
 「ああ」
  テオがそう返事をすると、エンチラーダは足早にその場を後にします。

 広場の中心ではサイトが倒れ、その主人であるルイズが彼に駆け寄るのが見えました。

 しかし、テオもエンチラーダも、サイトには一切の興味がないと言った様子で、その場を後にします。
 エルザはもう少し、あのサイトと言う平民を観察したいとも思いましたが、辛そうな表情でその場を後にするテオのことが心配で、そのままテオの後について行きます。





 ヴェストリの広場から離れた校舎の影。
 誰も通らないような庭の端に差し掛かった時、エンチラーダが口を開けます。
「ご主人様…もう大丈夫ですよ」

「うむ。吾…限界」
 そういうテオの表情は、先程のように取り繕った笑は無く、ただただ辛そうでした。

 何かに耐えるような、その表情にエルザは心配をせずにいられません。

「ご主人様は十分に耐えました。もうヨロシイかと思います」
「…そうか…ク」
「テオ…」

 その辛そうなテオに、エルザが声をかけようとした、その時。


「ク………………ク……クハ…」
「テオ?」





「クハクハハ……ハハハハハハハハハハ!!!」
 テオが盛大に笑い出しました。

「何アレ、何アレ!ヒヒヒヒ、あの胸元!!ブッハー!造花の杖って!!ははははは!!見た?エンチラーダ!見たか?アレ。あの動き!ぷぷぷぷ」
「ええ、下手くそな役者そっくりでした」
「はははははは、そうそう、トリスタニアのどの劇場の役者よりヘッタクソな動きだ!!はは、はははは、腹いたい」

「あの?テオ?」
「はは、ヤバイ、アイツ面白すぎる」
「ご主人様、確実に大笑いするからと、今日までグラモン様をそれとなく避けておりましたものね」

「まったく、目の前に来られたら笑い死にするぞ…最近やっとキュルケに笑わなくなったところなのに、プフー!!」
 気が狂ったように笑い続けるテオにエルザはもうどうして良いのかわかりません。

「苦手って…」
「ご主人様に取ってグラモン様と言う存在は、完全にツボでございますから、今日まであまり関係を持たないようにしていたのです」
「なにそれ…」

呆れ返るエルザをよそに。

 テオの笑い声はその場に響き渡るのでした。



◇◆◇◆



「使い魔のくせに、使い魔のくせに…」

 ルイズはそう言いながらサイトを運びます。
 口ではサイトに対する文句を言っていましたが、その表情は切羽詰まった、心配そうな表情でした。


 先ほどの決闘で勝利こそすれ、満身創痍で倒れたサイト。
 一刻も早く手当をしなくてはとルイズは急いで彼を自室へと運ぼうとしています。

 誰かがサイトにレビテーションの魔法をかけてくれたので、ルイズの力でも運ぶことは出来ましたが、元々ナイフとフォークよりも重いものを持ったこともないような女の子であるルイズです。
 浮かんだサイトを運ぶのも彼女にとっては結構な重労働で、額にはうっすらと汗がにじんでいました。

 ルイズは悪態をつきながら必死にサイトを運びます。


 そしてあと少し。

 あと少しで女子寮に辿り着くと言う時に。



「顎と腹がいたい…まだ痙攣している。何かお腹に優しい物を入れなければ…」
 目の前をテオが通りかかりました。

「テオ!」
 ルイズはすかさず彼を呼び止めます。

「うわ!…べ別につまみ食いでは…って、ルイーズ君。何事かね」

 そう言ってテオが後ろの方を振り返ります。
 そしてテオはルイズの傍らのサイトに気がつくと、ニヨニヨと笑いながら言いました。
「おう、コレはまた、痛々しいなあ。打撲傷に裂傷に、コレは筋断裂みたいな痣もあるなあ。満身創痍もいいところだ」

 それはまるで面白い形の石を見つけた子供のような、無邪気な笑顔でした。
 ルイズはテオのその笑顔に少し腹を立てましたが、それを指摘するような余裕はありません。

「テオ!アンタ水の魔法使えるでしょ!」
「ん?使えるかどうかと聞かれれば、使えると答える他無いな」

「サイトの治療をしてよ!」
「おことわりだ」
 ルイズの頼みを、テオは即答で断ります。

「なんでよ!!」
 ヒステリックにルイズが叫びます。

「理由が必要か?」
「当たり前じゃない、わ、私がお願いしてるのよ、理由もなく断るなんて、ひ、人として間違ってるわ!」
 確かにテオにはサイトを治療する義理はありません。
 しかし目の前で助けを求める学友に対して、理由なく治療を断るのは確かに人として少しばかり薄情にすぎます。

「ふむ…理由…理由…そうだな、吾がそいつのことを気に食わないからだ」
「は?」

 その返答は予想外でした。
 確かにテオは自分勝手な男ですが、そこまで勝手な理由で治療を断るとは、ルイズは思いもしませんでした。

「誰だって嫌な事はしたくないだろう?吾もそうだ。嫌いな食べ物は残しがちだし、嫌な仕事は極力避けるものだ。吾はこいつのことが嫌いなので、コイツを治療したくない」
 堂々と胸を張ってテオはそう言いますが、その内容は単純すぎて、まるで子供の幼稚な駄々のようなものでした。

「え・・・・て・・・」
「まあ、どうしてもと言うのならば治療してやらんこともないが、その際はまあ、ついカッとなって殺っても文句は言うなよ?」
「言うわ!!!もういいアンタには頼まないわ!!」

 ルイズは時間を無駄にしたと、叫びながら自室へとサイトを運んでいきます。

 その後姿を、テオは笑顔を崩さずに見ていました。

 そしてルイズの姿が見えなくなった頃。

「出てきたらどうだ。のぞき見はあまり良い趣味とは言えないぞ?」
 そう言いました。


 テオにそう言われ、
 校舎の影から出てきたのはシエスタでした。

 サイトを心配したシエスタは、サイトの治療を手伝おうとルイズの部屋に向かう途中で、今のテオとルイズのやり取りに出くわしてしまい、出るに出れない状況になってしまっていたのです。


「確かシエスターとか言ったな…何だってこんなところに」
「は…はい、いや別にのぞき見とかじゃなくて、サイトさんにようが…それで…あの…」
 シエスタは、ワタワタと言い訳をします。

「まあ、良いか。吾には関係の無いことだ…吾はそろそろ部屋に戻ることにする」
「アノ、その、テオフラストゥス様、聞いてもヨロシイですか?」
「あん?」
「なぜ、サイトさんを治せないんです?」
 シエスタは勇気を出してそう聞きました。
 
 シエスタのその言葉に、テオはため息を吐きながら答えます。
「お前もそれを聞くか。先刻言ったろう?嫌いなんだ。まあ、悪いとは思うな。あの男は別に自ら望んで嫌われているわけでもないだろうに」
「あの、テオ様は…その…どうしてサイトさんが嫌いなんですか?やっぱり貴族様を馬鹿にしたから…」

 シエスタのその言葉にテオは不本意であるというように眉を潜めました。

「いや、それは別にどうでもいい。吾が面と向かって罵倒されたのならば別だが、あの男が馬鹿にしたのは金髪馬鹿だ。バカを馬鹿にするのは別に不自然なことではない。それが理由では嫌いにはならんよ。そうだなあ、吾があの男を好きになれそうに無い理由と言われても、嫌いな物は嫌いだとしか言えん。強いて言うのならば子供のような、直感的嫌悪感だ?」
「はい?」
「まあ、俗にいう生理的嫌悪だ」
「生理的?」
 聞きなれない言葉にシエスタは戸惑います。

「例えばシエスター、お前何か嫌いな生き物はいるか?虫とか、ナメクジとか、蜘蛛とか」
「え?…ええっと、足がいっぱい付いている生き物が苦手ですね」

「例えばそいつらが、君に好意を持って隣に寄り添ったり、布団に潜り込んできたり…「うわ、うわわ」」
 シエスタは慌てた声をあげました。きっとその状況を想像してしまったのでしょう。
 
「どんなに相手が良いムカデでも、どんなに相手が優しいゲジでも、それでもって自分に対して友好的でも、嫌なものは嫌だろ?好き嫌いは本人の力ではどうのしようもない側面がある。あの男が悪いやつではないのは理解こそしているが、だからといって好きにはなれそうにない。まあ俗に言う相性が悪いと言うやつだ。まあ、そんなわけで、吾はあの男を治せん。治すのが嫌だと言うのも理由だが、それ以上にあの男と関わりになりたくない。ましてや恩人になるなんてまっぴらだ」

「はあ」
 シエスタには今ひとつ納得しきれない気持ちもありましたが、貴族にそうも言われてしまうともう何も言い返せまえん。




「ところでシエスター、最近手荒れが酷いとエンチラーダから聞いたのだが」
「ええっと、まあ、メイドであれば多かれ少なかれ手荒れはしますから」

 ハンドクリームなど存在しないハルケギニアです。
 メイドに限らず、家事をする人間であれば多かれ少なかれ手が荒れるのは必然でした。
 シエスタもまた、手荒れに悩まされる一人の女性です。

「貴様に一つくれてやろう…ほれ」

 そう言って彼は小瓶を一つシエスタに投げ渡します。
 
「あわ、お、お、よっと。何ですか?これ」
 危なげにそれをキャッチしたシエスタはそれを光に照らし、中身を見ながらテオに尋ねます。

「なに、最近吾、秘薬作りがマイブームゆえちょいと作ってみた秘薬だ、飲めば、頭痛、発熱、疳の虫がピタリと止まり、塗れば手荒れアカギレ、しもやけに、更には擦り傷、切り傷、打撲傷、あとハゲにも効く」
「そんな凄い秘薬!」

 そもそも秘薬は本来平民が買えるものではありません。
 魔法の補助剤としての役割が大きいので、平民が使っても効果が薄いと言うのもあるのですが、それ以前に秘薬はとても高価なのです。
 そしてテオの言うように、万病に効くような用途の広い秘薬は、それはそれは高価で、貴族ですら買うことはできないほどのものなのです。
 手荒れごときでポンと渡せるものではありません。

「も、もらえません、そんな凄い秘薬。私にはもったいなさ過ぎます」
「しらん、別にそんな事どうでもよかろう、吾がお前にやろうと思ったのだ。黙って受けとれ」
「無理です、ムリムリ」
 シエスタはそう言ってそれを断ろうとしますが、テオは引き下がりません。

「たかだか『擦り傷』『切り傷』『打撲傷』に効く秘薬ぐらいでガタガタ抜かすな」
「たかだかって、それじゃあ殆ど万能薬じゃないですか、それはさすがにもらっちゃうと問題ですよ」

「いらなければ人にやってしまえばよかろう。お前が何に使っても吾の知った事ではない」
「いえですからもらえませんよこんな凄いもの!」

「だから人にやれって」
「ですけど秘薬だなんて…」

「他の怪我人に」
「いやいやいやいや」

「……」
「やっぱり受け取れないですよ…」







「察しろよ!!吾が馬鹿みたいだろ!!」
「は?」

「とにかく!お前はそれもってとっとと行け!いいか、人に見えるように右手に持ってだ、それでもってその出所を聞かれても、拾ったと答えろ!それ以外の回答は許さん!いいな!」
「は…はい」

 凄いテオの剣幕に押され、ただシエスタは戸惑うようにそう言うしかありません。
 テオはプリプリと不機嫌そうに何処かに行ってしまいました。
 
 シエスタはなぜテオが突然不機嫌になったのか解りませんでしたが、とりあえず彼に言われたとおりにサイトの眠る部屋に行くのでした。
 
「失礼します…あの…サイトさんの様子は…」
「アンタは…メイド?…ちょっと、何を手に持ってるの?」

 ルイズは突然部屋にやって来たメイドに驚きますが、次の瞬間彼女の手にある瓶を見つけて彼女に詰め寄ります。

「え?そこで拾った水の秘薬ですけど…」
「拾った!?まあいいわ、貴方、それを私によこしなさい」
「え?はい」

 シエスタはその剣幕に押され、言われるがままにその薬をルイズに渡します。

 ルイズはその薬を直ぐにサイトに塗ると。

 まるで冗談のようにサイトの傷が消えました。
 それは普通の水の秘薬では考えられない速さだったのです。
「ちょ…なにこれ、あっという間に傷が治っていく」
「え?え?」

「ちょっと!これ何処で拾ったのよ!」
「え?拾ったというか…そこでテオ様に…」
 テオには口止めされていましたが、流石に秘密にしておくのはマズイと思ったシエスタが、テオからもらったと言おうとしましたが、

「そこで?テオ?なるほど、テオのやつが落としたのね、だとすればこの効力も納得だわ!ふん、まあ勝手に使ったけれど、まあいいわ!あんな人でなしのものだもの、勝手に使ったところで知ったことじゃないわ」
 ルイズはそう言って一人納得をした様子でした。

 そしてシエスタの方を向くと彼女に言いました。
「あなた、このことは他言無用よ?アイツのことだから、自分の秘薬が勝手に使われたと知ったら子供みたいに怒るに違いないわ、貴方がこの秘薬を拾ったことは誰にも、特にテオには言っちゃダメだからね?」
「え…でも」
「良い事!これは命令よ!」
「は…はひ!」
 貴族からすごい剣幕で命令と言われてはもうシエスタは何も言い返せません。
 ただ肯定の返事をして、すごすごと帰る以外の行動は取れませんでした。



 そして、シエスタの帰った後のその部屋で。
「ルイズ様…ありがとうございます」

 そう言いながらエンチラーダがエルザと共にカーテンの影から姿を表します。

「回りくどいのよ!最初から直接渡せばいいでしょうに!」
 ルイズはエンチラーダに言いました。

「ご主人様は本当に不器用な御方ですので」

「窓の直ぐ外で、あんな大声で全部丸聞こえよ!」
「ご主人様は興奮すると周りが見えなくなりますので」
「…テオって…」

 それは、当たり前といえば当たり前です。

 この世界には防音ガラスなんてモノはありません。
 窓の近くで大きな声を出せば当然部屋の中に声が届きます。
 テオとシエスタのやり取りは、完全にルイズに聞こえていました。

 ルイズだけではありません。
 
 あのやり取りの近くに居たもの。
 テオと別れて間もないエンチラーダとエルザにも聞こえていたのです。

「大体!何で私があんな三文芝居を!!」
「まあ秘薬の対価と思って我慢してください」
「全部聞かれてたって知ったら、テオ、泣いちゃうかも」

 流石に、それが全てルイズに筒抜けだったと知れば、テオの心中は穏やかでは居られないでしょう。
 そこでエンチラーダが機転を効かせ、ルイズに知らないふりをしてくれとシエスタが来る前に頼んでいたのでした。

「ご主人様の声がきこえていたのですから、あの御方の望みもご存知でしょう?努々、恩を仇で返すようなことはしないでいただきたいのですが」
「解ったわよ、サイトをあいつに近づけなければいいんでしょ?」
「ええ、別に隔離まではしなくても良いかと思いますが、できるだけ接触する機会は減らしていただきたいと思います」
「まったく、子供じゃないんだから……意味もなく嫌いだなんて」

 ルイズにはなぜテオがこんな面倒くさい事をするのか理解できませんでした。
 薬を渡すならば最初から素直に渡せば良いのです。
 エンチラーダが、薬の対価であるというから、知らないふりをしましたが、なぜ自分がこんな事をしなくてはいけないのか。その理由を理解できなかったのです。

 その不満そうなルイズの顔をみたエンチラーダはこう言いました。
「純粋な方なのですよ」



◇◆◇◆



 さて。


 確かにルイズは知らないふりをしてくれました。
 シエスタもちゃんと騙されました。



 しかし。


 それらの努力は最終的に水泡に帰してしまいました。

 なぜって。

 それは当然です。



 テオとシエスタのやり取りは窓越しにルイズの部屋に聞こえていたのです。

 当然その周辺の部屋。
 即ち女子寮の殆どの部屋に居たもの、そしてその周辺に居たもの。

 沢山の人にも同様に聞かれていたのです。



 結局。


「テオ様、あのあと友達のメイドに聞きました!私、全然気がつかなくって、さすがテオ様です!あんなコト言いながらサイトさんをシッカリ助ける気だったなんて。本当!尊敬しちゃいます!!」
 と、シエスタに言われ、テオはとてもとても恥ずかしい思いをするのでした。

 確かにテオは回りくどい行動を取りました。テオなりのカッコつけだったのかもしれません。
 しかし、その過程をしっかりと解説された上に、お礼を言われる。
 まるで滑ったジョークの解説をされるがごとき恥辱をテオは感じるハメになるのでした。
 少し気取った行動をとった代償としてはそれはあまりにも大きすぎる物です。





「は…恥ずかしい」
 結局テオは部屋で顔を赤くしながら落ち込むのです。

 そんなテオの様子に、エンチラーダが声をかけます。
「ご主人様…本当に不器用な御方…」
「五月蝿い五月蝿い!」

 エルザも声をかけます。
「テオ、かっこ良かったよ」
「五月蝿い!幼女にそれを言われても惨めでしかないわい!」

 テオはそう叫びます。

 二人がテオを励ますほどにテオの惨めな気分は増して行きます。

「おのれ、なぜ吾が惨めな思いをしなくてはいけないのだ?」
 そして、テオは怒りを感じるのです。

「ソレもコレもあの野郎のせいだ」
 テオの怒りはサイトに向きます。
 
 それは理不尽な怒りですが、確かに、そもそもサイトが居なければテオはこんな思いをする必要はなかったのです。
 サイトがテオの恥辱の要因であるのは確かでした。

 テオの頭の中で、あの気に食わないサイトの顔が浮かんでは消えていきます。
 それは、さらにテオの怒りのボルテージを上げて行きます。
 そして最終的には、
「うぬれ!」
 テオの怒りは頂点に達し。


「かくなる上は…」
 そしてテオは行動に移ります。



 それは。






「寝る!」
 ふて寝でした。

 テオはドスンとベットにダイブしたかと思うと、そのまま掛け布団を頭まで被り、そして本当に寝てしまったのです。





「テオ寝ちゃった」
 子供のようにふて寝する自分の主人の姿に、エルザはつぶやきます。

「いいんですよ、ご主人様は嫌なことがあるとヤケになって食べるか、ふて寝をしてしまうのです」
「子供みたい」
「純粋なのですよ」
 そう言いながらエンチラーダは指を口元に当てて、物音をたてないように部屋から出ていきます。




 エルザもそれに習ってそっと部屋から出て行くのでした。
 
 
 
◆◆◆◆用語解説

・ギーシュ
 テオ曰く歩くコント。
 近づいただけで吹き出しそうになる。
 コノ決闘を期に、苦手克服と言うことで笑わないようにテオは目下努力中。

・浮かんだサイト
 重力ない状態だから、らくらく運べるんじゃない?って思ってる人。
 慣性の法則と言ってだな…
 レビテーションは浮く魔法であって、質量を消す魔法では無いはず。

・面白い形の石
 子供の心を鷲掴みにするものの中で、最も安上がりな物の一つ。
 安上がりなのに、集めすぎるとなぜか親が怒る。
 曰く「捨ててらっしゃい」
 あそこで石集めを許容しておけば、カードやらシールやらフィギュアやらボトルキャップやら、金のかかるものを欲しがらなかったかもしれないのに。
 正しい子育てとしては、子供の興味ががそこらへんの石や棒やネジとか色水とかに行くよう仕向けるべきだと思う。
 ただ、その結果、石やら木の根っ子やらをやたらと集める困った大人に育ったとしても、筆者は責任を負いかねるのであしからず。

・ついカッとなって
 時に人はついカッとなって本人でも理解不能な行動に出ることがある。
 突然SSを書き始めたり、それを投稿したり、さらに書き続けたり。
 ついカッとなってやった。後悔はそれなりである。

・シエスター
 白蝋魔人の一団に誘拐された佐々木コンツェルンの令嬢・眠子。
 隙を見てアジトから脱出に成功するが、逃げる途中で誤って崖から転落してしまう。
 その時高圧電線に触れてしまった。そして電気ショックによって影に心が宿り、シエスターという超人が誕生した。
 …というわけではなく、単にテオの発音がおかしいだけ。
 …元ネタ分かる人が皆無だとは思うが、ついカッとなってやった。

・生理的嫌悪
 コレばっかりは、どうしようもない。
 ちなみに筆者は毛虫系列が嫌い。
 好き嫌いは無いつもりだが、蜂の子とか食卓で出されたらついカッとなっることうけあい。

・秘薬
 テオ印のなんか秘薬。
 体の新陳代謝を物凄く活性化するので傷が直ぐに治る。
 同じ理由でハゲにも効果がある。
 ピーリングの要領で小皺や染みソバカスにすら効くまさに万能薬。
 ただし、馬鹿には効き目なし。

・察しろよ!
 かっこいいことをしても、相手が察してくれない時ほどカッコ悪いものはない。
 
・プリプリ
 しまって弾力のある状態。基本的には食品に使われることが多い表現。

・滑ったジョークの解説
 「…お茶の子さいさいだ……茶碗だけにね!」
 「…?……あ!なるほど!茶碗とお茶が掛かって居るんですね。簡単であるという慣用句と、実際に簡単だという意味が重なっているジョークなんですね!」
 みたいな感じ。
 物凄く恥ずかしい。

・ふて寝
 テオの最終奥義。
 他の奥義に「やけ食い」と「現実逃避」がある。



[34559] 9エルザと吸血鬼1
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2012/11/25 00:50

 ガリアの森の奥深く。

 鬱蒼と木々が茂り、普段は静寂に包まれるその森の中に、蹄の音がひびいています。
 

「ギタップ!ギタップ!」
 エンチラーダはそう言って馬にムチを振ります。
 そのすぐ後ろでは、テオとエルザが少しつかれた表情で座っておりました。

 三人が乗っているのは馬車でした。
 小さくて、飾り気のない馬車でしたが、平民たちが使う馬車と違ってしっかりと懸架装置が付いている、驚くほどに乗り心地が良いものでした。

「エルザ…大丈夫か?ちゃんとクッションの上に乗っているな?」
 テオはそう言いながらエルザの下に敷いてあるクッションを確認します。
 
 良い馬車で走っているとはいえ、舗装されていない道を走るものですから、テオはエルザが揺れに酔わないか心配だったのです。

「大丈夫」

 何度か乗合馬車に乗ったこともあるエルザはそう答えます。
 平民の乗合馬車に比べれば、今乗っている馬車はまるで魔法の絨毯のように揺れがありませんでした。

「しかし馬車は揺れ…から…ウプ」
「テオ?」
 突然顔をしかめたテオに、エルザは心配そうな声を掛けます。

「ちょっと待っ…ウゴ…オロロロロロォ…」
「ちょ!ちょっと!テオ!?」
 テオは窓から頭を出したかと思うと、おもむろに吐瀉しました。

「オロロロ!ルロルロロ!」
「うわあ…」
 それはエルザが引くほどの吐きっぷりでした。
 馬車に乗る前に食べた朝食が馬車の後方にキラキラと飛び散ります。
 
 朝食を吐いたテオは、そのまま顔を従者席に向けて言いました。

「グエ…だから馬車は嫌いなのだ…エンチラーダ!この馬ワザとゆらしてないか!?」
「普通の揺れでございます、クッペですから。やはり普通のランドーを用意したほうがよろしかったのではありませんか?」

 視線は馬から外さずに心配そうな声でエンチラーダは答えます。
 エンチラーダの言うとおり、小型のクッペ馬車よりも、大型のランドー馬車のほうが、もう少し揺れも少ないのですが、テオ自身がクッペ馬車が良いと言ったのでココまでこの小さな馬車で来たのです。

「ランドーはなんか嫌いなのだ!あの無駄に豪華なのと、独特の臭いが!というか、この前に乗ったのはランドーだったが、普通に酔った。馬車の種類は関係ない!あれか?馬が悪いんじゃないのか?」
「普通の馬ですよ、どうか我慢ください。もうすぐ付きますのでもう少しの辛抱です」

「テ…テオ…クッションいる?」
 エルザが心配そうに自分の下に敷いていたクッションをテオに薦めます。

「いや、いらん。クッションを使おうがレビテーションで浮こうが、結局景色が揺れるので酔うのは変わらん」
 青い顔をしながらテオは答えます。

「そ…そう」
「くそう…ただの乗馬であれば、こんなに酔わないのに」
 そう言ってテオは、辛そうに目を瞑るのでした。


 さて。

 なぜテオが苦手な馬車にのっているかというと。
 それはエルザの故郷に行くためでした。

 召喚前にエルザが住んでいた村、ザビエラ村。
 そこにテオ達一行は向かっているのです。

 トリステインからガリアまではフネでの移動でした。
 フネと言っても海や池に浮かぶ船舶とは違います、風石を動力に浮かぶ、空飛ぶフネです。
 そしてテオたちはガリアの船街の郊外にある上等の宿で一夜を過ごしました。

 そこまではエルザに取って夢のような旅行でした。

 まるで戦艦のように大きなフネ。とても綺麗で広い客室に、甲板では客のためにショウが開かれていて、エルザは目を輝かせながらそれを見ました。
 それにその後泊まったのは貴族用の豪華な宿。そこはエルザが入ったどんな部屋よりも豪華で、エルザはその部屋のベットの柔らかさを生涯忘れないでしょう。

 ただそこからが問題でした。

 エルザの居たザビエラ村は、とても小さな村です。
 定期便など有るはずもなく、結局、テオ達は馬車を買取って、それで村に向かうのですが…

「ああ、また…出ルヲボボラオラオヲォ!!」

 涙を流しながら窓の外に吐瀉をするテオ。
 馬車を中心に広がるスエタ臭い。
 その匂いを嗅いでなぜか恍惚の表情のエンチラーダ。
 その音と匂いにザワメク森の動物達。

 小さな馬車を中心に広げられる地獄絵図に、エルザはむしろ徒歩で移動したほうがよっぽどマシだったのではないかと思うのでした。



◇◆◇◆



 ザビエラ村はどの街からも離れた、森の奥にある村でした。
 宿を早朝に出たエルザ達でしたが、結局ザビエラ村についたのは、日もすっかり傾いて、テオの胃酸が吐きつくされた頃でした。


「ご主人様、大丈夫ですか?」
「テオ、大丈夫?」
「お…う」
 力なくテオは答えます。

「もう少し休まれますか?」
「いや、行こう。正直少しでも馬車から離れたい」

「はあ…では参りましょうか」
 そう言ってエンチラーダは旅行鞄を馬車の後方から取り出して、その手に持ちました。
 
 その行為に。
 エルザは違和感を覚えました。
 
 エンチラーダが両手でその鞄を持っている姿を、エルザは今始めてみたのです。
 別に其れは変なしぐさではありません。旅行かばんを持つのはごく一般的な行動です。
 
 なのに、なぜ、今に至るまでその光景を見ることができなかったのか。

 その時。 
 エルザは初めて馬車に車椅子が乗せられていないことに気が付きました。
 
 エンチラーダの両手は何時もテオの車椅子を押して、荷物はその車椅子の下部分に置いていたのです。
 しかし今、エンチラーダの両手にはバックの取手があるばかりで車椅子は何処にも見当たりませんでした。
 
 エンチラーダらしからぬミスです。
 何時も完璧でソツがないエンチラーダが、テオの車椅子を忘れるなんて。あまりにも異常なことです。

 一体どうして?
 
 とエルザが思っていると。
 
 テオが杖を片手に呪文を唱え始めます。
 すると、テオの足元が光り始めました。
 そして。

 テオの両足には足ができていました。
 


 それはグリーブとサヴァトンを履いた鎧騎士のような立派な足でした。


「では行こうか?」
 そう言ってテオは立ち上がります。
「足が生えた!?」
「そりゃ生やしたからな」
 驚くエルザに対して、テオはさも当然と言った様子に答えます。

 それもそのはず、それはテオに取って当然のことでした。
 此処は魔法学院でも貴族用の高級宿でもありません。
 道には段差や穴があります。狭く、小石やゴミも落ちています車椅子の移動はとても不便なのです。
 ですからテオはゴーレムの技術を応用した足を生やしたのです。

 テオとしてはそれは当然のことで、彼は外出するときには屡々今のように、魔法で作った義足をつけるのです。
 エンチラーダも其れを心得ていたからこそ、嵩張る車椅子をあえて宿場に置いてきたのでした。

「じゃあ何で普段は車椅子なの?」
 それは当然の疑問でした。
 魔法で義足が作れるのならば、別に普段から義足をつけていれば良いようにエルザは思ったのです。

「車椅子の方が楽だからだ。レビテーションで少し前に押すだけでコロコロ動けるし。それに、足を生やすとなんだか自分を偽っているようで気分が悪いのだ。足が無いのも含め吾は吾であるからな」
 そう言いながら彼はバシバシと自分の膝をたたきました。
 そこに自虐的な雰囲気は含まれていませんでした。
 
 テオは本当に、心の底から、自分を足のない存在として受け入れているのです。
 周りに馬鹿にされつつも、彼自身は足のない自分を何ら恥じては居なかったのです。

「とは言え、それはあくまで吾の問題だ。吾は気にせんでも、お前の村の者は違うだろう。此処では足のある立派なメイジで通しておいたほうが、周りの心象もよかろうて。ココでは吾の足が無いのは秘密だぞ?」

 そう言いながらテオは歩き出します。

 それは普段車椅子で生活しているとは思えない、堂々とした足取りで、エンチラーダを傍らに歩くその姿は、本当に立派な貴族そのものでした。


「ふむ、ココがザビエ・ラムラか」
 村の入り口から、村を見ながらテオはそう言いました。

「ザビエラ村です、ご主人様」
「そのムラか…見事に何も無いな」

 ザビエラ村。
 人口も400人にも満たない寒村。

 エルザはその村に対して、さしたる感情は持ち合わせていませんでした。

 その村は、あくまでエルザが人間を襲う為に都合のいい村と言うだけで、そこに故郷という概念は全くもって存在していなかったのです。
 ですから、今。数日ぶりに村に戻って来たのにもかかわらず、エルザは懐かしさも喜びも一切感じてはいませんでした。

 ではなぜそこに戻ってきたのか。
 
 一番の理由はエルザの擬態の為です。

 召喚された子供が、何処から来たのかもわからない住所不定と言うのはさすがに怪しすぎます。
 かといってそこで嘘をついて後で調べられればさらに怪しくなります。

 だからエルザは召喚直後、テオに故郷を尋ねられた時、正直に前に住んでいた村。つまり、このザビエラ村の名前を上げたのです。


 エンチラーダに自分の正体がバレた後も故郷への帰還を拒否しなかったのは、眼の前を意気揚々と歩いているテオが理由でした。

 鼻歌交じりに旅行の準備をして、『さあ故郷へ戻れるぞ!』と言うテオの笑顔をみると、『別に帰りたくない』とは最早言えなくなっていたのです。

「林業を主とした寒村ですので、観光向けのものは無いかと」
「ふむう。まあ良い、エルザの保護者宅は何処なのだ?」
「あの一番奥の家」
 そう行ってエルザは村の一番奥の家を指さしました。

「確か、村長だと聞き及んでいるが?」
「うん、そうだよ」
「事前に手紙での連絡はしております。今日我々が到着することもあちらは知っていますので、普通に行ってよろしいかと」
「そうか」
 そう言って一同は村長の家に向かいます。


 ザビエラ村にエルザと一緒に現れた貴族。
 本来ならば騒ぎになってもおかしくはない状況でしたが、村人たちはその姿をみて、遠巻きに囁き合うだけでした。

「今度の騎士様は大丈夫かな」
「若い男のようだな」
「若すぎやせんか?」
「メイドみたいな従者を連れてなさるわ」
「あら、最近見ないと思ったら、エルザはあの騎士様を迎えに行ってらしたんかねえ」
「前の騎士様のほうが強そうだったねえ」
「今度の騎士様もそう長くは続かないだろうなあ」

 ヒソヒソと語られるその言葉は、不敬にも当たるような囁きでしたが、テオは気にしませんでした。
 陰口を叩かれるのも、馬鹿にされることも。テオには慣れたことだったのです。

 しかし、その囁きを聞いて。
 エルザは思いました。


 コイツラ何も理解していない。
 なぜ、テオフラストゥスが弱いと言えるのだ?
 その力を見たこともないのに。
 なぜ、テオフラストゥスが死ぬと言えるのだ?
 その強さを知りもしないのに。
 テオを知りもしないニンゲン共が、どうしてテオを語れるのだ。
 テオフラストゥスの凄さを理解してイナイクセニ。


そこまで考えて。
 エルザは怒りを覚えている自分に驚きます。

 エルザは戸惑いました。


 なぜ自分が怒りを感じるのだろう。
 テオが馬鹿にされたから?
 確かにテオは自分の主人だ。
 しかし、ただそれだけ。形式的に主人であるというだけ。
 自分を守るだけのただのメイジだ。
 その強さは自分だけが理解していれば良い。
 むしろ、周りの油断は良いことだ。
 テオを見下すほどに、周りは油断して、テオは有利になる。
 だから、むしろテオが弱そうという判断は、喜ぶべきことなのだ。
 しかし。
 なぜか無性に腹が立つ。


 エルザは自分の中に生まれた怒りに戸惑いながら、表向きはいつも通りの調子で、テオとエンチラーダを村長の家へと案内していくのでした。




「おお、おお、エルザ。無事で何よりじゃわい」
 出迎えた村長はそう言ってエルザを抱きしめました。

 しばらくそのままエルザを抱きしめると、テオとエンチラーダの方を向いて挨拶を始めます。

「ええ、これはとんだご無礼を、私はこの村の村長でございます、エルザの保護者のようなことをさせてもらっとりました」

 村長。
 その男は、1年間エルザの保護者だった男です。
 親のない自分を拾い、まるで我が子のように育ててくれた人間でした。

 しかしただ、それだけです。
 エルザにとって、村長は、ただそれだけの人間でした。

 自分が擬態するのに都合の良い存在。

 そこにそれ以上の感情は無く。こうして数日ぶりにあっても、抱きしめられても、別にエルザの心には何の変化もありません。

 それはふつうのコトです。
 吸血鬼が捕食対象に一々感情なんて持っていては生きて行くことが出来ません。



「うむ、吾はテオフラストゥスだ」

 それなのに、なぜ自分は、出会って間もないテオに対しては感情を持ってしまっているのだろうか。
 エルザはそれが不思議でなりませんでした。

 テオが今までのどんな人間よりも強いから?
 テオが自分の主人だから?
 テオが自分を守ってくれたから?
 
 そもそもこの感情は何なのだ?
 今まで感じたことのない、これは。
 
 ひょっとして、これが。
 
 
 これが。愛?
 
 その考察に行き当たった時。得も言われぬ恐怖がエルザを支配します。

「細かい話は手紙にかいてあったので分っとります…なんとも、突然いなくなったと思ったら、召喚されとるとは、世の中は不思議で溢れとりますわい」
 そう言いながら村長は体を横に向け、一同を部屋の中に迎え入れました。




 その後は和やかに時間が過ぎました。




 エルザは村長に、今日まで自分に起きたことを話し、テオは村長に自分がどういう立場に有るかを話しました。

 勿論全てを語ったわけではありません。

 エルザは吸血鬼ではなくまるで自分が一人の人間の女の子で有るかのように、思ったことや感じた事を語りましたし。
 テオは自分が足のないメイジであるとは一言も言わず、ただ普通の魔法学院の生徒であるかのように、その立場を語ります。
 どちらも、嘘は言っていませんが、都合の悪いことをわざと語らすに話を続けます。

 そして和やかな話が一段落したところで、村長が言いました。


「さあ、エルザや、部屋に行っておいで、私はちょいと貴族様と大事な話があるからね」
「ああ、そうだな自分の部屋の様子を見てくると良い」

 まるで示し合わせたかのような村長とテオのその言葉。
 どうやらこれからテオと村長で、エルザの扱いについて話し合うようだというのが、なんとなく雰囲気でわかりました。

 エルザは当事者である自分が話に参加できないことにほんの少し不満を感じましたが、それを口に出してもただのワガママとして処理されるでしょうから、ただ一言。

「うん」
 とだけ言って、自分の部屋へと一人で行くのでした。

 エルザの姿が見えなくなり、テオは口を開きました。

「回りくどい話は嫌いだ。単刀直入に言おう。エルザを引き取りたい」

 それを言うテオに、先ほどの和やかな雰囲気はありません。
 それは、言い方は希望でしたが、命令に等しいものでした。

 そもそもテオにはエルザを引き取る事に許可を取る必要はありません。
 貴族としての権力で持って無理矢理にエルザをつれていくことは出来ますし。最初から村長に連絡をしないでいることだって出来たのです。

 テオがこうして、村長の下に訪れ、エルザを引き取りたいと言うのは、単に気分的な物でした。

 あくまで自分はエルザを攫ったのではなく。
 正当な手続きのもとで、エルザを扶養するのであると。
 自分自身の心を納得させるためでした。

 しかし、やっていることは攫っているのとさして変わりません。
 突然エルザを保護者のもとから引き離し、そしてそれを引き取りたいと言いに村にやって来る。
 しかも、有無を言わせない様子で、相手は貴族。

 ふつうの家族であれば。その悲劇に嘆き悲しみつつ泣き寝入るのでしょう。
 どんなに嫌でも相手は貴族。逆らえば何をされるか分ったものではありません。
 そういう意味で、テオの行動は残酷なものでした。



 しかし、村長は、そのテオの提案にたいして、むしろ肯定的でした。

 そもそも村長にしても別にエルザの実の親ではないのです。
 であれば、この貴族のもとで暮らしたほうがエルザが幸せになれるのは明白です。
 貴族のもとで暮らしたほうが、こんな寒村で貧乏な生活をするよりもよっぽどいい暮らしが出来るでしょう。

 しかし、村長には一つだけ、懸念がありました。

 それは、

「しかしその…貴族様。言いにくいのですが、エルザは…その…」
「メイジが嫌いだろ?」

 村長が言おうとするのを遮るように、テオが言いました。

「…ご存知でしたか」
「アイツ自身は隠してるつもりなんだろう。なにせ吾もまたメイジだからな。吾に気を使ってその素振りを見せないが。それでもアイツの視線や動きを見ればなんとなくわかる…何か理由があるのか?」
「その、両親をメイジに殺されたそうでして…」
 言いにくそうに村長は答えました。
 
 エルザの両親がメイジに殺されたのは事実でした。
 しかしそれを理由にメイジを恐れ、他人に心を開かない仕草を見せたのはエルザの擬態です。
 他人と深く知りあえば、自分が吸血鬼であることがバレるリスクが増えるので、エルザは両親をメイジに殺されたことを理由に、他人を避けるための演技をしてきたのです。

 ただ、メイジが嫌いなのはあながち演技ともいえません。
 メイジによって目の前で両親を殺されたことで、エルザの中にはメイジに対する嫌悪感がシッカリと根付いていました。
 
 もちろんメイジの巣とも言えるような魔法学院で、ましてやメイジの庇護下で、その気持を表に出せばあまり宜しい状況にはならないと判断し学院内でその気持ちは一切出していませんでしたが、テオにはなんとなくバレていたようです。

「有りがちな話だな」
 吐き捨てるようにテオは答えます。

 別に珍しいことではありません。
 不敬であるから、邪魔であるから、覚えた魔法を試したいから。そんな理不尽な理由で貴族が戯れに平民を殺す。
 金がほしい、人を殺したい、邪魔臭い。そんな理不尽な理由で盗賊が戯れに通行人を殺す。
 メイジは兎角簡単に人を殺します。

 殺す方は軽い気持ちかもしれませんが、殺された方はたまったものではありません。

 実際はエルザの正体は吸血鬼で、当然その両親も吸血鬼ですから。エルザの両親を殺したそのメイジは吸血鬼退治をしたわけであり、人間としては立派な行いなのでしょうが、親を殺されれば悲しいのは人間も吸血鬼も同じです。

「しかし、貴方様には良う懐いております。あの子があんなに人に懐くのは初めて見ますわい」
「そうか?」
 懐いていると言われても、自分と出会う前のエルザを知らないテオにはわかりません。
 テオの知るエルザは、確かに笑顔こそ少ないながら、歳相応のあどけない少女です。

「あの子は誰とも打ち解けん娘でした、親代わりのワシにすら、何処か怯える様子がありました。しかしあの子は貴方には怯えておりません。それどころか貴族様に嫌われまいと自分がメイジを恐れる事を隠しすらしております」

「単に吾を恐れてそれを隠しているとは思わんのか?」
 テオの言葉はもっともでした。

 メイジ、特に貴族の機嫌を損ねることは、平民にとって死活問題です。
 まだ幼いと言ってもエルザはそれを理解しているでしょう。
 貴族を恐れ機嫌を損ねさせないためにメイジ嫌いを隠すことは十分に考えられることでした。
 事実、エルザが学院でメイジ嫌いを隠している本当の理由はそれに近いものです。

 しかし、村長はそれを否定します。

「いえ、それはありえんですじゃ。なにせ…
 なにせあの子はあなた様の隣で、

 笑っておりました」


「笑う?」
 それが一体どうした?といった様子でテオが聞き返します。

「実はワシも、この村の誰も、あの子の笑顔を見たことがありませんでした。そのエルザが貴方様にだけは笑顔を見せとります。もし、あの子があなた様を恐れて貴族嫌いを隠していたのならば、決してあんなふうに笑うことはありませんわい。あの子はこの村の誰よりも貴族様に懐いております。確かにあの子はメイジを恐れとります。あなた様は例外にしても、今後貴方様の周りの貴族様に怯えた様子を見せて気分を害されるようなことがあるやもしれません。しかし、それを含めてあの娘を受け入れてはくれんでしょうか?」

 その村長の言葉にテオは真剣な表情で答えます。
「吾はな、エルザを引き取ると言ったのだ。それはエルザの身柄だけではない。
 考えも、思想も、欠点も、義務も、責任も、柵も、問題も、未来も、その全てを含めて引き取るという意味で言っておる。吾の実の子供と同等に扱うつもりである。なあエンチラーダ」
「ええ。勿論ですとも。あの子は私達の子供も同然でございます」

 その言葉はエルザを引き取るための取り繕った言葉ではありませんでした。
 テオとエンチラーダの本心に他ならなかったのです。

 その、テオとエンチラーダの真剣な目を見て、村長は安堵の溜息をつきました。
「そう言っていただけるならば、私も安心で御座います。貴族様、エルザのことをよろしくお願いします」
 そう行って村長は深々とテオに頭を下げました。

「任された」
「勿論です」

 二人がそう答えると、村長は笑いました。

「いやあ、よかった。…或いは之はよい機会だったんかもしれませんな、なにせ貴族様の下であれば此処よりはよっぽど安全にございましょう」

「ん?安全?」
 突然村長の口から出てきたその言葉にテオは違和感を感じます。
 確かにこの村は寒村ですが、治安が悪い印象はありませんでした。


「はい実は………この村には吸血鬼が、エルザがいなくなった時も、てっきり吸血鬼にさらわれたんだと思っとりました」
「何?吸血鬼が出るのか?」

 テオは驚いた声を出します。
 吸血鬼。
 それは自然災害と同等に恐れられる。とても恐ろしい妖魔です。
 それが出ると聞けば、テオも驚かずには居られません。

「そうなのです、数ヶ月前から何度か…貴族様もどうか帰りの道中はご注意ください」

 先程の朗らかな表情とは一転して、心配そうな表情で村長はそう言いました。

「フム…まあ、吾は吸血鬼ごときで遅れはとらんが…しかし、エルザの故郷の危機とあっては黙っているのもあれだな。エルザの餞別だ、その吸血鬼退治、何なら吾がしてやろう」

 テオがそう提案しますが、村長は首を横に振ります。

「いえいえ、さすがに騎士でもない他国の貴族様にそれを頼むのは…それに、もうすぐ吸血鬼退治の騎士様が村にいらっしゃることになっておりまして…」
 村長がそう言いかけたとき。
 
 家のドアがノックされました。


「…おや、ちょいと失礼致します。…はい、どちら様ですかいのう?」
 村長はドアへと向かい、扉越しにそう尋ねました。





「きゅいきゅい!吸血鬼退治に来たのね!」
 扉の向こうから。
 明るい声が聞こえました。
 
 
 
 


◆◆◆用語解説

・ギタップ
 getupと言っている。
 赤毛のアンを見た人にはおなじみ、マシュウが馬車を動かすときの掛け声。
 人間相手には「起きろ!」という意味だが、馬に対して言う場合は「進まんかい!ボゲエ!」という意味になる。

・ルロルロロ!
 お腹の中身がルロルロロ
 テオフラストゥスとエンチラーダが手をクロスさせることによって、二人の300バロムを超える信頼のエネルギーが二人の肉体を融合、二人の身体を超人として変異させる。
 …だからネタが分かる人が皆無だって。いつ世代向けなんだよ。
 
・クッペ
 英語読みではクーペ。
 名前は現代の車にも引き継がれている。小型馬車の名称で大抵二人乗り。

・ランドー
 大きく豪華な馬車。VIP用。実は18世紀以降に頻繁に使われたもので時代的にはちょっぴり合わないが、まあ、物自体は17世紀にもあったし、地球の歴史とは違うファンタジー世界なのでスルー希望。

・酔う
 サスペンションとか、レビテーションとかで酔わないんじゃね?って思う人もいるだろうが。
 現代社会のエアサスペンション搭載バスですら酔う人は多い。さらに、船とかは大丈夫なのにバスだけ酔う人とか、なぜか一部の乗り物にだけ酔う人というのはいるのである。
 テオは馬車に酔いやすい体質。なんか、あの馬車独特の臭いとか、雰囲気がダメらしい。
 車種が原因なのかと、今回小型のクッペにしたのだが効果はなかったようである。

・嗅いでなぜか恍惚
 変態ですが、なにか問題でも?

・グリーブとサヴァトン
 プレートアーマーに代表される鎧の下半身の名称。
 時代や地域によっても違うが、脛部分をグリーブ、足部分の鉄靴をソールレットもしくはサヴァトンという。ちなみに膝部はポレイン、腿部分はキュイッス。
 日本式の鎧では下から毛沓か草鞋、鐙摺、臑当、佩盾、立拳となる。

・私達の子供も同然
 サラリと言っているが、物凄く気持ちが込められている。特に『私達』の部分。



[34559] 10エルザと吸血鬼2
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2012/11/25 01:29
 ザビエラ村。

 この小さな村に吸血鬼が出始めたのは2ヶ月ほど前のことでした。
 小さな少女が犠牲になったことを皮切りに、すでに十人近くの人間が犠牲になっています。

 しかし、吸血鬼に立ち向かえるような、知恵と実力のあるものはその村にはおらず。
 結局村は、騎士を呼び退治をお願いしたのですが…

 その騎士も、村に到着後3日目に、死体となってしまいました。



 そして今、代わりに別の騎士が吸血鬼退治をしにこの村にやって来ました。

 やって来たのは大きな杖を持った青い髪の女性。
 年の頃は20くらいで、傍らに従者を連れています。

 何を隠そう、彼女こそはタバサの使い魔、シルフィードが幻影の魔法で人間に化けた姿でした。


 そしてその傍らに立つ従者、それはタバサでした。
 なぜ二人がこんな辺鄙な村に吸血鬼退治に訪れたのか。

 それはタバサの裏の顔に理由があります。

 北花壇警護騎士団。

 ガリア王家の汚れ仕事を一手に引き受けている組織です。
 タバサはそこに所属していました。

 勿論タバサ自身がそれを望んで所属しているわけではありません。
 
 毒によって心を壊された母を救うまでは、王家の命令には従う以外の選択肢をタバサは持ちあわせては居なかったのです。本人が望まなくとも、タバサは王家の手先として北花壇警護騎士団に所属し汚れ仕事を担う身の上なのです。

 そして今、タバサは北花壇警護騎士団七号として吸血鬼退治をするためにこの村を訪れたのでした。

 しかし、如何に優秀で才能豊かなタバサとは言え、吸血鬼に対して無策で挑むほどに、自身の才能を慢心してはいませんでした。

 相手は人間を騙す生き物です。
 馬鹿正直に正面から挑んで勝てるはずもありません。

 そこでタバサは一計を案じました。

 自分の使い魔であるシルフィードに人化の魔法を使わせ騎士のふりをさせて、自分はその従者のふりをする。
 吸血鬼の注意はシルフィードに向き、その間に自分は吸血鬼を見つける。

 そういう計画でした。



 とは言え、その計画はシルフィードには知らされていません。

 ただ、人間に化け杖を持って騎士のふりをしろと言われただけです。
 一体どうすれば良いのかわからないシルフィードは、キョドキョドとどこか怪しく頼りない雰囲気を振りまいています。

 コレもタバサの策の内でした。

 頼りないメイジほど、囮としては最適です。
 下手に達人に見せて、吸血鬼に警戒されては元も子もないのです。

 とはいえ、囮にされるシルフィードはたまったものではありません。
 どうすれば良いのかわからず、兎に角人間の動きを意識しながら、不自然にならないように精一杯気張りますが、それがかえって怪しさを増していきます。


「ガリアの花壇騎士のシルフィードなの」
 扉の向越しにシルフィードはそう名乗りました。

「コレはコレは、騎士様、ようこそおいで頂きました」
 そう言いながら村長は扉を開けました。

 そしてシルフィードは緊張しながら、タバサは冷静に辺りを観察しながら、村長の部屋に入り…


「おぎょん!?」

 シルフィードはつい叫んでしまいました。
 
 だって、目の前に見知った顔があったからです。
 即ちテオとエンチラーダです。
 ただでさえ、人間に化けて、それがバレないかと不安になっているところに、そんなイレギュラーがあったものですから。つい叫んでしまうのも無理からぬことです。 
 北花壇警護騎士として、何度か修羅場をくぐり抜けたタバサですらうっかり叫び声を上げそうになったのですから。

「騎士様?どうかしましたかいの?」
 心配そうに村長がシルフィードに訪ねます。
 
「な、な、な…なんでもないのね!」
 シルフィードは慌てて取り繕います。

 シルフィードはテオの事もエンチラーダのことも知っていました。
 というのも一度タバサがキュルケと共にテオに会いに行った際、テオにこれが自分の使い魔であると紹介されているのです。

 勿論、その時のシルフィードは竜の姿で、今のシルフィードは人間の姿ですから、テオが気づくはずもありません。

 しかし、その隣にいるタバサは違いました。

「おや?」
 テオはシルフィードと名乗るメイジの後ろに、魔法学院で何度か見たことのある青い髪をした女の子が居ることに気がつきました。

「む?貴様は…ええっと…メガネ?」
「タバサ様ですご主人様」
 エンチラーダがテオに耳打ちします。

 シルフィードのように取り乱しこそしませんでしたが、タバサも混乱していました。
 なぜ目の前にこの二人が居るのか全くわからなかったのです。

「ああ、そうだった。タバサメガネ…何故この村に?」
「そっちこそどうして?」
「ふむ質問に質問で返すとテストでは零点なんだが…まあ良い。寛大な吾はその問いに答えてやろう。吾が此処に来た理由それはここが、エルザの故郷であるからだ」

 何たる運命のイタズラでしょう。

 エルザの事はタバサも知っていました。
 シルフィードをテオに見せた際、彼の隣に居たのがエルザです。

 確かその時に、一度帰郷するという話をしていたような気もします。

 しかし、そのエルザの故郷が、このザビエラ村だとは。
 星の数ほどある村々の中で、よりによって自分が吸血鬼退治に訪れたこの村だとは。
 
 まさに天文学的確率で、タバサにとって不利な方向に物事が進んでいます。
 タバサは何度も恨んだ神に対して、更に恨みを強めました。

「あの、お知り合いでございますか?」
 二人のやり取りを聞いていた村長がそう訪ねました。

「ふむ…まあ、そちらの青髪メガネとは、顔見知りではあるが…改めて聞くが、なぜここに?」

 それは当然の質問です。
 遠く離れた地で、魔法学院の同級生と出会えば当然こう聞くでしょう。

 しかしタバサはそれに正直に答えるわけには行きません。

 学院での自分と花壇騎士としての自分。

 村人に自分が魔法学院の生徒だとはバレたくはありません。
 しかし、同時にテオには花壇騎士であることはバレたくありません。

 吸血鬼を含んだ村人、そして魔法学院の生徒であるテオ。

 その両方を納得させ、かつ、自分の立場を秘密にするにはどうしたら良いのか、タバサは必死に考えました。

 どうする?
 どう言い訳をする。
 グルグルとタバサの頭の中を色々な考えが駆け巡ります。

 表情こそいつも通りの冷静なものでしたが、その頭の中は大騒ぎでした。



 そして、そんなタバサをあざ笑うように、テオが言います。
「…ふふ、実はな、吾はもう察しがついておるのだ」

「!!」 
 タバサは驚きましたが、それは十分考えられることでした。
 テオは馬鹿ではありません。

 学院では座学の成績も常に上位です。
 この状況を見ただけで、タバサの真の姿にある程度の察しがついても何らおかしくは無いのです。

 タバサはゴクリと唾を飲み込み、覚悟を決めました。

 そして。

「アレだろ?花壇騎士入隊の為に見習いをしておるのだろう?」




「「は?」」
 テオの的はずれな言葉に、タバサもシルフィードもつい間抜けな声をあげてしまいます。

「わかる。わかるぞその気持ち。騎士は皆の憧れで有るからな。英雄願望は誰にでも有るものだ。騎士になりたいという気持ちは起きて然るべきなのだ。しかし騎士は実力社会。どんなに高貴な出身であっても実力が無ければ決して入隊はできん。タバサメガネは確かに優秀なメイジのようだが、騎士としては若すぎる。こうして現役の花壇騎士の従者をしながら、花壇騎士入隊の為にその仕事を覚えているところなのだろう?」

 言い訳するまもなく、テオはそう行って勝手に納得をしてしまいました。
 ハッキリ言ってタバサには全くもって英雄願望はありませんでしたが、此処でその誤解を解くことは帰って良くないと判断してタバサは、
「そのとうり」
 と言ってその言葉を肯定します。

 テオはふむふむと、満足そうに数回頷くと、今度はシルフィードの方に振り向きます。
「ええっと?ガリア花壇騎士…のシルフィード殿と言ったかな?」
「きゅい!?」

 突然声を掛けられ、シルフィードは慌てた声を出します。

「ふむ、一見隙だらけではあるが、逆にそれこそが達人の証拠。さぞ腕に自信のある御仁と見受けする、なるほどタバサメガネが尊敬するのも頷けると言う物だ…何せ、タバサメガネは自分の召喚した竜に貴殿と同じ名前をつけるほどだからな。相当に好かれているのでしょう」

「え?ええ」
 シルフィードは内心でガタガタ震えながらも平静を装いそう答えます。

「ふむ、面白い。村長、吾はもう数日ココに泊まることにする。吸血鬼退治なぞ、早々見れるものではないからな。何、部屋は要らん。エルザの部屋に泊まる。家具も要らんぞ、錬金ですぐに作ってやろう。ははは。狭いのも気にするな、狭い場所には慣れておるのだ。」

 そう行ってテオは何時もの楽しそうな調子で話します。

 どうにか最悪のケースは免れたと、タバサは安心しました。
 自分がメイジであることは知られてしまいましたが、騎士になるための見習いメイジという、然程実力のないメイジと認識されそうです。

 タバサの策は殆ど崩壊すること無く、進行することができそうです。

 あとは、学院の方に、今日のことが伝わらないようにすれば万事解決です。

 楽しそうなテオに、タバサはそっと耳打ちしました。
「学園の皆には秘密」
「なあに、判っておる。英雄は人知れず正義を行うものだからな」

 そう言ってニヤリと笑うテオに。
 タバサは一先ずの安堵と、これからについてのちいさな不安を感じるのでした。



◇◆◇◆



 テオたちがそんなやり取りをしている頃。


 エルザは部屋で一人考えていました。

 



 恐らく自分はテオの使い魔として正式に、テオの庇護者となるのだろうと思っていました。
 

 ただ、自分はどうしたいのか。

 そう自問します。

 確かにこの村で暮らすよりは貴族の下で生活をしたほうが良いのは明白です。
でなければサモンサーヴァントの門をくぐりなどはしません。

 しかし、自分は吸血鬼です。
 果たしてテオと共に生きて行くことが出来るのか、


 そこまで考えてエルザは自分の考えの違和感に気が付きました。


 テオに出会うまで、エルザは全ての人間を食料としてしか認識していなかったはずなのに。
 なぜ、なぜ今、自分がそんな考えに至っているのか。

 テオに出会ってすぐの頃も、テオをグールにしようと思っていました。
 そんな自分がどうして今、テオと共に生きることを考えてしまっているのだろうか。

 確かにテオは優秀なメイジです。

 敵にまわすよりは味方にしたほうがよっぽど自分の利益になるでしょう。
 しかしメイジなのです。


 エルザはメイジが嫌いでした。
 それはエルザ自身が一番によく理解していることです。

 その自分がメイジを殺すでも、食べるでも、騙すでも、利用するのでも無く。
 一緒に生活したいと思っている。
 


 確かに大抵の使い魔は主人のことが大好きです。

 しかし、それは殆どの使い魔が知性の低い幻獣だからとも言えます。
 
 別に使い魔でなくても、ペットは主人の事を好きになるものです。
 たとえ鎖につながれようとも犬は飼い主にじゃれつきます。
 たとえ首に鈴を付けられようとも猫は飼い主に擦り寄ります。
 大抵の動物は、自分に好意的な飼い主を好きになります。

 しかしエルザはそのような畜生とは違います。

 自分と人間の明確な違いを理解し、自分が人間とは違う異質の存在であることを理解しています。


 なのに。


 何故に自分はテオを好きになっているのか。

 考えられる最大の可能性はコントラクトサーヴァントの際に自分に押し付けられたルーンです。

 このルーンが自分の心を書き換えている。

 だとすればこの気持ちは偽物です。
 ルーンに無理矢理作られた、偽物の気持ちなのです。



 其の考えに至った時。エルザの心には小さな恐怖と同時にある感情が湧き上がります。
 それは怒りでも、不満でも、混乱でも、ましてや殺意でもありません。


 


 納得でした。


 エルザは、自分に偽物の気持ちが植え付けられたことを、ストンと納得したのです。



 偽物。

 それ程に自分に相応しいものはないとエルザは思います。

 なにせ、エルザは、その生き方全てが偽物だからです。
 偽物の姿で偽物の家族を作る、偽物の言葉を投げかけ偽物の信頼関係を作る。偽物の立場を持ち最後はそれらを利用して食事をする。

 人間の偽物。

 なるほど、自分は偽物の感情を得るにふさわしい存在だ。
 エルザはそう思いました。


 自分の感情を無理矢理に作られたことに対してさしたる不快感はありませんでした。

 別にその感情が自分に対して何か不利益になるのならばまだしも、
 少なくとも、現状では自分にとってマイナスになる部分が見当たらないのです。


 それどころか、利点すら見出しています。


 テオの庇護下に入る際、メイジ嫌いの自分がその感情をテオに対して抱くことは、テオにとってもエルザに取っても不幸なことです。

 身の安全の為に嫌いなメイジの庇護下に嫌々付くのと。
 好きなメイジと共に一緒に居ながら、同時に保護もしてもらえる。


 どちらが良いか…勿論後者です。



 エルザは自分の中に湧き上がるテオに対する好意を肯定します。


 しかし、一つだけ問題がありました………



「おおい、エルザ…話は終わったぞ!」

 そう言いながらテオが部屋の中に入ってきました。
 エルザは突然の事にビクリと体を震わせました。

「ははは、いやあ、面白いことになったのでな、数日はここに泊まっていくことになった」
「すぐに帰らないの?」

「まあな、ちょいと面白いことになってなあ」
「面白いこと?」

「ああ、何でもこの村には吸血鬼が出るそうだ」
「!」

 その言葉に、エルザは心臓が凍りつくような感覚を覚えました。
 
「それで、先程吸血鬼退治に騎士が訪れてな…その従者が…誰だと思う?あの青髪メガネだ!ほら、エルザも魔法学院で会ったろう?竜を連れた青髪無口な子供だ。ふふ、あいつは吾の占いのファンでなあ、数日に一回は吾の部屋を訪れ占いをしていくのだ。まあ、その気持ちはわからんでもないぞ…何せ吾の占いは百発百中であ…………

 テオはまくし立てるように言葉を続けましたが、その殆どの言葉はエルザの耳を素通りしていきます。
 
 
 そう。
 コレこそが、最大の問題。

 自分が吸血鬼であるということです。

 先刻この感情が、呪いによるものだと思った時。
 恐怖が湧き上がったのは。

 ルーンが使い魔にしか付けられないと言うことに対してです。

 コントラクトサーヴァントの際に、ルーンが押し付けられるのはあくまで使い魔の側。
 言わば、この感情は使い魔にだけ適応される一方的なものです。

 
 つまり。

 つまりテオは自分に対して、自発的な感情しか持ちあわせては居ないのです。

 テオはエルザを嫌いになるかもしれないのです。
 いえ、当然嫌いになるだろうとエルザは思いました。

 吸血鬼は人間の敵です。
 それを嫌わずに何を嫌うと言うのでしょう。
 

「しかし、吸血鬼であるからな。我々もも気をつけねばな」


「そのことですが、ご主人様、その心配は不要かと思います」

 エンチラーダの言葉。
 その言葉に、エルザはとうとうこの時が来たのだと思いました。

「…何故だ?」
 テオがエンチラーダにそう問います。
 
 何時かこの時が来ることは判っていました。
 いつまでも隠せるものではありません。
 しかし、しかし、出来ることならば。

 もう少し。
 もう少しだけ、テオに優しい笑顔を向けて欲しかったのです。
 
 もし、自分がテオに対して好意を持っていなかったなら。
こんな悲しい気持ちも産まれなかったでしょう。
 もし、テオにもルーンの呪縛がついたならば。
こんな不安も感じなかったでしょう。

 自分の正体を知られても、自分が殺されるようなことはないと言う確信がエルザにはありました。
 自分の使い魔を殺す事は、メイジとしてはまずありえないことですから。
 しかし、自分の正体をしられ、今まで通りにテオが笑いかけてくれるとは思えませんでした。
 侮蔑か、嫌悪か、それとも不快感か兎に角、自分に対して悪い感情を向けられる。
 テオの笑顔がもう自分に向けられることはなくなるでしょう。

 しかし何故かエルザの中には安堵もありました。 
 もう、これで、テオに嘘をつかなくていい。
 自分はテオにやっと本心をさらけ出せるのだと。
 そんな平穏な感情もまた、同時に生まれていたのです。

 だから、彼女は。
 エルザは、エンチラーダが口を開くより前に。自らそれを口にしました。



「あのね…私が…吸血鬼だから!」
 妙に明るい声だと。エルザ自身。そう思いました。

 そしてそんなエルザに対して。

「ふむ」
 テオは眉間にシワを寄せ、目を瞑り考えこんでしまいました。




 辺りを沈黙が支配します。


それはエルザにとって永遠のように感じられました。

 果たしてテオは何を考えているのか。

 後悔してるのだろうか。
 怒りを押さえつけてるのだろうか。
 冷静に今後の自分のなりふりを考えているのだろうか。
 吸血鬼を監禁し自分に害が及ばないような処置を考えているのだろうか…

 そんなエルザの想像が、ある程度出尽くした時。

 テオは目を開き、おもむろにこう言いました。


「実は今までの一連の騒動はドッキリでしたというのはどうだろう」
「無理があります、死人が出るレベルのドッキリサプライズなんて聞いたことがありません」

「へ?」

 突然ワケの分からないことを言い出したテオと、それに対して当たり前のように返答するエンチラーダ。
 その光景に、エルザは間抜けな声を上げます。

「では、実は吸血鬼ではなくて、でっかい蚊でしたというのは…」
「無理があります、そんなでっかい蚊なんて、見たことがありません」

「え?え?」
 

「実は吸血鬼は本当は、皆の心のなかにだけ存在する…」
「無理があります…」

 突然始まった二人のやり取りに、エルザが割りこむように言いました。
「あの!ちょっとお二人とも…ええっと。なんの話をしているの?」

「何って…どうやってコノ状況を切り抜けるのかの話だが?」
「ええ、勿論」


 二人は当然と言った様子で答えます。
 テオはエルザに対して何をするでもなく、ただエルザが吸血鬼であることをどう隠すかの算段を始めているのです。

「あのさ、テオは、その、何とも思わないわけ?」
「何とも?すまんが会話としては主語述語が不足しているので理解が出来ないぞ?」

「だから、ほら、私が吸血鬼だと知って、怖いとか、危ないとか思わないの?」
「?…エンチラーダ、こいつは何を言っているんだ?」
 意味が全く理解出来ないといった様子でテオがエンチラーダに訪ねます。
 
「恐らくですが…人間は吸血鬼を怖がるというステレオティピカルな観念がございますので、彼女はご主人様もそのような考えを持っていないかと考えているようです」

「…つまり、アレか?コノ小さな幼女は吾が吸血鬼コワーイと思ってるって思っていると思っていいのか!?」
「恐らく」

 エンチラーダの肯定にテオはヤレヤレといった様子でため息を一つつきました。

「良いかエルザ。いま大切なのはこの状況をどう切り抜けるかだ」
「でもアレだよ?私人間をたくさん殺してきたし」

「だから?」
「え……っとですね…?あれ?これ私がオカシイの?」
 よもや「だから?」と返されると思っていなかったエルザは戸惑うばかりです。

「エルザ、諦めなさい、ご主人様の価値基準に種族というものは含まれていませんよ」
 エンチラーダが諭すようにそう言いますが、エルザは今ひとつ信じきれませんでした。

「あのさ、でもさ、ほら、吸血鬼って言ったら、人間の敵なわけでしょ?その、なにかほら、思うところないの?」
「敵…のう、エルザよ、お前は人間の天敵はなんだか知っているか?」

「え?そりゃあ吸血…いや、ひょっとしてエルフ?」

 たしかにエルザの言うとおり、エルフに比べれば吸血鬼が殺した人間の量は微々たる物かもしれません。
 なにせ人間とエルフは何度か戦争をしてはその度に人間はたくさん死ぬのですから。
 そういう意味では、吸血鬼はエルフよりかは少しばかりマシな存在とも言えるかもしれません。

 しかし、エルザの回答に対し、テオは不満げな表情を返しました。

「違うな。人間の一番の天敵はなあ、他でも無い人間だ。なにせ古今東西一番人間を殺してきたのは人間だからな、お前の理屈で言えば吾は人間に怯えなくてはならなくなるぞ」
 そうなのです。
 この世界において、いえ、如何なる世界においても、人間を一番殺した生物は、他でもない人間自身なのです。




「人間に比べれば吸血鬼なんぞ可愛いものだ。まあ、その通りに可愛い見た目をしておるしな。そしてな、目の前の可愛い幼女に怯えるほど、吾は臆病では無いつもりだぞ?」
 そう言って、テオは笑いました。



 それは先刻までと同じ、眩しい笑顔でした。


「…」
 そのテオの笑顔にエルザは何も言い返せなくなってしまいます。
 
「じゃあ、作戦会議を続けるぞ?…実は伝染性の奇病だったというのは…」
「無理があります」
「じゃあ…」
「む…」

 今まで自分に笑顔を向けた人間はそれはもう沢山いました。
 しかし、「吸血鬼であるエルザ」に笑顔を向けたのは彼が初めてでした。
 さらに、彼らは当たり前のように自分を助けようとしてくれているのです。


 そしてエルザは悟ります。


 ああ、そうか。

 使い魔だからとか、庇護者だからとか、そういう問題ではないのだ。
 この感情が本物だとか、偽物だとかは関係ないのだ。
 自分は、ただ単純に、この目の前の人間を好きになるべくしてなったのだ。

 テオフラストゥス。
 彼こそが、自分の主人なのだと。




 エルザは涙がこぼれそうになるのを必死に押さえながら言いました。

「あの…あのね、この状況を切り抜ける方法ならば、私が考えたのがあるんだけど」






 それは吸血鬼らしい、方法。
 人間であれば残酷であると断される方法でした。



 しかし、目の前の二人ならば、この方法を提案しても。
 きっと自分を嫌いにならないでくれる。


 そう確信してエルザはそれを口にします。
 

 
 


◆◆◆用語解説

・おぎょん
 群馬県沼田市で毎年8月に行われる400年の歴史を誇る伝統あるまつり。
 世界を越えてシルフィードがこの祭りの存在を知っていたとは思えないので、この「おぎょん!」はたまたま口から出ただけだと思われる。

・質問に質問で返す
 疑問文には疑問文で答えろと魔法学院では教えていない。

・コントラクトサーヴァントの呪い
 原作において特に言及は無い。
 そもそもそんな呪いは存在していない可能性もある。
 エルザは有ると考えたようだが、果たしてエルザの心の中のその感情が本当にコントラクトサーヴァントの呪いなのかは不明。

・ドッキリサプライズ
 実はドッキリでしたと言ってプラカードを持ってタバサの前に出るテオ。
 実は吸血鬼なんて居ないんだ、全部君を騙すために仕組んだのさ。
 吸血鬼がやったように見せるために、皆をヌッ殺した後に魔法で血を抜いたんだ。
 どうだい?驚いたろう?本当に吸血鬼が居たみたいだったろう?
 でも実はドッキリだったのさ!
 
 …というプラン。
 死人が出ている時点でたぶん笑って許してはくれない。

・でっかい蚊
 人間の血を吸い尽くすレベルの蚊。
 本当に存在したら、むしろ吸血鬼より怖い。

・ステレオティピカル
 ステレオタイプ的という意味。
 判で押したように同じ考えや態度や見方が浸透している状態を言う、偏見的と言い換えても良い。



[34559] 11エルザと吸血鬼3
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2012/12/20 18:46
 村はずれのあばら屋。
 そこを取り囲んだ村人たちが叫びます。

「出てこい!吸血鬼!」

「お前達が一番怪しいんだ」

「俺達が確かめてやる!」

 村人たちは疑心暗鬼に陥っています。
 村はずれに引越してきた親子が怪しいと、こうして弾糾を始めます。


 その様子を少し離れたところで見ながら。
「なるほど」
 エルザにだけ聞こえるような声でテオが言いました。

「エルザも分かっておるではないか。げに恐ろしきは人間の心。それを利用するとはなるほど、賢いな~」
「花まるをあげましょう」
 まるで算数が上手にできた子供を褒めるように、テオとエンチラーダはエルザを褒めます。
 それは、極自然で、当然のような褒め方でした。

「ふふん」
 エルザは得意そうに鼻を鳴らします。

 エルザの策は至極単純なものでした。
『自分以外の誰かを、吸血鬼に見立て殺させる』

 なるほど単純ですが、とても有効な手段です。
 実際、村人たちは面白いように自ら疑心暗鬼の渦に流されています。
 村はずれの親子が怪しいと、こうして家を取り囲んでいるのですから。


 エルザが最初にしたことはグールを作ることでした。
 最近になって村に移り住んできた占い師の親子。
 そのどちらか片方をグールにしてしまえば、当然もう片方が吸血鬼であると村人は思うでしょう。

 だから、エルザはその親子の息子のアレキサンドルをグールにしました。

 というより、その親子が越してきたからこそエルザは食事を開始したとも言えます。
 よそ者が越してきた瞬間から吸血鬼被害が起きれば、どう考えたって犯人はそのよそ者だと思うでしょう。

 そうすれば後は簡単。

 村人たちの疑惑がそのよそ者親子に集中する頃合いを見計らって、その片割れがグールであることを、ワザとばれさせます。

 当然住人たちはそのもう片方を吸血鬼として殺してしまうでしょう。
 それで万事解決です。








 之によって罪のない人間が命を落としますが、別に吸血鬼であるエルザは全く構いはしません。 

 そしてそれはテオも同じでした。
 別にテオは、平民の命などどうでも良いと思っているわけではありません。
 ただ、其れよりもすっとエルザの安全のほうが優先順位が高いと思っているのです。

 エルザに食べられしまった人間や、吸血鬼だとして殺される人間に対して、お気の毒であるという感情こそありますが、ただそれだけなのです。

 それは、我々現代人が。動物愛護精神を持ちながら同時に獣肉を食べる感覚に似ていました。

 例えば、今、私達が鉈を持ってして犬や猫、うさぎやフェレットなど自分の身近にいる動物を殺せば、途轍もない罪悪感が自分を襲うでしょう。
 しかし、その一方で、我々は当然のように牛や豚の肉を食べます。

 人は動物を愛しながらその一方で容赦なくそれを殺せる矛盾した心を持っています。

 テオの感覚はそれと同じものでした。

 彼は、下手な貴族よりもよっぽど平民に対して寛大です。
 彼は快楽や怒りや義務感で人殺しはしませんし、出来ることならば人を殺したいとは思いません。
 しかし、必要であると判断すれば容赦なく殺します。

 少なくともテオにとっては、自分と然程の縁もない人間の命などより、エルザの食事のほうが優先順位としてはずっと高いのです。

 ですからエルザの狡猾で残酷に見える策も、極自然に納得し、そして感心するのです。


「さて、問題はあの騎士殿だが」
 そう言ってテオはシルフィードの方を見ます。


「私達がちゃんと調べるから!ちょっと待っててなの!」
 村人たちにそう叫ぶシルフィードの物腰は、どうにも頼りなく貴族らしくありませんでした。
「なんだか頼りない」
「吾としてはそれが逆に怖いな。どう見てもあれは騎士の物腰ではない。しかしタバサを従者にするほどの騎士が本当に頼りないとは思えない」
「??」
「誘ってるんじゃないか?」
「ああ、そうか…囮?」
「相手は腐っても花壇騎士、少しでも油断したら…ボン!だな」
「なるほど」

 そう言って二人は再度シルフィードを見ます。
 見れば見るほどにその姿は頼りなく、如何にも襲いやすそうです。

「お前たち止めるんじゃ!皆が争っている場合じゃない」
 そこに村長が現れて皆を諌めはじめました。

 結局村人たちは引き返しますが、その表情からは不満が見て取れます。
 再度このようなことが起きるのは、時間の問題だろうとテオは思いました。



◇◆◇◆



 夜になり、村の赤子や幼子や娘が村長の屋敷に集められました。
 各家で吸血鬼に怯えるより、皆で一塊になったほうが安全だと誰かが提案したようです。

 村人たちの中には、一箇所に人を集めれば一度にやられてしまうのではと心配そうに言うものもおりましたが、村長にメイジが二人もおられるので安心であると説得されました。
 村人たちは如何にも頼りなさ気なシルフィードに対して不満の声を上げそうになりましたが、その隣に居るテオをみて思いを変えました。

 テオがベットを錬金したり、ゴーレムを作ったりする様を見て、このメイジならば安心だろうと思ったのです。
 勿論、錬金が上手く出来たり、ゴーレムが達者に作れるからと言って、戦闘において強いと言うことにはならないのですが、普段からメイジというものに接することの少ない村人たちですから、魔法が上手に使えるメイジは無条件に強いと思ったのです。

 テオたちの泊まっている場所がとても騒がしくなりましたが、テオは嫌な顔ひとつしませんでした。
 それどころか子供の為に玩具を錬金したり、小さなゴーレムで子供をあやしたりしています。

「キャッキャ!」
「おじちゃん人形作って!人形!」

「作るぶんには構わんが次おじちゃんと言ったら泣かすからな、吾はお兄さんだ…ほれ!」
「わーい」
「おにじちゃん、私は猫のが欲しい!」

「なんだ!?おにじちゃんって!混ざってるぞ!お兄さんだ…ほれニャンニャンだ!」
「わー可愛い!」
「僕も、僕も作って欲しい!」
「私も」
「アタチもー」

「まて!順番だ!並べ!…誰だ、今吾のポケットに小石をねじ込んだ奴は!え?面白い石だからあげる?まあくれると言うならもらうが…よし!お前には特別に凄いものを作ってやろう…」

 子供たちはテオに群がります。

 なにせ娯楽の少ない村です。メイジが来ることなんて滅多にありません。
 たとえ来たとしても、大抵のメイジは偉そうにふんぞり返るばかりで子供の相手などしてはくれません。
 ですから子供たちに魔法を見せてくれるテオにすぐさま懐くのでした。

 テオも子供たちに好かれて悪い気はしないようで、その表情は楽しそうでした。


 そんな様子を少し離れたところで見ながらエルザが呟きました。

「テオ…大人気」
「まあ、ご主人様は今まで子供と触れ合うこともありませんでしたから、こういう状況が楽しいのでしょう」
「…」
「おや?エルザは嫉妬してしまいましたか?」
「してない」
「まあ、気にしなくても今日だけですよ、ご主人様に甘えたいのでしたら明日以降好きなだけ甘えれば良いのです」
 そう言ってエンチラーダはエルザの頭をなでました。

 エルザは嫉妬をしていなと口にしましたがそれは間違いでした。
 容姿が自分と然程変わらない年齢の子供達に囲まれるテオを見て、言い知れない悔しさが心のなかに湧き上がるのを感じています。

 しかしエルザは、その感情が嫉妬であると言うことに気がついていません。
 なにせエルザはその感情を、産まれて始めて感じているからです。

 自身に沸き起こる感情を理解できず、ただ静かに戸惑うエルザの様子を見ながらエンチラーダは何処か微笑ましい気持ちになるのでした。


 さて、子供たちの相手が一段落してから、テオたちは夜食を食べ始めます。
 人数が増えるからと、テオが特別に錬金したテーブルに皆、行儀よく座っています。

「ほれ、エルザ、吾の膝に…」
「大丈夫」
 そう言ってエルザはタバサの横の椅子に座ります。
「エルザ…なんか不機嫌ではないか?」
「そんなこと無い」
 エルザは否定しますが、その表情はやはり何処か不機嫌そうでした。
 妙に不機嫌そうなエルザにテオは少し戸惑います。

 そうこうしている内に夜食がテオ達の前に運ばれてきました。
 エンチラーダと、村長の屋敷に避難している娘たちが作った料理が沢山並べられます。
 実際それらの料理はとても美味しくて。
 テオもシルフィードも上機嫌でそれを口に運びます。

 そしてシルフィードがサラダを一口含んで、
「苦い!」
 ぶほっ!っと吐き出しました。

 さらにそれは、シルフィードの正面に居たテオの顔に見事に向かいます。
「危な!」
 テオは咄嗟にそれを避けました。

「なにこれ!苦い!キュイ!」
「スイマセン!村の名物でムラサキヨモギっていうんです、苦いですけど体には良くて、その…」
「ははは、シルフィード殿、好き嫌いはあまり良くありませんな、苦いとは言え食べ物、食べて食べられない事はありますまい」
 そう言いながら今度はテオがムラサキヨモギを口に含み、

「苦い!」
 シルフィードと同じように吐き出しました。

 それは先程のシルフィードと全く同じフォームで、そして同じ勢いでムラサキヨモギを吹き出します。

 ただ一つ、同じでなかったのは、正面のシルフィードがそれを避けることが出来なかったことです。

「目ぇ!」
「予想の数倍苦かった」
「ご主人様、大丈夫ですか?」
 エンチラーダはが心配そうにテオに駆け寄りますが、心配すべきはテオではなくシルフィードの方でした。

「目があ!目がぁ!」
 シルフィードが目にかかったムラサキヨモギに悶えます。

 その様子にタバサがシルフィードの元に駆け寄り…




 悶えるシルフィードのサラダに手を伸ばします。

 そしてタバサは瞬く間にサラダを食べつくしてしまいました。


 そのあまりの食べっぷりに、テオも感心してしまい、
「吾の分もいるか?」
 と言って、食べかけのサラダを差し出します。
「もらう」
 そして、ドンドンとムラサキヨモギを食べつくしていきます。


 そんなタバサにエルザが声をかけました。
「ねえお姉ちゃん、野菜も生きてるんだよね」

 エルザのその言葉にタバサはうなずきます。
 そして、なぜ自分ではなくタバサに質問をするのかと、テオが少しショックを受けます。

「スープの中の肉も、その鳥も全部生きてるんだよね」
「うん」
「全部殺してから食べるんだよね、なんで?」

 タバサは答えます。
「生きるため」

「でもさ、でも。吸血鬼が血を吸うのも生きるためじゃないの?」
「そう」
「じゃあ何でお姉ちゃんたちは吸血鬼を退治しようとするの?なんで妖魔なんて呼ぶの?邪悪なんて言うの?やってることは人間と同じでしょ?」

「何で私に聞くの?」
 タバサが言いました。
「お姉ちゃんなら答えてくれるような気がしたの…なんとなく」
 
 それはエルザの本心でした。

 エルザは何処か、タバサに自分と同じ物を感じていたのかもしれません。
 見た目の年齢が近いとか容姿が少しにているとか、そういうことではなく。
 何処か本質的な所で、自分とタバサに共通の物があるような気がしたのです。

 まるで人形のような少女。
 他の人間とは違い、タバサは何処か人間とは違う雰囲気を持っています。

 まるで感情を持たない様な目をしているタバサであれば、感情のない冷静な答えを自分に与えてくれるのではないかとエルザは感じたのです。


 そんな二人のやり取りを見ながら、テオはエンチラーダにそっと呟きます。
「エンチラーダ、コレってアレかな?思春期か?思春期特有のなんかややこしいやつか?」
「よくわかりませんが…エルザなりに色々と思うところがあるのでは?」

 ヒソヒソとテオとエンチラーダが話します。
 二人はエルザのいつもと違う様子に戸惑うのでした。


◇◆◇◆


「エルザ…何か思うことがあるのか?」

 食後、部屋に戻ったテオがエルザに聞きました。


「ん…べつに無いけど、なんとなく、悪いことして無いはずなのに、何でみんな私のことを邪悪だって言うのかなって思ったから」

 そう言ってエルザは下を向きます。
 それはエルザのトラウマのようなものでした。

 エルザの両親は無残にもメイジに殺されました。
 殺された理由は吸血鬼であるからです。
 しかし、エルザの知る限り、両親は悪い行いをしていたわけではありません。
 
 ただ、人間が食事をするように、普通に食事をしながら生きていただけなのです。
 それなのに、人間はその両親を邪悪なものであるとして殺してしまいました。

 両親は何も悪くないのに。
 何も悪くないのに殺されてしまった。

 そして自分も。何も悪いことはしていないはずなのに。
 村人や騎士は吸血鬼を殺そうと躍起になっています。
 どうして皆は吸血鬼を邪悪だと言うのだろう。

 そういう思いが、エルザの心の内にはあったのです。


「あのな、エルザ。この世の中にな邪悪なんてものは、そもそも無い!」
「え?」
 テオの言葉にエルザは驚きの声をあげます。

「だいたいだ、悪いことと良いことってのは誰が決めた?吾か?お前か?王様か?神様か?」
「ええっと…皆が悪いことだって言ってるのが悪いことじゃないの?」
「其の皆って誰だ?」
「ええっと…人間?」
「そう、人間だな、つまり善悪なんて概念はな、人間が勝手に決めてしまったものなのだ。人間は万物の尺度である。つまりな、善い悪いと言う基準は、人間に取って多数派に利益をもたらすことが良い、多数派に不利益をもたらすことが悪いということだ、吸血鬼のお前が気にすることじゃない」

 そう言いながらテオは立ち上がり、つかつかとエルザの方に寄って行きます。

「とは言えお前の気持ちもわかる。生き物は孤独である時、自分のしている事に疑問をもつことが多々ある。自分はこのままで良いのか?自分のしていることは間違いなのではないのか?とな。本来物事の善し悪しを決めるのは自分自身であるのに、その自分が信じられなくなってしまうのだな」

 そしてテオはエルザの正面に立つとしゃがみ、彼女と同じ視線で言いました。

「だから、主人たる吾が言ってやる。
 本来は其の筋合いはないのだが。断言してやる。
 エルザ、お前のしていることは正しい。人間基準なんぞにこだわるな胸をはれ」


 テオの言っていることは人間の基準からすると完全に『悪』なのでしょう。
 なにせ、人間を食べるという吸血鬼に対して、其の行動を肯定したうえで、胸をはれとまで言っているのです。

 人殺しを推奨しているに等しいのです。

 しかし、テオの言ってることは一人の使い魔の主人として、とても『善』い言葉でした。
 なぜなら、その言葉でエルザは本当に救われたからです。

 エルザは、親を早くに無くしました。
 本来教えられるべき吸血鬼における物事の善悪を教えられないままに、人間に混ざり生きてきたのです。

 すると、エルザに与えられる善悪の基準は、人間のものであり、エルザは人間の善悪しか知らずに育ってしまっていたのです。
 人間の善悪の基準からすると、エルザの食事は悪い事になってしまいます。
 必死に、人間が行う食事と自分の吸血行動をなぞらえ、自分のしている事を肯定しようとしますが、悪いことという人間基準の考え方がエルザの心のそこでエルザを苦しめてきました。

 だからエルザは自分は悪く無いと、自分自身に言い聞かせます。
 自分のしていることはただの食事だと。人間のしていることと同じ事だと自らに納得させようとしています。それでも、心の奥底では自分が悪いことをしているのではないかという、罪悪感のようなものがうごめいていました。

 しかし、今。
 エルザの保護者であり主人であるテオが、そのエルザの吸血行動について、胸をはれと言いました。

 それだけ。

 たったそれだけで、エルザの中の辛い気持ちが綺麗に消えてしまったのです。



「では、食後の運動だ、何の罪もないグールと、ばあさんをぶち殺しに行くかな」
 そう言ってテオが立ち上がります。
 あまりにも非道なその言葉。
 
 恐らくソレは、エルザの気持ちを軽くするために、ワザと残酷な言い方をしているのでしょう。
 そのテオの気遣いがとても嬉しくて。

「うん!」
 エルザはできるだけ元気にそう言いました。



◇◆◇◆



「きゃああああああああ!」

 少女の叫び声が屋敷に響き渡ります。

 その叫び声を聞きつけたタバサとテオが広間に飛び込むと、そこには少女を片手で捕まえた一人の男がおりました。

「アレキサンドルよ!やっぱり彼がグールだったんだわ!」
 その娘が言うとおり、それは昼間あの村はずれのあばら屋に住んでいた親子の息子の方でした。

 しかし、そこに昼間の理性的な姿はありません。
 まるで獣のように血走った目と、口からは牙を覗かせ、如何にもグールといった容貌でした。

 グールはテオとタバサに気が付き、少女をつかんだまま逃げようとしました。

「ウインドカッター!!」

 テオの魔法が見事にグールの肩に当たり、少女を掴んでいた腕は吹き飛びました。
 グールの腕は胴体から外れましたが、それでも少女の体を離すこと無く少女の体をがっしりと掴んでいます。

 テオはその手を剥がすべく、少女に駆け寄ります。

 その隙にグールは窓から逃げてしまいました。

「吾は少女の介抱を、グールは任せた!」
 テオがそう言うと、タバサは走ってグールを追いかけました。

 タバサの姿が見えなくなると、テオはニヤリと笑い、そのまま口を開きます。

「大丈夫か?少女。なに、グールは直ぐに退治されるさ。しかし、所詮グールだからな。吸血鬼を叩かねばまたグールを作られてしまう」

 そう言いながらテオはグールに襲われていた少女の肩をつかむ腕を引き剥がします。

「さあ、村人たちを集めよう、吸血鬼の正体はわかったんだ、なに、明日からは平和な村に戻るさ」





 そして場面は冒頭のあばら屋に戻ります。
 しかしそのあばら屋は昼間とは全く違う様相です。

 村人たちが火をつけ、見事に燃え広がっていました。
 モウモウと広がる炎は村を照らし、当たりはまるで昼間のように明るくなっています。

「死ね吸血鬼!」
「俺達を騙しやがって」

 村の住人達は燃える小屋に向かって叫びます。

 そんな様子を見ながらテオは、
「こんがりと焼けとるなあ」
 まるでパイが焼ける様子を見ているかのように、軽い調子でテオは言いました。
 何の罪もない老婆が、無残にも焼き殺されているのを目の前にして、この態度。
 それは人間としてとても異常な態度でした。

 そこにグールを倒し終わったタバサがやって来ます。



 タバサは魔法で小屋を消火しました。


 その行為に村人たちが不満の声をあげます。
「何をするんだ」
「証拠がない」
 厳しい顔でタバサが言います。

「息子がグールだったろうが!どう考えてもあのばあさんが吸血鬼だ!」
「証拠がない」

「証拠ならあったぜ!、コレが犠牲者の家の煙突の中に引っかかっていた」
 そう言ってある村人がタバサの前に布を投げ捨てました。


 それは絞り染めの赤い布でした。
 今焼き殺された老婆の寝間着の一部です。

 村人は口々にあの老婆こそが吸血鬼であると叫び、そしてその老婆が焼け死んだことで安堵の表情を浮かべます。

 しかしタバサだけは違いました。

 赤い布を見ながら、その厳しい表情を崩しません。


 そしてその様子を見て、
「マズイな」
 テオは言いました。

「え?」
 エルザが聞き返します。

「アイツはまだ終わったと思っていない」
「え?でも…」
 決定的な証拠、村人でなくても普通は老婆が吸血鬼だと思うでしょう。
 事実、タバサは不満そうな顔をしつつも、何も言いません。

「ありゃ。納得がいってない顔だ、最悪の場合、帰ったフリして調査しかねんぞ」
 テオの言葉が本当であれば困ったことになります。

 吸血鬼騒動はこれからもう起きません。
 エルザがここを離れるのだから当然です。

 しかし。そうなるとタバサはどう思うでしょう。

 吸血鬼は死んでいない。なのに騒動は収まった。
 そうなると犯人は騒動の終了と同時に村を出ていった…

 疑いがエルザにかかるのは明白です。

「仕方がないのう、ココは一つ、可愛いエルザのために吾が一芝居うつとするか…」
「一芝居?」
「ああ、吾は芝居は見るのも好きだが、やるのも得意なのだよ」

 そう言いながらテオはタバサに駆け寄りました。
 
 
 そしてタバサの耳元で囁くようにこう言いました。


「タバサよ…恐らく本物は別にいる」
「…!」

「犯人は煙突から入った、だがあんな証拠の布を残すほど間抜けが10人も血を吸えるはずがない。犯人は老婆を吸血鬼に仕立て上げている。小柄な奴、子供かそれに近い体格だ」
「…」
「少し…二人で歩けるか?」

 タバサはコクリとうなずき二人はそのままその場を離れます。
 村人たちは燃えた家の後片付けで、その二人に気づきませんでした。


 誰もいない道を歩きながらテオは口を開きます。
「お前はこう思ってるんだろう?犯人は村に居る子供のうちの誰かだってエルザを含めてな」
「…」
 タバサは何も答えませんでしたが、その様子から肯定の意が見て取れました。

「だがな…タバサ…お前は一つだけ見落としているぞ」

 そう言ってテオは杖を握りました。

「それはな、そもそも犯人が村に居ない可能性だ…吸血鬼はな、確かに人間に紛れ込む…しかし、絶対に紛れ込まなくてはいけない理由はない」

 そして会話の中に、ルーンの詠唱をそれとなく混ぜていきます。

「例えば森の中にかくれてこっちの行動を見ている。即ち…そこ!」

 そう言ってテオは森の中に向かってウィンドカッターを放ちます。
 無論そこには誰もいません。ただ虚空に向かって魔法を放ったに過ぎません。

 そして次の瞬間。テオはめいいっぱいのウィンドを自分の体にぶつけ、反対側に吹き飛びました。

 其の奇行。
 その隣に居るタバサはこう思いました。

 森の中にいる「ナニカ」に攻撃を仕掛け。反対に森の中の「ナニカ」の攻撃を受けたと。

「!」
 タバサは森の中に吹き飛んだテオの身を案じましたが、そこに駆け寄るような事はしませんでした。

 テオのことは心配でしたが、彼女はテオが飛んでいった方向とは反対側、即ち、テオを攻撃したであろう『ナニカ』が居る方に視線を移します。



 そしてそれは姿を表します。


「気配を殺した我輩に気がつくとは…な~かなかのメイジではあるが、我輩を倒すには実力不足であ~る」
 そう言いながら森の中から姿を見せたそれは、口には大きな牙を蓄え、小柄な体、まるで白磁のように白い肌、獣のように鋭い目。
 まるで人形が動いているような。奇っ怪な妖魔がそこにはおりました。如何にもお伽話より現れたような絵に書いたような吸血鬼でした。


 その様子を、その場から少し離れた森の中から見ていたエンチラーダとエルザは…。

「アレは一体…」
「えらいのが出てきた…」
 遠くからそれを見ていたエンチラーダとエルザは、そのあんまりな吸血鬼に唖然とします。
 確かにそれは見るからに吸血鬼でしたが、なんというか如何にも過ぎてかえって現実味のない変な吸血鬼でした。


「ふふ、アレこそが吾の考えた究極吸血鬼である」
「ご主人様!?」
「わあ、いつの間に!」
 突然の声にエルザとエンチラーダが後ろを向くとそこにはテオが立っていました。
 
「要は犯人を別に用意してやれば良いのだ。タバサには吾の用意した究極吸血鬼ゴーレムと戦ってもらえば良い」
「…あれ、大丈夫なの?見た目的に」
「何をいうか、何処からどう見ても吸血鬼ではないか」
「ああ、そうでした、ご主人様は吸血鬼を演劇でしか見たことが無いんでした…」
「私の存在を否定してない?」
 そう言ってエルザはため息をつきました。
 

 そのあんまりな吸血鬼でしたが、それを前にしたタバサには余裕がありません。

「キョーキョッキョッ。吾のグールを倒したくらいでい~い気になりおってメイジが、我輩、究極吸血鬼が直々に地獄におくってやろう」


(不覚)
 タバサはそう思いました


 テオの言うとおりです。

 なぜ自分は吸血鬼が村の人間に紛れていると決めていたのか。

 確かに吸血鬼は人間に擬態します。

 しかし、だからと言って必ず人間の中に居なくてはいけないわけではありません。
 森の中に潜み、グールを使って村の人間を少しずつ襲うことも十分に考えられることでした。

 もちろんタバサもその可能性を全く考慮していなかったわけではありません。
 
 しかし、村人たちの心理を上手く突くやり方や、証拠を捏造する行動から、吸血鬼は十中八九村の中に紛れ込んでいると思ってしまったのです。

 しかし目の前の吸血鬼を見て、タバサはその考えが大きく間違っていたことを理解します。
 
 目の前の吸血鬼には気配がありません。
 
 之ほど解りやすい容姿をしているというのに、まるで作り物であるかのように、存在感が希薄なのです。
 事実、タバサはテオがその吸血鬼に攻撃をする瞬間まで、その吸血鬼の存在に気が付きませんでした。
 
 驚くほどに、隠れることに長けている。
 誰にも気づかれず村の中の様子を観察することは容易だったでしょう。 

 もしテオが森の中からこちらを観察していたであろう吸血鬼に気がつかなければ、自分は吸血鬼を見逃していた。
 本物の吸血鬼の存在に気がつかないまま帰還していたか、或いはその前に吸血鬼に奇襲されていたかもしれません。


 しかし、反省も後悔も今はしている暇がありません。

 今は目の前の吸血鬼を倒すことを考えねば。

 そして、タバサ詠唱をはじめようとしますが、その時にはすでに吸血鬼の詠唱が終わっていました。

「大地に眠る恨みの固まりよ、束縛により時間を止めよ!OnTime-OnTiーMeonTime!」

 次の瞬間、地面から土が葛のように這いでて、タバサに絡みつきます。
 それはとても強い力で、タバサは杖を剥ぎ取られ、身動きが取れなくなってしまいました。

「先住魔法!?」
 それは今までタバサが見たこともない魔法でした。

「あんな見え見えなマヌケのふりなんぞしおって、引っかかるほど吾輩は間抜けではない。貴様の血をタ~ップリと吸った後は、あのメイジの血をゆ~っくりと味わってやる」

 そう行って吸血鬼は笑いました。
 その吸血鬼は間違いなく強かったのです。
「キョッキョッキョ!その程度の実力で吸血鬼退治とは片腹痛い!」

 
 
「意外と強いですね…」
 その様子を遠くから見ていたエンチラーダが言いました。
「当たり前だ、弱い吸血鬼では現実味が無いのでな」
「でもこのままじゃあのお姉ちゃん死んじゃわない?」
 エルザが言いました。
 正直、エルザとしてはタバサの命などどうでも良かったのですが、タバサが負ければ計画が崩れてしまいます。
 タバサには吸血鬼を倒してもらって、国に「吸血鬼は死んだ」という報告をしてもらいたかったのです。

「安心しろ、そのへんは心得ておる………ではそろそろ行くかな」
 そう言ってテオはエンチラーダとエルザの隣から姿を消しました。




「キョッキョッキョ!!どうしたメイジ!手も足もで…グハ!!」
 突如、吸血鬼の両足から鉄の槍が出現しました。
 そのショックで吸血鬼は魔法を解き、タバサの体に自由が戻ります。

「さあ めがねよ きゅうけつきの うごきは われが ふうじたぞ いまが ちゃんすだ」

 タバサが振り向くと、そこには体を押さえ、苦しそうにしながら魔法を唱えるテオが居ました。
 吹き飛ばされた時に破損したのか、其の両足は無くなっており、体を引きずるようにしてそこに寝そべっています。
 彼が魔法を使って吸血鬼の両足を貫いたのは明白でした。

 しかし吸血鬼は、すぐに両足から鉄の槍を引き抜くと、再度タバサの方に向かって魔法を唱えようとします。
 しかし、其れをのんびりと待つタバサではありません。すぐさま落ちている自分の杖を取ると魔法の詠唱をします。

「ウンディ・アイシクル!!」

 タバサがその呪文を唱えると、空気中の水分がみるみるうちに氷の矢へと姿を変え、吸血鬼に向かって行きます。

 そして吸血鬼が魔法を唱え終わるよりも先に、その氷の矢は見事に吸血鬼の体を貫きました。
 

「オ・ノーレェェェェェェッ!!!」
 攻撃を受けた吸血鬼は、断末魔を叫び、
 そして…





 ドッカーン!!!!!





「「「爆発した!?」」」

 爆発してしまいました。


 目の前で粉微塵に飛び散った吸血鬼に、タバサはぽかんと口を開けるばかりです。
 
 遠くで見ていたエンチラーダとエルザもぽかんと口を開けるばかりです。
 
 
「ふむ」
 テオだけが満足気にうなずきました。

「…………爆発した」
 再度タバサがつぶやきます。

「爆発するタイプの吸血鬼だったんだろ?」
 テオが言いました。

「そんな吸血鬼、本には載ってなかった」
 タバサはココに来る途中に呼んだ吸血鬼に関する書物の内容を思い返してみましたが、どのページにも爆発する吸血鬼なんてものは書かれていませんでした。
 
「書物に書かれていることだけが全てでは無いよ。現実は驚きで溢れている、それともあれか?爆発されると何か不都合でもあるのか?」
「……」
 タバサは今ひとつ釈然としないものを感じましたが、それを口にはしませんでした。
 タバサの目的は吸血鬼退治であって、吸血鬼の生態調査ではありません。
 なぜ吸血鬼が爆発したのかは、タバサが気にすべきことではありませんでした。
 目的である吸血鬼退治は終わったのです。
 其れ以上に何か仕事を剃る必要も、考える必要も彼女にはありはしませんでした。
 
 後はタバサは其れを報告するだけです。


「…ええっと…」
「爆発って…爆発って…」
 
 あまりの結末にエンチラーダとエルザは呆然としています。



◇◆◇◆



さて、こうしてザビエラ村の吸血鬼騒動は収束しました。


 村には平穏が戻り、村人たちは安心して眠れるようになりました。

 騒動が終われば、テオたちも村に留まる理由がありませんから、帰りsじたくを始めます。
 部屋で荷物をまとめながら、テオが言いました。
「ふむ、まあ吸血鬼だから当然とはいえ夜でよかった」
「???なんで?」
「いくら精巧に作ってもな、所詮ゴーレムだ、昼間の光の下で観察されれば作り物だというのは一目瞭然だ。夜だからこそ騙し通せたとも言えるな」

「騙し…通せたのかな?」
 エルザには一抹の不安がありました。
 
 確かにあのゴーレムは精巧なものでした。まるで生きた本物の吸血鬼です。
 
 しかし、不審な点が全くなかったわけではありません。
 言動や行動は微妙に変でしたし、肌も妙なテカリ方をしていました、使っていた魔法も、本来の吸血鬼が使う先住魔法とは違いますし何より最後の大爆発。
 怪しい点は幾つもあります。
 
 しかし、テオはその不安を払拭するように言いました。
「さあな、だが、大切なのはタバサが吸血鬼と直接戦ったという事実だ。彼女はこれで任務をこなしたことになる。終わったか疑問の残る任務を再調査することはあっても。確実に終わった任務を再度調査するほど騎士団というのは暇では無いだろう。タバサは気づいていたのかもしれんし気づいていないかもしれん。ただ、この村から吸血鬼は消え、今後この村では吸血鬼被害が出ないのは確かだ。それで良いんじゃないか?」

 そう、たとえタバサがエルザが吸血鬼であるということを疑ったとしても、エルザはテオの使い魔なのです。
 其れを敵にまわすということはテオを敵にまわすということ。
 一応建前上は任務をこなしたタバサが、ワザワザテオを敵にまわすという危険を犯してまでエルザを退治しようとは思わないでしょう。

「ご主人さま…そろそろ」
「ふむ、ではエルザ行くか」

 そう言いながらテオが部屋を出ると、ちょうとタバサも身支度を済ませ部屋を出るところでした。
 しかし、タバサは一人きりで、隣にシルフィードの姿は見当たりません。

「おや、シルフィード殿は何処に消えた?」

「もう先に帰った」

「そうか。まあ有能そうな御仁であったが、故に忙しいのだろうな」
 そう言ってテオは笑います。

 そして次の瞬間ナニカに気がついたように表情を変えました。

「シルフィードと言えば!そうだ、タバサメガネ、ここに使い魔の竜を連れてきているか?」

 その言葉にタバサはビクリと体を震わせました。
 もしかしてシルフィードの正体に気付かれてしまったのかと思ったのです。
「…連れてきてるけど…何?」
 タバサは恐る恐る尋ねます。

「帰り、竜に載せてくれ、リュティスまでで良いから」
 真剣な表情でテオはそう言いました。

「…良い」
 タバサは断ろうとも思いましたが、此処であまりテオを蔑ろにして此処での出来事を風聴されても困ります。
 リュティスまでならと、タバサは首を縦に振りました。

 そしてその返答にテオはわかりやすく顔をほころばせます。
「よかった、帰りは馬車に乗らなくてすむ」
「テオ胃酸まで吐ききってたもんね」
「助かったあ、本当に助かったあ」

 そう言ってテオはガシリとタバサの手を握ると、それをブンブンとふるのでした。





 こうして四人は竜に乗り家路につきます。
「はっは~竜に乗ってしまえばこっちのもんだ、コノ重ったらしい足なんてポイだ~!」
 竜に乗るやいなやテオは両足をそこらに捨ててしまいました。
 動かすのに魔法を使う義足はテオにとって付けていて面倒なものだったのです。
 
 四人をのせた竜はグングンと飛び上がり、凄い速さで進みます。

「お姉ちゃん」
 空をとぶ竜の背中でエルザがタバサに話しかけます。

「何?」
「昨日はゴメンナサイ」
「…」

「お姉ちゃん皆のために頑張ってくれてたのに…私変な質問しちゃった」
「構わない」
 そう言ってタバサは首をふりました。

「お姉ちゃん、私、なんだかお姉ちゃんのこと人形みたいだなって思ってたんだけど…」
「けど?」
「やっぱり人間なんだね」

 それは決別の言葉でした。
 自分とは違いやはりタバサも異種族なのだという意味合いを込めた言葉でした。
 そして自分は人間とは違うのだという意味合いを込めていました。

 しかし、その意味合いを読み取れないタバサはその言葉を嬉しいと思いました。

 人間。

 タバサは無口無表情で、何処か感情を抑えています。
 タバサ自身、辛い現状を受け入れるために、出来るだけ感情を殺し敢えて人形のように振る舞う節があります。
 
 しかし、だからこそ。タバサは誰よりも人間らしく有ろうと心の内で思っています。
 それはテオが貴族になれないがゆえに、貴族であろうとする気持ちに似ていました。

「そう言えばご主人様、先程から妙に無口ですがどうかしたのですか?」
 竜が飛び始めてからテオが一言も口を開いていないのを不思議に思ったエンチラーダがそう言いました。

 心配そうに聞くエンチラーダに対してテオはこう答えます。
「…高いの怖い」

 まさか主人の口からこんな言葉が聞こえてくるとは想像していなかったものですから、さすがのエンチラーダも驚いてしまいます。

「じゃあ、何でワザワザ、竜に乗せてもらったのですか!?」
「馬鹿者、乗るまでこんなに怖いとは思わなかったのだ!!もっとドッシリ飛ぶと思ってた。あと早いし!吾、この前の火箭の件で色んな意味で星になりかけて以来、早いのと高いのがトラウマなのだ!!!せめて、手すり。手すりを付けてたも!」
「…」
「あ!エンチラーダ今、コイツ情けないとか思っただろ!」
「いいえ思っておりません。むしろ母性本能を擽られると思いました」

「おいタバサ!この竜の鱗を錬金して手すり作って良いか!?」
「だめ、ぜったい」
 テオの言葉を断固断ります。

「プルプル、こら、エルザ、膝から降りるな、体の安定が悪くなるだろ!ただでさえ足がない分重心が上にかかってるんだぞ吾は!お前は吾の膝のうえだ!」
「うん!」
 そう言ってエルザはテオの体にシッカリと捕まります。
 少しも離れないように。

「その役目でしたら私が…」
 そう言ってエンチラーダが自分を指さしますが、
「待て待て、お前の体重だとさすがに吾の膝がしびれるだろ」
「…ああ、微笑ましいやら妬ましいやら羨ましいやら」


 竜の上はとても賑やかでした。

 その喧騒を聞いて。


 

 タバサはコイツラ乗せるんじゃなかったと後悔するのでした。




◆◆◆用語解説

・相手は腐っても花壇騎士、少しでも油断したら…ボン!だな
「それからな 一歩でも動いたら ボン!だ」
 のパロと思われるシーンのパロ

・思春期特有のなんかややこしいやつ
 罪とは、悪とは、生きるとは…みたいになる。
 中二病に近いものがあるが、微妙に違う。

・罪悪感
 原作でエルザは妙にこの「食べる」ことに対する罪悪にこだわっていたように感じた。
 吸血鬼が食事をして何が悪いのかと言うようなことをタバサに聞いていたのだが、
 本来吸血鬼であれば、我々が食事をすることに疑問を感じないのと同じで人間を食べると言うことに疑問を感じないはずである。
 なのにエルザは食べると言う行為を自身で肯定していながら、その行為の善悪を人間に訪ねていた。
 心の何処かに罪悪感が在ったのではないかと妄想してみる。
 理由も考えてみたらこの話のような内容が出来た。

 吸血鬼としての教育を受けていないエルザは、吸血鬼として少し異常なのだと思う。
 そして人間でありながら人を殺すことに罪悪感を感じないテオもまた異常なのだろう。

・人間は万物の尺度である
 ギリシャの哲学者プロタゴラスの言葉。
 これは「人間こそが世界の基準なのだ!」と言う意味ではない。
 人間それぞれが尺度であり、その一つ一つが真実であると言うこと。
 つまり全ての基準は相対的であるということ。

・究極吸血鬼
 テオの考えたカッコイイ吸血鬼・

・OnTime-OnTiーMeonTime!
 つまり「オン、タイモン、タイモン、タイム!」
 実際は時間を止めるわけでも無く、先住魔法でもなく、アース・ハンドのような魔法を遠くからやっているだけ。別にこのあと掃除機で空を飛んだり、妖精の国に行ったりという展開は無い。

・其の両足は無くなっており
 ダメージの演出と同時にもう一つ意味がある。
 要は魔法の同時使用が難しいと言うこと。
 吸血鬼がヤラれる瞬間、一時的にだがテオは数種類の魔法を同時使用する必要があった。
 数種類の魔法の同時使用はかなり大変らしい。
 少しでも負荷を減らすために、自分の足を作っている魔法を消しておいた。

・オ・ノーレェェェェェェッ!!!
 断末魔といえばこれ。

・爆発。
 実際ネタで書いたが、一応明確な理由もある。
 究極吸血鬼はゴーレムであり、暗がりだったから如何にも本物の吸血鬼のように見えたが、体を調べられればそれが作りものであることはすぐにバレてしまう。
 だから最後、爆発し、粉微塵にして死体を調べられるのを防いだ。



[34559]  おまけ エルザとピクニック ※注
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2012/11/25 01:51
 




◇◆◇◆



※注意

 この話はグロテスクな表現と、倫理的に間違った行動、
 非道徳、猟奇的な表現が含まれています。
 そういったものが嫌いな方はとても不愉快になるかと思いますので読まないことを推奨します。






◇◆◇◆




曇りの日。




 まだ寒さが残るこの時期の、曇りの日は兎に角寒く、外はまるで全ての生き物が死に絶えたようにしんと静かになっていました。


 部屋から見える、外の景色はとても静かに佇んでいます。

 光の当たらない暗い森はまるで闇の生産基地で、その如何にも陰鬱な様子を窓から外を見ていたエルザは、とても嬉しい気持ちになりました。 

「まあ、なんて素敵な陽気!」
 エルザはくるりとまわって喜びました。

「こんな日はピクニックに行きたいな」

 そしてエルザは思い出します。

「前に作ったお料理が、たしかまだまだあったはず。
 森の中でランチにしよう。それはきっと素敵だわ」

 そう思ったエルザは早速エンチラーダの元に陽気な足取りで向かいました。
「あらあらエルザ、一体どうしました」

 部屋で何やら作業をしていたエンチラーダは突然やってきたエルザにそう言いました。

「エンチラーダ!私ピクニックに行きたいの!この前食べたあの料理、確かまだ残っていたでしょう?」
 ピョンピョンと飛び跳ねながらエルザはそう言いました。

「ええ、前に食べたシビエの残り、確かにいくらか残っています」
 そう言ってエンチラーダはベッドの下の瓶詰めを、ゴソゴソ幾つか出しました。

「まあ素敵。それをバスケットに詰めて、森に遊びに行きたいの」

 エルザがそう言うとエンチラーダはコクリと一回頷いて、エルザの頭を一回なでり。

「ではバスケットに詰めましょう。ああエルザ、そこの引き出しを開けてください、パイ生地を2つ出してくださいな」

 そう言ってバスケットに小瓶とソーセージ、それに沢山の素敵な物を入れていきます。
 エルザはウキウキとしながらその作業を手伝います。

「でも気をつけて、森の中には危険がいっぱいです。
 お腹をすかせた狼や、とっても怖いオーク鬼、
 何が出るかわかりません」

「大丈夫よエンチラーダ、とっても素敵なお守りを私は一つ持ってるの」

 そう言って。
 エルザは胸に光る、首飾りをエンチラーダに見せました。

「おやおやそれは、なんですか?」
「ブリーシンガメルの首飾り、幸運のお守りよ。テオに作ってもらったの」
「ならばきっと安心ですね、でも気をつけて行ってらっしゃい、黄昏時までにはここに帰ってくるのですよ?」

「ええ、わかったわ!では行ってきますエンチラーダ!」
「行ってらっしゃいエルザ」


 そしてエルザはレンガ造りの塔を出て、森の前までやって来ます。
 真っ暗な森は近づいてみると、窓から見るよりなおさら暗くて、エルザはとっても嬉しくなってしまいました。

 鹿のような足取りで、ホップステップ、エルザは歩き、森の中に入ります。

 
 森の中のひんやりとした空気がエルザを包みます。
 まるで死霊にとりつかれたような寒気がエルザに走り、エルザはとても気持ちよさそうに体を震わせます。

「やっぱり森は良いわ、とても良い!」

 そういいながらエルザはニコニコ森を歩きます。

 暗い暗い森の中。

 一人でニコニコ歩きます。

 闇の中から動物の奇妙な鳴き声が聞こえます。
 枯れ葉の隙間からは、ガラスをこするような虫の音色、
 木々の隙間を走り抜ける風は、呻き声のような音を立てます。

 それらの音を背景音楽に、エルザはテクテク歩きます。

「さあそろそろお昼にしよう」

 そう言ってエルザは朽ちかけた丸太にチョコンと座ります。

 ウキウキとバスケットを開けて、その中身を取り出します。
「ああエンチラーダって本当に素敵!」
 思わずエルザはそう叫びます。

 なにせバスケットの中身はとても美味しそうな食べ物がぎっしりと入っていたのです。

 エルザはそれを手にとって、口に入れようとして。
 そしてピタリと止まります。

「あら、私ったら、食事の前にお祈りしなきゃ」

 そう言って一旦料理をバスケットに戻して、
 手を組み合わせてお祈りします。
 
「ええっとなんて言うんだっけ?テオに教えてもらったのに私ったら直ぐに忘れちゃう。確か…
 偉大なるよくわからないのと、この世の中に蠢くなんかよくわからないの、ささやかな糧を私にくれて感謝します、あとエンチラーダとテオにも感謝します…あとは他に感謝する相手は居たかしら?…まあいいわ、思い出したらその時言いましょ」

 そう言ってエルザは料理を口に入れます。

「ああ、このレバーペーストの美味しさときたら、ブーダンノワールも綺麗な茶色、ええっとこれはなんていう料理だったかしら…そう!ボローバンクレイベル」

 料理はどれも美味しくて、エルザは瞬く間にそれを平らげてしまいます。
 料理を食べたエルザは最後にミスターレを一口飲んで、
「満足だわ」

 美味しい食事にエルザはすっかり満足してしまいました。

 デザート替わりに真っ赤なロリポップを口に入れると、また森の中を歩き始めます。


 暗い暗い森の中、エルザだけが歩きます。

 霧が踊り、木の葉がうつ伏せ、水滴が飛び降りる森の中。

 エルザだけが歩きます。

 しばらく歩いた先に、
 エルザは真っ白に光る広場を見つけます。

 
 そこには沢山の水晶蘭が生えていました。
「まあ、なんて綺麗なお花」

 エルザはそれを数本引き抜きます。

 それはとっても綺麗でしたが、抜いた時の感触でそれがとても儚い花だと言うことにエルザは気が付きました。

「綺麗だけれどすぐ枯れちゃいそうね、せっかくおみやげにしようと思ったのに」

 エルザはその花をバスケットに入れると、またテクテク歩きます。
 



ふと、闇が晴れました。


 ぼやけた光が辺りを包み、エルザは森の外に出てしまいます。

 そこは小さな村でした。

「あら、こんなところに村がある」

 エルザはテクテク村に入ります。


「おやお嬢ちゃん、何処から来たんだい?」
 その言葉を言ったのは、年をとった農家のおじいさん。
 エルザを見かけてそう言います。

「森の向こうのレンガの建物よ。森を抜けてやってきたの」
 笑顔でエルザは答えます。

村のおじいさんは言いました。
「それは危ない。
 森には怖い生き物がたくさんいるよ、
 一昨日も森にキノコを取りに行った、子供が一人食い殺されたよ」

「まあ怖い、でも大丈夫、私には之があるんだもの」
 そう言ってエルザは胸に輝く首飾りを指さします。

「一体それはなんなんだい?」
 おじいさんは聞きました。

「ブリーシンガメルの首飾り、幸せ運ぶ、不思議な不思議な首飾り。コレがあれば森の中もヘッチャラよ」

「それは不思議なマジックアイテムだね、でも気をつけなさい、世の中に絶対は無いからね。一昨日殺された子供は体の殆ど持って行かれて、腕しか見つからなくて、ご両親はそれはそれは悲しそうに泣いていたよ。お嬢ちゃんに何かあれば、お嬢ちゃんのご両親もきっと泣いてしまうよ?」
 顔をこわばらせおじいさんは忠告します。

「そんなに危険ならば、早めに帰ろうかしら、私何だか不安になってきたわ」
 エルザは少し不安そうにそう言いました。

「ああ、そうしなさい、森の怖い生き物も、昼なら動きも遅かろう。陽が落ちる前にお帰りなさい」
 そう言っておじいさんは森を指さします。

「そうね、そうするわ、でもその前に、おじいさん。其の子供のお墓は何処にあるの?せっかくだからお祈りしていくわ」
 くるりとまわってエルザが言います。

「おお、そうかい、優しい子だねえ、お墓はあの村の外れにあるよ」

 そう言っておじいさん。
 村の外れを指さして、そのまま農作業に戻ります。

 エルザはテクテクお墓に向かいます。



 白い石で出来た小さなお墓、
 石には名前が彫られています。

 まだ出来て日がたっていないので、そのお墓だけ、綺麗に輝いて居ました。

 エルザはその前に立つと、そこに水晶蘭をそっと備えます。


 そしてその場に跪き、手を組んで祈る格好。

 そしてその墓にむかってこう言いました。








「ごちそうさまでした」






◆◆◆用語解説

・ランチ
 吸血鬼はあくまで吸血をする鬼であるから、レバーや脳を食べるのかについては良くわからない。
 ただ原作の記述として、血液ではなく、汗などでも一応は気休めになると言うことなので、体液の類であれば問題ないのだろう。
 調理された血液で実際にお腹が膨れるのかは不明だが、気休め程度にはなるのかもしれない。

・ジビエ
 gibier
 狩猟によって、食材として捕獲された野生の鳥獣。またその肉。

・レバーペースト
 フランス語にするとpureedefoieとかになるんだと思う。
 肝臓をペースト状にしたもの。

・ブーダン・ノワール
 boudinnoir
 血の腸詰。ブラッドソーセージのこと。一般的にはニンニク、タマネギ、パセリと柑橘類の香料が調味料として使われる。白ブーダンという料理もあるが、こちらは血のかわりにミルクを使ったもの。

・ボローバンクレイベル
 Vol-au-vent-cervelle
 ボローバンはパイのような料理、パイ生地の中央を繰り抜いたものに何かを入れたもの。
 ボローバンクレイベルは中に脳を入れたもの。

・脳
 日本ではあまり一般的ではないが、世界中で愛される食材。トロリと濃厚で、それでいて豆腐のように柔らかい食感。 
 ちなみに人間の脳は水分量85%で、人体の体の中で一番体液の割合が多い部分。

・ミスターレ
 mistelle
 甘口の酒精強化ワインをさすが、元の意味は混合すると言うこと。
 ワインにアルコールの強い酒を混ぜたものだが、ミスターレはワインの発酵が早い段階でそれを行うので、アルコール度数は通常のワインとさほど変わらないものも多い。
 早い話が甘口混合酒。
 ちなみに血液は空気にふれると直ぐに凝固するが、ワインを加えることで凝固を抑えることが出来るらしい、試していないので未確定。

・真っ赤なロリポップ
 Blood-flavouredlollipopと言うものがホグワーツあたりにあるらしい。
 ちなみにエルザが口に入れたのはフレーバーだけでは無いロリポップ。
 
・水晶蘭
 別名、銀竜草、ユウレイタケ
 葉緑素を持たない植物。
 かつて死んだものを養分にしていると思われ死物寄生と言われたこともあったが、正確には死んだものを養分にする菌類に寄生している。
 寄生により養分を手に入れるので、光合成の必要が無い。よって白い。
 
・ブリーシンガメン
 北欧神話に登場する女神フレイヤが持っていたと伝えられている首飾り
 原作にも名前だけは出てきたが現実に存在するかは不明。
 何でも厄災から身を守ってくれるらしい。
 エルザがつけているのはもちろん偽物で、厄災から彼女を守る機能は無い。テオに頼んで作ってもらった其れっぽい首飾り。
 ちなみに、エルザが村人にこんな嘘を言ったのには理由がある。
 モンスター避けの首飾り。力のない村人にとっては喉から手が出るほど欲しいだろう。
 もしかしたらエルザから其れを奪おうとするかもしれない。
 その際、もちろん人気のないところで其れを実行するだろう。例えば森の中。
 そして、其れは一人、もしくは少数で実行するだろう。首飾りは一つであり、数人で行えば取り合いになるし、相手は小さな少女一人。大人であれば一人でもたやすく奪えると思うはずだ。
 精霊の力溢れる森の中、少数で襲ってくる人間。
 吸血鬼にとっては最高の獲物である。
 
 つまり幸運の首飾りというのはあながち嘘とは言い切れない。

・ごちそうさまでした
 日本独特の文化ではあるが、それに近い言葉は海外にもある。
 例えばフランス語の場合ではC’etaitdelicieux。
 「美味しかったですよ」と言う意味になる。

・カニバリズム。
 食人のこと。
カニバ カニバリズムぞ~ カニバリズムぞ~

 厳密には本来人間が人間を食べること、或いは同種内の共食いをカニバリズムというので、吸血鬼が人間を捕食する事はカニバリズムとは違う。

 ちなみに筆者は食事に関する主義主張等は特に無い。
 例えば鯨を食べてはいけないとか、逆に食べるべきとか、食肉の是非だとか、犬肉問題とか、希少種の問題とか、何を食べるのが自然とか、
 昆虫食とか、宗教とか、霊魂とか宇宙人は居るのかとか…そういった思想に対してさして考えは無い。
 たとえ考えがあったとしても、それを文章にする気はない。
 この話は食べると言う行為を説教臭く語りたいのではなくて、ただ、エルザの日常を書いただけ。



[34559] 12 テオとデルフ
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2012/12/26 02:29

虚無の曜日

 この日魔法学院はお休みです。

 古今東西大抵の学生はこの日が大好きです。
 なにせ堅苦しい授業の鎖から束の間の自由を満喫出来るのですから。

 皆それぞれの形で休みを満喫します。

 あるものは昼過ぎまで睡眠を楽しみ。
 あるものは一日を読書に費やし、
 あるものは恋人との時間を過ごし、
 あるものは森を散策し、

 そしてまた。あるものは街に出て買い物をします。


 そして学院の生徒たちが買い物に行く街といえば一つでした。
 魔法学院の一番近くにある街。
 トリステインの首都トリスタニアでした。

 休日のトリスタニアはそれはそれは賑わっておりました。

 老若男女、各世代が道を歩き、道の端では商人たちが物を売っています。
 物静かな売り子はおらず、誰もが声を張り上げて自分の店のものを宣伝します。
 見世物の張り紙が街を彩り、演劇の宣伝をする者が華やかに歌います。

 そこは活気と喧騒であふれていました。

 そして、その中央通りを、

 二人の人間が歩いています。



 ルイズとサイトでした。

 ルイズがサイトを召喚してから初めてのお買い物。
 サイトは初めて訪れたトリスタニアの町並みに興味津々です。

「アレは何を売ってるんだ?」
「籠よ、見りゃわかるでしょ」
「先刻から聞こえるポレンタって何?」
「料理のつけあわせよ、粉を練って料理に添えるの」
「あの変な吊してるのは?」
「クラムよ、美味しい物じゃないわ」
「あの看板は?」
「酒場でしょ」
「アレは?」
「兵士の詰所」

 初めて見るファンタジックな街並みに、サイトは興味がつきません。
 目新しい物が目に映る度にルイズに質問をしてきます。

 初めのうちは普通に回答をしていたルイズですが、次第に辟易としてしまい、回答がゾンザイになっていきます。

「アレは?」
 そう言ってサイトは通りの一角に列べられたテーブルと椅子を指さしてルイズに聞きます。

「カッフェ」
 ルイズは振り向きもせずに答えます。

「なあ、アレ学院の生徒じゃないか?」
 カッフェの席を指差しながらサイトがルイズに尋ねました。

「そりゃあ、今日は虚無の曜日なんだから、生徒が街に居てもおかしくは無いわよ」
 視線を移さずルイズがそれに答えます。


「でもあいつ、見覚えが…えっと…アイツなんてったっけ。ほら、この前食堂の子煩悩な…」

 サイトのその言葉に、ルイズの脳内で有る人物のシルエットが浮かびます。
「テオ!?」

「そう、そいつ!…おーい!おーい!」
「ちょっと待ちなさい!」

『テオにサイトを近づけさせない』
 その約束がルイズの脳裏を走り、ルイズは必死でサイトを止めようとしますが、時既に遅く、サイトは走りだしていました。 

 カッフェの席にはサイトの言うとおりテオがエンチラーダとエルザと共に座っています。

「よう!」
 ルイズの気も知らず、サイトは陽気にテオたちに挨拶をします。

「おや、ヴァリエール様…と、サイト様」
「やっほー」
「へぶら!」

「こんなところで何してるのよ、あんたら滅多に街になんて来ないじゃない」
 サイトに追いつき三人の前に立ったルイズが不機嫌そうに言います。

 その不機嫌そうな仕草と、その言葉には、自分たちがここに居るのは偶々であり、むしろそちらがここにいることのほうがオカシイと言うようなニュアンスが込められていました。
 つまり、コレはあくまで偶然でテオとサイトを引きあわせないよう努力するという約束を反故にしたわけではないと、言外に表しているのです。

「いえ、こう見えて結構な頻度でご主人様は街に訪れるのですよ?まあ、たいていは劇場におりますので街中で学院の生徒に出会うことは稀でございますが…今日はエルザの服を買いにきました、私やご主人様の服はほとんどサイズがいあいませんし、オールサイズなのはせいぜいご主人様のマントくらいで、流石にエルザに裸マントで過ごさせるわけには行きませんもので…ご主人様行きつけのテーラーに行こうということで…」
 いつものように、抑揚のない調子でエンチラーダが答えます。

「人混みって苦手…」
 辟易とした様子でエルザが呟きます。

「ブペブ!」
 そしてテオが叫びます。

「え~っと、スイマセン。一つ聞いてもヨロシイでしょうか?」
 敬語でサイトがエンチラーダとエルザに尋ねます。

「はい、何でございましょう」
「な~に?」

「ええっと、そちらのマジ泣きしてらっしゃる方は?」
 二人の間に座る男を指さしながらサイトはそう言いました。

「ご主人様ですが?」
「テオだけど?」

「へバー!ウワー!」
 そこには顔を歪め、涙を流しているテオがおりました。
 サイトもルイズも呆気にとられるほどに激しく泣いていたのです。

 大泣きする男。それも貴族のメイジ。
 その異様な光景に、サイトもルイズも只々戸惑うばかりです。

「何があったの?」
 ルイズが尋ねます。

「実は服屋の前にグランギニョールを見ていこうとしたのですが、劇場が休みでして。仕方がないから隣の劇場に入ったのです」
「それで?こんなに泣くって…悲しい話の劇だったの?」
「いいえ?子供向けの人形劇でした」

「「はあ?」」
 エンチラーダの返答にルイズもサイトも滑稽な声を上げてしまいました。
 
「せっかくだし、エルザに人形劇でも見せようということになりまして、それで見たのですが…」
「ありえへん。あの終わりはありえへん。ウボアー!」

 テオは涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながら叫びます。

「じゃあなに、コイツ人形劇見て泣いてるの?」
「ご主人様はああいった物に耐性がありませんもので」
「だってお前、最後!おまえ、アレは無いよ。がま王子~、おんおんおんおん」
「はい、ご主人様、チーンしましょうね、チーン」
「チーン」
 まるで子供のように泣きじゃくるその姿。
 普段のテオからは想像のできない様子です。

「え、って、ねえ、そんなに悲しい人形劇だったの?」
 流石にその泣き方は異常なので、ルイズはエルザに聞きますが、エルザは首をひねりながら答えます。
「確かに、悲しい話だったけど…目の前でココまで泣くのは…」

 そう言ってチラリとエルザはテオの方を見ます。
 エルザの反応からして、人形劇は悲しいながらもそこまで泣くほどのものでは無かったようでした。

「正直、会場は人形劇よりもご主人様の泣きっぷりのほうが目立ってしまいまして、もう『ご主人様大泣きでSHOW』を見に来たような状態になってしまいました」
 
 人形劇場で泣き叫ぶメイジ。確かに見世物としては他では見れない光景です。
 そして、その見世物は現在も続いて居ました。

 道行く人間たちは、カッフェの席で大泣きする貴族に、誰もが何事かと様子を伺っています。

 そしてそれに気がついたサイトとルイズは、自分たちもこの『大泣きメイジ』の仲間だと思われていることに気づきます。
 いえ、仲間どころではありません。

 泣くメイジ、それをあやすメイド、その隣に子供。
 そしてその正面に立つメイジと従者の二人組。
 この状況を初めて見た人はたぶんこう思うでしょう。


 サイトとルイズがテオを泣かせていると。


 それに気がついたサイトとルイズは。
「じゃ…じゃあ私達用事があるから」
「お…おう、またな!」

 そう言って二人は逃げるようにその場を後にするのでした。

「ええでは」
「またねー」
「ウバー」

 三人はそれを特に気にすること無く、見送ります。


 ルイズは少しホッとしていました。
 何事も無くテオと離れられたからです。

 ルイズはテオにあまりサイトを近づけたくはありませんでした。 
 先日のエンチラーダとの約束もその理由の一つですが、ソレ以上にテオの存在がサイトにとって危険であると思っていたからです。

 テオはサイトのことが嫌いです。

 貴族に嫌われる。
 それは平民にとって死とほぼ同義なのです。
 例えば貴族がなんとなく気に入らないからという理由で平民を殺した例など、ソレこそ星の数ほどにあります。
 平民の命は貴族にとってとても軽く。貴族は平然と平民を殺すのです。

 勿論、サイトは平民であると同時にルイズの使い魔という立場でもあります。
 テオも他人の使い魔を気に入らないからと殺すような事は無いでしょう。

 しかし、世の中に絶対はありません。何かの拍子でテオがサイトを殺すこともありうるかもしれません。
 たとえ殺さなかったとしても、嫌がらせをしたり、危害を加えたり。
 そういう可能性も十分にあるのです。

 ですから、サイトがテオに駆け寄っていった時、ルイズは心臓が凍るような気持ちでした。
 テオが泣くことに夢中だったから良かったようなものの、サイトの行動は、言わば体中にバタを塗りたくった上で子持ちの虎の巣にスピンダイブするかのごとき愚行だったのです。

 それなのにこの使い魔ときたら。
「いやー、なんかいろんな意味で凄いやつだなアイツ…あれ?そう言えばあいつ足がついていたけど…」

 全くそれを理解していないのです。

「この馬鹿」
 そう言ってルイズはサイトの頭を小突きます。

「イテ、何すんだよ!」
 サイトはそう怒りました。

 自分の危険を全く理解していない様子のサイトに、ルイズは本当に世話の焼ける使い魔だと、ため息を一つ吐くのでした。



◇◆◇◆



「エキューで2000、新金貨なら3000」
「高!!」

 武器屋にルイズの声がこだまします。
「庭付きの家が買えるじゃない」
「良い武器は城に匹敵しますぜ。屋敷で済んだらやすいもんでさ」
「新金貨で600しか持って来てないわよ」
「何だよ買えないのかよ」
 サイトのヤジが飛びました。

 彼の手には名工シュペー卿が作ったという、それはそれは見事な険が握られています。
 
 そこは武器屋でした。
 サイトの武器を買うために今日、ルイズ達はトリスタニアに来たのです。
 しかし、実際に武器屋で剣の値段を聞いてみて、ルイズはその値段の高さに驚きました。

「貴族なんて言いながら結構・・・」
 サイトがそう言いかけるとルイズがキッとサイトをにらみつけます。
「誰かさんのせいで生活費が多めにかかってるんだけど?」
「すいません」
 サイトは謝りました。
 確かにそれなりに冷遇こそされていますが、それでもサイトの生活費は確実にかかっているのです。
 そして今、武器を買おうとしてくれているのもルイズで、サイト自身は一銭も持っていないのです。
 お金を出さないサイトは、文句を言える立場にはありませんでした。

「でもこれ格好いいよなあ」
 サイトはそう言いながら名残惜しそうにその立派な剣をカウンターに置くと・・・

『生意気を言ってるんじゃねえぞ、坊主』

 そんな声が聞こえました。

 サイトとルイズがあたりを見渡しますが、店内にはサイトとルイズと店主の三人しかいません。

『おまえ自分の体を見れないのか?剣を振る?その体でか?おでれーた!おまえにはそこら辺の木の枝がお似合いだ!』

「なにおう!」
 サイトはイラッとしてその声をした方を見ますが、そこには剣が乱雑に積み上げられているだけでやはり誰もおりません。

『わかったらとっとと帰りな、おめえもだ!貴族の娘っ子!』
「失礼ね!」
 
 サイトは乱雑に積み上げられた剣のある方向に近づきますが、そこには誰もいません。
 現代社会とは違うファンタジーな世界なので、あるいは小さな妖精でもいるのかと、剣と剣の隙間をかき分けますがやはり何もいません。

『おまえの目は節穴か!』
 その声にサイトは驚きました。
 なんとその声は、ちょうどどかそうと手に取ったその剣から聞こえたのです。

 それは錆だらけでぼろぼろの剣でした。

「剣がしゃべった!」
「あら、インテリジェンスソード?」
 ルイズが当惑した声を上げます。

「ええそうでさあ、若奥様、意志を持つ剣、インテリジェンスソードでさ。といっても、こいつは口は悪いわ、客にけんかを売るわで、こっちも困ってまして・・・やいデル公!これ以上失礼があったら、貴族様に頼んでてめえをとかしちまうからな!」

『おもしれえ!どうせこの世に飽き飽きしてきたところだ!溶かしてくれるんなら上等よ!』

「やってやらあ!」
 店主は怒りながらカウンターから出ようとしますが、サイトはそれを遮りました。

「もったいないなあ、おもしろいじゃん、しゃべる剣なんて、え?デルコウっていうの?」
『違う俺様は・・・』
「ん?どうした」
 その剣は突然だまりました。
 まるで何かを確認しているようでした。

『おでれーた。おまえ使い手か』
「は?使い手?」
『俺様はデルフリンガーってんだ。おまえ、俺を買え!」
「うん、そうだな、買うよ」

 そしてサイトはルイズの方を向いて言いました。

「ルイズ。これにする」
「それにするの?もっときれいで静かなのにしなさいよ」
「良いじゃんか!しゃべる剣なんておもしろい」
「え~・・・あれ、おいくら?」
「あれなら300で結構でさ」
「安いわね」
「やっかい払いみたいなもんでさ」
 そう言いながら店主は手をひらひらとふりました。

 ルイズは財布を取り出し、中身を取り出そうとした、その時。



「ハッハッハ!降臨!!」




 店の入口から聞きなれた声が聞こえました。
 
 店主、サイト、ルイズは何事かと思い店の入口に視線をやると、そこには見慣れた人物がふんぞり返っていました。

 赤い目元。
 他人を小馬鹿にするような口元。
 質素ながらも所々に美しい刺繍が入り、高級感を醸し出す服装。
 そして金属製の足。

 そう。

 先ほどまでカッフェで泣きはらしていたテオフラストゥスその人です。


「之は之はテオ様、今日はどんなご用件で」
 テオの顔を確認した瞬間、店主はもみ手をしながらそう言いました。
 
 それもそのはず、この店にとって、テオは一番の上得意なのです。
 但それは、買い手ではなく売り手として。

「ふむ、まあ、近くを通りかかったのでな、吾の武器の売れ行きを確認しようとよってみたのだが」

 テオは、屡々武器を作ってはこの店に卸しているのです。
 テオの作る武器は、それはそれは立派なもので、テオ印は既に一種の高級ブランドとして通用し始めています。
 そんな立派な武器を持ち込んでくるテオは、お店にとって一番の収入源であり、金のなる木ですから、店主は彼の機嫌を損ねてはいけないと、とにかく慇懃な対応をするのです。
 
「ええ、ええ、テオ様の武器は兎角人気でして、はい。もう、店に入ってからすぐに買い手が付きまして、常時売り切れ状態ですともはい、はい」
 ニコニコと笑顔を崩さずに店主は答えました。

「売れ行き?」
 店主の言葉にルイズが聞き返します。
「売っておるのだよ、吾の作った武器をな」
「あなたそんな商人みたいなことしてるの?」
「齧るべき脛が無いから致し方無いだろう」

「エンチラーダさんとエルザは?」
 先刻まで一緒に居た二人がいないことを不思議に思いサイトが訪ねました。

「ああ、今ごろテーラーでエルザの採寸をしている、吾はさすがに裸のエルザをじっくりと観察することもできんのでな、かといってぼんやり待つのも苦痛なのでこうやって各店を回っていたのだが…・・・来てみるものだな、面白そうな物が有るではないか!」
 そう言ってテオはデルフリンガーを指さすと言いました。
「店主、その剣、吾が買おう、なに、そこのルイーズより高く買いとる!」

 その言葉に対して、ルイズは声を荒げます。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
 別にその剣に対してさしたる執着をみせていなかったルイズですが、他人に横取りされるのはあまりいい気持ちがしませんので、テオに食ってかかります。 

「これは私が買おうとしていたのよ、ソレをお金に物をいわせて横からかすめ取るなんて最低よ!!」
「ほう、吾が金に物を言わせていると」
「そうじゃない!まるで野蛮なゲルマニア人みたいだわ、紳士として、お金で解決しようなんて言語道断よ!」
「ふむ、本来ならば一笑に付すところだが、その言葉に乗ってやろう…。そうだな、店主!」

 テオはビシッと杖を店主の方に向けます。

「はい!」
 緊張した声で店主が答えます。

「お前に選ばせてやる。お前が売るにふさわしいと思う方に売れば良い、金はドチラが勝ったとしても300エキューだ」

「勿論テオフラストゥス様でございますとも、はい」
 即答でした。

 当然のことです。

 方や今日はじめて現れた一見の客。
 方や今日まで沢山の武器を納入し、店に莫大な利益をもたらした常連客。

 大切にするべき客はどう考えても後者です。
 たとえ、テオがその剣をタダで寄越せと言ったとしても、店主は喜んでテオにデルフリンガーを渡したでしょう。

「フハハハ、そら、コレでどうかね?店主は吾に売りたいと言っているぞ?」
「うぐぐぐぐっぐ」

 売られる前の段階ではその剣の所有権は店主にあります。
 どんなにルイズがいやがっても、店主がテオに売りたいと言えば、それを覆すすべはルイズにはありません。

『おい待て!俺は使い手に・・・!』
 
 デルフリンガーが何かを言おうとしますが・・・


 カチン!
「こうやって鞘に入れれば静かになりますので、はい」
 そう言って店主は鞘に入ったデルフリンガーをテオに差し出します。

 テオはそれを受け取ると、
「貴様と吾では格が違うのだよ」
 そう言いながらテオは帰ろうとしますが…その時、店のカウンターに美しい剣が置かれていることに気が付きました。

 先程サイトがほしがりながらも買えなかった剣。
 シュペー卿の作った剣です。

「ほう、なかなか美しい剣ではないか…それ…買おうとしていたのか?」
「そそそそ、そうよ!まあ、まだ決めたわけじゃないけれどね!」
「え…先刻無理だって…」

 サイトはそれをいおうとしますが、ルイズはバチンとサイトの口を塞ぎます。
 金がなくて剣が買えなかったなんて、情けなくて言えません。

「そんな物が良いのならば、吾が一つくれてやろう」
「え?」
 テオのその言葉に、サイトは声を一転させました。

「まあ、待ってろ。ええっと材料は…ああ、このレンガで良いか…」

 そう言いながらテオは崩れかけたレンガをひとつ手に取ります。

「さてさて、1を減らし2を足して、15を12にして…」
 そう言いながらテオはレンガを材料に錬金し、そして、それを剣の形へと変えて行きました。
 
 目の前で作られる剣に、サイトもルイズも、店主さえも見惚れました。
 なにせ、その手際ときたら、まるで菓子職人の達人が飴細工を作るかのように巧妙なものだったのです。

 そして瞬く間にその剣は出来上がりました。

 それはまるでサイトが今まで見てきたゲームの中に出てくる最強の剣のように、美しく輝いておりました。

 銀色に輝く刃。
 美しく彩られた柄には宝石が散りばめられ、
 グリップにも美しい模様が象眼細工で描かれています。

「どうだ、美しいだろう、こった装飾、散りばめられた宝石そして純銀の刃だ」
「凄い…」
 思わずルイズがそう言いました。
 貴族であるルイズですら、そんなにも美しい剣は見たことがなかったのです。

「こ…これ、本当にくれるのか?」
 サイトは信じられないという声を出します。
 そこに最早デルフリンガーを横取りされた怒りは含まれていませんでした。
 サイトに取って。その剣はどう考えても先ほどの喋る剣よりも魅力的なものだったからです。

「ああ、あげるよ?」
「大丈夫か?後で謎の高額請求とか来ない?」

「来ない来ない。タダでくれてやるさ…そういうのが欲しかったのだろう?」
「おう!なんだか勇者になったような気分だ」

 そう言ってサイトはその剣を手にとり、数回素振りを始めます。

「まあ、喜んでくれて何よりだよ」

 銀の剣は、それなりに精神力を消費します。
 簡単に作ったように見えて、テオは結構な精神力を込めて、それを作ったのです。


 しかし



「簡単に曲がるなまくらだがな」


「「え?」」

 テオの一言に場が凍りつきました。

 銀は柔らかいのです。
 ですから普通は他の金属を少し混ぜるのですが、それは完全な純銀だったのです。
 つまりソレは、そこらの石でも簡単に傷が付くような柔らかい剣でした。

「そこにある剣にしろコノ剣にしろ、そもそも実戦用のものではない。観賞用だ。それを戦いに使おうというのだから、たいした勇者もいたもんだ」

 サイトは剣なんてものをフィクションでしか知りませんでした。
 大抵のフィクションでは、剣は見た目が美しい程に良いものですが、現実は違います。

 装飾が豪華で有る事は必ずしも実用性に富む物ではありません。
 むしろ装飾に金をかけるぶんを、品質に回すべきですので良い剣は質素で見た目が地味だったりもします。

 それなのに見た目に騙され、実戦に向かない剣を手にするサイトをみて、テオは実に楽しそうな表情をしています。

「中身が伴わない貴様にはふさわしい武器だろう?せいぜい使ってくれたまえよ」
「グ!」

 サイトは文句の一つも言おうと思いましたが。
 そもそもテオの剣で喜んだのも、剣の良し悪しがわからないのも事実でしたので何も言い返せません。
 それにテオはタダで剣を与えているのです。
 タダで物をもらっておいて、そこに文句が言えるほどサイトは傲慢にはなれませんでした。

 ただただ唇を噛み締めて、悔しさを誤魔化すばかりです。


 そんなサイトの悔しそうな顔を見て、テオは満足そうに笑います。


 そして、
「ハッハッハ。ハーハッハッハ」
 テオは高笑いをしながらその店を後にしました。







 しかし、テオは気がついていません。

 見た目が綺麗なだけな剣ですが。
 それはそれでかなりの価値があることに。
 なにせ純銀です。

 それでもってその剣を物欲しそうな顔で見ている武器屋の店主が居ることに。


 そして、サイトたちがその剣を店に売っぱらい、そのお金で実用性のある剣を買う可能性を…



◇◆◇◆



 その日の夕方。

「ふんふふふんふ~ん♪」

 魔法学院の男子寮。殺風景な部屋に楽しそうな声が響きます。
 テオは楽しそうにデルフリンガーの鞘を磨いていました。

「テオ楽しそう」
 ベットに転がりながら、エルザがそう言いました。

「楽しいさ、アイツらが手に入れる寸前にこの剣が手に入ったのだからな」
「テオ、本当にあのサイトって人が嫌いなのね」

 剣を横取りするのがそんなに嬉しそうになるほどに、テオはサイトのことが嫌いなのかとエルザは思いました。
 しかし、テオは首を横に振りました。

「ははは、まあ、ソレも間違いではない。が、吾は純粋にこの剣が手に入った事が嬉しいのだ」
「でも、そんなボロボロの剣、それ本当に欲しかったの?」
 エルザはソレこそ信じられないといった声を出しました。
 なにせテオが磨くその剣は何処から見てもみすぼらしくて、ソレこそ、テオが片手間で錬金したもののほうがよっぽどかマシなように思えました。

「いやいや、こう見えてこの剣は中々に良いものだよ」
「そうなの?」
「ああ、だが本当の価値は、この剣の良し悪しではないのだ」
「違うの?」




 テオは少し考えて、エルザに言いました。




「吾はな、運命に抗いたいのだな。そんなものは無いという証明として、吾はコレを手に入れたのだよ。これはあの男の手に渡る運命で、我はそれを潰したわけだ、そしてその事実が嬉しいのだな」
「あのさ…テオ」
「なんだ?」
「ウンメーって…何?」

「…」
「…」

「いや、すまん。その返答は予想外…」

 テオはエルザが運命と言う言葉を知らないことに驚きましたが、それは別におかしなことではないのです。
 運命という概念はなかなか自然発生するものではありません。
 説法や書物、演劇や恋愛論で良く耳にするその言葉も、日々を生きるのに精一杯の平民たちは、知らずに居ることも多く。運命という概念を思いつくことも、聞くこともしないまま一生を過ごす者も平民には少なくはないのです。
 平民の中で生きてきたエルザもまた、運命を知らずに今日まで生きてきた一人でした。

「ええっと。運命とはだな、宿命と言うか道筋と言うか。つまり、未来は決められていて、我々がどうあがいてもソレが変えられないようにできている…という考え方かな」
「未来って決まってるの?」
「まあ、そういうふうに考えるのが運命だ」
「じゃあ、私が明日死ぬ運命だと、どうしたって助からないの?」
「まあ、運命とはそういうものだなあ」
「ええ!?そんなのやだよ!」

 とても嫌そうな顔をしながらエルザは答えました。

 それに対してテオは笑顔で答えます。
「だろうな、吾も嫌だ。可能性が一つで、未来が決定してるなんて信じたくはない…だからこそのこの剣だ」
「???」

「つまりコレは証明なんだ、運命は絶対で無いことの、未来が変わることのな」
「ええっと…よくわかんないけど、この剣を持っていると運命ってのが変わるの?」

「というか、すでに変わったのだよ。そして、吾はソレが嬉しいのだ」
 そう言ってテオはデルフをポンと叩きました。

「う~~~~ん……よくわかんない」
 エルザはテオの言っている言葉が今ひとつ理解できませんでしたから、ソレを正直に言いました。
 知ったかぶりをすることも出来ましたが、ソレはあまりテオが好まないと考えたからです。
 

「まあエルザには難しかったかな…」
 そう言いながらテオはデルフを鞘から取り出しました。

『畜生!コノヤロウ!俺を使い手に渡しやがれ!!』
 途端、剣は大声でがなりたてます。

「はっはっは!お断わる!」
 そしてにべもなくテオはソレを断ります。

『何だって俺を買ったりしたんだ!!』
「店主が吾に売ったからだ。恨むべくは吾ではないぞ。店主の信用のないその使い手とやらを恨むべきだ」

『コノヤロー!絶対に戦闘の手伝いはしてやらないからな!むしろ邪魔する!』
「吾メイジだから全然構わん。っていうか持ち歩かないし」
 テオ自身はメイジです。デルフリンガーを持ち歩く必要がそもそも無いので戦闘の邪魔と言われても全く堪えません。

『夜な夜な鞘をカタカタいわせてやる!!』
「何!!それでは安眠できないではないか!!!」

『嫌だったら俺を使い手に渡しやがれ!』
「そっちがその気ならこっちにも考えが有る。貴様を、玉ねぎと一緒にピクルス液に漬ける!」
『お前やっていいことと悪いことがあるだろ!!』
 テオの発言にデルフはわかりやすく怯えた声を上げました。

「臭くなるぞ!酸っぱくなるぞ!隙間にアニスの種が入り込んだりするぞ!最終的には黴るぞ!!誰も触ってくれなくなるぞ!!!」
『なんて恐ろしいことを!!』

「悔しかったら美味しくなってみろー。コノ鉄の塊が!」
『チックショー!!』

 デルフリンガーとテオの幼稚な言い争いを聞きながら。




 エルザは、

「テオ…本当に楽しそう」

 と思うのでした。


◆◆◆用語解説

・クラム
 別名『たらふく』
 携帯食料の一つ。
 ビスケットのような外見だが、特別美味しいものでは無いらしい。
 本当はレンバスと書きたかったが、それはエルフの食べ物なのでこちらにした。

・ポレンタ
 こちらは実在する食べ物。
 とうもろこしで作ったマッシュポテトのような物。
 料理の付け合わせとすることも多いが、主食とすることも多い。
 販売する際は粉状で売られている。
 現在でもイタリア北部やスイス、フランスやドイツの一部などで一般的に食べられてる。
 本来とうもろこしはアメリカ原産でヨーロッパには無く、大航海時代にヨーロッパに持ち込まれたものだが、同じくアメリカ原産のかぼちゃがアニメであったので、たぶん問題無いと思う。

・裸マント
 ごく一部のフェティシズムの持ち主にはたまらないらしい。
 吸血鬼系のイラストでかかれることが多いコスでもあり、そういう意味ではエルザがしてもまったく違和感が無い。・・・違和感が無い。

・グランギニョール
 本当はグランギニョルの言葉ができあがったのは19世紀以降なのだが、それ以前におけるホラー演劇をなんと言うのかわからないのでここでは便宜上グランギニョールとしている。作中で伸ばし棒を追加してるのは気分。
 ちなみに、テオが一番好きなのはもちろんグランギニョルだが、それ以外の演劇も好き。
 悲劇、喜劇、大衆演劇、軽演劇、トラジコメディー、バーレスク、全部好き。

・人形劇
 嫌われ者のがま王子が、ザリガニ魔人を倒すべく奮闘する話。

・『ご主人様大泣きでSHOW』
 世にも珍しい人形劇に泣きまくるメイジが見れるショウ。
 見物料は大人2スウ、子供5ドニエ。
 見た人の大半が「唖然」とする衝撃の内容だった。

・バタ
 バターの事。

・売れ行き
 実はテオはトリステインの各小売店に偏りなく定期的に商品を卸している。
 この武器屋だけではなく、トリステインの殆どの武器屋にもである。
 一番の理由はコネクションと情報収集のため。
 全ての店舗に製品を下ろすことで、業界全体にテオの顔が効くようになる。
 例えばテオの武器の偽物が出まわるとする。
 その時、そんな製品を扱えばテオから二度と商品を卸してもらえなくなるので、店舗が主体で偽物を作ることはありえないし、偽物の買取はしない。各店舗はむしろ率先して犯人探しを行い、テオの信用を失わないように努力するだろう。
 テオという存在は、最早トリスタニアの共有財産になりつつあるのだ。

・テーラー
 テイラー、つまりはCSI:NYのボス、9.11で妻を亡くし、仕事にのめり込みがちだが、その冷静な判断力に部下からの信頼はあつい・・・の人ではなく、
 仕立屋のこと。服を作ってくれる人もしくは店を指す。


・寸法
 現在のように既製服が一般的になったのは19世紀前半にミシンが発明されてから。
 この世界の被服産業がどのようなものかは不明だが、平民などはそんなにお金をかけられないからその殆どが自作及び古着。恐らく骨董市のように古着が売られている物を買うのが一番手っ取り早かったと思われる。
 一方裕福層ではじっくりと、ねっとりと、採寸され一つ一つパターンオーダーの可能性が高い。ましてや超高級品になるとそれこそミリ単位の採寸が行われ、当然服の上からではなく素っ裸採寸。
 テオは紳士ですから、ようじょの裸をジロジロ見たりしないのデス。

・観賞用の剣
 別に珍しいことではなく、観賞用の剣やナイフは世界各国にある。
 ある意味では日本刀もその一つ。
 江戸時代、戦闘行為をすることのない人間も、役職や身分の象徴として日本刀を持った。
 海外の例では洋剣の代表とも言えるレイピア。
 ブロードソードやサーベル、スモールソードが普及し、レイピアの実践的価値が無くなった後も、騎士道精神の象徴として、芸術品的な扱いをされた。
 大抵それなりに実用性も付随しているのだが、完全にナマクラな物も珍しくはない。
 
・銀
 実は純銀のモース硬度は2.5。これは人間の爪と同程度の硬度。装飾品としてならばまだしも、剣としては使えない。
 まあ、コレはあくまで刃物として使う場合であり、質量はあるし割れにくいので棍棒としては結構使い勝手は良いかもしれない
 ちなみに鉄のモース硬度は4。鉄に炭素を混ぜた鋼は硬度5~6程度。
 
・運命
 運命が変えられるかどうか。
 諸説あるが、エヴェレット的解釈では、選択の数だけ運命が存在する。
 非常に良く使われる言葉だが、突き詰めて考えるとラプラスの悪魔だとかシュレディンガーの猫とかいろいろとめんどくさい魔物が現れる。

・ピクルス液
 ピクルスを漬けるための液。
 酢漬けタイプもあるが、乳酸発酵によるものもある。
 後者の場合、乳酸菌による黴のようなコロニーが形成されることがある。

・アニスの種
 スパイスの一種、八角に似た甘い匂いがする。コンスタントにピクルス液に入っていると言うわけではないが、入っていることもある。

・鉄の塊
 漬物と一緒に鉄を入れだらナスの色がよくなる。



[34559] 13 テオとゴーレム
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2012/12/26 02:30

 武器屋で武器を買い、サイトとルイズが帰る時。
 その様子を影から見守る2つの影がありました。

 キュルケとタバサです。

 なぜこの二人がサイト達を見ているかというと、理由は実に単純で、
 恋多き女、キュルケがサイトに恋をしたからです。

 魔法を使わず、剣だけでメイジに勝つ男。
 サイトはキュルケの情熱を動かすのには十分な資質を持っていたのです。

 未だテオの事を諦めていないキュルケですが、それはそれ、コレはコレ。
 そもそもキュルケに、恋は一人に対してしかしてはいけないという概念は無く。好きになったからにはとりあえず情熱的に行動するのがキュルケ流なのです。

 他人の後をつける行為。
 現代社会ではストーカー行為と言われ、犯罪として扱われる行為です。
 トリステインの社会でもあまり褒められた行動ではなく、ましてや貴族がするにはあまりにも品のない行動です。
 しかし、恋の情熱は全てのルールに優越する、というのがツェルプストー家の家訓です。

 強力な移動手段である竜を使い魔に持つ友人のタバサを巻き込んで、こうしてサイトとルイズの後をつけていたのです。

「武器屋の中から笑い声が聞こえたと思ったらテオが上機嫌で出てきて、しばらくしてサイトとルイズが出てくるなんて…中で一体何が起きていたのかしら?」

 タバサはそんなキュルケの様子をぼんやりと眺めていました。
 そもそもタバサはこんな場所に居たいとは思っていませんでした。

 彼女にとって休日は静かに本を読みながら過ごせる日です。
 それを突然街に行きたいから竜に乗せろと、キュルケに懇願され、渋々彼女の異常行動に付きあわされているのです。

「ちょっとタバサ何持ってるの?」
「ハシバミクッキー」
「何それ!?」
「そこで買った」
「なんだってそんな怪しげなものを買うのよ!?」
「なかなかプレシャステイスト」
 袋から取り出したクッキーをモリモリと食べながらタバサは言いました。

 そんなタバサにキュルケは呆れますが、タバサとしては、つまらないことに付き合わされているのだから、コレくらいの自由行動は許されて当然であると考えていました。

「食べてる場合じゃないでしょう!ルイズったら剣なんか買っちゃって。きっと彼の気を引こうとしてるんだわ。プレゼント攻撃だなんて…」

 キュルケはルイズ達が見えなくなってから、武器屋の戸をくぐります。
 
 ズカズカと入ってきたキュルケを見て、店主が驚いた声をあげました。

「おや、今日は千客万来でしかも皆貴族様ときた!」
「ねえご主人?」
 キュルケは髪をかきあげ、色っぽく笑いながら言いました。

「ちょっと今の二人組はどんな物を買っていったの?」

「へい、剣でさ」
「やっぱり…ねえ、どんな剣を買っていったの?」

「騎士隊がよく使う大剣を持っていかれました…この店では3番目に高いやつでさ」
 キュルケの胸元を見てゴクリと店主が唾を飲み込みながら言いました。

「へえ…腐っても公爵家ね、そうなると生半可なものじゃ勝てないか…」
 キュルケはムッスっと考えこむように言いました。
 
 店で3番目に高価な剣、生半可な物では対抗できません。

「若奥様も、剣をお買い求めで?」
 店主は商売のチャンスだとばかりに身を乗り出しました。

「そうね…ヴァリエールが3番目なら私は当然…」

 キュルケはそうつぶやくと、主人に流し目を送りながらこう言いました。





「この店で一等に良い剣を見せてくださらない?」



◇◆◇◆



 夜。

 月明かりの下でサイトは剣を振るっていました。

「えい!やあ!とお!」

 それは型も何もない、ただ力に任せた振り方でしたが、それでも何度か振るっている内に、少しずつですが効率的に剣を振れるようになっていることをサイトは実感していました。



 サイトの手にある剣。

 特に美しいというものではありませんでした。
 確かに、よく磨かれてはいましたが、さしたる装飾もなくただシンプルな剣でした。

 しかし、それは間違いなく良い剣でした。

 グリップは滑りにくいように作られ、柄も丈夫な素材で作られています。
 刀身も硬い金属で、切れ味も悪くありません。
 重心の位置も計算されていて、振るう際には綺麗に円を描く様な振り方が出来ました。

 実践的な剣ということで、サイトはそれを振る誘惑に勝てず、こうして日が沈んだ後だというのに庭に出ては素振りをしていました。

「凄いな、これ」
 思わずサイトはそう言いました。

「そんなに違うものなの?」
 ルイズがそういいました。
 ルイズとしても自分の与えた剣がどのようなものなのか興味があったものですから、こうしてサイトの夜の鍛錬に付き合っていたのです。

「振ってみるとわかるよ、疲れ方がぜんぜん違う。コレに比べるとギーシュの作った剣とかあのシュペーとか言うのが作った剣とか、剣の形をしたただの棒だ」
「へ~」
 武器の良し悪しがわからないルイズでしたが、サイトが凄いと言うのならば、凄いのでしょう。
 ルイズは良い買い物が出来たと、満足を覚えました。

「あのさ、ルイズ」
 剣を振る手を一旦止めて、サイトはルイズに言いました。

「なによ」
「あのテオってやつさ、コレを俺に買わせるためにあの剣をくれたのかな?」
「はあ?」
「だってさ、普通に考えてみろよ、武器屋だぜ?しかも自分の剣を売っている店だ、そんなところであんな剣を出して、しかもその場で自分の剣が実戦に向かないって言ってるんだ。それってもう、買い換えろよって言ってるようなもんだろ」

「そ…」
 そんな事は無いだろう、とルイズは言おうとして止まりました。

 なぜならルイズには思い当たる節があります。

 それはサイトに薬を渡す時。
 テオは回りくどい方法でそれをサイトに渡したやり口。

 今回もそれと同じ。
 ひょっとしたらテオはサイトに良い剣を買わせたかった。
 だから如何にもボロボロのインテリジェンスソードをサイトの手から奪い、実用的な剣についてを教え、さらには良い剣を買うためのお金になる物を置いていった。

 確かに筋は通ります。


 しかし理由がありません。

 前回の件に関してはクラスメイトである自分がサイトの治療を頼んだから。
 サイトが嫌いなので直接協力こそしないものの、学友であるルイズの頼みは聞いてやろうと思った。
 だからこそああいう面倒な事をしたのだとルイズは考えていました。

 しかし、今回は違います。
 別にルイズはテオに剣に良し悪しを教えてくれとも、金をくれとも言っていません。

 テオにはサイトに良い剣を選ばせる理由が全くないのです。
 なのに態々、サイトに協力をする?


 なぜ?


 本当はサイトのことが嫌いじゃない?
 いや、嫌いじゃな程度ならば普通に口で言って終わり、態々錬金で剣まで作るということは、それ以上の感情。 

 実はサイトが好きとか?


 次の瞬間ルイズの脳内には薔薇な関係のサイトとテオが描かれました。


「キャ~~~~~~~~~~!!!!」
「何事?」

 当然叫びだしたルイズにサイトは驚きます。

「危険だわ、それはそれで危険だわ!近づけられない。いや、ちょっとは見てみたい気もするけど…って!違う!ダメよルイズ!そういうのに興味をもっちゃダメ!非生産的だわ!」

「ルイズ?え?大丈夫か?」

 悶え出すルイズにサイトは声をかけます。

「サイト!良い事?絶対に今後テオに近づいちゃダメよ?」
「はあ?何で?」

「危険なのよ!!色んな意味で!!」
「???」
 ルイズの剣幕に、サイトはただただ戸惑ってしまいました。
 


 その時、そんな二人の後方から呼びかける声がありました。




「はあ~い、お二人さん」

「あれ?キュルケ」
「出たわね!ツェルプストー!」

 あからさまに嫌な顔をするルイズを無視しながら、キュルケはサイトの握る剣を見ながら言いました。
「へえ、結構な剣を買ったのね、でもちょっと質素かしら」

「うるさいわね、あんたには関係ないでしょう?何で夜にこんなところをウロウロしてんのよ!」
 不機嫌そうにルイズが言いました。

「いいじゃないの此処は貴方の土地じゃないでしょ?私が何時ウロウロしようと私の勝手よ、それにね、実は私今日はダーリンにプレゼントがあってきたの」
 そう言ってキュルケはサイトに流し目を送ります。

 その熱い視線に思わずサイトはどきりとしてしまいました。

「プレゼント?」
 ゴクリと唾を飲みながらサイトが尋ねます。

 キュルケは自信満々な様子で、背中に隠していた、そのプレゼントをサイトの前に差し出します。

「之よ!」
 そして彼女が差し出したのは…






 『テオの剣』でした。




「「うわぁ…」」

「え?」
 それはキュルケの予想外の反応でした。

 てっきりサイトは、この素晴らしい剣に夢中になり、ルイズは悔しがるとばっかり思っていたのです。
 しかし目の前の二人は、全く違う反応をしました。

「ありがとう きゅるけ ぼく これ たいせつに つかうよ」
 サイトは全く嬉しそうではない声でお礼を言います。

「え?何?何その反応?ダーリン?ルイズまで、何でそんな慈しむような視線を!?ちょっと二人とも解ってる?これ純銀よ!純銀の剣なのよ?」
「へええ それは すごいわねえ」
「やったー ぼく すごいものを もらったよ」

 そう言いながら、サイトはその剣を握りました。
 そして思います。

 ああ、集中して握ってみるとよく分かる、コレは剣としては使えない。これはただの、重い棍棒だ。…と。

「何で嫌そうな顔するのよ!」
 サイトの悲しそうな顔にキュルケは困惑の声をあげます。

「所詮ツェルプストーのえらんだ剣なんて使うに値しないってことよ」
 ふんっと鼻息を出しながらルイズが言いました。

「ちょっと、それは聞き捨てならないわね」
 ルイズの一言に、キュルケは好戦的な視線を向けます。

「何よ、別に本当の事を言っただけじゃない。」
「…嫉妬ね」

「は?」
 キュルケの一言にルイズは思わず声を出してしまいました。

「私の持ってきた剣が、あんまり凄いから嫉妬しているんじゃなくて?」
「誰がよ!やめてよね。嫉妬だなんて。これっぽっちも思ってないわよ!」

 事実、ルイズの心のなかには嫉妬心などは微塵もありませんでした。
 しかし、顔を赤くして怒りながら否定したせいで、その様子はまるで強がり言っているようにキュルケには受け取られてしまいました。

「良くって?剣も女も良いものは一目で判るものよ?少なくとも、洗濯板でヒステリーで嫉妬深いトリステイン女と、それ以外の女ならドチラがいいかは一目瞭然でしょう?」
 そう言いながらしなを作るキュルケを、思わすサイトは食い入るように見つめてしまいます。
 別に、キュルケの意見に賛同したわけではありませんが、目の前で悩ましげな格好をされれば目が行ってしまうのが男の悲しいサガなのです。

 ルイズはそれを咎めるようにサイトを睨みつけますが、
「なによ、ホントのことじゃない」
 と、キュルケに馬鹿にするように言われました。

 頭に来たルイズは、ふるえる声で言い返します。
「ふ、ふん。やっぱり色ボケは言うことも下品だこと。ゲルマニアで男を漁りつくしたものだからトリステインまで留学してきただけのことはあるわね」
 そう言ってルイズは笑います。

「言ってくれるじゃない」
「本当のことでしょう?」

 二人の雰囲気が変わりました。
 勿論最初から良い雰囲気ではありませんでしたが、その雰囲気がさらに悪く、緊張した物になったのです。

「ねえ」
「何よ」
「そろそろ、決着をつけませんこと?」
「あら、珍しく意見が一致したわね」



「「決闘よ!」」

 そして二人が同時に言いました。


 サイトは呆れて「やめとけよ」と言おうとしました。
 が、サイトが口を広げるよりも前にその隣から声が発せられます。


「その決闘…合意とみて宜しいですね?」
 何処からとも無く現れたメイド。



 エンチラーダがそう言いました。


「「「メイド!!??」」」

 突如現れたエンチラーダにキュルケもルイズもサイトも驚きます。

「失礼、近くを通りかかったらお三方が見えましたので…会話の殆どを聞かせて頂きました」

「なんだってこんな夜中に!?」
「いえ、気分が悪いというものですから…」
「気分が?何?体調悪いの?」
「いえ、私ではなく…実は先程タバサ様が美味しいからと言って、クッキー持ってきたものですから皆でそれを食べたのですが…」

 エンチラーダのその言葉に、キュルケはハシバミクッキーの存在を思い出しました。

「タバサ様とエルザは平然と食べていましたが御主人様が馬糞みたいな味がする!と言いながら青い顔をしまして…こうして気分治しに夜風に当たりに来た次第です」

「え?つまりテオも一緒なの?」
「ええ。ほら、いまこちらに向かってくるのが御主人様です」

 そう言ってエンチラーダの指差す先ではテオが車椅子をコロコロ動かしながらこちらに向かってきていました。

「エンチラーダ結局何の話しだったのだ?」
 三人の前に着くやいなやテオがエンチラーダに聞きました。
「はい、どうやらヴァリエールさまとキュルケ様で決闘を行うそうです」
「なんだ、決闘か…」
「ええ、ですので御主人様の『吾に隠れて美味しい物とか食べているのでは?』という予想は外れです」
「ばっ!お前、それは言ってはイカンだろ!吾が意地汚いと思われてしまうじゃないか!何のために吾がこっそりお前一人に様子を見に行かせたと思ってるんだ!」

「「「…」」」
 そのテオの発言に、ルイズ達はなんだかとても侘びしい気分になりました。


「しかし、何で決闘なんぞ?」
 テオがキュルケの方を向いて聞きました。

「まあ、理由は色々あるけど、きっかけはダーリンの剣ね」
「だーりんのけん?」
 テオは不思議そうに視線をサイト達に向けようとします。

「は!危険だわ!」
 テオの視線がサイトに向かうその時。
 ルイズは先程の薔薇の光景を思い出しました。

「ここにサイトはいません!」
 突如ルイズがサイトの前に立ちはだかり、手を大きく広げサイトを隠すようにして言いました。

「「「なにその嘘!?」」」

 身長差によって全くもって隠せていないその行動に、テオをはじめそこに居た全員が驚きます。

「いやだって思いっきり見えてるし…」
「いないもん!!」
 首を振りながらルイズは必死にそう言います。

「いや俺いるし…」
「アンタは黙ってなさいよ!!!」

 そのルイズの奇行に、その場の一同は首を捻ります。

「キュルケ?ルイーズどうかしたのか?」
「なんか今日反応が変なのよ、私が持ってきた剣にも変な反応をするし…あ、そうだ、テオからも言ってやってよ!」
「何を?」

「この二人ったら、私のプレゼントした剣の凄さを全く理解しないのよ!ほら!コレ!」

そう言ってキュルケは、テオの前に『テオの剣』を出しました。

「……えぇ」
 テオのその行動にキュルケは再度驚きました。

「何?その反応?」
「なるほど、キュルケがその剣を持っている…そしてお前らの手には違う剣が…なるほど。


 おい…お前ら売ったのか?あの剣を売っぱらったのか?」

 テオはキッとルイズ達をにらみますが二人は視線を避け、横を向いてしまいました。

「何よ!もらったものをどうしようが私達の勝手じゃない」
 あさっての方向を見ながらルイズはそう言いました。

「そうだ そうだー」
 ルイズの影に隠れながらサイトもそれを肯定します。

「ぐぬぬぬ…キュルケ!」
「え?何?」

「その決闘とやら…勝つ自信は有るのか?」
「当たり前よ、私が負けるはずがないじゃない」

 キュルケはそう言って胸を張りました。

「よし!」
 テオは杖を取り出し言いました。

「この決闘!吾が仕切ろう!」

 テオの声が、夜の学園に木霊しました。



◇◆◇◆



「ちくしょう!もしかしたらいいやつかと思った俺が馬鹿だった。お前、嫌なやつだ!マジで!本当に嫌なやつだ!」
 サイトは情けない声で叫びますが、一同はそれを無視しました。

 今サイトは塔の上から、ロープで縛られた状態で吊るされ、ぶら下がっています。

「良いか?あのロープを切ってあのボンクラを地面に落としたほうが勝ちだ、勝ったほうの剣を、今後使うように」
「「わかったわ」」

 テオの提案した決闘方法は、単純なものでした。

 サイトをロープで縛り、塔から吊るして揺らします。
 そしてその吊るしているロープを切ったほうが勝者。
 そして勝者にはサイトに自分の選んだ剣を使わせる権利を得る、と言うものでした。

 テオの提示した条件に、ルイズもキュルケも特に異論はないようでした。
 別にサイトは最初からテオの剣を使う気などありませんでしたが、ルイズは自分が負けるとは全く思っていませんでしたから、勝った方の剣を使うという条件を当たり前のように飲み込みました。
 ただ、サイトだけは納得がいかないらしく、塔の上方からは未だ恨めしげな声が響きわたっています。

「方法は自由。まあ魔法を使ってもいいが、弓矢や投擲でも構わん」
「ゼロのルイズからどうぞ、私から始めたら私が絶対に勝っちゃうもの。それじゃあ面白く無いでしょ」
「ふん、後悔しても知らないわよ」
 
 そう言いながらルイズは集中してルーンをとなえます。

 そして一瞬遅れて、サイトの後ろの壁が爆発しました。
「おぎゃ!!!」
 爆風でサイトの体が大きく揺れます。

「あら、器用ねえ、壁を爆発させるなんて」
 キュルケは嬉しそうに言いました。

「まったく、器用にあの男の体には当てずに塔を爆破するとは…ほれ、キュルケ次はお前の番だサッサとしろ。別にロープに当てなくてもあのボンクラの顔とか心臓とかを焼き払うという手もあるぞ」

「無いわよ!あなた本当に彼の事嫌いなのね…まあいいわ、よく見てなさい、私の魔法の腕を…」

 そう言ってキュルケは集中した表情でサイトを吊るしているロープを見据えます。

「ファイヤーボール!」

 キュルケがルーンを唱えると、火球が現れサイトめがけて飛んでいきます。

 そして、
 それは見事にサイトを吊るすロープに当たりました。
 
 
「ぎゃぷん!」
 ロープは見事に焼き切れ、サイトは地面に落っこちます。

 落ちる瞬間にキュルケがレビテーションをかけますが、ファイヤーボールの魔法を唱えた直後でしたので、完全には間に合わず、サイトは結構な速さで地面にぶつかってしまいました。

「勝者キュルケ!」
「私の勝ちねヴァリエール!」
 キュルケは自分の勝利を宣言し、
 ルイズはしょぼんとしてその場に座り込んでしまいました。

 サイトはそんなルイズを悲しい視線で見つめますが、それはさておきまず身動きがとれない状況を何とかしようと、
「まずはロープをほどいて…」
 と力ない声で言いました。


「ええ、喜んで」
 キュルケは上機嫌でサイトに駆け寄り、ロープをほどこうとします。



 その時です。


 突如として巨大なゴーレムが現れました。




「何アレ!!」

 そこにいた誰もが目を疑いました。

 突然現れた巨大ゴーレムはずんずんと自分たちの居る塔に向かってきます。

「きゃあああああああ!!」
 キュルケは悲鳴を上げながら逃げ出し、サイトはその背中に向かい叫びます
「置いてくなあああ!」

 巨大なゴーレムは一直線に塔に向かって来て、サイトはパニックに陥ります。
 何とか逃げようと体をくねらせますが、体に巻かれたロープが緩む様子はありません。

 そんな彼の元に駆け寄るものが居ました。
 ルイズです。

「何で縛られてるのよ!こんな時に!」
「お前らが縛ったんだよ!」
 
 ルイズは必死にサイトのロープを解こうとしていますが、焦っているせいかなかなか解くことが出来ません。


 そしてその時。
 呑気な声が聞こえました。

「ほう…なかなかデカイな」
「30メイルほどの大きさですね」

 まるで観光名所を見るかのように呑気な様子のテオとエンチラーダにルイズは大きな声で怒鳴りました。

「あんたら何落ち着いてんのよ!」

「焦った所で事態が解決するわけではないからな…ふむ、変わった形状だな。肩幅が大きすぎるだろうか…頭に木が一本生えてるのは素晴らしいな。芸術というものを多少は理解しているメイジのようだ」
「動きはかなり安定していますね」

 全く焦りの見えない二人にとは対照的に、ルイズとサイトはパニックです。

「目の前!来てる!!」
「ゴーレム!!!」
 サイトとルイズが迫り来るゴーレムを指さしながら慌てた様子で叫びます。
 ゴーレムはもう4人の目前まで迫ってきて居ました。

 しかしテオは落ち着いた様子を崩しません。
「何、問題ない…エンチラーダ、そのクズを持ってとっとと逃げろ」
「御意にございます」
 エンチラーダがそう答えると、彼女はサイトを吊るしていたロープの切れ目の部分をはしと握りました。

「えっと。スイマセン、この状況って…もしかして」
 その行為にサイトは不安を覚えました。
 抱きあげるのでも、担ぎ上げるのでもなく、ロープの先を握る行為。
 その状態で、この場所から逃げるということは…
 
 そして、サイトのその不安は見事に的中します。
 つまり、エンチラーダはサイトを縛っているロープを握って、

 そのまま走り出しました。

「ウギャ!うご!痛!石!ブゲ!」
 サイトは見事に引きずられながらその場から離れていきます。

「サイト!ちょっとあんたもうちょっと優しく運べないの!?」
 ルイズも其れを追いかけて行きました。

 ゴーレムの進行方向にはテオだけが残され、そのまま行けばテオは踏み潰される状況です。
 
 
 しかしやはりテオの表情に焦りはありません。
「なるほど。面白い。巨大ゴーレム。吾も挑戦したことが無いわけでは無いが…この形状は初めて見るな」

 テオはそう言いながらブツブツと独り言を言いますが、その間にもゴーレムは迫ってきます、

 そして、
 ゴーレムの足がテオを踏みつぶさんとしたとき。

「宜しい…イッツ・ショォォォタァァァイム!」
 そう言ってテオが杖をかざしました

 すると、その足元が盛り上がりズルズルと巨大なゴーレムが出来上がりました。

「「「嘘!?」」」

 思わず皆が叫びました。
 テオが創りだしたゴーレム。
 それは、迫り来るゴーレムと同じ大きさ、同じ容姿の、瓜二つのゴーレムでした。

「なるほど、重心が上に来るので安定するのか…、肩幅が広いのはそういう意味もあるのだな」
 ゴーレムの肩に座りながらテオが言いました。
 一瞬で30メイルのゴーレムを作ったのに、その表情に疲労は一切見えません。


「あいつ、あんなものも作れんのか!?」
「見た目も大きさも全く同じじゃない」

「クリエイトゴーレムは御主人様が得意とする魔法ですので。ご主人様の実力ならばあれくらいの大きさのゴーレムは簡単に作れます。自己最高は120メイルのゴーレムだと言っていました」
「ヒャ…」
「百二じゅう…」

 エンチラーダのその言葉に二人は息を飲みました。
 見た限りでは今戦っているゴーレムは30メイル程度、それでもとても巨大で圧倒される迫力があります。
 
 しかしその四倍もの大きさのゴーレムが作れる。
 そんな大きいゴーレムが動く姿など、ルイズもサイトも想像すらできませんでした。

「でも、じゃあ何でワザワザおんなじ大きさのゴーレムを作ってるんだ?」
「そうよ、その120メイルのを作ればすぐに倒せるじゃない」

「さあ、其れはご主人様に聞いてみないとわかりませんが、おそらくはそれではつまらないと思われたのでは?」
「「はあ?」」


 ルイズとサイトは意味が分からないといった様子ですが、実際エンチラーダの言うとおりでした。

「フハハハ なるほど、中々に計算されている。無駄に大きいだけではないな、効率的な形に作られている。貴様には及第点をやろう、さあ条件は同じだ。ドチラがゴーレムを上手く扱えるか勝負しようじゃないか」
 テオは笑いながら相手のゴーレムの肩に乗るメイジに向かってそう言いました。

 その気になれば、テオはもっと大きなゴーレムを作ることができます。

 しかし、それでは勝てて当然です。

 テオはただ勝つのではなく、一人の人形使いとして、この勝負に勝ちたいと考えました。
 同じゴーレムで、純粋にゴーレムを操る腕で目の前のメイジに勝ちたいと思ったのです。


 次の瞬間テオのゴーレムが回し蹴りを相手のゴーレムに放ちました。
 大きな音が響きながら、相手のゴーレムがよろけます。

「まるで特撮映画みたいだ」
「なにこれ」

 眼の前で繰り広げられる戦いにサイトとルイズが唖然とします。

「はははは、素晴らしい。やはりゴーレムは良いな。さあ行けゴーレム!そこで必殺アッパーだ!」

 テオのゴーレムは相手に攻撃をします。
 パンチ、キック、フック、アッパー。

 勿論相手のゴーレムもそれを黙って食らうばかりではありません。
 テオのゴーレムも攻撃を受けていきます。

 お互いのゴーレムは殴り合い、手に汗握る激しい戦いが繰り広げられていました。 


「互角か?」
 遠くからその様子を見ていたサイトが言いました。

 二体のゴ-レムは傷つく度に回復をするのですが、お互いの攻撃量はその回復を上回り、お互いのゴーレムは同様にボロボロになっていきます。

「互角?まあ確かにそうみえます。ですがそれはあくまで互角にしているのです」
「互角にしている?」

「同じゴーレム同士が殴り合えば互角になるのは当然。御主人様はワザと相手の土俵に立っているのです…とはいえ、それでも御主人様のほうが有利ですが…」

 エンチラーダがそう言い放つと同時に、テオのゴーレムの拳が相手のゴーレムの腹の部分に命中します。
 殴ったテオのゴーレムの拳の部分がそれによって砕けますが、相手のゴーレムにはそれ以上ダメージを与えました。
 相手のゴーレムは見事に吹き飛び、そのまま塔にぶつかりました。

 固定化の魔法を何重にも重ねがけした塔ですから、倒壊するようなことはありませんでしたが、大きな穴が空き塔の中が顕になりました。
 土煙が当たりに舞い、視界が悪くなります。

 土煙に埋もれる相手のゴーレムに向かってテオが言いました。
「そんなものか…なんなら吾がゴーレムの扱い方を教えてやろうか?」

 テオのその発言に対する返答は相手のゴーレムからのパンチでした。

「それだ、貴様の動きはどうにも大ぶりで読みやすい」
 テオのゴーレムはそれを難なく避けます。

「大きいゴーレムの動きは比較的遅い。それは確かに仕方のないことだ。圧倒的攻撃力を得ているかわりにスピードを犠牲にしてるのだ、だから…」
 そしてテオのゴーレムは右手を大きく振りかぶり。
 
 
 そして蹴りを放ちます。
 
「フェイントを活用しなくては」

 来るであろうパンチに備えていた相手のゴーレムは、予想外に放たれたキックに大きくぐらつきます。
 相手のゴーレムは後方によろけ、テオのゴーレムとの間に距離が出来ました。

「そして人間にはできない動きが出来るのがゴーレムの最大の利点で有る。見た目を人間とは多少違う形にした時点で、たしかに貴様は及第点なのだが…そんな動きでは吾には勝てんぞ?」

 次の瞬間テオのゴーレムは奇っ怪な行動を取ります。
 右腕で左腕を引き千切ったのです。

「な!あいつ何してるの!?」

 遠くで見ていたルイズはその行為に驚きますが、その直ぐ後にその行動の理由を理解します。

 テオのゴーレムが引き千切った左手を棍棒のようにして相手のゴーレムに殴りかかったのです。
 腕一本分のリーチが加わったテオのゴーレムは、相手の攻撃が届かない位置から一方的に相手のゴーレムに攻撃を加えます。

 形勢は一気にテオに有利になりました。
 しかし、そこには片手がちぎられ、体に穴を開け、ボロボロの状態でなおも懸命に戦うゴーレムの姿がありました。

「なんだかあのゴーレム、可哀想だな」
 どこか哀愁を漂わせるその姿に、思わずサイトはつぶやいてしまいます。
 
「ゴーレムはなんとも思いませんよ。そう感じるのはあなた自身では?貴方があの戦い方に傷ついているからそう思うのではありませんか?」

 エンチラーダのその言葉に、サイトはゴーレムに感情移入してしまっている自分に気が付きました。
 かつてフィクションの世界で何度も見てきた巨大なロボット。
 そのロボットに感情移入をして、そしてその戦いに一喜一憂した経験がサイトにはありました。
 
 そして目の前で繰り広げられるゴーレム同士の戦いの中に、サイトはいつの間にかあの時感じた感情移入をしてしまっていたのです。

 やがてテオのゴーレムは相手のゴーレムの腰部分を粉砕し、相手のゴーレムは倒れました。
「ゴーレムはな、いいも悪いも使い手次第なのだよ!」
 テオは勝ち誇った表情でそう言いながら相手のゴーレムの肩に居るマントを着たメイジに自分のゴーレムを近づけます。

「貴様には柔軟な発想が足りないのだ………って、石ぃ!?」

 その目の前にすでにフーケはおらず、フーケのマントを着た石が有るばかりです。
 どうやらフーケは先程土煙が舞った際、それを煙幕がわりに石のオブジェと入れ替わりこの場を逃げていたようです。

「逃げられた?」
 その様子を見ていたルイズがポツリと言いました。

「じゃあ何か!吾は石ころ相手に説教かましてたのか!?」

 テオはカアっと顔を赤くしました。

 石を相手にゴーレムの操縦法を鼻高々に語る自分。
 その様子を思い出すと赤面せずには居られませんでした。






「おのれええええ!!吾、無茶苦茶恥ずかしいではないかあああ!!」


 月が光る学園の広場に、

 テオの叫びがこだましました。




◆◆◆用語解説

・薔薇
 男色を意味する隠語。
 
・その決闘…合意とみて宜しいですね?
 ロボトルファイト!!
 子供向けのバカ話かと思いきや、サクサクっと心に刺さる言葉の数々。
 漫画版がおすすめ。

・馬糞
 テオは実際に馬糞を食べたことはない…はず。
 ちなみにエルザが普通にクッキーを食べたのは、エルザの住んでいたザビエラ村の名物、ムラサキヨモギがとてつもなく苦く、耐性を持っていたから。

・イッツ・ショォォォタァァァイム!
 30メイル〈30メートル〉のロボットと言えばこれ!
 あまり知られていないが、かなりの名作。
 どうでもいいけど、エンチラーダってドロシーに似てるかも。
 別にドロシーをモデルにしたわけではないけれど、
 アレを想像してもらうとエンチラーダのイメージがわかりやすい。
 
 あと同じく30メートルのロボとしてはか、「マ”!」のロボが思い出される。
 輝く太陽背に受けて、鉄の巨人の叫び声♪
 アニメ版も嫌いじゃ無い。特に素晴らしきヒィッツカラルド!!!

・ボロボロ
 文系なのでわからないのだが同じ物質をぶつけた場合、殴られたほうが動いていなくても、相対速度は同じなので、殴った方も殴られた方と同等のダメージを受けるのではないか?
 人間の場合は体の部分によって丈夫さや硬さが違うから殴るという行為が成り立つが、同じ物質で全身ができているゴーレムやロボット同士が殴り合い戦った場合、両方共壊れる気がする。
 このへんの部分、詳しい理系の人が居たら教えて欲しい。


・いいもわるいも使い手しだい

 あるときは正義の味方、あるときは悪魔のてさき
 どんな便利な道具も、どんな有効な武器も、使う人次第でどのようにもなるのである。
 この世に悪い道具なんてものは存在しない。存在するのは悪い人間だけ。
 ある意味鉄人はロボット漫画の先駆けであり、同時に完成形でもある。
 実は「ゴーレムはなんとも思いませんよ」も鉄人にあるセリフの捩り。
 鉄人に心はない。鉄人に心を感じるとしたら、それは他でもないあなた自身の心なのだ。
 
・120メイル
 ロボットアニメのロボでの最大の大きさは最終形態のグレンラガンだとして、
 地上にで戦闘を行うタイプで最大級となると120mのダイターン3では…
 あ!240mのガンバスターは陸上可!?え?ジアース?あれロボなのか?
 …フォートレスマキシマス?なにそれ?食えるの?
  
  ちなみに身近な120メートルというと牛久大仏があげられる。
  あれが動いてると想像してもらいたい。
 
・巨大ロボ
 頭がオカシイと思われるかもしれないが、筆者が一番好きなロボット(含むロボットスーツ)は、
 ゾックである。
 フォノンメーザーについて熱く語りたいけれど、みんながドン引きすることは間違いないのでやめておく。



[34559] 14 テオと盗賊1
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2012/12/26 02:34


 昨夜のゴーレム事件から数時間後。

 教師陣は半壊した宝物庫をみて口をあんぐりと開けました。
 宝物庫の壁には、
『破壊の杖、確かに領収致しました、土くれのフーケ』
 とデカデカと書かれておりました。
 どうやら昨夜テオたちを襲ったゴーレムは巷で話題の大盗賊、『土くれのフーケ』が作り出したものだったようです。

 さて、そこで困ってしまったのはテオたちです。

 確かに宝物庫の宝を盗んだのはフーケです。

 しかし、塔に穴を開けたのは、ゴーレム同士の戦いをしていたテオですし、
 そして塔を壊れやすくしたのは爆発魔法を塔に叩き込んだルイズです。
 更にはその爆発魔法を使った理由はキュルケとの決闘です。

 つまり、テオ、ルイズ、キュルケにはそれぞれ、この大事件の責任の一端があるわけです。

 宝物庫を壊すきっかけを作ったなんて、教師たちに知られればどんなに怒られるかわったものではありません。
 いや、怒られる程度ですめばまだ良いでしょう。最悪の場合、退学に追いやられる可能性すら有るのです。
 大騒ぎする教師陣を前にして、ルイズ達はサアっと顔を青くします。

 そんな中、テオがある提案をしました。

曰く、
「全部フーケのせいにしてしまおう」
 それは魅力的な提案でした。
 
 都合の良いことに、宝物庫は校舎や寮から離れていたこともあり今回の事件の目撃者はテオ達以外には皆無です。
 そして大きな音に驚いて教師連中が駆けつける頃には事の全ては終わっていました。
 全てフーケがやったと言えば、其れを覆す証拠は何処にもありはしないのです。
 
 しかし問題は教師連中に対して嘘が突き通せるかということでした。
 特にルイズは嘘が直ぐに顔に出る質ですし、キュルケもどちらかと言うと直情的な性格で嘘が上手くはありません。
 サイトやエンチラーダは立場が弱いので話をまともに聞いてもらえるとも思えません。

 と、言う訳で教師に状況説明をするのはテオの役目となりました。
 テオは人に対して嘘を付くなんて貴族的で無いと、基本的に嘘をつきたがりません。
 しかし、それでいながらこういった言い訳に関してはテオは天才的な才能を発揮するのです。

 教師の一人がその時の状況をテオに聞くと、テオは待ってましたとばかりに口を開き言いました。
「そうですな…まあ、すべての始まりはそこのタバサメガネが吾の部屋に訪れたところから始まります。
 彼女は街で買ってきた、と言ってあるものを吾にくれました。
 それは一見するとただのクッキーでしたが、そのクッキーからは「すえにいっ」いう恐ろしい匂いがしました。
 吾は面妖な!と思いましたが…まあ、食べもせずに、評するのは良くないと思い一口齧って見ました。
 その味たるや、まさにこの世のものとは思えぬ味で…(中略・以下そのクッキーの味に関する説明が10分ほど続く)
 …つまりは、一口食べた瞬間に、吾の意識は一瞬ヴァルハラへと飛び立つ程の味でした。
 これはタバサメガネによる吾の暗殺計画のたぐいかと、彼女を睨みつけたわけですが、彼女は吾の目の前でそのクッキーをモリモリと食べるしまつ。しかもです。吾の召喚したエルザまでもが平然とした表情でそのクッキーを食べ始めたのです。吾は衝撃を受けました。
 まあ、タデ食う虫も好き好きなわけですから、タバサメガネは本当にあの馬糞味のクッキーを美味いと感じたのでしょう。ですので吾としては彼女を責めるわけにも行かなくなりまして、その怒りと不快感を何とか自分の中で解決しなくてはいけなくなりました。
 そこで気分治しに夜風に当たろうとエンチラーダと共に庭に出た次第です。
 この時期の夜風は気持ちの良い冷たさで吾の気分は幾許か良くなったわけです。
 月は光光と光り、その青白い光はまるで演劇における照明のようでしたな。
 まあ、月が照明で有るとすれば、その蝋燭の芯切り係は相当な才能を持ったやつなのでしょう。
 げに、自然の美しさというものには…(中略・以下その月の美しさに関する説明が14分続く)
 …
 ………
 そしてその月の光に照らされた吾は、この世の諸行無常について色々と…」

 とまあ、こんな様子で的を射ない話を、有無を言わさない勢いの早口でまくし立てるように言うのです。
 回りくどいうえに内容の大半が自分の感想なわけで、要点がなかなか現れない言葉の羅列。
 テオに説明を求めた教師は、テオに話しかけた事を心の底から後悔するのです。

 結局、話の途中で教師のほうが…
「ふむ…わかった…わかったから、兎に角コレはフーケの仕業なんだね?そうだろ?わかった、うん。大丈夫だとも」
 と、早々に事をフーケのせいにして会話を切り上げてくれました。

 結局テオは、嘘を付くまでもなく、全てフーケの仕業にすることに成功したのでした。



◇◆◇◆



 さて、フーケが宝物庫から破壊を杖を盗んだ次の日の朝。

 学院長室には各教師が集まり、この自体の収拾に向けて話し合いがされていました。
 しかし、このあまりにも非常識な事態に、学園長室の中は話し合いと言うよりは、ただの言い争いに近い状況に発展していました。
 教師連は責任が誰にあるのかを弾糾し、その姿はあまりにも見苦しいものでした。

「衛兵は一体何をしていたのだね?」
「いや、所詮衛兵などあてにならん、当日の当直は一体誰なんだ!」
「ミセス・シュヴルーズ!当直は貴方ではありませんか!」
「申し訳ありません」
 シュヴルーズはポロポロと泣き出してしまいました。
「泣いたって、破壊の杖は戻ってはこないのですぞ!」

 そう言って声を荒げる教師たちを学園長たるオールドオスマンがたしなめます。
「これこれ、あまり女性をいじめるものではない。そもそもじゃ…この中でまともに当直をしたことのある教師は何人おられるのかな?」
 そう言ってオールドオスマンは周りを見まわしました。
 教師たちは一同に顔を伏せました。

 今までまともに当直の警備をしていた教師は一人として居なかったのです。
 しかし、それも無理からぬこと。なにせここは魔法使いが集まる魔法学院です。
 強力なメイジたちが犇くこの学院に押し入ろうなんて考える盗賊はまずいませんし、いたとしても何重にも固定化の魔法がかけられた宝物塔の中に入り込むことなど普通に考えたら不可能です。
「責任があるとすればワシを含めここの全員じゃよ」
 オールドオスマンの言葉に、その場の誰もが押し黙りました。

「さて…そのフーケを見たものは?」
 オスマンが尋ねました。

「この生徒たちです」
 コルベールがさっと進み出て、自分の後ろに控えていた4人を指さします。

 ルイズ、キュルケ、テオそしてタバサの4人です。
 それ以外に、サイトとエンチラーダとエルザが居ましたが、使い魔やメイドは数に入れないのでしょう。
 その3人については特に紹介をされませんでした。

 タバサとエルザに関しては完全なとばっちりでした。
 なぜこのような状況になったのかテオが聞かれた際に、タバサの名前を出したのがいけなかったのでしょう。
 とりあえず関わっていたと勘違いされこうして学院長の部屋に召還されてしまったのです。

「ふむ…詳しく説明したまえ」

 テオが進み出て、口を開きました。

「そう、それは昨日の夜のこと。
 吾らが夜空の下で人生について回顧していたのです。
 そこに突如として身の丈30メイル前後のゴーレムが現れました。
 材質は土及び岩。形状は人形に近いが首及び頭部が無く、目のようなものが方の中央にありました、ああ、頭の部分に木が生えてましたな、うむ。アレはなかなかのセンスだった。
 そう、なかなかのセンスだったのですよ。
 無機質なゴーレムに木を生やす。なかなか思いつくものではありません。
 (中略)
 事実、吾は感心しました。
 さらに良いのは奇抜な容姿に見えてそれなりに計算されているゴーレムだというところです。
 言わば実用美ですな。例えば肩幅が広いのは重心を上に上げることでバランスをとっているわけです。手が長いのは吊り橋のような効果を狙っているようでして…」

 テオの言葉は止まりません。ペラペラと昨夜現れたゴーレムについて語り出します。
 その場にいる誰もが、辟易とした気分になりました。

 誰もがテオの言葉を止めてくれることを望みましたが、それを言うものはおりませんでした。
 というのも、そこにいる誰もが、テオが芸術を語りだすと実に面倒くさいと言うことを理解しているからです。
 下手にテオに話しかければ、その後テオによる芸術講義を浴びせられることは必死です。

 しかし皆の意思を汲み取るように、ある教師がテオの言葉を遮ります。

 そう、蛇炎のコルベールその人です。
 コルベールはテオの前に出て言いました。
 
「ええっと…失礼ミスタ、テオフラストゥス…お話を遮って申し訳ないが…」

 その言葉にルイズ達は『でかした』と、コルベールに対する評価を上げました。
 普段冴えない教師のコルベールも、やる時はやるのだと、一同彼を見直しました。

「…重心が下にある方がバランスは安定するのでは?」
 そしてその言葉に評価をどん底まで下げるのでした。
 ここでそんな質問をすればテオの話がさらに長くなることは間違いありません。

「ふふふ、実はその限りでは無いのですよ。確かに大抵の場合は重心が下のほうが安定をしますがね、動くものに関しては必ずしもそうでは無いのですな」
「ほうほう…其れは一体どういう事ですかな」
「意外な事にバランスの取りやすさは重心位置の絶対的な距離が高いほど、元の平衡状態に戻しやすくバランスをとりやすいわけでして、例えばコノの杖が………」
「つまり…」
「ですので…」
「ということは…」
「ええ、空飛ぶシリーズにも応用が…」
 結局テオとコルベールは二人で物理の世界に行ってしまいました。

 そしてそれ以外の一同は彼らを無視して話を続けることにしました。

「ふ…ふむ。とにかく、ゴーレムが現れたことはわかった…つまりフーケはそのゴーレムで塔を壊し、破壊の杖を盗んでいったのじゃな?」
 オールドオスマンがルイズの方を向いてそう聞きました。

「え?…ええ、そうです!」
「ふむ…」
 オスマンはひげをなでました。
「手がかりなしか…そういえば、ミス・ロングビルはどうしたね?」
「それがその…朝から姿が見えませんで」
 教師の一人がそう言います。

「こんな時に、一体何処にいったのじゃ?」
「さあ…」

 その時、部屋のドアを開け、ミス・ロングビルが現れました。

「ミス・ロングビルどこに行っていたのですか?」
「申し訳ありません、朝から急いで調査をしておりました」
「調査?」
「ええ、昨夜から大騒ぎじゃありませんか。そして宝物庫は半壊。壁に書かれたフーケのサインを見て、コレは巷で話題の大怪盗の仕業と知り、そのまま調査に向かったのです」
「仕事が早いの、ミス・ロングビル…で、何かわかったのかの?」

「ええ、フーケの居場所がわかりました」
「なんですと!?」
 教師の一人がそう言いました。

「ええ、近在の農民に聞きこみをしましたら、近くの森の廃屋に、黒ずくめのローブの男が入っていくのを見たというものがいおりました」
「黒ずくめのローブ?それフーケです!間違いありません!」
 ルイズが叫びます。

「そこは近いのかね?」
「徒歩ですと半日…馬で数時間と言ったところでしょうか」
「王室に報告しましょう」
 教師の一人がそう言いますが、その言葉にオスマンは首を横に振ります。
「その間にフーケは逃げてしまうじゃろ、それに、身にかかる火の粉を己で払えぬようでは貴族とは言えんよ。これは我々の問題じゃ、当然我々で解決する!」
 そしてオスマンは咳払いをすると有志を募りました。

「捜索隊を編成する、我と思う者は杖をあげよ」
 しかし、その言葉を聞いて杖をあげるものはおりませんでした。

「おや?どうした、フーケを捕まえて名をあげようと思う貴族はおらんのか?それでも貴族かね?」

「ここに居るぞ!」
「ミスタ・テオフラストス!?」
 コルベールが驚いた声をあげました。

 そこには自らの杖を高らかにあげるテオの姿がありました。

「貴方は生徒ではありませんか、そして今は圧力点と重心の関係について話をしている最中ではありませんか!?それに言っては何ですが貴方はその、戦闘には向いていない」
 コルベールはチラリとテオの足を見ながら言いました。
「失礼コルベール師。出来ることならば貴殿とはもう少しの間姿勢制御に関する話を続けたかったが、貴族という言葉を出されれば手を上げざるをえませんよ。なに、足なんぞなんとでもなります、少なくとも今日まで足がなくともやってこれたのですからね」
 そう言ってテオはニヤリと笑いました。

 そしてそのテオの言葉に続いて、ルイズもまた杖をあげました。
「ミス・ヴァリエール!?」
 そしてその様子をみて、キュルケも杖をあげました。
「ヴァリエールには負けられないわね」
 そしてキュルケが杖をあげるのを見て、タバサも杖をあげます
「タバサ、アンタは何で?というか、アンタ基本的に関係無いでしょ!?」
「心配」
 タバサは一言そう言いました。

「ふむ…では頼むとしようかの」
「オールドオスマン!私は反対です、生徒をそんな危険な場所に行かせるのは!」
「では君が行くかね?ミセス・シュヴルーズ」
「いえ…あたたた、持病の癪が…」
 シュヴルーズはお腹の辺りに手をおいてうずくまりました。
「彼女らはフーケを見ておる。それにミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持っておると聞いているが?」
「え?本当なのタバサ?」
 キュルケは驚いた声をあげました。
 王室から与えられる爵位としてはシュヴァリエは最低のものです。
 しかし、だからといって誰かれ構わず与えられるものではありません。
 純粋な業績を揚げたものに対して与えられる実力の称号なのです。

「そしてミス・ツェルプストーは、優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身の炎の魔法もかなり強力。さらにミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家のご息女じゃ…そしてミスタ・テオの実力に関しては…もはや語るまでも無いじゃろう」

 そう言ってオールドオスマンは辺りをぐるりと見渡しました。

「この4人に勝てるという者がいるのなら前に一歩でたまえ」
 その言葉に、前に出るものは一人もおりませんでした。

 オールドオスマンはテオたちの方に向き直ると、
「魔法学院は諸君らの努力と貴族の義務に期待する」
 と言いました。
 その言葉に対し、ルイズ達は勿論、普段ニヤニヤと笑うばかりのテオまでもが真剣な顔で直立すると、
「杖にかけて!」と唱和しました。

「では馬車を用意しよう、魔法は目的地につくまで温存したまえ、ミス・ロングビル、案内を頼めるかの?」
「もとよりそのつもりですわ」



◇◆◇◆



 とまあ、そんなワケで一同はフーケの捕縛に向かうことになりました。
 ミス・ロングビルの用意した馬車の前に準備を終えた一同は集まるのですが…

 全員が集まったところでルイズが言いました。

「まず言いたいことは沢山あるわ。
 何でテオに小さい子供が同伴してるのかとか、
 何でテオが弓を持っているのかとか、
 何でテオとそのメイドだけ馬車に乗らずに乗馬しているのかとか。
 そして何より、その格好!!」

 そう言ってルイズがビシッとテオを指さします。
 その指の先には鮮緑色〈リンカン・グリーン〉の服に身を包み、弓を片手に持った男がおりました

「何処が変なんだ?普通の格好だろう」
「それの何処が普通よ!?」

 緑の服と羽帽子、緑のタイツに金属製の脚が妙にアンバランスです。
 その服装を見たサイトは昔絵本で読んだ『ロビンフット』みたいだと思いました。
 
「ふふふ、これ狩りをするもののコンサバファッション!」
 そう言ってテオは胸を張ります。
「え?ピクニックじゃなかったの?」
 エルザが驚いたというふうな声をあげました。
「違うわよ盗賊退治よ!」
 ルイズが怒ったように言いました。

「いや狩りだろ?」
「ピクニック!」
「盗賊退治よ!」
 
「ふははは、まあまて、ピクニックというのは要は森の中で食事をしたりすることだろう。であれば問題ない。見ていろ…今日の昼ご飯は吾が捕まえた獲物で決定だ!ふむどうだこの弓。木製細工は専門外だから、職人に作ってもらったのだが、この柄の部分の楡の木は最高の物を使っていてな特にこの芸術的な反りが…」
 全くルイズを無視して、テオはエルザに弓の説明をはじめてしまいました。

「ちょっとメイド!あんたあの場にいたんだから、訂正してやりなさいよ」
 テオに直接言っても無駄だと考えたルイズはエンチラーダの方を向いて言いました。
 ルイズの剣幕に、エンチラーダは渋々といった様子でテオに耳打ちをします。
「ご主人様、これから行くのは盗賊狩りですよ」
「なるほど、吾は矢でもって盗賊をぶっ挿せばいいんだな?」
「はい」
「よし!お昼ごはんは盗賊だ!」
「食えるか!!」
 ルイズとテオのあまりにもなやり取りを聞いて、一同は盗賊退治の先行きに大いなる不安を感じるのでした。

「まあ、まあ、それではみなさん行きますよ?」
 ミス・ロングビルがそう言って皆を馬車の中に誘導します。
「ああ、ほら、テオたちも乗りなさいよ」
 キュルケがテオ達に向かって言いました。
「バカモン、馬車でどうやって狩りをするというのだ。吾は乗馬で行く」
 テオはそう言うといつの間にかエンチラーダが用意していた馬にまたがりました。
「ああ、そのために狩りって言い張ってたんだ」
 エルザが納得したような声を出しました。
 馬車が苦手なテオです。
 恐らくこの狩りと言うのも馬車に乗らないための方便だったのでしょう。

 結局一同は馬車に乗りその少し後方をテオ達は馬で追う事になりました。

 一同はこんな時でもマイペースを崩さないテオに呆れますが、一々居それを指摘するのも面倒なのでテオの事は無視することにしました。

 
 しばらく進んだ頃。

 エンチラーダは自分の馬をテオの馬の横につけ、口を開きました。

「御主人様…いかがなさいますか?」
 馬車に居るメンバーには聞こえない程度の声でエンチラーダがテオに尋ねました。

「いかが…とは?」
「いえ、いえ、御主人様は犯人をご存知だと思うのですが…」
「え?なになに?テオはフーケの事を知ってるの?」
 テオの膝の上でエルザが聞き返します。勿論、馬車の面々には聞こえない程度の声で。

「ああそういう意味か…知ってるよ、あのミス・ロングビルだ」
「え?そうなの!?」
 思わずエルザが大きな声を上げてしまいました。

「これこれエルザ、大声は淑女としてはしたないぞ」
 そう言ってテオはエルザをたしなめました。

「ゴ…ゴメン、でもさ…それだったら今ロングビルのおねーちゃんを捕まえちゃえば解決じゃないの?」
「まあ…解決はするだろうがなあ…つまらんだろ」
「はい?」
 エルザは不思議そうな声をあげました。

「物語の最初と最後だけ知っても面白くは無いだろう?大切なのは過程だ。…それにエルザ、此処で彼女を捕まえてしまってはピクニックができなくなってしまうだろ?」
「あ、そうか!」

「つまりそういうことだ。楽しむことを忘れたらこの世は途端につまらなくなる」
「…!それで狩りなのね?」
 エルザは合点のいった声を出しました。
 そう、つまり今回の盗賊退治はテオにとって娯楽なのです。
 ただ盗賊を捕まえるのが目的なのではなく、盗賊を捕縛するまでの過程を楽しむ、言わば、貴族の趣味としての狩りと同じ事なのです。

「そういうことだ、狩りの醍醐味は獲物を泳がせてから狩り取ることにある。罠にかけて獲物を取るのは猟であって狩りでは無い…というわけだ、エンチラーダ。あまり吾の楽しみに水をさすな」
「申し訳ございません、出すぎたことを言いました」
「なんだ、結局テオは破壊の杖とかどうでも良いんだ」

 エルザがそう言うと、テオは首を振って言いました。

「いや、そんなことはない、吾はオールドオスマンの前で確約をしたろう?」
「確約?」
「ああ、確約だ、吾はオールドオスマンに杖を取り返すように頼まれて、そしてそれを承諾した。その約束は守るさ」
「へえ以外。テオってそういうの気にしないと思ってた」
「ふむ、吾はな、約束は守るのだ。たとえそれがどんなにささいなことでもな、義理は返す、約束は守る。この2つだけはな絶対に違えないのだよ、だから破壊の杖は取り戻すさ…まあ、邪魔臭いのがワラワラとついてきてしまったのは…あまり良い気持ちはしないがな」
 
 そう言ってテオは馬車の上で騒ぐルイズ達を睨みつけました。




「まあ…あまり邪魔なようならば…殺せばいいか」


 エンチラーダとエルザにやっと聞こえる程度の小さい声で、

 テオはそう言いました。




◆◆◆用語解説

・「すえにいっ」
 タバサ・宮中でも食べられるという『橋場美苦起位』と言うものにゴザル。
 テオ・なんじゃこりゃあ!く…臭せえ。食い物なのか!?
 タバサ・この味がわからぬようではテオ殿もまだまだにござる、ゲヒヒヒ。
 このやりとりはフィクションにて候。

・重心が低い方が安定するのでは?
 ちなみにこの文章における『安定』とはバランスの取りやすい状態、倒れにくい状態を指す。教科書的な意味においての、『安定』(物事が落ち着いていて、激しい変動のないこと)とは意味合いが微妙に異なる事を理解していただきたい。
 そして私は専門家では無いので間違っている可能性もある。それを留意した上で以下の文章を読んでいただきたい。

 普通に考えたら重心が低いほうが安定する。
 これは事実である。
 だがロケットやロボットに関してはその限りではないのだ。
 ヒントは倒立振子。
 二足歩行等の重心が揺れるものの場合。重心が低いと、機構的に安定だが移動が困難になる。反対に、重心が高いと機構的には転倒しやすいが移動時の制御がしやすい、つまり移動時に安定するのだ。制御で安定化を図る場合、重心が高いほうが制御が楽なのである。それは倒立振子でいうところの振子の周期が長くなるからである。
 機構的に安定化を図るか、制御で安定化を図るかの差。
 解りやすい例を上げてみよう。
 まず箒とペンを用意する。箒の柄を下に手のひらの上に立ててそのまま数秒間バランスを取ってみて欲しい。
 そして次に同じ事をペンでやってみていただきたい。
 箒の重心はかなり上部にあり、ペンは箒よりもずっと短いので重心はかなり低い。
 しかし、大半の人は箒のほうがバランスがとりやすいだろう。
 
 ただし注意していただきたいポイントとして。現存する二足歩行式ロボットの重心は上か?と言われると、そうでもないのだ。
 静止している場合はやはり重心が下にあったほうが安定する。
 ロボットは常に動いているわけではなく、停止したり、直立したりするので重心が人間と同じあたりにくる。
 だが魔法で作られたゴーレムの場合、必要な時に作って動かし、使い終わると同時に消えるので停止した際の安定よりも移動時の安定を重視する傾向にあるというわけだ。

 え?アニメ版ではフーケのゴーレムは停止した状態で立ってたって?
 こまけーこたあいいんだよ!!!

・コンサバファッション
 ファッション形態の一つで上品系のファッションを言う場合が多いが、本来は保守的ファッションという意味。
 
・狩り
 この場合の狩りはスポーツハンティングを指す。
 自然の中で鳥獣を狩る為の自らの知識や判断力を試す娯楽的な狩猟の形態。
 貴族・王族といった特権階級や富裕層の間の娯楽で有ると同時に戦士階級の軍事演習でもある。



[34559] 15 テオと盗賊2
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2012/12/26 02:35
 フーケ討伐の一行は、森の中を通ります。
 深い深い森の中、鬱蒼とした森は昼間だというのに薄暗く、馬車の面々は少なからず気分を悪くしました。

「此処から先は、徒歩で行きましょう」

 ロングビルがそう言って皆を馬車から下ろしました。
 テオたちもその場に馬をつなぎ、一同と一緒に徒歩で森の中を進みます。

「なんだか、暗くて怖いわ」
 そういってキュルケがサイトの手に掴まります。
 
 そしてその様子を後ろで見ていたエルザは、少し何かを考える素振りをした後に、
「こわーい」
 と言ってテオの腕にぶら下がりました。

 勿論、エルザはその森の暗さに恐怖を感じたりはしませんでしたが、それが子供らしい行動だと思いましたし、そういう子どもっぽい行動をすることが自分の役割であると認識していました。
 と…いうのは心の建前で、実際は純粋にテオに抱きつきたかっただけでした。

「これこれ子供ではないのだから」
 口では文句を言いつつも、機嫌良さげにテオはエルザを窘めます。 
「だってオバケとか出そうなんだもん」
 エルザはそう言ってテオにピッタリとくっつきます。
「…!……ふ…ふむ、見え見えの嘘だが…許す。吾の腕に好きなだけ掴まれ」
「テオ?腕が震えてるけど…」
「震える?…ははは、何を馬鹿な…オバケなんて居るわけない…居るわけないじゃないか、ほら、どうしたエルザしっかり吾に掴まっていなさい」
「え?あ、はい」
 あっけに取られた様子でエルザはテオの腕に掴まります。

「えっと…ねえ、テオ?間違ってたらごめんね?あの、その…ひょっとしてオバケ怖いの?」
「馬鹿なこと言うな!吾がオバケなんぞ怖がるはずがないだろう!?」
 テオは大きな声でエルザの問いを否定しました。

 しかしエルザはバッチリと聞いてしまいました。
 テオがそう言った後で誰にも聞こえないよう小声で『…なぜならオバケなんて居ないから。居ないから。イナイカラ……』とつぶやいたことを。

 エルザは思いました。
 果たして、この眼の前の可愛い生物は何なのだろうかと。

 確かに貴族というのは意外と怖がりです。世界中にあふれる恐ろしいものから守られて育った貴族は、些細な脅威に対しても過剰に怯える傾向があるのです。普段威張り散らしたり、虚勢をはるのも、その臆病さが故であるとエルザは思っていました。

 しかし、流石にオバケに怯えるようなメイジはエルザも見たことがありません。
 果たしてこれはテオ流の擬態なのか、それとも本当に怯えているのか。
 ドチラにしろこのようにオバケに怯える様子のメイジなど、テオ以外には存在しないとエルザは思いました。
 そしてやっぱりテオは特別なメイジなのだなあと、エルザは妙な納得をするのでした。



 もし、エルザがそこで後ろを向いていたら、その考えは大きな間違いであることに気がついたでしょう。
 なにせその後ろでは、エルザの放ったオバケと言う単語に反応して、まるで生まれたての子鹿の如くプルプルと震えるタバサの姿があったのですから。



◇◆◇◆



 さて、しばらく歩くと一同は開けた場所に出ました。
 そしてその中心にみすぼらしい廃屋がありました。
 もともとは木こりの使っていた小屋だったのでしょう、傍らには朽ち果てた窯と物置がありました。
 
 一行は小屋の死角になる場所に身を隠し、そこから小屋の様子を観察しました。

「私の聞いた情報ではあの小屋の中にフーケがいるそうです」
 ロングビルが廃屋を指さしながら言いました。

 一同は相談を開始しました。
 もし、あの中にフーケが居るのであれば、奇襲をするのが一番です。
 フーケはかなりの実力者、戦う際のリスクは少ないに越したことはありません・
 
「フーム、燃えやすそうな家屋であるな…一気に燃やすと言うのはどうだ?」
 テオが小屋を見ながらそう言いました。
 テオの言うとおり、小屋は木製でしかもだいぶ朽ちて居ることもあり火をつければ直ぐに燃えるでしょう。
 大きめなファイアーボールを小屋に向かって数発撃ちこめば、フーケを焼き殺すことが出来るかもしれません。

 しかしその案に対して、キュルケが首を横に振りました。
「ダメよ、破壊の杖まで燃えてしまったらどうするの?」
「では煙で燻すのは?」
「煙に紛れて逃げられたら困るわ」
「その煙に吾の錬金で毒を混ぜるのはどうだ?逃げる前に相手は死ぬぞ」
「それ、私達に危険はないの?」
 毒と聞いて不安を感じたルイズがそう尋ねます。
「もちろん風向き次第では吾を含め全員死ぬ」
「当然却下!」
「あれもダメ、これもダメ…ワガママばかり言う娘達だ」
 そう言ってテオはため息を一つつきました。

 そんなテオに様子に一同が呆れ返る中、タバサが枝を使って地面に絵を書き自分が立てた作戦を語り始めました。

 まず、偵察兼囮が、小屋のそばに赴き中を確認。
 もしフーケが居ればそれを挑発して外におびき出す。
 フーケが小屋から出てきた瞬間、一同による魔法の集中砲火でフーケを玉砕するというものでした。

「なるほど、そこで追いかけてきた盗賊を吾が弓矢でもって射殺せばいいわけだな」
「ところで誰がそのおとりをするんだ?」
「すばしっこいの」
 タバサがそう言うと、一同はサイトを見ました。

「俺かよ」
 サイトはため息をつきながら、剣を取り出しました。

 それは銀の剣、つまりテオの剣でした。
 サイトもルイズもその剣を使うのは不本意でしたが約束は約束。ルイズは確かにキュルケに決闘で負けましたので仕方がありません。それを使わないとテオが面倒くさいくらいに騒ぐと言うのも理由の一つでした。

 とはいえその剣も全く使えない訳ではありません。
 一応は剣の形をしているだけに振りやすく、重さもあるので攻撃力もなかなかです。
 切れ味こそ悪いですが、金属特有の粘りでもって割れることはまずありえません。棍棒として扱うならば一級品の武器でした。
 そしてある意味ではその切れ味の悪さも利点でした。
 切れない剣の殺傷能力は低めです。もしフーケと戦うことになったなら、相手を殺さずに生けどりに出来る可能性はこちらの剣のほうが高いでしょう。

 サイトがその剣を持つと、左手のルーンが光りました。
 それと同時にサイトは体が軽くなるのを感じました。
 そのまま一足飛びに小屋に近づき、窓から中を覗いてみます。

 小屋の中は一部屋で、その中には埃の積もったテーブルと転がった椅子が見えました。
 しかし、何処にも人の姿はありません。
 人が隠れられるような場所もなく、部屋の中に誰かが居る様子はありませんでした。
 サイトはしばらく部屋の中を観察しますが、動くものが全く無いことを確認して皆を呼ぶことにしました。

「誰もいないよ」 
 サイトが窓を指さして言いました。

 タバサが周辺をぐるりと一周して杖を振り、そして言いました。
「罠は無いみたい」
 そう言いながらドアを開け、中に入って行きます。
 
 キュルケとサイトがその後に続きます。

 ルイズは外で見張りをすると言って、あとに残りました。
 ミス・ロングビルは辺りを偵察してきますと言って森の中に消えました。

 そしてテオたちは。

「ランチにするか」
「ご飯だご飯だ」
「今日は外で食べるということで、素手で食べられるものを用意しました」
 そう言ってエンチラーダは、地面にシートを敷いて、テオたちは木陰に料理を並べ始めます。
 ルイズ達は、その行為に呆れ果てましたが、無視することにきめました。
 
 小屋に入ったサイトたちは何か手がかりが無いか小屋の中を漁ります。

 そしてタバサが、チェストの中からあるモノを見つけ出しました。
「破壊の杖」
 タバサはそれを持ち上げ、皆に見せました。

「あっけないわねえ」
 キュルケが言いました。

 サイトがその破壊の杖を見て、目を丸くしました。
「お、おい、それが本当に『破壊の杖』なのか?」
「そうよ、わたし前に宝物庫を見学したときに見たことあるもの」
 そう言ってキュルケが頷きます。
 サイトは近寄ってその『破壊の杖』をまじまじと見つめます。

 その時でした。

 小屋の中にルイズの悲鳴が響きます。

「きゃああああああ!」
「どうしたルイズ!」
 サイトはすぐさまドアを開き外に出ようとしますが、その時大きな音と振動が小屋に響きました。
 そしてサイトたちの目に青空が飛び込んできました。

 一瞬遅れてサイトたちは小屋の屋根が吹き飛ばされたことを理解します。
 そしてその青空をバックに、見慣れた巨大な物がありました。

「ゴーレム!」
 キュルケが叫びました。

 それは昨日も見たフーケのゴーレムでした。

 タバサが即座に反応し、魔法を唱え、巨大な竜巻をゴーレムにぶつけます。
 しかしゴーレムにはさしたるダメージを与えられませんでした。
 
 同じくキュルケも炎の魔法をゴーレムにぶつけますが、やはりゴーレムを倒すことは出来ませんでした。

「無理よ!無理無理!」
「退却」
 自分たちの魔法が一切効かないことが判るとキュルケとタバサの二人は一目散に逃げてしまいました。

 サイトはルイズの姿を探します。
 そして、サイトはゴーレムの後ろで杖を持ちながらルーンを呟くルイズの姿を見つけます。
 ルイズの魔法でゴーレムの一部が弾けますがゴーレムは堪えた様子がありません。
 ゴーレムは自分の表面を吹き飛ばしたルイズを標的にしたようで、ずんずんとルイズに近づいて行きます。

「逃げろルイズ!」
 サイトが叫びますがルイズは動きません。

「いやよ!アイツを捕まえれば、誰も私をゼロのルイズと呼ばないでしょ!」
 真剣な表情でルイズは叫びます。

「無理だ!勝てるわけねえだろ!」
「私にだって!プライドってものがあるのよ!此処で逃げればゼロのルイズだから逃げたって言われるわ」
「言わせとけよ!」
 サイトが叫びます。
「私は貴族よ!魔法を使えるものを貴族と呼ぶんじゃないわ!敵に後ろを見せない者を貴族と呼ぶのよ!」
 そう言ってルイズは杖を握りしめました。

 そして魔法を唱えますがやはりそれはゴーレムの一部を壊すだけでゴーレムの歩みを止めるのに至りません。
 ルイズはゴーレムに踏み潰されそうになり、サイトが間一髪の所でそれを抱きかかえ救出します。

「死ぬ気かお前!」
 思わずルイズの頬を叩きながらサイトが言いました。
 ルイズはポロポロと泣き出します。

「泣くなよ!」
「だって…悔しくて…。わたし…。いつもバカにされて」
 目の前で泣かれてサイトは困りました。
 その表情を前にサイトは言葉を無くします。


 が、その場に声が響きました。

「滑稽だな」
 
 その一言で初めて、ルイズとサイトがすぐ側にテオが居ることに気が付きました。
 
「「テオ!?」」

「貴族は敵に背を向けない。確かに至言、そのとおりだ。だがな、其れは只無謀に負け戦に突っ込むという意味ではない。どのような敵が現れようと打ち倒し、背を向ける必要の無いという意味だ。何者にも負けない、誰よりも頼れる存在であって初めて平民はその貴族に背中を預けられるようになる」
 まるで講釈師が説教を垂れるがの如く、落ち着いた様子でテオは言いました。

「なによ!アンタに私の気持ちなんかわかるわけが無いわ!」
 涙を流しながらヒステリックにルイズが叫びますが、テオはその調子を崩さず落ち着いた様子で言い返します。
「わからんしわかる気もない。貴様だって足のない吾の気持ちなんぞわからんだろ?」

 そう言いながらテオは杖を振りました。
 途端地面が盛り上がり、フーケのゴーレムはバランスを崩し後方に倒れました。

「泣き言を言って事態が解決するならば幾らでも泣いていれば良い。策もなく無謀に挑むことで相手が倒せるならば好きなだけすれば良い。だがそれで事態が解決など絶対にしない。とっとと消えろ、目障りだ」
「おまえ!言い方って物があるだろうが!」
 サイトが怒鳴りました。
 確かにテオの言うことは正しいかもしれません。
 しかし、その容赦のない物言いに、テオに対する怒りを感じまし、思わずテオに怒鳴ります。

 それを気にした様子もなく、テオは涙を流すルイズの目を見ながら言いました。
 
「じゃあ何か?回りくどく言えば良いのか?事実は変わらんぞ。現時点でルイーズは役立たずだ。どんなに言い方を変えた所で、その事実に変化があるわけではない。其れが嫌ならば役に立つようになれば良いだけのことだ、少なくとも吾はそうした。結果を残せ。たとえ無様でも、たとえ滑稽でも、たとえ背中を見せようとも。相手を打ち倒す方法を模索し、それを実行しろ。たとえどのような方法だろうと、目的を達成しろ。さすれば誰もそれをバカにはせんよ。少なくともそれが出来るまでは…

…他人を頼れ。例えば吾とかな」

 そう言うテオの表情は、ルイズを馬鹿にする様子は無く、むしろわからず屋の子供を諭すような優しい笑顔でした。
 そしてふわりとマントを翻すと視線をゴーレムに戻し、杖を構えて叫びます。

「それにだ!こういった仕事は男が見栄を張る機会でもある。貴族生まれの淑女ならせめて男に華をもたせる事を覚えろ!」

 不思議なことに、そのテオの表情を見た時。
 サイトもルイズも、その瞬間までテオに抱いていた不快感が、まるでウソのように雲散してしまいました。

 何故って、その表情は何時もの軽薄なものではありませんでした。
 真剣で、威厳に満ちて、其れでいてどこか慈愛を含んだ表情。
 それは嘗てルイズが理想とした、貴族そのものの姿であり、そして、サイトが憧れた英雄の其れでした。

 二人は不覚にもその姿を『カッコイイ』と思ってしまったのです。

「エンチラーダ!」
「はいここに」
 何処からとも無くエンチラーダが現れました。
「そのわからず屋を連れていけ」
 御意にございます。

 そう言ってエンチラーダはルイズの襟元をムンズと掴みました。

「え?ちょっと待って?あの、おかしくない?掴むとこ、間違ってない?」
 ルイズは先日、同じような光景が目の前で繰り広げられた事を思いだします。

 抱きあげるでも、背負うでもなく、掴むという行為。
 当然このあと待ち受けるのは…
「ぎゃああああああああ」
 引きずるという行為でした。

 ルイズは凄い速さで引きずられ、マントとスカートで二重に守られているとはいえ、地面の振動をモロに臀部に感じるはめになります。
 
 幸いなことに途中タバサ達の操る竜に拾われ、ルイズのオイドはその形を崩すには至らずにすみました。
 その様子を見て、サイトはホッとすると同時に、あのメイドは本当に容赦がないなと、エンチラーダに対する畏怖の念を覚えました。

「ほれ、お前もとっとと消えろ」
 テオはサイトに向かって言いますが、サイトはそこを動こうとはしませんでした。
 フーケのゴーレムは体制を立て直し、サイトたちの方に再び迫ってきています。

「正直よ、貴族とか平民とか、そういった事はよくわかんねーけどさ。お前の言った男は見栄を張るってのはすごく納得できた。やっぱりさ、男の子が女の子と一緒に逃げたんじゃあ、カッコつかないもんな」

 そう言ってサイトは剣を握る手に力を込めました。
 真剣な表情でサイトは剣を構えました。 
 テオはそんなサイトに苦笑します。
「なんだ、アレを倒すつもりか?だが、お前が手を出すまでもなく、吾がアレを倒してしまうぞ?」
「…また、あのゴーレムを出すのか?」 
 サイトは目前に迫るゴーレムを指さして言いました。
 昨日のように目の前のゴーレムと同じゴーレムを出せばまずテオのゴーレムが勝つでしょう。
 であれば、確かに自分は邪魔でしかないなとサイトは思いました。
 
 しかし、テオの口から出たのは予想外の一言でした。
「馬鹿か、出すわけ無いだろ?」
「何でだよ、あれを、いやあれより大きいやつを出せば勝てるじゃないか」
「当然勝てる。事実、昨日勝てた。だがな、其れが問題だ。当然勝てる戦いをして、どうしてその心に誇りを持てるね?」
「はあ!?」
「吾がゴーレムを出して勝って何が嬉しい?わかりきったことほどつまらないものはないだろう?何方が勝つかわかっている試合など見るに値しない」
「お前何言ってんだよ!眼の前にゴーレムが迫ってんだぞ!!」
「五月蝿いやつだ。ゴーレムは出さんが、当然吾は勝つさ。貴族は決して負けんのだ」

 そう言いながらテオは背中に背負っていた弓を構えます。
「吾、矢の腕前には自信があるのだよ」
「矢でどうやってあれに勝つんだよ!?」
 サイトは呆れたように言いますが、テオの表情は変わりません。

「鏃にウィンドの魔法を込めてある。当たれば盛大に相手の体がえぐり取られる。いかなゴーレムとはいえ、数発当たれば崩れるより他ないさ」
 そう言いながらテオはルーンを唱えながら弓を引く手に力を入れます。
 その姿は凛としていて、まるで一流の弓道家のようでした。
 
 迫りくるゴーレムの姿に焦ること無く、冷静にその頭部に狙いを定め、
 そして、矢を放ちます。
 
 魔法のかかった鏃は、目にも止まらぬ速さで飛んで行きました。
 
 


 まったく関係の無いの方向に。
 
「やあ、とお」
 続けざまにテオは矢を放ちますが、それらは全てゴーレムに当たることはありませんでした。
 全てがゴーレムとは別方向に飛んでいきました。

「…」
「……」
「………」
「…………」
「矢の腕前には自信がある?」

 散々な結果にサイトが毒づきます

「…まてまて、之は、アレだ。弓が悪いのだ」
「お前、散々良い弓だって自慢してたじゃねえか…」
「違うのだ、なんかほら、湿気的な要因とかで、駄目になった…ああ、そうだ、これアレだ、フーケの呪いだ。ああ、さすがフーケ、こんなことも出来るのかあ、之はきょうてきダナー」
 視線を左右交互に動かしながらテオは言いました。
 
「もうわかったからとっとと、ゴーレム出せよ!」
「断る!」
「そんな事言ってる場合じゃないだろ!」
「しかし、弓矢が使えないからって、ゴーレムを出すなんて、完全に吾の負けを宣言するようなものではないか!たとえ其れで勝っても試合で勝って勝負に負けているだろ!」
「誰も思わねーよそんな事!」
「吾が思うのだ!!」
 サイトは心の底から駄目だこいつ早く何とかしなきゃと思いました。
 が、思った所でテオの気持ちが変わるわけでもありません。

 テオがあてにならないのならば、自分でやるしかありません。
 ある意味、それはサイトの望んだことでもありました。
 サイトがあのゴーレムを倒せば、それはルイズの手柄になるのです。
 そう考えたサイトは剣を取り出し、構えます。
 
「ええい!」
 そう言ってサイトはゴーレムに突撃し、その腕を切り落とそうと剣を振るいますが…

「やっぱりへしゃげたあ!」
 テオの銀の剣は見事に曲がり、ユニークな形をしたオブジェに成り下がります。

「何をしておるんだこの馬鹿者が、その剣はなまくらだと言ったろうが」
 テオが怒りを交えた声でサイトに言いました。
「お前が俺に使わせてんだろうが!」
 サイトも怒りを含んだ声でテオに向かって叫びます。

 二人は口汚くお互いを罵り合いますが、その間にもゴーレムは二人に迫ります。
 

「サイト!」
 ルイズはサイトたちのいる場所に飛びだそうとしますがエンチラーダがその体を押さえつけます。

 ゴーレムの拳がテオとサイトの間を掠めます。間一髪の所で二人はそれを避けました。
 逃げまわる二人を見て、ルイズは舌打ちをしました。

「サイトを助けないと!」
「危険」
 そう言ってタバサがルイズを止めようとしますが、ルイズは居ても立っても要られません。
 何とかサイトを手伝える方法は無いだろうか思った時、タバサが抱える『破壊の杖』に気が付きます
「タバサ!それを!」
 タバサはうなずいてルイズにその『破壊の杖』を手渡しました。

 果たしてその破壊の杖が如何なる力を有しているのかルイズにはわかりませんでした。
 しかし、いま頼れるものはその杖以外にはありません。
 ルイズは深呼吸をしました。

「タバサ!私にレビテーションを!」
 そう怒鳴ってルイズはドラゴンから勢い良く飛び出ました。
 タバサは慌ててルイズに呪文をかけました。

 呪文のおかげでゆっくりと地面に降りたルイズは、ゴーレムに向かってその破壊の杖を振りました。

「えい!えい!」
 しかし、そこから魔法が出ることはありません。

 それは、単にルイズが魔法が使えないからという訳ではありません。ルイズの魔法は確かに失敗しますが、爆発という結果を残します。
 それすら起きない理由は、純粋に、その破壊の杖が、『杖』では無いからでした。

「本当に杖なのこれ!」
 ルイズは怒鳴りました。

 しかし怒鳴った所でその杖が反応するわけでもなし。
 ただブンブンと風を切る音だけがするばかりです。

 突然近くに戻ってきたルイズにサイトは舌打ちをしましたが、その手に持っている杖を見て叫びました。

「ルイズ!それを!」
 サイトはルイズに駆け寄ると、その破壊の杖をひったくりました。

「使い方がわからないのよ!」
「これはこうやって使うんだ!」

 サイトはその『破壊の杖』を掴むと、安全ピンを引き抜き、リアカバーを引き出します。
 発射筒を引き伸ばして照尺を立て、肩に担ぎました。

「伏せてろ!噴射ガスが後ろに行く!」
 サイトの言っている意味はよくわかりませんでしたが、真剣な表情に気圧されルイズは言われるままにその場で頭を下げました。


 サイトはゴーレムに狙いを定め、

「くらえ!」


 そう叫ぶと、


 耳をつんざくような音が響き、ゴーレムの上半身はバラバラに飛び散りました。
 ゴーレムの破片はまるで雨のように降り注ぎ、辺りは土煙に包まれます。

 ゴーレムは上半身が無いままに、腰の部分から崩れ落ち、ただの土の塊になってしまいました。

 ルイズはその様子を呆然と見つめていました。
 

 遠くでそれを見ていたタバサもキュルケも呆然とそれを見つめました。



 さらには。



 サイトも呆然と見つめていました。






 彼の手の中には、未発射のロケットランチャーが、弾を中に傭えたままの状態で存在していました。
 つまり、目の前の巨大なゴーレムを壊したのは、サイトの破壊の杖ではなく。


 巨大な巨大な石の矢でした。

 呆然とする一同を前に、その石の矢を放った当事者はカラカラと笑いました。

「言ったろう?吾、矢は得意なんだ、とくにヴレット(石の矢)の魔法に自信がある」

 そう言ってテオは笑いました。


「…最初から其れやれよ!」
 サイトが怒鳴りました。
 そして、その言葉はその場にいた一同の共通の思いでもありました。

「馬鹿が、そうしたら面白く無いだろ…こういうのは駆け引きが楽しいのだから」
「楽しさを要求するなよ!そもそも時間かけた所で楽しくなるわけでも無いだろ!」
「そうか?待ったかいがあって楽しかったぞ貴様はゴーレムに向かって『これはこうやって使うんだあ!伏せてろお!』とか『くらえ!』とかカッコつけて言うし、本当に恥ずかしいなお前。滑稽の極みだったぞ」
「やめろ、其れを言うなあ!」
 先程の自分を思い出してサイトは赤面しました。

 結局のところ、テオがすぐにゴーレムを出さなかったのは、サイトの反応を見るためだったのです。
 ゴーレムに焦り慌てるサイトの様子を観察して楽しんでいたのです。

「お前だって弓が全くの下手くそじゃないか!」
「当たり前だ!人生で初めて使ったんだそ!」
「そんなものをぶっつけ本番で使うなよ!!」

 ぎゃあぎゃあと罵り合う二人を、それ以外の一同は遠くから呆れた様子で見ていました。


「テオ楽しそう」
 エルザが言いました。
「御主人様は同年代の同性のご友人と言うものがおりませんでしたから」
 そう言ってエンチラーダは満足気に頷きます。
「なによ、あの二人なんだかんだ言っていいコンビなんじゃない?」
 キュルケがそう呟きます。
「ケンカするほど仲が良い」
 ポツリとタバサが言いました。

 そしてその様子を見ながらルイズは。



「き…危険だわ」


 一人顔を赤くするのでした。


◆◆◆用語解説

・これこれ子供ではないのだから
 さり気なく言って皆がスルーしているが、ある意味エルザの正体を明かすようなこの言葉。
 一応テオとしてはエルザを一人のレディーとして扱っているのだ。

・吾を含め全員死ぬ
 毒ガス錬金について。
 作るのは簡単だが、防御は非常に困難。
 と言うのも作る際は、単にそこらの空気を毒にすれば良い。
 だが次の瞬間にも毒の成分は辺り一面に拡散してしまい、無毒化には非常に広範囲において錬金をしなくてはいけなくなる。
 風の魔法で吹き飛ばすことは可能だが、毒がなくなる訳ではない。
 その場にいる限りずっと風の魔法を唱え続けてバリアのようなものを作っておかなくてはいけないので、非効率な魔法だと思われる。

・平民はその貴族に背中を預けられる
 人間というのは身勝手なもので、自分にとって利益になる者を褒め称えるのである。
 たとえどんない無様な手段であっても、自分たちを守ってくれる存在や、有益なものをもたらす存在を重宝するのだ。
 平民にとって理想的な貴族は、誇り高き貴族ではなく。自分たちに有益な貴族である。
 そして、自分たちに有益な貴族であれば、利権者はその相手を『誇り高い』と褒め称えるだろう。

・臀部、オイド
 どちらも尻を表す言葉。
 人や動物の胴体の後部で、肛門の付近の肉づきの豊かなところ。
 子どもをしかる際に、尻を叩くことがよく行われ。かつてはムチなどの道具も普通に使用された。頭等を殴る行為に比べ安全であるとされているが、近年においては疑問を呈する人も多い
 おしりに衝撃を与える行為をスパンキングと称し、性的趣味の1分野ともなっている。
 ルイズが臀部の衝撃に性的な興奮を覚えたかは不明。

・破壊の杖
 見た目からM72LAWらしい。
 一度展開しても元の形に収納可能。ただし防水機能は無くなるらしい。
 原作アニメではコッキングの動作がなかったが、発射しているということは安全装置の解除はしているのだろう。


・こういうのは駆け引きが楽しいのだから
 たとえ格下の相手でも、それなりに戦いを楽しむ。
 これは相手をバカにしているわけではない。
 しばしば実力者と初心者との戦いで行われるハンデ戦のようなものに近い。
 
・き…危険だわ
 もし期待している人が居るといけないので此処できっぱりと言っておく。
 その展開は無い。
 



[34559] 16 テオと盗賊3
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2012/12/26 02:35

 テオたちが居る場所から少し離れた森の中。
 自分のゴーレムが破壊される様を遠くから見ていたロングビルは驚愕しました。


 
 運良く破壊の杖を手に入れたまでは良かったものの、ロングビルにはその使い方がわかりませんでした。
 何度か振ったり、魔法をかけたりしましたが、破壊の杖は一切のアクションを起こしはしませんでした。
 使い方のわからない武器を売れば買い叩かれるのは必死。
 そこで魔法討伐隊を組織させ、それを使わせようと思っていました。
 討伐隊の前にゴーレムを出せばその破壊の杖を使う事になるでしょうし。
 なまじそれ以外の方法でゴーレムを倒されても、偽物とすり替えられていないか使ってみようとささやけばその場で使い方を知ることが出来ると考えました。

 討伐隊が生徒達だけで結成された時、ロングビルは心のなかで大きく落胆しました
 とりあえず、その討伐隊はゴーレムで踏みつぶしてしまい、次の討伐隊に期待をしようと考えました。
 しかし、その予想に反して、使い魔の少年がその杖の使い方を知っていたらしく、杖を変形させそれを使おうとしているようでした。
 あのまま行けば、あの少年は『破壊の杖』を使用していたのでしょう。
 じっさい、最初自分のゴーレムはあの破壊の杖の力で壊されたのだと思いました。

 しかし、良く見れば自分のゴーレムを崩したのはテオと言う生徒の放ったヴレットの魔法です。
 極々一般的な、むしろ初歩の魔法だったのです。
 城壁よりも硬いと自負するゴーレムは、その初歩の魔法で粉々です。

 確かにロングビルはテオが魔法に長けているということを理解して居ました。
 ゴーレムの魔法では自分と同等か、其れ以上で有るとも知っていました。
 しかしまさか、本来ならば牽制や弾幕として使う程度の魔法でゴーレムを粉々に出来るとは思っても見なかったのです。


 ロングビルは思案しました。
 今あの破壊の杖を奪い取ることが出来るだろうかと。
 
 このまま何もせずあの杖を諦めて逃げたり、或いは学院に戻って次の機会を狙うというのも一手ですが、フーケは脳内でそれを却下しました。
 アレだけ苦労して手に入れた破壊の杖を簡単に手放す手はありません。

 今回、あの破壊の杖を手に入れられたのはロングビルにとって奇跡のような幸運でした。
 運良くルイズの魔法で塔にヒビが入り、更にはテオのゴーレムという、塔を壊す手伝いまで得られたのです。
 ロングビル一人の力だけでは破壊の杖を盗み出すことは出来なかったでしょう。
 それほどに、魔法学院の警備は厳重なのです。
 さらには、一度盗まれた状況で、全く同じ警備をしくほどには魔法学院の面々は無能では無いでしょう。
 帰ってきた『破壊の杖』には、今までよりもさらに厳重な警備がつくことは間違いありません
 再度アレを手に入れることはまず不可能になってしまいます。
 つまりこれはあの杖を手に入れるラストチャンスなのです。
 このチャンスをムザムザと捨て去る選択肢は彼女にはありませんでした。

 しかし、ではどうやったらあの杖を持って逃げることが出来るでしょうか。

 いま破壊の杖はルイズの使い魔であるサイトの腕の中にあります。
 サイトがかなりの実力者であることをロングビルは知っていましたし、さらにはそのすぐとなりにはテオが居るのです。
 正面きって力ずくであれを奪うのは無理でしょう。ぶち殺されます。
 では隙を見て奪ったら?奪うこと自体は成功するかもしれませんが、そのあとサイトとテオから逃げおおせる手が見えません。
 破壊の杖のパワーが強ければそれであの二人を倒せるかもしれませんが、今のところその力は未知数です。
 果たしてあの杖を奪った所でテオに打ち勝てるのか、少々賭けにしては無謀です。
 
 ロングビルは其の場で少し思案して、一つの結論を出しました。



◇◆◇◆



「あれ?ミス・ロングビルは何処に行ったのかしら」
 キュルケがそういったとき、ミス・ロングビルは姿を表しました。
ガシッ


「きゃあっ!」

 ロングビルはおもむろにルイズの腕を掴みました。

「なんだ?!」
 サイトが驚いた声を上げます。
 
「動くなっ!」
「ミス・ロングビル、一体何を……!?」

 そこにはルイズを後ろから羽交い締めにし、杖を握るロングビルの姿がありました。

 そう、それがロングビルの出した結論でした。

 正面から戦えば負ける。
 ならば正面から戦わず、人質をとり、相手に要求を飲ませる。

 丁度孤立するように一人だけ誰とも隣り合わず立っていたルイズに杖を向けて、ロングビルは大声で叫びます。
「破壊の杖をこっちに寄越しな!」
 その言葉に、サイト達の体が硬直するのを見てロングビルはほくそ笑みました。

 ロングビルは知っていました。
 テオという人間を。

 学院で秘書として働いている彼女にはテオの情報は常に入ってくるのです。
 つらい過去があることも。
 かつて孤独であったことも。
 そしてそこから解放されたことも。
 彼がいつも口では辛辣なことを言うくせに、その反面で優しい心を持っていることも。

 使用人たちに大鍋を作り、
 サイトに無償で秘薬を与え、
 態々平民の使い魔のために里帰りまでし、
 ワガママを言うくせにその全てが理不尽ではない程度のものであること。
 そしていまこうして捕まえているルイズが彼が魔法学院に来ることで初めて出来た、大切な大切な友人だということも。

 心の優しい彼が、生まれて初めて手に入れた友人。
 その友人を見捨てることは絶対にしないだろうと、ロングビルは確信していました。

「どういうことよ?!」
「そういうことか、あんたが土くれのフーケってわけか?」
 サイトのその言葉にロングビルは不敵に笑いました。

「……どうりで昨日の今日で情報を掴んでくるわけだ、いくらなんでも早すぎると思ったよ」
「まぁね、しかし、あんたのおかげで助かったよ。破壊の杖の使い方がわからなくてねぇ。どうしようかと悩んでいたんだけど……。おかげで高く売れそうだよ。さぁ、早く破壊の杖をこっちへよこしな。じゃないと、コイツの頭に風穴が開くよ」

 そう言ってロングビル、いえ、フーケがルイズの頭に杖を押し付けます。
 その行為に、その場の一同は凍りつきました。

 ただ一人。テオを除いて。

「構わんよ?殺したければ殺せば良い、別に吾は構わんぞ?」
「なっ!」

 その一言に、フーケは勿論、それ以外のメンバーも驚愕しました。
 それはあまりにも予想外の言葉でした。
 
 とはいえ、
 テオの言葉は効果的ではありました。

 なにせ、ルイズが人質として機能して初めてフーケには勝機があるのです。
 言い換えれば、フーケはルイズという人質が居なくなってしまえば万事休すなのです。
 テオの言うとおりにルイズを殺してしまえば、一番困るのはフーケ自身です。

 しかしだからと言って、フーケがルイズを殺さない保証はありません。
 効果的であると同時に危険すぎる言葉。
 その場で放つべき言葉としては、あまり良い選択とは言えなかったのです。
 それもそのはず、それはハッタリのたぐいではありませんでした。

 なにせテオはルイズが死んでしまっても別に構わないと本気で思っていたのです。

 それはフーケにとって大いなる誤算でした。
 ルイズに杖を押し付けながらフーケは混乱します。
 なぜだ?テオフラストスは情に厚い貴族ではないのか?
 口では偉そうなことを言いながら、その心は慈愛に満ちた、甘い男ではなかったのか?

 しかしどうだ?眼の前の男は。まるで死んだ魚のような、あの冷め切った視線はなんだ?
 アレは貴族がしていい目付きではない。
 アレは、アレは、自分、いや、自分なんかよりも更に世の辛酸を嘗め尽くした人間がする、
 


 人形のような目。




「そいつが死んで特に困ることもないし」
 そう云うテオの表情は楽しげでした。
 視線は冷徹なまま、口元だけは満面の笑みでした。

 事実としてテオは楽しんでいました。
 フーケ、ルイズ、サイト、キュルケ、タバサ、それぞれが戸惑い、焦るその姿を見て、その反応を楽しんでいたのです。

 フーケには焦り、
 ルイズには絶望、
 サイトには怒り、
 キュルケには困惑、
 タバサには達観した諦め、
 エルザにはこれから起こることに対する期待。
 そしてエンチラーダはいつもどおりの無表情です。
 それぞれの反応を見てテオは実に楽しそうに顔を歪めました。

 テオは皆の表情を楽しんでからフーケの足元を指さして言葉を続けます。

「まあ、お前のそのそれで出来るのならばな」

 その言葉に。
 その場にいた全員の視線が彼の指の指し示す方向に向かいました。
 
 そこには。
  
 杖を握った腕が落ちていました。
 

 一瞬それはテオの創りだした作り物では、と一同は思いました。

 しかし、その腕にはたしかに杖が握られていましたし、洋服の生地が付属していましたし、そしてなにより、端から赤い液体が滴り落ちていました。

 そしてなにより、見覚えがある腕でした。

 そう、それはたしかにフーケの腕だったのです。
 
 

「ギャ………GYAaああああAAあAAあAAWAAああ∀ぁァ唖々あ!!!!!」
 その事実を理解した瞬間、フーケは叫びました。
 彼女の右腕には今頃になって激痛が走ります。

「コレで魔法は使えまい?」
 そう言ってテオはけらけらと口を開けて笑いました。

 フーケは突然腕に走った激痛に悶え、
 そこにいた他のメンバーは突然の出来事に混乱するばかりでした。

 一同、今起きたことが信じられませんでした。
 テオが魔法を使った様子がなかったのです。
 それは、まさしく”マジック”のように不思議な出来事でした。
 気がついたときにはすでにフーケの腕が落ちていたのですから。

 しかしそんな中でテオとエンチラーダとエルザだけは、特にいつもの調子を崩しませんでした。

 エンチラーダはいつものごとく、無駄のない動きで以て、のた打ち回るロングビルの腕を布で縛って止血をすると、今度は紐でもってその体を縛り上げていきます。
 エルザは純粋に目の前で起きた出来事に感心してピョンピョンと跳ねながら「すごいすごい」とはしゃぎます。
 テオもいつものごとく、高圧的な態度で口を動かします。

「全く、腕がなくなったくらいで大騒ぎだ。吾なんぞかなり長いこと足が無いが、別に騒いだりせんだろう。良いメイジというのは体の欠損なんぞ気にしないものなのだ、別に首が飛んだわけではないのだから」

 とても異常な状況で、その三人だけが正常な様子で、そしてそれこそが何よりも異常でした。
 そしてサイトもルイズもキュルケもタバサも、フーケも気づくのです。
 「こいつらは完全に異常である」という事実に。

 こと、テオたちが普通でないことは既に皆認識していたことでした。
 正確も能力も平凡の其れとは大きくかけ離れていました。それでもテオという存在は一応『変わり者』の範疇で収まっていると、何処かで思っていたのです。

 しかし、いまこうして、躊躇なくフーケの腕を切り落とし、笑っていられるテオを前にして。
 何か冷たい、恐怖にも似た気持ちを抱くのでした。

「さて、これで目的は果たしたわけだ、そろそろ学園に戻ろうではないか、正直お腹が空いた、ペッコペコである、舞踏会まで時間もあることだし、早めに帰って間食でもするとしよう」


意気揚々とそう言うテオに未だ混乱する一同は、


従う以外の選択肢を思いつけませんでした。



◇◆◇◆



 学園長室で、オスマンは戻った7人からの報告を聞いていました。
 正確には、ペラペラと要点のズレたことを語るテオを無視して、残りの6人の話を聞いていました。

「ふむ…。ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとは」


「君たちの『シュヴァリエ』の爵位申請を、宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。と言ってもミス・タバサとミスタ・テオフラストスは精霊勲章の授与を申請中じゃ」
「…?タバサはわかりますけれど何でテオも精霊勲章なんですか?」
 キュルケがオスマンに尋ねました。
 タバサはすでにシュヴァリエの爵位を持っているので、それに変わる名誉と言う意味で精霊勲章が与えられるというのはわかります。
 しかし、テオはシュヴァリエの資格を持っていません。にも関わらず、その資格申請がなされないことをキュルケは不思議に思いました。

「いや…オホン。ふむ。まあ、そうじゃな、申請をするぶんには…」
 キュルケの質問に、オスマンは言いにくそうに言葉を続けますが、その言葉をテオが遮りました。
「オールド・オスマン。別に吾は気になぞしておりませんよ。たとえ申請をしたとしても吾がシュヴァリエの爵位を得られないことくらい、吾自信が一番良く理解しています。いや、精霊勲章ですら得られるか怪しいでしょうな」
「何よテオ、何で爵位が貰えないって決め付けるのよ」
「ゲルマニアではどうか知らんがな、少なくともこのトリステインにおいて、吾のような体をしたものが爵位を得るなんてことはありえんのだよ」

 笑顔でテオはそう言いました。
 その場にいたキュルケとサイト、そしてエルザはその言葉にショックを受けます。
 しかしそれ以外のメンバーはその事実に驚くことはありませんでした。
 なぜならそれが当たり前だからです。

 トリステインにおいて足が無いという事は、ある意味で平民以上に立場が低いのです。
 そんな人間が爵位を得るなんてことは平民が貴族になる以上にありえないことでした。

「というわけで、オールド・オスマン。別に何も得られなくても吾は文句なんぞ言いませんぞ?そもそも、勲位を目当てとしての行動ではない。貴族として当然の事をしたまで、そして、当然の事に報酬など不要でしょう?」
 そう言ってテオは笑いました。

「う…うむ。立派じゃの」
 オスマンは心の中で嘆きました。
 この目の前の青年は、ここに居る誰よりも貴族的です。
 ある意味彼こそ爵位を得るのにふさわしいのに、それを与えられないもどかしさを感じたのです。

「さてと、今夜は『フリッグの舞踏会』じゃ、このとおり杖も戻ってきたし、予定通り執り行う」
その言葉にキュルケの顔がパッと輝きました。

「そうでしたわ!フーケの騒ぎで忘れていました!」
「舞踏会の主役は君たちじゃ、用意をしてきた前、せいぜい着飾るのじゃぞ」
 そう言われ、一同は部屋をあとにしました。

 サイトが一人残り、何やら学院長と話をしているようですが一同は、特にその内容を気にすることなく、舞踏会の準備を始めるのでした。



◇◆◇◆



 チェルノボーグの監獄。

 そこは城下において一等に監視と防備が厳重な場所でした。
 フーケは魔法衛士隊に引き渡されるなり、直ぐにこの監獄に入れられました。

 魔法の障壁を幾重にも張り巡らされたその監獄は、フーケに脱獄を諦めさせるには十分な厳重さでした。

 そんな監獄の中で、疼く右手を押さえながらフーケはぼんやりと、昼間の事を思い返していました。

 テオフラストス。

 フーケは完全にテオフラストスと言う人間を見誤って居ました。

 心優しいなんてとんでもない。
 いえ、確かにある一面において、彼は確かに心優しいのでしょう。

 自ら他人に害なすようなことせず、誰かに助けを求められればそれに答え、そして誰かのために行動する。
 それは打算ではなく、彼は優しき心によってそれらを行っているのでしょう。
 しかし、その反面で、彼はまるで機械のように、それらを打ち捨てられる人間でもあります。

 極稀にですがああいった、人間として欠落した輩が居ることはフーケも知っていました。
 世の中には、好きな人間や、愛した人間を、なんの理由も、更には躊躇もなく殺せるような人間が居るのです。
 フーケは過去に何度かそういった人間を見てきました。

 そういった人間がまともな人生を歩めるはずもなく、たいていはフーケでさえ怖気のするような人生を歩むのです。周りの人間を巻き込みながら。
 フーケは出来るだけそういった人間とは縁を作らないようにしていました。
 そんな人間が、まさか貴族に居るとはさすがのフーケも思いもしないことでしたが。
 フーケの敗因はテオと言う人間を見誤ったことです。

 もし、テオという人間の内面を知っていたのであれば、たとえ苦労して手に入れた『破壊の杖』であったとしても躊躇なく諦めたことでしょう。
 あの自分に詰め寄るときのテオの表情は今思い出しても恐ろしい物でした。

 あれを敵にまわすべきではなかったと、フーケは自分の判断を後悔し、自嘲を込めたため息を一回小さくつきました。

 そして、ふと、格子をみて。

 その向こう側にいる人影に気が付きました。





「…!!!!!」
 フーケは叫び声を上げそうになるのを寸前の所で堪えました。

 鉄格子の向こうには、今日まで何度も見た顔が、さも当然のように立っていたのです。

「なんでアンタが…ここに…」
 それはフーケがロングビルとして仕事をしていた時に毎日のように見ていた顔、そして、つい数時間前まで一緒に居た人物。

 エンチラーダでした。

「ロングビル女史、先刻ぶりですね」
 まるでいつも通りの挨拶をするかのような調子で、エンチラーダはそう言いました。

「どうやって入ったんだい?牢番がよく入れてくれたね?」
 チェルノボーグの牢獄は出るのは不可能であると同時に、入るのも難しい場所です。
 特に脱獄の手伝いなどされないように、一般の人間が面会に訪れることすら許可されないほどなのです。
 そんな場所に、監視も付けずただ一人で現れたエンチラーダに、フーケは只々混乱してしまいました。

「私がどのようにして此処に来たかは別にどうでも良い事にございます。問題なのは、なぜ、何をしに私がこの場に来たのかということです」
 エンチラーダの言ったその言葉に、
 フーケは自分が殺されるのだと悟りました。

 態々エンチラーダがこの場所まで挨拶に来ただけのはずがありません。
 この場所に来るからには何か目的があって来ているはずです。

 そうなれば思いつくのは暗殺です。

 なにせ、フーケには自分が殺される理由に沢山の心当たりがありました。
 
 今までに散々国中の貴族をコケにしてきました。
 盗んだものの中にはそれが明るみに出たらマズイ品も沢山ありました。
 恐らくその中に、テオにとって知られると不利益な物があったのだとフーケは思いました。

 あるいはテオに対して杖を向ける行為をしてしまったからかもしれません。
 エンチラーダのテオに対する崇拝ぶりはフーケもよく知るところでした。
 ただ、テオに敵対した。
 それだけでこの眼の前の女が自分を殺す理由としては十分なのです。

 普通ならば必死に抵抗するのでしょう。
 例えば油断させ、鉄格子に近づいたところを体術で返り討ちにしたり、
 或いは相手の話に調子をあわせて取り入るフリをしたり。

 しかし、フーケはそれが無意味であることを知っていました。

 学院での短い付き合いで、エンチラーダが絶対に油断しない事を知っていたのです。
 短い付き合いですが、フーケはロングビルとして働いているときに、何度かエンチラーダと言う人間に関わることがありました。
 その上で、エンチラーダが、決して油断をしたり、手心を加えたり、ヘマをしたりするような人間ではないということを知っていました。
 
 エンチラーダは、まるで機械のようにテオに言われたことを忠実に、そして確実に行う人間だということを、フーケは嫌というほどに知っていたのです。
 それは屡々ブリミル教の狂信者などが見せる異常さに似ていました。
 つまり、文字通り彼女はテオを信仰しているのです、
 まるでテオという悪魔を信仰する狂信者。

 最早此処で自分の命運は尽きたのだと、フーケは悟りました。

「出来るだけ苦しまないようにやってくんな」
 そう言ってフーケは目を瞑りました。

 はかない人生を少しばかり悔やみながら。

「…あの、ミス・ロングビル、貴方がどのような事を考えているのか、なんとなくでしかわかりかねますが、恐らくその予想は間違っていると思いますよ」
「は?」
「べつに私は貴方を害そうとしてきたのではありませんから。むしろ私は貴方にとって有益な物を持って来てすら居るのですから」

 そう言ってエンチラーダは小さな小瓶をそっと格子の近くに起きました。

「なんだいそれは?」

「秘薬です。ご主人様が大量に作ったうちの一瓶ですが、効果は折り紙つきです。今貴女の右手にかかる痛みや不快感はウソみたいに消え去るでしょう」
「!何で私にそんなモノを渡す」
「あなたの協力が必要なのですよ、まあそれは交渉に対する報酬だとでも思ってください、勿論協力していただけるのならば貴方の身柄は私が保証いたします」
「は!協力?私があんたらに協力すると思ってるのかい?」
「無理にとは言いません。もし貴方がこの申し出を断るのでしたら、私はこのまま帰ります」
 そう言ってエンチラーダは踵を返します。

「待った、待った!やるよ、やりますよ、全く、駆け引きもなにもあったものじゃないわ」
 そう言ってフーケはエンチラーダを止めました。
 なにせフーケはこのままならば縛り首です。
 生き残るためにはエンチラーダに協力するしか無いのです。

「…で?坊主は私に何をさせたいんだい?」
 フーケは真面目な表情でそうエンチラーダに問いかけました。
 その言葉に、エンチラーダは静かに首を振って答えました。

「あのお方は…知らないことです」

 その言葉にフーケは違和感を感じました。
 御主人様絶対主義のエンチラーダが、なぜ主人に対して秘密を持つのか。

 そこまで考えてフーケは自分の考えを笑いました。
 その固定観念こそが、間違いだと。

 他人の内面なぞ理解できるはずも無いのです。
 事実、フーケはテオという人間を測り間違えた結果、こうして牢に入れられているのです。
 エンチラーダのテオにたいする忠誠ぶりだって、ただの演技である可能性だってあるのです。

「は!主人の居ないところで悪だくみ?なにかい?あの坊主を裏切る算段でもしろってかい?」
 フーケは悪態を付きました。

「…この行動にどんな意味があるのかまでは…貴方が知る必要の無いことでしょう。貴方にはただ私の指示通りに動いていただきたいのです」
 エンチラーダの表情は、やはり無表情で、そこから感情を読み取ることは出来ませんでした。
「私に何をさせようってんだい?」

「なに…私の手のひらの上で踊るだけの簡単な仕事ですよ」
 そう言ってエンチラーダはニヨリと笑いました。

 それはフーケが見た初めてのエンチラーダの笑みでした。

 そして、そして、そのエンチラーダの笑顔に。
 フーケはテオ以上の恐怖を感じました。



◇◆◇◆



 美しい音楽と、着飾った人々、そして美味しそうな料理。
 アルヴィーズの食堂の上の階で、それはそれは華やかな舞踏会が行われていました。

 テオは壁際に座りながらぼんやりと会場を見ていました。

 眼の前のテーブルの前ではエルザとタバサが何やら話をしています。
「それは私が最初に狙っていた鴨肉のソテー」
「悲しいけど、これは私がテオに取ってくるように言われたものなの、早い者勝ちよね?」
「悪いことは言わない、この豚肉とトレード」
「そっちの料理なら考える、テオが好きなやつだし」
 そう言ってエルザはタバサの持っている皿の上のある料理を指差します。
「!!コレはコノ広い会場内にも少ししか存在しないマタデー料理、流石に暴利をむさぼりすぎ」
「交渉決裂!!」
「まって、三分の一なら…」

 騒がしい二人の喧騒を背景に、テオは気怠げに、ホールのダンスを見ていました。


 ふと横を見ると、黒髪のメイドが料理を持ったまま、ホールの一点を凝視しているのが見えました。
 一体何を見ているのかとテオがその視線を追うと。
 その目線の先では、サイトとルイズがゆったりとした曲に合わせて踊っておりました。

「ガン見だな、あれか?あの男に惚れたか?」
 シエスタに向かってテオがそう言うと、シエスタはわかりやすく狼狽えました。

「そそそそ、そんな!」
 その過剰とも言える反応は、テオの質問に対して肯定をしている以外の何ものでもありませんでした。
 
「お前は解りやすいなあ」
 そう言ってテオは笑います。

「テオ様は踊られないんですか?」
 シエスタが不思議そうにそう言いました。
「それを嫌味じゃなく言えるお前という存在に、吾ビックリ」
「え?」
 何故そんな返答をされたのか意味が理解できずにシエスタは戸惑った声を出しました。

 そして次の瞬間。
 シエスタはテオが座るその椅子が、舞踏会のために用意されたそれではなく、テオ御用達の『車椅子』だと言うことを思い出しました。

「スススススス!スイマセン!!」

 足のない貴族に踊らないのか?なんて質問。
 それこそ挑発ダンスを目前で踊る以上に不敬です。
 その場で首り殺されても文句はいえません。

 しかし、テオはシエスタの言葉に別段気を悪くした様子もなく、淡々と答えます。
「まあ吾としてもダンスなんぞに興味が無いので構わんのだがな、何、どのみち此処には食事に来ているだけだ」

 そう語るテオの表情は何処か達観したような、何かを諦めた物のように思えました。
 シエスタはそんな彼にどんな言葉をかければ良いのかわからず、言葉につまります。

「ホラ、とっとと仕事に戻れ、早急に料理を運ばないと、あのメガネと吾に食いつくされるぞ」
 そう言って彼が指さした先では、タバサによって瞬く間に料理が消えていく光景が見えました。

「た‥大変。すいませんテオ様、私すぐに仕事に戻ります」
 そう言ってシエスタは慌ただしげに厨房に向かいました。

 その後姿を見届けたテオは、再度視線をホールに戻します。
 彼の視線の先では、未だルイズとサイトが踊っておりました。

「しかし何だ、あの男…踊りが下手だなあ」
 テオはそうつぶやきました。

 彼の言うとおり。サイトの動きは見るからにぎこちなく、社交場に慣れていないテオから見ても、無様なものでした。



 しかし、その表情は何処か楽しげで、まるでお伽話から抜け出たように幸せそうにも見えました。




「踊る阿呆に見る阿呆か。ふん、踊れぬ吾は如何なる阿呆になるのかな」



 そう自嘲気味に語るテオの言葉は、部屋に響く音楽に消され、誰の耳にも届くことはありませんでした。


◆◆◆用語解説

・爵位
 現状ルイズ達は貴族の子息であって厳密な意味で貴族ではない。
 爵位は親から引き継ぐか、国から正式に爵位を得ることで初めて正式な貴族の仲間入りをする…んじゃないかなあ。
 実際の歴史でのそのへんにおいて、詳しいことはよく判らん。

・シュヴァリエ
 実力主義のゲルマニアにおいては成果を上げた物に報酬を与えるので、テオが報酬を得られないということをキュルケは信じられなかった。
 一方でトリステインでは足が無い人間〈平民以上に下賤な人間〉に爵位など間違っても与えられない。それは明文化されていることではないが、暗黙の了解…と言うよりは、言うまでもない常識なのである。

・腕
 地面に落ちた腕は、後でスタッフ〈エルザちゃん〉が美味しくいただきました。

・マタデー料理
 もちろん材料はマタデー
 別世界の料理とか出して。とうとう世界観をぶち壊し始めたか…と思わせて…
 じつはこの話におけるマタデーとは、マタデつまり真蓼、別名ヤナギタデのこと、
 俗に言う蓼食う虫も好き好きのあの蓼のことである。薬味、香辛料として利用されている。
 ちなみに英語ではWaterpepper。ヨーロッパでは一般的に食べられることはないが、胡椒の代用品として使われたこともあるらしい。貴重と言うよりは安価な代用香辛料なので、貴族の料理には少量しか添えられていない。

・挑発ダンス。
 足はマイムマイムの動きを左右に対して行い、左手は水平に、右では心臓の部分に当てる。
「足が無いってどんな気持ち?ねえ、どんな気持ち?」と言いながら踊る。
 
・踊る阿呆に見る阿呆
 このての考え方は世界共通のようだ。
 その風土に合わせ、其れと同じような意味合いの格言が世界中にある。
 筆者が個人的に好きなのはドイツの格言
「ビールを飲むと死ぬ。飲まなくても死ぬ」



[34559]  おまけ テオと本
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2013/01/09 00:10
フーケ討伐から数日後。
 ルイズ、サイト、キュルケ、タバサの四人はルイズの部屋に集まっていました。
 特に理由があってのことではありません。
 キュルケがサイトにちょっかいを出すべくルイズの部屋を訪れ、タバサがそれに付き添い、ルイズがそれに過剰に反応し、サイトがそれに困り果てる。
 ただ、それだけの。騒がしい普段のやり取りでした。

 そして、その喧騒が一段落した段階で。
 ふと、サイトが思い出したように言いました。

「あのさ」
「なに?」
 急に物々しい口調で話し始めたサイトに、ルイズもキュルケもタバサも耳をすませその口から紡ぎだされる言葉に集中をします。

「テオのことなんだけど…」
 その言葉に、その場の雰囲気が少しだけ悪くなったのをサイトは感じました。
 しかし、此処で話を止めては、何時まで経ってもこの雰囲気を払拭することができないので、サイトは言葉を続けます。
「あのさ、あのフーケにルイズが捕まった時。あいつの言ったあの言葉、死んでも構わないって、その、本気だったのかな?」

 その言葉によって、しばしの沈黙が訪れました。

「…冗談…って言いたいけど、そんな雰囲気じゃなかったわね」
 しばらく思案した後にキュルケがそう言いました。

「いや、でもさ、ほら、ルイズを助けるためにしたハッタリって可能性もあるだろう?」
「まあ…そうだけど、だとしたら彼、相当な演技派よ?」
 キュルケの言うとおり、あの時のテオの言葉は本気にしか聞こえませんでした。
 演技だとしたらテオは相当に演技がうまいことになります。

「でもたしか、テオの趣味って演劇鑑賞だよな」
 思い出したようにサイトがそう言いました。

 サイトの言うとおりテオの趣味は演劇鑑賞でした。
 必ずしも演劇を見れば演技が上手くなると言う訳ではありませんが、何度も演劇を見るうちに役作りのコツやら、演技の技法などを覚えていたとしても不思議はありません。

「と言うか演技をするだけの自信があったから、ハッタリっていう手段に出たって考えられないかなあ」
 テオ演技説を主張するサイトに対して、

「なんか、妙にあいつの肩を持ってない?」
 ルイズがそう指摘しました。
 その言葉にサイトも、首をひねりながら答えます。
「いやな、なんとなく、なんとなくなんだけど、あいつがそんなに悪いやつじゃない気がするんだ。だからさ、なんだか、あいつがあんな事を言うのが信じられないっていうか、なんというか…」
「悪いやつじゃないって、アンタ、テオのことなんにも知らないくせによくそんなことが言えるわね」
 ルイズの言うとおり。サイトとテオの関係は極々薄い物でした。
 二人で話し合ったわけでもなく、長い時間を共に過ごしたわけでも無く。
 ただ数回一緒に行動しただけ、それもサイトは合う度にテオに意地悪をされています。

「うん…まあ、そうなんだけど。なんていうか、憎めないっていうか、不思議と親しみを持ってしまうと言うか…、なんだか昔からの知り合いみたいな感じがするというか…」
 そういうサイトに対して、ルイズはフン!っと一回鼻息を荒くしてから言いました。

「あいつは嫌なやつよ。アレもハッタリじゃなくて本心に違いないわ、根性弄り曲がった、嫌なやつなのよ」
 ルイズは憎々しげにそう言いました。
 特に彼女は命の危険があっただけに、テオの発言には怒り心頭なのです。

「でも彼のしたことはある意味正しいことだわ、あのままいけば間違いなく破壊の杖を奪われ、フーケには逃げられていたんだもの」
 キュルケが真剣な表情でそう言いました。

「アンタは頭に杖を向けられて無いからそんな事が言えるのよ、人質になった私は生きた心地がしなかったわ」
「でも結果助かったじゃない」
「それは…そうなんだけど」
 確かにテオのあの行動の結果、全てが上手く収まりました。
 彼の行動に怒りを覚えるのは変な話なのですが、しかし、実際命の危険もあっただけに、ルイズはテオに対して好意的な評価ができません。

「ああいった状況下で敵の条件を飲むのは一番に危険よ?最悪の場合、杖を奪われるだけではなく、貴方も殺されていたのかもしれないんだから」
「うぐ…」
 キュルケのその言葉にルイズは言葉をつまらせました。
 彼女の言うとおりなのです。
 
 あのまま、フーケの要求を飲んでいたら。
 おそらく、破壊の杖を手に入れたフーケはルイズを連れて逃走をしたでしょう。彼女を離せばその瞬間攻撃されるのは必死だからです。追いかけてくればルイズを殺すとでもいいながらルイズ共々森に逃げ込んだでしょう。
 そして、上手くフーケが逃げおおせたあとルイズが無傷で解放されるとは思えませんでした。
 良くて、身代金を要求されるか。最悪逃走の邪魔になるからと殺される可能性は相応にしてあったのです。
 
 そういう意味で、テオの取った行動はある種理想的とも言えました。
 相手を動揺させ、その隙に無力化させる。
 失敗しても最悪ルイズの命は失いますが、『破壊の杖』の奪還と『フーケの捕獲』という目的は達成できるのです。 
「残酷だけど、彼の行動は正しいわ、たとえアレがハッタリではなく、心からの言葉だったとしても」
「でも、正しいからって。あんなふうに簡単に人を見捨るのはおかしいわ」
 ルイズはそう言いましたが、その言葉にキュルケは首を振ります。
「でも貴族であるならば、目的のために心を殺すことなんてザラにあるわよ?上に立つものは時に残酷な判断もしなくてはいけないの。貴族としての自尊心の強いテオならば、そういった貴族の残酷性を持ち合わせていても何ら不思議は無いわ」

「うーん」
 サイトはその言葉を聞きながら腕を組んで考えます。

 確かにキュルケの言うとおり、此処はサイトの育った安全安心な社会ではありません。
 各所に危険が潜むこの世界で、統治者たる貴族は冷徹な判断を常に求められるでしょう。
 貴族の社会では、目的のために親兄弟すら犠牲にすることすら珍しく無いのです。そういう意味で、あの場でのテオの行動はいかにも貴族らしい行動でした。

 果たして、
 彼は貴族の一面として、人の命を簡単に犠牲にするような冷たい心を持っているのでしょうか。
 それとも、やっぱりあの発言はルイズを救うためのハッタリで、彼は心優しい人間なのでしょうか。


「タバサはどう思うの?」
 キュルケは先程から自分の意見を言わない青い髪の友人に尋ねました。

 最近良くテオとつるんでいるタバサ。
 テオの使い魔であるエルザとも仲が良く、かなりの頻度でテオの部屋を訪れたりもしています。
 ある意味ではこの中のメンバーで一番にテオという人間を良く知っているのです。

 そんな彼女の口から出た言葉は、


「単に物事の善悪がわからないくらいにバカなんだとおもう…」


「「「…………」」」
 タバサの一言に三人は動きを止めました。
 仲が良いくせに、酷い評価です。

「で…でもあいつ学年でも一番の秀才よ?常識を覚えられないようなバカだと思う?」
 ルイズはそう言ってタバサの言葉を否定しようとしますが、今度はキュルケが立ち上がりタバサの言葉を肯定します。
「いや、勉強が出来たからって、常識を持っているとは限らないわ、頭の良い馬鹿なんてこの世に沢山いるわよ?それにテオは幼少の頃、塔に幽閉されていたんだから、善悪の区別が付かないほどに常識が無いというのもあり得る話だわ」

 サイトの脳内に「ゆとり」の三文字が表示されました。
 死という概念を理解できなかったり。物事の善悪が付かなかったり。
 極端に甘やかされたり、逆に育児放棄されて育つと、そういったあたりまえの常識が欠落した人間に育つと言うような話を、サイトはどこぞで聞いた経験がありました。

 果たしてテオフラストゥスの内面とはなんなのか。
 演技者なのか、冷酷なのか、それとも只の馬鹿なのか。
 

「ええい!こんな所でうじうじ話をしていても埒があかないわ!」
 そう言ってキュルケはすくっと立ち上がりました。

「テオに直接聞きましょう!アレが本気だったのか、それともハッタリなのか、それとも常識がなかっただけなのか!」
「聞いた所で正直に答えるわけ無いじゃない!」
 呆れたようにルイズが言いました。
 彼女の言うとおり『お前は実は残酷なやつなのか?』と聞いた所で、正直に『はい、残酷です』なんてテオが答えるともおもえません。
「それでも此処でうじうじと答えのでない話をするよりマシでしょ、嘘をつかれたとしても、彼に直接会って話さないことには何もわからないわ!」
「…まあ、それもそうだけど」

 たしかに此処でテオ抜きで話していても結論は出はしません。

「まあそうね…テオに直接聞いて、もしテオが本心であれを言ってたんだとしたら魔法でぶっ飛ばしてやるわ」
 ルイズはそう言いながら立ち上がりました。

「ハッタリだったならば演技を褒める」
 タバサがそう言いながら立ち上がりました。

「バカだったら?」
 サイトが部屋の扉を開きながら一同に聞きました。

「バカだったら…ゆっくり優しく社会の常識を教えてあげましょう」
 キュルケのその言葉に、みなコクリと一回頷きました。

◇◆◇◆◇◆◇

 意を決してテオの部屋に向かった一同ですが、彼の部屋には入ることはありませんでした。

 というのも、彼の部屋に向かう途中の学園の庭で妙に目立つ団体を見つけてしまったのです。
 何やら大声で騒ぎ立てる一人のメイジと、其れを必死に押さえつける一人のメイドと一人のこども。

 今から会いに行こうと思っていたテオ達だったのです。

「ええい、はなせ!」
「御主人様おやめ下さい」
「テオやめて」
「男にはやらねばならぬ時があるのだ」
「少なくとも今がその時ではありません」
「テオやめて」
「は・な・せ!」

「…なにしてんの?」
 何やら揉みあう三人に、キュルケが声をかけました。

「ああ、良いところに来た!貴様ら、吾を助けろ!」
「ああ皆さま、良いところに来ました、御主人様を止めてください」
「助けて」

 三人がそれぞれ一同に助けを求めます。

「いや状況がよくわからないんだけど?」

「ご主人様がそこのそれを食べると言って聞かないのです」
 そう言ってエンチラーダは顎で目の前の木陰を指しました。

 一同がそちらの方に視線をやるとそこには、

「「「キノコ?」」」
 それは蛍光色をしている上に、妙にカラフルな。もう見るからに毒キノコでした。

「あんな凄い色をしているんだぞ!凄い美味しいに違いないじゃないか!」
「どう見ても毒キノコです!御主人様、前にも同じような事を言って七色にひかる草を食べた結果、2週間寝込んだじゃないですか」
「テオ死んじゃう」

 蛍光色のキノコに向かってズリズリと両腕で這うテオと、それにのしかかるようにしてその動きを止めようとするエンチラーダ。更にその上に乗るエルザ。

 その光景を見て一同の先刻までの疑問が氷解しました

「「「「バカだ」」」」

 テオに問いただすまでもなく、一同はテオに常識が無いという結論に達しました。
 ルイズ達はその場でため息をつき、先ほどまでのヒートアップしたテオに対する考察がいかに無駄な時間であるかを理解しました。


「ぬぐぐぐぐ」
「おやめくださいいいい」
「テオ死んじゃううう」

 すごい形相でもみ合う三人の前を、呆れた表情のタバサが通り。

グシャリ。

「「「あ」」」
 そのカラフルなキノコは、タバサによって踏み潰されました。


「あああ、美味しそうなキノコが…」
 テオはその場に力なく倒れこみ、エンチラーダはホッと一安心をするのでした。

「タバサ様ありがとうございました」
「ありがとー」
 エンチラーダとエルザはタバサに心からのお礼を言いました。

「タバサメガネよ~、吾に一体なんの恨みがあってそのような仕打ちを。あれか?この前の占いにこっそりハズレを忍ばせておいたので怒ってるのか?」
「見るからに毒」
 タバサがきっぱりと言い放ちますがテオは納得しませんでした。

「見た目で物事を判断するのはよろしく無いよ」
 イジイジとそういうテオの前にすっと、キュルケが立ちました。
 そしてそのままキュルケはテオの前に座り込み、自分とテオの視線を合わせると、慈愛を含んだ笑顔で言いました。

「良いですか?テオフラストゥス。道端に生えているものは。食べてはいけませんよ」

 キュルケはテオにゆっくり優しく社会の常識を教えました。
 そのあまりにもいつもと違う調子に、テオは首を捻りました。

「キュルケ君?なんかいつもと調子が違うけと…何か変なものでも食べたか?」
「テオ、友達だからハッキリ言わせてもらうわ、貴方には常識が無い!」

「知ってるよ」
 その肯定の言葉に、キュルケは少しだけ戸惑いました。
 そんな返答が帰ってくるとは思っていなかったのです。
 そんな戸惑うキュルケを前にテオは言葉を続けます。
「いや、自分で言うのもなんだが、吾には常識がいくらか欠落しておる。まあ塔に幽閉されて常識を学ぶ時間がなかったからなんだが」
「自覚があるならば話は早いわ、常識を知らないと社会にでて困ることになるわ、今から少しずつでも常識を学びましょう?」
「安心しろ、常識がなくとも生きていく道を模索中だ」
「ええ?」
 まさかそんな方向に人生の舵をきるとは、あまりにも予想外の言葉にキュルケは驚いた声を上げてしまいました。

「そもそも其のキノコを食べることだって吾が自立するための行動なのだぞ?」
「今のキノコが!?」
 キュルケはキノコのあった場所を見ながら言いました。

 果たしてどうして、キノコを食べると常識がなくても生きて行けるようになるのか。
 キュルケにはさっぱり理解できませんでした。

「現在執筆中の本に載せようと思っていたのだ、味も見ておかないと」
「貴方、本を書いてるの?」
「ふん、吾には魔法の才能しか無いとでも思ったか?吾は一人でなんでも出来ちゃう男である」
「ご主人様はマルチな才能を持っていまして、その能力は各業界の其の名を轟かせる程なのです!」
「テオ天才!」
 なぜかエンチラーダとエルザが胸を張りました。

「何時、野に下ることになるかわからん立場だからな、身を立てる手段をいくつも用意しておかねばならんのだ」
 そう言って彼はパチンと自分の太ももを叩きました。
 
 
 そうなのです。
 テオは実際のところ、とても危うい立場に居るのです。
 
 たしかに彼は天才です。
 誰よりも魔法を良く使い、頭も良い人間です。
 
 しかし、彼は足がなく貴族の跡継ぎの資格もありません。
 彼の貴族のレッテルは何時剥がれ落ちてもおかしくは無いのです。

「まあ、吾は心はいつも貴族で有るつもりだが、こればかりは仕方の無いことだ。野に下っても生きていくためには多少の金儲けはせねばならん。まあ、逆に言えばだ、金さえあれば常識なんぞ無くても生きて行けるわけで、吾はいろいろとやっておるのだ」
 テオはすくっと体を起こすとエンチラーダが傍らまで持ってきた車椅子に座ります。
 そしてコホンと咳を一つして話を続けます。

「まずは錬金した物の販売」
「御主人様はいろいろな物を錬金してはトリスタニアの商店に卸しております。どれも高値で売られ、トリスタニアの商人で御主人様の名前を知らない者はおりませんよ」
「これがまあ一番堅実な儲けだな。まあ生きていくには十分な金になっておる」
 そう言ってテオは得意そうに笑いました。
 ルイズとサイトは先日、トリスタニアの武器屋での出来事を思い出しました。
 あの揉み手をしながら頭を下げる店主の様子からすると、テオの言葉は真実なのでしょう。

「あと各店舗の相談役」
「御主人様のアドヴァイスは莫大な利益をもたらします。すべての商人は御主人様のお言葉を聞こうと、常に耳を御主人様の方向に向けておりますよ」
「これが存外儲かるのだ、なにせ元手が要らんからな、お陰で吾の財はかなりの物になったぞ」

 一同その言葉には首を捻りましたが、確かにテオには常識がない反面で座学に優れるという一面もあります。
 平民から意見を求められることも多々あるのかもしれません。

「そして執筆活動だ、まあ、吾は文章を書くのが得意でな」
「御主人様の文才は他の者には真似できない、素晴らしいものなのです」
「執筆活動には特に力を入れてな、お陰で吾の財産は…
………

…その大半を失った」


「「「「失ったの!?」」」」
 全員の声が揃いました。

「全く売れなかった」
 ショボーンと、悲しい表情でテオが言いました。

「悲しいほど売れませんでしたね」
 表情は変わらないまま何処か悲しそうな雰囲気でエンチラーダが言いました。

「親戚すら買ってくれなかった」
「まあそれは、ご主人様は親戚とものすごく仲が悪いのも原因だと思われますが…」

「上中下巻三冊とも等しく売れなかった」
「売れないのに三冊も出しちゃったの!?」
「うむ、売れないのに三冊も出しちゃった」
 項垂れたままテオが答えました。

 この世界では本はかなりの高級品です。
 平民に買えないほどと言う訳ではありませんが、それでも相当に奮発しなければ買えない程には高価です。
 というのも紙の価値も印刷の価値も、我々の世界よりもずっと高いのです。
 つまり、本を作るのにはかなりのお金がかかるのです。

 もし出版した本が売れれば、その売上によって材料費が支払われますが、本が売れなければ制作費は丸々テオの出費として彼の財産を食いつぶします。

 売れない本を三冊も出してしまえば、普通であれば破産していてもおかしくはありません。

「料理本は売れると思ったんだがなあ」
「「「料理本かよ!」」」
 ルイズ達は声を揃えました。
 執筆活動というからには何やら物語でも書いているのだろうと思っていたのですが、まさか料理本とは流石に一同思いもしませんでした。

「御主人様は、今後、料理本の需要が来ると予想してレシピブックを作られたのですが・・・」
「時代を先取りしすぎた」
「テオ可哀想」
 うなだれるテオにエルザは寄り添って彼を慰めます。

 珍しく落ち込むテオ達にルイズ達はどう声をかけて良いのか戸惑いました。

「はあ…ああ、そうそう、ちなみに吾の書いた『之でバッチリ今夜のおかず、血煙惨殺篇三冊セット』今なら知り合い価格、通常の値段に対し3割引で販売するぞ!」

 そう言ってテオは車椅子の下の物入れから三冊の本を取り出しました。
「「「いや要らない」」」

 ほぼ全員が口を揃えてそう言いましたが、ただひとり、そこで違う反応をした人間が居ました。
 
「よもやこんな身近に作者がいたとは」
 そう言ってメガネを掛けた少女が懐からとある本を取り出したのです。

「むむ、それは愛蔵版ではないか!」
 そう、それこそは、テオの書いた本、それも数の少ない愛蔵版だったのです。

「アンタ愛蔵版まで出してたの!?売れてないのに!?」
「うむ、愛蔵版まで出してしまったのだ、売れないのに」
 テオの出版業に対する商才の無さにルイズはあきれ果てました。

「サイン欲しい」
 そう言ってタバサはテオの前にずいっと本を差し出します。
 その行為に、先刻までうなだれていたテオは、満面の笑みを浮かべました。

「ふむ、良いだろう!よし、親愛なるメガネへ、愛読ありがとう…オニギリータ・タベスギーヌっと」
 最高の笑みでテオはその本の裏表紙にサインを書きました。

「オニギリータ?」
「御主人様のペンネームです…。ああ、ご主人様、人生で初めてサインをねだられてあんなお幸せそうな笑顔を…」
 ホロリと泣きそうになる目をハンカチで抑えながらエンチラーダが言いました。

「家宝にする」
 大切そうに本を抱きしめるタバサに対して、キュルケが声をかけます。
「・・・タバサ。その本好きなの?」
「世紀の大傑作」
「料理本が?」
「レシピの合間に暗殺拳の方法が書かれているのが斬新」
「なにそれ!?」
「特にジャガイモと人参の暗殺拳継承編における手に汗握る展開はもはや絶句」
「…すごくつまらなそうなのに、少し読みたくなってしまうのが悔しい」
 一体どんな内容なのか、話を聞いてもさっぱり理解できませんでした。

 タバサにサインをねだられたおかげで、先ほどとはうって変わってテオは上機嫌になりました。
「ふむ…やはり吾には作家としての才能があったのだ!此処を卒業したら、吾は作家として生きていくぞ!」
 真剣な表情でテオはそう宣言します
「御主人様…それはちょっと…やはり錬金を本業としたほうが…」
 エンチラーダがそんなテオを諭そうとしますが、テオは聞き入れません。

「いや、作家こそが吾の進むべき道であると今気がついた!今日こうして吾のファンが現れたのも運命に違いない!吾は作家になるぞ!」
「…御主人様は、あえて修羅の道を歩もうとしていらっしゃる」



 とんでもない方向に人生を進もうと決意するテオを前に、

「こ…これは優しく諭すのにも相当に骨が折れそうね…」

 ゴクリっと唾を飲みながら、キュルケがそう言いました。




◆◆◆用語解説



・「ゆとり」
 ゆとり教育及びその教育を受けていた世代を指すのだが、近年では常識や知識のない人間に対して蔑称として使われる。
 実際のゆとり世代は特に常識がないと言うわけではなく、結構堅実で地に足の着いた考え方をする人が多いらしい。
 現代っ子→新人類→新新人類→ゆとり世代
 何時の時代も若い人間を異質のものとして扱う傾向が社会には有る。
 だれしも、どういうわけか歳を重ねると自分が嘗て若かったという事実を忘れてしまうものなのだ。

・蛍光色をしている上に、妙にカラフル
 世のきのこの中には本当に蛍光で夜に光るヤツなどもあるし、赤や緑、黄色、紫と派手な色の奴もいる。色が派手だと毒と言うのは迷信で、真っ赤なキノコや紫のきのこでも食べられるきのこは沢山ある。
 しかし、だからと言ってむやみに食べると危険である。
 
・ハズレ
 今日の運勢を占おうと、意気揚々と箱の中から占いが書かれた紙を取り出すタバサ。
 そしてそれを開いたときに書かれていた「ハズレ」の文字。
 その日タバサは一日ブルーな気持ちになった。

・時代を先取りしすぎた
 流石に暗殺拳の綴られた料理本は極端だが、普通のレシピ本を出版したとしても売れなかったと思われる。
 流行や技術と言うものにはタイミングと言うものがある。
 料理本は、平民階層が料理に対してかなりの意識を持つ水準になって初めて売れるようになる。
 食えれば御の字の世界では間違いなく売れない。
 我々の社会にレシピ本が多数あるのは、我々に食事を楽しむだけの余裕があるからである。
 更に言うのであれば、テオが現代知識を使って現在の名作と呼ばれる小説などをパクって出版したとしよう。
 それでも流行るかどうかは怪しい。
 何故ならば面白さの基準はその時、その場所の、文化、風俗、思想、宗教に大きく左右されるからだ。
 実際日本で大ヒットしながら、海外では全くヒットしないメディアや商品と言うのは多々ある。
 もちろん、時代関係なし世界共通でヒットする物もあることはあるのだが…

・相談役。
 現代知識を生かして経営チート…と言うわけではない。
 むしろそんなことをすれば失敗まちがいなしなのだ。経営学を舐めてはいけない。
 そもそも、簡単な知識がある程度で経営に手を出すもんじゃない。マズローの五段階欲求も組織論も目標管理制度も知らない人間が、いきなり大会社を立ち上げるとか…
 そもそも現代式の経営は現代社会の技術の上に成り立っている。
 現代式の経営をそのままトリステインに持っていけば、破産するか、他の団体に潰されるか…
 ではなぜテオが相談役として成功しているのか。
 なんのことはない。テオがインサイダーであることが理由。
 テオは錬金したものを各所に卸している。
 それは剣であったり、防具であったり、アクセサリー、雑貨、素材、薬、被服、それ意外にも多種に及ぶ。
 この世界では業界団体同士のつながりは薄い。お互いが権利を主張しあって縄張り意識が非常に強いからだ。
 例えばアクセサリー業界と被服業界、同じファッションを扱うものとして、協力関係にある反面で、ヘタをすると相手に食われかねない関係でもある。
 お互いに自分の技術を匿秘し、相手の情報を欲しがっている。
 そんなところに各団体に顔がきくテオが登場。
 各団体はテオを使って、他の団体の動向に探りをいれる。
 もちろん有料でだ。
 相談役と言うよりは情報屋のようなものなの。
 情報ツールが殆ど無いこの世界において、テオという情報媒体は非常に貴重なのである。

・之でバッチリ今夜のおかず、血煙惨殺篇
 ごく一般的なレシピが奇妙な文体によって綴られている。
 レシピの合間には食材を使った暗殺拳の方法が載せられている。
 ちなみにタバサの一番気に入っている暗殺拳は死んだ魚を使ってレスリングをするというもの。

・愛蔵版
 通常版よりも上質な紙が使われ、内容も加筆訂正が加えられ、ある程度の文章がたされている。
 まあ、豪華版と言い換えても良い。
 ただし、生産コストが高くなってしまうために、確実に売れる人気がある作品でないと、普通は愛蔵版は作られない



[34559] 17 テオと王女
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2013/01/09 00:10

テオは夢を見ました。

 夢の中でテオは、とある家のとある一室に居ました。
 
 家というにはあまりにも大きなそれは、家や屋敷と言うよりは城と言うに相応しい物でした。
 その尊厳な外観同様に、その中の部屋のそれぞれも立派なものでした。
 真っ白な漆喰でコーティングされた室内には、美しい装飾で彩られ、壁には美しい絵画がかざられています。
 さり気なく置かれる家具の一つ一つには気品があり、その全てがとても高価であることが見て取れます。
 
 そんな家の、ある一室。
 其の部屋の窓際にあるふかふかのベット。
 其のベットに夢の中のテオは、現実の世界と同じように横たわっていました。

 ただ、現実の世界とは違ったのは。
 その夢の中でのテオの体は燃えるように熱く、手足の感覚は無くなり、絶え間ない頭痛がテオを襲っていたことです。
 夢の中のテオは熱病を患っていました。

 熱病で朦朧とする意識の中、
 部屋の外で自分の両親が医者である水のメイジと話している声が聞こえます。

「足は完全に壊死しておりますので切り落とすより仕方が無いかと、それ以外に後遺症も残るやもしれません」
 水のメイジのその言葉に、しばらくの沈黙が続いた後に両親の声が聞こえました。

「そうか…」
「不幸中の幸いは、まだ社交界に出る前だったことですわね…」
「ああ、我がホーエンハムの家から出来損ないが出たとあってはいい笑いものだからな」
「それに、子供はあの子だけではありませんし…」
「まったく、期待をかけた結果がこれとは…」
「あまり落ち込んではいけませんわ、あの子の事は忘れてしまいましょう…」

 そんな両親の声を聞きながら、テオは意識を失いました。
 夢の舞台は、次のシーンに移ります。

 と言っても、場所は相変わらずベットの上です。
 ただ、扉の外から聞こえる声が違う人間の物になっていました。
 それは両親の声ではなく、屋敷に務める使用人たちのものでした。

「まだ戦争か何かで足を失ったのならばよかったんだけどねえ」
「結局テオフラストス様はどうなるんかねえ」
「塔行きだってよ」
「塔かあ」
「まあ家を継ぐのは無理だろうし、埋められるよりはマシなんだろう」
「全くいずれこの家の後を継ぐから媚を売ったのに、売り損もいいところだねえ」
「まあ仕方ないさ…所で明日運ぶとよ」
「明日って…まだ熱にうなされてるじゃないか」
「下手げに他人に感染っても嫌だから、とっとと隔離するってことなんだろ?」
「はあ、まあ、俺達も一々面倒をみるのはやだから異論はないんだけどよ…いくら何でも割り切りすぎじゃねえか?」
「まあ、割り切らないと生きていけないってのも有るんだろうけどよ…」

 またそこでテオの意識は途切れ、また次のシーンへと移ります。
 やはりそこでもテオは同じベットの上に居ましたが、前とは大きく違っている点が一つありました。

 テオの両足がなくなっていたのです。
 しかし、テオは熱に浮かされ、その事実に驚く余裕も、悲しむ余裕もありませんでした。
 そしてそのまま、
 テオはおもむろに持ち上げられ、馬車に詰め込まれます。
 それは一人の人間を運ぶと言うよりは割れやすい荷物を扱うような、慎重ながらゾンザイな扱いでした。
 
 そしてそのまま、塔の最上階へとテオは入れられました。
 体の熱が冷めぬまま。

 テオは飾り気の無い部屋の、古びたベットに寝かされます。
 それなりに豪華ながら、かなりの年月が経ち朽ちかけたそのベッドの上で、テオはその…
 

「おっはようございま~す!」
 明るい声でテオは目を覚ましました

「ぬお…朝か」
 横を見るとそこにはエルザの笑顔がありました。

「おはようございます御主人様」
 更にその隣で恭しくエンチラーダがテオに朝の挨拶をしました。

 そんな二人に向かってテオは笑顔で挨拶を返します。
「ふむ、おはよう二人とも、清々しい朝であるな」
「靄がかかってるよ?」
 
 エルザの言うとおり、朝の空には靄が広がり、太陽はボヤけ薄暗い朝でした。
 吸血鬼であるエルザにとっては清々しい朝かもしれませんが、人間であるテオにとってはそうでは無いはずです。
 しかしテオは笑顔のまま首を振りました。
「いや、いい朝だとも。少なくとも此処には自由がある」
 テオは笑顔でそう言いました。

 エルザはテオがそんなことを言う理由がわからず首をひねりましたが、エンチラーダはテオが今朝に限ってそんなことを言い出した理由を理解しました。

「また昔の夢を見られたのですか?」
「…ああ。最近見なかったが、久しぶりにな」

「昔の夢?」
 エルザがテオに問いました。
「ああ、塔に居た頃によく見た夢だ。あまり良い内容の夢では無いな」
「ココにこられてからは見なかったので安心しておりましたが…何でしたら今日の授業は休まれますか?」
 そう言ってエンチラーダはテオに寄り添いました。
「いや、たかが夢ごときでそうもいかんだろう」
 そう言うテオの顔は相変わらずの笑顔でしたが、その笑顔はいつものそれと比べると何処か弱々しさを含んで居ました。

「御主人様、どうか、どうか無理だけはなさらないでください」
「いや、無理はしていないさ、吾は授業が結構好なのだ」
「しかし…」
「言うな…なに大丈夫だ、此処はもう塔の外だ。何物も吾を束縛はしない」

 そう語り合うテオとエンチラーダ。
 恋人同士のようにピッタリとくっつくわけでもなく、かと言って他人行儀に側にいるだけとも違う。その絶妙な位置関係は、まるで壊れやすい砂糖細工を愛でる好事家のようでエルザはその光景をなんだか不思議な気持ちで眺めて居ました。



◇◆◇◆



 魔法学院の教室は今日も喧騒に包まれていました。
 貴族の生まれといえどもやはり騒ぎたいお年頃、授業が始まる前の教室は生徒たちのお喋りの声で溢れかえっています。
  
 今まで、その喧騒にテオが参加する事はありませんでした。
 教室において、誰一人としてテオに話しかける者は居ませんでした。クラスの誰もが、テオと関わろうとはしなかったのです。

 その最大の理由はテオに足が無いことです。

 本来であれば、面と向かってバカにされたでしょう。
 しかし、テオが大きな実力を持っていることが、周りにそれをさせませんでした。
 その気になれば、テオはその力で持って、この学院のあらゆる生徒をねじ伏せることが出来るのです。

 皆は誰かに負ける事、それ自体はさして恐れてはいませんでしたが、テオに負けることだけは兎角恐れていました。
 足が無いテオは、自分より遙かに低級な人間として他の生徒に認識されていました。
 そんな相手に負けるということは、そんな下等な人間よりも自分が劣っているということを、学院中に証明するに等しいことです。
 ですから、誰もがテオを馬鹿にし、同時に恐れ、結果、誰もがテオに関わろうとしなかったのです。

 彼に対する悪口は、彼に聞こえないように語られ。誰もが彼を遠巻きにチラチラと見るばかりです。
 テオはコソコソと、本人に聞こえないようにしか悪口の言えないクラスメイトたちを、度胸のない臆病者として馬鹿にして居ました。
 結局のところ、テオは集団の中にいてさえも、孤独だったのです。
 
 
 しかし、そんなテオですが、此処最近では…

「はあい、テオ、調子はどう?」
「………おはよう」

 テオ達に赤と青の髪をした二人の女性が挨拶をしました。

「ああ、キュルケ、メガネおはよう。調子は…まあ、普通だな」
「おはようございます」
「おねーちゃん達オハヨー」

 最近では。
 キュルケとタバサがテオに話しかけるようになりました。

 今までエンチラーダと二人っきりだったテオの周りは、エルザが加わり、キュルケとタバサが入り込み、とても賑やかになっておりました。
 一同は他愛もない言葉を話し。
 テオは教室の中の喧騒の一部となるのでした。


 そんな中、教室の扉を開けてルイズが入って来ました。
 襤褸切れを連れて。

「ルイズ、その襤褸切れは一体…」
 モンモランシーという女子生徒がルイズに話しかけました。
 金色の髪の毛を巻き毛にしている、いかにも貴族と言った出で立ちの生徒です。

「使い魔よ」
 ルイズは答えます。
「たしかにそう見えなくも無いけれど…」
 モンモランシーは改めてそのボロ布を見て見ました。
 顔は大きく腫れ上がり、所々に赤い血の跡がこびりついています。
 首と両手首には鎖が巻きつけられ、まるでゴミ袋のように引きずられて居ました。

「何かあったの?」
「私のベットに忍び込んだのよ!」
 ルイズのその言葉に、モンモランシーだけではなく、クラス全体がざわめきました。
「はしたない!ベットに忍び込むですって?汚らわしいわ!不潔よ!不潔!」
「貴方が誘ったんでしょ?エロのルイズ」
 キュルケがルイズに言いました。
「誰がエロよ!それはアンタでしょーが!」
 ルイズが顔を真赤にしながら怒鳴ります。

 話を聞いていた生徒たちは何やら各々騒ぎ出し、教室内の喧騒はピークに達しました。
 貴族といえど、所詮は年頃の男女。
 そういった下の話になれば、言葉に熱が入り、兎角騒がしくなるものなのです。

 しかし、そんな喧騒を止める者が、教室に一人。

「ねーテオ、なんでベットに入ると不潔なの?」
 エルザが一言そういいました。

「「「「「…」」」」」

 時が止まりました。
 沈黙が辺りを支配し、窓の外の風になびく木々の音だけが教室内に響きます。

 それは言わば、『あかちゃんはどうやったらできるの?』という、大人が答えにくい子供の質問No1を聞かれているのに等しかったのです。
 よもや幼女を前に、男女の夜の営みについてを説明することも出来ず、一同『ベットに忍び込む』の本当の意味を言えずに黙るしかなかったのです。

「ええっと、エルザ、ううんっと、そのだな…そういうことは…そうだ…キュルケに聞きなさい。詳しいから」
 そう言ってテオはキュルケを指さしました。
 エルザの視線がキュルケに向かいます。
 
 キュルケは突然名前を出され目に見えて焦りました。
「ええ!?ちょっと待ってよ!なんで私なのよ!」
「お前そういうの得意だろ!」
「得意じゃないわよ…そ…そういうのはルイズに聞きなさいよ!」
 そう言って今度はキュルケがルイズを指さします。

 エルザの視線は今度はルイズに向かいました。
「な!…なんで私なのよ!どう考えたってアンタの仕事でしょ!」
「だって、ベットに忍び込まれた当事者は貴方じゃないの!」
「いや…それは…そうだ犬!アンタが説明しなさいよ!」
 そう言ってルイズは床に倒れているサイトを蹴り起こします。

 エルザの視線は今度はサイトに向きました。
「イデ!…な…なんで俺なんだよ」
「そもそもこの状況はアンタが原因なのよ!!」
「いや…まて、こういうことは…

 テオの周りは説明責任者の任を擦り付け合い、その周りもザワザワとざわめきます。
 見物人たちも自分に説明を任されては大変だと、耳を傾けつつも視線を合わせぬように何処か遠くを見るようにしていました。



 その状況を打開したのは扉を開ける音でした。



 ガラっという音と共に、教師であるギトーが現れたのです。
 生徒たちは安堵の気持ちと共に一斉に席につきました。

 或いはそれは、この教師がクラスの生徒から歓迎された初めての瞬間だったのかもしれません。
 
 というのもこのギトーというスクエアのメイジはあまり人気のある教師ではなかったのです。
 長い黒髪に、真っ黒いマント。
 いかにも不気味なその出で立ちと、冷たい雰囲気。
 そして少々怒りっぽい性格も彼の人気を下げる要因となっています。

 そのため、彼の担当する風の授業は、特に人気の無い授業の一つでした。

「では授業を始める。知ってのとおり、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーだ」
 教室の中が、シンと静まりました。

「最強の系統とは何か。諸君らは知っているかね?…ミス・ツェルプストー」
「虚無では無いんですか?」
「伝説の話をしているのではなく、現実的な答えを聞いているんだ」
 ギトーはいちいち引っかかる言い方をします。
 キュルケは少し腹を立てました。

「火に決まっていますわ、ミスタ・ギトー」
「ほほう、どうしてそう思うね?」
「全てを燃やし尽くせるのは炎と情熱じゃございませんこと?」
「残念ながらそうではない」
 そう言ってギトーは挑発的な笑みを見せました。

「試しに君の得意な火の魔法をぶつけてきたまえ」
「火傷じゃすみませんわよ?」
「かまわん、本気できたまえ。そのツェルプストー家の赤毛が飾りで無いと言うのであればね」
 その言葉に、キュルケの顔から笑みが消えました。
 
 キュルケは杖を抜くと、1メイルほどの炎の弾を作ります。
 テオ達を除き生徒たちが慌てて机の下に隠れました。
 キュルケはそのままその炎の弾を押し出しました。
 それは唸り声をあげてギトーに向かいますが、ギトーは慌てること無く腰にさした杖をなぎ払います。

 烈風が舞いました。

 炎の弾はかき消され、キュルケは吹き飛ばされてしまいます。
 ギトーが言いました。

「諸君!『風』が最強たる所以はコレだ。風は全てを薙ぎ払う。火も水も土も、風の前では立つことができない。『虚無』でさえも吹き飛ばせると私は信じている。それが『風』なのだ」

 この風至上主義な所がギトーの最大の特徴でした。
 あるいはこの、偏った思想が、彼の人気を一番に下げている要因なのかもしれません。
 しかし、テオはこの大半の生徒が嫌うギトーという教師に対して、結構な好感を持っていました。
 テオは本来教師とはあれくらい独善的な方が良いと思っていたのです。

 一見傲慢に見えるギトーですが、それは努力と実力に裏付けされた確かな自信なのです。
彼はスクエアのメイジです。そしてスクエアとは伊達や酔狂でなれるものではありません。もともと才能のある人間が、血の滲むような努力をして初めてなれるものなのです。

 そして教師としてモノを教える立場の人間が、自分の教えるべき分野に対して自信を持つ事は当然の事なのです。
 なにせ彼は『風』の講師なのです。自分の教える魔法に絶対の自信を持たずして、どうして他人に物を教えられましょう。
 
 そんなワケでテオはこのギトーの少々極端な授業を面白く聞く、数少ない生徒だったのです。
「目に見えぬ『風』は、見えずとも諸君らを守る盾となり、必要と有らば敵を吹き飛ばす。そしてもう一つ、『風』を最強とする所以がコレだ…」
 そう言いながらギトーは杖を立てて呪文を唱えます。
「ユビキタス・デル………」

 しかし、その呪文が全て唱えられる事はありませんでした。

「あややや、ミスタ・ギトー、失礼しますぞ!」
 突然、コルベールが教室に入ってきたのです。

「授業中です」
 ギトーはコルベールを睨もうとして…ついその頭上に視線が行ってしまいました。
 なにせそこは、いつもの寂しい頭上ではなく、ロールした金髪がなびいていたのですから。あまりにも目立つそのカツラに、すべての生徒の視線も釘付けです。

「おっほん、今日の授業は中止です」
 コルベールは重々しげに告げました。
 よく見ると、頭だけではなく、彼の服装もいつもとは違い、立派な刺繍がされた礼装でした。
 生徒たちは何事かと騒ぎ始めました。

「えー皆さんにお知らせです」
 コルベールがもったいぶった調子でのけぞりました。
 その拍子に、頭のカツラがとれて床にオチました。

 タバサがその頭を指さして呟きました。
「滑りやすい」
 途端、教室が爆笑の渦に巻き込まれます。

 コルベールは顔を真赤にすると、大きな声で怒鳴りました。

「黙りなさい!ええい!黙りなさいこわっぱ共が!、下品に笑うとは全く貴族にあるまじき行い!貴族たれば、オカシイ時は下を向いてこっそり笑うものです!これでは王室に教育の成果が疑われる!」
 そのコルベールの剣幕に、教室は静まり返りました。

「えーオホン。皆さん、本日はトリステイン魔法学院に取って、良き日であります。始祖ブリミルの降臨祭に並ぶ、めでたい日であります。恐れ多くもハルケギニアに咲く一輪の可憐な花、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニアご訪問からのお帰りにこの魔法学院に行幸なされるのです」

 その言葉に教室がざわめきました。

「したがって粗相があってはなりません。急なことですが、今から歓迎式典の準備を行います。授業は中止して、諸君は正装し、門に整列すること」
 生徒たちは緊張した面持ちで頷きました。
 その素直な様子にコルベールは頷くと、大きな声で言いました。

「諸君が立派な貴族に成長したことを姫殿下にお見せする絶好の機会です!御覚えがよろしくなるようにシッカリと杖を磨いておきなさい!」

 コルベールがそう言うと、生徒たちはまるで蜘蛛の子を散らすように教室から飛び出て行ってしまいました。
 一同、大急ぎで自だしなみを整えるつもりなのでしょう。

 しかし、そんな中、テオだけは、行動を起こしませんでした。

 生徒たちの心はもうそれはそれはバラ色だったでしょう。
 トリステインの貴族の子息たち。
 彼ら彼女らにしてみれば、姫という国のトップは最も尊敬すべき相手。そんな姫が今日自分たちの前に訪れる。と聞けば、その心中たるや穏やかでいられるはずがありません。 

 しかし、テオはそうは思いません。
 
 ああ、いいところで。
 それがテオの感想でした。
 
 彼はそれなりに授業を楽しんでいたのです。それが中断されればあまりいい気持ちがするはずもなく。
 少なくとも、彼にとって、王女が来るというイベントは、授業以上に魅力的なものではなかったのです。

 テオはため息を一つつきました。
「少し腹が減ったな。早めに昼食を食べるか…今なら誰もおらんだろうから偶には食堂で食べるか…」
「では昼の用意をいたしましょう」
 そのやり取りを聞いてエルザが驚きの声をあげました。

「…え?姫さまを迎えに正門の前に集合するんじゃないの?」
 ある種不敬ともとれるその行為が許されるのか、エルザには疑問でした。

「そんなめんどくさいこと。吾がするわけ無いだろ?なに、吾は構わんのだ。足が無いからな。足が無い状態で姫に会うほうが不敬だとか何とか行っておけば問題ない…と言う訳で食事にしよう」
「かしこまりました」
「え?でもさ、でも、それじゃ姫さま見れないじゃないの?」
 エルザが言いました。
「まあ見れないが…それがどうかしたか?」
「ええ?姫様見たい!」
「エルザよ、別に姫様を見たところで腹は膨らまんのだぞ?」
「みたいみたいみたいみたいみたい!」
 エルザは駄々をこねました。

 それは子供らしい擬態であると同時にエルザの本心でもありました。
 この国で一番に偉い人間。
 それがどのような人物で有るのか興味があったのです。

「仕方がない、エンチラーダ、何か簡単につまめるものを見繕ってこい、部屋で食すことにしよう、吾の部屋の窓からなら正門が見えるだろう」
「かしこまりました」
「やった!」

 かくして、魔法学院の午前は慌ただしくすぎるのでした。



◇◆◇◆



 魔法学院の正門から王女の一行が現れた時、整列した生徒たちが掲げる杖の音が鳴り響きました。
 呼び出しの騎士が、緊張を含んだ声で王女の登場を告げます。

「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーりーーー!!」
 
 すると馬車の中から枢機卿のマザリーニを先頭に、王女が現れました。

 生徒たちから大きな歓声が上がりました。
 その騒ぎようときたら、テオが学園に入学してから一等に凄いものでした。

 とはいえ、テオはその喧騒に対して、全く興味を示しません。
 エルザが興味深げに窓から身を乗り出して王女を見る傍らで、
 そんな事よりおサンドイッチ食べたい。
 と言った様子でエンチラーダの用意したサンドイッチに夢中でした。
 
「テオ、姫さま見ないの?」
 サンドイッチに夢中のテオに向かってエルザは言いました。
「そんな事よりサンドイッチだ」
 そう言ってテオはバスケットにみっしりと入ったサンドイッチをドンドンと食べていきます。
「これは卵、ふむ、ハム、野菜…この黒いのはなんだ?…うぇ、マーマイト!エンチラーダ…お前吾に何か恨みでも有るのか…」
 黒いペーストが挟まれたサンドイッチを口に入れたテオは盛大にその顔を歪めました。
 マーマイトと言うのはビールを作ったあとの澱を発酵させたものです。健康に良いとのことでパンなどに塗って食べられるのですがそのあまりにも独特の匂いから毛嫌いする者も多いたべものです。
「ご主人様、マーマイトは体に良いのですよ?」
「しかしなあ…どうもこの独特の臭いが…食べられないというほどではないのだが、あまり好きにはなれないと言うか…まあ、食べることは食べるのだが…」
 眉にシワを寄せながら、テオはもそもそとそのサンドイッチを咀嚼します。

「もう」
 テオの様子に呆れたエルザは彼を放っておいて、エルザは王女に集中することにしました。
  
「…で、どれがお姫様?」
「あの一番豪華な馬車から出てきた紫色の髪をした人ですよ」
 そう言ってエンチラーダは集団の中心を指さします。

「ふーん、その右は?」
「護衛ですね」
「後ろは?」
「兵隊です」
「左は?」
「宰相です」


「ふーん。」
 エルザは何処か釈然としない気持ちでそのパレードを見ていました。

 なぜならエルザの目に映るその王女様は、
 
 
 
 ただの小娘にしか見えなかったのです
 

「姫様って強いの?」
「いいえ?まあ、魔法の腕は悪く無いようですが、多分貴方でも一瞬で殺せるでしょうね?」
 エンチラーダはそう答えました。

「え?じゃあ、誰よりも頭がイイとか?」
「いいえ?賢いという話は聞きませんね、馬鹿というほどではないようですが」
 エンチラーダはそう答えました。

「人一倍仕事をするの?」
「いいえ、現在国政のほとんどはあの隣にいる枢機卿が行っている状態ですね」

「じゃあ何で姫様は偉いの?」
 エルザのその疑問に。
「それはあの女性が誰よりも愚かだからですよ」
 エンチラーダはそう答えました。

「????」
 エルザはエンチラーダの言葉に混乱してしまいました。
 
 強くもない、頭が良いわけでもない、それどころか愚かである。
 なぜそんな人間がこの国で一番に偉い立場に要られるのか、エルザには全く理解できませんでした。

「ムハハ、それはたしかに至言だな」
 テオがワインボトルのコルクと格闘しながらそう言いました。

「愚者でなければ…あの立場は務まらんよ」
「何で?」
「なまじ頭が良ければ臣下が困る。なまじ力が強くても臣下が困る。そうなれば潰されて消える」
「???」
「国というのはな、一人の人間が動かしているわけではないのだ。王の下に沢山の臣下がいて、実際の所はその臣下が国を動かす。中途半端に頭が良い王など邪魔以外の何者でも無いのだ、だから王として生まれると、そいつは臣下によって唯唯諾諾の愚者に育てられるのだよ」
「…ふーん、じゃあ王様って皆力が弱くて馬鹿なのね?」
「いや、そうでもない」
「?」
「唯唯諾諾の愚者に育てられるのはあくまでもこの国での話だ。他の国では王が臣下を率いているよ。王に威厳が無いと他国に食われるからな」
「え?じゃあこの国は他の国に食べられちゃうんじゃないの?」
「もう食われているんだよ。結果が今だ。嘗て広大にあった領地は、今では半分以下になっておる。ハッキリ言ってこの国は何時腸を食い破られてもおかしく無いのだよ、それなのに未だ臣下は王を暗愚に育て、王はそれに甘んじている」
 顔を歪めコルク抜きに力を込めながらテオはそう言います。

「テオってばこの国の貴族なのに、結構トリステインの事を悪く言うのね」
 自らを貴族と自負するテオが、自分の国を批判する様は、少し変な気がしたので、エルザはそう言いました。

「そうだな、まあ、この国に住む貴族なればこそ苦言も言おうと言うものだ。それにだ、吾は生き方こそ貴族として生きているが、別にこの国に仕えたつもりは無い」
「御主人様を従える事ができるのは、この世で唯一無二、御主人様自身なのですよ」

 そう言いながらエンチラーダがテオの腕からそっとワインの瓶を取り、
 キュポン!っとそのコルクを抜き取りました。



◇◆◇◆



 その日の夜。

 魔法学院女子学生寮の一室。
 ルイズの部屋でちょっとした事件がありました。

 ある人が、その部屋を訪ねたのです。
 その人とは。

「姫殿下!」
 ルイズは慌てて膝をつきました。
 美しい姫君が、ルイズの部屋にやってきたのです。

 アンリエッタ王女とルイズは、幼少からの顔見知りであり、魔法学院に訪れたアンリエッタはこうして、お忍びでルイズの部屋にやってきたのです。

「ああルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ」
 アンリエッタとルイズは、嘗ての思い出を語りあい、その友好を深めるのでした。

 幼い頃宮廷を駆けまわった思い出、一緒に遊んだ思い出、お菓子を取り合った思い出、
 アンリエッタは嘗ての懐かしい思い出を語り。

 そして一つ。
 ため息をつきました。

「姫さま、どうなさったんですか?」
 その如何にも何か有りげなため息に、ルイズはアンリエッタに尋ねます。

「いえ、なんでもないわ、ゴメンナサイ…貴方に話せるようなことじゃないのに」
「おっしゃってください、あんなに明るかった姫さまが、そんな風にため息をつくなんて、何か大きなお悩みがあるのでしょう?」
 ルイズのその言葉に、アンリエッタは語ります。

 自身がゲルマニアに嫁ぐこと。
 それは同盟を組むために仕方のないことだということ。
 内戦中のアルビオンが反乱軍の勝利に終われば、いずれトリステインに攻めてくるだろうこと。

 そして、
「私の婚姻を妨げる材料…以前したためた一通の手紙があるのです」
「手紙?」
「そうです、アレがアルビオンの…いえ、この結婚で不利益を被る者であれば誰であっても…それを手にした時、彼らは直ぐにゲルマニアの皇室に届けるでしょう」
 アンリエッタは芝居がかった物言いでそう言いました。
「一体その手紙はどこにあるのですか?」
 ルイズのその質問に、アンリエッタは大げさに首を振りました。
「それは…アルビオンにあるのです」
「アルビオンですって!それでは…その手紙は…」
「いえ、その手紙はアルビオンの反乱勢の手にはまだわたっておりません。それは…王家のウェールズ皇太子が…」
「あの凛々しい王子様が!?」
 アンリエッタはのけぞるとベットに体を横たえます。

「ああ、破滅です。アルビオン現政府は風前の灯。このままでは同盟ならずしてアルビオンの対峙せねばならなくなります!」
「姫さま…その手紙、私が…」
「ああ、無理よルイズ、私ったら、混乱しているんだわ、こんなことをルイズに話して…」
「何をおっしゃいます!たとえ地獄の釜の中だろうが、竜のアギトの中だろうが、姫さまの御為とあれば、何処なりとも向かいますわ、その一見、ぜひともお任せ下さい」

 そう言ってルイズは恭しく礼をしました。
「私の力になってくれるというの?ルイズ・フランソワーズ!」
「姫さま!このルイズ、いつまでも姫さまのおともだちであり、理解者でございます。永久に誓った忠誠をわすれることなどありましょうか!」
「ああ忠誠、コレこそ真の友情と忠誠です!」

 その如何にも芝居がかったやり取りをみて、サイトはため息をつきました。
 戦争中のアルビオンが如何なる状態なのか、サイトには今ひとつよくわかりませんでしたが、非常に危険であるということはわかりました。
 そんなところに、行く事に、不安を感じずには居られなかったのです。

「頼もしい使い魔さん」
「へ?おれ?」
 突然声をかけられてサイトは振り向きました。
 
「私の大事なおともだちを、コレからもよろしくお願いしますね」
 そう言ってアンリエッタはサイトに左手を差し出します。
 
「いけません!使い魔にお手を許すなんて!」
「良いのですよ」
 ルイズとアンリエッタが何やら言い合っていますが、サイトには一体なんのことやらわかりません。

「お手を許す?」
「平民は…なんにも知らないんだから。お手を許すって事は、キスをしてもいいってことよ」
 サイトは驚きました。
 さすが異世界はキスの概念も違うのだなと感心しました。

 そして、サイトは言われたとおり、キスをします。
 
 ただし、差し出された左手ではなく。
 アンリエッタの唇に。
 
 アンリエッタは気絶し、ルイズは絶叫しました。
「あんた何してんのよおおお!!!」
 そう言ってルイズの蹴りが見事にサイトの顔に当たりました。

「あいだ!」
「お手を許すってのは手の甲によ!手の甲にキスすんのよ!なんで唇にしてんのよ!!」
「し…しらねーよそんな決まり」

 ルイズは怒りに体を震わせました。
 その時、倒れているアンリエッタが頭を振りながらベットから起き上がりました。
 ルイズはサイトの頭を掴み、床に押し付けながら謝ります。
「もも、もうしわけありません!!」
「い、いいのです。忠義には報いるところがなければなりませんから」
 平静を装いつつアンリエッタは頷きます。
 
 その時。
 
 大きな音を立てて部屋のドアが開きました。
「貴様!姫殿下に何をするだー!」
 そう言いながら、有る男が部屋に飛び込んできました。

 男の名はギーシュ。
 サイトと決闘を繰り広げた、あの土のメイジです。

「なんだおまえ」
「ギーシュ、今の話立ち聞きしてたの!?」
 ルイズのその問いに、ギーシュはまくし立てるように言いました。
「バラのように美しい姫さまの後をつけてみれば、この部屋に…それでドアの鍵穴から様子を伺ってみれば、この平民の馬鹿がキスを……決闘だ!このバカチンがあああ!」

 その言葉にサイトはギーシュの顔に拳を叩きこみました。

「あがあ!」
「決闘だ!?ボケ!テメエが俺の腕折ったの忘れてねえぞ!こちとら!」
 そのままサイトは倒れたギーシュに馬乗りになって首を締め上げました。

「卑怯だぞ!こら!うごごご!」
「知るか……で?どうします、コイツ姫さまの話を立ち聞きしてやがりましたけど、とりあえず縛り首にしますか?」

 サイトはアンリエッタの方を向きながらそう言いました。

 しかし。
 そのサイトの言葉に返事を返したのはアンリエッタではありませんでした。

「ほう、聞いてしまうと縛り首か、コレは大変な事になってしまったな」
 そんな声が、扉の辺りから聞こえたのです。
 サイト達は驚いて、扉の方に視線を向けるとそこには。
「「テオ!?」」
 テオがおりました。

「いやな、先刻までキュルケの部屋で遊んでいてな。ついつい時間を忘れて夜遅くになってしまった。で、帰ろうと部屋を出てふと横を見ればこの金髪が扉にへばりついているではないか。何事かと思って、様子を伺っていたのだが…」

 そう言いながらテオは部屋の中に入ると、アンリエッタの前でその車椅子を止めると、彼女をジロジロと見ながら言いました。

「ふうむ、コレがこの国の姫とやらか」
「アンタ自分の国の姫様の顔も知らないの!?」
 国民で、それもトリスタニアに住む人間が王女の顔を知らない。
 それも貴族でありながらです。それは異常なことでした。 
 
「悪いが幼少の頃から塔に幽閉されていたからな?王族の顔なんぞ見る機会はなかったな」
「今日見たでしょうが!」
「今日?ああ、そういえば……まあ、サンドイッチ以上には魅力的ではなかったということだ」
 そう言ってテオはハハハと笑いました。
「そういえばコイツの姿なかったなあ」
 サイトは姫を出迎えた時の光景を思い出しながら言いました。

「そ…それよりも!自分の国の姫さまに向かってコレだなんて不敬にも程があるでしょ!」
 ルイズは怒り心頭でそう言いました、ギーシュも怒りを含んだ視線でテオを睨み付けます。
 が、テオは相変わらず笑顔でした。
「知るか、敬うべきは敬う。少なくとも現時点においてその女に敬うべきところが見えんのだ。君、君たらざれば、すなわち臣、臣たらずだ」
 さも当然のようにいう彼の姿に、ルイズは怒りのためにワナワナと震えだします。

「ル…ルイズ良いのです。その方の言うとおり、私は所詮一人の娘にしか過ぎないのですから」
 アンリエッタはそう言ってルイズの肩に手を置きました。

「ほう、まあ自覚が有るだけまあ、見所は有るな、せいぜい精進することだ」
「だ・か・ら!何でアンタはそんなに偉そうなのよ!」
「偉いからだ!」
 フン!っと鼻息を出しながらテオはそう言いました。
 その言葉に、流石にルイズも口閉しました。
 もはや怒りすらも通り越し、もう達観のような感情を抱くのでした。
 之くらい尊大になれれば、幸せだろうなあ、とサイトはぼんやりとそう思いました。

「しかしまあちょいとそこで聞いてみれば、不用意に書いた文を無かったことにしたいから、戦地に行って其れを回収する、という兵士でも不可能な無理難題を課せられているとは。遠回りの死刑宣告だ…おまえなんかやったのか?」
 そう言ってテオはルイズの方を見ました。
「し…してないわよ!」
「そうか?正直かつて吾が塔に幽閉されるよりもひどい仕打ちを受けているぞ?不可能なミッションすぎるだろ、特攻部隊もビックリだ。お前が実は相当にその姫に嫌われてるとしか思えん?本当に何もしてないのか?」
「そんなことな……もしかして、あのドレスを奪い合った件かしら…それとも宮廷ごっこの時の…いや……」
 思い当たるフシがあるのかルイズはブツブツと過去のできごとを回想しはじめてしまいました。
 その様子にアンリエッタは青い顔をして嘆き始めました。

「ああ、私はなんて酷い事を。やはり、こんなことをお願いしてはいけないのだわ、大切な友人を戦地に向かわせようだなんて」
「本来、都合のいい時だけ利用するものを友達とは言わんのだがな。まあ王族における友達と、一般的な人間における友達では意味合いが変わるのでなんとも言えないのだが」
 アンリエッタのその言葉にテオがすかさず苦言をかぶせます。

「それは流石に酷過ぎるんじゃないか!?」
 サイトがテオに言いました。
「胸を張ってできんことなぞやるからこうなる、やるからには胸をはってやり、最後まで胸を貼り続けろ。王族ならなおさらだ。引くな、媚びるな、省みるな」
「…」
 テオの言葉にアンリエッタは黙るしかありませんでした。
 その言葉は別に間違ったことではなく、彼の言うとおりこのトリステインに取って不利な状況はアンリエッタが蒔いた種にほかならないのです。
 すべての責任は胸を張れないこと、すなわち、王族としてふさわしくないことをしたアンリエッタにあるのです。
 罵倒されても文句は言えません。

「さっきから聞いていれば貴様!姫さまに何と無礼なことを、ええい、そこになおれ!僕が成敗してくれる!」

 そう言ってギーシュが杖を振り上げますが…
「顔を近づけるな道化、お前は面白すぎるのだ」
「べぎょむ!」
 あっさりとテオの放ったレビテーションに足をとられ盛大に転んでしまいました。

「まったく、正直今でも油断すると大爆笑してしまいそうだというのに…まあ良い、そこな娘!」
「はい!」
「姫さまよ!」
 テオの言葉にアンリエッタは思わず返事をしてしまいました。
 ルイズがいらただしげにテオの言葉を訂正します。

「そのアルビオンに行く件だが…吾に任せろ」
「「「「はあ!?」」」」
 自分を指さし、アルビオンに行かせろというテオの言葉にその場の全員が声をあげました。

「つまりだ、その完全に不可能であるミッションを吾が達成してやろう言うのだ」
「ちょっと待ちなさいよ、あんた散々色々言っておいて、自分で行くですって!?」
「ああそうだとも。正直な話では、恋文だとか、王家だとか、そんなものは全くもって興味がない…のだが…面白そうじゃないか。滅び行く王国から手紙を獲得する大冒険。男子たるもの冒険には憧れるものだ」
「ダメよ!アンタは却下よ!」
 ルイズはそう怒りましたが、サイトがそこに耳打ちしました。
「でもさテオの実力は凄いし、ある意味一番適任かも…」
「嫌よ!テオフラストゥスなんかと一緒に旅に出るの!」
 サイトのその言葉にルイズは叫びながら嫌がります。
「お前も他人のこと言えないくらい失礼な奴だな」
 苦笑しながらテオが言いました。

 ルイズのテオフラストゥスという言葉を聞いて、アンリエッタは何か思い出したように話しました。
「テオフラストゥス?その貴方はテオフラストゥスと言うお名前なのですか?」
 アンリエッタがテオに向かって言いました。
「…ふむ。吾としたことが、名乗り忘れたな。では今名乗ろう。吾はテオフラストゥス・フィリップス・アウレオールス・ボンバへッ…。まあ、家名はいいか。吾は吾自身に仕えるただ一人の貴族である」
「あのひょっとして、あの『万能』のテオフラストゥスという二つ名では…」
「なんだ、吾を知っておるのか」
「え…ええ。あの、本当に、いってくださるのですか?アルビオンに?」
 万能のテオ。
 数々の作品を世に流す彼の名は王宮にまで届いていました。勿論、いい意味だけではなく彼に足が無いと言う蔑むべき事実と共にですが。

 嘗てその名を知った時、アンリエッタは錬金という一芸に秀でた一人のメイジに過ぎないと思っていました。
 しかし、目の前の彼はどうでしょう。
 この自信溢れる態度。王族を前にして全く畏まる様子のない度胸。
 そして、ギーシュと言う青年を簡単に転ばせるその手腕。 
 ただ錬金が上手いだけの青年ではなく、確かな戦闘力を有しているのは明白です。
 ルイズは嫌っているようですが、その反応は信用ならない人間に対するそれではなく、気心が知れた悪友にするようなそれであると、アンリエッタは感じました。
 もし、彼がアルビオンに行くのであれば、それはルイズ達の大きな助けとなるでしょう。

「貴族たる吾に『後悔』の二文字は無い。一度行くと言ったからには絶対に行くさ、貴様が嫌だと言っても吾はその仕事、勝手にこなすぞ」
「では、お願いいたします。どうかこの不幸な姫をお助け下さい」
「姫さま…」
 ルイズは絶望的な表情を浮かべました。相当にテオと一緒に旅をするのが嫌だったのでしょう。
 ギーシュも、嫌そうな表情を浮かべます。
 
 しかし、その隣でサイトは、むしろ良かったと思いました。
 なにせテオの実力は本物です。
 少なくとも、いま自分の隣で頭をさすりながらテオを睨む金髪野郎よりは、頼りになることは間違い有りません。

「はは、吾はアルビオンには行ったことがないし、かの国がどのような国なのか実際に見てみたいと思っていたしな。このままアノ国が滅びれば今後一生行く機会も無くなってしまうしな、実に良い機会だ。ふふふ、アルビオン名物をぜひとも食さねば」
「呆れた!貴方アルビオンに観光気分で行くつもりなの?」
「なに、シッカリと仕事はするさ、その上でついでに多少なりとも楽しんだところで、別に誰かが損をするわけでもあるまいて」
 そう言ってテオはカラカラと笑いました。

「…さて…アルビオンの名物と言えば何があったかな?」
 そう言ってテオはチラリと一同の方を見ました。

「俺が知るわけ無いだろ?」
 サイトはそう言って視線を外します。
 ルイズはそもそも視線を合わせる気も無く。
 アンリエッタはアルビオンの名物などという俗世的な事は知りません。
 結局テオと視線が合ってしまったギーシュがその問いに答えます。

「名物…食べ物のかい?ええっと…アルビオン名物といえば…」
 ギーシュは律儀にもテオのいう、アルビオンの名物を脳内で検索します。
 程なくして、該当するものが一つ、彼の頭の中にひらめきました。
 

「そうだ!マーマイトがたしかアルビオンの名物だったはずだ!」
 ギーシュのその言葉に、テオの口いっぱいにあの塩辛い味が広がりました。



「…アレを食べるハメになるのか?…アルビオンに行くと?…吾、早まったことしたかも…」



 少し沈んだ顔で、テオ先ほどの自分の言葉を『後悔』するのでした。



◆◆◆用語解説


・自分の教える魔法に絶対の自信
 教師たるもの自分の教える科目には自信を持って欲しい。
 例えば、ギトーが『風』に全く自信がなかったら…。
 「ああどうも、ギトーです。風の講師です。ええっと、風の魔法ですが…実はたいしたことないんです。正直ほかの系統のほうが凄いです。
 だから、別に風の講義なんて…聞かなくていいですよ。ほんと、覚えるだけ無駄ですから。ええ、ですから私は、無駄な教師です。
 居るだけ無駄なんです。…死のう」
 となる。こんなギトーの講義は…ある意味、聞きたい気もするが…。
 
・そんな事よりおサンドイッチ食べたい
 歓迎?姫さま?そんなことよりおサンドイッチ食べたい

・マーマイト
 悪名高いイギリス発の黒いペースト状の食べ物。
 マーマイトという名前は近年製品化されて付けられたものだが、その原型はビールの生産とほぼ同時期に始まり中世には現在のそれに近いものが既にあったらしい。
 この話に出てくるマーマイトは現存するそれでは無く、嘗て食べられていたその原型のものを便宜上マーマイトと呼んでいる。
 原料はビールの酵母、つまりペースト状のエビオス錠と言え無くもない。
 世界中に類似製品は有るものの他に類を見ない味と香りのため、理解されないことも多く、イギリス圏内でも毛嫌いする人間は多い。
 日本で言う納豆的なポジションだろうか。
  
・唯唯諾諾
 何事にもYESと返事する人。

・何をするだー!
 誤植ではない。
 怒りのために口調がオカシクなったのだ。
 
・君、君たらざれば、すなわち臣、臣たらず
 管子の言葉。君主が君主として行動するのでなければ、臣下も臣下として行動はしないですよという意味。

・不用意に書いた文を無かったことにしたい 
 良く筆者が思っていること。

・特攻部隊
 俺たち特攻部隊Tチーム!
 不可能を可能にし、どんなミッションも完遂だ!
 「あたしは、エルザ。ある意味ハンニバル。人間を騙す名人。私のような幼女でなければ百戦錬磨のつわものどものマスコットは務まらないわ」
 「待ちどう様にございます。私エンチラーダ。通称万能メイドに御座います。メイドとしての腕は天下一品!異常?ヤンデレ?だから何でございましょう?」
 「テオフラストゥス。通称テオ。魔法の天才だ。気に入らなければ王女様でもブン殴ってみせらぁ。でも馬車だけはかんべんな」
 
・ハンニバル
 1。ローマに戦争を仕掛けた戦の天才、死した後もローマ史上最大の敵として後世まで語り伝えられていた。
 2。精神科医にして連続猟奇殺人犯。殺害した人間の肉を食べる異常な行為から「人食い」と呼ばれる。



[34559] 18 テオと旅路
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2013/02/26 23:52
朝早く。

 まだ朝靄が世界を支配し、景色は一面真っ白です。
 数メイル先も見えないような濃い靄の中、魔法学院の校門の前に数人の人間がおりました。

 それは昨日、アンリエッタ姫より勅命を受けたメンバー。即ち、ルイズ達でした。

 彼らは校門の前で旅の準備をしています。
 たかが準備、されど準備。どんな事柄も準備はとても大切な工程ですし、ましてや今回の任務はとても危険なものなのです。
 ちょっとした準備不足から、それが死につながるなんてことも十分に考えられることなのです。
 ですから一同は真剣な表情で旅の準備をしていました。
 
 しかし、そこに例外が一人。
 
 テオフラストゥスだけは様相が違いました。
 
 彼は陽気に鼻歌なんぞを口ずさみ。
 その両足に金属製の義足を付けて、踊りださんばかりのステップでもって荷物を馬に乗せていきます。
「さて、非常食に陣中食に携帯食に野戦食に戦闘食…あと入れていない食はあるかな?」

 その表情は如何にも楽しそうで、事実、テオは楽しんでいました。
 まるで観光旅行にでる前日の子供のように、楽しくてたまらなかったのです。

 どうしたら死地に向かう準備を楽しめるのか。他のメンバーには理解ができません。
 その特殊な生い立ちによる常識の欠如が故か、あるいは今回の任務の危険性を単に理解していないだけなのか。
 それとも元々、危険を求める特殊な性癖を持ち合わせているのか。
 いかなる理由で彼がこの状況を楽しめるのかは不明でしたが、そのあまりにも楽しそうな様子は、他のメンバーの目にはとても異様に映りました。
 
 楽しそうに準備をするテオの前にルイズがコメカミを引くつかせながらこう言いました。
「テオ、正直あなたと一緒にいくのはものすごく嫌だけど、確かに貴方の魔法は学院一だし、役に立たないこともないわ。だから百歩譲ってアンタの同行は許してあげる」
「…別に君の許しなど不要だが、まあそういう言うのであれば、その許可を甘んじて受け取ろう」
「でもねテオ。1つ、1つだけどうしても許せない事が有るのよ」
「ふむ、全く興味が無いが一応聞いてやろう。その許せない事とは何だね?」

「何で…何で!ナンデ!メイドが当然のように一緒に居るのよ!!」
 そう言ってルイズはビシッとテオの傍らで荷物の整理をするエンチラーダを指さしました。
 
「私ですか?」
 名前を出されたエンチラーダは自分を指さし聞き返します。

「テオ!アンタこれが極秘の任務だって理解してる!?何さも当然のようにメンバーを増やしてるのよ!」
「ははは、そう怒るな。確かに無能者が増えれば問題だが、エンチラーダは有能だぞ?」
 テオのその言葉にルイズは頭を抱えます。

「ええ、知っているわ。有名だものね。テオフラストゥスの専属メイドはとても有能って学院で周知の事実よ。なにせアンタに付き従っている時点で有能であることに疑問の余地は無いわ。でも…でもね!……
…………メイドじゃない!」
「メイドだが?」
 何を当然のことを?と言った様子でテオが聞き返します。
「メイドとして有能な人間が!どうしてこの任務に役立つのよ!?なに?アルビオンの掃除でもするっていうの?レコンキスタの服を洗濯でもするの!?」
「ははは、いやいや。エンチラーダの能力は掃除や洗濯に限らんのだよ。エンチラーダはなぁ、こう見えても……」
「こう見えても?」
「…料理もできるのだ」
「見た目どおりよ!」
 
 楽しそうなテオとは対照的にルイズは今にも爆発寸前です。
 それも、比喩表現ではなく、文字通り爆発を起こしそうな雰囲気でした。
 
 出発前に校門で爆発事故を起こされてはたまらないと、サイトがルイズをなだめに入ります。
 
「まあまあ、俺もいいと思うよ?エンチラーダさんは有能だし度胸もあるし、力も強いし。たぶん邪魔になるようなことは無いと思うぜ?」
「なによ!ギーシュの時は殴りかかったくせに、相手が女だと途端肯定的になるのね、このエロ犬」
「イヤイヤイヤイヤ!エロ関係ねーだろ!極めて普通で中立的な意見だって!な、な!おまえもそう思うよな!」
 そう言ってサイトは隣で黙々と作業をしていたギーシュに話を振りました。
 
「僕も良いと思う」
 作業をする手を一旦止めて、ギーシュがそう言いました。

「男って!本当に救いがたいわね!!」
 ルイズが額に手を当てて嘆きました。

「いやいや、別に男だからとか、そういう理由じゃなくてね。実はさ、その、僕も使い魔を一緒に連れていきたいんだ」
 言い辛そうにギーシュがそう言いました。ギーシュとしては、エンチラーダの同行を否定してしまうと自分の使い魔の同行を言い出せなくなってしまうので、肯定するほかなかったのです。

「使い魔?どこに居るんだ?」
 サイトがキョロキョロと辺りを見渡しますが、周りには乳白色の世界が広がるばかりで使い魔らしき影はどこにもありません。
「ここにいるよ」
 ギーシュがそう言うと、突如彼の足元の土が盛り上がり、中から巨大なモグラが顔を出しました。
 
「でっけえモグラだな!」
 サイトがそう叫びました。
 そのモグラは小熊ほどの大きさがあり、サイトが知っているモグラとは明らかに違うものでした。
 
「其れってジャイアントモール?」
 ルイズがそのモグラを指さしながら言いました。

「そうさ。ああヴェルダンデ、君は何時見ても可愛いね、困ってしまうね」
 そう言いながらギーシュは大きなモグラに頬を摺り寄せました。

 その光景に一同は呆れます。
 いい年をした一人の貴族がモグラを溺愛する光景は、同じメイジであるルイズやテオからしても異様なものでした。

 テオは、馬鹿にしたように鼻を鳴らし、
「ふん、まったく、見てて哀れですらある。貴族たるもの、たとえ使い魔の前であっても凛としていなくてはならんと言うのに…」
 テオがその言葉を発し終わらんとした時、校門の中からテオを呼ぶ声が聞こえてきました。

「テオー!準備できたよー!」
 そう言いながら靄の中から登場したのは、何時もより少し綺麗な服を着たエルザでした。

「ほう、エルザ。よそ行きの服が似合っているではないか。大丈夫か?準備は一人で出来たか?忘れ物は無いか?必要なものがあれば直ぐに言うんだぞ?」
 そう言いながらテオはエルザに頬を摺り寄せます。
 ギーシュのそれとは違い、人間を溺愛する光景は別に変なものではないのですが、あいにくとエルザは完全に幼女の容姿をしています。
 幼女に頬を寄せると言うある種ギーシュ以上に危ないその光景を見て、サイトが一言。

「なるほど見てて哀れだ」
 と言いました。
 

「しかし、モグラが付いてこれるのか?」
 サイトがふと疑問に思いギーシュに尋ねました。
 いかに大きいとはいえ、所詮はモグラです。果たして馬の進行に付いてこれるのか疑問でした。
「なに、問題ないさ、ヴェルダンデは地面の中をそれは早くすすめるのさ、な!ヴェルダンデ!?」
 そう言ってギーシュがモグラを見ると、モグラはまるで言葉を解しているかのように頷きました。

 しかし、そんなギーシュとモグラに、ルイズが困ったように言いました。
「ギーシュ、あのね?ダメよ、連れていけないわ。私たちアルビオンに行くのよ?地面を掘ってすすむモグラを連れて行くことはできないわよ」
 ルイズのその言葉にギーシュはその場で両膝を地面に付け、泣きださんばかりの勢いで嘆きました。
「そんな!お別れだなんて!悲しすぎるよ…ヴェルダンデ…」

 その、あまりにも情けない様子に、テオは再度鼻を鳴らしました。
「はッ!まったく、使い魔を連れていけないだけでその嘆きよう。貴族を自負するのであればもっとこうデーンと構え…」
「あ、ちなみにその子も連れていっちゃダメよ!」
 ルイズがエルザを指さして言いました。
 
「ふじゃけんな!お前には人間の心が無いのか!?エルザが寂しがるだろ?アレか!いじめか?このあまりにも非道な仕打ちに、さすがの吾も泣き叫びそうだぞ!」
「お前ほど言動と行動がチグハグな人間も珍しいな」
 ルイズの言葉に怒り心頭と言った様子のテオをみて、サイトがポツリとそう言いました。

 怒りの声をあげるテオに対して、ルイズも同じように怒りを含んだ声で言い返します。
「だ・か・ら!なんで当然のようにメンバー増やしてんのよ!あんた守秘義務って言葉知ってる?しかも子供だなんて!危なくて連れていけるわけ無いでしょ!ピクニックに行くんじゃないのよ!これは任務なの!」
「だからといってエルザを一人置いていくなんてことが出来るか!そっちのほうが危険だろうが!良いじゃないか!子供が一人増えたって!」
「良くないわよ!」

 その時でした。
 突如ギーシュの使い魔が、ルイズに覆いかぶさったのです。

「え?ええ?ちょっと?なに?なにこれ?」
「飼い主に似てエロなのか?」
「失敬だね君は…」
 ルイズは体をモグラにつつきまわされ、地面をのたうちまわります。

「なるほど、此処でルイズを亡き者にしてしまえば、同行に反対するものがいなくなる、更には一人分の馬のスペースが増えるという算段か。よし!モグラ!ヤレ!吾が許す!」
「許すな!」
 ルイズはそう怒鳴りながらもがきますが、モグラの巨体を押しのけることはできません。

「ああ、そうか、宝石だ。その右手の宝石が原因だ」
 そう言ってギーシュが指さした先、ルイズの右手には昨夜姫から身分証明となる品として渡されていた水のルビーの指輪が有りました。
「なんで宝石?」
「ヴェルダンデは宝石が大好きなのさ」
「嫌なモグラだな」
「そう言わないでくれよ。ヴェルダンデは貴重な鉱石や宝石を僕のために探してくれるのさ、土のメイジである僕のこれ以上無いパートナーなのさ」

 特にモグラにルイズを害する気が無いと判って、サイトもギーシュもぼんやりとルイズが押し倒されるのを見るばかりで、なかなか彼女を助けようとはしませんでした。
 しかし、押し倒されている側のルイズとしてはたまったものではありません。害意があろうがなかろうが押し倒されている事実は変わりませんから、なんとかその状況を打破しようと渾身の力でもがきます。が、一向にモグラから解放される気配はありませんでした。
 

 その時でした。
「!」
 エンチラーダが何かに気がつくと、テオとエルザの前に立ちました。
 
 そして次の瞬間。
 一陣の風が舞い上がり、ルイズに抱きついていたモグラを吹き飛ばします。
 
「何事!」
 ギーシュが叫びました。
 懐から杖を取り出し戦闘態勢に入ります。
 テオも腰にさした杖に手をかけました。
 
 すると、朝靄の中から一人の男が姿を現しました。
「失礼、敵ではないよ」

 男はそう言いながら頭にかぶっていた羽帽子を取ると一礼しました。
「女王陛下の魔法騎士隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵だ、姫に命じられてね。君たちに同行することになったのさ。本当はもう少し人数が欲しいところだけど、お忍びの任務だからね、僕だけが指名されたってわけさ」
 
 そう言いながらニカリと笑うその男は、いかにも物語の主人公のような出で立ちをした男でした。
 整った容姿に、品のいい服装、体つきは逞しく、鷹のように鋭い目。更に先ほどモグラを吹き飛ばした手際を見るに、魔法の腕も一流。それもそのはず、魔法騎士隊の隊長と言うのですから魔法はもちろん戦闘全般においてこの国でトップクラスの腕前のはずです。
 
 そんな男が突然現れて、一同は言葉を失ってしまいました。
 
「悪いね、婚約者がモグラに襲われて居れば助けないわけにはいかなくてね」
 そしてその言葉にルイズ以外の一同は更に驚くのでした。
 
 取り分け、その中でもサイトの驚きようときたらかなりのものでした。
 なにせ、サイトは今までの人生において、婚約者と言う関係を現実に見たことはなかったのです。なにせサイトの居た世界では『婚約者』なんて、それこそ昔の話や昼メロの中でしか聞く機会が無い単語なのです。
 ですからルイズの婚約者と名乗る男の突然の登場に、馬鹿みたいに口を開けそのまま体を固めてしまいました。
 
 そんなサイトとは違い、テオとギーシュは驚きこそしましたが、それは然程の物ではありませんでした。
 というのも貴族の世界において、婚約者が居るということは別に珍しいことではありません。
 大抵の貴族にとって結婚は当然のことで言わば義務です。それも、好き勝手に結婚をすれば良いと言う訳ではなく、家としての付き合いを考慮しなくては行けません。
 ですから家どうしの思惑によって若い内に婚約者が決まっているなんてことは別に珍しいことではありませんし、当人同士が全く望まないながらも家の都合上婚約をしているということもざらにあるのです。
 ですから、突然現れたワルドと言う男が、ルイズの婚約者であるということには驚きましたが、婚約という事実そのものにはさしたる驚きを感じはしなかったのです。
 
「ワルド様」
 立ち上がったルイズがふるえる声で言いました。
「久しぶりだねルイズ、僕のルイズ!」
 ワルドは笑いながらルイズに駆け寄ると、彼女を抱えあげました。
 
 その行為にサイトは更に口を大きく広げました。
 
 いかにも中のよさそうな二人。
 
 ある意味では、ルイズとワルドの婚約関係はかなり良いものでした。
 お互い特に嫌い合うことも無く、それどころかルイズはワルドを尊敬しています。
 ルイズは。昔から有能であるワルドに対して尊敬と情愛の念を深く感じていたのです。
 昨日、姫の傍らに居るその姿を見て、ルイズの中ではその昔の情念が再度燃え上がって居たのでした。
 
「彼らを紹介してくれないかい?」 
 ワルドはそう言いながらルイズを地面に下ろします
「あ、えと…ギーシュ・ド・グラモンと、テオフラストス・ホーエンハイム、あと使い魔のサイトです」
 ルイズはそれぞれを指さしてそう紹介すると、ギーシュは深々とお辞儀をし、テオはまるでカーテンコールで出てきた役者のように仰々しく礼をしました。
 そして、サイトはつまらなそうに頭を下げました。
 
「君がルイズの使い魔かい?人間とは思わなかったな、僕の婚約者がお世話になっているよ」
「そりゃどうも」
 それはあまりにも無礼な返答でした。
 いかにも彼はワルドの事を気に入っていないと言った態度が、全面に押し出されていました。
 しかし、そんな失礼な態度のサイトに、ワルドはにっこり笑うと彼の肩を叩き言いました。
「どうした?緊張してるのか?ひょっとしてアルビオンに行くのが怖いのかい?なに!怖いことなんてあるものか、君達はあの土くれのフーケを捕まえたんだろう?その勇気があればなんでも出来るさ!」
 そう言ってワルドは豪快に笑いました。
 その如何にも大人のワルドに、サイトは少し悔しそうに顔を伏せるのでした。
 
 ワルドはそのまま後ろを振り向くとが口笛を吹きました。
 すると朝靄の中からワシの頭と獅子の体を持った幻獣が現れました。
 グリフォンです。
 
 ワルドはそのグリフォンにまたがると、その膝にルイズを乗せ、杖を掲げて叫びました。
「さあ諸君、出発だ」
 そう言ってグリフォンは駆け出し、一同もその後に続きました。
 
 先頭を走るワルドの姿はそれはそれは様になっていて、まさに絵巻物の世界から飛び出してきたようです。
 ギーシュなどはその姿を見て感動すらしていました。
 サイトも嫌々ながら、ワルドの立派さを認めざるおえません。
 
 しかし、ただ一人。
 テオだけは別の感想をワルドに対していだきました。
「危険だな」
 誰に言うでも無く。テオはそう呟きます。

「は?」
「え?」
 テオの口から漏れたその言葉に、男二人は聞き返します。

「あの男、危険だ」
 危険。
 実力もあり、地位もあり。なによりルイズの婚約者というこれ以上無い身分保証があるワルドに対して『危険』というその感想はあまりにもかけ離れたものでした。
 しかし、いえ、だからこそ。テオの口から出たその言葉にサイトもギーシュも真剣な表情になるのです。
 なにせテオは別に馬鹿な男ではありません。
 常識こそ偏っていますが、学年で座学一位を取るほどに聡明な男なのです。
 
 そんな彼の口から出たその感想は、二人の目付きを真剣な物にしました。
 
「危険ってどういうふうにだい?」
 真面目な顔でギーシュが聞き返します。

「ああ、あいつはルイズの婚約者で、ルイズの事を好いている」
「………………だから?」

「エルザに近づけないようにしなくては」
「「は?」」
 
「良いか?エルザ、ああいった幼い容姿の人間に欲情する類の輩が稀にいるが、そういった人間にはあまり近づかないようにしなさい。…エンチラーダもあの男がエルザに近づかないように注意してくれ」
「はーい」
「御意にございます」


 そのテオとエルザとエンチラーダのやり取りを聞きながら。
 サイトとギーシュは一瞬でも真面目にテオの言葉に反応してしまった自分を恥じるのでした。



◇◆◇◆



 極秘の任務。それも姫の勅命の任務。更にはその内容はとても危険なもの。
 とうぜん皆真剣になります。背筋をぴんと伸ばし、真面目な表情で馬に乗っていました。
 
 しかし。
 
 それが持続したのはせいぜい数時間でした。

 時間が経ち、太陽が下がり始める頃にはサイトやギーシュの緊張感は限界に達し、太陽が黄昏色を含む頃にはもう最初の真面目さは見る影もありません。
「もう半日以上走りっぱなし、どうなってるんだ」
 ギーシュがぐったりと馬に体を預けながら、同じく馬に体を預けているサイトに言いました。
「知るか」
 疲れ果てた声でサイトが言いました。
 
「まったく、これだけ走りっぱなしだってのに疲れを見せない魔法衛士隊の隊長は化け物なのか?」
 そう言ってギーシュは前方に視線を向けます。
 そこにはルイズを抱きながら依然凛々しい姿勢を崩さないワルドの姿がありました。
「あと、違う意味で感心するのが…」
 そう言ってギーシュが後方のテオに視線を向けました。
 
 そこにはいつもとは違い、黙って馬に乗るテオの姿がありました。
 それもそのはず。
 テオは。
 
 
 寝ていました。
 
 
 膝にのせたエルザと共に、馬に乗りながら船を漕ぐという器用な芸当を見せていたのです。
 
 普通、どんな乗馬の達人であっても馬の上で寝るような事はしません。
 確かに馬は生き物ですので、乗り手が寝ていても勝手に動いてくれるでしょう。しかし、それは馬の勝手な判断であって、馬上で眠ったが最後、起きたときには見ず知らずの土地、なんてことになりかねません。
 しかし、それでもテオが眠れるのは、其の隣りにいるエンチラーダのおかげでした
 
 エンチラーダは自分の馬の手綱と一緒に、テオの馬の手綱も握り、器用に二頭の馬を操りながら進んでいるのです。
 
「ほんとに優秀だなあ」
 ギーシュはその姿をみて思わずそう呟き、その言葉にサイトも頷きました。
 
 ふと、その姿を見て、ギーシュはかねてよりの疑問を彼女に聞いてみようと思いました。
「ええっと、一つ聞いて良いかな?」
「はい、なんでございましょう」
 淡々とした調子でエンチラーダが答えます。

「君は一体どうしてテオフラストゥスに仕えているんだい?」
「ああ、それは俺も気になってた」
 ギーシュのその質問に隣に居たサイトも身を乗り出しました。
 
 ワガママで散漫であるテオフラストゥスに、誠心誠意、滅私奉公のエンチラーダ。
 果たして如何なる経緯によって彼女はテオに仕えているのか。
 それは、二人の好奇心を刺激するに十分でした。
  
「どうして?とは?」
「いやね?君は別にホーエンハイム家に仕えていたメイドと言うわけでもないのだろう?つまりはテオフラストゥスに仕える義務も義理も無いわけだ。更には君は貴族が集まる学院のメイドたちの中でも取り分け優秀じゃないか。それこそ、今よりも条件のいい職場はたくさんあるはずだろ?」
 ギーシュはそう言い、サイトがそれに頷きます。

 しかしエンチラーダが静かに首を横にふりました。
「私は今の状況に満足をしていますので」

「しかし、テオフラストゥスは将来的に家を継げるとは思えないし、最悪の場合貴族では無くなるわけだ。それでも仕え続けるのかい?」

 そのギーシュの質問にエンチラーダは間髪入れずに答えます。
「無論です。私がテオフラストゥス様と言う『貴族』に仕えているのではありません。テオフラストゥス様という『個人』に仕えて居るのです。私が知るかぎり、御主人様以上に仕えるべき人間が存在しません」
 それは当然のことを当たり前に言うような口調でした。
 
 その言葉を聞いてサイトもギーシュも不思議に思いました。
 ナゼこうもこのメイドはテオフラストゥスの事を尊敬できるのだろうかと。
 
 確かにテオは有能で優秀です。他に類を見ないほどの才能も持っています。
 しかし、彼が一人の主人として相応しい人間であるかについては、サイトもギーシュも首を捻らざるおえません。

「あの、そのね?勘違いはしないでくれたまえよ?僕は別にテオフラストゥスを貶すつもりは無いんだ。しかし、その、彼が理想的な主人であるとは思えないんだ。と言うか、彼以上に立派な人間は世の中にもっと居るだろうし…ほら、例えば目の前を進むワルド隊長みたいな。地位も名誉も実力もそして容姿と性格に優れた人間に仕えたいとは思わないのかい?」
 
 その一言を聞いて。
 
 エンチラーダは遠くの一点を見ながら、一言こう言いました。



 
「全く無粋な輩ですね」

「「え!??」」

 その言葉にギーシュもサイトも驚きました。
 常に慇懃な彼女の口から、まさかそのような言葉が出てくるとは夢にも思わなかったのです。
 
「ふむ…無粋な輩か」
 エンチラーダのその言葉に、テオが目を擦りながら起きだしました。

「はい、無粋な輩です」
「まったく、どのような場所にもこういった、品のない奴らは現れるものだ」

「ちょ…ちょっといいすぎじゃね?」
 あまりの二人のことばにサイトがそう言いました。

「無粋な輩に無粋と言って何が悪い」
「事実として無粋な輩なのですから、言われて当然です」

 その二人の容赦ない言葉にギーシュは大いにうなだれました。
「僕もう泣いても良いかな?」
「いや、たしかに、たしかに俺たちが悪かったさ。本人が寝ている間に無粋な事を聞いたけれどもさ…そんなに言うこと無いじゃん…」


「馬鹿者、お前たちのことではない…前の二人!止まれ!」
 テオはそう叫び、目の前を走るワルドとルイズを呼び止めました。


「なんだ!?」
「どうしたの?」
 ワルドとルイズが振り返りながら聞きました。

「エンチラーダ」
「はい…賊です、此処より1リーグほど前方、あの段差の上の森の中に数人隠れています」

「「1リーグ!?」」 
 一同が驚いた声を出しました。1リーグとはサイトの元いた世界で約1キロメートルに相当します。確かに見通しの良い開けた場所ですが、太陽の沈みかけた暗い中そんな遠くに、しかも森の中に居る集団を普通の人間の目で確認できるとは一同信じられなかったのです。
 
「本当かい?」
「山菜摘みか何かじゃないの?」
「木に隠れているので正確な数字は不明ですが…10人以上いますね、この時間に複数人で森に山菜摘みとは考えられません。しかも、武装しています。装備は弓、おそらく剣や棍棒も持っているでしょう」
 エンチラーダが森の中をじっと見ながら言いました。
「決まりだな、こんな時間に街道沿いの森の中に武装した一団。どう考えても盗賊の類だ」

「しかし…本当に見えているのかね?1リーグも先なんだろ?」
「此処で嘘を言って何の得があるというのだ?エンチラーダが居るというからには居る」

「じゃあどうする?迂回するか?」
 サイトのその言葉にテオは大げさに首を横に振りました。
「なぜ我々が盗賊何ぞのために道を変えねばならんのだ。そのまま進むに決まっているだろ」
 そう言ってテオが杖を取り出しました。
 
「そうだな、幸い相手は、まだこちらが相手の存在に気がついていることを知らない。上手く奇襲すれば容易に倒せるだろう」
 そう言ってワルドも杖を抜こうとしますが、テオは右手をワルドの前に出し、彼の行動を制しました。
 
「失礼だがミスタ。吾の楽しみを取らないでいただきたい」
 それはまるで老人が、楽のしく遊んでいたチェス盤をしまわれてしまったかのようなセリフでした。
 
「しかし…」
「何、別に吾が単独で肉弾戦で戦おうと言うのではありませんよ。ゴーレムを使って戦う。であれば我々に被害は無い。もし、万が一、何かの間違いで、吾のゴーレムが全滅したら、その時はミスタに協力をしていただきたい」
 それはテオのただのワガママのようですが、然程悪い提案ではありませんでした。
 
 彼の言うとおり、ゴーレムを先行させて戦えば自分たちは安全な所にいられます。更にはもしそのゴーレムが倒されたとしても相手の人数や武装の詳細を知ることができます。もし勝てないような人数であった場合、ゴーレムを囮に自分たちが逃げることだって出来ます。

 ですからワルドもそれ以上反対する事無く、テオの提案に黙って頷くのでした。
 
 
「あのデカイの出すのか?」
 サイトがフーケとの戦いで出したゴーレムを思い浮かべながら言いました。
「いや、アレはださない。本来ああいった巨大なゴーレムは攻城用だ。対人で出すならば…」

 そしてテオは杖を振りながら呪文を唱えます。

「…この程度か」


「「「「!!!!!」」」」
 そのゴーレムに一同は驚愕します。
 
 そのゴーレムはとても精巧でした。
 サイトはそのゴーレムを見て、『マネキン』に似ていると思いました。もし彼が人形に詳しければ『球体関節人形』に似ていると思ったでしょう。
 容姿、大きさ、体つき。もし服を着て座って居れば、人間と見間違ってしまうほどの出来でした。
 しかし、そのゴーレムは服をつけず、片手にナイフを持ち、関節をギシギシ言わせながら立っています。
 焦点の合わない視線で無表情に立つそのゴーレムはまるで不気味の谷から這い出たかのような、言いようのない気持ち悪さを持ち合わせていました。
 
 とはいえ、そのゴーレム自体は特に驚愕に値する程のものではありませんでした。
 確かに精巧な作りですが、それくらいのゴーレムを作るメイジは別に珍しくはありません。
 一同が驚愕したその理由は、そのゴーレムの容姿や精巧さでは無く…
 
「「「「多い」」」」

 …その量でした。
 
 そこには10以上のゴーレムが、規律よく整列していたのです。



「進軍!」
 テオがそう叫ぶと、ゴーレムたちはガシャガシャと前に進んでいきました。
 
 ゴーレムたちは隊列を乱す事無く進み、ある程度森に近づくと、森の中から矢が射られました。
 
「ほれみろ、やっぱり居るだろう?エンチラーダの言うことに間違いなど無いのだ」
 テオが胸を張って言いました。
 
 森の中から射られた矢は其の半数はゴーレムに当たらず、当たった矢も貫通すること無く高い音を出して弾かれ、また一部の矢はゴーレムに刺さりましたが、ゴーレムはそれを気にする事無く進みます。 
 矢にさしたる効果が無いと判断したのか、森の中から一斉に盗賊たちが飛び出しました。
 盗賊たちはそれぞれ手に武器を持ち、ゴーレムの集団に襲いかかり、そして乱戦が始まります。
 
 
 それは一方的な戦いでした。
 
 一方的に。
 
 
 ゴーレムが倒されていったのです。
 
 あるゴーレムは盗賊に頭を飛ばされます。
 あるゴーレムは盗賊の打撃に上半身と下半身が別れます。
 あるゴーレムは盗賊に両手を吹き飛ばされ、動くことしかできなくなります。
 
 ゴーレムたちはいとも容易く倒され、盗賊たちの周りには倒れたゴーレムが散乱します。
 
「え?え…え?」
「これまずくないかい?」
「ちょっと、あのゴーレム弱くないか?」

 眼の前のワンサイドゲームにサイトたちが不安の声をあげますが、テオは笑顔を変えずに言いました。
「うん。弱いよ」

「「「「駄目じゃん!」」」」
 皆の心が一つになりました。
 
「全く、うるさい奴らだ、まあ見ていろ。弱いということが必ずしも負けるということでは無い」

 そう言ってテオが再度盗賊たちに視線を向けます。
 
 視線の先では相変わらず盗賊たちがゴーレムを倒していきます。
 
 しかし。
 ある時点で一人の盗賊があることに気が付きました。
 
 ゴーレムの数が半数程度になってから、それ以上にゴーレムの数が減らないのです。
 ゴーレムの強さは変わりません。相変わらず倒しています。
 盗賊の人数も変わりません、先ほどと同じ人数で戦っています。
 つまり、最初と殆ど変わらないペースでゴーレムを倒し続けています。
 なのに数が減らない。
 
 そして、盗賊たちはゴーレムを良く観察して気がつくのでした。
 ゴーレムたちがどんどんと復活していることに。
 
 体をバラバラにされたゴーレムたちは、外された体の一部をその身に取り付けなおして再度戦いに参加していくのです。
 戦闘不能な程に壊されたゴーレムなどは、同じくバラバラに壊れた別のゴーレムの体を使ってその無くした体を補っていきます。
 倒したゴーレムたちは一時的に戦闘を離脱しながらも、その数を殆ど減らすこと無く、依然盗賊たちの前に立ちはだかってくるのです。
 
 再生できないように体のパーツを粉々に砕けば復活はしないのでしょうが、力を込めてゴーレムを叩けどもゴーレムはバラバラになるばかりで『壊れ』はしないのです。
 
「壊れにくいようにわざと弱く、分解するようにしてあるのだ。ちなみに関節部分には磁石が仕込んであってスムーズに関節部分が…」
 テオは得意そうに自分のゴーレムについて語り出しました。
 
 しかし、一同その言葉は耳に入りません。皆、目の前の状況に視線が釘付けでした
 
 そして、それは遂に起こります。
 戦い続けて注意力が落ちてきたある盗賊の脇腹に、ゴーレムのナイフが刺さったのです。
「ギャ!」
 それは弱い力で刺され、命に別状が有るほどのものではありませんでした。
 しかし、その傷によって生まれた隙が命取りでした。
 ひるんだ盗賊に別のゴーレムのナイフが刺さり、そしてその隙にまた別のゴーレムのナイフが…
 
 その盗賊は何度も何度も刺され、その体をエメンタールのようにしてその場に倒れるのでした。

 その様子を見たその隣の盗賊は、あまりの恐怖にその場から逃げ出そうとしますが、その前にはゴーレムが立ちはだかります。
 棍棒の一振りでそのゴーレムをなぎ払いますが、その隙に別のゴーレムが現れ彼は逃げることが出来ず、ただ目の前のゴーレムを倒すことしか出来ません。
 
 そして少しずつ、しかし確実に盗賊はその数を減らします。
 
「ぎゃあ!」
「やめてくれ!」
 盗賊たちは叫びますが、ゴーレムは止まりません。
 必死で命乞いをする盗賊たちに、無感情にナイフを入れていくのです。
 
 刺された盗賊たちは、ゴーレムとは違い再生するようなことはありませんでした。
 
 それは正に地獄絵図でした。
 
 
「わあ…」
「うわ」
 サイトとギーシュは顔を歪めてその光景を見ていました。
 
「うっ」
 ルイズは、その光景から目を逸らしました。
 
 そしてワルドは。
「………」
 その光景を見ながら思案をしました。
 ワルドは、その光景を見ながらテオと言うメイジに対してどのような評価を下すべきか悩んでいたのです。
 
 はっきり言ってテオの魔法の使い方は欠点だらけです。
 
 確かに容姿こそ素晴らしい出来のゴーレムです。貴族の少女の好むような人形をそのまま大きくしたようなそのゴーレムは、動きと音から察するに中が空洞のようで、なるほど、大量にクリエイトゴーレムできた秘密もそのあたりにあるのでしょう。
 
 使う素材を少なくして、個体数を増やすのはゴーレム生成の際の常套手段と言えます。
 しかし、そこには大きな欠点があります。軽量になることによる攻撃力の低下と、中が空洞であるがゆえの脆さです。
 敢えて。関節を外れやすくし、その脆さを克服したのは中々に素晴らしいアイディアと言えるでしょう。
 とはいえ、だからと言って、それが実戦に向くかは別問題です。
 例えば盗賊の中にひとりでもメイジが居ればこの状況は一変していたでしょう。
 風の魔法で軽いゴーレムを一掃したり、土の魔法で落とし穴でも作れば、ゴーレムたちは容易く全滅したに違いありません。
 たとえ相手にメイジがいなかったとしても。もう少し相手の盗賊たちが冷静であったりチームワークに優れていれば、バラバラになったゴーレムのパーツを砕く人員を作ったり、或いは散らばったパーツを遠くに投げたりする事を簡単に思いついたはずです。
 
 しかし、今眼の前の状況は一方的に盗賊を蹂躙するゴーレムの姿があります。
 果たしてテオには戦いの才能があるのか、無いのか。ワルドはその判断をしかねていました。
 ただ、少なくとも度胸と言うか、胆力のような物はあるのでしょう。
 
 目の前のテオフラストゥスは、自分でさえ目を逸らしたくなるようなこの状況を。
 笑って見ているのですから。
 
「はははは、さてさて。ジワジワと形勢が逆転していくな!」
 そう言って笑うテオの視線の先では、盗賊たちが叫びながらゴーレムを倒しています。

 相変わらずゴーレムは簡単に倒されますが、盗賊たちの表情は絶望に満ちて居ました。

「くそ!」
「ぎゃあ!」
「神様!」

 盗賊たちはとうとう神にすがりました。
 或いはそれは、その盗賊たちが初めて、心の底から神に何かを願った瞬間だったのかもしれません。
 
 
 果たして。
 
 
 
 その願いは叶えられました。
 
 
 突風が吹いたのです。
 
 ゴーレムと盗賊たちは皆吹き飛ばされ、ゴーレムはすべてバラバラになって崩れてしまいました。
 

「何事!?」
 テオは突然のことに目を丸くし、彼を含めた一同はワルドの方を見ました。
 なにせこのような突風の魔法を仕えるのはこの中で彼しかいなかったのですから。
 
 しかしワルド自身目の前の突風に驚いている様子でしたし、その手は胸の前で組まれて杖を持ってはいませんでした。
 
 皆が混乱する中。
 
 その突風の主は、上空から登場しました。
 
 
 青い色をした見慣れた幻獣。
 そしてその上に乗る青と赤の髪の二人。
 それはタバサとキュルケでした。
 
 唖然とする一同の前に、タバサの使い魔である風竜が着陸すると、その上からキュルケが飛び降り髪をかきあげながら言いました。
 
「おまたせ」
 
「おまたせじゃないわよ!何しにきたの!?」
 ルイズが怒鳴りました。
「助けに来てあげたんじゃない。朝、窓の外にいるあんたたちを見て、急いでタバサと一緒に後をつけてきたのよ?」
 そう言ってキュルケは風竜の上のタバサを指さしました。
 そこにはパジャマ姿のタバサがいました。
 
「…助け?」
 テオがキュルケに聞きました。
 
「そうよ?…あのゴーレムはテオが出していたのかしら?殆どヤラれていたわね。辺りが残骸だらけだったじゃない。まあそれなりに盗賊も倒していたみたいだけど、あのままじゃ負けていたかもしれないから私とタバサで一掃してあげたってワケ。感謝してくれても構わないわよ」
 そう言ってキュルケが胸を張りました。
 
 確かにアノ状況を見た限りではキュルケのような感想を抱くのも無理はありません。
 周りにはゴーレムの破片が散乱し、そしてゴーレムは盗賊によって簡単に壊されているように見えます。じっくりと状況を観察しているならばまだしも、突如アノ状況に遭遇すれば圧倒的にゴーレム側が負けていると判断するのは当然のことだと言えるでしょう。
 
「………………うん……ええっと、どうしよう。吾、このやるせない感情をどう処理すれば良いんだ」
 頭をおさえながらテオがそう言いました。
 
 テオとしては「余計なことを」と叫びたい状況ですが、それをすればキュルケに対する負け惜しみになってしまいます。ですから、彼女に対する不満を飲み込むのですが。しかし釈然としない感情がモヤモヤと彼の中で渦巻き、テオは低く唸るのでした。
 
「ご主人さま」
 そんなテオに寄り添いエンチラーダは彼をなだめます。
 
「そんなことより!ツェルプストー!これお忍びの任務なのよ!」
「お忍び?知らないわよ。そうならそうと予め言っておいてくれないと」

 ぎゃあぎゃあとルイズとキュルケが言い争い、その状況にサイトとギーシュはどうしていいかわからずオロオロとするばかりです。
 そしてその周りでは、痛む体に悶えつつも、自分たちの命が助かったことを知り、倒れつつも泣きながら喜ぶ盗賊たちがおりました。
  
 散乱するゴーレムの破片。
 泣きながら喜ぶ盗賊。
 高らかに笑うキュルケ。
 怒るルイズ。
 唸るテオ。
 なだめるエンチラーダ。
 オロオロとするサイトとギーシュ。
 本を読むタバサ。
 無言のワルド。
 
 
 
 
 
 混乱する状況の中。



「むにゃむにゃ。もう食べられない」

 エルザの寝言だけが平和でした。
 
 
 
 
◆◆◆用語解説


・そっちのほうが危険だろうが
 吸血鬼を一人、監視なしの状態で学院に残して行く。
 確かに危険である。
 主にエルザ以外が。
 
・無粋な輩か
 テオは盗賊に気がつくことは出来ない。
 しかし、エンチラーダの声色からある程度の状況を読むことが出来る。
 声色や口調から相手の言いたいことを理解できる程度には二人の関係は深い。

・棍棒
 極めて原始的な武器だが、有用性が高く、特に鎧を着ている相手に対しては、剣以上に有効である。
 作りやすく、扱いも簡単なため、近年までよく使われた武器の一つである。
 さらに現在に至っても警棒等が広く使われているように、棍棒の有用性は失われていない。

・崖、 
 原作では盗賊は崖の上に立ちそこから一方的にサイトたちに攻撃をしていた。
 果たして崖の上に居る一団に対して乱戦に持ち込めるのか?書いていてすごく悩んだ。
 もしその崖がペトラ遺跡のような場所であれば、たとえどんなに離れていようとも盗賊の発見は不可能だし、戦うにしても崖をよじ登らないことには不可能だ。
 しかし、原作をよく読み返してみると、盗賊たちはタバサに崖の上から風の魔法で叩き落された際に、うめき声を上げる程度で、死んで居なかった。
 受身も取れない状態で落とされていても、命に別状がないうえにその後意識がある。更にはその後再度宿に襲撃をしていることから骨も折れていないのだろう。となれば左程高い崖ではないことが予想される。
 おそら数メートル程度の、崖と段差の中間程度のものなのだろう。
 
・ペトラ
 世界遺産。
 インディー・ジョーンズの最後の聖戦の神殿のある谷と言えば解りやすいだろうか

・不気味の谷
 ロボットやCGなどで、人間に対する忠実度が上がるほどに人は好印象を抱くが「完全に忠実の手前」で人間はとたんに嫌悪感を抱くようになる。
 これを不気味の谷現象と言う。
 身近な例では、一部CGアニメ、某FF映画、昭和花子、邪神モッコス等。

・関節部分には磁石
 ダンダダダダン ダダンダンダダン
ダンダダダダン ダダンダン
 ………
 ……………わかる人だけわかれば良い。

・エレメンタール
 穴あきチーズのこと。
 
・寝言だけが平和
 待てよ…。
 吸血鬼の寝言で…「もう食べられない」って事は…。
 それは果たして平和な夢なのか?



[34559] 19 テオとサイトと惨めな気持
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2013/01/09 00:14
 エルザが妙にヌルヌルする後頭部をさすりながら目を覚ました時。
 一同は既に目的地であるラ・ロシェールの宿に到着していました。

 そこはその街でも一等に上等な宿で、ピカピカの内装と、豪華な装飾に溢れていました。
 一階には酒場があり、ワルドとルイズ以外のメンバーはそこで一休みするのでした。
 
 いえ、正確には約二名は一休みを通り越し、椅子に全ての体重を預けだらしなく座っています。一日中馬に乗っていたためにもうクタクタになっていたのです。
 一方で、同じく馬で移動していたテオとエルザですが、彼らには全く疲れた様子が見られません。
 それどころか、旅に出る前よりも元気そうでした。

 しばらくすると乗船の交渉に言っていたワルドとルイズが戻ってきてこう言いました。

「船は明後日にならないと出ないそうだ」
 その言葉にサイトとギーシュが笑顔を見せました。
 疲れ果てた二人は明日休めるということに安堵したのです。

 そしてその場に、別の意味で笑顔を見せた人間がおりました。
「と言うことは明日は寝坊が出来るな。よし夜の街に繰り出す」
 テオがそういいました。
 
 別に如何わしい意味ではありません。
 普通であればハルケギニアの店は一部の例外をのぞいて夜の早い段階で店じまいをします。この世界では道に電灯が整備されているわけではありませんし、さらには燃料は貴重です。ですから夜の街はどこもすぐに眠りにつくのですが、ここラローシェルの町は違いました。船のに下ろしや荷入れのため一日中どこかで誰かが働いています。さらにそんな人のために飲食店やら問屋やらがやはり夜遅くまで開いています。
この街は常に活気づいているのです。

ですからそんな夜の街を見たいと旅行気分のテオが思うことは、ごく自然なことでした。
なにせテオは、道中でしっかりと睡眠をとっていて元気一杯なのです。
疲れはてて宿の一階にある酒場でへ垂れる一同を尻目に、エンチラーダに荷物の整理を命じるとエルザを連れて街へと消えていくのでした。

 ルイズ達はテオのそのような自分勝手な行動を止めはしませんでした。船が出るまでの二日間は暇なのはたしかですし、テオが緊張感をもったところで出発が早まるわけでもありません。
 しかしその行為に不満がないわけではありませんでした。
 
皆は鼻唄混じりに夜の街に繰り出すテオ達をだまって睨みながら見送った後に、彼の行動についてぶつぶつと文句を言い合うのでした。
「あいつ本当に自分勝手だなあ」
「まあテオだからねえ」
 サイトとギーシュがテオのいなくなった席を眺めながらそう言いました。
「テオだから…で済まさないでよ!いくらなんでも自分勝手が過ぎるわ!」
 イライラとした様子でルイズはそう言い、そこにキュルケが言葉を被せました。
「別にいいじゃないの、どうせ2日間はやることないんだから。彼がどう行動しようと彼の勝手だわ」
「あんたは黙ってなさいよツェルプストー!あんたはこの任務の重要性を理解してないんだから」
「理解しようがしまいが、二日間暇だって事実は変わらないじゃない」
「心構えの問題をいってるのよ!緊張感が無さすぎるわ」
「何いってるのよ、テオに緊張感がないのはいつものことじゃないの。今さら過ぎるわよ」
キュルケのその言葉にタバサがコクリとうなずきました。
「だけど今は重要な任務中なのよ!そのいつもじゃないの!」
「それよ、その重要な任務っていったい何なわけ?」

「言えるわけないでしょう!極秘任務よ!」
 酒場の中で、ルイズが大きな声でそうさけびました。



◇◆◇◆



 ルイズの声が酒場にこだまする頃。
 奇しくもエルザがキュルケと同様の質問をテオに投げかけていました。
 
「ねえ、テオ?極秘任務ってなんなの?」

 エルザはテオに『旅行に行く』とだけ聞かされていました。
 しかし実際に旅に出てみるとどうにも『旅行』と言った雰囲気ではありません。
 ルイズなどは屡々『任務』と怒鳴っていますし、武装した魔法騎士隊が同行してきたり。そして行き先はレコンキスタが絶賛内乱中のアルビオンだとのこと。何やらのっぴきならない雰囲気が一同にはありました。
 
 果たしてルイズの言っていた『極秘任務』とは一体なんなのか。
 エルザは気になって仕方がなかったのです。
 
 
「ん?ああ。別に極秘にする必要もない下らない任務だ。何でも姫が昔アルビオンの皇子宛てに書いた恋文があって、其れが今度姫がゲルマニアの皇帝と結婚する時に邪魔に成りかねないので取り返して来ると言う任務だ」

 テオは極秘任務の内容をあっさりとその場で説明を始めました。
「………………あれ?それって、実はすごく重要な任務じゃないの?」

 エルザには国家間の付き合いと言うものは解りませんが、それでも人間の世界における男女の関係に付いてはイヤというほどに見てきています。
 結婚を前にした女性が過去に結婚相手とは別の男に恋文を書いていれば、それは婚姻関係に大いに影響するということはエルザにも理解できたのです。
 テオは下らないと評しましたが、この任務は国家の運命がかかっているようにエルザは思いました。

 しかし、そんなエルザの考えを、テオは否定します。
「いや、全然」
「え?え?だって其れが有ると結婚がご破算になっちゃうんじゃないの?すごくマズイんじゃ…」
「ならんよ。そんな手紙ごときでご破算になるほど王族の結婚は軽くはないさ。王族同士の結婚というのは国家間の思惑が常に付いて回る。ゲルマニア皇帝にはトリステイン王女と結婚する理由があり、そこに感情は不要なのだ。王女の気持ちが別の男にあるなんてことは、既にゲルマニア側も想定しているさ」

 確信を持った声でテオはそう言いました。
 
「…そうなんだ。でもさ、そもそもゲルマニア皇帝にはトリステイン王女と結婚する理由はなんなの?たしか、テオの話じゃあトリステインはもうとても弱くて、他国に追いやられているような国なんでしょ?そんな国となんで結婚するの?」

 そのエルザの言葉に、テオは人差し指を立てながら言いました。 
「非常に良い質問だ。そこにはゲルマニアと言う国の成り立ちが関係するな。彼の国はもともと大きな都市国家であった。其れが周りの地域を併呑して大国となった。つまりハルケギニアにおける他の国家のように「始祖の系譜」が立ち上げた国とは成り立ちが違う。ゲルマニアの皇帝は他国の王に比べその立場は下とされるし、国内でもその権威は比較的低い。だからゲルマニアの皇帝は自分の血筋に始祖の血を入れたいのさ。つまりゲルマニアとしては、『始祖の濃い血』と『トリステインの姫であるという肩書き』さえあれば結婚相手はどんな人間でも構いはしないのだ。そこに人間性や個人の考えなど不要なのだよ」
 まるで教師が歴史の講義をするようにテオはエルザにそう言いました。

 そしてそのままテオは言葉を続けます
「そんな訳で、これはトリステイン的にはさして意味のない任務なのだ。まあ姫としては姫個人の名誉がかかっているし、それに手紙の奪取はあくまで建前でその裏に本命もあるのだがな」
「本命?」
「ああ、アルビオン皇太子の亡命だ」
「…………?」
 エルザはわけがわからないというふうに首を捻りました。

「あの小娘は、アルビオン皇子にとルイーズに手紙を預けている。内容は過去の恋文をルイーズに渡すようにという懇願が書かれている…との事だったが、あの時の雰囲気からするとそれとなくアルビオン皇子に亡命を進める内容だったのだろう。つまり姫は我々が、アルビオンの皇太子を連れて帰ってくる事を期待しているのさ。しかし、トリステインの姫という立場でそれを命令することが出来ない。それをすれば自分が原因でトリステインのに火種を取り込むことになるからな。つまりだ、自分の手を汚さずに自分の目的が達成されるのを望んでいるのだ。…滑稽だろう?まるで切り株にウサギか足を引っ掛けて転ぶのを期待して、一日中切り株を眺める農夫のようじゃないか」

「でもさ…ええっと、良くわからないけど、そのアルビオン皇子が亡命してきたら大変じゃないの?それこそ結婚はご破算になるし、アルビオンが内乱で滅びた後に、新しいアルビオンの支配者がトリステインに攻めてくるんじゃないの?百害あって一利なしじゃないの」

「まあ、表沙汰にはしないだろうよ?だからこその極秘任務なわけだ。もし皇太子が亡命してきてもその事実は隠匿され皇子は秘密裏に保護される、まあ表向きは皇子戦争で行方不明。トリステインにはどこぞの名もない貴族の一人が亡命してきたってことにでもなるんだろう。後は…王女の愛人として生きていく人生が皇子には待っているな。まあもしトリステインにもう少し国力があるなら、その後アルビオンに攻めこむときのプロパガンダに利用も出来るだろうが…いや、まあその辺のことはどうでも良いか。皇子がトリステインに亡命するなんてことは絶対にあり得ないしな」

 テオは「絶対」に皇子が亡命しないと断言しました。
 エルザは其れを不思議に思いました。
 たしかに、皇子が亡命しない可能性はあります。あるいは其れはとても高い可能性かもしれません。
 しかし、人の心の内は誰にも解りません。皇子が亡命をする可能性が『絶対に』無いと表するのは、なにか確信めいた理由が無ければオカシイとエルザは思ったのです。

「え?なんで『絶対』ってわかるの?」
「まあ理由はいろいろだが。なんといっても相手が王族であるということが大きいな。うちの国の姫はアレだが、本来王族と言うもの国家に殉ずるものだ。王は国があって初めて王でいられる。国を捨ててしまえば、その瞬間に王は王でなくなるのでな。そしてなにより…まあこれはエルザにはわからんかもしれんが、皇子はな、男なのだ」

「は?皇子なんだから男なのは当然でしょ?女だったら姫じゃん」
 何を当然のことを言ってるのかと、エルザは声を上げました。

「いや、そういう意味ではなくてな。男がな…女に守られるなんて、間違っても出来はしないということだ」
「???なんで?死んじゃうじゃん」
「だからエルザにはわからんと言ったろう。男と言う生物はな馬鹿な輩なのだよ」
 そう言ってテオは苦笑しました。
 
「よくわかんないけれど…どっちにしろテオはこの任務に意味が無いと思ってるのね?手紙の奪還はやる必要がないし、皇子の亡命は不可能だと思ってるんでしょ?」
「ああ、全くもって無駄な任務だ」
 テオがそう答えました。

その言葉を聞いて、
 エルザは少し悩む素振りを見せました。
 
 
  そしてこういいました。


「じゃあなんでそんな任務受けたの?」
 それは当然の疑問でした。
 この任務に意味が無いと断言するのならば、それを態々受けるテオの行動は実に意味不明です。たしかにテオは酔狂な人間ですが、無意味なことを進んでするほどには酔狂ではないはずです。

 そんな疑問でイッパイの表情のエルザに対し、テオは、
「…秘密」
 と言ってニヨリと笑いました。

「ム…」
 エルザは不満の声をだします。

 別にテオの言葉に他意はありませんでした。
 ただ単にミステリアスな人間を演出したかっただけなのですが。エルザはテオの態度をそうは受け取りませんでした。

 エルザはその言葉を挑発だと感じました。
 テオの思惑をどれくらい理解しているのか。
 人の心を読むに長けた吸血鬼であるならば。使い魔を自負するのであるのならば、それくらい自分で考えてみろ。
 そう言われているような気がしたのです。
 
 だからエルザは思案をしました。
 テオの思惑を読み取ってやろうと脳みそをフル回転させました。

 話を聞く限り、この旅におけるテオの目的は、姫に課せられた極秘任務とは別のところに有るようなのです。
 テオはこの任務事態が無意味であると思っていますし、更にはその裏にあるもう一つの思惑についても実現不可能であると断言しています。
 そんなテオがわざわざ姫のワガママをきいて、アルビオンに向かおうとするのは、一体いかなる理由なのか。

 テオの言葉を何度も脳内で反芻し、現在の状況を踏まえエルザは考察をしました
 
 テオの現状。
 アルビオンの状態。
 レコンキスタの存在。
 手紙。
 その内容。
 
 それらがグルグルと頭の中で混ざり合い。
 そして一つになりました。

「あ!わかった。私、解っちゃった!」
 まるで数学者が新しい数式を発見したように、エルザは大きな声を上げました。

「え?何が解ったんだ?宇宙の真理か?」
 突然大声をあげたエルザにテオは驚きます。
 
「いや、それはわからないけど、テオの真意がわかったわ」
 エルザは笑いながらそういいました。
 
 エルザのその言葉にテオは笑いました。
「ほほう、それではエルザ先生、吾が一体どういう真意でもってこの旅に着ているのか、ご教授願います」
 テオがそう言うと、エルザはコホンと一つ咳払いをして話し始めました。

「ふふん、まずはね。テオはこの任務を別の視点から見ているということね。確かに、この件。トリステイン側から見れば成功しても失敗しても状況は変わらないでしょうね。テオの言うとおり無意味な任務だわ。ではなんでテオはそんな無意味な任務を志願したのか…。
 ポイントは、この任務はトリステイン側から見れば無意味でも、レコンキスタ側にしてみれば無意味では無いってことかしら。
 レコンキスタ側からすればすごく意味のあることだと思うの。その恋文、確かにゲルマニアとの関係を崩すには弱いけれど、恋文であるということはその中に書かれている内容は姫として言っちゃいけない秘密のこともたくさん書かれているでしょう?そういうのを知るってすごく大切なことよね?それに、トリステインからしたらアルビオン皇子はたしかにお荷物だけど、レコンキスタからすれば倒すべき王族の一人であって、それをみすみす逃すのはまずいし。逃げられると今後の士気にもえいきょうすると思うの」

「ほう」
 テオはその言葉を特に否定せずにただ頷きました。

「そしてテオはトリステインという国を嫌っているわ。だってテオは確かに優秀だけど、その反面で冷遇もされているんだもの。このままいけば自分の家を継ぐこともできないし」
「それで?」

「つまりテオは…
   レコンキスタと繋がっている!」   
 ビシッィ!!っとテオを指さしながら、まるでエルザは犯人を追い詰める探偵のように、話を続けます。

「だとすればすべての辻褄が合うのよ。そう、この任務は、トリステインを裏切り、そしてレコンキスタに与するのに最も最適な機会。その手紙を奪ってレコンキスタにわたす、あるいは内容を盗み見て後で教えるだけでも有益ね。もし皇子当たりを拘束してレコンキスタに引き渡せれば其れはもう大金星だわ、そうすればテオはレコンキスタにすごく信頼される。今以上の待遇を手に入れることが出来る。もちろんレコンキスタから貴族の称号はもらえるでしょうね。つまり、テオの本当の目的は、この任務の途中でトリステインを裏切り、レコンキスタに貢献することなのよ!」

 エルザはそう言うと得意そうに胸を張りました。
 テオは感心したような表情を見せ、そして次の瞬間には満面の笑みを浮かべます。
「さすが!エルザは賢いな」
 そう言ってテオはエルザの頭をなでました。

「えへへへ」
 エルザは得意そうに笑います。






「だが残念ながら不正解」
「え!?」
 テオのその言葉に、エルザは間抜けな声を出しました。

「エルザも知っているだろう?吾が裏切りを好まないことは。たとえ今の状況に満足が行かないからといって国を裏切るような事は絶対にしないよ。
 そして吾自身はレコンキスタと何の関わりも無い。レコンキスタに与した所で、吾の立場が変わるものでもないしな」
「え?でもレコンキスタに付けば今より優遇されたりするんじゃないの?」
「いや…まあ、確かに表面的な待遇の差はいくらかあるかもしらんが、しかしまあ本質的な待遇は変わらんよ」
「本質的な待遇?」
 エルザにはテオの言葉が今ひとつ理解できませんでした。

「エルザよ、吾が巷でなんと言われているか知っているか?…二つ名という意味ではなく。別名で何と呼ばれているか知っているかね?」
「…残念グルメ?」
「…違う!…なんだその残念グルメって!?」
「え?厨房の人達、みんなそう呼んでいたよ?」
「なんだと………………まあいい、兎に角其れとは別だ。その呼び方とは別に吾は『金のガチョウ』と呼ばれている」

「金のガチョウ?」
「金の卵を生み出すガチョウ、色々と高級品や嗜好品を生み出す吾をこれ以上ないほどに的確に表した言葉だ。良くも悪くも家畜という認識だな。単に金を生み出す家畜。吾は塔から出るために有名になった。有益な存在だとトリステインに認識させた。いやトリステインだけではない、世界中がそう思っている。勿論…レコンキスタもそう思っているだろうよ」
「それって…」
「前にな、『何時、野に下ることになるかわからん立場だから、身を立てる手段をいくつも用意しておかねばならん』と言ったが、其れは半分事実で半分不可能なことなんだ。吾は確かに表向きは野に下るだろう。しかし、国が吾を手放すことはあり得ない。おそらくは城詰にされるかアカデミーにでも入れられて、延々と金になる仕事をさせられるのだろう。レコンキスタについた所でその待遇は然程変わらん。延々と金になる仕事をするのは同じだ」
 そう言ってテオは自嘲気味に笑いました。

 その表情は何処か寂しそうで、遠くを見るその視線には悲しみを感じました。
 何処か人生を達観したような表情。
 それは絶望に近い何かを含んでいるようにも見えました
 
 
 そんな。テオに対して。
 
 エルザは…

「ねえ、テオ?じゃあなんでこの旅行にきたの?ねえなんで?なんで?」
 ピョンピョンと飛び跳ねながらテオの服の裾を引っ張りながら、エルザはそう聞きました。

「………お前、『空気を読む』ってわかるか?」
 テオの表情を全く無視して質問するエルザの様子にさすがにテオも呆れた声を出しました。

「私子供だからわからない~」
「まあ、無駄にしんみりされても嫌だからいいんだが…吾がこの旅をした理由か?」
 ため息をつきながらテオが言いました。
「うん」
「この任務にな、裏切り者が居るのを知っているか?」
「裏切り者?」
 エルザは驚きの声をあげました。

「そう、ある意味で、先刻のエルザの予想はとても正しいものなのだ、この任務はレコンキスタ側からすれば大きなチャンス。裏切りが非常に効果的な任務。そして裏切り者が一人メンバーの中に居る、それをな、ちょいと観察しようと思ってこの任務を受けたのだよ」 
「観察?」
「ああ、そうだ、そうだとも、吾が嫌いで打破すべき裏切り者が、滑稽にも右往左往するさまを見て楽しむのさ」
 その言葉を聞いてエルザは理解をしました。
 つまりテオはその裏切り者のことを許せなかったのです。

 テオは何時もいい加減でマイペース。普通の人間とは違うエキセントリックな人間ですが、その反面で妙に義理堅い所も持ち合わせています。
 先ほどのエルザの予想に対する返答にもあったとおり、テオは決して裏切りをしません。
 
 足を無くした時にテオはこの世界の全てに裏切られました。 
 ですから、テオはこの世の中において一番に『裏切る』と言う行為を許せなかったのです。
 
「じゃあ…じゃあさ、一体誰が裏切り者なの?」
 エルザがそういいました。
 
 エルザの記憶にあるかぎり、あの一行のなかで怪しい動きをするものはおりませんでした。
 誰もが自国にしっかりとした立場を持ち、生活の保証が付けられています。
 あのメンバーの中に、レコンキスタに与する必要がある立場の者もおりませんでした。
 唯一レコンキスタに協力して利益を得られそうなのはテオなのですが、其れは彼自身が今否定しています。
 
 一体誰が裏切り者なのか。エルザには皆目検討がつかなかったのです。

「ははは…言っても良いが信じられんよ」
「もったいぶらないで早く教えてよ」
「ふむ…では耳を貸せ」
 そう言ってテオはエルザに向かって手招きをします。
 
 エルザは言われるがままに其の耳をテオの口元に近づけました。
 そしてそのテオの口から放たれた言葉。
 
 小さな声でしたが、それははっきりと聞こえました。
 
 そして、そしてエルザは驚愕しました。
 あまりの驚きに言葉を失うほどに。

 なにせテオの口から出た人物。
 その裏切り者の名前はエルザの想像を遙かに超えていたのです。
  
 そう。
  
 テオの口から放たれたその名前は。
 
 
 「エンチラーダだ」

 
 最もテオが信頼する人間の名前だったのです。
 
 
 
◇◆◇◆



「おかえりなさいませ」
 宿に戻ったテオとエルザをエンチラーダがそう言って迎えました。

「ふむ、今戻った。何か変わったことはなかったか?」
 いつもと変わらぬ様子で、テオはそう言います。

 その如何にも自然な二人の様子を、エルザは不思議な気持ちで見ていました。
 テオの口から語られた裏切り者の名前。
 「エンチラーダ」

 エルザにはとても信じることができませんでした。
 眼の前に居るこのテオを崇拝するメイドが、裏切りを行うとはどうしても想像が出来なかったのです。

 いったい何故エンチラーダが裏切るのか。
 何故テオがそれを知っているのか。
 
 エルザはあのあと何度かテオに問いましたが、テオは笑うばかりでまともに答えてはくれませんでした。


「いえ、特に変わった事は…ああ、ミスタ・ワルドに幾つかの質問をされました」
「どんな?」
「御主人様についてです。」
「ほう…」
「どうにもワルド様は、御主人様がエルザを召喚したことが気になるようです」
「…ああ、なるほど。まあ無理も無いか。その疑惑を取り去るために態々あいつの前で魔法を使って見せたのだがな」
「御主人様が例の属性では無いとそれとなく伝えておきましたので、その疑惑は払拭できたかと思いますが」
「ふむ…まあ、よいか…」

 テオとエンチラーダはいつもの調子で会話をしていきます。
 エルザが見るかぎりではエンチラーダには何処にも怪しいところはありませんでした。
 
 また、テオの様子にもいつもと違う様子はありません。
 いえ、それどころか何時もよりも幾何か上機嫌にすら見えるのです。
 何故そんな笑顔を見せられるのか。
 裏切り者が嫌いだというのならば何故そうも笑顔でいられるのか。
 身内が裏切っていると知っているのに、何故そうも笑っていられるのか。
 エルザは不思議に思いました。
 
 もしかしたら、エンチラーダが裏切り者だと言うのはテオの質の悪い冗談の類で、
 自分は単にからかわれただけなのだろうかとエルザは思いました。
 
 しかし、しかし、あの時、テオがエルザに言った口調は、とても冗談には思えない「重さ」が感じられました。
 
「…さて、吾は食堂でなにか食べてくるが、二人はどうする?」
 そう言ってテオは食堂へと向かおうとします。

「私は荷物の整理が終わっておりませんので、もう少し此処で作業をしていきます」
「私も残る」
 エルザはテオに付いていくべきか一瞬思案しましたが、部屋に残ることを選びました。

「ふむ…まあ、別に構わんか…ではまた後でな」
 そう言ってテオは部屋から出て行ってしまいました。

 テオがいなくなり、エンチラーダと二人だけになった部屋。
 エンチラーダはカバンを開き、その中身の整理を淡々と続けます。
 エルザはその様子を食い入る様に見ていました。
 
 最初に口を開いたのはエンチラーダの方でした。
「どうしたのですか?エルザ、私の顔に何かついておりますか?」
「ううん。別に何でもないの」
 何でもないと言いつつも、エルザはその視線をエンチラーダから外しません。

 やはり。どうしてもエルザには信じられませんでした。
 なにせ、エルザはエンチラーダほどに裏切りとは縁遠い人間を知らないからです。

 エルザの頭の中は疑惑と疑問でイッパイになり。
 そして、勇気を振り絞って、エンチラーダに質問をすることにしました。

 それはエンチラーダについての一番の疑問。

「エンチラーダ…一つ聞いて良い?」
「ええ、かまいませんよ」
 エンチラーダは作業をしながら答えます。

「何をしているの?」
 そう言ってエルザの見る視線の先では、
 
 エンチラーダが何やらテオの下着を顔に押し当てるという、色々と疑問を抱かずにはいられない行為をしていました。

「匂いを嗅いでいるのですが?」
 何を当然のことをと言った様子でエンチラーダはそう言います。
 
「…………」
 その言葉にエルザは、考えることが馬鹿らしくなるのでした。



◇◆◇◆



 次の日になりました。
 まだ朝早く、朝食をとりにテオ達三人組が食堂に向かう途中。

「何やら面白そうなことになっているではないか」
 テオはそう言って広場に視線を向けました。
 
 広場の中央ではサイトとワルドが向かい合うようにして立ち、そしてその間に居るルイズが何やら喚いて居ます。

 テオたちの位置からではルイズが一体何を言っているのかが良く聞こえませんでしたが、テオはなんとなく状況を察しました。
 闘争心みなぎるその場の状況。いまその広場では決闘が行われようとしていたのです。

「しかし、このタイミングで決闘とは…緊張感が無い奴らだなあ」
 テオはそう言って首をすくめます。

「どっちが勝つのかな」
 興味津々といった様子でエルザがそう言いました。
 
「まあ十中八九はミスタ・ワルドでしょう」
 エンチラーダが無表情にそう答えます。
 
 確かに彼女の言うことは最もです。なにせワルドはトリステインの魔法騎士隊の隊長だとのことですから、普通に考えて平民であるサイトが勝てるはずもありません。
 しかし、エルザには必ずしもそうでは無いように思えました。
「でもさ、あのお兄ちゃんものすごく早いじゃん…もしかしたら、勝っちゃうこともあるんじゃないの?」
 前にギーシュとの決闘で見せたサイトの動き。あの素早い動きがあるのならば万が一と言うこともありうるのではとエルザは思ったのです。

「まあ、ありえんな。ほぼ絶対に負けるな」
「そうかなあ」
 断言するテオに対してエルザは首を捻って答えます。
 
「…アノ小僧の身体能力は確かに強い部類に入るのだろうよ。だがな、それだけなのだ」
「それだけ?」
「それだけで勝てるほどに世界はやさしくは無いのだよ。そこに気づかない限りあの小僧は負ける」


 そして。
 
 
 テオの言った通りになりました。
 
 
 サイトは無残にも負け、その場にうなだれる結果となったのです。
 ワルドとルイズは早々にその場をさり、広場にはサイトが一人残されました。
 
 サイトの様子は遠目にも落ち込んでみえました。
 無理もありません。
 サイトは当初からワルドに対して不快感を隠していません。それ程に彼のことが嫌いだったのでしょう。
 そんな嫌いな人間に、コテンパンにやられて落ち込まないほうがオカシイのです。

「さてと」
 そう言いながらテオは広場の方に歩き出しました。

「あれ?テオ、何処に行くの?食堂はこっちだよ?」
 食堂とは違う方向に歩き出したテオに向かってエルザがそう言います。

「何処に行くかだと?決まっとるだろう、あいつの傷口に塩を塗りたくりに行くのだ」
 そう言ってテオは広場に立ちすくむサイトを指さしました。

「て…テオ、其れはさすがの私でも引いちゃうくらい非道な気がするけど……」
「構わん構わん。あいつがこの場で潰れようが死のうが、吾に取っては何ら問題はない…エルザ達は先に食堂に行って来なさい。あいつを立ち直れなくしたら吾も行くから」

 そう言ってテオは意気揚々とサイトの元に向かうのでした。
 エルザはテオのその行為に、テオは本格的にサイトの事が嫌いなのだと半ば呆れにも近い感情を抱いて、そしてそのままテオに言われたとおり食堂へと向かうのでした。



 広場の中央で下を向いて落ち込んでいたサイトは、自分の横に突如出現した影を見て振り返りました。
 そこには、もう、満面の笑みを浮かべたテオが立っていました。
「ププププ、ヒゲモジャ男にコテンパンにヤラれていたな?今どんな気持ちだ?なあ、どんな気持ち?」
 そう言ってテオは両手を水平に広げ体を左右に動かします。
 
「おまえ!」
 サイトは思わずテオに殴りかかりますが、テオはそれをひらりと避けました。

「おう、こわいこわい」
 その口調も、動きもすべてが挑発的で、サイトの心のなかは怒り一色に染まります。

「おやおや、無様に負けてしまった八つ当たりに、何の関係も無い吾に殴りかかるか?たいした紳士ぶりだな?」
「ぐ!!!」
 テオの言葉にサイトは拳を握ったまま固まります。
 
 テオの言葉は最もです。
 確かにテオの行動は非常に腹ただしいものですが、だからといって殴りかかっていい理由にはなりません。
 
「そもそも、貴様は落ち込むことすら筋違いなのだ。負けて当たり前の試合で負けて、どうして落ち込める?それとも何か?貴様こう思ったのか?『僕は天才だから、本物の軍人にだって勝てるに違いない!』と?世の中を舐めるにも程があるぞ」
「…」
 サイトは何も言い返せませんでした。
 
 テオが言うように勝てる、と確信するほどにサイトは自惚れていたわけではありません。
 しかし、心の何処かで、もしかしたら勝てるかもしれないと言う思いがあったのも事実です。
 自分の体に宿るこの不思議な力を使えば、もしかしたらと。たしかに思っていたのです。
 
「大体貴様、学園に来てからどれだけ体力づくりをした?どれだけ素振りをした?魔法使い対策は何かしたか?吾の知る限り、貴様はお遊び程度の練習を数回しただけで、ほとんどの時間を遊び呆けていたじゃあないか」
「お前に俺の気持ちがわかってたまるか!!突然、こんな所に召喚されて!使い魔にされて!帰り方もわからず!いきなりこんな厄介ごとに巻き込まれて!なんで体なんか鍛えなきゃナンないんだよ!オカシイだろ!俺は普通の一般人なんだよ!それで訓練とか意味ワカンネーよ!」

 結局サイトの口から出たのはそんな悪態でした。
 それを口にしながら、サイト自身、自分の言っていることがいかにも幼稚なワガママだとは自覚して居ましたが、それを言わずには居られなかったのです。
「貴様の気持ち?わからんし、わかる気もない。ただひとつはっきりしているのは、目の前の貴様は調子こいた挙句に、無様に負けた。屑だということだ」
 ピシャリとテオはそう言い切りました。
 
「…」
 サイトは殺意のこもった視線でテオを睨みつけました。
 しかし、テオはその視線を受けても、涼しい顔です。

「他人に責任を押し付ける暇があったら、一度でも多く剣を振るべきだと吾は思うがな」
「押し付けるも何も!他人の責任じゃないか!俺が今ここに居るのだって!巻き込まれただけで…」
「だからどうした?」
「え?」
「誰のせいかなんて考えていれば幸せになれるのか?この世は理不尽で溢れているのは当然のことだろう。それに一々文句をつけている時点で貴様は屑なのだ。今の状況に不満があるのならば打開すればいいだろう?」
 そう行ってテオは自分の着ているマントを翻し、踵を返します。
「べつに、貴様が周りに喚き散らしながらそこに留まると言うのならば好きにしろ。別に吾には関係の無いことだ。だがな、吾は絶対に貴様を認めはしない」

 そう言ってテオはその場をあとにしました。

 言いたいことだけを言って去っていくテオに、サイトはこの上ない怒りをその臓腑の中に宿します。
 恨みのこもった視線をその後姿に向け、その姿が見えなくなると、大きな声で叫びました。

「なんだよあいつ!そんなに偉いのかよ!」

「当然です」
「ぎゃあ!」
 突然背中から声をかけられ、サイトは驚きの声をあげました。

「え…エンチラーダさん、何時からそこに」
「先程からおりました」
「け…気配がなかった」

 冷や汗を流すサイトに、エンチラーダは言葉を続けます。

「おっしゃいましたね?『そんなに偉いのか』と。ええ、偉いです。あの方は偉い方です。私は、あの方ほどに偉い方を知りません。なにせあの方は誰にも助けられず、誰にも寄り添わず、誰にも構われず、そんな状況の中。お一人で前に進んで行きました。軟禁されていた塔から出たのも自身の努力によるものです。少なくとも、貴方を馬鹿にする資格は十分に持ちあわせています」

 サイトはエンチラーダのその言葉に、テオの生い立ちを思い出しました。
 テオの生い立ちはサイトも知っていました。メイドのシエスタから、前に聞かされていたのです。

「そもそも貴方は勘違いをなさっています、なぜ御主人様があのようなことを貴方に対して言ったのかわかりますか?」
「いや、単に馬鹿にしたかっただけじゃないのか?」

「確かに、御主人様は貴方を嫌っています」
「ああ、だろうよ、じゃなきゃあんなこと面と向かって言うもんか、クソ!」
「しかし同時に貴方に対して親近感のような物を感じてもいます」
「は?」

「でなければ、あのような事を言うはずが無いじゃないですか」
「なんでだよ、馬鹿にしただけじゃないか」
 なぜ親近感を抱くと相手を馬鹿にするのか、サイトは理解出来ませんでした。

「ええ、確かに馬鹿にしました。しかし、それは貴方を馬鹿にしたのではありません」
「はあ?」
「あの叱咤は、貴方に向かって言ったのではありません。過去の自分に、いえ、今現在も存在する、御主人様自身の弱い心に向かって言ったのでございます。御主人様でも、挫けそうになったことは幾度と無くありました。惨めな思いに潰れかけた事がありました。しかし、そのたびにあの方は自身を奮い立たせ、前に進みました。そして今の御主人様があるのです。あの方は今の貴方と、嘗ての自分を重ねているのです。アレは、あの言葉は、貴方に言っているのではありません」

 サイトはガツンと頭を叩かれたような気分でした。

 不理不尽な状況。
 サイトの状況も確かに不理不尽な物かもしれません。しかし、テオもまた理不尽極まりない状況にあるのです。
 
 足を無くし、
 貴族と認められず、
 両親にすら捨てられ、
 皆からバカにされる。
 
 しかもその状況に至るにおいて、テオ自身には何の責任も存在しないのです。
 まさに理不尽に押しつぶされようという環境から。テオは自分の力で抜けだしたのです。

 テオの言葉がサイトの頭の中に響きました。

『今の状況に不満があるのならば打開すればいいだろう?』
『吾は絶対に貴様を認めはしない』

 そう、アレは決意表明だったのです。
 
 挫折するサイトの前で。
 いえ、挫折というその行為そのもの。
 そして、自分の中にある挫折しそうな心に向かって。
 
 テオは自分自身に、これからも自らの力で状況を打開して行くと
 そう言い聞かせたのです。
  
「貴方の今の姿はまさに、御主人様が恐れる弱い自分そのものなのです。不幸な状況でありながら、努力を放棄し、現状に不満を言い、行動を起こさない。
 実際貴方は。故郷に関する情報を少しでも集めようともせず、それらしい書物も読まず、メイジに聴きこみもせず、自衛のために訓練もせず、誰かに頼むためにコネクションを率先してつくろうともせず、この世界を生き抜くために金を手に入れようともしていない。それで居ながら自分の力を過信し、その過信が打ち砕かれた途端、現状に対する不満を漏らす。
 ある意味それは仕方の無いことかもしれません、普通の人間であれば貴方のような行動をとっても仕方の無い事なのでしょう。しかし、しかし御主人様はその仕方の無い事に甘んじていることを何よりも憎んでいるのです。いえ、憎まざるをえなかったと言えるでしょう。そうしなければあの方は塔から出ることすらできませんでした。そしてあの方は常に心がけています。そして口に出したのです。自分は絶対にこうなってはいけないと、自分の心に刻むために」
「…」
 サイトはもう何も言い返せなくなってしまいました。
 
「正直な話、貴方が潰れようとどうなろうと私の知ったことではありません。しかし、ご主人様の真意が伝わらないのは私としても不快ですので、差し出がましくもこうして語らせていただきました…失礼」
 そう言ってエンチラーダはそそくさとその場をあとにしました。
 
 そして。
 こんどこそ広場にはサイトだけが残されました。
 
 一人っきりになった広場。
 動くものはサイト以外にはおりません。
 
 サイトはとてもとても惨めな気持ちになりました。

 先ほどワルドに負けた時よりも。
 それよりもずっと惨めな気持ちになりました。
 
 テオの言うとおりでした。
 エンチラーダの言うとおりでした。
 
 何も努力していない自分が惨めで。
 そのくせ自分が強いと思っていた自分が惨めで。
 テオの言葉にムキになった自分が惨めで。
 そして…テオの言葉に怒った自分が惨めでした。
 
 自分が恥ずかしくて。情けなくて。とにかく、惨めで、惨めで。
 それ以上何か考えるとおかしくなりそうでした。
 
 
 
 
 
 
 ふと、地面に落ちている剣がサイトの目に入りました。
 
 サイトは地面に落ちた自分の剣を拾いました。
 特に意識しての行動ではありません。
 ただ何と無く、体が動いたのです。
 
 その場でじっとしていると、あまりの惨めさに自分の頭がどうにかなってしまいそうで。
 
 だから、ただ何と無くそのまま。
 その剣を、振りました。
 
『どれだけ素振りをした?』
 テオの言葉が頭に響いた気がしました。
 
 サイトの振る剣は何処かぎこちなくて、
 これは馬鹿にされて当然だと、サイトは改めて思いました。

 剣を振る音が、広場に木霊します。
 
 何度も剣を振るうちに、サイトの視線はいつしか滲んでいました。
 涙が止まること無く溢れていました。
 
 剣を振った所で惨めな気持ちは無くなりません。
 何度剣を振っても、自分が惨めである事実は変わらなかったからです。

 それでもサイトは剣を振ることを止めませんでした。
 
 それを止めてしまえば。
 もう二度とテオやエンチラーダの顔を見ることができないような気がしました。
 
 だからサイトはただ黙って。
 泣きながら、剣を振りました。
 
 




 何度も。
 
 何度も。
 
 
 
◆◆◆用語解説



・ヌルヌルする後頭部
 口を広げて寝ながら馬に乗るテオ、
 その膝の上で同じく寝るエルザ。
 ちなみに寝ているときにテオが見ていた夢はピクルスを貪り食う夢だった。
  後は察していただきたい。
 
・都市国家
 すごい乱暴な言い方をするならば、王様がいて自治をしている都市。
 広義的解釈をするならば、現在も世界中にある自治区や特別行政区も都市国家と言えなくもない。
 原作ではロマリアが都市国家の集合体である他、クルデンホルフ大公国も都市国家に近いものだと思われる。
 
・アルビオン皇子にそれとなく亡命を進める内容
 これは全て筆者の妄想なのだが、
 アンリエッタは愚か者で頭がお花畑だが、完全な馬鹿では無いと思う。
 手紙でウェールズの亡命を奨めているような描写があったが、其れを明確に手紙にしているとは思えない。
 そんな手紙を書けば、ある意味で恋文以上に危険なものを書いていることになる。
 だから、せいぜいが読み方次第では亡命を奨めているように見えなくもない程度の手紙だったのではないだろうか。
 そうすれば万が一ルイズたちが任務失敗をしてその手紙が世にでても言い訳が出来る。
 そしてさらに手紙をかきながら…
  (ルイズの方をチラリ)〈決して大きくは無いがルイズには聞こえる声で〉
「始祖ブリミルよ、この自分勝手な姫をお許しください。でも、国を憂いても、わたくしはやはり、この一文を書かざるをえないのです…。自分の気持に嘘を付くことはできないのです」
 という小芝居。
 其れを見ていたルイズは姫の真意を理解して皇子に亡命を進める。あくまでルイズの暴走という形で。
 もしアルビオンの皇子が亡命してきたとしても、其れはルイズの暴走による結果。
 責任問題が発生した場合ルイズの実家を潰して終わり…とかそういうことを考えていたのでは無いかと妄想している。
 
 まあ、考え過ぎか。
 
 
・一日中切り株を眺める農夫
 守株待兔という故事に由来する。エルザは意味をよくは理解できなかったがなんとなく雰囲気で頷いた。
 日本では童謡の「待ちぼうけ」で有名なエピソード。
 
・プロパガンダ
 国家による宣伝活動。
 
・男と言う生物はな馬鹿な輩
 之も筆者の妄想だが、
 たとえ皇子がトリステインに亡命しようがしまいが、いずれレコンキスタがトリステインに攻め入るのは皆わかっていたこと。
 皇子はトリステインに迷惑がかかるからと亡命を断ったが、其れは建前で本当は「女の子に守ってもらう」という状況を受け入れがたかったのでは無かろうか。

・残念グルメ
 厨房のスタッフ及び一部のメイドがつけたテオのあだ名。
 由来は、厨房に頼んできた妙な頼みの数々から。
 例、厨房にあるすべての食材を詰め込んだ巨大サンドウィッチ。
   樽いっぱいのプリン。巨大ラビオリ等々。

・私子供だから
 三十過ぎです。

・誰もが自国にしっかりとした立場
 ちなみにエルザはタバサのことを、夢に燃えるガリアの騎士見習いだと思っている。

・両手を水平に広げ体を左右に動かします
 挑発ダンス。

・おう、こわいこわい
 無論あの顔で



[34559] 20 テオと裏切り者
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2013/01/09 00:23

 夜。 
 それは日没から日の出までの、世界の半分を支配する時間。
 夜になると、人はその動きを狭めます。
 もともと人間は日の出とともに起き、日没とともに寝るという生き物です。
 何億年という生命の歴史によってもたらされた人間の体内時計は、昼明るいという状態にあって初めて正常に機能するものなのです。
 人間が火を使うようになり、夜間に行動出来るようになってからもその本質は変わらず。
 やはり人は闇夜で物が見えず、夜の眠気で力が入らず、夜の寒さに体が強張ります。
 夜になれば人の行動範囲は極端に狭まり、そして個々の能力かなり制限されてしまうのです。

 しかし、それと対照的な存在がいます。
 
 そう、それは吸血鬼。
 
 人間が弱まる夜にこそ、吸血鬼は活発に動けるのです。
 もちろん、エルザも例外ではありません。

 真っ暗な林の一角。
 普通の人間では何も見えなくなるような闇のなかで、
 エルザはゴソゴソと活動していました。
 
 エルザは地面に文字を書きつつ頭の中身を整理しています。
 自問自答をするようにして、彼女は考えを纏めていきました。

「再確認よエルザ。
 テオはエンチラーダを裏切り者だと思っている。
 事実かどうかは別として、テオはそう確信している。
 テオはいい加減だけど、同時に現実主義者でもあるから、たぶん勘だとか、根拠の無い予想だとかじゃないわ」
 
 そう言いながらエンチラーダは地面に書いた『テオ』の文字を二重に丸で囲いました。

「つまりテオにはエンチラーダが裏切り者であると断ずるだけの何かを知っている。
 いいかえれば、エンチラーダは裏切り者と思われるほどの行動、行為をしている。
 一体、エンチラーダは何をしたのかしら。
 テオのオヤツを黙って食べたとか?

 …さすがにそれは無いか」
 そう言うと、エルザは地面に書かれた『オヤツ』の文字をグシャグシャを踏み消しました。
 
「でもどうしても信じられないのよね。エンチラーダが裏切り者?
 あの揺るぎない忠誠心が嘘だとはどうしても思えない。
 いや、その考えこそが危険ね。
 テオもエンチラーダも擬態の天才。初めて会った時、微塵もあの強さを予想出来なかったじゃない。
 吸血鬼を越える擬態の天才だもの、可能性はゼロじゃない」
 
 エルザはその後もしばらく地面に何やら書き込み、独り言を言いつつ、脳内を整理していきます。
 しかし、いくら考えても答えは導きだされませんでした。
 
 所詮考察は予想の羅列に過ぎず、何一つとして確証を得られていないのですから当然とも言えました。
 
「ああ、やっぱり考えた所で埒が明かないわね、やはり大切なのは行動だわ。
 エンチラーダが本当に裏切り者なのかどうかを、此の目で確認するべきよね。
 さてミッションよ、エルザ。内容はエンチラーダの調査。
 ちなみにこの任務に失敗してもテオは関知しないのでそのつもりで。
 なおこの書き込みは2秒後に消滅する…と」
 
 そう言ってエルザは地面に書かれた文字をザリザリと足で消しました。

「よし、このあたりの精霊との契約も完了っと…ええっと、精霊たちを混ぜずにシェイクして体にまとわせるんだっけ…最近魔法使ってないから鈍ってるわね」

 エルザがそう言って呪文を唱えると、彼女の気配が希薄になります。
 それは先住魔法でした。
 
 そう、エルザはただそこで考察を重ねていたのではありません。
 それはあくまでついでであり、彼女はその場の精霊と契約を結んでいたのです。
 
 エルザが扱う先住魔法と言われるそれは、人間のメイジが扱う魔法とは違い、精霊との契約が必要となります。
 エルザは気配遮断の先住魔法を使うために精霊との契約を行っていたのです。
 吸血鬼の得意とする。気配を消す魔法。
 と言っても、それ程に大したものではなく、せいぜい普通のメイジの使う『サイレント』の魔法のように、自分が発する音を消す程度の魔法です。
 しかしその程度のことが、とても重要なのです。
 尾行にしろ調査にしろ、自分の存在を相手に気取られない様にするのが、何よりもの条件なのですから。
「ととと、さてさて、エンチラーダは一体何しに森に入ったのかしら?」

 そう言って彼女は森の中を睨みつけるのでした。


 さて、なぜエルザが森の中に居るのか。
 なぜ態々森の精霊と契約してまで先住魔法を自分にかけたのか。
 そして、なぜそこまでしてエンチラーダ調査しようとするのか。 
 
 それは、エンチラーダの行動が原因でした。
 
 エンチラーダが森に入ったのです。

 日が落ちて暗くなった森に単独で入る。夜行性の動物を専門に狩る狩人でもなければ普通はしない行為です。
 一介のメイドであるエンチラーダがそんなところに用があるとも思えず、どう考えてもおかしな行動です。
 
 異常とすら言えるでしょう。
 いえ、何よりも異常なのは、そのような行動を起こしておきながら、異常であると認識させないそのエンチラーダの自然さにあるのかもしれません。
 誰もエンチラーダがいなくなっても気にもとめず、そしてエンチラーダが森に入ったことに気が付きもしない。

 エルザだって、昨晩テオにエンチラーダが裏切り者だと聞かされたからそれに気がつけたのです。
 もし、いつものエルザであれば、エンチラーダがフラリと消えても、また何処かで仕事をしているのだろうと解釈して、気にも止めなかったことでしょう。

 しかし事実としてエンチラーダは夜の森に入りました。
 この怪しげな行為を見逃す手は、エルザにはありません。
 
 とはいえ、普通に追いかけては直ぐにエンチラーダにバレてしまうでしょう。
 夜行性で夜の行動に優れたエルザといえど、相手はあのエンチラーダ。
 
 生半可な尾行では、不安が残ります。
 ですからエルザは態々こうして時間をかけて精霊魔法で気配を消しているのです。
 
 暗い森の中、気配の無い吸血鬼はたとえエンチラーダであったとしても気づくことはできないでしょう。
「任務遂行は簡単だけど、正直私たちの平穏を守るのは大変そうだわ」
 
 エルザはそう小さくつぶやくと、苦笑しながら森の中を進みます。



 或いは時間をかけて探さなくてはいけないかと、エルザは覚悟していましたが、思いの外あっさりとエンチラーダの姿を見つけることが出来ました。
 
 森の木々に囲まれた中にぽつんとある、開けた場所。
 月が照らす森の中。エンチラーダは只立っていました。
 森の中でメイド服という、如何にも場違いな格好であるにもかかわらず。
 丸でエンチラーダは昔からそこに立っているかのように、堂々とそこにおりました。
 
 そして、彼女は一人ではありませんでした。
 彼女の前には、もう一つ佇む影が存在していたのです。
 
 
 
 エルザは驚愕しました。
 こうして、目の前の状況をみた今でも、それを信じきることができませんでした。
 
 なにせエンチラーダの目の前に居る人物。それはエルザも知っている人間。
 盗賊フーケその人だったのですから。
 
 テオによって牢獄に入れられたはずの盗人が、なぜか今エンチラーダと親しげに会話をしているのです。
 
「で?アンタに言われたとおり、レコンキスタに協力したけれど?これからどうするんだい?」
 フーケがエンチラーダに向かってそう言いました。
 声は然程大きくはありませんでした。
 しかし、100メートル先に落ちた針の音をも聴き取る女、エルザには耳元で喋られるかのように、はっきりと聞きとれました。
 
 その言葉にエルザは驚愕します。
 エンチラーダが裏切りものである。
 この疑念が、いまフーケの言葉によって、疑念から決定的なものへと変わったのです。
 
「おや?私は別にレコンキスタに協力しろとは言っていませんよ?ただ、レコンキスタが貴方を牢から出してくれるでしょうと言ったのです」
「もうそれはレコンキスタに協力しろと言ってるのと同義じゃないか。私を牢から出したアノ男、協力しなきゃ殺すって雰囲気をバリバリに出してたんだよ!?」
「おやおや、それは災難でございましたね」
 いかにも心のこもらない言い方でエンチラーダはそういいました。
 
「全く、他人ごとみたいに。だいたいさあ、正直な話、私はレコンキスタに牢から出してもらったわけだし、別にアンタの言うことを聞く必要もない立場なんだと思うんだけど?」
 頭をボリボリとかきながらフーケが言いました。
「ええ別に義務はございません。これは純粋たるお願いに過ぎないのですから。もし貴方が拒否するというのであれば、私にはそれを止めるすべはありません。ああ、ちなみにご協力いただけるならば勿論報酬はご用意させて頂きます…ちなみにこれは前金です」

 そう言ってエンチラーダは懐から小さな袋を取り出し、それをフーケに向かって投げました。
 フーケはそれを受け取ると、中身を見て何やら驚愕した様子です。
 
「こりゃあ…」
「勿論もし行って頂けるのでしたら、それ以上の金額を用意させていただいております」
「まあ、報酬が得られるってうならば別に良いんだけど…」
 先ほどの様相とは打って変わって、フーケの顔はにこやかになっていました。
 恐らく、かなりの金額、或いは価値のあるものが袋には入っていたのでしょう。
「では、その袋に入っている指示書の通りに動いてください、なに、どれも貴方であれば簡単に出来ることばかりですとも」
「…まあ、見る限り確かに、特別難しい事は書いていないようだけど…」
 フーケは袋の中から一枚の紙を取り出すと、それを読みながら言いました。
 
 その様子を見てエルザは思案しました。

 どうやらフーケを牢から出したのはレコンキスタのようです。そして今はフーケ自身もレコンスタの一員。
 そして、エンチラーダ自身はレコンキスタとの直接の繋がりは無い様子です。
 フーケとの繋がりはレコンキスタを介さない、個人的なもののようです。
 
「でもさ、この左に丸印が書いてある指示はいったいなんだい?」
 フーケが手に持った紙を叩きながら言いました。
「ああ、それは場合によってはやらなくても良い指令です。万に一つ、貴方の相棒であるあの男が目的を達成できなければ、それらは行わなくても構いません」
「アンタは…つまり、自分たちが負けると思ってるのかい?」

 その言葉にエルザは驚きました。
 そう、恐らくエンチラーダのいう「フーケの相棒」とはレコンキスタの人間なのでしょう。
 そしてそのレコンキスタの人間が目的を達成する。
 すなわち、テオ達一行が負けると言うこと。
 
 其れを、エンチラーダはさも当然のように言っているのです。
 
「ご主人様個人が負けることは無いでしょう。しかし、あの男と戦うのは『伝説』でございますので」
「伝説?」

 伝説?
 フーケ同様にエルザもその言葉に首を捻りました。
 
 伝説?
 伝説とは何だろう?どんな伝説なのだろう。
 いや、エンチラーダの言いぶりからすると、誰かの事を指しているようです。
 話からしてどうにもテオのことを指しているのでは無いようです。

「ええ、といっても、伝説は大抵において尾ひれが付くものです。実際の彼は、まあそれなりに強い戦士程度の実力しか持ち合わせていません。それでもあの男に打ち勝てるだけの実力はあるのでしょうが…まあ、正直、現時点ではドチラが勝つのかはわかりません。が、私個人はは恐らく伝説は負けるような気がします」
「へえ…でもその伝説ってのはなんだか強そうな響きじゃないか、あんがいあの男に勝っちゃうかもしれないよ?」
 フーケがそう言うと、エンチラーダは笑いました。

 月に照らされたその表情。
 それはエルザにもしっかりと見えました。
 
 それは嘗て初めてエルザがエンチラーダにあった日。
 エンチラーダが見せた、あの恐ろしい笑と同じ物でした。
 
「そうですね、確かに、可能性はゼロでは無いのでしょう。条件がそろうならばきっと彼はあの男に勝てるでしょう。しかし、あいにくと今の彼には、
 伝説が一つ足りないのです」
 
 
 その場からすでに遠く離れたトリステイン魔法学院。そこの学生寮にあるテオの部屋。
 その部屋の隅で鞘に入れられたまま無造作に置かれていたデルフリンガーが、コトリと音を立てました。
 
 しかし、ただそれだけ。
 
 ただそれだけでした。



◇◆◇◆



 美しい月夜。
 
 月の光に照らされながら、宿のベランダでサイトは剣を振っていました。
 丸一日。サイトは食事をする時間以外を剣を振ることに費やしていました。

 手は痺れ、肩は痛み、腰も、足も、疲労で震え始めました。
 
 それでもサイトは剣を振りました、
 一回毎に、サイトの悩みは少しずつ薄れるような気がしました
 ほんの少しずつ、其れこそ刹那にも満たないほどですが、剣を振るごとに自分がテオに近づいて行くような気がしたのです。
 
「ねえ、アンタ、いつ迄剣を振ってるの」
ルイズの声が響きました。

「…」
 その問いに答えること無く、サイトは剣を振り続けます。
 
「そりゃあ、負けて悔しいのはわかるけどさ、だからって剣を振ってればいいってもんじゃ無いと思うんだけど」
「…」
「ねえ」
「…」
「ちょっと何とか言ったらどうなの!」
「え?あ、ルイズ…いたんだ」
 耳元の大声に、サイトは驚いたように声をあげました。

「い…いたんだじゃ無いでしょ!この馬鹿犬!!!!」
「いや、悪い、つい夢中になって」
「夢中って…」
 ルイズはため息を一つつきました。

「なによワルドに負けたくらいで、そんな馬鹿みたいに練習すること無いじゃない」
「いや、そんなんじゃないんだ」
 差も当然といった様子でサイトはそう言いました。
 そのあまりにも平然とした様子に、ルイズは少し驚きます。

「多分さ、俺はあそこで鼻っぱしらを折られて良かったんだと思う」
「はあ?」
 ルイズはサイトの口から出たその言葉が信じられませんでした。

「俺はさ、甘えてたんだ。確かに理不尽でクソッタレた状態だよ。不満だらけだ。でもさ、だからって不満を言うばかりじゃあそこらの子供と変わりない。やっぱりさ、今の状況に不満があるなら、自分で打開しないとな。男なら。うん」
 剣を振る手を休めること無く、サイトはそう言いました。

 口調は明るいものでしたが、その表情はとにかく真剣で、ルイズは不覚にも、そのサイトの表情にドキリとしてしまいました。

「ま…まあ、アンタは私の使い魔なんだから、そうやって自覚を持って努力することは悪いことじゃないけど!」
 少し顔を赤くしながらルイズが言いました。
 
 
 
 
「いや、別にそういうわけじゃ…って、なんだありゃあ!」



 突然サイトが大声で叫び、ルイズが振り返ります。
 
 驚くサイトの視線の先には、真っ黒い大きな影が月の光を遮って居ました

「ゴーレム!?」
 ルイズが叫びました。
 
 彼女の言うとおり、其れはゴーレムでした。
 しかも見覚えのあるゴーレム。
 嘗てテオが倒した、フーケの巨大ゴーレムだったのです。
 そして其れを肯定するように、そのゴーレムには嘗て何度も見た、フーケの姿がありました。
 
「「フーケ!?」」
 二人は同時に怒鳴りました。

「あら、おぼえててくれたのね?」
 ゴーレムの肩に座った人物がうれしそうに答えます。
 
「おまえ牢屋に入ったんじゃあ…」
 サイトはフーケの方に剣を構えながら言います。

「私のような美しい人はもっと世にでるべきだって人がいてね、そのご期待にあわせてこうしてやってきたわけだけど…」
 そう言ってフーケは肘より先のない右手を振りました。
 
 暗くて良く見えませんでしたが、その隣には黒いマントを貴族らしき男が立っていました。
 サイトとルイズはその男がフーケを脱獄させたのだと確信しました。

「そりゃまた奇特な奴が居たもんだ。で、ここに何しにきやがった」
「素敵なバカンスのお礼に来たのよ」
 フーケがそう言うと、ゴーレムの拳がサイトたちの居たベランダを破壊しまします。
 それはサイトたちに当たることはありませんでしたが、足場の大半を破壊し、破片が当たりに散らばります。

 サイトはとっさにルイズを掴むと、そのまま駆け出しました。
 部屋を抜けて、一階へと階段を駆け下ります。
 そして何とか仲間と合流しようと、皆が居るであろう一階の酒場に向かいました。
 
 降りた先の状況も、壮絶なものでした。
 
 突然玄関からなだれ込んだ傭兵たちが、酒場を襲撃していたのです。
 酒場に居たギーシュ、キュルケ、タバサ、ワルドも戦闘に巻き込まれ、果敢に応戦していますが相手の数が多くかなりの苦戦を強いられていました。

 皆はテーブルを盾に魔法を使いますが、相手の傭兵たちはメイジとの戦闘に慣れているらしく、魔法の射程外に陣取って一方的に矢を射かけてきます。
 結果、皆は傭兵たちの攻撃を防ぐのが精一杯です。
 すでに負傷者もではじめていて、店主らしき男などは右手を射られたらしく、腕をおさえながらのたうちまわっています。

 サイトはテーブルの影に隠れるキュルケたちの下に姿勢を低くしながらかけよりました。
 外にフーケが居ることを伝えようとしましたが、それを口にするまでもなく、扉の外からはフーケのゴーレムの大きな足が姿をのぞかせています。
 
「参ったね」
 ワルドのその言葉にキュルケが頷きました。
「フーケが居るってことは、アルビオン貴族が絡んでいるってことだよな」
「アイツら、こっちが疲れるのを待って、私たちの精神力が切れたことを見計らって突撃してくるつもりよ?」
「ぼ…僕のゴーレムで防いでやる」
 ギーシュが青い顔でそう言いました。

 キュルケは冷静にギーシュの実力と敵の戦力を比較した上で言いました。
「ギーシュ、アンタのゴーレムじゃせいぜい数人が関の山。相手は手練が中隊程度の量居るのよ?それに外にはフーケだって。テオのゴーレムならばまだしも…」
 そこまで言ってキュルケはハッと気が付きました。
 
 いま、このメンバーの中にテオが居ないことに。
 
「そう言えばテオは?」
「言われてみれば…居ないな」
「ひょっとしてまだ部屋にいるのかしら」
 
 その時、聞き覚えのあるのんきな声がその場に響きました。

「おやおや、吾が夕食を取ろうと来てみれば、予想外の混雑。これではゆっくり夕餉がとれんではないか」
「ご主人様?何やら何時もと様子が違うようですが?」
「人いっぱい…」
「知ったことか…ああ、あのカウンター席が開いているな…何やら店主が腕に矢を生やして床を転げまわっているが、斬新な出迎え方だな。エンチラーダ、チップははずんでやれ」

「ちょっとアンタ!この状況を理解してないの!?」
 テオたちの服をグイッと引っ張り三人をバリケードの影に押し倒しながらキュルケが叫びました。

「状況?何やら騒がしい上にテーブルもむちゃくちゃだが、なんだ?誰かのお祝いか?パーティーにしても騒ぎ過ぎじゃないか?」
「駄目だこいつ早く何とかしないと」
 思わずギーシュがそう呟きました。

「あのね!今私たち傭兵たちに襲われているのよ!食事なんて出来る状態じゃないの、見てわかりなさいよ!」
「つまり、傭兵たちが邪魔で満足に夕食が食べられない状態ということか?」
「言うまでも無くそのとおりよ!」
 ルイズの叫びにテオは少し考える素振りを見せ、そしてこう言いました。
「…なるほど、之は大問題だ」

 このあまりにも緊張感の無いテオに対して、一同はもはや呆れを通り越して感動すら覚えました。
 なぜこんな逼迫した状態でも、この男はこんなにもマイペースなのか。一同はある種尊敬にも近い感情を抱きます。

「諸君」
 ワルドが低い声でいいました。
 一同は黙ってワルドの声に頷きました。
「このような任務は半数が目的地に辿りつけば成功とされる」

 その意味を理解したのか、その言葉にタバサがすぐに反応し、自分たちを指さし『囮』と呟きました。そしてワルド、ルイズ、サイトを指さし『桟橋へ』と呟きます。

 つまり自分達が傭兵を抑えている間に、三人はアルビオンに向かえと言っているのです。
 
 しかし、それにはルイズもサイトも戸惑いました。
「え?ええ??え!?」
「今から彼女たちが敵をひきつける。出来るだけ派手に暴れてもらって、その隙に僕達は桟橋に向かう」
「でも…」
 ルイズはキュルケの方を見ました。
 
 キュルケはその視線に気がつくと髪をかきあげ、こう言いました。
「まあ、正直私らはこの任務がどんなものなのか、良くわかってないしね。行くならとっとと行きなさい」
 ギーシュはバラの造花を握り締めました。
「どうかな、僕は、僕は此処で死ぬかな、でもそれはいやだな。でも、僕のゴーレムならば大丈夫さ。きっと大丈夫」
 タバサはルイズに向かって頷きました。
「行って」

 しかし一人、異を唱える人間がおりました。

「俺は…俺は反対だ」
 サイトが言いました。
 その言葉に一同は驚いてサイトの方を見ます。

「これじゃあ逃げてるのと変わらない。敵はこの任務の妨害に来てる奴らだ。つまり、これは俺達が戦うべき相手なんだとおもう。其れを人に任せて逃げるなんて。俺はしたくない。確かにさ、任務は大切だよ、だけど、任務のために仲間を見捨てるなんて。そんなの…男じゃねえとおもう。行くならばルイズとワルドの2人で行ってくれ。俺は、俺のやるべき事をする!」
 そう言ってサイトが剣を構えました。
 サイトの今までに無い真剣な表情に、一同は驚きの声をあげました。

「何言ってんのよ、それじゃあ誰がルイズを守るの!?」
「ワルドが居る。悔しいけれど、俺よりもワルドのほうが実力は高い。頼んだ!」
「ば…馬鹿いってんじゃないわよ!アンタは私の使い魔なのよ!!御主人様と一緒に来るのが当然でしょうが!」
 ルイズが叫びますが、サイトの考えは変わりません。
「悪いなルイズ。でも俺、決めたんだ、もう甘えないって。俺はここに残ってみんなを助ける。俺の事は気にしないでルイズは早く行け」
 その表情、そしてその声に。一同はサイトの意思が硬いことを悟りました。


「ルイズ、此処は彼の意見を尊重しよう」
 そう言ってワルドがルイズの肩を掴みます。
 
「ば…馬鹿!何処の世界に使い魔おいて逃げる主人が居るっていうのよ!」
 泣きそうな声でルイズがそう言います。
「ルイズ、お前はお前のやることをしろ、俺は俺のやることをする!」
 
 その時。
 テオの言葉が響きました。
「馬鹿か、貴様?」

「「え?」」
「弱い弱い役立たずのお前が、頑張った所で邪魔でしか無い」
 テオは冷めた視線でテオはそう言いました。
 
「ちょっとテオ!」
 キュルケがテオを窘めますが、テオは笑いながら言葉を続けます。

「大体先刻から聞いていればなんだ?頼る?助ける?つまりお前は、お前が此処で戦わないと吾らがピンチだと、そう言ってるのか?吾がこんなザコどもにやられると、本気で思ってるのか?だとしたらそれは侮辱だ。切り刻んで捨てるぞ?お前がするべきことは他にあるだろう?」
 サイトは、テオのその言葉にハッとしました。

 その言葉に再度、サイトは気付かされました。
 自分の未熟さを。
 
 テオ達を守る。
 それはとてもナンセンスなことなのです。なにせテオは自分なんかよりもずっとつよいのですから。
 それを守るなんて、いわばアリがゾウを守ると言っているようなものなのです。
 
 そしてテオの言う『するべきこと』

 サイトの本当にするべきこと。
 其れは任務の達成ではありません。
 そして傭兵退治でもありません。
 それはルイズを守ること。
 
 魔法が使えなくて、プライドばかり高くて。
 はっきり言って、殴り飛ばしたくなるくらいワガママで自分勝手で、
 でも、その反面でサイトのことを変に気遣って、それで、なぜかどうしても嫌いになることが出来ない自分の主人。
 ルイズを守ることこそが、本当にサイトのするべきことなのです。
 
 まるでそれを思い出させるように、テオはドンとサイトの胸を押してサイトをルイズの方に突き飛ばします。 
「ルイーズ、お前もこいつの主人ならば責任持ってお前が持っていけ、こんな所に捨てていこうとするな」

「さ…サイト。と…とにかく行くわよ!テオもこう言ってるんだし!テオ!ココまで言うからには任せていいんでしょうね!」
 ルイズはサイトの腕を掴みながらテオにそう言いました。
 テオはその言葉に答えずただ一言。
「とっとと行け」
 そう言って、追い払うようなジェスチャーをしました。

 その様子にルイズは少し怒りを含んだ表情でサイトを引っ張りながら裏口へと向かいます。

 ルイズに引きずられるようにしながらサイトは何か決心したように叫びました。
「テオ!」
「…なんだ?」
 突然大声をあげたサイトにテオは聞き返します。

「俺さ、俺、上手く言えないけど、頑張る。剣の練習もするし、勉強もするよ!」
「はあ?」
 突然大声で訓練&勉強宣言をするサイトにテオは意味が分からないといった声をあげました。
「根性入れてさ、これから頑張る。せめてさ自分のことくらい自分でできるようにさ。だからさ…、その、テオもがんばれよ!絶対に死ぬなよ!?」
「死ぬか!馬鹿!」
 サイトの言葉に珍しくテオが声を荒げました。
 
「じゃあな!アルビオンで待ってるからな!」
 そう言ってサイトは引きずられるように裏口から出て行きました。
 

 酒場から厨房を経由する間、ルイズは走りながら文句を言いました。
「何よあいつ!この状況でもなんであんな腹の立つことが言えるのかしら!」

「いや、アレでいいんだ」
 怒るルイズに向かって、サイトが落ち着いたようすで言いました。
 
「はあ?」
「ああでも言わないと、俺がルイズに付いて行かないと思ったんだろ。まったく。あいつ、マジスゲーよ」
 そう言ってサイトは笑いました。
 その清々しいほどの笑顔に、ルイズは毒気を抜かれてしまいました。
 
 先頭を走るワルドが、ドアの外に誰もいない事を確認するとドアを大きく開けて外に飛び出します。
 そしてほぼそれと同時に、酒場の方から派手な音が聞こえました。
 
「始まったみたいね」
 ルイズがそう言いました。
 その表情にはどこか不安が混ざって居ました。
 悪態をつきながらも、皆のことを心配しているのでしょう。

「大丈夫」
 そんなルイズにサイトがそう言います。

「心配しなくても。アイツら殺したって死なないさ」
 サイトが笑顔でそう言いました。
「し…心配なんてしてないんだからね!」

 ルイズはそう言って叫びますが。
 その表情から不安はきえていました。



◇◆◇◆



「テオ…アンタほんとに素直じゃないわよね」
 キュルケが苦笑しながらそう言いました。

「何がだ?」
「彼に発破かけるにしてももう少し、優しい言い方があったと思うけど?」
「別にそんなつもりはない、事実として邪魔臭かったのだ。あいつはとっととアルビオンにでも行って、そこで無残に死に晒せばよい」
「ほんと、素直じゃないわね」

 そう言ってキュルケはカラカラと笑いました。

「ふん、あそこでアルビオンに行くのがあいつの運命だったと言うだけのことだ」
 そう言いながらテオは杖を取り出し呪文を唱えました。
 
 すると部屋の柱の一本が燃えました。
 とつぜん燃えた柱の明かりに、店内の傭兵たちは怯みます。
 
 明るく照らされた店内をテーブルの隙間から見て、テオが言いました。
「なんだ、歯ごたえの無さそうな輩しかおらんな。強そうな奴はおらんのか?」
「御主人様、外にメイジが二人ほど居るようです、一人は見たことのないメイジですが、もう一人はミス・ロングビルのようです」
 テオの隣のエンチラーダがそう言いました。
「ほう、ミス・ロングビルか、まあ彼女とは二回ほど戦ってるし、今回は別にいいか、もう一人のメイジと言うのが興味深いな…よし!こうしよう、吾はその謎のメイジを倒す、ザコどもは君等が担当してくれ、それくらい出来るだろ?」

「フーケはどうするのよ」
 キュルケが扉の外から見える大きなゴーレムを指さして言いました。
 
「ミス・ロングビルはエンチラーダに担当してもらう。エンチラーダいけるか?」
 テオはエンチラーダに向かってそう聞きました。
「当然です」
 そしてその問いに対して、エンチラーダは間髪入れずに頷きます。
 
「え?ちょっと待って?彼女に…」
 いくら何でもメイドであるエンチラーダに、フーケの相手は無理だろうと、ギーシュが言おうとした時。
 
 エンチラーダはすでに動いていました。
 シュ!っと音がして、次の瞬間、傭兵の一人がうずくまります。
 
「ギャア!!!」
 傭兵はその場に転がり、その鎧の覗き穴から一本の銀の棒のようなものをのぞかせていました。
 その棒の正体は先程までキュルケ達も使っていた馴染みのある道具。
 つまり、フォークの柄でした。
 
「嘘!?」
 思わずキュルケが叫びました。
 専用の投擲道具では無く、何の変哲もないただのフォークを鎧の隙間に挿し込むなんてそれこそ神業のレベルです。
 それを難なく行ったエンチラーダに対して一同は驚きを隠すことができませんでした。

「言ったろう?エンチラーダは有能だ」
 楽しそうにテオはそう言いました。
 
 一同は呆然としました。それは傭兵も例外ではありません。
 その場の誰もが、そのエンチラーダの動きに見入ってしまったのです。
 
 それはとても奇っ怪な動きでした。
 まるで人間でない別の生き物のように、ヌルヌルと矢を避けるようにして動き、
 そして、はね跳び、その合間に傭兵にナイフやフォークを投げつけます。
 それは闇のなかで踊るがごとき、暗黒舞踏で。誰もがその動きに恐怖を感じると同時に不思議な魅力も感じるのでした。
 結果、エンチラーダの前にいる傭兵たちは倒れ、そうでないものもエンチラーダから距離を取ろうと道を開けます。
 
 瞬く間に、テオたちのいる場所から出口まで、傭兵の居ない通路が出来上がったのです。

「では吾らは行くからな、雑魚の相手は任せたぞ。」
 そう言ってテオは立ち上がります。

 テーブルの影から身を出したテオに傭兵たちの矢が集中しますが、矢がテオに届く頃にはもうそこにテオの姿はありませんでした。
 風の魔法を唱えた彼はまるで、ガンダールヴの力を使ったサイトのように。
 目にも止まらない速さで動いていたのです。
 





 テオとエンチラーダの向かった先。
 
 宿の外にある。巨大ゴーレムの肩の上には2つの人影がありました。
 
 一つはそのゴーレムの造り主。怪盗フーケその人です。
 そして、もうひとつの影は、仮面に黒マントのメイジでした。

「俺はヴァリエールの娘を追う」
 そう言って男はひらりとゴーレムの肩から飛び降りると、そのまま暗闇に…
 
 消えられませんでした。
 彼が走りだそうとしたその時、彼の直ぐ目の前にウインドカッターが飛んできたのです。
 
「く!」
 間一髪で男はそれを避けると、そのまま魔法が飛んできた方を睨みつけました。
「おやおや、ミスタこんな夜更けの一人歩きは危険ですぞ?」
 挑発的な笑いを浮かべながらテオが男の前に立ちはだかります。

「貴様…」
 仮面越しに男がテオを睨みつけますが、テオはそれを意に介しません。
「アノ小僧を殺しに行くんだろ?いやさ。別にそれはどうだって良いのだ。貴様ならアノ小僧を難なく殺せるだろうよ?別にそれを止めるつもりは無いさ。しかし。しかしね、しかし。貴様は吾に戦闘を仕掛けた。喧嘩を売られてそれを避けるほどに腰抜けでは無いつもりだ。貴様が始めた喧嘩だろ?火をつけといて逃げるのは貴族的ではないなあ」
 笑顔のテオを前にして、黒ずくめの男はフーケのいる方を見ました。
 彼女にこの目の前の青年の相手をさせて、その間に自分はルイズ達の後を追おうと思ったのです。
 
 しかし、彼が振り向いた先では、すでにフーケがメイドの格好をした女と戦っておりました。
 
 メイドは巨大なゴーレムの肩に飛び乗るとフーケと肉弾戦をしています。
 まるでそれこそガンダールヴのような動きで持ってメイドはフーケに肉薄していたのです。
 そうなってはフーケの魔法の腕は然程意味をなしません。
 
 フーケは只々メイドの攻撃を防ぎながら、近くの林の陰へ消えて行くのでした。。

「ミス・ロングビルと戦うのも面白そうだったが、彼女とはすでに2回も戦っている。かといって彼女に邪魔をされても困るのでね、ご退場いただいた次第だ」

 そう言ってテオは杖を構えます。
 この戦いから逃れることができないことを悟り、黒ずくめの男もまた、杖を構えるのでした。



◇◆◇◆



 テーブルの影でエルザは考え事をしていました。
 この襲撃に関することです。

 フーケがこの襲撃に参加していることを見ても、この襲撃の原因を作ったのは他でもない、エンチラーダに違いないのです。
 これで、エンチラーダが裏切り者であることは決定的です。
 
 しかし、その目的が今ひとつエルザにはわかりませんでした。
 
 あの時、エンチラーダの話しぶりからして、エンチラーダ自身はレコンキスタとは繋がっていない様子でした。
 確かにフーケはレコンキスタの一員ですが、エンチラーダはあくまでレコンキスタのフーケではなく、フーケという一人の個人に対して何かを依頼していた様子。
 エルザはそこに妙な違和感を感じました。
 
 違和感といえば、テオの行動にも違和感を感じました。
 テオがエンチラーダを連れて戦いに向かったことです。

 テオはエンチラーダが裏切り者だと知っています。
 もし、テオがエンチラーダを本当に裏切り者だと思っているならば、先ほどの行動はとてもオカシイことになります。
 
 なぜなら裏切り者と共に戦うなんて、絶対にあり得ないことです。
 一緒に戦うということは、絶対の信頼がお互いに無ければできようはずもありません。
 もしエンチラーダが裏切り者で、傭兵たちに向けているナイフを、テオに向ければその瞬間にテオは圧倒的不利に陥ります。
 
 しかし、テオはエンチラーダに露払いを任せ、そしてフーケと戦わせています。
 
 エンチラーダを裏切り者と言いつつその反面で信頼をするその矛盾した行為。
 なぜそんな行動を取るのか。
 何か、自分では理解出来ないような考えが、テオにはあるのだろうか。
 
 そう思った時、
 まるでその考えに同調するかのように隣から声が聞こえてきました。
 
「理解出来ない!」

 エルザはその言葉にドキリとしました。
 もしかして自分の心が読まれたのかと、声のした方を恐る恐る見ると、声の主であるギーシュはエルザではなく、扉の外を凝視していました。
 どうやらエルザのことを言ったのではないようですが、果たして彼がなぜそんな言葉を発したのか気になってエルザは扉の外を見てみると、そこではテオが驚くべき魔法を繰り出して居ました。

 どうやらギーシュはテオのその動きに対して言葉を発したようです。

「なぜだ!なぜあんな魔法が使えるんだ!?」
 ギーシュは再度叫びました。
 
 テオが有能なメイジだということは、ギーシュ達も知っていました。
 メンバーの中では誰よりも強いのではないかと、そう予想もしていました。
 あるいは、それこそトリステイン史上でも一番に強い可能性すら考慮して居ました。
 
 しかし、
 目の前で戦うその男は、
 強いとか優秀という次元を通り越して、
 完全なる異常でした。
 
 風の魔法を、
 火の魔法を、
 水の魔法を、
 土の魔法を、
 
 それぞれ使って相手のメイジを翻弄していきます。
 そう、まさに翻弄しているのです。

 全く苦戦すること無く、ほとんど動くことすら無く魔法を繰り出すだけ。
 かと言って一撃で事をおわらせるのではなく。
 相手を翻弄して楽しんでいるのです。
 
「HAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!!!!!」
 まるで気がちがってしまったかのようにテオは笑っていました。

 純粋にテオは楽しんでいたのです。
 その場の恐怖も、緊張も、怒りも、脳内に流れるアドレナリンも、すべて楽しんでいたのです。
 
「どうした、どうした、そんなものか?貴様の実力はそんなものか?違うだろ?」
 笑いながらテオが叫びます。

 誰もが、
 ギーシュもキュルケもタバサも傭兵たちすらもその姿に呆然とします。

 なんだ。
 なんだアレは。
 
 なぜあんなに魔法がつかえる。
 なぜ。
 
 なぜ?

 なぜ2つ以上の魔法を同時に使える?
 なぜあんなに早く魔法が唱えられる?
 なぜアレだけの量の魔法を使い続けられる?
 なぜあんなに威力の高い魔法を使える?
 
 そして、そして、なぜあんなに、余裕を持っていられる?

「なんで、なんで彼はあんなにも…!」
 ギーシュが叫びました。
 それは純粋な驚きと同時に嫉妬の叫びでした。
 あの異常なまでの動き、それが出来るテオの才能に、驚愕と嫉妬をしたのです。
 
 なぜその才能が自分に無いのか。
 なぜ神はテオにその才能を与え給うたのか。
 
 あんな、あんな出来損ないの体に、なぜ不釣り合いな才能を…
 もし、自分にあの才能があれば、彼なんかよりもよっぽど有効に使えるのに。
 
「別に不思議な事ではありませんよ」
「うわ!」
 突如後ろからかけられた声にギーシュは叫びました。
 
「あ、エンチラーダ…フーケは?」
 エルザのその問いに、エンチラーダはいつもの調子で
「ああ、逃げて行きました」
 と答えました。
 
 無論それはエンチラーダの嘘で、エンチラーダはフーケとすこしばかり戦ったふりをしただけで、フーケはそのまま穏便にその場をあとにしたのですが。
 一同は簡単にフーケを撃退してしまったことを信じました。
 それを信じさせるだけの実力を、先程エンチラーダが見せたからです。
 
 ですからその言葉自体にはさして疑問を感じず、
 それよりもエンチラーダが発したその前の言葉のほうに興味が行きました。
 その雰囲気を察してか、エンチラーダは言葉を続けます。
「御主人様のあの魔法ですが、べつに特別な秘密が有るわけでは無いのです」
「え?」
「御主人様がなぜあんなにも天才的に魔法が使えるのか?勿論御主人様が生まれながらに才能豊かで有ることも大きいですが、それ以前に非常に単純にして簡単な『コツ』があるのです。それさえ実行すれば大抵の人間は御主人様ほど…とは言わないまでも、近いことは出来るようになると思われます」
「な…なんだってー!」
「!どんな!?」
「!!」
「ホント?」
 その場の三人とエルザがエンチラーダに詰め寄りました。

 簡単なコツで誰にでも出来る様になる。
 その言葉は、そこにいる三人のメイジと一匹の吸血鬼の関心を大いに集めました。

 そしてエンチラーダの口から語られるそのコツ。
 それは非常に単純な物でした。

「ええ…簡単です爪が剥がれるまで杖を振るんですよ」
「「「「は?」」」」

「爪が剥がれるまで杖を握り、
 腕が上がらなくなるまで杖を振り、
 喉から血が流れるまで魔法を唱え、
 魔法で体を治したらまたそれの繰り返し。
 倒れるまで魔法の練習をする。
 ああ、もちろん毎日ですよ」
 
 ギーシュたちは一瞬エンチラーダが自分たちをからかっているのかと思いましたが、エンチラーダの声は真剣そのものです。

「比喩表現ではありません。実際に御主人様の嘗ての日常です」
「嘘…」
「…」
「本当なの?」
 一同が疑問の声をあげました。にわかには信じられません。
 言うのは簡単です。しかし、それを実行するのは現実的にはほぼ不可能だと皆には思えました。

「そうですね、私と出会う頃ににはすでに実力も上がり無茶な練習は控えられていましたが、それでも魔法の使い過ぎで気絶することは日常茶飯事でした。
 御主人様は生まれた時からああも天才的だったのではありません。確かにもともと素質はあったのでしょうが、それだけで塔を抜け出す事はできようもなかったのです。ですから、御主人様は、『なった』のです。自身の力で、自身の努力で天才に」

 皆は扉の外のテオを見ました。
 
 丁度テオの魔法が相手のメイジの左腕を吹き飛ばしたところでした。
「なんだ、その程度か!?そんなものなのか?」
 テオの言葉が当たりに響きます。

「私は御主人様ほどに仕えるに相応しいお方を知りません。たとえ壊れていようと、たとえ異常だろうと。アレほどに努力する人を私は他に知りません。アレほどに自分の道を自分で切り開く人は他に知りません。そして、アレほどに立派で偉大で、絶対の『貴族』を私は他に知りません」
 テオの叫ぶ様子を見ながらエンチラーダが言いました。
 
 その表情は、殆ど動いていませんでしたが、その視線と口調にはテオに対する崇拝の色が見えました。
 
 
 そして、その表情を見て、一同は納得するのでした。
 
 テオの才能の秘密を。
 そして、
 エンチラーダの忠誠の理由を。

 そしてエンチラーダのその動きの秘密を。
 テオの異常さに隠れてしまっていますが、それでも本来ならば驚愕に値する事なのです。
 おそらく、エンチラーダもまた、異常なほどに己を鍛えたのでしょう。

 少しでも自分の主人に近づくために。
 テオにふさわしいメイドで有るために。努力を行なってきたのでしょう。



 しかしエルザだけは首を捻ります。

 裏切り者エンチラーダ。
 彼女の主人に対する忠誠はすべて嘘なのです。
 
 だとしたら、だとしたら、なぜエンチラーダはああも動けるのか。
 努力は嘘がつけません。努力だけは、努力だけはごまかしようが無いのです。
 嘘で人は強くなりません。
 彼女がこうも強いのは事実努力したからなのです。
 
 そして、大いなる努力は、大いなる信念によって引き起こされます。
 
 
 エンチラーダはなぜ努力したのか。
 テオが塔から逃げるために努力したように。
 
 エンチラーダにも確固たる目的があるはずなのです。
 
 もし、その目的が、テオの為でないのならば。
 果たしてエンチラーダの目的とはなんなのか。
 
 あの絶対的な忠誠の仮面の下に一体どんな目的が潜んでいるのか…
 
 
 ボズ!!!
 奇妙な音が響きました。
 
 エンチラーダが音のした方を見ると、テオが相手のメイジの上半身を吹き飛ばしたところでした。
 そして、次の瞬間には、相手の男は煙のように消えてしまいました。
 
 恐らく相手は魔法で作られた偽りの体だったのでしょう。


「ああ、終わった終わった。案外あっけなかったな」
 そう言ってテオは宿の方へと戻って来ます。
 傭兵たちは自分たちの雇い主が消えたことを知って、さんさん轟々逃げ始めています。

「お疲れ様でございました」
 戻ってくるテオに向かってエンチラーダがそう言って迎えます。

「うむ、さて、思いのほか早く終わったが…どうするかな、あの一行を追うべきか」
「恐らくその必要もないでしょう、要は手紙を取り返せば良いのです、タイミングを少し早めれば丁度よい時間かと」
「ふむ、それもそうか」

 そう言ってテオは笑いました。
 
 それは何時もの光景。何時もの様子でした。
 異常な状況をニヤニヤと笑うテオと、その傍らに絶対の忠誠で付き従うエンチラーダ。
 テオたちの日常的な様子。
 
 
 その様子に、
 エルザは震えました。

 なぜ、なぜテオは笑っていられるのか。
 自分を裏切る人間の中で考えうる限り最悪の相手が裏切っているのに。
 どうしてそんな笑顔を向けられるのか。
  
 なぜ、エンチラーダは平然としていられるのか。
 この世の中で最もエンチラーダを信頼する人間を裏切っておいて。
 どうしてそんなに当然のような表情が出来るのか。
 
 
 二人の浮かべる笑顔も、言葉も、行動も。
 すべて嘘のように見えて


 エルザは、
 


 
 只々、恐ろしくなるのでした。





◆◆◆用語解説


・オヤツ
 エルザの想像。
「おや…こんな所に御主人様の食べかけのプディングが…。
 …
 ……
 食べかけ…
 ……
 御主人様の食べかけですか…」
 葛藤するエンチラーダ。しかし彼女は誘惑には勝てず、
 そしてとうとうその食べかけのプディングに口を…
 その時だった。
 ガタン!
「!」
 突然自分の後方でした音に、エンチラーダが驚いて振り向くと、そこには怒りの表情のテオが居た。
「なんという事だ、ちょっと吾が手洗いをしている間に…まさか吾のオヤツを横取りしようとは…」
「御主人様…これは…」
「このうらぎりものー!!」

・なおこの書き込みは5秒後に消滅する
 お気づきの方も多いだろうが、今回の話にはスパイ系のパロディ台詞が混ぜられている。
 ちなみに元ネタは以下。
 『なおこの書き込みは5秒後に消滅する』スパイ大作戦
 『混ぜずにシェイク』007
 『任務遂行は簡単だけど、正直私たちの平穏を守るのは大変そうだわ』スパイキッズ
 『100メートル先に落ちた針の音をも聴き取る女、エルザ』スパイ ダーマン(東映)

・俺さ、俺、上手く言えないけど、頑張る。
 ティーン!
 テオの予期していない所でサイトとテオに友情フラグが立ちました。

・暗黒舞踏
 暗闇の中、白い格好でヌルヌル動く独自の舞踏。
 妙な迫力がある。
 
・発破
 爆発によって何かを壊すこと。ルイズの得意技。
 転じて強めの励ましのことを「発破をかける」と言う。
 間違って文字通り他人を爆発させないように注意しよう。

  



[34559] 21 テオと進む先
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2013/02/27 00:12
進む。

 生き物は進み続けます。

 人は、生物は、生命は。この世に誕生し、今日に到るまで進み続けています。
 進化、発展、繁栄。
 今日の我々があるのは、過去に我々の元となる生き物たちが進み続けた結果なのです。
 生命は決して進むことをやめません。
 一部の魚類が常に泳ぎ、止まると呼吸が出来ず死んでしまうように。
 生き物が進むことを止めた時、それはその種の滅亡を意味するのです。

 しかし、生き物の進む道は常に正しいとは限りません。
 時に、生き物は間違った方向に進んでしまうことがあります。
 その結果、場合によってはその未来そのものをなくしてしまうことすらあるでしょう。
 なにせ、今日に至るまでこの世界にいた沢山の生物が絶滅し姿を消して居るのですから。
 
 別にそれは種族規模における事ばかりではありません。
 ミクロな視点。
 例えば、日々の生活にも言えることなのです。
 
 行動を起こした結果大きな失敗をしたというような経験は持たない人間の方が少ないでしょう。
 あらゆる行為、行動には失敗のリスクが存在するのです。
 
 進むという行為の結果。果たしてその行く末が後悔するものなのかどうか、其れは進んでみるその瞬間までわからないのです。
 しかし、それでも人は進み続けます。
 たとえ自分の行く道が、後悔につながったとしても、人生は立ち止まること無く進み続けるのです。
 

 そして今、テオ達もまた進んでいました。
 サイトたちが居るであろう、アルビオン大陸へと。
 
 

 そしてその進んだ道の途中にして。
 テオの心のなかは。すでに後悔でいっぱいでした。




 
 なぜ、あの時、自分はサイトをアルビオンに行かせたのか。
 なぜ、自分もついていかなかったのか。
 なぜ、自分は目先の楽しみを優先して、先の事を考えなかったのか。

 その後悔はサイトの事を心配したが故の物では断じてありませんでした。
 
 テオはサイトがどうなろうと構わないと本当に思っているのです。
 其れこそ、アルビオンで死んでしまっても全く構わないと思っています。
 いえ、それどころか、テオは恐らくサイトはアルビオンで死ぬのだろうと思っていました。
 
 今のサイトの実力と装備では、ワルドに打ち勝つことは出来はしない。で、あれば、十中八九ワルドに無残に殺されるのだろうと
 しかし、別に其れは構いはしない。むしろ、嫌いな人間がこの世の中から一人消えるのだから、むしろ喜ばしいことだと。
 本気でそう思っていたのです。
 
 ではなぜテオがこんなにも、後悔しているか。
 一つの理由は任務でした。
 
 テオは、別にこの任務を、さして重要視はしていません。

 しかし、テオは女王に対して、自分に任せろと大見得を切っているのです。
 たとえどんな内容の任務であろうと、やるといったからにはやり遂げる。
 其れはテオの主義でしたし、絶対のルールだったのです。

 なのにテオは其れを一時忘れ、目の前のメイジと戦うことを優先してしまいました。
 これが、そこいらの傭兵メイジであれば、テオも任務を忘れ戦おうなどとは思わなかったでしょう。
 
 しかし、テオは知っていたのです。
 あの謎のメイジの正体。
 それが、魔法騎士隊隊長のワルドの偏在であることを。
 
 ワルドと言うトリステイン有数の実力者との戦闘。
 それは一時的に使命を忘れさせるには十分に魅力的なものでした。
 
 純粋に戦いたかったと言うこともありましたが、
 其れ以上にテオは知りたかったのです。
 
 ワルドの実力を。
 トリステイン魔法騎士隊の実力を。
 トリステインと言う国の実力を。
 そして、自分がそれにどれほど対抗できるのか、知りたかったのです。
 
 今もワルドと戦った事自体は後悔していません。
 彼の実力を知ることは、テオにとってとても有意義なものだったからです。
 
 しかし、それのために任務が達成できなくなるのはテオの本意ではありません。
 任務の失敗はテオの恐れるところでしたし、テオにはそれ以上に恐ろしいことが一つありました。


 それは、
 竜でアルビオンに行く事でした。
 
 
「揺れる!揺れる!アホか!もっと揺れないように飛ばんか!」
 タバサの使い魔、竜のシルフィードに掴まりながら、テオが叫びます。
 
「なによ、テオが急げって言うからめいいっぱいに飛ばしてるんじゃないの。揺れるのが嫌ならゆっくり行くけど?」
 キュルケが呆れた顔で言いました。
「それは駄目だ!!!素早くかつ無振動で飛べ!」
「無理」
 タバサはテオの無茶な要求をにべもなく却下しました。

 テオはガタガタと震えました。
 もし、あの時、テオがサイトやルイズと共にアルビオンに向かっていれば、もう少し快適な船での旅ができたことでしょう。
 しかし船はサイト達を乗せてすでに出発していますし、アルビオンへ向かう船は他にはありません。
 テオに残された選択肢は、嫌いな嫌いな竜による空旅だけだったのです。
 
 ふるえる体を押さえつけながら、テオは猛烈に後悔して居ました。
 テオの進んだ道は、テオに取って修羅の道にほかならなかったのです。
 
「くそう!ならばせめてできるだけ速く移動するようにしろよ。間に合わなければ本末転倒だ!どうせあの坊主は死にくさるだろうが、それでは任務が達成できなくなる!」
「まったく、ほんと、ルイズ達が心配なら正直にそういえば良いのに」

「違うわい!吾がアイツらの心配なんぞするか!」
「はいはい、わかってるわよ、任務の為ですよね、任務のため」
 キュルケがニヤニヤと笑いました。
 
「違うぞ!本当に違うからな!?心配なんぞしとらんからな」
「はいはい」

 そう言って他のメンバーも一同ニヤニヤと笑うのでした。

 事実、テオはサイトのことなど、一切の心配をしていなかったのですが。周りの人間はそれを信じることはありませんでした。



◇◆◇◆◇◆◇

 
 さて、テオ達はアルビオンに到着したのですが、すでにアルビオンでは革命劇が終盤へと差し掛かっていました。
 レコンキスタは今まさにアルビオンの中心であるニューカッスル城に攻め込もうとしています。
 
 その緊張した状況の中で、ルイズ達が居るであろうニューカッスルに潜入することは到底不可能に思われましたが、自体は思いの外あっさりと進行しました。
 
 ギーシュの使い魔であるジャイアントモールのヴェルダンデが、地下からの侵入を可能にしたのです。
 さらに都合の良いことに、ヴェルダンデはルイズが持っていた水のルビーの匂いを覚えていました。
 
 犬が遠く離れた食べ物を見つけるが如く、ジャイアントモールは遠くにある宝石を見つけることができます。
 
 かくして、一同はジャイアントモールを先頭に、地面の中からルイズたちのいる場所へと向かうのでした。
 
 
 そして。
 
 ジャイアントモールが掘り進んだ穴から光が見えました。
 穴が何処かへと通じたようです。
 テオが穴から出て初めて見た光景。
 それは、倒れたサイトと、それを前にうろたえる一人の少女でした。
 
 その場にその2人以外の影は無く。
 光景から推測される激しい戦いもすでに終わっているようです。

 倒れているサイトと、生きているルイズ。
 もし、此処で行われた戦闘の勝敗が、サイトの負けであればルイズが生きて彼に縋っているはずはありません。
 
 となれば、敵は追い払ったか、あるいは情けを掛けられたか。
 
 兎にも角にも
「息は有るのか」
 誰にも聞こえないような小さな声でテオはそう呟きました。
 そう。
 サイトは生きていました。
 これには少しばかりテオは驚きます。
 てっきりテオはサイトが死んでしまうと思っていました。
 少なくとも、今のサイトの実力では昨晩テオが倒したメイジに勝つことは出来ないと考えていたのです。

「まあ、死にかけだがな」
 見るからに満身創痍。それこそこのまま放っておけば死んでしまいそうなサイトの様子を見てテオはそう言いました。
 その言葉に、ルイズがテオの存在に気づきます。
 
「サイトが!サイトが!」
 混乱した様子でルイズが叫びながら、テオ達に駆け寄って来ました。
 穴から出て、その光景を見たほかのメンバーたちもルイズ同様に混乱し騒ぎ始めます。

「まあ虫の息だなあ」
 一方でテオはまるで今日の天気を言うかのように、さも普通にその状況を語りました。

「テオ!薬!薬!!!!」
 ルイズがテオに掴み掛かりながらそう叫びます。
「煩いな、だから吾はこの男の事が嫌いだから…」
 いつぞやのようにテオが言おうとすると、
「良いからサッサと出しなさい!持ってるんでしょ!!」
 今までに無い剣幕でルイズが叫びました。

 そのあまりの剣幕に、テオも渋々と言った様子で懐から一本の小さな瓶を取り出しました。
「まあ、確かに万が一に備えて超強力飲み薬を持ってきては居るのだが…まあこれはちょっと…」
 ルイズはひったくるようにしてそれを奪うと、間髪入れずにそれをサイトに飲ませました。

「ああ・・・説明も聞かずに飲ませおって、知らんぞ、吾は」
 顔を歪めながらテオが言いました。
 その思わせぶりなテオの言葉に、キュルケが不安そうに声をかけます。

「なに?副作用でもあるの?」
「いや副作用も何もない、
 山奥で1000年に一度だけ咲く花をかき集め煎じて魔法をかけた薬だ。
 どんな病でもたちどころに治し。どんな悩みでもすぐにけし飛ばす。
 問題ない」
 そう言いながらもテオは眉間にシワをよせています。それは勝手に薬を使われて不機嫌と言うわけではなく、それ以外の理由があるような表情でした。
 
「副作用が無いのならば、何が問題なの………?」
 副作用は無いと言いつつも、顔を歪めるテオに、言い知れぬ不安を感じながらキュルケは尋ねます。

 その時でした。

「ぎゃああああああ!!!」
 突然、意識を失っていたサイトが喉を抑えながら悶え始めます。

「何!?一体なんなの!?」
 突然悶えだしたサイトにルイズはパニックへと陥りました。
「大変だ!」
 ギーシュは跳ねまわるサイトを抑えつけようとしますが、サイトはその腕をふり払いなおも悶えます。
「どういうこと!この薬に副作用は無いんじゃないの!?」
 その尋常でない様子にキュルケがテオに尋ねると。

 テオは、嫌そうな表情で一言ポツリと言いました。
「その薬な………死ぬほどマズイのだ」

「「「「え?」」」」
「なにこれ!なんだこれ!口の中が!口の中があああ!うわ、うわわわ、マズ!マッズ!」
 サイトは喉を抑えながらそう叫びました。

「三日三晩は口の中の苦味が取れず、鼻の奥にはすえた匂いが広がる、あと気持ちの悪-い感触が口の中を支配して…まあ。ミルクか何かで舌をコーティングした後にワインか何かで割って、その上で鼻をつまんで飲むのが正しい飲み方だ。原液でそのまま飲めばそりゃあ、そうなるだろうよ。いや、吾も味見した時はそれはもう…ああ、思い出しただけで口の中にエグ味が……」
 
「うええええええ」
 そういうテオの視線の先、そこには元気に悶えるサイトの姿が。

「サイト!!」
 ルイズはそう言ってサイトに抱きつきました。
 
「うえ…ってルイズ。あれ?俺一体…」
「貴方、あいつを追い返して倒れたのよ」

 そのルイズのセリフにテオが口をはさみました。
「…ほう?ワルドを倒したのか?」

「「「!!」」」
 その言葉にサイトとルイズ以外のメンバーが驚いた表情を浮かべました。

 なぜならワルドと戦ったサイトとルイズ以外の一同は、今この瞬間までサイトたちと戦っていたのがワルドだとは微塵も思っていなかったのです。
 
 
 周りの反応を見て、ルイズとサイトもその言葉の異常性に気が付きました。
「…なんで、俺がワルドと戦ったって知ってるんだ?」
 状況を見ただけでは知りえない事実を知っていたことに、サイトが鋭い視線をテオに向けます。
 
「あの傭兵に混じっていたメイジは幻、つまり偏在の魔法だった。風の上位魔法である偏在は誰にでも使えるわけじゃあない、状況的に見て裏切り者はワルドだと考えるのが普通だろう?」

 テオのその言葉に、皆がハッとした顔をしました。
 
 そう。偏在の魔法は誰にでも出来るわけではありません。
 風の魔法使いのスクウェア。更には戦闘をこなせる上級者。
 そのような人物はあまり多くはありません。いえ、はっきり言って数少ないメイジの中でもさらに数少ない、貴重な人材です。
 
 普通に状況を考えて、ワルドに対して疑いを持つのは当然の事なのです。
 むしろ、他のメンバーもテオが倒したメイジが偏在であった時点でワルドに対して疑いを持つべきだったのです。

 一同は納得したように頷きましたが、そこで一人だけ違う感想を持った者がおりました。
 皆が納得する中ただ一人。エルザは疑問を増やしていたのです。
 
サイトがワルドと戦った。

 その状況。
 それは正に昨日エンチラーダがフーケに語っていたその状況です。
「あの男と戦うのは『伝説』でございますので」
 エンチラーダは確かに昨日そう言っていました。

 ワルドがレコンキスタに通じていた「フーケの相方」の正体だと言うのならば。
 『伝説』の正体はサイトだということになります。

 伝説とはなんなのか、そして、なぜエンチラーダはサイトが伝説で有ると知っているのか。
 そもそも、なぜエンチラーダはサイトとワルドが戦う事を知っていたのか。
 
 少なくとも、昨夜の時点では、ワルドとサイトが別行動を取ることは予測出来なかったはずなのです。
 宿屋の襲撃を知り得たとしても、それこそサイトが宿に残った可能性も、テオがワルドについていった可能性もあったはずです。
 なのに昨夜エンチラーダは確信を持ってサイトとワルドが戦う状況を言い当てていたのです。
 
 ただ、そのエンチラーダの予想も、最後の一点で外れたようでした。 
 サイトは今こうして生きて、テオと話をしているのですから。
 
「…そうか、って事はテオはあのワルドの偏在に勝ったのか?」
「当然だ、あっさりと勝ってしまったので正直拍子抜けだ」
 ふんぞり返るようにしながらテオはそういいました。

 そして、振り向くと大きな声でこう言いました。
「さあ、此処は戦場になるぞ、グズグズしていれば巻き込まれる。まあ、それも楽しそうだが、今回の目的は戦争に参加することではあるまい。サッサと逃げるとしよう」

 そのテオの言葉に一同は状況を思い出します。
「そうだ!もうすぐここにレコンキスタが攻めてくるんだ!」
「急いで逃げなきゃ!」
 そう言って皆は我先にと今来た穴に再び潜りこむのでした。
 

 ヴェルダンデが掘った穴はアルビオンの真下に通じていました。
 サイトを始め皆が穴から出るとそこはすでに大空の中です。
 
 一同は凄い速さで落下しますが、それを予め待機していたシルフィードが受け止めて行きました。
 しかしさすがのシルフィードも7人とモグラ一匹を受け止めきるのは至難の業。
 シルフィードの背中に乗せられるのはせいぜい四人。
 モグラは口に咥えられ、両足でそれぞれ一人ずつ人間を掴みます。

 さて、算数ができる人間であれば当然わかることですが。
 1人背中からあぶれる計算です。
 
 そうなると、乗れるところといったら…。
「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
 テオの叫びが響きます。
 あぶれたテオがシルフィードの尻尾にしがみついていました。
 風になびくように動く竜のしっぽ。
 そのうねりかたときたら、大時化の時の海の波のようです。
 
 そんなところに乗せられてはテオも冷静では要られません。
「揺れ!揺れる!!!アホか!死ぬわ!おい!こら!吾になんの恨みが有ると言うんだ!イジメか!」
 グニャグニャと揺れる尻尾にしがみつきながら、テオはタバサに向かって叫びました。
 
 ものすごい剣幕の彼に対してタバサは冷静に返します。
「定員オーバー」
「嘘をこくな!その竜の体力にまだ余裕があることぐらい見てわかるわい!!」
「スペース的な問題」
 そう言ってタバサはシルフィードの背中を指さしました。
 彼女の言うとおり、そこにはテオ一人が乗れる程のスペースはあいていませんでした。

「我慢して」
「我慢出来るか!エクストリームすぎるわ!」
「でも物理的に無理、嫌なら降りる」
 タバサはにべもなくそう言い捨てました。
 正直な話、タバサはテオは竜に乗る必要すら無いと思っていたのです。
 テオほどの魔力があればフライの魔法で魔法学園まで十分に帰りつけると確信して居ました。
 
 しかし、テオとしてはたまったものではありません。
 確かにテオはそれが可能かもしれません。しかし、それは可能と言うだけのことでそれをテオが許容出来るかどうかは別の話なのです。
 アルビオンからトリステインまでの長い距離を自力で移動する。
 それは我々の生活に置き換えて言うのであれば、電車で移動する距離を歩きで移動しろと言うようなものなのです。
 確かに可能でしょう。時間はかかりますが、不可能ではありません。
 しかし、だからといって本当にそれを実行出来る人間がどれほど居るでしょうか。
 
 勿論テオは自力でトリスタニアまで帰ると言う選択肢は選びませんでした。
「ええい!待て!ええっとここに土は無いし…仕方ない」
 そう言うとテオは自身のマントを翻しながら呪文を唱えました。
 
 するとテオのマントは形を変え、大きな籠になりました。
 それは竜籠のようなものではなく、普段家庭で使うような。極々普通の籠をそのまま大きくしたような物でした。
 テオはすぐさまその籠に乗り込むとそこにエンチラーダとエルザを同様に座らせ、その籠を竜に持たせるようにタバサに促しました。

「ほら!これで良いだろ!まったく、よく考えたら最初からこうしておけばよかった、まだ籠のほうが揺れが少ないから怖くないし…とにかく!このままトリステインに帰るぞ!」
 あまりにも騒がしい一連の行動でしたが、一同の誰もそれに対して口をはさみはしませんでした。

 なぜなら皆その喧騒に助けられていたのです。
 
 
 自分たちの背後にあるアルビオンは、いま正に滅びようとしていました。
 多少なりとも国と言うものに関わりが有る一同にとってそれは笑顔で受け入れられることではありませんでした。
 サイトやルイズは勿論のこと。
 ギーシュも、タバサも、キュルケさえも。
 
 自分から声を発する事はありません。
 
 ですから。騒がしいテオが居なければ、本当にその場が静かになってしまいそうで、
 そうすれば暗く落ち込んだ気持ちになってしまいそうで。

 だから皆、口には出しませんでしたが、
 騒がしく喚くテオにほんのすこしばかり。
 
 
 
 感謝をしていました。
 

◇◆◇◆


「おい、此処で降ろせ」

 テオがそう言ったのはシルフィードがトリステインの国内に入ってしばらくしてからでした。

「え?」
 突然のその言葉にタバサが聞き返しました。

「もうそろそろこの竜、疲れてきてるだろ?ここで降ろせ。此処からならば自力で帰れる」
「ちょっと姫様への報告はどうするのよ」
 ルイズが下に向かってそういいました。

「貴様らがすれば良いだろう?別に吾が行く必要はない」

「そ…」
 ルイズは文句を言おうとしましたが思いとどまりました。
 前回姫を前にした時のテオの態度を考えると、テオを同席させないほうがむしろ良いと思い直したのです。
「それじゃあ、仕方ないわね」
「わかった」
 タバサがそう言って頷きます
 
「それじゃあゆっくり降…」
 テオがゆっくり降ろせと言いかけたその時…

「投下」
 そうタバサが言うと、風竜はテオ達の乗った籠を離しました。
 もちろん籠は重力に従い、真っ直ぐに下に落ちていきます。


「その降ろし方は予想がいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃ…」
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・……」
 テオ達はドップラー効果を上げながら落ちて行きました。


「ちょっと…タバサ、その降ろし方はさすがに…」
「うわ…もう見えない」
 そのあまりの仕打ちに竜の上の面々は呆気に取られた表情で下を見ます。

「大丈夫」
 タバサは断言しました。
 そして何事も無かったかのようにタバサはトリスタニアへと竜を進めるのです。

 彼女は知っていたのです。
 テオの実力であれば、これくらいの高さなどさしたる問題では無いことを。


 事実としてそのとおりでした。

「全く、吾をおとすとか、あのメガネめ、吾を何だと思っているのだ」
「ビ…ビックリした」
「恐らく御主人様の実力を信頼してのことだとは思うのですが…さすがに私も肝が冷えました」
 テオたちの乗る籠はテオのフライでもって地面よりもいくらか高い位置で停止して居ました。

「全く…」
 そう言ってテオが杖を振るうと、籠はそのままフヨフヨと横に動き始めます。

 それは風竜に比べればとても遅い動きでしたが、それでも馬で移動するよりは幾分か速い速度でした。
 アルビオンから帰るには遅すぎる速さですが、こうしてトリステインに入ってからならば然程時間をかけずにトリスタニアに付くことでしょう。
 と言うより、テオはフライで帰れる距離になったからこうして他のメンバーと別れたのでした、つまり、テオは状況が許すならば、サッサとあのメンバーと離れたいと思っていたのです。
 テオは少し、静かに状況を思案したかったのです。
 
 
 ゆっくりとした帰路のなかで。テオは思案にふけります。
 
 
 果たして、テオが何を考えているのか。
 何を思っていたのか。
 
 それは誰にもわかりません。
 それこそ、そのすぐとなりにいたエンチラーダとエルザにすらわからなかったのです。
 
 ただ、なにやら珍しく真剣に何かを考えて居るようでした。
 そしてエンチラーダはいつもどおりの無表情で、その隣に寄り添うのです。
 
 その光景は、旅に出る前のあの日。
 テオが嫌な夢をみて落ち込んだ時、エンチラーダがその傍らに座っていたあの光景とそっくりでした。
 
 しかし、その二人の光景を見て。
 エルザはあの時と同じ印象をうけはしませんでした。

 エルザはテオとエンチラーダの真意を図っていました。
 いかに人の心を読むに長けた吸血鬼とはいえど、別に読心術が使えるわけでもなく。この二人の心内を知ることはエルザには出来ません。

 ですからエルザは想像をしました。

 まずエンチラーダがなぜテオを裏切ったか。
 人が人を裏切る事に特別な理由はいりません。
 利、権、金、愛、恋、悪、正、義、いかなる単純な感情も人が人を裏切る理由になりうるのです。
 どういった理由でテオを裏切るかまでは解りませんが、エンチラーダがテオを裏切る事自体は特別に不思議なことではないのです。

 ただ不思議なのはエンチラーダが長年テオに仕え、其れをアッサリと裏切ろうとしているのに、その素振りをおくびにも出さないことです。
 エルザの知る限り、人間にはアッサリと他人を裏切るような心を持つ反面で「情」という、非常に厄介な心も持っているはずなのです。
 愛情、艶情、恩情、交情、懇情、人情、たとえ相手がどんな相手で有ろうと、長時間一緒に入れば情が湧くのが人間なのです。
 エルザなどはその人間の情を利用して人間に紛れていただけに、その「情」という存在をイヤと言うほどに知っていたのです。

 なぜエンチラーダが湧き上がるべき情をアッサリと捨てて人を裏切れるのか。

 エルザにはそれが不思議でなりませんでした。
 
 
 そして。
 そして次の瞬間に、自分がそんな気持ちに至ったことに驚きました。
 
 
 何故ならば。人を裏切るなんてこと。
 エルザが誰よりもしてきたことだからです。
 
 長い年月をかけて人間を信用させ、それをあっさりと裏切り人間を食料とする。
 いわば裏切りは吸血鬼の必須科目なのです。
 
 それなのにエルザはエンチラーダの裏切りに対して疑問を感じてしまっているのです。
 
 そして、エルザは気づくのでした。
 自分はテオを裏切らんとしているエンチラーダに対して怒りを覚えているのだと。
 裏切りを当然とする自分が、テオがその被害にあいそうになった途端怒りを覚える。
 
 
 つまり、エルザは明確にエンチラーダよりもテオ側の立場になって物事を考えてしまっているのです。
 エンチラーダとテオ。その二人の人物のうち。テオに味方する考え方をしているのです。

 エルザは生き汚い吸血鬼。
 果たして何方の側に付くべきか、本来ならば冷静に考えるべきなのでしょう。
 なにせ、エンチラーダにしろテオにしろ、異常な程の力を有しているのです。
 何方かに味方すれば、何方かが敵になる。エルザとしては、何方を敵にまわすのも非常に危険な状態です。
 一番理想的なのは、何方にも味方をするような、日和見な態度を取り、有利な方に付くことです。
 しかし、エルザはいま明確にテオに味方しようとしていました。
 
 
 それは単に自分がテオの使い魔であるからと言う理由だけではありません。
 
 そう、今この瞬間にエルザは自覚するのでした。
 自分がテオを。
 
 
 愛しているということに。
 
 その感情を何時から抱いていたのかはわかりません、
 初めて会った時、
 ルイズの魔法から守ってくれた時、
 笑顔を向けてくれた時、
 エルザを吸血鬼と知っても態度を変えなかった時、
 エルザが自覚すること無く、いつのまにかその感情は生まれていました。
 

 嘗てエンチラーダがエルザに言った言葉。
「主人を愛するようになる」

 まさしくそのとおりにエルザはテオを愛してしまっているのです。
 何があってもテオの味方で在りたいと、そう熱望してしまっているのです。 
 それはすなわち。
 エンチラーダと敵対するということ。
 靴を舐めてでも許しを請いたいと思った、絶対的な相手を敵に回そうとしているのです。
 
 それを考えるだけで絶望的な恐怖がエルザを襲いました。
 
 確かにエルザが味方せんとするテオは強い。
 それこそ、エルザが知るかぎり一等に強い人間です。

 エンチラーダの裏切りにも気づき、それに対しても余裕を持って行動をしています。
 エルザが味方するまでもなく、テオはエンチラーダにも負けないだけの力が有るように思えます。


 しかし、しかしエルザは不安を拭えませんでした。


 初めてであった時のあのエンチラーダの笑顔。
 昨日見たあのエンチラーダの笑顔。

 あの恐ろしい雰囲気を醸すあのエンチラーダに、テオフラストスが勝てる気がしなかったのです。

 なぜそう思ってしまうのかはエルザにしても解りませんでした。
 しかし、エルザにはエンチラーダに対して、テオを越えるような「凄み」を感じていました。

 ひょっとしてエンチラーダは人間ではなく悪魔か何かなのかと、そう錯覚させる程の何かがエンチラーダにはあるのです。




 そしてエルザを不安にさせていることはそれだけではありません。
 エンチラーダの持つ未知の何か以上にエルザを不安にさせるもの。
 それはテオ自身の態度にありました。
 
 テオがエルザにエンチラーダが裏切り者だと語った時。
 テオは確かに言いました。
 
 「観察して楽しむ」と。
 観察。
 まさにエンチラーダが自分を裏切ろうとしているのに、それを断罪するでもなく、防ごうとするのでもなく、観察すると言っていたのです。
 
 なぜ?
 観察は何かを解決させる手段ではありません。
 テオが解決に向けた行動をしなければ、この先に待つのは破滅しかありえないというのに、テオは行動を起こす気配が無いのです。
 テオは自ら破滅に進んでいるようにも見えるのです。
 まるで刹那主義が自分の未来を犠牲に今を楽しむようなその態度。
 
 テオの進まんとしている方向はどう考えても自体の解決とは別方向なのです。
 
 果たしてテオは何処に進もうとしているのか。
 そして、それと共に歩む自分もまた何処に進もうとしているのか。
 
  
「ところで…魔法学院はどっちの方角だったろう…やばい、吾迷ったかも。まあいいか、多分南に向かえば概ねトリスタニアだろう…たぶん」

 果たしてテオは何処に進もうとしているのか。
 その行く末に言い知れぬ不安を感じるエルザなのでした。


 
後書き
用語解説

・一部の魚類
 有名なのはマグロやカツオ、他にも鯖など。
 殆どのサバ科やサメ亜区の魚は止まると死んでしまう。
 『ラムジュート換水法』という呼吸方法をとっているから。
 原理は、説明がめんどくさいので、ジェットエンジンみたいな仕組みで呼吸すると言っておこう…いや、魚にはタービンが無いから正確には『パルスジェットエンジン』に近い呼吸法だ!

・パルスジェットエンジン。
 兵器好きならば知らぬ者の居ない、フィーゼラーFi103、通称V-1ミサイルに付けられたエンジンである。記念すべき世界ではじめて実戦投入された巡航ミサイルのエンジンであるが、残念ながらその後殆ど陽の目を見ず、現在パルスジェットエンジンを利用した兵器はほぼ無い。
 一方でパルス燃焼の原理を応用した製品は根強く存在している。
 農薬散布機
 フライヤ
 ボイラー
 我々の生活は、パルスジェットによって豊かになっていると言っても過言では無いのだ。

・1000年に一度だけ咲く花
 元ネタはとある歌から。
 問題無い全然無い副作用も何も無い。
 とりあえずマズイだけ。
 
・大時化
 波が6mを超える状況のこと。この状況だと基本的に船はでない。

・エクストリーム
 極限、極度とかいう意味。
 エクストリーム乗竜。
 色々と過激な状況で竜にのる競技。

・可能
 「可能である」と言うのは「出来る」とは厳密な意味では違う。
 毎朝、今よりも30分早く起きることは「可能である」
 しかし、果たしてそれが「出来る」人間がどれほどいるだろうか。
 ダイエットして痩せる事は誰でも「可能である」
 しかしダイエットに成功「出来る」のは全員では無いはずだ。
 
・籠
 とある村人の会話。
 「オラ見ただよ!円盤状の物体が山の向こうへ飛んでいくのを!」
 「風竜かなんかじゃないんけ?」
 「ちげー!あれは竜じゃねえ、メイジでもねえ。空飛ぶバスケットが、スーって飛んでたんだあ」
 「みまちがいだんべ」
 「ほんとに見たんだっくれ、信じてくれよ!」
 「ごじゃっぺこいてねーで、とっととピクルスさ漬け込み手伝え」
 トリステインUFO伝説誕生の瞬間である。

・日和見
 天気を見る事、転じて天気を見て行動する事、さらに転じて、
 天気次第で行動を変えるように、定まった考えによるものではなく形勢を見て有利なほうにつこうという考え方のこと。
 ちなみに吸血鬼のシンボルでもある「コウモリ」は、ある童話からしばしば日和見のシンボルとしても扱われる。
 
・凄み
 エンチラーダには、やると言ったらやる………『スゴ味』があるッ!



[34559]  おまけ テオと余暇
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2013/02/27 00:29

 完全なおまけです。
 すなわち本編とは全く関係のない話です。
 すごく短いです
 ストーリーを楽しむようなものでもないです。
 スルーを希望するのです。
 
 
◆◆◆◆
 
 清々しい陽気のある休日の朝。
 騒がしくも楽しかったアルビオンでの冒険も終わり、テオはいつもどおりの平和な生活にもどりました。
 ただ、それなりに波乱に満ちた冒険の後では、その平和な生活は少しばかり刺激が足りないようにテオは感じるのでした。
「たまらなく暇であるな」
「ならば何か暇つぶしでもなさいます?」
 すぐ側に立っていたエンチラーダがテオの言葉に答えます。

「すぐに暇つぶしが思いつくものでもないしなあ、そうそう簡単に暇は潰せるものでもあるまい」
「いつもの占いはいかがです?」
「少し飽きてきたのだ。できれば違うことがやりたいのだ」
「だったら執筆活動をしては如何ですか?」
「書くことが無い。なにか面白いアイディアが思いつくまで執筆はする気がおきない」
「今はいい天気ですので、外で散歩というのはどうでしょう」
「うむ…悪くない、悪くは無いが…もう少しいつもと違うことがしてみたいな」
「ならば料理などはどうでしょう、とても楽しいと思いますよ」
「良いアイディアだが…さすがにコックたちが使う厨房を吾が勝手に使っては問題だ」
「大丈夫かと、今の時間は調理場は誰も使っていないはずです。御主人様が厨房を使うのには何ら問題はないかと…」
「とくに使われていないと言っても、実質あの厨房の主はコック達だ、そこを我が物顔で吾が荒らせば、奴らも良い気はしないだろうさ」
「然様で御座いますか…しかしそうなりますと、何がほかに御主人様が満足しそうな娯楽ですか…」

 カクリと首をかしげながら、エンチラーダは考えます。
 素早く思考を巡らせて自分の主人が喜びそうな答えを探しますが、エンチラーダの頭にはなかなか良い案が浮かばず、エンチラーダは困り果てました。
 例えば、どんなことだったらテオは喜ぶのでしょうか?

「仮に今まで絶対にやりそうもなかった事をやるというのも面白いかもしれない」
「今まで絶対にやりそうも無い事ですか?」
「過去にやっていないことに挑戦するのは何かと楽しそうだからな」
「ならば全裸になり、自分の尻を両手でバンバン叩きながら白目をむき『びっくりするほどユートピア!びっくりするほどユートピア!』とハイトーンで連呼しながら…」

 乱心以外でも何物でもない行動を勧めるエンチラーダに、テオは慌ててそれを否定しました。
 たとえそれがテオの希望通り過去にやったことが無い行動であっても、なにせそれはあまりにも異常な提案だったのですから。

「乱心極まり無いだろ!さすがに人間として大切な尊厳を捨て去りすぎだ、吾はもう少し吾らしい行動がしたい」
「衣類を脱ぎ捨てた上で泉の水を飲みつくすとか…」
「怪物か!?何も着ないで泉の水を飲みつくす生物とか…物の怪の類としか思えんわ!人間なのだぞ吾は!」
「裸で踊りつつフライで世界中を飛び回っては…」
「裸にこだわりすぎだろ!なぜ裸だ?吾らしいイコール裸だとお前は思ってるのか?だとしたら吾泣くぞ?もっとこう…高貴で、雅な…」
「ならば魔法を使って何かしては如何ですか?御主人様はメイジなのですから、魔法を使ってこそ御主人様らしいかと」
「とくに今までも魔法は使ってきたからなあ。今までにやってなかったことを魔法でするとなると何が有るだろう」

 うーんうーんと唸りながらテオは考え込みます。
 すでに今まで魔法で出来ることはあらかたやりつくしたテオに、未体験の魔法といっても一体どんな物がのこされているでしょう。

「うむ!そう言えば、吾は罪のない人達を、魔法で意味もなく虐げたりとかしたことがなかったな」
「な!」
「なかなか面白そうです」

 すぐうしろにいて二人の会話をそれとなく聞いていたエルザが、とんでも無い事を言ったテオに自分の耳を疑います。
 凄い内容の発言ですが、一方でエンチラーダは特にその言葉に驚いた様子もなく当然のようにそれを受け入れています。

「すこし体を動かしたいと思っていたところだし、時に他人の嫌がることをするというのも乙なものだろう」
 
 後ろにいたエルザはテオの乱心とも言えるその言葉に混乱の世界へと旅立ちました。
 確かにテオは変わり者ですが、突然罪のない人達が嫌がることをすると発言すれば驚くのも無理は無いでしょう。

「動くには良い陽気です。きっと楽しいと思われますよ?」
「よし、ではそこらじゅうで暴れまわろう、暴虐の限りを尽くす。いっそこの国を破壊するのもよいか」
「過激ではありますが、なかなかに面白そうでございます」
「すべてを焼き尽くす炎をそこら中に撒き散らすというのはどうだ?」
「誰にでもできることではなく、御主人様だからこそ出来る素晴らしい暇つぶしかと」
「となれば、思い立ったが吉日だ。すぐにでも行動にうつすべきか…」
「かなり衝撃的な話の内容に私は驚きを隠せないんだけどぉ!!…え?テオ?エンチラーダ?一体どうしちゃったの?いきなりそこらを焼きつくすとか」

 傍らでそれを聞いていたエルザがたまらず会話にわりこみました。
 たった今、目の前でされた二人の会話。
 わけの分からないことを言い出す二人は、一体何をこれから始めようとしているのでしょうか?

「片耳をこちらに向けているとおもいきや、盗み聞きですか?エルザ。あまりそういった行動は淑女的ではありませんので控えるべきです。もし興味があったのならば、最初から話に参加すればいいのです」
「少しは淑女的な行動を心がけるべきだなエルザ、吾とエンチラーダの遊戯に途中参加するのはルール的によろしくない」

「いやいや………………あれ?え?遊戯?ルール?え?先刻からなんか物騒な会話にしか聞こえなかったけれど、遊戯とかルールとかって、一体どういうこと?私さっぱり理解出来ない?」

「いや何、言葉通りの意味だ、今まさに吾とエンチラーダで遊戯をしているのだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「いかにも過激な会話に聞こえますが、別に何の変哲もない日々の遊びをしているだけですよ?」
「要は先ほどまでの会話の内容には特に意味など無いのだ」
「だから、会話の内容に怯える必要はないのです」

 すごく楽しそうにそう言う二人に、エルザは首を捻ります。

「少なくとも、この会話において楽しむのは、会話の内容とは別のところなのだよ」
「ようく私たちの会話を思い返してみれば自ずとその意味が理解できるはずですよ」
「よくわからないけど…会話の内容とは別の所で楽しんでたってこと?さすがにそれだと私には理解出来ないわよ?」
「ようは単純な言葉遊びなのだが…エルザには少し難しすぎたかな」
「何?なんだかバカにされてるような…」
「なにもバカになどしていませんよ。むしろ周りに気づかせずにそれをやるのも楽しみの一つなのです」

 すっかり置いてけぼりのエルザをよそに、テオとエンチラーダが笑います。

「少なくとも、エルザが吾らの遊戯に付いてこれるようになるにはもう少し付き合いが長くなくてはな」
「何事も経験です。ともにいる時間はお互いの思想を近づけるのです。そうなれば多くを語ること無くお互いこうして遊戯に耽ることができるのですよ、もう少しエルザも私たちを理解していれば、この遊戯の正体も直ぐにわかったのでしょうね。『ああつまりはこういうことか』…と」
「とにかく二人は二人にしか理解出来ない遊びをしていて、私はそれに振り回されているってこと?」
「特に振り回してはおらんさ、エルザが勝手に吾らの遊びに入り込んで自ら振り回っているにすぎん」
「ん?」
「ん…ん?ん!!………………んむ。吾、負けた」

 唯一言。テオがそう言ってテオとエンチラーダの暇つぶしは終わります。


 すなわちそれは、いつもどおりの平和な日常でした。



◆◆◆たのしい用語解説

・つまり
 理解できた人は早い段階でオカシイと気がついただろうが、各文章を良く読んで欲しい。

・嫌がることをするというのも
 もう如何にも過激な発言で、思わずエルザが話しに割り込んだ。
 だが、もちろんこの発言はテオの本気ではなかった。
 ただ適当に話しているに過ぎない。

・今まで絶対にやりそうも無い事
 特にびっくりするほどユートピアは絶対にやらない。

・いや何、言葉通りの意味だ、今まさに吾とエンチラーダで遊戯をしている。
 ルールは簡単。つまり相手の会話の最後を自分の会話の最初にするのだ。
 
・だからつまりは
 はやいはなしが二人は「しりとり」で遊んでいただけ。
 けれども途中でエルザが乱入し、しりとりが滅茶苦茶になるはずが…そうなってはいない。
 いくつかエルザの言葉が入っているが、それを抜いていただいても構わない。いっそ地の文も抜いてしまってよいだろう。



[34559] 22 テオとブリーシンガメル
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2013/02/27 00:12



 アルビオンでの冒険も終わり、皆は平凡な生活に戻りました。


 とはいえ冒険の前と全く同じに戻ったわけではありません。
 
 ルイズは前に比べ、すこしサイトに対して優しくなりました。
 サイトは前に比べて、びっくりするほどに剣の練習に励みました。
 キュルケやタバサやギーシュも大きな変化が無いように見えて、あの冒険で何処か成長した様子でした。
 
 そしてエルザも例外ではありません。
 テオと一緒に学院の庭にある木陰で、いつものように過ごしながらも、彼女の心の中は大きく変わっていました。
 
 彼女は決意していたのです。強くなってテオの役に立とうと。
 はっきり言って自分の力は微力です。少なくともテオやエンチラーダに比べればそれこそそこらの雑草程度の力でしょう。
 しかし、少しでもテオの助けになるならば、少しでもアクションを起こすべきだとエルザは思っていました。
 
「えい、えい」
 思い立ったらすぐ行動。
 エルザは桶の中に色々な物を混ぜてそれをこね回して居ました。
 
「…エルザ?一体何をしている?」
 その奇妙な行動に、隣に居たテオが不思議そうに問います。
 
「強くなろうと思って、えい…えい…」
「強くなる?よくわからんが、その桶の中の物をかき混ぜると強くなれるのか?何混ぜてるんだそれ」
「カエルの汗と、アマニタ茸の傘と、ヘビの頭と、大蜘蛛の腹と…」
「待て待て待て待て…何を作ってるのだ?」
 エルザが混ぜている物のあまりのおどろおどろしさに、テオは思わずその桶の中を覗き込みました。
 
「毒。コレを爪に塗れば、どんな相手もイチコロよ!えい、えい」
「…いやいや。毒ってお前、強くなるっておまえ…うわあ、素手でかき混ぜちゃってるよ」
「これさえあれば…ふふふふ」
「使い魔の趣味が毒手とか…正直主人としては引くのだが…その趣味なんとか読書とかにならんか?」
「えい…えい」
 テオの言葉もどこ吹く風で、エルザは毒をかき回していました。
 
 いかにも物騒ですが、ある意味でそれは平凡なテオとエルザの風景とも言えました。
 なにせ、この二人は平凡でないことが平凡なのですから。
 
 しかし、そこに少しばかり、二人にとっても平凡ではない出来事が舞い降りました。
 二人の前に一人の人間がやって来たのです。
 別にテオとエルザの前に来たのが、エンチラーダやキュルケやタバサであれば、それは別に不思議な事ではありません。平凡な一日の範疇から飛び出ることは無いでしょう。
 
 しかし、テオとエルザの前に現れた人物、それはサイトだったのです。
 
 突如現れた彼に、テオとエルザはなぜこの男が一人で自分たちの前に現れたのか首を捻りますが、その後の彼の一言が更に二人を混乱させました。

「なあ宝探しに行こう!」
 そう言われた二人は自分の耳を疑いました。


 宝探し。
 少し幼稚な気もしますが、別に悪いことではありません。
 現代社会とは違い、トリステインには事実として宝が眠っていることがあります。
 其れを探すということは別段不思議なことではなく、行楽としてさほど悪い選択肢でもありません。

 テオが自分の耳を疑ったのは、其れに自分が誘われたこと。更には自分を誘ったその相手が、サイトだったことによるものです。

「なぜ吾を誘う?」
 テオは不思議そうに聞き返しました。

 サイト。
 ハッキリ言ってテオはサイトが嫌いです。
 しかも其れを露骨に態度で表してきました。

 それなのに目の前のこの男は笑顔でテオを宝探しに誘っているのです。
 一体どういう神経ならば自分を露骨に嫌う相手を前に笑顔で行楽に誘えるのか、テオには不思議でなりませんでした。

「なぜって…テオこういうの好きそうだから?」
「…まあ、確かに嫌いではないが…嫌だぞ?吾は、お前と二人で旅行するなんて」
「いやいや、二人じゃねーよ。俺とギーシュとキュルケとタバサ、あとシエスタで行く予定なんだ」

 その言葉にテオは少しばかり思案をしました。
 サイトと一緒に行くのはとてもイヤでしたが、他に何人もメンバーが居るというのであれば、四六時中サイトと顔を合わせる必要もなくなります。
 宝探し自体はとても楽しそうなので、之は一緒に行っても良いのではないかとテオは考えました。

「まあ…どうしてもというのであれば…」
「よし、決まりだな、じゃあ今から出発だ…」
「今から!?」
「うん今から」
 今からと言われてさすがにテオも面食らいました。
 行き当たりばったりなテオでもさすがに準備期間なしで旅に出るとは思っていなかったのです。
 
「なら急いで準備せねば、エンチラーダは何処だ?」
「エンチラーダならいま街に買い出しに行っているよ?」
 毒の入った桶に蓋をしながらエルザがいいました。
 
「あああ、そうだった!吾が本を買ってくるように頼んだのだった!」
「ああ、大丈夫、旅に必要な道具はシエスタが用意してくれてるっていうから、テオ達は着替えだけ用意してくれば良いよ。それともやっぱりエンチラーダさん待った方が良いか?テオがエンチラーダさんとじゃなきゃ出かけないって言うなら待つけど…」

 それは特に他意のない、ただ何となくサイトの口から出た言葉でしたが、テオはその言葉に少し気分を害しました。
 まるで、その言葉は、エンチラーダがいなければテオは何もできないのではと言っているようにも聞こえたからです。

「それではまるで吾があいつ抜きでは何も出来ないみたいじゃないか!吾は一人でも行けるぞ」
 苛立った表情でテオはそう言いました。
「私も行く!」
 エルザもそう言ってぴょんと立ち上がりました。
 
「エンチラーダには書き置きを残しておこう。なに、吾がエンチラーダ抜きでも何ら問題ないことを証明してやる。このトリステインに眠る全ての財を吾一人で見つけ尽くしてくれるわあ!」
「あ、そうじゃあ、身支度が済んだら校門に集合で」

 テオの叫び声に対して、サイトは軽い口調でそう返しました。





 かくして、テオは初めてエンチラーダ抜きでの遠出をするに至ったのでした。


◇◆◇◆


 トリスタニアの街の表通りから少し外れたとある酒場。
 まだ、昼間だというのに薄暗いその酒場は、すでに数人の客が酒を飲んでいます。
 表通りの酒場に比べ、その酒場は幾分か品位が低いようで客たちは思い思いに騒いでいます。

 賑やかな酒場の二階には、幾つかの個室がありました。

 宿として存在する部屋ですが、大抵は性欲を持て余した男が、金貨を片手に酒場に屯する女性を連れ込む部屋となっています。
 そして、極々マレにですが、その部屋はそれ以外の使われ方をします。
 
 例えば密会など。
 
「アンタの予想外れたね」
 とある一室の中でそんな声が響きました。
 
 無作法な口調ですが、その反面どこかに気品を含んだ声。
 それは、フーケの声でした。

「なぜ、そんなに嬉しそうにするのです?」
 笑顔のフーケに対してエンチラーダがそう言いました。
 
 そう。
 今まさに、エンチラーダとフーケはそこで密会をしていました。
 連れ込み宿と言うのは秘密の話をするのにウッテツケの場所なのです。
 
「いやさ、何となくさアンタの言うことは絶対間違わないような気がしててさ。それが少しばかり怖かったもんだから、ああアンタも人並みに間違うんだなあって思って、少し安心した」

 フーケのその言葉にエンチラーダは小さくため息をつきました。 
「ですから、私は『現時点ではドチラが勝つのかはわかりませんと』言っていたはずですが…」
「『個人的にはあの使い魔は負けるような気がします』とも言っていただろう?」
「…ええ、言っていました」
 そういうエンチラーダの表情は変わりませんでした。
 変わりませんでしたが…、なんだか悔しそうな雰囲気を出しているような気がして、フーケはそれがたまらなく可笑しかったのです。

「ほら、私が学院に居た頃からアンタは完璧超人だったからね。なんだかやっぱりアンタも一応は人間だったわけだ」
 そう言ってフーケはテーブルのエールを一口飲みました。
 
「そんなことより、指示書の内容は実行していただけていますか?」
「当然、しっかり実行中だよ…しかしまあ、何を頼まれるかと思えばこんなこととはね…」
 そう言ってフーケは指示書をひらひらとはためかせ、今度はエールの隣にあったナッツをひょいと上に飛ばすと、それは放物線を描いて彼女の口に入りました。
 
 ゴリゴリと音を立てながらそのナッツを食べたフーケは、表情を真剣なものにして、エンチラーダにこう尋ねました。
「1つだけ聞いて良いかい?」

「はい、なんでございましょう」
 フーケの真剣な表情にも反応すること無く、いつもどおりの調子でエンチラーダはこたえます。

「なんでこんなことを?」
 それは。エルザが抱いたそれと同じ疑問でした。
 
 なぜテオを裏切れるのか。
 長年仕えて来た主人を、さも当然のように裏切れるのか。
 フーケにしてもそれは理解出来ないことだったのです。
 
 確かにフーケは悪党です。自身もそれを自覚しています。
 しかし、それでも悪党には悪党なりの仁義があります。
 人を裏切れば信用をなくします。
 信用をなくせば裏の世界ですら生きていくことができなくなるのです。
 
 それを理解出来ない程にエンチラーダは愚かな人間ではない事をフーケは知っています。
 であれば、理由があるはずです。世間の信用をなくしてでも人を裏切る大きな理由が。

「ただ生きたいんですよ、この世界で」
 エンチラーダの口から出た言葉、それはフーケの予想外の言葉でした。

「生きたい?」
「そう、生きる。ただ当たり前なことですが、それが兎角難しいことだということは貴方も知っていると思います」
「…」
 フーケは考えました。
 そう、ただ生きる。

 とても単純で、誰もが一番に持つ欲求です。

 しかし、そのただ生きるだけが、意外と難しいのです。
 なにせこの世界で、人間は、実に簡単に死んでしまいます。
 
 病気で死ぬ、
 事故で死ぬ、
 戦争で死ぬ、
 幻獣に食われて死ぬ、
 亜人に襲われて死ぬ、
 盗賊に襲われ死ぬ、
 飢えて死ぬ、
 毒で死ぬ、
 絶望に死ぬ。

 ただ生きる。その当たり前なことが、この世界では簡単では無いのです。 
 ですから、エンチラーダの言う「生きたい」という気持ちはわからないでもありません。

 しかし、フーケには腑に落ちない点が一つ。

「今のままじゃ生きられないのかい?」
 エンチラーダはすでにテオのメイドという立場を手に入れています。
 アレほどに頼り甲斐のある主人はまず居ないでしょう。
 確かに足が無いというあまりにも大きなハンディキャップは持っていますが、
 それを補うだけの能力も有しています。
 彼の庇護下にあれば、相当にその立場は保証されているようなものです。
 彼に付き従っている限り、彼を裏切るまでも無くエンチラーダの安全は約束されているようにも思えます。
 
「今のままも良いのですよ。良いのですが…」
 フーケの言葉にエンチラーダは顎に指を当てて答えます。

「より、良く生きたいと言う欲求は、持ってしかるべきでしょう?」
 そう言ってエンチラーダは笑いました。

 より良く生きる。
 それはすなわち今以上に良い環境で生きるということです。
 つまり、それは。
 
 単純に裏切ることで利益を得たいということ。
 まるで、裏切りのリスクを理解しない三下のゴロツキが端金のために人を裏切るような。
 そんな単純にして幼稚な理由。
 
「そんな単純な理由で…」
「ええ、単純です。しかし、世の中と言うのはえてしてそういうものなのでは?人間の行動基準なんてとても単純なものなのですから」
 エンチラーダはさも当然と言った口調でそう言いました。
 
「…」
 その言葉に、フーケは黙ってしまいました。
 フーケはエンチラーダに反論する言葉が見つからなかったのです。
 なにせ、エンチラーダの言っていることは、けだし至言であったのですから。
 
 人間は兎角単純な行動原理に基づいて生きています。それすなわち、欲求です。人はいろいろな欲求・欲望を持ち、そしてそれを満たすために行動します。生理的欲求、安全欲求、社会的欲求、自我欲求、自己実現欲求。人の欲求には再現が無く、どんなに良い暮らしをしている人間であっても、更に良い暮らしを求めます。
 
 どんなに外面を繕った所で、人間の本質は欲を満たすことにあるのです。
 
「今より良く生きたいという欲求は誰もが持つものでしょう?私は、私は、それを手に入れるためならば、大抵の事はいたしますよ?」
 薄暗い部屋の中で響くそのエンチラーダの言葉は。
 
 フーケの心の何かをざわめかせる、何やら不思議な響きと迫力を持っていました。


◇◆◇◆


 タバサとエルザは息を潜めて木のそばに隠れていました。
 二人の視線の先には、朽ち果てかけた寺院がありました。
 
 それは十数年前に放棄された開拓村の寺院でした。
 荒れ果て、今では近づくものもおりません。
 
 人間の手を離れた寺院は、寂しくもその反面で何処か理解しがたい美しさも醸し出しています。静かな世界に佇むその寺院は、なにやらそれだけで尊厳な雰囲気なのです。
 
 しかし、その寺院を包む静かな世界は、ある爆発と共に終わりを告げました。
 キュルケが放った魔法が、寺院の前にあった木を燃やしたのです。
 
 すると、すぐにその寺院の中から出てくる影がありました。
 
 それはこの開拓村の住人に村を放棄させた原因。
 オーク鬼でした。
 
 身の丈2メイルほど。
 体つきは大きく、醜く太った体を毛皮で包み、まるで豚のような顔を左右に動かしながら飛び出てきたオーク。
 好物は人間の子供という、どう考えても人間との共存不可能なこの生き物は、人々にとって大きな脅威です。
 特に魔法の力を持たない開拓民達ににとっては如何する事も出来ない存在でした。
 結果この村は捨てられ、オークの住処となっていたのです。
 
「ぶいあ!ぷいあ!」
「ぷぎ、ぷぐ、くふあやく!」
「ぶぎ、ぶ、ぶ、ぶるぐとむ!」

 オークたちは特有の鳴き声で会話をしながら、突然燃え出した木を指さした後、辺りを見渡しました。
 
 その様子を見ながらタバサは少し思案をします。
 想定していたよりもオークの数が多かったのです。
 
 オーク鬼は知能こそさほど高くありませんが、とても大きな体と、力。そして強い生命力を持っています。
 如何なメイジであっても、無策に戦えば簡単に蹂躙されてしまうでしょう。
 
 
 そのとき。
 オーク達の前に、青銅製のゴーレムが7体姿をあらわしました。
 
 ゴーレムたちは先頭のオークに突進し、手に持った短槍を突き立てます。
 オークの腹に槍の穂先がめり込み、オークは地面に倒れこみました。
 
「ちっ」
 その様子を見ていたタバサが小さく舌打ちをしました。
  
 それは打ち合わせに無い出来事でした。
 本来ゴーレムが出てくるのはもう少し後のこと。
 
 予定外にそれが現れたということは、そのゴーレムの作り主、即ちギーシュが先走ったのです。
 
 実際ギーシュの攻撃はさしたる効果をあげていませんでした。
 ゴーレムの槍は確かにオークに刺さりましたが、その傷は浅く、ゴーレムはオークの反撃で簡単に潰れてしまいます。
 
 このままではマズイと思ったタバサは呪文を唱えました。
 タバサが得意とする、トライアングルの魔法ウィンディアイシクルの呪文です。
 その魔法は手負いのオークに見事あたりその息の根を止めるに至りました。
 
 そしてその直後別方向から放たれた火の玉がほかのオークの頭を燃やし尽くします。
 タバサとキュルケの攻撃は実に効果的でしたが、それ以上に攻撃を続けることが出来なくなってしまいました。
 強力な魔法は連続しては使えないのです。
 
 仲間を殺されたオークは怯みましたが、同時に自分達が相手にしているメイジがさほど多くはないことに気が付きました。
 
 オーク鬼たちはメイジの恐ろしさを理解していましたが、その反面で、メイジといえど平民の人間と同じく力いっぱい殴れば簡単に殺せると言うことも知っていました。
 勝機は十分にある。
 その思いがオーク達を奮い立たせました。鋭い嗅覚を頼りに自分たちの敵の居場所を探し当てます。
 そしてオークたちは走り出しました。
 
「うぎいっぷ!ぶぐとらぐるん、!」
「ぎゃぎゃ!ぷ!ぶるぐとむ!」
 奇っ怪な叫び声を上げながら、オークたちはどんどんとタバサ達が居る方に迫ってきます。
 
 しかし、その目の前に姿を現す2つの影がありました。
 
 それは一人の人間と、サラマンダー。
 つまりはサイトと、キュルケの使い魔のフレイムでした。
 
 オークたちは一瞬驚きましたが、その走る速さを緩めることはありませんでした。
 確かにサラマンダーは強敵ですが、勝てない相手ではありません。そしてその隣の杖を持たない人間などは、もはや眼中に入れるまでもないか弱い敵です。

 オークは勢いそのままにサイトに向かって棍棒を振り下ろしました。
 しかしその棍棒はサイトに当たること無く、地面にぶつかります。
 
 そしてそのまま、そのオークは倒れこみました。
 サイトの剣が、その首筋を切り抜いていたのです。そのままオークは起き上がること無く絶命します。
 しかし、その隣に居たオークがその事実を理解することはありませんでした。
 なぜならそのオークもまた、サイトの剣によって体を貫かれていたのですから。
 
 目にも留まらぬ早業で、サイトはオークを屠っていきます。
 隣にいたフレイムも、炎をオークに吐きかけて殺していきます。
 オーク達は一瞬でその数を減らしました。

 オークたちはパニックに陥りました。
 まるで普通の人間に見えるその男は、鎌鼬のように素早くオーク達を切り刻んでいくのです。
 あるオークは勇敢にもサイトに立ち向かい、あるオークは標的を隣のサラマンダーに変え、そしてあるオークは逃げるようにその場を離れようとしました。
 
 サイトに立ち向かうオークの運命はどれも同じでした。皆一様に切られその生命を落とします。
 サラマンダーに立ち向かったオークはもっと悲惨だったかもしれません。
 斬られて一瞬で命を消すこと無く。サラマンダーの炎に悶えながら死んでいったのですから。
 混乱した状態で勝てるほどにサラマンダーは弱い幻獣では無いのです。
 
 そして、ある意味で一番不幸だったのは、そこから逃げるようにして、寺院の門。すなわちタバサたちがいる方向に走ったオーク達でした。
 
 そのオークが、寺院の門を出て直ぐ。近くの木陰からある影が飛び出てきました。
 それが小さな人間の女の子であるとオークが気づいた瞬間には、オークの視界は真っ暗に染まっていました。
 
「そぉい!!」
 エルザが桶をオークに投げつけたのです。

「ぷぎいいいいいいいいい!!!!!」
 桶は見事にオークの頭に被さり、突然真っ暗になった視界にオークは暴れます。
 すると、足を滑らせその場に倒れてしまいました。しばらくその場で立ち上がろうとオークはもがきますが、その動きは次第に弱々しくなって行きました。
 
「ぷ、ぷぎゃ…………ぷ…」
 その桶に入れられていたのは毒でした。
 今朝ほど、テオの前で捏ね合わせていたあの毒が入った桶をエルザはオークに投げつけたのです。
 毒の効果はバツグンのようで、生命力の高いオークの動きは、ついには止まってしまいました。

 同じく門の外に出ようとしていた別のオークは、とつぜん動かなくなった仲間に驚きましたが、自分の直ぐ前にいる人間が小さな女の子であることに気がつくと、棍棒を振り上げながらエルザへと襲いかかって来ました。
 
 そして、ここに居たすべてのオークたちの中で一番に不幸だったのはこのオークでした。

「全く、我が使い魔の初めてのオーク退治に感動しているというのに」

 そんな声が聞こえたかと思うと、次の瞬間にはオークの視線が一段低くなりました。
 オークは何が起きたのかわからず辺りを見渡すと、自分の直ぐ後ろに見慣れた物があることに気が付きます。
 それは。
 自分の足でした。
 今まで自分が下を見ればあったはずのその足が、なぜか自分の後ろに在ったのです。
 
 オークは思わず、その足に向かって手を伸ばそうとします。
 そして、その時になって初めて、オークは、自分の腕がその肘より先が無いことに気が付きました。
 オークは叫び声をあげようとします。しかし、叫び声を上げるために必要な顎と舌が、いつの間にか口とは違う場所に落ちて居ました。
 そのオークが何かをしようとする度に、それに必要な部位が、体からそげ落ちて行くのです。
 
 体中を激痛が走りますがそんなことは気になりませんでした。そんなことよりも、体がどんどん無くなっていく恐怖で、オークの心はもう壊れそうになっていました。
 
「タイミング以前にだ、お前はエルザを狙ったろ?このメンバーの中で、吾の使い魔であるこの少女を狙ったろ?つまりだ、お前は吾の物を壊そうとしたわけだ。つまりな…吾を侮辱したも同義だ」
 そんな声がオークの耳に入って来ましたが、オークはそれを理解することはできませんでした。
 ただ理解出来たのは、自分はとても悪い選択をしてしまったということでした。

 その廃村に居たすべてのオークの中でも、そのオークが一番に苦しい死に方をしました。
 ただ、エルザを標的にしたという、それだけの理由で。

 そのオークが、絶望の内に死ぬのを見届けると、テオはさっとエルザの方を振り返りました。
 もう、テオの脳内からはオークという存在は消え去っていました。

「良ぉお~~しッ!よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし!りっぱに殺れたぞ!エルザ」
 そう言いながらテオはエルザの頭をこれでもかと言うくらいに撫で回していました。
 エルザはその顔をテオの肩に埋め、苦しそうにもがいています。
 直ぐ隣のタバサはそれを冷めた目で見て居ました。

「おーい、こっちは終わった…って、なにこの状況」
 その場にやって来たサイトがその光景を見て、少し後ずさりました。
 
「まったく、ギーシュったら全く段取りが…って、うわ、引くほどの溺愛ぶり…」
「しかしだね僕は…うわああぁ」
 キュルケとギーシュもすぐ近くまでくると、テオのその異様な様子に顔をひきつらせます。
 
「みな揃ったか?宜しい、一同エルザを讃えろ、今日はエルザが一人でオークを倒した記念すべき日である。吾は今日という日を吾の祝日とし、未来永劫語り継ぐ事をここに誓う!!」
「吾の祝日って何よ?」
「文字通り吾の考えた祝日だ、毎年この日になったら吾が勝手に祝う。仕事も勉学も休んで朝から晩までパーチーだ!」
「それただのサボりの口実じゃねえか」

「何とでも言え、とにかくエルザのおかげでオーク退治が出来たのだ、皆感謝するように!」
 テオはそう言って胸をはりました。

「感謝って…まあたしかにオークを一匹退治してくれたのはありがたかったけど」
「でも、それを言ったら皆それぞれオークを退治していたし…」
「って言うかテオ?アンタだったら一人でここのオークを一掃できたんじゃないの?」
 
 キュルケのその言葉にテオはため息をつきながら首を横に振りました。 
「はあ、君は本当にわかってないな。全く、全く持ってダメだ、ダメダメだ。吾が一人でオークを退治しては、エルザのためにならないだろう?今回のこの戦いはエルザが戦って初めて意味があるんだ。エルザが強くなるための訓練なのだから」
「そもそも。それが問題だと思うのよ、いくらテオが守っているからってこの子を戦闘に混ぜるのはマズイと思うんだけど?」
 キュルケのその言葉に、他のメンバーも頷きました。
 
 テオがすぐ傍で守ると言っても、エルザは小さな女の子です。戦闘に参加させるなんて、どう考えても危険に過ぎます。

「エルザが強くなりたいというのでな何事も経験だ。実戦に勝る訓練なしと言うだろう?」
「それはそうだけど…でもいくら何でもこの子に実戦は早すぎるんじゃない?」
「いや、むしろこういったことは早すぎるくらいで丁度よい」

 確信を持った表情でテオがそう言いますが、やはり皆は納得がいきませんでした。
 
「でも、このこメイジじゃないんでしょ?訓練で万が一ってことも有るわけだし…」
「メイジの子供だってその年で実戦はしないと思うよ?」
「確かに危険だわな」
「やっぱり私と一緒に隠れていたほうが良かったんじゃ…」
 一同はエルザの参加に否定的でしたが、一人だけそれを肯定する人間が居ました。

 タバサが一言。
「私は…私はいいと思う」
 そう。ガリアの花壇騎士として実戦の世界にいるタバサは、テオとエルザの行動が正しいものに思えたのです。
 
 嘗て王族として育ったタバサが突然放り込まれた実戦の世界は、とてもとても大変なものでした。
 だから彼女は自らの経験から痛感していたのです。早く実力を付けることの大切さ。そして自分の今の環境がガラリと変わる可能性。

 この世界は危険に満ち溢れています。
 エルザがテオの庇護下から外れる可能性がゼロでは無い限り、少しでもこの世界を生き抜く実力を持つことは決してエルザに取ってマイナスにはならないと、タバサは確信していたのです。

 生きる。
 
 ただそれだけのことがこの世界では兎角大変なのです。
 この世界を生きると言うのであれば、人は強くならねばいけないのです。

「ターバサー。さすが吾が見込んだメガネである。そうだ、そのとおりだとも、この中で一番の実力者たる吾とそれに次ぐタバサが言うのだ。吾の教育方針が間違っていようはずがないではないか!」
 タバサという賛同者を得て、もうテオはそれはそれは得意そうに自分の行動を肯定し始めました。
 
 その様子に他のメンバーはこれ以上何を言っても無駄であることを悟り、一様にため息を付くのでした。
 
 
◇◆◇◆
 
 
 その夜、一行は寺院の中庭で焚き火を取り囲んでいました。
 
「寺院の中に宝が有ると聞いていたのだがね」
 ギーシュが恨めしそうに言いました。
「あったじゃないの、祭壇の下に」
「ああ、あったよ。たしかにチェストの中に首飾りが在ったさ。しかしね、僕はブリーシンガメルと言う「炎の黄金」で作られた、あらゆる厄災から身を守る宝だと聞いていた…しかしこの首飾りときたら…」

 ギーシュは指飾りを指さしました。
 
「…真鍮で出来た安物じゃないか!」
 その言葉にキュルケは答えませんでした。
 ただつまらなそうに爪の手入れをしていました。
 タバサとサイトも我関せずと言った様子で話には参加しません。
 シエスタは夕食の準備に集中していましたし、エルザはそれに興味津々といった様子でした。
 誰もがギーシュの言葉に反応しない中。
 
 ただ一人、その言葉に反応したのはテオでした。
 テオはギーシュの指さしたそのネックレスを興味深そうに観察しながらこう言いました。 
「ふむ、いや、中々悪くない首飾りだと思うぞ?」

「何処がだね?真鍮だよ?真鍮!それこそ平民の小遣いでも買えるような首飾りじゃあないか!苟も僕らは貴族なんだよ?こんな首飾りを良いと思う事自体が恥ずかしいことだよ!」
「恥ずかしいのはおまえの言動と格好だ。物事の価値はその値段で決まるわけではない。たとえ高価な素材でできていようが粗悪な装飾とは多々有るのだ。むしろそんな装飾なんぞをつけてみろ。それこそ滑稽の極みではないか…お前のようにな」
「ちょ!……」
 突然恥ずかしい奴と言われれば、ギーシュもいい気はしませんので、当然それに非を唱えようとしましたが。
 ふと周りを見ると、テオを始め全メンバーが無言でその言葉に頷いていました。
 
「まあ…たしかにギーシュの格好と言動は恥ずかしいな」
「恥ずかしいわね。動きとか、服装とか」
「恥ずかしい」
「とても恥ずかしー」

「…なにこれイジメ?」
 皆の言葉にギーシュは泣きそうな声を出しました。

「素材が良くても悪いものは悪い。そして素材が悪かろうと良いものは良い。この首飾りも中々に悪くないものだぞ?物の価値とは必ずしもその値段で決まるわけでは無いのだ」
「そう!テオ、やっぱりいいこと言うわ!本当の価値が解る男って素敵ね!誰かさんに爪の垢を煎じて飲ませてやりたい」
 キュルケが爪を手入れを一旦中断しテオを称えました。
 しかし気分のよろしく無いギーシュはそのテオに反論をします。
「でも、実際の所偽物じゃないか。偽物にはそれ相応の価値しか無いよ」

 ギーシュがそう言うと、テオは小さく笑ってこう言いました。
「偽物か…おいエルザ、首にかけているそれ、見せてやれ」
「うん」
 そう言ってエルザが服の中から首飾りを取り出しました。
 
「なにこれ!」
「凄い!」
「うおお」
「…わあ!」

 それを見た一同は思わず声を上げてしまいます。
 それは。それはとても美しい首飾りだったのです。
 金色に輝き、美しい装飾と、所々付けられた宝石の数々。
 まるでこの世界の価値と言う概念を小さく固めたような、そんな首飾りでした。

「…ブリーシンガメルだ」
「こ!これが!?」

 一同は驚きました。
 まさか本物のブリーシンガメルが出てくるとは思っていなかったのです。
 しかし実際に皆の前には神話に出てくるような美しい物が存在しています。
「如何にも美しく、魅了されるようだろう?さも素晴らしい力を持っていて、それさえあれば幸運に恵まれると言われれば信じざるをえない美しさだ」
「すごい」
「これが…ブリーシンガメル」
「正に伝説の美しさ…」

 みなその首飾りに視線は釘付けでした。
 正に魅了される美しさがそこに在ったのです。

「そして…このブリーシンガメル…1つだけ秘密があるのだ。伝説にも語られることのない重大な秘密がな」
「ひ…秘密?」
「どんな?」
「ごくり」

 そこの誰もがその『秘密』に興味を惹かれました。
 こんなにも美しい装飾に隠された秘密。
 皆身を乗り出してテオの次の言葉を聞こうとします。

「これな……真っ赤な偽物なのだよ」
「「「え?」」」

「吾が錬金で作ったそれっぽい首飾りだ。普通に考えてオカシイだろ?吾がそんな伝説のアイテムを手に入れる機会があるわけ無い。なにせ幼少の頃幽閉され、そこから出てもこの足のせいで普通の人間に比べて外出の機会がずっと少ないんだ。しかし、君等は吾がこれを偽物だというまで、微塵も疑わなかったな」
「「「………」」」
 テオの言うとおりでした。
 彼がそれを偽物だと言うまで、いえ、偽物だと言った今でさえ、皆はその首飾りが本物なのではと思ってしまうのです。

「本物と偽物の境なんてそんなものだということだ。事実としてのその真贋ではなく、それを信じる心がそれを本物にするのだよ。つまりだ。信じればその真鍮の首飾りも、立派な本物になりうるということだ」

 そう言ってテオは真鍮製の首飾りを自分の首にかけました。
 
「ほら、どうだ?エルザ」
「似合ってる!」
「うむ。高貴な人間というものは装飾を選ばん。その人間そのものが、何よりも輝いているからな。あ、ちなみに輝く装飾が悪いと言うわけではないぞ。本当に輝いている人間と言うのはどんな装飾でも着けこなすのだよ」

 美しい首飾りを付けた使い魔の隣で、質素な首飾りを付けるその姿。
 男のテオが少し大きめの首飾りを付けるその姿は、何処か奇妙にも見えましたが。
 その堂々とした態度と、自信にあふれる仕草は。その首飾りを無理矢理にでも似合わせるような、そんな力がありました。
 
 そして、本当に不思議な事なのですが。
 
 テオがそれを身につけることで。
 なんだか本当にその真鍮の首飾りが『ブリーシンガメル』であるような。
 
 そんな気が。一同の心の中でしたのです。
 
 
 
 
◆◆◆用語解説

・アマニタ茸
 毒キノコのベニテングタケの英名。
 毒成分の一つはイボテン酸。これは毒であると同時に旨味成分である。
 その旨さたるや何とグルタミン酸の10倍以上!!
 まさに死ぬほど旨いキノコ。っと言いたいところだが、実はベニテングダケの毒性は然程高くは無い。
 ただし、毒性が然程高くないからといって食べるのはやめよう。一応死亡例もあるので。
 
・毒手
 毒の付いた手で攻撃する技。
 爪に塗るタイプと、特殊な訓練で手そのものに毒を含ませるタイプがある。
 毒手の使い手として有名な人物にはダイバダッタ、影慶、柳龍光など。
 
・趣味は毒手
 「趣味は読書です」と言う人の言葉だが、よく聞いてみよう。
 本当は「趣味は毒手です」とかだったら大変なことである。
 へえ、文学的なひとだなあと思ってホイホイついていった結果。
 紫色の手刀で体を貫かれる結果になりかねない。

・サイト
 サイトのテオに対する評価はかなり高い。
 満身創痍の傷を2度も薬で助けてもらい、
 剣を無料でくれて、ピンチの時はなんだかんだで助けてくれて、
 時には強い言葉で自分を諭してくれる。
 そんな意外と頼れるナイスガイ。
 ちなみにサイトの中のハルケギニア好感度ランキングは以下のとおり。
1ルイズ
2テオ
3シエスタ
4キュルケ
5タバサ
6マルトー
7エンチラーダ
8エルザ
9ヴェルダンデ



235オリーブオイル
236ギーシュ
237豆

・生理的欲求、安全欲求、社会的欲求、自我欲求、自己実現欲求
 マズローの五段階欲求説。
 乱暴に説明すると、人間というものは生理的欲求をまず満たそうと思い、それが満たされると安全欲求、それも満たされると社会的欲求と段階的に求めるものが変わると言う物。ある意味で「衣食足りて礼節を知る」に通じるものがある。
 人間性心理学で出てくる物だが、実は心理学よりも経営学などでよく耳にする言葉。
 人間と付き合い人間を扱う学問、業種では知っておくべき常識の一つ。
 ちなみにこの欲求の果てには自己超越と追う段階がある。

・「ぷぎ、ぷぐ、くふあやく!」「ぶぎ、ぶ、ぶ、ぶるぐとむ!」
 偶然だとは思うがひょっとしてオーク達は何やら召喚しようとしていたのでは?
 くふあやく、ぶるぐとむ、ぶぐとらぐるん、ぶるぐとむ、あい、あい、はすたぁ!!!

・鎌鼬
 風のような素早さで人間に傷を与える一種の妖怪と嘗て思われていたが、
 その正体は風の流れで出来る真空または非常な低圧により皮膚や肉が裂かれる現象
 ……と、比較的最近まで言われていたが、近年ではそれも疑問視されている。そのような現象が人間を皮膚を切り裂く確率はかなり低いようだ。
 近年では鎌鼬の本当の正体はアカギレの一種ではないかとされている。
 乾燥して突っ張った皮膚が、冷たい風の衝撃と温度差でパックリと割れる。
 それを肯定するかのように、鎌鼬の伝記は寒い地方に多い。
 コノ世界に鎌鼬という概念が有るかは不明だが、それなりに寒くなることも有るようなので、冷たい風で皮膚が裂けるという現象はありうるのだろう。
 そして風を刃にする魔法も有ることから、鎌鼬のような存在を想像することは、我々の世界以上に容易かもしれない。

・もっとも不幸
 自分の欠損した部分を見せられると言うのは予想以上に恐ろしく、不快なものなのである。
 嘗てある国では一番に重い刑罰として腹裂刑があった。詳細は気分が悪くなるものなので伏せるが、これは肉体的な苦痛以上に、切られた部分を当人見せる事を目的としていたフシがある。
 
・パーチー
 スタージョン級原子力潜水艦…のことではなく、パーティーのこと。
 
・実戦は速すぎる
 いえ、残念ながらこのメンバーでは最年長。そしてタバサと対等に戦えるレベルの実力者です。
 今回は自分の作った毒の効果を生命力の高いオークで実験したいがために参加した。

・苟も
 いやしくもと読む。「卑しくも」では無いので注意。
 仮にもという意味の言葉。
 
・真鍮
 加工性、耐食性に優れた合金。金に似た美しい輝きを見せるが、銅と亜鉛とで出来ているため、素材自体の価値は然程高くない。
 金に似ていながらその価値の低さから「貧者の金」と揶揄される。

・本物と偽物の境なんてそんなもの
 本当にそんなものだ。
 人工イクラも本物だと思って食べれば美味しいのだ。人造バターもバターだと信じれば美味しいのだ。形成肉も霜降りだと思えば美味しいのだ。
 大切なのは偽物か本物かを見ぬく鑑定眼ではなく、それが本物でも偽物でも楽しむことが出来る心の余裕である。



[34559] 23 テオと救出者
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2013/02/27 00:18



 トリステインにタルブと言う村があります。
 それなりに良質のワインと独特の食文化が特徴の、それなりに豊かな村でした。

 ワインと食事以外に特に目立った名物と言えるような物はありませんでしたが、強いていうならば村の近くに奇妙な物が存在していました。
 
 『竜の羽衣』と呼ばれるそれは、奇妙な出で立ちをした大きな物でした。
 空を自由自在に飛べるようになる秘宝…とのことでしたが、誰もそれが空を飛んだところを見たことはありません。
 トリステイン各地にある、『名ばかりの秘宝』の一つに過ぎなかったのです。
 
 しかし、その立派な出で立ちに人はそれに対して手を合わせ祈りを捧げるのでした。
 人は未知の者や、人知を超えたものに対しては、恐怖と同時に好奇心や畏怖を感じるのです。
 
 それを初めて見たテオ達一行の反応も概ねその例を外れる事はありませんでした。
 
 キュルケとギーシュは呆然とそれを見ていました。その異様な出で立ちに圧倒されているのでしょう。
 テオ、タバサ、エルザは、好奇心を刺激されたようで、色々な角度からそれを観察しています。

 そしてサイトは。
「なんでこれがこんな所に…」

 まるで魂が抜けてしまったかのような様子でそれを見ていました。
 その様子にシエスタが心配そうにサイトに声を掛けます。
「サイトさん、どうしてしまったんですか?私、何かマズイもの見せてしまったんじゃ…」
 サイトは答えませんでした。
 
 ただ、その『竜の羽衣』を無言で見続けています。
 
 そんな2人を他所に他のメンバーは『竜の羽衣』の正体について論議をはじめました。
「こんなものが飛ぶわけ無いじゃない」
「これはカヌーか何かじゃないのかい?転覆しないように横に浮き替わりの羽をつけているんだよ」
「うわー、硬いんだ」
「ほう…コレは軽銀で出来てるのか。いや、軽銀というには少しばかり不純物が多いな…合金か?場所によって純度が違うな。強度を使い分けているのか?」
「…中々赴きある形状……」

「あの、サイトさん?本当に大丈夫?」
 シエスタが心配そうにサイトの顔を覗き込むと、サイトは彼女の肩を掴んで言いました。
 
「シエスタ!」
「は…はい!」
「これは…これは竜の羽衣なんて名前じゃないよ」
「はい?」
「これは…ゼロ戦だ」

 そう、いまサイトの目の前にあるそれは、
 片持低翼単葉型零式艦上戦闘機。
 通称ゼロ戦だったのです。
 
 嘗て日本の空を自由に飛び回ったその戦闘機が、何の因果かそこに鎮座していたのです。
 
「シエスタ!他に、他にひいおじいちゃんが残したものは無いのか?」
 サイトはそう言うと、
「ええ…あとは、お墓と、遺品が少し…」
「見せてくれ」
 そう言ってサイトはシエスタと共にその場を後にするのでした。

 二人は皆をその場に置いて二人で姿を消しましたが、取り残された一同は皆その竜の羽衣の正体についての議論を熱くしていて、それに気づくものはおりませんでした。
 
「ボートだとすればけっこう斬新なデザインじゃないか?」
「スタイリッシュ」
「斬新すぎるでしょ、意味不明の領域よ?」
「ローラーが下についてるから運ぶのも簡単そうだし」
「ローラーがついてるならば馬車なんじゃないの?だとしたら中々『アリ』なデザインじゃなくて?」
「ビュリホー」
「それこそオカシイよ、こんな形の馬車なんてナンセンスの極みだね」
「タバサはどう思う?やっぱり馬車よね?」
「いや、ボートだと思うよね?」

 二人がタバサの方を見て、ドチラの意見が現実的かを問いますが、タバサの口から出た言葉はドチラの案でもありませんでした。
「…小型バンガロー」
「「…斬新な発想」」
「でも…だとすれば結構悪くないデザインかしら?この硬い殻ならば、雨やその他の色々なものから体を守ってくれそうね」
「羽の存在意義が微妙だけど…あ、これはひょっとして水陸両用バンガローと言うことなのかな?」
「テオはどう思うの?」

 ふと、先刻からブツブツ言っているテオにキュルケが尋ねました。
 
 テオは竜の羽衣の表面を手でなぞりながら言いました。
「そんなことより、こんな感じの上半身のゴーレム作ったら強そうだと思わんか?」

 ウキウキとした表情のテオに対して。他のメンバーは慈愛に満ちた表情で答えます。
「思わない」
「思わない」
「思わない」
「思わない」




「…お前ら皆、ゴーレムに潰されちゃえばいいのに」
 美的センスが微妙に人とずれているテオですが、
 それを真っ向から否定されれば人並みに傷ついてしまうのでした。



◇◆◇◆



 その日、一行はシエスタの実家に泊まることになりました。
 学生とは言え、テオたちは貴族ですから、村長までが挨拶にくる大騒ぎになりました。
 シエスタの家族は大家族でした。或いはそれはトリステインでは普通の家庭なのかもしれませんが、少なくともサイトの基準では大家族です。
 父母に兄弟姉妹たち、全員で10人以上も居るのです。
 
 みな突然現れた貴族に畏まった様子ではありましたが、田舎の家族特有な牧歌的な騒がしさがその家には溢れていました。
 久しぶりに家族に囲まれたのか、シエスタは幸せそうで、楽しそうで、その様子を見て、サイトは羨ましくなりました。
 シエスタは勿論のこと、キュルケもタバサもギーシュもルイズだって、家族はいるのです。そして時に里帰りをしてはこうやって家族に囲まれる時も有るでしょう。
 しかし、自分はそれができません。
 自分の家族に会うにはどうしたらいいのかさえもわからないのです。
 
 そこまで考えた時。不意にサイトの後ろから大きな声が聞こえました。
 
「おじちゃんすごーい」
「わ~~~」
「やんややんや!」
「はははは、何、吾にかかればこれくらい朝飯前のコンコンチキである。あと、吾はおじちゃんでは無いからな、次おじちゃんと言った奴は泣くまで殴るからな」
 
 サイトが後ろを振り返ると、そこではテオがシエスタの兄弟達に人形を錬金していました。
 メイジと接する機会の少なかったシエスタの弟や妹たちは、テオの作る人形に心奪われた様子で、テオを囲んで大はしゃぎです。

「ねねねねね!もっと、もっと作って、!!」
「私も私も」
「僕も僕も」
「これこれ、そう押すでない。っていうか、ひっつくでない、いや、まだひっつくのは許すとしても、吾にベッタリとくっつくな、吾の服が汚れ…って、吾のマントで鼻をかむなあ!!」

 口では文句を言っていましたが、子供に囲まれてテオもまんざらでは無いようでその顔はどことなく楽しそうでした。
 シエスタの親等は子供たちが貴族に対してあまりに失礼に接するので顔を青くしていましたが、テオがそれに怒りを覚えた様子もなく次々と人形を錬金する姿をみて、別の意味で驚いて居ました。
 
「まったく、魔法はそんなにホイホイと使うものじゃあ無いよ。僕達メイジは崇高なる貴族であって、決して道化では無いのだから」
 小馬鹿にしたようにギーシュがそう言いました。
 
 その言葉にテオは怒ること無く言い返しました。
「才能豊かなものはそれを出し惜しみしないのだよ、金持ちが金をケチらないのと同じだ。魔法を使いたがらない輩は大抵に置いて、人に見さられるような才能が無いのだ。…おおっと失礼。子供たちの前で恥をかかせてしまったな。此処は吾が大人になって君の意見を受け入れるべきだったか…」
 そう言ってテオはニヨニヨと笑いました。

 その挑発的な笑顔にギーシュは顔を真赤にしました。
「ば!ぼ!ぼ!僕は!無能なんかじゃないぞ!みみみ見ていたまえ!僕のゴーレムを…」
 そう言ってギーシュも人形を錬金し始めました。
 
 結局テオはギーシュも巻き込んで子供たちと大いに騒ぎます。 
 そこには一切、暗いものはなくとてもとても楽しそうに見えました。

 サイトはその光景を見て、自分の先ほどまで感じていた暗い感情が少し恥ずかしくなりました。

 テオ。
 彼は他のメンバーとは家庭環境が大きく違います。
 だって、彼は家族に捨てられて居るのです。
 
 そういう意味ではまだサイトのほうが幸せと言えるでしょう。
 どうすれば家族のもとに帰ることがわからないとはいえ、帰る方法が絶対に無いと決まったわけではありません。 

 しかし、テオは違います。テオには家族そのものが無いのです。
 どうしても、どうやったって家族に囲まれるなんてことはありはしないのです。
 でも、テオは悲しそうな顔を見せることはありません。
 ただ、今目の前にある状況を大いに楽しんでます。 
 
 いえ、テオだけではありません。
 シエスタの曽祖父もまた、故郷に帰る事無く此処で生涯を終えました。
 彼は何度も帰りたいと思ったに違いありません。
 
 しかし、きっと嘆くばかりではなかったのでしょう。
 少し前の自分のように、何もせず理不尽な仕打ちを悲しむだけの、そんな人間ではなかったはずです。
 
 前向きに精一杯この世界を生き抜いたに違いないのです。
 
 なぜって。
 
 今目の前で幸せそうに笑うシエスタを見れば解ります。
 それを囲むシエスタの家族の笑顔を見れば解ります

 シエスタとその家族たちの笑顔は、間違いなくシエスタの曽祖父が作り上げたものなのです。
 こんな幸せな家族を作り上げた人間が、不幸であったはずがありません。
 シエスタの曽祖父も家族に囲まれて、この世界を幸せに生き抜いたのでしょう。


 サイトはそう思うと。
 
 その顔を笑顔にかえて、シエスタに微笑みを向けるのでした。


 
◇◆◇◆



 夕方。
 
 食事の前のゆっくりとした時間。
 
 皆は思い思いに行動していました。
 ギーシュが使い魔の毛づくろいをしていました。
 キュルケは爪の手入れ、
 タバサは読書。
 サイトは散策に、おそらく竜の羽衣のある場所に再度向かったのでしょう。
 
 
 そしてテオとエルザはサイトが向かった方向とは反対の方向に。
 すなわち村の近くの森の中に居ました。
 夕日に照らされて黄昏色に染まった森の中、テオはただ風景を見ていました。
「いい村だな」
 テオが言いました。

「そうね」
 その隣に立っていたエルザが答えます。

「静かだし、景色も良いし」
「ええ」
「そして何より食事。ワインは結構有名だし、シエスタの賄いを見るに味には期待できそうだ」
「まあ、美味しそうな人間は多かったわね」
 そう言ってエルザはケラケラと笑いました。
 その不謹慎極まりない言葉に、テオは嫌な顔一つせずに笑顔のままエルザの頭をなでました。
 そして、それはエルザに大きな幸福感をもたらします。

「でもちょっと意外」
「何がだ?」
「なんだかテオって、もう少し騒がしい状況のほうが好きだと思ってた。こういう田舎よりも都会のほうが好きなのかなって…」
「まあ、たしかに吾は都会も好きではある。しかしなどうしても静かな状況に落ち着きを感じてしまうのだ。特に…この辺りな昔の住処に似ていてな」
「昔の住処?」
「塔だ」

 テオのその言葉に、エルザは何と返して良いかわからなくなってしまいました。
 テオが嘗て塔に軟禁されていたことはエルザも知っていましたが、それはテオにとって嫌な記憶で有ることは間違いがなく、それについて触れることがためらわれたのです。

「吾が住んでいた塔はな丁度こんなような森の側に立っていてな、窓から見える景色は中々美しかった。はっきり言って塔の中での生活は嫌な記憶だ。しかしな、それでもそこでの生活は吾の性根に染み付いているのだろうな。懐かしいと思う気持ちはどうしたって出てしまう」
 黄昏色に照らされながらテオはそういいました。

 その顔が、どことなく悲しそうに見えて、エルザの心は締め付けられる思いでした。
 まるでテオの気持ちこそが、自分の気持ちで有るかのように。
 テオの悲しみが、何倍にもふくれあがって自分の心に流れ込んでいるようでした。
 
 そしてエルザは自覚するのでした。
 自分がもう完全にテオという男に溺れきっていることに。
 もうエルザはテオを好きになることに歯止めが効かなくなっています。
 少し前であれば、厄介ごとを極力避けていた自分が、今ではテオのために進んで厄介に突き進もうとしています。
 
 でもエルザはそれを悪いことだとは思いませんでした。
 自分の中に芽生えたこの過剰な愛は、必ずしも心地の悪いものではなく。
 むしろとても気持ちの良いものでした。
 エルザの中は今まで以上に生きているという実感で溢れていました。
 
 つまり。
 
 エルザは今幸せだったのです。
 エルザの目的は「ただ自分の身を守る」から、「今ある幸せを守る」へと変化しているのです。
 
 そして、いまエルザの前にある大きな問題。
 自分の幸せを壊しかねないその課題に向きあう為、彼女はテオに質問をすることにしました。
 
「テオ、一つ聞いていいかしら」
「なんだね?」
「…エンチラーダのこと」
 エルザのその口調は穏やかでしたが、そこには確固たる力強い意思がありました。

「エンチラーダがどうかしたのか?」
「どうもこうも。なぜ、なぜテオはエンチラーダを放って置くの?」
「放って置く?そりゃあ、エンチラーダは子供じゃないんだ、アイツのやることに口を挟むのも変な話だろう?」
 それが当然であるかのような口ぶりでテオは答えました。

「だ・か・ら!エンチラーダはテオを裏切っているのよ!テオ!テオは良いの?エンチラーダをこのままにしておいて」
「別に構わんよ?」
 その言葉にエルザは我が耳を疑いました。
 なぜテオはそんな平然とエンチラーダの裏切りを見過ごせるのでしょう。

「エンチラーダがどんな恐ろしいことを考えてるのかわからないのよ!エンチラーダがこれから何をしようとしているのか、テオは少しも怖いとは思わないの?」
「思わないよ」
 あっさりとテオはそう言いました。
「なぜ!?」
 エルザのその問いに、テオは少し考える素振りを見せると、ふと、遠くを見ながら言いました。


「そうだな、きっと吾は知りたいんだ」
「知りたい?」
「ああ。アイツが本当に裏切るのか」
 テオの其の言葉はエルザにも良く解ります。
 エンチラーダがフーケと密会を目にするまでエルザも彼女の裏切りを信じられませんでしたし、目にした後の今でさえ、何かの間違いではないかと思っている自分が居るのです。
 しかし、エルザには確証がありました。
「裏切るわ。エンチラーダは、テオに秘密でガラの悪い連中と通じているわよ」
「そうか。まあ、エルザがそういうのならばそうなんだろうな」
 そういうテオの様子はとても穏やかでした。
 エルザはそこが理解出来ません。

「エンチラーダが何やら吾に隠れてゴソゴソとしているのは事実。だが、なぜ、どうして、どんな裏切りをするのか。そこが知りたい」
「ソレは…たしかに気になるところだけど。でもだからって流暢に構えていたらテオの身が危ないのよ」
「たしかにそうだ。吾は裏切りで命を落とすかもしれない」
「だったら何で!?」
 声を荒げてエルザがたずねます。
 そんな彼女に、テオは全く静かな口調で答えました。

「その価値があるからだ」
「価値?」
「アイツの嘘には価値がある」
「価値って…だってテオ、嘘が…」
「そうとも。吾は嘘が嫌いだ。この世で一番にな。足をなくした時に気がついた。この世界は嘘ばかりだ。世界の嘘を知った時から吾は嘘が大嫌いだ」
「…」
 その言葉を聞いて、エルザは何も言えなくなりました。
 嘘。
 人を騙し、人に擬態する吸血鬼エルザ。彼女は存在そのものはまさに嘘なのです。
 テオの言葉はエルザの存在否定のように思えてエルザはとても辛い気持ちになりました。

 そんなエルザの気持ちを察したのでしょう。
 テオはエルザの頭を優しく撫で。穏やかな声で言いました。
「別にエルザのことを言っているわけじゃあない。いや、寧ろエルザは吾に対して正直だ。なにせ自身が吸血鬼であることを吾に自ら語ったのだからね。中々できることじゃあない」
「でも、私、最後までテオにそれを隠そうと…」
「いや、それが普通なのだ。吾は嘘が嫌いなその反面で、それはしかたのないことだとも思っている。この世に生きる生き物は須らく嘘をつく。擬態、疑似餌、保護色。劣った生き物でさえ嘘を付くんだ。ソレは当然として自然なことなんだろう。実際。吾でさえ、嘘を付くことは有る」
「…」
「結局好き嫌い関係なく。嘘とは有るべくしてあるものなのだ。ところがだ。この世に唯一絶対にして、吾に嘘をつかなかった人間が居た」
「それは…」
「そう、それこそがエンチラーダだ。アイツは、アレだけは吾に一切の嘘をつかなかった。絶対にだ。吾でさえ嘘をつくというのに、あいつは一度たりとも嘘をつかないのだ」
 そのテオの口調からはエンチラーダに対する絶対の信頼のような物が感じられました。

 だからこそエルザには理解出来ませんでした。
 ふつう、その絶対の信頼を裏切られたのならば烈火の如く怒るのが普通です。
 だというのに、テオは、まるでソレがとても素晴らしいことであるかのような言い草です。

「だから。だからこそ…」
 なぜか?
 なぜテオはエンチラーダの嘘を望むのか。
 エンチラーダの嘘を喜ぶのか?
 
 エルザはテオを前に考え。

「…この世で唯一ただ一人。吾が嘘を望む相手。ソレこそがエンチラーダなのだよ」
 
 そして理解しました。

 テオの口調から彼の心の中にある、一つの感情を。
 その感情。
 ソレはエルザも知る感情。
 ごく最近になって知った、ごく最近に生まれた感情。
 
 それは。
 
 
 
 嫉妬。


 そう、テオは嫉妬している。

 嘘が嫌いで嫌いで、堪らなく嫌いなテオ。
 ソレでいながら。彼自身も嘘を受け入れ、そして嘘を付く事が有るのです。
 そんな彼の前に一人。絶対に嘘をつかない存在が。
 テオは、自分ですら至ることのないその存在に嫉妬しているだ。
 エルザはそう思いました。
 
「きっと、吾は期待しているんだ。あのエンチラーダが嘘を付くことを。吾を裏切り。吾の予想を崩すことを。心の何処かで堪らなく求めているんだ。アイツがとうとう嘘を付く。こんな面白いことは無いと思わないか?少なくとも命をかけるに値するショウだと吾は思うね」

 軽い調子でテオはそう言いました。
 
 そんな嫉妬のために、自らの命を危険に晒す。
 そのテオの異常な考え方をエルザには理解出来ませんでした。
 
 そのテオの心内。
 彼がなぜそんな考を出来るのか。
 ただ、彼が理解できず。ソレが辛くて。それが苦しくて。

 エルザはただ、
 
 テオに強く抱きつくことしかできませんでした。
 
 
 テオは、そんなエルザを、優しくなでました。
 
 
 
◇◆◇◆


 
 翌朝、サイトたちはゼロ戦を巨大な網に乗せました。


 元々シエスタの曽祖父の持ち物であるそれは、もし曽祖父の墓の文字を読めるものが現れたらその人間に譲渡するという遺言が残されていたらしく。
 見事墓の文字を読んだサイトにその所有権が譲渡されたのです。
 
 とはいえ、一人でそれを運べるような力持ちではないサイトは、ギーシュの父のコネで竜騎士隊とドラゴンを借りて、それで学院までゼロ戦を運ぶことになったのです。
 
 ギーシュたちは「どうしてこんなものを運ぶんだろう」と怪訝な顔をしていました。
 
 唯一テオが、妙に困ったような顔をしていました。 
「ふむ、コレを運ぶのか…」
 珍しく困った顔をしているテオの様子に、サイトが声をかけました。
 
「ん?どうかしたのか?」
「いや、まあ、これを運んでしまって良いものかと思ってな」

 そう言ってテオは顎に手を当てて再度何やら考え始めます。
「反対なのか?」
「いや…反対と言うわけではない…無いのだが…確かシエスターが言ってたが、コレに手を合わせる人間が居るようじゃあないか」
「ああ…たしかにそんなようなことを言っていたな」
 サイトはシエスタの言っていた言葉を思い出しました。
 
 特に何のご利益も無い、ダダの飛行機ですが。その異様な出で立ちから、村のお年寄りなどが稀に手を合わせていくとのことでした。
 
「つまり、コレは一部の人間の信仰を集めているということだ」
「…まあ、そうなる…のかな?」
「それをムザムザと持って行って良いものかと思ってな」

「でもコレはシエスタの一家の私物なんでしょ?」
「持ち主が持って行っても良いと言っているのだからいいんじゃないかい?」
 キュルケとギーシュがそう言いました。

 その言葉にテオも頷きます。
「ああ。この所有権はシエスタにあるのだから、それをどうするもシエスタの勝手であるのも事実だ。だから別に反対はしないさ。
 しかしな、信仰は尊いものだ。決してそれをないがしろにしてはいけない。
 自分の心の中にある信仰もそうだが、他者の中にある信仰もまた尊く、犯すべきでは無いと…吾は思うのだが…」
 
「うぐ」
 サイトはその言葉に少したじろぎました。
 確かに、今自分がしようとしていることは、小さな村のご神体を勝手に持ち去ろうとする行為なのです。
 正当な理由があるとは言え、なんだか自分が悪いことをしているような気分になってしまったのです。

「まあ…それでだ、偉大で偉大で偉大なる吾が、その解決を考えたのだが」
「解決?」
「つまりコレに変わる信仰の拠り所があれば良い」
「変わる?」
「雄大なる翼と、鋼のように硬い体、そしてまるで草原のような色をした、雄大なるドラゴンを代わりにここに置いていけば良い!」
「…そういう問題か?」

 それは不動明王像を持って行くなら代わりに弥勒菩薩像を置いていけば良いと言っているような妙な理屈に思えました。

「このさい姿形はさしたる問題では無いのだ?大切なのは竜を信仰することであって、竜の像を信仰することではない」
「そう…なのかな?」

 サイトにはよく理解できませんでしたが、しかし、たしかにテオの言うとおりに、ただ『竜の羽衣』を持って行ってしまうよりは、代わりに何か置いておいたほうがいいような気もしました。

「まあ見ていろ」
 そう言ってテオは杖を片手に何やら長ったらしい呪文を唱えました。
 すると、ゼロ戦のあった場所の地面が見る見ると盛り上がり、形を作っていきます。

 そして一同はそれを見て息を飲みました。


「「「「「うわあ」」」」」」

 テオが創りだしたのは大きな竜の彫刻でした。
 その竜は驚くほどに精巧に出来ていて、そして巨大で、強そうで、そして何より、
 
 おどろおどろしい外観をしていました。

「怖!」
「なにこれ?」
「邪神像だよこれじゃ」
「ショッキング!」
「これは…」
「うわあ」

 まるでこの世のすべてを呪い殺しそうなその出で立ちに、テオ以外の全員が顔を青くします。
 力強くも奇妙な紋様がびっしりと書かれた皮膚。
 睨みつけるような赤い目は視線だけで人を殺せそうです。
 妙に人間っぽい手足が竜らしからぬ恐ろしさを演出し。
 口元などはまるでタコの足のようにわかれています。
 
「本来『像』と言うものには魔除けとしての側面もあるのだ。であれば多少恐ろしい外観をしていたほうが効果がありそうだろ?」
 そう言ってテオがその像をペシペシと叩きました。
  
「そりゃあ、たしかに、悪魔も裸足で逃げそうだけど…っていうか、まず俺が今この場から逃げたいもん」
「同感」
「もう、なんて言うか悪魔そのものより怖い」
「ショッキング」
「ある意味すごいですけど…」
「ないわあ…」

 否定的な意見を言う皆に対して、テオは残念そうに顔をしかめながら言いました。
「全く、オマイラは皆芸術を理解せん。…芸術を理解せんなオマイラは」
「…二回言った!?」

「吾が竜の羽衣に足を付けると言えば否定するし、こんな立派な像を作れば怯えるし。全く、本当に芸術を理解せん奴らはこれだから。まあ見ていろ。この新しいご神体に、此処を訪れる奴らは今まで以上に真剣に手を合わせること間違いなしだ」

 テオはそう言って大いに笑いますが、皆はそんなことがあるはずがないと思いました。
 
「と…とにかく、外にある竜の羽衣を運んじまおうぜ」
「そ…そうね、竜の羽衣を運びましょう」
 そしてそう言って皆そそくさとテオと邪神像から離れていくのでした。

 一人その場に取り残されたテオは、皆の方に向かって叫びます。
「…見てろよ、この像は絶対多くの信者を手に入れる!前以上に沢山の人間がこの像にむかって手を合わせる。絶対。絶対にだ!」

「あ~はいはい」
「すごいすごい」


 皆、テオの言葉を右から左にウケ流しました。
 
 
◇◆◇◆


 さて、
 荒唐無稽で絶対に有り得ないと思われたテオの発言ですが。
 
 
 
 
 
 後日。本当になりました。

 テオの置いたその像を見た村人たちはそのおどろおどろしさに驚き、そして恐怖しました。
 これはきっと邪神の類に違いないと思いました。
 
 直ぐに打ち壊すべきだという意見も出ましたが、下手に触れば呪われてしまいそうで、だれもそれを実行に移せません。

 いえ、それどころか、壊そうと考えただけで何か大きな祟りが起きるような気さえしたのです。
 
 村人たちは、その邪神像に失礼があってはいけないと。
 ささやかなお供え物を置いて。
 
 そして、手を合わせ祈るのでした。
 
 どうか、呪わないでくださいと。


 
 
 

◆◆◆用語解説

・転覆しないように横にウキ
 飛行機とは形が異なるが、実際そういう船は存在する。
 アウトリガーカヌーと言われるもの。その片面あるいは両面に転覆防止用のウキが貼り出した形状をしている。
 東南アジア、メラネシア、ミクロネシア、ポリネシア他、広い地域で使われている。

・片持低翼単葉型
 片持→翼を支線や支柱を使わないで翼自体の構造で支えるもの。
 低翼→機体の低い位置に翼があるということ。
 単葉型→主翼が一枚であるということ。現在の飛行機のほとんどはこのタイプ。

・軽銀
 アルミニウムのこと。
 ゼロ戦に使われているジュラルミン、超ジュラルミン、超々ジュラルミンの主原料。
 アルミニウムが発見されたの比較的近年では?って言われると思うので、一応補足。
 酸化アルミニウムであるアルミナの発見は1700年代。それ以外にも酸化アルミニウムを主原料とする物質は世界中に溢れている。
 例えばコランダム、エメリー、サファイヤ、ルビー。アルミニウムは発見される以前から我々の生活の近くにあった。
 土メイジがいるこの世界では簡単に発見されていたことだろう。
 
・こんな感じの上半身のゴーレム
「ガウォークってカッコイイよね!」とか言うと、
「ありえない」「形が意味不明」「中間形態とかテライラネス」「非現実的」とか言われる。
 皆ガウォークに踏みつぶされればいいのに。

・孤独
 孤独な状況が長時間続くと、人間は精神に異常をきたしやすくなる。人間の精神は孤独な状況にあまり耐性がないようだ。
 1954年にアメリカでこんな実験があった。
 被験者を防音の小部屋に入れ、半透明の保護メガネで視覚刺激を少なくし、布やゴムで感覚刺激を減らす。食事と排泄以外はベットから出来るだけ動かないよう命じた。
 この孤独な実験に3日以上耐えられた者はほとんどいなかった。最初の8時間ぐらいまでは何とかもちこたえられるのだが、それ以後になると口笛を吹いたり、独り言をいったりしてイライラしはじめる。
 さらに4日目になると、手が震えたり、まっすぐ歩けなくなったり、応答が遅くなったり、痛みに敏感になったりする。更には実験終了後も後遺症をもたらす例もあった。
 
 ちなみにこの話、結構有名だが、果たしてアメリカの何処で、誰が、どれくらいの規模で実験をしたのか…の情報が無い。
 都市伝説ではないかと筆者は睨んでいる。

・他者の中にある信仰
 人は時に自分の中の信仰に固執するあまり、他者の信仰を否定することがある。

・不動明王 
 仏教の信仰対象
 激しく燃えさかる炎を背後にし、眼光鋭く、右手には降魔の剣、左手には綱をもっている。
 悪いことしてなくても「ゴメンナサイ」と言いたくなる迫力。
 
・弥勒菩薩
 仏教の信仰対象
 冠をかぶり、手に宝塔を持っている姿が一般的。
 慈愛に満ちた表情。
 何もしてもらってなくても「ありがとうございます」と言いたくなる優しい雰囲気。
 
・口元などはまるでタコの足のようにわかれています
 イア!イア!

・ショッキング!
 言ったのはタバサ。
 間違ってもジョンソンが現れたわけではない。



[34559] 24 サイトとテオと捨てるもの
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2013/02/27 00:27


その飛行機を見るサイトの心は希望に満ちていました。


 
 自分と同じ故郷を持つその飛行機。
 それはロバアロカイエという東の地よりやってきたそうです。
 実際のところ、これが作られたのは東の地ではなく、サイトの故郷であることは、誰よりもサイトがよく知る所です。ということはサイトの故郷とこの世界を結ぶ何かが、東にあるということにほかなりません。
 一言にロバアロカイエと言ってもそこがどれほどの広さで、どのような場所なのかは不明です。しかし、そこにはたしかにサイトが元の世界に帰るヒントが存在しているはずなのです。
 今、サイトには、元の世界に帰れる可能性が見えてきていました。

 とはいえロバアロカイエに行くには、まずこの飛行機が飛べるようにならなくてはいけません。東方は陸路で行くにはあまりにも遠く険しい場所なのです。
 幸いにして飛行機には故障している箇所はなさそうですが、あいにくと燃料が入っていませんでした。
 戦闘機の燃料などトリステインにあるはずも無く、サイトはどうしたものかと悩んでいました。
 一応学院に運びこみはしたものの、どうやって燃料を手に入れるかも、飛行機を何処にしまうかも、それ以前に運び賃をどのようにして払うのかさえ目処は立っていなかったのです。

 しかし、いざ学院に到着してみると意外な人物の協力が得られることになりました。

 その人物とはコルベールでした。
 火の魔法の教師にして、発明と研究が大好きな変わり者です。
 彼は突如として学院に運ばれてきたその飛行機を見ると、鼻血をださんばかりに興奮をしてその正体が何であるかをサイトに問いただしました。
 そのあまりの剣幕にたじろぎながらサイトがその飛行機の説明をすると。コルベールは魔法なしで空を飛べるということに感動と興奮を覚えたらしく、運賃の支払いと保管場所の提供をしてくれた上にその燃料を作ることをサイトに確約してくれました。コルベールにとっては未知の発明品に触れ合えることはこの上ない楽しみなのです。
 コルベールは学校で教師をする程度には優秀な人間ですし、とくに道具作りに関してはなみなみならぬ関心を持っています。
 燃料づくりはどちらかと言うと土のメイジの管轄で火のメイジであるコルベールが得意とすることではないのですが、コルベール曰く一人で作るのではなく優秀な土メイジの協力も得るそうでしたので、サイトはとりあえず彼に燃料の作成を頼んだのでした。
 正直、文字通り飛び跳ねながら「ヒャッホーイ」と叫び興奮するコルベールの様子に一抹の不安を感じましたが……。
  

「何をぼんやりと見ているんだ?」
 突如として話しかけられて、サイトはビクリと肩を震わせました。
 声のしたほうを見るとそこにはテオフラストスが立っておりました。
 
「テオ…なぜここに?」
 ゼロ戦が置かれている納屋は、コルベール専用の実験場です。
 生徒たちは勿論のこと、他の教師たちさえ気味悪がって近寄りません。
 実際、意味不明なガラクタや危険そうな道具で溢れかえっているそこは。サイトにしてもゼロ戦がなければ近づかなかったでしょう。
 そんなところに突如として現れたテオに、サイトは驚いてしまいました。

「なぜも糞も、この置物を飛べるようにするために燃料を作るんだろ?」
 テオのその言葉にサイトは理解しました。
 つまりコルベールの言っていた『優秀な土メイジの協力』と言うのはテオの事だったのです。
 てっきりサイトは土の魔法の教師の協力でも得るのかと思っていましたが、なるほどテオであればそこ居らの教師なんかよりもよっぽどか優秀です。燃料なんて簡単に創りだしてしまうでしょう。
 
「良く協力してくれる気になったな」
 たしかに、錬金のたぐいは才能豊かなテオの十八番とも言える特技の一つですが、マイペースなテオが協力してくれるはずもないと、サイトはその可能性を勝手に除外していました。
 しかし、どういう風の吹き回しか、事実として、テオはサイトの目の前でこうして協力してくれる素振りを見せています。

「正直、貴様のために行動をしてやるつもりは毛頭ないが、コルベール師に頭を下げられたからな」
 不機嫌そうにテオはそう言いました。
 
「ああ」
 なるほど。と、サイトは合点が行きました。 
 テオは、自由奔放なようで、妙に義理堅い人間で有ることはサイトも知るところです。
 仲の良いコルベールに頼まれれば、NOとは言えないでしょう。
 
「まあ、それに、吾としても興味はあるしな」
 そう言いながらテオはゼロ戦を見ました。

「これを飛ばすのか?」
「ああ、これが飛ぶんだよ」
「羽ばたきもせずにか?」
 テオのその言葉にサイトはニヤリと笑いました。
 さすがのテオとはいえ、現代におけるベルヌーイの定理を理解することはできないと判断したサイトは、まるで教師のような口調でゼロ戦を指さしながら言いました。
 
「ここの羽上面が膨らんでいるだろう?翼の上面が下面よりも距離が長く、同じ時間で通過するので上側で速く、下側で遅くなり、上側が低圧、下側が高圧となり上に行こうとする力が発生するんだよ、これを揚力と…」
「いや、そんな事はわかっている。しかし、この重量と羽の作りから、その作用はかなり小さいはずだ。軽い模型程度を飛ばすならばまだしも、このような大きな鉄の塊ともなれば不可能だ。
 一番の要因は圧力差ではなく、恐らくは空気に対する反作用の力で浮くのではないか?そうなると必要となるのは迎角だ。
 迎角がある程度大きければ上に行こうとする揚力が強く生まれるだろうが、その反面で迎角をとり過ぎれば気流が翼表面から剥離してしまうことになる。その場合空気抵抗が大きくなり、また羽周辺の気流が乱れてしまい揚力が小さくなる。
 羽の形がこのように膨らみを持っているのは、前縁部では若干の迎角をつければ、後縁部ではより大きく迎角をつけた事になるという………」

「申し訳ありませんでした…」
 サイトは土下座しました。
 なんだか、初めて飛行機に接しているのに自分よりも専門的な事を言い出したテオにたいして、自分が少しでも得意になってしまったのが恥ずかしくてたまらなかったのです。

「いや、いきなり頭を下げられても…兎角、このフィンの力がどの程度かは判らんが、この形状でこの重量の物を飛ばすとなると相当の力なのだろうな」
「ああ、エンジンっていうんだ。前にコルベール先生が授業で見せたのと概ね同じ原理で動くんだ」
「なるほど…回転のエネルギーを推進力に変えて、それで出来た空気の反作用で空を飛ぶわけだ…
 さぞ素早く動けるに違いないな…これならきっと…沢山人が殺せるだろう」
「!」


 その言葉。
 沢山人が殺せる。
 
 それはテオにしてみれば何気ない言葉でした。
 彼は物事を妙に好戦的に捉えます。
 ですから純粋に早く飛べるのならば、沢山人を殺せると考え、口にしたに過ぎません。
 そしてその何気ないテオの一言にサイトは息を飲みました。
 
 今この瞬間まで、サイトはそのゼロ戦をただの飛行機であると考えていました。 
 しかし、それは、テオの言うとおり、嘗て自分の世界で人を殺してきた兵器そのものなのです。

 今この瞬間まで飛行機としてサイトの目に映っていたそのゼロ戦は、テオの一言で途端人殺しの道具のように見えてしまいました。
 複雑な気持ちがサイトの心のなかに渦巻きましたが、そんなサイトの気持ちを他所にテオは言葉を続けます。

「で?吾は何をすれば良いんだ?」
「…え?あ…ああ。そのエンジンに使う燃料をテオに錬金してもらいたいんだ」
「ふむ。物は何だ?硫黄か?硝石か?アルコホルか?」
「これ」
 そう言ってサイトはテオの目の前にガソリンの入ったコップを出しました。

「うわ、クッセ…きさま、突然出すな。臭くてかなわん」
「あ、ゴメン」
「全く…ふむ、揮発性が高いな…ちょっと貸せ」

 そう言うなりテオはサイトからコップをひったくり、中を覗きながら杖を持って何やら調べ始めました。
 
「揮発性が高いが…アルコホルとは違うな。鉛と炭?いやこれは…石炭と殆ど差がないようだが…」
 テオはブツブツとひとりごとを喋り始めました。
 
「えっと…テオ?それで、それ…作れそう?かなりの量欲しいんだけど…」

「石炭を触媒に水を分解したものを…」
「あの…テオさん?」

「高圧で混ぜるか何かしてやれば…いや、錬金で直接混ぜあわせて…」
「あのもしもし?」

「…えっと」
「失礼!」
「うわ、びっくりした」
 突然後ろからした声に驚きサイトが振り返ると、そこにはエンチラーダが立っていました。
 いつの間にここに来たのかはわかりませんが、エンチラーダが神出鬼没なのはいつものことなのでそれに疑問は感じませんでした。

「ご主人さまは何かに集中すると、周りが見えなくなるタイプでございますので、これ以上は話しかけられても無駄かと思われます」
「え…あ、はい」
 エンチラーダの言うとおり、もうテオの耳には何も聞こえていない様子でした。

「ご安心ください、御主人様にかかればどんなものでも直ぐに出来るでしょう」
「は…はあ」

 そしてエンチラーダはそっとテオの車椅子に手をかけると、そのままその場から移動しようとします。
 テオは、エンチラーダによって動かされる車椅子に気づいた様子もなく。コップを片手にブツブツと考察を続けていました。
 
 そのまま二人はその場を後にしようとして。
 ふと。
  エンチラーダは納屋を出る間際。
  
 サイトに向かってこう言いました。
 
「ところで、これが動いたとして、どうするおつもりでしょう」
「え…?あ、ああ。この飛行機の持ち主は、東から飛んできたらしいので、俺もそこに行こうと思います。そっちに行けば自分の故郷に帰る手がかりがあるような気がするんです」
 サイトがそう言うと、エンチラーダはこう言いました。
 

「ルイズ様を置いて?」
「……………」

 エルザのその言葉にサイトは言葉を失いました。

 そして、動揺している自分に気が付き、少し驚きました。
 
 無論、サイトは家に帰りたいと切に願っています。未来永劫この地に留まるつもりは毛頭ありませんでした。
 言い換えれば、其れはいずれルイズとも離れ離れになるということ。
 それはわかっていました。
 わかっていたのに、いざこの場を離れる方法が見つかった今。サイトの心の中には大きな戸惑いが生まれていたのです。
 
 自分が、東に行くと言えばルイズは何と言うだろうか。
 アッサリと了承する?
 確かにルイズならば勝手にどこにでも行けばいいと、サイトを放逐する可能性もあります。
 しかし、本心から其れを願うようなことは無いでしょう。
 口ではどんなに強がりを言っても、彼女はその心内で悲しむに違いないのです。
 ルイズとはさほど長い付き合いではありませんでしたが、そんな確信がサイトにはありました。

「ルイズ様だけではありません。シエスタ女史やキュルケ様や其れ以外のものをここに置いたまま、貴方は一人でそこに行けますか?」
 エンチラーダの言葉はとにかくサイトを戸惑わせました。
 サイトは自分自身、どうするべきかの自問をしますが、その答えが出る気配はありませんでした。
 
「迷っておりますね」
「……」

 エンチラーダの言うとおり、サイトの心の中には大きな迷いが渦巻いて居ました。

 アレほど帰りたいと思って、そしてその手がかりがあると思われる東方に行く。
 元の世界に戻ることは、サイトにとって一番の目標だったはずなのに。
 今、サイトは其れが果たして一番良いことなのかわからなくなっていたのです。

 そんなサイトの様子を見て、エンチラーダは言いました。
「では、老婆心からら一つご忠告を」
「?」
「もし、確固たる目標があるならば。其れ以外は容赦なく捨てるべきです」

 その言葉はグサリとサイトの心の中に刺さりました。
 まるでそれは、悪魔の囁きのように、サイトの心の中の欲望をかき乱しました。

「たとえ其れが貴方にとってどんなに大事だったとしても、それは目的の前には邪魔なものでしかありません、構うことはありません。捨ててしまいなさい。忘れてしまいなさい。そうすれば、貴方は今以上に幸せになれる」
 
 それは特に難しいことを言っているわけではありません。
 要はサイトの世界にもある故事、二兎追うものは一兎も得ずを言い換えているに過ぎません。
 しかし、そのエンチラーダの言い方は、サイトの気持ちをざわめかせるのです。
 
 ルイズを捨てる。
 まるで。まるでその言葉は。自分を引き返せない道に誘うメフィストフェレスの言葉のようでした。
 
 サイトは。その言葉に賛成も反対もできませんでした。
 それにまともに答えれば。もう自分は引き返せないような気がしたからです。
 だからサイトは、その言葉に対して自分の意見を言わず。
 
 ただ、エンチラーダに質問をして、自分の答えをはぐらかすのでした。

「……エンチラーダさんは、目的のために、大切な物を捨てられるんですか?」
 サイトのその質問。その自分の答えから逃げるためにした質問に対して。
 エンチラーダは即答をしました。

「無論です。之までもそうしてきましたし、そしてこれからも…」
 その言葉にサイトは震えそうになりました。
 
 それは。
 
 それは、まるで、悪魔が。自分の求めるもののために、それ以外のすべてを壊し尽くすような。
 そんな、そんな迫力が込められていました。

 そのままテオを連れてその場を後にする彼女に対して。
 サイトはそれ以上言葉をかけることができなくなって居ました。
 
 
 

 
 
 
 
 
 エンチラーダの言葉。
 その言葉は、それから数日の間サイトを悩ませます。

 このゼロ戦が飛べるようになった時、自分は一体どうするべきなのか。
 何度も反芻するように考えますが、一向に答えは出はしませんでした。

 果たして。自分は皆と、簡単な気持ちで別れることができるのか。

 短い期間でしたが、サイトは此処で色々な出会いをしました。
 グルグルとサイトの中でここで出会った人達の顔が浮かび上がります。
 
 そばにいるだけで胸が高鳴る女性。ルイズ。はっきり言って性格は最悪だけど、それでもたまに見せる優しさが、サイトの心をかき乱す。そんな女性。
 サイトに食事を提供してくれたマルトー親父。
 困ったときは力になると言ってくれたオスマン。
 快くゼロ戦の整備を引き受けてくれたコルベール。
 キザでバカだけど憎めないギーシュ。
 無口だけど、いざというときに頼りになりそうなタバサ。
 からかい半分でも、サイトを好きだと言ってくれるキュルケ。
 優しくて可愛いメイドのシエスタ。
 
 そしてテオフラストス…
 サイトが、その顔を思い浮かべた時。
 正にその顔が現実にサイトの前に現れました。

「おい、糞坊主」
「………それ俺のこと?」
「世に糞坊主は沢山居れど、今吾の目の前に居るのはお前だけだな」
「……あのさ、まだ糞野郎呼ばわりは我慢するよ、うん、いろいろ迷惑もかけてるし。でもさ、坊主って…俺とテオって年もそんなに離れていないはず…」
「燃料が出来たぞ」
 サイトの言葉を無視してテオは言葉を続けました。
 
「出来たの?」
「ああ、出来た。概ね液状の石炭だ。特別に難しいと言うほどでは無かった」
 そう言ってテオは一本の瓶を取り出しました。

 サイトがその瓶の口から臭いをかぐと、ガソリン特有の匂いが彼の鼻を貫きました。
「おお、ガソリンだ」
「それであれを飛ばすんだろ?」
「多分燃料はこれでいいと思うけど…量が足りない」
「どれくらいだ?」
「樽で2つくらいは必要だと思う」
「そうか…まあ明日までには作っておこう。出来た物はこの納屋に置いておくから勝手に使うといい」
 そう言ってテオは部屋に帰えろうと後を向きました。

 そんなテオに向かって、サイトは声をかけました。
「なあ、テオ」
「なんだ」
 不機嫌そうな声を出しながらも、テオは立ち止まりサイトの方に振り返りました。

「テオはさ、目的のためには、何かを捨てることは仕方が無いと思うか?」
「…あん?」

 其れは、エンチラーダに言われた言葉そのままでした。
 目的のために捨てることをためらうなと言ったエンチラーダの考えは、果たしてテオの考えと同じものなのか、其れをサイトは知りたかったの

「いやさ…例えばテオに何か目的があったとして、其れのために何か大切なものを犠牲にしなきゃいけないとしたら。テオは其れを犠牲に出来るか?」
「出来るな」
 テオは即答しました。
 其れは確信を持った確固たる口調でした。
 
「出来る…のか?」
「当然として捨てるな。少なくとも吾は今までそうしてきた。自分の最大の目的のために其れ以外の全てを犠牲にした。そして其れを達成した。なまじ他のものに気を取られていれば目的の達成など夢のまた夢だ」
 それは、事実として、過去に目的のために何かを捨ててきたような言い草でした。
 
 だから、サイトはこう聞きました。
「あのさ…テオの、その最大の目的って…何だったんだ。そんで、何を犠牲にしたんだ?」
 ふと気になって、サイトはテオにそう問いました。
「目的は当然塔から出ることだな…犠牲にしたのは…まあ色々だ」
「あ…」
 サイトは、これ以上ないくらいに納得してしまいました。
 
 なるほど、テオは塔から出るために、その全てを犠牲にしたのでしょう。
 少なくとも、テオにとって其れは全てを犠牲にしてでもするべき目標だったに違いありません。

 例えばサイトがテオの立場だったとしても。
 もし塔から出るためならば、その魂をも犠牲にしてでも外に出たいと願うはずです。

 ですからサイトは納得してしまいました。

 エンチラーダがサイトにああいったのも、目前で全てを犠牲にするテオという人間を見てきたからでしょう。
 つまり、テオにしろエンチラーダにしろ目的のために全てを捨てることがなかば当然の人生を送ってきたのです。

「下らん。何を聞かれるかと思えば当たり前のことをつらつらと。兎に角燃料は作っておく。それ以上質問が無ければ帰るからな」
 若干不機嫌そうにテオがそう言いました。
「あ、ああ」
 サイトがそう返事をすると、テオはそそくさとその場を後にしました。
 
 その後姿を見ながら、ふと、サイトは思いました。
 もし塔から抜け出ることがテオの最大の目標であると言うのならば。
 塔から抜けだした今、テオは一体何を目標に生きているのか。


 其れが気になりましたが、其れを聞くべきテオの姿は、もうそこにはありませんでした。



 その日。
 それを聞いたのは半ば運命とも言えました。
 
 朝、サイトとルイズは魔法学院の玄関先で馬車を待ってい居ました。
 ゲルマニアで行われる姫の結婚式へ向かうための馬車です。
 しかし、朝靄の中から現れたのは、馬車ではなく、息も絶え絶えと言った様子の早馬でした。
 馬の上に乗っていた使者はルイズ達にオスマンの居室を尋ねると、足早にそこに向かいました。
 変わった出来事ではありますが。異常と言うほどのことではありません。
 学院に早馬が来ることは屡々あることですし、中には急ぎの用件もあるでしょう。
 
 ですが、二人は何となく、その様子が気になりました。
 
 もし、使者が来るのがもう少し早ければ。
 或いは使者がもう少し落ち着いた様子だったら。
 もしくはサイトとルイズがもう少し大雑把な性格だったら。
 
 二人はその使者の後を追って、校長室の扉で盗み聞きなどはしなかったでしょう。
 しかし、事実として二人は聞いてしまいました。
 校長室の中で繰り広げられる会話を。
 
「王宮からです! 申し上げます! アルビオンがトリステインに宣戦布告! 姫殿下の式は無期延期となりました!
王軍は現在、ラ・ロシェールに展開! したがって、学院におかれましては、安全の為、全生徒と職員の禁足令を願います!」
 オスマン氏は眉を顰めました。

「宣戦布告とな? 戦争となってしまったか……。現在の戦況はどうなっているのかね?」
「は……はっ! 一応は制空権を奪われることはありませんが、地上部隊の降下を許してしまい、アルビオン軍はタルブの村を占領、現在地上部隊の本隊がタルブの草原に陣を張り、我が軍とにらみ合っている模様です」
「ふむ……」

 その言葉を聞いたサイトは我が耳を疑いました。
 
 タルブ村?
 確かに今兵士はタルブ村と言いました。
 
 シエスタの故郷、つい先日まで自分が居た村で、そして、今尚シエスタがいるタルブ村。
 そのタルブ村が戦場になる?
 
 それを理解するよりも早く、サイトは走り出していました。
 
「ちょ、ちょっと!サイト!?」
 サイトの後の方から声が聞こえましたが、サイトはそれに構うこと無く一直線に走り出します。
 迷いのない足取りでゼロ戦がある納屋に向かいました。
 
 納屋の扉を開け、ゼロ戦の先に障害物が無いことを確認するとサイトはゼロ戦に乗り込もうとして、
 そこで後ろからルイズに抱きつかれました。

「何処に行くのよ!」
「タルブだ!」
「何しに!」
「決まってる!シエスタを助けに行くんだよ」
 そう言ってサイトはルイズを振りほどこうと動きますが、ルイズはしがみついて離れません。
 
「ダメよ!貴方が一人行ったって状況は変わらないわ!こんなオモチャを使ったって何も変わらないわよ!」
「オモチャじゃない!」
 サイトは平手でドンとゼロ戦を叩き言いました。
「こいつは、コレは俺の世界の『武器』なんだよ。沢山の人を殺す、人殺しの道具だ」
「でも、でもこれが武器でも、アルビオンの戦艦相手に勝てるわけないじゃないの!戦争なのよ!軍隊にでも任せておけば良いじゃないの!」

「確かに俺は軍人どころかこの世界の人間じゃねえ。正直戦争とかどうでも良いさ。
 もし少し前ならば助けようなんて考えず、一人で震えてたさ。
 でもさ、でも。今の俺にはこのゼロ戦がある。
 きっと、きっとこれは運命なんだ。
 こいつに乗っていた人はタルブの村で幸せな家庭を作った。シエスタも、シエスタの家族も。
 そのタルブを!このゼロ戦が守らないで何が守るっていうんだ!こいつの元の持ち主だってきっとそれを望んでいる!」
 
 大きな声でそういうサイトの顔はまるで恐れを知らない勇者のようでした。
 しかし、ルイズはサイトの手が震えていることに気がつきました。

「怖いくせに無理してカッコつけないで!貴方死ぬかもしれないのよ!」
「ああ怖いよ!無理してるよ!でも行く!」
「なに言ってるのよ。アンタはただの平民、使い魔じゃないの。皇子でも勇者でも無いのよ。それにアンタ!帰りたいんでしょ!そのためにその飛行機を直してたんじゃないの。もし戦争に行って、それが壊れたらどうするの!?貴方帰れなくなるのよ!?」
「ああ、知ってる。でもさ、俺は、俺はシエスタを助けたいんだ!」
「忘れちゃいなさいよ!あんな女のことなんて!」
「駄目だ!」
 ガシリとサイトはルイズの両肩を掴みながら言いました。
「だめだ。それだけはダメなんだよ」
「…」
 サイトの剣幕にルイズは驚いて言葉をつまらせます。

「ルイズの言っていることは正しい。
 エンチラーダさんにも言われた。
 目的のために、他の事は捨てろって。
 その通りさ。
 目的のためならば容赦無くタルブ村なんて見捨てるべきなんだと思う。
 シエスタだって忘れちまうべきかもしれない。
 それが正解だって事は解ってる。正しいってことは解ってる。
 でもな、でもダメなんだ。
 それはダメなんだ!
 俺はやっぱりそれは賛同できない。
 たとえそれが間違った選択でも。
 俺は何も捨てずに全ての目的を達成したい!」
「馬鹿!」
「ああ、馬鹿だ」
 サイトはそう言って。
 そして笑いました。
 気がついたら震えは止まっていました。
 
 そして、その手をルイズの頬に当てるとこう言いました。
 
「わかってくれ」

「わかったわ…」
 その真剣な表情に、サイトを引き止めることが不可能だと理解したルイズはそう言いました。
 
「わかった…私も行く」
「駄目だ、お前は残れ」
「ヤダ」
「駄目だ」

 バチン!!
 
 大きな音が響きました。
 ルイズがサイトを叩いたのです。
 
「!」
 サイトは驚きました。
 
 そして頬をおさえながらルイズを見て。
 そして更に驚きます。
 
 ルイズは。
 
 泣いていました。

「何も捨てないんでしょうが!私を置いていくんじゃないわよ!」
 その言葉にサイトは呆気にとられてしまいました。

「そこまで大口叩くのならば!私も、タルブもあのメイドも全部、全部守ってみなさいよ!一つも捨てないで、全部目的を達成しなさいよ!ほら!行くわよ!早くしなさい!時間がないんでしょう!」

「お…おう」
 あまりの剣幕で怒鳴り散らすルイズの様子に。
 
  サイトはただそう答えるより他ありませんでした。
 


 二人の喧騒は、学生寮から微妙に死角になる場所で繰り広げられたためか、生徒たちの目に止まることはありませんでした。
 
 ただし。テオ達を除いて。
 
 学生寮の一番端。本来ならば使われない筈のその部屋からは、ルイズ達のやり取りが辛うじて見ることができました。
 そして、その喧騒を窓からエンチラーダが見ていました。

「始まったようですね」
 エンチラーダがそう言いました。
 
「?何が?」
 眠そうに目を擦りながらエルザが不思議そうにそう尋ねます。
 
「戦争ですよ」
「え?」
「アルビオンがトリステインに宣戦布告をしたのですよ」
「え?え、戦争が始まったの?でもなんでわかるの?」
「戦争が起きることはわかっていました、新生アルビオンが戦争を起こすのは明白でしたから。あとはタイミングの問題です。先程城から来たらしき使者の様子。結婚式のために城に行くはずだったあの二人の喧騒と話の内容から、そのタイミングが今だと言うことが解ります」
 淡々とエンチラーダはそう言いました。

 エルザはテオの方を見ました。
 
 朝早くだというのに彼はすでに起きていて、テーブルに座って一人、ぼんやりと何処かを見ています。
 
 薄暗い部屋の奥で静かに佇む彼の表情を見て。
 
 そして。
 エルザは驚きました。
 
 窓から差し込む朝日に照らされたその口元。
 
 エルザの目の写ったその口元は。
 
 静かに、笑っていたのです。
 
 しかも其れは、何時ものテオが見せるニヤけたそれでは無く、
 かと言って、稀に見せる大笑いの様相でも無く。
 ただ、嬉しくてたまらないといった。
 心の底からの歓喜を表すような笑顔でした。
 
「きた…きた…ついに来た」
 小さく、其れでいながらしっかりとした声でテオはつぶやきました。
「え?」

 そして、テオは叫びました。
「…吾代の春が来た」
「ええ?」

 突然叫ぶテオにエルザは、もうどうして良いのかわからなくなりました。
 何故、彼が戦争という単語に之ほどまでも喜ぶのか。その意味が全く理解できなかったのです。
 
 確かに。戦争を喜ぶ人間と言うものは居ます。
  
 商人、傭兵、あるいは聖職者等。戦そのものを生業としていたり、あるいは戦で利益を被れる者はこ開戦を喜んでいることでしょう。
 あるいはテオも物を作る立場上、この戦争に対して利益を見出しているのかもしれません。
  
 しかし、テオの喜び方はそんな俗世的なものには見えませんでした。
    
 言わば其れは歓喜でした、
 待ち望んで、待ち望んで、待ち望んできたものが、突然目の前に現れた時のような。そんな喜びようでした。

「戦争だ、戦争である。吾はこの日を一日千秋の思いで待ち続けた」
「え?そうなの?」
「ああ、国に生きるものとして。やはり戦争は命を掛けるべき義務であるからな。戦争に参加することは、吾の大いなる目標の一つである」

 違和感。
 その言葉にエルザは違和感を覚えました。
 
 言葉自体は、特に不思議なものではありません。
 エルザは国に生きるという概念が無いので、その気持ちは解りませんが、屡々人間が国に対する忠義のために喜んで命を落とすということを知っています。
 変なのは、その言葉が『テオの口』から出たということなのです。
 テオの性格、言動、行動、そのすべてが、今のテオの言葉と結びつかなかったのです。

 確かにテオは、非常に好戦的な一面を持っています。
 しかし、戦闘狂と言う訳ではありません。戦闘を楽しむ反面で、もし其れが出来なかったとしても別に構いはしないと言った様子だったはずです。
 良くも悪くも、大半の物事に対して軽薄な質の人間なのです。

 そんなテオが、何故かこと、戦争に対してだけは大きな拘りを見せています。
 何が何でも参加したいと、普段のテオらしからぬ態度を見せているのです。

「でもさ、でもでも、戦争に行ったらテオ、死んじゃうかもしれないんだよ?危険だよ?危ないよ?」
 たとえどんなにテオが強くても。
 戦場は強さだけで生き抜ける場所ではありません。
 ふとしたことで、テオが戦場で死んでしまうことは十分にありえることなのです。

「だろうな」
「だろうなって…」
「確かに戦場では個人の強さは絶対では無い。どんな達人でも容易に死んでしまうことが相応にしてある。エルザの言うとおり、吾は戦場で死んでしまうかもしれないな」
「そんな…なら、なんで、なんで…」

 エルザはテオのその言葉が信じられませんでした。
 なぜ自ら進んで死地に行きたがるのか。エルザには全くもって理解が出来なかったのです。
 
 
 そして、テオの口から出た言葉。
 それはエルザが思いもよらない言葉でした。
 
「なぜって…人は皆、いずれ死ぬだろう?」

 笑顔でそういうテオの様相を見て、エルザは愕然としました。
 そして。
 その時になって初めてエルザは理解するに至りました。

 テオのこの自信。そして危険を顧みないその行動。
 今まで彼がとってきた危なっかしい行動の、その理由を。

 テオは勝つ自信があるから、戦いを好むのではありません。
 テオは死なない自信があるから、危険を好むわけでもありません。
 テオは、エンチラーダに対して大きな感情があるから彼女の裏切りを見逃して居る訳ではありません。
 
 彼は。恐れていないのです。
 
 
 自分自身が死ぬことを。
 

 まるで死を恐れない。
 それは、単に死ぬ覚悟が出来ているのとは違います。
 欠落しているのです。
 死ぬことに対する恐怖をテオは感じていないのです。

 自らの楽しみという目的のために、自らの命も簡単に犠牲にしようとしているのです。

「やはりタルブ村が開戦の場か?」
 落ち着いた声でテオはそう言いました。

「ええ、あの二人の慌てかたを見るにそのようですね」
 エンチラーダは窓の外に目を凝らしながらそう言いました。

 タルブ村。
 その名前を聞いて、エルザは驚きました。

「タルブって、前に行ったあのタルブ!?」
「トリステインには他にタルブという名前の場所は無かったと思うが」
「え?じゃあいまあそこで戦争が起きてるの?」
「ああ、そうとも…だがエルザ、恐らくだがさしたる被害は出ないさ。戦争というのはな初戦が大切だ、であれば吾が何もしないでそれを見ている道理は無いな。
 吾は、実績を作らねばならぬのでな、少しばかり早めに美味しいところをもらう」
「なにか、するつもりなの?」
 エルザがそう問いました。


 その問いに対してテオは笑いながらこう言いました。
 
「いいや。何も『する』つもりは無いさ。
  
  
  
 すでに『した』のだからね」


◆◇◆◇◆







 空の上を500㌔近い速度で飛行機を飛ばし、体中に圧力を受けながらサイトは必死で飛行機を飛ばしていました。
 早く。
 少しでも早くタルブに着くために。

 そして。
 
 そして彼らは。
 タルブの空でそれを見てしまうのでした。

「なんだよあれ」
 思わずそんな言葉が出てきました。

 それは。

 それはあの邪神像でした。
 いえ、今は像ではなく、邪神そのものと言えました。
 なにせ動いているのですから。
 
 それは、それの上を雄大に動き回りながら、竜騎士隊と戦っていました。
 
 いえ。戦っているという表現は語弊が有るでしょう。
 それは戦っているのではなく。蹂躙していたのです。
 
 
 ルイズはその様子を見て、怯えたように叫びました。

「あ、あ、あ、あ、あれ何!?何よ!なんであんな怪物が軍隊と戦っているの?トリステインの新兵器?いえ、アレは封印されていた邪神か何かだわ!なんてこと、アルビオン軍は目覚めさせてはいけないものを目覚めさせて…」

「いや、あれテオが作った邪神像」
「なんですって?アイツの美的センスは壊滅…って。え?なんで像が動いているの?」
「さあ、知らねえよ、そういう魔法があるんじゃないのか?」
「ってことは…ガーゴイル!?何?嘘?テオはあんな大きなガーゴイルを創りだしたってこと!?」
「そんな珍しいのか?」
「…珍しく…は無いわ、結構普通の魔法よ。ガリアなんかでは軍でも使われてる。でもね、誰にでも使えるものじゃあ無いわ、特にトリステインでは。一人の学生がそんな簡単に作れるものじゃないのよ」
「まあ…テオだし」
「その一言で納得してしまえるのが悔しいわ」
 そう言ってルイズは歯ぎしりをしました。

 テオ。

 テオ。

 まるでテオはこの状況を知っていていち早く対策をとっていたかのようです。


 今回だけではありません。
 フーケと戦った時。
 アルビオンに行く途中で盗賊と戦った時。
 彼はその状況をほぼ一人で戦い抜き、解決しています。
 まるで、ルイズたちなど、最初から必要が無かったかのように。


 そして今回も。
 自分達がタルブに駆けつけるよりも早く、テオはこうしてアルビオン軍と戦っているのです。
 まるで自分達がテオの手のひらで遊ばれているような気がして、ルイズは非常に気分が悪くなりました。

「兎に角、俺達も!」
 サイトがそう叫びました。
 
 トリステインとアルビオンの戦争は、こうして開始されたのです。


◇◇◇

「全滅だと?…たった二匹の竜によって?」
 タルブ草原の上に遊弋していたレキシントン号の甲板で報告を聞いたトリステイン侵攻軍総司令官サージョンストンは呆然とそう言いました。
 そして次の瞬間にはその顔を真赤にして怒鳴りました。
「フ、フザケルナ!20騎以上の竜騎士が、たった二匹の竜に全滅だと!?」
 伝令は総司令官の剣幕に怯え、後退りましたが、そのまま報告を続けました。
 
「敵の竜騎兵は、一体はありえない速さで敏捷で飛び回り、射程の長い強力な魔法攻撃を放ち我が軍を圧倒、もう一体は石のような体でこちらの魔法にびくともせず、我軍を蹂躙したとか…」

 ジョンストンは伝令に掴みかかりました。
 
「ワルドはどうした!あの生意気なトリステイン人は何をしているのだ!」
「石のような竜に落とされたと聞いています」
「あの役立たずが!!これだからどこの…」
 そこで艦長のボーウドが二人の間に割りこむようにして、その会話を遮りました。
 
「兵の前でそのように取り乱しては指揮に関わります、総司令官殿」
「何を申すか!竜騎士隊の全滅は艦長!貴様のせいだ!貴様の稚拙な指揮が貴重な竜騎士隊の全滅を招いたのだ、そうだ、そうに違いない。このことは閣下に報告する、するぞ!!」
 ジョンストンはそう喚きながらボーウッドに掴みかかりました。

 ボーウッドはそんなジョンストンに対して、少し眉を下げると、そのまま彼の腹部に杖を勢い良く叩きつけました。
 ジョンストンは白目を向き、その場に倒れ、ボーウッドは彼を運ぶよう指示を流します。
 
 そして、コホンと一つ咳をすると、自分たちに注目している兵士たちの方を向きました。
「竜騎士隊が全滅した所で、我々を筆頭に全軍は未だ顕在だ。安心しろ、我々の勝ちは揺るがんよ、諸君らは安心して勤務に励みたまえ」
 新兵を安心させるよう、余裕をもった笑顔で、ボーウッドはそう言いました。



 実際彼の言うとおりでした。
 そもそもの相手の数が多すぎます。
 
 テオのガーゴイルは単騎で善戦していました。
 サイトもゼロ戦を巧みに操り、アルビオンの竜士隊を撃ち落としていきます。
 しかしサイトとゴーレムが敵を倒しても。未だアルビオンの兵は多くいましたし、それに対してトリステインの兵はあまりにも少なすぎました。
 戦況ははっきりとトリステインにとって不利。いえ。
 はっきり言って勝ち目がありませんでした。
 
 それは空にいるサイトにしても明白にわかることで。余りにも不利なその状況に、焦りを通りこした絶望を感じ始めまていました。
 
 そして、そんな時。
 ルイズの声が響くのです。

「サイト!」
「なんだよ!大人しくしてろよ!」

「その!信じられないんだけど!私、私選ばれちゃったかも!」
「はあ?」
「とにかく!これをあの戦艦に近づけて!ダメかも知れないけど、何もしないよりは、やったほうが良いわ!そうよ!とりあえずやってみるわ!」
 ルイズはひとりごとのようにそう言いました。

「ルイズ、大丈夫か?意味がよくわからないけど…」
「とにかく近づけなさいよ!!」

 ルイズのその剣幕に、サイトはしぶしぶといった様子でゼロ戦を戦艦へと向かわせました。
 大砲の唯一の死角である、船の真上へ。
 
 
 
 ルイズの放つ「虚無の魔法」が、レキシントン号を撃ち落とすのは、そのすぐ後のことでした。
 
 伝説の魔法。
 そして、『ゼロの使い魔』というお話の、象徴とも言えるこの魔法。
 ある意味。
 今、長い長い英雄譚は。本当の意味で始まろうとしていました。
 
 
 ルイズの放った虚無の光は、遠く離れた魔法学院の学生寮の窓にも薄っすらと映りました。
 それを見て、テオはトリステインの勝利を確信するに至りました。
 
「初戦は我々の勝ちだ。しかしな、これで終わりじゃあない。むしろこれから始まるぞ。吾が長年求めてきた。人の死が、何よりも身近になる一大イベントがな」

 テオはその光が、ルイズの放った虚無で有ると知っていました。
 そして彼は笑います。
 
「伝説の光によって、戦争の幕が上がる。伝説。大いに結構じゃないか。戦争の幕開けには相応しい。せいぜい吾の花道を用意してくれ」

 グラスのワインを眺めながら。

「そして、そして、吾はそれを超える伝説となるのだからな」
 
 
 テオはそういいました。



(おまけ)


 その焦げ臭い匂いにトリステイン侵攻軍総司令官であるジョンストンは目を覚ましました。
 彼は寝起きの辺りを見渡し、その状況に驚愕をします。
 そこかしこから悲鳴が広がり、皆が思い思いに逃げ惑っています。
 あるものは必死に消火をし、ある者は必死に魔法で船を浮かせようと。
 また、ある者は泣き叫び、そしてあるものは混乱してへたり込んでいます。
 
 あの雄大で巨大で力強かったレキシントン号は、今まさに落ちようとしていたのです。
 
 
 ジョンストンは混乱し、どうすべきかを必死で考えましたが、そのような状況で冷静に考えることなどできようはずもありません。
 元々特別理性的と言う訳でも無い彼の脳は、この状況を打開する案ではなく、とにかく今生き延びたいという、本能的な衝動によって支配されていました。

 危険な状況に陥った時、人間が本能的に取る行動。それは逃げることです。
 
 ジョンストンもその例に漏れず、とにかくその状況から逃げようと船の縁に走りました。
 それは別に彼だけの考えではなかったようで、船の縁には我先に逃げようとフライの魔法で船から飛び出すメイジたちで溢れていました。
 ジョンストンは彼らを掻き分けるように船の縁に着くと自分もフライの魔法を唱えようとして、そして。
 
 
 
 そして。外を見ました。
 
 
 その時彼はこの世の中で最も恐ろしい物を見てしまいます。
 
 彼よりも少し早く逃げたメイジ達を、次々と食らう竜の姿を。
 その竜のあまりの恐ろしさに彼は叫びをその口から発すると、そのまま狂ったように船内に走り戻って行きます。
「何だ?私は今何を見た?あり得ない!あり得るはずがない!あんなものと戦っていたなんて!」

 大声で喚きながら、彼は船内に逃げ込みます。
 その様子は如何にも異常でしたが、周りの人間達は消火や浮遊の魔法、あるいは逃げることに忙しく、それを気にする者はいませんでした。
「あれが、あれが竜?なんでこの船に来ている?まさか、私を狙っていたのか?──早く、早く逃げなければ!私の命が──」
 ジョンストンはそう叫びながら、とにかく一番最初に目についた部屋に飛び込みます。
 鍵をかけ、荷物をドアの前に置くと、物陰に隠れるようにして其の身を縮めました。

 外は相変わらずの喧騒で、大きな音が鳴り響いています。
「ドアが音をたてている。何かつるつるした巨大なものが体をぶつけているかのような音を──」
 震えながら彼はそう言いました。

 実際その音は消火活動をする兵士が立てている物ですが、恐怖に支配されたジョンストンは、アノ竜が今にもその扉から入ってくるような、そんな妄想に取り憑かれていました。

「そうだ、荷物に隠れよう、そうすればドアを押し破ったところでわたしを見つけられはしない」
 そう言って立ち上がった彼は、ある一点に視線をやったまま、固まってしまいました。

「や、そんな!──あの手は何だ! 窓に! 窓に!」

 それがジョンストンの最後の言葉でした。
 
 
 

◆◆◆用語解説

・ベルヌーイの定理
 よく揚力の仕組みの説明に使われる。……が。
 勿論ベルヌーイの定理が揚力とは無関係と言うわけではないが、その理屈だと背面飛行は不可能だし、上下対称の膨らみをもつ翼の飛行も不可能になってしまう。
 飛行機の揚力においてベルヌーイの定理はあくまで一要因にすぎないのだ。

・フィン
 ヒレという意味。転じてスクリューのこと、
 この場合はプロペラを指す。

・揮発
 零戦…というか、当時の戦闘機は以外なことに(当時の日本の基準では)ハイオクなガソリンを使っているようだ。これは現代のスポーツカーがノッキングを防ぐためにオクタン価の高いガソリンを必要とするのと同じ理由。海軍〈零戦〉よりも底質の燃料を使っていたとされる陸軍(隼)でも、実際航空燃料でいえば使っていたのは八七揮発油より九一揮発油の割合のほうが多い。

・アルコホル
 アルコールのこと。
 アルコールを燃料とするエンジンは一応ある。第二次大戦中も研究はされていたが、実用化はされなかったようだ。
 ガソリンにアルコールを混ぜたものはあったようだが、目的は「割増」ではなくオクタン価向上剤としてではなかろうかと筆者は想像している。
 ちなみに原作ではコルベールがアルコールランプを使っていたが、アルコールの濃度は不明。


・概ね液状の石炭
 石炭から人造石油は作ることは出来る。
 第二次大戦中は日本にも人造石油工場があったが、途中爆撃破壊されどれほどの量が生産されたかは不明。
 もしかしたら作中のゼロ戦の燃料が人造石油である可能性も低確率ながら存在する。
 
・きた…きた
魔王ギリさえもが嫌がったという伝説の踊り…では無く、来た来たと、テオが開戦を喜ぶ様子。
当然だが主人公は脇でおにぎりを握ったりはしない。

・我が世の春が来た
 絶好調である!

・ガーゴイル
 本名ネメシス・ラ・アルゴール
 元祖手袋をしながら指パッチンの御方。
「渋カジが山へ行ったら山火事だ」の句でお馴染みの、偉大なる指導者である。
 ネオアトラ!!
 
・窓に! 窓に!
 まあ、お約束ですよね。
 ジョンストンのSAN値が最終的にほぼゼロになっている。

・SAN値
 理性値と置き換えても良い。正気度を現すパラメータ。これがゼロであれば発狂していると受け取って良い。まれにSUN値と書かれるがそれは間違い。

・SUN値
 たぶんサンマイクロシステム度数を現す数値。UNIX全般の事をソラリスと言ったり、CPUをSPARCと言ったり、オラクル社の事を未だにサンマイクロと言い張ったりする人間は、このSUN値が高いと見てよいだろう。



[34559] 25 テオとルイズ1
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2013/02/27 00:58


ここから数話(30話まで)は番外編的な話になります。
しゃらくさい話になりそうですし、
別に読み飛ばしてもらっても、話はつながりますので。
愛だとか恋だとか、かったるいと思う人は読み飛ばしたほうがいいかもしれません。


◆◇◆◇◆

「トリステイン万歳!」
 誰かが言いました。

「アンリエッタ王女万歳!」
 誰かが叫びました。
 
 トリスタニアは嘗てない喧騒に包まれていました。
 
 アルビオン軍に勝利したトリステイン軍。そしてそれを導いたアンリエッタ王女を先頭とした凱旋パレードは、熱狂的に迎えられました。
 トリスタニア中の人間がアンリエッタを見ようと狭い路地いっぱいに詰めかけ、パレードを見つめながらアンリエッタやトリステインを称える言葉を叫んでいます。
 誰もが興奮していました。
 
 しかしそんな賑やかな様子を、静かな様子で見つめる者がおりました。 
 捕虜となったアルビオン軍の貴族達です。
 
 捕虜とはいえ、貴族にはそれなりの待遇が与えられます。
 杖こそ取り上げられましたが、拘束されることなくその身は半ば自由でした。
 勿論見張りの兵が近くに置かれていますので逃げ出すことは不可能ですし、そもそも逃げ出そうとすればその貴族の家名は地に落ちますので、名誉を重んずる貴族たちは逃げようなどとは微塵も思いませんでした。
 
 そんな貴族の一団の中、レキシントン号の艦長、ヘンリ・ボーウッドは、隣に居る男をつつきながら言いました。
「見ろよ、ホレイショ。聖女様々のお通りだぜ」
 ホレイショと呼ばれた貴族は肥えた体を揺らしつつ答えます。
「女王に即位か…女王の即位はハルキゲニアでは例が無いな」
「ホレイショ、歴史をよく勉強していないな?嘗てガリアで1例、トリステインは2例…いや、今正に3例目だな」
 ボーウッドのその言葉にホレイショは小さく笑いました。
「歴史か、なるほど、我々はまさにトリステインの歴史的な一ページの犠牲になったわけだな。さしずめあの光はその装飾かな?」
「ああ、たしかにあれには驚いたな」
 ボーウッドはそう言いました。

 レキシントンの上で輝いた光は、見る見る間に広がり、艦隊を炎上させただけでなく、その動力である「風石」を消滅させ、船を地面へと落としました。
 驚くべきことはそれで直接の死人が発生しなかったことです。あの光は船こそ破壊しましたが、人間自体を殺すことはなかったのです。
 無論その後の混乱や攻撃でそれなりの犠牲は発生しましたが、戦艦一つが墜落したにしてはかなり少ない犠牲だったのは確かです。
 
「確かトリステインの守護竜の放つ奇跡の光だったかな?あんな光は見たことも聞いたこともないよ…でも、僕はそれよりも恐ろしく感じるものがある」
「ほう?それはいったいなんだね」
「あのもう一匹の竜、つまりガーゴイルのほうさ」
「あ、あれか」
 そういてホレイショはそのガーゴイルの姿を思い出しました。
 
 あのガーゴイルはあの奇跡の光やそれを放った竜に比べれば、理解の範疇に収まるものでした。
 素早く動き。強力な力で次々と飛竜を屠るそれれはたしかに凶悪と言えましたが、たとえばガリアのような魔法人形の技術に長けた国であれば、国内に二、三体は保有していることでしょう。
 
 しかし、問題なのはそれが、今まで軍事的弱国だと思われていたトリステインで、それも国の外れの小さな田舎村にあったことです。
 
「未知の魔法でもなく、謎のマジックアイテムでも無く、隠されていたトリステインの秘密兵器でも無い。あれこそ正に昔からある何の変哲もない魔法だ。その魔法に一時的とは言え我々は圧倒された、あんなガーゴイルがもう二、三体居たら、あの奇跡の光無しでも我々は負けていたかもしれない」
「だろうね」
 ホレイショは顔をしかめながらそう言いました。
 
「あのガーゴイルが現れるまでの時間はあまりにも短かった。どう考えてもこの首都を守っていたのではなく、あの辺りに予め配置されていたのさ」
「たしかに、我々があの村の近くに到着した直後にアレは現れたね」
「つまり、魔法の地力においても我々は負けていたんだよ。たとえあんな秘密兵器無しでも、トリステインは十分に我々と戦えたんだ」

「我が祖国は、恐ろしい敵を相手にしたものだ…」
 諦めにもにたため息と共に、ホレイショはそういうのでした。
 
 
「なあもしこの戦が終わって、国に帰れたらどうする?ホレイショ」
「軍人は廃業するよ。杖を捨てたって構わない。あんな恐ろしいドラゴンやガーゴイルと戦う可能性のある仕事だけは断固としてお断りだね」
 その言葉にボーウッドは笑いました。
「気が合うね、僕も同じ気持ちだよ」
 そう言って二人は力なく笑いました。
 


◇◆◇◆



『伝説の二匹の双竜によって、トリステインは守られた』

 あの戦争での出来事はそう発表されました。
 そこに、人間の功績は語られることはありません。

 ルイズが虚無の魔法を使ったことは勿論、テオがゴーレムを扱ったことさえも隠匿されました。
 ルイズとテオの手柄は『無かったこと』として処理されました。

 それに対してルイズはさして反応を見せませんでした。
 ルイズはもともと功名心を持って戦いに参加していたわけではありませんし、そもそも自分が虚無の魔法使いであることを公にすることに忌避感を感じていましたから、この処理は彼女にとっても良いことでした。
 しかし、問題はテオです。

 彼は功名心はありませんでしたが、戦争に参加したいという明確な意思を持ってゴーレムを出しています。それを無かったことにされては、テオの心中は穏やかではありませんでした。穏やかでないどころか、はっきりと彼の心は怒りで溢ていました。
 実際のところテオはこの状況を予想していました。
 テオはトリステインという国が戦争の手柄を自らのものにするだろうと、事前に予想していました。ですから実際にそうなった時。それを受け入れることは出来ました。
 ただ受け入れる事ができるのと、怒りが湧き上がることは別問題です。

 テオは怒りを表に出すようなことはしません。
 確かに、その言葉や行動の節々に苛立ちが見えましたが、それはエルザやエンチラーダにしかわからない程度にとどまっていました。
 彼が怒を見せない理由は、怒りを露にすることは貴族的で無いと思っていたからです。
 
 こんな時、今までの彼のとる行動は基本的に2つでした。
 一つはふて寝して、夢の世界へと現実逃避すること。
 怒ったところで事実は変わらないのですから、一時的とはいえ忘れてしまうのは心の健康上決して悪いことではありません。

 そしてもう一つはヤケ食いでした。
 不愉快な気分を、愉快な気分で上書きするという、健康に被害を及ぼしつつも、心の平穏には有効な手段です。
 
 テオは基本的にこの2つの方法でいつも不快な気持ちを紛らわせています。
 本当なら彼がその気になればその力でもって大抵の問題は解決が出来るでしょう。しかし、彼は不本意な状況をあまり自ら変えようとはしませんでした。
 彼は自身の目的のためには手段を選ばないような人間ですが、不愉快であるという理由で、まわりに当たり散らしたり、無理矢理にその状況を変えようとはしないのです。
 それは彼の理想とする貴族像から離れて居るからです。
 貴族でありたいという『目的』のために、彼は自分の欲求を『犠牲』にしているのです。
 ふて寝やヤケ食いが、貴族らしいかと言われればそこには疑問が残りますが。
 しかし、それでも気に入らないことに対して、いちいち騒ぐような人間よりはよっぽど貴族的であるとテオは考えていました。

 本来ならば。
 今回も彼はふて寝かヤケ食いをするはずでした。
 
 少なくともエルザは、テオの様子をみて、この後彼がその二つの行動のドチラかをすると考えていました。
 しかし。今回は、そうなりませんでした。
 ブツブツと不機嫌そうにしていたテオは、突如としてこう言ったのです。
「悩む暇があれば少しでも状況打開に動くべきだな」
 そう言ってテオは動きました。

「何処に行くの?」
 エルザは不思議そうにそう聞きました。
 
 不機嫌なテオが部屋にこもらずに行動を起こす。
 それはエルザが知るかぎり初めてのことでした。

「少し外にな。戦争に備えて訓練をする。今回の手柄は逃したが、それでも次のチャンスは逃さないようにせねばならん」
 そう言ってテオは、部屋から出ていくのでした。
 
 普段のテオらしくない行動。
 
 
 つまり。それは。
 
 
 それは。テオにとって『戦争』が。
 とても大切な『目的』であるということでした。


◇◆◇◆



 陽の光に照らされたベンチに、2つの影が寄り添うようにありました。
 それはサイトとシエスタでした。
 そして今、サイトはシエスタから、あるものをプレゼントされています。
 
 そのあるものとは。
「すごい、マフラーだ!」
 そう言ってサイトは喜びました。
 
「暖かそうだなあ」
「ええ、ほら、あの竜の羽衣…ヒコウキでしたっけ?アレに乗る時が寒そうでしたから…」
「そうなんだよ…風防を開けると寒いんだよな」
 そう言いながらサイトはそれを首に巻きました。
 季節はすっかり暖かくなっていましたが、空の上は寒く、そのマフラーは飛行機に乗る際には大いに活躍しそうでした。
 
 そのマフラーを首にまくと、ふと、その端に何やら黒い毛糸で文字が書かれているのが、サイトの目に入って来ました。
「これなんて書いてあるの?」
「え?ああ、それはその…サイトさんの名前です」
「へえ」
 そう言ってサイトは其の文字をしげしげと見つめました。
 異国の文字で書かれた自分の名前は、なんだか不思議な感情を彼に与えたのです。
 そしてその直ぐ隣に、別の文字が書かれているのにサイトは気が付きました。
 
「あれ?こっちはなんて書いてあるの?」
「えへ…私の名前です、何となくかいちゃいました。ご迷惑だったかしら?」
「いや、全く迷惑じゃあない!」
 そう言ってサイトは首をちぎれんばかりの勢いで左右に振りました。
 
「すごく嬉しい、だって、シエスタが俺なんかのためにわざわざ編んでくれたんだぜ」
 そう言ってサイトは喜びを露わにしました。

 其の喜びようときたら、相当なもので。はしゃいでいると言い換えてもいいほどのものでした。
 なにせサイトは女の子からプレゼントをもらうのは初めてでした。

 まあ、男の子からは少し前から剣のプレゼントを貰っていますし、更に2人女の子からも剣のプレゼントをされているのですが、それはサイトの中ではノーカウントということになっていました。
 一人の男として、彼はやはり女性から最初にプレゼントされるべきは、剣のような武骨なものではなく、こういった如何にもプレゼントらしい存在であって欲しかったのです。
 
「でも良いの?ほんとにもらって、後で返してって言わない?」
 サイトがそう言うと、シエスタは小さく笑いました。
「言いませんよ。あのね。私、アルビオンが攻めてきた時すごく怖かったの。でも戦が一段落したと思ったらサイトさんが直ぐにやってきてくれて…あの時、私、すごく、すごく嬉しかった。ほんとよ?だから私…私…」

 そう言って頬を染めるシエスタに、サイトも同じく頬を染めました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして。
 
 
 
 ボゴンと大きな音と共に、サイトの意識は反転しました。
 
 
 
 
 
 

「ぐぺ!!!」
「え?サイトさん?あれ?…え?サイトさん!?!?!?!?」


◇◆◇◆


「ほう、命中だ。なかなか良いコントロールをしているではないか」
 サイトとシエスタのベンチから離れること十数メイルの位置でテオの声が響きました。

「あのエロ犬!」
 続いてルイズの声も響きました。
 
 そう、サイトの意識を反転させた原因は、ルイズの投げた石でした。
 それは、少し離れた位置から二人の様子を監視していたルイズが、あまりに二人の雰囲気が親密になったことに嫉妬して投げたものでした。
 
「まあ、メイジ的な攻撃手段ではないが、印地は有効な攻撃方法の一つだ。誇っていいレベルだな」
 そう言ってテオはルイズに対して拍手を送りました。
 
「っていうか、テオ?貴方の掘った穴に入っておいて言うのは何だけど…何やってるのよ貴方?庭の隅っこにこんなデカイ大穴なんてあけちゃって。あのね?いちおう教えておいてあげるけど…こんなに深く掘っても、トリュフは出てこないわよ?」
「君は吾をどれだけアホだと思っているのだ?吾がトリュフを探すためにこんな大穴を開けるわけなかろうが」
「…?じゃあなんでこんな大穴を開けたのよ?」
 ルイズは不思議そうにテオにそう尋ねました。
 
 隠れるのにちょうといいからと、ルイズが入っているその大きな穴は、テオが掘った物でした。
 都合がよいので使ってこそ居ますが、何故にそんなところに穴を開けているのか、ルイズには理解ができませんでした。
 
「見て判らんか?塹壕戦の練習だ」
「何バカのことしてるの?」
「…いや、別にバカなことではあるまい、戦争が始まったのだ。それよりはっきり言ってバカのことをしているというのでは君のほうだよルイーズ。自分の使い魔を見はり、石を投げる。戦闘訓練でも無くそんな事をするのはバカなことではないのかね?」
 テオのその言葉にルイズは言葉がつまりました。
「こ…これは仕方ないのよ!あいつってば、私の相談にのりもしないで一日中いちゃいちゃいちゃいちゃ………」
「だったら面と向かって叱ればよいだろう?隠れて石を投げる意味が判らん」
「見つかったらかっこ悪いじゃない」
「見つからなくてもかっこ悪いだろうが」
「うぐ…」
 テオの言うとおりでした。
 誰かに見られようが見られなかろうが、ルイズのしていることはみっともないことであることには変わりありません。

「つまり貴様は、糞ガキに惚れているんだろう?」
「ちちちちちっち!違うわよ!!!!」

「うお!怒鳴るな…、塹壕の中は意外と声が響くんだぞ?」
「違うわ、違うからね断固として、絶対に、私が、あんな使い魔のことが好きになるなんて、ありえないんだからね!!!」
「分かった分かった…全く下らない」
 吐き捨てるようにテオはそう言いました。
 その言い草に、少しばかりルイズはムッとしました。
 
「確かに馬鹿なことをしたとは思うけど…そんな言い方をされる筋合いは無いわ」
「いや…悪い。勘違いをさせたな。吾が下らないと言っているのはだ、君の行動ではない。君を突き動かすその感情。言うなれば愛そのものに対していっているのだ」
「?愛?」
「そう、愛。そんな物のために振り回されるのは下らないと思わないかね?」
 テオは両手を振り上げながらそう言いました。
 それは、まるで。
 
 まるで、愛という存在を憎み切っているような様子でした。

「テオ…。こんなツェルプストーみたいな事を言うのはあまり好きでは無いけれど。愛は…愛は大切なことよ?」
 ルイズは諭すようにそう言いました。
 
 愛。
 今までテオが愛を与えられず生きてきたことはルイズも知っています。
 ですからテオが愛と言うものに対して批判的なのも理解は出来ました。
 ですが、それに賛同は出来ません。
 
 愛という存在は大切であるとルイズは考えていました。
 比較的孤独に生きてきた彼女でさえ、沢山の愛を与えられて生きてきています。親から、姉妹から、友人から。与えられた愛は彼女の心を満たし。そしてその素晴らしさを彼女は理解していました。
 ですから、目の前で愛を否定するテオに対して静かにそれを否定するのでした。

 しかし、テオはその言葉に対してバカにしたように鼻を鳴らします。
「はん。
 巷には愛が溢れている、
 やれ、永遠の愛。
 やれ、無償の愛。
 やれ、素晴らしき愛。
 愛、愛、愛、あい、アイ。
 道端では男女が愛を語り。
 酒場に行けば歌い手は愛を歌い、
 教会では祝詞や説法で愛を唱える。
 愛こそ正義、愛こそ絶対、愛こそすべて。
 誰もが、愛を良いものだと言い、そして求めている。
 まるでそれに異を唱えることは許されないかのように、誰もが愛を崇拝している。
 だが吾は言ってやる。
 この世のすべての人間が、言えずにいるだろうから、せめて吾だけは断言してやろう。
 愛なんぞ。この世には存在しない」 

「・・・何言ってるのあんた?」
 存在しない。

 愛をくだらないと断ずるならばわかります。
 愛が嫌いだというのならばそれも理解できます。
 しかし、愛という概念そのものを否定するテオに、ルイズは呆れ返った声を出しました。

「言葉のとおりだとも。
 もし、巷で言うように。
 愛が絶対で、永遠で、不変なものであるならば。
 それはありえないことなのだよ。
 何故ならばこの世の中には不変なものなどないのだから。
 人が愛だと言っているのは、所詮は肉欲だったり、快楽だったり、恍惚感だったり、あるいは崇拝や、依存性を、ただ『愛』だと勘違いしているに過ぎないのだ。
 単に、信じたいだけなのさ。
 この世に『愛』という素晴らしい物があって。そして自分もそれを手に入れることができるとな。
 君やあのメイドがあの男に感じているその感情も、愛なんてものじゃあない。親近感や、尊敬、恩義や。あと、思春期特有の異性に感じるドキドキ感だ、屈折した性欲と言い換えても良い。
 親近感は相手の性格や好みの変化と共に消える。尊敬も相手次第。恩義はいずれ薄れる。思春期特有のドキドキ感は、思春期の終焉と同時に無くなるさ。結局のところ一時的な気の迷いなのだよ。
 所詮は愛なんぞと言うものは思い込みや勘違いだ。時間とともに消えて行くものだし、何かのきっかけで跡形もなくなくなったりもする。
 つまりは幻想だ。ありはしないフィクションの存在だよ。
 そんなもののために時間を割くくらいなら、もっとするべきことがあると思うのだがな」

 それは嘘や冗談や負け惜しみではなく。本気で言っている様子でした。
 
 まるで地球の大人がサンタクロースを信じないように。
 テオは『愛』という存在を信じていないのです。

「貴方…寂しい男ね」
 そんな言葉がルイズの口から漏れました。

「褒め言葉だな。吾は孤高である」
そう言ってテオは笑いました。

 そんな彼に対して。
 ルイズは何を言えば良いのかわからなくなってしまいました。
 
 
 正直な話、彼がどんな思想をもとうと、ルイズには関係の無いことです。
 彼が愛を信じなかったからといって、ルイズが何かしら不利益を被るわけでもありません。
 しかし。
 愛を信じないテオの存在を。
 ルイズはなんだかとても寂しく感じました。
 
 だから、何か彼にかけるべき言葉は無いだろかと。彼女が考えたところで。
 
 聞き覚えの有る声が聞こえました。
「なんで君等は穴の中にいるんだね?」
 驚いて声のしたほうを見ると。
 掘られた穴の上からギーシュがこちらをのぞき込んでいました。

「え…あ」
「塹壕戦の練習だ」
 焦るルイズとは対照的にテオがあっさりとそう言いました。

「塹壕戦の練習?なぜ?」
「そりゃあ決まってるだろ?戦争が始まったのだ。それともお前は何か?戦時であるにもかかわらず、何もせずにいつもどおりか?国を守るべき貴族がこの状況で何もしないのか?」
「そそそそそ、そんなことがあるわけが無いじゃないか。これでも僕はグラモン家が一人、ギーシュ・ド・グラモンだ!僕の心は常に戦場にあるとも!ああ!あるとも!」
「であれば、間違ってもその口から『なぜ?』なんて疑問が出るべきではないな?」
 そう言われてギーシュはワタワタと焦りました。
 なにせグラモン家は軍人の家系です。テオの言うとおり、何故なんて疑問はふさわしくありません。
 
「そ…それは…あれだとも…あれだ!…僕はこう言いたかったわけだ!『なぜ』この僕を誘わなかったのかとね」
「…ふむ。まあ、たしかに…訓練は複数でしたほうが効率的ではあると思うが…」
「そうだ、そうだとも。さあ、僕もやるぞ!ガンバルぞ!来るべき戦場に向かって、ともに練習しようじゃないか!僕ら三人、心は常に戦場だ!」
 そう言ってギーシュはピョンと塹壕へと入りました。

「え?ちょっと…私はちが…」
「さあ、そうと決まれば塹壕を掘り進もうじゃないか、仮想敵は何だね、メイジの突撃部隊かね?それとも星型要塞かね?」

「だから私はちが…」
「あそこでボテボテと歩いている平和ボケした小太りはどうだ?」

「ちょっと、ひとの話を聞きな…」
「ああマリコルヌか。いいだろう、あのたるみきった後ろ姿に総攻撃だ」

「ねえ…」
「では行くぞ!」

「わ…」
「さあ、ルイズも!」

 そう言ってギーシュはガシリとルイズの服を掴むと。
 そのまま彼女を引きずるようにしてマリコルヌへと突撃していくのでした。


◇◆◇◆


 長いこと気絶をしていたらしく、痛む頭をさすりながらサイトが部屋に帰ってこれたのはもう夕方になってからでした。
 サイトが部屋に入るとルイズがベットのうえに正座して窓のほうを見ていました。
 
 その仕草は、普段通りのそれでしたが。
 その雰囲気はいつもと大きく違って居ることにサイトは気が付きました。
 
「遅かったじゃないの、今まで何処で何をしていたのかしら?」
 姿勢を変えずにルイズはそう尋ねました。
 
「広場で、シエスタとあってたんだ。プレゼントをくれるって言うからさ。そしたら突然何かがぶつかってきたらしくて。まあ、殆ど記憶に無いんだけど…」
「へえ、そうなの、それは大変だったわね。それはそれとして、ちょっと話があるから、そこに座りなさい」
「え?あ、うん」
 そう言ってサイトはその場に正座しました。
 
 何やらのっぴきならない雰囲気を感じて、その頬には汗が滴りました。

 そんな彼の方に、ルイズは振り返りました。

 そして振り返ったルイズを見て。
 サイトは驚愕しました。
 夕日に照らされた、そのルイズの姿は。



 泥だらけでした。

「ど、どうしたルイズ、泥だらけじゃないか」

「だれの、誰のせいでこうなったと思ってるのよ~!!!」

 ルイズの叫び声と同時に。
 久々の爆発魔法が、サイトに向かって放たれました。



◇◆◇◆



 その日からルイズとサイトのこういった喧嘩はだんだんとエスカレートしていました。
 ルイズがサイトに辛く当たることが多くなったのです。
 
 しかし、それはルイズがサイトの事が嫌いになったからではありません。
 むしろ逆。

 ルイズはサイトを求めていました。
 
 
 と言うよりは、ルイズが求めていたのは『理解者』でした。
 自分が使う魔法の正体を知り、戸惑い、不安なルイズはその不安を癒してくれる存在を求めていました。
 そして。その理解者となり得る可能性が一番高い人間がサイトに他ならなかったのです。
 ですから、ルイズはサイトが、自分を理解してくれることを求めていました。
 自分の不安を理解し。そして、共に歩んで欲しい。
 しかし、そんな彼女の願いは叶えられませんでした。
 
 サイトは、ルイズに理解を示すどころか、彼女にやさしい言葉をかけることもしません。
 それどころか、ルイズ以外の女性と親しげにしてルイズをないがしろにすらしています。
 ルイズは悲しみと同時に怒りを感じました。
 
 そして、その彼女の怒りは。
 
 直接サイトへと向かうのでした。
 
 
 
 
 大きな音が響きました。
 こと、魔法学院において、それはべつに不思議な事でも無ければ珍しいことでもありません。
 メイジが集まるその学園では、攻撃魔法や魔法の実験や、或いは秘薬づくりや、時には使い魔の習性などにより、とても大きな音が響きわたることが多々あります。
 ですから、生徒たちはその大きな音に対して、さしたる関心を示すことはありませんでした。
 ただ一人。
 サイトを除いて。
 
「死ぬ!死んでしまうわい!」
 そう叫びながらサイトは逃げていました。
 何から?
 勿論ルイズからです。
 
「待ちなさいよ!」
 ルイズはそう叫びながらサイトを追いかけますが、待てばサイトに大変な災難が降りかかるであろうことは、その怒りの様相から明白でした。
 ですからサイトはその言葉を無視して必死で逃げました。
 それこそ全速力で。
 
 ガンダールヴの力を持つサイトの素早さはそれはそれはすごいもので。
 ルイズとサイトの距離はドンドンと引き離されていきます。
 そして、しまいにはサイトはルイズの視界から消えてしまいますが、ルイズは諦めはしませんでした。
 
 
 ここ最近ではこのやりとりは珍しい物ではありません。
 サイトがシエスタやキュルケと親しげに行動し、それに嫉妬したルイズがサイトに対して攻撃を行う。
 
 ルイズは鬼の形相でサイトを追いかけますし、
 サイトは必死の形相でそれから逃げようとします。
 
 周りはすっかりその様子に慣れてしまいそれに対して特に気にする事はありません。
 ただ、そのやり取りに巻き込まれないように、その二人からある程度距離をおこうとします。
 相当に空気が読めない人間でも無い限り、彼女たちに声をかけようとはしないでしょう。


 そう。
 相当に空気が読めない人間でもなければ。


「何をしとるんだ?ルイーズ嬢」
 テオが鬼の形相で走るルイズにいつものように声をかけました。

「あ゛!?」
「えらく急いでいるじゃあないか?」
 ルイズはテオに構わずサイトを追いかけようかと思いましたが、直ぐにあることを思いつき、彼にこう言いました。
「テオ、アンタ人を探したり追いかけるのって得意?」
 つまり、テオという猟犬を使ってサイトを捕まえようと考えたのです。

「?…さあ、追いかけたことが無いからわからんが、移動速度と気配察知には自信が有るぞ?」
「サイトを探しだしてメッタンメッタンのギッタンギッタンに出来るかしら?」
「ほう、それはまた、心踊る提案だな。まあ、主人たるルイーズ君の許可が降りたのだ、リクエスト通りにボコボコにしてやろうじゃないか」
 そう言ってテオはその場で目にも止まらぬ速さでパンチの素振りをしました。
 ルイズの提案はテオの気持ちを動かしたらしく、彼は大乗り気です。

「ではフハハハは、何処だ小僧!」
 そう言いながらテオは車椅子をウイリーさせながら、凄いスピードで走りだしました。
 こうして壮絶なる鬼ごっこに、猟犬が一匹追加されました。
 この大きな戦力増強に、ルイズはサイトの捕縛を確信し…

 そしてその直後。
「ってブレーキ!!!」
 と言う声とともに大きな衝撃音や金切り声が響くのを聞き。

 やはり頼れるのは自分一人であると理解するのでした。


◇◆◇◆



 サイトが逃げ込んだのはモンモランシーの部屋でした。
 いま彼女の部屋にはギーシュがいて、二人が会話をしているところにサイトが乱入してきました。 
「かくまってくれ!!!」
 そう言うやいなやサイトはその部屋のベットに飛び込みました。

「おい!モンモランシーのベットだぞ!出ていきたまえ!」
「なに!?何なのよアンタ!勝手に人の部屋に!」
 ギーシュとモンモランシーがが彼に文句を言いますが、サイトはそんな二人にか細い声でこう答えました。

「頼む…殺されそうなんだ……」
「殺されそうって…」
 その時でした。

「ここかあ!!!」
 そう言ってルイズが飛び込んできました。
 ルイズは超人的な感覚によってさいとの居場所を突き止めたのです。
 
「オブ!!」
 モンモランシーは飛び込んできたルイズに突き飛ばされて、そのまま顔を床にぶつけました。
 
「ルイズ!?」
 ギーシュが叫びました。

「何?何なの?」
 起き上がりながらモンモランシーがそう叫びました。

「ウルッさいわね!サイトは何処!?」
 フウフウと肩で息をしながら血走った目を見せるルイズの剣幕に、ギーシュとモンモランシーが顔を見合わせました。
 
 そのあまりにも恐ろしげな形相に、ギーシュとモンモランシーは無言でベットの方を指さします。

「サイト?出てきなさい」
 サイトは何も答えませんでしたが、ベットの上がプルプルと震えました。
 
 ルイズはテーブルの上のグラスをおもむろに取ると、その中身をあおりました。
「ぷは!のどが渇いたわ。こんなに疲れさせるまでご主人様を走らせるなんて、これは相当のお仕置きがひつようねえ」

 そう言ってルイズはサイトの隠れているベットへと近づいていきます。
 
 コツ
 
 コツ
 
 と、ルイズの歩く音が部屋に響き。
 それが近づくごとに、サイトの震えも大きくなっていきます。
 
 そして。
 
 ルイズの手が、ベットの布団に差し掛かり。
 そのまま行けば、ルイズがその布団を剥がす、その寸前に。

「あいててて…全く全身傷だらけだ…とは言えやっと見つけたぞ。おい、この部屋からあの坊主の気配がするんだが?」
 そう言いながらあいたままの部屋の入口から一人の男がその部屋に入ってきたのです。


 そして。

「…え?」

 その声に振り返ったルイズが、バッチリとテオを見てしまうのでした。
 
 

◆◆◆用語解説


・女の子からのプレゼント
 原作でもキュルケからの剣がなかったことにされてる。
 あるいはキュルケは「女の子」としてはカウントされていないのだろうか・・・。

・印地
 早い話が投石。
 たかが石投げと思われるが、戦いにおいてこれが意外と有効である。
 まず石は手に入りやすく調達が容易であること。
 有効射程距離も広く、達人になれば弓矢よりも遠くに飛ばせる場合があるほど。
 投擲に使う道具も素手で投げる他、布や革など比較的単純な物で良い。衝撃が鎧の上からでも通る。
 近年であまり重要視されないが覚えておいて損は無い戦闘法なのは確かだ。
 実際、第二次大戦におけるインパール作戦の例もあるし。
 某アカンベーおじさんも石が第4次世界大戦の主力武器になると明言している。

・トリュフ
 別名黒いダイア、セイヨウショウロとも呼ばれる。地下50cm程度かそれより上に形成される。美味しいらしが、筆者は食べたことは無い。

・塹壕
 塹壕戦が戦争で頻繁に使われるようになったのは、かなり近代である。特に有名なのは第一次大戦だろう。具体的には1900年代に入ってからの戦争での塹壕戦のイメージが強い。
 しかし、塹壕自体はそれより昔から存在している、それこそ紀元前から。有名所でも、627年のハンダクの戦い、1503年のチェリニューラの戦い、1568年からのオランダ独立戦争、1855年クリミア戦争、日本でも室町時代以前から使われている戦法である。稀に「戦国時代にタイムスリップしたら、塹壕戦取り入れて俺圧勝wwwwwwwi」といった話を聞くが…まあ頑張れ。
 まあメイジの戦法は魔法による飛び道具の応酬のような戦いかただとすれば、我々の世界における中世~近世以上に塹壕が活躍した可能性は高い。

・星型要塞
 多角形の要塞。日本では五稜郭などが有名。
 ヨーロッパでは比較的メジャーな要塞のタイプ。死角が少ないので守りやすい。

・あい、アイ
 霊長目アイアイ科アイアイ属

・素振り
   `___
   ||   |サイト?ぼこぼこにしてやんよ
   ||∧_∧|
   ||( ・ω・)=つ≡つ
   ||(っ ≡つ=つ
   (二二◎  )◎
 γ⌒ヽ|━━||ヽ 
  ゝ_゜.ノ」━||ノ


・ブレーキ
 テオの車椅子がどのようなものかは不明だが。
 車椅子のブレーキは自転車のそれとは違う。

 自転車のブレーキが『握る』のワンアクションに対して。車椅子のブレーキは『握る』、『ロックから外す』、『タイヤに押し当ててブレーキをかける』の3アクション必要である。というのも、車椅子は高速移動するように作られていないから。



[34559] 26 テオとルイズ2
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2013/02/27 00:54

 ルイズがテオの姿を見た時。
 彼女の心のなかはめまぐるしく動きました。

 突如としてテオに対する思いが大きくなり。
 好きであるという感情が押さえ込めなくなっていました。
 
  自分は。自分はテオのことがこんなに好きだったのか?
 
 ルイズは戸惑いながら思わず頬を両手で覆いました。
 

 


「…ルイーズ?どうかしたのか?」
 テオがそう言ってルイズの顔を覗きこむと。
 ルイズの心のなかは何かに満たされるのでした。
 ただ名前を呼ばれ声をかけられただけ。
 
 ただそれだけで、ルイズはとても嬉しくなってしまったのです。
 
「…どうか?別にどうもしないわよ?よく考えたら使い魔のことなんてどうでも良いことだったわ」
 そう言ってルイズはテオに駆け寄りました。

「使い魔なんて放っておいて、行きましょう?ね?ね?」
 そう言って彼女はテオの腕を掴みました。

 自分に寄り添うように立つルイズを前にして。
 テオは今自分の目の前の状況に混乱をしました。 
 
  
  そして、少しの時間をかけて。彼は目の前のそれが、自分の知識の中にあるものだということに気が付きました。
 ルイズのその態度。

 この状況。
 
 突然のルイズの様子の変化。
 さっきまであんなにご執心だったサイトに対する関心が、完全に消え
 そして自分に向かってこんなにも熱い視線を向けている。

 それはまさしく。
 『惚れ薬』の症状でした。


 惚れ薬。
 それは人の心を強制的に誰かに向かせる薬です。
 薬を飲み最初に見た異性をたまらなく好きにさせる。そんな薬です。
 
 人の心を作り替えてしまうそれは、その強い効き目と倫理に外れた効果から、トリステインでは作ることは勿論所持することすら禁じられています。
 
 しかし、人間誰しも他人の心を自分に向かせたいと思うことはあるもので。
 ご禁制でありながらもその薬を求めるものは多く。そしてまた、それを実際に作ってしまう者も居るのです。
 サイトの逃げこんだ部屋の主。モンモランシーもまた、そんな人間の一人でした。
 
 モンモランシーは浮気がちで自分以外の女性にふらふらとしているギーシュの心を自分一人に縛りつけたいと。禁じられていることを知りつつその惚れ薬をつくりだしてしまったのです。

 彼女はその惚れ薬をワインに混ぜ、ギーシュに飲ませようとしていました。
 
 そう。
 ルイズが一気に飲み干したあのワインこそ正に惚れ薬の入ったそれだったのです。

 そして、ルイズはテオに恋してしまうのでした。
 本来であればルイズは最初にサイトを見て、ルイズはサイトに恋するはずでした。
 なのに今目の前にいるルイズは、テオに向かってその瞳をまっすぐに向けています。
 
 その瞳を向けられて、テオは戸惑っていました。 
 目の前のルイズの様子が何かの間違いで有って欲しいと。そう思いました。
 ですから。僅かな。
 ほんの僅かな希望を持って。
 テオは口を開きました。

「薬か?」

 そのテオの言葉に。
 ピクリとモンモランシーが反応しました。
 反応してしまいました。
 そして、その反応でテオが望んだ万が一の希望、『自分の勘違いである可能性』は完全に潰えてしまいました。

 疑いようもなく、
 眼の前のルイズの異常な様子は『惚れ薬』によるものなのです。
 そして、それを理解した途端。
 テオの心の中の怒りは、もう自分ではどうすることも出来ない程に大きくなっていました。


「…下衆が、貴様自分が何をしたか解っているのか!?」
 テオがそう叫びました。
 それは明確な怒気でした。

 未だかつて誰もテオが怒るところを見たことがありません。
 不機嫌そうに大きな声を出したり、いらただしげな彼の姿はよく見られますが。
 明確に彼が怒りを顕にすることは今までに一度もなかったのです。

 たしかに惚れ薬を作ることは褒められたことではありませんしハッキリと犯罪です。
 しかし、それにしても彼の怒りは異常でした。
 皆がテオの剣幕に戸惑いました。テオ本人でさえ、自分の中に生まれた怒りの大きさに自身で戸惑っていました。

「な…何よ!その娘が勝手に飲んだのよ!悪いのはその子よ。だいたい、人の部屋に入ってきて勝手にワインを飲むなんて。普通に考えて…」
「  黙れ!  」

 それは絶対の言葉でした。
 その場に居る全ての物を黙らせる、殺気を含んだ威圧的な言葉でした。

「解毒剤薬を出せ、今すぐだ、グズグズするな!」
「…いわよ」
「…ああん?」
「無いわよ!まだ作ってないのよ」

 モンモランシーがそう答えると。
 
 次の瞬間部屋の中央においてあったテーブルが吹き飛びました。
 
「危な!」
 テーブルはベット脇の壁にぶつかり四散しました。
 ベットで丸まって居たサイトは突然の状況に目を白黒させながらテオと壊れたテーブルを交互に見ていました。
 ギーシュも突然の出来事に混乱していました。
 
 なにせ二人はモンモランシーが惚れ薬を作っていたことも、それをルイズが飲んでしまったことも知らないし気づいていないのです。
 ですから突然テオに寄り添ったルイズの様子も理解できませんでしたし。
 突然怒り出すテオの様子にも戸惑うばかりで何も出来ませんでした。
 
 ただ、当のモンモランシーは目の前で異常なほどの怒りを見せるテオに対し、大いに恐怖を感じていました。
 
「…無いなら今直ぐ作れ」
「わかったわよ!作る、作るから待ってて!」
「待つ?オマエ今の状況が解っているのか?時間を掛けるのであれば吾が自分で解毒薬を作るぞ。貴様に解毒剤を作れと言っているのはな、そもそもこの事の発端となる惚れ薬を作った貴様ならば早急に解毒薬を作れるはずだからだ。一刻も早く必要だからだ。そんな吾に対して貴様は『待て』と。本気で、本気で『待て』と言っているのか?」

 サイトとギーシュは今までに無いテオの様子に驚いて居ましたが、それより驚いたのはテオの口から出た言葉です。
 彼は今モンモランシーに対して『惚れ薬を作った貴様』と言いました。
 それすなわち。このルイズの豹変と、テオの豹変の原因はモンモランシーの作った惚れ薬に有ると言うことなのです。
 驚く二人とは別に、モンモランシーは驚く余裕すらありません。
 その怒りの視線を一点に浴びるモンモランシーは、テオの剣幕に今にも失禁せんばかりに恐怖しています。

「ざざ、材料が無いのよ!高価だし!直ぐには手に…」

 ドチャリと音がしました。
 おおきな袋がモンモランシーの目の前に置かれます。
 
「今直ぐに買ってこい」
 最早如何なる言い訳もできなくなりました。
 テオの出した袋にどれほどの物が入っているかは明確にわかりませんでしたが、袋の大きさと音からかなり大量の金貨が含まれているであろう事は予想できました。
 
「直ぐに作り始めろ、少しでもサボタージュをしようなどと考えるなよ。そうだ…監視をつけよう…エンチラーダ!エンチラーダはおるか!!!」
 テオはそう叫びました。

 するとどうでしょう。
「はいここに」
 そう言ってエンチラーダが…窓から入って来たのです。
 
「うわ!」
 窓の横に居たギーシュが思わず叫びました、まさか人がそんなところから入ってくるとは思わなかったのです。
「エンチラーダさん、なんでそんなところから…」
「御主人様居るところに私の影あり。常に御主人様のお邪魔にならぬように、気取られないよう後を付けていたのです。勿論この一連の騒動もしっかりと見せていただいていますよ」
 さもそれが当然のことであるかのようにエンチラーダは答えました。

「それ…ストーカ「御主人様如何なご用件でございましょう」」
「エンチラーダ、こいつを見張っておけ、もしサボるようなことがあれば殴りつけて構わん」
 そう言ってテオはモンモランシーを指さしました。

 一人の女性を指さし、殴りつけて構わないと言う彼の言動に、さすがにモンモランシーの恋人であるギーシュが口をはさみました。
「ちょっと君!それは聞き捨てならな…ブベラ!!」
「てめえは黙ってろ」
「ギーシュ!?」

 あまりの言葉に、抗議しようとしたギーシュは、次の瞬間にはテオに殴り飛ばされてしまいました。
 ギーシュはまるで裏返されたコメツキムシの如くはね跳ばされ壁へとぶつかりズルズルと落ちていくのでした。

 その様子を見てサイトは驚きました。
 純粋な驚きとは別に、テオと言う人間がそういう行動に出たことに驚いていたのです。
 
 人を殴る。
 怒りに身を任せ人を殴りつける行為は別段不思議な事ではありません。
 確かに短絡的行動に過ぎますが、それでも人間であれば人を殴ることぐらい有るでしょう。
 しかし、何だかその直情的行動が如何にもテオの人格からかけ離れているような気がして、サイトは驚いたのです。
 
 何処かでサイトはテオの事を人間とは違うベクトルで見ていたのかもしれません。
 まるで、英雄か、超人か、或いは物語の主人公のような、どんな状況でも余裕を崩さない、自分とは明確に違う精神を持った存在と認識していたのです。
 しかし、目の前で怒りに身を任せるテオフラストゥスはまるで普通の人間でした。貴族やメイジである仮面を剥ぎとった、素のテオフラストゥスと言う人間を見たような気がして、だからサイトはその状況に驚きながらもやはりテオもまた血の通った一人の人間だったのだと、何処かで安心感を感じていたのでした。
 
 そんなサイトとは対照的にモンモランシーの心の中には怒りが混ざり込みました。
 恋人を殴られる。
 そんな理不尽な状況にモンモランシーは思わずテオに対してヒステリックに怒鳴ってしまいました。
「ちょ!わけ分かんない!なんでギーシュを殴るの!たかが惚れ薬で!!」

 モンモランシーのその叫びが部屋に響き渡ると、
 途端。
 部屋が静かになりました。
 まるで部屋の気温が低くなったようでした。

 ふと、テオが一歩前に出ました。

 何気ない一歩。
 
 ただ、歩くだけの。
 非常にシンプルな一歩。
 
 しかし、その一歩に対して、
 大きな声が響き渡りました。
 
「お待ち下さい!」
 それははたしてエンチラーダの声でした。
 
 彼女は突如としてテオの前に立っていました。

「どけ」
 一言。
 それはドスの利いた声。
 
 今までテオの口からは出たことのない、先ほどまでの声よりも更に怒りに満ちた声でした。

「申し訳ありませんがそれはできかねます」
 普段定順なエンチラーダが珍しく主人の命令を拒否します。

 サイトもモンモランシーも混乱していました。
 一体目の前の主従は何をしているのだろうか?
 テオは何をしようとして、そしてエンチラーダはなぜそれを止めようとしているのか。
 全く理解できず、ただその様子を見ていました。


「もう一度いう、どけ」
「恐れながら言わせていただきます。此処でモンモランシー様を殺せば解毒剤が作れなくなります」

 それは衝撃的な言葉でした。
 エンチラーダは『殺せば』と言ったのです。

 言い換えればテオはモンモランシーを殺そうとしていたということです。
 その場の皆は驚きのあまり口を大きく開けました。
 
 テオはエンチラーダの一言に、舌打ちを一つしました。
「明日まで、明日までだ。それ以上かかるようならば、自分で解毒剤を作る。そうなれば…吾は自分で何をするのか、吾自身でも判らん」

 そう言ってテオは部屋を後にしました。
 ルイズは無言でテオと一緒に部屋を出ます。
 そして、サイトも少し思案した後、テオとルイズを追いかけて部屋を出ていきました。

 部屋にはモンモランシーとエンチラーダ、そして気絶したギーシュが残されました。

「…何なのアイツ。意味分かんない」
 そう言いながらモンモランシーは膝から崩れ落ちました。
 それも無理からぬことでしょう。
 文字通りの殺気を浴びせられ、もしかしたらテオに殺されていたのかもしれないのです。
 彼女にはなぜテオがああまで怒るのか、全くもって理解ができませんでした。

「無理もございません。あのお方がこの世の中で一番に嫌いなものの中に、惚れ薬があります。偽りの愛を強制的に与えるそれは、あの方にはとても不愉快なものなのです。それを『たかが惚れ薬』と断ずれば御主人様の心は冷静では居られないのでしょう」
 エンチラーダがそう言いますが、それこそモンモランシーには理解できませんでした。
 
 なぜそうまで惚れ薬を嫌うのか。
 確かに良い薬ではありません。モラルに反した薬だという自覚はモンモランシーにもあります。しかし、テオのあの様はあまりにも異常でした。

「何よ、どうせアイツ恋人なんてできそうもないんだから、ゼロのルイズとはいえ女に好かれるんだもの、喜びこそすれ、怒るなんてどうかしてるわ!」
「……………もしあのお方が今のルイズ様の気持ちに応えたとします。二人は愛しあいそれはそれは素晴らしいバラ色の時間が待っているでしょう」
「いいことじゃない」
「しかし惚れ薬は永遠の愛は与えません。何時か消えるべき愛です。薬の効果はいずれ消え。その時、ルイズ女史は簡単にご主人様を捨てるでしょう。いや、捨てなくて、慈悲の心で以て関係を続けるかもしれません。しかし、そこにはもはや愛など存在しないのです。ご主人様向けられていた愛は綺麗サッパリと霧散してしまいます」
「…」
 そう言われてモンモランシーはだまりました。
 恐らく、エンチラーダの言うことはただしいでしょう。
 
 惚れ薬の効果は一生ではありません。
 早ければ数日、遅くとも数年で効果は消えてしまいます。
 そうなればどうなるでしょう。
 ルイズが元からテオの事を好いていたならばともかく、そんな素振りが見えなかったルイズがその後もテオと付き合い続けるとはモンモランシーにも思えませんでした。

「そうなれば…かつてあの方が周りの人間にされたように。ご主人様が足を無くし、ご主人様に向けられていた愛を亡くした時と同じ絶望を、ご主人様は再度味わうことになるのです」
「…」
「ですから御主人様は惚れ薬という存在を許せないのです。そして、それを創りだした貴方もおそらくは許しはしないでしょう」
「…」
 そう言われて。
 モンモランシーは何も言い返せなくなってしまいました。
 
 惚れ薬は本当の愛を与えない。
 それはモンモランシーも理解していたことでした。
 人を振り向かせたいと思うことは、年頃の女性としては決して不思議な事ではありませんが、それでも、自分のしたことが、如何に非道なことかを口で言われ。モンモランシーは羞恥の気持ちでいっぱいになってしまいます。

「ちなみに言わせていただくなら、私も同じ気持ちです」
「は?」
「御主人様の苦しみは私の苦しみ。御主人様の怒りは私の怒り。解毒薬の作製ですが、できるだけ早急に事を終わらせることをおすすめします。私、正直今すぐにでも貴方をぶち殺したい気持ちを抑えつけるのに必死なのですから」
 そういうエンチラーダの右腕には、

 いつのまにやら『バールのようなもの』が握られていました。



 それを見てモンモランシーは、早急に解毒剤を作らないと本当に自分の命が危ないと理解するのでした。


◇◆◇◆


 部屋から出て、テオは大きなため息をつきました。
 テオ自身、自分の怒りように驚いていました。
 
 自分が惚れ薬のように人の心を操る物を嫌う事は自覚していましたが、よもやこうまで自身が激高するとは思っていなかったのです。
 
 或いは、ルイズが惚れ薬で惚れる相手がサイトであったのならば、テオもこうまで怒りはしなかったかもしれません。
 なにせルイズはそもそもサイトに対して好意を抱いているのです。
 薬の影響とは言え、元々あった心を更に強めるだけであれば、テオもさほどの不快感は感じなかったはずです。
 しかし、今のルイズは元々の感情をねじ曲げられ、無理矢理にテオを好きになっている状態なのです。
 
 無理矢理に作られた愛。
 しかも、それを向けられているのが自分であると思うと、それだけでテオは気が狂わんばかりに怒りがこみ上げてくるのです。
 
 ふと、冷静になったテオは、自分の利き腕が何時もより重いことに気が付きました。
 一体どうしたのだろうかと、腕を見ると。そこには今回のテオの怒りの原因そのものが絡み付いて居ました。
 
 そして、その原因ときたら。不機嫌極まりないテオに対して怯えずに。
 
「テオ、格好良かったわ!」
 この始末です。
 
 先ほどのテオの豹変ぶりにさえ、恐怖を感じるどころか『カッコ良い』と評する。
 あばたもえくぼとは言いますがこれは度が過ぎています。
 先程にしても、部屋の誰もが怯える中、ルイズだけはキラキラとした眼差しをテオに向け、テオの行動に酔っている様子でした。
 そんな様子のルイズを見てテオは大きなため息を一つつきました。
 
 愛のこもった眼差しを向けるルイズと。
 悲しみのため息をつくテオ。
 
 いまその廊下に置いて。二人の様子は見事に対照的でした。
 
 そしてそんな対照的な二人を目にして。
 その後ろに立つサイトは考察をしました。

 ルイズの異常。
 先程のテオとモンモランシーの会話を聞く限り、どうやら『惚れ薬』なる物が原因のようです
 惚れ薬がどのようなものなのかの詳細はわかりませんでしたが、その名前から文字通り人を誰かに惚れさせるものなのは間違いないでしょう。

 サイトは悩みます。

 はっきり言ってサイトはルイズを好いていました。
 どんなに邪険に扱われようと、どんなに理不尽な目に合わされようと、好きであると言う気持ちはごまかしようがありません。
 ですからこの状況に本当ならば嫌な気分がするべきところでしょう。
 実際、嘗てワルドがルイズの婚約者として現れた時、サイトは非常に不愉快な気分になりました。
 
 しかし、不思議なことに相手がテオであると、ワルドの時ほどの嫌悪感を抱きはしなかったのです。
 なぜ自分が嫉妬を覚えないのか。 
 その理由をサイトは自問して、
 そしてサイトは結論に至りました。
 
 つまり。
  
 サイトは信用していたのです。
 テオと言う人間が、あの時に見せたアノ怒り。
 ルイズの飲んだ薬に対して、アレほどの怒りを見せたテオならば。決してルイズに不埒な事はしないと。

 しかしそれでも、それでもサイトはテオに質問をしました。
 自分のその安心感が確実なものであるという保証を、彼の口から聞きたいと思ったのです。
「テオ?まさかとは思うが、ルイズの事…」
「ルイズのことが何だ…」
 相変わらずのドスの効いた声。
 正直、サイトは震えるほどにそれを恐ろしく感じました。
 しかし、それでもサイトは聞きました。
 その質問をしなければ一抹の不安が拭えないからです。

「その…そのさ、手を出したりしないよな」

 次の瞬間サイトの視界は反転します。
 サイトが自分が殴られたことに気がついたのは自分の体が地面にぶつかってからでした。

「貴様!吾を侮辱するのか」
「????!?!?!?」

 何が起きたのか、今ひとつ理解出来ないサイトは目を白黒させながらテオのほうを見ました。
 
「吾が、吾が、他人が惚れ薬を飲んだことを、これ幸いと、それを利用して肉体関係を結ぶような下衆だと、そう言っているのか」

「いや!ただ、俺は…」
「そんなことをするならば娼婦を買ったほうが何万倍もマシだ!!貴様それ以上吾を侮辱するならば、縊り殺すぞ!」
「その…悪かった」
 恐ろしい剣幕で怒るテオを見て、サイトは恐ろしく感じつつも一先ずの安心をしました。
 この様子ならばテオはルイズに対して性的な関係を結ぶような事は無いのでしょう。

 そして、そんな雰囲気にはそぐわない声が響きました。
「テオ!別にいいのよ!何が理由だろうが、これ幸いと利用すれば!」
 そう言ってテオに抱きつくルイズの様子を見てサイトは焦りました。
 
「ば!バカ!」

 今のテオに抱きつく。
 まるでテオの神経を逆なでするようなその行動。
 ルイズもテオに殴られるのではと思いサイトはとっさに二人の間に割り込もうとしましたが、
 サイトの予想に反してテオがルイズに対して暴力を振るうことも怒鳴り散らすこともありませんでした。
 
 テオはそっと優しくルイズの体を掴むと、そのまま自分の前に立たせ、そして諭すようにこう言いました。
「ルイズ、悲しい事を言わないでおくれ。人を好きになる理由が肉欲であるのは、とても悲しいことだよ」
 
 そのテオの見せる表情。
 それは今までサイトが、いえ、サイトを含め、学院の何者も見たことがない。慈愛に満ちたものだったのです。
 
 その優しい声色と、慈愛に満ちた笑顔に。
 正面に居るルイズはポウっと顔を赤くしてしまいました。

「うん」
 ルイズは顔を真赤にしたまま頷きました。

「……………」
 サイトはとても意外そうな表情でその光景を見ていました。 
 その光景は、サイトの想像を大きく外れていたのです。
 
 まるでさっきまでの怒りが嘘のようなそのテオの様子に、サイトは小声で彼に言いました。
「お、おい、どうしたんだよ。ルイズには…怒らないのか?」

 そのサイトの質問に対して、テオはルイズに聞こえないよう小さな声で答えました。
「はっきり言ってこの状況は大いに不満だ。腸が煮えくり返る。しかし、今回のこの件にかんしてはルイーズにさしたる罪は無い。いわば彼女は被害者でもある。好きでもない男を、無理やり愛させられることは。恐らく吾には理解出来ないほどにつらいことなのだろう、正直…どう接すればいいのか判らん」
 何処か苦悩に満ちたその声色に。
 サイトはどうしていいかわからなくなってしまいました。


 いえ。本当にどうしていいかわからない立場なのはテオでしょう。
 ルイズに絡みつかれ、それを不満に思いながらもルイズにはその不満をぶつけられません。
 なにせルイズは薬の被害者でしか無いのですから。

 テオはチラリとルイズを見ると、再度憔悴したため息を吐きました。

「とりあえず吾はもう部屋に戻る…疲れた。もう寝たい」
 そう言ってテオは部屋にもどろうとします。
 
 しかし。
 
「…」
「…」
「あの、ルイーズさん?」
「な~に?」
「なんで吾の腕を掴んでるの?」
 そういうテオの右腕にはルイズがしがみつくようにして掴まっていました。

「掴んじゃダメなの?」
「吾帰りたいんだが?」
「帰ればいいじゃない」
「離してくれない?」
「ヤダ」
「ヤダって…それじゃ吾が帰れないじゃないか。ルイーズ、離れてくれないか?」
「やだ!」
 ふりふりと首を振りルイズは駄々をこねます。

「頼むから離れてくれ」
 そう言ってテオはルイズを振りほどこうとしますが、
「ヤダヤダヤダ!絶対に離れないんだもん!」
 ルイズはテオにしがみつく力を強め離れようとしませんでした。

「いだだだ、なんという握力。かくなる上は…坊主、そっち引っ張れ」
「よしきた」
 そう言ってサイトが力ずくでルイズを引き離そうとしますが、
 
「うに~~~!!!」
「あだだだだ、腕が、腕がちぎれる。何この子、前世すっぽん?」
 ルイズは意地でもテオを離しませんでした。

「こりゃだめだな」
「…勘弁してくれ。貴様こいつの使い魔だろ。使い魔なら主人を何とかせんか」
「そう言われても、俺にだってどうしようも無いよ。これ以上強く引っ張ったらルイズの背骨が外れちゃうじゃないか。この年でヘルニア持ちとかになったら大変だろ?」

「なんか…こう、無いのか?使い魔にだけ使える、主人を眠らせるビームとか…」
「ねーよ。あったらもう使ってるよ、そういうテオこそ眠らせる魔法とか使えるんじゃないか?」
「確かに吾は眠りの魔法を使える……ルイーズが杖ごと掴みこんでいる腕を開放してくれたらな。ルイーズ、腕離して、ちょっと、一瞬で良いから」
 そう言ってテオはチラリとルイズを見ますが、
「ダメ」
 そう言ってルイズは首を振りました。
「そうだ…こんな時はエンチラー………ダはいまモンモランシーの監視してるし…。どうしよう八方ふさがりだ」
「もう諦めて一緒に生活したら?」
「そうよ!そうするべきだわ!そうなんだわ!」
 そう言いながらルイズはテオを掴んだままぴょんぴょんと飛び跳ねました。
 
「嫌だよ!なんで吾がコノ女と一緒に生活しなきゃいかんのだ!?」
「テオ私の事嫌いなの?」
 ルイズが泣きそうな声でそうテオに尋ねました。
 
 そしてその質問に対して。
「ええっと…わりと嫌い」
 テオは素晴らしくはっきりと。その本心を言ってしまったのです。
 
 テオはその言葉を発した瞬間、自分がまずい事を言ってしまったと思いましたが、口から出てしまった言葉を元に戻すことは出来ません。
 
 ルイズはテオのその言葉をばっちりと聞いてしまいましたし。
 そして、
「……うわーん」
 ルイズは鳴き出してしまいました。

「あーあ、泣いちゃった」
 サイトがテオを指さして言いました。
「まて、これ、吾が悪いのか?」
「悪いかどうかは別にして、テオが泣かせたのは間違い無いだろ?」
「うぐぐぐ…ルイズ泣き止め」
「わーん」 
「ほら…アメちゃんあげるから」
「うわああああん!!」
 テオの言葉に鳴き声を強めました。

「なぜ!?」
「なにしてるんだよ、そんな子供扱いしたらダメだろう!」
 つくづくテオは女性の扱いが下手なのだと、サイトは呆れました。
 
 泣き止まないルイズの様子に困り果てたテオは、とうとう直接的な行動に出ることにしました。
「くそう、こういう事はしたくなかったのだが…かくなる上は」
 そう言うとテオはルイズに掴まれていない方の腕をピンと上げると。
 勢い良くルイズの首筋に向かって振り下ろしました。
 
「ウゴ!」
 テオの手刀は見事にルイズに当たり、ルイズはその場にドチャリと崩れ落ちます。
 まるで武術の達人のような当身。
 よもやテオはこんなことも出来るのかと、サイトは感心した視線を彼に向けたところで。
 
 床に倒れたルイズが頭を抱えながら起き上がりました。
「あいたたたた」
「気絶してねえ!」
「気絶?するわけ無いだろ?」
「え?こういうのって、叩いたら気絶するもんじゃないの?」
「気絶するような強さで殴ったら危険だろうが…とにかくこれで吾の腕は自由になったわけで…」
 そう言って彼がモニュモニュと呪文を唱えると。

「いったい何が…グウ」
 ルイズはそのまま眠ってしまいました。

 テオは眠っているルイズの襟を掴むとそのままサイトの方へと彼女を投げわたしました。 
「うわ、危な!」
 サイトは飛んできたルイズを力いっぱいキャッチします。
「そいつを部屋に連れて行け。解毒薬ができるまで何処かに縛っておいたほうが良い、起きたら暴れだすだろうから、貴様がしっかりと監視しておけ…頼んだぞ」

 ビシッとサイトを指さして。
 テオはそう言いました。

 指さされたサイトは大層に驚きました。
 
 テオが今言った言葉。
 
 『頼んだぞ』

 よもやテオの口からそんな言葉が出るとは思いませんでした。
 特にサイトに対してそれが言われるなんて。
 
 そんな言葉が出てくる程に、テオはその状況に疲れており。
 それは、疲れ果てたテオがつい言ってしまっただけの言葉でしたが、それでも。
 サイトは嬉しくなりました。
 
 テオに頼られる。
 
 それは、ある意味で、サイトが認められたということでもあります。
 それが兎角嬉しくて、ルイズを縛り付けるというとんでもない要求にも、サイトは。
 
「任せとけ」
 
 その期待に答えるべく、真面目な表情でそう答えました。
 

◇◆◇◆


 サイトの監視故か、それともテオの魔法が強力すぎたのか。
 ルイズはその日テオの部屋に現れるような事はありませんでした。
 
 それでもテオはいつ何時、ルイズが自分の部屋に訪れるかと不安でした。
 ですから、彼は自分の部屋のドアに何重にも固定化とロックの呪文をかけました。
 
 そして、その魔法がかけ終わると同時に飛び込むようにベットに入り込みました。
 テオの精神はもう限界でした。
 とにかく現実から逃げて夢の世界へと入ろうと彼はそのまま眠ってしまいます。
 
 次起きた時、少しでも事態が好転していますようにと。
 淡い期待を抱きながら、彼の意識は落ちて行きました。
 





 腕に重みを感じてテオの意識は夢のなかから半ば現実の世界へと戻されました。
 窓から聞こえる鳥の声から、テオは自分が長いこと寝ていた事を悟ります。

「…こら…エルザ…くすぐったいぞ…」
 テオは目を閉じたまま気怠そうにつぶやくと、手を伸ばして自分の隣にあるその小さな体を抱き寄せます。

 そして、テオはその感触が、いつものエルザのそれと違うことに気が付きました。
 
「…!!…誰だ!貴様!」
 テオは意識を覚醒させ、大声でそう叫びながら両目を開けました。

 そして、彼の両目に入ってきた人物。
 その傍らにいたのはルイズでした。
 
「ル…ルイーズ?」
 テオは兎角混乱しました。
 
 目の前にはルイズ。
 それも、テオの胸に顔をうずめるように寄り添っています。
 それもそのはず、ルイズを抱き寄せたのは他でもないテオ自身なのです。
 薄衣の寝間着姿の彼女はテオを見ながら笑っていました。
 
「おはよ、テオ」
「ルイーズ…どうやって忍び込んだ?」
「忍びこむ?普通にそこの扉から入ったわ?」
「扉?ひょっとして鍵を開けたのか?鍵はエルザとエンチラーダしか…アンロックの魔法?しかし何重にもロックをしていたはず…」
「アンロック?違うわ、そんな魔法使ってないもん」
 そう言ってルイズが部屋の入口を指さすと。
 何ということでしょう。そこには見事に瓦礫と化した扉がありました。

「扉にディテクトマジックを使ったら『なぜか』ああなっちゃったの」
 ペロリと舌を出しながらルイズはそう言いました。
 
「…なんて大胆なリフォームをしてくれたんだ君は」
「ごめんねテオ、でも、テオって少しばかり開放的になったほうがいいと思うの。テオっていつも自分の世界に入り込みがちなんだもん。ちょっとは周りに目を向けないと。特に私とか、私とか、私とか、私とか。…あと私とか」
「…そもそも君はなぜ吾の部屋にいるのだ?」
「いちゃダメなの?」
「ダメではないが……いや…ダメだ…ダメだろう。ダメなんじゃ…ないかなあ。年頃の男の部屋に忍びこむなんて淑女的では無いこ…」


「ああああ!!!」
 突然大きな声が部屋に響き渡りました。

「テオが…起こされている」
「エルザ…」
 声の主はエルザでした。
 
 朝、テオを起こすのはエルザの大切な日課です。
 今日も今日とてその日課を果たそうと部屋に来てみれば、そこにはすでに起きているテオと、テオに寄り添うピンクの髪がありました。
 自分の仕事と居場所を奪われたエルザの心中は穏やかでは要られません。

 エルザ怒りの形相でルイズを睨みつけるとこう叫びます
 
「この泥棒猫!」
「お前、何処でそんな言葉覚えた?」

「テオは私が起こすの!頭ピンクの小娘は引っ込んでなさい!」
 そのエルザの言葉にゾクリ、とテオは不安を覚えました。

 惚れ薬の症状。

 惚れ薬は理性を無くします。
 正確には理性を消すわけではありませんが、理性以上に感情を優先させるようになるのです。
 
 昨日のルイズの様子が良い例です。
 
 そしてその優先される感情とは恋愛感情だけではありません。
 恋愛感情に付随する色々な感情もまた、抑えることができなくなるのです。
 
 例えば嫉妬。
 特に惚れ薬で増幅された恋心が呼び出す嫉妬は常軌を逸したものになりかねません。
 そんな惚れ薬を飲んだルイズに対しての、エルザの発言は正に挑発とも言えるものでした。
 
 嫉妬を覚えた人間の行動は短絡的になりがちです。

 例えば暴力。
 嫉妬に心を任せ、人に暴力を振るうと言う事例は古今東西多々あるのです。
 いえ、暴力で済めばまだ良い方で、
 或いは殺してしまいたいとすら思うかもしれません。
 
 
 そして、
 虚無に目覚めた今のルイズにはそれが可能なのです。
 
「ルイーズ!」
 テオは慌てて、ルイズの方に振り向き、彼女の反応を見ました。
 そして、テオが見たそのルイズの表情は。





 微笑みでした。
 
 しかもそれは、本当に、心から微笑ましいものを見るような。
 そんな微笑みだったのです。 
「え?」
「ふふふ、ごめんなさい、エルザ。でも私もテオを起こしたかったの。別に貴方のことが嫌いで意地悪したわけじゃないのよ?」
 笑いながらルイズはそう言いました。
 その言葉には挑発めいたところは無くて、本当にエルザに対して好意を向けている風でした。

 そのルイズの反応に、テオとエルザは唖然としてしまいました。
 
「あの…ルイーズさん?怒ったりしないの?」
 テオがそう尋ねました。
 
「怒る?なんで?」
「いや、エルザの言動に…」
「だって子供のすることじゃないの。テオがこの子を好きだってことは知ってるけれど、それはあくまで『家族』として好きなんでしょう?」
「…そうだが」

 ルイズの言うとおり、テオがエルザに対して抱いている好意は、異性としてのそれとは別物でしたが。それをルイズが理解し納得出来るとは思っていなかっただけに、テオはルイズの様子に困惑しました。

「もし、これがキュルケとかタバサだったら私も怒ったり、ワガママを言ってテオの気を引いたかもしれないけど…、テオの家族に掴みかかるような事はしないわよ」
「そうか」
「だって、テオの家族は私の家族でも有るんですもの」
「「え?」」

 そう言うと、ルイズはエルザの方を見て、こう言いました。
「エルザ…私のこと…『ママ』って呼んでも良いのよ?」
 エルザは口を大きく開けて絶句しました。
 
「ね?『パパ』」
 テオは口を大きく開けて絶句しました。
 
「素敵ね。愛しあう二人の夫婦と、小さな一人娘に貞順なメイド。それって理想的な家庭だと思わない?」
 そう言ってルイズはニコニコと笑うのでした。
 
 そのルイズの調子に。
 エルザは得も言われぬ恐怖を感じます。
 それは今まで戦ってきた如何なるメイジにも如何なる幻獣にも感じたことのない恐怖でした。
 嘗てエンチラーダに抱いた恐れとは違う。それでいてそれと同等の恐ろしさを感じたのです。
 
 そして、そんな恐怖に対してエルザがとった行動は至極単純な物でした。
 
 それは逃走です。
「テ…テオ、私急用を思い出したのでおいとまするわ!」
 そう言ってエルザはその場から逃げようとします。

「あ、エルザ、逃げるな!吾を一人にしないでくれ!」
 そう言ってテオはエルザを引きとめようとしますが彼女はそれを聞き入れません。
「じゃあねテオ!その人が正気に戻ったらまた会いましょう」
 そしてエルザは振り向かずにその部屋から走って出ていってしまいました。

「まあ、あの子ったら、私達に気を使ったのね?」
 そう言ってルイズはクスクスと笑いました。

 そんなルイズの様子を見て。
 
 
 
 
 
 テオはため息をつくと、ルイズに向かって言いました。

「ルイーズ」
「なあに?テオ」
「色々と注意したいことがある。
 扉を壊すなとか、
 吾の部屋に勝手に入らないで欲しいとか、
 吾をパパと呼ばないでとか、
 色々あるが、まずは何より絶対に改めて欲しいことが一つある」
 
 
「何?」



「下着は履いてくれ」




◆◆◆用語解説


・早急に解毒薬
 解毒薬を作るには、そもそも使われている毒、つまりこの場合は惚れ薬がどんなものであるかを解明しなくてはいけない。
 惚れ薬と一言に言っても色々な種類が有るだろうし成分は様々だろうから、解明は並大抵のことではないだろう。
 だからテオは自分で解毒薬を作らずモンモランシーに作らせることにした。
 
・コメツキムシ
 裏返すと飛び跳ねる楽しい虫。

・バールのようなもの
 しばしばフィクションに登場する架空の武器の一つ。登場頻度から、恐ろしく強力な武器であることが想定される。
 その独特の名前から、ソロモン72柱の魔神の1柱である「バアル」と何かしらの関連を示唆する研究者もいる。

・あばたもえくぼ
 電子妖精。ちなみに父親はアタルモハッケ、母親はリョーサイケンボ、姉にヒクテアマタ、弟にケンモホロロが居る。
 …と言うのはまあアレで、実際は好きになった人なら、あばた〈顔の出来物やその跡〉があってもえくぼのように見えることから、他の人が見ると欠点でも、好きになったらとことん良く思えるということ
 
・すっぽん
 トイレのあのアレのこともスッポン〈正式名はラバーカップ〉というが、この場合のスッポンは爬虫綱カメ目スッポン科キョクトウスッポン属に分類されるカメ。
 直ぐに噛み付く習性と、一度噛み付いたら中々離さない習性を持つ。
 主にアジアに生息し、スッポン自体はヨーロッパにはいないが、スッポン科の亀は世界中に分布している。

・当身
 本来古武術や武道で急所を「突く・殴る・打つ・蹴る・当てる」などのことを当身と言っていたが、近年では、映画や漫画などで相手を気絶させるシーンなどにより、当身=相手を気絶させる技と思われている節がある。
 勿論当身の中にはそういう技が有るらしいので必ずしも間違いと言い切れないのだが。
 ちなみに首の後を叩いて相手を気絶させることは、可能ではあるが非常に危険で難しいのでお勧め出来ない。

・大胆なリフォーム
 なんということでしょう匠は大胆にも扉を吹き飛ばし部屋は見違えるような開放感に包まれています。
 
・この泥棒猫!
 パートナーを寝取られた女性が、その浮気相手の元に行き、対面する間もなく噛みつくように言う言葉。
 なお、言葉を発する際には、『ビンタ』『胸ぐらをつかむ』『包丁持参』等のオプションが付く場合が多い。
 
・パパと呼ばないで
 独身男のテオは吸血鬼のエルザを引き取る。子供の扱いがわからず、とまどうテオだったが、次第に情が通い、エルザはかけがえのない存在になっていく。そんなハートフルストーリー。



[34559] 27 テオとルイズ3
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2013/02/27 00:56


 テオは女性が苦手と言うわけではありませんでした。
 女好きではありませんでしたが、同時に毛嫌いしていると言うわけでもありません。
 テオは女性を前にしても自分のペースを崩すことはありませんでした。

 たとえテオに関係を迫ってくる女性であってもです。
 テオに対して性的なアプローチをしてくる女性は今までに居なかったわけではありません。
 その大半はテオの力や財産などを目的としていましたが。中にはキュルケのように利害なしでテオを誘惑する者もおりました。 
 しかし、そんな女性達に対しても、テオが戸惑ったりしたことはありません。むしろ独特のペースで、相手のペースを乱すのです。
 

 そんなテオは今、女性を前にペースを崩していました。
「ルイーズ君?あの、なんでまた…にじり寄ってくるんだね?」
「だってテオの側に居たいんだもん」
「それにしても近すぎだと思うのだが…」
「そんなことないもん」
 そう言ってルイズはベットのテオに覆いかぶさるように接近してきました。
 
「その…なんだ。出来れば吾と距離を置いてくれると嬉しいんだが」
「ヤダ」
 にべもなくルイズはテオの頼みを断ります。

 そしてついに。
「えい!」
「ぐえ!」 
 ルイズはテオに抱きついてしまいました。

「テオ、今の私達ってまるでラビオリみたいね…布団に包まれて、まるで一つの具材になったみたい」
「また斬新な例えを…とにかく布団から出るぞ」
 そう言ってテオは布団をはだけました。
「グブチュ!ビチャア!」
「擬音リアルだな!破けて中身が飛び出る音の再現とか、芸の細かさに少し感心するぞ!」

「うふふ、二人一緒にベットから出る。まるで新婚夫婦みたいね」
 テオは辟易としました。
 もし、目の前のこの女を力任せに殴り飛ばせればどんなに幸せでしょう。
 
 しかし、テオはそれをしません。
 それができません。
 もし、ルイズに何か打算があったり、或いはからかい半分でテオに絡み付いているのであれば、テオも容易にそれをいなすことが出来たでしょう。 
 しかし、今のルイズは薬でテオを心から好きになっているのです。

 だから…。
 
 
「……だから?」
 そこでテオは自問しました。
 なぜ?
 なぜ自分はルイズを無理矢理にいなせないのだ?
 
 確かにルイズは被害者です。
 彼女に罪はありません。
 
 しかし。
 相手に罪があろうと無かろうと、自分の我を通すのがテオ流です。
 淑女に手を上げるのは貴族的ではありませんが。それでも、貴族の流儀に反しない範囲でルイズを拘束する方法が無いわけでもありません。
 
 なぜ自分が目の前の小娘を自由にさせておくのか。
 
 テオは自身で不思議に思い…。
 

 ピッン!
「あいた!」
 鼻に強い衝撃を感じてテオは現実に引き戻されました。
 
 ふと見ると、ルイズの指が鼻の真上に来ています。
 どうやら彼女がテオの鼻を弾いたのでしょう。
 
「テオったら、朝から難しい顔しちゃうんだもん。それ、貴方の悪い癖よ?自分の世界に入り込み過ぎるの。テオはもう少し違うことに興味を持つべきよ…そうね。特に恋なんかに興味を持つべきだわ」

 ルイズのその言葉に、テオは少し顔を歪めました。

「ルイーズ。それは無理なことなんだよ」
「?」
「ルイズ、吾はね。この全世界の如何なる人間とも、恋に落ちるつもりは無いのだよ。ましてや愛なんて幻想にすがるつもりは全くもって無いのだ」

「また、そんなことを言う。テオ。愛は有るわ!私が保証する!なんてったって、その愛は!今の私の中に有るのよ!」
 そう言ってルイズはドンと自分の胸をたたきました。

「確かに君の心のなかには、永遠とも思える感情が芽生えているかもしれない。しかし、しかしそれは愛ではないのだよ」
「嘘よ。これが愛じゃないのならば世界に愛なんて存在し得ないわ」
「そう……まさしくそのとおりだよ」
 何処か寂しそうに、テオはそう言いました。
 
「確かに君のそれは愛に近い感情だろう。無を焦がすような劣情。しかしその感情も所詮は一刻のものにすぎない。ある日突然浮かんでは、泡沫の夢のように消えてしまう感情だ。偽物だよ。
 だが別にそれは変なことではない。
 君にかぎらず、すべての愛なんてものは偽物に過ぎないのだよ。
 永遠にして絶対の愛なんてものはお伽話の世界にしか存在し得ないのだ」
「偽りなんかじゃないもん」
 ルイズはテオを見ました。
 
「この気持、嘘なんかじゃない。だって、私テオを見てるとすごくドキドキするもん。それだけじゃなくて、息苦しくて、どうしようもなくなっちゃうの。薬なんて関係無い。断言する」
 そのルイズの言葉に、テオは。
 
 テオは。
 
 とても悲しそうな顔をしました。
 それは、まるで今にも泣きそうな程に。
 
 
 そしてテオは不思議に思いました。
 自分はなぜこんなにも悲しい気持ちになるのか。
 昨日のように怒りが沸き起こるのならばまだ理解の範疇です。
 しかし、なぜか自分はどうしようもなく悲しい気持ちに襲われています。
 
 その原因が解らず。テオは只々その顔を歪めることしか出来ませんでした。
 
 
 そんなテオの顔をみて、ルイズはテオの顔を心配そうに覗きこみます。
「どうしたの?テオ。どこか痛いの?大丈夫?お医者様を呼ぶ?」
「あ…ああ。大丈夫だ。ルイーズ。何、直ぐに治るとも。具体的にはモンモランシーから薬を貰えばそれで万事解決だ」
「薬?それでテオは治るの?じゃあ急いで薬を貰わなくっちゃ」
「ああ、そうだな、一刻も早く薬をもらおう。それが…一番だ」

 そう。
 
 モンモランシーから薬さえ貰えば。
 ルイズが正気に戻り、この状況が解消されれば。
 自分のこの不快感は直ぐに消え去る。


 もう少しの我慢だ。 
 テオはそう自分に言い聞かせ。
 
 無理矢理に笑うのでした。


◇◆◇◆


 魔法学院の廊下は騒然となりました。
 

 それは異常な光景でした。 
 ルイズがテオと廊下を進んでいます。
 いえ、それだけならばまだ異常とは言えませんでしたが、今のルイズときたらまるで恋人のようにテオにベッタリと寄り添っているのです。
 
「「ヒソヒソ」」

 その様子を見た者は須くその様子に驚き、そして他の者とその状況について小声で話始めます。
 幸いだったのは朝も早く、廊下には未だメイドしかいないということでしょうか。
 もしもこれがもう少し遅い時間で、その様子が生徒たちに見られていれば学園は大騒ぎになっていたに違いありません。

「あの…その…テオフラストゥス様…ルイズ様おはようございます」
 シエスタが目を真ん丸に見開きながらテオとルイズに挨拶をしました。
「…うむ…おは…よう」
「おはようシエスタ」
 ルイズはにこやかにそう挨拶をしました。
 
 シエスタは驚きました。
 今のテオとルイズの状態にもですが、それ以上にルイズのにこやかな挨拶に驚きました。
 何時ものルイズであれば、シエスタに対してもっと不機嫌そうに挨拶をするはずなのです。
 なにせシエスタは最近サイトと中々良い雰囲気になっています。それこそ、あと一歩で恋人同士になりそうなほどに。
 それが非常に不愉快であるらしいルイズは、シエスタに対して非常に不機嫌そうな反応をするのです。
 しかし、今日のルイズときたら、テオの腕にしがみつきながら、まるで長年の友人に挨拶をするかのような笑顔でシエスタに挨拶をしています。
 
 そして、そんなルイズの様子に驚いていたのはシエスタだけではありませんでした。
 テオも驚いていました。
 
 実の所テオはルイズが、自分と接する異性に誰かれ構わず噛み付くのではないかと危惧していました。
 ただでさえ直情的なルイズです。惚れ薬などを飲めば彼女の行動は更に攻撃的になるのだろうとテオは考えていました。
 ルイズ以外の女性と会話でもすれば即座に虚無の魔法が飛んでくる覚悟までしていたのです。
 しかしルイズはテオが他の女性と話をしてもその表情を崩すことはありません。
 意外なほどにルイズは理性的でした。
 
 
 というのもこれには理由がありました。
 
 なぜなら。ルイズは知っていたのです。
 テオという人間が、メイドや使い魔に対して欲情しない人間であることを。
 彼は好きという感情こそ持ちながらも、それが恋愛感情へと発展するようなことが無い人間で有るということを。
 そして実際、テオはシエスタを目の前にしても、全く男性的反応をすることはありませんでした。
 
 普通年頃の男性であれば、見た目それなりに麗しい女性を前にした際、相手の胸元や足に視線が行ったり、或いは表情に何処か好色の色が浮かんだり、声が少し変わったり、機嫌が少し良くなったり。兎にも角にも何かしらの反応が有るはずなのです。
 しかし、テオはシエスタに対して、一切、その態度や表情を変えることはありませんでした。
 
 本当に、心の底から。シエスタに対してメイドであると言う以上の価値を見出していないのでしょう。

 ですからルイズは嫉妬をすることはありませんでした。
 恐らく、ルイズはシエスタに限らずテオの周りに別の女性が現れてもさほど気にはしないでしょう。

 もしルイズが嫉妬を覚えるとしたら、それはルイズのライバルと成り得る存在。
 つまり、テオの恋愛対象となりうる存在に対してだけなのです。

 そして、少なくとも、学院の生徒やメイドの中には、テオの恋愛対象になりそうな人間はおりませんでした。 
 
 
「あの…ルイズ様…どうかしたんですか?」

「どうか?いえ?別にどうもしないわよ?あ、いいえ、違うわね。どうかしてるかも。なんてったってどうかしてるくらい気分が良いんだもん」

 そう言ってルイズはテオに絡めて居る腕のちからを強め、そのままテオにもたれかかるように身を近づけました。
 そんなルイズの様子にシエスタは言葉に出来ない恐ろしさを感じました。

「あ…あの、テオフラストゥス様?」
 ルイズに語りかけることが怖くなったシエスタは、隣に居るテオを見ましたが…。

「…」
 テオは死んだ目で遠くを見ていました。
 
「あ…あの…」
「聞くな。何も言いたくない」
 遠くに視線を向けながらテオはそう言いました。
 
 聡明なテオは理解していました。
 此処で本当の事を言えばどうなるかを。
 ルイズが事故で惚れ薬を飲み、そして事故で自分を見てしまった。
 それを此処で説明したらその後どんな噂が立つのかを。
 
 もし、これがシエスタと自分だけであれば、テオも自分とルイズに起きたことをそのままに話すでしょう。
 シエスタはとても素直ですし邪推と言うものをしない人間です。
 しかし、シエスタ以外の人間はそうではありません。
 例えば、今この場でテオ達の会話に耳を向けている他のメイドや、シエスタの口から今後この状況を聞く人間。
 その人間達は一体どう思うでしょう。
 
 或いは、テオの言葉をそのまま信じるかもしれません。
 しかし、中にはそれを歪曲して理解する者も居るでしょう。
 
 例えば、女に縁の無いテオが、ルイズに惚れ薬を使った。
 例えば、テオは惚れ薬を作り、それをルイズで実験した。
 例えば、テオは日頃気に入らないルイズに仕返しのつもりで惚れ薬をルイズに使った。
 
 そんなことを考え、そしてそれが噂になるかもしれません。
 
 他人の評価をあまり気にしない質である、テオですが。
 それでも、自分が惚れ薬を作ったと思われるのには我慢なりませんでした。
 
 自分がこの世の中で有数に嫌いな存在を、自分自身が生み出したと、そう認識されるなどテオに取って我慢出来ないことだったのです。
 
 だからテオはその口から事の顛末を語りはしませんでした。
 彼の口からは、ただ、魂が抜き出るような大きなため息が出るばかりです。
 
「はあぁぁぁ……………鳥になりたい」
「鳥?まあ素敵ね、オシドリ夫婦ってとっても素敵な響だと思わない?」

 その二人の対照的な様子に、シエスタは本格的に怖くなってしまいました。

「あ…あの、私、朝の仕事がありますので…それじゃ!」
 そう言ってシエスタは逃げるように何処かへと消えてしまいました。
 
 
 そして、廊下から姿を消すシエスタと、ほぼ入れ違いで現れる影がありました。
 
 それは廊下の反対側から現れたサイトでした。
 サイトはテオとルイズの存在を目視すると手を振りながら大声で彼らを呼び止めました。
 
「あ、ルイズ、やっぱりテオのところに居たのか!」
 そう言いながらサイトは二人の元に駆け寄ってきます。

 そんなサイトを見て。 
 テオの脳内に昨日のサイトの言葉がリフレインされます。

 ルイズを監視しておけと言ったテオに対し。親指を立てながら、凛々しい笑顔で放たれたその言葉。

 「任せとけ!」
 
 しかし今テオの隣には、サイトに任せた筈のルイズがベットリと張り付いています。




 任せた結果がこれだよ!

 テオはとても腹が立ちました。
 テオはサイトに文句の一つでも言ってやろう…いや、魔法の一つでもぶつけてやろうと杖を持ちながら口を開き、
 

 途端。
 
「私のテオに近づくなあああああぁぁぁ!!!」
 ルイズが吠えました。




「なぜこいつに過剰反応する?」
 ルイズの剣幕にテオが驚いた声をあげました。

「え?ルイズどうしたんだよ?」
 サイトも突然怒鳴ったルイズに目を丸くしています。
 

 そしてルイズは大きな声で叫びました。
「アンタ!私のテオを狙ってるんでしょ!!!」

 そう。
 ルイズが嫉妬を覚えるのは、テオの恋愛対象となりうる存在に対してだけなのです。

「「ねーよ」」
 サイトとテオの二人の声が重なりました。

「ネタは上がってんのよ!テオに色目なんて使っちゃって!」
「使ってねーよ!」
「どうかしら、なんか私の知らないところで友情とか深めてるみたいだし!なんか妙に息があってるし!しまいには私を置いてテオと旅行に行く始末!決定的なのは昨日!私がテオの部屋に行こうとしたらサイトは私の邪魔をするし!怪しい!怪しいのよあなた達!!!テオ!ダメよ!ダメだからね!男となんて非倫理的だわ!」

「「「「「ヒソヒソヒソヒソ」」」」」
 
 ルイズの叫び声を聞いて、
 周りにいたメイドたちがすごい勢いで何やら囁きあい始めました。
「何やら良からぬ噂がとてつもない速さで広まっている予感がする…」

 自分の認識がとても面倒な物になりつつあると察したテオは頭を抱えました。
 テオが他人の評価をあまり気にしない質とは言えど、ありもしないサイトとの仲を邪推されるのは非常に不快です。

「ルイーズ、確かに吾は愛を否定したよ、しかしね、だからといって吾が衆道の道に走っていると邪推するのは止めてくれないか?しかもだ、よりによってコノ糞餓鬼と?何が楽しくてコノ糞餓鬼を好きにならんといかんのだ、むしろその対極の感情をこいつに対しては抱いているよ」
「じゃあテオが好きなのは!?」
「え?」
「サイトが一番で無いならば、テオが一番に好きなのは?」
「いや、一番とか言われても、別に好感度に対して順番を決めるものでも無いし」
 困った様子でテオがそう言いますが、ルイズの追求は止みません。
「ごまかさないで教えて!テオが一番に好きなのは!?」
「いや…別に…強いて言うのならばプリンが一番好きだが…」
「わかったわ!!」

 そう言うとルイズはピョイとテオの腕から離れて何処かへ行こうとします。

「ルイーズ。一体何処に行こうとしているのだね?」
「ちょいと厨房を破壊しに…」
「待て待て待て待て!!!厨房を破壊しても何もならないぞ!」
 慌ててテオはルイズの腕を掴み彼女を止めました。

「そうよね、それでテオが私を好きになるわけじゃないわね。まず私がプリン以上に魅力的にならないと!でもどうすればなれるのかしら、カラメルソースを頭からかぶれば良い?」
「いや………別にカラメルを頭からかぶったからって好感度が上がるわけではないし…と言うか、普通に引くと思う」
「ルイズ…あの、プリンに対抗心を燃やすのは人間として間違ってると思う…」
 サイトがそうやってルイズをなだめようとしますが、サイトの言葉はルイズにとって挑発にも受け取られました。

「何よ!その余裕の態度!テオにプレゼントをもらってるからって、もうテオの心を手に入れたつもり!?」
「プレゼントって…あの剣か?」

 あの役に立たない銀の剣をプレゼントと称するならば確かにテオはサイトにプレゼントをしました。
 しかし、アレはあくまでテオがサイトに対して行った嫌がらせに過ぎませんし、そこに善意の気持ちはひと摘みも有りはしませんでした。
 しかし、ルイズはそのテオのプレゼントに対して大いに嫉妬をしたのです。
 
「私はまだテオから何のプレゼントももらってないのよ!」
「そりゃあ…そうでしょうよ?」
 そう言ってテオは頭を抱えました。
 眼の前でプリンやサイトに対抗心をむき出しにするルイズに心底辟易としたのです。

 そんなテオの様子に、ルイズは慌てました。
 テオを好きになっているルイズはテオが落ち込む様子を見たくなかったのです。
 だから彼女は怒りを引っ込めて、彼を励ますように語りかけました。
「あ、でも、別にテオを攻めてるわけじゃないのよ。その、ちょっと言ってみただけなの。私解ってるんだもん。ただ、要求するだけなんてとても浅ましい事だって。
 与えられることを待ち続けるのじゃなくて、与えあうのが愛しあう者の正しい姿よね。
 そうだ!忘れるところだった。じつは私のほうからテオにプレゼントが有るの!」
 そう言ってルイズは何処に隠していたのか、突如としてあるものを取り出しました。
 
「じゃ~ん!」 
 そう言って彼女が取り出した物を見て。
  
「何だこりゃ」
 思わずサイトはそう言ってしまいました。
 それは毛糸が複雑に絡まりあった奇っ怪なオブジェでした。
 
 いかんとも表現しがたい形をしたそれは、強いて言うのならばバージェス動物群や澄江動物群の生物に似ていました。
 ユンナノゾーンかレアンコイリア当たりに似ているような気もします。
 
 ゴクリとサイトは唾を飲み込みました。
 ルイズは一体全体どういう意図があってこの謎の固まりをテオにプレゼントしたのだろう。
 或いは、これはプレゼントをくれないテオに対する遠まわしな嫌がらせの類なのでは無いのか?
 
 そう思いながらサイトがテオの方を見ると、
 テオはその固まりを手にしながらこう言いました。
 
「なんぞ…この素晴らしい物は!」
「え?」
「この奇っ怪なフォルム。網目に込められたストレス、禍々しいまでのオーラ。吾はこのような素晴らしいものを今まで見たことが無い!」
 そう言いながらテオは震える手でその毛糸の塊を手に取ると、感動に打ち震える声で叫びました。

「ルイーズ、許して欲しい。正直今日この瞬間まで吾は君のことをただのピンクの髪の毛のヒステリックなだけが取り柄の小娘だと思っていた、はっきり言って吾の中で、君はそこら辺に落ちている馬糞と同等の価値と認識していた」
「非道い評価だなおい」
 テオのその評価にサイトが思わずそう言いました。
 
「しかし、その認識を改めよう、君にこんな才能が有るとは、如何にも素晴らしい芸術じゃあないか」
「…テオ…それ、一体何に使うものなんだ?」
 テオがこんなにも感動するのだから、きっと凄い用途に使うものなのだろうとサイトは彼にその使い方を尋ねますが、テオは首をかしげながらこう答えました。
「知らん」
「え?」
「前衛オブジェじゃ無いのか?でなければご神体とか?いや、吾が知らないだけでルイーズのご実家の辺りに居る希少な生物を模した人形とか?」
「違うもん…それ…セーターだもん」
 ちょっぴり悲しそうにルイズがそう言いました。

「「…セーター?」」
 テオとサイトは再度その物体に目をやりました。

「セーターか…」
「セーターか?」

 二人はそれをよくよく目を凝らして見なおしてみますが、どう見てもそれはセータには見えません。
 と言うよりも衣服には見えませんでした。無理に衣服の類だとするのであれば、それは拘束着が一番近いフォルムだと言えるでしょう。

「ねえ、着てみて」

「着るの?これを?」
 サイトは信じられないという声を上げました。
 眼の前の毛糸の塊。
 どう考えても人間が着る構造になっていません。

 いや、そもそも、構造云々以前に着るには余りにも見た目が奇っ怪な形です。
 誰もいない室内ならばともかく、他人の目のある廊下でそれを着るのは一種の拷問のように思えます。
 少なくとも自分なら恥ずかしくてとても着られやしないと思いながらサイトがチラリとテオの方を見ると。

「こうか?」
 すでにそれを着ているテオがいました。
「お前すごいな!」
 思わずサイトはそう叫んでしまいました。
 なんの躊躇もなく天下の往来でそれを着れるテオの神経にサイトは度肝を抜かれました。
 そしてテオの口からは更に信じられない言葉が飛び出ました。
「ふむ…アリだな」
「アリなの!?」
 まるで羽化直前の蛹のような格好になったテオから発せられたアリという言葉にサイトは驚きました。

「フィット感が凄いぞこれ。なんだか新感覚で悟りが開けそう」
「それ首しまって酸欠になってるからじゃないか?」
 テオの様子をよく見てみると、首が締まっているせいか妙に目がうつろな上に顔が青白くなってきています。

 そして、サイトはふと考えました。
 そのセータらしきもの。
 どう考えても昨日一晩で作られたものではありません。
 編み物なんてしたことの無いサイトですが、編み物を編むのは時間がかかる作業だということくらい知っているのです。
 ということは、その毛糸の固まりは、ルイズが惚れ薬を飲むよりも前から作られていることになります。

 だとすると。
 本来その不思議な服はだれのために編まれたものでしょう。
 いえ、たとえそれが誰かに着せるために作ったのでないとしても、作ったからには誰かに着せたくなるのが人情です。
 で、あればを着るはめになっていたのは。
 恐らくルイズに一番近い人間。
 
 つまりは。

 俺!?
 
 そう思うと、サイトはブワリと全身から汗が出るのを感じました。
  一歩間違えればあの酸欠で逝きかけていたのは自分だったのかもしれないのです。
「危ないところだった…」
 誰にも聞こえないよう小声でそう呟きながら、サイトはブルリと体を震わせました。

 そんなサイトの様子とは別に、ルイズの様子はとてもゴキゲンでした。
 自分の作ったセーターはテオの絶賛によって迎えられ。更にはそれを躊躇なく着てもらった結果、その評価もかなり良いものでした。
 
 もうルイズの心は爆発せんばかりの歓喜に包まれ。そして、ルイズの体は思わず動いてしまうのでした。
「テオ!」
「うお!ルイズ、離れてくれ!…ただでさえピチピチなのでこれ以上締め付けられると色々出てしまう」
 急にルイズに抱きつかれたテオはそう叫びますが、ルイズの抱擁は止まりません。

「やだ!今日はずっとこうしてるの!」
「まったく、かくなる上はまた眠りの魔法を…
 ……しまった!腕が出なくて身動きが取れない!!これじゃ魔法も使えやしない!」
 ルイズ特性の拘束着をホイホイ来てしまったテオは、魔法を封じられ、ルイズを引き離すことができなくなってしまいました。
 
「てお!テオ!テオ!テオ!」
「くそう、こんな芸術的な拘束をするなんて。勿体無くて破ることができないうえに、脱ぎたくないとすら思わせる。まさかそこまで計算して作られているとは!………なんという狡猾な罠!!策士!策士ルイーズ!!」
「えへへへへテオ…クンカ、クンカ」


 サイトはそんな眼の前の二人の様子を少し冷めた目で見ながら、
 
 
 
 
 
 
 
 こいつら実は結構お似合いなんじゃないか?と思ってしまうのでした。
 

◇◆◇◆


 さて、テオ達が廊下で騒いでいる頃。
 
 
 モンモランシーは部屋で絶望していました。
 
 その絶望の理由は至極単純です。
 それはテオが昨日モンモランシーに命じた薬が未だに出来ていないからです。
 
 ただ、それはモンモランシーがサボっていたわけでも、或いは彼女が無能だったわけでもありません。
 彼女はこと薬作りに関してはそれなりに優秀でしたし、まじめに薬の調合を行っていました。
 それでも彼女が薬を作れなかった理由は。
 
 純粋に材料が手に入らなかったからです。
 
 ただひとつ。その一つの材料が手に入らないが故に薬は完成しませんでした。
 その材料とは「精霊の涙」です。
 
 元々「精霊の涙」は非常に貴重で高価な材料です。
 ただでさえ手に入りにくいその材料ですが、正に今トリスタニアの薬屋で売り切れており。さらには今後の入荷さえも絶望的だとのことで。モンモランシーはトリステイン中の薬屋を回って探しましたが、結局その材料が見つかることはありませんでした。
 
「どうしよう。私殺される」
 絶望的な声でモンモランシーはそう言いました。

「大丈夫!いざとなったら僕が守るさ!」
 そう言ってギーシュが杖を出しました。
 
 ギーシュは昨日からずっとモンモランシーの側で彼女を励ましていました。
 はっきり言って薬を作る間に横で動きまわるギーシュの存在はとても邪魔でしたが、同時にモンモランシーにとって大きな救いであったのも事実です。
 
 なにせ…。
「………」
 少し離れた位置からエンチラーダが無言で二人の様子を見ていました。
 そう、彼女と二人っきりになるよりはよっぽどマシな状況なのです。

 そしてモンモランシーには今のエンチラーダの様子も不気味でした。
 テオ至上主義で且つテオにモンモランシーのことを殴っても構わんと言われているにも関わらず、彼女はモンモランシーに対して一切の危害を加えることはありませんでした。
 彼女は何をするでも、何を言うでも無く。ただ無言で常にモンモランシーの隣に居るのです。
 モンモランシーが現時点で薬を作れていないのに、その態度を変える事はありませんでした。
 更にはギーシュがモンモランシーを守る、言い換えればテオと戦うといっているのに、それでも彼女は何の反応も示しません。
 その寡黙さが、逆にモンモランシーには不安でした。

 ドンドンドン!
 
 部屋の扉が叩かれました。

「ヒイ!来た!」
 そう言ってモンモランシーは扉のある方から反対方向に飛び退きました。

「ええい、僕のモンモランシーを守るためならば、たとえテオだろうが幻獣だろうがモンスターだろうが…
 そう言いながらギーシュが勇敢にも扉に手をかけました。
 
 その表情には確固たる意思が宿っているようで、その姿はとても凛々しく見えました。
 いつもはチャランポランな彼ですが、やはりいざというときに頼りになるとモンモランシーは彼に対する評価を大幅にあげます。
 そしてギーシュはそのドアを開け…

「ぎゃあ!なんか凄いのが来た!?」
 慄くのでした。
 
 奇っ怪な毛糸の固まりに拘束され、傍らにルイズを侍らせ、顔をうっ血させて真っ青な顔で、うつろな目をしながら、片手で車椅子を動かすテオのその姿は、最早妖怪や妖魔の類に見えました。
 そのあまりにも恐ろしい姿にギーシュは腰を抜かし、その場に座り込んでしまいます。

「どうか!どうか命だけは!」
 地べたに座りながら、祈るように手を組み必死にテオに対して命乞いをするギーシュの姿は非常に滑稽でした。
 
「この男に少しでも期待をした私がバカだった」
 そしてそんな様子をみたモンモランシーは、ギーシュに対する評価を大幅に落とすのでした。
 
 
「さあ、一日たったぞ。薬を出せ。そら出せ。今出せ。すぐに出せ」
 カクカクと首を揺らしながら部屋に入ってくるテオは、昨日の様子とは違う恐ろしさがありました。

「テオ、冷静に聞いてね」
「ああ、吾は冷静だ、冷静だとも。どれくらい冷静かというと、意識が半ば宇宙に行っちゃうくらい冷静だ」
 チアノーゼになりかけのテオはうつろな目でそう言いました。
 その口調は実に穏やかでしたが、青い顔とうつろな目のテオの様子は不思議な不気味さを醸し出していて、モンモランシーの恐怖を助長させるのでした。

「じつはその、あの、くすり…だけどね。あのね、もうほぼ、ほぼよ、殆ど完成しているんだけどね、その、あとひとつ、精霊の涙が…その…足りないの」


 モンモランシーは身構えました。
 激怒したテオがどんな行動をするのかはわかりませんが、苦悩の様子からとんでもないことになることは明確に思えたのです。
 
 しかし、実際のテオの反応はモンモランシーの予想に反し。

「ふーん」
 
 恐ろしいほどにあっさりとしていました。
 
「あの…テオ?怒ら…ないの?」
「なんだ、怒って欲しいのか?」
「いえいえいえいえ、そんなことは全くございません。でも、昨日アレだけ怒ってたから、ほら、もうちょっと怒るかなあと思って」
「今貴様がこうして普通に吾と話をしているのならば、吾が怒る理由は無いのだろう」
「???」
「吾は昨日エンチラーダに監視を命じた。
 もしも、貴様がサボっていれば殴って構わんとな。
 エンチラーダのパンチは強力だぞ?それこそ首が胴体から取れる程の威力だ。
 もし貴様がそれを食らっていれば今こうして吾と平然と話などできようはずがない。
 エンチラーダが貴様を殴っていないというのならばそれはエンチラーダが貴様の働きぶりに及第点を出したということだ。
 であれば、これ以上に貴様を責め立てる事はせんよ。
 実際精霊の涙は確かに手に入れるのが面倒な材料だ。吾でもそう簡単には手に入れることはできんだろうしな」
 
 そう言って。
 
 テオはあっさりとモンモランシーを許しました。
 昨日のテオと比べるとその様子はあまりにも寛大。
 いえ、ある意味ではそれは普段のテオに戻ったといえるでしょう。
 むしろ昨日のテオの様子こそが異常であって、普段のテオは妙に寛大なところのある人間なのです。
 
「だから、あと3日ほど待ってやる」
「は?」
「取りに行くのに一日、帰ってくるのに一日、調合に一日。合計3日だ」
「えっと…それって今直ぐ行けってこと?」

「いや?別に今直ぐでなくても構わんよ。ただ期限が3日と言うだけのことだ。その期限を無視して貴様が死にたいと思うのならば。それもまたひとつの選択肢だろうよ」
 
 表情を崩さずにテオはそう言いました。
 
 つまり、テオは3日の猶予を追加こそしてくれましたが、モンモランシーの状況は全くもって良くはなっていません。
 いえ、それどころか、彼は『死』と言う言葉を明確に口にしました。期限内に薬ができなければ「殺す」と明確にしている分、状況は悪くなって居るのです。
 
「君!それはさすがに聞き捨てならないよ」
 モンモランシーに対する殺害宣言をするテオにギーシュが掴みかかろうとしますが。
 
「ふん、道化は黙っていたまへ」
「ぎゃっぽ!」

 テオが繰り出した魔法でもって、ギーシュは錐揉みしながら壁にぶつかり、そしてそのまま気絶してしまいました。


 それはまるで昨日の再現。



そして。

 モンモランシーは理解しました。
 
 
 
 
 
 たとえ怒っていようがいまいが。
 
 テオという人間は。
 即ちこういう人間なのであると。
 
 


◆◆◆用語解説


・ラビオリ
 イタリアンな餃子。重ねた平べったいパスタに具材を詰めて茹でたもの。イタリア料理として有名だが、ヨーロッパは勿論のことアジアやアメリカ等でも良く食べられている。缶詰や乾燥したものもあるので日本でも比較的容易に手に入れられる。筆者の好物でもある。

・オシドリ
 雌雄の仲が良いと考えられ、おしどり夫婦と言えば仲の良い夫婦の事を指すのだが。実際のオシドリは一年ごとにパートナーを交換する。
 ちなみに生涯夫婦で添い遂げる鳥も居る、身近なところでは鳩などがそうだ。
 さらに黒コンドル等は群れ単位で浮気を監視。もし浮気をしそうな個体が居ればパートナーは愚か、群れ全体に攻撃されるらしい。 
 
・衆道
 アッーーー!!!な関係のこと。

・バージェス動物群
 原作にあった表現。
 ちなみにバージェス動物群の代表的な生物といえば、アノマロカリスやピカイア、そしてなんといってもハルキゲニアがいる。

・そこら辺に落ちている馬糞
 交通手段に馬が使われている時代や地域では、道端に当然のように馬糞が落ちている。基本的には飼い主が回収する事はあまりなく、そこ居らに垂れ流しなのだが、馬糞には有機肥料や燃料としてそれなりに利用価値があるので誰かによっていずれ回収はされる。

・チアノーゼ
 皮膚が青紫色の状態。と言ってもドラーグ人やナヴィやシヴァ神というわけではない。
 要は鬱血した状態なのだが、厳密には毛細血管血液中の還元ヘモグロビンが5g/dL以上で出現する状態。
 病気や怪我で肌が青白くなっている時に「大変だ、肌が青白くなってしまっている」よりも「チアノーゼが起きている」のほうが、なんかそれっぽいから物語やフィクションなどで良く使われる言葉である。
 



[34559] 28 テオとルイーズ.
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2013/03/22 22:39


 小鳥のさえずりが響き、
 木漏れ日が気持ちよく差し込み、
 暖かい風が頬をなでました。
 
 
 それはとてもとても気持ちの良い陽気。
 歌い出したくなるような素敵な日でした。
 
 しかし。
 モンモランシーにはそんな陽気を楽しむ余裕がありません。
 
 なにせ彼女は今とても大変な状況に陥っているのです。
 自身が作りだした惚れ薬の解毒剤を作製するためにその材料となる『精霊の涙』を手に入れなくてはいけないのです。
 
 たかが材料集めですが、それは非常に困難なことに思われました。
 なにせそれを手に入れるためには水の精霊と会わなくてはいけないのですが、水の精霊はめったに人前に姿をあらわしませんし、あらわしたところで素直に精霊の涙をくれるわけではありません。
 更にはとても強いので力ずくで涙を奪うと言うこともできないのです。
 こうして精霊の居るラグドリアン湖に向かいながらも、彼女の望む薬の材料が手に入る可能性はさほど高いとは言えないのです。
 
 しかも。
 もし材料が手に入らなければ。
 それはそのままモンモランシーの死を意味します。
 
 もし期日である3日、いえ、すでに移動に1日使いましたので今日を含めてあと2日。つまりは明日までに解毒剤を作らなければ。テオがモンモランシーを殺すでしょう。
 なにせ、テオはその実力も、そしてその理由も、そしてそれが出来る精神をも持ち合わせているのです。
 ですから、モンモランシーの気分はとてもとても悪いものでした。
 いえ、悪いどころではありません。
 はっきりと最悪。それこそ、絶望に近い感情で溢れていました。
 
 
 そして、さらに彼女の気を重くしている理由が彼女の後方にはありました。
 
 
 彼女の後に居るエンチラーダ。
 テオは3日間待つと言い、その間モンモランシーが何をしようと特に口を出さないと言いました。
 言いましたが、しかし。だからといって監視が不要と言うわけではありません。
 例えばその3日間の間にモンモランシーが逃亡を図るかもしれませんし、或いはやられる前にやれとばかりにテオに害をなす可能性もあるのです。
 ですからモンモランシーの後には監視としてエンチラーダが無言で付き添っていました。
 彼女は別にモンモランシーを急かすでも、焦らせる言葉を言うでもありません。
 何をするでもなく無言と無表情でモンモランシーの後を付いてくるだけですが、そのエンチラーダの存在はモンモランシーの気分を更に悪くするには十分すぎました。
 
 しかし、まだエンチラーダの存在はマシな方だと言えました。
 なにせエンチラーダのさらに後方。
 そこには更にモンモランシーの気持ちを重くする存在がいたのです。
 

 それはテオでした。
「なんで付いてきてるの?」
 絶望の淵から吐き出すような気弱な声でモンモランシーが言いました。
 
「ふむ、それにはだな。これから行くラグドリアン湖よりも深い理由が存在しているのだ」
 そう言ってテオは鼻を鳴らすと言葉を続けました。
「お前たちがラグドリアン湖に行くと監視としてエンチラーダも行かなくては行けないだろ?…すると吾の身の回りの世話をするものがいなくなる」
「ええ、そうね」
「正直普段であれば別にエンチラーダがおらんでも吾一人でも十分生活が出来る。しかしだ、しかしだな。今の我の状態は…ほれ」
 そう言ってテオが自分の後方に視線をやると、そこではルイズがテオにもたれかかるルイズの姿がありました。
 しかも。馬を密着させて自分も密着するという普通では出来ないような方法でもたれかかっていました。
 最初テオと同じ馬に乗ると言い張ったルイズですが、テオがそれを断固拒否したためにこのような業でもってテオに寄り添っているのです。
 こうまでしてテオに寄り添う辺り、ルイズにおける薬の効果は相当なものであることが伺えます。

「孤立無援でこの状況に耐える自信がない。吾がとても困ってしまう。それは嫌だ。だから付いていく」
「…あまり深くなかったわね」
 そう言ってモンモランシーはため息をつきました。

「いやあ、ラグドリアン湖かあ、初めて行くなあ、どんなところだろうか?やはり美しいのだろうなあ」
「おいギーシュ、遊びに行くんじゃねえんだぞ?」
 気楽な声が、横から聞こえてきました。
 ギーシュとサイトです。
 二人はそれぞれモンモランシーの手伝いとしてやってきたのですが、しかし、あまりにも頼りないコノ二人はモンモランシーの不安を助長するばかりです。

 そんな中。
 ルイズはとても上機嫌でした。
 なにせテオと寄り添うようにしてこうして旅行に来ているのです。
 
 気持ちのいい陽気、楽しい旅行、傍らには好きな人。
 ルイズを上機嫌にするには十分過ぎる材料が揃っていました。
 そしてルイズの上機嫌は、少々常軌を逸していたのかもしれません。彼女のテンションは有頂天で留まることを知らないといった様子です。
 今にも踊りださんばかりの勢いで、テオに話しかけたり、テオに抱きついたり、テオをつついたり、テオに噛み付いたり。
 もう、何がしたいのかよく解らない行動を繰り返しながら、その合間にテオに話しかけるのです。

「テオ?テオって森が好きなの?」
「嫌いではないな」
「あら、綺麗な実、葡萄かしら?テオ、葡萄は好き?」
「アレはインクベリーだ、嫌いな部類だ」
「テオ、山鳩だわ、鳩。テオは鳩は好き?」
「山鳩…は、まあ。好きだな」
「あ、ウサギよ、野ウサギ。テオはウサギ好き?」
「まあ。それなりにな」
「あ、今茂みが動いた、鹿かしら?テオ、テオは鹿好き?」
「結構好きな部類だ」
「リスも居るのね、テオ、リスって好き?」
「普通だな」
「じゃあ、あそこに居るオオトカゲは?テオはオオトカゲ好き?」
「あれは………まだ食ったことがない」
 思いの外、テオはルイズの問いに対して、ひとつひとつ丁寧に答えて居ました。
 ルイズの様子に辟易としながらも、彼女の言葉を無視せずにしっかりと受け答えをするのです。
 
 意外ですが、それは別に変なことではありませんでした。
 テオは面倒見が良い一面が有るのです。
 
 タバサやキュルケともそれなりに仲良く付き合い、
 エルザの面倒もよく見ます。
 ザビエラ村やタルブ村でも子供たちの相手をよくしていました。
 
 しかし、いくら面倒見が良いからといって、ルイズの相手をするのはテオにしてもかなりの苦労が伴いました。
「テオ、ほらほら、木の実がこんなにある、ほら、ほら~!!」
「わかった、わかったから、………やめてくれ、もぎ取ったマロニエの実を投げるのはやめろ」
 ルイズは笑いながらテオに向かって超至近距離からクリに似た木の実を投げつけました。
「あいた!…マロニエは灰汁が強くて食えないのだ、そんなものを素手で触るとかぶれるぞ…って。ああ、こらこら、山葡萄を無造作に引きちぎるな、そしてそれを吾のポケットに突っ込むな…そして抱きつくなあぁ!葡萄が潰れ…………。
 ………
 …
 もう好きにすれば良いさ」

 ズボンを葡萄の汁で紫にしながら、テオは泣きそうな顔でうつむきました。
 
 こんなにも困り果てたテオはエンチラーダにしても見たことが無いほどでした。
 その様子は悲壮感あふれる様子は、現状に絶望しているモンモランシーから見ても可哀想だと思ってしまうほどでした。

「あの…その…テオ?正直、悪いことをしたとは思うわ、結果として貴方に迷惑をかけているのは確かだし。その…ごめんなさい」
「謝るな」
 顔を下に向けたままテオがそう言いました。

「え?」
「謝ると言う行為は時に美徳だと思われているがそうではない」
「??」
「謝るという行為は解決に結びつかない。何かを壊した時、謝ってもそれは治らない。誰かに損害を与えた時、謝っても損は消えない。人を殺したとして、謝ればそれが生き返るわけでもない。謝るという行為はいわば解決が絶望的であると相手に伝える言葉だ」
「吾が貴様を許すとしたら、それは事態が解決した時だ。それまでは貴様がどんな言葉を吐こうと吾は貴様を許しはしない」

 顔色を変えずにテオはそう言いました。
 それは怒りに任せて語っているというよりは、ただ事務的なことを淡々と述べているという風でした。
 
「貴様も貴族であれば、軽々しく謝罪などするべきではない」
 
 謝らない。
 我々の感覚では謝るということは当然のことであり、何か悪いことをすれば謝る必要があります。
 しかし、それはあくまで我々の感覚にすぎないのです。
 謝罪とはいわば自分の非を認める行為です。大半の社会において自分が間違っていると認める事は自分の立場を悪くすることでもあるのです。
 良くも悪くも世界は弱肉強食です。弱気な人間は恫喝され、弱い人間は蹂躙され、搾り取られる。そういう世界なのです。
 謝ってそれで事が済むなんてことはまずありえません。損害賠償や迷惑料、違約金等をとられたり、その後たかられたらたり、カモにされ続けたり。謝るという行為から身が破滅することもありえるのです。
 ですから、なあなあで許すという曖昧な文化があったり。他者を許せるもので溢れた優しい社会でも無い限り人は中々自分の非を認めようとしないのです。
  
 ましてや貴族であれば、謝るという行為は全くのご法度とも言えました。
 領民や部下は、絶対的な領主を求めています。人を従える領民の上に立つべき人間が、弱々しく自身の非を認めて、どうして下が付いてくるでしょう。
 ですから貴族は滅多なことでは謝りません。謝れないのです。

「そもそも謝るくらいならばやるべきではない。やったからには胸をはれ。胸を張れない行動ならば初めからしてはいかん。それは、別に難しいことではないだろう?」
 
 モンモランシーはとても嫌な気持ちになりました。
 許してくれるとは思っていませんでした。
 しかし許してくれずとも怒ってくれればまだマシでした。
 
 ですがテオは許すでも、怒るでも無く、モンモランシーの行動を否定しました。
 まるで大人が子供を叱るように、モンモランシーの行動を否定したのです。
 
 だからモンモランシーは、まるで子供が叱られた時のような、恥ずかしいという気持ちになってしまいました。
 或いは。この時になって、モンモランシーは初めて惚れ薬を作ったことを後悔したのかもしれません。
 
 勿論後悔はテオの怒りを買ったその瞬間からしていたのですが、それはあくまでルイズを巻き込み、テオの逆鱗に触れたことに対してでした。
 惚れ薬を作るという行為に対しては特に罪悪感を抱いては居なかったのです。
 
 しかし、テオに言われて自分が惚れ薬を作ったことに胸をはれるのか。彼女はそう自問しました。
 
 答えは当然「否」。
 惚れ薬で人を振り向かせる行為に胸を張るなんて、モンモランシーは出来ません。
 どんなに言い訳をしようと、どんなに理由をつけようと。どんなに自分を正当化しようと。自分は胸をはれない行動をしたのだと、モンモランシーは自覚しました。

 とても暗い雰囲気が一同を包みました。
 俯いたテオに俯いたモンモランシー。そして無言のエンチラーダ。
 
 如何に陽気なギーシュとサイトとはいえ、その雰囲気でおどける事は出来ません。
 一体どうすればその暗い雰囲気を払拭できるだろうと、サイトが思い悩んだところで、
 
 ルイズが動きました。

「ほ~らテオ!ラグドリアン湖まで競争よ私を捕まえて~」
 そう言ってルイズは森の中に消えていったのです。
 競争とは言っていましたが、ルイズの消えていった方向には道はありませんでしたので、このまま行けば十中八九彼女は迷ってしまうでしょう。

「…」
「…」
「…」
「…」
「…行っちゃったね」
「……うむ」

























「…」
「…」
「…ちょっと待て、これ吾が追いかけるのか!?」
「他に誰が行くんだよ」
「オマエいけよ!使い魔だろ!?」
「今のルイズじゃあダメだよ。俺が追いかけたらマジ逃げするもん。本格的に遭難しちゃうだろ」
「………クソ!先に湖に言っていろ。後で追いつく」
「ああ、まあ、その…気をつけてな?」

 そう言ってテオはルイズを追いかけて森の中へと消えて行きました。
 

「ルイズ…幼児退行がひどいわね」
「私を捕まえてって言ってたけど…あの速さ、捕まえてってレベルじゃねえぞ?」
「僕はもう、彼女が一体何をしたかったのか理解できないよ」
「御主人様…」
 突然のことに皆困惑していましたが、その困惑が暗い雰囲気を払拭していました。

 サイトは一瞬、そのためにルイズがあんな行動に出たのかと思いましたが、さすがにそれは無いかと次の瞬間には自分の考えを否定していました。
 だって今のルイズにはそんなことをする理由も、そしてそんな判断が出来るような冷静さも無いはずなのですから。



◆◇◆◇◆



 森の奥はとても暗く。そこはまるで夜のようでした。
 エルザであればとても喜びそうなその場所も、テオに取ってはただ暗いだけの気味の悪い森でした。
 
 そんな森の中をテオは一人で進んでいました。
 
「全く、何が楽しくてこんな真っ暗な森の中に来なくてはいけないのだ。如何にも陰鬱でまるで幽霊でも出そ……………」
 そこまで言って、テオは何かに気がついたように固まりました。
 
「…怖がってはいないぞ?」
 誰に言うでも無く、テオはそう言いました。
「…」
 しんと静まった森は、一切の音をたてず、テオの言葉は森の中に染みこむように消えてしまいました。
 
「………………ふ、ふーん♪
 ふん、ふーん♪ふーん♪
 …
 ……
 オバケなんていなーい♪」
 
 テオは歌うようにそう言いました。
 口からは軽快な調子が出ていましたが、彼の表情はなぜか焦りのような物があり、視線はキョロキョロと辺りを見回していました。

 そしてそんなテオの後方から
「わ!!!」
 ルイズの大きな声が響きました。

「ぎゃああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
 森にテオの叫び声が木霊しました。
 
「て…テオ?どうしたの?」
「……ル…ルイーズか…。いや、どうもしない。どうもしていないぞ?ただアレだ。大自然の中で叫びたくなっただけだ。突然な。それだけだ。それ以外に無いだろ?な?な?」
「え?ええ、そうね…」

「そ…そんなことより、貴様は何を考えているんだ?ラグドリアン湖の場所も知らないくせに森の中を勝手に突っ込みおって。追いかける方の身になってみろ!」
 テオは苛立った形相でルイズにそう言いますが、ルイズはその様子をニヤニヤと見るばかりでした。
 
「これだけ吾が言っても、梨の礫とは。もう、アレだぞ?温厚であること山の如しでお馴染みの吾でさえ、さすがのさすがに怒るぞ?アレだぞ?吾が怒ると大変だぞ?ものすごい大変だぞ?」
 そう言ってテオは凄んで見せましたが、やはりルイズの表情は変わりません。
 
 いえ、むしろその笑を深め、とても楽しそうにこう言いました。
「テオって優しいのね」
「それは何かの冗談か?笑いどころが良く判らんぞ?」
「何言ってるのよ、言葉通りの意味よ」
「…吾は確かに慈愛の精神を持っている。それは貴族であれば当然の心だ。しかし、それが向けられるのは身内に対してであって、貴様に向けたことはない」
「でも追いかけてきてくれたじゃない」
「…」
 そう言われてテオは押し黙りました。
 
 そして、自分でも疑問を覚えました。
 なぜ自分はルイズを追いかけてきたのだろうか。
 
 あそこでルイズを見捨てることは出来たはずです。
 そもそも、嘗てテオはルイズがロングビルに人質とされた時、容赦なく彼女を見捨てようとしました。
 ルイズが死んでしまっても、別に構わないと心の底から思っていたからです。
 
 しかし、今の自分はどうだ?
 死んでも構わないはずのルイズを心配して、わざわざ真っ暗な森の中までやってきている。
 
 なぜ?
 
 なぜ?
 
 何故?
 
「吾は…君のことが嫌いだ」

 テオはそう言いました。
 それは半ば自分に言い聞かせる言葉でした。
 自分はルイズなど好きではないと、自分自身に再認識させようとしたのです。
 
 テオはこの言葉を発しながら、彼女が壮絶な反応をするであろうと思いました。
 少なくとも先日テオがルイズの「自分のことが嫌いか」と言う質問に、「わりと嫌い」と答えた際には、ルイズは大声で泣き出しました。
 今回も彼女は大声で泣くか、下手すれば暴れまわる可能性も考えていました。
 
 それでも、いえ、むしろそれだからこそ。テオはその言葉を口にしました。
 
 自分がルイズのことが嫌いだと、ルイズに解らせ。
 うろたえるそのルイズの姿を見て、彼女の嫌さ加減を実感したかったのです。

 しかし。
 そのテオの言葉に、ルイズは泣きませんでした。
 暴れませんでしたし、怒鳴りもしませんでした。 
 ただ。
 ただ、悲しそうに微笑を浮かべました。

「そうね、そうよね」
「…?」

「私が嫌われているのは解ってるの。
 だって、私テオに嫌われるようなこといっぱいしてきたし。
 それに。私の性格ってテオの嫌いそうなものだもの。
 知ってるの。
 そして、此処で私がバカみたいにそれを受け入れずに泣き叫んだって、その事実はかわらないわよね?」 

 テオは驚きました。
 ルイズは冷静にテオの事を見ています。ルイズはテオの心情をまさしく言い当てています。
 そして疑問を覚えました。
 目の前のそのルイズの様子が。テオの知る惚れ薬の症状とは大きくかけ離れていたのです。

テオは実の所、惚れ薬について詳しいわけではありません。
嫌いな薬について詳しく知りたいと思うほどには彼は変人でありませんでした。
ですから、テオは惚れ薬の詳細な効果を。それがもたらす心情的変化の詳細を知っていたわけではありません。

しかしテオは薬を飲んだ後のルイズの様子を知っていました。
知っているはずでした。
彼の知識の中では、ルイズは惚れ薬を飲み、そしてその使い魔であるサイトに恋をします。
その際の彼女の様子は理性的とは正反対、感情的でまるで幼児のような様子だったはずです。
使い魔に近づく全ての女に対して嫉妬をして、使い魔に対して直接的な接触を求め、感情のままに言葉を発し、そしてそれを実行していたはずです。
 はずなのですが。どうにも今のルイズはテオの知識にあるルイズの様子とは違います。

 今のルイズはとても理性的なのです。

「だから私考えたの。昨日いっぱいいっぱい考えて、そして、わかったの」
「何を?」
「テオが私のことを好きじゃないならば、私が私じゃなくなれば良いのよ」
「…?」
 テオはルイズの言っている意味が解らずに首を捻りました。

「私はルイズを辞めるわ」
「…ハア??」
「だから今日から私はルイズじゃないの、そうね、そうだわ私は今日から『ルイーズ』になる。テオはいつも私のことをそう呼ぶし、この際それを私の名前にしちゃいましょう。そしてそうすれば、今日この瞬間で私たちは初めましてよね、テオと私の関係はこれから素晴らしい可能性を秘めているの」

 テオは先程までしていたルイズに対する『理性的』と言う評価を取り下げました。
 今のルイズは十分過ぎるほどにエキセントリックです。

「だってそうでしょ?今の私は薬で変わってしまった別ルイズなのよ?前の私とは違う。別人と言えるでしょう?」
「!!」
「何驚いてるの?アレだけ大声で惚れ薬といっていたのだもの、バカでない限り気づくわよ」
 そう言ってルイズはケタケタと笑いました。
 
 テオは明確におかしいと思いました。
 これは完全な差異なのです。
 
 テオの知識の中の惚れ薬。
 その症状と妙に違うのです。
 サイトがルイズのその気持ちは惚れ薬によるものだと指摘した際にはルイズはそれを否定していたはずです。
 自分は惚れ薬などの影響を受けていないと。この感情は自前のものだと。まるで子供が駄々をこねるようにそう言っていたはずです。
 
 惚れ薬とはそういうものだとテオは思っていました。
 自身の気持ちを本当のソレだと思い込む、そういう効果も有るのだと。
 
 しかし、しかし。
 なぜか、今、目の前のルイズは惚れ薬の事を理解し、そして今の自分の状態がそれによるものだときっぱりと口にしています。
 
 おかしい。
 おかしい。
 おかしい。
 
 テオは理解ができず、口をぽかんと開けながら、只々ルイズ、いえ、自称ルイーズを見るばかりでした。
 
「あら、私の事、もっとバカな女だと思ってた?」
「ああ思っていた」
「ふふ、ええ、それはある意味で正しいかもね。なにせ『ルイズ』と来たら、頭はいいくせにいつも頭じゃなくて感情で行動するんだもの。頭で何か考えるより先に体が動くし、思ったことを直ぐに口にするんだから。もっと冷静に落ち着いて行動すればもっと人生を楽しめるのに。まあしかたがないわよね、そういう性格だったんだもの。
 でも女はね、愛する男のためならばどんな者にも変身するの。時に愚か者に、時にワガママに、時に子供っぽく、そして、時に聡明に。
 別に自分の気持ちが薬によるものだということを否定しても良かったのだけれども、テオってそういうの嫌いでしょ?」
 
「…しかし、しかし…君は何をどうしようとルイズだ、それは変わらない、たとえ心が乱されていても、君にはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールとしての過去があり…そして、何よりルイズとしての記憶がしっかりと有るはずだ」
「あら?私が私で有る条件は何?記憶?違うわ?それだと例えばスキルニルの魔法人形も当人という事になってしまうもの。それに日記帳だって私ということになっちゃうわよ?その人間を人間たらしめるアイデンティティは記憶なんてもので決まるのではないの。その人間の、その性質であり、そしてその心よ?そう思わない?」
「…」
 テオは何も言い返せなくなってしまいました。
 ルイーズの言っている事は詭弁に近いものでしたが、それに反論ができませんでした。
 なぜなら、テオはルイーズのその言葉に、納得をしてしまったからです。
 不本意ながら、
 テオは今目の前に居る女性。ピンクの髪のニヨニヨと笑うその女性を、ルイズとは違うルイーズとして心のなかで認めてしまったのです。

 
 そこでテオは気が付きました。
 
 
 自分が知っているのは表面的な出来事にすぎないのだと。
 ルイズの愚かしい行動、本能的な行動はたしかに幼稚でした。
 しかしテオはその行動を起こすルイズの内面を知っているわけではなかったのです。
 
 あの衝動的なルイズの様子は、テオを戸惑わせるための行動では無いかということに思い至りました。
 そう、本能的、ワガママ、そしてヤキモチ焼きなあの様子。それは男を探るための行動だとしたら。
 
 だとしたら、今のルイーズの様子は別に不思議な事ではないのです。
 
 つまり。
 
 つまり。
 元々、惚れ薬はルイズの理性を奪ってなどいなかったのです。
 
 
 嘗てテオはルイズが魔法が使えないのは愚者の振りをして、周りを観察していると評したことがあります。
 無論それはあくまで表向きで、彼女が本当に魔法を使えないことはテオは知っていましたが、その時した評価は間違えではなかったのでしょう。
 
 無能のふりをして、周りを観察することは賢者の常套手段の一つです。

 彼女はテオという人間を観察していたのです。
 テオと言う人間がどんな人間で、どんな人格を好み、どんな理屈が通用し、そしてどんなものを求めているのか。

「もし、今までの私と、これからの私が別の感情を持つというのならば、私はルイズではないの。私はルイーズよ、何の柵もない、ただのルイーズ、貴方はこの全世界の如何なる人間とも恋に落ちるつもりは無いといったけど。全世界の如何なる人間ではない今生まれいでた私ならば、それならばテオは私の愛を受け入れられるでしょう」

「…またその話か。再三言うが、愛なんて…むぶ」
 不意にテオの口が閉ざされました。
 ルイーズの指がテオの唇を摘んだのです。
 
「テオ?貴方が愛を信じないならばそれも仕方のないことだわ。貴方の考えだもの。或いはそれは本当の事かもしれない。この世の中には愛なんてなくって、世界中の人間は愛の幻想に踊らされているだけなのかも」
「かも知ひれないへはなく、事実そうなのは」
「だったら、だったら私が最初の『愛』になるわ」


 瞬間テオの中を
 
 何か不思議な感覚が駆け巡りました。
 それは何処か懐かしく、そして同時に不快極まりない感覚です。

「すべての事柄には必ず始めがあるの、もし今まで愛がなかったのならば。私が。私が最初の愛になる。永遠にして、絶対の愛になる」
 
 テオはその自分の中の感情に戸惑い、摘まれた口でしぼり出すように反論します。
「ひ、ひかし、君のその感情は薬による…」
「それが何の関係があると言うの?テオ。薬の感情?だから何?テオ。大切なのはそれが何によって引き起こされた感情かではないでしょう?今現在、事実として私がどう考え、どう感じているかよ。私、ルイーズはテオを愛している。それで十分じゃないの。良い?テオ、愛は有るわ、少なくとも私の中に、誰あろう私が決めたの、そう決めたの、貴方がどう否定しようと、私の中には貴方に対する愛があるし、私が信じる限りこれは絶対の事実なのよ」
 先導師が人を導くときのようにどうに入った身振りをしながらルイーズは言いました。
 まるで屁理屈。しかし、その言葉のひとつひとつが、染み渡るようにテオの心に入ってきます。
 まるでルイーズはテオの納得するツボを全て心得ているようでした。

「だから、だから言い切ってあげる。前に貴方が言い切ったのと同じよ。
 私が言ってあげる。
 この世のすべての人間が、貴方に言わなくても、私だけは断言してあげる」
 
言ってルイーズが言葉を続けようとした時。

テオは。

その自分の中を駆け回っているその感情がなんで有るかに気が付きました。
いえ、思い出しました。
 
 何時ぞ感じたこと無い。
 テオとは無縁であったはずの感情。
 
 
 それは。
 
 
 
 
 それは恐怖でした。

 テオは出来る事ならば叫びだしたいと思いました。
 しかし、それは出来ません。
 まるで恐怖に縛られるように、体は固まり、テオの口から出るはずの言葉はテオの頭の中に響き渡るばかりです。

 やめろ。
 
 言うな。
 
 オマエに。
 
 『今』のオマエがそれを言えば。
 
 それを言えば。
 
 
 それを言われてしまえば。
 
 
 
 自分はきっと。

 引き返せなくなる。







 しかし。
 無常にも、ルイーズはその言葉を発しました。
 
「愛しているわテオ。私、ルイーズは目の前の男性テオフラストゥスを生涯において愛するとここに誓うわ」

 ソレは、テオの心を抉るような、
 蠱惑的な言葉。
 絶対的な愛の言葉。
 
それが偽物だと、
 そう解っていながら。
 
 心の底から発される真実の言葉でもあるそれに。
 
 
 
 テオはルイーズのその言葉を
 「生涯において愛する」というその言葉を。
 
 不覚にも。
 
 不覚にも。
 嬉しいと思ってしまったのです。
 



◇◆◇◆


 一方その頃。

 美しい湖。
 ラグドリアン湖。
 そのほとりで、今、サイトたち一行は。
 
 
 愚痴を聞かされていました。


「長年この土地に住むわしらには解ります。水の精霊がやったんでさあ。全く。湖の底が飽きたにちげえねえ。水の上は人間の土地だってのに、でも水の精霊と話が出来るのは貴族様だけ。一体なんだって陸に興味を持つのか全くわかりません」
 農夫の口から繰り出される愚痴を辟易とした顔で一同は聞いていました。

 なんでも2年ほど前からラグドリアン湖の水位が上がり始めたらしく、付近の農夫たちの生活がとても大変だとのことです。

 しばらく言いたいことを言うと、農夫はその場を去って行きました。 
「全く、何だったんだ一体」
 突然現れては愚痴を言って去っていた農夫に、ギーシュは呆れたように言いました。
「何だったんだって…愚痴だろ?」
「まあ、そんなことより、とっととやってしまいましょ」

 そう言いながらモンモランシーは腰に下げた袋から一匹のカエルを取り出しました。
 
「いいこと?ロビン、貴方の古いお友達と連絡がとりたいの」
 そう言ってモンモランシーはポケットから小さな針を取り出すと、その針を自分の指先に突き刺しました。
 彼女の指先からはぽたりと血のしずくがカエルの上に落ちました。
「さあ、ロビン、お願いね、古き水の精霊を見つけて、盟約の持ち主の一人が話を従っていると伝えて頂戴。わかった?」
 すると、カエルはピョコリと頷きそのまま湖の中へと潜って行きました。
「さて、これで後は待つばかりね」

「しかし、テオ達遅いな」
 ふと、森の方を見ながらサイトがそう言いました。
 
「正直テオがいなくなってくれたことはありがたいわね、交渉中に来なければ良いんだけど」
 少し眉をしかめながらモンモランシーがそう言いました
「なんで?うざったいから?」
「いえ…まあそれもあるけど…問題は性格よ」
「性格?テオの性格が歪んでることと水の精霊が関係有るのか?」
 サイトが首をひねりながら言いました。

「あのね、水の精霊ってとってもプライドが高いの。機嫌を損ねたら大変よ。実際機嫌を損ねて実家の干拓事業が失敗したわ。そして、相手の機嫌を損ねさせることに関しては・・・」
「テオの右に出る者は居ないな」
「客観的に見てテオの性格は水の精霊と非常に相性が悪いわ、彼が交渉の場にいると纏まる話も纏まらなくなりそう」

 なるほどとサイトは納得しました。
 果たして水の精霊がどんな性格なのか、未だよくわかりませんが、それでもテオの性格は時に他人を大いに不快にするものであることは確かです。
 
「でもさ、その、精霊の涙って、どうやって手に入れるんだ?精霊に悲しい話をすれば良いのか?俺あんまり哀しい話知らないぞ?泣いちゃった赤い鬼の話ぐらいしか出来ないな」
「別に、涙ってのは文字通りの涙じゃないわよ」
 そう言ってモンモランシーは呆れたようにため息を一つ吐きました。
「では『水の精霊の涙』ってのは一体何なんだい?」
 ギーシュが言いました。
 
「水の精霊ってのは、その体を自在に変えるの、そして…」
 その時、水の中から何かが這い出ました。
 眩く輝いたそれは、まるで意思を持った水でした。

 
 その直ぐ後に湖の中からあのカエルが姿を見せました。
「ありがとう、ちゃんと連れてきてくれたのね」
 モンモランシーはそう言ってカエルの頭を撫でると、今度は水の精霊に向かって両手を開いて言いました。
「水の精霊よ、私はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。古き盟約の一員の家系よ。覚えているかしら。覚えていたら、私達にわかる言葉で返事して欲しいのだけど…」

 モンモランシーがそう言うと水の精霊はうねうねと蠢き、そしてだんだんとはっきりした形を作っていき。
 そして、最後にはモンモランシーのような形になりました。
 神秘的でファンタジックな姿に、サイトは感心しましたが、同時になんだか気持ち悪いとも思いました。
 そしてモンモランシーとそっくりの形になった水の精霊は口を開き言いました。
「覚えている、単なる物よ。貴様の体を流れる液体を覚えている」
「よかったあの、水の精霊よ、お願いがあるの。貴方の一部を分けて欲しいのよ」
「断る。単なる物よ」
 水の精霊はにべもなくそう言いました。
「それもそうよね…さあ、帰ろ…」
 モンモランシーはあっさりそう言うと、くるりと後にターンして帰ろうとします。
「おいおいおいおい!どーすんだよ!ルイズとテオはどうなっちゃうんだ?おい、おいおい水の精霊さん!!」
 サイトはモンモランシーを押しのけて水の精霊の正面に立ちました。
「ちょっと怒らせたらどうするつもりよ」
「テオはすでに怒り心頭だぞ!」
「う!」
 そうなのです、此処で引き下がれば、テオが怒り狂うのは必死。
 前門の精霊、後門のテオでした。

「水の精霊さんよう!頼むよ、なんでも言うこと聞くからさあ。精霊の涙を少しだけくれよ。ちょっと。ほんと、先っちょ。先っちょだけで良いから」
 水の精霊は沈黙しました。
 サイトはさらに言葉を続けます。
「お願いします。俺の大事な人が大変なんです。それに、俺の友達も大変なんだ。あんたにだって大切な物が有るだろう?それとおんなじ位に大切な人が今大変で…貴方の体の一部が必要なんだ。だから頼みます。このとおり」
 そう言ってサイトは深々と頭を下げました。
 
 水の精霊はしばらくの間、プルプル震えて姿形を色々に変えました。そして再度モンモランシーの姿になるとサイトに向かってこう言いました。
「良かろう」
「マジで!?」
「ただし条件が有る、貴様何でもすると申したな?」
「はい。もうしました!」
「ならば、我に仇なす貴様らの同胞を退治しろ」
「退治?」

 一同は首を捻りました。

「さよう、我は今襲撃者の対処にまで手が回らぬ故、その襲撃者を退治すれば、貴様の望みを叶えてやろう」

 こうして。
 サイトたちはなぜか水の精霊を襲う連中の退治を引き受けるに至ったのでした。
 


◇◆◇◆


「面倒な事になったわね」
 水の精霊が消えたラグドリアン湖に視線を向けながらモンモランシーがそう言いました。
 
「なに、襲撃者なんて僕の魔法でイチコロさ」
 ギーシュが得意そうにそう言いましたが、ギーシュのダメさ加減を知る皆はそれを無視しました。
「まあ…実際問題、テオが居れば直ぐに解決しそうだけど…ただ、問題は、アイツ協力してくれるかなあ」
「さあ、なんとも言えないわね。切羽詰まってるし、手伝ってくれるかもしれないけど、でも全く手伝わない可能性も相応にしてあるし」
 今ひとつテオの性格を掴みきれていない一同には、テオが手伝ってくれるのかわかりません。
 
 ですから手っ取り早く、テオを誰よりも知る人物。つまりはエンチラーダにその質問を投げかけました。
「エンチラーダさんはどう思います?」

 サイトがエンチラーダにそういうと、エンチラーダは珍しく言いよどみました。

「さて…それは…それこそ御主人様次第ですね。もし、御主人様が今のルイズ様に心底嫌気が差しているならば、或いは手伝ってくれるかもしれません。しかし、もし、もしも、ご主人ざまが少しでも今の状態に好意的な何かを感じるのならば…きっと御主人様は何もしないでしょう」
「なんだ、じゃあ大丈夫じゃないか。あのテオの様子を見れば、俺でもわかる。テオは今心底困ってるね。間違いない」
「そうならばよいのですが…」
「え?」
 エンチラーダの意味深な言い回しがサイトは気になりました。

「御主人様は、誰からも愛されていません。それこそとてもとても長い間です。ですから愛を求めています。愛を否定し、偽りの愛を特に憎んでいるのはその裏返しです。ですから、ですから、この状態を、愛を与えられるこの状態を、心の何処かで望んでいるのかもしれません」
「いや、愛されているだろ?そのエンチラーダさんとか、エルザちゃんとか…」
「私が御主人様に向けるのは絶対の崇拝です。それが愛という感情で有るかは疑問が残りますね。エルザが御主人様に向けるのは依存です。子供が保護者に抱く感情ですよ。好意の一種ではありますが、貴方の言う愛とは似て異なるものです」
「じゃあ、なにか?テオは今のルイズの気持ちに応えるかもしれないってこと?」
 サイトは低い声でそう言いました。

「いえ、そういうわけではありません。それとこれとは別問題です。ただ、いつものようにこの妙な状況を楽しむかもしれないと言うだけのことです。御主人様がルイズ様の愛に応えることはありえません。ルイズ様がルイズ様である限り絶対です。しかし万が一。億が一。兆が一。御主人様がルイズ様の気持ちに答えるとすれば…………」
「すれば?」
「そうですね、おそらく面倒な事になります」
「面倒なこと?」

「ご主人様は現状に流されるような人間ではありません。何かを得るため、そのためには自ら行動します。欲しいものは自分の力で手に入れ続けてきました。もし、御主人様がルイズ様の愛を受け入れ、彼女を求めるとしたらあのお方は断固としてそれを手に入れようとするでしょう」
「…って。いっても惚れ薬の力は永遠じゃないんだろ?手に入れるって言っても、少しばかりルイズが正気に戻るのが伸びるだけじゃないか」

「…御主人様は今まで惚れ薬の研究をして来ませんでした。それについて知ることすら嫌がるほどに嫌いだったからです。しかし、薬作りにも造詣が深い御主人様が本気で研究したのならば今ある如何なる惚れ薬よりも強力な物が作れるはずです。それこそ恋心を永遠にしてしまうような薬さえも」

 そのエンチラーダの言葉にサイトの中を、とある感覚が駆け巡りました。
 それは彼が良く経験し、そして同時に不快極まりない感覚です。

 そうサイトはテオと全く同じ感情。恐怖を感じていました。

 嘘だろう?
 テオがルイズを奪う?
 
 それも。
 
 
 永遠に?
 
 
「勿論そうなれば私は御主人様のお手伝いをしなくてはいけませんので。即ち、貴方とは敵同士ということになってしまいますね」

 敵?
 テオとエンチラーダが敵になる?
 
 勝てるわけ、
 勝てるわけないじゃないか。
 
「まあ、まずありえない話ですがね」
「そ…そうだよな。テオだもん。テオだもんな…ハハ、あり得ないよ、ハハハ」
 そう言ってサイトは笑いました。
 
 自分の中に芽生えた恐怖を、笑い声で吹き飛ばすように。
 ラグドリアン湖に。
 サイトの笑い声が響き渡りました。

 

◆◆◆用語解説

・インクベリー
 別名ヤマゴボウ。毒草、食べた場合死に至ることも有るので注意。ちなみに一般的に食されている『山牛蒡』は大抵はアザミの根でこちらは無害
 テオはちょっぴり食べたが、とてつもない不快感と嘔吐に悩まされ、それ以降食べていない。
 絶対に真似しないように。

・山鳩・野ウサギ・鹿・リス。
 どれも良く食用にされる。リスもアメリカやイギリス等で食べられる。
 勿論テオは食べている。

・オオトカゲ
 一部のトカゲは食用にされ、養殖されているものもあるが、あまり一般的ではない。
 テオは食べたことは無いがいつか食べたいと思っている。

・マロニエ
 トチノキのこと。実は食べられるが、アク抜きが必要。
 そのままではとてもじゃないが食べることが出来ない。

・ルイーズ
 ルイズの亜種。
 ルイズに比べ冷静に物事を判断し、聡明である。
 相手を観察することに優れ、相手の求める行動や言動をする。

 個人的な想像だが、惚れ薬が恋心を助長するにしても原作におけるルイズの幼児退行ぶりはおかしいとおもう。
 アレはルイズの演技ではなかったのだろうか?
 ルイズはサイトを幼い性格で誘惑したのではないだろうか?

・泣いちゃった赤い鬼の話
 紆余曲折あって最後赤鬼が泣く話



[34559] 29 テオとルイーズとサイト
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2013/03/24 00:10



 テオ達がサイト達と合流したのは、日も暮れる寸前でした。
「ああ、全く。くそう何が『確か夕日のある方向に真っ直ぐ進めば到着する』だ。まるっきり反対方向じゃないか。おかげでえらく時間がかかった」
「ごめんなさいテオ…あのね、勘違いしないで。別にアレなのよ?間違った方向を教えたのは…わざとなのよ?」
「……なお悪いじゃないか!なぜ嘘を教える!?」
「えへへ、少しでもテオと二人っきりで居たかったから」
 そんなことを言い合いながら二人は森の中から出てきたのです。


 それは森にやってきた時とさほど変わらない様子でした。
 浮かれるルイズ。翻弄されるテオ。
 ただそこに、なんとなく、サイトは違和感を覚えます。

 少し。ほんの少し。
 テオが先ほどまでに比べて嫌がっていないような気がしたのです。

 だから、思わずサイトは彼女に声をかけてしまいました。
「おいルイズ…」

「…」
 彼女は返事をしませんでした。

「…?なんで返事をしないんだねルイズ?」
「…」
「ねえ、どうしたの?ルイズ?」
「…」

 ギーシュの言葉にもモンモランシーの言葉にも。彼女は反応しませんでした。

「「「ルイズ!!」」」

 サイト達が大声でルイズの名を呼ぶと、彼女は今気づいたといった様子で言いました。
「はあ?それはワタクシのことでしょうか?」
「オマエ以外居ないだろ!!」
「なにこれ、新種のジョーク?」
 彼女の妙な反応に皆は困惑しました。

「失礼ですが、私をどなたかと勘違いされていません?」
 いかにも他人行儀な調子でルイズはそう言いました。
「どなたかって…ルイズだろ?」

 その言葉に対して、
「いや、ルイーズだ」
 テオがそう言いました。

 そう、
 サイトたちの目の前に現れた少女。
 
 それはもう、ルイズではなく『ルイーズ』その人なのです。

「始めまして!ルイーズです。ルイーズ。家名も何も無い。ただのルイーズ。特技は編み物!好きなものはテオ!みんなよろしくね!」
 にっこりと笑いながらルイーズはそうやって自己紹介をしました。

「大変だ、惚れ薬がとうとう脳まで侵食し始めた」
「テオの異常さが感染したんだわ」
「ルイズ、そこらに落ちているものは食べたらダメだって…」

 ルイズそっくりの少女の言葉に、皆が騒ぎ出す中。一人、エンチラーダは冷静に状況を理解していました。

「…なるほど。そういうことですか」
 その様子を見ながらエンチラーダが静かに呟きました。

「ミス・エンチラーダはこんな時でも冷静だなあ…何がなるほどなんだい?」
 ギーシュがエンチラーダに問いました。

「ルイズ様は思いの他聡明であらせられる」
「はあ?」
「先程私が言いましたね。ルイズ様がルイズ様である限り御主人様はルイズ様を受け入れはしないと」
「ああ言ってた。でもそれと何の関係が?」
「ですからルイズ様はルイズ様でなくなったのです」
「「「????」」」
 サイトもギーシュもモンモランシーも。その言葉を理解できませんでした。

「ルイズ様はルイーズ様となることで御主人様の気を引こうとなさっているのです」
「何だよそれワケワカンネエよ」
「ええ、普通に考えたらナンセンスです。詭弁もいいところでしょう。しかし、御主人様には非常に有効な詭弁です。御主人様はそういった妙な理屈を受け入れやすい方ですので。ルイズ様は御主人様のそういった性格を中々に良く観察していらっしゃるようで…正直、これは私も予想外です」
 そう言ってエンチラーダは腕を組みました。

 サイトの心は穏やかではいられませんでした。
 何やらとても嫌な状況になりつつあるような予感がしました。
 
 その予感をごまかすようにサイトはテオに話しかけます。
「その…テオ。アノさ、精霊の涙を手に入れるのには、此処にくる襲撃者ってのを倒さなきゃいけないらしいんだけど…」
「そうか…で?」
「テオは手伝う気ある?」
「……………………………ふむ」
 そう言ってテオは少しの間悩む素振りを見せました。
 
 サイトはテオがいったいどんな答えを出すのか。
 不安な気持ちでその回答を待ちました。
 
 そして、テオの出した答えは。
「…止めておく」
 テオの言葉。
 それは純粋に襲撃者退治の戦力が減った以上の大きな意味がありました。

 先刻まで一秒でも早く薬の完成を求めていたテオが、ここにきて協力を拒む。

 サイトの中を真っ黒な恐怖が走り抜けます。

「襲撃者退治?なるほど、面白そうじゃあないか。確かに魅力的な提案だ。しかしな。吾は貴様らに便利に使われる道具ではない。何か勘違いしているようだが、吾やエンチラーダがここに居るのはそこのクルクル頭が作業を放棄して逃げ出さないかを監視するためであって、薬の材料調達を手伝うためじゃあない。そもそも吾はちょっと用事がある…エンチラーダ手伝え」
「御意にございます」

 そう言ってテオとエンチラーダはその場を後にしました。
 勿論ルイーズも連れて。
 
 
 それは如何にも自分勝手なテオらしい行動と言えました。
 気に入らないから手伝わない。
 そこには全く他意が無いように思えます。
 
 だからサイトは自分に言い聞かせました。
 なるほど気分屋のテオらしい考え方だ。単に気が乗らないだけだ。そうに違いない。
 実際、テオ自身が言っていたじゃあないか。
『吾が、吾が、他人が惚れ薬を飲んだことを、これ幸いと、それを利用して肉体関係を結ぶような下衆だと、そう言っているのか』と。
 テオは惚れ薬にかかった人間に不埒な事はしないさ。
 違うさ。テオはそんなゲス野郎じゃあ無い。

 しかし、そうやってテオを信じようとする反面で。
 サイトの中の不安はムクムクと大きくなっていきます。

 サイトはその不安を振り払うように首を振りました。
 とりあえず、今集中するべきは目の前のことだ。
 襲撃者退治に集中しよう。

 テオとエンチラーダの協力を得られないのであれば、戦力になるのは自分一人だ。
 ギーシュは頼りにならないし、モンモランシーは問題外。
 
 サイトはまずテオの行動以前に、自分たちが本当に襲撃者を倒せるのかという不安に、その顔を歪めるのでした。
 
 


 一方その頃。
 テオは何やらエンチラーダに指示を出していました。

「…と言うわけで、瓶と…そして」
 テオがエンチラーダに何やら指示をしていると、
「テオ…ねえテオ?」
 ルイーズがテオの裾を引きました。

「なんだ?ルイーズ。あんまり裾を引っ張るな。伸びちゃうだろ」
「私、お花を摘みに行きたいの」
「…そうですか、では行って来ればいいんじゃないカナ?というか、一々吾に言わずとも勝手に行って来ればいいことではないのか?」
「何言ってるのよ、貴方も来るのよ?」
「は?」
 ナニヲイッテイルンダコイツ?という様子でテオは聞き返します。
「一人でお花を摘んでも面白くないじゃない」
「待て待てまて待て待て、さすがにそれはいかんだろう。吾、そういうのはちょっと…」
「何で?お花を一緒に摘むのが健全な恋人どおしの戯れじゃないの」
「…そうなのか?」
「大丈夫よ、別にテオにも花を摘めとは言わないわよ、私が摘むところを隣で見てればいいんだもの」
「…え?君はそういう趣味を前々からもってたりするのか?」
「私だって女の子なんだもの。好きな人とお花を摘みたいと思ったことくらいあるわ」
「デカルチャーである」
 テオは動揺を隠せません。

 なにせ彼はそういった事を経験したことがなかったのです。

「しかし…吾にはやることが…」
「花を摘みながらやればいいじゃない」
「いや、それはさすがに…」
「え?不可能なの?」
「いや…出来ないというわけではないが…」
「まあ、しかたがないわよね。いくらテオでも、片手間に作業するなんて、絶対に、無理だし、不可能よね、しかたがない。ああ、しかたがない…残念、残念」
 少し演技かかった大げさな表現でルイーズはそう言いました。

「にゃ!にゃにおう!出来るわい!吾にかかれば花摘みしながら別の作業なんて、チョチョイのチョイのチョイでチョイなのだ!」
「じゃあ問題無いわね。一緒にお花摘みに行きましょう」
「望むところである!……………あれ?」
 
「…ルイズ様…いえ、ルイーズ様は本当に良く御主人様をご理解なさっていらっしゃる」
 エンチラーダはテオとルイーズのやり取りを見ながら言いました。
 
 
 奇しくも、サイトが緊張で顔を歪めているそのころ。
 テオもまたルイーズにのせられその表情を歪めるのでした。

 
◆◇◆◇◆


 サイトはラグドリアン湖の岸辺にある木陰に隠れながらじっと襲撃者を待っていました。
「結局頼れるのは自分だけか」
 思わずサイトはそう呟きました。
 
 チロリと後を見ると、そこにはチョコンと座るモンモランシーとギーシュが居ました。
 全くもって戦う気配が見えません。
 
「私は戦わないわよ?絶対に戦わないからね?解ってる?そこんとこ、解ってる?」
 モンモランシーはしきりにサイトにそう言っていました。
 ここまで念を押して戦わないと言うあたり、本当に戦うのが嫌なのでしょう。
 嫌がる人間を無理矢理戦闘に狩りだしても邪魔にしかならないでしょうからサイトはモンモランシーを戦力から外していました。

 そして、一応は戦力になりそうだったギーシュはと言うと。
「僕が~居れば。百人力なのら。ヒック。僕の勇敢な戦乙女たちが、ならずものなんてチョチョイのチョイっと~」
 モンモランシーの隣でべべれけに酔い呂律の回らない口で何やら喚いています。どうやら戦いに対する不安を紛らわせるために飲んだワインが効果を発揮しすぎたようです。
 
 頼れるのは自分しか居ない。マジで。
 サイトはそう考えて覚悟を新たにするのでした。

 サイトは思案しました。
 自分は襲撃者を倒せるだろうか?
 自分は強くなった。その実感はありました。
 しかし、それだけで勝てるほどこの世界は甘くないこともサイトはよく知っていました。

 例えばフーケ。
 自分たちはフーケに勝利しました。しかし、実際フーケのゴーレムを倒したのはテオですし、ロケットランチャーがあればあのゴーレムを倒せたでしょうがそれはサイトの実力ではありません。

 例えばワルド。
 たしかに自分はワルドを退けました。
 しかし、アレは良くて痛み分け。ワルドの腕を切り彼は逃げましたが、その時サイトは満身創痍で死にかけていました。
 勝ったと胸を張る事は出来ません。
 
 思えば、サイトは此処に来てギーシュにしか勝ったことがありませんでした。
 
 湖にくる襲撃者とやらがギーシュ程度の実力ならば構わない。
 しかし、もしフーケやワルドのような奴らだったら?
 いや、それならばまだイイ。あれからサイトは欠かさず訓練しています。
 もし相手がワルドだとしても、今度は負けないという自信がありました。
 
 しかし。
 もし、襲撃者がテオと同等だったら?
 
 そこまで考えてサイトは首を振りました。
 ありえない。テオほどの強さの人間なんてそうそういてたまるものか。
 あんな怪物、絶対に現れない。 
 そうしてサイトは考えるのをやめました。

 


 それからしばらくすると、岸辺で人が動く気配がしました。
 サイトが目を凝らしてみると、そこには二人の人間。
 暗い色のローブを身にまとった二人組です。
 
 唯でさえ真っ暗闇の中そんな暗いローブを頭からかぶるように着ているので人相はおろか、性別さえわかりません。
 
 サイトは剣の柄を握りました。
 左手のルーンが光り、サイトの感覚が研ぎ澄まされます。
 今にも飛び出したい衝動を必死に抑えながらサイトは二人を観察します。
 
 二人組は水辺に立つと杖を掲げ何やら呪文を唱え始めました。
 
 
 間違いない。サイトは確信しました。
 
 サイトは二人組の背後へと向かいました。
 勝てる。大丈夫だとサイトは自分に言い聞かせます。
 十数匹のオークとも戦った。
 あれから毎日素振りもしている。
 
 そうやって自分に自信を持たせながらサイトは二人組の後方にある木陰へとしゃがみ込むと左手を上げて合図をしました。
 その合図を見て、ギーシュが呪文を唱えます。幸い酔っていても魔法を使う程度の理性は残っていたようです。
 
 すると、二人組の真下の地面が盛り上がり、それはそのまま襲撃者の足を押さえつけました。
 
 
 
 
 今!
 
 サイトは弾丸のように木の影から飛び出て敵との距離を詰めます。
 それは一瞬の出来事でしたが、敵の反応は迅速でした。
 
 
 背の高い方が、自分達の足に絡み付いた土の腕を炎の魔法で焼き払いました。
 体の自由を取り戻した小さいほうが、次の瞬間にはサイトへと体を向けていました。
 そして素早く身をひねり、杖をふりました。
 
 
 途端。
 サイトの体に大きな衝撃がひびきます。
 
 嘗てワルドからも受けた、エア・ハンマーの魔法が、カウンター気味にサイトにぶつかったのです。
 
 サイトは大きく吹き飛ばされましたが、体を捻り、なんとか地面に足をつけて着地しました。
 
 しかし、その次の瞬間には彼の目の前に氷の矢が迫っていました。
 サイトは後方にジャンプしてそれをかわします。
 すると、今度は巨大な火の球がサイトに迫ります。
 
 敵は、まるでチェスの終盤のように、サイトを追い詰めていきます。
 このまま行けばいずれサイトに攻撃が当たる。

 サイトは焦りました。
 
 
 今はなんとか相手の魔法を避けることが出来ています。
 しかし、間髪入れずに迫りくる魔法を避けるばかりで、自分には攻撃をする余裕はありません。
 避けるばかりでは一向に状況は好転しません。
 
 或いは、このまま逃げ続ければ相手の魔力が切れる可能性もありますが。
 それまでにずっとこの攻撃を避け続けられるとは思いませんでした。
 
 
 このままではいけない。
 何か、何か状況を打開する方法を見つけなければ。
 
 その、考え、その焦りが命取りでした。
 相手はサイトのその一瞬の思考による隙を見逃しませんでした。
 
 風の固まりがサイトの腕に当たり、彼の腕から剣を奪い取ります。
 
 サイトは体が重くなるのを感じました。
 最早彼にはガンダールヴのアドバンテージはありません。
 
 そして、そして彼の目には、自分に迫りくる火の球が見えました。
 
 ああ、そうか。
 自分は今死ぬのか。
 そう思いました。
 
 こんなに、あっさりと人は死ぬのだと、妙に冷静に考えている自分が居ました。

 そして、次の瞬間彼の心に登ったのは、恐怖ではなく申し訳ないという気持ちでした。

 心配をかけているであろう、元の世界の家族。友人。
 帰れなくてゴメン。
 この世界で出会った人たち。
 恩返しも何もせずに死んでゴメン。
 
 
 ルイズ。
 
 
 戻せなくて。
 ゴメン。
 
 
 
 
 
 
 
 そして、サイトの体に大きな痛みが走りました。







 具体的には、その…膝の関節に。
 
 
 
「え?」
 サイトの口からそんな声が出る頃には。
 サイトの体はヘタリとその場に仰向けに倒れこみ、その彼の上方、正に彼の目の前を炎の玉が通り過ぎていました。
 
「全く、あんな攻撃も避けられないとは」
 ふと彼の横から声が聞こえました。
  
「エンチラーダ…さん?」
 そこにはエンチラーダが立っていました。
 彼女がサイトの膝の裏を蹴り、サイトの体勢をわざと崩して火の球を避けさせたのです。
 突然現れた援軍に、相手の二人組は戸惑い、攻撃が一時的に止みました。

「甘いですね、まるでカステーラの端っこのように甘い」
 エンチラーダはそう言うとため息を一つつきました。

「貴方には全て足りないですが、なにより一番に覚悟が足りていない。人を殺そうとすると言うことは、自分を殺す攻撃が向こうからは来ると言うことです。恐ろしい魔法が来ることはわかりきっているでしょう。
 確かに剣を飛ばされれば、衝撃を受けるでしょう当然です。
 攻撃手段がなくなるんですから。普通は不味いと思うでしょう。私ですらそう思うはずです
 しかし、もしこれが覚悟有る人間ならば、決して戦う意志を無くしたりはしません。
 たとえ腕を飛ばされようが脚をもがれようともです。 
 なのに貴方は怯んだ。目の前の攻撃に恐怖し体を硬直させた。避けるというただ単純な行動すら放棄した。もし覚悟があれば。決して怯みはしなかったはずです。冷静に判断し、難なくあの攻撃を避けたでしょう。はっきり言って貴方の身体能力ならばどんな人間にでも勝ちうるのです。しかし、それが出来ない理由は至極単純。貴方は覚悟が足りないのです」
 至極淡々と、それでいて重い口調でエンチラーダそう言いました。
 口では雄弁に語りつつも、視線は目の前の二人の敵から外しません。
 
 一見すると隙だらけの姿。
 しかし、サイトを助けたその動きと、今この瞬間までここにいることを悟らせない気配の殺し方から、エンチラーダが並の人間ではないことに敵も気づいたのでしょう。
 

「この世界で生きるつもりならば、覚悟が必要です。目的のため全てを捨て、そして、目の前の如何なる敵も打ち倒す覚悟が!」
 そして。

 その言葉を言い終わるか終わらないかのうちに。
 ただ、ただまっすぐにエンチラーダは動いていました。

 真っ直ぐ。

 ただそれだけ。
 
 サイトよりも早いわけでも無い。
 フェイントをおりまぜているわけでも無い。
 相手の死角を狙うでも無い。
 ただ。真っ直ぐ敵の正面にむかって走っていました。
 正面から攻撃する。
 
 正に愚行。
 手の正面に突っ込むなんて、どうぞ自分を攻撃して下さいと言っている様なものです。
 サイトでもわかるほどに愚行。
 
 しかし、しかしその愚行に。
 
 
 サイトの魂は揺さぶられました。
 まるで、それはその動きは、そう動くことが当然で有るようでした。
 サイトが見た如何なる動きより正直で、愚直で。そして、何よりも自然。
 それを見たサイトは、その動きに、まるで見入ってしまうように動けなくなってしまいました。
 

 そして、それは敵も同じでした。
 無論、敵もその動きに見惚れていたというわけではありません。
 純粋に目の前の二人の敵は、突然正面からやってくるエンチラーダのその行動を予想していなかっただけに対応を大きく遅らせたのです。
 
 その愚行が、正に功を奏したのです。
 愚行を犯す覚悟を持ったが故に、彼女は相手の意表をつけたのです。
 
「グェ!」
 エンチラーダのパンチは吸い込まれるようにして背の高い方に当たりました。相手はくの字に折れ曲がり、そのままうずくまってしまいました。
 
 エンチラーダがもう一人につかみかかろうとした時に。
 サイトは殴られた敵の出したうめき声に聞き覚えがあることに気が付きました。

「あえ?」
 そう。
 それは良く学院で聞いた声。
 キュルケの声と全く同じに聞こえたのです。

「タンマ、タンマ!エンチラーダさんタンマ!」
 サイトは大急ぎでエンチラーダに駆け寄り、そして背の低い方への攻撃にストップをかけます。
「何ですか?」
「ちょっと待って!その二人、その二人ってひょっとして…・」
 
 そしてサイトは
 エンチラーダが掴みかかる背の低い相手のフードから、青い髪の毛が見えるのを確認しました。
「やっぱり…エンチラーダさんストップストップ待って待って!その二人!キュルケとタバサだ!」

「だから?」
 そう言ってエンチラーダは首をかしげました。

「だからって…?」
「それは攻撃を辞める理由になりません」
 そう言ってエンチラーダは腕を振り上げますが、サイトはがっしりとそれにしがみついて叫びます。

「話し合おう!話しあおうよ!とにかくそれからでも遅くはないはずだ!!!!」


 暗闇の中。サイトの声が響きました。


◇◆◇◆


 月のあかりに照らされながら。
 テオとルイーズは花畑に居ました。
 沢山の花に囲まれながら、ルイーズは上機嫌に花を摘んでいます。
 その隣でテオは本を読みながら呟きました。
「本当にお花摘みだとは思わなかった…」
「何言ってるの?テオ」
「いや…なんでもない。むしろ変な方向に邪推した自分が恥ずかしいと自戒していたところだ」
「ふふふ、変なテオ?」
 ルイズは笑いながらそう言うと、目の前にあった花を一本引きぬきました。

「ホラホラ、珍しい花」
「芥子だな、薬にも毒にもなる花だ。種は普通に食える」

「コレも綺麗ね」
「アザミか、根っこが美味い花だな」

「テオほら、コレなんか綺麗じゃない?」
「ふむ、獅子牙花の亜種だな、煮れば食える」
「ハイ、マントのブローチの所に付けてあげる」
「…うむ」
 獅子牙花をマントに取り付けられた、テオは何処か気まずい気分になりましたが、花を身にまとうことにさほどの抵抗を覚えなかったので、彼女のするに任せました。

「テオ似合ってるわ」
「ふん、当然である。吾の前では自然の作り出す絶対的な美さえも、吾を引き立たせるアクセントとなるのだよ」
「うん、知ってる」
「…そうか」
 そう言いながらテオは目の前の本に視線を戻しました。
 
「フフフ、テオ!今私すごく幸せなの」
 本に集中するテオに向かってルイーズは言いました。

「そうか…」
「愛する人と二人っきり。このまま時間が止まっちゃえばいいのに」
「そうか…」
「テオ楽しい?」
「そうか…」

「…」
「そうか…」
「えい」
「そ…ハップシュン!!おい!やめろ、いい年して人の鼻に花を突っ込むとか」
「あら、私ったらテオを困らせちゃった。まあいいわ。だって、やっとテオは私の方を見てくれたんだもの。全く、せっかく一緒にいるのに本ばっかり読むなんてマナーが悪いわよ?」
「全く、本ぐらいはゆっくり読ませてくれてもいいだろうに…」
 そう言ってテオはパタリと本を閉じました。

「あら?もう本はいいの?」
「邪魔しておいてよくそんなことが言えるな。まあ、主要な部分は読み終わってしたし、もう必要ないよ」
「ふーん…ところでテオは何を読んでいたの?」
「これか?ああ、これはクルクル頭のかばんに入っていた本だ」

 そう言ってテオはその本を鞄にしまいました。
 その本はモンモランシーの私物でしたし、テオはそれを読むにあたって彼女の許可を得たわけではありませんがテオはさも当然のようにそれを借り、そしてまるで自分の本であるかのように読んでいたのです。
 
 テオは他人の物をさも自分のもののごとく扱うようなジャイアニズム主義者と言うわけではありません。しかし、今回、彼は他人の本を勝手に持ち出すことに躊躇をしていませんでした。
 
 なぜならテオには。
 それが必要だったからです。
 
「どんな本?」
「ん?これか?うん、そうだな、惚れ薬の作り方の本だ」
 テオがそう言うと、ルイーズは驚いた声をあげました。
「あら、テオって惚れ薬が嫌いだと思ったけれど?」
「ああ、嫌いだよ、嫌いだとも。しかしな、嫌いだという理由で対象を遠ざけるのは逃げだ。吾は今回それを痛感したよ。知るべきだったんだ。たとえ嫌いだとしてもね。実際本を呼んでみると面白い」

 そう言いながらテオは鞄から今度は液体の入った瓶やアルコールランプを取り出します。

「テオ、嬉しそうね?」
「ああ、そうだな。きっと吾は楽しいんだろうな。」
 アルコールランプに火を灯しながらテオは言いました。

「吾はきっと間違った事をしている。でも、それでもそれを何処かで楽しんでいる自分がいる。
 はっきり言って吾がこれからすることは残酷極まりないものなのだろう。そういうものを作ろうとしている。
 でも、それでもやっぱり何かを作るのは楽しい。
 嫌なのにな。でもどうしようもないんだ」
 準備をしながら言ったテオの言葉。
 それは半ば無意識の言葉だったのでしょう。殆ど独り言でした。
 
 しかし、そんな言葉を、ルイーズは肯定しました。
「あら?テオ。貴方らしくないわよ?私の知るテオは、自分の思う事のためならば、間違いとか、残酷とか、そんなことを気にしない人間よ。胸をはりなさいテオ。この世界の誰がそれを否定しても、私だけはそれを肯定するわ。テオ。いいのよ、貴方の思うようにやれば」
 そう言ってルイーズは笑いました。
 
 テオはふと、彼女の顔を見て。
 

 そして直ぐに視線を戻しました。
 
 
 だって、月明かりに照らされて笑うルイーズの表情はとても楽しそうで。
 そして、とても綺麗で。
 
 
 だからテオは、もう少しでもその表情を見れば、
 全てを忘れて見入ってしまいそうだったのです。


◆◇◆◇◆


「でもなんだかんだ言っても手伝ってくれたんですね」
 サイトがエンチラーダにそう言いました。
 
「暇でしたので」
 無表情にエンチラーダはそう言いました。
 そこから何の感情も読み取れませんでしたが、エンチラーダの行動に、サイトは大いに安堵していました。
 
 なんだかんだで手伝う。テオの常套手段です。
 今までも人を手伝ったり、助けたり絶対しないと口では言いながら最終的にサイトやルイズを助けてきました。
 ギーシュとの決闘でボロボロになった時、フーケと戦った時、ワルドとの戦いで死にかけていた時。
 いつもテオはサイト達を助けてくれました。
 今回も同じ。
 
 口では手伝わないような事を言っておいて、最後はこうしてエンチラーダを手伝いに寄越している。
 ああ、やっぱり自分の心配は杞憂であったと。サイトはとても上機嫌でした。
 
 一方。その場にサイトとは対照的に非常に不機嫌な人間が居ました。
 それも二人。
 キュルケとタバサです。
 
「ねえ、コレほどいてくれない?」
「…」
 不満そうにそういうキュルケの体はまるでミノムシのようにロープでグルグル巻にされていました。
 隣で無言のタバサも同様です。
 確かに先程まで戦っていたのだから拘束するというのも無理からぬ事かもしれませんが、それでもここまで厳重にヒモで縛ることは無いだろうと彼女たちは不満でした。

「無理です」
 にべもなくエンチラーダはそう言いました。

「まあ、正しい行為で有ることは認めるけどね…」
 そう言ってキュルケはため息をつきました、

 身内であるから安心。
 それはとても危険な考え方です。
  
 知っている人間、友人、家族。
 たとえどんな間柄であっても、時に人は簡単に裏切ります。
 学友で有るといっても、それが相手を絶対的に信頼する理由にはなりません。
  
 更に言うのであれば此処は魔法のある世界。
 人そっくりに化ける魔法や、人を操る魔法も有るのです。
  
 むしろ知り合いこそ警戒する。それはとても正しい行為でした。
 
「ところでルイズとテオは?」
 いつものメンバーの中に二人が見当たらないことに気がついてキュルケが言いました。
 
「あ…ええと」
「御主人様とルイーズ様はご一緒にお花を摘みにいってらっしゃいます」
「…二人で?」
「ええ、二人っきりで」
「変ね?あの二人、思いっきり相性が悪いじゃないの」
「それなんだよ。じつはルイズが惚れ薬を飲んじゃって、テオに惚れてるんだ」
「惚れ薬?テオがなんでそんなの作るの?彼、そういうの大ッキライでしょ?」
「作ったのはモンモランシーだよ」
「貴方が?なんでそんなの作ったの?」
 キュルケはモンモランシーに向き直るとそう尋ねました。
「…もう二度と作らないわよ」
 不快そうにモンモランシーが答えました。
「…ふん、自分に自信の持てない女って、惨めね」
 軽蔑の眼差しでキュルケはモンモランシーを見ます。モンモランシーはそれがとても不快でした。
 何故ならば惨めであることなんて、モンモランシー自身が一番に理解していたからです。
「うっさい!そんなことあんたに言われるまでもなくとっくに解ってんのよ!って、言うかもとはといえば、このバカが浮気ばっかりするから…」
「え?僕のせいなのかい?」
 モンモランシーとギーシュはそのままギャイノギャイノと言い争いを始めてしまいました。
 
 その様子を無視して、サイトはキュルケとタバサに事の詳細を話しました。
「ふーん、とにかく、あなた達は水の精霊の涙を手に入れるために水の精霊を守っていたと言うわけね?」
「ああ、そっちはどうして水の精霊を襲っていたんだ?」
 サイトの質問に、キュルケは少し困った顔を見せながらこう言いました。
「えっと…。タバサのご実家に頼まれたのよ。水の精霊のせいで水かさが上がってるでしょ?だからタバサの実家の領地が被害にあってるの。それで私達がその退治を頼まれたってわけ」
「なるほど…ならこうしないか?水の精霊を襲うのは中止して、そのかわり水の精霊と話し合ってみよう。なんで水かさを増やすのを止めてくれって」
「水の精霊が聞くと思う?」
「聞くさ。実際俺たちは昼間交渉したぜ?襲撃者を倒せば精霊の涙をくれるって約束してくれた」

 キュルケは少し思案するとタバサに言いました。
「要は湖が元のかさに戻ればいいんでしょ?」
 タバサが頷きました。
 
「よし!決まった!じゃあ早速交渉だ!」
 そう言ってサイトが立ち上がります。

「今から?」
 モンモランシーが呆れたように言いました。
 すでに時間は夜遅く。
 
 しかも戦闘直後で皆疲れています。
 確かに水の精霊は昼も夜も気にしないでしょうが、さすがに次の日の朝を待ったほうが得策のように思えました。

 しかしサイトは今直ぐにでも精霊の涙を手に入れようとしています。
「当然だろ?」
「なんでそんなに急ぐの?」

 なぜ?
 そんなの決まってる。
 決まって…あれ?
 
 ふと、サイトは自分がなぜこんなにも急ぐのかを考え直しました。
 
 なぜ?
 なぜかな。
  
 そこまで考えて、サイトは考えを放棄しました。 
「まあ…こう言うのは早いほうがいいからな」
 そういってサイトはラグドリアン湖へと歩き出しました。
 
 周りの人間も慌ててそれについていきます。
 縛られているキュルケとタバサはエンチラーダに担がれて。

 
 サイトは自分自身で気がついていませんでした。
 いえ、気が付かないことにしていたのかもしれません。
 自分が急ぐ理由。
 エンチラーダが助けに来てくれたことで消えたと思っていた不安は依然として自分の中にあることに。
 心の何処かで焦っていることに。一刻も早くルイズを元に戻したいと思っていることに。



 そして、心の何処かでテオを疑っていることに。
 


◆◆◆用語解説


よく解らない解説
 
・愛。
 なんだか愛をテーマに一連の話を書いているが、
 正直筆者自身は愛とかよくわからない。


・花を摘む
 文字通りの意味の他に、貴族の隠語の一種で『トイレに行く』という意味も持っている。
 まあ、筆者はそんな隠語を使ったことが無い。

・上級者向け過ぎる
 文字通り花を摘むのか、トイレに行くのかで話の意味合いが大きく違ってくる。
 テオが慌てたのは後者の意味だと思ったから。
 筆者にはそんな性癖が無いのでよく解らない。
 
・デカルチャー
 別にヤック!ヤック!と言いたいわけじゃない。
 トリステインのモデルとおもわれるフランスの言葉に従ってみた。
 deは前置詞、実際の発音はデと言うよりドェやドゥに近いのだろう。
 この場合のテオの言葉は、
 Je ne sais pas de culture
『そんな文化、俺知らねーよ!!』とかになる…んじゃないのか?間違ってるとは思う。
 Je ne sais lesmots de la France。
 フランス語とかよくわからん。

・ジャイアニズム
 一言で言うと「オマエのモノはオレのモノ」な考え方。
 他にも「欲しいものは手に入れるのがおれのやり方」
 「うるせえ、かったものの勝ちだ」「正しいのはいつも俺!」などの傍若無人主義
 しかし一方で、絶対に人を裏切らず、妙に男気あふれている性格でもあるらしいが…
 筆者はよくわからない。
 
・たとえ腕を飛ばされようが脚をもがれようとも~
 エンチラーダ「だから貴方はマンモーニなんですよサイト」
 サイト「分かったよエンチラーダ兄ィ!!兄貴の覚悟が!“言葉”でなく“心”で理解できた!」
 筆者は理解できない。
 
・…あれ?
 今回で惚れ薬の話を終わりにするつもりが思いの外長くなってしまって中途半端なところで切るはめに。
 正直、筆者は文章の書き方とか未だにわかっていない。



[34559] 30 テオとルイーズと獅子牙花.
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2013/03/25 15:13
 
 深夜に呼び出したのに水の精霊は特に不機嫌そうでもなく、と言うより、精霊には昼とか夜といった概念すら希薄なようでした。
 ただ淡々とサイトに事の次第を尋ね、そしてサイトがもう湖を襲うものはいないと言うと精霊はあっさりとそれを信じ、『精霊の涙』すなわち、その精霊の体の一部をサイトの持つ瓶の中へと入れました。
 
 そしてその後に問われたサイトたちの「なぜ水かさを増やすのか」と言う質問に対してこう答えました。
「我が守りし秘宝が盗まれた。お前たちの同胞が盗んだのだ」
「秘宝?」
「そうだ」

「じゃあ、人間に復讐するために水かさを?」
「復讐?そんな目的は持たない。ただ秘宝を取り返したいと思うだけだ。水かさが増えればいずれは秘宝に届くだろう。だから水かさを増やす」
 なんとも気が長い話です。
 サイトはすっかり呆れてしまいました。
 
「気が長いなあ」
「我とお前たちとは時間の概念が違う。今も未来も過去もさほどの違いはない。我は常に存在するゆえ」
「ふうん、それなら俺達がその秘宝を取り返してきてやる、そうすれば水かさを増やさなくてもいいだろ?なんていう秘宝だ?」
 サイトのその問いに精霊は簡潔に答えます。
 
「アンドバリの指輪」
「アンドバリ?」
 水の精霊はアンドバリの指輪と、それが盗まれた状況を説明しました。
 
 人を操り、死体すらも動かす秘宝、アンドバリの指輪。
 それはとても強力で危険な秘宝のようでした。
 しかし、それを見つけなければ、目の前の精霊は今後も湖の水かさを増やし続けるでしょう。
 
 サイトは決心したように頷くとこう言いました。
「よし、約束する、その指輪を何としてでも取り返してくるから、水かさを増やさないでくれ」
「わかった」
 水の精霊はふるふる震えると、あっさりとそれを了承しました。
 あまりにも簡単に了承するので、サイトは少し拍子抜けしてしまいました。
「何時までに取り返してくればいいんだ?」
「お前たちの寿命が尽きるまででかまわぬ」
「そんなに長期間で良いのか?」
 死ぬまで。
 水かさを増やし続けるよりはマシかも知れませんがやはり気が長すぎる話です。
 しかし、水の精霊はそんな気の長い提案を、当然のようにあげました。

「構わぬ。我にとって明日も未来もあまり変わらぬ。時間など単なるモノが創りだした基準にすぎない」
 そう精霊は言いました。
 
 とにかく、これで目的の物は手に入れました。そしてタバサとキュルケの目的も達成しました。
 もう何の憂いもありません。
 
 後はこの『精霊の涙』を使って解毒薬を作るだけ。
 それだけです。
 
 
 
 
 
 
 そして、水の精霊がその姿を消すと、ほぼ同時に。
 辺に音が響きました。



 パチ パチ パチ パチ。




 
 何かが叩かれるような音。
 皆が驚いてその音がする方を見ると、そこにテオは立っていました。
 月明かりに照らされて、とても楽しそうに手を叩いています。
 ルイーズはそこから少し離れた位置におりました。
 
「ふむ。やっと手に入れたか、精霊の涙。まあ時間がかかったがよくやったと言うべきだろうな。そういった交渉ごとは吾の苦手とすることでもある。貴様らがそれを手に入れたことは吾に出来ない偉業といえるだろうな。誇って良いぞ?」
 
 そうテオは嬉しそうに言いました。

「テオ…」
 
 テオはとても上機嫌です。
 それは別に不思議ではありません。
 なにせ彼は誰よりも一等に解毒薬を求めていました。その材料である精霊の涙が手に入れば上機嫌になるのは道理です。

 しかし。
 なんだかその上機嫌さはサイトの不安を呼び起こさせるのです。
 何か違う。
 妙な違和感。
 テオの様子からサイトはそれを読み取りました。
 
 
 そしてそれを裏付けるように。テオは、一同の予想外の言葉を口にしました。
 
「よし、では寄越せ」
「え?」

「聞こえなかったのか?精霊の涙だ。それを寄越せと言った」
 サイトの握る瓶を指さしてテオは言いました。

「ちょっと待て、これはモンモランシーが薬を作るのに…」
 そう。この『水の精霊の涙』は解毒薬の『材料』。
 モンモランシーが調合して初めて解毒薬になりえるのです。
 これ単体では薬としての効果はありません。

「要らん。もう不要になった」
 表情を崩さずにテオはそう言いました。

「どういうことだよそれ!!!!
 オマエが、オマエが一番に解毒薬を欲しがっていたじゃないか!それなのに、もう不要ってどういうことだよ!!!」
 サイトは叫びました。
「ふう」
 サイトの叫びに対してテオは大げさにため息をつきます。

「一々と煩い奴だ、吾がそれを寄越せと言ったのだ。ならば貴様は黙ってそれを寄越せば良い。それ以外の選択肢はもとより存在しないのだから」
 テオがこの精霊の涙を欲しがる理由。
 単に解毒薬を作りたくなくなった…と言うわけではないはずです。だって、それならばこの精霊の涙を捨てさせるなりすればいいのですから。
 それをあえて寄越せと言う理由。
 
 サイトの中でエンチラーダの言葉がフラッシュバックします。
 
『御主人様が本気で研究したのならば今ある如何なる惚れ薬よりも強力な物が作れるはずです。それこそ恋心を永遠にしてしまうような薬さえも』


 そこでサイトはある考えに至りました。
 
 テオがサイトの邪魔をしなかった理由。
 むしろエンチラーダに手伝わせ、進んで『精霊の涙』を手に入れさせようとした理由を。
 
 精霊の涙は果たして解毒薬の材料でしか無いのか?
 否。
 精霊の涙は貴重な薬の材料であると。「解毒薬」ではなく「薬」の材料という表現からは、精霊の涙が解毒薬以外の薬に対しても有効な材料になりうる事が伺えます。
 
 
 
 
 そう。
 例えば『恋心を永遠にしてしまうような薬』とか。
 
 
 
 
 
「渡さない!これは。絶対に絶対に渡さない!」
 サイトは叫びました。
 
 するとテオはとても楽しそうに笑います。
「ほう、それは良い。つまりは力ずくで奪えということか。まあ、それはそれで面白そうじゃあないか。相手になってやる。何ならば全員でかかってきても構わんぞ?」
 そう言ってテオはじろりと周りを見わたしました。

「いや…正直ボクはどっちでも…」
「私はテオに従ったほうがいいと思うけど…」
 ギーシュとモンモランシーはそう言ってその場から後ずさります。
 無理もありません。
 なんといっても今のテオは如何にも好戦的に笑い、辺に殺気のようなものを振りまいています。
 両足にはいつの間にか義足が付けられすっかり臨戦態勢です。
 基本的にダメ男のギーシュと荒事は苦手なモンモランシーにテオに逆らうという選択肢はありません。
 
 そして戦力になりそうなキュルケとタバサはと言えば。
「…物理的に無理でしょ」
「…」
 縛られた上にエンチラーダに見張られていました。
 
「テオ!頑張って!」
 ルイーズの声が響きました。

 孤立無援。
 サイトは一対一でテオと戦うしかありません。

「さあ、坊主。とっとと剣を抜け。吾に至るとは思えんが勝負に絶対は無い。或いは奇跡が起きるかもしれんぞ?」
 そう言ってテオは杖を構えます。

「クソ!」
 そう言ってサイトは剣を構えました。
 ラグドリアン湖のほとり。
 
 月のあかりに照らされながら。
 
 
 テオとサイトの戦いは、こうして幕を開けました。
 
 
 




 テオはサイトの知る限り恐るべき実力を持っています。 
 
 巨大な石のゴーレム。
 巨大な石矢の魔法。
 大量の磁石ゴーレム。
 一瞬で出てくる魔法。
 
 こと、魔法に関してはテオは一番の使い手なのです。
 
 しかしサイトは今、精霊の涙を持っています。
 強力な魔法でサイトを攻撃すれば、サイトごと精霊の涙のビンも壊れてしまいます。ですからテオはサイトに対して、さほど強力な魔法は使え無いでしょう。
 それはとても強力な優位点のように思えました。
 なにせ、そうなると戦いは小規模な魔法や肉弾戦に限定されます。
 そして身体能力に関しては、サイトは相当なものなのです。
 少なくともサイトはそう自負していました。
 勝機はある。サイトはそう思いました。

 最初に動いたのはサイトでした。
 テオが魔法を使うよりも早く勝負を決める。そう考えてサイトは目にも留まらぬ速さでテオに襲いかかります。
 
 しかし、
 

 ガチン!
 大抵の防御ならばやすやすと弾くであろうサイトの攻撃を、テオはいつの間にか作っていた錬金の盾で防ぎました。


 嘘だろ!
 サイトは心のなかで叫びました
 必勝の一撃。
 渾身のスピードと、これ以上ない力を込めています。
 
 なのに。
 なのに。
「ほらほら、そんな動きでは鼠一匹殺せんぞ?」
 そう言ってテオは簡単にサイトの攻撃防いでいました。

 ガツン。
 サイトの体を衝撃が走ります。
 
 テオの作った盾から土の塊が伸び、それが腹に当てられたのです。
 かなりの質量を持った攻撃にサイトの体には鈍い衝撃が響き渡りました。
 
 強い!
 サイトはその瞬間にテオの実力を理解しました。
 
 贔屓目に見てもワルドと同等。いや、恐らくそれ以上。
 考えてみればワルドの偏在に勝ったのだからそれは当然なのかもしれませんが、てっきりテオが勝ったのは純粋な魔法勝負で接近戦はさほど強くないとサイトは思っていました。
 しかし、サイトは今、自分のその甘い見通しを呪いました。
 
 接近戦なら勝機がある?
 状況はサイトにとって不利。いえ、不利どころではなく、絶望的とさえ言えるでしょう。

 もし、テオがその気になれば、先ほどの攻撃もあんな打撃ではなく、
 それこそ魔法を繰り出してサイトの両手両足を簡単に切り落とし、その上で悠々とサイトから精霊の涙を回収できるでしょう。
 しかし、彼はそれをしませんでした。

 そう、それは、嘗てテオがフーケと戦った際に行ったことと同じでした。

 テオは楽しんでいるのです。

 余裕。
 サイトの全力を、テオは余裕で遊ぶのです。 
 正に目の前の男は化物。
 怪物。
 
 
 勝てない。
 サイトの中にそんな考えが浮かびました。
 
 
 しかし次の瞬間にその考えを押し消します。
 勝てない?
 それじゃあダメなんだ。
 勝てないといけない。
 勝たなきゃいけない。
 負けない。
 負けられない!
 じぶんが負ければ、負ければ!

 ルイズが!!!!
 
 サイトの中で想いが膨らみました。
 そして、その想いは彼に力を与えます。
 
 ガンダールヴの能力は、サイトの感情が強くなるほどに上昇するのです。
 
「だあ!!」
 サイトは大振りに剣を振りました。
 先程よりもスピードと力のある剣でした。
 
「ほう!」
 しかし、それすらもテオの前の盾にいなされました。
 まるで、まるでそれはサイトの前に立ちはだかる絶対の壁です。 

 
 その二人の様子を見ながら、周りの一同は息を飲みました。
「一方的ね」
「全然攻撃が当たらない」
 ギーシュとモンモランシーはただ目の前の戦いに圧倒されました。
 そのすぐ近くでキュルケとタバサはその動きを冷静に分析します。
「ダーリンが弱いわけじゃない。いえ、むしろ相当な強さだと思うわ。それこそ、今の彼と戦ったら私なんて簡単に負けてしまうと思う。でも、相手が悪すぎる。何アレ。あの魔法の速さ?アルビオンの時も思ったけれど、テオはまるで人間じゃないみたい」
「まるで怪物」

「いえ、そんなことはありません」
 エンチラーダが言いました。
「確かに強い。とても強いですが、御主人様は良くも悪くも人間です。弱点もあれば欠点もあります」
「弱点?まあ、そりゃあ普通は有るでしょうけど…」
「性格以外に欠点?」
 目の前の怪物じみた動きを見て、キュルケとタバサがそう言いました。
 
「ええ。そうでしょう。当然です。弱点を知られるほど愚かな事はありませんから、当然として隠しますよ。如何にその弱点を上手く隠すかが強さの条件の一つとも言えるでしょう」
「ねえねえねえねえ。なに?何なの?そのテオの弱点って」
 うねうねとエンチラーダににじり寄りながらキュルケがそう質問しました。
 このズケズケと確信を聞くストレートな行動に、隣にいたタバサは呆れましたが、同時に関心もしていました。
 そして、もしかしたらその弱点が聞けるかもしれないと淡い期待を持ち、エンチラーダの口元に神経を集中させます。
 
「そうですね…実際とても単純な弱点ですよ。それこそよく考えればわかる程度に単純な弱点です」
「へえ、じゃあその弱点とやらを付ければダーリンにも勝機は有るのね?」
 キュルケのその言葉にエンチラーダは頷きました。
「ええ。可能性はあります。ですがあくまで可能性ですよ」

 弱点を突く。
 ごくごく単純な戦法ですが確かな勝機。
 しかし、戦っている当のサイトは、その単純な戦法を取ることができていませんでした。
 その弱点が全く見えないのです。
 
 人間であれば隙が有るはず。
 癖が有るはず。
 弱点が有るはず。
 接近戦に弱い。
 中距離戦に弱い。
 動きが遅い。 
 そんな得手不得手があってしかるべき。
 
 なのに。テオにはそれが見えません。
 どんな攻撃も防御し。
 そして反撃をする。
 
 サイトは闘いながら思いました。
 何何だコイツは。
 
 弱点が見つからない。
 無い…………。
 
 弱点が無い…。
 
  怪物。
 怪物。怪物。怪物。
 怪物。
 怪物。怪物。
 

 まるで本当に怪物に立ち向かっているような錯覚をサイトは覚えました。
 しかし、サイトは諦めません。
 なぜなら。
 目の前の怪物から、ルイズという姫を助けだせるのは自分を置いて他に居ないからです。
 
 
 その時です。声が響きました。正に今サイトが想った人物。
 即ち彼女の声が。
「テオ~頑張って~!」
 サイトは泣きそうになりました。
 
 自分は正しい。正しい事をしているんだ。
 テオという怪物から、ルイズを取り戻そうとしてるんだ。
 そう自分に言い聞かせて必死に剣をふるいました。
 なのに、ルイズの視線の先には、テオしか映っていなくて。
 彼女は心からテオの勝利を祈っているのです。
 
 これではサイトはまるで美女と野獣の仲を無理矢理に裂こうとする狩人です。
 自分は正しいことをしていると信じているのに、なんだか自分が悪者になったような気持ちがして、サイトはとても悲しくなりました。
 
「当然」
 ルイーズの声援に対してテオはそう言うと、錬金の礫でサイトの肩をしたたかに打ち付けます。
 
「グウ!」
 サイトは痛みをこらえながら剣を振りますがテオはやはりそれを防御しました。
 テオはチクチクとサイトを攻撃します。
 それはわかりやすいほどに一方的な戦い。

 いえ。
 戦いとすら呼べません。
 ただ。テオが。サイトを弄んでいるにすぎないのです。 

 それでもサイトは戦いました。
 本当ならばもう心が折れてもしょうがないのに。
 それでもサイトは諦めません。
 もし此処でサイトが諦めれば、自分が一番に大切なものを失うことを知っていたからです。














 満身創痍。
 正にボロボロになりながら、サイトは今にも倒れそうでした。
 そして、その時。

 まるで天啓のように。サイトはあることに気が付きます。
 テオの動きの有る法則に。

 避けない。
 そう、テオはサイトの攻撃を全く避けていないのです。
 サイトの攻撃を全て受け止めています。
 
 それはテオの癖なのか。戦略なのか。習性なのか。それとも拘りなのか。
 いかなる理由なのかはわかりません。たまたまの偶然かもしれません。
 しかし、いまのサイトには、それは。大きな『弱点』のように思えました。

 もし、テオが攻撃を避けないなら。
 すべての攻撃に対して、防御しかしないのなら。
 その防御を超える攻撃をすれば。
 テオを破る事が出来る?
 そんな希望がサイトの中に見えました。

 ならば、
 ならば一撃に賭ける。
 
 サイトは決意しました。
 いいえ。
 サイトは覚悟しました。

 防御を捨て。
 ただ一片。
 一つの攻撃に賭ける覚悟を。
 
 
「うおおおおおおおお!!!!!」
 動くことすら辛いその体を、無理矢理に動かし。
 サイトはテオに向かって突撃しました。
 
 
 
 まっすぐに。
 
 
 それは模倣。
 エンチラーダのあの動き。絶対的な真っ直ぐな動きの模倣でした。

 模倣といっても、サイトはそれを練習したわけでも教わったわけでもありません。
 ですから、その模倣ははっきりと拙いものでした。
 エンチラーダよりもスピードこそ有りながらも、あの自然に流れるような動きは出来ていません。
 もはや別物と言えるほどに劣化したそれですが、それでも、
 そこには覚悟が込められていました。
 そしてその攻撃は。
 
 
 
 初めてテオに届きました。
 
 サイトの力の入った攻撃は、
 
 とうとうテオの盾を切り裂き。
 
 
  そして、テオへと・

 ガギョ!
 音が響きました。
 サイトの剣が見事にテオを貫いたのです。






 テオの…
 
 
 
 
 その義足を。

「あ」
 サイトの剣先をテオは蹴りで防いだのです。
 次の瞬間テオは足を曲げ、その義足ごとサイトの剣はサイトの手から引きぬかれてしまいます。

「今のは良い攻撃だったな」
 テオは一言だけそう言うと、そのまま義足による蹴りをサイトに叩き込みました。
 
「グウェ!!!!!」
 サイトの体は地面から浮き上がり、あまりの痛みにサイトはそのまま地面に倒れこんでしまいました。
 
「だが、所詮はそれだけだ」
 そう言ってテオは倒れるサイトの前に仁王立ちしました。
 
 そして悠々とテオは倒れるサイトのポケットから精霊の涙を取り出そうとします。
「や…めろ」
 サイトは倒れたままそう言います。
 しかしテオは当然止まりません。
 
 サイトは必死でテオを止めようと、その渾身の力を振り絞ります。
 しかし、サイトの疲れ果てたその手は、テオの腕を握る程度のことしか出来ませんでした。
 
「やめて…。お願い。お願いだから…やめ…」
 気がついたらサイトは泣いていました。
 泣きながらテオにすがりついていました。

 たとえ。見苦しくても。
 
 たとえ。なさけなくても。
 
 どんなに惨めでも。
 
 ルイズを助けたい。
 だから、だからサイトは痛みに耐えながら、テオの足にすがりつきました。
 

 そして、そして。
 
 その姿を見て。
 ルイーズが。
 ピンクの髪の毛の、サイトの好きなその人が。
 
  
 彼の名を呼びました。
 
 
「…………サイト…」

 テオのことしか見ていなかった、彼女が。
 今、サイトの名前を呼んだのです。 
 
 テオは戦う前に言いました。
『或いは奇跡が起きるかもしれん』と。

 そうです。
 
 今。
 
 正に。
 
 奇跡が。
 



 
「…サイト!!私のテオから離れろ!!!」

 おきるはずもなく。

 ルイーズはテオの体に触れるサイトに対して怒りを顕わにしていました。
「グフ」
 サイトの心はポッキリと折られてしまいました。
 全身から力が抜けて、テオを掴む手はするりと地面に落ちてしまいます。
 
 自由になったテオはサイトの懐からあっさりと精霊の涙を取り出しました。
「なに、すぐに出来上がるさ。あとは精霊の涙を入れるだけのところまで薬は完成しているのだからね」
 そう言うと、テオは自分の懐から、瓶を一つ取り出し。
 
 そして、その中に精霊の涙を。
 ぽたりと入れました。

 絶望。
 サイトは目の前が真っ暗になりました。
 まるで死んだようその場で固まるサイトを他所に、
 テオは、満面の笑みでこう言いました。
「ほら、
 出来上がった…完成だ。







 
       …………………解毒薬が」
  


「「「解毒薬????」」」

 皆が驚いた声をあげました。




「テオ?悪い、今、なんて言った?」
 地面に体を横たえながらサイトが言いました。

「解毒薬と言ったぞ?」
「ええっと、整理させてくれ。テオ?テオはその…惚れ薬を作っていたんじゃないのか?」
「はあ?惚れ薬、アホか貴様。そんなもの作るぐらいなら自害したほうがマシだ」
「え?じゃあ何?なんで俺達から精霊の涙を奪おうとしてたんだ?」
「だから解毒薬を作るためだ、それ以外に有るか?」
「いや、でもほら、それはモンモランシーが作るだろう?」
「そんなもん、そこのくるくるパーマに任せるよりは、自分で作ったほうが早いと思ったのでそうしたのだ。早いほうがいいに決まってるだろうが。事実として今この場で解毒薬が完成しただろう?」


 一同はぽかんと口を広げました。

「むしろ貴様らが邪魔する理由が判らん。アレか?ルイズがもとの性格に戻るのがそんなに嫌か?まあ気持ちは判らんでもないがな、剣まで振り回すほど嫌がるのは少しばかり行き過ぎのような気もするぞ?」





 時間はほんの少しさかのぼります。
 テオとルイーズがお花畑で戯れる。その時間まで。


 月のあかりに照らされながら、テオは瓶を熱していました。
 
「ジャムの瓶で大丈夫なの?」
「…………多分大丈夫だ。ブルーベリージャムだから。臭いも良いし」
「なんだか分量も適当だし。秤が無いのは不味いんじゃない?」
「問題ない。適当に見えて計算されてるんだ。吾はモル単位でものが見えるからよかろうなのだ」
「モル?まあ…テオがそう言うんならいいんだけど」

 そう言いながらルイーズはテオの作業を見守りました。
 
 如何に月明かりが明るいとはいえ辺は暗く、作業をするにはあまり良い環境とはいえません。
 道具もありあわせのそれで、とても薬作りをするような状況ではありませんでした。
 でもテオの動きはとても流暢で、よどみなく、まるでこの作業を昔から何度もしていたかのように手馴れています。

「温度は低め…ゾル状になったら火を止めて…つぎの材料を入れる」

 ブツブツと独り言を言いながらテオは手を止めません。
 ルイーズはすっかり感心してしまいました。

 彼の腕は淀みなく動き。その動きには一切の躊躇がありません。
 全く止まる事無く、目の前の薬は次々と調合されていきます。
 
 そして。薬を作り始めてから数分後。

ふと、目の前の2つの薬を前にして。
それまで流れるように動いていたテオの手が初めて止まりました。

 2つの薬を見ながら、テオの表情に初めて迷いが出たのです。

 止まってしまったテオの腕を見て。
 ルイーズがテオの耳元で言いました。

「こっちの赤いやつよ」
「…え?」
 突然耳元で発せられたルイーズの声に。テオは驚きました。

「ここに来て迷うなんて貴方らしくないわ、そっちの青いやつは惚れ薬の材料よ。解毒薬を作るならばそっちの赤い瓶を使わなくちゃ」
「…ルイーズ?」
「あら、女の子ならば皆一度は惚れ薬に興味を持つものなのよ?本当に作っちゃう子は稀だけど、作り方を知ってる子は結構多かったりするの、当然解毒薬の作り方もしってるのよ?」
 そう言ってルイーズはカラカラと笑いました。
 
「君は…君は吾が何をしようとしているのか解っているのか?」
 テオは少し大きめの声でそう言いました。

「言ったでしょ?テオ。私は貴方のこと愛してるのよ?愛している人の気持ちを察するなんて、女の子には簡単なことなのよ?少なくとも私にはわかるわ」
 そう言ってルイーズは楽しそうに笑いました。
 テオはその笑顔が理解できませんでした。
 
 なぜ?なぜ笑っていられる?
 自分が解毒薬を作っていると知りながら、どうして笑顔で居られる?
 
 解毒薬を作るということは。
 それすなわち。
 
 
 ルイーズを殺すという事なのに。
 
「吾は君を殺す」
 テオはそうはっきりと言いました。
 自分のしていることがどういうことなのか、はっきりとルイーズに理解させたかったのです。

「ええ、貴方がそれを望むなら受け入れるわ」
 あっさりと。
 しごく当たり前のようにあっさりと、ルイーズはそう答えます。
 
「なぜ…なぜ君はそうもあっさりと死を受け入れられる?」
「別に受け入れた…とはちょっと違うわね。それ以外に道が無いことを知っているって感じかしら?」
「?」
「テオ、貴方は私を受け入れない」
 カチリ。と何か嫌な音がするのをテオは感じました。
 ルイーズのその言葉はテオの中の何かを締め付けました。

 ルイーズは言葉を続けます。
「なぜかしら、不思議よね、でもわかるの。何となく。テオは絶対に私を受け入れない確信が有るの。
 私が愛したテオフラストゥスと言う人間は。絶対に作り物の感情を受け入れない。
 どんなに詭弁を使っても。
 どんなに理由を作っても。
 決して、作られた愛を認めない。
 そんな確信があるの」
 
「…」
 果たして。ルイーズの確信は正解でした。
 彼女の言うとおりです。
 
 テオは絶対に「作られた愛」を受け入れはしません。
 たとえ、目の前のルイーズが、ルイズとは別の人間であると言うことを認めても。その感情が作られた物だということは変わらないのです。

 それは。テオの足にある義足と同じでした。
 たとえどんなに巧妙に作られた義足であっても。それは本物の足ではありません。
 そして、どんなに立派な義足を付けたとしても。テオに足が無いという事実は変わりません。

 どんなに魅力的な物でも。作り物は作り物でしか無いのです。

 しかし。
 
 しかしテオの中には葛藤がありました。
 なぜならたとえ作り物の愛でも。
 
 義足がテオの体を支えるように。
 その愛はテオの心を満たし始めていたのです。
 むしろ。テオはそれが恐ろしくありました。
 なぜならこのまま行けば、自分が嫌う偽りの愛に、自分が溺れてしまうような、そんな恐怖があったのです。
 
 だから。
 だからこそ。少しでも早く解毒薬を作ろうとしているのです。

 自分の気持ちが変わってしまうよりも前に。
 ルイーズを元に戻してしまおうと。




 テオは作りかけの薬が入った瓶を強く握りしめました。
 自分は一体何をしているんだ?
 自分のしている事は正しい。
 正しいはずなんだ。
 
 ルイーズのこの感情は偽物。たとえそれを永遠に作り替えたとしても、それが偽物で有ることは変わらない。
 偽物の愛にすがる?それは意志のない人形を愛するのと同じじゃないか。
 
 認められない。
 認めてはいけない。
 
 
 
 なのに。
 
 
 
 
 なのになんでこんなに辛い。
 
  
 
 ギチリ。
 
 
 音がテオの脳に響きます。
 気がついたらテオは奥歯が痛くなるほどに歯をかみしめていました。
 
 そんな辛そうな表情のテオを見て、ルイーズは慌てて彼に寄り添うとこう言いました。
「でもね、別にそんなに悪い気分じゃ無いのよ?だって、だって、テオが私の愛を受け入れないのは、私の事が嫌いだからじゃないんでしょ?たとえこれが偽物の感情でも、幾らかは貴方の心を満たしている?少なくとも、解毒薬を作るのを躊躇うほどにはね」

 それはとてもやさしい口調でした。
 好意と愛情が込められ慈愛に満ちたとてもとてもやさしい声でした。
 そして、そんな優しい声で発せられるその言葉が、テオをとても苦しめるのです。
 
 辛い顔を続けるテオの様子に、ルイーズは何を言うべきか少し悩んだ末、彼の胸元に付けられた獅子牙花を指さしながら言いました。
「その花と同じよ」
「あん?…」
「花が咲く理由、知ってる?」
「知らん。なんか変形するのがカッコいいと思ってるからだろ?」
「違うわよ、はね、愛するために咲くのよ。花は別に美しくなりたいとか、咲き続けたいとか思わないの。そして他の花を愛して、そして愛の果てに枯れていくの」
 テオは自分の胸に付けられた獅子牙花を見ました。
 黄色い花が月のひかりに照らされて鮮やかに光っています。

「私も一緒よ。
 私はね確かに貴方のことを愛している。もし貴方の心に永遠に残れるならばそれは私の最高の喜びよ。でもね、でも、私は貴方の心に心的外傷を作りたいわけじゃあないの。
 その花の美しさを楽しむように。私と言う存在を感じてくれればそれで満足。
 貴方の心に残るならば、それは良い思いでなくちゃ。幸せでとても素晴らしい思い出でなくちゃいけないの。間違っても罪悪感とともに覚えられるようなものじゃあ無いわ。さあ、笑って?今は楽しい二人の時間よ?たとえ貴方にとって不本意な状態でも、そんな状態さえ楽しんでしまうのがテオフラストゥスという男でしょ?テオ?貴方にそんな顔は似合わないわ?」

「…」
 テオは何も言い返せませんでした。
 ただ、目の前の少女の。ルイーズのその言葉に。
 いえ、その言葉を言う、ルイーズの表情に。少し。少しだけ。見惚れてしまいました。
 
「さあテオ、早くその薬を作っちゃいましょう。貴方と一緒に居るのはとても楽しいけれど、あんまり長いと未練になっちゃうわ」
 そう言ってルイーズはテオを急かしました。

 テオは思いました。
 自分は今日この瞬間まで、死ぬと言うことを恐れたことはなかった。
 だから危険なことも当たり前のようにこなしてきたし、そして楽しんできた。
 しかし、死を恐れないからといって、死にたいわけではない。
 
 自分が死ぬ際は盛大にこの世の中を呪いながら死んでいくだろうとテオは予想していました。
 苦痛に嘆き、世界を呪い、恨みつらみを爆発させて、そうやって死んでいくのだろうと。
 少なくとも、自分の死の際に笑顔を浮かべる事はできないだろうと。
 そう思っていました。
 
 
 目の前のこのルイーズのように、死に直面した時に、こんな笑顔を浮かべられるだろうか。

 テオはそう自問しながら薬の調合を続けるのでした。 



 



「ほれルイーズ、飲め。飲め。一気に飲め。ほれ、ほれグイッと」

 そう言ってテオはグイッと瓶をルイーズの目の前に差し出しますが、差し出された瓶を前にルイーズは顔をしかめました。

「テオ…なにこれ、なんかこれものすごく臭いわよ。まるで夏場のトイレみたい」
「何?そんなわけあるか。ジャムの瓶に入れてたんだぞ、それもブルーベリーの…クン……………ウゴ、何だこりゃ。鳥小屋みたいな臭いがする…」
「え?いや、飲むのは承諾したけど、この臭いは無いわよ。何このイントラスティングなスメル?ありえないわよ」
「しかし飲んでもらわんと困る。飲め。飲みたまへ」
「じゃあ飲んでも良いけれど、一つだけ条件が有るわ」
 鼻を摘みながらルイーズはそう言いました。

「なんだ?言ってみろ?」
「口移しで飲ませて」


「なん…だと?」
 テオを始め皆が固まりました。
 
 
 
「ルイーズこの期に及んでワガママを言うな。さあ飲め。それ飲め」
「やだ。絶対飲まない。そんなゴミ捨て場に滴る汁みたいな臭いの薬、テオの口移しで無い限り絶対に飲まない」

 ぎゃいのぎゃいのと騒ぐ二人。
 何時まで経っても進まないやり取りに、なんだか周りもイライラとしてきます。
 見かねたキュルケがとうとう口をはさみました。
 
「テオ…してやったら?口移し」
「おま!他人ごとだと思って!!」
「でも。このままじゃいつまで経っても埒が明かないし…」

 サイトも特に異論は言いませんでした。
 先程最大級の絶望を感じたせいか口移しくらい別に良いかと。特に嫌な気持ちは感じませんでした。
 あるいはサイトも、いま目の前のルイーズのことをルイズとは別の人間であると認識していたのかもしれません。


「致し方がない、この状況を打破するためならば、吾はこんな臭いくらい…ウブ…ウエ…ォ…。クセエ、前にタバサに食べさせられたハシバミクッキーといい勝負だ」

 テオのその言葉にタバサがむっとした顔で「それはさすがに失礼…」と言いましたが、その隣にいるキュルケは、あの壮絶なクッキーと同レベルなのかと、薬の臭いに対して恐れを抱きました。
 
 テオは嗚咽を繰り返しながら何とか、それを口にふくもうと奮闘しました。
 ルイーズはその様子を見てとても楽しそうに微笑み、そして彼女はこう言いました。
「テオってやっぱり優しいのね」
「優しい?優しい、優しいだと?本気で言っているのか?今から自分を殺そうとしている人間を、本気で優しいと言っているのか?」
「ええ、言うわ。だって本当の事だもの。貴方は容赦なく淡々と私を殺すことができるのに、それなのに、頑張ってその薬を口に含もうとしてる。そのくせ嫌われるようなことを言って、わざと私に嫌われようとしている。自分のしていることに罪悪感を感じているのよ。不器用よね。そうやって冷血なふりなんてして。もっと素直になればいいのに」
「ふん、貴様がどう勘違いをしようと勝手だ。しかしな、君の考えは全くもって的外れだ。吾は罪悪感など感じはしない。吾はう今まで軽い気持ちで人を殺したことは無いが、それでも必要にかられ幾つかの命を屠ってきた。今さら人を殺すことに罪悪感など覚えない」
「あら、ダメよ、たとえ誰が信じなくても、テオ本人が信じなくても、私が信じるわ。テオは優しいわよ。優しすぎるの」
「オマエは言ってることが一つ一つ的はずれなんだよ…」

 テオはルイーズの言葉を否定しますが、ルイーズの表情は変わりませんでした。

「ふふ、そうね。あと最後に一つ。テオ?私は最初から最後の瞬間まで、貴方を『愛』し続けたわよ」
「ふん、詭弁だな。短い命の間、たまたまその感情が続いていたにすぎん。そもそも薬で出来た人間の『愛』等、本当の愛であるものか」
「あら、本当の愛よ。間違い無いわ」

 自信満々。
 まるでそれこそが自分の誇りであるかのように、ルイーズは愛を口にしました。


 まるでその瞬間を待っていたかのように。
 夜明けの光が射し込みました。
 朝日が、湖を照らします。

「時間だ。じゃあな。ルイーズ」
「じゃあね。テオ」

 そう言うと、テオは薬を口に含めました。
 まるで先ほどまであんなに躊躇していたのが嘘のように。
 
 そして。
 
 
 
 
 
 そして。
 二人は口づけを交わしました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 逆光に照らされてその姿はシルエットでしかありませんでした。
 テオの胸元の獅子牙花だけが黄色く光るだけで、それ以外は真っ暗。
 果たして口づけをする二人の表情がどんなものなのか、それを見る一同には見えませんでした。




 ただエンチラーダだけは、
 



 
 テオの頬に一筋の光が流れたことに気がつきました。












 
◆◇◆◇◆おまけ◆◇◆◇◆


 ホレ薬の効き目が無くなったルイズは、いまの自分の状況に戸惑いました。
 
 そしてつぎの瞬間には自分の口から出た言動の数々に身悶えました。
 解毒薬はその人を正気に戻しはしますが、記憶を消すわけではないのです。
 ルイズは自分のした事をしっかりと覚えていますし、そして、自分の行動に羞恥と怒りを覚えます。
 そしてその怒りの矛先は殆どテオに向けられました。

 それも実に直接的方法によって。
 
 


「何してんのよこの糞馬鹿!」
 ばちこーん!!

「おうち!」
 ザパーン!!!


 ルイズの平手打ちがテオの右頬にあたり、テオは2メートル以上吹き飛び湖の中に落ちました。
 
  後にサイトはこう語ります。
   「あの張り手なら世界を狙えた」と。
 
 
 
 
 
◆◆◆用語解説
 
・愛のため
 花は自分自身の雄しべと雌しべで受粉しているイメージがあるが、一部の花は自家不和合性を持っている。
 これは色々な方法で自家受粉を避けるしくみである。
 花は出来るだけ他の花と愛を育みたがっているのだ。
 
・獅子牙花
 dent-de-lionを直訳したモノ。
 dandelion、「ダンデライオン」は『タンポポ』の俗称。
 ちなみにヨーロッパに多く生えるセイヨウタンポポやアカミタンポポは無融合生殖で不完全な花粉しか作らないとされてきたが、極稀にnや2nの染色体数の花粉を作るらしい。
 
 花言葉は『真心の愛』『楽しい思い出』それと『別離』

・鳥小屋
 知っている人は知っているだろうが。
 ものすごく臭い。
 わからない人はホームセンター等に鶏糞が売っているのでレッツトライ!

・あの張り手なら世界を狙えた
 読むと強くなるゼロ魔SS ああルイズ灘。
 伝説のクソSSだが、パスワードを入力するとルイズ体操第一が見られる。
 三人の虚無が体にオーラを纏いながら踊るさまは正に圧巻。

・前に投稿していた部分はこれで全部
 一応、番外編的惚薬話はもう一話あります。
 



[34559] 31 テオとアンリエッタと竜巻
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2013/03/31 00:39

白雪姫という御伽話。

 白雪姫というとても美しい姫が、その美貌を継母に嫉妬され、彼女を殺そうとします。
 白雪姫は猟師の機転や7人のドワーフ達によって何度も助けられますが、
 最後にはとうとう継母が化けたりんご売りの差し出した毒リンゴによって死んでしまいます。
 7人のドワーフは死んだ彼女をガラスの棺に入れ彼女の死を悲しみました。
 そこに王子が通りかかます。
 王子はガラスの棺に入った白雪姫を一目見るなり、死んだ彼女に恋をします。
 死体でもいいからと王子は白雪姫にくちづけをして。
 そして毒リンゴを食べて死んだ白雪姫は、
 
 
 王子のキスで生き返りました。
 けだし有名なこのお話は死者の復活によってハッピーエンドを迎えます。


 死人の復活。
 そういった逸話は宗教や伝記や、あるいは伝説、時には怪談や演劇等、色々な話で語られます。

 一度死んでしまった人間を生き返らせる。
 それは多くの人間が望み、そして夢見たことでもあります。
 しかし、それは現実にあり得るのでしょうか。
 確かに、我々の世界でも真核単細胞生物やベニクラゲのように、ある意味で不老不死と言える生物はいます。しかし、そんな生物達でさえ、一度死んでしまえばもう蘇ることはありません。
 
 覆水が盆に返らないように。
 死者は決して蘇らないのです。
 
 それはたとえ魔法がある、このファンタジーな世界でも同じでした。
 
 どんな不可思議な魔法を使っても。
 
 
 死者は蘇らないのです。
 
 
◆◆◆



 ある日の夜。
 トリステインの王女、アンリエッタの部屋がその一連の騒動の発端でした。

 アンリエッタは目の前のその状況が信じられず、只々目を見開きました。
 今彼女の前にしっかりと立つその人間の存在を、理解できず、兎角混乱していました。
 
 ソレは嘗て自分が愛した人間でした。
 
 もう二度と会えないと思っていた人間、ソレがいま目の前で、
 自分の目の前で、自分の事を見ながら言葉を発しているのです。
 
 そして、その口から発せられる言葉。
 
 ソレは嘗てアンリエッタが言って欲しくて、
 しかしついに最後まで聞くことが出来ない言葉でした。
 

「愛している。アンリエッタ。僕とともに来てくれないか?」
 そんな声が、ソレの口から発せられました。
 
 はっきりと聞こえるその声。
 ソレはまるで、生き生きとした略同感あふれる声でした。
 
 
 しかし。 
 その声を発したのは。
 死んだはずのウェールズだったのです。


 彼女の中に渦巻く色々な疑問。
 
 
 なぜ死んだはずの人間が目の前に居るのか。
 なぜ。
 
 どんなに考えてもその答えは出ませんでした。
 
 
 ただひとつ確実な事は。
 目の前で発せられるその声に、アンリエッタの心臓は何時もより大きな鼓動を響かせるということでした。
 
 

◇◆◇◆

 魔法学院は今日も平和でした。
 惚れ薬の騒動も終わり、テオ達は今までの日常へと戻っています。
 
 しかし、全てが元通りになったわけではありません。
 あの出来事。惚れ薬から始まる一連の事件は、皆の心に大きな何かを残しました。
 サイトも、ルイズも、モンモランシーもギーシュも、何かが変わっていました。
 皆、今までどおりの生活に戻ろうとしながら、何処か、今までとは違っていました。
 
 そんな中。テオは、テオだけは今までと変わらない、まるであの出来事がなかったかのような態度でした。
 今日もテオは何時ものように、学園の校庭で一人、寝ぼけ眼で錬金の練習なんぞをしているのです。
 そしてその表情はまるで今までの出来事がなかったかのように平然としていました。
 
 
 そしてそんな様子を少し離れた位置で見ている影が一つありました。
 ルイズです。
 
 ルイズはテオの様子を見ながら、イライラとしていました。
 
 彼女は一番にあの騒動の影響を受けていました。
 無理もありません。
 なにせ。薬で心を変えられていたとは言え、ルイズの中には記憶が無くなったわけでは無いのです。
 たしかにあれらの行動は自分では無く「ルイーズ」という、別人が起こしたことなのかもしれません。
 しかし、ルイズの中にはテオを愛した記憶も、テオと行動した記憶も、
 そしてテオとキスをした記憶もしっかりと残っているのです。
 
 そんな彼女が平静で居られようはずがありません。
 結局ルイズはここ数日の間、悶々とした気持ちで日々を過ごしていたのです。
 
 それなのに、一方でテオはまるで今までどおりの生活に、あっさりと戻っています。
 いえ。
 平然としすぎていました。
 
 その様子。
 まるで自分とは対照的なその様子に、ルイズは不快感を隠せませんでした。
 
 木陰からテオの様子を観察しながらルイズはギリギリと歯ぎしりをしながらテオに対する不満をつのらせます。
 その姿ときたら如何にも鬼気迫るもので、いつも彼女の傍らにいるサイトでさえ、距離をとってしまうほどの様相でした。
 
 ルイズは考えました。
 なぜ。
 なぜテオはあんなにも平然としている。
 自分がこんなに心を乱しているのに。テオはまるで平静だ。
 本来であればショックを受けるなり、落ち込むなりして然るべき。なのに。
 たとえ常識が斜め上にずれているテオだとしても、この平然さはオカシイ。
 
 そこまで考えて。
 ルイズは有ることに気が付きました。
 
 オカシイ?
 そうだ。オカシイだろう。
 普通に考えて、彼が平然と出来るはずが無い。
 いくら彼がマイペースだとは言え、あそこまでのマイペースは帰って不自然だ。
 つまり。
 あの平静は装っているに過ぎないのではないだろうか。
 そうルイズは思いました。
 
 するとどうでしょう。ルイズの中にあった不快感は、サアっと溶けて消えていました。
 どうしようもない心のウネリを隠し、平然を装うテオ。
 いつも面倒くさいくらいの奇行が目立つ彼が、いまこうして静かにしている。
 なるほど、テオも人間らしい所があるではないか。
 さて、ではそんなテオに対して自分はどうするべきか。
 無視するか。それとも何か言葉をかけるべきか。
 少しばかり思案したルイズは後者を選ぶことにしました。
 
 のっしのっしとテオの前に進むと、テオの目の前に仁王立ちし、そして彼に向かってこう言いました。
「かかか、勘違いしないでよね。確かに私はあの時アンタに色々言ったかもしれないけれど。ソレもコレも薬のせいなんだから。ノーカンよ!ノーゲームよ!」
「?」
 ルイズの言葉にテオは首を捻りました。
 突然現れわけのわからないことを言う少女に、テオは混乱します。
 
「私はね、アンタなんか好きでもなんでもないんだからね!その…私に惚れられても…困るんだからね!?」
 ルイズの言葉。それはテオに対してひどい言葉を言い日頃の鬱憤を晴らすという目的も少しはありましたが、ソレ以上に彼に対する叱咤激励のようなものでもありました。
 自分のことはとっとと忘れてしまえ。今まで通りのお前に戻れ。
 そういう意味も多分に含まれていたのです。
 
 しかし、そんなルイズの言葉に対するテオの反応は冷たいものでした。
「よく判らんが…何が楽しくて吾が貴様に惚れなくてはいかんのだ?」
「え?」

 テオは心底ありえないという表情をしていました。

「ありえんだろ?さすがの吾も相手は選ぶぞ?いやさすがに贅沢を言うわけではない。何も性格の良い絶世の美女と恋に落ちたいなどと荒唐無稽なことを言うつもりはない。
 しかしな?さすがに最低限の基準というものはある。
 性格悪くて、ちんちくりんで、口うるさい女とか。
 ありえんだろ。それに惚れるとか、もう完全に罰ゲームだろ。
 馬鹿なの?死ぬの?」
 
 無表情のテオの口から発せられるその言葉に、ルイズはワナワナと震えました。
 
 そして。
 
「このクッソ馬鹿あ!!!!」 
「あぶね!!」

 テオが即座に身を傾けると、彼の後方にある木が轟音と共に爆発しました。
 ルイズがテオに向かって魔法を唱えたのです。
 
「何避けてんのよ!ちゃんと当たりなさいよ!」
「アホか!!死ぬわ!」
「乙女の純情を弄んだ人間は死に値するわ!!」
 そう言ってルイズは再度魔法を唱えます。
 テオの態度。何もかも無かったことのようなその態度が許せなかったのです。

「意味が判らん、なんだ何がしたいんだオマエは」
 このままでは自分の命が危ないと思ったテオフラストゥス。
 誰か助けてくれる存在は居ないかと辺りを見渡しますが、あいにくと側にはエンチラーダもエルザもいませんでした。
 しかし、少し離れた木の陰に、何やら見覚えがある顔が。
「誰か…って、おい、そこの!ボンクラ!木陰からこっちを見てるのは解ってるんだぞ!さっさとこっちに来てこのバカを止めろ!オマエ保護者だろうが!」
 彼の視線の先ではサイトが二人の様子をこそこそと伺っていました
 しかし、彼がそこから動く気配はありません。

「俺、まだ、死にたくない、だから、おれ、止めない、とばっちり、とてもこわい」
 プルプルと震えながらサイトがそう言いました。

「役立たずが!」
 そう言いながら、テオは再度周りを確認します。もうこの際エンチラーダやエルザでなくても構わない。
 何であってもルイズの気を紛らわせる物があればそれで良い。
 
 そう思いながらテオが辺りを見ると、自分の座っていたベンチの直ぐ後方に穴が有ることに気が付きました。
 それ自体は何の不思議もありません、数日前、テオが塹壕戦の練習のために開けた穴です。
 しかし、その中から視線が。そして、見覚えのある赤い髪の毛が…。
 
 
「キュルケ!!!!!」
 その穴の中には目を爛々と輝かせたキュルケと死んだ魚の眼をしたタバサがいました。

「キュルケですって!?」
 キュルケの存在は幸いな事にルイズの注意を引きつけるのに十分なものでした。

 2人の視線を浴びたキュルケはウェヘッヘッヘとまるで魔女が笑うように、にやけながら穴からはい出てきました。
「なにアンタ!そんなところで何してんのよ!」
「オマエは何をしてるんだ?」
 2人のその言葉に、キュルケはニヤニヤとした表情を崩さずこう言いました。

「だって、あんなことがあった後でしょ?どんなことになるのか気になって気になって」
「全く覗きとは少々淑女的では無いと思うのだがな」
「ほんと、ツェルプストーは下世話ね」
「そうは言うけれど仕方ないじゃないの。だって、テオとルイズがキッスだなんて。その後が気になるのは当然の摂理よ。ね、タバサ」
「…」
 タバサは無表情で遠くを見ていました。
 恐らく無理矢理キュルケに付き合わされているのでしょう。無表情ながらその様子からは辟易としたものが見て取れました。

「その後も何も、別になにもありはせんよ」
「そそそ…そうよ!何もあるわけがないじゃない!テオとなんて!私だって好みぐらいあるわよ!!!」
「どんな?」
 キュルケのその間髪入れない言葉にルイズはたじろぎました。
「…え?」
 まさか『どんな?』なんて返されるとは思っていなかっただけに、ルイズは返答に困ります。
「そういえば、ルイズの好みって聞いたことなかったわね」
「そうだな、確かに」
「ええっと、ええっと…」
 周りの皆も興味津々といった様子でルイズの方を見ました。
 ルイズは思案しました。

 自分の好み?テオは当然却下。
 サイトは…いや、そりゃあ言う程悪くはないわよ?…無くはないっていうか、普段は駄目だけどたまにカッコいいっていうか…って馬鹿!この場でそんなこと言ってみなさい!大変なことになるわ!却下、却下。
 ええっとあと男は、お父様…は駄目ね。確かに好きだけどファザコンだと思われちゃうわ。他に男だと、ギーシュ、コルベール、ギトー、マルトー、学園長…どうして私の周りってろくでもない人間しか居ないのかしら。
 いい男と言う意味ではワルドがそうだと言えなくもないけれど、アイツ敵だし性格最悪で裏表あるし、あとは…
 
「そうだウェールズ皇太子!」
「皇太子?」
「そうよ、彼みたいな人間が好みよ!」
 実際の所、ルイズの好みがウェールズ皇太子だと言うわけではありませんでした。
 しかし、ここで適当な人物の名前をいって、自分の美的感覚が異常だと判断されるのは彼女としても不快です。
 ですから、万人にとって理想的なイイ男でもあるウェールズの名前を出しその場を切り抜けようとしました。

「ソレだ!!!!!!!」
 突然のキュルケの大声に、ルイズ他、その場の皆が驚きました。

「え?何どしたの?」
「キュルケの中でウェールズは叫んじゃうほどにジャストミートだったのか?」
「まあ、いいやつだったのは確かだけど」
「…」
「違う違うわよ!そうじゃなくて、思い出したのよ。確かにアレはウェールズ皇太子だったんだわ」
「「「「???」」」」

 キュルケのその言葉が理解できず全員が混乱します。

「確かに何処かで見たと思ったんだけれども、アレはウェールズ皇太子様だわ。ゲルマニアの皇帝就任式で見た顔とおんなじだわ」
 キュルケはそう言いました。
 
「アレ?ウェールズ皇太子?どう言うこと?」
 キュルケの言葉の意味の分からないルイズは説明を求めました。
 そして、キュルケはその場で語ります。
 
 ラグドリアン湖に向かう途中、馬に乗った一行を見たこと。
 そして、その一行に、見覚えの有る顔があったことを。
 
「何処かで見たこと有るなあって思っていたけれど、今の言葉で思い出したわ、アレはウェールズ皇太子殿下よ、生きてたのね」
「そんなバカな!」
 いつの間にか皆のすぐ後に来ていたサイトが叫びました。

「アイツは死んだはずだ」
 目の前で、ウェールズはワルドに胸を刺され死ぬのを見ていたサイトには、キュルケの言葉を到底信じることはできませんでした。
 
 しかしキュルケはその瞬間を見ていたわけではありません。
 ですから何処かとぼけた調子でサイトに尋ねました。
「あら?そうなの?じゃあ私が見たのは誰だったの?」
「人違いだろ」
 きっぱりとサイトは言いましたが、キュルケはその言葉に首を振りました。
「あんな色男を私が見間違えるわけ無いでしょう?きっと何かすごい理由で生きてたんじゃない?」
「すごい理由ってなんだよ」
「すごい理由はすごい理由よ!ね、えっとほら、なんか世界のスーパーエネルギー的な何かよ?」
「そうだな、確かに、確かにキュルケのいうことは一理ある」
 キュルケの言葉をテオが肯定しました。

「死んだと思っていた人間が生きていたなんて話は古今東西沢山ある。
 何かの拍子で皇子が生きていたという可能性は確かにありえるだろう。 何か凄い奇跡の可能性は有る。確かに有る。
 だがな、だが、その可能性よりもな。 
 簡単で下衆な奇跡に心当たりが有る。
 可能性という意味ではソレが一番デカイな」

 その言葉に、ルイズとサイトの頭で何かが結びつきました。
 
 下衆な奇跡。
 水の精霊の語っていた秘宝。アンドバリの指輪。
 そしてその能力を。
  
「キュルケ!その一行はどっちに向かっていたんだ?」
「私達と反対方向だから…方向としては、トリスタニアの方向ね」
 その言葉を聞いて、
 ルイズは駆け出しました、サイトもその後を追います。
 
 突然走りだした2人にキュルケとタバサは戸惑いながら並走します。
「え?なに、どう言うこと?」

「姫様が危ない!!」
「タバサ!あの竜を出して!」
 状況が理解できないタバサですがルイズの剣幕からなにやら重大な状況であることを悟り、口笛を吹いて使い間を呼びました。

 そしてそのままルイズ達は竜にまたがり。
 竜はふわりと羽ばたきました。

「急いで!」
 ルイズが叫びます。
「だが決して揺らさず急いで飛んでいってそして早く助けに行くのだ。いいか、決して揺らさずだぞ?」
 ルイズの言葉にテオがかぶせるように言いました。
 



 皆がテオの方を見ました。
「あんた何で付いてきてんのよ!」
「おまえ、吾の服をがっちり掴んでおきながらその言葉をよく言えるな!!」
「え…あ」
 その時になって初めてルイズは自分の右手が未だテオの胸ぐらを掴んで居ることに気が付きました。

「強制連行しておいて …って早い早い早い、もっとゆっくり優雅に飛んで!落ちる!」
「「「無理」」」
 一人騒ぐテオを他所に、竜はグングンと進みました。


◆◆◆



「何奴だ!!」
 トリスタニアのお城に到着し竜が地面に降りた一行が最初に投げかけられた言葉は、そこに居た兵士の怒鳴り声でした。

「姫様は!いえ、女王陛下は!?」
 兵士の問いには答えずに、ルイズの叫び声が中庭に響きました。
 平時であれば、問答無用に切られてもおかしくはないような不敬極まり無い行為でしたが兵士の方もそれどころではありませんでした。
 
 なぜならば、ルイズとサイトの予想は見事に当たっていたのです。
 姫は城から消え、場内は大混乱の最中だったのです。
 
 大混乱の状況の中。突然出てきた竜の存在は、ただ煩わしいという感情以外の何物も兵士には与えませんでした。
「貴様らに話すことではない!とっとと立ち去りなさい」
 だから特に咎めることもなく、早々に出て行けと、そう言いました。

「私は!女王陛下、直属の女官です!許可書も有るわ!私には、陛下の権利を行使する権利があります。状況を説明しなさい!」
 そういってルイズはポケットから紙片を一枚出しました。
 
 兵士はその紙片を手に取り見ると彼女の言うとおり、ソレはアンリエッタ直筆の許可証でした。
 
 兵士は面食らって姿勢を正しました。
 そして彼女に求められた通り、状況を説明し始めます。
「今から2時間ほど前、女王陛下が何者かによって攫われました。警護の者を蹴散らし馬で駆け去りました。現在ヒポグリフ隊がその行方を追っています。我々は現在ここに手がかりが残されていないかを捜索中であります」
 その言葉にルイズの顔色が変わりました。
「どっちに向かったの?」

「賊は街道を南下しており、ラ・ローシェルの方向へと向かっています。アルビオンの手のものだと思われます。先の戦いで竜騎士隊がほぼ全滅しており、ヒポグリフで追いつこうとしておりますが…」
 ヒポグリフは確かに素早い幻獣です。
 しかし、その速度は竜のソレよりは幾分か遅く、兵士の話しぶりからは賊に追いつけるかは微妙なところのようでした。
 
 ルイズ達は再び竜に飛び乗りました。
「急いで、姫様を攫った賊はラ・ローシェルへ向かってる、夜明けまでに追いつかなきゃ」
 事情を聞いていた一行は緊張した面持ちで頷き、タバサは風竜に命令しました。
 
「しかし、決して揺らさず、できるだけ風の影響を…って早、はやいわああ!」
「低くよ!敵は馬に跨ってる」
 風竜はそのまま低空飛行をします。
 暗闇の前が殆ど見えない状況を、まるで昼間であるかのように障害物を巧みによけながら。
 テオの叫び声をこだまさせながらあっという間にその場から消え去りました。

 低空で素早く移動する竜。

 テオが憔悴しきって無言になる頃。
 一同は街道上に無残に横たわるそれを見つけました。
  
「ひでえ」
 思わずサイトがそう呟きました。

 そこにあった死体はどれも無残な形をしていたのです。
 周りに居る馬やヒポグリフからして、恐らく先発していたヒポグリフ隊なのでしょう。
「生きてる人が居るわ!」
 キュルケの声がしました。
 
「ふむ…」
 テオが水の魔法をかけましたが、元々の傷が深いようで兵士は以前苦しそうに呻きました。 
「……あんたらは?」
 苦しそうに目を開けた兵士が周りを見ながらそう言いました。
 その言葉にサイトが答えます。
「後発隊だ。いったい何があった?」
 
 震える声でその騎士が告げました。
「あいつら、致命傷を負わせたはずなのに…なのに全然倒れないんだ」
 それだけ言うと、騎士は助けが来たという安心感でそのまま意識を無くしました。


 それと同時に。
 辺りから魔法が飛んできました。

 タバサとテオがそれに反応しました。
 2人はまるで奇襲を予想していたかのように、辺に空気の壁を作るとその魔法を弾き飛ばします。
 
 そして、草むらから幾つかの影が立ち上がりました。
 
 ソレは服装からアルビオンの貴族のようでしたが。
 その表情には人間らしさが無く。まるで出来の良いゴーレムのような様相でした。
 恐らく、いや、間違いなくアンドバリの指輪によって蘇ったアルビオンの貴族なのでしょう。
 
 そして。そしてその中心に見覚えのある人影がありました。
 
「ウェールズ皇太子!」
 やはり居たのか。サイトはそう思いました。
 死んだウェールズがこうして立っている理由、まず間違いなくアンドバリの指輪が原因です。
 死者を弄び、アンリエッタをさらおうとするその卑怯なやり口に、サイトの中に怒りがこみ上げました。
 
「姫さまを返せ」
 サイトのその言葉にウェールズは微笑をあげました。
「おかしなことを言うね、返せも何も、彼女は自分の意思で僕と共にいるんだよ」
「なんだと?」
 その時になって、皆はウェールズの後方に、アンリエッタが居ることに気が付きました。
「姫様!」
 ルイズが叫びます。
 
「さて、取引といこうじゃないか」
 ウェールズが言いました。
 
「取引だって?」
「そうとも、此処で君たちとやりあっても良いが、僕たちは馬を失ってしまってね、早く次の馬を調達しなくてはいけないし、道中はまだ長い。魔法はなるべく温存したいんだ」
「そんな要求飲めるわけが無いだろ!!」
 サイトはそう叫びましたが、その隣でテオがいつものごとく冷静な声で言いました。
「ふうむ。悪く無い取引かもしれんな。我々としても利点しか無い。屑がこの国から一人消えるんだ。むしろ拍手で持ってそれを称えたいところだな」
「「テオ!!」」
 ルイズとサイトが攻めるように彼を睨みますがテオは怯みません。

「いっちゃあなんだが、そこの糞女はこの国にとって害悪でしか無い。面倒事ばかり起こすしな。だから、それを引き取ってくれるというのはとても魅力的な提案なのだ」
 彼のその言葉に、ウェールズはニヤリと笑いました。
 この状況での相手の仲間割れは、ウェールズ達にとってとても良い状況だからです。
 うまくすれば、テオはこちらに協力してくれる可能性すら有るのではないかと、そう思えました。
 
 
 しかし、その可能性は、次のテオの一言で消え去ってしまいます。
「だがな…悪いが許すわけにはいかん」
「!」
 先程までの言葉を否定するようなその言葉。
 その言葉に、今度はルイズとサイトの表情が綻びます。
「そ…そうよ。姫様はトリステインの…」
「違う。あの小娘なんぞどうでもいい。吾が許せんのはな、その隣だ。隣の…それだ、腐れ死体」
 そう言ってテオはウェールズを指さしました。

「悪いが、ソレは許せない。吾は嘘や偽物の感情というものが嫌いでな。そして、そしてその死体は、その全てが偽物だ」
 そして。テオは目にも止まらない速さで杖を抜いたかと思うと。

 次の瞬間にはウェールズのその体から石が生えました。
 正確にはテオの放った石矢の魔法がウェールズを貫いたのです。

「ッ!!!」
 アンリエッタの声にならない叫びが響きます。
 その場に居た皆は、それでウェールズが死んだと思いました。

 しかし、ウェールズの体は依然としてそこに立ったままです。

「大丈夫だよアンリエッタ」
 体から石矢を生やしながら、ウェールズのような何かがそう言いました。

「ッ!!」
 そこに居た全員が息を飲みます。
 
 体から石を生やして、平然と立っているソレ。
 普通の人間だったら即死の状況で、笑顔でそこに居るソレ。
 そう、ソレはどう考えても人間ではありえませんでした。

「そうだ、ソレが正体だ。
 死体をほとんど損傷のない状態で明け渡すということは、それを利用されるということでもある。たとえ、指輪など無くても。クリエイトゴーレムや水の魔法で死体などどうとでも操れる。正に生ける屍。それはもう、人間なんてものじゃあない。
 あの時、その男の死体は粉微塵にしておくべきだった。死して屍を晒すということが、この世界で一番に惨めなことでもある。ソレは許されざることだ!」

 テオは叫び、そして、再度杖を構えます。

「ウェールズ様には指一本たりとも触れさせないわ!」
 そう言ってアンリエッタがウェールズをかばうように立ちますが、その彼女に対しても、テオの視線は緩みませんでした。

「触れる必要は無い、魔法ですり潰す」
 こうして、闇世の中。
 
 
 
 
 戦いが始まりました。
 
 
◆◆◆


 敵の連携は巧みでした。
 ウェールズ達をかばうように動いた敵の兵達はすぐにその体制を整え。
 いつの間にか、一同はルイズを囲むように円陣を組んでいます。
 規律良く。無駄のない動き。
 敵の数は多く、隙がありません。

 しかし、ルイズ達一同も決して負けてはいません。
 正に襲いかからんとする兵の一人に、キュルケは炎の魔法をぶつけます。

 そして幸運なことに、その魔法は思いの他効果がありました。
 炎に焼かれたその兵は、体を焦がし、それ以上立ち上がることが無かったのです。
 
 アンドヴァリの指輪による不死に近い軍団の思わぬ弱点に、一同は勝機を見出しました。
 
 そして。
「炎がきくわ!燃やせばい…………」
 キュルケが言い終わるより前。
 
 ごうっと音がしました。
 突然の音に、キュルケが音のした方を見ると。
 そこはまるで山火事のように燃えていました。
 
「なるほど、それもそうだな、古来よりアンデットには火が有効と相場が決まっている」
 
 共闘は不要。
 援護も不要。
 
 ただ、テオが居るだけで、まるで簡単にその場が片付いています。
 
 
 そして、皆はその彼の表情を見て驚きます。
 なぜなら、テオは。
 まるで。
 
 
 
 
 まるで普通の表情をしていたからです。
 
 
 
 
 
 いつもと変わらない普通の様子。
 この状況でその様子は。かえって皆の心を不安にするのでした。

「て・・・テオ?」
「なんだ?」
「その…大丈夫か?」
「大丈夫?何を言っているのだ?大丈夫?大丈夫に決まっているだろ?」
 テオはやはり表情を変えずにそう言います。
 静かな調子で語りながら、
 いつものごとく冷静で、平然とした調子。

 しかし。
 そんないつも通りの態度からは、怒りが滲みあふれていました。

怒り。怒り。怒り。
テオは異常なほどに自身が怒るのを感じました。

 ルイズが惚れ薬を飲んだ時。
 自分はこれほど怒れるのかと自身で驚きましたが。
 今のテオはあの時の怒りを超える感情に身を支配されています。
 
「吾としたことが忘れていた。
いや、違うな。この可能性を理解しつつも、こうして現実として目の前に現れるまで分からなかったのだろうな。これが。
 この現実が。吾にとってこうまでも不愉快だということがな」
 怒りをその視線に集めるように。
 顔は笑っているテオの、その視線だけは、まるで相手を殺さんとせんばかりに、怒りがにじみあふれています。

 兵たちが燃やされ、形勢は一気にルイズ側の有利。
 怒り狂うテオを前にアンリエッタ側の絶対的な不利。 
 その場のすべての人間はそう思いました。
 
 しかし。
 
 そんな不利な状況は、その直後に反転してしまいます。
 
 
 ポツリ。
 
 タバサは頬に冷たいものを感じます。
 そして、その冷たい感触は体の別のところにも。
 
 珍しく焦った表情の彼女が空を見ると、そこには雨雲がありました。
 
 雨が、その直後に本降りへと変わります。

 アンリエッタが叫びました。

「杖を捨てなさい!あなた達を殺したくない!」
「それがどうした!!」
 そう言ってテオは炎の魔法を放ちますが、次の瞬間、その炎はアンリエッタの作った水の壁に阻まれ、そしてそのまま消えてしまいました。


「見なさい!雨!雨よ!雨の中で『水』の魔法に勝てると思ってるの?この雨で、私たちの勝利は動かなくなる!」
 いくらテオが強い魔法が使えるといっても、雨の中での水の呪文に打ち勝つ程の魔法はなかなかありません。
 テオ自信も水の魔法は使えますが、そもそも水の魔法は回復と防御に特化した魔法です。
 相手を攻める、特に死人に有効な攻撃を作り出すことは、テオには出来ません。
  
「これって不味くないか?」
 サイトが不安げに言いました。
 
 その言葉にキュルケが頷きます。
「まあ、この状況じゃ火は効かないわね、タバサの風と貴方の剣じゃあ相手は傷つかないし、唯一の望みはテオだけど…彼の魔法も弾かれてるし
 
 そこでテオの声が響きました。
「馬鹿か。吾は言ったぞ。奴らを許すつもりも逃がすつもりもないとな
 彼の闘志は消えません。
 それどころか、先程以上に殺気を漲らせています。

 アンリエッタは悲しげに首を振りました。
 
 この雨、この不利な状況にルイズ達が撤退を選択するかと思ったのに、彼女たちに逃げる様子はありません。
 できることならば戦いたくない。
 しかし、彼らが自分たちの障害になると言うのであれば。
 戦うしか無い。
 そう考え、彼女はその呪文を唱えます。
 隣にいるウェールズも冷たい笑みを浮かべ、その詠唱に加わります。
 
 アンリエッタは彼のその笑がどこか無機質であると理解しましたが、それでも心が少し熱く潤みました。
 
 
 魔力がうねり始めました。
 水・水・水・風・風・風
 水と風の六乗。
 
 ヘクサゴン・スペル。
 いま正にその魔法が作られようとしています。

 
 スクエアの如何なる魔法よりも強力な魔法。
 それを唱えるには最低でもふたり以上の人間、さらには息が合い、そして魔法の才能豊かな人間である必要があります。
 選ばれし王家の血を持つ2人だからこそ出来る魔法。

 2人の詠唱が干渉し合い、巨大に膨れます。
 二つのトライアングルが絡みあい、六芒星へと形を変えた時。
 
 その魔法は完成します。
 
 ソレはまるで津波のような竜巻でした。
 全てを蹂躙しうる、巨大で恐ろしい竜巻。
 この竜巻の前では、城壁だって紙のように破られるでしょう。
 
 しかし、そんな竜巻に対してもテオは怯みません。
 目の前にあるその竜巻に対してテオは魔法を唱えました。
 
 風、風、水、水
 スクウェアの魔法で、同じように竜巻を召喚します。
 しかし、その魔法はヘクサゴンスペルに比べ幾らか小さく、しばらくぶつかり合うとそのまま消えていってしまいます。
 
 目の前に迫る竜巻、テオは吹き飛ばされそうになる体を必死におさえて、再度魔法を唱えます。
 しかし、やはりその魔法はヘクサゴンスペルに対する足止めにしかなりませんでした。
 

「無理よ!テオ!逃げましょう!」
 キュルケが叫びます。

「逃げる?馬鹿なことを言うな!」
 そう言って再度、目の前にあるその竜巻に対してテオは魔法を唱えました。
 
 風、風、水、水
 スクウェアの魔法で、再度竜巻を召喚します。
 しかし、やはりそれは相手の竜巻にぶつかると消えてしまいました。
 テオは風に吹き飛ばされますが、すぐに体制を整えてもう一度魔法を唱えます。
 それでもテオの魔法は足止めにしかなっていません。
 たしかに、テオの行動は相手の竜巻を押しとどめる事は出来ていますが。
 このままいっても勝機は見えません。
 
 
 撤退するべき状況ですが、しかし、テオがそれを拒否します。
 状況はハッキリとルイズ達に取ってピンチでした。


 その時、はっと、ルイズはあることに気が付きました。
 絶体絶命のピンチ。
 前にもたしかこのような状況があることを。
 その時自分たちを救ってくれたのは一体何だったのか。
 
 始祖の祈祷書。
 ルイズはその存在を思い出し、祈る思いでそのページを捲りました。
 そして、前回と違うページに。
 ある呪文が書かれていることに気が付きました。
 
「これだわ!」
 円陣の中で。ルイズの言葉が響きます。 



◆◇◆◇◆


 
「ディスペル・マジック?…つまり、その魔法があればあの人形共をさっぱりと消せるわけだな」
「わ…わかんないけど。多分…いえ。きっと。間違いなくそうだわ!あの時と同じ。祈祷書がこの状況に合った魔法を私に教えようとしているの」
 ルイズの言葉にサイトが首を傾けます。
「よくわからないけれど、ルイズが魔法を唱え終わるまで、あの竜巻を止めておけばいいんだな」
「多分…」
「なら大丈夫だ、テオの魔法はあの竜巻を打ち消せないまでも押し留めている。魔力にも余裕があるみたいだし…って、危な!」
 サイトは竜巻に巻き上げられ飛んできた木片を剣で弾きました。 

 そして、彼は竜巻の方向に視線を向けると、信じられないものを目にしてしまいました。

「ルイズ、魔法…急いだほうが良いかも…」

 そう言うサイトの視線の先。
 その視線の先で戦うテオ。
 
 その姿にサイトは戸惑いました。
 
 
 そこには、片膝を付き、息も絶え絶えといった様子で魔法を放つテオの姿がありました。
 
 今まで、
 テオがこんなに余裕なく戦うことはありませんでした。
 
 戦い以前にテオは常に余裕を持っていました。
 どんな危機敵状況も笑っていました。
 なのに。なのに今のテオは、まるで余裕が見えません。
 それは演技でも無く。冗談でもありません。
 
 そう。
 
 テオは本当に余裕が無いのです。

「嘘だろ?」
 思わず、サイトは口にしていました。
 
 サイトだけではありません。
 キュルケも、タバサも、アンリエッタさえそのテオの様子に驚きます。

 そして、その時、キュルケはある言葉を思い出しました。
『御主人様は良くも悪くも人間です。弱点もあれば欠点もあります』
 そんなエンチラーダの言葉を。
 
 
 
 どんなに優秀そうに見えても、
 どんなに絶対的に見えても、
 どんなに強そうに見えても、
 やはり、テオは人間なのです。
 人間である限り、人間を超える事は出来ません。
 
 もし、テオが最強であると思ったのであれば。
 ソレは完全なる間違いです。
 
 テオには弱点があります。
 いえ。
 テオは弱点だらけなのです。

 そして数あるテオの弱点の中で。
 一番に致命的なもの。
 それは。




 体力が無い。



 ただそれだけ。
 非常に単純でわかりやすい弱点です。
 
 一日の大半を車椅子に座り、両足がないがゆえに人よりも動くことが少なく。
 そもそも、魔法の練習に力を注いだために、体を鍛える事はおざなりになっていて。
 彼の体は長時間激しい運動をするように作られては居ないのです。
 
 これだけ明確な弱点。
 不思議なことに、この時点、この瞬間まで誰もその弱点に気がつくことはありませんでした。
 万能のテオフラストゥス、その最大の才能は欠点を隠すというその一点に尽きるのです。
 
 テオがいつも余裕を見せているのも、
 テオが大きな魔法で一気に勝負を付けるのも。
 全てはこの弱点を隠すためだったのです。
 
 かつてサイトがテオと戦った時も。
 その弱点を隠すためにあえて、接近戦を挑みました。
 テオの魔法の才能は、彼の体力の無さを補えるだけのものでしたし。
 実際、今までテオは魔法の力だけで勝ってこれました。
 
 しかし。
 
 しかし、今回は違います。

 雨という水の魔法使いにとってとても有利な状況。
 そしてそんな状況下で放たれる水を含んだヘクサゴンスペル。

 向かい風に立ち向かう。
 飛んでくる障害物を受け止めたり避けたりする。
 飛ばされないように何かにしがみつく。
 飛ばされるたびに体型を立て直す。
 
 それだけ。
 たったそれだけで、テオの体力は大きく減っているのです。
 

「ぐお!!」
 テオはその場から吹き飛ばされました。
 すでに地面にしがみつくような体力すら無くなっていました。
 しかし、吹き飛ばされた先、無様に落ちて、倒れこむような体制から、再度テオは魔法を繰り出しました。
 
「テオ!」
 急いでサイト達がそこに駆けつけようとしますが、それを遮るようにテオが怒鳴ります。

「邪魔をするな!」
 そう言いながらテオは再度魔法を唱えます。

 そして次の瞬間には再度、風に飛ばされ、その体を反転させました。
 すでに義足もなくなり。テオは這いつくばるように地面にしがみつきます。

 しかし、テオの中の闘志は少しも衰えを見せません。

 テオが叫びました。
 真っ赤に充血した目。
 額には血管が浮き出て、まるで今にも血が吹き出そうです。

「こんな竜巻なぞ!!!」
 風、風、水、水。
 テオの前に竜巻が生まれます。
 しかしやはりそれは相手お竜巻に消されてしまいます。





 皆がその姿に疑問を覚えました。

 なぜ。
 なぜこの目の前の男はこうして戦っていられるのか。
 ただ気に入らない理由というだけで、どうしてこうもぼろぼろになりながらそれでも戦っていられるのか。
 今まで隠してきた弱点をさらけ出してまで。
 なぜそこまでするのか。

「何で!何で邪魔をするのよ!!!私はただ!ただ彼に付いて行きたいだけなのに!彼を愛しているだけなのに!!!」
 アンリエッタが叫びました。

「ふざけるなああああああ!!!!」
 怒号。
 
 叫び。
 
 咆哮。
 
 まるで獣のような大きな声に。その場の全員が固まります
 
「貴様が愛を語るな小娘があ!」
 そう叫ぶテオは傷だらけでした。
 もう地面にしがみつくことすら出来ず、飛んでくる障害物を避けることも出来ず。
 彼のあちこちあら血が滲み、服はボロボロでした。
 しかしそれでもテオの表情は闘志で溢れていました。


「それは死体だ!そこに愛なんぞ有るか!!」
 血走った目。
 まるで狂気の表情。

「そんな人間に吾が負けるか!負けられるわけがない!」
 体中に傷をつけながらテオは叫びます。
 まるで心の底から絞りだすような叫びでした。

「侮辱だ!死体なんぞに心奪われるのは!それは生前のその男の否定だ!」
 倒れそうになる体を必死で立てながらテオは叫びます。
 
 
 その時。ルイズの魔法は完成しました。
 そしてその魔法を放とうと、ルイズがテオの方を向いた時。
 
 その右手。
 
 杖と一緒に握られている有る黄色いものに、ルイズは気が付きました。
 
「それは冒涜だ!」
 そして理解しました。
 テオがこうまでこの件に拘る理由を。

「生きている人間に対する!愛に対する!その男に対する!
 そして、そしてなによりそれは!!!!」

 それは、
 消えてしまった『もう一人のルイズ』への冒涜なのです。
 
 
 ただ、体だけがウェールズであるそれを愛すると言うのであれば。それはウェールズという人格の否定です。
 そして、体の中にある、その人格を否定する事は。つまり。
 
 『ルイーズ』という存在をも否定すること。
 
 テオは。
 テオはいわば消えてしまったその女性のために。
 すでにこの世界には居ない。
 そして二度と現れることのない『もう一人のルイズ』のために。

 テオがこの世界で、初めて『愛した』女性のために。


 命を燃やして戦って居たのです。


 渾身の一撃、
 杖と一緒に『獅子牙花』を握るその右手から繰り出されたその一撃。
 
 
 
 
 今までよりも一回り大きいその一撃が。




 アンリエッタの竜巻を晴らしました。
 

「傀儡と生者の区別が付かない人間が、愛を語るなよ…」


 その言葉を最後に、テオの意識は闇に落ちていきました。
 次の瞬間、ルイズの魔法が放たれます。
 閉じようとするテオの両目に。まばゆい光が流れ込みました。
 
 
 
 
 
 すべての力を抜き。
 ただ、重力に身を任せるテオ。
 
 しかし、意識を失っても。
 彼の右手だけは獅子牙花を握り続けていました。





◆◆◆用語解説

・ウェヘッヘッヘ
 というかキュルケは魔女だからこの笑い方に何の不自然さもない。
 魔女と言ったらこの笑い方である。そして真っ黒い服を着て。そして練れば練るほど色の変わる不思議な物を練る。
 魔女とはそういうものなのだ。
 
・アンデットには火が有効
 ゲームや漫画等でアンデット系の弱点が火である事が多い。
 別に出典や根拠が有るわけでは無さそうだ。
 まあ相手は死人なので刺す、切るの攻撃があまり効かずに有効な攻撃法が限られ、その中で比較的単純で有効な物が火だということなのだろう

・番外編終了
 なんだかこっちが本編みたいになってしまった。
 



[34559] 32 テオとルイズと妖精亭
Name: 二葉s◆170c08f2 ID:dba853ce
Date: 2013/09/30 23:46

 惚れ薬の一件から始まる一連の事件は、王宮さえも巻き込むものとなりましたが、その事実は公表されませんでした。
 結局あれらの出来事は無かったことにされ。関係者達も日常の生活に戻り。そして、相変わらずトリスタニアは今までどおりの様相を見せています。
 
 いや、今までどおりと言うのは少しばかり齟齬が有るかもしれません。なんといっても戦時中です。
 トリステインは未だアルビオンとの戦争が終わっていません。
 しかし、それでも、トリスタニアの日常は、今までのものとさほどの違いは感じられませんでした。

 ある人は言いました「人は遊ぶ存在である」と。
 また、ある人は言いました「人は遊びの中で完全に人である」と。
 遊びをせんとや生れけむ。
 ひとは生きる上で娯楽をするのか。そもそも娯楽の為に生きるのか。
 とにもかくにも人は遊びます。どんな状況、どんな場合でも娯楽を求める生き物なのです。

 それはたとえ非常事態であっても変わりませんでした。
 戦況が安定しているとはいえ、いまだトリステインとアルビオンは戦時下。
 いつ本格的な戦争が再開されるかわからないこの緊迫した状況であるにも関わらず。

 人は娯楽なしには生きられません。

 トリスタニアの街。その一角にある店。
 魅惑の妖精亭は今日も人でいっぱいです。
 誰もが、笑いながら食事をし、皆、この店での時間を楽しんでいます。
 たとえ戦時下でも、人は楽しむことを止められません。
 
 しかし、人々が娯楽を楽しむ時。
 その裏で、それを支える人間がいる事を忘れてはいけません。
 人々の笑い声が響きわたるその店内のすぐとなり。
 
 その店を支える厨房は。それこそ、戦場のような様相でした。

「2番テーブル料理追加!」
「うっす!」
「小皿足りないよ!」
「ほら厨房!スープが出てないよ!」
「いま出る!」
「サラダ!何処行った!」

 喧騒溢れるキッチン。
 飲食を扱う施設において、食事時はコックも給仕も皿洗いも、それはもう目の回るような忙しさに翻弄されます。

「はい皿洗い終わったよ!」
「そこに積んどいて!それが終わったら大鍋を洗って!」
「了解!」
 そしてそんな忙しい厨房の片隅。汚れた食器を洗う、洗い場にサイトは居ました。
 
「はあっ…」
 皿を洗いながら、サイトはため息をつきました。
 彼がこうして皿洗に勤しんでいるのには理由があります。
 
 
 それは、ルイズに与えられたとある指令が原因でした。
 
 ルイズ。
 アンリエッタからの信用を得る数少ない一人で有る彼女の元に、アンリエッタからとある任務の依頼が舞い降りたのです。
 その内容とは情報収集任務。
 早い話がスパイです。
 
 トリステインとアルビオンとの緊張状態が続く現状。
 先の戦闘により、アルビオンにはトリステインに進行する程の力は無くなったとはいえ、だからと言って何もしないとは限りません。
 例えばトリステイン内の暴動や反乱の扇動をするかもしれませんし、何かしらの破壊活動や諜報活動をしてくるかもしれません。
 
 そこで、平民たちの間で、何か不穏な活動が行われていないか、平民たちにまじり、街の状況や何か噂が流れていないかを調査する。
 そんな任務がルイズに与えられたのです。
 
 少々地味な仕事に思えますが、その任務内容を聞いた時、サイトはこの仕事は非常に重要なことだと認識しました。情報はとても大切な物だと彼は知っていたのです。
 
 しかし、ルイズはその重要性が解っていないのか、不満気でした。
 平民に混ざるということを嫌がり、更には質素な生活を嫌がりました。
 そして平民に混ざって生活するには十分な量の経費が支給されながら、ルイズはそれを不十分であると認識しました。
 彼女がそう感じることも無理からぬことで。一般人が生きるのに十分なその額も、ルイズという『貴族』にとってはあまりにも少なく感じられる金額だったのです。

 そこでルイズはこう考えました。
 金銭が少ないのならば、増やせばよい。
 その彼女の考え方は別に間違いではありません。
 現状に不満があるのなら自身の力でそれを解決する。当然で立派な考えです。
 特に軍資金は多くて困ることはないものですから、費用を増やすという発想自体はなんら問題は無いのですが。

 問題だったのはその増やし方です。

 賭け事。
 それが彼女の選択した方法でした。
 与えられた軍資金をそのままベットして、その金額を増やそうとしてしまったのです。
 
 そして、その結果。
 支給さいれた経費どころか、個人的資金すら失うという、最悪の事態に陥ってしまいました。

 無一文。
 之では何もすることが出来ません。
 任務が始まる以前に暗礁に乗りあげてしまった状況に、サイトもルイズも途方に暮れるほかなくなってしまいました。


 
「はあ…」
 皿を重ねながら再度サイトはため息を付きました。
 
 任務用の資金すら失った彼らには、もう何をすることも出来ません。
 任務続行すら困難になり、町の中央の噴水横で絶望に近い気持ちで呆けていると、そこに救いの手が差し伸べられました。
 
 オカマでした。
 ムキムキの筋肉質に胸元がはだけた服、くねくねと気持ち悪く動き、野太い女言葉で喋る奇っ怪なオカマが、寝床と食事の提供を申し出てくれたのです。
 そのスカロンと言う名のオカマは宿付きの飲食店を経営しており、そこでの労働を条件にということでしたが好条件で有ることは間違いありません。
 
 資金の無いサイトとルイズは、その申し出に頷く以外の選択肢はありません。
 かくして、
 サイトとルイズの労働が始まります。
 
 ルイズは接客。
 サイトは雑用。
 
 予想外の状況ですがサイトはさほど悪い状況ではないとも思っていました。
 少なくともこうして一般人に紛れ込むことには成功しています。そして、今働いている場所は飲食店。
 多種多様な人間が訪れ、いろいろな情報が飛び交う場所です。
 姫に与えられた任務にはある種うってつけの場所ではないかとサイトは思っていました。

 とはいえ、いくつか問題もありました。
 一つはサイトのいる立場が『皿洗い』だと言うこと。
 客前に出ない裏方の仕事では、店に訪れる人間の会話を聞くような機会も少なく、せいぜい店員同士の会話を盗み聞くことくらいしかできません。
 そしてもう一つ。
 それは…
 
 ガッシャーン!!!
「何すんだ!このガキ!」
「ご~~~~めんなさあ~~~~~~い!!」
 客席から、何かが割れる音と、誰かが怒る声と、オカマが謝る声が聞こえました。
 
 
「はあ~~~~。まただ」
 その音にサイトは先程よりも大きなため息をつきました。
 

 そう。
 サイトがため息をつく理由。
 問題は彼女なのです。
 ルイズ。
 任務をするにあたってルイズは一番良いポジションに居ます。
 ルイズの仕事は接客。
 店員の噂程度しか聞けないサイトとは違い、ルイズは色々な客と直接話しが出来るのです。
 色々な立場の人間から色々な話を聞きだせる状況なのです。
 そんな好条件で有るはずなのに。
 
 残念なことにルイズはこの仕事に徹底的に向いていないのです。
 
 動けば皿を割る。
 ワインを注げばこぼす。
 相手の服にソースの染みを作る。
 すぐに怒らせる。
 すぐに怒る。
 暴れる
 
 そんなルイズの、あまりの向いてなさに、サイトはため息をつかずには居られないのでした。
 
◆◇◆◇◆


「ルイズちゃん。此処で他のこ子のやり方を見学しなさい」
 そう言ってルイズは店の端に立たされました。
 
 ルイズは唇を歪めます。
 
 彼女も、別にワザと失敗をしているわけではないのです。
 
 たとえ気に入らない仕事だとはいえ、姫からの信頼を無碍にするつもりはありません。
 彼女なりに真剣に仕事をしているつもりでした。
 
 しかしメイジは貴族の生まれ、それも名門ヴァリエールの公爵家。
 そんな自分が、愛想よく接客なんてできようはずも無し。 
 
 
 どうしようもないもどかしさに、ルイズは悲しい気持ちになった…
 その時。
 
 そこに予想外の人物が現れました。
 バダン!!

 まるで打ち壊さんばかりの勢いでドアを開けながら、その人物は店に入って来ました。
 
「フハハハ、吾登場!」
「失礼致します」
「こんにちわ」
 テオフラストゥスでした。
 傍らにはエンチラーダとエルザを連れ、何時ものごとく高圧的な雰囲気を醸し出しています。

「ヤバイ!」
 ルイズはとっさにしゃがみました。
 何故テオがこんな店に来たのかと彼女が混乱していると、店主のスカロンがテオに駆け寄って行きました。
「あ~~~ら、テオさま~~~~~!最近ご無沙汰だったじゃな~~い」
「吾も、暇では無いからな。店主、何時もの席は空いているか?」
「また一番奥の席?」
「無論だ」
 テオはマントをエンチラーダに渡しながらそう言いました。
 ルイズは驚きます。
 テオの言動から、彼がこの店にかなりの頻度で訪れている事が伺えます。ルイズにはあのテオが、このような店の常連だという事が異様に思えました。

「今日も女の子は付けないの?」
「当然要らん」
「またそれ。偶には女の子とおしゃべりを楽しんでも良いんじゃないの?そもそも女性同伴でこの店に来るなんて貴方くらいよ?」
「店主、最初にも言っただろう。エンチラーダ以上の女であれば同席を許してやるとな」
「またソレ。確かにウチのお店の妖精ちゃん達はとても素敵な子ばかりだけど、エンチラーダちゃんを引き合いに出されると弱いのよね」
 そう言ってスカロンはため息をつきました。
 
 いつもテオにつきそうエンチラーダ。
 彼女は正に完璧なのです。容姿、仕草、行動力に話術どれをとっても一級。
 もちろん魅惑の妖精亭には、エンチラーダに負けない魅力的な女性は数多く居ます。
 しかし、こと、テオを対象とした時。エンチラーダを越えられる人間は存在しないのです。
 なにせテオとエンチラーダは付き合いが長く、その密度も濃いものでした。
 テオの顔色一つで彼が何を求めているのかがわかるエンチラーダ。
 そんな彼女以上にテオを満足させられる女性は、さすがの妖精亭といえどおりませんでした。
 
「安心しろ、ちゃんと全員分のチップは払う」
「ウチのお店のプライドの問題なのよ。テオ様はもう常連様だからこの際チップ無しでも良いから女の子を付けない?」
「遠慮しておこうかな。せっかくの食事を邪魔されてはかなわんからね」
「もう・・」
 一応様付けで呼んでこそ居ますが、スカロンは妙に馴れ馴れしくテオに話しかけます。
 テオもそんなスカロンの様子に別に不快そうではありません。

 そんな様子にルイズは少し違和感を感じました。

 テオは確かに平民の態度に怒るような人間ではありません。
 しかし、貴族たらんとする彼は、平民に対してどこか尊大な態度を見せる事が多いのです。
 それが、スカロンに対しては、妙にフレンドリーな雰囲気を出しています。
 
 そう思いながらルイズはテオの表情を見ようとして。
 

 目が合ってしまいました。
「やば!」
 ルイズはとっさに観葉植物の影に身を隠しましたが時すでに遅く。
「………なあ、店主?あの観葉植物の影で震えているピンク色の物体は何だ?新しいオブジェか?楽しげだな」
「あの子?私のお店の新しい妖精よ。ルイズちゃんっていうの。ほら、ルイズちゃん?ご挨拶」

 ルイズはなんとかその場から逃げようともがきますが、力強いスカロンの腕に首を捕まれ、とうとうテオの前にその姿を表してしまいました。
 このままではいけない、なんとか状況をごまかさなくては!と思ったルイズの考えた言葉は…。
 
「わたし…ルイズじゃないわ!」
「……………」

「ちがうもん」
「…………」

「ちが…」 
「…店主、気が変わった。そのちんちくりんを吾の席につけろ!」
「!?」

「まあ!まあ!まあ!あの難攻不落のテオ様を落とすだなんて!トレビア~ン!!ルイズちゃん大金星よ!!」
 そう言ってスカロンがクルクルと回りました。
「店主!いつもの料理と…今日は…そうだな、なにかアバンギャルドな食べ物を持ってきてくれ。さて、では行くぞ、エンチラーダ、そこのちんちくりんが逃げ出さないように連れてこい」
「はい」
「ちょっと、また、お尻が擦れるから!ちょっと!止めて!引きずらないで!なんでアンタはいつも私を引きずるのよ!私のおしりに恨みでも有るの!?」
 
  ずりずりずりずり。
  
 エンチラーダに引きずられながら。ルイズは店の一番奥にあるテーブルにへと連れて行かれるのでした。
 

◆◇◆◇◆

 さて、テオが来店したことは店の表だけではなく、直ぐに厨房にも伝わります。

「テオ様来店!」
「テオフラストゥス様来店!」
 まるで緊急事態であるかのように皆が叫びました。

「え?テオ?え?え?」
 突然出てきたテオの名前に、皿を洗っていたサイトが混乱します。
 戸惑うサイトを他所に、厨房のコックたちの表情が真剣なものになりました。
「みんな覚悟しろ!今日もどんな注文が来るかわからないぞ!材料!多めに用意しておけ!」
「了解!」
「掃除用具も準備しておけ!また『はじけるうまさに再挑戦』とか言い出して、テーブルをめちゃくちゃにするかもしれん!」
「おう!」
 その様子を見て、サイトは本当にあのテオが来店したんだと理解しました。
 なにせ、目の前のコックたちのやり取りは。学院の食堂でテオが妙な注文をした時のマルトーたちの様子と瓜二つだったのですから。
「この雰囲気、ま、間違いない。奴だ。 奴が来たんだ!」
 何故テオがこんな店に?アイツ、女の子とかにあんまり興味あるタイプじゃないだろ?前回のルイズの一件で目覚めたか?
 サイトがそんなことを言っていると、コックの一人が大声をあげました。

「何だとお!!本当かあ!!!」
 コックが発したその言葉に、彼に注目が集まりました。
 そして、彼の口からはせられた次の言葉に厨房内は騒然となります。
「テオフラストゥス様のテーブルに座ってるウチの娘が居るだとおぉ!!」
「「「「ざわ・・・ざわ・・・」」」」

「??」
 騒然となる厨房の様子にサイトは首を捻ります。
 なぜ皆はテオの隣に店員が付いたことにこんなにも驚いているのか。
 
 その驚きようときたら、少し常軌を逸しているようで。
 皆、呆然としていたり、興奮していたり、中には、「やった!大穴だ!!!」「バンザーイ」と泣き出さんばかりに喜ぶ者もおりました。
 
「何、どういうこと?」
「ソレはこっちのセリフよ」
「え?」

 突如後ろから話しかけられて、サイトが後を向くと、そこには黒い髪をした女性が立っていました。
 
 ジェシカ。
 スカロンの娘であり、この店で一番の稼ぎ頭。
 客あしらいが一等に上手く、いつも沢山のチップを客から奪い取る女性です。
 一方でよく後輩の面倒も見る面倒見のイイ女性でもあります。かくいうサイトも彼女には色々と仕事の仕方を教えてもらいました。
 そんな彼女が、眉をひそめそこに立っていたのです。

「テオ様の隣に付いたの、貴方の妹よ」
「え…と、ソレが何か?」
 妹、と言うのはルイズのことです。それは此処で働くにおいて考えた偽りの立場です。
 テオの隣にルイズが付く。テオとルイズは知り合いなのでありえる話です。
 ただ解せないのは、ソレに対して何故こんなにも周りが騒ぎ立てるのかということです。
 
「何がって、テオ様よ?あの難攻不落、不沈要塞、無敵艦隊、残念グルメ、湯上りたまご肌と呼ばれたあのテオ様よ?」
「なんか最後のちがくない?」
「兎に角!あの人はこの店に来て、食事だけしかしないのよ」
「は…はあ、それが?」
「この妖精亭で絶対に隣に女の子は座らせないの。信じられる?この店でよ?例外はエンチラーダさんとあのエルザって子供だけ。女の子は呼ばないの。いちおう全員分のチップを払ってはくれるんだけどね」
「まあ、テオらしいというか何というか」
「それこそ、テオ様の隣に誰かが座るかどうかの賭けが出来るくらい誰も座れなかったのよ?そのテオ様が初めて女の子を隣に座らせたのが貴方の妹!アンタの妹は何物なの?っていうかあなた達何物?テオ様とどういう関係?怪しい、怪しすぎるわ」

「関係って…」
 サイトは言いよどみました。
 確かにサイトはテオのことを友人だと思っています。
 ルイズも口では否定するでしょうが、きっと心の底では彼のことを友人だと思っているでしょう。
 しかし、此処でソレを言えば、自分たちの立場を明かすようなものです。
 果たしてどう答えるべきか、サイトは迷いました。
 
「えっと…うんと、別に怪しいものじゃなくって。俺達、生まれも育ちもトリスタニアです…。姓はヒラガ、名はサイト…えっと…えっと……人呼んでフーテンのヒラと発します。皆様ともども、大トリステインに仮の住居まかりあります。不思議な縁持ちまして、たった一人の妹の為に、粉骨砕身皿洗いに励もうと思っております。西に行きましても、東に行きましても、とかく土地土地のお兄さん、お姐さんに、ご厄介かけがちなる若僧でございます。以後見苦しき面体お見知りおかれまして、恐惶万端引き立って宜しくお頼申しま………………」
「なにその取ってつけたような嘘口上は!」

 怪訝そうなジェシカの声が響きました。



◆◇◆◇◆

 
 
「さ…最悪だわ」
 テオの向かいに座ったルイスがポツリとそう言いました。
 
 テオ。
 ある意味で今、ルイズが最も苦手とする人間が彼です。
 元々の性格が合わないと言うこともありますが、ソレ以上に惚れ薬に関する一連の出来事が、ルイズのテオに対する苦手意識を助長させています。

「まあ、とりあえずワインで口を湿らせ、前菜でも食べようじゃないか」
 そう言って目の前で前菜を食べるテオ。
 動きこそ最低限のマナーを守っていますが、速いペースで食べる様はまるで子供のようでした。
 そして相変わらずのニヤニヤ顔。
 まるで先だっての出来事が無かったかのように平然としています。

 今までのルイズだったら、その顔に怒りを覚えたでしょう。
 しかし。今のルイズは違います。
 なぜなら、彼女は知っているのです。
 テオが平然とした様子をしていても、彼の心はそうでは無いということを。
 
 なるほど役者だわ。ルイズはそう思いました。
 
 ルイズが惚れ薬の呪縛から抜けた後。
 ルイーズが死んだ後。
 テオは平然としていました。
 
 しかし、アンリエッタとの戦いで見せたあの必死の形相。
 血まみれになっても杖を振るあの様子。
 アレが、平然とした人間の行動で無いのは明白です。
 
 そう。テオは役者なのです。
 自分の心を隠し、平然を装う人間。今、彼がするこの平然とした様子も上辺だけの物に違いないのです。
 
 そんなことを考えながらルイズがテオを見ていると、不意に、テオがこう言いました。
「しかしルイズ、なんだってこんな店に?」 
「…え!?…それは…その…ひ…ひ…秘密よ!」
 ルイズは声高にそう言いました。
 
 不味い。
 ルイズは焦ります。
 彼女が此処に居るのは数奇な運命によるものですが、その大本の理由は、姫からの密命です。
 秘密の命令。
 たとえ何度か一緒に冒険をしたテオであっても、その内容を教えるわけにはいけません。

「ふうむ、そうか。まあ女性の秘密を無理に聞き出すつもりもない。だがな、実は吾は既に見当が付いているのだ」
「!?」
 その言葉にルイズは戦慄しました、
 テオは馬鹿な行動をよくしますが、その反面で妙に鋭い部分を持っています。
 しかも彼は、トリステインの現状も、王女の人格も、そして、その王女アンリエッタとルイズの関係も良く知っているのです。
 ルイズが王女からの密命でここにいるという結論に達していたとしても何ら不思議はありません。

 ルイズはゴクリと唾を飲み込み、覚悟を決めました。
 そして。

「この店の賄いが目的なのだろう?」
「はあ?」
 テオの的はずれな言葉にルイズは間抜けな声を上げてしまいます。

「ははは隠すでない、わかっておる。何せこの店の食事はうまいからな。ましてや賄いともなれば客には出さないあんな料理やこんな料理。それが食べ放題ともなれば、吾とて心動かされざるをえんよ。確かに貴族としては意地汚いかもしれないが、その気持ちはよ~く分かるぞ」
 ルイズにはその気持ちは全く分りませんでしたが、それでもただ黙ってテオが言葉を続けるにまかせました。

「確かにほめられたことではないからな。隠したい気持ちも痛いほどにわかる。なに、安心したまえ。さすがの吾もこのことを言いふらすような非道なことはしないさ。エンチラーダとエルザもわかったな?この件は秘密だ」
「御意にございます」
「うん。ルイズお姉ちゃんって結構くいしんぼうだったんだね」
「………………」

 なぜか決定事項となった、ルイズ意地汚い説。
 ルイズは甚だ不本意でしたが、それでもこの勘違いを訂正すれば、自分がこの店にいる理由をテオに聞かれる事になります。
 せっかく勘違いしてくれているのだから、このまま勘違いし続けてくれた方が都合のよいルイズは、ただただ不機嫌そうにうなずくのでした。

「おまたせしました~♪」
 くねくねとシナを作りながらスカロンが料理を持って来ました。
「おお、待っていたぞう、此処の所ご無沙汰だったからな、此処の食事が楽しみだったのだ」
 そう言うとテオは満面の笑顔で料理にホークを突き立てました。
 暗い店内。それも、窓の光も全く届かない一番奥の部屋。
 小さな蝋燭に照らされて、ボンヤリと見えるだけだというのに、まるで夜行性物のように、テオは食事を平らげてしまいました。
 
「なによ、アンタのほうがよっぽど意地汚いじゃない」
「そう言うな、食事は吾の数少ない趣味の一つでもあるのだ」
 そう言ってテオは笑いました。 
「ご主人様は多趣味でございますが。生憎と体を動かすことは不得意な部類ですので」
「食べるって楽しいもんね」
 エンチラーダとエルザがテオを肯定します。
 
「食べるということに嘘は無いからな、食事の前で人は正直だ」
 テオはそう言いました。
 その彼の言葉を聞いて。この正直を好むテオの気質。ソレこそが、テオの本質なのだろうとルイズは思いました。

 ルイーズの愛を受け入れなかった理由も、偽りの愛、つまりは嘘を嫌う彼の性質によります。
 だというのに。彼は『正直』とは程遠いのです。
 自分の考えや、弱点を隠す。下手な嘘つきなどよりよっぽど巧妙に本心を隠します。

「店主!おかわりを!おかわりをくれ!」
 皿の上の料理を食べつくし、テオはスカロンの居る方向に向かってそう叫びます。
「まだ食べるの?」
 ルイズは呆れてしまいました。

「また、当分食べられなくなるからな?」
「なんで?」
「なんでって…そりゃあ、もうすぐ戦争に行くことになるからな」
「え?」

 テオの言葉に、ルイズは一瞬呆けてしまいました。

 確かにテオの言っている言葉は変な言葉ではありません。
 貴族が戦争に行くのは当然のことですし、今は戦時下です。
 お互い大きな戦いこそしていませんが、しばらくすれば再度戦闘が行われるでしょう。
 だから、それ自体は変なことではありません。
 
 しかし、オカシイのは。テオの口からソレが出たということでした。
 
「戦争?そういえば貴方前も塹壕作って訓練なんてしていたわね。でも?どういうこと?貴方戦争に参加するつもりなの?」
「当然だろ?」
 何を当たり前のことをといった様子でテオが聞き返しますが、ソレこそがルイズには不思議でした。なぜなら。
「あんた、この国とか姫様にそんな忠誠心とかあったの?」
 そう、
 ルイズが知る限りテオはトリステインに対する忠誠心とはかけ離れた人物だったからです。
「そうだな。正直あの王女は好きじゃない。この国も好きじゃない。いやさ、むしろ反吐が出るほどに嫌いだ」
 そんなルイズの疑問をテオは肯定しました。

「じゃあ何で?」
 愛国心が無いのであれば何故戦争を求めるのか。

「なぜか?そうだな。吾はこの国で育った」
「ええ。ええっと、じゃあ、つまり、あれ?郷土愛ってこと?」
「郷土愛?馬鹿か?吾をこうも邪険に扱ったこの国に愛何ぞあるはずが無かろう。ハッキリ言って心の底から滅びればいいと思っている」
「だったらなぜ?」
「吾はこの国で育った、この国に育てられた。ソレがふざけた育てられ方でも、放任に近いソレでも、この国に吾は育てられたのだ。ソレは借りだ。吾はこの国に施されたのだ。吾はな、借りは返す。施しは受けない」
 まるで、まるで何かを弾劾するような口調でテオはそう言いました。

「で…でも、国に借りを返すならば別に戦争じゃなくても良いじゃない。アカデミーで研究をしたり、医者になって人を救ったり。むしろ、物を作るのが得意なテオならばそのほうがずっと向いてるじゃない…」
 ルイズはそう言いました。
 
 そう。
 
 正直な話、テオは戦闘に向いていません。
 彼が今まで戦闘が出来たことこそが奇跡なのです。
 
 彼の魔法の才能はとても素晴らしいものです。
 しかし、彼の持つ弱点が致命的。
 数日前、ルイズ達が知ったテオの弱点。
 極端な体力の無さ。そんな弱点を抱えたまま戦場に立つなど狂気の沙汰です。
 
 確かにそれでもテオが戦争に役立ちはするでしょう。膨大な魔力と抜きん出た魔法の技術は、彼の弱点をある程度補えるに違いありません。
 或いは素晴らしい戦果を上げる可能性もあります。
 しかし。リスクが大きすぎるのです。
 奇襲を受けたり、持久戦になったりすれば、その時点でテオの命運はつきてしまいます。
 そんなリスクを持った状態で戦争に出るなど狂気の沙汰であるとルイズには思えました。

「…べつに、貴方なら戦争に出る必要は無い。いえ、貴方の足ならば寧ろ戦争に出るほうがオカシイのよ」
「そこだ」
「え?」
「足、そう、この足。コレこそが吾を戦争に掻き立てるのだ」
 そう言ってテオはガンガンと数回義足を叩きました。

「足?」
「国の義理云々は理由の一つに過ぎない。最大の理由はだ、この足にある」
「何で足が無いと戦争に行くことになるのよ?」
「いや、足が無いと戦争に行く必要が出るわけではない」
「???」
 ルイズは首を捻りました。
 テオの言っている意味が理解できなかったのです。
 そんなルイズに対して、テオは笑顔を崩さずにこう言いました。
 
「この世の中別に吾以外にも足のない人間は沢山いる。戦争、病気、事故、理由は様々だ。だがな、その違いは大きな違いだ。吾のように病気で足を失えば出来損ないだ。事故なら気の毒な間抜けだ。
 しかし、これが戦傷で足を失ったのならば全く違う。同じ足なしでもな。戦争。その理由だけで、足のない人間は英雄に早変わりだ。それは名誉の負傷になる」
「…」
 ルイズはそう言われて思い返しました。
 確かに、戦傷を持つ人間は多数居ます。水の秘薬でも直しきれなかったり、処置が遅れたりしてその体に傷を残す貴族もいます。
 そして、その誰もが、その傷を誇りにし、周りもその傷を称えます。それは勇敢に戦った証拠なので当然といえば当然です。
 テオの言うとおり、病気や事故で足を無くした人間と、戦傷で足を無くした人間には大きな違いがあるのです。
 
「ルイズ。吾と奴らは何が違う?」
「え…それ…は…」
 ルイズは言いよどみました。
 
「足がないと言う事は変わらないのに、方や出来損ない。方や英雄だ。彼らと吾の決定的な違い。ソレはなんだ?」
「それは…」
「そう、ソレは戦争だ。戦争、ああ、素晴らしき戦争。そこには夢が、名誉が、そして理由が有る」
 笑顔で、肉をさしたフォークを振り回しながらテオはそう言います。

 まるでソレは戦争に恋をしているようで。
 まるでソレは戦争にさえ行けば全ての願いが叶うような。
 まるでソレは戦争こそが存在意義のように。

「たとえ誰がなんと言おうと、吾は戦争に行くぞ。絶対にだ」
「で・・・でも、あんた一人が決められることじゃないでしょう」

 そう。
 
 たとえ志願したとしても。
 すべての志願者が戦場にいけるわけではありません。
 年齢、前科、体力、持病、それらを理由に兵になれない人間は沢山居ます。
 そして、テオは正にその兵になれない人間の条件を満たしているのです。

「まあ、ふつうならば無理だろう。だから吾なりに行動はしていたのだが…」
「ひょっとして…それって…アルビオンの件?」
 ルイズは合点がいったといった様子で叫びました。
 
 アルビオンへの任務。
 いくらマイペースで世間知らずなテオと言えど、ただ旅行がしたいからと戦時下のアルビオンに行くのは変です。
 それも、尊敬もしていないアンリエッタの頼みを聞いて。
 
 もちろん、旅行がしたいという言葉に嘘は無かったでしょう。それは彼の本心に違いありません。しかし。
 その旅行と言う理由の裏に。もっと大きな理由が存在していて。それこそが姫に恩を売ると言うことなのであれば合点がいきます。
 更には危険な任務をこなせば、それは戦場で活躍できるという証明にもなるのです。
 なるほど、アレが戦争へ出るための伏線だとすれば、悪い手ではありません。
 
 しかし。
 その伏線は。
 
「でも、それって、もう意味がないんじゃ…」

 そう、伏線は水泡に帰しているのです。
 先日の戦い。
 テオが姫と戦った時。
 その瞬間に。テオはアンリエッタの恩どころか恨みを買い。
 更には自分の大きな弱点を公表してしまっています。
 
「そうだな…あの件以外にも、タルブのガーゴイルとかな。あわよくば吾の手柄を作り、戦場への足がかりへとするつもりだったが。吾は関わって居ないことにされてしまったしな。伝説の双竜とか、馬鹿な話だ」
 そう言って、テオはワインを一口飲みました。
 
「…というか…王女様に嫌われて弱点が知られた時点で、多分、きっと、絶対、戦場へはいけないんじゃないの?」
「いやいやそんなことはない。君はこんな格言があるのを知っているかね…バカと…バカと…バカと…えっと…バカとは…バカは」
「どんだけバカが居るのよ」
「バカとハサミは使いようですか?」
 エンチラーダが言いました。

「そう、それ!ソレだ!どんな愚かしい者も、使いようだ。つまりな?使われるんじゃない。使うんだ」
「使う?王女様を使うってこと?不敬にも過ぎるわよ!?だいたいアンタはそんなこと出来る立場じゃ無いでしょう!?」
「立場なんぞ知るか。吾は行くと決めたからには行くよ。たとえ弱点があろうと、そこで息絶えようと、そんな事はどうでもいい。吾は戦争にいかなくてはいけない。コレは絶対の未来なんだ」
 まるで。戦争にとりつかれたようなテオのその様子。
 何を言っても彼は戦争に行く以外の選択をしないでしょう。

「そう…」
 だからルイズは、ただ、そう言って会話を打ち切りました。
 そしてルイズは改めてテオという人間を見ました。

 そして、こう思いました。
 病気で足を失う。果たしてそれだけが彼を歪めたのだろうか。

 ルイズにも病気の姉が居ます。
 と言っても、外見的には健常者と比べ何の変化もありません。魔法は使えますが、その力を使用すると彼女の身体に大きな負担を与えてしまうのです。

 その姉、カトレアは父から領地を分け与えられて、ラ・フォンティーヌ家の当主となっています。
 隔離されているとも見える処置ですが、ソレは違います。
 父親であるラ・ヴァリエール公爵が病弱で家を出ることの出来ない彼女を気遣っての愛による処置のなのです。
 
 ルイズはカトレアの優しさに溢れた笑顔を思い出しました。
 そして慈愛あふれる姉の笑いと、狂気にも似たテオの笑いを比較しました。

 はたして足が無いという事実だけが、彼の精神を曲げてしまったのか。

 同じ病気で苦しんだ姉とテオ。
 見た目で判りやすい違いこそありますが、そこに如何程の差がありましょう。
 もし、2人に差があるとすれば。

 それは、与えられる愛の差なのでは無いのかとルイズは思いました。

 その違い。
 もし、テオが自身の姉カトレアのように父の、いえ、誰のものであっても愛を向けられて育っていれば。
 彼はこのようになっていなかったかもしれません。
 このように戦争に対する執着を見せなかったかもしれません。

「お?追加の料理が来たな、さあ、食べよう」
 料理を前に、無邪気に笑う彼の姿。
 
 果たして、この彼の姿は、元からの彼なのか。
 
 それとも歪みが生み出したもう一つの彼なのか。
 
 それを考えて…

「チェリオ!」
「サンテ!」
 カチン!っと杯が。ぶつかる音がしました。
 
「ほら!おねーちゃんも、サンテ!サンテ!」
 そう言ってエルザがルイズに向かってグラスを向けます。
「あ…ああ、はい、サンテ」
 そう言ってルイズもエルザと杯を重ねます。

 シードルを飲みながらテオの隣に座るエルザ。ルイズはふと彼女の事が気になりました。 
 
 或いは、彼女こそ、テオに愛を向けられる唯一の存在なのかもしれない。
 
 なんとなく、ルイズはそう思いました。


◆◇◆◇◆



「……だから、俺達とテオの関係を説明するとなると、その前提として、100柱の精霊の壮絶なる神話の話からしなくちゃいけないわけで…まず風の王の褌が盗まれるところから話は始まり…」
「なにその意味不明な嘘、しかもチョット面白そうだし!」
「兎に角俺達とテオの関係は複雑で説明しきれな…」
 サイトがテオとの関係をなんとかごまかしているその時、スカロンの声が響きました。

「テオ様からチップよ!」
「「「ワアーーーーーー!!」」」
「え?なに?なんで?」
 厨房内の歓声にサイトは驚きました。
 
「言ったでしょ。全員にチップって。あの人、女の子だけじゃなくて店中の全員にチップをくれるの」
「マジで!?」
 厨房内の喜びようから、チップが結構な額であることが読み取れます。
 テオからのというところに思う所はありますが。手持ちの少ない現状での臨時収入はとてもありがたいことなのでサイトは期待に胸を膨らませました。

「あ、サイトちゃんにはこれ」
 そう言ってスカロンはサイトに一枚の紙を渡しました。
「なんすか?これ?」
「手紙よ、厨房に黒髪の坊主が居るだろうから、そいつにはこれをって」
「直々に手紙?ホントにアンタ、テオ様とどういう関係なの?」
「いやね…いやまいったな。その複雑でさ、ほんと。まあ、仲は悪くないっていうか…」
 そう言いながらサイトがその紙を開くとそこには。


『ただし、貴様にはチップはやらん。
        ばーか ばーか ばーか』



「…」
「…えっと…ホントに、どんな関係なの?」
 ジェシカの疑問は尽きませんでした。






◆◆◆用語解説


・ま、間違いない。奴だ。 奴が来たんだ!
 今はいいのさ すべてを忘れて。一人残った 傷ついた俺が…

・ざわ・・・ざわ・・・
 テオ賭博。
 果たしてテオは店の誰かを傍らに座らせるのか!という賭け。
 毎月、月のはじめに今月こそは誰か座るのかで賭けが行われる。

・アバンギャルド
 前衛的とかそんな意味。
 バロットとか、カース・マルツゥとか、エスカモーレとかその手の料理じゃねーの?
 
・湯上りたまご肌
 この湯上りたまご肌と呼ばれたテオフラストゥスがよ?
 
・嘘口上
 俺がいたんじゃ、お嫁にゃ行けぬ、わかっちゃいるんだ、妹よ。
 
・チェリオ
 このワザとらしいメロン味!な飲み物を飲んでいるわけではない。「乾杯」という意味。サンテも同意。

・シードル
 りんご酒。アルコール度数はマチマチ。国によってはただの炭酸りんごジュースのことをシードルと呼ぶこともある。
 
・風の王の褌
 ギップリャ!



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