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[33650] ある男のガンダム戦記 八月下旬にこちらの作品を全部削除します
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:7bb96dbc
Date: 2016/07/27 21:00
ギレンの野望 IF ある男のガンダム戦記



宇宙世紀0052。一人の英雄がサイド3ムンゾに入った。
名前をジオン・ズム・ダイクン。
地球連邦が危険視する反地球連邦、親スペースノイド、サイド独立主義者である。
彼のサイド入りは多くの人々に共感と希望を与えた。
前年に凍結されたコロニー開発計画は、スペースノイドにとって棄民政策と捕えられた。実際は予算の増大を懸念した緊縮財政の結果であったのだが、一般市民にそこまで深読みする事を求める事自体が困難であるのは古来よりの伝統である。
加えて、ジオンと共にサイド3へ入ったザビ家などの有力スペースノイドの存在がジオンを強気にさせた。

そんな傍らで。
一介の官僚が、小さな、それでいて大きな生き方を見せる。
これは、激動の時代を駆け抜けたある一人の男を中心とした群雄伝説である。



Side ウィリアム・ケンブリッジ 宇宙世紀0052.04.09
地球連邦 首都ニューヤーク 旧国連ビル



「ウィリアム・ケンブリッジ宇宙開発補佐官」

若手。
この年26歳になるケンブリッジは従兄弟にして秘書のミール・ケンブリッジに呼び止められた。
ニューヤークと名前を変えたかつてのニューヨーク、その摩天楼の一角を形成する国連ビルの60階で。

「何か?」

「相変らず無愛想ですね・・・・・これ、今回の報告書です。読んでおいて下さい」

「日本、アメリカ、旧EU圏の内イギリスからの強制宇宙移民が制限されだした。
移民はアフリカ地域、アラブ・中央アジア地域、インド南部地域、東南アジア地域、イギリスを除くEU地域、ロシア地域、オセアニア・太平洋地域に集中した、か。
うーん・・・・・地球連邦未加盟の中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国、インド北部地域、イランなどは人口爆発を利用し、コロニーと貿易する事で息を吹き返しつつあるな」

インド経済の南北対立。ムンバイを中心としたインドとニューデリーを中心としたインド。
経済と政治の対立に宗教・歴史の対立が加わり、インドは宇宙世紀0012年の春、連邦に残った南部と分離・独立の北部へと分裂した。
また、西暦1990年の天安門事件の対立を引き摺ったため、西暦1999年地球連邦非加盟国となった総人口15億を数える中華人民共和国、更に主導権を握るアメリカ合衆国への対立から参加しなかったボリビア、キューバ、シリア、イラン、朝鮮民主主義人民共和国がある。
地球連邦は地球圏の国家の大半を掌握したが、全てでは無かった。
当然ながら、地球連邦は北部インド連合の独立を認めておらず、セイロン島コロンボ基地、南インドマドラス基地に大軍を展開。ディエゴ・ガルシアのインド洋艦隊と共同でこの40年間経済封鎖を続けてきた。
5年前には主要都市に対して反乱鎮圧の下、衛星軌道とデブロッグ隊を中心とした高高度からの絨毯爆撃を行っている。
もっとも、その広大な領土(中国と接している長大な陸路)と潜水艦やダミー資本を使った隠密貿易が功をそうしたのか、封鎖は形骸化しつつある。

「やれやれ・・・・・・宇宙移民の制限・・・・・・移民終了の宣言。
それも連邦構成国家の中でもNo1からNo3のステーツ、日本、イギリスか。
続いて欧州と韓国の人間が対象で、他の地域は・・・・・・特にジャブロー建設地域の強制移民は増加。
火種にならないと良いが・・・・・」

「補佐官?」

「いや、何でもないんだ。なんでも」

(なんで俺みたいな一介の官僚がこれ程詳しい情報を知らされたんだ?
まさかな、俺に何かしろっていうんじゃないだろうな!?)

嫌な予感を抱えながら彼は職務に戻った。
若き宇宙開発補佐官の懸念はこの約25年後に、予感は6年後に当たる。





宇宙世紀0058年02.09

Side ウィリアム・ケンブリッジ
地球連邦 首都ニューヤーク 旧国連ビル65階



余談だが地球連邦発足以降、国連ビル勤務者は高い所に行けば行くほど高給取りであり、権限も高まる。
そんな中で、彼は6年前の嫌な予感が現実のモノになった事を知った。

『サイド3共和国建国!』

新聞はセンセーショナルに報道している。
PCを起動させて国営放送、地球NETを起動する。

『サイド3は連邦の統治を離れた。
反連邦諸国と共同で我ら人類の正統なる統一政権である地球連邦による全人類の平和と秩序に反するつもりだ!!
連邦警察、地球連邦、各サイド自治政府はこの運動、スペースノイド独立と言う無責任な運動を抑えなければならない。
早急に小惑星ユノー、月面都市フォン・ブラウンの駐留宇宙艦隊の強化を行い、サイド3に圧力を加え独立宣言を撤回させるべきなのだ!!』

白人と黒人の混血であり、カトリックでもあるケンブリッジにはたちの悪い冗談にしか思えなかった。

(これじゃあ戦争を煽っているのと何が違う?)

カナダの故郷を幼いころに出た。
ニューヤークにでてからは学問で駆け上がり、ハーバード大学を何とか卒業したが、その連邦でもう終わった部門である宇宙開発局に0050年に入局した。
それでも大過なく仕事を務めたし、宇宙移民者と地球移住者との軋轢回避に全力を尽くしたつもりだった。
そんな苦労人(自称)から見ればこの新聞の論調は過激だ、過激すぎだ。
だが、ワシントン・ポストやニューヤーク・タイムズも似た様な論調らしいと聞かされて頭を抱えた。
今までの融和政策。
それを担当してきた自分としてはデスクの上にあるモノ全てを滅茶苦茶にして叩き落としてやりたい気分だ。
だが、何とかそれを落ち着ける。
深呼吸して平静さを取り戻した。

(宇宙に住む者と地球に住む者は皆同類。
だが・・・・・それも傲慢な考えなのだろうか?
いや、地球に住むものだって北インド7億、中国15億が公式には反連邦の敵となる。
そしてサイド3の独立宣言。これじゃあ、もう地球連邦と言えないじゃないか)

過去に連邦軍の軍政家で有名なゴップ先輩は言った。
忠告と言っても良い。

『君は遠からず政府と軍との橋になるだろう。命を粗末にするなよ』

そう言われて身辺警護にSPを3名、銃の携帯許可書を1枚用意してもらった。
が、それも杞憂に終わっていた。

(あの頃は連邦内部で対宇宙融和政策の事実上の責任者だったからなぁ。
実質は肌の色の差別から来るただの左遷で命の危険もそれなりだったけど、これでもう危険からは遠ざかりそうだ。
ありがたいことだ)

そう安堵した。次の辞令が来るまでは。
固定電話をとり、メモの順をする。発進と着信は見知らぬ相手だった。

「ああ、ケンブリッジ補佐官ですな。元気かね?」

「あの、失礼ですがどなたでしょうか?」

「うん? ああ、答えてなかったな。はははは。
私は地球連邦政府CIA課長。そうだな、ホワイトマンでもアベンジャーでも好きに呼んでくれ」

「了解しました、ホワイトマンCIA課長。
先程は失礼しました。知らぬ事ととはいえ申し訳ありません。」

「堅苦しくなくてよい。今日は君にとって良いニュースを持ってきたのだから」

「は? 良いニュースですか?」

「うむ。君は明日の12時に昇進する。
その後はちょっと遠くまで行って貰いたい。
ああ、あくまで出張と言う形であり、赴任では無いよ」

「・・・・・・その、どこでしょうか?」

「ジオン・ズム・ダイクンのいるサイド3。
今流行の反地球連邦主義者たちの巣窟。
そこで彼らを監視・調査してくれたまえ」


思わず受話器を落としそうになったがそれ位ご愛嬌だろう。
私は宇宙にいった事は無かったのだから。
それがエリートと呼ばれる地球連邦の若手上級公務員・軍人・財界・政界の常識的なキャリアでもあった。
そして当時の自分は思ったのだ。

(数か月。長くて数か月で祖国アメリカの土をまた踏める)

と。
これがとんでもない思い違いであった事はその後の私を見れば分かる。





宇宙世紀0060.01.05 サイド3 地球連邦軍駐留軍司令部 副司令官室
Side ウィリアム・ケンブリッジ



私はダイクン家、ザビ家、そのの方々の側近らと会食する機会が多くなった。
先年秋に赴任したが、この時点で指導者ジオンは私の目から見ても明らかにおかしかった。
まるでサーカスのピエロ。
そして、この壮年の宇宙軍きっての名将と呼ばれる人物にもそう見えたらしい。
その時の一部始終だ。

「・・・・・君の想像通りジオン首相は体調不良なのだよ。
最近は支離滅裂な理想論を繰り返すばかりで、具体的な要求を地球連邦政府に送る事は少ない。
寧ろ、非連邦加盟国との貿易強化、コロニー間の貿易強化に乗り出している。
それを隠すために道化を演じているのか、道化になったのかは分からないがね」

そう言って、サイド3駐留艦隊副司令官イブラヒム・レビル少将は私とお茶をかわす。
地球のセイロン島のお茶は宇宙で貴重品だと知らされた。
何と言ってもコロニーで合成栽培されたモノの10倍の値段なのだ。
しかも連邦軍軍人、連邦政府役人は毎月1個、キリマンジャロ産コーヒー豆かアールグレイ茶か、出身国の地球産アルコール飲料が支給される。
コロニーでは月給の数分の1は確実にするものを、公務の名目で税金を使い支給されるのだ。

(これが不満の原因なのは間違いないな・・・・・もっとも目の前の御仁もまったく気が付いていないようだが。
・・・・・・これで不満をどうにかしろなんて・・・・・無茶を通り越して無理無謀だよ)

「ああ、ユノーの軍事化、聞いているかね?」

「聞いております、レビル副司令官。
ルノーは今後ルナツーとして要塞化し、対ジオン、対コロニー独立派への橋頭保とするとか」

「文官にしては話が早くて助かる。
言い難いが最近ここも物騒でな。
これは規定事項だが・・・・・君も知っての通りジオン国防隊が発足する。
これがかつてのジエータイの様にやがて保安隊になり国防軍になるだろう。
それは歴史の必然かもしれないと私は思うのだ。
が、それだけで終わる筈も無い。宇宙と違い地上は親ジオン国家が存在している。
例え、空爆と経済封鎖で痛めつけていようとも25億に迫る人口は脅威である。
それに新設されるサイド3の軍隊が呼応しない筈がない。必ず戦争になるだろう。
そうなる前に、圧倒的な軍事力を備えなければならぬ。ジオンを暴走させても問題がない程度の、な」

「・・・・・閣下は戦争を望まれると?」

「・・・・・・痛いところを聞いてくるな・・・・・・戦争を望む、そうは言わぬ。
が、相手が戦争を望めば受けるのが軍人だ。それが私の職務だしね。
それに、地球連邦市民はこのサイド3にも他のサイドや月都市にもいる。
彼らを守らなくて何が地球連邦宇宙軍か。何のための宇宙艦隊なのか?
地球で非連邦構成国に経済封鎖や数年単位で忘れたように空爆を続ける陸海空軍、海兵隊とは違うのだ。
少なくとも、この宇宙空間ではね」

「?
ああ、これが資料ですか。レビル副司令の独自案・・・・・拝見します。
1個艦隊、新造のマゼラン級戦艦5隻、同じく新造のサラミス級軽巡洋艦40隻、改コロンブス級改造空母5隻の50隻1個艦隊制度。
しかも各サイドに一つずつ、グラナダ、フォン・ブラウンには2つずつ、ルナツーに7・・・・7つ!?
戦略予備として3個艦隊!! 
更にそれを支える補給艦隊に17の独立任務部隊ですか!?」

「うむ。それだけあれば何とかなる。
君に見せたのは君の伝手で親スペースノイド派中堅クラスの官僚とスペースノイドらにこれを認めてもらいたいのだ。
ああ、軍内部の方と政府上層部は私たちが責任を持ってやる」

(あの・・・・・・これだけでも大増税です。しかもリターンの見込めない軍備。
軍備増強の財源を賄う相手は各地のサイドに住むスペースノイドですよね?
これでは連邦が彼らを挑発していると言っても過言ではありません。
相手に銃口突き付け、金を巻き上げながら仲良くしましょう、恨まないで下さいなんていう理屈は通じませんよ?
それが分かっているのですか?
いやまてよ・・・・今なんて言った!? 
たち? 私達っていったか、この軍人馬鹿は!?
畜生目! これは個人案じゃないのか!?)



レビル将軍は連邦を第一に考える軍人だった。
それは間違いない。
だが、軍人以上の思考は無かったのではないかと思う。
この点はレビルの三期先輩のゴップ中将が軍政家・政治家として巧みに行動した。
まずコロニー駐留艦隊を原則半個艦隊25席に減らし、フォン・ブラウンは警備艦艇10隻のみに、ルナツー駐留艦隊も7から5に減らし、独立艦隊も12まで削減した点は後世の歴史家からも非常に評価されている。
無論、ジオン独立の抑止力を自ら減らしたとして批判する声も大きいが。
仮に、この決定をしなければジオン独立戦争は無かったかもしれない。
が、その前に連邦政府が内部から瓦解していた可能性が高かったと思う。
大増税によって高まる地球市民の反連邦政府運動によって。



宇宙世紀0069年08.07 ジオン共和国 首相官邸
Side ウィリアム・ケンブリッジ



(どうしてこうなった!?)



妻、地球連邦軍少佐であったショートヘアーで黒、日タイ混血のリム・キムラと結婚して半年。
漸く地球へ、祖国アメリカへと帰れると思った。
私が作った各サイドのパイプ、ジオン首脳部とのパイプは政府上層部に高く評価された。
ジャブロー建設責任者であるゴップ大将や地球連邦宇宙艦隊司令長官ビラー大将からの受けも良い。
政府上層部の親スペースノイド派であるアルビリオ副首相やマーセナル財団、ビスト財団、ルオ商会からも無形の援助を受けた。言わば、出世頭であり、あとは地球に戻るだけだった。
実際、辞令も内定していたらしい。

が、ここにきて急激に事態は悪化。
ジオン・ズム・ダイクンは議会の演説中に死去。
その報道はまるで我が連邦政府が暗殺を行ったかのようで、激昂したムンゾ(ジオンと言い換えても良いか)市民が、自宅前まで押し寄せてきた。
何とか妻と2歳になる息子と共に大使館へ駆け込んだが、そこも変わらなかった。
群衆に包囲され、門の前では連邦軍ががっちりと正規装備で武装している以外に違いは無かった。

「さっさと地球に帰るぞ!!」

漸く一人に慣れて地球息のシャトルの乗船許可をもらった時に思わず叫んだのはご愛嬌だ。
だが、その目論見は直ぐに崩れる。
この国のNo2、ギレン・ザビが私に面会を求めてきたのだ。

面食らう。

確かにザビ家とも面識はあるがそれはあくまで連邦官僚の一員であり、個人的な交友関係は無い。
確かに連邦中堅官僚随一の宇宙通になってしまったが、それでも私はただの官僚だ。
曲がりなりにも国家の上層部の方とお付き合いするほど偉い訳でも肝が大きい訳でも好奇心が旺盛なわけでもない。
寧ろ、丁寧にお断りしたいくらいだ。

「・・・・・・本当にあのギレン・ザビですか?」

「そうだ、あのギレン・ザビだ」

「デギン・ソド・ザビ史からの詰問では無く?
本当にギレン・ザビ史からの面会要請ですか? しかもこの反連邦暴動真っ只中の最中に?」

「言いたい事は分かっている。気の毒だとも思う。
だがこれも給料分の仕事の内だ。ジオン国防隊、いや、ジオン軍から警備部隊と輸送車がくるから心配するな」

(余計心配です!)

そうは思ったが、私は心を入れ替え妻と子に別れを告げると用意された車に乗る。
護衛隊長はランバ・ラル大尉だと言っていた。

(たしか、ジオン派の重鎮の息子の筈だが。
が、彼からはそんな重い政治的意思は見られなかった。
どうやら生粋の武人らしい)

「ご安心を。このランバ・ラル、例え素手でも任務をやり遂げましょう。
ケンブリッジ補佐官殿は大船に乗ったつもりでいてください」

(一介の武人ね。結構な事だ・・・・・はぁ・・・・・・おれだって唯の官僚だぞ!!!!
なんだってこうなるんだよ!?)



そうこうしている内に車は行政府につく。
相変らず仰々しい悪趣味な建物だな、と思いつつ。

「よく来てくれた、ギレン・ザビだ」

「この度はお招き頂きありがとうございます、ウィリアム・ケンブリッジです」

「私はサスロ・ザビ。貴方の噂はかねがね聞いている。
この間の食糧輸入税撤廃法やサイド間交流法など立案に関与した非常にスペースノイド寄りの御仁だとも」

「恐縮です」

「そこでだ、ギレン兄上は貴方の狙いがどこにあるか知りたがっていてな。
会いたいと思っていたが漸く会えたわけだ」

(なんという事だ!?
この独裁者としか思えない人間に目を付けられただと!?
SPだけじゃ殺されてしまう!!)

「うむ、君の噂はかねがね聞いている。評判以上の男の様で私もうれしい」

「光栄です。
しかし現在は暴動もデモも起きています。
こんな危険な時期に会わなくと・・・・・・」

「いや、こんな時期だからこそ、だよ、補佐官」

「ギレン閣下にそういわれると嬉しいですね」
(冗談じゃない! こんな危険な時期にザビ家の相手をしてられるか!)

「ん、緊張しないのは中々の者だな」

「それで要件は何でしょうか?」

「うむ、サスロはあくまで証人として居てもらう。
気にするな。
これ以上は何も語らぬから、実質気味と私の二人だけになるが・・・・・・さて、聞くが、連邦は我々の独立を認める気があるか?」

単刀直入。
だが、それだけに嘘偽りのない言葉。
そして、直観。

(この男、下手な回答をすれば何億人も殺すのではないか?)

「どうかね? どう思う?
あくまで宇宙開発局副局長にして、次期地球連邦内閣府対スペースノイド政策補佐官の立場として聞かせてくれ。ケンブリッジ補佐官」

「冷や汗がでますな、お茶を一杯飲ませてもらいます」
(冗談じゃない! 俺は大統領でも軍総司令官でも議長でもないんだぞ!?
確約なんかできるか!!)

「うむ、その豪胆さもまた敬意にあたる。
サスロ、私にも一杯くれ」

「・・・・・・ふう。
あくまで補佐官として、尚且つ私の立場として言わせもらいます。よろしいですね?」

「構わんよ。その方がありがたい」

「結論から言いましょう。連邦は絶対に認めないでしょう」

「ほう?」

「連邦はあくまで多国間条約によって成立した単一政権国家と言う複雑な裏事情を持ちます。
その条約から離脱した北インドの惨状をご覧下さい。
南と西と海から包囲し、難民さえ国境、いえ、境界線を越えさせません。
ニュースになっていないだけで、鉄条網と地雷原で旧国境線を封鎖し、難民を見捨てると言う事実上の大虐殺が連邦軍の手で行われているのは一定以上の地位にいる人間には常識です。
その理由は単純明快。
北インドが中国、北朝鮮らと違い、最初は連邦構成国家の一員だったからです。
地球連邦と言うのは旧世紀のソヴィエト連邦の民主主義版であるとも言えます」

「続けてくれ」

「仮に連邦政府がサイド3の独立を正式に認めるには連邦宇宙軍の壊滅か連邦宇宙軍と対等以上の軍備を維持する事が最低条件になります。
地球連邦の権威と力の象徴を屈服ないし沈黙させない限りサイド3の独立は認められないでしょうし、私も認めません。
後はそれ以上の政治的な戦果、例えば近年の経済復活が目障りな、失礼、経済成長が著しい北インド、中国の二つをどこかの誰かが抑えてくれる必要があります。
つまり、連邦の国益である非連邦加盟国への武力行使或いは経済封鎖による対象国家郡の経済破壊、連邦宇宙軍の壊滅による地球軌道を含んだ制宙権の完全な掌握が無い限りサイド3が独立を達成するのは不可能です。
そして前者と後者は完全に矛盾しております」

「ふむ?」

「連邦、連邦政府にに反抗しない限り、連邦宇宙軍の壊滅はあり得ず、いえまあ、現実問題からも戦力差から考えるに宇宙軍との会戦さえ不可能でしょう。
また、連邦敵対国家である非連邦加盟国との戦争は下手をしなくともジオン経済を崩壊させます。
地球に兵員・物資を送るのです。それも長期にわたって。さらには20億もの人口を養う義務。
サイド3の人口4億5千万では到底不可能です。国家も経済も民間企業も仲良く破綻です。
そして経済が崩壊した武力だけの国家に、連邦打倒に独立達成、非連邦加盟国への圧力も絵に描いた餅です。
結論として連邦からの独立は武力では不可能だと、敢えて二度申し上げます」

「なるほど、補佐官は連邦宇宙軍の存在が我々への抑止力になると思っているのだね?
そして我らジオンには連邦も非連邦加盟国も倒せる戦力は持ち得ない、故に隷属状態は続く、そう言う事かな?」

「はい。まさにそのとおりです。
通常兵器を使った消耗戦で先に根を上げるのは正面戦力で劣り、国力でも30分の1以下であるサイド3です。
また、仮に何らかの方法で連邦宇宙郡軍を撃破しても、地球に侵攻し統治する力の無いサイド3に地球連邦を打破する力はありません。
以上を持って、私はジオン軍は連邦軍に勝てず、それ故に独立戦争も敗北で終わると申し上げさせてもらいます」

「・・・・・・・兄上」

「ふふふ、私相手にここまで言える連邦の方がいるとは思いもしませんでしたな。
分かりました。
今日はありがとうございます」

「あ、ああ、その、失礼しまし・・・・わ、忘れてくれると、その、うれし・・・・・」

「どうも、ありがとう、ございます」

「あ、あ、ああ、あ、ありがとうございます」

「それでは補佐官殿。
こちらへ。兄上、俺はかの御仁を玄関まで送っていく。良いな?」

「ん、そうしてくれ」



大使館に帰った私は冷や汗でびっしょりだったシャツを選択し、そのままシャワーを浴びて寝た。
が、腹ただしい事に、上層部からはスパイ容疑で尋問され、それを証明する為にこの1週間は大使館と監視付きでジオン行政府を往ったり来たり。
ギレン・ザビやサスロ・ザビとは個人的な交友関係まで作らされるし、昇進したレビル司令官の参謀の様な役や、両陣営の駆け引きの場には必ず引きずり出された。

「私は平穏無事に過ごしたいだけなんだ!
放って置いてくれ!!」

一度そう言ったが、どうやらザビ家にとって私は連邦随一の宇宙通にされてしまったらしく最早後の祭り。
同僚もだれも本気にしてくれない。
ジョークと受け取ったのだろう。或いはもう地球に帰ってくるな、という事か。
1週間で睡眠時間が8時間と言う人生史上最短記録を樹立した。

が、生真面目な私は自分で言うのもなんだがこの時点からジオンが連邦に独立戦争を仕掛けるのでは無いかと警戒し、訓戒を行うよう進言した。

そして宇宙世紀0069.08.15。
私は妻に叩き起こされた。

「貴方!! 
先ほどキシリア・ザビが死にました!!! ダイクン派の自爆テロの様です!!!
ええと、他にはガルマ・ザビも重体ですね。ご友人のサスロ、ギレン両氏はご無事です」



いい加減にしろ!!
誰が友人だ、誰が!!

私は心底そう思いたかった。
ついでに神に祈った。
これ以上厄介ごとを増やすな、と。



[33650] ある男のガンダム戦記 第二話「暗殺の余波」
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:e51a1e56
Date: 2012/07/10 11:59
ある男のガンダム戦記 02

「暗殺の余波」





『キシリア・ザビ爆殺事件』

『ガルマ・ザビ重症』

妻と息子を連れて大使館に逃げ込んでから4日が過ぎ、5日目。
(もっともジオン共和国が完全に独立したのを認めた訳では無いので俗称である。
公式には地球連邦政府サイド3ムンゾ自治政府連絡府と言う)
宇宙世紀0069.06.20となった。

ジオン共和国と名前を変えたサイド3は混乱の極みにある。
5日前にサイド3最有力のザビ家長女キシリア・ザビ、四男ガルマ・ザビの乗った車が爆破されたのだ。
犯人は今を持って不明。
公式にはサイド3、いや、ジオン共和国側は一切の発表をしていない。

重ねて言うが公式発表は無い。故に、犯人は不明。
しかしそれ故に思う。

(あの情報部・諜報部・治安維持の三つを担当していたキシリア・ザビ氏が死んだのだ。
この混乱は分かる。犯人を決めるにせよ捕えるにせよ、それを行うトップがいない。
しかも連邦と違い、歴史も伝統も浅く組織も盤石とは言い難いジオン首脳部の一人の死。
これで混乱しない方がどうかしている。)

が、サイド3の、ジオン共和国の各メディアが暗殺犯人はダイクン派か地球連邦情報局、連邦軍のいずれかであると報道した。
これが不味かった。

『キシリア・ザビ氏を殺したのは連邦軍、或いはダイクン派であり、断固とした対応を市民は取るべきである。
また、裏にいるダイクン派のシンバ・ラルは連邦軍ジオン共和国駐留軍、いや、植民地搾取軍と共謀して我々サイド3の民を、ジオン・ズム・ダイクンと共に移住してきた民を売り払おうとしている』

私の妻は自宅で呟いた。

「なんとももはや、穴だらけすぎて呆れてモノが言えない」

同感だ。

が、何故か人はこういう過激論が好きで好きでしょうがないらしい。
マスコミの報道を自分の主張として、武器になるものを持った一部の市民が、隣人且つ善良な一般市民の(しかも同じ連邦市民の、である)家を囲み、燃やし、略奪し、警察は見て見ぬふりをするのが昨今のステータスの様だ。

(ふざけるな! 俺たち連邦市民が何をしたんだ!?)

尤も、一個人の思いなどを無視し、報道に流されたジオン共和国を構成する各バンチの市民が首都の1バンチに流入。
完全に事態を悪化させた。
ついでにジオン共和国内部の他バンチでも暴動やデモが多発。
更には一部の市民が火炎瓶などを持って連邦役員の駐屯所・駐屯エリアに押し掛ける事態にもなっている。

(もう駄目だな。事態の平和的な収拾は不可能だ)

俺はそう思った。
無論、口には出せない。
そんな事を口にすれば最後、不安げに見送る妻、両方の両親から引っ切り無しにかかってくる孫や娘、息子の安否確認の連絡に笑顔で対応できなくなりそうだ。

(笑顔だ。笑顔を見せろウィリアム!!
あのギレン・ザビとの個別会談でさえ乗り切ったじゃないか!)

「二人とも行ってくる」

格好は黒の上下スーツに白いYシャツと青のネクタイ。同僚も似たような格好である。
特に青系列のネクタイと地球連邦の国旗を示すカフスリンクスは官給品なので着衣は必須だった。
因みにスーツ本体は私費購入。
一山いくらの量販品ではなく、バーバリーの高級スーツにセミオーダーシャツとイタリア製のネクタイだ。
ジオンに行く事になった際に、さして裕福では無い両親が「お前の卒業祝いだ」と、買ってくれたもの。
そして私は結婚前にもうけた為2歳になる息子のジン、妻リムに行ってくると挨拶を告げる。
玄関前に停まっている用意された公用車に乗り込む。
運転手兼護衛の連邦軍兵士は二人。ついでに同じく後部座席には同僚が一人。
メインハイウェイを渡ると同じ黒の連邦公用車ER-C22が続く。
宇宙世紀0022に開発されたこの完全電動自動車はコロニー社会、月面都市では無くてはならない存在なのだ。
もっとも、そんな事は乗っている四人には、いや、車列には関係ない。
後の74式ホバートラックの原型となる装甲車8台、ER-C15台、ジオン共和国の警察車両10台が走る。
一路、ジオン共和国・ムンゾ迎賓館に向かった。



「おお、来たか。
とりあえず無事で何よりだ。ウィリアム君」

ムンゾ迎賓館の大会議室と呼ばれている部屋に入った。
中将に昇進したイブラヒム・レビル提督はムンゾ迎賓館応接間から持ってきた椅子から立ち上がり、そのまま握手してきた。
同僚の視線は・・・・気にならない。
何故ならここに来た約30名中最後に挨拶されたのが私だからだ。
私より偉いサイド3駐留の連邦政府役人は軍部ではレビル将軍と副司令官のゴドウィン・ダレル大佐、代表団では今回大使館に残ったチキン野郎の代表団長と副団長、首席補佐官の3人だけである。
全く我ながら30代後半に差し掛かって代表団の第四席とは大した出世だよ。
もっとも、サイド3というのが曲者なのかもしれないが。

サイド3は反連邦感情が高く、地球や他のスペースコロニー、月面都市からの反連邦市民の移民も多い。
ジオン・ズム・ダイクンに憧れたと言える。

或いは・・・・・・彼に扇動されたか?

まあ、結果としてサイド3は半ば紛争地域となり、地球の北インド、イラン、北朝鮮、中国、シリア、アフリカの一部と同様の扱い、危険地域になる。
この為に、レビル将軍の様な有能だが一癖も二癖もある人物か、無能ではないが有能でもない、ぶっちゃけ、そこで消えても連邦にとっては代わりが幾らでも居る私の様な人物を中心に代表団を組み、サイド3へ着任する事になる。
(なお、レビル中将は将兵や文官らからは提督では無く、陸軍から宇宙軍に転向した為に、例外的に将軍と呼ばれている)

(宇宙の栄転という意味ではサイド2かサイド5、月面都市フォン・ブラウンの連邦政府代表団が有名なんだよね。
サイド3はどっちかというと野心家向きの当たり外れが激しい場所だし)

そんな感想を置いておき、

「それでだ、代表団団長の全権委任である君の意見を聞きたい」

レビル将軍が重そうに口を開く。
会議室の机は円卓になっており、全員がイヤホンを付けている。
照明も明るい。まるでかつての国連の安全保障理事会の様な部屋だ。
また、参加者の前には500ミリペットボトル(珍しい事にサイド3製)のコーヒーが置かれていた。
全員が筆記用具とノート型パソコン、スマートフォンを出している。
会議が始まる。

(あのくそ禿は俺に全部押し付けてきやがった。
どうせ今頃は地球行きのシャトルに乗ってのうのうと地球に向かっているに違いない。
多数の職務放棄野郎のSPと共にな!!)

が、とにもかくにも軍人・官僚合わせて50人近くいる大会議室に移った私は何とか意見を絞り出す。
同僚の官僚たち、とくに黒人とのハーフであり、しかも地球連邦構成国では最も影響力のあるアメリカ合衆国出身の自分を、陰で「ジオニズム信望者の裏切り者」と叩いていた連中程元気がない。
サイド3出身の連邦官僚や軍人も、だ。
まあこの人らの場合は同胞と言って良い人物に家具や家を焼かれれば元気もなくなるのだろう。
と、埒もない事を考えていたらゴドウィン大佐の咳払いで思考を現実に戻された。
大佐が続ける。

「で、君ならば先日のキシリア・ザビ暗殺という事態とそれに伴うこの暴動にどうする?
治安回復を名目にサイド3駐留の連邦軍を出動させるか?」

私は大佐の問いに答える事にした。
私に近いメンバーで協議した対応策を。

「いえ、軍の出動は愚策の愚策でしょう。
事態の収拾はジオン共和国の警察機構にやらせるべきです」

氷が解ける音がする。
それでも私は続けた。

「軍を出せば自分達、つまり連邦がこの事態に関与したと捕えられる可能性が高いです。
或いは連邦関係機関がキシリア・ザビ氏を暗殺したと宣伝する事になりかねません。
それではジオン共和国政府は・・・・あ、失礼。ムンゾ自治政府は納得してもサイド3の市民感情は収まりません。
ならば、ここは静観すべきです。
さらに言うならば、暴徒に対しても絶対に発砲してはなりません。
その理由は・・・・・こちらです、どうぞ皆さんお手元の資料をご覧ください」

無料動画投稿サイトからダウンロードした映像を全員のパソコンに送る。
そのまま90秒ほどが無言で過ぎた。
正確にはダウンロードした映像の音声のみが会議室に木霊したと言って良かったか。

「ご覧の通りです。現在のサイド3世論は極めて反地球連邦に近い。
ならば連邦は敢えて介入せず、ムンゾ側の・・・・・いえ、もう面倒なのでジオンと称しますが・・・・・彼らからの介入要請があるまでは絶対に介入しないと公的に発表し、要請があるならば友好的な対応をすると言って彼らジオン共和国側から譲歩を引き出すべきです。
また今すぐにでもキシリア・ザビ氏の死を悼む声明を出すのです。」

手が上がる。
レビル将軍だ。
事実上の連邦の権益の守護者にして代表者。
厄介だが・・・・・無視をする訳にもいくまい。

「前半は分かった。
連邦軍と言う自己完結した組織を持つ我々が力を貸すぞと言って無言の恩を売る訳だな。
だが、後半は何故だ?
何故キシリア・ザビ氏の死を悼む?
いや、テロ行為は憎むべきだし、個人的には彼女の死を悼むべきだ。
しかし、連邦政府としてはその死を悼むべきなのか?
言い難いが、彼女はムンゾで反対派の粛正に力を注いできた言わば秘密警察の長だぞ?
かえって反発や反連邦活動の活性化につながらないのか?
これらを踏まえた上で、君から理由を聞きたい」

レビル将軍が聞く。
私は、ええい畜生。いやらしい質問だ、と、思いながらも答える。

「言い難いのですがサイド3、ジオン共和国は共和国とは名ばかりの独裁国家です。
これは豊かと貧しい、地球と宇宙という違いがあるにせよ、国内情勢は北朝鮮とほぼ変わりません。
その独裁者の一族の死。
それを悼むことは連邦の寛大さとスペースノイドへの歩み寄りを宇宙全体に示す事になるでしょう。
また、これといったマイナス面もあり得ないのが特徴です。
死者は美化されるもの。それは現在の暴動を見れば明らか。
ならば手をうつべきです。ジオンに死者を悼まない冷酷かつ薄情な連中と言う罵詈雑言の切っ掛けを与えない為にも」

うむ。
そうゴドウィン大佐が頷いた。レビル将軍ものどを潤した後、腕を組み頷く。
どうやら正解みたいだ。
30後半になる前の自分に、50代の連邦軍エリート軍人の相手をするのは本当に疲れるモノだ。

そう心から思う。

「よかろう、君の案件が叩き台に適している様だ。
他の者は何か反対する意見は無いかね?」

いつの間にやら会議冒頭から20分近いプレゼンを聞いていたレビル将軍が全員に問う。
代表団長がいない以上、官僚団つまりは連邦政府の代表は私ウィリアム・ケンブリッジであり、その私に駐留軍のトップが同意する事でこの方針を連邦政府の基本方針とする。
そういう儀式であろうか。

「無い様だな。
では正式な文言にして向こう側に、そう、ジオン共和国に渡そうと思う。
各員の奮闘に期待する」

その言葉の後全員が席を立ちあがった。
軍人は敬礼し、私たちは頭を下げた。
が、この時頭を下げた為、私は気が付くのが遅れた。
レビル将軍とゴドウィン大佐が何事かを話し合い、その後直ぐに私に視線を向けていた事を。



2日後。



「貴公がウィリアム・ケンブリッジ補佐官か?」

何で?
どうして?
何故だ!?

現実逃避をしたい。
目の前にいるのがジオン共和国首相のデギン・ソド・ザビであり、傍らには暗殺事件で前と後ろを走っていたジオンの要人、サスロ・ザビとギレン・ザビが控えていた。
迎賓館で24時間働けますかを実践し、何とか連邦政府からも許可を得た自分たちは誰がこれを、公式回答をジオン側に伝えるかで議論した。
といっても、実際は議論したのかどうかは疑問だ。
何故なら、ゴドウィン大佐が一言。

『やはり連邦の大前提である文民統制の原則と発案者の功績を考えるべきだ』

などと言う趣旨の発言から流れは一気に傾く。
最終的には私が責任者としてデギン首相と会談する事になった。
無論、ゴドウィン大佐もレビル将軍も後輩や同僚たちも参加するが、代表団の上から3人が敵前逃亡した(正確には急病と称して部屋から出なかった)為、会談の責任者に祭り上げられた。
因みに暴徒が怖くて職務放棄、欠席してくれた代表団団長も一言。

『君の経歴の箔になるのは間違いない。
責任は君が自分の裁量で取れば良いから好きなようにしたまえ。
まあ、頑張れ』

というとんでもない伝言をメールで送ってきた。言いたくないが殺意がわいた。
私たちは缶詰め状態で妻子に電話さえ出来ないと言うのに、である。

(安全な大使館で護衛の連邦軍、しかも完全装備でMBTのガンタンクまで用意した一個大隊に守らせておいて責任は自分で、後は知らない、と?
くそ、いつかこき使ってやる!!!)

まあそんなこんなんで会談は順調に進み、全部が終わる正にその時、私はデギン首相らに1時間後、7階の別室に来るよう勧められた。
しかも一人きりで。それが1時間前の事であった。
誰も暗殺の危険性を指摘してくれなかったのはザビ家を信用しているからか、それとも私が嫌われているからなのか。



「キシリアの死を悼んでくれて礼を言う。
最初にわしの娘を悼むようレビル将軍らを説得したのは貴公と聞いた。
これは機密事項だが、貴公とわしの信頼の証と受け取ってほしい。
・・・・・・・重体だったガルマの容体も安定した。若い体が奇跡を起こした。
あの子はわしの宝でな。
後遺症も無く、リハビリ後には健常者として動けると聞いて安心したよ」

そこに居たのはジオン・ズム・ダイクンと言う革命家の右腕にして連邦政府のブラックリストのトップに名前を連ねた政治指導者では無く、息子を失いかけ、一人娘を失った一人の父親だった。
連れて来られた別室にはイタリア製の豪華な家具と椅子、長机がありセイロン産のアールグレイの紅茶のティーセットがある。

(・・・・所謂、特権階級か・・・・・独立を叫ぶ人間が連邦政府の高官と同じお茶を飲む。
これを知ったらあの世とやらにいるジオン・ズム・ダイクンや今絶賛暴動中のサイド3市民やら反連邦親ジオンのスペースノイドはどう思うかな?)

お茶には手を付けず、そのままデギン首相と会談し、それも終わる。
時間にして30分ほど。
一人のジオン共和国軍将校が入ってきた。
階級章は大佐。鋭利な軍官僚の様な雰囲気が印象的である。

『公王陛下。お時間です』

その言葉に一瞬血の気を失ったが、ザビ家の3人は全く顔色を変えずに私に言う。
ではこれにて謁見を終えます、と。

(ど、どういう事だ?)

こんな言葉は不適切かも知れなかった。
顔に出ていた。

お前たち何をした? 何を言ってるんだ!? と。

が、私は知らなかったのだ。
私が呼ばれた時点でジオン共和国議会が現体制を大きく変化させ、ジオン公国へと国名を変えた事を。

「そう不思議そうな顔をしないで頂きたい」

ギレン・ザビがサスロ、デギンの退室を見計らって言う。
まるで心を読まれたような感じで怖気を感じた。
別室に残ったのは私とギレン・ザビの二人だけ。

「失礼ですがギレン殿。
あの、こ、公王とはどういう事ですか?
お父上のデギン氏は首相の筈でしょう?」

思わず詰め寄る。
もっとも姿勢は変えない。
ギレンも悠々と慌てふためく一人の連邦官僚、一人のアースノイドの質問に答える。

「ええ、公王陛下です。
まずはご質問にお答えしましょう。
先程ですが議会は一連の混乱収拾の為、一時的にジオン共和国をジオン公国へと改める事を決定しました。
これがその映像です」

手元のリモコンで壁に内蔵された装飾されている大型TVを起動させた。
映し出されたジオン共和国議会の映像では多くの議員たちが立ち上がり議案に賛成する様子がクローズアップされている。
そう、専制国家に近い公国制への移行と言う重要な議案に市民から選ばれた筈の議員が数多く賛同している。

(や、やられた!)

畜生。
なんてこった。既にこのキシリア・ザビ爆殺事件の1週間でいつの間にか既成事実を作られていたのだ。
信じられない思いがあった。
目の前の男の政治手腕の鋭さに。その妹の死さえも利用すると言う冷酷さに。

「まあ、その件は後日公式に返答しましょう。
さて、ここからはプライベートな口調でよろしいですかな?
ウィリアム・ケンブリッジ補佐官殿?」

ゴクリ。
思わずつばを飲み込む。
そして残されたお茶を一杯飲みきる。
そしてカップにお茶を注ぎ、覚悟を決める。

「良いでしょう。
後に連邦政府に報告させてもらうと言う条件付きでお聞きします。
・・・・・・・それで何がお望みですか?」

「では口調も改めさせてもらおう。
これは私ギレン・ザビから貴殿ウィリアム・ケンブリッジへの信頼の証と取っていただきたい。
貴殿の本意はどこにある?
何が望みだ?」

単刀直入に聞いてきた。
思わず飲んでいた紅茶を吹き出しそうになる。

「我が妹キシリアは死んだ。爆殺された。暗殺されたと言っても良い。
殺したのはダイクン派だろうが何だろうがこの際は関係ない。
が、貴殿は知っていたのだろう?
貴殿にとっても政敵であるキシリアは、私やサスロと仲が良い貴殿を嫌っていた。いつかは排除したいと考えていた。
その為にはテロ行為も辞さないと考えていた。
その上で補佐官は、妹の思惑を何らかの形で知っていた、或いは察知した、そうではないのかね?
だから先制攻撃に出た。
敵の排除に乗り出したのだ。
君を代表団に選抜したのは連邦情報局のホワイトマン課長であったかな。
彼は今やサイド1、サイド2、サイド3担当の連邦情報局部長であり、情報部部長クラスとしての権限とアメリカCIAに鍛えられたの地球連邦情報部特殊作戦群の指揮権もある。
彼の、いや、彼女の長い手を使って自分の脅威であるキシリア・ザビを排除した・・・・・違うか?」

なんたる陰謀論。
そしてなんたる過大評価。
大声でこの独裁者に言いたい。
寝言は寝て言え、と。

が、ここで悪魔の誘惑にかられた。
魔女の微笑みを思い浮かべさせられた。
ホワイトマン課長の嫌な笑みが思い出されたのだ。

(・・・・・・だが、もしかしたらギレン氏の言うまさにそうなのかもしれない。
特に、ホワイトマン課長は宇宙に出て以来、気味が悪いほどに何かと便宜を図ってくれた。
更にキシリア・ザビ氏はここの諜報関係と治安維持を一手に引き受けていた。
ザビ家はサイド3の最有力勢力にして要。
情報・諜報の要の柱である彼女が亡くなればジオン共和国、いや、ジオン公国か、の地球連邦構成国家、反地球連邦国家群への影響力は激減する。
それを狙って今回の爆殺事件、いやテロ行為を起こしたのか?
・・・・・・まさかな・・・・・だが・・・・それなら今回の首謀者が特定できないのも頷けるし・・・・・しかしなぁ)

黙り込む。
悪かった。
悪い癖だと知っていたのに、悪い方向に流れると経験していたのに黙り込んでしまった。
それを見たギレンがおもむろに頷いた。

「やはりな。
ケンブリッジ補佐官、貴殿は頭が良い。
あえて自らの手を汚さずに政敵候補を葬り去った訳だな?
いや、勘違いしないでほしいものだ。
私は何も貴殿を責めてはいない。
正直に言うが貴殿の影響力ではキシリアを守る事も暗殺計画を頓挫させることも不可能だったろう。
それ故に自らの目的に動いた冷酷さは評価に値する。
が、私はそれだけが狙いではないと思っている。
寧ろ本当の狙いは何か、それが気になって私は父上に相談して再び貴殿と会う事にしたのだ。
ああ、無論だがキシリアの死を悼む気持ちで私もまた、父上と同様に今にも胸が張り裂けそうだよ」

それが嘘であるのか本当であるのか、特に妹の死という後者の点について、は置いておく。
私はこれ以上の誤解を避ける為に言い切った。
もっとも連邦政府の公僕としての義務も忘れない。
その曖昧な態度が個人的には地雷原の上でダンスする事になっても。

「いえ、キシリア・ザビ氏の死は本当に不幸な事故でした。
青天の霹靂と言っても良いでしょう。
この事故で、ああ、失礼。
暗殺事件で私が望外の極みだと思えたのはただ一つ。
あなた、ギレン・ザビ氏と個人的に話をすると言う誼を結べた事だけです」

ふ。
ギレンが笑う。
私は苦笑いを浮かべる。
手の震えを隠す様に、敢えて腕を組む。
ギレンもまた肘を机につけ、手で口元を隠したようだ。

(笑った?)

「なるほどな。私との誼、か。
確かに私は貴殿を再評価しなければならぬようだった。
連邦政府は軟弱であると思っていたがそうでは無いな。
いや、これは失礼。
失言であった。許されて欲しい。
貴殿ほどの人物がいるならばジオン独立も、スペースノイドの自治権樹立も可能だろう」

何故か自分が地雷を踏んだような気がした。
そしてギレンが立ち上がる。

「補佐官。いや、ウィリアム。
今日はありがとう。
これからも何かと貴殿とはお会いするがこの様に腹を割って話をしたいモノだ」

握手。
ギレンは白い薄手の高級手袋を外し、なんと素手で握手してきた。
そして握手した私はこの男の血液の流れを感じた。
温もりと言っても良かった。
不思議と今までの嫌悪感が消えていく。

(もしかしたらみなこのギレン・ザビを誤解しているのかもしれない。
彼は冷酷な独裁官では無い。
寧ろ、情熱を隠した冷静さを装った革命家なのかもしれない)

そう思っているとギレン自らが扉を開けた。
慌てて部屋の外に出て、深々と一礼する。

(・・・・・・・・不味ったかなぁ)

この会談でまた妙な方向に私の株価が上昇したのは間違いない。
嫌だ。
憂鬱だ。
そう思える。
そう思ったとき、更に追い打ちが来た。

「ああ、今度私は貴殿の地球帰還に合わせて地球視察を行う事にした」

「は?」

「くくくく。そんな間抜けな声を出すな。
キシリアを出し抜いた貴殿がこのまま連邦のコロニー駐留軍の犬で終わる筈があるまい?
あの戦争屋のレビルよりも余程危険人物だ。
その貴殿の案内で地球の実情を視察させてもらうとしよう。
後日、改めて公式に依頼する。
ふふふ、楽しみにしていてくれ」

そして扉は閉まった。
気が付けば時計の針はもう日付変更線を越えている。

「やっと終わった・・・・・長い一日だった。
お土産買って帰るか・・・・・店が開いていればだけれど」

そう呟いて私は残っていた連邦軍の護衛3人と共に大使館のあるD地区に帰った。



ウィリアムの退室からすぐに議連は内線電話に手をかける。
一言、二言、愛人にして第二秘書のセシリア・アイリーンに命令する。
それから10分もしないうちに。

「ギレン閣下、お呼びと聞きました」

「兄貴か、こんな時間にどうした?」

ウィリアムが帰った後、ギレンはサスロと腹心のエギーユ・デラーズを自らの執務室に来た。

「うむ。
まずはサスロ、ガルマの容態はどうだ?」

ギレンもガルマは心配だった。
政敵であるキシリアとは違い、という形容詞が来るかもしれないがそれでもガルマ・ザビはザビ家全員から愛されている。

「父上が付いている。峠も越した。
医者の言葉を信じればリハビリさえ上手くいけば心身ともに支障は無いそうだ。
で、ギレン兄には言う必要がないが軍を統括しているドズルが怒り心頭になっている。
ありとあらゆる権限を使い軍部情報部と警察機構に犯人捜索を命じているが・・・・・・まあ、ラル家のジンバが犠牲の子羊になるだろうな。
うん?・・・・・・その件ではないのか?」

ギレンは頷く。

「違う。サスロも聞いて欲しい。
まずはデラーズ、ここに資料がある。
資料の主はウィリアム・ケンブリッジ。
先程私が会った人物だ。一読してくれ」

デラーズがギレン直々に資料を受け取る。

「拝見します」

約1分後。

「なるほど。ギレン閣下の懸念される様な人物ですな。
洞察力もあり、胆力もある。
他人を欺くこともでき連邦軍、情報局の上層部ともコネクションを持つ人物。
危険ですな。しかし、この者が何か?」

「私は一時、父上に政務を、外交はサスロ、それに軍をドズルに任せて地球行こうと思う」

その発言に二人が驚く。

「「!?」」

絶句。

「そう驚くな。物見遊山では無い。
第一に連邦政界、特に北米州と極東州、東南アジア州の3つとコネクションを結ぶ。
オセアニアも加えられればベストだがな。そうも上手くはいくまい。
第二に連邦軍の内情を確認し、我がジオン軍に足らぬものを取り入れる。
その為にはデラーズ、貴様の力が必要なのだ。一緒に来てもらう。
随員は旧キシリア派のマ・クベ大佐らに、ダイクン・父上派のダルシア・ハバロ副首相らだ
第三、第四の理由は・・・・・今は言えんな。帰ってきてこちらの思惑通りに事が運んだら公表しよう」

これにサスロが反対を表明した。

「地球随行に旧ダイクン派を連れて行く・・・・キシリアの件もある。
それではギレン兄の身が危険ではないか?」

と。
デラーズも我が意を得たとばかりに頷く。

「私も反対です。
ギレン閣下とは正反対の派閥を二つも加え地球へ行くなど自殺行為ではありませんか?」

が、ギレンは右手で二人を制して話を続ける。

「懸念は尤もであるが故、無論、安全策を取る。
その為にその男を利用する」

一度の机の上においていある先ほどの資料、A4プリントの印刷された写真に指をさす。
そう言われてデラーズは手元の資料に目線を移した。

「ウィリアム・ケンブリッジ」

思わずサスロ・ザビが呟く。
そしてギレンは宣言した。

「私自身がアースノイド共を見極める。
そして・・・・・・来たるべき開戦の日にジオンの独立を勝ち取るのだ
今回はその為の視察である」





大使館に戻ったウィリアム・ケンブリッジは直ぐにベッドにて・・・・・・寝れなかった。
心配して起きていた息子の相手をさせられるわ、完全武装状態で部屋にいた(入室と同時に突撃小銃を後頭部に突きつけられたのは悪い思い出だ)中佐の階級章を付けていつの間にやら現役に復帰した妻に途端に泣かれるわ、そのまま息子を寝かさず夜酒に付き合わされるわ、で散々だった。
漸く親子三人、日本語の川の字で寝れたのはもう朝の3時を回った頃だった。



眠い。
寝かせてくれ。
起すなバカ。
寝かせろ。



そんな中、キシリア・ザビ暗殺から約一月後。
宇宙世紀0069.09下旬

ギレン・ザビを中心とした地球視察訪問団とその案内役に抜擢され、更に私は出世した。同僚からは羨望と妬み、上司からは嫉妬と警戒のオンパレードだ。
任命者は連邦政府首相府のトップ、つまり首相であるアヴァロン・キングダム。
彼から地球連邦安全保障会議(EFSA)のサイド3担当首席補佐官着任の任命を受ける。
宇宙問題の首席補佐官の内約は各サイド・スペースコロニー担当者6名、月面都市群3名、ルナツー担当1名の10名しかいない文字通りのエリートコースにであり、実績とザビ家ととのパイプを持つとはいえ混血の私が40前にその電車に乗った。
嬉しいのだが・・・・・こういう時は、非主流派が主流になるというのは歴史上大きな戦乱や混乱期が来ると相場が決まっているので不安だった。
案の定、ただで任命されたわけではない。

ギレン・ザビらジオン視察団の案内役を大過なく全うする事。
それが条件。



やっぱこうなったなぁ。
それにしても何の罰ゲームだ?
エギーユ・デラーズとかいう禿げの軍人、マ・クベという如何にも切れ者とジオン公国総帥ギレン・ザビにその護衛。そいつらと同じシャトルで毎食一緒って。
しかも連邦の人間は俺一人だけ。
家族も別のシャトル。
これは死んで来いという事なのか!?
第一、純粋なコロニー料理で旬の和食の味なんか分かるのかよ!!

こうして彼の地球への帰還の旅が始まった。
尚、地球帰還後の宇宙世紀0069.10月、帰還後に妻の妊娠が発覚し狂喜するのは別の話。




[33650] ある男のガンダム戦記 第三話『地球の内情』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:9ef01505
Date: 2012/07/15 19:52
ある男のガンダム戦記 03

<地球の内情>




宇宙世紀0069.7.20
地球行きのシャトルで徹底的な質問攻勢にあった私はへとへとになって地球に帰る。

「ようやく解放された」

祖国アメリカに戻った自分はキャルフォルニア基地(旧サンディエゴ基地を中心にカルフォルニア州南部の主要海軍基地、空軍基地を合併させた地球第二位の軍事拠点)で対ジオンの歓迎団と合流する。
この、宇宙港も備えたキャルフォルニア基地は地下都市部や極東州(つまり日本)の高速鉄道網によってロス・アンジェルス、サンディエゴなどの近隣大都市とも僅か2時間で到達できる北米州最大の軍事拠点であり、ジャブロー建設計画発表までは人類史上最大という形容詞を持った拠点でもあった。
そんな中、宇宙港のロビーを軍服姿の妻と3歳になる息子、グレー系列のスーツに帽子をかぶった私は歓迎団のトップがいる場所へ歩く。
周りは日系人や日本人、恐らくアメリカ国籍の白人や有色人種が闊歩している。
この点では地球連邦北米州というよりもアメリカ合衆国という言葉の方がしっくりときそうだな。

(相変らず日米交流が活発なこと。
技術大国、鉄道帝国日本の面目躍如と言うところだ。
あ、ギレン・ザビらはもうワシントン行きの飛行機に乗った頃か?)

広大なガラスの壁。
今まさに飛び立つ鉄の鳥たち。それを見ながら出迎えの将校に一礼する。
妻が教本通りの敬礼を捧げる。

「リム・ケンブリッジ中佐、ただいまウィリアム・ケンブリッジ首席補佐官をお連れしました」

地球連邦海軍の将官の軍服に軍帽を被った禿鷹の様な眼光を持つ軍人。
思わず、何でこの人がいるのかと思った。

(げ、先輩!?)

ついでに隣の将官の第一印象は豊かな髭だ。
それに丸刈りに近い自分とは違い、豊かな髪。
その帽子を被った将官の二人は返礼する。

「私はジャミトフ・ハイマン准将。
知っているとは思うがキャルフォルニア基地作戦本部副本部長だ。
・・・・・・久しぶりだな、補佐官どの」

ニヤリと笑う。
悪戯が成功した児童のように。息子のように。
だから止めてください。あなたがいると知っていたならば仮病を使うべきだった。
そう頭を抱え込みたいと思いつつも握手する。
そして左隣にいたもう一人の将官にも手をさし伸ばす。

「はじめまして、ウィリアム・ケンブリッジ補佐官。
自分はブレックス・フォーラー准将。彼とは同期に当たる。
役職はキャルフォルニア基地の第一航空軍司令官。
ああ、堅苦しいのは嫌いでな。
最初は戸惑うかもしれないが、私も君の先輩のジャミトフ准将と同様に、ブレックス准将とファーストネームで呼んでくれ」

ブレックス准将が手を握り返す。
しっかりと握手する。

「わかりました、そのご好意、謹んで拝命します」

少し芝居がかかったのはご愛嬌だ。
ふと妻を見ると何か見つけたかのようにそわそわしている。
何事かなと思って視線をやると其処には妻の両親がいた。

「あ、おじいちゃんだ」

息子が可愛らしい声を出して駆け出そうとする。
慌てて止めるとジャミトフ先輩が苦笑いしてきた。

「ウィリアム、遠慮せずに行かせたまえ。
子供には親が必要だ。
君はコロニーでスペースノイドの暴徒共に囲まれたのだ。
その分の埋め合わせの休暇の手続き位はネットでも出来るさ」

ジャミトフ准将がせっかくの好意を示してくれたのでそうする事にした。
妻と何事かを相談した後、妻は息子と共に実の親元に戻って行った。
義理の母親が妻を抱きかかえて泣いているのが見える。
どうやら心に塞き止めていた物が一気に崩れたみたいだな。

(そうだな・・・・・サイド3のキシリア・ザビ暗殺暴動は悪い事しか報道されず、市民の死者も出た。
父と母、義理の両親らにとっては戦場に孫たちを送り込んだ様なものだから・・・・・仕方ないか)

一抹の寂しさと、何よりも安堵を感じる。

(俺は帰って来た。合衆国に帰ってきたんだ)

感傷に浸るのもそこそこに。
そこで二人の准将と護衛役の一個分隊の憲兵に守られて自分は車に乗った。
環境車では世界を席巻している日本・韓国ブランドではなく、伝統あるベンツというのが驚いた。
合衆国の三大国産メーカーではないのか?
ふと、扉が閉められる音に顔を上げるとブレックス准将が聞いてきた。

「さて、君に聞きたい事がある。
サイド3は現在どういう状況なのだ?」

護衛の3人は防弾ガラスの向こう側で音が聞こえない。
車は珍しいディーゼルエンジン搭載なので振動が心地よい。

(また仕事だよ・・・・・少し休ませてくれ)

と、思ったがそんな事はお構いなくブレックス准将が聞いてきた。

「ジオンの、ええ、もうジオン公国の状況は端的に言いますと次の通りになります。
ギレン・ザビを中心とした独裁体制。
非地球連邦加盟国との密貿易による富の蓄積
非加盟国=ジオン間貿易で蓄積した富の軍需産業への流入。
反連邦感情の高騰。これは北朝鮮やイランが北米州に持つ敵愾心に匹敵する程です。
4と関連した冷静さを欠いた市民の暴走。
だいたいこんなとことですか。当たり前のように共和国時代から続いた議会は傀儡。
下手を打てば、という形容詞がつきますが、代表団も連絡府も駐留軍もそう遠くない将来、サイド3からの全面撤退に踏み切らざるをえなくなるでしょう」

ジャミトフは軍帽を置き顎に右手を当てて、ブレックスは椅子に体重を預けた。
ちなみにジャミトフ・ハイマンは伯父が北米州代表の連邦議会議員になる(そのハイマン氏の影響で混血児である自分が連邦政府で大きな影響力を持ちつつあるのは自覚している。まあ、ジャミトフ先輩の基盤を固めたいという気持ちもあるのだろう)
ブレックスもまた親族が月面都市フォン・ブラウン市長の職で前月面都市郡代表議員にあたる。
ブレックス・フォーラー氏自身は月面都市郡出身者(ルナリアン)で連邦軍でも珍しいルナリアンの高級将官。
よって両者は軍人であるが、家系柄か政治的にも隠然たる影響力を持つ。
いわば連邦の名家とでも言うところの出身に当たる。

(もっとも片方はスペースノイド寄り、片方は地球よりと対極なんだけど)

少しネクタイを直す。
襟を正す。
正装は解かない。

「正直なところ同じスペースノイドとして独立を叫ぶ市民感情は分からないでもない。
寧ろ連邦内部に不平等体制は変革されるべきだ。
既に宇宙住む者が30億人に達している。
だからジオン・ズム・ダイクンの言わんとする事は理解する。
だが、実際に独立するとなると話は別だ。
仮にだ、独立を達成しよう。その独立後は如何する?その展望があるのか?
連邦の改革の為に戦うならともかく、連邦打倒の為に戦うのでは本末転倒だろう・・・・」

ジャミトフもブレックスの意見に賛同なのか、続ける。
ジャミトフ先輩がスペースノイドの意見に賛同するなんて珍しいな、と私は思いながら。

「・・・・・何だウィリアム・・・・・その目は?
・・・・お前、私がブレックス准将に賛意を示すのがそんなに珍しいか?
私とて愚か者では無いし、地球連邦軍の一員だ。
連邦の利益になるのならスペースノイドとはいえ自治権程度の付与は認める。
仮にではあるが、反連邦運動を止めて各州の様な権利を求めるのであれば条件次第では認めても良い」

そこで一旦口を閉ざす。
そして言い切る。
先輩が何か強く言いたい時というのはこの様な動作をする事が多い。

「だが、単に独立したいというだけの我が儘を認める気はない。
その我が儘を認めた結果が半世紀以上続く凄惨な北インド問題ではないか」

顔に出ていたようだ。
が、それはそれ。これはこれ。私にそんな事言われても・・・・正直言って困る。
ただ・・・・確かに北インド問題は有名だな。

(経済格差による諸問題解決の為と大国との自意識から独立に踏み切ったインド。
歴史の授業で習ったな。官僚試験でも論文の必須項目だし。
当時は熱狂的で、連邦構成国の市民たちやマスコミも連邦崩壊の始まりと伝えられたが・・・・・結果は凄惨たるありさま。
独立したは良いものの経済は軍需にのみ偏り、旧パキスタン国境にはアラビア州軍。海洋は北米州の海軍を中心とした空母機動艦隊、と、北、西、南と連邦軍の大軍が睨みを利かせている。
しかも、だ。
国境・・・・・軍事境界線で紛争が起きるたびに情け容赦の無い空爆と衛星軌道からの軌道爆撃が敢行される。
結果はほぼ10年ごとに1000万前後の死傷者を出し、連邦は非加盟国(連邦市民が通称する所によれば枢軸国。第二次世界大戦で敗戦した国々への国連の対応をモチーフにした)であることを理由に見て見ぬり。
他の非加盟国領域も軍事力で圧力を受けるのは似たり寄ったり・・・・・・全くもって・・・・・厄介だな)

溜め息が出そうだ。

ジャミトフ准将はその事を連邦第一の課題と考えるタカ派で有名。
彼は反スペースノイドというより地球至上主義者。
先ずは地球を、というのがハイマン家の家訓であったから仕方ないと言えば仕方ないか。

「ジャミトフ、そうは言うが地球の非連邦加盟国問題、所謂市民やマスコミが言う枢軸問題とジオン問題は別個ではないのか?
自治領とはいえ、各コロニーに住む者は連邦市民。
非加盟国の人間は非連邦市民。
これは残念だが歴然たる事実。
そして連邦政府は各々のサイドに住むスペースノイドを守る義務を持つ。
一緒くたに考えず、別個に対応し無条件での自治権拡大も認めるべきだ」

一瞬両者の視線が交差する。
止めて欲しい。胃が痛くなる。
唯でさえこの二人は良く分からない関係なのだ。
巻き込まれる方は迷惑極まりない。

「そうは言うがな、連邦非加盟国が誕生して既に1世紀近く、だ。
彼らの行いは自業自得だ。しかも母なる地球を汚す切欠となった。
奴等さえいなければ統一政権下での地球清浄化も今よりより強固に進められた筈。
それにだ、裏でコロニーの独立運動と連動しているのも間違いなかろうよ。
でなければサイド3の自治権獲得とジオン国防軍設立やその維持が出来る筈も無い。
事実、サイド3=グラナダ、フォン・ブラウン=枢軸ルートのシャトルや輸送船はこの数年間で10倍に達している。
これでは州を構成する加盟国が警戒するのも無理はないし、ルールを破る輩に独立など認めさせん」

地球連邦加盟国。
旧国際連合の加盟国から数カ国を除いた国々で構成されるのが地球連邦である。
更に後述する州を地域ごとの国々が構成し、各州独自の方法で(ただし、間接民主制か直接民主制が大前提)代議員を選出し、連邦議会に送る。
送られた連邦議員は多数決で任期8年一期のみの地球連邦首相を選出する。

旧国際連合加盟各国→各連邦構成州→連邦議会→連邦首相→首相による閣僚任命(連邦政府)、という流れが一般的である。
後は別個に、連邦中央試験から選抜される1から3等までの政府直属官僚と各州から推薦で送られる特別官僚の二種がいる。
権限は変わらないが後者の方が各州の利益代表と言う面が強い。
もっとも、出身州の利益誘導に走るのは前者にもいるし、後者でも連邦全体の事を考える者はいるので一概に区別出来る訳ではない。
そしてそれらとは完全に独立した組織として地球連邦軍がある。

(・・・・・が、連邦海軍は北米州と統一ヨーロッパ州、極東州がほぼ独占している。
正規空母を持つのは極東州の日本と合衆国のみ。
他州は設計が失敗したとしか言いようがないヒマラヤ級を押し付けられている。
連邦空軍は機体こそ共同運営だが、開発のノウハウは北米州と統一ヨーロッパが持て、あの手この手で他州主導下の新型機開発を妨害して、各州は陸軍に比重を置いて連邦軍に貢献する事となってたか。
ああ、連邦軍海兵隊は北米州のみが、各種特殊部隊は各州が直接保有する訳で・・・・うーん。
何で文官の官僚の自分がここまで詳しくなったんだ?
やはりあれか? 
ジオン・ズム・ダイクン死去やキシリア暗殺事件にかかわってしまったせいなのか?)

ちょっとため息。
車はようやく3分の2まで来た様だ。
それでもまだ遠い。
リニアトレインや改良型シンカンセンを実用化し、北米や南米をはじめとした地域の地上輸送網に革命をもたらした日本は凄い。
そんな的外れな事も考えながら、現実の事も考える。
人間とはかくも複雑なものなのだ。

(言い換えると陸海空の内、海軍と空軍は伝統的に旧先進国が独占している・・・・・陸軍は紛争地域で使われるから汚れ役と言う意識が各州にある
それを補うために正規宇宙艦隊は各州の構成市民から一個艦隊ずつ編成されているのだったけ)

と、連邦軍と連邦の基本をおさらいしている頃。
ブレックスとジャミトフの衝突は続いていた。

「ジオン国防軍とは違うが、我が連邦軍とて一枚岩ではない。
地上軍は陸海空の三軍で予算を奪い合い、陸軍は朝鮮半島、インドシナ半島、極東ロシア、台湾、南インド、イラン高原にそれぞれ30万ずつの大軍を編成している。
宇宙艦隊も新造艦への交代と人員の完熟が間に合ってない。
船はあるが人がいないんだ。しかも各コロニーの駐留艦隊や独立任務部隊はスペースノイドが中心なんだぞ。
ならばこそ、サイド3にも、ジオン公国にも穏健な態度で挑むべきだ。
挑発して第二次世界大戦を引き起こしたアドルフ・ヒトラーの愚を犯すべきではない」

が、ジャミトフも黙らない。
お願いだからもう少し穏健な話し合いをしてほしいだけど、という私の意見は無視のようだ。
はいそうですか。

「首都を新設しておいて言える事では無い。
しかも地下都市と大規模な防空施設、宇宙艦隊建造用ドッグに15万人の守備兵。
どうみても穏健とは言い難いのではないかな?」

地球連邦首都は南米の新都ブラジリア。
宇宙世紀0075までにギアナ高地のジャブローに移転する予定である。

「首都問題も根深いですね」

呟く。
そう、首都とは国家の頭脳。
頭脳をどこに置くか、しゅとが繁栄の中心になるのは世界各国、世界史の常識。
下手をすると紛争状態になっただろう。
そうならない様、首都は衛星軌道に創られた。宇宙世紀元年の事だ。

しかしその宇宙世紀元年。
ラプラス事件が発生。
首都は衛星軌道から地球のニューヨーク(正式に移転後、ニューヤークと改名)に移った。
が、宇宙世紀も四半世紀が過ぎコロニー開発が軌道に乗ると地球各国から首都の移転が出る。続出する。

『いつまで仮住まいする気だ?』

『大家面するんじゃないぞ!!』

『いい加減にしろ』

経済も軍事も政治もアメリカが担っていた地球連邦とは名ばかりの独裁体制へ多くの地域からNoが出てきた。
この流れはさしもの北米州の雄アメリカ合衆国も逆らえなかった。
結果、首都はニューヤークから移転する。
多くの国々が『首都』誘致に全力を尽くすが、最終的には国土を提供した南米州がその権利を得た。

『アメリカに支配し続けられるより100万倍マシ』

時の世論はそう言ってブラジリアという都を建設。
地球連邦直轄領として南米州のギアナ高地近辺を大規模工業化を敢行。
その改装・改造規模は北米州の五大湖工業地域と極東州の太平洋工業ベルトを合計するほどのモノとして語り継がれる。
確かに振り返ると首都機能移転とそれに伴う発言権の向上は非常に大きなものがあったと言える。
実際問題として南米州の工業力や収益、発言権は地球連邦初期時代とは比べ物にならない。

と、どうやら話が変わるようだ。

「まあいい。要は地球の環境回復が最優先課題なのだ。
軍はいつまでも北インド、中国、イランらの枢軸問題に対応している場合では無い」

ジャミトフの言葉は現在の連邦の情勢を端的に表している。
唐突だが、地球連邦政府は大きく分けて以下の諸州から構成される。

北米州(旧カナダ・アメリカ並びアメリカ海外領土・中部太平洋諸国・南太平洋諸国)
中米州(メキシコを中心とした中米諸国)
南米州(アルゼンチン、ウルグアイ、チリ、ブラジルなど所謂南米。ジャブロー区は連邦直轄領)
オセアニア州(オーストラリア・ニュージランドの二か国)
アジア州(旧ASEAN諸国+ベトナム、ミャンマー、バングラディッシュ、東ティモール、パプアニューギニアなど)
極東州(日本・台湾・韓国)
インド州(南北に分裂した南インド・コロンボ)
アラビア州(アラビア半島・イスラエルを除く中近東全域)
北アフリカ州(地中海・北大西洋沿岸のアフリカ諸国)
10、中部アフリカ州(旧AUの内陸部)
11、南部アフリカ州(キリマンジャロ地区以南のアフリカ各国・大西洋沿岸、インド洋沿岸地区)
12、統一ヨーロッパ州(西欧・中欧・南欧・北欧・東欧・ロシア)
13、中央アジア州(ロシアを除く旧ソビエト連邦、CIS加盟国)
14、特別選抜州(イスラエル並び上記13の州に加算されない特別地域、実質は地球連邦直轄領)

(そして地球連邦議会がある。議会は一院制で各州から20名ずつ選出される連邦議員と各コロニー代表団2名からなる合計12名、そして月面都市群代表の8名からなり、総計300名が地球連邦を代表する間接民主制。
あ、ジオンが抜けたから今は298名か。任期も4年だからそろそろ中間選挙の年だな)

思考の海から顔をだし、未だにスペースノイドの自治権拡大に賛成か反対かで議論している二人に聞く。
ちょっと考えてみるに地球の各州と各サイドの格差は酷い。
単純でも20対2、つまりどうあがいても多数決の原理を採用する絶対民主制では、地球側に譲歩させる事は出来ないわけだ。
これではジオン・ズム・ダイクンのコロニズム思想に共感するのも分かるな。
ああ、そんな事ばかり考えているから厄介ごとを押し付けられるのだろう。畜生め。

「それでジャミトフ先輩、地球の状況はどうなっているのですか?」

それを聞いたジャミトフは少し目をつむって考えた後、徐に切り出した。
それは予想通りの内容だった。

「地球連邦設立時、あの国連投票に反対票投じたイラン地域、中国地域、朝鮮半島北部、そして反イスラエル運動から離脱したシリア地域。
更には北インドと中国がインド洋や台湾海峡を挟んで依然として冷戦状態だ」

「なるほど。
所謂、地球連邦対非加盟国という図式は数年では変わらない訳ですね。
各地域が反地球連邦で協調しているのも、その結果経済崩壊を起こしかけているのも、軍需で無理やり経済を回しているのも変わらず、ですか?」

「そうだ。
まあ、連邦内部各州の経済摩擦はあるが本格的な対立には至って無い。
補佐官の言う通りだが、ディエゴ・ガルシアやクレタ、オキナワ基地には連邦海軍の超大型原子力空母が二隻ずつ艦隊と共に配備され各地域を威圧している。
世は事もなしだよ、腹立たしい事に、な」

ブレックスが思わず悪態をつく。
ジャミトフもそれに釣られて続ける。
この二人は息が合っているが、考えの根本は逆と言う良い意味でも悪い意味でもライバルなのだ。

(はぁ)

溜め息を何とか押し止める。
そして思う。
早く目的地のキャルフォルニア政庁につけ、と。
車は安全運転なのか、時速75kmというのが見えた。
これまた余談だが、度量衡は全てg・mで統一され、インチやオンスなどは余程特殊な事態、金相場の買い付けなど、以外ではもう使用されてない。
これはサイド3でも同じである。

「現在の憂慮すべき事態はジオンと手を組む非加盟国だ。
ジオンの生命線である水やウランを枢軸が輸出し、見返りに最先端工業で作られた電子製品を輸入しているのは明らかだ。
ジオン=非加盟国の補給線、貿易ルートを遮断しない限りジオニストやサイド3の反乱分子は鎮圧できん。
だからこそ、政府は強固な姿勢を見せて連邦の威信を回復すべきなのだ。
そうしてこそ、連邦は栄華を、地球は真の姿を取り戻せる」

「だがジャミトフ、その傲慢さは・・・・」

「いや、最後まで言わせてくれ。
・・・・・・ウィリアム、突然だが海岸線を見ろ」

ん?
私は内心で首をかしげながらも高速道路を走る車から外を見た。
最初に見えたのはハリウッドのマーク。
だが、多分それじゃない。
そう思って海岸沿いを良く見る。

「・・・・・・綺麗ですね」

本音が出た。
が、ジャミトフは首を横に振った。

「見せ掛けだけだ。
ここはともかく・・・・・この間までイージス巡洋艦の艦長として赴任していた北インドは酷かった。
環境を汚染する大量の産業廃棄物、不法投棄されたごみの山、更には・・・・・餓え死にした、かつては人間だったものの山。
他の遠洋航海で寄った紛争地域も似たり寄ったりだ。
観光資源が州を構成する各国の産業基盤の根幹を成す為に環境保護や清浄化に取り組んでいる州ならともかく、非加盟国側やそれと否応なく対立している地域は酷いものだ。
スペースノイドがコロニーの、宇宙から見る青い地球など最早単なる見せ掛けにすぎん」

そう言って彼は窓を少し開ける。
潮風と共に油のにおいがする。
ネクタイが揺らめくが、やはり基地の近くだからか?

「ウィリアム、覚えておくのだ。
地球連邦をまるで悪の権化の様に言うスペースノイドだが、そもそも人口の絶対数ではまだ地球に住む者が多く、そしてその地球は危険なまで汚染されている。
連邦が空気税や水税を取り、地球環境改善にその税金を投入するのは当然だ。
そうしなければ地球の環境破壊は進み、結果として人類は宇宙移民も現在の文明も維持できなくなる。
聖書級大崩壊が我々を襲い来るのも時間の問題なのだ!!
だからこそ我らは早急に手をうたねばならん!!」

ブレックス氏も私も驚いたようにジャミトフを見た。
SP役の兵士も熱した上官に驚いている。

「忘れるな。
母なる地球を尊重しないで人類に未来は無い。
サイドの独立、スペースノイドの自治権確立も結構だが、それ以上に地球の事を考えねばならんのだ!」

思わず私は咳き込んだ。
そして姿勢を直して聞き直した。
彼の演説に。

「・・・・・それには?」

ジャミトフ先輩はハッキリと言い切った。

「簡単だ。
中央集権化し、今よりも宇宙にも非加盟国、いや枢軸国にも強い姿勢で臨める政府がいる」

と。




ギレン・ザビの訪問は凡そ3か月に及ぶことになる。
気が付いたら私は彼らと連邦政府との橋渡しをする羽目になっていた。

特にマ・クベ大佐、デラーズ大佐、ギレン氏との4者面談は堪える。
全員が一癖も二癖もあるのでオチオチ冗談も言えない。

「明日は北米州大統領と会談です。
ニューヤークはどうでしたか?」

「美しい街並みだった。
連邦と言うのは独自の政治体制を持つ国々を集めた旧EUやASEAN、ソビエト連邦に近いのだな。
正直地球に降りるまでは我がジオンのような均整な街並みを全ての都市が持つものだと思ったよ。
我がジオンも宇宙に浮かぶ真珠のような国だが、地球の都市もまた良いものだった
ふふふ。心配するな。建前ではない、本音だよ」

他愛のない雑談。
だが、それも一時の事。
ギレン氏はちょっと目を離したすきに多くの要人と独自のコネを作っている様だ。
デラーズ大佐など露骨に自分を睨むし、この間などジャミトフ・ハイマン氏に喧嘩を吹っ掛けた。
頭が痛い。

『ほう・・・・かの有名なハイマン准将・・・・・・あの地球至上主義者ですな?
ふん、時代遅れな・・・・・一体全体何様ですかな?』

『なるほどな。大学などの教養とはこういう時に役立つものだ。
・・・・・大佐・・・・・宇宙にしか住んだ事の無い教条主義者が地球の何を知っているのですかな?
地球の美しさも分からぬとは・・・・・・所詮はスペースノイドの飼い犬か』

どこが交流パーティだったのか。
お蔭で胃薬が常備品になってしまった。責任を追及したいものだ。責任者などいないだろうけれども。
尤も有耶無耶にされて終わるのだろうが。

話しかけられたギレン・ザビが上機嫌で答える。
人生で初めての空の旅、それもエア・フォース・ワンと同型機であって快適なのだろう。
随員私を初め連邦官僚とホワイトマン部長、更に昇進し地球連邦統合幕僚本部本部長のゴップ大将に南米州方面軍(首都・ジャブロー方面軍)のジョン・コーウェン少将がいる。

「うん、君の故郷だけあって実にいいな。
この地の戦略的な重要性も理解した。
これが終わったら欧州経由でアラビア、インド、アジア、極東、オセアニア、南米と見て回る。
たしか・・・・・君はカナダ地区生まれだとか?」

「カナダのトロントで生まれ、10からはニューヤーク育ちです。
バラク・オバマ、エイブラハム・リンカーン両大統領に憧れて生きてきました」

「ふーむ」

殊更私と仲が良いと見せるのがギレン氏の狙いか?
とにもかくにも私はこの旅が一刻も早く終わる事だけを切に願った。

そんな視察の中、ロシア出身のアレクセイ少将が酒に酔ってアラビア州のアル・カミーラ少将に食って掛かるシーンがあった。
双方とも飲みすぎだった。更に片方が足を引っかけたのが喧嘩の始まりだった。

『ムスリムめ、トルコは我らロシアの領土だ!
コンスタンティノープルを返せ、盗人が!』

『侵略してきたのはそちらだ!
しかも一体何百年前の事を持ち出している?正気なのか?
客人の前でそこまで酔える貴官の底の低さに敬意を表するな!!』

『なんだと!?』

『ふん、領土良くしかない北の荒熊め。少しは学習しろ!』

明らかにジオン側を格下と見ているが故の失態。
ジオン代表団は表面上気にしてはいなかったが不快でない筈がない。

(畜生!! どこのどいつだ!?
こんなバカ二人を一緒に歓迎団に入れたのは・・・・・本当に勘弁してくれ)

その時は単なる酒の席の狼藉であると思ったのだが、この小さな事件が大きな事件につながるとは神ならぬ身の私には想像できなかった。

そして約三か月。
地球連邦各州と各界の、特に北米州・極東州・アジア州と会談しその後も定期訪問を行う事で一致したらしい。
らしい、というのは州政府が独自に決定した事で、連邦政府は関与しなかったからだ。
それに建前上、連邦はまだ連絡府を各サイドに置いているから定期訪問という区別を新たにする必要はない。恐らく。
また、関与したくておも内政自治権を明確に認められている地球連邦各州が強固に反対すれば大きな障害となる。
そこでふと私は思った。
連邦の中央集権制の意外な弊害について。

「まあ、干渉は出来ない事は無いんだけど、強固な干渉を各州にやれる首相はここ30年はいないよな。
次の選挙に影響するし・・・・・でも、それは他の州にも言えるわけで。
かつて祖国アメリカの大統領は連邦首相に勝るなんて言われていた。
今でもそう思っているアメリカ人は多いはずだ。国力も最大。海軍力は地球圏一位。
空軍もあるし、何よりパナマ運河の権益を確保しているから太平洋経済圏と大西洋経済圏、地中海経済圏の海運を網羅している。
各州での経済力でもトップだし、広域経済地域でもやはり太平洋・大西洋を抑えているからトップだ。
だけど実際の連邦議会の北米州の一票はあくまで一票でしかない。
各州の多数派工作をしたくても連邦設立から敵を作りすぎた祖国はそう簡単に味方を作れない。
結果、この30年、いや、40年は一度も連邦首相を出してない・・・・・」

地球連邦は各州の代表者から首相を選抜する。
そして首相が閣僚を任命する。閣僚だけでなく各省庁上級官僚の任免権も持つ。
更に任期は8年と長い。
ゆえに連邦政府の首相はお飾りでは無いのだ。
巨大な地球連邦という組織の頂点に立つ。それはまた、連邦首相を出した場合の地球各州は歴史的・国力面・経済面・文化面・学術面から明らかに優遇されるという事でもある。

が、この状況が気にいらない州がある。
北米州だ。
自分達こそ連邦を支えると自負する、或いは先祖代々世界の警察官として活躍してきたと自認する人々にとって、今の状況は我慢できるが耐えたくないという状況になる。
これに州間の対立や歴史問題、認識の差がでてくる。

(厄介なんですけど、本当に。)

例を挙げるならば、今のアヴァロン・キングダム連邦首相は統一ヨーロッパ州出身で、地球連邦構成国、構成州の北米州(北米州は連邦への最大級の貢献をしている)大統領ジョアンナ・ハクホードとは伝統的に仲が悪い。

(植民地人、旧大陸人と互いに嫌いあっている。
特に第二次大戦から連邦設立前後のアメリカ統治時代がそれに拍車をかけたんだよな)

そんな視察も終わり、ギレンらジオン視察団は宇宙世紀0070になる前に地球から去った。
視察後、すぐに辞令は来たのだが何故かジャブロー地区には回されず、ワシントンで四年間も足止めをくらう(無論、対宇宙宥和政策という仕事は山のようにあったし、ジオンの外務担当になった感のあるサスロ・ザビらとも何度も交渉した)。


漸く南米のブラジリアへの出発準備が整ったある日の事。

「前回は特に何もなかったなぁ」

私がそう思っているとまた妻がとんでもないニュースを持ち込んできた。
時は宇宙世紀0074。
最近、娘マナが生まれたからと、産休を取っていた妻。
だが、前の暴動の時も思ったのだが、私の心の相棒は私が平穏でいたいと思う時に大問題を持ち込む癖があるのではないかと思う。

その内容とは以下の通り。

月面グラナダ市にある地球連邦宇宙開発省衛星管理局の初歩的なミスでサイド3のバンチのひとつに隕石が衝突、数千人の死傷者と避難民が出た事。
(完全にこちらのミス。人災だ。担当者も勤務者も全員くびり殺してやる。お陰で宥和政策はおしまいだ!)

対連邦感情を配慮してサイド3駐留地球連邦軍並び連邦市民の退去が正式に決定された事。
(市民の財産を没収する光景が目に浮かぶ。これで連邦も引くに引けないだろう)

その前段階として連邦軍の一部が10分の1以下の士官学校の学生に襲撃を受け武装解除させられた事。
(宇宙軍の面子は丸つぶれだ。意固地になる軍部が目に浮かぶ。頭痛い)

決起を主導したのはガルマ・ザビであった事。
(ザビ家が連邦に宣戦布告したも同然だな、これは。長兄のギレン氏やサスロ氏はどう考えているのか?)

副官にシャア・アズナブルという若手将校が居て、実質の扇動者は彼であった事。
(これは些細なことだ)

ジオン公国は明確にかつ強力に軍備増強を開始した事
(つまり開戦する気という事か・・・・一度拡大した軍備は使わなければ自国を滅ぼす。大日本帝国だな)

これに伴い地球連邦宇宙艦隊ルナツー所属の第1艦隊から第7艦隊、連邦直轄工廠・宇宙港のパナマ運河地帯、トラック諸島、ジブラルタル半島の三大宇宙港兼軍需工廠施設にて第8艦隊から第10艦隊の編成が確定した事
(ジオンがジオンなら連邦政府も政府だ。同じレベルで喧嘩する子供だ。
連邦政府も被害者面だけしてやる気満々。もう開いた口がふさがらない。)

ジャブロー建設が強固に進められる一方で、2隻の通常型大型空母を中心した4個海上艦隊が結成され、更なる恫喝が枢軸(非連邦加盟国)に行われる事
(多分、海空軍の宇宙軍への対抗意識だと思う。
軍部の連中、連邦政府は小学生に小遣いをあげる母親と同じ感覚なのだな。馬鹿軍人め!一度収税の苦労や予算管理の重圧を経験してみろ!!)

その増税は宇宙税から賄われる事
(この一言が決めてだ。畜生が!!俺の苦労はなんだったんだ!? 全部台無しか!?)。



妻の報告を聞いて私は一瞬我を忘れてしまう。

「少し胸を貸してくれないか」

そういって私は妻の、リムの胸に倒れこんだ。ソファーに押し倒す。
長い髪がなびくが気にならなかった。
そのままソファーに座り込む。
あまりの事に唖然とする2歳になる娘と6歳になる息子の前で私は泣いた。
嗚咽が止まらない。

気づいた。
気がつかされてしまった。
もう引けない。
行く所にしかいけない。
地球連邦も、連邦非加盟国も、宇宙も、ジオンももう進むしかない。

「・・・・・・ああああああああ」

自分のしてきたこと、嫌々ながらも必死で尽くした一つの政策。
対宇宙宥和政策は、この天体衝突、連邦軍武装解除というたった一つの事件でもろくも崩れ去った。






戦火の足跡はすぐそこまで来ていた。



[33650] ある男のガンダム戦記 第四話『ジオンの決断』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:e51a1e56
Date: 2012/07/14 10:24
ある男のガンダム戦記 04

『ジオンの決断』




ケンブリッジが連邦政府使用の極秘回線でジオン公国からの撤退の報に触れたころ。
ズム・シティではザビ家の間で熾烈な家族喧嘩が起きていた。
軍服姿のドズル・ザビを公王服に身を包んだデギン・ザビと襟と黒のジャケットに身を固めたサスロ・ザビが責めている。
ギレン・ザビはその執務室の窓際で我関せずと言う感じで立つ。
部屋にいるのはこの四人のみだ。親衛隊は別名あるまで廊下で待機中である。

『一体何のためにお前を士官学校の校長に任命したと思っているのか!?』

『図体だけがデカい、この薄ら馬鹿が!!』

怒声は続く。
どこにこれだけの肺活量があるのかと思う程、60近い父親の怒声が部屋中に鳴り響く。

『お前の役目は何だ!?ガルマを守る事だろうが!!
それがよりにもよって未熟な学生だけで10倍の連邦軍に特攻させただと?
気は確かか!? この愚か者が!!』

『ガルマが死んだりしたらどう責任を取るつもりだったのだ!?』

『そもそもだ、お前は自分に誓ったはずだろうが!!』

四男(末の息子)可愛さに、三男のドズルに烈火の如き怒りの刃が突き刺さる。
ドズルはたじたじとなり、部屋の隅まで追いやられた。
これ程の怒りはキシリア・ザビ暗殺時にも見せなかったと思う。
ジオン公国軍の実働部隊、つまり軍実戦部隊を完全に掌握しているドズル・ザビもこの父親の思いもしない程の大攻勢に委縮するばかり。

「だ、だが親父・・・・・これには・・・・」

「言い訳するな!!」

完全に怒り心頭の父デギン。取りつく島もない。
何度目かのやり取りの後、ギレンはジオン公王府に戻ってくる一台のリムジンと護衛車の群を窓から確認する。

(ガルマだな)

ガルマ・ザビがズム・シティ中央広場の凱旋パレードから帰って来たのだ。
ギレンは腕を後ろで組み、サスロにも怒り心頭の父デギンにも委縮しているドズルにも背を向けて考える。

(あの事件は・・・・・連邦軍の武装解除と言う事態は両陣営にとって痛恨の一撃だった。
この私にとっても寝耳に水と言って良かった。
一部の青年将校の暴走で連邦との関係は修復不可能となったな。
地球視察がなければこれをそのまま奇貨として開戦準備に繋げたが・・・・・そうはいくまい。
今はまだ開戦できん。少なくとも後5年は必要だ)

それにしても、と思う。

(連邦軍も案外不甲斐無い。
あの精強さを見せた北米州の連邦海軍第1艦隊や海兵隊に比べてサイド3駐留軍の何たる無様さか。
幾ら奇襲を受けたとはいえ・・・・いや、せんもないな。
それよりも我がジオン軍が連邦軍相手に勝った事を宣伝すべきか。
だが、宣伝が偏りすぎれば連邦軍の実力を軽視する輩が増えるであろう。
コントロールのきかぬジオン国民は要らぬ。軍部も正確な判断を下せぬなら交代させぬばならぬな。
故にこれ以上、マスコミに好き勝手な報道をさせる訳にはいかぬ)

ギレンの考えを読み取った弟のサスロが何か言おうとした時、扉が開いた。
が、ギレンはそれに気が付きつつも無視を決める。
椅子に座り、頬杖を作り顎に手を当て考える。

(仮に氷塊衝突事件だけであればそれを理由に平和裏に連邦軍を退去されただろう。
或いは被害者として多額の賠償にジオン公国軍、つまりジオン国防軍の軍備を正式に認めさせる事も、連邦議会を分裂させ親ジオンの州政府を作る事も、各コロニーを反連邦として扇動する事も可能だった筈だ)

それにも関わらずジオン公国軍准尉の制服を着たガルマが誇らしげに、そしてどこか照れたまま、花束を持って執務室に入ってきた。
思わずザビ家らの視線が、ギレンは例外に、ガルマに注がれる。
ガルマが背筋を伸ばす。
ドアを開けたジオン親衛隊(旧キシリア機関、ドズル、デギン、サスロ、ギレンと5つに独立していたザビ家の私兵集団を統合、公にした組織。総帥府直轄、指揮官はエギーユ・デラーズ大佐)の将校が敬礼して去る。
侍女たちもお茶を配った後、そのまま立ち去る。まるで逃げる様に。
そんな中、デギン公王が公人としてでは無く、私人としてガルマ・ザビを労わった。

(父上が何か労っている様だが・・・・・・老いたな、父上。
先ずガルマが国際法も連邦法も無視した暴挙に出た事を咎めなければならぬのに。
仮に咎めなければいつかこれと同じ事をしてしまうだろう・・・・・・誰かが教えぬばガルマの今後を左右するぞ)

と、思っているとサスロが無言でガルマに近づいていく。
その間、ドズルがガルマを、

『しかし10倍の敵を武装解除させるとは・・・・・将来は俺さえも仕えこなせるな!
それでこそ俺の弟だ!!
今は休め。後の事は兄貴と親父が上手くやる。まあ任せろ』

などと軽はずみな事を言って父の気苦労も知らずにこれまたガルマを労っている。
ついでに言うならギレンの思惑も蚊帳の外。

(・・・・・・ドズル・・・・・まずは将来より現在だ。
もはや氷塊衝突事件では無く兵舎襲撃の方が重度な政治問題なのだぞ!
ガルマは自分が如何に軽挙妄動に走ったか分かって無い。
身の危険とか言うレベルでは無い。
氷塊衝突事件とその後のデモ、発生したであろう連邦軍によるデモへの武力鎮圧は最大の外交カードとなる筈だった。
特にデモを鎮圧させ、鎮圧時に我らジオン側に犠牲が出れば出るほど現連邦政府を打倒し、次期政権に親ジオン政府を作る事さえ可能な鬼手となる筈だった。
それを一部の士官候補生が大局も見据えぬ愚か者どもに踊らされて連邦に付け入る隙を与えたなど豪語同断だ。
尤も・・・・・英雄として凱旋しているガルマを処罰すれば国内が安定しない。
が、処罰しなければ連邦を、正確には連邦各州を反ジオンで一枚岩に近づけさせる。
ガルマよ・・・・お前は数少ない連邦の大失策と言う好機をふいにしたばかりか、我がジオンの外交を八方ふさがりにしたのだぞ)

ギレンが何か言おうとした。
正にその時。

バチン!

音が発生して、音が消えた。
ガルマが一体何が起きたのか分からないと言う顔をして右の頬を撫でつつ、兄サスロを見た。
サスロは思いっきり右手を振り切った状態と心配と怒りがない交ぜになった状態でガルマを見ている。

「この馬鹿者!!」

ギレンにとっても珍しいシーンだ。
外交担当となって以来、いや、キシリア暗殺以来絶えず、笑顔を絶やさずにいて、自らの本音を隠してきた男が本心を語る。
ある意味でガルマが成し遂げた快挙。

「命を粗末にするとは何事か!?
10倍の敵に突撃するなど正気か!?
それでも士官学校No1の首席卒業者なのか?
第一、 この事件を契機に連邦が本気を出してジオンを攻めたら責任を取れたのか!?
死んでいったお前の僚友には何と言って詫びるつもりだ!!」

そこでサスロはガルマを抱きしめる。
気が付けば涙を流している。
それに気が付き何も言えなくなったガルマ。
サスロの独白は続く。

(サスロの贖罪か・・・・・キシリアを目の前で失ってしまってもう5年近くか。
それが関係しているのかもしれんな)

と、ギレンは思った。

「血気にはやるのも結構だが・・・・・・無謀と勇敢は違うだろう。
ガルマ、頼むからもっと自分を大切にしてくれ。
無茶だけは・・・・無謀だけはしないでくれ・・・・お前は俺の、俺たちの大切な家族なのだから・・・・・」

ザビ家の中で最も情に厚いのがドズル・ザビ。
が、冷静に大人の対応と家族愛を持つのがサスロ・ザビだったと後世に言われるエピソードである。

(ふむ・・・・・ガルマの件は父上とサスロ、ドズルに任せれば良いか。
問題は・・・・・・連邦政府への今後の対応だな。あの男もいる。ウィリアム・ケンブリッジがどう動くかが分からぬ。
彼奴の動き次第で我らも対応を迫られるだろう・・・・ふ、厄介な男だな、ウィリアム。
本来は外交で独立を達成するべきだったが・・・・・事ここに至ってはやむを得ん、か)

ギレンが冷静に政局を判断する。
そして、彼は一度解散を命じた。
ガルマを連れて行く父と弟たちを見送って、第一秘書に昇格したセシリアに内線をかける。
因みに盗聴を恐れて電波式のスマートフォンでは無く、機密性重視の為の固定回線である。

「ギレン閣下。お呼びとお聞きしました、セシリア・アイリーンです」

「うむ、早速だがジオン経済の件でジオニック、MIP、ツィマッドらと会談したい。
そうだな、1週間以内だ。調整を頼む」

そう言って直ぐに切る。
椅子に背を、体重を預ける。
眼下にはイタリア産の高級机とアンティークのチェス盤、キリマンジャロ産のコーヒーセットが用意されていた。
戯れにチェスの黒ルークを白のビショップで取る。続いて、順番を無視してポーンで白ナイトも。

「さて、駒は動いた・・・・・いや・・・・・あのシャア・アズナブルとかいう若造に動かされたか?
まあいい。
こうなれば旧APEC(北米州、中米州、極東州、統一ヨーロッパ州ロシアの極東地域、オセアニア州、アジア州)から発展した地球最大の経済圏、太平洋経済圏に揺さぶりをかける。
予てからの手筈通り、太平洋経済圏を押さえ、地球―コロニー間の貿易、大西洋経済圏、地中海経済圏を破壊すれば連邦政府と言えども継戦は不可能になるだろう」

因みにギレンの語った三大経済圏とは以下のとおりである。

・太平洋経済圏
極東州、アジア州、オセアニア州、北米州、中米州、南米州太平洋沿岸による地球内部では最大級の経済圏。日本、韓国、台湾という世界三大電子機器メーカーがしのぎを削り、アメリカと言う一大消費地兼資源供給地(農作物、鉱物問わず)を持ち、オーストラリアやアジアと言うコロニー市民に匹敵する購買層をも持つ経済圏の事。シンガポールを基点としてインド洋経済圏へとも至る。
州事業の太平洋観光もサイド1、2、4、5、6のコロニー市民やルナリアンからは絶大な人気を誇り、朝鮮半島やインドシナ半島、台湾に連邦軍の100万以上の大軍が落とす駐留軍マネーも各州にとっては大きな財産となっている。
コロニーから奪ったものを軍が還元してくれていると豪語したバカ政治家が日本にいたくらいだ(もっともその女は直ぐに失脚したが)。
ジャブロー建設の『技術』はここが源泉となっている。

・大西洋経済圏。
ヨーロッパ半島と北米、中米、南米、パナマ運河を結ぶ一大航路である。
(この運河は地球連邦設立時の例外としてアメリカ合衆国がその利権を時の連邦政府に認めさせている。他の地域では認められない独善として、初期連邦政府=アメリカ合衆国という図式が垣間見える一例にして悪習。現在も防衛の任務以外は全てアメリカに権利があるが、最大の国力から来る無言の圧力故に誰も文句は言えない)
経済規模は人口の差から太平洋経済圏に劣るものの、イギリス、ドイツ、フランス、アメリカなど先進国が名を連ねるだけあってその経済圏は強大である。第二位。
なお、アフリカ大西洋沿岸からは鉱山物資の運搬だけが行われているが、経済圏内部で加工しないので大西洋経済圏に北部、中部、南部アフリカ州はカウントされてない。

・地中海経済圏
統一ヨーロッパ州と北部アフリカ州、アラビア州を結ぶ、スエズ運河、紅海、地中海、黒海を中心とした経済圏。
統一ヨーロッパ州の富の源泉であり、地球内部の経済圏第三位を誇る。また黒海沿岸部にはオデッサ地区と言う地球最大の資源埋蔵・精製設備がある。
ここから算出される資源は地球圏経済の40%に達すると言われており、購買層の人口が小さいながらも世界第三位の経済圏を形成している。基本はスエズ運河、ジブラルタル海峡、ダーダネル・ボスポラス海峡が経済の大動脈になる。こちらの海峡、運河は地球連邦政府直轄地であり、イスタンブール(アラビア州)やジブラルタル(統一ヨーロッパ州)、スエズ(アラビア州)は連邦政府の都市となっている。
地球の各州は返還運動を求めているが、既に70年が経過した今、権益の問題からどこも返還される気配さえない。

あとは似たり寄ったり。
このトップ3、一位太平洋経済圏、二位大西洋経済圏、三位地中海経済、四位以下は三位に大きく水をあけられた上で五十歩百歩となる。

地球経済の基盤となる海峡や運河の幾つかに、イラン高原に面し、石油の大動脈であるホラズム海峡、地中海と紅海を結ぶスエズ運河地域、太平洋・大西洋の出入り口パナマ運河地区が存在する。
この二大運河は連邦政府直轄領土として、ホラズム海峡、マラッカ海峡、ジブラルタル海峡、ボスポラス・ダーダネル海峡の三つを合わせ6大海洋ルートと呼ぶ。

これが地球連邦の地球経済大動脈である。
仮にこれらの一部でもが分断されれば三大経済圏の連動も一緒くたに分断され連邦政府は大恐慌時代を経験するだろうと多くの学者が一致した見解を述べている。

因みに、海路を使わない空路では燃費や費用対効果がやはり悪く、宇宙航路はスペースノイド(各コロニー行き)用物資運搬の地球=コロニー経済圏がある為、地球内部間への輸送は滅多な事が無い限り許可されない。
流石にコロニー向け航路を挑発すると言う政策はどの時代の連邦政府も取れなかった禁忌中の禁忌である。

「地球経済を支える三大海洋経済圏。地球圏全体では無いのが考慮すべき事態だな。
まあ旧欧州=北米=極東アジア=東南アジア・オセアニア=アラブというルートが順序立てされただけだが・・・・・これを利用しない手は無い。
それに地球連邦政府自体の税収は我々が支払うコロニー税が、連邦財政の収入全体の過半数に達しようとしている。
それが・・・・・その上で更なるコロニーのみを対象とした増税か」

地球連邦はもっとも確実な方法として、公式発表上の地球圏全人口の3分の1を占め連邦議会に影響力を持たず、固有の武力も無く、歴史も伝統もない各コロニーサイドに多額の税をかけている。
最初はコロニー開発という大型プロジェクトの達成の為だった。
が、やがて組織によくある自己防衛本能の為、税金を取る為に課税しだす。
それが本格化したのは北インド問題の発生で連邦軍が大規模動員されるようになってからであり、建前上はコロニーのメンテナンス費用(無論、それは現在でも続けられているのだが)というお題目も形骸化し、宇宙世紀70年代には完全に地球連邦政府が恣意的に使っていると市民に印象付けられてしまった。
この印象はアースノイド、スペースノイド、ルナリアンを問わずに広がっている。
特に反地球連邦運動が広がったのが月面都市群とサイド3、サイド6であり、これはこの税収・課税格差を利用したサスロ・ザビの功績でもあった。

そんな世界情勢の中、ジオン公国の国章が刻印された総帥専用i.Padには地球のタイムズ社の社説が掲載されていた。

『ジオンの横暴により連邦将兵が死傷した。これは紛れもない事実だ。それは否定しない。
だが、それを理由にスペースノイド全体に重税をかける。
これは明らかに過剰反応である。
我が敬愛すべき地球連邦政府はいつから全体主義国家へと転落したのか?
罪なき人を罰して何が民主国家、何が絶対民主制なのか?』

もっとも、この記事を探すのには苦労した。
地球に住むアースノイドは今回の増税の対象外。
ならばこの社説が叩かれるのも分かる。

「さて・・・・・まずはサスロだ」

Ipadの電源を消す。





一方、地球では私はそんな事もつゆ知らず、妻のズボンを涙で濡らしてしまった後、家族サービスに出かけていた。
仕方ないだろ。いくらサイド3担当とはいえそんな遠い国の事(そう思う時点で私は当時の地球連邦内部で異端扱いだった)に構っていられるか!
そんな気分だったのだから。
因みに目くじらを立てて陰険な虐めをしてきたのは前サイド3連絡府連絡団代表だった。
MBTに隠れた後は、警察の陰に隠れてこそこそと敵前逃亡の証拠隠滅を三人でやってるらしい。
この三人は何でもサイド2に栄転だとか・・・・・畜生め! 反省の色は無しかよ!! 死んでしまえ!!



地球連邦軍のサイド3退去が決定してから2週間。
私は何故か激務に追われている。
地球連邦軍が市民と共にサイド3から逃げ出すと言う不名誉な事態を私はジャブロー第1区画にて詳細を知らされた。まあ、それは構わない。
が、連邦軍並び連邦市民の退去と言うこの時点で地球連邦安全保障会議(EFSA)のサイド3担当首席補佐官という地位は形骸化。
実質は唯の・・・・・・一官僚でしかなくなった。
当たり前かもしれない。担当すべき部署が消滅していくのだ。
事実、部下たちはもう誰も残って無い。

(こういう点は早いな。責任逃れや沈む船から逃げ出すのだけは上手いんだから嫌になるよ)

みんな他所の部署に異動になった。私が残ったのは多分市民向けのプロパガンダだろう。
『連邦はジオンに屈してはいない』、という。
トーキョーのウエノにある動物園の今は珍しい中国産客寄せパンダの様なものだ。
新聞もニュースもジオンの内情やサイド3、スペースノイドの横暴を非難したり報道したりしても、連邦組織の内部構造の変化なぞ話のタネにならないと言う事で無視だ。

(ああもう・・・・・なんかもうやる気が全然出ない)

真剣な顔をしつつ、頭では別の事を考える。
外を、ジャブロー建設区域の喧騒を見やる。
まるで高校の学生の様な事をしつつTVで、諸子百家になった議会を見やる。

(畜生、本気でやる気が本当に出ない)

あの連邦軍投降事件で、今まで10年近くやってきた仕事が否定されて、その結果憮然とした顔が多くなった。
それでも何とかやっていけたのは家族がいたからと、自分が築いたものをやすやすと捨てたくなかったからだ。

事件直後、毎日キングダム首相らに呼ばれ、サイド3の脅威を何度も繰り返した自分。
そして私は受け入れられないのを承知でサイド3に武力では無く、外交的な圧力と独立化・特別選抜州への編入を主張する。
が、これが地球から見た宇宙しか知らない、暴動の現場でサイド3市民の、ジオン公国の反連邦感情を知らない人間には分からなかった。
親スペースノイド、しかも目障りなアメリカ合衆国の非主流派が地球連邦安全保障会議(EFSA)で10人しかいない首席補佐官に抜擢されたと言う事実からか、北米州、極東州以外の他の補佐官や構成員全員からの無理解・嫌味が男の嫉妬、女の妬みに変貌するのは簡単だった。
事件発生から10日後には私の席は無くなっていた。
居ても居なくてもしょうがない存在だった。

(どうやら・・・・・ウザい様だな。ああもう!!
既に俺の居場所はないと言う事か?
そっちで勝手に任命しておいてなんだその対応は!?
まあ、ギレン・ザビの追従者だの、ジオン・ズム・ダイクンの亡霊だの、宇宙主義者だのと侮蔑の対象にされれば当然だろうけど・・・・・・泣きたい)

私は一応首席補佐官なのだが、最早誰もそうは見てくれない。
首席補佐官の前に、失脚近い、という形容詞が付くからかな。
それとも現実的な武力によらないサイド3問題解決案をしつこく提示して首相に嫌われたからなのかな?

で、失脚間近の官僚についても碌な事は無い。ジャブローにお引越し中の政治家連中はそう判断した。
唯この点は個人的には結構な事だった。唯一の収穫でもある。

(ただこれでもうギレン・ザビらに勘違いされる事も、妙な期待を負わされる事もない。
家族と過ごす時間も増えたし、勤務地は安全な地球の南米ジャブロー基地。
街での反ジャブロー運動さえ気を付ければ・・・・・世界は事もなく平穏無事で何よりだ。)

と、思っていたのだが・・・・・世は上手くいかないモノの様だ。
首都機能移転を確認するため、自らジャブローに赴いている北米州の国務長官のブレーンであるヨーゼフ・エッシェンバッハ氏が会いたいと連絡官に任命された士官候補生が電話してきた。

「私に?」

「はい、ケンブリッジ首席補佐官に至急会いたいと」

はて?
私は既に窓際。止めに連邦の裏切り者扱い。
上級官僚解任には複雑な手続きが必要(下級は身分保障がある為、基本犯罪による懲戒か辞職以外免職は無い)な事でその面倒くささ故に現在の地位に残っている様なもの。
スーツももうバーバリーなどと言う高級スーツは着ずに一山いくらの量販品。
色も黒色。ネクタイは紺。シャツは青。靴は黒。髪も短髪。
如何にもどこでも居そうな人物を気取ったのだが。

いつもは嫌がらせの、良くある悪意ある訪問だと思った。だが、今回は違うらしい。

「ブレックス准将やジャミトフ准将の進言を受けてかな?」

この間昇進した40代の若手出世頭の二人を思い出す。
陸軍比べてポストが少ない海軍と空軍、宇宙軍の将官への昇進は狭き門であり、更なる昇進について10年はかかると言うのが連邦軍の常識だ。
そこで42歳と43歳で准将というのはハッキリ言って例外的に早い。
以前のサイド3駐留軍の副司令官だったゴドウィン・ダレル大佐が48歳で漸くと考えればその異例さが分かる。
これは巨大な歯車である連邦軍では急激な昇進は戦時でもない限り忌避される為だ。
この点、55歳で中将かつ身内の宇宙軍では無かった事もハンデとはしなかったイブラヒム・レビル将軍(まもなく大将への昇進が内定)の非凡さが分かる。

さて、そんな事は後で考えよう。今はこちらだ。
連絡した士官候補生に聞き直す。
が、きっちりと軍服を着て、TV電話に出ている彼は律儀に答えた。
それは自分には分かりません。自分は明日の10・00に補佐官を迎えに行けと言われただけです、と。
そして次の日。
宇宙世紀0074.5月03日の事である

「ケンブリッジ補佐官」

士官候補生、つまり准尉の階級章を付ける青年が挨拶する。
年は17と聞いた。
そして緊急の会談だか会議だか何だか知らないが、政治家にありがちな事に今日の呼び出しは延期。
2時間30分後という中途半端な時間にもう一度首相官邸の地球連邦安全保障会議控室に来るように、と命令された。
それをしゃちほこばって伝える目の前の青年将校に、自分が重なった。
思わず諧謔心がでて青年将校をからかいたくなる。

「すまんね、中年の相手をさせて。
交代時間までまだあるが・・・・・何か聞きたい事があれば職務規約違反にならない限り答えるが・・・・あるかな?」

その士官候補生は一瞬迷った後、聞いてきた。

「補佐官殿は以前サイド3に行かれたと聞きました」

うん、行ったよ。
それはそれは酷い体験だった。

「その際に宇宙を経験したと聞きます。
その・・・・自分はまだ宇宙へ行った事がありません。
・・・・・不躾ながらお聞きします。宇宙とは・・・・・コロニーとはどのような場所ですか?」

なるほど、緊張の理由はそれか。
この緊迫した情勢ではいつ宇宙に行くかは分からない。いや、行くのは確定事項だろう。
だが、それが怖い。宇宙に行くのが怖いのだ。
未知との恐怖。しかし正面切って怖いと言えない。
当たり前だ。連邦軍の軍旗に、軍規に、連邦政府に忠誠を誓った以上どこへでも、例え木星船団に配属されて外惑星勤務が確定してもそれを全うしなければならない。
が、やはりというべきか怖いものは怖い。
・・・・・・・・・・・・・そういう事か。

「これは私個人の感想だから参考になるかどうか・・・・・ちょっと世間話をするか。
第一に知って貰いたい事だが、宇宙から見た地球は美しい。これは本当だよ。
人類史上初めて地『球』を見たガガーリン少佐の言葉の通り地球は青かった。
もっとも、現実の地球は違うと言うのが私の先輩らの意見だが」

何度も頷く連邦軍の士官候補生。
ベンチに腰かけた私は立っている彼にまるで中学の先生がHRで指導するかのように穏やかに伝える。

「宇宙から見た地球は青く貴重な存在だった。
ああ、宇宙に出る恐怖と言う点ではその地球が見えなくなる時が一番怖かったな。
地球から最も遠いサイド3がジオン公国を名乗り独立を叫ぶのもその恐怖の裏返しでしかないのかもしれない。
極論だがヘリウム3開発の木星船団の様に外惑星まで飛び出せば話は違うのだろうが・・・・所謂地球圏にいる限り地球の重力からは飛び立てないのかもしれん。
ま、仮説だがね。
つまりだ、私が初めての宇宙勤務で、コロニー駐在で思ったのは産みの母親を嫌う人間はいるかもしれない。しかし産みの母親を無条件で嫌う動物はいないという感情だった。
地球と言う生みの親。コロニーと言う子供たち。それが今の人類社会の縮図なのかもしれない。
そして・・・・・言い方は悪いが母親である地球連邦は子供であるコロニーに決して寛容でも無かったし、親愛を注いでも無かった。
寧ろ途中まで子育てをして、育児放棄をしたのかも知れない。
多分、ジオン・ズム・ダイクンが独立を掲げたのは其処等へんに理由があるんじゃないかな」

勉強になっただろうか?

「ジオンが独立を声高に掲げるのも逆に言えばもっとも地球連邦に期待した場所であると言う事が言えるだろうね。
ああ。不思議に感じるだろう?
私も分からなかったよ。自分がジオンに赴任するまでは」

何か考えている様だ。
若者は考えるのが良い事だ。特に地球と宇宙の対立に染まり切って無い若者は。

「なーに。
窓際官僚の仮説にすぎないからあまり深刻に受け止めるなよ?
あと、コロニーで双眼鏡は禁止だ。上を見ると人が生活している。
私も経験したが地球育ちには軽いノイローゼになるからな」

さて、長話になる前に雑談を終わらせよう。
この若い士官候補生はこの任務の後、また学校に戻るのだ。
そうしていつかは、或いはかもしれないが、連邦を担うのだろう。
ならば年長者としてある程度は導かねば。
その心意気を感じたのか、目の前の士官候補生は敬礼した。
と、時計に目を見やるとチャイムが鳴る。

「時間ですか・・・・補佐官殿!
今日はご教授頂き誠にありがとうございました」

「なぁに、気にするな。それより頑張れよ、ブライト・ノア候補生」





宇宙世紀0074.06.02

サイド3は以前連邦軍が居た。もっとも最早一個大隊1000人に満たず。
駐留艦隊25隻もサイド5に撤退が決定し出港済み。
最後のコロンブス級輸送艦10隻に通常航路シャトル40隻、強襲揚陸艦5隻がサイド3の第7バンチに入港する。
これらによる回収作業が終わればサイド3は完全に地球連邦軍の管理下から離れる。

それをズム・シティの公王府から映像で見やる二人の人物。
ギレン・ザビとその父親デギン・ソド・ザビである。
公王服と総帥服に身を固めた二人は公王室からサイド3の1バンチ市街地を見渡す。
見渡す限りの群衆。

『連邦兵の撤兵万歳!!』

『地球へ帰れ、連邦軍!!』

『ジオン独立!!』

『ザビ家と共に!!』

『団結せよ!! サイド3!!』

『ジオンに栄光を!!』

という旗やジオン国旗、デギンやジオン・ズム・ダイクンの肖像画が至る所に掲げられている。
以前国民は熱狂的である。
あの兵舎襲撃からもう1か月が経過すると言うのに。
いや、まだ1か月なのかもしれない。
とにかく、民衆の熱気を覚ますのが大変なのだ。
と、椅子に深々と腰かけていた公王が総帥に問う。

「サスロはどうした?」

と。

「ドズルと共に参ります、父上」

それは不快感の念を露わにした訳では無かった。
が、公王は、父親のデギンは今の状況も受け答えも気に入らないらしい。

「ギレン、お前に問いたい。お前の真意は何だ?
地球との共存では無かったのか?」

彼は息子を、切れ者の長男を評価していた。
自分以上の政治センスを持ち、あのキシリアの死を悼んだ補佐官の影響か、敵を知る為に危険を承知で潜在的な反抗分子や政敵に隙を見せようとも地球に降りた決断は敬意を表する。
まして、最早自分は地球に降りられる身分では無い。
よって長男が作り上げた、或いは築きつつある人脈は大きな武器となりこのジオン公国に多大な貢献をするだろう。

そうだ。

後ろで立っている長男はある程度現実と理想に折り合いがついたのか、地球視察以前よりは遥かに父親を尊重した態度を取っているのがその証拠だ。

「その点についてはサスロ、ドズルが到着次第お話します」

その言葉にデギンは頷いた。それはギレンにも見えたらしい。
しばしの沈黙。
沈黙を破ったのはギレンだった。
いつの間にか自分専用のipadを持って来てデギンに見せる。

「仕方ありませんな。
今からはジオン公国総帥としてジオン公国公王陛下に申し上げますが・・・・・よろしいですかな?」

またも言葉無く頷くデギン。

「現在のジオンは連邦非加盟国群との密貿易とコロニー開発公社の社債を通じた木星船団、月面都市群への影響力でヘリウム3や水、地球や月原産のレア・メタル、食料を輸入しています。
輸出は宇宙空間に浮かぶという利点で作られる先進工業用品。連邦が非加盟国への輸出規制品として警察に取りしまわせている物です。
彼ら非加盟国とはバーター取引なので信用の薄い非加盟国の現地通貨は決済に使っておりません。
仮に通貨決済が必要な場合は全て地球圏共通通貨「テラ」にするよう命令してあります。
勿論、先の氷塊衝突事件で発生した食料自給率の減少は再開発と再建で乗り切ります。詳しくはこちらを」

そう言ってギレンはipadを手渡す。
一読し、それを返すデギン。

「父上もご存じのとおり宇宙経済、つまりコロニー経済は地球で作られた物を消費する事で成り立ちます。
その際に落ちる消費税と呼ばれる間接税、水税や空気税などの直接税が連邦政府の主な収入源です。
生産者は地球、資源供給は木星船団、連邦政府のコロニー開発公社、地球の連邦構成州。
そして主な消費先は30億に達したスペースノイドであるのはこの世界の常識です」

一旦言葉を区切り、グラフを見せる。
そしてまた語りだした。

「・・・・・が、そのスペースノイド30億の消費を失えば地球連邦の経済はどうなるでしょうか?」

ギレンは手を後ろで組む為、ipadをデギンに見える様に立てて置く。
標準より高性能で高画質、高速かつ画面が大きい機器を操作して説明を続ける。

「30億の市場の喪失。これで連邦経済はまず間違いなく倒壊します。
地球に住む者は非連邦加盟国の人間を含めて約60億人。総人口90億の人類で3分の1がスペースノイドであり、最も地球で生産された物資を消費する中産階級がこぞって消失すれば連邦経済は確実に崩壊するでしょうな」

そこまで言ってデギンは察した。
この長男の狙いと思しきモノを。

「スペースノイド全体を離反させた上での地球連邦それ自体の解体、か?」

にやり。
ギレンは笑った。
父は老いてはいるが耄碌まではしてないと。

「話は変わりますが現在の地球最大の鉱山・資源地帯は統一ヨーロッパ州、黒海・カスピ海沿岸部のオデッサ地区です。ここです。
宇宙世紀40年代に発見された地球最大級のレア・メタルや海底油田、その精製所はジャブロー地区の工業化を支え、今なお地球圏全土に影響力を持ちます。
三大地球経済圏である地中海経済圏も大西洋経済圏も太平洋経済圏も、です。
無論、隣接する地球連邦構成州全てにも、です」

一旦操作を止める。
世界地図が画面から消える。

「父上、仮にここを我がジオンが押さえたらどうなりますか?
中国、北インド、イランと言う資源埋蔵国が連邦の敵である以上彼らから資源を受け取るのは連邦政府にとってはナンセンス。
その上で地球連邦の資源はオデッサ地区にその何割かを依存しております。
ああ、シベリアやウクライナなどの氷土の資源地域や穀倉地域を繋ぐ日本産の鉄道網もオデッサにはあります。欧州=ロシア=アラビア間のパイプラインも走っています。
そして海運を途絶えさせ、資源の高騰をさせれば一体何をもたらすのか?
それは宇宙世紀10年代のコロニー建設や世界恐慌を見ればおのずと明らか。
これも連邦のアキレス腱でしょう。
イスタンブール、スエズ、ジブラルタルという三大都市。これが次の鍵ですな
そして・・・・・・地球連邦政府は一枚岩ではありませんでしたよ、父上。」

ここで漸くデギンはサングラスを外し、息子の顔を見た。

「ギレン・・・・・お前はまさか」

ギレンはゆっくりと振り向き言い切った。

「ええ、事ここに至っては仕方ありません。
連邦市民から連邦憲法で保障された私有財産を強制徴収し、ザビ家の御曹司自らが連邦軍の顔に泥を塗ってしまった以上、自治権の放棄と言うような事でも言わない限り連邦は我らを許さないでしょう。
我々は連邦市民の財産を奪うと言う連邦憲法に正面から手袋を叩きつけたのです。ついでに連邦軍人も殺している。100人ほど。
歴史的に見て、大国が小国になめられたままでいるなどあり得ません。10年以内に我がジオンは連邦に戦わず屈する様、要求されるでしょうな。
そして事件解決の為の大胆な行動ですが、そもそもそれが、自治権の放棄などと言った大博打が出来るならば私はここに存在しませんし、ダイクンもジオン国国民から支持されずに泡の様に消えた筈です」

思わずデギンが椅子から立ち上がる。

「待て!! ギレン。お前は本気なのか!?
お前の言っている事はまるで・・・・・まるで!!」

「ええ、本気です父上」

ドアがノックされる。
正にドアが開かれようとした瞬間、ギレンは言い放った。

「我がジオン公国は地球連邦政府に対して武力による独立戦争を挑むべきなのです」





宇宙世紀0076.3.3



(もういい加減にしてくれよ。頼むから)

地球の裏切り者と言われつつも針のむしろに座って2年。
既に首相ら閣僚からの信頼は全くない。
これは近い将来首かな?
そう思っていると統合幕僚本部本部長のゴップ大将からメールが来た。

『ウィリアム・ケンブリッジ補佐官へ
明朝0900に第3会議室へ来る事、尚、個人携帯用パソコン、筆記用具以外の持ち込みは禁止する。
また、随員はリム・ケンブリッジ中佐以外認めない』

という訳で、2人会議室に向かう。
衛兵に3度IDを見せる。
妻も同様だ。

(何なんだこの物々しさは?
戦争でもする気か?)

衛兵が完全武装だ。まるでキシリア・ザビ暗殺事件の頃を思い出させる。
しかもここはジャブロー。
地球連邦で一番安全な地域の一つの筈。それがこの警戒の厳しさ。
一体全体何事だ?

「失礼します、地球連邦安全保障会議(EFSA)のサイド3担当首席補佐官のウィリアム・ケンブリッジ、参りました」

「リム・ケンブリッジ中佐、入ります!」

二人そろって入室した。
二人して絶句した。

軍部No1の統合幕僚本部本部長のゴップ大将がいるし、彼からの招集だからからそれなりの将官らがいるとは思っていた。
が、これは予想以上だ。
先ずは統合幕僚本部作戦本部部長(連邦軍全体のNo6)エルラン中将。
No2の統合幕僚本部副本部長のグリーン・ワイアット中将。

(あ、No3地球・宇宙方面軍総司令官ジーン・コリニー大将も一緒だ)

更に准将クラスではブレックス准将にジャミトフ先輩。
宇宙艦隊司令官もティアンム少将を初め5名いる。
極東州軍司令官のタチバナ中将も居る。
陸軍参謀本部でも兵を大切にしないマキャベリストで有名なイーサン・ライヤー大佐もいた。
他にも何人も有名な軍人たちが思い思いの場所に座っている。

(うーん、ああ、これは見落としていた。
ジャブロー地区担当のコーウェン少将もいたか)

海軍、空軍、陸軍のお偉いさんにスーツを着ているのは各州の予備役(州軍)を司る安全保障担当の州官僚らだろう。
それにしてもだ、統合幕僚本部本部長、統合幕僚本部副本部長、地球方面軍総司令官、統合幕僚本部作戦本部部長ら地球連邦軍TOP.6の内四人いる。
しかも次期宇宙艦隊司令長官確実と言われるマクファティ・ティアンム少将までもが任地のルナツーから地球に降りている。
いないのはサイド3のごたごたに巻き込まれているが為、宇宙を離れられない連邦軍全体のNo4、宇宙艦隊司令長官イブラヒム・レビル大将くらいだ。

(厄介ごとか?
そうだな?
そうなんだな!?)

ちょっとパニックしてきた。
これとよく似たパターンを数年前に経験しているが故か、感が告げる。
嘗て無いほどの厄介ごとだ、と。
高級の黒い皮椅子が用意されている。相も変わらず紅茶付き・・・・と思ったらゴップ大将の趣味なのかキョウトの緑茶だった。

「やあケンブリッジ補佐官。かけてくれ。
ケンブリッジ中佐も、だ。そこのA-01、A-02にな。
言うまでもないがここから先は最高機密だ。他言無用である。」

挨拶もそこそこに、ブレックス准将が座る様に進める。
と言うか、命令。
命令でしかない。他の方々の視線を思えば。

(うん? あれはホワイトマン部長?
それにアナハイム・エレクトロニクスのテム・レイ部長じゃないか?
ああ、ジョン・バウナーじゃないか。元気そうだ。あいつ今は北米州の国防系の仕事だっけ?
お、アデナウアー・パラヤも居る。あいつ政治家に転向したんだよな。
羨ましいぞ、畜生め!! 親のコネが使えるってな。)

ちらほらと見かける知り合い。
どうやらここには若手や中堅層の官僚、政治家に軍部トップが一堂に会っている様だ。

(おいおい・・・・・下手をするとクーデター扱いだぞ)

「ああ、政府の許可を取ってある。心配するなウィリアム。
クーデターごっこではあるが、本当のクーデターでは無いぞ」

隣に座っているジャミトフ先輩が安心させるように言う。
だけどこの人の安心させる顔ってすごく傲岸不遜に見える。
しかも今のは冗談にならない。相変らずジョークのセンスが最悪だよ。
ほんと、話してみると情熱家でとても良い人なのだけど・・・・・いろんな場所でその性格で損しているな、と思ったら思いっきり後頭部を叩かれた。

「と、ところで私がいてよろしいのですか?
私は親スペースノイドでギレンの追従者ですよ?」

逃げたい一心から思わず本音を溢した。
溢してしまった以上は引くに引けない。とりあえず自分が如何に融和政策に力を注ぎ、連邦の国益をどれだけ害したかをとくとくと語った。
そして罵倒共に出て行けと言われる事を考え、いつも通りに出て行こうとすると、拍手が巻き起こった。
思わず、映画館の様な会議室の周りを見る。
妻も同様だ。いや、自分以上に固まっている。

「君は盛大な勘違いしているぞ、ケンブリッジ君」

「そうだ、補佐官殿は決して売国奴では無い。寧ろ稀代の愛国者だよ」

ブレックス、ジャミトフ両名が嫌な事を言う。
これと似たパターンを10年ほど前に経験したぞ!
何度でも言うがキシリア・ザビ暗殺事件の時もこんな感じだった!!

「ああ、准将らの言葉を変えれば卑怯者でも臆病者でもないな」

タチバナ中将がありがたいお言葉を告げてくれる。
そう言って紙媒体のファイルと一枚めくる。
表紙には『ウィリアム・ケンブリッジ』という不吉な文字が黒くでかでかとプリントされている。

まさか!?

「君のサイド3での勤務実績は見た。護衛の兵士たちからも直接意見を聞いた。
大したものだ。
あのギレン・ザビらとたった一人で会談し、連邦市民を暴徒から守ったのだからな」

はい?
一体何を言ってるんですか?

「謙遜するな。私は日系だが謙遜は美徳とは思わん。
妻と子供を残し、自ら暴徒の中に、死地に赴くその姿は正にサムライだ。
軍人だって逃げ出すような状況で、まして直属の上官が逃げた尻拭いを誰にも言われずにやり遂げるその心意気は立派だ」

ニシバ・タチバナ中将がべた褒めしてくれる。
これにつられたのかジーン・コリニー大将だ。

「君は私たちの祖国アメリカの、いや、地球連邦の権益を守る為に独裁者共の中に飛び込んだのだよ。
そして奴らから譲歩を勝ち取った。
あの時期にレビルが撤退に追い込まれなかったのは君の功績だ。
無論、どこぞのバカの性で全てが無駄になったがな・・・・・が、それは君の責任ではないぞ」

ライヤー大佐も声をかけてくる。

「スペースノイドが多少死のうが、君の命には代えられん。
明日にでも正式に辞令が下るが、海軍のケンブリッジ中佐は君の直属の護衛官となり、更に特殊部隊二個分隊を護衛にさく。
護衛の実質の指揮官はダグザ・マックール大尉。
それと君個人の指揮下に、宇宙軍のエリートであるカムナ・タチバナ中尉と海兵隊出身のマット・ヒィーリ中尉、空軍パイロットのマスター・P・レイヤー中尉が連絡武官としてつく。
意味は分かるかね?」

全然わかりません。
何でたかが一官僚にそんな豪勢な護衛達が付けられるんですか!?
というかパラヤやアデナウアーらが見る目が痛い。痛すぎる。
やめろ、そんな目で見るな!
俺は何もしてない!!!

が、軍部はそれを肯定と受け取ったようだ。
軍部にとっても対ジオンで有名な自分は優秀な手駒らしい。
ふと思ったら、個人指揮下にある連絡武官とかいう人物って全員太平洋経済圏の人間じゃないか?

そこでエルラン中将が発言する。
彼だけは軍帽を被っていたが、それを取り外した。

「君にはこれから対ジオン対策官として軍に出向してもらう。
その為の形式的な手続きだ。ああ、一隻シャトルを用意しよう。
アームストロング級高速スペースプレーンだ。ブーストもリニアカタパルトも無しで地球=サイド3を往復できる「スカイワン」という船だ。
君個人に与えられた任務は重要だ。
その為の二個分隊の特殊部隊の護衛、三名の連絡官の所属。
もうそろそろ分かるね?」

私はまたも黙ってしまった。
もう辞めたい。
そんな気持ちで擦れた声で質問に答える。

「ジオン、ですか?」

その言葉に多くの将官らが我が意を得たと頷く。
やはり優秀だ。
我々のテストに合格するとは。
他の首席補佐官は何だかんだと言って逃げたからな。
ギレン・ザビが交友を持つ理由が分かる。

などなど大絶賛。
盛大な勘違い劇はここでも続いた。

(俺は小市民で良いんだ!!
英雄になんか成りたくない!!)

が、そんな事は誰も気が付かない。
かってに紹介されて、他のメンバーが互いに紹介しあっている。
ああ、一番階級が低いのはリムか。
他のメンバーは大佐以上で、役職も上級将校だ。

(ああもう、安定した老後は俺に来るのか!?
子供たちは実家に送る方が良いだろうな。
どんな無茶難題を言われるか分かったもんじゃないし。)

と思っていると、唯一黙っていたゴップ大将が口を開いた。
流石に全員が黙る。

「さて、本題を始めようか?」

リモコンを操作して何やら宇宙空間を疾走する人型の機体を見せる。
従来の航宙機では不可能な機体制御で一隻の老朽艦を100mクラスと思われるマシンガンで撃沈した。
時間にして30秒弱。
誰も声を出さない。

「終わりだ、軍の者は全員これで4度目の鑑賞。が、結論は出ない。
これが兵器なのか武器なのかそれとも作業機械なのか、のな。
だから文官として忌憚のない意見を聞かせてくれ、ケンブリッジ補佐官。
他の者もだ。遠慮はいらない。
ちなみに名前はモビルスーツ。形式番号はMS-05ザクⅠというそうだ」

「・・・・・モビル、スーツ?」

私は思わずその光景に目を奪われていた。
古の騎士が、侍が戦う様な戦争がまた来るのか。
戦争を変えるのかもしれない。そんな感じはした、したが・・・・・確証はない。
そして確証がない状態で軍が動く筈も無い。

「そう、モビルスーツです」

そこでテム・レイ氏が熱弁をふるってきた。

曰く、MSは戦車にでも戦闘機にでもなれる。
宇宙ではこの兵器こそが無敵の存在になる。
だから連邦も直ぐにでも同種の兵器を開発しジオンに対抗すべきなのだ、と。
漸くすると短いが実際は30分近い独演だった。
もっとも連邦軍の事実上の首脳部が集った会合だ。
そう簡単に論破できる筈も無い。
そしてパラヤやバウアーは我関せずを貫いている。
賢い生き方だろう。

「よろしいですか?」

仕方なしに手を上げる。
妻が『なにやってんのよ』という目で見て来るが仕方ないよ。

「古来、兵器には金がかかります。
みなさんは戦艦大和をご存じであるかと思います。
大和型戦艦は合計二隻建艦されました。当時の日本国ではギリギリの莫大な国費を使って。
それはかの大日本帝国海軍が多大な期待をした為だと考えられます。もちろん、他にも理由はありますが」

そこでお茶を一口。
のどが渇いてはプレゼンは出来ないからな。
大学生時代からの主義だ。

「つまり何が言いたいのかね?」

ティアンム提督が聞いてくる。
カニンガム提督がタバコに火をつける。
宇宙では葉巻は吸えないから地球に戻った時に吸い貯めしていると聞いたが本当らしい。
禁煙主義者のジャミトフ先輩が嫌な顔をしているのが暗い室内でもわかった。
というかいつまで間接照明でいるつもりなんだろうか?

「MSが本当に有効かどうかは分かりません。実績がないのですから。
それにレーダー誘導兵器全盛期にあそこまで接近するなど自殺行為だと思います。
そもそも我が軍にはMS技術の蓄積がないのはレイ部長の発言にある通りです。
このザクというMSに追い付くのは後10年かかるというのが先ほどの見解かと思います。
・・・・・・が、このザク開発は逆に言えば10年単位で莫大な国費を消費していると言う事です。
しかもAE社などによればMSは1機や2機では無く数百機単位の発注なのでしょう?」

何人かの軍人たちは悟ったようだ。
私の言いたい事に。

「つまりジオンはこれに多大な期待をかけている、と言う事です。
それも国を、ええ国家ジオンの財布を緩くするほど、国家財政を傾けるほどの期待を。
他に何か秘策があるのかもしれませんが・・・・・・私は敢えてこれを脅威とは断じられません。軍事面の事は分かりませんから。
しかし、これに期待するジオン首脳部の考えは留意すべきです。
そう考えるならば、我が軍でもMS開発と配備は進めるべきです。
敵が持つ以上味方も持つべきなのですから」

宇宙世紀0076.11月。この一言が決め手となり、連邦軍はAE社と共同してテム・レイ部長を中心としたMS開発チームを結成。
独自のMS『ガンキャノン初期生産型』と呼ばれる機体の開発をスタートする事になる。
なお、何故か私も特別顧問の称号でMS開発に関わる事になった。
まあ、一種の左遷だろう。これと前後して首席補佐官の地位を解任された事だし。

その後はダークコロニーと呼ばれるジオンの軍需工廠に焦点が当てられた。
ジオン公国の宇宙艦隊は非加盟国との交易の結果、従来の予想の2倍程度まで膨れ上がっていた。
これは重大な脅威だと、私も、出席者全員も思い、コロンブス級改装空母20隻の配備を進言する様決定した。
また、ワイアット中将が『バーミンガム』級というマゼラン級を上回る戦艦の建造を主張し、第3艦隊にネームシップのバーミンガム、第1艦隊にリンカーン、第2艦隊にミカサ、第4艦隊にアナンケが配備される事で決定された。
特にアナンケは宇宙世紀0078の中頃に予定されている観艦式に間に合わせる事が正式に決まる。

因みに編成された宇宙艦隊の編成表とメインの出身者を見せてもらった。

地球連邦軍宇宙軍正規宇宙艦隊。
ルナツー配備(編成、訓練完了)
定数『マゼラン級戦艦』5隻、『サラミス級軽巡洋艦』40隻、『コロンブス改級改装空母』5隻

第1艦隊・北米州 旗艦「リンカーン」
第2艦隊・極東州 旗艦「ミカサ」
第3艦隊・統一ヨーロッパ州 旗艦「バーミンガム」
第4艦隊・特別選抜州 旗艦「アナンケ」
第5艦隊・アラビア州 旗艦「ダマスカス」
第6艦隊・インド州 旗艦「グプタ」
第7艦隊・中米、南米州 旗艦「マゼラン」

ジャブロー配備艦隊(建造、編成中)
第8艦隊・アフリカ諸州 旗艦「カルタゴ」
第9艦隊・アジア州 旗艦「マラッカ」
第10艦隊・特別選抜州 旗艦「キボウホウ」

となり、艦隊司令官は機密扱いだった。
ふーんと思っているととんでもない事をとんでもない人が言ってくれる。

「さて、君は1月後にグラダナ市に行ってくれ」

ゴップ大将が全員を解散せていく傍らで私を呼んで命令した。
私は文官だから軍からの命令を聞く義務はないはずだとそれとなく注進する。
すると予想外の答えが帰って来た。
というか電子辞令だ。私を嫌っている首相直々の。

『地球連邦首相アヴァロン・キングダムよりウィリアム・ケンブリッジ首席補佐官へ。
貴官を対サイド3問題解決の為、対ジオン大使団の一員に任命する。
宇宙世紀0076.04.09に行われるサイド3撤兵交渉に参加すべし。なお、現地にては文官の全権大使に任ずる。
軍部代表はイブラハム・レビル大将が、副代表はブレックス・フォーラー准将が担当する』

レビル将軍が担当するのは分かるが何故私が?
そう思っているとゴップ大将は笑顔で肩を叩いた。
そして言った。理由が分かったのはその時だ。

「君は噂以上だな。ジオンに詳しく、連邦でも孤立を恐れない覚悟の強さ。
命の危険性があっても職務にまい進し、我々のテストに見事合格した。
合格したのは君だけなのだ。パラヤ君やバウアー君ではまだまだ信頼がおけなくてね」

唖然とさせる。
俺はそんなこと望んでないのになんでこうなる!?

「しかも命の危険を顧みない豪胆さとギレン・ザビに気に入られる人望の深さ、止めに新兵器への経済面からの脅威の強調。
まさに連邦市民の鑑だ。その力を今度の月面での交渉でも発揮してくれ。
無論、過激な連邦至上主義者やジオニストの暗殺対象になる可能性は高い。
その為の護衛部隊に連絡武官だ。
箔づけに君の指令ひとつでサラミス3隻とコロンブス1隻が動ける様にしよう。それでいいかね?」

良い訳あるか!
もっとも私の提言は受け入れられず、妻と共に私は三人の新米中尉さんと10人の特殊部隊の隊員に囲まれてシャトルに乗った。


私は政府と軍部の要請通りサスロ・ザビとの会談。
相も変わらず油断できない人間扱いされていた。

(ああもう本当に泣きたいよ。そんな評価は要らないのに)

それも終わり、更に2年が経過する。
この間にグラナダから連邦軍が大幅に削減され、フォン・ブラウンを中心とした月の表側諸都市と木星船団が全ての地球圏各国(ジオン、連邦、非加盟国)へ中立を宣言した。
この間、ミノフスキー博士亡命事件があったらしいが途中で奪還されたそうだ。良く知らない。
他にもジオンが各社に共通規格制度とかいうモノを国内の各会社に押し付けているらしい。
まあ、何がしたいのかはうすうす分かるけど。

宇宙世紀0078.10月。
地球から環太平洋州である北米州のエッシェンバッハ氏、現役のロス・アンジェルス市長が北米州の国務長官と共にジオンを訪れた。
会談内容は不明だが1か月以上に渡った事が確かで連邦のCIAと北米州のアメリカ合衆国CIAが暗闘を今も尚繰り広げているらしい。

更に2か月後。

宇宙世紀0078.12.12
私は正式な代表団の一員としてジオン本国で交渉に臨む。
これは公王デギンと総帥ギレンからの強い要請があったためである。

『平和の為に、正々堂々話し合おう』

渡りに船と、かつて左遷した連中に重荷をかつての裏切り者や卑怯者に、厄介者に押し付けつつ(つまり私の様な人物たち)、交渉は再開された。
連邦政府としては凡そ2年ぶりの交渉である。

が、交渉が佳境に入った宇宙世紀0079.0103。
とんでもない事態が我々の間で起きた。






ギレン・ザビが交渉の途中で、私たちの目の前で倒れたのだ。



これが吉凶いずれか、開戦前夜か開戦回避となるかどうかは私には分からなかった。



[33650] ある男のガンダム戦記 第五話『開戦への序曲』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:a6bca1b8
Date: 2013/05/11 22:06
ある男のガンダム戦記05

「開戦への序曲」





宇宙世紀0079.01.03。
地球から最も遠いサイド3はジオン公国を名乗り、地球連邦政府に対して独立戦争を仕掛ける一歩手前まで来ていた。
が、ここでデギン公王自らがジオン全土、つまり総帥府と議会に政治工作を行い最後の外交交渉を申し込む。
片や地球連邦政府は信義に基づき、ウィリアム・ケンブリッジ以下40名を非武装で派遣する。

一応、ルナツーから月軌道までは第3艦隊が護衛についたが、サイド3ジオン公国の領域内部に入港したのはスカイ・ワンとコロンブス級1隻という2隻の非武装船のみ。

『ジオン独立問題』

総帥服のギレン・ザビとスーツのサスロ・ザビ自らが出迎える。
こういう儀式では敢えて公王などは後から出して政治カードにするのは常識なので一部の若手以外は平穏無事にズム・シティに入った。
会場は公王府周辺の第一級ホテル。

(私の人生二度目のジオン本国か。結構変わった。まるで戦争前夜だ)

そう、戦争こそが今回の議題。
今までとは違い、私が最高責任者にして全権大使。向こうもギレン総帥自らが交渉にあたってきている。

『いかにして妥協点を探り、双方の国民を納得させるか』

これについて約三週間議論していた。
連邦政府、つまりこちらはジオンの軍備解体、非加盟国への最新工業機器輸出全面中止を条件に独立を承認すると言う案を出す。
ジオン側は、軍備を保持し連邦各州と同程度の権利を求めた上で、自分たちを『独立国』、『地球連邦の同盟国』として認めるように要求。
これができれば軍縮(あくまで軍縮)に応じ、非加盟国との密貿易を止めると言う。
議論は平行線をたどる。

ジオンにとっては外貨と資源、水獲得の最大の手段が密貿易である以上それを破棄するには大きな決断以上の何かがある。
方や、連邦政府も無条件降伏に近い対案を出してこない限り、そう簡単に割り切れない。
地球の連邦非加盟国問題もリンクしているのだから下手な対応は自爆に値する。

(だいたいもう連邦政府も連邦軍上層部もジオンも戦争する気なんだよな
今回の交渉だって私は悪くない、悪いのはあいつだって言う為の茶番劇の様なものだ)

と思う。
思うけど手を抜かない。
こういう変な真面目さはアジア系の妻に似てきたと思う。
それに上手くすれば何万、何十万、下手したら億単位の人間を救えるかもしれないのだ。
これ程の重圧と高揚感を抱える仕事もないだろう。

き真面目と言いますか、そんな真面目さが自分をここまで追い込んだのだが・・・・・気が付かないのは誰にとっての不幸だろうか?
ウィリアム・ケンブリッジか、それとも交渉相手のギレン・ザビか、若しくは妻か?

とにかく、いつの間にやらタフネゴシエーターになっていた私はジオンの交渉団にとって極めて厄介な存在だったらしい。
マ・クベ中将が休会間際、

『貴殿ほどの人物がジオンにいれば我らの独立も後5年は早く達成できた』

という意味深な言葉を残している。
まあ、彼はジオンきっての地球通。
あまり本気にしない方が精神の為に良いだろう。今は亡きキシリアの私設機関、俗称キシリア機関を立て直したやり手らしいがその分性格も複雑だった。

(でも驚いたな。突然ギレン氏が倒れたんだから)

それは会議もだれてきて一度休会する事を決めた時の事。
休会を宣言したギレン・ザビ総帥は椅子から立ち上がり・・・・・そのまま円卓に突っ伏した。

ドン。
という鈍い音共に。

『ギレン閣下!』

『総帥!!』

『代表!?』

隣にいたサスロ氏と後ろで控えていたデラーズ准将(良く分からないが数年前に会った時に比べて昇進していたようだ)が随員と共に慌てて駆け寄ったのが見えた。
正面に座っていた連邦代表団の代表で、全権大使でもある私にとってもそれが政治手段としての演技には見えなかった。

「申し訳ないが・・・・・休会させて頂こう」

サスロ氏の苦悶に満ちた表情からその言葉が出る。
と同時に連邦側からはいい気味だと言う感じの空気が流れた。
胃が痛い。
頼むからそんな幼稚な反応するなよ。
仮にも相手は国家元首クラス、連邦で言えば州政府の代表たちと同じと考えて良いんだからな。

一旦、休会となって私たちはホテルの自室に戻った。



「ここは?」

それからしばらく経ってギレンが目を覚ました。
彼は困惑する。
彼の最後記憶では、自分は確かあの男の前でジオン独立の為の戦いを繰り広げていた筈。
そう思うと看護婦らしき人物が入ってきた。
それは白衣を着た第一秘書のセシリアだった。

「何が起こった?」

極めて冷静に聞く。
それに対するセシリアもギレン好みの女性だけあって冷静に返す。

「閣下はお倒れになりました。
主治医の見るところ心労と過労による疲労の蓄積が原因です。
5日間、目を覚ましておりませんでした」

カルテを置く。
内線電話にアクセスすると同時に、携帯型の情報端末を持って来てギレンに現在の状況を伝える。
会議の模様が映し出された。正確には会議室に残ったジオン側の混乱が、だ。

「一時的にサスロ様が代行すると言う事で合意しましたが二日目になっても閣下がこん睡状態から戻らない為に外交交渉は休止。
恐らくですが、閣下の昏睡を理由に交渉自体が終了するでしょう」

そう言ってセシリアは纏め上げたレポートを見せる。
自分も同意見だ。
そして漸くにもここが何処かも気が付いた。
ズム・シティのザビ家私邸ではないか。
総帥府でも公王府でも議会議事堂でもない。

「都合が良いな」

「は?」

何でもない、それよりも父上とサスロ、ドズルにガルマを隠密裏に呼んでくれ。
内容は任せる。

ギレンは珍しく人にものを頼んだ。
彼らしくなく命令では無くて。
それから2時間後、件の2人が来た。
サスロだけは3時間かかった。理由は連邦代表のケンブリッジが見舞いに行くと言って聞かなかった為だ。

「ウィリアムがそんな事を言うとは・・・・・恐らくは敵前視察か・・・・・相変わらず油断ならんな。
確かに見舞いに行くと言う相手を追い返すのは余程の理由が必要だ。
それでだ。サスロ、何と言ったのだ?」

面白そうに、寝間着のギレンがポールスミス製の紺色の高級スーツにて対応していたサスロに聞いた。
人としての余裕というべきものが言うのが、地球視察後のギレンには出来ていた。
或いは視野が大きく広がったと言って良い。
これがデラーズ准将ら親衛隊だけでなく中道派から絶大な支持を集める切っ掛けになったのだから、人生分からないものだ。

「・・・・・・人生塞翁が馬だな。ギレン兄。
実は今日が峠だ、家族葬になるかもしれないと言って議場を抜け出してきた」

一瞬だがバツの悪そうな顔をする。
そんな顔をするなよ、弟。

「ククククク。そうか。それは良い」

ギレンは笑う。
それに父デギンも弟らも不思議そうな顔をする。
自分が死ぬと言われて喜ぶとはどういう事か、そんな表情だ。

(己が意識を失う程疲労し、交渉中に倒れたのは予想外だったがこれは奇貨なのかもしれない。
考えてみれば恥と言う外聞さえ除けばこれ程立派な時間稼ぎもないだろう)

そしてギレンは命令する。

「ドズル、宇宙艦隊はどうだ?」

等々に話を振られながらもこの時点でジオン軍中将と言うジオン宇宙軍最高級の階級にいるドズルは答えた。
ちなみに大将はギレンであり、元帥職は存在しない上、ザビ家の権威から見てもドズル・ザビがジオン軍実戦部隊のトップになる。

「練度は問題ない。総数も300隻に達する。
それでも連邦宇宙軍の三分の一だが・・・・・兄貴、それより自分の体調を心配してくれ」

俺は嫌なんだ。
もう家族を失うのを。
そう続ける軍服姿のドズルにギレンは苦笑いしながらも公人として、ジオン公国総帥としてジオン国防軍の軍総司令官に命令する。

「宇宙世紀0079の6月までにドロス、ドロワ、グワラン、グワデン、グワリブの建造を完了し8月1日までに実戦配備させろ。
ああそれとだ、可能な限りで構わんが全力を挙げてMS隊も新型機に切り替えるのだ」

三人がその言葉の裏にあるモノを察知した。
一斉に険しい表情になる。
デギンがせっかくの和平交渉をふいにするのか、もう後戻りできないのかと問う。

「ギレン。お前は本当にやる気なのか?
もう言葉では解決できないのか?」

が、ここで父親の嘆願を切って捨てたのは意外にも次男サスロだった。

「親父、もう駄目だ。
連邦はこれ以上譲歩できない。
これは交渉してみていれば分かる。ケンブリッジは己の生命をかけて此処にいる。
だが、いや、それだからこそ、これ以上の譲歩はできない事を知っている。
仮に今以上の譲歩を、ジオン世論とジオン国民が完全に納得する条件で交渉を妥結しよう・・・・・それは連邦政府や地球連邦各州のバランスを大きく崩す事と同義になる。
地球連邦の官僚としても政治家としても市民としても、或いは軍人としても、連邦の国益の観点から見てもそんな事は認められない」

今までコロニー、連邦構成各州、非連邦加盟国、月面諸都市と虚々実々の駆け引きで交渉を重ねてきたサスロの言葉は重い。
しかし公王陛下である父親はまだ諦めない。
ギレンのベッド越しに座り、同じようにギレン愛用のソファに腰かけるサスロに尋ねる。
因みにドズルは部屋に誰もいれるな、という長兄の命令を守るかのように唯一の入り口である寝室のドアに背を傾けている。
ガルマは大尉の軍服でデギンの隣に座っていた。

「だが・・・・・サスロ・・・・・・国内はわしとお前とギレンの三人で抑えれば・・・・」

それでも容赦なく切って捨てるとはこの事か?

「親父・・・・・ダイクン死去、キシリア暗殺、氷塊衝突事件、ガルマによる武装解除、連邦軍退去とその後の威圧。
ハッキリ言って国内の方が火種はくすぶっている。今やらないとそう遠くない将来に内戦になる。
そしたら何もかも水の泡だ。内戦か戦争か、それを決める時が来たんだ」

肩を落とすデギン。
サスロが自らの行為を非難した事に驚くガルマ。だが、誰かがいつかは言わなければならい事だったのだ。
そう思う。
心苦しいが。

「そういう事です。お分かりいただけましたか父上。
私もまったく同意見です。
交渉はこの三週間で纏まらなかった。反交渉のデモも各地である。地球とジオン双方で。
何故互いに妥協するのか、何故仇敵を許すのか、それが許せないのでしょう。
前にも言いましたが・・・・・・もう遅いのです」

ギレンもサスロに同調した。
ドズルは軍事専門で政治に口を挟まない。この点で亡き妹キシリアとは正反対である。
ギレンの国内宥和政策により、なんと驚くべきことだが彼女の派閥はまだ生き残っている。
が、その彼女自身は軍事ではド素人だった。しかも謀略家で長兄を政敵と考えていた節があった。
一方、あの暗殺事件で生き残った次男のサスロは自らを兄ギレンの忠実な補佐役と位置付けており、その事に喜びを感じるタイプの男。
大きな違いと言える。

ギレン・ザビにとってエギーユ・デラーズが軍事面の片腕なら、サスロ・ザビは政治面での片腕だった。
更に言えば、ガルマはまだ兄たちに反抗する気はない。
将来はともかく、今のガルマ・ザビはまだ20歳の若手の一将校にすぎず、権威はあるが権力はない。

「サスロ、先ほどの言い訳は良い機会だ。僥倖と言っても良い。
私は開戦日を8月3日と定める。
7月に復帰すると言う事にしてそれまではサスロ、お前が総帥職を代行しろ。
父上、明日にでも連邦のケンブリッジをジオン国内から追い払ってください。
あ奴も、あ奴の上司のホワイトマン部長も鼻が利く。
私が仮病を使っている事を悟られてはなりません」

サスロは無言で頷いた。
父も少し迷ったが結局は息子の意見に従った。
無念極まりないという表情で。そして言った。

『確かに勝算があるのだな?
国民を未曾有の大戦争に叩き込んでも尚且つ勝てるだけの勝算が!』

『ご安心ください。我らに秘策ありです』

そして改めて三人を、いや、ガルマを入れれば四人を見る。

「私は意識不明の重体だ。そしてそれは国家の非常事態に当たる。
サスロ、これを利用して議会に国家非常事態宣言と国家総動員令を発令させろ。
半年後の開戦に備えさせろ。
ドズル、非加盟国との交易ルートを確保しろ。
弾、食料、衣服など地球で作れるものは地球でも作らせろ。借金しても構わん。
勝てば良いのだからな。
更にだ、ミノフスキー博士を脅してでもビーム兵器搭載のMS隊を編成するのだ。
ああ、サスロ、これが各企業への暗号通信になる。
欠陥機扱いされているツィマッドのヅダも前線に投入する。
例の艦隊決戦試作巨砲とやらも有効に活用しろ。実戦面での詳細はドズルに任せる。
ドズル、使えるモノは全てお前に託す。使い方は任せるから使い切って見せろ」

ガルマ以外が真剣に自らの役割を考えている様だ。
そこに父親デギン・ザビも覚悟したかのように言う。

「・・・・・・・・わしとダルシアは道化を演じるのだな?
独立を武力によらんとする強硬派と言葉で達成せんと望む穏健派にジオンが分裂したと連邦に思わせるのか・・・・そうだな?」

話が早い。
ギレンは頷いた。
その間にも近ばに用意されていたA4用紙に命令書を書きあげていく。
情報端末に詳細な情報を打ち込んでいく。

「ええそうです。
父上と首相府には道化を演じてもらいます。連邦市民が錯覚し分裂し、安心するような派手な道化を。
・・・・・・それに現実面として経済的な面でも軍拡してしまった以上、どこかで軍備を消費しなければジオンは内部から瓦解します」

その言葉は重い。
正にその通りだ。
軍拡で崩壊したソビエト連邦の先例に倣う事は無い。
そう考えると軍拡を開始した時点で地球連邦も崩壊の途上にあるのかもしれないが。

「開戦は8月3日午前0時ちょうど。対象は地球連邦政府。
戦略は短期決戦のプランC。作戦名はブリティッシュ作戦とする」

反対は無かった。
ここにジオン公国は開戦を決定する事になる。





そして全員が退室した後でギレンはマ・クベ中将の組織した諜報機関からの報告書を電子端末を使い見た。
そこには連邦軍のMS、RX-77―01という形式番号の肩に一門の砲をつけたタイプのMSがそれぞれのコロニー首都バンチ防衛に30機、一個大隊が配備されているという報せだった。
これはケンブリッジの献策の結果の影響で、地球連邦軍のMSはミノフスキー亡命事件(スミス海の虐殺)で大敗を喫する前に試験的に配備された。
試験的と言ってもジオンが羨む事は間違いない大量生産であった。
もっともテム・レイら連邦軍MS開発チームはこの機体に全く満足はしてない。
それでも連邦軍初の本格的二足歩行人型兵器としてコロニー守備隊に30、駐留艦隊に30
正規艦隊に36機ずつ配備される事になって現在に至る。

「そして・・・・・新型MS開発と母艦建造の計画とV作戦か。
V作戦が今以上に本格化する前に・・・・・連邦政府や連邦議会がMSの導入を議論している間に、ミノフスキー粒子とザクシリーズの本当の効力に気が付く前に決着をつけなければならぬな」

ギレンも決断する。





宇宙世紀0079.01.05

「退去要請?」

ジオン産鶏肉のバター炒め定食を食べていた私は連絡武官の一人、レイヤー中尉から報告を受けた。

「はい。こちらの赤い書式がジオン側の正式な書類になります。
あと、青い方は連邦政府のキングダム首相からです」

中尉はそう言って二つの書類を差し出す。
ギレン氏が倒れて数日。
命も危ぶまれる重体と聞き、流石に交流があったし個人的には嫌ってまではいなかったので、このまま死なれたらバツが悪かった。
だから彼の見舞いに行きたかったが立場が邪魔したのかいけなかった。
携帯に映るニュースでは連日サスロ・ザビ総帥代行への就任を取り上げており、他に連邦との交渉は破棄しろという見出しが載っている。
しかも何かあったのか、デギン公王も連邦使節団退去を命じた。更には傀儡化したはずの議会が反発しデギン公王とダルシア首相が揉めていた。

(私達連邦政府がギレン氏を毒殺しかけたとでも思っているのだろうか?
何か作為を感じるが・・・・・出来すぎている気もするし考えすぎな気もする)

分からない。
ジオン側のこの豹変ぶりは全く分からない。
少なくとも連邦政府とは違い自分は戦争回避の為にわざわざ妻と共にここまで来たのだが。
その妻は我関せずといつの間にかハンバーグステーキセットを食べきって食後のプリンにスプーンを入れている。

(まあ、仕方ない。正式な命令である以上反対しても・・・・・・くそ、またか)

「どうなさいますか?」

空軍出身らしく、鋭い眼光で私に問うレイヤー中尉。
他の二人は交代で休憩中だ。
流石に公王府の隣の高級ホテルに突っ込んでくるバカはいないだろうが・・・・・念には念を入れて代表団員は全員U.N.T. M71A1という軍用無反動の拳銃が渡されている。
しっかりと出発前に訓練してきた。
私なんかもう40歳を越したのに海岸への上陸訓練までさせられた。
一体今はいつの時代かと思ったがお蔭で若返ったのだから良しとしよう。
ビールでぽっこりしていた御腹も完全にへこんで正規兵並みの筋肉が付いた。

(ただあそこまでやるのってどうよ?
正規兵並みの筋肉が付く護身術の訓練や砂浜への強襲上陸作戦の想定訓練とか・・・・・政務を中断してまでやる事か?
ヘリボーンまで計画していたとか可笑しいだろ? 俺は軍人じゃないんだけど。
それだけ期待されてないと言う事なのだろうが・・・・・ああ、海軍の参謀職だった筈のリムが生き生きとしていたのが怖かったな)

「仕方ないよ。お偉いさん・・・・政府の決定だ。
中尉、この後で皆を集める。君らも撤収準備をしてくれ」

そう言って私はサイド3を後にする。
もう二度とこの地を踏む事は無いと思いながら。

スカイ・ワンは衛星静止軌道の宇宙ステーションに向かくコロンブス09と別れた。
地球への帰還コースを取る事無く、シャトルは私と護衛のダグザ大尉ら11名に三人の中尉と妻、シャトルの乗員らと共に宇宙世紀0079.01.09にサイド3を後にする。
目的地はサイド7.
ルナツーを経由する、ジオン本国より最も遠いスペースコロニー、サイド7の1バンチ、通称「グリーン・ノア」である。
この唯一完成している開放型コロニーには200人ほどの民間人と軍人・軍属1000名ほどがいる。
また防衛戦力としてマゼラン級戦艦が1隻とサラミス2隻が配備されている。
この時点でミノフスキー粒子の本当の恐ろしさを知らない連邦軍はジオン軍の実力を宇宙海賊の襲撃程度としか考えてなかった。
よって電子兵装でジオンを圧倒するマゼラン級戦艦があればルナツーの増援部隊到着まで余裕で持ちこたえられると信じている。
そんな暇な船内にて。

「タチバナ中尉。君の意見を聞かせてくれ。
現在の連邦宇宙軍の正規艦載機であるセイバーフィッシュはどんなものだ?
仮にジオン艦隊と戦った場合に制宙権を確保できるのか?」

いわゆる特別室の一つである執務室で私は三人の中尉に軍事面での実情を問う。
こうなる事を予期していたタチバナ、レイヤー、ヒィーリ中尉らはしっかりと答えてくれた。

「セイバーフィッシュはジオンのガトル航宙機に対して全ての面で優越しています。
訓練の事は分かりませんのでパイロットの質こそ互角かも知れませんが、量と兵器単体の性能差は隔絶しております。
大使のご懸念する様な事態にはならにならないと思いますよ」

最初から砕けた口調なのは論外だがいつまでたっても砕けられないのも問題だ。
そう言う意味ではカムナ・タチバナ中尉が一番親しみを持ちやすい。
で、レイヤー中尉が一番固く、ヒィーリ中尉が一番緩いと言うのが今の印象になる。
そうこうしている内にパックに入っているコーヒーを皆で飲む。サイド1製の安物だから美味しくは無いのだが。

「艦載機搭載の対艦ミサイルも充実してますから・・・・・仮に戦争になっても戦力の集中さえできればジオン艦隊は壊滅でしょう」

更にカムナ・タチバナ中尉が補足する。
そう言ってシャトルのTV型情報端末を操作する。
現在の連邦軍の編成はルナツーに正規艦隊が7個。ジャブローに3個正規艦隊の合計500隻。
更にサイド1、サイド2、サイド4、サイド5の4つのサイド駐留艦隊に30隻ずつの120隻。
付きのグラナダ市とエアーズ市にそれぞれ20隻ずつの月面方面艦隊40隻。
衛星軌道上にある拡大ISS(旧国際宇宙ステーション)に20隻。
ルナツーと各サイドを根拠地とする2隻一組のパトロール艦隊が15セット、30隻。
連邦宇宙軍は総計で710隻の純粋な戦闘艦艇を持つ。これはジオン宇宙艦隊の実に三倍である。

「また、MSだがRX-77-01が各正規艦隊に36機、合計360機。
ルナツー防衛隊に改良型のRX-77-1が60機。
コロニー首都バンチ防衛用に30機が展開しています」

「セイバーフィッシュ艦載機の総数は?」

ふと画面を見て気になった事を問う。
その画面には艦載機の詳細が載って無かったのだ。

「申し訳ありません。詳しくは分かりませんが2000機は確実かと」

まあこれをみればジオンに勝てるだろう。
私はそう思った。
いくらMSに国費を投入しても1000機は無いはずだ。二倍の大軍で攻撃すれば戦史上の常識から余程の質の差がない限り勝てると言うのが常識の筈。
軍部上層部もそう考えていたしな。
それに何と言っても宇宙戦争の主力である戦艦、巡洋艦がジオンの三倍弱あるのだから。





宇宙世紀0079.01.23.
ギレンは常識的な連邦官僚としてのケンブリッジと異なり大きな戦略の変更を決定した。
自分の私室。ベッドの上で情報端末を使い指示を出すギレンの下にドズルが訪れる。

「兄貴、参謀本部が出した結論だ。見てくれ」

サイド3ジオン公国でも着々と来たるべき8月3日に向かって準備が進められていた。
特に家族思いのサスロ、ドズルは二日に一度は兄の様態確認の為に私邸に帰ると言う事にしている。
これが対外的には良い偽装になった。
また、兄の強い要望と称して全家政婦、執事に半年間の休暇を命じた。勿論対連邦超大作の為である。

(公式には私はまだ昏睡状態なのだからな)

その為食べ物が全部ジャンクフードか病院食と言う極端な食生活になったのだが・・・・無論、酒も表向きは禁止。
そうした状況下でギレンの手足となった二人の弟はなんども密談し、ジオンの戦略プランを練る。
その結果が以下の様になった。
紙媒体のファイルを手渡す。

・政治的理由からNBC兵器前提による各サイドへの電撃作戦、武力侵攻は放棄。
・奇襲を前提にせず、あえて連邦軍に先手を取らせ、新型MSの性能を信じ各個撃破する。その為にソロモン要塞と本国を囮にする。
・開戦と同時にサイド1、サイド2、サイド4から連邦駐留艦隊を引き出す為、外交攻勢を仕掛ける。
・ルナツー駐留艦隊を誘い出す為、コロニー一基に核パルスエンジンを搭載し、それを連邦への脅迫に使う。
・前後して全コロニー駐留艦隊、月面方面艦隊、3個正規艦隊、独立部隊を先に撃破する。
・サイド5を決戦の地とする。
・決戦に勝利した後、各サイドを正式な占領下に置き、戦争終結の為の交渉材料とする。
・連邦正規艦隊を壊滅させるまでは戦力分断の愚を犯さない為、本国に宇宙海賊対策用の20隻の艦艇を配備する以外、全ての艦艇ドズル・ザビを総司令官としたジオン連合艦隊へ一任する。
・ソロモン、ア・バオア・クー、占領下のグラナダにはMS守備隊のみを配置する。
・地球侵攻の準備を9月上旬までに完遂させる。目標は統一ヨーロッパ州ならび特別選抜州のあるオデッサ鉱山・工業・宇宙港地域。
・非連邦加盟国への交渉並び軍事援助による重力戦線の構築。
・全サイドの占領ならび連邦政府への交渉材料化。各州の政治的・軍事的分断。

それ以外にもギレンのみが知るルートで連邦を動かさんとしていた。
それはあの地球視察で自らが築き上げた極秘ルートであり連邦政府や連邦情報局、ジオン国内の反ギレン、反ザビ家の派閥さえも欺かれていた。

「ふむ・・・・・短期決戦による連邦艦隊の壊滅で講和を申し込む、か。
よかろう。それで部隊の方は?」

「ああ、ええと・・・・このページだ。
兄貴の言った様に最新鋭艦と最新型で固められるだけ固める。
先ずは艦艇、次にMSだな」

ジオン親衛隊(月面攻略艦隊) 司令官エギーユ・デラーズ准将
ドロス 182機
ドロワ 182機 
ムサイ級 8隻 4機
チベ級 8隻 12機
MS、ザクⅡ改492機

第一艦隊(サイド1、2、4連邦駐留軍迎撃艦隊) 司令官ドズル・ザビ中将
改ムサイ級総旗艦ワルキューレ 6機
グワジン 24機
グワデン 24機
グワリブ 24機
グワラン 24機
護衛砲撃戦強化型ムサイK 40隻 4機
MS、MS-09-R2リック・ドムⅡ96機
MS―06F2ザクⅡF2(ザクⅡ後期生産型)166機
QCX-76A 試作艦隊決戦砲 ヨルムンガンド2基

第二艦隊(本国守備軍)司令官ノルド・ランゲル少将
ムサイ級20隻 4機
MS、MS-06ザクⅡ 80機

第三艦隊(第一艦隊補完、戦略予備)司令官コンスコン少将
ティベ級5隻 18機
ムサイ後期生産型10隻 4機
MS、MS-06-R2 130機

ソロモン守備艦隊 司令官ラコック大佐
チベ級4隻 12機
ムサイ級10隻 4機
MS、MS-05ザクⅠ88機

ア・バオア・クー守備艦隊 司令官トワニング准将
チベ級4隻 12機
ムサイ級10隻 4機
MS、MS-05ザクⅠ88機

特別教導艦隊 司令官ダグラス・ローデン大佐
ザンジバル級7隻 9機
MS、MS-14Sゲルググ 63機

義勇兵・外人部隊

ザンジバル級2隻 9機
チベ級4隻 12機
パプワ級 4機

MS、MS-09リック・ドム57機
   EMS-04 ズダ 4機

支援艦隊
パプア級20隻
パゾグ級30隻
ムサイ級10隻 4機
MS、MS-06ⅡCザクⅡC型40機

報告書を呼んだギレンは自分で言っておいてなんだが、一瞬眩暈がした。
この報告者は希望と妄想に満ち溢れている愚か者が書き上げたものなのではないかと。

「大軍だな。量はともかく質は最早ジオンの国力ギリギリだ。
これではやはり民生品の大規模な抑制も考えなければ」

これだけの大戦力を後半年で用意しろと軍は要求する。
特に、ビーム兵器はまだMSの半分サイズと言う大型のビームバズーカとビームライフルが試作段階に入ったばかり。
最新鋭機の純正なるビーム兵器標準仕様MSのMS-14Sゲルググ63機分など正気の沙汰とは思えない。
だが、実はこの計画、極めて常識的でもある。
戦闘用艦艇も150隻前後で、偵察・通商護衛艦隊所属のザクⅡF型とムサイ級約40隻を除いている。
また、パプア級、パゾグ級補給艦も50隻近く(ジオン全体で89隻しかいない)を動員しているので補給も何とかなる。
正直0079の年初に開戦していたらこれは絵に描いた餅だろう。
が、統合整備計画と非加盟国との秘密貿易に加え、突如として訪れた半年間の猶予がこの計画を現実のものにしている。
ただし予算面では『ぎりぎり』をとっくの昔に通り越しており既に国庫の貯蓄まで切り崩している。
ドロス級二隻にゲルググ63機など財務省の役人が卒倒したくらいの値段になっていた。
地球との密貿易がなければこれ程の予算は確保できなかったと言っても良い。

「地球の北朝鮮に核分裂弾頭を30発ほど高値で売りつけた甲斐があったな。
あの時の予算でドロス級2隻が0077に発注出来た。
さて、そのことは首相を通して極東州にも伝えないとな・・・・・・恩はうらないと」

軍事境界線で北朝鮮と絶賛対立中の極東州にしては何を言ってやがる!と怒鳴り込む様な思考だが、ギレンは本気である。
それに、だ。非加盟国に核弾頭を売った事を知っているのはジオンの旧キシリア機関の者だけで切り捨ても容易と考えている。

ジオン公国が軍備増強にひた走ったこの時期、もう片方の主役である地球連邦はどうであったか?
実際に増強されるジオン軍を見る連邦軍はともかく、ジャブローの連邦政府はギレン倒れる、の報告に安堵しており、傾いていた軍事費を平時に戻そうとする。
この動き自体はそれほど悪くない。ソビエト連邦の例を見るまでもなく行き過ぎた軍事費は国家を破堤させるし、対ジオン、対スペースノイド融和政策としては目に見える効果だろう。
そして本来であればジオン国内の様子見をする筈であったが、ジオン国内の政治対立がそれに、軍備縮小に拍車をかける。
形骸化していた議会が軍部に反撃している。
今の状況から考えるにザビ家らは排除される。必ずやジオン国民は平和裏に民主国家ジオン共和国を再建するだろう、だからこれ以上の軍備拡張は必要ない。ましてMS開発など不要という中堅官僚の意見に流されだす。

ジオン公国のギレン・ザビはしばらくの間これがどの様な影響を国民生活に及ぼすのか、或いは本気で可能なのか熟考した。

結論は可能。

ただし、ドロス級の完熟航行には難がある。
MSはシュミレーションと統合整備計画の影響でザクⅡ改、リック・ドムⅡ、ゲルググ、ザクⅡF2は何とかなる。整備面も。
高機動型ザクⅡだけが不安だが、重点的に実機を乗り回せればパイロット、整備兵の要請には良いだろう。もともとベテラン中心なのだから。
グワジン級だが、艦船の方も父上のグレート・デギンを徴発して訓練に当てる。
各種ムサイ級、ティベ級、チベ級も従来艦かその改装艦だからそれほど不安では無い。

(問題はビーム兵器だが・・・・・こればかりはミノフスキーを叩いてやらせるしかない)

ベッドに横たわるギレンは不安げになりつつあるドズルを鋭い眼光で見つめる。
その眼光は全く衰えてなかった。
依然、ジオン公国の実権が誰の手にあるのかが分かるエピソードだ。

「分かった・・・・・必要な手は打とう。議会にも国民にも手を回す。無論連邦や非加盟国群、枢軸にもだ。
その他の後方戦力も可能な限り増強させよう・・・・・・だがドズル」

「?」

「絶対に勝て」

ギレンは弟に対してきっぱりと勝利を求めた。





宇宙世紀0079.03.04.

地球のとある大陸、とある都市の、とある白い家に国際便が届いた。
中身は厳重に封をされた分厚い聖書である。
連邦軍の大将の制服を着た男がしっかりと金属ケースに入れて自分の真に忠誠を捧げた国家の中枢へと持ち込む。
無論、公的な名目は視察であった。決して私的な用事で訪れた訳だは無い・・・・筈だった。

厳重に封をされていた書籍を開け、中にある情報端末のユニットを取り出す。
白い館の主にそれを渡す。
傍らには館の主と彼が信頼する人々、そして連邦軍の准将が一人いた。
そのデータをダウンロードする主。
端末は珍しい事にいかなる通信回線にも接続できない読み取り専門の機械だ。
しかもその上、指紋認証にパスワード、特別な鍵が必要なルナ・チタニュウム製の機械。
暫くの沈黙。
それが破られ執務室に50代の男の声が響きだす。

「なるほどね・・・・うん。ははぁ~借金は踏み倒す気か。
あの男もやるな。それで、これは例の大使は知っていたのかね?」

わざと調子に乗った男を演じている。
まあ政治家などそんなものだ。
色々な状況に応じて自分を演じるのが仕事と言う事で映画俳優とタメを張れるものだろう。

「彼はこの事は一切知りません。彼は限りなく有能ですがグレーですので伝えておりませんので」

准将は館の主の問いに答えた。

「そうか。うーん、彼は確か寒い地方の出身だったな。
今度宇宙から帰ってきたら私たちが主導して常夏の楽園に招待するべきだろう。
ところで諸君。
仮にだが我が敬愛すべき連邦軍の宇宙艦隊が大損害を受けた時に我々は如何すべきかな?
私個人としては祖国の市民たちを無為に散らしたくないものだよ。
ああそうだ、島国や遠い彼方の人々とも協力しなくてはね。
そう、私はいかなる場合でも我が市民の犠牲は減らすべき、と思われる。
それに、だ。いつまでも借家人が大家面するのはいけないだろう?」

この言葉に室内にいたすべての人間が何らかの同意を浮かべる。
追従する笑い。
陰謀の夜は更ける。





サイド7に到着した私はテム・レイ部長から説明を受けた。
現在のところRX-78-1ガンダム(プロトガンダムとも呼ばれる)は完成している。
ただ武装がまだ不完全で100mmマシンガンしかない。
ビームサーベルとビームライフルはまだ理論の段階だ。恐らく半年はかかる筈。
が、その一方、RX-77の改良型でもある量産型ガンキャノンは順調にロールアウト。
既に36機が実戦配備に至っている。

「なるほど・・・・と言う事は・・・・・問題はこのガンダムと言う機体の量産化ですか?」

買い換えた黒いアルマーニのスーツを着こなした自分と中佐の階級章を付けた連邦軍第二種軍服の妻のリム。
それに10人の護衛と三人の中尉に大尉。
三人の中尉はここに来てからテストパイロットとして働かされていた。
宇宙、海兵、空と三軍のパイロットや経験者であった事がMS開発にとって大きな前進となるとテム・レイ部長が主張し、暇だった上に若返ったと言っても良い妻といちゃつきたかったウィリアム・ケンブリッジ大使が許可を出したせいである。

(はは、働かざる者食うべからず、だな)

とも思ったが一番働いてないのは自分だったりする。
海兵隊出身のダグザ大尉らは宇宙空間戦闘に慣れるので忙しい。
護衛も2人まで減った。
交代で訓練中なのだ。
しかし当のケンブリッジ本人はもう外交も政務もやる事は無い。
何故だか知らないが大使の肩書から、地球連邦内務省政務次官に昇進となったが任地へ向かうのは来月6月。
それまではジャブローで骨休め。
尤も、職業柄なのかこうして視察したり論文を書いたり、無駄とは知りつつも連邦政府に対ジオンの警告をしたりはしている。

(全て放り投げて後は知らない振りは出来ない・・・・・俺はそこまで卑怯者じゃないからな)

と、テム・レイ部長の説明も佳境に入っていた。

「はい、量産機コードネームは『ジム』なのですが、この『ジム』がどうもOSの調子がおかしく。
ガンダムは学習型コンピューターを内蔵するので、HLVに使われる量子コンピューターの小型版を内蔵すれば済みますがいかんせん高くつきます。
更にガンダムは7機が開発中ですが・・・・・月かルナツーでしか取れないルナ・チタニュウムが主装甲ですので予算を馬鹿食いしています。
ええ、装甲とOS問題、後は標準装備のビームサーベルが問題です」

テム・レイ部長はネクタイを締め直しながら答える。
白衣にスーツは似合わないと思うのだが。
まあ、その辺はポリシーでしょう。

「ガンダムは一機当たりマゼラン級戦艦1隻分の予算を必要としました。
特にミノフスキー博士をジオンに奪還された事が開発費の高騰を招いております。
ジオンが持つザクⅡやその改良型、更には今後10年先にも対応できる拡張性にビーム兵器の実用化を視野に入れているのですが。
やはり最後が一番の難点です。我が軍ではメガ粒子砲の開発さえ滞っていたのですから」

確かにその話は聞いたことがある。
ジオンはミノフスキーという天才を軍事に利用する。
この短期間でジオン公国が独立戦争に踏み切れる自信をつけたのは彼のお蔭だろう。
スミス海の虐殺は見せてもらったが・・・・・酷い。12対5で大した打撃を与えられずに全滅、完敗とは。
死んでいった将兵に申し訳ない。

「しかしマゼラン1隻とは豪勢な。
と言う事はこのサイド7の軍需工場には一個艦隊分の予算が投入されているのですか?」

サイドのベイを見ながら聞く。
が、感想は正直勘弁してくれと言うものだった。
上げ足も取るしな。

「軍需工場では無く地球連邦人型決戦機動兵器製作研究所です。
ああ、サイド7の予算は正規艦隊3個艦隊分が出ています。
もっとも、ガンダム3号機など開発した機体はジャブローに送っているのでここにはガンダム1号機と2号機、それにMBTのガンタンクが6台、ガンキャノンが10機ですか」

「防衛は?」

少し気になったので紺のネクタイを直しながら聞いてみる。
油のにおいがきついな。
それに大きい。映像で見たザクとは違い、より人に近い感じがする。
もっとも顔まで人型にする必要があるのかは疑問だが・・・・・テム・レイ氏の顔を見るに聞いてもどうやら無駄なようだ。

「ここはルナツーの裏側ですよ?
ジオンが攻めて来る筈がありません。絶対に不可能です。
ジャブロー並みに安全ですよ、大使殿!」

ばんと背中を叩かれた。
全然心配ない。
そう彼が言う。

「そ、そうですか。
レイ部長がそう言うならばそうなのでしょう。
・・・・・・我々は辞令の影響で明後日にはスカイ・ワンでルナツーを経由して地球に戻らなければなりません。
良かったら食事でもどうですか?」

「それは良い。息子のアムロを連れて行っても良ければお願いします」

「もちろん親子そろって」

こうして私はガンダムと出会った。
カラーリングは黒と灰色で、白を基調下2号機以降は実際に目をする事は出来なかったが、それでもガンダムに会えたことが有意義な体験になるのは間違いないと後日私は振り返る事になる。



5日後。私たちは水と塩の補給の為ルナツーに寄港した。
そこでは昨年末の戦時の様な重々しさは無く、平常運転が続いている。
現在のルナツーには宇宙艦隊司令長官のレビル大将、第3艦隊から第5艦隊を複合指揮するティアンム中将、第6艦隊のカニンガム少将、第7艦隊のワッケイン少将がいる。
第1艦隊と第2艦隊は伝統的に連邦軍の中でも北米州と極東州の将官(それも中将)が担当している。司令官はアサルティア中将にナンジョー中将。
シャトルがドックに入港し、与圧される。
ここでは護衛の者達も3日間、つまり補給完了までは無条件の休暇をもらえる事になっている。ダグザ大尉だけが渋い顔をしていたが無理矢理休ませた。

(毎日働きづめじゃあ倒れるだけさ)

と、思って。
妻は最低限の荷物を購入してくると言って軍服のままPXエリアに向かっていった。
私は大使として話を聞きたいと言うレビル将軍とティアンム中将、アサルティア中将、ナンジョー中将のいる艦隊司令官用会議室に向かう事にする。

「よく来たなウィリアム。歓迎するぞ」

握手する。
確かに一時期はバカ軍人と侮ったが、実際はここまで優秀な連邦軍人はそうはいない。
自分の見る目がないのが恥ずかしい。
穴が在ったらそこに入りたいくらいだ。
そう思う、いや、冗談も比喩も無く本当にそう思う程レビル将軍のカリスマ性は凄い。

(もしも自分が軍人だったら喜んで戦場に行くな。
まあ、1000%そんな事は無いから好きな事が言えるのだけどね。リムが行くと言った足を撃ちぬいてでも行かせないぞ)

などと過激な事を思っているとまた紅茶が出てきた。
ジオンに赴任していた時と良い、何か紅茶に思い入れがあるのかな?
昔の大英帝国の支配層に倣っているとか?
あ、ワイアット中将はイギリス出身だからそうか。

「さてと、紹介も終わった事だし・・・・衛兵。
悪いが呼ぶまで下がってくれ。君たち従卒もだ。
これからこのやり手の大使殿と秘密会議だからな」

そういって四人は円形のソファに腰かける。
中心には丸いプラスチック製のテーブルと確か原子力空母ニミッツの模型が置いてある。
部屋はかなり広めで標準的な士官ルーム。
机とその上に置いてあるのはレビル将軍の私物のビッグ・トレーの模型にBMWの新車模型が自己主張していた。
あれを見ると彼が陸軍出身の転向者だと言う事を思い出させる。
まあ、それももう30年近く昔らしいが。

「そうですね、ジオンは軍備増強を進めています。
嘗て無いほど過激に。私の予想では今年中に開戦の号砲を鳴らすと思いますよ」

事も無げに言うがそれが事実だろう。
三大経済圏や地球=コロニー間経済圏から除外されているジオン公国にとって今の軍備は明らかに不相応。
このままいけば崩壊か戦争しか無く、こういう時に独裁国が取る道は大抵決まっている。開戦だ。
それは歴史上の君主国だけでなく共和国もそうだろう。

(誰だってじわじわと迫る破滅よりも・・・・ええと、妻の言っていたキヨミズノブタイカラトビオリル方が良いに決まっている)

と、ここで全人類必須のアイテムとなっている感のある情報端末を持ち出す。
ジオンの軍備増強と枢軸国側との交易活発化、それに伴う非連邦加盟国群の軍の臨戦態勢の強化が出ていた。

「非加盟国がジオンと共同歩調を歩んでいます。もちろん、これに証拠はありませんが状況からそう推測されます。
見てください。北朝鮮と韓国の軍事境界線です。明らかに北の戦力が南下してます。
また、上海郊外の上海基地には中華人民共和国海軍の二個艦隊が、大連から黄海へ「革命」「同志」の二隻の原子力空母が出港しています。
台湾への恫喝とオキナワ基地への牽制でしょうね。
これを理由に極東州とアジア州は連邦宇宙軍への増税を拒否。むしろ空軍と海軍への戦力確保を要求しました」

レビル将軍とティアンム中将はともかく、アサルティア中将、ナンジョー中将は状況が理解できたようだ。確かアサルティア中将はグアム島の、ナンジョー中将はコーベの出身だからコロニー、正確にはサイド3との貿易で軍備を近代化した共産中国の脅威を地肌で感じているのだろう。

「それとイラン地区とシリア地区ですがこちらはザクⅠを使った機動部隊を編成しているようです。
中には少数ながらもジオン製と思しき大型輸送機やVTOLらしき戦闘機なども見れます。
宣戦布告は無いでしょうがアラビア州とイスラエルは戦力増強を求めているので陸軍が15万名ほど増員されます。しかも金のかかる機甲師団です」

と言う事は。
もう言わなくても分かる。

「ウィリアム。つまり連邦政府は足元の火消しに躍起になっていて宇宙の革命騒ぎは忘れていると言う事か?」

ティアンム中将が的確に聞いてくる。
私は頷いた。

「まさにそうでしょう。ジオンの艦艇は150隻。こちらは500隻以上。
常識的に考えて負ける筈がないのですから。
そう思えば・・・・・増援、来るのですよね?」

言っていて不安になる。
それに答えたのは珍しく不機嫌そうなレビル将軍だった。

「増援は来る。ただし、コロンブス改が20隻とサラミスが20隻だけだ。
君が脅威と感じたMSは一機もない。理由は分かるかな?」

アルマーニのスーツとシャツだから風通しは良いはずだ。
しかも今日はネクタイをしてない。
好意に甘えたところもあるけど・・・・・ならばなんでこんなに汗をかく?
ここは宇宙要塞だぞ?室温は25度で保たれているはずなのに。

「地上軍に優先配備する、と?」

ジャブローのモグラどもは自分の事しか考えてない。
要約するとレビル将軍とティアンム提督はそう言いたいらしい。
コロンブス改に乗せているのはビーム砲搭載のコア・ブースター戦闘攻撃機240機。
確かに大規模な増援だが、本当に大丈夫なのかな。
が、ここでちょっと気になる。祖国アメリカ出身のアサルティア中将と極東州のナンジョー中将が何も言わなかった。

(戦力不足、特に艦載機に不安は無いのか? それとも何か秘策があるのだろうか?)

そう思いつつも議論はふける。

「ああ、ゴップ大将から君宛に艦隊を配備する様言われていたな。
見たまえ、サラミス級後期生産型。我が軍初のメガ粒子砲を4門も搭載した新型だ。アクティウム、ツシマ、レパントの三隻だ。
そしてこれが代わりの強襲揚陸艦ペガサス。
指揮官は歴戦のたたき上げであるエイパー・シナプス中佐。
いや、まもなく大佐に昇進するか。とにかく彼が第14独立艦隊指揮官として君らを護衛する」

唖然となる。あの時も思ったがこの厚遇は何だ?
次は何をさせる気だ?
ジオン本国に攻め込んでギレン氏を殺して来いとでも言われそうだ。
ああ。畜生、畜生、畜生!!
何度でも言うけどな、おれはただの一般人なんだよ!! 
あんたらエリート軍人やパラヤの様な政治屋と一緒にしないでくれ!!!

良く見ると、先ほど言われたように大型ディスプレイには次期砲撃戦強化型サラミスKが三隻映し出されていた。

まだ一隻も艦隊に、そう正規艦隊にさえ配備されてない新型巡洋艦が護衛?
一体何の冗談だ?
今日は4月1日だっけか?
不思議だ。私は・・・・・俺はどうやらいつの間にか地球連邦の閣僚か高級軍人になってしまったようだ。
どこで道を間違えた?
幼馴染のリムについて都会に行かず、カナダで田舎の仕立て屋を継げばよかったんだろうか?
第一に総数4隻と言う数からして可笑しい。
艦隊戦力として考えれば少ないし、ただの偵察部隊にしては明らかに多い。過剰だ。
しかもティアンム中将が言うには、艦隊の正式名称が第14独立艦隊?
つまり戦場の便利屋。火消し役。体の良い捨て駒。
何だかんだと理由をつけられて俺が乗っていても前線に行くのだろう。
連邦軍の切り札だ。戦況悪化にすれば純軍事的に、圧倒するなら政治的に戦線投入が要請されるだろうからな。

(流石に自分可愛さに味方を見捨てろなんて言えない!!
ああ畜生め、畜生のくそったれめ!!! なんて厄介なんだ!!!)

しかも説明の続きでは5月にはペガサス級1番艦『ぺガサス』がMSと共に配備されるらしい。

「サイド7で見た、ここルナツー所属のガンキャノンですか?」

ティアンム中将が人の良さそうな顔で疑問に答えてくれた。
もっとも、こちらとしては堪ったモノじゃなかったが。
本気で殺意がわく。必死で消してるけど護身用の拳銃で目前の提督方に説教したい気分だ。

「いいや、違う。テスト兼ねてRGM-79ジム初期型だ。搭載機は9機。
ただし受領はサイド7で、それも7月中旬になる。
パイロットはカムナ・タチバナ中尉以下の第1小隊、マット・ヒィーリ中尉以下の第2小隊、マスター・P・レイヤー中尉の第3小隊の三つ。
徹底的に改装しているから、CIC要員は女性オペレーターが3名で連邦軍随一の綺麗どころの艦だ。
きっと、気にいって貰えると思うよ」

もう笑うしかない。
これは死んだ。
きっといろいろと難癖付けられてコロニー防衛戦やらジオンへの通商破壊戦やらと戦争に投入されるんだ。
ああ、そうか。
アヴァロンのクソじじいはだから俺にこんな対ジオン特務大使とかいう役目を俺に任せたな!?
俺に死んで来いと言っているのだ!!
たった4隻で・・・・・しかも使えるかどうか分からない艦載機が9機しかない状態でどうしろと言うんだ!?
俺たちは超能力者じゃないんだぞ!!

(なんとか・・・・・こんな如何にも個人の武勇最優先で行くジオン軍の撃沈候補No1のような独立任務部隊から逃げなきゃ。
逃げなきゃだめだ。絶対に逃げなきゃだめだ。絶対の絶対逃げなきゃだめだ!!!)

が、悪意の無い善意程たちが悪いものは無かった。
彼は止めを刺してきた。
レビル将軍は一通の辞令を読み上げる。

『リム・ケンブリッジ中佐をペガサス級強襲揚陸艦一番艦ペガサス艦長に任命する
なおルナツーにて結成式を行う。
第14独立艦隊結成は8月1日を予定し、それまでに全乗員は訓練を完了せよ
また、ウィリアム・ケンブリッジ政務次官も参加する事』

この時私は最高の上司のアヴァロン・キングダム首相をぶん殴ってやろうと思った。
いや、あのくそじじいが引退したら絶対にぶん殴ってやる。

代わりにジャブローの児童養護施設に二人の両親らと共に住居を提供させ息子と娘を預ける事は認めさせた。

やがて四人の中将から解放されると妻の待つ居住区に向かった。
この時戯れによった士官食堂でレイヤー中尉とダグザ大尉と遭遇したので食事を一緒にすることにした。

その時レイヤー中尉が、

「戦争になりますか?」

と、ストレートに尋ねてダグザ大尉に怒られていた。
私も思わずストレートに、

「なるね。今年の秋ごろが怪しい」

と、言い切った。
お蔭で近くにいた連邦軍の将校らにパネル・プレゼンをする羽目になった。
だが、それが原因なのか少なくともルナツーでは弛緩した空気が若干ではあるが引き締まったとして帰り際にティアンム中将から感謝状を受け取る事になる。

「ウィリアム・・・・・私って魅力ない?」

部屋に帰ってずっと連邦政府へのレポートを書いていた私は途端に現実に引き戻される。
妻のリムが下着姿でシャワー室から出てきたのだ。
気が付かなかった。
軍事訓練によって引き締まった肢体は昔と変わらずに美しかった。

(幼馴染の彼女を口説くためだけに大学にいったんだけ。
あの時は若かったなぁ。士官候補生を口説くのは一流大学の出身者だけだなんて・・・・学歴と知性や教養は全く比例しないのに)

まあ、そのあとは昔のゲームのセリフ通りの展開だったので割愛する。





宇宙世紀0079.06


「植民地人と北の荒熊、宇宙がうるさい」

かつてEU本部がおかれ、現在は統一ヨーロッパ州の州都があるブリュッセルで議長が発言した。
無論、非公式な発言である。
が、その発言自体が統一ヨーロッパ州全体の意見統一に大きな弊害が出始めていた証左だ。
例えばキプロスはシリアへの物資輸送に港を提供。
ロシアは極東軍拡大の為オデッサ防衛の任務を軽視している。
他にも成人病などで州軍の質の低下が著しい。兵器も一部を除けば一世代から三世代過去のモノ。
止めに統一ヨーロッパ州にはオデッサ防衛の7万以外の地球連邦陸軍は3万しか駐留しておらず、それもモスクワ、ベルリン、パリに三分割されている。

「戦争の夏は近いが・・・・・ジオンは宇宙で阻止すべきですな」

ドイツ首相の言葉が彼ら統一ヨーロッパ州の意見を集約していた。


一方、極東州でも極東州を構成する三カ国会談が持たれていた。
その三人の女政治家らが話した詳細な内容はまだ明らかではないが、アジア州と共同して中華を大陸に閉じ込める事を決定する。
また、不穏な動きを見せる北と中華に対抗する為に地球連邦軍の朝鮮方面軍、台湾方面軍、インドシナ方面軍の三軍90万人に準動員体制への移行を連邦政府に求める事で一致した。
アジア州もそれに追随する。


オセアニア州、中米州、南米州、インド州はジオンの対応を傍観する事で一致。
わざわざ火の粉をかぶりに行く必要はない。火中の栗は連邦政府自らが取りに行けばよいと言うスタンスを維持する。
また、経済格差によって貧困層の多い中米、南米は増税に反対であり、軍備拡張の増税はまずはスペースノイドからと言う論調を張りスペースノイド全体の失笑と怒りを買っていた。


南北中央アフリカ州の内、経済発展が遅れ資源搾取状態の中央アフリカは非加盟国とジオンを支持し連邦議会で大演説をぶちかます。
北は地中海経済圏の恩恵を受けているからそうでもないが南もきな臭い。アフリカ方面の連邦軍最大軍産民複合拠点のキリマンジャロ基地がなければ南アフリカ州もそうなっただろう。

更に時は下り、宇宙世紀0079.07.15
中立を保っていたアラビア州は深刻な内部対立に悩まされていた。
シリアが聖戦を唱えた。
しかもイェルサレム奪還の為にジオン軍と協調するとまで言ってきた。
連邦政府は政教分離が原則なので無視したが、ムスリム人口が8割を数えるアラビア州はそうはいかなかった。


ギレンのうった手は全て芽が出てきた。
まず地球連邦軍並び地球連邦政府は地上に意識を集中させしすぎた。
仮定の話だが、地球全土が一つの政府に統一されていたらこのような事態は無く、総人口100億近い連邦に、恐らく1億前後のジオンが無謀且つ大虐殺者と言う汚名を被る作戦を展開しなければならなかった筈だ。
が、状況は幸か不幸か大きく変化している。

あの独立交渉で自らが倒れた事さえも奇貨とした。

地球連邦政府は宇宙軍による(陸海空宇宙海兵の5軍全軍の共同要請では無い点に注意)度重なる宇宙艦隊増強要請を無視した。
ジオンの内部対立を殊更声高に叫んだサスロ・ザビの情報操作に連邦市民は乗せられ、ジオン恐れるに足らずと思っている。
そして連邦内部での政治力学をひっくり返すまたと無い好機として見据える各州、反連邦の掛け声と連邦弱体化を望む非連邦加盟国の面々。



舞台は整う。



宇宙世紀0079.08.02 12.00

ギレン・ザビがおよそ半年ぶりにマス・メディアの前に姿を現す。
そして総帥杖が弟のサスロ・ザビから返上される。
どよめきを余所に公王府の前にあるジオン革命広場に集結した全ての人間の前で宣言した。

「私はジオン公国総帥、ギレン・ザビである。
我がジオンが自治権要求の運動を行って既に四半世紀。だが、これに対して地球連邦はいかなる回答して来たか?
諸君、ジオン国国民ならば知っていよう。応えは否だ!!
地球連邦の現政権は歴史上の当然の帰結であるスペースノイドの自治権確立と独立承認要求に対して武力と経済制裁で対応してきた。
これは歴史上事実であり、誰もが経験してきた屈辱の歴史である。
だが、戦争行為は悲惨である。これは旧世紀の大戦が証明している立派な事実だ。
それでも!!
我がジオン公国は耐えてきた。屈辱的な外交交渉を積み重ね、妥協に妥協を重ねてジオンの独立為に平和裏に活動してきた。
だが、その結果は連邦軍の威圧と言う行為である!!!
こと、ここに至って我がジオン公国は自らの国家主権獲得の為、全スペースノイドノ自由獲得の為の鏑矢となるべく一つの決断を下す!!
宇宙世紀0079.08.03午前零時を持って、我がジオン公国は地球連邦政府に対して宣戦を布告する!!!
人類史上、紛れも無い植民地解放、独立戦争を神が見捨てる筈がない!!
諸君。共に現地球連邦政権を打倒し、我らサイド3に住む5億5千万の民の正統なる権利を得よう。
ジーク・ジオン!!」




[33650] ある男のガンダム戦記 第六話「狼狽する虚像」
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:9ef01505
Date: 2013/04/24 13:34
ある男のガンダム戦記06 

<狼狽する虚像>




宇宙世紀0079.08.03.
地球から最も遠いスペースコロニー、サイド3はジオン公国を名乗り地球連邦政府に対して宣戦を布告、独立戦争を仕掛けてきた。
宣戦布告開始時刻と同時にジオンは行動する。
サイド1ザーン、サイド2ハッテ、サイド4ムーア、サイド5ルウムの四つのサイドにサスロ・ザビが最後通牒を突き付けた。
宣戦布告から僅か30分後の事である。
直通回線で突き付けられたのは以下の通り。

・各コロニー駐留連邦軍の退去。
・連邦駐留艦隊の武装解除並び艦艇の引き渡し。
・局外中立の宣言。
・制限時間は12時間。

これらを守らない、施行しない場合は四サイドを地球連邦と見なし攻撃する。
また、その際に民間施設への攻撃、コロニー本体への攻撃も辞さない。
更に、だ。
これらの責任は四つのコロニー自治政府と連邦軍に責任がある。
もっとも、12時間では世論を誘導するどころか政治家らが決断を下す事さえ出来なかっただろう。よって殆どこの攻撃は決定されているものと各サイドは判断した。
ジオン側に交渉する気はない。このままでは先制攻撃を受けるだろう。

『やられる前に、やれ!』

ドズル指揮下の主力艦隊がソロモンを出発し、行方が分からなくなって既に24時間以上。
不安の身が各サイドの上層部に蔓延した。
そもそも連邦軍が優勢なのは総数であり防衛拠点ごとに見たらジオンと同等かそれ以下しかない。
コロニー自体もソロモン要塞や資源開発衛星だったルナツーの様な頑強さは持ってないのだ。まさかコロニーで決戦など考えるだけでおぞましい。

『このままだと攻められる、戦火が市民に及ぶ。
そうなる前に、ジオン軍が攻めて来る前に攻めろ。幸い時間的余裕はあるのだ。ジオンの出鼻をくじけ。
ジオン艦隊の帰る所を占領して根無し草にし、逆にジオン艦隊を武装解除させろ!』

恐怖と期待感と楽観がない交ぜになった地球連邦政府の各コロニー連絡府と各コロニー自治政府、加えてエアーズ市、グランダ市にある月面方面艦隊は数隻の護衛艦を残してソロモンとジオン本国を突く事とする。
戦前に検討された戦略の一つの様に。

と言う理由から、つまり市民感情からか、ソロモン要塞と隣接したザーン、ムーアの二つの駐留艦隊は先手を取る事を決定。
それぞれ周囲の偵察艦隊や独立艦隊を合流させて凡そ30隻ずつ、合同艦隊を編成しソロモンを二正面から強襲・・・・・しようとした。

だが、その目論見は外される。



漆黒の闇の中で一際目立つ赤いゲルググがビームライフルを構えた。
目標は至近距離。
いくらミノフスキー粒子散布下とはいえ外す訳もない。
士官学校を次席で卒業したパイロットは躊躇なく引き金を引く。
粒子が加速し、ビームが銃口から三度発射された。その高熱は、エンジンを守る巡洋艦の装甲を簡単に貫通したようだ。
光が突き刺さり、暫くして爆発する。
直ぐにMSのメインブースターを使い距離を稼ぐ。
撃沈した巡洋艦の発生させるデブリにぶつかって墜落してしまうなど彼の矜持が許さない。

「これで二隻め、か・・・・・MS-14ゲルググ。
前に乗っていたカスタムザクとは大違いだ。ビーム兵器標準搭載機・・・・・・使えるな」

サイド1方面から来た連邦軍を迎え撃っているジオン軍。
ザンジバル級機動巡洋艦と新型機ゲルググのみで編成されたジオンの切り札の一つ。
通称、特別教導艦隊である。
ジオン軍は思い切った手をうつ。
ドズルの第一艦隊はその全力をサイド2、サイド4に向けたのだ。
そしてサイド1方面の連邦軍には4分の1程度の戦力で抑えるようにした。
その為の切り札が、7隻だけで編成されたザンジバル級であり、ジオン初のビーム兵器搭載艦載機のゲルググであった。
しかも「黒い三連星」や「青い巨星」、「荒野の迅雷」と呼ばれる事無になるエースパイロット部隊が多い。
また、三連星や巨星、迅雷などはチーム戦を重視する指揮官らであり、個人の武功に走る傾向のあるジオン軍の中で異質の存在。
よって連邦軍にとっては組織面でも性質が悪い。
ジオン軍が個人で攻撃してくるなら数で圧倒できたかもしれないがミノフスキー粒子下の戦闘を想定した組織戦を仕掛けられては正直なところ手も足も出ないと言って良かった。
実際、艦載機が100機前後だったサイド1駐留艦隊はミノフスキー粒子散布後の戦いでは完全に後手後手に回っている。
と、赤いゲルググのパイロットが次の獲物に狙いを定めようとした時、レーザー通信が入る。

『四番艦フェンリルのゲラート・シュマイザー少佐だ。戦場にいる全機に通達する。
これより我が艦のフェンリル隊は敵旗艦右舷後方下部より総攻撃を仕掛ける。
他の部隊は混乱に乗じ、残存艦隊を各個撃破せよ』

そう言って一隻のザンジバル、『フェンリル』にて編成された闇夜のフェンリル隊が攻勢に転じる。
傍らにはケルゲレン所属のノリス・パッカード中佐の紺系統のゲルググが部隊を指揮し、北欧神話の狼の進撃ルートを切り開くべく、90mmマシンガンで連邦軍の艦載機を次々と落とす。
一撃で火を噴き誘爆するセイバーフィッシュ。
彼の指揮下にある機体は全てビーフライフルでは無く、MMP-90マシンガンに換装していた。
これは最初から決まっていた事で、半分のゲルググは制宙権を確保するべくセイバーフィッシュを弾幕を張れるマシンガンで狩り出している。

・・・・・そう、既に戦闘は狩りとなっていた。
依然として連邦軍が秩序だった行動を取り、虐殺に突入して無いのはマゼラン級戦艦が2隻おり、艦隊戦力として10隻歩健在だからに過ぎない。

「ふむ・・・・・この戦線の均衡もこれで崩れるな」

とビームナギナタで目の前に来たセイバーフィッシュを落とす。
中にはソロモン要塞攻撃用だったと思うパブリク攻撃艇もいた。
攻撃機を迎撃に投入している時点で勝敗は決していたのかもしれない。
どちらかと言うと機関砲よりも撃墜すると対艦用ミサイルごと爆散するので逆に注意している。

『各機、下手に近寄るな。敵機の爆発に巻き込まれるぞ。
落ち着いて正確にかつ慎重に行動しろ。360度上下前後左右の警戒を厳に』

レーザー回線越しにノリス中佐の命令が聞こえる。
ノリス指揮下のケルゲレン中隊もまた圧倒している様だ。

「ふーむ、流石は教導大隊出身者。
ザビ家の私兵であるジオン親衛隊に匹敵する艦隊と言われるだけはあるな。
ほぼ無傷で4倍の敵を殲滅する、か」

パイロットのシャア・アズナブル中尉は更に一隻のサラミスを轟沈させつつ呟く。
ビーム兵器とミノフスキー粒子、MSの機動性は連邦軍を完全に圧倒していた。
セイバーフィッシュの機関砲ではMSの装甲は貫通できず、搭載している対艦ミサイルは無線誘導なのでミノフスキー粒子散布下では当たらない。
さらにまぐれ当たりでも装甲が強化されたゲルググのシールドに弾かれてしまう。
そして機動性、加速性、旋回性、火力で圧倒するMSの前にただなすすべもなく撃破されていく。

「さて、次は連邦軍のMSを叩かせてもらおうか」

そう言うとシャアは僚機を尻目に一気に旗艦と思われるマゼラン級に突撃した。
1機のガンキャノン初期型が肩のキャノン砲を放つがそれを余裕を持って回避する。

「甘いな!」

思わず叫ぶ。
ビームライフルを腰につけ、ビームナギナタを使いガンキャノンを正面から一刀両断にした。
数瞬の後、自分と同じ赤い連邦のMSは爆散。新たな宇宙ゴミとなる。
続いてそれらの僚機と思われるガンキャノンのマシンガンの火線が向けられるも、左足でデブリを蹴ると言う荒業で一気に距離を取り回避。
そのまま仰け反る様な視線と姿勢でビームライフルを2斉射。左側のガンキャノン初期型を撃墜。
もう一機は逃走しようとして、青いゲルググに後ろから撃たれた。
そのまま残存艦隊へと襲撃をかける青いゲルググとのその指揮下の部隊達。
それを見て独語するシャア。

「しかし・・・・・ソロモン要塞から艦隊を発進させ、その後に各サイドを脅す。
敢えて大量破壊兵器を保持しつつも戦略的な奇襲をせずにソロモンを攻めさせる。
ソロモンを攻めなければ各サイドの自治政府が倒れる、虐殺される、戦場にされると錯覚する様に仕向けるとは・・・・サスロ・ザビの情報印象操作、あなどれん。
そしてそれを見越したギレン・ザビ。
そのギレンの思惑を戦術面、戦略面で昇華させているドズル・ザビ」

団結したザビ家は自分の予想をはるかに超えていた。
その結果がこの戦いだ。
30対7という劣勢は関係ない。MS隊は敵を圧倒しており、まもなく戦力比は4対7になる。

(まさかこれ程とは・・・・・・やはりガルマを利用するしか無い様だ)

戦場で謀略を巡らせるその姿は正に余裕。
それを象徴するかのように黒いバックパックを改良したゲルググ三機が後方に陣取っていたマゼラン級を斜め上空から攻撃。
見事な編隊運動で11発ものビームを叩き込み、そのままマゼランは沈黙、爆発させた。
今回投入される予定の63機のゲルググは開き直った軍部と財務官僚によって決戦兵器に位置付けられた。
その為、全てのゲルググが別物として特別改修されている。整備兵曰く、『くたばれ』というから余程の事なのだろう。

(確かミゲル・ガイア中尉だったな。
彼らは私に反発しているからな・・・・・駒にはならんか・・・・・あれはランバ・ラルか?
ランバ・ラル隊18機はこの部隊でも最大級で更に白兵戦の玄人たち。私のファルメルと合流すれば27機。
約半数・・・・手札は多い方が良い。しかし、あくまで信じられなければ意味がない。
戦闘のプロとしては良いがギレンやドズルに尻尾を振る現状、ザビ家の犬と言う現実・・・・・あまり認めたくないものだ。
地球への脱出まで支援してくれたラル家が私たちを見限ってザビ家につくなどとは、な)

そう言いつつも残敵掃討段階になった戦場でシャアは予備兵装の90mmマシンガンで敵航宙機を撃墜する。
ソロモンを挟撃する事で攻略せんと欲した連邦軍60隻の内サイド1駐留艦隊は予想外の抵抗に遭遇し、壊滅する事になった。

『バカな!! 諜報部の報告ではジオン艦隊はルナツーを狙うのではなかったのか!?』

『味方は如何した!! MSがこんなに強いなんて聞いてないぞ!!』

『こちらガダルカナル、航行不能。艦を放棄する。繰りか・・・・』

『来た! 青いやつだ!! 青い奴らの一つ目の群だ!!』

『情報部のくそったれぇ!!!』

『いやぁぁぁぁぁ』

ミノフスキー粒子散布下でかすかに聞き取れる連邦軍の通信は完全なパニックだった。
爆散する連邦軍の艦載機。一刀両断にされるガンキャノン。
逃げ出す巡洋艦に、伝説の魔獣のエンブレムを持った新たなる兵器の群によって沈められていく戦闘艦。
もう軍隊として機能してない。
こうして連邦軍サイド1駐留艦隊は、0079.08.04の正午を迎える前に、サイド1のほんの少しを出た場所で、4分の1の敵に捕捉され壊滅した。

この緒戦、サイド1攻防戦の損害比は凡そ5対1.
ゲルググ2機の完全喪失だけで200機を超すセイバーフィッシュ、パブリク攻撃艇、ガンキャノン初期型の混合部隊と2隻のマゼラン、25隻のサラミスが永久に失われた。


一方、ドズル・ザビ指揮下の第1艦隊も似た様な結末を敵に与えていた。
8月1日にソロモンを出港して敢えて熱源を絶つ。慣性航行に入りそのまま24時間待つ。
連邦軍はミノフスキー粒子の高濃度散布下の宇宙を進まざるをえず、その為かサイド1側の戦闘の救難通信を見逃した。
見逃したと言うと語弊がある。
正確には聞いたが内容が分からなかったと言える。
決断を下せなかったというベキかもしれない。

『全艦隊、主砲用意。目標、ソロモン要塞!』

僅か30隻でジオン最大の要塞を攻略する事に不安しかわかない将兵。
それでもソロモン要塞に攻撃をかける。
時間さえ立てばサイド1の艦隊が援軍に来る。そうすれば駐留する艦艇が15隻に満たないジオン軍など一掃できる。
このままソロモンを落とせ! 俺たちは開戦劈頭で英雄になれるぞ、と鼓舞する指揮官。

(もっとも陸兵も居ない状況では占領なぞ出来ない。だったら艦隊だけさっさと壊滅させてその時に発生する損害を理由にルナツーへの撤退許可をもらわなければ。
部下共はともかく、俺は地球出身のエリートなんだ。こんな所で無駄死にはご免だ!)

が、口調とは裏腹にその指揮官にも不満と不安は残る。
ますます強くなる。
ノーマルスーツを着ているのに汗がびっしょりだ。
しかも艦橋の司令官席の手すりから手が離れない。

(ドズル・ザビの艦隊はどこに行った?
例のMSは何故一機も出てこない? 要塞の固定砲台以外は何故撃って来ないのだ!?)

そしてその不安は突如として舞い降りた一機のリック・ドムの手によって現実のものとなる。
緑と青のカラーリングをした、試作型ビームバズーカを装備するアナベル・ガトー大尉のリック・ドムが彼の旗艦の艦橋を撃ちぬいた。
何が起きたのか分からぬもまま絶命する司令官。
そして指揮系統は混乱し、ガトーのリック・ドムは続けざまに直援のガンキャノンをヒートサーベルで真っ二つにする。
奇襲方法は原始的。
先ずはMSに反射材を使った横断幕を傘の様に持たせ、それを展開。その後、ワルキューレのカタパルトを使って宇宙開発初期から使われている非熱源の無音潜航、慣性航行。
続いて、上空から急降下爆撃機の様な角度で先兵として敵マゼラン級を急襲。

「遅い!!」

引き金を更に引く。
今度は撃沈したマゼランの横にいたサラミスが目標となった。
此方も右舷に4発のビームを受けて炎上、大破、ミサイルに引火して即座に轟沈した。
怒りに狂ったガンキャノンの2個小隊6機がガトーを狙うが、それこそがドズルらの狙い。
続けざまに前方の艦隊に爆発が続出する。
同じよう要領で発進したリック・ドムⅡが奇襲をしかけたのだ。
戦闘機も攻撃艇もソロモン攻略に振り向けた為、直援機をガンキャノンのみに頼ったサイド4駐留艦隊も後手に回る。
奇しくもサイド1駐留艦隊と同じ様なパターンである。
それでも上方へ回頭してドズル艦隊迎撃の為に戦おうとしたのだが・・・・・それは叶う事無かった。
一撃離脱型のドムタイプが再び360mmの巨砲ジャイアント・バズという凶器を持って艦の底やエンジン部に牙をむく。
ビーム兵器を唯一搭載していたガトー大尉専用リック・ドムも即座に一隻沈める。

「これで三つ!」

ガトーの叫びに各部隊が呼応。
一斉に攻撃を強化。残っていたセイバーフィッシュ隊はザク部隊の壁に阻まれてドズル指揮下の本体にも艦隊の救援にもたどり着けず壊滅。
最早、戦力としては通告外になった連邦軍だったが泣きっ面に蜂と言うものかドズル艦隊からも艦砲射撃が後方部隊に集中する。
断末魔の悲鳴を上げる艦隊に止めを刺したのはやはりビーム兵器だった。
リック・ドムが迎撃のガンキャノンを瞬殺し、そのまま防衛線を突破。

『悪夢だ、これは悪夢だ! ソロモンの悪夢だ!!』

あるサラミス級の艦長は後世にさえ残る名言を吐き、それが戦場域に伝わったのジオン側が確認したかのように撃沈された。

完全に消滅した指揮系統。

あとはソロモンの鴨撃ちと評される程の醜態をさらす連邦軍と実弾演習と嘲笑するジオン軍だけが残る。


「撃ち方やめ!」


ドズルが態々命令を下すほどの呆気なさで所詮は終わった。

このころジオン親衛隊は月面方面艦隊を駆逐。
小規模な偵察艦隊の脱出こそ許したものの、ドロス、ドロワの艦砲とザクⅡ改の高性能さで月軌道にまで上がってきた連邦軍を撃破する。
特に大鑑巨砲主義であったマゼラン級が一方的に撃ち減らされた姿はグラナダ市、エアーズ市、アンマン市などの月の裏側のルナリアン(月市民)らの戦意を砕く。
これにギレンの政略が効果を奏して、次々と月面都市を無血開城。

エギーユ・デラーズ准将もまた圧倒的な戦果を持って、月軌道会戦を勝利に導く。
残存した5隻程の連邦艦隊は一斉にサイド5ルウムへと転進。
救援部隊であった2つの独立艦隊サラミス級軽巡洋艦8隻とコロンブス改級改装空母2隻のサイド5へと進路を取り、月面の支配者は連邦からジオンへと変わった。



「白い狼?」

偵察に出た機体から入った最後の報告。
司令官がノーマルスーツ越しに参謀に問い直したその直後、130機近いザク高機動型の襲撃を受ける。
司令官の反応が遅れた為、艦隊全体も反応が遅れた。こうしてア・バオア・クー会戦で初弾を発射したのはジオン軍の方だった。
敵は最初からMSを出していた。いたが、目立った動きがなかった。
だから判断したのだ。

『敵艦隊は自軍に自信がない。
ここ、ア・バオア・クーと呼ばれる宙域で敵を拘束する事はサイド2を守る我が軍にとって必要不可欠である。
合戦用意。敵艦隊に連邦の力を思い知らせろ』

そう訓示したのだが・・・・・見誤ったらしい。
一方的に沈むのはこちらの方だ。
ガンポッドという連邦宇宙開発局と軍が共同開発した無人誘導兵器はミノフスキー粒子らしきもののせいで使用不能。
この言葉には語弊があるか。
使用できるが当たらないのだ。100発撃って1発でもかすれば良い方だ。

(これでは戦えない。一度体勢を立て直すべくサイド2まで戻るべきか?)

マゼラン級戦艦トータチスの艦長イライザ・オロマはここにきて意見具申すべきだと判断する。

(これ以上の戦闘は明らかに失策。兵士を無駄死にさせることになる!!
既に艦艇の3分の1を失っている以上、我々はここに留まるべきでは無い。
ルナツーとルウムの戦力を合わせれば目の前のジオン第三艦隊の10倍は揃えられる。それならば今は戦力の温存を図るべきではないのか?)

そこまで思った時。
ユニコーンのエンブレムを付けた機体が紅い高機動型ザクが、同じ系統の白い高機動型ザクの支援の下、稲妻のようなスピードで崩壊しつつも対空砲にて弾幕を張る艦隊を一直線に駆け抜けた。

「不味い!!」

ナダが何か叫んだが、私は冷静に決断した。
もう旗艦は助からないのだ、と。
そして白いザクに食い破られた艦載機の群は必死に逃げながら・・・・・機動性も運動性も加速性も武装も装甲もパイロットの技量も全てに優越するMSの前に撃ち落とされていく。

「これはもう駄目だな」

副長のフェゼが絶望に浸った声で発言する。
それはレーザー通信を経由したのか他艦にも伝わったらしく辛うじて保たれていた均衡が一気に崩れだした。

『エリザ機、私の攻撃後に小隊を率いて目前のサラミス級を沈める! 行くぞ!!』

『了解しました、マツナガ中尉殿!』

拾った通信が後の白狼とよばれたドズルの最も信頼する将校の一人であるとは会戦後に知る。
ただこの時私たちの言える事は私達の前で旗艦が轟沈したと言う事実だけ。
MSなぞただの人形だ、そう言ってこちらのMS隊をサイド2に置いてきた艦隊司令官は戦死。

『月面方面艦隊並び各地の独立艦隊と合流し100隻の大軍となって迎撃に出るジオン軍を撃破する。
その後はそのままサイド3へ直行。
よろこべ貴様ら、2週間以内に公王府で無礼講だ』

といった司令官はア・バオア・クーと呼ばれるジオン軍の要塞の直前で戦死した事になる。
直ぐに艦橋から発光信号弾と発光信号、レーザー回線、シャトルを出して味方を、数少ない生き残りを纏めようとする。
この間、自分の艦が生き残ったのが不思議なくらいだ。ノーマルスーツ内で思わず吐きそうになった。
ストレスだ。

『これより艦隊の指揮はトータチスのイライザ・オロマ中佐が取る。
全制宙戦闘機隊は一撃離脱を行いつつ後退せよ。サラミス級を!」

『二隻沈没。真紅と白いザクがそれぞれ単機でやった模様!!』

『被弾したサラミス級を放棄。乗員は白旗を掲げ降伏せよ。
戦闘可能艦はこのまま後退しつつ戦闘を続行。後退先はサイド5のルウムだ』



この発光信号を解読したジオン軍は攻勢に転じた。
特にティベ級とムサイ後期生産型という火力よりも防御力、MS搭載力、速度を重視している艦隊なので追撃戦にはもってこいの艦隊だ。

(しかも司令官はドズルが最も信頼する機動艦隊の指揮官コンスコン少将。恐らくは直ぐに戦線を再構築してくるだろう)

イライザの予想通り、ジオン軍の艦隊が前進を開始する。損傷艦らしい損傷艦を持たないジオン軍はまさに烈火のごとく攻撃を強めてきた。
何より、補給の為に帰還した高機動型ザクの大半が損傷らしい損傷をしておらず、直ぐに戦線へと再投入できたのが良い。
そんな旗艦ティベの控室。

「あんた、シン・マツナガ中尉だろう?」

コンスコン少将の旗艦ティベのパイロット控室でソフトドリンクを飲んでいたシン・マツナガ中尉は紅いノーマルスーツの大尉から話しかけられる。

「そうであります、大尉殿。何かご用でしょうか?」

敬礼して背筋を伸ばす。
それを見て大尉は手をひらひらさせた。
「堅苦しいのは無し。それにあんたも俺も同じ少佐だ」と言う。
そう言ってポケットから情報端末とメモリーディスクを渡す。
メモリーディスクには二つの昇進に関する辞令があった。

『先の戦闘に対して貴官の奮闘に敬意を表し、二階級特進とする シン・マツナガ中尉』

『先の戦闘に対して貴官の奮闘に敬意を表し、一階級昇進とする ジョニー・ライデン大尉』

と。
どうやら高機動型ザクの火力不足を考え、MS隊の指揮官としてサラミス級を集中的に沈め艦隊としての戦力を削ると言う案をコンスコン少将は高く評価して下さった様だ。

(これからも恩義あるドズル中将の期待に応えなければな)

「そうそう、それをさっき廊下で伝令から受けとったんでな。
せっかくだしマツナガ家の跡取りのあんたとも話したくて・・・・・どうだ、この戦いが終わったら一杯付き合わないか?」

自分とは正反対の性格。
軽い人間だと悪く捉えられる事もあるだろうに、それを感じさせない底抜けの明るさ。

「良かろう。お互い生き延びて祝杯を上げよう」

その言葉を待っていたとばかりにライデン大尉、いや、少佐は右手を差し出してきた。
ノーマルスーツ越しだがしっかりと握る。

「ああ、とびっきりの美味い日本酒とやらを期待してるぜ、マツナガ少佐」

「ああ、任せてくれ。ライデン少佐」

それから5分間ほど他愛ないお喋りをしていたが、再出撃の準備が整ったという整備班の報告を受けてブリーフィングを行う。
既に連邦艦隊は半数を消失し宇宙のゴミと化していた。戦闘よりもそのゴミを回避する方が大変だと言う雑談が聞こえる。
残りの半数も無傷な艦は片手で足りる。
更に敵はサイド2を見限り全速でサイド5にいる味方と合流するつもりだ。
つまり、無防備な後方を晒しながら逃げ出している。士気の面で圧倒的優位に立ったのは間違いない。そう白狼は思った。
ブリーフィングルームでは司令官自らが訓示を行っている。

「司令官のコンスコンだ。貴官らにはまだ苦労を掛けるが・・・・・申し訳ないが・・・・もう一働きしてもらう。
さて、この敵艦隊だが連邦軍の友軍と合流されると厄介極まりない。
何故ならこの艦隊はMSの戦術に関するノウハウを持っている。我々に敗れた事それ自体が貴重な情報源となり、我が軍のMS戦術解明に利用されるだろう。
よって、出来うる限り叩く。情報を遮断する事が目的であるので撃沈よりも撃破に集中してほしい。
また、義勇外人部隊が後続部隊としてサイド3を出発した。
我々はその露払いという役目もある。
サイド2占領は総帥府の厳命である以上、この艦隊を徹底的に叩くことは戦略上の要請であるが・・・・・・なに質問は?」

そこでライデン少佐が手を挙げた。

「その義勇外人部隊とは?」

コンスコン少将も詳細は知らされてないらしい。が、地球連邦軍に比べて考えるのも馬鹿馬鹿しい位人的資源に劣るジオン軍では珍しく、多くの陸戦兵員を乗せた補給艦と強襲揚陸艦を持つ部隊である。
MSはリック・ドムが基本となっている事、海兵隊が所属している事などを挙げた。

「要するにサイド2の占領軍ですか?」

「おい」

ライデンの余りにも愚直な意見に思わず注意した。

「貴官の言う通りだ。
仮に宇宙で補足された場合、サイド2占領は延期か失敗に終わり、このア・バオア・クー会戦はピュロスの勝利に終わるだろう。
各員の健闘に期待する。他に質問は?」

そうしている内に会議は終わる。
といっても5分も無かったが。
誰も手を上げない。ここで一々聞いているようでは軍事大国ジオンの屋台骨を支える事など出来はしないだろう。
それは戦友たちも分かっている。

「何もないか。では各機、再発進だ。
連邦軍サイド2駐留艦隊を徹底的に叩け!」



この後直ぐにコンスコン指揮下の第三艦隊は猛攻に転じた。
結果、マゼラン級であり臨時旗艦のトーチタスは轟沈。
乗員も6割が戦死した。
臨時の旗艦で損傷著しいとはいえ最強の一角と信じていたマゼラン級がこうも簡単かつあっさりとMSに沈められた事実は衝撃以上の何かをサイド2駐留艦隊にもたらす。
そしてサイド2駐留艦隊は少なくなった戦力を二手に分ける。
サイド5へ撤退する艦隊と、近場のサイド2に逃げ込んだ艦隊である。
特に酷かったのは逃げ込んだ艦隊の方だ。
負け戦で気が立っていた連邦兵は首都バンチの駐留部隊共同歩調を取るかのように、サイド2市民に対してあらん限りの乱暴狼藉を、首都アイランド・イフィッシュで行う。
この為、反連邦感情が一気に噴出。
勝ち馬に乗る、或いは恐怖、若しくは抑圧からの解放や後ろめたさからなのか、教条主義的なコロニー解放運動がサイド2にて発生。

この運動が暴動になり、暴動が反乱になるのは時間の問題であった。
ギレンの戦略の下、サスロが各地のサイドで編成した親ジオン派閥の武装決起は戦力の空白が発生した各サイドで発生するがそれはこれより若干あとである。
兎にも角にもジオンの占領軍である義勇外人艦隊とシーマ海兵隊が治安を回復するまで続いた。



宇宙世紀0079.08.10

詳細がルナツーに入る。一週間で3つのサイドは事実上陥落し、月は完全に敵の支配下に落ちた。月の表側フォン・ブラウン市らとサイド6は中立化しているので地球連邦に残された拠点はサイド5ルウムとルナツー、そして研究所兼軍需工廠しているグリーン・ノア(サイド7)しか無い事になる。
拡大ISSの艦隊はルナツーに撤退、拡大ISS自体は大気圏に突入させて放棄する事がゴップ大将以下、統合幕僚本部にて決定している。

無論。文官の私は知らないし知りたくもない。

一週間で失われた連邦宇宙軍の兵士は40万名に達する見通しで、これは連邦宇宙軍全軍の約4分の1に匹敵する。
大敗北と言っても良いが、まだ逆転の目はある。
奇襲も無くなり、ルナツー所属の正規艦隊が健在な今こそ反撃のチャンスだとレビル将軍は先の会議で皆に言っていた。

(・・・・・少し楽観過ぎないだろうか?)

そう思うが文官が口出しする事じゃないと思っていたので黙っている。
仕方ないだろう。自分は経済と法律、政治学は学んだが軍事の専門教育なんて受けてない。
精々昔強制的にやらされた新兵向けの体力作りと拳銃、アサルトライフルの撃ち方の実弾講習程度なのだ。
そんな素人の目線でもこの連邦軍随一の要所ルナツーが嘗て無い程の緊迫状態であるのだけは分かった。

「一週間戦争ですね」

私こと、ウィリアム・ケンブリッジにダグザ大尉が言ってきた。

(言い得て妙だな)

因みに私が先ほどの会議でこの言葉を引用してティアンム提督らにMSの脅威を訴えた為、『一週間戦争』というお題目は地球圏全域に知られる事になる。

(・・・・・・・・またやってしまった、と思うのは自分だけだろうか?
このままだと共和制ローマを終わらせた事実上のローマ帝国初代皇帝ユリウス・カエサルになってしまう)

文官の癖に軍事に口出しできると言う連邦始まって以来のあやふやな立場が拍車をかけてくれる。

(もう・・・・・いや・・・・・頼むから地球の片隅に左遷してくれ。
家族ともども窓際族で良いから・・・・・神様頼みます)

もっとも、神は中々奇跡を起こしてくれないからこそ崇められるわけで・・・・・私の信じる神もそう簡単に願い事を叶えてくれない。
さて、現実に戻ろう。私たちはこの非常事態、ジオンとの開戦、に対応する為、護衛隊隊長ダグザ大尉、各サラミス級の艦長、シナプス司令官、レイヤー、ヒーリィ、タチバナら三小隊のメンバーに妻のリムを含めて会議を招集する。
携帯用の情報端末を操作してBBCニュースとジオニック・ラインの放送を見せる。

『連邦宇宙艦隊は大打撃を受けました。
ジオン側の公表によりますと地球連邦軍宇宙艦隊の喪失艦艇は150隻に達し、損傷艦艇も50隻を超えます。
サイド1、サイド2、サイド4は無防備都市宣言を出そうとしている模様ですが詳細は分かりません。
月全土はジオンの支配下にある事がフォン・ブラウン市とグラナダ市の共同宣言にて分かりました。
なお、サイド2は首都が陥落したとの報告が宇宙部の記者から上がっております。
これが事実ならば地球連邦宇宙軍のコロニー駐留艦隊、月面方面艦隊の壊滅を意味しており、我が地球連邦は宇宙の半分をジオンの手に渡したと言えるでしょう』

『地球連邦軍は我らジオンの精鋭の前に脆くも崩れ去った。
我がジオン軍は2倍以上の敵を相手に勇猛果敢に奮戦。これを撃破、大勝利をもぎ取った。
が、これで我が軍の快進撃は終わらない。ジオン艦隊はソロモンにて補給を終了後、サイド2にて極秘作戦を展開している。
ソロモン会戦、月軌道会戦、ア・バオア・クー会戦に続き、更なる勝利を国民に約束する!!
必ずや地球連邦政府は打倒され、我がジオンの独立は達成されるだろう!!
ジーク・ジオン!!!』

BBCは比較的に中立放送だが、ジオン国営放送は完全にプロパガンダ。
ああ、何か含み笑いするギレン氏やサスロ氏の顔が簡単に思い浮かべられる。
あの二人ならそうするか。恐らくデギン公王の胃を痛めさせながら。
戦争が後1か月前だったら妻ともどもジャブロー勤務だったのに!!
ふざけるなよ!! あの独裁者が!!

「それで政務次官、今はどういう状況なんですか?」

アニタ・ジュリアン伍長が遠慮なく聞いてくる。
少しは空気を読んでほしいが・・・・・そうだな。女性に言うセリフじゃないか。

「うーん、この点はリム・・・・ではなくて、ケンブリッジ中佐に伝えてあるから話してもらおうか」

これは最初から決めていた。
これは個人的な理由が大きい。
何せこの間離婚届にサインしろと半泣き状態で突っ込んできた妻を宥めた。
理由はアンダーソン伍長らが企画した飲み会に招待された事だ。しかも自分だけ。
それが大いなる誤解を招いた。若い女性とイチャイチャした事を察した鋭い妻の感は例のニュータイプかと思う。

因みにこの艦隊は女性士官の割合が多い。
作戦参謀のマオ・リャン大尉、艦隊管制官(MS管制官ではない)のミユ・タキザワ少尉に各MS小隊の女性オペレーターなど明らかに狙ったとしか思えない人事だ。
整備兵さえ女性兵だ(流石にこれは唖然とした)。
しかもレーチェル・ミルスティーンというジャブローからのお目付け役まで女性と来た。
絶対に夫婦生活をぶち壊す気だろう。そう思って秘話回線を使って編成に携わったというジャミトフ・ハイマン准将を叩き起こしてやった

(それで寝不足で不機嫌なジャミトフ先輩に尋ねたところ最悪な答えが帰って来た。
先輩曰く、
「お前は極度の女好きだからな。
リム・ケンブリッジ中佐を追いかける為だけに第一等官僚選抜試験に合格したのは祖国アメリカでは有名だ。
だから少しは配慮した。有望な男性兵以上に優秀な女性兵の人材を集めた。
各地の陸海空軍に海兵隊、宇宙軍に士官候補生と選抜は大変だったんだぞ」
というとても有り難いお言葉を頂いた。
誰がいつ何時女好きだって言ったんだ!!
俺が追いかけた女の背中は今も昔もそして将来もリムだけだよ!
・・・・・・お蔭でその日は一睡もできなかったんだ。
泣かれるは押し倒されるは飲むは引っ叩かれるは離婚届は突き付けられるはでもう最悪。
死刑囚の気分だったよ・・・・・・無事に帰ったら・・・・・・いや絶対に生きて帰ってやる。そしてジャミトフ先輩をドゲザさせてやる!!)

という事で、女性兵からの質問は基本的にリムが答える。
要らぬ反発を招くからだ。主に夫婦生活で。それは子供の教育に良くない。
まあ、リムとこういう事を話す事で政治と軍事面の折り合いがつくのだから良い面も多々あるのだが。

「では、アニタ。これを見て」

そう言ってリム・ケンブリッジ中佐はデジタル時計と宇宙の勢力図、艦隊の配置をメイン・モニターに映し出す。もちろん、ジオン艦隊は予想位置だ。

ジオン公国が発令したブリティッシュ作戦。
それは電撃戦による各サイドの占領と占領したサイドを利用した連邦への脅迫だった。
宇宙世紀0079.8月3日。地球から最も遠いサイド3のジオン軍はサイド1、サイド2、サイド4の各駐留艦隊をおびき出す。
開戦から僅か40時間で3つサイド駐留艦隊は壊滅し28万名の戦死者を出した。
だが、その大敗も次の大敗の序曲でしかなかった。

8月5日。
月面方面艦隊、月軌道会戦にて敗北後、ジオン親衛隊に月面諸都市はジオン公国に全面降伏を決定。偵察艦隊と独立艦隊2個を含んだ極僅かな艦艇のみが地球軌道に退避する。

8月7日。ジオン海兵隊を中心とした艦隊がサイド2を占領。
その後、首都バンチ「アイランド・イフィッシュ」からの全人員の完全退去を開始。
ルナツーと決死の覚悟で出した偵察艦隊、現地残留部隊や諜報員からの報告によると既に本日10日の時点で8割がたが退去された模様。
なお、各コロニーからは自治政府首班と政財界の一部、富裕層がサイド5に亡命中。
ふと、また女性オペレーターの一人が手を上げる。

(確か・・・・タチバナ中尉の部隊のオペレーターだったな)

「それって亡命政権が出来たって事ですよね?
確か正式な報告は明日の筈ですけど」

エレン・ロシュフィル伍長が遠慮なく聞く。
この辺は女同士のネットワークの強さなのか強かである。
この間シナプス大佐らと飲んだ時にも愚痴にあがったなぁ。

「ええ、エレンの言う通りよ。
サイド1、2、4は亡命政権、コロニー解放戦線の樹立を宣言しています。詳細はレイチェルから渡されたデータを見てね。
それと・・・・・ここからが重要です」

一旦コーヒーを口に含む。
自分はあまり、と言うか、完全に軍事には疎いので妻に全部説明を任せる。
妻は旗艦ペガサスの艦長であると同時に艦隊のNo2なのだ。実質というだけでは無く、階級的にも。
それにしてもコーヒーが不味い。
やはりコーヒーはキリマンジャロ産に限る・・・・・いかんな、地球至上主義に毒されてきたか?

「ジオン軍はMSと同時に何らかの電波攪乱手段を導入しています。
その方法は不明ですが一番の可能性が高いのはミノフスキー粒子と思われるわ。
そしてそれ故に各地の連邦軍は大敗したのだと言えます」

更にコーヒーが不味くなった気分だ。
と、その時。
ノエル・アンダーソン伍長が何か聞きかけた時ルナツーの会議室に緊張が走った。
放送だ。それも基地全体への。

『第3艦隊、第5艦隊はティアンム提督指揮下の下、13日00.00を持って出撃する
第3艦隊、第5艦隊乗組員は12日18.00まで自由行動、23.00までに乗船、配置を完了せよ』

やはり。上層部曰く想定内の作戦とやらだ。
連邦政府は亡命政権を見捨てないというスタンスを見せている。そして事実上陥落した三つのサイドはコロニー早期解放を掲げた。
各コロニーを見捨てない。これは当然だろう。それは地球連邦の存在意義なのだ。
市民を守るのが連邦軍であるが、その大元は、市民を守る最終的な責任は地球連邦政府が責任を担う。
だからこそ税金を初め多くの巨大な権限を与えられている。

「それが力と秩序の象徴である駐留艦隊の消滅に加え、サイド2首都の制圧。
これで何もしなければ地球連邦は解体だな」

現実問題としてジオンが抑えたのはサイド2のアイランド・イフィッシュだけ。そして他のサイドは恫喝で終わっている。
としても、連邦政府の構成上、危機である事は関係ない。
連邦にとって軍が大敗を喫して支配下にあるコロニーが離れる事が問題だ。
サイドが独立すれば次は州政府が独立する。地球の各州が独立すればそれは地球連邦と言う組織の完全なる解体。

「ハルマゲドン・・・・・聖書級大災厄・・・・・笑えないよ」

それにだ、面子を守る為の逐次投入など世界史を紐解けばいくらでもある。政治の都合で軍事が振り回されるなど常識以前の話だろう。
ええいくそ、あのクソじじい。そこまで深読みしたのかよ?
もしかして・・・・・いや確実にあのクソじじいは自分の面子の為にサイド2早期解放作戦とか考えて軍に発令したな?
でなきゃこんなに早く艦隊が出港するか!!

(うん?
なんでこっちを見る?
リム、説明は如何した?
シナプス大佐、何故感心したようにこっちを見ているのですか?
タチバナ中尉らも一体なんだその納得した様な視線は?)

「声、でてたわよ」

ぼそと妻が言った。思わず顔が赤くなる。
と言う事はあの妄想は全部知られたわけか?
10は違う若い女性らに・・・・・しかも一人はジャブロー勤務の女性士官。
これは・・・・・開戦早々早速死亡が確定したな。
泣いて良いですか、神様。畜生!!

「それで・・・・・次官殿はどうお考えです?」

ダグザ大尉が聞いてくる。
他のメンバーも注目している。
これは逃れられない。しっかりと妄想・・・・・・もとい、意見を述べなければ。

「予想と想像と願望があるからしっかりした事は言えないが・・・・・まず前提条件だ。
第一に、ジオン公国の目的は連邦宇宙艦隊の早期壊滅とその戦果を元にした早期講和による独立の承認だ。
それと勘違いしている人間が軍に、特に若手士官や中堅官僚が多いが、連邦宇宙軍の存在意義は各コロニー、月面都市防衛の為である。決して対ジオン撃滅の為では無い。
である以上、ジオン撃滅は手段であり目的では無い。そしてそれはギレン・ザビ総帥らも知っている。
その証拠に要所ソロモンと本国を空にすると言う大胆な戦略を取った。
我が軍の内情から、専守防衛によるコロニー防衛よりもジオン本国を突くと考えたんだ。そして言い難いが軍は見事にその策略に乗った。
ジオン本国と言う禁断甘い果実に手を伸ばして・・・・・・真っ二つに両断された。
これが連邦軍駐留艦隊壊滅の政治的、戦略的な理由・・・・・と言うか要因だ」

ちょっとちょっと。みんな。なにその凄い、と言う目は?その尊敬の眼差しは?
ジオンの狙いがどこにあるかなんて常識でしょ?
彼らは独立がしたい、連邦はジオン軍を撃滅したい。ならば、餌を用意すれば食いつくでしょ?
ギレン氏と話せばそれくらい・・・・・あれ・・・・・もしかしなくても話した事あるのって俺くらいか!?
ああもう・・・・・・またぞろ何か嫌な予感がする。

「それで次官はこの次はどうなる、と?」

ダグザ大尉が続きを促し、

「コロニーに核パルスエンジンを装着中と言う報告がありますが・・・・この真偽は?」

コーウェン少将の秘書官でもあり軍上層部と政府(自分ことウィリアム・ケンブリッジ政務次官)との連絡役であるレイチェル氏が聞いてきた。
あの離婚騒動はアンダーソン伍長ことノエルお嬢さんが切っ掛けだが彼女に誘われてお酒を一緒にしたのも原因だった。それをリムに見られた。あれは不味かった。
拳銃突き付けられて押し倒される。
リムに、

「私を捨てるのか!? 子供たちへの愛は嘘なの!? 愛してるって言ったじゃない!!」

と言われたのは怖かった。

「何言ってんだ、愛しているのはお前だけだ」

と言っても聞かない。
だから唇で唇を塞いでやって何とかなったんだよな。
頼むから外交とか話し合いとかそう言う言葉をみんな知ろう?
ニュータイプ議論の前にもっと重要な事あるでしょ!
さて本題に戻ろう。またもや後には引けないのだろうから。

「この光学センサーで確認された核パルス装着は事実だろうね。その為の強制疎開だ。
内部からの工作を恐れている証拠。
ところでシナプス司令官はこう考えているのではないかな?
ジオン軍の次の作戦はコロニー自体を巨大な弾頭に見立て地球に落着させる事。
目標は地球連邦軍本部並び地球連邦首都ジャブロー、と」

不安げな表情や憤りの表情がそれぞれの顔にでる。
男たちは感情を制御しているが、女性兵士たちの、しかもエレン、ノエル、アニタらお嬢さんらオペレーターたちはそれが引き起こす大惨事を想像したのか恐怖にひきつっている。
そんな中、リムだけが面白そうにこちらを見ている。

(やれやれ・・・・・お見通しですか。お姫様)

私にとってのシンデレラ、或いは白雪姫は愉快そうな表情をその黒い瞳に映している。
私もアルマーニのスーツのジャケットを着直して、ネクタイを締め直すと真面目に語った。

「まず、コロニー落とし作戦は無いでしょう。
ギレン氏らはコロニーの、正確にはサイド3事、ジオンの独立が目的です。ここで連邦全体の怒りや憎悪を買う事が確実なコロニー落とし作戦などは愚策も愚策です。
そもそもコロニー落としをするならば近年の非加盟国との交渉やコロニーへの穏健的な対応などする必要はない。
無差別核攻撃などでコロニーごと駐留艦隊を撃破してしまえば良い。その方が後方の安全も保障できる筈。
よって、コロニー落としは現時点で最低の作戦です。政戦両面で。何故なら先程も言ったように地上には非連邦加盟国と言う存在がある。
この潜在的な同盟国を敵に回す事はあの聡明な独裁者はしないでしょうな。ああ、これも現時点では、という条件が付きますけどね。
では何故ここまで大々的にコロニーへの核パルスエンジン装着を行っているか?
理由は先ほどの放送ですか。
ルナツー駐留の正規艦隊壊滅が狙いですよ。まず間違いありません」

因みに、この後ほど迂闊という言葉を思い知った事は無かった。
何故なら久しぶりに演説ぶったせいでとんでもない苦労に恐怖を味わう事になるのだから。



宇宙世紀0079.08.16
サイド2奪還作戦『赤壁』が発令された。
なんで連邦非加盟国の戦史から作戦名を取ったのか謎であったが、まあ、関係ないかと無視する。
ティアンム提督には出撃するな、キングダム首相には出撃命令撤回を要求したが所詮は文官で政務次官の一人。
戦争中に軍隊の行動を止められる権限はないし、元々首相からは嫌われ役の便利屋扱いなので意思疎通も片側通行。つまり、無視。黙殺。
キングダム首相も決して悪い人物でも無能でもないが、彼はもう76歳なのだ。
老人特有の経験則に、自分の意見に固執する傾向が強いのも当然だろう。

『黙っておれ!!』

(一喝でした。残念な事に何を言っても聞いてもらえず最後は憲兵に部屋から引きずり出される始末)

しかも失敗を糊塗したい中級官僚や同僚たち、対ジオン融和派として票を集めその票を全て失いつつある連邦議員さんらの保身が連邦を縛る。
この点、挙国一致のジオンとは大きく違うな、と思える。

(それに北米州が、祖国が何かおかしい。この重要な時期にアサルティア中将を初めとして第1艦隊の上級将校全員を解任した。
いや、確かに戦力に余裕はまだあるし、アサルティア中将らよりもライアン中将の方が宇宙戦のエキスパートなのはわかるし、人員交代も制宙権を確保しているから間に合うだろうけど・・・・何か変じゃないか?)

と、思っていると今度はダグザ大尉が一枚のメモリーディスクを持ってくる。
黒に白いライン。宇宙軍の辞令だ。
因みに白に黒は陸軍、青に白は海軍、青に黒は海兵、白のみは空軍の辞令である。
地球連邦軍はいまだ完全に統合されてないので命令系統や辞令についても複雑である。
無論、赤に白と言う統合軍用の辞令もあるが使われた事は無い。と、妻がベッドの上で教えてくれた。

『地球連邦軍本部ジャブローより、宇宙艦隊司令部ルナツーへ伝令。
第10艦隊を17日15時ちょうどに地球第二周回軌道へと打ち上げを完了する。
ティアンム中将は第3艦隊、第5艦隊、第10艦隊との合流後、サイド2奪還を目指す事』


この時、戦力分散の愚に遅まきながらかつ中途半端ながらも気が付いた連邦軍は三個艦隊150隻を持ってジオン軍撃滅に当たらんとしていた。
が、それは甘すぎる考えであった。
ジオン公国のドズル・ザビはミノフスキー粒子を使った索敵網の無力化を利用して大胆な地球軌道への侵入作戦を実行。
コロニーと言うお荷物を持たないドズル・ザビ指揮下の第一、第三の二個艦隊で第10艦隊を強襲。
打ち上げ直後で満足な航行も反撃も出来ない連邦軍に再び圧勝する。
そしてサイド2に待ち構えていたジオン公国軍の義勇外人部隊、ジオン海兵隊(選抜された各地のMS混成大隊)、ジオン親衛隊、独立教導艦隊の4つの部隊と地球連邦軍正規艦隊の第3艦隊、第5艦隊は交戦。
全てのMS隊、コア・ブースター隊を投入して、ビーム兵器搭載のゲルググ11機を撃墜破するも、被害は甚大。
第3艦隊旗艦バーミンガムは無傷だったが、艦隊戦力の7割を喪失した。
特にジオンの移動要塞ドロス、ドロワに完全に撃ち負けした事は連邦宇宙軍の士気をズタズタに切り裂いた。
今まではMSに負けたと言えたのに、今回は艦隊の砲撃戦で敗れたと言えるのだから。

宇宙世紀0079.08.20の事である。



そしてジオンは戦力を再編し、ルウムに全軍を進軍させる。
一方、連邦政府(特に北米州の議員らが中心)と連邦軍(こちらも北米州と極東州所属の上級将校中心)はコロニー落としの危険性とルナツー陥落の可能性から第1艦隊、第2艦隊を地球軌道とルナツー防衛に残す事を決定。

そしてもたらされる驚愕の知らせ。

『第14独立艦隊はルウム自治政府首班ならび亡命政権首班保護の為にルナツーを出港せよ。現地にて最善の行動を取られたし。なお、政府要人護送用に高速シャトル『スカイ・ワン』の随伴も命令する』

あの時の嫌な予感が現実のものとなりつつある。
私は思い切って聞いた。
これを直接伝えてくれた親切な将官、エルラン氏に。

「エルラン中将・・・・・で、我らに戦場へ行けと?」

私は完全にひきつった顔で目の前のエルラン中将の顔を見ている。
が、エルラン中将はどこ吹く風でこちらを見ており、私の哀願など無視した。

「君に戦えとは言わん。当たり前だ、君は文官なのだからな。
だが、ジャブローの連邦政府はそうは捉えてない。
まずは聞きたまえ、ああもちろんオフレコだ」

そう言ってイヤホンを付ける。
聞こえるのはどうやら地球連邦安全保障会議の内容だ。
知っている声がちらほら聞こえる。

『この責任は融和政策を取った首相にある』

『そうだ! 死んでいった40万名もの将兵とその遺族何と言って謝罪するつもりだ!!』

『責任を取り辞任するべきだ』

とまあ、野次のオンパレード。
取り敢えず犠牲の子羊さがしに全力を挙げている方々、中にはパラヤなど知っているメンバーの声音もあった。
それでたじたじになっている政府首班(地球連邦安全保障会議のジオン融和派メンバー)だが、それでも言い返す。

『これは陰謀だ。君たちはジオンに担がれている。
ここで首相を解任すればジオンに付け入る隙をさらに与える。そうしてはならない。
まずは我々が結束しなければならない。そう、数十年前の北インド問題の様に』

『ジオンだけが相手では無い。地球の非連邦各国にこそ目を向けるべきだ。
この敗北は早期の大勝利によって覆さなければならい。
そうでなければ調子づいた枢軸軍を止めることは出来ないではないか!
事実、ジオンと連動して朝鮮半島は30万の連邦軍と50万の人民軍の大軍が睨み合っている』

『シリアの聖戦宣言も問題だ。宗教が政治に口を出すのは許されない。それが連邦憲法の基本理念だ。
だからこそ、我が連邦政府は今倒れる訳にはいかない、いや、倒れるかもしれないと言う幻想さえ見せてはならいのだよ!』

『信愛なる諸君。安心せよ。我々にはまだ正規艦隊が存在する。
確かに第10艦隊は事故で失ったが、それでもジオンの三倍の戦力を持ってあたるから問題は無い。
そうだ、その増援の一例として第8艦隊と第9艦隊の打ち上げも行う。無論、先の失敗は繰り返さない様に地球軌道をそのまま脱出できるだけの推進力を与える。
そうして艦隊決戦に勝利すれば良い。ジオンを占領するなど容易い。ジオンが地球を制圧する事などないのだ』

『ではコロニーを地球に落とすと言うギレン・ザビの発言は無視すると?
占領下にあるサイド2をみすみす敵の手に渡したままでいろと?
各サイドとの物流の途絶がどの様な経済的な損失を連邦に与えるか首相や内閣府はお分かりなのか?』

『エッシェンバッハ北米州議員の言う通り。我が極東州議員連合派一刻も早く対応すべきと考える。
正直、ジオンの独立も認めてよい』

その発言に一気に会場が、連邦議会議場がざわめいた。

『・・・・・・・本気ですかな?』

『連邦の経済は30億と言うスペースノイドの消費と彼らが支払う税金で維持されていた。
それが無くなるのです。下手をしなくともこの戦争中は。
そして足元の非加盟国の挑発行為によって発生している地球戦線とでもいうべき大規模な対立。
ジオンと連邦と言う小国と大国間とは違い、我が地球連邦と非加盟国群はどちらも互いに相手を完全に占領できる力がない分、鳩の喧嘩の様に凄惨たる有様になるのは確実。
それならば早期講和を行っても良いのでは?』

『N・・・・・Noだぁぁぁ!!!』

『しゅ、首相!?』

『聞きたまえ諸君。まずは宇宙にいるケンブリッジ政務次官を使って亡命政権のメンバーを保護する
そして亡命政権を認め、ジオンを屈服させる。戦前の、いや反乱勃発前に戻す。それが政府の決定だ』

あの男は信用できませんな。ギレン・ザビらと繋がっている。
この大反攻作戦にも反対だと言っている。軍事を何も分かって無い。三倍の味方が敗れる筈はない』

『そうだ。奴に責任を取らせるのだ。そもそもやつが悪い。奴がギレン・ザビを侮るように進言したのだ!!
そしてサイド3へ武力侵攻し、この戦争を終わらせる!!それでよいではないか!!』

『お、横暴だ』

『待て、現場の言う事を無視して現場に丸投げするのか?
しかも今はいない人物に責任があるだと・・・・恥を知れ!!』

『だいたい緒戦の敗北の責任はどうした!! 誰が取るのだ!?
なんだかんだ言って総辞職するのが嫌なだけだろう!!』

『ここに政府は非常事態宣言を発令する。
議会は終戦まで閉鎖する。議長、この案件の決を採れ!!』

『首相、そんな勝手な事が許される筈がありませんぞ!!』

『何を言うか売国奴!! ジオンに屈する方が連邦の威信をコケにしておるわ!!』

『一時閉会、一時閉会します!! 全員退去しなさい。繰り返します、全員は退去しなさい!!』

眩暈がした。何というか・・・・・此処まで酷いとは。
完全に責任のなすりつけ合い。しかも首相の絶叫付きと来た。
こりゃあ・・・・・・早期決戦を連邦政府も望むのも無理はない。
ただ非加盟国問題があるから早期決戦を双方が望むのは分かるし、戦う以上大勝利を求めるのも理解できる。
が、だからと言って最前線に立て、納得しろというのは無理だ。
しかも軍事にド素人なのに何故か戦術家としても有能だと思われてないか?
ええい、俺は臆病者で十分なのに!!

(というか、俺の名前が思いっきり出てな。あのくそ首相、精神は大丈夫なのか?
俺をスケープゴートに選んだ事と良い、連邦史上最大の敗北を喫した事と良い、完全に頭に血がのぼってるぞ。
これは近い将来政変が起きそうだ)

と、現実逃避してみる。
だけど、現実逃避はあくまで逃避であって、実際に現実の問題から逃げることは出来ないんだよ。

「という訳だ。
首相の体調が優れないので将来的にはゴップ統合幕僚本部本部長か宇宙艦隊司令長官のレビル将軍が軍の総指揮を執るだろう。
が、今は違う。連邦政府の命令により先の敗北にもかかわらず連邦軍はジオン軍に決戦を挑む。
意味は分かるだろう? 君は優秀だからな。それにしても君は運も良いな」

思わず画面に拳を叩きつけたい。
極秘レーザー通信とはいえ、中々本題に入らないエルラン中将にいらっときた。

「ルウムでの決戦は我が軍の勝利で終わるだろう。
如何にMSが強力でも第4艦隊、第6艦隊、第7艦隊、第8艦隊、第9艦隊の5個正規艦隊にティアンム提督の残存第3艦隊と第14独立艦隊を除くすべての独立艦隊7つ、そしてコロニー駐留艦隊を再編成した第11艦隊だ。
忌々しい事実だが大勝したし、我が軍は敗北した。とはいえジオン軍も度重なる戦闘で消耗しているからやはり三倍の戦力を揃えられる。
世紀の大決戦を君は肉眼でみられるのだ。実に羨ましいな」

くそ、そこまで言うなら代わってやろう!
さっさと地球から、その安全なジャブローと言う巣穴から出てこい!!
拳の震えが止まらない。

「第14独立艦隊の出港は本体から遅れる事2日。
まあ、ルウムで勝利すれば亡命政権がそれぞれのサイドに帰れるのは時間の問題だ。
その時に我が連邦軍の強さを見せる為の第14独立艦隊だと思ってくれ。
それでは、勝利を最前線で見れる君の幸運に乾杯」

そう言って通信は切れた。
後には真っ暗な画面だけが残っている。
一瞬夢かなと思ったが、次の瞬間情報端末に接続されていたプリンターが命令書を印刷するのを見て現実なんだと思い知らされる。
そう思った瞬間、涙がこぼれだした。

怖いんだ。
ああ、とてもとても怖い。
キシリア・ザビ暗殺事件とは比べ物にならないくらい怖い。
怖くて怖くて・・・・とても怖くて仕方がない。
前とは違うのだ。今度は明確に自分を殺しに来る。殺意と武器を持って、数え切れないほどの人間が殺しに来る。
そう思うと今すぐにでも逃げ出したい。
前も思ったが俺は英雄なんかになりたくはないんだよ。
ただ平和に、家族仲良く暮らせればそれで良かった。

だから手紙を・・・・・遺書を書く。勿論妻には内緒だ。
ジャブローにいる両親に。
自分はどれだけ両親と子供たちを愛しているか、を。どれだけ感謝しているかを。
そしてほんの少しだけ安堵した。
どうやら妻が自分の知らないところでジオンに殺される事はなさそうだ、という事実。
ずっと一緒にいた幼馴染と共に逝けるという事実。
この二つの事実と現実に少しだけだが安堵した。神に感謝した。

(二人ともごめんな・・・・・・お父さんもお母さんも帰れそうにない。
父さん、母さん、子供たちを頼むな)



宇宙世紀0079.08.23



サイド5近郊に連邦軍が7個艦隊約336隻の大艦隊を集結させる。
方やジオン公国軍もア・バオア・クー、ソロモンから守備隊のチベ級全てを引っ張り出した上に、本国からも10隻のムサイ級を増援に組み込む。
ジオン艦隊も総数108隻に達した。

更に士気高揚の為、グワジン級戦艦グレート・デギンにデギン公王とガルマ・ザビが自ら乗船、督戦する事となる。

連邦とジオンの艦隊の戦力比は約3対1。士気は互角。
航宙艦載機の数は連邦軍が、MSは質量ともにジオンが遥かに優位。
補給線は双方問題なし。



『人類史上に宇宙での戦争無し!
まして艦隊決戦の試し無し!
ジオン国民諸君、歴史をつくるべし!!』



ギレン・ザビの号令と共に、示し合わせたかの如く双方の艦隊が行動を開始した。

後にルウム戦役と呼ばれる戦いの始まりである。



そして私はサイド5、ルウムの後方8000kmに陣取る事になる。
観戦官僚という訳のわからない地位と権限を与えられて。命令は単純。
ジオン軍を友軍が完全に撃破し、サイド3を占領するまで自由行動をせよ、であった。



[33650] ある男のガンダム戦記 第七話「諸君、歴史を作れ」
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:7a75023c
Date: 2012/08/02 01:59
ある男のガンダム戦記07

<諸君、歴史をつくれ>





「敵艦発砲!」

ジオン軍のムサイ改良型である総旗艦ワルキューレに警報が鳴り響く。
彼我の距離は7500kmであり、連邦軍のマゼラン級でさえ有効射程距離圏外。
だが、何事にも例外はある。

「バーミンガム級か」

ジオン艦隊総司令官のドズル・ザビ中将は誰にも聞かれない様に独語する。

「・・・・・噂以上だな・・・・・厄介な」

切り札であるMSの更に切り札たるゲルググを5機も撃墜した連邦軍の最新かつ最大級の戦艦。
その戦艦が圧倒的な火力をジオンに見せつける。
連邦軍は第4艦隊旗艦「アナンケ」を中心軸として、中央に第4艦隊と第5艦隊残存部隊。
左翼を第6艦隊、第7艦隊。
右翼を第8艦隊、第9艦隊の6個艦隊が連動する。
ティアンム提督指揮下の第3艦隊と第11艦隊は損害の少ない艦を中心に艦隊を組み、地球軌道から重力カタパルト運動を取らせてジオン艦隊の後背を遮断にでる。
また、レビルはティアンムと交渉して艦隊決戦の為に第3艦隊旗艦のバーミンガムを借りていた。
こうして、連邦軍宇宙艦隊総司令官のレビルは、砲撃戦能力だけでもジオンを確実に上回るべく手をうったのだ。
かたや、ジオン軍は敵右翼にジオン親衛隊を、敵左翼に第三艦隊を、中央にはソロモン要塞、ア・バオア・クー要塞から引き抜いたチベ級を含んだ第一艦隊が横一列に展開。
時間を稼ぐことを目的に、両軍は何ら芸の無いまま正面から衝突する。
だが、その計画は修正しなければならない。

「閣下! グワランが!!」

ドズルが旗艦のムサイ級改良艦ワルキューレで驚愕の報告を受け取る。無論、顔には出さないが。
指揮官が一々驚いていたりしていた戦争にならない。ましてそれが艦隊の総司令官では・・・・・己の仕草一つが戦を決める。

「グ、グワラン轟沈!! MS隊ならび脱出シャトルの一機もありません!!」

オペレーターの報告では二隻のバーミンガム級戦艦が集中的にグワジン級へ砲撃を強化。ミノフスキー粒子下にもかかわらず、その地球圏随一の光学センサーはしっかりとジオンの切り札の一つを沈めたという。
ぎりと噛む。思いっきり手摺りを握りしめる。

「観測班! 連邦軍との距離は!?」

ドズルが怒鳴る。
観測班から待っていたと言わんばかりにすぐさま報告が上がる。

「距離、6000km」

(ち、まだ遠いわ!)

ふと、ツシマ沖で国運を背負ったトーゴー提督の気分が分かった。
ああ、彼はやはり伝説の英雄だったのだ。
そして・・・・・俺もまたそうならねばならない。祖国ジオンの為。そして。

「そして漸くにも手に入れたミネバの為にも・・・・・負けられるか。
距離5500kmになった時点で第603技術試験隊に連絡、大蛇よ咆哮せよ、とな!!
各艦は有効射程距離の5000kmにて発砲せよ。
ミノフスキー粒子濃度を絶えず計測。レーザー通信と発光信号を確認。特に発行信号、信号弾、連絡シャトルは見落とすな。
いいか、これからだぞ!!」

と、ワルキューレの主砲が一斉に動き出す。
MS隊はまだ出さない。今出しても集中砲火で数を減らされるから。
何よりも航続距離の問題があるのだ。

(ギレン兄貴に無理を言って増援として揃えた90機のゲルググと対艦用ビームライフル。
緒戦の連邦への勝利を考えるに・・・・使い時を過なければ勝てる。連邦軍の艦載機さえ・・・・)

「閣下! 5500kmです」

「ヨルムンガンド発砲!!」

高出力プラズマ砲が漆黒の宇宙を駆け抜けた。




「俺たちは冷や飯を食わされてる・・・・・たく、何が冷や飯だ。
これだけ豪勢な観測機に護衛のムサイが二隻。しかも司令官直々の薫陶付きで初弾必中を命令する、だ?
上等だこら!!」

アレクサンドロ・ヘンメ大尉はあの技術中尉の恩師が作ったと言うYOP-04 試作観測ポッド「バロール」4機からの間接照準データを受信しつつ思った。
それにしても会戦直前にあのドズル・ザビ自らが護衛も付けずに厄介者扱いされていると思われていたヨーツンヘイムを訪問した時は柄にもなく感激したものだ。

『ドズル閣下に捧げ・・・・礼!!』

それが多分に政治的な意味合いであろうとも補給部隊を軽視しないのは特筆に値する。
生意気な特務大尉殿もたいそう緊張していた。艦長だってガチガチだったな。

「ま、かくいう俺もらしくはなかったけなぁ」

ジオン軍の入隊式と観艦式以来の正装を引っ張り出した俺にドズル中将は言った。

『俺は兄貴たちと違って難しい言い方は嫌いだから要点だけ纏めて貴様らに伝える。
まずだ、初弾は貴様らが担当する。
我が軍の中で最長の射程を持つ巨砲が敵のマゼラン級を沈める。それを合図に艦隊は砲撃戦に突入する。
いいか、兄貴のセリフではないが絶対にはずすな。初弾がマゼラン級を一方的に沈められるかどうかで我が軍全体のその後の士気に関わる。
無論、その為の護衛と観測ポッドの準備はしてある。期待しているぞ諸君』

その言葉に嘘偽りは無かった。
観測機のバロール4機はミノフスキー粒子散布と言う戦況の中でこれ以上ない確実なデータを送ってくる。
護衛のムサイはミノフスキー粒子とビーム攪乱幕を散布している。
流石に最新型じゃないがヅダも専属の護衛についている。

「行ける!」

そう叫んだのと目標にしていたマゼラン級が正面からプラズマの塊が貫通、爆沈させたのは同時だった。
拳を握りしめた。
やれる、確かに時代はMSだがまだまだ大砲屋だって終わって無い。
それは連邦軍にバーミンガム級とかが出てきたことも、このかわいい大蛇が一撃で戦艦を一方的に沈めて見せた事が証明している。
何もMSだけが戦争の主役でなければならい、MSでしか戦ってはならないと言う理由は無い筈だ。俺はそう思った。

「続けて第二弾、おい、技術屋!次の装填が遅いぞ。あん?
二号機め、何外してやがる!!
大砲屋の意地は如何した!!MSに後れを取るな、次は当てろ!!」

そう言っている間にも装填作業と冷却作業は行われる。
戦力比を考えると危険なのはサラミス級よりもマゼラン級だ。
そう思って観測と照準の固定作業を続ける。

『大尉、マイです。仰角マイナス12度にマゼラン級一隻。従える護衛サラミスの数と通信量から正規艦隊の副旗艦と思われます。
これより複合観測データを送ります、ご武運を』

有線通信からデータが送られる。
今頃、母船の方ではバロール4機の情報処理に追われていて回避運動さえ取れない程だろう。それもこれもドズル・ザビがこのじゃじゃ馬を決戦兵器とみなしたから。

「け!
・・・・・ありがとよ、技術屋・・・・・わりぃな連邦軍・・・・・こいつで・・・・・お陀仏だ!!」

三度、大蛇は咆哮する。




こうして、驚異的な破壊力とデブリベルトを全速航行しても問題が無い程の光学カメラを装備したジオン軍は、反撃にてマゼラン級3隻、サラミス2隻を撃沈、プラズマの余波で4隻のサラミスが脱落した。
既に冷却と弾数の為、ヨルムンガンド二基は砲撃を中止しているが問題はこれからの艦隊戦だ。

それにたった二門の砲がもたらしたと考えれば僥倖と言って良い戦果だろう

「やってくれたな」

ドズル・ザビは元々大鑑巨砲主義者である。それがMS絶対主義を生まなかった。
勿論冷徹なる独裁者ギレンがただ勝利に邁進していたのも大きな要因である。
そんな中、ドズルが対連邦勝利の為、試験項目視察の名目中に目を付けた、技術試験課で埃をかぶっていた試作兵器らを実用段階にまで高めてこの決戦に持ち込んだのは流石と言うべきだろう。
が、バーミンガム級は依然として健在で更にチベを二隻轟沈させた。

「あれだけ一方的に叩かれて尚この動き・・・・・指揮官はレビルか」

両軍は更に距離を詰める。
戦場中央は完全なる殴り合いの様相を示しだす。




一方、右翼を第8艦隊、第9艦隊を相手取るデラーズもドズルと似た様な考えに達した。
移動要塞とでもいうベキ巨大空母ドロスとドロワを使って優勢に戦線を形成していたのだ。
ドロス級の主砲はマゼラン級を遥かに上回り、連邦軍に無視できない出血を強いる。

『最大船速。通信士、各艦に伝達!
ぶつかるつもりで距離を詰めろ!! ミノフスキー粒子のお蔭で長距離砲など命中しない!!
全速前進!!』

連邦軍は90隻と言う物量でジオンの親衛隊を押し潰さんとする。
方やジオン側は中央と異なり距離を取りだした。
敵艦隊との相対速度0kmを可能な限り維持せよ。それが旗艦ドロスからの命令。

焦る連邦軍は、ここで右翼下方から600機のセイバーフィッシュを突入させる。
戦場で焦りは危険なのだが、このまま数を撃ち減らされるのだけでは意味がない。
一か八か攻撃に出なければやられると言う脅迫感が彼らを動かす。

その中に、第04小隊と呼ばれるセイバーフィッシュの部隊が居た。
この部隊はサイド4駐留艦隊所属であり、損害も損失も出さずにザクを一機撃破している連邦軍でも数少ない勲功部隊だ。

「各機、編隊を崩すな。この間通り一気に戦場を駆け抜けて帰還する。
それ以外の事は考えるな!
特にモンシア! 勝手に進んだら腕立て伏せ1万回だ。分かったな!!」

隊長のサウス・バニング中尉が僚機に命令する。
そうしてあのソロモン会戦を生き残ったのだから。

『うへぇ! 中尉、まだソロモン会戦での事を怒ってるんですか?
もうしませんって・・・・・ですから勘弁してくださいよ』

彼が態々名指しでモンシアを注意するのも理由がある。
あの時はザクを一機撃墜した事に暴走したのか、部下のモンシアが暴走して二機目に攻撃したのだ。
その攻撃されたザクは残弾が無かったようで直ぐに逃げたから良かったものの、もしも援軍を呼ばれたり、格闘戦に持ち込まれていたら犠牲は必ず出ていた。
だから思いっきり修正してやった。
モンシアも帰還先が無くなって、第3大隊の生存者が自分達だけだと知って愕然としたのかその修正をしっかりと受け入れた。

「そうだな、分かってるなら良い。
よーし、お前ら生き残ったら俺が秘蔵の30万テラはしたウィスキーを奢ってやる!!」

『マジですかぃ!?』

『やったぜ!!』

『これは是が非でも生き残らせてもらいますよ!!』

ふと、計器を見る。もうすぐ戦場だ。
近距離のレーザー通信もまもなく使えなくなる。
更にジオン親衛隊は新型のザクⅡ改で編成されている。厄介極まりないと連邦軍全体に言われている。

「本気だ・・・・・いいか・・・・・モンシア、アデル、ベイト・・・・・全員生き残れよ」

『『『了解!!!』』』

誰も怯えは見せない。
それが虚勢なのか本気なのかは分からなかったが、今はそれが心地よい。
例え生き残った後に来るのが今月の破産だと言う事態であっても。

「では・・・・・行くぞ!
ザクどもには目をくれるな!! 目標はムサイ級だ!!」




「デラーズ閣下、敵艦載機こちらの迎撃ゾーンに入ります」

この戦域全域を完成する最高責任者であるバロム大佐は唯一ノーマルスーツを着ず、ジオン軍親衛隊の将官服に身を包む上官に報告する。
薄手の白い手袋ごしに両手を組んだデラーズ准将はしっかりと頷いた。

「よろしい。全艦に伝達せよ、MS隊を迎撃に出せとな。
ドロス、ドロワの全MS隊はかねての予定通り敵艦載機の迎撃に、その他の艦のMS隊は小隊ごとに敵の進撃経路を逆進。
そのまま敵艦隊に取りつくのだ!」

デラーズらジオン軍右翼迎撃艦隊の構想は単純だ。
MS隊を敢えて出さない。特にドロスとドロワと言うミノフスキー粒子散布下の戦場でも戦闘管制が可能な移動要塞がある以上、それを利用しない手は無い。
連邦軍もミノフスキー粒子が無ければ同じ事が出来たのだが、MS以上に決戦兵器として位置付けられたミノフスキー粒子の研究の差はここにきてジオン優位をもたらす。
本来であれば艦載機に置いて200機と600機では600機に200機が圧殺されるだろうが、これがMSと航宙戦闘機では逆転する。
ミノフスキー粒子下で真価を発揮するように作られたザクを初めとしたMSと、ただ単純に何とか戦えると言うだけのセイバーフィッシュでは意味合いが大きく異なるからだ。
まして片方が多数のレーザー通信による管制を可能とした軍であれば尚更。これをデラーズは最大限に利用する。
それでも連邦宇宙軍の最新型のセイバーフィッシュが600機だ。
誘導され、ミサイルが正常に使えればジオン艦隊は壊滅状態に陥っただろう。それも簡単に。
だが、現実は連邦軍にとって悪魔が微笑んだ。




「クソォォォ!」

ヤザン・ケーブル中尉は一気に急降下する。
急降下と言う言葉が正しいかはわかないがノーマルスーツ越しのGがきついのは確かだ。
だがここでホワイトアウトなりブラックアウトなりしてはいられない。
後ろには二機のザクが追ってきている。

「右だ!」

操縦桿、フットぺダルを動かして軌道を強制的に変更する。
その次の瞬間、90mmと思われる火箭が脇を通り抜けた。
どうやら死神の鎌をまたもや何とかかわしたらしい。

「死神は優しい神様だって聞くが・・・・・俺にはまだお呼びじゃないんだよ!!」

絶叫する。
声を出してないと発狂しそうなのだ。
既に第5連隊は自分以外を除いて壊滅。
ヤザン中尉は分からなかったが、戦闘開始から25分、敵将デラーズの放ったザクⅡ改100機前後という矢は防空用のセイバーフィッシュ隊という盾を強制的に貫通。
続けて第8艦隊の防空網を突破、第8艦隊を蹂躙していた。

「!?」

咄嗟に回避する。
ムサイ級だ。
いつの間にか敵の艦隊のど真ん中にいる。
しかも何故か偵察機使用のセイバーフィッシュが一機飛んでいる。
それにザクが照準を付ける。

「バカが!!」

気が付いたら最大速度でザクに接近、対艦ミサイルを一斉射した。
流石に対艦ミサイル6発中5発の同時直撃には耐えきれなかった。
ザクは爆散した。そして思わず舌を舐める。

「そうかい、お前が壁だったのか!!」

そのザクは射線上に一隻のムサイ級巡洋艦を守っていたのだ。
外れたミサイルの一発はムサイの主砲を粉砕していた。

「そこの機体、突入する援護しろ!」

『こちら偵察機カモノハシのリュウ・ホセイ!!
無理だ!この機体に武装は!!』

ごちゃごちゃ五月蝿い。
武器がないから戦えない?
そんな事言ったって敵が待ってくれるか!
武器が無いなら無いなりにやり方はあるってもんだよ!!

「良いから俺に続け!!
ビビるなよ!! こういう時はビビったら死ぬんだ!!」

そのまま強引にカモノハシとやらを引き連れる。
こういう時は敵にとって判断を鈍らせる状況を作れば良い。事情を知らないジオン艦隊から見ればどっちの機体にも対艦ミサイルがあると思うのが常識だ。
まさか後ろからついて来ているのが弾無しの偵察機などとは思わないだろう。
事実、対空砲火は一機で突っ込むよりバラバラになっている。チャンスだ。

「ここまで近づきゃあ・・・・・落ちろ!!!」

残りの6発をムサイに打ち込んだ。
そのまま突き抜ける。
ふと後ろのカモノハシとムサイがどうなったかを確認したい誘惑に駆られるが生き残る為にそれを無視する。
数機のザクを回避して艦隊を突破する。
精一杯確認できたのはムサイ級のグリーンの塗装がされた装甲が急加速で自機の隣を飛んで行った事だ。

「こちらヤザン機。ムサイ級一隻を撃沈。カモノハシ、聞こえるか?
うん? どうした!? おい、カモノハシ!? カモノハシ!!」

だが、それに返答は無かった。




「デラーズ閣下、MS隊、完全に第8艦隊を掃討完了。これより第9艦隊を攻撃します」

中央の戦局は芳しくない。
数で劣勢に立ち、第一撃でグワランを沈められたのが大きいのか。
大蛇は役に立ったが距離を詰められてはあまり意味がないし、それに大蛇の予備弾はそれ程無い筈だ。
これはジオンの国力の限界を示している。MS、艦艇、新兵器、弾薬を全て揃える事が出来る出家の国力が無い。
その後はジオン親衛隊と同様の戦術を取ろうとしたが、上手くいって無い様だ。

(ドズル閣下らしくないな・・・・・いや違う。
報告によると赤い旧式のMSが100機単位で活動している、か。旧式とは言えMSはMS。
どうやら敵もMS隊を直援に回している様だ。これはこちらの様に上手くは行かぬのも道理か?)

と、傍らのムサイが沈んだ。
どうやら二機の敵機に撃沈されたらしい。艦隊防空に携わる艦を沈める猛者がこの深くまで侵入したようだ。

(敵ながら見事)

思わずデラーズは彼らの奮闘を評価する。が、それこそこちらのジオン軍が優勢に立ちつつある証拠だろう。

「艦隊を反転させて中央を支援しますか?」

バロム大佐が管制の合間に聞いてくる。
軟弱な連邦軍の第8艦隊と第9艦隊は宇宙での実戦経験どころか訓練さえも碌にしてない。
その弊害が大きく出ているのか、艦隊行動が執れない艦、艦隊陣形から落後する艦が続出してきた。
防空陣形を維持する前に蜂の様に飛び回り刺し殺さんとするジオンのMS隊に恐慌状態に陥っている。

「・・・・・まて、今何時だ?」

ふと、時計に目をやる。
これが例の作戦通り進行していたなら、自分たちは敵右翼を完全に拘束すれば良いのだ。

「は、作戦開始から1時間と4分を経過したところです」




連邦軍左翼は意外な善戦を遂行する。
連邦軍の攻撃隊がMS隊を突破しジオン艦隊に到達できなかったのは左翼、中央と同じだがジオン軍もMS隊を攻撃に転じる事が出来なかった。
その理由は連邦軍の戦術にあった。この艦隊は宇宙では危険とされる密集隊形を敢えてとる。
何故宇宙で一定以上の密集隊形が危険なのか?
それはデブリだ。高速で飛来するデブリがある以上、距離を保てない限り誘爆して沈む可能性が高い。
だからこそ、艦隊はある程度間隔をあけて迎撃するのだが、故にその間を潜りにぬけられるMSは宇宙空間で現時点最強の兵器となった。
が、連邦も黙っては無い。MSに対抗する為古代ギリシアのファランクスもかくやという艦艇による槍衾を形成した。
そして先の戦いで判別している第三艦隊の旗艦ティベ周囲に猛砲撃を加えた。

ルウムへ出発する前、カニンガム少将は同僚のワッケイン少将と一つの結論に達する。

『MSの機動性を封じない限り我が軍は確実に負ける』

『ではカニンガム提督はどうする、と?』

『艦隊の機動性を捨て、デブリ衝突による艦艇喪失の危険性の回避も捨てて、敢えて密集隊形を形成し受け身に徹する』

『・・・・・それで?』

『その間に中央と左翼が砲撃戦でジオン軍を撃ち減らす。
要はティアンム提督の艦隊が彼らの後背を突くまで持ち場を死守すれば良いのだ』

『つまり、時間を稼ぐと』

そうした会話が会戦直前に二人で交わされた。
カニンガムも敗退する各地の連邦軍と合流するまでMSの真価を分からなかった。情報が錯綜するのだから当然だ。
が、それ故に判断が遅れたが、それでも致命的な遅さでは無かった。
それに密集隊形は悪い面だけでは無い。高火力の連邦艦隊は確実にジオン軍を削っており、何度か突入を仕掛けようとしたMS隊には艦隊正面火砲の全力射撃を命じてこれまた数を減らす。
如何に高機動型ザクで構成されたジオン軍第三艦隊MS隊とはいえ、あの砲撃の中を突破して艦隊に肉薄するのは自殺行為である。
その為、この戦線は奇妙な硬直状態を作る事になる。




「またか!」

ジョニー・ライデンは攻撃に来た敵機を落としながらも毒づく。
目の前でティベ級が一隻爆沈したのだ。これで2隻目だ。
忌々しそうに敵艦隊を見るがどうしようもない。

「畜生! あの砲撃さえなければ!!」

そうは思うが連邦軍とてやはりバカでは無い。
全火力を僅か数機の小隊に集中するのだ。MSパイロットに、いや、単なる人間に回避しろと言うのが無茶苦茶である。
ビームは光の速さ。
実弾兵器であるミサイルを宇宙空間で回避するのとは訳が違う。そんな事が出来るのは超能力者だろう。

「くそ、艦隊は防空と迎撃しかできないのか!?」

攻撃に来るセイバーフィッシュを撃墜する。これで7機めだった。




第三艦隊指揮官のコンスコン少将も無能とは程遠い将官だ。
彼は実力主義のドズルの下で少将になった。故に対策を考えた。

(敵艦は危険なまでに密集して砲火を集中しているな。
正面に出ればドロス級とてただでは・・・・いや、確実に沈む。
実際、未だ敵艦は60隻以上。こちらは27。いや、5隻沈んだから22だな)

コンスコンは戦局を打開する為、高機動型ザクを半回収。ジオン軍の標準である3隻ごとにランダム回避運動を命ずる。
こうなると連邦軍も迷う。砲撃を集中する相手がいなくなるのだ。
無論、ビーム攪乱幕を双方が展開している以上、ジオン軍も撃沈は困難になる。
だが、それでも今の消耗戦よりは遥かにマシとジオン軍は判断。
こうしてこちらの戦線はMS隊を封じた連邦軍優位として戦況が固定化されつつあった。




「ドズル閣下、グワデン被弾しました」

「敵マゼラン級一隻撃沈、サラミス級2隻撃沈」

「セイバーフィッシュ隊接近、あいや、撃退」

戦況は一進一退。
ジオン軍はMS隊を投入するも、連邦軍もまた正規艦隊全艦隊のMSとルナツー駐留のMS隊をこのルウムに投入。
艦隊戦では数に勝る連邦軍が、MS戦では質で圧倒するジオン軍が、全体の戦局はジオンが若干優勢ながら進める。
時間を気にするドズル。
時計は既に戦闘開始から1時間を経過している。MSの推進剤が尽きるころだ。実際第一次攻撃隊は整備・冷却中で再出撃はあと10分必要。
頼みの綱であったグワジン級も一隻がバーミンガム級に撃ち負けして沈んでいる。グワランは沈み、グワデンも小破。
ここにドロスとドロワ以外に純粋な空母を持たなかった弊害が出てきた。国力の差とはいえ実際の戦闘で空母がない。
これが堪えだしてきた。連邦軍の艦載機はなんとか安全な後方のコロンブス改装空母達に合流すれば良い。
しかしジオンは艦隊戦真っ只中の巡洋艦や戦艦に着艦するのだ。
当然ながら砲撃に晒されつつ、しかも激しい運動をしている艦に着艦するのと殆ど固定されている艦に戻る。
どちらの方が困難か子供でも分かる。

「閣下、具申します!!撤退すべきです!!
これ以上の犠牲はジオン本国の陥落に繋がります!!」

迷う。

今の参謀の発言に間違いはない。
このままではデラーズのジオン親衛隊艦隊はともかく中央の艦隊は艦隊としての機能を失ってしまうだろう。
そうなればデラーズもコンスコンも側面から砲撃を受け壊乱する。撤退するなら今しかない。
既にヨルムンガンドは弾薬の補給の為使えず、第二次攻撃隊も敵MSの決死の反撃で一時退避中。
これ以上戦局が悪化する前に引くか?

「ドズル閣下!」

だが、本当に不思議なものだ。
この時のドズル・ザビの指揮官としての逡巡がジオン軍全体を救うのだから。




ドズルが迷っていたころ、デラーズが敵右翼の撃破を確信し、コンスコンが戦術を変更したまさにその時。
互いに本体を囮にしていた両軍に明暗が分かれた。
シオン軍の切り札、ありったけの機動巡洋艦ザンジバル級とゲルググを配備した部隊がついに戦線に到着したのだ。
しかも両軍ともに前方ばかりに気を取られ、後方の観測は最低限。
いや、偵察機は撃墜される直前まで警報を出していたのだが、最大級に散布されたミノフスキー粒子のせいで連絡は行かなかった。
伝令が途絶えたが故に壊滅した軍は古今多く、その途絶えた理由さえ分からなかった軍もまた多い。
今回は連邦軍がその不名誉を担う様だ。全くもって人が度し難いとはこの事だろう。

「あれか、連邦軍」

そんな中、シーマ・ガラハウ少佐は己の機体を敵艦隊下部後方へと詰める。
これに標的としたサラミスの艦内の誰かが気が付いたのか一斉に対空砲火が放たれ、護衛MS隊が動くが・・・・・・明らかに遅い。

「狼狽してるのかい? ふふふ・・・・・より取り見取りだ!」

新装備の、正確には初期型の大型ビームライフルを発射する。
艦艇下部から上甲板まで高熱源が貫通、一隻のサラミスが爆沈した。
それが合図。

「さあ、派手にドンパチ楽しもうじゃないか!
といっても・・・・・もう落ちるんだけどね!」

更に二発。僚機も一斉にビームを放つ。
今度はマゼラン級だ。狙いは核融合炉、つまり艦のメイン・エンジン部分。
沈む。
面白いように沈む。

「ざまぁないねぇ」

嘲笑する。

元々対艦用兵器として開発されたのがMSであり、その武装もサラミス級巡洋艦やマザラン級戦艦を至近から沈める事を念頭に置いてある。
ジャイアント・バズやザクバズーカなどが良い例だ。
ザクマシンガンだって至近距離ならサラミスを穴だらけに出来るだろう。
と言う事はザクもドムも性能面で凌駕するゲルググが、せっかく国力を傾けてまで生産(量産には程遠い)したゲルググと言う決戦兵器が、攻撃力薄弱では笑えない。
というかギレンにはそんな笑い話にもならない事など認められない。
と言う事で初期のビーム兵器はジェネレーターや冷却材の理由もあるが何よりも対艦攻撃兵器とし高出力・高威力を求められた。
因みにドズル・ザビとギレン・ザビの直接命令であり、ミノフスキー博士を脅迫してやらせた。

『いかなる方法をもってしても構わぬ。開戦までに実用的なビーム兵器を実戦部隊に配備せよ』

その結果、取り回しこそ最低だが、アナベル・ガトー大尉が使ったようなビームバズーカなどが出来る。
そして独立戦争最大の山場(と、ギレンは判断した)である連邦正規艦隊との艦隊決戦には確実に戦艦を沈める火力が配備された。それがゲルググ。
更には緒戦の電撃戦、一週間戦争と後に名づけられた戦いには間に合わなかったものの、何とかルウムでの戦いには間に合ったゲルググと改ザンジバル級機動巡洋艦の増援。
その為、90機近いゲルググをダグラス・ローデンは指揮下に置いた。
そしてこの大艦隊戦において、遂にゲルググが戦局を動かす。

「ふん、雑魚が!」

機体を後進させ、ガンキャノンの放ったキャノン砲を回避するシーマ機。
現在のジオン軍はある程度の例外を除けば完全実力制である。
マハルなどの貧困層出身だろうが義勇兵だろうが外人部隊だろうが差別しない。
これはギレンと言うよりも軍総司令官ドズル・ザビの方針である。

『軍は完全なる実力制で行く。兄貴にも口は出させんぞ!!』

ただ、ギレンはそれを疑問視はしているし、旧キシリア派や旧ダイクン派の監視も怠って無い。
(理由はキシリアの残した日記などにある。彼女が残した日記にはギレンへの警戒心が書かれており、私兵集団を対ギレン用に教導していた事が判明した。
この偶然に見つかった日誌はキシリア日誌と呼ばれる事になり、国家のトップシークレットとしてギレン自らの手により総帥府の総帥執務室の机の引き出しに秘蔵された。
が、それ故にか、或いは当然と言うべきかギレンは今も尚、ダイクン派とキシリア派を危険思想の持ち主として見ている。それが更に彼らの反ギレン活動に繋がる悪循環にある)
まあ、そう言ったギレンの思惑を考えると現在のダイクン派などは体の良い単なる便利屋か捨て駒扱いなのかもしれないが。
それでもギレンも表面上は今のところ彼らが優遇されている事実に変わりは無い。
事実、この攻撃の指揮官はダイクン派の軍部重鎮のダグラス・ローデン大佐で、中にはランバ・ラルなどもいる。

シーマのゲルググは右手にビームライフル、左手にマシンガンを装備している。
シーマ指揮下の海兵隊はビームライフルとマシンガンの両手持ち。シールドはザクのナックルシールドを固定しているだけなので防御力は気休めだ。
そのマシンガンで迎撃に出た別のガンキャノンを穴だらけにした。
ガンキャノンは爆散し、その破片は連邦艦隊後方に降り注ぐ。
デブリが凶器になるのは宇宙戦闘の常識であり、それを回避するのが当然だが、MSの導入でそのやり方は大きく変化している。
その最たる例が接近時における敵艦、或いは敵機撃破に伴う高速の宇宙ゴミ問題。
回避するか、盾か装甲で防ぐかそれしかない。が、盾で防げると言うのは宇宙空間では驚異的な事だ。犠牲も危険性も減少する。
そして、それが出来るのがMSであり、MSのパイロットと言える。
その最たる例は今この場にいるゲルググのパイロットたちだろう。特に高機動型にカスタマイズされたゲルググのパイロットの技量は凄い。
一瞬で巡洋艦を沈めてしまうのだ。今も黒い三機のゲルググが巡洋艦を撃沈した。

「うん、あれは?」

またもやセイバーフィッシュをマシンガンで穴だらけにして血祭りにするシーマの右に一機の赤いゲルググが映る。

「一機で艦隊に仕掛けるきか? 正気かい!?」

自分でさえ部下の海兵隊の援護の下、共同で撃沈しているのだ。
ところがあの赤い機体は全くそんな素振りを見せずにマゼラン級1隻とそれを守るサラミス4隻に突っ込む。思わず死んだなと思った。

「ま、自業自得だねぇ・・・・・死にたがりに用は無い・・・・・・ってなんだと!?」

驚いてばかりだが仕方ない。
なんとあの機体は正面から突撃、急旋回し、一挙に降下して艦隊の防空を攪乱。
そのまま一隻のサラミスに5発のビームを叩きつける。
左手に大型ビームライフル、右手に通常ビームライフル。それぞれを連射した。
そしてバスケットボールの選手がやるように体をひねる運動を機体に命令する。
この高機動で更に正面へもう一隻のサラミスのミサイル発射管を射程に捕える。
ここで瞬時に通常型ビームライフルを撃つ。
ビームが直撃、弾薬庫が誘爆、サラミスが更に1隻轟沈。
爆風を利用して、そのまま最大加速でデブリを回避しつつ弾幕を張るマゼランに交差。光の線が宇宙に描かれた。
恐らく、交差した瞬間にビームを長時間当てて、バーナー切断の要領で目標としたマゼランの艦橋からエンジン部までを焼き切ったのだ。
あっという間にマゼランが目の前で沈む。
その後もまた信じられない。

「なんて技量だい!? 本当に人間なのか?」

マゼランの反対側にいたサラミスの隙を見つけてそのまま突破、ゼロ距離まで接近し、艦橋上部から大型ビームライフルを撃ちぬく。
爆発する前に人間がジャンプする要領で甲板を蹴り、加速、もう一隻に正面から射撃を集中、撃沈した。
この間約5分。
1分で一機のMSに一隻の戦闘艦が撃沈された事になる。
それもたった一人の活躍。決して連邦軍にも油断などしてなかった筈なのに。
あり得ない。

『あ、あり得ない・・・・・こ、これでは・・・・・ま、まるで・・・・・赤い・・・・彗星・・・・・』

この通信は誰が出した? 連邦軍か、或いはあたしか?
そう呟いた。

この会戦後、赤い彗星と呼ばれるシャア・アズナブルの大戦果だった。
この華々しい大戦果の後、艦隊は大混乱に陥る。
連邦軍は第5艦隊旗艦を喪失、背後からの襲撃に完全に浮き足立つ。
本来であれば後背を突くのは自分たち連邦軍のティアンム艦隊の筈だった。
だが実際は90機前後の新型MSに後背を取られて右往左往する。
当然だろう。全精神を前方のジオン軍中央に集中していたのだ。それがいきなり崩された。動揺しない方が変だ。
動揺は一気に広がる。艦隊総旗艦「アナンケ」の傍までMSが来た事実が兵士たちを不安に陥らせる。

『自分達もここで死ぬのではないか?』

『コロニー駐留艦隊や月面方面艦隊の様に皆殺しになるのではないか?』

『死にたくない! 勝てない! 逃げよう!!』

そう言う流れが出来つつあった。
そしてそれはレビル将軍のアナンケ内部でも発生しており一時的に指揮系統がマヒ、更に艦艇を失う悪循環に突入する。
一方で突入したゲルググ各機は平均して二機で一隻を沈めると言う快挙を成し遂げつつある。
このまま交戦すれば壊滅するのは自分達連邦艦隊。
そう思われても仕方ない。

「あのマスク・・・・・はったりだけじゃなかったか」

シーマは手じかなMSにビームを撃ち込むと共に考える。
赤い制服に妙なバイザーマスクをつけた中尉を思い出した。

(単なる変態かと思ったけど・・・・・案外やるねぇ。ま、関わりたくないのは変わらないけどね)

既にサラミス三隻は沈めた。海兵隊も冷却の関係からかビーム兵器の使用を制限する程の余裕が出てきた。
他の部隊の援護の為、後ろから前へ戦場を、敵中央艦隊を縦断している。

(これ以上前に出て戦って死ぬのもバカらしい。私たちはあの赤い中尉の様に死にたがりじゃないんでね。
ならば一旦、海兵隊を纏めて誰かさんに功績を譲ると言う形で逃げるか?)

シーマのその思いは直ぐに現実のものとなる。
ヴィッシュ・ドナヒューの迅雷隊がガンキャノンで構成されたMSの直援機を9機排除した。
ヴィッシュ・ドナヒュー中尉自身もマゼラン級とサラミス級をそれぞれ一隻ずつ共同撃沈している。
個人の武勇を望む、望まれる傾向があるジオン軍では大物食いが奨励されている。
だからシン・マツナガ少佐が唱えていたサラミス級を集団で狙えという作戦は受けが悪い。狙うなら戦艦だ、それも自分だけの手で。
そういう事だ。それをシーマは知っている。バカの妄想だと。

(戦場は生き残った方が勝ちなんだよ・・・・・それが大物狙い?
釣りか何かと勘違いしている馬鹿には付き合ってらんないねぇ)

「ドナヒュー中尉聞こえるか?」

『聞こえます、少佐。海兵隊も壮健で何よりです。』

その一言が心地よい。どうやらこの将校さんは私ら貧困層出身者で構成された海兵隊に偏見を持って無い様だ。
良い人間らしく、いささか騙すようで気は引けるし、偏見が無く開口一番に私ら海兵隊を褒めた時点で一杯奢らせてもらいたい気分だが、今はこの先の戦いで己が生き残る為の共犯者が必要だ。
仕方ない。それに首尾は上々。後は乗せるだけ。

「私の隊とそっちの隊で連邦軍の五月蝿い直援機を排除するよ!
どうやらこちらの隊は全体的にビームエネルギーに問題でねぇ。これ以上の対艦攻撃は難しいと判断する。
よってあたしら海兵隊とそちらの隊で他の部隊の対艦攻撃の助攻を行う・・・・・・・質問は?」

しばしの間。
簡潔な問い。

『指揮系統は一本化しますか?』

この男出来る。シーマは純粋に感心した。こういう奴こそ戦友に欲しい。
こういう時に自分の安全と部下への影響力確保に動けるのは無能では無い証拠なのだから。

「海兵隊はあたし、このシーマ・ガラハウ自らが。
そちらの迅雷隊はヴィッシュ・ドナヒュー中尉、あんたが指揮しな。
戦場で指揮官が健在な部隊が互いに口出ししあっても碌な事は無いからね。
ただし、交互に援護し会う事だけは忘れない事!」

『了解!』




「リック・ドムⅡ隊全機、突入せよ!!
全艦、砲撃を強化。照準固定、P-16だ。全メガ粒子砲一斉射撃・・・・撃て!!」

ドズルの檄が飛ぶ。
時間をかければティアンム指揮下の別働隊が後ろから襲ってくるだろう。
だが、それはこちらも同じ事。
時間との勝負だったが時の女神を掴めたのはジオン軍だったようだ。
ゲルググを中心とした独立教導艦隊(本国より増援あり。ザンジバル級10隻、ゲルググ90機)は月を迂回して戦場に到着。

「よーし、レビルの鼻を明かしてやった、奴らの背中を叩き切ってやったぞ!!」

ワザと声を上げる事で艦隊全体の士気向上につなげる。
既にグワランを喪失、グワデンも大破して戦線を離脱しているのだ。
ジオンは負けては無い、連邦に勝っている、これで連邦に勝つ、という事を艦隊の全将兵に知らしめなければならない。

この時、逆U字型で艦隊を縦断し、左から右へと連邦軍を蹴散らして、もう一度と突入するゲルググ部隊に掩護射撃がかかる。
ドズルの第一艦隊全力射撃は、内部に侵入したゲルググ部隊の阻止行動を行うべく陣形を変えつつあった連邦艦隊に直撃。
更にこの時点でドズルは全てのリック・ドムⅡに突入命令を発令しており対艦攻撃力の高いMS隊が突撃。
未だ残る連邦軍の攻撃隊やMS、艦載機は全てザクⅡF2の部隊で迎え撃つことを決定する。

「これより連邦軍の掃討段階に入る!! 全軍・・・・・前進!!!!」

簡潔な猛将の命令程、戦場にて効果のあるものは無いだろう。
こうしてレビル艦隊は内部にゲルググ、外部にドズル艦隊、外壁にドム部隊を抱え込む。
が、それでもバーミンガム級戦艦のアナンケは強固であった。
侵入してきたゲルググ1個小隊を撃墜した上、射線上に入ったムサイ3隻を中破に追いこみ、攻撃を試みた7機のドムに突入を断念させる。
ワイアット中将が提唱した世界最強の宇宙戦艦バーミンガム級戦艦の真価を発揮していた。

が。その奮戦は蟷螂の斧になっていた。或いは線香花火の最後の光。
バーミンガム級恐るべしと感じたジオン軍は戦術を変更し、周囲の艦隊を徹底的に嬲る。
更には右翼から援軍に来たジオン親衛隊は後方のコロンブス級改装空母部隊に殺到。地獄を作り出す。

「・・・・・・・恨むなよ」

ドズルが独語した頃、アナンケに三機のゲルググが接近する。
カラーリングは黒。教導大隊時代からMSに乗っており、あのスミス海の大勝利(連邦側では虐殺)を演出した男たちの小隊だ。

「あれは何か?」

部下たちの為に敢えて確認する。

「はい、ミゲル・ガイア中尉以下の第1小隊です」

そうしている内に見事な編成行動でバーミンガム級の弱点である後方下部から攻撃する。しかも一過性では無く、直ぐに反転して今度は艦橋を狙い撃つ。
主砲が、副砲が、ミサイル発射管が、対空砲が、装甲が、エンジンが次々と撃ちぬかれた。
断末魔の悲鳴を上げるのは時間の問題だろう。

「沈んだな、アナンケ」

独白した直後に連邦軍の最新鋭戦艦バーミンガム級第四番艦「アナンケ」は撃沈した。
それは総旗艦の沈没と指揮系統の完全なる消滅を意味している

「今を逃すな! 必要最小限の防空部隊を残して一気に攻撃出る。
逃げる艦載機は見逃しても構わんがMSと戦艦、巡洋艦は徹底的に沈めろ!! 急げ!!」

猛将、ドズル・ザビ中将。
この命令が連邦宇宙艦隊の死命を制した。
連邦宇宙艦隊は完全に敗走を開始。特に右翼は20隻、中央も30隻程しか残って無い。
ゲルググとリック・ドムⅡ、ザクⅡ改に食い破られているのだ。しかも漸く補給が終わったのか、依然として混戦状態から距離を置く連邦軍に大蛇が牙をむける。
残弾が残り3発とはいえ、プラズマ砲は敵艦隊の陣形を崩すのにも役立つ。
それを惜しみなく投入する。ジオン軍はこれが最後の戦いになると信じているのだ。そしてこの戦いののちに悲願の独立が達成されるとも。

「追撃する! 出し惜しみは無しだ!!」

が、ジオン側も戦力の消耗は大きい。
ドズルの第一艦隊で無傷な艦は殆ど無く、更には攻撃部隊の帰投、補給、整備、パイロットの休養が間も無く必要である。
つまり、一時的にせよ後数十分で戦局を決したMS戦力は無くなるのだ。
それは分かっている。だからこそのジオン親衛隊艦隊である。
こちらは空母が二隻存在すると言う事で補給も整備も従来艦よりも早い。
ドズルは決断した。右翼から一気に左翼に向けて追撃を仕掛けよ、と。

「コンスコンはどうしたか?」

気がかりなのは敵左翼艦隊。
現時点の対MS戦闘ではもっとも有用な方法を見せつけた為か、決定打を与えられなかった連邦軍の部隊。
その後の砲撃戦とゲルググの脅威から艦隊を分派したが、依然として50隻は健在である。
しかしながらドズルはコンスコンを責めようとは思わない。もしも自分がその立場だったら同じような方法を取るしかなかっただろうから。それに自分が最高司令官であり艦隊の総司令官である以上、部下の失敗は自分の失敗として考えなければならないのだ。

(やはり連邦は侮れん。最悪、牽制程度と考えるべきだな)

が、彼、コンスコン少将からの報告はドズルの期待以上だった。
それは各艦隊司令官も同様である。

『ドズル閣下。我が艦隊は追撃任務が可能です。
MS隊の補給・補修も完了しております。後は相手次第ですな』

『デラーズ准将です、閣下。既にMS隊は再発進しました。
軟弱な連邦軍はこれで終わりでしょう』

両翼を固めた二人の司令官に続き、今なおザンジバル級10隻で敵中央の後背を抑えているローデンからも連絡が来る。

『こちらも準備完了です。MSの補給作業さえ終われば先程と同じ戦果を挙げて見せると皆が言っております。
・・・・・・・・・ドズル閣下、ご命令を』

これらの言葉にドズルは決断した。
全軍、攻撃再開。目標、地球連邦宇宙艦隊全艦!!
と。




「ワッケイン、これは負けたな」

レーザー通信でマゼラン級グプタのカニンガム少将が言ってくる。
分かっている。
レビル将軍が戦死された、すくなくとも艦隊総旗艦のアナンケが沈んだ時点で均衡は崩れた。
我々が考えた時間稼ぎは結局のところ無駄だった。

「は。この上はルナツーに帰るしかないかと」

そこで先任のカニンガム少将はノーマルスーツのヘルメットを取りキューバ産の葉巻に火を入れる。
美味そうに一服する。
私はタバコ派なので今日も禁煙だ。
そしていつも宇宙では禁煙している提督が態々皆の前で葉巻を吹かすのが嫌な予感がする。嫌な予感しかしない。まるで小説や戦争映画のワンシーンだ。

「ふー。やはり葉巻はキューバ産だな。ワッケイン君、君はタバコ派だが・・・・私に言わせればタバコなど邪道だよ。
さてと・・・・・・悪いが君にはルウム経由で残存艦隊を率いて帰ってもらうぞ」

両艦隊の砲撃が続く。
遮光シールドが無ければ失明する程だ。それほどジオン軍が至近に接近し砲火を集中している証拠だ。
思わず艦橋の椅子のベルトを着けているのを忘れて立ち上がろうとした。

「は? どういう事です?」

しかし、そんな混乱状況も先任であるカニンガム少将の言葉で氷解する。悪い意味で。

「ルウムには各サイドの亡命政権らがある。ジャブローのお偉方が必ず回収しろと言ってきた亡命政権が、な。
ジャブローのモグラはな、私は大嫌いだ。嫌いだが・・・・・あんな嫌な連中らでも地球連邦市民が自分で選んだ首相なんだ。
それを文民統制化の軍人が政府の命令を無視する訳にはいかない。部下は上司を選べんしな。
確かに嫌な命令だ。死んで来いと言っているようなものだ。
だからと言って無視して良い法律もない。
先程も言ったように我らはジオン公国とは違う、文民統制の軍隊だ。
軍人や一部の政治家が私的に行動して公益や秩序を乱すなら地球連邦は存在意義を失う」

また一服。
最後の葉巻なのか非常に美味そうだ。
話は続く。

「君も知っているケンブリッジ君が言っていたよ。
連邦市民の権利と財産を守るのが連邦軍の存在意義だと。ははは。全く持ってその通りだな。
そしてあそこには、ルウムにはジオンの支配を良しとしない大勢の市民が、難民が我らの助けを待っているのだ。
それを無視するのか?
守るべき人々を群狼の中に放置して自分達だけ安全な我が家に、ルナツーに逃げ込め、と?
そんな事をしたら私は私を一生許せなくなるだろう。連邦を許せなくなるだろう。
色々問題はあるが・・・・・それでも連邦軍に忠誠を誓った身なのだ。
それなのに最後の最後で自分を、自分たちに縋る者達を見限る訳にはいくまい?
民主主義の国家の軍人として生きて給料を得ながら最後は軍国主義者になった、とは言われたくは無いじゃないか?」

冗談めかして言うカニンガム少将の口調とは裏腹に、その意志は固かった。
彼は、カニンガム提督はここで死ぬ気だ。

(自分だけ義務を全うする気なのだ・・・・・・そんな事が・・・・・これだけの覚悟を持って戦う事が私にできるだろうか?)

そんな疑問を抱きながらも命令を遂行するべく数名の参謀に戦闘可能艦艇と航行可能艦艇、無傷の艦艇の判別をさせる。

「なぁワッケイン。
・・・・・・老人の都合で若い人が何万人も死んだ。嫌な時に生きたと思わないか?」

生きた時。そう、「生きた」とき。それは覚悟の表れ。今艦橋で葉巻を吸う姿がもしかしたらこの人なりの別れなのかも知れない。
そう言いつつも艦隊の指揮を取る姿は立派だ。
ジオンの連中が何と言うか知らないが、彼は連邦軍人の鑑と言っても良いだろう。

(ジオンが何と言うか知らないが仮にカニンガム提督の生き様を否定する事だけは許せない)

そんな事を考えているとオペレーターが悲鳴のような、いや、悲鳴を上げる。

『正面のジオン艦隊よりMS接近、数・・・・・・60機以上!!』

今までの部隊とは違い、最初から左右上下に距離を取って攻めてくる。艦隊の砲撃を拡散させるのが狙いか。

(更に中央を食い破ったビーム兵器搭載のMS部隊が横にいる。いかんな、これは)

先程との差異の一つに我が軍の中央がもう持たないと言うのもある。
艦隊としてはまだ保っているが、それでもこのままでは時間の問題。
ドムとザクに群がられている右翼と中央右寄りは助からない。
我が艦隊には助けも来ない。寧ろ我々が助けなければならない。

『撤退信号!! 殿は我が第6艦隊が執る!!』

グプタから緑色の撤退信号が何発も打ち出される。次々と。まるでパレードの様に。
それが合図だった。戦場に残っていた各艦隊は一斉に散開。
各々の思いの方向でルナツーへと経路を取る。
方や第6艦隊は前進を開始。

「!?」

カニンガム提督の手に驚いたが考えてみればそれは逆に良い手である。
艦隊同士の乱戦に持ち込めばジオン軍とて追撃の手を緩めざるをえない。
さらに接近すればMS隊も母艦を失うと言う恐怖から追撃の手を緩めるだろう。
そして緩めればあとは加速性能がものをいう。
一度高速軌道に乗った巡洋艦や戦艦を宇宙で補足するのは不可能だ。
後方のコロンブス空母部隊も反転を開始している。
幸か不幸か戦闘機隊はその殆どが撃墜された為、初期の段階で撤収していた。
MS隊は悪いが殿として全て第6艦隊に預けた。

「第7艦隊ならび戦闘可能艦はルウムに撤収する!
進路そのまま。経路変更なし! 信号弾青。全艦・・・・・撤退する・・・・・・我に続け!!」




「恨むなよ・・・・・・敗者の定めだ」

ランバ・ラル隊がバーミンガム級戦艦を強奪したという信じられない報告に色めき立つ艦橋。しかし、ドズルの胸に来たのは別の事だった。
敗残し、逃げる事も戦う事も出来ずに沈んでいく戦艦。
的になってしまった巡洋艦に、帰る場所を失い自棄になって死んでいく艦載機のパイロット。

それを見たドズルの胸に到来したのは勝利による高揚ではなく、敵兵への哀愁。

設立以来、絶対的な強者として君臨してきた地球連邦宇宙艦隊が壊滅したのだ。
それがまるで悲しかった。理由は分からない。
或いは我がジオン軍もまたいつかこの道を辿るのだと思ったのかもしれない。

「敵艦隊旗艦、恐らくですが、マゼラン級12番艦グプタの撃沈を確認。
敵艦隊司令官カニンガム少将も戦死した模様。抵抗、微弱」

「敵艦隊より入電、我降伏ス、貴軍ノ寛大ナル対応ヲ願ウ、です」

ただ無言で宇宙を見つめる。
そして頷いた。

「敵に返信しろ。90秒だけ攻撃を停止して待つから国際法に則って白旗を掲げ、機関を止めろと。
それを持って降伏の受け入れとする」

それから180秒ほど経った後、連邦軍残存艦隊約10隻はジオン軍に降伏した。
この結果、連邦軍は参戦した336隻中287隻を永久に失う。方やジオンも106隻中61隻を撃沈破されたが、実際に損失した艦は30隻前後にとどまった。
MS隊の犠牲はもっと少なく、新型機であった事も考えると損害機を含め200機に届かなかった。
一方の連邦軍は2200機の艦載機中1987機を失い、ガンキャノンを中心とした連邦軍のMS隊も全滅した。
連邦軍は地球軌道からも撤退を開始し、拡大ISSを放棄、爆破。
更に地球連邦政府上層部はこの会戦の結果を聞いた直後、僅か10分でルウム放棄をも決定。
そこに住む、或いは各サイド、月から逃げてきた軍官民合計で6億人を見捨てた。

・・・・・カニンガムらの犠牲を無駄にして。




宇宙世紀0079.08.23 ルウム。
ルウムの後方に陣取っていた第14独立艦隊も決断を迫られた。
再編されたジオン軍が進撃を再開。
ティアンム提督の艦隊は戦力温存を理由にルナツーへの帰還コースに乗っている事が判明。
連邦政府もサイド5防衛を放棄、サイド5占領は時間の問題であり、ジオン派の市民が武器を持って騒乱を起こしていた。
一方鎮圧すべき連邦軍は政府、財界、軍、官僚の上層部と共に逃げだす。
ワッケイン少将は最後まで抵抗するつもりだったが、ここでジオン軍が秘蔵している核兵器を使えば大虐殺が起きると考え、秘かに攻略艦隊のコンスコン少将に軍使を派遣していた。
もちろん、たかが一個独立艦隊の司令官程度がそんな高度な判断を知る筈がない。
分かっているのはサイド5から政府首班や亡命政権のメンバーと思われる人々の船が30隻程、6隻か7隻の小中破したサラミスらに護送されており、それがジオンの偵察艦隊の猛追を受けていると言う事実のみ。

「シナプス司令です。ケンブリッジ政務次官、艦橋までお越しください」

ルウム戦役の報告がおぼろげながらに入ってきた昨今。
ルウム後方に陣取っていた第14独立艦隊は政務次官の予想通りに嫌な位置にいる事になる。
それは敵艦隊と味方艦隊の中間。と言うより、殿の一つ。
ルウム戦役の報告を長距離通信レーザーで知った亡命政権らは即座にルウムを脱出する。疾風迅雷の如くであった。
ついでに疾風のごとく出港する船の中にはケンブリッジに与えられていた特別船『スカイ・ワン』もいた。ルウムに接近した時点でルウム自治政府に徴発されたのだ。
思うところが無い訳では無いが、今は別の事だ。
サイド1、2、4、5、月面都市代表の5つの自治政府首班からの要請が来た。

『我々を守ってくれ。ルナツーまで護衛しろ』

色々とかつ長々と形容詞や修飾語付きで言われたが要約するとこうなるな。
シナプスはノーマルスーツのバイザーを開けると水を口に含む。
既に艦橋全員が、いや、艦隊乗組員全員がノーマルスーツを着用している。
ペガサス級の高性能光学センサーは戦闘の光を確認したのだ。

「MS隊はいつでも出せる様にしておけ。
第1戦隊は警戒態勢。MSは神出鬼没だ。上下左右前後360度全方位警戒態勢を維持せよ」

ワッケイン指令の第7艦隊を中心とした艦隊がルウムで一般市民の疎開を開始している為、対抗馬のジオンの第三艦隊は動かない。
また、シナプス大佐は知らない事だが極秘にルウム無血開城の交渉がワッケインの独断で進められている。
圧倒的に不利な連邦軍は代償として、戦闘可能艦艇全ての譲渡という屈辱的な内容で開城準備を進めていた。
故に双方の正規艦隊は無言の紳士協定で動かないと言う事になる。
が、ジオンの偵察艦隊は別だ。現に4隻のムサイ級が脱出船団に向かっている。

(我々だけなら逃げるのもたやすい・・・・・が、民間船と損傷艦を守りながらだと話は別だ。
噂に聞くザクに本艦隊のジムがどこまで通じるかで話が変わる・・・・・勝てるか?)

無傷の護衛は自分の艦隊4隻のみ。
後は亡命政権らと一緒になって補修を名目に逃げ出した7隻のサラミスで構成された艦隊がいる。

(7隻か・・・・・だが、どれもこれも被弾しており戦闘など不可能だろう)

どうやら亡命政権の方々は各コロニーサイドの市民を見捨てたツケが今来たように思えてならない。
そうこうしている内に通常の兵士とは違うサイド6製の水色のノーマルスーツを着用したウィリアム・ケンブリッジ政務次官が来た。
先に妻に向かうかと思ったがそれは無かった。用意された席に着席する。
まだバイザーは開けている。余裕の表れなのだろう。

(ここで妻に一言も声をかけないのは流石だ。
凡人なら妻に一言くらい声をかけるだろうに。それもこの部隊で一番偉いのだから誰も咎めないにも関わらず・・・・・ふふ、あのサイド5の脱出組とは大違いだな)

流石は最も連邦にとって忠実な官僚と言われるだけある。
だが、だからこそ軍人たちが主体の戦場に連れてきて良い人物とも思えない。
ギレン・ザビらと交友関係があるなら尚更だ。
そう言う人物は外交にこそ必要であり、こんな戦場で、しかも負け戦で失って良い人材では無い筈だ。

(ならば汚名を被ってでも彼を逃がすべきか?)

そう思うが既に遅いかもしれない。
敵艦隊に動きがある。
ザクがこちらに向かって来た。数は12機。恐らく全力攻撃だ。

「次官閣下、敵艦隊です。
戦闘可能艦の数は同数ですが、MS隊は向こう側が恐らく全部で16機。
こちらが9機と数では負けてますな。
パイロットの質も宇宙を生活の場にしているスペースノイドであるジオン軍が、恐らく向こうが上でしょうから・・・・・勝てる保証はありません」

何事かを考え込む政務次官。
私はそれでも言わぬばならぬ事を言った。
戦うのか、逃げるのか、と。

「その・・・・もしも戦うとしたらどうする?」

シナプスはきっぱりと言い切った。

「本艦を囮にし、敵MSを吸引します。幸いこの船の防空能力はバーミンガム級に次ぎますし彼らにとって最良の獲物に見えるでしょう。
その隙に第1戦隊のサラミス三隻の火力でムサイ級4隻を艦砲射撃で仕留めます。撃沈が無理でも引かせます」

が、それには一つ気がかりがある。
これも伝えなければならに。正確な情報を伝えるのは軍事の専門家としての誇りであり、義務だ。

「しかし、ルウム疎開の影響で第7艦隊やそのほかの偵察部隊と距離を取りすぎています。増援は望めません。
それと撤退中の友軍は明らかに戦闘行動が不可能です。
士気の面でも救援は怪しいかと。
また、交戦後に撤退する際は苦肉の策としてMS隊を殿にして時間を稼ぎますが、この策を取った場合MS隊は壊滅する可能性が高いです。
しかし劣勢になった時、私の頭ではそれ以外に船団と閣下をお守りする方法が思いつきません」

政務次官の顔からさぁと血の気が失せるのが分かった。
それでも震えを隠そうとしている。拳を何度も開いては握り、開いては握る。恐怖ゆえだろう。

「か・・・・・・いや、降伏は・・・・・・何でも・・・・ない」

まだ迷っている。
敵と戦うか、味方を見捨てるか、すべて捨てて逃げ出すか。

(仕方ないか。これ以上迷っていたら自分たちが死ぬ。それは司令官として許容できない)

ならば先ずは自分たちの身の安全を保障する事だ。例え卑怯者と呼ばれても目の前の人物を失う訳にはいかない。
彼はあのザビ家らと交渉できる数少ない人材だ。ただ戦える人間は多いが戦争を収められる人間は少ない。

(特に友軍がルウムで大敗北を喫した今は彼の様なタフな外交官が必要になるのだ。
絶対に死なせてはならぬ)

シナプス大佐は決意する。

「・・・・・仕方ない。タキザワ少尉、全艦に連絡。レーザー回線は使うな。発光信。
内容は180度回頭、MS隊は発進準備のまま待機。撤退よう・・・・・」

「し、ししし、し、シナプス司令官!」

友軍と脱出船団を見捨てて撤退すると言おうとした時、政務次官の瞳に強い意志が宿った。
それは臆病者の一かけらの勇気。

「ひ、避難民を守ろう」

彼もまた避難民なのだが、それでも自分より弱い立場にいる人物を守る為に行動した。
やはり自分の第一印象は間違ってはいなかった。
この方は、この官僚は他の官僚とは違う。今の地球連邦にとって本当に必要な人物なのだろう。私の見立てに間違いは無かった。

「次官閣下・・・・・・軍の危険手当は存外低いですぞ? よろしいですか?」

無言で、しかし必死に頷く。
怯えが見えたが仕方ないだろう。自分だって初陣は怖かった。今だって夢に見るのだ。

「よーし、タキザワ少尉、各艦に連絡。攻撃態勢、第二戦闘陣形へ移行せよ。
リャン大尉、MS隊全体の作戦指揮を任せる。MS発進準備。管制官は担当各機の管制を忘れるな。総員第一種戦闘配置!」



「ひ、避難民を守ろう」

ああもう。
なんでこんな事を言ったんだ!?
逃げる最大のチャンスだったのに。逃げる最後のチャンスだったのに!!

でも仕方ないか。俺が逃げてもあの逃げ出した亡命政権の連中は別の誰かに助けを求める。
そういう連中だ。
だから守るしかない。それに連中の下にいるシャトルの乗組員とかは連邦市民だ。
戦艦に乗っている自分が我が身かわいさに見捨てられるだろうか?
答えは否だ。断じて否である。ああ・・・・・いかん、ギレン氏に似てきたか?
それにそれだけが理由じゃない。MS隊を犠牲にするってことはあのパイロットの期待を裏切るって事だ。

・・・・・・・ルウム戦役と呼ばれる会戦が勃発する直前、私はロッカールームでスーツの上着を脱いでいた。
其処に黄色のパイロット用ノーマルスーツを着用した黒人パイロットが来た。

『パミル・マクダミル軍曹であります。
あの、失礼ですがウィリアム・ケンブリッジ政務次官閣下でよろしいですか?』

『そうだけど・・・・・・なんだい?』

『あ、いえ、個人的な案件なのでありますが・・・・・自分は次官閣下を尊敬しております。
自分は南米のスラム街出身です。あそこから逃げたいが為に軍に入った様なものでした。そして軍でも差別されてきました。この肌の色で。でも、だからこそ閣下を尊敬しております。
同じく有色人種でありながら実力で政務次官まで上り詰めた閣下に希望を見出しました』

『それは・・・・・その・・・・・困ったな』

『ご謙遜を。閣下の武勇伝はニュースで知っています。暴動の中、単身独裁者に立ち向かったとか。
自分は今から出撃しますがそれだけは言いたくてこちらに来ました。
閣下はカムナの兄貴の次に尊敬する方であります。ではご武運を』

そう言ってタチバナ小隊のパイロットは去って行った。
そんな事を言われて自分だけ逃げられるのは余程の強者だろう。
生憎、ウィリアム・ケンブリッジと言う人間はここで逃げるほど強くもなく、勇敢に戦えるほども強くは無い。

怖くてがちがちと歯が震える。
幸い、ノーマルスーツ越しのバイザーで分からないようだが。
今からでもリムと逃げられたらどんなに良かったか。
だけどそんな事は許されない。
だから思う事を述べる。
この時、ノエルお嬢さんの操作ミスで全艦に自分の告白が伝わるなど思いもよらなかった。

「なあシナプス大佐。聞いてくれ。私は勘違いされてきた。
勘違いだけで45歳にして政務次官なんて言う高級官僚になった。
でもその実態は無能で、臆病で、なんでここまで来れたのか分からない、ただの人間だ。凡人だ。
私の代わりなんてきっといくらでもいる。でも、私にはリムの代わりはいない。言い難いが私にとって守りたいのはリムなんだ。
正直言うと怖い。ああそうだ、軽蔑してくれ。侮蔑してくれてよい。怖くて怖くてたまらない。
ああ、そうだ恥も外聞もなく言おう。今すぐに逃げたい。逃げ出したい。
あんな連中の為に死ぬのは嫌だ!!誰かの盾になって死ぬのはご免だ!!
与えられた権限を使って今すぐにシャトルで逃げたいんだ!!!」

そこで一旦区切る。
誰もが。艦橋中の誰もが私の独白に聞き入っている。
それを知ったのは後だったが。

「それでも逃げちゃだめだと思う。
私は愚か者だ。卑怯者だ。いつも厄介ごとばかり押し付けられてきた運も無い男だろう。
だけど、だけど、妻を・・・・お母さんを見捨てた、お父さんだけ逃げだしたと子供たちに言われる父親にだけはなれない。
私用ですまないが、それだけはなれない。なれないんだ。
それに私はこの艦隊で一番偉いんだ。
その私が一番先に持ち場から離れる訳にはいかないのだろう?
私は軍人じゃないから分からない・・・・だけど、サイド3で上司に見捨てられた時の悔しさと辛い思いは分かる。
だから・・・・・・すまないが・・・・・シナプス司令官・・・・・全て君に任せる」

もう途中から何を言っていたのか分からなかった。
ただそれを聞いたファング2のレオン少尉のジムから苦笑いが起きたのを引き金に艦隊全員が笑いに包まれた。

「政務次官殿、そんなにはっきりと身の丈を晒しては進めの涙ほどの危険手当さえ出ませんぞ?
さてと・・・・・・・ケンブリッジ艦長!」

シナプス司令官が本当に楽しそうに声をかける。

「良い男に選ばれた・・・・・・貴官の幸運に敬意を表する。
ついては戦闘後秘蔵の薬を開けよう。それでチャラにして良いかな?」

唖然としていたリムだが、少し怒った口調で、だが殆ど照れた口調で言い返した。
それはあの頃から変わらないリムらしい口調だった。

「違いますよ、大佐。選ばれたのではありません。自分が選んだのです」

その言葉に再び一斉に笑いが起こる。
艦橋に詰めていた綺麗どころのお嬢さん方も言う。
中にはマオ・リャン大尉もミス.レイチェルの声もあった。

『いい旦那だなぁ。私も結婚するなこんなかっこ悪い奴が良いな』

『アニタ、そういう優良物件は先に押さえられているものよ』

『ミユは五月蝿いわねぇ・・・・・・夢を見るなら良いでしょ?』

『ノエル・・・・・あんた何歳?』

『ま、カッコ悪いのには同感だわね・・・・あら? 私って酷い?』

『そうそう。でも私はかっこ良いと思うな~』

『全く貴様らは・・・・・そろそろ仕事だ』

『マオ大尉は堅いです~。少しくらい恋ばなに心躍らせても良いでしょう?』

『一世一代の心からの叫び・・・・・映画みたいでしたね・・・・・艦長、次は貴女の番ですよ!』

『次はあたしたちとお酒飲みましょうよ!』

『・・・・・みんな。そういう事は生きて帰ってからゆっくりやりましょう』

ミス.レイチェルが〆たのが始まりだった。
ひときり艦内の笑いが収まったのを見たシナプス大佐が命令する。

「よろしい。では各機発進。続いて最大船速。
敵はまだこちらの真価に気が付いてない。最大船速で敵艦隊右舷から砲撃戦を仕掛ける。
反航戦の機会をあたえるな。一撃で仕留めて見せろ!!」

こうして私の人生はじめての実戦は幕を開ける。




『こちらファング3、マイクだ。一機撃墜!
ま、ざっとこんなもんかな?』

乗機のジム・コマンド宇宙戦闘使用に標準装備されたビーム・ガンでザクⅡF型を落とすホワイト・ディンゴ隊こと第三小隊。
ホワイト・ディンゴはレオン機が牽制し、ファング1のレイヤー隊長が接近する気配を見せる。が、これは陽動作戦。
本命はマイクのビーム・ガンによる射撃。取り回しが難しいガンダム用のビームライフルよりも小回りの利くこちらの方が優位と判断した。
その判断は間違ってない。今のところは。

『ファング2、二機目を確認。マシンガンにて牽制中』

ばらばらと閃光が一機のザクを捕えんとする。
ザクは殆どが対艦攻撃用のザクバズーカ装備であった。当たればこのジム・コマンドとて不味いが、どうやら母艦のペガサスを沈める為に取っておきたいらしくあまり撃って来ない。
マシンガン装備機は先に落とした。

「舐められたものだな」

レイヤー中尉は思わずジオン軍を罵る。勝ち戦で完全に油断しきっているのだろう。
そう言いつつも火力では圧倒するホワイト・ディンゴ隊。
3対3で始まった迎撃戦はいつの間にか3対2になり、今またロックオンする。
恐らく敵機のコクピットでは五月蝿いほどの警報が鳴っているだろう。そしてこちらの兵器はビームライフル。

「一機撃破!」

その掛け声と核融合炉の誘爆は殆ど同時だった。
これで3対1。最後の一機は形勢不利と見たか逃げていく。

「もっとも・・・・・作戦が成功すれば逃げる場所など無い筈だが」

レイヤーは一旦小隊を纏めるべくアニタに連絡する。




『カムナ隊長!』

『カムナ君』

二人の声が聞こえる。スペースノイドのジオン兵相手に宇宙空間で格闘戦を仕掛けたのは無謀だったか?
少し後悔したが性能差に助けられた。ジム・コマンドのパワーとガンダムと同じビームサーベルの圧力・威力で押し切った。
ヒート・ホークが焼き切れそのまま袈裟懸けでザクを両断する。
直ぐに盾を構えて距離を取る。爆発。そのデブリがシールドにぶつかる嫌な感触が何故か分かった。

「これが実戦、か」

息が荒い。
三小隊の中で最高のスコアを持つ自分がここまで本番に弱いとは予想外だった。
それでもエレンの管制下でシャーリーやパミルらのマシンガンが共同でザクを追い込む。ザクにとっては、ジオン軍にとっては予想外の展開だろう。
ジオンの十八番であるMS戦でこうも一方的に落とされるのだ。
気が付くとハチの巣にされるザクが見えた。これで二機目。逃げ出そうと背後を見せたザクに咄嗟にビームを撃ち込む。

「これで三つ!」

気分が高揚する。
戦勝がこんなに気分が良いとは思わなかった。




『マット隊長! ちょっとヤバいんじゃないですか!?』

『同感!!』

アニッシュとラリーが連絡してくる。
自分たちの任務は母艦の護衛。
シナプス司令官は旗艦のペガサスのみを突出させるという大胆な方法で全ての敵攻撃隊のザク12機を吸収した。
それ自体は三隻のサラミスKを守る為に必要な処置であったが、その分のしわ寄せが第二小隊のデルタチームに来たのは否めない。
それでもこの小隊は全機がビームライフル装備という事もあって既に2機のザクを宇宙の塵と化している。

「アニッシュ、下に一機行くぞ! ラリー、左舷に二機回り込む。
ノエル、敵機の正確な位置を報告してくれ! 先回りする!!」

空間機動ではザクのパイロットたちが上。
ならば管制で勝つしかない。幸い改装されたペガサスは強固な対空火砲と小隊毎の安定した連絡網が俺たちを救う。

『ノエルです。デルタ2はP65に向かってください。敵の後ろを取れます
デルタ3は・・・・P29です、急いで!!』

『無茶言うな!』

冷静な報告と言うのは必須だ。
特に戦場では。それが分かっているのか、どのオペレーター達も必死に冷静さを保とうとしている。
それでも無理な面があるのは否めない。
アニッシュがビームライフルでザクの右肩を撃ちぬく。
それを見た俺は直ぐに持っていたマシンガンでそのザクを撃つ。

「ええい・・・・後何機だ?」




『取り舵12、左舷多弾頭ミサイル発射! 
続けてデルタ3の後退を援護する。閃光弾装填、MSの目とモニターを潰す・・・・・・今だ、1番から6番撃て!』

私は妻の傍らで人生史上初めての宇宙戦闘を、所謂初陣を見学していた。
本当は一番安全なペガサスの艦中枢にいても良かったが、最後の意地でここにいる事にした。妻がいる艦橋に。
と、言えば聞こえが良いが本当は逃げると言う事も出来ない程の震えがあり席を立てなかった。
妻と子供の為だけに部下を死なせようとする、こんな自分を見れば誰もが軽蔑するだろうと思ったのに・・・・・何故か誰も軽蔑しなかった。
それどころか心地よい笑いに包まれた。意味が分からない。みんな死ぬのが怖くないのか?

私は怖い。
本当に怖い。
今だって怖いのに。

ずっと祈っている。
あまり礼拝には行かなかったが今日ほどそれを悔やんだ事は無い。
教会で見上げて崇拝した神様に頼む、どうか殺さないで下さい。
まだ生きていたいです、と。

その時ペガサス全体が大きく揺れた。
ザクがバズーカを叩きこんだようだ。

『ダメージコントロール!被害状況報せ!!』

『艦長、こちらダメージコントロール班。被害軽微。戦闘並び航行に支障なし』

『ミユです、ただいま攻撃したザクはデルタ1が撃墜しました。
シナプス司令、第1戦隊は予定位置に到達。砲撃戦に移ります』

『リャン大尉だ、これより各小隊は迎撃に専念せよ。ザクは残り少ないが無理に殲滅する必要はない』

どうやらうまく行くみたいだ。
良かった。帰れそうだ。
思い切り安堵の溜め息をつく。

『よし、第1戦隊に連絡、扉を開け!』

ふと目をやるとピンクの光が、メガ粒子砲の光がムサイに降り注ぐ。
艦隊による全力射撃とはこういうものなのか、と思えるほどの砲火がムサイに集中する。
先ずは右翼の一隻が沈んだ。圧倒的な砲撃にミノフスキー粒子もビーム攪乱幕も対応しきれなかったようだ。
そしてこの攻撃で直援に残していたザクも1機落としたみたいだ。それも撃沈したムサイ級のデブリで。
敵艦隊は素人目に見ても明らかに狼狽している。艦隊陣形こそ保たれているがそれでも不利なのは変わらない。
更にペガサスもメガ粒子砲を撃つ。

『目標、敵右翼二番艦。当てなさい!!』

ここまで怖い妻は久々に見た。
余裕があると思っていたがそうではないらしい。途端にまたもや恐怖が体中を支配する。
腕を組む。ふと気が付いて、いつの間にか開けていたバイザーを慌てて下ろす。
そうして初めて恐怖から身を解放する。
もっとも、解放した気になっているだけだが。
そして何を言い出すか分からないから口は挟まない。
が、これもある意味では誤解の元だった。

(もっと指揮系統に口出しするかと思ったが・・・・・やりますな、ケンブリッジ次官)

(コーウェン少将らの言った通りの人物ですね。
これはやはり大物です。しっかりとジャブローに報告しなければ)

シナプス大佐とレイチェル大尉が盛大な勘違いをしてくれいるが気が付けない。
今までとは違ってそんな余裕はない。
が、余裕がないのはどうやら自分だけでは無かったと後に知る。

『敵艦被弾、沈みます! 轟沈です!!』

『ミユ、良く言ったわ!! よし、続けて敵左翼一番艦。第1戦隊と共同して刈り取るわよ!!』

通信越しに妻の興奮した声が聞こえる。
そう言えば直接戦闘に参加しないで後ろにいるダグザ大尉はどんな気分なんだろう?
私と同じように怖いのだろうか?
それとも生粋の軍人は怖くないのだろうか?

『何!? ちょっと待て!? おい!!
ケンブリッジ艦長! シナプス司令!
撤退中の味方艦隊反転。反撃に加わるとの事です』

『今さら!? ええい、さっさと残りのムサイを沈めるわよ。
ん? 砲術長、右舷下部ミサイル4発発射と同時に対空砲を叩き込みなさい。ミユ何を見てたの!? ザクが下にいるぞ!』

マオ・リャンが報告し、妻が毒舌と同時に艦の保全に努める。
ペガサス級は連邦軍でたった二種類だけの、対ミノフスキー粒子下での戦闘(特に接近戦)を想定された艦である(もう一隻はバーミンガム級)。
故に、MSと言えどもペガサス級強襲揚陸艦を叩くのは骨が折れる。
装甲も大気圏突入とその後の飛行を考えてマゼラン級戦艦よりも厚い。
止めにデブリの中で強襲揚陸を行うのだから全体も装甲が厚い。特に二番艦以降は更に改良が加えられている筈だ。
まあ何が良いたかと言うとザクの攻撃では沈めにくい、と言う事だ。
尤も、実際これがゲルググなどであれば第14独立艦隊は壊滅していたが、ザクⅡを基本とする二級線の偵察艦隊であった点が勝利の女神に微笑まれる要因となる。

次の斉射でムサイが機関室を撃ちぬかれて漂流。
残りの一隻は味方を見捨てて撤退。

残った4機のザクはこれを見て武器を捨てる。そのままザクはペガサスに着艦。
ウィリアム・ケンブリッジ政務次官はほぼ無傷の4機のザクⅡF型を武装解除すると言う功績と亡命政権の船団をルナツーに無事送り届けるという功績をあげた。
いや、第14独立艦隊がこれらの功績を上げたと報告した。
そしてそれはウィリアム・ケンブリッジには用兵の才能があると連邦政府上層部と軍上層部に錯覚させる事になる。




宇宙世紀0079.08.23
ルウム戦役勃発。地球連邦連合艦隊、二時間にわたる激戦の末、完全な敗北を喫する。
ジオン軍、本国に向けて凱旋を開始。

宇宙世紀0079.08.24
連邦宇宙軍、ルナツーに帰港。全軍の85%を喪失。
ジオン第三艦隊、21時にサイド5宙域に侵入しサイド5ルウム制圧。
第7艦隊、武装解除。将校のみルナツーに後送される。将兵は捕虜になる。
ジオン第一艦隊、ジオン親衛隊、独立教導艦隊、ジオン本国に凱旋帰還。

宇宙世紀0079.08.26
ジオン公国、ヨハン・イブラヒム・レビル大将の生存ならび捕縛を正式に発表。
同日10時、地球連邦政府に対して外交交渉を開始。
同日15時、ジオン公国本土にてルウム大勝記念大会を開催。
同日19時、地球連邦政府、南極にて交渉開始を受諾。
同日23時、ジオン公国、ギレン・ザビ自らを中心とした代表団の地球出発を公表。

宇宙世紀0079.08.29
連邦、ジオン代表団双方が対面。南極にて交渉開始。




そんな中、ルナツーである事件が起きていた。
ウィリアムが私室でくつろいでいるとそれは起きる。
部屋の前が何やら騒がしい。そう思って彼は読んでいた雑誌を片付ける。

(この間地球に降ろせってうるさかったムーアとザーンの亡命政権首班をぶん殴ったせいかな?
あいつら国民見捨てたんだ。それが被害者だと言い放って、責任は死んでいった連邦兵にあるだの、連邦軍が悪いだのなんだの・・・・シナプス司令らの前だったけど我慢できなかった)

良くある事だが、権力を持っていた連中が安全なところにいたいのは良くある。
そして連邦艦隊が壊滅した今、ルナツーも安全とは言い難い。
何より宇宙要塞であるルナツーはコロニーの首都バンチ程快適では無い。
だから地球で一番安全で尚且つ快適なジャブローに降りたがっていたのだ。
それを伝えられた時の怒りときたら・・・・・自分が殴らなければ他の誰かがやっていただろう。
自分は臆病者で役立たずだが、それでも部下の怒りと感情の代わり位は務めないと。

と、思っていたのだが少しやりすぎたかとも反省。
未だに感情が高ぶっているのが分かる。もう1日が経過したのに。
そして扉を開く。
部屋にはダグザ大尉以下の護衛達も制服で寛いでいたが何事かと立ち上がる。
剣呑な空気が辺りを支配する。

「ウィリアム・ケンブリッジ政務次官・・・・・ですな?」

無言で頷く。

(私服だが・・・・それが不味かったか?)

眼鏡をかけた大尉の階級を持つ将校と何故か警察官と検察官が一緒だ。
凄く・・・・・嫌な予感がする。

「逮捕!!」

「な!?」

後ろで何事かと構えていたダグザ大尉ら二個分隊の護衛の虚を突いて私は重力区の床に叩きつけられた。
ダグザ大尉らが拳銃を引き抜き、向こう側も小銃を一斉に向ける。互いに銃口が向けられるが、どちらも譲らない。

(痛い。肩を脱臼したな)

何故か冷静にそれが分かった。
やはり実戦を経験すると変わると言うのは真実なのだ。

「私は第401警戒中隊長代行のナカッハ・ナカト大尉です。
こちらは憲兵隊と検察局に内務省警察庁の方々。それにエルラン中将が派遣されたジュダッグ中佐。
もうお分かりでしょう・・・・・ケンブリッジ政務次官、あなたを内通罪、国家反逆罪、軍事情報横流し、物資横領、スパイ容疑ですか、他にも大小幾つかありますがこれらの容疑で拘禁させてもらいます。
民間人に銃口を向けるのは気が進みませんが・・・・・来てもらいましょうか?」

唖然とした私に彼は告げた。
銃口が額に突き付けられた。
恐怖よりも理解不能と言う唖然とした気持ちが強い。

「弁明は査問会なり軍法会議なり、あ、いや、貴方は民間人ですから特別法廷ですか。
其方でするのですな。奥方は軍法会議です・・・・・連れていけ。精々丁寧に、な。」

宇宙世紀0079.08.28
地球連邦政府並び地球連邦安全保障会議はルウム戦役を初めとする一連の敗北の責任を問うとしてウィリアム・ケンブリッジ内務省政務次官の招聘を決定した。



「ここだ」

そう言われて私はルナツーの一室に逮捕、拘禁された。
第14独立艦隊も軍事研究の名目で事実上の査問会にかけられる。



そして舞台は再び政治に移る。
政治の季節がやってきたのだ。

宇宙世紀0079.08.30
ギレン・ザビは自ら南極大陸に降り立つ。




[33650] ある男のガンダム戦記 第八話『謀多きこと、かくの如し』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:9ef01505
Date: 2012/08/02 09:55
ある男のガンダム戦記 08

<謀多きこと、かくの如し>





宇宙世紀0079.08.24

ルウム戦役とギレンが名づけた会戦の名はそのまま地球圏全土に定着した。
ルウムで大勝利を収めたジオン軍は、その規律を守る限りジオン本土に置いて英雄たちとして迎え入れる。
ジオン本国は歴史上稀に見る大勝利に沸いた。国民は勝利の美酒に酔っている。
これと対照的だったのが連邦軍だ。片方が大勝利ならもう片方は大敗北である。
歴史的大敗を喫した為か帰還した将兵らの士気は崩壊。秩序もくそも無くルナツーに我れ先に入港。
そのまま先のルウム戦役での敗北に、MSへの恐怖、戦友を失った事への寂しさを紛らわすかのような乱痴気騒ぎに突入していた。

そうした中、ジオン公国首都のズム・シティではザビ家全員が公王府のデギン公王執務室に集まってきた。

総帥服姿のギレン・ザビ総帥。
黒いゼニア製スーツと紺のネクタイと白いシャツを着た次男サスロ・ザビ。彼の役柄はジオン公国議会議長兼副総帥。
中将の階級章を付けた2mを超すジオン軍の英雄、ドズル・ザビ。
同じく大尉に昇進したザビ家の四男、ガルマ・ザビ。
そして公王としての姿で椅子に座っている、彼らの父親デギン・ソド・ザビ公王。
四人は思い思いの場所に座っており、それぞれのサイドテーブルには銀製品のグラスとフランスボルドー産の白ワインとドイツ製のチーズが置いてある。
地球の統一ヨーロッパ州ドイツのチーズをうまそうに食べるドズルとガルマ。
二人とは違い、食事には手を付けずに小声で何事かを相談しているギレンとサスロ。
こうしてみると四人の役割の違いが良く分かる。
もしくは戦争屋の役目と政治屋の役目の差、か。
ドズルは一仕事終えた親父という感じで、ここに来る前まではギレンとサスロ、ガルマの姪、つまり自分の一人娘ミネバと妻ゼナと共にザビ家の私邸に居た。
余談だが、ザビ家は独裁者と言うイメージを払しょくするべく周辺の名家に比べて私邸が小さい。まあ、庶民にとっては十分豪勢な家なのだが。
ガルマは凱旋してきたシャア・アズナブル少佐(マゼラン級撃沈とその後の攻勢のきっかけを作った功績により昇進予定)らを労う、士官学校同期生主催の戦勝祝賀会に行っていた。
それが今ようやく終わってザビ家の私邸に帰って来たばかりだ。
ルウムでの戦勝で友人を含めた同期生らが大いに活躍したのは疑いない。その為か、何事かを考えている節がある。

(誰かに何か吹き込まれたか?)

ギレンは一瞬、以前の連邦軍武装解除事件を思い出した。
方やデギン公王は国民向け放送で団結を呼び掛けて一度席を外しており、その間ギレンとサスロは今後の方針を話し合う。
部屋には超大型のTVモニターが設置されていて、ルウム戦役の両軍の戦闘映像とそれが編集されたプロパガンダ映像が室内に流されている。

「やはり何度見ても凄い・・・・・ドズル兄さんは無敵だ。我がジオン軍は宇宙一だ!」

ガルマが楽しそうにはしゃいでいる。
そこに父デギンが戻ってきた。どうやらガルマの一字一句を聞いたらしく機嫌が悪そうだ。

「ガルマ!」

それを見ていた公王が怒りを露わにする。
彼には末の息子があまりにも楽観しすぎているように見えるのだ。
事実、ガルマ・ザビはこの独立戦争を、いや戦争そのものを楽観視している。

「お前は幼い。戦争がどんなものか分かって無い。
今日の連邦軍は明日の我が軍になるかもしれないのだ。それを知れ・・・・・ギレンよ」

ガルマが不服そうに黙るのを見る。
そう言えばガルマはずっと戦いたい、何でもすると言っていた。
このまま放置しておく訳にはいくまい。
やはり以前に問題を起こした盟友のシャア・アズナブルとかいう士官の活躍にほだされているのだろうか。
そう思いながらも父親の問いに耳を傾ける。

「何でしょうか?」

ワインを口に含みながらも今後の事を弟サスロと共に考えていたジオン屈指の実力者は父親の言葉に反応する。
ふと父親の表情に陰りがあるのが分かった。あのルウムでの大勝利にもかかわらず浮かれてないのは流石だ。
並みの指導者ならば浮かれて政局を誤る所だろう。実際、そうして滅んで行った歴史上の人物は極めて多い。それは反面教師とすべきだ。

「それで? ギレンよ、これからどうするのだ?
ルウムで連邦宇宙艦隊は壊滅した。これは好機だ。恐らく最初で最後の好機だ。
今こそ連邦と即時停戦、早期講和だ。それしかない。
此処を逃せば泥沼の消耗戦になる。
それを勝ち抜けるだけの国力はジオンにはなく、占領した他のサイドにもMSや戦艦を建造するような工業力は無い。
この時をおいてジオンが独立を達成する道はないのだ。そうであろうに。
それとガルマの件だが・・・・・・何か腹案があるのだろう?」

なんだその事か。
ギレンは内心ほっとした。
これが連邦軍との再戦や自分の持つ独自のパイプの事など痛くもない腹を探られるなど御免こうむる。
ついでにガルマの件と連邦への対応なら既にある程度の事が決まっていた。

「ガルマの件については本人の意向を尊重し、昇進の上で軍務上重要なポストである参謀本部勤務にします。
安全なジオン本国からは出しませんのでご了承ください」

不満を述べそうなガルマを手で抑え、ギレンは続けた。
その実に常識的な提案に少し不安であったサスロも安心しているようだ。

「父上、ご安心を。戦死の可能性が高い前線などガルマ本人が余程強く望まない限り認めません。
ガルマには戦意高揚の為と国内政局、軍と政府のまとめ役の補佐をしてもらいます。サスロと共に。
それで連邦への対応ですが先ずは州単位で切り崩を仕掛けます。
こちらから政治的に先手を取りましょう。
ルウムでの大勝利を持って現政権への独立承認を求めるつもりです」

地球連邦はあくまで多国間条約に基づいて成立した連邦国家である。
その第一に構成国があり、更にその第一から構成する州政府があり、州政府は絶対民主制と多様性を主張、保障する為、連邦内部で独自の影響力を持っている。
これは地球圏全土に周知のとおりで、スペースノイド主体のコロニーやルナリアンの住む各月自治都市とは違い、独自に宇宙艦隊を建造できる工業力、その州出身だった連邦軍退役兵で構成された州軍も維持している。
当然だが、州によって政治体制も若干異なり、基本的に議会による民主制という点以外は別個のものであるし(構成国家に至ってはさらに細かく区別される。中には事実上の直接王政まである)、軍事力やそれを支える経済力もまた各州、各州が連携して形成する経済圏によって大きく異なる。

「ま、勝って見せますよ。私自ら地球連邦と交渉します。
このまま何事も無ければ独立の達成は時間の問題ですな」

そして連邦政府(中央政府)が、この戦争で壊滅的な打撃を受けた地球連邦宇宙艦隊を再建するには三大経済圏の援護が必要不可欠であるのだけは間違いない。
これは州政府や州構成国家の発言権強化に繋がる。
そして歴史的に見て(つまり伝統的にという意味だが)、各州間や構成国家間の経済、宗教、文化、歴史対立問題は根強く、連邦政府が一枚岩では無い事を先の地球視察でギレンは知っていた。
あの地球視察で作ったパイプは最大限に役立っている。地球連邦政府では無く、地球連邦そのものに揺さぶりをかけるのだ。

「無論、ただでは独立できませんので我がジオンの独立を承認させるとともに連邦と相互通商・安全保障条約を締結します。
つまり、連邦政府と唯一対等な同盟国としてジオン公国を認め、ジオンの立場を強化させるのです。
これは連邦が一度認めた独立を有耶無耶にするような行動を抑制する為の目に見えない鎖が必要であり、その為の処置です」

ギレンの最終的な交渉目的はジオン公国の独立達成と自治権獲得、そして同盟国化による地球経済圏へのジオンの参入。
特にMSは兵器として以上に、宇宙開発機器としても最重要な機体であり、ジオンが持つそのアドバンテージは10年以上で、ジオンが連邦を圧している唯一の点とも、識者に言われている。
更に宇宙に住むスペースコロニーの中で唯一工業化に成功している我がジオン公国。
独立戦争で損傷した各サイドのコロニーの改修工事やサイド7にでも作られるであろう難民向けの大型コロニー建設、デブリ回収作業という大型公共事業を受注する為に、既にヤシマ重工を中心とした極東州に働きかけをサスロが行っている。
戦後不況を乗り切らないと第二、第三の独立要請が出て全て水の泡になる。それに経済的に連邦に頼られると言う事は連邦内部にジオンのシンパを増やす事にも繋がるので基本的にデメリットが無い。

(極東州は公共事業関しては歴史的に繋がりが深い。地球でも宇宙でも。
ならば積極的に利用すべきだろう・・・・・極東州の裏には北米州があり、北米州の影響下にはオセアニア州とアラビア州、アジア州があるのだ)

これらを踏まえた上で、我がジオンは宇宙開発の最前線に立つ。国家の経済の為に。
ここで宇宙開発の最前線に立ち、地球と唯一対等なスペースノイド国家となりスペースノイドの盟主的な存在として君臨する。
また、ジオン国民のガス抜きの為にも、5億人の経済力と消費能力を持って地球連邦と唯一の対等な『同盟国』として存続する。
勿論だが、先ほども父に述べたように『ただ』で存続できる筈も無い。
地球連邦もそこまでバカでは無いし、権益の問題や非加盟国問題などから連邦議員たちにも譲れない一線がある以上、一方的な要求などすれば独立戦争の継続を招く。
故に大規模な軍縮やソロモン、ア・バオア・クー両宇宙要塞の割譲、非加盟国との交易の停止、MSを初めとしたジオンの最先端技術の提供などはしなければならない。

「父上が心配する様な戦争の長期化は避けねばなりませんからな。
無論、我が軍も戦争の長期化に対応する様にはしますが、現実問題として我々にジャブローを占領するだけの力はありません
そして残念ながら国民と言うモノは熱しやすい。これはダイクンの死を切っ掛けにした暴動が良い例です」

だからこそ、ルウム戦役にて大勝利をおさめ、国民の溜飲が大きく下がっている今こそが絶好の機会なのだ。
これを逃せば何故勝利したのに講和しなければならないのかという至極まっとうで現実を見ない厄介な意見が出てくるだろう。
いや、今だって出ている。報道管制のお蔭で表だって反発してないだけだ。実際は国内でも更なる戦果を求める声はデカい。
だから演説なり減税なりで抑えに回らなければならない。

(独裁者ほど難儀なものは無いだろうな。国内の調整の為に自分さえも欺かなければならん)

この事はサスロを通してダルシア・バハロ首相も分かっており、現在の首相は議会の抑えに回ってもらっている。

「なるほど・・・・・同盟国か・・・・・それならば連邦も辛うじてだが認められよう」

父親は椅子に深く腰掛けながら息子を見やる。
一方、長男は椅子から立ち、いつもの様に後ろで手を組んで父親の傍に来る。
他の3人は思い思いに座って成り行きを見ている。
だが、ガルマだけは不満の様だ。
恐らく兄ギレンが前線に自分を出さないというのが癪に触っているのだ。

「ええ。それに地球圏経済に食い込まなければジオンは経済面から壊滅します」

事実、ジオン公国の経済圏は5億人と小さい(小さいとは言えなくても決して大きいとも言えない)し資源もない、輸出先も非加盟国だけである。
そして地球連邦との関係上、ジオンと非加盟国はあくまで秘密貿易が中心であり大規模な貿易は出来ない。
またジオンが得意とする宇宙艦隊や宇宙産業の需要も彼ら非加盟国にはない。
彼らの戦力と軍需は第一に巨大な陸軍なのだ。
第二に空軍であり、余裕があってはじめて海軍力に目を向ける。
中華の持つ原子力空母こそ連邦海軍の空母と同世代だがイージス艦は二世代前だと連邦海軍に常々馬鹿にされている。
まして海兵隊の様な強襲揚陸部隊や宇宙艦隊などと言う金がかかる部隊を用意する事など出来はしなかった。
加えて非加盟国が宇宙から締め出されており、宇宙には攻めるべき拠点も守るべき拠点もない事も影響している。

(・・・・・・・非加盟国に宇宙に出る余力などない。連中も宇宙での軍拡などする気もないだろう。
そうなればMSは陸戦用や水中用が輸出第一となる。地球での戦闘を考慮したMSはあるが・・・・実際は未知数だ)

ギレンは地球各国の内情を思いやる。
地球の非加盟国は正直言って貿易相手としてはある程度だが頼りになっても、共に戦う戦友としては全く持って頼りない。
泥沼化してしまうのはジオンにとって最悪だし、地球圏全体を考えるギレンにとっても不本意極まりない事態だ。
地球連邦と非加盟事の戦争は確実に地球環境の破壊を加速させる上に、戦略面でも大陸への封じ込め戦略を取られ、宇宙と地球の二正面作戦を連邦が採用する事で最終的にはジオンが押し負けるのは目に見えている。

「ジオンを経済面から再生する為、地球連邦との通商関係を含んだ同盟条約締結。
それを成すにはルウムでの大勝利によってジオン国民の気分が高揚し、連邦政府に対して寛大な状態になっている今しかありません。
この機を逃しては我がジオンは連邦との総力戦に突入し、向こう1年以内に連邦軍に追い詰められるでしょう。
その証拠に既に連邦軍はMSの実用化と量産化に着手しているのです」

ギレンの主張、つまりサスロの主張でもあるが、は、ここでの戦争終結。
その為ならば大幅な譲歩もする。だが、その譲歩に国民が耐えられるのは勝利と言う幻想に酔っている今しかない。
仮に酔いから覚め、更なる熱狂に突入すればギレンと言えども国民を制御する事は出来なくなるだろう。
自縄自縛。古来の独裁者や国家が陥った罠に自らも陥る事になる。
そうならない為には今の段階で連邦に休戦、停戦、講和、独立承認、同盟締結という流れを認めさせなければならない。
そうでなければジオン公国は遠からず崩壊する。経済的にも軍事的にも政治的にも。

「それに父上、例の部隊、父上が懸念していた地球侵攻軍も別に実戦に投入しなくても良いのです。
そもそも軍とは抑止力と言う意味合いが強い。そうだな、ドズル」

いきなり話を振られたが、軍事に関してはザビ家、いや今では地球圏でも有数の人物となっている三男だ。反応が早い。

「おう。兄貴の言う通り軍隊と言うのは存在すると言うだけで意味があるからな。
これは今の状況からの例えなんだが、連邦軍の宇宙戦力はルウムで壊滅した。
が、未だにルナツーに第1艦隊と第2艦隊、それにルウムから個別に逃げ出した残存戦力を合わせて130隻程が立て籠もっている。
これはジオン軍の稼働可能艦隊よりも50隻程多い。まあ、向こうも実際に動けるのは第1艦隊と第2艦隊だけだろうが。
MSの有無を考えれば全力もってすれば第1艦隊も第2艦隊も殲滅できるが連中とてバカじゃないだろうから艦隊保全に走ると思われる。俺たちを牽制する目的で。
そう言う意味では今の連邦宇宙軍もギレン兄貴の言う通り抑止力としての軍だな」

ドズルが我が意を得たとばかりに言うとギレンはまた別の事を続けた。

「開戦前の大戦略に基づき、地球降下作戦を準備します。
南極での交渉が仮に決裂した場合は地球のオデッサ地区を抑えます。オデッサは以前申し上げた通り地球内部の経済圏を支える要。
ここを抑える事で地球経済そのものを人質に取ります。
また、仮にこの戦争が南極にて条約締結をもち終戦となる場合は地上用MSを連邦軍に輸出し、代わりに我が国に必要とする物資を輸入します。
無論、極秘裏に非加盟国へ『作業機械』と『解体用火薬』を輸出して外貨ならび資源獲得を行います。これは条約締結まで続けますが」

そう言って黒いファイルを出す。
中には地球侵攻作戦と露骨に書かれた書類が入っている。
しかもイギリス製の万年筆だ。記憶に間違いがなければギレン愛用の物だ。

「やっておいて今さら。それで、我々は誰を交渉相手にするのだ?」

その言葉を待っていた。
ギレンの顔はまさにそれだった。

「ウィリアム・ケンブリッジ政務次官。
恐らくこの交渉で連邦側の代表を務める人物です。
我らザビ家が唯一恐れるべき連邦の官僚ですな・・・・・父上もご存知かと思いますが?」

ふ。
デギンもそれには全面的に賛成らしい。

「ウィリアム・ケンブリッジ・・・・・ああ、あの男か。連邦にしてはえらく珍しい人間だったな。
そうか・・・・・厄介よ。ギレン、あの男がキシリアを悼んだ時に暗殺でもしておけば良かったか?
いつの間にやら政務次官となり、権限と実力に差がなくなってきておる」

と、ギレンの携帯電話が鳴った。メールが端末に来たのだ。
差出人は秘書のセシリア・アイリーンからで、ダルシア・バハロ首相から公王に面会要請があるという。
それをギレンがデギンに伝え、デギンは椅子から立ち上がり公王杖を持って部屋を出、議会に向かう。

「では先に行く。仔細は後で聞く故、サスロらと共に詰めて置け」

父親はSP(親衛隊では無く、内務省の警察官)を従えて部屋を出る。議会までは車で凡そ10分だ。
ジオン公国議会は傀儡と化しているとはいえ野党も存在しており、ジオン憲法は形式上は立憲君主制を敷いていた。
実質はともあれ。内情はどうあれ。だからこう言った行事や首相、議会の要請に公王がでるのは必然である。
たとえ衆偶政治の可能性があっても、ダイクン以来のジオン議会政治を途切れてはならない、というのも公王やダルシアなどの意見だ。
因みにザビ家の他の面々の対応だが、ギレンはと言うと議会軽視の姿勢が目立ち(と言うより冷淡且つ無視)、ドズルは軍人としての姿勢を貫き我関せず、ガルマは立憲君主制に理想を抱き、サスロは国民への不満解消や政策の多様性という現実面と連邦へのポーズから議会を認めている。

「・・・・・・行かれたか。
さてそれでは会議もいったん休憩にしよう。サスロ、ドズル、ガルマ。
45分後にこの部屋だ。それぞれ情報端末とメモリーディスクを持ってくるようにな」

ギレンが残った弟たちに解散を命じようとした時、ガルマが動く。

「ギレン兄さん!」

いつにない剣幕だった。

「うん? 何だ?」

まあ、それで海千山千の猛者を相手にしてきたギレンが動ずるわけはないが、少しガルマは気合が入りすぎているのは否めない。

「ど、どういう事ですか!? 僕が参謀本部配属って!?
僕は前線勤務を望んでいるって父上にもギレン兄さんにもドズル兄さんに言ったじゃないですか!!」

どんと机を叩いて立ち上がる。

(そこまでの気迫故に一体全体何事かと思えば・・・・・つまりは単なる子供の英雄願望か。
あの連邦軍武装解除事件でもそうだったのか? ガルマよ、頼むから少しはケンブリッジを見習え)

ギレンは弟の危うさに気が付いた。弟は焦っている。
自分達、国内統治の実績を持つギレンに外交関係を構築し長兄の補佐役として連邦に警戒されているサスロ。
開戦時からルウム戦役までの大勝利で歴史に名を刻んだ三男にしてジオン軍の軍総司令官であるドズル。
そしてジオン・ズム・ダイクンにつき従いムンゾ自治共和国をジオン共和国に格上げし、最終的にはジオン公国として事実上の独立国を建国した父親デギン。

(確かに今現在のガルマはザビ家の中では暗殺されたキシリア並みに知名度が低い。
ガルマは実績もない事に苛立ちを持っているのか。
キシリアに似ているが・・・・・もっとも、あのキシリアは暗殺時、つまりはまだ保安隊の隊長のころから私に対して良からぬ事を考えていた様だが)

因みに対連邦対策の為の国内宥和政策から依然として旧キシリア派閥は健在。これはギレンの予想外であった。
亡きキシリアに忠誠を誓う者もいる。キシリア暗殺から10年ほどが警戒してその影響力は衰えてきた。
が、国内諜報部や秘書のセシリアによれば、表向きに衰えたその分、反ギレン派の不満分子を糾合し、裏では勢力を盛り返しつつある。
そのキシリアの代わりに担ぐ神輿はドズルの娘、姪のミネバ・ラオ・ザビ。
自分の姪を利用して、秘かな、しかし確実な反ギレン運動を行っている。国内団結の為に敢えて無視しているがそれ故に調子に乗り出している。
厄介なのはそれに政治的に無関心のドズルが全く持って気が付いてない事だ。
サスロはキシリア暗殺を防げなかった事が流石に後ろめたいのか手を出せず、父デギンは孫娘に娘の派閥が接近している現実、それを信じない。ガルマも同様。
かといって自分が手を出せば反ギレン派の思うつぼだ。この間も総帥暗殺未遂事件があったばかりなのだ。
暴発し易いと思われたキシリア派だが、自分が過労で倒れていた時にも自重してくれたお蔭で更に厄介になっている。

(まあミネバがこちらの手にあり、キシリア派もダイクン派もジオン国内にいる限りどうとでもなるがな)

とは、それをセシリアから聞いたギレンの判断。
ふと、回想を終えて現実に戻るとまだガルマが何か言っている。

「だがガルマ・・・・・」

ドズルが何か言いたそうだったが、ガルマはその気迫を次にギレンへとぶつける。

「シャアだって武勲を立てて少佐になったんだ!」

(ああなるほど、やはりそういう事か。そんな顔をするドズル)

ここでドズルはガルマの思惑を誤解した。
ガルマがここまで前線勤務に拘るのは単に友人に負けたくないだけなのだと。本心では戦闘に参加などしたくないと。

「なんだ?昇進したいのか?それだったら安心しろ。
参謀本部付けになるから自動的に少佐にしてやれる」

バン。
またもや思いっきり机を叩く。
いつの間にかガルマは自分が座っていたソファーから立ち上がっていたのだ。

「違います!! 僕はお情けで昇進したいんじゃないんです!!
嫌なんですよぉ。父の七光りなんて思われるのは!!
お情けで昇進して、それでザビ家の血筋を引きながら無能だの坊やだのお飾り指揮官なんだのと言われるのは・・・・」

若者特有の英雄志望に加え、個性豊かで強烈な兄弟や友人と思っているシャア・アズナブルとやらに対する劣等感がない交ぜになって爆発している。
これは性質が悪いな。そうギレンは思った。

「ガルマ、参謀職も立派ものだぞ?
それに前にも言ったが体を・・・・・・・」

サスロも最後まで言えなかった。あまりの剣幕に、ガルマらしくない迫力に歴戦の政治家が押されたのだ。
こういう意味ではギレンに匹敵するカリスマ性を持つかもしれない。
もっともまだ原石にすらなっては無いが。

「ドズル兄さん!!!」

びく。

(ドズル・・・・・・頼むから弟に怯えるな。ルウムでの勇猛さはどこへやった?)

ギレンは眩暈がしてきた。ふと携帯をチェックすると個人宛の暗号メールが入ってきている。
MIPやジオニックを初めとした財界幹部らと会談しなければならい。気が付いたら既に自分たち用の時間はとっくに過ぎている。
そして連邦との交渉が間近に迫る今、国内の調整の時間も一分一秒が惜しい。
いつまでも子供の我が儘に付き合っていられない。
だが、ギレンの性格からしてそれを表情にも声にも出す事は無い。
故に誤解されるのだが。まあ、それは置いておく。

「ドズル兄さんは今やジオンの英雄だ。ジオン救国の英雄でしょ!?
ならばドズル兄さんの権限で何とかできないんですか!! いいえ、出来る筈です!!!
僕はシャアに負けたくないんですよ!!」

そう詰め寄るに弟の前に、三倍の敵、連邦宇宙艦隊を率いたレビルにさえ屈伏しなかった男は屈服した。

「わ、分かった。とりあえず・・・・・ガルマの言いたい事は分かった。
と、という訳だ、ギレン兄貴。なんとかならんか?」

その丸投げの態度に、思わず。

(いい加減にしろ、と怒鳴りつけたくなるが・・・・・・そこまで前線に出たいと言うなら仕方ない。
ガルマよ・・・・・・お前は戦場で・・・・グレート・デギンでルウムの戦いを見て何も学ばなかったのか?)

と問いただしたいが、やはり総帥職にある者としては、今は時間が何よりも惜しい。
それに護衛をつけ、正規艦隊が出て来た時は撤退を厳命し、MSは全てゲルググを配備するならば勝利は簡単だろう。戦死の可能性も少ない。
ならば・・・・・任せてみるか。

「・・・・・・・分かった。父上には私から進言しておく。
ドズルはガルマの護衛部隊と直卒部隊の編成を急げ。
交渉失敗の場合、占領地サイド5周辺の連邦軍の通商破壊艦隊ならび地球軌道にいる連邦偵察艦隊の撃滅を命令する。それがガルマの任務だ」

嬉しそうに敬礼する弟を見て、即座に部屋を出るギレンとサスロ。まだ仕事が山積みだ。
独裁者らに休息は無い。




その頃、首都防衛大隊に一人の中尉が訪れた。
彼はタチと名乗ってアンリ・シュレッサー准将に面会を求める。
面会までにだいたい1時間ほど待たされたが、彼が突然の訪問で内容も言わなかった以上は早い方だ。それも例外的に。

「さて私に用事があると聞いたが・・・・・・タチ中尉だったな。何かな?」

ダイクン派でありながら閑職に回される事無く、親衛隊以外では唯一ザクⅡ改を充足するジオンの本土防衛の要を担う男、アンリ・シュレッサー准将。
と、一応建前上は首都防衛の精鋭だそうだが、実際は旧ダイクン派を纏めて隔離したいデギンとギレンの思惑から誕生した部隊がこの首都防衛大隊である。
彼らの実際の仕事は防衛の任務では無く徴兵された兵士らの教官職。
が、そうであるが故にその練度は高く、コロニー内戦闘ではジオン軍の中でも有数の、ギレンらは認めたくないだろうが下手をするとジオン軍最強の部隊の一つになる。
その執務室で。
ルウムに潜入してそこから無事に帰って来た優秀だが、一介の中尉に過ぎない人物が何の脈絡も無く会いたいと言ってきた。
しかも軍情報部所属。興味がわく。

「ここは綺麗ですね」

途端に妙な事を言って・・・・・シュレッサーは気が付いた。
先程警戒の為に目を通した軍歴。
この目の前の男は確かダイクン派の重鎮ジンバ・ラルの一人息子、ランバ・ラルと交友関係があった。
そして情報部独特の言い回しで人払いを命じている。それも現役の将官に、である。

(なるほど・・・・人に言えない事か、聞かれたくない事か、あるいはその両方か)

判断するとシュレッサーは直ぐに部屋を変える。
首都防衛大隊を抜き打ちで視察しに行くと言って部屋を出る。
その移動の間は他の将官や将校、将兵の様にルウム戦役の勝利を祝う言葉を並べた。
軍服姿のアンリが、タチ中尉を引き連れる姿は第三者から見て何も不自然では無かった。
そして軍用車では無く、私用の駐車場に停めてあった自家用車に乗る。

「で、何事か?」

運転は中尉がやると言うので任せた。念のため、拳銃の安全装置を解除していつでも撃ち殺せる状態にしておく。
それに気が付きつつも、中尉は懐から一枚の写真を取り出した。
それは珍しい事にフィルムに焼き付けた写真であり、電子プリントされたものでは無かった。
映っていたのは医学生らしき女性の横顔。女性と言うかまだ女学生だ。年はだいたい16前後と見える。

「これが?」

アンリの問いにタチ中尉は用心しつつも言った。
何か見覚えはありませんか? どなたかの面影はありませんか? と。
そう言われると何処かで見た様な気分になる。思い出そうと記憶の奥を探る。
そしてふと思い立った。

(金髪。女性。16歳前後。場所はサイド5のテキサスコロニー。ん?)

テキサスコロニーは連邦からジオンに旗色を変える事を潔よしとしない難民らが集まり、大混乱が発生している。
現有戦力ではジオンは点を支配することは出来ても面を支配できない。
また、連邦政府の印象を、正確には連邦政府内部の良識派の印象だが、これを良くする為に避難民や脱出者への攻撃は極力控えるように通達された。
特に連邦軍の量産型MS、ジム・コマンド9機の前に、ジオンにとっては宝石よりも貴重な16機のザクⅡF型が失われた事から慎重になっている。

(各サイドの難民向けシャトルに乗る直前の映像のようだが・・・・・・まてよ、この女性は・・・・ま、まさか!?)

そこで思いつく。
この映像に出ている女性の心当たりが。
それはもう10年以上昔だが、ここがまだムンゾと呼ばれていた時に出会った仰ぐべき主君の娘。

「タチ中尉・・・・・・君は彼女が例の方と?」

ランバ・ラルと何か繋がりがあるのか?
旧ダイクン派にとって希望の芽となるのか?

そう思いながら尋ねた。あの女性は誰か。私の予想通りの方か?あの方の娘か?
信号で止まったエレカーを運転していたタチはハンドルを右手の人差し指を使い、モールス信号を叩くことで言ってきた。

『ハイ』

と。

(・・・・・・そうか。アルティシア様が生きておられた。ならばキャスバル様も)

希望か、悪魔の囁きか。
現在、ジオン国内のキシリア派、ダイクン派は大きく勢力を激減しており国内政治勢力最大はエギーユ・デラーズを筆頭にしたギレン心酔派のギレン派。
このギレン派に現実面のサスロ派が加わるが、彼らは基本ギレン派閥の外交・内政部門と見て良いだろう。
軍内部も表面上はドズル・ザビの下一致団結している。独立達成の為にはやむを得ない処置だろうが忸怩たる思いはある。
が、正確に言えばジオン・ズム・ダイクンを暗殺した逆賊ザビ家にこのサイド3自体が屈伏していると言える。
それはダイクン派やキシリア派がギレン派によって排斥されつつある事の証左。

(加えてダグラスもノルドも閑職に回されるか前線で使い潰されるらしいからな)

これはまだ機密情報だが、独立教導艦隊を率いてルウムで決定的な打撃を地球連邦軍に与えたダグラス・ローデン大佐は准将昇進後に地球侵攻軍に編入。
事実上の左遷と言われている。
ランバ・ラルも中佐に昇進後は独立機動部隊として連邦軍との小競り合いに使われると言う噂が実しやかに流れている。
かつてギレン派からデギン派に鞍替えしようとしたサハリン家も没落し、当主自らが軍の技術将官としてペズン(サイド3とア・バオア・クーの間にある技術試験並び資源採掘工廠)に送られる事が決定していた。

(そうだな。火の無い所に煙は立たない。
ギレン・ザビがこの戦勝と軍備縮小を理由に、軍からもダイクン派やキシリア派を追い出そうとしている噂はやはり本当か)

写真に写っているその人物、アルティシア・ソム・ダイクンの写真をゆっくりと眺め、彼はそれを携帯灰皿にいれる。
この時の為に用意した大きめの携帯灰皿にマッチを投入して写真を焼く。
証拠を残さない為に。

(ダイクン様の遺志を継ぐ為、ギレン・ザビらの野心は止めなければならん。
が、今は駄目だ。
我々はこの10年で力を失いすぎた・・・・だが、どこかでこの国を、ジオンをあるべき姿に戻さなければ。その為には同志を集める必要があるな)




宇宙世紀0079.08.27

ルウム戦役での敗北。

『我がジオン軍宇宙艦隊は数に勝る連邦軍を撃退したのである。
このルウムでの大勝利こそ我がジオンの精強さの証である。
決定的な打撃を受けた地球連邦軍にジオン本国への逆侵攻を行う事はできなと、この私ギレン・ザビは宣言する』

TVはジオン国営放送を受信している。本来の連邦の報道規制はあって無きが如くだ。
地球軌道がジオン軍により事実上奪取され、地球軌道防衛の要である拡大ISSを失い、多数の偵察、通信衛星をジオン軍の偵察艦隊によって破壊された為か、地球全土は大規模な電波障害にあっていた。或いは電波ジャックに。
海底ケーブルや近距離電波、無線塔の使用などで通信自体は今のところ何とかなるが、個人用携帯電話やインターネットなど衛星を使った通信回線は打撃を受けている。
それでもここ北米州ではそんな事、目立った電波障害は無かった。
極東州、統一ヨーロッパ州西部と同様に変態的なまでに通信網が発達している地域であり、宇宙で使われたミノフスキー粒子でも散布されない限りは通信に支障は無いだろう。

そんな北米州の州都、ワシントン.D.Cの一角で。

かつての私は、連邦議会議員になったばかりのローナン・マーセナスは自分が推進する地球環境改善法案を可決したかった。
だが、非加盟国問題とジオンの台頭、アースノイドとスペースノイドの対立で大きな挫折を余儀なくされた。

(あの時の悔しさは忘れられない)

それでも副首都として政治的な妥協の下に成立した北部アフリカ州の州都ダカール市を中心とした緑化計画「ポエニ」を推進し一定以上の功績をあげた。
その結果、彼は、若手としてジョン・バウアーやアデナウアー・パラヤ、(今日は極東州に事態打開の名目でここにはいないが)ヨーゼフ・エッシェンバッハらと共に北米州のトップに位置付けられている。
因みに息子のリディがいるが、養育に関しては執事に頼りっきりだ。この点はライバルらと変わらない。
そんな中、館の主がイギリスの青い仕立服を揺らして口を開く。

「ああ、諸君、仕事お疲れ様。みな健康そうで何より」

極東州で流行しているクールビズとやらなのか、白いシャツの胸元にはネクタイは無かった。
無論、それが出来るのは館の主のみなので、他の面々は連邦軍の軍服や各々の政治家が好んで着るスーツとネクタイと言うオーソドックスな姿でいる。

「さて諸君。知っての通り連邦宇宙艦隊は第1艦隊と第2艦隊を除いて壊滅した。
悲しい。ああ、そうだね・・・・とてもとても驚くべきことで・・・・・とてもとても悲しい事だな」

北米州の大統領、つまり太平洋経済圏の支配者にして連邦を影から操ると言われるアメリカ合衆国大統領は発言した。
彼の名前はエドワーズ・ブライアン大統領。
50代で北米州を統括するやり手。
地球連邦はアメリカ合衆国によって導かれなければならいという教条主義的な面もあるが、合衆国の国益の為なら全てを犠牲にする愛国者でもある。

(止めに現実主義者だな、このやりての大統領閣下は)

それを彼ことローナン・マーセナスの人物評価だ。

「確かに。『連邦』の宇宙軍を失ったのは大きな痛手です」

近年、政治家に転向したバウアー議員が答える。
ジョン・バウアーもまたアメリカに基盤を持つ純粋のWASP出身者だ。
あと20年もすれば合衆国大統領選挙に出るのではないかと噂されている。
そう言う意味ではアデナウアー・パラヤと同様に私のライバルとなる。
尤も、目下最大のライバルはジオンのギレン・ザビらザビ家と交友関係を持ち、各サイドの亡命政権らを保護した上、ザクを4機も鹵獲すると言う軍事上の実績を上げたウィリアム・ケンブリッジなのだが。

「そうだね。連邦政府は大混乱だ・・・・・・考えてもみたまえ。
僅か一ヶ月で最強を誇った『地球連邦宇宙艦隊』は壊滅し、50万もの将兵が戦死し10万近い兵士が捕虜になってしまった。
憂慮すべき機事態だと思わんか?」

ブライアン大統領の口調とは裏腹に、この場にいる軍人たち、政治家たち、官僚たちの顔は明るい。

「なるほど・・・・・確かに『我が軍』の宇宙艦隊は早期に再建されなければなりません」

私は巻かれて片付けられていた大きめの地図を出し、それを机の上に展開する。
地図上を見れば分かるが、大規模な宇宙艦隊建造用ドッグがある地域は多くは無い。
極東州の日本、祖国アメリカ、最大級の軍事工廠ジャブロー、統一ヨーロッパ州のオデッサ地区の4つ。
そして打ち上げ施設まで併設してあるのはパナマとジャブローのみ。

「宇宙艦隊の再建には国力の面から我ら合衆国が最も貢献する、いやしなければならない」

ブライアン大統領はきっぱりと宣言した。と言う事は、それは北米州全体の意志である。
言うまでもないが米加協定により、カナダは既に事実上のアメリカ合衆国なのだ。宇宙世紀元年以来続く関係である。

「そうですな・・・・・・『我が軍』の宇宙艦隊が健在なうちに手をうちましょう」

その後も長い事大統領執務室で議論が下されたがどれもこれも公言できる代物では無い。
下手に公にすれば全員が政治的に抹殺されるのは間違いない。もっとも、抹殺できそうな相手はルウム戦役の大敗北で今や風前の灯だが。
はじめにアデナウアー・パラヤが冷や汗をかきながら退出する。

(気が小さい男だ。良くそれで連邦議員になろうと思ったものだな。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やはり厄介なのはケンブリッジか)

そして軍人たちも今後の事を、再建される宇宙艦隊とMSの戦訓分析の為に退出した。
残ったのはバウアーと私のみ。
ブライアン大統領に最も近い側近であり、次期大統領候補の候補として、また政界・財界に大きな影響力を持つ事からも有能な人物と自負している。

「ところで大統領閣下。連邦は解体されるべきですか?」

バウアーがストレートに言う。
苦笑いする私達。

「苦みが効きすぎるよ、バウアー議員。まるでブラックのコーヒーをいきなり飲まされた子供時代の自分の様だ・・・・例えが分かりにくいか?
ならばマーセナル議員の顔を見たまえ。そうだ、そう。バウアー君、何事にも手順があるのだ。
それに・・・・・我が合衆国は世界の警察官だ。
当然の事だが警察官は悪者を捕え、喧嘩の仲裁をするのが役目である。
が、警察官と言うのは行き過ぎた人間を処刑する死刑執行人ではないのだからね」

そして赤と黄に配色された電話を取り出す。表面にはアルファベッドでアジアという文字が書かれている。
その連絡先はアジア州の州都シンガポール。相手はアジア州州政府代表。

(そう言えば壊滅した艦隊にはアジア州の艦隊もあったな。今頃アジアも遺族問題や責任追及で大変だろう)

が、考えてみるに向こうは宇宙艦隊を厄介者扱いしていた。莫大な国費を貪る厄介者だと。
地球連邦設立以前から宇宙開発の最先端を走る我々とはそこが違う。
彼らは、アジア州はインドシナ半島の国境線越しに非加盟国である中華共産軍150万の大軍の圧力を受けている。
しかも、イギリス植民地時代から複雑な政治の流れに乗ってそのまま独立した(中華から見れば奪われた領土)、こちらからは出島となっている武装中立都市兼連邦直轄領土である香港の防衛軍も組織しなければならない。
当然ながら香港市民の避難誘導義務も課せられているのだ。
その為に州構成各国共同で海軍3個艦隊を維持するという困難さを味わっている。
(そもそも船は密閉空間である。そんな中に言語も文化も生活習慣も違う乗組員を乗せる苦労は想像を絶する。
極論だが乗組員の言語が違えば、その一人の小さな発音ミスで戦艦が沈んだりもする。
特に英語が伝統且つ義務の地球連邦宇宙軍とは違い、各国海軍を取りあえず暫定的に編入・編成しただけの連邦海軍ではその傾向が強い。
連邦海軍でのこの種の例外に当たる部隊はインド洋と太平洋、大西洋の第1から第7までのアメリカ海軍、東シナ海と日本海を守る第8と第9の日本海上自衛軍。この二大海軍出身の艦隊のみ。後は各国海軍の混合軍である。)

「では諸君、悪いがここからは極秘会談だ。我が祖国の為に一人きりにしておいてくれ」




宇宙世紀0079.08.27

シンガポールから一機の航空機が飛び立ち、一時間もしないうちに直ぐに着陸した。
場所はとある都市の王宮。
第二の州都にしてアジア州最大の工業地帯を争う国の首都である。
そこでアジア州の州議員の一人が王宮へ入り、国王陛下の謁見許可を求めた。

「陛下、ビー議員が参られました」

かつての王宮に比べて徹底的に近代化、要塞化された王宮。
共産国家の君主廃絶論に真っ向から立ち向かう宮内省の面々は、バンカーバスター爆弾の直撃に耐えられる構造の地下シェルターを宮殿に建設していた。
その謁見室で謁見が行われている。

「陛下。こちらがデギン公王、ギレン・ザビ総帥の親書です」

そう言ってジオンの国章が入った赤地に黒の、ナチス・ドイツ軍を連想させるファイルを渡す。
それを10分ほどかけて私たちの国王陛下は読む。
徹底的に、一言の文字も漏らさぬ様に。相手からのメッセージをしっかりと理解するべく。
そして溜め息と共に聞く。
余談だが各国の王族はこの戦争勃発と同時に核シェルターへの避難が行われていた。
当たり前だが王室の血筋を絶やす訳にはいかないのだ。それは民族の独自性の問題と大きく関連するのだから。

「議員・・・・・・宇宙での戦争は負けていると聞いたが?」

重苦しい問い。
その言葉は現地球連邦市民全員の代弁であろう。

「御意」

聡明な国王と言うのは良い。
ビーと言うあだ名(この国の人間はよほど親しい人でも本名を呼ばせないし呼ばない。それが文化だ)の女性議員はそう感じた。流石は我が我が国の国王陛下だ、と。
その声は宇宙に散った民を嘆きながらも、民の為に今後に思いを寄せる正に君主の鑑。

(先程まで電話会談していた、どこぞの自国利益優先主義丸出しの成り上がり者とは大違いだ。
やはりこれが百年単位である伝統の差なのだろう)

事実世界中の王室や皇室はこの戦争勃発を大きく憂いており、出来うる限り早いジオン公国との停戦、和平交渉開始を求めている。
もっともこれと異論をする勢力も多い。
地球連邦内部に隠然たる影響を持つ各王家とはいえ、立憲君主制の建前上『勅命』は出せない。
そして連邦政府はそんな勅命も命令も受ける義務はないとばかりに動いている。

「議員、州政府はどうするのだ? 戦争を継続するのか? 後何人殺して殺されれば終わるのだ?」

その問いに答えた。

「北米州が一計を案じております。それしだいかと」




同日。
ヨーゼフ・エッシェンバッハ北米州州議員は日本のキョートを訪れた。
どうでも良い事だが、非加盟国の脅威を受けている最前線国家の一角、極東州は首都問題で大揉めに揉めた。
最終的には、問題解決の為、毎回お決まりの様に政治問題と化していた幾つかの群島領土を各国の共同統治とする事、経済のソウル、軍事と宇宙港のタイペイ、政治のキョウトに区分けする事で問題を収めた。

(実に東洋的、いや、日本的な解決方法だ)

とは、歴史の授業で思った正直な感想。
そのキョウトにエッシェンバッハ議員が訪問する。そして三人の各国代表に会う。
リン総統、リー大統領、オオバ首相。
全員が40代前半の女性政治家であり、これは各州だけでなく連邦全体でも非常に珍しい。

「議員、仰ることは分かりました。
つまり我らへ対北、対中華用の海軍力を一時的に提供する代わりに、北米州による連邦政府への圧力強化に同調せよ、という事ですね?
また、見返りとしては新経済圏への参入と戦後の宇宙開発産業への大規模な参加。それで手をうてと?」

的確な発言だ。流石は東洋の女狐と呼ばれるオオバ首相。言う事に無駄が無い。

「はい。それが北米州大統領の親書の内容です」

考え込む三人。
それと見てエッシェンバッハも思う。

(ジオンと共同歩調を取る非加盟国だが、別にジオンの同盟国という訳では無い。
つまり外交信義上はともかく条約の様な強制力はジオン=非加盟国間にはない。
まあジオンが独立国では無いと言う形式上の反対意見もあるだろうが・・・・・それにこの戦争は三カ国に蔓延っていた念仏平和主義に冷や水を浴びせた。
連邦軍の余りにも不甲斐無い敗北は地球圏全土に放送された。他ならぬ当事者のジオンの手によって。
今や宇宙の早期奪還は不可能に近く、講和やむなしの声もある。
これはこれで利用できるが・・・・・・問題はアジア州と極東州がどう動くかだな)

何事かを話し合う。
が、自分の存在に気を配ったのか、英語での話を止めて即座にA4用紙を出してその上にカリカリと高級そうなボールペンで何事かを書きだす三人。

(ふむ。いくら最友邦の北米州とはいえ警戒するか・・・・・まあ、当然だな。
寧ろ無条件で信頼される方が厄介だ。
・・・・極東州の議員は平凡だがその代り州政府は優秀だ。官僚も、政治家も。宇宙世紀以前とは大きく違う。
そうしなければ生き残れなかった・・・・あの大高齢化社会を元に戻す為には必要な指導力だったのか?)

大高齢化社会で求められたのは人的資源の効率的な活用。
女性の社会進出に高齢者の雇用、若者への教育強化に若者の政治不信の払しょくや硬直した利権体制の打破。
構造改革と言う痛みを耐えながらも成し遂げたのが現在の極東州である。人口ピラミッド再構築の実績は伊達では無いと見える。

(どうやら日本語らしい。残念ながらドイツ系アメリカ人の自分にはドイツ語と英語以外は理解できない。
ましてそれが筆談でやられたら全く分からない。カンジ? ヒラガナ? 自然発生した暗号だよ、日本語は)

20分くらい経過したか?
そう思って学生時代から愛用しているIWCの時計で時を確認する。
それに気が付いたのか、三人の手も止まり、まとめてシュレッダーに筆談に使われた紙が流される。シュレッダーは切断+焼却式で、紙が燃えるにおいが部屋に充満する。
来客用のソファーと机、後は本棚というシンプルな西洋風の部屋にて三人が背筋を伸ばし直した。

「お待たせしました議員」

リン総統が三人を代表するかのように口を開いた。いや、実際に代表しているのだろう。

「我々は友好的に対応します、ええ、貴州らの言う同盟の意味を再確認しておりますよ」




さて、この大敗北を喫した当事者である地球連邦軍本部ジャブローはどうなっていたのか?
これはもう単純だ。ハチの巣をつついた、いや金属バットでスズメバチの巣を叩き落としたくらいの騒ぎである。
当然だろう。主だった連邦宇宙軍の将官が尽く戦死するか、捕虜になるか、行方不明か、敗残の身でルナツーに逃げ込むかのいずれかを選んだのだ。
第1艦隊は人事入れ替えなので別の意味でも混乱しており、唯一混乱してないのは第2艦隊のみという酷い有様。
もう何もかもが滅茶苦茶である。ジャブロー勤務の一般兵士らはところどころで噂した。

『ジャブローにコロニーが落ちる』

『ジオンが大軍を率いてルナツーを攻め落とす』 

『いや違う、地球に侵攻する』 

『それも違う、講和だ。俺たち連邦軍を撃ち破った実績で講和する気だ』

『ジオンから連邦に降伏勧告が出たらしい』

『コロニーが核攻撃を受けて壊滅した』

『月都市で毒ガスが使われた』

などなど。真実味のある噂からゴシップまで何でもござれ。
連邦政府以上に連邦軍は浮足立っている。
無論、大半の将校もそれに含まれるのだが、何事にも例外は存在する。

その貴重な例外である統合幕僚本部本部長のゴップ大将は作戦本部長のエルラン中将と二人きりで面談していた。
場所は応接室。部屋のインテリアは通常の将校用執務室と変わらない。ゴップ大将の私物の戦艦大和と戦艦アイオワ、戦艦ビスマルクの三隻がある事を除けば。

「なるほど・・・・・君の言いたい事は分かった。既に壊滅した宇宙軍の再編が必要だと言うのは理に叶う。
よかろう、こちらからもこのビンソン計画は推進しよう」

ビンソン計画。
カタパルト並びメガ粒子砲搭載サラミス級巡洋艦、通称、サラミス改級とミノフスキー粒子対応のマゼラン改良型の建造。総数350隻、7個艦隊の早期再建。更にサラミス砲撃戦強化型Kタイプの配備。
連邦軍のジャブロー造船所だけでは圧倒的に足りない。恐らく他州にも協力を要請するだろう。
それに・・・・・・だ。

「ペガサス級の量産か。二番艦ホワイトベースは11月にでもガンダム受領の為に出港できるだろう。
何事も無ければ、だがね。
それで・・・・・本当にこれは必要かな?」

ゴップが試すような視線を向ける。
エルランも同様にその視線を受け止めて返す。

「ええ、必要になるでしょう。南極での交渉が上手くいけば艦艇の総数こそ減ります。
ですが、いつまでもジオン軍に地球軌道並び各サイドの制宙権を渡していてはなりません。
そう遠くない将来、MSを基本とした我が軍がもう一度宇宙最強として君臨する必要があり、この計画はその為に必要とします」

情報端末をコンソールで操作して、必要な情報をもう一度ゴップ大将に見せる。
巡洋艦であるサラミスKにサラミス改、戦艦マゼランの改良型で編成される新正規艦隊に、ペガサス級強襲揚陸艦を中心に構成された独立艦隊。
これらすべてをビンソン建艦計画としてどさくさに紛れて議会に可決させる。
特に連邦市民が増税反対と言いだす前に。
実際、壊滅した宇宙艦隊の再建には増税が必要不可欠であり、その為には明確な敵と明白な事象が必要だ。
戦争と言う明白な事象が。市民全体から理性を奪い去るだけの必要のある理由が。

「ふむ、エルラン君、何か策があるのかな?」

緑茶を飲むゴップ大将にエルラン中将は言った。

「お任せください。政府がどうなるにせよ必ず軍備再編は認める策があります」




同時刻、別のオフィスではこちらも大将が一人、准将が一人密談をしていた。
一人はジャミトフ・ハイマン准将。もう一人はジーン・コリニー大将。
コリニー大将がジャミトフを呼び出したのだ。己の執務室に。
来客用のソファーに腰を掛けるジャミトフ。
彼は用意された日本産の冷水を飲む。部屋にはコリニー大将の趣味なのか連邦軍軍旗が掲げられている。
そして自分用の机に肘をおき、ジャミトフに問いかけるコリニー大将。

「さてジャミトフ。当初の予想とは大きく異なったが・・・・・上手くいきそうか?」

前置きも雑談も何もなしにコリニー提督は本題に入る。彼の頭にあるのは謀略と政争の四文字。
ジャミトフ以上の地球至上主義者であり、No3である彼の影響力は軍内部に関しては制服組No1のゴップ大将に匹敵する。
彼、ジーン・コリニー大将から見れば宇宙軍の艦隊司令長官でしかないレビル大将など赤子同然の陸軍からの転向者に過ぎない。

「はい。今回のルウムでの大敗北は予想外でしたがそれ以外は順調です。
我が軍と同盟軍の、失礼、連邦宇宙艦隊第1艦隊と第2艦隊は無傷でルナツーに健在です。これは大きい。
何せ残った宇宙戦力は我が祖国と忠実な同盟国軍で編成された宇宙艦隊ですからな。ああ、連邦軍でした。また失言ですな」

苦笑いする二人。
気をつけろと言うコリニー大将。

「それに緒戦の責任はアサルティア中将が自ら被ってくださった。
勿論彼には別のポストが用意されます。それは人事課に命じておきましたのでご安心を。
尤も、当然の事としてですが、ルウムでの責任を追及されるのは捕虜となったレビルであり、二度も敗退したティアンムです。我々ではありません」

そう言って用意された水で咽を潤す。
やはり水は日本などの大山脈を備える国に限る。これがアフリカ産の海水浄化・淡水化プラント製品の水では不味くて飲みたくないものだ。
それには目の前のコリニー大将も同感なのか、足元の冷凍庫から氷を取り出し大きめのウィスキーグラスに入れる。
宇宙世紀以前のスコッチウィスキーと冷水をグラスに注ぐ。

(愛国者を気取るならばバーボンでも飲めば良いものを)

とも思うが口にも顔にも出さない。そう言えば伯父は自分とは違い酒豪だったな。
そんな理由からか今でもハイマン家には様々なバーボンがある。

「さてジャミトフ。時は来たと言えるか?」

危険な発言だがここはクリーンだ。ホワイトマン部長直々の清掃の末、盗聴器類は全部ない。
だいたい連邦軍本部ジャブローで連邦軍高官を盗聴、盗撮する馬鹿は政府の連邦諜報局連中と相場は決まっていて、それ故に連邦軍高官から例外なく嫌われている。
部屋を片付けるのは子供でもする事だし、それで咎められればクーデターになるかもしれない。
地球連邦政府の文民統制もこの80年で大きく衰退したモノだ。下手をするとギレン・ザビの下に統制されているジオンに劣るかもしれない。

「・・・・・まだ、でしょうな」

それでも時期は到来してないと准将は言う。
ジャミトフは長くなりますがよろしいですか、と一旦聞いてから説明する。
その際には情報端末も紙も使わない。証拠を残してはならないのだ。
全て空気中に拡散してしまわなければならない。

「ジオン軍は緒戦とルウム戦役に勝利しました。
緒戦の電撃戦はともかくルウムでの敗北は完全な想定外です。
祖国は例の作戦を推し進めたいようですが今は危険でしょう。止めるべきです。その理由は単純です。
連邦政府が予想以上に弱体化している点に原因があります。
今にも倒れそうな、少なくともジオンや連邦市民、非加盟国の連中らにそう思わせるほど連邦は外から見て弱体化しております。
それはひとえに緒戦とルウム戦役の大敗が錯覚させたのです」

ここで一旦、グラスの水を飲む。
美味い。

「地球連邦など恐れる必要はない、そう思わせたのだな?」

コリニーが続けるように首を促がす。
ジャミトフもそれを見て説明を続けた。

「この時期に現政権を打倒する動きを見せれば確かに打倒は叶いましょう。ブライアン大統領らの思惑通りに。
ですが、その後はどうするのですか?
政治も軍事も子供の喧嘩の様にムシャクシャしてやってしまった、後の事は考えてないと言うのでは通じません。
このまま交渉が決裂すれば連邦軍はこれからジオン軍と再戦するでしょう。
それに、緒戦に受けた一連の大敗を糊塗する為、屈辱を注ぐ為には連中の本土サイド3まで占領しなければなりません。
その際の犠牲は? 緒戦のジオンとは違い我々は同じ土俵に立って戦うのです。
この時のMSのアドバンテージの無さによる犠牲の多寡は誰が責任を取りますか?」

そこまで言ってコリニーも頷いた。
直ぐに大将専用の特別軍用回線でワシントンD.Cに連絡する用意をする。

「なるほど、君の言う通り現時点では時期尚早。
今の連邦政府には精々最後までジオンを名乗るスペースノイド共と潰しあってもらう、そう言う訳か」

ジャミトフは水を飲みきるとしっかりと言う。
帽子を被り直して立ち上がる。

「閣下。君子危うきに近寄らず、という人類の格言の通りに行動すれば良いかと。
いずれにせよジオンとの交渉が決裂すれば戦争は再開され、犠牲が出ます。
となればこの戦争初期における失策とその時、並びその後犠牲はキングダム首相らが背負えばよいと言う事です。
仮定の話ですが、連邦とジオンが講和すればその時点でキングダム首相らを退陣させるだけですな。
ルウム戦役を初めとする敗北は政府首脳部のMSへの無理解さが招いたとして。
幸い我が軍・・・・・失礼・・・・・連邦内部での宇宙における発言権と艦艇再建の為の国力を背景にした影響力は連邦成立以来最も高まっているのです。
どの様な形で迎える戦後にせよ、地球連邦政府に北米州である我々の要求を通すのは容易でしょう。
それに・・・・・エルラン中将が何やら不穏な事を企んでいるとの事ですし今は待つべきかと」




ジオン公国では各艦隊のドッグ入りで喧騒に満ちていた。
この日、シャア・アズナブル中尉は二階級特進の辞令をドズル・ザビ中将、つまりジオン軍、軍最高司令官から直々に授与。ジオン公国軍少佐に昇進した。

「シャア・アズナブル少佐、入ります」

辞令と同時にザビ家専用シャトルに乗る。
首都から僅か30分足らずのダークコロニー01に移動するだけと言うのに護衛にリック・ドムが2個小隊6機もいるのが独裁国家らしい。
室内には2mを超す巨体の中将、今やジオン最大の英雄であるドズル・ザビが全天モニター付きの円形ソファーに座っていた。
中心には同じく丸い机と情報端末が一台ある。ドリンクも二つ置いてある。
グリーンの情報端末にはザビ家の家紋がある事から父と母の仇、ザビ家の専用であると分かった。

「まあ座れ・・・・・ルウムではご苦労だった。
貴様を初め、黒い三連星にランバ・ラル、白狼や迅雷、真紅の稲妻など名だたるエースパイロットたちが俺の指揮した艦隊から生まれた。
誇ってくれ。俺も貴様らを誇りに思うぞ」

そう言ってドズルは冷蔵されていたドリンクを取り出す。一口口に含む。
中身はアイリッシュコーヒーの様だ。アルコールの味が口の中に広がる。
最近は、というか自分が地球に亡命した頃からジオンは連邦からの経済制裁を受けていた為、嗜好品は高級化して手が届かなくなりつつあった筈なのだが、どうやら独裁者の一族には関係ないらしい。

(やはりザビ家の独裁は倒さねばならぬ)

若いシャアはそう思った。
この様なスペースノイド間の不平等を是正するジオン公国も、それに敗れた地球連邦も打倒すべき存在だ。

「これを見ろ。ただし誰にも言うな」

そう思っているとドズルが端末の液晶部分をこちらに向ける。
ムサイ級の光学センサー用モノアイカメラから記録したのか画像が粗いが、それでもビーム兵器を使う連邦軍のMS隊、見た事もない木馬の様な新造戦艦、従来型に比べてはるかに強化されたサラミス級らしき巡洋艦が映し出されていた。
時間にして凡そ180秒ほど。その間に数機のザクⅡF型と思われる機体が様々な形で撃墜される。
ビームライフルらしきもので貫かれる機体、ビームサーベルと思われる光に両断される機体、実弾で穴だらけにされる機体。
そして唐突に映像は途切れる。どうやら艦橋に連邦軍の新型戦艦が放ったメガ粒子砲が直撃でもしたようだ。詳しくは分からないが。

「分かったか。
連邦軍の本格的な量産型MSだ。例のガンキャノンとは比べ物にもならんほどの高性能だ。
もちろん、ザクに対抗する為に生産されている訳じゃない」

ドズル中将が自分に対して何が言いたいのか直ぐに受け取る。
上司の言いたい事を察するのは出来る部下の第一条件と言っても良いからだ。

「ザクを凌駕する為のMS、ですね」

我が意を得たとばかりに頷く。

「そうだ。連邦軍は確実に強くなる。
ギレン兄貴はそれを見越してゲルググをくれたが如何せんあれは値段が高い。
俺が思うに戦いは数だが今のジオンとゲルググではそれが出来ん。
ルウムでこそ集中運用できたが・・・・・・それはあくまで敵軍の連邦軍が纏まったからだ。
事実、ティアンム艦隊に対しては我が軍は一機もMSを向かわせていなかった。
認めたくないが、ルウムに観戦に来ていた親父とガルマが生き残ったのは運が強い面があるな」

その時シャアは無意識に握り拳を強くしたが、愛用の白い大きな手袋お蔭でドズルは気が付かなかった。彼特有の幸運である。
そしてドズルは本題に入る。全天モニターにはドズルの使った改良型ムサイのワルキューレが目前まで迫っていた。

「さて問題の連邦軍のMS開発施設だが・・・・・俺はサイド7が怪しいと思う。
ルナツーと言う連邦の要害の後ろにあるサイドで、知っての通り俺たちのいるこの本国からもソロモンからもグラナダからも遠い。
しかも戦前から何やら情報管制と報道管制の両方を引いていた。不必要なほどに、な。
これも情報通のお前なら知っていよう?
多分、この量産型MS・・・・・通信を傍受したムサイによるとジムというらしいが、これの改良型、或いは進化系がそこにいる筈だ」

そう言ってもう一度映像を見せる。
見た限りではザクⅡF型では対応しきれないだろう。
そしてザクの改良型やリック・ドムでも怪しい。
ジオン上層部、と言うよりも憎いザビ家の焦りは相当なものだ。何せ自分達の勝利にして権力基盤の要因であるMSで後れを取りつつあるのだ。

「なるほど、連邦軍のMS。それを偵察するのですね」

シャアの問いにドズルは腕を組み直して言う。

「お前だけに任せるのは心苦しいが、他に適任者がおらん。
シン・マツナガ、つまり白狼らは教導大隊に戻す。
青い巨星と連邦に恐れられているランバ・ラルはどの任務にでも使えるのだが・・・・如何せん奴はダイクン派の重鎮だった男の息子。
ギレン兄貴がそう簡単に独自行動を許すとも思えんのだ。
俺はダイクン派だとかキシリア派だとかそんなつもりは全くないが・・・・この点はサスロ兄貴もうるさくてな。
ああ、黒い三連星は地球使用のドムの慣熟訓練に入っていてこれもまた任務に対応できん」

そしてオフレコだが、と言ってドズルは続ける。

「ギレン兄貴は地球侵攻作戦を視野に入れている。そうだ・・・・・地球にいるジャブローのモグラどもを叩く。
今進めている連邦との条約締結が失敗に終わった時はそれが全軍に発令される。
全軍の指揮官は流石に言えないが、一度地球侵攻が始まればルナツーを叩ける機会は無くなるやもしれん。
だからお前に託すのだ。無論、素手でやれとは言わん」

次の画面を見せる。
更にメモリーディスクを渡す。ジオン公国軍の辞令に使われるものだ。

「俺の使っていたワルキューレをお前に譲る。MSも貴様のゲルググと、兄貴お気に入りのデラーズ指揮下のジオン親衛隊から奪ったMS-06Z、ザクⅡ改が5機だ。
少数精鋭だから用兵はすべて任せよう。連邦軍のMS開発計画を察知したなら優先的に援軍に物資を送ろう。やれるか?」

シャアじゃマスク越しにザビ家の男を見た。
母を幽閉し、父を暗殺したザビ家の中で異色の軍人、軍内部で絶大な信望を得るドズル・ザビを。

(・・・・・今は階段を上るとき・・・・・・精々踊らされてみようではないか)

そう思ったシャア。仮面の奥に真意を隠しながら。
ディスクを受け取り、命令を受諾する旨を伝えた。
だが、最後に気になった事があるので聞くことにする。

「ドズル閣下、命令は受諾しますが一つよろしいですか?」

なんだ?言ってみろ。

「連邦軍の新型MS開発並び量産化計画の名称はなんといのですか?」

ああ、伝えて無かったな。
ドズルはそう思うと静かに言った。

「V作戦。連中はそう呼んでいる」

と。




ウィリアム・ケンブリッジ政務次官。

この名前は敵味方に響き渡る事が予想され、特にジオン側にとっては彼が居る、居ないが交渉の最大ポイントになると思われていた。
味方である地球連邦軍については、あのルウム撤退戦の最中ザクⅡを四機もほぼ無傷で鹵獲し、亡命政権船団をルナツーに送り届けたという実績がある。
しかも彼が明らかに保身を持って部隊を指揮したと言うのに、そのあまりにも素直な心意気に感じたのか、将兵らの人気は高まるばかりだ。

将兵は感じていた。

『良く訳の分からない理想を掲げる上官よりも、大義名分を掲げて自分だけ安全なところに居ようとする上司らよりも余程尊敬できるし親愛の感覚がわく』

と。


こうして宇宙世紀0079の8月が終わりを迎えようとしていた。激動の一月である。
ところが、ジオン側にとって誰にも予測できなかった事態が到来する。
それはウィリアム・ケンブリッジ政務次官の拘禁と言う事態であった。
この事態に最も慌てたのは代表団団長のギレン・ザビでは無く、首都に残ったデギン・ソド・ザビ公王であった。

「何! 彼は出てこないのか!?」

使者の前で声を荒げるデギン。宇宙移民者たちにとってウィリアム・ケンブリッジの名前は良くも悪くも轟いていた。
同僚の地球連邦政府高官らが考える以上に彼は宇宙移民者スペースノイド政策の専門家として敵ながらも信頼に値すると捉えられていたのだ。
その彼が出席しない、まして拘禁され軟禁されている。それは無視出来ないうねりとなって連邦とジオンを襲う。

「では外交交渉は別の者が担当するのか? 彼は連邦の現政権から排除されたのか?」

デギンの問いに使者はただ一言、YESと手短に答える。
何事かを考えたデギンは直ぐにレビルとの面会へと向かった。

政治は信頼できる敵がいて初めて成り立つ。
これが政治の大原則だ。相手が約束を守る、或いは守らせる力があると信じるから政治交渉は妥協できる。
この点、単純に敵を叩けばよい軍事とは大きく異なる。軍事は敵を知れば勝てるが、政治は敵を信じる必要がある。
そのもっとも強敵で、もっとも信頼できると思われた人物の欠席。これだけで連邦の対応が分かるのが一流の政治家だ。
無論、相手が一流である保証はどこにもないのだが。

レビル将軍と面会するデギン公王。この時の会話が奇跡的に残されている。

『将軍、私はこれ以上戦火を拡大する事は望まない』

『ケンブリッジ政務次官が交渉の場に来れない以上、連邦政府内部にある反ジオンの感情を消し去ることが出来る人物は貴殿を置いて他にはいないと思う』

『どうだろうか・・・・・私を助けてくれないか』

この時レビルはこう答えた。
捕虜の身でデギン公王の意思を連邦政府に伝える事は不可能である、と。
それに対してデギン公王はただ言った。

『捕虜では無理だが・・・・・・そうでは無いなら話は別ですな?』

と。
第三者がいればデギン公王はレビル将軍に哀願したと言って良いと証言しただろう。
その結果がどうなるかは誰にも分からなかった。



宇宙世紀0079.09.01.
ジオンが独立宣言を出してから一か月、時代は確かに変化の兆しを見せている。



[33650] ある男のガンダム戦記 第九話『舞台裏の喜劇』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:9ef01505
Date: 2012/08/04 12:21
ある男のガンダム戦記 09

<舞台裏の喜劇>





宇宙世紀0079.08.30

連邦軍本部ならび連邦政府首都ジャブロー。
このギアナ高地にある地球連邦の最重要拠点で、キングダム首相をはじめとした地球連邦安全保障会議の面々は激論を交わしている。
本会議場で地球にジオン軍が進行する可能性をエルラン中将が示唆した以上、その対策を取らぬばならない。
だが、件のジオン軍はどこに侵攻するのか? 非加盟国に増援として送り込み、完全な世界大戦にするのか?
或いは、各地の重要拠点に降下上陸して連邦を政治的にも軍事的にも分断するべく行動するのか?
それが分からない。
いや、その前に重要な議題がある。勿論、『彼らにとっての』という言葉が付くのだが。
一体誰に、この緒戦(一週間戦争)とルウム戦役の敗北の責任を押し付けるのか、である。
各州の代表たちは連邦政府に責任があると言っている。軍も下手に責任を追及するとサボタージュする可能性が出て来た。
だいたい宇宙艦隊司令長官のレビル将軍は敵の捕虜になり、今現在はその責任の追及が出来る状態では無い。
他の軍人らを追及しても、のらりくらりとかわされるだろう。この点は官僚や連邦議員らも一緒だ。ついでに言うと自分達も同じ穴のムジナ。

『歴戦の勇士に、戦場を戦い抜いた同士に責任を押し付けるとはいったいどういう事か?』

多分、そう反論してくるのがオチだ。
しかもである、各地の州軍と地球上の地球連邦軍の陸海空軍の一部が結託して現政権に反発しているという噂まで流れるし始末。
この噂を肯定するかのように、北米州と極東州は無条件での宇宙艦隊再編を拒否する構えである。これはブライアン大統領の、

『我々は責任を負うべき人間がその責任を果たすまでは責任を果たせない』

という事実上の脅迫発言に由来する。
彼らは自らの立場強化の為に、何かを要求しそれを通すべく策動している。ジオンと内通しているのだろう。
が、北米州を敵に回せば最悪の話、地球連邦と言う多国間統一国家が消滅してしまう。
特に現時点で宇宙艦隊の再編に北米州の工業力を当てに出来る、出来ないでは今後の戦略に支障をきたす。

「さて、困ったな」

そんな中、サヴィル・ロウで仕立てられた黒の高級スーツと赤のネクタイに白いシャツをした連邦首相が発言する。
この地球連邦安全保障会議は首相の信任厚い閣僚で構成された、言い換えれば今回の戦いで責任を負うべき人々の集まりである。
そんな彼らの思惑は最低な面で一致した。

『何としても戦争の敗者としての引責辞任だけは避ける』

という面で。
もう1時間は話し合っているが八方塞で結論は出ない。
だが、一つだけ全員の意見を一致させた。

「・・・・・とりあえずは、あのケンブリッジ政務次官に詰め腹を切らせると言う事で」

会議は碌な事を議論しないまま、閉会した。




宇宙世紀0079.08.31

地球の南極大陸でジオン公国と地球連邦政府の外交交渉が行われている。
強気のジオン、弱気の連邦という立場は崩れない。崩せない。
何しろジオン公国は地球連邦宇宙艦隊を一方的に撃破したと言う実績があるのだ。そして味方を増やすべく事前に行動していた。

南極での講和会議への地球連邦非加盟国の参加。

地球圏問題の包括的な解決の為の講和会議という名目で行われる南極での会談は、ジオン側の提案通りに非加盟国も登場する事になった。
この地球連邦非加盟国と地球連邦政府が対等なテーブルに着くのは凡そ25年ぶり。
それまでは国力と軍事力に圧倒され、地球連邦軍に圧力をかけられ、連邦政府からも一方的な態度を取られてきた。
これがジオン・ズム・ダイクン支援へと時の非加盟国指導者らを走らせ、極秘裏に彼と彼のグループを支援させる切っ掛けとなる。
その結果が、ムンゾ自治共和国誕生、ジオン共和国の成立、ジオン公国への変貌、一週間戦争とルウム戦役でのジオン軍大勝利に繋がった。
ギレン・ザビらジオン公国の首脳部はそれを忘れてはいなかった。
確かに非加盟国は一滴の血も流してないし、ルウム戦役などでは直接の参加はしてない。
だが、仮にジオンと連邦が何らかの妥協点を模索し妥協した場合、その際には非加盟国も居た、除け者にしなかったという事実が必要である。
そうした中、ギレンは副代表のマ・クベ中将と共に夜空を見上げながら夕食を取る。
出された食事は日本料理と言われる極東州の伝統的な料理。
先日は高級フランス料理であった事から、軍事で敗退した連邦が文化で逆転しようと小細工を弄しているとギレンは感じた。
実際に、ナポレオン戦争以来、料理自体にもメッセージが込められるようになっているのであながち間違えとは言えない。
今回はウナギ料理。
多様性をアピールしつつ、マダガスカルを領有する南アフリカ州と極東州、アジア州は連携していると言う地球連邦政府の無言のメッセージだろう。
昨日のフランス料理は『お前たちジオンにこんな高尚な料理は出来まい』という嫌味もあった。連中の顔を見れば分かる。

「連邦政府は中々譲りませんな。戦前の閣下の予想通りですか」

マ・クベ中将は食べ終えた料理一式を侍女に片付けさせてギレンに向かう。
ギレン、マ・クベ、デラーズらがこのホテル『サウス・スノー』の第6階の部屋全部とスィートルーム、会議室3室を貸し切っている。
そのギレン専用のスィートルームでセシリア・アイリーンらが要人たちの護衛兼秘書をやっている。

「連邦とて追い詰めれば牙をむくと言う事だろう。焦る事は無いがもう少し早めに動くべきかな?」

全員が軍服である点に、ジオン公国の政治的な特徴が見いだせる。
方や連邦は半分が軍服で残り半分はスーツ姿だ。文民統制も限界に近いのかもしれない。

「は。ギレン閣下の仰る通りです。
連邦議会の中にも強硬論があります故、現政権はその抑えに動かなければならないのでしょう」

マ・クベがナプキンで口元を拭った後に答える。
料理は片付けられ、食後の飲みものが出される。宇宙では珍しい、地球ならではの地球産の100%天然の水だ。

「そうだな。連邦政府は敗戦回避の為に予想以上に粘っているが・・・・・・各国の王家の心境は?」

各王家に発した国書、親書。それが大きな役目を持つのは当然の事だ。
ジオンにとっても連邦構成国(州では無い)にとっても国書と言うのは表に出ないだけで隠然たる影響力を持つ。
返書も何通か来ている。
そのどれもが共通して、これ以上の戦火拡大を憂い、ジオンと連邦の早期停戦を各国家の政府に働きかけているというものだ。
裏の政治的なパイプと言っても良いか、表ではありえない動きだ。
連邦政府もこの動き、政治的な先手を取られた事には気が付いているのだが、絶賛混乱中の為に対応できてないので意味は無い。
現キングダム政権がそれだけ一週間戦争とルウム戦役の損害の埋め合わせに躍起になっている証拠でもある。

「アイリーン殿、ファイルを」

マ・クベがセシリアからファイルを受け取り、それを見せる。
ファイルには各王家が独自に行っている和平交渉の進展具合が箇条書きで書かれていた。それはギレンの望むモノでもある。

「デラーズ、純軍事的にはどうか?」

ギレンの問いに親衛隊の長であり、今回の代表団護衛の最高責任者であるエギーユ・デラーズ少将(ルウムの功績により昇進)が答える。
まあこの数日間でそれほど大きな変化がある訳でもないので内容はそんなに変わらないが。

「連邦宇宙艦隊は第1艦隊と第2艦隊の合計100隻を除き壊滅。MS隊も全滅しました。
また、各地の偵察艦隊、独立艦隊、コロニー駐留艦隊の残存艦隊もルナツーへと逃げておりますので例の脅しは現実味を帯びています」

例の脅し。
それはコロニーを巨大な弾頭に見立てて地球に落下させるという人類史上最悪の作戦、コロニー落とし作戦。
そもそも本来のブリティッシュ作戦とはこのコロニー落としがそうであったのだが、ウィリアム・ケンブリッジを切っ掛けとしたギレンの地球査察で大きく変貌した。
ギレンらは知った。
地球連邦政府は決して一枚岩では無く、むしろ各地にひびの入った、見かけは綺麗なそれでいて中身は脆い大理石の様な危うさを内包していると。
そうと分かるとギレンは躊躇なく独立の為の戦略を変更。
ブリティッシュ作戦は当初の予定を大きく変え、連邦宇宙艦隊の完璧なる撃滅と各サイドの占領を目的にする。
その成果が、現在の南極大陸で行われているジオン=連邦間の交渉だ。
また、ジオン=非加盟国、非加盟国=連邦という会談も同時並行で行われている。
地球に一緒に降りてきたダルシア・バハロ首相はそのジオン=非加盟国間の交渉に向かっているのでこの場にはいない。
非加盟国とは明白な同盟関係を結んでいるのではないから、彼らと交渉しないといつ出し抜かれるか分からない。
事実、非加盟国内部でも、北インドと中華・北朝鮮は対立しているし、イラン地域、シリア地域も共同歩調を取っているとは言い難い。
そこに連邦政府が付け入る隙もあるし、各個に崩される危険性もある。

「これは諜報部が得た情報です。
現時点での地球連邦地上軍ですが当初の予定通り北インドと南インドの境、台湾、朝鮮半島南部、インドシナ半島北部、日本列島に大軍を集結させております。
また、統一ヨーロッパ州は度重なる財政難の都度に軍事費を削減したので脅威とはなりません。例の作戦を実地するならば早い方が良いかと」

デラーズの発言にマ・クベも続く。
彼、マ・クベは一度解体されたと言って良い私設諜報機関であるキシリア機関を再編した手腕があり、尚且つジオン屈指の地球通と言う事で今会議でも重宝されている。
特に地球至上主義者よりというスペースノイドのジオン公国には貴重な人材で、外交交渉でも役に立つ。
伊達に軍の最高階級の一つである中将にまで昇進していた訳では無い(ジオン軍には現在大将がギレン・ザビ総帥しか居ないので中将が最高階級になっている)。

「それと閣下。連邦の地上軍ですが、さらに動きが。
北米州軍で編成されていた地中海機動艦隊がインド洋に移動し、代わりに黒海艦隊がある程度、ロシア地域のセヴァストポリス要塞に集結しているようです。
これを抑える事、奪取する事が出来ればイスタンブール攻略作戦や地中海制圧作戦にも大きく貢献するでしょう。
ご覧を、黒海艦隊の編成表です」

そこには海中艦隊、U型潜水艦やM型潜水艦が10隻単位で配備されている事が書いてあり、同要塞が宇宙からの攻撃に対しては全く無防備であることが分かった。
言うまでもなく宇宙に存在するコロニー国家であるジオン公国は海上戦力などない。
それを確保する事は大きな戦略上のアドバンテージになる。
大艦隊を編成できなくても海中からの通商破壊や生産中の海中戦闘用MAや水陸両用MSなどはミノフスキー粒子下の戦場で脅威となろう。
それこそ自分たちの狙い。自軍に無いなら敵軍から奪えばよいという作戦だ。

「強盗だな、まるで」

そう言うデラーズにマ・クベも反論する。

「軍隊など半分は強盗でしょう。歴史的に見ても軍紀に正しく、民間人を守る軍隊の方が少ない筈ですが?
それにデラーズ少将、いずれにせよ宇宙艦隊だけでは地球は抑えきれません。
陸軍、空軍戦力は共産軍らからの提供と独自の開発で何とかなりますが、海上戦力だけは確実に劣勢です。
それを覆す為の水陸両用MSの開発は進んでいます。が、そのMSの母艦は我が軍に存在しません。ならばある所から奪うしかない」

デラーズも心の底では賛成なのだろう。
それ以上は何も言わずにマ・クベの提案を受け入れた。
と、マ・クベがファイルを片付け、ジュラルミンケースに入れ直している。

「ギレン閣下」

マ・クベが聞く。先程の余裕がある軍官僚と言う顔とは違い、かなり真剣な表情だ。

「なんだ?」

姿勢を正すマ・クベ中将。ギレンと対等に向き合えると言う点では流石である。

「例の作戦の司令官、私が内定していると聞きましたが・・・・・・本当ですか?」

例の作戦とはコロニー落とし作戦が破棄されてから極秘裏に検討されてきた地球侵攻作戦の事である。
戦前からの予定通り、地球周回軌道からの大規模な部隊による降下上陸作戦をオデッサ地区に対して行う。
そしてオデッサと言う地球経済圏最大の資源供給地域を奪い取る事で地球連邦経済そのものを人質に取る。
ジオン公国と言う小国が出来る最初で最後の大作戦であろう。実際、ジオン軍はこの作戦発令の為に宇宙軍を削っている。
第一級線の艦船とゲルググを初めとしたMSこそ揃えたが、ア・バオア・クー要塞やソロモン要塞は当然の事として、本国守備隊でさえ一部を除いて旧式のザクⅠに頼る有様である。
また、ジオン公国の補給を担当する事になったユライア・ヒープ中佐(この後、ルウムでの補給線維持の功績を称え、大佐に昇進)らは補給問題をアキレス腱であると主張しており、その解決の為、尋常では無い程のHLVを配備している。
それでも問題解決には程遠いのが現実だ。
今でもこの作戦を実行すれば地球連邦との無制限消耗戦に突入する可能性が非常に高く、ギレンも実行したくない作戦である。

「・・・・・・事実だ。不服なのか?」

これが一般の将兵や将校ならば不服だろう。地球を見下す傾向が強いジオン公国の軍人にとって態々その地球に行けと言うのだ。
もっとも、相手はジオン公国の頂点にして独裁者。
普通ならばYESと答えるしかないだろうが、ある意味で自分の価値をとことん理解しているマ・クベは違った。やり手と言うかなんというか。

「不服と言いませんが・・・・・承服しがたいですな」

「中将殿!」

その言葉に傍らに控えていたデラーズが怒りを露わにする。彼から見ればギレン総帥の勅命に反する事は不忠の極みなのだ。
それが分かっているのか、或いは平然として無視しても問題ないと思っているのか。
デラーズは怒りの形相で上官の一人であるマ・クベ中将を睨むがあまり効果が無い。
が、睨まれた方も役者だ。親衛隊の司令官と言う国内でも有数の役職についている相手の視線など意に介せず平然としている。

「何故私を地球攻撃軍の総司令官に抜擢したのか、その理由をお聞きしてもよろしいですかな?
ご存じのとおり、私は旧キシリア機関を束ねる者。そんな輩を地球に派遣するとは一体どういうつもりですかな?」

的確な判断だな。
そうギレンは思った。
確かにこの男は旧キシリア機関を掌握している故に勝手に動かすのは危険すぎる。
だが、それ以上にこの男には価値があったのだ。地球に送るだけの価値が。

「貴様ほど地球に詳しい人間はいない。我がジオンの上層部には宇宙には詳しくとも地球には不慣れな者が多いのが現実だ。
特に、地球各州との交渉を担当する可能性が高い、いや、担当するであろう地球侵攻軍の司令官は柔軟な対応と豊富な情報が必要だ。
まして貴様はジオニズムに傾倒しておるまい?」

その最後の言葉が周囲の空気を凍らした。
ジオニズムに傾倒してない司令官と言うのはダイクン派であるという暗示があるのが現在のジオン公国だ。
それを言った。

「それは・・・・・言い難い事ですな」

言葉を濁すマ・クベ。
それを見たギレンは周囲の目を憚らず用意されていた紅茶を飲み干す。
すかさず、秘書のセシリアが注ぎ足す。

「勘違いするな中将。何も責めている訳では無い。寧ろ敬意を表している。
貴様がガチガチのジオニストで地球各州と地球連邦を同一視するならば私は監視役も一緒に派遣しただろう。
だがマ・クベ中将。貴様はこの地球がコロニー国家であるジオンと異なり、多様性に満ちている事を知っている。
その証拠に地球連邦政府とて一枚岩では無く、北米州を初めとした何枚もの派閥に分かれている事も周知の事実だ。
だからこそ抜擢した。無論、地球侵攻の総司令官としての相応の権限は与える。
またジオン本国に凱旋将軍として帰還すれば貴様が納得するポストを用意しよう。どうだ、納得したかな?」

飴。古来より使われる言葉である。何より独裁者からの要望は命令と変わらない。
これを断る事など出来ないし、普通の将官には不可能だ。
だが、この地球通のマ・クベは良くも悪くも普通では無い。この言葉に対して疑問を投げかけたのだ。

「閣下、それで私の身の安全は保障されておりますか?」

それはジオン公国総帥であるギレン・ザビへの挑発行為に近かった。一介の中将が言って無事に済む言葉では無いだろう。
実際、秘書官の一人はあまりにあまりな発言にびくりと肩を震わせたし、別の者は持っていた書類を落としかけた。

「ほう?」

ここでマ・クベは己の懸念を表明すし、ギレンは先を促す。まあ言いたい事は分かっていた。
要約すれば簡単だ。自分は捨て駒にされるのではないか?
そう言っているのだ。

「閣下。編成表から見るにこの地球降下作戦に投入される部隊の大半が今は亡きキシリア派やダイクン派で構成されております。
これがわざとでは無い、偶然であるなどと言う言葉を閣下から聞けるとは思えません。
明らかに国内の反総帥派の口減らし、流刑の為の部隊ではありませんか?
それを率いて地球へ降りるのですから・・・・・正直言って閣下から直接言質を頂きたいものです。私を見捨てないと言う言質を」

デラーズが少将に昇進した時、ギレン自らが彼に与えた指揮杖を握りしめる。
明らかに自らの主君への度を過ぎた態度に怒り心頭である。
それを察して椅子に座るギレンは立っているデラーズを手で宥める。

「デラーズ、怒るな。この中将の言う事は当然だ。気を静めろ。
さて、マ・クベ中将。
貴様の言いたい事は分かっていた・・・・本国で厄介者扱いしている者どもを私が切り捨てると言う事に不安なのだな?
それが分かっているなら話は早い。中将、貴様に二隻のザンジバル級を与える。ルウムで活躍した独立教導艦隊は解散する。
ゲルググは渡せないがザンジバル級二隻は渡せよう。そして・・・・新設される地球攻撃軍司令官には撤退の全権も与える。
無論、司令部のみの撤退する・・・・・などと言う事はないだろうが、全軍の撤退の全権を与えて置く。そのあたりはマ・クベ中将の裁量に一任しよう」

そう言ってセシリアがジオン軍の軍章が入った一通の書類を渡す。
その書類には先程のギレンの命令がこう書かれていた。

『マ・クベ中将を宇宙世紀0079.09.02付けで地球攻撃軍総司令官に任命する。
権限として占領地の統治権全権並び地球からの撤退の自由を保障する』

と。こうしてギレンはマ・クベの退路を断った。
いや、この言葉は語弊があるだろう。最初から退路など無かったのだから。
最初からギレン・ザビはこの軍官僚的な男を地球に派遣するつもりだったのだ。地球攻撃軍総司令官として。

「それに、だ。貴様は地球通。
スペースノイドにとって憧れの地でもある地球の土を踏めるのだ。大したものだと思うが?」

マ・クベは唯黙って敬礼した。
胸の内は複雑だったが。

(なるほど・・・・・私にキシリア機関を再編させた上で取り上げなかったのはこういう時の為か。
私が、いや、ダイクン派やキシリア派が失敗しようと成功しようと関係ない状況に陥らせる。
地球と言う流刑地にジオン国内の厄介者や反逆者予備軍を纏め、攻撃部隊として送り込み連邦軍と潰し合わせる。
その隙に宇宙艦隊を再建させて連邦軍の反攻作戦に備え、一方で外交的には地球連邦各州の切り崩しを任せる。
成功すれば私を任命したギレン総帥の功績としてジオン国民は総帥を称え、失敗すれば自分の責任として私を処断する、か。
食えん男だ。問題はその食えない男から逃れる術が今の私にはないと言う事。
確かにこのギレン・ザビがいう様にジオンきっての地球通の中将・・・・これ程、地球攻撃軍の司令官に適任もおるまい)

ギレンはマ・クベを退出させる。その間際に重要な事を言った。

「地球攻撃軍の補給の担当はザビ家の者、具体的にはガルマに任せる。これはデギン公王からも許可を取る。
ザビ家自らが采配を取ると言う事で地球に降りる者を鼓舞するのだ。それで士気の低下はある程度防げよう?
それに新型こそ少ないがシリア地域で実戦を経験したザクⅡJ型やザク・キャノン、ザク偵察型、ガウ攻撃空母、ドップなどに加え、非加盟国軍の陸上兵器も加わる。
補給のあてもある。ああ、マ・クベ中将、支えてくれればジオンは勝つよ」




やがて外交交渉は大きな山場を迎えていた。ジオン側が提示した条件は以下の通り。

・ジオン公国の完全なる独立承認。
・ジオン公国と対等の通商条約ならび安全保障条約の締結。
・戦争犯罪人の不起訴、不処罰。
・双方の戦時賠償金支払い権利の放棄。
・両軍の宇宙艦隊の軍縮。具体的には艦船比率をジオン側1対連邦側2。
・最大MS数の制限、両軍350機のみ。
・各サイドの独立自治権付与。月面都市の交易権の承認。木星船団へのジオン側の権利保障。
・連邦非加盟国との不可侵条約の締結、連邦による非加盟国並びジオン公国への経済制裁の解除。
・捕虜の解放、交換。
・中立地帯の制定。
・スペースデブリの回収、コロニー建設計画の再スタート。

で、ある。

当初これに加えて、ルナツーの割譲、月面都市群の国家化にフォン・ブラウンを中心とした月面表面へのジオン艦隊の駐留、地球連邦宇宙軍の一方的な軍備制限も含まれていた。
ジオン側は強気な姿勢を崩さず、温存した核兵器や今なお支配下にあるサイド2の首都バンチ『アイランド・イフィッシュ』が地球連邦に対して無言の圧力を加える。

(ふむ・・・・・連邦も主力部隊がいないにしては良く粘るな。そう言えばまもなくか。
木星船団の補給船団がヘリウム3と共に帰還するのは。連邦に手をうたれる前に確保しておかなければ)

そもそも戦略級の兵器とは使わない時が最も威力を発揮する。
その典型例が今回の一週間戦争にルウム戦役で一発も撃たれなかった、ジオン軍が持つ数百発の戦術核弾頭であり、コロニー落とし専用のコロニーである。
使わない戦略兵器、それを使った典型的な砲艦外交をジオンは仕掛けてきた。
そして連邦政府はまさにその脅しに屈しつつあった。特に犠牲の子羊の選別が終了したという点で現政府は安心していた、いや、安心しようとしていた。

宇宙世紀0079.09.02
交渉は最終段階に入る。ジオン側の提案をほぼ無条件で受け入れると言う事態にまで連邦は押されていた。
何よりもサイド3を除く、コロニー市民25億人と月市民8億人の命には代えられないという大義名分にして至上命題がある以上強硬路線には出られない。
事ここに至っては条約締結、ジオン独立承認、同盟国化を止むなしとする機運が高まった。
特に極東州とアジア州、北米州が共同でジオンへの融和政策をはかる。

(戦前の予想通り。やはりあの取引に乗って来たなブライアンめ。
地球連邦内部でのアメリカ合衆国の復権。これ程美味そうな魚もないだろう)

上記二つの州が共同歩調を取る以上、アジア州とオセアニア州、つまり太平洋経済圏の恩恵を受ける州も共同歩調を取るのは当然であった。
地球連邦政府の代表団であり、北米州の州議員でもあるマーセナス議員は内々で同僚たちに言った。

『これ以上の戦闘継続は北米州の市民を保護する点から断固として認められない。
そもそも壊滅した連邦艦隊再建の為にどれほどの時間と予算が必要か計算したのか?
艦隊の再建にかかる莫大な費用に加え、戦死した将兵らの遺族への補償、更には優秀なる軍人たちの補充は最低でも数年から十年はかかる。
それだけの資金があるならばジオンに宇宙の安全を肩代わりさせ、地球環境の改善に取り組むべきだ。
連邦政府の存在意義を鑑みても地球環境の改善こそ最優先課題にすべきであろう。
付け加えるならば、我が連邦政府はここで戦略を転換し、連邦と冷戦状態にあった非加盟国と新たなる関係を築くべきである』

マーセナス議員の発言は連邦政府内部の穏健派や地球至上主義者の中でもどちらかと言えば地球尊重主義者に受け入れられた。
それは連邦政府全体に、南極での条約調印止む無し、という雰囲気を作り上げる。ギレンらの当初の予定通り。
こうして地球連邦政府はまさに条約に調印し、人類史上最初の宇宙戦争は当初の予想を大きく覆して一コロニー国家、ジオン公国の勝利で幕を閉じようとしていた。

(どうやら上手くいきそうだな)

それを見やるマ・クベ中将。
目の前に置かれた水と氷が半分に減っているが、関係ない。
どうやら自分は、地球と言う敵軍の真っただ中に落下傘降下させられる事態は避けられそうだと胸を撫で下ろした。流石に使い捨てにはされたくない。
そして、連邦の代表が条約文章を想起して持ってきたまさにその時、自分の視線の中で一人の女性が横切った。
紅の制服を着た秘書官長であるセシリア・アイリーンだ。
ギレン・ザビの秘書であり数年来の愛人である事は周知の事実で、更に噂によれば息子がいる、らしい。

(独裁者が認知しない子供など対して問題にはならないが、あの噂は本当なのか?
トト家に養子に出された少年。
あのセシリア・アイリーンがギレンの首席秘書官に収まり権勢を得た時期と重なる・・・・・・もっとも彼女は有能だ。それは認めるが。
それにしてもなんだ?この時間帯に報告するなど連邦政府に付け入る隙を・・・・・)

そこまで思った時に珍しいものを彼は見た。
あの独裁者が、冷徹で冷静な独裁者ギレン・ザビが、驚愕の表情を浮かべたのだ。
それは目の前にいる連邦の代表団も同じだった。




宇宙世紀0079.09.01

条約調印寸前の約24時間前。地球から最も遠い宇宙都市サイド3から一隻の超高速シャトルが発進した。
名前は「スカイ・ワン」。サイド5のルウム政府が挑発し、極秘裏にサイド3宙域まで潜入していた連邦の最速宇宙船の一隻である。
その船上で、一人の将官が着替えを終える。
船は月軌道から重力カタパルトを利用して一度、サイド6へと向かう。そして彼は合流した護衛の艦隊と共にルナツーに進路を取った。
ルナツーでは大量の艦隊、そう無傷で宇宙に残った地球連邦宇宙軍二個艦隊が観艦式もかくやと言わんばかりに一人の将官を迎えた。
将官の名前をヨハン・イブラヒム・レビル大将。ルウム戦役で連邦軍の総指揮官だった男だ。
その彼がルウムでの敗戦の責任を取る事無く、このルナツーにて歓待されているのは連邦軍の上層部にある思惑があるからか?
何事かを知らされぬまま、宇宙世紀0079.09.02に日付が変わる。
そして地球からのレーザー通信を使って南極での交渉をつぶさに見ていたレビルはメディアに出る事を決断した。
まさに条約調印がなされようとしたその時、レビルは己の信念に則り、行動する。
ルナツーに集められたメディアが一斉に向く。

『前連邦市民の皆さん、私はヨハン・イブラヒム・レビル連邦軍宇宙艦隊司令長官です』

という言葉が地球圏全土に発信させられた。
この一言から始まる放送は南極で調印式だけを残していると思われた連邦とジオンの代表団にも想定外の事態として響き渡る。

『連邦宇宙軍の敗北の責任は単にこの私が負うべきことです。その点につきましては一切の弁明はしません。
あまんじて全ての批難をお受けします。
しかし、連邦政府がジオン公国と言う専制と独裁主義国家に屈するという事態だけは断固として避けなければなりません。
今まさに調印されようとしている条約は条約ではありません。降伏文章です。屈辱の極みなのです。
私は連邦の軍人として開戦後初めてサイド3を訪れました。そして見ました。ジオンの真の姿を。真実の姿を。
私を尋問した兵士も、私を誘導した兵士も皆20代前半の若手士官や兵士でした。
本来であれば30代のベテラン兵が尋問するべきであるにもかかわらず、です。これが何を意味するのかお分かりでしょう』

放送は続く。
それを忌々しそうに、或いは興味深げに、若しくは嬉しそうに見る多くの人々。この放送に関しては皆が見ていた。
視聴率だけで言えば80%に近い。ミノフスキー粒子も散布された宙域がある状態でのゲリラ放送にしては最良の視聴率だろう。
言いたことは単純だ。

『戦争を継続せよ、我々は負けてない』

『ジオンには最早戦うための物資も艦艇もMSも無い』

『何もかもが無い無い尽くしのジオン公国に何故、我が連邦が膝を屈しなければならないのか?
宇宙を専制国家、独裁者の手に委ねて良いのか?』

と言う事を訴えている。
ここで、ある兵士は気が付いた。
レビル将軍は巧妙にルウム戦役での敗北と言う自分の責任を逸らして、開戦の責任と一週間戦争にルウム戦役の敗北の責任をジオン軍とザビ家に押し付けている。
そして将軍自身はもう一度戦う機会を望んでいるのだ、と。一種の責任逃れであり、論点のすり替えである。
そもそも大将閣下とはいえ、一軍人に過ぎないレビル将軍に他国であるジオン公国の政治体制を公的に批判し、それを論議すべきでは無いだろう。
それは政治家や外交官の仕事だ。軍人の仕事じゃない。それを軍人がやれば連邦もジオンと同じではないのか?
第一、文民統制である筈の地球連邦軍軍人が戦争継続をメディアに訴え、さも自分が代表の様に振る舞うのは民主主義国家の軍人として正しいのだろうか?

『我々も苦しいが、ジオンも苦しい。
そして彼らに残された兵力はあまりにも少ない』

『そして我々は民主主義の名のもとに団結し、勝利する。
全連邦兵士諸君、母なる大地である地球に依って戦おう。そして共に勝利を得よう』

が、そんな事を考えたのはごく一部だけ。そしてこの放送、『ジオンに兵なし』は何度も何度も地球圏全体に流れた。
それはサイド3ジオン公国の首都ズム・シティでも受信できた。報道管制が間に合わなかった。
これを最初に知ったザビ家の者はサスロ・ザビだった。帰宅途中のリムジンに備え付けられたTVに映し出されるレビル大将の姿。




「親父か!」

次男のサスロ・ザビがザビ家私邸に向かうリムジンの中で叫んだ。
思わず手に持っていたワイングラスを強化ガラスに叩きつける。
秘書官の一人に零れたワインがかかるが普段の温厚なサスロとは違い、それを気遣う余裕は無かった。
ザビ家の私邸に到着するや否や正門から玄関へ、そして、食堂へ駆け込む。
其処には食事中の義理の妹ゼナ・ザビ、父親にあやされている姪のミネバ・ザビと父にしてジオンの英雄ドズル・ザビ、更に実弟のガルマ・ザビの4人が楽しそうに家族の身の団欒を繰り広げていた。
召使は誰も居ないので、料理もゼナ・ザビが自ら作った手料理のようだ。美味しそうに食べていたドズルが能天気な顔で、

「おお、サスロ兄貴か。一緒に食べんか?
ゼナの渾身の手料理だ。地球産のシーフード料理で美味いぞ」

などと言う。ガルマもそれに頷くが、今の自分はそれどころでは無い。

「ドズル!! 親父はどこだ!?」

不思議そうな顔をするドズルが何か言おうとした時、父親のデギンが入ってきた。
思わず詰め寄る。ガルマが慌ててどうしたのか聞くが、サスロは聞く耳を持たない。

「親父!!」

やってくれたな! と、サスロは父親の胸ぐらを掴みあげた。
あまりの事態に思考が停止するデギン、ドズル、ゼナ、ガルマ。
普段、家族には温厚に接するサスロの姿とはかけ離れていた。
何もかも無視して一気に怒鳴りつける。

「親父、レビルをどうした!? 今どこにいるか知っているのか!!
何故、親父直轄のレビルが・・・・・・ここに・・・・・・TVに映っているんだ!!!」

そう言ってリモコンを使い、薄型の壁掛け用TVを付ける。
そこには先程の演説を繰り返し流すアングラ放送の映像が詳細に、かつ、巨大に映し出されていた。

「な!?」

ドズルが驚きの声を上げ、サスロが更に詰め寄る。

『一体全体どういう事なのか?
何故公王府に幽閉されていた筈のレビルがルナツーに居て、こんな演説をしているのか?
何故、この様な重大な報告が副総帥である自分にも軍総司令官であるドズルに上がってこなかったのか?』

そうサスロは親であるデギン公王に詰問する。

「レ、レビル!?」

が、父もこの展開は信じられないようだ。
何か裏があったのだろう。
密約があったのだ。レビルとデギンとの間に何らかの密約が、敵味方ではあったがそれでも父親は敵将を信じていたのだ。
穏健派であるレビルなら必ず自分の期待に応えてくれるだろう。そう言う信頼が何故か父親にはあったのだ。
そしてそれをレビル将軍はデギン公王の信頼を最悪の形で裏切った。
地球圏全土に徹底抗戦を訴えると言う最悪の方法でジオン側の和平への期待を粉砕した。

「親父! 説明してもらうぞ!! 
何故レビルが脱走した!? 何故レビルはあそこにいる!? 警備に何を命じたんだ!!」

詰め寄るサスロのデギンは杖を落とした。
姪のミネバ・ザビが大泣きしているが今はそれどころでは無い。この怒りを解消する為にも、そして今後の事を考える為にも真実を掴まなければ。
その思いで詰め寄る。

「わ、わしは・・・・・た、ただ和平を・・・・・連邦との・・・・・・和平を」

その言葉で全てが分かった。理解した。想像通りの結末だった。
やはり父は連邦軍の一軍人であるレビル大将に肩入れしたのだ。彼が、レビルが地球連邦の軍人であると言うその一点を忘れて。
兄ギレンにも自分にも内緒で。下手をしたらダルシア・バハロも知らないのかもしれない。完全な独断専行。掴んでいた手を放す。放心したかのようにデギンは椅子に腰を落とした。

「親父はこれがどんな事態を引き起こすか分かっているのか!?
あの男はジオンの内情を地球圏全体に暴露したんだ!!
これでは戦争の早期終結は無くなるかもしない、いや、無くなった!!
確実に戦争は続くぞ!!
どうしてくれるんだ!! 親父が公王じゃなければ国家反逆罪で逮捕したいくらいだ!!」

流石にこの発言にドズルが動いた。
ゼナにミネバと共に部屋から出る様に伝えるとサスロに向き直る。

「サスロ兄貴いくらなんでも言いすぎだ・・・・・親父だって国を思って」

だが、次のサスロの言葉にドズルは反論するすべを失う。

「国を思っても戦争が続いたら意味がない!! 政治も軍事も結果が全てなのはお前だって知っているだろう!!
そして・・・・・・くそ!! ギレン兄がどうでるかは分からないが戦争は恐らく継続だ。
悪意から出る成功よりも善意から出る失敗の方が余程性質が悪い!!」

デギンがこの言葉で辛うじて持っていた杖をも落とした正にその時、秘書官がノックした。
入れ、とサスロが言う。ドアを開けるが早いかどうか、その秘書官は息を切らしながら全員に聞こえる様に伝えた。

『連邦政府、南極での終戦交渉を白紙化。我が国との徹底抗戦の構えを見せています』




ジャブローではこれに狂喜した男たちが存在した。
敗戦の責任を負う事を免れないと思っていたキングダム首相らである。彼らはレビルの演説を天啓と捉える。
そしてその天の恵みに答えるべく、一つの決断を下した。自らの野心と保身の為に。

『南極の代表団に連絡せよ。戦争は継続する、とな』




宇宙世紀0079.09.05

南極にて一つの条約が締結された。所謂、南極条約である。
南極条約の主な点は、捕虜・市民の人道的扱い、サイド6、フォン・ブラウンの完全中立化、非加盟国=各コロニー間の貿易の承認、NBC兵器並びコロニー落とし作戦の禁止などである。
また、現時点でジオンが占領している4つのサイドはジオン軍の駐留を認める。
その代り、勾留中の連邦軍捕虜の人道的配慮を行うという点が決定された。そして連邦市民の人権保護も決定した。
一方、検閲の許可、移動の制限など各サイドの持っていた主権は全てジオン側に委ねられる。
更には双方ともに捕虜交換は現時点ではしない事も明記される。

そして休戦期間は宇宙世紀0079.09.15まで。
この日までの軍事行動は原則禁止とした。




一方でウィリアム・ケンブリッジはどうしていたか?
要約するとスパイ容疑で逮捕されたウィリアム・ケンブリッジは、将来的には尋問および隔離の為、ルナツーからサイド7に護送される事になる。
一応、妻との関係を考慮して第14独立艦隊がその護衛につくが、同じく尋問中の妻とは会えなかった。
息子と娘に電子手紙を送る事は許されたが、それ以外の通信は禁止という文字通りの罪人扱いである。誤認逮捕も確信があれば誤認ではないだろう。
そして妻もまた夫と同様、尋問を受けている。

(何故こうなったのだろうか? 俺が一体何をした?
リムは一体何をしたんだ? ただ職務に忠実に働いたのにこの仕打ちはないだろう?)

それだけが頭の中を駆け巡る。一体何が悪かったのか? 
ただ一所懸命、連邦政府の公僕として職務を果たしてきたつもりだったのに。




妻のリムもまた理不尽な言葉の暴力に耐えていた。

(何度目だろうか?)

このルナツーに戻って以来、定期的に開催される簡易軍事法廷で何度も何度も自分の罪状が読み上げられる。
ナハト大尉とやらが自分を告発する検察役な様だ。

(どいつもこいつも嫌いだな、相も変わらない憲兵どもめ。唾を吐きたくなるな。その嫌らしい弱い者いじめを楽しむ目つきが気に入らない)

罪人扱いされているのはリム・ケンブリッジ中佐。この場では単に中佐と呼ばれて、いや、怒鳴りつけられている。

(私はともかくウィリアムは無事なの?)

心配になるのは夫だ。
連邦の第一等官僚選抜試験合格者は軍役を除かれるので、軍隊の経験が無い。その夫にこの過酷な精神的仕打ちが耐えられるだろうか不安になる。
軍隊経験者でも軍法会議やそれに類する裁判は非常に神経を擦り減らされるのだ。
ましてそれが全く関係なく経験もない夫なら尚更だ。
それに自慢じゃないが私が選んだ夫は決して要領が良いとは言えないし、芯が強い英雄の様な人物では無い
もっとも、私にとってはあの時からずっと英雄だったが。

「リム・ケンブリッジ、旧姓、リム・キムラ。
貴官は宇宙世紀0050に飛び級で地球連邦軍士官学校に入学した、間違いないな?」

頷き、一言ハイと答えた。
下手に口答えしてもそれを理由に叩かれるのがオチなのだから静かに頷けば良い。

(ああ、あれから30年近く。考えてみれば遠くに来たものね)

三歳年上の、なんとも思ってない幼馴染を尻目にリム・キムラは士官学校に入学した。
宇宙世紀0052、士官学校トップ20、通称T=20の一人として海軍配属を希望した自分は類稀な航海技術と航宙測量技術で海軍、宇宙軍双方のカリキュラムを二年連続で合格。
将来は連邦軍宇宙艦隊か連邦軍海上艦隊かどちらかの艦隊司令官までは間違いなしと言われるようになった。

(いつ頃からだろう? 男に不自由しなくても、その男に物足りなくなったのは?)

東洋的な神秘さを持つが故に、西洋系の同僚や同期生に何度か告白され付き合った。
それでも彼らは多くの面で自分より勝っていた筈なのだが、何故かあまり魅力を感じなかった。感じなくなっていった。

「それで中佐、貴官は士官学校では極めて優秀な成績で卒業しているが、一体どういう風の吹き回しなのかな?
この、ウィリアム・ケンブリッジ政務次官と言う人間と付き合いだした理由は?」

ナハト大尉が聞いてくるが、流石にこれは人権侵害だ。そこまで答える必要はない。
誰が誰を好きになろうと知った事ではないだろう。
第一、婚姻統制でも敷くのか?この地球連邦と言う国は?
そうでは無いのなら、無視しても問題は無い筈だ。

「答える義務を認めません」

『ふざけるな! 質問に答えたまえ!!』

そう答えつつも、内心ではあの日の事を思い出す。
宇宙世紀0053.12.19の冬の日。
久方振りに両親が待つ故郷のニューヤークに帰ってみると初雪が観測されたのか街中が雪化粧に覆われていた。
それが懐かしさを感じる。ついでにハワイの海軍士官学校に居たので肌寒さも感じた。
家族との再会は思いのほか順調であった。
そして、ずっとお兄ちゃんと呼んで慕ったが、決してそれ以上では決してなかった男と再会する。

『あら、ウィリアム兄さん。久しぶり』

その言葉にウィリアムが大きく傷ついたのだけは理解した。
ただあの時は別の男と付き合っていたのでそんなに問題だとは思いもしなかったが。




別室では、ウィリアム・ケンブリッジ政務次官への聴聞が行われている。
彼は手錠こそかけれてはいないが、パイプ椅子の上に座らせられていた。
勿論、嫌がらせの様に、私服のアルマーニ製のスーツの上着は脱がされ、シャツしか着てない身に、冷房が効きすぎている部屋で検察の取り調べを受けている。
どう考えてもこの設定気温が20度というのは検察側の嫌がらせだ。人権侵害も極まったな。

『何故、我が連邦政府や連邦軍に開戦時期を連邦政府に伝えなかったのか?或いは伝える義務を怠ったのか?
それは政務次官がジオンやザビ家と内通していたからではないのか?違うか?』

『以前にMSの脅威を唱えていたが、それは何故か? 
例の経済面からMSを脅威と捉えた論文は壮大な言い訳で、真実はジオンの独裁者から教えてもらったのではないのか?
そしてそれを手柄に連邦内部で出世する為に利用したのではないのか? 
MSへの警戒、その本当の目的は連邦に警告する為では無く連邦内部でライバルに差をつける為では無かったのか?』

『何故、4機ものザクⅡを鹵獲できたのか? 何故撃沈できる筈のムサイ級軽巡洋艦を見逃したのか?
本当は戦闘自体が擬態で、ジオン軍に我が軍の量産型MSジムの性能を伝える事が目的では無かったか!?』

『政務次官と言う地位にありながら何故亡命政権の人間を殴ったのか? 
所詮相手はスペースノイドで亡国の輩という本来の連邦官僚としてあるまじき差別意識があったからではないのか?』

だいたいこの4つが論点に挙げられた。
他にもいろいろあったが、ケンブリッジ政務次官に取って重要な議題だと思われたのはこの4つだ。
どれもこれも言いがかり以上でもそれ以下でもなかった。実際に彼にとって訳が分からない事ばかりだ。
一応、弁護人はいるがあまりやる気がなさそうだ。と言うより、絶対にやる気がない。
心配なのは妻と子供たちだ。この余波を受けているのは間違いない。

「何度も言う様に、私は知りません。やってません。信じてください。
それに記録をしっかり確認して下さい。
私は何度も連邦政府にジオンが宣戦布告に踏み切る可能性があると警告しています。
それを黙殺したのは貴方方、地球連邦政府の現政権でしょ!?」

『責任転嫁を図る気か!?』

そう言ったが、自分の反論が聞いて貰えるならばこんな場所でこんな裁判ごっこで浮かれている事は無いだろう。
本気でジオンを脅威と考えるならば直ぐにでも対応策を練るべきなのだ。
それが弱い者苛めに全力を傾ける。これが今の連邦政府の内情とは怒りを感じるし、憤りも覚える。

「連邦軍が負けたのはミノフスキー粒子とMS、MS携行のビーム兵器の存在を軽視した、若しくは察知できなかったからです。
更に言わせてもらえば私は諜報部の人間ではありません。
それを、ただの文官に、ジオンの新兵器や新戦術を知れ、探れ、予想しろと言うのはむちゃな要求です」

途端に目の前の査問役の黒スーツ姿の男がまた怒鳴り散らす。

『それでも連邦の上級官僚なのか!? 
言い訳するとは何事か!? そんな幼稚な言い訳で我々を煙に巻こうと言うのか!?』

三人いるうちの別の者も続けて私を批判した。

『連邦に忠誠を誓った身とは思えない傲慢さ。やはりギレン・ザビらと交流が、いや、密約があったに違いない。
このキシリア・ザビ暗殺事件の直後にある記録。
ここにあるザビ家との単独面会で何を約束された? 金か? 地位か?』

最後の一人はもっとあからさまだった。
机をよけて近づくと、私の頬に向かって張り手をして思いっきり引っ叩いた。

『この売国奴が!』

この時ほど、連邦に失望した時は無かった。
マジック・ミラーになっていてそこで聞いている筈の弁護団も憲兵も警察も私の人権を守る事は無かった。
次に来たのはボディーブロー。思わず胃液が出そうになる。これが売国奴扱いと言う奴か。
ジャブローにいて、安全な場所から全て押し付けた連邦政府に、あのクソじじいのキングダム首相閣下らの対応に、反吐が出そうだ
更に髪の毛を引っ張られて額を机の上に叩きつけられる。額から血が出る。重力ブロックでは無かったら赤い球が飛び散っただろう。
それを見てにやける三人の男。正直に言おう。殺してやりたい。そして声を大にして叫びたいのだ。

(俺は決して自分から望んだ訳じゃない。ただただ与えられた、押しつけられた課題を必死に解こうとしただけなんだ。
決して英雄になりたいなんて思った事は無かった! 英雄でありたいとも誰かを出し抜きたいとも思ってない!!
それなのにこの仕打ちはないだろ!!
ザクの鹵獲だって偶然だ。お前たちが邪推するような取引をジオンとした訳じゃない!!
本当はあの時だって怖くて怖くて堪らなかった。逃げ出したかった。何もかも捨てて逃げたかった!! 手の震えも止まらなかった!!
ああ畜生!! こんな事になる位なら全部捨ててリムと一緒に逃げれば良かった!! ここまで言われるならジオンに投降すれば良かった!!!)




リム・ケンブリッジ中佐は思い出す。
あの新年の日。私を引き留めた一人の男性を。その男は冴えないこれと言って特徴が無い人間だった。
両親は学歴エリートだから優良株だし、幼いころから見ていて人としても出来ているから問題ないと言っていたが私にはそうは思えなかった。
いつもいつも小さな私の手を引いてくれて、それでもどこか抜けている、あの頼りない姿が印象的な男性だったから。
そして私は休暇のある日、ホテル街を歩いていた。当時付き合っていた二期上の先輩に渡すプレゼントを持って。

『誰よ、その女?』

よりにもよってその日、当時付き合っていた男が別の女と一緒にホテルから出てくるのを目撃した。
男なんて何人とも付き合って来たから別に別れるのはショックでは無い。しかし、弄ばれた事は幸運な事に無かった。
弄ばれていた。二股をされた。信じられない。それで自棄になって突っかかった。
その男が連れている女は自分の同期生で、両親が一般の家庭人である自分とは異なり親のコネが強いのも知っていたが、関係なかった。

『誰よ、誰なのよ!? その女とどういう関係なの!?』

『う、五月蝿い!! 離れろ、ここから出ていけ!』

『え?』

『いいから出ていけ! 俺はお前みたいな、いかにもできますっていう賢い女が大嫌いなんだ!!』

『ちょっ!? そ、それじゃあなんで付き合ったのよ!?』

『五月蝿い!! さっさと離れないと警察を呼ぶぞ!!』

『五月蝿いわね、この負け犬。さっさと去りなさいよ』

そう言って私は追い出された。
その後、その女と男は順調に出世した。
私はその男が手を回したのか、或いは女の方か知らないが、ずっとT=20を維持していたにも関わらず謹慎処分と優待生からの除名をくらったわ。

(しかし面白いわね。あの時の男は宇宙艦隊のグプタ副長に配属になってルウム戦役で戦死。
女の方は連邦軍武装解除事件でジオン軍と交戦時に負傷し、しかも副連隊長であった事からそのまま不名誉除隊。
で、私は英雄でありながらも査問会に夫ともども直行。運命って本当に残酷で面白いわ)

と、思ったら。
またぞろ何か言いだした。どうやらこの私の傲岸不遜な態度が許せない様だ。確かにそれはあるかもしれない。
何やら聞こえる。

『しっかりと顔をあげたまえ、面接官の目を見ろ』、か。

まるで学生の就職活動のレクチャーだ。私は大学を出たばかりの子供か?

(そう言えばあの後だったかしら。
ウィリアムが、ハーバード大学経済学部宇宙開発学科の卒業証明書と一緒に地球連邦第一等官僚選抜試験合格通知書を持ってきたのは)

わざわざ最後の休暇を使ってハワイの連邦海軍士官学校に来た。
そそかしい事に私にメールを送ったのはホノルル空港に到着してから。しかも授業中だからそう簡単に会える訳ない。
ついでに、あの別れた二股男と女の影響で、私は非加盟国の共産主義信望者だの、スペースノイド過激派のスパイだの、男漁りの背徳者だのという噂が付いていた時期。
私がかなり自棄になっていた時、未来の旦那はクソ熱いハワイの中で、明らかに不釣り合いな恰好、学生が値段を出せるという意味では最高級のポールスミス製スーツを着て、ホノルルの『太平洋リゾートホテル』という高級ホテルの最上階のカジノバーで待っていた。

(あの時は憂さ晴らしと厄介者払いのつもりで行ったのよね。
私が今から言う全てを奢ってくれたら一つだけ願い事かなえてあげる、そう言ってやったわね。懐かしい)

あの時の自分はどうかしていたのだろう。
仮にウィリアムが代償として私自身を求めても、きっと私はそのまま身を任せて彼に代価を支払ったに違いない。
取り敢えず、10万テラはしたコース料理にワイン、デザートを奢らせた。
しかもホテルの部屋代にカジノで遊びたいから30万テラを貸してとまで言ってやった。
初任給が25万テラである事を考えると大した額だ。今思うと本当に悪い事をしたなとも思う。

(あの時払える筈も無かった筈・・・・・それでも支払ったのは惚れた弱みなのかしら?)

過去へと記憶を飛ばす。
困った様な、それでいて嬉しそうな顔をする未来の旦那に私は思ったものよ。

(何しに来たか知らないけど、これだけやれば尻尾を巻いて帰るでしょ。
は、ご愁傷様でした。今は誰とも付き合う気持ちは無いんだから。
その辺の安っぽい女と一緒にしないでくれる?)

と、心の中で舌を出していると、兄と思っていた、今は財布としか思えなかった男から、一言。

『リム、ずっと好きだった。付き合ってくれ』

と、告白された。

(冗談じゃない。なぜアンタみたいな凡人に、エリートの私が、単なる貧乏人の冴えない将来性もない男と付き合わないといけない・・・・)

と、一瞬だけ思ったが、良く思い出してみるとその言い訳はもう通じない。
彼はハーバード大学を出て、もう間もなく地球連邦政府の第一等官僚になる。
T=20と呼ばれる連邦軍士官候補生と比べても決して遜色はない経歴の持ち主だ。
いや、地球連邦は文民統制が原則だから下手をしなくても向こうの方が色々な意味で格が上だろう。

(それにだ、たしかこの目の前の男は決して成績は良くなかった筈じゃ・・・・)

最後に私が飛び級した時などは、その報告を聞いて悔しさと情けなさから陰で泣いていたのを知っている。
そんな軟弱な男だった筈なのに。こんな真剣な目をした男じゃないと思っていたのに。

(何なのよ? この目は? わ、私が欲しいですって? じょ、冗談でしょ?)

高級カジノバーの席から滑り落ちそうになる。

『じょ、冗談きついわ。なによ、あ、もしかしてこの間の憐みのつもり!?
捨てら得た女だから簡単に落ちるとでも思ってるの!?』

『冗談じゃないし憐みでもない。ずっと好きだった。いつかお前に相応しい男になろうと努力した。努力してきた。
まだ足りないならもっと努力する。なれと言うなら大統領にでも首相にでもなってやる。だからお願いだ。一緒にいてくれ』

『あ、その、いや、あんた、あ・・・・ウィリアム、その、だから』

逡巡していた間に物事とは進むようだ。
ウィリアム・ケンブリッジはいままで誰も言った事が無い方法で口説いてきた。
ストレート。一切の脚色を取っ払った言葉はあの時の私の心にしみわたる。

『俺はリムの全てが欲しい。その代償に俺の全てをくれてやるから。だから俺と一緒に来い』

そう言って差し出された手、その震える手を、臆病者な勇者の手を、私はいつの間にか握り返していた。
その後は二人でワルツを踊った。
下手くそな二人だったが、あの日のハワイの夜から私たちの関係は始まったのだ。
そう思うと何もかも懐かしくなる。そう言えば子供たちは元気にしているのだろうか?

「何が可笑しいのか、中佐。それ以上は法廷侮辱罪も考慮に入れるぞ!」

ええ、お好きなように。あの日から私はずっと一緒にいてくれる人がいた。だから怖くないわ。




地球連邦軍本部ジャブロー。そのある執務室ではとにかく、予想外の事態に対応していた。
怜悧な刃物と呼ばれるジャミトフ・ハイマン准将はウィリアム・ケンブリッジ政務次官が捕えられるという報告に焦っていた。
彼らしくもなく、である。
理由は単純。ウィリアム・ケンブリッジ逮捕と言うのは彼のシナリオにはなかったからだ。

「やはり黒幕は首相か。余計な事をしてくれたものだな」

本来ではあれば、ケンブリッジ政務次官は地球連邦の北米州の権益代表であるマーセナス議員と共に現政権の打倒に動いてもらう予定だった。
が、どうやら、連邦の古狸であるキングダム首相の方が先手を打ってきた様だ。
流石に官僚の任免権を持つ首相に命令は出来ない。と言うより軍人が口を出してはならない。ここは文民統制の国家なのだから。
まして今回の事件が首相ら内閣府の証拠隠滅や責任逃れの意味合いが強いから真っ向から立ち向かっても握りつぶされるのがオチだろう。

「それで、ケンブリッジはどうなったのか?」

秘書官が黙って報告書を見せる。メモリーディスクを起動させて机の上に置いてある黒い情報端末に詳細を映し出す。
宇宙世紀0079.09.01時点では暴力まで振るわれて軟禁状態。
責任を押し付けたい連邦の現政権と、その現政権の人権侵害を武器に政権奪回をもくろむ各陣営が裏で動いている。
動いているのはゴップ大将らの派閥、北米州を中心とした州政府、敗戦の責任を逃れたい首相ら内閣府、更にはレビル将軍の宇宙艦隊の派閥にどうやら嗅ぎ付けた他の州も動いている。

「予想以上に混沌としている・・・・・魑魅魍魎とはこの事だな。で、要約するとどうなる?」

また、連邦軍としても連邦政府としても落としどころを探っている。
特に軍法会議中のリム・ケンブリッジ中佐らが捕えたザク4機は貴重なサンプルとして連邦軍本部ジャブローとサイド7に運ばれる事が決定した。
これを持って、彼女リム・ケンブリッジらの方は英雄として扱われる事になるだろう。まだ正式な通知は無いが。
それはジャミトフと共にブレックス・フォーラ准将が動いたのも理由の一つだ。
MSを鹵獲し、尚且つ敗戦の中で明確な勝ち星を得たと言うのは明らかに好材料だ。
これを利用しない手は無い。
実際、人情味あふれるブレックスなどは積極的に文民統制の原則を破って、勝手に連邦政府に圧力をかけてくれている。
ジャミトフも流石に露骨に圧力はかけないが、叔父の力を借りてケンブリッジの保釈運動を進めている。

「ケンブリッジには個人的にも公人としても借りがあるからな」

ジャミトフの発言に秘書が続ける。

「はい。
政務次官ですが、現時点では軟禁状態の様です。まだルナツーから動かされていません」

それは朗報ではないが最悪の報告でもない。
現政権は急速に悪化する支持率回復を目指したい。その為には各州の代表議員らの支持がいる。
また、連邦市民全体の支持も欲しい。ルウム戦役の敗北を逸らす為の犠牲の子羊も必要だからだ。
その為の生け贄がウィリアム・ケンブリッジだったが、叔父の力を借りて裏事情を暴露した事が大きな痛手となっている。

『ウィリアム・ケンブリッジ政務次官という得難い人材を連邦政府は自分たちの保身の為に失おうとしている。
それは許されるべきでは無い。
現時点においては我が連邦政府は間違いを認め、その上で襟を正し南極での交渉に臨むべきである』

それがジャミトフを経由して発信され、それが北米州全体の意見となったのだ。

「連邦の現政権の愚か者はあれ程の逸材を自らの手で失おうとしている。それは避けねばならぬからな」

ジャミトフは椅子から立ち上がり、窓から見えるジャブロー地下都市の景色を見た。
視界には連邦軍のペガサス級強襲揚陸艦の一隻、緑の配色を持つ「サラブレッド」が見える。

「ブレックス・フォーラ准将に改めて連絡を取れ。この件に関しては奴の力も必要だ」




ルナツーでは証人喚問が行われていた。が、それは続ければ続けるほど原告側を不利にするだけであった。
被告であるウィリアム・ケンブリッジ政務次官とリム・ケンブリッジ中佐が一切の自白を拒否した為、強引に彼ら二人を有罪にするべく動いたのだがそれがいけなかった。
先ず第14独立艦隊のメンバーらの署名運動から始まった。
軍では許されないこのような運動は、厭戦気分と相まって発火、一気に大火となってルナツーに広がる。
最初の動きはノエル・アンダーソン伍長である。
彼女は同僚や友人に艦長と政務次官の不当な逮捕に愚痴った。正確には上層部批判を行った。彼女らしくなかったがそれでも彼女自身の正義に従ったと言える。
彼女は酒の席で多くの同僚たちの前で叫んだ。今すぐに連邦の英雄を解放しろ、と。
それがルナツーに帰還していたパイロットの一人に伝わった。

「いやぁ、あんなかわいいお嬢ちゃんに愚痴られて黙っていちゃあ男がすたるぜ」

とは、その時の少尉さんの言葉。
この少尉が制服を着てルナツーの下士官向けガンルームで同僚と飲んでいた時の事だ。

「ベイト少尉。自分は思います。
やはりバニング隊長は立派です。自分ならこんな高級酒、部下には振る舞いませんよ」

と、同僚が飲みながら、上官への敬意をこぼしていた時に新しい情報として持ってきた。
メモリーディスクを机の内臓端末に接続する。

「何を見るんです、モンシア少尉?」

帰還した全将兵に一階級特進を命じた連邦政府。
軍の人事課に直接命令してきた(形式上は首相からの要請だった)が、本来であればあり得ない厚遇は如何にルウムでの大敗北を糊塗したいかを物語る。

「あ、ああ。
えーとな、さっきそこで愚痴ってたお嬢ちゃん曰く、何でも・・・・とっても情けなくてかっこ悪いおじさまのとってもかっこいい惚れたシーンだそうだ」

片側に明らかに口説いてきた女将兵を侍らせてモンシア少尉が飲む。
ついでに酒の摘みである燻製肉を頬張る。

「おいおい・・・・・それって矛盾してないか?」

「ごもっもです」

とは同僚二人の言葉。
因みに、あのルウム戦役で敵艦隊に突入しながら全機が帰還した第4小隊は不死身の第4小隊としてルナツー内部の戦意高揚の宣伝に使われている。
三人が、いや、傍らの女性兵を含めれば4人か、が、画面に注目する。
面白半分にベイト少尉が音量を最大にして見せる。そして流れた。あまりにも情けなく、そしてあまりにも赤裸々な本音を。

『お母さんを見捨てて、お父さんだけ逃げ出した』

『それだけはなれない』

『私の代わりはいくらでもいるだろう』

『だが、私はこの艦隊で一番偉いんだ。そんな私が一番先に逃げ出す訳にはいかない』

あの時の告白がいつの間にか会場全体に響いた。
部下を、上官を、或いは同僚を失ったルウム戦役と言う戦い、しかも連邦政府はさっさとルウムの放棄を決めた。自分たちの奮闘をまるで無視したように。
命がけで戦ったのに自分たちの戦いを全て無視した様な行動の前にある意味自棄になっていた彼ら。
ここにいる将兵の大半には大なり小なり連邦政府への、現連邦政権への不満の念があった。
だからこそ、このたった一人の官僚が発した本音は響いた。

自分たちと何が違う?

怖かった。逃げ出したかった。それでも戦った。
逃げずに、仲間を見捨てずに、前に向かった。

「こいつは・・・・・」

ベイト少尉がいつの間にかグラスを置く。
アデル准尉も腕を組んで考えている。
意外な事に最初に反応したのはモンシア少尉だった。
彼は少し考えると席を立ちあがった。そしてどちらかと言うと大尉や少佐らが座っている場所に進む。
そして一人の肩を掴み、自分の方へ向かせる。

「おい、確かあんた憲兵だったよな?
ちょっとこいつとこいつらの状況を詳しく聞かせてもらおうじゃねぇか・・・・・みんなにな」




サイド3から出港する一隻のムサイ級巡洋艦。しかし一般的なムサイ級では無い。
これはルウム戦役まで名将ドズル・ザビが乗艦していた旗艦ワルキューレである。その艦橋で。

「良かったのでありますか?」

艦長のドレン中尉が艦の指揮を取りながらも、自分よりはるかに若い少佐に聞く。少佐の階級章を付けた仮面の男。
ルウム戦役にて5隻の連邦軍艦艇を瞬時に撃沈したとして名前がジオンはおろか連邦軍全体に轟いたエースパイロットにして英雄。
そのシャア・アズナブル少佐は指揮官用シートに腰かけながら宇宙を見た。そして事実上の副司令官でもあるドレン中尉の問い質問で返す。

「何がだ?」

ドレンも人が悪い、そう言いたげな表情を見せながらシャアに聞く。

「何って、例の艦ですよ。あの高速船は確か『スカイ・ワン』って言う名前でしてね。
連邦軍や連邦政府にも僅か6隻しかない貴重な船です。しかも青を基本色とした船でしたからネームシップの『スカイ・ワン』です」

ほう、とシャアが指揮官らしく余裕を持って答える。
貴様は博識だな、と。

「そりゃ大宇宙を駆ける戦士の少佐と違いまして船乗りですからね。船の判別くらいは当たり前に出来ます。
ですが少佐、あの時期に連邦の民間船がここまで侵入したと言う事は何かあったと見た方が良いのではありませんか?」

ドレンが小声で聞く。部下たちに聞かれて動揺しないようにする為だ。それが艦長としての義務だろう。
やはり現場からの叩き上げは役に立つ。そう思わせる。そこへ。

「艦長、少佐。通信が入っております・・・・・あ、違います、地球圏全域に向けた広域通信です。
回線を回しますか?」

メイン・モニターに表示しろ。
ドレン中尉の判断は間違ってはいない。ここで司令官のみがこの放送を見れば、一体何故と言う疑惑を招くだろう。
それに非番の者がこの通信を見ている筈だ。ならば兵たちと情報を共有する事が今は大切だ。

「ん? こいつは確か敵将のレビルじゃないのか? 何でこんな放送に出てるんだ?」

ドレンの報告に思わず顔がゆがむ。
ああ、やはりそうか。あの時のあの船にいた敵将レビルは偶然に脱出したのではない、誰かに、恐らくザビ家の中の反ギレン派の者に手引きされてあの場にいた。
そして私の判断も正しかった。
あのレビル将軍を見過ごした行為はギレンを中心としたザビ家独裁に小さな亀裂を打ち込む結果となるだろう。

(笑いが止まらないな。これであの坊や以外にも切り崩しが可能となる、か)

放送は佳境に入る。

『・・・・・ジオンに残された戦力はあまりにも少ない』

ミノフスキー粒子の影響下にもかかわらず、最後の一言は地球圏全域に伝わった。無論、このワルキューレ乗組員全員にも。
そしてこの時のジオン軍程意見が一致した軍は無かっただろう。彼らは、彼女らは本能的に察する。

『独立戦争は継続される』、と。

「少佐」

気が付くとドレンが更に近づいてきた。右手にはマイクを持っている。

「どうやら・・・・・独立戦争は当分の間は続くな」

マイクを受け取る前にドレンにそう伝える。
そして、レビルによる徹底抗戦を煽った放送が一段落して周りが騒ぎ始めたころ艦内放送を行うべくマイクのスイッチを押した。

「指揮官のシャア・アズナブルだ。これより本艦の乗組員全員に告ぐ。我が艦は第一種警戒態勢に移行する。
我が艦はルウムの英雄であるドズル中将より直接、この戦争を左右する重大な任務を預かっている。
この任務はジオンの将来を左右する極めて重要な任務である。では諸君、地球連邦軍が動く前にサイド3宙域を抜け、月周回軌道を突破するぞ」




そのサイド7では連邦軍の新型MS、RX-78、コードネーム『ガンダム』の開発が難航していた。
特にジオンが投入してきたザクⅡ改やリック・ドムⅡの兵装の一つである90mmマシンガンとジャイアント・バズに耐えきれる装甲とゲルググと呼ばれている新型機に対抗するだけの機動性が求められていたが、それが上手くいって無い。

「モスク・ハン博士、そちらはどうか?」

開発主任のテム・レイ博士が同僚のモスク・ハン博士に尋ねる。
内容はマグネット・コーティング、通称MC技術のMSへの採用。詳しい事は省くが増加装甲による機動性低下を解決する為の方法である。

「問題は幾つかあるが、性能と言うよりも目下のところはパイロットだ。こいつを扱えるパイロットは居るのか?」

ガンダムは確かに高性能だ。それは認める。
だが、問題はパイロットにある。プロトタイプガンダムをテストしているユウ・カジマ中尉らの感想ではジムタイプに比べて遥かに扱いにくい。
特にジムタイプとは異なり、反応系が過剰なまでに敏感である。
これはガンダムタイプ全てが、連邦軍では例外的に完全なるワン・オフ機として設計、開発されているから仕方のない点があろう。
それでも連邦軍はこの機体に賭けていた。ジオンのMS全てを凌駕する事を。
だが、その期待も新型MSゲルググの登場で挫折する。
ビーム兵器を標準装備し、ザクとは比べ物にもならない機動性を確保しているゲルググの存在。
これにジャブローのV作戦担当者の実質的な最高責任者であるコーウェン少将は焦った。
この状況下では例えガンダムが高性能と言えどもジオンの跳梁を許すであろうと。そうなっては士気に関わるし、何より後手に回る。
そう考えたコーウェン少将は新たに新型ガンダムの開発を命じた。
それは今まで開発してきた機体の実績、或いはルウム撤退戦で採取された第14独立艦隊の戦闘データや連邦製、ジオン製両方のMSの全戦闘データを渡す故、これら現存するMS全てを凌駕する機体を作れと言う命令である。

「やはり新規開発だな。RX-78-2のデータをベースに改良を加える。
まず脚部にバーニアーを増設し、両腕にサブ・ウェポンとして90mmガトリングガンを装備しよう」

ザクⅡF型4機の内、半数はジャブローに、残りの半数はサイド7に直接送られる。
そしてV作戦の実行責任者であるジョン・コーウェン少将からも二度、命令が下った。

『ゲルググに対抗できる機体、ガンダムの改良型を完成させるのだ』

言うは易くて行うは難し。それを地で行く命令。
命令する方もする方だが、された側もされた側だ。
された側、つまりテム・レイ博士らはここぞとばかりに新型戦艦であるバーミンガム級一隻分の資材と予算を獲得した。
流石にワイアット中将らが反発したが宇宙艦隊の再編はまず数からという至極まっとうな意見に押され、予算が動いた。
ただし連邦政府の良識派官僚は悲鳴を上げた。一体いくら税金をMSというおもちゃに投入すれば気がすむのか、と。
その資金の流れはジオン諜報部であるキシリア機関(俗称。本当の名前はジオン諜報部対連邦特別諜報部門という)に警戒を抱かせる程であった。
そういう裏の事情があるからこそ、連邦軍は早期にこの新型機を開発させなければならない。
360度全天周囲モニター、新型ビームライフル、マグネット・コーティング、コア・ブロックシステム排除による装甲の強化、ブースターの増設。
パイロットを選ぶと言う兵器としてはあるまじき機体であるため、サポートシステムの強化に学習型AIと音声入力システムの導入。
ジム6個小隊、つまり、ジム2個中隊分の生産設備を投入したこの機体が後に伝説となるとは現時点では誰も知る由もない。

「コードネーム『アレックス』が完成した暁には・・・・俺はあのミノフスキー博士を越えられるんだ!」

そう言って己に発破をかけるテム・レイであった。
そんな彼も勿論知らない。自分が持ち帰っているメモリーディスクを息子のアムロ・レイが盗み読みしている事を。




そして宇宙世紀0079.9月上旬。

レビル将軍の、所謂『ジオンに兵なし』という演説が連邦政府を強気にさせ、結果として南極での交渉は決裂した。
無論、せっかくの交渉の場である以上そのまま何もしないのでは両陣営に取って多大な影響を与える事を鑑みて、戦時条約を結ぶことで両政府は一致。
こうしてジオン側から見た独立戦争は継続される事になる。
また、ここでジオンとの密約を結んでいた北米州は様子見の態勢に入る。
これにつられてなのか極東州とアジア州も対中華戦線の維持を名目に軍をアジア方面に移動する。特に海軍航空隊の移動が顕著であった。
一方ジオンも地球各州政府とのパイプを断ち切る事はしなかった。

連邦軍は宇宙艦隊再編に全力を注ぐ。
方や、ジオン公国は休戦期間の終了と同時に遂に地球侵攻作戦を発令。
ジオン公国は全軍に地球への降下、上陸作戦の開始を命じる。




宇宙世紀0079.09.18
ジオン公国軍、地球周回軌道に降下部隊を展開、地上へと降下開始。

歴史の歯車は一気に回りだした。




同月20日、2日間に渡る激戦の末、オデッサ基地並び黒海沿岸部制圧完了。
ジオン地球攻撃軍主力部隊、東欧方面、ロシア・モスクワ方面、中央アジア方面へ進軍開始。

同月24日、連邦直轄領、イスタンブール市陥落。黒海全域の制海権確保。連邦海軍第17海上艦隊(黒海艦隊)と潜水艦30隻程をジオン軍が接収。

同月27日、ジオン軍、水陸両用MSゴッグ、ハイ・ゴッグ、ズゴッグを実戦投入。
クレタ島より進出した統一ヨーロッパ州ならび北アフリカ州中心の地中海艦隊(第16海上艦隊、第10海上艦隊)をダーダネル海峡近郊にて撃滅。
戦史上はじめての海中と海上の三次元同時攻撃を行い、主力艦であるヒマラヤ級空母6隻全てを撃沈。多数の艦艇を鹵獲。

宇宙世紀0079.10.10
ジオン海中艦隊、キプロス、マルタ、クレタなど地中海諸島を奪取。ジオン海中艦隊の水陸両用MSの前に連邦海軍、地中海艦隊残存戦力はなすすべなく後退。

同月20日、ジオン軍、第二次降下作戦を開始。スエズ運河地帯を制圧。東欧全域、北欧全域、ヨーロッパ・ロシア地域を掌握。

同月21日、中欧ポーランド地域にてドイツ軍を主体とした連邦軍が反撃、これに対してザクⅡJ型、グフA型を中心としたジオン軍の陸戦型MS隊が迎撃、連邦陸空連合軍を撃破。連邦軍、ヨーロッパ半島での陸軍戦力の7割を失う。
同日、同時侵攻が進められていたイタリア半島南部をジオン軍が制圧、ローマ・ヴァチカン市国、非武装中立を宣言。ジオン軍、ローマ入城。

宇宙世紀0079.11.04
ジオン海中艦隊、並び第二次降下部隊ヨーロッパ半島の過半を占領(連邦軍はフランス北部、ドイツ北部、ベネルクス三カ国、スイス、イギリスなどは何とか保持する)
ジブラルタル宇宙港無血開城。この時を持って地中海経済圏は完全に崩壊。
その余波を受け、大西洋経済圏も大打撃。太平洋経済圏も不況に突入。
連邦政府、再度の国家非常事態宣言を発令するも、焼け石に水。各州内部で現政権への不満が急激に上昇。
反戦運動活発化、連邦警察反戦活動家を5000名程一斉に逮捕。
北米州、極東州を中心とした新経済圏(戦時経済圏)の構築が開始される。

同月8日、ジオン軍、極秘裏にシリア地域との補給線確立。
オデッサ工業地帯―イスタンブール海峡地域―スエズ運河地域―地中海諸島―ジブラルタル宇宙港のジオン防衛線構築。
地球連邦軍ヨーロッパ方面軍(大陸反攻軍)編成されるも、大西洋航路、ドーバー海峡にて喪失。ジオン、地球攻撃軍総兵力50万名へ増強。
統一ヨーロッパ州はヨーロッパ半島より撤退を開始、北アフリカ州ならびアラビア州は軍を戦線から300km後退させる。

同月14日、マ・クベ中将、増援部隊と共にオデッサ基地に着任。オデッサより大規模な資源打ち上げ開始。

宇宙世紀0079.12.12
第三次地球降下作戦開始。目標は非加盟国への大規模な物資援助。
地球周回軌道にてジオン親衛隊艦隊、第3艦隊残存兵力と交戦、これを撃破。
地球連邦軍、第1艦隊ならび第2艦隊に連絡。『両艦隊ハ艦隊ノ保全ヲ第一トセヨ』。事実上の日和見を命令する。
共産中華ならび北朝鮮、軍拡。国境線に総数200万の大兵力の移動を確認。
地球連邦政府には演習と通達するも、地球連邦軍の陸海空軍も対応し、極東州、アジア州、北米州、インド州、オセアニア州を中心とした大軍200万を中華戦線に投入。両軍睨み合いになる。

同月20日、サイド5ルウムにてジオン軍地球攻撃軍副司令官のガルマ・ザビ大佐が着任。
通称、ルウム方面軍が設立。この部隊の設立を持って地球軌道は完全にジオン軍の手中となる。


そして戦争は膠着し、年を越えた。


この間、ウィリアム・ケンブリッジは何度も要請を受けて裁判の被告に立ったが、上記したように時と共にそれは被告から被害者へ、被害者から英雄へと変貌していった。
度重なるジオンの地球降下作戦で失われたのはキングダム首相の政治基盤である統一ヨーロッパ州そのもの。
端的に言ってしまうと裁判ごっこにうつつをぬかしている場合では無くなったのだ。
悲鳴のような増援要請を聞いて慌てて送り出したジャブローからの増援部隊はドーバー海峡を渡る事無く大西洋航路上で敵の潜水艦隊に捕捉撃滅された。
また、ルナツーのケンブリッジ夫妻の解放運動も無視できない規模になる。
一人の少尉からスタートした解放運動はルナツー全体に広がり、更にジャブロー内部でもシンパがいたのか将官クラスにまで広がった。
これ以上の拘禁はマイナス面だけが大きくて、他には大した意味は無いと判断せざるをえず彼の解放へと舵を切る。
もっともただ解放しただけでは連邦政府の、正確に言えばキングダム内閣府の沽券に係わるので、あくまで保釈するが宇宙世紀0080.03.25まで軟禁も継続するという形を取る。

場所はサイド7。

この監視役に増強した第14独立艦隊を特別手配させて入港させる事も考慮されたが、それは見送られた。
代わりに第14独立艦隊はサラミスK型6隻とペガサス1隻でサイド5方面の通商破壊作戦を担当する事になる。




宇宙世紀0080.03.30
一隻のムサイ級が陽動作戦を展開、サイド7周辺の護衛部隊を誘き出して各個撃破、撃沈した。
そして、熱源をきった慣性航行でサイド7宙域まで侵入、5機のザクⅡ改を潜入させる。



赤い彗星とV作戦の接触である。



[33650] ある男のガンダム戦記 第十話『伝説との邂逅』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:7bb96dbc
Date: 2012/08/06 09:58
ある男のガンダム戦記10

<伝説との邂逅>




サイド7はジオン本国からもっとも遠く離れたコロニーである。更にルナツーが直ぐ傍に存在する事も大きな要因となって守備兵力は少ない。
そしてその少ない守備兵力も実戦経験は皆無であり、MSも殆ど無い。
現在、連邦軍の虎の子であるMS隊は壊滅したルナツー駐留部隊と第1艦隊、第2艦隊、ルウム戦役での残存戦力を再編した第11艦隊に優先的に配備されている。
しかも配備されているのはボールと呼ばれる作業ポッドの武装強化版とRGM-79ジムである。
第14独立艦隊の様な、或いはペガサス級二番艦ホワイトベースの様な新造艦に配備される機体は無かった。

そんなサイド7で、ペガサス級強襲揚陸艦二番艦のホワイトベースにはガンダム1号機と2号機の2機、ガンキャノン重装備型が4機、アレックスと呼ばれる新型ガンダムが1機、ジムが4機、ジム・キャノン1機と言う合計12機である。
これに予備パーツを乗船させるのだからホワイトベースの積載量は最大限にまでなっている。
これらのMS隊と整備物資の搬入が終わればホワイトベースはルナツーを経由してジャブローに降下する予定である。

私はそれを見ていた。連邦軍の新たなる力の象徴、白いMSを窓から見ていた。
と、振動がきた。窓が揺れる。
テーブルの上に置いてあった情報端末が揺れ、空になったペットボトルが転がり落ちる。

(コロニーに隕石でもぶつかったのかな?)

ええ、のんきですね。そんな事を考えている余裕もありました。
軟禁状態のビジネスホテルの一室から連邦軍の研究所に向かってジオンのザクⅡ改二機がマシンガンで手当たり次第攻撃しているのを視界に入れるまでは。

(あ、な、あれは!?)

驚きの余りに声も出ない。
ザクが数機、コロニー内部で暴れ回っている。爆発が近づくし、何よりこのビルも高い。一般的な攻撃目標にされてしまうだろう。
そもそもこのコロニーの護衛のジムはどうしたのかと思ったが、先ずはそれよりもこの部屋から逃げないと。
慌てて寝間着からスーツに着替え、ドアを開けようとした。

「ジムが!?」

一機のジムがマシンガンで牽制射撃をかけるが、それをシールドで弾く。
ザクⅡ改はジオン軍でも高性能機であり、90mmマシンガンはサラミス級の装甲を撃ちぬく。市街地を盾に一気に詰め寄るザク。
慌ててシールドを構える通常型のジムの右手にマシンガンを二連射。次に頭部に一撃。ジムは倒れた。

「ちょっと待て!? あれだけか!?」

他に戦闘音が聞こえない事を感じるとあの機体が最後のジムなのか?

(急いで逃げないと)

が、ドアは開かない。何度ドアノブを回してもロックは外れない。どうやら外側からロックされている様だ。
普段は意味もなくいる二人の監視役兼SPもこの混乱に巻き込まれたのか逃げたようで部屋の前には誰も存在しないようだ。

「おい! 誰かいないのか!! おい!!」

戦場とかしたコロニー、サイド7「グリーン・ノア」ではそんな小さな声は、殆ど効果は無かった。




一つのコロニーバンチにしては過剰な護衛が居たサイド7。だが、故にそこに襲撃をかけた赤い彗星のシャア・アズナブル少佐。
まず乗艦のワルキューレを囮に護衛艦隊を誘い出す。そして自らの手でサラミス2隻とマゼラン1隻を葬る。
葬り方は簡単。自機を囮にしてムサイ級の射程圏にサラミスを追い込む。一隻目はそれで撃破した。
続いて、部下のザクⅡ改二機に陽動させ、右舷直角からビームライフルで右から左へマゼラン級の装甲を撃ちぬく。そのままガンポッドが配備されている格納庫に最後の一撃を加えて緊急離脱。
戦艦の装甲を蹴り上げる事で一気にサラミスとの距離を詰めつつ、ビームを艦橋に撃つ。
そして後は5機のザクⅡ改と共に残ったMS隊とセイバーフィッシュ隊を掃討した。
もっともその中で誤算は、一機のボールが放ったマシンガンの弾丸がビームライフルに偶然あたり、これを破棄しなければならなかった事か。
間の悪い事に予備のビーム兵器は母船にも無い。ビームライフルは高級品であり支給されなかったのだ。

「まあ良いか。デニム、アッシュ、このままサイド7に侵入せよ。強行偵察だ」

そのまま部下のザクⅡ改5機をサイド7に侵入させた。シャアが言葉にした通り作戦の目的は威力偵察が当初の予定だった。

「ドレン、光学センサー索敵や敵味方の通信の傍受を怠るな。連邦軍の新型、例のガンダムタイプはここにいるぞ」

シャアの予想ではここにいる。連邦軍の最新型MSガンダムと言う機体はこのサイド7で開発されている筈だ。
その言葉通り、連邦は微弱ながらも貴重なMSであるRGM-79ジム4機を実戦に投入して、敗退した。
一機は穴だらけにされ、一機はビームナギナタで両断され、残りはビームライフルで撃ち抜かれて宇宙の塵になっている。
連邦軍のサイド7駐留部隊は完膚なきまでに敗北した。やはり宇宙の戦闘ではジオン側の方が圧倒的に優位である。

(ふふ、これで判明した。MSを出してまで守りたいモノがこのコロニーにはある。やはりドズル・ザビの言った通りか。
ここにあるのが連邦軍の新型MS、RX-78ガンダム、V作戦の要か)

この防衛戦闘の敗北はMSの性能差と機体数の差が克明に出た証である。
連邦軍は敗退に敗退を重ね、サイド7内部まで侵入を許す。ザクⅡ改を与えられただけあってパイロットも一流であったのが一因だ。
そしてサイド7では、重装型ガンキャノン4機、RX-78-2ガンダム1機、RX-78NT-1ガンダム・アレックス1機(ニュータイプ=新型という意味であり、ジオン・ズム・ダイクンが提唱したニュータイプとは違う)、RGM-79ジム5機の搬入作業中だった。

「さて・・・・・これか連邦軍のMS隊。ほう・・・・・なるほど・・・・・これは凄いな」

シャアは外壁から内部の様子を確認して驚嘆の声を出した。まるで連邦軍のMSの見本市だったのだ。
一方のホワイトベースは、直ぐに搬入するべき機体は多く、しかもその殆どが炉を落としていた。
ついでにパイロットも別の場所にいて、満足に迎撃出来たのはプロトタイプガンダムのユウ・カジマ中尉のみ。
が、プロトガンダムも二機のザクⅡ改に拘束されて迎撃らしい迎撃も出来ない。コロニー内部でのビーム兵器使用をテム・レイ博士が禁じた為だ。

「クッ!!」

ユウは舌を噛みそうな機動戦をしかける。ビルを使った三角蹴り(HLVに使われる高性能AIがこれを可能にした。現時点でこれが出来るのはガンダムのみであろう)でジオンの意表を突く。
まるで伝説の様な運動に戸惑うザクの頭部に、100mmマシンガン20発、一マガジン分を叩きこむ。ザクは頭部の装甲を抜け、胸部にまで弾丸が達した。
何発もの流れ弾がサイド7の人工の大地を抉るが、先ずは生き残る事だ。フィリップとサマナは機体受領も出来なかった為防空壕に避難している様なのだから。

「これで一つ目。な!?」

と、一瞬の安堵の隙を付き、ヒートホークを構えたザクが距離を詰めてきた。しかも歩行では無くホバーリング。早い。
そう叫ぶ前に空になっていたマシンガンをヒートホークで両断されてしまう。慌ててバーニアーを噴かせて距離を取る。
また牽制の頭部60mmバルカンを放つ。敵のザクはこちらを回収する気か或いは余程腕に自信があるのか格闘戦を仕掛けるべくヒートホークを構え直した。

「やる気か・・・・・仕方ない」

ガンダムもビームサーベルを展開するが、その威力を最低限にまで落とす。
狙いは双方ともにMSの神経系の中枢である頭部。
両機のこの行為自体は間違ってないだろう。下手にコロニーに内部でビーム兵器なぞ使えばコロニー自体に穴が開く。
が、この膠着状態に陥った結果、ユウ・カジマ中尉が逃した3機のザクに連邦軍サイド7駐留部隊は良い様に蹂躙される事になる。
迎撃に出るのは軽車両や歩兵部隊のみ。MSは遠くで戦っている黒いガンダムだけ。あとは不明。もともと戦闘は想定してないのだ。
地球侵攻作戦とルナツー防衛、緊急事態の援軍がルナツーから来ることを鑑みてサイド7の防衛は戦争勃発から半年以上を経過してなお手薄の一言であった。

「軍は一体全体何をやってるんだ!?」

ウィリアム・ケンブリッジは恐怖を抑える為に必死で叫んだ。
またこのパターンだ!! いい加減にしろよな!! 恰好が悪いぞ! とも思ったが実際こうでもしないと、誰かに責任を押し付けてないと恐怖で押し潰れそうである。
それに連邦軍が良い様にあしらわれているのは事実なのだからしょうがない。問題はこの間のルナツーの尋問室の様に脱出さえ出来ない事か。
と、付近に90mmマシンガンの弾丸が着弾したのか避難中だった家族らが全員吹き飛ばされて死亡した。
トイレに即座に駆け込み、思わず、胃の中の物を戻す。次は自分ではないのかと言う恐怖に耐えながら。




「シナプス司令官!」

ミユ・タキザワ少尉の報告に私は注意を促された。いかんな。齢の所為か集中力が欠けていた。昨日の勤務の疲れが残っていたのか?
と同時に、前方の宙域で爆発光らしきものを確認したのだが、どうやら戦闘の光らしい。即座に艦隊全艦艇を警戒態勢に移行させる。

「総員第一種警戒態勢、ノーマルスーツを着用。それでなにか?」

務めて冷静に言う。この艦隊は既にサラミスK型6隻、ペガサス級ペガサス1隻という独立艦隊の中では一番強力な戦力を持つ艦隊なのだ。
その艦隊司令官が驚いていてはいけない。指揮官は常に冷静でなければならない。決して部下の前で狼狽した姿を見せてはいけない。これは大原則だ。

「サイド7から救援要請受信!! 要請の発信時刻は今から1時間前です!」

サイド71バンチ、通称は『グリーン・ノア』。

あそこには確かウィリアム・ケンブリッジ政務次官がいる。
隣の艦長席に座っているリム・ケンブリッジ中佐の顔を見て見たいと言う欲望にかられるが、それは下種の発想と言うモノだろう。自分の夫が自分の目の前で死にかけているという状況下の女性の横顔を見たいなどとはな。

(全く・・・・何を考えているのか。度し難い。それよりも今は己の職務を優先せねばならない)

ウィリアム・ケンブリッジ政務次官は、そのケンブリッジの姓から分かる通り彼女の夫であり、彼女の産んだ子供らの父親なのだ。
その安否を気遣う女性の横顔を見るなどやってはいけない事だ。それが出来る奴は刑務所にでも言った方が余程世の為になるのではないか?
さて、現状を確認し、目的を定めなければ。

「先ずはどうするか・・・・政務次官である彼を失う訳にはいかないな。ならばダグザ大尉に救助を依頼するとして・・・・問題は敵の宇宙艦隊だ。
ミルスティーン大尉、リャン大尉。敵艦隊の識別は可能か? 識別次第、ルナツーの第1艦隊に応援を要請しろ」

第1艦隊はサイド5方面への哨戒任務は終えているから向かっても問題は無いと思うが。
と、考えていると第7艦隊司令官からルナツー司令官に着任したワッケイン少将から連絡があった。

余談だが、第1艦隊と第2艦隊はルウム戦役後とジオン軍による大規模な地球降下作戦前後に何もしなかったと言う理由で再び司令官を解任させられている。
この時の解任劇の音頭をとったのがレビル将軍だった為、北米州や極東州は事ある毎に地球連邦軍のレビル派(戦争遂行派と影で呼ばれるようになった)と対立している。

(私は知らないが噂ではティアンム提督らが自身の影響力確保の為に大規模な人事異動を行っていると聞く。
今はそれどころではないのだが・・・・・それにレビル将軍は焦っているのではないか?
軍人として大敗の上敵の捕虜になると言う最大級の不名誉を受けたルウム戦役、何も手をうててないジオンの地球侵攻作戦。
これで平静でいられる方がある意味で大物か、或いは単なるバカか。願わくば現在の連邦軍最高司令官は前者であって欲しいものだが)

そんな中で、ウィリアム・ケンブリッジ派閥とでも言うべき存在があった。
それがジャミトフ・ハイマン准将やジーン・コリニー大将を中心とした地球連邦地上軍のいくつか(北米州、アジア州、オセアニア州、極東州)と宇宙艦隊の第1艦隊、第2艦隊、そして不本意ながらも私が指揮する第14独立艦隊である。

(圧倒的な国力差から来る慢心。その結果が南北アメリカ大陸の対立に繋がっている。
連邦軍上層部の、いや、連邦軍本部ジャブローと北米州の州都ワシントンの温度差は想像以上に激しい)

この戦いを祖国の独立戦争と捉えて、ジオン公国とザビ家全体が曲がりなりにも一致団結しているのに対して、連邦軍と連邦政府は内部抗争が激しい。
まあ、ある意味で戦後を見据えた動きをしていると言える。
ジオン側にとって戦後を考える余裕はまだないのだが、連邦側には既にある。この差が国力の差と言うモノであろう。

「艦長、ワッケイン少将と通信回線を開いてくれ」

リム・ケンブリッジは自分の夫が既に死んだのではないかと言う恐怖を懸命に抑えながら職務を果たす。
私は冷酷にも、リム・ケンブリッジ中佐を一瞬、哀れな女性だ、とも思った。
ジャブローが子供らにとって危険と分かった時、彼女は子供らをキャルフォルニアに移送させていた。両親と一緒に。
確かにジャブローに預けたマナ君とジン君の身の安全は連邦政府によってしっかりと保障されていた。だが、心の安全は? 心の平穏は?
時に子供は大人よりも残酷だ。無邪気に人の心を傷つける。或いは心を壊してしまうかもしれない。
リムは自分たちの子供らが、謂われなきいじめの対象になりつつある、そう感じた。
何せ夫がスパイ容疑その他もろもろで逮捕されたのだ。別の子供が知ればそれは必ず弱い者いじめの対象になるだろう。
だから彼女は一度地球に戻ると直ぐに子供らを連れて、キャルフォルニア基地の中では田舎にあたる部分に引っ越した。
ある程度に都会へのアクセスが容易く、戦略的に重要では無く、それでいて二家族が暮らせるマンション二部屋を借りる。
その希望通りの家に家族を移した。自身の両親と夫の両親も一緒に。幸い、両親間は古くからの知り合いなのでそんなに棘が立つ事もない。
残念な事に夫の件と自分の件からだろう、両者とも本心から地球連邦政府を信用できなくなっていたのだ。

「通信繋ぎます」

ミユ・タキザワ少尉がルナツーからのレーザー通信を繋いだ。
ワッケイン少将が何事かを命令しながらモニターに映る。ミノフスキー粒子が散布されているのか若干不明瞭だ。

「シナプス大佐、貴官の艦隊は今すぐにサイド7に救難活動へ向かってくれ」

詳細は後ほど伝えるが、先ずは一刻を争う。
そう言って通信は切れた。

「ルウムでも感じたが・・・・・相変らず本艦隊は便利屋扱いの様だな」

小さく呟くと艦隊に命令する。サイド7へ向かえと。
自嘲の響きは幸いか不幸か、誰にも聞かれる事は無かった。




「あれがガンダムか」

もう達観したのか、諦観したのか、逃げられない事も忘れて見入る。青と白のカラーリングのMSがザクを一機撃破した。

動きが所謂映画で見る様な『殺陣』だった。
流れる様なスピードでザクが右肩に振り下ろさんとしたヒートホーク。それをコンピューターは即座に反応し、パイロットに指示を出した様だ。流石マゼラン級のスパコン『仁』を採用しただけの事はあるな。
ガンダムは右肩を後ろに下げる事で回避し、大振りで生じたザクの隙をついて右から左にビームサーベルを一閃。
ザクをコクピットごと両断した。そのまま支柱を失ったザクの上半身はサイド7の地面をバウンドして転がり落ちる。
見ていただけだが分かった。パイロットは即死だな。

更に、ビームサーベルを構えてもう一機と対峙し、これも撃破する。
この時はザクが90mmマシンガンを乱射したが、バーニアーを噴かせて上半身を低くして一気に距離を詰めた。
そのまま日本の抜刀術の要領で左腰から右肩へビームサーベルを振り上げる。ザクの両腕が切断され、マシンガンが地上に落ちる大きな音が部屋の窓を揺らす。

(いけ!)

心の中で声援を送る。ジオンのパイロットにも大切な人がいるのだろうが正直言ってそんな事に構っている余裕はない。
今は自分が生き残る事が全てだ。そう思っているとガンダムがザクの上半身の上部を横一文字に切り裂く。
最後の一機のザクが必死に援護したがその強固な装甲を生かして無視していた。

「あ!?」

その際、エンジンを暴走させたのか大穴をコロニーに大穴を開ける。これは不味いなと思った。何故だか冷静だがきっと興奮の所為だと思う。
とりあえず緊急用の備え付けノーマルスーツを着用するが、広大な宇宙空間に放り出されたら気休めにしかならない。
それでも着なければコロニー内部に侵入してくる放射線で被爆してしまう。それは嫌だ。私はこの半年一度も子供らをこの手に抱きしめてないのだ。
もう一度抱きしめるまでは死んでも死にきれない。いや、本音を言えば何としてもこの戦争を生き抜いてやるという事だ。

「くそ、コロニーでMSを爆発させるとは・・・・・それにしても凄い機体だ。ザクの改良型を一瞬で撃破するなんて」

ケンブリッジ政務次官はあえて対象をMS同士に絞り込むことで恐怖を忘れようとした。本音は政府上層部への罵倒で完全に埋まっている。

(どうして俺がこんな目にあう? なぜ俺なんだ!? 俺が何をした!)

言い難い事だが、これら全てはギレン・ザビらと交流を持ったが為の結果と言える。もっとも言った所で本人は信用しないだろうし、聞く耳とを持たないのは間違いない。
ウィリアム・ケンブリッジと言う男なのだが、彼自身は自分にそれ程の実力は無いと客観的に見ていて、自分は臆病者で代わりはいくらでもいるとそう判断している。
が、ギレン・ザビ、デギン・ソド・ザビ、やジャミトフ・ハイマンらなどの連邦、ジオンなどの有力者らはそうは見てくれない。
特にキングダム首相はウィリアム・ケンブリッジを若手でもっとも有能で油断ならない連中と見ているのだ。
首相は側近に一度言っていた。
側近の問い、「何故あそこまでケンブリッジなる北米の有色人種を警戒するのか?」と。
これに対してこう答えている。

『ケンブリッジは必ず統一ヨーロパ州の他の議員を抑えて首相になるだろう。今のうちにその芽を摘み取る必要がある。
何故かと言う顔だな? 簡単だ、奴には運のよさと人望を兼ね備えた実力がある。更に厄介な問題なのは誰もがそれに気が付いていて利用しようとしている点だ。
だから摘み取るのだ。我々統一ヨーロッパ州の権益を確保する為にも、後に続く我らの後輩らの為にも』

彼の本心である。スパイだの機密漏洩罪だの、国家反逆罪などはその為の肉付け作業、いわば補足説明であり理由づけだ。
戦場で死ねばそれでよし、そう思われて第14独立艦隊に配属されたが・・・・・そこでまさかザクⅡF型を4機も確保するとは思わなかった。
その功績を無視することは出来ず、更にルナツーを発端にしたケンブリッジ夫妻解放運動を考えるとそれ以上彼をルナツーに拘束する事も出来なかった。
故に苦肉の策としてサイド7に幽閉されたのだ。
全く、誤解と誇張と虚像が生んだケンブリッジの災難である。

「やはり一気に空気が抜けていく。くそ大穴が開いたのか? あれは・・・・他のザクか?」

窓からは最後の一機が突進して行く姿が目に入る。
怒り心頭なのか、ショルダーアタックという非常に原始的な方法で攻撃をしようとして、腰を落としたガンダムがビームサーベルを構え、そのままコクピットを貫いた、
青と白のガンダムはそれをビームサーベルで串刺しにして簡単に撃破する。

「これで三機。あれが新型ガンダムの性能?」

ザクでは歯が立たないのか。これが連邦軍のガンダムの性能なのか?
そんな事を思っていると今度は反対側の港の方から爆発の振動を感じた。

「もう一機ガンダムがいるのか!?」

そう思った。知らず知らずのうちに口に出している。やはりそうでもしないとあの時と同様の恐怖に押し潰されそうなのだ。
もう周りには人はいない。空気も流れ出ている。下手をしなくても窒息死してしまうのではないか?
この事象がパニックを引き起こさせた。

(ここで死ぬ!? いやだ!! 死にたくない!!! 誰か助けてくれ!!!!!)

その時である。扉が叩かれた。それも定期的に何か金属の様なもので。
思わず距離を取る。そして神の助けを聞いた。

「ケンブリッジ政務次官殿、ご無事ですか?
自分です、ダグザ・マックール大尉であります。次官を救出に来ました! おりましたら応答してください!!」

直ぐに反応した。ドアを叩き直す。

「ここだ!! 大尉、この部屋にいるぞ!!!」




シナプス大佐は避難民をホワイトベースに移動する作業に追われていた。
本来であればペガサスにも乗せるべきなのだが、ダミー隕石を巧妙に使った敵ムサイ級の動きと新型機ゲルググ、援軍要請と思われるレーザー通信を警戒して艦隊の輪形陣を解く事は無かった。
特に赤いゲルググが確認されており、それがサイド7防衛艦隊所属の艦船全てを撃沈したのだから警戒して当然であろう。

「敵はどうやらあの赤い彗星、シャア・アズナブルです。警戒を解くのは得策ではないかと」

「艦長に同感します。MS隊はあくまで迎撃に専念しましょう。新型のゲルググ相手にジム・コマンドがどこまで戦えるかは未知数です。
他の第1戦隊と第2戦隊も360度全方位警戒を厳にすべきです。奇襲を受ければ駐留部隊と同じ目にあいます」

リム・ケンブリッジ中佐とマオ・リャン大尉が相次いで進言する。
下手に分散すればあの赤いゲルググに各個撃破されるのは目に見えている。だから申し訳ないが避難先はホワイトベースに任せよう。
また奇妙な事にジオン軍はゲルググを温存しているようで自分達地球連邦軍はゲルググに勝った事が無く、当然ながら鹵獲した事も無い為にゲルググの基本性能は依然として不明なのだ。

(それに、だ)

それに避難民護送用のシャトルや脱出ポッド、コロンブス級輸送艦はあるのだ。下手にコロニー内部に侵入してペガサスらが撃沈されでもしたら連邦軍全体の喪失となる。
また、別命もあった。
これはジャミトフ・ハイマン、ブレックス・フォーラー両准将とルナツー基地司令官のワッケイン少将三名の連名の命令書である。

『万難を排してウィリアム・ケンブリッジ政務次官を救出せよ』

思わず内心で頭を抱える。

(無茶を言う。両准将は今も地球だから何も知らないという事で無茶な命令を出すのは分かるが、ルウム戦役を戦い抜いたワッケイン少将までこんな無茶な命令を言うとはな。
確かに救助したいのは山々だが、ケンブリッジ政務次官はサイド7内部のどこにいるのか分からないんだぞ?)

それでも政府が教えてくれた(戦闘勃発までは極秘扱いだった)、一応地図上に表記されている軟禁場所のホテルにダグザ大尉指揮下の陸戦部隊を送る事にした。
カムナ・タイバナ指揮下の第1小隊を護衛に、ランチを送る。そして外壁から一気に侵入して目標を確保する。
もしも居ない場合は残念ながら撤収する、という作戦である。
連邦軍でもどちらかと言えば現場を歴任した叩き上げの将校であり多くの作戦を成功に導いたエイパー・シナプスという男にしては珍しく、失敗を前提にした作戦であった。
部下の、ペガサス艦長でもあるリム・ケンブリッジ中佐には悪いのだがとてもではないが生きているとは思えないのだ。
ザク5機の侵入とそれに伴う被害の大きさは、ここが後方拠点であった事を鑑みてもあまりにも酷い惨状である。倒壊したビルも多い上に放射線被爆も大きい。

「敵ムサイ級、後退していきます」

ミユ・タキザワ少尉が報告すると同時に、マオ・リャン大尉も似た様な報告を上げてくる。

「艦長、ホワイトベース出港しました。しかし、出港航路上に例のムサイ級がいます。交戦状態に入ります」

スクリーンには交差する両艦と砲撃戦の模様が映し出されていた。

「赤いMS・・・・・・やはり赤い彗星なのか!?」

マオ・リャン大尉が叫ぶ。
その言葉に反応したのかアンダーソン伍長らも一瞬だがモニターを見る。そこにはビームライフルこそ装備してないものの、確かに赤いゲルググの姿が映し出されていた。
連邦の切り札であるガンダムを圧倒するジオンの最新型MS、ゲルググ。
武器はガンダムの鹵獲が目的なのか90mmマシンガンだ。舐められているのだろう。
しかし舐めるだけの実力はあるようだ。一方的にガンダムを追い詰める。
ただ、ガンダムの方もシールドと増加装甲に助けらているのかかなり持ちこたえられている。

「きょ、驚異的な装甲だ・・・・・あれだけ直撃を受けて破壊されないなんて」

リャン大尉が感心したように声を出す。
確かにそうだ。サラミス級の装甲を引き千切る90mmマシンガンの直撃に耐え、あまつさえ反撃するその性能は連邦軍の旗手機に相応しい。
ならば、なすべきことは一つ。

「各艦戦闘配置。
アクティウムのみはコロニー回転機動に同調。ダグザ・マックール大尉ら陸戦部隊の回収作業に当たれ。
他の艦はホワイトベースを援護する。目標はムサイ級。母艦を沈めるぞ。10秒後に全力射撃!」

この命令に即座に反応したのが艦長のリム・ケンブリッジだ。
伊達にルウム撤退戦で実戦経験を積んだ訳では無い。

「本艦ペガサスは第一種戦闘配置につきます。総員警戒態勢から戦闘態勢に移行。
両舷メガ粒子砲、目標を前方4200km先のムサイ級・・・・・敵艦の発砲前に先制攻撃を仕掛けます。
MS隊は直援に回します。ミサイルは多弾頭ミサイルを装填。ホワイトベース所属の新型のガンダムを支援。
アニタ、ノエル、エレンはいつも通りMS隊の指揮を。ミユは艦隊全体の管制を、マオ、貴女は同型艦との連携を命じます。
よろしいですね、シナプス大佐?」

的確な判断だ。口を出す必要性を認めない。彼女に任せれば本艦は上手くいくだろう。士官学校のT=20というのは伊達ではないか。
無論、学術馬鹿もたくさん居るから一概にあてには出来ないが、彼女は貴重な例外みたいだ。

(本艦はこれで良い。適度な緊張が戦果をもたらす。このペガサスも精鋭部隊と呼ばれるだけの実力はあるか。
だが、それにしてもあの新型機のパイロットの動きは何だ? まるで素人が戦っている様だ。一体どんな訓練を受けていた?)

シナプス司令官は思う。完全に的になっているガンダム。
高機動でビームライフルの射点を取らせないゲルググ。一方的な展開である。改めて確認して思う。

(やはりな。あれではまるで素人だ。性能差で生き残っているだけだ。これがジムなら死んでいるぞ。それが分かっているのか!?)

事実、完全に押されている。コロニー内部のザクこそ撃退したようだが、あの赤い彗星が乗るゲルググには良い様にあしらわれている。
マシンガンを撃ちこまれ、蹴りまでくらっている。良く機体が持つものだ。
と、どうやら充填期間の10秒が経過したらしい。ペガサスがメガ粒子砲を発砲する。
目標に命中したが、破れて飛んだ質量から見てバルーンダミーであった可能性が高い。いや、ダミーであった。

「反撃、来るぞ。各艦回避行動を」

そこまで命令しないといけないのが現在の第14独立艦隊である。
旗艦ペガサスとは違い、第1戦隊の乗組員の内、ルウム撤退戦を戦い抜いたベテラン兵士は半分が連邦艦隊再建の為としてルナツーにて下船。
現在は新兵と新米士官が半分である。いくら訓練をしていても初陣の実戦でパニックを起こさない保証はない。これは増援として編入された第2戦隊も同様である。
ならば自分達実戦経験者が的確な命令を出してそれでパニックの発生を抑えるべき。
何もしなくても心配なく動くのは旗艦のペガサスのみと言える。

「各艦ミサイル装填、敵艦はビーム攪乱幕を張っている。ミサイル攻撃で牽制しつつ距離を詰める。
ケンブリッジ艦長、回避行動ならび砲撃戦の指揮は任せる」

だが敵将はあの赤い彗星だ。戦力比がこれだけ広がれば撤退するだろう。




「こちらに」

ダグザ大尉の指示の下、私は脱出経路を走り抜ける。近くには動かないノーマルスーツや漂った人間を見たが、必死に自分は何も見なかったと言い聞かせて走る。

(ああはなりたくない。俺はもっと生きていたのだ。その為には今は走る時だ)

やがて宇宙空間と繋がっているベイにでた。エアーロックの向こう側には連絡艇が一隻待っていた。
ハッチが開く。乗るように乗組員が手招きする。
慌ててその船に乗る。ダグザ大尉らも即座に乗り込むと、そのまま船は一隻の強化型サラミスに収容された。

「あ、あれは!?」

思わず叫んだ。連邦軍の新型MSガンダムがジオンのゲルググに良い様にあしらわれているのだから。
ビームライフルは切り落とされたのか、既に無く、増加装甲の一部を放棄したのか、両腕のガトリングガンと頭部バルカン砲で牽制している様だが目立った効果は無い。
寧ろ、ゲルググが撤退のタイミングを計っている様だ。
何度目かの直撃弾を受けるガンダム。しかしそれに耐えきるあの増加装甲も凄いなと思う。
自分がまだ安全じゃない事を忘れてその戦闘に見惚れた。互いに決定打を欠ける故のその戦闘に。




『少・・・・佐・・・・・シャア少佐・・・・・ここまでです』

ドレン中尉からの連絡だ。
どうやら敵艦隊の増援が来た様だ。しかも一隻は要人の護送の為かサイド7の外壁を盾にして砲撃してくる。
これ以上は戦えない。流石にMS9機を展開している別の木馬と護衛のサラミス5隻相手に1機で突っ込むのは無謀だ。
ルウム戦役とは違い、敵にも対抗可能なMSがある上にだ、この新手の艦隊は宇宙でのMS戦を経験している例の第14独立艦隊という部隊だろう。
ならば無理をすれば戦死する。それに武功はルウムで十分挙げた。ガルマ・ザビに加えてドズル・ザビの信頼も得ている。

(撤退だな・・・・・しかし、連邦軍の新型MSは化け物か!?
90mmマシンガンを一マガジンは撃ち込んで効果なしとは・・・・・ビームライフルを失ったのがこれ程響いたとはな!!)

序盤の戦闘の流れ弾で失ったビームライフル。それさえあればこの新型ガンダムも、出港してきた白いペガサス級にも止めをさせたのだが。
世の中上手くは行かないモノ。
赤い彗星は撤退に入った。多くの置き土産を残して。




戦闘は終わったらしい。
あの初陣と違って第三者の立場にいたせいか、或いは知らず知らずのうちに戦闘に慣れたお蔭か圧倒的な恐怖は無かった。
というよりも、本格的に殺される、怖いと感じる前に戦闘が終わったというのが第一印象だ。
ただ、助かったと言う思いでネクタイを外して、ノーマルスーツのポケットに入れる。

「政務次官、まもなくペガサスに戻ります。そこで一旦辞令を受けてもらいたいそうです」

ダグザ大尉が言い難そうに、実際あの仕打ちを知っている以上言い難いのだろうが、伝えてくれる。

「大尉、そんな顔をしなくて良いよ。お互いに宮仕えの身なんだ。それに、歯車には歯車なりの価値がある。
連邦と言う時計も、その歯車が一つでも欠ければ動かないなんだから、誇ってよいと思うんだ」

どこまでいっても宮仕えの身。それを忘れたら最後、ただの私利私欲を貪る害虫だ。だからと言って命令拒否も出来ない。
でもね、どこぞの誰かさんらは、この私が交渉も政治も戦争も出来るスーパーでウルトラな官僚だと思っている様だが実際はそんな便利な者じゃない。
たんなる臆病者だ。それを知ってほしい。ましてジオンとのパイプやスパイ活動など不可能だ。頼むからそれを自覚してくれ!!
そう思ったが口にも顔にも出さない分別はある。そして懐かしい艦を見る。数か月ぶりの艦だ。

「あ、ペガサスだ。懐かしいなぁ。半年ぐらいたつのか?」

宇宙世紀0079.09.20に、『証拠不十分なれど釈放するに値せず』という訳のわからない命令を政府から受けて約半年。
宇宙世紀0080.02.12日、私は古巣と言って良い戦艦に戻ってきた。
戦闘態勢の為、後方の第3デッキから着艦する様に通達される。連絡艇はそのままゆっくりと着艦コースに入り着艦したい。




その頃、ザクを全て失ったシャア・アズナブルはこれを契機にルウム方面軍司令官ガルマ・ザビ大佐の謀殺を考える。
ガルマは士官学校の同級生であり、その出自とお兄弟の苛烈さ、国民への思いからか大きな劣等感を抱えている。それをくすぐれば直ぐに艦隊を出撃させるだろう。
そしてルナツー近辺まで誘き出して連邦軍と相打ちに持ち込ませる。
その為にはこちらも新たな手駒を必要としたのでドズル・ザビ中将に補給要請を出した。無論、交渉カードは連邦軍の新型MSと木馬二隻の戦闘データ。更にこの通信もそれとなく連邦軍に傍受できるように行う。あくまで事故として。

『よかろう、直ぐに補給艦を送る。ザクも武器弾薬も水や食料も、だ。それで連邦軍の新造艦を叩け』

その際にガルマ大佐に花を持たせたいのでルウム方面軍にも援軍を求めますがよろしいですか?

『ほう、気の利いたことだ・・・・・流石は赤い彗星だな。
ガルマ自身が軽挙妄動せぬ様に俺からも釘はさすが、貴様も見張れ。それが条件だ。ガルマにはこちらからも出撃許可を出そう』

ルウム方面軍。サイド2、サイド5を占領する艦隊で構成されたジオン軍の宇宙艦隊の一つ。
通称がルウム方面軍であるのはサイド5ルウムの1バンチコロニーに司令部が置かれているからである。
このサイドの艦隊をジオン軍は第四艦隊と呼び、ザビ家の一族、ガルマ・ザビがいる事からジオン軍としても可能な限りの戦力を与えようとした。
が、それも地球侵攻作戦の予想外の成功により頓挫する。

「地球侵攻の予想以上の進撃が戦線の拡大を引き起こした。これでは初期の想定以上の物資を地球に送る必要がある」

サスロ・ザビは執務室で天を仰いだ。
地球侵攻作戦は、第一次降下作戦でオデッサ地域全域を占領した後は亀の様に甲羅の中で戦線を縮小させて固まるだけであった。
ところが連邦軍が地中海で海軍力を失い、ポーランド地域で州軍と連邦軍の増援部隊が壊滅した結果、ヨーロッパ半島のほぼ全域、地中海方面全域、北アフリカ沿岸の制海権、中近東の一部まで戦線を拡大する結果となる。
その地球侵攻軍からの度重なる援軍要請に悲鳴を上げるジオンの国力。
結果、全てをゲルググで揃える筈の第四艦隊は旗艦のザンジバル改でさえガルマ・ザビ専用ゲルググを一機搭載するだけであとは全てザクⅡF2型となってしまった。
それでもチベ級6隻、ムサイ級18隻、ザンジバル改級1隻は連邦軍にとって侮れない戦力である。
また月軌道にはコンスコン少将指揮下の第三艦隊が駐留しているのでそれが火急の際の援軍として機能する以上、それほど危険視されてはいなかった。
ジオン軍から打って出ない以上は。

「という訳で私はザクを全て失った。頼れる友人に頼ってみたくなった、そう言う訳さ」

この報告を聞いたガルマは直ぐに増援を出す、任せろと安請負する。
艦隊もそれほど強化せず、直ぐに出撃可能だったムサイ級4隻とザンジバル改1隻の5隻でシャアのワルキューレ救援に向かった。
この通信がその赤い彗星によって意図的に連邦軍へと流された事に気が付きもせず。




連邦軍ルナツー基地は宇宙艦隊増員と地球への救援部隊再編と言う矛盾した課題を抱えた上に、ルナツー死守命令が下っていた。
止めに第7艦隊からルナツー基地司令官になったワッケインは何故か第1艦隊と第2艦隊の両司令官に比較して階級は下であり命令を強く下せない。
そうなれば逃げ込んできたホワイトベースに対しては、自分自身としては嫌々ながらもジャブローに行けと言う命令を伝えるだけのメッセンジャーになるしかなかった。

「カニンガム提督との約束さえ守れないとは・・・・・寒い時代だ」

『避難民と負傷兵だけでも降ろさせてください』

という、中尉の言葉に思うところはあった。だからパオロ・カシアス中佐ら負傷兵は降ろす事を許可した。
だが、それ以上の人員を養えるだけの余裕はこのルナツーにもない。
さしあたっては第14独立艦隊の解散命令もエルラン中将から来た以上、彼らに地球周回軌道まで護衛してもらい、その後ジャブロー到着時に避難民を捌いてもらう。

『寒い時代と思わんかね』

ワッケイン少将はルウム戦役で戦死したカニンガム少将に向かってそう呟いたと言われている。
さて、ホワイトベースだが事実上その道しかなかった。
既に連邦軍は宇宙での自由航行する権利を奪われている以上選択肢は多くない。

「ケンブリッジ政務次官」

そうした中、彼を呼び出した。入港からきっちり2時間後に司令官室に来てもらう。
威風堂々とは程遠いが、確かに何かを感じさせるような人物である。
傍らにいるティアンム提督やトキタ提督、クランシー提督らに気に入ってもらえる人物の様だ。

「お呼びと聞きましたが?」

少し緊張しているのだろうか?
いや、現存する宇宙艦隊司令部の中で最高位の面々に呼び出しをくらって傲岸に笑える方が凄いのだからこれでもすごい。




「お呼びと聞きましたが?」

何かしただろうか?
正直言ってまた人権侵害をくらうのかと思うと嫌になる。あの事件は今でも裁判が継続中で、誤認逮捕で大問題化しているらしいが。

(それにしてもやる気のない事この上ないな。本当にやる気がない。それを目の前の軍人さんたちはどう捉えるだろうか?
このままどっか遠くに左遷、という事にはいかないだろうか?)

そうすれば家族仲良くと思ったがリムはペガサスの艦長だ。
しかもMS戦と宇宙戦闘、ルウムからの撤退戦を経験したベテラン艦長だ。

(絶対に軍が手放さいだろう。こんな事になるならサイド3で暴動に巻き込まれた時に現役復帰するなと言い含めておくべきだった。
後悔先に立たずとはよくも言ったものだ、畜生め)

今やトレードマークとなったらしい黒スーツに紺ネクタイに水色のシャツ姿で4人の将官と対峙する。
彼らは全員が連邦宇宙艦隊の制服と制帽を被っている。何か嫌な予感がするが、謹慎の身でサイド7を離れたのが不味かったか?
だが、あれは緊急避難と言う側面が強い筈だ。あのままあのホテルに居たら死んでいた。事実ホテル近郊の丘は流れ弾で倒壊している。
そう思っていると、またもや辞令のメモリーディスクを渡してきた。

「ケンブリッジ政務次官はキャルフォルニア基地にいったん降下してもらいたい。そこで新たな任務が待っている」

ティアンム提督がさらりと言う。

「地球に帰れるのですか?」

地球か。確かにスペースノイドの大多数にとっては支配と搾取の象徴かも知れない。
しかしながら多くのアースノイドにとっては唯の懐かしい故郷なのだ。
それを一方的に奪って良い筈がない。これはサイド7という異郷の地に監禁されて思った事だ。
考えてみればあのルウム撤退戦後、妻と引き離されて半年も経過するのか。それはそれで長い時間会って無いものだ。

「現在の宇宙情勢は危険だからな。事実、ルウム方面軍に通商破壊艦隊と思われる部隊の出港を光学望遠鏡が確認した。
だから第14独立艦隊最後の任務としてペガサスはキャルフォルニア基地への入港を命ずる。その後は・・・・・私の口からは言えん。
キャルフォルニアに居るジャミトフらに聞いてくれ」

どうやら厄介ごとらしい。
本音は自分に不可能だとぶちまけてやろうか? いや、どうしよう。

「君が現政権に対して不満と不安を持っているのは分かるが・・・・どうかね、引き受けてもらえるか?」

ティアンム中将が聞くと私は迷わずに本音をぶちまける事にした。
それしかこの嫌な状況を助かる道は無いと思ったからだ。

「閣下らを初め、連邦政府も連邦軍も私を誤解しています。私は凡人です。
何故だかしりませんが、政務次官に就任したのも単に運が良かっただけです。それなのにこれ程の大任を任せると仰る。
正直に言いまして無理です。私より有能で優秀で、適任者がまだまだ居る筈ではありませんか?
何故彼らに任せないのですか?
ジオンのスパイ容疑のある人物を態々幽閉先のサイド7から引きずり出してまで交渉に当てる必要はないのではないですか?」

その言葉を言って目前の将官らは虚を突かれたような顔をする。
そうだろう。俺はスパイだと言われなき危険性を高らかに言われてきたのだ。
いつも言いなりだったが今日はそうでは無い。何としても妻を解任させ、子供らと共に北米の奥地に引きこもってやる。
もともとリムを口説くためだけに連邦の第一等官僚になった。それがいつの間にか小説の主人公みたいに連邦全体を動かす人間になる?

「冗談じゃない!」

思わず立ち上がった。我を一瞬忘れたのだ。これは恥ずかしい。
だが、それ故に挽回できない失敗として語られるだろう。こんな暴発する人間に連邦政府の、地球連邦の未来を任せられないと。

「ケンブリッジ政務次官、落ち着きたまえ」

ワッケイン少将が宥める。私も実に大人げなかった事は理解しているので直ぐに気を持ちなおす。
だが、それでも私の考えは変わらない。これ以上厄介ごとを持ち込むな。それだけだ。

「提督方、今は戦時下です。私は先ほど述べたようにただ単純に運が良いだけの、平時なら何とか使える凡庸な人間にすぎません。
それが戦時下で国家の大任を任されるなど国家にとって損失しか生みません。それはお分かりの筈です。
どうか提督方から自分と妻の罷免要求を連邦軍上層部、ひいては連邦政府に出してください。
私の様な臆病者で無能者のスパイが上層部に居たとあっては全軍の士気に関わります」

そう言って頭を下げる。
何やら相談している様だが知った事では無い。私はもう逃げたいのだ。だが、ふと思う。我ながら無様な事をしていると。
案の定、彼らの結論は決まっていた。私の解任など出来る筈も無い。人事権が無い。
そしてなにより。

「政務次官、貴官が政府を嫌うのは分かる。私だってカニンガム提督の死を無駄にしてルウムを見捨てた政府に言いたい事はある。
だが、子供の我が儘が通るとは思ってはおらんよ。それに、だ」

ワッケイン少将の言葉を引き継いだのはクランシー中将だった。
この人はヒューストン出身の北米州の人間だから、私の解任に賛成するかと思ったがどうやら盛大なる誤解はまだ解けて無い様だ。

「君は優秀だ。ザク4機の鹵獲、ルナツー内部の敗戦気分の一掃、士官、下士官、将兵からの絶大な支持。
さらに私を中心とした北米州や極東州の将官からの絶対的な信頼に、ザビ家が認める政治力。
どれもこれも凡庸とは程遠いと私たちは判断しているのだ。あるいは君は単に凡庸なだけなのかもしれない。
しかし、その運のよさはかのナポレオン・ボナパルトも認めるだろう。
かの戦争皇帝は言った、運が良い男が余の部下の第一条件だ、と。私も運が良い男の指揮の下戦いたいのだがね。
それでは足りんかな?
それともだ、あの有名な告白、妻を見捨てて自分だけは助かる父親になるという道だけは歩めないと言うのは嘘か?」

なんでそれを!?
というのは顔に出たのだろう。彼が、クランシー中将が答えてくれた。
あの時、ペガサス艦橋にいた一人のオペレーターがルナツーのガンルームで喋った。

(誰だ? ノエルか? アニタか? エレンか? それともミユか? 或いはマオ大尉らか?)

それが切っ掛けで連邦軍ルナツー内部の意識統一が成功したし、その上で君の罪状を再度洗い直して無実を証明する様、政府に働きかける事になったのだ、と。

「あ、いえ、ですが」

そこまで言われたら言葉が出てこない。
せっかくなけなしの勇気を振り絞って自分の解任請求を出したのに。

「それにだ、そこまで正直に自分の気持ちを吐ける人間もまた英雄の条件の一角だと私は思う。これはトキタ提督も同意見だ。
これからは政治の舞台で戦う事になるだろうが・・・・・頼んだよ、ケンブリッジ政務次官殿」

(そうだ、決めていたか。いつかあのクソじじいをぶん殴ってやろうってな!)

この面談が終わって部屋に帰った時に一番初めにした事。
辞表を書こうと思って用意した紙をぐちゃぐちゃにしてゴミ箱に捨てた事くらいか。
二日後。サイド7から搬送された負傷兵の仕分けが終わった頃、私は宇宙港側の売店で懐かしい人に会った。
ブライト・ノア中尉。
あのジャブローで出会った士官学校候補生が今はペガサス級強襲揚陸艦二番艦の艦長だ。代理ではあるが。

「政務次官、ケンブリッジ政務次官ですね?」

このパターンは何度目だ?
沢山の将兵らに敬礼されたり尊敬の目を向けられたりして私は困った状況に陥った。
そこまで私は凄い人間じゃないのだ。それがこんなに祭り上げられるなんておかしいだろう?
でも笑えないがこれが現実なのだ。悲しすぎる。可笑しすぎる。怖すぎる。

「君は・・・・・あれ? どこかであったよね?」

その言葉に頷く。
改めて背筋を伸ばして敬礼した。

「ブライト・ノア中尉であります。先日のサイド7攻防戦では助けていただきありがとうございました」

意味が分からない。何故そこでサイド7が出てくる?
私は何もしてないぞ?と思っているとどうやら第14独立艦隊の功績を知っていたらしい。これもノエルお嬢さんの迂闊な発言の影響かな。
故にあの艦隊がシャアの来襲を予見して配置された、その総指揮を自分が執ったと思っているらしいのだ、この若い中尉さんは。
ちょっと待ってくれ。私は文官だ。艦隊の指揮権など・・・・と思ったら・・・・あった。存在している。文官の癖に軍事に口出しが出来るのだ。自分は特別に。誰かさんの所為で。
開戦直後、作戦本部長のエルラン中将がルウム戦役前夜にいらん事をしてくれたお蔭で私にも艦隊の指揮権があるのだ。第14独立艦隊のみであるが。
そして先の戦いでサイド7駐留部隊の崩壊を救ったのはその第14独立艦隊。これでは誤解するなと言う方に無理があるか?

(冗談では無い。これ以上の厄介ごとも何もかもご免なんだ!)

そう思って彼の誤解を解いておこうとした時、ダグザ大尉が駆けてきた。

「政務次官、ご婦人と面会できます」

そう言えば、彼、ダグザ大尉にはなんか雑務ばかりを押し付けて悪いとは思うのだが、何故か率先してやってくれる。
一度酒場でその理由を聞いたらナハト大尉による逮捕を防げなかった事の償いだと言っていた。顔に似合わず情に厚い男だ。
だからこそ、

『気にするな。歯車には歯車の役目がある。連邦政府と言う時計を動かす大切な歯車だ。大きい小さいも綺麗汚いもない』

そう言って励ましたら、どうやらこの言葉にも何か感銘を受けたらしく全然治らない。それではもう仕方ないのだが。

「あ、ああ。了解した。それでは中尉、体に気を付けたまえ。地球で会おう」

その余計な言葉が後の私を左右するとは思いもしなかったが。
久々に会った妻は私に開口一番言った。

『やつれたわね』

と。
で、あとは若かりし頃の理性を失った暴走をした。全く、両方とも40代に入っているのにお盛んな事だ。
他人事の様に言ってみたが、正直言って妻は若い。見た目もまだ30代前半で通じる。東洋的神秘とでも言うべきか?




ルナツーを出港した第14独立艦隊とホワイトベース、それに護衛の旧式サラミス1隻。
この前日、シナプス司令官の同期であり、ワッケイン少将の教官でもあったパオロ・カシアス中佐は戦傷がもとで死亡した。
私は直接の面識は無かったから分からないが、その事を知ったシナプス大佐は珍しい事に自らルナツー司令官室を訪れ、ワッケイン少将と飲み明かしたようだ。
翌日、少し酔ったような大佐の姿が目撃されている。
そして周回軌道上に達する直前、艦隊全体に警報が鳴る。

「何事か!?」

マオお嬢さんに妻が確認する。どうやらルナツーから尾行がいたらしい。ストーカーはどの時代、どんな場所、どんな相手でも嫌われるだろうに。空気が読めない奴らだ。
いつのまにか慣れているのか、二度の実戦経験のお蔭なのか、或いは所為なのか分からないがルウムでの初陣に比べて恐怖は緩んでいた。
それが先ほどの飲んだ睡眠薬の影響で、単純に意識が朦朧としていただけなのかもしれないが。

「敵艦です。後方左舷3000kmにムサイ級、これは例のワルキューレです。赤い彗星です」

その途端、前面から発砲光がサラミスを貫いた。確か艦長はリード中尉と言ったはずだが、と思っていると味方艦が沈む。一瞬だが艦橋に沈黙が走る。

「ぜ、前方4200kmに敵艦隊。通常型ムサイ級4隻、ザンジバル級1隻。MS隊の展開を確認!!」

ミユお嬢さんの不吉極まりない言葉に眠気など吹き飛んだ。
これは不味い。絶対に不味い。先手を取られた事が更に私をパニックの底に突き落とす。まあ、前みたいにあまりの恐怖からかほとんど動けず能面の様な無表情さを保ってしまったが。
と、またもや敵艦隊から一斉射撃が来た。明らかに狙いはペガサスとホワイトベースの二隻。木馬とジオン軍が呼ぶペガサス級が狙いだろう。

「各艦迎撃する! ルナツーに打電!! 我有力ナ敵艦隊ト交戦中。至急増援ヲ請ウ、だ。急げ。各艦は第一戦闘配置。砲撃戦用意。
戦闘プランはJ-02でいく。ランダム回避運動と射撃データのリンクを急げ。敵艦隊に反撃せよ。メガ粒子砲全艦一斉射撃!!」

シナプス司令官の命令の下、艦隊は散開陣をとった。急速に高まるミノフスキー粒子濃度。明らかに汗ばむ背中。
またこのパターンだ。俺は死神に好かれているのかな? それとも嫌われているのかな?

「艦隊距離3000になった時点でホワイトベースと共に正面の艦隊を突破する、第2戦隊は上方、第1戦隊は下方に展開し、球形陣を取る。
砲撃戦用意。MS隊は直援を優先せよ。ホワイトベースのMSは性能が優秀だがカジマ中尉のガンダムを中心とした第1小隊以外は学徒兵だ。
迎撃戦闘に専念せよ。ジュリアン曹長、第3小隊から発艦させろ。ミサイルに閃光弾を紛れ込ませろ。来るぞ!」

ミサイル攻撃が開始される。
双方のビームが撃ちあうが初弾命中はやはりレーダーが効いていたからだろうな、次は両軍ともに中々命中しない
その一方でMSの数は向こうが上だ。
艦隊の艦艇数では勝っているが、MSでは3倍近い差がある。これでは勝てる筈も無い。
だが、味方はいる。それは時間だ。
連邦軍宇宙艦隊正規艦隊が駐留しているルナツーでは自分達より2時間早く第1艦隊が演習の為に出港していた。
彼らが戻れば、若しくは接近するだけでまた戦局は変わる。
ジオンの将がよほど愚かでなければ僅か5隻で50隻の大艦隊を相手取ろうとしないだろう。

「諸君。持ちこたえろ!」

戦闘開始から20分。奇跡的に損害がない第14独立艦隊。それはたった一機のMSの性能に助けられていた。
赤いゲルググは出てなかったが、それでも後方のムサイからは4機のザクⅡF型がいたのだ。
それを素人の学徒動員の兵士が乗るガンダム、『アレックス』が全て撃墜した。
シナプス司令官も信じられない。

(そうなると最初の突進命令も誤りになるか? いや、前面のMS隊を突破しない限りこちらに勝機は無い)

敵前回頭など出来る訳もないシナプス大佐は瞬時に従来の作戦通り決着をつけるべく行動する。
そしてウィリアム・ケンブリッジはこの混乱の中、またもや艦橋の特別席にいた。
やる事も無く、ただ戦闘を見ると言う行為はストレスになる。もっと端的言えばトラウマになるだろう。
だから通信を切って遮光バイザーを下ろしていたい。だが、彼は遮光バイザーこそ下げたものの通信だけは切れなかった。
これを切ったら最後、もう二度と妻の声を聴く事は無くなるのではないか?そういう脅迫感に襲われたのだ。
そしてこれは正しかった。こういう事は良くあるのだ。映画でも見るだろう。戦場で結婚の話をする奴程に大抵は死ぬ。子供の話もそうだ。
あれは誇張こそ入っているが嘘でもない。何故かこういう時に結婚の話をしたり子供の話をしたりする軍人は死にやすい。

「回避行動、ランダム03に変更!」

「艦隊主砲をザンジバル級に集中射撃。敵の艦載機の接近を許すな」

「第1戦隊、そのまま砲撃強化。第1から第3小隊までは小隊毎に迎撃。長距離射撃戦闘用意」

リムが、シナプス大佐が、マオお嬢さんが命令する。その命令を受けたのか、6隻のサラミス級と9機のジム・コマンドとホワイトベースから援護に回されてきたプロトタイプガンダムとジム・コマンド2機が援護する。
ザクと言えども、12機のMSを相手に強行突破するのは困難な様だ。護衛に引っかかり、攻撃も少なくなっている。

(これは勝てるかな?)




「ガルマ大佐が出撃しのだな!?」

シャアは自身の予想通りに動いた戦況に喜色の声を出しかけた。そうだ、この状況でガルマが撤退せずに勝手に出撃する。
これ程自分にとって都合の良い状況もない。
ガルマが勝手に交戦して戦死するならば現実主義者のギレン・ザビと理想主義者のデギン・ザビとの間に見えない亀裂を生むだろう。家族を愛するドズル・ザビと現実を優先せざるえないサスロ・ザビも今までの関係を続けられない筈だ。

(認めたくはないがあの坊やこそキーポイント。それを打ち破ればザビ家の結束を崩せる!)

それこそ狙いだ。

「ええい、それにしても連邦軍の新型MSは化けものだな!!」

今の発言をかき消す為に敢えて道化を演じる。連邦軍の新型MSが化け物なのは先日の戦闘で分かっていた。
機体に配備されているビームライフルの射撃を受け止めるシールド、撃墜されたザクⅡF2型のザクマシンガンの直撃に耐えきる装甲。
それはバーミンガム級戦艦に匹敵する装甲を持っていると言う事だ。そしてパイロットの技量低下を補うOS。

(・・・・・高性能すぎるな)

シャアはそう思う。ゲルググの性能を持ってしても圧倒できないこの機体。
接近戦を挑めば話は別だがそうすればザビ家の坊やに花を持たせるだけになる。それはそれで面白くない。
ならば、一度後退するか?
そう思っていると運が更にシャア・アズナブルを味方した。
彼は後世いろいろな評価をされるが、少なくともこの第9次地球周回軌道会戦でその運の良さを、或いは悪さを褒められている。

『少佐、ガルマ大佐の艦隊後方5000kmに敵艦隊50隻程を確認。
演習に出ていた第1艦隊です。これ以上の戦闘はナンセンスです!!退却命令を!!』

確認すると多数の光源が見える。敵艦隊が一斉射撃をするのも時間の問題だ。一応ガルマに連絡するか。

「ガルマ。聞こえているか? 敵の大規模な増援部隊だ。ここは引くべきだ。聞こえているな!?」

だが、返信は無く、その次に見えたのはガルマの乗っていたザンジバルが沈められる瞬間だった。




「前方にゲルググを確認。漂流中」

エレンお嬢さんの言葉に勝利に浮かれていた私たちは気を引き締められる。
第1艦隊はそのまますれ違い、ルナツーへ帰還する。
やはり正規艦隊の圧倒的な火力と言うのは健在なのか、5隻の敵艦隊は瞬時に壊滅した。

『ペガサスはキャルフォルニア基地へ、ホワイトベースはジャブロー基地に降下せよ』

この時、私のペガサスはキャルフォルニア基地へ、ホワイトベースはジャブロー基地に降下する命令を改めて受諾した。
その最中、緊急脱出したのか機体各所にデブリの破片を浴びた、カラーリングが通常のゲルググやザク、ドムとは大きく異なる機体を回収。
機体の回収時点で第1艦隊はルナツーへの経路を取っており、プロトタイプガンダムを中心としたホワイトベース第1小隊はオペレーターごとサイド7防衛の為にルナツーへ後送。
ホワイトベースは何故かブライト・ノア中尉が艦長を務めたまま地球に降下する。

(彼も私と同じ星の下に生まれてきたらしい。厄介ごとに不運と言う星の下に)

ついでに我が艦隊は新たな厄介ごとも拾ったと分かったのは10分後。
例の漂流していたゲルググに乗っていたのはガルマ・ザビ、ルウム方面軍大佐にしてザビ家の末子というのだ。本当だろうか?
本当なら不味い。私は急遽彼の下へ急ぐ。誰かが暴走して彼を殺そうとする前に。ザビ家の当主になるかもしれない男を殺す事は君主国で皇室や王室の系譜の人間を殺す事と同じ行為だ。一部の暴走の馬鹿で済む話では無くなる。

(おいおい、絶対に給料分以上の仕事をしているぞ。なんでガルマ・ザビがあんな小競り合いに場にいたんだ?)

私はダグザ大尉を連れて尋問室に向かう途中で思った。
ダグザ大尉は護衛の10名と共にフル装備でついて来ている。私にも拳銃の安全装置を解除する様に言ってきた。
全くもってこれでジャブローからの評価はうなぎ上りだろうな。この膠着した戦況と言う時期にこれほど大きな政治的得点を得るとはやはり運が悪い。

(だってそうだろう。これじゃザビ家の王子を捕えた英雄扱いになるのは間違いない。
私はあのクソじじいに辞表を叩きつけてやるつもりでいるのに、このままではまた余計に出世してしまう)

今日の戦闘だって怖くて仕方ないから薬を使って乗り切ったと言うのに、ここでまた要らない評価を得たら最悪だ。
戦場でも使える文官などと言う評価は欲しくは無い。第一、それぞれの役目を定めて分割して戦うのが官僚制度だろう?
どうしてお互いの権限を乗り越えて戦わなければならないんだ! いつもは権限争い縦割り行政で叩かれているのに。
そうこう思っている内にロッカー室につく。そこでノーマルスーツを脱ぎ、脱いでいたイタリア製のネクタイを締め直す。

「ケンブリッジです、入ります」

ノックする。先にはシナプス司令官と筆記係としてマオ・リャン大尉がいた。更に連邦軍の揚陸部隊所属に4名の戦闘歩兵。
私はネクタイをなおし、ボタンをしめて黒のストライプスーツを着こなすと彼に尋ねた。

「ガルマ・ザビ大佐ですね?」

疲労した彼は頷きもしなかった。その姿や態度に何人かはいきり立つが構わない。手を出さない限り、問題は何もないのだ。
だが、語らずともその独自のノーマルスーツの色と階級章、何より宣伝で見た顔が私の質問に明白に答えている。

「私はウィリアム・ケンブリッジ政務次官。失礼ですが、貴官をキャルフォルニア基地まで護送する様に命令を受けました」

そんな不思議そうな顔をするな。
私だってジャブローでは無くキャルフォルニアに行けと言うゴップ大将とレビル将軍とコリニー提督の三名の連名に加えてエッシェンバッハ議員らの地球連邦安全保障会議の議決を見た時は目を疑ったのだから。

「ジャブローではないのか?」

漸く喋っていただいた言葉は予想通り。全く持って悲しい事だ。
ここでマオお嬢さんが先の命令の補足説明してくれた。

(どうでも良いがガルマ・ザビのみがノーマルスーツで他は全員連邦軍の軍服姿と言うのは何故なんだろう?余裕の表れか?)

そう思うが一番の高位者として彼の問いに答える義務はある。
それくらいはまだ連邦政府に忠誠心が残っているからな。

「ジャブローではありません。キャルフォルニア基地、北米州に降りて頂きます。
申し訳ありませんが、それまでは一介の捕虜として扱わせて・・・・ああ、大佐の階級に相応しい処遇はさせてもらいます。
よろしいですね? 何かあればこちらの携帯に連絡をください。重要機密と判断しない限り対応させてもらいます」




宇宙世紀0080.02.21、ガルマ・ザビ捕縛するという吉報を受けた北米州は早速手をうった。
まず南米州議員をハニートラップでこちらに引き寄せると、連邦政府に対して囮作戦を強行する様に要請。
ペガサスを守る為、敢えてホワイトベースにガルマ・ザビが乗せてあるように情報戦を行う。
この時期、第1艦隊の遊撃任務につられてジオン艦隊はア・バオア・クー要塞に集結していた故に初動が遅れた。
更に第2艦隊がルウム奪回を目指す軌道を取る為、ザビ家とはいえたった一人の為に大軍を送る事が出来なくなった。
どれもこれもブライアン大統領とオオバ首相ら極東州の三姉妹とよばれる女政治家らの裏取引の結果である。
キングダム首相を排したいが、その時を待つと決めた北米州らは逆に連邦政府の切り崩しをかけるのを止めた。
正直に言うと今の政権は何もしなくても勝手に崩壊すると判断したからだ。そしてその判断は極めて合理的なものとして受け止められていた。

「ジャミトフ君。連邦軍としては彼をどう扱うつもりかね?」

白い館でブライアン大統領は地球連邦軍幕僚本部参事官という文官と武官の橋渡しをしている将官に聞く。
彼が伯父の力を利用してウィリアム・ケンブリッジを保釈したのは有名だ。
そしてジャミトフ・ハイマンと言う男は情に厚いがそれ以上に冷徹であり、理想家である事が有名である。
何が言いたいかと言うと、無駄な事はしない主義だと言う事だ。それ故にコリニー提督に重宝されており、ブライアン大統領らも信用している。

(怜悧な剃刀というハイマン一族の切り札。
その彼が一族まで動員して保釈に動いたと言う事はこのウィリアム・ケンブリッジという男は非常に使えると言う事か。
ふむ、有色人種と白人の混血児。どちらかというと黒色の髪に黒い瞳。我が国ではもう珍しくないクォーター同士の子供。
そして妻も極東州とアジア州出身の子供。これはこれで良くここまで来たものだ。差別もあっただろうに。だからこそ誰かに奪われる訳にはいかないな)

ブライアン大統領はそう思いつつも手元の書類をしまう。今は、再びとんでもない政治的な成果を手にしたこの政務次官をどう扱うかが課題。
またせっかく手に入れた敵国の王子様だ。これをあの老人に渡す必要はない。あの老人はもう清掃だけしてくれれば良い。
あの老人はこの戦争終了時まで精々こき使えられればそれで十分なのだ。

「せっかく無傷で手に入れたザビ家の御曹司です。生かさず殺さず我々の手で管理運営するのがよろしいかと。
手札は何枚あっても足りない事はありません。これからが勝負どころですからな。
報告しましたが、現在のジャブローは来たるべきヨーロッパ反攻作戦の準備であわただしい。ここで敵地のど真ん中に置くのは政治的に不味い。
政治面でも軍事面でも我々が彼を保護する義務がおありの筈です。ましてレビル将軍に渡すなど論外であります」

ジャミトフの言はそのまま北米州の意見となる。またバウアーやパラヤが交渉にいくのだろうがまあ仕事だと思って我慢してもらおう。
それよりも、だ。

「共産軍。確かに南下しているのだな?」

此方の方が重要だ。現在再編されている経済圏の内の一角、太平洋経済圏。
地中海経済圏が完全に瓦解し、その余波で大西洋経済圏もまた崩壊した。宇宙の消費地であるスペースコロニーはジオンの支配下。
である以上、連邦経済に残った最大級の経済圏を守る義務が世界の警察である我が祖国にはある筈だ。いや、ある。
それを脅かす可能性がある共産軍の存在は危険極まりない。ここで極東州やアジア州の防衛線が抜けられたら笑い話にすらならない。連邦は崩壊するだろう。
そうなれば呑気な陰謀ごっこなど出来なくなる。何もかもが水の泡になるのは避けなければならない。
だからこそ、連邦議会と連邦軍にアメリカ海軍と日本自衛軍で構成された地球連邦海軍の6つの正規空母で編成された機動艦隊を太平洋、南シナ海への移動を認めさせる政治工作を行ったのだ。

「ジオンが支配するスペースコロニーには非加盟国が日用品や水を輸出しています。その為か、我が連邦政府は完全に後手に回っております」

ジオンが開戦時の予想以上に健闘しているのは占領地域からの義勇物資の名目で集めている日用品などに加えて非加盟国との貿易が主たる要因である。
第三次降下作戦の結果、ジオンは非加盟国領土各地にHLV発射施設を建設して大規模な宇宙への物資打ち上げを遂行している。
これを護衛する艦隊も健在で、第1艦隊と第2艦隊しかいない連邦軍は積極的な通商破壊行動に出なかった。出来ないのではない、出なかったのだ。

「ブライアン大統領閣下が連邦のキングダム首相に要請すればこの流れも断ち切れますが。
・・・・・ゴップ大将らの掲げるビンソン計画とレビル将軍が奪ったV作戦の終了までは第1艦隊と第2艦隊は温存すべきです。
それに・・・・・我々が何をしなくてもジオンとの決着はレビル将軍らの派閥がつけてくれるでしょう」

ジャミトフが何を言いたいのか手に取るように分かる。
アメリカCIA局長が何やら耳打ちしてきたが、内容がそれもまた面白い。

「そうだな、ジャミトフ君。君らは『我』が連邦軍を鍛え上げたまえ。その為に必要な資金や物資はこちらで用意しよう。
そして連邦軍の中でも現政権に反抗的な人物と接触し、新興派閥には肩入れせよ。特にMSを中心とした派閥に、な」

執務室にいた数名が忙しそうに動き回っている。
いや、忙しいのだろう。
この戦時下で、崩壊した地球経済を維持しているのはビンソン建艦計画とV作戦による大規模な軍事特需と太平洋経済圏の維持。この二つ。
地球内部経済を支えた地中海経済圏と大西洋経済圏は崩壊。宇宙=地球間の生産と消費と言う関係もジオンにより寸断。
現在の連邦政府は過去の貯蓄を切り崩して戦争を遂行している。このまま戦えばあと1年以内に経済面から瓦解するだろう。
いや、瓦解する可能性があるというだけで反戦運動は大きなうねりになって、戦争継続を選んだ現連邦政府に津波の如く襲うだろう。
その時こそチャンス。最大の危機こそ最大の好機とはいったい誰の言葉だったか?

「大統領、コロニー国家であるジオンの国力は我々のシンクタンクの見積もり通り、小さいでしょう。
しかし、連邦も非加盟国への武力対応や戦後復興、崩壊した経済面から見て第二次世界大戦の様な大規模な消耗戦をする余裕もありません。
となれば、この1年。いえ、残り半年、宇宙世紀0081に入るか入らないかが勝負の分かれ目になります。
統合幕僚本部も幕僚長のゴップ大将やコリニー提督らもそうお考えです。
何より、ジオンとのサイドの決戦を、地球連邦軍全軍の最高司令官であるレビル将軍がそれを望んでいます」




いくつか命令はあったが私、ウィリアム・ケンブリッジはガルマ・ザビと共に地球の北米州に帰還する。
サイド3との交渉を任されて宇宙に出てからおよそ半年ぶりの事であった。
一方、道中を共にしていた連邦軍の強襲揚陸艦ホワイトベースはシャア・アズナブルの執拗な攻撃にあい、突入コースを強制変更させられてしまった。
彼らは本来の目的地のジャブローから外れ、ジオン地球攻撃軍の支配下である中央ヨーロッパに落ちる。
心配ではあるが、酷な事か私はそれよりも安堵の溜め息を吐いた。それは艦橋にいる、いやペガサス全乗組員の意見だった。
そして私は久しぶりの地球を満喫している。目の前にはキャルフォルニア基地の宇宙用ドッグが見えてきた。

「海、綺麗ね」

いつの間にか起きたのか、リムが肩を寄せる。
バスローブの下にはお互い何も着てない。通信によると子供たちが埠頭で待っているらしい。

「ああ、綺麗だな」

埒もない。戦闘後、互いに逃げた様な関係でもあったが、それでも夫婦としてもう20年近く生きてきた。
やりたい事も、望む事も、願う事も分かっている。だから横顔が美しかった。
長い長い宇宙勤務だった。そして私はある決意をしていた。それが妻を激昂させるのだろうがそれでも譲れない。




2月末、キャルフォルニア基地で私はゴップ大将の呼び出しを受けた。
正確に言うとゴップ大将、エルラン中将、レビル将軍、キングダム首相、マーセナス議員の5名が呼び出した人物に当たる。
その中で聞かれたのは連邦が捕えたザビ家の末子ガルマ・ザビの第一印象。私は簡潔に答えた。

「劣等感と希望に満ちた名誉欲に飢えている良くいる若者です。今の時点では恐ろしくありません。
ただ、叩けばギレン・ザビやドズル・ザビらに匹敵する恐ろしさを持っていると思われますので警戒が必要です」

その言葉を受け取った連邦政府は何事かを決めるべくキングダム首相が秘書官と共に退出した。いや、この言葉は語弊がある。
秘書官と共に画面から消えた。5つあるメイン・モニターのうち、1つが沈黙したのだ。全く、あのクソじじいは嫌がらせの為に来たのか?

「しかし災難だったな」

エルラン中将がまるで他人事の様に、事実他人事なのだが、労をねぎらう。

(確かに大変でしたよ。
だけどね、その内の半分以上はあんたの責任だろうが!! なんで戦闘に狩り出されなきゃならない!!)

そう思うが、必死に叫びを抑える。これ以上妙な誤解の元で戦場に送られるのはご免極まる。傍らにいるリムも戦場に送らない。絶対に、だ。

「ふむ、しかしザク4機を鹵獲し亡命政権首班の脱出を助け、今回はガルマ・ザビを捕虜にした。出来すぎた感はあるが。
事実は事実として受け止めよう。何か要求はあるかな? 可能な限り答えよう」

レビル将軍が言う。この辺りは隣のマーセナス議員と話が通じているんだろう。
そうでなければ我が地球連邦までもが文民統制を捨てている事になる。そうなってはジオン公国と何ら変わらない。救いがないだろう。

「なんでも、ですか?」

確認する。
向こうも簡潔に答える。

「出来る範囲で、だな」

この言葉を待っていた。
あのルウム撤退戦の戦闘からずっと言ってやりたい言葉があったのだ。

「リム・ケンブリッジ中佐を退役させてください」

罵倒が飛び交っても構わない、正直死にたくないがこれが受け入れられるなら銃殺刑でも構わない。
だからせめて。子供たちに母親を返してやってくれ。
ただそれだけを願い、私は頭を下げた。いや、妻の実家の土下座と言う行為を行った。

その途端、私は思いっきりど突かれて引っ叩かれた。
こうなる事は分かっていた。妻の名誉も傷つけるのは分かっていた。
それでもあの戦闘を見た後に、戦争を体験した後に、笑って妻を戦場に出せるほど私は強くは無いんだ。
だから許してくれ。いや、許さなくても良いから理解してくれ。




強襲揚陸艦であるペガサスが地球に降りて4週間。宇宙世紀も0080.03の下旬に差し掛かった。
私が要求した妻への処置は、数々の功績を鑑み無期限の休暇と言う戦時下では考えられない破格の対応が言い渡された。
一方で自分は北米州の大統領補佐官も兼務する事が正式に要請された。そしてもう一つの裏取引も。

(要請と言う名前の命令か。でもまぁ仕方ない。それくらいは覚悟するしかない。
それに北米州大統領府の勤務なら戦死の可能性も少ないから良しとしよう)

『それではあくまで勲功に報いる形を取る。
また再建途上の宇宙艦隊の艦長教官職としてキャルフォルニア基地勤務と言う点で如何ですかな、レビル将軍?
その代わり・・・・・・ケンブリッジ政務次官、君は現政府に協力してもらうぞ。
英雄である君が受けた数々の人権侵害については誠に申し訳ないが、我々と司法取引をさせてもらおう。
そうだ・・・・・いわゆる、目をつぶれと言う事だ』

マーセナス議員の言葉に自分の次の役割が決まった。
私は連邦政府の暗部を知る切り札になってしまった。これはキングダム首相にとって最悪の展開だろう。
戦争継続派のレビル将軍はウィリアム・ケンブリッジ拘禁並び人権侵害の件で連邦政府中枢に意見できる。意見しなくても意見が可能と言う点で十分脅威になる。
北米州もまた現政権に対していつでも人権侵害を理由に首相らの解任請求をできる立場となる。駒を手に入れた訳だ。

(道化、ですか?)

更にダグザ大尉は少佐に昇進の上で、一個小隊を率いて私の護衛に。ペガサスのメンバーもキャルフォルニア基地で教官職になる。来たるべきヨーロッパ反攻作戦「D-day」を勝利すべく、多数のMS隊を養成する。その為の教導部隊に昇格した。

(これも私を妙なところに進めない為の布石なのかな? 買いかぶりすぎでしょ)

そう思うがどうやら盛大な勘違いはまだまだ続くらしい。つくづく嫌になる。
ところで降下に失敗したホワイトベースの件をジャミトフ先輩経由で聞く。

「ホワイトベース、どうなりましたか?例の新型ガンダムとそのパイロット、それに殆ど新兵で編成されていたと聞きましたが。
今もジオンの勢力圏内部ですか?こちらからの救援部隊は派遣されたのでしょうか?」

と。
どうやら先輩曰く、ガルマ・ザビ奪還部隊として『青き巨星』と呼ばれているランバ・ラルがこれを追撃していたらしい。
らしいというのはミノフスキー粒子が濃い事とホワイトベース隊とランバ・ラル隊が接敵した事自体が極秘情報である事。
これに加えてガルマ・ザビはまだホワイトベースに拘留されているという欺瞞情報が流されている事が理由となる。

「まあ、ジオンも半分は信じてないがこちらがガルマ・ザビを極秘裏に拘禁している事がギレン・ザビらの目を欺いた様だ」

との事。

(そうだろうか? 何か別の思惑がありそうな気もするが。
・・・・・まあ、あのデギン公王やサスロ・ザビ、ドズル・ザビならガルマ可愛さに軍を私的に動かしそうだ。
ギレン氏はどう考えるだろうか? まだ連邦との戦争を続けるつもりなのか?)

更に敵も新型MSを導入しており苦戦した事、オデッサ近郊の為、積極的な援護が出来てない事などが挙げられた。
ただ、後に伝え聞く噂によるとランバ・ラルは敗死。新たな追撃に加わった黒い三連星もまた撃ち破り、戦死に追い込んだとの事。
連邦軍は局地的な優勢を全体の優勢に見せかけるべく、いくつかの手をうった。
その一つがRX-78NT-1アレックスとそのパイロット『アムロ・レイ』を白い流星と持ち上げ、ジオンに対するプロパガンダに利用している。
無論、補給部隊や掩護のMS部隊を送ったりしていたらしい。詳細は相も変わらず軍機扱いで分からないが。とりあえずブライト・ノア中尉は生きている様だ。良かった。
なお、ジオン側が名づけた『白い悪魔』の方が、通りが良いので多くの連邦兵もそれで通すのは戦争の皮肉さを物語っている。

因みにジオン軍との協定でここキャルフォルニア基地の市街地分野は亡命者受け入れを少数であるが許可していた。
亡命者だけでなく、サイド6経由やフォン・ブラウン経由のシャトル、木星船団の代表らの受け入れ場所でもある。所謂ハブ宇宙港。
もっともその亡命者の定義はジオンと連邦が認めた者であり尚且つ占領下のサイドに住む者と限定されていたが。




そんな中、ケンブリッジは家族水入らずの観光をしていた。
そして、乗馬クラブで一人の青年に出会う。
向こうは全速力で駆け足を馬にさせていたらしく、こちらに気が付くのが遅れた。

「うわ!?」

思わず落馬しそうになる。リムが支えてくれなかったら下の砂利道に背中を打ち付けられていただろう。

「これは申し訳ありません。ご無事ですか?」

一体どんな奴だ、と思って相手を見た。
紫色の髪。年齢はどんなに見積もっても20歳前後。
恐らく連邦の軍人だろう。引き締まった体から軍人特有の硝煙の匂いがする。

「あ、ああ。こちらこそすまない。まさか林から人が出て来るとは考えてなかった」

元々乗馬は妻が得意で、自分は不得意なのだ。それは知っているが子供の情操教育の為にも有効だと思うからやっている。
しかし、目の前の青年は完璧に馬を操っている。恐らく余程の修練を積んだんだろう。

(どこかの名家か?)

そう言えばブレックス准将もジャミトフ先輩も両方とも乗馬は得意分野だった。リムも嗜み程度と言いながら上手である。
と言う事は、この人物ももしかしたら北米州の名家出身の坊やなのかもしれない。妻も自分も一旦馬から降りる。
手近の馬場に馬を繋ぐ。中にいた乗馬クラブの人に借りていた道具を返す。子供たちは妻と乗馬インストラクターが面倒を見る。

「これは夫が失礼を。ええと、あなたは?」

私はリム・ケンブリッジ。彼は夫のウィリアム・ケンブリッジ。
そして二人の子供たちも名乗らせる。

「ジンです」

「いもうとのマナ」

それを聞いたポロシャツと騎乗用パンツをはいている青年は紺のヘルメットを取り、馬から降りてこう述べた。

「私はパプテマス・シロッコ。地球連邦木星開発船団の副団長です」

ほう、木星出身なのか?
確かニュースで木星船団の第6陣が帰還したと言っていたな。それならば時期も合致する。
それにしてもどこぞの王の様な、例えるならギレン・ザビの様なカリスマを持つ人物が語る姿は様になる。
そう言えば彼の襟には連邦軍中佐の階級章があった。休暇か。確かに宇宙軍の制服ではこの北米州西海岸は熱いだろう。
それに木星船団では乗馬など出来ない筈だ。今のうちにやっておきたいと言うのは分かる。

「コロニーで乗馬を習いました。
おや・・・・・間違いない、貴方はケンブリッジ政務次官殿ですな?
かのルウムの英雄に会えるとは・・・・私は運が良い。
どうですか、この後レストランまでご一緒しませんか?」

私に断る理由は無い。妻子と一緒であれば喜んで。そう応じた。



[33650] ある男のガンダム戦記 第十一話『しばしの休息と準備』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:7b44a57a
Date: 2012/08/07 15:41
ある男のガンダム戦記11

<しばしの休息と準備>




パプテマス・シロッコ中佐はまだ20代前半と言うのに連邦どころか全人類にとって重要な外惑星開拓船団(木星船団)の副船団長を務めている。しかも中佐だ。
妻だって中佐に昇進したのは30代後半だったのだが、それを遥かに上回る記録の保持者。
何と言うか、その言い難いが異様な雰囲気を持つ男と言うのが私の第一印象だ。勿論、本人にそんな事を伝えるほど私は礼儀知らずじゃないし馬鹿でもない。
そう言えば先程からアメリカ産のビーフステーキを頼んでいるが、使っているのは極東州の味付けソースだ。全然違和感が無い。うん。美味い。

「やはり地球産は美味ですか?」

私は話を食事の話題、地球の環境にシフトする。
地球連邦、いや、地球圏というよりも、木星圏で生まれ育った彼から見ればこのジオンと連邦の戦争は無益に見えるだろう。
木星にまで進出し、木星の資源にまで手を出した筈の人類がいまだに地球圏内部で大いなる世界大戦、事実上の第三次世界大戦を継戦している。
木星まで行った人類が、地球圏と言う名前のゆりかごの中で争う。彼にはどう見えるだろうか?

「地球産、というだけで他のコロニーや木星産の商品に勝ると言うのは幻影だと思いますな。
地球産は確かに素晴らしい。しかしながら、木星の厳しい環境に適応した食事風景や各サイドが独自に放牧するものなどは決して地球に劣らぬものも多いと私は考えます。
そう考えますと、政務次官のお言葉には一種のアンチテーゼを提供する事になりますかな?」

妻がワインを一口飲む。
子供らは楽しそうに窓から放牧された馬や牛などを見ている。

『牛だ』

『ちがうよお兄ちゃん、あれはヤギだ』

『いや馬だってば』

自然をモチーフにしたこのキャルフォルニア基地最大の人工公園が8階建てレストラン展望席に座る自分たちの眼下に広がっていた。
さながら王侯貴族になった様な感触を与える。いや、実際に王侯貴族なのだろう。私は私の我が儘で妻を前線から遠ざけた。妻は長い間軍人として生きてきた。
その誇りを傷つけたのだ。言ってみれば自分の都合で人生を否定した様なものだ。自分勝手だとは思う。それは分かっていた。だけど子供たちと楽しそうにかまっている妻を見てあの時の自分の判断が間違っていたとも思えない。

これでジャブローの面々を批判する権利は無い。寧ろ私は卑怯者で臆病者だ。やはりこんな地位にいて良い人物では無いだろう)

そう自己分析している。
するとステーキを切り分けていたシロッコ中佐が発言した。

「そう言えば奥方はペガサス級の艦長であるとか?
羨ましいですな。新造艦を任される、それだけ信頼されている証拠でしょう」

シロッコ中佐が妻であるリム・ケンブリッジ中佐を褒める。まあ、半分は世辞だろう。そしてその言葉が今は痛い。私の心を抉る。

『貴女の奥さんを私情で前線から外しましたね? それは徴兵逃れをする有力議員の息子や娘と何が違いますか?
他の戦友は今も尚ジオンとの最前線で戦っていると言うのに、自分の妻だけはそこから逃がすのですか? 自分の権限と権力を利用して?』

一瞬だが、そう聞こえた。それが幻聴なのは分かる。疲れているのだ、きっと。

「そう言ってもらえるとありがたい事です。ですが、現在は教官職にあり後輩らの育成に取り組むことになりました。
心苦しいですが前線にはしばらくの間出る事は無いと思います」

妻が説明する。その言葉に一番反応したのは案の定というべきかシロッコ中佐だった。
馬を乗る為に私服に着替えていた5人だが、シロッコ中佐のウィリアム・ケンブリッジを見る目が変わった。
羨望と敬意から、侮蔑の表情へと。それに反応するケンブリッジ夫妻。

「これは失礼。もう一度お聞きしますが・・・・・誰がペガサス級一番艦ペガサスの指揮権を持つのですか?
政務次官殿、お尋ねしたいのですが奥方は前線から外されたのですか? それとも外したのですか?」

シロッコの問いは的確であり、逃げ道はない。自分が自らの逃げ道を塞いでいるのだ。引く事など、出来はしない。
そう考えれば身から出たさびだ。自分は自分を慕ってくれた多くの将兵や戦友を見限って自分と自分の妻の安全だけを手に入れようとした。

「シロッコ中佐、君の想像通りだ。私は碌でもない最低のクズ野郎だよ」

その言葉が個室に響く。
個室には人数分のステーキランチセットと赤ワイン、リンゴジュースが丸テーブルに置いてあった。
香ばしい良い匂いがテラスになっている個室に満ちている。それが地球圏の食糧事情、特に先進諸国で構成された州の特権である。

「いきなり何を言い出すのですか、政務次官殿?」

そうだ。
彼から見ればこんなに早く自分の非を認める高級官僚など見た事が無いだろう。普通はあーだこーだ言って言質を取らせない。
そして。

(これがウィリアム・ケンブリッジ政務次官。
なるほど、噂以上に変わっているな。自分は安全なところで論理武装して部下や兵士を前線に送り込むのが一般的な地球連邦の高級官僚だ。
それがこの御仁は違う。私が今まで見てきた愚劣なるオールドタイプとは違うと言うのか?)

シロッコの考えを余所に、私は独白を、或いは懺悔を続ける。
それは自分の我が儘で傷つけた妻と、その妻の代わりに死ぬであろう人々への哀悼の意もあった。

「中佐。言いたい事があるのでしょう? お前は妻を助ける為に連邦上層部と取引した唾棄すべき卑怯者だ、と。
そう言いたいのではないのですか?」

地球連邦内部の高官同士で裏取引があった事は、地球圏情勢に最も詳しい木星船団船の団員として知っていた。
それが例のザビ家とMSに関すると言う事も。第9次地球周回軌道会戦と言う戦闘の結果であり、ザビ家の末子を捕獲したという大戦果もある。
だから『偶然を装って』その人物に会いに来たのだ。一体どんな人物なのか確かめたくて。

(冷静沈着、戦闘では口を出さず専門家に全て一任する。市民を守る為ならならば単身独裁者の真っただ中にも行く勇気ある行政官。
更には市民を見捨てて逃げ出す連中に対して手を出すほどの激情家でもありながら、小市民生活を求める男。英雄としての地位を嫌う無欲な人物。)

全くもって意味が分からない。ただ、前半部分と兵士たちからの評判を聞けば答えは単純になる。それは物語の主人公、『英雄』という人間。
前線で戦い、守るべきものを命がけで守り、良き父親、良き夫であり、恐怖を抑えて戦場に残って連邦政府高官としての義務を果たす。

(これが地球連邦の英雄でなければ何が英雄だと言うのか? ジャブローのモグラどもか? 冗談にしては悪質すぎるな)

その男が言った。俺は英雄じゃない、卑怯者だと。臆病者だと。断罪してほしいと。自らの非を直ぐに認めたのだ。一切の言い訳なく。

(なるほど・・・・・面白い、面白いぞ。ウィリアム・ケンブリッジ政務次官!!)

内心の悦びを表にせず、彼は、シロッコは普通に驚いたと言う演技と共に食事を進める。
無論、用意されたカルフォルニア産白ワインで口を濯ぎながら。

「これは驚きました。ケンブリッジ政務次官は、内務省政務次官と言うご自身の立場と言うのを不当に低く見積もっているようですな」

先ずは挑発。これに乗って来るかどうかで、相手の本音が分かる。
挑発されてムキになり同じ事に固執したり、必死で論破しようとしたり、或いは動揺を隠せないような展開になるなら相手にするだけ無駄だ。

(さてどうでるか?)

再び口にワインを持って行くシロッコ。楽しい。実に楽しい食事会だ。態々ここまで来た甲斐がこれだけでもあると言うモノだ。
そこで妻の方のケンブリッジ中佐が答えた。

「夫は卑怯者です。それは断言できますし、私が保証しましょう」

妻は実に清々しく先の軍法会議での司法取引を語った。これがばれれば二人ともタダでは済まないだろうに。
それでも彼女は一点の曇りもなく、自らの行為に一切の躊躇もなく己の行動を語る。夫の行動を擁護する。ただただ信じているのだろうか? 
自らの半身の行動を。実にすばらしい女性だ。権力欲で動く俗物ばかりの男どもとは格が違う。やはり人類の未来は女性が担うべきだ。そしてそれをサポートするのが私の役目。

「夫は軍人としては最低でしょう。何故なら私事で部下を軍務から引き離したのですから。本来なら軍法会議です。
ですが中佐。ここが重要ですが、私の夫は軍人ではありません。彼は文官であり、文民統制を行うべき地球連邦政府の政府官僚なのです。
文官が決めた事に軍は従うと言う大原則を守るのであれば、夫の行為の理由はともかく、是非は問題にならないと思いますが?」

ワイングラスを置く。シロッコがサイコロ状に切り分けられたステーキを頬張る。
話は続いた。

「夫は確かに過ちを犯しました。それはそうです。しかし、功なくして犯した指揮権の乱用ではありません。
ルウム戦役後半の戦い、ルウム撤退戦での完勝と4機のザクの鹵獲に亡命政権らの保護。第9次地球周回軌道会戦での完勝に加えたガルマ・ザビの捕縛。
確かに運が良かったのは否めません。いえ、運が良すぎたでしょう。それでも運も実力の内と言う諺があります。
私たちはその運を味方に引き入れて戦いに勝った。そしてその結果がスパイ容疑での拘禁。しかも連邦政府の失態を糊塗する為の生け贄扱い」

夫が私の前に肉の刺さったフォークを持ってきた。
思わず何をするのよ、と言いかけたがだ、直ぐに気が付いた。これ以上は言えない。言ってはならない。そういう事だ。夫であるウィリアムが引き継ぐ。

「と、まあ、妻が言うからかなり脚色されているのだろうけど、私はこうして生き残った。
そして本当に生き残ってしまった以上、やれる事はやりたい。
私は流されて出世した。誰もが誤解しているが、私自身、気が付いたら政務次官だ。もうこれ以上『上』は殆ど無い。だから今度は流されない。
シロッコ中佐、私は決めたのだよ。這い蹲ってやる。石に噛り付いてやる。泥水啜ってやる。そして絶対に私は私の家族を守る」

そして改めて言い直す。強い意志をこめて。

「私は英雄なんかごめんだ。新しい時代の幕開けとか、歴史の主人公、教科書に載る英雄の地位なんてもの一切合財興味はないんだ。これは本当だ。
私はね、私の家族が、そして生まれてくれれば非常にうれしい私の孫が平和に暮らせる世界を欲しているだけだ。それ以外は要らない。くれてやると言われても拒否させてもらおう。
その為ならば、多少の事はやってみようと言う気になった。卑怯な事もね。だから中佐、精々気を付けるよ。これ以上妙な方向に勘違いされない様に、ね」

煙にまかれたな。
シロッコはそう思った。本来なら彼の本心を暴きたかったのだが臆病者だと言いながら最後には戦うと言い切るその姿勢。
嫌いでは無い。そしてもっと見て見たい。純粋にここまで表裏もない人物も初めてだ。
連邦政府の俗物どもはこの男を第一級の危険人物、年齢に似合わない老練な政治家、有能すぎる官僚として警戒しているが、私事パプテマス・シロッコにはそれ以上に小市民としての彼の姿が眩しい。

(何故誰も気が付かないのだ? この男の真価は政治家候補の政治力でも官僚としての手腕でも、ルウム戦役後半の撤退戦で見せた用兵学でもない。
いつの間にか人を惹きつけ、その者の歩んできた道を変えてしまう引力とでも言うべき心の強さだ。連邦の俗物はそれが分かって無い)

彼の懸念はどうなるのか?
ニュータイプ(天才)による少数による大多数の統治を目指すシロッコは興味がわく。

(自分はこの男から何を奪い、何を獲れるのだろうか?)

多くの男が、或いは女性が、勘違いするウィリアム・ケンブリッジという人間に、シロッコは持論をぶつけて見たくなった。

「ところでケンブリッジ政務次官、ケンブリッジ中佐、ニュータイプという言葉をご存知ですか?」

ジオン・ズム・ダイクンが提唱した新しい人類、第6感(らしきもの)が発達した人間、見えないものを見える人、分かり合える存在、など色々な解釈がある。この解釈は百花繚乱だ。
と、夫妻はその解釈を口に出して上げてみる。確かにあっているだろう。だが、漠然としたものでしかない。
シロッコも流石にここまでは、ニュータイプには来てないのかと思った。そして安堵した。

(!? 私が安堵しただと!?)

そう、彼は安堵した。俗人であり俗物とみなしていたアースノイドの夫妻が先ほどまで自分を凌駕していた事実に気が付いて酷く驚いた。
そして脅威を感じた。
この二人から感じるのはオールドタイプの気配だがプレッシャーはニュータイプ候補生のサラ・ザビアロフなどとは比較にならない程強い。

(この二人は、いや、この男の方はやはり危険だ。
天才たる私に危機感や安堵感をもたらせるなど。それはこの男の思考や人格が私と同じと言う事を物語っている)

またもや厄介な人間に、厄介な評価を付けられたウィリアム・ケンブリッジ。
彼の本音は家族と幸せに暮らす事だけなのだが、誰も気が付かない。虚像が虚像を生み出し、誇張が誇張を呼び込んでいる状況なのだ。

「ではシロッコ中佐はニュータイプの時代が来ると?」

長い長い論議。子供らは暇なのか母親と一緒に映画館コーナーにいって極東州のアニメを観に行ってしまった。
何故か自分だけ残って食事が片付けられたテーブルで木星船団のNo2と話し合う。
内容は、ニュータイプとは何か、ニュータイプによる新しい統治体制が来るであろうか否か、そう言う話だ。

「と、こんな感じですかな。木星圏ではこういうニュータイプ論調が多い。スペースノイドも地球から巣立った事でニュータイプになれる。
この様な考え方に対して政務次官はどうお考えですか?
我々人類はニュータイプになり、やがてオールドタイプという存在は無くなるというのが一部のニュータイプ至上主義者の考えですが、そのような時代は来ると思いですか?」

一旦、私は最後のカルフォルニア赤ワインを飲み干す。
そしてシロッコ中佐が、この妄言に近い事を本気で言っているのか、それとも冗談で言っているのか判断し、冗談と捉えた。
少なくとも、目の前のパプテマス・シロッコという男は冗談、話の種の一つとして持ち込んだと言う事にしてもらおう。

(私の心の平穏の為にも)

クーラーの効いた涼しい部屋。見るともう17時だ。そろそろ区切りをつけて帰らなければ。
両親も心配しているだろうし、シロッコ中佐も軍務がある筈だ。私も明日は仕事なのだからな。

「ニュータイプが仮に存在したとして、それがオールドタイプを駆逐すると言う発想が既にニュータイプ思想では無く単なる選民思想ですね。
そもそも曖昧な定義の果てに生まれるニュータイプ程、悲しい存在は無いのではないでしょうか?
ニュータイプの為に戦うニュータイプ。では、そのニュータイプとはなんなのか? 
宇宙に住む者、つまりスペースノイドの事でしょうか? アースノイドやルナリアンは含まれないのでしょうか?
或いはスペースノイドから更に限定された者の事ですか? もしくはテレパシーなり何かを感じられる超能力者?
そのいずれにせよ、絶対多数なのはオールドタイプ、このオールドタイプにはアースノイドもスペースノイドもルナリアンも入るのでしょ?
それならばニュータイプによるオールドタイプ支配と言う考え方は余計に悲劇しか生まないと私は思います」

無言だったシロッコが口を開いた。
双方ともに料理もワインも片付けられて、もう水しかない。それを口に持って行くケンブリッジ。シロッコは腕を組んで聞いている。

「悲劇とは?」

私、ウィリアム・ケンブリッジはこの人物(シロッコ中佐)の今の心底不思議そうな発言を聞いて彼への印象に一つ加える事が出来た。言い方は悪いが。
歴史を知らない馬鹿だった、と。或いは理想主義しか見れない夢想家であるとも。

「オールドタイプと言う大多数による少数民族の圧迫、弾圧、民族浄化。歴史上何度も何度も繰り返されてきた虐殺と言う惨劇の繰り返しになる。そしてそれに抵抗するニュータイプ。
少なくとも、オールドタイプとニュータイプの人口比が6対4程度まで来ない限りニュータイプの統治が行われる事は無いでしょう。
特にニュータイプの定義が曖昧であればあるほど、ニュータイプ内部でも分裂してしまう。それはそれはとても悲劇だ。或いは悲劇を通り越して喜劇扱いされるかもしれません」

椅子から立つ。
もう時間だ。帰らねば。妻と子らがいる場所に。

「中佐、私は今の話をしていて改めて思いました。ニュータイプ思想は新たなる差別と弾圧を生むだけの道具になるのではないか、と。
・・・・・・・・・・・・・・・もちろん、そんな時代が来ない事を私は願っています」




宇宙世紀0080.04.05、地球連邦軍は遂に特別選抜州であるイスラエル領の半分を喪失した。
特別中立都市であるイェルサレム(他にはヴァチカン、メッカ、メディナなどがある)を放棄。ここにアラビア州はサウジアラビアまで戦線を後退させ、実質の中近東全体の支配権も失う。
中近東全域で行われた大規模反攻作戦、「明けの明星」作戦はジオン軍のドム・トローペンを中心としたノイエン・ビッター少将指揮下の第2軍により粉砕された。
中近東に展開していた28万名の陸上兵力中、22万名を戦死或いは捕虜とされる大損害を負う。ここに戦争の長期化は決した。

その最中、一人の青年士官が中立都市にして最大級のスパイ合戦が繰り返されている都市テル・アヴィヴで一杯のウィスキーを飲んでいた。
アイリッシュ・ウィスキーの苦みとコクのある味が口元に広がる。
夏服を着た、市街地戦迷彩式。サングラス、懐の拳銃ホルダーにはガバメントと呼ばれたアメリカ合衆国の拳銃。明らかに堅気では無い。

「お隣、よろしい?」

そこに一人の妙齢の女が腰かける。
バーカウンターに白ワインを一杯頼む。ついでに傍らの明らかに軍人としか見えない青年にも何か食べ物をと頼む。

「どうぞ、ミス」

男はそのままテレビを見続ける。サッカーの試合はやはり本場の地球圏が凄い。パスワークで一気にイタリアの選手が切り込む。
と、そのTV画面が突如歪んだ。ざーという昔ながらの音と共に画像が強制的に遮断される。
最近よくある電波障害なのか、と周りの客やジャズを演奏していたバンドの面々が達観しているとジオン軍の軍旗が画面一面に映し出された。
次に登場したのは多数の儀仗兵を後ろに従えた、この戦争の当事国の主であった。

『地球連邦市民の諸君、私はギレン・ザビ総帥である。私はここに重大な発表を行わければならない。
地球連邦政府の諸君も承知の通り、我がジオン公国の戦争目的は独立達成と言う正義の戦いである。
しかしながら、先のアラビア半島攻防戦や地球降下作戦、第1次、第2次地中海海戦での敗北にも関わらず連邦政府は未だ交渉のテーブルにつこうとしない。驚きと共に怒りを覚える行為である!
これは連邦政府が本来守るべき民を守らず、自らは安全なジャブローに籠もって市民を扇動している証拠であろう。
さて連邦市民の諸君、ここに我がジオン公国は改めて重大な発表をしよう。
真のジオン公国国民はこの戦争の長期化を憂いており、連邦市民諸君と同様に早期終戦、独立達成を望んでいるのだ!!
更に我がジオンは南極条約に基づいた捕虜、各占領地域の治安維持を行っている。これは地球連邦に対して我がジオンの誠意を知って貰う為である。
にも関わらず!! 頑迷なる現地球連邦政府は戦争の継続を選択した。これは愚劣なる地球連邦のその愚劣さそのものだ!!
私、ギレン・ザビは地球に住む全ての市民に問い質したい。ここに至って打倒されるのは本来誰であるのか、と!
地球の南米にある連邦軍本部ジャブローと言う安全な場所に居る腐った現連邦政権上層部こそ我らジオンと連邦の共通の敵なのだ!!
地球連邦の市民諸君、いまこそ立てよ市民。ジオンは諸君らの・・・・』

と、そこで演説が強制的に終了され、テロップが流れる。

『善良なる地球連邦市民は独裁者の戯言に耳を傾けてはいけません。最後の戦いまで我々は団結します、そして共に肩を組んでこの戦争に勝利しましょう。
その為には全ての連邦市民がこの戦争に協力する必要があります。ジオンのスパイを見つけた場合は最寄りの連邦軍までご連絡を』

連邦政府も躍起になって火消しをしているが間に合ってないな。
そういうささやきが聞こえる。もともとこの地域の州構成国であるイスラエル政府とパレスチナ自治政府は歴史的な大対立がある。自治政府の中にはジオンの地球侵攻作戦を歓迎する動きや風潮もあるのだ。
これで長引いたユダヤ支配から父母の大地を取り戻せると言うパレスチナ過激派と今こそ祖国防衛の為に裏切り者を潰すべきというユダヤ過激派の双方がぶつかり合い、ジオンでさえこの地の内陸部には纏まった戦力を展開してない。泥沼化を恐れている。

(これもギレン・ザビの狙い通りか。
宇宙世紀30年代に没落していくアメリカ合衆国を見限り、地球連邦政府に直接影響力を持つようになったイスラエルを分断する事で継戦派と終戦派を生み出す。全く大した戦略家だ)

この中近東の『約束の地』は数十年ぶりに大乱へと突入していた。
各地でテロが相次ぐ。それは反地球連邦であり、反ジオン公国であり、反ユダヤであり、反アラブであり、反パレスチナ、反ムスリムと実に様々だ。
そんな中の、紅いスーツ姿の女。この暑い中一人でバーに入ってきた風に装うが、青年士官は気が付いていた。
何人もの護衛役が一緒にバーに入って来た事を。

(つまりは自分が雇った護衛は始末したか。なるほど、手の込んだ事だ)

その女は自分に貸しを作りたいのか、いろいろと注文してくれるらしい。危険な感じがするが良い匂いの女だ。男なら抱きたい女の候補になるだろう。

「ねぇ大尉。貴方がこんな場所で飲んでいるのは御身の為、かしら?」

そう言ってきた。猫のような甘い声で、突然の発言だが何が言いたいのかも分かる。
だが、分かったが分かったと馬鹿正直に言って良いものでは無い。まして相手の正体が分からない以上は。

「仰る意味が良く分かりませんね、ミス。
それに私と貴女は今日初めてお会いしたはずですが。それをここまで良くされるとは誘われていると思ってよろしいかな?」

そう言ってサングラスを外して右手を隣の女性の肩に置く。
女性は更に背をもたらせる。女性特有の良い匂い、シャンプーの匂いが鼻につく。どうやらハニートラップを仕掛けてきた様だ。

「誘ってはいませんよ、シャア・アズナブル大尉」

そう言ってその女性は離れる。
その一瞬の瞬間に自分の懐にメモリーディスクと名刺をケースごと入れた。何事も無かったかのように一度距離を取る二人。

「そのままお聞きを・・・・・ダグラス・ローデン准将とアンリ・シュレッサー准将、それにマハラジャ・カーン中将が大尉の擁護に回ります。
しかる時機が到来した後にしかる地位に大尉を戻します。もちろん、階級もそれに合ったものになるでしょう」

そう言いつつ、彼女は紅のスーツの胸元のボタンを外す。傍から見たら商売の為に男性を誘っているようにしか見えない。
これが謹慎中では無かったら自分も疑わずにこの女性の誘いに乗っただろう。
だが、ドズル中将から干され、サスロ・ザビとギレン・ザビの監視下にある地球攻撃軍に編入された時からこの手の危険性は避けるべきだった。
それに今はララァがいる。下手に女性に手を出して彼女を裏切る気にもなれない。ニュータイプ同士という以前に一人の女性と一人の男性として。

(ララァは私の母となる女性だ。それを裏切る事は出来ないな)

と、紅のスーツを着た白人の女がグラス片手にまたもやしな垂れる。
肩と肩が接触し、むき出しの腕からスーツ越しの女の体温が伝わってくる。全く手慣れた女だと大尉と呼ばれた男は思った。
アイリッシュ・ウィスキーを一杯口に含む。

「ふふ、大人の女はお嫌いですか・・・・・キャスバル様?」

辛うじて聞き取れる声。
甘い囁きの裏にあったのは毒。
古代から言うではないか、綺麗なバラには棘がある、と。そして棘に刺された姫君は永い眠りにつく、と。童話でもあったろう。

「!?」

驚きを堪えた。この時の自制心の強さは自分でも驚嘆に値する。この時に無駄な事を言って他の連中に正体を悟られる訳にはいかないのだから。

「ダグラス准将とアンリ准将、それに月面都市群総督のマハラジャ提督の支援があるのと無いのとでは大尉の目的の達成方法にも大きな差が出ると思われます。
先程渡した先に是非ご連絡を。全身全霊をかけてお相手しますわ、赤い彗星」

にやりと笑う彼女の胸元に、下着と女性特有の豊満な合間に5000テラ札を入れる。

「楽しませてくれたお礼です、ミス・・・・」

そう言えば名前を聞いてなかった。それを思い出したシャアは彼女に敢えて名前を聞く。儀式の様なものだ。
お互いがお互いを知っていると言う儀式。それに利用される気はない。黙って神輿になる気もない。自分は自分だ。
ザビ家に復讐するのは自分の権利であり義務だ。誰にも譲らない。誰にも、だ。
その為には何でも利用しよう。その後の事など知った事ではないが、な。

「ジェーン・コンティと言います、若旦那様」

そう言って優雅に彼女は椅子から降りる。
金髪の長い髪を靡かせて紅のスーツを着た女性は砂塵舞う街の奥に消えて行った。




宇宙世紀0080.04.06。南半球が夏から秋へと変わる季節。
地球連邦政府がある南米のジャブロー。大規模な軍の空輸計画が立案、開始された。
北米のフロリダ、カナダを経由し、統一ヨーロッパ州アイルランドのベルファスト基地に120万の大軍とそれを支える物資数1000万トンを数か月かけて空輸するというのだ。
更にジャブロー守備の南米・中米の合同艦隊である第12海上艦隊と直轄領と特別選抜州出身者で構成された第15海上艦隊も護衛に出す。
目的地はニューヤーク海上港。ここに連邦海軍二個艦隊と北米州の第1海上艦隊(空母機動艦隊)を中心とした部隊を派遣する。
この報告をレビル将軍は自分の執務室、ではなく、地球連邦安全保障会議の会議室でエルラン中将、ゴップ大将、ブレックス・フォーラ准将とキングダム首相ら内閣の面々と共に聞いた。

「レビル将軍、貴官を、ルウム敗戦の責任を免責してまで連邦軍最高司令官に就任させたのは勝つためだ」

これで何度目だろう。
ヨハン・イブラヒム・レビルはうんざりした。
地球に帰って来たと思ったら労いの言葉でもなく第一が本当に勝てるのか?
だった。確かにルウム戦役ではジオンに大敗したがいきなり勝ってるのか、勝てるのか、は無いだろうに。

(軍人に聞く言葉では無いでしょうな。全く)

そう思ったが、彼ら後が無い連邦政府の力が無いと自分もまたジオンに復仇戦を挑む事が出来ない。だからエルランを通じて連邦内部を説得したのだ。

『ジオンに兵なし』

『今こそ反撃の時、地球が無傷である限り連邦政府も連邦軍も負ける事は無い』

その説得は功をそうした。自分でも予想以上の成果を上げた。精々連邦軍の一司令官かと思っていたら連邦軍総司令官に就任したのだから。
地球連邦政府、というよりキングダム内閣府は連邦成立史上初めての戦争の敗北者と言う汚名を甘受できないが為にジオンとの徹底抗戦を主張してくれた。
他にもいろいろ理由があるのだろうが、それで十分だ。今のところは。
私自身にとっても。ルウム戦役で敗北したと言う自らの恥辱を雪ぐ好機をくれた、ジオン公国の愚か者であるデギン・ソド・ザビに感謝している。とてもとても感謝している。本当だ。

「それなのにルウムでの負けを取り戻すどころか、ヨーロッパの過半を、我々の大地をジオンを名乗るスペースノイド共に奪われたわ!!
今残っているのはフランス北部、ベルギー、オランダ、リヒテンシュタイン、イギリス、アイルランドのみよ。どうしてくれるの!?」

この中で唯一女性である首席補佐官の一人がヒステックに叫ぶ。野次を飛ばすだけなら誰でも出来るのだがそれが分かっているのやら。
あの時、MSを経済面から脅威と断じたウィリアム・ケンブリッジ君の様な優秀さを求めるのは酷だろうか? だが、彼女は当時の彼と同じ役職であろうに。
エルラン中将がその責任は後で論じるべきだ、と言っているが焼け石に水か。それに彼女のいう事は別の意味で正しい。

「そもそも地中海経済圏と大西洋経済圏の二つが崩壊した今、戦争の長期化は北米州を中心とした太平洋経済圏の連中を利するのみ。
何としてもヨーロッパ全域とオデッサ資源地域の早期奪還を行わなければなりません。それが分かっているのですか!?」

机まで叩くとは。カルシウム不足だな。良くない傾向だ。
後で首相にそれとなく彼女を遠ざける様に頼むか。私好みでは無いしな。

「しかし首席補佐官殿、我が連邦軍の現有戦力でオデッサ奪還は不可能です。あと二か月は待ってもらわないと。
ジオンの新型MSドムの改良型やグフ、ザクなどもおります。陸戦型ジムや陸戦型ガンダム、陸戦用ジム、通常型ジムらの生産、配備、移送がひと段落する8月、いえ、7月中旬まではお待ちください」

エルランが実に良識的な事を言ってくれる。
一度行われ、海上で捕捉撃滅された大陸反攻作戦の頓挫はこちらにとっても失態だった。
本来であればもっと時間をかけて行うべき作戦を、かつてのナチス・ドイツ並みの電撃戦で欧州全土を席巻するジオン公国軍の地球攻撃軍の動きに連邦政府と一部の軍部が焦った。

(戦場で焦るとは命取りになるのだがな。全く、無能共が。度し難いな)

本来であれば十分な艦隊の護衛を付ける筈が、第13海上艦隊しか護衛につけられず、艦隊と共に大西洋に沈められた。タイタニック作戦とジオンが揶揄した輸送作戦であった。
この喪失劇から第一次大戦以来の海上護衛の重要さを再認識するという、殆ど戦訓らしい戦訓を得る事も無く敗北しただけの戦。
もっともレビル将軍個人としてはこの時点では関与してなかったので問題は無かったのだが。問題があったのは強引な軍事への介入を行ったキングダム首相だった。

「しかし!」

またもや首席補佐官の女性がヒステリックに叫ぶ。叫んだところでジオンが軍縮してくれる筈もないし、叫んで勝てるならルウム戦役は叫べる人数の差から我が軍の大勝利に終わっただったろう。
地球連邦安全保障会議に出てくる面々は変わらない。
首相と内務大臣、二人の首席補佐官、ゴップ大将、エルラン中将、私、そして最近副官の様な立場として動いてくれるブレックス准将。
総勢8名。他にもたくさん居たのだが各州の横やりや責任問題の追及で失脚している。よくもまあこれだけ内部抗争していてジオンに勝てると思っているものよな。

「まあまあ、みなさん落ちついて下さい」

青いまま黙っている首相や何事かを考えている能面の内務大臣、息を整える女性首席補佐官とうんざり気味の首席補佐官。
ブレックス君が取りなす。どうやら落ち着いた様だ。まったく、これだから最近の若い者は。まあ、ケンブリッジ君の様な例外も存在するが。

「とにかく、連邦軍としては宇宙世紀0080.08.07下旬に反攻作戦を行う予定です。それまではブリュッセルを中心とした地域を保持しつつ、各ヨーロッパ地区へ高高度無差別空爆に、オデッサ鉱山・工業地域の奪還を前提にヨーロッパ方面軍を動かします。
地中海方面、中近東はオデッサの後、という事でお願いします。また北米州にも空輸、海路護衛を任せておきます。戦略機動は彼らの得意分野ですからな」




宇宙世紀0080.06.03.地球降下から約二か月。ホワイトベースは度重なるジオン公国軍の追撃を尽く撃退し、単艦では考えられない戦果を挙げた。
アムロ・レイの乗るガンダム(NT-1アレックス)を中心に、スレッガー小隊やセイラ・マス曹長の乗るRX-78-2らはジオンの勢力圏を横断。100を超す敵軍を撃破した。
その戦果たるや確たるものである。

「ようやく味方の勢力圏内か」

ホワイトベースはシャア・アズナブルの攻撃でルーマニア北部地域に降下した。正確には降下させられたと言い換えて良い。
地球連邦の新造艦とはいえ、敵地のど真ん中に降下させられた時、艦長代行のブライト・ノア中尉は血の気を失い、自室で吐いた。その絶望さ故に。
が、マ・クベ中将はこの時期を地中海戦線の安定化と中近東全域の支配権確立、非連邦加盟国(枢軸国)との補給線確保、各構成国の分断、ロシア極東軍の寸断の為に戦力を費やした為、組織だった追撃はさほどではなかった。
それでもランバ・ラルが乗った新型機、恐らくグフの発展型である『イフリート』と呼ばれる機体を使った『青き巨星』の追撃、ドム三機で構成された『黒い三連星』との遭遇戦、撤退中の『闇夜のフェンリル隊』との遭遇戦など多くの苦難に出会った。
それでも漸くここまで、オランダ領内にまで来た。すでにフライマンタ戦闘爆撃機36機が護衛についてくれている。

「艦長。先行する第203航空隊より連絡がありました。
貴官らの勇戦に敬意を表する。なお、アルステルダム基地到着後は我らの秘蔵を奢る、です」

オペレーター席で見習士官用の赤い制服を着たセイラ・マス曹長が答える。今は緊急事態では無いので彼女が通信を担当している。
彼女自身もRX-78-2ガンダムのパイロットとしてホワイトベースを守ってくれた。ランバ・ラル戦と言う非常事態にはザクを1機撃破している。それが彼女の初陣。性能差に助けられたがそれでも凄いものだ。

(ホワイトベースが全て避難民と徴用兵士だけで連邦勢力圏に行けと言われた時は死んだと思ったが・・・・なんだろうな、この奇跡的な人員は。
それに急成長するアムロ、スレッガー小隊を構成するスレッガー少尉らも良くやってくれた。パイロットの犠牲なしとはそれが凄い戦果だ)

他にもカイやハヤトら民間出身のエースパイロット(実際はドップやマゼラ・アタックばかりだが)、ルウム戦役を戦い生き残ったスレッガー小隊らも連邦広報部の格好の宣伝の的である。
どうやら、あの『黒い三連星』と『青き巨星』を撃破、戦死させた事が大々的に連邦軍全体に知れ渡っているらしい。

(これはひょっとしなくても英雄として迎えられるのか?)

ブライト・ノア大尉(数々の功績により戦時昇進済み)は高鳴る鼓動を抑えきれなった。
実際、連邦軍が援軍らしい援軍を送った時点でアムロ・レイの撃墜スコアは50を超えており、ガンダムアレックスの活躍と共にジオン軍全体に知れ渡っていた。

『連邦の白い悪魔』、ここにあり、と。

そうだからこそ、連邦軍もなけなしの援軍をホワイトベース救援部隊として送った。
あの時は嬉しかった。自分たちは見捨てられていた訳では無い、そう感じた。そう信じられた。
戦車80台、戦闘爆撃機48機、制空戦闘機36機、戦闘ヘリ24機になけなしのビッグ・トレーまで。
まさにヨーロッパ方面軍全軍で迎え入れた。
しかもこの時、ジオン軍の一部であり精鋭部隊の闇夜のフェンリル隊がそのビッグ・トレーを強襲し、多数の護衛部隊が壊滅。
ビッグ・トレー自らも壊滅寸前に追い詰められたが、ホワイトベースと、ガンダムをはじめとしたホワイトベースの艦載機はそれをほぼ独力で撃退している。
この時のジオン軍はグフ・カスタムと呼ばれるグフの改良型やドムの改良型、ザクS型で全てが固められていた。にもかかわらず、MSで一日の長がある筈のジオン軍に対してホワイトベース隊は自軍艦載機を一機も失う事無く撃退したのだ。
これで地球連邦ヨーロッパ方面軍の心象と心証は大きく高まった。

『ホワイトベースとガンダム(白い悪魔)こそ救世主である』。

と。
ただブライト大尉が思った通り、この時点で(サイド7から成り行きで)ガンダムNT-1アレックスに乗っただけの、学徒兵でさえなかったアムロ・レイ少尉(戦時昇進)の成長は異常である。
精神的なモノは、何故だかわからないが敵である筈のランバ・ラルが鍛えたようだ。それにスレッガー小隊と模擬戦闘も繰り返した。が、それでもこの技量の向上は妙だ。正直言って恐ろしいものさえ感じる。

(まさか例のニュータイプとでも言うのだろうか? そう言えばアムロもセイラも妙な事を言っていた。見えない筈の敵のパイロットの意思や次の動きが分かる、と。
ならばこれは一度検査をしてみてはどうかと二人に提案して見ようか? 
流石に軍の医療訓練でもニュータイプの判別なんて無かったからな。何かの精神異常であれば早めに除隊を検討させた方が二人の為だ)

と、急に青いものが見えてきた。

「ブライト、どうやら大西洋よ」

そう思っているといつの間にか海が見える。ミライ・ヤシマ准尉が操舵席から伝えてくれる。艦橋からは先導するフライマンタ隊と大西洋が見えた。
ここでフライマンタ戦闘爆撃隊が一斉に編隊を二つに分裂させ、ターンをして交差する。恐らく歓迎してくれているのだ。

「ああ、ミライ。ようやくたどり着いた」

こうして彼の役目は一先ずにしろだが、終わった。




4月上旬。地球連邦軍がザビ家の末子、ガルマ・ザビを捕虜にしたという報告は両軍の暗黙の合意により徹底して規制をかけられた。
これが知れれば両軍ともに意図しない戦線の拡大を引き起こすからだ。
そして連邦軍への懲罰部隊(ガルマ・ザビ奪還部隊)として送り込んだランバ・ラル隊、黒い三連星、闇夜のフェンリル隊が相次いで敗死、戦死、敗退した事を受け、ジオン軍はガルマ・ザビ奪還作戦を中止した。
この吉報に、連邦軍上層部や連邦政府、特に北米州は色めき立つ。特別の外交カードが向こうから転がり込んだのだから。
これは大きい。そしてその功績があった連邦軍の第14独立艦隊の将兵全員が昇進する事になった。
もっとも口止め料でもある。事実、捕縛したパイロットは脱走を図り銃殺され死んだと公的には伝えられた。
という理由から、彼らの昇進の理由はジオン軍の新型MS、MS-14Sゲルググ指揮官機を捕縛したという点であると説明される。

「おめでとう、カムナ君」

「おめでとうございます、カムナ大尉」

「おめでとうでやす、兄貴」

大尉に昇進したカムナ・タチバナは小隊の同僚からの祝杯を受けた。勿論その前に彼らを祝う事を忘れない。
昇進の功績は全員が平等だとしたが、なかでも直接自分の手でゲルググを回収したカムナ・タチバナ大尉は地球連邦栄誉勲章までもらっていた。
もちろん、これが口止め料であり、極東州の方面軍司令官として辣腕を揮う親父の影響である事も分かっているがそれでも彼らにとっては誇りに思える事だ。

「ああ、何というか奇跡的と言えば良いのか分からないが・・・・・ありがとう」

これは本音。
軍服姿で集まったカムナ・タチバナ大尉の個室で開かれるささやかなパーティ。これと同じ事がレイヤー大尉やヒィーリ大尉らの個室でも行われている筈だ。
取り敢えず今はこの勝利を祝おう。全員があのルウム撤退戦から生き残り、その後の第9次地球周回軌道会戦でも生き残った。
他の独立艦隊や偵察艦隊の損耗率が50%から酷い時は100%という最悪の数値をマークし続ける中での全員生還、だ。この奇跡に今は感謝しようではないか。

「レイヤー大尉らとも後で合流するんでしょ?」

同期生としての口調に戻ったシャーリー・ラムゼイ中尉が聞いてくる。噂によるとファング2のレオン中尉が好みだそうだ。
まあ、詳しくは聞けないので聞かない事にしているのだが。
嘘を言う必要もないので、ビールの缶を一本あけながら頷く。摘みの枝豆の塩分が効いていて美味い。

「そうだ。小耳にはさんだんですが、兄貴の親父さんもキャルフォルニア基地に来るとか?」

そっちは初耳だ。あの極東州方面軍司令官に就任した親父が故郷の日本を離れて態々北米に来る? 何故? またぞろ嫌味を言いに来るのか? 指揮官の義務を自覚しろとわざわざ言いに来るのだろうか?

『カムナ。お前は自分の立場を自覚しろ。兵士には兵士の、指揮官には指揮官の務めがあるのだ。
良いか、お前は私の言う通りに歩めば良いのだ。それを忘れるな。これ以上勝手な事をして私の手を煩わせるな』

父親の声が木霊する。

その父親だが、実は既にキャルフォルニア基地に到着していた。
そのまま中将の権限を利用して宇宙港に停泊中のペガサスに入る。タチバナ中将の連れには珍しい人物がいた。
ペガサス艦長のリム・ケンブリッジに、その夫、地球連邦内務省政務次官のウィリアム・ケンブリッジだ。
もっとも彼も無期限休職中の様なもので暇つぶしという面があるのだが。
ペガサスの中は最低限の将兵しかいない、
その中を、中将と大佐の階級を持つ軍服の人間に黒い高級スーツと薄い青色のシャツ、茶色の革靴を履き、連邦政府高官のバッチとカフリンクスを付けた男。
案内役を頼まれた将兵は内心ガチガチであった。そのまま司令官室まで彼ら3人を連れてくる。

「失礼します!」

掛け声とともにドアを開ける。
中にはつい先日に大佐から准将に昇進した将官がいた。名前はエイパー・シナプス。
負け続きの連邦宇宙軍の中で唯一と言って良い程、勝ち星を挙げている司令官だ。
4月上旬の第9次地球周回軌道会戦やその前に発生したサイド7防衛戦でも赤い彗星を退けている。

「ケンブリッジ艦長、ケンブリッジ政務次官、タチバナ極東州方面軍司令官をお連れしました。入室許可をお願いします!」

いつも以上にしゃちほこばった従卒を笑いながら下がらせるシナプス准将。
何度も言うが彼らの挙げた功績、『ガルマ・ザビ』ルウム方面軍大佐の捕縛は北米州にとって最良のカードだった。
これがガルマ・ザビの戦死だと、ギレン氏の事だ。逆にジオン軍全体の士気高揚につながり、仇討ちとしてザビ家の戦意を高めるだけだっただろう。
だが、北米で生きているとなると話は別だ。
今は軍の特別官舎に軟禁中だが、生きている限り、父親デギン・ソド・ザビが彼を公的に見捨てない限り、か、彼は外交カードの一枚として存在し続ける。
しかも公的に見捨てればそれはそれで連邦政府にとって新たな手をうつ好機となる。

『実の息子さえ見捨てる薄情な家系。兵士も確実に見捨てられるだろう』

とでも言えばよい。宣伝戦で勝利する良い題材になる。
もっとも、今日集まったのはその為では無い。もっと身内の事を話す為だ。

「久しぶりですな、中将」

シナプス准将が敬礼する。それに笑いながらタチバナ中将も答える。

「なに、あまり礼式に則りすぎたものも考えものだ。少し気楽にいこう」

そうして全員が司令官室用の来客用ソファーに座る。
一人かけ使用のソファーにはタチバナ中将が。その右側の三人使用のソファーにはシナプス准将が。その向こうにはケンブリッジ夫妻が。

「ではシナプス、貴様の昇進を祝って乾杯と行こうか」

タチバナ中将が私物の鞄から、これまた私物の日本酒を2本出す。
シナプス准将も四つのグラスと共に冷蔵庫から氷をだした。それを見てタチバナ中将が日本酒をグラスに注ぐ。透明な液が重力にひかれる。

「やれやれ。タチバナ、貴様が海軍を選び、42年の第5次台湾海峡事変で功績を立てて出世してからこうして飲む機会はめっきり減ったな。
偶には同期会に参加しろ。仕事を優先するのは良いが、優先しすぎるのはお前の悪い癖だぞ。
同期の連中もいつまでも生きてはいない。ルウムやオデッサ、ヨーロッパで戦死した連中も多いしな」

実はこの二人、シナプスとタチバナは同期生である。
海軍を選んだタチバナと宇宙軍を選んだシナプスだがフィーリングが合うのか昔は良く一緒にいた。所謂、昔でいう所の「俺、貴様」の仲である。

「ああ・・・・・失ってみて初めてその重みを実感したよ。シナプスも知っているだろう。あのカニンガムが死んだのだ。
他にも一杯死んだ。俺が地球で宇宙を見上げているその瞬間に」

日本酒特有の匂いがする。少ししんみりとした雰囲気になったが、それを慌ててタチバナ中将が消し飛ばす。

「いかんな。ああ、ケンブリッジ君。君たちも飲みたまえ。生きている人間にはそれくらいしか出来ないのだから。
今日は大いに騒ごうではないか。嫌とは言わさんぞ?」

そう言って飲ませる。これが日本でもかなり高価な冷酒であるのは先ほど聞いた。
全員が夕食を食べ終えた後とはいえ、これでは物足りないと思ったウィリアムがPXで購入してきた多数のジャンクフードやチーズなどを紙皿に取り分ける。

「おや、気が利きますな。流石は未来の首相ですかな?」

シナプス准将が面白半分にからかい、妻がそれに悪乗りする。
そんな雑談の中。

「なあ・・・・・シナプス・・・・・あの子は役に立ったか?」

日本酒の2本目も空にして、シナプス准将が秘蔵のウィスキーと自分たちが持ってきたベルギービールを飲みながらタチバナ中将が問う。

(ああ、そうか。これが聞きたくて態々4人で飲み会をするなんて言い出したのか)

ウィリアムはビールに口をつけながら思った。
彼、ニシナ・タチバナもまた父親なのだ。自分もあの戦場で一番に思った事は長女のマナと長男のジンにもう会えなくなるという恐怖だった。
そう考えると辛かっただろうな。タチバナ中将は軍人家系の出身だ。だからこそ愚痴を、恐怖を言う相手がいなかったのだろう。
答えたのはリムだった。

「ご子息のカムナ・タチバナ大尉は良いパイロットであり、良い指揮官です。それは艦長の私が保証します」

その言葉を聞きたかっただろう。傍目にも安堵の溜め息をしたのが分かった。少し酒臭いがそれは全員だろうから構わない。

「そうか。あいつはまだ指揮官としての義務と兵士としての義務を理解してない。だから困っていたのだが。
少しはこれで成長してくれるとありがたいものだ。私もいつまでも現役で、いや、生きてはいられない。それを子供に知れと言うのは酷なのは分かるが知ってほしいものだよ」

正直言ってカムナらが後方の教官職勤務になった事はホッとしている。あの子らは前線に出る必要が無くなったのだ。
それはタチバナ中将らしくない言葉だった。

「親は死ぬのだ。その時までに子供に何を教えられるのかな? 私は何としてもあの子にタチバナの家訓と軍人の本質を教えたい。
あの子がいつか結婚し、子供を持ち、父親になった時。決して恥じる事の無い立派な軍人になっていて欲しい。
もしもカムナが軍人以外の別の道を選んだのならそれを応援しよう。それも分かっている。だが、軍人としての道を選ぶのならば私の言う事を忘れないで欲しいものだ」




次の日。宇宙世紀0080.04.09.
私、ウィリアム・ケンブリッジは高速機『スカイ・ワン』の機上の人になった。
思えば、(何故か知らないが)、この機体を預けられたのが全ての元凶の気がする。現地の時間帯は既に午後になるかならないかの時間だ。
ご飯のサンドウィッチを食べ、コーヒーを飲む。実に健康的だ。あの思い出したくもないルナツーの独房生活から一変してこの生活。
次は冗談抜きに最前線に送られそうだよ。でなければアル・カポネの様に刑務所に行くのか? 政府との裏取引以来、自分は碌な想像が出来ない。

「閣下はこれから北米州大統領のブライアン氏にお会いします。その際の服装はいつものアルマーニのスーツで結構ですが連邦政府役人を示すカフリンクスだけは付けてください」

ミス.レイチェル少佐が私に頼む。
今回は新型ガンダムである『アレックス』とプロトタイプガンダム双方の性能を間近で見た自分の意見が知りたいと言う名目だ。
しかし私はその名目を信用しない。そんな事は寸断され気味とはいえ一枚の情報メモリーディスクを郵送すれば事足りる。
それをしないと言う事はもっと面倒な事なのだろう。家族を、ジンとマナの二人を妻に預けて良かったと思えるほどには。

「お子さんの事をお考えですか?」

支給された緑茶に手を付けつつ、ミス.レイチェルが尋ねてきた。どうやら本当に良く顔に出る性格らしい。直さないとまたぞろ厄介ごとを押し付けられそうだ。
今回も顔に出たのだろうか? それとも別の要因があったのか? 知りたい様な知りたくないような。

「・・・・・・そうだね。二人とも大きくなった。特にお兄ちゃんである事を自覚したのかジンはとても賢く成長したよ。
嬉しいような、寂しいような複雑な気分だ。あんなに一緒だったのに・・・・・気が付けばもうこんなに違う。男親とはこんな心境なのかな?」

答えなど求めない独白。今年で40代後半になる彼と29歳の才女では人生経験が全く異なるのだ。応対するのが無理だろう。
そう思っていると機長からアナウンスが入る。まもなく当機は着陸します。シートベルトを着用してください、と。

「さて、鬼が出るか蛇が出るか。
宇宙世紀以前から続くこの政治の魔都ワシントンで俺は一体何をさせられるのかな・・・・ハッキリ言ってどうせ碌なモノじゃないし、言うまでもなく無理難題なんだろうけど」

幸い、このボヤキは誰にも聞かれる事は無く『スカイ・ワン』はワシントン国際空港の特別機専用ポートに着陸した。
飛行時間は凡そ4時間半であった。流石、宇宙空間での使用に耐えるだけの事はあるなと私は場違いにも感心した。

「こちらです」

ミス.レイチェルが私を案内する。
私の荷物も彼女の荷物もアタッシュケースとボストンバッグ一つずつだけなので(他は政府の官給品が宿舎に置いてある)非常に身軽だ。
タクシーは日本産の電動自動車。この点(自動車産業)で、祖国アメリカは完全に後れを取った。もう挽回は不可能だろう。彼ら極東州とは50年程差があると言われているし。
つまりだ、20世紀末の大燃費、大型車路線は失敗したのだ。
今、アメリカが何とか世界一位の地位にあるのは空を支配して、宇宙にも支配権を伸ばしたからに過ぎない。いや、宇宙開発が一番の影響を持っていたが。
地上の鉄道網、船舶、車は極東州の三カ国が首位を奪っている。あの三カ国経済特区とでも呼ぶ地域は尋常では無い程の経済力を持って祖国アメリカに追い付いた。
追い付いてないのは軍事力だけであるとも言われている。逆に言えば軍事力を北米州や地球連邦軍に依存したからこそ現在の地位を得たのだった。

「政務次官は目的地到着までこちらの書類に目を通してください」

そう思っていると現在の新聞や報道から大まかな情勢を分析した紙が手渡される。それ程厚くもないが簡単に読み終える程薄くもない。
まあまあといった程度の紙である。良く見たらタクシーの運転手の隣にダグザ少佐が乗り込んでいた。
黒いスーツの上下に白いシャツ、紺のネクタイに無線機付きのサングラスだった為気が付かなかった。

「あれ、ダグザ大尉、いや少佐?」

彼が振り返る。

「はは、時間のお蔭で昇進できました。
それにしてもお久しぶりですな、政務次官。キャルフォルニア基地での休暇はどうでしたか?」

久しぶりに会った彼は少し角が取れていた。とても親しみやすくなっていたのでちょっと話し込んでしまう。
ふと後ろを見ると二台の軍用ジープが付かず離れずの距離を保ちながら私たちを追ってくる。きっと護衛だろう。
そう聞くとその通りです、とダグザ少佐から返事が来た。また談笑する。

「・・・・・お読みになりましたか、政務次官」

おほん。ミス.レイチェルがわざと咳をして注意を逸らす。私は慌てて書類を読み込む。
だが、読んでいて嫌になってきた。それは我が連邦政府が如何に無計画な戦争計画を立ててこの戦いに臨んだかを物語っているのだから。
これは情報部が編集したとはいえ、民間向けの情報から導き出された書類の筈。それがこうも酷いとは思いもしなかった。
ならば現実はもっと酷いのだろう。私が相手にするのはそう言った最悪の状況のようだ。そう気を引き締めて白い館を中心とした特別な地区へ私は向かった。

(私達、地球連邦は勝てる筈の戦争を内部抗争や派閥争いで失いつつあるのか。死んでいった将兵、市民全員への冒涜だ)

そして日付が変わり0080年4月10日。
私はしっかりと自前のアルマーニスーツを着て白い館に午前9時30分ちょうどに大統領執務室の控室に到着した。
警備の兵士がボディーチェックをする。私はずっと前から支給されていた連邦軍の軍用拳銃を警備に渡して部屋に行く。
控室に入って20分ほど。私の前に驚くべき人物が座った。

「ブレックス准将!?」

「久しぶりだね、ウィリアム君」

人の良さそうな准将はにっこりと笑いながら私の空になったコップにコーヒーを注ぐ。
ホットコーヒーの熱い湯気が部屋と心に沁みる。
と、控室と廊下を結ぶ分厚いドアが開いた。

「なんだ・・・・・ウィリアムもブレックスももう来ていたのか」

そこから入ってきたのはジャミトフ先輩だった。二人の有力な准将の唐突な登場に思わず立ち上がり頭を下げる。

「ウィリアム君、頭を上げてくれ」

「ウィリアム、何をしているのだ? お前が頭を下げる必要がどこにある?」

そう言われて漸く頭を上げた。そして次の瞬間、二人が頭を下げた。

「!?」

驚いて声も出ない。
ぐらりと視線が揺らぎ、後ろ向きに倒れて控室のソファーに倒れ込む。

「あ、あの、一体どうしたのですか? 何故お二人が頭を下げるのですか?」

時間にして僅か5秒ほど。三人しか室内に居なかったのでこの光景を他に見た者は誰もいない。しかし、それでも驚愕だった。
この二人に謝られる様なことなどあっただろうか? いったい俺は何をしたのだろうか?
そう思っているとブレックス准将が徐に切り出した。君を政府の馬鹿共から助けるのが遅れた、申し訳なかった。すまない、と。
それで理解した。あの事か。ルナツーでの尋問と暴力といじめからの解放に骨を折ってくれたのは目の前の二人だったのか。不覚だ。気が付かなかった。

「こ、困ります。あれは連邦政府の決定でありまして・・・・そ、それを軍人である貴方方が覆しては文民統制の原則に触れますから。
むしろ私の方が助けて頂いたことに礼を述べるべきなのです。
本当にありがとうございました。そしてお手数をおかけして申し訳ありませんでした。」

しどろもどろに弁護する自分の姿を見て何とか笑みを浮かべるブレックス准将。ジャミトフ先輩は逆に眼光鋭くした。

(あれ? また何か地雷を踏んだかな?)

ジャミトフはこの期に及んでなお文民統制の原則を守ろうとするウィリアム・ケンブリッジに潔さと同時に危うさを感じる。

(ウィリアム・・・・・仮に彼の正義が両立出来ない場合、彼は何を選ぶのだろうか?)

自分が懇意にしている他の議員は大なり小なり自分の野心を優先させてきた。その結果がスペースノイドの言う地球連邦政府と連邦議員との癒着問題なのだが。それは一先ず置いておこう。
しかし、このウィリアムは別だ。彼は官僚としての出世さえ望んでいなかった。望んだのはたった一人の女。妻であるリム・ケンブリッジを手に入れる事だけ。

(ある意味で映画の様な、騎士道を具現化した、生まれて来る時代と場所を間違えた男がこのウィリアム・ケンブリッジなのだろう
我ながら厄介でかわいい後輩を持ったものだ。見捨てる気にならないのはそれ故か、この愚直さの為なのかな?)

ジャミトフ・ハイマン准将はそう思った。だからまだ彼を彼らの計画に加える訳にはいかない。自主的に彼が加わる日を待つ。

(ウィリアムが計画に加わるのはあくまで彼個人の判断。それを尊重しなければな。
何、北米州の州総代表でもあるブライアン大統領は彼を買っている上、州軍や連邦政府内部、連邦軍内部にも彼の心情的なシンパは多い。
このままならウィリアムが望むと望まずと関係なく、彼は我々と共同歩調を取るだろう。同じ理想を掲げる者として。同志として。
家族を守る、その為に現地球連邦政権と裏取引をしたのだ。既に禁断の果実を食べた人間に抑制は最早不可能だからな)

ジャミトフはひとまず、所用があると言って軍帽を被り直して部屋をでる。その際に銀のアタッシュケースも持ち出す。
軍内部の機密情報が入っているのだ。私はこの後に知らされるが、ジャミトフ先輩が持ち出したのはRX-78NT-1の戦闘データ。
後に、ジオンのエース部隊、ランバ・ラル隊を敗滅させ黒い三連星を戦死に追いやり、ヨーロッパ方面軍に蛇蝎の如く嫌われていた闇夜のフェンリル隊を壊滅寸前に追い込むホワイトベース隊のサイド7と地球周回軌道上での戦闘データだった。
どういった経緯か分からないが北米州はその極秘データを手に入れたのだ。独自のルートを使って。連邦が完全に内部分裂をしている証左である。
これを元に、北米州の無傷の工業地帯を利用して陸戦型ガンダムの量産体制を確立するのがジャミトフ先輩の今の仕事。
もっとも、その機体の大半は北米州軍に編入されるので、実際のヨーロッパ反攻作戦(私は既に取引された生け贄なのでかなり詳細を知らされていた。きっとまた犠牲のヒツジにする気だな、くそったれ!)には通常のジム部隊やジムの改良型が動員される。

「ところでウィリアム君」

ブレックス准将が話しかけてきた。
彼の服装はもう春になると言うのにコートを着ている。髭も豊かだ。自分が完全に髭をそり、髪も短髪にしているのとは大違いだな。自分の格好はローマ人の顔をイメージしてもらうと分かりやすい。
そう思っている。そう言えば黒人とアジア系のハーフの影響なのか、自分はどちらかと言うと彼らとは違いアジア系の肌に黒人の体格をしている。
オリンピックにでも出られそうだとは学生時代によく言われたものだ。実際陸上マラソンではかなりの好成績を出していた。まあ、一番好きなのは読書なんだけどね。

「何でしょうか?」

と聞き直しつつも、コーヒーをポットから出してブレックス准将の前に置く。
自分は砂糖とミルクをたっぷり入れる超甘党なのだが、あの体験入隊以来止めている。次にやったら確実に飲んだもの全て吐いて死ぬだろうからだ。
それは嫌だ。かっこ悪すぎる。いくら臆病者で軟弱者で、家族を安全な場所に送る為に蠢動した卑怯者でも最低限の矜持はある。と、思いたい。

「いや、君はかつてジオン・ズム・ダイクンが唱えたニュータイプについてどう思っているのかと思ってな。
現在の戦争はアースノイド対スペースノイドではなく、ジオン公国対地球連邦だ。しかもこれに第三国として非連邦加盟国が加わる。
そう考えればこの戦争は単なる利権争いだ。独立と言う利権とコロニー全体の支配権と言う利権を争う二つの陣営。
その中には、特にザビ家のギレン・ザビはニュータイプ理論について単なる方便としか考えて無い様だ。だが、それは違うと私は思う」

ああもう。またその話か。
これは教条主義的で厄介なんだよな。と言うかスペースノイドの開明派のブレックス准将でさえニュータイプ主義の虜になっていたとは。
予想外だ。普通、ニュータイプ主義はもっと若い、あのシロッコ中佐の様な人物が唱えるものだろうに。それともこれも何かの試験だろうか? あ、逆にブレックス准将程の人物だからこそ虜になったのか?

「ニュータイプ、ですか?」

頷くブレックス。どうやらあの時の事を言い直さなければならないらしい。
だから私は呼び出しが来るまで持論を展開した。ニュータイプが仮に発生したとしてもそれは少数にとどまり、弾圧や差別の対象になる。
ニュータイプ国家の建国はジオン公国以上に認められないだろう。
今のパレスチナやクルド人問題、バスク地方に中華地方の少数民族弾圧問題などの根深さを連邦政府が忘れる筈がない。
仮に少数民族であるニュータイプの国家建設を認めたら他の地域の少数民族(スペインのバスク人などもそうだが)の独立問題に発展する。
それはジオンと言うある種の隔離された5億人という大人口を誇るコロニー国家の独立問題以上にデリケートな問題だ。
この問題を蒸し返す気概のある連邦政府が登場するとは思えない、そう言って私は話を締めくくる。

「以上の点から、私は、ニュータイプとは概念的な問題として捉えても、決して表に、政治問題として出して良いとは思えません。
ニュータイプに囚われてしまえば大局を誤るでしょう。それは政治家として避けなければならないと・・・・」

と、ドアがノックされた。まるで聞かれていたように一人の女性が入ってくる。
彼女は自分の名前をアリス・ミラーと名乗った。
彼女は連邦軍の大尉である。表向きは。だが、私は知っている。この女性が別のアルバイト、いや本業を持つ事を。

「どうぞ、ブライアン大統領閣下がお待ちです」

そう言って私は大統領執務室に案内された。




ジオン公国はガルマ・ザビ捕縛の報告に揺れた。
宇宙世紀0080.04の最大のニュースであり、もっとも秘蔵されたニュースである。
この情報規制の為、アングラ放送のメンバーの何人かが永遠にこの世からサヨナラした程、ザビ家は徹底した情報管制を行った。
因みに最初の報告は最も単純で疑いないものだった。

『ガルマ・ザビ大佐、第9次地球周回軌道会戦にて戦死』

である。
この報告を聞いた時、父親デギンは、使者の眼前で公王としての立場を忘れただ茫然と杖を落とし、椅子に倒れ込んだ。
それはたまたまその場に居合わせたギレンの目にも見えた。
ギレンはいつかこうなるのではないかと思っていたのである程度の対応が出来たのだが、父親は根拠の無い楽観論に支配されていたのか、ガルマの死を受け入れられなかった。

「・・・・・・ガルマ・・・・・・そんな」

彼は、デギン公王はそうとだけ呟いた。
それから1週間後。ウィリアム・ケンブリッジから詳細を知ったブライアン大統領は極秘にサイド6リーアのアリス・ミラー大尉に連絡する。
ジオン公国のザビ家と接触する様に命令した。
その日から更に10日後。

因みにランバ・ラル隊がザンジバル級とMS-08TXイフリートとグフB型4機、ザクⅡJ型4機を用意して地球に降り立った日がその5日前。

ドズル・ザビの半ば私情の命令で行われたホワイトベース討伐作戦が失敗した日から更に15日後。
ウォルター・カーティス大佐(ルウム方面軍司令官、ガルマ・ザビの後任)、シーマ・ガラハウ中佐を経由してかの報告がサイド3のギレンの下にもたらされた。

『ガルマ・ザビ生存』

その報告に感極まったのがドズルであった。ドズルがガルマを溺愛しているのはザビ家の中では常識以前の事。
そうであるからこそ、ギレンもまたこの報告をザビ家内部では一番先にドズルへとした。余談だが、ドズルは全軍の総司令官としてサイド3で指揮を取っている。
ちなみに司令官の内訳はこの通りになる。

ソロモン要塞司令官、ユーリ・ハスラー少将。
ア・バオア・クー司令官、トワニング准将。
グラナダ基地司令官並び月面総督、マハラジャ・カーン中将。
ルウム方面軍司令官、ウォルター・カーティス大佐。
ジオン本国守備軍司令官、ノルド・ランゲル少将。

第一艦隊(本国軍) ドズル・ザビ中将直卒。
第二艦隊(ア・バオア・クー方面軍) ノルド・ランゲル少将。
第三艦隊(本国軍) コンスコン少将。
第四艦隊(ルウム方面軍) ウォルター・カーティス大佐。
第五艦隊(ソロモン方面軍) ユーリ・ハスラー少将。
第六艦隊(月面方面艦隊) ヘルベルト・フォン・カスペン大佐
ジオン親衛隊艦隊(本国軍・戦略予備) エギーユ・デラーズ少将
ジオン軍総参謀長 ラコック少将(ドズルの強い要請により二階級特進)




「兄貴!! ガルマが生きているとは本当か!?」

この報告を聞いたドズルは執務を放り投げてここまで来た。
全く、本来の義務と業務はどうしたのだと言いたいが取り敢えず黙っていよう。厄介な事になるだろうからな。

「ああ。私の持つ連邦との極秘ルートから直接送られてきた。見ろ、これがその写真だ。
セシリアに調べさせたが偽造写真の可能性は無い。本物だ」

そう言って数枚の写真をドズルに見せる。
それを見て人目をはばからず泣き出すドズル。泣き崩れる弟に、別の弟が声をかける。
サスロだ。こちらもガルマ生存は喜んでいる。だが、サスロも政治家だ。それ故に現状を理解して単純に喜んではいない。
ガルマが居るのは北米のキャルフォルニア基地だ。
ジャブローに移送しないのは予想通り北米州(アメリカ合衆国)と南米(地球連邦政府現政権)の内部対立が激化している証拠だろう。
だからウィリアム・ケンブリッジが手に入れた最高級の外交カードを独自に切って来たのだ。ジャブローに内緒で。

(いや、あえてジャブローには知らせてあるかもしれない。尤も宇宙艦隊再建の為に余力が無く、本来の政治基盤である統一ヨーロッパ州の過半を失った現政権が北米州の切り捨てに走る事もない。
と言う事は・・・・・やはりガルマ生存は事実。そしてそのガルマがある限りこちらに譲歩を強いるつもりか)

サスロが何事かを言ってドズルを慰める。
ドズルも忸怩たる思いがあったのだろう。シャア・アズナブルを大尉に降格させて地球に左遷するだけでは感情を抑えるのに無理があった。
そうであるが故にジオン軍の特別な部隊や独立部隊であるランバ・ラル隊やフェンリル隊をぶつけたのだ。

「ところでドズルよ」

ギレンが弟に問う。ギレンにも言いたい事があるのだ。それはドズルが独断で行った木馬追撃命令。
これはギレンも預かり知らぬ事だ。まあ、独裁者の激務を考えればそう言う事もあるだろうが。それでもこの報告は看過できない。

「なんだ兄貴?」

口元が引きつっている。言いたい事が一体何かの想像はついたらしい。
サスロも同感なのか、ギレンが何か言う前に後を引き継いだ。
この点は国内統治で阿吽の呼吸をする兄弟だけの事はある。

「この報告の詳細・・・・言い訳を聞きたい。
ダイクン派のランバ・ラルを木馬にぶつけて連邦軍に粛清させたのはお前らしくない手腕だったがまあ良い。上出来だ。これで厄介なダイクン派を一人消した。
その際にイフリート1機、グフB型3機、ザクⅡJ型3機を失ったのも仕方がない。ザンジバル級だけでもマ・クベ中将が回収したのは僥倖だろう。
特にこの連邦の白い悪魔。パイロットの成長が異常だと言うのも肯ける。だが・・・・・この後の報告は何だ?
ドム3機に黒い三連星が戦死、フェンリル隊のグフ・カスタム4機に、ドム・トローペン2機、ドワッジ1機、ザクⅡS型2機を大破或いは中破させられる。
ふむ、フェンリルは良くも死者が出なかったモノだ。指揮官が優秀だったのと、両軍ともに撤退戦の最中だったからなのか?
更に地球侵攻軍のドップが30機ほど、ドダイが15機ほど、マゼラ・アタックが34台、ザクⅠが6機、ザクⅡC型が7機、グフA型5機、ザクⅡJ型12機!?
ドズル!! 何だこの損害は!! これが立った一隻の艦が我が軍に与えた損害なのか!?」

ジオン国内の生産を管轄し、地球との補給線を維持しなければならないサスロやギレンにとってもこれは異常な損害だ。
この戦闘結果で連邦軍はガンダムとホワイトベースを最精鋭部隊と位置付けている。ジオン軍前線部隊も同数での戦闘は避けている。
更に『連邦の白い悪魔』とまで呼ばれるガンダム。

「流石の俺でも始末に負えんぞ! 前線からの補給要請で我が国の兵站は壊滅寸前だ!!」

そう言ってサスロは吐き捨てる。

「サ、サスロ兄貴。そ、それは、その、ええと、木馬の搭載MS全てがビーム兵器装備で、その、件のガンダム二機の装甲も対ジャイアント・バズ装甲と言うべき異常さが」

なるほど、ドズルの言いたい事は分かる。
確かにビーム兵器を全機が装備していた上に防御力で圧倒されていたら強敵だ。だが、それでもこの戦果は異常だろう。軍事に疎い自分でさえそう思うのだ。
実は奇跡的に人的損失無かったフェンリル隊だが、彼らは弾薬切れで後退した時に急追したガンダムアレックスに撃破された。
だからフェンリル隊の犠牲はカウントしなくても良いかも知れないが、それでもここまで戦い抜いてこれたのは正直に見て悪夢だ。
全体を見て、細部にこだわる事の無いギレン・ザビでさえこの報告書に目を留めたのだから、この戦果の巨大さが生々しく印象に残った証拠だ。『木馬、恐るべし』。

「あ、兄貴、それで、その、ガルマはどうする?」

何とか話題を逸らすべく動いたドズルにギレンは言った。

「しばらくはそのままだ。我が軍に北米へ侵攻する能力も意思もない。
北米には政治的圧力をかけるに止める。よって現有戦力で統一ヨーロッパ州とアラビア州、北アフリカ州を脱落させる地球侵攻作戦を継続する。
それに連邦軍がもう一度宇宙に上がってくるのは間違いない。ドズル、ルウム戦役の勝利をもう一度、だ。
その為の準備を始める。それが、宇宙での再決戦を勝利で終わらせてはじめてガルマを奪還する事が出来る。
今は下手に北米と言う厄介な巣を突くよりもウィリアムに、ケンブリッジ政務次官らに預けた方が安全だろう」

北米州侵攻は不可能。確かにその通りだ。ドズルからしてもその判断は分かる。
公人としても軍人としても。私人としては納得できないがそれでもザビ家の一員。無理な事は無理と判断する事は出来る。
だからしぶしぶながらも頷いた。
それにこの写真を見る限り幽閉先は一流ホテルの一室。しかもサイド6リーアにて接触したのはアメリカのCIA局員の高官。
と言う事は、今の時点でガルマは安全なのだろう。

(ギレン兄貴は政治面で人を欺くことはあっても根拠の無い事を言う人間では無い。
それは兄弟だし、長い付き合いだから分かる。それに兄貴は薄情ではあるし冷徹でもあるが必要以上に冷酷じゃない)

だから兄貴が大丈夫だと判断したなら大丈夫だ。信用できる。信頼できる。
自分を納得させたドズルだが、そこへサスロ兄が冷や水を浴びせる。

「それとな、ドズル。軍事の責任者としてお前が親父にガルマの生存報告と軍事的にも政治的にも奪還は不可能だと伝えるんだぞ。良いな」

次の瞬間、ムンクの叫びが総帥執務室に響いた。




地球連邦政府は対応に追われていた。まずガルマ・ザビ引き渡しを北米州が道中の安全を理由に拒否した。これなど挑発以外の何物でもない。
実際、キャルフォルニア基地航空隊はジャブローからの特別機にスクランブル発進させる暴挙に出ていた。勿論、ただの事故として処理されたが。
その上ヨーロッパ反攻作戦『D-day』こと『アウステルリッツ作戦』への正規空母派遣も拒絶している。海軍戦力は非加盟国軍に向けるべきであると言って。
これは重大な反逆行為だ。そう言ってジャブローの連邦政府はブライアン大統領らを詰問したが、尽くのらりくらりと回避されてしまう。

『我々、北米州最高裁判所は同じ地球連邦市民としてケンブリッジ政務次官の人権侵害問題を訴追する。
これに、連邦憲法に反した人権侵害行為を行う現政権を信用できない』

そういう事だ。連邦政府にとっては大変な事態である。北米州全体が現政権へのデモ活動、抗議活動を行っている。
その結果、連邦政府は兵士不足に陥った。特に連邦軍として海軍、空軍の主力を維持していた筈のアメリカ合衆国と日本の脱落は致命的である。
アジア州もオセアニア州もこの極東と北米の造反劇に呼応して艦隊の派遣を渋っている。
それでもキングダム首相は強引に連邦政府非常事態宣言による非常事態勧告0001を発令して第15海上艦隊と第16海上艦隊を抽出。
護衛部隊と合流して第1連合艦隊を編成し、ヨーロッパ半島における大陸反攻作戦『アウステルリッツ』を発動せんとしていた。
その状況下。エルラン中将がレビル将軍の執務室を訪れる。




「レビル将軍、やはり連邦政府は頼りになりません。ここは貴方が連邦の頂点に立つべきではないのですかな?」

案に引退しろとこの男は言うのだろうか?

現在、連邦軍総司令官を務めるレビルは作戦部長のエルラン中将を見る。
彼らはジャブローの総司令官専用執務室にいる。この執務室の特徴として大型TVが壁にあり、この画面に連邦、ジオン両軍の戦力が映し出されている。
いわば、小型の作戦指揮所になっているのだ。しかも机もタッチパネル式の大型テーブルでモニターとしても情報端末としても使用できる。
そこで先程のエルラン中将の発言に戻る。
連邦政府はウィリアム・ケンブリッジと言う一人の政務次官の扱いに失敗した為、北米州を中心とした太平洋経済圏の各州と関係を悪化してしまった。
何とか自分ら軍部が関係改善を取りなしているが、それでも関係悪化は免れなかった。
ジオン公国との戦争中にもかかわらず、地球侵攻まで受けている癖に北米州キャルフォルニア基地と南米連邦軍本部ジャブローは半ば冷戦状態である。

「そうかね? キングダム首相はこの悪化した状況で良く連邦を纏めている様だが?」

そう言いつつ、用意したビール(アイルランド産の黒ビール)をエルランに渡す。
肩をすくめるエルラン。そもそもこの言葉をレビル本人が信じてない。
レビルにとっても、エルラン中将の特殊部隊とデギン公王の好意によって連邦軍へ帰ってきたのは良かったが連邦政府の混乱ぶりは相当なものだった。
まず、子飼いだったジョン・コーウェンはV作戦から外されつつある。サイド3で一緒に仕事をしたゴドウィン准将も、再建される第4艦隊司令官としてジャブローの統合幕僚本部から近々飛ばされるだろう。

(ゴップ大将の差し金か。戦争継続派を一掃して早期講和を行い、地球経済再生を目指す。確かにゴップ大将の立場を考えれば理解はできるが。
だが、それもルウムで敗れた私の立場では納得が出来ない。
私とて好きで戦争を続けている訳では無いが、ルウムで散った10万の将兵の為にもこの戦争を勝利で終わらせなければならないのだ)

エルランはまだ何事かを言いたいようだがそれを無視する。
エルラン中将は作戦本部の本部長。自分は地球連邦軍の総司令官である。どちらが偉いかは明白だ。
仕方ない、そういう感じでエルランは話題を変える。その前に今では占領下にあるドイツ産ビールを新たに開けて飲む。

「分かりました、なんとか戦力をベルファスト基地やブリュッセル基地、アムステルダム基地へ派遣しましょう。それで将軍、海上戦力は如何しますか?
まずアジア艦隊、オセアニア艦隊、南米艦隊、中米艦隊、アフリカ連合艦隊にヨーロッパの残存艦隊を含めて五個艦隊が使えます。
しかし、共産軍の南下の可能性やミノフスキー粒子散布下での戦闘力の低下を考えると我が軍の北米州と極東州の艦隊は動かせませんが?」

そう、目下最大の問題はそれだ。
海軍力の低下。本来であれば海軍はジオンを圧倒しているのだが水陸両用MS技術を持たない連邦はルウム戦役と同じ状況下に置かれている。
ルウム戦役でMSに有効打を与えられなかった様に、水陸両用MSにも有効な部隊が今現在連邦軍には存在しない。
高速潜水艦より早く、小型潜水艦よりも小さく、魚雷並みの機動性能と戦艦並みの火力を持つ水陸両用MS。更にそれを受け取ったシリア軍とイラン軍、中華軍と北朝鮮軍はそれぞれの近海の制海権を奪取した。
此方の方が余程脅威である、そう言うのが連邦の北米州の持論であり、その強大な経済圏で連邦を支える唯一の州の公式見解に歯向かう事が出来る者も少ない。
それに一方的な言い方ではあるが確かに一理ある。

(正規空母は使えない。仕方ないな、ジャブローの航空部隊で代用するしかないか)

宇宙での利権は中央政権、つまり地球連邦政府が握っているのだが地球上の各地の利権は各州政府が個別に握っていた。
この事がジオン軍による地球侵攻作戦とそれに続いた欧州、地中海沿岸の失陥が大問題となって連邦政府やキングダム内閣府を揺さぶっている。

「海軍と海上艦隊の方は仕方ない。それに・・・・・本命はこれだよ」

そう言ってタッチパネルを動かす。手慣れたものだ。
旧世紀には考えられなかったものだが宇宙世紀ではこれが常識なのだ。ただし、ミノフスキー粒子が散布されてないという前提条件がこの戦争で付け加えられたが。
画面に新たに映し出されるのは再建途上の宇宙艦隊である。
ゴップ大将が後ろ盾になり、ゴドウィン准将とティアンム中将がその実行面の中心人物として動いているビンソン建艦計画。
これこそレビルの切り札。
連邦領内で最大限の鉱物資源を貯蓄しているジャブロー地域に、連邦直轄領や特別選抜州、中央アフリカ州、南アフリカ州からの強引な資源徴収で艦隊約300隻の建造とジム・コマンドやジムを中心としたMS隊の配備は何とかなる。

「エルラン君、君にも働いてもらうぞ。このまま戦い続ければジオンに押し負けすると言う印象を連邦市民に与える。
そうなる前に、連邦は健在だと言う事を示さなければならない。その為のこれらだ」




宇宙世紀0080.04.23、現地時刻午後6時20分。極東州の首都キョート郊外の軍事施設に二隻の艦が着陸した。
ペガサス級の最新鋭艦「トロイホース」である。艦載機は全てRX-78(G)と呼ばれる陸戦型ガンダム。
他にも同型艦である「グレイファントム」も到着。双方とも10機以上の新型MSを搭載している。明らかに極東州の裏工作の結果だ。
北米州は極東州の友諠に答える為、最新型MS陸戦型ガンダム第一陣を派兵した。それも大気圏外からの降下と言うデモンストレーション付きである。

「あれが・・・・・ガンダム」

オオバ首相はそれをキョートの首相官邸から見ていた。
降下した二隻の新造ペガサス級は見事な編隊飛行をして御所の上空を優雅に横断してコーベの地球連邦空軍基地に入港した。
それを知った時、あの密談が動き出した事を彼女は悟る。北米州は本気で戦後の覇権確立を望んでいるのだ。冗談ではなかったのだな。
もっともあれだけの裏工作をして冗談であればそちらの方が余程困るのだが。

「これで我が軍の主力艦隊と主力MS部隊を日本列島、台湾、朝鮮半島、インドシナ半島に配備するという大統領閣下の密約を信じて頂けますか?」

この場にはもう一人女性がいる。紺のスーツを着た女性だ。名前はアリス・ミラー。連邦軍諜報部大尉。
しかし、それは表向きの姿に過ぎない。

「分かっておりますわ、ホワイトマン部長代行殿、いえ、アリス・ミラー大尉」

そう、彼女は謎とされているホワイトマン部長。その一部。
そもそもホワイトマンとはアメリカ合衆国のCIA局員のトップ10を指す暗号名。これはジオンも連邦情報局も察知してない極秘情報。
そして彼女は若干30歳でその実行メンバーに抜擢された。いや、正式には孤児として施設に引き取られた時から徹底的に教育を受けた諜報戦のエキスパート。
そして現ブライアン大統領の義理の娘。外交と諜報の専門家である。
来客用のソファーに座って足を組んでいるミラー大尉。黒いストッキング越しにも徹底した訓練を受けて来た事を分かる足だ。
用意された抹茶を飲む。その姿が微妙に様になって無いので笑いが込み上げてきそう。

「結構ですね、ミラー大尉。これだけの戦力に、ハワイ基地から派遣されるMS120機。しかも新型機と言って良い陸戦型ジムとやらで編成された部隊、ですか。
これこそ我が州全体が求めていたモノです。それで・・・・・例の約束ですね?」

黙ってうなずくミラー大尉。彼女の耳には自動翻訳機があるが、きっと録音機器の間違いだろう。
少なくともワザと日本語が分からない振りをしているのは間違いない。
先程彼女を秘書に案内させたときの事、ありがとうと言わせたら彼女は僅かだが頷いたのだ。確かに確認した。小さくだが確実に頷いたその姿を。
もっともそれ自体が偽装かも知れないけど、そこまで疑えば流石に疑う事が前提の政治も動かなくなり、何も出来なくなる。

「はい。大統領は求めています。例の契約を遂行する事を」




レビル将軍の派閥のトップは彼自身だ。
その下、レビル派として、No2に宇宙艦隊司令長官に昇進したティアンム中将が、技術面ではV作戦の指揮を取っているコーウェン少将、実戦面ではワッケイン少将とゴドウィン准将がいる。政治面ではブレックス准将だ。
これを支援しているのが軍制服組頂点にいる統合幕僚本部本部長のゴップ大将と彼を補佐する作戦本部長のエルラン中将である。
しかし後者二人はレビル将軍への協力者であって信望者では無い。
それにV作戦でジオンMSの脅威を肌身で感じるコーウェン少将は、戦争継続派と影で言われているレビル派閥から徐々に距離を取りつつあり、ブレックス准将はレビル将軍と対立しているコリニー大将の腹心扱いのジャミトフ・ハイマン准将と連携してウィリアム・ケンブリッジ政務次官を救助したと言う事からレビル将軍本人に若干警戒されている。ジャミトフ・ハイマンやジーン・コリニーのスパイではないのか、と。
その件のゴップ大将は考えていた。これ以上の戦争継続をどう考えるか、と言う事を。

(レビル君は勝つまでこの戦争を止めないだろう。自身の汚辱を雪ぎ、かつての秩序を取り戻すか、それも一つの方法ではあるが・・・・それしか見ないと言うのはいかんな)

彼は旧世紀、20世紀の名作SF映画を映画館で見ながら考える。
周りには誰もいない。みな思い思いの場所に座っている上、自由席の映画館で自分から何事かを真剣に考えている軍の制服組トップの横には座らないだろう。

(戦争は相手がある。ジオンとて最初から連邦を滅亡させる気で始めた訳では無い。事実、南極での条約締結や早期終戦を望んだのは向こう側だった。
それを破ったのが現在の政府であり、その連邦政府を煽ったのはレビル君だ。彼は一体デギン公王とどんな密約をしたのやら。
まさか本当に連邦政府へ戦争継続を頼まれたわけではあるまい。恐らくデギン公王からレビル君に終戦工作の要請があったのだ。それをレビル君は破った。
ふむ、と言う事はジオン内部でも何か動きはありそうだ。今は小休止状態だがジオンか我が軍かどちらかの準備が整った時が動く時だな)

ジオン軍も連邦軍も今は戦力の移動と集中、更には全軍の再編が最重要課題。

(我が連邦側の狙いはオデッサ地域の奪還と地中海経済圏の再建。ジオンは持久戦による連邦経済の崩壊とそれに伴う講和成立かな。
歴史と言う観客から見て、永遠に厄介者だな、あのキングダム首相は。彼の政治基盤回復の為に一体全体何十万人の家族を悲しませるのやら)

ヨーロッパ奪還作戦「アウステルリッツ」の総兵力は140万を予定している。これはジオン軍の約2.5倍。
しかもこちらが戦力を集中して、つまり城壁を打ち破る破城槌として、或いは鉄板に穴をあけるドリルの如く戦力を集中する。一方でジオンは薄く広く戦力を配備するしかない。

(前線のユーリ・ケラーネ少将やノイエン・ビッター少将らは有能だが数の暴力には勝てまい。古来より数の暴力に敗れた名将は多いのだから)

大陸反攻作戦の概略。現在、反レビル将軍として貧乏くじを引かされたイーサン・ライヤー大佐らが確保しているフランス沿岸のカレーからブリュッセル近郊、アムステルダム基地のラインに兵力を展開させて一気にオデッサを目指す。
作戦期間一月と半月。それ以上は連邦の戦時経済が持たない。そして、レビル将軍自身は更に野心的な事を考えている様だ。

(まったく、本気なのかねぇ。この『チェンバロ作戦』に『星一号作戦』とは。
ソロモン要塞攻略作戦とその後のジオン本国強襲作戦。
確かに発動時期が宇宙世紀0080.9月中旬以降なら可能だろう。ルウム戦役で壊滅した宇宙艦隊も6個艦隊は再建されている。
だが・・・・オデッサ地域が奪還できない場合も強行するというのはやりすぎではないのか? そして首相もそれを認めている。オデッサで勝っても負けても良い様に)

映画では少数の戦闘機が要塞に侵入、その要塞の核融合炉に向かって攻撃を開始した。ふとゴップは寒気がした。

(レビル君はまさかこの映画の様な展開を本気で信じているのか?)

少数による多数の撃破が有名なのはそれが神業であり殆ど、いや、確実にあり得ないからこそ称賛されるのだ。それに地球での地盤を固めないで宇宙での反攻作戦を立案するなどエルラン君もエルラン君だ。

(首相は追い詰められた。もともと名誉職として餞別的な意味合いがあったのだ。それがこの大戦争を継続する事になった。
国家非常事態宣言の発令で誰かに投げる事も出来なくなった。今思えばあれが彼の最大の失策だな)

国家非常事態宣言により副首都ダカールから以前の首都、旧国連本部ビルのあるニューヤークに疎開した地球連邦議会の権限は制約されている。連邦議会が権限を制約された為、連邦政府首相の力は確かに強い。
しかし、それ以上に戦時内閣としての脆弱さを晒してしまっている。これが各州の反発や侮りに繋がり、要らぬ野心を持たせている。
特に北米州だ。北米州の覇権主義者であるブライアン大統領らはキングダム内閣弱体化を絶好の機会として連邦中央政権の権限縮小に、いや、アメリカ合衆国の復権に向けて動き出している。

(まあ、ジオンは国力に乏しい。
レビル君が主導する『チェンバロ作戦』の成功でソロモン要塞が落ちれば和平交渉にのるだろう。それに北米州が再び連邦を指導するのも悪くない
我々はいつまでも軟弱な政府による政権運営や、この戦後の統治を迎える訳にはいかないのだからな)

ふと映画の方に視線を見るとエンドロールが流れる。
いかんな、好きな映画だったのだが見落としてしまった。そう思ったが、もう休憩時間は終わる。
ゴップ大将は塩味のスナック菓子とドリンクをゴミ箱に捨てると、手を洗い、軍から支給された帽子を被って鞄を持って宿舎に帰る。

(まあ、馬鹿と鋏は使いようだな。それにだ、何事も上手くいかないものさ、エルラン君、レビル君)




ジオン公国首都、ズム・シティ。
ザビ家の私邸に久しぶりにザビ家全員が集まった。食事が出されるが全員が無言。
それが終わり、侍女たちが食事を片付ける。そして全員が退出する。この際、ミネバとゼナも退出した。
残ったのはドズル、サスロ、ギレン、デギンの四人。
サスロ以外は全員が軍服であり、サスロ自身は愛用のゼニア製品のスーツ姿である。

「さて、解散する前に一言ある。聞け、連邦軍が動いた」

長男のギレンが喋る。
デギンは黙ったままだ。自分が犯した失敗、レビル釈放とそのレビルの裏切りの為なのか公的な行事以外では兎角、無気力が目立つ。

「兄貴、それは本当か?」

「というと?」

ドズルとサスロが紅茶に手を付けながら長兄に聞く。デギンは考え事をしているのか公王席に座ったままだ。時たま傍らの手紙を開く。
ガルマ・ザビがヴィデオ・レターと共に地球から送ってくる手紙だ。ガルマをもう一度抱きしめる。その覚悟の表れとして絶えず持ち歩いている手紙だ。

「連邦内部のスパイが手に入れた情報だ。狙いはオデッサ、そして、ソロモン要塞」

オデッサは予想がつく。現政権の政治基盤奪還と言う意味と資源地域確保と言う二重の意味があるのだから奪還作戦を立案するのは理に適している。
しかしながら宇宙のソロモン要塞攻略作戦とはどういう事だ?
連邦軍の戦力は地球と宇宙の二正面作戦を行える、そこまで回復していると考えて良いのだろうか?

「レビルの狙いはルウムでの恥辱を雪ぐこと事。その為の二正面作戦と言うのがスパイの報告だ。信じて良かろう」

と言う事は、連邦軍は本気で宇宙反攻作戦を開始するのだ。
サスロは直ぐに携帯端末を取り出し、何事かを(恐らくスケジュール)調整する。地球への大規模な増援にはサハリン家の当主とその部下らを送る事が内定しているがは止めたほうが良さそうだ。特に今回のMS隊は全てが地球戦闘使用なのだから。

「ドズル、地球はマ・クベ中将に任せるとして・・・・・・問題はソロモンだ」

今現在のジオンの主力部隊はジオン本国にいる。ソロモン要塞はどちらかと言えば手薄だ。直ぐにでも増援を出さなければならない。
ソロモンが落ちれば占領下のサイド1、サイド4が奪還される(連邦軍から見れば解放する)だろう。だが地球とルウム方面軍、月面方面軍の戦力を削る訳にはいかない。こちらに攻めてくる可能性も0でない以上、備えは必要だ。占領したサイド2とサイド5、資源供給地帯である月面都市群の守備もしなければならない。
つまりジオンとしては戦前に想定した最悪場面、多正面作戦になったのだ。

「うう。言い難いが本国の艦隊とア・バオア・クーの艦隊を総動員するしかないか。だがそれで足りるだろうか?」

ドズルが呻いた時、ギレンは笑った。

「安心しろドズル。勝つための策はある」

というギレン。目の前の紅茶を飲み干す。カップと受け皿がぶつかる陶器特有の音がした。
その言葉にサスロがハッと気が付く。
ドズルはまだ分からない。せっかくの防御側の利点、要塞と言う地の利を捨てると言う兄の考えが。

「ギレン兄貴、何をする気だ?」

ギレンは鷹揚に頷いた。そして不敵に笑う。
彼の頭の中のスケジュール通りなら、また、レビル脱走時の様な事を、父が妙な真似をしないならこの作戦は上手くいく筈だ。
そもそもソロモン要塞は軍事要塞であり、あくまで軍事的な要所にしか過ぎない。不要であれば、或いは重荷であるならば容赦なく切り捨てるだけだ。

「ドズル、ソロモンを放棄する」




宇宙世紀0080.6月、地球上の小競り合いという戦争の梅雨は開け、戦争は漸く本格的な夏を迎えつつあった。
マッドアングラー隊を結成したシャア・アズナブル中佐はジブラルタル要塞を拠点に、地中海から大西洋に出て通商破壊作戦を仕掛ける。
従来の潜水艦による通商破壊作戦とは異なり、対潜攻撃機や対潜ヘリを落とせるズゴック、ズゴックE、ハイ・ゴッグを配備したマッドアングラー隊は大きな戦果を挙げていた。

(さて、これで駒はそろった。ダグラス・ローデン、アンリ・シュレッサー、マハラジャ・カーンの影響で復権できた。
それにジオン本国内部にも反ザビ家の勢力があると分かった以上、利用させてもらおう。ダイクン派の件は・・・・全てが終わってから考えれば良いな)

赤い彗星のどす黒い復讐は続く。

一方、木星船団が木星へと出港する前に木星帰りの男、パプテマス・シロッコ中佐は一人の准将と面会。
その准将の名前はブレックス・フォーラ。月市民出身の男であり、ある目的の為に彼と面会する。




宇宙世紀0080.07.25

地球連邦ヨーロッパ方面軍はライヤー大佐指揮下のコジマ大隊を尖兵としたMS隊に進撃を命令。
パリ方面、ベルリン方面へ軍を前進させる。
地球連邦軍は様々な問題を抱えながらも大規模反攻作戦、『アウステルリッツ』作戦が開始した。



[33650] ある男のガンダム戦機 第十二話『眠れる獅子の咆哮』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:7bb96dbc
Date: 2012/08/09 20:31
ある男のガンダム戦記12

<眠れる獅子の咆哮>




宇宙世紀0080.06.22.束の間の戦争の休息が終わりを告げようとしていた頃の話である。
地球連邦軍によるヨーロッパ反攻作戦『アウステリルリッツ』が発動されたのが宇宙世紀0080.07.25であるが、その約一月前にジオン軍は連邦軍の先手を取り地球に第四次降下作戦を決行していた。
目的はこの連邦軍の大反攻作戦の頓挫。オデッサ工業地域の防衛。
その地球降下艦隊旗艦ケルゲレン。
サハリン家の当主にして技術少将でもあるギニアス・サハリン少将は幕僚の一人、ノリス・パッカード並び副官扱いの軍属にして妹のアイナ・サハリンと地球周回軌道にて合流する。

「二人共、無事で何よりだった」

地球の重力に引き寄せられたケルゲレンは第一警戒体制のままオデッサ基地の防空圏内部に侵入する。
自分たちの降下部隊は既にポーランドのワルシャワ市、チェコのプラハ、オーストリアのウィーン、フランスのパリに展開している。
こちらから伺いを立てる前に詳細な部隊配置命令を送れるマ・クベ中将。どうやら連邦軍の反攻作戦に対して詳細を手に入れているらしい。

(キシリア機関のトップと言う肩書は伊達ではないか)

と、どうやら艦が突入軌道から目的地のオデッサ総司令部に到着した。
そのまま紺色の軍服を着たノリス大佐、赤色の総帥秘書官の制服を着たアイナと共にタラップを降りてマ・クベの下へ向かう。その前に五月蝿い奴に出会ったが。

「ようギニアス! 久しぶりだな!!」

それは灰色を基調とした少将服を、独自の着こなしで着こなしているユーリ・ケラーネ少将だった。ジオン欧州防衛軍(第1軍)15万の指揮権を持つ。因みにジオン地上機動軍、通称、第2軍(ドム、ドム・トローペン、ドワッジのみで構成された打撃部隊)。
指揮官がノイエン・ビッター少将15万。
拠点守備軍として、ドイツのエルベ川防衛を主軸とするダグラス・ローデン准将の拠点防衛軍が存在する(兵力は10万)。
また、オデッサ近郊守備軍のマ・クベ中将直轄の5万、ジブラルタル要塞守備軍守備隊長のデザート・ロンメル大佐(総兵力5万)に、地中海方面軍にマッド・アングラー隊のシャア・アズナブル(度重なる功績で大佐に昇進)がいる。
これにウィーンとサンクトペテルブルグにそれぞれ75000名の守備隊が存在していた。
方や先の会戦で大勝利した為か、中近東には全軍合せて3万しかおらず、その大半もスエズ防衛(ガルシア・ロメロ少将が指揮を取る)に回っている。
これに補給部隊や特殊部隊、予備の予備などを合わせて70万近くがジオン地球攻撃軍の総兵力となる。
もっとも、連邦軍は120万の主力に10万の海上兵力、10万の海兵隊(渋る北米州からレビル将軍が無理矢理ぶんどった)備えているので戦力比率は2対1と連邦軍が凌駕しているので楽観は禁物である。まあ戦争に楽観を持ち込める奴は余程の大物である。

「ノリス、貴様もケラーネの指揮下に入るのか?」

ケルゲレンを降り、将官専用の特別列車に座っているギニアスは、副官にして執事と言って良いノリス・パッカード大佐に聞く。
彼の指揮下の部隊MS-08TXからX除いた、つまりギニアス・サハリンが完成させたMS-08Tイフリート部隊36機、ドワッジ72機がある。突破戦力しては申し分ない。

「は。自分はケラーネ閣下では無く戦略機動が可能なビッター少将の部隊に回されます。
ギニアス様の配下を離れる事になりますが軍令とあれば・・・・・申し訳ありません」

そうか。
ギニアスは関心を妹に向ける。
この妹は宇宙での連邦軍との遭遇戦以来何かを考える事が多くなった。まるで自分を捨てる直前の母様の様に。嫌な傾向だと思う。母様、また私を裏切るのか?

「アイナ・・・・アイナ・・・・・アイナ!!」

その言葉に漸く外を見ていた妹は反応する。一体何事ですか?
そう言う顔をするが逆に問いたい。お前こそどうしたのか、と。

「どうしたのだ、お前は例の補給部隊との交戦以来ずっと何かを考えている。まるで心ここにあらず、だ。それではサハリン家としての淑女として失格であるぞ?」

そう言う兄ギニアス。独自のスカーフをした軍服と装飾の入った少将専用の指揮杖。この姿が彼の権限の強さと脆さの両面を表している。
そもそも第四次降下作戦にギニアス・サハリンが抜擢されたのは彼がデギン公王派であったと言う点とジャブロー攻略用MAの開発拠点を求めたという二つの点がある。
ギレン・ザビとサスロ・ザビは私情で軍を動かすほど甘くは無い。無いのだが、ガルマを捕えられたデギン公王は今や往年の名政治家としての辣腕は完全にない。
彼は早期停戦を息子らに求めると共に、自分の出来る事を勝手に行っている。
その一つが没落したサハリン家の当主ギニアス・サハリンが自ら持ち込んだジャブロー強襲用MAアプサラスの開発だった。
ジャブローさえ落ちれば戦争は終わる、そんな幻想に騙されたデギン・ソド・ザビはギニアスの提案に乗る。彼がペズン計画を完遂させた事も好材料だった。
ペズン計画が終了した事で、ペズンで開発が終了したガルバルディαとアクトザク、ペズン・ドワッジがア・バオア・クーとグラナダ基地で生産を開始。これと並行してゲルググ量産型やその改良型の生産も軌道に乗った。
ギレンから見ればこれ以上デギン公王派閥のギニアスに功績を立てさせる訳には行かない、と判断した、と巷では言われている。真実は誰にもわからない。
ただデギン公王はギニアス・サハリンという戦場を知らないサハリン家当主に賭けた。南極条約締結時の様に、デギン・ソド・ザビはまたもや分の悪い賭けに賭ける。
父親のギャンブル運の無さを、或いはギレン・ザビは呆れたのかも知れない。
兎にも角にも、ギニアスは地球への大規模増援部隊の司令官として第四次降下作戦を指導、その後、地球侵攻軍のマ・クベ中将の指揮下に入る。
この時、ギニアスは一つの条件をつけた。
それは南欧のある地域、P-99とジオン軍が呼ぶ市街地兼鉱山基地、HLV打ち上げ基地に『アプサラス計画』を推進する為の拠点を設ける事。
意外な事にマ・クベ中将はそれを許可した。彼としてもデギン公王の悪印象を受ける気は無かったのだろう。
それにギレン・ザビとマ・クベは南極条約締結時どころか、ギレンの地球視察時代からの繋がりがあったのだから余計に波紋を立てたくないのか?

「とにかく、次の作戦会議にアイナも出席するのだ。サハリン家が再興されつつあると言う事を周りに知らしめる為にもな」

アイナはただ黙って頷いた。
全く、一体何を考えているのやら。




ジオン軍の地球攻撃軍は各地の戦線から将官らを集めた。宇宙世紀0080.07.07である。
ジブラルタル宇宙港守備のロンメル大佐、大西洋で通商破壊戦闘を継続中のシャア大佐を除いたものがオデッサ基地に集まる。
ノイエン・ビッター少将、ユーリ・ケラーネ少将、ガルシア・ロメオ少将、ギニアス・サハリン少将、ダグラス・ローデン准将、更にはノリス・パッカード大佐などである。これに副官らがつく。総勢30余名の大会議だ。

「作戦は知っているかな?」

前置きも無くマ・クベ中将は言った。無論、知っている。極秘文章として各司令官らに手渡されその将官らの中でも極めて有能かつ少数の幕僚の中で論議されていた。
地球侵攻作戦発動からこの方、絶えず論議されていたのだから全員が知っている。

「連邦軍の主力攻撃部隊はかならずヨーロッパ半島を西から東に横断してくる。そうしなければ政治的にキングダム首相は失脚するからな」

そう言ってマ・クベ中将の副官のウラガン大尉がコンソールを動かす。ヨーロッパ半島の地図だ。机型のモニターに映し出された。
これを見ると連邦軍の予想進路はベルリンを経由してポーランドのワルシャワとオーストリアのウィーンを突破、そのまま東欧諸国を抜ける。
推定10万から20万の戦力でモスクワや北欧方面を牽制しておく。
また、西欧やイベリア半島、南欧開放は20万程度軍を二つほど向ける。
そのまま主力部隊100万はオデッサ地域に殴り込みをかけると言うのが連邦軍の作戦であろう。

「なるほど。マ・クベ中将の考え、敵の案は分かった。俺もこれが正しいと思う。ついでに言えばパリやイベリア半島への攻撃は陽動だな」

ケラーネが知ったように言う。
忌々しいがやつはジオンでも陸戦の専門家の一人だ。一人になったと言うべきだが、仕方ない。傾聴に値する意見と言えるだろう。全く持って認めたくないがな。
ギニアスは将官専用席に座っている。全員の前には500mlのミネラル・ウォーターのボトルがグラスと一緒に置いてある。それを一口飲む。
書記官や秘書官が慌ただしく動いて軍の移動を見せている、赤のマークがジオン軍、青のマークが連邦軍。

「こちらからブリュッセルを攻撃すると言う案は?」

ダグラス・ローデン准将が聞いた。彼はルウム戦役で決定的な働きを受けながら地球に流されてきたダイクン派。ここで挽回したいのか? そう思っているとどうやら早とちりらしかった。

「いや、ローデン准将の意見も一理あるが、既に連邦軍のヨーロッパ半島の戦力を考えると得策では無い。
敵の戦力はイギリスとアイルランドに集結した上で、オランダやベルギーを守っている。こちらが防御側の利点を失えば一気に押し切られるだろう」

答えたのはビッター少将だった。
彼の指揮した第2軍は中近東で大戦果を挙げているので発言の重みがある。確かに攻撃側は三倍の戦力がいるとよく言われている。俗にいう攻者三倍の原則。こうなるとジオン軍が執る作戦内容も絞られてくる。

「ではやはり連邦軍をヨーロッパのどこかで迎撃をするしかないな。オデッサまで引くのは時間的にも物理的にも無理だ。」

ダグラス・ローデン准将の呟き。
ジオン軍は確かに精強だが、あの木馬が後方を荒らして荒らして荒らしまくったお蔭でMS隊や支援車両に不足が出ている。ガウを使った戦略機動にも限界はあるのだ。
と言う事は、ジオン側は出来る限りオデッサの前で連邦軍を誘い込み、後手の一撃で粉砕しなければならないのだろう。言うのは簡単。問題はそれが現実に実行出来るかどうか。

「その通り。我が軍は敵を迎え撃つ。これが基本方針だ。理由はビッター少将の語った通りである」

頷く将官ら。

「なるほどな。それで決戦の場所はどうするんだい? マ・クベ中将殿?」

ケラーネとビッター、ローデンに私ことサハリンの視線がマ・クベ中将へ向く。胸元のスカーフを少し直すと彼は地図を変えた。
地図はドナウ川を示す。

「決戦はドナウ川だ。ドナウ川を天然の防壁にして連邦軍の戦闘車両部隊やMS隊を対岸から攻撃する。
また、ドナウ川を渡って上陸してきたMSはグフを中心とした陸戦用MSで撃破していく。そして・・・・ビッター少将の第2軍はドナウ川河口付近に渡河専用の橋を作りそこを基点に機動防御を仕掛ける。
背水の陣を張るダブデ陸戦艇部隊と戦闘車両部隊が時間を稼いでいる最中に、我が軍のドム部隊が連邦軍を側面から突く。何か質問はあるか?」

さっそくその作戦案への煮詰め作業が始まった。




宇宙世紀0080.07.08、地球周回軌道上。
ジオン公国の第五次資源回収作戦が開始されていた。既に四度、膨大な物資がジオン公国内部に送られていく。その量は戦前の予想以上でジオンにとっては嬉しい悲鳴を上げていた。
もっとも生産力は戦前の予想通り、犠牲は戦前よりも上なので結果的にサスロ・ザビらジオンの後方部門は悲鳴を上げているのだが。

「右から左に流している」

この地球連邦非加盟国である中華、北インド、イランの非加盟国(枢軸国)に、オデッサ占領地域から打ち上げられる多数の物資はジオンの経済を支える生命線である。
これを維持する為、ジオン軍は月に一度、ジオン親衛隊の艦隊や正規艦隊を派遣して護送作戦を遂行していた。その規模はルウムにこそ及ばないモノの一週間戦争におよぶ規模である。
無論、連邦軍も黙ってはいない。嫌がらせ以外の何物でもないが、サラミス2隻を基幹とした偵察艦隊を出して少しでも妨害し、攻撃しようしている。
もっとも、それは無駄な犠牲を出しているとして、ルナツーの連邦軍からは『死の哨戒命令』として忌み嫌われていた。




その死の哨戒命令の象徴がこの戦闘であろう。4隻だけでジオン艦隊へ通商破壊を仕掛けるのだ。しかもMSは無い。敵にはあるにも関わらず。

「これで3隻目!!」

アナベル・ガトー少佐のリック・ドムがビームバズーカでサラミスの艦橋を撃ちぬく。
以前に使った傘による奇襲作戦でなく、今回は正面からの突撃。
ガトー少佐の卓越した機動とミノフスキー粒子の加護の下、弾幕を回避して一気に上甲板、前部砲塔、ミサイル発射管、艦橋、エンジンとビームを叩きこむ。

『悪夢だ! ソロモンの悪夢が出たぞ!!』

カラーリングを見て護衛役のボール隊が恐慌状態になる。それを絶好好機として90mmマシンガンで各個撃破する。
一機をロックオンし、そのまま撃ち抜く。爆発。装甲の弱いボール。故に、爆散してくるデブリを回避する為にボール隊は密集隊形を解除、そのまま距離を取ろうとして、更に一機がガトーの放ったマシンガンの餌食になる。
機関砲を乱射して逃げ出そうとするボールを、ガトー少佐はしっかりと見据えた。
リック・ドムを若干動かして敵の射線軸から回避する。そのまましっかりと狙いをつける。
マシンガンを6発、二連射叩き込む三度爆散。これで残りは二機。と思ったら、僚機のカリウス軍曹が上空とでも言うべき場所から一気に急降下して射撃、ボールを全滅させた。
これで残りはサラミスが一隻だけ。ガトー艦隊旗艦ペール・ギュントのグラードル少佐に連絡、するまでも無かった。艦隊の一斉射撃で残ったサラミスは逃げ出した。

「まあ仕方あるまいな。これだけの戦力差。戦えると思う方がどうかしている」

リック・ドムを帰還コースに乗せる。
周囲では幾つもの回収部隊がHLVやシャトルの回収作業に追われていた。と、その時、まさに着艦せんとした時に、ミノフスキー粒子と太陽を背にした連邦軍の別同部隊のサラミスが二隻、ガトーから見て左舷方突入をかけてくる。
最大船速。ただ弾幕を張って駆け抜けるだけのつもりだろう。だが効果的だ。放射能被爆しただけで物資は使えなくなるのだから。

「護衛部隊は!?」

ガトーが叫んだが、遅い。どの護衛も後方と思っていた左舷からの全速による突撃など考えてもいなかった。
明らかに間に合わない。
と、思ったらサラミス二隻の右舷に無数のメガ粒子砲のビームが突き刺さる。大爆発が二度起きた。

「何? 友軍がいたのか?」

ホッとするガトーに薄くなったミノフスキー粒子の影響を受けつつも、無線から連絡が入る。周波数を合わせる。

『こちら親衛隊第三戦隊のシーマ艦隊。第二戦隊ガトー艦隊、貴艦隊は無事なりや?』

シーマ艦隊とはあだ名であり、正式名はジオン親衛隊艦隊第三戦隊という。最近の再編成で結成された部隊で、第二戦隊のガトーとは同期になる。
シーマ艦隊は、ザンジバル改級機動巡洋艦『リリー・マルレーン』とそれを護衛するムサイ砲撃戦強化型が14隻。止めにいまはゲルググ量産型が主力のジオン親衛隊の中で唯一の改修型ゲルグルMを充足した部隊である。
ルウム戦役では最初に連邦軍に突入した、切り込み隊として『宇宙の海兵』として宣伝されていた部隊が前身である。
ちなみにギレン・ザビがもっとも頼りにしているという噂が流れているジオンの親衛隊でもある。

「ふ、シーマ大佐の部隊か。相変らず手際が良い。
グラードル、発光信号用意。色は緑と青。我が艦隊の全艦が撃て。感謝すると、な」




アナベル・ガトー少佐の命令で多数の発光信号弾が宇宙に生まれる。どうやらあの男は義にうるさいだけあって真面目な様だ。

(結構だねぇ。まあ暑苦しいんだけど)

あたしはそう思って特注のシートに腰かける。ノーマルスーツのヘルメットを取った。気が付けば艦橋の乗組員全員がノーマルスーツのヘルメットを外している。
戦闘はもうないだろう。そう思う。

「シーマ様。ガトーの旦那から返信あり。
救援を感謝する、貴艦隊に栄光あれ、です。相変らずの御仁ですな」

デトローフ・コッセル大尉が楽しそうに言う。
ガルマ・ザビの件で同時期に親衛隊に移ってきたガトーとコッセルは性格の違いからか最初は何かとぶつかり懸念していたが、どうやら今ではそれなりに良い関係を構築している様だ。まあ良い事だ。逆よりは良い。

「ふん、まああの男は戦場なら信頼できるさ。ちょっと戦争馬鹿なのが玉に傷だけどね。それより周囲の警戒、索敵怠るんじゃないよ! 
こんなくだらない戦闘で死んだって補償金が精々2割増し程度にしか出ないんだ。全く持って馬鹿馬鹿しいたらあらしない」

ふと、ここでシーマは思い出す。シーマ・ガラハウ、彼女の運命を明確に変えたサイド6での潜入工作を。
彼女は上司のアサクラ大佐の命令で中立サイドのリーアに単身での潜入を命じられた。正直に言うが恐らく自分は殺される、いろいろルウム以来使い捨て寸前だったが今度こそ使い捨てにされると思った。しかも仲間とは離れ離れ。
だが、蓋を開けてみたら全く別だった。居たのは自分と同い年くらいの一人の女性。向こうはアリス・ミラーと名乗る。連邦の高官だと。
そして厳重に封をした封筒とメモリーディスクを渡すと去って行った。

『必ずザビ家の方、そうですね・・・・できればギレン・ザビ氏に直接お渡しください。それが身の為になります。
この青いメモリーディスクを見せれば必ずお会いできるでしょう。どうぞよろしく、シーマ・ガラハウ中佐』

と。全く、狐に化かされるとはあの時の様なことを指すのだろう。しかも偽名を名乗ったのに本名を当ててきた。あれには参った。次元が違う。
そして上司のアサクラ大佐は信用できなかったので、休暇を利用してサイド3のズム・シティに行き、セシリア・アイリーンを通してエギーユ・デラーズにアポイントを取る。
ここで初めて自分が連邦軍諜報部高官と思われる人物に、サイド6で接触した事を伝えた。デラーズの禿げは何事かを考えていたが決断は早かった。直ぐに総帥府に連絡を取る。
この青いディスクの件を知ったギレンは即座に執務室に二人で来るように命令した。

「何の用だ? 申してみよ」

偉そうにふんぞり返るのが独裁者の特権なのかとも思ったが取り敢えずは黙る。それにここで好印象を残せれば海兵隊全員の地位向上につながるのは間違いない。
そう考えれば今日の我慢など我慢にならない。

「は、ギレン閣下に重大な報告を持って参りました。
これを持参したのはこちらのシーマ・ガラハウ中佐からです。ガラハウ中佐、閣下に遠慮せずにその時の状況を述べよ」

デラーズの禿げ頭がとんでもない無茶ぶりをしてくるが仕方ない。自分が得た情報をギレンに渡す。
デラーズは腰かけるギレンからコーヒーを直接入れてもらった。それを嬉しそうに飲む姿はまるで餌をもらった警察犬のドーベルマンを思わせる。
実際にこの想像は合致しているだろう。
彼とギレンは江戸時代と呼ばれた頃の日本のサムライに近いのだから。義だのなんだの過去の遺物を現代の戦争に持ち込むのはデラーズ少将の悪い癖である。

「シーマ・ガラハウ中佐であります。この度は無理をお聞き下さりありがとうございます」

ギレン総帥は内密に会いたいと言う自分の意をくんで、ザビ家私邸にあたしを招き入れる。
これには前線で体を張ってきた自分も流石に度肝を抜かれた。
無論、何重ものボディチェックはあったが、それでも破格の待遇だ。独裁者が私邸に招き入れるなど普通はあり得ない。余程の重臣か親族ではない限り。
それもだ、マハルという貧困コロニー出身にも関わらず、である。
現在は戦時特需の影響で皮肉な事にジオン国内の経済格差は改善されている。
正確には開戦劈頭に占領したサイド1、サイド2、サイド4、サイド5からコロニーを移動したり、戦時を理由に搾取する事で改善させたと言える。

「デラーズ閣下からご報告があったと思いますが、こちらをご覧ください」

サイド6侵入の経緯とその後のアリス・ミラーと名乗った連邦の諜報部員との接触を簡潔に報告した。ギレン・ザビはその性格から脚色した報告よりも端的な報告を好む。
これ位は事前に知っておかないといけない。何故なら自分は独裁者の前に立つのだ。情報が死命を制するのは戦場と同じである。
それにしてもエギーユ・デラーズという男の影響力の高さが伺える。今は夜の12時35分。しかも執務室には総帥首席秘書官のセシリア・アイリーンがバスローブ姿でいる。
軍服姿のエギーユ・デラーズ少将と同じ軍服姿のあたしことシーマ・ガラハウ。
それに対してつい今しがたまでシャワーか風呂にでも入っていたと思わしきセシリア・アイリーン。その豊かな髪と胸から湯気が立ち上っている。

(あの噂。ギレン・ザビに私生児がいるっている噂とギレン総帥の愛人がセシリア秘書官というのは本当か・・・・・これはもう引き返せないな。しくじった!)

ここまであからさまに私生活を知った以上、もう進むしかない。下手に引けばそれだけで殺される可能性がある。いや、殺されるだろう。
そう思うが顔にも声にも出さない。この点流石は百戦錬磨のシーマ・ガラハウである。
報告しながら彼女はさりげなくザビ家賛美を忘れない。無論、露骨すぎれば警戒されるのだからあくまでソフトに行う。

「私は詳細を知りません。しかしながら連邦のCIA高官のIDカードを持った女が持ち込んだメモリーディスクです。必ずや閣下のお役にたつと思います」

シーマは賭けに出た。ここで何も聞かずに黙るのだ。敢えて黙るのだ。そうする事で独裁者に主導権を渡す。
渡した結果が吉凶いずれか分からないが、ここでシーマは神に祈る。戦場でも祈らなかった神様に。どうか私に加護がありますように、と。
そう、ここでギレン・ザビやエギーユ・デラーズの機嫌を損ねれば確実に地球戦線送りなのだ。それだけは避けたい。せめて死ぬなら故郷の宇宙で死にたい。

「シーマ中佐、だったな。君はこれに何が書いてあるか、この封筒に何が入っていたか知っているのか?」

ここで答える。あの封筒はテロが使う炭疽菌爆弾の可能性もあった。だから一度封筒を開けた。そして見た。
宇宙世紀0080.04の中旬の日付で、太平洋と言われている海を背景にしたホテルの一室に女と一緒に写っていたザビ家の御曹司の姿を。

(来たな。ここが分岐点!)

誤魔化しは効果が無い。ここはハッキリと見たと伝えるべきだ。そうしなければ要らぬ警戒心を持たれる。

「見ました。ガルマ様がイセリナ・エッシェンバッハ様とご一緒にプールサイドでお遊びになっているお姿です」

努めて冷静に。激情を抑えて。
捕虜になっておきながらのこの待遇の差に怒りを覚えながらそれでもそれを抑えてあたしはギレン・ザビと対談する。ザビ家のお坊ちゃんが! という怒りを抑えて。

「そうか・・・・相手も知っているのなら話は早い。この事は誰にも喋るな。よもや・・・・・既に誰かに喋ったのか?」

この問いは予想が付いた。だから直ぐに答える。
どうでも良いがいつの間にかデラーズ少将は寝室の一人使用のソファに腰かけている。
が、良く見ると指揮杖を持っており、あたしがギレン・ザビに何かしたら後頭部にそれを投げつけられる体制でいる。
ギレン総帥はベッドにおり、セシリア首席秘書官はいつの間にか部屋から出て行ったのか、部屋にはいない。で、あたしは直立不動で立っている。のどが渇いてきた。

「いえ、誰にも」

その時、セシリア・アイリーンがコーヒーポッドと茶菓子を持って来た。どうやら寝室の隣はプライベートキッチンの様だ。これも重要な秘密になるのだろうな。

「そうか」

短いやり取りが怖い。饒舌な人間なら良く会うし、それ故にその人が何を考えているか分かりやすいがこうも短いと何を考えているのかが分からず恐ろしい。
そうだ、あたしは怖い。
目の前の敵よりも後ろにいる味方に殺される方が余程恐ろしいのだ。何故なら味方を敵にする時点で何処にも逃げ道が無くなるのだから。

「デラーズ、ドズルを呼べ。それとな、彼女を親衛隊に移籍させる。意味は分かるか、シーマ・ガラハウ中佐?
この意味が分かるなら貴公を親衛隊に移籍させる上、本国のズム・シティ防衛を主任務とするが、どうだ?」

テストか。
それだけを思わされる。恐らく、いや、確実にあたしを試している。
そしてギレン・ザビ総帥は国内に不安を抱えているのだ。これは良い話だ。この試験に合格すれば最低でも切り捨てる側に回れるだろう。アサクラからも逃れられる。

「ガルマ様生存の口止め料、ですね」

鷹揚に頷く独裁者。そして顎で指示する。続けろ、と。

「ガルマ様が北米で生きておられると分かれば必ず軍内部で奪還作戦が立案されます。己の功名の為でしょうが。
また、この情報が下手にデギン公王陛下に伝われば独断で連邦政府との和平交渉を開始されかねないと思われます。
事実、デギン公王陛下のお受けになられた衝撃は自分が知るほどに大きかったと聞いておりますので、この可能性は極めて高いと思います。
ならば、デギン公王陛下を抑えつつ、国内の動揺を起こさない。もっと露骨に言いますと国内の情報管制を行うと言う事です。
ガルマ様は国内でも人気があります。
例の連邦軍武装解除作戦の英雄でもあります。その、今は公式に戦闘中行方不明(MIA)のガルマ様が北米州議員のエッシェンバッハ氏の令嬢と敵地で戦争中にバカンスなどジオン公国国内の良識派やギレン閣下らにとっては看過し得ない事態。
それを知ったのが自分。その口止め料が自分の親衛隊の移籍であり、前線から遠ざける事による情報漏洩の防止。つまりは監視であると考えます」

寝間着姿のギレンが右手を挙げた。そしてあたしは間抜けにも今ようやく気が付いた。スタンガンを構えたデラーズの姿を。
どうやらこの試験に不合格していたら死んでいたらしい。いや、スタンガンでは死なないだろうがその後は最前線送りだったのだろう。
そのデラーズがスタンガンをしまいつつ言った。

「合格だ。大佐。ガラハウ中佐は今から大佐だ。私の指揮下に入る。何か要望は?」

天啓が来た。この言葉を聞いたあたしは最後の賭けに出た。

「部下たちも親衛隊への移籍を許可して頂きたい。彼らも使えます。必ずや閣下のお役にたって見せます」




その後、親衛隊は精鋭部隊である事と国内向け宣伝の為に2週間に一度は出撃(ただし自軍制圧圏内なので実質は演習)を義務付けられた。
ガトー艦隊の様に毎週の様にソロモン方面から出撃しては戦果を挙げてくる部隊も居ればドロス、ドロワとその護衛部隊の様にゲルググへの換装作業と熟練化に追われて動かない部隊もいる。
ちなみに餞別だったのか、艦隊は13隻まで増強され、しかもムサイ級は新型艦で構成。とどめにMSもゲルググの改修型へ全機が変更。
あたしの指揮官機のみだが、ビームマシンガンと言う新兵装も配備された。正に至れり尽くせり。しかも月に一度は好きなコロニーで5日間の休暇が取れる。

『ギレン閣下は貴公を気に入ったようだ。大佐、貴公が忠義を尽くす限りジオン公国と総帥府は貴公の忠誠に答えよう』

そう言ったデラーズの言葉通り。左手うちわが止まらない。旗艦にアムール虎の毛皮を敷いてしまったほど金ももらった。
ちなみ元上司のアサクラは同格になった時に嫌味を言ってやろうと思ったら本国に移送したサイド2のコロニー「アイランド・ブレイド」の改装工事に携わっているらしく、会えなかった。何の工事なのかは知らない方が良いだろう。
現実に意識を戻す。

「さてと、残敵の掃討は終えたね? ルナツーから正規艦隊が来る前に仕事を終えな」

ルナツーの艦隊は第9次地球周回軌道会戦以来動いてない。
だが、それが今日もそうだとは限らない。指揮官は常に笑顔で最悪を想定するのだ。それが指揮官と言うモノだ。楽観は最悪の敵だ。

「なんだ、俺は出なくてよいのか?」

と、艦橋に真紅のノーマルスーツを着て、右手にヘルメットを持った金髪の少佐が現れた。

「は、真紅の稲妻の手を煩わせることはないってさ。ソロモンの悪夢は義にあついからね。あたしらとは大違いだよ」

その言葉に艦橋全体から笑みがこぼれる。
ちげぇね。ちがいねぇ。

「ふーん。まあ良いか。で、大佐、俺のスコア更新のパーティはいつやってくれるの?」

この性格は嫌いじゃない。寧ろ好ましい。
ジオン十字勲章ものの英雄がお目付け役で配属されると聞いた時はどうなるかと思ったがどうして良い奴だ。好きになりそうだ。女としてもね。

「あんたの撃墜スコア更新に構ってたら休暇が全部潰れちまうさ。それで、例の新型、高機動型ゲルググは使いやすいのかい?」

高機動型ゲルググ。ゲルググの宇宙戦専用仕様の機体。
ジオン軍の高機動型ザクⅡをエリオット・レム中佐らの開発チームが主体になってゲルググを改装した機体である。
現在はシン・マツナガ少佐の『白狼連隊』のみ配備されている。総数42機。ドズル・ザビの肝いり部隊だ。
その部隊から人と一緒に借りてきたのが彼、ジョニー・ライデン少佐。

「そうかねぇ。ま、俺も楽が出来ればそれで良いんだが。全員でサイド3に帰ろうぜ。長居は無用だわな」

その通り。長居は無用。いつ何時敵の正規艦隊が襲ってくるのか分からない今現在の宇宙情勢で地球軌道に留まるのは危険。せっかく命がけで手に入れた特権だ。大事にしなくては。

「艦隊反転。サイド3に帰還する!」




宇宙世紀0080.06中旬。ニューヤークにて。
ニューヤークは消費の大都市であるが、その一方で南側には大軍事工廠が存在する。ビスト財団やヤシマ重工業、ルオ商会、アナハイム・エレクトロニクス(AE)社などがその名前を連ねる一角があるのだ。
その一角で、ペガサス級第7番艦が完成する。
名前を『アルビオン』という。艦長にはリム・ケンブリッジ大佐が就任する。
これと前後してペガサス乗員の7割(MS隊並び関係者は全員)が移籍する事となった。訓練期間が1か月程。
それから一か月が経過した宇宙世紀0080.07.18.
地球連邦軍の北米州は流石に血を流す必要を感じていた。この大規模反攻作戦で血を流さない限り地球連邦での覇権確立は存在しない。

『ジャミトフ君に伝えたまえ。我が北米州の精鋭部隊を独立遊撃部隊として旧大陸の傲慢な者どもの救援に差し向けよ、とね』

とは、大統領であるエドワード・ブライアンとヨーゼフ・エッシェンバッハの会話の一幕である。
先の異動に伴って、ペガサス艦長職はヘンケン・ベッケナー少佐が任を引き継ぐ。
また、ジム・コマンド陸戦使用を配備したユーグ・クーロ中尉をペガサス隊隊長としたジャック・ザ・ハロウィン隊が艦載機部隊になる。
更に、である。キルスティン・ロンバート中佐がペガサス級のサラブレッド艦長として就任、MS隊もルウム戦役を戦い抜いたヤザン・ゲーブルとライラ・ミラ・ライラ中尉の部隊を中核にした精鋭部隊が加わった。
加えてアルビオンへの補充要員として不死身の第四小隊との異名を持つ部隊が配属された。また極秘に、極東州に亡命した(亡命理由は良く分かって無い。なんでもニュータイプを敵視し、その軍事利用に声高に反対して身の件を感じたというが何故そこまでニュータイプを敵視したのかは支離滅裂である。ダーウィンの進化論の様なことを言っている)クルスト博士の手がけたブルー・ディスティニー(BD1号機)と呼ばれる機体が護衛と共にペガサスへ配備される。
これらの部隊の最大の特徴はその将兵、将校、司令官の8割が極東州、アジア州、オセアニア州、北米州で構成された点にある。
事実上のブライアン大統領ら太平洋経済圏の私兵集団であり、指揮系統も独立していた。

『アルビオン』、『ペガサス』、『ホワイトベース』、『サラブレッド』の四隻。司令官はエイパー・シナプス准将。
搭載MS隊、BD小隊(モルモット小隊)、ホワイトベース隊、ホワイト・ディンゴ隊、デルタ小隊、タチバナ小隊、ジャック・ザ・ハロウィン隊、不死身の第四小隊(俗称)、ヤザン隊、ライラ隊である。
これらの機体は新型機のガンダムタイプかジム・スナイパーⅡかのいずれかに固められている文字通りの最精鋭軍団であり膠着した戦線を打ち破る突破兵力である。
ただ、この部隊は部隊間の訓練がまだ行われておらず、ベルファストで改修工事中のホワイトベース以外は大西洋横断中に出来うる限りの訓練が予定されていた。




「自己紹介も終わった事だし、乾杯と行くか!」

モンシア少尉が音頭を取って乾杯の合図を出す。ここはニューヤークの酒場。それもケンブリッジ家が代々使っていたパブだ。
そこで第13独立戦隊(戦隊と言う規模では明らかにないのだが、誰も指摘しない)の親睦会ならび結成式が行われた。
不死身の第四小隊のモンシア少尉と、軍楽隊出身故か、お祭り大好きのホワイト・ファング隊のマイク少尉の合同企画でやる。
飲み会の会場はウィリアム・ケンブリッジの親友だと言い張ったベイト少尉の言葉に押され、マスターが6時間貸切にしてくれている。
総数100名以上の大宴会だ。既に飲み始めてから30分以上。初期に用意された料理も摘みも全部ない。各テーブルに配置されているビールサーバですら空にしている位だ。
特に元ペガサス、現アルビオンのオペレーターらの飲みっぷりが異常だ。物凄い勢いでワインを空にしていく。
一方で佐官以上の面子は静かにウィスキーやバーボン、カクテルをチーズ片手に傾けている。

「さてそれではみなさん! ここで我らホワイト・ディンゴと青き伝説の合同芸をやらせてもらいます!!
全員拝聴!!! 敬礼!!!」

ファング3のマイクが楽しそうに言う。続けてライラが野次を飛ばす。

「おい貴様! 上官侮辱罪だぞ」

どっと起きる笑い。
マイクがバンド楽器を構えると、この日の為に訓練して来たのかマイク、レオン、レイヤー、ユウ、フィリップ、サマナの6人がバンドを演奏する。
楽しい一夜が過ぎていく時、幹事役にして盛り上げ役のモンシアとマイクは大ゲストを紹介する、と言って一旦、全ての電気を消した。
そして。

「では我らの英雄。この世で一番恰好が悪くて素敵なオジサマ。そしてそのオジサマの心を・・・・なんと生まれた時からずっと奪い続けた我らが副司令官。
ウィリアム・ケンブリッジ氏とリム・ケンブリッジ大佐です!! 皆さん盛大な拍手を!!! 音が小さい。声を上げろ!!!」

エレンとノエルとアニタとミユが大声でハモる。4つのマイクが彼女らの歌うような声を会場全体に流した。
と、扉が開き、あらかじめ用意していたスポットライトとクラッカーが一斉に浴びせられた。

「まずはケンブリッジ夫妻の大人の誓いのキス!! お二人とも熱烈なキスをみんなの前でどうぞ!!」

酒が入っているせいか、マオ・リャン少佐も悪乗りしている。
その言葉に一斉に反応する面々。公衆の前での羞恥プレイに流石に頬を赤くするがそれを見てまたもや大合唱。

『『『『『キス!! キス!! キス!! キス!!』』』』』

これは辛い。だが、楽しい。
兵士たちの皆が思う。今を生きよう。今を楽しもう。戦争中の兵士に明日があるかどうかなど誰も保障できない。保証しない。ならば今この瞬間が全てだ。
そうだからこそ、今は楽しめば良いのだ。難しい問題は明日考えれば良い。素面の時にでも政治家共がいる安全な場所で語れ。

「おお!!!!!!!」

リムとウィリアムは思いっきり熱い抱擁と口づけを交わす。




宇宙世紀0080.06上旬、ウィリアム・ケンブリッジは大統領執務室に入室した。大統領に呼ばれた自分はマーセナス議員と共に執務室の来客用ソファに腰かける。

(一体何の用なのだ? ついに前線勤務なのか? 或いはジオン本国にでも密使として送られるのだろうか?)

そう思うが顔には出さないようにした。ここでまたぞろ厄介ごとを押し付けられたら目も当てられない。久々に思う。

(ええい畜生!! またか!? またなのか!!! また厄介ごとを押し付けられて要らない評価を植え付けられるのか!? 畜生め!!)

きっとそうなのだろう。伊達に連邦の高級官僚試験を突破してない。伊達に開戦前からこき使われてない。特に嫌な予感ほど当たる。
だいたいマーセナスが横にいる時点で不味い。
彼は北米州でも有力な地球至上主義、国粋主義者である。故にブライアン大統領の片腕とも言われている。
しかもだ、何故ジャブローにいる筈のジーン・コリニー提督もいた。ジャミトフ・ハイマン准将がいないのが不思議だ。あと有名どころでいるのはジョン・バウアーか。

「やあケンブリッジ政務次官。いや、ウィリアム君。よく来てくれた」

人の良さそうな顔に騙されるな。青いスーツに白いシャツでクールビズという庶民的な良さに騙されるな。こう見えてジャブローからの援軍要請を尽く遮断して拒否してきた猛者だ。

「固くなるな。君と私の仲ではないか。リラックスしたまえ」

ジャブローにとってみればザビ家並みに、或いはそれ以上に脅威と見られている人物が目の前の北米州、州代表エドワード・ブライアン大統領なのだ。
部屋には白いスーツに黒いネクタイのジョン・バウアー、紺のスーツに黒ストラップネクタイのローナン・マーセナス(二人とも連邦議員の議員バッチを右の胸につけているが、更にアメリカの国旗、星条旗をモチーフにしたバッチもその下側につけている)がいる。そしてコリニー大将は軍服だ。秘書官らはコーラとピザを置いて下がっていく。

(いくらなんでもこのチョイスはないだろ・・・・常識考えろ)

そう思う。色々な場所に行ったせいなのか、舌が肥えたせいかこの如何にもジャンクフードですという摘みと飲み物は無い。
特に極東州の水やお茶を飲んだ事があるとそう思う。
まあ、ブライアン大統領が昔から好きだったから仕方ないか。コーラはともかくピザの方は本場イタリア職人の作ったマルゲリータピッツァであるし、良しとしよう。嫌々ながらも。

「さあみんな、食べようか」

そう言って30分ほど他愛のない雑談を行う。空気清浄器の音が若干耳に障るな。五月蝿い。
と、更に30分。一時間ほど過ぎて無理矢理ピッツァを食べきると本題に入ってきた。

「ウィリアム君、君はこの戦争をどう終えるべきだと思うかね?」

聞いてきたのは大統領本人だ。想定通り。驚く事じゃない。
大統領が野心家で連邦政府と敵対している事は有名だ。しかも大統領の任期はあと3年、宇宙世紀0084の1月まであるのだからこの戦争中は大統領閣下でいるのだ。
が、それまでには戦争は終わっている。

(いや、違う。終わらせなければならないのだ。地球圏全体の安定の為にはそれが絶対条件)

そう思って残っていたピザを飲み込み口の周りをナプキンでふき取る。
背筋を伸ばして、ネクタイを直して大統領の目を見て聞く。

「大統領、一つ確認したい事があります」

ん?

「それは北米州の、アメリカ合衆国の大統領としての発言ですか? それとも地球連邦政府の一員としての発言ですか?」

内心で思った。
言った。言ってしまった。言っちまった。ああ、くそったれ、これで退路は無い。どこにもない。どこに目をやろうと銃口しかない。
少しでも妙な真似をすれば即座に射殺される様な最悪の発言だ。だが、それが分からないと、大統領の本心を知らないと妻も子供も親も守れない。
相手が何を求めているのか、相手が何を求めてないのか、それを知る事が一番大事なのだ。政治と言うドロドロした暗闘の中では。

「ははは、過激だな」

最初はかわす。しかし、この言葉に秘書たちや補佐官たち全員が退出した。そして大統領とコリニー大将が盗聴盗撮防止用の小型モニター機器を作動させて机の上に置く。
大統領は新たにコーラを飲む。そして自分で今度はココアを用意する。アイスココアだ。
ミルクと砂糖は少なめ。バーボンデンのココア。伝統と格式あるココアだ。こういう所に出てくる無意識が、北米州の劣等感が隠し切れないと私は思うのだ。

「もちろん、北米州の考えが連邦の考えとなる事態だね。それでと、とりあえずは目の前のジオン公国との戦争だ。
どうなるべきかな? 逆に聞こうかな。サイド3のジオン公国はこの世から滅するべきと思うかね、ウィリアム・ケンブリッジ内務省政務次官殿?」

わざと自分の役職をフルネームで聞いた事はそういう事だろう。逃げるなと。逃がさないと、ここまで来た以上はしっかりと答えてもうと。
ええい、畜生め。きっと蜘蛛の巣に絡みとられた無視はこんな気分なんだな。逃げ道は無く、もがけばもがくほど落ちていく。ああ、なんでこんな事になった?
誰でも良いから俺の平穏を返してくれ!! 神様!!! く。仕方ない。言うか。

「ジオンは残すべきです。大統領閣下。我々はジオン軍の戦力を削ったうえで温情の名の下に講和すべきです」

簡潔にまずは答えから答える。

「ほう?」

続ける。残っていたコーラでのどを潤す。もうコーラの炭酸水と溶けて水となった氷とが混ざって不味いが贅沢は言ってられない。

「ジオン公国をテストケースにするのです。地球連邦政府の宇宙開発の新たなるテストケースに。
ジオン公国を独立に追い込んだのは単に連邦政府の失政の続きの結果でしかありません。
ジオン・ズム・ダイクンらの活動はその一要因でしかないと考えます」

続けたまえとコリニー大将が言う。

(どうやら彼も試験官の一員なのだな。畜生が! やはりこういう試験でこういう展開か。今度は一体全体何をやらされる?
ジオンとの単独交渉か? ジャブロー攻略作戦の立案か?
或いは北米州を中心とした太平洋経済圏のクーデターか? どうせ碌なモノじゃないだろう。人の好意を台無しにするのだけは得意な連中!! 
こんなことしか考えられない輩は、政治屋どもとバカ軍人は、一度死んでこの世から強制退場した方が全人類の未来の為なんじゃないのか!?)

と、内心で罵倒しつつも取りアズ説明を続ける。いつの間にか握りこぶしになっているが気にしない。

「ジオン公国は既に国家としての体裁を整えています。スペースコロニー群の中で唯一重工業化を達成しております。その証拠が宇宙艦隊と宇宙軍を整備する能力です。
農業生産を行える基盤、5億5千万人と言う地球の一地域、いえ、このアメリカ合衆国に8割に匹敵する総人口に公王制と議会制による立憲君主制。
もちろん現実は独裁制ですが、ジオン公国独自の近代憲法もありその憲法は連邦憲法を模倣しただけあって人権問題にも合格点を与えられます。
ああ、言い方は悪いかと思いますが、宇宙の番犬としてはこれ程頼りになるコロニー国家は存在しません。
彼らに軍備の負担を任せる事で宇宙海賊への対応も出来ます。
そして、その国の存続を認める事は我が地球連邦の、引いてはアメリカ合衆国の寛容さを地球圏全土に知らしめるでしょう。
敵さえも許す。昨日の敵は今日の友。この諺通りに動く事でジオン公国と言う地球から最も遠いサイドに戦略拠点を持つ事も可能です。
また、唯一の工業化コロニーですから宇宙再開発にも適しているでしょう。
サイド7の再開発も彼らと共同する事で経済協調を深めます。実際はかつての米日安全保障条約下の米日関係が理想ですね。
そしてジオン公国が存続する事はもう一つの利点が、主に軍部にあります」

そこで一旦区切る。そして壁に掲げられた情報端末を起動させ、メモリーディスクを挿入する。画面が映し出される。
ジオン公国宇宙軍の想定と連邦宇宙艦隊再建案の二つだ。ジャミトフ先輩とブレックス准将が共同でくれた情報である。大事に使おう。

「地球連邦軍の軍縮です。正確に言えば軍の精鋭化です。
この戦争で地球連邦軍は肥大化しすぎました。正直に言いまして今の連邦はサッカーボールに空気を入れ続けているようなものです。
近い将来か遠い将来か分かりませんが必ず破裂します。今のままではそれは避けようのない現実です。
そして次の時代に来るのは軍縮失敗による各州の軍閥政治でしょう。各州はあの手この手で地球連邦の各地の駐留軍を味方につけようとするでしょうね。
またこの失態、軍縮失敗と軍部の権限拡張による連邦政府の統治機構低下という事態は非加盟国から見れば最大級の好機。
この事態を利用するとして蠢動するのは目に見えています。そうならない為にジオン軍を利用します。
ジオンの脅威をある程度残す事で急激な軍備縮小による戦後恐慌をある程度避けます。軍備縮小に伴うであろう治安の悪化にも対応します。
それにジオン公国を存続させる事は、ジオン軍の残党化やゲリラ化を防ぐ意味で大きな要素となると考えます」

要約したまえ、政務次官。
コリニー大将がそう言う。だから私は要約する事にした。

「ジオン存続の最大の理由は、連邦軍軍備の精鋭化と政治と経済の安定、宇宙の再開発による戦後経済需要のカンフル剤。この三点です。あとスペースノイドのガス抜きですか」

言っていて嫌になる。これでは政治家だ。一官僚の意見では無い。いくらこの質問に答える様にと事前に言われていてもこれでは政治家でしかないではないか。
それに、だ。北米州の利益と連邦の利益を一緒くたにされてしまっては困る。連邦と北米は別々の存在だ。
なのに。それにだ、コリニー大将らの自分に対する扱いも妙だ。まるで身内に対する扱いだ。これは困った事になってきた。
俺はただ平和に暮らしたい。確かに家族の為には何でもする覚悟があるが自分から火中の栗を取りに行きたいとも思わないぞ!!

「良く分かった。ところで、だ。特別補佐官には新しい仕事がある。これを見てくれ」

そう言って十枚ほどの書類が挟まった黒色のファイルを渡された。
大統領執務室の大統領執務用机の一番下の引き出し、そこからブライアン大統領が指紋照合で開けた。余程大切な書類らしい。

「これは?」

訝しげに見る。書類はそれ自体に鍵がかかっていて、古典的な南京錠で大統領自身が開ける。
鍵は大統領が個人的に持っていた。それを大統領自ら開けてくれる。ガチャリという音と共に鍵が開いた。

「見ればわかるさ」

今や同僚のマーセナス議員がそう言う。中には一冊の冊子が入っている。
黒光りに金箔でマークされた冊子を開いた。
立案者の名簿にはジャミトフ・ハイマン准将、ジーン・コリニー大将、ジョン・バウアー連邦議員、ローナン・マーセナス連邦議員、ヨーゼフ・エッシェンバッハ連邦議員という北米州出身の5名。
これに加えて、タチバナ中将とオオバ、リン、リーという極東州の最有力者の名前。
中には連邦軍への指揮権と軍権を保持する部隊もあり、止めに治安維持を名目に連邦軍から精鋭を引き抜き、対ジオン軍を名目に宇宙艦隊一個が配備されるという。MSも新型機が優先される。

(何なんだ、この冗談は?)

正式名称は『地球環境改善・戦後復興庁設立計画』。







通称・・・・・・『ティターンズ』計画




北米州の戦後を見据えた計画をこの時、私は知った。こうして逃げ場が無くなった事を私は知ったのだ。




そして私は宇宙世紀0080.06.10に追い打ちを受ける。
妻のリム・ケンブリッジがヨーロッパ半島反攻作戦である『アウステルリッツ』に参加する事が決まった。
しかも連邦軍本部と北米州と極東州の駆け引きの結果の政治的な生け贄という意味合いが強い連邦軍第13独立戦隊として。
確かに強力なMS部隊だ。それは認める。全て陸戦型ガンダムかBDかジム・スナイパーⅡか、ガンダム、ガンダム・ピクシー、ガンダムアレックスと新型機ばかりだ。パイロットもルウム戦役以来のベテラン兵ばかり。
これほどの密度で構成されたペガサス級四隻の艦隊は存在しない。ジオンのキマイラ隊とやらでも互角以上に戦えるだろう。
だが、感情は別だ。思わずリムに詰め寄った。

「本気なのか!?」

リムは軍用バッグに私物の整理をしながら聞き流す。聞き流す事しか出来なかった。
彼女は軍人。レビル将軍が北米州に不信感を持っていたが、それでも戦争に勝つためにと、使えそうな反レビル派を漁っている。その目に留まったのが第13独立戦隊。
レビル将軍は今や政治的に大勝利を求められるという政治的な窮地にあり、その中で中立派や戦力とみなせる部隊の移動、掌握に躍起になっているのは私はジャミトフ先輩とバウアー議員からの報告で知った。

(だが何故だ!? 何故リムの部隊なんだ!!)

考えてみれば当然でもある。兵器とはそもそも同一運用した方が効率的であるし、強襲揚陸艦部隊が今回の様な大作戦に投入されない方が可笑しい。不自然だ。
だからレビル将軍が第13独立戦隊に目を付けるのも当然と言えば当然の結果。いち大佐とその家族の事までいちいち計算していたら戦争は出来ない。
よって、レビル将軍もきっとリムの部隊と知って徴収したのではないだろう。しかし、だが、やはりそれとこれとは別だ。

「答えてくれ!」

私の夫は無茶を言った。
リム・ケンブリッジは知っていた。この一月の休暇の方が可笑しかった。例外的だったのだ。本当はペガサス級の艦長はその重要さから戦場に居なければならない。

(大佐と言う階級。ペガサス級の艦長、ルウム戦役の生存者、ガルマ・ザビを鹵獲した英雄の妻。誰が見ても後方にいて良い人物にはなれない。それが私なんだ。
夫は感情的になって分かって無い。私が後方にいればせっかくワシントンという安全な場所にいる夫の立場を危うくする。それが分かるから・・・・だから私はいくのに)

夫か私かどちらからが行かなければならない。そして行くならば軍人であるリム・ケンブリッジ大佐でなければならない。これが事実。これが現実。

「答える必要があるの?」

我ながら冷たい声だ。夫が錯乱しているのは分かっている。だが。それでも理解してほしい。
私だって死ぬのは・・・・・ウィリアムや子供たち三人と別れるのは嫌だ。
それでも。かつて夫が、ウィリアムがルウムでその義務を果たしたように自分も義務を果たすべきなのだ。それが連邦軍軍人の務め。その為に税金で養われたのだから。

「・・・し・・・しかし」

漸く冷静になって来たのか自分たち二人が置かれた立場が分かってきた様だ。そう、私は軍人。連邦の軍人で上官の命令は絶対。
第一、軍人が上官の命令に口答えしてしまえば、命令拒否を続ければ軍隊は機能しない。瓦解する。それが軍隊なのだ。
これくらいは体験入隊しか経験ない夫も、ウィリアムも分かっている。もっとも何でもかんでも理詰めで納得出来たらこの世から戦争は無くなるだろう。
なおも詰め寄る夫にいい加減にウザくなった、五月蝿くなったリムは夫を平手で叩いた。
唖然として見る夫に怒りが込み上げてくる。

「誰が好き好んで最前線に行くのよ!? 行きたくないわよ!! 私だって子供たちと一緒に居たい!!
それくらい分かってよ!! どうして分かってくれないの!!! 私の気持ちを一番理解してくれるのはウィリアムでしょ!?
私だって死ぬのはいやよ。あの子たちに会えなくなるのは一番嫌。でも仕方ないのよ。貴方は文官で民間人。私は武官で軍人。
義務が違うの。やるべきことが、与えられた任務が全く違う。だから・・・・・だからせめて・・・・・せめて笑顔で送り出して!!!」

そう言って、そう言われて泣きそうになった。いや、泣いた。




妻との喧嘩から一夜明けて。
レビル将軍の要請により、ペガサス級3隻を新たにベルファスト基地に派遣する事で合意した北米州とジャブローの連邦軍本部に連邦政府。
が、この合意は一人の政務次官に個人的な恨みを突き付け、憎悪の炎を燃やす。

(約束したはずだ、ルナツーで加えられた暴行や人権侵害問題を蒸し返さない代わりに妻には手を出さないと約束した。それを信じたのに)

そう思ってジャミトフ先輩の宿舎代わりに使っているホテルを訪ねた。
怒り心頭であり、もうかれこれ10分ほど黙っている。先に沈黙を破ったのは先輩だった。
今日は私用だ。関係ないか。お互いに。
今関係あるのはあのクソじじいのキングダムと戦争大好きのレビルがリムの前線勤務に関係しているのかどうか。

「どうした? 何か聞きたい事があるのではないのか?」

ジャミトフ・ハイマン准将はこの都度、少将へ昇進する。
北米にて300機を超す陸戦型ガンダムと100機のジム・スナイパーⅡの量産の功績で7月4日のアメリカ独立記念日に合わせて少将になる。
ちなみにこの前段階機体であるジム・スナイパーカスタムはジャブロー工廠で生産、第4艦隊と第5艦隊に配備されていた。
一方で彼のライバルでもあるブレックス准将も第3艦隊、第6艦隊再建の功績で少将に昇進。ゴドウィン准将と共に9月前に第3から第6までの艦隊と共に宇宙に上がる事が内定している。
これに加えて第7艦隊と第8艦隊、第9艦隊の合計7個艦隊が打ち上げられる。
MS隊はジム改とジム・コマンド、ジム、ジム・スナイパーにジムライトアーマーやジム・キャノンなど多彩なラインナップである。
これはコロンブス改級簡易空母が大量生産された事が大きい。戦闘艦も一個艦隊あたり60隻まで増設された。
ビンソン建艦計画はレビル将軍の強い(もしかしたら強すぎた)リーダーシップで当初の予定を大きく覆した。確かに艦艇の質は落ちた。
通常サラミス型が大半を占め改良型やサラミス改は少数しかない。しかし、MS隊はより強固になり戦闘用艦艇の総数も増えた。

「これならば『チェンバロ作戦』も『星一号作戦』も成功するだろう。そして・・・・ジオンを」

そうレビル将軍は呟いた。
無論、そこまで預かり知らない。彼が知ったのは妻が出兵する理由はレビル将軍が北米州にも派兵命令を下したと言う至極まっとうで偏った意見だった。

「先輩、この第13独立戦隊の出撃・・・・・・何故です?」

前置きも無く、宛がわれたホテルの一室でジャミトフ先輩を詰問する自分。ルームサービスのワインがあるが手を出さない。出せるか。それどころじゃない。
先輩はバーバリーの紺の仕立服。自分はいつものアルマーニのスーツ。両者ともネクタイはしてない。夏を迎えつつある北米東海岸は熱いからか。

「何故と言われても・・・・・命令としか答えようがないのだがな?」

煙に巻こうとするジャミトフ先輩だが今回ばかりはそうはいかない。
ケンブリッジ人権侵害問題とでも言うべき裏の事情を知りつつも、関係なくこの命令を出したクソッタレが連邦軍上層部に居る筈だ。もうルウム撤退戦の様な泣き寝入りはご免なんだよ。
だから聞き出してやる。

(これでリムが殺されたら俺は直接リムを殺すジオン以上に裏取引をご破算にした連邦上層部を恨む!!!
絶対に恨んでやる。憎んで憎んで憎み切ってやる!!!)

視線が交差する。
鋭い視線がジャミトフ・ハイマン准将を射抜く。これは誤魔化しきれないと彼、ジャミトフは悟る。

「ウィリアム・・・・・誰にも言うなよ?
命令を下したのは・・・・・・レビル将軍とキングダム首相だ。彼らがペガサス級の投入を要求した。例の裏取引は無かった事にされた。
そうだ。お前の想像通り、彼らは戦力集中を優先した。だがな、今回の戦力集中、それ自体は正しい。いいから黙って聞け。お前が怒っているのは分かっている」

いいだろう、先輩。なんて言う気だ?

「良いか、お前の妻が戦場に出る。それに怒りを感じるのは分かるが実際はより多くの、そう、140万の人間が前線に行く。
その事を考えろ。お前だって妻が軍人なのは最初から知っていたし覚悟している筈だ。こういう事態が来ることを。まさかずっと一緒にいられると思っていたのか?
もしもそう思っていたのなら甘すぎる。軍隊は、政府はそんなに甘くないのはお前自身が体験した筈だ。
諦めろとは言わない、いや言えない。だが、受け入れろ。お前は彼女の、奥方の覚悟まで汚すつもりなのだぞ?
彼女を、軍人として歩んできたリム・ケンブリッジ大佐の事を考えろ。妻や母、パートナーとしてのリム・ケンブリッジではなく、軍人としての彼女を。
ああ、関係ないがこの間、極東に配備された二隻も20日までにベルファストに到着する。第12独立戦隊としてな。これで良いか?」

そしてジャミトフは見た。ウィリアムが笑ったのだ。
それも今まで見た事もない、どこか抜けた事のあるウィリアム・ケンブリッジとは大きく違う嘲笑の笑い。いや、怒りの笑い。

「なるほどなるほど。そうですか。あのレビル将軍ですか。
サイド3で一緒ん仕事した時は良い将軍だと思った俺はなんて人を見る目が無いんだな。これじゃあ利用され続けて当然だ。
そんなに・・・・・そんなに戦争がしたいのか!? あのくそじじい共は!!」

思わず机を叩いた。ワイングラスが床に落ちる。

「良いだろう、戦争だ。これは、この戦争は、お前らが望んだ戦争だ!
お前らと俺と。どちらがしぶといか、どちらが正しいかを賭けた戦争をやってやる。俺は勝ってやる。勝って全て奪ってやる。勝って全て守ってやる。
今度は勝つぞ、クソじじいどもめ!!! いつまでもお前らの思い通りに行くと思うな!!!」




同時刻、ブレックス准将は宇宙港の会議室でシロッコ中佐と会った。
会って何を話したかはこの場では語らないでおこう。
ただ、ニュータイプ論やスペースノイドの自治権獲得について議論したのは間違いない。これは後に大きなうねりとなって連邦を襲うのかも知れない。




ヤケ酒をするウィリアム・ケンブリッジに付き合ったジャミトフ・ハイマンは次の日、後輩の為に将官の権限でケンブリッジ大佐の有給を無理やり申請させ、受領させた。
こうしてリム・ケンブリッジ大佐は夫と子供と両親と最後の休暇を楽しむ。それが件のパーティであり、その後の家族サービスだった。あっという間の3日間。
そして彼女は軍服を着てニューヤークの宇宙港に来る。
自らが拝領した新造ペガサス級の7番艦アルビオン艦長として。250名の乗員を預かる大佐として。その姿は清々しく、そしてどこか悲しげだった。

「ねぇお兄ちゃん、お母さんさ、ちゃんと帰ってくる?」

妹のマナが兄のジンに聞く。
泣いている。何処か悲壮な覚悟をしている面々が多い事が子供心に分かったのだ。恐ろしいのだろう。昨日まで妙に優しかった両親がそれに拍車をかける。
そしてこの雰囲気。恐ろしくて怖くて、だからここで聞くのだ。

『お母さんは帰って来るよね?』

と。

「ばか、帰って来るに決まってるだろ!」

お兄ちゃんが殴った。再び泣きそうになるマナ。だが、マナは涙をこらえた。
お父さんが昨日の夜、変な顔で泣きそうな顔で笑いながら言っていたのだ、こういう時は笑って送り出すのだ、と。

「本当だよね? 嘘じゃないよね?」

それでも彼女は、マナは信じられない面がある。幼いながらも分かっていた。
母親は決して安全な場所に行くのではない。凄く、子供心に分かるほど危険な場所に行くのだ。
それが怖い。きっとお兄ちゃんも怖い。でもお兄ちゃんはお兄ちゃんだから必死にそれを抑えてくれている。

「嘘じゃないさ」

お父さんがあたしの頭の上に手を置いた。それが心地よい。
だが、ウィリアムも手の震えを必死に抑えていた。
それがきっと自分に出来る、いやしなければならない義務だ。それが父親の義務だ。負けられない。恐怖に勝たなければならない、片親として。母親の代わりとして。

「お母さん!」

「母さん!!」

マナとジンがリムに抱きつく。ギリギリまで二人を抱きかかえるリム。まるでもう二度と会えない様な風景だと思った。
はっとなって顔を振る。

(バカな! リムは帰ってくる!!
リムだけじゃない、カムナ隊もホワイト・ファングもお嬢さん方も、デルタチームも、シナプス司令官らもみんな帰る。絶対だ。絶対にだ!!)

そうしている内にシナプス准将が歩いてきた。
敬礼する。まさに軍人としての鑑と言うべき敬礼に思わず胸に手を当てて頭を下げて返礼する。苦笑いするシナプス准将。軍帽を脱いだ。

「では次官閣下、奥様をお預かりします。必ず、私の命に代えてもお返しします」

その言葉が何よりもうれしい。そして私はもう一度頭を下げた。そしてゆっくりと言った。

「シナプス司令官、妻を、皆を、お願いします」

と、その時。軍帽を被り直したシナプス司令官が小型の無線機を取り出す。

『第13独立戦隊総員、注目!!』

アルビオンからペガサス、サラブレッドの三隻の全艦内に放送がかかった。

『手空き乗員整列!! 我らが守るべき連邦市民に対して捧げぇぇぇ礼!!!』

一斉にささげられる連邦軍方式の敬礼。これに歓声でこたえる見送りの人々。
これが幻影であっても良い。この景色こそ地球連邦が、地球連邦と地球連邦軍があるべき姿だと私は思った。

それから30分後、花束と共に、舞い散る花びらのなか三隻のペガサス級は出港していく。




宇宙世紀0080.07.22になった
ベルファスト基地はいよいよ最終段階を迎えつつある『アウステルリッツ』の準備に追われていた。
1000機を超すミデア輸送機と連邦非加盟国との軍備拡張戦争(第二次冷戦とも言う)の結果とミノフスキー学のキメラである超大型輸送機「ガルダ」、「スードリ」、「アウドムラ」の三機がピストン輸送でブリュッセル近郊の臨時拠点に兵力を展開していた。
700機を超すMS隊と2000両を超える戦車や戦闘車両の群、1400機と言う、宇宙世紀では空前絶後の大部隊が一斉にドーバー海峡を渡っている。
一方で、ジオン軍も負けては無い。第四次降下作戦で270機の陸戦型ザクⅡ(J型)とグフB型、グフA型がそれぞれ60機、イフリートが36機、ドムが72機、ドワッジが72機、ドム・トローペンが72機という大軍の補給を受けている。戦力比率は約3対1で連邦軍が優勢であるが防御側が有利な事を考えると予断は許さない。

「ブライト・ノア大尉であります」

ベルファスト基地に到着して早々、エイパー・シナプスは艦長会議を開くことにした。
切り札と見て良いホワイトベース。確かに戦果は異常だが、あくまで単艦でしか行動した事が無い。団体行動、と言って良いかは分からないが、それは経験不足の筈だ。
と言う事は、現時点で不安を解消するには艦長間の信頼関係を作るしかない。
用意された部屋には軍服姿の男女が幾人かいる。
ヘンケン・ベッケナー少佐(ペガサス艦長)、キルスティン・ロンバート中佐(サラブレッド艦長)、ブライト・ノア大尉(ホワイトベース艦長)、リム・ケンブリッジ大佐(アルビオン艦長)、マオ・リャン少佐(MS隊司令官)、そして第13独立戦隊唯一の将官にして総指揮官エイパー・シナプス准将。
最後に入ってきた一番年若く、階級も低い、しかも一年前は少尉でしかなかった若き連邦の英雄は完全に固まっていた。
この第13独立戦隊の面々は軍事通なら誰もが知っているメンバーなので緊張するのも分かる。

(そう言えば、彼の要望であったアムロ・レイ少尉とセイラ・マス少尉の精密検査は長引いているな。作戦開始までには間に合うだろうが。何かあるのか?
確か、ニュータイプと言っていたか? ケンブリッジ次官が言っていた、ジオンで研究が始まったと言うあれの事か?)

その後の挨拶も終わり、それぞれの役目を確認する。と言ってもこの大作戦ではやる事は決まっている。前線からの支援要請に毎回対応してジオン軍を駆逐するだけだ。
我々はかつての第14独立艦隊の様に戦場の火消し役として、遊撃任務にあたるのだ。この点はガルダ級から降下する陸戦型ガンダムで編成された空挺部隊と同じか。

「では作戦会議を始める」

特に問題も無く作戦会議は順調に終わった。
最後、室内に残ったブライト君が後片付けを手伝ってくれた。既に一級線の艦長なのだがまだ新米士官という気概が抜けないのだろう。それに最年少だ。

(手伝わなければならないという気持ちも分かるな。彼らホワイトベースは現地兵が大半だと聞いた。生き抜いて欲しいものだ。
無論、私の指揮下にいる間は無駄死にだけはさせない。いざとなれば私が個人的に泥を被れば良い。
汚名を被ってでも投降して部下たちの安全は保障させるだけだ。ペガサス級との交換なら無碍には扱わないだろう)

出されていたイギリスの紅茶をケンブリッジ大佐と共に飲んでいると彼が声をかけてきた。

「シナプス司令官にケンブリッジ大佐」

何かね? 目線で問う。そしたら敬礼してから話題にはいた。

「サイド7と地球周回軌道では援護並び救援要請に答えて頂きましてありがとうございます。
もしあの場にいたのが自分達だけではとてもここまで来る事は出来なかったと思います。本当にありがとうございました」

ああ、その事か。気にするな。友軍を助けるのは当然の事だ。
そう言って座ったまま応対する。相手は立っているがここで立てばこの若い大尉の事だ。また緊張するだろう。




宇宙世紀0080.08.01

ドドドドド。100mmマシンガンの徹甲弾が目前にいた一機のザクⅡJ型の正面装甲を貫く。
仰け反りかえるザク。
その後ろから120mmマシンガン、通称、ザクマシンガンの発砲光が見えた。バーニアーを噴かせて横に跳ぶ。
牽制にマシンガンを残り一マガジン分叩き込んだ。銃声が互いにやむ。夜の帷が下りた今、ビームサーベルはギリギリまで使えない。
下手に使って光で敵を誘う訳にはいかない。

『隊長、右200mにザクの足音!! 来るぞ!!!』

気が付くとザクがマシンガンを構えていた。

『隊長!?』

ガガガガガ。何かが割れて飛び跳ねる音。
それが彼の聞いた最後の音だった。




とある市街地では住民が必死に空爆に耐えている。
ジオン軍が当初の予定通り撤退したにもかかわらず、それを知らない連邦軍の航空隊は大型爆撃機の大部隊による絨毯爆撃を行ったのだ。
地下鉄やデパートなどの地下、防空壕に隠れてやり過ごした住人たちに聞きなれない足音らしき音が聞こえた。
連邦軍の先発隊、陸戦用ジム部隊6機二個小隊が市内に侵入したのだ。
これを見たジオン軍は超長距離から一方的な砲撃を開始。
開始したのはYMT-05 試作モビルタンクの一号機ヒルドルブとその簡易量産型MS-16M ザメル隊である。
余談だが地球連邦との開戦前夜、地上戦を最初から考慮していたジオン軍は非加盟国(北インド、中華、イラン)と共同で地上戦用MSの開発に着手した。
特にMSに懐疑的な非加盟国はダブデ級陸戦艇やギャロップ級陸戦艇の量産、一方的に敵軍を撃破できる戦車の様なMSを採用したかった。
その結果が試作モビルタンクのヒルドルブであり、その量産型MSであるザメルであった。その大口径戦車砲は地上戦力の質で劣勢な非加盟国を底上げするだけでなくジオンには無かった地上戦のノウハウを提供する事になる。
そしてそれは本来であればMS適正無しとして撥ねられたであろう人々に希望を与えた。開戦前の義勇軍降下作戦以来前線で活き活きと戦い続けているソンネン少佐などその典型例である。

「初弾命中。は、連邦のMSが。思いっきり上半身が吹き飛びやがった」

デメジエール・ソンネン少佐は指揮下の12台の部隊に命令する。ビッグ・トレーの正面装甲を貫通する大口径砲弾だ。MSの装甲など拳銃弾に対する紙か段ボール程度の扱いだろう。と、連邦側に動きがあった。

「散開する気か? させねぇよ。各機、焼夷弾発射。続いて徹甲弾! 個別射撃だ。各個に撃て!」

一機のジムが足を止めて今度は下半身が分解された。そのまま上半身が地面に落ちる。また別のジムはジャンプで回避したにだが、降りた場所がたまたま着弾後のクレーターだった為、そこに足を囚われる。そのまま第四撃がそのジムを木端微塵に砕く。運が無い奴だ、ソンネン少佐はそう思った。

「よし、最後に榴弾を撃って撤退する。全機照準。よーい。3,2,1、0.撃て!」




「た、助けて・・・・・誰か! 水が!! 死にたくない!! ここから出して!!!」

被弾した僚機のグフが河に落ちた。河川と言ってもコロニーの川のように浅くない。
水深がMSの全高よりもあるのだ。
このままでは彼女は死ぬ。なりゆきで何度も肌を重ねた位に仲が深いのだが助けに行かない。自分は助けない。助けに行けない。目の前の敵に後ろを見せたら自分が死ぬ。

「くそぉぉぉぉ」

掛け声を、雄たけびを上げてグフのヒートソードを振り上げるが、目の前のオレンジ色のジムはそれを左手のシールドで受け止めた。
シールドとヒートサーベルの接触音と衝撃が響いた。
次の瞬間、目の前に光が来た。彼は光の渦に一閃され、意識を刈り取られた。
真横からコクピットを陸戦型ジムが横一文字に両断した瞬間である。
続いて残った最後のグフを狙い、上空に12機のフライマンタが現れる。一斉射撃の対地ロケット弾。盾を構えて退避するグフ。
いつのまにか僚機の女性パイロットで士官学校をルウム戦役後に卒業した彼女の声は聞こえなくなった。そう言えばノーマルスーツを着用してなかったな。溺死か。それは嫌だなぁ。
その一瞬、先ほどのジムがシールドの尖端でグフのコクピットを押し潰し、この小隊の意識を全て刈り取った。




二機のドップがミデア輸送機の上空を取る。急上昇と急降下だ。戦闘機誕生以来の戦闘方法は宇宙育ちのジオン軍人でも使えた。
急降下でミデアのコクピットを20mmバルカンで撃ち抜く。もう一機は旋回して後ろから左翼エンジンに集中射撃をかける。
護衛のセイバーフィッシュに一機のドップが撃墜された。機首バルカン砲がドップの翼に命中してドップを空中分解させる。
また別のドップは低空に逃げ込んだが別のセイバーフィッシュの攻撃でコクピットを赤く染め上げ、墜落。森林が炎上。
と、ミデアからホバートラックが脱出した。次の瞬間、航空機用ガソリンに引火したのかミデアが爆散した。




別の戦線では61式戦車がマゼラ・アタックを駆逐している。戦車戦では連邦軍が圧倒している。このままいけば勝てる。そう誰もが思った。
が、ホバートラックのソナーマンは捉えた。6機のホバーの音を。

「ドムだ!!」

叫んだ時と120mmマシンガンの着弾は同時。一気に3両の戦車が廃車に追い込まれる。一斉に後退する戦車に追い付くドム。
戦車は当然ながら上空からの攻撃に弱い。と言う事はMSの持つ火器の攻撃にも弱いと言う事だ。

「援軍を。航空隊に支援要請を!!」

『敵の航空隊が来る前にかたをつける。60秒後に離脱する。マゼラ隊にもそう言え』

『了解しました、フレデリック・ブラウン少尉』

無線が交差する。ここぞとばかりにマゼラ・アタックも175mm砲を放つ。ドムも61式戦車隊を蹂躙する。
あるドムはヒートサーベルを上から突き立てる。あるドムは蹴りつける。あるドムはマシンガンで破壊する。
中には果敢にも反撃する戦車がいるが61式戦車の戦車砲に耐えきるドム。
流石は重MSだ。伊達に戦線の強行突破をコンセプトに開発されてない。
この地区のジオン部隊は当初の予定通り撤退していく。だが連邦も逃がさないと言わんばかりに即座に航空隊による爆撃を仕掛ける。爆弾が周囲の地形を変えていく。




「コジマ中佐。戦況はどうかね?」

ビッグ・トレー03のCICでイーサン・ライヤー大佐は参謀長役のコジマ中佐に聞いた。彼らの目的、フランス・イタリア解放方面軍(南欧方面軍)と言う名前からもフランス、イタリアの回復。
だが当初の予想とは異なりジオン軍抵抗は明らかに不自然である。CICではオペレーターや参謀たちがせわしげに働いている。

「はい、敵の抵抗は微弱です。ほぼ無人の荒野を行くがごとくです。
危険なのは地雷やブービートラップ、敵のゲリラ的な補給路遮断作戦くらいですか」

妙だな。右手を顎に当ててライヤーは呟いた。戦闘前の予想、つまり事前の情報。
ジオン軍の地球攻撃軍は面子を重視して、一度占領した地域全てを守るべくヨーロッパ全域に万遍なく戦力を分散しているというのがエルラン中将の話だった。
諜報部も管轄する作戦本部の報告だ。エルラン中将自身もベルファストまで前進して督戦している。しかし偵察機や先行した部隊の報告は違う。

『我、パリに敵影を見えず』

その後その機体のパイロット(リド・ウォルフ少尉と言った)から直接呼び出して聞いたうえ、数度の偵察隊を放ったが報告は同じ。
更に南の都市であるヴィシーにもジオン軍は少数しかおらず、そのジオン駐留部隊も制空権が確保してあるうちにガウ攻撃空母で脱出する気配を見せていた。

(これらを総合して考えれば敵はヒマラヤ山脈以南に陣取っているのか? だが、そうなると・・・・)

ライヤーとて無能では無い。派閥争いに敗れ、レビルが台頭したから未だ大佐だがその地上戦の指揮能力は高い。
現在イベリア半島開放を進めているイベリア解放軍のスタンリー・ホーキンス大佐も同様だ。彼は無派閥だったのでその影響を受けたのだが。

「ホーキンス大佐に連絡を取れ。司令部にも打電しろ、パリは空爆するな、と」




大規模反攻作戦である『アウステルリッツ』が発動して既に10日。第13独立戦隊も訓練を終えて作戦参加の為にベルファストから最前線に到達、途端に大規模なドップに通信では60機)の迎撃を受けた。
それをワシントンで知るウィリアム・ケンブリッジ。

(リム・・・・・頼むから生きて帰ってきてくれ)

ジャミトフ先輩は自分に対して精一杯の誠意を見せた。新造艦に新型機、独自行動の自由にルウムを生き残ったパイロットたち。
更には3隻のペガサス級強襲揚陸艦。40機近いMSは全て新型のジム・スナイパーⅡか陸戦型ガンダムに、エースのヤザン大尉らにはガンダム・ピクシーやブルー1号機にガンダム三号機。これでリムが死ぬはずがない。そう思っていた。思いたかった。

「次官、無理をなさらずに」

ダグザ少佐が慰めてくれる。彼も確か部下たち全員を戦地に送っているのだ。
自分を守る為に卑怯者の汚名を被ってまで護衛に残ってくれた。
感謝しなければ。
そうしている内にワシントンの国際空港に一機の特別機が降り立つ。そのまま車で待っていると待ち人が降りてきた。

『ようこそ、ワシントンDCへ』

私が待った待ち人はガルマ・ザビ。だが、次の瞬間、奴の喜色にあふれた顔を見てかっとなった。頭に血が上る。
あろうことかあのジオンのザビ家の御曹司は女性同伴だった。
しかもその女をエスコートする程の余裕を見せつける。

(あれがガルマ・ザビ!? 何だあの姿は!!
許せない。何人も、何十人も、何百人も、何千人も、下手したら何万人も、何十万人にもザビ家の為に死んでいるのに!! お前だってザビ家の一員だろう!!)

少なくてもかつて自分を護送してくれたランバ・ラル氏や第9次地球周回軌道会戦で壊滅したジオン側の将兵らはガルマ・ザビの為に死んだ。
その当事者であり守られた当人は呑気に連邦の有力者のお嬢さんとデート気分で敵地のリゾートホテルに滞在。しかも特別機と護衛付きの生活。
これに対して自分はルナツーで連邦上層部の失態隠しのための謂れなき尋問と人権侵害を受けた。
そして命からがら地球へ、故郷の北米に帰ってきてみれば帰って来たで、妻だけを再び戦地に送り出した。子供たちの泣き声をバックに。

(自分の妻は、リムは最前線で今まさに戦っているのに!!
その戦争を、この戦いを引き起こした当事者の一族は責任を感じず呑気に捕虜生活?
しかもあれはイセリナ・エッシェンバッハか? 何故そんな有力者と肌を重ねている!?
お前には自分の為に、いや、自分のせいで死んでいった将兵への懺悔の気持ちは無いのか!?)

連邦側から一斉に悪意が向けられた。一般兵も儀仗兵も仕事だからやっていると言う感じが強い。寧ろ馬鹿面を浮かべてないで俺たち連邦の中堅文官たちの怒りの視線を感じろ。

(ガルマ・ザビ、貴様は一体全体何様なのだ!?)

そしてあろうことか騎士の様にイセリナお嬢さんをエスコートした。皆の見ている目の前で。この点はジオン公国時代の感覚が抜け切れてないのだろう。
だがそんな事を冷静に見ていられるほど最近の自分の精神は安定してない。

(貴様!!)

この時、私は怒りと同時にリムが戦場で死ぬという鮮烈なイメージに囚われた。ずたずたになって判別さえつかないリムの死体。泣き崩れる子供たち。
棺おけに入った無言の帰宅。唖然とする義理の両親たち。全滅した戦友たち。可愛がってくれたシナプス司令官の死。賑やかだった艦橋の女性陣。
そして私の元に帰ってきたのは辛うじて判別がついた血塗られたリムの冷たい手。
それが現実になるかと思うと怖気がする。
気が付いたら体が動いていた。気が付いていたら体がガルマ・ザビの方を向いている。

「次官!?」

ダグザ少佐が慌てて引き留めようとしたが遅かった。私は州政府が用意したリンカーンから降りる。それを見やる連邦の官僚や軍人たち。驚きと戸惑いの嵐。
だが、私は未だに敵地でラブロマンスをしてくれたジオンのプリンスにその視線を集中していた。
タラップから降りてきて、あまつさえ私たちに手を振ったスーツ姿のガルマ・ザビに近づき、その襟首を掴みあげる。
この時の私は確かにおかしかった。妻だけ戦地に送り出していたので、きっと精神科に行った方が良い精神状態だったのだろう。それでも私は動いた。
激情で動いた。政治家も官僚も感情で動いてはいけないが、この時は違った。私はこの戦争が始まってはじめて『ウィリアム・ケンブリッジ』個人として行動したのだ。




「ガルマ・ザビ!! 貴様!! 一体全体何様のつもりだ!!! お前のその態度は一体なんだ!!! この卑怯者の恥知らずが!!!」



[33650] ある男のガンダム戦記 第十三話『暗い情熱の篝火』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:15b68140
Date: 2012/08/14 13:28
ある男のガンダム戦記13

<暗い情熱の篝火>




宇宙要塞ソロモン。ジオン公国の宇宙における純軍事的な要所であり、地球連邦軍の宇宙反攻作戦『星一号作戦』の一環である『チェンバロ作戦』の攻略目標である。
その為の事前の準備(数個の独立艦隊による強行偵察)をレビル将軍は命令した。
が、4隻ずつ、合計12隻のサラミス改級で編成された第2独立戦隊、第3独立戦隊、第4独立戦隊は、数機のMSとは違う航宙機の大型版の様な、ジオン軍がMAと呼んでいる部隊の猛攻撃を受けて壊滅した。これは当初の予想ではありえない事態だ。一個艦隊相手にでも時間を稼げると思われていた3つの独立戦隊が瞬時に壊滅。
その部隊をジオン軍は第300独立部隊、通称「ニュータイプ部隊」と呼んでいた。

「シャリア大尉、クスコ中尉、マリオン中尉、レイラ中尉、セラ少尉、アイン少尉のMAエルメスか。これは凄い一方的な戦況だな」

ゲルググ高機動型という単純な兵器としてはガルバルディαに劣るものの、兵器としての質で勝るその機体を配備している白狼連隊を指揮して、彼ら彼女らニュータイプ部隊を護衛するシン・マツナガ少佐はコクピットの中でバイザーを開けて汗を拭きつつ一人呟く。
彼の言う戦局とは、連邦軍のサラミス級巡洋艦のMS運用可能母艦タイプ12隻と48機のジム改と両軍から呼ばれている連邦軍のMS隊を四方八方から撃破していく姿であり、その一方的な戦闘の流れだ。

「ただし戦闘長期化による原因不明の頭痛あり。
また各MSNシリーズ搭載のサイコミュ兵器によるオールレンジ攻撃時は意識を対象に集中する必要がある為、護衛機の存在が必要不可欠
これでは半ばモルモット扱いだな。しかしドズル閣下も彼ら彼女らを戦線に投入するだろう。このソロモンを放棄するなら尚更」

6機のMAエルメス。その搭載兵器『ビット』の動きは連邦軍を完全に翻弄していた。
戦闘開始寸前に艦隊司令部からニュータイプ部隊のみの迎撃を命じられた時は正気かと思ったが、これ程の実力ならば納得ができる。
そしてザビ家に近い、正確にはドズルの信頼が最も厚いのが自分だと言われている。実際、彼から国家の大戦略を聞かされることもある。愚痴と言う形で。
ギレンやサスロは互いに言い合えるから無いが、軍事の専門家としてザビ家で役割上孤立しがちなドズルはこういう事がある。信頼する部下にポロっと裏事情や秘密情報を教えてしまう。ルウム戦役直後のシャア・アズナブルとの面談もそうだった。

(ジオン・ズム・ダイクンが提唱したニュータイプを部隊名に使ったニュータイプ部隊の名は伊達では無いのだな。
しかしこれ程の部隊が急造されるとはジオン本国で何があった? ドズル閣下はこういった胡散臭いモノを好まない筈だ。
事実、私にこう愚痴をこぼした。トップであるギレン総帥はニュータイプ部隊にある程度の足止めを期待している様だが、これで物量に勝る連邦に勝てるのか、と。
確かにその通りだ。私もこの戦果を自身の目で確認するまで6機のMAエルメスよりも36機のゲルググ量産型の方を配備するべきと具申していたのだから)

が、問題は解決した。ニュータイプ部隊は理論の段階だが使える事が判明した。連邦軍もこの時期に新型ジムと新型艦で編成された3つの独立戦隊(艦隊)を壊滅させられるとは思ってなかった筈だ。
その証拠に悲鳴のような救援要請がつい今しがたまで発信されていた。もっともミノフスキー粒子の海に溺れてどこにも届かなかったが。
逆に考えればそれだけの高濃度のミノフスキー粒子散布下での戦闘にて無線誘導兵器が復活したと言える。

「こちらシン・マツナガ少佐。全機の無事を確認。帰還する」

撤退の赤い信号弾が宇宙に輝いた。




ジオン公国のニュータイプ研究の切っ掛けはジオン・ズム・ダイクンの思想を探す学術家グループに端を発する。
ニュータイプとは何か、これを単なる机上の学問から実用的な学問へと推進したのはフラナガン博士を中心としたグループであり、サイコミュと呼ばれる無線誘導機器(後にオールレンジ兵器と呼ばれる)の開発が主目的である。
意外な事にこれ(ニュータイプ論)に最初に興味を示したのはギレン・ザビ総帥であった。実際、この事を知ったサスロ・ザビは兄が過労の余りに新興宗教団体に嵌ったのではないかと不安の余り、ギレン・ザビへ直訴した位だ。
そう思われる程、ムンゾ自治共和国からジオン公国まで政権の中枢にいるあの冷徹な合理主義者、それがどちらかと言えば精神論的なモノに興味を示した衝撃は大きかった。

「ニュータイプ研究を開始せよ。予算はある程度は付けよう。フラナガン博士、場所と資材と予算に人材は確保するからこのサイコミュを実用化して見せろ」

そう言って開発計画にGOを出した。ではこの理由はなんであったのだろうか? それはキシリア・ザビの存在である。
彼女が残した(正確には残してしまったというべきだろう)キシリア日誌と呼ばれる極秘文章、ザビ家の長女によるクーデター計画の見取り図とでも言うべき案に、ギレンは警戒した。
そしてその一部に書いてあったサイコミュに興味を抱く。

「ニュータイプ、か」

総帥服を着たギレンはキシリア日誌を読み切ると自室でそう独語したという。
奇しくもこのニュータイプ論とサイコミュは、ジオンの国運を賭けたミノフスキー博士によるミノフシキー学、ミノフスキー粒子によるMSの登場と重なった。
これは歴史の必然だったのだろう。そう考えたい。
ギレンはキシリア・ザビの考えたニュータイプ進化論と言うべき考えには一切の興味を抱かない。当然だ。それは彼の様な人物にとっては弱者が縋る妄想である。こういう点ではウィリアム・ケンブリッジと同じ感性の持ち主だった。
彼が興味を抱いた対象はミノフスキー粒子散布下での無線誘導可能な兵器であるサイコミュの開発。一方的に誘導兵器を復活させられる可能性である。
その点を考慮してサイコミュニケーター、これの開発に着手した。こちらの方が余程重要な問題である、そう言い切った。

(ニュータイプそのものはダイクン学派の連中にやらせればよい。それよりも無線誘導兵器の復活こそ急務!)

時に宇宙世紀0076の夏であった。それから3年あまり。ジオンは数百の実験と戦争時の実戦データを反映させてMSNと呼ばれるシリーズの開発に成功。
ミノフスキー粒子散布下での誘導兵器復活につなげる兆しだけを見せた。
もっとも、そのサイコミュを使えるのはあくまで一部の人間であり、一般人が使えないと言う弱点が存在するので全軍への配備は行われてない。
そう考えればこの兵器はあくまで理論上の存在であろう。兵器とは誰でも扱えて一定の成果を上げられる事が前提条件なのだから。
加えて。ジオン公国の総帥たるギレン・ザビは、サイコミュを扱えるその人物をあくまで突然変異であるとしか見てない。この点もウィリアム・ケンブリッジのニュータイプ少数派論に良く似ている。本質的にあの二人は似た者同士なのだ。
無論、それを表に出す事は無い、それが為政者だ。無いのだが、ギレンらジオン公国の上層部は本心から彼ら彼女らをニュータイプであるとも思ってない。考えてもいない。

『ニュータイプとサイコミュを扱える人間はあくまで別物である。便宜上そう呼ぶだけである』

これは愛人のセシリア・アイリーンも弟のサスロ・ザビやドズル・ザビも知っていた。ちなみにザビ家で知らないのはデギン公王とガルマである。
戦争序盤で司令官職を求めて、本国の参謀本部比べて情報が乏しくなる前線部隊に、自ら向かったガルマ・ザビはともかく。
デギン公王がこのニュータイプ部隊の事を知らないのは余計な事をして南極での交渉をぶち壊してくれた前科から、つまり、ギレンやサスロの警戒感から来ているのである意味自業自得だ。
そして、宇宙世紀0080.08.03。

『撤収作業終了しました』

確認する。敵味方の負傷兵や漂流者の改修も終わったようだ。宇宙空間や海上で漂流者は敵味方の区別なく回収するのが習わし。
もちろん南極条約で義務化されているがそれ以前に船に乗る物全員の義務だ。そして言いたくないが既にノーマルスーツの平均空気残量時間も5分前に切れている。

「よし、ジムの新型も回収した事だし撤退する。全ザンジバル級、回頭」

ザンジバル改級4隻で編成された白狼連隊は一度ソロモン要塞に帰還する。
この戦いで、ソロモン宙域でその一端を白狼と呼ばれるジオン十字勲章所持のエースパイロットにして名指揮官は確認した。サイコミュを搭載したMAもの実力を。




宇宙世紀0080.08.19日。ワシントンDCの一角で。ウィリアム・ケンブリッジは囚人服を着て面会室に居た。手錠はされてないし一時的な処置である。が、この切っ掛けと言うか原因は言うまでもなくガルマ・ザビに殴り掛かった事にある。
寧ろ。よく謹慎拘禁処分で済んでいると言える。これがジオン公国なら銃殺刑もあり得ただろう。実際ザビ家に反抗して生き残ったのが奇跡的だと言うのがジオン公国だ。それくらいの事をやったのだ。
それは分かっていた。だが、それでも許せなかった。

(関係ない筈がない。お前が昔何をやったか、その所為で一体どれだけの人間が迷惑をこうむり結果としてどれだけの人間が死んだのか思い出せ!!
あの武装解除事件で連邦側にも犠牲者は出た。その後のジオンと連邦の交渉を暗礁にのし上げさせた。結果、両国は戦争に突入したのだ!!)

そう怒りの炎を、ある意味では八つ当たり以外の何物でもない感情を燃やしたウィリアム・ケンブリッジ政務次官である。
開戦に至るまでの持論はまあ極論ではあったが。他にも軍拡のもたらした経済的な側面など理由は多々ある。
決してガルマ・ザビ『だけ』の責任では無い。が、ガルマ・ザビにも責任の一端があるのは自明の理でもある。
そんな彼の面会相手は休暇を取ってわざわざ会いに来たジャミトフ・ハイマン少将。

「久しぶりかな、ウィリアム。差し入れは無いが子供たちは全員無事だ。お父さんとお母さんは仕事で外国へ行っていると私が直接言ってきた。
君らの両親たちにも詳細を説明して納得してもらった。その点は安心してほしい」

ジャミトフ先輩は後輩であるウィリアム・ケンブリッジの体調と心情を心配して会いに来たのだ。全く頭が下がるとはこの事である。
当然ながら彼は将官であり、北米州方面軍副司令官並び軍事参事官(連邦軍統合幕僚本部の主要メンバーの事。全員で35名しかいない。他にはブレックス・フォーラ少将やジョン・コーウェン少将などがいる。トップはゴップ大将)として重圧を加えられている彼にとっても貴重な休暇なのに。
そして思い出される。殴るかかった、彼の胸元を掴みあげたあの日を。

『ふざけるなよ、お前は自分が誰だか理解しているのか!?』

『お前が殺した人間の前でその腑抜けた姿を見せられるのか!? お前のバカンスの為にジオンの兵士達は死んだのか!?
俺の妻は・・・・・リムはお前の個人的な名誉欲や虚栄心の為に死にかけているのか!? ふざけるんじゃない!!』

そう言ってガルマ・ザビを罵倒した。周りの景色など忘れて。自分の立場をしっかりと投げ捨てて。あったのは感情のみ。激情のみ。
内容は後で述べるが、それはそれは正に心の底からの罵倒であった。彼が誰であったのか、自分が誰を相手にしているかなど簡単に忘れ去った。
その事からもう10日程、ワシントン特別空港の現地時刻で8月5日の14時前後だった事を考えると謹慎の日程もあと僅か。
漸く出れる、という安堵感よりも第13独立戦隊の面々がどうなったのか知りたかった。当たり前の事だが独房ではそんな情報が入る筈も無い。それが辛い。

「さて、少しは反省したのか?」

ジャミトフ先輩が鋭く聞く。というより出来の悪い後輩である自分を叱りつけている。怒って当然だ。先輩とは大学時代から長い付き合いになるから。
確かにあの行動は大人気なかった。地球連邦の高級官僚である自分が怒りに任せてやって良い事では無かった。
しかし、それでもガルマ・ザビに言いたかった。

『ガルマ・ザビよ、お前の立場を知れ、お前の為に死んだ人間がいる事を思い出せ、お前の今の立場を考えろ』

と。
まるで自分の為に死んで当然と言う態度が、こちらとの裏取引を破って以来、私が一方的に嫌っているレビル将軍の『ジオンに兵なし』という演説と被ったのだ。
彼もルウム戦役の敗北の責任を取る事無く戦場に舞い戻った。
本来であれば戦死か軍法会議か、強制退役による予備役編入の可能性が高かったのに、である。それだけの大敗北をしておきながら何食わない顔で地球連邦軍総司令官というのは良く考えると納得がいかないだろう。

「・・・・・・はい」

だがジャミトフ先輩には口答えできない。彼は自分がずっと世話になってきた身内だから。その分甘い対応になる。お互いに。
そう言う。それしか言えない。この間、面会に来たダグザ少佐は言ってくれた。

「先日の政務次官の取った態度は官僚としては最悪でしょう。しかし、連邦市民としては当然の感情と思います。
これは個人的な事ですが私も閣下の刑が軽くなるように擁護しました。
ジャミトフ・ハイマン少将、ジョン・バウアー議員、ヨーゼフ・エッシェンバッハ議員も次官を守ってくれています。暫くの辛抱です。
それに連邦軍上層部のゴップ大将がこの件で動いてくれているとの噂もありますから。決して自棄を起こさないで下さい。必ず釈放されます」

この言葉を聞いた時は本当に頭が下がる思いだった。
あの日の自分は自分の事しか考えてなかった。リムと子供たちのことしか考えなかった。それが情けない。それが悔しい。泣きたいほどに情けない。
私の為に力を尽くしてくれる人々がこれ程いた。それに気が付けなかった。リムと子供らの事しか頭になかったのが悔やまれる。後悔する。

(私の為に戦地で妻を守ってくれる人々も何百人といる。何でもっと視野を広げなかったんだ?
それを分って無いのではガルマ・ザビと同じではないか? いや、何も変わらないだろう。ガルマ・ザビの独善さと俺の身勝手さは同じ重さだ。同じモノだ)

あの時、ワシントン特別国際空港。
私はきっとガルマ・ザビに、己であるウィリアム・ケンブリッジの姿を見たのだ。己の事しか顧みない、最悪な人物である己自身を。
だからあれ程の怒りがわいた。だからガルマ・ザビと言う自分から見て20歳は年下の若者に理不尽な怒りをぶつけたのだと思う。

(私の鑑みがあの時のガルマ・ザビ。そうだ、それを自覚しなければ)

いや、ガルマ・ザビの事などもうどうでも良い。ようは自分がガルマ・ザビの様にならない様に自覚しなければならないと言う事。
次に自分を忘れた、或いは身勝手な行為をすれば恐らく神は私を裁く。それを忘れてはならない。

(そうだな。あのガルマ・ザビと俺は何が違う? 一緒だ。同じだ。全く変わらない。俺は俺の事しか考えてない卑怯者だ。
第9次地球周回軌道会戦で戦死した将兵の事を数値としか見ないガルマ。リム以外の事を単なる文字でしか見れなかった俺。
何も変わらない。何も違わない。全て同じである。まったく度し難い。本当に・・・・心から度し難いのがこの俺か・・・・・自嘲したくなるな)

そう思った。臆病者だとは知っていたが、それ以上に卑怯者だった。自分の事ばかり考えている小学生にも劣るクソ餓鬼だ。そう感じる。そう思える。そう考える。
良く考えて見れば、自分にもガルマ・ザビを批判する気持ちなど持ってはいけないのだ。

(ガルマ・ザビが特権を利用して前線に来たのと俺が特権を利用してリムを戦場から引き離す行為は同じものだ。どちらも特権に胡坐をかいた行為でしかない)

そうだ、自分はあの日連邦政府と裏取引をしたのだ。それを思い出させる。
地球連邦政府との裏取引。あの時、俺は妻リム・ケンブリッジの安全を地球連邦政府キングダム内閣府から『買った』。
文字通り、我が身を犠牲にしてリム・ケンブリッジの安全を『購入』したのだ。それが正しい道を信じて。それこそ誰にも強制されてない自分の選択で。
そして冷酷にもキングダム首相は裏取引を放棄して私たちはうち捨てられた。
過去に交わした約定などまるで無かったかのように、いや事実としてその様な事態は無かった事になった。その結果がリムの前線勤務だ。
確かに裏切られた。だが、その前に自分はシナプス司令官らを裏切っていた。そんな自分にガルマ・ザビのバカンスを非難する資格があったのか?

(独善もここに極まる。おこがましい。なんて卑怯なんだ。なんて屑だ。クソッタレなんだ。俺は卑怯者だったのに今の今まで気が付かないとは。
ガルマ・ザビはさしずめジオンの俺か?
ああそうだな、ジオンのウィリアム・ケンブリッジがあのガルマ・ザビなんだ。それを自覚しないと俺はまた同じ失敗をする)

そう思っているとジャミトフ先輩が声をかける。
彼にも迷惑をかけた。かけ過ぎたと言って良いだろう。彼には世話になりぱなしだ。

「・・・・・そうか、まあこの間も言ったがお前の気持ちは分からなくはない。
ウィリアム、お前の感情は正しいだろうな。戦場に、それも最前線に大切な人間を送れと言われて嬉しがる者はおらん。
私も実戦経験はあるが、それとて海上艦隊の巡洋艦の乗組員だ。それでも怖かったが・・・・ああ、言い忘れていた。私の妻はその時の戦闘で逝ったよ。
情けない事に私はそれを知ったのは艦が港に戻ってからの事だった。そして妻は一番死にたくなかったと言っていた重油まみれの海で重油に囲まれて死んだ。
妻はな、南国のパラオ共和国、北米州の出身でもかなり東方の出身だったのだ。周囲がエメラルド・ブルーやコバルト・ブルーの旧太平洋諸国の出身。
それが故郷とは考えもつかない程汚された海で死んだ。
とてつもなく悔しかった。悲しかった。だから私は地球至上主義者と言われてもこの地球を再生したいと思うようになった。亡き妻の供養の為に」

こんな場で申し訳ないが私は驚いた。

(初耳だ。ジャミトフ先輩があれだけ地球環境に固執した理由は其処にあったのか)

彼もまた家族の為に己の生き方を決めた人間だった。
だが、こちらの方が共感を持てる。
明らかに私事で戦争を継続したとしか思えない南極条約時のレビル将軍の態度よりも余程真っ当な理由に私は感じるのだ。きっとそれは正しいのだろう。いや、正しいと信じたい。

「さて、減給1年に2週間の独房生活、謹慎処分がお前に与えられた罰だったが、情勢が変わりつつある」

ジャミトフ先輩からなんとも嫌な不吉な言葉を聞いた。情勢が変わりつつある? いったいどういう事だ? 
まさかオデッサ攻略の『アウステルリッツ』作戦が不味いのか? あれだけの大戦力を投入して劣勢に陥っていると言うのかあのバカ軍人は!?

(縋る様な視線を向ける自分はきっと滑稽なんだろう。
だが、今だけはそれでも先輩に縋る。今は誰かに縋るしかない、そしてそれは、縋るのは今この時だけだ。ここから出たら・・・・・必ず)

ここからでたら、特別刑務所から解放されて自由になったらあの計画に、「ティターンズ」計画に乗ろう。積極的に協力させてもらう。或いは利用させてもらうと言って良いかも知れない。
地球環境改善も結構、戦後復興に名を借りた戦後の地球連邦統治権の奪取にも協力しよう。
だから今は縋らせてくれ。そう思っていると別の男入ってくる。看守だ。しかし、拳銃を構えた、いやスタンガンを構えた看守と言うのも珍しいな。

「そうか。まあこの間に比べて元気そうでなにより、という言い方は不味いかも知れないが・・・・・それでも元気そうで良かった。
さて本題に入る。まずはお前に面会があるのだ。ウィリアム、お前に会いたいと言っている人物がいる。
不本意な人物だろうとは思うがこれも仕事の一環として会ってやってくれ。というか、会え。これはブライアン北米州大統領閣下からの命令になる。
私が休暇を利用して此処に来たのはその人物の監視の役目もあるのだ・・・・・衛兵、彼を入れろ」

扉が開いた。それに私は驚く。そこには安物の紺のスーツを着た20歳前後の若者が青いネクタイをして立っていた。
そして深々と頭を下げる。本当に深々と、礼儀良く、かつてのお坊ちゃん的な傲慢さは欠片も見せなかった。その点は評価しよう。もっともほんの少しだけだが。

「ガルマ・ザビです。お会いするのはこれで二度目になりますが、ウィリアム・ケンブリッジ政務次官殿とお話をしたく思いました。
その為にジャミトフ・ハイマン少将に無理を言ってここに来させてもらいました。よろしくお願いします」




アウステルリッツ作戦で発生したドイツ北部の戦線は完全に混沌と化していた。ボンを奪還、ベルリンを解放するべく地球連邦軍はついにエルベ川河川沿いの沿岸都市ハンブルグを射程に捕える。
が、ここで撤退し続けたジオン軍もまた決死の反撃に転じる。主力部隊はドムとドム・トローペン、ドワッジを基幹戦力とした第2軍。
ノイエン・ビッター少将指揮下の第2軍はこの為に編成された部隊であり、この打撃部隊による戦略機動による側面反攻作戦を決行してきた。
またジオン軍は海上艦隊を持たないが(黒海沿岸地域で奪った艦艇は戦闘に活用できるほど熟練した乗組員がいない)、シャア・アズナブル大佐指揮下のマット・アングラー隊の通商破壊作戦にて、大西洋で損害を受け、ドーバー海峡に一定の戦力を拘束された連邦海軍はこの時点で無視して良い。
0080.07.31の時点では連邦軍は予備兵力である海兵隊と陸軍5万名によるエルベ川を迂回した強襲上陸作戦が出来なかった。
そして、ハンブルグにはユーリ・ケラーネ少将のジオン軍第1軍と地球攻撃軍のダグラス・ローデン准将の拠点防衛軍(通称は第3軍)が展開。
エルベ川の河川輸送能力や補給線分断の危険性を考えるとこれを無視するわけにはいかない地球連邦軍。故に連邦軍はここハンブルグ前面にてジオン軍を撃破する作戦を取る。
狙いは単純で、『大軍に確たる用兵は必要なし』の言葉を実践。
大規模な空爆と砲撃の後、ハンブルグ郊外に布陣しているジオン軍20万を粉砕する。この為、北部方面軍と中央方面軍の二つ、総数65万を動員した。
更に720機のMSで健在な643機の内、360機を一挙に、第一波としてこの戦線に投入。航空機も1000機を凌駕し、戦車隊も600両になる。
後に『ハンブルグ会戦』、或いは『エルベ川攻防戦』と言われる戦いが始まる。
部隊の集結、南欧解放軍やイベリア半島解放軍からの部隊間の戦略移動などによる時間の浪費からか、会戦が正式に始まったとされるのは宇宙世紀0080.08.14の午前1時30分。
無論、エイパー・シナプス准将指揮下の第13独立戦隊もこの大規模戦闘に投入されるのは当然の事であった。必然と言い換えても良い。
彼ら第13独立戦隊は連邦の最精鋭部隊であり、戦場の便利屋であり、火消し屋なのだから。今動かなくてどうするのかという事だ。
この4隻のペガサス級は他にも前線基地としての機能も持つ。
よって投入されて当然であり、戦隊を構成する全乗組員もそれを受け入れていた。もっとも半分以上は嫌々であるが。当たり前だ。誰だって死にたくない。




時と場所はまたもやワシントンの特別刑務所にある面会室に移る。宇宙世紀0080.08.16の午後10時。本来なら消燈の時刻だ。
それが護衛の衛兵と看守が見守り、弁護士が一人いる中で、軟禁された地球連邦の高級官僚と捕虜になった敵国の王子と言う訳のわからない対談がまた始まる。傍らには眠たそうなジャミトフ先輩がいる。
きっと徹夜続きなのだ。申し訳ない事である。

「政務次官。あの時・・・・何故・・・・私を叱ったのですか?」

ガルマ・ザビは心底不思議そうに聞く。当たり前か。敵である自分を叱っても不利な点はあるが利点などない。まして公衆の目前。
皆が見ていた。言い訳など出来ない。その結果がこの囚人服であり、子供らとのしばしの別れであり、25%カット、ボーナス支給せずと言う減給処分である。身から出た錆だ。が、それは良い。認めよう。
認めないと先に進めないのだ。だが、だからこそ、それがどうしたのかと聞きたい。そんな疑問を聞くためにここに来たのか? お前は他にもやる事があるだろうと視線で訴える。

「私は・・・・・叱られた事など無かった」

言い訳か? 恨み言か? 地球に降りてまともに喋ったと思えばこれだ。全く大した教育をしていたのだな、デギン・ソド・ザビ公王陛下は。
長男ギレン氏と次男サスロ氏、三男ドズル氏はあれ程有能なのに最後の四男はこの様かい。
全くもって良い気なもの。他人事ながら、この四男に対してザビ家は絶対に教育を間違えたと私は思った。それは間違いないね。
そう思っていた。イライラする。まるで鏡だ。考えた通りに来る。
自分を映す鏡。

(ガルマ・ザビと言う男の向こう側にウィリアム・ケンブリッジ内務省政務次官にして地球連邦の若き英雄という特権に胡坐をかいていた男(自分)を見ている気分だ。
不愉快極まる。だがこの鏡を割る事も出来ない。
それに割った所で必ず鏡は私を映すだろうから意味が無い。どんなに砕かれた鑑であろうとも必ず景色を写し出すのだから。畜生が!)

毒舌が出てしまう。

「それで? 私に謝罪しろと? 或いはもう一度罵倒してほしいとでも言うのですか?
ガルマ・ザビ大佐、貴方に謝罪するならあの場でしましたよ。いえ、行動にさえ起こさなかった。それともこれはブライアン大統領やキングダム首相からの命令ですか?
ジャミトフ先輩、もしそうなら命令してください。そうして下さるなら彼の靴でも舐めましょう。それがキングダム内閣と言う現在の連邦の体制でしょ?」

我ながら毒舌だ。
だが、あの裏切りに尋問と人権侵害を受けてもまだ笑っていられるほど大人では無い。このままだと子供らも生贄にされる。そう思える。

「それは・・・・・そうでは無いんだ。違う。ケンブリッジ先生、私はそんなつもりで会いに来た訳では無いのです。
ただ知りたい、いや、これも傲慢だな。私は教えて欲しいのだ。私はジョン・バウアー議員と共に連邦市民の主催するパーティに出席して辛い目にあった。
何人かのご婦人は露骨に私を避けたし、目が笑ってない事くらいは分かった。あれは憎悪や軽蔑の目だ」

それで? そんな当たり前の事を今ここで白状するのか? 
何なら教会を紹介しましょうか? それともムスリムの友人の方が良かったか? 或いは仏教の僧侶や神社?

「知りたいのだ・・・・・何故あれ程まで連邦市民から私は憎悪を向けられているのか、その理由を。そしてこの戦争の意義を」

私は心底思った。ガルマ・ザビのこの発言に。心の底から呆れ返る発言とはこの様な発言を指すのだろうか? そうだな、そうに違いない。
こいつは歴史を知らない頭でっかちのシロッコ中佐並みに御目出度い頭の構造の持ち主らしい。憎悪される? しかも今先生ときたか? 何を言っている?
当然だろう。ガルマ・ザビよ、お前の一族は地球連邦と言う国家の敵対国の王族であり支配者なのだぞ? それさえ自覚してなかったのか?

(嘗て私たちをサイド3政庁に護送してくれたランバ・ラル氏はこんな奴の為に死んだのか? これでは無駄死にではないか?
第9次地球周回軌道会戦で死んだジオンと連邦の全将兵は一体何のために死んだ?
こいつの敵地でのバカンスの為に死んでやったのか? 私の様に家族を故郷に残して!? 悲しむ人間を増やして?)

怒りが込み上げてきた。いや、呆れもある。だから言ってやった。

「ガルマ・ザビ大佐、貴方は馬鹿だ。ハッキリ言って最悪の馬鹿だ。その理由は語るに及ばずだ。自分で察してもらいたいな。
私は貴方に申し上げる事は何もない。貴方は貴方で、自分でその答えを探せ。そうしない限り貴方はずっと兄たちに追い付けないだろうよ。
そしてギレン氏は決して貴方を認めない。ああそうだ、他人事ですがね、これだけは保証しますよ。
その甘さを除かない限り、長兄のギレン・ザビ総帥はガルマ・ザビ大佐、貴方をザビ家の家族の一員とし認めても、対等な人間としては絶対に認めない。
それがギレン・ザビと言う男の鋭さでありますよ。貴方が憎悪をどうこうと言っている間は何も変わりはしない。甘い坊や扱いされるだけだ。」




この言葉が歴史を動かす。




宇宙世紀0080.08.20、ドイツ領ハンブルグ近郊。
戦闘開始からこの方まで激戦がいまだに続く。数機のドムがジャイアント・バズを放ち、ジムキャノンやジムの上半身を吹き飛ばした。当たり前だがパイロットは即死。
また、別の戦線ではザクと陸戦型ガンダムが対峙していた。ザクがマシンガンのドラムマガジンを交換する為に一度動きを止める。

「そういう時は身を隠すんだ!!」

サウス・バニング大尉の陸戦型ガンダムがこの隙を捉えて100mmマシンガンを撃ち込む。仰け反るザクに更に二条の閃光が貫く。後方に爆発音。
爆風、爆音と共に、MS搭載のソナーがドムの退避する音を捕えた。どうやら身を隠す必要があったのは自分の様だ。助かったか。

「こちらデルタⅡ、ラリー機、援護した。0401、無事か?」

「デルタⅢのアニッシュです、バニング大尉を援護!」

デルタ小隊に所属するジム・スナイパーⅡのラリー機とアニッシュ機から通信が入る。ミノフスキー粒子が濃くなりだしているがこの距離ならまだ通信可能圏内だ。
見るとデルタⅢのハイパー・バズーカから噴煙が出ている。銃を上にあげて感謝の意を表す。パイロットにはパイロットの流儀があるからそれで通じるだろう。
ふと、戦場に意識を戻す。一機のジムがグフのヒートサーベルにコクピットを貫かれて沈んだ。
パイロットはまたもや即死だろう。更にフィンガーバルカンで数台の61式戦車を破壊した。そのグフに部下たちが襲い掛かる。

「てめぇ!! この宇宙人野郎!!!」

「は!! いい気になるな!!!」

「もらいましたよ!!!」

そのグフにモンシア、ベイト、アデルが三方向から陸戦型ガンダム三機が一斉にビームサーベルを構えて突っ込む。突きだ。ビームの三段突き。
件のグフは咄嗟にシールドでベイトの右手を叩き、ビームサーベルの軌道をずらしたが、他の二本は避けきれなかった。コクピットに対して正面と左からビームが貫く。
爆発がした。その爆発に乗じて距離をとったアデルの陸戦型ガンダムに別のグフがフィンガーバルカンを撃ちながら接近し・・・・・直後、真横から放たれたビームに頭部を貫かれて爆散する。

「こちらファングⅠ、一機撃破。続いて二機目にうつる。ファング3、援護を」

「了解!」

「こちらファング2、現在BD01を援護中。BD02、BD03の援護を求める」

中腰からレイヤー大尉の無線が聞こえる。
流石は自分たちと互角に戦える英雄部隊の一つ。
因みにジム・スナイパーⅡが使っているのは陸戦型ガンダム用のビームライフルだ。こちらの方がスナイパー型ライフルよりも使いやすい。
戦場ではパイロットの感覚や武器の取り回しが大きく戦闘を左右する。そう考えればこの選択は間違ってない。特にMSの登場以降はそうだ。
更にファング2がザクを1機落とす。ビームがコクピットを焼き切り、ザクが前方に向かって倒れる。その下にいた敵兵の死体を押し潰して。
と、一機のザクが右側からザク・バズーカを構え放つ。ザク・バズーカが放たれた。爆炎で一瞬だが機体を見失う。
それをヤザン大尉のガンダム・ピクシーが陸戦型ガンダムに使われているシールドで受け止める。
その爆炎と煙の向こう側からBD1号機の放つ100mmマシンガンがザクを仕留める。

「ラムサス、ダンケル。聞こえているな? このまま戦線を押し上げるぞ!!」

「フィリップ、サマナ、無事だな? 敵の増援が市街地から向かってきている。迎撃するぞ。敵はグフが1機、ザクが3機だ。カムナ大尉、大尉の01小隊と共に援護してくれ」

「了解した。シャーリー、パミル、残弾確認。敵を迎え撃つ!」

陸戦型ガンダム5機とBD1号機が南の市街地から出て来た敵軍を迎撃に向かう。良く分からないエグザムとかいうシステムはシナプス司令官の権限で物理的に遮断されている。司令官曰く、『兵士は実験動物では無い』との事だ。
因みにこの戦闘には直接関係ないが、ジオンのニュータイプ研究が急速に進化しているのはニュータイプ研究の第一人者であった人物のクルスト博士の亡命事件も影響している。
博士の亡命でジオンに危機感を抱かせたと言うのが正直な話である。
連邦軍にとっては迷惑極まりない。そもそも暴走する兵器など兵器に値しないのだから。
それを乗せたBDはシナプス司令官やリム艦長、マオMS隊隊長から危険視されていた。ユウ・カジマ中尉を殺す、『味方殺し』だと思われて。
(実際に4名のテストパイロットが重傷を負っている。不完全な起動と博士は言っていた。詳細は良く分からない)

地上で若干の優勢を確保している頃、一方で第13独立戦隊の旗艦アルビオンらはドップ36機の攻撃を受けていた。

「輪形陣。迎撃せよ」

シナプス准将の的確な判断で何とか戦線を維持する第13独立戦隊。オペレーターらもこの状況にパンク寸前である。
現在の連邦軍は凡そ200kmに渡って一斉に渡河作戦を実行。
一方で事前に1000機爆撃を20回は繰り返し、ガンタンクを師団規模で、さらにビッグ・トレー4台の対地艦砲射撃を決行した。
海上艦隊からも若干宛にならないが、それでも数百発単位の地形誘導型艦対地ミサイルによる精密爆撃を敢行していた。
これだけ叩けばジオン軍が如何に地下陣地を築いていても突破できると思ったのだが、実際は違った。戦場で予想と現実が実際に違う事は良くあるが。
ジオンは想定以上に、まるで連邦軍がハンブルグ経由でベルリンを目指す事を知っていた様に、大規模な防御陣地を構築。
戦闘は当初の予想とは異なり完全に膠着化する。もっとも消耗戦はジオンにとって不利なのでこの事自体は問題では無いのだが、それでジオンが黙る筈も無い。
そしてリューベックとハノーバーを出発したジオン軍第2軍が戦場に到着。辛うじて連邦軍が優勢であった均衡が一気に崩れだす。
そのリューベックから来た主力攻撃部隊の4つの矢の内、一つを抑えるべく第13独立戦隊が投入されたのだ。言うまでも無く、100機以上が入り乱れて戦う大激戦区である。
その大攻勢を防ぎきっているのは最新型MSの性能、チーム戦術、そして何よりも。

「これで9つ!」

アムロ・レイ少尉の声が聞こえる。ドムの改良型3個小隊を瞬時と言っても良い時間で壊滅させた。彼こそこの攻撃を防ぎきっている立役者。

「連邦の白い悪魔だ!」

この言葉にすべてが集約されるだろう。
ホワイトベース隊が担当したドワッジ12機は3分も経たずにホワイトベースのガンダムアレックスを中心とした防衛線に捉まり、撃破される。
そして、この損害の甚大さと衝撃はジオンに撤退を決意させる。

「ん? こちら006。敵の撤退を視認、ブライト聞こえて? アムロ、カイ、ハヤト、スレッガー少尉、確認できて?」

セイラ・マス少尉の乗るガンダムからの言葉に『追撃は待て』と言うブライト大尉の声が聞こえる。どうやらアルビオンのシナプス司令官も一度ジオン軍と距離を離すようだ。
ふと時計を見る。セイラは思った。戦闘を初めて既に1時間以上。近代戦では異常なまでの戦闘時間だと言われている。
他の部隊も奇跡的に損害率が低い。いや、殆どの小隊が被弾こそしているが犠牲者はいないようだ。これを奇跡と言うのか?

(私たち・・・・・ジオンから見れば本当に化け物でしょうね。これだけ攻撃に出て生き残ったのだから。それも勝って。
アムロに付けられたあだ名。連邦軍の白い悪魔・・・・・・言い得て名だわ)

その感想の通り、攻勢に投入した36機のドワッジの内、実に三分の一がわずか3分弱で壊滅させれた事を知ったケラーネ少将は一度トイレに駆け込むと、指揮杖思いっきり個室の壁に叩きつけたという。
もっとも、第13独立戦隊以外のこの方面に投入された連邦軍MS隊120機中、犠牲は90機を越しており、そう言う意味ではジオン軍の戦術目標の達成は成功したと言える。
が、ジオンも50機以上の機体を失った。その殆どが第13独立戦隊の戦果であった。

「006、セイラ・マス少尉。ガンダム二号機は一度ホワイトベースに帰還します」

「了解、ガンダムが抜けた穴のラインは私達ライラ隊が埋める。一度帰還せよ」

こうして部隊は入れ替える。もっとも第13独立戦隊のペガサス級格納庫もまた戦闘の真っ最中だ。艦載機が帰還した母艦の整備員は仕事が山積み。
武器弾薬の補充、装甲の交換、ジェネレーターの冷却作業などやる事は山ほどある。
戦闘はまだまだ続いていて終わる気配を見せない。




宇宙世紀0080.08.21、ワシントンでまたもガルマ・ザビが会いに来た。良く会いに来るな。あれだけ言われたら普通の人なら嫌って会いになど来ないと思うが。
余程暇なのか?そう思っていたが。

「あれから考えた」

どうやら俺はカウンセラーか精神科に転職したらしい。なんで20歳の若者の疑問にこんな牢屋で聞いて答えなければいけない。
それよりもリムは無事なのか? オデッサ攻略部隊は大激戦を繰り広げていると聞く。その最前線で第13独立戦隊は盾代わりに使われたとも。
仕方ないとはいえ、やはり戦死は絶対に認められない。そもそも一度除隊させたのに。くそ、こんな事なら無理にでももう一度除隊させておければ良かった。
とりあえず、悩める若者の相手をしよう。したくは無いのだがな。

「何をですか? 私も暇じゃないのですがね、ガルマ・ザビ大佐殿」

そう言い放つくらいは今の私は許されるだろう。こんな対応しても決して悪くない。と、思いたい。
だいたいこいつの相手は別の政治家や官僚の仕事だろう? どうして牢屋にいる自分が相手をしなければならないのだ!?

「私はザビ家の男だ。それは変わらない、変えられない。だが、それだけで終わってはいけないと思う。」

そう言うガルマ・ザビの目はいつの間にやら前のお坊ちゃんの目でなくなっていた。この目は見た事がある。決意を秘めた青年の目だ。

(例えが悪いが昔リムにプロポーズした時の俺がこんな目をしていたとリムが言っていたな。まさか、藪蛇になったか?)

それでも思う。一体何を言うのだ?
牢屋にいる高級官僚などと言う矛盾した存在に独白して何が楽しいのだろう? そもそも何ができるのやら? 私が聞きたいくらいだ。

「で、何ですか?」

ここまでザビ家の末子を粗雑に扱う者はおるまい。少なくともジオン公国には。
それがどうやら彼を変える切っ掛けを生んだ。

(これが吉凶いずれとなるのか。そんな事を今直ぐに分かれ、理解しろ、可能だと言うのはシロッコ中佐の唱える万能人間型ニュータイプだけだろうな。
そんな人間などいない。いたら哂ってやろう。お前は神か狂人かどちらかだ、とね)

と、埒もない事を考えているとガルマ・ザビはとんでもない事を言ってきた。
いや、これは恐らくジャミトフ先輩やブライアン大統領らが裏で仕組んだのだな。
例のティターンズ計画の為のか? まあ良い事だよ。この戦争の戦後を見据えているのは良い事だ。俺の為にも、リムの為にも。

「私は兄たちをサイド6かフォン・ブラウンにまで誘い出す。誘い出すと言う言い方は変かもしれないが・・・・・そこでケンブリッジ次官、貴方が彼らと終戦交渉をしてくれ」




「敵機MS接近、数70機前後! 機種はイフリートタイプが36機、残りはドム・トローペンです!! あと少数ながら陸戦型ゲルググを確認!!」

ミユの声に艦橋全体が震えた。
自分達第13独立戦隊は敵の主力部隊の前に居るのはまず間違いない。恐らく連邦軍上層部のレビル将軍の意向だ。数日前のあの圧倒的な戦果が誤解を生じさせている。

「対空レーダーに反応あり、ペガサスの方向からドップ80機、ドダイ80機が接近!! 地上ではマゼラ・アタック隊の移動も確認」

更にミユ・タキザワ少尉が報告する。陸空同時攻撃か。これはこの間と同じ、いや、情報にあった第7師団、第12独立戦隊、第8師団、第10独立戦隊を壊滅させた部隊だな。
迎撃に転じる連邦軍のMSは増援部隊として送られた通常使用でマシンガン装備のジムが100機ほど。が、ジオンの方が早い。
早速、見た事の無い騎士の様な機体に一機のジムが落とされた。
ビームランサーとでも言うべき装備にジムは胸を貫通されている。これは不味いな。そう思ったが誰もそんな余裕はない。

「各機、順次発進体制!」

マオ少佐が叫ぶがその都度、ドップが放つ小型ミサイルが何処かに命中する。護衛のシバーフィッシュは12機。コアー・ブースターⅡは4機。既に数の暴力の前に飲み込まれた。

「ミサイルで応戦!」

リム・ケンブリッジ大佐は命令しながらも思った。これで火消しは二度目。いい加減にして欲しい。だがジオン軍も必死だ。
ここで連邦軍を包囲撃滅しないとベルリンまで遮る者も遮る物も何もなくなる上、組織的な抵抗も不可能になるだろう。
組織的な抵抗が出来ない軍隊などゲリラ化するか降伏するか、必死に撤退するしか道は無い。それはどれも苦難の道だ。
そしてゲリラ化する為の前提条件がこの統一ヨーロッパ州では欠けている。民の支持が無いからだ。そもそも民による支持が在って初めてゲリラ戦術は効果を出す。
ところが、ここ欧州に住む人々は地球連邦による統治を望んでいるのであって、いくら善政をマ・クベ中将らが施行しようとも侵略者であるジオン公国の統治を心から受け入れる事は無い。
だからジオン軍は必死だ。現に南から北上してきたジオンの部隊は既に連邦軍南方方面軍を撃破していると言う噂がまことしやかに流れている。

「個別に対応するな。各艦のデータリンクとメガ粒子砲の一点集中射撃を行え!!
レーザー通信を・・・・・ケンブリッジ艦長、ホワイトベースに命令しろ!! 前に出すぎだ!! 所定の位置に戻れと!!!」

シナプス司令官の怒鳴り声が艦橋に響く。方や地上はもっと混沌としている。
既に30機以上のジムを破壊されたが、こちらも第13独立戦隊のMS隊を投入。更にガルダ、スードリ、アウドムラの空挺陸戦型ガンダム隊が後方に降下。突破を図るジオンを逆包囲戦とする。
が、ジオンも伏兵の伏兵としてザクⅡJ型18機を戦線に投入。止めにドダイ爆撃機が一斉に空対地ミサイルと爆弾を投下する。爆炎と爆風が地上を覆った。
これで戦線は完全に乱れた。エレンもノエルもアニタもフラウ・ボウも他の誰もどこに味方がいてどこから敵が来るのかが分からない。そんな状況に置かれてしまう。

「索敵は!? く、被弾か!? 被害状況を知らせなさい!! あとレーザー通信だけは保持せよ!!」

ケンブリッジ大佐が必死でアルビオンを維持するが、恐らくこの戦いこそハンブルグ会戦の、いや、アウステルリッツ作戦の山場だろう。
出なければ困る。これほどのMS隊が双方ぶつかり合うなど本来はあり得ないのだから。

「犠牲は!?」

ケンブリッジ大佐の声になんとかエレンが反応。ミノフスキー粒子の下で何とか両軍の状況を確認する。そして一瞬だが絶句した。
既にヤザン隊とライラ隊がそれぞれの第一小隊を除き壊滅。しかしながらWBやWD、BDなどのそれ以外は何とか健在、と。

「ガンダムです! アレックスの活躍でなんとかアルビオン隊は生きてます!!」

その通り。
アレックスは既に5機のドム・トローペンを撃破し、2機のイフリートを撤退に追い込んだ。この前もそうだったが一番最年少でありながら最大級の撃墜王であるアムロ・レイ少尉。その戦果は異常と言っても良いだろう。

(これがニュータイプなの?)

そうとも思うが、これが1年前にはただ引きこもり少年だと言うのだから人生分からない。しかし人殺しで褒められる人生と言うのが良いのか悪いのかは分からない。

(もっとも私の旦那みたいに何がその人にとって本当に幸運なのかはわからないけど)

と、今度は下方に回り込んだザクのザクマシンガンの連射を浴びる。アルビオンにのみ装備されていたレーザー機関砲が何門か潰された。衛生兵が戦死者と負傷者を回収しに艦艇下部へ向かう。
そのザクを『青い死神』と異名を取るようになったユウ・カジマ中尉のBD1号機がビームサーベルで一閃する。袈裟懸けに切り落とされる機体。




宇宙世紀0080.08.22.地球連邦首都のあるジャブローの首相執務室では地球連邦安全保障会議の面々(首相、副首相、内務大臣、国防大臣、国務大臣、財務大臣、文化教育大臣、厚生労働大臣、法務人権大臣、宇宙開発大臣、外惑星開発大臣、経済産業大臣)がそれぞれの秘書官と首席補佐官らを連れて協議していた。
その場にはジーン・コリニー提督とブレックス・フォーラ少将もいた。他にも宇宙開発担当官や佐官、尉官がいる。秘書官の代わりに書記官も多数いた。

「それではこれにて最後の議題です。首相、地上戦の為ジオン軍が打ち上げ阻止に出られないというこの好機を利用した我が軍の宇宙艦隊の打ち上げにサインを」

軍主流派であるレビル派閥の一員としてブレックスは制服組のNo3のコリニーを差し置いて連邦政府そのものに脅しをかける。
が、連邦政府もこの脅しと言う名前の提案に乗る。彼らにはもうすでに道は一つしか無くこれに乗るしか他に道は無いのだから。彼らにとって連邦軍の約束する勝利は政権運営の最後の拠り所。
ここで軍主流派のレビル将軍派を敵に回すのは厄介を越して不可能。既に一蓮托生なのが現実である。もうレビル将軍らからは逃れられない。

「勝てるのか?」

問うことは出来る。そして問いに対する答えも決まっている。勝てるのか? 勝つのです! 勝たねばならないのです!! と。それが軍人の答え。

(もういったい何百回繰り返した押し問答だろう。いい加減に疲れてきた。そろそろ理性を復活させる時期に来たのだろうか?
だが、ここで引けば私は、アヴァロン・キングダムはジオン公国と言う弱小のコロニー国家に良い様にやられた無能者として歴史に名を刻むだろう。それだけは避けたい)

そう思ってしまう。一体どこで道を間違えた? ケンブリッジの提案を黙殺した時からなのか? それとも他の時か? もしくはレビルの演説を受け入れた時から?
だが、もう行くしかない。敗者にはなりたくないのだ。それだけは嫌だ。

「打ち上げ準備は整ったのだな?」

別の閣僚が、国防大臣が確認する。何を今さら。
連邦軍レビル派閥である軍主流派の独走は昨日、今日に始まった事では無い。
あの南極条約締結時からあった。それの再確認にしかならない。ジオン軍と同様連邦軍も既に文民統制が崩壊していた。
形式上は総帥に従うジオン公国軍に対して、既に形式を半ば無視して地球連邦政府に自らの計画を承認させる地球連邦軍。

(この戦争はレビル将軍の言うには民主主義対専制政治と言う戦いだったが、今の状況を見て本当にそう言えるのか?
ましてそのレビル将軍が軍のみならず政治の世界にまで影響を及ぼしている現状。これで本当にジオンに勝てるのか、それよりも勝利して良いのか? 
むしろ負けて肥大化した軍部の発言権を取り除くべきではないのか? それが首相としての役目ではないか?)

だが既にサインはした。もう彼らとは一蓮托生なのだ。何度も言うが。
だから拒否はしない。それに勝てば未来がある。輝かしい未来がある筈だ。無傷のサイド1からサイド6、月面自治都市群からの大規模な収入があれば北米州らにも対抗できる。

「では、打ち上げは3日後。第3艦隊から第10艦隊の7個艦隊全ての打ち上げを2週間かけて行います。
この際、ルナツーの第1艦隊と第2艦隊は地球周回軌道に進出、ルウム戦役前半の様なジオン宇宙艦隊の襲撃に対応するべく行動します」

こうしてブレックス・フォーラが持ち出した大規模宇宙艦隊打ち上げ計画『ガガーリン』は『アウステルリッツ作戦』を壮大な囮に開始される。




宇宙世紀0080.08.27。地球連邦軍は遂にハンブルグを解放する。
ジオン軍の総反撃にあい、その戦力の大半(6割強)を失いつつも、別働隊としてデンマークに地球連邦軍の海兵隊が一挙に上陸。一路リューベクを陥落させる。
この会戦、ハンブルグ会戦やエルベ川を巡る一連の戦いで、連邦軍は投入したMS隊893機の内、650機以上をパイロットごと永久に失った。
が、ハンブルグは陥落。これが転換点となりジオン軍は南下を開始した。連邦軍南方方面軍の正面突破という荒業で。
そして敵方であるジオン軍もドム隊を中心に200機以上を失った為、ドイツやポーランドを中心とした中部ヨーロッパ、北部ヨーロッパ、ヨーロッパ・ロシアを放棄。
アイヒマン大佐指揮の60機を超すガウ攻撃空母部隊が将兵とMSを積んで一路、オデッサ基地を目指す。
これを立案していたユライア・ヒープ大佐は『オクトパス』作戦と呼んだ。
列車とガウ攻撃空母を利用した大規模な撤退作戦を開始。もっとも中欧から後退する20万のジオン兵への連邦軍による攻撃、空爆は熾烈を極めたが。
しかしながら北欧からのオデッサ急行や脱出便と呼ばれた大規模空輸作戦、これに対応する余力は連邦軍にはなかった。




「敵MS隊、ザクⅡC型12機、全て沈黙。各機は警戒態勢に移ります」

マオが艦長であるリム・ケンブリッジに報告する。そのマオ少佐の言葉に私は安堵する。方やシナプス司令官は思った。

(あの大攻勢を耐えきれるか、生き残れるかと不安だったが。どうやら何とかなりそうだ。この戦いも終わりが見えてきたな)

通信によるとジオン軍は撤退に撤退を重ねている。明らかにどこからか情報が漏洩していたとしか思えない程に強固な防御陣地を築いていたエルベ川防衛線をも遂に放棄している。
もっとも我が軍も南欧解放軍やイベリア半島解放軍から戦力を10万ほど引き抜いたことを踏まえると、決して連邦軍の一方的な勝利では無かった。むしろ敗北していた可能性が高かったと言える。
途中までの混戦と劣勢。それを覆したのがペガサス級4隻の指揮管制能力。これ
が勝敗を動かした。この点はルウム戦役で活躍したジオンのドロス級移動要塞の活躍に似ている。ミノフスキー粒子下の管制能力の有無と言う点で。

「後退する部隊か。これで7つ。その全てを一方的に多数で囲み撃破する。指揮官としては正しいが人としては・・・・やりきれません」

マオが言う。ユーグ中尉が今しがたマシンガンで撃破したザクの残骸が森林地帯に散らばっていた。あのジオンの大攻勢からもうすぐ1週間になる。

(ふむ、補給の為にも一旦帰る必要があるな。各艦の被害状況も弾薬の消費状況も危険なゾーンにあるのだからな。
何より疲労の蓄積が半端では無い。このままでは優勢な敵に当たればそのまま壊滅するだろう。)

地球連邦軍上層部の精神論者に勘違いされては困るが、かのホワイトベースも補給があってはじめてジオンの勢力圏を横断したのだ。
まして今回の戦闘では既にBD小隊からサマナ、フィリップの二名が、ヤザン隊はヤザン大尉の直卒である第1小隊を除いて、ライラ隊はライラ・ミラ・ライラを含めて全員が戦死。
特にライラ中尉の機体を一瞬で両断した敵の新型MSを逃したのは痛かった。更にスレッガー小隊もスレッガー・ロウ小隊長が両足骨折の重症、今のスレッガー小隊はキム・ログ曹長しか戦えない。他の二名は死んだ。
アルビオン艦載機もサウス・バニング大尉が負傷した。これ以上の戦闘継続は部隊の全滅を招く恐れがある。それにこの艦隊には独自行動の自由がある。

「司令官」

私、リム・ケンブリッジは何事かを考えている司令官であるシナプス准将に意見具申した。
艦隊を反転、一度補給の為にブリュッセル基地に戻るべきです、と。

「そうだな。更に抱え込んだ捕虜の問題もある。一度戻るよう司令部に具申する。なお現地の判断で一時戦線から80km程後退する。
各艦、反転。進路をオランダ領のアムステルダム基地に取れ」




宇宙世紀0080.08.29。この日の日没時、ベルファスト基地は混乱に包まれていた。
統一ヨーロッパ州であるイギリス領のセント・ジョージア海峡をジオン潜水艦艦隊が突破、アイリッシュ海側から敵の水陸両用MS隊が猛攻撃を仕掛けてきた。
その猛攻にさらされるベルファスト基地。今も一両のホバートラックが破壊され宙を舞う。
それを見て赤い彗星の異名を取る男は思った。

「ふーむ、ガンダムがいないのは仕方ないか。他愛ないな。
各機、艦艇を重点的に叩け。特に輸送船は見逃すな。大陸に向かう物資を沈めるのだ」

赤いズゴックはビームスプレーガンを放ったジムをしゃがみ突きでコクピットを貫通させて黙らせる。更にそのまま左手のメガ粒子砲で別のジムの頭を撃ち抜く。
倒れるジム。倒れた拍子に持っていたハイパー・バズーカの弾薬が誘爆して破片を周囲にばら撒き、対MS用ミサイルを構えていた勇敢な連邦兵を切断する。
その後、シャアの搭乗する赤い指揮官専用ズゴック、ズゴックS型のモノアイがズームで高台にあるビルを捉えた。

「さて、あれが連邦軍のアウステルリッツ作戦の総司令部か。マ・クベ中将の不可解な攻撃禁止命令が無ければこのまま督戦に来ている作戦本部長のエルラン中将とやらも殺害したのだがな。
まあ良い。エルラン・・・・・奴がジオンと連邦を繋ぐ裏の外交官と言うアンリ・シュレッサーの言葉を確認できただけで良しとしよう。それにマ・クベにも色々と恩を売って置いてもよかろう」

そう思いつつ、湾岸部に停泊中の駆逐艦に頭部ミサイルを8発同時に撃ち込む。喫水線よりも上甲板に命中した為か沈みはしなかったが前部の120mm砲塔が誘爆した。
吹き飛んだ砲塔はそのまま上空に打ち上げられ、そして地面に叩きつけられる。ガンと鈍い音がした。
これであの駆逐艦は戦えない。見ると一つ目の巨人コードネームを持った部隊も周囲の艦艇を蹂躙している。
この作戦に投入された水陸両用MSは全てズゴックEとハイ・ゴックに指揮官専用ズゴックだ。総数51機。この強力な部隊が完全な奇襲攻撃になった。
いや、奇襲にしてくれたのか? そう思えるほど警戒は手薄だったし奇襲後の対応も明らかに不可解だ。命令系統が浮き足立っていた。夜と言う事もあるだろうが。

「ふ、マ・クベも存外にやる。獅子身中の虫か。さて私とどちらが性質が悪いかな?」

赤い彗星にしてこの奇襲作戦の指揮官、シャア・アズナブルは戦果を確認すると全部隊に撤退を命じる。
この時ジオン軍は51機中、僅か4機の損失で数万トンの物資を海水に沈めた。
色々と疑惑があるのだが、とにかく連邦軍はベルファストと言う統一ヨーロッパ州最大の拠点で無様にジオン軍相手に敗退してしまった。




地球連邦軍の地球並び宇宙での同時反攻作戦を知ったザビ家は地球での持久戦策の成功と、再度のルウム戦役の大勝利を再現する為にソロモン要塞の放棄を決定した。

「艦隊陣形を乱すな。一分一秒の遅れが生死を分ける。全艦、撤退陣形05を維持せよ」

無論、ただで放棄する事は危険極まりない。連邦軍がこの要塞を橋頭保にしてジオン本国を目指すのは既に常識のレベルになっている。
つまり無血開城は宇宙にいる連邦軍を調子に乗せる上、何もせずに戦略拠点を奪われると言う事でジオン軍の士気にも影響する。
と言う事で、ソロモン要塞には地球には行かなかった(行かせられなかった)ダイクン派とキシリア派が集められた。その数は2万名。
ジオン宇宙軍が現在30万名程度まで減少した事を考えるとそれなりの大部隊である。

「艦隊の撤収作業と守備隊の退避、要塞放棄を連動。連邦軍役に付け入れる隙を作るな!」

ユーリ・ハスラー少将は必死に艦隊を纏める。何度も大戦略に基づいた撤退戦の準備を行う。艦隊にも出来る限りの新鋭機を配備する様、上層部に働きかける。
そのお蔭でハスラー指揮下の駐留艦隊は何とかリック・ドムⅡかザクⅡF2型で構成された。が、ソロモン要塞の内実は酷い。
配備された機体のほとんどが旧式のザクⅠかザクⅡC型、良くてザクⅡF型であり、要塞守備隊にはリック・ドムさえほとんど配備されなかった。
もっとも、これに反発したのがドズル・ザビである。

『この様な事は将兵の士気をいたずらに悪化させる上、他の部隊の国家に対する信頼さえ損なわれる。
ギレン兄貴、サスロ兄貴、今からでも遅くない。放棄するソロモン仕方無いが、それはそれとしてともかく、ソロモンの駐留艦隊と将兵はを見捨てないというポーズを取ってくれ』

それは正しい。そう言った理由でユーリ・ハスラーとドズル・ザビは遅滞戦術の研究と訓練を行っている。
今もハスラー少将の艦隊が最大射程圏内で砲撃戦をしつつ、ソロモンから部隊が撤退する演習をしているのだ。
実際、現時点でパプア、パゾグ級のソロモンへの補給船団はジオン本国からの大規模補給を装って各サイドから徴収した物資やソロモンで生産された(極めて少数であるが)MSに人員(ザビ家が有用と判断したという但し書きが付くが)をサイド3に送っている。
地球連邦軍もこの動きをある程度掴んでいるのだが、そもそも制服組、つまりゴップ大将とコリニー大将は中立派だったワイアット中将を抱き込んで、レビル将軍によるソロモン奪還作戦を政治的に利用しようとしていた。
つまりレビル派閥と反レビル連合との内部抗争でこの話を握りつぶしている。そして舞台はジャブローに飛んだ。




「かけたまえ、政務次官」

ウィリアム・ケンブリッジは釈放されると直ぐにジャブローの奥地に呼ばれる。そして来てみてば、ゴップ大将が席を進めてくれる。
コリニー大将を中心に左隣にはグリーン・ワイアット中将が、右隣には外務大臣と国務大臣、国防大臣が座っている。
私の右後ろにはローナン・マーセナス議員が座っている。文官は全員がスーツ。
しかも図ったかのように自分を除いた文官は全員が紺のバーバリーに白いシャツに黒いストライプ入りのネクタイ。

(遂にティターンズ計画の始動か? それとも別の何か? どちらにしろこれは何かあるな。上等だ。家族の為にも負けるか!)

そう思いつつ、椅子に腰かけてキリマンジャロコーヒーを飲む。やはり地球産は美味だ。
今度このコーヒー豆を友人になったばかりの3つのアフリカ州議員らから送ってもらおう。無論、経済格差解消の為のフェア・トレード方式で。
お互いがドーナツとコーヒーを食する。それを片付けてハンドタオルで手を拭く。それを見たのかいよいよ本題に入る。

「さて、コーヒーも飲んだ事だし本題に入ろうか。
ウィリアム君。君は現在のレビル将軍と彼ら幕僚たちの作戦や方針をどう思うかね?」

コリニー大将はいきなり核心をついてきた。なるほどね、まずは牽制なのか。望むところだ。まずは美辞麗句を並べてやれ。

『地球連邦を憂える真の将軍』

『自由と民主主義の担い手』

『地球反攻作戦の指導者にして連邦軍きってのジオン通』

『我らの英雄、ジオンに兵なしの演説を行った稀代の名演説家』

などなど言いたほうだい。もっとも半分も信じてないが。
いや語弊があるな。全て白々しい嘘だ。本心は南極で終わる筈だった戦争を継続させた戦犯だと思っている。
事実、南極条約をご破算にして何十万人も死なせている。これが戦犯でなくて何が、誰が戦犯だ?
あの時、地球圏全土に反戦平和の演説を行う事も出来た筈だ、そうすればこの流れを考えると逆に平和が来た可能性は極めて高い。

「そうか、君は中々面白いな。ブレックスやジャミトフ君が気に入るだけの事はあるね。ああ、ジャミトフ君の北米州軍の強化は大したものだよ。
・・・・・それで、だ。まず先に謝ろう。
君の奥方に関してはすまない事をしたと思っている。最低限の護衛しかつけられず戦場に送り出した。ウィリアム君、誠に申し訳ない」

そう言って頭を下げるコリニー大将。

(騙されるか。そうやって人の心を掴むのはお前らの得意分野だろうが。それに何度騙されて利用された事か。だが、今は利用されてやる。
あのレビルの戦争大好き野郎とキングダムのクソじじいを引き摺り下ろすにはこいつらの権力が必要なのだ。権威がいる。
あの二人を凌駕する権威と権力が。
その為には多少の嘘も、大いなる犠牲も払ってやろう)

それが俺の覚悟だ。俺の本当の意志だ。見ていろよ、この戦争を終結させて俺は英雄になる。そしてその地位を使ってリムを除隊させる。絶対に除隊させるんだ。

「いえ、お気になさらず。妻も高級軍人です。覚悟はあると言っていました。私も大人気なかったと思います。
こちらこそお手を煩わせて申し訳ありませんでした。謝罪させて頂きます」

その言葉に数名がひそひそとざわめいた。どうやら俺が激発すると思っていたらしい。あのガルマ・ザビ暴行の件か。尾を引くな。当然だろうが。
それから何度もどうでも良い事を話していた。そして彼が言ってきた。彼、コリニー大将が一つの提案をしてきた。

「話していて君は実に面白いと思った。そして実に頼りがいがあるね。正直に言おう。
君の戦後を考えていたウィリアムプラン、我々はWと呼んでいるが、とでも言うべき戦後統治案をブライアン大統領とマーセナス議員を経由して聞かせてもらった。実によくできていた。
だからだ、私が思うに君が関与している例の計画を成就させる事と君の本当の望みは一致しないかね? 
私は一致すると思う。戦争の終結こそ奥方の安全を確保する最良の道ではないかな?」

全員の前にあるコーヒー。その湯気が出ているコーヒーをコリニー大将は飲み、咽を潤した。

「既に我が地球連邦は戦後を考える時期が来たと私たちは思っているのだ。
どうかな、政務次官。君を再び対ジオンの特別政務官に任命したいと思うのだ。
無論。首相は反対するだろうが・・・・・安心したまえ。君さえ承認すれば直ぐに閣議で賛成多数の結果可決されるだろう。
残念ながら・・・・・内閣なのだが言い方は悪いが首相を救う事を諦めた者が絶対多数派になってしまっている。
どうする、もう一度聞いておこう。私たちの提案に乗るかね? それとも律儀に地球連邦の官僚として地球連邦首相キングダム氏の言う事を今まで通り聞くかね?」

予想できたとはいえ、コリニー大将の言葉はまさに渡りに船だ。ここで功績を作って、戦争を終結させてリムを取り戻せれば必然的に北米州の発言権も高まる。
俺が高める。俺が事ある毎に太平洋経済圏の諸州を代表しているとして行動して、そのままジオン公国と和平を結ぶ。それこそこの戦争で失点を稼いでいる愚か者どもに鉄槌を下す切っ掛けに、契機になる。

(そうだ、まずは北米州のティターンズ計画を推進して権力を得る。絶対に子供らとリムを守れる権力を得る。そしてレビルとキングダムを追い払う。
レビルもキングダムも戦争犯罪人にして処断してやる! 最初は北米州の強化は北米州大統領補佐官である俺の立場の強化だ。
ジオンとの和平の立役者になれば今度こそリムを安全な場所に連れ戻せる。戦後になれば軍縮を名目に除隊させられる!!! リムを子供たちに帰してやれるんだ!!)

もちろん、顔には出さない。ゆっくりと考える。考える振りをする。
そうする事で連邦に忠誠心を持つと錯覚させてやる。或いは証拠固めに走る。
そして5分ほどの沈黙の後、目を開けた。



「・・・・・・・分かりました。対ジオン特別政務官の役目、お受けします」

内心でこう思いつつも。

(見ているが良いヨハン・イブラヒム・レビル、そしてアヴァロン・キングダム。俺はお前たちにやられた事をやり返してやる。
戦争を平和的に終わらせると言う事で貴様らが失敗をしていた事を証明してやる。見ているが良い!!)




マッド・アングラー隊はベルファスト基地を奇襲後、その経路を北に取る。北海を北上。ブリテン島最北部にて全艦が反転、一路南下した。攻撃目標はアムステルダム補給基地。
その攻撃日は宇宙世紀0080.08.31日。
奇しくも第13独立戦隊が前線から一時退避した日時とほぼ合致した。地球連邦軍のアムステルダム補給基地を襲撃すべくシャア・アズナブルは行動を開始する。

「ほう、偵察機が帰還したのか?」

この時点でイベリア半島内陸部並び沿岸部、フランスからドイツ中部、イギリス、アイルランド、デンマークらに北海、ドーバー海峡の制海権、制空権は連邦軍の手にある。
その中でジオン軍のユーリ・ケラーネ少将とダグラス・ローデン准将は威力偵察に託けて大規模な偵察隊を派遣した。その中の一つが闇夜のフェンリル隊であった。
その機体、ニッキ中尉のザクⅡS型が連邦軍の哨戒網突破し、木馬四隻を中心とした艦艇が補給の為にアムステルダムに寄港した事を知らせた。
映像を確認する。木馬らは簡易ドッグに入港していた。

「なるほど、木馬は動けないのだな?」

ブーン副司令官に問うシャア大佐。彼の問いにブーンも簡潔に答える。
はい、と。マイクを持つ。水中でも通話が可能な特別音響マイクだ。

「では出撃だ。艦長、全艦への放送準備。
・・・・・諸君、司令官のシャア・アズナブル大佐だ・・・・・地球での戦局を考えるにこれが我が海中艦隊マッド・アングラー隊最後の攻撃になるだろう。
諸君らの働きに期待するや切である。出撃は1時間後の午前4時丁度。目標は周囲の艦船、補給物資、そして・・・・木馬である」

こうしてジオンの海中艦隊が攻勢に出る。




一方。件の木馬ら、第13独立戦隊は後方の安全地帯に到着したと言う事で大きく安堵していた。緊張の糸が途切れていたと言っても良かった。
それは百戦錬磨のシナプス司令官ら全員がそうであった。
事実、連邦軍はその総力を挙げた攻勢に転じた(実際はジオン軍がドナウ川を放棄し、オデッサ地域まで全軍を撤退させる事を決定しただけ)事で、優勢なのは連邦軍。
その為か連邦軍のどの部隊もジオン軍がまさかアムステルダム基地に攻撃してくるとは考えもしなかった。その付けを払わされる。

「?」

警戒中の歩兵が異常に気が付いた時は時すでに遅かった。
対要塞用魚雷と言うジオン独自の魚雷が湾口に突き刺さったのと、その爆発の衝撃でその哨戒任務に就いていた警備兵4名がバラバラになったのは同時だった。
一斉にそそり立つ水柱。その高さと位置からタンカーや超大型輸送船が標的にされた事が分かる。

「ジ、ジオン!」

そう叫んだ女性兵士の乗るホバートラックをハイ・ゴックがメガ粒子砲で破壊、一気にブーストを使って防衛線を突破。
それを契機に次々と上陸してくるズゴック、ハイ・ゴック、ズゴックEの混成部隊。数が多い事、明け方であった事を踏まえ、連邦軍は碌な迎撃が出来ない。
それでもホワイトベース隊で一番に反応したのはアムロ・レイ少尉だった。ガンダムアレックスがビームライフルを装備して即座に迎撃に出る。ただし問題はあった。
母艦であるホワイトベースらが全艦補給の為、核融合炉を停止していたのだ。結果としてカタパルトデッキをビームサーベルで破壊して出撃となる。盾もない。
次にヤザン隊最後の生き残りのダンケルとラムサスがヤザンと共に陸戦型ガンダムで出撃する。ヤザンもガンダム・ピクシーで迎撃に出た。

「け、ジオンどもが!! 夜中に討ち入りとはチュウシングラのつもりかい?」

特注の90mmマシンガンで突進してきたハイ・ゴックを穴だらけにした。そのままこのハイ・ゴックを盾に別のハイ・ゴックに向かってマシンガンを連射する。
その攻撃を回避するジオンのMS。別の一機が水中から上半身だけを出して援護のメガ粒子砲を放つ。慌てて回避するヤザン。シールドの表面は溶解する。
ズチャと溶けた高温のレア・メタルが地面に落ちて火災を発生させる。
その隙をついて、ヤザンのガンダム・ピクシーの横を赤いズゴックが駆け抜ける。狙いは別のズゴックとやり合ってるラムサスの陸戦型ガンダムだ。そう直感した。

「ラムサス!!」

ガンダム・ピクシーの右足を軸に、機体を急反転させて90mmマシンガンを放つ。
ラムサスのガンダムも100mmマシンガンを一斉射撃する。と当時に胸部と頭部バルカン砲も放つ。やったかと思った。
だが、このセンスが悪い赤いズゴックは一枚も二枚も上手だった。
奴の狙いはラムサスでは無く、ラムサス機に注意がいった為に対応が遅くなったダンケル機である。
ズゴックはそのままのスピードを維持して右手でダンケルの乗る陸戦型ガンダムのコクピットを貫く。その後バックステップで距離を取った。と、その直後に陸戦型ガンダムが爆散。ダンケル少尉は確実に死んだ。

「ダンケル! この赤ズゴックめ!! くたばれぇぇ!!」

ラムサスが怒りでビームサーベルを引き抜くがそれは愚策だ。
ヤザン大尉は止めようとして、遅かった。ビーム(恐らく両手に内蔵されていたメガ粒子砲の光)がラムサス機の胸部を貫いた。
弾薬に引火して上半身が木端微塵に吹き飛び、部下を両名とも失う。
これで失った部下は全員だ。あのカモノハシ以来ずっと仲間や部下を失ってきたと柄にもなく感傷に一瞬だが浸る。もっとも体は勝手に動き、紅いズゴックからのビーム攻撃を回避したが。
一瞬で連邦のエースパイロットの乗った陸戦型ガンダムを二機も仕留めた。こいつは間違いない。あの赤い彗星だ。

「本当に・・・・・あのシャア・アズナブルなのか?」

思わず声に出す、すると別方向から90mmガトリングガンの発砲光が見えた。
距離を詰めてくる一機の白と黒に灰色にカラーリングされたガンダム。そう連邦の白い悪魔であるアムロ・レイの愛機、ガンダムアレックスだ。
その噂通り、進路上にいたハイ・ゴックを二機、ビームライフルの連射で即座に撃墜した。爆散する機体の横で背を向けていたズゴックを後ろから貫く。この間、僅か2分程。信じられない機動だ。

「ヤザン大尉ですね、アムロ、アムロ・レイ少尉です。この赤い機体、シャアは僕がやります。大尉は港を!」

そう言われて気が付く。展開している連邦軍のMS隊の半分がやられている。

(どうやら俺とした事が赤い彗星の実力にビビったらしい。情けない!)

ラムサスとダンケルの仇を討ちたいが今は全体の事を考えるべきだろう。
しかも悲鳴のような救援要請が自分たちの母艦のペガサスやアルビオンから聞こえてくるとあっては勝手な行動は慎むべきだ。

(それに悪いが坊やより俺の方が指揮官に向いている。ラムサス、ダンケル、二人ともすまん)

心の中で戦死した部下に謝罪すると激戦区となりつつある第二エリアに向かった。




「更に出来るようになった、ガンダム!!」

そう言ってビームを放つが避けられる。高速のビームを紙一重で避けるその技量の高さに怖気がする。まさかあのガンダムがここまで強くなるとは思いもしなかった。
その傲慢さのツケを払わされている。あの時、第9次地球周回軌道会戦で仕留めていれば、或いはサイド7で完全に仕留めていれば良かった。
そう思えるほどの、思わせるほどの強さだ。

「ええい、腕のガトリングか!? 何!? 装甲がやられた!!」

目の前のアレックス(この時点で既にコードネームは判明していた)こと、白い悪魔はビームライフルを撃つと見せかけて右手のガトリングガンを放ってきた。
咄嗟の事で左に垂直ジャンプして避けようとしたが、全弾発射と思える乱射ぶりに思わずメガ粒子砲を内蔵した両腕でコクピット周りをガードする。
その際に90mmマシンガンの弾丸でどうやらメガ粒子砲を奪われたらしい。これでは勝てない。

「ん!? バランサーが狂ったのか!?」

しかもしっかりと歩く事さえ出来なかった。どうやらバランサーも狂った様だ。潮時。そんな言葉が頭をよぎる。
もともとマ・クベ中将の中部ヨーロッパ、北欧、ヨーロッパ・ロシアからの撤退命令に端を発した陽動攻撃だったのだ。
ここで死んではザビ家を利するだけ。それは避けるべきだ。と言う事は、引くべきだ。それに成果は上がっている。批判もされまい。一瞬で判断する。指揮官の判断としても間違っては無い。

「マッド・アングラー隊の攻撃隊全機へ撤退する、ブーン、赤色の信号弾を!」

既に夜が明け始めている。急いで撤退しないと航空隊の餌食になる。それを分っているマッド・アングラー隊は急速に戦線を縮小。海に逃げ込む。
この戦いは攻撃に参加したMS隊51機中、27機しか帰還しなかったシャア・アズナブル大佐の敗北であると思われる。
もっとも、ジオン軍の攻撃で大量の物資を焼かれ、更にアルビオン、サラブレッドを小破、ペガサスを大破させられた事で連邦軍の進撃速度は大幅に低下した。
また、ベルファスト基地攻撃により連邦軍の海上艦隊である第一連合艦隊に甚大な損害を与えた以上、マッド・アングラー隊の作戦目的は達成していたと言えるだろう。

(長居は無用だ、ましてザビ家に復讐するまでは死ねないからな。とりあえずララァのもとにもどるか)

シャアの目論見通り、水中用装備の無い連邦軍は海中に退避したジオンを追撃する事は出来なかった。

「しかし、この機体ではガンダムには勝てない。どうすれば良い? どうしたら奴に勝てる?」




宇宙世紀0080.08某日。地球連邦議会。
ニューヤーク市に凡そ50年ぶりに再び移設された連邦議員の有力者らが、ジャミトフ・ハイマンの叔父であるハイマン議員の提案により秘密議会が行われていた。
出席者は各州代表の地球連邦議員の中でも最有力候補100名程。
俗に太平洋議員連盟とも揶揄される議員らである。そしてこの会議である密約が決定した。宇宙世紀0080.08月上旬の事である。




『ジオンとの単独講和と連邦中央政府が独占していた利権をちらつかせて他州を引き込む』

『それは連邦政府に対する裏切りでは?』

『事ここに至ってはやむを得ない。裏切りも視野に入れて行動すべきである。いや、そもそも連邦政府の現政権自体が連邦市民を裏切っていると言える。
第一、戦場となって無い州である諸州の民は戦争の早期終結を望んでいるのだ。これは各国王室や各国政府も同意見である』

『そうだな、今の連邦政府はおかしい。我々がキングダム内閣府を抑える事で連邦政府をあるべき姿に戻すのだ。
その為にはアラビア、アジア、オセアニア、極東、北米の協力が必要だ。
それに・・・・・戦後復興の為の資金援助をちらつかせれば北部アフリカや内戦状態に陥った中部アフリカ、中央アジア州も賛成するだろう』

『我ら太平洋諸州にとって目障りだった統一ヨーロッパ州。その発言権など今や無いに等しい。それに非加盟国との交渉も上手くいっている。政治の裏側は整いつつある』

『では、やはりキングダム首相にはそろそろ退場してもらおうか。次の首相には北米州のエッシェンバッハ氏かマーセナス氏で良いか?』

『異議は無い』

『こちらもその二人のいずれかなら認める。それにだ、やはり例のケンブリッジ政務次官を参加させる事が条件だな』

『あの人物は得難い。戦後復興や対ジオン政策に必要不可欠だからな。彼を手に入れる事が我が州の条件だな』

『連邦議会の有力者らは我々が抑えよう。マーセナス議員らは反抗的な州政府の代表や議員を抑えるのだ』

『ジオンとの交渉は?』

『これもケンブリッジだな。奴に任せれば上手く行く。実際に上手くいかなくてもギレン・ザビを交渉の場に引きずり出せるだろう。それだけで大した成果と言える。それが必要だ』

『その通りだな。それに連邦議会議長の親書や各王室を代表した皇室の直筆の親書も手に入れました。これでジオン公国と交渉可能になったと言えます。
問題はこの情勢下で誰がジオンの勢力圏内に行くかであるが・・・・・候補はいるのですかね?』

『その点は提案者のブライアン大統領に任せましょう、いえ、それも名目ですね。そうですわね、みなさん』

『そうだな。やはり地球連邦で唯一にして最大の宇宙通であるウィリアム・ケンブリッジ氏に任せよう』




地球連邦議会での主導権を握る事で、連邦政府そのもの主導権を握ろうとした北米州は自領土であるニューヤーク市に連邦議会を移設させた。その効果が戦争半年を経過した今漸く出てきている。
連邦軍はともかく、首相をはじめとした内閣は連邦議会と対等に存在である。主権国家としての司法、行政、立法の三権分立の大原則があるのだ。
戦時とはいえ、或いは戦時だからこそ無視はできない。まあ守られてないと言えばそれまでだが。
その一例、連邦憲法を無視したのがケンブリッジ人権侵害事件であり、ワシントンとジャブロー間の冷戦であった。
口さがない者は第三次冷戦とも呼ぶ。因みに第二次冷戦は非加盟国と地球連邦の、宇宙世紀元年から50年代のジオン台頭以前の冷戦、第一次は宇宙世紀以前の米ソ対立。

(決まったな。やはりあのウィリアム・ケンブリッジがキーマンとなったか)

ここで黙っていたジョン・バウアー議員が話だす。

「私に策があります、議員の諸兄ら。まずはブライアン大統領の提案する戦後復興庁の設立に協力をお願いします。全てはそれから。
そして・・・・・ケンブリッジ特別政務官の対ジオン政策参加を認めてやりましょう」

反対意見は無かった。既に根回しは終了していたからである。




宇宙世紀0080.08.01.ジオン公国ズム・シティに地球連邦からの極秘通達が来た。戦争継続を目論むレビル将軍に対抗する為に和平交渉を開始したいという内容である。
その為に然るべき対応を望む。
それがブライアン大統領、つまり太平洋経済圏を構成するアジア州、極東州、北米州、オセアニア州、アラビア州らアメリカ合衆国と関係が深い5つの州政府と州代表の議員100名の意見であり、連邦政府の一部がジオンに接触した理由である。




『ガトー少佐、貴公の艦隊に護衛を頼む』

この時、ソロモン要塞に帰還したジオン軍のジオン親衛隊艦隊の第二戦隊であるアナベル・ガトーは最上の上官であるエギーユ・デラーズ少将からの呼び出しを受けた。
兵員の交代という名目とドロス、ドロワのMS隊であるゲルググ部隊の調整の為にデラーズ指揮下の親衛隊はソロモン要塞を訪れている。
そのレーザー通信越しに通信する二人。他には誰もいない。しかも至近距離の極秘通信回線だ。余程聞かれたくないのだろう。
地球連邦軍の宇宙反攻作戦を察知した、ジオン諜報部のいう所の『チェンバロ作戦』。これを知ったジオン軍は艦隊の大規模な入れ替えを行う。
ソロモン駐留艦隊からムサイの砲撃強化型である新造艦12隻を撤収する代わりに宇宙世紀0070年代のチベ級重巡洋艦と旧式なるムサイ級軽巡洋艦を配備する。
唯一、ソロモン方面軍の司令官であるユーリ・ハスラーにとって増援らしい増援は士気高揚の為に送られた新造戦艦グワンバン級一隻とその艦載機のMAビグロ、ザグレロがそれぞれ12機、36機という一撃離脱部隊の配備のみだ。
アナベル・ガトーはこの命令を不服と思いつつも、受け取る。

『貴公の艦隊は5日までに本国に帰還。これは連邦に対する擬態でもある。
そこで一週間の休暇の後、15日から特別任務に向かってもらう。この際、ドズル中将指揮下の第一艦隊も同行する。
疑問についてはあろうが、貴公の実力と実直さを信じて任せるのだ。命令を持った伝令のシャトルが10分前後で貴公の艦に到着する予定だ。詳細はそこに入っている』





宇宙世紀0080.08.25日。ヨーロッパでの大戦闘も大きな契機を迎えていた頃、連邦軍本部ジャブローでは一隻のシャトルが用意されて出発する。
目的地は月面都市であるグラナダ市。ここはジオンの勢力圏内である為、それを知っている連邦軍はこのシャトルを非武装中立組織の青十字を装う。
それ、青十字とは国際医療組織の事であり、赤十字の後身にあたる。
赤十字は地球連邦設立時にオイル・マネーを持っていたアラビア州の遺憾の意を考慮して変更された為に伝統と歴史と共に消滅している。赤十字のシンボルが十字軍を思い出させるからだ。
しかもウィリアムの乗ったシャトルは直通せずにサイド6リーアを経由した航路を取る。
見送りに来たパラヤ議員に愛想笑いを浮かべて彼、ウィリアム・ケンブリッジは機上の人になった。自らの願いの為に。大切なモノを取り戻す為に。

「ウィリアム、息子と娘の事は私たちが責任を持って守る。
だからお前はお前の仕事をしろ。頼んだぞ、自慢の息子よ」

父が、

「ウィル、どうか、どうか体に気を付けて。本当にどうしてお前がジオンの支配圏の月になんて行かなきゃいけないの? 戦争に行かなきゃいけないの?
お前は軍人じゃないのに。本当は臆病で優しい子供なのに・・・・・お願いだから生きて帰ってきて。お母さんの為にもお願いするわ。
ああ、どうしよう。こんな事ならお前を官僚にさせるのではなかった。大学など行かせず実家を継がせれば良かった」

母が。

「ウィリアム君、娘の未来を頼む」

義理の父が、

「ジンとマナの為にも帰って来なさい。良い事、貴方とリムには言いたい事が山の様にあるのだから。絶対に帰って来なさい」

義理の母が言う。

そう言われてから、彼は5日の時間かけて宇宙世紀0080.09月の裏側にある月面都市グラナダに到着した。
前日に100隻を超えるジオン軍の大演習があったと言う事でグラナダ市は戒厳令が敷かれている。無断夜間外出は原則禁止されたグラナダ市。
その最高級ホテルの一室。タクシーと特別通行許可書を使ってジオン軍が敷いた検問を何個も突破して、宇宙港併設のビジネスホテルからこの月面最高級にしてジオン公国の月総督府がある『月世界ホテル』についた。

「こちらが鍵になります」

そう言われてフロントの黒スーツを着たフロントマネージャーから鍵を預かる。

「荷物、持ちますね」

唯一、連邦政府から付けられた秘書役の青年が後に続く。頼むと言って彼にバッグを渡す。と言ってもスーツケースをフロントに預けてあるので荷物は情報端末とA4ノートにボールペン、電子メモリーディスクと連邦議員らの署名付き親書くらい。まあ、それが重要なのだが。
出発前にジャブローで購入したアルマーニ製のビジネスバックに全部整理して入る。妙な誤解を避ける為に護身用の拳銃は地球に置いてきた。この状況では必要ないからだ。

「それでは行くか」

颯爽と進んでいく。傍目からは迷いも何もない正に英雄と言える姿だった。
その後ろ姿に、連邦政府の無理解さと傲慢さに絶望を感じていたこの若者は、目の前の対ジオン特別政務官ウィリアム・ケンブリッジに希望を見た。

(これだ! これこそコスモ貴族主義の体現だ!! ジオンと言う敵に四方を囲まれても一切動じない心の強さ。鍛え抜かれた体。
何よりも自ら危険な任務に志願するその強き意思に加えて、100億の人民の重圧に耐える姿勢!! まさに貴族の鑑!!!)

この青年の名前をマィツナー・ブッホ。新興企業であるブッホ・コンシェルの若き創設者の一族である。
一方でウィリアム・ケンブリッジはただ前線にいる妻のリム・ケンブリッジの事だけを、彼女を戦場と言う地獄から解放する事だけを考えていた。それがこの青年に誤解されている元とは知らず。

(さてと、リム・・・・・行くよ。今から行ってくる。あのサイド3で行った様に、全力で行く。
私はお前のパートナーとしてお前を助ける。だからそれまで無事に生きていてくれ)

と、右手でカードキーを通して電子ロックを外し、両手で扉を開く。中には女性が一人いた。彼女はこちらです、とだけ言う。
ジオン側の女性にお辞儀をすると、彼女が案内する。ロイヤル・スイートルームのリビングに案内される。
入る直前、先ずはジオン軍の少佐の階級を付けた人間が何度も厳重にボディチェックをする。
彼が全てボディチェックを終えると、私はビジネスバッグを金属探知機並び生物探知機(宇宙世紀なって開発された生物兵器対策用の検索システム)に通す。問題は無かった。
そして扉を開ける。まずは用意された椅子とテーブルの横にある鞄入れに鞄を入れる。
さらにバックから地球産のリンゴの果汁ジュースを出す様にブッホ君に頼む。2Lの高級リンゴジュースの瓶を二本出すと彼は退出した。
そのまま自分は座って無言で待つ。スーツのスタイルはいつも通りのアルマーニのスーツに茶色のマドラス靴、イタリア製のネクタイに仕立て屋で仕立てられた薄い水色のワイシャツ。後は連邦高級官僚にのみ支給されているカフスにネクタイピン、そして連邦高官を示す特殊なバッチ。

「あの時を思い出すな」

目の前にはイタリアのボローニャワインがある。クーラーボックスに自分の持ってきた地球土産であるリンゴジュースを入れる。待つ事約15分。
一人の男が書類を持って入ってきた。扉を閉める。
その時の彼らの会話にて知ったのだが、扉を開け閉めしていた少佐はアナベル・ガトー。あのソロモンの悪夢だった。




「待たせたかな?」

その言葉に返答する。立って一礼して。

「いえ、それ程でも。それと地球産の中でも高級リンゴから作った搾り立てのリンゴジュースです。これは美味ですよ」

両方が腰を掛ける。そうだ、ついに始まる。
反撃の狼煙を、反逆の篝火を焚く日が来たのだ。いよいよだ。いよいよなのだ。

「そうか。ありがとう。この会談中に頂くとしようか。
・・・・・・・・・・でははじめようか、ウィリアム」

先ずは乾杯。双方ともグラスに注いだワインを飲む。摘みは無い。そんなものは要らない。不要だ。今からは言葉が摘みだ。

「ええ、はじめましょう。交渉可能な日程は僅か3日間。お互いに時間は少ないですから」

地球では大規模な戦闘をしながら、宇宙の高級ホテルにて片方では秘密裏に高官同士が話し合う。
第三者や前線の将兵が見れば唾棄すべき光景かも知れない。だが、兵士には兵士の、政治家には政治家の義務がある。それは仕方ない面がある。
自分も義務を果たす。そうして初めて家族を守れると言うならば、そうしよう。それが一家を支える男としての義務ならば、そうしよう。

「そうだな」

相手が頷いて私は連邦議員連名の親書に議長からの親書、各王室を代表した極東州の皇室の親書手渡す。一方で、情報端末を起動させる。A4ノートとペンも出す。

「これが親書です。さてと、まずは何から話しますか?
ジオン軍の解体という要求から話し合いますか?
それともサイド3自治権剥奪と保障占領、艦隊の駐留と言う案件にしますか? 若しくは戦時賠償金の徴収から話しましょうか?」




その提案は過激だ。向こうも笑って、しかし鋭い眼光で反論する。




「ならばこちらはコロニーでも落とそうか? ウィリアム。
君らが望むならばジャブローはこの世から消え、その上で地球には新たな湖が出来る。大ジャブロー湖とでも言うべき湖がね」




更に一口飲む。
宇宙では取れないであろう最高級の赤ワインだ。だが酔わない。




「そうですね、とりあえず双方が最初に合意できるのはレビル将軍の銃殺刑で良いと言う事かと思います。
レビル将軍は南極条約を砕いた戦犯であり、連邦とジオン双方にとって和平の障害である・・・・・・・・そうは思いませんか?・・・・・・・・・・ギレン・ザビ総帥?」




この言葉に相手は、ジオン公国総帥ギレン・ザビは笑って答えた。




「実に的確な意見だ、ウィリアム・ケンブリッジ対ジオン特別政務官」




と。



[33650] ある男のガンダム戦記 第十四話『終戦へと続く航路』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:7b44a57a
Date: 2012/08/18 10:41
ある男のガンダム戦記14

<終戦へと続く航路>




ジオン軍掃討作戦。そう命名されたアウステルリッツ作戦の第5段階が発令された。
宇宙世紀0080.08.25.この日前後に起きた約一週間の大規模な地上戦、ハンブルグ会戦の結果、ジオン公国軍地球攻撃軍はその能動的な反撃能力を喪失。
攻め手である地球連邦軍も大損害を受けたが、ベルファスト基地に残してきた部隊3万名、急遽編施した本来は中部アフリカ内乱鎮圧用の部隊5万名、ジャブロー守備隊5万名(これはジャブロー守備隊の三分の一に達する)を派遣して再攻勢にでる。
が、ジオンのマ・クベ中将は用心深い知将型の将軍。前線部隊が大激戦を繰り広げている間に本来のオデッサ地域に大規模な防衛線を構築。
地球連邦軍は欧州各地域を解放していくものの各地の戦災復興に足を取られ、それと同時にオデッサ工業・鉱山・宇宙港地帯を守るジオン軍の鉄壁の防衛線の前に再び膠着状態を作った。
その一角で、ジオン軍の特殊部隊や地中海へ出ていたマッド・アングラー隊の一部が行動を開始。連邦軍の進軍ルートに壁となって存在する事で彼らを塞ぐ。
そんな中、一機のジムが東欧諸国へのメインルート上を歩きながら周囲を警戒する。
目の前には自分の所属していた筈の中隊のジム8機がビームサーベルやヒートサーベルで両断されている状況だ。

「た、隊・・・え、どこです?」

ミノフスキー粒子の下では無線はほとんど使えないのは分かっているがそれでも聞かずにはいられない。

(味方はどうしたのか? 生き残っていないのか?
昨日まで一緒に笑っていたじゃないか。こんな結末は認めたくない。きっと生きている。俺だけが生き残っている訳じゃない!!)

だが、現実は無常だった。言い換えるなら冷たいと言って良い。この通常型のジムに乗っていたパイロットの願いを無視した。
ジムのレーダーが左側面に動く物体を捉え、慌てて左側面にマシンガンを放つ。だが、何発も弾丸が着弾した場所には誰も、何も、いない。存在しなかった。

『惜しかったな!』

敵のパイロットの、それも30代くらいの壮年くらいの年のパイロットの声が聞こえた。
そして次に感じたのはビームの高熱と閃光。このジムはヨーロッパの市街地へ向かう一本のルートにその命と共に消えた。




ジオン軍第1軍と拠点防衛軍であるジオン第3軍はオクトパス作戦の締め括地としてオデッサ特別エリアとでも言うべき絶対防衛戦の内側に入る。
15万名、10万名と言う大軍だったが、オデッサ地域に戻れたのは第1軍7万名程。第3軍は6万名ほど、
損害は甚大であった。既に第1軍と第3軍は軍隊としての機能を失っている。一般的に全滅と言われる戦力の3割減少どころか半分に達する戦力を奪われているのだから。

「ローデン准将か、無事何よりだな」

ダブデ級の指揮官シートの前に立って、軍服を独自に着こなすケラーネ少将。彼の労いの言葉も虚しいモノだ。
ダグラス・ローデン准将の指揮する外人部隊は各サイドの独立義勇兵らが中心だ。
が、この独立義勇兵。義勇兵部隊と言えばとても耳触りが良いが実態はジオン軍が連邦軍に勝利した時に急遽編制された生け贄だ。
実際は旧連邦将兵ら(各サイドが送り出した生け贄)も多数存在しており、いつ裏切るか分からない危険な集団でもある。
また、それらを危険視しているのは最悪な事に各サイド、つまり彼らにとっての祖国でもある。仮に前線でジオンを裏切ろうものなら各サイドが危険にさらされる。
そう言った事から独立義勇兵部隊4万名は最後の一兵まで戦う事で有名だった。敵である連邦軍は裏切り者、味方のジオン軍からは危険分子扱いされて。

「こちらもマ・クベ中将の用意した絶対防衛戦にて再配置です。お蔭で何とか連邦軍の空爆を避けられる。
やはり航空戦力では地球連邦軍に一日の長がありますな。高高度絨毯爆撃などされては低空迎撃用のドップでは迎撃できない。
それで、ビッター少将の部隊とサハリン少将はどうなりましたか?」

まさか、捕捉されたか? そう思いつつも聞く。ここで情報の出し渋りをする訳には行かない。両者とも。

「ビッター少将の奴は戦傷の為、今はオデッサに戻った。ついでにマ・クベ中将が奴の戦力を戦略予備兵力として欲しいんだとさ。
言い難いがその判断は正しい。今は火消し役部隊が必要だ。地球連邦軍が投入した4隻の木馬たちと白い悪魔の様な組み合わせの部隊が必要だっていうのは分かる」

そうか。確かに遭遇戦が多い現状では接近戦用MSに特化したジオン軍の方に天秤は傾いている。
事実、グフタイプやドムタイプならまだ連邦軍を圧倒しているのだ。しかしながら、そんな部隊がいただろうか?
この撤退中に多くの部下を失った。祖国のコロニーに帰れない同胞が帰りたい、帰りたいと言いながら死んで行くのを見てきた。
それだけ戦場は過酷になりつつあり、連邦軍のMSは通常型ジムタイプと言えども決して侮れる存在では無い。
連邦軍のジムは、性能差だけ見ればザクⅡJ型や少数配備されているザクⅡF2型と互角に戦える性能を持っているのだ。
その改良型である陸戦用ジム、陸戦型ジム、更には白い奴の量産型である陸戦型ガンダムなどは極めて厄介である。

「そんな顔をしなくても問題な。ビッターの奴は残ったドワッジを41機とドム30機にイフリート22機を全部くれた。
これだけあればまだ時間を稼げる。それに、だ」

それに?

「それに、いざとなったら俺に秘策があるさ」

そう言ってユーリ・ケラーネ少将は笑った。その笑いはどこか乾いたものだったのが印象的だった。
そして私もコンティ君に頼んで部隊の再編を行う。確かに危険な部隊だが全員が祖国に帰りたいと言う思いを持っている。
その思いだけは叶えてやりたいと思えるのだ。だから私は私が出来る限りの事をしようと思っている。
ただ、ここでケラーネ少将が顔を歪めた。

「ギニアスの奴は何を考えているのかが分からん。まだ勢力圏内とはいえ既に補給路が分断されつつあるギリシアの地域で何か作っている。
そればかりだ。兵の事など考えてない。こちらからの撤退命令も黙殺している。本来ならば俺が乗り込んで引きずり出したいが、こっちも忙しいので無理だ」




突然だがここでジオン公国の軍備について言及しよう。ジオンの軍備整備の歴史=MS開発史はMS-05ザクⅠの成功を持ってその第一歩を踏み出す。
ザクⅠからザクⅡA型を経由して、スミス海の大勝利(連邦側では虐殺)にはザクⅡB型5機が実戦投入された。この機体をベースに開発されたのがC型であり、Cを元にF型、F2型に移行する。
ここで横道にそれるが、本来のジオン公国の開戦時期は宇宙世紀0079.01.03であった。そして軍備拡張を強力に進めるザビ家では主力MSをザクⅡF2型で統一させる。
が、ここでジオン軍宇宙軍に取っては福音となる事態が起きた。
ギレン・ザビが倒れるという事態が起きたのだ。宇宙世紀0079.01下旬、この時点でジオン軍はザクⅡC型の生産ラインを変更。
この決断は正しかった。統合整備計画などの影響もあり、ルウム戦役時点では350機を越したザクⅡZ型の生産・実戦配備に漕ぎ着ける。
ただし、この時期の生産されたザクⅡZ型(ザクⅡ改)は全てが第一線のジオン親衛隊艦隊のドロスとドロワに配備されたので他の部隊には一機も配備されなかった。
またルウム戦役に間に合った機体としてリック・ドムがある。これは欠陥機として配備が見送られたツィマッド社のヅダのデータを元に開発される。
統合整備計画と言う国策によって開戦時である宇宙世紀0079.08の配備数は100機前後と少なかった。(ザクシリーズは総計で600機に達した。尤もすべてが第一線で使えるF型やF2型の機体では無かったが)
が、それでも突破兵力としての機体として重宝され、その後のリック・ドムⅡに全生産設備は移行されるも、ソロモン要塞を中心に細々と生産を続けられる。
なお、開発された試作機であるヅダ5機は実験部隊の護衛に配備される事でルウム戦役に投入されている。




イーサン・ライヤーは少将に昇進した。その昇進理由は単純かつ皮肉である。引き抜かれ減少した南欧解放軍。既にアルプスは超えられないと思われていたが、それを覆して僅か5万名弱の戦力でイタリア半島に到達。ここでの解放作戦を順調に進めた。

「コジマ君、君の懸念していたジオンの新型MAとやらは存在しないね」

彼はビッグ・トレー03「ハンニバル」のCIC上で参謀長に正式に昇進し配属させたコジマ大佐に問う。
彼、コジマ大佐も半信半疑であったがジオン軍が対ジャブロー攻撃用の大型MA『アプサラス』計画というのを情報部が確認して報告していた。
ただその実態は荒唐無稽と言っても良い。
制宙権を態々確保しているジオンが南極条約を放棄して軌道爆撃を行って降下作戦を行うならともかく、わずか数機の護衛もいないMAで防空網が強固なジャブローを強襲するなど夢想家の夢ではないのか? 戦争は少数の新型兵器で覆るほど甘くは無い。

「アプサラス計画。これです。この情報部が把握している物でしたら、寧ろ前線基地の方が危険かと思われます。
航空機の搭載する大型メガ粒子砲を回避する手段を持つ前線基地は殆ど無く、十分な航空支援を受けられるとは言い難い。そう考えれば前線拠点は格好の標的でしょう。
それを考えればジオンの新型MAが南欧諸国のどこかにあるという情報を軽視している訳には行きません」

そう。ジオンの技術力は侮れない。ジオンがMSとミノフスキー粒子を利用したとはいえ、そこまで至る過程は僅か20年ほどだった。
20年。たった20年でジオン公国は地球連邦と言う大国に互角以上で戦う術を身に着けたのだ。非加盟国が宇宙世紀元年以来、心から望みながら達成できなかった事を達成しているのだ。
実際、この南欧方面軍には殆ど出てこなかったが中欧に向かったレビル将軍の本隊は新型機ドムの改良型やイフリートと呼ばれる機体を中心としたジオン軍の大反攻を受けて全軍の7割に匹敵する兵力を失った。
損害比だけを見れば勝ったのはジオン軍なのだ。7割も損害を出した為、地球連邦軍アウステルリッツ作戦参加部隊は事実上瓦解しているのだ。
それでも最終的に、戦略目標の一つであるハンブルグを奪還したのは単にジオン公国に比較して、信じられない程の攻撃部隊と増援部隊を連邦軍が動員したから。
もっとも、それこそが戦争の本質だと言われてはそれまでなのだが、仮に同数なら負けていたのは間違いなく地球連邦軍であったろう。

「とにかく、南欧解放が失敗に終わってレビルに笑われるのは何としても避けたい。分かるね?」

南欧解放方面軍は3日後、ジオン兵が一人もいないローマを奪還。多数の偵察機を放った連邦軍は、ジオン軍が正式にアフリカ大陸へ脱出していったのを確認した。




地球連邦軍本部ジャブロー。その大将専用の職務室にゴーグルをかけたスキンヘッドの男が入室してきた。
その男を見た瞬間、紺のスーツを着ていた秘書官は一礼して部屋を去る。
残る人物は一人。かなり大きな連邦軍軍旗を横に掲げ、自分の机にて情報端末で文章を作っている将官のみ。
部屋にいるのは二人である。一人の名前はジーン・コリニー大将。
彼はこの日、宇宙世紀0080.09.08日、ベルファスト強襲の責任を取る形で降格(責任を取って自決したと公式に発表)されたエルラン中将に変わり作戦本部本部長に就任した。
その第一の人事が副官の交代である。
エルラン中将時代の副官であり、ジオン公国が放ったスパイであるジュダッグ中佐を更迭して目の前の男を自らの副官に添えた。

「閣下、バスク・オム大佐ただいま着任しました」

そう言って敬礼する。彼の名前はバスク・オム。
ルウム戦役で味方の誤射から直射日光の直撃を受けた為視力が著しく低下。その為にその味方を殺したと陰で噂される軍きっての切れ者である。
何より、この情勢下で退役できるにもかかわらず退役しなかった事実がこの男の特徴であろう。彼は自分の作戦指揮に絶大なる自信があるのだ。

「かけたまえ大佐。少し長くなる」

そう言ってリモコンを使てって遠隔操作でドアの鍵を閉める。これを受けてバスクも自分が持ってきた情報端末を起動させつつ、来客用ソファに腰かける。鞄をソファの隣に置いて。

「それで、話とは例の対ジオン特別政務官ですかな?」

何も言わずともバスクは切り出した。バスク・オムと言う男の特徴の一つに極めて政治的な軍人と言う評価がある。
何よりも軍内部、政府内部、地球連邦主要州政府内部、連邦議会と幅広い人事に情報通である事が、敗軍の将校と言う事実を押し潰して彼を35名しかいない軍事参事官という地位につけているのだ。
ジャミトフ・ハイマンが比較対象として近いだろう。そう言う意味ではジャミトフの代わりになりうる人物である。
更にコリニー提督に都合の良い事に地球至上主義者であった。オセアニア州出身であるが、考えは北米州寄りでもある。これもまた都合が良かった。

「そうだ。あの男の事だ。今何をしているのか知っているか?」

試す。ここでYESと言えるならジャミトフ・ハイマンの代わりになる。
最近は戦後復興庁であり、特務機関であるティターンズ設立の為に動いていて自分の手から若干離れだしたジャミトフ・ハイマン少将。奴代わりが必要だ。

「たしか、宇宙に行っていると聞きましたな」

傲岸不遜。だがそれが良い。こういう人物を求めていた。
まあ、基本は従順であるという大前提が必要であろうが、出世欲が強いこの人物、バスク・オム大佐は飴を用意する間は叛逆しないだろう。
それに政府上層部の一部と連邦議会議員、軍上層部の一部しか知らない情報を一介の大佐が知っていると言う事は合格に値する。

「そうだ、詳しくは教えられんがそのウィリアム・ケンブリッジを将来的には排除する」

バスク大佐はゴーグルを直す。机に置かれた軍帽を一旦なぞる。
その間にペットボトルに入れてある日本の緑茶をバスク・オムに渡す。それを感謝の言葉と共に啜る。そして言う。

「ほう、それは過激ですな。あの男は閣下らの派閥では使える人材では無かったのですか?」

その言葉には嘲りがあった。バスク・オムは実はウィリアム・ケンブリッジと一方的であるが面識があった。
あのルナツーでの尋問の時、モニター越しに彼の醜態を知っていた。彼が半泣き状態で必死に自分の無罪を主張する光景を。

(呆れ果てた奴だな。あれでも俺より役職が上だと言うのが信じられん)

自分は失った視力回復の為の手術とそれに伴う激痛に無言で耐え切ったのにあの醜態ぶり。それが印象に残っていた。
だから個人的に彼が失脚するのは嬉しい事だ。他とてそれが連邦全体の損失だと考える人間がいても・・・・彼にはやはり関係ない

「ああ、使える。だが、あまりにも切れすぎる鋏になった。鋏はある程度切れにくい方が安全だ。だが、奴はあのスペースノイドのザビ家さえも切り裂いた。
このままでは私の派閥も切り裂いて最終的には奴の為の派閥が出来るろう。それは避けたい。連邦の為にもな。
ウィリアム・ケンブリッジは危険な存在だ。
戦時下の今は良い。奴の考えに、戦争の早期終結に賛同する者がいてもそれは連邦全体の利益になる。だが戦後はどうだろうか?
奴は女の為に戦争を終わらせる。ならば逆も考えられる。女の為に戦争を引き起こす可能性がある。それにだ」

一旦途切れる。忌々しそうな声。これからがコリニー大将の本音だなとバスクは思った。

「それに?」

促す。

「それにやつは有色人種だ。それがまるで地球連邦の代表の様に振る舞う。連邦成立からこの方、地球連邦に有色人種出身の代表はおらん」

その言葉を聞いた同じ白人のバスク・オムは笑って続けた。

「なるほど、そしてこれからも、ですな」

そうだ。そう言って無言でお茶を飲むコリニー大将。




ジャミトフ・ハイマンはブライアン大統領に呼ばれた。
北米州州都にあるワシントンのホワイトハウスに入館する。ジャブローと決定的な対立を迎えた為、ジオン以上にジャブローへ警戒する北米州ら太平洋経済圏の諸国。
その為かジャブロー帰りの面々はしっかりと身体検査を受ける。
軍帽を右手に携える。鞄を秘書官に預けて大統領の執務室室内に入る。勿論、銃など持ち込めないのでSPやSSに渡している。

「お呼びとお聞きしました。オーガスタ研究所とオークランド研究所の件ですか?」

挨拶もそこそこに本題に切り込むジャミトフ。そうだろう、恐らく彼の予想は当たる。そして当たった。

「そうだ。ハイマン君、我らの旗頭となるべき黒いガンダムの開発は進んでいるのかね?」

RX-78-2ガンダムを元にした黒いガンダム(T=ティターンズ使用)と濃紺色で統一されたRGM-79Qジム・クゥエルの開発が終了した。
これには4隻のペガサス級が持ち込んだ豊富な実戦データとそれを実用化できる安定した北米州や極東州と言う技術先進国を地球連邦が持っていた事が挙げられる。
本来であれば、RGM-79Nジム・カスタムが先に開発される筈だったが量産性を考慮した事、戦後復興庁である「ティターンズ」の旗頭のMS隊を今の時点で結成する事で戦後を見据えるという面から開発が優先された。
特にジム・スナイパーⅡの戦闘データとガンダムアレックスの実戦データを大量にアメリカ合衆国CIAのアリス・ミラー大尉がレビル将軍との裏取引で持ち出した結果である。
ちなみ、この北米州とジャブローの裏取引の結果、第13独立戦隊はアウステルリッツ作戦に投入される事となった。
あと、アリス・ミラーの所属は地球連邦のCIAではない。彼女は北米州独自の組織であるアメリカ合衆国CIA所属。この時点でMI6やアメリカ合衆国CIAの方が地球連邦情報局よりも精度が高い。
そして冒頭の質問、ゲルググを凌駕する新型機の開発に力を入れていた地球連邦は遂に量産性、整備性、操縦性、武装、機動性、装甲と全てが揃った新型機を配備する事になる。
それがこの機体だ。ジム・クゥエルと呼ばれるジムの発展系。ジム改をも凌駕する機体と言う事、後5年は新規開発しなくても良いと言う事から北米州だけではなく、地球連邦軍全体にとって期待の星である。

「はい、RGM-79Nジム・カスタムならびRGM-79Qジム・クゥエルは生産軌道にのります。とくにジム・クゥエルの方を重点的に量産しますので、ティターンズ所属予定の第13艦隊には正式配備されるでしょう。
また、現在の第13独立戦隊の実戦データもジョン・コーウェン将軍の手によって十分なものが手に入っております。
これだけあれば戦後発足する我らティターンズの発言権は多くできるでしょう。そして、ティターンズは明確に連邦政府直轄組織に組み込む」

ティターンズ構想の大元は単純だ。ティターンズはあくまで重武装の警察部隊として存在する。ただし、その指揮権は首相にあり、内閣が管理する。
これは肥大化した地球連邦軍部に対するカウンタークーデター部隊を用意すると言う事だ。それだけレビル将軍の派閥が巨大になりすぎている。

「そうか、それは結構な事だ。それとなケンブリッジ君の事だ」

大統領は渡されたメモリーディスクで情報を集めながらジャミトフに話しかける。
ジャミトフが姿勢を正すのを見て、彼、エドワード・ブライアン大統領は深刻そうに言った。

「ウィリアム・ケンブリッジ。彼は優秀だし人間的にも好感度が高い人間だ。それは分かる。だが、それと政治の世界で生きていけるかどうかは別ものだよ。
今は多くの人間が彼に利用価値を見出している。認めたくないだろうが、君だって心のどこかでは彼を便利な駒だと思っている筈だ。
ああ、何言わない方が良い。言えば苦しくなる。それを認める事になるからね。たとえ否定してもそれはそれで肯定している事に他ならない。
と言う事はだ、君がどう思うかは別として、彼を切り捨てる日が来るかもしれないと言う事は覚悟しておくことだ。
私も切り捨てられたよ。多くの人々にね。そして切り捨ててきた。それが罪なのかもしれないが、な」

言い返せない。

「それにだ、ジョン・バウアーもヨーゼフ・エッシェンバッハも政治家だ。腹芸はお手の者だ・・・・・・君や君の叔父上の様にね」

ジャミトフは退出した。そして思った。自分も単に利用価値があるからこそウィリアム・ケンブリッジを重宝していたのではないか、と。
そしてあの異常なまでに早い根回しは、かつての様に彼を切り捨てる事が出来る便利な駒であるという事が理由では無かったのか、と。




オデッサまで撤退したジオン軍はアイヒマン大佐、ブーン少佐を主体とするオクトパス作戦を実行していた。
マ・クベ中将はオデッサ作戦の戦闘開始前の密約に則って、中央アジアやアフリカ、アラビア、インド洋に指揮下の部隊を逃がす。
彼らジオン軍は、地球連邦軍の追撃をかわす為に非加盟国に軍隊ごと亡命させる。
こうしてマ・クベはジオン国内で反ザビ家になりそうな不平分子をジオンの戦力として非加盟国に、つまり地球に残す事を決定した。
その一方でオデッサ地域に最終防衛ラインを結ぶ。
近代以降の戦いでは異例も異例の10日間に渡ったハンブルグ会戦の結果、ジオン軍は旧ユーゴスラビアと呼ばれる地域やオデッサ近郊、イスタンブール、黒海・カスピ海沿岸部に撤退し、陣地構築を開始した。
その防衛線の規模は、ハンブルグ会戦に勝利したとはいえ、その過程で大打撃を受けた地球連邦軍が正面からの攻撃を諦める程の規模である。

「マ・クベ中将は自分だけ脱出する気かと思ったが・・・・どうやらそうでは無いな」

そう言うのはジオン軍の新型機ギャンKに搭乗するノリス・パッカード大佐だ。彼の部隊は切り込み隊として連邦軍の後方に出現。何度も連邦軍の後方を遮断している。
この際、本来ではギャンと呼ばれる機体の改良型(流石にジオン軍もこれ以上の新規MS生産は諦めていた)のビームランサー(厄介払いで地球に送られた)をいつでも使える状態で待機する。
そして目の前を陸戦用ジムと呼ばれるグリーン系統の塗装がされた機体を見つける。

「ニムバス大尉! エリザ中尉、行くぞ!!」

僚機のイフリート改とイフリート・ナハトが密林を飛び出す。
瞬時の3つの青系統の塗装をされた機体が密林を駆け抜けて、両手に持ったヒートサーベルが3機のジムを両断した。
また別の戦線ではジオンのザク部隊が遅滞戦術を取っている。ザクマシンガンをばら撒いて距離を取る部隊。さらに埋伏して超長距離から620mmカノン砲の一斉射撃でバラバラに吹き飛ばすザメル隊。
前線部隊は双方ともまだ戦闘が終結したとは思ってない。この瞬間も別の場所では陸戦用ジムのハイパー・バズーカがザクⅡJ型を吹き飛ばしている。
一方で連邦軍上層部は北欧、南欧、西欧、中欧、欧州ロシアの解放が終了した為、それを理由にアウステルリッツ作戦の終了を決定しようとしていた。




地球連邦軍本部のMS開発局、V作戦担当部門では一人の大将が少将に会う為、現場へ尋ねてきた。敬礼する将兵や技官たち。
そのまま会議室に招き入れる。

「コーウェン君、君に聞きたい事があるのだがね」

件の大将閣下であるゴップは聞きたい事があった。それはジオンのMS開発についてである。

(そもそもジオン公国はコロニー国家であって国力に乏しい。
それなのにザクシリーズ、グフシリーズ、その派生形であるイフリート、ドムシリーズ、ゲルググシリーズ、水陸両用MSシリーズと多彩なラインナップがある。
これは明らかにジオン国内の国力を圧迫している筈だ。専門家に聞いて戦後の為にもMSに詳しくなっておかなければ、ね)

事実、ジオン公国は四回の地球降下作戦で限界を迎えた。
それは後方にいるゴップ大将だからこそ実感できる。ジオンの迎撃網は完全に遮断されている。

(まあ限界を迎えたのは連邦も同じか。ジオンの地球侵攻作戦による地中海経済圏と大西洋経済圏の崩壊はやはり痛かったな。それを抑えるのも限界に来た。
戦後を考えるならば一刻も早い戦争の終結が必要なっている。そうしなければサイド3のジオン公国に多額の賠償金を押し付ける事になる。
つまりナチス・ドイツの再来を招く。
ましてジオン公国はコロニー落としを脅しに仕掛けていた。もしもコロニーが落ちれば地球経済も人類も衰退するしかない)

そう思っていると既に勤務時間を過ぎていた。この為か南米の地ビールをコーウェン技術少将が出してきた。
冷えたグラスに注がれる金色液体に白い泡。口に含む。美味いな。

「それでゴップ大将閣下、何を?」

そう聞くコーウェンに自身の疑問を投げかけた。

「何故ジオン軍はあれ程多くのMSを作ったのか、何故我が軍のジムシリーズの様に共通規格を導入しないのか、その理由は一体なんだろうなぁ」

と。
そもそもジムシリーズは開発が遅れたガンダムより先にスミス海の虐殺で得た戦闘データを元に開発された機体だ。
これもケンブリッジが関与していたのだが、彼が提案した経済面から見たMS脅威論から連邦もその持てる国力の一部をMS開発につぎ込んでいた。
その集大成がガンダムタイプなら、廉価版がジムだ。これも情報通なら知っているがジオンに敗れたスミス海での戦闘が全ての契機なっている。
無論、流れとしてはガンタンク、ガンキャノン、ガンダム、ジムであり、実際にサイド7で先行量産型が先に開発されたのもガンダム一号機である。

「いやね、気にはなっていたのだ。ジオンは国力に乏しい。ジオン公国と地球連邦の国力比はかのギレン・ザビ氏の言うには30対1と劣勢の筈。
にもかかわらずあれだけ多彩な機体を生産、ああ量産じゃなくて生産しているが、その行為は国力を圧迫しているだろう。
そう考えたら不思議になってね。休憩がてら君の意見を聞きに来たという事だ」

そう言ってソファに腰かける。
コーウェンもなるほど、と思って自分の考えを述べる事にした。まず、壁のモニターに掲げられている情報端末とメモリーディスクを使って説明する。

「長くなりますがご了承を。まずは我が軍が敗れたルウム戦役です。この戦いまでのジオン軍の基本方針はザクシリーズを揃える事にあったと思えます。
この点で、戦況を決定したゲルググはあくまで少数量産の決戦兵器でありまして、あくまで量産型、主力機である汎用兵器はザクシリーズの改良型。これで我が連邦軍を撃破するのが目的でした。
しかし、その戦力構成、恐らくザビ家やジオン上層部の戦訓に衝撃を与えたものがあります。我が軍の言うルウム撤退戦です」

ルウム撤退戦。当時のペガサスとサラミスK型3隻で編成された第14独立艦隊(戦隊と言う名はレビル帰還後につけられていく)が、避難船団を襲っていたジオン軍と艦載機のザクⅡF型を一方的に撃破した戦いである。
この戦いで先行量産型であったジム・コマンドの性能が確認され、さらに4機のザクⅡを鹵獲した事で10年近く先行するジオンに追い抜く(追い付くでは無い事に注意)契機となった。
ちなみにこの戦いもウィリアム・ケンブリッジが関わっている事になる。
彼はケンブリッジMS経済脅威論という戦前に言った経済面からのMS脅威論の指摘も合わせて、連邦の影のMS開発の功労者と言える。まあ評価している人物はほとんどいないが。

「このルウム撤退戦でザクではジムに勝てないという考えをジオンの上層部に植え付けたのでしょう。それにジオンは元々地球侵攻を考えていた様です。
ところでゴップ大将、ザクやジムと言う系列のMSとはなんでしょうか?」

それはこの話の本質を突く質問。意外だが中々気骨がある将官だ。伊達に軍事参事官の役職を兼務してはいない。

「そうだね、古代で言う重装歩兵、現代で言う通常の歩兵かな?」

重装歩兵。鎧を着て槍を構えて、盾を持った兵士。勿論剣も装備している。MSとは歩兵であると同時にそう言う側面があるのだ。
そう考えるとドムタイプを量産したジオンの思惑も見えてくる。
彼らは地球連邦非加盟国から地球上での戦闘のノウハウを得ていた。それが曲がり曲がってジオンのMS開発に影響したのだ。

「ええ、恐らくそうでしょう。グフタイプは見ての通り剣士です。或いは騎馬を降りて戦う騎士。歩兵を一対一で切り殺すと考えればグフの開発コンセプトは見えます。
逆にドムは騎馬隊です。MSは言うまでもなく重量があり、宇宙と違い地球の重力下では確実にその機動性を削がれる。
地球視察を行ったギレン・ザビや非加盟国と交流しているジオンの技術陣がこれに気が付いていた。それがドムシリーズ誕生の秘密であると考えます。
つまり、グフは戦線の正面突破、ドムは側面からの襲撃という発想から生まれました。まずこれがジオンの地上戦闘用MSの多さの理由であると私は考えます」

そして一口。ビールの苦みが口の中を濯ぐ。

「そして本題ですが、ゲルググやそれを上回る機体の開発に、ジオン軍やジオン上層部が資源と資金を投入する理由は恐怖です。
我々がルウム戦役で受けたビーム兵器搭載の機体による奇襲にあたるのが、彼らにとってのゲルググショックである、ジムショック、例のルウム撤退戦です」

コーウェン少将は続けた。国力に乏しいジオンは物量戦になれば確実に敗北すると知っている。ならば量より質で対抗するのは当然である。
が、その質でも圧倒されたらどうなるか?
二倍近いザクが半分のジムに敗れた。簡単に言えばそうなる。これがルウム撤退戦の結末だ。これを看過する事はジオン軍には出来なかった。
よってジオン軍はある意味でとても理性的な判断を下した。敗因を分析してそれに対処する。だが、目的は良かったが手段が不味かった。
連邦軍のジムを圧倒する機体を求める。そこまでは良い。ところが現場の混乱からか最新型機の開発でその状況の打開に動いてしまった。それが現在のジオン軍である。

「なるほどね。ゲルググを量産するのではなくより強力な機体でジムを圧倒する事を視野に入れた、か。その結果がMS乱立状態であり、戦略面での兵站線の崩壊か」

ジオンの後方部門は既に限界を迎えている。これはサイド3に侵入しているスパイたちの報告を複合的に分析して分かった事だ。
確かにジムやジム改に新型機を持ってして対抗する、という考えは正しかった。が、それは国力を持つ国家がやれる事。
地球最大の工業力を持つジャブロー地域と北米州、極東州らがある地球連邦ならともかく、一コロニー国家でしかないジオン公国には無理な話だったのだ。
この点はアメリカ合衆国とソビエト連邦に単独で対抗したナチス・ドイツに近い。もっともヒトラーと違ってギレンはこの戦争の早期終結の為に譲歩する構えなのだが。

「そうか、コーウェン君ありがとう。V作戦、これからも継続してくれたまえ」




時は遡り、ジオン本国の総帥府にて。
これはガルマ・ザビ生存の報告を聞いたギレン・ザビとデギン・ソド・ザビ公王の会話である。

「作戦なぞ良い!」

デギンは居並ぶ臣下達(セシリア・アイリーンら総帥付きの秘書官)の前であろうことかこの国最高指導者を叱りつけた。その声に三男のドズル・ザビが驚き縮み上がる。
その言葉に反応する長男のギレン・ザビ。右手に持っていた書類を震わせる。
いくらなんでも総帥府に駆け込んできて、とある重要な作戦の認可を願ったらいきなり書類ごと右手を公王杖で叩かれた。
幾ら冷静冷徹といえども限度がある。まして、この父親が何を怒っていのかが全く分からないとあれば尚更だ。

「父上、一体何事ですか? 私が何をしましたか? いったい公王陛下ともあろう方がそこまで冷静では無いのは何故ですかな?」

一緒に付いてきたドズルは心当たりがあるので必死に弁解しようとしたが先に動いたのはデギンだった。

「ガルマの件だ! お前は弟を見殺しにする気なのだな!? そうだろう!?」

思わず天を見上げた。最近は無気力と判断力の低下が著しいと思っていたがまさかこれ程とは思わなかった。
ギレンにとってここでガルマの件を蒸し返されるなど百害あって一利なし。興味津々に見学してくれる部下らの事を考えるとここで無碍に扱うのは不味い。
かといって馬鹿正直にザビ家内部の不和を周りに見せるのもジオン内部の分裂につながってしまう。八方塞がりだった。
ここでドズルが大声で周りに言う。

「お前ら全員部屋を出ろ!! これは兄貴たちの問題だ!!!」

こういう時権威と実力を持った軍人の発言は馬鹿に出来ない。その言葉に一斉に敬礼や一礼をして部屋を退室していくジオン公国の高官ら。
無言で感謝の念をドズルに送る。やがて部屋には軍服のドズル・ザビ、公王服で近くの椅子に腰かけたデギン公王、窓際に立っている総帥杖を持ったギレン・ザビの三人に絞られた。
漸く落ち着いたのか肩で息をするデギン。それを冷徹に見下ろすギレン。先程とは違い、威厳など無くおろおろと長兄と父親の間に視線を往ったり来たりさせる三男のドズル。

「父上、よもや捕虜交換なり軍事侵攻なりでガルマ奪還を行えと言うのではありますまいな?」

ギレンが聞くが、答えはYES。ギレンは一旦呼吸を整えると言い切った。少し、いやかなり呆れ返っている。

「父上、今は戦時下ですぞ? それをご理解いただきたい。連邦軍の将兵20万名の捕虜は人質としても価値があります。
ガルマは確かに我がザビ家の一員ですが、そうであるからこそ安易な捕虜交換の提案や類似する行為は危険です。
そもそも捕虜になっているジオン公国国民がどれほどいるかご存知ですか? 15万名です。それを差し置いて我がザビ家が国民を裏切るような行為は危険です。
それにですな、仮にドズルや私が連邦の捕虜になったとして同じことをガルマに命じましたか? 
恐らく、いえ、確実に父上はジオン公国の公王陛下としての公人としての責務を優先したに違いありません。
またガルマが個人的な武勇を競って連邦軍に捕縛されたのは父上の教育方針に問題があったのではないのですか?」

痛烈な父親批判。それはギレンの言葉が本質を突いていた事を指していた。

「父上、キシリアが死んでからずっとガルマを甘やかして育てましたな? ガルマが死にかけた事で甘やかしたツケが今まさに来たのです。それを知って頂きたい。
ガルマ一人の為に20万名もの人質である連邦軍捕虜を解放するなど政治的にも出来ず、軍事的に愚策であります。
また、ガルマ・ザビを助け、15万名のジオン公国国民を助けないと言う選択は我がザビ家に対する不信感を国民に植え付けますのでこれも愚策です。
さらにせっかくの交渉相手である北米州に攻撃するのは自殺行為。連邦内部の分裂誘っている現状で敵を一致団結させるおつもりか?」

そして痛烈な皮肉を放つ。それは言葉の刃となってデギンの心を貫く。

「あの9月2日のルナツーの様に。南極での交渉を台無しにした様に」




ジオン公国は連邦の白い悪魔に対抗するMSの開発に追われた。その回答としてジオニック社とツィマッド社は全く別の回答を軍に提出する。
ジオニック社はゲルググシリーズ。ビームライフルを装備し、量産性を高め、新型はビームマシンガンという新兵器を持たせる。
総合性能では劣るものの、それを補うために数を揃えるというのがコンセプトである。コンセプト自体は正しく、地球連邦軍のジムに近い。これを昇華したのがペズン計画のガルバルディαである。
この世界のガルバルディαはゲルググ改修型(M=マリーネ)との部品共通をはかり、約7割がゲルググMと共同でありながら天才ギニアス・サハリンの技能を持ってして、基本性能はゲルググを凌駕した。
ただし、ガルバルディαは兵器としての完成度が低いと言う弱点がある。ルウム戦役や是前哨戦である一週間戦争で実戦を経験したゲルググは現在数々の問題点を洗い出している為、整備性が高く稼働率が良好だ。操縦性能も良い。
方やペズン計画の機体全体に言えるのだが、ペズン計画機体は全て芸術機。職人の作った機体と言う側面が強い。
実際、ペズン計画の開発責任者であったギニアス・サハリン技術少将は芸術家肌の指揮官であり職人だった。現場をしなかったと言える。
現場も潤沢な資材と資金と安全が確保されていてマニュアル通りに故障すると言う事を信じている節がある。
故にその機体達はどうしても整備性、操縦性、稼働率でゲルググに劣っていた。
それは実際の現場では嫌われる原因となっており、またアクトザクとゲルググは互換性が殆ど無いので、補給という面でジオン本国と現場の更に温度差は酷かった。




「これで9つ!」

右手を突きだした。盾を貫通して、この新型機のビームサーベルが陸戦型ジムのコクピットに突き刺さる。
更にその横にいた陸戦型ジムが100mmマシンガンを構える寸前に左腕の小型シールドに隠されるように内蔵されていた3連装75mmハンドガンを放つ。
そのまま穴だらけになってしゃがみ込み爆発する陸戦型ジム。
ここに来るまで連邦軍の追撃で多くの部下を失った。だが、客観的に見てジオン軍はその2.5倍の損害を地球連邦軍に与えている。
この精強さこそ、サイド3人口の5億5千万で地球連邦の70億人に対抗した理由かもしれない。何もMSだけがジオンを優勢にした要因では無い。
ちなみに非加盟国の内、北部インド連盟は7億人、中華人民共和国12億人、イラン共和国3億人、シリア共和国1億人、朝鮮民主主義人民共和国5000万人となり各サイドは基本5億人、月は8億人、外惑星には10万名。
その圧倒的と言うには程遠いジオンの国力で、ジオン軍はギレン・ザビ曰く30倍の国力比を覆していた。

「は、怯えろ! 竦め!! そしてMSの性能を引き出せぬまま・・・・・死んで行け!!!」

シールドチャージをかける。陸戦型ジムは慌てて6連装ミサイルを放つがミノフスキー粒子下のミサイルなどこの新型機の機動性なら恐れるに足らない。
ビームランスを構える。そのまま一突き。機体が倒れる。これで9つめ、27機。撤退戦開始から戦車も含めると指揮下の部隊全体で40近い敵を葬った。
地球での遭遇戦は突発的な接近戦による戦いが多い。その時に役立つのは皮肉にも飛び道具よりも格闘戦用の武器。
これはノリス大佐が知る筈も無いのだが、連邦軍の陸上部隊は格闘用の尖端が鋭利なシールドこそ使えると言っている。

「ビーム兵器さえ携行可能なこの戦場で・・・・ニムバス隊はどうか?」

ミノフスキー粒子を掻い潜って、ゲラート・シュマイザー中佐の部隊に連絡する。彼の持つギャロップは平地では無類の機動性を持ち、整備拠点としても役に立つ。
宇宙に配下の部隊を脱出させたそうだが、それでも志願して残った数名が自分の配下に入った。ノリス・パッカード大佐の指揮下に。

『・・・大・・・・佐・・・・・ニムバ・・・・・ス隊・・・・・敵・・・・・撃破・・・・現在・・・・・撤退ポイン・・・・トに退・・・・避中』

ミノフスキー粒子に溺れそうだがそれさえ聞こえれば良い。何とか返事を送るとエリザ・ヘブン中尉のイフリート・ナハトに報告する。

「撤退だ。急ぐぞ」

こうしてYMS-15ギャンを地上で徹底的に改造した通称、ギャンクリーガー(MS-15K)は夜の帷が下りてきた東欧の大地に消える。




地球連邦軍はオデッサ解放こそ失敗したが、東欧諸国を除く欧州・ロシア地域の奪還には成功する。
多大な犠牲を払ってなお、マ・クベ中将のジオン地球攻撃軍は健在であるがそれでも勝利を収めたと言える。強弁できる。
その戦闘が終盤に差し掛かった頃、エルラン中将は超長距離通信を受けていた。将官用軍服を着たエルラン中将が部屋に入る。

「ここか?」

その言葉に護衛役だと言い張った憲兵6名は頷く。

(しかし妙であるな。何故案内役がいつものジュダッグ中佐では無く知らない憲兵なのだろうか?)

そう思っていると特大の画面にゴップ大将が映し出された。彼は微妙な表情を、そう、何とも言えない微妙な表情をしてエルラン中将を見る。
その顔は憐憫とも取れる。嫌な予感がしてきた。テッキリ、ジオン海中艦隊のベルファスト基地襲撃の責任追及をされるのかと思ったがどうやら違う様だ。
と、憲兵隊司令官も画面に出てくる。更に軍事参事官のタチバナ中将とジャミトフ・ハイマン少将がそれぞれヨコハマ基地、キャルフォルニア基地からの海底ケーブルを使った通信で現れる。
四人の将官。それは解任だけでなく現行犯逮捕も可能な特別軍事法廷が開催可能な人数に当たる。冷や汗が出て来た。
それを見たゴップ大将が周囲を代表して発言する。

「エルラン君、君は中々優秀だったね。ジオンと情報を売買して多額の資産を築く。大した商才だよ。個人的には君は軍人よりも商売人の方が良かったと思う。
それだけの商才があれば戦後復興や新たな起業に役立っただろう。人生を間違えたねぇ。とてもとても悲しい、そう思うよ」

そう言って目頭を押さえるゴップ大将。これで確定した。ばれたのだ。いや、ばれていたのか?

「そうですか・・・・・いつから知っていましたか?」

静かに問う。それしかできないし、この場でこれ以上見苦しい真似は出来ない。
自分は確かに裏切り者だがそれでも地球連邦軍の作戦本部本部長まで昇進したのだ。中将の階級を得たのだ。それを考えてみれば逃げたくない。
いや、逃げてはならない。自分にだって、卑怯者や裏切り者にだってそれなりの意地はあるのだから。

「ふむ、少しは地球連邦軍の将官としての意地があるのかね? 何故裏切ったのか言い訳するのかと思ったが。
怪しいと感じたのはレビル君を救出した手腕だ。君はまるでジオンの中枢にコネがあるかのような言動をしていた。
もっとも君自身は気が付いていなかったが、ね。私だって最初は単なる違和感だったよ。中々やるな、そんな感情だった。
それが疑惑に変わったのはレビル君と君との距離が急速に縮まっていく過程だった。まるで全てを知っている様な君の作戦立案。
レビル君も同じことを感じた筈だ。しかし、それが甘美な、麻薬の様な感じを感じさせたのだろう。だから黙認した。
ああ、いつだったか、そう言う質問だったね? それはベルファスト基地襲撃時の明らかな攻撃回避だ。その後にジュダッグ中佐を呼び出して尋問した。
明らかに変だね。あれだけ叩かれて、更にMS隊の至近距離への接近まで許していた。にも拘わらず、連邦軍司令部は無傷で健在。これで確定した。何かあったな、と」

ああ、やはりあの攻撃でマ・クベは自分を切り捨てていたのだ。エルラン中将はそう感じた。そしてそれは正しい。
マ・クベとエルランの秘密協定では、アウステルリッツ作戦中、ベルファスト基地は攻撃しないという内容であった。
そう言う理由があったから防衛隊は警戒を緩めていた。だが、この作戦開始時に、マ・クベ中将は既にエルラン中将を見限っていた。
レビル将軍がベルファスト基地からブリュッセル基地に前進した事を伝え無かった事、ジオン本国から十分と思える増援を手に入れた事、アウステルリッツ作戦の詳細を伝えてしまった事がエルランから身を守る術を奪う。

「ははは、どうやらこれでは銃殺刑は免れませんな」

そう言って懐から拳銃を引き抜く。
慌てて止めようとする憲兵ら。だが、それを制止したのがゴップ大将だ。
彼は既にジュダッグ中佐を確保している。この上でエルラン中将に生きている必要性を認めない。
冷酷な言い方だが、ゴップ大将も地球連邦軍の制服組トップとして最後の温情を下さなければならないのだ。
そう、これはどちらかと言うと温情。仮にジュダッグ中佐を逃がしていればこの場で確保する様に命じただろう。

「何か遺言はあるかね?」

そうですね、と、エルラン中将は笑った。

「ルウムで戦死した息子たち、孫たちの墓には手を出さないで下さい。これは私個人の裏切りでエルラン家の裏切りではありません。
ええ、虫の良い注文だとは思っていますが、よろしくお願いします。
それとマ・クベとの連絡はジオンのスパイであるジュダッグが知っています。精々、足をすくわれない様に気を付ける事ですな。私の様に」

そう言って米神に銃口浮きつけた。そして引き金を引く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・血が飛び散った。




宇宙世紀0080.09.06。地球連邦軍はようやく戦線を再構築。ジオンの拠点、オデッサを攻略戦としてその前哨戦として、イベリア半島解放軍によるジブラルタル要塞攻略作戦を決行。
一方でジオン最右翼のロンメル大佐は占領下にある北部アフリカ州、親ジオンシンパが多い中部アフリカ州、特別選抜州のパレスチナ(ジオン占領下のイスラエル領。ゲリラ戦が多発していて極度に治安が悪化している)、シリア地域、イラン地域に撤退する。
その総数は5万名を数え、更に北インドの海洋都市に向かってマッド・アングラー隊が後退。
ジオン軍地球攻撃軍は明らかに南極条約を無視した行動開始した。だが、彼らこれを亡命行為として正当化していた。




ジオン公国総帥ギレン・ザビは目の前の男を見据える。宇宙世紀0080.09.04の事だ。
この日、この場所で会えたことがうれしい。
こう言っては仕方ない上に失笑を買う程、可笑しいかも知れないが、まるで長く会ってなかった親友にあった気分だ。

(妙だな。私に友などいなかったが。まさかここに至って敵に友を見出すとは)

そう思いつつもワイングラスを口に運ぶ。赤ワインを少しだけ飲む。ここで酔っぱらうなど愚かを通り越して罪悪だ。
それが分かる人こそ政治家の素質がある。最近は政治家の素質も低下しているので少ないのだが。

「さてと、まずはどうするかね? ウィリアム。君も冗談が上手くなったな。
あのレビル将軍の銃殺刑などという冗談を言い合っている場合ではあるまい?」

下手に出るギレンに、ウィリアムは簡潔に言った。

「そうですね、ギレン総帥の仰る通りです。
ではギレン総帥にお聞きしますが、ジオン公国はどのような条件でならこの戦争の終結に合意できますか?」

手ごわい。嘗ての交渉ではここまで露骨に聞いてこなかった。それは権限が無い事と覚悟が無い事の両方があった。
何故自分がやらなければならいのか、そう言う思いがあった以上、ウィリアム・ケンブリッジは強く出る事は無かった。しかし今回は違った。
非常に強い意志を持ってこの場に来た。並大抵の覚悟では無い。ジオンの勢力圏をたった一人(正確には二人)で渡り切った手腕と勇気はドズルやデラーズでも認めるだろう。
いつ暗殺されてもおかしくは無い。いや、戦争継続派にとっては暗殺の格好の対象であった上、戦争終戦派もそれを知っていた。
誰かがその気なれば死んでいた筈だ。事実、キシリアは何者かに移動中に暗殺された。因みにキシリア・ザビ暗殺は既に国家の極秘事項になっており、誰も手を付けない。
そして、ギレンも決してウィリアム・ケンブリッジの覚悟に流された訳では無い。無論、感情の介入する余地はあったがそれ以上に冷徹な計算が存在した。

「そうだな、まずは我がジオン公国の独立自治権の保証。それの公文化だ。第二の独立戦争を起こす事になってはいかんからな。
それが最優先だ。次に安全保障と地球経済圏への参入による経済制裁の解除。この三点は譲れない」

ギレンの言葉にウィリアムはなずく。頷くが以前と異なり言葉に言葉で返さない。言葉に言葉で返せばそれは確約となるのだ。
だから、まだ秘密にしておく、或いは検討するという意思表示としてウィリアムは黙ったままワインを飲んだ。少し、咽が熱い。

「それとザビ家の存続。ああ、軍縮には応じるが、それは連邦軍の正規宇宙艦隊が減っている条件で。だ。
一方的な軍縮は認められん。どうだ?」

よろしい、そろそろギレン氏に反撃する時か。そんな意志が視線に宿る。
ふ、楽しませてくれるな。そう思うギレン。これ程熱い思いがまさか自分の胸に宿るとはいったい何年振りか?
この男はかつて自分を熱狂させたジオン・ズム・ダイクンとは別の方向を持った熱狂さを持っている。

「親書はお読みになられたと思います。それの返答をお聞きしたいのですが?」

ギレンは親書を改めて読み直す。
内容はどれも似た様なものだが、議員の連名による親書はより具体的な内容であった。
主な内容とは以下の様に。

1ジオン公国の独立ならび自治権付与を認めるが、非加盟国に対するジオンが持っている外交権の身は連邦政府の協議の下に置く。

2ジオン軍の軍縮。艦艇50隻、MS400機、MSはザクシリーズ250機、ドムシリーズ100機、その他50機のみ

3ザビ家の戦犯問題。デギン・ソド・ザビは地球連邦ニューヤーク市にて幽閉。ガルマ・ザビはキャルフォルニア基地にて幽閉。ドズル・ザビは強制退役。

4戦時賠償金の支払いにかわる、1年間のサイド3保障占領。

5全占領地域(月面都市群、地球各地)からの撤退、ア・バオア・クー要塞、ソロモン要塞の割譲。

6双方の捕虜交換。

7戦後復興による両国の協調・共同開発。非加盟国との貿易中止。

ハッキリ言って無茶苦茶である。これが通る位なら戦争など起きなかっただろう。それに南極で迫った条約に比べれば明らかにジオン国内を挑発している。
こんな意見がジオン国内の表面に出るだけで戦争を継続するという意見が台頭するのは目に見えている。それを承知の上で出してきたな。

「ふむ、戦争の継続、これが狙いか? 本気でこの提案を我がジオンが飲む、と?」

一杯の汚水が樽一杯のワインを駄目にする。一つの過激な意見が和平へと向かう全体の意思を全て粉砕する。
そういう事だ。そして連邦の親書の最大の狙いはギレン・ザビに連邦はまだ戦えると言う事を印象付ける情報操作。
無論、本音はそこではない。むしろ最後の項目である両国、ジオン公国と地球連邦による宇宙再開発問題が最大の焦点になるだろう。
加えて、ジオン製の最先端工業背品やMSを輸入している非加盟国を本当の敵として考える北米州ら太平洋経済圏にとってはそちらの方が重要だ。

「もちろん。これがそのまま通るとは思っておりません。
これは我が地球連邦からのジオン公国に対するあくまで軽い外交的な礼儀です。問題解決の為には双方の歩み寄りが必要不可欠ですからね。
まず、一番に合意できるのはこれ、捕虜交換ですか?」

捕虜交換は両陣営に取ってメリットしかない。自分達、祖国上層部は捕虜になった人間を見捨てないという姿勢を見せるのだ。
そうした上で温情を見せる。こうする事で捕虜交換に携わるもろもろの問題を解決する。それに今ウィリアムは良い事を言った。
『外交』という言葉を使ったのだ。これはジオン公国を事実上認める用意があるという裏の意思表示になる。

「そうだな。捕虜は互いに交換する事で合意できよう。場所はフォン・ブラウンかサイド6だな。
それでだ、軍縮の件だがやはり一方的には飲めんよ。我がジオンは負けて無条件降伏をしたのではない。それは分かっているのだな、ウィリアム?」

軍備縮小は最大級の内政干渉だ。ある意味でジオンを国家として認める無言の証明書だがそれを理解してくれるならばそもそも戦争にはならなかった。
と言う事は、これもそう簡単には通る筈がない。いや、絶対に今のままでは通り筈がない。それは交渉相手である地球連邦政府も分かっているだろう。
まして地球連邦軍もジオン公国軍もまだ宇宙戦力は健在なのだから。

「そもそも聞こうか。この交渉をキングダム首相は知っているのか?」

ギレンが続けて口を開く。いつの間にかクーラーボックスの氷は全て溶けて水になっていた。水滴がワインボトルから滴り落ちる。
さあ、いよいよ正念場だ。ギレン・ザビは自分の持っている情報源を敢えて見せてきた。あの連邦議会議長の親書には首相のサインは無い。
あるのは閣僚たちのサインと連邦議員の大半のサインだ。それでは彼の言う通り戦争を終結させることは出来ないだろう。
地球連邦の文民統制は崩さりつつあるが、それでも行政機構と立法機構、更に司法機構は独立しているのが建前だ。が、逆に言えば内閣不信任案を可決する事も可能で、戦局次第では引責辞任もあり得る。

「いいえ、知りません」

ここでウィリアム・ケンブリッジは嘘をつかない。嘘をつく必要があるならつくが今現在はつく必要はない。ついても何もメリットが無い。
そして現在のところ、地球連邦政府の一部は和平を結ぶ気はあるが、その権限は無いと言う事をギレン・ザビに伝える。

「ギレン総帥、貴方の予想通りでしょう。我が地球連邦政府と連邦議会の大半は終戦に向けて努力しております。その結果が私ですね。
しかしながら、我が地球連邦内部は大きく分けて戦争継続派であるレビル将軍の派閥、いえ、軍閥と終戦を目指す派閥が存在します。
レビル将軍はジオン本国の占領とその為のマンパワーであるジオン宇宙軍の壊滅を望んでいますが、戦後復興を考える私達連邦議会多数派や各王室、皇室は戦後の復興の為に余力確保の点から、言い方は悪いのですがほどほどの点でのこの戦争の終結を望みます。
ギレン総帥が信用できないのは無理もありませんが、それでもこの提案を叩き台に新たなる提案をしてくだされば戦争終結、ジオン独立の達成が出来るでしょう」

ここでウィリアムは笑った。まるで自分の笑い方、かつて物事が上手くいったルウム戦役の自分の様に笑ったのだ。
そして私は、ギレン・ザビは気が付いた。彼は確かに『戦争終結』、『ジオン独立の達成』と言った。それは酔った勢いでもなく、単なる失言でもない。
ウィリアムの目線を見れば、彼が本気で発言している事が分かり、その発言内容も嘘ではないし誇張でもないだろう。

(なるほど、戦争を終わらせてその後の復興にジオンの力を使う気か。理に適しているな。
我々の独立戦争は地球連邦の五大諸州と言われていた統一ヨーロッパ州を戦場にして、彼らの富の源泉である地中海経済圏と大西洋経済圏を崩壊させてしまった。
それの復興を考えるとジオン相手にいたずらに戦費を浪費するのは得策では無い。人材も可能な限り無傷で残したいはずだ。
人が死ねばそれだけ経済基盤は脆弱化する。戦傷者が多ければそれだけで地球圏全体の復興の妨げになるだろう。
また、ジオン本国は地球に単独で対抗できた。曲がりなりにも、な。
それをアピールする事でジオン公国の利便性を強調し、政治的に従属させつつ新たなる経済圏を確立させる。
それは連邦の旧宇宙利権とは異なり、対等の利権として扱う気なのだ。そうする事でジオン全体のガス抜きも考えている)

実質の独立達成と同盟国化。南極条約交渉時にジオンが求めた事を連邦は飲むと言っている。これは大きいな。ギレン・ザビでさえそう思えるほどの大きな餌。
食らい付いてくるか、そう構えているウィリアム・ケンブリッジ。そしてギレンは食いついてきた。

「なるほど。ジオン本国の国力と人口に価値を見出したのか?」

その言葉に我が友が言う。

「価値は作る物です。そうでしょう? ジオンが然るべき然るべき方法で終戦を望むならば、ギレン総帥が望んだジオンの独立達成とザビ家全体の安泰化を保障します。
ザビ家を王室として地球連邦王室・皇室評議会評議員に任命します。勿論、貴方を公王陛下として敬いましょう。
デギン・ソド・ザビ公王は引退し、地球に幽閉。ガルマ・ザビ氏も同様ですかな? 彼は地球連邦軍兵舎襲撃事件の主犯ですのでその点を連邦のマスコミに蒸し返されると困りますから。
ドズル・ザビ氏、サスロ・ザビ氏の内ですが、片方は現役に残しても良いでしょう。後継者はお任せします。ミネバ・ラオ・ザビ公女でも誰でも構いません。
ただし、ドズル氏とサスロ氏は互いに有能すぎるので現役として残せるのはどちらか片方だけです。
・・・・・・その上で先ほども申し上げたとおりに、ジオン公国第二代公王陛下にはギレン・ザビ総帥が就任する」

魅力的な提案である。ジオンの内政の全権をギレンに渡し、それを地球連邦が保証する代わりに、ザビ家の主要メンバーを戦犯と言う形こそ取らないが、ある程度は責任を取らせる。
その為の形式を達成する為に連邦政府はジオン公国の条件付き降伏を求めてきた。
これに逆らえば地球連邦は連邦軍の全力を挙げて行動し、ジオン公国はこの世から抹殺され、サイド3にはムンゾ自治共和国を再興させるだろう。
だが、先ほどの一方的な軍縮や保障占領など認める訳には行かない。それは連邦政府も分かっている。だからこそ言ってきた。

(これ以上戦い続けるなら保障占領や軍備解体、それを覚悟しろ、という事か)

ワインを飲みきる。続けて日本産の高級搾り立てリンゴジュースを飲む。

「ギレン総帥は名誉を取られるか、実をとられるか、どちらですか?」

ウィリアムの問い。

「宇宙での決戦での後、地球連邦政府に一度膝を折って下り、サイド3に誕生したジオン公国の存続を認めさせるか。
或いはこのままこの戦争を何年でも継続して最終的にレビル将軍が望む様なサイド3占領で終わらせるか。どうします?」




宇宙世紀0080.09.05の明け方。地球連邦軍は宇宙反攻作戦『チェンバロ』作戦と『星一号』作戦を発動せんとしていた。
地球連邦はハンブルグ奪還成功と、それに続く解放作戦が上手くいっている。よってアウステルリッツ作戦は成功したと公式会見にて発表した。
ヨーロッパ解放作戦(オデッサ奪還作戦では無くなった)は最終段階に入り、ジオンを封じ込めると共に、彼らの希望の星であるジオン本国=地球間のルートを遮断する事でジオン地球攻撃軍の降伏を迫る。
宇宙に対する大規模な反攻作戦を展開してジオン公国に降伏を迫る、これが地球連邦軍の最終目標である、そう軍のスポークスマンは発表した。

「これで地球での戦いも終わりか」

ペガサス艦橋でヘンケン・ベッケナー中佐はその発表を聞いて思った。
彼の指揮していたペガサス自体は赤い彗星の指揮しているマッド・アングラー隊の襲撃を受けて大損害を被った。メイン・エンジンが完全に潰された結果、飛行は当然として、浮上さえ出来ない。
現在は必死に修復作業を行っているが、それでも宇宙反攻作戦に間に合うはずがない。そして戦死した奴らの供養もしなければならない。

(アダム・スティングレイ中尉はあの新型機にやられた)

それは撤退中だったジオン軍の反撃である。
気を緩めていたとは思えない。アダム准尉(戦死に付き二階級特進)の陸戦型ガンダムのセンサーに現れた敵の新型機。恐らくガンダムに勝つために製造されたのだろう。
一機だけだったが、彼とジャックのガンダム二機相手に互角に戦闘を展開して、最後はアダムの乗っていた陸戦型ガンダムのコクピットをビームランサーで上部から貫いた。もちろん、彼がビームの高熱に耐えきれるような筈も無く、戦死した。
その後、他の部隊も合流してこの新型を仕留めようとしたが、生憎の雨と運の悪い事に大型爆撃機の絨毯爆撃の前に見失った。

「そして、あの機体はまだ生きている、か」

ライラ隊を蹴散らして、アダムを殺した新型機。騎士の様な機体だった。設計思想もまず間違いなくグフやイフリートの後継機。それが今も東欧の各地に出没してゲリラ戦を仕掛けている。

(ジャックは仇討を決意しているが・・・・・無理だな。あいつの腕ではやられるのがオチだ。うん? 何を考えている。
俺たちには関係ない事だ。第13独立戦隊には、な)

第13独立戦隊はその活躍を表彰され、少佐以下は全員の一階級特進を決定した。中佐以上は現状維持である。これは派閥争いが関係していた。
本来であれば指揮官のエイパー・シナプスは少将に昇進してもおかしくない程の戦果を挙げている。彼らは二度にわたってジオン公国の猛攻を防ぎ切ったのだ。
だが、シナプスは反レビル派閥である北米州寄りだと思われている。
まして、この部隊の事実上の副司令官であるリム・ケンブリッジ大佐は反レビル派、反キングダム派の急先鋒であるウィリアム・ケンブリッジ(言い方は悪いがレビル将軍にばれた)だ。
彼らを昇進させる事は軍内部で新たな勢力の台頭に直結するか、反レビル派に有力な手駒を与える事になる。それは避けたい。
そう思っているレビル大将の下に伝令が来た。その伝令はレビル将軍に敬礼した後、沈痛な表情で一通の報告書を読み上げる・

「レビル将軍、エルラン中将が自殺しました。心労が祟ったとの事です」

そう伝えてきた副官を下がらせると持っていたキューバ産(キューバは第二次キューバ革命での親米政権が樹立。同時に共産主義キューバは崩壊してしまった。今では中米州で一番の先進国地域である)の葉巻を吸う。そして思いっきり灰皿に擦り付けた。
ギュギュと音がする。

(エルランが死んだ? ぐっ! 何が自然死なものか。どうせベルファスト基地襲撃の責任を追及されて殺されたのだ)

実際はスパイ行為の漏洩と、息子、孫ら全員をルウム戦役にて失わせた地球連邦への復讐の失敗による絶望故だったのだが、そこまでは知らない。
分かっているのはエルランと言う得難い盟友を失った事だけだ。更に悪い事は続いた。
次の作戦本部本部長はジーン・コリニー大将が兼任する。
彼はもともと地球・宇宙方面軍司令官と言うNo3だったが、レビル将軍が南極条約以後地球連邦軍総司令官に就任した為、その地位を追われていた。
そう考えれば彼がどう動くかは予想がつく。というよりも、予想がつかない方がある意味で可笑しい。変だ。

(ゴップ大将はコリニー大将と手を組んだな! これで私を追い落として対ジオンの勝利の果実をもぎ取る気か!? 
そうはいかんぞ。ジオンに勝利するという義務を負っているのは私だ。君らでは無いのだ。ルウムで散った全ての将兵の為にも、オデッサに向かい武運拙く死んだ全将兵の為にも私は勝たねばならん)

そして。

(そしてウィリアム君の裏切りに鉄槌を下すのだ。本来正しいのは独裁を打倒する民主主義の軍隊だ。それが負けるのはあり得ない
我々は戦い、勝利する。その為には星一号を早める必要がある)

そう決断したレビルは直ぐに前線をイーサン・ライヤー少将に任せると機上の人となる。目的地は地球連邦軍本部ジャブロー。
自らの旗艦であるバーミンガム級戦艦である『アナンケⅡ』とその護衛のサラミスK型36隻と共に宇宙に上がる。
一方で北米州でも第12艦隊が新設された。この艦隊は全てがサラミス改級50隻とマゼラン改10隻で編成された地球連邦軍宇宙軍最良の艦隊と言われている。
搭載機も宇宙戦闘と補給、整備性を考慮して全てがジム・コマンド宇宙戦使用に統一された。また、第1艦隊と第2艦隊の戦力増強の為に20隻のサラミス改も第12艦隊と同様にパナマ宇宙港から打ち上げられる。
こうして、宇宙世紀0080.09.07には地球連邦軍は正規宇宙艦隊12個艦隊分、720隻とそれを支える補給艦隊240隻、15の独立戦隊(ただし、第2、第3、第4は8月上旬に壊滅)を配備した。
この光景を忌々しそうに捉えていた人物らがいる。地球連邦議会の議員らである。彼らはここまで軍部が肥大化する事を良しとしてはいない。
唯でさえ、対ジオンを名目に宇宙世紀の60年代から連邦軍の権威と権力は増強の一途を辿っていたのに、これでは軍部独裁を招くだろう。
それだけは避けたい。それが連邦議会の本音だった。いや、アヴァロン・キングダムもそう思っている。思っていた。もう何もかも遅いが。

「ケンブリッジ、役に立つのか?」

ある議員会館の一室で。議員らが懇談している。
内容は先に宇宙に打ち上げたウィリアム・ケンブリッジという有色人種の対ジオン特別政務官。彼に丸投げしたという感じが強いが決してそうでは無い。
事実、ギレン・ザビは知っていたが同時期にサイド6リーアでは地球連邦の諜報部とジオン諜報部が意見交換と言う名目で交渉を開始していた。
同時交渉は互いに、「言った、言わない」と言う水掛け論になりやすいので嫌われているが、この場合はパイプを何個も作る必要がある。
その為にはガルマ・ザビさえも利用する。味方である筈のウィリアム・ケンブリッジも使用する。それが政治と言うモノだ。

「使える。あの男は役に立つ。それに失敗しても彼個人の失態として処理すれば良い。
連邦首相の権限は軍によって奪われつつあるが、一人の失敗を押し潰す事くらいは可能だ」

議員会館の宿舎にいるのは6名。内4名は女性。

「分かりました。各州は彼に期待しているが失敗しても自らの州の利益を守る為に派遣したのですね? なかなかえげつない事ですわ」

まるで他人事のように言う女。この女性議員は一番初めにウィリアム・ケンブリッジの派遣に賛成した上、他の議員に根回しをしたのだが、この冷徹さ。
やはり政治家は基本的に冷徹でなければならないのか? そう思わせる。

「何も彼一人に全てを押し付ける気はない。彼はまだメッセンジャーだ。それは分かって貰えると思う。
我が連邦は軍部の台頭を許す訳には行かん。連邦はあくまで民主主義国家として存続すべきなのだ。それが私たち政治家の義務だ」

その言葉に一斉に頷く残りの5人。

「それではハイマン副議長、議会内部の調整はお任せします。私は内務大臣らを掌握します」




宇宙世紀0080.09.07。霧雨が降っていたと言われている。
地球連邦軍のヨハン・イブラヒム・レビル将軍がオデッサ攻略作戦の継続をジーン・コリニー大将に一任して自ら宇宙に上がる。そして宇宙での反攻作戦『星一号作戦』とその第一段階である『チェンバロ作戦』を発動された。
方や、ギレン・ザビとウィリアム・ケンブリッジの会談は当初の予定を大きく超えて、5日目に入った。

「つまりだ、今までの話を結論付けると我がジオンと連邦は一度戦う必要がある、と言う事かな?」

ギレンはウィリアムの発言を待つ。
既に持ってきたリンゴジュースは飲みきったので、代わりにサイド3の農家が作った野菜ジュースをお供に交渉している。
この野菜ジュースにも無論意味はある。コロニー国家としてジオンは自活できると言うメッセージを込めているのだ。

「ジオンが望むのならば」

そう言うウィリアムの目は笑ってない。口調こそ笑っているが、な。そうギレンは思った。
全く、大した役者だ。このジオンの独裁者ギレン・ザビ相手に一歩も引かない、初めて対等に戦う男が出現した。

(今もそうだ。和平を唱えながら宇宙での決戦を否定しない。この男は自分をどう思っているかは分からない点があると父上やサスロは言っていた。
だが、今のこの男は間違いなく連邦の民70億を背負った、いや、全人類を背負った代表者だ。ククク、この重圧・・・・・圧倒的じゃないか)

そう思いつつもギレンも引かない。
地球連邦が提案してきたジオン公国軍の一方的な軍縮要求並び軍備制限は、戦争に負けてない以上、今の時点では出来ないと断言した。

「分かりました。それではソロモン要塞、ア・バオア・クー要塞、グラナダ市を奪還してからその点は話し合いましょう。
それで、どの様な形になるにせよ、2日前に議論したサイド3ジオン公国を除いたその他のサイドの扱いですが」

来たな。ジオンが宇宙を統治するか、それとも地球連邦が宇宙の利権を復活させるかで揉めた一件。これもまた重要だ。
月面都市群は元々から自治領としてある程度の自治権を獲得しており、それに安住していたから次、つまり戦後も戦前同様で問題は無い。

「さて、ジオンとしては無条件の解放は認められないな。かといって皆殺しにするのも気が引ける。
連邦としては何か良い案があるのかな? ジオン国民と連邦市民、サイド住人を納得させるだけの統治方法があると?」

各コロニーサイドはスペースノイドであり同胞だが、この戦争で各サイドが自らの血を一滴も流すことなく(流石にそこまで強くは言い切れないが)、自らの自治権確立を成功させては、ジオン公国国民が道化だ。
為政者としてその様な事態は心情的にも政治的にも経済的にも軍事的にも認めることは出来ない。
そんな事態になればジオン公国は不安定化するだろうし、その不安定化に別の勢力が付け込むのは目に見えている。

(特に我がジオンが地球連邦と関係を改善すれば、いままで交流していた非連邦加盟国との情勢悪化は避けられない。
もっとも、非加盟国には亡命させた旧ダイクン派と旧キシリア派の部隊を擦り減らしてもらえばそれで良いからな。
ウィリアムの方はその事に・・・・・気が付いているな。おそらく次に来るのは)

ウィリアムの発言。

「ではサイドについては地球連邦の内政上の優先権、宗主権を認めた上で、ジオン公国との共同統治、もしくは経済的な保護国化という形を取りましょう。
各サイドがこのまま独立してはジオン国内の犠牲者が納得しないでしょうし、敗戦国が自分達よりも優遇されるなどとは。
それで先日報告にあったジオン軍地上軍のシリア、イラン、北インドへの大規模な亡命事件ですが・・・・・どう対処してくれるおつもりですか?」

煙にまくか。それしかないな。

「さて、現地軍の独走と聞いている。それ以外の何物でもない。その件については善処しよう、それで良いかな?」

ウィリアムもそれ以上深くは突っ込んでこなかった。
彼もこの議題を論議する事の虚しさを知っていたのだ。ジオンは戦後の地位向上の為に、ザビ家から見た不満、不平分子を地球に放置する。
それを理由に地球連邦との同盟関係を強化する。そのつもりなのだろう。ならばそれに乗る事だ。
地球連邦軍の一方的な軍縮を行う必要がある今、ジオン軍が地上に残る事は意味がある。悪い意味で。
そしてそれを追究したくとも既に亡命された以上、ジオン=非加盟国間の交渉であり、地球連邦は建前上、介入できない。

「分かりました。その件はそういう事にしておきましょう。
そして、戦犯疑惑があるレビル将軍ですが、彼の扱いは至って単純かと思われますが、どう思いますか?」

その言葉も予想通り。全く、ここまで地球連邦とジオンの代表者が阿吽の呼吸で進む外交交渉も「素晴らしい」の一言だ。

「そうだな、勝てば官軍、負ければ賊軍になろうな。このまま宇宙反攻作戦を成功させてジオン本土に到達すれば戦争終結の英雄。
途中で失敗すれば100万名の将兵と統一ヨーロッパ州をはじめ10億人近い市民の生活を破壊した愚かな軍事至上主義者。そうなるだろう」

そしてギレンは徐にある一枚の写真を取り出した。

「ところでウィリアム、私からもプレゼントがある。この女性を知らないかな?」

映っているのは連邦軍の士官候補生の制服を着た金髪の女性士官。短めに整えた金髪と理性的な目が特徴的だ。これは彼流の冗談なのかと思う。
だが、ギレン・ザビの目は笑ってなかった。ギレンは決して冗談では無い。

「いいえ、心当たりはありませんが・・・・・どなたです?」

知らないか。まあ無理もない。これを知ったのはアンリ・シュレッサーの不穏な動きを議長にして副総帥である弟のサスロ・ザビがキャッチしたからだ。
サスロからそれとなく警告されたからザビ家がこの事を把握したとは向こう側も気が付いてない。

(ふむ、確かにウィリアムにはあまり関係ない相手だからな。この娘と関係が深いのはあのキャスバル坊やか。それと死んだキシリアだったか。
だが、となるとアンリ准将やダグラス准将、マハラジャ総督らが復権運動をしたあの赤い彗星は・・・・・まさか・・・・・・キャスバル・レム・ダイクンか?)

ギレンの思惑通りにウィリアムは鋭く聞いていくれた。

「もう一度お聞きしますがギレン総帥、誰です、この女性兵士は?」

何か記憶に引っ掛かりを覚える表情を浮かべる彼にギレンは言う。

「彼女はセイラ・マスと名乗っている。だが実名は違う。RX-78-2ガンダムのパイロットらしいな・・・・・・このアルティシア・ソム・ダイクンは」

その言葉に一瞬だが二人の視線が激突し、周囲が凍る。

「アルティシア・・・・あのアルティシア・ソム・ダイクンですか?」

努めて冷静に言うウィリアム。
応えるギレン・ザビ。

「そうだ。あのジオン・ズム・ダイクンの娘、アルティシア・ソム・ダイクン本人だ。これは間違いないだろう。
我がジオンの国立病院がスーパーコンピューターを使って歯型や骨格を一致させて出した結論になる。さてウィリアム・ケンブリッジ。君は彼女をどう扱う?」

私の問いに答えられるのか? 少し面白そうにウィリアムの顔を見る。彼は俗にいう考える人のポーズで必死に思考を纏めている様だ。
最後の最後で爆弾を持ってきたギレン・ザビ。これに対応するウィリアム・ケンブリッジ。

「なるほど、ジオン公国を認めるならばジオン共和国の遺児は地球連邦との共同管理下に置くか戦場で始末しろと仰るのですね?」

無言で頷くギレン。これは互いに相手を出し抜きつつも相手を信頼する為の儀式だ。

「彼女がセイラ・マスと言う地球連邦市民として生きるなら保護します。また軍人として生きると言うならばそのままです。
しかし、彼女がアルティシア・ソム・ダイクンとして生きるならば、彼女に監視を付けるなりガルマ・ザビ氏の様に軟禁するなり考えなければなりませんな」




交渉内容はある程度決まった。

1戦争終了の如何を問わず、サイド3の独立自治権は認める。

2地球連邦軍、ジオン公国軍は互いに軍縮並び安全保障条約を結ぶ

3ジオン公国は宇宙復興プロジェクト並び宇宙再開発プロジェクトに参加する事(新経済圏の確立)

4南極条約以後の戦争犯罪人の処断は両政府合同の調査機関が行う事。捕虜交換を行う事。

5NBC兵器使用の厳禁。コロニー落とし、質量弾による地球、月都市、コロニーへの攻撃の禁止。

6全占領地域からの撤退。地球連邦非加盟国との貿易の見直し。

ほかにもあるが、この6点が主要な内容となる。
宇宙世紀0080.09.08にある程度の終戦への合意が出来た両陣営だったが、それでも最後は戦争という特殊環境下で目的を達するに足る方法を取らざるをえない。
それは双方の自軍戦力を持ってしての宇宙での決戦である。




宇宙世紀0080.09.10。地球で修理中のペガサスを除いた第13独立戦隊は陽動部隊としてサイド6に入港。勿論その前に、かつて第14独立艦隊を結成していた6隻のサラミスK級と合流して9隻の艦艇になっていた。軌道上で敵の偵察艦隊を1つ、僅か5分弱で壊滅させている。
一方で私はセイラ・マスに会うべく月から出発する船でサイド6に向かう。
船は2日かけてサイド6のコロニーに入港した。
宇宙世紀も80年9月15日になっていた。気が付くと開戦から既に一年以上が経過している。手続きを終えてアルビオンに合流するケンブリッジ。
敬礼で迎えられる。そのまま、彼はシナプス司令官にだけこの秘密を伝える。

「セイラ・マス少尉に会いたいのですが・・・・会えますか? シナプス司令官」

いきなりの事に面食らう。この人物は愛妻家で有名だったがそれがどうしたのだろうか?
そう思うシナプス司令官に小声で告げた。

「司令官、この艦隊にジオン・ズム・ダイクンの遺児が乗っているのです。それが彼女、アルティシア・ソム・ダイクンだ。今は偽名でセイラ・マスと名乗っている筈です」

衝撃だった。それは下手をしたら戦争を左右する巨大な爆弾になる。そんな重要人物がこの艦隊にいたとは。
そして彼は更に言ってきた。自分はこのまま地球のワシントンに戻る。
特別機である『スカイ・ワン』で帰還する際、彼女が地球連邦に対して不穏な事を考えているなら拘束する必要がある。

「それは・・・・・政治的な話ですな?」

辛うじてだが言うシナプス司令官。いつの間にか小声になっている。ここには二人しかいないのに。

「そうです、恐らく連邦議会議長閣下や下手をするとブライアン大統領らもこの話に関係してくる話です」

そう思う。そう言って話を終える。




「ブライト、何か?」

それから2時間後、カイ・シデン兵長の護送と共にセイラ・マスはブライト・ノア少佐、ミライ・ヤシマ中尉と共にエイパー・シナプス司令官の居る執務室に呼ばれた。

「さあ、良く分からない。とにかく、ウィリアムさん、あ、ケンブリッジ特別政務官が君に会いたいと言う事だ。
詳しくは彼に聞いてみてくれ」

そうして全員が退室する。
いや、ブライト・ノア少佐だけは部屋に残るように言われた。護衛と言うより取り抑え役だろう。何かあった時の。
緊張するブライト・ノアとどこか泰然としていて飄々としたセイラ・マス。それを見て確証はないが確信するウィリアム・ケンブリッジ。

(この気品の高さ。間違いないな。ギレン氏の言った通り彼女は・・・・・あのジオン・ズム・ダイクンの子供か)

腰かける様に言う。二人は腰かける。一体何事なのか、それを聞きたいブライト少佐は懸命に堪えた。
溜め息をつくウィリアム。頭痛を抑える仕草をするシナプス准将。これは何事なのだろうか。

「いくつか聞きたい事があります、セイラ・マス少尉」

一呼吸置いた。そして聞く。

「少尉。セイラ・マスと言うのは偽名であり、あなたの本名はかのジオン・ズム・ダイクンの娘であるアルティシア・ソム・ダイクンで良いでしょうか?」




宇宙世紀0080.09.15、ウィリアム・ケンブリッジがアルティシア・ソム・ダイクンと思われる人間に会った時。
まさにその時、レビル将軍直卒の第3艦隊から第9艦隊の7個艦隊はソーラ・システムと呼ばれていた極秘兵器でソロモンを攻撃。
こうして、地球連邦軍は難攻不落と謳われたジオン公国軍の宇宙要塞ソロモンを僅か6時間で陥落させた。

そして。その情報は撤退していくユーリ・ハスラー指揮下の残存艦隊が必死で本国に送っていた。もっとも、ハスラー提督はこの時点で重傷を負い、後に死亡している。
光学望遠鏡で連邦軍の7個艦隊の位置を確認する。ソロモンに入港していく連邦軍の艦隊。
8時間後、これを確認したギレン・ザビはズム・シティで全軍を鼓舞する。




『ジオン本国のギレンである。これより作戦を発動する。ゲルドルバ作戦発動。ソーラ・レイ、スタンバイ!』

『これは、愚劣なる地球連邦軍に対する裁きの鉄槌である!! 神の放ったメギドの火に必ずや彼らは屈するであろう!!』




一方で、サイド5もまた戦火に包まれようとしていた。第9次地球周回軌道会戦以来動かなかった第1艦隊と第2艦隊、新設された第12艦隊がジオン軍のサイド5駐留軍を襲撃したのだ。
後に第二次ルウム戦役と呼ばれる戦いの始まりである。

地球のオデッサが未だに健在な為、政治的な得点を稼ぎたい地球連邦軍は宇宙でも多方面攻勢にでる。これが吉凶いずれとなるかは誰も分からない。



[33650] ある男のガンダム戦記 第十五話『それぞれの決戦の地へ』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:7b44a57a
Date: 2012/08/25 16:04
ある男のガンダム戦記15

<それぞれの決戦の地へ>




ジオン公国軍の新型機ガルバルディαが宇宙を駆ける。他にもゲルググ量産型が何十機も戦闘行動を取ってベテランパイトロットの駆る軌道を新兵の乗るリック・ドムⅡやザクⅡF2型に見せつける。
別のSフィールドでは艦隊を利用した大規模な演習が繰り返されている。それは対艦攻撃戦闘であり、防空戦闘であり、MS同士の白兵戦であった。
そんな中、数機のガルバルディαが演習を終えて、そのままグワジンに着艦する。
ソロモンから撤退したユーリ・ハスラー艦隊の艦載機部隊と元々Nフィールド防衛の為に展開していた部隊が合流した。

「壮観であるな」

それをみてカスペン大佐は呟いた。少年兵こそ導入してないモノの、ジオンは出来る限りの戦力をこの宙域に集結させている。
ア・バオア・クー要塞には多数の兵力が集結している。その総数は600機近くにも及んだ。もちろん、全てが新型機では無い。
寧ろザクⅡF2型などの方が多く、数の上での主力はザクタイプだ。ザクⅡF2型が戦力の主体となるのは仕方ない。
それでも突破兵力としてのペズン・ドワッジやリック・ドムⅡ、対MS戦の要であるゲルググタイプやガルバルディαなど多数の部隊が展開している。
更にだ、ジオン本国の増援としてア・バオア・クーに入城した第一艦隊、第三艦隊、第五艦隊、ジオン親衛隊艦隊は配置につくべく行動を開始。
最高司令官にルウム戦役の英雄であるドズル・ザビを置いて決戦を目論んでいた。




一方で、ジオン公国が決戦の準備を進めている頃、ジオン共和国或いはムンゾ自治共和国の主君であり、その遺児と自らの同志たちだけでも脱出させなければならないと感じた男がいた。
そう感じたのはジオン公国月面総督府の総督マハラジャ・カーン中将。
彼はジオン国内で俗に言われているオデッサ攻防戦、ヨーロッパ攻防戦が始まる2か月ほど前から総帥府に働きかける。
それはジオン軍の中でもダイクン派、キシリア派として嫌われていた部隊の幾つかを火星圏にある小惑星基地アクシズに送る事であった。
それはサスロ・ザビへの政治工作の成功によって功を奏す。
アクシズは重要拠点であるが、所詮は辺境の一軍事基地。
規模こそア・バオア・クーやソロモンに匹敵するがジオン本国と対等に戦えるほどの力は無い。まして地球連邦非加盟国からも遠く、ジオン本国がその気になれば直ぐに兵糧攻めに出来る。
サスロは更にこう考えた。アクシズにはいずれ誰かを送らなければならない。しかしあそこは遠隔地で人が行きたがらない。
ならばそこを流刑地扱いにして自ら行きたいと言うダイクン派やキシリア派を行かせてしまえば良い。
その後は本国=アクシズ間の補給船団を握ればダイクン派とキシリア派の手綱を握れる。そう考えたのだ。
また軍事の最高責任者であるドズル・ザビだが、当時は我関せずという姿勢を貫いた。彼らしいと言えばらしい。
ギレンもサスロと同様の考えだった。明確な旗印がいない以上、キシリア派だのダイクン派だの言っても所詮は烏合の衆に過ぎないのだと、と。
それがザビ家の考えだった。そこにマハラジャ・カーンは付け込んだ。そして老獪な政治家でもあるマハラジャ・カーン。
この件に関してはマハラジャ・カーンの方が上手だった。
彼は己の裁量下で多数の物資と共に船団を形成。
グワンバン級第二番艦グワンザンを旗艦としたアクシズ方面軍を設立すると月面方面軍から新型機アクトザク36機、ペズン・ドワッジ36機、ゲルググM72機という極めて有力で多数の部隊を送り出した。
それが宇宙世紀0080.06.04の事である。
そして時は移り変わり、宇宙世紀0080.09.06.まさにギレン・ザビが本国を離れて地球連邦の代表であるウィリアム・ケンブリッジと極秘会談していた時の事だ。




執務室でマハラジャ・カーンは呟く。

「アンリ・シュレッサー准将は助けられないか」、と。

選抜を終えて、第三次アクシズ派遣船団の派遣命令を下すべく準備するマハラジャ・カーンは更に自室で天を仰いだ。

マハラジャ・カーン中将。

『月面総督』。

彼の権限は大きいようで小さい。例えば本国方面軍、ルウム方面軍の救援要請には一番に答えなければならない。
しかしその一方で逆は無い。また、ア・バオア・クー方面に多くの戦力を取られている今、月面方面軍は戦力の弱体化はあっても強化は無いだろう。
我がジオン軍はア・バオア・クーを決戦の地に選んだと言う事だ。
そんな中、彼の放った密偵が報告。
ジオン親衛隊や総帥府ら行政機構の指揮下にある警察機構がアンリ・シュレッサーらジオン国内のダイクン派を取り締まると言う動きがみられる。
これを知ったアンリ准将は第一に自分の部下たち、ダイクン派のアクシズ行きを独断で行った。これでは事実上の敵前逃亡である。
だが、ギレン・ザビがウィリアム・ケンブリッジとの交渉の為不在と言うこの時期と、ドズルが戦力の移動を求めており、それにサスロが応えていたこの時期が彼らにとって幸運だった。
彼らの人員のみの輸送はそれほど大きな混乱もなく、ダイクン派数万名を食料や、水などと共にアクシズへ向かわせる。
そしてそれに遅まきながら感づいたジオン公国上層部、というよりサスロ・ザビはアンリ・シュレッサーを逮捕するべく動き出した。
本国に残った最後のダイクン派を逮捕すればその他のダイクン派の意この根を止める事が出来るだろうと信じて。
それは月面総督であるマハラジャ・カーンにとっても仕方ない動きに見えた。アンリ准将の動きはどう取り繕っても敵前逃亡である。
また、来るべき時が来たと言う事を悟らざるをえなかった。

「私もアクシズに行くしかないな。戦艦アサルムと数隻のザンジバル改級にブースターの取り付けを行い・・・・多数の補給船団の用意をする必要がある」

端的に言ってだが、ジオン公国軍上層部の独立戦争の戦争指導は上手くいった。
ギレンが地球視察で知った様に、地球連邦が一枚岩では無いと言う事実に付け込んだ地球侵攻作戦と現政権の政権基盤である統一ヨーロッパ州と他州、特に北米州との分断は成功。
そして7月から開始されていた地球連邦軍の最大級の地上反攻作戦は、ジオン軍に占領された地域の奪還に半分しか成功しなかった為、地球連邦軍は戦略的に敗北したと言える。
さらに、だ。ジオンはルウム戦役を初め宇宙空間では優勢を保ち続けていた。その結果が各コロニーサイドの占領である。
占領されたコロニーの軽工業はジオンの工業力に大きなプラスとなり、非加盟国との貿易は制宙権の奪取によって安定化。
これらはギレン・ザビらザビ家主導の独立戦争の戦略が上手くいった証である。

(が、逆に言えばこの大成功の結果、ジオン本国の国内の反ザビ家は息の根を止められた。
ザビ家の戦略が功をそうする程、連邦に対して戦略面で勝利する程に、我々ダイクン派の勢力は削られる。
それはジオン公国自体にとって良い事かもしれないが、少数派に転落した我らに取っては危険な事態だ)

そしてマハラジャ・カーンは一通の偽装パスポートを作成する。クワトロ・バジーナという地球連邦軍中尉の青年将校のパスポート。
これは月面総督府が尋問し、死なせてしまったが故にその証拠隠滅の為に製作された曰くつきのパスポートなのだが仕方ない。
彼を、あの赤い彗星をアクシズに脱出させるには早い方が安全である。それには各地のダイクン派との提携が必要だ。
何よりも、彼本人の意思確認が必要だったが、この状況下では否とは言えないだろう。

「会わなければならない。彼が、キャスバル様が、あの方がザビ家に殺される前に」




ゴップ大将はまたもや映画館で考えていた。アメリカ合衆国の作った宇宙世紀10年代のアメリカンヒーローを見ながら。
もちろん、周囲には誰もいない。時は宇宙世紀0080.09.01.
ウィリアム・ケンブリッジが対ジオン特別政務官としてジオンのザビ家、いや、ジオン公国と交渉に向かった日だ。

(ジオンは戦後、宇宙で唯一の重工業国家として存続する気か。それもよかろう。既に連邦の工業力は開戦前に比べて2割は減った。
統一ヨーロッパ州が占領下に置かれ、その後は戦火にあった。さらに中央アジア州と中部アフリカ州が内乱状態に突入。
アラビア州はスエズ運河を連邦とジオンの双方から奪い返す為に大軍を編成して失敗。その後遺症に悩んでいる。
また地球連邦直轄領土と特別選抜州であるイスラエルはジオンの占領下。これでは財界の皆さんは顔面蒼白だな。それに比例して軍部の力は巨大化する一方か)

パワードスーツを着た主人公が敵をやっつける。これがMSの原型になったのではないかと思うと面白い。
その隠された特殊兵器が敵の戦車を吹き飛ばす。まあ、その後の展開は如何にも正義は我のみなりというのであまり好かないのだが。

(戦後が見えて来たな。ジオンを存続させて宇宙での再建に利用する。その一方で軍縮を行う。軍縮の対象はレビル君の派閥にあたる宇宙艦隊かな?
地上軍は戦争開始前の予想以上に疲弊した。と言う事は、だ。次期政権は軍縮を旗印にこれの再建は行われないと考えた方が良い。
その為のジオンとの和平でもある。ジオン公国との和平が地上軍の戦力削減に繋がるか。いや、非加盟国問題がある以上そうはならんかな?)

非加盟国はこの戦争で唯一の勝ち組となった。正確には棚から牡丹餅的な状況なので勝ち組になれたと言って良かった。
ジオンが地球侵攻を行い、統一ヨーロッパ州を攻略してしまった以上、ジオン軍にとって地球での補給線の一つとして非加盟国との交流は重大な要件であった。
そしてマ・クベ中将はその案件をクリアした。それも連邦政府や連邦軍が度肝を抜かれるやり方を持って。
自ら少数の兵力だけでシリアとイランを訪問する事で彼らの信頼を勝ち取り、更には敗戦時には多数のジオン軍将兵の受け入れを認めさせた。
もちろん、両国はジオン残党軍を使って地球連邦政府に対してゲリラ戦を仕掛ける、或いは経済的な圧力をかける目論見がある。
故に互いに互いを利用する関係だったが、地球に捨てられたと言っても良いダイクン派、キシリア派にとってこれは大きい支援になった。

(戦後の関係を考えれば非加盟国とジオン公国の関係は冷却する。しかし、非加盟国はジオンの技術を亡命の受け入れと言う方法で手に入れる。
厄介だな。ジオン公国としては何食わぬ顔をして彼らの事を政治亡命者ですと言えばよい。
しかし、我が地球連邦としては戦後の・・・・・ああ、なるほど、だから『ティターンズ』計画なのか。
地球連邦軍の軍内部の特殊部隊。最前線で各地のジオン残党軍として存在させられる敵、ジオン残党軍を鎮圧する治安回復部隊)

戦後復興庁であり、軍内部にも一部指揮権の独占権を持つ事となったティターンズ構想は既に地球連邦上層部では常識の事となっている。
ブライアン大統領らの根回しによって太平洋経済圏の各州と、中米州、南アフリカ州、南インド州、アラビア州が北米州についたこと、更にそれらの議員らが賛成票を投じた為、地球連邦議会は宇宙世紀0080.09.05、昼、戦後復興庁である特別治安回復組織『ティターンズ』の設立を正式に決定。
これを受けて、『ティターンズ』計画の中心的な人物であるジャミトフ・ハイマン少将を委員長とした準備委員会も同時に発足した。
地球連邦は遂に戦後に向けて動き出したと言って良かった。ジオン公国との戦争の如何に問わず、肥大化した軍部の権力を削減する。
その為に劇薬にもなりかねない、太平洋経済圏の、いや、北米州独自の軍事力と言って良い『ティターンズ』の設立を承諾した。
無論、『ティターンズ』は首相直轄となるが連邦議会の多数派工作に既に成功し、副首都であるダカールからニューヤークへ首都を移転させた北米州にとって地球連邦の首相と言うのが如何程の価値を持つのかは神のみぞ知る。




ジオンの地球攻撃軍は有力な部隊を宇宙に打ち上げた。
といっても、数はそれほどではないが、政治将校としても有能なシャア・アズナブル大佐はララァ・スン少尉と共にザンジバルⅢ(ランバ・ラル中佐の乗艦であった)で宇宙にでる。
仮面を取ったシャアは今しがたまで肌を重ねていた為、少し汗ばんだララァと共に自室にて寛いでいた。
艦の経路はサイド6を目指す。そこには三隻の木馬がいる。勿論、勝てるとは思ってない。本来の目的はララァ・スン少尉のエルメスとジオングと呼ばれる新型のMAなのかMSなのか分からない機体を受領する事だ。
その為のテストを受ける必要がある。よって、彼らはサイド6を目指した。そして9月13日、彼らはアムロ・レイと言う少年兵と出会った。

『アムロ、アムロ・レイ君、と言うのか』

『は、はい』

『見ての通りジオンの将校だがいくら敵でもありがとうの一言くらい欲しいものだな』

『す、すみません。こんな時どんな反応して良いのか分からなくて』

『うん? はははは。確かにそうだ』

『あ、あの、もしかして・・・・・赤い彗星ですか?』

『そうだ。戦場で出会った事があるのかな?』

『・・・・・・・・』

『正直だな。よし、ララァ。行くぞ』

『シャア・アズナブル大佐殿』

『?』

『ありがとうございました。その、こんな言葉は変だと思いますがお元気で』

『そう言われると確かに変な気分だな。君もな、アムロ・レイ君』

そうしてシャアは大規模な艦隊と合流する。
だが、その前にララァの導きとでも言うのか、彼はとあるホテルのレストランで一人の女性士官と出会った。
名前をセイラ・マス。いや、本名をアルティシア・ソム・ダイクン。彼、シャア・アズナブルことキャスバル・レム・ダイクンの実の妹だった。
つまり、シャア・アズナブルとセイラ・マスは個人的に接触したのだ。9月15日の前日に出会っているなど偶然と言うには可笑しいだろう。

(まるで映画のワンシーンだ。そんな事があるのだろうか?)

ウィリアム・ケンブリッジはそう思った。
だが、セイラ・マス少尉はそれを偶然と言っていた。信じるべきかどうか。そもそも本当にシャア・アズナブルと出会ったのだろうか?
確かに彼のザンジバル級はこのサイドに入港しているが。それを知らされた私、ウィリアム・ケンブリッジは疑うべきかどうか、迷った。そして呟く。

「本当に君がアルティシア・ソム・ダイクンで、その兄キャスバル・レム・ダイクンがジオン軍のシャア・アズナブルこと赤い彗星だと?
なんか・・・・・すごく言い難いのだが、出来すぎている気がする。キツネに馬鹿にされた気分とはこの事を指すのだろうか?」

と。確かにそうだ。本当に偶然ならこれがシロッコ中佐の言っていたニュータイプならではの感受性と言う事になる。
だが、偶然では無かったら? これがジオンへのスパイ行為だったらどうするのか? しかし彼女目は澄んでいる。嘘とは思いたくない。

(誰かを騙すのも騙されるのももうたくさんだな。仕方いない・・・・疑っても霧が無いんだ・・・・・ここは彼女を信じよう。
かつての若い頃からあの尋問の日まで地球連邦政府を信じたように。彼女を、アルティシア・ソム・ダイクンを信じてみよう。
それに、腹の探り合いなどもうウンザリだ。一緒に戦った戦友を疑うようでは、俺は本当に大切なモノをなくしてしまう。それだけは嫌だ)

そう思って彼は衝撃で立ち竦んでいるブライト・ノア少佐に腰かける様に言う。何とか敬礼して腰かけるブライト。
セイラ・マスもまた、用意されたパイプ椅子に腰かける。自分は予備のソファから座った状態で、指揮官席にはエイパー・シナプス准将が座っている。
その上で、私は彼女に聞かなければならない。もしもこの問いにある方向性を持って、つまりはアルティシア・ソム・ダイクンとして生きると言う事を言うならば自分は決断を下さなければならくなる。
今だって、本国のブライアン大統領からは『善処せよ』という有り難いお言葉を頂いただけである。
しかも連邦議会議長閣下からは『キングダム首相には黙っている事』というお墨付きだ。これは反首相勢力が団結した証拠だろうな。

「セイラさん、で、良いいかな?」

先ずは呼び名を確認したい。こちらから一方的に決める事も出来るがそれは礼儀に反するだろう。
何しろ彼女はこの戦争をセイラ・マスとして生きてきたのだ。セイラ・マスとしてガンダムを操縦して戦ってきている。
それを考えれば、セイラ・マスをアルティシア・ソム・ダイクンとして呼ぶのは人間としてはいけないと思う。まして彼女は被害者だ。戦争の。

「ええ、できればセイラ・マスでお願いします、ウィリアム・ケンブリッジ特別政務官」

そう言って掌を女性らしく組む。その仕草は確かに様になっている。
彼女があのジオン・ズム・ダイクンの遺児というのも納得できそうだ。

「そうか。私もウィリアムで良いよ。あまり堅苦しいのは嫌いなんだ。本当は・・・・本当は、いや、何でもない。
さて、一つ重大な事を聞いておかなければならないのだが良いかな?」

どうぞ。
セイラは無言で彼を促した。

「君はセイラ・マスとして生きるのか、アルティシア・ソム・ダイクンとして存在するのか。一体どちらを選ぶんだい?
誠に言い難いが戦後の事を考えると君の選択次第では身柄を拘束する必要も出てくる」

その言葉にブライト少佐がショックを受ける。一方でシナプス准将はこうなる事を予期していたのか自身の愛用の拳銃をホルスターから引き抜く。
ここではセイラ・マス、或いはアルティシア・ソム・ダイクンよりも、彼ウィリアム・ケンブリッジ特別政務官の方が重要なのだ。
いきなり掴みかかられて殺されかけて、若しくは殺されては洒落にならないし、冗談にも、面白くもなんともない。
が、次に出てて来たのは男達全員が考えもしなかった言葉だった。

「特別政務官・・・・・あなた、本当に優しいのですね」

と、セイラが言った。虚を突かれるウィリアム。そう言われるとは思ってなかった。きっと蛇蝎の如く嫌われると思っていたのだが。
そう言えば優しいと思われるのはいつ以来だろう? あの日から、裏切られた事を知った日からずっと前しか向いてこなかった。
でも。それは間違っていたのか? 周囲に目を向ければジャミトフ先輩やダグザ少佐の様に自分を理解してくれる人々がいる。
シナプス准将やタチバナ中将の様に頼りになる人物も居ればブライト少佐の様に自分を慕ってくれる人々がいる。

(初めてサイド3を訪れた時に比べてなんともまあ、荷物が重くなったな。それが生き方と言うモノなのだろうか?
良い生き方であれ、と、神様に祈ることぐらい許されるだろう。きっと、こんな俺でも家族と友達と一緒に戦後を迎える事を祈ることぐらい許される)

そう思うとしっかりとセイラの目を見る。セイラ・マスと言う第三者では無く、セイラと言う人間を見る。

「ありがとう、お嬢さん。そう言ってくれる人とは長い間出会ってなかった気がするな。
それで先程の質問に答えてもらえるかな? 
私としても、君が最悪の選択を選ぶ場合は君を拘束してワシントンなりキャリフォリニア基地なりに送らなければならない。
仮に、ジオン・ズム・ダイクンの娘としてサイド3に帰還、サイド3の政権奪還を目指すならば、それはもう許されない事だ。
正直に言おう。今のザビ家の統治は決してダイクン時代に劣ってはいない。寧ろ優れている点がある。
ダイクン時代のジオン共和国、いや、当時はムンゾ自治共和国か、では独立戦争なぞ起こせなかった。それが今や1年以上の長きに渡って戦争を継続している。
これは驚くべき進化だ。進歩じゃない。国家としての進化だと私は思う。
だが、アルティシア・ソム・ダイクンとして認めたくないだろうがその進化をもたらしたのはジオン・ズム・ダイクンではない。
デギン・ソド・ザビを頂点頂く、ギレン・ザビを中心としたジオン公国首脳部が作り上げた進化なんだ。それを忘れないでほしい」

セイラは少しだけ姿勢を動かし、パイプ椅子に腰かけ直した。一体この説明に何を感じたのだろうか?
ジオン公国が国家として優れている。ジオン・ズム・ダイクンは指導者、或いは開拓者として優れていたかも知れないが、国家の運営責任者としては片腕であったザビ家一党に遥かに及ばなかった。
ウィリアム・ケンブリッジはそう言ったのだ。そしてそれは事実と言って良い。非加盟国が宇宙世紀元年以来成し遂げられなかった地球連邦政府との対等の対話、南極での交渉を実現化するのにジオン公国が、いや、ザビ家が使った時間は20年弱。
そう考えればこの考察は正しい。そうだからこそ、地球連邦内部の終戦・講和締結派はザビ家を対等な政治プレーヤーに選んだ。

「そこまでハッキリ言って下さるのは・・・・・個人的な好意からですか?
それとも私を利用してワシントンやジャブローで特別政務官ご自身の政治的な得点を稼ぐ為ですか?」

その発言も中々度胸がいる。これは相手が独裁者であれば銃殺刑もあるだろう。というよりも普通の高級官僚相手でも自殺行為に近い。
だが、ここは民主主義国家であり人権を擁護する地球連邦の一部。そこでそんな事を言っても挑発にはなっても刑罰にはならない。

(セイラ少尉は一体どう思っているのだ? 私を試そうとそう思っているのか? それとも自身の生き方につかれたのだろうか?
そう言えば、彼女が地球へ亡命したのはまだ5歳にもなって無い筈だ。そう考えると彼女のこの達観した考え方も分かる気がする。
しかし、分かるからと言ってはぐらかされる訳にもいかない。ここはしっかりと彼女の、セイラ少尉の本心、それが無理でも言質を取らないと)

無言の視線。交わる視線と言葉。
先に口を開いたのは、或いは開かざるを得なかったのはセイラ・マスの方だった。
彼女が如何に大人びているとはいえ、彼女が見つめたのはかのギレン・ザビと互角に交渉したウィリアム・ケンブリッジ。
更にセイラはある意味で自分以上の大人と会ってない。特にホワイトベースに来てからはなおの事である。精々スレッガー・ロウ中尉かブライト・ノア少佐だ。
他の面々は年下か、同い年、もしくは面識が薄く、更に自分がジオンの遺児であると言う事から必要以上に他の連邦軍将校との接触を避けてきた。
また、セイラ・マスがスレッガー中尉から姫と呼ばれるように、その物腰から自然と敬意を集めてきた。この点は兄のシャア・アズナブルと同じである。
そしてそうであるからこそ、今回もそれが通用すると思っていた節がある。
が、地球連邦高官、地球連邦議会議員、ジオン公国首脳部、木星船団副船団長と正直言って碌でもない連中に目をつけられているウィリアム・ケンブリッジだ。
この手の腹芸はお手の物になってしまった。遺憾ながら。

「私はセイラ・マスです。それ以上にもそれ以下にもなりたくありません。そして地球連邦が私の身分を保証してくれるならその一市民として暮らしたい」

それは本音。セイラはもうアルティシア・ソム・ダイクンに戻りたくは無かった。あの政争と暗殺に怯える暮らしはもう嫌だった。
義父と兄では無い、本当のシャア・アズナブル、そしてそのシャア・アズナブルの両親は自分たちが殺してしまったようなものだ。
一週間戦争中に出発したシャトルは暴走した一部のジオン軍のMS隊により破壊された。アズナブル夫妻もそのシャトルと運命を共にした。

(そうね。考えると兄さんと私。父さん達ダイクンの血筋は死神の血筋なのかもしれない。
これは昨日、ここで夜を共に過ごしたアムロから聞いた話けど、アムロのお父さんはこのサイド6の病院で、酸素欠乏症にかかった意識不明の重体。
ランバ・ラルも私が殺してしまったようなもの。もしもあの時アルティシアと名乗らず彼に殺されていれば彼は生き残れた。
そして、赤い彗星のシャア。いえ、兄さん。キャスバル兄さん。兄さんの為にホワイトベースはパオロ艦長を初め多くの人を失った)

ゴト。シナプス司令官が先を促す為に敢えて、銃からマガジンを取り出して机の上に置く。安全の為に、更に銃に残っていた一発も取りだす。
それは彼女を無言で頷かせる効果があった。

「では、セイラ少尉。貴女はこれからも連邦軍のパイロットとして戦う、そしてアルティシア・ソム・ダイクンとは名乗り出る事は無いと、そう仰るのですね?」

その言葉にセイラ・マスは頷いた。




地球連邦軍のソロモン攻略作戦はあっけない程簡単に成功する。
ソロモン要塞には第二級線どころか第三級線の戦力しか存在せず、地球連邦軍が本格的な攻撃に転じた時点で艦隊は脱出を開始。
ソロモン要塞も放棄された。それを猛追するレビル指揮下の第3、第4、第5、第6の四個艦隊。残りの第7と第8、第9はソロモン制圧を主任務とする。
その作戦は功をそうする。各艦隊は想定外の損害の低さで宇宙要塞ソロモンを奪取した。これは栄光の道への第一歩、勝利への第一歩だと多くの将官が感じた。
そして、レビル将軍の旗艦『アナンケⅡ』が護衛艦36隻のサラミスKに守られてソロモンの主要宇宙港に集結した時、それは起きた。

「光?」

その言葉がレビル将軍の最後の言葉となる。

『ゲルドルバ作戦』

地球連邦軍に敢えてソロモン要塞を明け渡し、その後に直径6kmのコロニーレーザー砲、つまりソーラ・レイで連邦軍を吹き飛ばす。消滅させる作戦。
この作戦の為にサイド2から数基のコロニーを回収したのだ。そして数か月かけて準備した。第二のルウム戦役を生み出す為に。
混乱する地球連邦軍にソロモンから撤退したように見せかけたニュータイプ部隊が同数の追撃部隊に対して急襲を仕掛ける。
圧倒的な数を誇る筈の地球連邦軍はソーラ・レイの攻撃で大混乱に陥る、その結果、追撃部隊は横の連帯も盾の連携も出来ずに少数のビット搭載機、MAエルメスの交戦力によって数を確実に減らしていた。
それでもだ、何とか部隊を再編して大軍で押しつ潰そうとしたがそれを確認したシン・マツナガ少佐は即座に撤退命令を下す。
彼らに取ってこれはあくまで戦果の確認であり威力偵察でしかない。その戦いで貴重なエルメスやゲルググ高機動型を失う訳には行かないのだ。
連邦軍の追撃する数個偵察艦隊を逆に壊滅させて凱旋するジオンのニュータイプ部隊。

「ジオン宇宙軍は依然として健在なり!」

ソロモン要塞への攻撃を完遂したシン・マツナガのこの言葉こそ彼らの誇りを見せて瞬間であった。




宇宙要塞ア・バオア・クーでは作戦の大詰めが行われていた。

「ギレン兄貴のソーラ・レイによって地球連邦軍の三分の一は消えた。だが、それでも敵の総数はこちらと互角かそれ以上ある。
艦隊総数では明らかに連邦軍が上だ。ルウム戦役とは違い敵にもMS隊が存在しおり、その性能差が殆ど無い場、艦隊戦では勝ち目はない」

ドズル・ザビ中将は会議冒頭でこのように述べた。連邦軍は9個艦隊540隻と補給艦隊200隻を動員していた。
ジオン軍はどれ程努力しても200隻前後にしか艦隊を集結させられない。更に間の悪い事に、サイド2に地球連邦軍第1艦隊と第2艦隊の二個艦隊が迫っている。

「が、ここでこのア・バオア・クー要塞と月面都市グラナダの位置が重要になる。見ろ」

そう言って居並ぶ将官、将校の前に地球連邦軍の予想進路を出す。当初の地球連邦軍はあくまで堅牢な要塞であるア・バオア・クーを落とす事無く、そのままジオン本国へ進軍すると思われていた。
だが、それもソーラ・レイ、つまりコロニーレーザーの存在で大きく変わった。下手にジオン本国を突こうとするとこれに、ア・バオア・クー駐留部隊とソーラ・レイに撃たれる可能性が出て来た。
ジオン本国は攻撃できない。しかもジオン本国を狙って地球連邦軍が進撃すれば、ジオン宇宙艦隊は左右から挟み撃ちに、若しくは後方から急襲を仕掛ける事が出来る。
そう考えればジオン艦隊が健在なままのア・バオア・クーを放置する事は出来なくなった。尤も、従来の戦力であればそのまま艦隊を無視する事は出来ただろう。
或いは一部の予備兵力を張り付けてジオンの攻撃を吸収する盾の役割をもたらしたかも知れない。だが、最早それは出来ない。

「現状で戦力を分散すれば各個撃破される。そして一度ソロモンなりルナツーなりに戻ればそのまま修理が完了したソーラ・レイに撃たれる。
と言う事はだ、連中は必ずここに来る。ここを落として多数の捕虜を得て、人間の盾を手に入れない限り連邦艦隊に安住の地は無いからな。
ソロモンを放棄していた事が奴らに安堵をもたらしたが、今からはそれが奴らを必死にさせる。心せよ」





地球連邦は和平交渉に向けて一人の青年とコンタクトを取る。彼の名前はガルマ・ザビ大佐。ザビ家の末子。
ブライアン大統領は彼に椅子に座るように勧めた。ガルマは安物の地球連邦が支給したスーツを着ながらも椅子に座る。
ワシントンの執務室には州政府の代表であるブライアン大統領や州議員らの姿があった。誰もがスーツ姿、つまり文官である事にある種の感動を覚える。ジオン本国では決してみられない光景だからだ。

「この間はすまない事をしました。お許しください」

そう言って娘の非礼と同僚の非礼をわびるヨーゼフ・エッシェンバッハ議員。娘を近づけたのはあくまでザビ家に牽制球を投げる目的があった。
それがあんな事態、ウィリアム・ケンブリッジが飛び掛かるとは彼にも思いもよらなかった。しかも公衆の眼前で。

(あの男は自分の立場を忘れてガルマ・ザビに飛び掛かった。それはいかん。
ウィリアム・ケンブリッジは私のライバルであるが、それと同時に例の『ティターンズ』計画の主要人物でもある。
その人物が理性を捨ててザビ家に喧嘩を売った、それが北米州の意見となれば最悪ジオンの北米侵攻を招く。
何としても彼が作ったマイナスイメージを払拭したいモノだ。いや、払拭しなければならないだろう)

そう思っているとガルマは陳勝に謝罪した。
少し自己弁護が入っていたが自己弁護しない人間などいないのだからそれは仕方ないだろう。
要約すると以下の様になる。

『自分は多くの連邦兵士を殺害した。ザビ家の一員であるにもかかわらず軽挙妄動に走り、最終的には戦争の引き金を引いた。
結果として何百万人も殺して、何億の人間の家や生活、家族を奪い去った。謝罪して済む事ではないが本当に申し訳ない事をした。
自分だけが戦争を終わらせられるとは思わないが、それでも終戦への道筋を作りたい。その為に力を貸して欲しい』

と。これに対して歴戦の政治家であるブライアン大統領は簡潔に聞く。

「具体的にどうしろと仰るのですか?」

微笑みながら聞く彼も役者だろう。自分達から頼むのではなく、ザビ家の人間にそれをやらせる。
ザビ家が屈伏したという印象操作を行いつつ、ジャブローを牽制する。更には自分達太平洋経済圏の利益である戦争終結と言う利潤を追求する。
この三つを両立するという意味では彼はやはり政治家であった。さらにエッシェンバッハが問う。

「出来る事と出来ない事があります。また、この戦争をザビ家である貴方が終わらせると言う事はそれだけの覚悟を求められる事です。それが出来ますか?」

ガルマ・ザビはその言葉に頷き言う。

「私はガルマ・ザビだ。ザビ家の男だ。無駄死には出来ない。必ず兄たちを説得する!」




宇宙要塞ア・バオア・クーに集結したジオン軍。
第一艦隊、第三艦隊、ジオン親衛隊第一戦隊、第二戦隊、ルウム方面の第五艦隊の3分の2である。
要塞守備隊司令官にはトワニング准将が着任。敵の主力部隊とぶつかる予定のNフィールドの防衛隊、前線部隊にはカスペン大佐が、敵の陽動部隊が来ると思われるSフィールドにはフォン・ヘルシング大佐が。
Eフィールドには要塞予備兵ならび機動兵力としてノルド・ランゲル少将が、Wフィールドにはニュータイプ部隊と白狼連隊のシン・マツナガ中佐(8月上旬の独立戦隊殲滅の功で昇進)が担当する。
方や、ジオン本国にはシーマ・ガラハウ大佐指揮下のジオン親衛隊艦隊の第三戦隊が駐留。月面都市グラナダにはマハラジャ・カーン中将が守備隊を指揮する。
地球連邦軍がソロモンで使ったソーラ兵器を使えない事は彼らの情報、通信を傍受した事でハッキリしている。と言う事は、単純なる決戦になる。
作戦会議の場でドズルはこの戦いにジオン公国の全てがかかっていると言って鼓舞した。更に自分はここで戦死するか勝利するまで離れる事は無い。そう言いきった。

「敵はソロモンを出発する準備が整っている。数はおよそ400隻。我がジオン軍の2倍弱。更にだ、これが動いた」

そう言って彼はスクリーンのサイド2方面、サイド5方面を指揮杖で指す。そこにはルナツーを出港した第1艦隊、第2艦隊、第12艦隊の合計180隻に補給艦60隻という240隻の大艦隊が両サイド解放の為に動き出した事を指さしている。
ルウム解放はア・バオア・クー戦後と思われていた地球連邦軍であったが、それ以上に政治が彼らに戦果を求めた。
宇宙艦隊の主力とレビル将軍と言うカリスマを失った地球連邦軍は何としてもこの戦いに勝利しなければならなくなった。
その為に派閥抗争をいったん棚上げにして動き出した。
既にサイド2守備隊は無条件降伏するか撤退しており、残りはサイド5のカーティス大佐指揮下の僅か15隻のムサイ級後期生産型と一隻のティベ級重巡洋艦である。
これで勝てる方がどうかしているが、サイド5の陸戦部隊を回収しなければならない。その為には正面から衝突する。悲鳴のような通信文と共に。




「ジークフリート、ワルキューレ轟沈!! 連絡途絶!!」

指揮シートでカーティス大佐は己の判断の甘さを呪った。
敵は同数。いくら木馬が三隻居ても問題は無いと思っていた。時間くらい稼げるとも。それはあまりにも甘い予想となって彼らを襲う。
カーティス艦隊は一瞬にして艦隊上空から襲撃をかけた連邦の白い悪魔の影響で二隻のムサイを戦闘開始から僅か1分で喪失。
迎撃に出たリック・ドムⅡらも連邦軍のジム・スナイパーⅡのみで編成された木馬のMS隊に阻まれて前に出られない。
特にアルビオンと言う旗艦は宇宙空間の戦闘経験があるのか、我がジオン軍、それ以上に動きが良い。
余程よい指揮官に、良い将兵に恵まれた部隊なのだ。このままでは敗れ去る。その可能性が高い。

この第二次ルウム戦役の特徴であるのが双方の指揮官が非常に理性的な事にあった。彼らはこのまま戦ってコロニーそれ自体を崩壊させる事を望まなかった。

そこでウォルター・カーティスは戦闘開始から30分後に降伏を申し込む。
この時点で残存戦力は10隻を切り、何より攻撃の要であるリック・ドムⅡが全滅していた事もあるが、それでも血みどろの戦いを最後まで続ける傾向のあるジオン軍と連邦軍では異例の展開である。
もちろん降伏論に反対な部下たちは多かった。全滅するまで戦うべき、或いは撤退すべき、コロニーを盾に使うべきなど多彩かつ過激な意見が出た。
だが、カーティスはそれを全て黙殺する。若しくは反論する。

「我々はコロニーの独立の為に戦ってきた。それがいくら他国とはいえ同胞であるスペースノイドを盾に使うとは恥ずべき行為である。
更に主力部隊をア・バオア・クーに引き抜かれた今、部下を無駄に殺させることは出来ない。我々はルウムの残った最後の部隊だ。
我々がいなくなればルウム首都バンチに居る5000名の戦友はどうなる? 怒り狂ったルウム市民の中に放り込めというのか?」

そう言って。が、カーティスは別の対策を立てた。ルウムからの陸戦部隊の降伏ならび捕虜の輸送をアルビオンのエイパー・シナプス少将(レビル将軍の死によって急遽昇進)に頼んだ。これは嫌な一手だ。
彼はそれが守られないなら最後の一兵までルウムで戦うと宣言した。その宣言を真に受けた訳では無いが、無視も出来ない。
しかし、アルビオンの部隊は強力である。第13独立戦隊は連邦軍でも最強クラスの部隊の一つなのだ。
これをそれ以上の犠牲を無く、ア・バオア・クー戦に投入させまいとするカーティス大佐は腐ってもジオンの将校であった。
そして、シナプスは上官である第1艦隊のクランシー中将の命令で、サラブレッド、ホワイトベースに第14独立艦隊時代からの指揮下にあった3隻のサラミスK級を与えて先遣隊としてア・バオア・クー要塞に派遣する事を協議の上、決定した。
劣勢でありながらも木馬を一隻戦線から脱落させたのはカーティス大佐の勝利と言っても良かった。




「ソロモンを出る」

レビル将軍がアナンケⅡと共にこのソロモン宙域に散ってから1時間後、艦隊の再編をブレックス少将に任せた宇宙艦隊司令長官であるティアンムはワッケイン少将を初めとする将校に即座に今後の方針を伝えた。
ソロモン要塞に籠もっていれば例のソーラ・レイと言うコロニーレーザー砲の第二撃を受ける可能性が高い。いや、ギレン・ザビなら躊躇なく要塞ごと焼き払うだろう。
そうなってしまえばせっかくの数の利点を失う。更に、だ。今の地球連邦艦隊を失えば戦争そのものを終わらせる事になる。
戦後に来るのは軍縮であり、真っ先に粛軍の対象となるのは戦争を煽ったと陰で言われている自分達レビル将軍派閥だ。
いや、連邦の軍人としてそうなるのも覚悟の上だが、それ以上に地球連邦軍の一部としてジオン公国と雌雄を決したという気持ちがある。
また、総兵力では地球連邦軍がまだ優位なのだ。戦力の絶対数こそ足りないものの、総対数で見れば地球連邦軍の方が2倍はある。

「ソロモンに居ても敵の第二照射を受ける可能性が高いだけでもはやメリットは無い。またジオン本国を突くのも危険だ。
ここはジオンの最終防衛戦であるア・バオア・クー要塞を陥落させて、それを持ってジオン軍に圧力をかける。何か質問は?」

そこでワッケイン少将が聞く。

「ルナツーの残存艦隊はどうしますか?」

と。
まあ、答えは決まっている。今から出撃させても間に合う筈も無い。ならば、命令する事は単純である。
まだ敵の戦力が存在し、尚且つ政治的な得点を稼げる地域への侵攻。

「ルナツーの第1艦隊、第2艦隊、第12艦隊はサイド2、サイド5に侵攻し、同地域を解放せよ。さらに第11艦隊はルナツー守備として残留。
残存艦隊の再編は後5時間だ。その後3時間の休養を取った後に、全艦を持ってア・バオア・クー攻略に向かう。
また、この戦いはア・バオア・クー要塞内部での白兵戦と敵艦隊との艦隊戦の二つが同時並行するだろう。そうである以上、全軍には今まで以上に勇戦を期待する!」




ジオン公国のサイド3、首都バンチ、ズム・シティ。
ここの電子ネットワーク上である取引がされていた。情報の売買と言う取引が。

「そうか、ドズル・ザビは主力を率いてア・バオア・クー要塞に向かったか。そしてギレン・ザビとサスロ・ザビはデギン公王と共にサイド3に残る」

その言葉に何事かを考える准将。
准将の名前はアンリ・シュレッサー准将。通称、最後のダイクン派と呼ばれている男である。それは嫌味。
本来の主君であるジオン・ズム・ダイクンを守る事が出来ず、ダイクンの遺児たちの地球亡命を阻止できなかった事が彼を追い詰めた。
さらに情報提供者は爆弾を投げつける。

「シャア・アズナブルがキャスバル・レム・ダイクンである事がザビ家上層部に悟られました。ザビ家は赤い彗星を排除する気です」

その言葉に一気に脳が覚醒する。
現在、赤い彗星はサイド5経由でア・バオア・クーに移動中である。そう考えればこれは彼らの謀略では無いのか?
最初からキャスバル様を殺す為にサイド5に集めた。そして、今まさに殺さんとしている。地球連邦軍の白い悪魔にぶつける事で。

「決起するしかない」

そう、決起だ。アルティシア・ソム・ダイクンが地球連邦軍に居る以上、彼女は旗頭になれない。なってはいけない。
既にガンダムアレックスを扱うアムロ・レイと呼ばれる連邦の白い悪魔程ではないが。アルティシア様の両手もジオン公国国民の血で真っ赤に染まっている。
そう考えれば、彼女、アルティシア様のみを旗頭にすれば遺族が黙っていないだろう。
特に地球侵攻に送られてオデッサを巡るヨーロッパ中部の激戦を生き残った、戦死した将兵らにとってはどう考えても裏切り者になる。
これを踏まえた上で、ザビ家上層部はシャア・アズナブルとしてキャスバル様を切り捨てるつもりだ。

「・・・・・タチ中尉、君の残したデータは役に立ったぞ。安らかに眠れ。そしてジンバ・ラルよ。我が同志よ。
必ずこのザビ家独裁体制を崩して見せる。そして真のスペースノイド独立国家の誕生を祝おう。無論、俺はその新国家にはいないがな」




サイド6の宇宙港。

「お会いにならないので?」

そう聞くのは2時間後に出撃する第13独立戦隊の指揮官であるエイパー・シナプス准将(この時点ではまだレビル将軍は生きていた)。
会うと言うのは決まっている。妻のリムだ。リム・ケンブリッジ大佐。自分が愛した最愛の女性。
本当は会いたい。会って抱きしめたい。だが、それは今は出来ない。彼女は義務を果たす為にここに来た。軍人としての義務を果たす為に。
そしてその覚悟を無駄には出来ない。
自分も義務を果たす為に来た、地球連邦の官僚として、和平を、ジオン公国との和平を行う為に。

「会えば別れがつらくなります」

そう言って目を伏せる。

(苦渋の決断か。妻がいる者、夫が軍人な者、子息を軍に取られた者などいろいろな立場がある。
そのすべての者が通り道。それを彼も通るのか。嘗ての自分が父と母の背中を見送った様に。ならば何も言うまい)

第13独立戦隊はこうして出港。目標をルウムに定めて出撃する。




宇宙世紀0080.09.25.ソーラ・レイによるソロモン要塞狙撃と言う事件から約3日後。地球連邦軍の前衛部隊は遂にア・バオア・クー要塞を射程に捕えた。

『全艦、対要塞ミサイルによる攻撃を開始せよ!』 

ワッケイン少将を先陣としたティアンム指揮下の5個艦隊凡そ400隻は一気にア・バオア・クーの堅陣を突破するべく行動する。
ミサイルのシャワーがア・バオア・クー要塞に降り注ぐが、ジオン軍も負けてはいない。ジッコ突撃艇とガトル戦闘艇の二つで対ミサイル迎撃戦を開始。
ジオン本土では二級線どころか、兵器として扱われてないがこの国家非常事態にはそのような贅沢は言ってはいられなかった。
ドズル・ザビは大量のミサイル迎撃網を彼ら旧世代の兵器に任せる。そして、無線誘導式でありミノフスキー粒子の散布下ではただのロケット弾と言い換えても良いミサイルでは彼らの防衛網を効果的に突破する事が出来ない。
それでも数千発に及んだミサイルは一部がジオン軍の迎撃網を突破。要塞の固定砲台にまで影響を及ぼす。
衝撃が要塞全土に伝わるが、それでも一時的なものである。ドズル・ザビ以下、ジオン公国首脳部はこれを序曲と考えていた。
実際に本当の攻撃はこれからである。

「敵マゼラン級が接近。数・・・・凡そ50隻前後!?」

オペレーターが悲鳴を上げるが、それを抑える。
Nフィールドには連邦の大艦隊が隊列を組んで接近してくるのがスクリーンに映し出される。
流石にルウムを経験してないア・バオア・クー守備隊にこの規模の敵に驚くなと言うのが無茶が過ぎるのだろうか?しかしなれてもらわなければ。

「うろたえるな。大蛇を使う。Nフィールドのカスペン大佐ならび、603部隊に連絡せよ。ヨルムンガンドの超長距離射撃でルウムでの悪夢を思い出させてやれ!
更にMS隊に伝達。ガルバルディα、ゲルググ、アクトザク隊は対MS戦闘スタンバイ。ペズン・ドワッジ、リック・ドムⅡ隊はまだ出すな。
こいつらは全て対艦部隊として温存する。デラーズ、コンスコンの艦隊は敵の側面を突く。そうすればア・バオア・クー守備隊と呼応して敵を挟み撃ちできるぞ!」

その激励に反応したのか、各地のジオン軍が活発化していく。MS隊も一気に展開しだした。一方で連邦軍も負けては無い。
連邦軍はこの戦いに負ければ再建した宇宙艦隊をまた失う。特に大西洋経済圏と地中海経済圏を損失した地球連邦にとって次の宇宙艦隊再建などあり得ない。
ここで勝ってもらうか、最低でも引き分けに持ち込まないと許せない。いくら一心同体であり一蓮托生のキングダム首相とてそれくらいの損得勘定はある。
つまり、だ。レビル将軍を敵のコロニーレーザー砲とでも言うべき存在により失った地球連邦軍は何としても勝たなければならなくなった。
と言う事はだ、ドズル・ザビ指揮下のジオン軍は守りきれば勝利となる。これは大きい。地形上の優位さがあるア・バオア・クー要塞を守り抜けば勝てるのだから。

「ヨルムンガンド撃ちます!」

大蛇のプラズマ砲が二発連続で放たれる。しかし、これある事を予期していた連邦艦隊は即座に円形の散開陣形を取って各艦の距離を取る。
この動き方は明らかにジオン軍のヨルムンガンドに対応する為の動きだった。内心で舌打ちするドズル。

(やはり簡単には勝たせてくれんか。敵機の上陸は避けられないかもしれん)

戦況は攻める連邦軍、守るジオン軍と言う形をとりつつも、MS隊の白兵戦を中心として動き出そうとしていた。




ア・バオア・クーに向かう10隻のムサイ後期生産型(S型)と一隻のザンジバル級。シャア・アズナブル大佐の部隊である。
サイド5攻防戦を無視して、新型MAエルメスと足が付いたジオング、所謂、パーフェクト・ジオングという異名を何故か持っている機体と共にア・バオア・クーに急ぐ。
周囲には最上級の階級の持ち主と言う事と、有力な艦隊と言う事で周辺の偵察艦隊やサイド5からの脱出組(カーティス大佐が苦心して脱出させた部隊)が合流。
やがてその戦力は25隻にまで膨れ上がった。その規模は第13独立戦隊が攻撃を行わない程であった。

「大佐、まもなく地球連邦軍の後方12000kmになります。敵のレーダー圏に入ります。ご指示を」

マリガン大尉が聞く。ドレン大尉のキャメルパトロール艦隊も合流した今、この艦隊はリック・ドムⅡとゲルググ量産型、ザクⅡF2という多様な機種で構成されているがこのまま何もしないのは性に合わない。

「よし、ジオングを出す。各艦隊に攻撃態勢を。ドレンの艦隊を後背に配置しておけ。木馬部隊との挟撃を避けるのだ」

かくして、赤い彗星は戦場に舞い戻らんとしていた。




ズム・シティではサスロ・ザビが決断を下した。

「ギレン兄、やるぞ。武装警察部隊で一気に首都防衛大隊を襲撃する。罪状は総帥暗殺未遂、国家反逆罪、クーデター示唆罪だ」

グレート・デギンとジオン親衛隊艦隊第三戦隊、シーマ艦隊が首都防衛に残っている。ダークコロニー査察を名目にザビ家は全員がズム・シティを離れた。
それはアンリ・シュレッサーを誘い出す為の罠。正確には国内に残ったダイクン派とキシリア派の双方を粛清する為。
ア・バオア・クー要塞でまさに地球連邦軍の攻撃が始まったその時、ジオン国内でも地球連邦政府との和睦達成の為の大掃除(ザビ家から見た)が行われる。

「だが、サスロよ。彼らも国を憂いている同志だ。降伏する者は丁重に扱う事だな」

ギレンが書類を見ながら言う。これはあくまでポーズとして発言しただけだ。心の奥底ではギレンは反乱部隊に情け容赦などするなと言っている。
その証拠にギレンは第三戦隊のMS隊をズム・シティに送るつもりだ。首都防衛の為とはいえ、所詮は傷痍軍人で編成されたザクⅡ改の部隊。
健常者であり、実戦経験も豊富なシーマ艦隊のゲルググM部隊やペズン・ドワッジで構成されたジオン親衛隊総帥府防衛隊が相手では数刻として持つ事無く壊滅するだろう。
そう受け取っていた。実際にアンリ・シュレッサーは赤い彗星シャア・アズナブルがジオン国内で生き残れるなら動く気は無かった。
だが、ザビ家が故意にリークした情報でその可能性が無くなった。ザビ家はダイクン派の利用価値は認めた。
ダイクン派が、そのダイクン派からザビ家に、正確にはギレン・サスロ派に乗り換えるなら問題とはしない。
しかし、ダイクン派のそれ自体の復権は認めておらず、これはキシリア派も同様だが、これに反対する存在やダイクン派の旗頭になる存在は許さなかった。
つまり赤い彗星ことキャスバル・レム・ダイクンのジオン本国帰還を認めないと言う事だ。

「分かっている。国内向けのパフォーマンスが必要と言う事くらい。それでギレン兄貴、いつ始まる?」

普段通りにゼニアのスーツに身を固めたサスロは実兄のギレンに聞く。ズム・シティをそう長く開けておくわけにはいかない。
そう考えると彼らが暴発するなら早い方が良いのだ。そう思っていた。そして、それは達成された。
宇宙世紀0080.09.25.この日はジオンにとって二重の意味で苦難の日々になる。ザビ家の体制に反発するダイクン派とキシリア派が国内の主要拠点があるズム・シティで一斉に蜂起した。『暁の蜂起』と呼ばれる事件の発生である。
かたや、ア・バオア・クー要塞にもまるで連動するかのように地球連邦軍がその姿を現し、総攻撃を開始した。

「ギレン閣下、閣下の予定通り、アンリ・シュレッサーは宇宙港を中心に部隊を展開。こちらの第三戦隊と交戦状態に入りました」

セシリア・アイリーンが報告する。
流石に総帥府を空にする訳には行かないので彼女は総帥府にいる。護衛のガルバルディαを6機ほど付けて。

「それと既に敵の戦力が判明、グフ・カスタム2機、ザクⅡ改が14機です。こちらはペズン・ドワッジが36機、アクトザク36機、ゲルググM72機なので直ぐに鎮圧できるでしょう」

そう言うセシリアの報告にギレンは何か引っかかりを覚えた。アンリ・シュレッサーは決して無能では無い。
それが明らかに勝てない勝負に出た。それの意味する事はなんだろうか? 或いはこれは壮大な陽動作戦ではないか?
本来の目的は別にあるのではないだろうか?

「閣下!」

そう思っていると鎮圧部隊の司令官であるシーマ・ガラハウ大佐から緊急通信が入ってきた。余談だが彼女は良い買い物だった。
清濁併せ持つ、有能で交渉も可能な存在。実際、月における総帥府の出先機関として役に立っている。アナハイム社と物資融通の交渉などでなくてはならない。
彼女の存在を知った時、ギレンはそれほど感心した訳ではないが、今では重宝している存在だ。実に使い勝手が良く、そしてこちらが裏切らない限り向こうも裏切らないと言うのが良い。

「どうした?」

サスロが聞き直す。何かあったのか? ジオン国内の部隊はそれほど多くは無い。それに気象兵器としてコロニー自体を利用すると言う案は既に敗れている。
戦闘開始から15分で決起部隊の実戦部隊は既に半数が撃破されている。やはりザクⅡ改とアクトザクやペズン・ドワッジ、ゲルググMでは性能差があり過ぎた。
にもかかわらず、スクリーン越しのシーマ・ガラハウ大佐は焦っている。政治家として嫌な予感がする。

「グラナダ市の潜入させていた者より緊急入電です。マハラジャ・カーンがグワジン級戦艦を中心とした部隊とルウムからア・バオア・クーに向かっていたシャア・アズナブル大佐の部隊を率いてアクシズに逃亡。
敵前逃亡です! 連中、月面からあらん限りの物資を引き抜いてこの重要な戦況で逃げ出しました!!」




宇宙世紀0080.09.25。ア・バオア・クーNフィールドでは遂に両軍が激突。ミノフスキー粒子と超長距離ビーム対策のビーム攪乱幕によって両軍の艦砲射撃や長距離ビーム砲は膠着状態。
必然的にMS隊による揚陸作戦支援とそれを迎撃するジオン軍と言う形を取る。この歩兵部隊の揚陸部隊を乗せた揚陸艦隊が上陸した時、ジオンは撤退を考慮せざるをえなくなるだろう。
一方で、ジオン軍もMSをいくら落としても勝利では無い。敵の艦隊旗艦であるバーミンガム級のマゼランⅡを沈めるか、歩兵部隊を乗せた強襲揚陸部隊に大打撃を与えなければならないのだ。
そしてその為に両軍は行動する。

「撃って撃って撃ちまくれ!」

一機のドムが激励する。周囲は新兵の乗るザクⅡF2型が12機迎撃を行う。ザクマシンガンと俗に言われている120mmマシンガンが接近するボールやジム通常型を迎撃する。
一機のジムが火箭に絡み取られて爆散する。宇宙空間では飛来するデブリも危険な武器になる。
それを巧みに回避するジムが居た。緑色のカラーリングであり、ジム・コマンドと言われる機体だ。
一瞬だけ姿勢制御をかける。そのままスコープ越しに隊長機と思わしきドムを狙撃、撃墜した。
その事にパニックを起こす新兵たち。当然だろう。学徒動員でこそないが彼らは本来の戦闘訓練の半分で戦場に出て来たのだ。
優勢に見えるジオン公国だが決して優勢では無い。寧ろ、後方で多数の予備役を動員して大軍を再編した地球連邦軍の方がそう言う意味では圧倒している。
ジオン公国には艦隊はワンセットしかないが、連邦軍には何セットも存在するのだ。それがこの差を、圧倒的な物量の差を生み出す。
更にジム・スナイパー・カスタムの同型機が数機現れて、新兵の乗るザクを狙撃していく。混乱して何も出来なくなる。
この時、死を覚悟した一人の少年兵と言っても良いパイロットは目の前に一機のゲルググが自分を救う瞬間を見た。

「落ちろ!!」

その叫び声と共にビームナギナタを片刃だけ展開したゲルググ縦一文字にジム・スナイパー・カスタムを両断する。
そのまま一度距離を取りつつも、ビームライフルを使って右にいた敵機を撃ち落とす。その瞬時の猛攻に動揺する連邦軍に更に突っ込む。
無謀のように見えるが、相手はスナイパーライフルで武装しているので接近戦は好機である。実際にライフルの射程が長すぎて懐に入られた三機目は突きでコクピットとパイロットを焼かれて行動不能に陥った。

「そ、ソロモンの悪夢・・・・・ソロモンの悪夢か!?」

残ったジム・スナイパー・カスタムが攻撃するが、この攻撃を、耐ビーム装甲を施されたシールドで受け止めてソロモンの悪夢はその異名通りの展開を行う。
更にビームライフルで一機落とす。そして、止めとばかりに残りの一気にシールドチャージをかけて正面から体当たり。
その衝撃でバランスを崩したジム・スナイパー・カスタムを横一文字にビームナギナタで切り伏せる。そして爆発。
正に戦闘の芸術である。

「そこのザク部隊、無事か?」

これがソロモンの悪夢、連邦軍を震え上がらせている祖国の英雄の声。場違いながらも感動する。
それが高揚感からか安堵感からかは分からないけど。

「無事ならば一旦補給と補修に戻るべきだ。各機ともデブリの破片でボロボロだぞ」

そう言って新兵らを下がらせる。ドムを見ると完全に中央が融解していてパイロットのゲイツ大尉は戦死していた。




「敵はNフィールドに主戦線を張る気だな。カスペン大佐の部隊は健在か?」

ドズル中将はア・バオア・クーの指揮所でそう叫ぶ。その叫びにオペレーター達が一斉に動いてそれを確認する。
数としては既に50機近いジムタイプと交戦しているが、性能差が出ているのか全般的に勇戦しているのはジオン軍だ。

「健在、戦力の8割を維持しています」

力強くかえってくる言葉。その言葉に頷く。戦闘はまだまだこれからだ。始まったばかりなのだ。

「各部隊、突破を許すな! 第2連隊はSフィールドへ、第5連隊はNフィールドの増援に回せ。
第8連隊、第9連隊はア・バオア・クー内部で待機せよ。それと艦隊はまだ来んのか!?」

本来の作戦では敵の艦隊をア・バオア・クーに引き付けて、それを後ろから撃つと言うのが作戦だった。
が、ティアンムも名将と言われている人物。その作戦を即座に見破ると、マゼラン級の過半数をア・バオア・クー攻撃に費やし、それが無駄に終わりつつあると感じると即座に艦隊を後方4000kmで再集結させた。
そしてジオン艦隊の襲来を待っている。

「く、レビルの主力部隊がいなくなったにしては良くやるな」

ドズルの懸念通り、連邦軍はその主力部隊をソーラ・レイで焼かれながらも未だ勢いを保っていた。




「これで終わりだぁ!!」

アナベル・ガトー少佐の言葉と共に、黄色のジムが撃破された。ガルバルディのαのコクピットに表示されているデータではジム・ライトアーマーとあった。
自らの乗機を操るその動きはまさに敵にとって悪夢だろう。デブリを掻い潜り、今もまた連邦軍のサラミス級巡洋艦に肉薄、この艦橋にビームを撃ち込むのだ。
そしてそのまま離脱する。轟沈する敵の巡洋艦。その同様に付け込む形で更に撃墜スコアを伸ばすソロモンの悪夢。

(これがソロモンの悪夢。圧倒的じゃないか)

シグ・ウェドナーは想い人の事を思った。これだけの力が自分に備わっていれば彼女を戦場に送り出す事は無かったのではないか、と。
出撃前に見たのは同僚のアイン・レヴィ少尉がセレイン・イクスペリ少尉に告白していた場面。

(俺には勇気が無くて・・・・アインとセラの結果を知る事は無く、自分は戦場に出たが。
実際のところセラはどちらを取るのだろうか? いや、愚問だな。俺は同じ土俵にすら立って無いのだから)

接近してくるジムにビームライフルを向ける。そのまま撃とうとして、その機体を別の方角、ガトー少佐がいる方角からの援護で撃破される。
エースパイロットと言うのはこういう時でも周囲に気を配れる人間を言うのだろう。もしも生き残ったら俺もアインとセラに正直な気持ちをぶつけてみるか。
そう思えるくらい、戦況はジオン軍優勢であった。

『敵艦隊補足セリ。全艦、攻撃態勢ニ移行セヨ』

その報告を聞いたデラーズ指揮下のジオン親衛隊艦隊第一戦隊とコンスコン少将指揮下の第三艦隊と第五艦隊は砲撃戦を開始すべく回頭。
一方で地球連邦軍のティアンム中将もドロス、ドロワに対抗するべくマゼラン級戦艦の数を揃えて迎撃に転じる。
またア・バオア・クーにはワッケイン少将を指揮官とする上陸作戦を展開する様に厳命した。
双方のMS隊がア・バオア・クーを巡って乱舞する戦況で、遂に両軍の大規模な艦隊戦が勃発する。出撃するアクトザク。ガルバルディαに親衛隊のゲルググ量産型。同じく発進するジム・スナイパー・カスタム、ジム・ライトアーマー、ジム改。
ア・バオア・クーの戦いは新たなる局面を迎えようとしていた。




戦闘開始から4時間。各地の独立戦隊や警備艦隊、パトロール艦隊を糾合した第13独立戦隊は第10独立戦隊の指揮下の下、ア・バオア・クーの目前に来た。
アルビオンとペガサスを欠いたものの、地球連邦最強のホワイトベース部隊がSフィールドに向かう。

「敵の妨害が一切なかったな・・・・・妙な話だ」

ブライト少佐は艦橋でそう思う。本来であればア・バオア・クー前に展開していた敵艦隊と交戦するか撤退するかどちらかを選ばなければならない筈だった。
それが無かった。こちらが接近すると敵艦隊は必要以上に逃げ、そのままグラナダ市の方に退却していく。

(罠だったか? 
しかし、ヘボン少将の考えでは敵の撤退は明らかに罠の度合いを超えている。それに今から転進しても間に合わない)

実際、第10独立戦隊司令官のヘボン少将の言う通り、敵はもうすでに推進剤の都合から一度大規模な補給を受けないとこの混成艦隊を攻撃する事は出来ない。
そして、その事は敵艦隊司令官である赤い彗星が一番分かっている筈だ。なのに動かない。
これは何かあるな。
これが特別任務部であるルウムからの援軍部隊の共通認識であった。しかし、罠と分かっていても行かなければならない。
戦局はジオンが優勢である以上、ここで40隻近い艦艇と130機のMS隊を保有する特別遊撃軍(ルウムより分派された艦隊。第1艦隊、第2艦隊、第12艦隊の各分艦隊と数個の独立戦隊で構成されている)が必要だろう。
ジオン軍が主戦線としているNフィールドとは違う方向からの襲撃は必ず戦局に影響する。そう思わなければやってられない。

「全機、これが最後の戦いだ。ア・バオア・クー要塞に取りつくんだ!! 発進!!!」

連邦軍は新たなる艦隊を投入。一方で、ジオン軍はこの艦隊に最精鋭部隊をぶつける事にした。白狼連隊とニュータイプ部隊である。




宇宙世紀0080.09.24。ニューヤークに本部を移した地球連邦議会は連邦首相であるアヴァロン・キングダムを招集した。
そこでキングダム首相は実に滑稽な光景を見せられる。多くの議員が平和再興の名目で自分を吊し上げる事に熱中しているのだ。
全く、泣けてくる光景だ。自分は確かに老害だっただろう。だが、それのみを論ずるとは。ところで見渡したが嘗て自分が犠牲のヒツジに選んだウィリアム・ケンブリッジの姿が無い。

(これも嫌味だろうか? それとも彼ら流のジョーク? 或いは温情か?)

何年も何十年も地球連邦政界を泳いできた自分だ。もう何が言いたいのか良く分かる。
地球連邦と言う巨大組織は、自分を切り捨てる事にしたのだ。地球連邦政府の戦争責任は戦死したレビル将軍と継戦を訴えてきた自分にあるとして。

「議長、議案の提出を許可願いたい」

日付が変わる正にその時、パラヤ議員は連邦議会議長に議案提出を求めた。それは恐らく自分に対する不信任案。

「どうぞ」

ありがとうございます。そう言って一礼するパラヤ議員。彼は得意とは言い難い弁舌で自分達、地球連邦政府終戦派議員連合が如何に終戦を望んでいるかを得々と言った。
だいたい30分くらいその演説につぎ込み、あくびがでる。さっさと本題に入れと同じ志を持つ者からも突っつかれる。
そして本題に入る。

「我々は現アヴァロン・キングダム内閣に対して内閣不信任案を提出します」

それは慣例上、全ての議題に優先されて論議される議題。
そのまま議題は1時間の休会を入れて、論議される事になった。いよいよ歴史が動き出したのだ。
戦争の継続か、終戦か。ジオンの独立承認か、それとも旧体制への回帰か。



(お詫び。今回は執筆が遅れた上に分量も少なくて申し訳ありません。リアルが忙しいという言い訳です。
それでも読んでもらってありがとうございました。またよろしくお願いします)



[33650] ある男のガンダム戦記 第十六話『一つの舞曲の終わり』 第一章最終話
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:7b44a57a
Date: 2013/04/24 22:22
ある男のガンダム戦記16

<一つの舞曲の終わり>




一機のゲルググがビームライフルを構える。放つ。それを回避する一機のジム改。すると、ジム改の後ろにいたジム・スナイパー・カスタムが狙撃する。
撃墜されるゲルググ量産型。
そこへ更にビームの雨が降り注ぐ。回避できなかったジオン軍のMS隊がビームの直撃を受けて壊滅した。
その穴を埋める様にアクトザク部隊がゲルググと同じ形式の盾を構えながら、一気に戦場を駆け抜ける。
ビームライフルでは無くて90mmマシンガンで敵機、ジム改やジム・ライトアーマーの混成部隊を撃ち落とす。
更に後方から、このアクトザクの中隊を援護するべく、ゲルググ量産型の大隊、36機が連邦軍の防空網を強行突破。
対空砲の網を抜けて、艦隊に取り付かんとするジオン軍。
その攻撃を防ぎつつ、陸戦隊を乗せた揚陸艦部隊をア・バオア・クーに突入させるべく突進する連邦軍。
双方は犠牲を払いつつも、当初の予定をお互いに達しつつあった。
一部のジオン軍はサラミス級を沈めて、一部の連邦軍はジオンの防衛線を突破する。
Nフィールドの戦局は硬直化しつつも流動すると言う不安定な状況下に陥る。




一方で。
Sフィールドでは地球連邦軍の特別任務部隊であり、精鋭部隊の一角であるホワイトベース隊がジオン軍のニュータイプ部隊と交戦していた。
連邦軍が『とんがり帽子』と呼ぶジオンの新型MAエルメス二機が、ホワイトベースのガンダムとガンダムアレックスが交戦する。
四方八方から来るビームを回避してその発生源たるビットを撃墜するアレックス。一方で、セイラはずっと待っていた。
この機体がサイコミュと呼ばれているニュータイプ専用の思考増幅機関を内蔵しているならばその間隙をぬえば良い。
アムロが18機のビット相手に超人的な活躍を見せつけている間、冷静に青色のエルメスにビームライフルの照準を定める。
そして、ビットで落とせ無かった事に苛立ったのか、護衛の高機動型ゲルググを無視してメガ粒子砲で牽制射撃をかけるべく動き出したこのエルメスを狙撃。
これを撃破した。彼女は戦後になって知るが、この時撃破した機体にはアイン・レヴィ少尉の機体のエルメスだった。
無論、ビームの高熱に耐えきれる人間など存在しないので彼は戦死している。
更にもう一機の紅のエルメスにアレックスが切り込む。ビームによる弾幕もまるでビーム自体が避ける様に突破。
アレックスのアムロは、エルメスの左側にいたゲルググをビームサーベルで両断し、ビームライフルで右側のゲルググの頭部を撃ち抜く。
エルメスが後方に下がろうとしたが、それを許さずに一気にサーベルでエンジン部を切り付けた。爆発。
更にビームライフルで護衛の高機動型ゲルググを駆逐する。
が、この二機に尊い犠牲により稼いだ時間で、残りのエルメス四機は獅子奮迅の活躍を行う。
既に第13独立戦隊ならびSフィールド攻略艦隊のMS隊は彼らの迎撃網で14機が撃墜され、10機が戦場を離脱する程の犠牲を出した。
これにはSフィールド方面担当のヘボン少将らの参謀も注意を引かざるをえなくなる。

「ええい、あのとんがり帽子に砲火を集中させろ。3機1小隊で囲んで撃破しろ!!
他のジオンMS隊は各戦隊所属のMS中隊ごとに一気に包囲して落とせ」

ヘボン少将が的確な命令を下す。
その命令に沿って部隊が動き出すが、思考を偶然であるが先読み出来たシャリア・ブル大尉が後退命令を下した。
既にアイン少尉とセラ少尉がMIAなのだ。これ以上の犠牲を出す訳には行かない。そう判断する。




ア・バオア・クーでは未だジオン軍がその絶対防衛戦を維持している。
この理由は連邦軍に比べて兵器と兵士の質双方でジオンが連邦を上回った事にあるだろう。
事実、ゲルググ量産型、ガルバルディα、アクトザクは地球連邦軍のジムシリーズを圧倒していた。
また突撃を敢行してきた連邦軍の揚陸艦使用のコロンブスやサラミス等の艦船はペズン・ドワッジとリック・ドムⅡの混合部隊によって撃破されている。
艦船攻撃に特化したジオン軍のMS隊と通常の制宙権確保の為のMS部隊を区別したドズル・ザビの策は今のところ成功していた。
そうして戦闘は膠着状態に陥りも、この主戦線であるNフィールドとSフィールドの境ではアナベル・ガトー少佐指揮下の部隊が縦横無尽に活躍。
更にジオン艦隊とも砲撃戦をしなければならない地球連邦軍は、ヨルムンガンド二基を配備したア・バオア・クー要塞の要塞砲に撃ち負けつつあった。

「コンスコンとデラーズは確かに敵艦隊と交戦状態に入ったのだな!?」

ドズルの激に副官にして参謀長のラコック少将が答える。

「はい。現在の戦況は五分五分。ドロス、ドロワ、グワデン、グワランらとマゼラン級を中心とした連邦軍が交戦しております。
双方の撃沈艦艇は20隻程。我が軍が量の面では多く撃沈されていますが、質の面ではマゼラン級を沈めていると言う事で我々が優位に立っています」

ドロスとドロワの主砲は敵艦隊を一方的に叩いている。が、連邦軍も距離を3500kmまで詰めて護衛艦のムサイ級を沈めていた。
また、MS隊は両軍が消耗しあっているだけで、頼みの綱としての突破兵力として連邦艦隊には届いてない。結果として、ルウム戦役前半の様な艦隊戦が展開されている。
また、セレイン・イクスペリの乗った紅のエルメスを鹵獲したホワイトベース隊を中心とした10隻に40機近い高機動型ゲルググの大部隊が襲い掛かった。
ジオン公国の白狼連隊と呼ばれた精鋭部隊であり、彼らの狙いは二隻の木馬とその護衛艦たちだ。
迎撃に転じる地球連邦軍。が、即座に7機のジム改が撃墜され、前衛のピケット役のサラミスが航行不能に陥る。
それを全周囲モニターから確認するアムロ。それを見たのか指揮官らしき白い高機動型ゲルググが一段と違った動きで急追してきた。

「こいつ、できるぞ!」

白い高機動型ゲルググとガンダムアレックスがビームライフルを撃ちあう。互いにロックオンさせず、機動戦で動き回る。

「く! 早いな!! 流石は地球連邦軍の精鋭だな!!!」

シン・マツナガは舌を噛みそうな軌道を機体に命令しつつ、左手の90mmマシンガンを未来予測地点にばら撒く。
が、その神業的な玄人技術も虚しい。例の白い奴に数発が直撃したようだが全て装甲に弾かれた。

「ええい。何という装甲・・・・・ぐ!! 反則だ!!!」

そう言いながらも、命中弾を次々と与える白狼。
それを援護するレイラ中尉のビット6機。レイラの護衛のゲルググはあまりの高速戦闘に入れず傍観者となっている。
事実上8対1にも関わらず、この連邦の白い悪魔は対等以上に自分たちとやり合っていた。
だが、それで良い。本来の目的は木馬を初めとした艦隊の撃滅。
流石に帰る所さえ無くしてしまえば連邦軍最強のMSと言えども撤退するしかないだろう。
事実、シャリア・ブル大尉とマリオン・ウォッチ中尉、クスコ・アル中尉のエルメスは艦隊を捕捉したのだから。




一方で、Nフィールドに近かったサラブレッドら。この部隊に配属のフォルド・ロムフェローとルース・カッセルの乗るガンダム試作5号機と4号機もまた新たなる敵に遭遇した。
その名前は一週間戦争とルウム戦役の活躍から呼ばれているジオンのエースパイロット。
『ソロモンの悪夢』と『宇宙の迅雷』である。

「遅い!!」

「貰ったな!!」

アナベル・ガトー少佐とヴィッシュ・ドナヒュー少佐の乗るゲルググはガルバルディα並みに改良されており、Sフィールドから援軍に来ていた連邦軍の突破戦力として期待されている二機のガンダムを完全に拘束していた。
特に対MS兵器として期待されたガトリングガンはガトーの持っていた90mmマシンガンによって接触早々、無残にも破壊されている。これはパイロットの技量の差に、歴戦のガトーの直感によるものであった。
また対艦隊用の決戦兵器である4号機のメガビームライフルもデブリを利用した接近戦闘に持ち込まれ、ヴィッシュ・ドナヒューの作戦によって破損、放棄した。
こちらも伊達にルウム戦役で活躍したエースパイロットという訳では無い。
この二機、アナベル・ガトーとヴィッシュ・ドナヒューはエースパイロットとしての実力を持ち、矜持もあり、指揮官としての役目を疎かにしないという、化け物的な三つを兼ね揃えた恐るべき相手であった。

ガトーは自らガンダムを相手取る一方で貴下の部隊は上方から、迅雷隊は下方からア・バオア・クーに突入しようとした部隊を挟み撃ちにした。
そしてエルメス迎撃に出たハヤト・コバヤシの戦死から戦局は一気に動いた。彼の乗ったガンキャノン重装型の破壊が引き金になった。
ニュータイプ部隊との接触から12分後、ゲルググ20機の波状攻撃に耐えきれなくなった左翼部隊旗艦のサラブレッドが総員退艦令を発令する。
それから10分ほどたった時、第13独立戦隊を構成していたペガサス級強襲揚陸艦サラブレッドは弾薬庫に引火誘爆、宇宙の塵の一つになった。なお、艦長の脱出は確認されてない。




「サラブレッド!?」

爆発を確認したルースの4号機に隙が出来る。それを見逃すほどヴィッシュ・ドナヒュー少佐は甘くは無かった。
片刃のビームナギナタをガンダム4号機に振り下ろす。とっさの事でシールドと共に腕を持って行かれたガンダム4号機。

「戦場で気を散らすのは愚か者のする事だ! 良く覚えて置け!!」

通信が聞こえた。慌てて距離を取る。それが功をそうしたのは戦闘後の戦訓調査の会議での事。
ガンダムとゲルググの推進力ではガンダムがそれを上回っていたので、その結果としてルースは死地を脱した。
次の瞬間、メインカメラがビームで焼かれ、顔面の半分が消えた。更にもう一条の光が伸びるのを反射的に察知して回避する
そのまま戦場を全速で離脱する。

「ち、ガンダムでなければ仕留めていたな」

ヴィッシュの愚痴の通り、最後の一撃は右肩から右足に斬撃を加えており機体をズタズタに引き裂いていた。

「まあいい。戦場で功を焦るのは危険だ。それに・・・・」

それに敵軍のア・バオア・クー要塞上陸と言う目的は阻止した。敵の象徴であるガンダムも大破に追い込んだ。
しかも母艦である緑色の木馬が沈んでいる為、戦線復帰も怪しい。ああいったワンオフ機体は母艦以外に予備パーツが無いのが相場だから。




一方で赤いガンダムの方も既に満身創痍。
アムロ・レイの乗るアレックスとは異なり、通常のRX-78-2ガンダムと同じ装甲であるガンダム5号機はアナベル・ガトー少佐のゲルググにあしらわれていた。
どれ程遊ばれているかと言うと、援護に入った二機にガンキャノン量産型を片手間で撃ち落とすほどである。

「私を相手にするには・・・・・・貴様はまだ未熟!!!!」

「くそ!! くそ!!! ちくしょぉぉぉ!!!!」

急加速して距離を詰める。フォルドは半泣き状態でビームを撃つ。が、これが尽く回避されるか防がれる。
耐ビーム装甲のシールドで防ぐガトー。それでも当たれとばかりに撃つフォルド。が、運命の女神とは残酷である。
彼の機体はガトリングガンを装備していたが、その銃身は90mmマシンガンで破壊されていた。もしもこれが使えれば戦局は逆転していた可能性がある。
が、それをさせないのがエースパイロットというものなのだろう。
そして今まさに、目の前で急上昇、急前進、急降下して後背を捉えたガトーのゲルググはフォルドのガンダム5号機のジェネレーターに向かってあるだけの90mmマシンガンの弾丸を叩きこむ。
衝撃とアラームが鳴り響くコクピット。フォルドが必死で後ろを振り向いた時に見た光景。
それは右手に大型ビームライフルを構えた、至近距離に立つ独特のカラーリングをしたゲルググの姿だった。

「終わりだ」

閃光がきらめいた。




ホワイトベース、フラウ・ボウ曹長の対空レーダーがガンダム5号機をロスト、周囲で交戦中だったカイ・シデン少尉がガンダム試作5号機の撃墜を確認。
こうして、地球連邦軍が期待した対艦隊戦用のガンダム二機はSフィールドとNフィールドの中間地点で捕捉撃滅される。

ところで話は若干前後するが、ヘボン少将は艦隊を二つに分けていた。
政治的な思惑からルウム方面から分派された艦隊は大きく分けて二つの特徴がある。サラミスK型とマザラン改と言う火力強化型の部隊、20隻。
次にサラミス改というMS母艦タイプと言うMS戦を考慮に入れた部隊18隻。これにペガサス級二隻が加わる。
また、偵察艦隊である通常型サラミス級6隻とコロンブス改級補給艦、改装空母が20隻前後とこれだけでもジオン艦隊の5分の1に達していた。
レビル指揮下の地球連邦軍第一任務部隊の本隊が無くなったものの、勇戦しているNフィールドで連邦軍が350隻の艦隊を投入している為、Sフィールドのジオン軍は30隻前後しか艦隊がいない。
それを補うのが白狼連隊であり、Nフィールドから回されたソロモンの悪夢であり、迅雷隊であり、ニュータイプ部隊であった。

「あのとんがり帽子はまだ落とせないのか?」

知将型のヘボン少将の冷静な声が響く。
とんがり帽子こと、残った4機のエルメスは縦横無尽の活躍を行う。新型艦で構成された第二分艦隊と第三分艦隊を強襲。
既にサラブレッドを含む6隻が沈み、7隻が中破して後退している。圧倒的な火力と数を誇る連邦軍としては悪夢のような光景である。
また、ティアンム提督の主力艦隊は漸く空母ドロワを撃沈したが、その為の犠牲は大きかった。甚大であると言っても良かった。
マゼラン級戦艦を14隻も失った。更に8隻が後退した。損耗率が50%を越している。
生き残ったドロスの猛攻を受けたのもあるが、取り付こうとするMS隊にルウム戦役序盤で活躍した敵の艦隊決戦専用巨砲ヨルムンガンドが放たれる。
密集隊形を取っていたMS隊はそれで散開を余儀なくされ、そこに性能と技量で上回るジオン軍のMS隊に捕捉されて撃滅される。
その繰り返しだ。もっとも、Sフィールドでは確認が出来なかったものの、一部のジム部隊はア・バオア・クーに取りついてはいた。




この敵機上陸の報告にア・バオア・クーには動揺は無かった。
いや、正確にはあったのだが直ぐに消えた。司令官のドズル・ザビが一喝したのだ。

「戦況は我が軍有利である!! 敵を要塞内部に引き付けて根絶やしにすればよい!!!
予備兵力の半数を動員。帰還途中の部隊も後背から敵上陸部隊を攻撃せよ!! なにも恐れるな!!!」

と。
ルウム戦役の実績を持つ名将の言葉はそれだけの重みがある。
それでも内心ではドズルは焦っていた。連邦軍の突撃が予想以上に激しい。ルウム戦役の経験からそろそろ撤退しても良い頃なのだが。

「こちらギャラディック士官候補生です」

「何か!?」

「自分達も戦います!! 出撃させてください!!」

「訓練繰上げ組のザクⅡF2型72機の出撃を求める声が出ています!」

「どうする?」

「ここで72機のMSを投入できれば!」

「しかし相手は子供だぞ!?」

その言葉に反応したのはカスペン大佐であった。彼は即座に少年兵と言って良い彼らの代表を黙らせる。
直ぐにオペレーターの一人からマイクを取り上げて命令する。

「貴様らヒヨっ子どもが出撃したいだと!? ばかをやすみやすみ言うな!!! 貴様らは命令があるまで待機だ」

それはカスペン大佐の、彼なりの優しさだったのだろう。
現状で72機のMS隊は咽喉から手が出るほど欲しい。
だが、技量未熟な部隊を投入して他の部隊の邪魔をしても仕方ない。なにより彼らまだは子供なのだ。ジオン軍が守るべきジオン本国の子供だ。
漸くジオンにも見えてきた戦後を考えれば、彼らを死なす訳にはいかない。それと似た様な光景が要塞各地で繰り返されている。
だからカスペン大佐は出撃を認めなかった。
それはドズル・ザビも同様である。仮にこのア・バオア・クーが陥落する事があるなら、第一に逃がすのはこの部隊になるだろう。
ジオン本国の学徒動員が進みつつある今、兄貴たちに戦争はもう不可能だと訴えさせる必要がる。自分の代わりに。

「上陸したジム部隊の数は?」

カスペンが身を乗り出して聞く。

「27機です」

オペレーターも即答する。それを聞きカスペン大佐はアクトザク30機で構成された第102MS大隊とゲルググ量産型12機で構成された第71中隊を派遣する。

「ア・バオア・クー堅陣が如何に固いか連邦軍に教えてやれ!! 連中を宇宙に押し戻すのだ!!!」

「ハ!!」

上陸した連邦軍にジオンの脅威の技術力が牙をむく。

激戦続くア・バオア・クー戦。その頃地球では。




地球連邦政府は議院内閣制を取る間接民主制の民主共和制国家である。その国家で内閣不信任案は最重要議題の一つとして議論される。
当然だ。議院内閣制である以上、そのトップに対してNOを突き付ける人々がいる。
彼らを宥める、或いは排除する、若しくは彼らの意見を受け入れる事が議院内閣制にとって重要な課題となる。
宇宙世紀0080.09.26.日付をまたいで激論が交わされた地球連邦議会は、一つの結論に達した。

「では、内閣不信任案に賛成の方はご起立ください」

この言葉に、本来は身内である筈の内閣内部の大臣らも起立する。これを見てキングダム首相はエッシェンバッハを初めとした地球連邦北米州の根回しが相当深いところまで行われていた事を悟った。

(くくくく・・・・・大した無能ぶりだったな・・・・・はははは)

そしてこれ以上の抵抗は無意味であり見苦しいだけであるとも思った。
首相席で誰から見ても分かる様な笑みを浮かべるキングダム『前』首相。

「圧倒的な賛成多数により本案件は決議されました。これより新首相の選抜選挙を行いたいと思います。
先の規定に則り、立候補者はそのまま起立していて下さい。他の方々は着席してください」

そう言ってキングダムの周りに立っていた男達、女達が着席する。睨み付けるが効果は如何程のものか?
そう思う。

(私の時代は終わったのだ、もしかしたらあの南極条約で戦後を迎えていればこれだけの犠牲を出す事は無かったのかも知れない。
こんな無様な醜態も晒す事は無かったかも知れない。何もかもあのレビルのせいだろうか?それとも・・・・まあもうどうでも良い。
既にレビル将軍は戦死してこの世には存在せず、昨夜接触してきたエッシェンバッハ議員はジオンとの講和を行うと言ってきた。
地中海経済圏と大西洋経済圏を崩壊させた以上、これ以上の戦争継続は不可能だ。そう考えれば)

が、後悔してももう遅かった。議題はそのまま新首相の投票に入る。

「では投票は今から1時間後に行います。地球連邦憲法と己の良心に従って自らの意思を示して下さい」

終わったな。キングダムはそう感じた。
アヴァロン・キングダムは宇宙世紀のチャーチルになった。或いは戦勝国になりながらも国共内戦で最終的に中華から追い出された蒋介石か。
議員たちは最後の詰めをするために一旦議場を後にした。
そしてキングダムは誰もいなくなった議会に佇んでいる。今の地球連邦の最高権力者にして地球連邦軍の最高指揮官は内閣官房長官である。
彼はやり手で戦争拡大に反対した穏健派だ。彼に任させておけばそれで良いのだろう。
そうしている中でキングダムは無意識に呟いていた。


「言い訳では無い・・・・・弁解では無い・・・・勝てると思ったのだ。もっと簡単に。たかだか一コロニー国家なのだから・・・・・だから・・・・・だから」


思わず愚痴が出る。誰にも聞かれる事の無い愚痴はそのまま虚空に消えていく。
一時間後、彼の席は北米州のローナン・マーセナス議員が地球連邦の首相に取って代わる。
そして彼、ローナン・マーセナス議員の最初の仕事は新組織『ティターンズ』の設立。

「アヴァロン・キングダム前首相の行った南極条約以降の戦争の傷跡からの復興を目的にした新組織、ティターンズの設立を議決します」

半分は出来レースであったこの行為は可決された。
地球連邦は新組織『ティターンズ』に戦後復興の強大な権限を与える事で一致した。
これに反対したのはスペースノイドの亡命政権や南米州、特別選抜州、明らかに利権と主導権を握る北米州への対抗心を持つ統一ヨーロッパ州などであったが、圧倒的多数の議員は北米州主導の地球連邦再建に賛成。
それだけ地球連邦が弱体化していたと言う事でもあった。
またマーセナス新首相は議長に就任する事になったヨーゼフ・エッシェンバッハ議員と共同して一つの案件を連邦議会に通す。
それは、ジオン公国との停戦、講和締結と言う条件であった。
ジオン公国との戦争で傍観者であった太平洋経済圏各州、巨大な戦後復興需要を見込まれるヨーロッパへの資本投下を算盤した財界は、決定が遅いと言われる連邦議会では異例の速さで講和船団の派遣を決定。
中立地域であり、地球連邦、ジオン公国双方の出先機関のあるサイド6リーア首都バンチにて交渉開始を行う。
この日、アヴァロン・キングダム退陣の時、地球連邦政府は事実上の和平を決めたのだ。




ジオン本国を奪還したシーマ艦隊。一般市民も疎開した上での戦闘であったため、殆ど犠牲らしい犠牲が出なかった旧ダイクン派による『暁の決起』。
だが、後片付けは大変である。
言うまでもなくコロニーは人工物でその中で模擬弾を撃ちあったり、ナックルシールドでMSが殴り合ったりしたのだ。
ギレンやサスロにとってみれば頭の痛い状況だ。と言うより技術系の官僚たちは顔面蒼白である。実際被害の大きさに倒れた者もいた。
MS撃破による核爆発は起きなかった為、コロニー自体は無傷と言って良いが建物の大半は補強工事が必要、決起者のアンリ・シュレッサーの死体の確保だってできてない。
地下に潜伏したのか、それともまだ抵抗している首都防衛大隊本部にいるのか。それが分からない。
尤も、既に大勢は決した。ジオン正規軍は旧ダイクン派反乱軍を完全に沈黙させている。圧倒的な物量と質で押し切ったのは戦争の理想形。
それを見せたのがこの戦争だった。

「ギレン兄、ドズルはまだ戦闘中だそうだ。戦闘は互角。ただし、地球でも動きがある。
キングダム首相が失脚した。それに伴いマーセナスという北米州出身の議員が首相になった。例のティターンズ計画も始動する」

サスロがグレート・デギンの艦橋で伝えに来る。少し汗ばんでいる。そうだろう。彼は今まで書類戦争に巻き込まれていたのだ。
全く、いくら膿を出し切るためとはいえ本国を戦場にするとは開戦当初は誰も考えもしなかった。
ジオン本国を戦場にするなど政治的にも軍事的にも経済的にも、その他に置いてもナンセンスなのだから。

「そうか。それでドズルの居るア・バオア・クー要塞、負けてはいないのだな?」

簡潔に問う。ここからでは何もできない。
ソーラ・レイは旧ダイクン派反乱軍の一部が民間船に紛れこませた決死隊を送ってカミカゼ攻撃を行い管制室を完全に破壊した為、25日、そして今日の26日の戦闘には間に合わない。ジオン側としては痛恨の失態である。

(これではソーラ・レイの第二照射で連邦軍残存戦力を焼くと言う当初の目的は叶わない事になる。全く余計な事を・・・・)

「互角か、やや有利だと言う事だ。しかし、互角では意味が無い。地球連邦軍にはまだルウムに3個艦隊が健在だ。
ア・バオア・クーを無視してジオン本国を急追したら手も足も出ない。どうするか」

その言葉が現在のジオン軍の状況を端的に物語っている。確かにア・バオア・クーに集結した部隊はジオン軍の精鋭部隊だった。
が、逆に言えばそれ以外の部隊は二級線、三級線、更には存在しないと言っても良い。
連邦軍の第1艦隊、第2艦隊、第12艦隊が新造艦とジム改で構成されている事を考えれば非常に不味い状況だ。

「軍事はドズルに任せるしかあるまい。それで、政治の方はどうなっている。サスロ、地球連邦の首相は確かに代わったのだな?」

地球連邦国営放送、連邦放送の二つはア・バオア・クー戦、それ以前のソロモン攻略戦、ソーラ・レイ照射とレビル将軍の死を公式に発表。
その上で新地球連邦議会議長ヨーゼフ・エッシェンバッハ、新地球連邦首相ローナン・マーセナスを発表した。どちらも北米州出身の連邦議員。
それはジオンのメディアも大々的に取り上げた。何故ならこの二人を中心にした『ティターンズ』構想が公式に発表されたのだ。
この中にある条項の一つに、宇宙開発は然るべき宇宙国家と行うと言う、事実上のジオン公国の独立を認める宣言がある。
そして総帥府で鎮圧作戦の指揮を取っていたセシリア・アイリーンが大慌てでスクリーン越しに現れた。息を整えると、いつも通りギレン好みの報告をする。

『閣下。地球のガルマ様を経由して、地球連邦政府が正式に我が国に停戦交渉を求めております。
詳細はリーア領事館を経由しているのでまだ分かりませんが、それでもこの情報は間違いなく新首相のマーセナス氏、北米州代表のブライアン大統領両名が関与しております』

「兄貴!」

サスロが普段と違い、顔が興奮に彩られている。
それを見てギレンは確信した。グレート・デギンの謁見室に居並ぶ重臣ら、秘書官ら、そして父親デギン・ソド・ザビの前で言い切った。

「遂に勝ったな」




そして、同時刻。
地球連邦政府の公式見解が公表されると同時に新首相であるローナン・マーセナス首相から戦闘中止、即時撤退命令がゴップ統合幕僚本部長経由でティアンム提督指揮下のア・バオア・クー要塞攻撃部隊に下った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・撤退する」

ティアンム提督は苦渋の決断を下した。
既にMS隊は4割を失い、艦隊もドロワを撃沈したがその代償として半数を損失。ア・バオア・クーに取りついた部隊もたった今撃退された事が確認された。
連邦軍の量産性を重視した通常型ジムではゲルググやその発展型であるガルバルディαには勝てなかった。
アクトザクやペズン・ドワッジ、リック・ドムⅡの対艦攻撃にも対処しきれなかった。
既にバーミンガム級戦艦アトランティクは放棄しており、旗艦はマゼラン級のパシフィックに移乗。
それでも敵の猛攻は続き、アトランティクの艦長であったイライザ大佐は戦死している。ペズン・ドワッジのみで構成されたジオンの対艦MS部隊の猛攻は激しかった。無論、彼ら連邦軍とて無能であったわけでは無い。
黙って一方的にやられたわけでは無く、相対したジオン艦隊は壊滅。
ジオンのMS隊も既に攻撃に出るほどの余力は残されてない。
仮定の話だが地球連邦軍にあと100機のMSと30隻の艦艇があれば戦況は逆転しただろう。それは例のソーラ・レイの攻撃で失われた部隊の4分の1に当たる。
それでも、だからこそ。なんとしても今は連邦宇宙軍を退却させなければならない。これ以上兵を犠牲にする事だけは避けなければならないのだ。
何よりこの放送を聞いてなお交戦するだけの意欲を持つ連邦将兵がいるのかが疑問でもあった。

『全地球連邦軍に通達する。地球連邦政府は現時刻を持ってジオン公国軍との間に休戦、停戦交渉を行うことを決定する
地上軍各部隊は現戦線から100km後退し、警戒態勢に移れ。また、ア・バオア・クー要塞攻撃部隊は直ちに3000km後退し、攻撃を中止せよ』

ティアンムは自分たちの星一号作戦が北米州を中心とした太平洋経済圏の政治家たちに利用されていた事を知る。

「全軍・・・・・・撤退・・・・・・」

そして自室に戻ったティアンムは暗い顔で呟く。

「俺たちを道化にしたな。最初から第1艦隊と第2艦隊、第12艦隊は動かさないつもりだったな?
つまり出来レース。その為にレビル将軍やカニンガム提督は戦死したと言うのか?
・・・・・・・・今に見ておれ・・・・・政治屋ども・・・・・・・この借りは必ず返すぞ」




戦闘停止命令はヨーロッパ方面軍司令官に昇進したイーサン・ライヤー少将にも通達された。
彼は、それを聞くと南欧にあったP99と呼ばれた敵基地への空爆を中止。大規模な地上侵攻も中止し、一人の大尉を呼び出した。
件の大尉は憲兵4名に護送されてくる。それを司令官執務室の机越しに見る。とんとんと机を人差し指で叩き、日系のスペースノイド士官に問う。

「シロー・アマダ大尉だったね。さて確認しよう。
君の元にジオン公国サハリン家の令嬢、アイナ・サハリンが亡命した。この事実に間違いはないかね?」

穏やかだが、それでいてどこか懐疑的な視線で彼を見据える南欧解放軍の軍上層部の参謀たち。
もっとも、数々の功績、特にイフリート改と呼ばれていたエグザム搭載機を撃墜した為二階級特進した彼、シロー大尉は毅然とした態度を取る。
それが良い事なのか、悪い事なのか、判別はつかない。それでも彼は胸を張ってYESと答えた。
何事かを話し合う。その中にはシロー・アマダの直属の上司であるコジマ大佐の姿もあった。
そしてどうやら決まったようだ。

「よろしい。政府が発令した休戦令V-01は知っているな?
ここで特例を出させてもらう。君と君の小隊には軍使としてP99に行って貰おう。
P99にいる例のサハリン家とやらの・・・・・ジオン公国の前時代的な当主であるギニアス・サハリン少将を説得して来たまえ。
・・・・・・・そうすれば、君と大人の関係を持っている亡命令嬢にとっても、君個人にとっても為になるだろう。
亡命と言ったがまだ我が軍は君を完全に信用した訳では無い。君と君の小隊全体にスパイ疑惑がかかっている事を忘れないで欲しいものだな」




一方でヨーロッパ・ロシア。オデッサ地域。

「マ・クベ中将、連邦軍が撤退を開始したがどういう事だ?」

ユーリ・ケラーネ少将は戦傷を無視して一緒に来たノイエン・ビッター少将と共にオデッサ基地司令部で上官に質問する。
その上官はその問いには答えず、白い壺を人差し指で弾く。その音が部屋に木霊する。

「北宋だ。良い音色だろ? これは良いものだ」

スペースノイド、宇宙育ちの彼らには正直言って非加盟国有力国『中華』の伝統工芸品であっても地球の一カ国の事と思っているので興味は無い。
そう思っているとマ・クベは徐に司令官室にあるTVをつける。

『地球連邦政府は本日26日14時を持って全戦闘行為を停止する事をジオン公国と合意。事実上の独立容認を見せております。
これに対して戦場になった統一ヨーロッパ州の右翼団体は大規模なデモを行うようですが、あ、新しい情報が入りました。
ジオン公国は自ら戦犯としてデギン公王を退位させる模様です。次期公王に誰が就任するか、或いは公王制を廃止するのか注目が集まっています』

ミノフスキー粒子の濃さのお蔭でノイズが走っているが言いたい事は分かった。

「こういう事だ。我がジオンは地球連邦と講和に向けて前進した。そうだな、ウラガン大尉」

そう言ってウラガン大尉が各地のスクリーンと偵察部隊が捕えた映像を見せる。
連邦軍は全戦線で後退を開始、空爆も報復爆撃以外は行わないと宣伝している。更にはこれ以上の流血は無用として軍使の派遣を双方が行っている。

「つまり・・・・・漸く終わりですか?」

ビッター少将が聞く。彼は声帯を潰してしまったので若干音程が低い。
それでも幾分の安堵感が含まれている事が分かった。

「ああ、終わりだ」

マ・クベ中将は執務室として使っているホテルのバルコニー越しに宇宙を見上げる。
そしてそれは多くの戦線で行われている儀式だった。
肩を抱き合い、敬礼し合う戦友達。戦争終結と言う事実をただただ飲み干す者達。軍上層部の思惑など知った事では無い。
今は互いに生き残れた事だけを祝おう。それでこそ、多くの人々の追悼になるだろう。そう信じて。




宇宙世紀0080.09.30

地球連邦政府、ジオン公国はサイド6に置いて両陣営の正式な講和会議を開催。
南極条約締結時とこの会議の差異として非加盟国の不参加が挙げられる。
ジオン公国は地球連邦非加盟国に対して、戦時下に置いて最大限の援助を行ったとして既に貸し借りは無いと考えていた。
その結果、地球連邦との単独講和を決定した。尤もこの考えもおかしい。地球連邦軍と非加盟国軍は一度も交戦してないのだから。
ジオン公国は27日、ジオン公国議会によってデギン・ソド・ザビ公王の退位を正式に可決。続けて第二代公王にギレン・ザビを内定させる。
これは地球連邦に対して、あくまでザビ家独裁は戦時下、独立達成の為のポーズに過ぎないという事をアピールする狙いがあったのだ。
もっとも、その為には色々と裏工作がなされたのは当然である。事実上の地球連邦の指導者に就任する事になるブライアン大統領とも内約があった。




地球、北米大陸、ワシントンDC

一流を知る者は一流で固める。その言葉通り、一流のスーツにシャツ、ネクタイ、靴、ベルト、時計で身を固めたブライアン大統領は同じ様なスタイルのマーセナス新首相と連邦軍将校服と珍しく軍帽を被って無いジャミトフ・ハイマン少将と三者面談をしていた。

「まずは終戦工作成功に乾杯だな」

そういって北米州の代表ブライアン大統領が音頭を取る。この事からも一体誰が地球連邦内部で新たな権力のトップの座に就いたかが分かると言うものだ。
そう言ってテキサス牛で作られたビーフジャーキーを摘みに、バーボンを掲げる。
彼らの行ってきた地球連邦内部での主導権確保は成功したと言って良かった。
非加盟国が戦力を持ったのは少々問題であるが、これでジオン公国は地球連邦の忠実な番犬となり、増大する一方で、そのくせ金食い虫だった宇宙艦隊の軍拡停止も可能になる。
また軍人の、というよりレビル派閥の増長砕く為の切り札としての『ティターンズ』も設立される。

「それで懸念されている地球連邦軍部の方はどうかね?」

ブライアン大統領はジャミトフ少将に問う。
彼は敢えてカルフォルニアコーヒーを飲んでいたがカップを机に置くと語りだした。

「はい。ティターンズが各州の支持で設立される事で軍内部の優秀な軍人たちを取り込みます。
ティターンズはあくまで武装警察であり、軍では無い。しかし、軍内部にも階級と指揮権を持つ矛盾した存在となります。
よって、これは地球連邦首相直轄のSP部隊として機能させます。
我が国アメリカ合衆国のシークレットサービス、或いは言い方は悪いのですが旧ナチス・ドイツの武装親衛隊や大日本帝国の近衛師団と考えて頂ければ幸いです。
有能、かつ、忠実で良識な軍人を昇進させ配属します。それと・・・・・戦争馬鹿やこの度の敗軍の将らは栄転の名目で左遷させて頂きますが」

「例えば?」

「コリニー提督や最近彼の周りにちらつくバスク・オムと言った輩ですな」

そう言ってノート型PCを起動させる。ティターンズのマークがデスクトップに映し出された。黒を基調としたコンコルドのマーク。
これを対面する二人の政治家に見せる。

「まずはティターンズ専属として新設される第13艦隊ですが、我々の艦隊と合流させて任務部隊として再編、艦隊司令官にはニシナ・タチバナ中将を当てようと思います。
彼は日本人ですので太平洋経済圏出身でありますが、何よりも有色人種が戦後復興の第一人者に選ばれると言うのは太平洋各州やアラビア州、アフリカ3州などに希望を与えます。
更に全てをペガサス級で構成した独立部隊・・・・・私的な名称ではロンド・ベルと言われていますが大気圏内部の治安維持を目的とした部隊が必要です」

ここでマーセナス首相が聞き返す。

「・・・・・ロンド・ベル?」

と。
そう、ロンド・ベルは戦後復興庁、治安維持の為の首相直轄の武装警察と言うティターンズ内部でも異色の部門になる。
これは第14独立艦隊、第13独立戦隊がもたらした奇跡の戦果にあやかって創設される部隊だ。
ペガサス級とガンダム、大戦を生き抜いたベテランパイロットとニュータイプではないかと畏れられた人々を集める部隊。
もっとも計画段階でしか無く、どこからどれだけの人数を持ってくるかは未定。一言でいうならば、「ティターンズの中の精鋭部隊」と言う事か?
さらにジャミトフは続けた。

「ロンド・ベルに関してはエイパー・シナプス少将を司令官、副司令官にホワイトベース艦長のブライト・ノア少佐を一階級昇進させた上で当てようかと。また艦隊は全てペガサス級7番艦アルビオンに統一し、MSも最優先で最良の機体を送ります」

機動防御、ゲリラ掃討、威圧、更には宇宙からの奇襲攻撃など。
正に何でも屋の面目躍如である。もっとも今回想定している敵は兵器の質に劣り、数も少なく、ビーム兵器も携行しないジオン残党部隊だと思われるのでアウステルリッツ作戦の様な激戦は無いだろうと思われていた。
ブライアン大統領が興味気に書類を読み切る。そしてバーボンを一口すする。

「そうか。さてと、マーセナス新首相。ジオン本国に関する報告を聞かせてもらえるかな?」

背筋を伸ばし、こちらは紙媒体のA4ファイルを提出する。

「ジオン公国議会はギレン・ザビ総帥が抑えております。これは周知の通りかと思われます。
しかし、この度はウィリアム・ケンブリッジ特別政務官との密談から大きな譲歩を引き出しました。
ご覧ください、議会がある議決賛成多数で可決して言う映像の写しです」

その写しにはこう記載されていた。『デギン公王退位令』、と。
前代未聞の議会による独裁者一族の退位命令。これを地球連邦系ジャーナリストは『ジオンの春』と呼んでもてはやした。
ジオン議会を真の民主主義体現者として持ち上げ、その決断を下したジオン公国のダルシア・バハロ首相を英雄だと言う。
だが、この部屋に、ホワイトハウスのオーバル・オフィスに集った三人は知っていた。
これは出来レースなのだ。ウィリアム・ケンブリッジとギレン・ザビが戦争を終わらせる為の茶番を行う必要を感じ、その為に演技させた。
話を続けるようブライアン大統領に促されてマーセナス新首相は続けた。

「これでジオン公国議会とジオン公国首相はジオン公国公王を罷免する事が出来るという権威を確立しました。
また、この直後に行われたギレン・ザビ新公王即位令とサスロ・ザビ新総帥誕生というニュースは巧妙に隠されております。
現時点でジオン公国は我々が提示した通りの民主共和政体ではありませんが、極めてそれに近い形態を見せつけました。
一種の政治的詐術と言い換えても良いでしょう。実態は独裁でありながらも傍目から見れば民主共和制に見える。
何せ国民から選ばれた議員で構成される議会が独裁者の一族にNoを申し立て、一人を最高権力者から引き摺り下ろしたのですから」

そこで会話が途切れる。
即座にブライアン大統領がソファーに背中を預けながら言った。

「それ程までにガルマ・ザビの影響力は大きかったか。これではウィリアム君に頭が上がらないね」

この政治工作で、ウィリアム・ケンブリッジはガルマ・ザビを返す条件にデギン公王の退位、それも議会の圧力に屈するという形での退位をギレン・ザビに要求した。
その後は議会の要請を受けてかのナポレオンやヒトラーの様にギレンがジオン公国総帥から公王になれば良い。
また政務が不安ならばサスロ・ザビを片腕として総帥に抜擢すれば良い。それで何も変わらない。
否、地球連邦のマス・メディアにとってはジオンの独裁者一族が民主共和制に屈服したと言う姿を見せられるのでジオン本国にとっても戦後を考えた上でプラスであろう。
そしてそのキーマンになったのはガルマ・ザビだった。ガルマは自分の過ちを認めた上で父デギンを説得し、次兄サスロ、長兄ギレンに地球連邦の政治的な望みを伝え、道化を演じる事それが自分と父の出来る最大の事だと言って彼らを説得、成功した。
ブライアン大統領はその後も数度の報告を聞くと徐に立ち上がり、窓の外を見た。既に時計は零時を過ぎており、街灯と星空しか見えない。

「さてと、それではマーセナス首相。君は今日の朝、サイド6に行くのだね。気を付けてな。
ああ、ウィリアム君も連れて行くが良い。彼と彼の家族も。サイド5から撤退した艦隊の中、あそこには奥方がいた筈だ」




0080.10.01

後にジオン独立戦争と呼ばれた戦争は幕を閉じた。
南極条約以降中立地帯を保ったサイド6『リーア』で結ばれた地球連邦=ジオン公国間の講和条約は歴史上こう呼ばれる。

『リーアの和約』、と。


ジオン公国の独立承認
地球連邦政府、ジオン公国双方による各サイドの保護国化、コロニー経済圏再建
サイド7開発計画の再開
地球=月面=ジオン公国の通商貿易条約締結
各コロニーサイドのデブリ回収、外壁補修工事の実行(ジオン、連邦軍の護衛付き)
地球上の全占領地域からのジオン軍の撤退。ただし、亡命ジオン軍については協議継続
ジオン公国、地球連邦非加盟国との貿易制限。尚、連邦政府も非加盟国への軍事圧力、経済制裁解除
ジオン公国、木星開発船団、月面自治都市群、戦災地域の戦後復興への協力を確約。
戦災地域の認定(欧州全域、中近東、北アフリカ、中央アフリカ、中央アジア、サイド1、サイド2、サイド4、サイド5)
10 戦災地域復興に関する権限並び指揮系統は『ティターンズ』が掌握する


双方の経済官僚は安堵した。これで湯水の如く戦争に物資をつぎ込まれなくて済む。漸くプラス思考に物事を進められると。
漸く終わった戦争。だが、それは多くの犠牲の上に立っていた。

ホワイトベース艦内。フラウ・ボウの嗚咽がハヤト・コバヤシの居た部屋に木霊する。

『生きて帰ったら、俺と一緒になってくれないか』

そう言って帰って来なかった。帰って来なかったのは彼だけじゃない。スレッガー・ロウ中尉も、だ
白狼と怖れられたジオンのエース相手に一瞬の隙を晒してしまったアムロ・レイのアレックスを守る為に乗機のジムスナイパーⅡを盾にして宇宙に散った。
彼の犠牲があったからこそアムロは生き残れたし、スレッガーの仇である白狼シン・マツナガやシャリア・ブルを討ち取ったと言える。
慟哭と共に。

まだ戦争終結の実感がわかない。そんな中、セイラ・マスはアムロ・レイを自室に呼ぶ。
呼び鈴が鳴った。ドアが開く。そこに居たのは少年では無く男としてのアムロ・レイ中尉だった。

「セイラさんも・・・・・僕も・・・・生き残れましたね」

アムロが座っているベッドの隣に座る。肩を寄せ合う。
最初は恥ずかしがっていたけど、いつの間にか当たり前になってしまった。仕方ないか、生まれた姿のままで何度も夜を過ごしたのだから。

「そうね・・・・・アムロはこの先どうする?」

肩に顔を預けるセイラ。
それを感じながらアムロは言う。

「僕、軍に残ろうと思います。少なくともスレッガー中尉の死の責任、ハヤトの分まで何かしなくちゃいけないと思います。
ただ・・・・・」

「ただ?」

「どうしていいのか分からないんです。軍に残っても単なる兵隊、役に立つ駒として扱われるだけじゃ嫌なんだ。
我が儘だけど、もっと大切な何かをしたいと思うんです」

アムロは真剣だった。胸元をワザとあけて白の下着を見せていたセイラに一切欲情せずに悩みを打ち明けてきた。
それをみて自分が男に逃げようとしていた事、その男が自分よりも先にいる事、そして追いかけるに値する男だとセイラ・マスは気が付いた。

(アルティシアではなくセイラとしてアムロを見ていくか・・・・・それでいいのかも。
私は何十人も、下手したら何百人もジオン国民を殺した。サイド3独立の父の娘が殺した。その同胞殺しが今さらジオンには帰れない。
だからと言って世捨て人になってホワイトベースのみんなや第13独立戦隊の皆様との縁も切りたくない)

思い起こされるのはマイク少尉とモンシア中尉、そしてオペレーターガールズが盛り上げたアウステルリッツ作戦前の結成式。

「・・・・・・分かったわ。アムロ、今度私はこの人に会うの。恐らくアムロの力になれる筈だわ。
一緒に会いに行きましょう。ブライト艦長も連れて」

そう言って彼女は鞄から一通の封筒を取り出す。
地球連邦政府主催のパーティーへの招待状で差出人の名前はウィリアム・ケンブリッジとなっていた。





そんな中、連邦軍内部でも大きな動きがあった。

壊滅した地球連邦宇宙艦隊の拠点は地球連邦軍が奪取したソロモン要塞、協定によりジオン軍が撤退したグラナダ市、ルナツーの三拠点に分派される。

X任務部隊(第3艦隊、第4艦隊、第5艦隊)  ソロモン要塞駐留
Y任務部隊(第6艦隊、第7艦隊、第8艦隊)  ルナツー要塞駐留
Z任務部隊(第9艦隊、第10艦隊、第11艦隊) グラナダ市駐留

宇宙艦隊司令官 ティアンム大将(ア・バオア・クー戦の敗戦糊塗の為昇進、旧レビル派)
X任務部隊司令官 ワッケイン中将(旧レビル派)
Y任務部隊司令官 ヘボン中将  (ティターンズ派)
Z任務部隊司令官 ブレックス中将(旧レビル派)

更にサイド7宙域に幾つものコロニー建設ラッシュが行われた。これらのコロニーは惑星間航行可能船の建造能力を持たせられる事になり、宇宙のジャブロー基地とまで呼ばれるようになる。

Ω任務部隊(第1艦隊、第2艦隊、第12艦隊、第13艦隊)サイド7駐留
Ω任務部隊司令官 タチバナ中将 (ティターンズ派)

地球連邦軍統合幕僚本部長ゴップ大将というのは変わらなかったが、グリーン・ワイアット中将が北半球方面軍総司令官に、南半球総司令官にジーン・コリニー大将が就任した。
ワイアット中将は栄転であったが、コリニー大将は明らかに左遷人事であった。
また、彼が対ジャミトフ・ハイマンの為に用意したバスク・オムという小刀は意外な伏兵に叩かれた。




『バスク・オム大佐は危険です。彼をティターンズに入れるならば私がティターンズを抜けます』

そう言ったのはウィリアム・ケンブリッジ特別政務官。彼は続けた。

「バスク・オム大佐は、開戦時に独断でサイド1、7バンチコロニーを攻撃しております。
彼の艦隊が緒戦を生き残ったのはコロニーに大穴を開けてそこを艦隊ごと通行しているからです。
ええ、そうですね、確かに文官が後から言うのは卑怯です。それは自覚しております。
が、あえて言わせて頂きます。インターネット上にはその時の砲撃されたコロニーの映像があり、その映像は既にサイド1全域に流れております。
戦争終結後にこの戦闘の責任を問われるのだけは間違いありません。そんな人物がティターンズにいては危険ではないでしょうか?
またこれを見たスペースノイドであるサイド1の連邦市民反地球連邦感情が高まっているのは言うまでもない事です。
この事実から、今の段階で政治的に見てティターンズを悪とさせて反地球連邦、反新体制勢力の団結に直結する者がバスク大佐であり、彼をティターンズに加入させるのは危険と思われます」

流石に言いがかりに近い気がした。ジャミトフでさえ何かを感じ取り聞き直す。

「私事ではないのかね?」

と。
が、妙な事にこの時のウィリアム・ケンブリッジは引かなかった。動物の感だったのか?
恐らく自分の身に危険が迫っていた事を悟っていたのだろう。伊達にキングダム首相に軟禁され尋問された経験を持ってない。
ついでに裏切られたり切り捨てられたりする経験も。ある意味で最も覚醒した人物だった。

「違います。歴然たる事実を申しています。戦後復興を掲げる以上ティターンズは正義でなければなりません。ならばその初手が最も肝心。
その中で軍国主義的な動きをする人間を、コロニーを守るべき連邦艦隊を使ってコロニーを盾にして戦場を離脱した指揮官を据えては必ずスペースノイドからの反発をくらい、やがてそれは我々ティターンズにとって大きな壁となります。
それは戦後復興とアースノイド、ルナリアン、スペースノイドの融和に大きな罅割れを入れる事になるでしょう。
本当に地球圏全体の事を考えるならばティターンズはジオンからも人材を受け入れ、尚且つ公平かつ公正な組織として存続しなければならないのです!」

この主張は最終的にはコリニー提督を排除したかったジャミトフと彼の一族(彼らもまた政治的な弱肉強食の掟を知る肉食動物であった)、つまりハイマン家や軍人嫌いのアデナウアーやどっちつかず主義的なところはあるがそれでもまだ理想に燃えるパラヤ議員、ルナリアンとしてバスク・オムと敵対関係にあったブレックス・フォーラー少将らの後押しもあり、ティターンズ計画からコリニー派は巧妙に排除される。
それはジーン・コリニーにとってまさに寝耳に水の事態であった。
コリニー派と目されていたジャミトフ・ハイマンが自ら立った。更にそれを後押しする各州の州議員達。しかも自分と関係が深い議員たちは失脚したり鞍替えしたりして孤立感を増す。
ブライアン大統領は瞬時に判断すると、対コリニー用の政治的な包囲網は完成させた。
結果、コリニーとその子飼いは巨万の利権を持つであろう『ティターンズ計画』から追い出される。
もっともあの老獪な政治家や軍国主義的な一面を持つ人間は水面下での現状打開を目論んだが。


(若造どもに、あの裏切り者共が!! 今に見ておれよ!!!)


無論、その怒りを隠して。
そして軍のトップとして人事権を握っていたゴップ大将はジョン・コーウェン中将を太平洋方面軍総司令官に就任させた。

これはその時非公式に地球連邦首相に手渡された0083以降の地球連邦軍序列である。
(階級が命令するのではなく、役職が命令するのが軍である。つまりこれは時事上の地球連邦軍の階級章になる)

No1 ゴップ大将 統合幕僚本部長
No2 ジャミトフ・ハイマン少将 ティターンズ長官
No3 ティアンム大将 宇宙艦隊司令長官
No4 ジーン・コリニー大将 南半球方面軍総司令官
No5 グリーン・ワイアット中将 北半球方面軍総司令官
No6 イーサン・ライヤー少将 作戦本部長
No7 ジョン・コーウェン中将 太平洋方面軍総司令官
以下、各宇宙艦隊任務部隊司令官、各方面軍司令官が続く。
尚、太平洋方面軍は事実上ティターンズの母体なため、他の方面軍に比べて優遇されている。
またゴップ大将が旗色を鮮明にしたと言うのではなく、太平洋方面軍司令官へコーウェン少将を赴任させたのはあくまで本人の自発的な行動として周囲は捉えたし、そう言う風に受け取らせた。

もっともこれで大人しくするなら裏でこそこそと動くことはない。
No1は裏でNo2と手を組むべく策動している上、結果的に敗戦の責任を免れたとはいえレビル派閥として国民から白い目で見られる宇宙艦隊も不穏な空気を見せる。
政治的な逆転劇で一気に降格させられたコリニー大将と彼に対抗意識を燃やすライヤー少将、ワイアット中将。
更には一躍躍進したティターンズ長官のジャミトフ・ハイマン少将。結果論を言っても仕方ないのだが連邦軍内部での火種は燻り続けていた。




ア・バオア・クー侵攻艦隊はサイド6にて再編された。ア・バオア・クー戦生き残った部隊はサイド6まで前進してきた工作・補修艦艦隊によって休養を取る。その中にはアルビオンの姿もあった。
ニュータイプ部隊を撃退した不沈戦艦ホワイトベースの姿もあった。だが、第14独立艦隊を構成していたアクティウムの姿は無い。
度重なる攻撃で3隻のサラミスK型の内アクティウムは轟沈。残りの二隻も損害が激しく廃艦が決まっている。
それ程の激戦区であった。第二次ルウム戦役の圧勝など簡単に吹き飛んでしまった。ヘボン少将も頭が痛い。
余談だが、彼ら前線で戦った全軍人たちが昇進するのは0080.10.12午後11時00分の事である。

ローナン・マーセナス新首相を中心とした地球連邦政府代表団は、同じくサスロ・ザビ新総帥を中心としたジオン公国代表団とトップ会談に入り、今後の事を決めていく。
特に両国、と言うかジオン側の懸念である連邦軍宇宙艦隊を再建するのは今後30年をかけて行う事を約束し、それを持って安全保障条約・軍縮条約の代わりとする。
一方ジオン軍部も、宇宙海賊掃討などの各コロニー航路、地球航路、月面航路などの治安維持やMSの共同開発を提案する事で歩み寄りを見せる。
後にガルバルディアβやハイザック、マラサイなどと呼ばれるジオニック、AE、ウェリトン、ヤシマなどの連邦、ジオン両陣営の技術の粋を結集したMS開発がスタートする事となった。
またジオン公国(他のサイドは除外)に課せられていた農業関税や水税、空気税も平均的なものに抑えられ、更には連邦の融和政策としてサイド3に農業専門コロニー10基大量発注が確定。
またティターンズによる中央アフリカの反地球連邦運動の鎮圧を前提としたダカール近郊、オーストラリア大陸緑化、北米大陸緑化計画も同時に開催する。
その資金は壊滅した地球連邦陸軍を再建しない事、地球連邦非加盟国との冷戦解除を行う事による緊張緩和、それに伴う余剰資金の確保で賄う事とする。
そして新たな投資先を求める太平洋経済圏の各州は戦後復興と緑化政策、コロニー開発に活路を見出す。経済界としては金食い虫の軍備再建など後回しにしたいのだ。
そしてそれは80年続いた冷戦で事実上国家が崩壊しかけていた非加盟国も同様。民主化運動や自由化運動を抑えるべく軟着陸を望んだ『中華』や中東二か国は連邦政府との非公式会談に移る。

宇宙艦隊もX、Zの任務部隊以外は現状維持。第13艦隊のみが例外的にサイド7大開発の影響で新設が継続されるも、それも新造巡洋艦「アレキサンドリア」級12隻とペガサス級7番艦「アルビオン」タイプ4隻、ドゴス・ギア級戦艦1隻で打ち止め。
MSは全て最新型のジム・クゥエルで編成される事が内定していた。これらの部隊が揃うのは7年後の宇宙世紀0087を予定している。


当然ながら、ウィリアム・ケンブリッジも激務をこなしていた。それは大変であったが、やりがいある仕事だった。

(戦争が終わった。平和が来る。長かった。一年だったけど、本当に長い一年間だった。それでも終わったんだ!!)

ウィリアムにとってそれは喜ばしい事だった。欧州反攻作戦に妻が行く事になってから数か月。
子供の前でこそ平然していたが内実はボロボロ。いつ精神の均衡が崩れるか分からない状態が続いていた。それが漸くだが終わる。
嬉しくてたまらない。そんな中、ブライト・ノアがセイラ・マス、アムロ・レイと共に面談を求めに来た。
因みにブライト・ノア少佐は目出度くミライ・ヤシマ少尉の心を手に入れた。まあ、それは良い事だ。逆よりは。

「どうしましたか? 急に面談など?」

山積みされた書類。白い極東州製品のノート型PCに携帯用タブレットに、携帯電話。綺麗に張り巡らされた机の上の付箋。
自分達宿舎のリビングに案内する。来客用ソファーに腰かける様に促す。

「あ、その、すみません。お邪魔でしたか?」

アムロが聞く。連邦の白い悪魔と呼ばれた兵士では無く、少年らしい声が心地よかった。

「いえ、君たちが来た所で一休みできましたよ。ああ、アールグレイの紅茶とスコーンです。バターも欧州産ですのでいまでは貴重品です。
マーガリンで良いと言ったのですけどマーセナス新首相がジオンに対抗する為だから持って行けとうるさくてね。
もっとも事務方なので実際に応対する時は安物のコーヒーで十分なのですが」

そう言って食器棚から4人分の紅茶カップを出し、注ぐ。
他愛の無い雑談が続いたが、意を決してアムロが徐に口を開く。

「あのケンブリッジ特別政務官」

スコーンを食べきった。

「何です?」

「ニュータイプについてどう思われますか?」

それはシロッコ中佐やブレックス少将との会話の焼きまわしかとも思ったが相手のアムロ・レイはまだ子供。
そして考えてみれば無責任なイエロージャナリズムが彼をニュータイプだとして囃し立てた。自分達が子供を安全な後方から戦場に送り出している事を棚に上げて。

(英雄としての自分に困惑しているか・・・・・当然だな。プロフィールによると元々引き篭もりの少年だった。
それが今や地球連邦軍最強のエースパイロットだ。そしてニュータイプ扱い。これは大人がしっかりと導かないといけないだろうな)

そう思う。紅茶に視線を送りそして、アムロの顔を見た。良く見ると彼氏を心配する彼女の顔をしたセイラの顔も見える。

(おや? ああ、そういう事か。だから三人で来たのか。あの手紙・・・・本来はセイラ・マス少尉だけだったのに)

口を開く。

「ニュータイプという定義が曖昧なのは分かりますか?」

頷くアムロ。確かにニュータイプと言う定義はあいまいだ。ジオン・ズム・ダイクンとデギン・ソド・ザビ、ギレン・ザビ、地球連邦公式見解は全て違う。
ニュータイプ専門の各学会、学派もしのぎを削って我こそは真のニュータイプ研究論者だなどと言っているが、眉唾ものである。クルスト博士やフラナガン博士などが良い例だ。

「ならば惑わされない方が良い。正直に言います。地球連邦軍は君たちを利用した。勿論、私も利用した。これについては恨まれても仕方ない。
ブライト少佐、そんな事は無い、そう言いたげですね? でもね、上に立つ人は多かれ少なかれ人を利用しなければ、或いは使わなければならないのです。
企業でもNPOでもボランティアでも政府組織でも、まして軍であれば尚更、です。そしてたまたまニュータイプと言って都合が良い存在が現れた。
それがアムロ・レイ、君だと思います。昔の武将は一騎当千の働きをしたと言う。それに縋ってアムロ君をニュータイプと定義した。
つまり君は映画か何か出てくるおとぎ話のスーパースター扱いだったのです。
そんな訳の分からない存在。だったら連邦軍のトップエースにしてしまえ、これをニュータイプと呼べばよい。
そう言う事だと私は思います。仮にこれから講演会などでニュータイプについて聞かれたらこう答えなさい。
『あれは偶然の、奇跡的な事象でして、自分自身はMSの操縦が上手いだけの唯の人間です』と。
そうしないとニュータイプ論者に祭り上げられてしまう。下手をしたらオールドタイプと定義される人のテロの対象にもなるでしょうからね。
それに若い頃からちやほやされて育つと碌な人間にならない事は私が保証します。ニュータイプなんて言葉は政治家や軍上層部、学者らの方便です。
凝り固まった主義主張など君みたいな若者にはまだ不要。寧ろ害悪。良いですか、決して自分を特別な人間と思い込んではいけません。
そんな事ではいつか隣に座っている大切な女性にさえ見切りをつけられてしまいますよ?」

そう言って紅茶を飲む。
窓から見えるコロニーの風景は雨になりつつあった。
沈黙が続く。僅か数十秒の言葉だが、それはニュータイプは進化した人間では無い、普通の人間だと言うウィリアム・ケンブリッジの意見をアムロ・レイに浸透させるには十分過ぎる時間であったと思う。

「それで・・・・・まだ私に用事があるのではないのですか、セイラさん?」

直ぐに鋭い眼光が射抜く。これを見てセイラは心底思った。

(ああ、本当に役者が違う。各上の存在とはこう言う人を言うのね)

と。
セイラは話した。

アムロの道を決めて欲しい。彼は軍に残りたい。アムロの、自分の代わりに死んだスレッガー中尉や帰って来なかったハヤトの代わりに何かしたい。
でも自分には人殺しの才能しかない。だけどそれでも戦後復興に役立てたい。どうかよろしくお願いします。
その為なら私がアルティシア・ソム・ダイクンに戻っても構いません。

(愛する男の為に、か。昔を思い出すな)

そう思って一番左に座っているブライト・ノアを見るといつの間にか彼も頭を下げていた。これでは断れないではないか。
しばし熟考する。彼としては生粋の軍人であるブライト艦長はともかくほかの二人は民間人に戻ってほしい。
だが、あれだけの戦果を挙げたエースパイロット二人を連邦軍がただで手放すとは思えない。いや、十中八九何らかの拘束を行うだろう。
それが目に見えるものか、或いは尾行などの裏のやり方なのかは不明だが。
それならば彼らを後方で保護した方が良いのかも知れない。

「ふう、奇特な人達だ。そんなに軍に残りたいのですか?」

無言で頷くアムロ。その目は確かに理想と決意に燃えていた。
仕方ないか。そう心で呟く。

「分かりました、ハイマン少将に頼んで第13独立戦隊メンバーの希望者は正式発表されたティターンズに入隊してもらいましょう。
ただし、アムロ君。一つ条件があります」

強張る。

「条件、ですか?」

「それは一体?」

「あの、アムロは・・・・・」

アムロが、ブライトが、セイラがおどおどする中で私は言った。
それを手で遮ると笑いながら言った。

「簡単です。ティターンズの学校で勉強しなさい。それが条件。君はまだ若い。学を身につけなさい。
例のマスコットロボットを作ったり、戦場でガンダムのソフトウェアをいじれた君です。まあ、多少は地獄でしょうがそれ位しないと本当の平和に役立つ人物になるには難しいです。
大丈夫、お隣にいる彼女さんと二人三脚で歩けば上手くいくでしょう」

赤面する二人であった。




一方、講和条約締結に向けたサイド3ジオン公国では。

『ジーク・ジオン!!』

『ジーク・ジオン!!』

『ジーク・ジオン!!』

『ジーク・ジオン!!』

『ジーク・ジオン!!』

『ジーク・ジオン!!』

熱狂的な渦。ジオン公国は独立戦争に勝利した。そう国内に発表。
これからは連邦の同盟国として、またスペースノイドの盟主としてジオン公国が宇宙開拓の最前線を担う。ジオンこそまさに選ばれた勇者である。そう断言するギレン・ザビ。
更にはサイド7とサイド3の大規模コロニー発注計画や火星開拓計画、地球緑化にヨーロッパ地域の復興へのジオン資本の参入の承認はジオン経済を活発化させ、更に地球経済復興にもつながる。
そんな中、地球へ向かう艦隊を公王執務室から見送るギレン。

「閣下」

腹心になったシーマ・ガラハウ准将が声をかける。連邦との協定により、エギーユ・デラーズ少将が、退役するドズル・ザビ中将の代わりにジオン公国軍総司令官に就任した以上、ジオン親衛隊はシーマ・ガラハウ准将が指揮する事となった。
彼女はそれだけの信頼を得たのだ。まあ、実力と人望を兼ね備えた上に外交も出来る無色の人物をギレン・ザビが放置する筈も無い。

「何か?」

因みにセシリア・アイリーンは産休を取っていない。ギレンとの間に赤ん坊が出来た。名前を「マリーダ・クルス」。
「グレミー・トト」の妹として後4か月後に生まれる。
二人とも性名が別なのは単にギレンが子供の暗殺を恐れたからであり、深い意味は無い。この時点では彼も単なる父親にしか過ぎない。
また、地球連邦との協定から、公王位は議会の推薦・承認によって譲渡されると前例が出来た以上、ミネバ・ラオ・ザビと骨肉の争いをする事は無いだろう。
よって、秘書の代役はシーマ准将が、警護室長はアナベル・ガトー大佐が務める。
尤もシーマは愛人になる気はないと公言しており、それすらもギレンはシーマを高評価する材料にしていた。

「グレート・デギンが出港。デギン公王は地球のガルマ様にお会いするべくサイド3を離れ、そのまま地球のキャルフォルニア基地に軟禁されます。
タイムスケジュールに一分の狂いもありませんが・・・・・その・・・・・よろしいのですか?」

それを聞いたギレンは鼻で笑った。

「父上はガルマを溺愛していた。我がザビ家の中で誰よりも。それに私達ザビ家の兄弟らもいい加減に親離れしなければなるまい?
シーマ准将、貴公は頭が切れるが切れすぎるのが難点だな。あまり人の心を覗き込むものでは無いぞ?」

穏やかだが反論は許さないと言う口調にシーマは深々と頭を下げて退出した。
扉が閉まる。そして誰もいなくなった執務室で彼は思う。

「・・・・・・老いたな、父上。ま、ガルマはガルマで例の計画に賛同するであろうから、良しとしよう」

ジオンの独裁者の声もまた虚空に消える。




サイド6リーアの地球連邦軍補給艦隊から分派し、特別に入港を許可されたアルビオン、ホワイトベース。
それを出迎えるウィリアム・ケンブリッジ。

「エイパー・シナプス少将以下622名、ただいまを持ってウィリアム・ケンブリッジ特別政務官の指揮下に入ります」

見知った顔がある。あのルウム撤退戦以来のオペレーターのお嬢さん方がはにかみながら、レイヤーやカムナ、ヒィーリ各小隊の面々がそれぞれの個性豊かな表情で自分を出迎えてくれる。
そして自分の後ろにはこの戦争で離れ離れになった自分の子供たち、ジンとマナが一人の女性を見据えていた。

「お・・・・お母さん・・・・だよね?」

「そ、そうだよね、お父さん。お母さんだよね?」

シナプス司令官と父親がこういった。

「そうです」

「そうだ」

と。
二人の言葉に堰が切れたのか泣き出す息子と娘。

ここでマイクを持って彼は、ウィリアム・ケンブリッジは自分の前に整列する全ての人間に深々と頭を下げた。

「皆さん、ありがとうございました。本当にありがとうございました。戦争は終わりました。
こんな事しか言えませんけど、本当に、本当にお疲れ様です。どうもありがとうございました」

ただそれだけ。そして一瞬の間の後、歓声と共に全員の軍帽が宙を舞う。
それを見たシナプス司令官は傍らに立つリム・ケンブリッジ大佐の肩に手を置くと穏やかな声で言った。

『行きなさい。ケンブリッジ大佐。今までありがとう。貴官のお蔭でアルビオンは生還できた・・・・今日の軍務は終わりです。
もう一度言います、これは命令ですよ、大佐。行きなさい。貴女の良き伴侶と貴女の子息の為に』



そして、ホワイトベース、アルビオンの621名の同僚と、ウィリアム・ケンブリッジの秘書であるマイッツァー・ブッホらとマナ、ジンの前でまるで女子校生がボーイフレンドの胸に飛び込むかのようにダイブした。
いや、実際泣いていた。そして駆け寄る二人の我が子を抱きしめる。

この日、リム・ケンブリッジにとっても、ウィリアム・ケンブリッジにとっても一年に及んだ長い戦争は終わったのだった。





宇宙世紀0083.10.15

地球連邦政府は正式に戦後復興庁『ティターンズ』を設立。
約三年間の期間を経過して、連邦軍のケンブリッジが関わった精鋭部隊を引き抜く事で連邦軍の質的な弱体化を図り文民統制をある程度再建させた。
が、戦争の火種は残った。
閑職に回されたレビル将軍派閥と呼ばれた旧連邦軍主流派とサイド3、サイド6を除く保護国、サイド1、サイド2、サイド4、サイド5にて完全独立を求める運動、反地球連邦政府運動『エゥーゴ』の水面下での合流。
宇宙の深淵からジオン・ズム・ダイクンの遺児を抱え、木星船団との裏取引で勢力を蓄えだした『アクシズ』。
更には統一ヨーロッパ州内部で発生した地球至上主義に、旧コリニー閥の蠢動。
ジオン本国の意向を無視して非加盟国に残った『打倒地球連邦政府』を掲げるジオン公国亡命軍。

が、それでも仮初めの平和は続く。

ウィリアム・ケンブリッジはこの時を後にこう振り返る。

『不安定と言う名の安定した時代』

であると。




ジオン独立戦争編 完結

ここまで読んで下さった全ての読者様に感謝を。
一時期スランプと病気で全く執筆が出来ず、一気に質の劣化もあり愕然としましたが何とか第一部完結です。
これからは就活第二+社会人生活なので恐らく執筆は更に遅れると思います。更に当初の予定より大幅に変更したのでどうなるか分かりませんが、それでも『ある男のガンダム戦記』を読んで頂いた全ての読者に感謝を。
先の話では病気までした為感想返せずにすみませんでした。今回は返せるだけ返せますのでまた感想の程、よろしくお願いします。



[33650] ある男のガンダム戦記 第十七話『星屑の狭間で』 第二章開始
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:c3694234
Date: 2013/04/24 16:55
ある男のガンダム戦記17

<星屑の狭間で>




宇宙世紀0122のある日、サイド4にて。
ロナ家のトップに就任した老人はコロニーの迎賓館で過去を思い出す。
あの懐かしくも忌々しく、忙しく、何もかも充実していた、そして変わる事など無い大切な思い出の日々を。

「お爺様?」

其処に赤い軍服を着たセシリー・フェアチャイルド、いや、ベラ・ロナが来る。
彼女は不思議なのだろう。あのマイッツァー・ロナが心ここにあらずと言うのが。それは珍しい事なのだ。

「ああ、ベラか。何かな?」

そう言いつつ今時珍しい、写真として現像されたアルバムの写真集を開いて過去を思い出す老人。
そこには剛腕で知られるロナ家の当主では無く、過去を思い馳せる一人の人間でしかない。

「その、お酒の方が進んでおりまして・・・・・お医者さまからお止めになるよう言われているのではないでしょうか?」

そうだ、既にカルフォルニアワインの高級ボトルが3本空になっている。摘みの干しブドウもサラミもチーズも皿ごとなくなっている。
それを聞いているのか聞いていたのかいないのかマイッツァー・ロナは牡蠣に手を出した。そのまま食べる。四本目の白ワインを注ぐとまた飲む。

「今日は特別な日なのだ・・・・・今日は、な」

不思議そうな顔をするベラに聞いた。
お前はウィリアム・ケンブリッジと言う男を知っているかと?

「え、ええ。ご存知ですわ。確か・・・・地球連邦の英雄にしてティターンズ創設者の一人。
ギレン・ザビの真の友、それと・・・・・あ、お爺様の上司だった人ですね」

その言葉に祖父は急に不機嫌となった。
何か悪い事を私は言ったのだろうか? 杖を突いて席を立つとそのまま背を向ける。慌ててドレル・ロナが間に入って取りなす。
漸く気を取り戻した彼は徐に孫たちに、いや、その場にいたブッホ・コンシェルのメンバー全員に聞こえるように、大きくは無いがしっかりとした口調で断言する。

「彼は、ウィリアム・ケンブリッジ閣下はそんな矮小な方では無い。単なる上司などではなくもっと大きな方だった。偉大な英雄だ。
100億の人民の権利、未来、人生、家族、更には地球に生息する数百億の生命体を救った。しかもその時は周囲には誰もいなかった。お前たちも知っていよう、ギレン=ウィリアム会談、通称グラナダ会談の経緯を。
あの時私たちの周りには敵しかいなかった。戦争継続派にとっては、或いはジオンにとっては暗殺の絶好の機会だった。
凡人に過ぎぬ私は怖かった。逃げ出したかった。いや、あの方の傍を離れたら逃げ出していただろう。
更には100億の未来という重圧。それ程の重圧があった。戦争継続か和平か。それはやった者にしか分からないであろう苦痛なのだ。
それなのにあの方はただただ前に前に進んでいった。
私は・・・・・あの方の後姿に真の貴族、高貴なる者の義務を果たす者の姿を見たのだ」

そうか、そしてそれが。

「今日は閣下の命日だ。だから今日くらいは医者にも大目に見てもらおう。そうですな、閣下」

もうお爺様は私たちを見てはいない。彼の視線の先には既に故人となっているウィリアム・ケンブリッジしかいなかった。

「私もようやく閣下と同じ立ち位置にいます。
最近の社会情勢を聞くたびに、見るたびにあの若い頃を思い出しますが、閣下が生きていたら今の連邦をどう思うでしょうか?」

ベラ・ロナやドレル・ロナ、ザビーネ・シャルなどの視線を受けながら彼は記憶を飛ばす。約40年昔の、あのジオン独立戦争が終わった直後の時代へと。自分が最も輝いていたと胸を張って言える時代へと。





戦争終結から3年。地球経済は急激な復興に傾いた。
その大要因はジオン公国の地球経済圏参入、では無く、16億人の市場を持つ中華、中東の非地球連邦諸国との正式な国交樹立である。
地球連邦準加盟国。このジオン公国の為に新たに創設された制度に中華を、イラン、シリアの三カ国を加盟させる。
そして民需で劣った各国経済界へ怒涛の如く太平洋経済圏の企業群が参加した。ウェリントン、マーセナス、ビスト、ヤシマなどである。無論、ジオニックなどのジオン系資本も参加している。
怒涛の如く進出する経済界は大規模な雇用を創設。その雇用が資金を市場に回し、更なる受注を生み出す。
一種のバブル経済が発生した。ただし従来のバブルとは異なったのは宇宙、欧州、中華という三つの需要が存在した点であろう。そしてバブル経済とは言っても破裂するのは20年は先だと言われるバブル経済。

一種の麻薬だった。だが、仕方がない

これなくば地球連邦は完全に崩壊していた、或いはアースノイドの生活基盤維持の為にスペースノイドの保護を後回しにする事態になっていた。

急成長する太平洋経済圏。これに牽引される中央、南アフリカ、南インドによる南インド洋経済圏。
宇宙再開発も開始され、戦争の動員解除による兵士たちの帰郷、そのカウンセリングの為の福祉企業系列の株価上昇と人材の流動。
この福祉系企業や学部の価値上昇はそれに付随する企業の価値上昇にもつながったのは言うまでもない。
一方で、宇宙世紀0060から続いた、つまりは戦前に偏った軍需は大きく削られた。MS隊も例外では無く、唯一の例外は首相直轄部隊の『ティターンズ』軍事部門のみである。
この大軍縮は宇宙艦隊も例外では無く、影響としてX、Y、Z、Ωの4任務部隊中、宇宙艦隊司令長官の直卒であるX任務部隊以外は艦隊新設の延期、再建中止が決定した。
が、20年以上の軍備拡大、つまり軍需に傾いていた企業は多く、急激な軍縮は彼らの反発や停滞、下手をすれば倒産、不況へと繋がる。それは避けるべきと言うのがマーセナス首相ら地球連邦政府の見解である。
これを受けて地球連邦議会は即座に追加経済対策として外惑星開発計画、火星移民計画、サイド7再開発、ヨーロッパ大復興計画(ブライアン・プラン)を公式に発表。
如何にも夢想家の夢であったが、戦争終結の熱狂と現実からの要望からこれらの案件は通り、地球連邦は北米州を主体に国家再建へと足を進める。

宇宙世紀0079の中頃から勃発した『ジオン独立戦争』と呼ばれた事実上の第三次世界大戦。或いは『一年戦争』と呼ばれた戦争。
この大戦争の当事者であり、地球連邦から正式な独立を勝ち取ったジオン公国は、ギレン・ザビ新公王を頂点に、軍事の総司令官にエギーユ・デラーズ中将、政府のトップである首相にマ・クベ元中将、総帥にサスロ・ザビを起用した新体制を発足。
ここでギレンはマーセナス首相にア・バオア・クー要塞を共同管理する事を提案。連邦に妥協する振りをしつつ、復興資金を得る。駐留軍の戦力比はジオン対連邦が1対5.
敢えて連邦軍に花を持たせる事でジオンが譲歩し、名よりも実を取るべく行動。
地球連邦宇宙軍の意向や面子をある程度は考えたマーセナス政権はそれに乗らざるをえなくなり、結果として大規模な軍隊駐留を行う。
また月面の支配権を完全に月面都市群に譲渡。
ジオン軍が撤兵する事でルナリアンである月市民の新月面駐留艦隊並び連邦軍への不信感を煽るべく動き出した。

そして、この物語の主人公であるウィリアム・ケンブリッジは新たなる渦潮に飲まれ様としていた。




「あの、本気ですか?」

ここは北米州のニューヤークにある地球連邦の連邦議会ビル。(北アフリカ州、州都でもある副首都のダカールはヨーロッパ復興の最前線として活用している。これはアフリカ三州とアラビア州への飴でもあった)
その一室で彼はあんぐりと口を開けた。
それを見るダグザ少佐。彼は至って真面目に続きを言う様に秘書官のマイッツァー・ブッホ書記官に言う。
ブッホ書記官らはまるで飼い主に褒められた犬の様に嬉しそうに私に厄介ごとを告げた。まずはダグザ少佐だった。
彼はティターンズとは異なり地球連邦海兵隊と北米州CIA特殊作戦群を組み込んだ特別部隊エコーズの指揮官になった。
といってもエコーズ自体は0083の3月末時点では5個小隊150名しかおらず、二個小隊が自分の守りに、残りはジャミトフ・ハイマン退役少将、つまりは戦後復興庁であるティターンズ長官の護衛についている。
まあそれは閑話休題なので置いておこう。

「はい、ケンブリッジ政務次官は内務省からティターンズに配属になります。ティターンズ副長官です。
大抜擢、いえ、当然の結果です。閣下の様な貴族精神あふれる者を登用するとは・・・・今のブライアン大統領やマーセナス首相らは見る目がありますね!」

フランスブランドのネイビーのスーツに白い仕立服のシャツ、同じくフランスブランドの靴、ネクタイをした若者。
一体全体何を勘違いしたのか実家を出て自分についてくる、と言って成長著しいブッホ社取締役を蹴った男は私に死刑執行文章を読み伝える。
まるで確定事項の様に。いや、彼らが言うありさまから見れば確定事項なのだろうか?
思わず自分に与えられた執務室の椅子からずれ落ちそうになった。
というか、持っていた30万テラの実用性と鑑賞性双方を両立した高級万年筆(第13独立戦隊からの戦争終結祝い)を机の上に落とす。
それを不思議そうに見る二人。そうだ、これは立派な昇進だ。48歳になる自分が地球連邦政府でもトップ20に入る権力者になる。
権力志向を持つ人間なら喜んでしかるべきだ。だが、自分には出来ない。今だって一杯一杯なんだから。

(ちょっと待て。まるで俺が承認する様な言い方だな? 誰もやるとは言ってないぞ!?)

そうだ。漸く妻を退役させて家族仲良くゆっくりと子育てをしながら生きていけると思ったのにこれだ。
ちょっと待ってとも言いたくなる。自分は、本当は英雄になんてなりたくは無い。勘違いしている。みんな間違っている
だから一縷の望みをかけて彼らに問うのだ。縋るように。もっとも声が全く擦れてないのでそれも誤解は解けず、謙遜だと受け止めれられるのだから人生ままならぬ。

「だ、だが、他にも適任はいるだろう?」

が、ウィリアムの心からの叫びは二人の心底不思議そうな声にかき消される。
二人は一旦呼吸をと問えるのと言い切った。

「はぁ・・・・しかし小官が考えるに次官以上の宇宙通、地球通などいませんが?」

「閣下を差し置いてティターンズのトップに立てる人間など現在の連邦政府にはいません!!」

立っているダグザ少佐は冷静に、秘書用の机に座っていたブッホ君に至っては思いっきり自分のデスクを叩いた。ついでに椅子も倒す。ガタンと言う音がした。
ああ、床に傷が・・・・つかない。この部屋はサイド2からの絨毯が敷き詰められているので暖かく傷がつかない様になっている。
これは贅沢と言うよりコロニー=地球間の経済圏活発の為である。尤もそう取るスペースノイドは少なく、多くのスペースノイドが単なる搾取だと思っている。
或いは内務省政務次官と言う立場を利用した地球連邦高官の贅沢か。が、格式は大切なのだ。何事にも儀礼は必要不可欠。
それと意味もなく贅沢している訳では無い。予算は消費しないと困るのだ。それが的確である限りは。

(コーヒーが零れなかったのだけは良かったね。せっかくのネイビーストライプスーツにかかったら台無しだ。)

そう思いつつ、妻の実家から送られた日本茶を飲む。
最近は健康志向だ。もう一度『史上最大の作戦』をやらされたくない。息子のジンは戦争の悲惨さを知っている癖にそう言う映画が好きだと言う。困ったものだ。
下手に士官学校など行かれては目も当てらあれない。もっとも当人は政治家も官僚も嫌で旅行会社に勤めたいらしい。良く分からん。

「そ、そうか」

頷く二人に、ウィリアム・ケンブリッジは0060年代のムンゾ共和国時代から続く悪夢が覚めてない事を自分は知った。
しかも、である。悪夢はまだまだ続く。いっその事本当の悪夢ならどれだけ良かっただろう。起きれば消える悪夢とは違い、起きている以上はより悪化する悪夢など最悪だ!

「あ、ケンブリッジ閣下」

そういうマイッツァー・ブッホ。近々、この大戦で没落した欧州の名家『ロナ』の家名を購入するそうだ。
庶民には良く分からないがそれが良いのだろうか?
名前を変えるのは結婚式だけだと思うのは自分が庶民的すぎるのだろうか?先祖伝来の名を捨てるのはやはり抵抗がある。
そう言う意味では妻のリムはよくキムラの姓を捨ててくれた。夫婦別姓が珍しくないこの時代に有り難い事だ。
で、話をブッホ君に戻す。彼は完全に背筋を伸ばし、右手に紙媒体のファイルを持って報告する。思わず制止する。

「ブッホ君、その閣下は止せ。私はまだ政務次官だ。せめて政務次官と呼んでくれ」

「いえ、閣下は閣下です。他にも伝えたい事があります。よろしいですか?」

まあ良いか。決して閣下が間違っている訳でもない。これが『殿下』とか『陛下』とかだったら全力で止めるが・・・・仕方ない。
もう一度手元のお茶を飲む。自分は久々に恰好を変えてみた。トレードマークの黒のストライプのアルマーニ製スーツで無く、初めて作った、サイド3建設完了時から続く老舗のディーラーに頼んだダブルボタンの黒いストライプが入った仕立服に青いシャツに紺のネクタイ、紅茶の代わりに日本の緑茶。しかも濃い緑茶。

(ああお茶が美味だ。現実逃避も持って来いであるな)

とにかく話は聞かなくてはならない。
それが自分にとってあまり望ましくなくても仕方がない。自分だけで、人間は一人だけでは生きてはいけないのだから。
何ともままならぬ人生に乾杯、いや、完敗だ、畜生め。

「で、何かな?」

そう言いつつまたもお茶を口に含む自分。きっと碌でもないのだろうな。
今年10月に正式発足するティターンズ設立の為に仕事に追われる自分。最近平均睡眠時間は4時間だ。家にも1週間に一日しか帰れない。レイヤー大尉やカムナ大尉、ヒィーリ大尉ら他の面子も同様。
まあ戦時中の死との隣り合わせからは解放されたから良いのだが。それに妻が安全な専業主婦をしてくれているのもありがたい。

ジオン独立戦争と呼ばれた戦いの終戦から2年目の宇宙世紀0083、4月1日。
今日は4月1日なんだ、カトリックでもある自分も嘘をついてよい日だ。きっと嘘だろう。というか神様、嘘にして下さい。お願いします!
ウィリアム・ケンブリッジが厄介ごとを持ち込まんとする人々から逃げたいという思いを無視して現実は進む。

「何度も言いますが、閣下はティターンズ副長官に就任します。無論、自分が最大限のサポートを、政財界のサポートをさせてもらいます。
加えまして、これに関して政治問題に関してのみですが、ヨーロッパ復興、対ジオン問題の全権を委任されるとの事です。
軍事と政治の実権、ヨーロッパを除く地球全土、対連邦議会政策、軍部対策、ジオン公国以外の宇宙問題はジャミトフ・ハイマン退役少将が責任を持って行います。
それと・・・・ジオン亡命軍への対応やジオン本国訪問の為など、諸問題解決の為に巡察部隊としてロンド・ベルと呼ばれる旧第13独立戦隊旗艦アルビオンとホワイト・ベースの指揮権を部隊ごと渡すとの事です」

思わずルウム撤退戦を思い出す。顔が真っ青になったのはご愛嬌だろう。
しかし気が付かない。この時ほど自分が有色人種であまり顔色が変わらないという面を呪った事は無かった。
これで二人の目の前でぶっ倒れるでもすれば良かったが、幸か不幸かウィリアム・ケンブリッジと言う男は生憎それが出来るほど無関心にも無責任もなれなかった。まあ凡人だったのだ。

「あ、ああ。分かった」

それだけが精一杯だった。




ジオン公国公王府。ギレン・ザビが公王になってからジオンの政務の実権は総帥府から公王府に移った。最近は政庁合併もジオン公国議会の議題にあがっている。
問題に挙げているのはダルシア議長。
少しでもザビ家の権威を、と言うよりギレン独裁体制を崩したいのだろうが今のところギレンの基本方針にも適しているので放置している。
効率最優先のギレン・ザビはその意見を、政庁統合、官僚統制を是としているので恐らく、総帥府が公王府に吸収される形で落ち着くだろう。
因みに首相からジオン公国議会議長へと栄転と言う名の左遷をされたダルシア・バハロはこの事案に加えて対地球連邦対策に翻弄されている。

「連邦に我がジオンのよさを認めてもらわなければ最悪第二の独立戦争が起きる。それだけは避けなければならない」

そう言っている。白髪が増えている気がするが国家の指導者などそんなモノだ。
また、未だ軍事独裁国家としての意味合いが強いジオン公国では、ジオン親衛隊を初めとした軍部を自己の心酔者らで固めたギレンの独裁体制は盤石だった。少なくとも上層部や表向きは。
そんなギレンの最近の悩みは家族。セシリア・アイリーンを事実婚で妻としたギレンだが実子の教育はセシリアと共同で行っている。
一応はトト家の養子と女子戦災孤児の引き取りという政治パフォーマンスがあるが、知る者が知ればそれが単なる言い訳、真相隠しであるのは明らか。
単に息子と娘に甘い父親だ。そう言う意味では丸くなったと言っても良いだろう。ギレン・ザビもいつまでも抜身のナイフのような状態ではいられなくなったと言う事である。

「それでだ、さっきからも聞いているが兄貴、今度のミネバの幼稚園の件なんだが・・・・」

が、やはり弟の、ジオン軍の最大の英雄、ドズル・ザビの今日12回目(10分に一回のペース)の姪の進路相談にうんざりする。
公王服を着たギレンと、北米州の量産品のジーンズにTシャツと言う明らかにプライベートのドズル。いくら退役しているとはいえここまでだらけているといい加減にしろと言いたくなる。

「・・・・それで?」

正直に言って父親デギン・ソド・ザビが最後の最後で大馬鹿野郎だった為、つまり南極での交渉をぶち壊した事をジオン市民が追及している以上、それの対応を練らなければならない。
いつまでも相手をしている暇はない。が、それを許してくれないのが目の前の男だった。
無碍に返すのも申し訳ないと思って仏心を出したがそれを理由に居座ってくれている。最悪だ。

「あ、ああ。幼稚園の旅行で地球をみせたいのだがな。家族旅行で行くと何かと迷惑がかかるのは流石に分かる。
が、それでもだ。ミネバの情操教育の為にも地球を見せておきたい。俺も見たい。
それに可能であれば北米州のキャルフォルニア基地にいる親父やガルマにも挨拶したい。もう1年は会ってないしな。
それでギレン兄貴の許可が欲しくて・・・・サスロ兄貴は大反対だったんだが・・・・・その、やはりギレン兄貴も駄目か?」

(寧ろ自分がガルマや父上に会いたいのが理由ではないのか?)

とも思うギレン公王。
宇宙世紀0082、12月24日。戦火に晒されなかった為、ジオン公国への悪感情を持たない地球連邦太平洋経済圏所属の各州は一つのクリスマス・プレゼントを披露した。
それがジオン公国ザビ家第四男ガルマ・ザビと北米州出身かつ地球連邦議会議長ヨーゼフ・エッシェンバッハの一人娘イセリナ・エッシェンバッハとの婚約。

『政略結婚』。

まさにこの四文字。が、これこそ融和の象徴として戦火に晒されなかった地域は歓迎した。
地球連邦市民も実際に戦火を免れた地域はこれを歓迎。
戦争終結の象徴、同盟関係強化の記念碑としてそれを歓呼の嵐で迎えた。或いは当惑と達観や諦観で。反ジオン抗議運動も欧州を除きそれ程では無い。
『咽喉元過ぎれば熱さ忘れる』まさのその言葉通りの反応である。
もっとも連邦政界や連邦政府はジオンとのパイプを確保したいという思いが強かったので丁度良かったと言う思いが強い。
この様な情勢の中、宇宙世紀0082は過ぎ去り、0083の4月を迎えた。
0081と0082は双方が戦後処理に追われた為か何事も無く過ぎ去った。
その他世間を騒がせたことと言えばサハリン家の令嬢が執事兼軍人のノリス・パッカード准将を父親代わりにヴァージンロードを歩いて地球連邦のティターンズ候補の士官と結婚した位か。
あれは大々的なニュースになった。それだけ連邦とジオンの融和に貢献したのだろう。何せ戦場での劇的な出会い、再会、命がけの軍使に、兄への説得だ。実際に件の大尉(シロー・アマダとか言ったか)は暴走した妻アイナ・サハリンの兄ギニアス・サハリンに右肩を撃たれている。

まあ、ザビ家は『地球連邦王室・皇室評議会』の一員に認められたから地球訪問は融和政策として間違っては無い。
が、それでも数年前までは大戦争を繰り広げ、それ以前は双方が冷戦状態に入っていた相手だ。テロの可能性は高い。それを指摘する。この親バカに。

「ドズル、お前は民間人だがザビ家の人間でルウム戦役とア・バオア・クー攻防戦でジオンを勝利に導いた英雄だ。下手に地球に降りればテロに会う可能性もあるぞ?
・・・・・キシリアの様に、な。それでも地球へ行くのか? しかもだ、まだ3歳にしかならないミネバを連れて?」

キシリア暗殺。キシリア日誌の確保。それはザビ家の暗部。それを指摘されて黙るドズルだが、が、父親としての情が勝った。
今を逃せば地球に降りるのはさらに困難になるだろう。それにガルマや父デギンに成長したミネバを見せてやりたい。
そう言った。そしてドズル・ザビはとんでもない事を付け加えた。それを聞いてなぜか納得して承認するギレン・ザビ公王。それは以下の言葉だった。

「ああ、頼む、兄貴。サスロ兄貴を説得してくれ。それにいざとなればあのケンブリッジを頼れば良いさ」

ドズル・ザビの人のよさで、ティターンズの副長官として対ジオンを担当する事になったウィリアム・ケンブリッジは同じ日にザビ家の厄介ごとまで背負う。
もしもこれを知ったらこう言っただろう。『いい加減にしろ、このバカ野郎』とでも。




地球連邦の一角の士官学校の授業風景。天気は生憎の雨。それでも地下街で地下鉄や学生寮、学生街行きの地下鉄と結ばれているこの学校にはあまり関係が無いだろうが。

「であるからして、マグネット・コーティングは・・・・・ち、時間だな。次は186ページから215ページまでだ。予習しておくこと」

そう言って北米州にあるティターンズらが出資した、つまり地球連邦北米州の公立学校モントレアル、通称エコール士官学校に通っている今年18歳になる青少年。アムロ・レイ中尉だ。
一年戦争とも呼ばれるジオン独立戦争で実戦を経験し、撃墜数が100機を超すトップエース故にMS戦の実技だが、エコールはおろか、地球連邦軍北米州軍の1位。
が、拳銃など基本的なモノは中の上。それでも中尉として所属し、全員が見習士官、つまり准尉扱いのエコールの中で異色を放っていた。

「ん? 電話?」

授業後、戦争の影響が無い今、無線通信は繋がる。
スマート・フォンと呼ばれる携帯端末を起動するアムロ。アムロを呼び出したのは3年間ずっと恋人のセイラ・マスからだった。

「セイラさん?」

今でも敬語。これは一生変わらない気がする。この間再会したカイ・シデン氏からは冗談半分に一生尻にひかれると言われた。
そうかもしれない。いやそうじゃない、と、思いたい。きっともっと大人になってセイラさんに相応しい男になれば口調も変わる筈だ。
とにかく話を聞く。

「今日の午後7時30分に? ええ、大丈夫です。あ、分かりました。迎えが来るのですね。
え、ブライトさんが結婚? 誰と? ミライさんと? で、お父さんのヤシマさんが僕たちに会いたい?
何故? ああなるほど・・・・それを知る為? 分かりました・・・・うーん、大丈夫ですね。それでじゃあ。あ、好きですよ、金髪さん」

因みに電話の向こうでは地球連邦司法試験の為、北米州エコール大学(エコールに併設された)の法学部受験に向けて頑張っているセイラ・マスが最後の「好きですよ、金髪さん」という言葉にクスッと笑ったのはアムロには気付かせなかった。
この言葉は二人だけの時、主に夜、生まれたままの姿でいるときにベッドの中で聞かせる言葉なのだから。




そんなやり取りをアムロとセイラがしている時、ウィリアム・ケンブリッジは妻と子供を連れてワシントンから高速便でエコール地区、或いはモントレアル市に到着する。
久しぶりの飛行機にはしゃぐ息子と娘の相手にぐったりしながら。最近年かと思うのだがどうだろうか?
そして車を運転するリムの傍ら、助手席で呟く。

「エコール。宇宙世紀に建設された軍事都市であるモントレアル市に併設された軍官民政四つの合同特別学区。
今度ここにミネバ・ラオ・ザビとドズル・ザビ、ゼナ・ザビが来るのか。なあリム、ギレン氏は俺の胃袋に何か恨みでもあるのかな?」

「さあ? でも気に入って貰っているのは間違いないでしょうね」

憂鬱だ。ほんと、独裁者に、しかも国内情勢的に見て半分は敵国である独裁者に気に入ってもらうというのは憂鬱以外の何物でもない。
そう思いつつ、4月2日の18時。自分ことウィリアム・ケンブリッジは妻、リム・ケンブリッジと息子のジン、娘のマナと共にエコールを視察する。
周囲は60名にも及ぶ動きやすいナポリの仕立スーツを着こなしたダグザ少佐指揮下のSP二個小隊60名、更にブッホ君が警戒している。
彼曰く、『いざとなったら自分が弾除けになります! 安心してください!!』との事だ。いや、そんな事態は来てほしくないし、そもそもSP達が突破された時点で安心しろなどとは不可能。
止めに自分の為に若い彼を死なせたくない。そう言ったら彼は言った。

『閣下は私たちの理想です』

と言い切った。何故、私『たち』と言うのかがちょっと、いや、かなり気がかりだがとにかくそれは置いておく。何故だか知らないが、突っ込んだら更に紛らわしい事態になりそうだと思った。
尚、このエコール視察はヤシマ会長とその娘さんがブライト君と結婚する事に端を発した。

(うーん、自分としては奥さんの故郷である極東州の日本でやるべきと思うが。あそこの方が神秘的で良いだろうに)

とにかく、前大戦の英雄であるブライト・ノアやアムロ・レイの恋愛話は既に政界上層部でも議論されている。
しかもヤシマ・カンパニーは宇宙開発に必要な大企業。無碍には扱えない。そんな会長が自分に会いたいと言う。
それを知ったジャミトフ先輩は電光石火の荒業で自分の有給休暇を消費させた。
何故出張扱いじゃないのかと問い詰めたいが先輩に問い詰めても無駄だろう。彼、こういう事態に慣れまくっているのだから。

『取り敢えずは粗相のないようにな、ウィリアム』

そう言って送り出した。最近お気に入りの黒スーツと黒いコートを着て。
因みにティターンズは政府の省庁である事から最高幹部が現役の軍人である事は危険視され、ジャミトフ・ハイマンは少将で退役している。

「もうすぐね、緊張する?」

クスクスと笑いながら隣のリムが聞いてくる。
もう間もなくホテル・ロイヤル・エコールだ。第一級のホテルである。伝統こそないが格式は高い。
間違っても公務以外では泊まれないホテルだろう。そう言う意味では今回は感謝だな。税金泥棒かもしれないが・・・・まあ、ボーナスと思うか。

「リム、当たり前の事を聞くなよ。ヤシマといえば現在地球圏五指に入る企業だぞ? そのCEOだ。
緊張もするさ。それにこれでコロニー開発計画が失敗すれば地球緑化計画も欧州復興も遠のく。
ああ、するね、緊張の一つや二つする」

と、ウインカーを出してホテルの駐車場に入る。
電気自動車だからホテルの充電機で充電を頼む。そうしていると妻がからかってきた。

「私に告白した時よりも?」

いくら子供らが疲れて寝ているとはいえ。まあ答えるか。

「いや、あれに比べれば天と地ほど差がある。そうか、緊張をほぐしてくれたのか・・・・ありがとう」

「どういたしまして」

そう言って妻のリムはまた微笑んだ。

(これの為にジオンの勢力圏に単身乗り込んだ。嫌な政治の世界にもドップリと浸かった。それでもその甲斐はあった。
この笑顔の為なら死んでも良い、そう思って生きてきたが間違いじゃなかったな)

そして自分はヤシマ会長と会う。
連邦財界でもトップクラスの大物と地球連邦の戦後復興庁として巨大な利権を持つティターンズのNo2が会うのだ。それが政治的・経済的な話になるのは例によって当然だろう。
因みにガチガチに固まっているブライト君とミライ君の相手は子供らがしている。
妻のリムはエコール市街地にいるセイラさんとアムロ君を迎えに、乗ってきた極東州製の普通車で迎えに行っている。
幾ら高給取りの自分と、退役准将扱いで年金が出ているとはいえ、無駄使いは厳禁だ。
息子と娘の進学もあるのだから。尤もジャミトフ・ハイマンやローナン・マーセナスやビスト財団にザビ家は自分を取り込みたいらしく特待生優遇制度を進めてきている。




ヤシマ会長がフランス料理に手を付けながら言う。彼と私の両方から見えるスクリーンにはプロジェクターを使ってエコール地区の宣伝が行われている。
これだけ見るとここが軍事都市とは思えない。が、ここは軍の士官学校とAE社などの軍需工場がある軍事都市でもある。
しかし、それを忘れるほどきれいな風景だ。まあ編集が上手いと言うのもあるのだろうが。

「良い所ですね。ケンブリッジ副長官。軍事都市と言うからもっとオドオドしたモノを想像していましたよ」

優しげな男、日本の黒いスーツを着た男だ。だが油断しない。彼もまた歴戦の男。
決して優しいだけで巨大な利権である軍需産業からの全面撤退やサイド7再開発への一番乗りを成功させられる筈も無いのだから。
それを相手は気が付いている。その上で温和な表情で自分に声をかけているのだ。大人だな。好き嫌いで戦争に行った自分と大違いだ。

「そうですね、20世紀のオキナワのアメリカ兵暴行事件などがありますから、MSや戦闘機などの軍事飛行は厳禁、そして軍用の士官学校と民間の小中高大の4つは電車で1時間離れています。車だと1時間30分ですかね。
まあ、ここは戦前に創られた学園都市としてのイメージを強くして欲しいです。それで、サイド7の件のお話では無いのですか?」

徐に切り出す。嫌な事はさっさと終わらせて置くに限るからだ。
それにこの肉のステーキは美味い。これをしっかり味わいたいモノだ。

「副長官、ではこれをご覧ください。現時点で提示できる我が社の見積もりです」

そう言ってA4サイズの携帯タブレットを見せた。そこには自分達ティターンズの見積もりよりも2割安い。若干驚く。直ぐに詳細を読む。
その理由は分かった。彼らは、ジオン公国の資本を利用する事と『中華』『イラン』『シリア』の三つの軽工業力を利用するのだ。
北部インド連合と北朝鮮以外の地球連邦非加盟国が準加盟国参入と言う、事実上、地球連邦に編入された為に出来る荒業。
宇宙艦隊の再建も地上軍の再編も後回しにして必死に復興を続けている甲斐がある。漸く報われている気がする。

「なるほど、これは大きい。ところでヤシマ会長、この浮く分の予算はティターンズが使うと思っておいでですね?」

自分の言葉に頷くヤシマ会長。少し溜め息が出た。
まるでティターンズが地球経済圏の独占を望んでいるかの様な仕草だ。それは勘違いだろう。とにかくその誤解を解いておかないと大変だ。
地球圏の掌握を望んだのはブライアン大統領やマーセナス首相、つまり北米州であってティターンズでは無い。
それを伝える。ティターンズが地球圏全土の掌握を狙っている、そんな誤解は早めに解かないと大変な事になるだろうから。

(あとでジャミトフ先輩に伝えないとな。このままティターンズ独裁という印象が持たれたらせっかく鎮火している地球圏に新しい火種が出来る)

思わず思った。



ああ・・・・・ほんと、引退したい。



その頃、男たちが利権争いを繰り広げていた時に妻であるリムは息子の様な年齢のアムロ・レイを迎えにエコール士官学校に車を付ける。
イタリア製のスポーツサングラスを外し、スマート・フォンの案内ナビを切る。そして音楽を聴く。アメリカ映画のBGM集だ。
と、そこでベージュのスラックスに青色の襟シャツに黒の腕時計、黒いシューズ、黒ベルトという姿でアムロ中尉が現れる。

「ケンブリッジ准将閣下、お出迎えありがとうございます」

エコールの裏門の喫茶店で合流したアムロ君は私にそう言って敬礼した。
まあ、まだ恋人のセイラさんは来てない。それに明日から3連休だ。羽を伸ばしたいのだろうが軍の学校に通っているだけの事はある。

「もう准将ではないのよ? 中尉さん」

笑いかける。この辺りは大人の対応だ。それに嘘では無い。土下座してまで退役する事を頼みこんだ夫に免じて自分も退役した。
そのまま雑談を続ける。それが興味を引いたようで何人かの学生が覗き込むが、相手があのアムロ・レイだと知ると退却していく。
流石にセイラ・マスの様な才色兼備な大人の恋人相手に15歳の自分達小娘では勝てないと思っている様だ。

(全く情けないわね。ウィリアムは私を落とす為にハワイまで来たのに)

少なくともこの時点で地球圏は平和だった。




火星圏。アクシズ要塞。

「マハラジャ・カーン提督は亡くなられた」

その言葉に周囲が重くなる。無理矢理火星のアクシズ要塞に連れて来られ、その後サスロ・ザビが好機と判断し、最終決戦直前でアクシズに逃げ出した裏切り者共全員に火星圏勤務を命令した。
事実上の国外追放である。まあ、有効な討伐手段を持たず距離の防壁が存在する以上仕方ないと言えば仕方ないのだが。
しかしその結果、合法的にジオン本土に帰る術を無くしたアクシズ。
その心の支え、或いは憎悪の対象が死んだことで内部分裂を迎えつつあった。それは自滅と言う最悪の事態に繋がる。
そこでアクシズ上層部はある鬼札を使う。
混乱するアクシズ内部。それを纏める為にアクシズ上層部はハマーン・カーンという少女に目を付ける。
大人たちは卑劣にも少女に対して迫った。卑怯以外の何物でもない。現実逃避以外の何物でもない。

『私たちをこんな辺境へと導いた君の父親の責任を取れ』

端的に言ってしまえばそうである。
その為の協力は最大限する。更には属国と化したジオン本国を奪還するべく独自の軍事力を編成すべきである。
こういった声がアクシズ全土に広がるのは早かった。まるで枯れ木が燃え落ちるように。大洪水が田圃を押し流す様に。

「・・・・・分かりました。お受けします。ジオンの為に。そして・・・・・キャスバル様の為に」

か細い声でハマーン・カーンはその問いに答えたと言う。もっともキャスバル云々は誰にも相手にされなかった。
まさかこんな所に死んだと思われていたキャスバル・レム・ダイクンがいるとは思いもしなかったのだから。

(自分も父親から打ち明けられるまでは気が付きもしなかった。だが、憧れの人がいる。その隣には別の人間がいるが関係ない。
奪い取れば良いのだ。ナタリーにもララァさんにもシャア大佐は渡さない)

少々独善的な面はあるがこの時のハマーンはまだ単なる恋する乙女であった。
ところで話は変わるがこの時、地球から木星へ向かうジュピリトス級2隻で編成された船団が存在する。その船団はジオン公国の要請を受けてアクシズを経由し、物資を下ろす。
その代表団がアクシズ側の代表団と会談する。




「自分はパプテマス・シロッコと申します、この度のマハラジャ・カーン総督の件、心よりお悔み申し上げる」

第17次木星船団船団長として大佐に昇進したパプテマス・シロッコ。ティターンズでもジオンでも連邦でも無く独特の軍服を着用して大佐の階級を持つ赤い将校と対陣する。
相手の名前はシャア・アズナブル。ジオンきってのエースパイロットである赤い彗星。
火星圏に落ちぶれたものだと陰で笑われているが、それでもアクシズでは現在最高階級の一人。事実上のアクシズの指導者である。
もう一人はトワニング准将だが、彼はお飾り。もう一度言う。事実上のアクシズを牛耳る男だ。

「いえ、それを聞けばハマーン様も喜ばれるでしょう」

何故だか知らないが、木星船団は定期的な大規模な補給を行い、この定期的な補給でアクシズは秩序を保っている。
彼の機嫌を、つまり木星船団の機嫌を取る為に、アクシズで最高級のホテルに最高級のワインでもてなす。
が、シロッコが本当に興味があるのはワインでは無く、目の前のジオン軍大佐の軍服を着たサングラスをかけた金髪の将校。
噂によると例のジオン・ズム・ダイクンの遺児、キャスバル・レム・ダイクンだとか。その男が妙な事を口走った。聞き間違えか?

「ハマーン様?」

そう聞き返す。

「ええ、ハマーン・カーン様です。この度、亡きマハラジャ・カーン総督に代わりまして、アクシズ方面軍方面具司令官とモウサ市長、つまりアクシズ総督に就任します。
慣例上、彼女は尊称として『様』を語尾に付けますが・・・・これは貴殿らも守って頂きたい」

一本取られたな。まあ良い。致命傷では無い。
そう判断するシロッコ。

「そうですか、それで物資の件ですがこちらが資料なります。確認いただければサインをお願いします」

渡された紙媒体の書類、ジオン本国から送られた物資の目録に目をやるシャア。
更にその目録の裏には1割ほど増加させた木星船団独自の援助物資が入っていた。
これはシロッコの独断である。彼の感が告げている。このアクシズは新たなる潮流を引き起こすと。
それがどんな形であるにせよ、恩を売って置いて損は無い。なに、いざとなれば切り捨てれば良いだけだ。
一方、赤い彗星は目録を読んでいるふりをしてこう考える。

(ハマーン・カーンに同情票が集まり、彼女を傀儡化した。これでこのアクシズ内部の邪魔者は居ない。
折をみて自ら地球圏に戻りサイド3にいるザビ家に復讐する。そうだな、その為には目の前の胡散臭い男の力も借りるか。
ほう、エゥーゴ、か。指導者は不明。だが反地球連邦運動として各地のコロニーサイドや月面都市市民の悪感情が地球圏を覆っている。
なるほどな。私の目的達成の為には反地球連邦運動とアクシズを連動しなければならない。
故にやはりこのパプテマス・シロッコと言うパイプは重要だ。
この辺境も辺境のアクシズでは水や食料、嗜好品を握った人物が政権を握る。それは事実にして真実。
人はパンのみに生きるに非ず、しかしパン無しでは生きられない。それにだ、ローマ帝国はパンとサーカスを提供できなくて滅んだ。
つまり逆に言えばパンとサーカスを提供する限り人民を操るのは容易い。それは認めたくない事だがギレン・ザビが証明した・・・・・今は耐える時か)

全て読み終えた振りをしてサインする。
それを受け取るシロッコ。この時両者の思惑は一致した。

「これからもよろしくお願いします、赤い彗星殿。そしてハマーン様には良しなに」

そう言って右手を差し出す。

「ほう? それは木星船団とアクシズとの同盟の申し出、そう受け取ってよろしいか?」

シャアが切り込む。まさかここまで露骨に聞いてくるとは思わなかった。だが、シロッコも役者。
そうでなければ20代で大佐などにはなれない。即座に反撃する。話題を逸らすべく行動する。

「さて、どうでしょうな? それよりも・・・・・シャア大佐はウィリアム・ケンブリッジという人物をご存知か?」

話題を変える。変えた方が良いというのは双方の判断だった。
シャアもそれに乗る。さも何事も無かったかのように。冷えた白ワインをシロッコのワイングラスに注ぐ。

「ええ、人並みには。確か・・・・・アースノイドきっての宇宙通でギレン・ザビ総帥、失礼、公王陛下の最も信頼するアースノイドだとか」

会った事は無いがギレン・ザビと共謀して戦争を終わらせた忌々しい男だ、言外にそうにじませる。
実はシャア・アズナブルはウィリアム・ケンブリッジと戦場で面識があるのだがそれを知る筈も無い。
一方でワインを飲むシロッコの目は真剣だった。それは初対面のシャアでさえ分かった。そしてシロッコは声のトーンを落として赤い彗星に忠告する。そう、忠告した。

「ならば話は早い。彼はジオン・ズム・ダイクンを単なる歴史上の独立運動家の一人としか捉えてないでしょう。貴殿とは異なり、ですがね。
そしてニュータイプ思想も単なる道具、或いは妄想と断言する。言い切りますが彼は連邦の忠犬だ。忠実なる番犬だ。しかも極めて有能でありましょうな。
何せ戦争終結の道筋を築いたのは彼だと言って良い。それにキシリア・ザビ暗殺時のギレン・ザビとの単独会見は映画になるほどの人気だ。連邦市民を操る気になれば簡単に操れる。
しかもティターンズの副長官。軍事的にも政治的にも影響力を保有する連邦有数の実力者であります。オールドタイプですが決して侮ってはなりませんぞ?
心した方が良い。ニュータイプである者にとって彼とギレン・ザビは最大の脅威となる。
オールドタイプの代表として。否、旧体制の象徴として。シャア大佐、貴殿が決起するなら一言私に声をかけて貰いたいものだ。
無論、ハマーン・カーン『殿』にも協力する。これは私個人の誓約だが・・・・・血判でもしようか?」

苦笑いするシャアはサングラスを取り外した。そして自分の分のワインを口に含む。
冷たい液体が咽喉を潤す。

「さて、それこそどうでしょうかな。まあ良いでしょう。シロッコ大佐、期待以上の返事は頂けた。これからもよろしく頼みます。
そしてウィリアム・ケンブリッジとギレン・ザビ。心しましょう。
その男が、連邦のたかが一官僚がどうでるか、何ができるのか見せてもらいましょうか」

舐めきっている。そうか、この男は敗戦を経験してない。知識としては知っていても体験してない以上彼らアクシズ組は現在の地球連邦政府を侮っている。
その侮りは危うい。これは言質を取られなくて幸いだな。やはり手を組む相手は慎重に選ばなければならないか。

(ふむ・・・・今の地球連邦勢力は北米州を中心に纏まっているから決して侮って良い相手では無いのだがな。
南北アメリカ大陸で冷戦を続け、軍内部で派閥抗争に明け暮れた一年戦争時とは違う。
それにウィリアム・ケンブリッジは恒星だ。自身の周りに多くの惑星や衛星を従える強力な存在。彼の周りには多くの人間が集まるだろう。
それを分って無い様だな。まあ良い・・・・・アクシズ・・・・今は誼を通じるだけで良い。後日何かと役立つ事もあるだろう)

「ではシャア大佐、御馳走になりました。ありがとうございます」

そう言って彼をジュピトリス01のドッキング扉まで見送る。最後にシロッコはこう言って
去った。

「それではごきげんよう、キャスバル・レム・ダイクン殿」

と。




宇宙世紀0083.5.05である。地球連邦軍本部が南米州のジャブロー基地から北米州キャルフォルニア基地に移転すると言う大ニュースが駆け巡った。
キャルフォルニア基地への連邦軍本部の移転。更にベルファストにあった連邦海軍総司令部も太平洋のハワイ基地への移転を同時に発表。
ブライアン大統領とマーセナス首相は連邦の権限を一カ所に集中するべく策動。地方分権国家であった連邦の中央集権化を、正確にはアメリカ合衆国の復権を開始する。
戦後復興庁としてのティターンズ本部と地球連邦議会、連邦首相官邸がニューヤーク市にある事を考えると明らかに挑発行為である。

「はぁ・・・・また厄介ごとを」

それをジャミトフ先輩の執務室で聞いた私は黄昏れる。それはそうだ。これは明らかに懲罰人事。この事態に南米に左遷されたコリニー大将が黙っている筈がない。
そもそも50年代に南米に軍本部を移したのだって北米一極集中を嫌ったからだ。それがまた元に戻る。が、思いの外、周辺諸州の反発は低い。これは意外だった。
まあ、少し考えると何となく分かるだろうが。

「ブッホ君、何故だと思う?」

最近はダグザ少佐と一緒に行動する彼に問う。後輩を育てるのは楽しくて良いものだ。
殺して殺される戦争よりもはるかに健全だ。そう心底思う。

「そうですね、やはり太平洋経済圏の経済活動による地球連邦再建、その恩恵の授与と軍部の発言権縮小を連邦政界が求めた事が大きいかと。
こう言っては失礼ですが、南米の大要塞であるジャブローで連邦軍本隊がクーデターなどされたら鎮圧が大変です。
反クーデター派の地球連邦軍の全軍を上げて奪還する必要があるでしょうし、そのクーデター時点で軍部は分裂、考えたくもないですが内戦です。
それを避けたいと言う地球連邦政府の意向がある事、更に戦中の主戦派で主流派の主だった方々は宇宙勤務の為、キャルフォルニア基地への移転、これを寧ろ歓迎されていることですか。
彼らに取ってジャブローという安全な地下要塞に立て籠もるモグラに命令され続けるのはフラストレーションが堪るでしょうから。そのガス抜きもあるのでは?」

そう言って一口水を飲むブッホ君。そう言えばロナ家の名前を来年にでも買うらしい。
羽振りが良い事だ。ただ成り上がりと呼ばれるのは覚悟する様に先輩として忠告しておいた。
自分も成り上がりの有色人種と言われたのだ。一年戦争前夜までは。そう言えばブッホ君は、思想的に右翼に偏っている面があり、自己陶酔の面もある。

(答案だけなら完璧だな。これなら将来のティターンズを背負って立つ事も可能だろう。
うん、さっさと退役したいけど無理ですね。分かります。それにさらっとモグラとか言ってるぞ。ヤバいな、それ)

と、その時、ジャミトフ先輩がブレックス少将を連れて来た。恐らくキャルフォルニア基地への移転問題があったからだろう。
宇宙艦隊司令長官ティアンム大将の懐刀であるブレックス・フォーラー少将。二人は同期なのだが片方は今や地球連邦の一大省庁の一つティターンズの長官(退役したが軍部にも多大な影響力を残している)、もう片方は任務部隊司令官(あくまで地方方面軍司令官)で格差は歴然としている。
他人事ながら考える。ジャミトフ・ハイマンとブレックス・フォーラー、この二人は袂を保つ事が出来るのか、と。

「やあウィリアム君。ヨーロッパの復旧状況はどうかね?」

そう思っているとダグザ少佐に返礼したブレックス少将が聞いてくる。
地球再建の為に軍備再建を延長して尚且つ戦前同様の税率で、比較的無傷だった各サイドのスペースノイドから税金を回収して歳出に回しているマーセナス政権下の地球連邦政府。
必要な事なのだが、中立国として体制を保ちつつあるサイド6のリーアや、リーアの和約による同盟国化の為、地球復興の義援金以外(義援金と言っても事実上の税金なのだが名称が変われば人々は納得するモノだ)を送らないサイド3ジオン公国。
彼らと自分達の差別感が反地球連邦運動を起こしている。『同じスペースノイドなのに』、という差別感だ。
この差別感は宇宙に居を持つ者として無視できないのだろう。だいたいだ、誰だって関心がある事象だ。自分たちの税金がどう使われているか、と言う事は。
だから答える。ついさっきまで書類と睨み合っていた事を。

「おおむね、40%ですね。中欧は25%、西欧は70%、北欧とロシア地区は90%、東欧は40%、オデッサ地区は計算中です。
ハンブルグ会戦はやはり大きかったです。物的・人的被害双方で。それにアフリカや中近東のジオン亡命軍の扱いも困っています。
各州の現地連邦軍は面子があるのか我らティターンズの展開を認めていません。その為要らぬ混乱が各地で起きています」

そうか。

そう言ってブレックス少将はまたジャミトフ先輩と話し込んでいく。
自分らはもう関係ないと思って、先輩に一言挨拶して去る事にした。部屋を出る。ついてくるのはブッホ君だけになった。
そう言えば通路には珍しく誰もいない土曜日の夜10時だからしょうがないか。
ここでブッホ君が深刻そうな声で話しかける。

「閣下」

だから閣下は止せと言うのに。せめて副長官と言って欲しい。
因みにダグザ少佐は副長官と呼ぶ。

「何かな?」

「あれで良かったのですか? 彼は邪魔ではないでしょうか?」

言外にジャミトフ先輩の力を借りてブレックス少将を引き摺り下ろせと言っている。全くブッホ君は過激だ。まあ若者だから仕方ない面もあるが。

「何が?」

敢えて惚けてみせる。こういった腹芸もお手のものになってしまった。本当に人生とは分からないモノだ。そう言えば、昔の小説にそんなのがあったな。
確かいやいや軍人になって、戦場で意に反して活躍して、そして息子が来る前に死んでしまう主人公。怖い話だ。まるでジオン独立戦争中の自分じゃないか?
いつのまにかサイド7のグリーン・ノアに幽閉されて戦闘に巻き込まれて窒息死しかける。思い出したくもない。

「閣下はあの方のニュータイプ思想を危険視・・・・いえ、出過ぎた真似でした。すみません、どうかお許しください。
ですが、閣下。閣下がお望みならばブッホ社の力を使えます。その事だけはお忘れないで下さい」

ブッホ君の実家はこの2年間のデブリ回収作業とヤシマ・カンパニー、ジオニックの下請けとして急成長している。
その勢いは月面に本社を置くAE社を追い抜き、サイド6でNo5以内の会社になった程だ。まあ、ブッホ家はもともと宇宙開発で財を成していた一族。
それが戦災復興特需に上手く乗れたのだ。そういう事だ。こういう事は良くある。20世紀の敗戦国、大日本帝国の朝鮮戦争特需などがその良い例だ。
後、次の連邦議会中間選挙にもブッホ家の一族の者が立候補するらしい。
また、ブッホ君がティターンズ中枢(私やジャミトフ先輩ら)とコネがある事からその勢いは日の出の勢いという。

「君は過激すぎるのが玉に傷だね・・・・・・大丈夫、そうなる事は無いさ。覚えておくんだブッホ君。戦争は外交の最終形態に過ぎない。
そして外交は政治に、政治は経済に、経済は人の暮らしに、人の暮らしは人の心に従属する。故に人の心さえ暴走させなければ何らかの形であれ武力に頼る事は無い。
これは私の持論だ。納得も理解もしなくても良いが、心の片隅にでも覚えて置いてもらえると私としてもうれしいな」




ア・バオア・クー要塞勤務のジオン公国兵士たちは大いなる不満を持っている。
勝ったはずのア・バオア・クー戦。なのに連邦軍が我が物顔で駐留している。
些細な揉め事など日常茶判事。しかも連邦軍の最高責任者であるバスク・オム大佐は明らかに無関心。いや、連邦寄りの裁定を下す事が多く、それが更なるジオン側の不満につながる。
第一である、何故、ソロモンやア・バオア・クーを割譲し、月面から撤退しなければならないのかというのは第一線を戦った将兵に多い。
特に全般的に優勢だった上、最後のア・バオア・クー戦に参加しなかったジオン本国守備隊、月面方面軍や学徒動員兵らに多かった。
また駐留兵士は地球連邦兵士が多く、ジオン軍は国力の面からMS隊を提供するだけでなく、忍従する様上官から命令されている。
それを良い事に数の暴力や言葉の暴力をふるう連邦兵士。わざとやっているではないかとさえ思えてくる程だ。
これでは開戦前と何も変わらない。しかもガルマ・ザビ大佐は捕虜になった事を恥じる事無く地球連邦の議長の娘と婚約。
ギレン・ザビらの思惑をよそに、統制下を外れたジオン軍の一部には根強い反地球連邦感情と現ザビ家への反感は大きくなりつつあった。そんな情勢下の一室。
男と女が睦み合っていた。それも終わり汗だくの女が男に声をかける。

「マレット隊長・・・・それで話ってなんですか?」

女の、リリアの言葉。下着も何も付けてない裸の男女の密談。
男女の情事の跡が生々しい重力ブロック。そこで男は、マレットは告げる。

「お前は今のジオンをどう思う?」

マレットに髪を撫でられながらリリア・フローベール中尉はマレット・サンギーヌ少佐の言葉を考える。
が、盲信と言って良い愛を捧げる彼女の言葉は決まっていた。

「・・・・・マレット隊長が嫌いだと思うなら・・・・・・嫌いです」

そう、マレットが嫌いな者は彼女も憎悪する。なぜそうなのかは本人にももう分からないだろう。
それが純潔を捧げた相手なら尚更なのかもしれない。そうでは無いのかも知れない。だが、それはどうでも良い事だ。

「そうか。他の二人も・・・・・そしてグラナダ特戦隊やインビジブル・ナイツの連中も俺についてくると思うか?」

まるで意味が分からないが、同僚であるあの二人もどちらかと言うとマレットについていくだろう。それに一緒に来ないなら自分が女の武器を使って籠絡するか排除する。
またインビジブル・ナイツはダイクン派として冷遇されているし、現在のギレン・ザビ独裁と同盟国化と言う名前の地球連邦への隷属化を嫌っていた筈だ。勝算はある。
それに隊長の命令についてこない特戦隊隊員など必要ない。
だから私は断言する。愛しい我が主に対して。私だけのマレット様。リリアは約束します。

「来ます、必ず」




キャルフォルニア基地。第2演習場でMS隊が演習している。
一機は黒いRX-78ガンダム、残り二機はジム・クゥエルという新型だ。因みに装甲以外は操縦性、機動性、整備性、センサー類などジム・クゥエルの方が上である。
それでもモンシア中尉はガンダムに拘った。あのヨーロッパ反攻作戦で見た鬼神の如き強さに憧れた。
そして右側にいたコウ・ウラキ少尉のジムに怒鳴る。いつの間にかペイントまみれで片膝をついている。
無論、その間もガンダムを動かす事は止めない。でなければ自分が落とされる。そしたら世にも恐ろしい罰ゲームが待っている。

「ウラキィー!! 何度言ったら分かるんだ!? バニング隊長にはけしかけるな、最後に回せって言ったじゃねぇか!!!」

ペイント弾をシールドで受け止めるガンダム。相対する機体はジム・クゥエルが三機。嘗ての不死身の第四小隊の自分を除くメンバーだ。
これでは腕立て伏せ1,000回だ。もう日も暮れ出しているのにそれは嫌だ! と思っていると警報が鳴る。
正面モニター全体にジム・クゥエルの姿が重なる。

「のわぁぁぁぁ!!!! 不味いぃぃぃぃ!!」

「おいモンシア!! よそ見するとはいい度胸だな!!」

サウス・バニング少佐の機がシールドチャージをかける。とっさの事でガンダムの防御が間に合わない。
揺れるコクピット。新しいノーマルスーツのお蔭で何とかGには耐えたがこれだけシェイクされると機体の方が先にガタがくる。

(因みにバニング少佐以下第四小隊全員とキースとウラキはティターンズの所属だ。っておれは何をどうでも良い事は・・・・そうだ!!)

「キースは! キースはどうした!?」

思わず叫んだ。律儀にそれを返したのはアデル少尉だった

『ベイト中尉が今隣でぼこぼこにしてますよ』 

俺・・・・・終わったな。明日起きれるかなぁ。せっかくの休日なのに。




バニング少佐らが演習をしていたこの日、宇宙世紀0083.05.22。
地球連邦首都にある新地球連邦首相官邸。六芒星の建物(通称、ヘキサゴン)の首相専用執務室でマーセナス首相は久方ぶりに軍部が提出してきた案件に許可のサインをする。
一つは『戦術機動専用機ならび戦略核兵器搭載型ガンダム開発計画、通称7、ゼフィランサス、サイサリス開発計画』。
一つは『RX-78-NT-1後継機開発計画、通称ガンダムMk2開発計画』。
一つは『対スペースコロニー攻撃型ガンダム開発計画、通称テンドロビア計画』。
最後の一つは『連邦・ジオン共同MS開発計画』
責任者はゴドウィン・ダレル少将。

特に最初の段階の第一弾と最後の第四弾はジオン軍との共同開発を行う。いや正確にはマ・クベ首相経由で地球連邦側に提案されたのだ。
核兵器を保有するジオン公国に相対する地球連邦は質の向上によって軍の維持をはかる。
方やジオンは連邦のMS技術奪取を目論み行わる。これは新時代の軍拡の引き金になるのだろうか?
それはまだ誰にも分からない。



そして月日は流れた。各地で突発的な紛争こそあるが、地球圏全土は表向きは平穏である。



宇宙世紀0086.02.12のエコール地区。
既に学校を卒業し、ティターンズのロンド・ベル隊の大尉としてガンダムアレックスに乗る白い悪魔ことアムロ・レイは最初のメールに我が目を疑い、実際に会って驚いた。

「よく、来れたものだ」

其処にいたのはカツ・コバヤシ。嘗てホワイト・ベースで共に戦った仲間であり・・・・戦後行方不明になってしまったフラウ・ボゥと共に去って行った少年だ。
いまや、アムロ・レイはロンド・ベルの一員としてブライト・ノア中佐やエイパー・シナプス少将の指揮下の下、エゥーゴ派の連邦兵(連邦軍の軍紀に基づけば完全な反乱行為でありアムロもその多さにショックを受けた)やジオン亡命軍(こちらは未だに燻るジオン完全独立と言う夢想家の集い。厄介極まりないと言うのがアムロの意見)の鎮圧に手を焼かされている。
が、ロンド・ベルの挙げた戦果も大きく、その為かアムロ・レイやブライト・ノアらの家族、恋人はティターンズと警察の厳重な保護下にある。
自爆テロなどされては申し訳ないですまないからである。もっとも監視していると言う面も否めないが。
そんな中、厳重な情報統制を掻い潜って、会いに来れたカツ・コバヤシ(何故かコバヤシ姓を名乗っていた)。
感嘆に値する。ティターンズの軍服に胸元に白いスカーフを付けたアムロと濃い青色のスーツとズボン、白いシャツに身を包んだセイラは取り敢えずカツと共にタクシーを降りる。

「アムロさん、セイラさん、お久しぶりです。お元気にしてましたか?」

他愛の無い言葉だが、言葉こそ穏やかだが目が笑ってない。
取り敢えず、カツを連れてセイラと共にエコール大学のカフェテラスに連れて行く。
ちなみにエコール大学文学部にあるこのカフェ、『コスモ・バビロン』はブッホ社出資であり、アルコール類も提供する事で話題を呼んでいる。
まあ、学生が飲酒する事を認めるかどうかで学校と市が揉めたらしいが、学長が飲酒運転者は問答無用で退学処分にすることで決着がついた。
ちなみに士官学校の方のエコールでは、逆にほろ酔い状態でMS戦をする訓練がある。敵がパーティをしている時に襲撃してきたという状況だ。あれは吐く。
と、カツが店員を呼ぶ。彼の服装はどこにでも居そうな地球圏の学生のスタイルだった。だが何か違和感がある。何故だろうか、不自然なのだ。その行動の一つ一つが。

「カシスオレンジで」

カツがウェイターに飲み物を頼む。
自分はアイリッシュ・コーヒーを、隣に座るセイラは普通のアールグレイの紅茶を頼む。セイラの車でセイラの宿舎に帰る予定なのだ。そのまま夜も共に過ごす予定だ。
その為か、彼女はアルコール類は飲めない。
他愛の無い話が続く。が、そこでフラウ・ボゥの話が出て来た。彼女はどこにいるのか、と。

「フラウ姉さんは今火星圏にいます。あそこはジオンと連邦が共同で養っていますからね。結構割が良いんです。衣食住付き。
キッカとレツも一緒にMSの宇宙資源採掘作業をしていますよ。ええ、連邦とジオンの温情のお蔭です。
有り難い事ですね。どうもありがとうございます。アムロさんの同僚のティターンズの皆さんにもそう伝えてください」

一区切り。

「感謝している、と」

その言葉は刺々しい。まるで親の仇を話す様な口調だ。思わず周囲を見る。
が、他の学生らはそれぞれの会話に夢中で気が付いてない。そんなカツの思想の裏に見えたのは反地球連邦政府運動、つまりエゥーゴ。
ここは北米州、いわばティターンズの御膝元。そして今週はウィリアム・ケンブリッジ副長官とドズル・ザビとミネバ・ラオ・ザビの非公式の歓談が行われる。
これはミライ・ノア経由でカイ・シデンからアムロ・レイとセイラ・マスに伝わった極秘情報だ。もっとも月のアングラ出版がザビ家地球訪問の事を大々的に報じた為、知る人は知っているが。

「カツ・・・・声を抑えろ。それではまるで脅しみたいだ」

が、アムロの忠告をカツは鼻で笑う。

「アムロさん、本気で言ってるんですか? そんなに・・・・・そんなに今の連邦政府が大切ですか?
ちょっと軽蔑しちゃうな。それがあの白い悪魔のなれのはてなんて」

カツが挑発してきた。あまりの言い方に怒りを通り越して唖然とする。

「カツ、お前は一体何を?」

オウム返しをするアムロ。
それにイラつくカツ。嘗て憧れた英雄が今や体制の犬。それは理想に燃える若者にとって我慢ならないらしい。

「だから、そんなにジャミトフ・ハイマン・・・・いいえ、ウィリアム・ケンブリッジの庇護が受けたいのかって聞いたんですよ。
ウィリアム・ケンブリッジっていうオールドタイプの与える餌はそんなに美味しいんですか?
ああ、そうか、アムロさんもセイラさんもその餌が美味しいから犬みたいに飼われているんですよね?
それ以外の何かに聞こえたらなら僕が悪いんだろうな。あやまりますよ。不本意ですが。」

「カツ!」

思わずセイラが叫ぶ。何事かと数名がこちらを見るが痴話喧嘩だと思ったのか直ぐに視線を逸らした。
自分から修羅場に入りたがるのは余程の大物か馬鹿と相場が決まっているからな。場違いにもアムロとセイラはそう思った。
それに関係なくカツは続ける。

「ところでアムロさん、セイラさん、来年の今日って何の日か知ってますか?」

意味が分からない言葉。

「?」

二人が訝しげな視線を向ける。
そして笑った。

「知らなきゃいけないですよ・・・・・・来年の今日はね、歴史が変わる日なんです。あのキャスバル様が地球圏に戻られる日なんです」

「!?」

セイラが絶句する。一気に頭の中が真っ白になった。一方でアムロは考えた。何故カツがキャスバル・レム・ダイクンの名を出したのかを。
キャスバル。聞き間違いでは無ければ隣座る恋人の兄。そして自分の宿敵。
サイド6で出会ったジオンの将校にして、自分達と何度も戦った憎むべき敵。それがなぜカツの言葉に繋がる?
疑問が、疑惑が、疑念が駆け巡る中でカツは更に言った。

「ニュータイプの世が来るんです。オールドタイプは皆がニュータイプに進化する。その為に力を貸してください。
アムロさんの力とセイラさんのカリスマが必要なんです!!」

それは受け入れられない。
ケンブリッジさんの言い方を借りれば自分の様な、或いはニュータイプ部隊として戦場に投入されたニュータイプなどは政治家たちが自分たちにとって便利な道具として定義しただけだ。
そんな言葉に惑わされるな。自分をしっかり持て。
そう言おうとした時、カツはカシスオレンジを一気飲みした。そして更に告げる。

「そして・・・・・やがてはアムロさんを縛っている飼い主も死ぬ」

アムロは頭が痛くなった。不愉快極まる。カツの言うアムロの飼い主とはウィリアム・ケンブリッジの事だろう。が、あの人は自分の恩人の一人。
ニュータイプ思想に囚われかけていた自分を解放した上にセイラさんと対等に渡り合えるだけの男にしてくれた人物。
チャンスをくれた恩人でもある。それをここまで悪く言われるとは。流石に温厚なアムロ・レイも怒った。

「カツ。お前は酔っている。今日の事は忘れてやるから今すぐ帰れ・・・・セイラさん、行こう」

そう言って3000テラを机の上に置き、席を立つセイラとアムロ。二人はそのまま大学を去る。カツ・コバヤシを置いて。
この日、彼を詰問、尋問しなかったことをアムロ・レイ大尉は後悔する事になるのだがそれはまだ当分先の事であった。




宇宙世紀0087.02.12、去年と同様に地球視察中のドズル・ザビのザビ家分家。
彼は軍人であり、ルウム戦役でもア・バオア・クー攻防戦でも正々堂々戦った故に、直接戦火を交えなかった太平洋経済圏の連邦軍からの信頼が厚い。
その為かザビ家としては例外的にテロの危険性は無いとして連邦政府は定期的な地球訪問を認めた。
当然だが、ギレン・ザビ公王やサスロ・ザビ総帥、ブライアン大統領、マーセナス首相らには独自の思想があり思惑がある。
それは置いておこう。
そんな中、地球にて稽古ごとのヴァイオリンの演奏をホテルのスィートルームでするミネバ・ラオ・ザビ。
観客はウィリアム・ケンブリッジとドズル・ザビ。奥方二人は地下二階にあるフランス料理店でケンブリッジ家の子供と会食中だ。今日は休日なのでダグザ少佐は非番で、ドズルもウィリアムも知らない人間が警護についている。
なお、マイッツァー・ブッホはどうしても外せない予定、祖父の死という突発的な出来事の為にサイド6へ一時帰還している。本人は断腸の思いだと言っていた。
ダグザ少佐は最後まで抵抗したが軍令とあれば仕方ない。それに敬愛するウィリアム・ケンブリッジが家族を大切にしろと久しぶりに『命令』したのだから従った。
何かあれば必ず駆けつけますから、と、過保護な言葉を残して。

(何がそこまで私の株を押し上げたのか不明だ。私なんかに価値は無いのになぁ)

彼の、ウィリアム・ケンブリッジの自己評価もここまで低いと逆に罪悪であろう。
そして私服が無いとも言われるドズル・ザビは兄であるサスロと同じ黒いゼニアスーツに薄い紫のシャツを着ていた。
なお、私ことウィリアム・ケンブリッジの方はいつも通りの格好だ。

「お見事でした、ミネバさん」

あくまで『さん』だ。『様』ではない。自分はティターンズの副長官なのだ。しかももうすぐ4年目に突入する。事実上の君主国の独裁者に弱みを見せてはならない。
尤もそんな政治的な意図など関係なく、ドズル・ザビも娘の成長に笑顔である。とてもうれしそうだ。

「そ、そうか。そう言ってもらおうと嬉しい。ギレン伯父様はウィリアム殿の事を買っておる。
そなたに称賛されてわらわもうれしい。その・・・・・・ええと、その・・・・・褒めてつかわ・・・・」

そこで私は彼女の手を握って言った。
彼女が精一杯なのはわかる。だがそれは大人の仕事だ。それをこんな幼子がする必要はない。そう思った。
だから父親であるドズル・ザビの前で自分はミネバ・ザビと同じ視線まで目線を下げる。そして言う。

「そこはね、難しい言葉を使わなくても良いんだ。一言こう言いなさい」

一呼吸。

「ありがとう、と」

その姿を見てドズル・ザビが涙を拭く為にバスルームに駆け込む。やはりこの男は好い奴だ。そして稀代の人たらしだ。
出来れば敵にはしたくない。彼は、ドズルはそう思った。見かけによらず優しい男だから当然の反応だ。
そしてその時だった。

「あ、ありが・・・・・ウィリアム様!!」

ドアが開いた。一人の連邦軍将校の姿をした女が入ってくる。ミネバの表情が恐怖に強張った。それに気が付いたウィリアムは後ろを振り向く。
連邦軍佐官の階級つけた女はサイレンサー付きの拳銃を構えていた。その目は狂信に満ちている。そして倒れ伏しているSP。大理石の廊下は血で染まっていた。
ミネバという7歳の女の子が恐怖し失禁する程の狂気を放っていた。連邦軍の過激派だろうか?
ウィリアムはとっさにミネバを庇う。このタイミングでドズルがバスルームの扉を開け、呆け、そして我に返って女に突撃する。

「貴様ぁぁぁ!!! ミネバはやらせんぞぉぉぉ!!!」

と。

が、遅かった。

「死ね、独裁者の手先と差別主義者どもめ!!」

銃口から火を噴くのを何故か自分は見えた。そしてそれが必ず自分に当たる事も。



(ああ、死ぬのだな)



銃声が響き、空薬莢が床に落ちる。




同日。
一方で、エゥーゴ運動に対して融和政策を持って対応するマーセナス首相。次期首相を決める選挙が近い為コロニー側も穏やかな情勢を保ちたい。
が、これを許さない勢力が蠢動した。まずはジオン公国の亡命軍と過激派。彼らはこの日の為に年単位でアクシズとエゥーゴの二大勢力とコンタクトを取っていた。
ガンダム試作2号機サイサリスに戦略核弾頭が搭載されたその日、トリントン基地で警報が鳴り響く。海中からの長距離ミサイル攻撃である。

「敵だと!? どこだ!!」

地下司令部にいる開発責任者のゴドウィン少将の言葉に反応する連邦軍。だが、ぬるい。それにジオン軍が動かない。インジビル・ナイツとグラナダ特戦隊は精鋭部隊だと聞いたのだが。
思わず罵り声が司令部に満ちる。

「同胞相手に戦い辛いのは分かるが・・・・それにしては遅すぎるぞ、あのジオニスト共が!」

さらに多弾頭ミサイルが着弾する。阿鼻叫喚の地獄が出来る。
ヨーロッパやアフリカ、中近東と異なり戦争に晒されなかったオーストラリア大陸のトリントン基地は完全に油断しきっていた。
そしてジオン軍は北部インド連合に亡命したマッド・アングラー隊を派遣。南極大陸を迂回させる方法で戦略機動を行う。
オペレーターが自分にMS隊が出る事を伝える。ジオンの派遣してきた部隊だ。しかも新型のRMS-108マラサイが発進する。

(ようやく10機の新型機マラサイが出撃するか・・・・これで・・・・いや、おかしい、9機しかいない。どういう事だ?)

と、その時悲鳴が聞こえた。

『ガンダム試作二号機がマレット・サンギーヌ少佐に奪われました!』

『マ、マラサイが基地を攻撃してきます!! 裏切りです!!! 畜生!!! ジオンの奴ら裏切りやがった!!!』

何だと!?

そう基地司令官が狼狽した瞬間、ミノフスキー粒子と迷彩によってトリントン基地高度8000メートルに展開していたガウ攻撃空母からザク・スナイパーが司令部を狙撃する。
高熱が基地のシェルターを貫通し、ビームが切断する。基地司令官とゴドウィン少将は即死。いや、自分が死んだことさえ理解してないだろう。
方や、新型のマラサイとサイサリスは迎撃に出たジム改15機を全て撃破。マッド・アングラー隊の派遣した部隊と合流してあるだけの新兵器と物資を強奪。その中には更に3発の戦術核弾頭があった。
それを高度8000mで確認したザク・スナイパーのパイロットエリク・ブランケ少佐は呟いた。

「タチアナ、こちらは上手くいった。そちらも上手くいかせてくれ。我らの水天の涙作戦完遂の為に。
俺たちが望む国、誇り高き国、連邦に従属しない真のジオン、その建国の為に。そして独立戦争で散って行った同志たちに栄光の為に」




ジオン亡命軍ならび強硬派によるガンダム強奪の2月前。
サイド7 1バンチ 『グリーン・ノア』にて。
バスク・オムは手に取って資料を見る。情報通である彼には、このプロフィールにある女の正体に感づいていた。
だが利用する。俺を閑職に追いやった連中を見返す為に。なによりあの有色人種の下種野郎を殺す為に。

(死ぬが良い、ウィリアム・ケンブリッジ。俺を舐めるなよ? 必ず殺してやるからな。
その為なら何でもしてやろう。無論、俺の掌の上でだが。ハハハハハハ)



辞令 宇宙世紀0087 01.07

『シェリー・アリスン中尉、エマ・シーン中尉、ガンダムMk2のテストパイロットとする』



そして赤い巨大戦艦が航行する。名を『グワダン』。アクシズがジオン本国に通達せず建造した艦艇である。よってジオン軍も連邦軍も関与しない新造戦艦だ。
カタパルトから数機のMSが発進した。更に後部発着場からは超大型のMAが出撃する。
赤いノーマルスーツを着たクワトロ・バシーナと言う偽名を使ったシャア・アズナブルは愛機である赤い色のリック・ディアスの中で呟いた。

「さて見せてもらおうか、新しいガンダムの性能とやらを」

そして赤い彗星が戦場に舞い戻る。伝説との因縁の血、サイド7。
かつての連邦の英雄の始まりの大地でもまた、再び流血の幕は開けた。

同時多発的に発生したガンダム強奪事件。
それは後に多くの名前で語られる戦いの始まりであった。



[33650] ある男のガンダム戦記 第十八話『狂った愛情、親と子と』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:8b963717
Date: 2012/11/17 22:22
ある男のガンダム戦記18 (一部削除しました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。これからも読んで頂けると幸いです。では第18話どうぞ。)

<狂った愛情、親と子と>





同時多発テロより時は遡り、宇宙世紀0085.06.03

ジオン公国首都ズムシティ。そこで一組のカップルの挙式が行われようとしていた。
見学者は多い。ジオニック放送や地球通信、連邦報道などの大手出版社、映像業界がこぞって参列する一大イベントだ。
その控え室。新婦側の控室。ここに紺のジオン軍准将の軍服を着た男がいた。
一か月前にアイナ・サハリンが頼んできた事を思い出す。


『じ、自分がアイナ様の親?』

『いけませんか? 私は親代わりのノリスに私とシローのヴァージン・ロードを歩んで欲しいのです』

『そ、それは・・・・・しかし・・・・・そ、その役目は本来兄君のギニアス様が受けるべきではないでしょうか?』

『兄は来ません。いえ、来てはくれるそうですがあくまでサハリン家再興をジオン本国の社交界の人々に知らせたいだけだと言っています。
ですから、兄に頼むわけにはいかないのです。兄はシローを撃った。それでも兄は兄です。
なのに私は戦時中、最も頼られていた時に兄を裏切った。だからこれ以上兄を頼る事はできない』

『・・・・・・・』

『ノリス、引き受けてもらえませんか?』

『光栄です。このノリス・パッカード、一命に代えてもその道を歩ませて頂きます』


そして彼は軍服では無くモーニングに着替える。時間だ。黄昏る時間は終わった。
これからはあの方は自分では無く別の男性と共に道を歩んでいくのだ。それを見届けられる。何という幸運だろうか。
戦争で何百人も殺しておいて自分に娘の様な存在に父親の代役を頼まれる。これに勝る幸福などあるまい。

「ふ、アイナ様がお父上に似てくださるとはなぁ。これも本望よ・・・・・良い人生だ」


そう言って彼は出て行った。アイナ・サハリンとシロー・アマダの結婚を見る為に。ヴァージン・ロードを共に歩む為に。
職業軍人の道を選んだ時に諦めた、娘の結婚式を挙げられる事の幸せを噛み締めながら。
そして向こう側にいるティターンズの軍服を着たシロー・アマダの姿を見据える。

「・・・・シロー・アマダ。アイナ様を不幸にしては私が許さんぞ」

呟きは誰にも聞かれず虚空に消えた。
そしてアイナ・サハリンが入ってきた。ノリスに向かって笑顔で言う。それは宝石より貴重な存在。

「ノリス、ありがとう。本当にありがとうございました。これでサハリン家の呪縛は終わりにしてください。
もう私たち兄妹の事は忘れて自分の為に生きてください。本当にありがとうございました・・・・御父様」




宇宙世紀0087.2.12 サイド7 「グリーン・ノア」

一人の少年が連邦軍の士官に殴り掛かった。周囲にいた人間に何事かと視線を向けられて、騒ぎになり、駆け付けた警備員に取り押さえられる。
60分後。ティターンズの制服を着た男が面会にやってきた。少年にとっては見ず知らずの知らない相手だ。無論警戒する。
そして弁護士バッチを付けた金髪の黒いスーツにスカートに身を包んだ女性も一緒だ。と、入室と同時に部屋が明るくなる。
二人からは差し入れなのか炭酸飲料水を渡してくれる。それを飲む。
トイレに行きたいと言ったら先に行って来いと言われたので遠慮なく行った。
そしてもう一度パイプ椅子に座る。
そして男の方が徐に口を開く。穏やかでいて、それでも自分よりもはるかに成熟した大人の男の様だ。
例の殴った連邦軍の中尉とは違い、ティターンズに所属するエリートコースの少佐の階級に相応しい気品と言うモノを感じる。

「君の父親のビダン技術大尉から頼まれたんだが・・・・何故捕まったか分かるかな?」

そのくせ毛の、少佐の階級を持った青年は少年に、カミーユ・ビダンという少年に聞いてきた。何故自分が拘留されているのか、と。
フランクリン・ビダン大尉。自分の父親。
タチアナ・デーアとかいう愛人を持っていた父親。母は母で愛想を尽かして実家に帰ってしまった。新しい男と一緒に。それがむしゃくしゃする原因なのだろうか?

「決まっています。連邦軍の将校をスペースノイドの自分が殴ったからでしょ?」

それを聞いて男は残念そうに顔を振る。それが不思議だった。何が違うのだろうか?
連邦兵を庇う為にこのティターンズの人間が来たと思ったのに何か雰囲気が違う。もっと根本的な所で自分が間違っているのだと言っている様な気がしてならない。

「いや、違う。セイラさん、彼に説明してあげてくれ」

そして女の方、どうやらセイラと言うらしいが、ノート型PCを広げて調書を取りながら話し出した。
黒いスーツに白い肌、白いシャツに柄にもなく戸惑うカミーユ。

「ええ、貴方の言う事は違うわ。確かに貴方が捕まったのは地球連邦軍の将校を殴った事であるけど、決してそれだけでは無いの。
人を殴った事それ自体が貴方を拘束している理由なの。刑法にもあるでしょ? 暴行罪、暴力行為という言葉が。
貴方がそれを自覚しない限りしばらく間はここで反省してもらわなければ困るわ・・・・あなた自身の為にもね。
貴方はまだ若いのに・・・・・それなのにそんな暴力に身を任せてはいけないわよ」

大きなお世話だ! そう叫んだが二人は苦笑いをするだけだった。
それが癪に障る。だから言ってやった。父親のおべっか使いで来たのか!? そんなに出世が大事か? と。
が、両方とも自分とは比べ物にならない位大人だった。

「何故そこまでお父さんを嫌うの? あなたの肉親でしょ?」


「父親と言っても彼は技術大尉だ。正直言って彼におべっかを使っても自分にはあまり効果は無いんだけどね。
一体何を怒っている? 親父さんの事をそう悪く言うと罰が当たる。君をここまで育ててくれた人だろう?」

その言葉にかっとなった。カミーユは目の前の男に対して右手の人差し指を指して叫んだ。
こいつらは何も知らない。何も知らないくせに知ったかぶりをする。それが許せないんだよ。そう言ったら言葉の濁流が止まらなくなった。

「俺の父さんはね、タチアナとかいう女を外に作って、外面だけ良くしているだけのクズなんですよ!!
それで母さんは母さんで仕事が楽しくて、しかもこっちまで新しい職場で男を作って。俺はね、僕はね、嫌だったんですよ。
両親が付けたカミーユって名前も、今の両親も。どっちも自分の事しか見てない。俺の事が見えてない。見る気もない!!
それが嫌で嫌で仕方なかった。なんであんなのが俺の親なんだ? なんで俺を見てくれない? どうして!? どうしてなんですか!! 答えてください!!!」


見ず知らずなのに。会ってまだ一時間も経過してないのに。そう言えば名前も知らない少佐と弁護士。
気が付いて見れば時計の針が二回りはしていた。いつの間にか、気が付けばずっと罵倒していた。実の両親を。片親である父の手先としてきたこの少佐を。
息が切れた。流石にもう喋れない。もう疲れた。椅子に座りなおす。

「すっきりした?」

全てが終わって、言いたい事を言い終えたという丁度良いタイミングで、女の弁護士が聞いてくる。これで満足したのか、と。
包容力のある女性とはこんな人を言うのだろうか? 
心の底に溜めていた何かがいま解放された気がする。自分に理想とした母親がいればこんな母親だったのだろうか?
そう思わせる何かがあった。だが、だからこそそれを認める訳にはいかない。それを認めてしまえば今までの自分が全て否定されてしまう気がした。

「セイラさん、でしたっけ。弁護士さんに分かりますか? 僕の気持ちが。ずっと放置されてきた気持ちが。親子の情が無い親子の気持ちが。
子供はね、親に無視されるのが一番嫌なんですよ、分かりますか!?」

それでも突っかかる。それが正しいのかどうかなどもう分からない。
この問いに答えたのは意外にも黙って聞いてくれていた男の方だった。

「分かるさ」

何故!?

そう反論する。だが、それを諭す様に少佐は言った。
この時の少佐は遠い目をして言った。

「自分の両親もそうだった。俺の父親もね、MSの、ガンダムの開発ばかりで俺の事も母さんの事も無視していた。仕事がおもしろかったんだろう。或いは他の何かがあったんだ。
そうして気が付けば死に別れた。酸素欠乏症が悪化してね。安楽死させてしまった。俺はね、この年で親殺しなんだよ。
でもね、悲しい事にそれが悲しいとは思えなかった。きっと君の父親や母親と同じように親子の時間を取る事が出来なかったのが原因だと思う。
だけど君はまだ間に合う。確かに碌でもない父親なのかもしれない。自分を見捨てた母親なのかもしれない。
だけどだ、君の両親はまだ生きている。ならば終わりだと言う事は無い筈だ」

そう言われた時の彼の目をカミーユ・ビダンという少年は一生忘れなかった。

「・・・・・・・・あ、あの・・・・あなた方の名前は?」

そう言えば名乗って無い。思わず笑う二人。まずは女性の方が名刺を出してきた。

「私の名前はセイラ・マス。今年から地球連邦の中央政府人権問題専門の弁護士になりました。マス家法律相談所の所長です」

その名前は地球圏でも有名である。
まてよ、セイラ・マス? と言う事はまさか!?
有名な名前だ。アングラ出版に何度も掲載されているカップルの名前。地球連邦最大級の英雄の一人の伴侶として有名な女性の名だ。
それを裏付けるかのように、男の方が頷いてカミーユに語りかける。

「俺の名前はアムロ、アムロ・レイ。階級は少佐だ。白い悪魔と呼ばれたパイロットと言う方が覚えは良いかな?」

自分の想像通りであった。そして翌朝、自分の父親が国家機密漏えい並びスパイ容疑で拘束されかけ、エゥーゴに逃亡した事を知った。
自分を置き去りにして。母親は自分とは関係ないと弁護士を雇い、カミーユ・ビダンという存在さえ忘れてしまったかのように振る舞った。
それはこの少年を絶望させるには仕方の無かった事なのかもしれない。そして、彼は昨日会った士官の宿舎に転がり込む。

アムロ・レイとカミーユ・ビダン、この二人の軌跡の始まりであった。




同時刻・「グリーン・ノア第3ドック」

アーガマ級機動巡洋艦一番艦、「アーガマ」。地球連邦軍とティターンズが共同で開発・建造した宇宙専用のペガサス級であり、ペガサス級第15番艦でもある。
が、巡航性能の強化と人工重力発生装置の搭載など長距離航行を可能としており、更にはグリーン・ノア2で開発されている、ジオン公国との技術協定で生み出された惑星間航行用ブースターの装着も可能である。

『惑星間航行巡洋艦』。

この為か、開発コンセプトが従来のペガサス級とは全く違う為、ペガサス級とは呼ばれなくなった。
その初代艦長にはロンド・ベル隊副司令官にして30手前で大佐に昇進した若きエリート、ブライト・ノアが就任した。
これはヤシマ・カンパニーへ恩を売りたいジャミトフ・ハイマンやマーセナス首相らと、ペガサス級2番艦ホワイトベースを民間人や新兵と言うお荷物といって良い人員で運営しきった、戦争を乗り切ったその手腕を買われているのだ。
そんな彼は黒いコートを着て艦長席に座り演習を見ていた。

「それで、これがガンダムMk2か」

ブリッジのモニターでガンダムMk2の宇宙戦を見物するブライト。
模擬専用に出力を抑えてあるとは言え、バスク・オム大佐の命令で実弾演習をさせているがどうやら問題はなさそうだ。
通信を繋ぐ。ミノフスキー粒子は戦闘濃度前なので会話も拾える。その為にテストパイロットらの声が聞こえる。

『なるほど、確かに機動性などは圧倒的だな。このギャンKが追い付けないとは』

その一人、三機の内一機はかつて東欧にて猛威を振るったギャンKであり、ジオン公国軍の第二艦隊司令官でもあるノリス・パッカード准将であった。
彼は現役パイロットを引退したモノの、こうしてテストパイロット相手にベテラン教官として活躍している。

『ふ、だが格闘戦であれば感や実力がものを言う。エマ中尉、惜しかったなぁ!』

そこでシールド越しにビームランサーをくらったガンダムMk2二号機が強制停止させられた。
オーバホール中のガンダムMk2三号機はアーガマ艦内にあるので宇宙にいるのは二機だけだ。これで演習内容も終わりだろう。
そう思った時である。閃光が走った。そして爆発。
次の瞬間、コロニー搭載の大型レーダーとミノフスキー粒子探知システムが警報を発生させた。耳障りでいて一年戦争中に何度も聞いた放送だ。

「緊急! 緊急!! 所属不明MSならび超大型MAがグリーン・ノアに向けて接近中。
繰り返す、所属不明MSならび超大型MAがグリーン・ノアに向けて接近中。
繰り返す所属不明MSならび超大型MAがグリーン・ノアに向けて接近中!!」

ガンダムMk2の奪取かそれともテロか? そう思ってとにかく実弾装備の一号機と二号機、ギャンKを回収し、迎撃のMS隊を出そうとした。

「動かないで・・・・でないと撃ちます」

そう言って一号機が発砲し、ノリス准将の乗っていたギャンK右腕と左足を撃ち抜いた。更にビームサーベルを二号機の、エマ・シーン中尉の乗る機体に押し付ける。

「な!?」

「貴様!」

エマ機とノリス准将の驚愕の言葉が宇宙に舞った。
続けて、『停止せよ』と警告を発しながら接近してくるジムの改良型であるジムⅡ9機、三個小隊が四方八方からのビーム攻撃を受けて爆散する。

「サイコミュ兵器!? ビットだと!?」

辛うじて生き残っていた左モニターでビットらしき移動砲台を捉えたギャンKが正体を暴く。これに驚く各員。

『ビット』兵器。ジオンの特殊部隊、いわゆるニュータイプ部隊でしか運用が出来ないミノフスキー粒子散布下での無線誘導式自立型誘導兵器。それがこれだ。

(ビットか、ならばこのビームの雨は理解できる。だが何故そんな高尚な兵器が地球連邦の勢力圏内部で運営されている?
これは国家機密に位置する機体だ。まさかジオン本国が宣戦を布告したのか? いやそれならさすがにこちらにも連絡を入れて来る筈。
ならばこれは一部部隊の独断? それにノリス准将も知らないらしい。と言う事は・・・・)

ビットは、いや、サイコミュは人を選ぶ上にジオン公国にとっても未だに最高機密の扱いの筈だ。ニュータイプ研究自体が極秘なのだから当然である。
幾らなんでもこんな所に、地球連邦軍とティターンズの勢力圏内のグリーン・ノア宙域に存在して良いものでは無い。
そもそもソロモン前哨戦で投入されて以降、地球連邦軍を恐怖のどん底に落とした存在であり、今も尚ジオン公国のトップシークレット技術で技術交流の協定ですら断固として断られた存在。
それが連邦最大の勢力圏内にて敵対行動を取る。明らかに裏がある。大掛かりな陰謀の匂いがする。
と、Mk2二号機のコクピットにビームサーベルをぶつける一号機。その音を合成したPCのサウンドから漸く我に返る。

『動かないで。エマ・シーン中尉とノリス・パッカード准将を殺されたくなければ攻撃を中止しなさい。そしてエマ中尉は機体から降りなさい』

一号機の国際救難チャンネルでの宣言その間もビームサーベルとビームライフルで二人を威嚇する事を忘れない。
一方、ビットらしき兵器でまた一機、ジムⅡが破壊される。
警備に出ていた15機中、13機がロスト(KIA)だ。これはキツイ。戦況は明らかに向こうが優位だ。しかも犯人のMSの位置は未だに不明。サイコミュ戦闘では最悪の状況である。
と、グリプスのレーダーが質量を探知。
ふと、緑色の独特の形状をしたMSがスクリーンに現れる。その機体は機体の尻にあたる部分に花弁の様なものがあった。
其処から更にビットらしき兵器が射出され、最後のジムⅡが撃墜される。これを見て自分は決断した。

「トーレス、艦長権限だ。一号機のシェリー・アリスン中尉に繋げ!
機関室、アーガマ出港準備。港にいる全艦は第一種戦闘態勢に移行だ。何? タチバナ中将の許可はあるのかだと? 死にたいならそこでそうしていろと伝えろ。
私が全責任を取る。各基地のMS隊は発進準備のまま待機だ。
それでMk2三号機は出せないのか? そうか、艦載機、搬入急がせろ。直接乗り付けさせるんだ!! コロニーにいるアムロにも直ぐに戻ってくるように伝えろ。
MS隊はコロニー内で待機。折を見て全機一斉出撃させ数で押し潰す。急がせろ!!


ブライトの指令を余所に、警戒態勢でしかなかったティターンズ所属のサラミス改が二隻、赤いMSに撃沈された。
このうちの一隻はミサイルの弾薬庫に誘爆して大量のデブリを撒き散らす。コロニーの外壁が傷つく。

(コロニーには1000万人は人が住んでいるんだぞ。それもお構いなしか、テロリストめ)

そもそもコロニー近辺での戦闘は地球連邦とジオン公国の『リーアの和約』で厳禁とされており、法的に見るとこのガンダムMk2の実弾演習事態が黒に近い灰色と言う事態である。
そんな中でのこの猛攻。明らかにジオン軍では無い別の存在である、それをブライトは感じた。
コロニー国家であり、地球連邦と言う超大国と唯一対等の同盟国の地位を何とか手に入れたジオンがこんな暴挙をする筈がない。
個人的には嫌いだがギレン・ザビの政治手腕はあのウィリアムさんも認める程の実力がある。だから、だ、これは違う。

「か、ブ、ブライト艦長!! カクリンコ・カクーラー、ジェリド・メサ、アジス・アジバの機体が出撃します」

その報告は驚愕である。
今なお、一方的に固定砲台やボールを改造した無人迎撃砲台を撃破しているテロリストの新型MSは明らかにガンダムMk2に匹敵する性能がある。
それだけでは無い、例の緑色の機体、どうやらコードネームは『キュベレイ』というらしいが、これは間違いなく尖がり帽子の系譜を受け継いだジオンのニュータイプ兵士用の兵器。
それを僅か三機で止められるものか。

「三機だけだと!? 止めさせろ!! 数を出さなければ撃墜されるぞ!!」

だが、その判断は虚しく三機のRMS-106 ハイザックが出撃した。

「バカが!! 直ぐに呼び戻せ!!!」

ブライトが珍しく罵倒した。そして、その悪い予感は即座に現実となった。三機とも赤い新型機と同系統の黒い二機の機体によって撃墜された。
どうやら敵の方が何倍も上手の様だ。良い様に手玉に取られている。そして、コロニーのベイやドッグを破壊されて出港が出来ないティターンズ艦隊。
タチバナ中将指揮下のΩ任務部隊は全て密閉型コロニーであるグリプス1から6までの専用ドッグに入港しており出港できる状態では無かった。
MS隊も平時で金曜日の午後8時半という時刻もあって最低限しか展開してない。その最低限の部隊もサイコミュと機体性能差の為か、一瞬で落とされてしまった。

『ブライト副司令』

声がする。女の声がした。それはガンダムMk2一号機のシェリー中尉の言葉であり、彼女の悲しそうな言葉が戦場に響いた。
そんな悲しそうな言葉を出すくらいなら最初から戦場に来るな。戦争をするなと言う罵声を辛うじて飲み込む。

『これ以上の犠牲は出したくありません。お互いに矛を収めましょう。もう充分です』

勝利者の余裕か? だが、この現状では仕方ない。受け入れないとコロニー本体を攻撃するとまで言ってくるかもしれない。そうなれば収拾はつかない。
現在、サイド7には密閉型コロニー6基、開放型コロニー4基の計10基が展開していて8000万人が居住している。
仮にコロニーに大穴を開けられたらそれらの人々に確実に犠牲が出る。それは軍人としてもティターンズの一員としても自分個人としても許せない。
よって、グリプスにいるタチバナ中将と連絡が取れない以上自分の責任でこの戦闘を幕引きするしか無いだろう。

「・・・・・条件は?」

これに加えてテロリストに、反乱勢力に屈服するのは屈辱だがこれ以上部下たちを無駄死にさせる訳にはいかない。
俺一人の首で1000人はいる部下を助けられるのなら助けたい。

『ガンダムMk2二機の譲渡、追撃の中止、それだけです』

そして・・・・・・ブライト・ノア大佐はそれを承諾した。




戦闘終了から約2時間。グリプス1にいる地球連邦軍所属のバスク・オム大佐とティターンズ所属のブライト・ノア大佐が会見している。
議題は無論、二時間前に発生したガンダムMk2強奪事件だ。しかも昼前にはトリントン基地でもガンダム試作二号機サイサリスが核弾頭ごと奪われている。
この事態に対してマーセナス首相は断固とし対応を取る事を宣言。地球連邦軍各方面軍に対して大規模な捜索追撃命令が下った。
が、ここで問題になったのはみすみすテロリストを見逃したブライト・ノア大佐の行為である。バスク・オム大佐はこれを機会に彼を、いや、ティターンズそのものを弾劾した。
何せ、入室したブライトをそうそうタチバナ中将ら参謀や司令官、副官たちの眼前で殴りつけたのだ。そして罵倒する。

「ジオニストめ、貴様の失態で連邦の象徴であるガンダムが奪われたのだ! 恥を知れ!!」

要約するとこうなる。そしてその後も彼は徹底的に怒り、更に三発、顔面に拳をめり込ませた。もっともブライトも思う所はあったのか黙ってこの修正を受け入れたが。
流石に見かねたタチバナ中将が止めに入る。
やがて、ティターンズはガンダムMk2強奪と言う失態から『アレキサンドリア』『ガウンランド』『ハリオ』の三隻をバスク・オム大佐に譲渡。
もともとアレキサンドリア級重巡洋艦はマゼラン級戦艦とサラミス改級巡洋艦の中間に位置する存在で基本的な艦内設計は一緒であった。
故に連邦兵士でも即座に対応できる。ティターンズ系列の兵士は下船させられ、ジャマイカン・ダニンガン少佐をお目付け役とした艦隊が急遽、サイド7を離れた。

「見ているが良い。軍事の事は軍隊であるわれら地球連邦軍が統括する。宇宙にいるエゥーゴなど簡単に掃討してくれる。
ブライト大佐、いいか? 貴様ら軍隊ごっこがしたいだけの素人集団であるティターンズは黙って我々地球連邦宇宙軍の活躍を横で見ていれば良い」

これを同格のブライトに言うのが彼なりの世渡りなのだろう。タチバナ中将も自らの権限を持ってしてこの『正論』を黙殺する訳にもいかず、艦隊の譲渡を認めた。
が、急造されたこの艦隊は母港に帰って来る事は決してなかった。
ジャマイカン・ダニンガン少佐らが最後に発信した映像は緑色の超大型MAに撃沈される『ハリオ』と迎撃に出たハイザックを撃ち落とす赤いMSの姿であった。




宇宙世紀0087.2.14

「ちくしょう!」

パミル・マクダミル中尉が病院のレセプトルームのロッカーに正拳突きをくらわせる。それをエレン・ロシュフィル少尉がオロオロする中、自分ことカムナ・タチバナ大尉とシャーリー・ラムゼイ中尉は医務室に横たわる自分達の上官の姿を見ていた。

「ジオンか!? エゥーゴか!? なんて卑劣な奴らだ!! よくも旦那を!!」

そう、たまたま演習と補給の為にエコール基地に停泊、半舷上陸していた自分たちはこの緊急事態を聞き、即座に駆け付けて、絶句した。
ホテル近辺はエコーズと北米州の州連邦警察、地球連邦中央警察、ティターンズ捜査部門、ジオン親衛隊が戦時下と見間違うほどの警備体制を敷く。
だが、何よりも驚いたのはあの子供の姿だった。あの旦那の娘の憔悴しきった顔。泣き出しそうな顔。それでいて復讐に燃える瞳。
一日前、面会が許された。そこに居たのは幽鬼の様な表情をした一人の女の子。
マナ・ケンブリッジだった。
彼女は友達だと言うミネバ・ラオ・ザビに詰め寄ったという。

『何故ミネバのお父さんは無事で、私のお父さんは死にかけてるの!? 答えて!!!』

そう言ってミネバ・ザビを、ドズル・ザビを、ゼナ・ザビを詰め寄った。
それは自分達と同時に到着したダグザ少佐にも同様だったと言う。曰く、『何故お父さんを守ってくれなかったのか?』と。
彼女はまだ10代前半でしかも誰よりも多感だった。あの時に一番にこう言ったと言う。お父さんが殺される。急いで。急いで。と。
ジオン・ズム・ダイクンが提唱したニュータイプなのかもしれない。場違いにもそう思わせるほどの直感力を持っていたのだ。
そして半信半疑で母親のリム・ケンブリッジが護衛のエコーズ12名と共に最上階のスィートルームについた時、正にこの時にドズル・ザビが潜入したテロリストの女を拘束していた。
そして、リム・ケンブリッジは見た。血だまりに伏せる伴侶の姿を。そして子供たちは見た。血だまりの中で、目を開かない父親の姿を。

「ウィリアム!」

必死に止血する母親。母が着ている白いスーツが真っ赤に染まっていくその姿をジンは、マナはただ目に焼き付けてしまった。
必死に心臓マッサージと人工呼吸を繰り返し蘇生作業行う母の姿は、あの欧州反攻作戦への出兵の日以上の恐怖を二人に与える。だが血が止まらない。血はいつの間にか母親の両手を真っ赤に染め上げてしまった。
それは一種の幻想さを持って二人の目に焼き付いた。兄のジンがしりもちをつく。黒のブレザーが折れ曲がる。
そして、父親から流れでた血は川となり、大理石の床を伝って、血がマナ・ケンブリッジの皮靴を濡らした。
そして失禁していたミネバ・ラオ・ザビが泣き出したとき、マナが動いた。

『お父さんをどうしたの!? ミネバ!!! 答えて!!!』




「彼の様態は?」

ゼナが聞いてくる。本来ならミネバを守るのは俺、ドズル・ザビの役目。その俺の代わりに撃たれた男。ウィリアム・ケンブリッジ。

(ゼナよ・・・・駄目だ・・・・無理を言うな・・・・その問いに答えられる訳がない)

心配するな、大丈夫だ。あの男は俺なんかとは比べ物にならないくらい強い。でなければ兄貴たちが認める筈がない。
そんな心配そうな顔をするな。あの男も浮かばれん。

そう言って俺はゼナを送り出したい。
だが出来ない。俺は嘘は嫌いだ。無能者にはなれるが嘘吐きに離れない。だから答えられなかった。
俺たちミネバの周囲にはジオン本国のサスロ兄貴から送られた親衛隊が護衛している。
俺たちも護衛の部隊とともにケネディ宇宙港からジオン本国に帰国しなければならない。
いつまでも此処に居てはあの女性にも迷惑がかかるだろう。それは避けたい。そして俺は昨日、地球を離れる最後の夜に集中治療室にいるあの男に礼を言った。



『ミネバを守ってくれてありがとう。次は俺がお前を助ける。だから死ぬな。生きろ』



と。



「お父様」

シャトルの座席に座るミネバが泣きそうな顔で俺を見上げる。
どうしたのだ? 無言でそう聞くとミネバは泣きながら言った。

「私・・・・・私・・・・・ジンお兄ちゃんとマナお姉ちゃんに嫌われちゃった。せっかくできたお友達なのに・・・・・お父様どうすればいいの?
どうしたら許してもらえる? お父様ならどうする? 私・・・・・いやな女なのかなぁ・・・・・ウィリアム様・・・・・死んじゃうの?
マナお姉ちゃんはもう私と会ってくれないのかなぁ・・・・どうすれば良かったの? 私が代わりうに死ねば良いのかな・・・・お父様・・・・助けて」

こいつは困った。まだルウム戦役やア・バオア・クー攻防戦の方が勝率があっただろう。それくらい追い詰められた。
娘の涙とはこれ程までに強力なのか? 柄にも無く笑顔でゼナが何かを言う前にミネバを安心させるように穏やかな声で伝えた。

「大丈夫だ。お父さんが一緒だ。それにミネバは何も悪くない。悪いのはエゥーゴとか言うテロリスト・・・・難しいかな?
悪い大人たちなんだ。この俺が、父さんが居る限りお前は安心だ・・・・・ジン君とマナちゃんにはウィリアムおじさんの体調が良くなってから謝ればすむさ。
お前たちは友達なんだから。大丈夫、ミネバとあの二人の間はこんな事では引き裂かれる事は無い。ずっと友達でいられるぞ」

本当?

本当だ。

ドズル・ザビは内心によぎった最悪の答え、ウィリアム・ケンブリッジの死という考えを無理やり押し殺して帰国する。
また、彼に、ティターンズ副長官としてではなく一人の大人として見てくれた男が死にかけているという事実に、ミナバ・ラオ・ザビもまた深い心の傷を負って帰国の途に着く。



地球連邦政府はティターンズ副長官ウィリアム・ケンブリッジ暗殺未遂事件発生と同日にガンダム試作二号機、ガンダムMk2が2機強奪された事を公表。
ジャミトフ・ハイマンは下手に隠蔽工作を行っても、どっかの誰かの馬鹿の選挙対策でリークされて明るみに出るであろうから、そうなるよりも先に自分達が抑えるべきだと感じた。
それは今のところ正しく機能しており、戦略核弾頭、戦術核弾頭が強奪された事も公表され、地球連邦軍は全力を挙げてジオン反乱軍(亡命軍と過激派双方が合流した事でこの名前が定着)を追討すると宣言する。
その一環として自分達ロンド・ベル隊、タチバナ小隊もアルビオンと共にエコーズ基地に寄港したのだった。
そして何も出来ない事に苛立つ。四人そろって宿舎のロビーで苛立つ。

「兄貴、兄貴はなんとも思わないんですか? 俺たち有色人種や姐さんらのような非主流派だった太平洋経済圏のみんながティターンズっていう超エリート部隊に入れたのは旦那のお蔭ですよ。
いわば俺たちの恩人です。それなのに・・・・しかも旦那は子供たちの前で撃たれたっていうじゃないですか!?
これじゃあ旦那や准将、あの子らが可哀想すぎますぜ!!」

そこで黙ってコーヒーを飲んでいたシャーリーがコーヒーを一気飲みして怒る。
ティターンズの士官用制服を着ていた為、飛び散ったコーヒーはあまり気にはならないがしっかりとクリーニングに出さないといけないな。
そう思いながら集中治療室に横たわっているティターンズ副長官を見続ける。

「うるさい! それくらいカムナ君だって分かってるわよ!!」

その剣幕に怯むパミル。そうだ。自分だって怒っている。だが、何ができる?
心臓の手前で止まった弾丸。ここにいる軍医やエコーズの医者では出来ないそうだ。
だから摘出手術をするのは医療の世界では最も有名な医者らしいが、それを監視する事か?
いくら世界最高峰の医者とはいえあの若さ。他に人材はいないのだろうか?
が、そもそも専門的な医療技術がある訳では無い自分に何かが出来る筈も無い。ならば成すべきことは少ない。

「祈ろう」

ふと、つぶやいた。それは全員に聞こえたらしく全員がこちらを見る。
そしてもう一度言った。今度は消えるような声では無く、しっかりとした凛とした声で。

「祈ろう。あの方は、副長官はこの時代に必要な方だ。だからきっと生きる、生きてくれる。そう信じよう」





一方、ジオン公国では激論が交わされていた。当然である。
今回のガンダム試作二号機強奪事件はジオンの交流団体が行ったいわば身内の反乱である。しかも連邦軍の横面を思い切り張り倒した行為だ。
ガンダムMk2を奪ったのもタチアナ・デーアという連邦に潜入させていたスパイ。即座に記録を抹消したがこういう諜報戦で一日の長がある連邦情報局であるCIAや連邦中央警察のFBIを騙せるとも思えない。
そして当然の事ながら、地球連邦軍も地球連邦政府もこの事態に対して、例の特殊部隊を派遣したジオン本国やジオン軍へ厳重なる抗議活動をかけている。
当たり前だ。ジオンの精鋭部隊がこんな事件を引き起こしたのだ。どう考えてもジオン側に責任の所在があろう。
彼らの派遣した部隊が地球に残ったジオン軍亡命軍と共同して地球連邦のトップシークレットだった機体を強奪した。
しかも戦略核兵器付きで。これで怒らない方がどうかしている。
この件はマ・クベ首相を経由してギレン・ザビ公王に直接知らされた。ウィリアム・ケンブリッジ負傷の報告と共に。
先に議題にあがったのはウィリアム・ケンブリッジの方だった。こちらは連邦軍の過激派、いやエゥーゴのメンバーが勝手に行った事だから対応がしやすい。
曰く、全責任はエゥーゴ支持者にある、ジオンは無関係である、と。

「それで、ウィリアム・ケンブリッジは死んだのか?」

今なおジオン公国の全権を担うと言って良いギレンは極めて冷徹に聞く。
ウィリアム・ケンブリッジは自分の親友のような間柄だがその間柄に、政治に私情を持ち込むほど落ちぶれてはいない。
晩年の父親は政治に私情を挟んで世界大戦の引き金を引いた。南極での講和条約締結をご破算にした。
さらには自分の息子たるガルマ・ザビの為だけに軍を動かそうとした。為政者として失格である。それだけは避けねばならない。
これを聞きマ・クベ首相は襟を正し、そこへ産休から復帰しているセシリア・アイリーンが紅茶を注ぐ。
デラーズはガトー大佐、シーマ准将と共に席に座り、その横には部隊を直轄していた事件当事者ノルド・ランゲル少将の姿もあった。
ジオン公国の上層部、その大会合である。そんな中でのギレン公王の発言にサスロ総帥を差し置いてマ・クベ首相が発言する。

「いえ、彼はどうやら無事なようです。辛うじて生きている事をジャミトフ・ハイマン長官からの直接通話で確認しました。
彼よりもむしろ問題は地球連邦のアースノイド市民の感情でしょう。彼らアースノイドは我らジオン公国が裏で糸を引いていると思っている。
このままいけばソロモンとグラナダの連邦軍の任務部隊の艦隊がジオン本国を攻撃する可能性があります。それだけは避けなければなりません」

現在の地球市民の反ジオン感情は悪化の一途を辿っている。それもそうだ。ガンダムを強奪したのだ悪化しない筈がない。
この点ではガンダム強奪事件を極秘扱いにしなかったジャミトフ・ハイマンの先見の明があったと言える。政府批判を巧妙にジオン批判へと動かし、尚且つ反ジオン暴動を抑えると言うのは並みの政治家では出来ない事だ。

(やはりあのウィリアムの上司達だけの事はあるな。マーセナスもゴールドマンもエッシェンバッハもハイマンも危険な男だ。
尤も、味方でいる間は非常に安心できる存在なのだがな。まあ良い。)

ここでアナベル・ガトー親衛隊第一戦隊司令にして大佐が発言を求める。
それを許可する議長役のエギーユ・デラーズ中将。伊達にギレン崇拝者と呼ばれてはおらず、その政務能力や統率力は侮れない。

「・・・・しかしマ・クベ首相、インビジブル・ナイツの様な救国の志、愛国の情熱を持った青年らを犠牲にするなど・・・・その点はどうお考えか?
我らの名誉や彼らの救国の志はどうでありましょうか?」

その言葉にシーマ・ガラハウ准将は内心で部下のガトーの評価を下げた。少なくとも第三戦隊司令官であるヴィッシュ・ドナヒュー中佐よりも遥かに劣る。
親衛隊は政治的な部隊でもある。それが地球連邦との関係を悪化させる発言をする様では困るのだが。
本人は武人なので仕方ない。仕方ないが仕方ないですませられない。だから注意しようとして手を上げ、それをマ・クベ首相が遮った。

「名誉? 大佐、今、貴官は名誉と言いましたな?」

確認する様に、いや、実際に確認するマ・クベ首相。
それに頷く事で答えるガトー大佐。

「ハ、首相」

その言葉には武人としての誇りと少数での奇襲作戦成功への感動があった。
それがマ・クベら文官やサスロ・ザビら官僚ら、シーマ・ガラハウを不快にさせた。当然だ。この事件でジオン公国の外交は大きく揺らいだ。
それだけでは無い。今回のガンダム強奪事件とエゥーゴへのジオン兵士の参加は別の意味でも問題を引き起こした。

つまり、『反乱』である。

これによってジオン政府のジオン軍全体への不信感も芽生えている。ジオンの反乱軍やアクシズがエゥーゴと手を組んでいるのは明白になり、ジオン国内もまた爆弾を抱える。
これを見ながらギレンは思う。

(エゥーゴは地球に残った北インドと北朝鮮の非連邦加盟国を利用して勢力を伸ばした。しかも我がジオンと異なり国家としてでは無く非合法組織としての勢力拡大である。
その為か、地球連邦警察の監視下に置かれており、今なお、危険視されている存在でもある。こんな厄介者と手を組むなど正気の沙汰では無い。
これが分からずにエゥーゴと組んだか。見誤るとはな。灯台下暗しとはよく言ったものよ。まさか子飼いの部隊に裏切られるとは・・・・・)

エゥーゴは現在のジオンにとって危険な劇薬。できれば処分したい。
それがマ・クベやサスロ・ザビの意見であり、珍しい事に過激派のエギーユ・デラーズもこの考えに賛同していた。
もっとも、政治的なバランスを取る為か表だっては中立を貫いているが。マ・クベの追及は続く。伊達に地球降下作戦でヨーロッパ全域に中近東を掌握してはいなかった。

「その名誉や独善的な志が我が国を窮地に陥らせている事はご存知か? そもそも何のための士官学校であり軍紀なのか?
彼らは一時の情熱とやらに浮かれて勝手に兵を動かして80億の人口を抱える超大国を再び敵に回す愚行を彼らは行ったのです。それがお分かりなりませんか?
大佐は親衛隊の第一戦隊と言う我が国最強の武力集団の頂点に立つ御仁。
政治的な面の強い私の事を嫌うのは結構ですが、大佐も政治の事についてもしっかりと対応して頂けないと迷惑極まりない。
ギレン公王陛下、私はこう考えます。兵士は個人的な感情で動いてはならない、と。
これは軍隊の大原則の筈。よって、敢えて私は諸兄らに提案する。彼らを、インビジブル・ナイツ、グラナダ特戦隊、さらにこれに同調する部隊を反乱軍として処断すべきである、と」

それはギレンの考えと一致する。
正直に言って今のジオン公国に地球連邦と事を構えるだけの余裕はない。そうである以上、地球連邦とは友好関係を維持するのが賢明。
また反乱軍がエゥーゴと手を組んでいる思われる以上、ザビ家の一族を暗殺未遂事件を起こした手前、それを処断しなければならないのだ。

「ですが、その・・・・・」

ガトー大佐はまだ何か言いたそうだったが、そこでシーマ准将が折衷案を出した。

『ならばガトー大佐が部隊を率いて彼らに投降を促せればよい。彼らが素直に取引に応じるならば銃殺刑は回避させよう。
それでどうか? これならばガトー大佐も納得しよう?』

と。あくまで処断はするが極刑は避ける。それでどうかと言ってくる。
ガトーとてこの事態がジオン本国を危機に晒しているのは分かっている。だからこそ、ガトーとしても無罪放免は主張しなかった。
ただ罪の減刑を求めたのだ。それが彼らの情熱に答える術だと信じて。が、政治の世界ではその情熱こそが危険である。
20世紀後半のアドルフ・ヒトラー、ヨシフ・スターリン、毛沢東、ポル・ポトらが一体全体何人殺したというのか?
まして奪ったのは核弾頭である。これがコロニーに使われたら一気に1000万人は死ぬ。
それは避けなければならない。ジオンの為にも、スペースノイドの為にも、地球圏全体の為にも。




宇宙世紀0087.02.25日

事件発生から約二週間。反乱軍とガンダムMk2強奪犯は声明を公表した。共同声明として現在の地球連邦の支配体制を批判。
地球は既に人類の住むべき星では無く、人類全体は宇宙に住むべきであると主張する。
更にだ、これに加えて反地球連邦運動の過激派閥「ヌーベル・エゥーゴ」とその指導者タウ・リンがジオン反乱軍と強奪犯を支援する事を正式に表明。
地球圏全土は嵐が巻き起ころうとしていた。
この情勢下で、首相官邸府であるヘキサゴンと呼ばれるビルにジャミトフ・ハイマンとブレックス・フォーラーが到着する。
戒厳令下のニューヤーク。首相だけでなく閣僚や軍上層部、更には財界の大物まで出来うる限りの連邦政府に影響力を持つ人間を守るべくエコーズは行動。
全エコーズ構成員が不眠不休体勢で彼らを守る。ジム・クゥエルが120機も展開する大規模な防衛線を構築した。マーセナス首相が入り、それを皆が迎える。その会議が始まる。

「ウィリアム君の件は残念だ」

それがマーセナス首相の最初の言葉であり、会議冒頭のあいさつであった。

「確かに彼は生きている。いや正確には生かされていると言った方が良い。辣腕家である彼の力を借りれられないのは痛いが、今はあのケンブリッジ家には関わらない方が無難であろう」

その言葉に頷く閣僚ら。忌々しい事だがまさかあそこまで厳重な警戒網を突破するとは思ってなかった。。
ここでゴップ大将が意見する。彼も統合幕僚本部長として8年間にも及んだ勤務からそろそろ解放しなければならない。
統合幕僚本部勤務は二期10年と相場が決まっているのだから。

「確かに。この2週間で面白いほどの情報が入ってきている。尋問こそ続けているが・・・・・幸い相手がテロリストであるから国内や軍内部の反発もない。
寧ろ同情票が集まっている。だが、この度の一件で未だに意識不明の重体である彼の現役復帰を望むのは非現実的であろう。
当面はティターンズの指揮権はジャミトフ君とブレックス君に任せようと思うが・・・・・どうかな?
ここで一極集中を行えばエゥーゴの再度のテロ行為を誘発するものと私は思うのだがね。身内の恥をさらすだけだが軍部だけでは彼らの、そして政府首脳部の安全を保障しかねる。」

ゴップ大将の意見にジャミトフ長官は思った。

(そう来たか。これは私への権力一極集中を嫌ったゴップ大将とマーセナス首相の行為だろう。特に次の地球連邦政府首相を極東州のオオバ首相かオセアニア州州議員のゴールドマンとしたいマーセナス首相としては番犬に首輪をつけたいと言う事か。
そしてこの提案に今まで軍の中立派であったゴップ大将の意見に乗ったか。彼も軍政家として辣腕を揮っている。しかも北半球方面軍総司令官であるグリーン・ワイアット大将とも仲が良い。
一方で南半球方面軍総司令官のジーン・コリニー大将は最近塞ぎ込むことが多くて表に出てこないがそれを良い事に代理のバスク・オムが勝手に動いている。
ガンダムMk2強奪犯追撃戦でアレキサンドリア級重巡洋艦を三隻、サラミス改級巡洋艦を5隻も失っておきながら、追撃戦失敗の責任をタチバナ中将に押し付けた。
もっとも、ノイエ・ジールと呼ばれている機体、大型MAはビーム兵器を無効にする上に対艦戦闘用に特化した兵器であったので仕方ないと言えば仕方ないのだろうが。
いや、前線で戦う将兵にとっては死活問題でも、後方にいる面々にとってはそれ程ではないのだから・・・・バスク・オムか。ウィリアムの言ったとおりの人物だったな)

そう思わざるを得ない。そこで次期首相候補の一人であるゴールドマン議員が発言した。

「ゴップ大将の件はそれでよろしいのでは無いでしょうか? ティターンズによる独裁政治化を最も恐れたのがケンブリッジ副長官です。
それならば彼の意思を継いで権力を分散すべきです。
また、これはエゥーゴやジオン反乱軍などの対テロ対策にもなる。理に適っていると私は思うのですが皆さんはどうでしょうか?」

レイニー・ゴールドマン(オセアニア州出身)の発言に靡く人々。分かってはいる。いつまでも一人の、自分ことジャミトフ・ハイマンの力だけでは動かない事を。
だが、だからこそ、自分と最も思想の近いウィリアム・ケンブリッジを副長官に任命したのだ。彼ならば融和政策のトップに、地球環境改善に相応しいと。
実際、この4年間の戦後復興は順調であったのは彼の、ウィリアム・ケンブリッジの活躍が大きい。自分から被災地に出向く行動力。物事の本質やいま最も必要とされる物資を見抜く力などは得難い能力だった。さらに何故か知らないが自分を初め多くの人々の希望になる。
しかも効率的に資金を運用してこの数年間でオーストラリア大陸の緑化政策は大成功を収めつつあった。また、水資源を利用した北アフリカのダカール周辺の緑化にも成功している。
本人は嫌々やったと否定するが今や彼は地球連邦でも最大クラスの政治家なのだ。既に一官僚では無い。
それが失われた。いや、失われつつある。そして意外な事に自分の心に大きな穴が開きつつあるのをジャミトフは感じた。

(失って初めて人はその価値の大きさに気が付くと言う。まさにその通りだ。まさにその通りだった。ウィリアム。お前は得難い人財だったんだぞ。
死ぬんじゃない。頼むから死ぬな。
私はお前の様な素晴らしい後輩に会えたことを誇りに思っている。だから私よりも先に死ぬな!)

ジャミトフが久しぶりに神に祈っている間にも議題は進む。ゴップ大将はこの機に乗じてティターンズの権限を従来の戦後復興にのみ集中するべきだと発言した。
強奪されたサイサリス(ガンサム試作二号機)、ガンダムMk2は地球連邦軍が奪還するべきであると。

(自身の復権? いや、どちらかというと保守派の穏健派のゴップ大将にしては露骨すぎる。これは別の意図があるな)

ウィリアムへの祈りの傍らで黒を基調としたスーツを着たジャミトフは思った。ゴップ大将は見かけによらず辣腕軍政家だ。
レビル将軍を支持する傍ら、戦争終結の為の独自の道筋を作り、ギレン=ウィリアム会談を成功に導いた。
そんな男が単に自己の権益を得る為だけにティターンズの権限縮小を望む筈がない。

「ゴップ大将、何故そこまでティターンズの勢力削減に取り組むのだ?」

レイニー・ゴールドマン国務大臣(地球連邦国務省=連邦政府内部の各州構成国の意見を調整する省庁)が聞く。
それはこの場の多く人間疑問だった。

「簡単ですよ、ティターンズ独裁を世に知らしめては、反政府組織であるヌーベル・エゥーゴや他のエゥーゴ派閥は団結する。
ならば地球連邦軍が代わりに彼らを鎮圧する。これは弾圧ではない。彼らは核兵器強奪と言う禁忌を犯している。
それに元々地球連邦軍は嫌われていますからな。それに実際問題としてエゥーゴは反ティターンズで纏まっている感じが強い。
ならば連邦軍が出る事でその旗頭を崩してしまうべきです」

言っている事は正論だろう。ティターンズの権限が強化されるにつれてエゥーゴの現政権に対する反発も強まった。
そしてそれが今回のガンダムMk2強奪事件に繋がっている。
しかし、それではジオン反乱軍についてはどうなるのか?それを聞かなければならない。

「ジオン反乱軍についてはどうお考えでしょうか?」

ブレックスがゴップ大将に質問する。それはこの場の大半の代弁になる。
黙って聞く。円卓会議室の各々の前に置かれた冷たい水とそれ専用の水のポットが結露して会議室の机の上に水たまりを作っていた。
軍服対スーツが3対7で連邦も民主主義、文民統制を復活させつつある現状で連邦軍に新たなる権限を与えたくないというのが政治家らのパフォーマンスだった。
しかし三機のガンダム強奪事件でそれは叶わない事象になってしまった。
サイド7で開発されていたガンダムMk2は奪われ、追撃に出た艦隊は壊滅。生き残りはサラミス改級巡洋艦『ボスニア』一隻のみ。
これでは連邦軍に出動を求めるしかない。ティターンズはあてにはならないと言う意見さえ上がっている。尤もその大半は反ティターンズ派の面々なので今さら感が強いが。

「ジオン反乱軍の拠点は分かっているのでないかな?」

逆にゴップ大将が聞いてくる。これに答えたのはパラヤ内務大臣(内務省=治安維持、国内航路整備など流通を主に手掛ける)だった。
因みにパラヤ議員。リベートを取るだけかと思ったらウィリアム・ケンブリッジと言うライバルが近くにいた為か精力的に行動しており、マーセナス首相やエッシェンバッハ議長、ブライアン大統領らから見ても及第点を与えられる活躍をしている。

「ここです、ニューデリー。北部インド連合の首都です。彼らはここにかくまわれています」


それを見てゴップ大将は言った。

「ならば簡単だ。外交筋から圧力をかければ良い。彼らが核兵器を使うと言うのならばこちらも核兵器で反撃するまでだ。
地球環境に与える被害を考えると心が痛いが・・・・・こればかりは仕方あるまい。そうではないですかな?」

反論は無かった。




「・・・・ジャミトフ・・・・貴様、大丈夫か?」


会議が終わった後で自分はブレックスに呼び止められる。連邦軍少将の軍服を着ている彼と私服のスーツを着ている自分。
思えば遠くに来たものだ。あのリニアカーで地球問題やジオン問題を議論していた頃が懐かしい。あの頃はまだ双方とも同じ准将だったのに。

「ああ、ありがとう。何ともないが・・・・それで一体何だ?」

書類を近場の机に置いてソファーに座る。
ブレックスもそれを見てソファーに座った。言いたい事があるのだろう。一体何を言いたいのやら。

「バスク・オムだ、あの男はやり過ぎではないのか?」

それか。
バスク・オムはティターンズの所属で無いにも拘らず、ティターンズの艦隊を自分の統制下において追撃戦を行った。
これで勝利すれば問題は無かっただろうが敗北した為に大問題が生じた。
Ω任務部隊司令官のニシナ・タチバナ中将が責任を取るのか、それともバスク・オム大佐が責任を取るのかで大揉めに揉めている。
これにガンダムMk2強奪事件のティターンズ側当事者だったブライト・ノア大佐の進退問題が加わってグリーン・ノアの人事は難航していた。
現在は第1艦隊司令官のクランシー中将が任務部隊司令官を代行している。

「それは思う。彼は過激すぎる。まるで誰かを・・・・・いや、この場合はティターンズそのものを排除したいのだと思う。
だが、少なくとも追撃戦を行った事に対しては問題は無い。敗れたのは将兵らの責任だと言う主張もあながち間違いでは無い。
敵艦は1隻、こちらはアレキサンドリア級重巡洋艦が3隻、サラミス改級巡洋艦が8隻居たのだ。
幾ら敵軍にノイエ・ジールやキュベレイ、リック・ディアスという様な映像で見た強力な機体が存在していたとしてもこの敗北は一方的すぎる。
これではバスク・オムよりも現場指揮官だった者の方を処断せざるをえないな」

ブレックスも同意見ではある。人情派の一人とはいえ、彼もまた地球連邦軍の軍人。何が良くて何が悪いかは分かっている。
が、それでもバスク・オムの態度はいただけない。
彼が数年前にア・バオア・クー要塞駐留艦隊司令官として勤務していた時の人事評価を見せてもらったが決して親スペースノイドでは無かった。
寧ろジオンやスペースノイドの反感を育て上げていたといっても良かった。それも当時のジオン将兵の発言を信じるなら故意に、である。
実はそれがインビジブル・ナイツとグラナダ特戦隊の決起に繋がり、ジオン亡命軍の軍事行動を誘発したのだが神ならぬ身の二人にはそこまでは分からない。
分かっているのはバスク・オム大佐が非常に有能でありながらも保身に長けており、止めに反ジオンと言う思想を持ってティターンズの足を引っ張る事に喜びを感じているのではないかという厄介極まりない事実である。

「そうだが・・・・・いっその事左遷してみてはどうだろうか?」

左遷か。考えた事も無かったがそれはありだ。が、問題もある。軍も企業と同じで露骨な左遷など出来ない。
まして軍人としてはそれなりに評価されている人物だ。だが方法論としては悪くない。左遷と言う考え自体は全く悪くない。寧ろ好都合だ。

「そうだな・・・・・コリニー大将は退役するのか?」

話を変えてみる。ふと一つの名案が思いついた。

「分からん。だが、往年の気迫はもう無いだろう。この8年間ですっかり痴呆の方も進行していると言う噂だ。
軍事参事官の職も解かれた。彼の影響力は無くなったと言って良い。問題は彼の派閥を事実上裏で操っている男、つまりバスクだ」

忌々しそうな声だ。珍しい。もっともサイド2の30バンチコロニーにG3ガスを注入してデモ隊の鎮圧を立案した大馬鹿野郎だ。
それを知った時のウィリアムの怒りは凄まじく、軍法会議に、いや刑事法廷に引きずり出せと言ったほどである。

「やはりバスク・オム大佐か。そうだブレックス、お前の所で飼い殺しには出来んか?」

Z任務部隊所属にして飼い殺しにする。だがこれには危険が伴う。仮にブレックスに何かあれば、いや、何かしてしまえば艦隊を掌握できるのだ。
Ω任務部隊とX任務部隊の二つしか充足を満たしてない以上、ここで予備兵力にして対ジオン抑止力のZ任務部隊を失う訳にはいかないであろう。

「出来ないとは言わないが、したくないと言うのが本音だな。あいつは生理的に好かん。
それに冗談抜きに寝首をかかれそうだ。そして任務部隊の指揮権をあの男に奪われる・・・・最悪の事態だな。
いっその事、前線に追いやってジオン反乱軍に殺されてしまえば気が楽なのだが・・・・・すまん、こんな愚痴に付きあわせてしまって」

珍しく気落ちしている。ああ、そうだった。今日は彼の両親の命日だ。ブレックス・フォーラーと言えども愚痴を言いたい事はあるだろう。

「何、気にするな。俺貴様の仲だろう・・・・・それにそうか。その手があるか・・・・・考えておく」

そう言って今日は二人で飲み明かした。昔のように。





エゥーゴ勢力と接触したシャア・アズナブルはエゥーゴ内部の徹底的な過激派である『ヌーベル・エゥーゴ』のタウ・リンと相互援助協定を結んだ。
地球経済圏の復興に取り残された感のあるルオ商会とAE社はキャスバル・レム・ダイクンに投資する事で地球圏全体の戦乱の発生を狙う。
方やシャアも思った以上に盤石なティターンズ体制、連邦=ジオン同盟を崩すべく暗躍を開始した。
この動きに同調するサイド1、サイド2、サイド4、サイド5の4つのコロニー群。総計20億の民が反地球連邦で動き出した。
また月面都市群の幾つかも地球連邦への反感を募らせており駐留艦隊のY任務部隊はこれの弾圧に乗る。
そして弾圧は更なる反発を招く。この反発が更に抵抗を呼ぶのだから人生ままならぬものであった。

「それで地球にいる同志たちにコンタクトを取れたのか?」

シャアがレコア・ロンド中尉(エゥーゴ支持の地球連邦軍士官)に聞く。傍らにはジオン軍の軍服を着たシグ・ウェドナー大尉とララァ・スン大尉の二人がいた。部屋にはこの四人しかいない。

「はい。これがジャブローの見取り図です。そして水天の涙作戦の方はこちらになります」

そう言って電子端末を見せる。赤い連邦軍の軍服を着たシャアことクワトロ・バジーナ大尉はそう言って確認する。
グワダン艦長のブラード・ファーレン大佐が入ってくる。姿勢を正す。後ろにはエゥーゴに潜入していたミアン・ファーレンの姿もあった。

「これは地球連邦議会が決議した報告書です。ご覧ください」

そう言いつつレコアはこれを出す。中には極秘と書かれた書類が入っていた。


『宇宙世紀0087.03.09 地球連邦首相は前線鼓舞の為に地球連邦軍南米基地ジャブローを視察する。
この際には国務大臣、副首相を除く全ての閣僚が参加する』


罠だな。赤い彗星は直感した。だが、罠にしては美味しすぎる。これに地上のジオン軍が乗らない保証はどこにもない。
まして彼らは核兵器を持っているのだ。これを使って地球連邦首脳陣を一網打尽にすればそれはそれで彼らの目的を達成した事になるのではないか?
だが、グワダン一隻だけでは援護は不可能。とりあえず今はエゥーゴの拠点である月面都市のアンマン市に逃げ込むのが先か。
グワダン艦内の水も食料も足りなくなっている現状ではこれ以上の放浪は自殺行為以外の何物でもない。
流石に火星圏から単独行動して、その後に戦闘まで繰り広げたのだ。物資も心ともなくなる。

「ブラード艦長、グワダンの経路変更。目標はアンマン市。太陽の陰に隠れながら補給に向かう」

ザビ家の体制は盤石。アクシズが動くまではまだ雌伏の時であろう。そう信じてシャアは漆黒の宇宙に消えた。




宇宙世紀0087、2月下旬。エリク・ブランケの父親が逮捕された。
彼はエゥーゴに内通した罪で治安維持法違反で懲役15年の判決をくらう。
それでもこの時の父親はエリク・ブランケの事をこう評した。

『ジオン公国の人間としては情けない限りだが、父親としてはあの子が自立した証と考える。
私は後悔してない。私が逮捕された事には。ただ後悔している事があるとしたらあの子ともう会えない事だけだ。
息子が、いや、エリク・ブランケ少佐に栄光あれ。ジーク・ジオン』




エコーズ市内。宇宙世紀0087.2.26

ティターンズは戒厳令を発していた。各地の部隊は第一種戦闘配置になり、ロンド・ベル隊は急遽招集される事になる。集結地点はエコーズ基地。
そのメンバーらの中には地球連邦情報局に移籍したレオン・リーフェイ二等警視やジオン公国から派遣されたレオポルド・フィーゼラー下院議員(ジオン側の捜査団代表)、レオンの妻レイチェル・リーフェイ(旧姓ミルスティーン)の三人がおり、全員スーツで話し込んでいる。
因みにスーツは全員がナポリの仕立服でネイビーのスーツだった。

「今のところ目立った情報は無し、か」

「そうね、ないわ」

地球連邦側のティターンズ捜査官でもあるレオンとレイチェルが言う。それを聞いたジオン公国下院議員の議員レオポルドは思った。
ジオン側はこの事件をミネバ、ドズルらのザビ家暗殺未遂事件としてジオン本国は調べているが、本当の狙いはウィリアム・ケンブリッジだったのではないのか、と?
その懸念を伝える。どうやら向こうの二人もそう思っていたらしくその件についてはすぐに同意した。

「あの時の状況を再現したメモリーディスクがある。もう一度見て見るか」

そういってレオンがノート型PCにディスクを差し込み、映像を流す。
まずはこうだ。第一に、扉が開く。開いた扉から警護担当だった中佐に化けた女、そう、この時点で誰からがメイクをして彼女を入れ替えていた。
本物の警護担当の人間はトイレで殺されていた。因みに現金2000万テラがその警護担当官Xの銀行口座に振り込まれていたがこれは恐らく擬態だろう。
そのまま扉を開き、銃口を向ける。使われたのは連邦軍の正式拳銃だ。サイレンサー付き。この時点で扉の前にいたSPは催眠ガスで眠らされた上で殺されていた。

(空調に設置されていた事を考えると、この暗殺計画は随分と前から用意されていたのだろうか?
だとしたたら重大な裏切り者がジオン、連邦上層部にいる事になる・・・・これは慎重に吟味する必要があるな。
誰が敵で誰が味方か分からない。これは独立戦争の方が余程気楽だ・・・・少なくともドズル閣下の怒りの方がまだましだ。)

レオポルドの思惑をよそに画像は進む。
そのまま発砲する女Y。三発の銃弾がケンブリッジ副長官の背中に、つまりミネバ・ラオ・ザビを庇った体勢の彼に着弾する。
鮮血が飛ぶ。その瞬間、ドズル・ザビが銃口をものともせずに突貫。Yを壁際に激突させる。この時に不幸中の幸いで火災警報装置が誤作動を起こしたため、警備兵や警護員全員が動き出した事が調査で分かった。
そして何故か父親の危険を察知したというマナ・ケンブリッジの声に導かれ、白いスーツと白いスラックスを着用したリム・ケンブリッジが到着。
即座に止血作業に入る。一方でYはドズル・ザビに一本背負い投げを受け、大理石に頭を強打。そのまま彼が関節技で羽交い絞めしている隙に警備の一人が銃を奪う。
舌を噛み切ろうとして、そこにジン・ケンブリッジが慌てて自分の手を入れてそれを防ぐ。
結果、暗殺者である女Yは確保できた。

「何度見ても嫌な映像ね」

レイチェルがそう言う。同感だと言う感じでレオポルド議員も頷いた。ドアがノックされる。
咄嗟に全員が拳銃を懐から引き抜き、安全装置を解除して構える。

「どうぞ開いています・・・・・ゆっくり・・・・ドアを開けなさい」

レイチェルがそう言う。懐からは拳銃を引き抜いている。
無言でドアの左右を固めるレオン捜査官とレオポルド議員。この点は双方とも従軍経験があるので、この手のものはお手の物だ。
そして入って来たのはジオン捜査団の秘書官の一人にしてギレン・ザビ時代の総帥府勤務だった女性。
例のジオン公国最後の反乱と呼ばれた『暁の蜂起』の情報を、アンリ・シュレッサーが首謀者だと突き止める切っ掛けの情報を一番初めに知ったと言う女性でレオポルドの幼馴染。

「ちょっとちょっと、レディにこれはないんじゃないですか?」

銃口が向けられても平然としているのは流石ザビ家、否、サイド3のエリートであろう。
伊達にレオポルドと一緒にジオン警察と共にアンリ・シュレッサー准将捕縛の為に首都防衛大隊本部にいった訳では無かった。

(尤もアンリ・シュレッサー当人は依然として行方知れずであり、今なお懸賞金付きでジオン警察が追っているが。
或いは今回のエゥーゴやドズル閣下、ミネバ閣下暗殺未遂事件と何か関係があるのかも知れないな)

トースターにバター、コーヒーにサラダ、卵焼きにベーコンという朝食を4人分持ってきた彼女、エリース・アン・フィネガン捜査官を見ていつの間にか朝が来た事を知る。

「はい、みなさん朝食です。少し休みましょう」

そう言って配膳するエリース。だが次の言葉にエリースを除いた全員の動作が止まった。

「そう言えばリム・ケンブリッジ准将が例の暗殺者との面会に向かったそうですけど・・・・知っていますか?」

愕然とする三人。食器を叩きつけるように机に置いて、駆け足で直ぐに部屋を出る。不味い。非常に不味い。
リム・ケンブリッジの焦燥は今でも思い出させる。
謝罪するドズル・ザビを睨み付け、彼の手を握っている女将官。ただひたすら願う。ただただ願い乞う。



『ウィリアム・・・・死ぬな・・・・死ぬな・・・・死ぬな・・・・死ぬな・・・・死ぬな・・・・死ぬな・・・・・お願い・・・・・お願いだから死なないで。
私を置いて逝かないで!! ウィリアム!! 目を開けなさい!!! 早く目を開けてよぉ・・・・耐えられない・・・・・こんな事・・・・・・こんな事って無い・・・・・私より先に死んだら許さない。
絶対に許さない。だから目を開けて・・・・・・お願いだから・・・・・何でもするから!!
だから子供たちを置いて死なないでよ!!! お願いだから目を開けてぇぇぇ!!!』



子供らが寝たのを確認した途端の狂乱。それだけ彼女は追い詰められた。戦後8年だ。紛争も身近には無く、退役した彼女にとって突然舞い降りた死神とその鎌。
それが彼女から理性を奪っていく。
手術は成功した。だが、彼の意識は出血多量により戻らない。それが恐ろしいのだ。
彼女は、いや、あの一家はずっと集中治療室の前で殆ど寝る事も食べる事もせずただ夫の、父親の、ウィリアム・ケンブリッジの回復を願っていた。
それは見ていて痛々しい程で、慌てて駆け付けてきたブッホ書記官やダグザ少佐が無理矢理睡眠薬を投薬して眠らせたほどだ。

(その女性が一人で面会? しかもこんな朝っぱらから? 誰にも相談せずに? 絶対に何かする筈だ!)

レオポルドが焦っている傍ら、ティターンズのロンド・ベルに配属された者に配られている特注の無線機で周囲の者に連絡を取るレオン捜査官。
そう言えば彼は情報部の出身だったな。ならばこういう事は慣れていて当然だな。

「こちらレオン、繰り返します、こちらレオンです。レイヤー隊長、カムナ隊長、ダグザ少佐、至急取調室に急行してください。
訳は後で伝えます!!急いでください!! はい、そうです、お願いします!!!
マイク、聞こえるか!? そうだ、俺だ、いいか、ガスバーナーか爆薬を持ってこい。何許可が下りないだと?
だったら近場の整備兵でも軍人でも警察でも捕まえてこう言え!! 地球連邦の北米州CIAを敵にしたくなかったらぐずぐずするな!!とな!!」




夢を見た。夫が死んでしまう夢だ。ウィリアムが私の手の届かない場所に行ってしまう夢だ。

夢を見た。子供たちが泣いている。今はもういないウィリアムと言う存在に対して泣いている姿だ。

夢を見た。喪服に身を固めた自分が墓石の前に立っている。泣き崩れる自分の姿だ。

夢を見た。墓石の前で高笑いする人間どもの、あの女の夢だ。

夢を見た。娘が笑いながら人を、あの暗殺者を殺している。そしてより多くの人を殺す光景だ。

夢を見た。息子が泣きながら娘の首を絞めて殺している姿だ。娘は達観した表情でそれを受け入れている。

夢を見た。きっとこれは未来なのだろう。ああ、そうか。きっと最初の分岐点はマナがあの女を殺すところ。

夢を見た。覚めない悪夢を見た。私の大切な大切な、愛しい愛しい存在たちを奪われる悪夢なのだ。



あの女を殺さなければならない。そうしなければマナとジンとウィリアムが殺される。



これは戦争だ。



だから私はあの女を殺す。



娘が道を外さない為に。兄が妹を殺すと言う最悪の災厄を回避する為に。



私は私の意思であの女を殺す。



そうしなければ私は私の家族を、私の大切なモノを奪われてしまう。




気が付けば私は警護官を部屋から追い出した。どうやって追い出した?
・・・・・思い出せない。
そもそも何故私はここにいる? 右手に持っている注射器はなんだ?
そして追求した。一体私は何をしているのだろうか? 
そう思うが、目の前で両手を後ろ手を拘束されたこの女の前ではそれさえもどうでも良い事に思える。

「久しぶりね、私を覚えている? ミスY?」

そう言う。この女を最初に見て思い出したのは雪の降るニューヤークのホテル街。
あの日、ウィリアムが私に婚約を決意したと言うあの日、私から元彼を奪った女。
地球連邦T=20の一人として副連隊長とてしてジオン公国に、当時のサイド3、ジオン共和国に赴任し、例の赤い彗星とザビ家の貴公子によって武装解除され、軍籍を剥奪された女。

「ええ、覚えているわ、クソアマ。で、何の様かしら?」

どうやら覚えている様だ。最早この女に理由などもう問うまい。
そんな必要はない。この女は全く持って反省してない。
そんな輩に慈悲など必要ない。
私は夫とは違ってカトリックじゃないのだから、右を殴られて、左も殴られる趣味は無い。

「別に・・・・・簡単よ。あなた・・・・私の夫を撃ったわね? それも最初から夫を殺す気で、ウィリアムをあの子たちから奪うつもりだったのね?


それがどうした? この女の目がそう言っている。
許せない。あの時も自分から男を奪った。その後も嫌がらせを続けた。
そして今まさに最愛の伴侶を奪おうとしている、自分の希望である娘と息子まで奪おうとしている。
少なくともリム・ケンブリッジはそう信じていた。

「そう、なら、私が貴女を殺しても問題は無いでしょ?」

そう言って一気に彼女を押し倒す。このやり取りの一瞬で、リムはYの首筋に即効性の麻酔薬を注射した。
流石の女もまさかいきなりの実力行使とは思わなかったのか唖然とした表情を見せた。

(気に入らない!)

Yの首に両腕を挟み込み全体重をかけてYの肺を押し潰す。窒息死させる気だ。それもかなり苦しませる。
気が付かずに笑みが出る。涙が出そうだ。いや、泣いているのかも知れない。だが、これで私の未来も終わりだろう。
理性がそう言うが感情が命令する。未来がどうした? 自分の子供らが人殺しになり、兄が妹を殺す未来などどんな価値がある。
命を賭けて私はあの子たちの未来を守らなければならない。だから私はそのきっかけを壊す。その可能性を否定する。
それが私に出来る最後の仕事。最愛の人たちを守る最後の仕事。

「死ね・・・・・死ね・・・・・・死ね・・・・・・・・死ね・・・・・・・・死ね」

ただ呟く。
ただただ呟く。

「あの子たちの為に死ね。私とウィリアムの為じゃない、あの子たちの為に!!」

力が強まった。女は、暗殺者は今にも死にそうで、必死に両手をリムの肩に当てる。が、先ほど注射した麻酔の影響なのか殆ど力が出ない。
そのまま意識が失われていく。

「ウィリアムの仇よ」

そこには狂った笑顔を見せながら泣いている女性の姿があった。涙がYの着ている囚人服の上に滴り落ちる。



死ぬ。



これであの夢の様にマナがこの女を殺す事も、ジンがマナを殺す事もない。



全ての罪は私が背負えば良い。



だから死ね。死んでしまえ。そう思った。心の底からそう思った。



正にその瞬間である。



『爆破しろ!』

爆音。そのまま私は誰かに突き飛ばされた。

『脈拍確認!! 生きてます! 失神しているだけです!!』

『よし、まずは准将閣下を隔離しろ、レオン、マイク、絶対にこの事を閣下の子供らに知られるな!!』

『パミル、エレン、Yを連れて行け。シャーリーはそのまま俺と一緒に准将を抑えろ。誰でも良い秘密裏に医者を呼んで来い』




何が起きたの? 何故私は床に押し付けられている? 

あの女はまだ死んでない!? 駄目!! 殺さないと!! 早く、絶対に殺さないと!!

あの女を殺さないと!!! 

マナが人を殺してしまう!! 

ジンがマナを殺してしまう!!! 

そんなの嫌ぁぁぁ!!




『あ、おい! 暴れさせるな!!』

『医者は・・・・くそったれ!! 医者はまだなのか!!』

『兄貴、医者ですぜ!!』

『遅くなりました・・・・こ、これは!?・・・・・さ、先に准将閣下を見ます』

『何か手伝う事は無いの!?』

『ならとにかく右手を抑えて!! そうです、中尉、そのまましっかりと!!』

『よし、注射は終わった。後は薬が効きだすのを待つだけだ・・・・誰が抑えつけろと言ったか!?
丁寧に扱え・・・・・退役されたとはいえ我々の勝利の女神だぞ・・・・・こんな事をしても何も変わりませんよ、艦長』

『と、とにかく彼女も病棟へ・・・・・で、誰がこの事態をあの子らに告げに行く?』

『・・・・・自分が行こう。俺が副長官の側を離れた時に起きた事件だ。
俺にも責任はある。それが俺の・・・・・歯車としての役割だ』

朦朧とする意識の中、私は思った。

(ウィリアム・・・・・マナ・・・・・ジン・・・・・お母さん・・・・・お父さん・・・・・ごめんさない・・・・・駄目な女で・・・・・・ごめんなさい・・・・・本当に・・・・・ごめんなさい)




宇宙世紀0087.04.30

地球連邦軍の目を掻い潜ったインビジブル・ナイツとジオン亡命軍、グラナダ特戦隊が行動を開始する。

「行くぞ、水天の涙作戦開始だ!」

マレットが命令を発する。

「全機、発進。各地の同胞達の決起とエゥーゴの協力に感謝を!!」

エリクが確認する。

彼らの目的は何か、それはまだ誰も知らない。
彼ら以外には。

戦場まで何マイルか? その戦火の先にある存在は何か? その答えを導き出すのは誰なのだろうか?

宇宙世紀0087、戦後8年。遂に新たなる火蓋が切って落とされる。



[33650] ある男のガンダム戦記 第十九話『主演俳優の裏事情』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:8b963717
Date: 2013/01/02 22:40
ある男のガンダム戦記19

<主演俳優の裏事情>




宇宙世紀0087.03.31 ジオン本国ズム・シティにて。

「ふむ・・・・そろそろ切り崩しをかけるか?」

そう呟いたのはジオンのトップ、ギレン・ザビ公王。傍らにはドズル・ザビとサスロ・ザビがいた。他には誰もいない。
地球各国、つまり地球連邦構成州への弁解に走っているマ・クベ首相がおらず、宇宙艦隊を統括するデラーズは執務でいない。
この日、事実上の独裁国ジオン公国上層部は新たなる手をうたんとしていた。
が、そこに思わなかった方向から横やりが入る。

「だがギレン兄貴。そう簡単にいかんのではないか?
アクシズ・・・・兵たちの中には我らを恨んでいる者もいるだろう・・・・・なぜこんな扱いを受けたのか、とな。
そしてそれを逆恨みしている可能性は極めて高いと思うのだが・・・・兄貴はその点をどう考える?」

実の娘を目の前で暗殺されかけたドズル・ザビは彼らしくなく猜疑心に固まっている。そのドズルが聞く。長兄ギレンに。
まあ誰だって娘を暗殺されかけたらそうもなろう。それにインビジブル・ナイツとグラナダ特戦隊の行方が分からないのだ。反乱行為に核弾頭を強奪したと言う最悪の部隊が、だ。
現在、空母機動艦隊を中心とした地球連邦海軍が太平洋全域で活動中であるが、この短時間で僅か数隻の潜水艦をあの広大な海洋から見つけ出すなど不可能。
止めに陽動なのか、旧マッド・アングラー隊を中心としたジオン反乱軍の海中艦隊は未だに通商破壊作戦を繰り広げており、更には海賊行為で物資を略奪していると聞く。
ジオン反乱軍としてはれっきとした正規の作戦のつもりなのだろうが、南極条約やリーアの和約から見れば単なる海賊行為でしかない。
第三者から見てもその通りである。そしてギレンは弟の問いに答える。彼独特の冷徹な思考で。

「アクシズに向かったのは主にマハラジャ・カーンらダイクン派の将官や佐官だ。それに旧キシリア派が加わる。が、逆に言えば士官以上が反ザビ家であって兵士らはそうではあるまい。
そう考えれば兵士の反感を恐れる必要はあるまい? 寧ろ問題は地球圏に舞い戻ったと言うシャア・アズナブルの方だ。赤い彗星だ。
ドズル、お前はあの男の正体を知っているか?」

ギレンの問いに唸るドズル。一体誰の事だ? 赤い彗星に別の顔があるのか?

「どうやら知らないらしいな。あの男はシャア・アズナブルであってシャア・アズナブルでは無い。
奴はキャスバル・レム・ダイクンだ。我々ザビ家が謀殺したと思っているジオン建国の父、ジオン・ズム・ダイクンの息子だよ」

馬鹿な!? 思わずドズルが玩具のHLVを砕く。

「ふ、お前の言う通り性質の悪い冗談ならよかったのだが・・・・残念ながら事実だ。
そしてそう考えれば例の連邦軍兵舎襲撃事件でガルマを煽ったり、第九次地球周回軌道会戦やそれ以前のV作戦哨戒作戦での赤い彗星と呼ばれた男にしては不可解な行動の説明もつこうと言うモノだ」


ギレン公王は珍しく忌々しそうな表情でティーカップを机の上に置く。ガチャリと音がした。
この場には三人しかいないにも関わらず、ドズルの声は途端に小さくなった。

「では第九次地球周回軌道会戦での不可解な行動はガルマを謀殺する為に?」

「そうだ。それにアンリ・シュレッサーの『暁の蜂起』やマハラジャ・カーンの『アクシズ逃亡』もそう考えれば辻褄が合う。嫌になるくらいに、な。
我らザビ家はまんまと出し抜かれていた訳だ。尤も致命傷になる前に対処できたから良かったが」

ガルマを利用したザビ家独裁体制の瓦解がキャスバル・レム・ダイクンの真の狙いでありその為の偽装入隊。
間違いない。その可能性は十分あり得る。それがギレンとサスロの結論。
と言う事はだ、自分ことドズル・ザビはあの若造の掌の上で踊らされていたのだ。

(では・・・・では何も知らない馬鹿とは自分の事か!?)

それを思うと一気に頭に血がのぼった。ドズル・ザビは怒りに身を任せる。

「あ、あの若造が!!」

思わず怒鳴り声を上げる。それを制するギレン。本題は其処では無い。本題はミネバ暗殺未遂事件の犯人が喋った方だ。
あの日、ミスYは恐怖した。狂気にかられて自分を殺そうとした人間の存在、つまりリム・ケンブリッジの行為に対して正気に戻されたと言って良かった。
そして驚愕の真実を述べた。彼女を極秘裏に支援したのはメラニー・ヒューカーヴァインAE社会長だという。
これが事実なら地球連邦とジオン公国に対する、いわば新秩序への重大な反逆行為であり、AE社は地球連邦やジオン公国による取り潰しも覚悟すべきである。
今、地球連邦中央警察、地球連邦中央検察局、ジオン警察の三者がAE社の取り調べの為に動き出そうとしている。
が、やはり一代で地球圏最大級の企業を築き上げた男の実力は大したものであり、物的証拠が既に無く動くに動けない状態だ。
テロリストとはいえ、人権を擁護する連邦憲章がある以上、彼女の自白だけでは証拠にならない。物的証拠が必要なのだ。それは司法捜査の大前提。
そしてそんな事は簡単にいかないのが当然の事である。
これは刑法の大前提なのだから。状況証拠だけでは起訴に持って行けないし、何より相手がデカすぎる。
いくら復興需要に乗り遅れたとはいえAE社程になれば大抵の事はもみ消せるはずだ。
さて幾分か脱線したが、話を例のシャア・アズナブルとアナハイムの関係に戻す。

「で、だ。シャア・アズナブルはAEに匿われていると考えて良い。それにタウ・リンとかいうテロリストのヌーベル・エゥーゴもかなりの戦力をAEから貰っている筈だ。
未だゲルググやザクが主力の我が軍だけでは対応は困難であろう。違うか、ドズル?」

ここでドズルにバトンを渡す。地球連邦との協定、つまりリーアの和約により退役したとはいえドズル・ザビの威光は絶大。
伊達にルウム戦役、ア・バオア・クー攻防戦の立役者、ジオン最大の勝者では無い。
この二点から、現時点でもジオン公国軍軍部にも支持者は多く、ジオン軍の現状や情勢に関しては頼まなくても勝手に入ってくる。

「・・・・・兄貴、悪いが無理だ。期待していた新型機のマラサイは全機が奪われた。あと残っているのは試作型しかない。
それにアクシズが投入してきたと言うG3、キュベレイ初号機か、これ程の機体に対抗するだけの機体はジオン本国にはない。
作れと言うなら作れる。だが、作るとなればリーアの和約を放棄する事になる。かといって連邦との共同開発となると我が軍の技術が外に漏れる
技術的な優位性を放棄する事は現時点では最悪だ。連邦軍に付け入られる隙を自ら作る事になるからな」


八方塞だ。そう言ってドズルはソファーに座りこんだ。
まあ、この展開は予想していた。ジオンの国力は地球連邦に比べて30分の1以下であり、圧倒的に劣勢だ。
それが彼ら連邦軍にもう一度付き合って軍拡をしていれば破産だ。それが分かるからマ・クベ首相は強引にでも軍備縮小を行ったのだ。軍部の反発を覚悟の上で。
この点はティターンズと言う受け皿を作れた地球連邦とは違った。
マーセナス首相を中心とした地球連邦政府はティターンズにも軍への指揮権を与える事で軍事予算の分散を計画、これを成功させる。
まあ一種の派閥争いをさせたと言う事だろう。それが曲がりなりにも上手くいったのは奇跡だ。戦後最大級の功績である。
結果論だが、地球連邦軍の軍事予算は当初の見積もりの3分の1になり、ティターンズの権限は巨大化した。ジャミトフ・ハイマンの掲げる地球再建計画遂行の為に。
そう言う意味でもティターンズは成功したと言える。経済的な面で。

「軍縮の件はまあ仕方あるまい。そういえば・・・・資料によるとノリス・パッカードだったな、ガンダムMk2強奪現場にいた我が軍の将官は?」

途端に話が変わる。良く分からないが取り敢えず頷くドズル。

「ふむ・・・・ならば彼に反乱軍討伐の総指揮を取らせよう。アナベル・ガトーの第一戦隊も彼の指揮下に入れよう。
第二艦隊とジオン親衛隊第一戦隊の主力を合流させて特別任務部隊を編成する。
これは公王としての勅命である。ギレン・ザビが命ずるのだ。Noとは言うまい」




「それでミスター・リンはどうお考えか?」

グワダン控室。接触したヌーベル・エゥーゴの指導者であるタウ・リンとシャア・アズナブルは対談する。
その内容は過激であった。もしも地球連邦政府の関係者がいれば即刻この二人を逮捕し処刑する程の苛烈さであった。

「ジャブロー核攻撃は中止した方が良い。それをやっても連邦の体制は変わらねぇ。寧ろ一致団結させて報復戦を行わせるだろう。
例のジャミトフ・ハイマン長官はガチガチの地球至上主義者だ。それが核兵器で大気汚染されるなど許さんだろうからな。
それに、だ。僅か10機前後でジャブロー基地の強固な防衛線を突破出来るとは思えない。何より核兵器の運搬手段が無い。
それならば連中を宇宙に上げるべきだ」

コーヒーを口に含む。
所見でクワトロ・バジーナ大尉と名乗った人物の正体を、件の赤い彗星だと看破して、『嘘を言うなら取引は無しだな』と言い切っただけの男である。
常識的な、それでいてどこか狂気を感じさせる様な雰囲気を持っている。

「それではジオン地上軍の同時決起は失敗に終わるのではないかな?」

懸念されるのはヨーロッパ、ロシア、中央アジア、中近東、インド洋に展開するジオン地上軍、ジオン公国や地球連邦軍の言葉を借りればジオン反乱軍である。
彼らの援助はエゥーゴと非連邦加盟国を経由しているとはいえ、既に先が見えている。このまま地上でゲリラ戦を続けても彼らの結末は唯一つ。それは『死』だ。
そう考えれば決起を思いとどまらせるのも一つの手だし、逆に最後の死に花を咲かせてやるのも慈悲と言うモノ。
が、シャアの予想に反してタウ・リンは嫌な事を言ってきた。地図のある一点を指す。

「連中の、そう、マッド・アングラー隊だったか、これにここを襲撃させろ。そしてインビジブル・ナイツとグラナダ特戦隊にはここを狙わせる。
目標は地球連邦宇宙軍の高官共が一堂に集まるこの式典。ジオン公国との共同儀典」

それを見てシャアも納得した。確かに狙うならこちらの方が良い。そして全ての責任は反乱軍とエゥーゴの負わせてしまえば良い。
そう外道な考えが頭をよぎる。彼にとっての最優先目標はザビ家の抹殺と現在のジオン公国の解体。その為にはエゥーゴの理想もジオン反乱軍の情熱も単なる道具だ。
もっとも建前はキャスバル・レム・ダイクンとしてジオン本国解放、ニュータイプによる新秩序確立を望んでいると言っているが。
が、そのお題目も目の前の男には通じなかった。

「なあ赤い彗星・・・・・お前さん、世直しなんて考えてないだろう?」

それがタウ・リンの最初の言葉だった。
確かにそうだ。今の自分は世直しなど考えてない。あるのは自分から母親を奪い、父親を殺し、更には正統な地位の座から自分を引き摺り下ろしたザビ家への憎悪。

「・・・・・よかろう。まずはジオン地上軍の行動に合わせよう。そして。これだな」

一枚の映像を見せる。それは月面フォン・ブラウン市高性能天体観測望遠鏡が撮影した核パルスエンジンのノズル噴射光である。
それはアクシズの移動。ジオン本国の命令を無視して帰還を開始したアクシズ。これはジオン本国にとって明白な反乱行為であった。
ハマーン・カーンはシャア・アズナブルとの密約に従い、アクシズにいる数万の将兵に対して強制的にルビコン川を渡らせた。
また、ギレンの予想とは異なりとっくの昔に洗脳が終了したアクシズの兵員たちの大半はアクシズに残る。
後世に残る、ギレン・ザビの数少ない失政と言われる事件、アクシズの乱であった。




宇宙世紀0087.03.29、地球連邦首都、ニューヤーク市炎上。この攻撃成功と同時にアフリカの宇宙港から二機のHLVが打ち上げられた。
一方で地球連邦軍は極東方面に精力を傾けた。
これはジオン公国が独立戦争前にばら撒いた核兵器を脅しに、北朝鮮は独自路線を貫いた事が要因である。

『地球連邦とその属国には屈しない』

北朝鮮の事実上の挑発宣言。これを受けてジオン、連邦両国と両軍は手を出す事が出来なかった。
また、ジオン反乱軍は以前にゴップ大将が言った様に、彼ら反乱軍の主だった面々はアフリカ大陸、ヨーロッパ各地に点在していた。そして成功する一大奇襲作戦。

『ニューヤーク攻撃成功』

当然の如く連邦現政権であるマーセナス政権の権威の失墜は巨大であり、方や今まで煮え湯を飲まされてきたと信じていた反地球連邦勢力であるエゥーゴやジオン反乱軍の士気を向上させた。
またこの攻撃の最大の支援国は北部インド連合であり、『中華』ではなかった。虚を突かれたと言っても良い。
その為、地球連邦の迎撃網を掻い潜り、2機のHLVは衛星軌道まで脱出した。それが宇宙世紀0087の4月2日の事である。

「反乱軍を掃討せよ!」

「ジオニストに死を!!」

「エゥーゴ支持者を絞首刑に!!!」

地球各地で発生したデモ。戦後8年。ウィリアム・ケンブリッジが唱えた融和政策は崩壊の瀬戸際に立たされていた。
地球連邦最大の都ニューヤーク市が巡航ミサイルによって攻撃され、死傷者が3万人を超えたのだ。しかも民間人である。
これは統一ヨーロッパ州へのジオン侵攻以来の大損害であり、しかも武装勢力が行った事で史上最悪のテロ行為であると連邦政府は断定した。
だが、地球連邦軍にとっても連邦政府にとっても憂鬱だった存在がまだある。
それは奪取された核兵器だ。この核兵器は未だ使われてない。北部アフリカ州のジオン反乱軍HLV保有基地からそのまま宇宙に持ち出されたのだ。
これを脅威と感じたのは意外な事にエゥーゴ派のコロニーサイドである。逆にジオン本国は根拠の無い楽観論と同胞愛に傾いていた。
歴史上の事実となるのだが、エゥーゴとジオン反乱軍は共同歩調を歩んでいるだけで公的な共同戦線や公の同盟関係にある訳では無いし、各コロニー市民は一年戦争(ジオン独立戦争)で自領土を戦場にされたり、ジオン軍に物資や資金を徴発されたり、占領されたりした事を忘れた訳では無い。
何せあの大戦からまだ戦後10年も経過してないのだから。

少数故に機動力に富んだジオン反乱軍とエゥーゴ、大軍故に官僚的であるために後手に回る地球連邦と反ティターンズ感情と北米州への警戒感から手足を縛られたティターンズ。
未だ有効な手をうてない地球連邦軍に対して不信感を持つサイドの自治政府達とエゥーゴに参加する月市民やスペースノイド。
不安は高まるのだが、公式には独自の軍備など存在しないコロニーサイド。
実際配備されている部隊は地球連邦軍のサラミス改級巡洋艦2隻で構成された哨戒部隊4グループとMS隊60機2個連隊だけであった。
MSも旧式のRGM-79ジムであり、ティターンズ向けの新型MSハイザックやサイド3に本拠地を置くジオン軍が配備しているガルバルディβ(ジオン親衛隊使用)やゲルググM(ジオン公国正規軍使用)などに遥かに劣る。

地球連邦軍 配備MS 5,000機以上 戦闘艦艇 約500隻(リーアの和約の凡そ70%)
ジオン公国 配備MS 820機    戦闘艦艇 約200隻(リーアの和約、限界)
各サイド自治守備隊 配備MS12機 戦闘艦艇0隻 戦闘作業用ポッドボール36機

ジオン反乱軍 推定配備MS300機前後(通信・連絡が途絶えたアクシズ方面軍も含む)、戦闘艦艇不明。
地球連邦エゥーゴ派 不明

これだけ見れば各コロニーの不安や不信感の大きさが分かると言うモノだ。
だからこそそこに付け込む勢力があった。
それは月面都市の本社を置くアナハイム・エレクトロニクス社である。AE社は旧型のジムやジム改などを各コロニーサイドに修理重機扱いで販売。巨額の富を得る。一方で、多くの火種を売りつけて行った。




宇宙世紀0087.04.15。宇宙要塞ソロモン

地球連邦宇宙軍に厳命が下された。宇宙に逃げ出したテロリスト集団であるジオン反乱軍の掃討、それである。
これを聞いたティアンム宇宙艦隊司令長官はあまり乗り気では無かった。実戦部隊はあくまでジオン公国軍と相対する為の存在。
テロリストの様な小集団に対抗する様には訓練されてない。まして相手は核兵器を4発も所持している。
下手に大軍で動けば格好の標的では無いのか? そう言う懸念があった。ましてや命令を下したのはア・バオア・クー戦で自分達を利用した北米州の政治家共。
ティアンム宇宙艦隊司令長官はその心の奥底で、かつて自分達を嵌めた人間、その尻拭いの為に動きたくない、という思いもあったのかも知れない。
が、それでもティアンム提督は命令に従った。しぶしぶではあったがウィリアム・ケンブリッジが引いて、その後に走らせた和平と言う名前の列車。北米州主導の戦後復興。
この8年間の成果は彼をしても認めざるをえない成果だったのだから。よって呼び鈴を使って副官を呼び出す。

「ワッケイン中将をここに呼んでくれ。ブライアン・エイノー中将も一緒にな」

それから10分後、二人の中将がそれぞれの参謀らを引き連れて入る。X任務部隊司令官のワッケイン中将と宇宙艦隊副司令長官のエイノー中将だ。
エイノー中将はティターンズ派閥だがあえて地球連邦軍の残ったアースノイドであり、ティアンムにとっては目の上のコブ扱いである。

『しかし私はスペースノイドの軍備は放棄されるべきであると考える』

そう彼が言う公言する。事ある毎に。これは共和制ローマのある政治家の故事にならっている。本人もそう公言するのだから性質が悪い。
実際、彼の艦隊はジオン本土に最も近いア・バオア・クー要塞で何度も実弾演習を繰り返したため、エギーユ・デラーズ中将、つまりジオン軍最高司令官直々に遺憾の意を表明されている。
ジオンが遺憾の意で済んだのは両国の官僚が胃痛と戦いながら双方の軍を宥めた結果であり、どちらからが譲歩した結果では無かった。
が、ブライアン・エイノー提督は有能であり、軍縮の影響や各地のエゥーゴ派討伐の為の哨戒部隊の増強で総数の減っているZ任務部隊、遠隔地にいるΩ任務部隊をソロモン要塞から指揮運営している有能な将校であったから任務から外す訳にもいかない。
よって無碍には扱っては無い。なによりティアンム自身にももう後は無いのだ。
あの日、一年戦争末期にジオンに勝る戦力を指揮しながらもア・バオア・クーを落とせなかった時点で彼の退路は立たれている。
このあたりの事情故に、一年戦争(地球連邦軍ではこちらの公称を良く使う。まあ好き好んで勝てなかった戦争名を使う国の方が珍しいだろう)末期に派閥争いでエイパー・シナプス少将を昇進させなかったレビル将軍とは違った。
或いは違うと言う姿勢を見せる必要があった。特にティターンズが組織され有能な将校や下士官がティターンズに移籍した今となっては。

「諸君らの意見を聞きたい。ジオン反乱軍の連中は宇宙に逃げ出し暗礁宙域に潜りこんだ。
あそこは宇宙世紀前半以来の開発のデブリや先の大戦の破片が散らばる危険地帯だ。よって大規模な艦隊での追跡は困難であろう。
それを踏まえた上で聞く。我がX任務部隊はどう動かすべきだ?」

その発言に参謀たちが口論しだす

「そうですね。ジオン反乱軍の連中はゲリラ戦を得意としている模様・・・・・纏まって行動するべきでは?」

「いや、纏まれば核攻撃の対象になる。それは避けるべきだ。ここは任務部隊を解散させて様子見をするべきではないか?」

「地球連邦政府の命令は敵の殲滅。少数部隊では逃げられる可能性もある。それでは命令違反になります・・・・ならば全軍を上げて攻勢に転ずるべきです」


「例のΩ任務部隊が遭遇した赤い新型戦艦の存在を考慮すると、我が軍の最小単位である2隻1戦隊では逆に壊滅させられる可能性が高いと思うな。
特に最後の映像にあった緑と赤の巨大MA。ビームを弾いたという報告。どういう理屈かは分からないが用心しなければ敗北を喫する」


「ならば戦隊の数を増やせばよい。それに実弾兵装を主体にした我が艦隊のジム改なら何とでもなる。
最悪、ジム・クゥエルやハイザックを配備しているティターンズ艦隊に救援を求めよう。あの新型機らも実弾を主体にした機体。
例えジオニスト共がビームを無効にしようとも・・・・・」


「大佐、それは少し過信が過ぎるのではありませんか? ジオン軍は一年戦争で我が軍と相打ちに持ち込んだ相手です。
仮にですが彼らが嘗ての技術的な優位性を持っているとしたら我が軍の方が不利なのは自明の理。ジム改やジム・コマンドは先の大戦の機体です。同数ならマラサイに勝てません。
ティアンム閣下、事は慎重に運ぶべきかと思います。
何よりも我が地球連邦宇宙軍は軍縮の影響で例のテロリストが強奪したジオンの新型機マラサイやティターン艦隊に配備されているハイザックなどは無いのですから」

「いや話の主題がそれている。兵器の優劣の前にまずは敵軍の意図を探るべきだ。そうではないか?」


「軍? 中佐・・・・連中はテロリストではないのかな? 
連邦政府、ジオン公国の命令を聞かない以上、エゥーゴやジオン反乱軍の連中はテロリズムに走る狂信者です。情けは無用かと」


「まあまあ落ち着いて下さい。敵の定義は一旦置いておきましょう、中佐。それで先に言われた通り敵の狙いが分からない。
中佐の言い方を借りれば連中はテロリストだ。正規軍じゃない。ジオンと我が連邦が南極で交わしたようなある種の戦時ルールが無い。
それに連中の狙いは他の任務部隊襲撃かも知れないし、それ以外の、事もありうる」


「まさかとは思うが・・・・・月、か?」

「月には重力がある。大都市圏も存在し、エゥーゴの本拠地もある筈だ。そこを襲撃するとは思えないが・・・・・どう思う?」

「しかしニューヤーク市に巡航ミサイルを撃ち込んでセントラルビルやエンパイア・ステートビル、教会を吹き飛ばした連中だ。月面都市を攻撃しない保証はないだろう」

「狙いさえ分かれば対処の使用があるのだがな。ルナツーやサイド7のグリプスの方はどうだ?」

「それこそナンセンスじゃないか? もしもグリプスで核を使えば、月面の大都市圏と同様に1000万人単位で死者が出る。それは最大の暴挙だ」

「分かるものか。既に連中はニューヤーク市を攻撃すると言うパンドラの箱を開けているのだぞ?」

その後も一向に結論の出ない小田原評定が続く。
だが、一つだけ言えるのはトリントン基地から強奪されたガンダム試作二号機サイサリスの持つ戦略核弾頭がネックになっているは間違いない。
これある限り、ジオン反乱軍に対して密集して攻撃するのは危険である。
が、かといって連邦軍の戦力は一年戦争前に比べて半分である。しかも大半が対ジオン公国との正規戦を想定した軍備であり、この様なゲリラ戦術には対応できてない。
これは初期のベトナム戦争に苦戦したアメリカ軍と同様である。奇しくも歴史は繰り返していた。

「そこまで」

ティアンム提督は参謀たちの議論を一旦打ち切らせた。
そして黙っている二人の中将に発言する様に命令する。

「エイノー中将、ワッケイン中将、貴官らならどうする?」

先に反応したのは副司令長官のエイノーだった。
連邦軍の軍帽を円卓の上に置いていた彼は、水を飲んだ後、徐に発言する。

「艦隊を分散するべきです。一個艦隊50隻で編成され、それを三つ合わせて一つの任務部隊としている現状ではテロリストの機動戦に対応できません。
それならば艦隊を分派して漁師が網を使って漁をやるように、包囲していくべきではないでしょうか?」

艦隊の分派、それはX任務部隊の解体につながり、政治的に見れば事実上のティアンム提督の影響力の削減につながる。

(ふむ・・・・このエイノーはあのジャミトフと繋がりが深い。アースノイド至上主義者でもある。連邦軍内部に派遣されたティターンズの監視役だとも言える。
グリプスのタチバナ中将ともロンド・ベルのシナプス少将ともだ。私を引き摺り下ろす好機と見たか?)

そう深読みしてしまうのは、ブライアン大統領やマーセナス首相、ジャミトフ長官にア・バオア・クー戦で攻撃を中止させられた恨みがあるからだろうか?
尤も言っている事は正論なのだが、それを言っている人物がティターンズ寄りの将官であると言う事実が正直言って気に入らないというのはある。
これは人間である以上仕方のない事だろう。誰だって色眼鏡で判断する。もしも色眼鏡を持たない人間がいたらそれは人間では無い。それは機械だ。

(裏があるのではないかと気が気でないな・・・・・我ながら度し難いとは分かっているのだが・・・・それでもあの時、あのア・バオア・クーで勝っていればと思ってしまう。
そしてその幻想を、或は幻惑を目の前の男に、或は北米州のヘキサゴンにいる連中にぶつけてしまう・・・・・嫌な男になってしまったな)

一度、一瞬だが沈黙の帷が下りる。
そしてそれを破るように用意されていたスポーツドリンクを飲むとティアンム提督は改めて口を開いた。

「それで・・・・・他の任務部隊も解体するのか?」

その問いにエイノーは若干視線を逸らす。が、エイノー中将もしっかりと答えた。
彼もまた義務を果たさんとする軍人であるし、地球連邦軍の宇宙軍正規艦隊の艦隊司令官を務めるほど有能なのだ。
言うべきことは言う。やるべきことはやる。それが上級将校の義務である。

「はい。各任務部隊の内、最もジオン本国に近いY任務部隊以外は一度解散して警戒態勢を厳にすべきです。
また2隻1戦隊ではなく、10隻1個分艦隊制度を設けます。そして相互の連絡と救援を可能にします。
こうして網を張り、暗礁宙域全体を捜索します。また民間軍事会社、いえ、この際ハッキリ言いますが傭兵部隊も投入しましょう。
正直に申し上げて傭兵会社の存在は目障りです。彼らを正規軍に組み込みここで消耗させます。
言うまでもないですがニューヤーク市の惨劇を繰り返す訳にはいきません。
今は政府の救難活動と世論誘導で卑劣なるテロリストに屈服しないと宣言しているためか、反政府運動は起きていませんが地球でその運動が起きるのは時間の問題では無いでしょうか?」

そう言って彼は発言を終える。書記官がその旨を携帯PCに筆記する。
書記官が記録し終えた事を見計らってワッケイン中将が発言した。こちらの、つまりワッケイン中将の考えは真逆だった。

「私はエイノー提督の意見に反対です。我が軍の艦隊は分派するべきではありません。
勿論即応体制を確保する事は大前提ですが、例の大型MAや新型機があります。ティターンズの膝元であるグリプスでの戦闘やバスク大佐の派遣した追撃部隊が一方的に叩かれた事を考慮すると連中の個々の戦力は明らかに我が軍を凌駕していると考えられます。
下手に同数で戦えば戦力の質で劣る我が軍が壊滅する可能性が高いと思われます。
先に参謀らが述べたように現在のX、Y、Zの主力MSはジム改かジム・コマンド宇宙戦使用であり、これらの機体は既に8年前の機体です。
これでは同数の敵機と接触した時に部下を無駄死にさせる可能性が高いと言えるでしょう。その点を考慮すれば独立戦隊を警戒に、艦隊本隊は本命に取って置く事が優先されるのではないでしょうか?」

どちらの考えも一長一短である。
ワッケインは各個撃破の危険性を指摘しており、エイノーは時間との勝負、アースノイドの現政権への信頼崩壊の危険性を考慮しての艦隊分派を主張した。
それぞれの参謀たちもお互いの上官の案に賛成するのでこれではどうしようもない。

(指揮官と言うのは孤独だな。だがそれを選んだのも自分だ。仕方ない。宇宙艦隊司令官として決断すべきか・・・・)

宇宙艦隊司令長官たる自分が決裁しなければならない案件となってしまったようだ。
エイノー、ワッケイン両派の意見が出尽くしたところで机を叩く。結論は出した。
全員の視線がティアンムに集中する中で、彼はしっかりと自分の意見を述べた。

「正規艦隊は保全する。ただし、エイノー提督は第3艦隊を指揮して暗礁宙域の捜索を行え。残りの部隊はソロモンに待機。
彼奴らがソロモンなりルナツーなりに来るならば基地守備隊と共に迎撃する」





宇宙世紀0087.05.04、エコーズ基地軍病院。集中治療室。
そこで寝かされていた男が目を覚ます。

「・・・・ここ・・・・・は?」

記憶が混乱しているのか、辺りを見回す。ふと思ったベッドが大きい。キングサイズのベッドだ。いや違う、ダブル・サイズだ。
しかも隣に見知った顔がいる。なぜこの女性が点滴を受けながら寝ているんだ?
それがいっそう彼を混乱させる。

「・・・・・誰か・・・・いない・・・・のか?」

擦れた声。失われた体力。それでも彼は、ウィリアム・ケンブリッジは意識を回復した。奇跡だった。誰もが絶望視する中で諦めなかったケンブリッジ家の人々。
その結果がもたらしたのがこの奇跡。

「・・・・リ・・・・・リム?」

そうだ、横のベッドに寝ているのはリムだ。何故だか知らないが彼女も点滴の管を腕に差している。自分と同じく負傷したのか?
そしてうなされている。何かの悪夢と戦っている様だ。それが何なのか分からない。とりあえず、彼女の左手を握る。

(大丈夫・・・・俺は・・・・ここに・・・・い・・・・るぞ)

そう伝えるように。そして上半身を起こそうとして、点滴が倒れた。
その音で部屋の外にいたメンバーが入ってくる。カムナ大尉、ダグザ少佐、ブッホ君の三人だ。
全員が安堵の表情を浮かべているのが分かる。

「・・・・・閣下、申し訳ありません。御側にいると言いながら肝心な時に居られませんでした・・・・お許しください」

ブッホ君が頭を下げる。最初は何の事か分からなかった。そして思い出した。自分は撃たれたのだ。

(あ、ああ、そうだ、あの日、ミネバ・ラオ・ザビを庇って撃たれた。それからずっとここにいたのか? ならば自分は、世界はどうなった?
ミネバ・ラオ・ザビは死んだのか? 父親のドズル・ザビは生きているのか?)

そんな疑問が頭の中を占領する。
何とか息を整えると粗い呼吸をしながら彼らに聞く。

「ミネバさんは? ドズル退役中将はどうされた? あのテロリストは? 過激派はエゥーゴなのか? 世界はどうなっている? みんな無事なのか?」

それに答えたのはダグザ少佐だった。

「ドズル・ザビ、ミネバ・ラオ・ザビは無事です。無論、副長官のご子息らも我々エコーズが万全の体制で保護しております。
とりあえず閣下は静養に全力を注いでください。
何かあればこの三人の誰かに連絡を。こちらがスマート・フォンになります。お使いください。特注ですので病院内部でも使用可能ですから」

ダグザが安心させるように言う。その傍らでブッホ君がナースを呼び出し、自分の点滴を入れ替えていた。

(ああ、そうか。あの子らは無事なのか。良かった)

そう思うとまた急に眠くなった。
疲れが残っている。とてもとても疲れた。眠い。だけど大丈夫な気がする。次起きたらリムが隣で笑っていてくれる気がする。
だから今は眠ろう。




部屋を出た三人は途端に深刻そうな顔をする。

「言わなくてよかったのですか?」

ティターンズの制服を着たカムナ大尉が聞く。エコーズはティターンズでは無く地球連邦軍の特殊部隊である為、ダグザ少佐は地球連邦軍の制服を着ている。
蛇足だが彼は連邦軍こそ自分の生きる道だと信じてティターンズ入隊を辞退した。

ところでカムナ・タチバナは何を聞きたいのか?

決まっている。ニューヤーク市がジオン反乱軍の猛攻を受けて大損害を受けた事だろう。負傷者は30000名、死者も5000人をこした。旧世紀の同時多発テロの比ではない。
また、ヌーベル・エゥーゴの扇動によってサイド2で大規模な反地球連邦デモ、反ジオン公国デモが行われているとの事だ。
地球連邦軍は今のところ静観しているが、事態が悪化すれば一年戦争前夜の二の舞になるだろうと各地の新聞社やシンクタンクは予想している。
嘗ての連邦市民の感情は反ジオン感情だったが、今度は反スペースノイド感情が地球を覆うのだ。それが最悪のパターンだ。
というより、既に北米州の世論はジオン『反乱軍』の早期殲滅から『ジオン本国侵攻』へと動き出しつつあった。
地球対宇宙という対立構図。だがそれは避けなければならない。尤も効果が無い、若しくは極めて薄いのが現状である。
これを抑えるべくブレックス少将やジャミトフ長官らは精力的に動いているが如何ともしがたい。
何せ最も権威と権力のある実力派のジャミトフ・ハイマン長官は、遺憾ながらスペースノイドの主流派から見て地球至上主義派閥と考えられており、それだけでマイナスイメージがある。
スペースノイドの誰しもがティターンズというアースノイド主体(実態はともかく)の部隊に介入されたくないのだ。それが地球連邦きってのエリート部隊であれば尚更。
ブレックス少将もY任務部隊が、彼がいない間に月市民を敵に回してしまったと言う汚点があり積極的に動けない。これはバスク・オムの遺産でもある。
よって宇宙も地球もこう着状態が続いている。

「タチバナ大尉の言いたい事は分かるが・・・・今、副長官にその事実を言ってどうするのだ?」

ダグザ少佐は逆に問いかける。意識が回復したとはいえ、副長官がまだ怪我人であり重症であることに変わりは無い。
そんな彼にこれ以上の負担を強いろと言うのか?

「しかし・・・・・知らない方が知った時の衝撃がデカい気もします。そちらの方が閣下にとっては辛いのでは?」

(なるほど・・・・そう言う考えもあるか。確かに政務次官、いや副長官ならそう言いかねないな。
どうしたものか? ここは彼の言う通りにするべきか?)

ブッホ書記官の言う通り、地球圏最大級の人口を持つ大都市が戦火に晒された、ジオンの海中艦隊の襲撃を受けたなどと聞けば彼の事だ、自分の責任だなどと言い出しかねない。
だが、それは彼の責任では無い。あの暗殺事件の際、ウィリアム・ケンブリッジ副長官は死んでもおかしくなかった。
その間に起きた事件など闇に葬り去るのが一番なのだが・・・・・次に目を覚めたら伝えなければならないだろうな。

(特にニューヤーク市の件は話さなければならないが・・・・・どうしたものか)

そう思うダグザ少佐は憂鬱だった。




同日、グリーン・ノアⅡ

ペガサス級強襲揚陸艦から正式にアルビオン級強襲揚陸艦と艦識別コードを変えたアルビオンの二番艦ホワイトベースⅡではマオ・リャン中佐が恋人兼MS隊隊長のユーグ少佐に尋ねた。
艦長室で。二人でありココアがある。ガンダムMk2強奪事件によりグリプス全体は混乱の極みであったのが嘘のように静かだった。

「それでアーガマらは帰還したのか?」

情事の後を洗い流したユーグが恋人のマオに聞く。台湾出身の彼女だが混血なのか髪の色などは東洋人らしくない。
まあそれが彼女の良い所なのだが。

「恋人ムードに浸りたいと言うのに・・・・これだから男って。やることやったらもう仕事?」

そう言いつつも胸元に自分の胸を押し付ける。
思わずどきりとするがそれを理性で抑える。

「まあ、その、役得?」

普段の彼からは見られない程のおちゃらけた具合に呆れ顔をするマオ。
そんな時間を過ごし双方が着替えるとしっかりと上司と部下の関係に戻って報告する。

「ブライト・ノア中佐のアーガマ、ロウ・シン中佐のブランリヴァル、イーサン・ヒースロウ中佐のペガサスⅢ、このアーガマ級巡洋艦三隻が暗礁宙域を2週間哨戒したが、成果は無しとなっているな。
いや待て。先ほどの報告書だと一度だけブライト中佐指揮下のガンダムMk2の3号機とアレックスが交戦したらしい。敵は3機の、記録によるとリック・ディアスという重MS、こちらはガンダムが2機。
それで信じられないのだが相手は赤い彗星だったらしい。白い悪魔と赤い彗星。よくよく縁があるらしいな」


そう言って彼女は意見を止めた。
それ以上は軍機に障ると言う事だろう。ならば聞くまい。今の自分らはティターンズの一員だが準軍事組織の一員でもあるのだから。
しかし、これで地球に残ったティターンズ精鋭部隊であるロンド・ベルは建造途中のネェル・アーガマのみ。
(ちなみにこのネェル・アーガマ建造。大鑑巨砲主義のグリーン・ワイアット大将がごり押しした。
彼にとってハイパー・メガ粒子砲搭載の戦艦は件のバーミンガム級やその後継艦であるドゴス・ギア級に匹敵する程の輝きを持っていたようだ)
そしてこの地球連邦ではホワイトベース、ペガサス、アルビオンの技術を活かして、従来にはなかったアーガマ級に、大気圏突入能力と離脱能力が付けられる事になる。
これは従来の建艦理念には無かった事だが元々ペガサス級の後継艦として建造されていた為か、それ自体は設計上可能であった。ただし大改装が必要である。
その大改装の為に、アーガマ、ブランリヴァル、ペガサスⅢの三隻はグリーン・ノアⅡにてドッグ入りする。特に大気圏内戦闘を考慮する事が優先されている。

「それよりもだ、少佐。貴様はこれからブランリヴァルMS隊司令官とペガサスⅢMS隊司令官のストール・マニングス中佐、トッシュ・クレイ中佐と打ち合わせがある筈だな?」

命令口調の彼女。こういう時は大抵厄介ごとを押し付けるのだ。

「あります。それが何か?」

それを見てマオはにやりと笑う。
一瞬だがベッドの中で聞いておけば良かったと後悔するユーグ。

「例のガンダムMk2の交戦記録に最悪な情報があった。民間人がMk2を操縦し、あまつさえ2対1の劣勢の中、敵を2機とも撃破したと言うのだ。
少佐、これは驚くべき戦果だと思わないか? 民間人がプロの軍人の乗る同性能の機体を撃破したのだ。最悪スパイの可能性もあるな・・・・・アリスン中尉の様に」


確かに。
マオのいう事を聞いていれば恐らくそのパイロットは初陣。しかも民間人というのが本当なら本来は、いや、絶対にありえない事の筈だ。
それが起きた。ならばこれは恐らくはアムロ・レイの再来。もしくは・・・・考えたくないがシェリーと同じ。

「そのパイロットの・・・・・いえ、失礼しました。民間人の名前は?」

溜め息を一つ。

「我々ティターンズに志願した。というより、どうやら上層部の意向でティターンズに入れざるえないらしい。
名前はビダン、カミーユ・ビダン。今はアーガマのアムロ・レイ少佐とセイラ・マス弁護士が身元引受人だ。
それとだ・・・・ユーグ」

ここで声を落とす。何故、軍事機密に携わった、接触した民間人を拘禁しないのかその一端を明かす為に彼女の顔をしたマオが静かに声を落として言った。

「そのカミーユという少年だが・・・・おい、女だと思っていたのか?
全く・・・・それでビダンと言う姓名から分かる者は分かると言う噂だが、両親がガンダムMk2開発に携わった・・・・つまりティターンズの身内だそうだ。
これはあくまで『善意』で伝えた独り言なので、無論だが口外してはならないぞ、少佐」

「は」

そしてユーグは敬礼して立ち去る。ストールとトッシュと言う第一次ルウム戦役から戦い抜いたベテランにして先輩らとミーティングをするために。




「どうおもう、トッシュ?」

士官用クラブでウィスキー片手にストール・マニングス中佐がトッシュ・クレイ中佐に問いかける。
彼らはあの最悪の戦闘と呼ばれている第一次ルウム戦役を生き延びた数少ない生き残り。そう言う意味で彼らから見ればアムロ・レイですらヒヨコである。

「何がだ?」

ウィスキーとコーヒーをかき混ぜる。アイリッシュ・コーヒーだ。
寒い時はこれが一番良いとされている。かつて1920年代から1930年代にかけて大西洋空路が開拓された。
しかし、当時の技術では十分な冷暖房設備を航空機に乗せる事が出来ずその代りをコーヒーとアルコールに求めたのが起源だという。

「例の赤い戦艦だ。結局アーガマの追撃を逃れた。それ以降は消息を絶っている。厄介だとは思わないか?」

そうだな。
一度顎に手を当てる。

(敵艦はバーミンガム級に匹敵する巨体とアルビオンやアーガマと同程度のMS搭載能力を持っていると考えて良いか。
それに件の新型MAもある。アーガマのブライト大佐・・・・責任を追及されて一階級降りて中佐か、あのヨーロッパ戦線からア・バオア・クー攻防戦まで生き残ったのだ。
彼の指揮は巧みだろう。更にMSも現役のアレックスとMk2だ。それが接敵している。
にもかかわらず逃がしたとは・・・・・余程強力なのだろう。それにジオン公国との技術協定で漸く手に入れたビグザムと言う名前のMA。
本来はソロモン要塞に配備される筈だったらしいが、ペズン計画の成功によってジオンの生産ラインが完全に飽和した為開発を見送られた機体。この後継機だろうか?)

そう考えつつも、目の前でトッシュがウェイターに新たにワインを頼む。
相変らず酒に関しては節操のない戦友だな。そう思いながらも自分もお代わりを頼んだ。

「それでだ、今度はユーグ少佐、アムロ少佐、お前、俺で部隊運用を考える必要があるかもしれん」

此方の思惑を知らずにか、トッシュがグラスを傾ける。
白ワインの透き通った色が引き立たせる。

「・・・・・例の地球降下演習、か?」

地球降下演習。地球各地に潜伏するジオン反乱軍を地上と宇宙から三次元的に攻撃するという野心的な作戦であり、地球連邦軍作戦本部が立案していた。
その基本案は海軍所属の空母機動艦隊の空襲と海上艦隊の対地攻撃、海兵隊上陸に特殊部隊の浸透戦術、その後の陸路と宇宙からのHLV並びペガサス級強襲揚陸艦による制圧。
これは間違いなくジオンの地球侵攻作戦のアレンジである。その尖兵となるのがロンド・ベルであるのはティターンズ設立時からの決定事項でもあった。

(まあその点についてはとやかく言える立場では無いし言う気もないか)

だが幸か不幸かそのような事態はガンダム強奪事件までは無く、その事件もグリプス襲撃、バスク大佐の出撃させた追撃艦隊壊滅、アーガマによる尾行失敗によって意味をなさなくなる。

「俺たちでさえやった事の無い三次元作戦を新米連中に出来るか?」

こいつから見ればあの白い悪魔やホワイト・ディンゴ、不死身の第四小隊などでさえ新米なのだな。
思わず面白くなる。と、予約を入れて置きながら一番遅れた奴が入ってきた。

「ヤザンか、遅かったな」

特務少佐の階級章を付けた、黄色と黒と言う独特のティターンズ制服を着た男は黙って敬礼し、そして言った。

「遅れました、中佐殿」

殿を強調して。

「なれない事をするな。俺もストールも貴様もルウムを戦い抜いた男だ。まあ、飲め」

そう言っていつの間にか用意したワイングラスに白ワインを注ぐ。

「それじゃあ有り難く頂くか。美味いな・・・・・ところでトッシュ。今度の敵は仕留め甲斐があるのか?
噂じゃあ例の赤い彗星がいたとかなんとか。もし本当ならヨーロッパの借りを数年ぶりに返せるんだがな」


ヤザン・ゲーブルは教導大隊指揮官としてグリプスに着任していた。
かつて自分以外の戦友を全て失った経験から生き延びる事を重視する集団戦法を教えているが本人は赤い彗星に対して並々ならぬ敵意を持っていた。
それ故に裏のネットワークを通じて手に入れた情報、今回のガンダム強奪事件に赤い彗星が関与しているという事を知り、是が非でもそれに参加したいと思っていた。

「さてな、ヤザン、確かに例の赤い彗星がいると言うのがもっぱらの噂だが・・・・・噂は当てに出来ない。まして戦場の噂だ」

「ふん、それでも俺は奴を仕留めてみたいのさ。ヨーロッパでの借りを倍にして返してやりたい
ラムサスとダンケル、あの二人の為にも。そして俺自身の気持ちの為にも、な」






宇宙世紀0087.05.01のこの日、ソロモン駐留艦隊である第4艦隊、第5艦隊は核の炎に焼かれる。
第3艦隊からの急報を受けた連邦艦隊は傭兵各会社の部隊と共に暗礁宙域へ向け艦隊を出撃させようとした。
だが、それを逆手に取ってソロモンの防衛ラインを強行突破したインビジブル・ナイツとグラナダ特戦隊は今まさに出港せんとしていた地球連邦正規艦隊に対してガンダム試作二号機を使った戦略核弾頭による核攻撃を敢行。
僅か3分で150隻以上の艦艇を撃沈破する未曽有の大戦果を挙げた。

『水天の涙成就セリ!』

その報告はエゥーゴによって地球圏全土へと配信される。

そして、地球連邦政府はこの日を持って、ある種の余裕を捨て去った。

「宇宙艦隊司令長官であるティアンム提督は更迭する」

マーセナス首相は静かに、だがしっかりと怒気を含んだ声で連邦軍統合幕僚砲ん部長のゴップ大将に告げた。
そしてティターンズの長であるジャミトフ・ハイマン長官はこれを機会に自派閥の拡大に動く。千載一遇のチャンスと見たのだ。
その速さは政界の電撃戦とまで呼ばれるもので、地球連邦政府(というより嘗てのレビル派閥)は追認するしかなかった。
まずはじめに宇宙艦隊司令長官の交代。
今回の失態で身体的にも政治的にも被爆したティアンム提督からタチバナ提督に挿げ替える。これに反発は少なかった。
実際、ガンダム強奪事件からマーセナス首相は地球連邦軍全軍に対して第一級の警戒態勢に移行する様にと命令が下しており、襲撃直前には第3艦隊からの報告もあった。
しかも難攻不落と言われたソロモン要塞の防衛線という地の利。
それにも拘らずソロモン防空網を突破して戦略核兵器の直撃を受けた以上、宇宙艦隊司令長官としてティアンム大将は責任を取る必要がある。
加えてジャミトフ・ハイマンは更に追撃を行う。ニューヤーク市の件もこれにリンクさせたのだ。
この為か、北半球方面軍司令官でありながらドゴス・ギア級大型戦艦とネェル・アーガマ級戦艦の建造を認めさせるほどの影響力を持っていたグリーン・ワイアット大将の影響力もまた大きく削られる事となる。
尚、この裏にはゴップ大将の影があったと言われるが定かでは無い。

そして漸く目覚める主人公は・・・・・抱き疲れて泣き疲れた子供らの相手をさせられていた。




宇宙世紀0087.06某日

アンマン市に入港していたグワダンに『水天の涙作戦』にて確保した新型ガンダムやマラサイの情報が入ってきた。
これを受けてシャア・アズナブルはメラニー会長と接触した。
一方で地球圏に戻る大型宇宙船があった。それはパプテマス・シロッコ大佐指揮下の木星船団。
そこで引き渡される多数のヘリウム3。核分裂反応炉による発電と自然発電を中心とした発電をメインにする地球。核融合炉を中心とした宇宙の発電事情。
それら両者からみても木星船団は重要なファクターとなっている。ましてや地球連邦の戦後復興政策の一環である火星植民計画の主要な柱であるならば尚更。
どの陣営も無碍に扱えないが、それ故に有限な物資の切り札の切り方には細心の注意を払う必要がある。




「さて・・・・どうしたものかな?」

極秘通信の相手は見えない。音声のみでその音声も嫌がらせなのかギレン・ザビの演説を利用したギレン・ザビの合成音声になっている。
それを聞きながらグワダンの一室でシャアは思った。今後の戦略をどうするかを。

『こちらの準備は出来ている・・・・・あとは君ら次第だな』

通話記録も残さない様、直接回線を極秘裏に走らせていた。それでも不安と言う事で戦艦に使われている防諜システムを使っている。
尤もこちらも同じ事をしているのでそれくらいは当たり前だろう。

『用意は出来た。宇宙世紀0088の首相選挙の為に議員はダカール市に集まる。
そこで我々の正義を語るべきではないか? 何を戸惑っている? 
連邦軍が本気を出し、正規艦隊を相手にすれば君らは干上がる。
いつまでもゲリラ戦を続けられるほどの余裕はないのは君ら自身が良く分かっているだろう?』

画面は二つ。一つはタウ・リン。もう一つは連邦軍の大物。
未だに連邦の大物の正体は分からないのだが、どうも口調からスペースノイドというよりアースノイドという気がする。

『そうだな。スペースノイドにせよアースノイドにせよジオンの同志たちのやり方をやり過ぎたと思っている者は多い。
特にニューヤーク市にミサイル攻撃を行ったのは最悪だ。あれで世論は一気に硬化した。テロリズムに妥協などあり得ないというのが北米州の世論である。
これに統一ヨーロッパ州の世論が加われば地球連邦はスペースノイドの弾圧を行うだろう。その様な事態は其方にとっても不愉快では無いかな?』

試す様な声に反応したのはもう一人の方。
こちらも侮蔑の声音を含んでいるのを隠しもしない。

『スペースノイド弾圧ね? あんたとしては其方の方が望みなんじゃないかなと思うのは下衆の考え方か?』

『・・・・・・・』

沈黙するモニター。それに構わず続けるタウ・リン。

『ま、こちらも準備は整いつつある。必要な艦隊も揃えれそうだ。旧型が駄目だっていうからあの会社の裏金を使って新型機を配備した』

ほう?
感歎の声が漏れる。タウ・リン。予想以上の買い物だった。この短期間で曲がりなりにも新型機を配備するなど並大抵では無い。
これはこれで役に立ちそうだ。

『こちらからも義勇兵なり、傭兵なりの形で派兵している。やるなら早めにやって貰いたいモノだ。
何もジオン残党軍、失礼、ジオンだけが反地球連邦政府を掲げている訳では無い。地球連邦の準加盟国の右翼主義者や宇宙海賊などいろいろある。
それに・・・・・・忠義の烈士とやらが決起すればジオン本国や各スペースコロニーの世論も変化しよう?』

考え所だ。この目の前の男の甘言に乗るか?
それともまだ時期を待つか?
しかし男の言う通りいつまでも黙っている訳にはいかない。

(じり貧か。その可能性が高いな。ならば賭けるか? それにまだアクシズが残っている。いざとなればアクシズ全軍を使ってコロニーに潜伏すると言う手もある。
連邦相手にゲリラ戦か。悪くは無いな。そして政情を不安定化せてサイド3に舞い戻る。ザビ家独裁打倒を掲げて。)

そしてシャアは決断する。

「水天の涙作戦、第二段階を発動する。約束しよう」




さらに2か月後。地球連邦軍が北部インド連合に対してジオン反乱軍の引き渡しを求めた頃、一機の政府専用機から壮年の閣僚がエコーズに下りた。
名前をジャミトフ・ハイマンという。まさに現在最も注目される閣僚、ティターンズの長官である。
病室までエコーズを伴った彼は、完全に一軒家として機能している住宅型病院に入る。中にはケンブリッジ家のメンバー4人とジャミトフ・ハイマン長官の合計5名のみが残された。




「先輩・・・・・改まってどうしましたか・・・・・それで・・・・一体全体・・・・私に何をしろと?」




「・・・・・・死んでくれ」




蒼白な顔で妻がベッドに倒れ込み、息子と娘が唖然とした顔で先輩を、ジャミトフ・ハイマン長官を見る中で、しっかりと先輩はこちらを見返してきた。




「もう一度言う。ウィリアム・・・・・お前の未来を捨ててくれ。そして死んでくれ。頼む」




その意味深な言葉に私は漸く完全に回復した体を起こしながらしっかりと刻み付けた。

(なぜ俺なのだ? 何故ほかの人間では無い? 必死に奉職した。死にそうになった事もある。決して望んだ地位では無い。
なのにだ、今度は死ねと言う。明確に。どういう事だ? 先輩、俺は一体何か悪い事をしましたか?)

頭の中ではその事だけが木霊する。
気が付いたら汗が出て来た。寝間着を滴る汗だ。だがここで自分が不安になって子供らの前で取り乱す訳にはいかない。
だから必死にそれを抑える。子供らは嘗ての優しいオジサンを仇の様に睨み付けている。

「理由を聞かせてもらえませんか?」

漸くにも言えたのはありきたりな言葉。だがその言葉を言うのに言うに5分はかかったと思う。実際は良くわからない。
頷くジャミトフ長官。そして彼愛用の黒い携帯タブレットにメモリーディスクを差し込み、パスワードを打ち込んで画面を開く。
更にもう一度、最初とは違うパスワードと指紋認識を使って目的のページを見せる。

「拝見してもよろしいのですか、先輩?」

黙って頷く。
そして言った。

「その為に来た。お前だけに泥をかぶせる訳では無い。それも理解して欲しい」

内容は外交暗号と軍用暗号の二つを混ぜて書かれた高度なものであり、妻と自分でさえ解読に時間がかかった。
その間、ダグザ少佐がレモン水を人数分とフランスパンとバターを持って来てくれた。ついでにミルクチョコレートも。
甘党の息子と娘、そして先輩がそれで時間を潰している間に自分達二人、リムとウィリアムの顔色が変わっていく。
幸いな事にそれは子供らにはあまり見せる事は無かったがそれでもマナは敏感に察した。何かあるな、と。

(・・・・・本当に察しが良い娘だ。我が娘ながら末恐ろしいモノだ)

とウィリアムは思う。その一方で。

「・・・・・囮作戦」

リムの擦れた声だけが妙に病室に響いた。

「そうだ。今度の総選挙。我が北米州はオセアニア州のゴールドマン氏を次期地球連邦首相に推薦する。
だがその前にジオン反乱軍とエゥーゴと言う反政府組織、テロリスト集団は叩かないといかん。これは分かるな?
が、連中もテロとは一般人に紛れて行う事に意味があると言う事を理解している。なまじ地球連邦軍自身が巨大であるが故に我々もそうは簡単に動けん」

ジャミトフ先輩の言いたい事が何となく読めてきた。
要するにだ、テロの標的を用意して一網打尽にするつもりなのだ。その為の人身御供がいる。

「選挙は戦災復興とニューヤーク市攻撃から市民の目を逸らす為に北部アフリカ州の州都にして副首都ダカールで1か月後に行う。
その際にはブライアン大統領、マーセナス首相、ゴップ大将、ワイアット大将、オオバ首相など各州代表やオブザーバーとして軍幹部、財界幹部・・・・それにジオン公国からはギレン・ザビとその実子グレミー・トト、マリーダ・クルスが来る予定だ。
これは最重要機密だ。だから私が直接お前に頼みに来た。無理難題だとは分かっている。銃撃されたお前には酷な仕事だとは十分に承知している。
だが敢えて頼む。お前しかいない。お前を最も信用しているし、お前以外に適任はいないとも信じている。
そしてこの案を通した瞬間からお前に平穏な人生は失われる事も分かってはいるのだ。だが・・・・・すまない。
だから頼む。お前の残りの人生を私に預けてくれ。決して信頼しろとは言わん。利用してくれても構わん。
だがあの日に言った地球の汚染の事だけは忘れないで欲しい。あの日言った事だけを信じてくれて構わない。ウィリアム、貴様だけが頼みだ」


そう言ってジャミトフ先輩は床に跪き、そのまま東洋でいう所の土下座をした。
あの誇り高き孤高の鷲とまで言われたジャミトフ先輩が、だ。
だがそれでも即答は出来なかった。この計画に乗れば自分は、いや自分たち家族はずっとスペースノイドやアースノイドの過激派のテロの標的になる。
それを考えれば・・・・安易に返答できない。

(先輩の言い分は分かる。だけど俺は怖い。死にたくない。死にたくない。まだ娘の結婚式も見てない。息子の卒業式も知らない。
それを分ってほしい。漸く安全な後方で家族と過ごしているんだ。
それを台無しにするような作戦に巻き込まれたくない・・・・でも・・・・・それでもここまで先輩にやらせておいて知らないふりはできないだろうな・・・・・常識的に考えて)

とりあえずリムが先輩を立たせる。そして近場のオフィス用の椅子に座ってもらう。
この時漸くジャミトフ・ハイマンは来ていたコートをハンガーにかけた。
そしてびっくりした。彼の顔は予想以上にやつれていた。少なくとも自分が銃撃された日から比べて彼の憔悴ぶりは半端なかった事が窺える。

「ジャミトフ閣下・・・・具体的に夫にどうしろと?」

この時点でリムは二人の子供たちを退室させた。
部屋の外で待機していたダグザ少佐とカムナ大尉、シャーリー大尉、パミル中尉、エレン中尉に預けて部屋に戻る。
そして開口一番に聞いた。この作戦の本当の狙いを。そもそも総選挙だけではエゥーゴやジオン反乱軍が動く保証が無い。
彼らとて自分達が少数であり、その少数精鋭ぶりを発揮する事で敵を、つまり地球連邦軍やティターンズを翻弄している事は理解しているだろう。
ならば地球連邦軍にとって尤も良い方法は敵を敢えて集結させて3倍以上の兵力を揃えた上で、尚且つ一撃で押し潰すナポレオン戦争型の戦争行為だ。
第二次世界大戦の様な拠点争奪戦やベトナム戦争、アフガニスタンでのゲリラ戦では勝てない。
何故ならエゥーゴやジオン反乱軍は勝たなくても勝利である=負けない事=勝利だが、連邦軍はテロリストをすべて壊滅させなければ勝利ではなく、1割でも逃がせば敗北なのだ。
それがエゥーゴ、ジオン反乱軍、アクシズの共通認識であり、グリプスとルナツーに勢力を置くティターンズ、ソロモン、グラナダ、ア・バオア・クーに軍を配備する地球連邦宇宙軍の想定でもあった。
そしてこの考えはおおむね現実と教訓に沿った考えであると言える。
だからこそ囮作戦などという危険極まりない任務をウィリアムに頼みに来たのだ。
無論、リムの怒りの琴に触れる事は承知の上で。事実彼女は最大限の怒りを持って元上官を睨み付けていた。

「・・・・・・」

だがジャミトフはリムの視線、人を殺せるような殺意のこもった視線を受けても何も言わない。
ただ頭を下げているだけだ。それだけが自分にできる最大の行為だと信じているかの様に。

「閣下?」

やはり黙ったまま。

「ジャミトフ・ハイマン長官。いくら温厚な私でも限度があります。
上官侮辱罪は覚悟の上。敢えて申し上げます。何故夫なのですか?
何故私たちなのですか? 何故放って置いてくれないんですか? お答え願います!」

しかし返答は無い。
ジャミトフはただ黙って頭を下げるだけだった。二人に対して。

「ジャミトフ閣下!! お答えください!!! ハッキリと仰ってください!!!
これだけでは・・・・・単に頭を下げるだけでは不十分です!!! 具体的にどうしろと仰るのですか!!!
単純に頭を下げるだけなら動物園のサルにだってできます。何故ウィリアムやマナやジンをまた危険な目に晒すのですか!?」


リムの怒鳴り声にもジャミトフは口を開かない。ずっと黙ったまま何かを耐えるように頭を下げている。

「この卑劣漢!!」

思わず立ち上がり詰め寄ろうとしたリムを右手で制止するウィリアム。

「・・・・・コロニー自治制限法案・・・・・その提唱ですか?」

答えを述べたのは夫だった。
銃撃されてからこの方、ずっと寝込んでいた夫は思う所があったのだろう。ダグザ少佐やブッホ書記官、カムナ大尉を経由して社会情勢を分析していた。
更には自分の権限、ティターンズ副長官の権限でエゥーゴとジオン反乱軍の詳細な情報も手に入れていた。伊達にティターンズ副長官では無いと言う事だ。
それにしてもウィリアムはいつの間にこの人はここまで来たのだろうか? そう思う程に彼は優れた政治手腕を発揮している。
実際、彼の提言、ニューヤーク市復興にティターンズ北米展開部隊の全軍を投入するという決断でティターンズ批判は回避された、或は沈静化している。
その上でジャミトフはウィリアム・ケンブリッジに一つの法案を提出する動きを見せるように頼み込んできた。

「・・・・・わかったか?」

それを見てレモン水を口に含むウィリアム。呼吸が整って見えるがそれでも荒々しい。

「分かります。エゥーゴ派の面々はスペースノイドの、正確にはサイド1、サイド2、サイド4、サイド5、そして月面諸都市の権利拡大。
いうなれば各サイドが己のサイド3、ジオン公国化を望んでいる。そうですね?
それを行うための武力による抗議行動が一連のエゥーゴのゲリラ戦の流れであると連邦政府は判断した。
ならば彼らを暴発させる。その為に法律を通す。悪法も法。そう言う意味を持たすのでしょう?
こういう筋書きで彼らを暴発させて包囲殲滅する。特に二発の核弾頭を持つジオン反乱軍だけは必ず壊滅させなければならない。
その為には彼らを激昂させる餌が必要。その餌となるのが今回のコロニー自治権廃絶法案・・・・一度可決されれば彼らの大儀が失われると思わせる
嫌な手ですね。引かせないし逃がさない。ジオン反乱軍はともかくエゥーゴに対しては逃げれば更にコロニーの弾圧を強めるぞと脅す。本当に嫌な方法ですね」

尤も、コロニー自治制限などは出来ない。現実問題として、そんな事をすればジオン公国とも関係を悪化させるのでこれは単なるブラフに過ぎないのでしょうが。そうウィリアムは締め括る。
これを見てジャミトフは思った。自分の予想以上に後輩が成長している事を。そして予想以上に現在の情勢に詳しい事を。嬉しくもあり寂しくもあり、そしてすまないとも思う。

「理解してもらえるとありがたい。例えお前に嫌われようともこの法案はお前が出す事、いや、出そうとする事を示唆する事に意味があると私は信じている。
エゥーゴに暗殺されかけた故のティターンズ側の反撃、恣意的な法律案とそれに賛同する連邦のアースノイド保守派という形だ。
無論、こんな法案は実際には出さない。この点は情報部がそれとなくアングラ出版やジオニックライン、BBCなどの民放や連邦国営放送(FB)などに流すだけだ。
だがそれだけに彼らは動かざるえなくなる。貴様の言うように古代ギリシアの哲学者は悪法も法だと言って死んだ。
古代中国では講和会議の場で脅迫されたが故に外交交渉を白紙に戻されたが、覇権国家の側はそれを律儀に守り通した。いや、守る義務があった。それが法律だ。
その故事をそれとなく地球圏全土に流す。そうする事で連中を、エゥーゴとジオン反乱軍を巣穴から誘き出し激発させる。
それが今回の作戦の狙いだ。そしてそれを違和感なくできるのは実際に銃撃されたお前だけなのだ」

言いたい事を言い終えたジャミトフ先輩に対してリムが手を挙げて反論する。

「ならばそんな迂遠な真似をせずにジャミトフ閣下が直接提出すれば良いのでは?
 わざわざ私の夫の手を汚す必要はないと思いますが? 
それとも何でしょうか? 長官ご自身がテロの標的になるのは怖いから代わりに盾になれとでも言うのですか?
ウィリアム・ケンブリッジは体の良い道具ですか? RPGゲームに出てくる一山いくらの安い防具ですか?
それが先輩としての友愛ですか? 冗談じゃない!!」


と。
最大限の皮肉だがジャミトフ先輩はそれを受け止めた上で答えた。

「そうしたいのは山々だがな・・・・・下賤な話、ゴップ大将の影響で私の法案提出権は停止されている。
ガンダム強奪と一連の奪還作戦失敗についてな。それに私はアースノイドで地球至上主義者と考えられているのも一因だ。
それを思うと私が言っても不信感しか残らないのではないかという懸念がある・・・・言い訳であるというのは十分承知だが。
それでだ・・・・尤もらしい言い訳をする為にこそウィリアムの、退役准将、君の夫の立場が、第三者から見ても違和感のない復讐者と言う外見が必要なのだ・・・・言い訳だな。許せとは言わんよ。いや、違う。言えんな」

わなわなとふるえるリムの拳を前に私は思う。
これ以上は不味いな、と。一旦話を切り上げさせる必要があるな、とも。

「分かりました・・・・・家族だけにしてもらえませんか? 回答はいつまでに?」

その問いに更に辛そうな声と表情で先輩は告げた。

「悪いが三時間以内だ。それ以上は待てない。そして断った場合は・・・・・いや、それ以上はその時に話そう・・・・では三時間後にまた会おう」




同日、グリーン・ノア宙域。

ガンダムMk2三号機とそのデータを元にしたガンダムMk4の実動演習が繰り返されている。
周囲にはサラミス改級巡洋艦8隻と搭載機のハイザックにアーガマ級の搭載機、AE社の新型機であるMSA-003ネモが合計40機ほど周囲を警戒していた。
AE社はあくまで自己の利潤追求が目的であり、マラサイがジオン資本の単独開発であった以上(共同開発とは名ばかりだった。実際に共同開発されたのはハイザックの方である)、新型機開発に遅れを取る訳にはいかなかった。
その結果がアクシズに譲渡したリック・ディアスだが、これは最高機密とされている。一方でウェリントン社との共同開発で完成させた、ジム・スナイパーⅡの後継機『ネモ』であった。
この点(エゥーゴとティターンズ双方にMSを販売)をAE社反乱行為の疑惑で捜査・司法担当中の者が知ったら激怒するのは間違いない。
だがまだ物的証拠が挙がって来ない以上動くに動けないのが現実だ。
まあ、現在演習中の機体のパイロットには関係ないが。

「カミーユ、シャープになるな!! 戦場では機体性能だけが取り柄じゃない!!!
360度周りを見ろ!! ビーム兵器を持つ機体を真っ先に落とせ!! そうだそのまま!!!」

教官役のアムロの乗る黒いティターンズカラー、ではなく、伝統的な白いカラーリングの
ORX-012ガンダムMk4が漆黒の闇を切り裂く。
それに必死でついていくカミーユの乗るガンダムMk2。その両者の動きは既にベテラン兵の域に達しておりカミーユ・ビダンという少年がつい数か月前まで単なる民間人であることを忘れさせる動きだった。

「甘いな・・・・そこだ、いけ! インコム!!」

新装備を試すアムロ。連邦の白い悪魔は伊達では無く、逃げ回るしかないカミーユ。だが既に5分以上あのアムロ・レイ少佐の猛攻を回避し続けているという時点で彼の才能の非凡さが分かる。

それを見ているブライト・ノア中佐。
改装工事(大気圏突入、離脱、大気圏内戦闘の為の改装)が終わったアーガマで忸怩たる思いをする。
無表情で演習を見るブライトは別の事に思いをはせる。

(自分のつたない指揮で部下を死なせた。それにあの時、職を賭してでもバスク・オム大佐の行動を止めるべきだった。
そうすれば追撃艦隊の犠牲も無かったかもしれない。いや無かった。
そして今やバスク・オムは准将だ。ドゴス・ギア級戦艦を中心に再編成される第5艦隊の司令官。しかもソロモン方面軍を兼務する。
あの男にサイド1、サイド4周辺の制宙権を渡して良いのか?)

その様な心配をよそに演習は佳境に入った。
結果はカミーユの乗ったガンダムMk2の3戦3敗という結果で幕を閉じる。
オーガスタ研究所が開発したガンダムMk4と白い悪魔の組み合わせは強固だと言う事だった。

「アムロさん」

ブリーフィングルームでカミーユは水の入ったペットボトルをアムロに渡す。
それを受け取るアムロ。汗をシャワーで流した直後なのか髪がまだ濡れている。
カミーユはチョコバーを頬張っている。この点はまだ15歳の子供だった。

「ん? なんだ? まさか訓練がきついとか言う気か? 言っておくが俺はあまいほうだぞ?
俺を鍛えてくれたバニング大尉、あ、いまは少佐かな? 彼の扱きはもっと凄い」

そういうアムロの声は笑っていたが目が笑っていなかった。

「あ、いえ、違います。その、ちゃんとお礼を言いたくて。この間の身元引受人の件とガンダムMk2の無断出撃の件です。
あの時は無我夢中だったけど、今思い出すともしかしたら死ぬかもしれない、死んでいたかもしれないと思って・・・・本当にありがとうございました」

キョトンとするアムロ。

「あ、ああ。あれはセイラさんと決めた事だし・・・・・生き残った事は自分の実力と運だからな・・・・そんなに気にするな」

「それでも俺を拾ってくれてありがとうございます。
ブライト艦長にも・・・・本来ならスパイ容疑で銃殺もあったのに・・・・独房3日間だけですませてくれて・・・・・何と言って良いのか」

そう言えばそんな事もあった、そう思う。

「何度も言うけど気にするな。カミーユはカミーユの思うように生きろ。ただし、だ。それが社会のマナーに反しないように、だがな」




そして舞台は地球のエコール市に戻る。

「ウィリアム・・・・・・どうするの?」

妻は問いかける。
自分に対して。ジャミトフ先輩の持ってきた提案を受け入れるか。それとも拒絶するか。

(だが拒絶する事が出来るだろうか?
この入院費は誰が払った? カムナ大尉やエレン中尉が言っていた巨額の手術費用は誰が支払うのだ?
決まっている。地球連邦政府だ。確かに支払えない額では無いだろう。だが支払えば子供たちの学費に支障が出る。
それは子供の未来を殺す事だ。それは出来ない。ジンとマナの親として二人の子供の未来を奪う事、可能性を潰す事だけは出来ない。それは親として尤もやってはいけない事だと思うから。)

そうリムに伝える。

(ずっと俯いている、か・・・・・変わらない。機嫌が悪い時はいつもこの仕草だ)

そういって黒髪のロングヘアーを掻き揚げる。
それでも俯いたままのリムの額にそっと唇を乗せる。

「安心しろ。上手くいくさ。本当だ・・・・・だからお願いがある」

が、リムは嫌だと言った。まだ何も言ってないぞと苦笑いしたら久々に笑顔で怖い事を言ってくれた。

「ウィリアム・・・・私はいやよ。一体全体何十年の付き合いだと思ってるのよ? お願いって子供たちを頼むって事でしょ? 
それって自分は死ぬかもしれないと言っている事だって分かってるのかしら?
そんな事は認めない! 絶対に認めない!!! 絶対の絶対に認めないわ!!!」

困ったものだ。こうなると手におえない。どうしたモノだろうか?
妻が頑固になると本当に手におえないのは知ってはいるのだが・・・・ここまで意固地になるリムも珍しい。

(それだけ心配をかけた、という事かな?)

思わず笑みが出る。それが彼女の怒りに油を注いだ。
いや、ガソリンをぶちまけたか?
とにかく宥めるのに1時間はかかった。そして気が付いたらあと1時間しか無い。もうタイムリミット寸前だ。
その時扉が開いた。

「俺たちから条件があります」

「お父さん、お母さん、お願いがあります」

ジンとマナが入ってきた。どうやら怒鳴り散らしていた母親の声に心配になって聞き耳を立てていたらしい。
保護者役のエレンお嬢さんとシャーリー大尉が必死で謝っている。無論ジェスチャーだったが。後で叱るか。そんな事を考えながら。

「何だい?」

自分でも思った以上に穏やかな声で聴いた。

「「お父さんとお母さんが一緒に行くなら俺(私)も連れて行って下さい。一緒に生きてくれないなら・・・・・一緒に死んで!!!」」

絶句した。
そして・・・・・・いつの間にか大人の表情をする二人の熱意に自分たちは屈した。いや違う。悟ったのだ。
何を言っても無駄だと。そして・・・・・自分達は地獄なり煉獄なりに落ちるだろうと。

「・・・・・・・・・・・いざと言うときはシェルターにいる事、お母さんと絶対に一緒にいる事、これを守れる?」

リムが諦めの顔をして子供たちに話しかける。
ずっと昏睡状態を続けていた夫と違い、子供らが急成長した事を誰よりも実感していたのがリムだった。だからもう何を言っても無駄だと言うのが分かった。
分かってしまった。この子らの気持ちを変えることは出来ない。血が繋がっているが故にこそその想いの強さも分かる。
子供らに取ってももうあんな思いはご免なのだろう。或いは親のエゴなのかもしれないがそう思いたい。
多少、いや、確実に危険でも両親の元に居たかった。一年戦争のヨーロッパ反攻作戦から終戦までの間や先の暗殺未遂事件の様な事件は嫌だった。
それが、その二人の恐怖がありありと伝わる。

「「約束は守ります!! だから一緒にいて!!!」」

溜め息ひとつ。重苦しい溜め息ひとつ。そして。

「・・・・・・・何を言っても聞かないつもりだな・・・・・分かった・・・・・お母さんの言う事を絶対に守るんだぞ


「分かったわ・・・・一緒に行きましょう」


ケンブリッジ夫妻はジャミトフ・ハイマンの持ち出した案件を承諾した。
そして子供たちを寝かしつけるべく部屋を後にするときリムはベッドの上に上半身を預けている夫に言った。

「私達は子供を持つ両親としては失格かも知れない。でも、家族としては合格なのかもしれないわね、ウィリアム」

掠れそうな泣きそうな声の妻。
だが本当にそうだろうか? もしも本当の親なら是が非でも子供を安全な場所に置こうとするだろう。
それとも親に正解は無いのかもしれない。これこそが親子だという形が無い様に。

「いや・・・・・・子供を戦場に連れて行く時点で失格だろう」

一瞬の間。

「そう・・・・そうよね・・・・あの子たちを殺すかもしれない・・・・・最低の親だわ」

その時だ。痩せ細った彼の手が妻の頭の上に置かれた。そして結婚式のあの誓いを口にする。

「だけどだ・・・・リム、思い出してほしい。
どんな時も共に歩むと誓った。だから・・・・・あの子らを天国に連れて行く事になった時も一緒だ。
そして子供殺しの結果、煉獄で永遠の裁きを受け続けようとも俺は覚悟している。それに・・・・嬉しかったよ。
あの子らが大人の目をしていた事に。
そしてあんな姿を、血だらけで倒れ伏した姿や戦地に赴く母親の背中を見せたのに、自分の死よりもリムや俺を選んでくれたのが・・・・・うれしかった。
ありがとう・・・・・あそこまで育ててくれて。ありがとう二人とも。あそこまで育ってくれて」


クス。
変わらない人。この人も私も変わらない。本当に変わらない。だからかしら嬉しいのは。

「こちらこそ・・・・ありがとう」

「どういたしまして、我が姫」

そしてウィリアムはジャミトフの提案を承諾した。




「エリク・ブランケ少佐、準備は良いか?」

ガンダム試作二号機に乗るマレット・サンギーヌ少佐はザンジバル改級機動巡洋艦マダガスカルで同僚のエリクに聞いた。
エリクもまた緑色に塗装し直されたガンダムmk2のコクピットで最終調整を行っている。

「可能だ。インビジブル・ナイツは全機用意が出来た」

「よし、リリア。そちらはどうか?」

リリアと呼ばれた女性兵士はノーマルスーツの通話ボタンを押しながら振り返ると彼の期待通りの応えを返す。

「マレット隊長、用意できました。一番、二番に核弾頭装填完了。目標を捕捉次第発射可能です」

彼らは旧ア・バオア・クー絶対防衛線の裏側を航行。およそ3か月の行程をかけて到着したアクシズ艦隊とパラオ要塞にて合流。
そのままペズン基地を奪取する。(正確には反ジオン現政権の軍部が文官らを射殺、拘禁。武装蜂起後、インビジブル・ナイツ、グラナダ特戦隊に合流)。
この時点でギレン・ザビ公王はジオン軍第二艦隊のノリス准将に反乱軍討伐を正式に派遣するもパラオは本来の航路データ上には存在せず、ペズン基地はもぬけの殻だった。
そして、月に居たタウ・リンとシャア・アズナブルもまた行動を開始する。
エゥーゴ派の地球連邦軍艦隊38隻、アクシズ艦隊11隻、ジオン反乱軍24隻の合計73隻が地球軌道に向け前進する。
一方で完成したネェル・アーガマを中心としたロンド・ベル、第1艦隊、第2艦隊、第5艦隊、第12艦隊もまた演習の名目で各地を出港。バスク・オム准将を最高司令官に迎撃作戦を展開せんとしていた。



宇宙世紀0087.10.19。

ダカール議会にて地球連邦新首相選抜の為の中間選挙が開示される日、地球軌道にルウム戦役以来の大艦隊が集結する。
それはガンダム強奪事件に端を発した『水天の涙』作戦、最後の一滴だった。





作者より 新年明けましておめでとうございます。更新が二ヶ月ばかり遅れた事お詫び申し上げます。
なんとか年始年末休暇で第19話書き上げれました。
今年は就職などでまだまだごたごたすると思いますがよろしくお願いします。
またの感想を頂ければ幸いです。それと初心に戻り次回からはウィリアム中心視点で物語を進めようと思っておりますが何卒よろしくお願いします。
2013年1月2日。



[33650] ある男のガンダム戦記 第二十話『旅路と決断を背負う時』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:bcdf1cd6
Date: 2013/04/06 18:29
ある男のガンダム戦記20

<旅路と決断を背負う時>





ジオン公国ダークコロニー02からノリス・パッカード准将を指揮官とするムサイ改級巡洋艦24隻と、ザンジバル改級機動巡洋艦三隻、グワジン級戦艦一隻、グワジンを旗艦とする艦隊がジオン本国を出港した。
新型機であり、ジオン親衛隊所属のガルバルディβを中心に、地球連邦との共同開発機体であるAGX-04A1『ガーベラテトラ改』とその前身である『ガーベラテトラ』が配備されている。
この新型機にしてジオン屈指の切り札である機体を操るのはソロモンの悪夢と前大戦で異名をとどろかせたエースパイロットの一人、アナベル・ガトー大佐。
更に二番機であるガーベラテトラには宇宙の迅雷の異名を持つヴィッシュ・ドナヒュー中佐が愛機とする。
このガーベラテトラは本来ガンダム試作四号機となる筈だった。
しかしながらジオン=地球間の軍事力バランスと政治力学からジオン側に譲歩する事を求めた時のマーセナス政権宇宙開拓大臣。
結果、地球連邦軍はガンダム試作一号機の存在もあり、開発コンセプトが大きくかぶっていたガンダム試作四号機を製作チームごと譲渡。
結果、純正とは言えないが非常に濃いジオン製のMSとして開発される事になる。
また360度モニター採用、リニア・シートー採用、ゲルググM部隊用ビームマシンガンを共用するなど従来のジオンMS部隊を凌駕する事を目的としており、教導大隊と親衛隊指揮官機に集中配備されている。
実際、ノリス・パッカード准将にも専用のガーベラテトラ改の2号機がある。
また、あの地獄の撤退戦を生き残ったケン・ビーダッシュタット少佐やエリザ・ヘブン大尉、ニッキ・ロベルト中尉、シャルロッテ・ヘープナー中尉にもガーベラテトラ簡易生産型扱いのゲルググイェーガーが与えられていた。
(こちら、ゲルググイェーガーは正史とは異なり、ガルバルディβの改良型に位置し、シールドはゲルググM指揮官機の、兵器はガーベラテトラ改やガーベラテトラの使う特注のビームマシンガンを使う)

「アナベル・ガトー大佐、入ります」

旗艦グワジンでのCICにて。
出席者はノリス・パッカード准将、第二艦隊司令官。
ジオン親衛隊所属、アナベル・ガトー大佐(MS総指揮官)。
同じくジオン親衛隊所属の、ヴィッシュ・ドナヒュー中佐(MS隊副指揮官・艦隊勤務)。
艦隊参謀長のゲラート・シュマイザー大佐。
右翼艦隊MS隊指揮官のケン・ビーダッシュタット少佐。
左翼艦隊MS隊指揮官のシュタイナー・ハーディ少佐。

そして副官扱いのニッキ、シャルロッテ、エリザ、ユウキ、更にはメカニック担当のメイがいる。
さてこの部隊は今のジオンの内情を象徴していると言って良い。

ギレン・ザビ新公王陛下を頂点とするジオン公国は地球連邦政府に対して対等の同盟国として存続している。
終戦から8年も過ぎれば実際に民間人の戦死者を出さず、直接的な被害も無かった地球最大の人口を抱える太平洋経済圏の人々にとって、それはもうあたりまえの事だった。
何処かの馬鹿が血気にはやって要らぬ事態を引き起こさなければ、という但し書きが付くが。

さて、その最大の象徴が宇宙世紀0086年の2月10日に行われたジオン本国サイド3に置ける『地球連邦王室・皇室評議会』の『最高評議会会議』である。
この場には各王家、更には現存する唯一の帝自らが参列し、ギレン・ザビ新公王の即位5周年を祝った。
これは地球圏全土に最大級のニュースとなる。この時ばかりはかのギレン・ザビ新公王も王室・皇室序列をしっかりと守った。

(自分事ザビ家にはまだ伝統も深みも無い。ここでむやみやたらと敵を作るのは得策ではないからな)

内心そう思いながら。
それだけでは無い。
この日を持ってギレン・ザビとセシリア・アイリーンの私生児扱いだったグレミー・トトとマリーダ・クルス(偽名はエルピー・プル)が母親のセシリアと共にザビ家の一員となる。
この事態を好機と判断した連邦外交部門の一部は、普段は仲が悪い地球連邦諜報局と結託してザビ家分家であるドズル・ザビの長女ミネバ・ラオ・ザビ枢軸とグレミー・マリーダ連合に分断するべく策動するが失敗。
その理由はドズル・ザビが実は非常に庶民的であった事、妻のゼナ・ザビが権力志向では無かった事、そしてバスク・オムら反ウィリアム・ケンブリッジ派閥にとっては忌々しい事に、ミネバ・ラオ・ザビにも友人と呼べる存在がいた事が彼女の攻略に手こずる要因となってしまった。
更に地球連邦情報局が一年戦争序盤でMSの真価を全く見抜けなかった事、北米州中心のCIAや統一ヨーロッパ州の一員とはいえ、事、王族に関する扱いに関しては一線を画していたイギリスのMI5やMI6も協力。結果、身内の裏切りにも合い工作は挫折した。
尤も、最初から彼らは踊らされていた。
マーセナス首相はこの時期の宇宙=地球情勢悪化を最大の懸念材料としており、一方では融和政策によるオセアニア州出身のレイニー・ゴールドマンへの権力委譲による太平洋経済圏を中心とした、否、北米州を中核とする地球連邦の維持を目論んでいたので大事には至って無い。

ところで、かつてのダイクン・キシリア派は『私情の逃亡』と『最悪の敵前逃亡』と国内で罵倒されている。最早復権は絶望的だろう。
この件に関しては、キシリア・ザビの最大級の擁護者であるデギン・ソド・ザビ公王が地球に幽閉(実質は戦犯として拘禁)されている事から復活する事は無い。
それにア・バオア・クー戦直前に逃げ出したのは紛れもない事実であり、しかも首都であるズム・シティで市街地戦をやってくれたのがアンリ・シュレッサー准将、首都防衛大隊指揮官にして最後のダイクン派と言われていればこうもなろう。
結果、一例をあげるなら旧ダイクン派だったメイ・カーウェイの実家は完全に没落。
一方、ドズル・ザビ指揮下でア・バオア・クーを戦った者や地球に残り、マ・クベ首相に気に入られた者は大抜擢された。
カスペン大佐、カーウェイ大佐は劣勢をものともせず戦ったジオンの武士として昇進し、ウォルター・カーティス少将は第一艦隊司令官に、ヘルマン・フォン・カスペン少将は士官学校校長に、月面方面軍、ルウム方面軍、旧ソロモン艦隊、ア・バオア・クー駐留艦隊引き揚げ組と第三艦隊はコンスコン中将が指揮を取る事になる。
また、本国では上級大将の役職を創設、ミネバ・ラオ・ザビ、ウィリアム・ケンブリッジ襲撃事件がなければその日にドズル・ザビを元帥に、エギーユ・デラーズを上級大将に昇進させる予定だった。
これは地球連邦にザビ家独裁体制が認められた事、一方で民主共和制と言う超大国が存在する事から極度の弾圧が国内から人材流出を招く危険性をマ・クベ首相とダルシア・バハロ公国議会議長が指摘している事からギレン・ザビはその独裁体制を緩めつつあった。
皮肉な事に、コロニー各地のエゥーゴの活性化によって国内体制の締め付け強化を行う必要がある地球連邦とは対極の存在であると言える。
全くもって歴史に皮肉と言えた。
独裁国がその制度を緩め、逆に共和国が強圧的な政治を行おうとしているのだから。

「来たか、君で最後だ」

ノリスは地球からの禁輸措置解禁と共に輸入が再開されたグアマラテ産コーヒーを飲む。
無重力空間であるが故に全ての書籍は電子媒体、全てにマグネットコーティングされたジオン製品。
これらは地球連邦製品を遥かに上回るもので、仮にジオンと連邦の女性兵士が同時にノーマルスーツを着用する場合、最悪1分ほど、連邦の女兵士が遅れると言う結果が出ている。

「申し分かりません」

頭を下げる。
こういう素直さをデラーズは高く評価しており、逆に直属の上司であるシーマは危惧している。

『いつか義憤だのなんだのにかられて部下を殺すだろう』

と。

一方でデラーズが評価した様なカリスマ性を持つが故に彼を慕ってジオン親衛隊所属第一戦隊への入隊を希望する者が後を絶たないのも事実だ。

「かまわんよ、さて、これを見てくれ」

メインパネルに地球圏の星図が映し出される。各コロニー駐留艦隊や核攻撃を受けた地球連邦軍の現在位置、更にはジオン本国を守る部隊。
連邦に支配されてはいるが、ジオンの国民感情に配慮してコンペイトウとは呼ばれないソロモン要塞に共同運営中のア・バオア・クー。
そして・・・・本来なら存在する筈の、星図には記載されてないペズン要塞とパラオ要塞の二つ。更に火星圏へと移動すると見える核パルスエンジンの噴射光。

「・・・・・アクシズが動いている?」

シュマイザー大佐が呻いた。そうだ、自分達はアクシズが動いているなど聞いてない。
アクシズはジオン総帥府直轄の拠点。総督であるマハラジャ・カーンは何をしているのだ?
そんな囁き声が参謀らから聞こえる。

「アクシズ要塞か、確かア・バオア・クー戦直前にアンリ・シュレッサー准将が部下たちを逃がした場所ですね」

ヴィッシュ中佐の意見に頷く。

「まあ。距離の問題から見てアクシズはこの戦いに参加できん。アクシズ要塞自体は、な」

ノリス司令が含みを持たせる。アクシズ要塞はその巨体故にそれ程早く動ける訳では無いし、この映像の日付から確認しても地球圏到達にはまだ3か月はかかるだろう。

(アクシズ要塞に皆が目を奪われているが・・・・そうか、本当の意味でノリス司令官が言いたい事は其処では無い。
問題はアクシズが既にジオン本国やデラーズ閣下らの制御下を離れて独自行動をしているという事が課題なのだ!)

ガトーは考える。彼とてバカでは無い。彼は国内最強の、ガルバルディβのみで編成された新型機部隊を司る司令官だ。
しかもあの一年戦争を緒戦から終戦まで戦い抜いた猛者である。バカでは務まらない。そして不運な男でもない。もしも運が無ければ途中で戦死していた。
残念だが努力だけでは戦争は生き残れない。
ちなみに、彼、アナベル・ガトーは義憤に駆られて決起した若手将校に賛同する傾向があるが故に、この度の討伐作戦から一度排除された。

『下手に接触すると土壇場で寝返る可能性がある。それは排除した方が良い』

サスロ・ザビ総帥の考えである。
だが、シーマ・ガラハウ准将は別の事を考えた。

(アナベル・ガトーはあたしと違いロマンチストの実力主義者だ。いつまた変な病気を起こすか分からない。ロマンチストな実力者?
厄介極まりないよ!
それにガトーに憧れて入隊を希望する馬鹿な小僧どもも問題だ。将来、あの戦争馬鹿が本当に馬鹿をやらかしたらどうする?
あたしの老後が全てご破算になる可能性だってある。そうならない為にもここはガトーに反乱鎮圧の実行者と言う重しを付けておこう。
そうすればそう易々と反乱とか決起とかに走らないだろうし、今ならあたしの制御が、まだまだ可能だ。
それにノリス・パッカードのモヒカン准将は地球戦線で活躍した現実主義者。馬鹿を馬鹿のまま放置しないだろう。
よし、ガトーの奴を討伐軍に入れる考えに賛同するとするか。となると・・・・さっさと手を打つのはあの禿げ親父だねぇ)

そんな裏の舞台劇を知らず、ガトーは反乱部隊の説得役として抜擢された。勿論、釘はしっかりと刺されたが。

「今回の戦いの主役はティターンズであり、エゥーゴだ。反乱部隊への攻撃は地球連邦軍の要請があって初めて行われる。
その為には各部隊は臨戦状態のまま待機を命じる。そしてガトー大佐、貴官の説得のチャンスは180秒。
この間に彼らが降伏しない場合は容赦なく殲滅する、いいな」

ノリス司令官直々の命令。武人である以上その命令には背けない。

「しかし・・・・それでは・・・・」

ここでヴィッシュ・ドナヒュー中佐が発言を求めた。

「ガトー大佐はインビジブル・ナイツやグラナダ特戦隊の心意気を買っているようですがその心意気でニューヤーク市では30000名の犠牲者が出た。
そして各地の連邦軍は10万名近い戦死者を出している。これは先の独立戦争での一週間戦争の数分の一に達した犠牲です。
しかも本来であれば平和な筈の戦後に、です。これ以上反乱行為を許せば月とア・バオア・クーにいる連邦軍がジオン本国を強襲する可能性もある。
その際にソロモン核攻撃、水天の涙作戦の報復としてNBC兵器の使用を行われたらどうされるおつもりか!?
責任をとれるのですか!? 昔のサムライの様に単純に腹を切ってしまえば良いと言うものではないのです!!」

そう、ヴィッシュの懸念は現在のジオン本国に住む者過半数以上の懸念。地球連邦軍がア・バオア・クーと月面に核攻撃部隊を配備している事は明白な事実である。
その砲口がいつ何時ジオン本国を向くか分からない。
そうであるし、既にジオン国内の軍官民政の過激派の大半が拘束されるかそのまま行方不明になるかのいずれかを選んだ以上、国内は平穏重視。
特に地球連邦が故意に繰り返し流しているニューヤーク市の惨状がジオン公国自体の参戦意欲を消し飛ばしている。
何せギレン・ザビが戦後に自ら公王就任式で国民に語ったように、あの一年戦争、ジオン独立戦争はギリギリの勝利であったのだから。
以下演説の一部を抜粋する。


『国民諸君、良く耐えた。が、この勝利こそ我々の栄光の第一歩である。しかし! 私は敢えて諸君に言わなければならない。
この戦いでジオン公国は多額の債務を背負った。これを返済しなければならない。第二の独立戦争など不可能である。
地球連邦に対する勝利もまた、ギリギリの勝利であった!! 無論、それは諸君ら一人一人が一致団結し勝利向かって前進してくれたお蔭であると私ギレン・ザビは信じている。
が、その団結をまだ解いてはならない。多くの賢者は語る。戦争は始めるのは簡単で終えるのは難しいと。そして、私は賢明なる諸君に更に問う。
終わった後、このジオン公国を、宇宙で唯一、否、人類世界で唯一、あの地球連邦と対等な国家を如何にして存続させるのか、と!!
諸君、諸君らの親も子も、この平穏の時代に安穏としてはならない。平和な時代を次世代に託すために諸君ら一人一人の国家への献身が必要なのだ。
それを諸君らは我が身を持って知って欲しい。連邦が抱える戦災復興問題は決して対岸の火事では無いのだ!!
故に共に歩もう。共に進もう。そして共に築こう。輝かしい未来を!! ジーク・ジオン!!!』


ヴィッシュの言葉に詰まる。
分かってはいるのだ。頭では。だが、それでも彼らがニューヤーク市に無差別攻撃をしなければという思いが拭えない。

(何故・・・・何故彼らは早まった真似をしたのだ!? 
ニューヤークで一般市民を殺戮さえせず、水天の涙の純軍事的な作戦目的だけ成功させれば恩赦もあった筈だろうに)

思わず握りしめるが、それは甘い予想だ。
ガンダム試作二号機強奪、マラサイの私的運用、ガンダムMk2の奪取に政府の統治から離れたアクシズとの共闘。パラオ要塞とペズン要塞の制圧と移動。
どれをとっても銃殺刑確定の犯罪である。これはアナベル・ガトー大佐というソロモンの悪夢を敵に回さない為の苦し紛れの策でしかない。
それは実はノリス・パッカード准将が誰よりも分かっていた。

(手綱を握れとは・・・・シーマ・ガラハウ親衛隊司令官も無茶を言う。まあ、なんとかはなろう。
それに彼らが今さら恭順するとは思えんが、ガトー大佐にもチャンスは与えた。後は大佐の力量次第、だな)

そして宇宙世紀0087.10.01。

艦隊は地球周回軌道にまで達し、三隻の改良型ザンジバル級機動巡洋艦をダカールに降下させる。
そこにはあの男が乗っていると噂されていた。そう、あの独裁者、ギレン・ザビが。




某月・某日・某所

『これでよろしいのですね?』

女が女に問う。
ジャーナリストを志して、ティターンズの本当の目的を探ろうとするその正義感と今のサイド2は不当に扱われているという怒りが二人の原動力。

『ええ、間違いないわ』

そう言って密会先のホテルの一室でコーラを片手に飲む。
余談だが宇宙世紀になっても飲料界における王者、黒い液体の双璧(片方はコーヒー、片方はコーラ)は健在であった。

『でも、この内容は本当に?』

タッチ式電子パネルでページをめくる。
因みに電子戦闘を警戒してインターネットなどの高速回線には繋げていなかった。
当然だ。これが連邦警察やティターンズにばれたら全てお終いなのだ。

『私も目を疑ったわよ。罠ではないのかと、美味そうなものこそ本当は偽物かもしれない。でも最後のサインは間違いなくウィリアム・ケンブリッジ副長官のモノ。
それに噂だけど、ジャミトフ・ハイマン長官が移籍して連邦議会議長になり、その後任が彼、ウィリアム・ケンブリッジという話も出ているわ』

そう言われて別のデータを出す。
すーと小指でページを捲らせる。そして音声というボタンをダブルクリックした。
そこには褥を共にした同性愛の女議員たちの喘ぎ声と共にでていた。

『え、ええ!! そ、そうよ!!! ジャミトフはあの有色人種を選んだ!!!』

『私達に内緒でティターンズを私物化している!! ああ、これはほんと・・・・だから止めないで!!! 私!!!』

『ジャミ・・・・トフ・・・・あの・・・・男色・・・・あいつ・・・・よりにもよって・・・有色人種なんかを・・・・後継者に、んん!!』

それ以上は聞きたくない。
なので、音声の入ったメモリーディスクを消す。

『つまりティターンズと北米州の癒着は融合と言うレベルに達すると?』

ティターンズの全権を握っていた男が今度は地球連邦の連邦議会を掌握し、その腹心がティターンズを支配する。
認めたくないが自分達エゥーゴにとっては終わりの始まりのように思える。

『あなたの想像通りなら、ね。それに・・・・』

『それに?』

更に発言する。コーラを一口口に含む。
摘みのポテトを腹に入れながら相手の女の顔を、金髪を見る。

『考えても見て、今の連邦軍本部はキャルフォルニア基地に存在しており、連邦軍の次期統合幕僚本部長はグリーン・ワイアット大将が有力視されている』

ワイアット大将? 彼は例のテロ攻撃の責任を取らされて降格されたはず。
そう思って口に出す。

『でも彼はこの間、ジャミトフ・ハイマンとの抗争で失脚した筈では?』

そこで椅子に思いっきり腰かけていた女が立ち上がり、隣のベッドにダイブした。
ベッドが揺れる。1Gだから当然だ。

『それが擬態だったとしたら?』

擬態!?
それは考えてなかった。だがあるかもしれない。

『ティターンズをウィリアム・ケンブリッジが、地球連邦政府をレイニー・ゴールドマンが、地球連邦議会をジャミトフ・ハイマンが。
そして地球連邦軍を北米州寄りに転向したグリーン・ワイアット中将と極東州出身のニシナ・タチバナ大将が抑える。しかもハワイを中心に北米州出身のジャック・グレート大将が第1海上艦隊から第9海上艦隊までの9個正規空母機動艦隊を掌握している。
それは治安維持を名目に、東西インド洋、大西洋北部、地中海、西太平洋、中部太平洋、大洋州へと派遣された』

『そう言えば他の艦隊は再建途上であったのを強引にマーセナス首相が再建を打ち切った。対統一ヨーロッパ州対策なのは間違いないわね』

マーセナス首相以下の地球連邦政府は金のかかる海軍艦艇を一番初めに削った。
特にアフリカ州三州の連合艦隊や、ジャブロー直轄の意味合いの強かった南米州の部隊、黒海警備と言う統一ヨーロッパ州でもロシアへの体面維持に使われた艦隊に、赤い彗星のベルファスト強襲で失われた艦艇などはさっさと軍専用のリサイクル業者に放り投げているか廃艦するか自沈させている。
その資金で統一ヨーロッパ州の不満を不平程度までに抑えた戦災復興を行えたのだから時のティターンズとそれを支援した連邦政府の対応の凄さが証明されていると言える。
が、その反動が宇宙のサイド1、サイド2、サイド4、サイド5の反発であり、見捨てられたのがシーレン、つまり海洋航路から外れた上、戦災復興に寄与しないと判断された中央アフリカ州や中央アジア州の非資源地帯である。
この地域はこの政策の反動からか、非常に反連邦運動が強く、連邦軍は城塞都市を築き、大量の地雷原、機関銃陣地、対戦車、対MS陣地と防空に地下都市を建設。
ジャブローの小型版を幾つか作り、その周辺に難民キャンプを張るだけで良しとした。
まあ全てを救う事が神でも不可能である以上仕方のない事だが、これが地球におけるジオン反乱軍とシリア地域、北部インド、北朝鮮とエゥーゴが合流、反連邦運動を地球上で支援する団体、カラバとなった。
そう思っているとベッドに大の字に横になっていた女がまた口を開く。

『そして北米州を中心とした太平洋経済圏は首相であったローナン・マーセナスが、更に宇宙利権はギレン・ザビとティターンズのウィリアム・ケンブリッジが仲良く分かち合う。
30億近い各サイドの利権に欧州とアフリカ北部の復興。その際に出るのは莫大な富。名声、そして権力への道。
この道を辿れば地球連邦首相にも、いえ、地球連邦以上の文字通りジオンも非加盟国も含めた人類統一国家の大統領や独裁者にだってなれる。
これを描いたのは誰? 誰にせよ一番得をするのはウィリアム・ケンブリッジじゃない?』

いつのまにか下着姿の女。
私もガウンを脱ぐ。コーラのお代わりを冷蔵庫から出す。

『・・・・・・暴論では?』

『そうかしら? 宇宙経済を独裁者ギレン・ザビと共にティターンズ副長官、いえ、長官として抑えれば30億の中産階級、加えて、人口爆発や旧非加盟国も考えれば50億近い人々の経済圏ができる。それを支配するのは太平洋経済圏構築諸国。
その中で州政府の許可なく越境可能であり、独自の軍事力を持ち、地球連邦軍でさえ保有できてない宇宙からの直接降下作戦が可能な軍事力、「ロンド・ベル」を指揮下に置く。
しかもその精鋭部隊の指揮官や構成員は彼の戦友だとか・・・・・どう?
それならこれもありえそうでしょ? 
ウィリアム・ケンブリッジによるティターンズを介した地球経済圏の掌握とその後の地球連邦首相への道。
協力者はいる。ジャミトフ・ハイマン派閥の議員。北米州、極東州、オセアニア州、アジア州、戦後復興で借りがある統一ヨーロッパ州に北アフリカ州の各州議員。
王室や皇室の無言の感謝の念と言う圧力にジオン公国。
それにニシナ・タチバナ大将指揮下の宇宙艦隊に、ゴップ大将。マーセナスやゴールドマン、バウアーやパラヤも怪しい。いざとなればお零れ目当てに尻尾を振るでしょう・・・・違う?』

それは軍の中でも最上級の極秘情報の筈。
一介の個人が知るとはどういう事だ!?
詰め寄る。

『!? あなた、どこでその情報を!?』

『ふん、あの狂信者のタウ・リンからよ』

女の武器を使って?

『・・・・・・』

使うはずないわよ。
私だって時と場所位は考える。

『分かってる。あの狂信者をそのまま信じるのは危険。でもこの情報が正しければやはり価値はある。あの作戦を決行するしかない』

あの作戦。ゲリラ作戦しか展開できないエゥーゴやアクシズ、ジオン反乱軍にとって最後の攻勢作戦。
インビジブル・ナイツが掲げた『水天の涙』、その最後の一滴の事だ。

『・・・・・コロニー自治法案に対する大規模な修正提案』

それを頭に乗せながら思う。
ウィリアム・ケンブリッジが何をしてくるか。あの暗殺未遂の報復として何を行おうとしているのか。

『恐らく税率だけ上昇させて、いまある各コロニーの自由と自治権は剥奪。
数か月以内に裏切り者のジオン軍と仲良くティターンズのコロニー駐留艦隊とMS隊が手を組んで私たちを恫喝するのよ。
みなさん、貴方たちは犯罪者です。だから今日から監視付きですよ、って。
そうに違いない。そうなる前に、レコア、あなたは宇宙から、私たちは地球から動いてこの欲望の塊みたいな男たちの野望をとめないと!!』

欲望の塊?
本当にそうだろうか?
だが、私は私の男に賭けるしかない。もう賽は投げられた。後は進むしかない。ルビコン川などとっくの昔に渡っているのだ。

『確かに・・・・・仮にこれが公表され、私達エゥーゴが何もしなかったとあれば今までの苦労は全て無駄になる。
エゥーゴ派の連中は各コロニーの不平分子を散々焚き付けて置いて、本当に大切な時は何もしなかったのか、と言われてサイド2やサイド4の支持を失うわ。
今でさえサイド7の住人から敵視され、サイド6から危険視されている。月面でこそ協力を得られているけどそれはあれがあるから。
だけど・・・・・わかった・・・・私もシャア大佐にかけあう・・・・だから』

ぶつん。映像が切れた。
見るとスマート・フォンのバッテリーが切れたようだ。
メモリーディスクを抜きつつ思った。

(あの女・・・・ベルトーチカ・イルマとか言ったか。こうも上手く乗せられるとこっちが騙された気がするぜ)

そう思いつつ、南極にあるAE社の経営するホテルの一室で日本産のビールを飲む。
日本の銀色のアルミ缶とクジラの肉と合成サラダを食べる。(この時代、シー・シェパードの過激派は連邦警察に取り締まられた。)
新聞を読む。

(ヨーロッパ中央の食事制限が解除される、か。
統一ヨーロッパ州でも西欧、南欧、北欧とロシア地域は復興が早かったからな。
これで中欧と東欧、オデッサ工業地帯の再建が実質終了した事をアピールする狙いか。
しかもその食料の最初の輸入先がジオン公国とは。援助物資とはよく言ったな。
確かに人間は喰えれば大抵の文句が無くなるもんだ)

そう、あのジオン独立運動とて食べる事が出来たからこそ。
それが出来なくなれば結果は単純だ。ジオンは独立云々言えなかった。それ以前に瓦解するか地球連邦に隷属するかなかった。
あの氷塊衝突事件がジオン・ズム・ダイクン死去以上の熱狂を引き起こし、シャア・アズナブルの、あのキャスバル・レム・ダイクンとガルマ・ザビ双方の連邦軍兵舎襲撃事件を引き起こすまではなかっただろう。

(ま、欲っていう食い意地は誰もが持っている。俺だってな。あのイルマとかいう嬢ちゃんも最初は半信半疑だった。
それがいつのまにか自分は英雄になる、ジャーナリストの鑑になる、なんて下らん考えを俺に知られたから都合の良い事実だけを掴まされる)

彼が渡したのは確かに事実だ。だが、それは一部だけが事実で半分以上は憶測であって予定では無い。
そもそも連邦議員はスキャンダル対策には万全を期す傾向が強い。
当然だろう。先の首相であるアヴァロン・キングダムはそれをジャミトフ・ハイマンらに突かれた為にレビル将軍と心中したのだから。

「で、あんたはどうすんだ? 木星帰りの優男さん?」

部屋の一角に座っている真新しいティターンズの制服を着ようとしていた男に問う。
そのティターンズの階級章は中佐。
これはティターンズを指揮する際は中佐だが、実際の権限は地球連邦軍准将に匹敵すると言う事になる。
実はティターンズの佐官、尉官、曹長、軍曹、伍長、上等兵は連邦軍に対して二階級上の指揮権を与えられる事がある。
あくまで与えられる事がある、と言うだけだ。これはティターンズ独走を危惧したウィリアム・ケンブリッジが自ら積極的に下した数少ない決定である。
特に現場を混乱させるだけだと現場からの批難は大きいが、それ以上に連邦軍の心象が良くなった。
奇しくもバスク・オム准将がブライト・ノア中佐に行った様に、連邦軍の方が軍隊としては洗練されており、規模もデカい。
水天の涙で150隻、3個艦隊を失いながらもまだ連邦と言う組織が立ち続けられるのはこの連邦軍と言う存在があるからだ。
仮にジオン公国で150隻以上の艦艇が1分で失われ、しかも敵に対した打撃を与える事も出来なければ降伏する可能性さえある。

「そうだな、まずは貴公の活躍に感謝する。タウ・リン殿、貴公がここまで動いてくれなければこうも上手くは行かなかった。
あの赤い彗星でさえ表舞台に出ざる得なくなった貴公の政治的詐術は尊敬に値する」

そいつはどうも。

無言で礼を言う。
そして上着のファスナーを上げた後で木星帰りの優男、パプテマス・シロッコは拳銃をホルスターから無言で引き抜く。消音機を装着する。
ガチャンと、初弾をスライドしてマガジンから装填する。
窓からオーロラを眺めている見た目は茶髪で青い目をしたネイビースーツにダークシャツと濃い紫のネクタイに茶色の革靴を履いた男に、レーザーポインターを当てる。

「ですが、若い男の野心をさらせきれませなんだなぁ」

その刹那!
タウ・リンが瞬時に横に飛んだ。
そしてベッドを駆けあがり、シロッコめがけて蹴りを入れる。
ニュータイプなのか、それとも彼の天性の才能ゆえか、シロッコもそれを即座に回避して、次の攻撃、踵落としを拳銃のグリップで防ぐ。
暴発。銃弾が花瓶に命中し、水が飛び散る。

「強化人間、ってやつさ。差別的なものの言い方だろ?」

ニヤリと笑う。
咄嗟にタウ・リンの右足の脛に渾身の蹴りをくらわすが、サポーターが膝の部分にはあり致命傷には程遠い。
そして柔道の大外狩りでシロッコを倒す、ふりをして、そのまま壁に叩きつけようとした。
が、シロッコもそこでは終わらない。制服のベルトをいつの間にか外して思いっきりタウ・リンの額に叩きつける。
そのまま顎にアッパーの一撃を加えた。がタウ・リンは右足でシロッコの左足の表面を思いっきり踏込み彼を拘束。そのままスーツの袖の中に隠し持っていた自分用の指紋認識のワルサーPPKをシロッコの額に押し当てる。
が。シロッコもこの時0距離射程で連邦軍正式拳銃を3連射モードにしてタウ・リンの胸に押し当てていた。

(こいつと良い・・・・ケンブリッジと良い・・・・何故ニュータイプたる私が、オールドタイプに・・・・いや、この思想こそが私の敗因か!?)

(ち、さっさと始末しとかねぇと思ったが・・・・思った以上にやりやがった。伊達に天才ニュータイプとか子供じみた事を言っている訳じゃねぇってか?
どうする? 考えろ? こいつより先に引き金を引けるか? いや駄目だ。もしも死後硬直か何かで向こうから弾丸が来たら流石に避けきれねェな・・・・面白いぜ、これだからやめられねぇよ!!)

汗が流れる。
そして次の瞬間、シロッコが相打ち覚悟で引き金を引こうとした瞬間、足の重みが無くなった。
更にワルサーPPKからマガジンを片手で器用に抜き、床に落とす。そしてゆっくりと銃をスライドさせ、銃自体に残っていた弾丸も排出。

「何の真似だ?」

それはタウ・リンの賭け。

「俺もお前も死に場所はこんな僻地じゃねぇだろ?」

違うか?
無言で問うタウ・リンの視線。

「だったら、やる事は宇宙で、或はもっと大舞台でやろうぜ。ああ、安心しな。こう見えても俺は義理堅い。
アンタが今ここで俺を見逃してくれるっていうなら・・・・・俺もアンタが裏取引しようしていた連中が誰なのか黙っていてやる。仮面の赤い男とか、な。
それに・・・・・担保はそこにあるメモリーディスクでどうだ? あれがあればスパイだったていう言い訳も上層部相手にできる・・・・違うかい?」

その言葉にシロッコは面白そうに笑う。

「私は最初から連邦軍の密命を受けて行動していた。そしてテロリストを見つけ射殺した。これで良いのではないかな?
それだけの優位が今の私にはある。何故君に譲歩しなければならないのかね? 寧ろ後腐れなく貴公を殺した方が良い気がするぞ?」

銃口を外さない。
だが男も笑みを崩さない。
まるでお前に俺は殺せないと言わんばかりに。

(そいつはどうかねぇ?)

そうタウ・リンは無言で伝えた。

(なんだ、このふてぶてしさは?)

シロッコは汗を隠せずにいた。
もう片方のタウ・リンもそうだったが。

「俺たちはまだ舞台俳優だ。脚本家でも監督でもない。インビジブル・ナイツやあのイルマとかいう女、グラナダ特戦隊のお坊ちゃん部隊らは舞台俳優でいたのだろう。
でもな、俺たちは違う。俺は脚本家になりたいのさ。歴史を動かした英雄っていう脚本家に、あんたもそうだろう?」

そう言ってタウ・リンは茶髪をオールバックにして更にアイコンタクトを外す。
止めにネクタイも外した。

(さて、この木星帰りの優男と交渉が失敗したら、次に殴り掛かった時はこいつで縛り首だな)

(あのネクタイ・・・・なるほど。あれで私を殺す気か。確かにこの密室と奴の強化された体を考えたら9割の確率で絞殺されるな)

数刻の睨み合い。水音もしない、ただエアコンの音だけが響く室内。
と、シロッコも銃を収めた。

「良かろう。貴公命拾いしたな」

「あんたこそな。自称天才殿?」

知っていたいか。
が、これではニュータイプによる統治など所詮は夢物語かもしれん。
シロッコはこの一連で思い知った。
確かにタウ・リンは強化薬や手術で強化されていた。だがそれは逆に言えばだれでもできる事である。先天的なニュータイプ能力とは違うと言う事だ。
それに今の世界の脚本を書いているのはギレン・ザビやジャミトフ・ハイマンを中心としたオールドタイプ達だ。
あの一年戦争を終戦に持ち込んだのも、ウィリアム・ケンブリッジやローナン・マーセナス、更にはザビ家の面々で自分が考える女性やニュータイプなどいなかった。
逆に戦犯だと言われているレビル将軍やキングダム首相もオールドタイプ。言い方は悪いが彼らもまた脚本家だった。
そしてその脚本家全員がオールドタイプ。

(認めたくないモノだが・・・・・認めない限り私に先は無い)

そう思う。
思い出されるのはアメリカで出会った有色人種のオールドタイプの一家。

(ニュータイプの時代・・・・・それはケンブリッジが言った様に夢想家の夢に過ぎないと言うのか?)

そう思って私物を持って立ち去ろうする。
これでタウ・リンに後ろから撃たれるなら所詮はそこまでの男だと自嘲しながら。

「待て」

ここまでか。そう思ってゆっくりと振り向くと先程のメモリーディスクといつの間にか用意したのか血液サンプルを投げた。
床に落ちる。

「これは何かな?」

は、そこまで教授する必要があるとはねェ。
そうタウ・リンは前置きしながら言った。

「赤い彗星の血液だ。間違いない。本物だよ、アクシズにいる連中の伝手で手に入れた。それをティターンズのお偉方に持って行けばこの数日間の不審行動は大目に見てくれるだろう。
それにあんたの本当の飼い主も喜ぶはずさ。で、メモリーディスクの方は表向きの飼い主様に尻尾を振るにはちょうど良い、そうだな?」

私はそれを真空パックに入れると今度こそボストンバッグに入れて部屋を立ち去った。

「貴様は知る必要はない。そして安心しろ、半日だけ待ってやる」

シロッコがシャトルに乗り南極大陸を離れてからきっかり12時間後、ダグザ少佐自ら指揮したエコーズが衛星軌道から南極ショウワホテルを制圧した。
が、この時、そこにはタウ・リンは無論、客室職員一人おらず、ダグザ少佐ら全員が一善後策協議の為、ホワイトベースに戻る。その次の瞬間、ホテル自体が爆砕された。
大量の爆炎と、サリンをばら撒いて。
ホワイトベース艦橋で悔しがるエコーズの面々を余所に、潜水艦で喜望峰を目指すタウ・リン。

「パプテマス・シロッコか、赤い彗星よりは楽しめそうだな」

一方で、辞令を受け取るべくキャルフォルニア基地行きのシャトルに乗ったパプテマス・シロッコ。

「ニュータイプの世界・・・・それは幻想だろうか・・・・もう一度会ってみるか・・・・あの男に、ウィリアム・ケンブリッジに」




宇宙世紀0087.10.15。

ダカール市には副首都として非常用対核戦争用シェルターがある。それも市街地の各所に。それだけこの都市は重要なのだ。
旧世紀とは異なり、極東州の鉄道技術導入でダカールは北アフリカと中央アフリカを結ぶ拠点となった。更にスエズ運河まで10時間という高速鉄道網に、コロニー開発技術を応用した片道8車線の完全密閉型高速道路。
全てがヤシマ重工、ウェリントン社、ビスト財団を中心とした大規模な先進諸国の技術とはいえこれがあるからこそ、アフリカ北部に限っても大規模な内乱がなくなったのだ。
枯渇した石油資源に代わる希少資源の運搬ルートや工場地帯の誘致なども上手くいった。宇宙世紀0050年代の地球連邦の成果の一つである。

「ダカールにようこそ、副長官」

そう言って市長が挨拶する。
何度やってもなれないなぁ。そう思った。

「これはこれは戦の女神、リム・ケンブリッジ准将閣下。お会いできて光栄です。例の演説、私も聞きました。
いや、良い伴侶をお持ちだと、妻に叱られましてね」

笑顔の裏に何があるのか、そればかり考えるようになってしまったな。
このムスリムの彼も善意で言っているのは分かっている。分かってはいるのだが。

「ええ、市長こそ。ところでこの度の件ですが・・・・・ご存知ですかな?」

自然と小声になる。

「例の方ですか?」

無言で頷く。

「心配はご無用。既に到着済みです。まあ皇族・王族の評議会は既に開催されておりますから・・・・心配は無用です」

「そう願いますよ」

その日の夕方。

立食パーティ。黒のタキシードに白いオーダーシャツ、黒い蝶ネクタイとワインレッドのスーツを着た妻、正装している息子のジンと娘のマナ。
4人で地中海に沈む夕焼けを見ながら感歎しているとざわめきと共に人の波が出来た。
ステージがある。U字型で、そこだけは完全に密封された空間だ。
そこに10代前後の若者らが入場してくる。
多くの参加者が目を見張る。そこには各王室、皇室の皇太子、王太子、皇女、王女がいた。
その殆どが伝統衣装に身を包んでいた。
そしてマナは一瞬だけ困惑の視線を向け、次に辛そうに目をそむけた。
そう、最後に入ってきたのは友人であり、自分が罵倒してしまった年下の女の子。この7歳で政治ショーをやらされる女の子。
赤色の父親と同じデザインの軍服を着たミネバ・ラオ・ザビだった。

(あれがドズル中将の、いや、いまは上級大将の娘・・・・・夫が命を賭けて守ろうとした人間。
さあ、本当にそれだけの価値があるのか見せてくれる?)

それぞれのスピーチが終わっていく。一人頭平均5分のスピーチだ。
聞きながら妻のリムは思った。みんな同じだなと。

(育ちのよい良い子なのね・・・・まあそれが悪いとは言わないけどもう少し何かあっても良いと思うわ。
例えばギレンさんとか・・・・まああそこまで極端でなくてもアドルフ・ヒトラーとかナポレオン・ボナパルトとか始皇帝とか)

この時点で妻の脳裏に過ぎるメンバー全員が普通とはかけ離れている事に妻は気がつかない。ついでに言葉にそれが出ている事も。

「以上を持ってジオン公国代表グレミー・T・ザビ公太子の・・・・・なんだ、ミネバ?」

その時ミネバ・ラオ・ザビが思いもかけない行動にでた。
従兄妹のグレミーからマイクを取り上げたのだ。

何をする!

そう言いかけたグレミーを無言で抑えた。
まるでグレミーの叔父であるドズル・ザビが動揺する部下を戦場で抑えるかの如く。

「私はここに来る際に、ギレン公王陛下にひとつだけお願いをしました。
それは私が公王継承権を放棄する代わりに数分だけ語らせてほしいと言う事でした。無論、伯父であるギレン陛下は疑問に思いました。
また叔父のサスロ総帥は私が子供ながらに妙な事を言ってジオンに付け入る隙を与えるのではないかと危惧しました。
父のドズル上級大将は危ない事は止めろ、二度と地球に行く事は無いと大反対しました。
しかし、私はそれらすべての条件を飲み、二度とこの土地に来れなくとも、二度と屋敷から出れなくともすべきことがあると信じて此処にいます」

会場からざわめきが消えた。グレミーもマリーダも、他の面々も皆黙って聞いている。
それはリムも、俺も、ジンも、マナもだ。
いや、マナの方が真剣に聞いている。そしてその視線の先にはミネバの視線の先があった。

「ごめんなさい」

え?

一体何を謝罪した?

会場内部にざわざわとしたざわめきが巻き起こる。だが、それも数瞬。

「マナ姉さん、ジン兄さん、リム小母様、ウィリアム小父様。本当にごめんなさい。
私達ザビ家の我が儘で命を落としかけた。本当に申し訳ありませんでした。許してください・・・・・いえ、許さなくてもいい。
ただ・・・・・・謝りたくて・・・・・・・・だからどうしても今回地球に降りたかった。そしてもう私は、ミネバは・・・・・・マナお姉ちゃんに・・・・・ジンお兄ちゃんに」

涙で何を言えば良いのか分からない。
大粒の涙がミネバの頬を濡らす。

「・・・・・お姉ちゃんに・・・・・あいま・・・・・」

誰もが何も言えない会場でガタンと言う音が響いた。
見ると娘のマナが思いっきりケーキの皿を別の皿に叩きつけていた。フォークやナイフが調味料を飛びチラシながら床に落ちる。
良く見ると目がすわっている。慌ててマナを止めようとして、リムが右肩を掴んだ。

「何をする!?」

「いいから黙って見ているの・・・・何かあったら・・・・・私たちが責任を取れば良い事でしょ?
それにね・・・・ウィリアム、滅多に見れるものじゃないわよ? 子供が成長する瞬間なんて」

「?」

そのまま演台に上り、泣いているミネバの前に仁王立ちする。

「マ、マナお姉ちゃん・・・・? わ、私は・・・・」

「・・・・・・ミネバ」

そしてミネバをひっぱたたいた。
バチン。
その小気味よい音だけが会場に響いた。
後は誰もが動けない。

「・・・・・さいよ」

え?

ミネバが無言で何?と問う。

「叩きなさいよ! 早く」

困惑するミネバにマナは告げた。

「私はアンタを叩いた。アンタは私の友達で、私とアンタは対等。だから、例えジオン公国が許さなくても、地球連邦に投獄されても構わない。
アンタも私を叩きなさい。あ、遠慮なんてしてみなさいよ!? 二度と口きかないわ!!」

その言葉に、そして、マナの視線に意を決したのか7歳とは思えない程の力強さでミネバはマナを叩いた。
そして急にへたり込む。
そんなミネバにマナはしゃがみ込んで言った。
ミネバだけに聞こえるように言ったつもりが、転がったマイクに集音されて全員に聞こえたのはまあ、血筋だろう。ウィリアムの不運と言う。

「ミネバ・・・・・ありがとう・・・・お父さんを撃たれて・・・・あの血だまりを見て・・・・・私の方こそどうかしてた・・・・・許して・・・・・ミネバは悪くは無かったのに・・・・本当はミネバが殺されてたかもしれないのに・・・・・それなのに私は・・・・・ミネバを責めるばかりで・・・・・ミネバの気持ちを考えもしなかった」

「・・・・・マナお姉ちゃん・・・・・・許してくれる?」

「うん、許す。だからミネバも私を許して」

「ご・・・・ごめん・・・・・ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・・・本当に・・・・・ごめんなさい・・・・・お姉ちゃん・・・・・ごめんなさい」

「ありがとう、ミネバ。私の友達」

妻の言う通りだ。滅多に見れるものでは無い。娘が成長する瞬間など。
そしてその後は大人達の主に男性陣からの拍手、女性陣からは涙のハンカチだった。王族の方々の中には羨ましそうな表情で見ている者もいる。
だが、自分が気になったのは一瞬、そう、ほんの一瞬だがグレミー・T・ザビが笑ったのを見てしまった事だ。
或いはあのギレン・ザビだ。これを見越したうえで名代を実子にして長男のグレミー・T・ザビでは無く、姪のミネバ・ラオ・ザビにしたのだろうか?

(我ながら考え過ぎ・・・・・いや、ありそうで怖いな)




宇宙世紀0088.10.20

ネェル・アーガマ艦橋にはカムナ小隊のメンバーとリム・ケンブリッジを除く嘗てのペガサス艦橋要員が集まっていた。

「タキザワ中尉、敵艦隊との距離は?」

マオ・リャン中佐が問う。直ぐに対艦用三次元レーダーにて目測する。

「艦隊距離12000.双方の射程圏外です。尚、敵艦隊は三隻単位で凸陣形を各個に展開しています」

「MS隊は?」

更にマオが聞く。反応したのはノエル・アンダーソン少尉だった。

「反応なし。現時点では未だ格納されている模様。こちらの部隊はいつでも展開可能です」

ロンド・ベルの初陣とは。
バスク・オム准将が色々と文句をつけてきたが宇宙艦隊司令長官に就任したニシナ・タチバナ大将に、第1艦隊と第2艦隊、第12艦隊の三人の中将(しかも彼と同じ地球連邦正規軍所属)が強い要請を、というか命令を出したためネェル・アーガマ、アーガマ、ブランヴァル、ペガサスⅢの4隻は独自行動を許可された。
その総司令官にはエイパー・シナプス少将を任に当てている。彼はこの戦いが終了すれば中将に昇進は間違いないと言われていた。

「シナプス提督」

(・・・・提督か、まさか士官学校を中の中で卒業した自分が今や連邦屈指のトップエリートとはな。人生とは分からぬものだ。
カニンガムは死に、ティアンム先輩は更迭され、レビル将軍は戦犯扱い。戦時中の英雄が戦後一転して没落したのはある種の恐怖を感じたものだが。
それでも私は私の出来る事をするしかない。部下たちを生かして故郷に返すと言う最大にして最低限の義務を果たす)

敵、こちらの正体に気が付いてない模様です。
リャン中佐が進言してくる。
同感だった。彼らがこの新造戦艦ネェル・アーガマの真価に気が付いていれば悠々自適にゆったりと遠足気分で距離を詰めはしない。

(ならば成すべき事は一つ! 悪いがやらせてもらうぞ!!)

「アンダーソン少尉、ジュリアン少尉、第03のデルタ小隊と第02小隊、ホワイト・ディンゴ部隊の用意を。タキザワ中尉は第01小隊と第04小隊、第05小隊に通達。
『MA』形態のまま待機。特にウラキ少尉のガンダム試作一号機宇宙戦使用は他の機体に比べて遅い。第05小隊の戦闘は直援以外避けさせろ」

と、敵にも動きがあった。
両翼を伸ばすのではなく、三隻単位でマシンガンを連射する様に正面の第12艦隊を食い破るつもりだ。
だが、ここは地上では無い。宇宙空間だ。
二次元の海上戦闘を強いられる海軍や、あくまで航空機でしかない空軍同士の戦いとは違い、陸軍の要素を取り入れた空軍の技能を海軍がやる宇宙での戦い。
ならばやりようはいくらでもある。ルウム戦役の大勝利に目が奪われがちだが、本来の宇宙戦闘の経験は地球連邦軍にもジオン軍にもない。
未だ手さぐりな状況なのだ。

「敵艦隊に照準、ハイパー・メガ粒子砲を使う。敵を斜めに撃ち抜け!」

シナプスの激。

「了解しました、マオ・リャン中佐だ、砲術、聞こえたな?」

マオの反応。

「任せてください!! 良い一撃を撃ち込んでやりますよ」

砲術長の判断。

「索敵班のアンダーソンです。敵は依然として射程上に斜めに展開。気が付いていません!」

ノエルのサポート。

撃てるな。一発限りの使い難い対要塞用兵器だが、ここぞと言うときは星図や地図をMAPとして見た場合、そのマスを抉る、いわばMAP兵器としての役目を持っている。
この真価にはロンド・ベル以外の誰も気が付いてない。そう、この艦隊の司令官代理を務めるバスク・オムでさえ。

「エネルギー充填終了、冷却システムオールグリーン」

「目標補足。敵艦隊に目立った動きなし。観測班より連絡。全艦首搭載モノアイ照準用に固定せり」

バロールと呼ばれたジオンの最新型モノアイ搭載光学センサーを利用したネェル・アーガマ。
これを発射する為にジオン本国からルウム戦役のヨルムンガンドの照射データとソーラ・レイの照準技術を学んだのだ。
その代償が多額の地球産鉱山資源だったが・・・・中華地域から軍縮で搾り取った各種兵器の残骸を引き渡したので良しとしよう。
尤も、今はそんな裏事情は関係ない。

(政治の事はケンブリッジ副長官らに任せれば良い。私は私の事をやるだけだ)

機関室から、砲術室から報告が上がる。
いつでも撃てる、と。

「砲術長、照準良いか?」

「いつでも!」

「よーし、ハイパー・メガ粒子砲・・・・撃てぇ!!」

この時、大蛇以上の閃光が久方振りに漆黒の闇を照らした。
光の渦に巻き込まれる敵のムサイ級の発展型と思われる艦とどこから調達したのか緑色のサラミス改級巡洋艦に一年戦争以前の旧式マゼラン級戦艦。

「せ、戦果の確認をします」

アニタが一瞬だけ詰まる。CICの中で戦果確認に追われる人々。

「でました! やりました提督!! 完全に奇襲は成功です!!
敵エゥーゴらのサラミス改級巡洋艦4隻、所属不明の改良型ムサイ級と思しき艦2隻、マゼラン級戦艦1隻、コロンブス級1隻撃沈、旧式サラミス級3隻中破、ムサイ級2隻小破した模様!!」

大戦果だな。奇襲とはいえ、これは大きい。
シナプスは手ごたえを感じた。




「・・・・・シャア大佐」

艦長のファーレン中佐が聞いてくる。流石に私もまさかこれ程の損害を一方的に受けるとは思ってなかった。
だが、この戦いはダカールとキャルフォルニア基地に核弾頭を撃ち込まない限り、失敗になる。
例えどれ程善戦しようとも、MS隊を落とそうとも最終的に数に潰されて終わりとなる。
ならば当初の予定通り降下させるか。

「全軍に通達、エゥーゴ艦隊は前進。弾丸突撃陣形で各個に中央突破を。アクシズ艦隊とジオン同盟軍は敵第1艦隊を牽制しつつ中央を切り抜け」

エゥーゴ艦隊を先頭に、強行突破をかける。
更に緑の大型MAが第12艦隊の前衛ピケット巡洋艦を撃沈した。

「こちらシグ・ウェドナー、一隻撃沈。我に続け! セラの仇だ!!!」

そう言って、更にもう一隻の、ハイザックを発艦させようとしていたサラミス改を撃沈した。
これで二隻。艦隊の一斉射撃を、強化された反射神経で回避する。

(セラ!!)

あの時、ア・バオア・クーで彼が守るべきはずだった少女は殺された。連邦軍の白い悪魔に。
だから今度は連邦軍から奪ってやる。その為に赤い彗星についていったのだ。そして火星圏でまだ山のモノとも海のモノとも知れない強化人間への強化手術を受けた。
その力がこれだ。インコムと数門のメガ粒子砲、大型ビームサーベルにミサイル。対艦隊突破戦力として期待された自分は期待以上の事を成し遂げている。
それで良い。俺にはもう何もないだから。
またもや第12艦隊から脱落艦がでる。被害甚大と報告した白いマゼラン改級戦艦がエンジン部分をカットして脱落した。
シグの操縦するノイエ・ジールのミサイルが上部にいた三隻のサラミス級を脱落させる。
こうして呆気ない程のもろさで地球連邦軍の第12艦隊は戦線を突破させた。その勢いで一気にバスク・オム指揮下の第5艦隊に迫るエゥーゴ、アクシズ、ジオン反乱軍。
エゥーゴのMSはジムⅡとジム改が中心、アクシズはリック・ディアスとガザCにガザD、ジオン反乱軍はインビジブル・ナイツとグラナダ特戦隊のマラサイを除いて後はザクやドムなどの旧式のカスタマイズ機体。
一方で地球連邦軍の第1艦隊と第2艦隊、第12艦隊は青色で着色されたティターンズ共用のハイザック。ロンド・ベルは黒を基準にしたネモ。第5艦隊はジムⅡのみ。
だが総数でも質でも圧倒的に地球連邦軍側が上。そして地球連邦の宇宙艦隊司令長官とある任務部隊司令官は今回の作戦で一つの謀略を立てた。

『バスク・オム失脚』

というシナリオである。
左翼に第1艦隊、右翼に第2艦隊、中央に第12艦隊、その後方に第5艦隊を配置する。しかも司令官はバスク・オムにするがあくまで総司令官はジーン・コリニー大将として責任問題を彼に擦り付けられるようにした。
止めに艦隊司令官代理と言うあやふやな地位。責任だけは押し付けるが権限は薄いと言う最悪のポジションである。
実際、三人の正規艦隊中将は命令を渋々聞いているという感じが強く、使い潰すつもりだったロンド・ベル艦隊は独自行動の自由を盾に自由気ままに動いている。
全くもって面白くないだろう、バスク・オムにとっては。

「ええい、第12艦隊は何をしている!? 何故こうも易々と突破を許したのだ!?」

バスクが怒鳴るのも無理はない。勝てば確かに少将は確実、上手くすれば中将にもなれる。
だが負ければジャミトフ・ハイマンらの謀略によって全責任を背負うだろう。
下手をしなくてもエリートコースからの転落。最悪の場合、かつてのウィリアム・ケンブリッジの様に査問会に直行だ。
しかも当時と異なり自分を守る派閥は皆無。コリニー大将はジャミトフ・ハイマンとブライアン前北米州大統領の逆転劇の影響で、往年の覇気を失い既に隠居したつもりでいるし、ブレックス・フォーラーら最後のレビル派閥は自らの政治基盤確立の為に生贄に使う。
そしてあの小賢しいウィリアム・ケンブリッジが自分を許す筈も無い。自分を必ず断罪してしまう。

「第5艦隊、意地を見せろ。一機たりとも地球に降ろすな!!」

バスクの号令の元、訓練不足ながらも第5艦隊は砲火を集中。
カニンガム提督とワッケイン提督の提案した一点集中射撃がアクシズ製のMS、ガザCやガザDを破壊する。
が、こちらのジムⅡも破壊される。味方ごと巻き込んだ突如の砲撃はかえってこちらの陣形を歪めさせ、敵に突破口を作り出す契機を生んだ。

「何をしている馬鹿者ども!!」

「砲撃員!! 敵味方の区別もつかんのか!?」

「敵MS、艦隊下部より地球軌道に侵入をはかりつつあり」

「ぶつけるつもりで攻撃に転じよ」

「駄目です!! 間に合いません!!!」

「諦めるな!! まだ戦っている部隊はある筈だ、それを迎撃に・・・・」

「サチワヌ轟沈。例のノイエ・ジールです!!」

数機のMSが地球降下の為のバリュートを開いた。落下傘降下作戦の始まりだ。
それはハワイの天文台観測所と幾つもの偵察衛星や偵察艦隊を経由して即座にダカールに送られる。
その報道はアングラ出版やBBC、連邦放送、ジオニックラインなどの有名無名を問わない全ての報道陣に公開されていた。
ジオン本国のズム・シティではギレン・ザビ公王がサスロ・ザビ総帥、ドズル・ザビ上級大将と共に楽しそうにその映像を見やる。

「さて。ミネバは謝ったと聞いたぞ。ドズル、お互いに子供の教育には苦労するな」

ギレンの言葉に無言で頷く。
だがギレン・ザビの関心はもうそこにはない。あるのは宿敵への敬意。そして期待。

「この放送は全世界規模で流されている。つまりだ、今を置いて貴様の主張を述べる絶好の機会は無いという訳だ。
さあどうするのだ? キシリアを葬り、レビルを退場させ、キングダムを失脚させ、戦後復興を乗り切り、今や地球圏全土の注目の人物となった男よ。
どうする、どうでる? あの日のグラナダでの会談の様に、初めて会った時以来感じている重圧をどう解放する?
このまま何もしないのか? それとも噂通りにコロニー自治法案を廃絶させるか? 或いはもっと別の何かを送り出すか?」

ギレン兄貴がここまで饒舌になるとは。
そんな馬鹿な・・・・信じられん。

ドズルとサスロの驚き。
そんな二人の視線を余所に、ギレンはウィスキーを一口口に含むと言い切った。

「さあ、コールだ、ウィリアム。私を楽しませろ!」




「空襲警報発令! 空襲警報発令!! これより議会は地下15階まで降下します。議員の皆さんは落ち着いて対処してください」

ダカールの議会は元々非加盟国によるテロリズム的な軌道爆撃を対処する為、議会設備そのものを地下に置き、更にそこから5フロア下まで議会を地下に降ろす事が出来る。
と、発令と同時に地球連邦陸軍全軍が第一級臨戦態勢に移り、SP達全員がH&K社製品の歴史あるサブマシンガンを装備する。
また、タチバナ小隊は新型機であるNRX-044アッシマーをマーフィー大尉指揮下の第三小隊と共にスタンバイに入る。

『各機離陸!!』

アッシマーが飛翔する。

「こちらタチバナ大尉。いいか、敵はまだ数機だが一機たりとも市街地にいれるな!! 
海上か砂漠で撃墜しろ!! いいな!!」

「「「了解」」」

報道陣がいる中で副首都のダカールに、地球に敵の侵入を許したと言う時点でバスク・オムの失脚は確定した。
それを微笑む者がいた。




月面都市のフォン・ブラウン市に、である。

「これで常務の予想通りバスク・オムは失脚ですな。慧眼、恐れ入ります」

そうかね?

男はグラスに残っていたウィスキーを呷る。更に日本産の水で水割りを創作する。

飲むかね、中佐?

「任務中ですので。それにあまりお酒はお控えになった方がよろしいかと」

その男は常務の肩書を持つ男だった。
月面に本社を置く世界有数の企業の常務。しかしガンダムを強奪され、更にはジオニックの技術を吸収できなかった故にいつその地位から外されるか分からない。
そこに降って湧いたのが、唯一の上司の失態。エゥーゴへの支援だ。ならば自分はティターンズに支援する。
簡単な通りだ。自分がティターンズに支援する事であの男は失脚する。いつも紫の趣味の悪い男も、だ。
そうなればこの会社は私のモノ、そう思っているのだ。

「例のブツは届けよう。まさか指揮下の艦隊から合成麻薬製造プラントの所持者が組織ぐるみで出たとあっては流石に弁護しきれまい」

頷くティターンズの中佐。

「それで、君は何を得るのだ? 金か? 富か? 地位か? 名声か?」

ふと思った。同じような質問をされた気がするな、と。だが答えは決まっていた。

「脚本家の立場ですよ。それでは私はこれで・・・・・よりよいパーティを美女と共にお過ごしください。
最高のショーと共に、オサリバン常務」




戦闘は激化した。数機のガザDが地球に降下したが、それは蟷螂の斧だった。
慣れない重力下戦闘を強いられた7機のガザDとガザCは機体構造の欠陥もあってタチバナとマーフィー両小隊によって海上にて撃墜される。
一方宇宙空間では、新たにノイエ・ジールの2号機、いや、赤い彗星専用のノイエ・ジールⅡが戦線に投入。
しかもグワダン近郊には緑色のキュベレイタイプが一機いる為か、近寄ったハイザックが6機二個小隊破壊された。
二機のノイエ・ジールの活躍は凄まじく、第12艦隊は当初の予定以上の損害を出し一旦左翼右翼に戦力を分派、第1艦隊と第2艦隊に組み込んだ。
そしてこの状態で最も損をしたのが第5艦隊である。
第5艦隊内部で実弾兵器を搭載した機体はおらず、Iフィールドを発生させる機体を撃破するのは非常に困難。
何機かは体当たりを敢行するも、ニュータイプと強化人間の先読みの技能の前に敢え無く撃破される事となる。

「あれか、敵艦隊旗艦!!」

ドゴス・ギアを射程に捕えたシグ。既に精神興奮剤と覚せい剤を使いすぎ幻覚さえ見える。だが構わない。

(俺は守れなかった。だから・・・・だから!!)

護衛のMS隊が、護衛の艦隊が一斉射撃を行う。無駄同然と分かりながらもミサイルによる誘導弾攻撃も行う連邦軍。
だが、間に合わない。

「勝ったぞ!!」

既に血の涙がヘルメットを覆っていた。レバーを握る感覚も辛うじてしかない。
だが、幾多の攻撃に耐えたノイエ・ジールは確かにドゴス・ギア級大型戦艦をロックオンした。
ビームを放つだけ。この距離ならビーム攪乱幕も意味をなさないだろう。既に邪魔なサラミス改級は全て沈めた。
近場のリック・ディアスもジムⅡを抑えてくれる。

(見てるかセラ、アイン。俺はお前たちの仇を取るぞ!!)

「死ね!! 連邦軍の豚!!!」

シグがそう叫んだ時、運命は残酷に彼を振った。

『ハイパー・メガ粒子砲、第二斉射! 目標、敵大型MA!! 撃て!!!』

その通信が両軍に響いた。

10分ほど前、二機の大型MAにより第5艦隊が予想以上の損害を受けている事に焦ったのは何もバスク准将だけでは無い。
本来ならば敵対陣営のティターンズ所属のエイパー・シナプス少将も彼らしい義務感からタイミングを計っていた。
如何にしてあの突破口を作る破城槌を粉砕するかを。如何にして気に食わないがそれでも味方を助けるかを。
そして冷徹に判断した。周辺に味方がいない、尚且つ敵が止まる。そして確実に敵が狙うであろう目標。
直ぐに決める。艦隊をこの位置に配置し、敵の突破スピードを見ればその瞬間は僅か5秒。だが0秒やマイナスでは無い。
ならばやるしかない。
必ず死ぬ命令は拒否できるが、決死の命令は拒否できないのが軍隊だ。

「リャン中佐、タキザワ中尉、ドゴス・ギアに向け本艦を回頭、MS隊の内、アーガマを初めとしたネモ部隊は当初の予定通り敵艦隊を第1艦隊側から叩け。
敵の直援機にもう余力は無い。40機近い新型MSで押し流せ!
続けてハイパー・メガ粒子砲を用意。砲術長、機関長、砲撃は可能か!?」

その言葉に数秒の間が出来る。
やはり不可能か? そう諦めかけたところで砲術長が進言した。

「リャン中佐、シナプス提督、30パーセントなら撃てます。ただし、三発目は絶対に不可能です。それだけは保証します」

「こちら機関室。主砲を撃てば冷却システムが不足するのでこれ以上の砲撃戦は不可能になります。
少なくとも使えるメガ粒子砲は無くなり、単走ビーム砲だけになります」

つまり撃てばこちらは退却させる必要があるか。そろそろ例の護衛の艦隊が到着する事を考えると歩が良い賭けだ。

「よし、砲術長、目標はあの緑の大型MAノイエ・ジール。タイミングはこちらで取る。操舵主、絶えず本艦の砲口をドゴス・ギアに向けよ。
尚、冷却剤保全の為、メガ粒子砲の砲撃は中断する!」

そしてシナプスの読みは当たった。ただひたすら前へ前へ前へ前へと進んだ狂信者の集団は、最良の獲物、連邦軍最新鋭大型戦艦、あのバーミンガム級の後継艦であるドゴス・ギア級大型戦艦の前で止まった。

「!!!!」

第5艦隊のみならず、第1艦隊と第2艦隊の兵士らが息を止め、エゥーゴが、アクシズ艦隊が、ジオン反乱軍が勝利を確信した刹那。

『ハイパー・メガ粒子砲、第二斉射! 目標、敵大型MA!! 撃て!!!』

エイパー・シナプスの激励が飛んだ。
そして周辺のリック・ディアスやエゥーゴ使用のグリーンのジムⅡに、ドムやザク、ゲルググなどを巻き込みながらノイエ・ジールに直撃する。
Iフィールドも度重なる攻撃により損耗し、更には対要塞用の強化メガ粒子砲の直撃など想定してなかった故に、シグ・ウェドナーの駆るノイエ・ジールは光の渦に呑まれた。

「機関全速前進! 最大船速!! メガ粒子砲、ビーム砲、目標敵旗艦グワダン級戦艦。ペガサスⅢは本艦アーガマと共に前進、ブランヴァルはネェル・アーガマを援護」

その直後にロンド・ベルが動いた。

「ブライト大佐の、あ、失礼しました、ブライト中佐のアーガマ前進。ガンダムMk2とMk4の発艦を確認しました。
ガンダムMk3、クリスチーナ・マッケンジー大尉の機体も発艦した模様」

ノエル少尉が嬉しそうに言う。実際嬉しいのだろう。
これで戦局は一気に流れる。
敵の大型MAの残骸はネモ部隊が回収、今まさにペガサスⅢのイサーン・ヒースロー中佐の艦に収納されている。

(恐らく内心ではバスク・オムは大激怒だろうな)

と、シナプスは思ったがそれは外れた。
内心どころでは無い。
彼はその怒りを思いっきり表情に表わしていた。

「あの卑怯者が!! 艦長、砲撃だ!! ロンド・ベルなどと言う輩に構うな。残党共を掃討せよ。
全力射撃をかけるのだ!!」

それを必死で止める副官。

「提督、お待ちください、まずは艦の保全に努めるべきです!! 今逸って砲撃しては救える将兵を殺す事になります。
既に大局は決しました。これ以降は第1艦隊と第2艦隊にまかせて・・・・・」

だが無駄。

「やかましい!! 奴らに一撃入れてくれぬば、この俺の気が収まらぬわ!!」

そう言って最後の攻撃(あの瞬間、ノイエ・ジールのパイロットは引き金を引いていた)でズタズタになっていたドゴス・ギアは本来優先されるべきダメージコントロールを無視した砲撃を再開する。
その一方で、シナプスは悪辣な一撃を送り出した。これこそ、ロンド・ベル最新鋭艦にして建艦が遅れた最大の理由。
それは搭載機。搭載機の名前はORX-005ギャプラン。高高度迎撃専用機として開発される予定だったが、空軍から一言。

『そんなものはコアブースターのビーム砲に任せれば良いのではないか?』

という意見で没になった機体を、宇宙空間と地球双方で使える事からティターンズが開発を継承。更にジオンの技術を導入する事とRX-78-2ガンダムやアレックス開発時のノウハウ、白い悪魔の残した学習型OSの存在から一般兵士でも使いやすい機体になった。
両肩内蔵のメガ粒子砲(威力を抑え、その分連射、装弾数を増やした)に加え、ガンダムMk2専用ビームライフル二挺、ビームサーベルという基本的な機体でありながらMAとMS両形態に変形できる事から緊急展開部隊であるロンド・ベルには無くてはならない機体と言える。
そのギャプラン12機(ホワイト・ディンゴ小隊、デルタ小隊、ヤザン・ケーブル少佐、ユウ・カジマ大尉、ユーグ・ローク少佐の第1小隊、サウス・バニングを除く不死身の第四小隊ら)が戦線に投入。
一機に穴が開こうとしていた。

そして、この時、引き際と確信したシャア・アズナブルはグワダンに連絡。
核弾頭を使用する様に命令。
混戦状態を脱却する為にも、第5艦隊直前で核を撃つ様に指令を下す。が、そこは上手くいかなかった。

「見つけたぞ、赤い彗星!!」

アムロ・レイの乗ったガンダムMk4がノイエ・ジールⅡを捕捉した。しかも厄介な事に、ハイザックのザクマシンガン改を予備弾倉と共に用意して。

「く、このプレッシャー、アムロ・レイか!? 私のアルティシアを奪った男だな?
面白い。地球では機体性能で負けたが、このノイエ・ジールⅡと私を舐めるなよ、白い悪魔!!」

ノイエ・ジールⅡからビームが発射される。そして残っていた二機のビットの改良型、ファンネルを分離させた。
『赤い彗星』と『白い悪魔』。もはや死神に好かれているとしか言えない因縁の対決が始まる。
また別の戦線ではマレット・サンギーヌの乗るガンダム試作二号機にガンダムMk2が対峙。

「お前ら一体後何人殺せば気が済むんだよ!!」

怒りに任せたカミーユは手じかなマラサイを連続で二機撃破した。

「ほう、連邦にもやる男がいるようだ」

だが、それがマレットの闘志を燃やす。
持っていたゲルググ用のビームライフルを捨て、ビームサーベルを引き抜く。

「俺はこいつをやる、リリア、ギュスターとユイマンの二人の仇だ。地球に行ってその核弾頭であの地球至上主義者どもを焼いてこい。
どうした? さっさと行け!!!」

そう言って核弾頭の入っていたバズーカと盾を渡した。
尤もそれは死に行けと言うのと同じ事。MS単体による核弾頭の奇襲は成功しないだろう。
ジオン反乱軍ら宇宙にいるメンバーは知らなかったが既に30機以上が降下し、ティターンズ並び空母リンカーンを中心とした地中海派遣艦隊の北米州所属、地球連邦海軍第2海上艦隊所属のアッシマーに撃墜されている。
既にダカールの制空権は地中海各地の航空基地や空軍の援軍が到着しており万全な状況に入っていた。
しかもだ、既に首相選挙は開始されており、それが中継されている。

「こちらファング1、例のマラサイ部隊だ。突入コースに入ろうとしている。
ファング3、ファング2は現役復帰してまだ日が浅い。無茶はさせるな」

「こちらマイク、了解です、レオン先輩の面倒見れるなんて滅多にありませんからね。しっかりとフォローさせてもらいます!」

「マイク、お前は後で覚えていろ。こちらファング2、ファング1の命令を受領。各機の援護に回ります」

と、戦闘の光が近づく。それをデルタチームも確認した。
それを伝える前にマット・ヒィーリー大尉から連絡が入る。

「こちらデルタリーダー、確認した。WDは右から、デルタチームは左から仕掛ける。ヤザン少佐、中央の部隊は任せます」

「うん、ロックオン・・・・こちらデルタ2、ターゲットロックオン。やってみるか!」

「ラリー大尉!? 早いぜ、って、嘘だろう、あ、当てた!? あの距離を!?」

アニッシュが驚くのも無理はない。射程ギリギリの敵機を撃墜したのだ。
マラサイ隊も降下を止める。こちらに銃口を向けたのが分かった。
敵も発砲する。いつの間にかお互いのビームの射程圏に入っていた。流石は可変MSだ。早い。

「こちらヤザン機。敵機の発砲を確認した。ユーグ、ユウ、0402から0404、俺たちは中央突破だ。大物喰いたけれりゃ生き残れよ!!」

「ベイト機了解、これより第4小隊は俺が指揮する」

「け、バニング少佐からの命令だから仕方ねぇな。次は俺だぞ!」

「はいはい、バカやってないでさっさと終わらせましょう」

第4小隊が上昇し、まだ艦隊戦をしているアクシズ艦隊の艦(エンドラ級巡洋艦と後に判明)を攻撃、撃沈。

「一隻撃沈! やるなあいつら・・・・うん? あれはガンダムMk2? しかもグリーンの塗装とは・・・・奪った機体まで動員しないといけないとは貧乏人は辛ぇな!!」

ヤザンの声とともにギャプランが変形する。
そのままビームサーベルで鍔迫り合いを行う。

『く、アースノイドが!!』

声が聞こえた。
なるほど、エリック・ブランケがマレット・サンギーヌのどちらかか。

「戦場でそんな感情持ち込んでると・・・・・死ぬぞ!!」

ヤザンのギャプランが吠える。まるで餓えた闘犬の様に。
一方でもう一機の機体にはタチアナ・デーアが乗っていた。そして相手は嘗ての上官であるユーグ・ローグ。

「もう止めろ!! 投降するんだ!!!」

自分は何を言っているのだ?
あれだけの事をした人間が投降して生き残れるはずがない。良くて銃殺。下手をすれば縛り首だ。
なのに。
バルカンがシールドに当たる。流石はティターンズ精鋭のロンド・ベルの機体。何ともない。
一方残ったユウ・カジマのギャプランは既に一機のマラサイを撃破、もう一機の腹部を右のメガ粒子砲で撃ち抜いたところだった。

「・・・・・・」

相変らず無口だ。
それでも戦う。戦ってどうなるかは分からないけど、もう始まってしまったのだから。





『テロリストには断固として屈しない!!』

最初に避難ではなく従来の予定通り首相選抜選挙を行うよう提言したレイニー・ゴールドマンの言葉に心動かされた議員はここを死に場所と考え(無論保身もあっただろうが)、選挙を実地。
そして投票の結果、圧倒的多数でオセアニア州出身のレイニー・ゴールドマンが首相に選出された。
宇宙世紀0088.10月20日午前9時17分、選挙終了。そして、ティターンズ長官ジャミトフ・ハイマンから一つの提言が出る。
引き続き議長役のエッシェンバッハが発言を促す。

「私は今日を持ってティターンズ長官の職を引退する。後任はゴールドマン首相が決める事であるが、暫定的な後任としてウィリアム・ケンブリッジを推薦する」

ざわめきが拍手に代わるのに時間はかからなかった。そして連邦議員の一人としてこの議会に参加したブレックスは思った。

(ああ、こうして民主主義は終わるのだな。万雷の拍手に迎えられて終焉を迎える。何とも21世紀の映画ではないか。
旧世紀のアドルフ・ヒトラーだ!
ジャミトフ、貴様は自分が何をしているか、何をやったのか、何を言ったのか分かっているのだな?
分かっていて、この様な暴挙を行っているのだな?
そうか・・・・・やはり彼との会話は・・・・・・シロッコ君との会話は正しかった・・・・地球連邦はやがてある男の手の内になる・・・・・間違いない。
ある男・・・・・ウィリアム・ケンブリッジ・・・・・この男が全ての変わりの始まりだったのだ)

だが実は一番唖然としたのはこの男だろう。まさにブレックス・フォーラーが思い描いた人物。
ウィリアム・ケンブリッジ。つまりはティターンズ副長官。
彼は一瞬だけ何を言われたのか分からず、そして気が付いた。
本当の出来レースはこっちだった。彼を、各議員を守る英雄部隊のトップにする。そうする事でウィリアムやケンブリッジ家の身の安全を保障すると同時に彼が逃げれないようにする。

(最初からこれが狙いか!! くそ、先輩め、確かにこれは死んだ!! 俺の老後はSPと御巡りさんとの共同作業だ!!)

今やティターンズ派は地球連邦政府内部で最大勢力であり、実績もある。例えるならばオセアニア州と北アフリカ州の緑化に統一ヨーロッパ州の戦災復興。
最大の脅威であるジャブローの無力化、ジオン本国とのパイプライン強化の為の『地球連邦王室・皇室評議会』へのザビ家の編入。非加盟国の準加盟国への格上げとそれに伴う軍縮と貿易強化による太平洋経済地域の経済発展。
どれも一年戦争開戦以前、つまり戦前には考えられなかった事だ。確かにエゥーゴやアクシズ、ジオン反乱軍、ニューヤーク襲撃、ソロモン核攻撃などの失点は重なったが、それ以上に加点の方が多い。
これらに宇宙でのデブリ回収による宇宙経済復興も加わるので総計を見ると、明らかに+収支になる。
そしてその最前線(戦災復興)にいたのがティターンズであり、ジャミトフ・ハイマンであり、その懐刀のウィリアム・ケンブリッジだ。
まあ、本人にはこのティターンズ長官指名の瞬間まで一切の自覚が無かったようだが。

「ケンブリッジ暫定長官、いや、私の権限でティターンズの長官としよう。無論半年は先輩の初代長官の下で働いて仕事を覚えてもらうが。
連邦議員の諸君、この人事に異論のある方はいるかね?」

この時期にティターンズと言う地球連邦の象徴のトップに有色人種が就任する。しかも誰よりも優秀で善意あると国民的な人気を持つ人間だ。
敵に回すよりも味方につけておいた方が何かと役に立つ。一瞬でそう判断する地球連邦議会の魑魅魍魎たち。

「どうやら反対は無い様だ・・・・それでは・・・・ケンブリッジ長官、ティターンズ長官就任演説を」

当初の議題、コロニー自治廃絶法案はどこにいったのやら?
それとも最初から夫をこの場に引きずり出すのが狙い?
3階の貴賓席でマナとジンとグレミー殿とマリーダ殿、ミネバ殿と護衛の兵士15名に一応渡されたエアー内臓式ガスマスクを片手に見る。
音声は全ての報道陣が一言たりとも逃すまいとしており、備え付けの極東州製品の薄型TVで夫の顔がズーム映し出された。
夫はこんな事は想定してない。私も聞いてない。だが面白い。
夫は芯が弱い人間だ。それでもギレン・ザビと数度の会談をしたし、妻を戦場に送ってもその恐怖に耐えた。
戦場も知っている。人権侵害を受けても自白しなかった。咄嗟の事とはいえ、他人の為に命を賭けて盾になった。なれた。
考えてみれば、自分の夫、ウィリアム・ケンブリッジはとんでもなく凄い才能を秘めた男だったのかも知れない。

(あの情けないお兄ちゃんがよくここまできたわね・・・・頑張って、ウィルお兄ちゃん)

そうしている内に、演台に立った。マイクを調整した瞬間、観客席から歓声が沸いた。
スポットライトの様にデジタルカメラのストロボがたかれる。

『『『『ウィリアム!!!!』』』』

『『『『ティターンズ万歳!!!』』』』

夫が顔をしかめる。彼はこの全体主義的流れは嫌いだった。
だから歓声が沈静化するまで待った。そしてその間も宇宙と地球での戦闘は続く。
この時、ゴールドマン新首相は連邦放送に地球規模全土に通信を流す様に命令する。

息を吸っては吐く。心臓の鼓動がうるさい。なぜこんな事になったのか分からないがもう行くしかない。
ウィリアムは決めた。
決める事にした。あの時、終戦を目指したように、今日また、新しい終戦を目指す為に。

マイクを確認する。両手を壇上につく。
紺色ストライプのサイド3製品のオーダースーツに薄青のシャツに黒いネクタイ。そしてティターンズのバッジ。
靴もハンドメイドの一級品であり、時計も極東州製品のモノだ。だが、どれも庶民が手の出ないものでは無い。むしろ、高級車一台の方が高い位だ。
個人的な趣味が万民受けすると最初から仕組んだのか、それとも偶然か、或は故意か?

「みなさん」

そしてティターンズ第二代長官であるウィリアム・ケンブリッジは語りだした。
ふと指もとがフラッシュの光で反射した。そこにあったのは最愛の存在と交換した絆の証明。証。

(マナ、ジン、リム)

一度だけBOX席の3人に視線を送る。それぞれの思いが返ってくる。

お父さんがんばれ。

お父さん、負けないで。

ウィリアム、私たち4人はずっと、ずっと一緒よ。

それを見て漸く私の中の何かが吹っ切れた気がする。
深呼吸。
そして息を吐く。




「私は、第二代ティターンズ長官として、そして地球圏に住む一人の地球市民として今まさに騒乱を起こしているテロリズム集団を、エゥーゴと、アクシズ、そしてジオン反乱軍を断罪する」



[33650] ある男のガンダム戦記 第二十一話『水の一滴はやがて大河にならん』 第二章最終話
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:e51a1e56
Date: 2013/04/24 16:55
ある男のガンダム戦記21

<水の一滴はやがて大河にならん>





交差する光。爆発する光。それが誰の命を奪ったのか、誰の命を救ったのかは分からない。
ただ一つ言える事は、その光の代償が誰かの命であり、人生の終焉であり、その結果もたらされるのが誰かにとっての怒り、憎しみ、悲しみであると言う事であろう。
第13次地球軌道会戦、或はダカール上空攻防戦と後に言われる戦いは終局へ向かいつつある。
第12艦隊を再編した第2艦隊は一気に攻勢に転じてアクシズ艦隊を壊滅に追いやりつつあった。
方や第1艦隊のクランシー提督も指揮下の艦隊をスライドさせ、ロンド・ベルのネモ部隊と貴下の艦隊所属のハイザック部隊を合流させる。
総数300機を超すMSの大軍で、地球連邦軍宇宙艦隊が、ティターンズが残存するエゥーゴ、アクシズ艦隊、ジオン反乱軍の後背に襲い掛かる。
それを見るネェル・アーガマ艦橋のエイパー・シナプス。
前衛部隊である第5艦隊旗艦ドゴス・ギアが半壊(というよりも大破、半分漂流)している今、第5艦隊の残存する戦闘可能部隊の指揮権はロンド・ベルに委ねられた。

「第4から第8小隊までは現状維持、第5艦隊所属の第3連隊と第4連隊は防壁陣を形成して迎撃。
こちらのネェル・アーガマ第5小隊とブランリヴァルの護衛隊はロンド・ベル護衛を優先。
その他の機体は強行突破をする機体を迎撃せよ。特に戦闘艦を優先的に攻撃するように!」

戦闘艦の離脱を許せばまたゲリラ戦を行われる。そうすればせっかくの大規模囮作戦が無駄足になる。
逆にMSだけなら例え包囲網を突破しても漂流するしかない。
故に脅威となるのは艦隊であり、MS隊ではなかった。その判断を即座にするあたり、現状で最良の連邦軍の提督と秘かに期待されているエイパー・シナプスだけの事はあった。

(無駄足とは言えないが、大きく意味を減じる。ゲリラ戦をする余力を持った艦艇を敵に残せばそれだけでゲリラにとっては優位だ。
ここは心を鬼にしてでも、敵残存艦艇の撃滅を命令しなければならん!)

そうロンド・ベルは判断した。それは皮肉な事に指揮系統の一本化につながり、バスク・オム以上の統率を会戦終盤にて見せつける。
これがバスク・オム失脚を加速させるのだから、それを見越した第1艦隊クランシー中将、第2艦隊オオオカ中将、第12艦隊セルジューク中将の狡猾さが出ている。
正確にはそのメンバーに密命を与えたブライアン前北米州大統領と彼の事実上の後継者であるジャミトフ・ハイマン退役少将の恐ろしさ、か。
その戦場で、二機のガンダムとギャプランと言う妙な部隊編成の小隊がいた。それは不死身の第四小隊隊長サウス・バニング少佐とコウ・ウラキ中尉、チャック・キース中尉の機体だ。

「ウラキ、キース、お前たちは今日が初陣だ。逸って敵機を落とそうなんて考えるな。
良いか、お前たちは自分が生き残る事だけを考えろ。それと無駄玉を撃つな。正確に、慎重に、焦らずに撃て。
お前たちの乗っているガンダム試作1号機とガンダム試作3号機はドムやザクより高性能なのは分かるな!?
敵機のビームライフルにさえ気を付ければ生き残れる、安心しろ、お前らは死にはせん。俺の部下は一年戦争以来誰一人死んじゃいないからな」

バニングの的確な判断。その間にも二挺のビームライフルでガザDを落とすギャプラン。
ガンダムMk2専用のビームライフルを用意された事で肩の大型シールドを併用した戦い方が可能になったギャプラン。
その結果が射撃角度の不便さを補い尚且つ防御力の向上につながった。
センサー類も新型のモノ(元々は高高度迎撃用、弾道弾迎撃用)を搭載している為、その迎撃能力は高く、ロック・オンするスピードも速い。

「やれやれ、おれもロートルなんだが・・・・そこだ!」

リニア・シートと新型ノーマルスーツの開発でジム・クゥエル程の戦闘発生時のGを経験しなくて済んだ為か彼はまだまだ現役。
更に二機のザクⅡC型を撃破する。

「キース! 一機行ったぞ!! ウラキ、キースを援護しろ!! 卑怯だろうが何だろうが構うな!!
後ろからそのドムを撃て!!」

一瞬の隙を突いたベテランの駆るジオン反乱軍のリック・ドムⅡがキースの乗るガンダム試作三号機に照準を合わせる。
ジャイアント・バズが発射される。
慌てて回避する。そこに隠れていたもう一機のザクⅡF2がザクマシンガンの嵐を叩きつける。

「あああああ」

キースの悲鳴が聞こえる。必死に盾をキープして自機を守る。
そこに閃光が走った。
リック・ドムⅡが後方からウラキ中尉のガンサム試作1号機宇宙戦使用の放ったビームライフルに胸部を貫通された。
その一撃で反転するザクⅡF2を更なる一撃を加える。

「キース!! 無事か!?」

「コ、コウか!? はは、参っちゃうよな、て、て、敵がザ、ザクとドムなんて。宇宙戦闘なんて研修以来だってのに」

何とか軽口で返すキース。実際は殺気立った攻撃と初陣(本来であればグリプスに居残る筈だった)で精神的に限界だったのだがそれを何とか抑え込む。
その間にも、バニングが一機のグリーン塗装のジムⅡをメガ粒子砲で落とすと一旦、ギャプランを下がらせる。

「キース、ウラキ。残弾報告。特にキースはシールドの強度と各種装甲版のチェックだ。旧式とはいえザクのマシンガンで撃たれたんだ。
・・・・・・一応外から見た限りでは問題が無いが念入りに機体をチェックするんだ。何か問題があればウラキの護衛の元、ネェル・アーガマに帰還しろ」

それは有無を言わせぬ命令。

「しかし、バニング少佐、それでは迎撃網が?」

ウラキの進言に苦笑いするバニング。
ひよこが一人前の口をきくもんじゃない、そう思いながら。

「ウラキ、キース、お前らが心配する事じゃないさ。それに、お前ら新米たちを守る為に俺たちベテランがいる。
少しはお前らの隊長を信用しろ。逆にだ、俺たちの帰る場所を落とさせるなよ、いいな?」

分かりました。
了解です。

その後の機体チェックで、ガンダム試作三号機のバックパックに数発の120mmマシンガンの直撃があったため、一時的に二機のガンダムは戦場を離脱した。

方や、鬼神の如き戦闘を繰り広げる二機の機体がある。一機がノイエ・ジールⅡ。もう一機はガンダムMk4である。
すでに近寄った第5艦隊所属の12機のジムⅡが赤い彗星に撃墜されており、一方で白い悪魔もまた、ガザDとガザC8機を落としている。
双方ともにビームを放ち、それを寸前で回避する。今また、ビームライフルの閃光がノイエ・ジールⅡの巨体に直撃するもIフィールドで弾かれた。

「またか!」

ザクマシンガン改を使いたいがこの高速機動戦では有効弾にはならないだろう。それが分かっている。
だからあえて不利を承知でビームライフルを使っている。
だが、その成果はあった。ア・バオア・クー会戦で戦った『とんがり帽子』の付録の改良型と思わしきものを二機とも撃墜した。
これはニュータイプと政治家が定義した先読み技能、それを白い悪魔の方が赤い彗星を凌駕した証拠であろう。
実際に切り札を失ったノイエ・ジールⅡは精彩を欠いている。どうすれば撃墜できるか、どうすれば落とせるかで困惑している。

「落ちろ!」

シャアが叫び、赤い大型MAのビームサーベルが近場のサラミス改を沈める。
第12艦隊所属のサラミス改は不運な事にこの一撃で轟沈した。残念ながら脱出者は存在し無い様だ。
だが最大の標的であるガンダムはそれを、死角からの攻撃だった筈の一撃を優雅に避ける。
ビーム砲を向けるもその小回りと機動性でシャアの攻撃を避ける。更に一気に加速して密接。右手のビームサーベル内臓インコムをビームライフルで撃破した。

「これだけ密集すれば!!」

「冗談では無い!!」

ガンダムがコクピット周辺にロック・オンしたのを悟ったシャアは、ノイエ・ジールⅡを急加速し、アムロは振り切られる。
更にシャアの牽制攻撃、拡散メガ粒子砲を受け一時後退するガンダムMk4。だが、牽制のビームライフルを忘れない。
更にはザクマシンガン改をばら撒いた。
ノイエ・ジールⅡの装甲に弾かれたが、それでも一方的に撃たれると言うのは気持ちが良いものでは無いからノイエ・ジールⅡも反撃に出る。
ビームが交差する。
思わずシャアは接触通信をはかった。
衝突する二機。シールドで耐え切るガンダムMk4。これがMk2や他の量産型MSならその時点で戦闘の決着はついただろう。

「アムロ!! 貴様もニュータイプなら何故私の邪魔をする!? ザビ家独裁とティターンズの地球圏支配は打倒されねばならんのだ!!」

シャアの声が聞こえる。
それはエゴだ。

「エゴだよ、それは!!」

シャアに反論するアムロ。
アムロはこう思う。

(そうだ。ザビ家独裁を打倒したいならジオン本国でやれば良い。ジオン反乱軍と共同してサイド3で革命なりなんなり起こせばよい。
他国になった地球連邦で騒乱を引き起こす必要はない。少なくとも30000名もの犠牲を出したニューヤーク市空爆は必要なかった筈だ)

と。
それはアムロにとって、いや大多数の地球連邦市民にとっての見方であり真理だろう。そもそもティターンズを歓迎しているのだ。
ティターンズ独裁が始まってもおらず、ザビ家は国家ジオンを巧みに統治している。それを覆したいならジオン本国でやれば良い。
他のスペースコロニーや月面都市群、地球の各州を巻き込む必要性はどこにも無い筈だ。

「ウィリアム・ケンブリッジやギレン・ザビらにその才能を利用されていると何故わからん!?」

シャアの苛立ちに、アムロも答える。

「知った風な口をきく!! ギレン・ザビはともかく、俺は俺の意思でティターンズに入った!!
セイラさんに相応しい男になる為に、一介の兵士で終わらない為の道を歩む為にティターンズの学校を受けた!!
それは俺が俺自身で選んだ道だ!! それを批難できる資格は貴方には無い!! 少なくとも、俺は認めない!!
だいたい、俺が、ウィリアムさんが地球圏の復興に尽力していたその間、赤い彗星と呼ばれた貴方はどこで何をしていた!?
火星圏で隠遁とし、謀略を巡り、そして今まさに数万人を独善とエゴで一方的に殺しているだけじゃないのか!?」

ウィリアム・ケンブリッジが示した道を歩んだ事で、アムロ・レイは佐官の地位を得た。そして彼の実績から将来の将官の道はほぼ確実視されている。
無論、出世の速度はこれから落ちるだろうが。
それでも社会に対して、あの一年戦争終盤のア・バオア・クー戦直後の無力さを克服する原動力となるだろう。
しかるに、自分のライバルと持て囃される男の反応はどうだ? まるで子供だ。
ニュータイプだ、ギレン・ザビだ、革命だと、いい歳をした大人の言う台詞だろうか?

「そんなに戦いたければ一人で戦え!! 自分以外の誰かを巻き込むな!!」

怒りに任せたビームサーベルがノイエ・ジールⅡの左肩を貫通、斬撃する。
更にザクマシンガン改を全弾、胸部に叩き込む。空薬莢が宇宙空間に排出される。

(ああ、またケンブリッジさんの仕事が増えるな・・・・この戦闘のデブリの回収作業、どうするつもりなんだろう?)

と、一瞬だけ柄にもない事を考えながら。
一方でその全弾を受けたノイエ・ジールⅡ。流石の装甲も崩壊寸前であった。更に追撃するべくビームライフルが下部スラスターを撃ち抜く。
が、流石は赤い彗星と言うべきか、残った左手のビームサーベルでガンダムの左手をシールド毎、切り落とす。更にビーム砲で右足の太ももを貫通。

「これで互角だな!」

シャアの声がアムロの耳に響く。
だが、その点ではアムロも変わらない。とっさの判断でビームライフルをコクピット上部の、つまりモノアイ頭部に撃ち込む。
メインモニターが殺されるノイエ・ジールⅡ。一方でバランスを失ったガンダムMk4。
シャアが苛立つ。

「ええい、どこまでも邪魔をする!!」

「赤い彗星とまで呼ばれた男が・・・・情けない奴!!」

一方、アムロはその発言に怒り心頭となった。

(キャスバル・レム・ダイクンという血統を持った貴人がこの様では!! ランバ・ラルさんが報われない!!!)

そう言った時、ダカールから声明が入った。

また別の戦場ではヤザン・ケーブルの乗ったギャプランが奪取されたガンダムMk2の一号機(ジオン系列のグリーン塗装)を相手に熾烈な戦いを繰り広げていた。
だが、この戦いは機体性能差からか、一気にヤザン少佐に優位に立つ。
可変機構を最大限に利用した一撃離脱戦法で攪乱するヤザン機。メガ粒子砲を撃つ。
撃った直後に最大出力で戦場を離脱する。その繰り返し。さらに戦場経験もエリク・ブランケより上。
伊達にルウム戦役から一年戦争各地の激戦区を生き残ってはいない。つまり戦場でモノを言う駆け引きも彼が圧倒していた。

「さてぼちぼち決めるか!」

MAから急加速して距離を詰める。さらにメガ粒子砲で牽制。ガンダムMk2のシールドに穴を四つほど開ける。
一瞬だがビームへのエネルギー供給を安全値ギリギリまで上げた。
心なしかビームサーベルの威力が上がった気がする。いや、実際に上がっている。

「0距離からのビームサーベル。耐えきれるか!?」

ヤザンの駆るギャプランのビームサーベルがエリクのガンダムMk2に向かって振り下ろされる。
そしてガンダムMk2の頭部を抉り、そのまま右肩を切断した時、アムロ・レイと同様、ダカールからの放送が入った。
それは最後のマラサイを撃墜したユウ・カジマにも、残敵掃討段階に移行したホワイト・ディンゴやデルタチーム、対艦攻撃の真っ最中で、今もまたエンドラ級巡洋艦を沈めた第4小隊にも聞こえた。

『私は、第二代ティターンズ長官として、そして地球圏に住む一人の地球市民として今まさに騒乱を起こしているテロリズム集団を、エゥーゴと、アクシズ、そしてジオン反乱軍を断罪する』




「カムナ大尉!」

マーフィー大尉の援護射撃で最後のジムⅡが砂漠地帯に墜落する。
数機が市街地に侵入したが、それもパミルとシャーリーがマーフィー小隊のエリアルドとカールらが接近戦で仕留めた為大事には至って無い。
まあ、ゲルググ4機とジムⅡ2機がダカール市街地に入った時は流石に肝が冷えたが。

「マーフィー大尉、ありがとうございます。そちらの小隊はご無事ですか?」

余裕だろう。水を口に含む。
各地から発進してきた航空機部隊は何重もの早期警戒網を形成しており、現在ダカールは完全に地球連邦軍とティターンズが制空権を握っている。
ダカール郊外の防空大隊と防空飛行師団のコア・ブースター隊も新たに第3次迎撃部隊が高度8000mまで上昇して待機している。
これだけ上がればダカールの守りは鉄壁と言って良かった。
そこに放送が入る。

「カムナ隊長、こちらエレンです。ウィリアムさんの演説が始まります」

何とも間の抜けた声だな。マーフィーはそう思うが口にはしない。女は怒らすと怖いのは自分の部下とのコミュニケーションで良く知っているのだから。

「演説?」

そう言ってカムナ・タチバナ大尉は自身のアッシマーの音声チャンネルを合わせる。
ミノフスキー粒子のノイズなどものともしない、副長官らしからぬ極めて強い言葉で彼の弾劾演説が始まる。

『私は、第二代ティターンズ長官として、そして地球圏に住む一人の地球市民として今まさに騒乱を起こしているテロリズム集団を、エゥーゴと、アクシズ、そしてジオン反乱軍を断罪する』

その様子を観客席にしてフリージャーナリストのカイ・シデンは聞いていた。傍らにはセイラ・マスとミライ・ノア、そして息子と娘のハサウェイ・ノアとチェーン・ノアがいる。

「あれがウィリアム・ケンブリッジ」

知らずに声が漏れる。
議場には興奮とざわめきが色取り取りを形成していた。
そしてその中で。

「セイラさん、今回はお招きいただいてありがとうございます。宇宙にいると地球連邦を悪しざまに言う人ばかりで。
下手をしたら一年戦争前のジオンと変わらないと思っておりました。
この機会に何故ティターンズが存在するのか、今後の地球圏はどうあるべきなのかしる絶好の機会と思い、聞かせてもらいます」

カイ言葉にセイラが微笑む。
当局から重要参考人扱いされているカイ・シデンをこの議事堂にいれられたのもマス家とアムロ・レイの個人的な伝手が大きい。
あと、妻、リム・ケンブリッジの戦友達だからというウィリアム・ケンブリッジの甘さもある。

「あのウィリアム・ケンブリッジさんは大したものよ。決して凡人では無い。彼自身は凡人でありたいと願っていても、ね。
私には分かった。あの人は父と同じ、或はそれ以上の不幸を背負ってしまった人。
それでも立ち止まらない、いえ、立ち止まれない可哀想な人なのよ。
偉そうな言い方をしているのは分かっているわ。それでもあの人の背負っているモノの重さを考えたら・・・・何も言えなくなる。
カイなら知っているわね。私の秘密。それを知っても尚、あの人は怯まなかった。寧ろ私を導いた。
驕り高ぶった言い方をすれば、あの人は英雄だったのよ。ジオン独立戦争を終わらせ、その後の戦災復興も成功させた英雄。
そして今もまた英雄足らんとしている。いえ、英雄になるように強制されていると言って良いわね。
そんな事を、世界史に残る様な偉人の列に加わる様な偉業を成す人物となる事をウィリアムさんはほんの少したりとも望んでないのに。」

なるほど。
カイはボイスレコーダーを向ける。議事堂周辺には超有名TV局のカメラや有名ジャーナリストが陣取っていた。
彼の、新ティターンズ長官、ウィリアム・ケンブリッジの言葉を聞き逃す事の無い様に。
それはカイ・シデンにとっても新鮮な驚きだった。
セイラ・マス弁護士から正式な依頼としてフリージャーナリストとしてウィリアム・ケンブリッジ新ティターンズ長官を取材してほしい。
その時点では政府トップの極秘情報を漏らした女史。下手をすればエゥーゴへの内通罪で逮捕されたかもしれない。
その危険性を敢えて冒してまで彼女はカイという戦友に頼んだ。嘗て、サイド7で『軟弱者』と軽蔑し、ある女性の死を切っ掛けに大化けし、その後の戦災復興の最前線でティターンズや地球連邦の暗部を暴き続けた男。
それ故にエコーズからエゥーゴ支持者と思われ監視されている男、カイ・シデン。その男に敢えて頼んだ事がこれ。

『ウィリアム・ケンブリッジという男の晴れ舞台を見て、その真実の姿を、感じたありのままの姿を伝える』

という仕事。
ジャーナリスト冥利に尽きると言うモノだ。

(さて、断罪するとは大きく出たね。一体何と言うのやら・・・・おっと、レコーダーは・・・ちゃんと機能している。カメラも万端。さあ聞かせてくれ。
新しいティターンズ長官の素顔とその声と、信念を。この地球圏全体に、な)

カイの心の言葉と共にアムステルダムで散った徴兵された女兵士、ミハルの姿がよぎった。
あの後、ミハルらはティターンズの養親育成プログラムにより、戦争で子供を亡くした老夫妻に引き取られたと言う。
毎月、ミハルが死んだ日には必ずあの坊やらと一緒に顔を見せる。そして献花する。

(俺はもう悲しまない。お前の様な女を作らない為にこの世界の矛盾を一つでも多く暴き出す。そして徹底的に権力者と戦う。それが俺の贖罪だから)

そう思う。
そう言えば、あの兄妹はもうすぐ中学を卒業する。将来はコロニーに上がって宇宙開発事業に携わりたいと言っていたな。

(俺たちがサイド7に押し込められたと思ったあの日。そしてあいつらに取ってサイド7は今や全人類の最前線。
大開拓時代、コスモ・フロンティアの象徴。サイド7も様変わりしたと言うし・・・この仕事が終わったら一度宇宙のブライトさんに挨拶に行ってみるか)

どうやら始まるらしい。
誰もが沈黙する。
ティターンズの新長官の次の言葉を待つ。
それは戦場となっている筈の地球周回軌道のエゥーゴ艦隊、アクシズ艦隊、ジオン反乱軍所属艦艇、地球連邦宇宙軍の第1艦隊、第2艦隊、第5艦隊、第12艦隊、そしてティターンズのロンド・ベルも聞いた。
マイクが、各地の放送局がこの放送を流す。
ジオン本国のズム・シティではギレン・ザビを筆頭にザビ家全員とマ・クベ首相、エギーユ・デラーズジオン公国軍総司令官、シーマ・ガラハウジオン親衛隊司令官らが。
月面都市ではAE社の幹部らが。サイド6ではブッホからロナへと家名を変更したマイッツァー・ロナの親族一同が、サイド7にて入港したジュピトリスではパプテマス・シロッコがサラ・ザビアロフと共に。
更にアクシズ要塞ではハマーン・カーンが、北部インド連合にある秘密拠点の一つではタウ・リンが、北米のキャルフォルニア基地ではゴップ統合幕僚本部本部長やイーサン・ライヤー作戦本部長らが、ワシントンではブライアン大統領やオオバ首相らが、その他各地の重要拠点で、多くの重要人物がこの稀代の政治ショーを見学する。
代価は己の未来。
これ程までに価値のあり、価値の無いものは存在しない。誰も分からないモノをチップに賭けるのだ。コール。

『私が彼らを悪と言えば彼らはこう言う。ティターンズの行為こそ悪であると』

カイは思う。確かにティターンズは特権階級を形成している。特殊警察として準司法権と独自の軍事力を持ち、連邦軍への指揮系統への介入も可能。
これで驕らない者は余程出来ている人物だ。実際にカイの告発レポートで100名単位のティターンズ士官の除名者(除名前に逮捕された者も当然いる)が出ており、皮肉な事に、ティターンズの監視と護衛を受ける稀有な人物でもある。
それがカイ・シデンというジャーナリストであった。

『だが、私は敢えて彼らを悪と断ずる。それは何故か?』

口調は穏やかだ。
だが、心は熱い。

(これはあのサイド6でのウィリアムさんの声。本当に愁いを帯びた優しい声なのに・・・・何故この言葉に気が付かないのかしら?)

セイラは疑問に思いながらも青色のスーツの背筋を伸ばして彼の演説を聞く。
それは宇宙にいる兄、キャスバル・レム・ダイクン、いや、シャア・アズナブルも婚約者のアムロ・レイも同じだった。




『だが、私は敢えて彼らを悪と断ずる。それは何故か?』

(ちい! 完璧な作戦にならんとは!!) 

ノイエ・ジールⅡのコクピットでシャアは思った。こちらの計画は台無しだ。
第5艦隊こそ旗艦ドゴス・ギアを大破に追い込んだものの後方は敵の第1艦隊と第2艦隊に左右から押し込まれた。
突破口を作るべく残存部隊全軍に地球周回軌道の重力を利用したスイングバイでの脱出を提案しようとした時、それは起きたのだ。
ムサイ改級巡洋艦24隻の主砲とグワジン級戦艦の大型メガ粒子砲、合計200発前後の一斉射撃だ。
苛立たしい事に威嚇のつもりか、沈んだのはエンドラ級の赤色塗装のワンドラだけだったが、それでも同じジオン軍が発砲した事にジオン同盟軍とアクシズ艦隊の動揺は隠せない。

(不味いな、例の木馬の改良艦が味方艦隊を纏め上げている間に逃げ出す筈が、ここにきてザビ家の艦隊だと?
このままでは我々は殲滅される・・・・ええい、今度は右後ろか! どこまでも祟ってくれるな、ガンダム!!)

そう思いつつも、必死に操作する。ノイエ・ジールⅡとはいえ、既にIフィールド発生装置は破壊された。
メガ粒子砲の直撃を受ければ必ず落とされる。しかもアムロ・レイのガンダムMk4が嫌な位置からビームライフルを撃ってくる。

(流石は白い悪魔か・・・・片腕を喪失したにしては良くやる。だが!!)

残ったビーム砲で前面のサラミス改をまた沈める。最早逃げの一手。三十六計、逃げるにしかず。それしかない。

『私はまずトリントン基地のガンダム試作二号機とマラサイ強奪犯の罪を追及する』

どうやらティターンズの新長官は多くの政治家の様に長々と演説する気は無い様だ。一気に、簡潔にウィリアム・ケンブリッジは言い切った。

『戦闘兵器の私的運用並び強奪は重罪である。ジオン公国軍法、地球連邦軍軍法双方の点から見ても最低禁固20年以上、最大銃殺刑の重大な犯罪行為だ。
その一点を持って、彼らは連邦政府を断罪することは出来ない。何故ならば彼らが行った行為は法律で言えば強盗殺人でしかない。法治国家で法律を犯した犯罪者の集団である。それ以外に何者であろうか?
私はこの問いに答えられる人間がいたら逆に問いたい。MSを奪う行為が犯罪以外の何かであるという理由を。
それもである、正規の軍事教育を受けた人間が、本来であれば最も自重しなければならい軍人の士官が行った。
この点で私は彼らを軍人とは認められない。
彼らは、インビジブル・ナイツもグラナダ特戦隊も、アクシズ艦隊やジオン政府の指揮下を離れた各地のジオン亡命軍、今なお、太平洋、大西洋、インド洋各地で略奪行為を繰り返すジオン海中艦隊も犯罪者だ。
敢えて、もう一度言おう。
政府の命令を無視した軍人は最早軍人では無いのだ。
単なる武器を、大量殺戮者予備軍のごろつきでしかない!! それはこの放送を聞いているアクシズの指導者にも当てはまる!!』

この瞬間、ティターンズ第二代長官のテロ標的の優先順位が一機に急上昇したのは言うまでもない。だが、それも覚悟の上。
誰かが言う必要があった。誰かが言う事だった。そして今現時点でのティターンズの意思は地球連邦政府の意思。
そう考えればこのタイミングでティターンズの長官がアクシズとジオン反乱軍を明確に軍では無いと否定する事に意義はある。
これがケンブリッジ家にとって破滅への道しるべであったとしても。

『続けて、エゥーゴ艦隊並び、エゥーゴ参加者として連邦軍から法に違反した脱退を行った者に告ぐ』

アムロのビームをシャアはかわす。
だが大型MAで、MS相手に格闘戦を仕掛けられて勝てる筈がない。まして相手はあの白い悪魔に新型ガンダム。
シャアは追い詰められていた。そして引っ切り無しに来る支援要請に命令をよこせと言う要請。正直言ってそれどころでは無い。
馬鹿者どもには自分達で何とかしろ言いたい。

『何故、連邦市民としての権利を放棄して武力によるテロに走ったのか? 私はその点を追及する。
ある者は言うだろう、そうしなければ連邦政府は変わらない、と。
ある者は言う。スペースノイドの自治権獲得はジオン公国と同様に武力を持ってしなければならない、と。
またあるエゥーゴ支持者はこう述べた。我々は正義で、私達、ティターンズや地球連邦、ザビ家は悪である、と。
だが、逆に問う。私達、地球連邦の、ティターンズの正義は間違っているというならば、君たちの正義は何故正しいと言い切れるのだ!?』

その言葉はブーイングを続けていたあるエゥーゴ支持者の酒場を静まりかえした。
それは各地のコロニーでも同じ。
逆にアースノイドは喝采を上げる。特にニューヤーク市攻撃で身内を亡くした人々の反応は凄かった。
大歓声であったと言える。

『そうだ、何故自分達は正義だと言える? 
ニューヤーク市に巡航ミサイルを撃ち込んでおいて知らぬ振りをする貴様らに正義を語る資格など無い!』

そんな声なき声が地球上で、いや、北米州のニューヤーク市を中心に上がる。
ブライアン大統領の思惑通りに。そして演説は別の局面に入る。

『仮に君たちが政権を担うとしよう。その時、君たちはどうする? 
地球連邦内部で政権を担うのならそれは単なる権力闘争、クーデターに過ぎない。
武力で政権を奪うと言うならばその時点で君たちに、エゥーゴに現在の民主共和制を掲げる地球連邦を非難する資格も、ザビ家独裁だと声高に叫ぶ資格も無い。
何故なら、軍事力による政権奪取を目指す行為は例えどれ程まで美辞麗句で固められても流血を促すであろうし、現在の世界で行えばそれは単なる軍事クーデターである!
逆にだ、政権を合法的に手に入れた上で地球連邦を解体すると言うなら私の今から聞く問いに答えてくれ』

沈黙。
そして。
ウィリアム・ケンブリッジは地球圏全域に問う。

『地球連邦政府亡きあとの地球圏をどのような形で、どの様な政治体制で維持していくのだ?
その具体的なヴィジョンは存在するのか?』 

それはウィリアム・ケンブリッジの最大の疑問。
サイド3の独立戦争はまだ分かった。
自治権拡大要求と言うスペースノイドの動きも、準加盟国への参加という旧地球連邦非加盟国地域の動きも理解できる。
彼らは地球連邦という人類史上最大の連邦国家の存在を認めた上で、その前提があって自分達の要求を通そうとした。
その一例が南極条約だった。だが、エゥーゴの価値観や主義主張は良く分からない。反ティターンズなら連邦議会でそう申し立てれば良いのではないか?
新組織であるティターンズの活動が気に入らないならジャーナリストやマスコミを使って世論を動かせばよかった。
或いは政党活動、ロビー活動を行った上でティターンズの権限縮小に動くべきであろう。それをせずに軍事力による反地球連邦活動を行った事が分からない。

『そして君たちは今まさに、地球連邦首相選挙と言う議会制民主共和政治で最も大切な日に武力闘争を行ってきた。
これを私は軍事行動とは言わない。テロリズムであると断言する』

テロリズム。軍事行動では無い。地球連邦首相選挙への攻撃。
そんな囁きが聞こえる。いつもはうるさい各マスコミのナレーターも何も言わない。ただフラッシュが、ライドが、カメラがケンブリッジを照らす。

『何故今日なのだ? 何故言葉による闘争では無く、武力による威圧を行った? 答えられるのか?
私は敢えて今回の作戦を指導した人物に問う。
何故、核兵器搭載ガンダムを投入した上で地球軌道に艦隊を展開し、民間人が存在し、国民から選ばれた代表者たる連邦議員も、ただ職務に忠実な官僚たちのいるダカールに攻撃を仕掛けてきた?
何故、言葉で戦わなかった! 何故、5年、10年、或はジオン公国の様に20年以上かけて政治の世界で戦おうとしなかった!! 
何故安易な武力闘争の道を選んだ!!!
何故、同胞である筈の地球連邦市民を殺す!! 
答えていただこう、赤い彗星シャア・アズナブル・・・・いや、キャスバル・レム・ダイクン殿!!』




「キャスバル? あの赤い彗星が、シャア・アズナブル大佐が建国の父であるジオン・ズム・ダイクンの息子!?」

アナベル・ガトーはMS隊を展開したジオン第二艦隊の先頭で驚愕した。
かつてルウム戦役序盤で轡を並べた赤い彗星がジオン・ズム・ダイクンの息子だとあのアースノイドは言う。

(嘘か? いや、あのウィリアム・ケンブリッジ殿はデラーズ閣下やギレン閣下らが信頼する宿敵。
ならば真実だろう。だが・・・・ならば)

我々は最初から踊らされている?

ガトーの脳裏に死んで行ったジオン反乱軍の同胞達や反乱を起こしたアクシズの将兵らが脳裏をよぎる。
仮にあの赤い彗星が、シャア・アズナブルがキャスバル・レム・ダイクンならその血筋でジオン本国への反旗を翻す事も可能だ。
そして漸く戦時国債の返済が終わりつつあるジオン公国をダイクンという錦に旗の下に奪取する為に火星圏から独断で戻ってきた。
その為の駒がエゥーゴであり、アクシズ艦隊であり、アクシズ要塞であり、ジオン亡命軍。そう考えると辻褄が合う。ならばこの戦闘で死んだ同胞たちは一体何のために死んだのだ?

(だが・・・・いや、いいや、惑わされるな、ガトーよ、今は一人でも多くの同胞を降伏させる事だ。
この連邦の放送がジオン本国の世論を動かしてしまう前に、一人でも多くの同胞を救うのだ!!)

そうしてガトーはガーベラ・テトラ改の左手にあるMS用通信パラボラアンテナを向ける。
だが、その間にもウィリアム・ケンブリッジの弾劾裁判の放送は続く。
ガトーが何とか説得しようとした矢先、決定的な一言が放たれた。

『そして、ニューヤーク市へのテロ行為。死傷者30000名以上。依然として瓦礫の山は残り、今なお、死者の数は増えている。
君らは決起時に言ったな、地球連邦政府は地球に巣食うだけだ、と。
今や建国の理念は失われ、宇宙に住む者を搾取するだけの存在になった、と。
そうかもしれない。それは否定できない側面はある。それは認めなければならない。だが!
ならばあの攻撃で死んだ人間、あの攻撃で友人を、親族を、家族を失った人間に、二重遭難を恐れずに救助に当たった人間にも同じ言葉を言えるのか?
君らは地球に巣食う寄生虫の一部だ、と。だから駆除した、殺した。そう言った事を君らは一方的に殺した相手にも同じ様に言えるのか? 
水天の涙作戦で行われたソロモン要塞駐留艦隊への熱核攻撃。
だが、ソロモン要塞で焼かれた地球連邦軍に兵士全員が志願兵であった筈はない。いやいや徴兵された兵士、そしてその家族にも罪はあるのか?
ただ地球連邦軍の軍服を着ていた、それだけの理由で、非合法に奪った核兵器で一方的に焼き殺して良かったのか?
・・・・・・・・・・・・・・答えろ!!』

次の瞬間、半壊したノイエ・ジールⅡから信号弾が撃たれた。
内容は、赤。それは全軍死兵となって前方を突破、アクシズ要塞、ペズン要塞、月面各都市、地球の非連邦加盟国各国へ向け撤退せよという内容。

(しまった!!)

その信号弾の意味を正確に理解したアナベル・ガトーは即座に国際救難チャンネルを使って呼びかけた。

「こちらジオン第二艦隊のガトー大佐だ。各機、即座に降伏せよ! 今ならまだ間に合う!! 降伏するのだ!!! これは命令である!!!」

だが、こんな放送を聞いた後で黙って降伏できる程、楽観視できる男は、女はいない。
残存するエゥーゴ艦隊、アクシズ艦隊、ジオン反乱軍は一斉にジオン第二艦隊に向けて発砲した。

「やめろぉぉぉ!!!!!!」

ガトーの絶叫。
だが、その言葉が合図とばかりにジオン第二艦隊の各艦も一斉に散開陣を取る。
と、一機のザクⅠがザク・バズーカを向けた。咄嗟に、ガトーは乗機であるガーベラ・テトラ改のビームマシンガンの引き金を引く。
そのザクⅠはモノの数秒で穴だらけになり爆発、宇宙の塵となった。

「!!!」

言葉にならないとはこの事を言うのだろう。
ガトーは歯を食いしばって、左上空からのザクⅡF2のザクマシンガンの攻撃を回避する。
別の方向からはリック・ドムが90mmマシンガンを乱射しながら攻撃する。ガトーのカラーリングから隊長機と分かったからジオン軍らしく容赦がない。
そして思考と体は別々に動いた。ガトーは咄嗟にフットペダルを引いて後方に全力で後退、次にリック・ドムを撃ち落とす。
更に、ガトーを援護するべくカリウスの乗るガルバルディβがビームライフルでザクⅡF2を落とした。

「ガトー大佐!! 御無事ですか!?」

「カリウスか・・・・他はどうした!? 他の部隊・・・・は・・・・・」

それ以上言えなかった。各地でガルバルディβがビームライフルでアクシズ艦隊を、ジオン反乱軍を攻撃している。
そして悟った。自分の落とした最初のザクⅠが、この同胞同士の同士討ちの契機となったのだ、と。

「・・・・・大佐・・・・・心を切り替えてください。我々は既に・・・・・戦闘状態です」

見ればジオン第二艦隊が一斉射撃を開始する。
エゥーゴ艦隊、アクシズ艦隊の後ろからは地球連邦軍の第1艦隊と第2艦隊が、前方側面からはロンド・ベルと第5艦隊の健在艦艇が攻撃している。

「出来るだけ・・・・・殺したくないものだな」

そう思いつつ、ガトーは戦場に舞い戻った。彼にも責任がある。ジオン第二艦隊MS隊全部隊への責任が。
責任感の強いアナベル・ガトーがこれを逃れる筈はない。
一方、グワジンのCICでは。

「そうか、やはり失敗したか」

ぼそりと参謀長のシュマイザー大佐にだけ聞こえるようにノリス・パッカード准将、艦隊司令官は述べた。
闇夜のフェンリル隊を率いた男も小声で反応する。
これはジオン軍同士の同士討ちでもある。だから下手に大声で騒ぐ訳にはいかない。士気に関わる。

「仕方ありません。デラーズ総司令官とマ・クベ首相、サスロ総帥の決定では最低でも禁固30年。艦長や部隊長クラスの上級士官は全員銃殺刑と内定しておりました」

この事実はあえてガトー大佐には伏せた。
あの武人にこの事を馬鹿正直に伝えたら、面倒な事になるのは火を見るよりも明らかだったから。

「そうだな。言い難いが後腐れなく出来うる限りここで撃ち落とさせろ。
彼らが本国に戻っても火種にしかならない・・・・・アイナ様のお子様の為にジオン本土は安定化させたいからな」

最後の方は独語だったが、どうやら聞こえたらしい。苦笑いする参謀長。

(思えばこの参謀長とは一週間戦争以来の付き合いだな。長いものだ)

サハリン家の令嬢がティターンズの士官と結婚して数年、漸く妊娠したと言う事でノリスは我が事の様に喜んだ。
なにより、アイナ・サハリンから一言。

『ノリス、次はお爺様と呼ばれますよ。ですから今度の出撃でも死なないで下さい。
私とシローの下に帰ってきてくださいね。
そして・・・・・この子の名付け親になって下さい』

流石に伯父になるギニアス・サハリンも名代とはいえお祝いの言葉を述べたが、現在彼は地球の極東州にあるムラサメ研究所で何かを作っているようでそれ以上は言わなかった。
何も無かった。ただ社交辞令的にジオン社交界にこの事を伝え、連邦政界に挨拶しただけだ。妹を出汁に使ったと陰口を叩かれている程だ。

(恐らくアイナ様とギニアス様の亀裂は修復不可能・・・・・仮に修復できても最低でも10年以上はかかるな)

と思った。
まあ、戦闘中なのでそんな事は直ぐに頭から追いやる。

「ガトー大佐らは?」

戦闘状態に入りました。
右翼、左翼、双方のMS隊も包囲網を狭めつつあります。

CICに情報が入る。流石はグワジン級戦艦。ジオン公国『最強』の戦艦だ。因みに『最大』の艦艇はドロスである。
ネェル・アーガマ級大型戦艦、ドゴス・ギア級大型戦艦、バーミンガム級大型戦艦やグワダンらには見劣りするが、それでも地球圏屈指の戦艦と言う事だけの事はある。
人員もジオン親衛隊に移籍しなかった古参兵ばかりなので精鋭部隊だ。

「よろしい、諸君。全ての責任はこの私、ノリス・パッカードが取る。気兼ね無くとは言えないが、職務に精通してほしい」

グワジンの砲撃が宇宙の闇を切り裂き、ガルバルディβがビームライフルで敵機となった嘗ての同胞らを撃ち落とす。
それは戦場の無常さを象徴していた。




地球での戦闘は完全に終了した。
演説は一旦終わり、マスコミ各社は一斉に反エゥーゴ、反アクシズの大規模バッシングを行っている。
小学校の体操と一緒。全員並べ~駆け足、進めぇ~、回れ~右!
そう、カイは感じた。

(確かにウィリアム・ケンブリッジの言った事は正しい。だが、敢えてキャスバル・レム・ダイクンの名前を出すと言うのは卑怯じゃねぇのか?
これに反論できる筈も無い。アンタも同じ方法でやられたらどうするつもりだった?
まあ、これでアンタの人となりも大方理解できた。野心家では無い。だが、無心家でもない。
家族を守る為なら平然と他人を切り捨てられる程冷酷じゃないが、それでも自分の為ならば他人を陥れられる人物か。
セイラさんが負けたように一筋縄ではいかないな、こりゃ。
決して地球連邦市民が、特にアースノイドが思い描いている私心亡き政治家じゃない。
寧ろ、ジャミトフ・ハイマンらよりも余程私欲溢れた政治家じゃないのか?)

カイの感想。
セイラも似た様な結論に至った。だが、アムロからエゥーゴの実質的な軍事指導者がシャア・アズナブルであると知っていたセイラは最終的な結論は違う。

(これも自業自得。兄さんはアズナブルさんの家を滅茶苦茶にして、そして多くの人を殺した。しかもまだお母様の復讐に囚われている。
ランバ・ラル、貴方が今の兄さんを見てもそれでもついていこうとする? それとも見限る?
ジンバ・ラル、貴方ならついていくでしょうね。でも私は違うわ。もうアルティシア・ソム・ダイクンでは無いのよ。
私はセイラ・マス。
私なら今の兄さんよりもウィリアムさんを選ぶ。少なくとも、ティターンズの実績を築いたウィリアムさんの方が信用できるから)




そして宇宙での戦闘もまた最後の佳境に入った。
ガンダムMk2を駆るカミーユは中距離からガンダム試作二号機のマレットを攻撃する。
マレットの駆るガンダムの後方にいる何もしないマラサイを不思議に思いながら。

「卑怯者が!」

ビームサーベルを構えて突進してくるマレット乗るガンダム試作二号機。
時節、敵機から卑怯者と通信が聞こえるが、アムロ少佐とバニング少佐の教えを思い出す。

『良いか、決して相手の間合いに入るな。挑発にも乗るな。どんな事があっても冷静に、かつ慎重に攻撃するんだ』

『戦いは生き残った方の勝ちだ。卑怯でも何でもよい。生き残らないと何も出来やしない』

その言葉通りに動く。相手はビームサーベル。

(敵はビームライフルを捨てた。バルカンは射程外。なら接近さえしなければ死にはしない!!)

後は周囲のMS隊と共同歩調を取るべし。
カミーユは驕れる事無く、マレットを相手取る。
その内に周囲のガザDや少数のズサ、エゥーゴ使用のジムⅡ片付けたロンド・ベル隊のネモ部隊が集まる。
そうこうしている間にマレットは一気に囲まれてビームを雨あられと撃ち込まれだした。
驚異的な回避を行うが、それでも20機以上の敵機に囲まれては意味が無い。

「行ける!」

ガンダム試作二号機が完全に動かなくなったとき、カミーユは必中の一撃を放った。
ガンダムMk2のビームライフルから高熱のビームがマレットの乗ったガンダム試作二号機のコクピットを貫通した。

「よし!」

思わず拳をぶつける。この点はまだ16歳の少年だった。
その瞬間、リリアはその理性を失った。

「!!!!!!!」

声にならない叫び声と共に、マレットから預かった核弾頭を構える。
だが、その装備はガンダム試作二号機が使用する事を前提とした専用核兵器投射機である。
それをMSの機種も使用する核兵器も違う状況で発射しようとするのだ。ただでさえアムロ・レイと互角に戦えるニュータイプと言われるカミーユ・ビダンに気がつかれ無い筈がない。
カミーユは察知した。何か厄介なものを使おうとしている、と。この辺りはニュータイプと呼ばれる人間の性なのか?
他のネモ部隊よりも素早く反撃する。
因みに臨界点に達しない限り核兵器は危険では無い。特にだ、太陽からの放射線が日常の宇宙空間では尚更に。
そう教わったカミーユに迷いは無かった。ビームライフルを向ける。

「落ちろ!」

カミーユの、第三者から見れば何を言っているのか良く分からない言葉でマラサイのコクピットを撃ち抜く。
次の瞬間爆発するマラサイ。
この時、グラナダ特戦隊はこの世から消えた。
ガンダムMk2を操縦したカミーユ・ビダンによって全機が撃墜されるという事象を持って。ガンダムを奪った者がガンダムによって討伐される。これ程の皮肉はそうは無いだろう。

そして青い死神のユウ・カジマとデルタチーム、ホワイト・ディンゴの合計7機のギャプランは性能でも技量でもチーム戦でもインビジブル・ナイツを圧倒する。
考えてみれば当然である。ジオン反乱軍は地球連邦軍の偵察から隠れる事と物資の面から演習など出来なかった。
方や、再招集されたロンド・ベル部隊、特にギャプランを与えられたパイロットとオペレーターらは一日8時間の猛烈な訓練を実施した。
しかもその相手は、マラサイと互角に戦える機体としてAE社から納品されたネモ部隊を相手に、である。
ジオニック社のマラサイをティターンズのオーガスタ研究所が開発したギャプランが落としていく。
さぞかし、ジオンの技術陣にとっては悔しい光景になろう。

「はん、流石俺の戦友共だ。後で一杯奢ってやろう・・・・・で、後はお前だけだ、聞こえるか、ガンダム!」

一対一の決闘の様な形をとったエリク・ブランケとヤザン・ゲーブル。だが性能差とルウム戦役以来の技量の差、その後の支援体制の格差が如実に表れる。
ヤザンのギャプランはゆっくりと、だが、確実にエリクの乗る緑のガンダムMk2を追い詰める。
ビームサーベル同士が衝突するも、鍔競り合いで押されるのはガンダムMk2であった。当然だ。当たり前だ。何を言っている。
このギャプランは地球連邦軍の最精鋭部隊の中のティターンズの更に精鋭であるロンド・ベル特注の機体なのだ。
ある意味、次世代機の為のテストケースと考えられていたガンダムMk2とは開発コンセプトと過程が大きく異なる。
Mk2は汎用機のモデルケース、ギャプランは局地戦専用機。
この差は大きい。
そして勝負は一瞬で決まった。
疲労ゆえか、それとももう一機のガンダムMk2がユウ・カジマの乗るギャプランに後ろからコクピットをビームサーベルで貫かれた姿を見せられた故か。
動揺が走ったのが分かった。

「お前・・・・今・・・・気が散ったな!!」

言葉と体が同時に動く。
ヤザンのギャプランが両手を前で組み、ビームライフル二挺とメガ粒子砲二門をエリクの乗ったガンダムMk2に向けて連射する。
とっさにシールドを構えるが4本のビームの連射などに耐えられる筈も無い。そのまま機体は溶解。
メインエンジンが暴走し、爆散した。

「戦場で余計なこと考えるとな、死ぬんだよ・・・・・カモノハシ、ラムサスやダンケルのように、な」

一方で。
串刺しになった緑色を基調としたガンダムMk2。

「・・・・・・・・」

ビームの光が消える。それはまるで乗っていたパイロットの光も消えた様な感触をユーグ・ローグに与えた。
分かってはいる。相手は敵だ。ユウ・カジマは、戦友は自分とシェリーとの関係を知らない。そしてあのケンブリッジ長官の放送は味方の士気を一気にあげた。
旗艦であるドゴス・ギアを大破に追い込まれ、二機の大型MAの猛攻で半壊状態だった第5艦隊でさえ能動的な反撃に出られる程に。

「それでも!」

何が言いたいのか、何を言いたいのか分からない。幸いな事に戦闘は終息に向かいつつあった。
そして機体のエネルギー残量不足を理由にユーグ・ローグのギャプランは帰投する。
彼は気が付かない。自分が泣いていた事を。
そして砲火は遂にグワダンを捉える。

「ここまでだな」

ブラードは思った。既にシグは死に、シャア大佐ももうすぐKIAだろう。
それだけ連邦軍は強かった。自分たちの予想以上だった。驕り高ぶっていたのは自分たちの方だった。

(今更後悔しても遅い。後悔先に立たずか。昔の賢者は良い言葉を残したものだ。
そしてそれを身をもって体験することになろうとはね・・・・度し難い男だな、俺は)

残存艦艇は不明なほどに撃ち減らされた。
MS隊の大半は地球へと降下していくが地球各地のポイントはバラバラで、しかも支援してくれる地域に降りられるかどうか、地球各地のジオン亡命軍と合流できるかどうかは運次第。

「それでぇ、ブラード艦長、どうします?」

副長が聞いてくる。肥満体だが、良い副長だった。確か、名前をドレンとか言ったな。
今も士気の低下を防ぐためにわざとふてぶてしく振舞っている。
もっとも半分以上は演技以外の何物でもない。

(小刻みに恐怖で膝が震えているぞ、副長)

そういえばこの男も赤い彗星のせいで人生が狂ったと愚痴を言っていた。
本当は戦争終結と同時に本国に戻りたかったが、奴の副官と言う扱いの為か戻れずにアクシズ勤務にさせられた、と。

「決まっている。副長、総員退艦だ、総員退艦から5分後にグワダンを自沈させる。
それで・・・・あとはガトー大佐の言葉を信じよう、それと・・・・」

そういって拳銃を引き抜く。
そのままドレン大尉の方に一発撃ち込む。血が飛び散る。何事かと艦橋のメンバー全員の視線を浴びる。

「これでガトー大佐らには言い訳はできるな?」

その言葉に痛みを抑えながら敬礼するドレン。
そうだ、艦長の命令にいやいや従った。その証拠がこれだ。この弾痕。最後は艦長を止めようとして撃たれた。
そういう筋書きだ。
それにこの艦が自沈すれば、自分たちの個人IDは全て宇宙のゴミになる。そこからサルベージするのは恐らく不可能だろう。
ならばこの言い訳は効く。

「それでは総員退艦します・・・・艦長、あんた、良い男でしたな」

そう言って彼はタバコを吸う。アクシズでは貴重品だった。地球圏では忙しすぎてすえなかった。
自分も貰う。箱ごとくれた。纏めて二本同時に吸う。ああ、美味い。

「君も良い船乗りだったよ、ドレン大尉。ああ、艦長は叛逆した為に君が部下の安全を確保する為に殺した事にしたまえ。
その方が恰好がつく。私も最後まで抵抗した甲斐があったと言うモノだ。ついでに娘のミアンをジオン本国に連れて帰ってくれるかな。
もう復讐なんか忘れろ、新しい人生を探せ、そう伝えてくれるとありがたい」

笑い声が艦橋に響いた。

「必ず連れてきます。ついでに赤い彗星とは違う良い男を探してやりましょう。艦長の代わりに御嬢さんの父親としてヴァージン・ロードを歩いて見せますよ」

「それは・・・・どうやら後1発か2発撃たれたいようだな、ドレン君?」

そして無言で敬礼する。
その後、グワダンに退艦命令が出される。
退艦していく乗員。敢えて残る乗員。様々な思いを乗せて。そしてブラードは肉眼で見た。
二隻のアーガマ級機動巡洋艦がメガ粒子砲とビーム砲を撃ちながら接近してくるのを。

「ふん、早いな。発砲を確認!! 取り舵12!」

自ら舵をとり、音声入力で回避運動を取らせる。
一方で居残り組が個別に攻撃する。
ブラード・ファーレン中佐の神業的な回避行動で二隻のアーガマ級の攻撃を悉く回避する。

「左舷、弾幕薄いぞ。何やってんの!!」

「敵は手負いだ、なぜ仕留められない!!」

ブライトらが叫ぶが当たらない。
見かねてネェル・アーガマさえ砲撃に加わってきた。それでも中々命中しない。業を煮やすロンド・ベルの砲術員や艦長たち。
更に発砲するも、それさえ想定内と言わんばかりに躱す。だが、いつまでも続く筈がない。

(まだまだ甘い。これなら・・・・ん? 気が付けばララァ・スン大尉のキュベレイがいない。
どこに行った? まさか撃墜されたのか?)

グワダン艦載機のガザDが8機だけ近場に残っているが、ミノフスキー散布下のあてにはならないレーダーでも30機近い敵が接近してきた。
索敵用モノアイでビームライフル装備のハイザックだと分かる。予備兵装にザクマシンガン改を装備している機体や、対艦用ハイパー・バズーカを装備した機体もいる。

「終わったな。所詮はジオン完全独立やダイクン派閥復興、打倒ザビ家、地球連邦への抵抗運動など泡沫の夢。夢幻の如くなり、か」

その時、後ろを見た。
ドレン大尉と娘がスクリーンの先にいた。
どうやら青十字のランチで艦を離脱した直後らしい。まだ有線通信が可能な為、通信ができる。

「お父さん! 早く脱出して!!」

無言で首を振る。
そして伝えた。伝えるべきだ。娘まで道を誤る事の無い様に。

「シグは・・・・お前が好きだった男は死んでしまったセラ君に取り付かれて死んだ。ミアン!!! 目を背けるな!!
シグは死んだ。死んだんだ!!! 良いか、これが復讐者の末路だ。復讐の果てにあるのは無残な死だ。それが現実だ!!
映画の様な幸福な結末も、死んだ人間が実は生きていましたとか、クローンですとかいう結末は無い。英雄的な死など存在しない!!!
そして死んだ人間はもう生き返らない。お前が好きだった男はもういない、この世に存在しない。そして・・・・私もいなくなる」

『お父さん!!』

そんな顔をするな、ミアン。
別れるのが辛いじゃないか。

「だがな、ミアン。お前は生きろ。生きて、セラ君とシグ君とアイン君が生きていた事を伝え続けろ。
・・・・・・・・あいにくと私にはもう無理だ・・・・・・人殺しの片棒を担いだ男の末路が来たようだからな。
だが、おまえは違うぞ、そうだ、ミアン、お前の手はまだ白い。決して、紅に染めるな。朱に交わるな。赤くなるな」

艦が揺れる。どうやら敵MSのバルカンが直撃したようだ。
更にアーガマ級からのビーム砲で左舷カタパルトが全壊した。ついでに直援機は全て撃ち落とされた。
護衛のムサイ2隻とサラミス改3隻は既に沈み、エンドラ級巡洋艦エンドラはどこかに逃亡した。
まあ、この状況で律儀に護衛するのは余程の忠義者で・・・・・愚か者だ。

「ミアン、最後の頼みだ、お前は復讐に生きるな。新しい生き方を探せ。
お前はまだ若い。そして新しい命を育んだらその子にこう伝えろ。戦争なんてくそったれだ、ゴミのような人間のする最低の行為だ、と」

そこで通信が切れた。最後に娘が頷いたように思えたが・・・・・気のせいだろう。

「さてと、最後の相手が木馬の改良版か。いい、最後だったな」

タバコを吸う。そして誰もいなくなった艦橋に煙が充満し・・・・ネェル・アーガマとアーガマの二隻から放たれたメガ粒子砲がグワダンを直撃した。




宇宙世紀0088.10.20、午前10時24分、グワダン撃沈。




「大佐!!」

ララァのエルメスが介入した時点で戦局は一変した。形勢不利と見たガンダムはビームライフルで牽制しつつ後退、距離を取る。
一方で自分のノイエ・ジールⅡも放棄せざる得なくなった。既に操縦系が機能してない。グワダンとも連絡は取れない。
そうだ、ならば仕方ない。ここは引くしかない。

(まだだ、まだ終わらよ)

そう、シャアにはアクシズ要塞がある。それにエゥーゴ残存戦力やエゥーゴ支持者にAE社の支援もある。
まだ再起の芽はあるのだ。そう信じて。

「ララァ、このまま北部インド連合領域に降下してくれ。そこで残存部隊とアクシズ地球派遣軍先遣隊と合流する」

ファンネル12機中、9機を撃墜された緑色のキュベレイはそのまま赤い彗星の乗るノイエ・ジールⅡのコクピットブロックをパージ。
それを保護したまま降下に邪魔な連邦軍を蹴散らし、地球の大空に消えた。
そして残ったノイエ・ジールⅡはそのまま大気圏に突入。自爆する。
これを最後に戦闘は終了。ジオン第二艦隊に投降するアクシズ艦隊やジオン反乱軍、連邦軍によって掃討されるエゥーゴ艦隊。
こうして、第13次地球軌道会戦は地球連邦軍の勝利で幕を閉じた。
成果を得たジャミトフ・ハイマンはブレックス・フォーラーと共謀してバスク・オムを中央から完全に遠ざける事とした。
以下は、宇宙でルナツー要塞へ帰投中のバスク・オム宛に発信された宇宙世紀0088.10.22の午後1時30分の辞令である。

『バスク・オム准将、第13次地球軌道会戦にて貴官の指揮に関して詰問すべき点があり。
査問会への出頭並び、二階級降格、中央アフリカ第1123補給基地司令官勤務を命じる』




戦闘二日後。
改めて所信表明演説に立つ事になるウィリアム。

「フリーのカイ・シデンです。長官は今後の宇宙開発とスペースノイドの扱いに対してどうお考えですか?
それをお聞きしたい」

カイは誰よりも先に手を挙げて、誰もが聞きたくて聞けない事を聞いた。
この事実上の地球連邦最大級の権力者の意思を、意向を。

「サイド3、ジオン公国に関してはリーアの和約通りに扱います。サイド6とサイド7については準加盟国扱いとしてオブザーバーとして連邦議会に参加。
これは今後の課題ですが、サイド1からサイド5までは連邦軍とジオン軍、それぞれ20隻ずつの駐留艦隊を配備します。
合計40隻の艦艇がコロニーの治安と航路を警備します。これはリーアの和約とは別の条約を結びます」

つまり?

「ええ、シデンさんのおっしゃる通り、ジオン公国はこれからも宇宙開拓の最前線国家として地球連邦の盟友として存続する事になります。
また、駐留艦隊ですが、サイド1、サイド2、サイド4、サイド5は全て各サイドの志願兵によって構成します。
先のエゥーゴの決起に地球連邦宇宙軍の不平不満が存在した事から各サイドの意見を尊重します。
無論、地球連邦軍の艦艇を供与する事、地球連邦軍の軍紀に従い、これに反する場合はいかなる人物であろうとも法に従って裁く事を基本条件とします。
また一年戦争以前の様なコロニー駐留艦隊専用税金を各サイドに課す事はありません。財源は地球各州に分担します」

その言葉に今度は地球各州のジャーナリズムがざわめく。
だが、それも想定内。

「続いて、アースノイドとスペースノイドの垣根を無くすべくサイド7の更なる開拓を行います。
特にルナツー近郊にジオンから謝罪の意として正式に割譲されたア・バオア・クー要塞を持ってきます。
元々ア・バオア・クー要塞はジオン公国の資源採掘衛星でしたのでサイド7、いえ、グリプスの開発に大いに役立つでしょう」

次。
その開拓、開発は誰がするのですか?

「ティターンズの護衛の下、地球資本が中心になります。これはコロニー防衛費を捻出する為の必要事業とお考えください。
またコロニーの工業化も進める為、各サイド、サイド1からサイド6までにそれぞれ5基の密閉型コロニーをジオン公国に発注します。
その資材は中華と北米州、極東州、南米州、統一ヨーロッパ州が担当します。
経済についてはこれまで通り地球主導ですが、コロニー開発プロジェクトと並行して木星圏と火星緑化計画を進めます」

夢物語では?

「ジョン・F・ケネディは10年で人間を月面に送り込みました。人類が初めて空を飛んでから100年も経過していないのに、です。
それならば50年かけての火星の地球化計画は実現可能でしょう。その為にアーガマ級のデータを元にした高速惑星間航行巡航艦の建艦計画を民間主導で行います。
幸い、グワダン級、グワジン級、グワンバン級という惑星間航行可能艦がジオンにありますのでそれを元に建艦計画を進めます。
他になにか?」

エゥーゴのメンバー、アクシズに関してはどう対応しますか?

「エゥーゴの行為は地球連邦軍の軍紀に照らし合わせて処罰します。アクシズはジオン軍の軍紀に照らし合わせます。
この点に寛容はありません。彼らは核攻撃、大都市への無差別攻撃、首相選抜選挙への武力妨害を行っており、決して野放しにしてよい存在では無いのです」

ジオン亡命軍とジオン反乱軍については?

「シデンさんは分かっていて聞くのですね。ジオン亡命軍は来月1日から1か月以内に投降するなら恩赦を与えます。家族ぐるみの連邦構成国への亡命も認めます。
ですが、そこまでです。それ以降は反乱軍と同様にジオン軍に引き渡します」

ティターンズ、連邦軍はどうする予定ですか?

「ティターンズは第13艦隊を結成します。編成はアレキサンドリア重巡洋艦9隻、マゼラン改級戦艦4隻、大破したドゴス・ギア級大型戦艦、ドゴス・ギアを1隻、サラミス改級巡洋艦36隻の50隻です。これに補給艦としてコロンブス改級が10隻付きます。
ロンド・ベルは従来のアーガマ級巡洋艦4隻、ネェル・アーガマ級大型戦艦1隻で編成のままです。
他の艦隊は戦前通り、マゼラン改級戦艦5隻、サラミス改級巡洋艦35隻、コロンブス改級補給艦10隻の50隻体制を維持。
グリプスならびルナツー配備の第1艦隊、第2艦隊、第12艦隊、後は従来通りですね。ソロモンで壊滅した第4艦隊と第3艦隊は再建しません。
第13次地球周回軌道会戦で大打撃を受けた第5艦隊も各地のパトロール艦隊に編入します。これで良いですか?」

海上艦隊と陸軍は?

「そちらは国防大臣に聞いて下さい。何でもかんでもティターンズの長官が答える事は無いでしょう」

ありがとうございました。それでは最後に一言。今後の身の振り方は?

「できれば故郷のカナダで雪を見ながら隠居したいですが・・・・私はもう・・・・・・罪人です。
何十万人も殺しました。間接的ですが、人殺しなんですよ。ですから呑気に悠々自適な生活は出来ません。
私は最後まで義務を全うします。それが死んで行った人間全てへの手向けの花束になると信じて。
以上で質問を終わらせたいと思いますが・・・・・他に誰かいますか?」




0089.01.05
北米州副大統領にジャミトフ・ハイマン選出。

0089.01.09
月面都市フォン・ブラウンにてメラニー・ヒューカーバイン会長逮捕。命令者はティターンズ長官ウィリアム・ケンブリッジ。

0089.01.15
ギレン・ザビ公王暗殺未遂事件勃発、犯人としてアンリ・シュレッサー元公国軍准将を逮捕、18日即決軍事裁判後に銃殺刑執行。

0089.01.19
セイラ・マス、アムロ・レイと結婚。夫婦別姓を選択する。

0089.03.05
ムラサメ研究所事件。ギニアス・サハリンによる内部告発で人工ニュータイプ、強化人間の実験が明るみに出る。
ジオン公国、フラナガン機関からカウンセラーを派遣。ゼロ・ムラサメ、レイラ・モンドと接触。後に交際へと発展する。
シグ・ウェドナー、アイン・レヴィン。セレイン・イクスペリエンの遺体をティターンズ収容。
その後、0093、ミアン・ファーレン氏が引き取る。

0089.03.18
ゼナ・ザビ死去。ギレン・ザビはダイクン派のテロ行為と発表。詳細は不明。

0089.04.06
ティターンズ第二代長官ウィリアム・ケンブリッジ暗殺未遂事件発生。
続けて、ケンブリッジ家に爆弾テロ。難を逃れるも、この事件を契機にティターンズの親ケンブリッジ派閥が軍閥化の傾向を見せ始める。

0089.04.10
エコーズ、ティターンズ要人護衛部隊として再編。ダグザ・マックール中佐が筆頭。

0089.05.01
第二次朝鮮戦争勃発。空腹に耐えかねた北朝鮮人が中華地域境界線を越境。これに中華軍が暴走し、反撃。
これに呼応した極東州は3隻の正規空母を中心に中華軍を援護。ティターンズのロンド・ベル、緊急展開部隊として展開。

0089.05.08
平壌陥落、北朝鮮地域全域が降伏。ジオン公国が一年戦争以前に売りつけた核弾頭を全弾回収。
朝鮮不況。極東州と中華で反地球連邦デモ発生するも、双方ともに即座に沈静化。

0089.06.01
地球連邦政府、アラビア州よりシリア地域に進撃。ジオン亡命軍掃討を名目に積み重なった旧式兵器の一掃セールを開催と揶揄。
実質はその通り。

0089.06.30
北部インド連合を除く、地球全土を掌握。
レイニー・ゴールドマン、連邦議会より連邦共和制第一勲章を授与。

0089.08.08
ジオン残党軍の拠点、ペズン要塞へロンド・ベル攻撃開始。
三日後、ペズン要塞陥落。

0089.08.15
続けてロンド・ベル、暗礁地帯の茨の薗基地を強襲。これを制圧。
ジオン反乱軍、並びアクシズ艦隊を完全に殲滅。

0089.10.20
ロンド・ベル、タウ・リンの拠点となっていた北極圏のカムチャッカ01と03を制圧。02は破壊。
その際、超大型メガ粒子砲を搭載した謎の新鋭艦を鹵獲する。

0089.11.01
外惑星航行可能艦空母ベクトラ建造開始。MS隊隊長にアムロ・レイ中佐、艦長にブライト・ノア准将就任予定。

0089.11.16
クラックス・ドゥガチ、地球圏来訪。ウィリアム・ケンブリッジ、ジャミトフ・ハイマン、レイニー・ゴールドマン、アデナウアーらと会談。
その際にティターンズが建造した20隻の簡易ジュピトリス級輸送艦を譲渡される。
また多数の惑星間巡洋艦を木星圏へ派遣する事を決定。
この動きには木星船団船団長のパプテマス・シロッコの後押しがあった。
この後10年で木星圏の居住権は一挙に拡大するが、それはまた別の話。

そして。

0089.12.24

北半球のワシントンは雪に包まれた。
ロナと改名したブッホ君が必死に作業を指揮している。何の作業か?
それはプレゼントに擬態した爆弾が無いかを調べる為である。外にはダグザ中佐らが護衛している。
ここは白い館を増築して建てられた場所。黒い館からコンドルハウスの異名を持つ。

「漸くあの一年も思い出になったな」

そう言って彼は一冊のA4書類を閉じた。
死者・行方不明者、22万7862名。

「不謹慎ね、我が夫どの」

笑いながら問いかけるは我が愛しき存在。

「不謹慎だが・・・・・いつかはこうなる。まだアクシズ要塞が見つからないのが気がかりだが・・・・・いつまでもこうしてはいられないからな」

確かに。

「そう言えばバナージ君だったか? ミネバ君の同級生で・・・・あのラプラスの箱の鍵を握る人物の直系」

妻もこの数年で知らなくてよい事を知った。
実際、彼女は今、こう呼ばれている。ホワイトマン部長、と。

「ラプラスの箱ね。あれに如何ほどの価値があるのやら?」

「価値は作るモノだよ。それに武装放棄の念仏完全平和主義も統一国家による武力弾圧による平和も俺は平和とは思えない
思想統制と一部のカリスマによる支配体制なんてもってのほかだ。逆に武器での威圧も効果は無い。
だからさ、本当の平和とは何かを探していくのが・・・・ティターンズ第二代長官の本当の役目だ。俺はそう思う」

ギレン・ザビ公王みたいだな。
そう思った。

「それよりも、もうすぐクリスマスパーティよ。みんな来てるのよ。この為にロンド・ベルのメンバーを全員集めたんでしょ?
早く行くわよ!!」

そういって白いドレス姿の妻に右手を引っ張られて自分は行く。そこにあったのは掛け替えのない戦友達。
デルタ小隊が、タチバナ小隊が、ホワイト・ディンゴが、シナプス提督が、ホワイトベースの面々が、不死身の第四小隊が、そして最早当たり前の様にいるブッホ君とダグザ中佐。
隣には最愛の妻。成長した子供たち。更には何故か当然の如くシャンパン片手のジャミトフ先輩にお忍びで降りてきたドズル・ザビとミネバ・ラオ・ザビ。
しかもギレン・ザビから祝いのメッセージメモリー付きと来た。

「「「「メリークリスマス!!!」」」」

「「「「おめでとうございます!!! ケンブリッジ長官!!!」」」」

「「ティターンズ長官就任一周年、おめでとう。これで平和が来るな」」

この日、ウィリアム・ケンブリッジは地球連邦で最も栄誉ある勲章である地球連邦共和制名誉勲章を授与された。
この政府からのクリスマス・プレゼントを持って、ケンブリッジ家は地球連邦名家の一員とみなされる事になる。


・・・・・・・望むと望まぬと言わずに・・・・・




宇宙世紀0089.12.31

この日、復興したニューヤーク市に本拠を戻した地球連邦政府は正式に「水天の涙」紛争と呼ばれる戦いの終息を宣言した。
或はグリプス戦役、もしくはガンダム強奪事変とも一部で呼ばれた戦争未満紛争以上の戦いは終息した。

これが一時の平和となるのか、それともウィリアム・ケンブリッジが願う長い平和の時代になるのかそれは誰にも分からない。

消えた赤い彗星と木星帰りの男、そしてタウ・リンと呼ばれる謎のテロリストとアクシズと言う不安要素を抱えながら、宇宙世紀0089は過ぎ去った。




第二部 「水天の涙紛争」編 終了



[33650] ある男のガンダム戦記 第二十二話『平穏と言われた日々』 第三章開始
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:b7ea7015
Date: 2013/04/25 16:39
今回は外伝に近い作品です。各種映画のオマージュもありますがよろしくお願いします。

ある男のガンダム戦記22

<平穏と言われた日々>




宇宙世紀0088、『ダカールの日』と後世に語り継がれる演説は幕を閉じた。
演説の結果、ティターンズ第二代目のトップであるウィリアム・ケンブリッジは護衛達と共にニューヤーク市郊外にある、直通しているニューヤークセントラル駅から郊外のヘキサゴン駅まで時速280kmのシンカンセン「カガヤキ」で30分。
その特別官邸・官舎街『ヘキサゴン』にウィリアムらは入る。多数の護衛達に囲まれて。何重ものSP警備車両やティターンズのMS隊、警察のSWATが展開している様だ。

(まあ、あんな降下作戦が決行されればこの警備も当然か。シャア・アズナブルが核攻撃を行おうとしていた。
その事実が政府中枢を守るべく、ジャブロー基地並みの防衛網を建設していると言える。防空ミサイル大隊にアッシマー、それに海軍が開発したギャプラン改で編成された海軍空母艦載機飛行部隊。)

核攻撃前提の降下作戦と言う第13次地球軌道会戦の教訓を元に、地球連邦首相官邸と連邦各省庁は大規模な防空網形成を開始。
主要幹線道路各地にジム・クゥエル24機の第1大隊から第5大隊までの120機が配備され、郊外にはアッシマー72機の一個師団が軌道上からの奇襲に対応するべく即応体制のまま待機。
またMSとミノフスキー粒子登場以来日陰者であるが、それでも陸軍は威信をかけて特別防空連隊(ガンタンク改造の防空用レールガン部隊)5個連隊が各地に駐屯している。
無論、警察も軍も365日24時間の監視体制で防空網を敷く。
そしてティターンズ長官、つまりウィリアム・ケンブリッジの執務室は対核兵器シェルターでもある地下3階にある。地上6階、地下8階のヘキサゴン(首相官邸)の隣だ。
しかもこれらの地域を守る為に、地球連邦軍とは別に北米州軍1個師団1万2千名が常時完全兵装装備にて護衛。
止めに、トイレに行くまでSPが12名ついている。
しかもSP全員が相互に監視し合い、エコーズの部隊隊員はゴム式模擬弾のアサルトライフルで武装していると言うオマケつきだ。

(あの日から全部変わったな・・・・・というか、これって軟禁なんじゃないか?)

あの日の演説から護衛の第2海上艦隊と一緒にニューヤーク市まで大西洋を横断。
その後はニューヤーク市市民の、いや、二週間かかった事とニューヤーク市でもう一度会見をする事からマーセナス北米州大統領らを中心とした北米州、極東州など太平洋経済圏の実力者達に、各財界・政界の魑魅魍魎ども、更にはアイドルグループへのアイドル歓迎感覚の市民数百万人の中のパレードに迎撃された。

(ああ・・・・あの日は本当に穴が在ったら入りたかったよ。しかもダカールからの移動は航空機では無かった。効率重視の我が祖国アメリカらしくなく、だ。
自分が乗艦したのが、世界でも最新の正規原子力空母、バラク・F・オバマだった。まあ珍しいから良かったけどね。
あとでジャミトフ先輩にそれとなく聞いたら休暇扱いだったらしい。確かに艦長室に匹敵する王族や皇族、大統領クラスの迎賓室での船旅、大西洋横断は退屈はしなかったが・・・)

そう、彼は紛れも無い地球連邦の、救国の英雄だった。あの日のダカールの演説は反エゥーゴ勢力を一気に拡大させ勢い付ける。
彼らや一般市民に取って、ティターンズという実績と人望のある組織のトップが自らの危険も顧みずあの演説を行った事はとてつもない支援になる。

『エゥーゴの連中もアクシズの反乱部隊もテロリストだ!!』

『奴らに殺される前に、奴らを法廷に引きずり出せ!! そして絞首刑にするんだ!!!』

そういう声が地球上各地で、そして罪をなすりつけるために各コロニーサイド、月面都市群で発生する。
発生しなかったのは未だ思想面で地球連邦と相いれない中華地方のみであった。
実際、地球上の各地域では反エゥーゴ運動が活性化。政情安定が第一の統一ヨーロッパ州はこれを幸いに反ジオン運動を反エゥーゴ運動、反アクシズ運動にすり替えた。
アラビア州と南インド州は州民の意思統一に利用。宇宙に存在するジオン公国は地球連邦との同盟関係強化に全力を尽くす。サイド6も同様。
サイド7、グリプスに至っては難民受け入れと中華(共産党)からの自由を求めた人々や赴任と言う形を取る事で各地から人材を集め出した。
しかも反エゥーゴ勢力の急先鋒であるティターンズのグリプス鎮守府(宇宙におけるティターンズの本拠地)がある事を良い事に、地球連邦内での準加盟国から加盟国、更には州への格上げを狙う。
中央アフリカ州の連邦軍から離脱していた民族解放戦線ら反乱部隊はアクシズかエゥーゴであると認定され、テロリスト扱い。中央アジア州の過激宗派も同様。
これが切っ掛けにいくつかのエゥーゴ派連邦軍が身の危険を感じて連邦軍を離脱したが、それは地球と言う重力圏内部での事で大きな混乱は起きなかった。
歩いて逃げるには限度があるのだ。
唯一の懸念材料はロンメル師団と一年戦争中に呼ばれた2万名の部隊とマッド・アングラー隊が行方不明な事だが・・・・既に偵察衛星による衛生写真索敵網が再建されつつある連邦政府にとっては些細な事だと考えられていた。

「で、俺はいつになったらこの書類地獄から脱出できるのだろうか?」

愚痴る。
愚痴る。
そう、愚痴るしかない。
彼の先輩であるジャミトフ・ハイマンの突然の引退宣言で引き継ぎを行う事になったティターンズ業務は膨大をこして超大だった。
オーストラリア大陸西海岸、北部アフリカ州、さらに準加盟国となった中華のゴビ砂漠に北米州の荒野地帯の緑化。

(ええい、緑化に植林!? 何なんだこの書類は!! これは連邦政府の、内務省か国務省か、各州政府の仕事だろに!?)

また愚痴る。
それら緑化政策を筆頭に、サイド1からサイド7までの治安維持と地球=宇宙航路と地球=コロニー経済圏の再築。
ジオン公国への定期査察。無論、ジオン公国政府側の軍事査察委員会の受け入れも何故かティターンズの業務だ。
尤も、これは流石に連邦軍から文句が出る事確実なので、首都に帰ったウィリアムはニューヤーク市郊外のヘキサゴンに一番に駆け込み、ゴールドマン新地球連邦首相に訴えた。

『この仕事をティターンズの管轄に置けば第二、第三のエゥーゴを生み出します。どうか連邦軍の誇りを考慮してください』

その為、なんとか、連邦軍のブレックス中将(月面方面軍総司令官として昇進)とシナプス中将(第13次地球軌道会戦の勝利に貢献した事から昇進)に押し付けた。
それでも仕事量は増えるばかりで減る気配を見せない。

(おかしい! おかしい!! 絶対に間違ってる!!! なんで武装警察のティターンズが政治や経済にまで口を出して・・・・違う!!
なんで政治家や経済界の人間が政治とか経済とか大規模公共事業についての嘆願書や請願書を警察に持ってくるんだ!! 
ここは警察だぞ!!!
しかも一般市民とエゥーゴ支持者らからはラブレターに剃刀レターのオンパレードとか無いよ。泣きたい)

そう、彼の、ウィリアム・ケンブリッジの受難は始まったばかりである。
彼がニューヤーク市に帰港してから2週間、ずっとパパラッチに質問攻め。次の2週間は分刻みのスケジュールに追われてパーティー。ただし、腹黒紳士や似非淑女らとの楽しい会談だった。
とどめに、久方振りにあったゴップ退役大将から一言。

「ああ、ケンブリッジ君、私は来年から内閣官房長官になる。同僚としてよろしく頼むよ。期待しているからね」

と、とんでもないオマケが付いた事を知った。
だいたいクリスマスにSP2個大隊の護衛の下、ニューヤーク市のホテルでクリスマスパーティーを戦友らとした以外は一切この官庁街から出てない。
しかも嫌味な事に、両親も引っ越してきたし、息子、娘は専門の高等学校に入学したのでケンブリッジ家は誰一人としてこのニューヤーク市郊外、六芒街(首相官邸を中心とした政官一体の街の通称)から出てない事になる。

「俺が何をした!!!!」

叫ぶが誰も聞いてくれない。
そして叫ぶだけ叫んだ後に、仕事に戻る。
過労で倒れたブッホ君、いや、ロナ君の分もやらなければならないのだ。
と、ドアがノックされる。
完全武装のエコーズのメンバーがドアを開ける。そして机の強化防弾ガラス(対戦車ライフルの弾丸をも遮れる)越しに入ってきた人間を見る。
それは次期北米州大統領になるであろうジャミトフ・ハイマン退役少将、並び、ティターンズ初代長官だった。

「・・・・先輩・・・・また、仕事持ってきたんですか・・・・ほんとうに、もう勘弁してくださいよぉ・・・・冗談抜きに自分より若い筈のあのロナ君でさえ過労でいきなり倒れたんですよ?
幾ら得意分野でも自分だって限界があります・・・・・殺す気ですか?」

両手を上げて金属探知機でボディーチェックされている心優しい(?)先輩を見る。
彼が来るときは、大抵は厄介な事案を持ち込む事だと相場が決まっていた。特にあの演説をするように頼まれて以降は。

「ほう、察しが良いな。出来た後輩を持つと楽で良い・・・・ん、例のお茶をくれないか?
少し話をしたい。かけろ。」

笑いながらソファーに腰かける。現在この執務室はこれ一個が完全なマンションの一室である。
来賓者応対可能なソファーがある執務室に、妻と共同しているツインのベッドルームにマナとジンの勉強部屋がそれぞれ与えられ、夫婦別個の個人用の部屋が二つ、調理器具完備されたキッチン、バスルーム、独立したトイレット。
しかも重装備ノーマルスーツが家族分ある。止めに護身用のアサルトライフルが二挺、拳銃二丁、弾丸がそれぞれ300発ずつ。
しかも非常用バッテリーに高高度からの対地バンカーバスターにも耐えきれる構造で、5重の緊急通信設備がある。第二のジャブローと呼ばれるだけの事はあった。
でもかけろは無いでしょう? 一応主は俺なんですが。無視ですか、そうですか、分かりましたよ!!

「で、なんです?」

警護の兵士たちが敬礼して立ち去る。
この執務室に直結している非常口と非常用階段にも兵士が配備されており、しかも現在の地下3階から地上まで全ての踊り場にそれぞれ3名の武装SPがいる。
全員が対人鎮圧、対人護衛の訓練を受けたエキスパートである。その点は安心しろと言われている。
まあ、これは軟禁されている分、命の危険性は非常に少ないのだが。

「ゴップ退役大将、いや、次期内閣官房長官は知っているな?」

何を今さら。
一年戦争勃発前の、ムンゾ自治共和国へ向かう時以来の付き合いですよ。
そう言ったらジャミトフ先輩が笑った。
先輩が所望した熱い緑茶と煎餅にまんじゅうを出す。

「ならばウィリアム、彼が独自の情報網を持っている事は?」

真剣な目つき。どうやらこれからが本題らしいな。

「知りませんが・・・・想像はつきます。でなければ一年戦争はあのような形で終わる事は無かった。
恐らく・・・・あの軍閥のトップであったレビル将軍が望んだようなジオン軍撲滅とサイド3の強行占領で終わったでしょう
戦後の事など考えもせずに、でしょうけど。私は後悔していませんよ。レビル将軍の戦後プランを打ち砕いた事も、彼が結果的にソーラ・レイで宇宙に散った事も。
ええ、全く。自業自得でしょう。ルウム戦役での敗北に南極条約締結時の演説、そしてアウステルリッツ作戦での見積もりの甘さ。
一体全体彼は何千万人の軍人の家族を不幸にしたのですか? それも徴兵された者ばかりを」

そう、彼は、レビル将軍はもう過去の人物だ。彼の派閥も『水天の涙紛争』のソロモン要塞核攻撃とこれによるティアンム宇宙艦隊司令長官の失脚、軍法会議で旧レビル派閥は完全に消滅した。
思えば彼との確執は私的なものだったかもしれない。もしかしたら、あのレビル将軍はあり得たかもしれない自分の姿だったのかもしれない。
仮にルウム退却戦で妻を失っていたら、戦争を継続する様に主張したのは自分では無かったのか?
想像した、一つのあり得た可能性に一瞬だが身震いする。

(そうだな、リム生き残った事が俺にとっての分岐点だったのだろう。そしてレビル将軍の全人生を否定されたルウム戦役の敗戦と捕虜と言う屈辱の体験。
これこそ、戦時中の名将にして戦後の戦犯と呼ばれているレビルと俺たちケンブリッジ家の違いなのかな? 
尤も・・・・最早どうでも良い過去の事だ。
ああ、最後のレビル派閥の一角だったジョン・コーウェン中将がティターンズ派閥のワイアット大将に頭を下げ、地球連邦軍南米・アフリカ・インド三方面軍軍司令官に就任する事で恭順の意を示した、か。
で、後任が無派閥にも拘らず昇進した、ハワイに本拠地を置く太平洋方面軍司令官はスタンリー・ホーキンス中将。
オセアニア州、フィジー共和国出身の彼は地球連邦海軍艦隊司令長官とも仲が良く、事実上太平洋経済圏は太平洋陣営で固めて安泰、か)

緑茶を啜るジャミトフ先輩。
ことりと音をする。妻の故郷の九谷焼の湯飲み茶わんを置いた。

「ゴップ大将がな、幾つかの証拠を持ってきた」

「? ・・・・・証拠、ですか? なんの?」

お前でもわからない事があるのか、そんな顔をする。

(心外ですね、先輩。人生なんてわからない事ばかりですよ。俺の人生は上手くいった試が一度しかない。
リムに結婚を申し込んだときとそれを受け入れられた時、この一点だけですよ。)

そもそも窓際官僚で良かった筈が今や次期首相に最も近い人物扱いだ。
テロリストの標的第一号でもある。これで人生設計が事前の計画通りだったら当時の自分を撃ち殺しに行きます。

「AE社会長の背信行為だ。これがその書類の原本。コピーは無い。気を付けろ、お茶をかけるな」

そう言ってA4ノート一冊に纏められたモノを見る。
裏帳簿によるエゥーゴへの資金の流れ、出会った人物、赤い彗星との接触、アクシズらしき存在への物資援助の船団。
海賊・山賊行為の被害者に見せかけた各地のジオン反乱軍への援助、準加盟国の反地球連邦政府軍閥やカラバ、エゥーゴ派への支援に、エゥーゴ派構成員の隠れ家の提供。
地球連邦軍反政府不平派閥の焚き付けに旧レビル軍閥の吸収と叛乱行為示唆。
流石に笑えない。一気に真剣な表情になる。

「・・・・・先輩、ゴップ退役大将はこれを一体どうやって手に入れたのですか?」

立派証拠だ。これだけあればあのAE社会長と言えども、必ず尻尾を捉えられる。捕える事が出来る。

「それは言えんし、聞けんな。次期官房長官には彼なりの思惑がある。彼も彼なりに地球圏の将来を憂うる人間だったという訳だ。
決して、一部のイエロージャーナリズムが悪しざまに言うジャブローのモグラと呼ばれる様な人間では無く、寧ろ、昼間の提灯だったのだろう。
ウィリアム、単刀直入に聞くがこれだけの証拠があればティターンズの実動部隊・・・・特にロンド・ベルを動かせるか?」

先輩は頼んだ。連邦政府中央警察では無くティターンズを使いたい。
何故だ? まさかAE社会長の実力行使による逃亡を脅威と感じているのか?

「不思議そうな顔をするな、お前の想像通りだよ。メラニー・ヒューカヴァイン会長、私の同期生はエゥーゴを支持した事を後悔している。
だがな、それで簡単に自首するならともかく、あの演説の後でAE社のCEOである地位の人物が自首など出来るか? 
自首する前に反エゥーゴ派の暴徒に殺されると思っているだろう。例え自首しても今までの生活は確実に捨て去る事になる。それが怖いと思っている筈だ。
奴は連邦軍の兵役時代に実弾訓練が怖くて除隊した男だ。
その後のAE社を地球圏トップクラスの企業に育てた創業者としての商才は見事なものだが小心者には変わらん。
危険を冒してまでダカールで演説を行い、暴動下のサイド3で単身ギレン・ザビに面会に行き、戦時中の終戦交渉であるグラナダ会談を単身で成功に導いた勇敢なお前と違って、な」

なんか嫌な一言をウィリアムは聞いた。聞こえたと思ったが精神力を総動員して無視する。
第三者目線から見て、こういう事をするから要らぬ誤解を招いて地下室に軟禁扱いで勤務すると言う状態に陥っているのだが・・・・当人にその自覚が無い。

「予想では中央警察だけでは追い払われるだろう。AE社とエゥーゴ艦隊の武力を使ってな。だからだ、ウィリアム、貴様の権限でロンド・ベルを動かせ
大艦隊で動けばそれだけ理由がいる。まして奴は鼻が利く。ならば逃がす前に少数精鋭で機動力のあるロンド・ベルを使い、ヒューカヴァインを捕縛しろ」

これは命令だ。
そう言ってジャミトフ先輩は締め括った。

(先輩・・・・俺が先輩の後輩だからって無茶苦茶言わないで下さいよ。また書類仕事が増えるのか・・・・
・・・・・あんな事を・・・・義務から逃れないとかカッコつけた言葉をシデン氏に言うのではなかった。
誰か代わって欲しい・・・・・切実に・・・・尤も・・・・そんな事は太陽が西から昇り東に沈むくらい無理だろうけど。)

それでも頷くウィリアム。直ぐに暗号通信をグリプスのシナプス中将に送る。
やはり生真面目さは変わらない。彼は彼だ。
それがウィリアム・ケンブリッジと言う男なのだ。

『発・地球連邦政府ティターンズ長官ウィリアム・ケンブリッジ
宛・ロンド・ベル艦隊司令官エイパー・シナプス中将。
宇宙世紀008801.06をもってグリプス01を出港。地球軌道にてシャトル203と合流。詳細はシャトル203責任者より伝えられたし』

即座に返信があった。

『命令受諾。各艦並び全MS隊を準戦闘態勢の状態にて合流する、以上』

流石だ。早い。しかもこちらの意図を正確に読み取った。シナプス提督らしい。
それはジャミトフ先輩も同感だったようでしきりに感心している。

「流石だな、それでだ、ウィリアム」

まだ何か?

「新しい任務だ、そのシャトルに家族と一緒に乗ってロンド・ベルと合流、サイド3を表敬訪問しろ。
ああ、何故と言う顔をするな。これはな、極東州やアジア州、統一ヨーロッパ州各地の王族、止めに最も古い血を持つエンペラーの要望でもあり、地球連邦政府も無視は出来んのだ。
それに・・・・お前の親友、ギレン・ザビ公王が会いたがっているそうだ。ゴップ退役大将の情報網では、な。
心配するな、仕事と書類は順次艦隊とエコーズに護送させて送る。仕事が止まる事は無い。少しは安心したか?」

・・・・・・取り敢えず先輩を部屋から追い出す事にした。

(はぁ、またサイド3・・・・ズム・シティか。妻になんて言おう)

この時の私はまだまだ甘かった。
サイド3訪問がただの訪問で終わる筈がないと言う事を。




宇宙世紀0089.01.10

月面都市フォン・ブラウンから脱出する艦隊に急追するロンド・ベル。
艦隊と言っても旧式サラミス2隻に非武装シャトル一隻。MSは一機もいなかった。
即座にギャプラン隊がケリをつける。撃沈されるサラミス二隻。そして拿捕されたシャトルからはメラニー・ヒューカヴァイン会長が捕縛。
そのまま地球連邦中央検察局が身柄を拘束、フォン・ブラウン市に護送する。

「うーん、思ったよりあっけないな」

後方の艦隊、第2艦隊のバーミンガム級戦艦であり旗艦ミカサの艦橋でノーマルスーツ越しに報告を聞く。
当初の予定を覆し、ジオン本国を表敬訪問すると言う名目で艦隊も動くことになった。

「仕方ありません、あの水天の涙最後の一滴でエゥーゴの稼働艦艇はほぼ無くなりました。
それを考えればむしろよくも二隻のサラミスを所有していたか、それを褒めるべきです」

副官扱いの妻、リムが答える。
確かに数少ない捕縛したエゥーゴやアクシズ、ジオン反乱軍らテロリストらの答えから、あのダカール上空攻防戦は彼らの全戦力を投入したと言っても良かった。
それが敗れ去ったのだ。
妻の言う事は正しい。そう思う事にした。
が、リムや自分が思うように現実はそう単純ではなく、エゥーゴ出資者でエゥーゴ幹部No2(つまりAE社のNo2でもある)、ウォン・リーがいない。
止めに押収したAE社の資産は公表されていた当初の7割。残りの3割が消えている。
AE社の不正会計3割だ。とんでもない金額になるのだが、それはまた別の話。

「月面に展開している第6艦隊、第7艦隊と合流、第2艦隊、第6艦隊、第7艦隊の150隻にロンド・ベルか。
戦争にでも行く気か?」

まあ、砲艦外交と言う言葉もある。
実際、準加盟国の増大によって=非加盟国の消滅で、地球連邦政府内部で急速に権限を縮小されている外務省は必死である。それも見ていて憐れになる位、涙を誘う。
この圧力を持ってジオンのマ・クベ首相らから何かしらの譲歩を引き摺り出せないか、そして自分達の復権を果たせないかと思案している。
尤も、今回のティターンズの仕事(AE社の捜査、会長捕縛)は既に終了したので、後は通常業務の筈だ。
が、その甘い見通しは即座に粉砕される。

「ウィリアム、ジャミトフ・ハイマン閣下からの追加命令よ、見る?
見たくないって顔してるわね・・・・そんな拗ねた顔しても無駄よ、見なさい」

妻がメモリーディスクを渡す。既にミノフスキー粒子濃度は戦闘濃度以下。受信は可能。

「・・・・・・」

そして読み終えた後、無言で握りつぶした。




宇宙世紀0089.01.19

月面の裏側最大の都市グラナダ市の最古のキリスト・カトリック教会にて。

「おめでとうございます!」

「お幸せに!!」

「おめでとう!!」

「末永くお幸せに」

「きれいですよ、セイラさん」

「アムロさん、素敵です!」

「流石白い悪魔!」

「セイラさん綺麗!!」

「私のアムロが~」

「それ褒め言葉?」

などなど。
ロンド・ベル隊は慶事に包まれた。アムロ・レイが凡そ10年の交際を経過してセイラ・マスと結婚するのだ。
その誓いの儀式が終わる。白いベールを取り、口づけするアムロ。
銀色のスーツが光る。純白のウェディング・ドレスに包まれたセイラが澄ました、それでいてとても幸せそうな笑顔で旧第13独立戦隊、現『ロンド・ベル』のメンバーに祝福されてヴァージン・ロードを歩んだ。
父親役はエイパー・シナプスが引き受ける。


「少尉、赤の他人である私なんかで良いのかね? 他にも候補はいるのではないか?」

「いいえ、提督。シナプス提督だからこそお願いします。私の正体を知っていても対応をこれまで通りとしてくれたシナプス提督だからです。
アムロも、レイ中佐もそれを拒絶しないと思います」


そう言って。
カムナらが、レイヤーらが、ヤザンらが、マットらが、一斉にクラッカーを鳴らす。
シャンパンを第四中隊(コウ・ウラキ、チャック・キースの正式任官で増強)の面子が、カミーユとジン・ケンブリッジ、マナ・ケンブリッジが、アムロとセイラにシャンパンをぶちまける。
濡れたセイラは胸元辺りが色気を出してそれが男性陣を喜ばし、アニタやノエル、エレンやマオなど女性陣からは冷たい視線を向けられる結果となる。
だが皆が笑っている。とても楽しそうに。とても愉快そうに。それが嬉しい。

「何はともあれ慶事だ。戦争はあったが・・・・これで少しは死んだ人も報われるな」

そう言ったのは白いスーツを着たカイ・シデン。
彼の脳裏には戦死したスレッガー中尉やハヤト・コバヤシ、ミハルがいる。彼らの、彼女の犠牲を無駄にしない事。
それがカイ・シデンの今の生きる道だった。
そんな彼は件の人物を見る。シナプス提督と話している一人の政府高官を。あの日から地球連邦最大級の英雄にして最大級の政治家と呼ばれるようになった人物へ。

「ここに居ましたか、ケンブリッジ長官」

呼ばれた男は持っていた杯の日本酒を飲む。池月とかいう極東州の酒でほんのり甘い。
それを差し出されて自分も一杯頂く。ついでに牛肉の叩きも失敬する。

「それで・・・・どうしました、シデンさん? 今日はインタビューは無しにしてほしいですね。何せ久しぶりの休暇ですから」

笑い。
それが彼の諧謔心を引き起こした。

「いえね、あの一年戦争でアムロとセイラさんと共にホワイトベース隊にいて戦い抜いた者としてこの光景を見ると複雑なんですよ。
この光景を見れずに、見る事無く戦場に散って死んだ者、見たくないと言って火星圏に行ってしまった少女を俺は見知っていますのでね」

幸せな戦後など見たくない少女か、そう言う人物も居るのだろうな。
だが、カイ・シデンが思う程、ウィリアム・ケンブリッジもホワイトベース隊に入れ込んでいた訳ではない。
寧ろ、一番艦ペガサスのメンバーやアルビオン時代の方が記憶に残っている。当然だ。こちらには自分の妻っリム・ケンブリッジが艦長として乗っていたのだから。

「シデンさんはこれがあまり好ましくないと言いたいのですか?」

問いかけ。

「とんでもない。あそこでシャンパンシャワーとフラワーシャワーを浴びている二人は祝福されて然るべきです。
ですがね、俺は連邦の正義を無条件で信じない。せっかくの好機だったんで、それだけはあんたに伝えたくてこちらのテーブルにまで来ました」

と、ジン・ケンブリッジが低い声で、怒気を発しながら、

「父さんを悪く言うな、父さんの事を何も知らないくせに!」

と言う。
確かに自分はケンブリッジ第二代ティターンズ長官の素顔を知らない。これ以上は藪蛇になるだろう。

「そうですな、俺も酒が弱くなったようです。どうやら相当酔っている様だ・・・・忘れてくれると・・・・ありがたいです。それでは、失礼します」

そう言ってバカ騒ぎをしているアムロ達の下に戻ろうとした自分に後ろから声がかかる。

「シデンさん、俺は自分がどれだけ卑怯者かを一年戦争で思い知った。だから自分の正義に盲信する事だけは無い様にしたい。
ティターンズと言うこの地球連邦政府最大組織の権力者としても、だ。それでは不十分か?」

カイ・シデンは振り返らずに、しかし立ち止まって答える。

「不十分ですね。あの戦争で死んだ人間は死んだ数だけ思い残した事があった筈だ。でもね、矛盾しているけど、だからこそ、だ。
あの一年戦争で家族を亡くしかけた、水天の涙紛争では実際に銃撃され生死の境をさまよった。そして戦争の最前線にも居た戦争の現実を知るアンタには期待している。
正直言って、あんたがただの俗人だったら良かったのに・・・・そうじゃない。憎みたいけど憎み切れない、そんな厄介な相手がアンタ、ウィリアム・ケンブリッジ長官だ。
だから最期まで。アンタが現役を引退する最後まで俺はアンタを見続ける。そして・・・・いえ、それ以上はセイラさんにでも聞いて下さい。
これ以上はお互いに不快なだけでしょうから。それでは、馬鹿騒ぎに戻ります」

そういって手を挙げて去る白いスーツ姿の男。最後の言葉が残る。

(・・・・・ただの俗人だったらよかったのに、か。確かにな、その方が長官にとっては幸いだったのかも知れない)

この言葉に、カイ・シデンが残した言葉に一言も発しなかったエイパー・シナプス中将は思った。

(カイ・シデン、君はそう手厳しく言うが、この方は、あの臆病な勇気ある官僚であったケンブリッジ長官はそれを何度願っただろうね? 
だが時代がそれを許さなかった。時代が彼を英雄にするようにしたと言い換えても良い。
彼は平和な時代なら無名の一官僚で生涯を終えただろう。奥方も伝説の艦隊の、伝説の艦長などと呼ばれる事は無かった。或いはそちらの方が良かったのかもしれん。
だが現実は違った。そして否応なく現実に向かい合うしかないのだ。それが人生と言うモノだ。
そしてこれは、人生とはままならぬものと言う教訓は君にも当てはまる。ティターンズにマークされるジャーマリスト、カイ・シデン。君にも、な。
目標とした相手には蛇の様に相手に巻き付き窒息死させるかの如く絞め殺す事で有名な存在。
アムロ中佐やカイ君らの平穏な生活・・・・それを許さなかったのは・・・・・私達大人の世代の責任だ。
だから私は何も言えんよ。
君らには大人を、私たちの世代を罵倒する権利があるのだから。あの戦争を引き起こした原因を生み出したのは紛れも無く、我々の世代だったのだから)

シナプスの考えを余所に、ジンを宥める。
もう経済・歴史学科に進学する事が決まっているが自分の父親の事となると途端に視野が狭まるのだから困ったものだ。
そう思いながらウィリアムは息子の怒りを必死に和らげていた。無論、心の中ではカイ・シデンが言った事を反復しながら。
自分達の辿ってきた軌跡を思い起こしながら。





0089.01.25

月面都市グラナダでアムロ・レイとセイラ・マスの結婚式を見届けたロンド・ベル旗艦『ネェル・アーガマ』、サイド3ジオン公国首都『ズム・シティ』に入港。
無論、ギレン・ザビの非公式の要請でアムロ・レイとセイラ・マスは入国は厳禁。サイド5のテキサスコロニーを舞台にしたハネムーンを理由に彼らは別れた。
ティターンズ艦隊と地球連邦宇宙軍偵察艦隊二個艦隊の護衛の下に。
そして、件の主人公は。

「よく来たな!! 連邦の英雄!!! 歓迎するぞ!!!」

奇襲の大声にダグザ中佐とロナ君が思わず盾になった。
それはドッキングベイに一人の軍服を着た男が立っていたからだ。男の名前はドズル・ザビ上級大将。
リーアの和約で強制退役されたがエゥーゴの活性化とアクシズ、ジオン本国軍の一部が反乱を起こしたため、連邦との協議の結果彼を現役に復帰させた。
実際、連邦政府は既にジオン公国宇宙軍を脅威と見なしていなかった。
現在の地球連邦軍は以下の艦隊に分別される。
第1艦隊(ゼタンの門) 50隻
第2艦隊(ゼタンの門) 50隻
第3艦隊(欠番・軍事費抑制の為、再建中止)
第4艦隊(欠番・軍事費抑制の為、再建中止)
第5艦隊(欠番・軍事費抑制の為、再建中止)
第6艦隊(グラナダ市) 50隻
第7艦隊(グラナダ市) 50隻
第8艦隊(グラナダ市) 50隻
第9艦隊(グラナダ市) 50隻
第10艦隊(ソロモン)  50隻
第11艦隊(サイド6)  50隻
第12艦隊(ゼタンの門) 50隻
第13艦隊(グリプス・サイド7) 60隻
合計510隻、MS隊は3000機以上。

これら10個正規艦隊の艦隊艦載機は全てジムⅡ、ハイザック、ネモのいずれか。
それら全てが、ジオン公国最精鋭部隊であるジオン親衛隊の新型機ガルバルディβと互角であり、MS隊の数は数えるのも馬鹿馬鹿しい程に圧倒している。
各根拠地(地球連邦軍鎮守府守備隊と言う。代表的なモノに極東州の佐世保、ソウル、タイペイなどがある)駐留部隊もジム改かジム・スナイパーⅡ、ジム・クゥエル部隊。
ただし、第13艦隊は編成途上の為、実質の戦力外。故に合計450隻と30のパトロール艦隊120隻(一個偵察艦隊はサラミス改4隻で編成)がある。
第6艦隊から第9艦隊の200隻(月面方面軍)は対ジオン公国用の部隊である事は明白であり、現在ジムⅡからその改修機体であるジムⅢへと機種変更が行われている。

対してジオン公国は絶対国防圏であったソロモン要塞、ア・バオア・クー要塞(割譲済み)、月面都市をリーアの和約と水天の涙紛争による外交交渉の失敗で失っている。
これは仮に第二次ジオン独立戦争が発生した場合は、以前とは異なり絶対防衛戦を持たない為、ジオン本国が即座に戦火に晒される事を意味していた。
そうであるが故に未だ現役に縛り付けられているダルシア・バハロは必死の外交交渉を地球連邦政府相手に続けている。
この点は軍人出身の官僚型首相のマ・クベも同様だった。
さて、ではその地球連邦と相対する事になったジオン公国軍の軍備を見て見る。

第一艦隊 40隻
第二艦隊 30隻
第三艦隊 30隻
第四艦隊 30隻
第五艦隊 30隻
ジオン親衛隊 20隻

合計180隻。MS隊は旧式のザクⅠや欠陥試作機扱いのヅダを含めても800機前後。
そして切り札としてサイド2から奪ったコロニーを改造したコロニーレーザー砲、ソーラ・レイは地球連邦軍との共同管理下にある。
つまり、その気になれば今度こそ、ジオン本国は連邦軍によって制圧されると言う事だ。
この様な情勢下の中で反地球連邦運動が発生しなかったのは単に地球連邦軍とティターンズ、ロンド・ベルがその圧倒的な軍事力をエゥーゴ、アクシズ、ジオン反乱軍の三者に見せつけた結果に過ぎない。
そして表はともかく裏では武装警察以上の権限を持ちつつあるティターンズの影響力を、どうしても無視できないでいるマ・クベ首相とサスロ・ザビ総帥のメディア操作の賜物だった。

「はは、辛気臭い顔をしているな、どうした、海産物にでもあたったか?」

ドズル・ザビの能天気な声にうんざりする。
そうだ、ある意味で自分は当たったのだ。宝くじに。しかも最悪の。どちらかと言うとロシアンルーレットか。

「いえ、書類戦争に敗北しただけです。他意はありません」

そうとしか言えない。
実際に行われたあの書類の波をよくもまあ捌き切ったものだ。メラニー・ヒューカヴァイン会長逮捕とそれの検察当局への引き渡し。止めに証拠の提出。
現在、フォン・ブラウン市内の月面都市群高等裁判所にて裁判が開始されている。
そうだからこそ、三個艦隊の展開と、ティターンズ長官のジオン本国来訪は比較的話題に上って無い。
地球圏全土の、各地のジャーナリズムが報道しているのはAE社の背信行為とCEOであるメラニー・ヒューカヴァインの今後の進退とAE社への制裁の大きさだろう。
尤も、それはあくまで比較的である。
恐らく地球連邦国民やジオン公国国民の世論調査をすれば7割前後がこの事実(ティターンズ長官のジオン本国訪問と三個艦隊を使ったジオン公国への砲艦外交)を知り、関心があると答えるだろう。

「そうか・・・・確かに書類は強敵だ。例のガンダムよりも、な。とりあえず車に乗ってくれ。話したい事がある」

そう言って警護のSP、いや、ジオン親衛隊の兵士ら、ケンブリッジの家族、そしてダグザ中佐とロナ君を乗せる。
ネェル・アーガマは軍事機密の部分以外は一般公開するらしく、ジオン公国国民やジオンのスパイらが一斉に群がっている。
どうやらノエルお嬢さんらはその対応に追われるようだ。シナプス提督も大変だ。
と、目の前に到着した黒い色のリムジンに乗る。
何と車種は統一ヨーロッパ州のイギリス製王室御用達電気自動車だ。高級車である。絶対に自分では買えない。
一台当たり単価で2000万から3000万テラはする。
ティターンズ長官の月給が85万テラ(衣食住は無料提供)で、有名私立大学四年分(つまり入学から卒業まで。入学金やそのほかの事務費は除く)の学費が480万テラだと考えるととんでもない車だ。

(流石、地球連邦王室・皇室評議会の一員。金の使い方が凄いな)

と、窓が閉まる。車内が密閉された。狙撃を警戒してあるのか、窓ガラスは運転手のフロントガラス以外全て防弾使用と思われる特注のマジックミラーだ。
しかも運転席・助手席と来賓客用の席には同じマジックミラーの仕切りがあり、恐らくこれも防弾使用だろう。

「要人ですね、まるで」

要人。いつの間に自分はここまで来てしまったのだろうか?

「いや、まるでではない。ケンブリッジ殿、貴殿は要人だよ、言葉通りの、な」

そう言いつつも、ドズル・ザビが備え付けの黒いクーラーボックスから冷えたオレンジジュースを出してリムとジンに渡す。
あの暗殺事件の件があるのか、若干引いていた二人だがドズルの好意に甘えて大人しくジュースの缶を貰う。そして開ける
一方で、自分達には一年戦争の戦火の影響で値段が高騰しているドイツ産のビールを渡す。自分が渡された栓抜きを使い、瓶を栓抜きで開けてリムと自分のグラスにドイツ産黒ビールを注ぐ。泡が立つ。美味そうだ。
節酒しているから余計にそう見える。これはいけない。シナプス提督を見習わないと。

「とりあえず、乾杯しないか? 兄貴のいるジオン公国公王府到着まで30分はある。ビール一杯くらい飲みきる時間はあるさ」

頷く妻。仕方ない、ビールを初め酒類は糖尿病の危険性があるから控えていたが・・・・これも外交儀礼の一種だ。
飲もう。無言で頷くと、ビールを掲げる。ドズルも右手に持ったビールグラスを、妻のリムも同じ仕草で、更にはリムとジンも。

「「「「「乾杯」」」」」

カン。
ガラスがぶつかる音がした。
そのまま一気飲みするドズル。流石軍人。妻のリムも一気に飲み干した。自分は口に含んだだけなのだが。

「・・・・・・ウィリアム・ケンブリッジ長官」

飲みきったドズルが途端に頭を下げる。
何だ、何なんだ一体?
思わず、首をひねる自分達。だがドズルは静かに言った。

「お前たち・・・・いや、貴方方のお蔭でミネバは助かった。
特にケンブリッジ長官、貴方が我が身を盾にしなければ死んでいたのはミネバだっただろう。
心から礼を、そして謝罪を述べさせてもらいたい。すまなかった。そして・・・・ありがとう」

どう反応していいのか。妻のリムはやれやれという感じで、左手で軽く桃の缶ジュースを開けて飲みだす。
ジンとマナはにやにやと笑っている。本当にあれから数か月が経過した。咽喉元過ぎれば何とやら、だ。

「当然の事・・・・と言えばおこがましいですが、それでもただ無我夢中でした。もう一度やれるか分かりませんが、ドズル上級大将、貴方の謝罪と感謝は受け入れます。
ですから、どうかこの件はこれで終わりにしてください。私もいつまでも暗殺者に撃たれた記憶なんて思い出したくないですから」

その言葉に顔を上げる。

「・・・・・ケ、ケンブリッジ長官・・・・・長官殿は俺たち家族を許してくれますか?」

猛将ドズルの哀願。恐らく誰も見る事は無い稀有なシーンだ。
特にザビ家でも絶対に見せない姿だろう。
まして部下たちが見る事など例え戦死間際であってもあり得ない。恐らくこの一点をジャーナリズムが嗅ぎ付けた瞬間、自分の伝記に新たなる1ページが加わる。

『ジオン最大の猛将をひれ伏せさせた地球連邦の政治家』

と。
後世の歴史家たちは俺を一体何と評価するのやら。

「許すも何もお互い人の親。それにテロリストに襲われたのは貴方のせいでは無い。だから・・・・これでおしまいにしましょう」

その言葉にドズル・ザビは男泣きした。
ありがとう、ありがとう。
そう言って。そのドズルを右斜め前に座ったリムが宥める。

『ドズル閣下、どうか落ち着いて下さい。涙を拭いて下さい。閣下はその状況で兄君らとお会いするのですか
それでは奥方やご息女に笑われますよ』と。

かなりの毒舌である。まあ、現場にいて一番取り乱したのだから当然かもしれないが。
それでもここぞとばかりに、ドズル・ザビに言葉で反撃するのはリムも准将にまで昇進した連邦軍の軍人だからか?

(あれ、そう言えば先ほど嫌な一言を目の前の2mを超す上級大将閣下から聞いたぞ。このジオン救国の英雄はさっき一体何と言った?)

思い出す。ドズル・ザビの言葉を。この車がどこに向かっているのかを。
目標はジオン公国公王府。そしてそこの主はギレン・ザビ公王陛下。確か記憶ではそうなっている。嫌な事に。

(た、確か・・・・公王府に向かっていると言ったな? と言う事はあと15分もしないうちに公王府に到着して・・・・しかもあのギレン氏と会うのか?
絶対に何かある!! くそ、これを見越して艦隊をサイド3、ジオン本国領域外に展開しているのか?
しかもいつの間にか後方の外交団は先に行っている。本当の外交は彼らがやる以上・・・・自分はまたもやギレン氏に何か言われ・・・・ああ、胃が痛くなってきた)

一方で、ジオン公国公王府では。

「いよいよか、歓待の準備は怠って無いだろうな?」

妻でもあり、依然として第一秘書にいるのセシリアに聞くギレン公王。
報告は彼を満足させるものだった。養殖されたとはいえ、コロニー32の魚介類をふんだんに使ったコロニーでは滅多にお目にかかれない食事だ。
しかも地元ジオン本国が極東州のウィスキー会社との合同開発で開発した蒸留酒もある。無論、ジオン独立戦争のどさくさに紛れて手に入れた欧州産の各種ビール類もだ。

「閣下のご指摘通り、準備は万端であります。ご采配を」

結婚して8年は経つがそれでも閣下と呼ぶセシリア・アイリーン・ザビ。この点は面白い、の一言だった。

「ふ、ウィリアムか。久しぶりに会うが・・・・奴のダカールにおける演説は見事だったな、そうは思わないか、グレミーよ」

傍らに立っていた息子に声をかける。
しかも護衛兼教育係のシーマ・ガラハウ准将も一緒だ。またマ・クベ首相がアデナウアー・パラヤ外務大臣と交渉しているので代わりにダルシア・バハロ公国議会議長とエギーユ・デラーズジオン公国軍総司令官もいた。

「は、的確な論法に事実に基づいた弾劾裁判によるエゥーゴ派閥の支持者弾圧。これは参考にすべきかと」

30点だな。

「?」

父親の顔を見て自分が何かを見落としているのかを確認する。

「あの、何か抜けていましたか?」

その言葉にまだグレミーが17歳の子供である事を思い出す。

(なるほど・・・・才覚はあるとはいえグレミーはまだまだ経験不足だ。当然と言えば当然だな。確かに同世代に比べれば遥かに優秀だが、それ以上では無い。
これではジャブローのモグラだったパラヤはともかくジョン・バウアーやヨーゼフ・エッシェッンバッハやジャミトフ・ハイマンの掌で弄ばれる。
まして今日来るのはあの『ウィリアム・ケンブリッジ』だ。ダカールで見事敵対勢力全てを合法的に葬り去った男。
やはりウィリアムを歓待するのは自分でなければならんか)

そう思うギレン。

「加えて奴は己自身を囮にする事で地球圏全体の、親地球連邦派閥のスペースノイドと我がジオン公国、ルナリアン、地球各地の支持を取り付けた。
これは今後の地球連邦統治に置いて大きなアドバンテージになる。
しかもだ、騒乱の責任をキャスバル・レム・ダイクンに押し付けた事で我がジオン公国とザビ家に対して無言の圧力と貸しを作った。
他にはあの演説自体でウィリアム・ケンブリッジは地球連邦を導ける政治家であり、地球連邦は実力と人望と倫理感さえあれば有色人種でも差別せず閣僚にする事を改めて知らしめた。
これは準加盟国やスペースノイド、有色人種主体の国家にとってティターンズ、いや、ウィリアム・ケンブリッジ個人への支持の一因となるだろう。連邦内部の支援、それの輪の拡大にも繋がるかな?
止めに地球連邦内部の団結。テロの標的の集約による他の閣僚、官僚、軍人、財界要人の安全確保。
まあここまで考えていたかは分からぬが、私が思うに最低でもこれだけはあの演説の裏の顔がある。
もちろん、地球連邦全体の反エゥーゴ、反アクシズを目的とした団結、国民の持つ国内問題への視線を逸らす事も重要なファクターだ」

と、儀仗兵の一人がラッパを成すのが聞こえた。
同時に軍楽隊が一斉にジオン国歌『ジーク・ジオン』と地球連邦統一国歌『我らの故郷、その名は地球』を鳴らす。

「来たな、グレミー、マリーダと共に行け。シーマ、貴様はガトーと共に護衛だ。何事も無いとは思うが10年以上前のキシリア爆殺事件もある。
警戒を怠るな。ザビ家に反抗する者は居ない、とは言い難い。未だにシャア・アズナブルを現体制反抗、ザビ家圧制への抵抗の象徴とみなす愚か者が少数ではいるが存在するのだ」

そこをシーマ・ガラハウが引き継ぐ。

「過信しすぎは自らの足元をすくわれる、ですか?」

無言で頷くギレン。

「父上・・・・いや、先代公王陛下も言っていたよ、私は過信が過ぎるとな」

ククククとギレン・ザビ独特の笑い声が休憩室に木霊する。
過信が過ぎるぞ。それはジオン独立戦争中の第二次地球降下作戦の際に忠告された言葉。流石は老いたりとはいえ、実の父である。良く長男を見ていた。

(・・・・確かにあの頃の自分は過信がしすぎた。私は自分を過大評価していた節があった。それは認めるしかない。
それを変えたのが今まさに来訪した第二代ティターンズ長官であるウィリアム・ケンブリッジなのだから人生とは面白いものだ)

と、グレミーとマリーダの二人に向かって話す。

「これは貴様らの祖父の言葉だ。将来の大政治家を目指すなら・・・・腹芸を身につけろ。そして逃げ道を作ってやれ。特にグレミー、お前はな。敗者に対して寛容になれるのは勝者の特権でもある」




公王府でのパーティーが終わり、政治的な駆け引きが行われている頃、ある実験が行われようとしていた。
それはサイコミュテスト。尤も、対象となるのはマリーダ・クルス・ザビ、ミネバ・ラオ・ザビ、グレミー・トト・ザビ、マナ・ケンブリッジ、ジン・ケンブリッジの五人。
決して無茶は出来ないし、傷物にしようものなら担当者の首が物理的に飛ぶ。
それを踏まえた上でジオン国営カジノのVIP専用席に5人が座る。
やるのはポーカー。

「チェック、10万」

「チェック、20万」

「サレンダー」

「・・・・チェック、30万」

「・・・・・・サレンダー」

グレミーが、マリーダが、ジンが、ミネバが、マナが駆け引きを行う。腕にはサイコミュの小型化した計測器を取り付けて。
特に著しい反応を見せたのはマナ・ケンブリッジ、次にマリーダ・クルス・ザビ(ここでは偽名のエルピー・プル)だった。
マナは明らかに相手の思考を読み切っている節が多々ある。一方でジンは完全に計算で割り出している。
特に最初のブラックジャックではディーラーを担当したモニク・キャディラック親衛隊少佐は辟易した。
ジン・ケンブリッジはその回転速度は明らかに常人の計算速度を越している。だが一方で相手の思考を読む=サイコミュの計測は一切感じられず、この点から彼はニュータイプ各学会、学派が主張するオールドタイプであると分かった。
そこにミネバ・ラオ・ザビ、マリーダ・クルス・ザビの教育係であるアイナ・サハリン令嬢がノンアルコールカクテルであるシンデレラを。
グレミーには従卒のエルヴィン・キャディラック親衛隊特務少尉が、ジンとマナの兄妹にはジオン公国連邦大使館駐在武官のシロー・アマダ少佐とマイッツァー・ロナがジンジャーエールとトマトジュースを割ったオリジナルカクテルを提供する。
勝負が続く。

「グレミー兄さん、勝負しよう?」

ギレンの長女マリーダが挑発する。赤では無く、青のプレートを三枚、3000万テラを想定して賭けに出る。
一方で、熟考するグレミー。

(罠か?)

が、それを見破ったのか、或いは余程の自信があるのか、マナ・ケンブリッジがこれに乗る。

「いいわね、プル、その勝気な性格好きよ。5000万テラ。モニカさん、良いカードをよろしくね」

そう言ってコインの束と赤いプレート8枚を出す。因みに赤は500万テラ、青は1000万テラと言う設定である。
その際の反応や脳波(部屋中に設置したサイコミュ受信機器。エルメス二機分の予算をこのホテルに投入している)を計測するフラナガン機関とムラサメ研究所の面々。
明らかにフラナガン博士は気分が高揚している。そうだ、これはニュータイプと呼ばれる前兆だ。

(間違いない。この二人は他の三人、ミネバ様とグレミー様とジン殿の考え、手札を読み切っている!!
彼女が例の回収したファンネルを使えるようになれば一体どれだけの戦果をもたらせるのだ!?
ああ、彼女らが連邦政府やギレン公王陛下の血縁でなければ如何なる手段を持ってしても・・・・いや、やめよう。
こんな考えを持っているとギレン陛下に知られたら研究費用の削減どころか反逆罪で死刑もありえ・・・・ま、まさか!?)

視線の奥底に見えたのはマナ・ケンブリッジが自分を睨み付ける姿と面白そうに笑うエルピー・プルという名札を掲げて見せたマリーダ・クルス・ザビ。
思考を読み取った!? そんな事が!? しかもギレン・ザビ公王とウィリアム・ケンブリッジ長官が会話を中断して自分達を見ている。
サラトガ・クーラーを飲んでいた二人の視線が怖い。

「博士、何か良からぬ事を考えていたのかな?」

ギレン公王の言葉に冷や汗が出る。そして必死に弁解しようとして、

「グレミーお兄様、コールです」

ミネバ・ラオ・ザビがその場を収めた。ドズルがとんと背中を叩いたのに気が付いたのはリム・ケンブリッジだけだった。
ここにはサスロ・ザビを除くサイド3、ジオン本国にいるザビ家全員が集結しており、しかもティターンズの最高司令官がいるのだ。
お蔭でホテルは貸切、ジオン親衛隊と特別に入国を許可されたエコーズ一個中隊が護衛している。

「・・・・・ジン、貴公はどうする気だ?」

同世代のジン・ケンブリッジにグレミーが問う。

「・・・・オール」

その言葉に全員の視線が、親たちも含めて、注がれる。
残りの1億8千万テラを出してきた。この際にサイコミュは一切合財反応していなかった。つまり、これは純粋な計算。先読みでも心読みでも無い。

「「「「!?」」」」

参加者5人中、ジン・ケンブリッジを除く全員が絶句する。
1億8千万。それに対抗するなら全員が全てのチップを賭ける必要がある。だが、賭ける勇気が無ければ先に3000万と5000万を賭けた女二人は一方的に失う。

「どうやら・・・・乗せられたようだな」

グレミーが覚悟を決めた。

「こちらもだ、オール。親衛隊の少佐、頼んだぞ」

唇をかむ。どうするか促される三人。

「ぐ」

(しくじった!)

「・・・・これがジンお兄様の狙い・・・・」

一方外野席の大人たちは。
既に談笑していた。彼らには結果が分からない。だからこそ面白い。それに数名の写真家らがこれらを写真に取り、後に現像して来週にでも世界に配信する。
ティターンズ=地球連邦とザビ家=ジオン公国の蜜月の象徴として。故に既に目的は果たされていた。

「誰が勝つと思う?」

ギレンがチーズを飲み込んで隣に座っているウィリアムに聞く。

「陛下、勝負は最後まで分かりませんが・・・・私の予想ではミネバ様ですね」

「ほう?」

意外だな、そう表情で伝える。その間にも地中海産のシーフードドリアを口に運び、サクラという日本酒と桃のリキュールを使ったカクテルを含むギレン公王。
隣ではドズルがハラハラした表情で勝負の行方を見やり、妻とゼナ・ザビ、セシリア・I・ザビの三人が政治的な談笑をしている。
抜け目ないのはギレン・ザビも正妻であるセシリアだ。彼女はギレン氏の伴侶らしく地球連邦の情報を盗むべく言葉を巧みに操る。

「ミネバ様は運が良い、それが理由です」

「なるほど」

と、カードが開かれる。
親衛隊とエコーズの面々でさえ、見入る。まして参加者の5人は興味津々だ。母親組もギレン氏もドズル上級大将も、自分も見る。

「マリーダ様、クイーンの3カード」

おお、どこからか歓声が出る。
更にグレミーが開示する手札がざわめきを大きくさせた。

「・・・・グレミー様、キングの3カード」

何!?
キングで3カード!!
では決まりか?
明らかに落胆し、舌打ちをするマリーダ。性格は勝気だ。誰に似たのだとギレンは思う。一方でグレミーは勝利を確信した。
それが顔に出ている。まだまだ青い。

「・・・・マナ様、Jの3カード」

落胆の声。だが確かに強気に出るのは最適だった。
まさかクイーンとキングがザビ家の兄妹にあるとは思ってなかったのだろう。余程の強運があったのか。
そして、グレミーはそれを見越して敢えて心の扉を閉じていた。
そう考えれば辻褄が合う。相手を騙したのだ。父親が教えた腹芸をこの場で応用してやったといえる。

「ジン様・・・!? ハートの4、スペードの5、ハートの6、クラブの7、ダイヤの8!!
ス、ストレートです」

にやり、ジンが笑った。傍らのノンアルコールカクテルを一気飲みした。
勝利宣言のつもりか?
だが、最後の最後に勝利の女神がほほ笑んだのは別人だった。

「では最後です・・・・ミネバ様・・・・ハートのA、ハートの2、ハートの3、ハートの7・・・・・ハ、ハートの10・・・・ハートの10!?
フラッシュ! こ、この勝負、フラッシュを出したミ、ミネバ様の勝利となります!!」

「はは、悪いなギレン兄貴! ミネバ、お前の勝ちだ!!!」

モニカの宣言と共に、ドズルの歓声が部屋中に響いた。
そしてサイコミュの貴重なデータも手に入れる事が出来た。そう言う意味でティターンズもジオンも連邦もこのゲームの意義はあった。
政治的にも軍事的にも。

その頃、半舷上陸が許可されたネェル・アーガマの乗組員。
ジオン本国なので流石にティターンズの制服を着る訳にはいかないが、私服なら良い事、それに第13次地球軌道会戦での戦友という意識もあるから比較的穏やかな雰囲気の下でカミーユはズム・シティを散歩していた。
そして、数名のチンピラに囲まれていた女性を助けた。世代は一緒。どこかで見た顔だとカミーユは思う。

「カミーユ、カミーユ・ビダンっていうの?」

その女は問うてきた。応える。

「そうだよ。女みたいな名前だけど・・・・自分の名前だからね。君は?」

そう言うと一瞬だけ陰りが見えた。

「フォウ、フォウ・ムラサメ。フォウっていう意味・・・・分かる?」

首を振る。
そっか、そうだよね。知らなくていいよ。

「そうだ、今暇なんでしょ? デートしない?」

「で、デート!?」

「あれ、彼女がいる? それとも誰か友達と待ち合わせ?」

「い、いや、彼女はいないし、幼馴染はグリプスだし・・・・って、そうだ、バニング少佐とウラキ中尉、キース中尉と話が・・・・」

いつの間にか腕を組むフォウに挙動不審となるカミーユ。
ラベンダーの香りがする。それが女性としての、異性としての相手としてカミーユにフォルを意識させる。

「あ、そう、ちょっと待っていてね」

そう言って紫と黒色の軍用スマート・フォンを出す。小さくティターンズのエンブレムがある事にカミーユは気が付いた。
ネェル・アーガマでは見なかった。と言う事は連邦政府が派遣したと噂されている外交団か先遣隊の一員だったのだろうか? そう思う。

「ええ、そう、やっぱり嘘ですか。ちょっと・・・・え、代われ? 分かりました。カミーユ!」

そう言って携帯端末を渡す。

「バニング少佐からよ、はい」

「?」

とにかく出る。

『おお、カミーユか。お前も手が早い男だな。上陸早々ムラサメ研究所の女性職員を口説くとは。
ブライト艦長にはこちらから言っておくから精々楽しめ。
心配するな、明日の15時までに帰還すれば文句は言わん。羽を伸ばして来い・・・・あとな、女遊びをしても良いがケジメだけはしっかりしろよ』

何の事やらさっぱりわかりません。そう言い返そうとして・・・・通信は切れた。

「さ、ズム・シティのセントラル駅商店街に行きましょう、カミーユ・ビダン!!」

それを監視する二人の女性。一人は明らかに軟弱だが、もう一人は軍人の様に見える。
ビルの一室で小声で話をする。二人とも双眼鏡を片付けた。

『それで、あの彼女が?』

『そうだ、フォウ・ムラサメ。我がムラサメ研究所の最高作品』

『それを危険にさらしてまでティターンズのカミーユ・ビダン中尉と接触させる理由とはなんだ?』

『・・・・ギニアス・サハリンの台頭で我が研究所内部の勢力図が一変しつつある。オールドタイプの誰もが扱えるインコムの開発がその契機だ。
ジオンの、スペースノイドの分際である癖に、あ奴が来てくれたお蔭でこちらの強化人間使用前提の大型MA・MS開発計画は政府によって凍結された。
予算不足に実績不足、ついでに不透明過ぎる。そう言われたわ。それを覆すには強化人間の量産化が必要と私たちは判断した』

『量産・・・・それとカミーユ・ビダン中尉とフォウ・ムラサメ少尉の接触が何か理由があるの?』

『分からない? ニュータイプであるアムロ・レイ中佐と互角に戦える少年ニュータイプが年頃の女の子誘惑に乗る。
そして不幸な事故で子供が出来る。強化人間とニュータイプの子供。実に貴重なサンプルになるでしょ?』

『だから私たちに接触したの? どうせこれは直属の上司しかしらない極秘プロジェクト。
今や事実上の所長であるギニアス・サハリンの誇りを傷つけるから私達アクシズに接触した、そう言う訳ね?』 

『タウ・リン、あの男とウォン・リーの伝手は大したものよ。こうして私がジオン本国でムラサメ研究所の最高傑作を自由にする権限を一時的とはいえ、手に入れられるのだから』

『まあ、上手くいけば計画には参加しましょう。それに・・・・・』

『それに?』

『いえ、何でもない。さあ、ばれる前に帰るとしますか』




地球連邦政府首相官邸。ヘキサゴン地上二階の首相執務室。
北米州大統領のマーセナス、副大統領のジャミトフ、更に内閣官房長官のゴップら閣僚と第一等官僚らが集結した。エゥーゴ派から見れば格好のテロの標的である。
しかし、彼らには既にエゥーゴの活動は視野に入って無い。入っているのは巨大化しすぎているティターンズの権限縮小と対ジオン国防戦略に、準加盟国の中でも一番厄介な中華地域の分断であった。

「さて、アクシズと内通している馬鹿な連中はあぶり出せたのか?」

最後に入室したゴールドマン首相が聞く。
頷くのはゴップだ。

「ええ、彼ら・・・・自称世界の中心の民族の一部過激派が内通している事がその民族の良識派から報告されました。
証拠と証人もあります。その気になれば軍を動かして北京と南京を同時に占領できるでしょう。制宙権を確保しているので衛星軌道からの軌道爆撃も可能です。
間引きには彼らも・・・・賛成するでしょうな。それに彼らは保身が高い。身の安全さえ保障すれば勝手に空中分解するかと」

ふむ。

「ああ、アクシズの行方は分かりません。連中が暗礁宙域に逃げ込んだのだけは間違いないですが。
艦隊の分派は各個撃破の可能性を招きます。それにアクシズ艦隊は先の会戦で捕捉撃滅しました。アクシズの機動戦力は無きに等しいでしょう」

釣られてジャミトフが発言する。

「第13艦隊とロンド・ベルには新型機を配備します。他の部隊は現状維持です。新型機は現在グリプス工廠で開発中のRGM-89ジェガンに切り替えます。
後は・・・・・軍縮の影響ですから、手を付ける気はありません」

ティターンズ艦隊のみの精鋭化。それはティターンズの権力増大につながるのではないか、そう懸念する声もある。
特にサイド2とサイド4はエゥーゴ支持者が依然として3割弱を占める為、ティターンズの権限増大を極端に嫌う。
逆にサイド6とグリプスことサイド7はティターンズ寄りであり、自分達の志願兵も多くが参加しているとあって前向きだ。
また、北米州大統領として事実上の地球連邦政府No2であるローナン・マーセナスはニューヤーク市攻撃の影響からこのティターンズの権限拡大を黙認したい。
一方でゴップ官房長官はティターンズが軍閥化する傾向にある事を察知。
新たなる火種にならない様、特にキングダム政権下の旧レビル派閥の様な事態を招かない様にする為に。

「ティターンズの権限は縮小されるべきですね。
既に地球緑化政策が内務省と国務省の管轄下に移行した以上、司法権は連邦司法裁判所に、軍事力は一個艦隊まで減少させるべきだ。
ロンド・ベル以外のティターンズ戦力移動は首相の承認を必要とする事を明記した方が良い」

それはウィリアムを信じてないからか?
ジャミトフの無言の威圧を飄々とかわすゴップ。彼は言う。

「ケンブリッジ君を信じて無い訳では無い。問題はその次だ。仮に第三代ティターンズ長官が非理性的な人物であったら?
或いは反スペースノイド、つまりバスク・オム中佐の様な人物ならばどうするかね?
選挙で選ばれないティターンズの長官が軍事力でクーデターを引き起こす。エゥーゴのアースノイド版だ。
それは避けるべきだ。いいや、この際ハッキリ言おう。ティターンズは従来の武装警察の権限のみに集約するべきだ。
他の権限、特に対ジオン権限や地球緑化政策の為の資金運営権などは放棄すべきだ」

その言葉にゴールドマンは頷いた。
彼はオセアニア州出身であるため、マーセナスやジャミトフ・ハイマン前ティターンズ長官の様に北米州の世論をそれほど気にする必要はない。
ならばここは政財界に強力な根を張るゴップ退役大将、現内閣官房長官の意見を聞き入れるべきだ。

「そうだな、ジャミトフ副大統領は何か異論、反論はあるか?」

冷静になって考える。

(既に地球復興計画は順調で、火星の地球化計画まで青写真を引ける状況まで来た。地球に隕石が落着した訳でもないし、コロニーが落ちた土地も無い。
ならば後輩の身の安全確保の為にも少しは仕事を減らしても良いだろう。
それにオセアニア州出身のゴールドマン首相だ。彼が自身の政治基盤であり政治母体のオーストラリア緑化計画を中断するとは思えない。
仮に中断すればオセアニア州は大不況に陥る。そして彼も地球尊重主義者だ。ならばティターンズの権限縮小を認めても良いか)

そう咄嗟に判断する。
既にティターンズは一年戦争の戦災復興組織としての役目を終えた。これからは地球連邦の中のエリート組織にして非常事態対応部隊として存続すれば良い。
それに第13艦隊は最初からティターンズ候補生の乗る連邦宇宙軍の正規艦隊扱いだ。何も変わらん。

「いえ、それでしたら早い方が良いかと。ギレン・ザビらに連邦の武威を見せつつ、ティターンズ権限縮小に走る。
それが重要かと存じます。ただし、現在のティターンズが強大な軍事力と影響力を持っている以上、事は慎重に運ぶべきです。
決して、一朝一夜で権限剥奪などを行ってはなりません・・・・そうですな、宇宙世紀100年、終戦20周年を目途に組織縮小を行いましょう。
それが先のティターンズ長官としての意見です。下手な連邦政府によるティターンズへの威圧はグリプスやサイド6、地球各地で騒乱の火種を生むでしょう」

この言葉には重みがある。
先代のティターンズ長官として伊達に組織を率いてはいなかった。

「ではティターンズは10年後の宇宙世紀0099の12月31日を目途に権限縮小を行っていく旨を、ジオン本国にいるケンブリッジ長官に発表させる。
何か異論は・・・・・無い様だな、それでは解散とする」




宇宙世紀0089.01.28

地球連邦政府政庁、ティターンズ長官ウィリアム・ケンブリッジが声明を発表。

『ティターンズは従来の戦災復興任務を終了し、宇宙世紀100年1月1日を目途に権限縮小と行う。が、ティターンズ軍事部門は連邦軍緊急展開部隊として、治安部門は特殊警察部隊として存続する。
更に対アクシズ、対エゥーゴ対策の政策責任者であり、緊急時のサイド6、サイド7における民政権の掌握を可能とする。
また、連邦議会にはこれまで通り、連邦政府閣僚の一員として議会に出席し、連邦政府内閣府での発言権も確保する』

玉虫色の発言であるが、下手にティターンズ構成員を刺激するとそれだけで反乱が発生しかねない。と考えている。
特に太平洋経済圏構成州以外の議員らは。エゥーゴ派閥が地球連邦宇宙軍と旧レビル派閥の行動の結果であった事を彼らは忘れてはいなかったのだ。




宇宙世紀0089.03.01.
予想以上の長期滞在は終わりを告げようとしていた。一週間後には迎えの第1艦隊と第2艦隊が到着する。
マ・クベ首相らは必死の外交交渉により地球連邦から妥協案を出させた。それはコロニー駐留軍の削減である。具体的には艦隊を半数にする事だ。
それでも第五艦隊は解体する必要がある。あのダカールの演説でエゥーゴ派は勢いを失ったし、ジオン本国の反地球連邦運動も取り敢えずの平穏を見せている。
が、あのサイド1、サイド2、サイド4、サイド5に合計80隻の艦艇を配備し補給する余力など無い。
故に、配備艦艇総数を40隻、それぞれのサイドに10隻として、他は全て連邦軍に押し付けた。そうしなければジオン経済は回らないのだ。
それに厄介な事にグリプス宙域が強化・開発されるにつれ、ジオン公国の相対的な地位が落ちている。
無論、現在はコロニー再開発特需で爆発的な好景気であるが、それがひと段落すれば自らの手で育て上げた各工業コロニーサイドが敵になりうる。
マ・クベは愛刀として送られた三日月刀を見ながら思った。

(悪辣だな、ウィリアム・ケンブリッジ。我々が拒否できないタイミングで一方的に軍事力拡大を行わせて経済的な疲弊を狙う。
しかも他の経済政策は潜在的な宇宙の敵国を自らの手で生み出させる方法を取らす。特にサイド7の開発は厄介だ。
あれが軌道に乗ればやがて単独でジオン本国やジャブロー地域と対等に戦えるようになるだろう。そしてサイド7の統治権はティターンズが確保する。
文字通り、獅子身中の虫。厄介なのはこの虫が地球連邦政府にとって無害である点だろうな。なにせティターンズはあくまで地球連邦政府の官庁の一つ。
首相直轄の精鋭部隊だ。しかも良識派しか入れないという不文律がある。これは明文化されてない故に更に厄介な鎖となってティターンズを縛る)

所謂、高貴なる義務であった。

「ところでギレン陛下は視察に向かわれるのだな?」

地球視察。二度目の視察と育った二人の孫を父親デギン・ソド・ザビに見せる視察。更には天皇を中心とした皇室・王室の最高評議会に出席する。
その為、ジオン親衛隊艦隊と地球連邦軍第1艦隊、第2艦隊の二個艦隊が護衛する。無論、ケンブリッジはロンド・ベル隊が守る。
秘書となったジェーン・コンティ補佐官は答える。
彼女はギレン派に紛れこんでいたダイクン派だったが、ア・バオア・クー戦直前でのアンリ・シュレッサー准将、マハラジャ・カーン中将の裏切り行為に愛想が尽きた。
それからは地球通のマ・クベの首席補佐官として活躍している。もう8年になる。

「はい。スケジュール通りに行けば総旗艦グワンバンに座上した公王陛下が出港されるのは来週の8日水曜日12時丁度。艦隊との合流はそれから15分後です」

結構。

「それと、面白い情報が」

この女は最後に突拍子もない事を伝えるから貴重な情報源となる。
故に手元に置いている。あの中近東で反逆者である赤い彗星への接触を大目に見たのもこの機転の良さゆえに。

「ほう、なんだ?」

それは私事だったが思わずマ・クベが唖然とした事だった。

「グレミー様が告白してふられました。ええ、それは盛大に」

ジオン公国次期公王候補の一人グレミー・トト・ザビを振った女がいる。それは流石のマ・クベも分からなかった。

「誰だ、その無謀な馬鹿は?」

「・・・・・・マナ・ケンブリッジです」

事の次第は簡単だった。あの後もカジノでポーカーは続き、ビリヤードやテニス、カードゲームなどで友好を深めあったザビ家とケンブリッジ家。
地球連邦の名家と王族の交流は連日連夜、地球圏全土に報道されて話題を呼ぶ。その結果、何でも出来ると過信したグレミーはマナを呼び付けた。

『私と付き合え』

その上から目線にマナ・ケンブリッジはこう答えたと言う。
兄のジン・ケンブリッジ曰く、

『え? いやよ。私、ナルシストでファザコンって男は友達以上にはしたくないから』

と。
それを聞いてドズルは笑い、相談を受けたサスロは頭を抱え、ギレンはこうグレミーを諭した。

『欲しいならば力尽くで奪ってみるのだな、それにお前はまだあの少女を捕まえるだけの魅力が無かったと言う事だ』

母親のセシリアと伯母のゼナは笑うだけで相手にせず、相手が他国民と言う事から不敬罪も適用できない(仮に適用しようとしてもギレンが止めるのは間違いないが)。
そして妹のエルピー・プルで学校に通っていたマリーダはその話をマナ本人から聞いて大爆笑。
そのマリーダからマリーダの学友らに噂は広まり、地球の学校に在籍しているミネバの友人、バナージや祖父デギン、叔父ガルマ夫妻にまで情報が広がった。

尤も、これが開戦原因にならないだけ地球圏は平和と言えた。




宇宙世紀0089.03.05

「私はここに現所長を告発する」

ムラサメ研究所のジオン派遣団団長ギニアス・サハリン少将はこの日、ムラサメ博士を告発した。
彼女らの開発チームが無断で新型の大型可変MSとそれを操縦するパイロット、いや、人工ニュータイプとでも言うべき強化人間開発を行っていた。
そしてそれはギニアス・サハリンの推し進める新型MA『クイン・マンサ』開発と予算を奪い合う結果となる。
そして政敵を陥れる事に躊躇する性格では無いギニアスは実力行使に出た。
ゼロ・ムラサメを籠絡して、彼をマスコミに売る。そして情報を買いれたカイ・シデンは即座に地球圏全土に流した。

『ティターンズ、非人道的な組織を擁護するか?』

『ティターンズも黙認!? ムラサメ研究所の強化薬と手術に洗脳による強化人間量産化計画。まさに悪魔の所業!!』

『ジオン公国のフラナガン機関にも捜査のメスが入るか? 連邦中央警察が動く』

という見出しをアングラ出版に乗せた。
娯楽に飢えていた一般市民はこれに踊らされるように、いや、言葉は悪いが踊らされ、結果、彼らは己の手でムラサメ研究所初代所長のリナ・ムラサメを処断する。
ギニアスは何かと自分に反抗的で非協力的なムラサメ所長を吊し上げる事でムラサメ研究所と極東州地球連邦工廠の技術陣を掌握。
これを持って、自身の構想する超大型MA、NZ-000クイン・マンサ開発を進める。
尤も、このMAを扱えるパイロットがいないと言う理由と連邦財務省官僚らの以前よりも厳しい監査のせいで開発が一気に遅れだしたのは自業自得だが。

「とにかく、あんたには助けてもらった恩がある。いつか恩は代えさせてもらう。だが、一回は一回だ。それ以上は助けない」

そう言って執務室を出て行くゼロ・ムラサメ。
そう言えば消えた研究所職員や開発者の中にはフォウ・ムラサメのデータを持ち逃げした者もいたな。
そう思いつつ、アールグレイの紅茶を飲む。地球に来て、というかこの日本列島に来て本当に良かった。彼らは私の同志だ。
クイン・マンサの構想を理解し、ガンダムMk5の設計も担当し、ゼクシリーズの開発にまで協力してくれたのだから。

「ゼロ・ムラサメ、か。そして四番目の強化人間フォウ。
あんな玩具に頼るとは・・・・ふん、醜い。醜いものだ。そう、この研究所の研究成果は私だけのモノだ。
誰にも邪魔はさせない。誰にも、誰にもだ」

その目は見る者が見ればこういうだろう。狂信の輝きを宿していた、と。
しかしながら嘗てサスロ・ザビが言った様に善意から出た失敗よりも悪意から出た成功の方が社会一般としては良い。
故に、誰もこれを疑問視しなかった。
そして査察の為に宇宙からネェル・アーガマが下りてくる。
ムラサメ研究所を査察する検察と警察を警護する為に。尤も半分はブち切れた第二代長官への点数稼ぎを下っ端が望んだからだが。
故にこのロンド・ベル艦隊の予算の無駄使いは後で財務省からティターンズにこっぴどく怒られる原因となる。
そして件の当事者の一人は当局に拘禁、取り調べを受ける事となった。

「フォウ・・・・君は・・・・・彼らに・・・・・利用・・・・されていたのか?」

ビジネスホテルの一室で監視・保護処分を受けたフォウ・ムラサメ。
面会者は肌を重ねたカミーユ・ビダン中尉。

「・・・・・・軽蔑する? 売女だって」

「・・・・・・・」

軽蔑するよね。そう言って悲しそうに制服の第一ボタンを外す。そこにはくっきりと何かの手術跡があった。
他にも医者の卵で研修学生として参加したファ・ユイリンの言葉では血圧が異常に高く、逆に体温が35度前後と低い。これは異常。

「私があのサイド3でカミーユに会ったのだって本当は逃げ出した上からの命令。
そして、カミーユっていう男から赤ん坊の種を貰い、そのまま出産する事。それが記憶を返して・・・・」

そこでカミーユが遮る。

「それが記憶を返してもらえる条件だったのか・・・・なんで!」

不思議そうな顔をするフォウと激昂するカミーユ。

「何で俺に本当の事を言ってくれなかった!? 言ってくれたらブライトさんやアムロさんに頼んでフォウを解放した!!
どうして見ず知らずの男に肌を許しておきながら、最後まで信用してくれなかった!?」

フォウは唖然として、次に怒りを込めて言う。

「見ず知らずの男と寝ろと言われた女の気持ちがあんたにわかる!? だいたいね、フォウ、フォウ、フォウと気安く呼ぶな!!
あんたのカミーユ・ビダンって名前と違って私は自分のこの名前が嫌いなんだ。その理由も知ら居ないくせに・・・・知った風な口をき」

「知っている」

「きく・・・・え?」

そう言ってカミーユはテーブルの椅子に腰かけた。
中級ビジネスホテルの部屋にはカミーユとフォウしかいない。そしてカミーユは語った。

「フォウ・ムラサメ。四番目の被検体にして最高の強化人間。No4.だからフォウ。知っている。
俺も・・・・自分の名前が嫌いだ。俺の親父の事、お袋の事を知っているか?」

忌々しそうにカミーユの顔を見るフォウに対して彼は語った。
父親はガンダムMk2強奪犯と肉体関係を持っていた事が明るみに出て、それによる逮捕を恐れ、家族を捨ててエゥーゴに合流。
母親はその日のうちに、いや、夫の失踪を知ってから30分後にはグリーン・ノアの電子市役所で離婚届を一方的に提出。しかも息子に会うよりも先に弁護士を雇った。
そのままビダン一家が揃う事はなかった。

「それで、私に同情しろって言うの? 記憶が無い私に、戦災孤児の私に同情しろと? はん、御笑い種ね。そう言うのは例の幼馴染にたのんだら!?」

怒りをぶつけるフォウにカミーユは苦笑いして答えた。

「俺もそう思う。何でこんな事言ったのか分からないけど・・・・また会いに来るよ」

時間が来た。面会終了。これ以降は録音と検察の人と一緒になる。

「ふん、勝手にして」

「ああ、勝手にする。何せ・・・・こう言ったら女の人って怒るかも知れないけど、俺にとっては初めての女性だったんだ。
俺は初めて女の人のぬくもりを知った。変な言い方だけど懐かしい感じがしたんだ。他人じゃない、そんな感じがしてね。
言い訳かも知れない、同情かも知れない。身勝手かも知れない。だけど、フォウを一人にだけは出来ない。だからまた会いに来るよ、俺の意思で」

そう言ってカミーユ・ビダン中尉は一度部屋を去る。
思わず枕を投げつける。閉まった扉に。

「何よ、何が一人に出来ない、よ。何なのよ一体。そんな事言ってくれる人なんて誰もいなかった・・・・誰も・・・・あれ?
私・・・・・泣いているの? どうして? 悲しいの? 私が欲しいのは・・・・記憶だけの筈なのに・・・・それとは関係ないのに・・・・どうして?」

強化人間にされた悲劇の女性、フォウ・ムラサメの涙がシーツを濡らす。
一方でティターンズは三名の強化人間の遺体を回収。彼らの分析データを元にサイコ・フレームと呼ばれる新素材の開発に向かう事になる。
場所は極東州日本列島のホッカイドウ・クシロ研究所。そして地球連邦軍本部のあるキャルフォルニア基地。
これらのサイコ・フレーム搭載新型ガンダム開発計画『ユニコーン計画』と『ニュー・計画』の二つが連動する事になるのだが、それはまだ先の話。




宇宙世紀0089.03.22.
サイド3のジオン公国では国葬が行われていた。
妊娠していたゼナ・ザビが流産し、そのショックで18日に息を引き取った。

「お母さんにお別れを言いなさい」

ドズルが優しくミネバを促す。頷くミネバ。
そして、8歳の少女は生まれてこなかった妹と母親を亡くした。そしてある噂がズム・シティの酒場から流れ出す。それはザビ家にとって最悪の噂だった。

『ゼナ・ザビは謀殺された。首謀者はグレミー・トト・ザビ。自分が次期公王になる為に邪魔な男子を生む可能性を排除したのだ』

と。
それ知ったサスロ派は即座に動く。この事件はダイクン派のテロ行為だと公式に発表。
真相は闇の中。20年近く前のキシリア・ザビ暗殺事件の様に真実は闇に葬られ、ギレン公王がこれを追認した為、これに触れる事はジオン政界、ジオン報道界では禁忌となる。
尤も、こういう暗殺劇、突然死、不審死など世界史を紐解けばいくらでもあるので連邦政府や連邦系統のマスコミは数日間の報道をしただけで忘れ去った。
彼らにはもっと大きな餌が放り投げられたのだから。そう、ケンブリッジ長官暗殺未遂事件である。
それはこの約三週間後に起きるのであった。




「ジーク・ジオン!!」

拡声器で拡大されたジオン軍の士気高揚の叫び声と共にSPの乗った極東州製品の電気自動車が爆発した。
ニューヤーク市へと向かうティターンズの車両に攻撃が加わる。反撃するSP達。突撃銃の空薬莢が、銃弾が交差する。
対弾性能を極端に高めたティターンズと護衛の車両はその攻撃してきた一台を撃破した。
が、更に迎えの対向車線からはタンク・ローリーが明らかにワザと横転。自分達の進路をふさぐ。時限爆弾を作動、横転、ハイオクが気化充満し、爆発。
護衛の電気自動車一台が巻き添えを喰らい、残った5台は一斉に停車。護衛が降車して展開する。
と、その時、高速道路の反対側から発砲光が見えた気がした。

「な!?」

ダン。窓ガラスに白い雪化粧が出来た。これが狙撃痕だと言うのは宇宙艦隊勤務が長かった自分でもわかった。
慌てて外に出ようとしたマナをジンが止める。
指揮車両が吹き飛んでいるのが見えた。さっきのタンク・ローリーのハイオクとC-4軍用爆弾の爆発に巻き込まれたか。
そう冷静にリム・ケンブリッジは判断する。どうやらこれは私たちを狙ったテロの様だ。マイクを取る。

「二人とも出ちゃだめ!! 中の方がまだ安全だわ!!
レオン、レイチェル、対人レーダーを作動させろ。各分隊、各個に反撃。全兵装使用自由!!」

エコーズの兵士とSPが地球連邦軍の正式アサルトライフルで応戦する。
バラバラバラと弾幕がはられ、更に空薬莢が道路上に落ちる。向こう側はAK-47やH&Kサブマシンガンの劣化コピーで撃ちかえす。
どうやらジオン反乱軍かアクシズの地球派遣軍、若しくはエゥーゴ派の様だ。
と、救援要請に反応した部隊があった。護衛のウサギさんだ。

「退役准将閣下、こちらはマーフィー小隊。現在現場に急行中。尚周囲にMSなし。現場まであと5分!」

しかし、リムは思う。

(遅い!! 相手は自爆テロも辞さない覚悟できている!! 5分もあればジンとマナのいるこの車両に辿り着かれる!!)

少なくとも連中は自爆覚悟だ。
事実発砲した連中の何人かは散弾爆発で周囲に撒き散らしてSPを殺傷している。
仕方ない。勝てるかどうか、いや、生き残れるかどうか分からないがやるしかない。
形勢は互角だが、いつ何時天秤が敵に傾くか分からないのだから。

「リム、女になりなさい。母親の意地を見せるのよ、いいわね」

独り言を言う。それを聞こえた4人が驚く。

「「!!!」」

まさか、と言う顔をレオンとレイチェルがする。
止めてと言う顔を子供らがする。

(ウィリアムは・・・・・夫はいない。ならば娘と息子を守るのは自分の役目。そして絶対に二人を殺させない。
何があっても・・・・・どんな事をしても。必ず守る。必ず!)

そう考えて、後部座席に備え付けのアサルトライフルを手に取る。一瞬でヘルメットをかぶった。ホルダーを付ける。この間、僅か30秒ほど。
アサルトライフルの初弾を銃身に装填し、防弾チョッキを着る。もう50代後半だが日々の訓練のお蔭でまだ新兵の真似ごと位はできそうだ。
30発入りマガジンを5つ確保し、連邦軍の正規拳銃では無く、帰国時のお土産にイタリアで買った骨董品のベレッタ拳銃を用意。
そして、引き金に指を被せ、安全バー外す準備をする。
銃声が近づいてくる。どうやら、敵は右側面を突破した様だ。

「か、艦長!? 一体何をしているのです!? レイチェル、俺が迎撃に行くから艦長から銃を取り上げろ」

そう言ってティターンズ専用リムジンから指揮を取っていたレオンが妻のレイチェルに代われと言う。だが出来ない。

「何を言っているの? 子供を守る仕事は親の最大の仕事よ。私の邪魔をしないで」

そう言ってアサルトライフルの銃口を向けた。
思わずひく四人。既に運転手は死んでいた。助手席の護衛も、だ。護衛費用をケチった財部省の官僚のツケを命で支払うとは。
可哀想な事をした。このケジメは必ず付けさせる。財務省にも、テロリスト共にも、ね。

「マナ、ジン、絶対に車から出ちゃ駄目よ? あとね、お母さんに何かあっても復讐とか考えないで。それと、絶対に外を見ない事、いいわね。
お父さんとお祖父ちゃん、お婆ちゃんのいう事を良く聞く事、それと・・・・兄妹仲良くね」

そしてタイミングを見計らう。銃声がやまない。だが、数は減っていた。
と、銃声がこちらに聞こえる。ふと対戦車ライフルを構えようとしているジオンの軍服の様な服を着た女兵士が視界に入る。
態々軍服を着るとは正規の軍事作戦のつもりか? ふざけるな。そう叫びたいのを堪え、車から飛び出る態勢に入る。
ドアを僅かに開ける。

「艦長!」

「准将!」

「お母さん!!」

「行かないで!!」

その声を無視する。

「愛してる」

そう言って、リムはドアを開け、飛び出た。

(あそこ!!)

銃の引き金を引く。銃弾が飛び交う戦場で新たなる発砲音が響いた。そして空薬莢が宙を舞う。ジオンの女兵近づく。

「!?」

「死ね!!」

冷徹に女の胸を撃ち抜いた。隣にいた男がソフィと叫んだが、そいつも撃つ。
糸の切れた操り人形の様に倒れた女。赤い小さな湖が出来る。
肩を負傷していたが、それでもソフィと叫んで自分の子供たちの乗っている車に拳銃を撃ち続ける私服の男を続けて撃ち殺す。完全に息の根を止めた。
更にその陰で倒れていたまだ息のあるエコーズ隊員を物陰に引き摺る。

「無事!?」

無言で返す。彼も拳銃を引き抜き、威嚇射撃をする。援護になる。
後は時間を稼ぐだけ。

(もう二人! しつこいわね!! 護衛のMS隊はまだなの!?)

どこに隠してあったのか、対戦車ライフルに取り付こうとする人間に銃撃を加える。
他の者もレオン・フューリー警視の命令で展開。
一斉射撃で敵を駆逐しだした。
と、一台の民間の改造ジープが12.7mm機関砲を乱射しながら突進してくる。護衛の車両の一車が身を挺して庇おうとしたが穴だらけになった。
一瞬だが、血が飛び散ったのが見えた。フロントガラスとバックガラスが赤いバケツのペンキをぶちまけた有様になった。
マナとジンはちゃんと目をつむっているだろうか?

「ごめんなさい」

謝る。
そして直ぐに物陰から飛び出る。撃たれたって、ボロ雑巾の様になっても構うか。
灰色のスーツをほこりにまみれさせながら、立射するリム。

「私の子供らに近づくんじゃない!! この下衆野郎!!!」

唯ひたすら撃ち続ける。弾倉を代えて、弾丸を補充する。更に撃つ。
撃って撃って、撃ちまくる。最後のマガジンに交換する。それも半分ほど撃った。
と、どうやらフロントガラスを打ち破ったらしい。運転手が死んだ。更に跳弾で機関砲を使っていた私服の男も死んだ。

止め!

そう心で叫んでタイヤを撃ち抜く。
パンクし、そのまま横転する改造ジープ。

一人が車から無言で這い出てきたが、こちらも無言で、ライフルを使いこのジオン軍の服装を着た男の頭を撃ち抜く。
ふと、ジオンの軍服を着た男の認識票はレンチェフと書いてあるように見えた。
周囲を警戒する。外れたタイヤが転がり、倒れる。
負傷者の呻き声と怒鳴り声が聞こえた。
と、漸く4機のアッシマーと12機のジム・クゥエルが来た。州警察のヘリからもSWAT部隊が展開しだす。

「・・・・・遅いわよ、まったく」

柄にもなく50代でアメリカン・映画の女主人公を熱演したリム・ケンブリッジ。
それを見た、或は知った知人たちは全員が思った。出来過ぎだろう、それ。とは、その場にいた全員の感想でもある。

(お母さんを怒らすのだけは絶対にしない)

と、心にトラウマを作ったジンと、

(カッコいい!!)

と、またもや勘違いするマナ。そして一番の貧乏くじはこの二人だろう。

「ねぇ、レオン。この事態を長官になんて説明する?」

レイチェルが聞く。レオンは憂鬱そうに言った。

「・・・・・知るか、俺に聞くな」




一方で、ニューヤーク市の慰霊会場のホテルで一人の少年が捕まった。
彼はウェイターの格好をしていた。だが、見破られた。
それは単純だった。

「君、ちょっと来たまえ」

ダグザ中佐が三人のSPをつれてその少年を囲む。
気になったのは彼の手の持ち方だ。運んでいたフランス料理の皿を本来3本指で持つが、彼は規定にしたがって三本で持っていた。
ところが今回は警備の都合上、絶対に五本で持つように内密に伝えてあった。それは一人一人個別面談で内密に伝え承諾を得た筈なのに、この少年はそれを知らないのか、三本のままウィリアム・ケンブリッジに近づこうとしていた。

「えと、なんです?」

怪しい。ダグザ中佐は咄嗟に拳銃のホルスターに手を伸ばす。
いつでも撃てるような姿勢で詰問する。

「それを開けろ」

「ついでに両手をゆっくり上にあげる事だな」

と、銀のトレイを投げつける。それを見たダグザは即座に彼を取り押さえる。
トレイには二発の弾丸が発射可能な木製の拳銃があった。恐らく旧世紀の名作映画をモチーフにしたのだ。
あの映画は面白かったが、今はそれどころでは無い。これは紛れも無い凶器であり、慰霊祭の会場に持ち込むべき物では断じてなかった。

「貴様! これは何だ!! 答えろ!!!」

そう言う男達。
ダグザ中佐が非常事態のコールを鳴らす。
途端に配置についていた北米州のSP達が拳銃を引き抜く。宇宙に行く必要が無いのでオセアニア州の名銃、グロック17だった。
レーザーポイントの発する緑のレーザー光線が会場全体を照らし出し、護衛達が会場の招待客を退避させる。

「・・・・・」

と、騒ぎを聞きつけたのか、一人の金髪の女性が歩いてきた。
傍らには中佐の階級を付けた、恐らく連邦軍でも最も有名な佐官を傍らに。

「まさか・・・カツ? カツ・コバヤシなの?」

「カツ!! お前は一体何をしているんだ!!! あの日以来失踪していたと思ったら今日はここで何をしているんだ!?」

セイラとアムロの言葉に、その少年は笑って言った。

「何、ですか? 決まっています。何を当たり前なこと聞くんですか、この裏切り者!
キャスバル様の仇討ちですよ、当然でしょ? あんたの、アムロ・レイの飼い主を殺しに来たんです! 
だいたいね、アムロさんは何とも思わないんですか!?
オールドタイプのウィリアム・ケンブリッジとかいう中年が地球圏全体を支配しようとしている。
そしてニュータイプによる理想郷を築こうとしたキャスバル様の理想を穢した!
アムロさん、セイラさん、貴方たち程の人が何で気が付かないんですか!?
彼はね、ウィリアム・ケンブリッジはジオン・ズム・ダイクンが提唱したニュータイプの新世界を弾圧する、旧世紀のヒトラーの再来、独裁者ギレン・ザビと同じ穴のムジナだってなんで分からないんだ!!」

その言葉にアムロが動いた。一切の躊躇ない鳩尾が炸裂する。
胃の中の物を逆流させる。胃液が高級なアラビアン絨毯を汚したが誰も気にしない。そして強制的に立たせるSP達。

「連れて行け。両手を縛り、そこのテーブルクロスを使って猿轡をしろ。いいか、絶対に殺すな。背後関係を洗いざらい吐かせた上で法廷でしっかりと処断する
それが地球連邦とケンブリッジ長官の理念であり正義だからな、貴様の様なテロ行為を行う者とは違うのだ。どうした、連れて行け」

そう言ってダグザ中佐がSPらにカツ・コバヤシを引き渡した。
それでも尚、ティターンズとケンブリッジ長官の罵詈雑言を言い続けるカツ。それを聞いて、その言葉にうんざりするウィリアム。
と、アムロが再び動こうとして、止められた。止めたのはマイッツァー・ロナ。ティターンズ首席補佐官である。彼が二人に一礼して言う。

「アムロ中佐、セイラ女史、少し失礼する」

その言葉と同時に、マイッツァー・ロナは思いっきりカツ・コバヤシの顔面を殴りつける。
両手を拘束されているので、倒れる事も出来ずにいるカツの鼻から鼻血が流れる。そして顎を掴みあげた。

「貴様の様な俗物がいるから地球圏が腐る。貴族の、高貴なる者の義務の何たるかを知らない貴様の様な近視眼が、今の地球連邦を、地球圏を汚すのだ。
それを知れ、この恥知らずのテロリストが。SP、連れて行け。念のために服は剥ぎ取ってな。爆弾を抱えているかもしれない」

そう言って。
カツ・コバヤシ、ウィリアム・ケンブリッジらティターンズ並び地球連邦政府要人暗殺未遂事件の実行犯として逮捕。
一か月にわたる裁判の後に、懲役60年が言い渡され、北米州のネバダ砂漠にある対エゥーゴ支持者収容所にいれられた。

「すみません、ウィリアムさん。後味の悪い事件を起こして」

「私からも謝ります。夫の知り合いが・・・・・ホワイトベースの戦友が失礼をしました」

アムロとセイラが頭を下げる。念のため、慰霊祭はお開きとなり、北米州州警察と地球連邦警察が参加者を護衛、ボディーチェックしながら引き払った。

(嫌な事件だった。そう言えばリムたちは遅いな・・・・一体どこで道草を食っているんだ?)

呑気にお茶を飲むウィリアムに高速道路の銃撃戦の報告が入ったのはそれから20分後の事であった。

そのまま大規模な警護隊と共にヘキサゴンの地下執務室に強制避難させられるケンブリッジ一家。

同時多発ケンブリッジ家暗殺事件はこうして幕を閉じる。
この一件でティターンズ長官一家の護衛強化をジョン・バウアー議員が連邦議会に提案。
地球連邦軍の特殊部隊エコーズが再編される事となった。が、それは割愛する。




宇宙世紀0089.11月26日

ジオン公国を訪問したクラックス・ドゥガチは地球連邦の首都ニューヤーク市に訪問する。
彼を迎え入れたのはジャミトフ・ハイマンとウィリアム・ケンブリッジだった。
仲介役はパプテマス・シロッコ准将。規模が拡大し、三つにまで増設された木星船団の第1船団船団長である。

「遠方からのご来訪、御足労をおかけします」

ウィリアムがドゥガチに謝罪する。
地球圏のごたごた(ジオン独立戦争、非加盟国統合戦争、水天の涙紛争、反ティターンズテロ、反地球連邦運動など)で木星圏への十分な支援体制が整っていなかった事に謝罪する。
これには流石のドゥガチも驚いた。今までの外務大臣や内務大臣は木星の事など在って無きが如くで、何度も送った支援要請も無しの飛礫。
ところが、先ほど提示されたのは簡易ジュピトリス級と言うべき惑星間大型輸送艦20隻の無償譲渡が記されていた。これは驚くべき変化であり、歓迎すべき事象だった。
少なくとも20隻のジュピトリス級の輸送力は現在の木星圏の総人口12万8251名の衣食住と娯楽を完全に満たせる。

「一体何を望んでいるのです?」

思わず本音で話す。
ジャミトフ・ハイマンが引き継ぐ。

「木星圏の開拓と火星航路の安定化、火星の地球化ですね。特にヘリウム3の輸入と火星コロニー群の開発が現在の地球連邦のヴィジョンになります。
宇宙世紀150年代には火星に50万人を、木星に200万人を居住させたいと考えております。
特に火星はコロニーでは無く、火星自身に都市を築く予定です」

なるほど、その為のティターンズの造船所、既にジャブロー工廠に匹敵するグリプス工業地域の利用か。
まあ悪い話では無い。それに大量の水と食料に衣服を送ると言うのはありがたい。

「我々は木星圏を軽んじすぎていた。故に、地球連邦市民はここで痛みを分かち合ってもらいます。
現在、ゴールドマン首相が提案したG計画が採択されました。これで0093には火星・木星開拓用特別予算とその為の艦隊、船団が編成されます」

ドゥガチは用意された地球産のリンゴ酒を飲む。
このホテルには各種最高級食材が取り揃えられており、更に娯楽用品も事欠かない。
しかも娯楽に飢えている木星圏の為に北米州や極東州は映画やアニメ、漫画などのカルチャーを大量に無償で提供すると言ってきた。
驚くべき変化だ。一体何が彼らの心境をここまで変えたのか?

「火星開拓、木星圏の安定化。その為のジオン公国ですか? それをする為にあの一年戦争を引き分けで終わらせた、そうですか?」

ジャミトフに問う。いや違う、実質交渉を纏め上げたウィリアム・ケンブリッジに聞く。
自分の視線に気が付いたのか、ケンブリッジ長官が言う。

「そうです、あの時点では明確な未来への希望を見せる必要はありませんでした。しかし、それでは二流の政治家だと思います。
一流の政治家とは二手、三手先を読んで行動し、一つの決断で複数の効力を出させるモノだと思います。
そして・・・・まあ、自慢では無いですがダカールであれだけの啖呵を切った以上はやります。
それに・・・・ドゥガチ総統、貴方も地球連邦の市民ですから。私と同じ立場です。ギレン・ザビ公王もそう言っていませんでしたか?」

この人たらしが。ドゥガチはそう思った。

(なるほど、急激な政策変更はこの男の野心故か? だがシロッコが言う様な危うさは感じられんな。
しかし猫には鈴をつける必要がある。気ままな猫だ。自分達にとって都合が悪くなれば排除する事も考慮しなければならん。
それが指導者と言うモノだ。が、今は彼らの好意に甘えよう。何せ物資が足りないのは常識以前の事なのだからな)

沈黙するクラックス・ドゥガチ木星連盟代表にウィリアム・ケンブリッジ長官は更に言う。

「信じろ、とは言えません。ですが、信じて欲しいとは言えます。地球と木星は隣人では無い。
火星も月もコロニーもジオン公国も準加盟国も隣人では無い。理想論かも知れないですが、地球連邦とこれらの存在は一心同体の運命共同体。
古代のローマ帝国五賢帝帝政時代の属州と本国に近いと思ってください。
約束します。私が存命の間は決して木星や火星、ジオンや準加盟国を見捨てる事はしません。
隣人では無く家族の一員として扱うと誓います。勿論、地球連邦の一員として木星連盟が存続してくれることが条件ですが」

ふん、理想論だな。木星の厳しい環境を知らないアースノイドの貴様だ。口先だけなら何とでも言える。
このドゥガチの想いを汲み取ったのか、ジャミトフが三通の書類を提出した。

「これを渡します。どうぞ、いざという時にお使いください」

それは地球連邦首相のサインが入った白紙の書類と、地球連邦王室・皇室評議会の最高評議会の全員採択の議決の判が押された書類。
それに連邦議会での特別法案提出権ならび法案拒否権を付託された議員出席権利書だった。
ジオン公国が望んでも絶対に手に入らないもの。それを出してきた。

「!?」

「ティターンズのケンブリッジ長官が根回しをして用意した書類です。これだけあれば最悪を防ぐ事は可能でしょう、違いますか?
地球連邦政府が木星圏を見捨てない、或は見捨てるのならばこれらを使って阻止する事も可能になるかと思いますが?」

ええい、これは完全にしてやられた! だが、何故か心地よい。この二人は絶妙の連係プレーで自分達を陥れた。しかも良い方向に。
確かにこの三通を持っていると言う事は強力な連邦政府への圧力になる。簡単には抜けないが抜けば何もかも切り裂ける伝家の宝刀だ。
地球連邦政府もこれは無視できない。そして地球連邦の国威と信義を守る為にはこれを守るしかない。木星圏をこれから本格的に支援すると言う約束を。

「ははははは、ウィリアム・ケンブリッジ長官、貴方も大した役者だな。猫をかぶっていたのは貴方の方だったか。伊達にティターンズを纏め上げてはいないと言う事だな?
最初から我らを嵌める為のレールを用意していたとは。よろしい、よろしいでしょう、木星連盟は貴方を支援する。ケンブリッジ長官個人を支援しよう。
貴方が裏切らない限りは、だがね。
恐らく次期首相はジャミトフ・ハイマン殿だが、その次は貴方だろう。その際には木星連盟と木星船団群のヘリウム3を中心とした物資、資源援助を行おう。
そして・・・・シロッコ准将を貴殿に預けよう。我々木星圏からの友好の証だ。ティターンズの一員として存分に使ってくれ」

上機嫌なまま会談は進む。木星圏開拓、火星地球化計画の達成の為に。




宇宙世紀0089はこうして過ぎ去る。
一方で、カミーユ・ビダン中尉はティターンズに吸収されたAE社のMS開発チームの一員に抜擢。
一時、ロンド・ベルを離れORX-005ギャプランの後継機である「可変量産型MS」の開発計画「Z計画」の一員を任される事になる。
これら『ユニコーン』『ニュー(N)・計画』『Z計画』三者が合同して、ロンド・ベル並び第13艦隊増強計画『ニュー・ディサイズ』が開始された。

そして深淵の彼方に消えたアクシズでは依然として各地の反ティターンズ派閥の支援を受けて、新型機『AMS-119ギラ・ドーガ』、『AMS-129ギラ・ズール』、強化人間専用のMS隊に独自のルートで手に入れた地球連邦軍のガンダムMk5を元にした機体やキュベレイの後継機開発を開始する。

ジオン公国はマラサイの量産化、配備と親衛隊使用の地球連邦との共同開発機体開発計画、ジオン公国軍のMS開発計画の一種である「MS-X」プロジェクト『RMS―141』ゼク・アインの開発を開始する。
そしてマリーダ・クルス・ザビはフラナガン機関によりニュータイプ適性を確認され、ザビ家の象徴として開発途上のクイン・マンサの専属パイロットになる事が内定した。

そして、戦力が壊滅したヌーベル・エゥーゴ、各コロニーサイドのエゥーゴ派は地下に潜り、アクシズは暗礁宙域に逃亡。ティターンズがエリート部隊としてわが世の春を謳歌する宇宙世紀0089はこうして幕を閉じつつあった。


『流れた血の犠牲と釣り合いのとれなかった不細工な平和』


誰かがそう述べた水天の涙紛争は幕を閉じ、新たなる戦乱か、地球連邦政府がダカールの日から築き上げた平穏はいつまで続くのか、それは分からない。
分かるのはそのカギを握るのは深淵と消えたアクシズとシャア・アズナブル、そしてエゥーゴの頭目になったタウ・リン。
ウィリアム・ケンブリッジに影響されたパプテマス・シロッコ。

そして・・・・地球連邦の代表と言えるウィリアム・ケンブリッジだった。




地球圏は束の間か、はたまた悠久の平穏を取り戻していく。




そして、新たなる可能性が芽を出す。
理想郷と名付けられたコロニーである少年たちは出会う。



[33650] ある男のガンダム戦記 第二十三話『終焉と言う名を持つ王手への一手』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:4efc1740
Date: 2013/04/30 22:39
ある男のガンダム戦記23

<終焉と言う名を持つ王手への一手>





サイド6リーア。地球連邦大使館とジオン公国大使館が同一コロニー内部に併存する唯一の地域。
ここでは日夜、熾烈で苛烈で冷徹なる諜報戦が繰り広げられていたが、この二人には関係なかった。
元ジオン公国軍下士官バーナード・ワイズマン伍長(現在はリーアにある、ある運送会社のパイロット教育官)は、ティターンズ報道官のクリスティーナ・マッケンジーに夜の公園で散歩していた。

(言うぞ、絶対に言う)

かれこれ一年戦争、ジオン独立戦争からの付き合いだった。
たまたまリーア勤務に回されたバーニィ(ワイズマン伍長の愛称)は、連邦軍の連絡官としてリーアの和約締結の為に訪れていたクリスと出会う。そこにはアルと言う少年(今は青年期に入る男の子)がいた。
そして数日のうちに心惹かれたバーニィはなけなしの勇気を振り絞って交際を申し込む。
レビル将軍による『チェンバロ作戦』からの撤退戦以上の恐怖を感じたとは彼の言であった。(因みに彼はザクⅡ改でガンダム一号機を撃破する事でジオン十字勲章を手に入れた。その代償は右目だったが。故にもう戦場には出れない。)
そして今日、長かった水天の涙紛争が終わりをつげ、第13次地球軌道会戦から生還した恋人のクリスに言った。

「け、結婚してくれ」

だが帰って来た返事は予想外の言葉。

「もう遅いのよ、バーニィ」

え? 頭が真っ白になる。そして次の瞬間悪戯が成功した事を喜ぶクリスは言った。

「この間の検査で分かったの。
私ね、お腹の中に貴方とわたしの赤ちゃんが出来た・・・・いやだって言っても結婚させるからね? いい、覚悟しなさいよ、私の旦那様?」

そのまま赤い色のショートヘアーにしたクリスを抱き上げるバーニィ。
そんな光景こそ、多くの市民が望んだ光景なのかもしれない。




宇宙世紀0091.02.08、サイド1宙域。
ブッホ・コンシェルの若き人材の一人が軍からの払い下げMS、ジム・コマンド宇宙戦使用でシャトルを護衛する。
護衛対象は一般民間人。危険物は一年戦争(ジオン独立戦争)と水天の涙紛争で大量に発生した宇宙艦隊の艦艇だった物体、つまり宇宙ゴミだ。
それらのゴミからシャトルを守るのが役目。サイド1はソロモン要塞が近いので未だに大戦時に発生した大量の宇宙ごみが散乱する危険地帯がある。
特にサイド1本体の対隕石・デブリ防衛網再建は急務であり、そのためのコロニー駐留艦隊の配備であった。
また、これらの業務を請け負うMS会社、ジャンク屋が急速に台頭したがそれもブッホ・コンシェルやヤシマ工業の登場で鳴りを潜めている。

(静かだ・・・・ここが数年前の大激戦区だったなんて嘘みたいだ)

周囲の索敵モニターには何も表示されない。
あるのは4機のジム・コマンドと護衛の大型民間用シャトル『M-89』型。ムサイ級巡洋艦の母体となったシャトルである。
これをデブリから護衛する機体は教官の機体を含めて4機。全てが宇宙軍の軍縮の結果、民間に払い下げられたジム・コマンドであった。
無論、緊急時のアクシズやジオン反乱軍残党の襲撃、エゥーゴ派の攻撃機に備えてビーム・ガンで武装はしている。
これは大前提だ。現在のこの宙域は決して安全では無い。それに完全な殲滅、100%の全滅が存在しない以上、エゥーゴ艦隊やアクシズ艦隊、ジオン反乱軍の蠢動を未然に防ぎきる事など不可能ごとと言えた。
事実、地球連邦軍は匙を投げだしたい気分であり、軍縮と警戒網の増大に航路安全政策という矛盾した課題を突き付ける現実。
それに果敢に立ち向かう現代のドンキ・ホーテであるウィリアム・ケンブリッジ長官ら地球連邦政府首班。それでも義務を果たそうとする姿勢は立派である。
そんな政治状況をお構いなしにブッホ・コンシェルの若きパイロットは報告する。

「ジュドー・アーシタ三等操縦士、ブッホ・コンシェルMS部部門01機、現在問題なし」

視点を変え、ジムの顔を動かした。ジュドーの駆る愛機のメイン・モニターにシャトルが映し出される。
白い色に赤い線が入った地球連邦軍使用のノーマルスーツ(地球連邦政府は安全性確保の為にノーマルスーツの一斉入れ替えを0085に行った)越しに確認した。

「よし、定期哨戒完了。リィナのシャトル608便にも以上は無し」

「こら、私語を報告に入れるな」

怒られた。

「すみません」

とりあえず、謝ろう。隊長を怒らせると後が怖いし、何よりリィナを山の手の学校に行かせる為の資金がそこを突く。

(今だってギリギリなんだ・・・・犠牲になるのはもう十分だ。リィナだけでもしっかりと生きてもらわないと)

かなり切実な、世知辛い世の中だった。




同じ頃。
サイド1宙域エリア25と呼ばれる区画に一隻の大型戦艦が航行している。
ネェル・アーガマ級大型戦艦、ロンド・ベル艦隊旗艦。
それを、この新造戦艦にして第13次地球軌道会戦勝利を決定付けた戦艦を指揮するのはブライト・ノア准将。
尚、前任者にしてロンド・ベル艦隊司令官は新設された第13艦隊に赴任。
そのエイパー・シナプス中将の後任として、ティターンズ所属の独立機動艦隊ロンド・ベル指揮官に就任した。
彼らネェル・アーガマのメンバーが運用する機体はORX-005ギャプラン9機(ユーグ・ローグ中佐、ヤザン・ゲーブル中佐、ユウ・カジマ中佐、カムナ・タチバナ少佐、シャーリー・ラムゼイ大尉、パミル・マクダミル大尉、マット・ヒィーリー少佐、ラリー・ラドリー大尉、アニッシュ・ロフマン大尉)。
ガンダムMk4一機(アムロ・レイ中佐)、『Z計画』の試作機であるMSN-00100「コードネーム・百式」(フォウ・ムラサメ中尉)が1機、MSN-001A1デルタプラス1機(カミーユ・ビダン技術中尉)の12機に、護衛のペガサスⅢにはRGM―89の初期生産型であるジェガンが12機搭載されていた。
艦載機のジェガンタイプが周囲を警戒する。

「各機の警戒、怠るな。ガンダム試作二号機の件もある。気を抜かず事故に注意しるように。
デブリに衝突するなんて間抜けは腕立て伏せ1500回だと言っておけ」

ブライト准将の声が各機に聞こえる。ミノフスキー粒子は戦闘濃度では無い。まして先の水天の涙紛争は新型ガンダムの同時強奪とウィリアム・ケンブリッジ長官、ミネバ・ラオ・ザビ、ドズル・ザビ暗殺未遂という同時多発テロから始まった。

「あの教訓をむだにしてはならない、か。ブライトもまだ気にしている・・・・各機、散開しろ。
いつ残党軍が現れるかわからないぞ!」

アムロ中佐の声に反応する。ガンダムMk4が戦闘モードに移行する。
それにつられてか、散開するジェガン部隊。まだペガサスⅢにしか配備されてない少数の機体だ。
RGM-89ジェガンとは、AE社の開発したネモの技術とグリプス工廠のガンダムMk2とガンダムMk4の開発データ、実戦の戦訓を元に改良されたジム系列の最終発展型。その集大成。それがジェガン。
これに対抗できる機体はジオン公国のガーベラ・テトラ改くらいだが、それでもガーベラ・テトラ改がジオン公国軍特有のワンオフ機体に近い。
そして、そのワンオフ機特有のその予算高がジオン軍の軍事費を増大させて、ジオン公国それ自体の国庫を圧迫させている事から量産性と整備性に優れたジェガンの方が兵器としては優秀であると太鼓判が推されている。
戦わずにジオン公国を圧していると言う点でも。
実際、第13艦隊とロンド・ベル艦隊に配備される総数は予備機や改修機体も含めて250機を超すと見積もられているが、ジオン公国の親衛隊専用機ゼク・アインとそれにも対抗可能なガーベラ・テトラ改は合計で100機に満たない。
この様な状況下でサイコ・フレームと呼ばれる新型サイコミュの搭載ガンダムタイプ開発計画、『UC計画』、『N計画』、『Z計画』の三計画を同時並行する連邦の国力の恐ろしさは凄まじかった。
その執念の凄まじさの原点をブライト・ノア准将は艦橋の提督席で思う。

(やはり一年戦争や水天の涙紛争で地球の大半が無傷で残ったのが大きいな。
一年戦争での戦地となったヨーロッパも南欧と西欧は比較的に戦火に晒される事が無かったし、特にロシア・ヨーロッパ地域や北欧に至っては無血占領と無血奪還に近かった。
そう考えればこの開発計画や艦隊増強案『ニュー・ディサイズ』も納得がいく。
それに水天の涙、ソロモン核攻撃で壊滅した二個宇宙艦隊の再建は延長。のこりの50隻は民間軍事会社だから連邦政府が損害を保証する必要はない。
元々、民間軍事会社を傭兵として嫌っていたウィリアムさんだ。これ幸いにと有力会社の取り潰しを行ったと言えるだろうし。
まあ、残った残党軍が完全に宇宙海賊化している現状だけはなんとかしないといけないがそれ以外は可もなく不可も無く・・・・いや、いけない。
どこにどんな失態を犯すか分からん。第二のバスク・オムになっては死なせてしまった全ての将兵に申し訳が立たない。
気を引き締めるのは自分だ。そう、この俺だ)

ブライト・ノアの考察は正しい。
地球連邦は現在、新たなスペースコロニー建設ラッシュと中華地域を初めとする地球経済の好転、宇宙経済の好景気、海軍艦艇の廃艦・縮小と旧非加盟国との冷戦解除による300万名に近い地球連邦陸軍の準動員体制の解除により各州の経済は好転。
また、ギレン・ザビが連邦に脅しをかけた、一週間戦争初期のコロニー落としが単なるブラフであった事も好材料である。
その為、つまり現実には地球へのコロニー落とし作戦が無かったが故の地球経済圏の安定をもたらした。
加えて、ティターンズの初代長官ジャミトフ・ハイマンとその手下扱いされたウィリアム・ケンブリッジの行った統一ヨーロッパ州や各コロニーサイドの戦災復興需要による経済活動は唯一生き残った三大経済圏の太平洋経済圏を躍動・躍進させる。
太平洋経済圏に連動するインド洋経済圏(アラビア州、アジア州、南インド州、南アフリカ州)の新設も地球圏全体の好景気化、これに拍車をかける。
更には宇宙のジャブローと呼ばれる程の拡大を見せるグリプス工廠の拡張に、ティターンズ職員や各企業の『赴任』という形を取った北米州と極東州、アジア州からのサイド7の新設コロニーへの人材供給。
また、依然として続く思想弾圧中の中華地方からの自由を求めた亡命者の各サイドの受け入れ。
実際、今の地球連邦政府の体制と準加盟国の政治体制を比較考慮すると、宇宙の方が地球の中華地方よりもはるかに安全で、思想・財産を初め多くの自由を保障され、生活も良い。
と言う事で新住民(これはウィリアム・ケンブリッジが提唱した融和政策の一環)は反地球連邦という動きは少ない。
逆にだ、ゴップ内閣官房長官の望んだように、地球への憧憬を持つ人々の受け入れ態勢も地球連邦構成州ごと、地球連邦加盟国毎にバラつきがあるとはいえ順調に整いつつある。
その最たる者が、半年間のワーキング・ホリディを中心とした地球連邦構成国・太平洋諸国へのスペースノイド留学生、住民の一時受け入れ政策だ。
これはスペースノイド対アースノイドと言う対立軸を和らげる必要があると感じたゴールドマン首相とゴップ官房長官、そしてジャミトフ北米州副大統領にマーセナス北米州大統領、またもや不運な事か幸運な事か『救国の英雄』として何故か巻き込まれたティターンズ第二代目長官のウィリアム・ケンブリッジが関与していた。

その情勢下で行われる『Z計画』のテスト。
付近にはブッホ・コンシェルの船が航行中だが関係ない。
そもそも『UC計画』『N計画』の二つは極秘扱いだが、こと軍事的抑止力と言う意味で、カミーユが参加する『Z計画』は公開されている。
あまりにも露骨かつ秘密主義的な軍拡は第二次一年戦争を引き起こす可能性があるとバウアー内務大臣が言ったからだ。それが受け入れられた結果である。

「ブライト准将、全機発艦完了。予定位置に到着します」

トーレス伍長が報告を上げる。

「よし、艦隊反転、目標である第12独立戦隊と第7独立戦隊のMS隊に対して攻撃態勢に入る。ギャプラン隊は後方援護、カミーユ機とフォウ機は先発、残りは周辺宙域の警戒作業に当たれ。
この宙域は一年戦争の残骸が多い。360度警戒作業を怠るな。デブリは下手なバルカン砲よりも余程脅威になると言う事を忘れるなと伝えろ」

そう言いつつも、メイン・パネルで模擬戦闘を見る艦橋らのスタッフ。いや、手空き乗組員にデータ吸出し班。
二機の「Z」計画の機体が迎撃に出るジムⅡをあしらう。華麗に。優雅に。綺麗に。
迎撃するジムタイプの模擬ビームライフルのビーム攻撃を回避して、ウェイブライダーのまま一気に防空網を突破、最初のサラミス改級巡洋艦を撃沈する。
ウェイブライダーと呼ぶMA形態で戦線を突破したカミーユ機。その後ろからカミーユを狙う二機のジムⅡ、それを二撃で二機とも落とすフォウ・ムラサメの駆る百式と呼ばれる金色機体。
軍隊らしからぬ機体色で、後にジム・クゥエルと同様のティターンズカラーにする予定だ。尤も、母港であるグリプス要塞(既に要塞と呼べるにふさわしい規模になっている)に帰還してからだが。
そして件の二人、フォウとカミーユは抜群のコンビネーションと言える。
後方のギャプラン隊は何もして無いにも拘らず戦闘開始から3分で12機のジムⅡと3隻のサラミス改級が沈んだ。

「これがウェイブライダー・・・・・早いな、あの可変機であるギャプランも早かったがそれ以上だ」

と、そこにアムロ・レイ中佐が通信回線を使って声をかける。
指揮シートに座る艦長にして艦隊司令官のブライトに。

「それにギャプランの欠点だった戦闘継続時間の増大にも成功している。
可変機構はその分複雑になったが、大気圏突入とかいう訳のわからない機能は排除したし、その分装甲を強化したから良い機体になるだろう。
それにしても優雅だな。ブライト、本当にこれはテスト飛行なのか? これが初めての処女飛行とは思えないぞ」

確かにその通りだ。
ブライトもそう思う。今だ悔恨する、かつて眼前で奪取されたガンダムMk2よりも遥かに良い機体の様だ。

(いかんな、後悔するのと引きずるのと反省するのは全て違う。
今は前の失敗を犯さない様に全力を尽くす事だけを考えよう。
それに第3独立戦隊と第4独立戦隊も周囲の警戒に出ているから問題は無いだろう)




そして凡そ2万km離れた距離では。
ジュドー・アーシタは最大望遠で一瞬だけ捕えたMAからMSに変形した機体を見て感歎の溜め息をもらす。

「ほー、あれが新聞で噂の新型のガンダムか」

そう思った。この演習を盗み見していたジュドー・アーシタ。
盗み見とは失礼な言い方かもしれない。
実際この演習は公開されている。

『ニュー・ディサイズ計画は可能な限り公表し、対テロ戦争に備えつつ、ジオン公国との緊張緩和を行います』

それが計画発表時のケンブリッジ長官の発言。
最近良い様に連邦政府の広告塔扱いとされてきているとは本人が妻に溢した愚痴である。そして真実であり、事実でもあった。
無論。公約を破る事無く地球連邦政府は対テロ特殊部隊としてのロンド・ベル艦隊と対ジオン国防戦略から新型機開発を公開。
既に可変機やムーバルム・フレーム、ハイパー・メガ粒子砲など明らかにジオン本国を凌駕する部隊を持つが故の強者の余裕だった。
ザク・フリッパーを中心とした偵察部隊が宙域ギリギリに展開しているのは第3偵察艦隊の報告で分かっている。
ブッホ・コンシェルの船が定期便として航行しているのも、だ。当然ながらロンド・ベル艦隊の本来の任務である以上、有事の際には彼らの保護が第一義務とされている。

「お、こちら01、第二方向に宇宙速度39ノットのデブリ発見、これを回収する」

そう言って、ジュドー・アーシタの乗るジム・コマンドがブッホ・コンシェルの研修生が乗ったシャトルに近づいたゴミを回収した。

(これで七つ目。結構数が多いしスピードも速い。気を付けないとな)

MSの実技訓練が終了して3日目の新人にしてはあり得ない記録だった。
特に初日の暴発事故で明らかに死角のデブリを見事に盾で受け止めたのはブッホ・コンシェル本社からマイッツァー・ロナ首席補佐官を経由してティターンズ広報部に挙げられている。
それを見たティターンズはルー・ルカ少尉を派遣する事にした。
その彼女が教官役としてジム・クゥエルに乗って合流する予定だった。

「レーダーに反応。MS3機・・・・例のルー・ルカって人のかな?
あれれ、予定よりも30分は早いぞ・・・・変だなぁ・・・・何だろうこの感じ。この寒い感じは?」

妹の乗るシャトルを護衛する兄。妹のリィナ・アーシタはティターンズが戦災復興プログラムで立ち上げた各企業の慈善教育プログラムの一環としてブッホ・コンシェルの経営する私立学校に入学。
彼女の、リィナ・アーシタの成績は中の下だったが、その代わりに兄であるジュドー・アーシタが宇宙開発工事とデブリ撤収作業でブッホ・コンシェルの一員として働くという条件で学費支払を20年単位で猶予される事になった。
しかも、兄妹の衣食住は他の生徒と同様、無論最低限ではあるという但し書きつくが、ブッホ・コンシェルが保証する。
これはティターンズ中枢に近いマイッツァー・ロナの、ウィリアム・ケンブリッジの影響だと後世の歴史家は判断する。
彼なりの『高貴なる者の義務』を実践していたのだ。
無論、アーシタ兄妹は他の募集したメンバー、選抜試験から落ちた人から比べて運が非常に良かったのは否めない。

「あれ? ザクタイプが2機・・・・と・・・・・識別不明機・・・・機体照合・・・・アクシズのガザD?」

OSの識別表では近づいてくる機体が事前に言い渡された合流予定の地球連邦軍ティターンズ所属のジム・クゥエル小隊ではなく、ザクⅡF2型、ザクⅠ、そしてグリーンの塗装がされたガザDとなっている。
おかしい、何か変だ。そう直感したその刹那。ガザDからビームが放たれた。

「あ」

確かに聞こえた。その直後爆発音が宇宙に響いた。
響く筈の無い音を光学センサーで感知した各機のジム・コマンドはパイロットのヘルメットに伝達する。
教官の乗ったジム・コマンドが撃墜された。その撃墜音を。そしてそれは未熟なパイロットたちに伝染した。
恐怖と言う形で。

「う、うぁぁぁあぁ!!!」

「ざ、ざ、残党軍!? アクシズ!? 何でこんな所に!?」

接近する三機の所属不明機。恐らくは同僚の言った様にアクシズかジオン残党軍だろう。エゥーゴなら連邦系の機体を使うはずだ。

(もっとも、そんなん気休めにもならないけど!! ええい、やるっきゃない)

即座に近くにいた地球連邦軍に救難信号の信号弾を発射する。それも全て。
その判断をできたのはジュドー・アーシタの乗っていた01のみでのこりの02,03は恐慌状態に陥ってしまった。
残りの同僚が必死でビーム・ガンを撃つ。だが当たらない。
当たり前だ。相手は戦争の玄人。こっちはただのゴミ処理業者、所謂ジャンク屋だ。

(戦闘訓練なんかシュミレーションでしかやった事無いぞ!)

ジュドーも焦るが他の二人の焦りはそれ以上だった。
時間さえかければ連邦軍が救援に来る事を忘れている。

「くそ、くそ、ザクなんかに! ザクなんかに殺されて・・・・・」

ザクⅡF2はビームを巧みに回避してザクマシンガンを02に撃ち込む。装甲版が剥離し、学生運搬用の大型シャトルにまで破片がぶつかる。

『全員ノーマルスーツを! 早く!!』

先生の声が聞こえた。少なくともジュドーには。
あそこにはリィナがいるのに。まだノーマルスーツも着ていないのか?

(早く!! 早く何とかしないと!!!)

ジュドーが憤る。
と、ザクⅡF2がマシンガンを構える。撃った。間違いなく、02のコクピットに直撃だ。良い奴だったのに。
今度出来ちゃった婚で結婚するとかほざいていた奴だったのに、何にも出来ずに目の前で殺された!

「てめぇぇぇ!!!」

02のコクピットに大穴が開いたのを確認したジュドーの中で何かが切れた。
ジム・コマンドでは勝てないかも知れない。数は既に二対三で向こうが有利。性能は互角かガザD相手では不利。しかも敵は玄人。こっちは素人にパニック状態。
だが、今自分が逃げれば一年戦争で両親を失った悲しみを繰り返す。
あのシャトルには最後の肉親であるリィナが乗っているのだから。それだけは、妹を置いて逃げだす事だけは出来ない。
一気にバーニアを吹かせる。

「よし・・・・よし・・・・よし・・・・いいぞ!! 行け!! 02の仇・・・そこだ!」

互いに高速機動で射撃軸を回避し合いながらも、ジュドーは一発だけしか発砲しなかった。
そして、その一撃は確実にザクⅡF2を貫いた。奇跡の一撃。まぐれ当たり。
そう見切りをつけるガザDとザクⅠ。ザクⅠはシャトルを、ガザDは後方から厄介なジム・コマンドを狙う。

「これで一つ・・・・って、後ろ!!」

咄嗟にペダルを踏んで、機体を180度反転させる。そのままビームサーベルを使ってガザDの攻撃を受け止める。

『まさか!?』

敵の、ガザDのパイロットの声が接触回線で聞こえた。確かに必中の間合いだった。相手は確実に気が付いてなかった筈だ。
そう思っていたのに、この目の前のジム・コマンドのパイロットは性能に勝る筈のガザDのビームサーベルを受け止める。そして即座に反撃に出る。

「あんたら!!」

接触回線で怒りをぶつける。ふと、ビームの光をわざと消す。そのままの勢いで空振りするガザD。とっさにジュドーは右足を使って頭部に蹴りをくらわす。
コクピットブロックごと肉体がつぶれるような嫌な感触が操縦桿から伝わった、そんな気分がした。
とにかく、ジュドーの蹴り技で頭部にコクピットがあるガザDのパイロットは死亡。これで残り1機だけ。
一方で、残ったザクⅠがバズーカを構えた。それを見てジュドーは咄嗟に叫んだ。

「03、散弾だ!! 盾を構えろ!!」

その言葉通り、ザク・バズーカの弾は散弾。シャトルを守るべくジュドーは自らの機体を射線上に滑り込ませる。それも最良且つ最適な位置に。
03も同様に。そして手前約50mで弾頭は分裂。いくつもの小さな散弾になってジム・コマンドを襲う。各部に被弾による警戒音鳴り響いた。

「このぉ!」

ビームを撃つ。が、向こうは既に射程圏外離脱した。そのまま宇宙の闇に消える。
そして。

「う・・・・くそ、はきそうだ・・・・って、あれは?」

目の前に二隻の艦が来る。一隻は見た事がある。アーガマ級だ。
もう一隻も思い出した。ネェル・アーガマだ。ロンド・ベル艦隊の総旗艦だ。
じゃあさっきの地球連邦軍か? 救難信号を見て駆け付けてくれたらしい。

「た、助かった、のか?」

その後の調査で以下の事が判明。
シャトルはエンジンが破損。結果、ネェル・アーガマに全乗組員・学生を収容しそのまま最寄りのコロニー、シャングリラに入港する事になる。

そしてジュドー・アーシタは運命と言う名の女神と出会う。

そこに新たに戦場に到着した一機のジム・クゥエルがワイヤーを繋いで接触回線を開く。

「そこのジム・コマンド聞こえる? 大丈夫!? 生きてるわよね?」

その声に漸く安堵する。自分は助かったのだと思う。妹も無事だ。
吐き気も収まってきた。そして周囲には見た事も無い新型のMS隊が展開している。
いや、あのダカールの日で有名になったギャプラン6機も存在している。

「あれ、今の声は女の人?」

「あら? 女で悪い?」

え、と。そんな事は無い、寧ろ大歓迎。そう言おうとして立ち止まる。

「あ、シャトルは!? リィナは無事ですか!?」

叫んだ。そして慌ててシャトルに行こうとして止められる。
止めたのは金色の機体だった

「そこのMS。慌てるな。
その状態でシャトルに近づいてぶつかったりしたらどうする。ボロボロだぞ」

自分と同世代の声。そして不思議な事に彼の視線から見た自分のジム・コマンドが見えた。
思い描いたイメージでは散弾の直撃でジム・コマンドの両足がいかれている。
いつデブリか何かぶつかって引き千切れても可笑しくない状態だった。

(確かにこんな状態でリィナに近づいたら不味い・・・・あれ? 俺は何でこんな事が分かる?)

そう思いながらも礼を言う。

「ありがとうございます、その、これからの指示を下さい。頼みます」

と。それから1分くらいしてネェル・アーガマに着陸させるから生命維持装置を残してエンジンを切るように言われた。
言われた通りにエンジンを最低限の出力にまで落とす。そして金色のMSとジム・クゥエルに付き添われて着艦した。

「あなた、名前は?」

ジム・クゥエルのパイロットが聞く。
答えるジュドー。

「ジュドー・アーシタ。ブッホ・コンシェルのMS業務部門のNo1597のパイロット候補生です」

サブモニターに移ったティターンズの黒いノーマルスーツを着た女がそれに驚く。
そしてヘルメットのバイザーを開けて言った。

「あ、言い忘れたけど、あたしがルー・ルカ少尉。
これから貴方にいろいろ聞きたい事があり、その担当になったわ。よろしくね、勇敢な少年君」




その一方でサイド1首都バンチ横のコロニー・シャングリラにはある厄介な客を迎え入れていた。

「はじめまして、私はオードリー・バーン。こちらはバナージ・リンクス。この度は世話になります」

ぺこりと頭を下げる。お忍びとはいえ、他のコロニーサイドへの訪問だ。
0089のウィリアム・ケンブリッジのケンブリッジ家同時テロやゼナ・ザビ暗殺事件(ジオン公国の公的な発表)もあるし、何より水天の涙紛争で彼女自身が暗殺者に狙撃された。
まあ、お忍びと言ってもここはジオン公国のサイド1駐留軍の駐留コロニーにある専門学校であり、武器の持ち込みは宇宙港で固く禁じられているので何とかなると思われていた。
特に司令官がガルシア・ロメロ少将という保身とゴマすりに長けた将官であるなら当然であろう。
まあ、警護隊長を仰せつかった日から胃痛が収まった事が無いと言うのが彼の不安な点だが。

「バナージ・リンクスです、よろしく」

さりげなく手を繋いでいた二人。
それを呆れるように見るのは従姉妹のマリーダ・クルス・ザビ(今はエルピー・プルという名前で登校中。無論、暗殺防止のための偽名。既に半分は冗談だが)であり、情操教育の一環として宇宙に連れて来られたブライト・ノアの息子と娘であるハサウェイとチェーンだった。
教室はゼミ形式を取るので狭い。10人も入らない。先生はザビ家の直系の一人であり、現在は後継者問題から自身の子供を作る事を諦めたガルマ・ザビ。
数年ぶりの宇宙。尤も帰国が許された訳では無い。
あくまで各サイドへの表敬本問中であり、丁度、姪たちに会う事になったので2週間の滞在期間中は彼らに自分の体験談を語る事になった。
(なお、各サイドへは表敬訪問であり間違っても謝罪では無い事に注意されたし。
ギレン・ザビ公王はこう考えている。あのジオン独立戦争は正式な手続きを踏んで正統な方法で勝利したのだ、と。
NBC兵器やコロニー落としはあくまで脅しであり、現実に使用してなかった以上追及される謂われはない。
それがジオン公国の公式見解であり、地球連邦も黙認している政治姿勢である。これが反地球連邦運動であるエゥーゴ派閥の決起に繋がったのだがそれは割愛する)

「それでは新たにもう二人加わります、入りなさい」

ガルマがそう言って扉を開ける。
入ってきたのは利発そうな中学生の少女。

「リィナ・アーシタと言います、どうぞよろしくお願いします」

「マナ・ケンブリッジです、この中では一番年上だけどよろしくね」

ノア家、ザビ家、ケンブリッジ家の中に放り込まれた小市民のアーシタ。
これが如何なる渦を巻き起こすのか、それとも波紋で終わるのか、まだ誰にもわからない。

ところで兄のジュドー・アーシタはどうしたのだろうか?
彼は取り調べ中だった。
と言っても非人道的では無く任意の取り調べで、しかもネェル・アーガマの艦長室でブライト・ノア、アムロ・レイ、ルー・ルカの三人から受けていた。

「では君は咄嗟の判断ではなく、確かに見えない筈の後方からの敵機が見えた、そう言うのだね?
しかも見えない筈の爆発にも、敵の思考も読み取ったと、そう言うのか?」

ブライトの質問に答えつつもジュドーは思う。
大人は苦手だった。
いつも偉そうにして、肝心要な時には逃げ出す。あの一年戦争でもそうだったのを俺は覚えている。

『最後まで戦おう、侵略者ジオンを追い出せ』

そう言っていたサイド1政府首脳部と経済界や連邦軍のお偉いさんはさっさと逃げ出してしまった。
唯一残った部隊も俺たちに乱暴するだけ。大人たちは連邦軍がいる間は地球連邦政府万歳と叫び、侵略者、無法者ジオンを追い返せと息巻いた。
ところがルウム戦役で連邦軍が壊滅し、ジオンが全コロニーサイドの制宙権を掌握、その後に占領軍を各サイドに展開すると大人たちの対応は豹変。
死んだ者は無かった事にされた。更に義勇軍と言う名目で連邦軍だった大人たちをジオン軍に売り渡す。
さらには忠実な飼い犬の様にジオンへの義援物資を送る。
もちろん、徴収された義援物資の何割かは使途不明、或は戦争の為と言う名目で闇に消えたっていう噂だ。本当かどうかは知らないけどありそうな話だ。
そして極めつけは戦犯であるレビル将軍の『チェンバロ作戦』と『星一号作戦』の二つ。これらの発動とルナツー基地を出港した7個宇宙艦隊の進撃。
ジオン軍が要所であるソロモンを短時間で失陥すると今度は連邦派を名乗る連中がジオン派を弾圧。それから一日後に連邦軍主力が失われると次は連邦派へのリンチ。
最終的には連邦軍がア・バオア・クー要塞から退却し、ジオン軍の捕虜が捕虜交換で撤収する事であの騒ぎは、戦争と言う悪夢のお祭りは終わった。
だけど、残ったのはサイド1内部のいざこざ。それを利用されたのがエゥーゴの反地球連邦政府活動だろう。

(少なくとも、俺はそう思う。ティターンズも地球連邦もエゥーゴもアクシズもジオンもみんな一緒だ。
大人たちの勝手な思惑で俺たち子どもたちを振り回したのに変わりは無いじゃないか!)

そう言ってやったら目の前の人物は自分が思った以上に大物だった。
いつの間にかそう言っていたらしい。激情家であるのを注意しろと学校でも妹にも言われたのに。

「その通りだ・・・・謝って済む事ではないが・・・・すまなかった」

ここでは連邦も軍も関係ない。一人の大人として対応する。
ブライト・ノアという地球連邦軍のエリート将官はそう言って頭を下げた。誠意をこめて。

「・・・・あ、いや、わるかったよ、あんたの、ブライト・ノアさんの事は知ってる。アンタだって戦争の被害者みたいなものだよな。
ただの中尉さんていう下っ端がホワイトベースの艦長にさせられて、民間人引き連れてさ、それでジオンの占領地域を横断しろ、だなんて、軍のお偉いさんは無茶苦茶言っているよ」

苦笑いするアムロとブライト。当時を思い出す。
ドズルの勅命で動いていた新型機を有した青い巨星や黒い三連星、闇夜のフェンリル隊に追撃されたあの懐かしい地獄の日々。
時にはガンダムアレクッスを無断で、というか、今なら100%の敵前逃亡をしたと言えるアムロの行動。それに激怒するブライトとアムロの殴り合い。

「若かった。そうだな、アムロ中佐」

「若いですませられるものか、ブライト准将」

何か勝手に盛り上がっている二人。
書記役のルー・ルカ少尉もこれにはついていけない。
何せこれは一年戦争を戦い抜いた、自分よりも世代が上のホワイトベース隊の生の物語だから。それを知るのは本当にごく一握りの人物だけ。

「あのー、で、俺は何が問題な訳ですか?」

それは疑問。そして一番の琴線。
件の戦闘時のブラックボックスとブッホ・コンシェルの提供された事故のデータを解析したロンド・ベル隊は即座にジュドー・アーシタの異常性に気が付いた。
後ろから攻撃した敵機を完全に見切って攻撃を防ぎ、反撃し、撃破する。そして敵のバズーカの弾丸の種類を特定した先読みのセンス。
間違いない。ムラサメ研究所が研究していた軍事定義上のニュータイプになる。
それを保護する事。尤も、カイ・シデンなどによっては軟禁とも言うだろうが。

「君は・・・・・この艦隊にいる三人の人間と同じ素質を持っている、何の素質か分かるかな?」

アムロが聞いた。
さあ、という感じで肩をすくめるジュドー・アーシタ。
それを見てブライトが言葉を引き継ぐ。

「ニュータイプ。聞いた事があるだろう? ココにいる白い悪魔の事を指す言葉だ。
軍事上の定義として、アムロ・レイ中佐や赤い彗星、ジオンの第300独立部隊が示した兵士と同じセンスを持っている、と言う事になる
つまり・・・・多くの軍事関係者から羨望と垂涎の的という訳だ、ジュドー・アーシタ、君はね。」

!? 驚きが顔に出て思わず逃げようとする。
慌てたのか、お茶がこぼれて愛用の黒いズボンにかかったがそれを気にしている余裕はない。
このままだと兵器にさせられる。彼だって地球のムラサメ研究所のギニアス・サハリンによる告発事件は知っていた。
仮にロンド・ベルが自分の予想通り、思惑通り、最悪のシナリオ通りなら最良の実験サンプルか兵士として利用する筈!
そう思って逃げる。
だが、それを抑えたのは一通の紹介状だった。

「ジュドー君、君が混乱するのは分かるけど、少し落ち着きましょう、ね?」

ルー・ルカ少尉の言葉。更に。

「俺達ロンド・ベルは何もジュドー君を兵士にしたいわけじゃない。
それに正直言って勢いで戦争に行く若者は見たくない。
俺の様な、父親を見殺しにしてまで、母親を見限ってまで戦い続けるようなマシーンなんて不要だと思う。
だから・・・・とりあえずで構わない。君の未来の為にも一度座って話を聞いてくれないか?」

アムロ・レイの嘆願。

「君の未来は君自身が決める事だが、それ以上に君は重要な結果を残してしまった。残念なのかどうかはわからないが。
とりあえず、これを用意した。君が同行するなら本艦と君の妹と君の妹のクラスメートと共に地球に降りてみないか?
無論、嫌と言うなら先の戦闘データは抹消する。ガザDとザクは我が軍のカミーユ機が落とした事にして緘口令もしこう。
それでアクシズやエゥーゴ派からの脅威はある程度は防げるはずだ」

確かに、いまここを逃げても艦内のどこかで捕まるだろうし、それにアクシズやエゥーゴに捕えられて問答無用で兵士にされる恐れもある。

(ここはこの人らの言葉に乗せられて見るか)

そう言って封筒を受け取る。
封筒の上部を破り捨てる。

「・・・・・・ええと、0091.02.29の午前9時に面談の要望在り。YESの場合はブライト・ノア准将にその旨を伝えられたし・・・・差出人は・・・・ケンブリッジか」

え?

「ケ、ケンブリッジ? この書類の主ってあのティターンズ第二代長官!? ダカールの日の英雄、ウィリアム・ケンブリッジの事ですか!?」

叫んだ。
唖然としたのは差出人までは知らなかったルー・ルカ少尉も同じだった。ティターンズの黒い制服に青の髪を靡かせて頭を横に振る。

「そうだ、ウィリアム・ケンブリッジ長官ご自身がお会いしたいそうだ。
君の様な人物を野放しにしてその結果、敵対勢力に捕まり君が強制されて地球連邦の敵なれば不本意な犠牲が出る。
これは一年戦争や水天の涙紛争が証明している事実だ。残念ながら、ね。
かといってそこまでの才能を軍事だけに費やすのは惜しいし、非建設的だ。ならばそれ以上の事をするべきである。
だから一度面接をしたい、そう言ってきた」

ブライト准将が答える。
それにオードリー・バーン、つまりミネバ・ラオ・ザビやビスト財団の隠し子バナージ・リンクス、ザビ家直系=ギレン・ザビ公王の長女、マリーダ・クルス・ザビやマナ・ケンブリッジ嬢の護衛と考えればロンド・ベル艦隊が地球に降りる事も問題は無い。
止めに例の外惑星航行可能大型空母(ドロス級の約3倍の大きさ)ベクトラの建造状況も確認する必要がある。その初代艦長としても。

「で、会ってみるかね? この世界を動かしてきた男に」

その言葉は甘美な麻薬。

(会える? 本当に俺みたいなジャンク屋の下っ端だった人間がこの世界を変えた英雄に会える? 本当に!? あの伝説の英雄に会えるんだ!!)

子供じみた、いや、大人でも逆らえない甘美な麻薬にジュドー・アーシタは屈し、ジュドー・アーシタは妹共にこのネェル・アーガマで地球に降りる事を条件に承諾した。




地球、北米大陸、地球連邦政府首都、ニューヤーク市郊外、首相官邸付近、通称ヘキサゴン官邸街にある黒い五芒星の建物、ティターンズ政庁(コンドルハウス)にて。

「お、終わった。漸く終わった。これで明日から三連休だ。二か月ぶりの休みだ。絶対に寝る。絶対に、だ」

部屋の主にしてこの館の主はそう言って突っ伏した。情報端末の電源を切る。
それを見計らったように、ホワイトマン部長と呼ばれだした妻が日本酒を持ってくる。

(なぜわざわざそんなアルコール度数の高い酒を出す?)

まあ仕方ないのでのどを潤す。ビーフジャッキーを食べる。最近また体重が増えると思ったら10kgも激減していた。絶対におかしい。

「お疲れ様。子供たちはもうすぐ帰ってくる。心配性ね、大丈夫、ブライト艦長の運の良さと指揮能力は私が保証するから」

そうだな。そう思う事にしよう。戦友である彼女の方がブライト・ノアらロンド・ベル隊に対する信頼も厚い。
それにジオン親衛隊が秘かに護衛している。だから問題はあるまい。問題はこちらだ。
A4でプリントされた用紙の束を捲る。そこには黒い髪の少年の写真が写っていた。勿論履歴書だからスーツ姿だが。

「ジュドー・アーシタ。軍事学上のニュータイプの素質を持つ存在。手放してはならないとしてゴールドマン首相からの命令で保護をする・・・・いえ、軟禁も考慮する少年か。
リム、いつからティターンズは武装警察から秘密警察に組織替えをしたんだ?」

笑うしかない。
これでは道化だ。しかも少年を人質に取る最悪の男だ。
それを察したのか妻が両手を絡ませる。

「貴方は悪くない。決して、貴方だけが悪い訳では無い。大丈夫、私は一緒よ。子供たちは天国に行く。でも貴方はきっと地獄に落ちる。
だけど安心して。私も一緒に地獄に行ってあげるから。カトリックじゃないけどね」

そういって微笑む妻の顔は50代にも関わらず美しい。嘗てハワイの夜、共に踊った時と同じように。




あと、どうでも良い事だが、思春期に入ったばかりのバナージ・リンクスはオードリー・バーンと名乗っている女の子に魅力を感じていた。
そしてオードリー・バーンと名乗って自由にしている、二人しかいない異性の友達であるバナージに対しても何らかの思いがあるみたいだ。
これはそんな相談劇の一幕。相談相手はシーマ・ガラハウ准将と従姉妹であるマリーダ・クルス・ザビ。

「ねぇ、ちょっといいかな?」

士官学校で校長をやっていたカスペン少将の扱きの合間。
ザビ家だろうが女の子だろうが区別しなかった。この点をドズル・ザビが見込んで暇なときにカスペン校長直々の講義に二人を出席させている。酷い時には軍人養成プログラムをやらせている。
お蔭でマリーダ・クルス・ザビは軍隊格闘技が得意分野になってしまった。
流石の冷静沈着冷酷鉄仮面と地球連邦の市民に思われているギレン・ザビもこの報告を聞いた時は弟のドズル・ザビを怒鳴りつけたと言う逸話が残っている。
そんな暇な時間、与えられたザビ家専用の休憩室で、同い年のマリーダ・クルス・ザビは従姉妹のミネバ・ラオ・ザビの恋愛相談を受けた。

「私・・・・好きな人が出来たかもしれない」

と。
次の瞬間思った。

「それってバナージ?」

その言葉にあたふたするミネバ。その反応が面白すぎる。
これでは明らかにバナージ・リンクスの事ではないか。それにしてもまさか従姉妹がそんな話を持ってくるとは。

(~うーん、これはまず間違いなくガチだ。結構重症だぞ。しかも外堀から埋めて来るとは・・・・あのバカ兄貴とは大違いだ。
因みにあれからもなんどかアプローチを試みている様だが、何ゆえかマナ姉さまの感触は良い様だ。まったく、マナ姉さまもグレミー兄貴の何がいいのやら
あ、いや違うかな? もしかして財布扱い? ならマナさんを見習おうっとね)

かなり失礼な事を思う。
まあ、実の兄貴の恋愛話など知りたくもないし聞きたくもないだろう。思春期の娘が。
そしてマナもあそこまで頻繁に好意を寄せられると戸惑いだしている。結構どうでも良いと言う割には情報通な兄妹関係だった。

(あ~気に入らない、気に入らないったら、気に入らない。あのばか兄貴に続いて今度はミネバ?
どうして私の周りには良い男はいないのよ!!)

幾分か私怨の入った感情で一言。

「そうね。とりあえず・・・・バナージと人前で手でも繋いでみれば?」

というアドバイスをやけくそにして送ってやった。この間、一連のやり取りを見ていたシーマ准将は無表情。
ザビ家の恋愛模様など、毒蜘蛛の放った強烈な死に至る糸以外の何物でもないから。

(あたしも不憫だねェ・・・・せっかく独立戦争の最前線勤務からジオン本国の後方勤務になったと思ったのにこれだ。ジョニーと夜酒でもいくか)

そして冒頭に戻る。




同日、地球連邦官庁街『ヘキサゴン』の一角にて。

「クェス、クェス・パラヤです」

一人の少女が道に迷った。
そんな少女が出会ったのは50代後半の壮年の男。彼は優しげな瞳をしている。
紺のストライプの入った黒いオーダーメイドのスーツにワインレッドのYシャツに水色一色のネクタイと茶色のスーツと同じオーダーメイドの皮靴。

「パラヤ? ああ、パラヤ外務大臣のご息女かな?」

優しい人。パパとは大違い。
目の前の男、ティターンズの黒いバッチを胸につけている以上、ティターンズの関係者なのだろうが、この中庭でただコーヒーを飲みながら青い空を見上げている優男。
そんな男に何故惹かれるのだろうか?
何故、こうも鼓動が早くなるのだろうか? 私はもう子供じゃないのに。

「そ、そうです」

だが、言葉が挙動不審になる。それに気が付いたのか、後ろの男がスタンガンらしきものに手をかけた。
ほかの男女のSPも拳銃を引き抜く。緑のレーザーポインターから発せられるレーザー光線が少女の胸もとに当たる。

(撃たれる!?)

思わず後ずさりする。白いスカートが舞う。
スラックスにしておけばよかったかと良く分からない事を思うが後の祭り。彼らは私を逮捕する気だ、殺す気だ。

(怖い!! パパ助けて!!)

だが、直ぐにその殺気は、三人から少女に向けられた威圧は消えた。

「ロナ君、レオン警視、レイチェル警視、三人ともやめなさい」

「あ、え、パパ? あ、違う、その・・・・」

男が右手を挙げて銃とスタンガンを仕舞う様、命令する仕草をする。
辺りを警戒しつつもそれらをしまう三人。
オロオロする少女。明らかにこれでは悪者は自分達ではないか。

「それで・・・・ああ、怖がらせてしまった・・・・これは私がモカ豆から焙煎し抽出したコーヒーなんだが飲むかね?」

とりあえず、頷こう。そして頂いた。

「に、苦い」

思わず口に出す。そう言って返す。コーヒーの入った水筒をそのまま口づけで飲む。

(あ、間接キスだ・・・・どうしよう)

その時ハッとなるクェス。
少女の周りにはいつの間にか中佐の階級章を付け、アサルトライフルで武装している連邦軍の、エコーズの佐官が兵士らを連れてきていた。

「ケンブリッジ長官、お時間です」

(え? ケンブリッジ長官? じゃあ、まさか!?)

連邦軍の軍服を着た男の人がスーツの長官と呼ばれた男を連れて行こうとする。
コーヒーを仕舞う。チョコレートも片付ける。そして立ち上がる。息が白い。

「やれやれ。相変らず書類戦争か。私はプールで泳ぐ時間もウィンタースポーツを楽しむ時間も無いのかい?」

軽い愚痴を言う。
生真面目なロナ君とダグザ中佐は言葉を詰まらせるが、そこに茶々を入れたのはティターンズの軍楽隊からティターンズの慰安部門のバンド部門に移ったマイク中尉だった。

「え、ああ、そうだ。海水浴ならできますよ。
今度、ヒィーリー少佐の伝手で海兵隊の上陸作戦演習がありますから精一杯汗がかけます。
どうです、なんなら一緒に行きますか? もちろん、俺たちは長官を外から応援しますけど。俺たちの軍楽隊の華麗な演奏と共に上陸用ボートから砂浜に上陸してください」

苦笑い。
全く変わらない。これくらいでないと身が持たないと言うのに。
一部では軍閥化していると言う批判もあるが、自分はそうは思わない。皆が自分の考えに則って、自分なりに生きている結果だ。
だから軍閥を作っているつもりは一切ない。

(マイク中尉が殊更明るく振る舞うのはやはり例のテロ事件を負い目に感じているからだろうな。
そこまで思う事は無いのに、な。
私の方こそ、一年戦争で妻を君たちに救われているのだから。
そんなに恐縮しなくても良いよ。君たち第13独立戦隊のメンバー全員が私の戦友であり、恩人なんだから。だから気安い対応をしてほしいな。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・無理だな。うん。引退するまでは絶対に無理だ。そしていつ引退できるかもわからんと来た。神様、本気で呪って良いですかね!?)

とりあえず、教会に行くことは出来ないから次に神父が来た時に懺悔しよう。

『神様、あんたを呪います。この書類戦争に追い込んだ事を』

と、心の奥底から思った事を。
気が付く。視線に移る少女の姿。
そう言えばこの目の前の少女を放置して置いたままだった。

「それで、クェスさんはどちらに行くつもりだったんだい?」

優しげな瞳。先ほどと何も変わらない優しい口調で語りかける。
周囲を囲む、フルヘイスマスクと防弾装備の装甲服を着用したエコーズの面々とのギャップに思わず吹き出しそうになるクェス。

「あの、小父様はもしかして・・・・もしかしなくてもティターンズのウィリアム・ケンブリッジ長官ですか?」

頷く面々。そして再び威圧を受ける。
それを無言で制するウィリアム・ケンブリッジ。

(彼女を怖がらせるな。まだ子供だろう。大の大人が何を怖がっている?)

そう言っている。言葉が、ではない、長官の醸し出す雰囲気が、だ。
この点でウィリアム・ケンブリッジは既に成熟した一流の政治家だった。いや違う、地球圏随一の政治家だったと言える。
彼と互角に戦える人間など20人いるかどうかという程だ。
それを見て思うのはレイチェル・フューリー捜査兼護衛官。
因みに護衛官は地球連邦内務省管轄、地球連邦軍から再編成されたエコーズはティターンズの管轄であるが命令系統の順位はエコーズの方が上である。
事、ティターンズ所属人員に関しては。

(目の前の少女、クェス・パラヤと言ったわね。この少女。恐らくパラヤ外務大臣の娘。年齢も外見も一致する。
でも残念ね、貴方のお父さんと目の前のケンブリッジ長官では政治家としても人としても格が違いすぎる。父親の為に長官を利用しに来たのなら諦めて帰る事よ)

レオン・フューリー(地球連邦中央警察警視)の妻であるレイチェル(地球連邦軍中央警察警視)はタッチパネル式の小型携帯端末を使って目の前の少女のプロフィールを確認して思った。

(役者が違うのよ、役者が。例えあなたの父親が一方的に目の敵にしても、ね)

そんな中会話は進む。

「そうだよ、クェスさん。もしかして・・・・迷子かな?」

首を振る少女。
彼女は言う。

「ちが、違います。ただ・・・・・試してみたかっただけです。ここに来たらパパが探しに来てくれる、そうだろうと思って」

と。だが外務省の人間が、権限縮小という意味では同じでも、その過程は真逆のティターンズの本拠地に来るだろうか?
ましてマーセナス家やパラヤ家は子育てに失敗している家系だと言われている。この点はビスト財団も含まれるか?
そう思う面々。特にダグザ中佐は厄介な事になったと頭を抱えた。そして天気情報を携帯電話から確認する。

「仕方ない、もうすぐ天気予報では雨になる。この一瞬の青い空も幻だ。だから一旦部屋に戻ろう。君も一緒に来なさい。
下手にティターンズの官庁内をうろついているとエゥーゴ派かアクシズのスパイで詰問される。
或は下手をすると拘束されるぞ・・・・・実際この間のパーティーでは少年がテロ行為に走ったのだからな」

ダグザ中佐が全員に撤収を命じる。
ミノフスキー粒子を使われると使えない電子双眼鏡ではなく、普通の極東州製品の双眼鏡で周囲のビルを一度見渡すレオンとレイチェル。

(どうやら、敵の陽動作戦でも無い様だ。クェスお嬢さんの言う通り、ここにこの娘がいるのは本当に迷子かワザとなのだろう。
この父親のID、アデナウワー・パラヤ外務大臣用IDはここまで来れる。外務大臣がティターンズの長官に面会するのは何ら不自然ではないからな。
それに、これがスキャンダルの種になる事も無いだろう。実際のところ今の地球連邦政府に表立った反ケンブリッジ派閥と言うのは存在しない。これは暗黙の了解だ)

レオンはそう思って、最後に中庭と政庁を繋ぐ重い対弾性の強化木造軍用扉を閉めた。




さて、現在地球連邦政府内部に有力な反ウィリアム・ケンブリッジ派閥と言うモノは存在しない。それは何故か? 
これは有名な一つのジレンマがあるからだ。その例題を上げよう。

『ギレン・ザビ、過労で昏睡状態に。その後半年間の長きに渡って生死の境をさまよう』

『キシリア・ザビ、移動中に爆殺。彼女にジオン国内でのクーデター疑惑とケンブリッジ暗殺計画立案の疑惑あり』

『ヨハン・イブラヒム・レビル、ソロモン要塞にて戦死、死後、欠席裁判にて軍籍剥奪』

『エルラン作戦本部長、自決。死後、欠席裁判にて軍籍剥奪』

『ティアンム宇宙艦隊司令長官、水天の涙紛争時のソロモン要塞核攻撃の責任を取り引責辞任、その後軍法会議にて3階級降格』

『バスク・オム准将、第13次地球軌道会戦時の指揮に置いて問題あり、査問会後に二階級降格、内戦続く中央アフリカの補給基地に左遷。
その後に、ロンメル師団を名乗るジオン反乱軍との戦闘で戦死。故意に援軍の派遣を遅らせた形跡があるも真相不明』

『キングダム首相、一年戦争敗戦の責任を取って総辞職。総辞職後、地球連邦議会にて弾劾裁判、懲役15年、執行猶予5年』

『ブレックス・フォーラー中将、軍エリートコースより外れる』

『ガルマ・ザビ、地球に軟禁』

『デギン・ソド・ザビ、地球に軟禁』

『ジーン・コリニー大将、水天の涙紛争の責任を取り、強制予備役編入、その後軍籍剥奪』

『暗殺者カツ・コバヤシ、懲役60年。現在収監中』

『ジオン反乱軍支持勢力であった朝鮮半島北部地域、シリア地域、空爆・地上侵攻により崩壊。この際ロンド・ベル艦隊が活躍』

『シャア・アズナブル、全世界指名手配。懸賞金1000万テラ』

『アクシズ艦隊、エゥーゴ艦隊、ジオン反乱軍艦隊犠牲率8割強。
この戦闘の加害者はウィリアム・ケンブリッジ派閥と言われていた第1艦隊、第2艦隊、第12艦隊、ロンド・ベル艦隊』

『ダカールの日、強制演説によるエゥーゴ派の支持基盤崩壊、彼らの逃亡生活開始』

『ウィリアム・ケンブリッジ狙撃犯、妻、リム・ケンブリッジに絞殺されかける。その後自白、自供、精神錯乱の為、エゥーゴ派収容隔離病棟へ移送』

『ケンブリッジ家爆殺テロ、銃撃戦にて妻のリム・ケンブリッジが自ら主犯者を射殺』

最低でも、主だったモノでもこれだけある。
つまりだ、言い換えるならばウィリアム・ケンブリッジやケンブリッジ家に関わって尚且つ敵対した者は殆どが失脚するか、死ぬかしている。
逆にジャミトフ・ハイマンやクラックス・ドゥガチ、ロンド・ベル隊のエイパー・シナプス中将などは彼の影響下で栄光を手にした。
ジャミトフ・ハイマンは次期連邦首相に最も近いと謳われ、シナプス中将は内々定だが地球連邦軍宇宙艦隊司令長官になる事が決まった。つまり大将に昇進する事も決定事項と言う事だ。
彼、ウィリアム・ケンブリッジと間接的に関係のあるニシナ・タチバナ大将は次期統合幕僚本部本部長の予定である。
もちろん、パイロットたちや白い悪魔のアムロ・レイなどもその最たるものだ。

『味方には幸運を、敵には不幸を』

実はこれ、政界では公然たる噂として流されているウィリアム・ケンブリッジの噂なのである。しかもかなり信憑性が高い厄介な噂。
何よりもジンクスとなっているのは間違いない。
伊達に裏で恥ずかしい公称。
『政界の死神』とか、『疫病神ケンブリッジ』とか、『呪術師ウィリアム』などと呼ばれていはいない。
まあ本人に聞かれたら最後、自分もその超常的な何かで失脚しそうだと言う事で本人やケンブリッジ家の面子は知らないのだが。

「そうか、来てくれるさ。親を嫌う子供はいても、子供を嫌う親はいない、それが私の思いだからね」

本当にそう思いますか?

「少なくとも、私たち家族はそうだった。それは傲慢な発言かもしれないが・・・・そうであれかしと思い描けば、そして生きている限り道は開ける。
どれほど深い谷底でも、底がある限り埋めきれないと言う保証はない。信じなさい、必ず谷間は埋まる」

そう言って、ウィリアム・ケンブリッジは去って行った。
クェス・パラヤはその言葉を胸に父親が来るのを待った。待ち続けた。
そして父親が来て一番にした事は娘を抱きしめる事でもなく、娘の非礼を謝る事でもなく、娘を叱る事でもなく、ティターンズの警備体制の甘さを問い詰める事だった。
それも連れて来た官僚らと実の娘の前で。




宇宙世紀0091.02.29

「ネェル・アーガマ、入港しました」

「第一隔壁閉鎖完了。第二隔壁閉鎖完了。第三隔壁閉鎖中・・・・完了。全隔壁閉鎖完了しました。
これより作業員は耐放射線除染水噴射並びに放射能除去作業開始。総員ノーマルスーツ着用を忘れるな。
それが済み次第、一般作業員は各種艦内、艦外チェックを急げ」

ニューヤーク市郊外ヘキサゴンの更に郊外にあるニューヤーク基地でロンド・ベル艦隊旗艦は補修作業に入った。
そうした中、数台の電気自動車が向かう。目標はティターンズ政庁。黒い館、コンドルハウスの異名を持つ場所だ。
ティターンズの本拠地、地球連邦に歯向かう者にとって最も遠く、最も重要な攻撃目標である。

「緊張しているのか?」

アムロ・レイ中佐がジュドー・アーシタと何故か同行を命じられたカミーユ・ビダン技術中尉に聞く。

「「当たり前です(だ)」」

そうだろうな。何せ相手は『ダカールの日』で地球連邦の未来を決めた男。
地球連邦最大の英雄なのだから。
そう考えれば彼らが緊張するのも理解できる。

「まあ、下手な事・・・・そうだな、拳銃をいきなり突き付けたりしないかぎり大丈夫だろう」

「拳銃って・・・・アムロさんはそういう経験があるんですか?」

何と非常識、というか命がけな馬鹿な行動をやるのですか、と言う目で見るカミーユ。
むろん、ジュドーも似た様な感想を抱いた。

「いや、カミーユ、流石にないよ。それをやったのは俺のホワイトベース時代の・・・・まあ被保護者みたいな奴だったな」

そう言って窓の外見る。既に夜の帷が下りてきた。
ネェル・アーガマに乗っていたエルピー・プルとオードリー・バーン、バナージ・リンクスは別行動だ。
彼らには到着早々、地球連邦北米州の情報局と彼らの持つ特殊作戦群(つまり地球連邦の特殊部隊)とSPらがついてニューヤークの学校に行った。
仲良くなったリィナ・アーシタも同様だ。

「ふーん。まあいいか。流石にそんな事はしないよ。
それでアムロさん、カミーユさん。後どれくらいでつくんだい?」

ジュドーが着慣れてない黒いスーツに灰色のシャツを着て、青いネクタイを若干緩めながら聞く。靴は量販店で買った黒いひも付きの皮靴だった。
一方で聞かれたアムロは青い独特の特注軍服。カミーユはティターンズの黒い制服に第四種コートを羽織っている。
車内のエアコンはついているが、夜の帷と共に白い使者が高速道路を染め上げる。恐らく雪は強くなるだろうな。

「だいたい30分前後だな。とりあえず、飲むか? インスタントじゃない、キリマンジャロコーヒーのエスプレッソだ。
宇宙ではあまり飲めないからな。
幾らアフリカ各州がコーヒー類など輸出に積極的で、各サイドが輸入に前向きとはいえ・・・・ジュドー、君も体験している通り宇宙ゴミの掃除や宇宙海賊化したジオン反乱軍とアクシズ、エゥーゴがいる。
彼らの活動がある地域ではどうしても護衛を付ける必要があり、その分輸送コストが増大する。
これは当たり前の事だ。
彼らは正規戦闘を断念し、地下や暗礁宙域に潜伏する事で謀らずとも旧世紀にあった二度の世界大戦時のドイツ海軍の様な通商破壊作戦を宇宙規模で展開している事になる。
それら掃討の為の偵察艦隊だが、宇宙は広大で一度航路を外れると復帰に時間がかかる。それを考えれば・・・・・残念ながら作戦は上手くいって無いな」

流石は現役でエリート部隊の中佐である。的確な判断だ。
これ(残党軍の始末)は現在、地球連邦政権のゴールドマン政権下でも議論されており、連中の拠点であろうアクシズ要塞の早期発見と撃滅が最優先課題になっている。
そしてレイニー・ゴールドマン首相は、0091の正月明けに最初の外交交渉としてサスロ・ザビ総帥にジオン艦隊動員も要請していた。
宇宙で唯一自己完結できるコロニーサイドはサイド3ことジオン公国であり、軍備力も急激な新型機への入れ替えでマラサイを中心とした第二艦隊、第三艦隊、ガルバルディβを中心としたジオン親衛隊艦隊がある事からそれに拍車をかける。

(まあ、ジオンはジオンで苦しいだろう。予備のマラサイは0だという噂も強ち誇張では無いかもな)

ゴールドマンとゴップはそう思った。事実、マラサイの生産の為にリック・ドム系列とペズン計画の機体は全てコロニー駐留艦隊に引き渡した。
後は解体かジオニックなどの国内企業にレンタル。戦時の際には再徴発する事を視野に入れたマ・クベ首相の苦肉の策である。
そしてそれを知った上での警備艦隊の派遣要請。
まあ、のらりくらりとかわされているが。
ただし、ジオン側もこの点での協力は覚悟しており事実、ティベ級1隻とムサイ後期生産型2隻の三隻一グループの偵察艦隊を再編、動員する為の補正予算を組む事としている。
仮にアクシズが狙うとすればジオン本国か地球それ自体の可能性が高かったからだ。

「まあ、偵察艦隊と多数の偵察衛星が地球軌道と月軌道にあるからコロニー落とし作戦なんて物騒で最悪な作戦も即座に分かる筈だけどな」

アムロ中佐は敢えてお気楽に言うがそうでは無い。
仮にギレン・ザビが一週間戦争で狙ったようなコロニー落とし作戦で地球軌道の阻止限界点を突破されれば地球は大打撃を受け、現在の繁栄は無くなる。
しかもアースノイドはコロニーを落とす者を許さないだろう。それがたとえ一部のスペースノイドやルナリアンの暴走でも関係ない。
コロニー落とし作戦が即座にスペースノイドの弾圧に繋がるのは予想以前の問題だ。
そして一度コロニーが地表に落着すれば二度と地球の環境は戻らない。少なくとも向こう10世代は、だ。
もちろん、アムロだってその危険性、重要性は分かっている。カミーユも技術中尉とはいえ事の重大さを理解している。
だからこそ、ロンド・ベル艦隊の一員として積極的にアクシズ捜査に参加しているし、今も尚、アーガマやペガサスⅢ、ブランリヴァルは艦隊として宇宙を探索中だ。

「しょうがない・・・・起きても無い事を心配し過ぎるのも良くは無いです。それよりもだ、ジュドー、君こそしっかりしろよ。
君の望み、ティターンズの黒い制服を着るんだろ? 妹さんを大学に行かせる為に。その大チャンスだ。ですよね、アムロさん」

アムロはそれを聞いて苦笑いした。

(全く、カミーユはあの日からずっとケンブリッジ長官を慕っている。良い事なのか悪い事なのか・・・・ウィリアムさんも厄介な事ばかりに巻き込まれるな)

あの日、父親フランクリン・ビダンが捕まった時、カミーユ・ビダンは恩赦を願い出た。即座に見捨てられたとはいえ実の父親。
自分が見捨てればそれだけで同罪になる、と。
そしてカミーユ・ビダンは第13次地球軌道会戦で核兵器を使おうとしたマラサイを撃墜している。
その功績もあり、周りの、特にジャーナリズムの視線を考えたティターンズ上層部は彼を地球連邦軍に引き渡した。
この際、人権弁護士として有名になったアムロ・レイの奥方である、セイラ・マスを付ける手配をしたのがウィリアム・ケンブリッジだった。
蛇足的ではあったが、それでもセイラ・マスは必死の弁護を行い、極刑を請求する検察側から軍刑務所における無期懲役という勝訴判決(事実上と言う但し書きが付くが)をもぎ取った。
また、検察側もこんな小者相手に大人物であるウィリアム・ケンブリッジの逆鱗に触れるのも馬鹿らしいと思ってか上告など何もしない。

「ああ、もうすぐか・・・・緊張してきた・・・・本当に履歴書とかあんなんで良かったんですか?
俺、自分が中学卒業してすぐにジャンク屋で働いて、それがブッホ・コンシェルの目に留まってスカウトされた運がいい奴って書いた。
ああ、こんなんじゃリィナをちゃんとした学校にやれない。俺みたいな駄目な兄貴がいたんじゃきっと山の手の良い学校でも虐められる・・・・」

「おいおい、ジュドー。お前はちょっとネガティブすぎるぞ」

思わずカミーユが突っ込む。
反論するニュータイプ。

「でもね、俺はカミーユさんみたいに技術も無いし、アムロさんみたいに英雄でもない。勿論、学歴だってない。
今、ティターンズに居て、しかも通信制のキャルフォルニアMS大学に通っているカミーユさんみたいに器用じゃないし・・・・それに・・・・」

助手席のジュドーが頭を抱える。シートベルトが食い込む。
それがネクタイを傷つけるが気にしない。
気に出来ない。そんな余裕が無い。

「それに?」

運転手のカミーユが問い返す。車はまもなくティターンズ政庁に到着する。
誘導車両がいる。赤信号で止まる。ワザと配置された信号の上には監視カメラ。更には狙撃手が展開している。
警備兵にIDと通貨許可書を見せた。完全武装の検問を5つ通過するアムロらの乗った車。

「・・・・あのバナージ・リンクスはともかく他の二人ってザビ家の王女様でしょ?
それと普通に会話している俺とリィナだけど絶対に学校に行ったら学閥とかがある筈だ。考えれば考えるほど嫌な予感がする」

考え過ぎ、とはえいないか。
アムロは思った。実はバナージ・リンクスもまたビスト財団のカーディアス・ビストの第二子だがそれは極秘事項なので黙っている。

「・・・・ほんと、ニュータイプってなんなんですかね。ウィリアムさん」

呟き。

「え?」

「何か言いましたか?」

アムロの言葉に反応する二人だったが、アムロは何でもないからと首を振った。
車が到着して立体駐車場に入れる。そこから10分ほど地下道を歩く。
そして彼らは黒いティターンズの軍旗がはためく駅前を通り、ティターンズ政庁に到着した。
ここでエコーズのボディーチェックを受けて地下3階に軟禁状態で執務中の権力者に会いに行く。
それが地球連邦にとって幸か不幸かは、まだ分からない。




一方で、インダストリア7を囲む大艦隊の姿があった。
この艦隊は修理が完了し、灰色に塗装し直された第13艦隊旗艦のドゴス・ギア。艦隊司令官にはエイパー・シナプス中将がいる。
副司令官にはかつての木星船団第1船団団長パプテマス・シロッコ准将が、そしてMS隊総指揮官には異動になったユウ・カジマ大佐、参謀長にマオ・リャン大佐がいる。
また、艦隊MS隊は第1から第5までの5個連隊に区分され、第2、第3はストール・マニングス中佐が、第4、第5はトッシュ・クレイ中佐が、第1連隊はサウス・バニング中佐がそれぞれ分艦隊のマゼラン改級から指揮を取る。

「総数60隻ですか。蟻の這い出る隙間も無いとはこの事でしょうな」

シロッコが敬意をこめて歴戦の勇士、エイパー・シナプスに言葉をかける。
副司令官として就任早々、艦隊戦の総合シュミレーションでも自身があったパプテマス・シロッコだが、その自信を長年の直感で崩され見事惨敗を喫した。
何よりシナプス提督は自分よりも二世代ほど年上であったし、ニュータイプが万能な人間では無い。ケンブリッジ長官の言った通りだ。
寧ろ、天才と俗人の区別はあれども、天才にニュータイプとオールドタイプの区別は無いと知った。

(指導者には直感やジオン・ズム・ダイクンや赤い彗星が言う様なニュータイプの素質など不要と言う事か・・・・それはこのシナプスと言う男を見ても分かる。
この男は紛れも無いオールドタイプだがそれでも私に艦隊戦で勝利して見せた。その事実は受け入れなければならない。
そうだ、それが本当のニュータイプの度量と言うモノだ。それが無ければ・・・・自分は埋没する。赤い彗星、あれの二の舞いだけは避けなければならん!)




そう思い返すは昨年の冬。
漸く任務を終えた自分はドゥガチ総統の密命を帯びて(無論、相手ことドゥガチも自分がドゥガチと対等だと思っている事には気が付いている)、ウィリアム・ケンブリッジと接触する様に命令された。いざとなったら差し違えると言う密命を受けて。
その際に彼と再会した。
厳重な警護の下、ティターンズの長官専用執務室に招かれる自分。護身用の拳銃は最初から取り上げられ鉛筆やボールペンも持ち込み不可と言う厳戒態勢。

「久しぶり、で、よろしいですか、中佐殿?」

敢えてかつての名称で呼ぶ。彼は知っているのに惚けた振りをするのだ。
このウィリアム・ケンブリッジという男は。そうやってギレン・ザビを筆頭とするザビ家やジャミトフ・ハイマンら連邦高官に閣僚と北米州大統領、加えて木星圏の支配者であるクラックス・ドゥガチらを誑し込んだ。

「お久しぶりで正しいかと思います、ティターンズ第二代長官殿。まずはご就任おめでとうございます。
長官の活躍は木星圏でも噂になっておりました。それに我が代表であるドゥガチ総統も長官に対して大変な興味を示しております」

その言葉にティターンズのバッチを付けた、灰色のスーツに青いシャツを着た男の眉が若干吊り上る。
ネクタイは外してある。第13独立戦隊解散時にもらった高級万年筆が同じく高級なショーケースに飾ってあるウッドテーブル。
高級机にあるのは備え付けの大型パソコンと彼の家族の写真、第13独立戦隊結成時の写真、ロンド・ベル隊の写真、そして最近結婚したアムロ・レイとセイラ・マスの結婚式を写した写真ケースが四つある。
他には多数の書類の山。ジュピトリスの船団長として多数の書類の山には慣れてはいたと思ったが目の前の御仁が捌いている量は桁が違う。思わず冷や汗が出る。

(何だあの量は? 一人で捌くにしては多すぎる、まさか連邦政府は彼を過労死させる気なのか?)

思わず本気でそう思いそうな量だった。この書類の山は。

「そうですか。それで、ドゥガチ総統の興味は分かりましたが・・・・シロッコ准将。貴殿の興味はまだ旧体制の象徴たるオールドタイプの有色人種に在りますか?」

鋭い指摘だ。思わずその言葉に胸をえぐられた感じがする。
彼は明らかに変わった。キャルフォルニア基地で会った時は原石の欠片。だがどこにでもある石ころの一つに過ぎない存在。
が、目の前の書類戦争に従軍している男は違う。彼はまず間違いない。ニュータイプとは関係なく全人類を動かした男だ。
既に金剛石、ダイヤモンドだ。この世で最も固い強度と価値を誇る奇跡の宝玉になった。

(何と言う無言のプレッシャーだ!! 
だがニュータイプとしてのプレッシャーは感じないが・・・・これが本当にオールドタイプだと言うのか?)

と、傍らの机にいたマイッツァー・ロナと机のネームプレートに書いてある首席補佐官がこちらに視線を向ける。
しかも警戒している。いつでも警備兵を呼べるように机下にあるであろう緊急ボタンに指を伸ばしているのがありありと分かった。

「ロナ君、前もいったがその癖を止めた方が良いよ。誤解を招く」

そう言って宥める。
だが眼光の鋭さは変わらない。いや、変わった。
ここにいるのはキャルフォルニア基地で出会った、軟弱な人間では無く、既に地球連邦政府官僚でも無い。地球連邦の、いや、人類史上の記録に残る英雄だ。
間違いない。自分が相対しているのは英雄ウィリアム・ケンブリッジだ。

「長官はお忙しいのです、要件があるならさっさと言ってくれませんか。シロッコ准将閣下殿?」

その非好意的な目線に逆に興味を感じる。
この自分と同世代の若者、ロナの名を持つブッホ・コンシェルの若き一員も自分と同様に今の連邦政府に対してある思いを抱き、そして自らの理想に準ずる気持がある。
それはサラ・ザビアロフや自分ことパプテマス・シロッコにも通じる面白さだ。

「では長官、長官の地位を私に下さい」

ざわり。ロナを初め、ナポリやイギリスの仕立スーツ姿で作業していたメンバーや書記官らの雰囲気が変わる。
それだけでは無かった。これを聞いていたのか、扉が開く。

「どういう意味ですかな、准将閣下?」

ダグザ・マックール中佐が拳銃を突きつける。
ロナも立ってウィリアム・ケンブリッジを庇う。右手にはスタンガンを持っていた。他の者、レオンとレイチェル、マイクの三人も人間の壁を作る。
これだけでも人望の厚さが分かる。そして極めつけはこれだ。

「シロッコ中佐殿、お久しぶりですね。お元気ですか? そしてさようならと言われたいですか? この世から。あの世とやらに送ってほしいならそう言ってください。
夫の代わりに私がしっかりと送って差し上げますよ? どうか遠慮なさらずに。
あんまり私の旦那を舐めないでくれます? 木星帰りだろうが火星帰りだろうがエゥーゴだろうが私の家族を殺そうとする輩は必ず殺す。
それは例えドゥガチ総統が派遣してきた鈴であっても変わらない。よろしいかしら?」

そう言っていつの間にか自分の米神に旧アメリカ合衆国軍の正式軍用拳銃であるベレッタを突き付けるリム・ケンブリッジ。撃鉄を起こしてないが安全装置は解除してある。
それが殺気だけで分かった、
が、一番冷静だったのは目の前の、今は人の壁で隠れて見えない男。ティターンズの第二代長官ウィリアム・ケンブリッジ本人。

「これを見たかったのかな、准将?」

頷く。

「よろしい、話を聞こう。みんな座ってくれ。席は適当に。ああ、レオンとマイクは全員分のぶどうジュースを配ってくれないか?
話は全員にジュースの缶が行き渡ってからにしよう」

そう言って話を進める。場馴れしている。当たり前か。彼がティターンズの長官になって確認されたテロは二回。
既に命の危険に晒されていると言う意味でウィリアム・ケンブリッジは軍人と言って良い立場にいる。望むと望まぬと関わらずに、だ。

「さて、皆も飲んでもらったようで先程の話の続きを聞こうか。シロッコ准将、君は何を望む?
君が欲しいのは本当に私の後任としての地位なのか? 私はそうは思わない。君が欲しいのは劇場と言う舞台を指揮する指揮者としてのポジションではないか?
その為に一番近い私の、ティターンズの長官という地位を欲している、そうでは無いかな?
君が憶えているかどうかは分からないが、かつて君が語った理想を実現する、その為の革命を起こす手段としてのティターンズの軍権。それが欲しいのか?」

さてどうでる?
目の前の男は無言でそう問いかけてきた。

(侮りがたし、ウィリアム・ケンブリッジ。これでは退路が無い。下手に言えばそれだけで撃たれる、か。
タウ・リンとの戦いの敗北と良い、赤い彗星の失態と良い、どうやら真のニュータイプとは大衆を導ける者を指すと考えた方が良さそうだな
そう思わなければ・・・・)

さて、それで、回答は? わたしの問いにどう答えますか、准将閣下?
無言の問いに、出された100%ぶどうジュースを一気飲みして答える。
黒いティターンズの将官服が汗ばむ。手に汗握るなどいつ以来だろか?

「私が欲しいのはショーの観客の地位では無く、舞台俳優の地位でもありません。私が欲しいのはショーの監督です」

ほう?
面白そうな目で見る二人のケンブリッジ。

「この宇宙世紀という舞台を生きる人々、それらの生きざまを見て見たい。
そして出来うる事なら自分の理想とする世界に少しでも良いから近づけたい。それが理想です。それは・・・・」

だが、ダグザ・マックール中佐が敢えて口を挿む。
シロッコ准将と言う二階級も上の将官に対して、だ。

「詭弁ですね、そんな事は不可能だ。個人の力で出来る事などたかが知れている」

だが、彼は、シロッコはそうは思ってはいなかった、
腕を後ろに組み、大型モニターに映し出されているザトウクジラの親子の映像を見ながら、全員に背を向けて語った。

「そうでしょうか、私はそうは思えません。現に一人だけだが生き証人がいる」

生き証人? 何の?

「ウィリアム・ケンブリッジ長官、貴方はあの0088.10のダカールで世界を変えた。確かに運の要素や時代の流れもあった。
だが、それらすべてを含めて、貴方が一年戦争以前から辿った奇跡と軌跡をすべて含めてあのダカールに繋がる。
どれか一つでも欠けていたら決して埋まる事の無いジグソーパズル。それが貴方だと私は思うのですが・・・・如何ですかな、ケンブリッジ長官殿?」

手を交差して、体重を背凭れにかける。そして彼もジュースを飲む。
マイクが機転を利かして持ってきたイギリス産のホワイトチョコレートを食べて。

「買いかぶり過ぎですよ、准将。あの時、シロッコ准将に伝えたように私は運だけの男です。それ以上では無い・・・・・とは」

「とは?」

言葉を区切ったケンブリッジは強い口調で言葉を紡いだ。

「とはもう言えませんね。よろしいでしょう。准将はティターンズの一員であるが地球連邦軍の軍人でもある。
私の後を継ぎたいと言うならそれ相応の成果と実績を出す事です。
私の後は今のところロナ君辺りが最有力候補ですが、彼を説得し納得させる自信があるのでしたら私の後を目指してください。
尤も、現在の地球連邦は組織として極めて健全です。自己批判、自浄能力も働いています。
地球連邦現政権が考えている最大の危険因子である我らティターンズの縮小も決定し、それを各部署に受け入れさせました。大変でしたよ、全く。
ええ、この書類の山はそれですよ。その証拠です。だからね、シロッコ准将・・・・・逃がしませんからね。この書類地獄から絶対に逃がしません。死ぬまでこき使います」

思わずひきそうなるシロッコだが全神経を使って傲岸不遜を保つ。
それがダグザ中佐とレイチェル警視、レオン警視らから地球連邦上層部に伝わり、彼の行動が逐一監視される事になるのだがそれはまた別の話である。

「了解しました、全身全霊で閣下のお役にたってみせます」

期待しています。それでは近いうちに連邦軍作戦部総合人事課から辞令があるのでそれに従うように。

・・・・・・あと。

「何か?」

敬礼して去ろうとしたシロッコにウィリアム・ケンブリッジは笑いながら聞いた。

「エコーズが展開した直後の化学兵器の自爆テロを起こした南極事件は情報通のシロッコ准将ならば詳細をご存知ですよね?
その南極の昭和ホテルで何をしていたのか、それを地球連邦議会の査問会で聞かれると思いますのでしっかりと答えてください。
ついでに赤い彗星の血液と水天の涙作戦に参加したエゥーゴ艦隊、アクシズ艦隊、ジオン反乱軍の予想データを誰にもらったのか、もね」




『では行ってまいります』

議会の査問会でシロッコは何とか難を逃れた(刑罰や軍法会議行きなど)が制約を大幅に付けられた。
特に地球連邦政府の北米州情報局のホワイトマン部長と匹敵、対を成す地球連邦中央情報局のブラックマン部長(安易なのは情報部全員が思っている)が派遣した特殊隊員が護衛兼監視としてつく。
更にこの命令は政治的な色合いを嫌っていたが、既に大将昇進が内々定しているエイパー・シナプス提督ら第13艦隊の幹部にも伝わっていた。
まあ一言で言えば艦隊副司令官でありながらパプテマス・シロッコ准将は警戒されていた。単にそれだけである。有能な事がそれに拍車をかけるのはご愛嬌だろう。

「ああ、シロッコ准将、気を付けてな。各艦、突入部隊の護衛のMS隊も発進させろ」

ノエル・アンダーソン(マット・ヒィーリーの妻)、アニタ・ジュリアン(ユウ・カジマ大佐の奥方)の管制下でMS隊を出す。
機体は全てRGM-89ジェガンタイプだ。この1年間で開発・生産されたジェガンタイプは既存のMSを全てにおいて上回っていた。
特にジムⅢやネモなど敵では無く、ジオン公国と地球連邦の共同開発のジオン親衛隊専用機の高性能機ゼクシリーズも互角以上の性能を有しており、兵器としての完成度(操縦性、整備性、汎用性など)からはジェガンが圧倒していた。
一年戦争でのジムシリーズのコンセプトを受け継いだだけの事はある。

「さて、上手くいってくれるかな?」

シナプスの視線の先には一年戦争の戦友たちが使っていた強襲揚陸艦が存在していた。




半月前。地球連邦政府内部の某所。

『ラプラスの箱?』

『そうだ、ケンブリッジはあれを回収するつもりのようだ』

『ではビスト財団に兵を派遣する気ですか?』

『本気か? 一足早いエイプリルフールでは無いのか?』

『おい』

『そうです、間違いないのですよ。気を引き締めてください。詳細をお願いします』

『情報源は間違いない。演習の名目ではあるがビスト財団本部のインダストリー7に第13艦隊を派遣する様だ』

『ですが受け取り手はいないのでは?』

『奴が先の連邦議会で大々的に提唱した地球来訪ビザの発効法案、通称地球エクスプレス法は恐らく圧倒的多数で可決される。
宇宙の経済力が回復した今、いや、ジオン独立とアクシズの暗躍で宇宙での制宙権を確保できない現状ではスペースノイド対策で可決せざる得まい
それにアラビア州、統一ヨーロッパ州、アジア州、極東州、オセアニア州は観光立国の国々が多い。彼らが賛同するのは目に見えている。
スペースノイドが落とす金が地域経済の回転に繋がるなら祖国の利益を求める連中は躊躇せん。それが政治家の正しい姿だ』

『ならば妨害してはどうじゃ? あの有色人種にいつまでもデカい顔をさせる必要はないじゃろうに』

『失礼ですが・・・・既に時期は逸しましたと思います。翁の言う交渉や妨害は既に時すでに遅しです』

『と言うと?』

『詳細はこちらに』

『!!』

『どうした・・・こ、これは!?』

『ここまで手が早いとは!』

『遅かった、な』

『の、ようですわね』

『ではスペースノイドが地球に降りて来るのか?』

『一時的です。嘗てのジオン公国の様に精々半年で退去します。それに永久居住権は認めないと明記してあります』

『ふん、法案を骨抜きにするのは貴女の得意分野でしょうに? ならば逆もありうる』

『エゥーゴ派は使えないかね?』

『無理でしょうな』

『だからラプラスの箱を手に入れる、か・・・・或いは処分する。それが狙い』

『アクシズの連中に渡しては?』

『御冗談を。我々の首が物理的に飛びますわ』

『・・・・仕方ない。あの老獪な政治家に今回は譲ろう。今回は、な』

『・・・・今回は、ですね?』

『・・・・そうじゃのう、今回は、じゃ』

『とにかく、今回の件は我らの失態。反省すべきです。あの恒星を甘く見ていた事を。
次回からはケンブリッジ長官の取り込みを急ぐべきですな。この様に何度も何度も連邦政府の禁忌を犯しては堪らんよ』

『同意する』

『異議なし』

『そうだな、その通りだ』

『もちろんですわ』

『それでは・・・・解散と言う事で』




その頃、第13艦隊の攻撃を受けたコロニー内部では一人の男が必死に送金操作を行っていた。
メイン・モニターに映し出されている映像が消える。
地球連邦軍の新型機、ジェガン隊が警護の無人迎撃衛星を撃破する。ビームの出力が足りないのか、ビームスプレーガン搭載ボールでは歯が立たない。
盾は当然として、装甲にさえ弾かれる。

(不味い! 急がないと!!)

そして必死にPCを操作する。自分の口座番号、そして親父の口座番号に財団が持っている株券を次々と売る。
その売った金を、自分たちビスト財団の口座から資金を動かす。サイド6のリーア中央銀行を使い、マネーロンダリングして別の口座に移し替える。
と、扉が開いた。

「!」

振り向くそこには禿げの男と老人と言って良い男、そして数名の拳銃でこちらを威嚇する兵士がいた。

「実の息子であるお前が裏切るとは・・・・・何故だ? 理由があろう? それを述べよ」

その男、カーディナス・ビストは息子であるアルベルトに問うた。
穏やかな口調で問うた故に、息子らしく穏やかに返ってくると思った。
だが、返ってきたのは母親似だったアルベルトは思えない激情の言葉。

「何故!? 何故とアンタが、貴方が俺に聞くのか!? おれは!! 俺は!!!」

護身用の回転式無反動の拳銃を実の父親に向ける。
途端に彼のスーツの両肩に弾痕が出来る。
崩れ落ちるアルベルト。致命傷では無いが激痛が走ったのか、手に持っていた旧式のニューナンブと呼ばれたリボルバーを落とす。
それでも止血しながら拘束するSPの前でアルベルトは叫んだ。

『父さん!! 何故あいつなんです!!! 何故僕じゃないんだ!!! 何故僕じゃなかったんだ!?
僕は僕なりに精一杯財団を運営した!! 財団の矜持を』




それは独自の可変MS、木星の重力圏での使用を前提に創造されたMS、PMX-000メッサーラのリニア・シートにも聞こえる。
それを聞くシロッコ准将。眉間にしわがよる。黒いティターンズのパイロットスーツ越しに聞こえる言葉は罵詈雑言。

『僕は僕なりに財団を守ってきた!! 必死に、必死にです!!
なのにアンタはバナージの事ばかりを優先して俺を、僕を見てくれない!! どうしてですか!! どうして僕じゃなかった!? そんなにあいつが良いのか!?
実の息子を捨てるくらいに、あの愛人の、後妻の子供がかわいいのか!! 答えてよ、お父さん!!!』

不愉快だな。所詮はこいつは凡人だ。
そう思った。

「各機、要所を制圧する。エコーズの強襲揚陸艦ホワイトベースとペガサスが入港した。それを護衛しつつ、当初のプランAに従って彼奴等の本拠地を強制制圧するぞ。
敵対する敵MSは全て撃墜せよ。ビーム兵器の使用も許可する。では各機、小隊毎に散開せよ。以上だ」

そう言っている間にメッサーラのMA形態を解く。ビームサーベルで接近してきたジム改三機を連続で撃破。
メガ粒子砲で屋敷の前にいた61式戦車を二両、上部から焼き尽くする。三台のガンタンクと一機のガンキャノンが出てきたが即座に両肩内蔵メガ粒子砲で撃ち抜く。
爆発。

(ふん、かトンボが。脅威ではないな・・・・所詮は私兵集団か。正規軍の敵ではない・・・・当然だな)

他のジェガン隊も迎撃に出た数機のMSに最低でも1個小隊3機がかりで包囲して撃墜している。
そのビスト財団私兵部隊の爆発や大破の振動でコロニーは揺れた。

「シロッコ准将、ホワイトベース着底します。陸戦隊展開開始しました。抵抗勢力は強制排除中」

完全武装の軍特殊部隊エコーズと武装警察にして連邦軍の精鋭部隊ティターンズの所属でもある地球連邦宇宙軍正規艦隊の第13艦隊にたかが財団の私設武装組織が勝てる筈がない。
圧倒的な性能差、そう、新兵の乗るザクⅠと白い悪魔の駆るガンダムMk4の様な差があれば別だが現実は無常。
実際に圧倒しているのは連邦軍であり、ティターンズだった。
だいたい、一私設組織に地球連邦と言う超大国のMSを凌駕する機体を開発・維持することが出来る筈がないのだ。
そんな事は常識以前の問題である。

「各機、ならび各陸戦部隊に告ぐ。ビスト財団の一族は生け捕りにしろ。他は射殺しても構わん。
なお、民間人、非武装の人間は保護する様に。彼らもまた被害者なのだからな」

シロッコの無慈悲な命令でビスト財団の私兵部隊は蟷螂の鎌のような抵抗の後、玉砕。次々とコロニーは血が流れる。
銃声が響く中、ビスト財団の財団司令部の地下シェルターにシロッコの派遣した部隊は到達。
特別にウィリアム・ケンブリッジの護衛と執務補佐の任を離れて現場を指揮していたマイッツァー・ロナ首席補佐官はこの事態に脱出を試みた要人を確保する。

「ビスト財団の財団長、カーディアス・ビストだな?
ウィリアム・ケンブリッジ長官がお会いになるそうだ。一緒に来てもらおう」

そう言って連邦のエコーズの兵士で大尉の階級章を付けた女がアサルトライフルを構える。
周囲のエコーズのマークを付けた白兵戦戦闘用ノーマルスーツの隊員たちが一斉に銃口を向け、そして、女職員がいるにも関わらず、非武装職員がいるにも関わらず、マイッツァー・ロナは無慈悲に右手を振り下ろす。

バラバラバラバラ。

カンカンカンカン。

銃声と空薬莢が地面に落ちて弾ける音がした。
そして生き残ったのは両肩を拘束され偶々寝かされていたアルベルト・ビストと正面に立っていた財団当主のみ。

「貴様! なんてことをする!! 彼女らは関係なかったのだぞ!?」

思わずアルベルトが怒る。
静かに聞くのは父親のカーディアス。

「ここまでしろと、あのケンブリッジは言ったのか?」

その言葉に反応するのはロナ家の家紋を胸に付けた装甲服を着用した男。

「いいえ、我々の独断です。少なくとも、無用な血を流さない様にという命令は受けましたが・・・・あくまで現場の判断です」

「なら!!」

ふん、鼻で笑うロナ首席補佐官。

「先ほどホワイトベースのCICから見せてもらいましたよ、このコロニーから流れ出た巨額の資金。
今、地球の連邦中央警察が追っていますが恐らく無駄ですね。
あれはビスト財団が保有する資金の筈だ。あれだけあればまた水天の涙紛争のエゥーゴ艦隊程度は揃えられる。
それが反逆行為でなくて何が反逆行為ですか?
ああ、それにラプラスの箱がどうのこうのと言いたいのでしょうが、そんな事はもう関係ありません。
地球連邦軍も地球連邦政府も地球圏も、いえ、ジオン公国に火星圏や木星圏までもがケンブリッジ長官の手で変わった。あの方が変革をもたらした。
地球市民や宇宙市民、月市民と言う区別なく人類は新たなる道、火星の植民化、地球化と言う道に総人口200億を養える地球経済の構築と言う道筋を長官が築いた。
もう、不満の対象は消えるべきです。そうでしょう?」

そこにはカツ・コバヤシを殴りつけた時と同様の目が、理想と狂信の狭間を往復する理性的な男の視線があった。

『確保したかね、首席補佐官殿?』

些か棘のある、無粋かつ不愉快な輩の通信が入る。ミノフスキー粒子の濃さは戦闘濃度。
それにも関わらず通信が入ると言う事は、既に戦闘は粗方終了しこの非常用脱出艇行き通路の近くまでシロッコ准将が来ている証拠。

「ええ確保しました。『不幸な抵抗』があり、排除しましたがビストの男どもは確保・・・・女の方は月に居るようですね。
まあ、これでケンブリッジ閣下の命令は遂行したので良しとしましょう」

そう言って二人の男を連れて行く。
睡眠薬を首筋に撃たれて混沌とする意識の中でカーディアス・ビストが最後の思いだしたのは自分が捨てた筈の息子、バナージ・リンクスの笑顔だった。
そして。

「高貴なる者の義務を全うする長官の邪魔立てはさせん。ラプラスの箱など最早不要だ。地球連邦にとっても、貴様らもな。
そして自らの手を血で濡らす、或いは銃口の前に身を晒す覚悟のない輩が、90年以上も影でこそこそと溝鼠のように動き回る輩が長官の道を遮る事などあってはならんのだ」

そう言って、ロナは爆弾をセットして退去する。20分後、コロニーの隔壁に大穴が開いた。
それを理由にすべての住人が退去させられ、特別の使用許可が出た核弾頭でコロニー「インダストリー7」は第13艦隊の手で完全に破壊される。




そのころ、同時刻、北部インド連合に複数の男が現れた。
小さな農村に明らかに似合わない現地武装ゲリラの集団。そして一つの部屋に入る。

「よう、元気にしていたかい、赤い彗星のシャア・アズナブル?」

旧ソビエト連邦製品で、中華地方で今も現役量産されているAK-47の銃口を突き付ける男達。
と、外を見ると村の男女が100名ほど全員広場に集められる。

「死は誰にでも平等だぜ・・・・・やれ」

その言葉に男たちは一斉に銃口を構えてこう言った。

「「「「ジーク・ジオン!!!!」」」

銃声と悲鳴のオーケストラが合唱される。
そして兵士達を引き連れた男は、サングラスをしつつも二人の人間を身を挺して庇う男にワルサーPPKを構える。

「そいつか、あんたの大切な存在は。苦労したぜ。何せアンタの信望者どもを始末してキュベレイのデータも回収。キュベレイ自体は破棄。
しかも準加盟国入りを目指してるから、厄介者扱いの一年戦争以前の地球衛星軌道からの軌道爆撃の怨念を忘れてない非加盟国の過激派や軍閥を吸収して宇宙に上がる準備をするのは。
流石の俺もアウーラが鹵獲された時はまいったね。
あいつは手が早い。だが、まだ俺は死んでねェ。だからコールはしても、ゲームセットじゃねぇのさ」

沈黙する男に向かって言った。
胸ぐらを掴む。

「さあ、来てもらうぜ、赤い彗星。アンタの為にアナハイムやムラサメ研究所からの亡命者も宇宙に逃がした。
資産もビストのくそ野郎を利用して用意した。俺のショーはまだ終わっちゃいない。それとも・・・・」

銃口が女性に、そしてその女性が大切に抱える存在に向けられる。
その瞬間、確かに目の前の腑抜けた男の顔に怒りの表情が走るのは見えた。

「うん? ああ、そいつがテメェの女だな。確か・・・・ララァ、ララァ・スンとか言ったな、お前の女の名前は」

と、能面のような顔をしていた金髪の男はサングラスを投げつけて咆えた。
それは初めて見せた心からの叫び。仮面を外した、仮面の男の真実の声。

「貴様! 汚らわしい声でララァの名前を呼ぶな!!」

漸くあの時の顔になったな。そう思う男。
これを待ち望んでいたのだから当然だ。
そしてあの男、ウィリアム・ケンブリッジという何もかも恵まれたエリート街道を走っている男を中心としたティターンズ独走状態の地球連邦に最後の一撃をくらわせる。

「ああ、怒らせたか・・・・悪かったよ、赤い彗星。だがな」

バン。カラン。コロコロ。バリン。
銃声と共に空薬莢が一つ宙を舞い、そのまま花瓶を割った。
突きつけられる銃口たち。拳銃から出る発砲した後の煙の匂い。

「俺がその気なればこの場を血の海にする事が出来る。それにこいつらはアンタを信じてエゥーゴ艦隊に所属していた男らだ。
そのアンタがよもや・・・・俺たちの誘いを断る気じゃないだろうな?」

(ふん、あのジオン十字勲章の英雄、赤い彗星と呼ばれた男も地に落ちたものだ。これなら宿敵の白い悪魔の方が何倍もましだろうな)

俺はそう思った。

「・・・・・何をしろと言うのだ? この腑抜けに?」

銃声からか赤子が泣き出し、ララァが宥める。

「腑抜けかどうかは俺が決める。
なーに、簡単だよ。ちょっとしたパーティに参加してもらいたいだけだ。ただし、だ。あの0087や0079の様な命がけの、な。
それが嫌なら・・・・あんたのアフランシとかいう息子とその母親ララァ・スンを血の海に沈めるだけだ・・・・で、返事は?」


赤い彗星と呼ばれた男はただ一言、YESと言って頷いた。

そして北部インド連合軍が現地の警察部隊と共に騒ぎと聞きつけて現場に到着した時(タウ・リンが来てから凡そ2週間後)にはその小さな農村はMSの攻撃で完全に破壊されており、ご丁寧な事に逃げ出した人間は歩兵が後ろから小銃で撃ち殺してあった。
この件は単なる国境紛争として処理され、地球連邦政府と北部インド連合の準加盟国問題に小さな一石を投じただけで終わってしまう。




宇宙世紀0091.07.26

「お兄ちゃん、ティターンズの入隊試験の結果どうなったの?」

リィナ・アーシタがティターンズ創設の地球連邦国立のエコール高校の制服を着て、カフェのコスモ・バビロンで、スーツ姿の兄ジュドー・アーシタに聞く。
傍らには、リィナと同じく紺をベースにしたダブルボタンのブレザーの女子高生(無論エコール高校所属)の制服を着ているエルピー・プル。
それと赤のポロシャツに白い半ズボンにトレーニングシューズと言う出で立ちのマナ・ケンブリッジ。
また何故かジャージ姿のバナージとオードリーがいた。因みに女性陣は全員がアイスを食べている。バナージが奢らされた。

「あ、ああ・・・・・・そうだ、喜べリィナ!!」

思いっきり手を叩く。
掌に拳をぶつける。

「合格だ、来月1日からティターンズの、しかもロンド・ベル艦隊配属予定の訓練生になる!!」

その言葉にリィナとオードリー・バーンが喜ぶ。

「ほんと!?」

「ジュドー、おめでとう!!」

素直じゃないのはマリーダ・クルス・ザビこと、エルピー・プルだ。

「あ、ああ、お、お前にしては上出来だ。誉めてやろう」

だが気が付いただろうか、この時エルピー・プルは若干声が上図っていたのと妙に化粧が濃かった事、気合いが入っていた事実を。
そして奨学金を得たリィナはこのエコール地区で勉強する事になる。
学友のマリーダ・クルス・ザビとミネバ・ラオ・ザビ、バナージ・リンクスと共に。

「じゃあ今日は打ち上げね! 私とジン兄さんで奢るから今日は無礼講よ!!」

ガッツポーズを取るジュドー。

「イェェェイイイーーーー!!!」

それを呆れた表情で見るのは今まさに到着した青と白を基調とした私服姿のルー・ルカ少尉であった。




この時点で地球圏に再び嵐が吹き荒れる事を予想できた者は少ない。

宇宙世紀0091、地球圏には小さな、そして大きなさざ波が立ち始める。



[33650] ある男のガンダム戦記 第二十四話『過去を見る者、未来を目指す者、現在を生きる者』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:1f63e6e2
Date: 2013/05/06 16:20
ある男のガンダム戦記24

<過去を見る者、未来を目指す者、現在を生きる者>





『我々は今一人の偉大なる指導者を失った。
これは、我々の繁栄の時代の終焉を意味するのか?
否!!
始まりなのだ!!
古来幾世代にわたって一人の指導者の死がきっかけとなり爆発的な進化を遂げた国家は数多に存在する。
人類は我ら選ばれた世代が地球圏を有効に管理運営して初めて未来を見る事が出来るのである!!
その事実を無能なる反逆者どもに思い知らせ、盟友である地球連邦市民と我がジオン公国国民は立てねばならないのである!!
諸君らの父も母も、祖父も祖母も、その尊い人生を人類の文明発達と言う偉業に捧げてきた。
ならばこそ、宇宙に進出して一世紀にならんとする我らもまた、新たに生まれて来る尊き命たちの為に戦わなければならない。
諸君、諸君らを導いた一人の指導者にして、我が父、デギン・ソド・ザビは死んだ。何故だ!?
それはかの偉大なる指導者が自らの使命を果たし、命を全うしたしたからである。諸君らの父も母もそうである。
これからも我らは家族との離別と言う悲しみを迎えるであろう。これは決して対岸の火事ではない。そのことを諸君らは忘れないでほしい。
だが、それを恐れずに立ち向かう事を望む事を私は切に願う。
その事実を、父デギンは自らの死をもって示してくれたのだ。
諸君らの父も母も決して無駄に死んでいくのではない。
我ら宇宙に住む新たなる世代が新たなる時代を作る礎となっているのだ!!
最後に、全てのジオン公国国民を代表して先代のジオン公国公王陛下デギン・ソド・ザビにこれを贈ろう。』




『ジーク・ジオン!!』




宇宙世紀0093.06.09

地球連邦政府から特別機が地球連邦軍本部キャルフォルニア基地とフロリダ半島のマイアミ基地、エコール市郊外の宇宙港から打ち上げられた。
目的地はサイド3.であるジオン公国本国のズム・シティ。
特別に地球連邦艦隊第10艦隊の護衛と監視の下とはいえ、ジオン第三艦隊は地球連邦軍の絶対国防圏である地球軌道に侵入。
その護衛の下、3機のシャトルはそのままジオン本国に向かう。

『デギン・ソド・ザビ、重体、危篤状態に』

連邦放送や自由新聞は一斉にこれを取り上げた。一年戦争以前の敏腕政治家にして辣腕を揮った男が今まさに死にかけている。
しかもその男は既に『地球連邦王室・皇室評議会』の一員であり、無碍な対応は絶対に出来ないのだ。例え嘗ての敵対国の元首であったとしても。
仮に下手な対応をすれば王族や皇族、族長を擁する統一ヨーロッパ州、極東州、アジア州、アラビア州、南インド州らから大反発が起きる。

『自分たちの国王陛下や女王陛下らにも同じ対応をする気ではないか!?』

そうなれば地球連邦はせっかく固まった結束に要らぬひびを撃ち込むことになる。
そうとなれば決まっている。彼を国葬する場所はジオン本国でなければならない。そう訴えるジオンのギレン・ザビと思案する地球連邦政府は一つの妥協案を提示する。
ジオン公国と最も縁もゆかりもある地球連邦閣僚、ウィリアム・ケンブリッジとその家族を代表とした慰安団を送る事だった。

「そうか・・・・ガルマが帰ってくるのか・・・・親父と共に、このズム・シティへ」

そうサスロは思った。
約10年ぶりの、弟と父の帰国。何も様変わりしてない様で大きく変わった本国。
経済はコロニー建設の大型プロジェクトで好調であるし、木星圏や火星圏への投資を見込んだ人々の動きもある。
何より覚悟はしていた。父親は高齢であり、いつ死んでもおかしくは無かった。そして親は子供より先に死ぬのが平和の証。
だが、それでも一抹の寂しさは心に宿る。
それは長兄ギレン・ザビ第二代公王も一緒であり、ジオン公国軍の上級大将にして予備役に戻っているドズル・ザビもまた同じ気持ちだった。
と、公王府に吸収された総帥府の総帥執務室の扉がノックされる。
机にあるスマート・フォンを起動させて電子掲示板を表示させ、相手を確認するべく行動するサスロ・ザビ総帥。イタリア産の高級オーダーメイドスーツにしわが出来る。

「誰だ?」

そこには少将の階級を付けている女性将官が大佐の階級を付けている士官と共に映っていた。

「ジオン親衛隊総司令官のシーマ・ガラハウ少将、ならび、ジオン親衛隊艦隊司令官のアナベル・ガトー大佐です。例の件について報告に参りました」

無言で机のPCから操作して部屋の正面扉のロックをはず。
と、それを確認した儀仗兵が扉を開ける。
敬礼する二人のジオン公国軍人。

「サスロ様、ズム・シティ第3ドッキングベイにシャトルが入港。そのままケンブリッジ長官ら連邦代表団と共にジオン総合第一病院に向かわれます」

予想通りの言葉だ。
まあ、この時期に他の報告があるとも思えない。
そして、それは父の死期が近いと言う事。

「そうか、それで兄上直轄の君らが来たと言う事は・・・・先代の公王陛下の容態がそれ程までに悪化したと考えて良いのだな?」

無言で頷く二人。

「分かった。5時間後に見舞いに行こう。その際に予備役のドズル上級大将、マリーダ、ミネバ、グレミーも連れて行くからデラーズ軍総司令官、マ・クベ首相と協議する手はずを整えてくれ」

それをきき見事な敬礼で立ち去る二人。この点は文民統制が回復した地球連邦政府とは大違いである。
ジオン公国は未だジオン共和国時代から地球連邦からの独立達成に圧倒的な指導力を発揮したザビ家独裁体制と言う政治制度が色濃く反映されていた。
そうであるが故に、本来政治には口を出さない筈のジオン軍軍人がジオン公国総帥とジオン公国軍総司令官とジオン公国政府のトップの首相とのパイプ役を務める。
それは地球連邦との政治体制の差異を如実に物語っている。まあ政治体制に優劣は無い。あるのは差異だけなのでそれ程深刻に考える必要もないと言うのがサスロの意見であった。
因みにガルマは民主共和制信望者となり、ダルシア・バハロと父親デギンは立憲君主制、ギレンは優良な人種(何を持って優良とするかは別として)による選抜寡頭政治体制樹立を目指している節がある。

「それでは失礼します」

そう言って二人は去った。
そして自分も早く仕事を終わらせる事にした。目の前の書類の山を片付けて5時間以内に父親に会いに行くために。
サイド3でも噂に聞くあのウィリアム・ケンブリッジ程では無いがティターンズ長官同様にジオン公国総帥職も決して飾りでは無くかなりの書類がある。一分たりとも無駄には出来ない。

一方で、ギレン・ザビ公王は一足早く父であるデギンの病室を訪れる。
要人専用で、暗殺を警戒しつつも全てが超一流の施設。そんな中で寝かされる衰弱しきった老人。
それが嘗て、自分がこれぞと思い、目指した父親の成れの果てとは思いたくは無かった。だが時に時代の流れとは非常に残酷である。
紛れも無く、父親だった。あのジオン・ズム・ダイクンと共にムンゾ自治共和国を立ち上げ、ジオン共和国を作り、事実上の独裁国家ジオン公国を建国した建国の父の一人とは思えないが、その男だ。

(老いたな父上・・・・時既に遅かったか)

10数年ぶりの再会した二人に言葉は要らなかった。
ただ無言で背中を向け、ジオン公国公王府を見るギレンとその後ろ姿を見る病人服のデギン。右手にはいくつかの点滴が刺され栄養を補給している。
また防音・防弾扉向こう側にはジオン親衛隊の隊員が完全武装で護衛していた。

「ギレン・・・・お前には言っておきたい事がある」

父が弱弱しいが、それでいてもはっきりした言葉で述べる。
それを無言で聞く為に振り返るギレン。
因みに彼は久々に私服のダブルボタンの黒い統一ヨーロッパのフランス製高級仕立服のスーツ姿にフランス製の黒いオーダーメイドの靴だった。
いつもの公王用の服か使いやすいと言う理由でマントをつけた黒の総帥服でもなかった。これはギレンとしては非常に珍しい事である。

「何でしょうか、父上?」

ごほ、と咳き込む。
だが関係無いとばかりに父親のデギン・ソド・ザビは自ら述べた。もう30年近く昔の話を。

「キシリアの事だ。お前も覚えていよう? あのジオン・ズム・ダイクンの死から1日後の慰霊為のパレードで起きた暗殺事件の事」

(ああ、あれか。あの日の爆弾テロ事件か。ウィリアムが関与していると思っていたが・・・・父上の口ぶりからすると違うのか?)

依然としてジオン公国国内の情報機関を持ってしても真犯人は特定できてない。まあ、それを理由に警護体制に親衛隊を組み込んでいるのだが。
だが薄気味悪い事件だ。コロニーと言う閉鎖された空間で発生した事も、その事件の詳細を誰も知らない事も、実行犯の死体しか確保できなかった事も。
その実行犯を殺した人間の行方さえわかなかった事も、だ。それはギレン・ザビにとっても咽喉に引っかかった小さな骨として残った。
この冷徹なるジオンを総べる独裁者には珍しく、だ。まあ肉親がいきなり死ねば流石に堪えるだろう。戦争中でもない限りは。

「あれですか。目下のところ捜査は継続中ですが・・・・既に独立戦争も成功裏に達成しました。目下、諜報関係は対地球連邦政策に動員中です。
それにです。父上もご存知の様に軍内部の愚か者どもが起こしたガンダム強奪、ミネバ、ドズル、ケンブリッジ暗殺未遂という同時多発テロに始まった水天の涙紛争での後始末にも追われており・・・・キシリア暗殺事件についての調査自体も時効と優先順位の為、打ち切られるかと」

父親を安堵させようとした言葉に続いたのは、あの独裁者ギレン・ザビ第二代ジオン公国公王でさえ予想だにしなかった言葉である。

「あれを、キシリアを殺すよう手配したのはダルシア・バハロだ」

「!?」

あのどちらかと言うと小心者の民主共和制主義者にそんな度胸があったのか?
欺かれていた? この私が? そう驚く。思う。
それに若干驚くギレンに彼は付け加えた。

「そしてそれを命じたのはこのわし、デギン・ソド・ザビ。つまりキシリアとお前の実の父親だ」

沈黙。
そして、続き。

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・というと?)

無言で父にその理由を問いかける長男に父親は人生最後の、政治の先輩としての心構えを教える。これが最後になると分かっていて。

「キシリアはこのサイド3で頂点に立ちたいと思っていた。それはお前もうすうすあの時点で既に感じ取っていた筈だ。
出なければあの時のお前の立ち振る舞いの説明がつかん。
ああ、そうだな、わしに残された時間はあまりにも少ない・・・・そうだ、話をキシリアの件に戻すぞ。お前にはすべて伝えて置く義務がある。父親として、ザビ家の棟梁としてな。
キシリアはサイド3の全権を手に入れると心に決め、行動しだした。
その為に最初に邪魔になった存在がお前の弟、サスロだと考え、これを早期に排除する事を決めた。
わしはその一連の事実を、少なくとも事実と思えた事を連邦のブラックマン部長・・・・いや、今の内閣官房長官ゴップから極秘裏に教えられた。
サスロ・ザビ暗殺計画が進行している、だが、それで連邦側の関与は終わりだ。それ以上は自分達で決めろとそう言ってきた。
ふふ、地球連邦政府の誰かがキシリア殺害を決めてくれれば恨みようがあったものを・・・いや、それを知っていたからそう言ったのかな?
とにかく、彼ら地球連邦に取ってはザビ家やダイクン家、ラル家などジオン・ジム・ダイクン支持者の有力者の誰が死のうとジオンに打撃を与えられる事には変わりは無かった」

ギレンが父の発言を聞いて言う。
両手を後ろに組んで。

「なるほど、だから我らの中の誰が死のうとどうでも良かった。
それでキシリアによるサスロ暗殺計画をリークした。どちらが死んでも問題ないと言う前提で。
所詮は反地球連邦勢力の筆頭であるザビ家の内紛であると、そう断言した、そう言う事ですな?」

相も変わらない冷徹な息子だなとデギンは思う。
だが事実でもあるし、政治家としてみればこの冷徹さは嬉しく思う。
自分とは違うタイプの政治家だがこのジオン公国7億人の民を背負っていけるだけの風格と実力を兼ね備えた事だけは誇れる事だ。
そして個人的にうれしかったのはこの冷徹な長男が、ドズル同様、孫の顔を見せてくれたこと。罪深き自分がミネバ以外の孫の顔を見れるとは思いもしなかった。
そうデギンは思いつつも話を続ける。

「そうだな、ギレン。お前の言う通りだ。連邦にとってはどうでも良かったのだ。どちらが生き残り、どちらが死のうとも。
しかし、わしにとってはキシリアもサスロもかわいい子供だ。無論お前も、ガルマも、ドズルも、それは変わらない。ミネバやグレミー、マリーダとてその通りだ。
だが。あの政局で、ダイクン死去と言う政治的な混乱期のあの局面でキシリアの暴走を許す訳にも・・・・許す訳にも・・・・・」

そこでデギンが傍らに置いてある酸素マスクで呼吸を整える。
続きを喋る為に。

「わしは迷った。実の父親として生きるべきか、ジオンとともに歩んだ政治家として鬼になるか。が、決まっていた。決めるしかなかった。迷う時間は無かった」

「先送りする時間も、ですか?」

ギレンの問いに肯定するデギン。

「そうだ。そしてあの時点でキシリアを、娘を力づくで止めると言う選択肢は既になかった。あれは連邦に尻尾を掴まれていた。
仮に生き残らせるにしても軟禁するなり追放するなりしてザビ家と縁を切らせなければなるまい。
そしてあれは、あの猛々しい性格のわしの娘は、それを黙って受け入れる事も絶対になかっただろう。
仮にわしらが実力で監禁、軟禁しようとすれば・・・・キシリアの事だ、ダイクン派やラル家と共謀し、自らが指揮権を持っていた保安隊を動かして牙を向く」

ぜえぜえと荒い呼吸するわが父。
死期が近いのが素人の自分でも理解できるほど衰弱している。

「しかも下手をすれば地球連邦の情報局や特殊部隊の手も借りかねなかった。
それがどれだけ危険であるお前ほどの政治家ならばかは分かるな?
あの時点で地球連邦に介入される事が一体どれだけ危険だったか。お前にも理解できよう?」

無論。そう心の声をこめて頷くギレン・ザビ。

「だからわしは第一にキシリアの説得を諦めた。あれは猛々過ぎる性格の持ち主で実力以上の地位を欲し、身の丈に合わない野心を燃やしていた。
次に拘束し軟禁する事も検討したが・・・・やはり・・・・それも諦めた。
先程お前に懺悔したように必ず地球連邦政府や地球連邦軍の介入を招くと分かっていたからだ」

いったん、呼吸をと問えるために水を口に含む。

「そうだ、サイド3の、スペースノイドの独立達成の為にはどちらかを切るしかない。そう考えたのだ、あの日、あの時、あの場所で。
わしは決めたのだ。どちらかを殺す。娘か、息子か、そのどちらかを!!」

そういってまた水を飲み、酸素マスクをつける。
呼吸が荒い。ギレンは一瞬だけナースコールに手を伸ばしたが止められる。それはそうだ。きっとそうなのだろう。きっとこれが最後なのだろう。
ギレンとデギン。父と子の最後の会話。これ以後は先代公王陛下と二代目公王陛下と言う公人同士としてしか接する事にならないと互いに分かっているから。
これはドズルや孫たち、そしてNo2のサスロとは立ち位置が違う、ジオン公国の最高指導者だった人間と最高指導者である人間の義務なのだ。
だからこの、キシリア暗殺と言う告白。これは父親からの懺悔であり遺言であり、教えでもあるのだろう。
デギン・ソド・ザビの目を見ればそれくらい分かる。ギレン・ザビももう子供では無いのだから。地球圏でも随一のトップ政治家なのだ。

「それで父上はジオン公国の未来を考えてサスロを取り、キシリアを切り捨てた、そういう事ですか?」

無言で頷く。

「あの日、ゴップ中将から最後の連絡を受けた。キシリアがケンブリッジも殺そうとしていると、な。その事実はお前も知っていた筈だ。
そして当時の連邦政府が派遣したムンゾ自治政府連絡府文官のNo3にあたるケンブリッジを殺せば確実に地球連邦の、そして地球連邦軍の介入を招く。
そうなればジオン・ズム・ダイクンの唱えたサイド独立は、わしの夢は文字通り夢幻となる。
まあ、今になって思えばあの時点でキシリアがケンブリッジを殺してもさして影響があった筈はないかな? 
今にして冷静に思えばあれは連邦政府の欺瞞情報だったのだろう。だがわしはその情報に踊らされた。
あの当時のサイド3は地球連邦に情報面で劣っていた。まあ、それは仕方ない。だが、サスロ暗殺計画だけは本当だった。
そしてわしは天秤にかけた。先ほどお前が行った様にだ、娘か、息子か、ではない・・・・そう、息子のサスロか娘のキシリアかでは・・・・なかったのだ・・・・」

それを、ジオン公国初代公王であり父親デギンを引き継ぎ、言葉を紡ぐのはギレン。

「そう、保安隊隊長キシリア・ザビか、国民運動部長サスロ・ザビのどちらか。ですか」

そうだ。
頷くデギン。

「そして父上はサスロを取った。政治家として有能で、マス・メディアを運営・支配し、下手な野心を持たないサスロ。
つまり野心むき出しで私やサスロを政敵と認識しいずれは蹴落とす事を考えていた妹のキシリアとは対極の存在である弟のサスロを生かすと決断した。
キシリアを殺し、サスロを生かす、それがジオンの未来に繋がると考えた。そう信じた・・・・そうですね、父上?」

ギレンの問い、いや、確認。
それにまたもや無言で、しかししっかりと頷く。

「ああ、そうだ。それでもわしは同乗したガルマまでは殺せなかった。だから連邦に貸しを作るのを覚悟の上で元地球連邦の政治家一族であるダルシアの伝手を使って指向性爆薬を手に入れた。
地球連邦軍特殊部隊が使う強行突破専用の為だけの特殊な爆弾で連邦が厳重に保管しているモノを少量、な。
確実に・・・・娘のキシリアだけを・・・・必ず殺せるよう・・・・実の娘の座る席の真下に設置させた」

だからガルマ・ザビは生き残った。
そして護衛の者達も重傷を負うも五体満足で何とかなった。生き残った。だが、キシリア・ザビだけは肉片の塊となって死んだ。
故に調査は難航している。漸くあの60年代のキシリア暗殺劇というジグソーパズルのすべてのピースが埋まってきた。

(なるほど、あの暗殺劇の主犯はウィリアムでは無かったのか・・・・まあ、キシリアとウィリアムでは既にウィリアムの方が親しみを持てるがな)

ふと思った。あの日誌の存在はどうなのか、と。
あのジオン公国の最大の政治的な禁忌は誰が書いたのだ? あれも目の前の老政治家が用意した欺瞞工作だったのか?
ギレンはそう思い、父親に聞く。

「それでは父上、キシリアが残した日誌は捏造品ですか?」

首を横に振るデギン。水を飲み、咽喉を潤し、そのグラスを机に置く。

「いや、あれもキシリアの不注意さが招いた愚かな行為だ。あれは本物だ。キシリアは、お前の妹は昔から癖があった。
自分の計画を書物に書き残すと言う癖が、な。その一端があれだ。
だからあれはわしが書いたのではない。お前への反逆行為もキシリアの、娘の、あの子自身の意思だったのだ」

ぜえぜえと息を荒げる父親。
それを冷徹に見る長男。不思議な関係である。だが、これもまた親子の肖像画の一つなのかもしれないとギレンとデギンは思う。

「結果的にキシリアによるザビ家の統率やサイド3独裁は無くなった。
そしてその代わりにサスロとドズルの補佐を受け入れたお前による独裁とその後政治手腕で行われた独立戦争と終戦交渉で、このジオン公国は地球連邦と対等な存在として存続している。
わしはあの子の、娘の育て方を間違えた。後悔しているよ。心の底から悔やんでいる。
キシリアはお前以上に傲慢で無知で、しかもそれを修正する、或は他人の意見を受け入れるという性格では無かった。
・・・・しかもだ、本人は隠していたかも知れないがギレン、お前が持つ天才的な頭の回転力もカリスマ性も無かった事への劣等感を強烈に懐いていた・・・・心の奥底からな」

キシリア・ザビが兄らに対して圧倒的なコンプレックスを抱いていたのは後世の歴史家の共通認識である。
実際、これがなければこの暗殺事件はなかっただろう、そうギレンは感じた。
あれは、妹のキシリアはそれだけ兄たちに対して劣等感と敵対心を抱いていた。そして最悪なことにそれを父親に悟られていた上、それに気がつかず謀略を進めた。
ムンゾ自治共和国と呼ばれたサイド3時代のジオン公国政界内部で。

「・・・・あれは・・・・危険な毒物といえた・・・・スペースノイド独立のためのジオン国内の結束を乱し、内部亀裂を生む存在となった。
だから・・・・政治家・・・・ジオンと共に歩んできたサイド独立主義者である政治家として見ればわしの決断は間違ってない。
だが・・・・・肉親として見れば、実の・・・・血の繋がった父親として見ればわしの決断は最低の、最悪のものだ。悪魔の所業だった。
ははは、何せ実の娘を敵である筈の存在、地球連邦と共謀して暗殺させたのだからな・・・・政治家も軍人も罪深い。
息子を助けると言う口実で娘を殺し、かつての盟友を簡単に切り捨てる。
そうだ、政治家なんぞ・・・・人を陥れる事しかせん・・・・業の深い愚かで救い様もない度し難い存在でしか無かった」

この言葉にギレンは思う。

(それは私への皮肉ですか、父上?)

と。
だが違ったようだ。既に皮肉を言う様な力など残って無い。デギンは本心からそう思っている。

「ギレン・・・・わしは疲れたようだ・・・・どうやら・・・・」

そう言ってギレンに去るように言った。
その時である、ギレンが思いもがけない事を言ってきたのは。

「父上、眠る前に今日は特別に貴方に会って頂きたい人物を招いています。それも至急に。お会いになって頂きたいのですが・・・・よろしいですかな?」

そう言うギレン。
まさかの丁寧な依頼に戸惑いながらも頷くデギン公王。

「それでは・・・・シーマ少将、彼女を入室させろ」

携帯電話で命令する。それと同時に、扉が開いた。完全武装の兵士達に見守られて一人の妙齢の女性、金髪の女が一枚の写真を片手に歩み寄る。
それを見てギレンはそっと部屋を退出した。

最後にこう言い残して。

「では・・・・・御さらばでございます、父上・・・・・良い旅路を」

と。それはか細い声であり、ギレン・ザビらしくない弱々しい声ではあったが確実に父親の耳に届く。
それに反応する父。

「ギレン?」

が、デギンが同じような弱々しい声で息子の方を向いた時には問うた時には既に長男は部屋を退出しており、代わりに金髪のショートカットの青いスーツに白いシャツを着た弁護士バッチを胸につけている女性が部屋に入ってくる。


・・・・・・・・こうして彼、デギン・ソド・ザビと実子ギレン・ザビとの最後の親子としての会話は終わった。


「・・・・・貴女は?」

無言ですっと一枚の写真を見せる。

「この女の子は私の娘です、まだ0歳ですが・・・・今は地球で夫が面倒を見ています」

何を言っている?

「お分かりなりませんか、私の顔。どなたかに似ていませんか?」

そう言われてデギンは既に老化が始まって視力が低下した目を、眼鏡を使い視力を補って彼女の顔をじっと見る。
気が付いた。誰かに似ている。いや、まさか、そんな。そう頭が混乱する。もし予想通りならこの目の前の女性はあの・・・・あの女性の娘か?
と、女性が先ほど見せた一枚の写真を渡す。それをもらい、目で尋ねる。この生まれたての赤ん坊は一体誰だ? と。
それに気が付いたのか女性は答えた。かつてのサイド3の最高権力者にして、最早死期を待つだけのか弱い老人に対して。

「アストライア、そう名付けました。地球連邦市民として地球連邦の領土内部で一個人として生きる以上、その名を受け継いでも問題は無い、そうではありませんか?」

この言葉で確信する。目の前の相手が一体誰であったのかを。

「ミス・・・・なんと呼べば良いかな、お嬢さん?」

言葉を引き継いだのはお嬢さんと呼ばれた妙齢の女。

「セイラ・マス、いえ、デギン公王陛下、貴方にはこちらの方がきっと馴染みが深いでしょう。
アルテイシア・ソム・ダイクンです」

やはりそうか。言葉にならずとも表情で彼の言いたい事を察知するセイラ。
アムロ・レイの奥方にして、アストライア・M・レイの母親である。

「そうです、あのジオンの、貴方方ザビ家が殺したジオン・ズム・ダイクンの娘、アルテイシアです」

自らの業が深いと思っていたがこれ程とは、そう感じた病床の上に寝る男。
彼は彼女が自分に対して復讐をしに来たと思った。
死の底にある自分、既に立ち上がる気力も抵抗する気も無い。長男に謀殺される様なものだがそれもそれで良いかと思えてきた。

「父の敵討ち。兄君キャスバルがガルマを殺そうとしたように、父の仇討として兄と同様わしを殺しに来たのか、それもよかろう。アルテイシア嬢よ」

だが意外だったのはこの言葉に女性が否定した事だろう。
彼女は言った。

「いいえ、違います。私は貴方を殺しに来たのでも断罪しに来たのでも、弾劾しに来たのでも・・・・呪詛の言葉を述べる為に来たのでもありません。
ただ一つだけお聞きしたかったのです。教えて欲しい事があります。どうか隠さずに・・・・私に教えてください」

何をだね?

老人は聞く。死に逝く身だ。もう何を言っても良かろう。ギレンにもキシリア暗殺の真相を伝えた。
孫にも会えた。サスロを生かしたお蔭でサイド3は地球連邦と対等の独立国家として存続できるようになった。
痛恨のミスは南極条約の交渉時にあのレビルめを信じてしまった事だろう。
その結果、要らぬ犠牲を何百万人もだし、何千万人、いや、億単位の人間を不幸にした。あれだけは許せなかった失敗だと今になって思う。悔いる。だが既に遅い。

(情けない。晩節を汚したとはこの事だ・・・・それであの小さかったアルテイシア嬢は何が知りたいのだ?)

セイラは聞いた。

「ジンバ・ラルはこう言いました。父ジオンはザビ家によって暗殺された、と。兄は、シャア・アズナブルはそれを信じたようです・
ですが私はあの後ティターンズのウィリアム・ケンブリッジ長官の下で当時の連邦とジオンの捜査記録と検死状況、死亡前後の父の容態を見せてもらいました。
ですから私には信じられないのです。
あの状況で、あそこまで衰弱して精神的に追い詰められていた父をザビ家がわざわざ手を下す必要があったのか、それが疑問です。
実際、父はあのまま行けば遠からず過労と心労で政治家としての道を絶たれたでしょう。それを早める理由が・・・・おありでしたか?」

鋭い指摘。彼女もやはり赤い彗星の妹であり、白い悪魔の伴侶であり、巷で噂されている政財軍閥『ケンブリッジ・ファミリー』の構成員だろう。
まあ、こんな閥族は公式には存在しないがアデナウアー・パラヤを初め連邦議員のウィリアム・ケンブリッジとのライバル関係、競争関係にある人間は陰でそう呼んでいる。
事実、地球連邦軍の第1艦隊、第2艦隊、第12艦隊、第13艦隊、ロンド・ベル、ア・バオア・クー要塞とルナツー要塞を合同させた「ゼタンの門」方面軍にグリプス鎮守府や地球の太平洋方面軍全軍と統一ヨーロッパ州方面軍、サイド6、木星連盟、ブッホ・コンシェルなどは彼、ウィリアム・ケンブリッジを支持している。
下手をすればクーデターさえ可能なのだ。いや、第二の一年戦争や地球連邦解体戦争とでも言うべき戦争も引き起こせるだけの影響力を持ってしまった。
それが今の、『ダカールの日』以降のウィリアム・ケンブリッジだ。
その彼の下で顧問弁護士として働く傍ら、一般公開はされてないが、特別公開可能な極秘資料に接する事が出来たセイラ。
だから彼女は兄とは違い冷静に判断できたのだ。
本当にあの幼い時、まだサイド3がムンゾ自治共和国だった時にザビ家が議長であった父親のジオン・ズム・ダイクンを暗殺したのか、という事に疑問を持てたのだ。

「どうなのです?」

そう言われては答えない訳にはいかない。
彼は病床から身を起こすとゆっくりと、だが、しっかりと自らの言葉で語る。

「ジオン・ズム・ダイクンを殺したのは・・・・・・・・・・・・・・・・わしらではない。それは神に誓って言おう。わしらはダイクンを殺す気は無かった。
無論、ダイクンが精神的に狂いだしていたのはわしらには分かった。分かってはいた。故にダイクンを一度何らかの形で政治の表舞台から降ろす必要性は感じていた。
だが、決して殺す気は無かった。仮に殺すとなればもっと後に、そう、ダイクンが決定的な失策を行った後に決行しただろう。
わしが独立戦争で、一週間戦争とルウム戦役の勝利を最大限に活用して行っていたギレンの政治行動、南極での終戦交渉を潰してしまったような、あのような失策を行ったその時に」

その言葉は真実ですか?

「そんな目で見ないで欲しい。例え嘘でもわしが殺したと言った方が良かったのか?」

デギンの反応にアルテイシアは、セイラは無言で首を振る。

「そうだな。今となっては何もかも過去の事だ。既に時代は老人であるわしやジンバ・ラル、ジオン・ズム・ダイクンを記憶の中にさえ必要とさえしてない。
そしてやがてあのウィリアム・ケンブリッジも、ジャミトフ・ハイマンも、息子のギレン・ザビもアルテイシア嬢の旦那である白い悪魔のアムロ・レイも忘れ去られていく。
もちろん、アルテイシア・ソム・ダイクンである貴女もだ。それが自然な流れだ。
わしがな、死に逝く無力な老人が若者に偉そうに言える事は・・・・その娘、君の母親の名を受け継いだ君とアムロ・レイの娘アストライアを大切に育てる事、それだけだ。
過去に縛られる事無く。未来を信じて・・・・決して軍人にも政治家にもしない事だ。それだけしか言えない。言う資格が無い。
決して、誰かの為に戦う事を強制してはならん。もしも強制するならば確実に不幸な道を歩むことになるだろう。わしの娘、キシリアの様に、な」

デギンがすっと右手を出してきた。
思わず何をする気だと身構える。だが身構えた後に思った。この人の容態を。この人の体調を。既に何も出来ない。私を害する筈が無い。それだけの余力が無い。

(手を握れば良いの?)

半信半疑のまま、右手で握手する。

「・・・・・・・・・・・ありがとう・・・・・・・・・アルテイシアお嬢さん、覚えてないだろうが、君が生まれた時にもこうして君の手を握らせてもらった。
あの時はアストライア殿もダイクンもいた。君のお兄さんのキャスバル君もいた。もちろん、政敵だったが・・・・ジンバ・ラルやアンリ・シュレッサー、ダグラス・ローデンらもいた。わしの子供ら・・・・ザビ家の面々も。
ははは。覚えてないだろうな。そうだろう、それで良い。そして・・・・・わしの最後の問いには答えてはくれんかな?」

首を縦に振る事で聞く。
なんでしょうか、と。

「わしの手は・・・・・温かいか?」

それはか細い声だった。だが何故だろう。それが嬉しく聞こえる。

「温かいです、デギン小父様」

そうか。

そうです。

どれくらいの時が経過しただろう。扉がノックされる。
ジオン軍のジオン親衛隊所属である赤い将官服の女性が同じく佐官服を着た女性と共に入ってきた。

「お時間です、セイラ・マス弁護士殿」

「これからはザビ家の方々がご来訪されます。お引き取りを」

頷く。そして最後に全ての感情をこめて頭を下げて言った。

「さようなら」

と。

(ああ、さようなら、ダイクンの忘れ形見よ。わしを許してくれて・・・・ありがとう)




部屋をでてジオン親衛隊の兵士達に護送されて車に乗る。
イギリス製の最高級製電気自動車であり、目的地はジオン本国の独立達成記念で造られた、迎賓館と巨大宿泊施設、娯楽施設を兼ねる『ジオン・インデペンデス・ホテル』。
現地には既にケンブリッジ家と被保護者のカミーユ・ビダンとジュドー・アーシタ、リィナ・アーシタ滞在中だ。
恐らく寝ているだろう。
特にカミーユとジュドーは軍事定義上のエースパイロット、『ニュータイプ』の訓練を毎日こなしつつ、ジオンの学校の一つで軍事基礎訓練で鍛えられている真っ最中だから。
しかもその指導教官がルウム戦役以来の叩き上げのヤザン・ゲーブル中佐であり、サウス・バニング大佐に匹敵する訓練の厳しさでへばっていると思う。

(もう20時30分か・・・・ジオンも夜になるのね・・・・そう言えばサイド3の夜なんていったい何年振りかしら?)

コロニー内部の人工太陽が暗くなり、街灯がともされる。戦時中の灯火管制とは違う、人がいる明かりであった。




そしてその頃、セイラが向かっている『ジオン・インデペンデス・ホテル』の来客用デラックスルームの一室、7階では。

「ちょっと、今日は危険日だから駄目だって言ったでしょ・・・・もう、仕方ないわね」

女性の声が響いた。黒髪の日系スペースノイドである。
しかも徴兵された元軍人、MS隊のオペレーターの甘えた猫の様な声。

「あ、そうか・・・・うん、ごめん」

素直に謝る、下着姿の男。体格はバスケットボールで鍛えられているからかとても良い。男らしい。まあ軍人程では無いが。それでも健康的な若さがある。
それに連邦軍は軍縮の影響で完全徴兵制から選抜徴兵制に移行中であり、彼の父親の影響を考慮した軍上層部は彼の兵役を半年間としていた。

「素直な野獣さん、私を襲うのはまた次の機会にしましょう? 大丈夫、わたしの全ては貴方のモノよ?」

それを聞いていたのは、シャワールームで熱いシャワーを浴び、バスタオル一枚で椅子に腰かけるロングヘアーの女性。
彼女もジオン独立戦争に前線部隊のシステムエンジニア、メカニック、整備兵として従軍し、今年で27歳になる淑女だった。湯気がたち、殆ど半裸状態である点を除けば、深淵のお嬢様だ。
そして叫んだ方の女も本気で心の底から怒った訳では無く、半分冗談だ。
寧ろ、安全日に愛し合うよりも今日愛し合ってしまいたい。
いい加減にこの長い、もう1年戦争と水天の涙からの戦災復興プロジェクト以来の付き合いの男との愛の結晶、子供が欲しい。
まあ、このジオン本国、ズム・シティ訪問が終われば、二人の前で裸になってそのまま下着を探している女性と一緒に三人で同じヴァージン・ロードを歩む予定だが。

「はぁ、ねぇねぇ。いちゃつくのは後にしてよ。それでさ、ちょっとジン。わたしの下着どこにあるかしらない?」

女が聞く。

「下着って・・・・お気に入りのあの黒い奴?」

ジンと呼ばれた男がオウム返しで聞き直す。

「そうそれ」

そういってジンは辺りを見渡した後、無言で右手人差し指でキングサイズベッドの隣にあるソファーのスーツケースキャスターにある女性用の下着を指さした。

「メイ、お前の言っている黒い下着って上下ともそれだろ?」

そこには女性用の下着が上下とも丁寧に仕舞われて置いてある。
気が付くロングヘアーの女。

「あ、ここにあった。ありがとね」

バスタオルを放り投げ、裸のまま二人の前を通り過ぎるジオンの没落した名家のご令嬢。
仮にこれを別の人間が、彼女の親族が知ったらあまりのはしたなさにブちぎれるだろう。
と、もう一人の同じく黒い髪のショートヘアーの女性がビクトリア王朝風のホテルの部屋。そこにある鏡と兼用した職人が手作りした置時計を見上げる。

「あ、もうこんな時間。それじゃあ私も着替えるから・・・・ジン君も手伝ってね」

そう言って濃紺の下着を着ていた日系の女性、ユウキ・ナカサト(旧ジオン公国軍伍長)は用意された濃紺のワンピース型ドレスに着替えるべく、男と一緒に寝ていたキングサイズのベッドから降りる。
それをみて頭をかきながらも、ウィリアム・ケンブリッジの長男、ジン・ケンブリッジは新調したサイド3(父親の使っているディーラーと同じ紳士服専門店)のタキシードと白いオーダーメイドのYシャツに着替える為、スーツケースと鞄を開ける。

「ジン君、ジン君って、ユウキはいつまでも俺を子ども扱いするんだよな・・・・俺とそんなに歳離れてないのに、な」

少し拗ねて見せる。だが何度も肌を重ね、夜伽をしてもらった、過ごした仲だ。そんな事など即座に見抜かれてしまう。

「ジン君、そう言うところが子供みたいなのよ。だけどね、そこが良いんだけど」

どうでもいいが、交際を申し込んだのはユウキだった。
出会いの切っ掛けは水天の涙紛争勃発直前にたまたまサイド2を離れていた時だ。
それはティターンズ艦隊に臨検された彼女のシャトルで地球観光に向かう途中の出来事。
そこに乗り合わせていたのがケンブリッジ家の長男だった。
あの戦争で家族を全て失って、それから軍人の恩給などでずっと一人で過ごしていた自分。ダグラス・ローデン准将の計らいで3週間の長期有給休暇をもらった彼女。
久々の旅行であり、戦時中は重油やMSのオイルで濁っていた地球の海、その本当のエメラルド・ブルー、コバルト・ブルーと呼ばれる海をスキューバダイビングして見たい、雪化粧の山々を見たいと思って極東州構成国の日本国息のシャトルに乗る。
その際に隣に座っていた同じく一人旅(実は帰郷)であったと言う事もあって年下の男の子にちょっかいを出してみた。

(この子、どんな子かしら? まだ学生? スペースノイドかな? でもジオン訛りは無いし・・・・ちょっと気になる)

尊敬していた、或は恋慕していたかもしれないケン・ビーダシュタット隊長が実は妻子持ちだと聞いてからは、誰とも付き合う事が無かった。
まあ、この子との切っ掛けも財布代わりだと思ったからだが。

(ちょっとからかって遊んでみるのも楽しいかも知れないわね。どうせ私には家族はいないから・・・・火遊びしてもかまわないか)

ところが当初の思惑は外れ、彼はウィットにとんだジョークから政治・経済・軍事の独特の切り口としっかりとした教養に理念を持ち、更に歴史、読書家、芸能界や映画界などの娯楽に加え、意外な事に御菓子作りが趣味と言う面があった。
これらに魅力を感じ、いつの間にか彼について行く事にしてジオン軍を除隊したユウキ・ナカサト。
その彼が実はティターンズの最高幹部の家族と知り、仕方ない、不釣り合いだと諦めようとして泣く泣く別れようとしたが・・・・・既に時は遅く。
心は叫んだ。別れたくない。もう一人は嫌だ。この年下の男の子と一緒に過ごしたい、と。

(あの時点で別れる気持なんか無くなったっけ。
そしてティターンズの入隊試験を受けたんだ。しかも倍率35倍の民政第一等書記官の・・・・あれも今考えればほんとによく受かったわ。
もしかしてジン君が裏で手を・・・・それは無いか。
あれは、ティターンズ入隊試験は名前を絶対に書いてはいけない試験だし、筆跡鑑定されない様に全て筆記試験はマークシート形式。
何よりスペースノイドで受かる人間はさらに絞られるものね、面接で。)

話は脱線するが、地球連邦政庁の一つ『ティターンズ』には治安維持部門(武官=戦闘・軍事部門)と経済民政部門(文官=一般・後方事務職)の二つがある。

(・・・・・そしてティターンズ入隊方式は大きく分けて3つ。私の場合は一番人気で、一番の難関で、一番ポピュラーな志願)

ティターンズ入隊方法は他薦、志願、抜擢のどれかで、他薦と抜擢は上層部や推薦者が連帯責任を負う事(しかも仮に抜擢された者や他薦でティターンズへ入隊した者が罪を犯した場合、推薦者・抜擢者の方が重い刑罰を科される)をウィリアム・ケンブリッジ長官(当時は内務省政務次官だった。ジャミトフ先輩の手下扱いされる契機だったとも言える最初の仕事だ)が決めたので、他薦や抜擢入隊は非常に少ない。
誰だって、他人の尻拭いの為に自分の未来を棒に振りたくないだろう。それが出来るなら恐らくその人物は英雄と呼ばれる。
そして志願は更に二つに分かれる。一つは筆記試験と実技試験と面接の一般入隊試験。
ちなみに面接は第五次まである。最終面接はティターンズ長官か副長官。が、最近のウィリアム・ケンブリッジ長官の激務(本人曰く、殺人的な書類戦争)を考慮した事。
現時点では何故か副長官の椅子が空白な事から、宇宙世紀0093現時点では文官候補生は首席補佐官のマイッツァー・ロナが、武官候補生はエイパー・シナプス中将が担当している。
そして、連邦軍からの実技試験による横滑りの入隊。これはロンド・ベル隊のヤザン・ゲーブルやサウス・バニングらなどを入隊させる為の方便として用意された。
まあ、結構厳しいふるいにかけるので案外有効であると証明されている。事実、ここからティターンズに入った人物の大半はエースパイロットや本物の玄人エリートになっている。

(あれはきつかったなぁ。良くそれに受かったモノよね)

濃紺のドレスを着ながら、肘まである青いドレス用手袋をはめるユウキ。
一方で下着を着た女性の方、メイ・カーウェイも自分用の黒いパーティースーツ、スカートに着替える。胸元はワザとはだけさせて。

「あ、ユウキ。自分だけジンと会った時の事を思い出してるでしょ? もう、一応私たちは対等な婚約者なんだから無視しないでよね」

因みにもう一人の女性はメイ・カーウェイ女史。ジオニック社のMS開発部顧問からティターンズが強制的に引き抜いた女性だった。
彼女の場合は特別であり、例外である。勿論、どろどろとした政界の雄ではなく、単なる一般人、地球連邦の数ある一つの小市民でありたいと願い、既にその願いなど叶えられないケンブリッジ家。
そのケンブリッジ家と地球連邦政界、軍部、財界、ジオン公国宮廷の駆け引きがある。

(事の発端は叔父さんたちと叔母さんたちの暗躍だったけ・・・・・私を強制的にケンブリッジ家に押し込もうとした。
あれは卑怯よ。何が・・・・私たちを見捨てるのか、恩知らず、そう言われたら・・・・・行くしかないじゃない。
しかもケンやガースキー、ジェイクたちの昇進や軍内部での立場に圧力加えるとか・・・・・意地汚いわよ、本当に)

そう、かつてのメイ・カーウェイの戦友であるユウキ・ナカサトと交際していたジン・ケンブリッジの存在を知ったカーウェイ家は一発逆転の策に出る。
ダイクン派、敵前逃亡の支持者、売国奴という汚名を受けて完全に干されていた、社交界から追放されていたカーウェイ家だったが、宗家の娘の戦友があのケンブリッジ家の息子と付き合っているという状況を利用した。
政略結婚の為の道具として。

突然、連邦政府の人間から『婚約してもらいます』と言われたジンとユウキ。
突然、親族一同から『婚約させる』と言われたメイ。

最初はぎすぎすした、険悪な三人だった。ジン・ケンブリッジと言う男一人を知り合いの女、メイ・カーウェイがユウキ・ナカサトという恋人を押し退けて、権力片手に横から掻っ攫いに来たのと同じ状況である。
しかもこれに地球連邦の裏の事情まで絡んだのだから修羅場はさらに燃え上がった。
妹のマナ曰く、

『最低な人間関係。わたしなら首くくるか精神科に入院する』

だ、そうであった。
それがこうやって笑いながら本心から付き合えるのだから、流石は人たらしの天才、ウィリアム・ケンブリッジ長官の一人息子である。
もしかしたらギレン・ザビに弟子入りも可能かもしれない。
と、話をホテルの一室に戻そう。

「あ~それ、私のアイス!」

そう言って冷蔵庫にあるアイスを食べようとした着替え終わったジン・ケンブリッジを牽制する。

「いや、これはオレンジだ。メイはオレンジアイスは嫌いだったろ?」

違うよ、と言う。
そしてジンからアイスを取り上げようとするメイ。

「アイスは別腹なの。食べないでね。
それよりも、そのカフスリンクスとバラの髪飾りとってくれる?」

言われて机に置いてあるそれらを渡す。そして机の鏡を使って黒の蝶ネクタイをしめる。
目の前のメイ・カーウェイとジン・ケンブリッジは政略結婚である。
逆にユウキ・ナカサトとジン・ケンブリッジは恋愛結婚である。

『一体全体、この世界の恋愛観はどうなっているか?』

とは、それを申し込まれた時のウィリアム・ケンブリッジの最初の一言だった。
頭を抱えた。

(義理の娘が出来るのは仕方ないし、嬉しい事だ。それは喜ぼう。無条件で喜び・・・・喜べる事の筈だ。
・・・・・だが・・・・だが・・・だがな!! 自分の息子はなにをどうやっても一人だけで、養子も存在しない。なのに、なのにどうして義理の娘が二人もできる!?
しかも同じ日にヴァージン・ロードを歩く、だと? ジン、お前は一体何を言っているんだ!! 
父さんはな、先輩らのせいで地下に軟禁され日曜日の教会の礼拝にさえ行けなくなったが・・・・これでもキリスト教徒で一夫一妻を信じるカトリックなんだぞ!?)

と。

ここで蛇足だが地球連邦の法制度について概略を説明する。
地球連邦は連邦憲章を頂点に、連邦統一法、州法、政令、条例、行政通達という順に法規則が並ぶ。
地球連邦成立時に大きな、最重要課題として問題となったのは経済活動を保証する法律と安全を保障する法律、つまり商法、刑法だ。
この点は連邦統一法としてジオン公国と地球上に存在する準加盟国を除く全てに適用される。そうしなければ地球連邦と地球圏と言う巨大経済圏と治安を守れない。
これは宇宙世紀元年のラプラス事件以前に決まっており、国連総会で30年以上にもわたって議論された。
更には連邦加盟国や地球連邦市民で地球連邦統一法に逆らう者には軍事的な、或は刑事的な制裁を加えて従わせた。
宇宙世紀20年代までの地球連邦の暗部である。

(そう言えば父さんが言っていたな。この法律の並べ方が分からない奴は絶対に法学部系統の大学には入れない様なっている、と)

ジンが思う通り、コロニーや地球連邦加盟国はまずは『地球連邦憲章』に、次に『地球連邦統一法』に従う義務がある。

(でも問題は民法、特に家族法だ。宗教の自由を初め、各種人権を保障した多国間条約による統一国家である地球連邦は宗教対立、文化摩擦を治める必要があった。
そこで、グローバル経済活動の維持為の特別法である商法と殺人や強姦、放火、テロなどの重犯罪以外の刑法は各州に任せた。民法も同様。
そして登場したのが・・・・・宗教と文化の多様性を看板に掲げて成立した重婚制度・・・・か、まあ両手に花だから嬉しいと言えば嬉しいんだけど)

つまり、資金に余力があり、他人の目を気にしないだけの実力と豪胆さがあれば最大4人(これはコーランの教えから決定された)まで妻、若しくは夫を持てる(こちらは男女同権主義から来ている)。
当たり前すぎる事象であるが、ユダヤ教やキリスト教勢力圏など一夫一妻制度が基本の文明圏は大反発した。
が、後継者不足に悩む各王族の裏事情や人身売買の救済措置の一環と言う本気かどうかわからない過程に経済統合による好景気が後押しをしてこの法案は地球連邦議会を通過、最終的には当事者全員の合意があれば重婚を認める事とした。
ただし、重婚者の離婚は余程の事が無い限り認められないし、家庭内暴力などをふるった場合、通常の家庭内暴力より刑罰が重い重犯罪者となるとしてバランスを取る。

(で、それに・・・・・ジオン公国宮廷政治が地球連邦政界と軍部の暗闘と混ぜ合わせられる事になる)

これら背景に加えて、メイ・カーウェイの残した実績がこの結婚の裏事情になる。
ザクシリーズ開発、ペズン計画時代でのギニアス・サハリン少将の片腕としての活躍、ジオン独立戦争の戦後もガンダム試作2号機開発に携わり、更にはマラサイ設計主任。
正にジオンMS技術の生きた結晶と言うべき女性を確保できる合法的な好機を地球連邦軍上層部が見逃す筈が無かった。
地球連邦軍はこれを契機にティターンズ主導の新型機開発計画であった『可変MS開発計画、Tプラン』を頓挫させる事にも成功。
ガブスレイ、ハンブラビ、バーザム、バウンドドッグ、バイアランなどのティターンズ独自のMS開発計画はメイ・カーウェイのRGM-89ジェガンの基礎設計が完了した時点でシュミレートデータを残して全て破棄、棄却、抹消。
そもそも実機さえ作られなかった。
こうして、彼女のジオニック社からの移籍(この時は地球連邦政府と地球連邦軍と地球連邦情報局の三者が共同でジオン公国とジオニック社に圧力を加えた)は成功で終わる。
その後、ユウキとメイとジンは当然の如く発生した壮絶なる修羅場を乗り越え、最終的には全員一緒に(この時点でユウキ・ナカサトとジン・ケンブリッジは男女間の交際関係はあっても肉体関係は無かった、ピュアな交際だった。まさに純異性交際である)、キングサイズのベッドで共に夜を過ごし、既成事実を作ってしまい、今に至る。
因みに、これを知ったウィリアム・ケンブリッジは・・・・・・その日の仕事を妻と首席補佐官らに押し付けて二日間、行方不明になった。
ウィリアム・ケンブリッジ長官誘拐未遂事件と北米州の情報部とエコーズの面々を騒がせた事件の発端であり全容である。
さて、現代に話を戻そう。

「メイ、ユウキ、着替え終わった?」

ジンが二人に聞く。メイがOKサインを出す。

「ごめん、私はまだなの・・・・ジン君。背中のファスナーを上げてくれない?
ところでマナちゃんとお義母さまは?」

「ああ、エルピー・プル嬢とオードリー・バーン嬢とともにデギン公王の見舞いに行っているはずだ」

と、肌を露出せているユウキの言葉にジンは無言でファスナーをあげる。
いつも通りの温もりを感じながら。
そして。

「じゃあ、いくか」

部屋からフランス製のブランド、タイタニック号沈没時に有名になったブランド品を持って部屋を出る。二人の持つ小道具ら。
これはジンからのプレゼントだ。財布も、時計も、カバンも。その理由は今に分かる。
エレベーターを使い、ホテルのカジノに入る。
この時、ダグラス・ローデン准将(第五艦隊司令官)とウォルター・カーティス中将(第一艦隊司令官)が軍服姿でカジノバーにてライムとオレンジ、レモンにブランデーのオリジナルカクテルを飲んでいた。

「うん?」

美女二人を連れて三階の正面扉から一階のブラックジャックのあるテーブルに降りてくる黒いタキシード姿の青年。

「あれは・・・・・メイか? それにユウキ君もいる・・・・と言う事は彼が・・・・」

ダグラスが気が付いた。
そう、メイ・カーウェイだ。隣にいるのは一週間戦争以来の部下であり先年除隊しティターンズに入隊したユウキ・ナカサトである。

「ほう、ならば彼がジオン社交界で噂に聞くカーウェイ家の復権運動の引き金を引いた人物だな。
カーウェイ家も俗物的な事を考えるほど落ちぶれたらしい、このジオン国内で居場所が無いから旧敵国である地球連邦内部でその影響力を確保する、そのつもりか。
連邦の禁忌であるビスト財団と月面社会最大の会社であったAE社さえ取り潰した地球圏最大の権力者、ウィリアム・ケンブリッジの長男と手を組めばそれだけで大きな価値がある、そう言う事だな」

隣で同期のウォルターが飲みながら語る。
そうだろう。同感だ。メイ・カーウェイは生贄にされたのだ。

「ジオン・ズム・ダイクン派閥だったカーウェイ家の宗家から、新たなる支配階級であるケンブリッジ家への貢物」

地球連邦という神の加護を得る為に捧げる供物。憐れな女性だ、そう締め括るウォルター・カーティス中将。

(実際、ケンブリッジの言っていた『ニュー・ディサイズ』計画の量的主力であるRGM-89ジェガンタイプは彼女が設計主任を担当したと聞く。
その結果、我がジオン公国はMS開発に大きく後れを取っている。ゼク・アインでは対抗は出来ても機体性能でかつての独立戦争時の様に凌駕する事は出来ない。
そして絶対数でもティターンズやロンド・ベルの方が圧倒している)

ダグラス・ローデン准将はそう思う。と、どうやら向かう先はVIPルームでは無く誰でも参加可能なフロア。
三人はブラックジャックに行くようだ。濃紺のドレスに体の細いラインを見せつけるユウキと胸元と耳につけたイルカのピアスとネックレスを輝かせながら歩くメイ。
興味があるな。一目見ても彼女らの持ち物はいわゆる地球産のブランド品かオーダーメイド品だ。
それをどうやってあの男はプレゼントしたのだろう、そう思っていると、それを察したのかウォルターが言う。

「見に行くか?」

同期の誘い。頷いて自分の残り少ないカクテルを飲み干す。
そして100万テラまで入金されているプリペイドカードで支払う。現金のチップをバーテンダーとウェイターに渡すのも忘れない。
それが大人の遊びだ。

「当然だ。私の部下を二人も寝取った男だ。見なくてどうする。
この為にわざわざ有給を使ってこのホテルに遊びに来たのだぞ」

「そうか? 俺はてっきり貴様が退屈だからだと思ったよ」

肩を竦めるかつてのルウム方面軍司令官。
それから1時間後。カジノの雰囲気を支配するのがまさかあの青年になるとはだれが想像できただろうか?

「2500万、全額、オールです」

静かな声。本来なら喧噪豊かな筈のカジノなのにスロット音さえ消えてしまったようだ。いや、事実、スロットをしている人間も、他のルーレットやポーカー、バカラをしている人間もいない。
みなが中央のブラックジャックの貴賓席に座っている男に、ジン・ケンブリッジに注目している。

「わかりました・・・・他の方は・・・・・皆様降りられると言う事ですね。では一対一の勝負となります」

そう言ってディーラーはカードを横にずらす。クラブの10、ハートの10。
だが誰も何も言わない。こんな局面はさっきから何度もあった。
そしてそのたびに・・・・

「・・・・ハートのA、クラブの5、スペードの6・・・・ブラックジャック・・・・5000万テラ、ミスターのものです」

これでこの一時間でカジノが受けた被害総額は3億7250万テラ。
あり得ない。そんなざわめきがまたもや聞こえてくる。
そう、負ける時は最小限で、勝つときは殆ど大勝ちで勝ち続けた。絶対に勝てないのではないかと言う時はブラフで相手を仕留め、本当に勝てない時は平気で10万単位を捨てる。
だが、勝ちに行くときは最低でも500万テラは賭ける。そして勝利してしまう。
しかも、だ。彼が最初に賭けた掛け金の総額は10万テラで始まったのだ。それが一気に4億近くまで増えた。わずか1時間弱で。
カジノ側にとっては悪夢以外の何物でもない。悪魔以外の誰だろう? 
彼が地球のカジノ界にて『魔王ジン・ケンブリッジ』という異名を持っていた事を知るのはこれからわずか10分後の事。
そして、既に3億テラは傍らの婚約者であるユウキが地球連邦の統一ヨーロッパ州のスイス銀行のあるメインバンクに入金した。
名義は婚約者のジン・ケンブリッジ。
これで彼の個人資産は最低でも3億テラだ。あり得ない金額である。MSが買える金額だった。

「相変らず・・・・とんでもない計算力だね」

メイ・カーウェイが呆れ顔でシンデレラカクテルを飲む。
ユウキは付き合って分かった記憶力の良さとそれを結びつける計算高さに舌を巻いていた。

「次は・・・・・2800万テラを賭ける。そちらは幾らです?」

壮年のディーラーは最早汗でシャツが濡れている。
何とか冷静さを保つべく深呼吸をして、

「・・・・・・その、今すぐにオーナーを呼びますので・・・・・その、ですから、しばらく休憩にしませんか?」

と、最早、テーブルには一人しかいない(他の連中は匙を投げて撤退した。賢明な判断と言える)ジン・ケンブリッジに頼んだ。

「分かりました。それでは・・・・・・ここのオリジナルカクテル、ミルキーウェイを砂糖たっぷりでお願いします」

横で濃紺のマーメイド型ワンピースのドレスを着たユウキがそっと、ジンの頬にキスをする。
その反対、左手に自分の右手を添え、甘い息をジンの耳に吹きかけるスーツ姿のメイ。

「で、次は?」

「勝てるの?」

二人の問い。冷静に頭を回転させる。その為にアルコールは一杯も、いいや、一口も咽喉を通してはいなかった。

「うーん、勝ちたいけどあれだけの手札はもう来ないだろう、確率論で言って。
運で勝負するのは嫌いじゃないけど、好きでもない。やはり戦略を練れるゲームは戦略を練って勝たないと面白くないじゃないか。
だから勝てないな・・・・さっきの金額は半分はブラフさ。最後の勝負の為に・・・・ある相手を誘き出す為の勝負金だよ。しかも嬉しいことにリスクが少ない勝負だ。
まあ、見ていて。二人とも面白いものが見れると思うよ。二人の前の上官の前でね」

メイが聞く

「勝負? 引きずり出す? 誰と戦うの? あの可哀想なディーラーさん?」

と。
そして答えるジン。

「違うよ、ここの経営者、つまりカジノのオーナーとだよ・・・・大損しているからね・・・・ここで負けを取り返す為に賭けに出るか、それとも・・・・うん?
ユウキ、あれだ、メイ、見えるか? 思惑通りにほら来た。勝ったよ、二人とも」

そこには支配人であるホテルのオーナーが来た。手に一枚のカードケースを持って。
そして言った。

「お客様の才能に感服しました。しかし、私どもも商売にございます。これ以上の大勝利は私らの生活に関わります。
ははは。お、お客様・・・・こ、ここに、い、1億テラが入った電子カードがあります。
また、他にも当ホテルにあるエステやジム、レストランなどホテル内部の専門店専用のプリペイドカードを三名様分、それぞれ50万テラ分を用意しました。いえ、用意させて頂きました!!
ど、どうかこれにてお引き取りを・・・・・た、頼みます! この通りです!! お願いします!!!」

と、その言葉が終わるや否や一斉に黒服の男女が、ホテル関係者が、恐らくはアルバイトの学生までもが自分たち三人対して頭を下げる。
支配人やディーラーに至っては土下座までしていた。
流石に気まずい。だがそう思ったのはメイとジンであり、ユウキは違った。冷静に視線を入金の為の携帯PCを持ってきた男に視線をやる。
趣味の弓道で矢を射る時の様に。

「それじゃあ、この口座に今すぐ入金してください。
それを確認してから婚約者は席を立ちます。よろしいですね?」

そう冷徹に言うのは戦争で両親を亡くしたユウキだった。
そうであるが故に、彼女は戦場を知っているが故に、ディーラーや支配人の言葉、口約束を信じない。しっかりと行動に移して結果を伴わなければ意味が無いと信じている。
だからこそ、ジン・ケンブリッジとの間に早く子供をもうけたいのだが・・・・まあ、入籍は既にすませてあるし、来月には結婚式もある。
なので、取り敢えずは良しとしようと思っている。
それを聞いた支配人は指紋認証でPCを起動、慌ててホテルの通帳カードを使い、暗証番号を打ち込む。

「あ、はい、こちらです」

それをみて、ユウキは自らのドレスで周囲の視線を遮りに、二度にわたって個別に入金した。そして印刷された証明書で入金内容を確認する。
因みにこれは先程のジンの個人口座に入金した3億テラとは違い、ユウキ、メイのそれぞれの口座に5000万テラとして分割入金された。

(父さんが知ったらなんていうかな?)

何気にケンブリッジ家で一番の財力を持っているだけの事はある長男であった




その頃、とうの父親である何をしていたのだろうか?
父ウィリアム・ケンブリッジは同行していたブライト・ノア准将、マイッツァー・ロナ首席補佐官、マスター・P・レイヤー中佐の3人とジオン公国のマ・クベ首相を加えた四人でに一人のジオン軍佐官と会談する。彼の手土産を見るために、聞くために。
名前はフェアトン・ラーフ・アルギス元ジオン軍中佐。しかし奇妙なことだ。妙な履歴を持つ人物だ。
彼はジオン公国出身ありながらで、マハラジャ・カーンの『アクシズ逃亡』で行方不明なったアルギス家の息子。
その上、アクシズ艦隊地球圏先遣部隊として、先の水天の涙紛争にも関与したにも拘らず、恩赦を受けた。
理由は早々とアクシズ、エゥーゴ、ジオン反乱軍らの軍事行動を見限り、世論が寛容な時期であったニューヤーク市攻撃以前にエンドラ級巡洋艦『インドラ』とアクシズ製の新型MSを持ってティターンズに投降した為である。
しかもその後はゴップ内閣官房長官の裏工作で経歴を偽装し、今はティターンズの二等行政補佐官としてスーツを着た状態でティターンズのバッチを胸元に光らせていた。

(ゴップ内閣官房長官の派遣したスパイの可能性もある。
気を付けねば閣下が狙われるだろう。ケンブリッジ閣下の失脚だけは何としても避けなければならん!)

ロナ首席補佐官はそう思っている。わりと本気で狂信的である。仮にだが、ウィリアム・ケンブリッジ長官という重しが外れたらロナ首席補佐官は一体どうなるのだろうか?
それは遥か未来の事の筈なのでまだ分からない。
加え、貴賓室の席にはフェアトンが腹心のエゥーゴ所属であった、灰色のスーツと赤のストライプのネクタイをしたバーン・フィクゼス地球連邦軍の退役曹長がいる。彼は地球連邦軍が罪状を洗い出した結果、階級降格処分で済んだ数少ないエゥーゴ派閥の人物だった。因みに元の階級は大尉でサイド1防衛隊の第522MS中隊の隊長でもあった。

「ブライト・ノア准将にホワイト・ディンゴ隊隊長、ブッホ・コンシェルの若きリーダー、更にはジオン公国をこの10年間支え続けた名宰相・・・・そしてかの有名な英雄、ウィリアム・ケンブリッジ閣下にお会いできてこのフェアント、光栄の極み」

フェアントの着ている銀のネクタイに銀のスーツ、水色のシャツに銀のカフスリンクスが彼の異様さを物語る。
その全身銀色の男が、あの反エゥーゴ、反アクシズ勢力急先鋒の筈であるウィリアム・ケンブリッジ、彼の腹心の一人ブライト・ノア准将、それにジオン公国の執政を担当するマ・クベ首相と共にいる事が何よりの疑問であり不可思議な点だった。

「アルギス元中佐、我々の間に前置きも修飾語も不要だ。結論を話せ。何の用だ?」

マ・クベジオン公国首相がにべも無く言う。フェアントの美辞麗句に満ちたおべっかをバッサリと切り捨てる。
そう、この二人の将来はまさにここにいるメンバーらの気分次第だと言う事だ。
彼らの中の誰か一人でも『処刑』や『逮捕』、『拘禁』を命じれば即座に通路を警護するエコーズとジオン警察が取り押さえる。
或いはブライトとレイヤーが撃ち殺す。実際にソファーに腰かけているのはフェアントとバーン、マ・クベとウィリアムの四人。
残りの二人はいつでも銃を撃てる姿勢で彼ら二人を監視していた。

「それでは・・・・まずはこちらのミラーをご覧ください」

カバンから硬化プラスチックに固められた箱に入っているミラーの破片を出す。それはソーラ・システムに使われた物質と良く似ている。

「これがどうしたのな?」

司会役を誰にするかは最初から裏で決めていたので、その役目を負ったマ・クベ首相がフェアントに問う。
ここはジオン公国と地球連邦政府との密会の場。
ジオン反乱軍らが引き起こしたジオン公国痛恨の失策である『水天の涙紛争』が本格化する前に家族の安全を求めてアクシズから逃亡した逃亡者との駆け引き。

『何か貴官らを擁護するモノが無ければ、我がジオン本国もティターンズも地球連邦軍も地球連邦政府のいずれであろうと、擁護も保護もしない』

そう言って切り捨てたのが目の前の地球通のスペースノイド、マ・クベ退役中将だ。
故にフェアントも必死である。表情に出さないだけである。
当たり前だ、彼の一言一言、一つ一つの仕草、用意した切り札をいかに使うか、これによって29人の兄弟たちの運命を背負っているだから。

「これは強力なエネルギー照射システムの材料です」

そういって持ってきた携帯端末タブレットのタッチパネルに暗証番号を打ち込む。メイン画面まで表示され、そのままいくつかのキーワードを打ち込んだ。

『ラーフ・システム』

そう打ち込まれたキーワードにはこう計画が書いてあった。
直径10万キロの超巨大太陽発電システムによる惑星環境改造プラントの設置、その為の資金援助と設備投資をお願いしたい。
彼の言葉と計画を要約するとそうなる。

「とどのつまり戦争とは限られた資源を限られた人間が無限の欲望で奪い合うものだ、と言う事か」

黙って聞いていたウィリアム・ケンブリッジが呟く。
この言葉こそ、この会談でパラヤ外務大臣やバウアー内務大臣などではなく、ティターンズ長官にしてゴップ内閣官房長官とジャミトフ・ハイマン国務大臣の弟子扱いされているウィリアム・ケンブリッジを誘い出した甲斐がある、自分を売り込む好機であると言うものだ。
伊達にあの修羅場をくぐってはいない。
あの辺境で生きる事すら困難であるアクシズ要塞内部の権力闘争に勝ち抜いて『インドラ』と数機の新型アクシズ製MSを手土産にティターンズへと絶妙のタイミングで逃げ込めた手腕の持ち主だけの事はある。
そう、ロナとウィラムは思った。

「長官の仰る通りです。旧世紀以来、いえ、人類の文明発祥以来の戦争原因の大半は経済問題ですが、その経済問題の根本にあるのは人間の欲望です。
彼らは持っているのに自分達は持ってはいない。それが高じて争いになり、戦争なり、大規模な殺戮と破壊を生み出した。
一年戦争、失礼、ジオン独立戦争も同じです。
アースノイドが当然の様に持っている地球と言う安定した大地と無限に供給される空気に水、見渡す限りの大平野に、母なる海洋。
ところが、ひるがえってジオン公国を初め、月もコロニーもその恩恵など全くなかった。それが先の戦争の引き金になった。
そうですね、マ・クベ首相、ケンブリッジ長官、ブライト提督?」

所詮は戦争とは外交の延長上に過ぎない。それは少し歴史か戦争か平和か経済か政治学を学んだ者の常識である。
また、外交とは政治の、政治とは経済の、経済とは人の生活の、人の生活とは人の欲望の延長上にしか存在しない。突き詰めてしまえば簡単だ。欲望が戦争を起こす。

(なるほど、彼は、フェアント君は欲望こそが戦争の権化であり、それを無くすには新たなる可能性を打ち出すしかない、そう言っている訳だ。まあ一理あるな)

そう思うケンブリッジ。
あいつが持っているから俺も欲しい。あいつが持っている事が許せない。そう言う訳だ。
かたや隣で紅茶を飲んだマ・クベ首相は、

(なるほど、このフェアントという男はアクシズを見限る冷静さ、紛争中に無条件でサイド3に向かわず、武装警察であり反アクシズ急先鋒でもあった、グリプスのティターンズ鎮守府に投降する豪胆さ。
これらに加えて我々を納得させる繊細さも持ち合わせている。
しかもギレン陛下の統治下にあるこのジオン公国では自らの計画を実行できないと悟るや否や、私の隣に座るウィリアム・ケンブリッジという英雄に自らの身の安全と計画の売り込み営業をかけたのか)

油断できん若造だな。マ・クベはそう結論付けた。
事実である。彼は、フェアントはウィリアム・ケンブリッジの火星地球化計画を知った。
ウィリアム・ケンブリッジは幸か不幸か分からないものの、フェアントと同様にこのままスペースコロニーのみに頼った宇宙開発ではいずれまた第二、第三の宇宙戦争が勃発すると思っていたのだ。
故に新しい居住先を確保する必要がある、それはコロニーでは無く地球と同じ大地であり、大気がある空間であることが必須。
これを達成する為にはある種の大規模な公共事業としての道筋と、ジオン・ズム・ダイクンが唱えたコロニー独立、スペースノイドの国家樹立以上の希望を地球、月、コロニーを問わずに見せる必要があった。
だからこそ、ダカールでシャア・アズナブルを弾劾し、彼らアクシズとエゥーゴを全人類共通の敵に仕立て上げ、ビスト財団から地球連邦を過去から脅かす存在を力で消し去った。
そして今のティターンズとウィリアム・ケンブリッジという存在がある。

(自分で言うのもあれだが・・・・本当に出来すぎた人生だな・・・・そう思わないか、リム?)

更には新秩序を乱す存在としてアナハイム・エレクトロニクス社とその会長、メラニー・ヒューカーヴァインを徹底的に弾圧、逮捕。
AE社がつぶれては宇宙経済に大打撃を与え困るので完全に潰しはしなかったものの、その企業規模は縮小させた。
またリストラの対象となった人物の受け皿として連邦軍と地球の中小企業各社の正規職員として受け入れさせた。
無論、社会不安を増大させないためにティターンズが厚生労働省に頭を下げ、彼らと共同歩調を取って、現場を指揮し、責任を持って職業を斡旋した。
これに渋ったのは地球各州の財界だったが、時の人であるウィリアム・ケンブリッジ長官に対抗する者は僅かしかおらず、反抗した面々、その大半が何故か冥府への道を歩んだという過去のジンクスからか黙認。

伊達に『政界の死神』などと恥ずかしい名称で陰口を呼ばれて無い。

実際、戦争で人材を取られた為、技術的に危機に陥っていた中小企業はこの政策で息を吹き返した。
更にはスペースノイドのほんの数パーセントであるが、彼らは憧れの地球での永住権を獲得したので功罪は拮抗している。
これが現時点でのティターンズの影響力であった。そしてフェアントの野心は明らかにティターンズ長官の未来絵図と合致する。

「ラーフ・システム、これは実際に可能なのかな?」

現実面での指摘を行うケンブリッジ長官。だが指摘すると言う事は興味がある証拠。畳み掛けるべき好機。今こそ千載一遇のチャンス到来である。
それに頷くフェアント。彼は続いてグリプス工廠とジオン本国の工業力を具体的なグラフと数値で表した。

「可能です。こちらの表にあるように10年かければ必要数は用意できるでしょう。それも増税などは必要なく。
現に太陽光発電用ミラーの需要は止まるところを知らず、地球各地のメガ・ソーラー発電所、各コロニー、資源採掘衛星、人工衛星、宇宙艦艇、宇宙船舶の需要拡大に対応し切れていません。
仮にこの状態があと3年続けば、木星圏にまで需要は広がり、それを受け皿にする企業はさらに設備投資を行う。
ここまでくれば・・・・・後は・・・・・」

「後はティターンズ長官殿の掲げた理想通りになる、か。なるほど。フェアント元中佐、貴公は中々博識で面白い男の様だ」

マ・クベ首相が用意された紅茶を飲み干した。
それは予め決めてあった面会終了の合図。

「話は分かった。こちらからもギレン公王陛下とサスロ総帥にラーフ・システムの件は伝えよう。
地球のニューヤーク市にある連邦政府首相官邸と連邦議会にはこちらのウィリアム・ケンブリッジ長官が自ら伝えてくれよう。それでよろしいかな?」

ええ、結構です。

「初日にしては中々の手並みだった。伊達にアクシズからティターンズへと鞍替えした訳では無かったな。
ケンブリッジ長官、これは良い買い物だ。やはり貴殿には人を惹きつける何かがお有の様だ・・・・私と違ってな。羨ましいことだよ」

そう言ってマ・クベ首相はティーカップを置き、席を立ち、そのまま部屋を去る。
続けてフェアントも一礼して、用意したラーフ・システムの書類を手渡すと扉から出て行った。後に残される四人。とにかく余った紅茶を飲み干す4名。
そして話し出す。あの男の提案を。アクシズ陣営からの逃亡者の訴えを聞き入れるかどうかについてを。

「ラーフ・システム、か。どうですか? 本当に実用可能でしょうか? それにあの男は信頼できるとは思えないのですが。
ああ、確たる証拠がある訳ではありません。軍人の、パイロットとしての感と言う奴です。彼には野心がありすぎる、そんな気がしました」

軍人のレイヤー中佐が聞く。彼は未だに現役のMSパイロットでロンド・ベル艦隊のMS隊隊長でもあった。
だからこそ、彼は疑問に思う。あの悪趣味な銀色のホストの様なスーツを着た男は本当に信頼に値するのだろうか、そう思うのだ。

「ごもっともですね。レイヤー中佐、自分は彼を信頼する必要はないと思います」

そう言ったのは首席補佐官のロナ。
彼はレイヤー中佐の事を、あの胡散臭い木星帰りの俄か准将閣下とは違い誠実な高貴なる精神を持ったコスモ貴族の一員になれる人物だと思っている。
実際にホワイト・ディンゴのメンバーやタチバナ小隊、デルタ小隊、シナプス提督、ブライト提督、アムロ中佐、セイラ女史などはマイッツァー・ロナの理想の具体例たちだった。
だから邪険には扱わない。
また、彼もウィリアム・ケンブリッジ長官の影響で少し軽薄な所のある、アニッシュ・ロフマン大尉やマイク・マクシミリアン大尉などの性格も受け入れられている。
彼らの持つ天性の陽気さが実は当のウィリアム・ケンブリッジ長官の精神安定剤になっているのだが、これはケンブリッジ長官の妻であるリム・ケンブリッジしか知らない事だった。

「ですが、信用には値します。利用価値はあるかと」

一度裏切った人間は何度でも裏切れる。これは一部を除いて世界史の常識である。
まあ戦乱の世はそれが当たり前すぎる話なのだが、宇宙世紀90年代、それは非常識になる。特にエゥーゴ派やアクシズが存在する以上は。
故に独断でロナ首席補佐官がさっさとビスト財団の持つ、最早この世界には不必要な存在をコロニーごと消去したのもそれが理由。

「首席補佐官殿・・・・そう言う言い方は流石に酷く無いのではないですか?」

あくまで文民統制に従う事を是とするレイヤー中佐は敬語を使って問いかける。
これが彼の評価を上げているのだ。ティターンズ内部でも、連邦軍でもどちらからでも人気が高い存在である。流石は伝説の小隊の一つ、ホワイト・ディンゴの隊長である。

「中佐はそうは言いますが、実は彼の経歴は全て嘘です。ご存知ですか?」

いや。
知らないな。

レイヤーとブライトが首を振る。
それを見て、ウィリアムは無言で先を言うように促した。

「これは軍情報部がジオン情報部、通称キシリア機関の生き残りから取り調べた結果ですのであまり大声では言えませんが、御内密に。
まあ、あくまで噂です。そう考えてください。
先程我々と面識した彼の本名はフェアトン・ラーフ・アルギスではありません。それは彼が殺したと思われるキシリア派の重鎮であるアルギス家の跡取りの名前です」

レイヤーが手を挙げて発言を求める。
その間にブライトはお茶を入れ直す。紅茶では無く、妻のミライ・ノアが用意してくれた極東州の日本列島産の緑茶のパックだ。
勿論、宇宙では高級品になる。飲みながらレイヤー中佐は聞く。ロナ首席補佐官に。

「何故それが、彼が本当のフェアトン・ラーフ・アルギスではないと分かったのです? 
言いにくいのですが・・・・一年戦争緒戦、一週間戦争とルウム戦役の大敗までMSの有効性とミノフスキー粒子の危険性を見抜けなかった情報部がそれだけの事を知る事が出来たのですか?
そんなジオン公国のザビ家の内部闘争の様なモノを見抜く能力があると本気で思っておりますか?」

地球連邦政府の政府機関である情報局、そう、連邦情報局(FIA)と軍情報部は信用できないし当てにもならない。寧ろ足を引っ張る害悪の集団。
それは一年戦争を戦い抜いた前線部隊の軍人たちの偽りない本音であった。これは水天の涙紛争でガンダム強奪事件とニューヤーク市攻撃、ソロモン核攻撃を防げなかった事で拍車がかかっている。
事実、軍情報部や連邦情報局よりも連邦中央警察の捜査部門、ティターンズ捜査局、各州の持つ情報機関の方を当てにしている軍人が過半数を超していた。
とくに前線勤務者に多い。

「これはまあ、蛇の道は蛇と言いますか。彼が投降した際に血液検査を行ったのですよ。それで分かりました。
買収したのです、看護師と医師の両名を。でなければアクシズからの逃亡者をティターンズに入隊などさせません。
因みに彼を抜擢したのは私、マイッツァー・ロナです。
まあ、フェアント、本名が分からないのでこう呼びますが、彼の方があの新参の不愉快な木星帰りの男よりは何千倍もマシです。その点だけは保証します」

そう言い放つロナ首席補佐官。相手の木星帰りの男とはシロッコ准将の事だな。
一緒にインダストリー7を制圧したいわば戦友である筈なのにこの仲の悪さ。
実は結構有名である。
以下、ある会議での休憩時間の会話になる。

『おや、これはこれは木星帰りの准将閣下ですか。
30歳で准将とは・・・・ブライト提督と違ってさして武勲を上げた訳でもないのに・・・・・一体何をしたらそこに辿り着けるのですかな?』

『ほう、これはこれは。今を時めくティターンズ長官の最も信頼を受けている首席補佐官殿のお言葉とは思えませんな。
首席補佐官殿がお好きな高貴なる者の義務とはかけ離れた発言にさぞやケンブリッジ長官も失望するでしょう』

周りには逃げ遅れた何人もの同僚がいたが双方とも関係なかった。
円卓の机、1万テラ前後のビジネス用椅子に腰かけあって、向かい合って座る二人の男。

『そういう准将閣下は長官の信頼など存在しないし必要無いでしょうな。
何せ、木星連盟から派遣されたあくまで臨時雇いの方ああ、もしかして長官の為に用意された鈴ですか?
長官が木星連盟に対して何かしでかす様なことがあればいつでも長官の命を消去できる為の使い捨ての小道具。そう考えると・・・・准将閣下も憐れな方ですね』

『大人げないですな、首席補佐官殿。男の、しかも大人の男の嫉妬は見苦しいを越して醜悪以外の何物でもないですかな?
それがお分かりでないとは、存外心の狭い方なのですね?』

『そうですな、私はシロッコ准将閣下に対して大いに嫉妬しているのでしょう。
大した実績もティターンズの高貴なる義務を果たす長官を尊敬もせずにこの場に偉そうに座れるあなたの立ち位置に。全く、貴方はなんなのですか? 
大人しく挨拶に来たと思ったら敬愛すべき長官に対していきなり長官職を寄越せなどと無礼千万です。
自分だけが特別な人間・・・・ニュータイプであると過信でもしているのではないですかな? 無礼にもほどがある。
それでよくもまあ万単位の人間を指揮する准将閣下に昇進できたものだ。しかも30歳の若さで』

『ならば貴公は自分で何かを考える事を忘れた家畜ですな。猟犬のつもりをするただの飼い犬、そう受け取りましょうぞ?』

『はは、それは褒め言葉ですよ、准将閣下殿。私は長官の飼い犬で結構。
それに犬と呼ばれようとも、私には閣下の忠犬としての誇りがある。誰にも譲れず、誰にも負けない誇りが確かに存在する。
それは凧のように風に舞っている貴方には分からない事だ、そう思いますがね。違いますかな?』

『いいますな?』

『ええ、正直に言いましょう、私は准将閣下の能力は認めます。先のビスト財団制圧戦での戦い方は見事でした。
ですが、准将閣下の人格は認めない。その他人を見下した言動も、さも自分が特別であると言う様な言動も、実績無き者の大言壮語も不愉快極まる。
ニュータイプなどと言う訳のわからない素質に拘るなら更に、です。
ケンブリッジ閣下に取って代わるおつもりならばもっと実績を上げ、書類戦争に参戦する事ですな。
いつまでも自分が世界の中心にいる様な、あの赤い彗星の様な態度は迷惑です・・・・お分かりいただけましたかな? 准将閣下殿?』

『わかりました、ならば私も言わせてもらおう。首席補佐官殿こそ、その態度が傲慢以外の何物であるのか?
全くもって小賢しいの一言だ。私が赴任して以来ずっと私の事を嫌っていたようだが、私も首席補佐官殿の能力だけは買っている。能力だけですが、ね。
だが、性格は買ってはいない。それが事実だ。よろしいか? 首席補佐官の子供の戯言で貴重な人生の時間を費やしたくは無いですな』

『ふん、何とでも言えば良いでしょう・・・・ああ、あなたのせいで無駄話が過ぎた。会議再開の時間だ』

『そうですな、何とでも言わせて頂く。首席補佐官の私事の戯言に付き合うのもやめましょうか。それでは諸卿ら、会議を再開しよう』

そう言っていつの間にかそろったメンバー全員の前で報告する。
因みにこの会議に参加したメンバーは心に難く決めた。
絶対にあの二人、マイッツァー・ロナとパプテマス・シロッコと自分の三人だけになるのは避けよう。何としても最低でも四人で行動しよう。
それが無理なら無理矢理でも適当な理由を付けて逃げ出せ、と。
この事実を知ったウィリアム・ケンブリッジの顔が引きつったのは妻のリム・ケンブリッジだけが知る秘密である。
そして部屋を抜け出て、メイン・ウェイをCR-79というジオン公国製のコロニー専用電気自動車を運転しているフェアントにバーンが聞く。

「これで本当に良かったのか? 明らかに部屋にいた全員がお前の事を警戒しているぞ?」

と。だが、フェアントは不敵に笑った。

「バーン、何を言っている。まさに結構な事じゃないか。全員に警戒された? それこそこちらの計画通りだ。
そうであればこそ、俺がティターンズで権力を握り、太陽を掴むことができる好機となる。
警戒されると言う事はそれだけ注目されるという事だ。違うか? 無関心よりも警戒心のほうが利用しやすい。
それにな、バーン、お前も、俺もこのまま落ちぶれる必要もジオンやティターンズの便利な小道具として埋没してやる義理も無い。
俺たちは立ち上がる。そして必ず勝つ。その為には・・・・・まずは例の木星帰りの准将とブッホ・コンシェルの一員で筆頭の首席補佐官よりも有能だとティターンズ長官に思い知らせる事だな。まずはそれからだ」

呆れた奴だ。そう肩を竦めて、二人は自らの家族の待つ『インドラ』に向かって車を走らせた。




同年同日、地球連邦政府、首相官邸『ヘキサゴン』

ここでは定例会議が行われていた。そして議題毎に議員や官僚が入れ替わるのが常であるが、これにも数名の例外がある。
一人は地当然ながら地球連邦の指導者、トップである球連邦首相にして地球緑化政策と木星圏、火星圏開拓計画の熱心な支持者であり指導者でもあるレイニー・ゴールドマン首相。
次に地球連邦議会勢力最大派閥の長にして、現在は地球連邦軍退役軍人会会長も務めるゴップ内閣官房長官。
彼には劣るものの、地球連邦政府No2として今年の冬に行われた第二次北米州大統領、マーセナス政権から横滑りした、地球連邦国務大臣であり、太平洋経済圏、インド洋経済圏の各州出身議員の支持を集めているジャミトフ・ハイマン退役少将、いや、初代ティターンズ長官。
この三人は何があっても定例会議に絶対に参加している。
そして財務大臣であるアリシア・ロベルタ・ロザリタ女史(南米州出身)である。
彼女はキングダム政権下で史上最年少、32歳で入閣。
年齢が若い、実績が無い、南米の資産家でスラムを弾圧している家系のお嬢様、などという南米州の大反発を抑えたのはその天才的な頭脳。
因みにジン・ケンブリッジ初恋の人であり、彼の家庭教師でもあった。
その後、キングダム内閣の甘い見通しで行われた一年戦争。
ジオン公国の地球降下作戦で三大経済圏の内二つを早期に失った上、コロニーの消費経済圏も無くした地球連邦政府の財政を破産に追い込まず、止めに戦後直後の軍備再建とティターンズが掲げた地球戦災復興案の初期資金を集めた辣腕家であった。
あのキングダム、マーセナス、ゴールドマンら三つの内閣の財政を24年間受け持ち、そのすべてを破産に追い込まず地球連邦政府財政を健全化している、この会議参加メンバーの誰もが頭を上げられない、頭が上がらない才女。

(次に参加数が多く、会議に良く加わるのは、最近スペースコロニーや各州の代表、地球連邦加盟国王族や皇族などの元首への訪問という外回り。
その直後のコンドルハウスにおける軟禁勤務が多くて死にそうなウィリアム・ケンブリッジ第二代目ティターンズの長官、私の後輩か)

ジャミトフはコーヒーを飲みながらそう思った。
後はいたりいなかったりしている。
アデナウアー・パラヤ外務大臣など必死に自分の地位を守りたいというのがありありと見えるが、残念ながら地球上の対立状態だった大人口を持つ非地球連邦加盟国がなくなりつつある現状では外務大臣のポストはそれ程重要では無い。
そんな中、呼び出しを受けて国防総省から首相官邸に到着したオクスナー国防大臣は考える。

(アデナウワーは生き残りに必死の様だが・・・・外務大臣では無理だな。というよりも無能だから外務大臣と言う窓際に左遷されたとみるべきか?
これからは財務省、国務省、内務省の三省の時代で、これに首相の持つ武力組織、武装警察にして対軍部のカウンタークーデター部隊ティターンズが加わる。
故に奴の復権は絶望的だろう。
自身の置かれている立場が分からないのか・・・・・まあ、私もあの日のソロモン要塞で、ジオンのソーラ・レイ攻撃を受けて生き残るまでは分からなかったが)

と、いつの間にかヘキサゴンのFCS専用地下会議室に来る。大臣に支給されているカードをIDレコーダーに通し、指紋認証と暗証番号を打ち込む。
その間は黒服の、胸もとに拳銃を装備しているSPらがIDの写真と自分の顔を確認し、金属探知機で定例の検査を行っていた。

「首相閣下、検査終了です。問題ありません」

内線電話で連絡を取る妙齢の女性SP。
スカートでは無く動きやすい様に黒いズボンと革靴だった。

「わかりました。オクサナー国防大臣、入りなさい。護衛官、扉をあけました。どうぞ中へいれて下さい」

レイニー・ゴールドマン首相が言う。彼の右手には一年戦争の前線視察時にジオン軍の強襲を受け為に出来た火傷の跡があった。
故に何も知らない人間はかの首相を反ジオン、反スペースノイドだと思っているがそこまで頑迷である人物が100億人と言う人口を抱える地球連邦の首相に就任できる筈もない。
実際、彼の評価は一年戦争で晩節を汚したアヴァロン・キングダム首相よりも余程、余裕があり、柔と豪を併せ持つ人物という評価になるだろう。

(そうでなければ地球緑化政策とケンブリッジの木星圏とスペースノイド融和政策を両立させられるわけがない)

連邦安全保障会議(FSC)の定例会呼ばれた。無論、秘書官も一緒である。更にはバウアー内務大臣とエッシェンバッハ議長もいた。

(しかし・・・・これは何かあるな・・・・私はたまたまソーラ・レイの攻撃を生き残り、水天の涙紛争でも月面駐留の第6艦隊にいたから生き残っただけなのだがな)

そう思いつつ、黒いスーツをきた壮年の男性は指定されている席に座る。
と、極東州出身の法務大臣とアジア州出身の宇宙開拓大臣の二人の女性が入ってきた。秘書も女性だ。どうでも良い事だが。
総数はこれで7人+αだ。そして扉が閉まる。
鍵が自動でかかる。中には警備のSPはおらず、秘書官と書記官、首相補佐官や各閣僚首席補佐官らがいた。

「さてと、議題はそこのPCを起動してみればわかる。みんな読んでくれ。私はコーヒーを飲むので・・・・10分だけ待つ」

そう言って首相は自分に用意された中米州産のブレンドコーヒーを飲む。コーヒー豆、それを一から焙煎し砕き、抽出したコーヒーのほのかな香りが立ち上る。
それにつられて飲みたい気分になるが読む。

(あら・・・・案外うまくいってるじゃない)

(流石はケンブリッジ長官。伊達にホワイトマン部長を妻にしてない・・・・大した情報網だわ)

(財政的には何とかなるか・・・・やはりあなどれないわね)

三人の女大臣が考える。

(ふーむ)

とりあえずは分かった事はケンブリッジと言う夢想家の夢を実現する方法があると言う事と、外惑星航行可能巡洋艦やジュピトリス級の量産計画の正式な発動。
これによる火星圏、木星圏の生活圏拡大政策がウィリアム・ケンブリッジというティターンズ長官の名前で推進されていると言う事だった。

(接触を受けた、アルギスとかいう男の唱えたこのラーフ・システム・・・・なるほど、大規模な太陽光発電と氷塊を地上にぶつける事で火星の地球化を図るという100年単位の大規模な惑星改造計画、か。
更にはその情報がそう遠くない将来、利用価値のあるカイ・シデンを通してアングラ出版とジオニック・ライン、連邦放送、BBC、ABC、NHKらが報道する事。
今ならできると判断した訳だな? 
地球連邦政府の権威と軍事力が最も高まり、地球上の非加盟国が北部インド連合を除き全て無くなった現在という状況下で。
止めに宇宙にはサイド3とサイド7というジャブロー地区や北米州、極東州、アジア州に匹敵する工業地帯がある現実。
だから、今やるのか・・・・・しかし、それを国防大臣である私に見せるとはどういう事だ? ゴップ官房長官は何を考えている?)

コーヒーを飲む。こちらはどうやら中央アフリカ産のコーヒーである。

(ルービックキューブが無いと何故か落ち着けんな。これは私の悪い癖だ・・・・軍人時代の戦死への恐怖を紛らわす癖が残ってしまったか)

コーヒー豆ら農作物の輸出や極東州らの無償技術提供と地球連邦政府内務省と国務省の支援で漸くアフリカ三州は安定化する兆しを見せていた。
現在の地球上で最大級の不安定要素は北部インド連合。彼らの軍閥化した強行派閥と中央アジア州の現地武装宗教勢力、この二つ。加えて。
ジオン反乱軍残党集団のロンメル師団と呼ばれている部隊、そして太平洋上で海賊行為を繰り返しているマット・アングラー隊、つまりジオン海中艦隊の残存部隊だけ。

(アクシズ、エゥーゴ、ジオン反乱軍の残党勢力など今の地球連邦には恐れるに足らんな。海軍と陸軍、それに各地の州軍に任せれば良かろう。
彼らも既に補給を絶たれてから10年以上活動している。兵器が正常に動くかどうかさえ疑問だ。まあ海軍機動艦隊に任せればよい。ズゴックEの輸入もある程度は仕方ないだろう
対ジオン経済戦争という側面もあるからな。ジオン公国に今破産してもらう訳にもいかぬ)

オクスナー国防大臣はそう結論付ける。
補給が続かない軍隊など脅威では無いのは常識以前の話だ。精神論で戦争には勝てない事を元軍人のオクスナーは良く知っていた。

「さて、オクスナー君、君に聞きたい事がある」

首相では無く内閣官房長官が聞く。と言う事は、経済官僚出身で軍事に疎い面のあるゴールドマンに分かり易く説明しろ、と言う事か。
因みに同僚で最大の出世頭と言われているティターンズ長官のウィリアム・ケンブリッジは宇宙開発専門の官僚であった。
それ故にムンゾ自治共和国時代のサイド3駐在文官としての赴任、ギレン・ザビとの交流、その後の大出世(本人曰く、最大の不幸)を成し遂げた奇跡の人なのだが、まあそれは置いて置くとしよう。

「なんでしょう?」

ずずと、ゴップが自分用の極東州産地のお茶を飲む。
確か煎茶とかいったな。体に良いらしいからな。今度試してみるか、そう思う。

「第1艦隊、第2艦隊、第12艦隊のMS隊更新計画、ジェガンタイプへの更新には後何年かかる?
無論、現在の予算を2割削減した上での事だ。これ以上の軍事予算増額は無い。
例の『Z』、『N』、『UC』の三計画が同時進行している今、ジェガンタイプへの機体更新と第10艦隊、第11艦隊のジムⅢへの機種変更作業の進捗状況も聞きたいのだよ。
これらの軍備更新計画を平行してやる以上、なるべく低予算でかつ早めに終わらせてほしいのだよ、そう財務省は言ってきている。毎回ね」

なるほど、ゴップ大将は戦争を予見している、という事か。

(うん、いや違うな、ここにいる全員が軍事力によるアクシズ勢力の討伐とその後の軍縮、正確には新規MS開発並び新造艦艇建艦計画抑制案をそれぞれ持っている。
だからこそ、件の女大臣ら等はその為に出席しているのだ。
戦闘がもたらすデブリ拡散による宇宙開発への影響、捕虜となるであろう人間の法律問題、軍事力行使に伴う、古来より楔となり国さえも傾け、滅ぼす軍事費の負担額。
それを聞きたいから自分は呼ばれたのだな)

PCから目を離して一度全員の顔を見る

「そうですね・・・・第1艦隊、第2艦隊、第12艦隊は宇宙世紀0095の秋には慣熟訓練も含めて全てをジェガンタイプに機種変更可能です。
第10艦隊と第11艦隊は更に早く、0095の春には終わります。また余ったジムⅡやハイザックは月面にある四つの超弩級核融合炉発電所の護衛部隊に回します。
それと、AE社とビスト財団の雇用安定の為、ハイザックの発注は続けます。それらは偵察艦隊に配備します」

噂に聞く新造空母はどうなりますか?

「法務大臣、ベクトラは宇宙世紀0095の夏、8月1日に完成します。
建艦終了と同時にロンド・ベルに引き渡されます。そうです、財務大臣が推進した次期可変MS計画『Z』のMSZ-006C1ゼータプラスも順調です。
大型惑星間航行空母『ベクトラ』に『UC計画』の機体2機と、『N計画』の機体1機を含めて75機、一個師団、ロンド・ベル各艦に合計63機のZタイプを計画通り同時配備できます。
無論、その際にギャプランは全て月面都市防空大隊に再編入しますが。
ああ、ゼータプラスですがプロトタイプであるZガンダムが予想外に設計、開発が遅れており、結果としてデルタゼータのデータを流用しております。詳細は其方に」

そう言いつつ、メモリーディスクをPCに差し込みPDFファイルを送信する。
全員の携帯端末にはZ計画の進展状況が出ていた。
宇宙世紀0093の現在、パイロット、整備兵、搭載艦艇、Zタイプの可変MS配備状況を含めた総合進展状況は75%。
が、一番機であり、カミーユ・ビダンがテストしているZガンダムはサイコ・フレームの開発・生産が難航している為、最重要なコクピット周りの開発が進んでいない。
それでも宇宙世紀0096の2月までには『UC計画』『N計画』と同様に実戦配備が可能と出ている(尚、これ以降は通常量産型をZ+、初号機であるZガンダムを、Zと呼ぶ)。

「それで、あの予算を馬鹿食いするコア・ブロックシステムを採用する予定のZZガンダムとかいう化け物はどうなります?
あれの量産機・・・・FAZZでしたか、あんな機体の量産など財務省は断固として反対します。よろしいですね?」

とうぜんですな。ゴップ官房長官が頷く。
ジャミトフ国務大臣も同様だ。今日はいつもと違って無口だな。珍しい。
と、彼が、黒いスーツを着たジャミトフが発言する。

「ええ、コードネーム『Zガンダム』はあくまで可変機。その量産型もロンド・ベル艦隊従来の使い方の為の機体です。
当然ですがジェガンタイプを圧倒する機体性能は与えます。
そしてジェガン生産、配備が完了した時点でジオン公国と条約を結び、宇宙世紀120年まで新規MSの開発は認めても、実戦配備規模の量産を認めない条約を結ばせます。
大臣が懸念しておられるコードネーム『ZZガンダム』はコア・ブロックシステムを廃止して普通の機体にします。
それで装甲強化と予算抑制につなげております。『Z』にだけ予算をつぎ込むわけにもいきませんから。
その為にパラヤ大臣には活躍してもらいたいものですな」

ジャミトフが引き取る。流石元軍人にして現ティターンズ長官と最も親密なだけの事はあった。
(ちなみにウィリアム・ケンブリッジと仲があまりにもよすぎる事から一部の馬鹿議員は男色疑惑を向けている。無論、愚かな妬みの妄想だが)

「・・・・・さて、質問は無い様だな? ならば方針は決まった様なモノだろう」

腕を組んでいたゴールドマンが発言する。
ゴールドマン首相の言葉に全員が背筋を伸ばす。それは傲岸不遜のジャミトフも、魑魅魍魎なゴップも、運が良いと自嘲する自分も一緒だ。
流石は100億の民を導く国家の元首。
これに匹敵する貫禄を持つのは各構成国の王族や皇族、更にはギレン・ザビや数年前の『ダカールの日』で演説した当時のウィリアム・ケンブリッジくらいだろう。

「我が軍は三年後の宇宙世紀0096をもってアクシズを捜索、発見し、総攻撃をかける。
軍部にはオクサナー国防大臣が極秘裏に、政府内部の調整はゴップ官房長官が、ティターンズとロンド・ベル部隊にはハイマン国務大臣が伝えたまえ。
諸君、我々は次のステージに進む。全人類存続の為に、恐らく最後の好機となる。これを逃せばまた数十年はこの地球圏という人類の胎盤の中で相争う事になるだろう。
だが、これを完全なる勝利で乗り切れば今後100年は外惑星、内惑星開発、地球再建に全力を加えられる。それは人類が本当の意味で地球圏を、宇宙を開拓する時代の幕開けとなる
我々は未来に向かって進むのだ。その為の第一歩である。皆の奮闘を期待する、以上だ」




宇宙世紀0093.06.11 ズム・シティ。ザビ家私邸。
極秘裏に一台のリムジンが到着した。誰にも見られない様に男が裏口から入る。

(ギレン公王陛下直々の頼みで、伝令役がドズル・ザビ上級大将か。一体何事だろう?)

デギン・ソド・ザビの意識が既に失われて3時間が経過。
ザビ家の全員と名代のリム・ケンブリッジはジオン中央国立病院の集中治療室に向かったが、その時ウィリアム・ケンブリッジは急に呼び出しを受ける。
それはこの国の主にして稀代の天才政治家にして今まさに死に逝くデギン・ソド・ザビの長男、ギレン・ザビだった。

「来たか・・・・存外に早かったなウィリアム」

おかしい。彼は公王服では無く、かつて愛用していたジオン公国の黒い、軍服と兼用の総帥服を着ていた。
自分はダブルボタンの黒いスーツに、黒いネクタイ。いつでも弔事に迎えるように全て黒で揃えた。靴も黒。いつもの茶色の革靴では無い。
葬儀になった時に備えている。恐らくそう遠くない将来に葬儀の為に来るようスマート・フォンの呼び出し音が鳴るだろう。

「陛下直々の内密なお呼び出しとお聞きしまして」

ギレン自らが来賓用の椅子を引く。
そしてまるでホテルマンの様に右手で座るように促すギレン。

「かけてくれ、ああ、セシリア。
何か食べる物とニュージランド産のフルーツワインを数本、それにイングランドのウィスキーを数瓶頼む。後、ワイングラスを二つにウィスキーグラスを二つ、氷もな」

その言葉から数分後、妻のセシリア・アイリーン・ザビがフランス産チーズ、ドイツ産ソーセージ、アメリカ産ビーフジャッキー、ブラジル産トウモロコシ、日本産の炒めた米、そして大量の氷に、ワインをワインクーラーごとキャスターに乗せて持ってくる。

「うん、すまない。セシリアは下がってくれ。今は目の前の男と二人で話がしたい」

その言葉を聞いたセシリアは一礼して護衛の兵士達と共に下がる。
全員が扉から出て行く。
ザビ家邸宅、ギレン・ザビ本人の紛れも無い私室に残ったのはウィリアム・ケンブリッジとギレン・ザビのみである。
全てのジャーナリスト、マス・メディアが例外なく、この事実を聞いたらこれはまず間違いなく明日の地球圏のトップニュースだ。

(号外新聞発行は確実だろうな。何せあのギレン氏と俺が内密に深夜に二人だけで非公式会談を行うのだから)

何と言ってもあの『ジオン公国独立』の英雄であるギレン・ザビ公王陛下と『ダカールの日』の英雄であるティターンズ第二代長官ウィリアム・ケンブリッジが23時と言う深夜に人目を忍んで密会するのである。
まあ、それがハイエナのようなイエロ-ジャーナリズにばれる様な馬鹿な真似はどちらもしてないが。
実際、これを誤魔化す為に、ギレンは軍を動かした。
ジオン第三艦隊とジオン親衛隊は先代公王陛下であるデギン・ソド・ザビの国葬の為に動員されるという噂が流されている。
ブラフではなく各艦隊の軍港からの出港も開始している。

「ふ、ウィリアム、こうして二人だけになるのはあのキシリア暗殺以来か?」

苦笑いする。
そう言えば、あれからもう20年以上経過した。息子も成人したし、娘ももうすぐ大学を卒業する。

(そういえばマナはどうするつもりだろうか? グレミー君との交際をOKしたは良いが・・・・結婚となればこちらに、地球連邦に来ることになる。
或いはジオン公国ザビ家に。
家柄は考えたくもないが同格。ならば熾烈な後継者争いが起きる・・・・マナとグレミー君には悪いけどできれば別れてほしいな。
娘まで政治闘争や戦争の道具にされるのは御免こうむる・・・・あんな危険な目に合うのは自分だけで沢山だ)

その想いとは裏腹に、ギレンの手によってワイングラスにそそがれるリンゴの蒸留酒。それを頂く。
リンゴワインの甘さが口の中に広がる。

「そうですね、あの日以来かも知れません。もしくはグラナダ会談以来、でしょうか?」

グラナダ会談、或はギレン=ウィリアム会談と呼ばれた現在も極秘扱いの終戦への道しるべを築いた会談。
それを思い出す。あの日々は妻を助ける為に無我夢中だった。
間に合わないかも知れない、自分の知らないうちに、自分の知らない戦場のどこかで妻はとっくの昔に戦死しているかもしれない。
そんな不安を力で抑え、子供らの前では笑顔を振りまき、一人の時はストレスで眠れず、強引に薬で精神を安定させていた一年戦争の時代。
あれから13年だ、そして・・・・本当に生死の境を彷徨った、テロリストに暗殺されかけた水天の涙紛争からも既に5年。
思い起こせば時代は流れた。いや違う、流れたのではない、時代は流れるのだ。
誰にも止める事は出来ずに。誰もが過去を振り返りながら未来を見据えて流れ続ける。それが人間の、いいや、この大宇宙の営みだ。
それはどんな権力者にも、どんな偉人にも、どんな生命体にも覆すことのできない絶対的な真理。少なくとも人類が認知する限りは。

(悠久の時の流れ・・・・か。すべては流れ行くままに)

物思いにふけると目の前の男がしゃべりだした。

「・・・・・・・・・ウィリアム」

何です?

「ふ、腹芸が得意になった。まさに地球連邦随一の英雄であり、地球圏最大級の政治家だけの事はあるな」

光栄です。ですが、それが本題は無いでしょう?

無言で聞くウィリアム・ケンブリッジ。
それに答えるべき男は何度かワインを飲みきる。いつの間にか時計の針が半周していた。
そして徐に言葉を紡ぐ。

「・・・・・・・・・・・・・・父が死ぬ」

「?」

ギレンの言葉に思わず疑問の表情を浮かべる。
この人はあまりそう言う弱音を吐く事は少ない、いやあり得ないと思っていたが。

「不思議なものだ。仮にあの独立戦争中であれば私は父デギン・ソド・ザビが邪魔な政敵となった時点で謀殺できたはずだ。
いや、確実に謀殺した。敵である連邦軍もろとも。ガルマやドズルの死を利用する事も、サスロを見捨てる事も出来た。
だが・・・・今は・・・・しかし・・・・今は出来ん・・・・私は・・・・弱くなった・・・・弱くなってしまった・・・・笑えんよ」

自らが望んだ事とはいえ、気が付けばジオン公国の独裁者として孤独を生きるしかなくなった男の、全てを賭けた独白。
相手は敵対国家の治安維持組織の長にして政府閣僚であり、立派なスキャンダルである。
下手な相手に言えば付け入れられる隙を作るだけだ。それでもギレンはウィリアムを選んだ。自分と唯一対等な存在と信じて。

・・・・・・・自分の中の何かを伝えるという行為の対象として。

「あの日、父はキシリアの事を話した。そして私はいつの間にかあの父親の背中を追い続けていた事に気が付かされた。
そうだ、わたしにとってジオン・ズム・ダイクンが子供の描く理想だったのなら、父であるデギン・ソド・ザビは現実の壁、超えるべき存在であった」

それは分かる。自分の父親も母親もまだ存命中だが超えるべき壁として存在している。
ウィリアム・ケンブリッジにとっても、妻のリム・ケンブリッジにとっても。

「それが失われる・・・・・笑えるな。ガルマの戦死報告を聞いた時さえ、キシリアが謀殺された時さえなんとも思わなかった自分が、だ。
今になって・・・・・既に取るに足らない存在だと考えて地球に追放した父親の死に動揺している。
ウィリアム・ケンブリッジは、貴様は・・・・そんな愚かな私を政治家失格だと嘲笑うか?」

同意を求めている? それとも否定を?
いや違う、嘲笑って欲しいのだ。
それを望んでいる。だが・・・・それは違う気がした。

「ギレン陛下・・・・・私が陛下を嘲笑えば貴方は満足するのですか?」

更に時計は一周する。食事類は全て空になり、ワインボトルも既に5本以上空になって地面に転がっていた。
ウィスキーの瓶も、である。

「いや・・・・できまい」

そうだろう、人それぞれだ。人それぞれの悲しみ方がある。それにギレン・ザビは断罪や許しを求めている訳では無かった。
単に、ただ自分の思いを伝える相手が欲しかっただけだ。
それからもギレンは言葉少なくとも、自分が自分なりに父親を尊敬し、敬愛し、そしてその死を悲しんでいる事を伝えてきた。
ただ黙ってその悲鳴のような独白を聞くウィリアム・ケンブリッジ。
夜が明ける。ズム・シティの人工太陽が朝日を創り出す。
気が付くと、鳥の鳴き声が聞こえてきた。妻のセシリアの飼っている極東州の天然記念物保護対象の小鳥だった。

「すまなかったな、これは政治カードに使ってくれて構わん。私の落ち度だ」

言われてみて気が付く。私はそれを、ギレン・ザビの失態を利用すれば他の同僚らを一気に抜ける。
政敵を一気に引き離せる。何せ、唯一の敵対国となりうる国家の国家元首の愚痴を聞き、彼の弱みを知ったのだから。
これは無言の圧力だ。だが、私には、俺には出来ない。

「何の事です? 私は今日ここには来なかった。ジオン・インデペンデス・ホテルの部屋で飲んだくれていた。
それだけです。違いますか?」

その言葉に唖然とするギレン。
この顔を見れた、見る事が出来た、その事実だけでもザビ家の私邸に来た価値はあった。
そう思う事にしよう。他人の心の弱さに付け込んで、一方的に利用するなど耐えられない。
少なくとも自分には出来ない。例えそれが地球連邦閣僚であるティターンズ長官として失格であろうとも。

「私は今現在もジオン公国政府が用意したホテルの自室で酔いつぶれて眠っている。そうですね、ギレン陛下?」

ふ、変わらんな、貴公は。

はは、それはお互い様です。

同感だ。

それではまたお会いしましょう。あまり長いをすると・・・・ジャーナリストに知られてしまいますから。

そう無言でアイコンタクトを取ると、ウィリアムは帽子をかぶり、ビジネスコートを羽織る。そしてビジネスバッグを持ってウィリアムはギレンの部屋から去る。
何も言わずに。何も残さずに。




後世、ギレン・ザビが自ら自筆の伝記と日記を死の直前に書き残し、死後50年後に公開する事を遺言として残した。
そして彼の死後から数十年後の歳月が流れる。
この二人の0093における密会が公の場にて報道されるのはすべての当事者が鬼籍に入った宇宙世紀190年代まで待つ事になった。

地球連邦市民だけでなく統治しているジオン公国の国民からも畏敬され恐怖された、あの冷徹なる独裁者が他人の前で漏らした最初で最後の、『ギレン・ザビの嘆き』と言われる独裁者の孤独を告白した事件。
それはつまり、このときの会談は、ギレン・ザビとウィリアム・ケンブリッジ双方が故人となるまで秘密のままであった事を指し示している。

そう、ウィリアム・ケンブリッジは約束を守ったのだ。
彼の盟友との約束を。彼の信義と信念に従って。




宇宙世紀0093 某月・某日

『これが・・・・サイコ・フレームか』

『はい、クシロ研究所の職員の買収には失敗しましたが、AE社のデータバンクをハッキングする事で手に入れました。
大佐、これさえあれば我がネオ・ジオンは無敵です、決起できます』

『そうだな・・・・だが我々のサイコ・フレームは連邦軍に比べて絶対数が少ない。戦闘用物資も数度の会戦で完全に底をつくだろう。
故に必勝の策を練らぬばならんな。それはこれから考えるとして・・・・それで旧式サイコミュの・・・・ビダン技術大尉とビダン技術顧問が残したデータから作ったバイオ・センサーの方は?』

『そちらも大佐のご要望通り完成しております。
既にMSN-03ヤクト・ドーガが4機、パイロットはムラサメ研究所から保護した少女兵らを使います。
また、例のギュネイ・ガスや強化人間の術式を行ったマシュマー・セロ、キャラ・スーンにはNZ-000のデータを手に入れたタウ・リンが製作しているNZ-666クシャトリヤを渡します』

『・・・・強化人間か・・・・他には?』

『私専用に白いMS、サイコ・フレーム搭載のMSN-06Sシュナンジュとシャア大佐専用のMSN-04サザビーをご用意させて頂きます。
それに・・・・例の大型可変MSと大型MAも操縦できる強化人間が見つかりました』

『名は?』

『レツ・コバヤシ、フラウ・コバヤシ、キッカ・コバヤシです』

『そうか・・・・あの機体は強化しすぎたとでもいうべき人間でなければ使えん。
ニュータイプの素質厚いお前と言えども扱えんからな。
それにだ、ハマーン。前線は、戦争はお前が考えているほど甘くは無い。それだけは気を付けろ』

『はい、シャア大佐』

『それと・・・・・一般兵用のギラ・ドーガとギラ・ズール、それにエース専用機であるドーベン・ウルフの配備は?』

『こちらも順調です。あと3年あれば総数で150機から200機前後は揃えられるかと』

『ネオ・ジオン内部の不平分子は?』

『実力で排除します、いえ、既にラカン・ダカランらが排除中です』

『では・・・・・コールドスリープ状態の兵士と民間人はそのままだ。物資の消費は抑えなければならん。
それでタウ・リンが指揮するヌーベル・エゥーゴやエゥーゴ派の残党軍はパラオ要塞での訓練を強化しよう。
それで何とかなろう。艦艇の方は・・・・・?』

『ビスト財団のマーサ・ビスト・カーバインとAE社のウォン・リーが手配してくれます。
温存したエンドラ級巡洋艦、ムサイ砲撃戦強化型巡洋艦級、ザンジバル改級機動巡洋艦、更には数年がかりで建造したサダラーンとレウルーラが完成します。
あと13隻ですがムサカ級という重巡洋艦も用意できる予定です。
あとは地球連邦から脱走したエゥーゴ艦隊残存戦力と犯罪者として手配された過激すぎた傭兵会社の部隊、独立戦争時の連邦軍やジオン軍のサルベージした艦艇です。
旧エゥーゴ残党のタウ・リン派を含めて総数で100隻前後は集まるでしょう。
慣熟航行訓練は連邦軍とティターンズの目を避けねばなりませんが・・・・暗礁宙域であれば問題は無いかと』

『補給物資と生活必需品は?』

『以前ザビ家に首都を占領された為、根強いサイド2のエゥーゴ派と月面都市に残ったジオン解放戦線やスペースノイド独立連盟、宇宙の民、地上の軍閥連合となったカラバなど反地球連邦運動組織が送ってくれます。
それに必要最低限の人員以外は冷凍睡眠状態ですので、決起時までは物資の消費の心配は必要ありません。
あとは宇宙世紀難民が独自に作成した食料生産施設や、宇宙世紀初期の地球連邦も把握できてない食糧生産プラント、工場コロニー、宇宙のジオン・ダイクン派の拠点を数基取り揃えております』

『流石だな、ハマーン・カーン摂政殿』

『ありがとうございます、大佐。それで・・・・その、今夜はララァ様の所では無く・・・・私の』

『ああ、分かっている。今日はお前の所で寝かせてもらおう。それで・・・・ナナイはどうしている?』

『ナナイ? ああ、あの強化人間研究所のまとめ役の女はサイコ・フレーム開発と大型生産設備を持つパラオ要塞でタウ・リンと協議中です。
ご心配なく、来月には戻るでしょう。そうすればシュナンジュとサザビーは0096には実戦配備可能です』

『そうか』

『そうです』

『・・・・・ハマーン』

『? 何か?』

『・・・・・・・君には・・・・苦労を・・・・・・かけたな』

『!!』

『本当に・・・・すまなかった』

『た、大佐? 何を?』
 
『そうだ、私はお前の好意を知っていた。
そんな私はお前に、ハマーンに甘えた。その癖にハマーンが一番大変な時に・・・・ハマーンを見捨てて地球に逃げ込んだ。
情けない男だ。アムロ・レイの言う通りだ。だからこそ、今度だけはけじめをつける。全てに決着をつける』

『・・・・・シャア・・・・大佐』

『シャアでいいよ、ハマーン』

『ならば・・・・あの子とララァさんは置いていくと?』

『・・・・・・・・・』

『答えてください、私を哀れと思うなら、答えて』

『私はハマーンと共に生きる事はもうできない。
だが、共に死んでくれと言うなら・・・・死ぬ。本当だ。もう嘘はつかない』

『大佐を・・・・本当に・・・・その・・・・信じ・・・て・・・・よろしいですか? あなたの・・・・ララァとかいう女よりも私を選んでくれる、そう信じてよろしいのですね?』

『我が父、ジオンの名を汚しておいて今さらだが・・・・ジオン・ズム・ダイクンの名に誓う。それでは・・・・不満かな?』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

『信じられないか・・・・・・・無理もないな・・・・私の悪行を考えれば、そうもなろうか』

『い、いいえ、信じましょう。私とて・・・・このハマーン・カーンとて大佐と同様に罪人の娘。
我が父マハラジャ・カーンによって罪を背負わされた人々を騙して、彼らに偽りの信仰を強いて生きてきた。それは否定できない事実です。
ですが、決して、決して、決して!!』

『・・・・決して・・・・何だ?』

『決して私を二度と私を裏切らないで下さい・・・・この作戦が終わったら・・・・どんな形であれ一緒に・・・・私と一緒に死んでください』

『ああ、それは約束する』

『それでは・・・・寝室で待っています・・・・・・・・・・・シャア』




宇宙世紀0093、各陣営の思惑はめぐり、デギン・ソド・ザビの死が一つの象徴となってこの年は幕を閉じる。
ジオン・ズム・ダイクンを中心とした宇宙世紀移民第三世代のスペースノイド独立闘争。
その一つの形態であり、集大成でもあった『ジオン独立戦争』は完全に過去のものとなった。
そして、地球連邦も、ジオン公国も、ウィリアム・ケンブリッジが指揮するティターンズも、宇宙の深淵で最後の機会を捉えたエゥーゴ派とアクシズもまた動き出す。
時代の流れが一気に加速する。

そして、宇宙世紀0096、遂に『ジオン』を名乗る者達の最後の戦いが始まる。
宇宙世紀0093、嵐の前の静けさであった。



[33650] ある男のガンダム戦記 第二十五話『手札は配られ、配役は揃う』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:b7ea7015
Date: 2013/05/12 16:29
ある男のガンダム戦記25

<手札は配られ、配役は揃う>





宇宙世紀0093.10.11.

あの『ダカールの日』から4年が経過した。地球連邦救国の英雄として祭り上げられ、二度と引き返す事の出来ない道を歩む事となったウィリアム・ケンブリッジ。
彼が久方振りの休暇で、家族そろってティターンズ政庁の迎賓室で中華料理を食している。

(仕事場で食事するっていうのも・・・・・何か物凄く悲しいな。要人護衛リストのトップから早くおりたいけど・・・・無理かなぁ)

食事の場にいるのは、オーダーメイドのネイビーのストライプスーツに薄紫のシャツと無地赤色のネクタイに黒皮ベルト、黒靴の長男ジン、薄い水色のマーメイド式のドレス、同じ色のハイヒールを着た長女マナ、白いスカートとスーツに地球連邦軍名誉勲章と十字勲章の簡易バッジを胸元に付けた妻のリム、そして黒い無地のダブルボタンのスーツに青いYシャツと紺のネクタイをした自分事、ウィリアム・ケンブリッジ。
全員が仕事帰りである。特に妻は北米州情報局(CIA)と地球連邦情報局(FIA)の橋渡しなんてやっているからかなりの事情通だ。
で、問題はあまりにも爛れた生活を送って下さっている長男夫婦(妻二人)だろう。しかも世界中のカジノから出入り禁止と来ている。

(バカ息子。放蕩息子になるとは思わなかった。というか、カトリックの信仰も何もあったもんじゃないな。
もう60代か・・・・・今年は息子のダブル結婚式と言う悪夢も見れたし・・・・なんかやる気がでない。
辞表出して引退したいけど・・・・まだアクシズが残っている以上下手に責任は投げだせないよ。俺が起こしてしまった戦争なんだから)

とは、彼の正直な感想。
まさか30年以上前、リム・キムラへの求婚時には息子が二人も妻を連れて両手に花状態でヴァージン・ロードを歩むとは思いもしなかった。
というか、思える方が可笑しいだろう。とにかく、今は目の前の事を集中するべきだ。そう、息子への詰問だ。
アクシズ軍とエゥーゴ残党軍の件はまたゴップ官房長官やジャミトフ先輩、バウアー内務大臣らとドロドロとした魑魅魍魎の駆け引きで話し合えば良い。

(・・・・・本当は政治の話なんてもうウンザリでしたくないが。最近はシロッコ准将とアイギス技官とロナ君の対立を治めるのに必死だ。
彼らの対立の緩和剤にジュドー・アーシタ中尉と娘のマナを使っているのだから・・・・・なんか人生良い事無いかなぁ)

かなり重体である。
既に現実放棄も甚だしい。

「ところでだ、ジン。お前に問い詰めた事がある。」

北京ダッグを頬張るジンを尻目に私は中華産のお酒を飲む。きつすぎるので水割りである。
よくもまぁこんなものを毎日毎日飲んでいて倒れないなと感心するくらい度数が高いお酒ばかりだった。

「はい、なにか?」

息子は答える。その息子に聞いておく必要がある。
中華地域のマカオ自治州の自治州の州政府運営カジノから60億テラほど稼いで出入り禁止を喰らい、その帰り道の豪華クルージングでも40億テラ程稼いで、極東州の台北で15億テラの手付金と共に降ろされた、まるで旧世紀から続くMI6所属の某有名スパイ映画の主人公の様な強運ギャンブラーである。
いや、正確には強運では無い。全部計算しているのだ。実際、ゲーム開始直後は300万ほどを捨てて手札の流れを確認している。
更にはバカラやスロット、ルーレットなど運の要素が強いゲームには絶対に手を出さない事で有名だった。

『魔王ジン・ケンブリッジ』

ある意味で、戦略を立てられるポーカーとブラックジャック以外しかしない。彼の、息子の最後の大賭けで一気に大勝利した為か、既にケンブリッジ家の総資産額が350億テラになっている。
この事から裏社会からもそれなりに警戒されており、いや、かなり警戒されていた。
しかしながら、あの英雄の息子である事、賭博場は全て国営カジノであった事、身内にブッホ・コンツッェル戦闘部門・民間軍事警備子会社である『クロスボーン・バンガード』と地球連邦軍特殊作戦部隊エコーズ、地球連邦北米州のCIAが厳重な護衛をしている事から手を出す事は無い。
だいたい、いくら稼いだとはいえ、本当の資産家に比べれば玩具で遊んでいる子供なのだ。ヤシマ・カンパニーなどの大資産家に比べれば大したことは無い。

「・・・・・・お前が恨まれているのは知っているな?」

肩を竦める長男。父親の懸念はそこだ。いくら国営カジノであっても準加盟国の中華地方で出入り禁止をもらったのはその筋で有名。
だが実際はそれ程ではなかった。統一ヨーロッパ州のモナコ共和国は国営カジノで100億テラ、ジオン公国50億テラの損失を出したがそれでも地球連邦最大の名家と言う事で必要経費と割り切る。

(父さんには内緒だけど、あの後一気にカジノの難易度が上がったらしいからな。
それに金を使っているならユダヤ・ロビーやロスチャイルド、中華の華僑、オイル・マネー、スペース・マネーの面々の方が派手で警戒されている。
たかだか500億テラ位彼らにしてはかわいいモノだろう)

言うまでもないが、この間の新婚旅行で言ったリーア自治共和国とアジア州セブ島でも国営カジノで荒稼ぎしていたが、闇社会のカジノゲームには一切合財手を出さないと言う一線を越えないという意味で彼は恨まれてない。
寧ろ、国営や公営のカジノ、そのライバル店であるマフィアやヤクザといった裏組織の運営する賭博業界は巧妙に避ける事で要らぬ摩擦を回避していた。
あるマフィアはこう述べている。あそこまで商売仇を叩いてくれる存在はありがたい、と。

「知っています。それでも許容範囲でしょう?」

(こいつ・・・・分かっていてやっていたのか・・・・余計性質が悪いぞ!!)

そう、許容範囲なのだ。このケンブリッジ家で最も稼いでいる男は。
因みに本業もきちんとある。彼の頭の回転力の速さ、計算高さ、更には記憶力の良さが彼を支える原動力となった。

「まあ、カジノの件はこれ以上やるな。十分元金を稼いだはずだ。
それ以上やるならお前の資産を凍結する様、連邦法で定められた寄託預金保全法最大額で分散預金してあるお前の口座、その全てに圧力をかけ、各地の銀行から引き出し額を最低限にするからな。
それで・・・・これが地球連邦中央公認会計士試験、地球連邦中央税理士試験の同時合格の認定書と暇つぶしに行っていた社会人専用のオクスフォード大学大学院経営学科を第7位で合格、卒業の卒業証明書か。
この点は良くやった。自慢の息子だ」

ありがとうございます、父さん。
その表裏の無い褒め言葉にしっかりと答える息子。だが疑問も残る。

(たしかジンの選んだエコール大学の学部は経済・歴史学が専攻。経営論は選んでなかった筈では?)

ふと気になる父親のウィリアム・ケンブリッジ。
それに答える息子のジン・ケンブリッジ。残りの女性陣は我関せずと中華料理を食べ続けている。
麻婆豆腐に手を出すリムとフカヒレスープを飲むマナが見える。

「お前は歴史学が好きだと思っていたが・・・・違うのか?」

その言葉に思った。ああ、一番自分を見てきた父親だからきっと分からないのだな、と。
父親だからこそ、実の息子の本当の願いと現実にある選択肢をどう選ぶかと言う事がこの聡明な父親にも分かって無い。

(お父さんがお兄ちゃんの選択を分らないのは他人じゃないから・・・・・やっぱり身内だからかな?
昔の自分、お祖父ちゃんたちや若い頃の、私たちが子供のころのケンブリッジ家を知っているから尚更お父さんには分からないのかも)

マナがショートの薄い茶髪に染めた髪を掻き揚げながら思う。
そうだろう。もうあの日々に、友人らと笑って過ごした幼き日々には帰る事など出来ないのだ。それが分かっている。
既に小市民、一市民、地球連邦の単なる国民であるケンブリッジ家は存在しない。
あるのは『ダカールの日』 の英雄で、アースノイドとスペースノイド、ルナリアンにジュピトリアン融和の象徴、連邦政府最大級の英雄にして、随一の政治家の名家、『ケンブリッジ家』の初代。
そしてそれを一番分かっているのは情報部にいる母のリム・ケンブリッジであり、その薫陶と命令を受けたのが兄のジン・ケンブリッジだった。
どこか抜けているところのある父親はそれがまだ理解できてない。だから息子のジンもため息交じりで話しかけるのだ。

「父さん、現実を見てよ。今のケンブリッジ家は地球連邦最大の名家なんだ。もうお爺さん達の一市民時代のケンブリッジ家では無い。
政財界に加えティターンズ、軍部への多大な影響力を持ち、次期地球連邦首相も夢では無い家系。それがお父さんの築いてきたケンブリッジ家なんだよ。
そして・・・・・ユウキはともかく、メイはその加護を得る為に親族一同から道具扱いされて生贄として俺に捧げられた。違う?」

言葉に詰まる。その通りだからだ。

(それは・・・・返答が出来ない。あのメイ・カーウェイは息子に捧げられた奴隷のような存在。
仮に自分やケンブリッジ家が没落したらあの女性の運命は・・・・いや止そう、こんな事を考えるのは良くない傾向だ。私は・・・・・ただの一市民でありたいのだ)

そう。息子の言は正しい。
ジンが言う通り、ロナ君が嗾ける通り、シロッコ准将が期待する通り、更にはブライト提督やシナプス宇宙艦隊司令長官、タチバナ統合幕僚本部長、ジャミトフ先輩ら政府閣僚が望む通り、もうウィリアム・ケンブリッジは簡単に職を辞する事など出来はしない。
あるのは只々先に進む事。いつ転落死するか分からない細い崖の様な道を歩み続ける事。一年戦争開戦前からギレン=ウィリアム会談、水天の涙紛争とダカールの演説までずっとがむしゃらに駆け抜けた。
そして気が付けばティターンズ第二代目長官と言う安定した職に就いた。
まあ暗殺劇も一つや二つで済んでいる訳ではないから決して安定、安全、安寧としているとは言えないのだが。
そんな中、ジオン政界の一人にしてジオン技術陣のトップシステムエンジニアであるメイ・カーウェイを手に入れたケンブリッジ家。
この事実は宇宙市民と地球市民の第二の融和政策(第一はガルマ・ザビとイセリナ・エッシェンバッハの婚約、結婚)になる。
と、連邦の報道機関によって宣伝されている。ジオンはもっと露骨である。何せ政府が公認したのだから。

「お前は自分が政略結婚の道具された事を知っていて・・・・あの娘を選んだ・・・・違うか、そうじゃない、選んだのではなくあの娘たちを受け止めたのか?」

無言だがしっかりと頷き肯定する。
息子は続けて言った。

「あの二人とはいろいろありました。頬を何度ぶたれたかなんて記憶にないですよ。数が多すぎて。
脛も蹴られたし、罵倒もされた。何度も泣かれたし、会話を拒絶された事も100や200では聞かない。
それ以外にもたくさんの修羅場を掻い潜りました。
因みにメイとユウキと自分が一週間ほど全員そろって精神科で寝込んだ事は、知っています?」

当たり前だ。あの時は執務を全部ロナ君とブライト君らに任せてお前の見舞いに行っただろ。
ウィリアム・ケンブリッジも政治家である前に、官僚である前に、一人の父親だった証左だ。

「それでも俺は二人を愛してますよ。きちんと平等に。ユウキの事を第二婦人とか愛人とかいうくそ野郎の奴とは二度とお付き合いしないと公言するくらいには。
色々あったけど、メイとユウキの二人は俺の嫁です。そして・・・・言いたくないけど次期ケンブリッジ家の当主夫人らだ。
地球連邦財界、政界、軍部、ジオン公国宮廷の中でも一位、二位を争う運命がある。
例え俺たち全員が嫌だ、引退したいと言っても・・・・父さんの孫、つまりマナや俺の子供たちは絶対にその運命から抗えない。絶対に。そうですね?」

なんともいつの間にかこんな真剣な目をして、こんな真剣な目で自分の将来を考えるようになったのか?

(これが子供成長だと言うのなら私は悲しむべきか、それとも喜ぶべきか? 或いは息子の選択肢を奪った事を嘆くべきか?
過去は変える事が出来ないと言うが・・・・まさにその通りだ。あの一年戦争からの決算を息子たちに、マナとジンに押し付けたのか?)

黄昏れる父親に息子は告げた。少し厳しめに。どこかまだ小市民に戻れると思っている甘い幻想を抱いている父親に。

「ケンブリッジ家はもう一市民の家では無い。だからこそ、それなりの資産とそれを運営する知識と実績を持つ必要がある。
もちろん、趣味と実益を兼ねてカジノで遊んでいたのは弁解しません。
ですが、そこから得た資金の大半は最も安定している極東州の財閥4つに分散して預けてあります。
ウェリトン、ハービック、ジオニック、ヤシマ、ブッホの5つの宇宙開発事業部門とMS開発を持つ企業の株式に変更もしました。
それに・・・・・本業の方もしっかりとしております」

そう言えば本業は税理士と公認会計士だったな。

「え、本業?
遊び人でカジノに行く度に億単位の荒稼ぎして・・・・お蔭で各国のカジノから、タキシード来たお兄ちゃんがホテルの前に来た瞬間、入館を丁寧に拒絶される魔王。
しかも5000万テラプリペイドカード貰って。そんな門前払いされて追い返されるお兄ちゃんに本業なんてあるの?」

マナがメロンアイスシャーベットを食べながら聞く。
そちらは初耳だ。この遊び人の兄貴が本業なんて言う言葉を使うなどあり得ないと思っていたのに。そう思うマナ。

「マナ。お前も何気に酷いな。そんな博徒みたいな生活基盤が続くわけない。あれは餌だよ。ここに天才的な数学と数字を扱える人物がいると言う事を地球圏全域に知らしめるための、な。
だいたい何のために有名大学であるオクスフォード大学大学院の経営学部と税理士、公認会計士をほぼ同時に取ったと思っている?」

あ!?

驚いた顔をする妹。何気にこの長男、その抜群の、というか、異常な記憶力と計算力で地球連邦中央税理士試験と地球連邦中央公認会計士試験の二つを突破している。
しかも税理士と公認会計士の合格は同時に、だ。
これは地球連邦建国から約一世紀、スペースノイド、アースノイド、ルナリアン、木星圏を含めて総人口120億人達する人類の中でわずか50人(しかも総計、歴代)しかいない快挙であった。
この事を知った各地の財閥や地球連邦の財務省はジン・ケンブリッジの引き抜きに躍起になっている。

「そう、俺は税務と経理のエキスパートとして動く。実際、オーシャン・スペース・カンパニー(OSC)を立ち上げた。
水陸両用MS開発の有力企業だったが戦争終結と同時に赤字に転落していたMIP社の財務をこの3年間で何とか黒字に戻した。
その為に地球連邦海上保安庁と地球連邦海軍と各地の沿岸警備隊に、土木作業器機として水陸両用MSアッガイと護衛のズッゴクEを売る為に営業をした。
ちょっと財務と経理とは違うが実績もある。まあ、父さんのコネを最大限に使ったからなんだけどね」

この言葉に頭を悩ます父親。父親のコネを使うなとは言えないが、それでも使いすぎではないかと思う。実際に思い出す。
ティターンズ長官の息子として父親に合わせる代わりに極東州とアジア州、北米州の財界と州軍軍部上層部との面談が一気に5倍に倍増したのは息子が何枚も噛んでいたからか。

(そうだった。この間確かに妙な嘆願書と謝礼のプリントがMIPとジオン本国、地球連邦政府や地球連邦海軍らから送られてきていたのは知っていたが・・・・・目の前の妻を二人も持った人物の・・・・バカ息子の所為だったとは。
まさかそう言った裏事情があったとはな。こいつ、本当にチキン野郎の俺の息子か? なんかギレン氏の息子に思えてきたぞ?)

因みにこの嘆願書と言うか礼状のお蔭で彼の仕事は大幅に増大し、しかも中華地域を敵視している地域から地球連邦領域防衛の国防に寄与したとして名声まで得てしまった。
本人のあずかり知らぬところで。である。
まったく、塞翁が馬と言うか有難迷惑というか判断に困る息子の先走りであった。

(あのジオンMS製造三大企業のMIP社らからの赤字解消についての感謝状と謝礼、それに伴う株式の相場を操った息子。
地球連邦海軍の質的強化政策に加え、太平洋沿岸地域の工事作業効率の向上にこのバカ息子が関与していたとは・・・・・だが本当に大丈夫なのか?
過信のし過ぎや若者にありがちな夢見な考えがこの子を、マナとジンを破滅に導くのではないだろうか?)

だが父、ウィリアムの懸念を余所にジン・ケンブリッジは本当の天才だった。
彼は一年戦争で開発されたが緒戦以降使用されなかった水陸両用MSらを作業機械として極東州、統一ヨーロッパ州、オセアニア州、アジア州、南米州へと輸出。
特に一年戦争で件の赤い彗星の奇襲攻撃で壊滅的打撃を受けていた旧地球連邦海軍本拠地ベルファスト軍港、アムステルダム軍港の座礁艦や崩壊した港の撤去作業に大いに役立つ。
MIPは新しい地球の各企業とのコネを最大限に活用。
作業用MSとしての性質を持つジオニックも巻き込んで、ザク・マリナーやアッガイを重点的に輸出し、軍事力としては安定した性能を誇るズッゴクEを極東州、アジア州、北米州三州の大企業合同のPTC(パシフィック・トライアングル・コンツッェル)とMIP、半ば取り潰しを受けたビスト財団、AE社のデータを流用した対水陸両用MS用航空対潜魚雷の開発促進。
その開発チームのプロジェクトリーダーには、妻のメイ・カーウェイ・ケンブリッジが、調整役には実戦経験があり各部隊間のオペレーターを戦時中に行っていた同じく妻のユウキ・ナカサト・ケンブリッジが、会計全般のサブリーダーに自分、ジン・ケンブリッジが就任。
結果、地球連邦海軍が対中華政策で求めていた海軍力再建を16ヶ月で成功させ、地球全土の制海権の奪還・拮抗に成功した。
これがケンブリッジ家が資産家になった最大の理由である。

(だが、それ故に中華地域からは敵を作り、それ以上に極東州とオセアニア州、アジア州と祖国アメリカ、北米州と南米州、統一ヨーロッパ州の支援と支持を受ける結果となる。
できれば一市民として静かに平穏に暮らして欲しい。
それだけが願いだ。政治家など面白くもなんともない。書類の山に殺されるだけで、後は間接的に人を不幸にする罪深い存在だ。
それがまだ若いマナとジンには分からないのだろうな・・・・・どうしてこうなった? いや、全ては俺のせいか?
あの一年戦争以前のムンゾ自治共和国時代にザビ家と交流を持ってしまった・・・・それが原因。要因なのだろうか?
まあ、愛する・・・・・恐らくは愛そうとしている二人の女性の幸せと次の世代の為に努力しているのは分かる。
これが単なる放蕩のバカ息子だったら怒鳴りつけて殴りつけて、そのまま絶縁も考えたが・・・・本業として会社を立ち上げ、経理・財務専門の職種に就くなら何とかなろうな)

そう、ケンブリッジ家は資産家となる。そうしなければ守れないモノが出てきた。
認めたくないがそれは現実。ケンブリッジ家は既に地球連邦の名家であり、息子と娘の結婚は連邦のマスゴミどもの、イエロージャーナリズムの格好の餌だ。
それにもうすぐ60代後半で政界から引退する。それまでに息子夫妻と娘を守る基盤を作ると言うのは基本方針としては間違ってない。

「父さん、父さんたちが若かった頃、或はおばあさんやおじいさんらが現役だった時代はケンブリッジ家も小さく、どこの誰が継いで、誰が絶やそうが誰も気にしなかった。
どんな人が結婚して、どんな子供が生まれて、どんな生き方をして、どんな孫を見せても誰も問題にしなかった、そうですね?」

いつの間に、知らぬ間にこんなに意志の強い目をするようになったのだ?我が息子は? それとも、これはあの日の、『ダカールの日』の自分を見たからから?
そして何も言えない。そうだ、名家と呼ばれる存在には名家なりの重圧と義務が与えられる。ロナ君が大好きな『高貴なる者の義務』という訳だ。
それに復興支援の功績と水天の涙紛争時の勇敢な行動をたたえ、イギリス王室が『地球連邦王室・皇室評議会』に提案。そこから爵位をもらう話も出ている。まあどうせ『男爵』位だろうが。
それを理解したくないのがウィリアム・ケンブリッジであり、もしかしたら最も理解しているのがリム・ケンブリッジであり、それの責任を果たそうとしているのがジン・ケンブリッジであるのかも知れない。マナ・ケンブリッジはまだ考えたくないと言うのが本音だ。
彼女はエコール大学大学院の法学部に進学する学生なのだから。

「だから・・・・カジノ遊びを続けたのか? 敢えてその計算高さを世界中に知らしめるために? ヘッドハンティングの対象となる為に?
ケンブリッジの次期当主は放蕩息子では無い、敏腕の計算高い男だと世に知らしめたかったのか?」

半分は正解です。

「ほう? ならばジン、残りの半分は趣味か?」

それにつられて漸く笑う事が出来た。
ああ、会話は、家族会話はこうでなければ。せっかくの一家団らに無粋な真似はしたくない。

「ええ、父さんの思う通り、カジノめぐりとブラックジャックで大金巻き上げるのは単に個人的な趣味です。
とりあえず度胸試しとマナには勝てない直感を経験で補うための練習です。尤も、ニュータイプと噂されるマナとやるといつも負けますが」

頭痛がしてきた。マナもそうなのか?
まさか本当に遊びで数百億テラも稼ぐ博徒が出て来るとは。冗談抜きにMI6の有名映画のスパイではないか!
そう叫びそうになる。それを見かねて悲しそうな声で息子は言った。それが言葉の剣となり自分の心臓を突き刺す。

「父さん、もう・・・・・あの小さなカナダのケンブリッジ家には戻れないのは父さんだって分かるでしょう?」

それは嘆願だった。
それは悔恨だった。
それは憧憬だった。
それは達観だった。

故に分かった。本当は分かっていた。目を逸らしたかっただけなのかもしれない。
だが、目を逸らす事は誰にも出来なくなった。少なくともウィリアム・ケンブリッジと言う男の責任感では出来ない。

「ああ、そうだな。良くも悪くもケンブリッジ家は地球連邦の政界、財界、軍部、ジオン公国宮廷、各国王族、皇室から注目の的だ。
これを今さら無かった事など出来はしない。だから・・・・お前たちが選ぶ道を狭めてしまったのは父さんらの失敗だった・・・・すまなかった」

頭を下げる父親。
だが、それを受け止める三人。リム、ジン、マナの三人の家族。
マナが言う。

「そんなに深刻にならないで。何とかなるわよ。それに・・・・今までだって何とかなってきたでしょ?
お父さんの悪運の強さは私たちが知っているの。
大丈夫、今度も何とかなる、今度も成功する。あとは孫の顔さえ楽しみに書類に埋もれていれば良いから!」

書類に埋もれる。何気にマナはリムに似てきた。
或いは学友のマリーダ・クルス・ザビに、か?
全く毒舌家で困る。本当に困る。だがそれが普通の家庭だろう。
ギレン氏には悪いが兄妹の誰かがテロ行為で爆殺される様な権力者の家庭など頼まれても嫌だった。
しかし、現実は今や地球連邦最大級の権力者として自分は存在している。まったく、どうにもこうにもならない事とはこの事かな?

「父さん、母さん、マナ。俺はユウキとメイを守ります。
特に知りもしない好きでもない面識もない、しかも両親を初め一族の都合で戦友の恋人を奪うよう命令されたメイ・カーウェイはもう心のどこかで血の繋がった実の家族と言う者は信じてない。
それは彼女を何度も抱いたから分かる。分かるつもりです。うぬぼれかも知れないけど、彼女の泣いている姿も何度も見た」

何度も見た光景。
本人は悟られまいとしたが涙で、嗚咽で枕を濡らしたあの勝気な女性。

『どうして・・・・どうして・・・・どうして叔母さんと叔父さんたちは私を道具としかみないの?
どうして・・・・私を・・・・なんでお父さんとお母さんは私を売ったの? メイはカーウェイ家にとって都合の良い商売女なの?
私は・・・・・・私は嫌だった。ユウキと仲違いするのも・・・・ジンなんていうまるで知らない人間に初めてを一方的に捧げさせられるのもいやだったのに!!』

二人だけの夜。それを聞いて・・・・この慟哭を知って、自分はただメイを抱きしめる事しか出来なかった。
それはもう一人のユウキも同様。彼女は言った。嘲笑った。もう帰る場所は貴方の元にしかない。貴方に切られたらそれで終わりだ、と。

「ユウキも帰る場所はジオンの決戦兵器であるコロニーレーザーに改造され、親族は一年戦争と水天の涙紛争で全員死亡。
友人らも散り散りになり、ミノフスキー粒子による電波攪乱の為にどこに誰がいるかも分からない。それでも必死に生きてきた。
俺はそれを受け止める自信があるとは言えない。でも、受け止めると覚悟した。
だから・・・・・俺は守ります。あの0089で母さんが身を挺してテロリストの襲撃からマナと俺を助けてくれたように」

そう言いきった長男のジン・ケンブリッジ。

(ああ、どういう事だ? ついこの間まで自分の後ろにおっかなびっくりで歩いていた筈の男だと思ったのに。
こんなに強くなった。いつの間にここまで成長したのだろう?)

本当に、知らない間に息子も娘も成長するモノだ。
実感するリムとウィリアム。もう子供たちは子供では無い。立派な大人だった。

「・・・・・そう。ウィリアム、これからは寂しくなるわね」

リムが言う。どうやら同じ思いのようだ。
あの泣き虫で甘ったれてで、生きるくらいなら一緒に死ぬ事を選んだ臆病者と言っても良い子供が、気が付けば二人の妻の為に生きる事を選んだ。

(まあ、やり方には問題があるけど・・・・・それは人それぞれだから仕方ないか)

そう思う事にしよう。
こうして、ケンブリッジ家30か月ぶりの家族団欒は深まっていく。

「近いうちに孫の顔を見せるから楽しみにして下さいね、父さん、母さん。そして叔母さんになるぞ、肌のつやには気を付けろ、マナ」

マナ・ケンブリッジはこの失礼な冗談を聞いて、無言でバニラアイスを兄貴の顔面に投げつけた。




宇宙世紀0094.04.19

極東州、太平洋ベルト工業地域。
地球連邦の製造業の拠点は大きく分けて地球のジャブロー地域、北米州、極東州、宇宙のグリプスの四つである。
まあ、ジャブロー地域は左遷先と言う事と森林保護の名目でジャブロー基地以外の工業作業が中止されているのだが。
さて、かつてアヴァロン・キングダムを輩出した政治組織、三大経済圏の二つを牛耳っていた統一ヨーロッパ州はどうしたのかと言う質問があるかも知れない。
が、最大の工業基盤を持っていた中欧地域(ドイツのルール工業地帯、ドナウ工業地帯)とオデッサ地域が戦場となったために相対的に地位を落としている。
特にアウステルリッツ作戦の後遺症は巨大であり、今も尚、地球連邦政府は統一ヨーロッパ州の戦前までの復興を完遂してない。
というか、北米州はせっかく凋落したライバルを復帰させる、復興を完遂する気が無い。マーセナス首相は思った。

(北米州主導の政治体制に、旧大陸人の介入は不要を通り越して害悪だ。お荷物にならない程度には復興させるが、かつてのような発言権を持つ状態にはできん。
宇宙艦隊の生産維持能力は盟友である極東州と我ら直轄のグリプス工廠、そしてここステーツにあればそれでよい)

そう考えた。これはブライアン前大統領やエッシェンバッハ議長の考えとも一致しており、統一ヨーロッパ州の権限は大きく制約されている。
それでも暴動が発生しないのはフランス、スペイン、イタリア、ポルトガル、ベルギー、ルクセンブルグ、イギリス、アイルランド、ロシア、北欧諸国らが無傷で残り、中欧地域の復興もティターンズ副長官だったウィリアム・ケンブリッジが中心となって一番に行われたからだ。

『統一ヨーロッパ州を放置しておけば新たなる火種となる。第一に復興させて置く義務が我々にはあるのです』

ティターンズ副長官に就任したばかりの最初の演説でウィリアム・ケンブリッジはそう断言し、一月もたたないうちに大量の支援物資と雇用創設の為の大規模公共事業や地雷原の、瓦礫の撤去作業、難民キャンプの創設(これは大規模な電気・水道・ガス・ベッド・トイレ・シャワー付きアパート建設で乗り切った)を開始。
更には戦災孤児を同じく戦場で家族を失った人々との受け入れ政策も慎重に行う。
これらの事業に各州が独自に開発した地雷除去専用車両や地球連邦軍とティターンズ独自の戦災復興部隊が役立ったのは言うまでもない。

『口先だけでは無い頼りになる男、それがウィリアム・ケンブリッジ』

という要らぬ評判が地球圏全域に広まりだす契機だったが・・・・まあ、しかたないだろう。
彼としては目の前の仕事を片付けるので精一杯であっただけなのだが。
一般人には見える、『最も頼りになる地球連邦の官僚』という事実に基づいた、本人は認めたくない認識だけが独り歩きしだしたのはこの頃だと、後世の歴史家は一致した見解を見せている。

更に工業化の別の理由として、宇宙の無重力空間の利用法が確立されて既に150年以上であるという事が挙げられる。
スペースコロニー国家サイド3、つまりジオン公国が地球連邦軍と対等に渡り合うだけの軍備を用意できた事も考えて、現在の工業力基盤は上記の4点に絞られた。
そんな中、デルタゼータのデータを元に、大気圏内外両用の可変MS、MSZ-006C1『ZプラスC型』が続々と生産されていた。
アッシマー、ギャプラン、ガンダムMk2、ガンダムMk4のデータを受け継いだこれらの機体は将来的に来年5月完成予定の超弩級空母『ベクトラ』とその護衛艦である『ラー・カイラム』級大型惑星間航行可能戦艦らに配備される。
また『ラー・カイラム』の簡易量産型(ただし、惑星間航行可能能力は付けられた)『クラップ』級機動巡洋艦も量産体制に入った。

「最後の大軍拡、か。まあ外惑星開拓時には木星連盟に対しても圧力と安全を保障する事を考えれば強ち間違えでは無いか」

黒いコートを着た黒いスーツの男が貴賓席からクラップ級巡洋艦を日本製品の通常双眼鏡で見る。艦橋には地球連邦軍の軍旗がはためいていた。
BOX席にSPと共にいるのはジャミトフ・ハイマン国務大臣とアマチ・ミナ極東州首相、統合幕僚本部本部長のニシナ・タチバナ大将の三名、そして遅れてロンド・ベル艦隊司令官のブライト・ノア少将が入室する。

「すごいものですね」

アマチ首相が建造中の各艦隊を見て思う。
初期生産型で、ラー・カイラム級5隻、クラップ級20隻にRGM-89の改良型であるRGM-96Xジェスタも全艦に配備される。

「宇宙世紀・・・・・最後の軍拡。これで地球連邦は全てに蹴りを付けるつもりですよ」

ジャミトフの説明。
ジェスタはまもなく開発中と言う『X』が外される。そして、『UC』計画と『N』計画、『Z』計画が本格化=実戦配備化する。
特に『Z』計画は馬鹿みたいな予算を食いまくった対艦攻撃機である『ZZガンダム』以外は、常識的な予算で何とか収めた。
そして敵対勢力が明らかに強化人間を大量配備していると言う極秘情報をゴップ内閣官房長官が伝えて来たので、対NT戦術確立を目的にした特殊研究がグリプスで行われている。
これは一年戦争末期に入手できたジオンの第300独立戦隊所属のエルメスタイプから凡そ15年の月日をかけて完成したデータを元にしている。

『サイコミュ搭載機のファンネルと呼ばれている機体が危険なのは、どこからビーム攻撃が来るか分からない事だ。
ならば、こちらは速度で敵の懐に侵入し、そのままファンネルを使う、つまり敵の思考にダイレクトに圧力を加えて撃破すれば良い』

その為に『Z』計画の機体は耐ビーム・コーティングを三重に行われており、第13次地球軌道会戦時のノイエ・ジールⅡのファンネル攻撃に5秒間は耐えきれるだけの重防御力を与えられている。
サイコミュ兵器がアクシズ・エゥーゴ連合軍の切り札である以上、これに対抗する為の演習とそれらの装備を整える事は指揮官の義務だった。
と、アマチ首相が配備されつつあるジェスタを見て、傍らのオレンジジュースを飲むと尋ねる。

「そうですか。それでこのクラップ級が完成、訓練終了が来年の11月、ラー・カイラム級も同様。
となると、ジェスタの生産は追い付きませんが?」

流石は地球本土の国力の30%を持ち、治安維持能力では地球連邦最高の国家、日本を含む極東州の代表だ。
大したものだと思う。というか、日本人が変態なだけかもしれない。伊達にあのギニアス・サハリンを受け入れられる土壌を持ってない。

「ジェスタはネームシップのラー・カイラムとクラップ四隻で編成されるロンド・ベル第二戦隊に渡します。第一戦隊は・・・・」

タチバナ大将が言う。

「第一戦隊は全ての機体をRGM-89Sスターク・ジェガンに切り替えます。
ロンド・ベル部隊は中将に昇進させる予定のブライト・ノア少将を中心とした空母ベクトラと護衛艦隊の第一任務部隊を、第一戦隊にはマオ・リャン准将を、第二戦隊にはオットー・ペデルセン准将を当てましょう。
彼らなら暴走もありません。まあ、ベクトラ、ネェル・アーガマ、ラー・カイラムには緊急事態対応の為に地球連邦軍宇宙軍特殊部隊にいざとなったら全火器の凍結を可能とする権限を持った地球連邦内務省と軍情報局、連邦情報局、連邦安全保障会議補佐官、ティターンズ査察官を配備します。
一応・・・・・エゥーゴ派の乗っ取りやクーデターの可能性があるとはいけませんので」

タチバナ大将の言葉を国務大臣のジャミトフが引き継ぐ。

「エゥーゴ派の決起の二の舞いは避ける、そう言う事です」

そう言って、パネルを切り替える。
一番艦のクラップの進水式だ。
続けて、二番艦、三番艦、四番艦が3日連続で進水式を迎える。
ラー・カイラム級も1週間後に一番艦のラー・カイラムが建艦終了、ティターンズのロンド・ベル第二戦隊に譲られる事になる。
この大規模な軍拡による好景気は北朝鮮というお荷物を抱え込んだ極東州への飴であり、経済対策であった。

(ふーん、政府は軍部もティターンズにも良い感情を持ってない訳か。これではクーデター対策ね。まあベクトラの性能を見れば分かるけど。
ハイパー・メガ粒子砲二門、旋回型大型連装メガ粒子砲4基、固定式小型単装メガ粒子砲8門にカタパルトデッキが6つ。
一隻で一個艦隊を相手取れると言うのは間違いない、か。
これ、他州の面々は知っているのかしら? 知らなければ我が州の優位性をアピールするチャンスとなる。知っていたらそれの確認が出来る。
早い段階で各州首脳会談を行う必要があるわね。特にティターンズが勢力を失う前に・・・情報も魚も鮮度が命なのだから)

ベクトラは強力すぎる艦として誕生した。それは強大な権限を持つある組織に対抗する為でもあり、叛乱を恐れている為に多数の文官と命令系統が別個の特殊部隊を乗せている。
標的は艦の主要メンバーだ。つまり、クーデターを防止する為の部隊。

(なるほどな、皮肉な事だ。カウンタークーデター部隊に対するクーデター対策だな。それだけ地球連邦軍内部の反ティターンズ感情は強いと言う訳か。
宇宙世紀100年を節目にティターンズの権限縮小が行われると決定して無かったら一体全体どうなっていたのやら。まあ、その点は幸運であったと言うべき・・・・という事だろうか?)

ニシナ・タチバナ大将のその安全策に二人は思った。
地球連邦政府は外敵がいなくなった今、明らかにクーデターを恐れている。
確かにこれだけの艦隊が敵に寝返ったら危険すぎる。まあエゥーゴ対策と言うのも嘘ではあるまいが。
事実、先の水天の涙紛争でのジオン反乱軍によるペズン要塞の制圧は内部の不平不満分子の扇動に兵士たちが踊らされた結果である。
だいだい、件のアクシズ要塞だってそうだ。ギレン・ザビの失政と兵士らの不満が直結した結果だ。
単に規模が違うだけ。現在は殆どの機能を北米州西海岸のキャルフォルニア基地に移転した為、無人区画が多いジャブローにも同様の理由から多数の査察官が送り込まれている。
文民統制、絶対民主共和政治を掲げて地球圏最大の国力を持ち、既に敵対勢力など存在しないと考えられている地球連邦政府と言えども一枚岩では無いという事だ。
いや、あの一年戦争から一つに纏まっていた事など無かったかもしれない。

「ジャミトフ国務大臣」

タチバナ宇宙艦隊司令長官が尋ねる。
軍帽を被り、宇宙艦隊司令長官のエンブレムを付けた男が、5期下の後輩が、だ。

「ん? 何か?」

BOX席のメインモニターは次にジェスタ、ジェガン、スターク・ジェガンの模擬戦闘を写し出す。
当然場所は最重要の軍事拠点である「ゼタンの門」。
ルナツー要塞とジオン公国から割譲されたア・バオア・クー要塞を保有し、ジオン公国と共同管理してある『コロニーレーザー』である『ソーラ・レイ』がある場所だ。
ジオン第二艦隊も共同駐留している。主にソーラ・レイ監視の為に。

「第1艦隊、第2艦隊、第12艦隊、第13艦隊、ロンド・ベル艦隊だけでもMS隊は500機に達するでしょう。
これに加えて、ソロモン要塞の第10艦隊とサイド6の第11艦隊も動かすと聞いております。各地の偵察艦隊も過半数が動員されるとも。
政府は本気でアクシズを制圧する気なのですな?」

軍人としての直感。
そして疑問。
一体全体どこまで政府は行くのか。アクシズの宇宙戦力を完全に殲滅する事で終わりとするのか、犠牲の多いアクシズ要塞内部の攻略作戦そのものを発令するのか、そのどちらを取るのか。
それで自分の仕事も変わる。だからこそ、宇宙艦隊司令部が置かれているグリプス鎮守府(ティターンズと地球連邦宇宙軍の癒着とも言われているが)から地球に降りてきたのだ。

「ええ、それに予備兵力として月面方面軍にジオン第一艦隊とジオン親衛隊艦隊、そしてジオン第五艦隊と我が軍のサラミス改級巡洋艦30隻とハイザックで編成された各地の傭兵会社の義勇傭兵部隊が動員されます。
特にジオン艦隊はゼク・アイン、クインマンサとサイコミュシステムのデータとバーター取引で輸出したORX-013ガンダムMk5が数機、それに教導大隊から前線のエースパイロット部隊に引き渡されたゼク・ツヴァイがあります。
何も地球連邦だけが戦う訳では無い。むしろ・・・・・戦場が我々の予想通りならジオン公国が戦う事になりますな」

そういって手元のカーソルを動かす。
地球軌道にあるペタン要塞(拡大ISSの再建版、地球と各スペースコロニー、月面都市間の中継拠点)と絶対防衛戦を形成する地球軌道艦隊(ただし、名前だけ。実質は核兵器投射無人兵器群)を映す。

「連中はここを突破する事は出来ません。
阻止限界点を突破してもこちらにはソーラ・システムと核兵器、更にはソーラ・レイ、つまりコロニーレーザーと高出力隕石破砕用レーザー砲がグリーン・ノアⅠとグリーン・ノアⅡに配備されており、これを同時に破壊する事は不可能でしょう。
更に、地球軌道に侵入すると言う事は各地の無人偵察艦の偵察網に引っかかります。そうなれば・・・・」

それを引き継ぐタチバナ大将。
これには首相も理解した。

「そうなれば地球連邦宇宙軍の総力を挙げて圧倒的大軍で敵を押し潰せる、か。確かに理にかなう。
それで・・・・ジオン公国軍は使えるのですか?」

疑問。現在のジオン公国軍に一年戦争時の精強さが無ければ不要である、言外にそう言い含めるがジャミトフの考えは肯定だった。

「使えますな。例のゼク・ツヴァイは我が軍の『Z』計画に匹敵しますし、数こそ圧倒的に少ないですがゼク・アインはジェガンに対抗する機体です。
宇宙艦隊も現在増産しておりますので0095には30隻程、連中の名称では全てをゼク・ツヴァイで統一したデラーズ・フリートとやらが完成する筈です」

そう言って携帯端末からジオン軍の公表データを見せる。
見やる二人。見終えて、ジャミトフに未だティターンズ時代から使っている黒い端末を返す。

(・・・・・地球も宇宙も最後の準備に入った、そう言う事か。これもケンブリッジの思惑通りなのだろうか?
彼の考えで行けばこのまま戦えば、惑星環境改善の為のシステム、最終的に例のラーフ・システムは完成するだろう。
ロンド・ベル艦隊は木星圏でも火星圏でも活躍できる艦隊として木星連盟や反地球連邦政権が現れた場合にその存在へ圧力を加えられる。
更には地球圏の番人としての連邦軍もティターンズの台頭で相対的に弱体化している。
やはり・・・・これがあの男の・・・・・カムナの認めた男の狙い。地球連邦軍の弱体化とティターンズの権限縮小に加え、ロンド・ベルの外惑星戦闘能力の付与。
これによるラーフ・システムの護衛と火星の地球化政策の促進。見事だな。その為にアクシズとエゥーゴ派を生け贄にするのか)

と、ジャミトフが口を開いた。

「それとアクシズには冷凍冬眠技術のノウハウと技術の蓄積がある筈です。是非とも手に入れたい。この意味、閣下ならお分かりの筈ですね?」

無言で頷く二人。
冷凍睡眠技術。それは惑星間航行技術にも恒星間航行技術にも必要不可欠な存在。
光の壁を突破できないでいる地球連邦政府にとって、いや、全人類にとっては紛れもなく必要な技術だ。
が、現在はジャブローでその新型エンジン開発が行われているが。
BOX席に座る三人の前でシャンパンが割られ、一番艦クラップのミノフスキー式核融合炉に火が入った。

『それではご来賓の皆様、拍手でご歓迎ください。一番艦、クラップ級惑星間航行巡洋艦、クラップ、出港します!!』

その司会の言葉と共に、クラップが浮上する。
ミノフスキークラフトと追加ブースターによる大気圏外への打ち上げ作業が行われるのは慣熟訓練が終わり、戦隊が編成される6か月後。
しかし、これで連邦軍は新たなるステージに入った。
外惑星軌道艦隊の設立、それを支援する外惑星・内惑星開発公社の整備、ラーフ・システムの連邦議会承認と翌日の発動。
過去に囚われた赤い彗星やアクシズ・エゥーゴ連合軍を後ろに、地球連邦とジオン公国は前を向いて歩きだした。
黙っているブライトに漸く話しかける。

「それでブライト少将、君にも活躍してもらうぞ。
恐らくこれがジオン独立に・・・・いや、ジオン・ズム・ダイクンに端を発するコロニー独立戦乱期の一つの終焉となる。
期待しているよ、ブライト・ノア少将・・・・いや、ロンド・ベル艦隊司令官、ブライト・ノア中将殿」

ジャミトフが背中を見せたまま、ブライトにそう語りかけた。
そしてブライトはそれに敬礼で答える。

「謹んでお受けします」

と。
宇宙世紀0094のある一幕である。




ジオン公国公王府。

ザビ家主催のパーティに呼ばれたウィリアム・ケンブリッジと月面方面軍総司令官のブレックス・フォーラー中将ら連邦政府と軍部高官。
完全ある宮廷となったジオン公国での最大級のもてなしである。
蛇足だが、月面方面軍のグラナダ駐留艦隊の四個艦隊の司令官はティターンズ派や水天の涙紛争で活躍した艦隊に比べて装備で劣る。
実際に、主力機体はジムⅢであり、ブレックス中将座乗艦であるアイリッシュ級戦艦とその影武者3隻だけがスターク・ジェガン配備艦である。
故に、艦隊司令官は全員が少将。よって、四個艦隊を統括する身でありながら、第1艦隊と第2艦隊、第12艦隊、第13艦隊、ロンド・ベル艦隊の各艦隊司令官と同格の中将閣下である。

「ザビ家のパーティに招かれるとは・・・・・これも時代の流れなのか」

ブレックスは人知れずため息をついた。民主共和制とニュータイプ論にひかれていた(現代では諦めた)ブレックスにとって唯一のスペースノイド国家が単なる独裁国であると言う事実は耐えられるが耐えたくない事実であった。
因みに、かつてスペースノイド独立の機運を最も高まったこのサイド3、スペースノイド急進派、過激派は独立戦争に勝利した事で今やザビ家以外は最も保守派である。
それもジャブローのモグラどもと言われた地球連邦保守派以上の保守政党であり、先の総選挙では遂にマ・クベ首相が退任に追い込まれた。
後任となったのはMS開発企業としては地球圏有数=世界有数の企業、ジオニック社創設メンバーを血縁者に持つ、レオポルド・フィーゼラー議員。
彼は開明派であり、冷や飯食いから一転してアンリ・シュレッサー捕縛の契機をつくった事からジオン政界では有望視されていた。
しかも好都合な事に、例の水天の涙紛争でもティターンズ長官の一家と交流がある事から裏の人脈として使えるとギレン・ザビらは判断。
まあ、選挙もそれなりに公平公正に行われていたので上出来と言える。
そんな裏事情を知っているからこそ、ブレックスは忸怩たる思いに囚われているのかも知れなかった。

「あれか、ギレン公王。何とも・・・・皮肉だな。
民主共和制のサイド独立論者だったジオン・ズム・ダイクンよりも独裁政治を敷くギレン・ザビの方が人気があり、統治が巧みであるとはな」

ブレックスの愚痴。
思わず、隣で聞いていたウィリアムが咳をして止める。
小声でブレックス中将に言う。

「中将閣下、あまりギレン公王らを露骨に敵視しないで下さい。頼みます。ジオン公国は盟友であり、宇宙経済になくてはならない存在です。
仮にジオン公国構成するコロニーが何基か完全に崩壊すれば宇宙経済も崩壊し、コロニー破砕によって生じたデブリが全てのコロニーサイドの航路を封鎖し、月面都市グラナダ周辺にも隕石落としが起きます。
そうなれば・・・・あとは言うまでも無く宇宙世紀以前に逆戻りです。第二次世界大戦以前の大恐慌や、16世紀で発生したオランダのチューリップ球根の暴落に、旧世紀のリーマン・ショックなどの比では無い。
最低最悪の大恐慌が地球圏全域を襲い、人類は木星圏を見捨て、コロニーを見限り、月を捨てざるをえなくなる可能性が極めて高いのですから」

ケンブリッジ長官の言う事は分かる。伊達に月育ちでは無い。地球連邦宇宙開拓省やコロニー公社が恐れるのがまさにそれ。
ジオン公国崩壊による経済崩壊が引き金となる地球圏全域の混乱。
だからこそ、そうならない様に地球連邦軍は存在を許され、更にはジオン公国軍も、各コロニー駐留艦隊も存続している。

「・・・・・・分かっていますよ、ティターンズ長官殿」

少し言葉に棘があるな。仕方ないか。

(いつのまにか自分より年下で格下だった存在が自分の上官であり、しかも同期のジャミトフ先輩は彼を差し置いて既に連邦政府の国務大臣と言う主要閣僚。
一方で、ブレックス中将は軍人であると言う事から、先の連邦議会の中間選挙で落選。フォーラ家全員が政界からいなくなった。
しかもその切っ掛けがジオン公国との不仲であり、そのジオン公国と最も仲の良い地球連邦閣僚が自分・・・・・・ああ、本気で入院したい。
シロッコ准将やロナ君や、ラーフ・システム監督のアイギス技官はこの立場をしっているのだろうか?
いや、あの三人は全員一癖も二癖もあるから結構気にしないかもしれないな・・・・ええい、ままならない人生に乾杯!!)

そう思って手に持っていたシャンパンを一気飲みする。
黒いダブルボタンスーツとティターンズのバッチに地球連邦の国旗。そしてブレックス中将は普通の軍服。
と、ここでこちらを見つけたのか、2mを超した巨漢が来る。

「おお、ここにいたか。兄貴らと一緒に政治屋どもの相手をするのは疲れるし嫌いだが・・・・ケンブリッジ殿は別だ。随分と探したぞ!!」

相手はジオン公国軍上級大将の階級をつけたジオン軍の緑を基調とする軍服を着たドズル・ザビ。
流石に相手を威圧するような棘を肩パットに着ける事はしなくなったが、それでもこの巨漢が来ると会場の目が来る。視線が注がれる。注目の的だ。
特にジオンのMS業界や軍関係者の視線が鋭い。
ああ、そうだな。当たり前か、救国の英雄、ルウム戦役とア・バオア・クー攻防戦で二度もジオンを勝利に導いたジオン最大の英雄である。

(こっちで言うと・・・・アムロ君が一番近いのかな? いや、シナプス提督かな?)

そう思いつつも、次はジンジャーエールとライムを割ったノンアルコールカクテルをウェイターに頼む。
ジオン本国であり、ジオン公国の真の支配者ザビ家主催の政治パーティ。
しかもブレックス中将やソロモン要塞駐留艦隊の第10艦隊司令官であるヘンケン・ベッケナー少将らを初めとした連邦宇宙軍の軍幹部もいる。
これを好機と見ない政治家は政治家では無い。ただの政治業者・・・・しかも五流だ。三流にさえなれないだろう。

「ああ、ドズル上級大将。お久しぶりです。こちらは・・・・」

隣にいるブレックス中将を紹介しようとしたが遮られる。
ブレックス中将自らが敬礼した。

「ブレックス・フォーラー中将。月面方面軍総司令官を務めております。
この様な平和な場で上級大将閣下にお会いできて光栄の極みです。ですが・・・・申し訳ありませんが所要を思い出しましたので・・・・・これにて」

そう言って副官と共に去る。これは非礼では無いが決して礼節を守ったともいえない。まるで子供の様な対応だ。

(ザビ家嫌いもここまで来ると清々しいな)

代わりに挨拶に来たのはヘンケン・ベッケナー少将だった。
水天の涙紛争ではエゥーゴを支持していたらしいが、公然と支持したと言うよりも酒場で愚痴る程度あり、それに部下の中からエゥーゴ派に鞍替えしようとした面子を拘禁した事実からエゥーゴ派では無いと軍上層部は判断。
流石にティターンズには入らなかった(故郷がサイド1)が、地球連邦軍の一員としてそのまま勤務。

「現在はソロモン要塞駐留艦隊司令官、第10艦隊司令官を務めております、ヘンケン・ベッケナー少将です。
実は私もあの一年戦争の従軍者なのです。
何を隠そう、閣下がジオン軍を指揮された件の大決戦、ルウム戦役とア・バオア・クー要塞攻防戦に参加。武運虚しく敗れましたが、生き残り、こういう場でお会いできて光栄です」

おおらかな軍人。故に引き摺らない性格の持ち主。そう生きるように諭してくれたのはガンダムMk2のパイロットであった女性パイロット。
水天の涙紛争でのガンダムMk2強奪という失態でティターンズからの除隊を余儀なくされ、行き場を失った現在の第10艦隊のMS隊隊長にして部下、そして自分の彼女であるエマ・シーン大尉だった。
確かにあの一年戦争で部下を殺され、敵を殺したし、上官を失い、同僚を亡くした。だが、それは戦争と言う特殊な状況下での事。平和な日常では違う。

『ヘンケン少将、私も同僚を亡くしました。それもスパイであった人物です。悲しくないと言えばうそになりますね。憎い、何故と言う気持ちもあります。
それでも彼ら彼女らエゥーゴ派やアクシズ軍、ジオン反乱軍をいつまでも憎んではいけないと思います。
ケンブリッジ長官の言う事も分かりますが・・・・・長官も右翼的な面があるのは事実。それを覚えておく必要があるのではないでしょうか?
あの方も決して成人君主では無いのですし。間違いを犯す、単なる人間だと思うのです。偉そうな事を言えば・・・・・私と同じ』

そうだ、あの戦争はすでに過去の事である。ならばそれをいつまでも悔やんでは仕方ない。それにもうすぐ終戦20年目を迎える。
水天の涙紛争の様な事件を起こさない為にも、過去を忘れてはならないが、過去に縛られてもならない。
縛られれば紛争となり、紛争は戦争となり、戦争は新たなる対立の芽だけを発芽させるのだから。

「私も、ドズル閣下もこうして生きている。だからとりあえず・・・・このビールで乾杯といきませんかな?
特にアルコールがいつ来るか分からない前線勤務では何よりの娯楽ではありませんか」

そう言って、地球でも有名なアイルランド産の黒ビールをジョッキごとわたす。
貴族趣味的な面があるキシリア・ザビが生きていたらこんな光景は絶対になかっただろうが、生憎実利優先のギレン、サスロ、ドズルが主催するのだ。
だからこの様なビールジョッキで乾杯と言う豪快な事もやれる。

「そうか、貴官は勇者だな・・・・・散って逝った全ての戦士たちに黙祷・・・・・乾杯」

ドズルはしばし目をつむり、そして静かに乾杯した。
ヘンケン少将も自分も傍らにいた護衛のガトー大佐も無言で乾杯する。

「さて、それでは貴官の戦術論を聞きたいモノだ。見ろ、あそこのテーブルが空いている。
酒はウェイターらに持って来させるとして・・・・ガトー大佐、貴官も来い。
現在の世界情勢とMS戦術に、艦隊戦とは何かという事、ルウム戦役で地球連邦軍が勝つにはどうするべきだったか、そして対テロ戦争の今後を論議せねばな。実は兄貴らの宿題なのだよ」

トレイごと、牛肉を持って数本の瓶ビールと栓抜きと共にテーブルに移るドズル・ザビ。
ついていく二人。
こうしてみると本当に戦争が終わったのだと思わされる。ジオンの将官と連邦の提督が肩を並べて同じテーブルで談話するのだから。

(違う、まだだ。まだ終わって無いんだ・・・・・アクシズが健在な限りまだ地球圏全体の平穏は遠いんだ)

意識を切り替える。
そのまま、ジオン政界のメンバーや新首相であるレオポルド・フィーゼラー氏に会いに行く。
彼もまたジオン公国の重要な人物。決して疎かにしてはならない。特にジオン外務省と打ち合わせの為に来れないアデナウワー・パラヤ外務大臣の事を考えると。

(ここで・・・・ザビ家主催のパーティで自分が失態を見せればパラヤ大臣の足を引っ張る事になる・・・・気を付けないとな。
今回の訪問には珍しい事にロナ君もシロッコ准将もアイギス技官も家族の誰もついて来てないからな。
同行者は・・・・・ダグザ中佐と護衛役見習いのジュドー君だけか。
しかも書類もいつもの7割で良いから平均睡眠時間が5時間に増えた。シャトルでは久々に1日休みもらえた・・・・ああ平和だ)

だが、ウィリアム・ケンブリッジは気が付いているだろうか?
此処にいるザビ家の誰かが『否』と言えばジオンの外交は覆る。
現在行われているジオン公国外務省と地球連邦外務省の外交交渉など簡単に吹き飛ぶ。
一官僚らと交渉する、それよりも独裁者や専制君主の家系と親密になる方がこういう国家体制内部ではよほど大きな利益を生むのは歴史が証明してきた。
だが、小市民出身のウィリアム・ケンブリッジには分からない。
凡人であり、あくまで一般人からスタートした野心が無い出世頭には、出世欲や連邦政府内部での勢力争いに全力を投入する、所謂、政治屋の心が分からなかった。

ウィリアム・ケンブリッジと言う個人にはどうしても理解できなかったのだ。

なまじ、ギレン・ザビ、ジャミトフ・ハイマン、ローナン・マーセナスなど、稀代の名政治家や、エイパー・シナプスら現場からの叩き上げ軍人達に、マイッツァー・ロナら信望者ら に囲まれているが故に。
だからこそ、この流れが理解できない・・・・・・・・・・形骸化した交渉をやらされ、本当の交渉の場から外された政治屋と言う人間の怨念とでもいうべき感情の波を

「さて・・・・おや、君は?」

そこにはロングヘアーで黒いスーツに白いシャツを着た、全てがイギリス製品のオーダーメイドの女性がいた。ダガーのピアスもしている。
銀色のピアスに女物の赤い皮ベルトに白い文字盤のオーダーメイドの自動巻き時計。

(高級品で一流のモノだが下品さは感じられない。上品さがある・・・・それにしてもどこかで会った気がするのだが・・・・・誰だ?)

この女性はどこかで見た事がある気がする。そう思っていると、彼女が口を開く。

「お久しぶりです、マリーダ・クルス・ザビです。
覚えてお出でですか、ウィリアム様?」

思い出した。あのポーカーゲーム以来、娘の友人になってくれているギレン氏の長女だ。

「ああ、あの時のお嬢さんだね。久しぶりだ。マナとジンから近況は聞いていたが・・・・美しくなられたね。
これでは男どもをあしらうのに大変だろう。或いは既に意中の男性でもできたのかい?」

少しお節介だったかな?
そう思う。それが破滅への道筋を歩む契機とは思わなかったとは本人の談である。

「あ、ありがとうございます。意中の男性はいます。こんな男勝りの軍人女ですが・・・・それでも女の子ですから」

笑顔を見せる。
白い歯が綺麗だった。それが妙に印象に残る。

「それは良かった。ところでギレン公王陛下・・・・お父さんは息災かい?」

頷く。
父親を亡くして意気消沈していると思ったが乗り越えられたようで何よりだ。

「ええ、元気です。お爺様の死を乗り越えられたようです」

デギンの死からもう数か月だ。
あの日の慟哭は死ぬまで黙っていよう。墓場まで持って行こうと思う。

(友人としての礼儀として・・・・あれは最期まで黙っていよう)

そう考えるウィリアム・ケンブリッジ。

「そうか・・・・・それは何よりだ。そういえば・・・・・そのバッチはジオン軍の佐官の軍章だと思うが違うか?」

無言でマリーダは頷いて、ジオン軍全軍に支給されているスマート・フォンで自身のプロフィールを公開する。ただし、ウィリアム・ケンブリッジだけに見えるように。
そこにはこう書いてあった。

『マリーダ・クルス・ザビ』『ジオン公国軍大佐』『ジオン親衛隊艦隊総司令官』、と。

(お飾りとはいえ・・・・・まだ20歳前後の少女を軍の大佐にするとは・・・・・やはりジオンの軍組織は出来上がってはいないのだな
まだまだジオン公国軍は地球連邦軍に比べて付け込む隙も、付け入る隙も多々ある。
マリーダお嬢さんの技能はともかく、実績や経験は皆無だろうに・・・・まあ、その為にお目付け役があのカスペン中将とガラハウ中将か)

彼女は先週漸く完成したギニアス・サハリン中将の渾身の作品にして、恐らく遺作となるであろうNZ-000『クインマンサ』のパイロット。
ザビ家棟梁の長女もまた戦場に出て敵を葬ると言う事で戦意向上と士気高揚を目論むジオン政界。
一説ではザビ家独裁に反発するジオン民主連盟がザビ家を合法的に始末する為に用意したと言う。

「ああ、数年前まではあんなに小さかったのに・・・・見間違えたよ。若いのに大佐とは苦労するだろう・・・・何かあれば力になろう」

そう言って別のお酒を手に取る。
マリーダも新しいマティーニを頼み、摘みのチーズを食べる。

「成長期ですから・・・・・ところで何でも相談に乗ってくれますか? ウィリアム様?」

そうやって微笑んだ顔は十中八九の男が振り向くだろう可愛らしい笑顔だった。

「いいよ、私の力の及ぶ範囲であれば力を貸そう。
それにしても大佐・・・・軍隊ね。そればかりは流石に驚いたが・・・・君の独断では無い・・・・ようだな。
そうか、なるほど。父君が良く許したな・・・・ああ見えて君のお父さんは冷徹だが冷酷では無い。良く間違える人が多いが『冷酷』と『冷徹』、この差は歴然としている。だから君のお父さんは皆が思っている程薄情では無いよ」

冷酷と冷徹、似ているようで違う。
そうだ、あのポーカーゲーム以来の付き合いの二人。もうマリーダもカクテルグラスにマティーニを入れている。もちろん、オリーブ入り。
ジン・トニックと言う酒を飲んでいる自分とは違いどうやらこの大人の女性は酒には強いらしい。
父親と言うより、あそこでヘンケン少将相手に酒盛りしている叔父のドズル上級大将閣下に似ているのではないかと思うくらいに良く飲む。

「父上を、そんな簡単に、『お父さん』とか『父君』とかそう呼ぶのはウィリアム様くらいですよ。他の方は絶対にそんな呼び方をしませんから。
だからでしょうね・・・・ウィリアム様がいたからこそ、父上が、ギレン公王陛下がダイクン派とキシリア派に最後の恭順を呼びかける事にしたのは」

何? 聞き捨てならないな。
マリーダは小声でウィリアムの耳元でささやいた。それもこのパーティの一環。
政治ショーの一つ。

「ウィリアム様、貴方はティターンズ第二代目長官の閣下ですから、ザビ家の一員として公人としてお伝えします。
父上からの言伝です。これを利用して連邦内部での勢力基盤を盤石なものにしてください。
翌年5月20日に、我がジオン公国はアクシズに対して最後通牒を出します。アクシズ在留軍は即座に降伏、武装解除する事。そうするなら兵士らの責任は問わない、と。
が、これに反発するならば討伐も覚悟せよ、回答期限は3か月以内。返答、投降する場合はサイド6のリボーコロニーに使節を派遣すべし。
ただし、将官らはサイド1のロンデ二オンに集合せよ、との事です。連邦政府にお伝えするならばお早目に。これはパラヤ外務大臣にはお伝えしません」

小声で言うマリーダ。
自分も小声で聞き返す。

「・・・・・なるほど、有益な情報だね。他に・・・・・この事を知っているのは?」

「レオポルド・フィーゼラー首相、サスロ・ザビ総帥、ギレン・ザビ公王陛下、エギーユ・デラーズ軍総司令官と母上の五名だけです。連邦政府では長官が最初です」

極秘情報だな。まあ、どこで誰が聞いているか分からないこんなパーティ会場で伝える以上は聞かれても問題は無い、成功すれば儲けもの、失敗しても対して影響はないと考えている証拠だ。
そう結論付ける。一口、グラスを口に含み中のジン・トニックを飲む。口の中に辛味が広がる。

「それと・・・・・これはお願いなのですが・・・・・さっき仰いましたね、頼みごとを聞いてくれる、と。
出来うる限りの頼みごとであれば問題は無い、そうですね?」

いきなり両手をもじもじとするマリーダ。
一体なんだろう? もうすぐ60代前半も終わる男にそんな照れた顔をするのか?
嫌な予感がしてきたが取り敢えず頷いた。そして、彼は悟った。自分が特大の地雷、いや戦術核地雷を踏んでしまったと言う事に。

「ウィリアム様・・・・今夜暇でしょうか? 迎賓館のスィート・ルームを取ってあります」

え?

思わず固まる。そしてそれを肯定と受け取ったのかザビ家の長女、マリーダ・クルス・ザビはとんでもない事を、突拍子もない事を言ってきた。
追撃戦。撤退戦。掃討戦。後退戦。まさにそれ。マリーダは伝える。恥ずかしながらも。

「私にウィリアム様の子種を頂きたい・・・・その、私の初めてをもらっていただく」

沈黙。目が合う。視線が逸らせない。
それでいてまるで肉食獣に、蛇に睨まれたカエル状態だ。逃げなければならない事は分かっているのに体が動かない。
体が釘付けになるとはこのことを指すのだなと場違いにもウィリアム・ケンブリッジは思った。尤も、もう遅いかも知れないが。

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?)

必死で考えるウィリアム・ケンブリッジ。必死で言い訳を、ここから逃れる術を探さんとするティターンズの、いや、地球圏有数の権力者。
だが残念である。現実は非情であった。
いつもいる頼りになる味方、リム・ケンブリッジは地球だ。ジンは会社の運営があるとか言ってニューヤーク市だ。
マナだけは一番近いが、それでも大学院卒業論文を書く為に北米州のエコールで籠もっている。つまり味方はいない。孤立無援の状態。

(いやまて、冷静になれ。これは罠だ。罠に違いない。
ギレン氏の巧妙な政治的駆け引きだ。そうに違いない。そうであってくれ!!! 頼む!!!)

最近礼拝に行って無いから全然守ってくれない神様にわりと本気で頼むカトリック教徒のウィリアム・ケンブリッジ。

(は!? もしや息子が重婚したのが神の怒りに触れたのだろうか?)

そんな現実逃避もつかの間。さっさと答えを出さないとわりと『本気』で襲われかねない。
しかも仮にマリーダ・クルス・ザビとホテルのスィート・ルームで夜を共にしてそこで情死なんて事態になったら笑えない。絶対に笑えない。
ここで彼女に、最低でも時計の針が三周する位は年下の相手に手を出したら冗談抜きに殺される。
政治的にでは無く、身体的に、そして実行犯は身内、つまり、妻のリム・ケンブリッジにだ。あの一年戦争での飲み会時の騒ぎでは無いだろう。

(しかもだ、仮に子供が出来たとしよう、で、養育もしなくて良いとして・・・・だが、そうなればあのギレン氏を義父と呼ぶ?
冗談では無い!!! 絶対にごめんだ!!! 絶対に、絶対に、絶対に。逃げなきゃ・・・・逃げなきゃ!!)

何とか冷静にジン・トニックを飲み切り、思考を落ち着かせる。
ポケットから絹の薄紫のハンカチを使って額の汗を拭きとる。
それを見たダグザ中佐が何事かと、SP数名と共にこちらに向かう。ナイスタイミングだ。こうやって呼ぶことを考えた自分を褒めてやりたい。
だが、女豹は逃がしてくれない。そう簡単にこのニュータイプの女性から逃れられないのだ。

「あの・・・・お返事を下さい・・・・お早く・・・・・まさか・・・・・女にここまで言わせて逃げる気ではないな?」

そう言って両手でウィリアムの右手を掴む。目の色が完全に変わった。口調も変わった。
獲物を捕らえた鷲や虎、豹の目だ。肉食獣の視線だ。

(不味い!!)

そう、不味い。
だがこの修羅場を乗り越える策が無い。どうすれば良い? どうしたら良かった? 
何とかしてこの手を振り解かないと思ったが、軍人として訓練を受けているマリーダの握力は想像以上に強く全く振り解けない。

「あ・・・・その・・・・」

「その・・・・なんです?」

二人の妻を持っている息子を笑えない。
このままだとギレン・ザビをパパと呼ぶ羽目になる。それだけは絶対に嫌だ。

(中佐!! 早く来てくれ!!!)

そして先に到着したのは水色の髪をした少女。予想外の乱入者。そして予想外の嬉しい救世主・・・・では無かった。

「ウィリアム小父様・・・・・この失礼な女は誰ですか?」

「あたし? あたしはクェス・パラヤ。アンタこそ誰よ?」

そう言ってマリーダから見て反対の左腕に自分の腕をからませる。
少女はどこで習ったのか、ご丁寧に胸まで押しつけて。

「ほう? このジオン公国で私の顔を知らないとは随分と世間知らずのお嬢様ですね・・・・軽蔑に値するな」

その言葉に激昂するクェス。でも手は離さない。

「な!?」

そして板挟みにあう自分、ウィリアム・ケンブリッジ。
誰が好き好んで自分の娘と同世代の人間と性交渉したいか!!

(畜生め!! 神様・・・・死んでしまえ。
もう一度、丘の上で磔になってしまえ!!
銀貨30枚で弟子に売られろ!!! この役立たず!!!)

そうクェス・パラヤが思いっきりマリーダ・クルス・ザビを睨み付けたのだ。
この後どうなったかは誰も語らないので謎である。




以下、とある家庭の会話。

『これ・・・・知っている?』

『なんだ・・・え?』

『この女の子、確かマリーダちゃんとクェスちゃんよね。随分と仲が良い事。それも両手に花の状態』

『そ、それには深い訳が・・・・・』

『そう、深い訳が、海よりも深い訳があるのね? 私と見捨てるなと以前に何度も言った筈でしょ?』

『違う!! 何もない。何もしてない!! そもそも誰からその写真を手に入れたんだ!?』

『ああ、貴方の盟友である宇宙の独裁国家の陛下からよ』

『あの男が!? いつのまに・・・・いや裏切った? まて、言葉のあやだ、そのベレッタを片付けてくれ!!』

『大丈夫よ、ゴム弾だから最悪でも骨折位で済むわ。それで・・・・若い女の子二人は美味しかった?』

『本当に何にもない。本当です。本当に本当です』

『信じる証拠は?』

『証人ならいるダグザ中佐だ。あの後すぐにクェス・パラヤとマリーダ・クルス・ザビを引き離した・・・・・もう50年以上の付き合いなんだから信じてください。お願いします!!!』

『ふーん、まあ、今さら裏切るとも浮気に走るとも思えないし・・・・信じましょう。でも次からは気を付けてね』

そう言って銃口を外し、銃を机に片付ける。
これを見て思いだした。あの日、第14独立艦隊結成式の時の妻の暴走を。




宇宙世紀0095.01.10

ジオン公国と地球連邦は着々と軍備を再編していた。
『Z計画』は完遂され、MS隊として既に実戦配備が開始されている。
『UC計画』はパイロットに一号機にユウ・カジマ大佐、二号機にゼロ・ムラサメが内定。
特にニュータイプ能力の無いがあのアムロ・レイ中佐と互角に戦えるベテランパイロットのユウ・カジマ大佐は、アムロ・レイ中佐とカミーユ・ビダン大尉の力作サポートOS「ハロ」を搭載する事で補う。

『Z計画』は順次履行され、『ニュー・ディサイズ計画』の方は完遂。第1艦隊、第2艦隊、第12艦隊、第13艦隊、ロンド・ベル艦隊のジェガン配備は終了。
偵察艦隊にも従来のジムではなく、ハイザックを配備し終えた。更に各地の鎮守府防衛隊や無人偵察衛星、無人迎撃衛星も配備されている。
隕石や宇宙ゴミ迎撃の為のシステムが徹底してきた。
またコロニー駐留艦隊もジムⅡを配備されており、コロニー本体にはジム・クゥエルの白い連邦軍カラーで根拠地守備隊が組織され、コロニー圏内の守備力強化を完遂した。

その中で、ティターンズ最重要拠点であり、ロンド・ベル艦隊の宇宙の拠点でもあるグリプス工廠では。

「ようやくZガンダムの初号機、二号機、三号機のロールアウトか。
長かった・・・・それにしても・・・・いくらコクピット周りのサイコ・フレーム開発が遅れているからって試作機よりも先に量産型が出て実戦配備とかおかしいだろうに」

そう思うのは白衣に軍服を着るティターンズ所属の大尉。カミーユ・ビダン技術大尉だ。
サイコ・フレーム開発メンバーの一員であり、極東で例の大型MAを完成させたギニアス・サハリンの弟子のひとりである。
まあ、本人らは通信越しと論文越しでしか会った事が無いが。

「あら、カミーユ・・・・お疲れ? 紅茶飲むの止める?」

そう言って。ティターンズ中尉の制服を着たショートヘアーの紫の口紅をした女性が紅茶を注ぐ。
正式に付き合ってかれこれ6年だ。相手の名前はフォウ・ムラサメ。ムラサメ研究所の被検体とされた悲劇の女性。

「いや・・・・・ううん、フォウに嘘を言っても仕方ないな。疲れたよ。結構ハードワークだった。
でも遣り甲斐はある。サイコ・フレーム搭載のZガンダムが三機完成するし、アムロさんの計らいでパイロットの人選も一任されているからね」

そう。
こういう仕事に熱中するカミーユも好きだな。ファさんには悪かったけど・・・・ごめんなさいね。略奪愛で。

「で、パイロットは誰? もちろん初号機はカミーユでしょ?」

頷く。
そしてPCを起動させるとプリンターから数枚のA4用紙を白黒印刷で印刷して渡す。

「二号機はフォウに任せようと思う。それで・・・・三号機なんだけど」

若干、映りの悪い写真を見る。そこには自分と同世代の女性パイロットが印刷されていた。
元エゥーゴパイロット。母親の解放を条件にエゥーゴに参加した為、情緒酌量、事情判決の結果、ティターンズのパイロットとして10年勤務する事で罪状を抹消する事になる。
ただし、予想以上の収穫であると言うのが軍部の思惑であった。
そう、なんとあのカミーユ・ビダンの戦闘機動訓練に遅れずについて来れたのだ。
模擬戦では不死身の第四小隊(今ではコウ・ウラキ大尉とチャック・キース中尉を加えて不死身の第四中隊と呼ばれた)を、ベイト少佐、モンシア大尉(素行の悪さから少佐になれてない)、退役したアデル大尉を3対1の劣勢でかつ同型機であるにも拘らず制限時間逃げ延び、更にベイト機とモンシア機を撃墜判定した。

『評価 ニュータイプランク A+』

そう軍部は判断し、サイコ・フレーム搭載機のパイロット候補生としてあげる。

因みにアムロ・レイ、カミーユ・ビダン、ジュドー・アーシタ、パプテマス・シロッコは『SSS』、フォウ・ムラサメ『SS』、ゼロ・ムラサメ『S+』。
地球連邦にはデータが無いが、ララァ・スンが『SSS』 、クスコ・アルは『SS』か下手をすれば『SSS』 評価だったろう。
シャア・アズナブルは『A+』、ハマーン・カーンは『SS』 と言うのがアングラ出版の裏情報だ。

「この子? アスナ、か。カミーユ、まさか顔で選んだ?」

若干拗ねた声で彼氏のカミーユに聞くフォウ。
首を振るボーイフレンド、いや、もうそんな歳ではないか。彼氏? 或いは婚約者?

「そんな邪推しないでくれ。ちょっと罪悪感を感じるな。
純粋にパイロット技能だよ。フォウも知っているだろうけど・・・・・見てくれ、このパイロット、アスナ・エルマリートとサイコ・フレームの共振だ。
共感と言い換えても良いかも知れない。
アムロ中佐がクシロ研究所で行った実験の結果、軍事定義上のニュータイプ能力を持つ者とこのサイコ・フレームを形成する素粒子は大きく共感する。
その結果がビーム兵器の直撃さえ跳ね返す、ミノフスキー粒子を応用した即席のIフィールドを生み出すみたいなんだ。
他にも信じられない事象・・・・魔法みたいな事が出来るのではないかと予想するチームも存在する。
だからこの機体とZZガンダム、そしてUC計画の機体とアムロ中佐の機体は・・・・・」

そこで一旦周りを見る。自室だ。誰もいる筈はないし、毎日自分がランニングしている最中にフォウの監視の下で地球連邦情報局(FIA)がしっかりと警戒と盗撮・盗聴のクリーニングを行っている。
しかもここはグリプス技術開発局と言う地球連邦軍内部でもTOP10に入る重要拠点であり、対テロ、対サイバーテロ対策が常に行われている場所だ。
故に大丈夫だとカミーユは判断して喋っている。

「だからパイロットは軍事定義上のニュータイプを当てる。もしくは、余程の玄人パイロットを当てる事にしたんだ」

そう、既に地球連邦軍は対ニュータイプ部隊として、自軍のニュータイプ部隊を当てる事を想定していた。
当然ながらコロニー落としなどが無く、戦災復興も完了し、非加盟国との冷戦状態も終わりを告げ、税収も一年戦争以前よりもある現在の地球連邦政府の対応はそれだけでは無い。
Zプラス隊によるサイコミュ兵器に対応する為の高速突破と一撃離脱戦法、ファンネルと呼ばれる小型移動ビーム兵器の攻撃に耐えきれるだけの装甲をZシリーズには与えられた。
そしてその可変MSの特徴を利用した一撃離脱方法で敵艦隊を撃滅、その後は徹底した物量で敵残存兵力を壊滅に追いやると言うのが地球連邦の対ニュータイプ部隊戦術論である。
その実現のために外交圧力を加えて、一年戦争を生き残ったエルメスとクスコ・アル大尉を借りた模擬戦をグリプス近郊で200回はやっている。
何故ならティターンズや連邦軍はもう強化人間は作れない、使えない。製造できないからだ。
敢えてもう一度言おう、地球連邦政府のリベラル派閥のレイニー・ゴールドマン政権にとって強化人間製造、それは政治的なアキレス腱であるからだ。
そしてその強化人間の絶対数でアクシズ・エゥーゴ連合軍に劣る事は自明の理。
彼ら、後先考えないアクシズ陣営とはそこが違う。(カイ・シデンレポートと呼ばれるムラサメ研究所の内部告発が尾を引いている形でもある)

「それでこの子を選んだ、か。ところでコウ・ウラキ大尉にはあれが渡されると聞いたけどほんとかしら?」

女性のお茶くみネットワークの恐ろしさ。
AE社から接取したデータを元に、地球連邦軍はガンダム試作三号機の本体を設計、開発する。その名前は『デンドロビウム』、通称、GP03である。
アクシズ要塞攻略時には大規模な火力が必要になる。それは艦隊主砲で補えるが、それでも足りないと軍上層部は判断。
或いは水天の涙紛争で投入されたノイエ・ジールの後継機であろう大型MA対策にも使えるように0091の時点の最新技術を採用。
ガンダムを乗せたビグザム、或はノイエ・ジールと言うコンセプトで同じくグリプス工廠で開発が行われており、こちらは既にマオ・リャン准将を司令官とするロンド・ベル第一戦隊ネェル・アーガマに指揮下に配属(専用コロンブスが配備された)される事となった。

「良く知ってるな。あんまり喋るとスパイ容疑で警察に捕まるんじゃない?」

それを聞いて笑う。

「あら? 私は最初からスパイだったのよ? 
捕まるなんて今さらだわ。それよりも・・・・せっかくの休日なんだから仕事は止めてデートしましょう?」

PCに向き直る。
フォウの両手が肩に置かれるが取り敢えずは先に仕事だ。
尤も、両親の事を考えると待たせすぎるのもあれだ、アムロさんとセイラさんにあんな事をした癖に、あれだけ言ったくせに両親と同じ過ちを繰り返す事は出来ない。

(フォウの言う通りか・・・・・それもそうだな。よし・・・・これでパスワードは打ち込んで、終了、と。
第一、考えてみればブライト総司令官は、アムロさんと一緒に地球のキャルフォルニア基地で超弩級空母ベクトラの建艦状況の視察とアクシズ攻略作戦の戦闘シミュレーションの真っ最中だ。
ならば多少サボっても怒られないだろう。それにジュドーも訓練と一緒にこのグリプスで政策担当官業務をやらされているし)

因みにジュドー・アーシタが政策担当官の業務をやらされているのはウィリアム・ケンブリッジの意向が強く働いた。
彼はニュータイプと思われる上に、孤児であり、家族を大切にしている。
これが現在のティターンズ三大厄介児であるパプテマス・シロッコ、マイッツァー・ロナ、フェアトン・ラーフ・アルギス全員に気に入れられた。

パプテマス・シロッコは調停者としてのニュータイプ能力の将来性に。

マイッツァー・ロナはシャトルを守るためにアクシズ軍相手に戦った高貴なる義務を果たした姿勢に。

フェアトン・ラーフ・アルギスは家族を守るためにひたむきに働く姿に。

しかもその性格ゆえに三人全員から邪険に扱われる事は無く、寧ろ歓迎されていた。
そう言う意味で不幸な人物かもしれない。
同様の理由で、マナ・ケンブリッジも彼ら三人に認められている。
そしPCの電源を切るカミーユ。

「それじゃあ、出かけようか。どっちの部屋で着替える?」

「あら、このスケベ。私の部屋にしか私服置いてないくせに」

笑いながら出かける二人。
もしかしたら殺しあったかもしれない二人が歩んでいるのは何故なのだろうか?
それは誰にもわからない。そして人が全て不幸では無いという証拠でもある。そう、全員が幸福になる事は無い。
しかし、全ての人間が纏めて不幸になる事もその必然性も無い筈だ。

同時刻。グリプス工廠第1軍港、第1係留所。
ドゴス・ギア級大型戦艦一番艦にして、恐らく最後のドゴス・ギア級であるネームシップのドゴス・ギアが入港、整備を受けている。
そんな中、青色のノーマルスーツを着用した男が宇宙港から入ってきた。
機体はスターク・ジェガン。グリプス防衛用に配備された機体の一機だが、直ぐに着艦する。見事なものだった。
そして、そのまま気密が保たれるのを確認するとヘルメットをとる。特徴的な紙に獣の様な瞳。金髪のリーゼントで浅黒い肌の色の風貌をした人物。
ヤザン・ゲーブル中佐である。このドゴス・ギアのMS隊隊長にして実戦部隊の切り込み部隊も兼任するトップエース。
そのままパイロット専用の士官室から出てきたシロッコ准将に敬礼する。MSデッキから目の前の機体を見る。
自分用に特別チェーンされた機体だと言うこの機体に。

「で、俺のMSはこれかい? シロッコ准将閣下?」

ところで宇宙艦隊司令長官に昇進したエイパー・シナプス大将の後任として第13艦隊司令官に選ばれたのは一年戦争以来敗北知らずのワッケイン中将だ。
彼もまたティターンズ派閥に吸収された旧レビル派だが、有能で優秀である。何せあのルウム戦役でMSが無い状態で有効なMS戦術を編み出したのだ。
仮に彼の派閥が健在であれば恐らく彼がエイパー・シナプス宇宙艦隊司令長官に代わり、宇宙艦隊司令長官になっていただろう。
健康面でも、士官学校の席次でも、実績でも、実戦経験でも彼もまた地球連邦有数の将官である。
そして何故副司令官パプテマス・シロッコ自身が昇格しなかったのか、それは彼が自ら語る。

「そうだ。これが君の機体だ」

そう言ってハンガーにある重MS、極東州の伝統文化の一つ、スモウのリキシとやらに見えなくもない機体を見せられる。
そのデータをシロッコの副官であるサラ・ザビアロフ曹長が携帯タブレットを表示させながら渡す。
若干、そのシロッコ准将の目にクマのような跡があり、声が疲れている気がするがまあ気にしないでおこうとヤザンとサラは思った。

「ほー、見た目に反して木星の重力圏内での戦闘に耐えられるように各種バーニアがあるのか。機動性はかなりのモノだな。
で、名前は・・・・・短いね・・・・・うん、ごちゃごちゃした名前を付けるよりも余程よいな」

目頭を抑え、眠気覚ましの為に用意されたインスタントコーヒーを飲む三人。
特にシロッコ准将は一瞬で飲みきった。それが無重力ブロック故に宙に浮かぶ。

「ヤザン中佐はこういう機体は嫌かね? 実際の性能はかなりのモノがあると私は確信しているよ。何せ木星圏での戦闘や作業を考慮した機体だ。
地球圏では可変MS並みの機動性を持つ。少なくとも、君が今乗ってきたスターク・ジェガンよりは遥かに良い機動性だ。
武器もビームサーベルと大型ビームライフル、それに要望があった特殊電磁ワイヤーと予備のビームライフルも用意させた」

見上げる。電磁ブーツを使い、甲板を蹴って、そのままコクピットハッチに移動式ワイヤーガンで移動。
そのまま、機体に入る。
コクピットはどうやらUC計画のモノを採用したようだ。

「いや、こいつは良い機体だ。お前さんの力作だってのは分かるが・・・・で、これが例のサポート用OSかい?」

黄色の、青いサメのマークが記載された丸い球体を見る。これには一年戦争で蓄積された白い悪魔の全戦闘データを入れてあるのだ。
しかも丸いため、一度固定すれば余程の衝撃(それこそMSのコクピットブロックを完全に破壊する様な)が無ければ凶器となってコクピット内部の人間を殺傷する危険性も少ない。

「ああ、名前は・・・・・知りたければアムロ・レイ中佐に聞く事だ。彼が作ったのだからな。そこまで言う義理は無い」

確かにそうだ。役立てば名前なんてどうでも良い。勿論、戦友たちの名前は別だが。

「分かった、後で聞いておこう。こいつも俺の戦友になるだろうしな。で、だ。
こいつの基本性能はそこのお嬢さんの持っているスマート・タブレットで見せてもらった。確かにあんたの、准将閣下の最高傑作と言える。
だが、この資金は誰が出した? お前さんの木星船団かい? それとも木星連盟か? どっちにしろ、これとあれを作るだけの資金を用意できるのは並大抵の苦労じゃない筈だ。
そして『Z』、『UC』、『N』と『ニュー・ディサイズ』四計画を並行している以上、こんなMSを作る余裕はない位俺にだって分かるんだがな?」

答えたのはサラ・ザビアロフと名乗った女性下士官だ。

「准将を支援したのはブッホ・コンツッェルのマイッツァー・ロナ首席補佐官とジン・ケンブリッジ氏の個人資産80億テラほどです」

ああ、既に総資産が300億を超したと言う、ジン・ケンブリッジか。
ハービック社、ジオニック社、ヤシマ・カンパニーという三社の財務顧問グループの若手筆頭の一人で、傾きかけたMIP社から2000億テラの報酬を得たと言う、いけ好かない相場師の小僧か。

(父親と違い、中々嫌な事をすると思った奴だったな)

その手段は、予め各地の出入り禁止を喰らったカジノで稼いだ金を元手に、株式相場で暴落中だったMIPの株を購入。
その後、自分でMIPを地球連邦海軍や中華と国境を接する海軍国家との最大の取引先にしたてあげる。
その結果、MIP社の株価はかつてのスマート・フォンやPCのOSを作った会社の様に急上昇、そして独自の損得計算で全てを売り払う事で荒稼ぎをしてジン・ケンブリッジは多額の資産を儲けた。
完全に博徒である。因みにこれを知ったウィリアムは流石に怒り、息子の財産を各地の大手銀行に分散して預金させると、資金を凍結させた。
それでも150億テラが元手に残り、ケンブリッジ家に50億(父母、妹と妻二人)、自分個人に20億、残りをシロッコ准将に寄付した。それが彼女の説明。

「はん、金持ちの道楽で造ったのかい?」

思わず怒りをあらわにするヤザン。当然だ。
『ダカールの英雄』であり、ルウム戦役の戦友でもあるウィリアム・ケンブリッジは尊敬に値するが、それでは息子の方はただの遊び人、爛れた女好きじゃないのか?
言動、実績からそうとしか思えない。が、シロッコ准将の意見は違う。

「そうかね? 彼は、ジン・ケンブリッジはジオン三大MS会社で唯一大赤字を出していたMIPを再建すると言う大仕事をやった。
それに彼の元手となった資金は競馬やスロット、ルーレットと言う運で勝利するゲームに参加し手に入れたのではなかった。
彼は全て、そう、元金の100億近くを実力で、数学の才能が必要な計算力と記憶力がものを言うブラックジャックで勝利して手に入れた。
そしてその金を躊躇する事無く自分に投資している。
MIP再建を行う、暴落中の、下手をすればこのまま紙くずとなる、或は電子の海に消えるであろう株券に切り替えて」

この傾きつぶれる寸前だったMIPの不死鳥の様な再建劇はジオン本土だけでなく地球連邦政府内部や海洋に面する各州でも話題になる。
戦略の違いと戦場の限定さからか、ジオン公国と違い、地球連邦軍は有効な水陸両用MSを保有してない。
それを提供するパイプを作り、更にそこから大胆なリストラと地球に本社を置く軍産複合体産業の筆頭であるウェリントン社との事業・企業統合を行った。
この結果、中華に制海権を拮抗させられた極東州とアジア州、危機感を抱いていた北米州の三つの州政府を巻き込み、MIPは地球連邦海軍、アジア、極東、北米の三州からも継続的なMS輸入協定と作業用のアッガイなどのライセンス生産をジオニックに認めさせて息を吹き返す事になる。
それがケンブリッジ家を一躍有名にした出来事である。ある故事にならって「ケンブリッジの一夜城」と呼ばれる大躍進であった。

「MIP再建に成功すれば完全なる資産家に、失敗すれば自らの資産、これの全てを失う。だが彼はそのリスクを恐れずに打って出た。
そう言う意味では彼もまた戦士であったのではないかね?
或いはその潔さはサムライに通じるものがあるとも思う。
第一だ、父親を監視する様に命令されている、私の様な木星帰りの若い准将と言う、何を考えているか分からぬ人間に80億テラ、ジェガン8機分の資産など提供しないと思うが?」

ふーん、そう言われたらそうだな。
そう思ったヤザン。とりあえずその件は置くとして、乗っているMSのメインモニターを起動させる。
周囲の作業員がジェガン隊の整備に追われている姿が見える。そして目の前にあるもう一機の重MSの存在も。

「まあ、鼻持ちならない坊主の金遊びかどうかは俺には関係ない。いいか、俺が譲歩するのはそこまでだ。
ジン・ケンブリッジとかいう小僧がうちの親方の直系の小僧である以上、それなりに扱うし、小僧の資産をどう扱おうが関係ない。
シロッコ准将、それでジン・ケンブリッジの80億テラの寄付金の件はOKだな?」

頷くシロッコ。

「さて、それで、この機体・・・・・名前は・・・・」

「ジ・オ、PMX-003が形式番号になる。そして・・・・君には不要かもしれんがサイコ・フレームも搭載してある」

サイコ・フレームか。胡散臭いのは嫌いだが仕方ない。
それに戦友のユウ・カジマの乗る機体もサイコ・フレーム搭載機だと聞いた。ならば我慢しよう。
モノアイカメラの映像を前面の機体に集約する。

「よーし、わかった。で、あんた専用機があれか?」

地球に残った最後の非連邦加盟国である北部インド連合の親地球連邦勢力が、準加盟国への格上げ交渉時の為に引き渡したAMX-004キュベレイを渡したのは宇宙世紀0090の秋。
そのデータを元に、既に地球連邦の最高技術研究所だったムラサメ研究所で開発に成功したファンネル。
それを地球連邦軍で初めてファンネルを装備した機体、PMX-004タイタニア。

「ああ、私の愛機だ。タイタニアと名付けた。あの男が協力してくれたのが不愉快だが、仕方あるまい」

そして少しだけ思い出す。
あの時の忌まわしいが認めるしかない借りを作った過程とその日を。


『資金が足りんな』

そう呟いたシロッコ。場所はドゴス・ギアの副司令官用執務室。ティターンズの黒い軍服に将官の階級を付けた状態で唸る。

(パプテマス様が唸っている・・・・・・非常に珍しい光景ね)

とは同席して書類整理していたサラの思った事。
この時期、パプテマス・シロッコが予算と言う現実に敗れ去った時、時の地球連邦財務大臣のロベルタ女史は徹底した予算削減を行っていた。

『無駄は徹底的に排除します』

そう言って各省庁や軍の予算を削減していく女史。
これはシロッコの個人MS開発計画にも当てはまった。物凄い勢いで削られる軍事予算。

(ええい、これでは旧世紀の世界大戦の様に、重機関銃陣地の十字砲火の中に生身の歩兵が銃剣で突撃する様なモノだな)

ただでさえ外惑星・内惑星開拓公社設立やその護衛艦隊の配備、新造艦の新規設計に量産という一年戦争前夜の軍備拡張計画もかくやと言う事態。
止めにMS隊の更新と来た。彼女の相手をさせられたウィリアム・ケンブリッジは過労で倒れる位に徹底した予算削減を要請、実行させられる。
結果、シロッコの独自案である『J計画』は流れる・・・・・筈だった。
其処に待ったをかけた人物がいる。
それはジン・ケンブリッジである。彼は次の作戦でシロッコ准将が死ぬ可能性を減らしたかった。
ジン・ケンブリッジはマイッツァー・ロナとパプテマス・シロッコとフェアトン・ラーフ・アルギスの三人が拮抗しているからこそティターンズは安定すると考えている。
これは父親も母親も同様だ。
だからこそ、パイロットでもあるジュドー・アーシタを生け贄、もとい、政策担当官として配置しており、更にはある人物を次期長官にするべく策動している。
それに新型機開発と木星圏の重力を振り切れるデータは今後のMS開発にぜひとも必要になるだろう。そう考えた。

『ロナ首席補佐官、どうかここはシロッコ准将と協力してください』

そう言ってマイッツァー・ロナ首席補佐官にジン・ケンブリッジは土下座した。
勿論、土下座だけでは無く、ファンネル搭載機の実戦データの採取の有効性や、木星開拓の為の先行投資の必要性、ティターンズ内部の結束(ここは特に強調し、アイギス技官も加えて三人相手に頼み込んだ)をしっかりとしたデータを元に、説得。

『そこまで言うならば一機分だけ、ロナ家の力を借りて300億テラほど動かしましょう。
ああ、これは長官にでも貴方にでもない、シロッコ准将への貸しですが』

という言葉でPMX-003とPMX-004は完成する。
その予備パーツは父親のウィリアム・ケンブリッジが財務大臣と先輩のジャミトフ・ハイマン国務大臣を拝み倒して用意させた。
親子揃ってティターンズ内部の内部対立を宥めた結果である。
これを知ったシロッコはロナにこう言った。

『借りはいつか返す』

と。
それに反論と言うか、提案するロナ。

『一時休戦、と言う事にしておきましょう。ジン君の顔を立ててね。木星帰りの准将閣下。
精々、良い戦果を挙げる事を期待させてもらいましょう。
ああ、心配なんてしてませんから。少なくとも戦場では貴方は頼りになる。部下の掌握も可能でしょうし』

『ああ、そう取って貰って結構だ。私がアクシズ討伐の功績でティターンズ副長官になったら精々こき使わせてもらおう。
何せ、首席補佐官の持つ政財界へのパイプと実務能力は誰よりも貴重だと認識だけはしている。だけは、な』

相変らず仲が良いのか悪いのか分からない関係だと思う。
少なくとも互いの実力は認めあっているし、謀殺し合う事も無い。やれば真っ先に疑われてしまう立場に双方がいるからだ。
そう言った会話をあろう事かジン・ケンブリッジとたまたま査察に来ていたリム・ケンブリッジの前でやった。
因みにその場にいたフェアトン・ラーフ・アルギスは含み笑いをするだけで言質を与えなかったという。

(これが父さんの仕事か・・・・今度、メイとユウキと一緒に行く予定だったニュージランドの温泉旅行に母さんと父さんも招待しよう。
マナは・・・・・・論文が出来上がって内定があるなら呼ぼうか)

とは、息子が固く誓った誓いの印である。


語り終えるシロッコ。それを聞いたヤザンの感想は簡単だった。

「シロッコ准将閣下、無礼を承知で言うが・・・・あんた、面白い奴だな」

そう言って右手を出す。
握り返すシロッコ。

「こちらこそ、『戦地の野獣』と怖れたトップガンと知り合えてよかったよ」

こうして新型機ジ・オとタイタニアは実戦配備が完了する。
エースクラスのパイロットを乗せて。




一方で、宇宙世紀0096の1月下旬。
地球連邦のゴップ官房長官は潜入させていたアクシズ・エゥーゴ連合の上層部にいるスパイからある情報を受けた。

『アクシズ・エゥーゴ連合軍はネオ・ジオンを名乗り、遂に軍事行動を開始する』

『ジオン公国からの投降要請を黙殺、軍事行動に出るべく準備開始』

この情報を元に地球連邦政府はついに決断を下す。
最後の大動員令の発令。
稼働可能艦隊の全軍を持ってアクシズ、いや、自らを正統なるジオンと名乗ったネオ・ジオン軍を一隻一機たりとも逃す事無く完全に殲滅する事。
その為には一年戦争以来の大動員も覚悟する。更には大規模な陸戦隊を揚陸させ、アクシズの持つ様々な人体実験データを確保する。
冷凍睡眠技術、強化人間技術などは垂涎の的である。そういう経済的、宇宙開発的な側面が多々あるのだ。正規軍による略奪行為。
第二次世界大戦終戦時のソビエト連邦とアメリカ合衆国がナチス・ドイツからあるだけの技術を持ちだした事を今度は地球連邦政府がネオ・ジオン相手にやるつもりだ。
それでも予備役こそ動員しないし、戦時国債も出さない。使用するのは正面戦力と民間軍事会社の傭兵部隊のみ。
だが紛れも無い、戦争目的が明確な以上、地球連邦政府にとっては国家間の、そして地球全土と全てのスペースコロニーを掌握する人類史上最大の国家、地球連邦の全軍を上げた戦争の幕開けだった。


地球連邦軍第一級極秘文章・『あ一号作戦』参加予定機
サイコ・フレーム搭載機、並び、パイロット。

MSΖ-006-01『Zガンダム』 カミーユ・ビダン大尉。
MSΖ-006-02『Zガンダム』 フォウ・ムラサメ中尉。
MSΖ-006-03『Zガンダム』 アスナ・エルマート少尉。

MSΖ-010『ZZガンダム』  ジュドー・アーシタ中尉。

RX-0-01『ガンダムユニコーン』 ユウ・カジマ大佐。
RX-0-02『ガンダムバンシィ』  ゼロ・ムラサメ中尉。

PMX-003『ジ・オ』      ヤザン・ゲーブル中佐。
PMX-004『タイタニア』    パプテマス・シロッコ准将。

RX-93『ニュー・ガンダム』   アムロ・レイ中佐。

他数機のバイオ・センサー搭載機あり。


『あ一号作戦』 参加予定艦隊七個艦隊。


第1艦隊  旗艦『リンカーン』 ライアン・フォード中将(男性提督)、戦闘艦艇50隻。
バーミンガム級戦艦1隻、クラップ級巡洋艦4隻、マゼラン改級戦艦5隻、サラミス改級巡洋艦40隻。


第2艦隊  旗艦『ミカサ』 ナンジョウ・ユウ中将(女性提督)、戦闘艦艇50隻。
バーミンガム級戦艦1隻、クラップ級巡洋艦4隻、マゼラン改級戦艦5隻、サラミス改級巡洋艦40隻。


第10艦隊 旗艦『ラーディッシュ』 ヘンケン・ベッケナー少将(男性提督)、戦闘艦艇50隻。
アイリッシュ級戦艦1隻、クラップ級巡洋艦4隻、マゼラン改級戦艦5隻、サラミス改級巡洋艦40隻。


第12艦隊 旗艦『ユーラシア』 艦隊司令官 ラーレ・アリー中将(女性提督)、戦闘艦艇50隻。
バーミンガム級戦艦1隻、クラップ級巡洋艦4隻、マゼラン改級戦艦5隻、サラミス改級巡洋艦40隻。


第13艦隊 旗艦『ドゴス・ギア』 艦隊司令官 ヴォルフガング・ワッケイン中将(男性提督)、戦闘艦艇60隻。
ドゴス・ギア級戦艦1隻、アレキサンドリア級重巡洋艦9隻、サラミス改級巡洋艦50隻。


ロンド・ベル艦隊 旗艦『ベクトラ』 艦隊司令官ブライト・ノア中将(男性提督、0095.10.01昇進) 戦闘艦艇31隻。
超弩級空母『ベクトラ』。
ネェル・アーガマ級大型戦艦1隻(ネェル・アーガマ)。
ラー・.カイラム級大型戦艦5隻(ラー・カイラム、リヴァイアサン、シンリュウ、ユピテル、アマテラス)。
アーガマ級巡洋艦4隻(アーガマ、ブランリヴァル、ペガサスⅢ、ホワイトベースⅡ)。
クラップ級巡洋艦20隻。


第一連合艦隊(ロンド・ベル艦隊、第13艦隊)合計91隻 主力MS『Zプラス』『ジェガン』。
第二連合艦隊(第1艦隊、第2艦隊) 合計100隻 主力MS『ジェガン』。
第三連合艦隊(第10艦隊、第12艦隊) 合計100隻 主力MS『ジェガン』『ジムⅢ』。
第四連合艦隊(第11艦隊・5つの独立戦隊、予備兵力)合計70隻 主力MS『ハイザック』『ジムⅢ』。


総旗艦『ベクトラ』 総司令官、宇宙艦隊司令長官エイパー・シナプス大将(男性提督)。


随伴補給艦隊180隻。改装空母70隻。


予備兵力。
第11艦隊 旗艦『アイリッシュ』 ステファン・ヘボン中将(男性提督)、戦闘艦艇50隻。
アイリッシュ級戦艦1隻、クラップ級巡洋艦4隻、マゼラン改級戦艦5隻、サラミス改級巡洋艦40隻。

動員艦艇総数611隻。
動員MS隊総数850機以上。




『発・地球連邦安全保障会議

宛・地球連邦軍統合作戦本部長ニシナ・タチバナ大将。

地球連邦首相レイニー・ゴールドマンより本作戦、『あ一号作戦』の発令を承諾する。

今後一世紀の地球圏の未来はこの一戦にあり、総員の奮闘と、全将兵の無事の帰還を切に願う。以上。』




同時刻、ズムシティでも似たようなことが決定した。
『あ一号作戦』発令と言う命令発令の決定の連絡をレイニー・ゴールドマン首相直々に受け、古風な19世紀の電話型ホットラインを切るギレン・ザビ。
そして彼は居並ぶ高官らに対して以下の命令を発した。


『発・公王府並びジオン軍総司令部
ジオン軍特例命令・アクシズ残党討伐勅令・第二次ブリティッシュ作戦発令セヨ』

参加艦隊

ジオン軍特務艦隊『デラーズ・フリート』 旗艦『ジーク・ジオン』 艦隊司令官エギーユ・デラーズ大将 戦闘艦艇30隻。
グワンバン級戦艦1隻(ジーク・ジオン)、ムサイ級軽巡洋艦後期生産型27隻、ティベ級重巡洋艦2隻。


第一艦隊 旗艦『グワンバン』 グレミー・トト・ザビ中将(ただし、実際の艦隊指揮はウォルター・カーティス中将が取る) 戦闘艦艇数40隻。
グワンバン級戦艦1隻、ティベ級重巡洋艦9隻、ムサイ改級軽巡洋艦30隻。


第五艦隊 旗艦『グワレン』 ノルド・ランゲル中将 戦闘艦艇40隻。
グワジン級戦艦1隻、ティベ級重巡洋艦9隻、ムサイ改級軽巡洋艦30隻。


ジオン親衛隊艦隊 旗艦『グワジン』 マリーダ・クルス・ザビ大佐(ただし実際の艦隊指揮はダグラス・ローデン准将(特例措置)が取る) 戦闘艦艇数20隻。
グワジン級戦艦1隻 ザンジバル改級機動巡洋艦19隻。


第一艦隊 主力MS RMS-141ゼク・アイン
第五艦隊 主力MS RMS-141ゼク・アイン
ジオン親衛隊 主力MS RMS-142ゼク・ツヴァイ
デラーズ・フリート 主力MS RMS-142ゼク・ツヴァイ
補給艦隊40隻

艦隊総司令官、エギーユ・デラーズ大将。総兵力170隻、MS隊380機以上。




そして・・・・宇宙世紀0096.02.14

「ん? レーダーに反応上がるぞ?」

一隻の哨戒艇がレーダーを確認する。

「なんだと?」

問い詰める艇長。

「隕石じゃないか?」

楽観論が出る。
デブリが珍しくない世界だ。それもありそうなことだろう。
そう思っていたが反応がおかしい気がする。

「隕石・・・・・いや、月面の宇宙隕石管理局からの通達も非常用レーダーにも作動してない」

と、別の艦橋要員が異常に気が付いた。
彼は一年戦争で予備役として動員された経験を持っていたので直ぐに気が付いた。

「ちょっと待て・・・大変だ!!」

「どうした!? これは? まさか!?」

慌てて覗き込む。データは最悪の数値を示している。

「ミノフシキー粒子が・・・・戦闘濃度だと?」

「ありえない・・・・いえ、そんなはず」

ここはコロニーの、サイド1の近郊だぞ? リーアの和約違反だ。
そう口ごもるがそれで異常が解消される訳が無かった。
そしてこれだけ急激なミノフスキー粒子の散布は決して海賊規模では無い。
もっと大がかりな組織が動いている証拠。

「艇長、しっかりしてください。とりあえず・・・・」

サイド1の駐留艦隊司令部に連絡を入れようとした女性通信士と女性監視員は見た。
明らかに人工物の物体が一斉に、エネルギー粒子と共にサイド1の艦隊駐留コロニーへ向けて殺到するのを。

「て!! 敵襲!! 空襲警報を発令します!!! 総員第一種戦闘態勢に移行せよ!!!
繰り返す、全艦隊、全砲座、全MS隊を初め、総員は直ちに第一種戦闘態勢に移行せよ!!!
繰り返す、全艦隊、全砲座、全MS隊を初め、総員は直ちに第一種戦闘態勢に移行せよ!!!」

「提督!! 直ぐにソロモン要塞か周辺の部隊に応援要請を!!」

緊急事態を告げるアラートがジオン、地球連邦両軍の司令部に木霊する。
だが、遅い。何もかも遅すぎた。

「全艦隊、全MS隊発進だ。これは演習では無い!! 繰り返す、これは演習では無い!!!」

が、敢えて言うがやはり遅い。
MS隊が漸く発進した頃には見た事が無い新型のMS隊が急襲を仕かける。
そのあまりの高性能ぶりに二世代機であるジムⅡやそれ以前の機体であるジム改、リック・ドムⅡが撃墜される。
数でも質でも負け、更には敵の奇襲を受けて浮き足立つサイド1の駐留艦隊。
ミサイルの雨がサイド1駐留艦隊に降り注ぐ。出港もままならず軍港内で擱座するマゼラン改級戦艦。
かたやパトロール中に轟沈するサラミス改。
迎撃するべく砲門を回すが、メガ粒子砲のエネルギーの充電が間に合わずドムの改良機に艦橋とエンジンを破壊されるムサイ級軽巡洋艦。
エンドラ級の砲撃で軍港で搭載MSのペズン・ドワッジごと沈むチベ級重巡洋艦。
辛うじて迎撃に出たジムⅡとジム改とザクⅡ改の混成部隊は、性能差と熟練度からかギラ・ドーガ大隊に簡単に蹴散らされる。
青いギラ・ドーガが更に一機のジムⅡを落とした。
初期型コロニーを改造したサイド1駐留艦隊用コロニーは半壊する。軍港はつぶされ、MS隊は壊滅に追いやられる。

「他愛のない。こちらレズン大隊。目標の撃破に成功、これより帰還する。シャンパン冷やして待ってろ。いいな?」

そう言いつつも、ビームマシンガンで一機のリック・ドムⅡを撃破する。
それを見て逃げ出すもう一機のリック・ドムⅡも後ろから容赦なく撃ち落とす。

(落とせるときに落とさないとね。あたしらにはあとがないんだから)

そう思っていると副隊長機がワイヤーで通信を送ってきた。

「レズン大隊長、任務完了と思われます。第一中隊はMS隊を撃破、第二中隊の連中が軍港を破壊、第三中隊は太陽光発電ミラーを破壊。
これにて作戦完了です撤退の発行信号、あげます! 敵艦隊は混乱していて追撃どころでは無いでしょう」 

と、追ってきた馬鹿なジムⅡ三機を自分と同じ青いカラーリングのヤクト・ドーガが血祭りに上げる。
さらに一隻のサラミス改級が沈んだ。やったのはあの強化人間の様だ。

(ギュネイ・ガス・・・・例の強化人間部隊か・・・・使えるならそれに越したことはない。ムラサメ研究所の女どもが作った兵器。
伊達に金をかけてはいないか・・・・まあ艦隊の足を止められたからとりあえずは良しとしよう)

ムサカ級重巡洋艦8隻で編成された急襲艦隊からの一斉射撃。
MS隊撤退の為の援護射撃によって仕留められる数隻のムサイ級軽巡洋艦。轟沈だ。
流石はAE社の設計の下、パラオ要塞で建造した新造艦のムサカ級重巡洋艦だけのことはある。
その緑色の塗装をした艦隊旗艦のムサカ4番艦からもギラ・ドーガ隊へ撤退の発行信号が上がり、ネオ・ジオン軍は即座に後退した。
多数の地球連邦軍、ジオン軍サイド1駐留艦隊と防衛隊の残骸を残して。
この奇襲でサイド1の防衛能力は30%以下まで低下。他のサイドらや月面都市群、ソロモン要塞、ゼタンの門、グリプス要塞は第一警戒体制に移行した。
そして、彼らの総帥が深淵の彼方から現れる。




『我々は宇宙の力を手に入れた。我らアクシズは・・・・いや、ジオン・ズム・ダイクンの遺志を継ぐ正統なるジオン、ネオ・ジオンはここに宣言する。
地球連邦政府という俗物と、ザビ家に支配された故郷を力で奪還する、と。
その為にありとあらゆる手段を持って卑劣で邪悪なる者どもに対抗する。
紹介しよう、我々の真の指導者、あのティターンズの愚か者ウィリアム・ケンブリッジの様なオールドタイプとは違うお方。
宇宙の民を導くジオンの英雄、赤い彗星シャア・アズナブル、いいや、全てのスペースノイドの理想、スペースノイドの救世主たるジオン・ズム・ダイクンの正統なる後継者、キャスバル・レム・ダイクンである』

女は、黒とジオン将官服と仮面をつけたハマーン・カーンはそう言って下がる。
影から赤い軍服を着たオールバックの男が現れた。

『私、シャア・アズナブルはここに宣言する。地球連邦政府は過去の過ちを認め、我々ネオ・ジオンの自治と独立を承認し、ザビ家を断罪するべきである。
それができないなら私はあえて言おう。
地球に残った人類は自分達の事しか考えてない。そして故郷であるサイド3はザビ家の軍靴によって踏みにじられている。と。
その様な現状を座視する事などはジオン・ズム・ダイクンの遺児としてもジオンの英雄である赤い彗星としても出来はしない!』

衛星ジャックによってこの放送だが、地球圏は勿論の事、木星圏まで流れる。
面白そうに見るクラックス・ドゥガチ、忌々しそうに見るのはジャミトフ・ハイマン。面白そうに見るのはギレン・ザビ。
更には興味津々で見るパプテマス・シロッコと憂鬱な表情で見やるロンド・ベルのブライト・ノア中将に、覚悟を決めた顔のアムロ・レイ中佐。
多くの人々の思惑と視線と不安を乗せて、演説は佳境に入った。

『よって私は、アクシズ、エゥーゴの支持者、宇宙に巣立った真の民、スペースノイドとニュータイプの支持のもと、ここにネオ・ジオンの結成と地球連邦政府並びジオン公国解放の為の武力闘争の開始を宣言する。
そしてこの闘争の勝利と地球連邦の打倒、ジオン本国解放の暁には・・・・・私、シャア・アズナブルは父ジオンのもとに召されるであろう!!!
繰り返し聞こえる、スペースノイドの真の解放と自由を勝ち取る為に。ジーク・ジオン!!!』

『ジーク・ジオン!!!』

『ジーク・ジオン!!!』

『ジーク・ジオン!!!』

『ジーク・ジオン!!!』

『ジーク・ジオン!!!』

『ジーク・ジオン!!!』

『ジーク・ジオン!!!』

『ジーク・ジオン!!!』




地球・地球連邦官邸街・ティターンズ政庁地上5階にて。
一人の男が家族と共にこの放送を聞く。
妻は初孫であるメイ・カーウェイ・ケンブリッジの娘、メアリー・カーウェイ・ケンブリッジをあやしている。
父親であり、息子のジンが咳を切らせて駆け込んできた。
どうやらあの放送を見ていたようだ。娘のマナも心配そうにメールを携帯端末からグレミー・トト・ザビに送っている。
と、父親ジンが娘メアリーを抱く。孫は可愛いとは本当だったなと思いながら妻のリムはメアリーを父親に返す。

「・・・・・・・・・リム」

妻に声をかける。

「・・・・・・・・・何?」

言葉少なく聞く。

「遂に・・・・・・始まったな」

頷く。

「ええ。貴方と私の・・・・最後の戦争よ」

断言する妻。強い口調だ。頼もしい。

「・・・・・・・・ああ、そうだ。その通りだ。これで最後にしなければならない」

そして家族の前で私は断言する。

「私たちケンブリッジ家最後の戦争の始まりだ」




宇宙世紀0096.02.15

地球連邦軍は「あ一号作戦」を、ジオン公国は「第二次ブリティッシュ作戦」をそれぞれ発令する。
歴史の歯車は遂に一つの終局へと動き出した。



[33650] ある男のガンダム戦記 第二十六話『流血を伴う一手』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:b7ea7015
Date: 2013/05/22 10:42
ある男のガンダム戦記26

<流血を伴う一手>





宇宙世紀0096.02.14のネオ・ジオンの決起宣言。
その一時間前に行われたサイド1襲撃作戦は地球連邦市民の、特にアースノイド市民らにニューヤーク市攻撃の悪夢を思い出させる。

『所詮は水天の涙紛争を起こした連中と何ら変わらない、ネオ・ジオンと名前を変えた旧エゥーゴ勢力、アクシズ軍の連合軍。
それが最早過去の人物であるジオン・ジム・ダイクンの後継者を名乗っただけのテロリスト集団。それ以外の何だと言うのか?』

という論調の新聞が各コロニーサイド、月面都市群、地球各国、連邦構成州の各市民に広がるのは早かった。
が、ネオ・ジオン軍側から見ての奇襲攻撃によるサイド1の軍事力削減の成功は確かに純粋な軍事作戦として見れば大成功である。
彼らのMS隊は、それぞれエンドラ、ミンドラの所属していたドライセンとバウそれぞれ1機の損失で50機以上の敵機と30隻近い艦隊を無効、無力化したのだ。
だが、政治的に見れば最悪の愚策である。それは各新聞社やマス・メディア、インターネットの論調、ジャーナリズムの雑誌の考えを見れば簡単に分かっただろうに。

『テロリストの、MSを使った私兵集団の卑劣なる民間人殺戮もいとわない奇襲攻撃』

それがアースノイド、スペースノイド、ルナリアン、ジュピトリアンら連邦市民の、ジオン公国国民の反応。
世論も政界上層部もこれを支持した。
その圧倒的な世論を背景に、地球連邦軍は『あ一号作戦』を、ジオン公国軍は『第二次ブリティッシュ作戦』を発令し、アクシズ要塞制圧とそこにある多数の人体実験データ、設備の確保を目論む。
今後100年の人類繁栄と国益の為に。
当然ながらジオン公国や準加盟国、地球連邦構成国クラスの国家、つまり国家レベルの情報機関を自前に所有するならこの動き、地球圏の国際世論の硬化に気が付く筈だ。
が、生憎とネオ・ジオン軍は、あくまで巨大と言う但し書きが付くが、一武装勢力にすぎず両国の大軍が動き出す為にその準備を始めた事にまだ気が付いてなかった。
上層部を含めて。
その片方の雄にして一年戦争以来の大軍を動員する事にした地球連邦政府の一角では、男が自分あての固定電話が鳴り響いた事に気が付いた。

「仕事かな?」

地球連邦の首都であるニューヤーク市で男が呟いた。
以前と比べて減った筈だが、今回のネオ・ジオンの軍事行動でまたぞろ一日に処理する書類が一気に増加した。
当たり前だろう、彼の指揮下にある部隊は対ネオ・ジオン軍の為に編成された精鋭部隊であると言えるし、この日の為にわざわざ議会が予算増額を認めた。

「はい、こちらティターンズ長官室、リム・ケンブリッジ副長官です」

そう言って妻が受話器を取る。
『あ一号作戦』発令と同時に殺人的に増えると予想された書類の山。それを倒す為に、例外的に長官の人事権で一番仕事が出来て情報通の女性を副長官にした。
彼女の名前はリム・ケンブリッジ。アジア系の混血であり、半世紀以上共に時間を過ごしてきた女性であった。

「お時間です、閣下」

と、灰色の女性スーツに青いシャツを着た妻の言葉。
見た目はまだ50代のどこにでも居そうな女性。ただし、かなり若作り(この間、食事の席で口を滑らした長男は修羅場と地獄を見た)をしているが。
その女性、この人間が現在地球連邦情報網の過半数を担っているなど誰が信じようか?
まして明らかに凡人でありたいと願い続ける男が、事実上の地球連邦の指導者だったなどと信じられるものは存在するか?
答えは『是』である。
この二人の醸し出す雰囲気と、行ってきた実績は既に一般人や政治業者のモノでは無い。文字通りの『英雄』と英雄の右腕だった。

「閣下か・・・・・堅苦しい事を言う時は決まって厄介ごとな。ロナ君、アルギス君、マス女史、行きますよ・・・・・どうせ行きたくなくても行かなきゃならないのだから」

ウィリアムが名前を呼ぶのは現在、彼の部下、つまりはティターンズ関係者の中でも最も政治的に活躍していると言われている人物。
一人は私設秘書で、ティターンズが暴走しない様に連邦軍と共に適用される、人権保障法の一環、『連邦軍軍事活動制限法』と地球連邦創設以来の伝統法典である『統一刑法』の法律関係全般を受け持つセイラ・マス女史。
マス法律相談事務所の一員で、フランクリン・ビダン技術大尉の検察側からの求刑を減らした事で一躍有名になった。
その後、0092に娘が生まれて育児に専念していたが0096の時点で既に4歳に近く、安全かつしっかりとした施設で育てたいと言う事で、書類戦争で死にかけていたウィリアム・ケンブリッジの要請、と言うか嘆願に答えてティターンズ長官の私設秘書になる。(もちろん、ティターンズの入隊試験を抜擢方式でパスした)

「それでは準備をしてきます。リム艦長、行きましょう」

妻のリム・ケンブリッジ情報部部長(通称、ホワイトマン)と共に化粧の為に一旦バスルームに向かう。

(昔からの癖は抜けないのね、セイラ少尉。私の事を艦長と呼ぶなんて。アムロ君の事を笑えないわよ?)

その間に、自分の書類の決算を終わらせ、引出しの中に入れて鍵をかける。

ブッホ・コンツッェルの指導者階級の一人にして首席補佐官のマイッツァー・ロナ。
彼の親族は現在、ブレックス・フォーラーのフォーラ家の議席を奪い、連邦議会に3名もサイド6代表として連邦議員を輩出していた有力政治家の一族。その筆頭。
つまりはティターンズ派閥=ジャミトフ・ハイマン、ウィリアム・ケンブリッジ連合派の連邦議会の有力な一派である。
何よりもそのサルベージ技術と独自の軍事組織、連邦軍からの優秀な退役兵士とその訓練で賄われている『クロスボーン・バンガード』を指揮下に収めている。
これは民間軍事会社を嫌う地球連邦軍の中で数限りなく少ない例外として、アレキサンドリア級重巡洋艦9隻と、ゼタンの門の第18ドッグの使用許可、新型機RGM-89ジェガンタイプで搭載機が全て充足される程の厚遇ぶりだった。
だが、一方で問題点もある。
このマイッツァー・ロナは狂信的なウィリアム・ケンブリッジ支持者であり、例のインダストリー7では核兵器の使用許可を勝ち取り、ビスト財団を壊滅させていた。
その際に多数のビスト財団の人間を殺傷しているが、テロ行為に対処したとして全て闇に葬った実績を持つ。
この点から、パラヤ外務大臣ら等は『ロンド・ベル艦隊と地球連邦軍宇宙艦隊の第13艦隊はケンブリッジの私軍』、この民間軍事会社(傭兵部隊)は『クロスボーン・バンガードはウィリアムの私兵集団』と忌み嫌っている。
実際にはそんな事まで考えている余裕などないと言うのがティターンズ第二代目長官の本音ではあるのだが。

最後のフェアトン・ラーフ・アルギスは地球連邦軍に、と言うか、ティターンズのウィリアム・ケンブリッジに個人的に投降した感じが強いアクシズ軍(当時はまだこの名だった、現在のネオ・ジオン軍)の元ジオン公国軍中佐。
アルギス家というジオンのキシリア派の名家の跡取りだと言われているが、それが嘘であるのは公然の秘密。
とくにロナ首席補佐官は護衛MS隊隊長とロンド・ベル隊のMS隊隊長のレイヤー中佐、カムナ中佐には伝えてあるが皆は黙っている。
彼の本性はともかく、ラーフ・システムはいつの間にか本人の知らぬ間に形成された政財軍官閥族の『ケンブリッジ・ファミリー』だけでなく人類が目指すべき一つの集大成であったからだ。
少なくとも、『ダカールの日』を知っている地球連邦市民や同盟国のジオン公国国民、新しい可能性に賭ける準加盟国の中華の難民たちはそう信じている。
その技官責任者としてティターンズと宇宙開拓省、コロニー公社を行ったり来たりしている彼。
水天の涙に参加した上、アクシズ逃亡で敵前逃亡をした事も踏まえ、ジオン、連邦双方に白眼視されるがそれを跳ね除ける鋼の精神能力を持つ。
一時期はリム・ケンブリッジの要請でジン・ケンブリッジとマナ・ケンブリッジの家庭教師を半年ほどしていた経歴もある。

この三人に加えて軍事面での参謀役と木星連盟への外交折衝役として第13艦隊の副司令官、パプテマス・シロッコ准将がいる。
軍事面では彼に対抗できるのはロンド・ベル総司令官のブライト・ノア中将か宇宙艦隊司令長官になったエイパー・シナプス大将位であろう。
特にPMXシリーズの開発・設計の技術者としても成功している事を考えると、こちらも得難い。

ただし、セイラ・マスを除いた三人の男にはウィリアムの胃を痛める最大の要因がある。
それは単純明快だった。組織内部の人間関係である。なまじ全員が独立してもやっていける為、付いて行こうとする人間、つまり派閥形成が起きそうで起きてない。
これはウィリアム・ケンブリッジの存在と調整役を押し付けらたニュータイプの青年、ジュドー・アーシタの存在が大きい。
後は、土下座してまで三人の内部対立を回避させたジン・ケンブリッジだろう。伊達に妻を二人も娶ってはいなかったと言う事だとウィリアムは思ったらしい。

(問題は全員が互いに嫌いあっていると言うか・・・・実力は認めても性格は全く認めてない程仲が悪いと言う事だろうか・・・・仲が良いという気もするが言っても全員が否定するだろうな)

溜め息もつきたくなるものだ。
シロッコ准将がいないし、フェアント君がラーフ・システム開発の為の交渉で財務省や宇宙開拓省、地球連邦軍、コロニー公社に出向する事が多くなったから最近はあまり無いが初期のころは凄かった。

「ウィリアム、いえ、ケンブリッジ長官・・・・準備できましたか?」

と、妻が声をかける。
パスワードを打ち込んで電源を切り、インターネットの接続してある有線LANケーブルを物理的に引き抜く事でサイバーテロや電子情報の漏えいを防ぐべく動く。
それは全員が、特にミノフスキー粒子散布で従来の電子防御システムが使えなくなった事の弊害でもあった。
以前なら、一年戦争以前の中央集権的な制度を持った連邦軍や連邦政府ならこんなマン・パワーを活用した原始的な対策などしなくても良かった。
ボタン一つで対コンピューターウィルス対策のソフトを流し込めば後は任せて良かったのだが・・・・今は違う。
が、ミノフスキー粒子の為、強力な電波攪乱と防衛システムの遮断が発生すれば最悪ネットテロの温床となる。
そう考えての措置だ。特に上級閣僚、官僚、士官、そして経済界には徹底した対応が取られている。

「さてと、ネイビーのストライプ付きのスーツも着たし、ティターンズ長官と連邦政府閣僚のバッチも付けた。
紫のストライプのネクタイと白いシャツを着て、黒いオーダーメイドの皮靴と黒い高級ベルトもした。
さて、我が姫君、後は何が足りないかな?」

うーんという考える仕草をする。
そして言った。

「帽子とステッキね。例の奴がないとイギリス風紳士に見えないわよ。いくら似非紳士でも最後までやれば馬子にも衣装できっと素敵な旦那様に見えるわ」

そう言ってスーツと同じ生地で製造されたハンドメイドの帽子を投げてよこす。
ついでにステッキも。このステッキは一度押すと非常無線と緊急連絡用のシグナルを出す。
しかも高級木材を使った日本製品だ。贈答品であり、あの高級万年筆と同様、自分達の宝物だ。

(一本たしか30万テラすると言っていたな。ロンド・ベルのみんなからの初孫祝いと聞いたけど・・・・悪い事したな)

因みに彼と第14独立艦隊時代の、つまりはペガサス時代の戦友、更にはその後加わった第13独立戦隊の主要メンバー、あの日のニューヤーク市で酒盛りしたメンバーとは今でも最低半年に一度、交流を続けている。
しかも年々、彼らが見つけてくる後輩らが増えていた。
基本は軍人中心だが、閣僚、官僚、財界、政治家の卵、ジオン公国国民、学会、マス・メディア、コロニー公社、木星圏を問わずに、だ。

『ウィリアム・ケンブリッジは私兵集団を作り上げている』

というカイ・シデンのレポートも強ち間違いでは無いだろう。
そしてその結束力は思った以上に固く、次期指導者にジン・ケンブリッジを置き、そのサポート役にマナ・ケンブリッジを置くと言う陰謀めいた話が毎回の如く彼女ら、彼らの酒の席で出ている。
これはゴップ内閣官房長官が非常に懸念している事態である。
故に、ゴップ内閣官房長官はゴールドマン首相と共謀してティターンズの権限縮小を目論み、それをウィリアム・ケンブリッジ本人に実行させた。

『彼の派閥は巨大ですからな。特に前線部隊や実戦経験者に信者が多い。ケンブリッジ長官がその気になれば宇宙艦隊の半数が彼につくでしょう。
サイド7のグリプスも独立するし、ジオン公国の動向も気になる。
ああ、彼が個人的な部隊を率いて南米の大要塞ジャブローに引き込まれたら一年戦争以上の損害がでるでしょう。そのカリスマ性故に。
そうなる前に・・・・家の飼っている忠犬とはいえ、かわいい犬にも首輪と紐が必要ですね』

『ウィリアムがクーデターを起こす可能性は限りなく0に近い。彼は権力を求めた事など無い。あれが求めたのはたった一人の女だ。
それは私が、ジャミトフ・ハイマンが保証しよう。
あのかわいい後輩が望んだのはリム・ケンブリッジ退役准将ただ一人の心、現在の地球連邦情報局戦略情報室室長(FIA)と我が地球連邦北米州情報局戦略分析部部長を兼任する女性の為だった。
そして我が子らの為である。
逆に言えば、彼の家族の安全を保障さえすれば多少の危険性、多くの政治家や軍部が危惧している『ケンブリッジ・ファミリー』による地球連邦解体戦争とでもいうべき戦乱は回避できると言う事だ。
まあ、それはあのウィリアムの本当の危険性を、レビル将軍とキングダム首相を失脚させた彼の本性を知らない一部の政治屋どもが火遊びをするならば政府は全力で止める義務があると言う事だ。
今後100年の地球圏の未来を考えるならば、な。これが私の公式見解であり、公式発言だ』

これはゴップ、ジャミトフ両閣僚の公式な発言である。
カイ・シデンがもぎ取った、連邦政府内部でのウィリアム・ケンブリッジという男への信頼と不審の双方を象徴していると言えた。
危険視はするが、それ以上の事は出来ないし、下手に追い詰めるとクーデターを起こす。だが、その男に野心自体は全く存在しない。

『尻尾を踏まない限り、絶対に噛みつく事をしない、極めて優秀な忠義心を持った獅子』

それが連邦政府上層部や政財界の意見である。

「では行きますか」

準備が整った全員を引き連れて地下の特別列車に乗る事30分。
首相官邸に到着する。ボディーチェックを受ける。
ここで、エコーズの面々は地球連邦内務省管轄のSPの指揮下に入り、連邦軍として周辺警戒に当たる。
見ると、数機のアッシマーが編隊飛行をしているのが見えた。数は12機、一個中隊だ。

「それでは・・・・どうぞ」

書記官とSPが交互に全員のIDと顔写真をチェックし、そのまま分厚い地球連邦首相直属の地球連邦国家安全保障会議(FSC)の執務室の扉を開ける。
今日使われるのは旧世紀の国際連合ビル(現在は国務省ビル)の安全保障理事会会議室を3倍に大きくした部屋だ。
全員の足元に、冷蔵庫と中には2Lのお茶が三本、冷えたグラス、インスタントコーヒーが用意されており、高級イギリス産ミルクチョコレートやベルギー産生チョコレートもある。
そして、ここはバーミンガム級戦艦のスーパー・コンピューター5台に直結しており、徹底した対サイバー攻撃防御とミノフスキー粒子展開時にでも対応できるだけの対策がなされている。

(やれやれ、しかも非常階段が首相の後ろの古風な扉の直ぐ後ろにあるからな。護衛のSPらと共に地下の列車に乗り込める、か。
流石は人類史上最大の権力者の館。徹底した安全保障が施されている。まあ、あのジャブロー要塞程じゃないけど)

と、自分用の18インチ大型PCを作動させ、パスワードを打ち込み、カードリーダーに自分のIDカードと同じくパスワードを打ち込んで機動させた専用スマート・フォンを通す。
独特の音と共に、PCは起動している。それは後ろの席に座る、セイラ、フェアント、マイッツァー、リムの四人も一緒だった。
因みにラーフ・システムの質問の番が来るまではフェアント君は書記官扱いで、参謀役はロナ君が、法律問題はセイラ女史が、情報面でのサポートは妻のリムがする。

「全員が揃ったようなので、これより地球連邦安全保障会議を開催する。諸君、ネオ・ジオンを名乗っている馬鹿共が遂に動いた。
ネオ・ジオン軍を名乗った旧アクシズとエゥーゴ派の連合軍がサイド1への武力攻撃に出た。それは知っているな?」

ゴールドマンが戦傷で火傷をした右手を見せながら、青いスーツを着こなしつつ言う。ネクタイは赤色、だが、シャツは灰色。

(ああ、これはかなり怒っているな)

と、最近各閣僚の姿やネクタイ、シャツでだいたいの雰囲気を察する事が出来る様になったウィリアム・ケンブリッジは思った。
何気に凄い特技である。直感とはいえ、相手の考えを見通せるのだから。

「ネオ・ジオン軍は既にサイド1駐留艦隊を撃破しております。このまま手をこまねいてはサイド2、サイド4、サイド5も危険です。
あれらには正規艦隊が駐留していないのですから。
特にいつ用意したか分かりませんが、この8年ほどで準備した敵の新型機はジェガンと互角の性能を持つ可能性があり、後手に回るのは危険です。
国防大臣としても軍務経験者としてもそう思います。
それで・・・・私はやはり軍部とティターンズが共同して提案している計画を進めるべきと思いますが皆さんはどうお考えですか?」

そう言うのは知恵の輪を使っているオクサナー国防大臣。
同感なのか、九谷焼の青い湯呑でお茶を飲むジャミトフ・ハイマン国務大臣とアリシア・ロザリア・ロベルタ財務大臣。

「おや? ロベルタ財務大臣も賛成ですか?」

私の問いに年下ながら、最も経験豊富な閣僚は答える。

「ええ、彼らネオ・ジオンを名乗ったテロリスト集団であるアクシズを残しておけば地球連邦軍の正規艦隊を必要数以上維持する必要があります。それは財務的に愚策です。
ここは先行投資と思ってアクシズそのものを制圧しましょう。
特にアクシズ内部にあるであろう冷凍睡眠技術や火星圏と地球圏を結ぶ航路データに加えて、アクシズを居住可能な『惑星間航行船』として見た場合の利用価値は極めて高い。
ならばアクシズ要塞自体は今後の地球経済発展には欠かせません。この点は内閣官房長官のゴップ退役大将閣下や情報局にいるティターンズ副長官のリム・ケンブリッジ氏が詳しいかと思います」

その言葉にゴップ大将は持っていた杖を立て掛けると、PCを起動して全員に見える位置にある映写機を作動せる。
サイド1からサイド7、『グリプス要塞』、『ゼタンの門』、『ソロモン要塞』、月に地球、地球の絶対防衛戦である地球軌道艦隊(無人核兵器迎撃システム)、暗礁宙域が映される。
それを皆が確認したのを見て、自ら各テーブルに支給されている小型のレーザーポインターを使って指し示す。

「我々ゴールドマン政権は10月までにアクシズ、いや、彼らの名前を借りればネオ・ジオン軍を掃討する。連邦議会で首相選挙がありますからな。
水天の涙紛争時のダカール、第13次地球軌道会戦、つまりは8年前の危険性は避けるべきでしょう。
現在、軍がこの・・・・そう、この円の中で活動しており、見つけるのは容易いだろうと考えますな。
その後はゼタンの門と月に集結させて訓練中の地球連邦軍宇宙軍陸戦部隊を上陸させる。
当然ながら、ネオ・ジオン軍の艦隊戦力とMS戦力は、先の閣僚会議で確定している『あ一号作戦』の戦力で押し潰す。容赦はしない、そうだね、ケンブリッジ長官?」

俺に振るのか?

とは思ったが、その通りなので説明する。

「ロンド・ベルを初めとした七個艦隊がジオン公国の援軍と共に敵を掃討します。恐らく敵には例のノイエ・ジールの様なMA部隊が存在するでしょう。
ですから、こちらは最悪の場合、先制核攻撃を視野に入れた作戦を考慮しております。詳細は軍部のタチバナ大将らの対テロ委員会が後ほどお伝えしに参ります。
それと、その実戦における核兵器使用については首相閣下から既に許可を頂いており、ジオン公国のギレン・ザビ公王とも直接会談で決まっておりますのでご安心を。外交問題には発展しません。
後は・・・・・現場の指揮官に任せれば良いかと。
ティターンズ艦隊からもエコーズの半個師団6000名を派遣する用意が整っていますので、ネオ・ジオン艦隊の壊滅さえ成功し、MS隊を掃討すればアクシズ要塞占領は時間の問題です」

そう、あの戦力差で負ける筈が無い。
負ければ正直言って、全てが台無しになるし、いくら一年戦争時からの戦友にして身内のシナプス宇宙艦隊司令長官と言えども自分が弾劾する。
これだけの戦力を整えたのだ。
勝てなくてどうする? しかも相手は宣戦布告前にサイド1という人口密集地帯を襲撃したテロリスト軍団だ。

(容赦してたまるか!!)

これがウィリアム・ケンブリッジの偽りざる本音である。
だがここで、待ったをかける人物がいた。

「しかし、アクシズには民間人が最低でも5万人はいる、そうですね?」

そう言ったのはパラヤ外務大臣だ。
この言葉に一応は頷いたのがゴップ官房長官とバウアー内務大臣である。が、内心は一体何を言っているのだこいつは? であったが。

「そうだが・・・・まさか彼らを保護しろと?」

頷いた。これに閣僚の何人かが呻き声を上げる。
正直、危険を伴い、犠牲が出ることが確実な陸戦隊をアクシズ要塞に上陸させるのは冷凍睡眠などの地球連邦が欲する諸々のデータとアクシズ要塞本体が欲しいのであり、民間人保護は目的では無い。
確かに、ジオン公国の公式見解によるとあの終戦直前の0080、ジオン公国軍の一部がアクシズに向かった、『アクシズ逃亡』は確かに上官による強制だったかもしれない。その点は同情の余地がある。
がその後のジオン公国と地球連邦の恭順要請、降伏勧告を黙殺し、更には0089のケンブリッジ家暗殺や0087から0088の『水天の涙紛争』時の艦隊派遣などは明らかに彼らの失政であり責任。
とどめに0096には先制攻撃に出て1万人に近い連邦軍とジオン軍将兵を殺傷している。無論、宣戦布告はそれから1時間も後の事だった事が軍部の態度硬化に拍車をかけている。

(しかも行き場が無く、死に場所を求めているとしか思えない最後まで戦う事で有名なアクシズ兵、エゥーゴ支持派を保護する?
冗談では無いだろうに・・・・外務大臣は何を言う気だ?)

そう思ったのはケンブリッジだけでは無かった。
ジャミトフ先輩やロベルタ財務大臣、オオカワ・ナミコ宇宙開拓大臣に至っては露骨に警戒しているし、法務大臣のアイシェ・バラーミンなどは呆れ果てている。
当然だ。対ネオ・ジオン対策はとっくの昔(0091.09)に武力討伐を行う事で一致しており、その場にはパラヤ外務大臣も消極的ながら賛成していた。
この作戦の為、件の敵対勢力に悟られない様に、かつ、軍事予算で社会福祉や公共投資、宇宙開発や地球の緑化政策に影響を与えない様に5年近い歳月をかけた。
それを分かっていて。まあ、良い。とりあえず話だけは聞いてやろう。そう言う雰囲気が辺りに充満する。

「外務大臣、何かあるのかね?」

ゴールドマンが聞く。彼も本音ではさっさと武力討伐を行い、アクシズが地球に落ちる可能性を減らしたいのだ。
或いは月の大都市や自ら質量弾となって各スペースコロニーサイドを襲撃する危険性を『0』にしたい。
情報部の報告とジオン公国との交流から『パラオ要塞』が動けない以上、自力で動ける『アクシズ要塞』と機動戦力の『ネオ・ジオン艦隊』を掃討する事が今後の宇宙の安定の為にも最重要課題なのだ。
これは最低最悪を想定する国家元首として当然の事である。
地球連邦軍宇宙艦隊正規艦隊の二個艦隊規模に匹敵する(質はこの際問題外である。民間船にとって対抗不能なのは変わりない)と思われる武力集団(ネオ・ジオン上層部内部のスパイの情報から判断した)が通商破壊戦と言う名前の宇宙海賊行為を常態化されたら迷惑をとっくの昔に通り越して、最悪である。

「あります、ネオ・ジオンを犠牲なく無力化する方法です」

その言葉を聞いて飲んでいた湯飲みを置く、独特の黒と白の柄のスーツを着ているジャミトフ・ハイマン国務大臣。
彼もまたネオ・ジオン掃討作戦の為に各州と各コロニー、そして月面都市群を纏め上げた男だったが故に、前線勤務もした事のある男であるが故に分かった。

(いかんな、これは。碌でもない事を言うぞ・・・・・それも・・・・・恐らくはあいつへの対抗心で)

そう。あいつ、後輩であるウィリアム・ケンブリッジへの対抗心がありありと見えるパラヤ外務大臣。
彼もある意味不幸な人だ。ウィリアム・ケンブリッジと言う稀代の英雄と対等以上でありたいと思ってしまった、あると思った可哀想な、不運な人である。

「私はネオ・ジオンとの和平を提案します! その為にロンデ二オンコロニーでの会談を行わせて頂きたい!!」

溜め息や何を言っているのだこいつはという視線がでるも、それを無視する。いや気が付いてない。

「よりにもよって先制攻撃を受けたサイド1のロンデ二オンで?」

思わず言ってしまった。しくじったと思ったが遅かった。
幾らに鈍い自分でも彼が自分を嫌っているのは分かっている。
有色人種の自分がいつのまにか連邦政府でもNo3かNo4とでも言うべき地位にいるのが我慢ならないのだ。
特に連邦市民からの支持は絶大で、直接選挙方式を採用すれば恐らく地球連邦政府の首相に圧倒的多数の賛成票を持ってなれるから更に気に食わないのだ。
他にも何人かはそれを思っている。だが、口には出さない。出しても実績と人気で負けるのは分かっているから。

「だからこそです。こちらから歩み寄りを見せ、武装解除をさせる。そうして、アクシズの独立自治権を認めるのです。
そうなれば『あ一号作戦』を行う必要も、ギレン公王らスペースノイドのジオン公国に頭を下げる必要も無く、犠牲もこれ以上でない」

溜め息があちらこちらで出た。
アクシズ要塞の危険性、移動可能な隕石改造要塞の恐ろしさをこの人はどう思っている?
何の為に5thルナをグリプス宙域に持って来て、地球連邦軍の地球出身者に管理運営させている?
宇宙開拓省は何故、地球の各山脈や月面都市群に天体観測所を設けて、24時間365日3交代制で職員を選抜して勤務させている?
何の為に、定期的に宇宙ゴミを回収して、隕石察知の為の無人警戒索敵網を作る予算とその維持費を財務省は認めている?

(全ては地球やコロニー、月面都市に隕石落着や衝突を防ぐ為でしょうに!!)

これだから宇宙艦隊の護衛でしか宇宙に行った事の無い人物は困る。
ウィリアムは、と言うよりもケンブリッジ家は何度も現場視察や各コロニー訪問を行っており、更にはノーマルスーツを着た宇宙遊泳実地訓練もした。
ルウム戦役では人類史上初めての宇宙戦争にも参加しており、その後のデブリの危険性も身を持って知っている。
何せ妻が『ペガサス級強襲揚陸艦』の一番艦、『ペガサス』の艦長だったし、サイド7でのジオン軍襲撃もウィリアム・ケンブリッジ自身が体験している。そこで空気が無くなって窒息死した人間も沢山見た。
故に、宇宙都市や宇宙船の危険性を恐らく、ここの会議場の誰よりも実体験で理解しているのがウィリアム・ケンブリッジだった。

「そこまで言うからには・・・・・何か伝手があるのか?」

ジャミトフ先輩が聞く。どことなく懐疑的だ。当たり前だ。
だが、パラヤ大臣は言った。

「伝手は作ります。その為に一度だけ外交交渉の機会を下さい」

と。




ポイント77

「こちら民間軍事会社ラック・セブン所属の第31偵察艦隊。現在問題なし」

葉巻をくわえながら安物のスーツを着た男が貴下艦隊2隻と共に暗礁宙域を捜索している。
ジオン公国も地球連邦軍も正面切っての戦いに負けるとは考えてないが、それでも移動要塞を拠点にした大規模ゲリラ戦法を仕掛けられると困ると言う事が一致。
地球連邦軍とジオン公国軍の共同連絡用軍事司令部が置かれる事になったサイド6『リボーコロニー』では両軍の参謀らが暗礁宙域捜索という格好の各個撃破につながるであろう戦いを傭兵部隊、民間軍事会社に任せる事にした。

『俺の可愛い部下を殺すより、金で雇われた戦争好きのゴロツキの一般人を殺す方がまだましだな。どっちにしろ、あいつらは犯罪者に代わりわねぇし』

とは、リボーコロニーに派遣されたジオン側の代表であるユーリ・ケラーネ中将の発言であった。
もちろん、この会社の従業員全てが連邦やジオンの法律に反している訳でもないし、全員が咎人でもない。
まして、この様な発言が両軍の上層部である事を知っている訳もない。だが、現実は無常であり非情であった。

「サイド6への定時報告完了・・・・静かな・・・・・?」

と、警戒中のジムⅡが咄嗟にシールドを構えた。
ビームの直撃。
しかも重MSの大型メガ粒子砲だったのか、シールド諸共にジムⅡは貫通させられた。結果、一機の直援機が落ちる。

「敵襲だ!!」

慌てて砲術員が銃座につく。
ミノフスキー粒子が急速に濃くなっていく。間違いない、デブリを利用してレーダー波をごまかし、その後に急襲をかける。
ネオ・ジオンの常套戦術だった。

「索敵員、何していた!?」

「す、すみません」

泣きながら言う元女兵士。
というか、旧エゥーゴの構成員。こういうエゥーゴ派だった人間もいる。全員が全員ネオ・ジオンに合流した訳では無い。
寧ろさまざまな生き方があった。その一つの例である。まあ気休めにもならないが。

「言い訳は後にしろ・・・・来るぞ!!」

その言葉が契機となったかのように、ドーベン・ウルフと後に判明するMS隊12機の連携攻撃が始まる。
大型メガ粒子砲とインコムによる攻撃で徹底的に撃墜されるジムⅡ部隊。
蟷螂の斧の様な反撃をするジムⅡ8機とザク・フリッパー2機。だが、機体性能差と技量差から一瞬で落とされる。
そして元々対艦攻撃を主体に開発されたドーベン・ウルフは瞬く間に僚艦であるサラミス改級巡洋艦を撃沈。
社長の乗るサラミスにも方向を向ける。

「いやだぁぁぁ!!! し、死にたくない!! お母さん!!!」

そう叫んだが最早遅い。
引き金を引いたパイロット、ラカン・ダカラン大佐はドーベン・ウルフを駆って敵艦を撃沈した。発射されたビームは艦橋から核融合炉を貫通。
その際に後部ミサイル発射口の弾薬庫が引火爆発し、轟沈。
生存者は皆無。危険はまだないと甘い考えをしていたからか、ノーマルスーツを着てなかったのが仇になり、全員が死亡した。
これで一つの民間軍事会社がこの世から文字通り消滅する。地球連邦政府の思惑通りに。連邦軍の作戦通りに。

「ふん、雑魚どもめ。ドーベン・ウルフ隊各機、損害を報告せよ。被弾機はいるか?」

だが、その事を知らないラカン・ダカランはこの圧勝に余裕を見せる。
ワイヤー通信で僚機に通信する。ミノフスキー粒子が濃いためのワイヤー通信だが、それでも12機すべてが健在だと分かった。
しかも無傷であり、敵のMS隊も壊滅させた。反撃も許さない一方的な撃破である。

「ハハハ。地球連邦軍、恐れるに足らず、だな」

そう嘯いて見せる余裕を持つ。
同時刻、マシュマー・セロ、キャラ・スーン両中佐の部隊も同じようなサラミス改級巡洋艦二隻とジムⅡかジム改で武装した部隊をほぼ一方的に撃破していた。
この事からネオ・ジオン軍は緒戦の勝利を飾ったと考えていた。
実際、サイド1奇襲作戦と数個の偵察艦隊撃破で40隻近い艦艇を沈めているのだ。こちらの損害はほぼ無傷で。
だから勝利したと言うのもあながち間違いでは無い。
尤も、それが本当の戦力上の大勝利だったかは疑問符が付くが、これに気が付いたものはネオ・ジオン内部では少なかった。




サイド6 リボーコロニー 第11艦隊駐留拠点。

ジオン公国と地球連邦軍双方の軍官僚が集ったこの場所で彼らは冷酷に星図を見る。
ミノフスキー粒子散布が確認されている地点と実際に交戦があった場所、各地を哨戒任務中の傭兵部隊の配置状況。
それらが数平方メートルするタッチパネル式の画像テーブルに映し出されており、司令部要員全員にはインスタントコーヒーとチョコが支給されていた。

「ここと、ここ・・・・あとはこの地点か」

そう言って、艦隊司令官であり、サイド6防衛隊の指揮官でもあるステファン・ヘボン中将は指揮棒を指す。
大型のタッチパネル式平面スクリーンに壊滅した3つの偵察艦隊と急襲した二隻のエンドラ級、サイド1襲撃時の例の新造艦、ムサカ級と呼ばれる重巡洋艦の航路情報、位置、航続距離を割り出すべくスーパー・コンピューターで検索中だった。

「ヘボン閣下、ケラーネ閣下、更に第25偵察艦隊が壊滅したとの報告です」

赤い×印がまた一カ所出来る。
既に8隻のサラミス改級巡洋艦を失った事になるが、それはそれで良い。

「そうか・・・・引き続き偵察部隊の報告を頼む。特に撃沈地点と時刻、その際の戦闘映像など些細な情報。
これら全てを纏めて報告せよ。それが勝利のカギとなる」

敬礼してさるジオンの連絡将校。
地球連邦側の将官であり、第11艦隊司令官のヘボン中将も奇襲の可能性を恐れてサイド6周辺に多数の無人偵察艇を派遣した。
これは一年戦争以前の小型対艦攻撃用ランチを改造したもので各サイドに配置されている。
有人タイプと無人タイプの二種類があり、あのサイド1奇襲作戦で一番にネオ・ジオン軍も攻撃を察知したのもこの偵察艇だった。

「それでだ、ケラーネ中将、どうかね、状況は?」

副官と参謀らを引き連れたヘボン中将が、緑色の軍服が基本のジオン軍内部では珍しく灰色のジオン軍中将の軍服を地球時代とは異なり、しっかりと着ているユーリ・ケラーネ中将に聞く。
もちろん、こちら側も、丸い遠近両用眼鏡をかけた連邦軍の将官、ステファン・ヘボンもクリーニングされた制服をしっかりと着こなしていた。
軍帽を被っている、副官らと連れて来た参謀らが忙しなく業務を続けている。

「え? ああ。ネオ・ジオン軍の状況は想定通りに進行中ですね。
当初の予定通り、幾つかの民間軍事会社所属艦艇が沈められましたが、そのお蔭でアクシズ要塞の大まかな位置とネオ・ジオン軍の活動限界範囲が分かりつつある」

その言葉にパネルが操作される。
撃沈された部隊という点を線で結び、円を作成する。その縁の中心地点に一年戦争、ジオン独立戦争以来の愛用の軍杖を当てて説明する。

「三つの民間軍事会社には悪い事をしました・・・・ですが好き好んで金貰って戦争をやりたがる連中だ。
多少は減っても今後の地球圏の未来の為になるでしょう。そして壊滅した・・・・・うん?」

そう言っていると今度は連邦軍中佐の階級を付けた男がパネルを操作して新たに4番目の印をつける。そうだな。これでさらに絞られる。

「なるほど、では当初の予定通り『あ一号作戦』は行われる訳だな?」

ここのデータは纏められてジオン本国とグリプスの地球連邦軍宇宙艦隊総司令部へと護送されて送られる。
こちらは12隻の艦隊による正規軍の護衛付きであり、民間軍事会社には頼って無い。
信頼がおけないからだ。そもそも軍人崩れの民間軍事会社の連中などはこの世に不要と言うのが正規の連邦軍将官らの考えである。
特に治安維持組織の武装警察ティターンズの初代と二代目両長官の考えは更に過激で法律による組織解体か指揮権の掌握も視野に入れている。
実際、民間軍事会社は極一部を除いて軍人崩れが多く、本来であれば銃殺刑や拘禁刑が当然な連中ばかりだった。
これが急激に増えたのはエゥーゴ派であった人間が食うに困ったからという情けない裏事情もある。
それを掃討したいと思ったジャミトフ・ハイマン国務大臣、オクサナー国防大臣とサスロ・ザビ総帥は裏の首脳会談で囮を兼ねた使い捨て部隊にする事に決定。
もちろん、彼らには多額の報酬を前払いで払う事にしているが、彼らが死ねばどうせ倒産するので回収できると判断していた。
何よりも正規軍の部隊を使うよりも安上がりであり、将兵に責任を持つ普通の士官らはそもそも傭兵部隊に対して良い思いが無いから心情面でも問題は少ない。
この為か、地球連邦とジオン公国は彼ら民間軍事会社の使い捨てに一切の躊躇が無かった。
無論、一部の軍が理想とする様な会社は別格扱いされているが、それはあくまで貴重な例外。
これは階級が上に行くほど当て嵌まる。

『命令を聞かない軍人崩れなど邪魔な存在、さっさと処分する事だ』

もちろん、ブッホ・コンツッェルの『クロスボーン・バンガード』というアレキサンドリア級重巡洋艦9隻で編成され、搭載MSもジェガンに統一された戦力として数えられる部隊もある。
この『クロスボーン・バンガード』はティターンズ首席補佐官のマイッツァー・ロナの影響で地球連邦軍に出向。
そのまま連邦軍の正規訓練を2年間受け、その後も独自の軍事訓練を受けた精鋭部隊で同数なら連邦軍のロンド・ベルにも負けないと言われている。
というか、扱いがロンド・ベル部隊の第三戦隊、第四戦隊、第五戦隊扱いで、今回の討伐作戦でも実はシナプス提督は強行偵察部隊として期待している。
他にはジオン公国が半分出資している『テミス』社などがある。
だが、他の連中=大多数はかつて軍紀違反を犯して軍を追放された犯罪者予備軍である事からさっさとネオ・ジオン相手に戦って戦死して消耗してくれないかと言うのが両軍の本音であった。

『民間軍事会社の犯罪は一般の犯罪よりもたちが悪い。ティターンズは彼らも取り締まるべし』

それはカイ・シデンの告発にある。
テロリスト、ゲリラ掃討の名目で罪なき一般人を遊び半分で殺している会社も多々ある。
だから、民間軍事会社も会社ごと消滅すれば問題ないし、そもそも前払いで、契約書も念入りに作成たから違約金なども発生しない。
付け加えるなら戦死者遺族年金手当や特別教育手当、就職支援手当も不要だ。何せ相手は特別国家公務員である軍人では無いのだから。

「ケラーネ閣下、ヘボン閣下。第28偵察艦隊が半壊しましたがデータを送信、受信しました。こちらになります」

「ほう、生き残ったか。悪運があるな・・・・面倒な事だ。で、場所は?」

「こちらです。表示・・・・しました」

さらに円が狭める。
この円のどこかにネオ・ジオン軍の本拠地であるアクシズ要塞があるだろう。
それに連中が長期戦を行うだけの物資が無い事は上層部に潜入させている名前も顔も分からないスパイから知っていた。
現在の内閣官房長官ゴップは伊達に地球連邦軍の大将にまで昇進し、地球連邦議会最大派閥と連邦軍人退役会会長というロビイスト(軍事系圧力団体)を維持してない。

「例のゴップ大将のスパイの言葉を借りればそう遠くない将来、連中の物資は底を突く。平時と違って戦時の物資消耗率はけた外れだ。
これは戦争を知る者の常識だしな。
ということは、だ。アクシズ要塞を見つけるのが先か、それともアクシズそのものが動き出すのが先かのチキンレースになるだろう」

そう結論付けるヘボン中将。無論、指揮下の第11艦隊は濃密な索敵網を形成しており、ジオン第三艦隊のケラーネ中将の部隊も即応体制を確保している。
サイド1と違い、仮にネオ・ジオン軍がこのサイド6を攻撃すれば少なくない損耗を与える事が出来るだろう。
特に先週のサイド1駐留艦隊の損害の大きさはネオ・ジオン軍のMSの性能差よりも一方的かつ電撃的な奇襲によるものだ。
ならば、その第一撃さえ凌げば援軍がゼタンの門とグリプス、月から来れるサイド6駐留軍の勝利となろう。
つまりだ、ヘボン中将はこう判断している。

『時間が最大の味方となる。ネオ・ジオンと違って』

と。
そう思いつつ、パネルからいったん目を離し、目を閉じて目を休める。

「なるほど・・・・さすが連邦軍ですな。俺たちジオン軍よりも情報戦に一日の長がお有りだ。見習わなとね」

心から賛辞を贈るユーリ・ケラーネ中将、ジオン公国軍宇宙艦隊第三艦隊司令官。
仮にこれがジオン公国だったら10以上の偵察艦隊を自ら組織し、各地に派遣する必要があるだろう。そして戦力を分配する事で各個撃破される事が予想されていた。
が、地球連邦という超大国はネオ・ジオン軍内部上層部に自前のスパイを送り込んでいるらしく、それに民間軍事会社の合法的な処理を行いたいと言うゴールドマン政権の考えも相まってか、連邦軍そのものは積極的な行動には出てはいない。
だが、その索敵網を狭めだしてはいる。
連邦軍の『あ一号作戦』参加部隊の血を一滴も流す事無くである。これはジオン公国には出来ないし、ネオ・ジオンなどには想像もつかないだろう。
諜報戦・謀略と軍事と経済活動の融合。それを運営するノウハウを持った官僚たちにそれを生み出せる人的資源の恐ろしさ。

(末恐ろしいな・・・・良く俺たちはあの独立戦争を勝てたものだぜ)

「ありがとう、ケラーネ中将。若い君らにはまだ不得意分野かも知れないが・・・・諜報戦にスパイ活動。これもまた戦争の一形態だ。
何も戦場で銃口を向けあい、銃弾を撃ちあい、MS隊をぶつけ合うだけが戦争では無い。戦争とは生き残り、最後に立っていた者の勝ちなのだ。
そして戦死した敗者には再挑戦する権利は無い。スポーツとは違ってな。
だからこそ、我ら連邦軍は市民を守る義務とその為の強固な軍紀が必要だ。それに反したエゥーゴ派がどうなったかは・・・・語るまでも無いがね」

それは地球連邦軍が、と言うよりもウィリアム・ケンブリッジがティターンズを掌握してから浸透してきた考え。
確かに連邦軍の軍紀を正す事や連邦軍軍法を維持する事は大切だし、第一に民間人を守る事、彼らの財産を守る事が地球連邦軍の存在意義であると常々言ってきた。
その成果もあってか、現在の連邦軍の士気と連邦軍の軍紀、意識は対立候補がいない状態としては異常なまでに高水準を保っている。
これはジオン公国も同様で、特に軍事ロマンチストのエギーユ・デラーズと、軍人の鑑とも言えるドズル・ザビがジオン公国軍軍総司令官を歴任しているからか非常に規律が良い事で有名だった。
ある意味で、自分らが生き残るために民間船団を襲うネオ・ジオン軍とは対極に位置する軍隊に成長していた。
これも戦後を見据えた政策の一つであると言える。というか、戦後を見据えるならばやらなければならない政策の一つだ。

「下手な軍部の腐敗や傲慢さは新しい火種になるからな。
それに我々にはジオン公国が外敵として、内部には武装警察にして第13艦隊とロンド・ベルを所有するティターンズの存在がある。
身勝手な軍隊の増長は我が身の破滅、地球連邦の統治体制の崩壊につながる・・・・それを分かっているとは・・・・やりますな、ケンブリッジ長官」

誰にも聞こえない様にヘボンは呟いた。

「ケラーネ閣下!!」

「ヘボン提督!!」

どうした?
なんだ?

ヘボンとケラーネが聞く。
ミノフスキー粒子はサイド1周辺こそ戦闘濃度で溺れそうだが他の地点では数機の偵察・通信衛星を経由する事でレーザー通信以外でも相互通信が可能である。
それを踏まえればアクシズ要塞やネオ・ジオン軍艦隊は脅威では無い。
仮に彼らがソロモン要塞やサイド6という重要拠点にして数が互角な連邦軍、ジオン軍を攻撃するとしよう。
それは最悪の一手である。

「更に二つの部隊が音信途絶。たたし、位置がこことここです。
双方が近距離であった事と、最後に妙な通信文、アクシズという単語が入っております」

詳細を見せる。
確かに、予想されている円の中でも中心地帯に近い。

「そうか・・・・・グリプスとズム・シティに秘匿通話の暗号電文をうて。ワシ・ワシ・ワシ、だ。
それでだ、ケラーネ中将、仮にサイド6かソロモン、月面都市群への攻撃があったら期間はどう思う?」

試す様な口調。いや、実際に試している。
あの地球・重力戦線で辣腕をふるったジオン軍の名将の一人がどこまで宇宙戦闘に対応できるのか、戦略的な価値観を持っているのかを。

「中将も人が悪いですな。月面都市らへの攻撃は・・・・それは悪手だ。もしもここかソロモンかグラナダを攻撃したらそこでこの戦争は終わり。
政府のお偉いさんが必死になって用意している『第二次ブリティッシュ作戦』もヘボン中将らの連邦軍の総力戦になる『あ一号作戦』も全て不要になるさ」

それはそれで困る。
官僚主義の弊害からかあれだけの準備をしておいて、いざ現実の事態になったら何もありません、では来年の予算獲得に失敗するだろう。
ただでさえ、次期首相はあの財務大臣かティターンズ第二代長官のどちらかかと言われているのだ。予算削減は覚悟の上だが、それでも譲れない一線はある。
自分達地球連邦政府の軍隊だって自分達が先ず第一に食わなければならない官僚組織なのだから。

「ほう、興味深いな。ケラーネ中将、その理由は? 何故一度の攻撃でネオ・ジオンは壊滅するのかね?
しかも攻撃の主導権を握るのは彼らではないか。本来であれば防御側の我々の方が不利だと思うのだが?」

分かっていて聞くのか?

「簡単だ。消耗戦だよ。仮にこのサイド6に攻撃してきてもだ、ここはサイド1とは違い、連邦正規艦隊の第11艦隊50隻と俺の艦隊であるジオン軍第三艦隊30隻の80隻に、コロニー駐留艦隊30隻の合計110隻が展開している。
まあリーアの和約を無視するクソッタレなスペースノイドの風上にも置けない連中だからコロニーの安全を考えて領域外、つまり外洋で決戦となるだろう。
そして言いたくないがMSの質、戦力差で負ける。だが、相手も無傷ですまない。そして撤退のタイミングを見極める事に失敗するな」

手でメモリーディスクを差し込み、副官が用意した星図を図面に表わしてタッチパネルを動かして図上演習を打ち込む。
今度は壁のサブパネルに各コロニーサイドの星図と月、ゼタンの門、ソロモン要塞、ペタン要塞らが映し出される。

「で、損害艦を捨てられないネオ・ジオン軍は撤退速度が遅くなる。或いは推進剤の残量から後退速度と経路を逆算される。
あとはペタンに集結している15個の偵察艦隊を送り狼として送りつけてやれば良い。こいつらの目的は敵艦隊の撃破じゃなくてアクシズ要塞の位置の確認。
俺たちと違って、ネオ・ジオン軍は帰るところは一つしか無く、艦隊も一セット、多くて二セットしかない。
それがサイド6攻防戦で半壊すれば再編には最低でも半年、そう、半月では無く半年はかかる、そうだろ?」

これはアクシズ軍とまだ呼ばれていた頃にティターンズに亡命したフェアント元中佐、現ティターンズのラーフ・システム計画技術担当官のデータと一年戦争以前のアクシズ要塞の整備能力を考慮した結果である。
AE社やビスト財団の資金の一部(当然だがネオ・ジオンが流石に全てを手に入れるほど地球連邦内閣府金融庁や地球連邦中央警察、地球連邦情報局は甘くは無かった)では艦艇とMS開発、生産は出来ても維持は出来ない。
軍事組織とは大規模になればなるほど、それの維持がどれほど困難になるのかは後方勤務経験者には常識だ。尤も、その後方勤務経験者がどれだけネオ・ジオンにいるのか不明だが。
誰もが望む、金や物が無限に湧き出る魔法の壺が現実に存在するわけでは無いのだから。

「そうか・・・・だが、ゴップ官房長官とドズル上級大将らが伝えた、例のキマイラ部隊が隠し持っていたという財宝がネオ・ジオンにはあるのではないか?」

それはゴップ内閣官房長官がオクサナー国防大臣を経由してジオン公国のノイエン・ビッター中将の許可の下、公表したMS設計製造プラント用大型HLV式宇宙船の存在。
だが、地球連邦軍はそれほど重要視してない。仮に彼らがそれで強力なMSを生産しても5倍の物量で押し潰してしまえば良い。
まして、ゼク・アインもジェガンもジェスタも非常に高性能だし、ジムⅢとて決して非力では無い。数さえそろえば例のネオ・ジオンの新型量産機とて撃破可能だ。

「ああ、あれね。あんまし関係ないと思うがねェ。だいたい今の地球圏はジオニックと連邦技研の二つが今のMS技術界の双璧だろ?
ヘボン中将も交戦記録を見たが例の・・・・ギラ・ドーガだったか、あれはジェガンやゼク・アインとあくまで同程度の機体。
かつてのジムとガルバルディα並みの性能差はない。ならばあとは数の問題。ジムⅢやこちらも第三艦隊に配備されているマラサイでも十分に対抗できる」

事実である。
サイド1駐留軍は奇襲攻撃を受けたと言う事と第二世代機の初期タイプとMS黎明期の機体しか個別(ここが一番重要)にしか投入する事が出来なかった事実がネオ・ジオン軍の初戦の勝利を飾った。

「逆に言えばだ、消耗戦を嫌っている連中が戦力比で勝るとはいえ二の矢が放てなくなる様な投機的な作戦をするとは思えない。そうだな?」

そうだ、連中にとって国力と言う言葉も無く、人的資源も10万人前後いるかどうかで補給も回復も困難な状況下で、超大国相手に消耗戦に陥る可能性がある作戦を実行するのは危険すぎる賭けだ。
というか、馬鹿だ。愚か者だ。と、部下らが更に報告する。

「第29偵察艦隊、敵影確認するも交戦せずに無事退却」

「第20偵察艦隊、敵艦隊と交戦中、至急援軍を・・・・通信途絶・・・・全滅の模様」

さらに印を示す。が、やはりどちらの将官らも参謀らも副官らでさえ冷徹だ。
民間軍事会社は好き好んで戦争をやりたがる人間の集まりだ、と言う偏見に満ちた考えが正規軍には根強く存在しており、故に彼らの犠牲はあまり考慮されてない。
言ってしまえばネオ・ジオン軍と扱いはほとんど変わらない。
とりあえず味方なだけまだましという理由で最低限の補給をするだけ。
無論、何度も言うように政治家や軍上層部と繋がった例外部隊は存在するが、逆にそう言う部隊は正規軍と匹敵する戦力や技能、規律を持つので歓迎される事が多い。
寧ろ、国家が裏にいる可能性が高いと言える。

「そうか、引き続き定時報告とアクシズ要塞の偵察を続けるように言え。その為に高い金を出しているのだからな」

知将型のヘボン中将でさえこの反応。
別の佐官に至ってはかつての嫌いだった同期の成功を妬み、その元同期生が戦死した事を内心で喜ぶ。
全く手におえない反感が育っている。が、誰も問題にしない。
そもそも民間軍事会社は婦女暴行や強姦殺人、強盗略奪などの凶悪犯罪に走る事が多い、多すぎる。しかもそれを隠蔽する。ゲリラ掃討だなんだと言って。
故に滅びろと思っている連中は後を絶たない。これは旧世紀、いや、人類が傭兵という最古の職業を生み出してから続く業であった。

(だいたいネオ・ジオンも連中とやっている事は変わらんからな)

「さて、さっきの話の続きだがサイド1は奇襲と質の差でやられた。残りのサイド2とサイド4にはエゥーゴ派残党支持者がまだいるから攻撃しないと考えられる。
ルウム、つまりサイド5は第一次、第二次ルウム戦役の影響で自らのコロニー宙域が戦場になる事を避けるために局外中立を宣言した。一番に。
まあ、これは連邦スペースコロニー保護法とコロニー自治権法に認められたものだから問題ないし、それを無視した攻撃をしたら連中の、ネオ・ジオンのあるかどうか怪しい最後の大義名分さえも完全に失われる」

ケラーネは説明を続ける。それを聞く連邦軍とジオン軍の参謀ら。
その通りだ。眼鏡を取って眼鏡ふきで一旦汚れを落とす。

「ならば狙いはソロモン要塞だろうかと聞かれるとこれも答えは違う。
こっちは要塞砲にハイザックとジムⅡだけでも150機以上の要塞守備隊。強固な岩盤に加えて、あんた方地球連邦軍の正規艦隊一個艦隊が駐留している。
これと正面切っての正規戦闘で戦えばネオ・ジオン軍はサイド6攻略よりも甚大な損害を受けるのは目に見えている。
これは簡単な足し算引き算だから中学生でも分かるだろう。
幾ら落ちぶれたとはいえ赤い彗星ほどの男がそれをわからんとは思えん。もしもソロモンを攻撃するなら・・・・それはそれで好機だがな」

そう言って用意された中米州産のコーヒーにミルクを入れ、砂糖を入れて飲む。
傍らの私物の梅干で口を整える。
思わず悪食だなと思ったステファン・ヘボン中将。
ユーリ・ケラーネ中将はそれを知ってか知らずか話を進める。

「月面の可能性は?」

その言葉はあくまで確認。ヘボン中将も最もあり得ないと思っている。

「あそこには4個艦隊がいる。月面都市群駐留部隊も含めればMS隊は総数で700機前後だ。それに加えてジオン本国から挟撃される危険性も極めて高い。
しかも月は地球の6分の1とはいえ重力圏があり、離脱するには大量の推進剤が必要になる。
そしてジオン本国に近い以上、『第二次ブリティッシュ作戦』の為に待機中『デラーズ・フリート』らの格好の餌食になる、そうだろう? あんたも知っていて聞いたな?」

無論だ。そこまで無能では無い。
そう無言で語る。

「ゼタンの門とグリプスは自殺する様なモノだろうね、
そちらの『あ一号作戦』で集結する艦隊の内、既に五個艦隊が戦闘準備と実戦形式の訓練をしている。
いつでもネオ・ジオン軍と戦闘・・・・いや、掃討できるように。あれを見せられて初めてザビ家と現公王陛下の偉大さを理解したぜ。
まったく、ジーク・ギレンと言うデラーズ大将の言葉に入隊して初めて賛同したよ」

そう、あれだけの物量を用意できる連邦政府への独立戦争を決心し、大軍を揃える連邦軍相手に良くも互角に戦える環境を整えた。
宇宙ではソーラ・レイと言う切り札を用意し、ルウム戦役ではMSとミノフスキー粒子の散布で地球連邦軍宇宙艦隊を二度も壊滅に追い込んだ。

(うちの公王陛下の先見の明は確かだったと言う訳だな)

その後、水天の涙で地球連邦軍は正規二個艦隊を失ったが、それでもなお宇宙艦隊を増税なく再建するのは流石だ。
その超大国相手に独立戦争を仕掛けた決断、独立の為に政治工作を戦前から行い当時の首都並び地球連邦軍本部ジャブローと唯一残った地球連邦を支えられる経済圏『太平洋経済圏』を掌握している北米州を分断したその政治手腕に、絶妙のタイミングでの和平工作と戦後のかじ取り。
どれもギレン・ザビとウィリアム・ケンブリッジ、その『非凡な才能の野心家』と『偉大なる凡人の平和への願い』が生んだ事を考えるとしても、やはり我が祖国のギレン公王は大したものだ。そう結論付ける。

「地球軌道には数千発の核兵器とソーラ・システムに加えてソーラ・レイ、いや、あんたらの言葉ではコロニー・レーザー砲か、が護衛している。
仮に地球への落下機動を取ればネオ・ジオン軍は艦隊とアクシズ要塞ごと戦略兵器の雨嵐で焼き払われる。そうなれば・・・・・単なる馬鹿だ」

と言う事はだ、赤い彗星率いるネオ・ジオン軍の選択肢は恐らくひとつ。

「では狙いはやはり・・・・・」

黙って頷いたケラーネは指揮杖を持って一つのサイドを叩き、拡大投影する。

「ああ、連中の、赤い彗星のシャアも言っていたろ? ジオン本国を解放すると。
だから狙いは分かった・・・・・ここだ、恐らくネオ・ジオン軍はこのサイド3、ジオン公国本国のズム・シティを狙っている」




「くそぉぉぉぉ」

二機のジムⅡが必死で逃げる。母艦は沈んだ。
サイコミュ兵器を持っていたのか、四方八方からのオールレンジ攻撃で社長諸共、提供されたサラミス改が撃沈され、仲間はばらばら。
それを冷酷に狩っていく敵機。敵機同士のレーザー交信ではヤクト・ドーガとかいう機体名称だ。緑と赤色の混合色で一度見たら忘れられない機体色だった。

「た、隊長!」

と、後ろから悲鳴が聞こえた。360度モニターが最後の僚機の撃墜を告げる。
終わった。こんな事なら普段の3割ましの大金と兵器の無償供給に騙されて連邦軍に雇われるのではなった。

「俺たちは捨石だったんだ・・・・・ま、待ってくれ!! 降伏する!! 南極条約に従ってとりあつかってくれ!!」

そう言ってコクピットを開けて、迫りくる敵の新型機に見えるように両手を上げる。

『よかろう、こちらはネオ・ジオン軍のヤハギ・フランジバック少佐。貴官の投降を・・・・・おいエリシア!!』

最後まで言えなかった。
ヤクト・ドーガがビームサーベルを起動させ、ジムⅡの右手で投降する為にでていた民間軍事会社の一員を焼き殺す。
思わず目を背ける重装備型ギラ・ドーガのヤハギ。

「・・・・・殺す事は無かった筈、そう言いたいのですか?」

ああ、そうだ。
そう言おうとして、強化人間になったかつての教え子は言った。思考を読み取ったかの如く。

「ヤハギ教官・・・・いえ、ヤハギ連隊長。
他のマシュマ―中佐やキャラ中佐、ラカン大佐だけでなく、ギラ・ドーガやギラ・ズールを与えられてないドライセン部隊のオウギュスト・ギダン中佐にさえ後れを取っているのはその愚かな性格ゆえ。
そして・・・・・同じ亡命者のフォルマ・ガードナー教官が既に大佐の地位にいる事も考慮してください、貴方とは違って、ね」

そう言ってヤクト・ドーガを母艦のムサカ13番艦へと向ける。
だが思う。

「だからと言って無抵抗の人間を殺して良い理由にはならないだろう・・・・エリシア」

その通信を拾ったのか、エリシアは面白そうに言った。

「無抵抗の人間を強制的に眠らせてしまう事は許されて、無抵抗の人間を本人の許可なくニュータイプ強化手術を行う事も許されて、それでいて戦争中に投降してくる相手を殺してはいけないのですか?
御笑い種ですね・・・・・それに・・・・ヤハギ隊長・・・・私はね」

「?」

通信で向こうが嘲笑したのが何故かわかった。

「私はアスナさんを殺して解放されればそれで良い。その為ならコロニーに毒ガスだって散布しますよ」

機体が遠ざかる。
出迎えのムサカが見えてきた。

(くそったれ!!誰がエリシアをこんな風に育てた!!)

通信を切ると毒を吐く。だが彼女は『A-』の強化人間。サイコ・フレームの絶対数が足りないネオ・ジオン軍では旧式サイコミュが主流。
しかも連邦軍の一部が採用する様にエースパイロットやトップガンが蓄積した戦闘データを小型取り付け式OSに蓄積させ、それをサポートユニットに使うなどと言う発想も、予算も無かった。
いわば貧乏人の僻みだと言える。故に徹底した強化手術をするしかなかった。亡命したムラサメ研究所の所長らの指導の下に。

「俺は一体どこで間違った? 
エゥーゴに参加したアスナを守るために俺がティターンズを抜けて・・・・ムラサメ研究所に赴任したフォルマに生徒らを預けた事がいけなかったのか!?」

ヤハギの慟哭を余所に、母艦に着艦する二機。
その二機は歓呼の声で迎えらえた。
事実、同時刻にオーギュスト中佐の部隊がアクシズ要塞を視認しかけた二つの偵察艦隊を撃破しているのだ。
それも一方的に。その報告に地球連邦軍など恐れるに足らないと言う楽観論が出だしている。

(バカな連中だ。たかが、偵察艦隊数個など僅か3日間で再建できる連邦軍の恐ろしさを知らないからそんな事が言える。
だいたい、あの艦隊は妙だ。機体と艦艇こそ連邦の製品だが、その乗組員やパイロットなどは明らかに戦闘訓練慣れしてない。
『ニュー・ディサイズ計画』で艦隊の精鋭化を行っている地球連邦宇宙軍正規艦隊やティターンズ所属の部隊では無い気がする・・・・それを報告しないといけないな)

というのが戦ったヤハギの感想。

(第一、一人も捕虜を取らないと言う事は相手の内情も分からないと言う事だ。なんでそれが分からん!!
戦争で敵の目的を分からないなど、自殺行為以外の何だと言うのだ!! 
くそ、あの時に俺がさっさとあのパイロットを確保しておけば良かった!!)

だが、そんなヤハギとの思いとは裏腹に、連邦軍の放った傭兵部隊は自らの命と引き換えにアクシズ要塞の位置を確認しようとしていた。
とにかくコクピットから出た。そこに一人の女性がドリンクを持ってくる。

「隊長、お疲れ様です」

そう言うのはアクシズに逃亡し、それからずっとアクシズで生活してきたネオ・ジオンの女整備士。
学徒動員でたまたま月面のマハラジャ・カーンの指揮下に入ったために17歳でジオン本国の家族と切り離され15年。
もう男も知っている歳だが、それでも家族に会いたい一心でこの決起に参加した。ハマーン・カーンやシャア・アズナブルを信じている。

(・・・・・・違うな、この子は信じたい・・・・自分を騙して信じる振りをしているだけだ・・・・・あの男の演説など本当は信じてない)

それが分かる。
そのままコクピットを降りるヤハギ。ワイヤーガンで移動するべく、腰からワイヤーガンを取り出す。

「隊長のギラ・ドーガ重装備型、整備に回します」

「ああ、頼む。俺はパイロットルームで着替えてくるから何かあれば艦内通信で呼び出してくれ」

敬礼して去る女性整備士。

(・・・・・可哀想な事だ。あの年齢でここにいると言う事はマハラジャ・カーンのアクシズ逃亡に巻き込まれた学徒動員の学生だった筈だ。
なんで希望しない人間まであの男は巻き込んだ!? エリシアの件もそうだ!! あの子はそんな子ではなかったのに!!)

俺のような中年なら死んでも悔いはない。自分は志願してジオン独立戦争に参加した。
水天の涙紛争でエゥーゴに参加したのも自分の決断で誰にも強制はされてない。
だが彼女は嫌々徴兵され、上官の命令で訳も分からずに火星圏のアクシズ要塞に連れて行かされ、しかもその上、実の家族と15年も会って無い。

(お偉いさんらはジオン本国解放、打倒地球連邦政府なんて簡単に言うがそれがどれほど困難な事かあの独立戦争や水天の涙で理解してないのか?
あの第13次地球軌道会時だって参加したアクシズ艦隊やエゥーゴ艦隊、ジオン本国の同志らは8割が殲滅されたんだぞ。
単なる地球連邦軍の一方面軍相手に、それも途中からは一方的に。その場にあんたもいた筈だろ、シャア大佐!!)

が、一介の少佐の意見など聞く耳持たず。
ジオン公国以上の宮廷と化しているネオ・ジオンではハマーン・カーン摂政派とシャア・アズナブル総帥派の二者が共同で独裁政治を敷いていた。
この点で既に地球連邦政府やジオン公国の現体制を非難するだけの資格があるとは思えない。それがヤハギの意見だった。




地球連邦政府ではシャア・アズナブルの奇襲攻撃を大々的に宣伝。
連中はコロニーに住む人間の解放を掲げながら同胞のスペースノイドを騙まし討ちする卑怯者だと発表する。
既に攻撃から1週間が経過した為、連邦放送やABC、BBC、NHKなど有力放送局が反ネオ・ジオンを煽る。
例えば現地からのレポートとしてサイド1での襲撃時に発生した、撃沈され破砕しているチベ級重巡洋艦のデブリ事故による児童を乗せたシャトルとの衝突事故で250名が死亡した事件を毎夜報道。
この死亡事件をセンセーショナルに書き立てた。
しかも生き残りの連邦軍への独占インタビューとして連邦国営放送はこう述べた。

『如何に彼らが我が身を犠牲に奮闘したか、如何にネオ・ジオンを名乗るテロリスト集団が卑劣にもリーアの和約を無視したコロニー本体への攻撃を敢行したか』

確かにジオン公国と地球連邦が結んだ講和条約『リーアの和約』はジオン公国と地球連邦政府の間『だけ』に結ばれた終戦協定だ。
が、ウィリアム・ケンブリッジが例の『ダカールの日』の演説と記者会見でそれを拡大し、法学的に拡大解釈され、全ての武装組織(軍、民間軍事会社など)は月面都市群、コロニー絶対安全領域内部、地球降下軌道での戦闘行為は中止される事になる。
死んだバスク・オム中佐の罪状に、新たに『サイド7宙域におけるガンダムMk2の実弾演習』という項目が追加された事は連邦軍内部の増長を抑える効果があった。
准将にまで昇進した、既に死人の存在とはいえ、連邦政府は『リーアの和約』を拡大解釈しても守るという姿勢を示している。
尤も、ある意味卑怯であったが。死人を利用したというカイ・シデンのレポートが主要新聞社に掲載、今も物議をかもしだしている。

サイド7宙域のグリーン・ノア宙域は完全な密閉型コロニーに防弾用特殊増加装甲が装備され、ルナツーほどではないがそれでも数個艦隊の艦砲射撃に耐えきれるグリプス1からグリプス12までの要塞コロニー群を建設。
戦闘ポッド『ボール』と呼ばれた一年戦争時の置き土産を改装した多数の無人迎撃衛星に、太陽光発電システムが周辺を回る。
その気になれば、グリーン・ノア傍らの艦隊駐留拠点と防衛力強化の名目でウィリアム・ケンブリッジが移動させた『5thルナ』採掘資源衛星兼軍事要塞を破砕できる高出力強化レーザー砲を配備。
しかも『リーアの和約』がある以上、ここを襲撃する事はジオン公国には不可能。スペースノイドの反応も未知数だ。
それをよい事に、宇宙開発の名目で軍事要塞化と宇宙のジャブロー基地建設を行ったウィリアム・ケンブリッジの手腕は国防族系統の議員と宇宙経済利権を持つ議員グループから大きな支持を集める。

『ケンブリッジの政策こそ、一年戦争序盤の失態を繰り返さない唯一の道』

そう言う議員は多い。まあ、分かっていているのだ。それが人気取りに繋がると言う事が。
尤も、一部の良識派や実力派はこの政策が外宇宙探索や木星、火星開拓に大きな力を発揮した事を見抜き、その先見性に驚くか恐怖を感じ、彼を取り組むべく策動した。
それを見抜いたのがカーウェイ家であり、この数年間でメイの実家は大きく復権した。
ただし、カーウェイ家の当主の娘、ジン・ケンブリッジ妻のメイ・カーウェイ・ケンブリッジはこう言った。

『あたしはもう二度とサイド3に公務以外で帰る気はない。
娘のメアリーをお父さんとお母さん達には私が死んでも抱かせない・・・・あの人たちにそんな資格なんかない。そんな権利なんてない!!』

とジンとユウキに言う程、心に深い傷を負ったが。
それを関係ないと言い切れるのが或いは名家と呼ばれる一家なのかもしれない。
そしてそこまで冷徹になれない以上、ウィリアムの時代も、恐らくはジンとマナの時代のケンブリッジ家も、実力と資産と血統はあるが、野心は無い従順な名家となるのだろう。
この点は父親であるウィリアム・ケンブリッジの信望者、マイッツァー・ロナとは正反対だった。
彼の個人的な主義主張、『コスモ貴族主義』に基づくコスモ・バビロン大学のサイド4での新設などは危険思想になるのではないかと地球連邦文部科学省が警戒している程である。
そして、今。

「来たな、先輩」

嫌な予感はしていた。今日の午後3時までに書類戦争に勝利しろというありがたい命令を首相から受けた。
だから何かある、そしてそう言う時の厄介ごとは大抵あの人が、ダカールの演説以来何かと自分に仕事を押し付けるあの人が持ってくる。
そう、今もボディーチェックをエコーズの隊員から受けた黒いコートに独自のスーツを着た禿鷹の眼光を持つ男が入室する。

「全員退席。羨ましいけど、控室で休憩だ」

その言葉に、ホワイト・ディンゴ出身の戦友で護衛役でもあるレオン、マイク、レイチェル、恐らくは一番の信望者ロナ、新参者のフェアント、最愛の女性リム・ケンブリッジ、義理の娘のユウキ、この間、経済担当でOSCという会計会社社長の息子ジン・ケンブリッジとマス家の主任弁護士セイラ・マスとその一番弟子扱いの娘のマナ・ケンブリッジが退席する。
残ったのはこの度、エコーズが師団規模に拡大された事を受けて、地球連邦軍特殊部隊では片手で足りる将官になったダグザ准将がいるだけだ。
もちろん、日々の鍛錬は欠かしてないからその気になれば老人とも言えるジャミトフ先輩や自分など簡単に捻じ伏せられる。

(そう言えば執務室が手狭だと嘆願書を出したら・・・・いつの間にかここは地下会議室をぶち抜き、完全な執務用大型オフィスになっている。
しかも家庭用、家族用の部屋は別に用意されている豪華さ。これで贅沢じゃない、対テロ対策だと言っても誰も信じないのでないだろうか?
というか、おれは軟禁されているのと変わらない気がする・・・・今度セイラ女史に人権侵害問題で訴えてもらおうかな)

しかもマゼラン級戦艦に採用されていたスーパー・コンピューターを部屋専門に持ってくる程だ。
隣の休憩室に至ってはビリヤード台一つ、オンライン電子ダーツ台二つ、三つの大手飲料会社の自動販売機にカードゲーム専用机、麻雀専用卓。
喫煙室に、食糧庫、大量の電子コミックと8つの高性能ハードディスク内蔵PCがある。勿論、プライベートスクリーンで映画も見られる。
仮眠用のベッドもあるし、ソファーや畳部屋、カラオケルームもある。
ジャミトフらが少しは罪滅ぼしのつもりで使われてない会議室三つをぶち抜いて作っただけの事はあった。

「でも先輩、自分が使った事は一度たりともないのですが・・・・・全く持って福利厚生になって無いと思うのは俺だけですかね!?」

と、一度で良いから目の前で自分に日本産の緑茶を入れさせるお方に申し立てしたいものだ。
尤も聞いてくれたら最後、次は何を言われるか分からない為、絶対に言わない。

「さて、失礼するぞ」

ジャミトフ・ハイマン国務大臣が語りだす。
熱い緑茶を片手に煎餅を頬張り。

「何をです?」

そう、縮小中とはいえ、このティターンズと言う組織は絶賛される地球圏でも有数の権限と実力と実戦部隊を保有する省庁。
下手をしなくても地球連邦軍が保有する宇宙艦隊最強であり、新型機は文字通りの最新鋭であり尚且つ最精鋭機体の可変MS『Zプラス』と地球連邦最高峰の量産型機『ジェガン』だ。
ジオン公国攻略作戦も単独で可能(実現性や攻略後の慰撫工作などの戦後統治は無視した上で)な戦力がある。
その上、有色人種でありながら地球連邦首相に最も近い人物の一人。
『ダカールに日』で地球圏はおろか、全人類生存圏にその名と顔を知られた人物。

「忙しそうで何よりだ。老人を扱き使う輩が政府内部には多くてな。失脚したアヴァロン・キングダムの偉大さが良く分かったよ。
皮肉では無く、よくもまぁ70代で地球連邦の首相などと言う激務をこなす気になったものだ。その点だけは評価できるな」

もしかしてこの先輩はここを休憩室か何かと勘違いしてないか?
確かにソファーは最高級の職人芸のモノを使っているし、アラビア州からティターンズへの治安回復とジオン反乱軍掃討の贈り物として、ドバイやアブダビの族長らが送ったウィリアム・ケンブリッジ宛の赤と青のオベリスク模様のペルシャ絨毯も敷いてある。
尤も、流石にそれは不味かったので『寄付』、彼らの言葉では『喜捨』という形にして各省庁の大臣室に送る様に必死で頼み込んだ。
これが向こう側には無言で自分たちのメッセージ、『白人が過半数を占める地球連邦中央政府へのパイプ役になって欲しい』という要請を適確に受け止めてくれたと勘違いされ、更に評価があった。
結果、このパイプを一要因としてアラビア州はオイル・マネーを利用して地球連邦の新経済圏の一つであるインド洋経済圏を確立した。
特にMSの採掘技術と18mのザクやジムがその大きさ故に作業の邪魔になるなら、作業施設自体をMSサイズに合わせれば良いという逆の発想をカムナ・タチバナ少佐(当時は大尉)の案が通り、巨大工業プラントとモビル・ワーカーの大量配備で工業化と緑化と言う二大事業を開始している。
また、幾つかの氷塊隕石を回収したティターンズはそれを元手に大量の水を供給。幾分か放射能汚染されていたが、そもそも水は放射線を遮断する機能を持つのであまり問題とはならなかった。

「先輩、ここを休憩室代わりに使うのは構いませんが・・・・・俺の有給365日分あるんですけど。
有給使っていいですか? 全部。それが駄目なら買い取ってくださいよ。連邦官僚裁量法に則って。
でないと行政不服審査手続きか異議申し立て、平等原則違反で訴えますよ」

無視する。
いや、もっと性質が悪かった。

「その時は地球連邦政府の戦時特例で必ず潰す。そしてお前は孫ともどもここに軟禁だ。絶対に逃がさん。一緒に死んでもらうからな」

ちょっと待て!!
何を言っているんだこの老人は? とにかく、自分が好きな海洋生物(戦争の影響で地中海は壊滅的打撃を受けたが大西洋、インド洋、太平洋はそれ程でもなかった)のマンタの映像を視界にいれながら思う。

「あの・・・・・・・・・まだ何かやれと?」

この戦争が、ネオ・ジオンを名乗るアクシズ軍とエゥーゴ派閥の連合軍討伐は確定した。
ジオン公国からは230隻以上、地球連邦軍とティターンズからは750隻近くが派遣される。あのルウム戦役を上回る大軍だ。
しかも不良民間軍事会社に不要になった兵器を押し付けて、それをネオ・ジオン軍との戦闘で彼ら諸共消えてもらう。
この事を知った時、ウィリアム・ケンブリッジは確信した。
自分は地獄に落ちるだろう、と。
まあ、使える民間軍事会社、例を挙げるならばブッホ・コンツッェルの『クロスボーン・バンガード』やジオン公国の半分は非正規戦用部隊であるキマイラ隊所属だったジャコビアス・ノード退役少佐(ただし、これも表向きで、現実にはジオン親衛隊中佐のIDを持っている)の『テミス』などは最初から除外。
寧ろ積極的に情報を流し、共犯者にしていた。これはその選ばれた数社も連邦政界や軍部、ジオン宮廷に借りを作れるとして積極的に加担している。

(胸糞悪い)

それを妻から知らされた、というか、妻が立案した事を本人の口から知らされた時の正直な感想。
妻もどこかで死んでも一緒に居たいと言う思いから自分から罪を作ってそれを背負う節がある。
そんな事はしなくても良いと思うが、考えてみれば0089ではテロリストは自ら射殺し、一年戦争をペガサス級強襲揚陸艦『ペガサス』艦長として活躍、『アルビオン』も指揮した。
アウステルリッツ作戦では二度にわたってジオン軍の反撃部隊の主力を足止めし、撃破する勲功を上げたが、それは逆に言えば自分と同様何百人、何千人と殺したのと同じ事。
だから彼女は、リム・ケンブリッジは言うのだ。

『一緒に地獄に落ちてあげる、私の愛しい人』

と。
さて、お茶のお代わりを所望する大胆不敵な先輩にポッドからお湯を注ぎ、緑茶を渡す。

「なあ、ウィリアム。お前、次の首相選挙に立候補しないか?」

時が凍りついた瞬間だった。

「連邦首相に? 私が? もう60代前半の自分が、ですか? 御冗談きついですよ」

そう言って煙に巻こうとするが禿鷹の異名を取るジャミトフ・ハイマン先輩の目は本気だ。
この間のパーティで知ったのだが、極東州には本気と書いて『マジ』と読む時代があったらしい。それ位に目の色が違う。

「そもそも・・・・・・・・・・・・そう言う面倒・・・・・・・・いや、厄介・・・・失礼・・・・大任は閣下らの仕事では?」

思わず責任を押し付けたい為に言うが、返答は無常。

「実は宇宙開拓省がな、つまりお前の古巣がラーフ・システム開発に非常に乗り気だ。無論、内務省と経済産業省、それにラーフ・システムが巨大なアンチ・ソーラ・システムの代わりになると判断した国防大臣のオクサナーも同様だ。
反対している閣僚は外務大臣と厚生労働大臣、文部化科学大臣の三人だけ。しかも厚生労働大臣はお前の健康状態を心配しての事だ」

こっちの話など全く聞く耳持たずだ。
一方的に話している。なんか前にもあった気がするが・・・・・思い出したくない。

(・・・・・・表向きはそう言っている)。

その内心は言葉にしない。そして続ける。

「現に、一年戦争も引き分けに終わった、レビル派閥の跳梁もあったが70代後半のキングダム首相は連邦政府史上初の総力戦を指揮できた。
北米州との暗闘などは色々あったが、な。
それでもだ。そして・・・・・今の人類の医療技術をもってすれば80代の現役政治家も当たり前に存在する」

が、ちょっと待ってほしい。思わず右手を挙げて先輩の言葉を止める。

「先輩、そんな80過ぎのご老体の政治家なんていうのは若手の改革を潰すほとんど老害ばかりでしょうに。
既得特権保持を目論む人と先輩らの望む次期100年の人類の道しるべを築き上げる人物像とを一緒にしないで欲しいです」

自分もお茶を飲む。
咽喉を潤す。
仕方ない、というか、この流れはあの0088の『ダカールの日』の契機になった時と良く似ているな。
しかも後ろのダグザ准将はかなり嬉しそうだ。そんなに自分が首相になるかもしれない未来が嬉しいのだろうか?

「お前は老害にはなれんよ。戦場の怖さを知り、妻を失う恐怖を知り、守るべき息子と娘、そして将来を保障しなければならない孫がいる。
止めに実際に銃で撃たれる事の痛み、殺気を向けられる事の恐怖、そしてそれでも幼子を庇うだけの勇気を持った人間。
しかもさっさと辞任したいが持ち前の正義感と責任感で辞任も出来ないのが私の後輩、ウィリアム・ケンブリッジだ。
決して老害にはなれんな。これでも人を見る目はある。お前も同様だ。
例のニュータイプの青年、ジュドー・アーシタ中尉を後継者として育てているのも、あの男に接触しているのも次世代を見越しての事」

違うか?
最後の「違うか?」は言葉に敢えてしない。だが、分かる。そしてこの人の目が確かだったから自分はこんな不釣り合いな地位にいる。
勘違いされて、勘違いされて、それでも何とか足掻いた結果がこの地位だとしたら・・・・それはやはり当然の結末なのかもしれない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・先輩はこの小市民の臆病者で無能な激情家に、本気で、地球連邦の首相になれ? と?
地球と言う数百億の生命体を含んだ人類120億の人生と未来に責任を持てる素質がある、本気でそう考えているのですか?」

頷く先輩。
離し続ける。

「軍人出身のオクサナーか私が首相になるのも良いが・・・・この間、内閣官房長官と首相、国防大臣と財務大臣、私の5人で話し合った。
次の一世紀の為には有色人種にもスペースノイドにもルナリアンにも、ジュピトリアンにも希望を持たせる必要がある。
技術面、政策面ではお前の提唱した『ラーフ・システム』による火星の地球化計画、各地の砂漠の緑化に、宇宙経済やスペースコロニーの補強と準加盟国の経済協力体制の強化、各コロニーサイドの地球連邦構成州への格上げが必要になるだろうし、それで十分だろう」

ならば!
そう思って体を動かした。

「席を立つな! まだ話は終わって無い!! ウィリアム、最後まで話を聞け!!!
・・・・・ウィリアム、お前が不本意なのは分かるが・・・・いいか良く聞け・・・・・聞くんだ・・・・・・頼む。
ここからが本題だ」

一呼吸置くジャミトフ・ハイマン。
それをみてお茶を飲む自分。
ダグザ准将はいつの間にか席を外していた。

「先の政策は・・・・恐らく地球連邦初期の宇宙移民に匹敵する大偉業となるだろう。ならば、その大胆な今後100年の未来を決める政策を誰が担う? 
一体誰ならば、どんな人物ならば人類の生存圏に住む人間全てに対して、地球連邦全加盟国は無論の事、ジオン公国、非加盟国、準加盟国、木星連盟を含んだ者達を納得、或は理解させられる?
かつての地球連邦政府はそれを強力な軍事力と経済力に宇宙開拓と言う大規模な経済利権、そして宇宙世紀元年のラプラス事件を理由とした大弾圧で乗り切った。
だが、この手はもう使えない。そうだな? 
そうだ、同じ手段で乗り切る事はできない。地球上しか生活範囲が無かった人類の時代・・・・あの時とは何もかも違うのだ!!」

それは・・・・

気が付いたらお茶が冷めていた。
一気に飲み干すと、自分でもう一杯注ぐ。先輩の九谷焼の湯飲み茶わん(何故かこの執務室に常備されてしまった)にも注ぐ。

「言い方は悪いが、今の世界にとって最適な生け贄、相対的多数の人間が納得する、理解する、称賛する、支持するのは・・・・ウィリアム・ケンブリッジ、お前なのだ」

静かだった。それでいて強い意志が、本当に70に近い人間とは思えない強い意志がこもった発言だった。

「お前なのでは無い・・・・・お前だけなのだ・・・・お前・・・・・だけなんだよ・・・・ケンブリッジ君」

遠い遠い昔、初めて会った時の呼び方で呼ぶ。
卑怯だ。リムもジンもマナも先輩もみんな卑怯だ!
でもそれに耐えなければならない。それを乗り越えなければならない。何よりも言い方は悪いが自分自身の孫たちの未来の為に。

「だから・・・・・だから私にもう一度あの場所に立ってほしい、と?」

先輩は無言で首を縦に振る。
一旦席を立った。茶色の高級クローゼットを開ける。
汗がシャツの首回りにしみこむ、第一ボタンをはずし、スーツの上着をハンガーにかけてネクタイを丸めてネクタイケースに片付ける。

「先輩・・・・私は政治家じゃありません。
ただの凡人で、小市民で、俗物で、俗人で、政治学も大学で学んだ程度の家族と我が身が可愛い単なる俗物です。冷徹な判断なんて下せない。
しかも当然の事ながら政治運動なんてした事が無い・・・・そんな私が・・・・地球連邦の首相に立候補しても間接民主政治の地球連邦議会では票など集まりませんよ・・・・違いますか?」

最後の足掻きだ。
本当に最後の足掻きだ。悪足掻きだ。

「票か。それは心配ない。ゴップ官房長官と私とロベルタ大臣と首相、北米州と極東州の代表らが裏で手を組んでいるのはお前を除いた連邦政界と財界の常識だ。
・・・・・・ウィリアム、お前が小市民主義の身内に甘い男で政治が大嫌いなのは知っているがこれくらい常識としてそれくらい知って置け」

なんたる不条理。いつの間にかこんな目に合っているとは。
そう思ってしまう自分は情けないでしょうか?

『全く、自分の価値をここまで理解してないのも・・・・困ったものだ』。

そう、ジャミトフ先輩は目で言った。

「仮にもこの地球連邦政府最大級の省庁にして、軍内部にも支持者が多いエリートの象徴であるティターンズの第二代目長官なのだから自分の価値を客観的に知れ。
そうだろう・・・・今お前が心に過ぎったように、お前の家族の為にも、お前を信じる者達、期待する者達、賭ける者達、お前と共に歩むと決めた者達の為にも、だ」

痛い所を突いてきた。
そう感じる。そうだ、あの第13独立戦隊の面々から始まった自分の派閥。
考えない様にしていた『ケンブリッジ・ファミリー』と呼ばれている自分の派閥。
これを維持する、トップとして、ファミリーのドンとして生きるしかない。

「・・・・話を戻すぞ。既に首相、官房長官、私、財務大臣、国防大臣、それに法務大臣と北米州、極東州らの所属議員や同盟派閥が味方に付く。
だからお前が立候補した時点で全て出来レースになる・・・・そんな嫌そうな顔をする、だがお前とて分かっていよう?
お前はもう私の学生時代からの後輩だった学生ウィリアム・ケンブリッジでは無い。
地球連邦の名家、連邦政府から最高の栄誉を受けた男、ケンブリッジ家初代当主にして地球連邦エリート官庁の長であるティターンズの二代目長官だ」

まるで息子と同じ言い方だ。
それが嫌でもあの日の息子らとの会話を思い出す。

『もうカナダのあの小さな家には戻れない』

そうだ、その通りだ。それを確認させられたばかりではないか。息子に、そして先輩に。
それが現実。逃げる事も目を背けることも許されない決断の積み重ね。

(誰が言ったのだろか? 過去は変えられないが未来は変えられると・・・・・・だが違った・・・・実際に変えられる未来などタカが知れている。
自分の未来はもしかしたらあのサイド3の暴動、キシリア・ザビ暗殺時の暴動に単身でザビ家に乗り込んだときに決まったのかも知れない)

そう言えばあれから・・・・

「あれから30年余り。気がつけば・・・・・そんなにか」

無言でお茶を飲む先輩に言う。
ジャミトフ・ハイマンも思う所はあるのだろうか、黙って聞く。

「遥か彼方に来たものです。
あの無愛想で女の為だけに地球連邦第一等官僚選抜試験を合格した男と揶揄された人間が、査問会にかけられたり窓際に追いやられたり、戦場で死にかけた男が今や地球連邦首相候補。
先輩・・・・・・ここで自分が『YES』と言えば、『ラーフ・システム』を初めとした太陽系惑星開発計画は承認されて実行される、そう考えてよろしいですか?」

確認するウィリアム。
それが、恐らく自分の人生最後の仕事。そして歴史に名を残す最大の仕事。
歴史に名など残さなくても良い。
だが孫娘のメアリーと二人目の妊娠が発覚したメイ・カーウェイ・ケンブリッジ、一人目の男の孫、ツルギ・ナカサト・ケンブリッジを出産したユウキ・ナカサト・ケンブリッジらの未来の為にもやる必要がある。

「ツルギ、メアリー、そしてもう一人の孫の為にも・・・・行くしかないのか」

断ればそれを理由に誰が何をしてくるか分からない。
ジンがせっかく築き上げた資産家としてのケンブリッジ家も、マス法律相談所顧問弁護士見習いとしてティターンズに出向しているマナにも申し訳がない。
何より命がけで子供たちを守ってきた、そして共に過ごしてきた彼女に、妻にして伴侶のリム・ケンブリッジに対して申し訳が立たないのだ。

「・・・・・・・・地球連邦市民としての義務ではなく、一人の父親としての最後の務め、そう言う形で務めさせてもらいます」

ただし、とウィリアム・ケンブリッジは続けた。

「木星連盟との約束、ジオン公国との盟約、各スペースコロニー群の尊重、地球各地の取り扱いは全て私の主張した通り、出来得る限り平等ににやります。
地球本土、いえ、北米州優先政策は行わない、それだけを認めてくれますか?」

最後の確認。
それに頷いた。どうやらゴップ内閣官房長官も、ゴールドマン首相も、財務大臣と国防大臣も聞いている様だ。
出なければ、入室時から付けているあの耳のイヤホンが説明つかない。
ウィリアム・ケンブリッジはその事だけは確認したかった。
単なる神輿だけで終わる気はないし、神輿だけならば担がれる気も無い。

「・・・・・・今確認した、お前の提案を基本は飲む。
勿論、多少の誤差修正はするが、基本的には火星植民地化計画、ラーフ・システム計画と木星連盟への大規模援助、地球各地の緑化政策を主体とする。
またグリプス並びサイド7の拡張工事、ジオン公国との同盟関係強化、対準加盟国問題専門委員会の立ち上げ、軍縮と外惑星・内惑星開拓公社の設立も行う。
そう言えば、コロニー公社の見直しと査察団としてのティターンズに調査権限付与も与えられるそうだな。軍部への対カウンター部隊としての存続も許可する。
不満は何かあるか、そうゴップ官房長官が聞いているが・・・・どうだ?」

不満は無い。不平はあっても。
ならば良しとしよう、だから答えた。

「問題はありません。それで結構です・・・・・そう言えば昔言ったんですよ、リムに」

「?」

少し天井を見上げて独り言の様に言った。

「お前に相応しい男になる。なれと言うなら大統領にでも首相にでもなる、だから一緒に来い、と。
まさか本当に地球連邦の首相になるとは思いもしませんでしたよ・・・・あのハワイの夜には。ただただ夢中で追いかけた女を振りむかせるだけで必死だったのに」

・・・・・・・・・言霊ってあるのですね。

・・・・・・・・・そうだな、言葉は力になるとは本当の様だ。

いつの間にかジャミトフ先輩が来て、お茶を飲みだしてから50分も経過した。
宇宙世紀0096.02.15の午後7時ごろ。
この時の密談で後の地球連邦、いや、全人類圏の未来が定まったと宇宙世紀150年代のある青年は語った。

「そうだ、お前を支持するであろう全員が聞きたい事がある」

椅子に座っているジャミトフ先輩は聞いてきた。

「?」

疑問に思う。聞きたい事は山の様にあるし、不平不満も山の様にあるが、聞かれる事などあるだろうかと思うウィリアム。
簡単な事だ、そう前置きしてジャミトフ先輩は言う。

「お前の掲げる人類の新たなる未来へ向けた計画を何と名付ける?」

ふと、思った。何にするか、何が良い名前か?
思い立つ。それは一瞬だが、ある意味で最もふさわしい言葉だとも思えた。
少なくとも全人類が納得できそうな、反感を抱く事の無い言葉だとは言えよう。

「シヴィラゼーション」

『文明』

人類4000年の歴史。

それを意味する言葉。

母なる大地に生まれ、偉大なる海を渡り、遠大なる空を飛び、悠久の宇宙に進出した人類の新しい第一歩に相応しい言葉だと思う。

「シヴィラゼーション?」

オウム返しするジャミトフ先輩に自分は言った。
彼もその言葉の壮大さに飲み込まれた様だ。

「シヴィラゼーション計画、『文明』計画です。
人類の新しいステージを築き上げる為の第一歩、新文明樹立の為の計画がそれです」

遠大な計画。100年、いや、下手したら1000年単位の遠大で壮大な計画。
確実に自分はこの計画の、成功か失敗かいずれにせよ結末を見る事は無い。

(・・・・俺はこれの結末を知る事は無い。
だが、文明発展と言う全人類共通の目的と火星と木星の厳しい環境と言うべき共通の敵を相手に一致団結するならばこの計画は成功するのではないか?
少なくとも・・・・・人類に可能性を見せる事は出来ると信じて・・・・)

伊達にロンド・ベルの為にクラップ級とアーガマ級、そしてラー・カイラム級を与え、ドゥガチ総統と仲良くし、簡易ジュピトリス級惑星間大型輸送艦を渡した訳では無い。
フェアント技官をティターンズで重宝しているのも、シロッコ准将を自分に与えられた鈴と知りながら使っているのも、ロナ君の危険思想を矯正しつつも彼に上に立つ人間の苦労を教えているのもこれが狙い。
そしてニュータイプ以上に人誑しなジュドー・アーシタを育てているし、ある男に次を渡すべく自分なりに裏で動いているのだ。

「そうか・・・・シヴィラゼーション計画か・・・・良い名前だな。お前の願う未来にぴったりだ」

そう言ってお茶を口に含む先輩。
その後は昔の、もう遥か彼方の過去になった学生時代の話をしていた。

「そうですね、懐かしい。あの頃は無我夢中でした」

今は違うのか?
意地の悪い質問をする先輩に肩を竦めて見せる。気が付けば電子ポッドのお湯は完全に空になっていた。

「今も無我夢中です。誰かさんが・・・・・・とてつもない大仕事を押し付けてくれるので・・・・・・ずっと」

少しばかり皮肉を言っても良いだろう。
それだけの事はやって来たつもりだし、やるつもりだ。

「ああ、謝って済むとはもう思えんが・・・・・悪かった。本当にすまなかったな・・・・・ウィリアム・ケンブリッジ」

謝罪の言葉を聞けるとは今日一番の収穫だった。
そう思うウィリアム。
だが、そう思っても良いだろう。何せ、私は地球連邦の頂点に立つハメになったのだから。

「それにしても・・・・・」

ん?

疑問符を顔に出す先輩。

「議会政治の、間接民主制の形骸化がここまで進んでいるとは思いませんでした。先輩はこれでよろしいのですか?
小市民出身の潔癖症な面がある私はとてもではないが認めたくない事実です。
派閥争いで100億の国民を指導する次期地球連邦の首相が決まるなど・・・・国民への冒涜では無いのですか?」

これは先程の談合によって自分を首相職に据えると言う事への反感。疑問。反発。

(・・・・確かに言いたい事はあるが・・・・・だが、それでも私は行くしかない。それは今決めた。だが、だからと言って放置しても良い問題では無いだろう)

顔をも見た事の無い120億人よりもリムと共に歩んだ道、マナとジンという血を分けた何物にも代えられない宝物。
そしてジンが抱かせてくれたあの小さなメアリーとツルギという二人の孫の異母姉弟の未来の方が大切だと思ってしまったから。
ジンとマナの将来が120億人の未来と重なってしまったから。

「先輩・・・・・まあ決まった事を覆す気はありません。ちゃんと決めた以上は死ぬまで責任を持ってやりますので安心してください。
ですが、談合で首相が決まるのは民主政治の終わりでは無いですか? そこのところはどう思います?」

とにかく、この一点だけは聞いておこう。
聞いたところで即座に、まあ四半世紀程度は目立った変化はないだろうが・・・・それでも聞いておきたい。
ハイマン家当主となった、ハイマン一族の軍人政治家一族のトップに。今の地球連邦政府の有様と言うモノを。

「そうだな・・・・私もお前も認めたくないだろうが・・・・間接選挙における首相選挙と言うのは本来そういうモノだ。
統一ヨーロッパ州の地球連邦加盟国スイスで行われている様な住民の直接投票、つまり直接民主政治や各州構成国の地方自治体が行っている住民投票以外は・・・・どうしても出来レースになりやすいし、そちらの方が安定する。
そして、これは第二次世界大戦後の大半の民主共和制を掲げる国家にとって至上命題であり、多くの国家が解決できなかった問題だ。
それ以上お前が気に悩む事は無い。そして、これは忠告だが・・・・・ウィリアム」

一旦言葉を閉じる。
そしてもう一度口を開く。

「圧倒的多数の票を得て首相になったとしても決して自分の力を過信するな。民主共和政治も専制政治も政治の一形態に過ぎない。だから優劣は無い。
そしてお前が属する絶対民主共和制を掲げる地球連邦とは数こそ正義の論理が働く政治体制の典型例だ。それは認めるしかないのだぞ。
故に、地球連邦議会内部でお前が議員の絶対多数を敵に回せば『シヴィラゼーション計画』も頓挫する。お前の夢と最後の仕事は出来なくなる。
それを忘れるな。お前の政治基盤は強い分、一度の衝撃で、強烈な一点集中のレーザーで砕かれる様なもろくも崩れ去る岩の様なものだと覚えて置け、良いな、絶対に忘れるなよ」

これはジャミトフ・ハイマン個人からウィリアム・ケンブリッジという後輩への人生の先輩としての教えだった。
魑魅魍魎がはびこる地球連邦政界で生き残ってきたハイマン家当主の、新たなる名家ケンブリッジへの善意から来た教え。
そしてそれを無碍にすることは無い、無駄にすることは無いと言うのはこの数十年の付き合いでジャミトフは確信している、
これがジャミトフ・ハイマンなりの後輩への気遣いであった。




ところで序盤を圧倒していたネオ・ジオン軍。が、流石のネオ・ジオン側首脳部も警戒しだした。
何をか?
地球連邦軍の各地の艦隊が脆い、脆すぎる事にである。
アクシズ要塞の要塞指令室。シャア・アズナブル、ハマーン・カーン、タウ・リンの三人らが中心なり策を練る。

「なあ赤い彗星・・・・・今まで沈めた敵の撃沈位置を確認したか?」

タウ・リンの問いに、作戦参謀の一人が無言でマウスを動かして円を作る。
そこに印をつけて敵艦隊をどれだけ撃破したか、撃沈したか、どの位置で哨戒任務をしていたかを表示した。

「おい、そこの女。円の数を増やせ。一個当たり二グループだ」

そう言われた少尉の階級を持った女性士官がカーソルを動かす。
そして驚いた。撃沈した艦艇を円で結ぶと、地球連邦軍は確実にアクシズをその中心宙域に捉えつつある。
いや、実際は捉えているかもしれない。何せ、半円の中心にはこのアクシズ要塞がある事になるだから。
暗礁宙域故の利点を活用したゲリラ戦を仕掛ける為に待機していたネオ・ジオン軍本隊。だから動かなかったが、ここはもう例の作戦を決行すべきだろう。

「おい、赤い彗星。こいつは動かないと完全に敵に主導権を奪われるぞ」

このまま大量破壊兵器が使える宙域に留まっていては地球連邦軍の保有する
数千発の核ミサイルの飽和攻撃を受ける可能性もある。それも一方的に。
或いはギレン・ザビ公王とレイニー・ゴールドマン首相の双方が許可を出せばアクシズ要塞に対してコロニー・レーザー砲を、あの『ソーラ・レイ』を使う可能性も極めて高いだろう。
彼らに取ってネオ・ジオンは敵でありテロリストなのだ。国家では無いから遠慮はしないし南極条約やリーアの和約、連邦統一法や連邦憲章、ジオン公国憲法の適応も無い。

「シャア総帥・・・・やはり」

作戦参謀役のナナイ・ミゲル中佐が掠れた声で言う。
その甘えを幾分か含んだ声の主、ナナイ・ミゲルに絶対零度の視線を向けるハマーン・カーン大佐。それを面白そうに見るタウ・リン特別補佐官。
タウ・リンは知っていた。この二人双方と肉体関係をシャアが結んでいる事を。
だが、シャアはハマーンとナナイの視線、仕草、タウ・リンの好奇の目線、それに気が付かない振りをして命令を下した。

「よし、当初の予定通り、ペズン要塞攻撃作戦を開始する。
他の哨戒艦隊を撃破しつつペズンを攻撃、その後は例の計画通りに動くぞ」

こうして、ネオ・ジオン軍も動き出す。




0092.06.03

時は若干遡り、一隻の宇宙船が強奪された・・・・と言われている。
それはMSN-06Sシナンジュと後に呼ばれるプロトタイプの『RX-0』とそのデータだった。
手引きしたのはアナハイム・エレクトロニクス社の常務の一人であり、ビスト財団の最後の一員であるマーサ・ビスト・カーバイン。
彼女は月に潜伏していたヌーベル・エゥーゴの指導者、タウ・リンに接触。同機体の輸送情報を売却。自らの安全を購入した・・・・この時点では。
その後、遭難事故に見せかけてこれをネオ・ジオンに譲渡、ハマーン・カーンが後に乗る事になる白色と桃色を基準色として、黒い線を入れたシナンジュが配備される。

それから約3年半、逃亡を続けたマーサ・ビスト・カーバインは指定されたパラオ要塞に向かう途中で、一機のMSとそれに率いられたMS隊に出会った。
あの男が指定した合流ポイント直前で。

「・・・・・・青色のシナンジュに青いギラ・ズールの親衛隊使用機体の群だと? こんな話は聞いてないぞ?」

光が走った。何だろうと思って専用豪華シャトル(旧式マゼラン級戦艦を改造した戦闘可能な豪華客船)の専用室のモニターを拡大投影する。
そこには数機のMS隊を引き連れた青色と紫のラインを入れたMSN-06Sシナンジュが現れる。そしてビームガトリングンガンの銃口が向けられていた。

「迎えにしては・・・・・まさか!?」

マーサが急いでノーマルスーツを着用しようとした時にはもう遅かった。
護衛のサラミスK型三隻が、敵の、いいや、自分達の会社、アナハイムが作ったAMS-129ギラ・ズール親衛隊使用機の高出力ビームライフルとビームマシンガンで沈められる。

「は、話が違う!! 裏切ったわね!! これだから男って!!!」

そう言って、脱出艇に逃げ込むマーサ。
奇襲を受けた事もあって、僅か5分足らずで撃沈された5隻のサラミスとマゼラン。投降する、3隻のサラミスK型。
青いシナンジュはビームガトリングからビームライフルに武装を切り替えると、脱出艇を鹵獲。
ミノフスキー粒子濃度は限界値以上であり、しかもご丁寧な事にタウ・リン子飼いのヌーベル・エゥーゴ並びネオ・ジオン総帥親衛隊使用の特別仕様のギラ・ズールはレーザー光線拡散用チャフをばら撒いた。
これでは緊急通信用のレーザー通信も出来ない。そして脱出艇には信号弾しかない。武装などなかった。
そして、脱出艇に乗っているのはマーサと操縦士に護衛が二名だけ。武器は四丁の拳銃のみ。推進剤も無く、何処にも行けないのは少し冷静になればわかるが、それが分からない。

(に、逃げなきゃ!!)

と、敵の、シナンジュのハッチが開く。

(何をする気・・・・え? あれは・・・・レーザーガン!?)

個人携帯用レーザーガンは宇宙世紀初期や宇宙開拓黎明期に使われていた兵器である。
だが、電動式ガス圧吸収型無反動拳銃、電動式ガス圧吸収型無反動自動小銃の開発、普及によってその配備は無くなった、或は権威の象徴と化した技術だ。
例えばジオン十字勲章と共に授与されたり、ギレン・ザビなどザビ家やそれに連なる者が儀礼的に装備していたりする様に。
実際、拳銃は15万、自動小銃は大量生産効果の問題もあって8万テラ程度で購入可能だがレーザーガンは最低でも50万テラはする。
しかも旧世紀の日露戦争の旅順攻防戦や第一次世界大戦以来から続く火力、物量優先主義、つまりは弾幕を張る事が出来ない事から一点狙撃にしか向かない。
また冷却剤の関係から、拳銃サイズにも出来ず、殆どが嘗てのドラグーン、竜騎兵と呼ばれた騎乗鉄砲隊のカービンライフルサイズになる。
つまり兵器としては失格であるという事だ。その銃をあえてこちらに向けるタウ・リンらしき男。

(な、何をする気!?)

そんな儀礼的な銃だが威力だけは高い。
まして、あの銃はリボルバー式の充電方式を使ったビームガンではないのか?

『久しいな。元気そうで何よりだ。生きてるかい? 生きていて聞こえるか、おばさん?』

声だ。タウ・リンの、散々私たちが支援してやった男の声だ。間違えるはずなどなかった。
そして最後には私を助けると約束した男の声だ。だが、現実はどうだ?
奴は、タウ・リンは自分達が連邦軍の目を欺いて掻き集めた補給物資を運んできたコロンブス級を鹵獲、そして自分自身は私の護衛艦と乗艦を沈めた。
しかもどうやったのか、ハマーン・カーン以外のカラーリングをしたシナンジュを扱っている!!

『ああ、ちょっと邪魔がいるな・・・・さよなら』

そう言って光が走った。
ビーム兵器。間違いない。第一次世界大戦時代の小銃サイズで恐らく数発しか撃てないだろうが間違いなく個人携行型ビームガンだ。レーザーガンじゃなかった!!
閃光が何回か走る。その度に、その都度、自分の傍らにいた人間が死ぬ。
脱出艇、小型隕石の衝突に耐えられるランチの強化ガラスもビームの高熱には耐え切れなかった。
護衛役が慌てて銃を向けるが、その最後の一人も死ぬ。

『これで・・・・全員だな』

紫を基準としたアクシズのオリジナルパイロット用ノーマルスーツを着たタウ・リンが脱出艇のハッチを開ける。
恐怖で咽喉がカラカラに乾いているマーサ。だが唾さえでない。
ワイヤーガンを三つ使い、マーサを拘束するタウ・リン。

『お前さん、まさかあれだけの事をして楽に死ねるとは思ってないよな?』

何の事だ?
そう言おうとした時、タウ・リンは両手両足を完全に固定させると、自分のノーマルスーツのヘルメットとスーツの二重設置ベルトに手をかける。

『やめ!!』

と、男から交信が入る。それは憎悪の声を含んでいた。

『やめないぜ・・・・・これは・・・・・戦争を食い物にする様なお前に対する、戦災孤児の復讐なんだからな』

待って!! 金ならいくらでも払うから!!

そう叫ぼうとしたが遅かった。
私の重ノーマルスーツのエアーの供給ボタンを、持ってきたビームガンで破壊した。
窒息死。

(いやだ、こんな死に方は嫌だ!! 誰か助けて!!!)

必死に口を開いて空気を吸おうとするが全て無駄。
因果応報。自分達が起こした『水天の涙紛争』で一体何人死んだ、そうウィリアム・ケンブリッジなら言うだろう。
だが謎なのはその首謀者の一人であり、資金援助を受けたタウ・リンが何故か憎悪の瞳を向けている事だった。

『あばよ・・・・・・って・・・・・死んだか』

確認する。空気は無い。完全に真空だ。女は完全に死んだ。
そして最後に彼は青いシナンジュに戻るとビームライフルでランチを破壊する。

・・・・・・・この時点でアナハイム・エレクトロニクス社は事実上解体。

実権を握っていたAE社の最大与党ビスト財団の一族は拘禁されるか死ぬかした。それはラプラスの箱の存在を知る者が居なくなった事を意味していた。




『御搭乗の皆様、サイド7、グリーン・ノア3行きのシャトル575便の搭乗手続きを開始します。乗船を希望する方はお早めに搭乗ゲートまでお越しください。
繰り返します、サイド7、グリーン・ノア3行きのシャトル575便の搭乗手続きを開始します。乗船を希望する方はお早めに搭乗ゲートまでお荷物を持ってお越しください』

アジア州、オセアニア州、極東州の共同出資で一年戦争後に造られた地球最大級のトラック宇宙港。
そこから宇宙に上がろうとする家族らがいた。

「リディ・マーセナス中尉、だったね。お父さんのローナン・マーセナス氏にはお世話になっているよ」

そう言うのはクリーム色のスーツにパナマ帽と灰色のドットのネクタイをした男、アデナウワー・パラヤ外務大臣だった。
傍らにいるのは父親の後を継ぐのが嫌だと言ってパイロットになったリディ・マーセナス中尉。
この都度正式に発令された『あ一号作戦』の際に、ロンド・ベル艦隊所属の予備機リ・ガズィのパイロットとして総旗艦ベクトラ配属が決まった。
というか、強引に決めた。
父親の権限を無断で使って。だが、それを知った連邦軍上層部の軍官僚の保身から握りつぶされ、今回はアデナウワー・パラヤの護衛役としてもう一度、ロンド・ベル艦隊に行く。
ちなみにパラヤ大臣だがあれだけ内閣府の会議で何とかすると言いながら、まだ交渉の切っ掛けすら掴めていないのが現状である。
故にパラヤ外務大臣のプライドはもう後が無い。
その時に一つの天啓と思える事態が起きた。ネオ・ジオンを裏から支援しているジオン公国政務官モナハン・バハロがパイプ役になると言ってきたのだ。
それに乗ったアデナウワー・パラヤ大臣は。
彼は一方的に政敵扱いしているウィリアム・ケンブリッジと彼の派閥が主導する『あ一号作戦』と彼の盟友、ギレン・ザビの命じた『第二次ブリティッシュ作戦』の発動前に交渉でネオ・ジオンを武装解除させたかった。彼を出し抜くために。

「ありがとうございます」

敬礼するリディ。その後社交辞令を見て無理矢理連れて来られた感のあるクェス・パラヤは思う。思ってしまう。

(この二人はさっきから上辺ばかり。汚い人。少しはウィリアム・ケンブリッジ小父さんを見習えば良いのに)

彼女は知っていた。
絶対に安全、つまり地球軌道に嫌っている筈のウィリアムさんの派閥、第1艦隊が演習に来るタイミングと同時期の打ち上げシャトルの便をを調べ上げ、政府閣僚特権で割り込み、ミライ・ノアという女性らからチケットを二枚奪った。
まあ、一枚はハサウェイ・ノアという自分より少し年が上の男の子が乗る事になったのはラッキーだったけど。

『なんでこの時期に宇宙に上がるの? 
もう軍隊が・・・・・ウィリアムさんがティターンズとロンド・ベルを動かしてるんでしょ?パパの仕事はもうない筈でしょ?』

『それは違う。あの男とジャミトフとオクサナー、そしてゴップと言う好戦的な野蛮人が軍事作戦を強行するのを止めるのは大切で立派な仕事だ。
そもそも、ケンブリッジの・・・・・いや、何でもない。
それに地球連邦政府はジオン・ズム・ダイクンの息子が生きているとは思ってなかったんだ・・・・だからこれは外交の失態ではなく無能な情報部の失敗なんだ』

『パパ、それって単なる言い訳でしょ? 
私知っているのよ、ウィリアムさんが必死で宇宙と地球各地を調べてたの。
アングラ出版やシデン・レポートを読めば分かる事だけど、怠慢だったのはパパの方じゃないの?』

『それは・・・・・お前が気にする事では無い』

『そうやって私の事を無視するから・・・・だからみんなにウィリアムさんに劣っているって・・・・!!』

『クェス!!』

『ぶ・・・・ぶった!!』

『黙りなさい!! そこの君、私は荷物を取りに行くから、娘をホテルのこの部屋に送り届けてくれ。これはチップだ。
食事はルームサービスで・・・・それ以外は絶対に何があっても娘を部屋から出すな。ホテルの支配人には外務大臣がそうしてくれと直接頼んだ、そう伝えろ。
あと、支払いは連邦政府外務省会計監査課に回してくれ』

そしてその溝を埋められぬまま現在に至る。まあ、娘の方にも責任はあるだろう。
何せ、彼の、父親アデナウワー・パラヤ最大のコンプレックスを掘り当てたのだから。傷口に塩を塗る行為でもあったのだから。

「クェス、発進だよ、シートベルトを付けて」

ハサウェイ・ノアが言う。
リディ・マーセナス中尉も軍服姿で反対側の椅子に座っている。
そしてシャトルはカタパルトに乗せて宇宙に向けて発進した。




宇宙世紀0096.02.19

ハサウェイ・ノアとリディ・マーセナス中尉とクェス・パラヤが乗船するシャトルが発進した頃、各民間軍事会社の拠点としてジオン公国から貸し出されたペズン要塞から一隻の船もまた出港する。
それはザンジバル改級機動巡洋艦であり、『テミス』という民間軍事会社が所有する艦だった。

「社長・・・・いえ、中佐、最大加速をかけます」

その言葉に民間軍事会社『テミス』の社長と言う肩書を持つ、本当はジオン親衛隊中佐のジャコビアス・ノードは艦橋の司令官室で報告を聞く。

「よし、一応ダミーを出しておけよ。あの戦闘しか出来ない能無しのバカどもにこちらの真の目的地が悟られる事は無いと思うが・・・・一応な。
ジョニーとユーマ、それにガラハウ中将との合流ポイントまで移動する。ネオ・ジオンが攻撃して来た時以外・・・・目的地までの航法を任せる」

「了解しました」

言うまでも無く艦を運営する全員がジオン軍の正規軍の軍人である。
そして、この副官もまたかつてのジオン独立戦争の激闘を潜り抜けたキマイラ隊の生き残り。

「さてと、全く厄介な任務だったな。
わざわざ金塊と銀塊をわたすんだから・・・・メッキとも知らずに。これだから不良兵士の兵士崩れは度し難い。
誇りも義務感も規律も何もない・・・・・あるのは下種な欲望だけか。まったく死んで当然だな・・・・いいや、違う、死ぬべきだ。世界の平和の為にも、だ」

何か言いました?

いいや。何も。

そう言ってザンジバル改級機動巡洋艦は宇宙に消えた。




三日後、宇宙世紀0096.02.22である。
多数の哨戒に出かけた艦隊が消息を絶ち、これは何かの罠ではないかと感じた幾つかの民間軍事会社の社長クラスが特別回線で雇い主に呼びかける事を決定した。
が、遅かった。既に彼らは任務を果たしていた。そして・・・・見捨てられていた。

・・・・・・・・当初の予定に従って。




「こちらマシュマー・セロの先遣隊。ペズン要塞を確認これより攻撃に入る。
各員に告ぐ、悪に悪の報いが、罪には罪の報いがくだされるのだ!! 全軍攻撃開始!!!」

ネオ・ジオン軍との戦いは新たなる局面に入る。



[33650] ある男のガンダム戦記 第二十七話『戦争と言う階段の踊り場にて』
Name: ヘイケバンザイ◆0f84f817 ID:6b691826
Date: 2013/05/22 20:23
ある男のガンダム戦記27

<戦争と言う階段の踊り場にて>




第1艦隊の護送の下、トラック宇宙港を出発したシャトル525便が入港する。ティターンズと地球連邦宇宙軍の本拠地があるグリーン・ノア3に。
そこでアデナウワー・パラヤ外務大臣は思い知る事になる。
ティターンズと言われる組織、地球連邦宇宙軍の本当の軍備、ロンド・ベルの指揮権を握っている者。
一体誰がこの宇宙のほぼ全てを、少なくとも地球連邦宇宙軍とティターンズを掌握下に置いているのか、その事実を。

「リディ君とハサウェイ君らも一緒に来るかね? きっと得難い体験ができるよ? 君らの個人IDでは入れないところに行けるんだ。
特にリディ君は御父様のマーセナス議員に良い土産話が出来るだろう・・・・どうかな?」

そう言ってタクシーに乗ったパラヤ外務大臣。
地球連邦軍の護衛は無い。ここは宇宙に存在する全て人類生存領域の中で最も地球寄りのコロニーサイドであるからだ。
何より、直ぐそこにはティターンズのコロニー・月面方面治安維持部隊司令部とサイド7防衛隊司令部が存在している。
因みに、宇宙艦隊総司令部はグリーン・ノア3では無く、グリーン・ノア00『グリプス』に置かれていた。

「そうですね・・・・・行きます」

と、ハサウェイは彼の、パラヤ大臣の面子を立てて、

「では大臣のお言葉に甘えて。自分も赴任の際に宇宙艦隊司令長官へ意見具申したい事がありますから」

リディは個人的な目的から彼の提案に乗る。因みに娘のクェス・パラヤはグリーン・ノアの政府高官用官舎に軟禁状態である。

(何故大臣はクェス(娘)を連れて来たのだろう?)

これは両名の個人的な疑問だった。
一方で。パラヤ大臣は感じ取る。
この二人はあまり仲が良く無きがした。特にリディ・マーセナス中尉の方が一方的にハサウェイ・ノアを敵視している様にも見えた。

(・・・・・・・気のせいだろうか?)

そう思いつつも、彼らは一旦ホテルのベル・ボーイに荷物を預け、チップを与えると、その足でグリプス要塞群の中心拠点に向かう。そう、あの水天の涙紛争勃発時の最初の戦場となったサイド7・第1バンチ、『グリプス000』へ。

そこは至る場所に政敵だと考えている男の象徴である、武装警察『ティターンズ』と彼の影響下で精鋭化に成功した『地球連邦軍軍旗』が自らの権力を象徴するかのように合成風で靡いていた。
ティターンズと連邦宇宙軍の軍服姿の職員ばかりである。文官はほとんどおらず、まれに居てもティターンズ所属だった。




「シナプス司令長官閣下。各艦隊司令官、各艦隊副司令官、分艦隊司令官、各参謀、副官ら282名、総員揃いました」

シナプスは司会役のマオ准将の言葉に頷く。
一斉に敬礼する黒や灰色の軍服を着た男女の群。着席を促す。最低でも大尉以上、そして最上級将校は自分事、宇宙艦隊司令長官のエイパー・シナプス大将。
地球連邦宇宙軍とティターンズの首脳部が文字通り一堂に会している。

「さて、諸君。君たちもニュースなり軍報なりで詳細は既に知っていると思うが・・・・アクシズに本拠地を持つネオ・ジオン軍の主力が再度の攻撃に出た。
場所はここ、旧ア・バオア・クー宙域に配置されている、我が地球連邦の同盟国であるジオン公国の絶対防衛戦線であるペズン要塞だ」

そう言うと、自分でマウスを動かして星図を拡大投影する。これはリアルタイムである事が画像下のミノフシキー粒子散布下のノイズの入った表示で分かった。
グリプス000の持つ恒星間観測用光学カメラが捉えた映像で、ペズン要塞は今まさに砲撃戦の真っ最中なのが全員に分かる。

(断末魔をあげているわね)

(陥落は時間の問題だな)

(予想以上に民間軍事会社の不良軍人崩れは役だったな)

(さて、後何時間持つかしら?)

(ジオン公国軍はどう動く? それを考えるのが我らの仕事だな)

(地球連邦軍の力を見せつける時が来た・・・・ニューヤーク市で殺された父さんと母さんの敵討ちだ!!)

各々の思惑をよそに会議は進む。如何にネオ・ジオンを名乗った武装勢力、テロリストを掃討するか、それを決める為に。
当然ながら、『あ一号作戦』と『第二次ブリティッシュ作戦』を発令した地球連邦政府並びジオン公国政府は、ネオ・ジオン軍に対して艦隊数でもMS隊の質でも劣る民間軍事会社をここで完全に磨り潰すつもりなのだ。
戦後の治安維持の為に。地球圏の、否、全人類の生存権の安定の確立の為に。そう信じているのだ。ここにいるメンバーは多かれ少なかれ。

「我が軍が策定した『あ一号作戦』は全て問題なく予定通りに進行中である、と言うことですね?」

第12艦隊のラーレ・アリー中将が聞く。この言葉こそがネオ・ジオンの限界を示している。
そうだ、ネオ・ジオン軍のとってはかなりの危険性を伴ったペズン要塞攻略作戦も地球連邦軍から見れば単なる序曲に過ぎなかった。

「ええ、ネオ・ジオンの兵站は限界に近い。ラーレ・アリー中将の発言に問題や疑問を挟む余地は無いかと思います。
全ては我が軍の掌の内にありますな」

ここでパプテマス・シロッコ少将(第13艦隊副司令官)も賛同する。
木星帰りの男、クラックス・ドゥガチ木星連盟総統が派遣した男。
同僚らからはティターンズを掌握している地球圏随一の政治家、ウィリアム・ケンブリッジ長官への木星からの監視者などと胡散臭い目で見られたのも今は昔、最近は漸く信頼のおける同僚として認められるようなっていた。
書類仕事に殺されたと言う事もあるかも知れない。また、三極の一人という微妙な政治バランスが彼の評価を上げたとも言える。

「シロッコ、ラーレ両提督の発言にもあるように全ては順調であります。こちらを」

マオ・リャン准将(ロンド・ベル艦隊第一戦隊司令官)がそう言って、上司であるシナプスの代わりに自分の黒いマウスを動かして星図を変える。
クリックの音と共に画像が切り替わる。
今度は先程とは異なり、新たに新設されて5年半が経過した地球周回軌道上のペタン要塞。これを根拠地とする多数の偵察部隊、正規軍が遠隔カメラで写し出した映像を見せる。
それには多数の敵艦隊の移動も確認されていた。数多の光の群。間違いないだろう。疑う必要もないだろう。
恐らくは・・・・いや、確実にネオ・ジオン軍の艦隊もアクシズ要塞と共にある。
そうマオ・リャン准将は結論付けた。

「敵艦隊の動きはどうなのですか? 司令長官のお考えではネオ・ジオン軍、そのどの部隊が危険だと思われますか?」

そう聞いたのは大佐に昇進したサウス・バニングである。
彼は中佐から大佐へと昇進と同時に地球連邦軍に復帰した。これはティターンズの権限縮小が決まったが故の行動である。
それでも過去の実績は否定する事は無く、ティターンズにいた実績は存在するのでティターンズの経歴は輝かしい歴史として残る。
エリート部隊にいた叩き上げの将校と言う事で全ての士官学校卒業生が頭が上がらないとも言い換えられるだろう。
ラーレ・アリー提督(第12艦隊司令官)やライアン・フォード提督(第1艦隊司令官)、更には傲岸不遜のシロッコ少将でさえも敬意を払う経歴と実績の持ち主である。
事実、一年戦争では激戦区を渡り歩きながらも誰一人部下を死なせなかった強運と実力の持ち主であり、軍内部の若手ではバニング大佐と握手すると絶対に帰還、生還出来ると言う噂があるほどだ。

(非主流派、現場からの叩き上げの俺にしては万々歳だ。
これもシナプス艦長・・・・いや、提督たちと何よりもケンブリッジ長官らのお蔭だな)

この会議の場に居て、ケンブリッジ長官の影響を受けなかった人物は半数以下である。しかも薫陶を受けた大半が何らかの形で昇進、昇格していた。
第13戦隊以前から、つまりはサイド7からホワイトベースを率いたブライト・ノア中将、同じく『白い悪魔』と怖れられたアムロ・レイなどはその代表格であるし、マオ・リャン准将やその夫のユーグ・ローグ大佐、ヤザン・ゲーブル中佐などもそうだ。

「それでは閣下・・・・お願いします」

マオ・リャン准将が一旦、着席する。その言葉に頷くと席を立ちあがり、指揮棒を指す。250名はいる出席者の視線が正面にあるスクリーンに向けられる。
艦隊を表示する青い凸マークを動かして、進撃ルートを策定するエイパー・シナプス大将。

「ヘボン中将らの考えとゴップ内閣官房長官が送り込んでいると言うネオ・ジオン上層部内部のスパイの報告、これに加え彼らの決起理由を考慮すると・・・・敵の最終目的地はここだ」

指示された場所が拡大投影される。
全員の視線が集まる。

「敵の標的はここ、サイド3だ。つまりジオン公国本国の奪取並びその後に彼の地の工業力を利用した第二次一年戦争を仕掛けるのが目的であると思える。
その前提条件がジオン公国最後の資源採掘型軍事要塞である『ペズン要塞』への攻撃だと思われる。橋頭堡として制圧しようと言う訳だ」

コーヒーを口に含む。
自分の言った言葉が全員が理解する時間をわざと作った。
そうする事で部下との意思疎通をしっかりとする。そうする事がネオ・ジオンとの戦いで一人でも多くの部下を生き残らせると信じているから。

「よって、我が軍は本会議終了後に全艦隊乗組員に3交代制、7時間の半舷上陸を許可する。これは作戦参加兵全員に確実にかつ速やかに伝えるように。
その後に3時間の猶予を持って各艦は各宇宙港を出港せよ。
私が乗る超弩級空母『ベクトラ』を総旗艦とした第一連合艦隊、『ミカサ』を旗艦とした第二連合艦隊、『ユーラシア』を旗艦とした第三連合艦隊をゼタン、グリプス、ルナツー、サイド6より出撃させる。
また、宇宙要塞ソロモンにいる『ラーディッシュ』を旗艦とする第四連合艦隊のヘンケン提督指揮下の艦隊はそのまま月面都市グラナダ市に入港し、陸戦部隊を護衛。
我が軍の三個連合艦隊が敵であるネオ・ジオンの機動戦力撃滅までは月面方面軍の管轄下に入り戦力を温存する事とする」

つまり艦隊戦力で動員されるのは第一連合艦隊と第二連合艦隊、第三連合艦隊310隻と言う事。これに改装空母部隊と護衛の偵察艦隊が100隻程加わる。
この時点でネオ・ジオン軍を圧倒するだけの戦力を与えられている地球連邦軍であり、それに気が付いているのか、ネオ・ジオンは速攻に全てを賭けた。サイド3奪取と言う電撃作戦に全てを賭ける。

「彼らがサイド3を占領すれば奪還作戦は『あ二号作戦』へと移行する。そうなれば最終的な勝利は我々に来るとしても犠牲は大きくなるだろう
最悪の場合、『リーアの和約』を我が軍が放棄してサイド3宙域内部で戦う必要もあるからな」

シナプス提督の、いや、宇宙艦隊司令長官の言いたい事は皆が分かった。

『コロニー市民、スペースノイドの民である民間人数億人を戦渦と戦火に巻き込まない事が優先される』

この為にこそ、ネオ・ジオンの機動戦力である宇宙艦隊を完全に叩きのめす。
その為には早い段階で敵機動戦力である宇宙艦隊を撃破する必要がある、そう言う事だ。
その後も会議は進んだが、途中で民間軍事会社では無い偵察部隊、正規偵察艦隊である第2独立戦隊から敵要塞発見という報告が司令部要員に渡される。
それを持ってくる。

「どうした?」

ブライト・ノア中将が入ってきた副官に聞く。因みに彼は最近になってブライトの副官となったタクナ・新堂・アンダースン少尉だった。

「報告します。本日09時18分32秒において、ネオ・ジオン艦隊偵察部隊と接敵、これと交戦せずに最大船速にて一時退避。
敵艦隊も撤退。なお、核パルスエンジン4基の熱源と光源を無人偵察艇が視認、方角B-2です。速度は第7宇宙ノット。確認した陰からアクシズ要塞本体と推定。以上です」

そう言って下がる。
これで決まったな。そう言う雰囲気が会議室に流れ出した。事実、決まったも同然である。
彼らが、ネオ・ジオンが先ず望むのはカミカゼ特別攻撃隊の宇宙版であるような大規模な艦隊決戦では無く、ジオン本国の掌握の様だ。
ウィリアム・ケンブリッジ長官が最大限に懸念していたアクシズを地球に落とす、若しくは各地のスペースコロニーへ衝突させる、月面都市のどれかにピンポイント爆撃で落下させるなどと言う非人道的で最悪の方法を取る事は無かったようだ。
まあ、この方法を使った時は徹底的な戦略兵器の使用でアクシズ要塞そのものを民間人だろうが軍人崩れのテロリスト集団だろうが関係なく叩き潰す予定の『あ三号作戦』が発令、実行される予定である。

(・・・・彼らにも最後の理性があると信じたい。いくら私でも大量殺戮者の汚名は被らなくてよいなら被りたくないな。
最悪の最悪を想定した『あ三号作戦』・・・・・これが実行されない事を神に祈ろう)

コーヒーの入ったマグカップを置く。ブレンドコーヒーが空になる。
従卒が代わりのカフェ・オレを持ってきた。

「よろしい。諸君、先のアンダーソン少尉の報告は聞いたな?
どうやら『あ一号作戦』を第三段階に移行する様だ。
フォード提督、ナンジョウ提督、アリー提督、ワッケイン提督、ブライト提督、出撃準備に入れ。各員の奮闘と無事の帰還を切に望む。以上!」

こうして地球連邦軍の三個連合艦隊は核兵器を搭載したまま発進準備を開始する。
第一段階は敵兵力の消耗、第二段階は敵艦隊戦力の殲滅。そして。
そして・・・・地球連邦軍の最終目標はネオ・ジオンの本拠地である宇宙要塞アクシズ、ここの完全なる制圧であった。

「ハ! それでは総員解散。24時間後には全艦隊出港だ。遅れるなよ」

ブライト・ノア中将の激励と共に一斉に立ち上がり敬礼する。それに一人一人答礼するエイパー・シナプス大将。
そこには死地に向かわせる事への複雑な思いが詰まっていたのを私、ブライト・ノアは感じたと息子に述べている。
この宇宙艦隊司令長官の為なら死ねると思ったのは恐らくブライト・ノア中将だけではあるまい。
そして、彼ら彼女ら上級指揮官全員に個人メッセージの直筆の手紙が送られた事を驚く。それはウィリアム・ケンブリッジ長官個人からの激励の言葉だった。

『私にはただ一言こうとしか言えない。政治業者のありきたりな点数稼ぎだと笑ってくれても構わない。だが一年戦争以来の友人である君にはこう伝えたい。
軽蔑されても良い。死んでしまった後にただあの時何故こうしなかったのかと後悔するだけよりも遥かにましだ。ブライト・ノア候補生。生きてもう一度会おう。
地球で最高級の日本食と日本酒を用意して待っている。君たちともう一度あって馬鹿騒ぎをしたい。あのアウステルリッツ作戦前夜の様に』

など、それぞれバラバラだった。
フォード中将、クランシー中将、オオタ中将、ナンジョウ中将、ヘンケン少将らにも送られたこれらのメッセージ。
所謂『ケンブリッジ・ファミリー』が、初代であるウィリアム・ケンブリッジの代で瓦解しなかったのはこの露骨であり、政敵からは単なる人気取りとも言われた言葉がある。

だが現実はどうだったのだろうか?

確かに彼だけがこの『あ一号作戦』で安全な地球のニューヤーク市の地下シェルターで勤務しているのは間違いない。

だがたった数通の手紙、それだけであれだけの人間が彼を信じていただろうか? 彼に期待しただろうか?
彼を認めただろうか? 彼に何かを望んだだろうか? 何かを投影しただろうか? 彼の為に命を賭けれただろうか?

彼は実戦経験者。しかもあの地球連邦史上最大の大敗である『ルウム戦役』からの生存者、経験者で妻に至っては一年戦争の終戦まで前線にいたという。
そんな人間が単なる人気取りの為にメッセージを作るだろうか。しかも直筆で貴重な時間を費いやして。
この点から、彼、ウィリアム・ケンブリッジが単なる自派閥形成を目論む政治業者と見る人間と、前線の危険性を理解しているが故に部下を案じる上司と見る二つの派閥が政界、軍部に存在した。
そして、この事実だが、新型機であるジェガン隊の完全なる充足や満足のいく訓練、新型MS『Zシリーズ』の配備はウィリアム・ケンブリッジらが主導したからこそだと言う事を前線部隊は特に知っている。
これをどう捉えるか、人気取り政策か、軍閥化の為のやり方か、それとも本気の安否を気遣う心構えなのかは人それぞれである。

「やれやれ・・・・・あの人らしい・・・・・?」

と、タクナ少尉がシナプス宇宙艦隊司令長官と共に来た。どうやら厄介ごとらしい。
そう見当を付けるブライト・ノア中将、ロンド・ベル艦隊司令官。

「ブライト中将、来てくれ。シロッコ少将も一緒に、な」




セジル少尉の駆るギラ・ズールのビームマシンガンが一機のジム改を破壊する。
穴だらけになったジム改の後ろからジム・コマンドがビームガンを放つも、それを回避して更にビームの嵐を叩きつける。

(女を抱くように・・・・ふわりと・・・・優しく!!)

整備長の言葉通りに残ったビームで後退しようとしていたジム・コマンドを撃ち落とした。
ペズン要塞に取り付きつつある友軍のMS隊。
対地球連邦軍の新型MS『Z計画』用の機体であるバウ部隊がイリア・パゾム中佐指揮のもと、岩盤に上陸する。
援護のビームで固定式有線ミサイル発射装置を破壊、直ぐに後進した。盾を構えてデブリを防御する。

「こちらシャア総帥親衛隊002、敵機撃破。ビームエネルギー充電の為に、これより一時帰投します」

ミノフスキー粒子が濃いとはいえ、完全に包囲下に置かれたペズン要塞。故に有線通信もでき程の余裕がある。逆に言えば敵は既に死に体だった。
その数少ない生き残りの固定砲台からの蟷螂の斧の様な反撃を粉砕し、また目の前にいたサラミス改級巡洋艦をシュツルム・ファストで共同撃沈する。

「やった!!」

「落ちろよ、この裏切り者め!!」

「ジーク・ジオン!!」

同僚らの声が拾える。それだけ戦闘濃度が薄くなったのだろうか?
メインモニターで確認すると、そのサラミス改は艦橋を破壊され、カタパルトに着艦しようとしたジムⅡが誘爆、そのサラミスは漂流する事になる。
続けて接近してきた、いや、明らかに逃げ出してきたジム改を後方から一刀両断でビーム・アックスを使い撃破。これで7機だ。

(地球連邦軍って・・・・・こんなに脆いのか? それになんで故郷の防衛ラインにジオン本国の艦隊がいないんだ?)

心に若干の疑問を持つも帰投する彼の上方200kmを、ネオ・ジオン艦隊のペズン攻略部隊の一斉射撃とミサイル攻撃で更にペズンが抉られる。
残った艦隊が脱出を試みるも三方向から包囲され、撃沈されていく。
なまじ生き残っている部隊に脱出路がある。だから彼らに希望を持たせ・・・・殺していくのだ。兵法にもあるだろう。

「完全なる囲みは敵を死兵と変化させる。故に逃げ道を作って置くべし・・・・・か。さすが赤い彗星。ネオ・ジオンの総帥だ」

ジオン本国のギレン・ザビ独裁体制に嫌気がさし、若者らしい情熱でネオ・ジオンに志願した独立戦争の辛さを言葉でしか知らない学生兵士らしい感想だった。
まあ、その言葉通り、撤退しだした敵軍をあの『ヌーベル・エゥーゴ』とタウ・リン特別査察官の指揮する艦隊が追撃していく。
青色の親衛隊使用機は間違いなく、タウ・リン指揮下の部隊を指しており、全員がエゥーゴ強硬派の構成員で旧地球連邦軍。
旗艦となっている戦艦も、一年戦争(ジオン独立戦争)の最後の戦いであった『ア・バオア・クー攻防戦』で放棄されたバーミンガム級戦艦『パシフィック』の改装型であり、名前も『ヌーベル・エゥーゴ』だった。
その親衛隊使用のギラ・ズールが一気に敵艦艇三隻を葬る。悲鳴の様な救援要請が敵から出ている様だが容赦がない。
それは指揮官機であるシナンジュを駆るタウ・リンも同様だった。
既に9機のジム・コマンド、ジム改、ジムⅡの混合部隊を個別に撃破している。一年戦争以来のパイロットは彼を『青い巨星の再来』と呼んでいた。

「あの旧地球連邦軍の人たちもやるな・・・・エゥーゴにしておくのはもったいない・・・・あ、着艦許可が出た・・・・こちら002、これよりレウ・ルーラに着艦します」

そう言って攻撃軍旗艦のレウ・ルーラに帰還する。周辺には総帥派のムサカ級重巡洋艦17隻が展開していた。
今回の攻撃部隊は多き分別して二つ。

マシュマー・セロ中佐指揮下の『対ペズン要塞攻略部隊』

イリア・パゾム中佐指揮下の『対ペズン駐留艦隊攻撃部隊』

タウ・リン特別査察官(准将相当に当たる)『対ペズン駐留軍脱出部隊の追撃部隊』

最後に予備兵力であるシャア・アズナブル総帥直卒の『ネオ・ジオン総帥親衛隊』

この四つである。これはアクシズ本土に残っているハマーン・カーン摂政親衛隊とサルベージした旧式艦隊らを除く、ネオ・ジオンにある戦力の全てだった。
半壊し、内部から火が出るペズン要塞。ネオ・ジオンはまたもや勝利したのだ。
そしてこの勝利こそ、僕たちネオ・ジオンの理想達成と正義の証、そう信じる者は多かった。特に前線を勝利しか知らない若者たちに。アクシズしか知らない視野の狭い人々に。
それが戦略上の勝利に繋がっているかどうかと言う肝心な事を考えもせずに。




全艦隊の出港準備の為、サイド6経由で月の重力圏を利用したスイングバイを使う為に計算に追われる航宙科と補給物資の搬入に追われる主計科。
それ以外はブリーフィングをするか、家族と交信したりする、メッセージを送るか、戦中の兵士が良く言う『魂の掃除』をする為に歓楽街に行くかなどをする。
そんな中、ブライト・ノア中将はパプテマス・シロッコ少将と宇宙艦隊司令長官のエイパー・シナプス大将と共に来客を受けた。
しかも驚いたのは最初に宇宙艦隊司令長官室に入室してきたのは自分の息子だった。
茶色のスーツを着て、青いネクタイをしめた息子。

「ハサウェイ!? 何故お前がここに!?」

「ん? たしか君はブライト君のご子息のハサウェイ・ノア君ではないかな?」

「おや、何故君がここに?」

ブライトが、シナプスが、シロッコが驚く。
彼は確か地球にいる筈では無かったのか、或は本作戦の為にケンブリッジ長官の計らいで家族三人と共にグリーン・ノア3に先刻到着する予定だった筈。
それが何故この場に来ているのかが不思議である。
しかも、だ、彼らに取ってはあまり歓迎したくないお客様を連れて、である。

「父さん。あ、シロッコ少将とシナプス提督もご無沙汰しております」

そう言って一礼する。こういう素直な人間はどんな組織でも持て囃されるし、受け入れられやすいものであろう。そう思う。

「いや、気にしなくてよい。ところでハサウェイ君、きつい言い方だが君を呼んだ覚えはないが? 誰の許可を得てここまで来たのだ?」

シナプス提督が聞く。そうだ、ここは上級指揮官でもさらに上級将校でしか入室を許可されないエリアだった。

(警備の衛兵やセキュリティーブロックの暗証番号付きの扉だって100ではきかんぞ?)

シナプスの疑問も当然である。一般の提督室にさえ入るにはある一定以上の許可書が必要なのだ。
特に最重要エリアの一角である宇宙艦隊司令長官の執務室に入ってくる以上、明らかに誰かの後押しがある筈。

「そ、それは・・・・」

ハサウェイ・ノアが口ごもると、別の人物、ベージュのスーツにベスト、黒いネクタイをした男が入ってくる。
先程見た通り、何故ここにいるかと問い詰めたい人物の筆頭である。

「いや、彼は悪くない。彼とリディ中尉は私の護衛役と案内役で来てもらった」

そう言って入ってきたのはアデナウワー・パラヤ外務大臣だった。
自分達、そう、彼を筆頭に嫌っているティターンズの指導者で政界と軍に強いシンパを持つウィリアム・ケンブリッジ長官の最有力候補、『ケンブリッジ・ファミリー』の中に来るとは余程の案件を持ってきたのだろう。
このケンブリッジ嫌いの筆頭格は。

(厄介な!)

(ふん、俗物が・・・・わざわざ地球から税金の無駄使いの為にきたか)

(何でハサウェイが彼と一緒なんだ!? これはしっかりと問い詰めないと・・・・)

それは三人の内心の叫び。そしてブライトは動く。
息子であるハサウェイ・ノアへ。

「ハサウェイ、ちょっと来なさい」

そう言ってブライト中将は息子を連れだした。
無言でお茶を入れるシナプス。
現在、地球連邦政界で情報面からジャミトフ・ハイマンと手を組んでいる、この間議長に選出された地球連邦議会議長のグリーン・ワイアット退役大将からの個人的な差し入れ、南インド州産の紅茶だ。
ブレンドした紅茶で、ティーポットにお湯を入れる。お茶を作るのはシナプスなりの気遣い。これで親子面談を一瞬だがさせてやる。




「ハサウェイ、何故お前だけここにいる? 母さんとチェーミンは・・・・二人はどうした? まだ地球なのか? それならなぜお前だけが宇宙に来た?」

取り敢えず、部屋の外で息子に質問するブライト。
息子の返答は自分の予想通りであり、思わず愚痴りたくなった。
息子曰く、

『母さんとチェーミンはシャトルに乗れなかった。さっき来た外務大臣の政府閣僚特権でチケットを二枚取られたんだ。でも一枚は余ったから僕だけ宇宙に戻る事になって。
そしたら、クェスをホテルの部屋に閉じ込めたパラヤ大臣が何か直談判をしたいリディ中尉と一緒に案内してほしいからと言われて連れて来られた。
多分、僕がいた方が何かと親ウィリアム・ケンブリッジ長官派閥の多いグリプスでも良い思いが出来ると思ったんじゃないかとおもうんだけど・・・・下衆の勘繰りかな?』

との事。

「そ、そうか。それでお前だけが宇宙に来たのか・・・・ええい・・・時間が無いと言うのに・・・・ウィリアムさんにも確認しないと・・・・・すまんが父さんは一度部屋に戻る。
ホテルの場所は後でメールを使って送るか、この隣の部屋に待機してなさい。出撃まではまだ22時間ある。話くらいはできるだろう」

そういってそのまま戻ろうとするブライトだが、ハサウェイは二通の手紙を渡した。
いつも通り受け取る。直筆の手紙だ。

「これは・・・・・いつものか?」

「いつものだよ」

全く、さてと、魑魅魍魎のいる部屋に戻るか。




「そうだ・・・・今言った理由で艦隊の出撃を停止して欲しい。政府の特命を受けているんだ」

部屋に入るとシナプス宇宙艦隊司令長官に詰め寄るパラヤ外務大臣の姿があった。
片方は必死に、もう片方は困惑、第三者であるシロッコ少将は呆れ顔である。滑稽に見えるのだろう。事実、自分にもパラヤ大臣の姿が連邦政府高官の一閣僚とは思えなかった。

(・・・・特命? 何の事だ? この時期に艦隊の出撃を遅らせるほどの特命をあの強硬派のゴールドマン首相が出したのか?)

その疑問は即座に解決される。

「パラヤ外務大臣、その特命は誰が出したのですか? 首相閣下ですか? それとも地球連邦安全保障会議の閣議決定があるのですか?
或いは地球連邦安全保障法の定める緊急戦時特別命令のどれかに該当するのですか?」

シナプス宇宙艦隊司令長官の言う事は正論である。
そもそも宇宙艦隊を初めてとした地球連邦軍への指揮命令系統の頂点は地球連邦首相であり、次に地球連邦安全保障会議(FSC)の閣議決定が来て、この次に戦時特別命令の一環として緊急時の際は国防大臣に命令系統の委譲が来る。
それを終えてもまだ命令系統が機能しない時、この非常事態には臨時にティターンズ長官が全軍の総指揮権を持つ。
ただし、これは臨時命令である事から命令発令後10日以内に地球連邦議会の出席議員中3分の2の賛成が必要。賛同無き場合は、命令はその時点で撤回される。
そしてこれを踏まえた上で、地球連邦軍統合幕僚本部本部長へ、次に宇宙艦隊司令長官、地球北半球方面軍司令長官、地球南半球方面軍司令長官、地球連邦海軍総司令官の4名いずれかに軍権が与えられ、更に下って宇宙では各艦隊司令官、根拠地警備隊、コロニー駐留艦隊、地球では各地の方面軍司令官、州政府直轄の各州軍へと命令系統が下って行く。
つまり、現在のシナプス宇宙艦隊司令長官に命令をするには地球連邦首相の非常事態宣言発令(これは0096.02.15で宣言済み)による戦時特別命令かFSCの閣議決定が必要なのだ。
そのいずれも無い現状で、しかも既にFSCの閣議で決まった『あ一号作戦』を外務大臣と言う専門外の男が命令し撤回するよう要請しても、それを受け入れ止めに入る事など宇宙艦隊司令長官といえども、出来はしない。

(いや、違うな、してはならないのだ。それが文民統制の地球連邦の原則なのだから)

ブライトはシナプスの沈黙を正確に理解した。
そして沈黙が数秒間、空間を支配する。用意された水の氷が溶けてガラスに接触する音がした。

「・・・・・・・」

ソファーに腰かけて黙る外務大臣に追撃したのは、シナプス大将の右後ろで立っていたシロッコ少将だった。
この間、もう一人の中尉は直立不動のまま待機している。

「・・・・・黙られては困りますなぁ。外務大臣閣下は誤解されているようですが・・・ここにいる我々三名は皆前線で命を懸けて戦うのです。
その為の準備もありますし、現在半舷上陸中の部下たちの何名か、或は何百名、若しくは何千名かは確実に戻って来れない。
ならば最後になるかも知れない休暇を・・・・その邪魔を大臣の愚にもつかない個人的な功名心から潰してして欲しくは無いものだ・・・・・違いますかな? パラヤ外務大臣閣下殿?」

シロッコの言葉に彼の握りこぶしが恥辱で震えたのをブライトは見た。
確かに正論だった。だが、後半部分は頂けない。
わざわざそこで彼が敵視しているケンブリッジ長官の名前を事実上出す必要性は無かった筈。やり過ぎだ!! 思わずそう叫びそうになる。

「それにです、先ほど宇宙艦隊司令長官の言われた通り、我々は法に則った文民統制が原則の地球連邦軍であり、治安維持の為の武装組織であるティターンズであります。
パラヤ大臣・・・・大臣は先程の言で我が軍に地球連邦の法を犯せと仰った、その様に捉えても良い言動でしたが・・・・違いましたかな? 私の聞き間違いでしょうか?」

嫌味な言い方だな。確かに正論だが、これでは警戒されるし嫌われる。
余程自分自身に自信が無いと言えないだろう。或いは無関心かのどちらかを。

(シロッコ少将といい、彼らといい・・・全く、一体どうして俺の周りにはこんな連中が集まりだしているんだ?)

一年戦争の修羅場から何もかも変わりだした気がする、そう感じたブライト・ノア中将。
次期宇宙艦隊司令長官とも言われる男の憂鬱だった。まあ、これもいわゆるケンブリッジ効果の一つなのかもしれない。

「ついでにお聞きしますが・・・・今回の作戦で消費される予算総額を大臣閣下はご存知でしょうな?
あの財務大臣閣下が許可を出した限界値ギリギリの裁量です。お幾らになっているか・・・・お分かりの上でお聞きしておりますか?」

詰め寄るシロッコ。こうして自分が詰問する事でシナプス提督を、シロッコ少将が詰め寄る事で間接的ながら宇宙艦隊司令長官の立場を擁護している。
或いは、その後ろにいると言われているウィリアム・ケンブリッジ長官、それ自身を。

「それは・・・・」

言葉に詰まったパラヤ大臣。ここには数名しかいない。
ブライト・ノア中将、パプテマス・シロッコ少将、エイパー・シナプス大将、リディ・マーセナス中尉、そしてアデナウワー・パラヤ外務大臣だ。
当然ながら一介の中尉が最高機密の一角である軍事予算の総額など知っている訳が無いのでこれは純粋にパラヤ大臣の力量となる。
そう、『力量』だ。
専門分野の事だけに深く特化していれば良いのは官僚(軍人が典型例)だけであり、政治家は広く深く、それが無理でも広く浅くは知らなくてはならない。
それさえもわからないのか、という侮蔑の視線を向けるパプテマス・シロッコ少将。
木星船団第1船団船団長を率いていた事から、ある意味で政治将校でもあるシロッコ少将には目の前の人物の狼狽え振りが我慢ならないのだった。

「4兆3500億テラです。今年度の軍事予算の総額が17兆テラ前後だったことを考えると一度の作戦に対しては最大級の出費ですな。
これに加えて戦闘で発生する各種物資の消費や遺族への年金、負傷兵への保障費用も含めますとざっとこの倍は必要経費として計上されるでしょう。
それだけの予算を動かしたジャミトフ国務大臣、ロベルタ財務大臣、ケンブリッジ長官、バウアー内務大臣、オクサナー国防大臣、ゴップ官房長官、そして首相閣下。
彼らの承諾も無く本作戦を中止する事は出来ません。よろしいでしょうか?」

それは少将から大臣への命令になっていた。明らかに。
命令されて屈辱に身を震わせる。否、明らかに自分を見下している男に対して怒りを覚えるパラヤ大臣。

「・・・・・だ、大臣の命令でもか!?」

机を叩く。だがそれでビクつく様な将校では無い。生憎と此処にいる尉官の男性以外は全員が実戦経験を持ったプロフェッショナルだ。
この程度怒りや殺気でびくつく様ではあの戦争を生き抜く事など出来はしなかった。

「改めて申し上げましょうか、パラヤ外務大臣。
我が軍の最高責任者であるゴールドマン首相閣下の命令が既に下され、『あ一号作戦』参加の艦隊は全艦艇が出撃準備に入った、これが事実です。
変えたければ閣議で変える必要があるのですよ。我々の権限では作戦を遂行する事は出来ても止める事は出来ませんので。よろしいでしょうか?」

事実である。宇宙艦隊司令部にある権限は『あ一号作戦』をはじめとした『あ号作戦』系統の作戦の実行と指揮命令権であり、これの撤回・中止では無い。
それを言われれば黙るしかないのだ。

(ジャミトフにゴップ・・・・それにあの忌々しいケンブリッジめ!!)

何故この時期になってまでパラヤが宇宙に行けなかったのか、それは単純である。
彼らから見た『戦争屋』、アクシズ制圧を掲げる強硬派の連中が自分達の計画の邪魔をされたくなかったからだ。

(あの戦争屋どもが!!)

が、本音は違う。今後100年の人類の発展の為には地球連邦の軍備を見せつける事と宇宙開拓の新ステージに当たる惑星開発の為の各種技術の収奪が必要だと地球連邦政府は考えていた。
しかしながら当然の事として、その技術らを一から作るのは出来なくはないが時間がかかる。
ならば火星圏で20年以上も活動で来たアクシズ要塞の各種データを入手する事には大きな価値がある。そう判断されたのだ。
ゴップ官房長官しか知らないネオ・ジオン内部上層部にいるスパイが送ってきた概略の冷凍睡眠データとその被検体の生体データ。
更には今なお、万単位で眠らされている人々に加え、噂では地球連邦憲章違反として電子上での理論研究以外は禁止されているクローン技術の、特に『ヒト・クローン』技術があると聞く。
また火星圏のデータも存在する筈だ。どこをどう通れば一番近い航路で火星に到達できるのか、逆に危険な場所はどこなのか。
それらを手に入れられる可能性を見出した地球連邦政府上層部は『アクシズ要塞奪取』を決定した。

『パラヤに好き勝手やらせてその計画を邪魔されては堪らん』

というのが、ジャミトフ・ハイマンを中心とした武闘派の考えであり、これは『コロニー落とし』や『隕石落とし』の可能性を危険視したケンブリッジら中道派とゴールドマン首相の意見が一致する。

『とにかく、奴の出発は妨害する』

という何とも小学生の様な妨害工作で彼の出発を妨害していた。
だが、それを連邦政府閣僚特権の一つで、一年戦争の英雄の家族とはいえ一民間人からチケットを奪い取ると言う方法で宇宙に上がるとは思ってもいなかった。

『ええい、してやられた!』

この報告を聞いた時のジャミトフ・ハイマン国務長官の第一声がこれだったと、同席していた後輩にしてティターンズ長官のウィリアム・ケンブリッジは、後に妻のリム・ケンブリッジに語っている。
とにかく、宇宙に上がり、交渉の為に安全を確保するべく連邦軍を動かさないという密約をネオ・ジオンと結んでいたパラヤ大臣だったが、その目論見は大きく外れた。
既に万単位で一方的な奇襲攻撃で戦友が戦死した事もあって地球連邦宇宙軍内部の意見は硬化。『ネオ・ジオン討伐』という意見に傾いた。
実際、この戦いが終われば軍縮は必然であり、自分が出世するにはこの戦いが最後の機会であると捉える実戦経験の無い佐官や尉官が多かった事もある。
また、逆に一年戦争以来の玄人実戦部隊は自分達の老後を考えて、軍事費抑制の為や或いは孫や子供らの未来の為にも要らぬテロリストを掃討したかった。
彼らの脳裏には『水天の涙紛争』時の『ニューヤーク市攻撃』が鮮烈に刻まれていた。
これらの意見が合致し、更に敵の3倍近い数と、ジオン公国の援軍がある事から実戦部隊を初めとした地球連邦の軍部は非常に好戦的。
これを止められるのは現在、政治的には地球連邦首相のレイニー・ゴールドマンか、事実上の地球連邦宇宙軍総司令官とでも言うべき影響力を持つティターンズ長官ウィリアム・ケンブリッジしかいない。それを踏まえてシロッコは言った。

「首相やティターンズ長官、内閣官房長官、国防大臣らならともかく・・・・外務大臣閣下の力量では大いに不足ですな」

シロッコの最後の言葉が全てを物語っている。
そして彼は更に言う。述べる。

「大臣にはグリプス要塞で観光でもして頂きましょう。
私の副官でもあるサラ・ザビアロフ少尉を特別に案内役として外務大臣の従卒役にしましょう。確か・・・・大臣には年頃のご息女がいたとか・・・・彼女ならご息女相手も問題ありませんな。
なに、このネオ・ジオン討伐作戦、その艦隊戦は一度始まれば2日と持たずにネオ・ジオンの敗北で決着がつきますから」

事実である。正面きっての艦隊戦では絶対にネオ・ジオンは勝てない。それは相手も、目の前の男も、あのジオン公国の独裁者らも理解している筈だ。
だからこそ、サイド1という自分達ネオ・ジオンの支持者が少なく、ソロモン要塞、月面都市群、サイド6など正規艦隊の駐留艦隊も無いコロニーサイドへと奇襲攻撃を仕掛けて全軍の士気を上げた。
まあ、この奇襲攻撃で多数の戦死者を出したジオンと連邦も同時に士気が上がってしまい、警戒感を増やしたから意味が無いかも知れないが。
その後は暗礁宙域に閉じこもり、使い捨ての民間軍事会社の偵察艦隊を刈り上げる事に夢中で大量の物資を消費した。
これにどれだけのネオ・ジオン軍の軍人は気がついただだろう?
あの作戦の第一段階と第二段階にはアクシズの所在地確認と同時にネオ・ジオン軍全体の物資の浪費をさせる意図があったという事実に。

「とりあえずは暇な衛兵を呼びましょう。何かあれば彼らに言ってください。
地球への帰還、各サイド、月面都市群、ソロモン要塞、ジオン公国へのご訪問はご自由に。ただし、安全は保障しません。
艦隊の護衛も付けません。各地の艦隊は『あ一号作戦』の偵察に使います。ネオ・ジオンがどこをうろついているか分かりませんからね。ああ、言い忘れておりました。
このネオ・ジオンの軍事活動による経済的な停滞の打開も対ネオ・ジオン掃討作戦の要因です。
宇宙海賊と何ら変わらないネオ・ジオン軍を野放しにしていてはせっかく再建され軌道に乗った『地球=コロニー=月=ジオン』の巨大経済圏を破壊されますので」

そう言って形だけの敬礼をして部屋を去るシロッコ少将。
怒りを抑えて立ち上がったアデナウワー・パラヤ大臣。

「失礼する!!」

パラヤ大臣も怒りと屈辱に身を震わせながら退室した。
残ったのはエイパー・シナプス大将とブライト・ノア中将にリディ・マーセナス中尉。

「やれやれ・・・・少しは年寄を労わって欲しいな・・・・ん?
そこの・・・・中尉か・・・・・君は・・・・まだ何か要件があるのかね?」

10分に満たない会見だったがシナプス大将は呆れていた。
そうだろう、あそこまで言う必要はないし、もっと大人の対応をすべきだった。あれがパプテマス・シロッコ少将の悪い癖だ。
認める人間は認めるが、認めない人間はとことん認めず、他人を見下す癖がある。というか確実に見下している。
そう考えると頭が痛い。だが、非常に優秀なのはわかる。実務でも実戦でも、だ。それに兵士からの人望もある。

(自分を生きて返してくれるならどんな性格だろうと兵士にとっては信頼できる名将だからな・・・・それを踏まえればシロッコ少将の普段の言動も大胆不敵に見えるだけ。
故に前線のMSパイロットに受けが良い。
狙ってやっているのなら大した人物だし、反乱鎮圧でもメッサーラと言う自分の機体を駆使して闘う闘将タイプの指揮官。
艦隊司令官の私とは大違いだ。まあ、それ故に艦隊戦では癖が強すぎて次の一手が読みやすいのだがな)

シナプス大将がそう評価していると目の前の若者も切り出した。

「司令長官閣下!! 自分を今回の討伐作戦に加えてください!!」

何を言っているのかサッパリわからん。
これがこの時の、その瞬間のシナプス、ブライト、両提督の正直な感想である。

「私はまず君の姓名と官職さえ知らないのだが・・・・君は誰だ?」

宇宙艦隊司令長官にとって一介の中尉など余程の腕前を持たない限り一兵士に過ぎない。冷酷な言い方をすれば、だ。
第一、 それは軍人となった人間全員が通る洗礼。
あの一年戦争中のアムロ・レイとて、エルラン中将らはそれほど特別扱いしなかった。

何故か? 
それはする必要性を認めなかったからだ。

後世の歴史家が『ウィリアム・ケンブリッジの復讐』或いは『ケンブリッジ家勃興の契機』と呼ぶリム・ケンブリッジの召集令状でもレビル将軍はたかが一大佐とその家族の事など気にも留めなかった。
結果としてそれが彼、ウィリアム・ケンブリッジの造反を招き、ゴップ、マーセナス、ブライアンらの独自のルートによる終戦協定締結へと繋がった。
そして件のレビル将軍はその死後、欠席軍事裁判における軍籍剥奪へと繋がったのだから簡単には言えないだろうが。

「リディ・マーセナス中尉であります。この度、Z計画の一環として開発されているグリーン・ノア4のリ・ガズィのテストパイロットに配属されました」

それで?
それがどうした?

二人の将官の目はそう問い詰める。
そうだ、だからどうしたのだ?
自分の人事に文句があるなら人事課に言えば良い。わざわざここに来る必要があったのか?
そう視線で問い詰める二人。
だが、若い子の中尉にはそれが気が付かない。

「自分は家柄で差別されたくはありません。自分が出した転属要請を軍上層部が父への顔色伺いで潰した事も知っております。
自分は新型機のテストパイロットではなく実戦部隊への配属を希望しておりました!!
しかし・・・・父親の影響でその様な扱いをされては・・・・私的な人事評価をされては迷惑であり!?」

ドン。机を全力で叩いたシナプス宇宙艦隊司令長官。コーヒーカップがガチャガチャとこすれる。
思わずブライト中将が手に持っていたドリンクのペットボトルを落とした。
怒気を放っている。あの一年戦争以来の上官であり敬愛していた戦友がここまで怒りを放つとは。

「思い上がりも甚だしいぞ中尉!! 貴様は自分が何を言っているのか分かっているのか!?」

彼は続ける。歴戦の提督、地球連邦軍最良の提督の言葉には重みがあり、実戦経験豊富な筈の自分、ブライト・ノア中将でさえ飲み込まれる。
ましてや実戦経験どころか碌な社会人経験も無いような、無さそうな若造では一年戦争以来、いや、それ以前から宇宙空間で前線勤務をし、叩き上げで地球連邦宇宙軍の実戦部隊最高司令官にまで来た男の怒気は勝てないだろう。

「貴様は自分の意見が正規のルートで通らない事を知って、それを認めたくないからここに来た、そうだな?
なるほど、人事課は君を殺して自分達に責任や圧力が来るのが嫌だと思ったか、それは筋が通る理屈だ。君の様な目立ちたがり屋の若者にはありがちだな。理解できる。
本当は前線で戦いたい。まあ、それも分からなくはない。若者の特権でもある。
だが中尉!!」

そして言う。相手が竦み上がっているのも分かっていて。

「君は地球連邦軍でも最上級将校の一人である私に、あまつさえ外務大臣と共に正規の手続きを取らずに自分の意見を直訴するとは何事だ!!
その行為自体が既に自分は特別だと言う特権意識があると何でわからん!?
それでよくも人事課の面々を罵倒できたな!!
君は君が思う程特別では無いし、君が思う程気にされてない訳でもない!!
先ず問題があると考えたならば・・・・・家柄で差別されたと考えたならば正規の手続きを取ってから人事課にその旨を申し立てよ!!!」

ティターンズにせよ、地球連邦軍にせよ、正規の人事評価・人事課のルートを通して辞令が下る。それは確かに父親などの影響力は考慮される。
当たり前だ。人間が作った組織であり、運営するのも人間である以上、その決定権を持つ最たる存在の人間が完全な機械の如く動ける筈もない。
ならば、だ。確実に恣意的な、私的な感情が入る。これは私立公立の各学校の推薦入試や各加盟国の地方・国家公務員試験、一般企業の採用試験でもそうである。
むしろ恣意的な、私的な感情を一切除外した組織があるなら見てみたいモノだ。

「それともだ・・・君はまさか絶対公平に組織は運営され、自分の思い通りになると思ってこの巨大官僚機構である地球連邦軍に入隊したのか?」

さっきまでの怒気を抑え、シナプスは今度は冷徹に聞く。
答えられないリディ・マーセナス中尉。

「そ、それは・・・・その」

組織と言う以上、意に反する事もするし、自分とは違う考えの持ち主の下で働く事も、望まぬ部署に転属となる事も多々ある。と言うか此方が絶対多数派。
やりたい事をやる為に何十年も積み重ねる人間の方が多く、その大半は途中で容赦なく淘汰される。
それをこの目の前の中尉は理解してない。

「ハッキリ言おう、君の考えは小学生にも満たない子供が欲しい玩具を強請る行為と何ら変わらんよ。
君は自分の両親がマーセナス家の一員であり北米州出身の地球連邦議会議員の一族で・・・・しかも先代の首相閣下であった。
故にどこかで君はこう思っているのではないか? 
自分は特別だ、自分が選ばれないのは家柄の所為だ。だから家柄さえなければ何でも思い通りになる、と」

違うのかね?

シナプス大将の辛辣な言い方。だがその理由を知っている。
ブライトの部下にも居たのだ。自分を特別視していた馬鹿が。
そいつは一年戦争でいろんな経験をして今では一端の人間になったがあの当時は傲慢な自分が特別だと思い込んでいた男だった。
その名前を『アムロ・レイ』と言う。ガンダムで脱走した事もあった。
もしも最後の戦いで、『ア・バオア・クー攻防戦』で目の前で友人のハヤト・コバヤシが死に、良き先輩だったスレッガー・ロウ大尉(死後昇進)が自身の命の盾にならなければ彼は変わらなかっただろう。
それだけは分かる。その後の『水天の涙紛争』後に間接的に経歴や人柄をジオン軍の人事部から知ったエリク・ブランケらやマレット・サンギーヌらも同じだった。
アムロは気が付いた、彼らは気が付かなかった。

(自分は特別だと言う傲慢さが死に至る・・・・それが戦場だと言う事を彼らは気が付かなかった。
そして、目の前のマーセナス中尉も気が付いてない。これは危険な兆候だ・・・・彼だけでなく周りも巻き込んで殺す・・・・だからここまで司令長官はお怒りなのか)

その差が今に出ている。だから逆にテロに走ったカツ・コバヤシもそう言う意味では犠牲者かも知れない。

『自分こそ特別である』

そう信じた結果が、戦死だ。
その現実を知っているからこそ敢えてシナプス大将は辛く当たるのだ。
彼とて若者が自分より先に死ぬのを喜んでみている訳では無いのだから。

「・・・・・・・・リ・ガズィのテストパイロットを任せられると言う事は操縦技術面に関しては正統な評価が下されたと言う事だ。
仮に私が人事の最高責任者なら使えないと判断したパイロットに主力機であり象徴の機体、Zガンダムの簡易量産型試作機を渡す事はしない。
そう言う意味では君の言う父親の呪縛は無いと思う。そしてテストパイロットの危険性や重要性を認知できないなら・・・・」

青い顔をするリディ・マーセナス中尉にエイパー・シナプス大将は冷徹に言った。

「今すぐにパイロット職をやめろ。ここで辞表を書け。私が即座に受領する。
私は艦隊司令官として何度か・・・・いや、何十もの実戦を見てきたが、MSの実戦への登場から、つまりルウム戦役以降からパイロットの戦死率は高い。非常に、な。非常に、だ。
そして歴史上の事実として言うが、君も士官学校で習った筈だな?
不良個所を洗いざらしする為の航空機系兵器テストを行うテストパイロットの死亡率も十分高い。実戦配備された機体と試作機は前提条件が全て違うのだから。
故に、だ。君が生き残る確率を上げる義務がある上官として、まずは『忠告』という形で言おう」

続いて出たのは今までとは違って穏やか口調。
親が子を宥めるような口調。彼なりの優しさ。若者に死んでほしくないと言うシナプスの親心。

「ならばこそ、リディ・マーセナス中尉、貴官は貴官に与えられた任務を全うせよ。
私がこの地球連邦宇宙軍宇宙艦隊司令長官という地位にいるのもそれこそ君と同じような歳に配属された軍用シャトルの航宙士から経歴を一つ一つ重ねたからだ。
決して焦る事は無い。それにだ、年配者として言うが親は必ず自分より先に老いる。そして何時までも雛鳥でいる事は出来ん」

何かを耐える中尉。怒りか? 恥か? 屈辱か? それは分からないし、分からなければ分からないで結構だとも思う。
シナプス大将のその言葉は一年戦争で失った自身の息子らへの手向けだったのか?
後にブライトはシナプスと個人的な打ち合わせをしたときにのそう思った。

「私が言いたい事はそれだけだ。中尉が前線に出たいのなら止めはせんから人事課に出頭して転属書を提出したまえ。
それが通るか通らないかについてだが・・・・私は一切関与しない。弁護も擁護も否定もしない。他の提督らがどうこうするとも思えんがな。
そして仮に通ったとしても君の乗機が申請した機体になるとは限らん。現在のロンド・ベルや第13艦隊等には余っている機体は少ない。
下手をすれば偵察艦隊所属のハイザックの可能性もある。それが現実だ。いいかね?」

他に何も無ければ退出したまえ。
無言でそう言うシナプス大将。
敬礼してさるマーセナス中尉。
溜め息ひとつをする。肩をもむシナプス大将。

「やれやれ・・・・最近の若者は我慢を知らんな。全く持って困った事だ」

全くだ。あれなら一年戦争のアムロらの方がまだましだ。
噂には聞いていたがマーセナス首相は代々子育てに失敗している家系というのは本当らしい。
ハサウェイとチェーミンはそうならないようにしないと。少しはウィリアムさんを見習ってほしいものだが・・・・あの様子では当分は無理だな。

「シナプス提督も何かと面倒を見ますね。
あれがシナプス司令長官でなければ見限ってさっさと前線に放り込むか、有無を言わさずに後方勤務でしょうに」

親心というか親切な方だ。その言葉にあの若者は気が付けただろうか?

「さてな、実際に言われなければ傲慢な自分と言うのは気が付かないモノさ。
私だってそうだった。あの航海実習で直属の上官らに殴られるまでは、ね。
それにだ、一年戦争時代の君ほど苦労している訳では無いよ。各提督は優秀だししっかりと御互いを支え合ってくれている」

なるほど。それでか。

「シロッコ少将も、ですか?」

ああ、彼もだ。

宇宙世紀0096.02.18
この日にエイパー・シナプスを宇宙艦隊司令長官に任命していた事はネオ・ジオンとの戦いにおいて当時の地球連邦が打てた最良の一手であると言われた。



宇宙世紀0096.02.20、最後まで抵抗、脱出を試みた部隊が壊滅。ペズン要塞の民間軍事会社の面々はネオ・ジオンに参加する事を条件に身の安全を保障された。
逆らった者はエア・ロックから問答無用で宇宙に放り出されたという。
何はともあれ・・・・ペズン要塞はネオ・ジオン軍の支配下にはいった。各地には戦闘で破壊されたMS隊の残骸や戦艦、巡洋艦だった存在が宇宙を舞う。
そんな中で、タウ・リンは気が付く。ネオ・ジオン軍にとって致命傷とでもいうべき事態に陥っている事を。
アクシズ要塞の総司令部に召集された幹部たちの前でタウ・リンは沈痛な表情で述べた。

「弾薬と推進剤の消耗が激しすぎる。早い段階で工業地帯を手に入れないと戦えなくなる。
さっき部下たちと一緒にここの武器庫を見たが連邦製の武器弾薬ばかりでネオ・ジオンの規格に合う奴が少なすぎる」

事実だった。ネオ・ジオンとは言っても所詮は辺境の一要塞にすぎず、水天の涙紛争時の様な大企業の支援も無ければ、ジオン独立戦争時に様な工業基盤を持ったコロニーサイドの後押しも無い。
あるのは蓄積した物資、ただそれだけ。考えれば分かる事だ、いずれは枯渇する。地球連邦軍とは何もかも違う。しかも地球連邦とジオン公国が締結した『地球圏共通規格制度』を導入してない。
ここまで前提条件が違う以上、ネオ・ジオンに残されたのはサイド3を道連れにした特攻作戦か、サイド3占領後の長期自給体制の確立かのどちらかしか無くなった。
そしてそのいずれを選択するにせよ。彼らネオ・ジオンは徹底抗戦の構えを見せる嘗ての祖国、祖国に救うダニだと指導部が断言するザビ家の私兵集団と化したジオン軍を突破する必要があった。
展開するジオン第一艦隊、第五艦隊、デラーズ・フリート、ジオン親衛隊艦隊の四個艦隊とネオ・ジオン軍の総力はほぼ互角。
これにサイド6から急行するジオン第三艦隊と本国予備兵力のジオン軍の第二艦隊とミネバ・ラオ・ザビ護衛の為にグラナダ市に訪問中の第四艦隊が参列すれば総数でもネオ・ジオン軍を上回る。
質もマラサイやゼク・アインなどはネオ・ジオン軍のギラ・ドーガやギラ・ズールと互角であるか若干不利という程度であり、時間をかければ地球連邦軍のブレックス・フォーラー中将指揮下の月面方面軍四個艦隊が、さらにはソロモン要塞を出撃した第10艦隊とサイド6駐留軍の第11艦隊が動くだろう。

「なあ赤い彗星。これを見な。お前もだぜ、ハマーン・カーン摂政殿?」

画像を映す。その艦隊数を見た部下たちから、同志たちから呻き声があちらこちらから聞こえてくる。
それだけの威圧感が画像越しとはいえあった。

「既にルナツー、ア・バオア・クー、グリプス、ソロモンからは艦隊の出港が確認された。これは貧弱なこちらの偵察網でも確認できる。
つまりだ、逆に言えばそれだけの大艦隊がこっちに向かってきていると言う事になる。そう言う事だな? それは分かるな?」

確認するタウ・リン。
今までの戦闘で破壊できた機体を調べたところその殆どがジム改やジム・コマンドなど一年戦争時代の機体に、少数のジムⅡ.
つまりは簡単である。これらの機体の大半はネオ・ジオン軍の戦力と物資を消耗させる為に使い捨てとして配備された囮だった。
パイロットや乗組員も民間軍事会社であり、決して正規の軍人では無かった。事実、捕虜の一部、彼らは地球連邦憎しで自分達に協力すると言ってきている。

「民間軍事会社を利用した大規模な囮作戦。では哨戒網に使われた艦隊も同様だと?」

ハマーン・カーン大佐が聞く。
周囲には親衛隊の参謀や副官、ハマーン派のマシュマー・セロとキャラ・スーンがいた。
どこか眼光が鋭い。まるで嫌な事を言うな、ハマーン様を敬えという視線だ。

(これだから戦勝しか知らない奴は・・・・現実を知れ、馬鹿が。何事にも真実に基づいて行動する事が大切なんだよ!)

だが、言ってやるしかあるまい。この中で全盛期の地球連邦政府や地球連邦と言う国家の底力を知っているのは自分だけだろうから。
ヌーベル・エゥーゴを指導して反地球連邦政府運動の武力闘争を繰り広げた手腕は伊達では無い事をこいつらに教えてやる必要がある

「はん、そう睨みなさんな。
まあ間違いはないね。俺たちはサイド1の奇襲成功で有頂天になった所をまんまと出し抜かれていた訳だ。
こっちの映像を見な。これが連中が索敵に使った部隊。どいつもこいつも二級か三級の部隊に加えて大半がゴロツキと変わらん民間軍事会社の社員で運営されていた。
それを踏まえればおのずから連邦軍とジオン本国の、ザビ家の私兵集団の意図が分かるよな?」

此処まで言われたら余程の馬鹿では無い限り分かるだろう。
地球連邦軍の意図が。そして自分達が何をしていたのか。

「け、敵は来るぞ。そう遠くない将来に・・・・・後は時間だな・・・・敵の主力部隊が進撃を開始したのは間違いない。
ならば俺たちがジオン本国に到達するのが早いか・・・・それとも月面にでも隕石落とし作戦に切り替えてしまうのか? 
それもありだが・・・・いや四個艦隊を突破するんだ。ジオン本国攻略作戦に費やす労力と苦労は一緒だろうな。そんなに大差あるとは思えん。
或いは地球連邦軍と決戦をするか・・・・この三択だ。どれをとっても完勝しない限り未来は無いって事だけは共通事項だ。なんとも輝かしいね。ジーク・ジオン様様だ」

タウ・リンの言葉はネオ・ジオン軍の幹部らに重くのしかかる。
その一方でジオン公国から第四艦隊が出港し、月のグラナダ市、地球連邦宇宙軍月面方面軍月面鎮守府(事実上の対ジオン公国抑止力軍)へと少女らが訪れた。

宇宙世紀0096.02.21である。
使者の名前をミネバ・ラオ・ザビ。この国家緊急事態の危機に際して『あ一号作戦』から除外されている月面方面軍の四個正規艦隊を動かすべく、そして中立を保っている月市民の心を動かすべく来訪した。
月に住む人間が25億人を突破している以上、また、フォン・ブラウン市やグラナダ市に匹敵する新月面都市群であるガリレオ市、アルテミス市、カグヤ市の建設をジオン資本と連邦資本が共同で行っている事からこの方法は有効と考えられた。
そう、ジオン公国王族による月市民の扇動である。
本来ならギレン・ザビが動くべきだったが既にジオン本国が戦場となる可能性がある以上、敵前逃亡と言われる行動は出来ない。
そこで、シーマ・ガラハウ中将に第四艦隊を預けて、自身の姪であるミネバ・ラオ・ザビを送る事にした。
ギレン・ザビ第二代ジオン公国公王の息子、グレミー・トト・ザビは第一艦隊の、娘のマリーダ・クルス・ザビはジオン親衛隊艦隊の司令官として出撃準備に入っている。
またドズル・ザビは国民の避難誘導と緊急時の本土決戦の総指揮を取るべくズム・シティからバンチを丸ごと改造した巨大CICとなっているガーディアン・バンチに向かった。
サスロ・ザビはこの事態の経済面でのダメージを最小限にする為にジオン公国議会議長のマ・クベやジオン公国首相のレオポルド・フィーゼラーらと協議中である。
そしてグラナダ市で、ミネバ・ラオ・ザビは『地球連邦には味方する』、だが『ジオンには援軍を出さない』と言う事で最初から一致していた月面都市群の政財界の重鎮ではなく、月面都市に住む全ての民に直接訴えようとしていた。




月面都市グラナダ市グラナダ放送局にある『連邦放送』の月面都市グラナダ支局。
その放送局の無数のカメラが設置された舞台裏で。
親衛隊の護衛の下にいる少女。まだあどけない、女とは到底言えない少女は震えていた。

「・・・・・・バナージ」

ミネバが、いや、この場合はオードリー・バーンだろうか?
彼女が震える声で、擦れる声で自分に縋る。
考えてみればこの子は自分と同い年。こんな重圧、下手をすれば月面市民25億人、サイド3に住む7億人の32億人の人生を決める立場に立つ人物じゃないだろう。

「・・・・・・・オードリー」

その瞳が震える。泣き出しそうな、緊張のあまりに青い顔をファンデーションで誤魔化す親衛隊の女性士官たち。

(大人の都合で!! オードリーだってまだ子供でしょうに!!)

だが、そんな事は関係ないと彼女らは『ミネバ・ラオ・ザビ』を化粧する。舞台に上げる為に。自分達の都合の為に。
事前に用意されたジオン公国の女性用軍服、それも大佐の軍服に袖を通したミネバの、オードリーの顔はそれでも青かった。

(怖い! 私・・・・・怖くてたまらない!!)

恐怖で、自分がこれからするであろう結果を想像して足が震えているのが分かる。
そうだろう、誰だって32億人と言う膨大な人を戦場に送りたくない。まして目の前の人間はまだ少女なんだ。

「え? バ、バナージ?」

と、バナージ・リンクスは、ビスト財団のバナージ・ビストではなく、ミネバ・ラオ・ザビでは無いオードリー・バーンという女の子としての両手を握る。

「オードリー・・・・俺が一緒だ。君の側には俺がいる」

「!!」

驚くオードリー・バーン。彼にとっては目の前の少女はミネバ・ラオ・ザビではなく、オードリー・バーンだった。それ以外の何物でもない。
そうだ、俺にとっての彼女はオードリー・バーンであり、ミネバ・ラオ・ザビでは無いのだ。そう考える。そうする。そう信じる。

「俺はね、ミネバ・ラオ・ザビの愛人でも構わない。オードリー・バーンという女の子の隣に立っていられるなら愛人でも愛妾でも良い。
或いは去れと言うなら去る。だけどさ、少しはオードリーの肩の荷を分けてくれないか?
俺はそんなに頼りない? ずっと一緒だったけど・・・・そんなに情けない男かな?」

首を横に振る事で否定するミネバ・ラオ・ザビ、若しくはオードリー・バーン。
両手を握ってくれているバナージの体温が、心臓の鼓動が伝わってくる。
それが何とも心地よかった。先ほどまでの緊張感が無くなっていく。どうしてだろうかと思ったら単純だった。

(そうか・・・・・好きな人が・・・・・バナージが隣にいるからだ)

それが理由。
古来より、いや、若しかして人が命を懸ける最大の理由の一つであったかもしれない。
それが彼らの、オードリー・バーンとバナージ・リンクスの戦う理由。

「バナージ」

「ん?」

そう言って多くの護衛達の前で目をつむった。
これが何を意味するか分からない程、バナージ・リンクスは鈍くは無かった。

「本気なんだね?」

無言で承諾するオードリー・バーン。この時の彼女はミネバ・ラオ・ザビではなく、一人の10代の女の子、若者であるオードリー・バーンだった。

「本気じゃなきゃ・・・・私のファーストキスをあげないわ」

その言葉に唇が重なる。
影が重なる。
それを敢えて止めない親衛隊。大人として分かっていたのだ。親衛隊としてでは無く、大人としてミネバ・ラオ・ザビがどの様な重圧をこれから受けていくのか、それを。
だから好きな人と一緒にいる時くらいは居させてやろう、キスの一つや二つくらいは見逃そう。
そう考えた。

「・・・・・・・・ありがとう・・・・・・わたし・・・・・・・行くわ・・・・・バナージがいるから・・・・・行ってこれる」

そして舞台は変わる。一つの演劇の幕は上がる。
先程までの恋する乙女の顔とは打って変わり、国家の指導者階級として凛々しい表情で部隊の演台に立ったミネバ・ラオ・ザビは演説する。

「私、ザビ家の一員であるミネバ・ラオ・ザビはこの月に住む全ての民に聞きたい。貴方方はどう選択し、何を望むのか、と」

その言葉が月面都市の面々を抉る。

「我々はあくまで同じ宇宙に住む民であり、地球連邦との盟友であり、同志である。それを私、ミネバ・ラオ・ザビはザビ家とジオン公国国民を代表して感謝し尚且つ嬉しく思う。
・・・・・現在、ネオ・ジオン軍とキャスバル・レム・ダイクンを名乗る不届き者がジオン本国に向けて無法にも軍を派遣している事は周知の事実であろう。
にも拘らず、月市民の反応は何故こうも冷淡なのであるか!? 月市民はネオ・ジオンを名乗った武装勢力がサイド1で何をしたかをもう忘れたのか!?」

ミネバは右手を大きく左から右に水平に流して、その後、演台を両手で叩いた。
更に演説は続く。伯父ギレン・ザビの指導の賜物である。
伊達に伯父は一年戦争、ジオン独立戦争を総帥として指導し、ジオン公国を地球連邦と唯一対等な国家にまで育て上げてはいなかった。

「月市民の方々よ、仮に私の故郷であるジオン本国が陥落すれば地政学的に次に狙われるのはここグラナダ市である事は明白な事。
軍でもなく国家でもないネオ・ジオン軍が大量破壊兵器や質量弾攻撃を行い、それを100%の確率で防ぎきる事が出来ない以上、月面都市グラナダの壊滅、崩壊の危険性は常に伴う。
或いはかつてのジオン独立戦争で我が部下、エギーユ・デラーズが一瞬のうちに月面全域を掌握した様な電撃戦もあり得る。
地球連邦軍の駐留艦隊が絶対に勝利すると言う保証はどこにあるのか!?
何故、諸君ら月市民はこの事態を対岸の火事だと思っているのか!?
これは決して対岸の火事では無い。自分らが住む家の、その隣家で燃え上がった火事であると何故気が付かないのか!!」

ジオン公国7億の民の為にも彼らは動くしかない。動かせればよい。月面方面軍のブレックス・フォーラーも艦隊保全の名目で出港さえしてくれればそれで良かった。

(お父さまが言っていた。実際に戦わなくても戦力はあるだけで意味がある、と)

月軌道防衛の任務も含んだ地球連邦軍月面方面軍四個艦隊だが、月の衛星軌道にさえ迎撃陣を敷いてくれればそれだけでジオン本国を狙うネオ・ジオン軍への大規模な牽制となるのは明らか。
だが、その大前提としては艦隊の防衛圏外への出港をここにいる月市民らに認めさせなければならない。
誰だって我が身が一番かわいいものだ。我が身を犠牲に出来る程の信頼関係を持つ者や、それが出来た人物を人は尊敬するのはそう言う裏事情あっての事だ。
そしてこの17歳になる少女は同い年のバナージ・リンクスの力を借りて、月に住む市民約25億人を死地に追いやろうとしていた。
それが如何に罪深い事かを聡明な彼女は理解していた。自分が咎人になりつつあると言う現実を。

「私、ミネバ・ラオ・ザビは祖国ジオン公国の王族、公女の一人として、高貴なる義務を持つ一人の人間として月市民に問おう!!
我々ジオンと共に戦い、地球連邦と共に立ち上がり、ネオ・ジオンを名乗っている無法者らを外洋で殲滅するか?
それとも所詮は対岸の火事だと考えて貴方方の隣人であり友人でもあるジオン本国がネオ・ジオンを名乗る叛逆者に蹂躙されるのを黙って見ているか!?
私は貴方方に問う!! 私の姉と兄は戦地へと向かう。父と伯父らはジオン本国と心中するつもりである!!
仮にジオン本国が落ちた時、次に狙われるのはここグラナダ市である可能性は極めて高い・・・・いや、確実にここである!!
グラナダ市に廃棄コロニーを落とし、月面経済を崩壊させる事で地球連邦経済を混乱に追い込む。それこそネオ・ジオンを名乗る者達の狙いなのだ!!」

まあ、その、ギレン・ザビが描いたネオ・ジオンへの言いがかかりもここまで来ると立派である。嘘も方便とはよく言ったものよ。
本気で『コロニー落とし』をするつもりなら確かに、一年戦争時代と戦後から10年以上続いた拡張工事によって月の裏側市にある総人口5億人を突破した都市グラナダは格好の標的。
もしもグラナダ市が壊滅すれば確実に地球連邦の地球=宇宙経済圏は大打撃を受けるだろう。
無論、ネオ・ジオンの方が先に壊滅するだろうが、それでも月面都市グラナダへの『コロニー落とし』とグラナダ市消滅に伴う大規模な経済混乱、いや、大恐慌。
その結果、地球圏経済が復興するには30年の歳月はかかると言うのが地球連邦政府の政府中央シンク・タンクの地球連邦経済諮問会議の結論である。

「故に私、ミネバ・ラオ・ザビは貴方方一人一人の勇気ある決断を欲している!! 私達ジオンの民と共に立ってほしい。
漸くにも手に入れて安定してきた新秩序を、ジオン独立戦争の戦後に出来た新たなる秩序を崩壊へと導かんとするネオ・ジオンの暴挙を止める為に。
私の様な政治に利用される哀れな人間を減らす為に、そして、大量殺戮を目論むネオ・ジオンの狂気を阻止する為に!!
サイド1の惨劇を繰り返さない為にも!! 月に居る全ての民よ、私達ジオンと連邦と共に歩もう!!
我らジオンと連邦と月の未来の為に!! 今後にある輝かしい四半世紀の繁栄の為に!! 月に住む25億人の生存権確立の為に!!」

そう言って儀礼用のレイピアを高々と掲げる。そこにはジオンの国章が刻印されており、しかも欧州の鍛冶師に特注で造らせた剣。
ギレン・ザビが個人的に集めている各地の名刀・名剣の一つだった。持っている右手に隠れて見えないが柄にはギレン・ザビと彫ってある。
その後ろ姿を舞台裏から見てバナージは思った。ミネバが、オードリーは泣いている、と。
自分が人を扇動して、人を支配下に置いて、そして人を殺させる為に戦場に追いやろうとしているその事実に。それしか出来ない自分に。

(・・・・・・・オードリー)

自分の右手と左手の爪が皮膚を引き裂いて血を流している事に気が付いただろうか?
バナージはそれ位に怒っていた。何も出来ない自分に、こんな重圧を押し付ける現実に。

(オードリー・バーンという女の子として生きる事を許されず、ミネバ・ラオ・ザビとして生きる事しか許されない。
俺は誰にこの怒りをぶつけたらいいんだ!? 俺自身にか!? オードリー・バーンという悲劇のヒロインにか!?
それともミネバ・ラオ・ザビという政治家の娘にか!? 或いは彼女を利用する全ての存在になのか!?)

自分でも訳が分からない感情の渦が巻き起こる中で、一人の少年が叫んだ。
それは用意されたサクラでは無かった。少なくとも彼女の演説に感化された少年だった。
良く見るとまだ15歳にもなっては無い。

「ジーク・ジオン!!」

その言葉は一気に波となって会場全体に響き渡る。
大人も、子供も、女も、男も、老いた人物も、若人も関係なく

「ジーク・ジオン!!」

「ジーク・ジオン!!」

「ジーク・ジオン!!」

「ジーク・ジオン!!」

「ジーク・ジオン!!」

「ジーク・ジオン!!」

「ジーク・ジオン!!」

「ジーク・ジオン!!」

「ジーク・ジオン!!」

月面都市に存在するジオン派につられて連邦派や中立派の人々も支援する。それは月全土へと広まった。
ミネバ・ラオ・ザビを支持する。当然だろう。彼女ら彼らに取って、ここまで分かり易いアイドルは存在しない。
自分達と共に戦おうと言うのが17歳の美少女であるのだから。
それに作り物の笑顔で手を振り答え、そのまま軍用マントをはためかせながら舞台を降りて颯爽と戻る。
だがバナージは気が付いた。その颯爽とした握る拳は震えていた事に、目が少し赤くなっていた事に。当然ではないか。
伯父のギレン・ザビとは何もかも違う穏やかな、叔父ガルマ・ザビに近い性格の娘であるミネバ・ラオ・ザビは優しい娘なのだ。
それがたった今、自らの言葉で25億人と言う大人口を戦場にやる事を決めた、殺す事を、殺される事を決めたのだから。

(くそったれ!! 絶対だ!! 絶対にオードリーは俺が守る! 俺はあきらめないぞ・・・・・必ずオードリーもミネバも守る!! 必ず!!!)

彼、バナージ・リンクスは、数年前にティターンズが軍事力で強制的に奪い取ったビスト財団の力を後に継承。
バナージ・リンクス・ビストという名前でジオン独立戦争時代の副首相であったオレグ・サリージオン公国副総帥の弟子、政治家秘書となる。
その後は数年の時を得て、ジオン親衛隊の政務官としてミネバ・ラオ・ザビの公私に渡って支えるのだが、それはまた別の話。

「バナージ!」

誰もいないよう人払いした部屋で自分に抱きつく少女。
オードリー・バーンという偽名を持った、ミネバ・ラオ・ザビは泣きながら言った。

『私が殺す。私が殺した。私がみんなを引き離した・・・・私が殺すんだ!!』

と。
そう言って泣き続けるオードリーをただ抱きしめるしかなかった。
これを聞いて泣きやむまで抱いていたバナージは一言だけ言う。

『安心してくれ・・・・オードリーでもミネバでも構わない・・・・君には俺がいる。ずっと側にいるから』

『優しくしてくれると・・・・・嬉しい』

そうして二人の影が重なった。




宇宙世紀0096.02.21
全艦隊とMS隊の補給を完了したネオ・ジオン軍は旧連邦軍将兵で構成される厄介者扱いのエゥーゴ派艦隊を先遣部隊として出撃させる。
作戦目的は索敵で、その目標は地球連邦軍の第一連合艦隊。
実はネオ・ジオンは各個撃破作戦を展開するべく包囲網敷く中で最も貧弱なソロモン方面で合流する第三連合艦隊を叩こうとしたが、それは地球連邦軍の宇宙艦隊司令部とエイパー・シナプス大将も読んでいた。
事実であるが、第三連合艦隊は最も早く出撃しており、彼らは迂回路を通って第12艦隊と合流する経路を通っている。それはアクシズ要塞から見て最も遠方に位置する部隊となった。
仮に最遠方の第三連合艦隊を全力攻撃すれば、残りの二個連合艦隊で側面から攻撃され包囲殲滅される。或いはデラーズ・フリートを中心とした艦隊にアクシズ要塞本体を奪われる。
ならば最も近い状況で艦隊を展開しているジオン軍と連邦軍の丁度楔にあたる部隊を叩き、その勢いでジオン本国にアクシズ要塞ごとなだれ込むしかない。
ネオ・ジオン決起作戦時の序盤と同様に速攻をかけて、MS隊同士の乱戦に持ち込めば勝機はあると考えたのだ。
だが、そのためには旧エゥーゴ派、つまり、自分達純粋なアクシズの民では無い地球連邦軍脱退・脱走派を何とかする必要があると思った。

(赤い彗星も地に落ちてるな・・・・・部下共の統制も取れないとは・・・・いわば、死んで来いと言う訳だ)

そう、タウ・リンらエゥーゴ派は悟った。
だが悟ったが見限っても他に行く場所は無い。だから命令には従う。

「いいだろう、ジオン人じゃない俺たち旧連邦軍軍人らが危険な索敵に出かけてやる・・・・その代わり、連邦軍かジオン軍の艦隊と接触した後は好きにさせてもらうぜ」

そう言ったタウ・リンを追い出したアクシズ要塞の面々。
タウ・リンには彼なりの思惑があって出たのだが、それはまた別の話。
そして、地球軌道にある宇宙港兼要塞のペタン基地から出撃した地球連邦軍の独立部隊、第4独立戦隊が敵の先遣部隊を確認、撤収をかける。
急追しようとしたがネオ・ジオン派は推進剤の心とも無さと、敵主力艦隊の位置の不明瞭さ、各地の偵察艦隊の戦力の不明確さ(すべて集めれば偵察部隊と言えどもサラミス改級巡洋艦60隻にはなる)がネオ・ジオンの攻勢に待ったをかける。
これがネオ・ジオン軍にとっては最悪の結末なのは知ってはいる。
彼らネオ・ジオンに取って自ら積極的な攻勢に出ない事は即ち、『圧倒的』と言う言葉でさえ不足な、寧ろ『絶対的』という言葉で言い表せるほど戦力差がある敵に主導権を渡すと言う事。
それを知らない筈はない。だが、この時期のネオ・ジオン軍の最大の敵は連邦軍でも嘗ての祖国のジオン本国に展開するデラーズ・フリートらでも無く、物資不足だった。
緒戦から続いた戦いに連戦連勝していると言えば聞こえが良い。
だが、その実態は大量の戦闘用物資の大消費だったのだ。既に艦隊を遠隔地にまで展開するだけの能力が無くなりつつある。
故に、彼らはたった4隻の、しかもハイザックしか所有しない第4独立戦隊を各個撃破できずに詳細な報告を第一連合艦隊らに伝わる事となる。
それはタウ・リンの指揮下の艦隊にも伝わる。攻撃するかと言う部下の進言は退ける。

「ふん、どうやら赤い彗星らは見つかったな。予定より遅かったが・・・・まあ良い」

タウ・リンはサルベージしたバーミンガム級戦艦『パシフィック』の改装艦である『ヌーベル・エゥーゴ』の艦載機用デッキで愛機の調整をしながら報告を聞いた。
恐らく敵の大軍が攻めてくるだろう。目標は間違いなくこちらではなく、本体、つまりあのハマーン・カーンとシャア・アズナブルの指揮下の連合艦隊だ。

「タウ・リン司令官、報告します、こちらのサラミス06がつい今しがた敵艦隊らしき存在をK-22の地点で発見しました。
数は・・・・・凡そ100隻。ドゴス・ギア級戦艦を中心とした部隊が50隻、信じられない位に巨大な空母らしき存在を中心とした艦隊が50隻です」

そうか、で、報告してきた船は?

「撃沈されたようで・・・・連絡途絶しました・・・・・無念です」

さてと、ならば仕方ないな。

「落ち込むな。まだ勝負は決まっちゃいない。それよりもだ、参謀共らを集めて置け。
こちらの戦力、暗礁宙域、敵艦隊の予想進路を確認をする。おい、その端末を寄越せ」

無重力を流れるタッチパネル式の情報端末。
操作してこちらの戦力を把握する。

「バーミンガム級戦艦の改装艦が1隻、マゼラン改級が4隻、コロンブス改級改装空母が7隻、サラミス改級巡洋艦が16隻の合計28か。
一武装勢力と見れば大した数だが・・・・これでは正面きっての攻撃は自殺行為だな・・・・まあ、ならばやりようはある。そんなに心配するな」

そう言ってタッチパネル式の携帯端末を部下に投げ返す。
指揮下の機体はビスト財団の女とAE社の伝手に、地球連邦との裏取引で手に入れた素材を使ったから全てギラ・ズールだ。
この点では優遇されている。もっとも、『ヌーベル・エゥーゴ』以外は親衛隊装備では無く通常装備のギラ・ズールだが。
それ程の精強部隊を単に出身が地球圏の別のコロニー、旧地球連邦軍であると言う点で冷遇するアクシズの民に未来はあるのだろうか?

「俺は艦橋に上がる。シナンジュとギラ・ズール親衛隊装備機は対艦用ビーム砲でいつでも出せる用意をしろ。
他のギラ・ズールはビームマシンガン装備。敵機の迎撃を主任務とする。
後方のシャア総帥親衛隊艦隊とハマーン摂政親衛隊艦隊に、ネオ・ジオン第一任務部隊、第二任務部隊、第三任務部隊、第四任務部隊に連絡しろ。
一度全艦隊を補給艦隊と共にアクシズ要塞から離脱させろ、とな。そして俺たちは遅滞戦術に入るぞ」

絶望的な戦力差でも足掻く。だがこの男は何故こうも足掻くのだろうか?
まるで足掻いて、足掻いて、足掻きまくる事に意味が、意義があるように見える。そう部下の一人は思った。
格好をつけて任務部隊と言っても、エンドラ級6隻で編成された部隊が3つあるだけで、増産されたムサカ級17隻と総旗艦レウ・ルーラは全てシャア・アズナブル総帥指揮下に。MS隊はレウ・ルーラのみギラ・ズール親衛隊装備、後はギラ・ドーガ。
サダラーンと護衛の10隻のエンドラ級はハマーン・カーン摂政指揮下に。こちらは全てギラ・ドーガで占めている。
残りはムサイ砲撃戦強化型が20隻前後とチベ級重巡洋艦が5隻、これに初期生産型サラミスが10隻前後の第四任務部隊があるだけ。
しかも第四任務部隊は一年戦争以前か戦時中の旧式艦艇で共食い整備の対象でもある

「? 遅滞戦術と言いますと?」

にやりと笑う。

「ベトナム戦争や大祖国戦争と呼ばれた独ソ戦のパルチザンが使った方法を知っているか? あれの宇宙版をやるのさ」

そう言って彼は星図を出す。持っていたレーザーポインターでさした地点はここ。
未だに最大級の激戦区だと言われた第一次ルウム戦役の残骸が多数漂っている最大級の危険宙域であり、大艦隊の航行は不可能な宙域だった。

「隠れるには絶好の場所ですね」

「ああ、ここなら連邦軍も侵入してこねぇだろう」

何せ、未だに稼働している核融合炉の熱源反応や多数の宇宙ゴミの移動反応で質量レーダーも、磁気探知機も、熱探知機も使えない。目を使った光学探知だって不可能だ。
オマケにミノフスキー粒子濃度も高く、一度ここに誘い込まれたら大打撃は覚悟しなければならない。少なくとも遭遇戦による消耗戦と言う悪夢が起きるのは間違いない。

「ここだ、ここに誘い込む・・・・事は出来ないだろうが、100隻もいるんだ。少しは嫌がらせ位は出来るだろう。それで連中の足を止める。
後は・・・・・あのジオン十字勲章の英雄である赤い彗星殿が何とかしてくれるさ」

その言葉に動き出す男達、女達。

(まあ、どう出るかお手並み拝見と行こうか・・・・・地球連邦軍最良の提督エイパー・シナプス大将閣下どの?)




「敵艦隊、暗礁宙域に侵入・・・・見失います!! 無人偵察艇撃沈されました!! 交信途絶!!」

その報告は想定通り。戦力の絶対数に劣るネオ・ジオン側が正面決戦を仕掛けて来る筈はない。
必ずゲリラ作戦が展開できる場所に布陣する筈だ。ならば、こちらもそれに対応するだけ。

「慌てるな。通信参謀、作戦参謀、魚は網にかかっただけだ。そう第三連合艦隊、並び、ジオン第四艦隊と第三艦隊に伝えろ」

ブライト中将が通信士のトーレス曹長らに命令する。
ベクトラの惑星間航行用通信システムを使えば従来のミノフスキー粒子戦闘標準濃度の二倍でも通信が可能である。
伊達に地球連邦軍宇宙艦隊総旗艦などという名称を地球連邦首相から直々に名づけられてない。

「第三連合艦隊並びジオン艦隊より入電。我、これより網をかける、以上です」

連中の、ネオ・ジオンの当初の目論見通り、地球連邦艦隊の後背を襲うならば地の利がある暗礁宙域を脱出しなければならない。
逆にだ、各個撃破を恐れてそのまま暗礁宙域に閉じこもっているなら結構。彼らの帰還する場所を武力制圧した後に悠々自適にネオ・ジオン残党軍をソーラ・システムやハイパー・メガ粒子砲などの兵士らが言うMAP兵器で掃討すれば良い。
トーレス曹長らが返信を送っている間に艦隊はネオ・ジオン軍本隊を見つけるべく無人偵察艇を更に各艦が射出する。
その数はおよそ1万機。物量戦と言う言葉がこれ程まで似合う軍隊も珍しい。
第二次世界大戦時の旧ソビエト連邦軍や現在でも地球連邦加盟国で最有力国家のアメリカ合衆国の様な徹底した物量戦である。索敵を重視するのは第二次世界大戦の戦勝国のアメリカ合衆国時代から続く伝統かも知れない。

「さてと、敵は自ら穴蔵に入った以上、後は第三連合艦隊らに監視を任せればよい。出てくれば物量で押し潰せばよいだけの話だ。
それで、ブライト君、他の部隊・・・・ネオ・ジオン軍の本隊もしくは有力な艦隊は見つけたのか?」

総司令官専用シートから聞くシナプス大将。それに答えたのはベクトラ艦長のメラン准将だった。

「はい、ブライト司令に代わり報告します。現在のところ幾つかの航跡を確認。敵はアクシズ要塞を一旦離れて外洋での決戦を目論んでいます。
各艦隊と各サイド、各要塞、月面都市と我々の現在位置を出します・・・・敵艦隊本隊の現在位置はここです。20分前の映像ですからそれ程移動はしてないと考えます」

モニターには各艦隊の現在位置と、ジオン軍の所在地、そしてネオ・ジオン艦隊の主力の位置が記されていた。

(嫌な位置だな・・・・・どれも狙える)

ブライト・ノア中将は誰にも悟られぬように眉をしかめる。ネオ・ジオン艦隊が全速を出せば、全ての艦隊に等距離かつほぼ同じ時間帯で強襲をかけられる。
これならば戦力を分散した、或は分散させた敵を彼の全力を持って叩き潰すと言う戦術上の常識にして定石を満たしている。
まあ、この状態で他の手(連邦軍、ティターンズ、ジオン軍の作戦参加部隊全軍の集結を待って、その艦隊に艦隊特攻をするなど)を考えるほど彼らも間抜けでは無いと言う事だろう。
それに最後に確認した敵軍の発光信号はネオ・ジオン主力艦隊も確認したのだろうし。

(なるほど、まんざら馬鹿でもないな。さてと、ならば定石通りにネオ・ジオンは第一連合艦隊と合流する第二連合艦隊を狙うか?
いや、こちらの第一連合艦隊には対艦攻撃部隊のZプラスが配備されている事はネオ・ジオンも情報収集で知っているだろう。
何せ、軍縮と外交の事情からジオン公国相手に公表されていたのだから。問題はそれを知ってもなお、我が連邦軍の精鋭である我々を攻撃するかどうかだ。
仮に我々地球連邦軍を撃破しても、こちらには最悪月面方面軍四個艦隊と合流、反撃する『あ五号作戦』を実行すると言う手段がある。
それを考えれば・・・・数で劣るデラーズ・フリートらジオン本国の艦隊か?)

デラーズ・フリート。表面上は地球連邦軍と戦えるが、連邦軍の地球連邦軍本部の作戦本部は継戦能力に対して非常に懐疑的であると言うのが統一見解だ。
特にゼク・ツヴァイの整備性の悪さは、一年戦争時代のアクト・ザクなどを初めとした例のペズン計画以来の伝統とでもいうべきものであり、数回の出撃で交戦能力や継戦能力を喪失するのではないかと危惧されている。
まあ、今回の場合はネオ・ジオン相手に数回も戦闘する必要があるとも思えないし、一年戦争末期の『ア・バオア・クー攻防戦』の様な大規模消耗戦をするとも思えない。
もしくは一週間戦争とルウム戦役の様な連続した艦隊戦なども無いだろう。
また、ジオン軍もこの失態に遅まきながら気が付いたのか、デラーズ・フリート艦隊旗艦の『ジーク・ジオン』にはベテラン整備兵を多数入れ、更にはこの『ベクトラ』を除けば戦闘用艦艇としては地球圏最大級の『ドロス』を渡していた。
これは極秘情報であり、それを知っているのはドズル・ザビらジオン公国軍上層部とデラーズ・フリートの艦隊構成員のみである。

「よかろう・・・・ブライト中将」

は!
シナプス提督の威厳を持った発言に艦橋要員全員が反応する。

「艦隊はこのまま進軍する。第二連合艦隊と合流予定地点のP-000に敵影が無いかどうかを確認せよ。また各艦載機は偵察小隊を組んで偵察準備。
直援部隊はいつでも発艦できる様に。恐らく敵は・・・・デラーズ・フリートを狙うが・・・・念には念を入れる。以上だ」

敬礼して去る。参謀らも一斉に動き出す。この命令が地球連邦軍を救ったと言うのだからやはり実戦から叩き上げで宇宙艦隊司令長官になったエイパー・シナプス大将の直感は正しかった。
彼自身は一度も受けた事は無いし、誰も指摘も想像もしなかったが若しかしたらエイパー・シナプスも直感で敵の動きを察知するという意味では軍事定義上のニュータイプになるのかも知れない。
ニュータイプ兵士の象徴であるサイコミュ兵器を使えなくとも、だが。

「全艦隊に通達、合流まであと3時間だ。先発した第二連合艦隊は輪形陣を取って待機中である。
また、合流する際には『あ一号作戦』の基本計画に則り、ロンド・ベル艦隊を中心に左翼を第1艦隊、右翼を第2艦隊、前衛を第13艦隊が担当する。
合流時が一番危険である!! 各員、戦闘終了までは気を抜くな!! トラファルガー海戦の英雄、ネルソン提督では無いが己の義務を全うせよ!!」




さて、出口を蓋を去れた感じのタウ・リンだがそれ程焦ってはいなかった。

「司令官、どうやら敵はこちらの出口を封鎖しました・・・・どうします?」

宇宙船では珍しい、というか、希少価値が高すぎる喫煙室で大衆タバコを吸っていたタウ・リンは部下の問いにこう答えた。

「慌てるな・・・・敵さんは戦力分断の愚をおかせねぇ。と言う事はだ、今、航宙科と機関科の連中が航法プログラムを組んでいる。
外からは見えなくても、中からは意外にこの暗礁宙域が幅広い事はお前だって分かるだろう?」

言外に脱出して連邦軍第三連合艦隊の裏をかくつもりだと言っている。まあ、それで裏をかけるほど敵が間抜けかは不明だが。
そう言ってタバコを一本投げる。それに電子ライターで火をつける部下。

「そりゃあ・・・・そうですがね・・・・まあ、いざとなったらあの赤い彗星が何とかするでしょ? 自分で蒔いた種だ。
ハマーン・カーン摂政殿とナナイ・ミゲルとかいうパラオ要塞総督と言う女二人、いや、息子を生んだ奥さんもいれたら三人と毎夜情交しているらしいが・・・・それ位は期待できますかな?」

と、衝撃が来た。
艦が大きく揺れる。思わず攻撃かと思う。

「艦橋!! 今のは何の衝撃だ?」

部下の一人が艦橋に聞く。敵のミサイル攻撃か、ビームの直撃か、或はMS隊の実弾攻撃だろうか?
だが事実は意外だった。

「デブリです。一年戦争時代のムサイ級巡洋艦の装甲版が衝突。やはりミノフスキー粒子がなくてもここは危険です。
一度艦隊を隕石群の中に接舷し片方からのデブリ飛来を防ぎたいと思いますが・・・・・よろしいですか?」

自分らが一番信用している艦長の声だ。『ヌーベル・エゥーゴ』と『エゥーゴ派』の結束は固い。それにタウ・リンには何か得体の知れない隠し玉があると言う。
それが希望でもあるし、自滅願望がある気がする赤い彗星やハマーン・カーンとかいう世間知らずの小娘よりも良い。
選択肢もそれ程ある訳ではないから、目の前の男を信頼するしかないだろう。

「それで構わん。艦隊の運用に関しては俺は素人だ。だからこの命を預ける。お前たちに任せたぞ」

そう言って通信を切る。艦が制動をかける。更に反転してそのまま艦隊が手近な隕石や残骸をワイヤーガンで固定し即席の防壁を築いた。
それは地球連邦軍第三連合艦隊と月とサイド6から増援部隊として到着した第三艦隊、第四艦隊からも確認できた。
だが、手は出さない。第三艦隊と第四艦隊はマラサイが主体の部隊で、数こそ互角以上だが暗礁宙域の戦闘訓練など数回しかしてない。
それに艦隊の援護射撃もし難い、或は不可能な状況下で部下を突入させる気も無い。それがジオンと連邦の暫定最高司令官となったラーレ・アリー中将の考えだった。

『警戒し、敵が出てくるのを待ちなさい。さもなければ敵は物資を消費して自滅するしかないのだから。
馬鹿みたいに敵の土俵に上がって殺しあう事は無い。勝手に宇宙ゴミにぶつけさせて自滅させなさい』

そう命令する。地球連邦軍とネオ・ジオンの『ヌーベル・エゥーゴ』を旗艦としたタウ・リン派はこうして膠着状態に陥った。
奇しくもエイパー・シナプス大将とタウ・リン特別査察官の双方の思惑通りに。




同時刻、地球のヘキサゴン、地球連邦政府首相官邸では定例会が終了し、全員が解散していた。いなかったのは数名だがいつも全員が出席する訳でもないから特に問題は無い。
まあ、首相か官房長官が出席しなかったら大問題だがこの二人は毎回しっかりと定時出勤し、定時で退社しているから問題は無かった。

「やあジャミトフ君」

内閣官房長官のゴップが声をかけてくる。イギリス製の黒にストライプが入った仕立服を着たゴップ内閣官房長官。
相手はジャミトフ・ハイマンで、彼はティターンズの長官時代から着用している愛用の黒マントと黒を基調色にした白い胸元の海軍の制服の様な襟付きスーツがトレードマークである。
が、その今なお70近い老人とは思えない眼光と思考の鋭さから周りを、政敵らを警戒させる。『禿鷹ジャミトフ・ハイマン』とは『政界の死神』と組んでいる事もあって非常に有名である。
特にゴップとジャミトフの秘書官らは彼、ゴップ官房長官が右手を挙げて歩いてくるときは内密に話がしたいと言う事を暗示しているのを知っているのでさりげなく、首相官邸の空いている一室の扉を開けた。
中を確認し、無人である事を視認する。そして会議室で用意された凍らされたペットボトルの水を持って二人は部屋に入る。

「さて、中々いい部屋だね。ロココ調の部屋と言うのか・・・・迎賓室の様だな」

そう言いながら携帯灰皿を取り出し、中米州のキューバ共和国産の葉巻をカッターで切り落とす。

「官房長官。私は禁煙主義者ですが?」

ジャミトフも恐れない。因みに、地球連邦政府内部の序列ではNo1は当然だがレイニー・ゴールドマン首相、次にNo2は目の前の御仁が来る。
他はそれぞれの会議の重要度によって変わる。例えば対ネオ・ジオン政策ではティターンズ長官のウィリアム・ケンブリッジが対テロ問題と言う事でNo3に、財務関係では財務大臣のアリシア・ロベルタ・ロザリタ大臣がNo3に、加盟国内部の内部調整とコロニー問題は自分がやる。
そして万一No1の首相とNo2の内閣官房長官が倒れた、執務を執り行えない場合は内務大臣が地球連邦議会総選挙とその後の地球連邦首相選抜、内閣組閣までの執務を執り行う。

「うん? ああ、そうだな・・・・まあ大目に見てくれたまえ。換気扇は・・・・これか」

そう言って連邦軍に入隊した時に自費で購入した職人が作った極東州のジッポライターを使って火をつける。
美味そうに煙を吸っては吐くゴップ長官を見て思った。

(そんな肺がんになる様な馬鹿高いだけの高級品の何が良いのやら・・・・理解できん)

その風貌や手腕から誤解されがちだが、彼、ジャミトフ・ハイマンは物凄い禁欲主義である。古代の哲学者もかくやと言うばかり。

「さてと・・・・あまり沢山時間を使っていると他の閣僚との調整に手間取るが・・・・単刀直入に聞こうか。パラヤ外務大臣の拘束と軟禁に成功したかね?」

何?

「ゴップ官房長官・・・・・仰る意味が分かりかねますが?」

一体どこでその情報を知ったのか? まさに政界のモグラである。普段は土の中だがその地中では生態系の頂点に立つ存在。
ウィリアム・ケンブリッジの非才さを一番に見抜き、0060年代の動乱期に、彼をサイド3に送っただけの事はある。
もしも別の誰かが、自分の後輩のウィリアム以外がサイド3に派遣されていたら、或は彼が派遣されてなかったら、もしくは戦時中のキングダム政権下で生贄の仔羊にされていたら歴史は大きく変わっただろう。
自分もここまで地球連邦政府の一員となれたかどうかも分からないし、あそこまでスペースノイドとアースノイドが歩み寄るとも思えない。

「いやね、私の伝手で君がパラヤ大臣を拘束する様にティターンズと連邦軍憲兵に圧力をかけたと聞いたんだ」

誤魔化すしかないか、そう判断する。

「はて? 何の事ですかな?」

もっともそれが無駄な事は分かる。目の前の御仁は地球連邦内部でも最良で最大の個人情報網を保有している男なのだから。
だが、だからと言って無条件で乗る事も屈伏する必要もない。そう思っていると先に動いたのはゴップだった。

「腹芸をしている暇は互いにないと思うがね? 君も知っての通りだがシロッコ少将は優秀だが癖が強すぎだ。
保険をかけるのは人生の常識だが、保険をかけ過ぎて財布をパンクさせては意味が無いだろう?
そう言う意味では彼も存外に若いな。私が君とこうして裏取引する可能性を考慮しているのかね? まあ、少しはしているだろうがこれを利用して同盟関係を構築するとは考えてはいないようだ。
ふふ・・・・・木星帰りのエリート将官と言ってもまだまだ若いな・・・・未熟だよ」

また一服する。一応、自分には気を使っているのか自分と反対方向に煙を流す。

「さてと、ロナ君、アルギス君、シロッコ君の三人のいずれもティターンズ第三代長官職を継がさないと言うのは既に知っている。
その上で、誰を継がせるかもだいたい想像はつく。君という先例があるのだからな。そしてロンド・ベル艦隊の司令官は・・・・まあ、何人か候補がいるか」

情報通はどの時代でも、どの組織でも重宝されるがその通りだ。
それにしてもウィリアムの個人的な考えまでこうも適確に読み切るとは・・・・恐るべき男だ。伊達に連邦政府官房長官や地球連邦軍のトップである統合幕僚本部本部長を10年も担当した訳ではないか。

「やれやれ、そこまで知っているのなら白状しましょう。
確かにグリプスにいるパプテマス・シロッコ少将に命令して厄介な交渉などを考えていたアデナウワー・パラヤ大臣を拘禁したのは私ですよ。
まあ、ティターンズ長官のケンブリッジには悪いですがこれでパラヤ大臣は確実にケンブリッジ長官を敵視します」

と、先ほどの言葉を忘れたのか、またもや葉巻を吸いだすゴップ。今度はこちらに向かって煙を吐く。
思わず距離を更に取る国務大臣のジャミトフ・ハイマン。

「そうか・・・・パラヤ君をケンブリッジ君の対抗馬として利用する気なのだな?
確かに一党独裁制度が腐敗の温故になるのは時代と人間性の必然だ。故にいつでも叩き潰せるが、それでも叩き潰さない程度には煩いハエが必要。
それが・・・・アデナウワー・パラヤ君らかね?」

頷く。相変らずゴップ退役大将の吐き出す葉巻の煙を嫌がりながら。

「そうです。その為にも地球連邦議会を一度総解散して議員を入れ替える必要があります」

実はウィリアム・ケンブリッジには地球連邦政府の一員だが地球連邦議会の議席を持ってない。意外かもしれないが彼は内閣と連動した内閣と議会が相互に責任を持つ間接議院制民主主義から見て異端児である。
これはカイ・シデンの自筆の政府批難書である『シデン・レポート』でも何度も指摘されていた。それこそ毎月の定例報告の第一報を飾る位に。
幾ら首相に任免権がある地球連邦政府閣僚の一員とはいえ、地球連邦議会の、つまりは地球連邦市民の選挙の洗礼を受けてない人物がティターンズと言う地球連邦軍の精鋭部隊を指揮している。

『これは文民統制の原則に反するのではないか? 或いは独裁政治の前触れでは無いか?』

彼、カイ・シデンは自筆・自費出版の電子新聞でそう指摘している。
これが大きな社会問題になって無いのはウィリアム・ケンブリッジ、彼の人となりを知る彼の信望者(一部では狂信者扱い)のマイッツァー・ロナが自分の会社、ブッホ・コンツェッルを使ってメディア工作を行い、政界ではハイマン家ら親ケンブリッジ派閥が議会・財界工作を行った結果に過ぎない。

「はい、次期首相になるケンブリッジ派閥は強大になる。北米州を中心とした太平洋経済圏とインド洋経済圏、更に戦災復興で借りがある統一ヨーロッパ州、アラビア州、北部アフリカ州が加わります。
また、スペースコロニーでも最大級の工業地域、ジャブローに匹敵するグリプス工業地帯とその民政を司る準加盟国扱いのサイド7、中立地帯として準加盟国、自治国となったサイド6、更には宇宙利権に敏感な大企業に、ライバル企業を潰してくれたジオン財界とザビ家支配下のジオン公国に木星連盟が味方に付くでしょうな」

危険だな。考えてみればここまで巨大な権限を持ったのはただ二人だけだろう。
彼を嫌い、将来の後輩たちの政敵候補だと考えていた一年戦争時代のアヴァロン・キングダム前々首相と現在の非常事態宣言を出している現地球連邦政府首相のレイニー・ゴールドマンだけだ。
しかも両名とも戦時下での非常事態に対しての権限だったのだが、恐らくウィリアム・ケンブリッジに与えられるのは平時下での権限。
その意味を正確に理解したゴップ官房長官。

「地球連邦政府始まって以来の初めての有色人種の首相にして最大の権力者になるか。ティターンズと軍部の後ろ盾もあるし、市民からの支持ゆえに大財閥の影響力も考えなくてよい。
彼個人も資産家であり選挙資金は自前で用意できる。
それに『ラーフ・システム』や火星地球化計画、木星航路と交易の拡大はどれも巨大な需要を見込める・・・・彼の計画は財界にとっても政界にとっても金の鶏と金の卵と言う訳か」

ゴップの独語。

「そうですな、だからこそ鎖が必要です。望むと望まぬと絶対多数の権力者を暴走させる訳にはいきません。
例えケンブリッジ長官がそれを望まなくとも他の俗物がそれを望むのは目に見えている。
或いは暴走する・・・・末端の暴走を阻止できないのは『水天の涙紛争』のジオン軍を見れば分かります・
それに対抗する為には見える形での敵、政党としての野党が必要です。それも自分の感情だけで巨大権力者に対抗できるある種の理想的な馬鹿に率いられた声だけはデカい弱小野党が」

水を口に含む。
氷のシャーべットが最近できた口内炎に当たって痛かった。
そんな内情などお構いなしにゴップは言う。

「やれやれ、同僚を馬鹿扱いとはね。まあ、パラヤ君の様なタイプは一度敵に回すと最後まで恣意的に動いて敵対するだろう。
そして反ケンブリッジ派閥を形成する。それが君の狙いだったか。非常に扱いやすい、弱くも無視できない野党が出来る訳だ。
民主主義らしいな。いや、これは一年戦争時代のギレン・ザビがジオン公国国民のガス抜きに使った手段と一緒だな・・・・参考にしたのかね?」

頷くジャミトフ・ハイマン国務長官。

「敵を知り己を知れば百戦危うからず、です」

なるほど。

「だから敢えてシロッコ少将と言うケンブリッジ派閥の中でも出世頭の一人、有力者にパラヤ君を軟禁させたわけか。
彼の劣等感を刺激して、その敵意が確実にケンブリッジ君らに向けられるように。
そして、そうであるが故に、君はこの対ネオ・ジオン戦争とでも言うべき戦い、『あ一号作戦』とその後始末が終わった時点での地球連邦議会の解散と総選挙を提案した・・・・というところか」

そう言ってゴップは窓を見る。
既に夜のとばりが下りており、サーチライトの明かりとアッシマーの夜間飛行部隊が上空を警戒している飛行機雲がある。
自分も水を飲みきると、そのまま空いたペットボトルをゴミ箱に入れた。

「後はご想像にお任せしましょう。それでは執務がありますので・・・・・お先にでは失礼します」

一礼するジャミトフ。
右手を挙げて返礼するゴップ。携帯電話を取りだしてSPに連絡する。

「ああ、夜道は危険だ。護衛を付け給え・・・・SP、ジャミトフ・ハイマン大臣がご帰宅する。最後まで気を抜くな」

そう言って彼が帰ったあと考える。

「漸くか・・・・・宇宙世紀元年に入った時、人類存続の為にコロニーをつくった地球連邦。その後は各種遺伝子改良植物プラントで地球環境の人工的な保持と維持を目論んだ。
だが、敵がいない状況下では内部の統制は大きく揺らぐ・・・・その為に地球連邦は非加盟国を敵にしたがそれでも圧倒的な人口差と制空権、制海権、制宙権の三つに最先端科学技術と宇宙鉱物資源の独占が地球連邦を傲慢にしてきた。
その綻びがジオン独立運動に繋がった。あの未曽有の一年戦争と言う第三次世界大戦を引き起こした。
だが、彼が・・・・・ティターンズを提唱したジャミトフ・ハイマンの考える通り、これを、地球連邦と言う有史以来最大級の国家を統制し人類の生存圏を維持発展させるにはある種の強権を持った人物が定期的に必要という論調は理解できる。
特に戦後の世界は戦前に比べて大きく変わったと言える。それは仕方ない」

そこで一息つく。暖炉式の温風が温かかった。北半球は今は冬なのだ。季節の無い宇宙とは違う。
ましてデータには季節がずっと春で固定されているアクシズ要塞やパラオ要塞とは大きく異なるのだ。

「大衆が望む強力な権力を与えられた理想に燃える英雄・・・・・だがそれは劇薬でしかない。それ以上にもそれ以下にもなれない存在だ。
ユリウス・カエサルやオダ・ノブナガ、ナポレオン・ボナパルト、始皇帝らの例を見ても大規模な改革とその指導者への反発は常に伴う。
暗殺と言う形で。或いは改革を放棄した暴君による圧政としての形で。もしくは別の何か。
ならばこそ、危険になれない人物を探し出して指導者に据える。そして、それから地球連邦政府100年の方針を定める。一種の生贄だな。
そんな事が、そんな都合のよいゲームの主人公や勇者の様な人間を見つけ出す事が可能かどうかと疑問に・・・・いや否定的に思ったが。
・・・・・まさかその可能性を持った人物を現実に見つけ出せたとは・・・・・そしてその見つけ出した人間が・・・・・私だったとはな」

ゴップは三本目の葉巻に火をつけて思った。

(あの様な密命を受けた時は正気かと思ったが・・・・・・・だから人生は面白い・・・・・まあ、神の悪戯か、出来過ぎな気もするがね。それでも・・・・幸運だと思う事にしようか。
仮にこれが悪魔の囁きであっても最早、我々には止める術はないのだから)

と。




宇宙世紀0096.02.23

ジオン公国軍全軍に警戒命令から第一戦闘態勢への移行命令が軍総司令部のドズル・ザビ上級大将からでた。
敵であるネオ・ジオン艦隊は全速で絶対国防圏のNフィールドに侵入した事を偵察艦隊が確認。
その後、視認した艦隊は撤退戦を行うも、ティベ級2隻とムサイ級後期生産型4隻構成された二個偵察艦隊は激戦の末に壊滅。
やはりもうゲルググMではネオ・ジオンのドライセン部隊には対抗できないのだ。それを知らしめられた。
そしてジオン公国公王府と軍総司令部は正式に例の迎撃作戦を発動する。

『第二次ブリッティシュ作戦』

そう名付けられた作戦が遂に発令される。
そうした中で、総旗艦であるグワンバン級大型戦艦二番艦『ジーク・ジオン』では。
立体投影機を使ってMS隊総隊長のアナベル・ガトー准将を傍らに、エギーユ・デラーズ大将が士気を鼓舞するべく、全艦隊の乗組員たちの前に自身の姿を虚空に写し出させる。

『全艦隊の将兵に告ぐ。私は艦隊総司令官のエギーユ・デラーズである。これより我が軍はジオン公国の存亡を賭けて国家の威信と忠義心、国民への義務を果たすべくジオンの戦士としての誇りを持って戦いに臨む!!
だが、諸君。ネオ・ジオンを名乗った者どもに臆する事とも手御心を加えることも必要ない!!
何故ならば彼はネオ・ジオンの名前をかたり、国父ジオン・ズム・ダイクンの名を穢す売国奴だからだ!!!
我が同志諸君、ジオンの戦友諸君!! 
顧みよ、何故我がジオン公国が存続しているのかを!! 
顧みよ、一体どうやってジオン独立戦争を戦い抜いたのかを!!
我々は現公王陛下であるギレン・ザビ陛下の指導の下、一致団結して地球連邦と言う巨大にして宿命の敵を正々堂々と打ち破ったのだ!!
だが、私は日々思い続けた!! あのア・バオア・クー攻防戦前夜に敵前逃亡した旧ダイクン派、旧キシリア派を名乗る売国奴の戦力があれば一体どれだけの将兵が死なずに済んだのだろうか、と!!
その敵前逃亡者が、今やネオ・ジオンを名乗った売国奴が!! 
破廉恥にも我々の故郷を武器を持って襲おうとしている!!
それは許されざる行為である!! 
ネオ・ジオンを同胞と思って躊躇する事は必要ない!! そして敢えて言おう!! 最早、我が軍団に同胞だからと言って加減する様な躊躇いの吐息を漏らす者はおらん!!!
今、真の若人の熱き血潮を我が血として、ここに私は改めてネオ・ジオン艦隊に対して宣戦布告と断罪を宣言する!!
我らデラーズ・フリート、第一艦隊、第五艦隊、ジオン親衛隊艦隊は全艦隊を持って敵艦隊を殲滅する!!
そしてこの場にはグレミー殿下とマリーダ殿下が参戦して下さる。これこそ、我がジオンの勝利の輝きである!!
我々は勝利する。ネオ・ジオンを名乗った卑劣なる臆病者にして敵前逃亡者でもある売国奴らには屈しない!! 最後の一兵まで戦い抜く!! 繰り返し心に聞こえる、祖国の名誉の為に、ジーク・ジオン!!!』

『ジーク・ジオン!!!』

『ジーク・ジオン!!!』

『ジーク・ジオン!!!』

『ジーク・ジオン!!!』

『ジーク・ジオン!!!』

『ジーク・ジオン!!!』

艦隊は熱狂に包まれる。ギレン支持者が既に国民の7割に達する現時点のジオン公国では当然の事だった。
その放送を聞いて顔をしかめたダグラス・ローデン准将だがそれでも自らの故郷を守るべく動く。

「ジオン親衛隊艦隊展開。所定の位置に入れ・・・・ん? マリーダ様はどちらだ?」

先ほどまで艦橋にいたマリーダ・クルス・ザビというお荷物の姿が見えない。
そこに副官が嫌な報告を持ってきた。

「准将閣下、マリーダ様はクイン・マンサのあるカタパルトデッキに居ます。通信回線を開きましょうか?」

と。眩暈がした。
あの御転婆お嬢様はまさか戦場に、最前線に行く気ではないのかと思った。
そして嫌な予感こそよく当たる。

「通信回線を繋げ」

そう言って、クイン・マンサのコクピットで最終調整をしているマリーダ・クルス・ザビの姿を見る。
紫を基準とした新型ノーマルスーツを着ているのが気になる。

「殿下はそこで一体・・・・・何を・・・・しているのですか?」

ダグラス・ローデンは頭痛がしてきた。
そして戻ってきた言葉は予想通り。

「出撃準備だ。戦闘訓練も実弾訓練もサイコミュ兵器の稼働訓練もしてきた。負けはしない。生き残る」

止めるべきか?
だが、下手に止めても。

「・・・・・・・・・絶対に最前線には出ないで下さい。
通信士、ジョニー・ライデン大佐とジャコビアス・ノード中佐、ユーグ・ライトニング少佐、フィーリウス・ストリーム少佐、バネッサ・バーミリオン大尉、ガイウス・ゼメラ大尉に繋げ」

通信を繋げたのはジオン親衛隊最強であり、地球連邦軍から与えられた新型機ORX-013『ガンダムMk5』のみで構成された部隊の構成員だ。
機体の塗装は濃紺と黒では無く、ザクⅡF型か、各エースパイロット独自の塗装。
これだけのガンダムMk5がジオン軍に用意したのは単に書類上のミスである。地球連邦軍はガンダムMk4のデータから後継機を開発。
それらを各部隊に配備する大規模な軍拡を考えた。だが、それはロベルタ財務大臣の徹底した横槍で崩壊した。
そこまでは予定調和だった。問題は一部の馬鹿が企業と癒着して先約したガンダムMk5、凡そ20機分の発注済みの機体だ。
大企業が潰れる事は無いが、技術で生きる中小企業にとっては死活問題。とりあえず馬鹿共を逮捕する事で連邦政府は禊ぎを行い、完成した機体はジオン公国に友好関係促進の名目で輸出。
その高性能ぶりを知ったジオン上層部はエース部隊に優先配備するといういつもの通りに行動して、今に至る。
それがジオン親衛隊がガンダムMk5を所有する理由だった。
そして『Z計画』で使い道の無くなった機体をジオン公国に売りつける事で幾分か資金を回収しようとした軍と外務省の失点回復も関係している。
他にはケン・ビーダシュタット中佐、ヴィッシュ・ドナヒュー大佐、アナベル・ガトー准将が乗る。

『地球連邦軍製にしては見事!!』

というのがガトー准将の言である。
また、アナベル・ガトー機、ジョニー・ライデン機、ジャコビアス・ノード機、ヴィッシュ・ドナヒュー機とケン・ビーダシュタット機体は通信システムが大幅に強化されおり、護衛部隊であるユーグ・ライトニング少佐、フィーリウス・ストリーム少佐、バネッサ・バーミリオン大尉、ガイウス・ゼメラ大尉の特別小隊とは違った。
また、他にもザビ親衛隊仕様とでも言うべきゼク・アインらも第三種兵装で待機中である。

「・・・・・マリーダ様も出られるのですな?」

確認。

「そうだ、止めても出る。これは父ギレンの勅命でもある。反論は許さん」

自分はそんなことは一つも聞いてないぞ! 
思わずそう思ったが自分が旧ダイクン派である事とギレン・ザビの性格からあり得そうだ。

「ならば約束してください。死なない、生きて戻る、どれ程恥じる様な事をしても、です。貴女が死ねば他の誰かも責任をとって無駄に死ぬ事になるのですからな」

きつい言い方だがそれくらい言わなければならない。
仮にギレンが何かを考えて、或は娘を殺したと言って粛清を行う可能性があるのだから。
ただ、あの独裁者は冷徹な部分と無常観があるのでそれをするかどうかは微妙な問題であるが。

「・・・・・・・・・・・・・・わかっている」

では。

「殿下の護衛部隊に、彼らに繋ぎます」

一旦、クイン・マンサと連絡を切る。

「私だ・・・・・君ら親衛隊のエリート部隊には酷な任務だが我が身を盾にしてもマリーダ様をお守りしろ、これは命令だ・・・・・・・・・・・・無茶な命令である事は重々承知の上だ・・・・・すまん」

そういって敬礼をする親衛隊隊員らに返礼し、電話を切る。
一方でマリーダは思った。

「あの時のウィリアム小父様相手のお誘いははお遊びだったけど・・・・ジュドーの横にはルー・ルカがいる。
あの女が戦場でジュドーを守るなら私は彼女より戦果を挙げて・・・・それでジュドーの心を射止めて見せる!!」

そう独語するマリーダ。パイロット用ノーマルスーツを最終確認する。サイコミュの最終調整に入る整備員ら。
故にその言葉は誰にも聞かれなかった。

ザビ家と言う独裁者の一族の気まぐれに付き合わせる人々の苦悩。
それは第一艦隊を指揮するウォルター・カーティス中将も同様だった。

「グレミー殿下、作戦行動に入ります。初弾は恐らくドロスが撃ちますが・・・・その後は艦隊戦に突入します・・・・指揮権は自分に預けてもらってよろしいですね?」

確認するカーティス中将。
答えるグレミー・トト・ザビ中将。
そもそも同じ艦隊に同格の中将がいる事自体が厄介なのだが・・・・これも独裁国家の弊害と言えば仕方がない。
少し諦め顔のウォルター・カーティス中将だった。

「任せる。素人の私は口を出さんから、第五艦隊、第一艦隊、マリーダ、デラーズの部隊と連携してネオ・ジオンを名乗った反逆者を叩け・・・・・マナ、お前の為に勝って見せるさ」

と、動きがあった。
敵艦隊が、ネオ・ジオン軍が紡錘陣形を形成して発砲してきた。

「敵艦隊の発砲を確認した!! 観測員、索敵員、敵艦隊との距離は!?」

「凡そ、4000km!!」

一年戦争、ジオン独立戦争以来進化してきた技術が牙を向く。

「味方艦隊も順次発砲!!」

「対ビーム攪乱幕展開、回避運動」

「よし、第五艦隊も反撃する、全艦主砲斉射!! 目標敵艦隊旗艦、レウ・ルーラ級大型戦艦!!」

「MS隊の発艦を確認、こちらの砲撃ラインの上下から侵入を図る模様!!」

「直援機迎撃に入れ・・・・・マリーダ様のクイン・マンサは?」

「護衛と共に今出ます!!」




「重い・・・・苦しい・・・・ええい、弱気になるな・・・・マリーダ・クルス・ザビ、クイン・マンサ、出撃する!!」

バイザーを下す。MS隊が一斉に出撃する。
こうして役者は揃った。

ネオ・ジオンとジオン。道を違えた者達が今まさに戦う。
戦争はさらなる局面に移行する。後にムンゾ戦役と呼ばれる戦いの始まりであった。



[33650] ある男のガンダム戦記 第二十八話『姫君らの成長、ジオンの国章を懸けて』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:e51a1e56
Date: 2013/05/26 13:31
ある男のガンダム戦記28

<姫君らの成長、ジオンの国章を懸けて>





宇宙世紀0096.02.23、午前8時03分、双方の戦端が開かれた。そう歴史書は記載する。
先手を取ったのはネオ・ジオン軍の総旗艦レウルーラ級大型戦艦の二連装砲メガ粒子砲四門だったという。
これに関しては両軍の戦史報告書で一致した見解がなされているから間違いはないだろう。
そしてレウルーラ級大型戦艦やサダラーン級大型戦艦と互角なグワンバン級大型戦艦の光学センサーはこれを捉える。

「総司令官!! 敵艦隊の発砲を確認!! 砲撃来ます!!」

デラーズはその報告をグワンバン級大型戦艦二番艦の『ジーク・ジオン』のCICで聞いて、冷静に命令した。

「各艦は戦隊ごとに回避行動を取れ。敵の、ネオ・ジオンを名乗る売国奴の戦法は事前の予測通りである。
凸型陣形を更に強固にした釘の様な紡錘陣形で我が軍を突破、サイド3のジオン本国に到達する事である。
こちらは左翼を第一艦隊、第五艦隊、右翼をデラーズ・フリート本隊とジオン親衛隊で拘束して両脇から敵艦隊を削る!! 全軍作戦開始!!」

赤いジオン艦隊のマークがその命令通りに動き出し、一方で黄緑のネオ・ジオン艦隊のマークもデラーズの読み通りに紡錘陣形を取る。
というか、戦力差からそれしかない。他の戦力差、例えば横一文字に正面衝突すればそれだけで壊滅するだろう。圧倒的な物量差で。
特に砲撃戦ではその差は致命的なモノとなる。

ジオン軍参加艦隊は大きく分けて二つ。
デラーズ・フリート40隻、ジオン親衛隊艦隊20隻の右翼部隊60隻。
第一艦隊40隻、第五艦隊30隻の左翼部隊70隻。
対してネオ・ジオン艦隊は尖兵部隊であるマシュマ―・セロ中佐指揮下の第一任務部隊6隻、援護のキャラ・スーン中佐指揮下の第二任務部隊6隻、オーギュスト・ギダン中佐の第三任務部隊をフォークの尖端としてネオ・ジオン艦隊本隊(シャア総帥直卒部隊、ハマーン摂政護衛部隊)の29隻が入る。最後列に赤い彗星の直卒艦隊。
ネオ・ジオンが後世の戦史や世界史の教科書に載るムンゾ戦役に投入した戦闘用艦艇の総数は47隻。
タウ・リンの持つ旧地球連邦軍派=エゥーゴ派閥の18隻の艦隊と第四任務部隊22隻、整備中のエンドラ級巡洋艦3隻、ザンジバル級機動巡洋艦6隻の不在は大きかった。

「敵艦隊は紡錘陣形を取りつつあり!!」

「閣下の予測通りですか。全艦、敵は愚か者だ、当初の想定通りにしか動かんぞ!!」

その索敵員の報告に戦闘指揮所、CICで唯一ノーマルスーツを着用してない男、エギーユ・デラーズ大将は思った。

(想定通り・・・・後はネオ・ジオン艦隊のMS隊がどれほどの力量であるか、だ)

そう思う。確かに艦隊戦では優位だ。だが、『ルウム戦役』、『ア・バオア・クー攻防戦』の様にMSの質は敵の方が勝っている可能性があると情報部は言ってきた。

(敵と味方のMS隊。数で押し潰すとは・・・・まるで独立戦争時代の連邦になった気分だ・・・・・妙な気分よな)

両艦隊のメガ粒子砲が撃ち放たれて、双方の砲撃戦が強化される。一斉射撃を受けて中破する艦、被弾し、艦列から落伍する艦艇。
こうして、ネオ・ジオン艦隊とジオン艦隊は双方ともに正面きっての殴り合いを行い敵艦隊の撃沈を行わんとする。
が、ミノフスキー粒子を限界値ギリギリまで散布している事と、各種ダミーバルーンを展開している事、更には多数の対ビーム攪乱幕を散布している事から両軍ともに有効弾は中々出てなかった。
それは続々と上がる報告からも分かる。

「ムサキ、ムサラ、ティリ回避行動に入ります」

「第14戦隊、二番艦被弾、艦列維持の為に第二宇宙ノットにまで減速」

「第15戦隊、主砲斉射三連。ですが敵ネオ・ジオン艦隊に目立った損害在りません!!」

「ムサルより入電、下方より進撃中のMS隊は敵部隊と遭遇戦に入りつつあり」

「ムサミより入電、艦隊上空350kmより敵MS隊の接近を感知、数60機前後、全てギラ・ドーガタイプと推定!!」

次々と情報が入る艦橋で冷静に判断するデラーズ。
ここで指揮官は迷っても構わないがそれを敵にも味方にも逡巡する姿を見せてはならない。
仮に第三者に知られるならば必ず付け入る隙を与える事になるからだ。

「MS隊は敵MS隊の迎撃に任せよ。こちらは敵艦隊の突進力を削ぎ落す事だけ考えればよい。そもそも艦隊主砲の総数ではこちらが上である!!
また、メガ粒子砲の速射性能は敵を凌駕し、艦隊錬度も互角以上である以上、我が軍に敗北の二文字は無い!!」

そう言って士気を鼓舞するデラーズ。伊達にジオン軍の至宝と呼ばれてはいなかった(最良はドズル・ザビと言われている。この点はギレン崇拝者であるデラーズも渋々ながら黙認していた)
ただし、今回の会戦、指揮下の部隊にはグレミー・トト・ザビとマリーダ・クルス・ザビという敬愛と畏怖する主君ギレン・ザビの子息と息女がいる。
それだけが不確定要素だがあとは問題ないと判断する。数で勝り、錬度で勝り、質で互角であり、敵の動きが想定通りである以上、犠牲は出るが勝利は出来る。

(ギレン陛下に歯向かう愚か者どもが・・・・大人しく火星圏に逼塞していれば良かったものを・・・・思い知るが良い)

と、そこに敵艦隊がビームを放つ。照合するとレウルーラ級だった。
ビームの閃光が、グワンバン級戦艦二番艦の『ジーク・ジオン』の横をかすめる。
少し命令を下す必要がある、そう感じた。

「各艦は戦隊毎に照準を固定。敵は少数であり、外洋ゆえの数の利を活用する事が出来る事から我が軍が圧倒的な優位な立場にある。
恐れるな!! 攻撃を集中させろ!! 砲撃を集中すれば敵艦隊は即座に仕留められる!!」

デラーズの命令に、各戦隊司令官が反応しムサイ級、ティベ級の砲撃がエンドラ級に集中する。
一隻の狙われた黒色のエンドラ級巡洋艦が堪らず回避行動を取る。
そうすれば一度計算した砲撃位置と砲撃時の目標の素点が全て無駄になるが数の差から回避するしかない。
と、今度は別の一隻のエンドラ級(こちらは紺色)が数十発のメガ粒子砲の連続直撃を受けて大破、弾薬庫に引火したのか爆沈した。
宇宙世紀0096.02.23の会戦、『ムンゾ戦役』最初の撃沈された戦没艦はネオ・ジオン艦隊に発生する。
そして、デラーズが思った通り、下方戦線では双方のMS隊が激闘を開始していた。




ネオ・ジオンの猛攻を一気に押し返さんとするゼク・アインの部隊がビームライフルを斉射する。
それを避けるギラ・ドーガとドライセン、バウ部隊の混合部隊。
反撃するギラ・ドーガのビームマシンガンをゲルググと同じ形状のシールドで防ぎきるゼク・アイン。
双方ともに訓練度は同じなのか、中々必殺の一撃が出ない。高速で動き回り、背後も取らせない。ビームの光だけが、或はバズーカの軌跡だけが虚しく宙を切り裂く。
それはネオ・ジオン艦隊所属のMS隊にとって今まで相手にしてきた民間軍事会社とは全く次元が異なる戦力を敵に回しているのと同じ事だった。
そんな中、青いギラ・ドーガが一機のゼク・アインを射程に収める。そのゼク・アインはこちらに気が付いてないのか、夢中でバウを追いかけていた。

(新兵か!)

ロックオン。慌てて振り向こうとしたゼク・アインに向かって銃口を向ける。
射程内であり、もう間に合わないだろう。

「頂き!!」

言葉と同時に引き金を引き、ビームマシンガンからビームの閃光が放たれる。
直撃し、メイン・エンジンが爆発するゼク・アイン。
と、直ぐに機体をジグザグ走行に持って来させる。別のゼク・アインが二機、後方から自分に向かってビームライフルを放ったのが分かったからだ。恐らく撃破した小隊の僚機。

「敵機を落としても、それで自分が落とされてちゃさ!!」

レズンは必死に後方から迫りくる二機のゼク・アインを回避する。

「意味ないんだよ!!」

それを見たレズン大隊の一部が彼女を援護するべく前方から急速接近、ビームマシンガンをビームライフルモードで斉射、その二機を撃ち落とす。

「隊長、ご無事ですか!?」

その言葉に今度あたしを抱かせてやろうと思う。
アクシズにはそれ位しか娯楽が無いしな。

「ああ、無事だ。それより気を抜くんじゃないよ、向こうの方が多いし技量もあたしらと比べてそんなに変わらない!!
あたしらがさっきまで戦ってきた捨石の部隊とは大違いだ!! 気を抜くと殺されるぞ!!」

ジオン本国を守るための艦隊と言う事でその技量は当然ながら高く(当然だが対ニュー・ディサイズ計画を完遂した、つまり錬度を上げた地球連邦宇宙艦隊と戦えるだけの力量を求められている)、その士気(文字通りの国土防衛。特に16歳以下の士官候補生にはネオ・ジオンは他国の侵略者だと考えている)も高い。
また指揮官の質も実はジオン艦隊の方がネオ・ジオン艦隊に比べて勝っている。
考えれば分かるのだがジオン軍の指揮官は大半が一年戦争(ジオンの名称ではジオン独立戦争)を生き抜いた生え抜きの将官、佐官、尉官、下士官らが指揮を取り、訓練も行ってきたのに対して、ネオ・ジオンにはそれだけの余裕は無かった。
勿論、電子上の訓練は何万回としたが実機や実弾訓練は殆どしてない。その差が表れるのも時間の問題だろう。

「ち、各機、下方並び左舷30度からゼク・アイン12機一個中隊を確認、狙いはあたしらだ!!
生き残ったら抱いてやるから・・・・精々がんばりな!! 散開しろ!!」

ビームライフルを撃って敵部隊を威嚇する。散開する敵機。反撃のビームライフル。一機のギラ・ドーガがそれを回避できず撃破される。
直撃するビームを何とかシールドで受け止めるレズンの青いギラ・ドーガ。どうやら敵は指揮官を真っ先に潰すらしい
まったく、ザクⅡと同じ緑色の基本色をしたゼク・アインが憎たらしい。

「落ちろと・・・・言ったぁぁぁ!!!」

ビームマシンガンが虚空を貫く。それに気が付いたゼク・アインは盾を構えてビームの嵐に耐えきる。
歯ぎしりしたい気分だ。連中の錬度は決して素人じゃない。寧ろベテランパイロットだ。
同じく実戦経験が無いと言っても、こちらとあちらでは意味が異なるのだろう。

「くそ、エネルギー切れ・・・・!!」

接近するゼク・アインがゼロ距離射程でビームライフルを構える
咄嗟にシールドのパンツァー・シュツルムを発射した。
これには目の前の急接近したゼク・アインも対応できずに直撃、撃破される。
爆散するデブリが機体にぶつかったが最悪な事態は避けれた。戦闘は可能の様だ。

「これで二機目か・・・・とにかく、エネルギーパックを交換しないと」

戦況は、特に下方戦線と双方が名づけているMS戦は五分五分に持ち込まれつつある。
性能面で優越しているギラ・ドーガ隊の奮戦がそれを支えているのは間違いなかった。事実、ゼク・アインの犠牲はギラ・ドーガ部隊に比べて多い。
だが、その一方で多数のMS隊がネオ・ジオンの防空網を突破せんとしているのも事実である。
そんな中には青と緑のカラーリングをした『ソロモンの悪夢』の駆るガンダムMk5も存在している。

「これで四つ!!」

ビームライフルでバウと言う名前の機体を撃破する『ソロモンの悪夢』。その狙撃は年齢を取ったにもかかわらずジオン独立戦争以来から衰える事を知らず、正確に敵機を撃ち落とす。
今もコクピットブロックをビームの高熱で焼かれたバウが爆散した。

「他愛ない。鎧袖一触とはこの事・・・・上か!?」

足のペダルをかけ、急制動を行い、Gに耐えつつ、数発のビームを回避するソロモンの悪夢、アナベル・ガトー准将。
自分を狙ったと思しき敵部隊はバウが一個小隊に紅のゲルググタイプが一機だ。

「ガトー司令、雑魚は我々が!!」

フレデリック・ブラウン大尉の駆るガンダムMk5(こちらは普通のジオンカラー=緑)と指揮下のゼク・アイン6機が向かう。
向こうもそれを察知したのか、一気に距離を詰める。紅の機体がビームサーベルでゼク・アインの一機をコクピットごと焼き尽くす。
こちらも反撃の射撃でバウを一機、仕留める。爆散する双方の機体。
だが、ゲルググタイプはゼク・アインを一機仕留めただけで満足はせず、カラーリングが異なるガンダムMk5に向かってきた。
それはソロモンの悪夢と呼ばれたエースパイロットに正面から攻撃を仕掛けることを意味する。

「ほう、私に向かってくるとはな・・・・いいだろう、相手をしてやる!!」

高速機動でビームライフルを牽制で放ちあいながら、距離を詰める紅のゲルググタイプと緑と青のガンダムMk5。
ビームサーベルを計ったかのように双方が引き抜く。緑の光刃と紅の光刃が出て双方ともにビームの刃がぶつかり合う。
右手から、左手に持ち替えて横なぎに振るゲルググタイプ。それを耐ビームコーティングされたシールドで受け止めて、耐え切るガトーのガンダムMk5。

(この機体でなければ性能差で落とされていたか!!)

相手は中々のパイロットだが、それ以上では無い、そう判断する。
ガトーの乗ったガンダムMk5が一旦距離を置き、その後の急加速でコクピットめがけてビームサーベルを突き立てる。
間一髪回避するゲルググだが、ガトーの猛攻は止まらない。そのままメイン・バーニアの左舷を全てカットしてAMBACシステムを活用し、そのまま抜刀術の要領で右から左にビームサーベルを流す様に切りつける。
ビームの閃光が横なぎに流れる。
まさかそんな方法で機体を動かすとは考えてなかった敵機のパイロットは回避行動がおくれた。それは致命的な瞬間であった。

「もらったぁぁぁ!!!!

ガトーの叫びが彼女の、ハマーン・カーン親衛隊所属にして下方からの攻撃部隊部隊長のイリア・パゾム中佐の知った、若しくは聞いた人生最期の言葉であった。

(やられる!?)

そう感じたのもつかの間である。
ガンダムMk5のビームサーベルの閃光が、彼女の乗るリ・ゲルグのコクピット周辺を熱で切断。彼女は一瞬で紅の光刃によって蒸発死する。
そのまま距離を取ったガトーは止めとしてビームライフルを打ち込む。
パイロットを失い、オート防衛システムも起動しないリ・ゲルグはそのまま直撃を受けて爆散。パイロットは戦死、敵の防衛線に穴が開いた。

「こちらアナベル・ガトー准将である! 敵指揮官機を撃破!! このままの勢いで敵艦隊の下部に取り付く。遅れるな!!」

隊長機の敗死に臆することなくビームマシンガンを放つギラ・ドーガを真っ向から一刀両断するガンダムMk5を駆るアナベル・ガトー准将。
その勢いに乗せられた部隊の幾つかが突撃を敢行しだす。
それは今までの膠着した戦況を覆す程の勢いであり、ネオ・ジオンにとっては戦力の基点であり、部隊の根幹であった指揮官の死を乗り越えるための、つまりは戦力と戦線を再構築する時間が無い事を意味していた。
ゼク・アインがビームマシンガンを受けながら爆散する。
あるいは、バウがゼク・アインの突きを受けて、もしくは横なぎの一文字切りの軌道をしたビームサーベルを受けて切断される。
若しくはギラ・ドーガが必死に回避行動を取るも、数で勝るゼク・アインの猛攻を受けて撃墜された。

「更に一機!!」

内蔵インコムを使って、後方から狙撃しようとしていた重装備の実弾式ギラ・ドーガを撃破するソロモンの悪夢。
生涯現役と言うどこぞのスポーツマン選手の様な目標を掲げるだけあって、その操作テクニックは見事の一言。
インコムを必死に落として、何とか接近戦を仕掛けてきたバウのビームサーベルを、機体を右横にずらす事で回避して、バルカンの一斉射撃でバウの頭部モノアイを破壊。
そのまま左手に装備していたシールドの尖端部分をバウのコクピットブロックにめり込ませる。

「これで終わりだぁぁ!!」

その言葉通り、パイロットと駆動系の中枢神経を潰されたその緑のバウは慣性の法則に従い宇宙を漂い出した。
と、殺気を感じた。強力なGを無視して、機体を50kmほど急後退させる。その次の瞬間自分のいた場所にビームの雨が降り注ぐ。

「う!」

と、青いギラ・ドーガが大部隊で、と言っても24機だが、こちらに向かってくる。全機がビームマシンガンモードで弾幕を張る。
近場にいた数機のゼク・アインが撃破された。シールドを構え、一時退避するガトーの艦載機部隊。

「准将!!」

カリウス少佐の通信が聞こえる。

「カリウスか、残存部隊はどれくらい残っているか?」

右手人差し指のワイヤーを使用した接触通話で内密に聞く。
カリウスの乗る機体は、水天の涙紛争時に地球連邦軍に負けまいとして開発されたガーベラ・テトラ改である。この時期にこの機体を投入する時点でジオン公国の余裕の無さが表れている。
最も、ゼク・ツヴァイよりも整備性と操縦性に優れ、対弾性と汎用性、信頼性はゼク・アインを超すのでそれほど悪い機体でもないのだが。
実際、第五艦隊の部隊とミネバ・ラオ・ザビ護衛の為に本国からグラナダ市に向かった第四艦隊のエース部隊にはこのガーベラ・テトラ改が配備されている。

「こちらもかなり食われました。デラーズ閣下の第一師団72機の一個師団中、即座に戦線に投入可能残存戦力は自分と准将を含めて41機です」

31機の損失、31名の死。だが悲しいかなそれに慣れているネオ・ジオンとジオンの将兵ら。
特にジオン独立戦争を最前線で戦い抜いてきた男達にとって『この程度の犠牲』は覚悟の上であるし、問題は無かった。

「よし、その部隊で下方に展開する青色のギラ・ドーガを中心とした部隊を叩く・・・・全機私に続かせろ」

そう言ってワイヤーを戻す。
続けて、通信装置を強化した『ソロモンの悪夢』の駆る独特のカラーリングをしたガンダムMk5から通信が来た。

『第一師団各機、突入する!! 白兵戦用意!!』




艦砲射撃を行っている両艦隊から見て艦橋上空、つまり上方では12機のスペース・ウルフ隊、ドーベン・ウルフを基礎兵力とした対艦攻撃部隊が接近してきた。
ジオン艦隊防空網の攪乱の為に12機のズサ部隊が一斉に煙幕弾と閃光弾を大量に発射する。

「よし!! 目くらましにしては十分!!」

ラカン・ダカラン大佐はそう判断すると狼狽えている艦隊を強襲した。
宇宙の狼の牙が今まさに研ぎ澄まされる。

「まずは護衛の艦から貰った!!」

ラカン・ダカラン大佐のドーベン・ウルフから固定式メガ粒子砲が発射された。
直撃を受けて沈むティベ級重巡洋艦。それをみて隊列を乱した二隻のムサイ級後期生産型にもラカンは冷静に艦橋を狙って二撃加える。
轟沈こそしなかったが、それでも艦橋からMSデッキまで融解したムサイ級は救難信号を発しながら二隻とも戦線を離脱した。

「雑魚どもめ・・・・何!?」

更に三隻のティベ級と二隻のムサイ級S(後期生産型)型を沈めたラカンの上から艦隊の一斉射撃並みのビームが降り注ぐ。
見ると女性のような形をした大型MAが周囲の機体、このドーベン・ウルフの原型機とも言えるガンダムMk5を従えて陣取っていた。
そして見えるのはジオンの国章にして、ザビ家の家紋。つまり、あの機体に乗っているのは・・・・・

「はははは。これは僥倖。なんたる幸運、まさかこの俺があのザビ家の血筋の一人を絶てるとはなぁ!!
マリーダ・クルス・ザビの乗るクイン・マンサか・・・・面白い・・・・そんなデカブツがどこまで戦場で役立つか・・・・拝見してやろう!!」

戦闘時であるにも拘らず、ノーマルスーツを着ない程の自信家のラカン・ダカランはそう言って機体を操作する。
加速するドーベン・ウルフ。
目の前のデカブツ、クイン・マンサに大型メガ粒子砲を撃ち込む。それをIフィールドで防がれる。
だが、それも予想通り。

「艦隊は後回しだ。後方のギラ・ドーガ連隊とハマーン・カーンに伝えろ、例の小娘が出てきた、とな!!」

ミサイルを全弾撃ち尽くし、後方に撤退中の一機のズサに連絡する。幸いな事にズサや艦艇に使われているミサイル、ビームエネルギー、推進剤、冷却剤はパラオ要塞、アクシズ要塞、ペズン要塞でなんとか、かつ、無理矢理補給できた。
だが、それ以上の補給拠点が無い。
ネオ・ジオン上層部の、というよりも赤い彗星とタウ・リン、摂政ハマーン・カーン三名の結論はこの戦いを除いてあと三度の全力出撃並び敵軍との会戦で兵站は壊滅する事で一致している。
無論、中堅指揮官や主計科、補給部隊の面々はこの事実に気が付いていたが口にすると下手をすると反逆者扱いでリンチされかねないので黙っている。
愚かな事だ。これで脱走兵が出ないのは自分隊は武装テロリストであり投降しても重罪であると言う事実と投降要請や恭順命令を何度も拒絶してきてしまったと言う過去の過ちがあるからだ。
それがどれだけ危険なのかを見抜いているのは、恐らくほんの少数であり、少数であるが故にネオ・ジオン内部では何も出来なかった。
因みに戦闘狂であるが馬鹿では無いラカン・ダカランも分かっている。その為になけなしの部隊を使った海賊行為(彼の美学には反する)を行ってきた。
そして、タウ・リンとも個人的な伝手を結び、本来二個小隊6機のドーベン・ウルフを一個中隊12機まで増やし、それの戦闘能力を維持するだけの戦闘物資の搬入ルートを確立していた。

「さて・・・・お前たちは敵艦隊を狙え。アリサ隊とイム隊、イデア隊はそれぞれの小隊を纏めろ。ネロ、ジャック、俺に続けよ!!」

そう言って9機のドーベン・ウルフは艦隊を、残りの3機はクイン・マンサを狙った。




「何だと? このクイン・マンサと私を相手にたった3機? たった一個小隊だと!?」

虚を突かれたマリーダ。勝ち気な性格で、さっきの胸の拡散メガ粒子砲で4機のズサを撃墜、更には敵のメガ粒子砲を自機のIフィールドが弾いた事が裏目に出る。
本来であればクイン・マンサのファンネルを使って艦隊に向かう9機の方を狙うべきだ。
敵に接近しなければドーベン・ウルフと言うネオ・ジオンの第四世代重MSにはクイン・マンサを撃破する有効手段は無い。
逆に接近してくる3機の方に挑発に乗ってしまえばビームサーベルで撃破される危険性がある。
だが、実戦経験が無く、単に男の気を惹きたいが為に戦場に出た感じのあるマリーダ・クルス・ザビにはそこまでの冷静さが無かった。

「舐めるんじゃない!! この反逆者どもめ!!!」

バーニアを全開にする。急加速したクイン・マンサはその機体を支える為に大加速、それこそ敵のレウルーラ級大型戦艦やロンド・ベルに配備されているラー・カイラム級大型戦艦並みのエンジン出力を持った機体だ。
親衛隊使用のゼク・アインやガンダムMk5ではどうしても置いていかれる。

「あ、あのバカ娘!!」

ジョニー・ライデンは赤と黒でカラーリングされた機体で迷う。
マリーダを追うべきか、それともこちらの艦隊に穴をあけるであろうドーベン・ウルフ隊を攻撃するべきか。
だが迷ったのも数瞬だけ。戦場での迷いは命取りになるからだ。

「ヴィッシュ・ドナヒュー大佐!!」

髑髏のマークを入れた盾と何故か砂塵用カラーリングをしたガンダムMk5を駆る『宇宙の迅雷』に連絡する。
そう言えば休暇で旅行してきたオーストラリア大陸のエアーズ・ロックで偶然に出会ったホワイト・ディンゴのマスター・P・レイヤー中佐と交友関係を結んだとか。

(それで砂塵用の迷彩色を宇宙で使っているのか・・・・こっちは地球に降りるなんて面倒くさいのに・・・・物好きだと思ったが。
こんな事が、シャア・アズナブルが反乱を起こすなら俺も一度くらい地球に降りて置けばよかったぜ!!)

とにかくだ、いまはあのお転婆お嬢ちゃんのフォローをしなければならない。
あれが単なる一兵卒なら無視もできるが最悪な事に政治的には自分達の国家指導者の娘だ。
見殺しにすれば必ず報復されるだろう。それくらいなら敵に突っ込んだ方がまだ生き残れる、そう判別した。

「こちら親衛隊01のライデンだ。そちらは第一艦隊のMS隊司令官のドナヒュー大佐だな?」

悠長に言っている暇は無かった。
なにせ距離は開くばかり。しかもこちらは通信中で援護も出来ない。
全く手間ばかりかけさせるな、そう言いたいのを何とかこらえる。

「こっちらはネオ・ジオンの対艦攻撃部隊の迎撃網作成に忙しい。何だ!? 要件は!?」

嬉しい誤算だ。
理解が早い上に、既にこちらの想定以上に動いてくれているとは。伊達に独立戦争以来の戦友じゃないな。

「なあに、大したことじゃない。こちらの親衛隊のガンダムは全機お嬢様の護衛に向かう。お嬢様の危険な火遊びを止めに行くんでな!!
で、だ、俺が持っているゼク・アイン第三種兵装の親衛隊指揮権はアンタに渡すからドーベン・ウルフを中心とした敵機を潰してくれ。
おい、ジャコビアス、後は任せた。大佐の指揮下に入れ。フィーリウス、バネッサ、ガイウス、ユーグは俺に続け!!」

「ジョニー、お前何を言っている!?」

「な!? お、おい、まて!! 意味が分からんぞ!?」

二人の抗議の通信が聞こえたが一方的に通信を無視して切る。この間にもクイン・マンサとはかなり距離が離れた。
そして見る。

(ええいくそ、不味いぞ。あの小娘はサイコミュを使わずに勝てる気でいる!!)

確かにサイコミュをここで使えば後に来るであろう、ハマーン・カーンやシャア・アズナブルのニュータイプ部隊との戦いで不利だ。

(確かにハマーン・カーンらファンネル相手にはそれが有効だが、それ以前に死んだら元もこうもないだろうに!!
それくらい分からないのか!? これだからお嬢様育ちは嫌いなんだ!!)

そう感じたジョニー・ライデンは愛機と異名の如き速度で一気に進撃する。
目標はジオンの御姫様、マリーダ・クルス・ザビ。目的はその護衛。

(あのお嬢さんが死んだら・・・・シーマもただじゃすまないからな・・・・・だから戦場に子供を連れてくるのは嫌いなんだ!!)




暗礁宙域080 ムンゾ戦役開始から凡そ15分後。

「御頭、発砲光を確認。サイド3の方角です」

御頭と呼ばれた男、タウ・リンはそれを聞いてアイマスクを外す。
ベッドの固定用ベルトも外す。仮眠室から出た。
そのまま宇宙遊泳で艦橋に直結しているテレビ電話に出る。

「詳しく・・・・・そうか、なるほどな。赤い彗星らは敵さんと始めたか。
よし、で、俺たちの艦隊は予定通りのコースを通って暗礁宙域ギリギリまで来たな?」

実はサラミス改が一隻、一年戦争の亡霊艦との接触で中破し、生存していた乗組員全員を別の艦に移動させて自沈したがそれ以外は問題ない。
奇跡的な航海であった。最小限の推進剤の消費で、敵が待ち受けている月面の方角から正反対のジオン軍とネオ・ジオン軍とが艦隊戦を行っている方角へと17隻の戦闘艦を隠密裏に動かした。

「それでだ、封鎖網を敷いている地球連邦軍に動きは?」

最高の期待通りであれば暗礁宙域内部に侵入し、無駄骨をおるだろう。或いは捜索して黄金より貴重と言われる戦場での『時間』を浪費する。
次点は敵が初期の位置で包囲網を敷いているだけで動かない事。こちらも『時間』を浪費してくれるのに変わりは無い。
だがそう上手く行くとも思ってはいなかった。

(ラーレ・アリーは地球連邦のアラビア州出身の数少ない将官で、しかも僅か10名しかいない正規宇宙艦隊の司令官だ。慎重派だと思いたいが・・・・水天の涙以降の連邦軍上層部の人事は正鵠だ。
非常に優秀な人員を最も有益な位置と地位に付けている。そう考えれば保身だけの連中とは思えん。戦闘馬鹿のネオ・ジオンとは大違いだろう。
まして男社会の軍隊で正規艦隊司令官にまで上り詰めた女・・・・・まったく、味方なら是非とも抱いてみたいもんだが)

と、少しだけ現実から妄想へと思いをはせらしていると返事があった。

「司令官。先の報告で新たに敵艦隊に動きあり、月面方面から50隻、旗艦がアイリッシュ級戦艦である事からソロモンを出撃した第11艦隊でしょうそれが封鎖線を強化しております。
そして件の第三連合艦隊は封鎖地域から移動、ムンゾ会戦宙域と月面宙域の封鎖点を直線と半円で結んだ場合、丁度半円の中間地点にいます」

舌打ちしたい気分だ。尤もそんな事をすれば士気を下げるか部下の不安だけを大きくするので出来ないしやらないが。
それにしても嫌な女だな。或いは宇宙艦隊司令長官のエイパー・シナプスか? どちらにせよ忌々しい事に変わりは無いか。

(・・・・半円の中心地帯か・・・・それだとこちらがどちらに動いても側面を付ける。が・・・・月面方面の戦力の低下も無視できないだろう。そうしたら日和見主義の月市民の世論を敵に回す筈。
どうやって・・・・・いや待てよ。なるほどね、正面戦力の不備や月面奇襲の危険性を直接月市民に説いたのか。あのミネバ・ラオ・ザビの演説を利用したか。
或いは最初から仕組んでいたか。どれにせよえげつねぇな。
で、馬鹿な月に住む大衆たちはネオ・ジオンを叩けと騒ぎだし、絶対民主制の地球連邦政府は月面方面軍を動かす大義名分を得た。
だから月面方面軍の指揮下にあるヘンケン・ベッケナー少将の第11艦隊を動かせたか。
こっちが暗礁宙域から抜け出してネオ・ジオン艦隊の援護に行く事を見抜いていた・・・・)

だが。タウ・リンは傲岸不遜に笑う。
少しでも部下たちを安心させてやるために。
例え自分の思い描いていた作戦が上手くいかなくても。

「そいつは大変だが・・・・・まだ中間地点だと言う事はどんなに足を速めても2時間はタイムロスがある。
敵さんの第三連合艦隊らは150隻を超す大艦隊故に、そして連邦軍や俺たちのサラミス級やマゼラン級とは異なり航続距離が短いムサイ級の為に一度補給をする必要があるジオン艦隊というお荷物を抱える。
が故に、だ」

独語は終わり、次は命令。

「よーし、計画通りいけるな。ならば・・・・艦長、各艦にレーザー通信。20分後に暗礁宙域を突破する。
・・・・・・・・・・・予想では交戦中のネオ・ジオン艦隊は最悪な事態に陥るだろうかなら」

最悪な事態。それはそう遠くない将来に現れるだろう。

「さてと、作戦参謀、眠りこけている連中を全員を起こせ、休憩は終わりだ。でるぜ!!」




同時刻、宇宙世紀0096.02.23.08時10分ごろ。
月面都市グラナダ市地球連邦軍月面方面軍高級士官専用官舎。

数時間前に、最愛の男性を相手に女の子から女になったばかりの人物が起き上がった。
彼女はシャワーを浴びている男の背中にそっと我が身を寄せる。
同じく少年から大人へとなる儀式を通過した男の背中。男性特有のにおい。
あの伯父たちとも父とも、今は亡き母とも、従兄妹らとも違った関係を持つ人物。
その背中。初めて見た家族以外の男性の背中。

「・・・・・オードリー?」

ただシャワーを浴び続けていたバナージの両肩に自分の胸を押し付ける。
それに反応するバナージ。今さらである。あれだけ激しく愛し合ったのに、だ。

「バナージ・・・・・」

甘い吐息を耳にかける。

「!?」

それに反応するバナージ。
思わず振り返りそうになり、背中に当たる二つの柔らかい感触がそれを止めた。
理性と言うよりも本能が本能を打ち負かしたと言うべきだった。

「・・・・・痛かった」

小さな声で拗ねた声で言う。

「え!?」

それが何意味するか位バナージにも分かる。

「それに・・・・激しすぎ」

そうだ、腰が砕けるかと思った。快楽で死ぬかと思った。本当に男の本能は女の前で野獣として現れると死んだ母のゼナが言ったが本当だった。

(・・・・・・もう一度・・・・・したいな)

今が戦時中で、現在の戦況では従姉妹らが最前線で戦っていると言うのにこんな言葉を吐ける自分が憎くて・・・・・・そして愛おしい。
これが背徳だからか、或は別の理由があるのか? とにかくそう思ってしまう。それでも不思議とまだ乙女だったころの様な不潔感は感じない。

「あ、その、いや・・・・ご」

変な所で鈍いんだ。
意外な一面を見せる男、バナージ・リンクスの横顔を見る。
シャワーの水で、黄色の髪に水滴が滴り落ちる。
漸くここまで来た。来れたと言うのか。恐らく父親は激怒するだろう。
或いは大泣きするだろう。若しくは唖然とするだろう。

(でも良い。それを受け止めるのは私だけじゃない。私とバナージの二人なのだ。
だから嬉しいし、怖くない。それに若しかしたらすごく喜んでくれるかもしれない。お母さんが死んでから凄く過保護に育ててくれた人だから)

ずっと背中に自分の女性の象徴を当てているオードリーは言った。
バナージが顔を赤くしているのを知りながら。

「痛かったのよ・・・・あんなに血が出るとは思ってなかった・・・・・責任、ちゃんと取ってくれる?」

微笑みかける。そんな中、バナージは思う。
凄くどうでも良い事を。或いは人をこれを現実逃避というかもしれない。

(オードリーのお父さんって本当にドズル・ザビなんだろうか? 絶対に違う気がする。ガルマ・ザビって言われた方が納得できる
あ、百万歩譲ってもギレン・ザビは無いな。オードリーはお父さんに似なくて本当に良かったよ。仮に父親に似ていたら全人類の損失だね)

と、何気に失礼極まりない事を思った。
だが、気を付けた方が良い。そう言う事に関しては女性の感と言うのは良く働く。
男よりも何万倍も直感が良いだの。そして嘘を見抜く能力では絶対に勝てない。
それを身を持って体験する事になるバナージ・リンクス。

「・・・・バナージ、今何気に失礼なこと思ったでしょ?」

シャワーの湯気に隠れているが何故か汗が出る。

「!!」

そっと右手をバナージの額に当てる。
それを、汗を確認できたオードリー・バーン。
冷たい左手で彼の空いている左手を握りしめる。
シャワーの温水が自分達にかかる。

「やっぱり・・・・大方、私が御父様に、ジオンの猛将ドズル・ザビに似なくて良かったとか思ったのですね?」

鋭い。
慌てて言い訳をしようとして振り返り、そこで漸く気が付いた。
こうやって温水シャワーを使っているシャワー室にいると言う事はお互いに生まれたままの姿でいると言う事。
つまり、裸体をさらけ出している。オードリーもバナージも。

「あ!」

「え? きゃあ!!」

お互いの言葉がハモる。慌ててシャワーを止めようとして、その拍子に足払いをかけてしまいオードリーが倒れてきた。
数時間前、少女から女性になった人、あるいは女性にした人が自分の上に裸のまま倒れ込む。
気まずい。一言で言うならそれ。

「あの・・・・」

「ええと・・・・・」

何も言えない二人。シャワーのお湯だけがオードリーの髪と自分の体にかかるがそれが余計にオードリーの妖艶さを出す。
髪から滴る水、ベッドの上で女神だよと称したオードリーの生まれたままの姿。そんな中で、数時間前と似たような姿勢の二人。
膠着状態。とにかく何とかしないといけないとは思うが、では、どうやって何を何とすれば良いかなどつい先ほどまで互いに初めて同士だった男女が分かる筈もない。
背中をシャワー室の壁に背凭れたバナージの上に、オードリーという女性の体と体重が乗せられる。

(まあいいか)

(まあいいでしょ)

バナージとオードリーが互いに温もりを確認している時だった。
いつこのシャワーを止めるか迷っていたいた時。

『バナージ、バナージ、時間、時間、時間』

『ミネバ、ミネバ、時間、時間、時間』

切っ掛けはジュドー・アーシタとカミーユ・ビダンが作ってくれたハロだった。
そして父親のドズルが何故か気に入っているミネバ用の赤紫のハロである。
因みにドズルが気に入ったのは自分が握りつぶせないサイズの小型玩具だったからだ。
この間も兄ギレンの執務室に置いてあった、ギレン・ザビの私物であるイギリス製万年筆を握り潰して給料から天引き賠償させられたくらいである。

『ドズル、貴様は軍用ペン以外触るな。特に私の私物は繊細な職人芸が多いのだから絶対に触るなよ』

と注意されたばかりらしい。
こういう時のアラーム程恥ずかしいものは無い。赤い顔をした二人は取り敢えずバスタオルで体を拭く為にシャワーを止める。
その瞬間、オードリーと向き合ったバナージは理性を総動員したが、オードリーの方は逆に流れに身を任せた。

「!?」

「ん」

オードリーからバナージに口づけを交わす。それも数十秒の濃厚な。本当に。

「・・・・・・・・・バナージ・・・・・ありがとう」

オードリーのか細い声。そして彼女は用意された下着と軍服に着替えるべくシャワー室を出る。
そしてバナージも気が付いていた。オードリーの手がまだ震えていた事も、愛し合っていた時もずっと何かに怯えるように自分に縋りついていた事も思い出す。

(怖がっている・・・・・そうだ・・・・・怖がっているんだ!! 俺がしっかりしなきゃいけない!!)

着替えるオードリーの、いや、ミネバ・ラオ・ザビの背中を見ながらバナージは決めた。
自分が彼女を支えるのだ、その為には全て利用しよう。
自分とは半分しか血の繋がらない現在政治犯として収容されているアルベルト兄さんも、カーディアス・ビストという5歳の頃から会ってはいないビスト財団の長も。そして。

「・・・・あの事件を利用して・・・・・地球連邦最大の英雄ティターンズ長官、ウィリアム・ケンブリッジ。彼を使う」

固い決意のもとに、今一人の青年が動き出した。
すぐそばに置いてあるオードリー用の、いや、ミネバ・ラオ・ザビ専門の衛星通信電話を作動させて。




同時刻、宇宙世紀0096.02.23.06時17分(会戦勃発の約二時間前)

地球連邦軍第三連合艦隊の総旗艦でもある第12艦隊旗艦『ユーラシア』にレーザー通信が入る。
入れてきたのはザンジバル改級機動巡洋艦、第三艦隊旗艦『ケルゲレン』のユーリ・ケラーネ中将だった。

「ラーレ・アリー中将、ユーリ・ケラーネ中将から通信が入っていますが?」

その言葉にショートヘアーで、主教上の教義を守るために素肌をマスクで隠しているムスリムの中将は分かったと答えた。
彼女は副官に一度自分の部屋で連絡をしなおすからその準備をする事とその旨を伝えるようにと命令。
命令は粛々と実行される。
それから数分後。

「・・・・何かしら?」

インカムと拡声器を使って音声通話をする。
咽喉の震えをそのまま利用するからそれだけで彼女の意向が伝わる。

「掻い摘んで言う。俺たちの艦隊はジオン本国に急行する。それで良いか?」

既に作戦の破綻と隠された目的は明らかだった。
地球連邦宇宙軍の総力を挙げた『あ一号作戦』には実は各連合艦隊司令官以上の上層部しか知らされてないもうひとつの隠された目的がある。
それは仮想敵国ジオン公国軍の軍備をネオ・ジオンにぶつける事でその実力を計測し、これを合法的に削減するという裏の目的があった。
何も民間軍事会社だけが地球連邦にとって危険人物や危険組織では無い。
ネオ・ジオンという共通の敵対勢力が無くなれば適度な敵対国として準加盟国の『中華』とジオン公国の双方が残る。
これを悟ったユーリ・ケラーネ中将。
その片方を出来る限り削ってしまうと言うのは理に適っているし、自分達が連邦軍の立場なら寧ろ歓迎するだろう。
だが、それもあくまで自分達が部外者であるか地球連邦軍である場合。
この場合、敵艦隊、つまりネオ・ジオンはサイド3=故郷を目指して進軍しており、ユーリ・ケラーネの指揮下にはこれを阻止するだけの戦力が存在している。
しかもだ、暗礁宙域に逃げ込んだ敵は地球連邦軍の凡そ5分の1程度の弱小戦力。ならば自分らが動いても問題は無いだろう。

「このケルゲレンを旗艦とした部隊はジオン軍総司令部の命令に従って友軍部隊救援に向かわせてもらいたい・・・・まさか駄目とかは言わねぇよな?」

一対一の対応。だから何とでも言える。殺気も若干だが込める。それにネオ・ジオンという共通の敵がいるからジオンと地球連邦は手を組んでいるのだ。
これでもしもネオ・ジオンが存在しなかったら、地球連邦とジオン公国は単なる仮想敵国同士で終わっていただろう。
それに地球連邦の魑魅魍魎と言う言葉でさえ最近は生温い様な気がする連邦政府の上層部がジオン軍戦削減の好機を見逃すか?
そんな疑問を持つ。

「・・・・・・あんたは信頼しているが・・・・・こっちにも立場がある。アンタと同じでな。それで・・・・・返答は?」

場合によっては自分の命と地位を捨てて艦隊を独断専行させて動かす覚悟。
部下たちの故郷であるジオン本国を蹂躙されたくない、そんな言葉が、光景が、思いが彼を、ユーリ・ケラーネを追い立てる。
だが返事は意外だった。

「そうですか、その点でしたら問題ありません。
第三艦隊と第四艦隊はそのままデラーズ大将指揮下の部隊の援軍として救援に向かってください。
いまから全速で行けば会戦終盤には援軍として決定的な局面に間に合うと思われます。航路図に関してはこちらのデータを渡します。
一応、御不満や御懸念がお有りでしたらそちらのデータと照合の上、お進みください。暗礁宙域に籠もった敵艦隊はこちらで対応します」

そう言って自分のPCから『ユーラシア』のメインPCにある航路データを第三艦隊旗艦『ケルゲレン』に送信する。

「・・・・・・・」

意外な顔をするジオンの将官。それを見て笑った。
顔を覆う布越しだが、そんな中でも、確かに目の前の女性提督は笑ったのをユーリ・ケラーネ中将は確認した。

「武運長久をお祈りします、ユーリ・ケラーネ中将殿」

敬礼して通信を切る。
そして即座にアリー中将は別の場所、艦橋下のCIC繋がる内線電話で連絡をする

「副司令官を呼びなさい。
第三連合艦隊からジオン軍を分派します・・・・計画通りですね、シナプス提督」

0096の2月23日6時27分。
戦闘開の約二時間前、この時、ジオン第三艦隊とジオン第四艦隊は最大船速でムンゾ宙域に向かう。




そのムンゾ戦役と後世に伝わる戦いは更なる激しさを増している。
ネオ・ジオン所属のバウがビームを放ち、ジオン軍のゼク・アインを斜めに貫通する。

「やっ!?」

その一瞬の隙を狙ってゼク・アインの一機がビームサーベルで後方からバーニアのあるランドセルごとコクピットを串刺しにする。
かたや、エンドラ級に多数の対艦ミサイルが殺到。回避行動が間に合わなかったのか、その大半が撃墜されず命中。
大爆発を起こして轟沈する。
一方、双方から見た上方戦線では。

「この!! 落ちろ!!」

三機一個小隊のコンビネーションをするドーベン・ウルフに翻弄されるマリーダ・クルス・ザビのクイン・マンサがあった。
地球連邦との技術協定で配備された、両手の追加武装として内蔵された三連装ビームガトリングガンから対艦用のビームの光線をばら撒きながらドーベン・ウルフ三機を迎撃するクイン・マンサ。
だが、気が付いているのか?
本来であればファンネルを射出して一気にケリをつける事こそ彼女の最もやるべきところ。
それをしない、いや、出来ない。そこまで思考が追い付かない。

「何故だ!? 何故当たらない!? あたしはニュータイプなんだぞ!?」

何だかんだと言っても蝶よ花よと育てられたジオン公国の王族の姫君である。
そして実戦経験など無く、いつの間にか護衛の親衛隊とも完全に切り離されてしまった。
これに気が付かない。気が付けない。さらにはファンネルを使うには冷静さが必要であり、その冷静さも無くなっていた。

「落ちろ!! 落ちろ!! 落ちろぉぉぉ!!!!」

埒があかないと見たクイン・マンサは一気に距離を詰めだした。
目標は敵隊長機と思えるドーベン・ウルフ。

「あああああ!!!!」

大型ビームサーベルが、ムサイ級巡洋艦やサラミス級巡洋艦を一撃で切り裂ける大型ビームサーベルを振る。

『長かったが・・・・・漸く釣れたな!! ザビ家の小娘!!!』

と、通信が、いや、相手の思考が聞こえた。このミノフスキー粒子濃度で敵の通信など拾える筈が無いのだから。
ビームサーベルで敵を切り裂こうとした瞬間に胸元のメガ粒子砲が発射された。
収束していたビームは放たれ、濁流となってクイン・マンサの胸部に向かう。
他の二機もいつ用意したのか、360mmバズーカ砲、つまりジャイアント・バズを構えていた。
そして敵の隊長機と呼吸を合わせて、その弾丸を全弾一斉に発射する。

(不味い!! 直撃コース!!)

慌てて両手を使って防御する。
が、当然の如く回避行動は間に合わなかった。直撃を受けるマリーダのクイン・マンサ。

「きゃぁああああああ」

両腕に直撃弾。その衝撃でエア・バッグが飛び出る。
それらによって思いっきりコクピットをシェイクする。
その一撃が、彼女の怒りを呼び出した。

「このぉぉぉぉ!!」

だが、更に敵は狡猾であり、予備兵装として用意していた大型360mmジャイアント・バズを頭部に三発撃ち込んだ。
流石に装甲は破壊できなかったが、それでもコクピットに到達する衝撃までを吸収する事は出来ない。
ノーマルスーツ越しでも、リニア・シート越しでも耐えきれなかった衝撃が彼女をおそい、そのまま目の前のコンソールパネルに腹部を直撃。
さらに座席から跳ね飛ばされ、そのまま、ヘルメット越しに360度メインモニターに衝突。

「う・・・・」

軽い脳震盪をも起こす。
そして少し頭を振った時に気が付いた、目の前に大型メガ粒子砲を構えた敵MSが三機、明らかにIフィールド内部にまで接近させている。
頭部に照準を、つまり自分のいるコクピットに照準を付けている。三機とも。

『ははは、所詮は小娘。箱庭で育てられたお嬢様には戦場では生きていけんな・・・・これで死ねェ!!!』

間違いない、サイコミュが受信した相手の殺意、相手のパイロットの言葉だ。

(このまま私は死ぬのか!?)

途端にゾクッとした感情、恐怖が体中にまとわりつく。
嫌だ死にたくない!! 

(助けてジュドー!!!)

咄嗟に叫んだ。

「ジュドー!! 死にたくない!! そ、そうだ!! ファ、ファンネル!!!」

慌ててファンネルを射出するが遅い。
この至近距離で、Iフィールドの圏内、つまり耐ビーム防御が不可能な状況で目の前の敵パイロットが引き金を引くのと自分の思考でファンネルを使い三機のドーベン・ウルフを落とすのが間に合うはずもない。

『今さらそれかね・・・・・遅いわ!!』

閃光が走った。




宇宙世紀0096.02.23 8時30分。地球連邦政府首相官邸街ヘキサゴン。ティターンズ政庁。

スーツを着た、正確には着る事を許された男がいた。
目の前にはサイド3製だと言う仕立服の黒いストライプダブルボタンのスーツを着こなしている男が座っていた。全身黒だがシャツは青色、そしてネクタイは紫に細い灰色のストライプ。胸には政府閣僚を示す地球連邦の国旗と閣僚専用バッチ。
自分以外の全員には思い思いの飲み物と軽い軽食が用意されている。

(なるほど、コンドルハウスと呼ばれているティターンズ政庁は不夜城だと聞いたが本当だったか。ご苦労な事だ)

スーツを着ている男と自分はほぼ同年齢。だが片方は豪華な机に肘をかけ、豪華な椅子に腰かけている。
自分は対照的に後ろを准将の階級を付けたエコーズの最高司令官が監視していた。

(確か・・・・ダグザ・マックール准将だったな。わざわざ拳銃を突き付けているとはこちらもご苦労な事だ。
そんな事をしなくても逃げはしないのに、な)

そして右側には女性秘書官の一人にして法務部門の長であるセイラ・マスが青いスーツ姿で、右側には黒い襟付きのスーツを着たあの時の男、マイッツァー・ロナ首席補佐官が、そして目前の男の隣には椅子に腰かけて、足を組んでいるフリージャーナリストと白いスーツに青いネクタイ姿で有名なカイ・シデンがいる。
更にはたった今、自分の後ろのドアが開かれ、ジャミトフ・ハイマン国務大臣とリム・ケンブリッジ地球連邦情報部国内治安情報部門の部門長(ブラックマン)が入ってきた。
二人が指定された席に座る事で立っているのは自分と監視役の軍人、たしか、ダグザ・マックール准将とか言った男のみ。

「さて、私がウィリアム・ケンブリッジです。座ったままですが・・・・ご容赦を」

そう言って挨拶する。
だが一体何の用だ?
落ち目のビスト財団に、いや、その落ち目のビスト財団の原因となるインダストリー7強襲作戦を事前に『知っていた』事で大きく躍進したロナ家という飼い犬の飼い主が何の様なのだ?
そして、その事実を、核兵器使用に民間人殺戮とラプラスの箱の秘密をパプテマス・シロッコがジン・ケンブリッジにリークした事でケンブリッジ家は今や地球圏トップ10のG10の一員の死命を制する事になる。

『ジン君、例のロナ首席補佐官の手に入れた地球連邦建国時の秘密と核兵器使用と言うアキレス腱、それに民間人への発砲と言う証拠を欲っしたくはないかね?』

シロッコ少将の甘い味がする蜜の罠。
そう、それはラプラスの箱と言う名前の極秘情報に地球連邦軍の一部がコロニーに対して史上初めての核攻撃を行ったと言う事実の共有。
こうして。地球連邦の極右政党集団が同じ政治家であるマーセナスらリベラル派を爆殺し、その後に地球連邦政府を動かして大弾圧とでもいうべき事を行ってきた事を証明する事実と証拠をジン・ケンブリッジは知った。いや、握った。
新たなる箱の主となった。そう言い代えても良かった。

(あれが小学校で習ったあのラプラス事件の真相だったのか・・・・全くこれだから政治家は碌でもないな。
だが利用させてもらう。メアリーとツルギ、そして先月生まれてきたエリザベスと妻らのメイ、ユウキ、それにケンブリッジ家の未来を守る為にも!!)

ジン・ケンブリッジはそう決意する。

そして核兵器使用やラプラス事件の真実を知っていると言う事実、作戦に関与した最高責任者がマイッツァー・ロナであった事がシロッコによって発覚。
これをフェアント技官がロナ首席補佐官に伝える事で、ケンブリッジ家の派閥から逃げられないようにした。
そう、それを暴露される危険性を消去する為にブッホ・コンツッェルはジン・ケンブリッジを株主であり財務顧問として受け入れたのだ。
こうして、今や宇宙開発事業ではジオニックや没落しているAE社に、勃興するウェリントン、ハービック、ヤシマ・カンパニーなどと対等に渡り合える政財界の怪物、不死身の男マイッツァー・ロナとブッホ・コンッツェルのアキレス腱を切る事が出来る情報をジン・ケンブリッジは手に入れた。
また、その才覚を使って彼はケンブリッジ家の権威と権限を盤石な存在と化さんと蠢動しており、それを後押しする『ケンブリッジ・ファミリー』によってこれもある程度は成功していた。
事実上、ラプラスの箱はケンブリッジ家が握ったと言っても良かった。
まあ、既にそんな存在など必要ない程に彼らの主、不本意ながら皇帝陛下扱いのウィリアム・ケンブリッジは地球連邦でも最大級の権力者であるが。

「改めて言うまでもないと思うが・・・・私がカーディアス・ビストだ。君らに失脚されて今は政治犯扱いだが・・・・それで何か用かね?」

この言葉に反応した者は全員だがその反応はまさに10人10色である。
ロナ首席補佐官は怒りを、マス法曹担当官は呆れ顔、カイ・シデンは面白そうな顔でメモ帳とペンを用意し、ダグザ准将は無反応である。
因みにティターンズ長官であるウィリアム・ケンブリッジは涼しい顔でPCを開く。

「これは先程、月面都市から私宛に送られてきたメッセージです・・・・この少年に見覚えはありますよね?」

そう言って、携帯PCを反対向きに動かして彼に映像を見せる。そこには自分の後妻の息子、バナージ・ビストが映し出されていた。
しかもその後ろにはザビ家の紋章が入ったレイピアらしき剣が飾ってある。

「それでは皆にも改めて最初から聞いてもらいましょう・・・・よろしいかな?」

そう言ったのは後ろで九谷焼の茶碗に日本茶を入れているジャミトフ・ハイマン国務大臣。毎度思うが自分の執務室でやって欲しい。
まあ、もうすぐこの部屋からも引っ越すのだから仕方ないか。
黙るカーディアス・ビスト。全員が静かに聞こうとする。

「・・・・・」

無言は肯定と捉えますぞ。
そう言ってジャミトフは促す。思わず本性が、被っていた仮面の奥にある本当の素顔のケンブリッジが現れた。

「はぁ・・・・・少しは私の立場と言う者を考えてください・・・・全く。では流します」

一瞬だけ溜め息をつく。一体全体、ムンゾ自治共和国に向かってから何万回の溜め息をついた事やら。
テーブルのリモコンで室内の照明を若干暗くする。

『オードリー・バーン、いえ、ミネバ・ラオ・ザビの事を知っていますね。俺はバナージ・リンクスです。
ウィリアム・ケンブリッジ長官、貴方がこれを読む事を願って通信を送りました。
父親の残したビスト財団の一員でAE社の幹部だったマーサ・ビスト・カーヴァインから知らされた事実、ビスト財団本部のあったインダストリー7で核兵器を使っていた事を俺は現場証人として暴露する。
それに俺もあの時あのコロニーにいましたから。それはIDを見れば分かる。
だから要求する。
あの時の卑劣な行為を暴露されたくなければ俺に協力しろ。また、この通信はジオン公国のザビ家の極秘周波数を使って送った。
その理由も知りたければ俺に・・・・・いや、オードリーの未来に協力しろ!! それが受けれいれられない場合は差し違えてやる・・・・・・・・以上です、返信をお待ちしております』

何だ、この通信は?
子供じみているのも大概に・・・・・いや、まて、マーサにインダストリー7だと?

「ミスター・ビスト、貴方の息子は大したものですね。この私、ウィリアム・ケンブリッジを脅している。それもたった一人の少女の為に。
このオードリーという少女が想定している人物なら恐らくミネバ・ラオ・ザビでしょうか。
あの月市民を奮い立たせた少女と彼が何故どこでつながったかも知りたい事象ですが兎に角それは置いて置きましょう。
彼の勇気は大したものだ。ただし、要求、それを認めるかどうかは・・・・・我々次第、いえ、貴方次第ですが」

貴様は一体何を言いたいのだ?
それが分からない。
そしてウィリアム・ケンブリッジは極めて静かに何の抑制も無くアクセントがかけた機械の様な口調で述べた。

「インダストリー7の件、つまり息子さんの口封じをしてくださいますか?」

ウィリアム・ケンブリッジの簡潔な問い。
確かにあの事件は民間コロニーを破壊した。それも『リーアの和約』『南極条約』に違反してまで行われた。
ティターンズ所属でもある第13艦隊が民間人(いくら銃やMSで武装していたとはいえ)を殺し、あまつさえ、地球連邦憲章で保障されている私的財産所有の権利を一方的に無視して核攻撃でコロニー一基を葬り去った。
これはティターンズ最大級の失態であり、地球連邦政府の一部はウィリアム・ケンブリッジを懲らしめる目的で謝罪会見もさせられた

(たしかにあのコロニー核攻撃と殺戮はあのウィリアム・ケンブリッジらしくない失態。末端の暴走を止められなかった事件。
しかも禁忌である核兵器の使用許可を勝ち取ったとはいえ、本当に使うとは第13艦隊の誰も、いやゴールドマンでさえ思ってはいなかっただろうに)

いわば、アキレス腱だ。
発射命令は首相直属であるとして緘口令を敷いた事と、コロニーの捜査中にビスト財団が生物兵器を作っていた、それらの一部が既に蔓延しだしていたと言う理由で住民を無理矢理納得させた事で何とか事なきを得ている。
が、この真実をマーサ・ビスト・カーヴァインが、インダストリー7襲撃の狙い、本来の目的と言う情報、襲撃理由を息子のバナージに何らかの方法で伝えていたのなら・・・・それはウィリアム・ケンブリッジ派閥にとって最大級の毒薬だ。

(つまりこうだ、ティターンズ長官の目の前の男には弱点がある
一つ、自分達の派閥の為に核兵器を使用した男がいる。
二つ、その男はティターンズ三極の一人であり、誰も止める事は無かったし、ウィリアム・ケンブリッジの監督不届きでもあったと言う事実。
三つ、事実隠蔽の為の情報統制を警察機構が行った事。
四つ、連邦憲章を無視した行動に出ていた事、民間人を一方的に殺戮していた事。
それだけの事とも言えるし、大事とも捉えられる)

それらの事を踏まえて、目の前の男と息子のバナージが言った言葉を考えれば結論は少なかった。いや、一つだけだった。

「・・・・・・・・・息子を・・・・・・バナージを私の手で殺せと、そう言うのだな?」

思った以上に掠れた声しか出ない。だがそうなのだろう。目の前に座る男にも守るべき者達がいる以上、それを、バナージの死を望む。
彼だって一つの組織の長であり、政財界と官軍双方では絶大な支持と人気と派閥を持つ男だ。彼にだって守らなければならないしがらみがある
だが、それでも・・・・・息子を殺せと言うのは流石に認められない。親として最低限の、違う、絶対にやってはいけない事だ。

(息子の為に生きる事、息子を生かす事はあっても、自分の為に息子を殺してはならん。これはアルベルトの件で深く知った。
あの子の心の闇を育てたのは私だ。だから・・・・同じ過ちは繰り返せない。例えそれがどんなに困難な道であろうとも)

とんとんと机を叩いていたウィリアムは徐にPCのページを変える。
5000万テラの報奨金、今後三十年間の衣食住の地球連邦政府保証、安全確保、望みであればアルベルト・ビストの釈放とジオン公国への国籍移行と住居確保を許可する。
そうプリントしたA4用紙をプリンターで印刷して直接手渡してきた。

(無表情だな・・・・一体何を考えている?)

何も言わない、誰も何もしゃべらない事にかなりの不安を抱えながらもカーディアス・ビストは言った。言うしかない。

「なるほど、実の親による息子殺しの対価を払う、それは当然だ、そういう訳か?
私の釈放、財産の返却、さらに居住地域を制限するがそれでも生活の保障・・・・そんな所か?」

何も言わない男。
これが、この能面のような男があのウィリアム・ケンブリッジなのか? 初めて会った時は単なる臆病な官僚の一人だったのに。
なんなんだ、この威圧感と風格、そして畏怖を感じる恐ろしさは!!

「・・・・・・・・」

無言でさらに一枚の紙を渡す。
それは印刷された紙だが、紙質が違った、連邦政府の正式な命令書である事が記されている。
記名欄にはゴップ内閣官房長官、ジャミトフ国務大臣、オクサナー国防大臣、ケンブリッジ、武装警察であるティターンズ長官の四名の名前が直筆で書かれていた。
内容は先程手渡された紙よりも若干良くなっている。

(そうか・・・・・アルベルトが私に反抗した時点で・・・・・いや、あの子が、バナージが私の元をミリアと共に去って行った時点で既に退路は無かった、無くなったのだな)

回答を、返答を、YESかNOかその二択だけを求めている。
此処にいるのはケンブリッジの最も信頼のおける人間たち。彼をここまで導いたジャミトフに、自分達ビスト財団に引導を渡したロナ首席補佐官。
そして法務担当のセイラ・マス。そして彼が、ウィリアム・ケンブリッジがまだ無名の一官僚だったころから護衛していた戦友のダグザ・マックール准将。
だが、私には出来なかった。息子殺しだけは出来ない。それだけは出来なかった。

「・・・・・息子は殺さん。殺したければ自分の手で殺すが良い、ウィリアム・ケンブリッジ。私はもう二度と部下や息子を裏切る事をしない」

そう言い切った。




閃光が走った。そして三機のガンダムMk5が自分の盾になったのが何故か分かった。
一瞬だったのに、その三機の親衛隊使用のガンダムがビームの光を我が身を盾にして命を捨てて自分を助けてくれたことを知る。

「え?」

死んだと思った。
恐怖で顔をぐしゃぐしゃにしている。
そして先程の敵機の攻撃を受けた衝撃で鼻血も出ている。
ヘルメットの中にはコンソールにぶつかった衝撃で吐き出した吐血が付着していた。

「だ、だれ!?」

その三機のガンダムMk5から返答は無い。
当然だ。盾を構える暇も無く、マゼラン級戦艦の正面装甲を貫通するだけのメガ粒子砲の直撃を受けたのだ。
生きている筈が無かった。何せ三機とも上半身が無くなっているのだ。コクピットブロックもこの世から消滅した。

『ユーグ!! フィーリウス!! ガイウス!!』

その言葉に呼び戻される。
親衛隊のジョニー・ライデンだ。どこか軽薄な感じの明るい男の声が今は怖い。目の前の敵と同じくらいに、いやそれ以上に怖い声だった。
紅と黒のガンダムMk5が一機のドーベン・ウルフを射程圏に収める。
発砲。回避。発砲、回避。そして、正面からでは無く、ドーベン・ウルフの左側面から隠密裏に展開したインコムで射撃。
ドーベン・ウルフの右足を撃ち抜くと、そのまま接近してビームサーベルで右肩から左足に向かって斜めに両断した。

『これで一つ!! バネッサ!! 何をぼさっとしてる!! 馬鹿な御姫様を後退させろ!!!』

通信で気が付いた。ファンネルが起動しない。何度命令しても宇宙を漂うだけ。
連中が、三機の、いや今は二機に減った敵の撤退間際に放ったメガ粒子砲の直撃がジオン公国版の、連邦製とは違う劣化コピー故に衝撃に脆いサイコ・フレームを破壊したらしい。
他にも多数のミサイルやバズーカの弾丸、デブリの直撃を受けていたのかアラートが、機体の各部損傷を示す危険警報が鳴っている。出ている。

(ああ・・・・・私の所為か? 私の所為であの三人は死んだのか? ユーグもフィーリウスもガイウスも私の大切な親衛隊の・・・・仲間だったのに)

なんで今頃になって後悔するのだろう。
怒りよりも虚脱感が支配する。思わず、機体のコンソールから手を離してしまう。
途端に強烈な吐き気が、死んだ三人の最後の気持ちが増幅されてコクピット内部に満たされる事になった。
それは彼女、マリーダ・クルス・ザビの体中を蟲が這いずり回る様な怖気を含んだ気持ち悪さで駆け上がる。

「なんだ・・・・これ・・・・うう・・・・すごく・・・・気持ち・・・・悪い」

何とかヘルメットの中で吐き出すのだけは止めたが、それでも、コクピット内部の専用吐瀉物回収マスクに吐血と共に吐き出す。
一方で更に親衛隊のゼク・アインが9機到着した事で戦況はこちらに傾いた。
これを知った敵の部隊長は頃合いと見て撤退する。それは見事な引き際である。
この時点でジョニー・ライデンは知る由もないが、残った9機のスペース・ウルフ隊事、ドーベン・ウルフは7隻のムサイ級軽巡洋艦後期生産型と2隻のティベ級重巡洋艦を損失機0で撃沈、自分達の撤退に成功していた。
この為に第五艦隊は大きく戦力を削られ、敵艦隊との砲撃戦で撃ち負け始めている。
そんな中、身勝手な御姫様の御守りを命じられていたジョニー・ライデンは前面のモニターに拳を打ちつけている。

「くそったれ!! これだから権力者の娘って!!」

聞こえれば死刑もありそうな発言だが、それが事実。
彼の望みは単純だった。それは部下と共に生きて母艦に帰る事。それは独立戦争最後の戦いでシン・マツナガが戦死した事により強固となった彼の人生訓。
それが馬鹿な挑発に乗った馬鹿の行為で三人も同僚を死なせた馬鹿女。しかも死んだ一人はジオン独立戦争以来ずっと自分を慕ってくれていた男だ。
その子供を、ユーグを少年から男にしてやったのも自分だったのに!!

「ユーグ・・・・・畜生!!!!」

ビームライフルで撤退する敵機を威嚇しながら、こちらも退却する。
ワイヤーをクイン・マンサの頭部、コクピットブロックに打ち込む。接触回線を開く為だ。

「聞こえるな、そこのバカ娘!!」

聞こえる。朦朧とする意識の中、サイコミュの逆流で人の死を感じ取った繊細な少女は思い知らされた。
自分は戦争を甘く見ていた。甘く見過ぎていた。本当なら前線になど出るべきでは無かった。自分には自分にしかやれない立場がある。
自分が前線に出なければあの三人が殺される事も無かった筈だ。
そう言うどす黒い感情、カミーユ・ビダンやアムロ・レイならばこう言うだろう、死者に足を引っ張られる感情がマリーダの心の中で渦巻く。

「あ、ああ」

そう返すのがやっと。

「一度母艦に帰投する。それ位は出来るな!? ええい、五月蝿い!!」

そう言いながらも更に敵機を落とす。ビームの直撃を受けて爆散するドライセン。
真紅の稲妻の異名は伊達では無い。

「・・・・・・・・・・分かった・・・・・・任せる・・・・・・・護衛の任を頼んだ」

完全に意気消沈したクイン・マンサとマリーダ・クルス・ザビはそのまま後退した。
一方でラカン・ダカランも補給の為に後退。ジオン軍、ネオ・ジオン軍双方とも上方戦線では膠着状態に陥る。攻撃の決定打が無くなったと言っても良い。




一方で艦隊下方戦線と呼ばれている戦況は混迷と混沌と化していた。
それはマシュマー・セロとキャラ・スーンという二人の強化人間が操る二機のNZ-666『クシャトリヤ』の存在である。
多数のサイコミュ兵器であるファンネルが弾幕を形成し、接近しようとしている対艦攻撃部隊のゼク・ツヴァイを落とす。
なまじ実弾武装が多いため、数発の攻撃で携帯弾薬に誘爆、そのまま撃破される。
これはゼク・ツヴァイがその前身となったゼク・アイン以上にスペック・カタログ重視の機体であった事を物語っており、逆に同じような機体性能のガーベラ・テトラ改やガンダムMk5の方が活躍していた。
機体性能が勝敗を分けるのがMS戦の常識だ。が、だからと言って機体スペックだけ考えた設計した機体が本当に実戦で有効かどうかは分からない、という良い見本である。死んで逝く将兵には慰めにもならないが。
逆にガーベラ・テトラ改などは直ぐに後進し、ファンネルの攻撃をかわす。
サイコミュとファンネルのビームによる弾幕をオールドタイプのエースが回避する位の俊敏性を持った機体だった。
それに、咄嗟の反応や直感について行けるだけの機体性能があるのだ。どこか動く武器庫と化しているゼク・ツヴァイとは違い。

「これで12機目!!」

ビームライフルでズサの正面装甲を貫通させるアナベル・ガトー。
傍らの緑のガーベラ・テトラ改はビームマシンガンでガルスJと呼ばれる機体を下部から上部にかけて穴だらけにする。
ビームマシンガンとビームライフルを使って戦線を突破してきた機体だが、肝心の敵艦隊、ネオ・ジオン旗艦には取り付けない。
それは二機のクシャトリヤという機体、そしてハマーン・カーンの駆る白とピンクのMSN-06Sシナンジュが戦場を縦横無尽に乱舞しているからだ。
これに加えて地に落ちたと言われているが戦術家としてはまだまだ優秀な赤い彗星のサポートが加わる。
この結果、ネオ・ジオン軍の攻撃を受けたゼク・ツヴァイ部隊120機中、50機以上が撃墜され、30機近くが後退する羽目になった。
因みにゼク・アインは撃破数を含めても40機前後であり、図らずもゼク・アインの方がゼク・ツヴァイよりも良い機体(高性能と言う意味では無く)であると分かった。戦場の皮肉であろう。
尚、ガーベラ・テトラ改のカリウス少佐と、ガンダムMk5のアナベル・ガトー准将がそこにいるのは単に殿部隊であるに過ぎないからだ。
それでも数で勝るジオン艦隊はドロスを中心に第二波を発進。直援機の一部も攻撃部隊の護衛に出し、200機近い部隊を下方戦線に送り込もうとしている。

「各機、一旦第二波の部隊と入れ替われ。こちらもエネルギー補給の為に後退するぞ!!」

ガトーの激で何とか撤退戦を成功させるジオン軍だが、白いシナンジュの機動性で更に7機のゼク・ツヴァイがこれを駆るハマーン・カーンによって撃墜されていた。
正鵠無比な、そして無慈悲な射撃に、圧倒的機動性と強化ビームアックスによる一撃離脱。
モノアイからコクピットブロック、股間部分まで一刀両断する唐竹割をするかと思えば、後ろから迫りくるビームサーベルの刃に対して、シナンジュを若干後方にのけぞらせる事で華麗に回避し、そのまま右手のビームライフルでゼク・アインのコクピットを撃つ抜く。
爆発すると同時にそれを利用し、今度は混乱する生き残りにビームを撃ち込んで行く白とピンクのシナンジュ。
ガトーも味方救援の為に相手をしたいが何分エネルギーが足りない。特にビームライフルは残り三発しか撃てず、あの戦闘機動を行える機体をビームサーベルだけで落とせると思う程にガトーは、ソロモンの悪夢と呼ばれる男は傲慢では無かった。

「死んで行った英霊たちの無念、必ずや晴らす・・・・が、今は臥薪嘗胆の念を覚悟しなければ!!」

そう言って一度、自分の母艦であり総旗艦の『ジーク・ジオン』に戻る。
敵もMS隊による急激な艦艇の損失艦こそ出てないが、砲撃戦で既に6隻のエンドラ級を完全に損失しており、更に3隻が大破離脱していた。
シャア・アズナブル総帥直卒の親衛隊艦隊のムサカ級も4番艦が轟沈、その余波で3番艦と5番艦が中破した。
この会戦、ムンゾ戦役の特徴にあるが、砲撃戦では数に勝るジオン公国の方がネオ・ジオンを圧倒してきたのである。
だが、MS戦では意外な事にネオ・ジオンのヤクト・ドーガ部隊、シナンジュ、クシャトリヤ二機の活躍で不利になった。ネオ・ジオン艦隊に接近するゼク・アインやゼク・ツヴァイをハマーン・カーンは直卒部隊で次々と撃破。
その効果は大きく、第一次攻撃隊の過半数が失われていた。まあ、これは想定内であるが、それでも最悪の想定の話であった。

「デラーズ閣下・・・・その、よろしいのでしょうか?」

案ずる副参謀長の声。
たしか彼は実戦経験が無い。あの大激戦だった『ア・バオア・クー攻防戦』や唯一の敗戦である(と、デラーズらジオン上層部は思っている)、レビルによる『チェンバロ作戦』とソーラ・システムを使用された後の地獄の様な『ソロモン撤退戦』を知らない。
だからこの損耗率、損失率の高さに不安になるのだろう。
だが、まだいける。

「案ずるな、現にこちらはドロスが健在であり、旗艦ジーク・ジオンもグワンバンもある。クイン・マンサも再出撃さえ出来れば上方戦線から敵艦隊を強襲可能だ。
考えてみれば分かるだろう・・・・副参謀長。
敵艦隊に後は無い。そして、一度MS隊に懐に入られた宇宙艦隊は脆い。これは宇宙世紀の戦闘の常識である」

まあ、言い返せばあの強化人間部隊、ニュータイプ部隊を攻撃に回させず、ネオ・ジオン艦隊の防衛に釘付けする為に大部隊を送り込んでいるのだ。これもデラーズらの作戦の一環である。
敵のサイコミュ兵器を封じるために絶対多数の味方を攻撃で送り込む。そして10対1などというとんでもない戦力差を作る。
流石のファンネル搭載機も数が10対1、20対1では劣勢を免れない。ただ、それでも『劣勢を免れない』という程度で済む時点でネオ・ジオンの強化人間技術の恐ろしさがある。

「それにだ、こちらには予備兵力としてコンスコン中将とユーリ・ケラーネ中将の第四艦隊、第三艦隊の二つが向かっている。
そうすればさらに増援部隊の60隻の艦隊に250機以上のマラサイが敵艦隊後方から襲う事が出来る!!」

デラーズはその言葉だけは全員に聞こえるようにワザと大声で発言した。
増援が来るのか? 損総司令官の言葉に艦橋内部に安堵や喜色の顔が出る。

「そうだ、後は時間さえ稼ぐのだ。よろしい、諸君、義務を果たせ!!
売国奴に鉄槌を下すのだ!! 第三次攻撃部隊の編成を急がせろ!!」

そう言って艦橋から命令を下す。
一方で、第一艦隊旗艦『グワンバン』の艦橋ではグレミーが艦隊を運営しているカーティス中将に戦況報告を聞いていた。
カーティス中将は、一度戦闘指揮を参謀長に任せて青を基調色とした独特のザビ家、中将軍服(ドズル・ザビと同じデザイン)を着た彼の下に行く。

「グレミー中将、戦況は膠着状態です。デラーズ総司令官は第三次攻撃隊を発艦させるつもりです。上方は膠着状態。下方も同様。
・・・・・・マリーダ・クルス・ザビ大佐はグワジンに帰還。あと、第五艦隊のノルド・ランゲル中将が一時後退許可を求めています。
恐らく例のドーベン・ウルフ隊の猛攻で艦隊を再編する必要があるのでしょう」

そう、あの9機の猛攻は凄まじかった。艦隊戦力の30%を撃沈、15%を大破させて戦線離脱させた。事実上、第五艦隊は編成上から消滅してしまったのだ。
それでも祖国防衛と言う気概と彼の個人的な忠誠心と義務感から艦隊再編を行うランゲル中将。
残存部隊でもグワジン級1隻とティベ級重巡洋艦7隻、ムサイ級軽巡洋艦後期生産型が10隻ある。
これは現在熾烈な砲撃戦を行っているネオ・ジオンのハマーン・カーン摂政親衛隊指揮下の部隊と同数であり、エンドラ級が一発あたりの砲撃力強化の為に速射性能と砲の数を減らした結果、優位に立っていた。
ビーム同士の屈曲故か、その圧倒的な砲撃力でネオ・ジオン艦隊は艦隊戦にだけに関して言えば完全に撃ち負けていると言える。ならば一時戦力を再編するべく後退、即座に反攻を行うべきと判断した。

「そうか・・・・それでだ、クイン・マンサの損傷の方は?」

ほう?

その言葉にウォルター・カーティス中将は目の前のお坊ちゃんを若干だがまたもや見直した。
戦場で私欲に走る上官ほど軽蔑される、忌避される存在はいないが、彼は妹の安否よりも先に戦線全体の事を考えて『マリーダ・クルス・ザビ(エルピー・プル)』という個人ではなく、部隊としての『クイン・マンサ』の事を聞いてきた。
それは士気を下げないと言う事でもあり非常に良い事だ。
と、艦橋付近にいたゼク・ツヴァイが敵のサダラーン級大型戦艦のメガ粒子砲の流れ弾で溶解、爆発する。

「緊急回避!! 総員、デブリの衝突に備えよ!!」

艦長になったドレン少佐(水天の涙紛争の結果行われた司法取引)が対応する。
伊達に『叛逆者』である赤い彗星シャア・アズナブルと共にジオン独立戦争を乗り切った訳ではなかったし、その後も嫌々ながらもグワダンの副長でいた訳では無かった。
その操艦技術は大したものと言える。職人芸とも言い換えて良い。

「クイン・マンサの損傷はサイコミュの損害が予想以上に大きく、どうやら再出撃に難航しているようです・・・・・特に・・・・・パイロットが」

努めて冷静な声を出したつもりだが出せただろうか?

「?」

怪訝な顔をするグレミー・トト・ザビ。
彼はニュータイプだがその能力は『C-』という最低ランクに近い。そう考えてみれば仕方ない。
『SS』ランクを出している妹のマリーダ・クルス・ザビ(高校で使っている偽名はエルピー・プル)とは大きく違い、それ程サイコミュの知識がある訳でもない。
それはウォルター・カーティスも同様だったが、答えなければならない。

「く、失礼します。二個戦隊ずつに別れて敵エンドラ級へ砲火を手中させろ。第五艦隊の落伍艦を救助する様に後方のパゾグ部隊に通達。
補給と同時に生存者の救援作業を急がせろ、とな」

艦隊全体の砲撃優先順位が変わる。今まではハマーン・カーンの母艦であるサダラーン級を沈める為に一点集中射撃を行っていたのが、この命令で変わった。
サダラーン級では無く付近の護衛艦であるエンドラ級を沈めるべく第一艦隊が動き出す。
40隻、いや、6隻沈んだから34隻であるが、その砲火は確実にエンドラ級を仕留めた。濃い紫色のエンドラと灰色のエンドラの二隻が沈む。

「・・・・それではクイン・マンサは使えないのだな?」

あくまで妹では無く、兵器として考えるのは司令官の素質。
右手が強く握りしめられている状態から見て、彼、グレミー・トト・ザビが妹の事を無視している訳でも、死んでも良いと思っている訳で無いのは分かる。

(妹君を案じておられるのは分かるが・・・・それを隠せと言うのはこの年齢の若者には酷な事だろう)

だからグレミー・トト・ザビの内心が分かるのだ。
が、仮にも中将に当たる人間がそれを理由に艦隊を私的に動かしては困る。それが指揮官の義務であり出来ないのなら指揮官にはなれないし、なるべきでは無いのだ。
仮にそのような指揮官がいれば自分の感情で部下を道連れにする。
それは水天の涙紛争時のマレット・サンギーヌやエリク・ブランケと同じ過ちだ。しかも中将クラスなら艦隊指揮官であり、その犠牲者の規模を数十倍に拡大する過ちだ。

「どうやらパイロットにも問題がある様で。現在、上方戦線はゼク・アインとゼク・ツヴァイ部隊が抑えております。
敵のニュータイプ部隊はこちらの徹底した物量戦で艦隊直援に回されている事から動きはありません、そうだな、ドレン艦長」

亡命者であるドレンが頷く。

「は、現在敵のクシャトリヤと呼ばれる四枚羽の小型MAとヤクト・ドーガと呼ぶべき4機の機体は全て敵の赤いくそったれ、失礼しました、敵総帥艦隊直援に回っており攻撃に転じておりません。
また、こちらのMS隊ですが既に第二次攻撃部隊が30機以上失われております。ですが第一次攻撃隊と予備部隊を再編した第三次攻撃隊150機を投入します。
敵は一旦補給をしなければなりませんが・・・・その隙を与えずに各個撃破します」

なるほど、消耗戦闘を強いるか。
グレミー・トト・ザビはそれを聞いて黙って思った。ならば勝利は決まったも同然。
確かに第五艦隊の大半を叩かれ、少なくないMS隊を損失したがジオンの国力を考えれば回復は可能であるし、それにネオ・ジオンを単独で掃討したとあれば仮にアクシズ要塞を地球連邦に奪われても何とでもなる。外交交渉では敵艦隊殲滅の方が遥かに世論受けするだろう。地球連邦らにも格好の言い訳になる。

「よろしい、カーティス司令官、これからも艦隊指揮を頼む。敵はそろそろ限界の筈だから」

「御意に」

・・・・・・・・・それと、グレミー中将。

「?」

カーティスはグレミーだけに聞こえるように耳越し伝えた。
マリーダ・クルス・ザビの状況を。

「・・・・・・・・・何・・・・・・・・マリーダの状況はそんなに不味いのか?」

誰にも聞かれない様に、そして全員の視線が戦場に向けられている一瞬の間。
そして一瞬だが彼が腰を浮かせかけた。慌てて何事も無い様に誤魔化して立ち上がって激を出す。

『敵は後一撃で崩壊する!! 怯むな!! ジオンの勇士たちよ、正義は我らにあり!! 全軍攻勢に転じろ!!!』

そして座りなおして聞く。今度こそ務めて冷静に。
カーティスも静かに冷静に語った。

「マリーダ様は臓器のダメージがあり吐血したとの事で、先ほどの極秘通信によれば戦闘参加は危険です。
あと、サイコ・フレームでしたか? あれのサイコミュの影響なのか・・・・かなり精神的に参っているようです」

つまり?

「一種の錯乱状態、新兵が陥るショックシェル状態でしょう・・・・詳しくは守り役のスベロア・ジンネマン大尉に聞くしかありません。
今の状況は・・・・・どうしたか!?」

艦橋が揺れた。

「敵艦隊の砲撃で被弾。なれども損傷は軽微なり。戦闘航行に支障なし!!」

それを聞いたドレンが動く。
伊達に叩き上げで、しかもアクシズからの投降組にも拘らずこの『グワンバン』の艦長をやって無い。

「損害ブロック周辺の隔壁閉鎖!! 冷却剤散布!! 衛生兵たちは負傷者の救助作業を急げ!!
回避行動、取り舵20、一番、二番、三番の各主砲は二秒間隔で敵艦隊にメガ粒子砲を発射。目標はエンドラ級だ!! 初弾から当てて見せろ!!」

ドレン少佐が必死に艦を保持する。

「グレミー中将・・・・今の状況ではマリーダ様の現状をそれ以上確かめる術はありません・・・・・遺憾ながら」




地球、北半球、北米大陸、ニューヤーク市、首都首相官邸街『ヘキサゴン』
その側にあるティターンズ政庁の長官執務室で被告扱いのカーディアス・ビストを尋問しているウィリアム・ケンブリッジら。

「・・・・・・たとえ自分が死んでも・・・・・・息子は殺さない、と?」

そう言うウィリアム・ケンブリッジ。
その視線は冷たい。或いは試しているのか?

「そうだ。それにエコーズはティターズの裏仕事を兼任してきた部隊である以上、隠蔽工作は完璧な筈だ。
地球連邦のブッホ・コンツェルの影響下にある各種マス・メディアは我々ビスト財団がエゥーゴ支持勢力だったことを暴露し、地球で細菌兵器を利用したバイオ・テロを計画していたと言っている。
実際はそちらの武力侵攻と民間人虐殺の証拠隠滅の為に使われた欺瞞情報だろう。
だが、ケンブリッジ長官も命令した事から理解しているように、そうであっても大衆は正義の味方の言う事は信じる、信じたがる、都合の悪い事実は目を背けたがる、耳をふさぎたくなる・・・・・そうだな、カイ・シデン君?
ならばティターンズの人望と、エゥーゴの危険性に、息子のアルベルトが行った送金記録の暴露を考えるに、地球圏に住む民衆は何を信じるか・・・・それは分かるだろう?」

聞いてない、そんなセリフを辛うじて飲み込むウィリアム。
実際、バイオ・ハザードでっち上げの件、インダストリー7襲撃の真相は巧妙にこの数年間、マイッツァー・ロナが世論誘導で正当化して来たので問題は無かった。
狂信者ではあるが知的頭脳犯でもあるマイッツァー・ロナ。
彼は分かっていた。潔癖症だった当時のウィリアム・ケンブリッジ長官にこの事実を聞かれる訳にはいかなかったと言う事を。
これは妻のリム・ケンブリッジも同感で、彼に来るであろう報告書をフェアント、シロッコ、リム、ロナの四人で事前に握りつぶしていた。
夫の精神面の均衡を保つために。
これはジン・ケンブリッジとジャミトフ・ハイマンの説得で首相職を上り詰める事を決めるまでの不安定な時期に要らぬ動揺を避けたいと言う思惑で一致した行動の結果でもあった。

「・・・・・・・・・そうですか、それはこちらの不手際になりますね」

能面のような顔だ。
ガイフォークスのマスクを被った復讐者とは彼の様な人物を指すのだろうか?
だが一体何が目的だ?
カーディアス・ビストはそれだけが気がかりだった。

「あの通信はジオン公国ザビ家の特別秘話通信で送られてきた。つまり、あれは間違いなくジオン側も傍受していると言う事ですね。
そして、現在彼、バナージ・リンクスは月面方面軍の憲兵隊によってホテルに軟禁状態にある。これが現実です。
私がその気になれば彼を殺して・・・・・全ては単なる事故と片付けてしまっても良い。いや、その方が後腐れも無くて良いのかもしれない」

この男!!
「事故として片づける」、「後腐れない」という言葉に一瞬で理性が無くなった。
思わず殴り掛かる。それをダグザ准将が後ろから軍隊格闘技術で地面に叩きつける。
ガハ!!
胸を強打するカーディアス・ビスト。それを冷徹に見ていたウィリアム・ケンブリッジは徐に立ち上がるとカーディアス・ビストの右手を掴んで彼を立ち上げた。

(殺す気か!?)

そう思った。だが予想は大きく外れた。

「大丈夫ですか?」

先程とは打って変わった優しい声。
今までの声が絶対零度のロシア地域のシベリア・ツンドラの気候ならこちらは春の日差しの様な温かさを持った声である。
(な、なんだ? 何故こんな優しい声を出す? 今ここで息子を殺そうとしたではないか?)

そんな思いをして自分は言う。

「どういう心境の変化だ? 貴方にとって私は政敵で、不要な情報を、インダストリー7崩壊の真実を知っている政治犯では無いのか?」

混乱する。
何が理由だ? 何が望みだ? 何を持って自分をここまで追い込む? これ程の恨みをこの男から買っていたのか?
そう思ったが意外な回答が来た。

「カーディアス・ビスト殿、貴方は自分の息子を見捨てなかった。自分が殺されるのを覚悟で私に向かってきた。そして、息子を守るために行動した父親、その一点に置いて私は貴方を信頼したい」

「何?」

思わず声に出す。それにも関係せずに話し続ける。
話し方は優しく、だが、老練な政治家の面影を見せながら。少しずつ自分から選択肢を奪い取りながら。

「バナージ・リンクスがここまで動いたのは若さでしょう。ですが、それ故に眩しくも危険である。
だから大人が彼の手を引く必要がある、違いますか?
正直言って、これを受信したのがマイク大尉でなかったら今頃月面都市のグラナダ市ではエコーズとジオン親衛隊が銃撃戦をしていたでしょうね。双方の面子と言う下らないモノをかけて。
そしてマイク大尉とレオン警視が咄嗟に『こちらの件は長官、上にあげるからとりあえずは黙っていろ、何もするな、絶対に動くな』と放送を受信した各部隊に言った事でこの事実は少数の人間しか知らない。
後の人間は単なる怪電波だと思っている。そうでしょう? 
こんな少年がティターンズ長官を脅す。単なる異常者扱いだ・・・・・或いは最近は少なくなったエゥーゴ支持者かも知れない、ですかね」

それはそうかもしれない。
実際、他にも受信したが、それよりもサイド6のリーア・メディアらが中継するムンゾ戦役の方に関心が寄せられており、この怪電波は即座に人々の記憶から消える。
一部の政府高官を除いて。
そこで黙っていたリム・ケンブリッジが発言した。白い女性用スーツに白いスラックスだ。胸のバッチはティターンズの物、左手には最愛の伴侶から貰った純銀製の結婚指輪。

「カーディアス・ビスト、貴方の知識を私たちと貴方の息子に分け与えなさい。それが新たなる盟約です。
命令し確認するぞ、カーディアス・ビスト。貴方方ビスト財団がおよそ1世紀の長きにわたって隠し持っていたラプラスの箱などは最早必要ない。
この現状で、ジオンと言うスペースノイドの国家が存在し、非加盟国も消えた上、惑星開拓時代到来を目指す地球連邦を根底から覆す為の力など存在する意味は無い。寧ろ害悪以外の何だと言うか?
地球連邦亡き後のヴィジョンを持たないモノに破壊だけできる力を与える必要はない。そうでしょう?」

地球連邦主導の惑星開拓計画。
それが彼らの本当の狙い。ティターンズが、いや、目の前のウィリアム・ケンブリッジが担うであろう次期政権の掲げる100年計画の目的。
それはビスト財団が宇宙世紀元年のラプラス事件を隠す事で手に入れた繁栄とはまた別の繁栄の道。
何と困難で、そして希望にあふれているだろ?

(かつて第一次世界大戦で敗戦を喫しても尚、宇宙を夢見たドイツの科学者たち、あのフォン・ブライン博士らや空を飛ぶことに生涯を捧げようとしたライト兄弟はこんな目を、目の前の男の様な覇気と野望と希望を併せ持った目を持っていたのか?)

ただ相手と視線を合わせる。

(そうだ、目の前の男は数十年前に一度だけあった臆病でなあなあの甲斐性無い一人幾らの一官僚ではなくなっていた。
人類が持った偉大なる、そして最も大きな夢を現実化する為に動き出した男。
本当の男。もしくはこれがジオン・ズム・ダイクンの定義したニュータイプ?
・・・・・いや、違う、それとは違う、歴史上に偉業を成し遂げる人物、『英雄』という存在かなにかなのか?)

人類史の中で、歴史に度々まるで図ったかのように出現する、神の采配か悪魔の悪戯の如く登場して、良くも悪くも全人類を変えてきた存在の一人なのだろうか?
でなければあれだけの人間が、マーセナスが、ブライアンが支援し、ジャミトフやゴップらが裏で手を組み、癖が強く地球圏に嫉妬していた木星圏の総統らを味方につけ、アースノイドであり更には生粋のエリート地球連邦官僚でありながら数多のスペースノイド達の支持を取り付け、月面開拓以来中立を至上主義とする月面都市群を味方になど出来はしない。

(私達・・・・ビストの一族とは大違いだ・・・・・・・過去にばかり囚われ、一度も飛ぼうとしなかった鳥と、何度も何度も転びながらも這い上がってきた人間の赤ん坊。
そうだったな、彼は、ウィリアム・ケンブリッジはジオン・ズム・ダイクンが言う様なニュータイプ論を真っ向から否定した稀有な人物だ
人が人を分かり合えるのは当然で、それは環境に左右されない。そして分かり合えるからこそ分かり合えないのだ、と。
適応する環境を理由に人が人を分かり合えるというなら人類は4000年以上も平和と戦争を繰り返してない、そう言っていた)




かつての0090の秋の講演会でカイ・シデンは問うた。

『ウィリアム・ケンブリッジ長官、貴方はジオン・ズム・ダイクンが提唱したニュータイプについてはどう思いますか?』

と。
この時のウィリアム・ケンブリッジはこう述べた。

『ニュータイプとは宇宙に人類が進出した事で、人間が相互の意思を互いに無意識に理解し、相手の事を尊重できる進化した人類と言う事を前提に話を進めるのなら私はそれを単なる妄想だと思います。
ジオン・ズム・ダイクンの言葉を徹底的に理解すればニュータイプではなければ人と人は分かり合えないという事では無いでしょうか?
では逆に皆さんに聞きます。オールドタイプである私と私の妻は分かり合ってはいないと何故言いきれるのですか?
私は妻を愛しています。そして妻も私を愛しています。勿論ですが喧嘩もすれば仲違いもします・・・・・が・・・・それが人間でしょう。
分かり合える、頷くだけでお茶を持って来てくれる事があれば、必死にアピールしても面接試験に受からない事もある。
言葉も態度も手紙もその他のありとあらゆる行為を、何かを使っても分かり合えない事がある。
それが人間だと思っております。勿論、異論がありましょう。私の意見など意味が分からない、納得できないと言う方がいるのは当然です。ですが、だからこそ人間なのです』

『それで・・・・・ならばその続きをお聞きしたいのですが?』

『はい、カイ・シデンさんもご存知の様にオン・ズム・ダイクンは語りました。宇宙に出たスペースノイドはニュータイプとなり争いは全て無くなる、それが分からないから地球にしがみつく、と。
これは学生時代の論文のテーマでした。あの頃の私はその考えに影響されて宇宙開拓省に入った。でも長い人生経験を経験して考えが漸く纏まりつつある。
ニュータイプになったから全てが分かると言うのなら、宇宙世紀も90年以上が過ぎた今になってもまだ戦争が絶えないという事実に説明がつかない。そうでしょう?
だから私はこう考えたのです』

『と言いますと?』

『ニュータイプが戦争をなくすのではない、『人間』が、『ヒト』が、それぞれの意思で戦争を無くしていく、或は止めるのです。若しくは始めるのでしょう。
古代の各帝国の各領域の統一もニュータイプだったから出来たのではない、互いに無条件で理解できるエスパーの様な存在で相手を理解できたから平和な時代を築いたのではない。
ただ、お互いの意思を持って行動した結果が幾つかの平和な時代であり、多くの戦乱の時代です。
カイ・シデンさんはニュータイプに対してどう思いを抱きなのかは敢えて聞きません。ですが、私は、宇宙に出たからニュータイプになれる。
ニュータイプになったから戦争が無くなると言うのは現実を知らない夢想家の戯言でしかないと思います。
真のニュータイプとはなんなのか、それは誰にもわかりません。そして分からない以上、我々は『ヒト』として、『人間』として生きるしかないのです』

ニュータイプ否定論。
それはジオン・ズム・ダイクン登場による宇宙世紀移民者の持つ最大の禁忌を犯した。
当然の事ながら、ニュータイプの存在に全てが立脚していたネオ・ジオンは彼、ウィリアム・ケンブリッジの暗殺を企て、カツ・コバヤシらがその実行犯になった。
また、ケンブリッジ家に対しても報復攻撃が行われたがそれも失敗した。
だが、それこそニュータイプの存在は幻想でしかないと言う事をウィリアム・ケンブリッジ個人に強く植え付けた。
ある歴史家はこう記述する。

『ウィリアム・ケンブリッジ最大の特徴はあのギレン・ザビやゴップ内閣官房長官でさえ逃れる事が出来なかったジオン・ズム・ダイクンのニュータイプ思想と言う呪縛から完全に逃れた事、ここにある。
彼はニュータイプという存在を完全に政治的なプロパガンダとしか見なかった。
それだからこそ、オールドタイプと呼ばれるべき絶対多数の人間の支持を獲得し、冷静で冷徹なる各政界、各財界、軍部の支持を集める事が出来のだ』

そして回想を終えたのか、カーディアス・ビストは現実に戻される。
いつの間にか目の間に立った女性に、どうやったのか、まだ50代に見える女に言われる

「私たちと共に来るか、もう一度子供を捨てるか、選びなさい」

そういって差しのべられた手を、カーディアス・ビストは躊躇いながらも手に取った。
宇宙世紀0096.02.23の9時14分、老練な経済界の重鎮にして連邦政府の暗部を知っていたカーディアス・ビストが『ケンブリッジ・ファミリー』の軍門に屈した。

「それで・・・・・私は何をすれば良い?」

一度、決めた以上は彼に付き従うまで。
そう心に決意する。
漸くほっとしたのか、肩の力を抜いて背凭れに体重を乗せるウィリアム・ケンブリッジ。

(疲れた・・・・どうもこう言った交渉は苦手だ。相手の足元を見て、それを、今回は実の息子の命を利用するという行為は嫌いで苦手だ)

それでも威厳を崩さずに『命令』する。

「カーディアス・ビストさん、貴方にはパラヤ大臣とは別の第三極の政党を作り、それを裏で操って貰います。
これは現内閣の大半が同意している事です。私を最大与党として、それに対抗する二つの弱小野党。その一角です。
ただし、発言する事、提案する政策は真面目にかつ正確に。恐らく最大与党を形成する『ケンブリッジ・ファミリー』に、つまりは私に大衆は迎合します、その方が楽ですから。
政治を一部の政治業者に任せるのは民主共和制の悪い癖ですがこればかりは人が楽をしたがる生きる生き物である以上仕方ない。
古代ギリシアで民主共和制が出来て以来の伝統でもある。
またマス・メディアの大半は臭い物には蓋をして事実を歪曲する。これも彼らが経済と言う怪物の隷属化にある以上仕方ない。
ですから現実を変えろと言う無茶を言う気は全くありません。
こちらの証人役に来てもらったカイ・シデンさんの様な正義感と信念を持ったマス・メディアなど少数派です。これはどんな世界にでも言えますか。
ならばその嫌な事、大衆が嫌う、古代中国の格言にある『耳が痛い諌言にして、口に苦い良薬』になって貰いましょう。
その為に・・・・核となるメンバーを貴方が探しておいて欲しい」

つまり・・・・

「そうですね、道化をやって欲しい。それと・・・・これは個人的なお願いですが・・・・もう一度、バナージ君の父親をやってあげてくれませんか?
彼が結婚式であのオードリー・バーンと名乗ったミネバ・ラオ・ザビの傍らを歩く時に父親不在では悲しいでしょ?」

これは余計でしたかな? そういって初めてウィリアム・ケンブリッジは心の底をカーディアス・ビストに見せた。
そう、本当の優しい心を。



クイン・マンサが着艦する。メガ粒子砲の直撃を受け、ジャイアント・バズを総計で17発の直撃を受けたにしても外装はほぼ無傷。
流石はジオンの鬼才であったギニアス・サハリン技術中将(0092没、死後昇進。蛇足だが最後の最後まで妹との和解は無かった)の機体である。
だがパイロットはそうはいかない。地球連邦内部に潜入したスパイと世紀の外交交渉、技術交換で手に入れたサイコ・フレームの試作品は彼女の脳波に大きな悪影響を及ぼした。
いわば幻覚の類を見せているのだ。

「いやぁぁぁあああああ!!!!」

暴れるマリーダを取り押さえる親衛隊の面々。だが、これで彼女を傷つけたら自分達の首が飛ぶ。物理的にも。
だから取り押さえられなかった。
そしてヘルメットを投げつけて、そしてまた吐血する彼女に対して、一人の女士官が、大尉の階級章を付けた親衛隊の尉官が来た。

(良くもガイウスとフィーリウス様を!! この小娘が!!!)

そしてクイン・マンサのパイロットでもあり、自分が守るように命令されていた直属の上官を、ザビ家直系のマリーダ・クルス・ザビ大佐の首根っこを殺意を持って絞め殺そうとした瞬間、大佐の階級を付けた男に後ろへと投げ飛ばされる。

「こんのぉぉぉバカ娘がぁぁぁ!!!!」

格納庫、いや、コクピット内部だけだったが、怒りの咆哮が響き渡った。
バチンという音がした。マリーダの頬を全力でぶった。更にもう一度、今度は左から右へと握り拳で殴りつけた。バキという鈍い音がした。そのままドカンという接触音もする。
第一撃の平手の時とは違い、成年男子の正面からの拳の一撃で顔を殴られ吹き飛び、コクピットの後方に背をぶつけるマリーダ。
それを見たバネッサ大尉。溜飲が下がる思いだった。そして気が付いた。
目の前の大佐はたった今、死刑執行書にサインした事を。

(え! 不味い!! 大佐!?)

そうだ、あのザビ家直系の令嬢に手を挙げて、ジオン公国で生きていられる筈が無い。
ここは平等を掲げる民主共和制国家の地球連邦では無いのだから。

(しかも此処はジオン公国のジオン親衛隊艦隊の旗艦。数多のザビ家シンパはいるし、謀殺に見せかけて彼を殺すなどギレン公王の心酔者であるエギーユ・デラーズ大将なら簡単にするだろう。
まして戦況はややこちらに優位だ。ならばいくら大佐でエースパイロットであっても切り捨てられるのではないか?)

そう思うと、冷静になると先程までの自分の行動の浅はかさに気が付かされた。
そうか、私は彼に救われたのだ大佐に。それを実感する。

「起きろ、小娘!! お前の所為でユーグも!! フィーリウスも!! ガイウスも!! 三人とも死んだ!! お前が突出しなければあいつらは死ななかった!!!
ファンネルをもっと早くに使っていなければ結果は違った筈だ!!! 
そもそもお前の好奇心でクイン・マンサが出撃さえしなければあの三人とあの三人を待つ人間、親しい人間は悲しまなくて済んだよ!!
それを知れ!! お前の妙な焦りの所為で、俺たちは戦友を殺したんだ!!
いいか、あの三人は敵に殺されたんじゃない!!! マリーダ・クルス・ザビ、貴様が殺したんだ!!!」

その言葉に衝撃を受ける。
仮にドーベン・ウルフの三機を追わなければ、戦力を分断されなければ、或いは親衛隊と速度を合わせて追撃していれば一対三という劣勢に陥る事も、三人が自分のミスで自分の盾となって敵機に落とされる事も無かった、そう言っている。
そしてそれは真実でもある。

(わ、私が、私が殺したんだ!!)

涙が出てきた、それをみたジョニー・ライデン大佐、真紅の稲妻は更にもう一撃、平手で右頬を殴りつける。

「泣くな!! あんたは味方殺しのクソッタレの役立たずだ。それは変わらん!! 言い直す気も無い!!
でもな!! マリーダ・クルス・ザビはザビ家の長女で、ジオン公国っていう国家を運営して国民を導く立場と責任があるんだよ!!!
単なる軍人の俺と違ってな!!! 
そして最低でも今のアンタは・・・・俺は納得できないが!! アンタはこの艦隊の最高責任者なんだ!!!
それが兵士たちの、アンタが責任を持つような人間たちの士気を下げるような事をするな!!!
そうやってまた誰かが死ぬんだぞ!! 分かったな!!! いや、理解しろ!!!!」

MS隊の換装作業などでその声はクイン・マンサのコクピット内部にいたバネッサ大尉と親衛隊の二人、モニカ・キャディラック中佐、エルヴィン・キャディラック中尉、そしてジョニー・ライデン大佐だけにしか聞こえない。
仮にこの内の中が誰かが密告すればそれだけでライデン大佐は重罪として軍事法廷やジオン特別法廷などで重い処罰を受けるだろう、いや、下手をしたら処刑されるかもしれない。

「・・・・・・・ライデン大佐、怒りは分かるが・・・・・こちらにも立場がある。そこまでにしてもらおう」

そこには守り役としてギレン・ザビが抜擢した男がいた。太ってはいるがジオン独立戦争を緒戦も緒戦の一週間戦争から戦い抜いた男。
大尉の親衛隊軍服を着た男、父親ギレンの代わりにマリーダを育ててきた男。マリーダがマスターと呼ぶ父親代わりの家庭教師のジンネマン大尉が居た。
そして、彼はマリーダの今回の出撃に最後まで反対した為、自分が、マリーダ・クルス・ザビがジオン本国に置いてきた筈の男。

「マ、マスター? 何でここに・・・・サイド3に・・・・いるんじゃなか・・・・」

だが、いつもは温かい視線は冷たかった。
それ以上言えなくなる。

「マリーダ様、私も大佐と同意見です。これより、マリーダ様を軟禁させて貰います。
キャディラック中佐、キャディラック中尉、両名は彼女の護衛兼監視に付け。
全ての責任はこの俺が取る、それと少しだけマリーダ様と二人だけにしてもらえますかな?」

そう言ってマリーダと自分以外の全員をコクピットから追い出す。
不満顔のライデンとバネッサ。困惑顔のキャディラック姉弟。ライデンに言う。

「少しだけだ、こいつにはこの戦いが終わって生きて帰ったら言ってやりたい事が山の様にある。だがその前に・・・・少しだけ時間をくれ。頼む。」

そう言い残して。

「ち・・・・・・・分かった、分かったよ、分かりましたよ!! 外で待つ。行くぞ」

そう言ってジョニー・ライデンは外に出る。出た瞬間、コクピット内部に置いた集音スマート・レコーダを起動させた。
無論だがマリーダを除く全員、気が付いていた。
インカムを作動させる四人。それを知っているジンネマン大尉。

「・・・・・・・マリーダ」

ペチンという音がした。
頬を叩くジンネマン大尉。そして持ってきた濡らしたハンカチでマリーダの顔を拭く。化粧が落ちるが知った事では無い。
それにこれは贔屓目に見てもマリーダは化粧をしなくても十分綺麗だ。流石は令嬢セシリア・アイリーンの娘だけの事はある。

「少しは実戦と言う恐怖を知ったか? この愚か者が・・・・味方殺しという意味が理解できたか?」

泣きながら頷く少女。

「そうか・・・・・ああは言ったが・・・・良く生きて帰ってきた・・・・・本当によく帰ってきた。ありがとう」

「え?」

その言葉は意外だったのだろう、マリーダを驚かせる。
さっきまで叱っていた顔とは違う、いつもの優しいマスターの顔だった。


「気にするな、とは言えんが・・・・戦場での生き死には運でもある。そして死んだ奴は二度と会えん・・・・・そう言う意味ではお前さんは良く生きて帰ってきた。
親父さんのギレン公王も内心はホッとしているだろう・・・・それは俺が保証するさ・・・・・マリィ」

第二の父親。
マリーダは愛情が欲しかった。父親であるギレン・ザビは尊敬していた。兄は崇拝してそれで満足していたが自分はどこかでもっと普通の父親らしい優しさを求めていた。
もっと、従姉妹であるミネバの父親、叔父でもあるドズル上級大将がミネバに注ぐような父親の愛情を欲しかった。
だが、これが自分の父なりの自分への愛情というのも理解していた。
だから必死になった。必死に期待に応えるべく努力して結果を出した。そうすればあの冷徹冷酷と国民から誤解されている父も笑ってくれたから。
だけど、やはり父親独特のあの冷徹さは男である兄には理解できても、尊敬できても、女の自分には兄程の敬愛を抱く事が真似ができなかった。何処かやはり怖かった。
それをキャプテンは、師匠は、マスターは抱きしめてくれる!!

「マスター!! あたし・・・・あたし!!」

マスターはよせ、そう小学校の卒業式の日に教えたろうに。
そうジンネマンが言って整えていた髪をクシャクシャにして撫でる。

「だって怖かった!! 死ぬと思ったら、死ななくて、それなのに死んだ人の意思が入ってきた!! 
そしたら、そうしたら何も考えられなくなって!!
だから、だから!! 怖くて怖くて、それで、漸く・・・・そして帰って来たと思ったら私の所為でみんな死んだと言われて、やっぱり私が悪かった・・・・悪かったんだ!!!」

うぁぁぁぁ。

そう泣き叫ぶ少女を優しく抱きしめる。
キシリア暗殺事件後の暴動で死んだ、妊娠していた妻と生まれて来る筈の娘が居たらきっとこうしたと思いながら。

「いいんだ、仕方ないんだ。誰だっていつかは納得する。いつかはお前を許す。それが戦争だ。俺もそうして来たし、あいつらだって本当は分かっている。理解している。
戦争だ。殺す為に出撃する以上、殺される事が覚悟の上なのは当然で、誰が死んでも、何が理由で死んでも文句は言えない。本気で味方を、或いは敵を憎みはしない。
だけどな、マリィ、お前の罪を本当に心から許せるのはお前自身しかいない。お前はお前が殺した三人の人生を覚えて置け。そして生きろ。
忘れない事がお前の罪であり罰であり・・・・許しとなる・・・・いいな?」

クイン・マンサのコクピット外で中の話を聞いていた四人はそっと、場所を離れた。
オレンジの髪をした泣き崩れるザビ家の王女とその守り役、第二の父親の時間を少しでも確保する為に。

「・・・・・私・・・・・変わる・・・・・必ず」

マリーダ・クルス・ザビが大人になった瞬間だと後の人々は言った。




そのころ、第三連合艦隊から分離行動をしたジオンの二個艦隊は遂にムンゾ戦役の戦場宙域に到着せんとする。

「各マラサイ部隊、発進用意。対サイコミュ防御戦闘用意。ビーム攪乱幕スタンバイ。
第四艦隊は対艦攻撃装備で、第三艦隊は敵MSの迎撃機を落とす様に!!」

「第四艦隊、全艦攻撃態勢。マラサイ出撃だ、急げよ。多少の距離の遠さも構わん。どうせ宇宙でのMS戦闘は接近戦がメインなのだからな」

第三艦隊司令官のケラーネ中将とミネバ・ラオ・ザビ護衛の為に月面に残る為に指揮権をシーマ・ガラハウ中将から委譲され第四艦隊司令官に着任したコンスコン中将の命令で艦隊からMS隊が発進する。だが、まだ距離はある。
しかし、ネオ・ジオン軍の後背を取りつつあることに変わりは無く、この事実は対峙するネオ・ジオン艦隊も自分達ジオン軍も認識した。

「王手だ、反逆者よ」

デラーズはそう『ジーク・ジオン』のCICで両手を組んで言った
宇宙世紀0096.02.23の9時36分、戦況変わりつつあった。
第三艦隊と第四艦隊が紡錘陣形を取りV字陣形で迎撃するジオン艦隊を強行突破せんとするネオ・ジオン艦隊の後方を遮断するべく出現した。
そして、これを確認するエギーユ・デラーズ大将。

「ようやく勝ったな、ダグラス」

「ああ、これで決まりだな、ウォルター」

ウォルター・カーティスとダグラス・ローデンが勝利を確信した。
敵艦隊は突破力を失い、後背には我がジオン軍の増援部隊、更には補給も無い。
ネオ・ジオンの総帥親衛隊艦隊のみは健在だが、その他の部隊は大損害を受けている筈だ。
勿論、相対したジオン第五艦隊は編成上から消滅。艦載機も372機中、214機を損失していた。
だが、そこまでだ。ネオ・ジオンに最早継戦能力も包囲網を突破する事も出来ない。

「宇宙のカンネーの戦いとなったか」

カンネーの戦い。古代地中海世界の時代に世界史に名前を刻んだ名将であるハンニバル・バルカが成功させた包囲殲滅戦闘。
あえて敵主力の攻勢を正面から受け止め、その間に機動戦力を側面に回り込ませ、敵軍を四方から包囲する戦法。包囲戦の代表例となる。
ギリシアのアレキサンダー大王ら古来より名将が名将たる由縁を持つ作戦を宇宙空間でエギーユ・デラーズは成し遂げた。
一方でハマーン・カーンもシャア・アズナブルも自分達の作戦が失敗し、後は殲滅されると言う事に気が付く。






この瞬間、ギレン・ザビを国家元首とするジオン公国軍とシャア・アズナブルを指導者と仰ぐネオ・ジオンの艦隊決戦、その勝敗は決した・・・・・ジオン軍の勝利と言う形・・・・・・・その筈だった。






宇宙世紀0096.02.23、9時55分。
デラーズ・フリートは追撃戦を行うべく攻撃態勢に入った。
後は敵を押し潰すだけ。アクシズ要塞は補給と戦力比から占領できないかも知れないがそれでも戦略目標であるジオン本国の安全は確保できる。
そう考えていたデラーズ。だが、好事魔が多しとはよく言ったものよ。

「デラーズ閣下!!! た、大変です!!! 緊急連絡です!!!」

総旗艦『ジーク・ジオン』で通信参謀から緊急通信が入る。

「何か?」

副官が冷静に聞いたが、次の瞬間、艦橋の空気が凍った。

「ほ、本国の第4防空圏にネオ・ジオン、いえ、エゥーゴ艦隊出現、ただいま本土守備隊が迎撃に向かうも壊滅せり。
現在、ガーディアン・バンチならびズム・シティに向け艦砲射撃を実施中、全艦隊は直ちに作戦を中断し、戦線を放棄、後退し、ジオン本国防衛に向かわれたし、以上です!!」






宇宙世紀0096.02.23の9時57分、ジオン艦隊は損害を度外視した後退を開始。
一方でこの報告を聞いた第四艦隊と第三艦隊も非常事態を考え、月面のミネバ・ラオ・ザビ護衛と亡命政権樹立を視野にいれて月軌道に撤収。
そして、その立役者となったのはなんと死んで来いと言われたも同然のタウ・リン指揮下の部隊だった。
彼は自軍の艦隊を無駄な戦力になったと見せかけて敵の裏の裏をかき、ジオン本国を奇襲した。
ジオン軍の艦隊は後続部隊としてムンゾ戦役の戦場に向かっているか、ミネバ・ラオ・ザビ護衛の為に月に居るか、それともネオ・ジオン本隊の後背を狙うべく暗礁宙域を迂回すると考えたタウ・リン。
そして、その考えは見事に的中。
最も手薄になった頃合いを見て、一年戦争で地球連邦のレビル派閥とキングダム派が総力を挙げながらもがMS一機どころかそれを光学センサーで視認する事さえ出来なかったジオン本国、サイド3を攻撃した。




「やりましたね司令官!! ジオン本国奇襲作戦、まさかこうも上手くいくとは・・・・・」

副官の言葉を旗艦である『ヌーベル・エゥーゴ』で聞く。
艦橋に詰めているメンバーの面々は尊敬の眼差しを向けている。

「ミノフスキー粒子を散布してなかった以上、連中はただの加速した隕石だと思っていたからな。
だから大した迎撃もしなかったし、メガ粒子砲の最大射程で取り敢えず当てるだけが狙いと言う事も敵と戦ってこれを撃ち倒す戦闘を基本とする生粋の軍人には考えられなかっただろう」

タウ・リンはそう言う。
彼は暗礁宙域でワイヤーガンを使い、デブリに偽装した後、地球連邦軍第三連合艦隊の目を欺いて最大船速でサイド3に向かった。
その後、敢えてミノフスキー粒子を散布せずに突入、同航戦もせずに一過性の砲撃戦を強行している。
これは完全にジオン本国守備隊の虚を突き、止めに本来本国守備に要る筈の第二艦隊をムンゾ会戦に送ってしまった為、迎撃網に完全に穴が開いていた。

「最初に言っただろ? ベトナム戦争や独ソ戦のゲリラ、パルチザンの真似をするって。
つまりだ、連中が偽装した民間人、この場合は隕石か、そのどこにでもある存在に化けて敵に近づくのさ。
そして地球連邦軍は『リーアの和約』でジオン本国の絶対国防圏に侵入する際には事前協議が必要っていう盲点を突く」

なるほど。
確かに連邦軍の100隻以上の艦隊がジオン本国に入国する訳にもジオン本国宙域で戦闘する訳にもいかない。

「そして連邦とジオンが協議するそんな時間は作らせない、一過性の攻撃はこれが理由だしそれで十分だ。
何も馬鹿正直に戦場へ援護に行くだけが援護じゃない。
赤い彗星が余程の愚か者じゃなきゃあ、これを契機に兵を引かせるだろうしな。
敵は馬鹿正直にこっちに直線距離で向かうだろうが、俺たちは連邦製の艦艇という特徴、つまり航続距離の長さを利用してこれを回避する。
で、敵のいない宙域を通って悠々とアクシズに凱旋すれば良い。何のために補給物資をアナハイムの女から手に入れておいたと思う?」

流石と言う視線が来る。

「さあ、派手に撃ちまくれ!! 目標、敵軍事中枢のガーディアン・バンチとザビ家の中心地ズム・シティ。撃て!」






最後の一撃を放つべく矢を番えたその瞬間、この絶妙にして最悪のタイミングで入った急報がまさかのジオン本土襲撃。
まさに寝耳に水の最大限の衝撃。

おもわず立ち上がるエギーユ・デラーズ。

「本土が攻撃だと!? ええぃ!! ギレン総帥は 総帥はどうなされたのか!?」

思わず、かつての名称で呼ぶデラーズ。
そして直ぐに別の通信士が続報を伝える。

「大変です!! 公王府にビーム砲が直撃との連絡在り!! ギレン公王陛下ら政府首脳部が行方不明との報告が入りました!!」

「ガーディアン・バンチとの通信回線開きません!! ズム・シティとも連絡途絶!!!」

デラーズから血の気が引いた。



[33650] ある男のガンダム戦記 第二十九話『冷酷なる神の無慈悲なる一撃』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:b7ea7015
Date: 2013/06/02 15:59
ある男のガンダム戦記29
(今回は短めです・・・・それといよいよ明日から仕事開始、社会人デビューなので執筆は遅くなります。
また今回は苦手な戦闘シーンと理由があり主人公が登場しないので短めですがご了承ください)

<冷酷なる神の無慈悲なる一撃>





宇宙世紀0096.02.23、午前10時前、サイド3に本国を置くジオン公国は凡そ15隻の戦闘艦艇の侵入を許し、国内で戦闘状態へと陥る事になる。
ジオン本国艦隊であるノリス・パッカード中将の第二艦隊がムンゾ戦役への後詰として派遣された為、ジオン本土残存戦力はギレン直轄の『グレート・デギン』一隻とその護衛艦であるザンジバル改級機動巡洋艦が8隻で、あとは全て旧式簡易生産型ムサイ級軽巡洋艦やパプア級補給艦である。
しかも地球連邦軍とは異なり国防費にそれだけの予算をかける事が許されないジオン公国は依然としてゲルググやザクⅡF2型、リック・ドムⅡなどを実戦配備していた。
結果、ギラ・ズールで武装したタウ・リン指揮下の艦隊に各個撃破される。
そのマゼラン級戦艦四隻の圧倒的な火砲を受けるガーディアン・バンチのジオン公国国防総省では。

「総員、ノーマルスーツを着用だ。ええい、負傷者から順にランチなり船なりに乗せろ!!
本土防衛隊の現状はどうなっているか!?」

先の砲撃で自分を庇い戦死したラコック中将に代わって別の副官が報告する。

「現時点では各個撃破されておりとてもではありませんが再出撃は不可能です!!
ズム・シティも砲撃を受けております!! 現状での指揮命令系統は不明!! サスロ総帥、レオポルド首相、マ・クベ議長、ギレン陛下の安否確認は出来ません!!」

最悪だ。
ドズル・ザビは思いっきり壁に拳をめり込ませた。

「先ほども命じたように護衛の各艦は軍港から出撃後、退避行動に入れ。遺憾ながらガーディアン・バンチ防衛を放棄する。
ガーディアン・バンチ勤務員、総員はノーマルスーツ着用の上で退避。無駄死にはするな」

最悪の中でも的確な判断を下すドズル・ザビ上級大将。現在のジオン公国はタウ・リンと言うたった一人の天才テロリストの誰も望まない活躍で軍事と政治の中心地を戦艦五隻の艦砲射撃を浴びて壊滅状態に陥った。
既に指揮系統が壊乱した為、ただでさえ質で劣る部隊が各個にタウ・リン指揮下の艦隊に攻撃、返り討ちに陥ると言う事態が多発している。
そうであるからこそ、この混乱を招集しなければならない、

「よーし、そこの貴様!! そうだ、お前だ。他のバンチへの砲撃はあったのか!?」

再確認をするドズル。仮に住民らが住んでいる他のバンチに砲撃があればそれはそれで大問題である。
だが、ノーマルスーツ越しのバイザー越しに映し出された表情を見るにどうやらそれは無いらしい。

「は、はい。報告します、現時点で砲撃被害があったのはズム・シティとこのガーディアン・バンチのみ。その他の場所は無傷です。
各コロニーバンチの市長らが率先して住民をシェルターに避難させているようで現在のところコロニー外への難民発生は無いとの事」

宇宙世紀0080、ジオン公国は自らの戦争、つまりジオン独立戦争末期、レビル将軍指揮下の地球連邦宇宙軍とその正規艦隊七個がルナツーに入港した時、彼らは一つの決断を下していた。
それは単純明快であるが、ジオン公国国民の全国民へのノーマルスーツの無償支給と無償定期メンテナンスの提供である。
ジオン上層部はコロニー本体を盾にした本土決戦さえも行うという覚悟を国民に知らしめて戦意の向上を図った。
が、ギレン・ザビが指揮した『ゲルドルバ作戦』でレビル将軍は自身の主力部隊と共にソロモン要塞で戦死。
その後はジオン軍の計略通りに『ア・バオア・クー攻防戦』で連邦軍の猛攻は停止して、サイド6における『リーアの和約』で地球連邦政府とジオン公国と間には終戦協定が結ばれた。
それでもジオン公国は第二次一年戦争の危険性を考慮して定期的に国民への疎開運動、防空壕への避難運動、ノーマルスーツの着用訓練を課しており、その結果が今実ったとも言えるだろう。
まあ、彼らに取っては最悪の形で。

「状況報告、撤退急げ・・・・・それとドズル上級大将」

別の参謀が発言する。
何だと思って振りむく。

「何事か!?」

思わず怒声が出る。

「地球連邦軍第三連合艦隊と月面に展開している第四連合艦隊が救援活動の援助を申し出ております・・・・もしも受けるならば艦隊の支援物資にMS隊による集塵作業も行うと。
如何なさいますか?」

それはギレン兄かサスロ兄の管轄で俺の管轄じゃない。

(政治的な面倒はご免だ)

この発言を何とか飲み込むドズル・ザビ上級大将。
『リーアの和約』がある限り地球連邦軍はこのサイド3宙域(ジオン絶対国防圏)には侵入できない。
それを踏まえた上で地球連邦の政府は援助を申し出てきた。或いは軍の独断だろうか?
どちらにせよ、現時点では連邦艦艇の侵入は危険すぎる。
接触事故や昂っている将兵らが発砲しないとも限らない。遺憾ながら全軍の統率に自信が持てないのだ。特に主力部隊をデラーズが率いてネオ・ジオンの迎撃に回った以上は。
それに集塵作業と言っても幸いな事に撃沈された艦艇以外、つまりコロニーの被害はビーム攻撃で溶解しただけでなんとかなる。

「いや、それには及ばんと伝えろ・・・・・・・他の部隊に連絡、絶対に追撃せずに国内の治安回復、デブリ除去に全力を尽くせ、とな!!」




宇宙世紀0096.02.23日、標準時午前11時00分。地球連邦首相官邸ヘキサゴン。

あの戦争で地球にコロニーが落ちる事も無く、環境改善が成功裏に進んでいる地球では例年通りの雪がこのニューヤーク市にも舞う。
水天の涙も過去の事件となり、かくて巡航ミサイル攻撃を受けた傷跡は殆どが掻き消え、その繁栄ぶりを、地球連邦という超大国の首都の威信を見せつけている。
ニューヤーク市、旧ニューヨーク市内(旧市街地)から極東州の高速鉄道である新幹線で2時間。
津波と地震対策故に海抜25mの丘の上にある首相官邸を中心とした官邸群、ヘキサゴン・シティ。
首相官邸を初め、各官庁、官僚らの宿舎、専門の学校、軍とティターンズの防衛施設などがあるこの地で。
定例の地球連邦内閣府閣僚会議が開かれていた。メンバーはいつも通りだった。ただし、今回はオクサナー国防大臣とケンブリッジ長官が遅れてくると言われている。
件の二人はネオ・ジオンの行った例のジオン本土強襲作戦の影響を受けて地球連邦政府の閣僚らの一人として対応を協議する事になったのだ。

「ゴップ官房長官、それで地球経済に与える状況はどうなのか?」

レイニー・ゴールドマン首相が聞く。何を? 決まっている。 ジオン本土が襲撃された事に対する地球連邦経済への状況だ。
この点は連邦だけでなくジオン財界とも影響力を持っているゴップ官房長官に聞くのが一番良いだろう。

「そうですな・・・・・・・・向こう三か月ほどは軌道修正を免れられないと言う所でしょうが・・・・・ジオンも工業力を持った国家です。
単体であればグリプスに匹敵する。或いは現在、自然環境保護を名目にほとんど使われなくなった南米州にあるジャブロー工業地域の様に。
となれば、です、精々三か月我慢すればジオンと宇宙経済は持ち直すでしょう。それにこれはオフレコですがギレン・ザビは生き残ったようです」

その発言に多くの閣僚が反応する

「何と?」

「ほう?」

「悪運だけは強い」

「或いは予め知っていのではないか?」

「まさか・・・・いや、だがあの男ならばありそうな気もするな」

「それで今後の対応は?」

「ギレン・ザビの他には誰が生き残ったか、それで変わるでしょう」

などなど。
取り敢えず雑談が一段落するまで彼らの反応を見る。
雑談は思ったよりも時間がかかりおよそ15分は消費された。

「さて、諸君」

そこでレイニー・ゴールドマン首相が発言する。

「現在の地球連邦情報局(FIA)の報告では近年まれにみる正鵠さで情報が来た。これは驚嘆する事象だと思っている方が多いがそれは割愛しよう。
ジオン公国のレオポルド首相は健在。サスロ・ザビ総帥、マ・クベジオン公国議長、ダルシア・バハロ副首相ら閣僚の半数は死亡。
残りはグワジン級戦艦に移乗して目下、宇宙に退避中だ。現在のジオン公国は放棄される予定のガーディアン・バンチの機能を騙し騙し使っているドズル・ザビが指揮している」

つまりジオン本土は政治的に壊滅した、という訳になる。
何か質問はあるかね?
そう言って報告を締めくくる。

「そうですね、首相の言う通りでしょうか。他にもいろいろあると思いますが、ジオン本土の問題解決には彼らジオン公国に任せた方が賢明かと思います。
それに第三連合艦隊と第四連合艦隊を派遣すると言うパフォーマンスを見せたがジオン側が拒絶しましたので・・・・・あとは月面方面軍から一個艦隊程を援助に向かわせればよろしいかと」

それはジオン本土の現状を認識したうえで、『あ一号作戦』を継続するという意思表示。それ以外の何物でもなかった。
用意された南インド州産の紅茶を飲む首相。
それに釣られて何人かがそれを飲む。最高級の紅茶の香りが会議室に漂う。
全員の仕立服のスーツ(色は黒と紺が主流だが灰色もある)姿の文民にオブザーバーの地球連邦軍統合幕僚本部本部長のニシナ・タチバナ大将と彼らの副官らの姿もある。

「なるほど。ならば財務大臣としてはこのまま作戦継続を願います。もう一度4兆5000億テラも軍事費を用意しろなどとは財政的に悪夢以外の何物でもありませんから」

ロベルタ女史が財務面で、

「内務大臣としても地球連邦の威信を見せると言う意味では必要でしょう。ジオン本土が強襲されたのなら各コロニーへの安心感を与える必要性がある。
それに・・・・コロニーや地球連邦加盟国や各州政府への影響力拡大と確保は国務大臣のジャミトフ殿も同意見では?」

バウアー内務大臣が内政面で言う。
そして『禿鷹』の異名を持つ政界のトップ政治家もまた言う

「私、国務大臣としても先の財務、内務の両大臣の意見に賛成ですな。ジオン本土の打撃はあくまで政治と軍事の中心でありしかも閣僚は半分死にましたが、これは逆にいえば半分生き残りました。
また最重要人物のギレン・ザビも生き残り、ジオン本土の統制も取れてきている。月面から第七艦隊を派遣する事でこちらもジオン公国国民を見捨てないとアピールできる。
ならばそれを利用して我らが将来は経済的にも政治的にも軍事的にも優位に立つ事を視野に入れるべきでしょう。
特にジオンは自分たちでやると言ってきている。ならば・・・・・それを叶えてやるのも良いかと」

言外に放置しておけばよい、そう言っている。
それに経済界はジオンのコロニーの再開発それ自体には直接関与できなくても、ジオン公国への資材・資源輸出ルートで儲ける事が出来る。
そう考えている。

「この度、被害を受けたコロニーの再開発と補修作業はジオン公国自身がやるでしょう。それを鑑みて、我が軍と我が政府は動くべきかと。あとは哀悼の意でも送れば良いかと」

ジャミトフ・ハイマンの発言をもってこの会議の方針は決定づけられたといえる。




宇宙世紀0096.02.23、厄介者扱いされていた『エゥーゴ派』が大戦果、サイド3のジオン本土強襲作戦成功と包囲殲滅される一歩手前だったネオ・ジオン艦隊主力部隊の撤退援護に成功させた事でアクシズ要塞は湧きかえっていた。
無論、彼らを不要な存在、要らぬ存在として排除しようとしたネオ・ジオン幹部のハマーン派は歯ぎしりしているが

「さて、あとは運かな?」

誰にも聞かれない様に青いシナンジュのコクピットでタウ・リンは呟いた。
ジオン本土強襲作戦とそれ以前のムンゾ戦役によってジオン公国は能動的な作戦を行う能力を失った。
確かにジオン艦隊は無傷の艦隊(第二艦隊、第三艦隊、第四艦隊)があるが、内二つはジオンの姫君ミネバ・ラオ・ザビ護衛が任務として月面都市グラナダ市に撤退。
第二艦隊は本土防衛に下がり、デラーズ・フリート、ジオン親衛隊艦隊、第一艦隊、第五艦隊は戦力再編と補修の為に本土のドッグ入り。
しかもその本土は自分がやったジオン本土強襲作戦の影響で未だに混乱から回復しておらず、戦力の大半は守備に回している。

(ギレン・ザビは生き残ったようだ・・・・・ち、面倒だ。せっかく暗殺する好機だったのにな。惜しい事をしたぜ。
それに為政者として当然だな。足元も固めないうちから戦争など馬鹿のする事だよ)

それを知ったうえで、アルコール飲料を口に含む。傍らにはビーフジャッキーの袋が宙を舞っている。
この場には誰もいない。

「ジオン軍を中心とした敵艦隊は撃破した。そう捉えていいのかは不明だが・・・・それでもジオン公国はこれで当分は動けない。
だが、後の問題は地球連邦軍だな。ジオンが予想に反して救難艦隊の受け入れを渋ったため、第三連合艦隊と第四連合艦隊がフリーハンドを得た」

そう、タウ・リンの予想ではジオン本土強襲作戦の結果、彼らの救難活動の為にジオン公国国内に地球連邦艦隊が展開する、その結果、地球連邦軍は足止めを食らうと言うのが当初の目的であった。
地球連邦政府は民主主義によって生まれる政権であり、如何に他国とはいえ民間コロニーへの被害を出した国が援助要請をすればそれに答えるだろうと考えていた。
そして、それは最も近場にいる第三連合艦隊と最も人員を持つ第四連合艦隊の二つを動かす筈で、そうなれば艦隊の絶対数が100隻単位で減る地球連邦宇宙軍は一旦、矛を収める・・・・予定であった。
だが、それを阻害したのが政治的に疎かったドズル・ザビであり、軍人が政治に加入した為に自らの策が水泡となったと言うのが皮肉である。
彼、ドズル・ザビ上級大将は純軍事的に他国の艦隊が本国内部を跋扈する危険を見抜いた。
確かに救援部隊としては有力だがそれでも独立戦争以来一隻たりとも侵入させた事の無い地球連邦軍の艦隊を本国に侵入させるには自分の判断では出来なかった。
よって、彼は第三連合艦隊と第四連合艦隊の要請を蹴ったのだ。
それはジオン公国の宇宙艦隊再編以上にネオ・ジオン軍の戦力再編に時間がかかる事を知っているタウ・リンにとり意外な失敗である。
彼にはここで、サイド3強襲作戦の結果、ジオンと連邦が揉める事で時間を稼ぐ意図があった。だが、それは出来なくなった。

「なるほどな、ジオン屈指の英雄であらせられるドズル・ザビは思ったよりも軍人馬鹿だったか。それで連邦軍はまたぞろ動き出した。
第一連合艦隊と第二連合艦隊の補給と第三連合艦隊と第四連合艦隊実戦部隊の合流が完了すれば必ず攻めて来るな。
それにこっちの、ネオ・ジオン艦隊の外洋迎撃能力は完全になくなったと言って良い。ならば第四連合艦隊の大量の陸戦部隊も用意するだろう」

事実、『ムンゾ戦役』を経験したネオ・ジオン軍の損害は大きかった。第一任務部隊、第二任務部隊は半数が、第三任務部隊は2隻を除いて全滅し、ハマーン・カーン直属部隊も5隻のエンドラ級巡洋艦を撃沈されていた。
ムサカ級重巡洋艦も6隻を損失していた。ニュータイプ部隊と呼ぶ強化人間部隊こそ無傷だったがそれ以外の損害は甚大。

(考えたくない犠牲の大きさだ。それを上層部は分かって無いのが救いが無いぜ・・・・あの死にたがりどもが)

既にネオ・ジオンは艦隊決戦に出るだけの余力は無く、アクシズ要塞の各種艦艇ドッグやMSハンガーデッキでは24時間体制で必死に補修作業を行っている。
だが、それも地球連邦軍の主力が出現するまでだろう。仮に連中の主力艦隊が出現したらそこでこの戦いは決まる。
ネオ・ジオン軍の敗北と言う事象で。最早1000機近いMS隊と400隻以上の艦隊を動かしている地球連邦軍とティターンズ、ロンド・ベルに対抗するだけの戦力など残っておらず、備蓄していた武器弾薬も底を見えてきたのだから。
シャア・アズナブルらも予想していたが、この時点で既に地球連邦はある情報筋からネオ・ジオンの内情を知る。
そして地球連邦軍は万が一の奇襲作戦に備えて後方の月面に待機していた揚陸部隊にも出撃を命令した。
更に偵察部隊15個の内、8つとヘンケン少将指揮下の第10艦隊を護衛に回す。一方で第三連合艦隊もP-000に向け進軍を開始。
総力を挙げてネオ・ジオンを踏みつぶさんとしている。

「勝てる筈が無いな・・・・・仕方ない・・・・・俺は死んでも良いがあいつらの分のあれは手に入れてやる必要がある。
ここまで俺についてきた奴らだ。見殺しにも出来ん・・・・・あとは・・・・・俺故人の目的の為にもまだ死ねないしな」




地球連邦政府はまさかのジオン本土強襲作戦という事態に揺れていた、という訳では全く持って無かった。
ギレン・ザビの生存が確認された宇宙世紀0096.02.24の時点でジオン公国の早期政権再建は可能と判断されたのである。
一方で人道に基づいた支援物資と救助艦隊の派遣と言う事で月面方面軍所属の第7艦隊と第8艦隊がサイド3に派遣される事になる。
これはジオンと連邦の双方が渋ったがあまり経済的な停滞を長引かせると他の分野(他のスペースコロニーサイドと月、地球間の貿易ルートの支障など)にまで影響を及ぼす事が確実であり、それは避けるべきだと言う判断が地球連邦のゴールドマン内閣府によって決断された為、トップダウン形式で決定する。
またこれをある種の威嚇でギレン・ザビに呑ませたと言うのが本音でもあった。

「ジオン公国本土のスペースコロニー、まさかこれほどにまでもろいとはな」

誰ともなく言う。
今までコロニーで戦闘した事があるのは地球連邦政府最大機密の一つであるインダストリアル7への第13艦隊の攻撃のみ。
実は一年戦争の赤い彗星のサイド7襲撃以外の民間スペースコロニーそれ自身へ、しかも艦隊規模の攻撃はこれ自体が初めてであった。そう言う意味でもタウ・リンと言う男の異常性が明らかである。
彼は表立ってはいない(当事者ら以外は知らない)が『水天の涙紛争』時にシャア・アズナブルにニューヤーク市攻撃を進言しており、その一方でAE社やビスト財団から多額の資金援助を受け取っていた。
そして純粋な軍事的勝利の為には自ら泥を被る事も全く厭わないという姿勢を見せる事でこの度の奇襲作戦を成功に導いた。

「タウ・リンか・・・・・・生い立ちも何もかも不明。一体この男は何者なのだ?」

ジャミトフのボヤキは全員共通の意見だったろう。
そしてコロニーと言う人口の大地の脆弱さ。

「コロニーはどこまで言っても人口の大地です。我々の住む地球とは異なる。ならば・・・・ビーム攻撃に脆いという点はある意味で合理的でもありましょう」

今回の非公式会談では数名の閣僚らが話し合っている。
ゴールドマン首相はギレン・ザビらとの直通会話による会談の為にいない。
そう言う意味で現在の状況はタウ・リンの望んだとおりの状況だった。

「数日間だけだが、敵に時間を与えることになるな」

一人の男の閣僚が言う。理由はこうだ。
タウ・リンの行動、ジオン本土の強襲と、ネオ・ジオン軍による宣戦布告前のサイド1襲撃で各サイドには不安感がある。特に防衛能力と言う意味では地球連邦宇宙艦隊とも戦える筈のジオン軍が虚を突かれた。
その結果、度重なり戦力の損耗とジオン本土襲撃と言う思いがけない事態に陥る事になる。
これは各サイドにとって看過しえない事態となる。
先の大会戦である『ムンゾ戦役』でジオン軍がネオ・ジオン軍の機動戦力を削いだとしてもそれを民衆が理解するのと納得するのはまた話が別であるからだ。
またジオン公国が混乱収拾を名目に依然として情報統制が敷かれている以上、ムンゾ宙域での会戦結果は政府と軍部上層部しかしらされていない。

「各サイドの不安鎮静化の為に全偵察艦隊の出撃と一旦、各連合艦隊をソロモン要塞らへの艦隊集結をやる必要になるとは」

第一連合艦隊は月面のフォン・ブラウン市に、第二連合艦隊はソロモン要塞に、第三連合艦隊はサイド5に、第四連合艦隊はサイド6にそれぞれ分散配備される事になる。
想定していた『あ一号作戦』の第9段階という速攻を旨とした電撃作戦は中断され、『あ一号作戦』第12段階と呼ばれる四方からの包囲攻撃によるアクシズ要塞攻撃へと作戦が移行される事になった。
それは地球連邦軍もまた政治的な理由で0096.03.01まで軍事行動を控えると言うことであり、ネオ・ジオン軍へ時間を与えると言う事でもある。

「宇宙艦隊司令部は作戦を早めたいようだが・・・・・今の政治状況ではいたずらに各コロニーや月面都市群を裸に出来ないだろう。下手をすれば暴動になる」

またもや閣僚の一人が言う。
仮に地球連邦がコロニー防衛よりもアクシズ討伐を優先して、その結果サイド1襲撃の様な事件を起こせばこのネオ・ジオンとの戦いの後、つまりは戦後の統治に大きな影響を及ぼす。
現に、サイド1襲撃が問題視されてない、あるいはされ難いのは単にそれが宣戦布告前の奇襲攻撃だったからである。仮に宣戦布告後の攻撃で敗退していればこれ程能動的に大艦隊を行動させられなかっただろう。

「仕方ないですな・・・・宇宙艦隊は来月1日を持ってアクシズ攻撃に転じましょう。
あまり時間をかけるとムンゾ宙域で受けたダメージをネオ・ジオンが回復してしまう可能性が高い。
まあ、そこまでの予備部品らがアクシズに、ネオ・ジオンにあるとも思えませんが・・・・念には念を入れましょう」

オクサナー国防大臣はそう言い、地球連邦政府は一週間の艦隊の再停泊を決定。
加えて、第一次先遣偵察艦隊を派遣。ティターンズ子飼いの傭兵会社『クロスボーン・バンガード』の9隻のアレキサンドリア級を使い、その他の部隊と共に強行偵察を仕掛けた。
結果、アクシズ要塞は超長距離ミサイルによる一方的な攻撃とメガ粒子砲の射程圏ギリギリの超長距離砲撃の攻撃を受ける。
MS隊を派遣したくとも、随伴する艦艇が不足したネオ・ジオン軍は迎撃にのみ専念し、9隻のアレキサンドリア級重巡洋艦と20隻のサラミス改級軽巡洋艦の猛砲撃をただ耐えるだけであった。
この時点でネオ・ジオンは既に、彼らに取っての戦争の主導権を奪われていたと言っても良かった。
地球連邦軍の想定通りに。




その一方でジオン本土では先の大損害を埋めるべく必死の集塵作業、回収作業が行われていた。各地のMS隊を総動員した集塵作業であり、疲労による犠牲者も出ている。
大型デブリが少なかったのはタウ・リン指揮下の艦隊があくまでビーム砲撃に徹した為であり、ミサイルを使わなかった為であり幸運以外の何物でもない。
つまりは溶解した施設こそ多かったものの、破損した施設は少なかったと言える。とはいえ、ズム・シティは放棄される事になり、臨時措置として住民ごとダーク・コロニー01に首都機能を移転、ガーディアン・バンチも同様である。

「ラコッ・・・・ち、ニッキ少佐、シャルロッテ少佐、現状を報告せよ」

癖で死んだ参謀総長のラコックと呼びかけて言い直すドズル・ザビ。副官の副官、生き残った二人の少佐に報告を聞くドズル・ザビ。
彼の想像以上に被害は酷かった。
ジオン公国国防の要であるガーディアン・バンチだけでなく首都ズム・シティも半壊、放棄。そして。

「ギレン陛下は無事ですが・・・・・マ・クベ議長、サスロ総帥、先代首相であるダルシア・バハロ一家全員の死亡が確認されました」

思わず壁に拳を叩きつける。
ノーマルスーツ越しだから痛みは殆ど無いのだがそれでも、である。

(サスロ兄!!)

タウ・リンの攻撃はサスロ・ザビを初めとしたジオン公国首脳部、政府閣僚部、官僚組織に大打撃を与えた。
ジオン公国の屋台骨を支えていた人間の何割かをこの世から強制的に退場させたのだからその被害は仮に兄であるサスロ・ザビが生きていたら絶句しただろう。
それ程までの損害を受けたと言える。

「他には何かあるか?」

努めて冷静な声を出すドズル・ザビ。
彼が怒鳴ると大抵の将校は委縮してしまうのだ。だからこの二人の夫婦にもある程度は心配りをしなければならない。

「シャルロッテ少佐」

夫のニッキが言う。とにかく目の前の御仁が聞きたくても聞けない事を伝えなければならない。
少なくとも公人であるドズル・ザビ上級大将が聞けない事を、だ。

「ミネバ様は現在月面都市グラナダ市のジオン大使館で保護されております。
月面周回軌道上にコンスコン中将の第四艦隊が、後衛部隊にケラーネ中将の第三艦隊が、月面都市グラナダ市事態には非常脱出用のザンジバル改三隻と護衛役のゼク・アイン部隊をシーマ・ガラハウ中将が指揮しております。
また、指揮系統はシーマ中将に一本化されているので問題は無いかと」

父親として最も聞きたくて、ザビ家の軍人として最も聞けなかった事をこの二人の副官らは報告してきた。
更に男の、旦那のニッキが言う。

「ミネバ殿下にもドズル閣下が健在な事をお伝えしました。また、グワジン級のグレート・デギンには政府閣僚とギレン陛下が避難されております。
現状におきましてはガーディアン・バンチとズム・シティ以外のバンチはほぼ無傷と言って良い状況ですから最悪の事態、コロニーが軌道を外れて月面に落下する様な事象は発生しないと推定します」

そうか、ならばそれで良い。

「なお、デラーズ大将指揮下の第二次ブリティッシュ作戦参加艦隊は5時間後に帰国し各地の軍港に入港、補修作業に入る予定です」

そう言って報告は終わる。
ジオン公国軍は最後の最後で大勝利に終わる筈だった戦いを、王手をかけていた局面を、盤上を絡めてでひっくり返された。
結果、彼らはネオ・ジオンを名乗った叛逆者の軍隊と無駄に戦場でぶつかり合い、武器、弾薬、人命、艦艇、MS、物資を消費しただけである。
しかも戦略目標である本国防衛にも失敗した。仮にタウ・リンが存在しなければ勝敗はもっと明確であり、より当然の結果に繋がっただろう。
だが、タウ・リンと言う『ヌーベル・エゥーゴ』の存在は彼らの、ジオン公国とネオ・ジオン軍双方の計画を大きく覆した。
この結果が今次会戦で大打撃を受けたジオン本国であり、決定的勝利の瞬間を逃さざるを得なかったデラーズ指揮下の艦隊であった。

「わしを宇宙の晒し者にしたか・・・・・・・無念だ」

エギーユ・デラーズは肩を震わせながら自室で涙をこぼしたと言う。




宇宙世紀0096.02.25、この日、アクシズ要塞に迂回してWフィールドから入港したタウ・リン達は二つの視線に迎えられる。
好意と感謝、そして敵意と嫉妬である。
前者は敗北を感じ取っていた前線部隊、特にネオ・ジオン軍の一般兵の駆るMS部隊隊員に多く、後者はニュータイプ部隊として比較的後方でゼク・ツヴァイなどの敵機を一方的に撃破していたハマーン・カーン摂政派閥に多かった。
そんな中、青いシナンジュでワザと観客たちの前で着陸して見せる。歓声が上がる。

『俺たちはまだまだ戦える!!』

『私たちは負けないのよ!!』

これを外部モニターと外部マイクから聞いた自分は失笑した。
戦闘データを見せてもらったが明らか宇宙のカンネーの戦いになっていたムンゾ宙域の会戦に参加して生き乗った癖にこれだ。

(全く・・・・本気を出したジオン公国の艦隊相手にさえ勝てない連中がこの期に及んで一体何を言っているのか。
ほんとに理解に苦しむ。それともこれはあれか? 麻薬でもやってる連中ばかばかりなのか? 今の現有戦力で300隻はいる地球連邦軍の大艦隊相手に勝てる訳ねェだろうに)

まあ、それを顔に出すへまはしない。
そして自分が用意した保険の方も。

「そこの貴様、総帥らはどちらに?」

努めて冷静に言う。
こいつがハマーン派閥である保障が無いとは言えないからだ。
が、杞憂だった様だな。こいつが俺を見る目は英雄を崇拝する若者と同じだ。年齢からしてアクシズ要塞で生まれ育った学徒動員兵だろう。

「は、准将閣下にお会いできて光栄であります。総帥らは皆さま方第一会議室に御集まりです!!」

分かった、ありがとう。
そう言って水の入ったドリンクチューブを吸いながら進む。
第一会議室は重力ブロックに存在しており、そうであるが故に若干気を付けなければならない。

「タウ・リン特別査察官殿、入室します」

入ってうんざりした。
あの金と赤い色の髪をした好みじゃない女やバラを付けた騎士道が何たらとかいう男が睨んでくるし、双子の馬鹿に至ってはあからさまに警戒している。
唯一、好意的な視線を向けているのはラカン・ダカランくらいだが、あとはハマーン・カーンと個人的に対立しているナナイ・ミゲル中佐か。

(はぁ。全く、女を抱くなとは言わないが少しは後先考えて抱いて欲しいモノだ。赤い彗星殿。それにあんまり女を泣かせると息子と妻を解放する前に後ろから刺されるだろうよ。
ああ、なんか赤い彗星を崇拝している大尉さんやティターンズに潰されたムラサメ研究所の亡命者もいるな)

取り敢えずいつもの傲岸不遜な表情で笑う。

「で、雁首揃えて俺のお出迎えなら・・・・・嬉しいが?」

敢えて聞いてみるがあり得ないだろう。天地がひっくり返ってもあり得ない事だ。
もしもそれだけ俺たち旧地球連邦軍出身者を厚遇してくれるならあの時の索敵命令に俺の艦隊を使う事は無かった筈だ。そう、ギラ・ズールだけで構成された有力部隊。
それを全て失う危険性があったにも関わらず、自分達の面子を優先させた連中が、命を助けられた程度で靡くとも思えない。
実際にこの雰囲気は歓迎と言うモノでは無かった。

「超長距離からのミサイル攻撃とビーム攻撃を受けている。どうだろう?」

マシュマー・セロとかいった中佐が言う。それにしてもハマーン・カーンの部下共は馬鹿なの集団なのか? まともな軍服を着ろよな。
俺たちエゥーゴ派がジオン系統の人間ばかりのここで地球連邦型の軍服を着る訳にはいかないのは分かるが、仮にも軍隊を名乗るならジオン系統の軍服の1000や2000くらいあるだろうに。

「どう、とは?」

白を切る。どうせ碌でもない事を考え付いたのだろうから。

「艦隊を出して追い払うべきだと私は思う。ハマーン様の為にも、な」

(最後の一言が余計だ・・・・・こいつはムラサメ研究所型の強化人間だったが・・・・強化しすぎだぜ。
馬鹿と鋏は使いようだが、狂人に凶器を持たせて人ごみに放置したらそれは単なる馬鹿だろうが!!)

ハマーン・カーンを崇拝していたが故に、彼女の為に強化人間手術(自分の肉体強化系統とは違うサイコミュ・脳波コントロール系)を受けたハマーン・カーン派閥強硬派らしくここで要らぬ戦果を挙げた自分達と地球連邦軍をぶつけたいらしい。
それがどういう事になるのかこいつは分かっていて言うのだから性質が悪い。もうこいつらには一手先しか読めないのだろう。

「艦隊を出したらそれこそ格好の餌だろうに・・・・・敵艦隊の大半は所在不明。しかも攻撃している相手はあくまで傭兵部隊と偵察艦隊、ちがうか?」

黙る面々。どうやら事実らしい。

「ならば艦隊なぞ出さずにだ、アクシズ要塞の岩盤の強固さを信用してここで戦力の再編を行うべきだな。
地球連邦軍の狙いは各個撃破だろう。こっちがムンゾ宙域で会戦をやらかした事は連中も知っているし、それで疲弊しているのも知っている。
それが動かないのは単にジオン公国の政治的な混乱に対処します、各コロニーは保護します、守りますよ、って、アピールしているだけだ。
となると、連中はそう遠くない未来に大攻勢に転じて来るだろう。それはお前さんらも分かっている。だったら余計なこと考えずにここの守備をどうするかを考えろ」

そう言って水を飲みきる。
最早、水さえも資源は貴重品だ。有益に利用しないと。それに冷凍睡眠から起こした兵士達にも幾つかの記憶障害や記憶混乱が見受けられている。
それを考慮すれば兵士としては役に立たないだろう。だいたい強制冷凍睡眠とその解除などどう考えても脳に悪影響を及ぼすのは目に見えている。

「あとな、敵艦隊はすぐそこまで来ていると言ったが、若しかしたらそうでは無いかも知れない。偵察部隊がもう存在しない俺たちには確認する術がないんだ。
マシュマ―中佐、出たければ自分の艦隊で出撃すれば良いが死ぬ間際の最後まで油断するなよ、連中は動く時は一気呵成に動く。それが今の地球連邦軍だ」

その後はアクシズ防衛計画の為の策定に入るも、たった一つの事象で彼らの考えを大きく打ち砕く。
それは単純明快にして絶対の真理。

『戦力の絶対数が足りない』

この考え、というか悩みなのだが、ネオ・ジオン軍にとってみれば当然と言えば当然である。
ジオン公国への電撃作戦だけならともかく、いまや人口増産とコロニー開発、地球緑化政策で120億人の人口を抱える超大国相手に精々15万人程度の宇宙要塞が勝てるわけがない。
それなのに武装決起した彼らの行動は最早常軌を逸していると言って良かった。
事実、先の敗戦で何故ジオン本国が最後に送ってきた恭順命令を黙殺してしまったのかと悔やむ者は多かったが、そのジオン公国の首都と防衛用コロニー本体にタウ・リン(ジオン本国や地球連邦から見ればネオ・ジオン軍)が攻撃した以上、投降しても重犯罪人扱いは確定している。
加えて言えば、彼らジオン公国に取ってネオ・ジオン軍とは叛逆者であり、地球連邦政府にとっては今後100年の未来の大計画を邪魔するテロリストである。

「ま、俺だったらこいつを叩くがね」

そう言ってタウ・リンは一枚のCG写真を見せる。
そこには超弩級空母ベクトラの竣工式の写真が載っていた。

「狙いは敵宇宙艦隊司令長官とロンド・ベル艦隊司令官。やるなら最高の獲物だな。こいつを沈められたら話は変わるだろう」




地球連邦軍は予想外の時間を潰されたがそれでも全軍の再配置を完了した。
宇宙世紀0096.02.26日、地球連邦軍の第一連合艦隊から第四連合艦隊が順次各地の軍港から出港。再度の大攻勢作戦『あ一号作戦』の第15段階に移行した。
アクシズ要塞を視認したのは0096.03.02の午前11時25分である
それはつまり、地球連邦軍がその総力を挙げてネオ・ジオン軍を廃滅させるべく動き出したと言う事を意味している。

「通信士、こちらは宇宙艦隊司令長官のエイパー・シナプス大将だ。各艦隊に通達したい事がある。通信回線を開いてくれ」

ベクトラ戦闘用CICの総司令官専用席でシナプスが命令する。

「各艦隊司令官らとのレーザー回線をつながります」

そう言って、トーレス曹長が全ての艦隊と回線をつなげる。

「どうぞ」

電話式のマイクを渡す。

「各艦に告ぐ。私は宇宙艦隊司令長官のエイパー・シナプスである。各艦隊は当初の予定通り作戦を決行する。本作戦の成否によって次の宇宙世紀100年が決まるだろう。
それを肝に銘じ、皆の生還を期待するや切である。
何か質問はあるか・・・・・・よろしい、これより我が軍は地球連邦宇宙艦隊の威信をかけてネオ・ジオン軍を掃討する!!
全艦隊砲撃雷撃戦用意、MS隊発艦準備、敵機雷原に向けて対機雷除用核弾頭ミサイル発射せよ!!」

シナプスの命令が下る。それはネオ・ジオン軍の必死で用意した対艦隊用機雷群を戦術核弾頭で掃討するという事実であった。
一斉に各バーミンガム級、マゼラン改級、クラップ級、ラー・カイラム級から放たれる核兵器の群。それは大した妨害も無く、一斉に着弾。近接信管が作動し人工の太陽生み出していく。
数千の閃光を宇宙に創造した。

「続いて第二波、通常多段式弾頭ミサイル。各艦はメガ粒子砲斉射三連を30分かける。その後はMS隊発進の為にアクシズ要塞に向けて砲火を集中させつつ前進する。
第一連合艦隊は主要港のあるNフィールドへ、第二連合艦隊はSフィールド、第三連合艦隊はWフィールドへ進入せよ。
偵察艦隊も各ハイザック部隊発艦。被弾し後退する友軍部隊を掩護せよ。
なお、クロスボーン・バンガード所属各艦はブライト・ノア中将の指揮下に入るように。これは命令である。全軍前進!!」

数えるのも馬鹿馬鹿しい程のミサイルがネオ・ジオン軍を襲う。
数えるのも馬鹿馬鹿しい程のビームの嵐がアクシズ要塞に被弾する。
今まさに、地球連邦という無慈悲な神の鉄槌が下されたのだった。
それをベクトラの巨大CICで冷静に見るエイパー・シナプス大将
既にロンド・ベル艦隊の指揮の為に動き出したブライト・ノア中将を尻目にだ。

「反撃は微弱だな・・・・・情報部の報告通りだが・・・・・他の艦隊はどうか?」

極めて冷静な反応。
これは既に戦争では無かった。一方的な虐殺である。そのネオ・ジオンと地球連邦軍『あ一号作戦参加部隊』の戦力比は計測不能である。
だがそうだからこそ、彼は冷徹に振る舞う。指揮官が相手に情けを見せては誰かを殺す可能性が出てくるのだ。

(敵兵1000名の命よりも部下1人の命の方が遥かに重い。それが指揮官となって部下を率いる者の務めだ)

指揮官の動揺が部下を殺す事を彼は、エイパー・シナプスは経験則で知っているのだから。
だからこそ、あのやんちゃな坊や、マーセナス家の事しか頭にない様な坊やをグリプスにおいてきたのだから。彼の身勝手さで彼の部下らを殺させないために。

「ブライト提督、シナプス総司令官、順次砲撃を強化中。敵の抵抗微弱」

トーレス曹長が言う。

(ふむ、この戦力差ならばグリプス要塞での会議通り・・・・・戦前の予想通りか)

艦隊と要塞が撃ち合えば結果的に要塞が勝つと言われているがそれは三次元行動を取れない海上での事。
こと、宇宙要塞攻防戦に関しては三次元戦闘を取れる艦隊の方が若干ではあるが優位に立てるのだ。しかもビームと違って慣性の法則や抵抗が無い宇宙ではミサイルは撃墜するか回避するかしない限り迎撃は困難である。

「砲撃の手を緩めるな。砲撃は当初の予定に加えて更に1時間続ける。その後は敵の反撃を見ながら臨機応変に艦隊ごとに対応せよ。
また、偵察艦隊は敵艦隊の動向を随時各艦に伝達。敵MS隊や敵艦隊が無効化された時点でこちらもMS隊によるアクシズ要塞への強襲揚陸戦闘をしかける。
第四連合艦隊はそのつもりで後方に待機。補給船団は弾薬とエネルギー、推進剤、冷却剤の補給作業を確実かつ急がせる事。
MS隊はいつでも発艦できるように。対ミサイルデコイ並びピケット用無人偵察艇を前面に展開。各艦隊にも同様の命令を通達。
あとは各艦隊司令官の判断に任せる、そう伝えろ」

そう言い着るシナプス大将。
その命令は各方面から猛攻を仕掛ける各艦隊司令官に通達された。
圧倒的な大火力で敵軍を崩壊に導く地球連邦宇宙艦隊の大砲撃。
これに加えてミサイルも最新式の多弾頭ミサイルである。ミノフスキー粒子の登場でミサイルがロケット弾とさして変わらない現状を憂いた一部の開発陣が発想を転換。
ミサイルが一発では命中しないならそのミサイルの本数自体を増やせばよいと言う結論に達した。
が、結局は一年戦争でMSが決定的な存在となってしまった為にそれは無くなったのだが。
それでも対要塞攻撃用ミサイルとしての有効であると判断した地球連邦軍はこれを採用。宇宙軍にも配備される。
ただ最大の誤算はこれを使う機会が無くなってしまった事だろう。ジオン公国との同盟国化がその最大の要因である。そう、このアクシズ要塞攻略作戦という例外中の例外以外では。

「各艦、残弾は気にするな、補給部隊が後方にいる限り問題は無い!! 砲撃を強化しろ!!」

ブライト・ノア中将が指揮下のロンド・ベル艦隊を激励する。
その言葉に奮起するがごとく攻撃を強める各艦隊。

「ふーむ、これではなぶり殺しになるな。一方的だ・・・・・ネオ・ジオン軍め、何を考えている?」

反撃は微々たるもの。とても強固な岩盤要塞に立て籠もっているとは思えない程に微々たる反撃である。
そうであるからこそ、シナプス大将は懸念する。
わざわざ外洋決戦まで行ったネオ・ジオン軍の動きが妙であった。
まるで自分達を誘っているかのように。
それでもシナプス大将指揮下の四つの連合艦隊は攻撃の手を休める事は無かった。その攻撃は当初の60分を更に延長して180分に及ぶことになる。

「時間だな・・・・・いくら交代制とはいえ気分が弛緩する者も出てきましょう。シナプス閣下、MS隊はどうします?」

ブライト中将が聞いてくる。
各艦隊の直援機は確かに各艦隊司令官の指揮権が優先されるが、攻撃部隊は別だ。
これだけ一方的な展開になるとネオ・ジオン艦隊の主力は宇宙港の奥深くか岩盤を利用した防空壕とでもいうべき場所に逃げ込んでいると考えるのが妥当。

「そうだな、今しばらくはMS隊は待機命令を。第一警戒令で三交代制をとり攻撃終了までは士官室などで待機。アルコールは許さんがチョコや喫煙程度なら許可する」

宇宙世紀0096.03.02の12時15分きっかりに開始された地球連邦軍の総攻撃。ネオ・ジオン軍は本拠地であるアクシズ要塞に立て籠もるしかなかったのか?
結論から言えばそうである。後世に『ムンゾ戦役』と呼ばれる戦いでネオ・ジオンは正直に言えば再起不可能なほどの大打撃を受けている。
参加したエンドラ級6隻で編成された三個任務部隊は全て壊滅し、ハマーン・カーン親衛隊も半数の艦艇を損失した。
唯一、戦力として数えられるのは比較的後方宙域に展開していたシャア総帥親衛隊の艦隊のみであった。
結果的にタウ・リンのエゥーゴ派の間接支援攻撃(もちろん、この攻撃がジオン本国の世論を反ネオ・ジオンとして完全に硬化させたのは否めない)が無ければ壊滅していた。
そうであるが故に、違うか、そうであるからこそか、ネオ・ジオンは時間を欲していた。

「敵は時間を欲している、間違いないな」

これはパプテマス・シロッコ少将の独白として記録に残っている。
だが、戦争で敵が舞ってくれる事など無い。ネオ・ジオンは戦力再編の為に最低でも一か月は時間を欲しており、それが叶う環境では無かったと言うのが現実だった。

「そろそろだな・・・・偵察艦隊からも敵の迂回部隊は現れてない。ならば敵軍の抵抗微弱は本物。よろしい、これより全艦隊に敵防空圏への侵入命令をかける」

そう命令するシナプス大将。
宇宙世紀0096.02.25の午後3時17分。地球連邦軍第一連合艦隊を中心とした第一次攻撃隊が三方向からアクシズ要塞に迫る。




圧倒的MSの大軍を発艦させる地球連邦軍の艦隊。タウ・リンはそれを見て思った。
この戦は負けだ、と。最早勝ち目はない、ならば成すべき事は少ないだろう。そう感じる。

「司令官、敵MS隊の展開を確認・・・・・・・主力攻撃部隊と思われるNフィールドに300機、Sフィールドに250機、陽動と思えますが・・・・・それでもWフィールドに200機を確認。更に敵艦隊は後方の空母部隊からMS隊を回しているようで護衛に最低でも各連合艦隊に150機はいます」

全く信じられん物量差だ。これで抵抗運動するのだから頭がいかれているのだ。あのネオ・ジオンの連中は。

「・・・・・・各ギラ・ズール部隊発艦だ。とりあえず戦って見せないと生きても帰れん」

そう言って全部隊に発艦命令が下る。
MS隊を発艦させる各艦、各任務部隊、更にはガザDやガザEなどの機体も隠されていたMS発進口から発進する。
数はおよそ80機、あるだけのガザEとガザD、ガザCを出したが・・・・それでも圧倒的な艦砲射撃の前に直ぐに20機から30機前後が撃ち落とされる。

「素人の冷凍睡眠状態から何もわからないパイロットを戦線に投入して何になるのかってあんだけいっただろうに!!」

タウ・リンの参謀の一人は思わず毒を吐く。
それでも彼らの部隊も、横にいるネオ・ジオン主力艦隊も反撃し、ビームを、ミサイルを撃つ。自らが一分でも一秒でも長く生き残るために。




「敵艦隊と交戦状態に入りました・・・・・・・総帥、こちらの方が劣勢の様です」

ハマーンからそう言われる。
そうだろうな、先の戦役では何とか互角に近い戦闘が出来たが今回は別だろう。例えこのアクシズ要塞という地の利があっても勝てまい。
ならばパラオ要塞まで退避すると言う方法もあるが、そうなれば単に敵と戦う場所が変わるだけの上、内部崩壊の可能性も出てくる。
故にシャア・アズナブルにもハマーン・カーンにも危険を承知で、劣勢を覚悟の上でこのアクシズ要塞にて敵を迎え撃つと言う選択肢以外は無かった。

「そうか・・・・・MS隊は?」

接触まであと3分。

「よーし、サザビーも出すぞ、各機ファンネルを使え!! 敵にはサイコミュ兵器への有力な防御手段は無い!!!
敵は我々とも違いオールドタイプの寄せ集めだけだ。ニュータイプである我らならば勝てるぞ!!」

「我々にはジオン・ズム・ダイクンの加護とニュータイプの力がある!! 皆私達に続け!!」

シャア・アズナブルもハマーン・カーンも最早信じても無い事を言う。第一、彼らが切り札にしているサイコミュが実戦に投入されたのはもう16年も前だ。
しかも地球連邦はジオン独立戦争と水天の涙戦争でサイコミュ兵器『ビット』と『ファンネル』の効力を実感している。
それが何の対策も無しに突っ込んでくるはずはない。必ずや対応策を考えて来るだろう。ニュータイプ以前の話だ。

「サザビー出る!!」

赤い彗星が宇宙に舞う。

「シナンジュ、発艦する!!」

ハマーン・カーンの白い優雅さを持った機体が虚空を切り裂く。




数日前から送り込んでいた偵察艦隊(先遣艦隊)のハイザックの偵察によると敵艦隊の位置はアクシズ要塞の後方奥深くとの事でありMA形態のZ部隊を攻撃させるのは孤立の危険性が高いと判断。
先に露払いをするべくジェガン部隊を送りこんで掃除する事を決定する地球連邦軍。
三方向から接近する700機を超すMS隊に対して有効的な打撃戦力として数えられるのは『ムンゾ戦役』生き残り部隊の150機前後のギラ・シリーズだけ。
それも殆どの機体を艦隊防空に回さないという条件付き。
ならば艦隊は最初から後方(そんな場所がネオ・ジオンにあればの話だが)に置く。
そして攻撃に転じて来る地球連邦軍のMS隊を撃破する事だけを考慮する事が大切であると判断し、そうした計画を立てた。
だが、それは消耗戦でもある。ネオ・ジオンは既に勝機と正気を完全に逸していたと言えた。

「なるほど、あれが敵艦隊か・・・・うん、ギラ・ドーガが7機に、ギラ・ズールが3機か。こいつは叩き甲斐がありそうだ」

そう言うのは『ガンダムバンシィ』のパイロットに選ばれたゼロ・ムラサメ中尉。
ターゲットをロックオンする。バンシィの光学センサーとサイコ・フレームの共振現象によって敵機を完全に補足した。

「まず一機目だ!!」

そう言ってビーム・マグナムの異名を取る強化ビームライフルを放つ。
回避できなかったギラ・ズールが爆散した。

「続いて二機目!!」

即座に散開するギラ・ズールに照準を合わせる。散開するもバンシィのコンピュータの照準補足処理速度の方が早かった。
ロックオン完了の音がコクピットになる。

「は、こいつで終わりだ!!」

ビーム・マグナムを放つ。その二機目は何とか回避しようとしたがビームが掠り、そのまま爆散した。
漸く射程圏内に入ろうとしたギラ・ズールがビームマシンガンを撃つも、それもIフィールド内蔵シールドで受け止めてビーム・マグナムを放つ。

「三機目!!」

言うが早いか、爆発が早いか、そのまま三機目のギラ・ズールもまた爆散。恐らく一個小隊を形成していただろうギラ・ズールはこの時点で消滅した。

「次の獲物に行くとするか!」

そこにあるのは絶対的な力を持った狩人の、捕食者の目だった。と、数機のギラ・ドーガが散開する。
一部は盾を捨ててビームトマホークを構えて接近戦を仕掛ける。

「へぇ・・・・この俺と一対一で殺し合いたいとは・・・・・良い覚悟だ!!」

バンシィのビーム・マグナムを一度シールドに固定して、右肩のビームサーベルを引き抜く。

「落ちな!!」

そう言って、相手のギラ・ドーガにビームを横なぎにぶつけた。何とか回避する敵。だがそれが面白いと感じるゼロ。
更に今度は縦一文字切りでギラ・ドーガを切りつける。何とかこれもビームトマホークの刃の部分で受け止めるがパイロットの思考が分かった。焦っている。

「この感じは女?・・・・・しまった!?」

この時包囲網は完成していた。隊長機である自分を囮に使ったオレンジのギラ・ドーガは周囲に11機の同僚たちを、或は部下を展開させて電磁兵器でバンシィを鹵獲せんとする。

「ふ、やってくれた!!」

その意図を察したゼロは一旦距離をとり、バルカンで敵のモノアイを潰す。
急加速で敵コクピットにビームサーベルを突き刺す。それを見た周囲の機体の気配が冷静から激昂に代わった事がニュータイプの紛い物の自分にもわかった。
だが、それも計算の内。

「悪いが・・・・・・俺が単独だって一体誰がいつ言ったかな?」

その言葉を発すると同時に、周囲にいた南側の4機のギラ・ドーガが相次いで撃破される。出現したのはRX-0の一号機、ガンダムユニコーン。完全にガンダムモードで展開している。

「青い死神、ユウ・カジマ大佐か、やれやれ少し前に出すぎですか?」

10回も戦って10回とも大敗した(付き合っている女の子レイラの前で)すれば大人しくもなるゼロ。
その意見を無視するかの如く、一年戦争以来の地球連邦軍トップガンは冷徹にギラ・ドーガを狩っていく。
更に4機のギラ・ドーガが撃破されるのを確認する。正確な射撃だ、そして一気に敵機と距離を詰めてビームサーベルで貫通し、両断する。
彼が一年戦争時代に『青い死神』と呼ばれたのも納得できる。あれは機体性能のお蔭では無い。純粋にパイロットの技量のお蔭であった。

「さてと、見学していても作戦通りに行っても囮だけで終わるのもつまらないからな・・・・もらった!!」

ビーム・マグナムを発射する二号機のバンシィ。
そしてそれを盾で受け止め、盾諸共に機体を貫通させられるギラ・ドーガ。
残り、三機、いや、いつの間にかユウが仕留めたのか残りは一機。

「あんたで最後だ!!」

ゼロの言葉と共に放たれたビーム・マグナムの直撃によってこの宙域に侵入したギラ・ドーガとギラ・ズールの部隊は壊滅した。
それは攻撃部隊の25%が何も出来ずにたった二機のMS相手に5分弱で壊滅してしまった事を意味する。

「ゼロ、聞こえるか?」

ミノフスキー粒子があるから接触回線を使って回線を開く。

「はいはい、聞こえますよ大佐。で、後続を待ちますか?」

目の前に明らかに突出しているエンドラ級が二隻居る。
欲を言えばこれも沈めてしまいたいがきっと目の前の大佐は慎重派だから駄目だろう、そう思っていたら違った。

「いや、このまま勢いに乗る。お前は左舷の、俺は右舷のエンドラ級を沈める。一度沈めたらアムロ中佐らにこの宙域を任せて帰還しよう。
何、味方はたくさんいるのだ。それ位は任せても大丈夫だ」

そう言って機体を加速させる。
エンドラ級は悪らかに狼狽しており迎撃機には不向きのズサがミサイルで攻撃するも全て回避。或いはバルカンで破壊。
空薬莢が宇宙空間に排出されるが構わずにユウ・カジマ大佐のユニコーンはビーム・マグナムを10発も撃ち込んだ。
こっちも12発のビーム充電用マガジン一セットを使い切ったから人の事は言えないが。
護衛のズサ数機と共にエンドラ級が轟沈。ネオ・ジオンの防空圏に大穴があく。

「さてと、後はZ部隊と白い悪魔に任せるか」

そう言いながら付近にいたガザDを両断するユニコーン。更に数機のガザCがビームを放つがこちらのIフィールド搭載式シールドに阻まれて有効打とはならない。
一機一機確認して撃墜した。どうやら素人らしく、更に数機が追ってきたが後続のジェガン隊に30対6で包囲されて撃破されてしまう。

「こちらUC-01、任務完了、敵攻撃部隊の掃討並びに護衛艦の撃沈に成功。GP-03部隊の投入可能と判断する。なお、一度UC-02共に帰還する。
後続部隊は敵機の掃討を行え。何、焦るな。味方は一杯いるからな」

そして、それはロンド・ベル艦隊から更なる災厄をネオ・ジオンにプレゼントする切っ掛けとなる。




旗艦ベクトラでは各戦線の情報処理が余裕を持って行われていた。光学センサーだけであるにもかかわらず、その処理速度は速い。
従来の大型戦艦の情報処理速度とは大違いであった。流石は地球連邦軍の宇宙艦隊総旗艦である。

『GP-03投入可能』

その報告が部下からあげられる。
各地の戦線でもジェガン隊は敵機を駆逐している。特にムンゾ宙域でジオン軍とやり合った後遺症が残っているようでギラ・ドーガやギラ・ズールと言う彼らの主力機体だが数は多いが性能通りの活躍が出来てない。
もっとも、最低でも12対3という状況で嬲り殺しに近い以上、これを覆すのは困難だと言えた。
今もまた、接近してきたドライセン12機がニューガンダムを中心とした部隊に捕捉された。

「アムロ・・・・失礼、ニューガンダムのレイ中佐が向かい、護衛のジェガン部隊も48機いる以上、勝利は確実です。後は敵の掃討が早いか遅いかだけ」

ブライト中将も余裕の態度を崩さない。
この戦力差を挽回するだけの方法などあるだろうか?

「そうだな、ウラキ大尉のGP-03を尖兵としてZ部隊を発艦させよ。これよりロンド・ベル艦隊全艦は高速機動戦闘に移行する。
メガ粒子砲を中心とした砲塔は仰角20度で砲撃、各機は仰角10度で侵入アクシズ要塞近郊に確認できた敵艦隊を撃滅せよ!!」

後方のコロンブル改から地球連邦軍唯一のMAが発艦する。
そして直後に多数のラー・カイラム級惑星間航行大型戦艦とクラップ級惑星間航行巡洋艦、超弩級空母ベクトラから多数のZ部隊が発進した。

「これで終わりかな?」

タクナ少尉はぼそりと呟いた。
それを聞き咎めたのはラナフ・ギャリオット査察官。ティターンズ長官直轄の文官であり、何かとタクナにアプローチをかけてくる女性。
タクナを酔い潰して肉体関係まで結んだ以上、タクナ少尉が交際関係に陥るのは時間の問題と言うのが艦橋乗組員と同じくティターンズ査察官らの暗黙の了解。

「まだ分かりません。敵軍にはニュータイプ部隊が存在します。こちらのZ部隊がどれほどまでこれに対抗できるかで効果が決まります」




コウ・ウラキ大尉のGP-03は目標を視認する。Z部隊でさえついて行けない高加速で一撃離脱をかけようとする大型MA形式のガンダムにネオ・ジオン総帥親衛隊艦隊からレーザー砲の歓迎が行われた。
またあの大砲撃の中で奇跡的に残存しているアクシズ要塞のビーム砲も攻撃する。
が、地球連邦軍がノイエ・ジールのデータを元に開発した新型MAのIフィールドは強固であった。
ほとんどのビームは拡散され有効弾とはならない。ほとんどのレーザーは正面装甲の対ビームコーティング耐熱使用の装甲に弾かれて意味をなさない。
そして今まさに、ロックオンする。

「まず一隻目!!」

コウ・ウラキの言葉と同時にGP-03の砲口が、いや、咆哮が宇宙に響き渡る。
この一撃を受けたムサカ級9番艦は8番艦を道連れに轟沈。更に破片がアクシズ要塞に降り注いだ。

「次はこれだぁぁぁ!!!」

続いてミサイルポッドを射出。護衛のギラ・ドーガやギラ・ズールの群に七つの大型ミサイルコンテナが突入し、そこから1000発近い有線誘導式ミサイルが発射。
それを回避するべくギラ・ドーガらが散開するも一気に8機の機体を損失した。ズサとガルスJも合計で7機喪失。だが、ネオ・ジオンの軍の悪夢はそこで終わらない。
後世、『ムンゾ戦役』と呼ばれるジオン公国軍との会戦で予備兵力のほぼすべてを喪失しており、残存兵力も大半が整備不良であるネオ・ジオンにとって完全な状態で攻撃に転じてきた地球連邦軍程厄介な存在は無かった。

「こちらコウ・ウラキ、続いて敵11番艦と12番艦を攻撃する!!」

彼の突貫!! という言葉と共に大型ビームサーベルがムサカ級を横に切断する。さらにもう片手で大型メガ粒子砲を操作して左手前の艦を撃沈する。
ネオ・ジオン親衛隊艦隊は総旗艦であるレウルーラの護衛艦4隻を僅か4分弱で損失。さらに接近してきたZプラス部隊が対艦ミサイルを一斉射撃する事で4隻のムサカ級重巡洋艦を失った。

「止めだ!!」

爆道索を使って最後のムサカ一隻に爆弾を絡めるGP-03。これを迎え撃たんとするがそれを妨害するZプラス部隊。
彼らは可変機構を利用してMS形態に変形、周囲のギラ・ズールやギラ・ドーガを駆逐しだしていた。
その勢いは既にZプラスが10でギラ・ドーガやギラ・ズールが1と言う劣勢下にあり、ネオ・ジオンの挽回は不可能と思われている。




ネオ・ジオン軍が一方的ながらも防衛線をしいていたNフィールドだが、他の方はどうなっていたのか?
答えは冷酷で簡単。単なる虐殺が繰り広げられていた。
これは戦争の常識なのだが、当然ながら旧式兵器の攻撃に耐えられるように新型兵器は製作される。
それを第二連合艦隊のジェガン部隊相手にザクⅡF2型やガルバルディα、ゲルググのザクマシンガン装備機体ではジェガンを撃破する事は愚か傷をつける事も難しい。
そもそも89年に地球連邦軍は向こう30年は使用できる機体を求めた。それがRGM-89ジェガンだった。
それを一年戦争時代の旧式機体で撃破しようと言う事自体がおこがましい。

「ははは、ザクⅠだって!? こいつはいい鴨がいったぞ!!」

「見ろよ、リック・ドム撃墜!! これでエースだ!!」

「そんな雑魚相手に誇るなよ!!」

「あんたたち、仕事しなさいよ!!」

「これであたしも!!」

「ゲルググなんて骨董品・・・・・いただきます!!」

既に物量差が60機対220機から始まり性能差も加わって既に敵の防空圏は瓦解。
これが初陣のパイロットにとってはこれ程までに戦いやすい戦闘は無かったとトッシュ・クレイ大佐は後に赴任するエコール士官学校の戦術論で述べている。
同様にストール・マニングスが担当する方面も敵機は残りわずかで撃墜されたジェガン部隊など両手の指で数えられる程だ。
勝利が見えて来たのか各部隊が余裕の行動を取る。
それは事実であり、そして、ネオ・ジオンの断末魔の象徴となる瞬間が訪れた。




Nフィールド上空から敵部隊を回避した3機のZガンダムがネオ・ジオンの防空圏を急降下爆撃の要領で降下。
一斉に気が付いたギラ・ドーガ三機をビームライフルで頭部から胸部にかけて貫通し撃墜。
そのまま一気にネオ・ジオンのハマーン・カーン摂政指揮下のサダラーンに攻撃を加える。

「あれだ!! カミーユ!!」

「大尉!!! 敵旗艦の一隻です!!」

「フォウ、アスナ、やるぞ!! アローフォーメーション!!!」

フォウとアスナが変形するのとほぼ同時に自分もメガバズーカランチャーを構えた。

「アンタに恨みは無い・・・・だけどあたしとカミーユの為だ。悪いけど・・・・・沈んでもらう!!」

「ごめんなさい!!!」

「争いを生んだ源め!! お前たちだけは!!」

三者三様の一方的な言い方で三機からメガバズーカランチャーが放たれる。
その閃光は総計で14本にもおよび、艦橋を、MSデッキを、主砲を、副砲を、エンジンを、居住ブロックを、その他のありとあらゆる場所を貫通された。
ハマーン・カーンの旗艦として貴重なアクシズの資源を浪費して建造されたサダラーンは断末魔の名を上げて1000名近い乗員諸共宇宙のゴミになる。
更に一撃離脱モード、つまりMA形態になった三機はそのまま護衛のエンドラ級巡洋艦二隻を沈めると一度ベクトラに帰投するべく帰投コースに乗った。
代わりに対艦攻撃装備の第二次攻撃部隊が侵入する。
それは旧式ムサイ級軽巡洋艦やチベ級重巡洋艦で構成された第四任務部隊に引導を渡す最後の部隊となるだろう。

「!? アスナ、カミーユ、後ろから何か来る!!」

フォウの言葉に360度モニターで後方を確認する。

「何!? Zにロックオンだって!?」

その言葉と同時にカミーユは機体を急減速させた上で変形すると言う一番整備兵がやるなと言っていた事をやった。
だがそのお蔭でファンネルの攻撃を回避した。

「あれはヤクト・ドーガか?」

機体照合をかける。カミーユらエースらに与えられた一年戦争と水天の涙紛争時の戦闘データを収録した戦闘サポート用OS『ハロ』が判別する。
傍らにはギラ・ドーガの重装備タイプと名付けられた機体が居た。こちらに砲口を向けている。

『アスナ!!』

国際救難チャンネルでこちらに呼びかける機体。
まさか知り合いか?

「アスナ少尉、知っているのか?」

カミーユの問いに答えず、アスナは機体を変形させた。
そのままウェーブライダーモードでヤクト・ドーガに接近する。
シールド内臓の四門のメガ粒子砲がZ三号機に放たれるがそれを紙一重で回避する地球連邦所属のアスナ機。
ファンネルを使おうとした機体をフォウとカミーユがファンネルを落とす。この点はサイコ・フレームとニュータイプ能力を持った兵士ならではの実力だった。

「エリシア!!」

宇宙世紀0088、水天の涙紛争時に母親を人質に取られた為、アクシズ経由でシャア・アズナブル率いるエゥーゴの一士官として第13次地球軌道会戦に参加したアスナ・エルマリートはそこで地獄を見た。
圧倒的多数で迫りくる敵、敵、敵。更には新型機ネモなどを惜しげも無く投入してくる地球連邦軍の圧力。
結果、彼女の乗ったリック・ディアスは捕獲され、彼女自身もロンド・ベル部隊の捕虜となる。
その後、情緒酌量の余地ありと判断された彼女はティターンズの地上用MSのアグレッサー部隊のテストパイロットとして配属される予定、だった。
ギニアス・サハリンによる『ムラサメ研究所告発事件』が発生するまでは。
ムラサメ研究所が非人道的な強化人間開発プログラムを行っていた事、それを兵士らの同意なく実施していた事、更には副所長ギニアス・サハリン技術少将と所長との間に完全な確執が存在した事が契機となり、ギニアス・サハリンはマス・メディアを利用した政敵排除に乗り出した。
この結果、ムラサメ研究所の研究対象だった強化人間生産計画は凍結、廃止された。特にリベラル派を自認していたゴールドマン政権にとってムラサメ研究所事件は格好の的であった。
政権の支持率向上という方法にも合致した。そしてアスナは地球連邦に残った貴重なニュータイプ兵士としてロンド・ベルに配属された。
一方で当時ムラサメ研究所にいた強化人間らはどうなったか? それは悲劇であった。彼ら研究所に取ってゴールドマン首相らの政治的意図から出た一方的な強制逮捕命令は寝耳に水であり、混乱した彼らはありったけの資料と『被検体』を持ち出した。
加えて何故か、たまたま入港していたティターンズのフォルマ・ガードナーがアクシズ陣営と手を結び、彼女ら、エリシア・ノクトンやロザミア・バダムを引き連れて宇宙に逃げ出した。
当時0089は第二次朝鮮戦争と極東州再併合計画や難民問題、ケンブリッジ暗殺未遂事件などで地球各地の情報網が地球に集中していた事、まさか身内のティターンズから裏切り者が出るとは思って無かった事から彼らの脱走は上手くいく。
その後は一体どうやって伝手を作っていたのか、タウ・リンらと合流してアクシズに逃げ込んだ。
そして、かつての同僚は、友人はまがまがしい殺気を出している。

「あれは私がやります!! やらせてください!!!」

仮にひとつ歯車が違えば、今のエリシアの立場は自分だったと言う事をアスナは誰よりも理解している。
そしてティターンズの部隊が母親を助けてくれなければ自分はここに存在しなかった事も。

「アスナ!?」

「少尉!!」

ここは遊び場じゃないんだぞ!!!
カミーユ・ビダンの声に反応したがアスナは無視してヤクト・ドーガに接近する。

「エリシア!!」

それをみて嬉しそうにビームサーベルを引き抜く。ライフルを捨てた。
ならばこちらも。ビームライフルを片付けてビームサーベルを抜刀する。
双方が接近する。上下になって互いにビームサーベルがぶつかり合う。何度も何度も。

「あははは。やる!! さっき落とした雑魚とは桁が違う!!! それでこそ私のライバルですわ!! アスナ!!!」

そういって両機のビームサーベルが鍔迫り合いを起こす。
これに割って入ろうとする二機のZガンダムをヤハギの駆るギラ・ドーガが捨て身覚悟で、否、自らの命と引き換えに足止めする。

「アスナとエリシアの邪魔はさせん!!」

あの日、フォルマの甘言と脅迫で多くの生徒たちがアクシズに連れ去られた。
自分だけなら逃げ出す事も出来たがエリシアやシンなどの生徒を見捨てる事だけは出来なかった。
それが仇となった時が付いたのはネオ・ジオンを名乗ってアクシズがエゥーゴ残党軍と共に動き出した時だ。
エゥーゴ残党軍もアクシズも地球連邦は当然の事としてジオン公国や各地の駐留艦隊にさえ勝利できるか怪しかった。
なのにシャア・アズナブルは無謀にも両国に、つまりは地球圏全域に対して宣戦を布告。しかも宣戦布告前にサイド1を襲撃する事で地球連邦やジオン公国、各サイドの危機感を徒に煽ったと言って良かった。

「俺は間違っている!! 分かってはいる!! だがそれでも!!!」

散弾を撃つ。相手が高速で移動するZガンダムなら散弾は馬鹿にならない威力を持つのだ。デブリの中に突っ込むのと同様である。
故にこう言った砲撃が役立つ。

「く!! 右か!」

伊達にジオン初期のニュータイプ部隊の指導教官をしてない。まだ何とか回避だけは出来る。
赤紫と白のZガンダムの放ったビームがシールド表面を溶かす。
更に青と白と赤のZガンダムの放つビームが来る。

「そう長くはもたないぞ、二人とも!!」

どっちに勝ってほしいのか、それとも両方とも死んでほしいのかもう彼にも分からなかった。
シンたちはエリシアの前で彼女の盾になってムンゾ宙域で死んでいる。それが彼女に、エリシアにアスナ憎しの感情を強めている。
まして最後に思ったのがエリシア・ノクトンではなく、アスナ・エルマリートだったのだから。
そうした中で、ファンネルを失ったヤクト・ドーガだが、技量は互角だった。
咄嗟に、操縦桿を引き、距離を取るエリシアのヤクト・ドーガ。一瞬の、ほんの数メートルの差でかわされるビームサーベルの刃。
と、ビームサーベルを持ち替えたヤクト・ドーガがアスナのZガンダムに向けて光の切っ先を向けて突きを繰り出す。
だが、それを左足の足の裏を犠牲にする事で防御するアスナ。と、勢いをつけてそのまま両でのビームサーベルをヤクト・ドーガに振り下ろす。
ヤクト・ドーガは回避しようとしたが足に突き刺さったビームサーベルが数秒の間邪魔をする。
その数秒が明暗を分けた。
咄嗟にシールドのメガ粒子砲を構えたが遅い。早かったのはアスナの駆るZガンダムであり、遅かったのはエリシアの使うヤクト・ドーガであった。

「エリシア・・・・・・・・・ごめん!!!」

ビームサーベルがヤクト・ドーガの両腕の肘から下の部分と両足の膝から下の部分を切り裂く。
バラバラにされた四肢が宇宙を舞う。それは勝敗が決した事意味した。

「私が・・・・・アスナさんに・・・・・・・・ま、負けた? そんな・・・・そんな筈が・・・・・こんな馬鹿な事が・・・・・あって」

放心する彼女とその機体。

「彼女をベクトラに連れて行きます。良いでしょう?」

そう言うアスナ。
断る理由も無い。問題は目の前の散弾ばかり使って高速機動をさせてくれないいやらしいギラ・ドーガ重装備型だが、二機のMSの決闘の決着がついた途端に全ての武器をパージした。

『降伏する。俺はともかく、強化人間にされたヤクト・ドーガに乗っている彼女の保護を頼みたい』

接触回線でそう伝える。
と、第二次攻撃隊が撤収してきた様だ。この間は凡そ10分前後。だが、この時点でネオ・ジオンの受けた損害は甚大という言葉をとっくの昔に越しており既に戦力と言えるものは殆ど無くなっていた。
第四任務部隊のムサイ級は18隻が、チベ級も6隻が沈み、ザンジバル級も2隻やられている。

「カミーユ・ビダン大尉の裁量で降伏を認める。だがまだ信用した訳じゃない。両手を上げてこのまま先に行け」

そういって後ろからビームライフルで脅しながらギラ・ドーガとヤクト・ドーガをベクトラに着艦させる。
流石にネオ・ジオンの最新鋭機の一つであるヤクト・ドーガには整備の面々も興味津々なのか、整備班長であるアストナージ少佐自らがきた。
そして、ハンガーに自分のZを固定したアスナはエリシアの乗る機体に駆け寄る。

「大丈夫?」

そういって機体のコクピットハッチを解放する。そこには緑色の女性のラインを出した独特のノーマルスーツを着た女性、かつてのエコールで共に学んだエリシアの姿があった。
そして彼女の目が開かれる。

「・・・・・・良かった」

ああは言っても同僚と、友人と殺し会う程に彼女の、『アスナ・エルマリート』の精神は頑強では無いし盲目的でもない。
だが、残念ながら相手もそうだとは限らない。まして相手は条件付けされた強化人間だった。
数名の艦内警備のエコーズ(ベクトラ内部のクーデター発生防止の為)が自動小銃を突き付けていた。
中にはオブザーバーとして同じく連れて来られたネオ・ジオンのノーマルスーツを着たヤハギ少佐の姿もあった。
そしてエリシア・ノクトンは見た。自分が恋い焦がれ、自分から全てを奪った、愛しくも憎たらしい存在の姿を。

「エリシア!?」

何をしているのか、良く分からなかった。エリシア・ノクトンが私に向けて拳銃を向けている。
慌てて自動小銃を構える兵士達。だが、遅い。

「死ね!! アスナ!!!」

彼女は足に装備していた拳銃でアスナを撃つ。
腹部に直撃を受けてそのまま反動で反対側に吹き飛ばされるアスナ・エルマリート。

「や、やめろ!!!」

ヤハギ教官の声がした。
それと同時に複数の銃声がMSハンガーデッキ内部に木霊する。
鮮血が飛び散るのを薄れゆく意識の中で、腹部に三発の銃弾を受けた女性は見た。
笑いながら胸を撃ち抜かれて絶命していく友人だった存在を。


宇宙世紀0096.03.0の午後2時4分、一人の強化人間『エリシア・ノクトン』がこの世を去った。
それから10分もしないうちに、同じく『アスナ・エルマリート』も治療の甲斐なくこの世を去る。
最後の最後で彼女らの軌跡は最悪の形で交わる事になり、捕虜となった一人のギラ・ドーガのパイロットも戦闘終了後に自決死体で見つかる事になる。




「これで終わりか」

アムロ・レイ中佐のニューガンダムは攻撃に転じていた15機のドライセン部隊を総べて壊滅させた。
こちらも4機のジェガンを失ったがそれだけ。
オーギュスト・ギダンと言う中佐が投降したがそれだけだ。

「!? 全機退避!!」

そう言って機体を動かす。フィン・ファンネルがIフィールドを発生する。
だが、傍らにいたケーラ・スーのスターク・ジェガンら4機の僚機は回避できなかった。撃墜されるケーラ達。

「ようやく見つけたぞ、アムロ!!」

赤いMS。

「その声、このプレッシャー・・・・・シャアか!?」

赤い彗星の駆るサザビーは遂に、自らの目的である白い悪魔の乗るニューガンダムを捕捉した。




一方で圧倒的な防空大隊を前に進めなくなったハマーン・カーンの親衛隊は数を減らす。
更にだ、彼の前に新たなる敵が現れた。

「ほう、白いシナンジュか。これはこれはハマーン・カーン殿。戦場でお会いするのは初めてですかな?」

そう言って余裕の表情を崩さない男、パプテマス・シロッコがタイタニアを駆って現れる。
既にハマーン・カーンの親衛隊使用のギラ・ズール部隊36機は全て壊滅。残りは自分しかいなかった。

「貴様!?」

誰だと問う。それに答えるシロッコ。

「パプテマス・シロッコ。階級は少将です。そして・・・・・・・貴方の知る最後の人間になる!!」

タイタニアが一気に加速した。

「賢しいぞ、貴様!!」

シナンジュがビームライフルを向ける。
今まさに、ネオ・ジオンの指導者とティターンズの有力者の決闘が始まる。



[33650] ある男のガンダム戦記 第三十話『叛逆者達の宴、裏切りか忠誠か』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:8950fccc
Date: 2013/06/09 23:53
ある男のガンダム戦記30

<叛逆者達の宴、裏切りか忠誠か>





赤いMSがファンネルを放出する。それに対抗する様に白いMSもまた大型のファンネルを宇宙に出す。
ファンネルを思考操作する技量は互角。
双方のパイロットは互いに敵機を視覚にいれながら、脳波コントロール兵器を動かしていた。その動きはダンスやスケートの世界選手権の様な華麗さと優美さを併せ持つ、いわば戦場の芸術。
右に移動したと思えば、左に回避し、ニューガンダムのフィン・ファンネルが放ったメガ粒子砲の直撃を寸前で回避してビームを放つサザビーらファンネルたちの攻防戦。
いや、これはどちらかというと『興亡』戦に近い戦いだった。
およそ5分あまり。
互いに全てのファンネルを使い切る二機のMS、ニューガンダムとサザビー、つまりは『白い悪魔、アムロ・レイ』と『赤い彗星、シャア・アズナブル』。
埒があかないと見たアムロはビームライフルを連射しながら接近戦を仕掛ける。
そもそもビーム兵器が登場して以来、MS戦闘では遠距離で決着がつくのだが双方のパイロットの技量が互角であるなどの特別な理由を持つ時は話が別である。
そうなった場合はビームサーベルらを使用した接近戦で敵機を仕留める事の方が多い。
これはビーム兵器が直線しか攻撃できない事、従来の戦争の様に生身の人間を銃弾類で撃ち抜く事で無力化、殺傷する事とは違う事。
加えて人間の視覚、聴覚とは違い、MSは宇宙ゴミの時速数百kmのスピードを計測できる最新型センサー類の塊である事。
更には地球では地球の気候によってビーム出力自体が減退する、宇宙では距離の暴虐により1秒のスティック操作で回避できるという事が挙げられるだろう。
故に、ビームライフルで威嚇しながら、接近するニューガンダムをビームショットガンで反撃するサザビーのシャアは思った。

「ええい、こうも接近を許すとは!!」

急接近するニューガンダムに腹部のメガ粒子砲を放つサザビー。
その攻撃を受けて援護しようとニューガンダム後方にビームライフルを構えて続いていた数機のジェガンが撃墜される。
特にニューガンダムとサザビー両機の戦闘はもはや決闘に近く、近寄りがたい雰囲気と何よりも一般兵では近寄れない高速機動戦闘をしている。

「アムロ!! 貴様が存在しなければ!!」

ビームトマホークとビームサーベルを併用した特別の接近戦闘用ビーム兵器を使うサザビー。
ビームが発生し、接触するも、両手でビームサーベルを構えたアムロの新型機、ニューガンダムには対抗するのが精々で、一番初めに戦った様な、つまりは一年戦争時代のサイド7襲撃時の圧倒的な技能差は既に無かった。
シャアの逃した魚はデカかったと言える。

「この!!」

サザビーのビームサーベルが左から袈裟懸けに振り下ろされるも、それを肩のあたりで受け止めるニューガンダム。
更には自分の乗るサザビーを狙ってアムロはニューガンダムのバルカンで威嚇する。大量の60mmバルカン砲の弾丸がサザビーに命中する。

「ええい・・・・卑劣で舐めた真似をする!! それでも地球連邦軍の最高のニュータイプなのか!?」

シャアの声が接触回線で聞こえて来るがアムロは極力無視した。
出撃前のブリーフィングでブライト・ノアに言われた通り、今や中佐となった彼が赤い彗星を拘束する事は当然である。
だが、拘束するのと挑発に乗るのとは雲泥の差がある事をこの10年間でアムロはバニングやトッシュ、ストール、ユーグ、ユウらに教わってきた。
そもそも敵と慣れ合っていて、じゃれ合っていては戦死した部下たちに申し訳が立たない。それに赤い彗星よりも白い悪魔の方がかなり優位なのだ。
そもそもである、既に地球連邦軍第一連合艦隊を初めとした各艦隊のMS隊はネオ・ジオンの絶対防衛戦を各地で完全に突破、全敵掃討段階に突入した。

「最強のニュータイプでありながら!! 私の妹のアルテイシアの夫でありながら!!! なぜそうもオールドタイプどもに・・・・・あのウィリアム・ケンブリッジ如き地球の重力に魂を縛られた人間に肩入れするのだ!!!」

絶叫するシャア・アズナブル。赤い彗星。
いや、キャスバル・レム・ダイクンの叫びをサイコ・フレームの思念増幅装置で拾うアムロ。
それこそ、その強い漆黒の情念こそが赤い彗星の、いや、シャア・アズナブルの限界だったのかも知れない。

(あなたこそ!! シャア・アズナブルと言う仮面をつけてまでまだ母親のぬくもりを求めている!!
30も超している筈の大の大人の男の言う事か!!! ケンブリッジ長官が仮に重力に魂を縛られているなら・・・・シャア・アズナブル!!!
貴方は自分の母親と父親の死を乗り越えられない上にそれを大義名分に他人に暴力を撒き散らす単なる我が儘な赤ん坊では無いのか!?)

と、ニューガンダムとサザビーのビームサーベルがまた接触する。連撃である。流石はネオ・ジオン最高のエースパイロットと地球連邦軍のトップガンの戦い。
他の部隊が介入するだけの隙が無い。
今度はアムロがサザビーの右横腹に横なぎに払ったビーム攻撃をサザビーが下手で予備のビームサーベルを持ち出して受け止めた形だった。
更にアムロの猛攻撃は続く。その次の瞬間、彼はシールドの尖端をサザビーの頭部に向けて突き出す。
咄嗟の事で何とか回避だけは間に合ったがそれでもサザビーの頭部の一部が抉れる。腹部メガ粒子砲で再び距離を取るも、それをシールドで受け止めるニューガンダム。

『その程度!! ニューガンダムは伊達じゃない!!』

アムロの思考を読み取ったシャアは内心舌打ちした。
それでも咄嗟のビームの横なぎやバルカンの威嚇射撃を回避するのは忘れない。
アムロもシャアの放つ腹部メガ粒子砲を見極める。

(ガンダム!! あの時からずっと同じだ・・・・・これ程までに厄介な存在とは・・・・・いつもいつも邪魔をする!! 白い悪魔が!!!)

地球連邦軍の軍備精鋭化計画である『N計画』と呼ばれていたアムロ・レイ中佐専用新型ガンダム開発計画は、文字通りの旗機製作と言う地球連邦軍の威信をかけた計画だった。
その為に新型機であり新型艦であるラー・カイラム級と同程度の対ビーム・コーティングがされたシールドと新型ガンダリュウム合金製の装甲を与えられた。
しかもエンジンやバーニアは最新のものがある。そして鍔迫り合いになった時にあくまで一武装組織でしかなったネオ・ジオンのシャア・アズナブルの駆るサザビーと決定的な後方支援能力の差が出た。
それはたった一言で言い表せるだろう。

「パワーダウンだと!? このサザビーが推し負けしている!?」

そしてこの鍔迫り合い、二刀流として右手のビームトマホークと左手の予備のビームサーベルで、ニューガンダムのサザビーコクピットブロックのある頭部に縦一文字切りを行ったがそれを寸前で受け止めるシャア。
その後も数秒間の鍔迫り合いが起きたが予想外に両手持ちでビームサーベルを振り下げた、ビームサーベルが一本だけのニューガンダムの方がビームトマホークとビームサーベル双方で受け止めたサザビーを圧倒する。

「これでは!」

一旦距離を取るべく後方に逃げようとするも、サザビーは直ぐにニューガンダムの高性能センサーとビームライフルによってロックオンされる。
更にロックオン警報は増えた。それは10機前後のジェガン隊が後方に陣取っており、いつでもサザビーを撃墜できる体制にいる事を意味していた。
そう、この宙域には最早味方はいなかったのだ。

「あれを投入するしかない!!」

そう言って、一瞬の隙をついてサザビーは紫の信号弾をアクシズ要塞本体に向けて3発発射する。

『赤い信号弾!? なんだ?』

アムロの思考がサイコ・フレームの共感として受け取れる。
それを感じ取る自分ことシャア。だが、今はそれどころでは無い。
サザビーのビームサーベルが横なぎに振るうが、それを数mの差で回避するアムロ。更に追撃で右手のビームトマホークを刺突モードで突き出すが、これをビームサーベルでアムロはビームトマホークを両断する。

「く!!」

パイロットの技量の差としては恐らくシャア・アズナブルもアムロ・レイも互角だっただろう。だが、最大の差異がある。
それは先にも述べた理由、地球連邦と言う超大国の威信をかけて数年間の時間を費やした機体とあくまでアクシズ要塞とパラオ要塞しか工廠を持たないネオ・ジオンと言う一武装組織が無い無い尽くしの中で完成させた機体性能の差だった。
パイロットの技量が近ければ近い程、その技量差を拡大してしまうのがMSの性能の差である。
賢明な人間であればあるほど、それを良くご存じだろう。

「一旦引くしかない!!」

屈辱の極みだが、そう判断するサザビーとシャア・アズナブルはビームショットガンを構えてアムロを牽制、そのまま時間を稼ぐ。
アムロも中距離戦でビームサーベルを構える愚を犯す事は無く、ビームライフルに切り替えて距離を保つ。
互いにビームを撃ちあいながらも決定打を出せない千日手を繰り返す二機のMS。
その高速戦闘とあまりの技量の高さに介入できないジェガン隊。

「凄い」

「これが伝説のパイロットたちの戦いなのか」

「ぼさっと見ていたら落とされる!!」

「なんとか中佐の援護に行きたいけど・・・・・これじゃあ私では無理よ!!」

そう言うほどまでに双方の展開が早い。双方の撃ち合いが鋭い。
互いに決定打になりそうでならないビームの応酬。撃っては消えるビームの残光。ビームの粒子。
今もまたサザビーのシールドをアムロが放ったビームライフルの光弾が表面を削る。
一方でサザビーのビームショットガンの拡散ビームもアムロの機体の左足の正面装甲だけだが、それを削った。
そして、彼が、シャア・アズナブルが撤退する最大の好機が来た。強力なビームとファンネルの嵐がサザビーの前に防壁となるように降り注ぐ。
傍らにいた12機のジェガン部隊1個中隊が瞬時に壊滅。残りの20機も急遽距離をとりビームの砲撃が来た方向にライフルやグレネードの銃口を向ける。

「漸くきたか、α・アジールにサイコガンダムMk2!!」

それはジオン公国制圧後にジオン軍残党威嚇とサイド3防衛の為に開発していた巨大MA。ムラサメ研究所の持ってきたサイコガンダムのデータを元にしたネオ・ジオンの独自改良型大型可変MAと、『水天の涙紛争』で活躍したノイエ・ジールの正統なる後継機として強固に開発が進んでいた機体。

『ここまできて部下を見捨てて、死んだ部下の気持ちを考えずに逃げるのか! シャア!! この卑怯者が!!!』

アムロの思念を拾うが今の状態でアムロ・レイと彼の駆る新型ガンダムを撃破できるとはシャアもまた己惚れてはいなかった。
そして。

「ここは撤退させてもらう。私にはまだやるべき事があるのでな!!」

そう言って、ビームを放ち、妨害を試みた二機のジェガンを撃墜するとそのまままだ健在なレウルーラに帰投する。その間にある無数のムサカ級重巡洋艦であった宇宙ゴミを尻目に。
多数のネオ・ジオンのパイロット用ノーマルスーツや重ノーマルスーツを着た戦死者を無視して帰還した。




一方で、エリアルド・ハンター大尉、カール・マツバラ大尉、チャック・キース大尉、オードリー・エイプリル大尉、ウェス・マーフィー少佐、マキシム・グナー少佐の使うZプラス実弾兵装装備が別の戦場でその牙を向く。
相手は先のムンゾ宙域で猛威を揮った、今もなお厄介な敵であるネオ・ジオン軍の最新鋭機であるNZ-666『クシャトリヤ』。オレンジのカラーリングが印象的である。
ファンネルを展開していたので既に7機の艦隊護衛機であるジェスタが撃墜、2機が大破して撤退している。その情勢下で。

『各機、教えられた通りに行くぞ、エリアルドとカールはマーフィーが指揮を取れ!! キースとオードリーは俺に続け!!』

指揮官のマキシム・グナー少佐の命令で一斉に展開するZプラス部隊。地球連邦軍が用意した対ニュータイプ部隊MA形態から30発近い多弾頭ミサイルを撃ち込んでくる。

「は、このキャラ様相手にミサイルかい? とことん甘い・・・・・甘いんだよ!! いけ、ファンネルたち!!!」

そのオレンジと黒のマーキングを去れたクシャトリヤのコクピットでキャラ・スーンは忌々しさを隠さぬまま、多数のファンネルで攻撃する。
接近するミサイルを撃墜して。

「は、これで!!」

ロックオンするクシャトリヤのファンネル。一機のZプラスを包囲する。後は思考命令でこの機体を撃墜するだけだ。
四方八方からファンネルが攻撃する。それをMS形態で受け止めるZプラス。

「!?」

そして気がついた。ファンネルが攻撃してもビームが当たらない。
いや、そうでは無ない。命中してもビームが拡散してしまうのだ。
確かに対ビーム・コーティングされている事を考慮して関節部分を目標にしてはいる。だがそれでも明らかにファンネルの攻撃が効いてない。

「な、しまった!! まさか!?」

この瞬間先程撃墜したミサイルが囮、或いは陽動であった事に気が付く。彼女、キャラ・スーン中佐が思ったのは一年戦争以来使われている粒子の一つ。
そう、その名前はビーム攪乱幕。
水天の涙紛争時、つまり第13次地球軌道会戦時に回収したデータからファンネルとは小型ビーム兵器発射用誘導システムだと分かった。
0080にソロモンで投入されたとんがり帽子、つまりはエルメスの使っていた『ビット』の発展系でもあると。そして兵器は小型化している。
そこで実際に水天の涙紛争時にファンネル兵器と戦ったアムロ・レイ少佐(当時)は考えた。

『ファンネルがビーム兵器である以上、接近時に多数のビーム攪乱幕が展開されればそれを無効化できるのではないか?』

と。
仮に全周囲からの猛攻撃を受けたとしてもビーム攪乱幕さえあればこちらは猶予を持って対応できる。
何故ならビーム攪乱幕でファンネルそれ自体を破壊するのは困難だが、その『攻撃手段』を無力化するという事に限ればそうでもない。やりようはある。
確かに一部の軍事定義上のニュータイプが使用する様な、或はやる様な小型無人移動砲台であるファンネル=サイコミュ兵器を撃破するのは一般兵には不可能に近いだろう。
だが、逆にそれを無効化するだけならば時と場合によると地球連邦軍は考えた。
この点はあくまで使用者としての経験しかなかったジオン公国との差異でもある。ジオン公国にとってサイコミュ兵器の犠牲が本格的に出るのは『ムンゾ戦役』である。
つまりだ、地球連邦とは異なり、逆に言えばジオン公国側の対サイコミュ兵器対策を講じる危機感が圧倒的に小さかったという理由が挙げられる。
何せ、サイコミュ兵器の技術はネオ・ジオンを名乗ったアクシズ勢力以外はジオン公国が水天の涙紛争終了時(宇宙世紀0089末)まで独占していたのだから。

『故に搦め手でサイコミュを無力化しよう。サイコミュ兵器それ自体を破壊するのではなく、サイコミュ兵器それ自体を使えなくする』

アムロ・レイはそう提案した。
まして後世の軍事関係の人間には常識以前の事柄になるの話だが、当時でも強化人間は情緒不安定である事が多い事は周知の事実。
そこに付け入る隙はあると言うのがアムロの、いや、地球連邦軍の下した結論であり、マーフィー少佐らが行った方法はそれだ。
敢えて敵を挑発してミサイルを撃ち落とさせる。
その後はMA形態で接近して一気に敵の懐に潜入する。

「ファンネルが無ければ四枚羽の持ち主なんて単なるデカブツだろ!!」

カール大尉が、

「オレンジの大型機!! これで終わりよ!!」

オードリー大尉が、

「悪いが・・・・側面ががら空きだぞ!!」

エイドリアンが、

それぞれの機体で三方向からビームサーベルを突き立てる。
更に正面に来たマーフィーの機体のビームサーベルは何とかクシャトリヤのビームサーベルが受け止めたが、それ以外は間に合わない。
先ず第一撃目はオードリー放つ刺突。この一撃はクシャトリヤ頭部後方からそのままモノアイに向かってセンサー類を潰す一撃となる。
続いて、第二撃は四枚羽に隠れていた右手をカールのZプラスが右手に持っていたビームサーベルで切り落とした。華麗なる一撃では無く力任せの両断であった。
更に反対側の左手は右手に持っていたビームサーベルを直線状に真上に切り上げる事でエイドリアンが切り落とす。
こちらもカールのZプラスと同様に、エイドリアンの駆るZプラス、その両手に持ったビームサーベルを交差させての力技である。
更に遠方から正確に接近した四機を援護するべくビームライフルで狙撃する、シグナムとキースの二機のZプラスが、クシャトリヤの腿の部分とその下の両足を撃ち抜く。
混乱するキャラ・スーン。強化人間の副作用がここに出てきた。一度勢いを無くすとその後には自我の混乱を招くと言う副作用がでてしまった。

「なんだいこれは!? なんなんだいこれは!? あたしを、あたしを誰だと思っている!? あたしは、あたしは・・・・・」

エイドリアンらが距離を取ろうとした。
唯一、未だビームサーベルを受け止めているマーフィーは敵機の接触回線でパイロットの狼狽が分かった。

(相手は女の強化人間か・・・・可哀想だが・・・・殺す! せめての慈悲だ楽に逝け!!)

が、ここで下手に強化人間に情けをかけるとビーム攪乱幕のビーム中和時間をオーバーして自分達の誰かがファンネルの攻撃で殺される危険性がある。
そして嫌な事だがその可能性は非常に高かった。
それを一年戦争のルウム戦役以来のベテラン兵士であるマーフィーは冷酷に判断した。

「女だろうが男だろうが・・・・・強化人間とサイコミュを生かしたまま母艦に連れて帰る事は出来ん。
そして部下たちの安全の為にも・・・・・すまんな」

それは謝罪か贖罪か?

「これでおわりだ」

一旦距離を取り、そのままカーソルを動かしてビームの威力を上げる操作を行った。
発射するべく距離を稼ぐために後退命令を機体に命じるマーフィー少佐の機体。

「!? あたしはキャラ・スーンだ!!」

訳の分からない言葉が聞こえた様な気がした。幻聴だろうか? そう思う事にしようと考えて一度距離を取ったマーフィー少佐のZプラスのビームライフルが斉射三連される。
そのビームの奔流がオレンジと黒のクシャトリヤのコクピットブロックを直撃。キャラ・スーン中佐を戦死に追い込んだ。

「あたしは!!」

最後に敵は何を述べたかったのかは永遠に謎である。

「各機、残弾並び被害状況報告せよ」

戦友であるシグナムの命令で残弾などをチェックするZプラス部隊。
それだけの余裕があるのが今の地球連邦軍の現状であった。
彼らは知らなかったが、『あ一号作戦』の総司令部ではこの時点でネオ・ジオン軍は軍隊として機能を完全に喪失したと判断した。
シャア・アズナブル総帥の護衛艦隊は壊滅、サダラーン級大型戦艦も撃沈、旧式艦隊も殲滅し、ネオ・ジオンはプチ・モビルスーツやザクⅠ、ザクⅡなどをも戦線に投入し喪失していく始末。
加えてアクシズ要塞本体の要塞設置砲台からの反撃の砲撃は激減、というか純軍事的には無視して良いレベルになっていた
それを確認する彼ら。クシャトリヤだったものは残骸となり完全に宇宙の塵の一つになったと判断して良い。そしてファンネルも機能を停止して単なる宇宙の置物扱いだ。

「ふう・・・・何とかオールドタイプだけの部隊でニュータイプに勝てたな」

「そうだな・・・・俺とシグナムの作戦勝ちという所だろうか?」

マーフィーとシグナムの二人の戦友の言葉がこの戦線の、いや、一年戦争以来のソロモン前哨戦から続いてサイコミュ搭載兵器への対応策の一つの解答例となるのは間違いなかった。
この時点で、つまりマーフィー、シグナムらが大金星を挙げた時点で、ネオ・ジオンの最後の希望の一角は潰える。
キャラ・スーン中佐と言う、性格にはかなりの難題があっても強化人間として、一パイロットしては極めて優秀であったクシャトリヤが殆ど戦果らしい戦果を上げられずに撃墜を確認したネオ・ジオンの部隊の攻撃部隊は潰走を開始。
上官らの命令を無視してアクシズ要塞に逃げ込みだした。
その最上級であるシャア・アズナブルも一時戦場を離脱しており、これを止めるだけの権威を持つ者はハマーン・カーンであったが彼女もまたパプテマス・シロッコに足止めを喰らってそれどころでは無い。
また別の戦線では別の問題が発生していた。

「あれか、空母ベクトラ・・・・・・・・・・・なんてデカさだ・・・・・・沈め甲斐がありそうだぜ」

リニアカタパルトを使用した無熱源慣性航行による敵地への急速接近。
ラカン・ダカランのドーベン・ウルフ隊11機は見事に偽装隕石の一部として第一連合艦隊旗艦にして地球連邦軍の総旗艦『ベクトラ』を視認する。
ただし、隊長を除くスペース・ウルフ隊隊員の彼らは生きて帰る事など考えてはいなかった。故に、大量の武器弾薬を用意した片道特別攻撃作戦『カミカゼ』を強行する。

「さて、そろそろ・・・・不味い!! 各機直ぐに散開しろ!!」

その命令を下すのとほぼ同時にイデア小隊のダミー隕石にジェスタというジェガンの高性能機部隊が強襲を加える。
その数は36機半個師団である。いや、更に増援部隊が到着して合計で48機の大軍が自分達の前に立ちはだかる。

「ち! 見破られていたか!! 攻撃が無かったのは俺たちを誘き寄せる為の罠だったか・・・・抜かったわ!!!」

思わず指揮官らしくなく、ラカン・ダカランらしくなく舌打ちするが戦況は変わらない。敵の奇襲がある事を予測していた(というか、戦力構成と地球連邦軍の参加戦力とネオ・ジオン残党戦力の比率から奇襲作戦以外の有効な方法は無い)地球連邦軍は新型機を敢えて艦隊直接援護に回していた。
その結果がラカンらの思惑を砕く結果となる。
更にだ、高出力のメガ粒子砲、恐らくハイパーメガ粒子砲の濁流がアリサ小隊の三機を巻き込んだ。

「何だと!?」

機体照合。ガンダムZZ。

「ちい、対艦攻撃機体を迎撃で使ってくるとは・・・・・裏をかいたつもりか!?」

ラカンにとって一瞬でイデア小隊、アリサ小隊の6機のドーベン・ウルフ隊を失ったのは彼にとっても想像の埒外。
これは敵機が密集する可能性が高く、そもそもZZガンダムでは攻撃力はあるがZ部隊の機動性に付いて行けないと判断したエイパー・シナプスが伏兵の伏兵として用意したのだ。
それが効果を出す。
スペース・ウルフ隊を率いるラカン大佐にとってもこれは想定の範囲が居であろう。
何せ、敵の、地球連邦軍第一連合艦隊の対艦攻撃用の切り札が自分達の迎撃、艦隊防衛に使われたのだから。
しかも自分達のドーベン・ウルフと同じタイプの第四世代重MSが多数の高性能量産機を従えて、である。これで動揺するなと言うのは無理があろう。

「さて・・・・・悪いけど・・・・・ここから先にはいかせないよ!!」

ジュドー・アーシタの乗るZZガンダムがダブル・ビームライフルを構えた。
それに従う従卒らの様に一斉にジェスタ部隊が散開、生き残りのドーベン・ウルフ5機を48機で包囲する。
ここでもまた虐殺が始まった。




地球連邦軍の圧倒的大攻勢に怯え竦むアクシズの一般市民。事前の情報から住居エリアと冷凍睡眠エリアとそのデータバンクのある地域として攻撃の対象外(あくまで出来うる限り)であったモウサ。
そこでララァ・スンは直感した。最愛の人、自分の夫にして息子の父親は帰って来ないだろうと。
彼女もジオン独立戦争で最低限の軍事教練を受けていたし、ニュータイプと言う意味ではあの『アムロ・レイ』に匹敵する女性だ。
彼女の精神安定の為に対ニュータイプ思考遮断システムを使った部屋にいるが、それでもネオ・ジオン兵士の死の感情を感じ取るも必死にそれを遮断する。
仮に自分の意識を保たなければ、或いはしっかりと自我を持たなければ、死者に足を引き摺られて自分まで精神的に死んでしまうのは目に見えている。
シャア・アズナブルは無理でも息子のアフラシアの為には生きていたい。それくらいを願う事位は罪深い女の自分でも許されるだろう。

「・・・・・・・・大佐・・・・・ん? 大丈夫、大丈夫だから。お母さんがいるからね」

そういってまだ6歳の幼子を必死にあやす。
息子は優しい子に育ってほしい。父親、赤い彗星の様な苛烈な性格では無く、だ。
だからララァは必死に育てた。アクシズと言う軍事要塞の中で、限られたスペースを活用して、更にはどういうルートがあるのか分からないが娯楽品を定期的に手に入れてきたタウ・リンに対して娼婦の様な真似ごとをしてまで息子の為に我が身を削った。
夫のシャアもナナイ・ミゲルやハマーン・カーンと肉体関係を持っていた手前、ララァが他の男に肌を許す事を口出しする事は出来なかった。
いや、したくなかった。認めたくなかった。この点は男の身勝手な独占欲だった。勿論、ララァ・スンとて好きで体を差し出した訳では無い。

「私には夫であるシャア・アズナブル大佐と息子アフランシ・アズナブルがいます。
ですが・・・・・アフランシを守る為なら我が身を、女としての尊厳や自分の誇りを捧げたり、捨てる事に躊躇しません」

それはハマーン・カーンが拳銃でララァ・スンがタウ・リン連れられてアクシズ要塞来た時に赤い彗星と別れろと最後通牒を突き付けた時の事。
更に続きの言葉がある。

「靴の裏を舐めろと言われれば舐めます。地べたを這いずり回り犬の真似をして這い蹲れと言われればしましょう。
ワンと言えと言うなら言います。
他の男に輪姦されろ言われるなら従います。しかし、それに従う以上は息子の命とこれからの生活圏と権利を全て保障し、公文書にて布告してもらいます!!
そして・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私は息子の為に生きます、生きて生きて生き続けます!!!!」

その時の覇気は戦争中のエースパイロットに匹敵するものだと言われていた。
こうして最も赤い彗星に執着していたハマーン・カーンにさえ自分達二人の生活圏の確保を認めさせ、タウ・リンには己の女としての体を武器に使って、彼を個人的に抱き込む事で彼がAE社など伝手を使って持ってくる娯楽用品や子供用の勉強道具を揃えた。
それはアクシズ要塞と言う閉鎖空間の中では極めて異例中の異例の事であり、それ故に母親としてララァ・スンという女性が必死に自分の出来る限りの努力をした事が分かる。
そして赤い彗星シャア・アズナブルも一人の父親として、それを理解していた。理解するしかなかった。納得は出来なくても。
彼には自己憐憫に陥る資格など既にないのだから。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・自分の男としての、夫としての、父親としての情けなさと共に。

その様な情勢下で。
この最終的な地球連邦軍の一方的な猛砲撃による衝撃の中でアクシズ要塞最重要区、つまりはもっとも安全な場所でララァは息子に言った。

「ノーマルスーツを着なさい。ええ、そうよ。いい子ね。お母さんと一緒だから。これを手首に付けて。
何があっても・・・・・お母さんと離れ離れになっては駄目よ? 良いわね?」

そういって息子の右手首のフックに自分のロープを結ぶ。

「絶対にお母さんが守ってあげる。だから安心して」

それはこの大攻勢の中であるネオ・ジオンに所属した、或は所属しなければならなかった民間人たちの群雄像の一幕でもある。




二機のヤクト・ドーガが防衛線を突破せんとするも、ジェスタの大部隊に阻まれる。
既にファンネルは使い切り、護衛のバウも残り、3機だけ。他はすべて落ちた。

(引き際かしら!?)

そうレコア・ロンド中尉は思ったが遅い。
クワトロ・バジーナ時代のシャア・アズナブルに体を許して以降、今に至るまでそのままずるずると愛人関係を続けた為にネオ・ジオンに残って強化人間手術を受けたレコア・ロンド中尉。
逆にエゥーゴ支持者として地下に潜伏したベルトーチカ・イルマ。
だが共通して言える事は双方ともに既にティターンズら地球連邦系治安維持組織の大物逮捕リストに記載されている事だろう。
そんな事を思う余裕などなく、新たなる敵機が後方に出現する。ビーム・ガトリングガンで牽制しているが、もう持たない。
それは僚機のロザミア・バダム中尉のヤクト・ドーガも一緒だろう。と、途端にバウが2機撃墜された。上空からの一撃。

「何!?」

「気が付かなかっただと!?」

ロザミアとレコアの困惑を余所に、更に一撃が、シールドを構えていたにも関わらずシールド諸共正面装甲を貫通する強力なビーム砲。
後の『UC計画』の機体であり、ゼロ・ムラサメ中尉とユウ・カジマ大佐が使用する『RX-0』のビーム・マグナムの原型となったパプテマス・シロッコの設計した大型ビームライフルを構えた極東州のリキシの様な重MSが居た。

「ふははははは。よくここまでこれたな、強化人間ども!! だが、これ以上は進めんぞ!!!」

その野獣の様な覇気が感じ取れる。
更にロザミア機の後ろから三機のZプラスが接近する。

「シャーリー、パミル、俺たちは左のヤクト・ドーガをやる。もう一機はヤザン・ゲーブル中佐に任せよう」

そう言って可変機構を最大限に利用した一撃離脱戦法が始まる。

「まずはアローフォーメーションだ!!」

その言葉通り、左にシャーリー、右にパミルを引き連れて尖兵となったカムナのZプラスが攻撃を敢行する。
必死に回避する敵。だが、ファンネルが無いヤクト・ドーガは単なるギラ・ドーガである。逆に言えば、専用の機体(ジオン公国のクイン・マンサ、エルメス、アクシズのキュベレイ、ネオ・ジオンのサザビー、クシャトリヤなど)を用意する事無く強化人間さえあればサイコミュ兵器を活用できるのがこのヤクト・ドーガの特徴であった。
つまり、そのファンネルを失った以上、今のヤクト・ドーガはギラ・ドーガカスタム以外の何物でもなく、性能的に優勢なZプラスのチーム戦闘に勝てる筈も無かった。

「兄貴、右足を撃破!!」

パミルの歓声に続いてシャーリーもまた言う。
片足をビームライフルで貫通させられたヤクト・ドーガは明らかにバランサーの調子がおかしくなった。
それは宇宙戦闘では致命的な隙を生むことになり、一年戦争以来のベテラン部隊である彼らに取っては最良の獲物でしかない。

「これで終りね!」

この隙を使ってヤクト・ドーガの後方に回り込んだシャーリーのZプラスはそのまま変形。ビームサーベルでヤクト・ドーガの右肩と胴体付け根を切断する。

「敵機を確認、現状把握!! シャーリー、パミル、両機とも下がれ!!」

可変機構を使ってMAからMS変形するカムナ・タチバナ中佐の機体。ビームサーベルを引き抜く。
桃色の光の刃が発生する。慌ててビームライフルを撃つがそれをシールドで耐えて接近するカムナ機。
そしてビームサーベルをヤクト・ドーガのコクピットに突き刺し、そのまま左わき腹に向けて両断。
ヤクト・ドーガから三機が離れたのとほぼ同時にこのヤクト・ドーガは宇宙の塵になった。
ロザミア・バダム中尉と共にこの世から消えた。

「あとは?」

カムナが360度モニターで僚機、PMX-03ジ・オを確認した。そちらも一方的な展開である。
ジ・オは大型ビームライフル(威力はユニコーンらの使うビーム・マグナムに匹敵する)を使って敵機を誘う。
何とかジ・オの攻撃を辛うじて回避するのだが、やがて敵のヤクト・ドーガは味方艦隊の艦砲射撃射線軸上に追いやられた。
それを見てえげつない、或いは戦場全体を見渡せるエースパイロットと言うのはこういう存在になるのかとカムナは思う。
そのままバックパックのバーニアのあるランドセルに一発の小型ミサイルが着弾し、誘爆。
当然の如く衝撃とそれによって発生したヤクト・ドーガの隙をついてジ・オはその巨大なビームライフルを向けた。

『落ちな!』

通信がミノフスキー粒子に阻害されならがらも辛うじてパイロットのヤザン・ゲーブル中佐の声を拾った。
そして次に見たのはヤクト・ドーガ「だった」存在の、一年戦争以来新しくはあるが珍しくは無い『新型MS』の『宇宙ゴミとなった』の破片の一部だった。

「カムナ君・・・・じゃなかった、カムナ隊長、こちら第102特別遊撃隊任務完了と推定。敵ニュータイプ部隊の機体は沈黙しました」

シャーリーの02から報告だ。
さらにラー・カイラム級大型惑星間航行戦艦の二番艦で母艦『リヴァイアサン』の管制官であり、ロンド・ベル艦隊第四戦隊のZ部隊全般の専属オペレーターの一人にもなっている妻のエレンからも報告が来た。
蛇足だが、カムナ・タチバナの婚約者は結婚し、懐妊すると言う慶事に恵まれた。
が、そうであるが故に妻のナギサは死んだ。
彼女、ナギサ・タチバナは宇宙世紀0094の春、皮肉にも桜が満開となった故郷の極東州にて出産に耐えきれず母子ともども死去。
その後のカムナはタチバナ家の当主であり上官でもある父ニシナが強制的に予備役に編入させた程の不安定さを持っていた。
その不安定なこの時期に彼を健気に支えたのが今の妻であるエレン・ロシュフィルである。その時の経歴が結婚に至ったのは間違いない。

「兄貴、こっちも残敵はいないみたいです。そっちの方はどうですか?」

今や少佐に昇進したパミルからも聞く。
彼は本来ならば第2艦隊のMS部隊副隊長を任命される予定だったがネオ・ジオン軍の決起と言う事態を諜報活動で知った地球連邦軍並び地球連邦政府上層部は対ニュータイプ部隊を編成する事を決定。
そのメンバーの主要な一人として選ばれたのがかつての第13独立戦隊のメンバーであり、あのウィリアム・ケンブリッジが初陣を飾った時にルウム戦役にてジム・コマンド宇宙戦闘使用で戦った面子達だった。

「こちらも敵機の情報は無し、エレン中尉。そちらはどうかな?」

妻でもある彼女に聞く。答えた声は彼女時代と同様優しい声だった。
或いは気のせいかも知れないが。

「はい、タチバナ小隊ならびヤザン師団はそのまま現戦線を維持してください。他の敵機の接近はありませんが念のために。
ですので弾薬や推進剤の消耗の激しい方、被弾した機体は順次後退させて構いません。
こちらからは各機の被弾状況などの判別は出来ませんのでヤザン中佐にその判断は一任します。
以上ですが・・・・・現在のところネオ・ジオン軍全般の攻撃機部隊は一機たりとも艦隊本隊の防空圏内部への侵入さえ出来てません。
更に幾つかの部隊は投降するかアクシズ要塞に向けて撤退中。外洋に敵影なし。以上です」

「こちらタチバナ機、現状を認識した」

この時点でネオ・ジオンの敗退は完全なる決定事項となる。
エリシア・ノクトン、ロザミア・バダム、レコア・ロンドという三人の乗るヤクト・ドーガを失った。そして今、カムナ達が気が付かなかっただけでスターク・ジェガン部隊に包囲されたヤクト・ドーガがいる。
その機体のパイロットの名前をギュネイ・ガスという。
その戦線でもオールドタイプと言われてニュータイプらに劣ると考えられてきた人々の反逆の狼煙が、反攻の宴が行われていた。




「この・・・・・オールドタイプどもが!!」

ファンネルを使うギュネイの攻撃で包囲していた二機のスターク・ジェガンが撃墜される。だが、そこまでだ。
これだけの数が、20機近い敵機が存在してはいくら多対一が可能なMSと言えども無理難題が出る。
まして自分の護衛に与えられたギラ・ズール5機は敵のジェスタ部隊一個中隊とZプラス一個小隊に包囲されとっくの昔に撃墜されていた
既に敵と味方の戦力比は19対1であり、圧倒的に地球連邦軍のロンド・ベル第一戦隊所属の部隊が優位に立つ。そして。

「け、ニュータイプだか、ニートだか、強化だか何だか知らねぇが調子こきやがって!! よーし、お前ら例の弾丸を一斉射撃だ!!」

用意していた宙域にヤクト・ドーガが侵入した事を確認したモンシアが叫ぶ。
そう、絶対数に置いてニュータイプ部隊や強化人間が少ない以上、彼らを圧倒できる。先のムンゾ宙域でのジオン軍が取った戦法を地球連邦はアレンジして使っているのだ。
そして、それは非常に有効である。人間が人間である以上、それ以上の事は出来ない。視覚は一つしかない。
神の様な複数の視線で世界中を見渡せるわけではない限り、360度モニター採用兵器のMSと言えども一人でMSを運用する以上は限界はある。
それが人それぞれ違うとはいえ、だ。

「くたばりやがれ!! 全機攻撃だ!!!」

ベイト中佐の命令が各機に通達された。
同時にヤクト・ドーガを半包囲下に置いていたスターク・ジェガン部隊らの両肩から小型ミサイルの群が一斉に飛び出る。目標は当然に孤立しているヤクト・ドーガ。
それを回避しようとしたギュネイだが、それこそモンシア少佐とベイト中佐の狙い。
退避した方向に新手のスターク・ジェガンが3機一個小隊展開、ミサイルを撃つ。
堪らずにファンネルで迎撃するギュネイだったが、撃墜されたその時に大量のダミー・バルーン、いや、ネットを絡ませた布がヤクト・ドーガに向けて複数発射された。

「この!! 子供だましが!」

生意気にも自分をヤクト・ドーガ諸共に鹵獲するつもりだと判断したギュネイ・ガス中尉。
空気抵抗や重力が無い為に急接近する鹵獲用ネットをビームサーベルで焼き切るべく右手でビームサーベルを引き抜いた。

「かかったな!!」

ベイトが、

「やったぜ、ざまあみろ、この改造人間め!!」

モンシアが、

歓声を上げた。バイオ・センサーでその思考を読み取ったギュネイは一瞬だけ不思議に思うもその理由は直ぐに分かった。
そう、自分の周りに先程発射されて燃料切れで周囲の宙域に放置されていたように見せかけられた熱誘導式のホーミングミサイルが起動したのだ。

「何だと!? 罠!?」

ミノフスキー粒子下と言えどもこの近距離でならばミサイルの熱源探知も十分に反応するように設定した新型の小型ミサイル。
それらの数凡そ50発は一斉にヤクト・ドーガに接近。四方八方から直撃を受ける事は目に見えて分かった。もう強化人間と言えども助からない。
いや強化人間だからこそ、自分の死が理解できた。
彼に、ギュネイの乗る機体を直撃、爆散させる。彼は最期の言葉を残す事も誰かに看取られる事も無く宇宙に散る。戦場の無常さの通りに。
そして、自分が見下していたベテランのオールドタイプらが反論した。

「オールドタイプだとか何とか言って舐めてかかるからこうなるんだよ!! 
改造人間野郎が!!! どうだ!!! ちったぁ・・・・思い知ったかい!?」

思いっきりモンシア少佐が死んだギュネイ・ガス(無論、名前も性別も顔も何もかも分からないが強化人間かニュータイプかと言う事だけは乗機を見れば分かっていた)を罵倒する。

「強化人間だかニュータイプ様だかなんだかしらねぇけどよ、バニング隊長の扱きに比べれば可愛いもんさ・・・・・各機、一時帰投する。
俺たちが補給の為に抜ける戦線を保持する様に母艦に連絡しろ」

ベイト中佐が辺りを警戒する。
モンシアとベイトの言葉通り、二人のルウム戦役以来のベテラン兵士で構成されたスターク・ジェガン部隊らはたった二機の犠牲で『ムンゾ戦役』で終ぞ一機たりとも落とせなかったヤクト・ドーガを簡単に撃破した。
地球連邦の対サイコミュ兵器への恐怖心の深さが分かる戦いである。




さらに撤退する部隊を見て自分も逃げなければならないと感じた女がいた。名前をハマーン・カーンと言う。
彼女は黒と金にヘルメットに装飾を付けた特注のノーマルスーツを着た状態でMSN-06Sシナンジュを駆る。
白い機体とバラの紋章から『白バラ』と先のムンゾ戦役(後世にそう名付けられる)でジオン軍に呼ばれた彼女も今やかつての余裕はない。
一週間前の戦いではノーマルスーツを着る気は無かったが、今回は最初から与えてくる敵のプレッシャーが違った。

(私やシャアの様なニュータイプだけじゃない・・・・オールドタイプの中にも出来る奴らやが何百人もいる!!
これは・・・・・死ぬな・・・・・私にノーマルスーツを着せる気にさせるとは・・・・・これが戦争に負けると言う事なのか!?)

一方でその白いシナンジュと対峙するパプテマス・シロッコもティターンズ支給の黒いノーマルスーツ越しにプレッシャーを感じ取る。だがそれはあくまで感じ取るだけの余裕があると言う事。
事実彼は自分が設計した愛機のコントロールスティックに人差し指をトントンと遊ばせて目の前の機体、白いカラーリングのシナンジュの出方を待つ

「さあどうするハマーン・カーン? 貴殿の赤い情夫を待つか? それとも私に挑むか? 或いは尻尾を巻いて逃げ出すかね?」

独語するシロッコ。余裕だった。
既にハマーン・カーン以上のニュータイプであるアムロ・レイとの模擬戦闘や数百万人いる地球連邦軍の中でも最強のベテランパイロットであるヤザン・ゲーブルとユウ・カジマのコンビ、それに彼らには劣るがチーム戦では負けなしのホワイト・ディンゴ部隊とタチバナ小隊との連戦などを経験して分かった。
ニュータイプと言えどもベテラン兵の乗る新鋭機体には脅威を感じるべきだし、勝てない時があると言う事を。
事実、ユウ・カジマとヤザン・ゲーブルの駆るユニコーンガンダムとジ・オのコンビにはファンネルを使っても引き分けに持ち込むのが精一杯であり、メッサーラではZプラスを駆るホワイト・ディンゴやタチバナ小隊相手に翻弄されたりもした。
またカミーユ・ビダンやジュドー・アーシタらとの戦いも模擬戦とはいえ自分が圧倒されるプレッシャーを感じる程で、彼らに比べれば目の前の相手は丁度良い敵だった。

(ふん、本気で向かってきたカミーユ・ビダン君やジュドー・アーシタ君、それにアムロ・レイ中佐に比べれば可愛いモノだよ。小娘)

ほんの少ししか歳の差が離れてないが、今の自分にとって目の前の白いシナンジュの出すプレッシャーは死を覚悟した恐怖を隠そうとしている女でしかない。

「さあさあ、そろそろ時間切れだぞ?」

そう、撤退するにしても反撃するしかないがそう長くは持たない。
第二次攻撃隊が帰還コースに乗った今、早めに目の前の敵機である『タイタニア』を撃破しない限り後退など出来ない。
そして動き出す敵機。高速機動戦闘を開始する。上方に加速した。追撃するタイタニア。

「そうそう・・・・・そうだ!!」

シナンジュが動いた。ビームライフルを構える!
こちらもヤザン中佐に与えたジ・オと同型の大型ビームライフルをシナンジュに向ける!!
閃光が走った。
そして後に奇跡の一撃と言われるようになる、双方のビーム同士が命中、爆発。
それを見たシナンジュは高速戦闘に全てを賭けてきた。違うか、ファンネルを持たないシナンジュにはそれが最大にして唯一の勝ち目のある戦い方なのだ。

「距離を詰めるか・・・・確かに、小娘の護衛を仕留めたのは・・・・・そちらの技術でありましたからなぁ」

ハマーン・カーン摂政護衛隊を仕留めたのはシロッコの放った12機のファンネルである。『N計画』のフィン・ファンネル程の威力も持続時間も無いがそれでも彼ほどのニュータイプ能力値を持っていれば圧倒する事は容易い。
特にネオ・ジオン軍はニュータイプや強化人間を保有している癖に何故かそれらに対抗する手段を開発したり、或いはそれを迎撃する為の方策を考えなかった。
まあ、正確には考える切っ掛けを誰も与えなかったし必要性に目覚めた人間はおらず、むしろ如何にして『強化人間』の『生産』に成功するかに固執した感じがある。

「だが!!」

ビームライフルを放ったハマーンは驚愕した。あの機体は大型であり、シャアの乗るサザビーよりも更に大きかった。
故にシールドも『UC計画』と共用のモノを使っている。それは見て分かる。故に頭部を狙ったのだが。

『まさかこの機体!! Iフィールドを持つのか!?』

それはシナンジュとの決定的な差。
ファンネルとIフィールドを持たせる為にこの機体は非常に巨大化した。
MS本体の巨大化、それはすなわち実弾の弾幕に捉えられやすい事意味しているが、乗り手がパプテマス・シロッコである以上、実弾で撃墜される可能性は極めて少ない。
彼もまた地球連邦軍の中でもトップ10に入るMSパイロットだからだ。
まあ、最大の難点は『タイタニア』一機の値段で『Zガンダム』が一個小隊を配備して整備できるだけの差がある点だろうか?
しかもその操作系統の複雑さから、パイロットでも完全にその性能を発揮させて動かせるのは地球連邦軍全軍の中でもアムロ・レイ、カミーユ・ビダン、パプテマス・シロッコの三名だけである。
ジュドー・アーシタは木星圏での活動が可能な程の高速機動が出来ず、ヤザンやユウ、レイヤーらでは高速機動は何とかこなせてもファンネルが起動しない。
故に、連邦軍ではあるまじき機体の一部である、完全な個人所有の機体となった。
しかも設計段階、いや、思考段階で宇宙世紀元年の地球連邦軍設立時点から制定している地球圏統一規格から完全に外れている。
故に、ワッケイン中将は統合幕僚本部艦政本部に掛け合って旗艦であるドゴス・ギアにジ・オとタイタニア専用の整備兵と整備設備を設けさせた。まあ、それだけ高性能な機体だが維持費も馬鹿にならないだろう。
しかも実際にはこれらの難問に加えて専用サイコミュ備品のサイコ・フレームを搭載している以上、調整にはパプテマス・シロッコ少将本人が立ち会う必要があるという地球連邦軍創設以来史上最大の問題児であった。

「さて、調律が二度ほど甘いかな」

余裕を持って第一撃を防ぐタイタニア。
ハマーンはならばと更なる攻撃を加えるが、今度はユニコーンやバンシィに投入されているIフィールド発生機能付きシールドを使った二重のIフィールドで完全にシナンジュの遠距離攻撃であるビームライフルを完全に無力化する。
数発のビーム攻撃をシールドやIフィールドで戯れに受け止めるシロッコのタイタニア。焦りを見せだすシナンジュ。
高速機動をかけて背後に回って撃ち込んでもそれを全周囲防御のIフィールドが防ぎ切った時点で彼女の、ハマーン・カーンの遠距離、中距離からの攻撃手段は失われた。
一時距離を取ろうとするがそれに追い付くタイタニア。伊達に木星圏出身の地球連邦軍将校では無い。
彼の、パプテマス・シロッコの頭の中には地球以上の重力を持つ木星圏の重力圏を想定してるのだから。

「ふむ、それで終わりかね?」

強者と捕食者を兼ね揃えたタイタニアは機動性で基本的コンセプトとしては一年戦争で活躍したRX-78の後継機であるシナンジュに牙を向ける。

「どうやらもう君の攻撃は終わりの様だ・・・・では次は私のターンだな?」

ビームライフルを撃つ。撃つ。撃つ。
ハマーンもこれは単なる威嚇だとは分かっているが、ギラ・ズール親衛隊使用機を接触しただけで撃ち落とした高出力のビームの塊だ。
回避するしかないだろう。

「さてと、流石にハマーン・カーン程のニュータイプ能力を持つならば滅多に命中しないか」

シロッコは余裕で攻撃に転じている。
それシールドで防御したくても防御できないハマーン。
あれだけの威力を秘めている以上、シナンジュと言えども接触すれば中破か小破する。
下手をすれば一撃で撃墜されるだろう例え撃墜されなくても機動力を削がれるのは間違いない。

「なるほどな、ハマーンはこちらに接近する気か。確かにその貧相なシールドでは私のタイタニアの高出力大型ビームライフルを受け止めきれないだろう」

そう判断するシロッコ。
その時、サイコ・フレームが敵の、ハマーン・カーンの執念を伝えてきた。

『あの人の・・・・シャアの為にも!!』

あの赤い彗星のどこが良いのか理解できんな。そう思いつつもビームを放つ。一発がシールドをかすったが咄嗟にシナンジュはシールドを投げ捨てる事で距離を詰めてきた。

「ふ、仕方ないか・・・・・・・よかろう!! その挑戦・・・・・受けよう!!!」

ビームサーベルを引き抜くタイタニア。
好機と見てバルカンを撃ちながら、グレネードを発射するもタイタニアのビームサーベルで切り落とされる。
だがミノフスキー粒子とビーム攪乱幕をそれぞれ内蔵した3発ずつの特殊グレネードの爆発でタイタニアに接近する好機と捉えた。

『貰った、シロッコ!!』

最大加速でビームをコクピットに突き刺すべく突進するシナンジュ。
一方でシロッコのタイタニアは全く動いてない。
ビームサーベルを構えるだけでこちらの動きについてきてはいない様だった。

『勝ったぞ!!!』

ハマーンの嘲笑が宇宙に響き、その刹那、閃光がシナンジュの四肢を両断した。
それはシロッコが隠していた12機のファンネルが放ったビームの光。
シロッコは気付いていた。あの女は自分以上にMS同士の戦闘経験が無い。
実戦経験は自分も少ない方だが、それでも自分にはアムロ・レイやヤザン・ゲーブル、不死身の第四小隊にティターンズに配属される程のベテラン兵士らとの戦闘模擬訓練、つまりMS戦闘の体験、経験があった。
中には絶対に勝ったと思った瞬間にトリモチを使用して逆転してきたマット・ヒィーリー中佐の様なイレギュラーな戦闘もあり、ジム改で数機のネモを相手にする様な戦いもあった。
だからこそ、数多の経験則からシナンジュの取る道は少ないと理解していた。

(刺突か斬撃かその二つのどちらか。そして80年代から調べたハマーン・カーンの性格と立場に加えて、こう言う状況に追い詰められた人間の行動心理から刺突の可能性が高いな)

そう冷徹に判断したシロッコは彼女の乗る白いシナンジュをワザと誘い込む。
秘かに発射では無く、分離させて無重力空間に漂わせた12機のファンネルを使ってハマーン・カーンの駆るシナンジュと言う猛獣を捕捉するべく罠を放った。
そして今、目の前の小娘は予想通りの行動に出た。これは純粋にパイロットしての技量と実戦経験、何より戦術データの蓄積と経験値の差だろう。
だがそれが恐怖を隠して己を奮起したハマーン・カーンには分からない。或いは視野を狭めたと言える。

『何だと!?』

気が付いたらやられている。これは一年戦争以来地球連邦軍が散々に受けた教訓であり血の犠牲でもある。
それをいつも一方的にやっている方が受けたのだから・・・・・歴史とは皮肉に満ちているようだ。

「で、誰がどうやって誰に勝ったのかね? ハマーン・カーン殿?」

冷徹に、冷静に再びコントロールスティックを遊ぶシロッコ。
だがもう飽きた。そう思った。

「さてと、これで終わりにしますかな?」

ファンネルが更なる閃光を放った。
四肢をもがれ、両肩と撃ち抜かれ、頭部を半壊させ、バックパックのバーニアの右半分を破壊されたシナンジュ。
殆ど消えたモニターの向こう側で、シロッコの乗っているタイタニアがビームサーベルを構えた。

『死ぬ!? 殺される!? この私がこんな場所で!? シャア!! シャア大佐!! 大佐!!! 助けて!!! シャア・・・・いやぁぁぁ!!!』

この時の感情は最早摂政であるハマーン・カーンではなくて、単なる一人の女が死の間際に恋い焦がれた、自分の純潔を捧げた男への生きたいと思ったが故の、死への恐怖から逃れたいが為の魂の叫び声だった。
だが、それはあくまでハマーン・カーンの願い。パプテマス・シロッコの望みでは無い。

「そこまで言われると少々心苦しいモノだが・・・・悪いが・・・・私にも都合があるのでね・・・・君らがまだアクシズ時代と言うべき時代に私が接触した事を知っている生き証人には死んでもらおう。
か弱い女性を一方的に殺すのは私の美学には反するがな・・・・・これでもティターンズ内部では私を脅かす立場にいる人間が二人は最低でもいるのだよ」

そう言うと余裕を持っていたタイタニアが加速した。
ビームサーベルを構えて。
目標は白と金色と黒色とピンクのバラの紋章をあしらったシナンジュの装飾されたコクピットブロック。

「確かに白バラだな」

これもネオ・ジオン上層部にしているスパイとAE社の背信行為から判明したシナンジュの詳細なデータがあるからだ。

「それに・・・・・時代の流れを見極められなかった人間は粛清される運命にあるのだ!!」




宇宙世紀0096.03.02の午後4時半。戦況が変わりつつあるのを15機の偵察衛星と12隻のサラミス改級巡洋艦によって確認している地球連邦政府の首相官邸第一会議室。
そこには多くの閣僚が集っていた。
勿論、この首相開催の安全保障会議や経済問題諮問会議の常連になっている『禿鷹ジャミトフ』や『政界の死神』などもいる。
ここにいないのは依然としてグリプス要塞に軟禁(この言葉が一番適切)されている外務大臣か別の仕事がある為、それぞれの優先状況故に省庁大臣室にいる厚生労働大臣、文部科学大臣、総務大臣の四名だ。
そして、内閣官房長官ゴップが従卒たちに命じて全員に出来たてのバーボデンのココアを砂糖とミルクを付けて配るように命令する。
地球連邦政府文官のマークを付けた黒いスーツの女らが一斉にそれを配る。
一方で各閣僚らの秘書らは彼ら彼女らに各々の担当の資料を配り、説明。更には現在進行形で作戦が継続中の『あ一号作戦』について質問する。
と、正面の扉が開いた。
全員が、それぞれネイビーや黒、灰色などだいたいこの三色に黒い皮靴か茶色の皮靴、それと同じベルトにオーダーメイドの時計などして地球連邦高級官僚や地球連邦閣僚のバッチをスーツに装備した男女が立ち上がって迎え入れる。

「ああ、楽にしてくれ」

そう言って男は、一緒に連れて来たオクサナー・クリフ国防大臣を座らせる。
そして自分も・・・・この世界で、人類史上最も権力のある座席と謳われている席、『地球連邦政府内閣府首相』という札が書かれた席にゆっくりと着席した。

「さてと、少し遅れたが現在進行中の『あ一号作戦』の現状報告と定例の地球連邦安全保障会議を開始しよう。それではオクサナー君、報告を」

話を国防大臣に振る。その間に秘書ら全員が退出した。
ここからはどうやら『SSS』の最重要機密の様だ。下手に残すとスパイ容疑者が増えるだけだ。故に『君子危うきに近寄るべからず』、である。

「それでは説明します。これは現在行動中のベクトラからの定期通信から分かった事ですので若干のタイムラグがありますがよろしくお願いします。
先ずは皆さんの個人用PCの画像をご覧ください。
グリプスにある地球連邦軍の宇宙軍総司令部が送ってきたモノを再編集しました。画像は荒いですが流れは確かです。
第一に、注目点としては我が軍、『あ一号作戦』参加部隊の地球連邦宇宙艦隊は敵軍であるネオ・ジオン艦隊の総帥直卒艦隊の護衛艦隊をほぼ全て撃沈。
更には敵が任務部隊と称していたエンドラ級巡洋艦の残存艦も8割を沈めました。
またSフィールドではアクシズ要塞防衛に、一年戦争以来の旧式艦艇が30隻から40隻程戦線に投入されていた様ですがこちらも凡そ40隻前後、まあ全てと言って良い数を撃沈はしておりネオ・ジオン軍機動戦力の基幹を成す能力はほぼ失われたと言えます。
また、敵機動戦力最後の部隊、例の『ヌーベル・エゥーゴ』と名付けられたかつての我が軍のバーミンガム級戦艦である『パシフィック』を中枢とした部隊については捕捉でき取りません」

オクサナー大臣はそう言い切ってココアを飲んで口を潤す。
話はこれからだ。それは皆が分かる。気になるのはMS戦の行方だ。

「それでお手元のPCにある資料通り、ネオ・ジオンの切り札であったニュータイプ部隊の内、ヤクト・ドーガ部隊は殲滅完了、一機を鹵獲。クシャトリヤは我が軍が一機撃破しました。
問題は敵がお手元の資料に記載したサイコガンダムの改良型と例のノイエ・ジールと同じコンセプトを元に開発した機体が投入されたと言う事でジェガン部隊を二個中隊程度を一度に失ったという事ですが・・・・あとは現場に任せるしかないでしょう」

ジェガン二個大隊12機×2で24機。更にその後の報告でクラップ級が1隻と、サラミス改級が5隻沈んでいる事が分かった。
もっとも、全体の戦力でこの損害は微々たるものであるし、それも地球連邦政府の中では想定の犠牲だ。
この後の軍縮を考えればこれ位の犠牲は許容範囲である。寧ろ下手に全軍無傷のまま存続されても困ると言うのがある気がする。

「敵艦隊は既に艦隊と呼べませんが一隻でも逃すと後々面倒な事になるのは確実なのでここで確実に葬るように再度の通達をタチバナ大将経由でアクシズ宙域のシナプス大将に通達済みです。
またゴップ内閣官房長官の放ったスパイの活躍により、冷凍睡眠装置、火星圏の航路データ、強化人間製造技術のデータ類を確保する事に成功。
情報データはアクシズのメインコンピューター奥深くに完全に凍結してあとは機械をそのまま持ち運びすれば良いだけです。暗証番号はこちらの書類に書いてあります」

そう言って着席する。書類は紙印刷されていて厳重に保管されていた。
現状の地球連邦軍の攻勢は予定通り。
戦前の予想とは何も変化しないのがある意味で悲しい。それが現実と言えばそれまでだが。

「なるほど・・・・で、一応確認しますが映画の様な大逆転は発生しませんか? ここでの大逆転など悪夢以上ですよ?」

内務大臣のジョン・バウアーが面白がって聞く。
分かっているのだ、この時点で、いいや、地球連邦とジオン公国が同盟関係にあり木星連盟が地球連邦の一員として地球連邦議会に議員を出席する権利を0095に与えられた以上、その様な事態が起きる筈が無い。
仮に今からアクシズ要塞そのものを移動させても、派遣している宇宙艦隊が取り付いて、内部に陸戦隊を投入、その後に制圧されてしまう。
またネオ・ジオンはそれだけの戦力、凡そ宇宙軍の白兵戦部隊である陸戦戦力8万5千名と地球連邦軍ティターンズ所属の特殊作戦群『エコーズ』6000名に対抗できる白兵戦部隊を用意してない。
これはアクシズ内部に潜入していたスパイの情報では敵アクシズ要塞防衛の歩兵兵力の10倍以上になる。
当然の帰結としてMS隊と宇宙艦隊増産、維持に全力を投入したネオ・ジオンは限られた人的資源をあるかどうかも分からない白兵戦に割く訳にはいかなかった。
それがこの度の要塞内部の守備隊の絶対数不足に繋がっている。
特にMS隊の整備兵も用意する必要がある為か、純粋なる白兵戦専用部隊は恐らく3000名を切っているだろうというのが情報部の見解。
そして地球連邦軍『あ一号作戦』の参加部隊とネオ・ジオン軍のMS隊・艦隊戦力比率も彼ら地球連邦政府の思惑通り。
今現在のアクシズ宙域は、確実に地球連邦政府という無慈悲にして強大なる神の思惑通りに動いていた。

「大逆転ですか・・・・・まずありません。仮にこれから大逆転するならアクシズ要塞を爆砕するくらいやらなければなりませんが・・・・・その危険性は作戦立案時に何度も議論されました。
結果、彼らのその暴挙も止められるだけの専門部隊と戦力を用意出来ました。ティターンズ長官と国務大臣、官房長官に財務大臣のお蔭で」

オクサナーは知恵の輪を崩しながら言う。他の面々も自分のお気に入りのマグカップを持って来たり印刷した家族の写真を会議室に飾ったり、喫煙したりしている。
この点は歴代首相の中でもかなり寛容的なレイニー・ゴールドマン首相だった。
その後も会議が続いたがそこで一つの疑問をウィリアム・ケンブリッジが提示する。

「それで・・・・例の大物スパイとは誰なのですか? そろそろ教えてもらっても良いかと思いますが?」

と。
その言葉は会議でスパイの本性を知っている首相と内閣官房長官以外の誰もが聞きたくて、聞けない禁忌だった。
だが、彼にとっては、治安維持とその次に来るであろう地球連邦首領(誤字だと思いたいが恐らく誤字では無くなるだろう)と言う激務を考えるに、そろそろゴップ内閣官房長官らには種明かしをしてもらいたい。
第一、あそこまで詳細なデータを送った危険を顧みない愛国者をこのまま切り捨てるにはあまりに酷いだろうと言うのがウィリアムの意見だった。
他の閣僚らも似た様な意見であり、これに反発する者は少ない。
彼か彼女かは知らないが、ネオ・ジオン上層部に潜入させたスパイの情報網は適確であり適切であり、それ故に多くの地球連邦軍将兵を救った。
ならばそろそろ恩赦というか脱出の援護をするべきだろう。それが会議の流れとなる。
同僚たちも冷酷にはなれるし、必要とあれば部下を切り捨てる事も同僚を陥れる事も上司を騙す事も敵を抹殺する事も、他人に対して必要以上に冷徹にもなれるが、好き好んで人を殺す程の快楽殺人者らでは無かった。

「・・・・・・・・・聞きたいのかね?」

そう思って聞いたらゴップ長官は珍しく苦虫を何万匹も潰した感じの感情で言ってきた。

(なんだろうか、この珍しい感情の起伏は? そんなに言いたくないのか?)

珍しく戸惑うゴップにそれでも彼は聞いた。
そして後悔する。

「ゴップ内閣官房長官が教えてくれるならな聞きたいモノです」

そういうティターンズ長官に対してゴップは先にその大物スパイの出自を明らかにしだした。
それは彼が見たくないと思っていた怖気がする地球連邦という国家の暗部である。
聞かない事が幸せで、知らな事が良い事がるとはティターンズを管轄する様になって知ってしまった現実だがそれをまた繰り返す。
全く持ってウィリアム・ケンブリッジと言う男は度し難い低能だと彼自身は思った。
人類史と言うのはその多くがきっと知らない方が遥かに幸せでもあるが、それでも数多の人間は知りたがり、故に多くの人が悲劇に見舞われた歴史の繰り返しなのかも知れない。

「・・・・・・地球連邦政府には戦災孤児を引き取り、そのまま誰かの養子にする、或いは特殊訓練を施すという非合法に近い組織が存在する。
いや、非合法に近い、と言う言葉は不適切だな。
地球連邦政府が黙認する以上、どれだけ倫理観に、人道に反していようともそれは合法だ」

一旦ゴップは区切る。彼らしくなく、いきなり葉巻を取り出して周囲の視線を無視して一服する。
そして発言を続ける。煙が充満し、ジャミトフとウィリアムが顔をしかめたがそれも次の言葉で凍りつく。

「これは一年戦争を主導したアヴァロン・キングダム政権の前の政権が政権発足と同時に各国情報部に命じてその道のプロを集めて組織した極秘政府機関になる。
だから今のレイニー・ゴールドマン首相から4代前・・・・・30年近く昔の話になるな。
先に場所だけ教えましょうか・・・・その極秘教育機関はヨーロッパ半島の地中海、その一つの孤島にあった」

続ける前に苛立ったのか、ギュっと音を立てて火のついていたまだ半分以上残っていた葉巻を灰皿に押し付ける。
そのまま次の一本を加えて・・・・握りつぶした。

(・・・・・・・あのゴップ長官がイラついている。なんとも珍しい光景だ・・・・・いや違う、初めて見る光景だ!!)

場違いな感想を抱いたウィリアム。
或いは抱く事でこの次に述べられる言葉から逃れたかったのかも知れない。
だが逃れられなかった。

「そう、あったのだ。それは単純に『ラボ』と呼ばれていた。ただし今はもう跡形も無くなっている。気化爆弾数発でこの世から消滅している。
地球連邦情報局専門の特別養育教育機関『ラボ』はジオン公国軍の地球降下作戦と電撃戦による侵攻の際に放棄された際に、な」

話は続く。

「誰もが思いもしなかったのだ。30年ほど前は今と違って宇宙戦争の危険性は論議されてもそれ程危険視されてなかった。
当然だな。地球連邦に一つや二つのサイドが連合したところで勝利できる筈もない。国力はギレン・ザビが自分で述べたように三十分の一位以下、いいや、下手をすれば五十分の一や百分の一以下だったのが当時のスペースコロニーサイドだ。
ジオン公国とMSにミノフスキー粒子などを使った一年戦争と北米州中心の太平洋経済圏とジャブローを中心としたキングダム政権下の南北アメリカの冷戦状態などは例外中の例外だった。
当時の、君らも知っている宇宙世紀0060年代や0050年代の仮想敵国は今の準加盟国である『中華』だからな。
そしてその『中華』とは国境紛争が多発していたのは皆も歴史の授業でならったのではないかね?」

これは地球連邦成立以来の常識。
中学生でも知っている事だ。

「そんな中、地球連邦政府は非人道的ながら特殊工作員を幼児時代から育てる特別プログラムを作った。対抗相手は当時の敵対国である地球連邦非加盟国。
この石を投げられるような非人道的な使い捨ての特殊工作員養成施設の第二期生に中華との地域紛争で家族全てを亡くした少年にも満たない幼子が受け入れられる事になる。
当時の責任者は彼のコードネームを『R-012』として呼んだ。彼の名前のイニシャルになる文字だな」

そう、『R』だ。

そう言いきった時に多くの閣僚の脳裏に一人の男の名前が過ぎる。
今最も注目されているテロリスト。

まさか!?
ではスパイと言う人物は!?
そんな事が!?

その次に発言したのはレイニー・ゴールドマン首相。この国のトップ。
そう、官房長官が知っている以上、首相も知っている筈だ。それが為政者の中でもトップに君臨する者の務め。
例え汚物の塊である肥溜めの中でもいざとなれば顔面を突っ込む事が要求されるのが政治家なのだ。故に政治家は他人の人生を左右するだけの権力を担う事を許される。
少なくとも、この場にいる面々はそう考えていた。ただし、自分からそれをやりたいかどうか・・・・その話は別である。ここにいる彼らも彼女らも人間だから。

「そういった孤児からの特殊工作員育成を基本とした専門のスパイ養成組織が地球連邦の暗部として存在している事は噂話程度でご存知だと思う。
だが、それが誰なのか?
これは代々の内閣官房長官と首相、担当の部長しかしらない最重要機密だった。まあ今のコードネームでは半分以上答えを述べたも同然だがね」

そう言ってゴールドマンはゴップにバトンをもう一度渡す。

「そうだ、諸君、思い出してみたまえ。今から約8年前に地球連邦軍内部という厄介な位置に居座っていた反地球連邦政府の思想を持った者らを集めて、エゥーゴという反政府組織を纏め上げる切っ掛けを作ったのは誰だ?
最初にアクシズとジオン反乱軍と言うジオンのならず者を支持したのは一体誰だった?」

此処まで言われればそれは答え以外の何になるのか?
もう分かった。分かってしまった。そう一人しかいない。

「準加盟国と交渉役の為のパイプ作りに積極的に加担したのは誰でしたかな?
北部インド連合に潜伏する事で我々に北部インド連合への空爆許可の大義名分を与えた男が一人いる。
そうであるが故に、テロリスト認定された非加盟国はどうなるかを全人類圏に教えた男が存在する事を立証した男がいる
そしてこれはティターンズの仕事だったが我々は空爆回避の条件としてシャア・アズナブルが残した遺物、キュベレイを回収した」

ゴップ長官の手が震えている。
気が付けば自分の顔からも血の気がなくなっていく。
他の面々も何も言わなくなった。黙ってこの独白を聞く。

「ネオ・ジオンと呼ばれるアクシズ陣営に違和感なく参加できるほど地球連邦から追われる立場になった男がいた、ここまで言えば思い当たる人物がいるでしょう?
これは命令以上の事だったが、命令通りジオン公国弱体化を遂行する為にその人物はジオン本国を強襲。
そして我々の想像以上にジオン公国を弱体化させた。我が地球連邦にとって程よい形でジオン公国という仮想敵国を生み出した。
更にはこれも推測だが彼こそが、恐らくシャア・アズナブルらネオ・ジオン幹部に外洋でのジオン軍との決戦を嗾けた。ありそうで説得力のある嘘を並べ立てて。
それは漁夫の利、ネオ・ジオンとジオン双方を弱体化させて戦後の地球連邦軍と地球連邦の地位を盤石にする為の布石だろう。
現実にだ、かの宇宙にあるこの世界唯一の同盟国はムンゾ宙域で艦隊を半壊させ、政治的な得点も無く、本国は強襲され、止めに自分達地球連邦の援助を受けた。
これ故に宇宙の独裁者であるギレン・ザビは今後10年間程度は最低でも政治的に我が地球連邦の下に立つことになった。所謂、頭が上がらないと言う奴だね」

またもや一服する。これで三本目だ。それ程までに語るのが嫌なのだろう。
自分も聞きたくないがそれでも自分がこの話を聞く切っ掛けとなった以上、最後まで聞くしかない。

「更にはネオ・ジオンと一緒に地球連邦の中の反地球連邦組織エゥーゴ派閥をネオ・ジオン軍の一部として合法的に潰してくれる。
また言い忘れたがラプラスの箱を管理していた最後の一族の生き残りを処分したし、地球連邦への重大な背信行為を行っていた会社、AE社と取引する事で我が身を犠牲にしてAE社の会長であるメラニー・ヒューカーヴァインの犯罪証拠集めに奔走した。
しかもだ、ティターンズを初めとした地球連邦は新秩序を乱す輩に容赦しないと言う姿勢を合法的にPRする良い材料をも提供してくれた。」

重い沈黙が辺りを包む。
そうだ、彼らの彼女らの意見は一致していた。
此処まで言われて誰の事か分からない馬鹿が流石に地球連邦安全保障会議(FSC)のメンバーにはなれない。

(だが納得はしたくない。ならばこの10年間の犠牲は何のか? 
いや、彼の人生は一体何なのだ? 
戦争に巻き込まれて、肉親を全て失って・・・・孤児となって・・・・両親の愛情も知らず、息子や娘への希望の温かさも孫への可愛さも知らずにただ孤独に自分さえも欺く男。
違う、自分が何もであるかも知らない反逆者にして犯罪者として処断されるだけの哀れな犠牲のヒツジ!!)

ウィリアムの中のなんともいない感情を余所に話は続く。現実は存在する。
そしてリベラル派であり人権擁護派でもある首相は沈黙したままだ。
更に男は、ゴップ官房長官は葉巻を吸って、吐いて、また吸ってから言う。

「コードネーム『R-012』の本名は無い。正確には誰も、本人でさえ知らないのだ。そして素顔と言えるものも無い。
彼が幼少のころから任務の度に何度も整形手術や指紋変更手術、声帯改造手術を行った。流石に瞳の色と性別だけは変えられなかったがね。ただ男娼の様な事もやらされたはずだ。証拠もその都度消したしな。証人諸共。
だから彼が本来は何者なのか知りたかったら無駄な事だよ。
何故ならその組織設立時のNo3だった私でさえ彼らが『中華』と極東州との紛争時に発生した孤児であること以外知らなかったのだから。DNA鑑定もしたが・・・・爆撃でシェルターごと吹き飛ばされては誰の子か分からなかった・・・・という事になっている」

ごくりと唾を飲み込むウィリアム。彼は確認した。

「ならばコードネーム『R』というのは今の・・・・・あのエゥーゴ派を指揮している・・・・・」

それ以上は言葉にならない。そして言葉にしたのはゴップだった。
いつのまにか誰もが身を乗り出している。誰もがゴップの言葉に集中している。

「そうだ、我々や地球連邦市民、ジオン公国国民、ネオ・ジオンのメンバー、エゥーゴ支持者が『タウ・リン』と呼んでいる存在だよ。
諸君、今一度考えても見てくれんかね?」

何を?
そう無言で問いかける。

「地球連邦にとっての国益と言う観点からの彼の行動を、だ。この際、君らの持つ倫理観や人道上の問題は考えずに純粋な国益だけを追求した時の彼の行動を思い出してくれんか?
先ずは先週のジオン公国への奇襲作戦。ジオンの政治の中心地であるズム・シティ襲撃でそこに在住していた閣僚と官僚らの半数は死亡、だが、幸運な事にギレン・ザビは生存、防衛用コロニーバンチだったジオン国防総省であるガーディアン・バンチの放棄。
過激派反地球連邦組織エゥーゴ派閥を派閥単位でバラバラにせず、個人のカリスマで纏め上げて一つの敵対勢力を維持しているという事実。
これは言い換えれば厄介な手間暇をかけた旧米軍の様な対ゲリラ掃討作戦、つまりローラ作戦をしなくて済むと言う事。
またあの紛争・・・・・水天の涙紛争では地球上でもコロニーでもの核兵器を使わせなかっただろう?
特にだ、地球憎しのジオン反乱軍が地球上で使えばあのニューヤーク市攻撃以上の余計な死亡者と放射能汚染の問題が出るからな。
次にネオ・ジオンが厄介なゲリラ戦を選択せずにジオン公国を狙った電撃作戦を行い、我が軍よりも先にジオン公国と相手取らせて消耗させた手腕。結果、我が軍本隊は温存されてアクシズ要塞攻略作戦に臨めた。
良く考えてみればすべて地球連邦と言う国益に合致するのではないかな?
これは予想だがネオ・ジオンのサイド1への先制攻撃もペズン要塞攻撃も或いはあのニューヤーク市攻撃も彼の進言だ。
全ては民意で動くこの絶対民主共和制と言う国家を動かす為の方便と大義名分を与える為にすぎんのだろう」

一口ココアを飲む。

「地球連邦の消耗避ける事と暗部を削る事の二択のみに考えを集中させれば・・・・・おのずと明らかになる、タウ・リンの行動原理が」

絶対的な情報の収集者。そうだったのだ。タウ・リンは『ヌーベル・エゥーゴ』の指導者として一番に水天の涙紛争時に各地の地球連邦軍内部の反地球連邦政府集団=エゥーゴ各派に決起を促した。
その後はその素早さ故にエゥーゴ各派を纏め上げ、エゥーゴとアクシズ地球圏先遣艦隊の指導者だったシャア・アズナブルとも対等の立場を築き、加えてアクシズを間接的に指導する。
また厄介者だったジオン反乱軍を第13次地球軌道会戦という戦いで宇宙で処分した。
地球上で依然としてゲリラ活動を続けるロンメル師団らとは異なり、其方の方が手間暇がかからなかったのも事実。

(ゲリラ戦とその掃討作戦対して、一度の大規模決戦ならば後者の方が簡単に決着がつく。勝敗は別にして・・・・それで!!)

そう考えられる。その後に彼が捕まらなかったのは非加盟国である北部インド連合と地球連邦との、正確には内閣官房長官と裏取引があったのだ。
彼が水天の涙紛争終了時点で彼のパトロンであるゴップは内閣官房長官。つまり地球連邦のNo2であった。それを考えると。

(そうだ、この御仁の力を考えると勢力の激減した一反乱組織を裏で支援して尚且つ隠蔽し、更には情報を得る為のジョーカーにする事も簡単だった筈。
つまりは踊らされていたと言う事か・・・・何がティターンズ長官だ・・・・・地球連邦救国の英雄で、『ダカールの日』の勇者も、陰口で言われる『政界の死神』も本当の魑魅魍魎の前では単なる小僧に過ぎないと言う事か・・・・・クソ!!!)

ネオ・ジオンは戦力を欲した。またAE社やビスト財団らの資金援助を受けたいと言う欲があった。そして何故かそれをタウ・リンは提供した。いや、提供できた。
それは地球連邦の首相と内閣官房長官と情報局の三者が彼を後援していた状況証拠でもある。

「まあ、彼の処遇は私に一任してもらおう。彼をここまで育て上げたのは私だし一応恩義もあるしね。
ネオ・ジオンの内情をここまで暴露してくれたと言う恩義もある。裏切るのは忍びないよ」

そうだろうな。そう思う事にしよう。

「これでいいかな?」

いつの間にか空になったココアを入っていたマグカップを見て自分は怒りを抑えつつ頷いた。
それでも納得できなくても。

「分かりました」

と。




宇宙世紀0096.03.02の16時30分。地球連邦軍全軍は一時戦力再編と兵員休息の為に後方3000kmまで更に後退した。
陽動だったSフィールド、主軸の攻撃ラインだったNフィールド、補助部隊であり、本命を送り込む予定のWフィールドら全てからは一時的にせよ地球連邦軍全軍が撤退した。
地球連邦軍はジェガンとジムⅢの部隊は総計で49機撃墜され、81機が中小破したが後は無傷。ジェスタは19機が未帰還、残りは損害があるが全て母艦に帰投。
一方でZプラス部隊も6機を失ったが、残りはほぼ無傷。
相対したネオ・ジオン側はヤクト・ドーガで編成された部隊を全て失った上、シャア・アズナブル敗退の報告と、ムサカ級重巡洋艦、エンドラ級巡洋艦全艦の損失という事態に陥る。
切り札の一つだったクシャトリヤもキャラ・スーンが死亡。ラカン・ダカランは何とか後退したがスペース・ウルフ隊も残りは1機のみ。
MS隊の損失は完全撃墜数は全体の90%に達した。そう、王手である。
一応、敵機を後退させる契機を創り出したα・アジールとサイコガンダムMk2はあるがこちらは整備の為に時間が欲しい状況だ。
次の一手を考える余裕のある地球連邦軍と既に逃げる事しか出来ないネオ・ジオン軍のその差は絶望的なまでに開いていた。




『死にたくない!!』

その言葉を察知した一機のMSはホワイトアウト寸前の急加速、更には30機以上の迎撃を回避している緑のクシャトリヤ。
いいや違う、攻撃やデブリの直撃を受けてもそれら全てを無視して今まさにシナンジュに止めを刺さんとしたタイタニアの前に出現する。

「このマシュマー・セロ、己の肉が骨から削げ落ちようとも戦う!!」

デブリによって機体はバラバラに。
四肢は寸断寸前になった。それでも彼は、マシュマ―・セロ中佐は間に合った。
それは生涯をかけた存在の為にその生涯を使えた幸福な男の死に様。
彼の騎士道を捧げた女性の前に立つ。

「ハマーン様!! ばんざーい!!!!!!!!」

タイタニアのビームの刺突を我が身を持って庇う。

「まだまだ!!」

タイタニアのビームサーベルの高熱で下半身とコクピットブロックが癒着してしまった。
失神しても、否、絶命してもおかしくない程の激痛を無視してマシュマ―は動いた。

「ハマーン様、撤退を!! この相手は私が!!!」

残った3機ファンネルを使って、タイタニアの右手を狙う。
咄嗟にシロッコは己のタイタニアのファンネルを使い、クシャトリヤのファンネルを撃ち落とすがそれも計算通り。

「この距離ならばIフィールドと言えども!! 新型機と言えども!!!」

途中で鹵獲したビームライフルを左で掴んだタイタニアの右手に撃ち込む。
そして彼は見た。自分が生涯を捧げて守ると誓った女性の機体が安全圏へ離脱したのを。
爆発するタイタニアの右手。その衝撃でハマーン・カーンが強化人間の手術後に自分が育てていたバラ。
それをハマーン自らマシュマーに渡して、それを自分で丁寧に白いコーティングした、自分の至宝、ハマーン・カーンのバラがまるで自分を誘うかのように宙を舞っていた。

「ああ、ハマーン様から頂いたバラが・・・・私を導いて下さる・・・・」

その言葉が言い終わるのと同時に、シロッコの乗ったタイタニアはビームライフルを構えた。
そして。

『その忠義心、見事なり・・・・さらばだ、強き者よ』

一瞬の黙祷の後、シロッコは引き金を引いた。
宇宙世紀0096.03.02、戦場は一種の膠着状態に陥る。
そしてタイタニアも帰投する。

「ハマーン・カーン・・・・ふふ、今は時の流れが彼女を守ったと言う事にしておこうか。獲物を逃がされたと言うのに・・・・こうも愉快だとはな」

そう言ってシロッコは旗艦であるドゴス・ギアに機首を向けた。




一方ではエイパー・シナプスも手を打つ。ベクトラの惑星間航行用光学センサーが敵艦隊の別働隊を発見していたのだ。

「やはり来たな。人間が地球に生まれ育ち、重力と土地、上下感覚がある以上は必ず真上と言うのは死角になる。これは真後ろが見えない以上に危険だ。
だが・・・・・これを読んでいる事も向こうは分かっている筈」

ブライトとワッケインの両中将に命令を出す。

「第一連合艦隊全艦に通達する。対艦戦闘用意!! 艦隊戦だ!! 
第二連合艦隊と第三連合艦隊は補給と休息が完了次第第三次攻撃部隊を発艦させよ。
第一連合艦隊の護衛MS隊と攻撃予定の部隊は全て直援に回す!! 着艦が間に合った機体や特殊な機体以外で補給や修理が必要な機体は後方のコロンブス補給艦か改装空母に一時退避させるように。
第四連合艦隊は第二連合艦隊の援護の下、突入準備。アクシズ要塞上陸部隊は白兵戦闘用意!! 第一種戦闘態勢!!!」

そう言って彼は180度プラネタリウム方式のCICで接近する艦隊を見た。

(ん? 敵艦隊はその全艦が縦一文字の単縦陣が二つだと? そうか!!)

それを彼は戦史学科で習った世紀の大海戦を思い出す。

「敵の狙いはネルソン・タッチだ!! 全艦密集隊形から散開陣に変更!! 敵は衝突する気で来るぞ!!
各砲座!! 各砲術員!! 砲術課の意地と誇りを見せろ!! 戦艦の乗組員に選ばれた時の誇りを思い出せ!!!
全艦上げ舵仰角30度、アクシズ要塞からの砲撃には対要塞ミサイルと偵察艦隊からの長距離砲撃、ビーム攪乱幕だけで対応せよ!!」

素早い対応。地球連邦軍最精鋭部隊を預かる最良の提督らしい動きだ。
それを旗艦の『ヌーベル・エゥーゴ』で見る男。

「はん、やはり気が付いたか!! そうだ、それでこそここまで来た甲斐がある!!!
全艦砲撃戦用意!! そのまま敵艦隊を攻撃する、その後はさっき命令した通りに行け。俺にはかまうなよ。俺のシナンジュの用意は?」

出来てます!!

「よーし、この馬鹿者どもが!! 
こんな俺に最後まで付き合ってくれてありがとうよ!!! このまま生き残ったら例の場所で偽装IDから身分を偽って平穏に暮らせ!!」

それはタウ・リンなりの贖罪。騙し続けて来た事への唯一で来た懺悔。
無論、タウ・リンの正体を知らない彼らはタウ・リンがここで死ぬ気だと言う事を知って全てを悟る。

「美味しい所を独り占めですか? そうはいきません!! 司令官に続け!!! 全軍、突入!!」

「「「「おう!!!!」」」」

最初で最後の仲間たちだった。
あの日からずっと一人ぼっちで多くの人間を陥れて裏切ってきたが最後の最後に信じてもいなかった神とやらは粋な計らいをした。
俺に仲間を与えた。あの水天の涙以降ずっとともに過ごした仲間たち。
馬鹿な連中だ。せっかく生き残れる方法を用意したのに。

「馬鹿が!!! 馬鹿ばっかだぜ!!! ええい、ちくしょうが!! あばよ、そう長くは待たせねぇよ」

敵艦隊増速セリ。
これを戦闘ブリッジで確認したブライトは即座に部下達に命じた。

「敵艦隊は全艦が死兵だ!! 少数だと思って油断するな!!!」

シナプスも頷く。後は各艦の艦長たちや戦隊司令官の力量を信じるだけ。

(信じるのも勇気だな・・・・・さてと、やはりこのタイミングを狙って攻撃するかタウ・リン。
ネオ・ジオンに与するテロリストだとは言え、敵が撤退し、こちらが補給をするその一瞬の隙を突くとは・・・・言うは簡単だが行うのは遥かに困難。
まして自軍の最高司令官らを囮にする大胆さなどは最早常人の域ではないだろう。
やはり戦術家としては最高の部類に・・・・いや、私のような凡人と違い天才の部類に入るか。
それ故になんとも惜しい事だ。その才能を地球連邦軍で生かせればもっと別の、テロリスト集団の首魁という汚名を背負った人生とは違った人生もあったろうに)

タウ・リンとエイパー・シナプスの知略が交差する。

「射程内か・・・・各艦隊砲撃戦用意!! 撃ち方・・・・はじめ!!!」

「さあ、最後の宴だ!! 全艦ぶっ放せ!!! 元同僚だからと遠慮するな!!!」

エイパー・シナプスとタウ・リン双方の命令が両軍に響き渡り、地球連邦軍とネオ・ジオン軍の『最後の艦隊戦』が始まった。




後の歴史書や軍事学校では、宇宙世紀0096.03.02の17時43分、ネオ・ジオン最後の反撃が行われたと記される。
それは、かつてエゥーゴと名乗った地球連邦軍を脱退した叛逆者の成れの果てでもある。
それはネオ・ジオン軍最後の断末魔の叫びと後の世に伝わる出来事でもあった。





(予想外に執筆がはかどった事と政争シーンや説明文が少なかったため一週間目にして投稿成功!! 
このペースを保ちたいものです。前話では出来ませんでしたが、個別の感想返しは今度はちゃんとしたいと思いますのでまた感想よろしくお願いします。
さあ、明日からまた仕事です!! がんばります!!! それではおやすみなさい)



[33650] ある男のガンダム戦記 第三十一話『明けぬ夜は無くも、闇夜は全てを覆う』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:d6fec904
Date: 2015/07/10 19:15
ある男のガンダム戦記31

<明けぬ夜は無くも、闇夜は全てを覆う>





宇宙世紀0096.03.02の18時になろうとする頃、最後の攻撃に出たネオ・ジオン軍、いや、タウ・リン指揮下のヌーベル・エゥーゴ派閥。
が、それは勇戦虚しく敵中心部にて玉砕と言う『名誉ある敗退』として幕を閉じる。

(タウ・リン派の艦隊は殲滅。これで戦況は完全に決した。後は第四連合艦隊の陸戦部隊を可能な限り無傷で揚陸させる事か)

宇宙艦隊司令長官のエイパー・シナプスとブライト・ノアら各艦隊司令官、参謀らの思惑も合致する。
全てを失ったと言って良いネオ・ジオン軍は各戦線で素人が見ても分かる様な配送を続けており、戦線は完全に崩壊。
大河の氾濫によって生じる濁流に飲み込まれるが如く、地球連邦軍の4個連合艦隊に掃討されていった。
今もまたジャムル・フィンとネオ・ジオン内部で呼ばれていたビグロ系統の発展型試作機3機がラー・カイラム級の二隻、ラー・カイラムとアマテラスの防空隊による撃破され、アクシズ内部でも異端であった旧エゥーゴ派とその最右翼集団である「ヌーベル・エゥーゴ」のお目付け役もジェスタ15機とZプラス9機に囲まれて成すすべも無く撃破される。
趨勢は決する。
それは総旗艦ベクトラの艦橋で全軍の総指揮を取っていたエイパー・シナプス大将がしみじみと感じた事である。
そしていよいよ最後の仕上げに取り掛かるべく動き出した。

「アンダースン少尉、ワッケイン中将を呼び出してくれ」

その言葉に、ブライト・ノア中将の副官であるタクナ・S・アンダースンが受け答えした。
直ぐにワッケイン中将の乗艦に当たる大型戦艦ドゴス・ギア級の一番艦、ドゴス・ギアに回線がつながる。

『これは司令長官。少々立て込んでおりますので今しばらくお待ちを・・・・そうだ、砲撃を強化しろ。逃したマゼラン改を沈めろ・・・・ん?
よろしい、参謀長、しばらく席を外すので指揮を任せる・・・・・申し訳ありません、お待たせしました』

ワッケインが敬礼する。本来なら戦場での敬礼は省かれやすいのだが、それを見事にするあたり、戦況に余裕がある証拠であろう。

『作戦は順調です。被害は想定の最も少ない数値を維持しており、索敵部隊から発見したパラオ要塞を出港した6隻の軍艦以外に機動戦力は見当たらないとの事です』

タウ・リン指揮下の私兵集団である「ヌーベル・エゥーゴ」は壊滅、否、消滅。
タウ・リンの乗っていたであろう青いシナンジュも敵艦隊の旗艦らしきバーミンガム級の爆発に飲み込まれてレーダーからロスト。
そして増援部隊は最初からない。ネオ・ジオンには予備兵力など初めから存在せずサイド3攻略前哨戦やムンゾ宙域での会戦で消耗も考慮すれば未発見では無く、本当に敵は存在しないのだろう。

(敵の首魁の一人、タウ・リン。あの恐るべき男も恐らく戦死だ。惜しいと言う気持ちと安堵する気持ちがあるとは・・・・・人生とはままならぬものだな)

そんなシナプスの回想を余所にワッケイン中将がスクリーン越しに報告を続ける。
勿論合間に艦隊の指揮を取るのを忘れない。
それが今の地球連邦軍宇宙艦隊正規艦隊の司令官たちの技量であり矜持だった。

「ああ、そう畏まらなくて良い。これより敵残存兵力を掃討しつつ、作戦を進める。
ワッケイン中将、貴官の第13艦隊は所定の位置に向かってくれ。その後は臨機応変と言う但し書きが付くが、揚陸部隊とアクシズ攻略の指揮権を中将に任せる。
貴官の判断で第四連合艦隊の揚陸作戦を支援したまえ・・・・・良いかな?」

この命令、シナプスが発したものは、『あ号作戦』最終攻略目標であるアクシズ要塞揚陸作戦の全指揮権の譲渡。
本来であれば総旗艦と宇宙艦隊総司令官のベクトラが行うべき事だった。
だが、テロリストの執念とでも言うべき一撃が地球連邦軍の計画を若干余儀なくされた。
彼の、タウ・リンの部隊が放った一撃はラー・カイラム級の3番艦である『リヴァイアサン』を中破に追い込む。
更に4隻のロンド・ベル所属のクラップ級も損害を受け、サラミス改とマゼラン改をそれぞれ2隻撃沈された。
特にだ、クラップ級では初の戦没艦になる『ラー・チャター』も現時点では大破、半漂流状態と化しており、弾薬庫誘爆防止のための核融合炉機関停止、空気抜きと総員退艦命令が艦長から出されている。
要約するにだ、タウ・リンの攻撃は艦隊規模、地球連邦軍作戦参加艦艇とネオ・ジオン祖全軍の戦力比率から考えた場合に、あの鬼才は異常な戦果を挙げたと言う事だ。
結果としてロンド・ベル艦隊に少なくない混乱に見舞われてしまい、それは今も続いている。
その余波でベクトラはロンド・ベル艦隊再編成にメイン・コンピューターを使い、その処理に追われてしまった。
ロンド・ベル艦隊旗艦と地球連邦軍「あ号作戦」の参加艦隊総旗艦を一緒にした弊害が出たと言える。
尚、総旗艦と一個艦隊の旗艦を同一にした、その点は地球連邦宇宙軍と作戦を認可した地球連邦軍統合幕僚本部作戦部の慢心であると後世に批判される。

「構わんよ、本艦は現在友軍艦隊の再編に力を注ぐ事とする。ドゴス・ギアの能力を活用して上陸作戦を成功に導いてくれ」




RX-93とRX-0二機に、PMX-3を中心としたアクシズ第1宇宙港攻撃部隊は遂にネオ・ジオン軍最終防衛線を陥落させる。
その動きは凄まじく、アムロ・レイの駆るニューガンダムは僅か1分で重巡洋艦であるチベ級1隻を轟沈、二機のRX-0は最後のネオ・ジオン精鋭主力部隊、レズン特別連合大隊と呼称されたギラ・ズールとギラ・ドーガの複合部隊17機を随伴機に一機の犠牲を出す事も無く5分で全て殲滅する。

「これで終わりか・・・・・・・・!?」

それはユウとゼロ、ヤザンも気が付く。

「!!! 上だと!!!」

「ちょこざいなぁ!」

アムロがそう言った時、強力なメガ粒子砲が二発、四機の間を潜り抜ける。
間髪入れず、ゼロとユウはそれぞれの機体のIフィールドで防御し、ヤザンはその野性的な感覚で瞬時に後退、アムロは即座にビームライフルで反撃する。

「舐めた真似をしてくれる! どいつだ!?」

そう言うのはゼロ。バンシィのビーム・マグナムのカートリッジを確認。残弾は9発。問題は無いと判断する。
それはユウもヤザンも同様だった。
それを知ってか知らずか、数刻の後、隕石の一部となったネオ・ジオンのムサイ級軽巡洋艦、ザンジバル級機動巡洋艦の残骸から二機の大型MAが出現する。

『見つけた~』

ガンダムが三機。ようやく見つけたと女は思う。間違いない。
その状況を確認したのか、国際救難チャンネルで腕の無い方の卵色に近い機体が呼びかけた。

「それに乗っているのはアムロ、アムロ・レイよね? いるんでしょ? 答えて!!」

その言葉は酷く幼く聞こえた。泣いている様にも縋っている様にも聞こえる。

「あの時と同じね。あのサイド7と」

その声は聞き覚えがある。
あの時に別れた女の子の声だ。

「この声・・・・・そうか・・・・・なんて因果何だ・・・・フラウ・ボウ・・・・君だな?」

返事をするアムロ。それと同時に別回線でヤザン中佐がアムロのニューガンダムに連絡する。
ある懸念を抱いたからだ。

『おいアムロ中佐』

瞬時の間。通信はヤザンにも聞こえていた。
敢えて「白い悪魔」であるアムロ・レイ中佐に同格のヤザン・ゲーブル、「連邦の野獣」が尋ねる。愚かな事を言うなよ、そう言外ににじませながら。

『色男・・・・まさかこいつを生かすとかいう気じゃあないだろうな?』

殺気。
そして返答するべく通信回線を開いておくアムロ・レイ。
淡々とするアムロの口調。そこにはかつての少年兵として前線に立たされた民間人の男の子の姿は欠片も無い。

『いいえ、恐らく彼女は強化手術を限界まで受けてます。この口調でだいたいわかりますから。
白い方の手の無いMAの相手は自分が、赤紫のサイコガンダムの改良型らしき機体はゼロとユウ大佐で叩いて下さい』

それは男の、アストライアという少女の父親、家庭に責任を、新世代を守る立場にいる地球連邦軍特別治安維持艦隊・通称『ロンド・ベル』所属の男の、責任を果たさんとする声。
もうあの頃の少年の声では無い。それは敵となったフラウ・ボウには最期まで分からない誤算となる。

『つまり残りのジェガン部隊48機とジムⅢ部隊72機は俺が引き連れていけ、そう言う事か?一般兵のヒヨコ共では荷が重い、と?』

その間にもリフレクター・ビットを破壊していく二人のトップエース。
特にヤザンの駆るジ・オのサポート独立AI『ハロ』、彼の名付けた愛称は『コバンザメ』、がそれを可能にした。

『お願いします。中佐の考え通り、恐らく強化された彼女らの乗る二機のMAの相手。これは後輩達にはきついでしょう』

確かに。
そしていつの間にか的確な判断を下せるようになった後背。

『は、言うね・・・・・・分かった・・・・死ぬなよ』

そして思い出す。あの一年戦争地上戦最大の激戦であった戦い。
あの時からの付き合いだった。情けない事に、或いは不思議な事にそれを忘れていた。

『・・・・・・アウステルリッツ作戦のハンブルグやベルファストの時と同じですね・・・・・・大丈夫です、伊達に白い悪魔と呼ばれてません』

そう言って通信を切り替える。武器も持ち代える。敵は恐らくIフィールドがある筈だから。
ユウとゼロは相手がムラサメ研究所の機体の改良型であると分かった事から実弾兵装であるニュー・ハイパー・バズーカに切り替えている。アムロと同じ判断だ。
その間にも支離滅裂な通信が敵の、MAを駆る女パイロットの口からアムロに向けて発せられた。

「アムロ、あなたのせいよ!! あなたのせいでハヤトは死んだ!!! お父さんもお母さんもみんなアムロのせいで死んだ!!!」

この通信は残りの二機にも聞こえたが、感想はさまざま。

言いがかかりだ、とユウは思う。
それがどうした、お前の親がどうなろうと知った事か、とゼロは思う。

彼女とは第13独立戦隊時代に何度か会ったが、戦場で味方に憎悪するなど筋違いも良い所だ。ましてあのア・バオア・クー攻防戦ではアムロ・レイ中佐は良く戦った。
エルメスと呼ばれる機体を拘束し、ジオン十字勲章のトップエースである『白狼』を戦死に追い込み、攻略艦隊を守り抜いた。
そう言う意味では彼は正しい事をした、そのはずだ。この強化人間には悪いがそれは被害妄想が激しすぎると言うモノだ。
が、これは正規の軍事教練を受けた職業軍人であるユウ・カジマだから考え付く思考なのかもしれない。
仮に民間人で、赤い彗星のサイド7襲撃で家族を亡くしてなし崩しに軍属にさせられたらどうだったろうか?
それは分からない。理解できない。
ただ一つだけ分かるのは、アムロ・レイという人間とフラウ・ボウという人間が理解する事は恐らくもうないと言う事だ。
それもまた一つの悲劇である。




同時刻・月面都市・グラナダ市郊外 第5宇宙港・グラナダ鎮守府

ここは地球連邦軍月面方面軍、いや、本当の名前は対ジオン方面軍の拠点として一年戦争から15年をかけて拡張、整備された月面最大の軍事拠点である。
その連邦軍が設置した隕石爆撃にも耐えられる地下シェルターの中にザビ家専用のロイヤル・クルーザーとなったザンジバル改級機動巡洋艦『リリー・マルレーン』がシーマ・ガラハウ中将の指揮下の下、二隻の僚艦と共に即時出港準備可能な状態のまま待機していた。

『それで、ミネバ様はそちらに乗船されたのだな?』

通信室越しに見える禿げ頭のエギーユ・デラーズは心なしか5年は、いや、10年は老けたようだ。
やはりムンゾ宙域外洋での会戦に気を取られ、本国艦隊である第二艦隊を敢えて動員していた事、その結果がタウ・リンのサイド3=ジオン本国奇襲成功とそれに伴う閣僚・官僚であり、部下の大量戦死が堪えているのだろう。
自分だってこの責任の重さと追及された時の恐怖は計り知れない。ましてエギーユ・デラーズは軍の責任者であり、作戦線の立案者でもあった。
と言う事は、美味しい所は全てあのテロリスト様に横取りされた挙句、蹴落とされたと言って良かったのだから。

「は、既にミネバ様と親衛隊、並びにゼク・アイン親衛隊部隊は全て収容。いつでも出港できます。
これは現在月に間借りしている私の指揮下のコンスコン中将、ケラーネ中将の二個艦隊60隻にも言えます」

そう言って黙る。

(ああ、たく、本当はこの禿げの憂鬱なんて無視したいのに!!
私はまた厄介ごとを知った。独立戦争時のアリス・ミラーと接触した時の様に、今度もまたザビ家の坊や、いやお嬢ちゃんの、とんでもない秘密を。
なんで王族、公族のロイヤル・ファミリーの一員が一般庶民とやってるんだい!? こっちの心臓を止まらせる気か!?)

無論、そんな内心は外には出さない。
上司のデラーズにも、通信を送ったドズル・ザビ総司令官にも知らぬ存ぜぬを押し通すだけだ。が、一応政治的に生き残るためにギレン・ザビ公王には極秘回線と暗号で知らせた。

『M少女がB少年と情事を交わし、Mは純潔を散らした。対応されたし』

とにかく、それ以外は言えなかったし久方振りに生きた心地がしなかった。まあ、弟戦死の報告や妹爆殺現場でも冷静だった男だ。
たかが、姪の個人的な夜の営みなど、妊娠でもしない限りどうでも良いのだろう。
事実あの冷徹な独裁者はこの通信を表面上は無視している。第一、報告に上がった娘の怪我と醜態に関しても無表情であったとも聞く。

「それでどうされますか? 下手に動くとミネバ様や陛下、ドズル総司令官らの御身を危険に晒す事にもなりかねませんが?」

この問いにデラーズは答えた。
幾分かの苦い成分を含みながら。

『・・・・・・・シーマ中将、ギレン陛下の方針を伝える。現状ではジオン本土は公王陛下のご親政が行われており、目下の最大の政治的課題と軍事的条件は本国の安定である。
が、貴公の懸念する様に、我がジオン公国の誇る高貴なるザビ家の血筋を絶えさせてもならん。
故に第四艦隊は月面に待機。ミネバ様を護衛せよ。わしは自らネオ・ジオン残存軍掃討作戦に出る為、無傷の第二艦隊と月面にいる第三艦隊を指揮する。
貴公はケラーネに伝えよ。3日後にペズン宙域の45=86にて合流すべし、と』

敬礼するシーマ。それを見てデラーズは通信を切った。

「ふう・・・・・とりあえずはバレてないか。まあバレても問題はあの小僧の問題だ・・・・・が・・・・私の精神的な面の為にも・・・・・お仕置きしないとねぇ」




地球連邦政府・某所

『それではあの男は処分するのだな?』

一人のスーツ姿の男が聞く。

『ああ、奴は我々の秘密を知り過ぎた。それにズム・シティ砲撃はやり過ぎであろうよ。禍根を残した。要らぬ禍根を必要以上に』

もう一人の老人が答える。
この部屋には二人だけ。電気は何もついてない。漆黒の闇が辺りを包む。

『ふ、タウ・リンか。憐れな男だったな』

その言葉に同情のかけらもない。
それを聞いた男は答えた。声の質から両者とも既に老人と呼んでよい年齢だろう。

『そうだな、あの男の為に我々は水天の涙で3個艦隊、更にネオ・ジオンのサイド1襲撃作戦で駐留艦隊一つを失っている。
ああ、そうだな、他にもニューヤーク市などの犠牲もあるか』 

男は葉巻を付けてそれを吸った。もう一人も同じ中南米州産の高級葉巻に火をつける。

『ふーむ、問題は潔癖症な連中だが・・・・次の首相選挙で私が勝利すれば問題は無い。それで良いかね?』

一旦言葉を切って、男は、内閣官房長官ゴップは言った。
そう、嘗て地球連邦内部の主導権と全人類世界の覇権を北米州に奪った(彼の価値観では取り戻した)男、ブライアン元北米州大統領、現、地球連邦議会議長に。

『構わんよ。ケンブリッジ君は良く役目を果たした。これ以上の報酬は必要ない。そう、不要だ・・・・あまり餌を与えすぎると飼い犬も付けあがるからな』

無造作に道具を二つ切り捨てる二人の大物政治家。
これが政治の現実だと言うのなら血も涙も無い。
これが腐敗だと言うのならば、キャスバル・レム・ダイクンらの言葉も強ち間違えとは言い切れない。

『まあ、ネオ・ジオン派は既に戦力が無い。アクシズが落ちれば流石のパラオも降伏するだろう』

そして夜は更ける。漆黒の帳が世界を覆うのは夜明けが近いからだろうか?




宇宙世紀0096.03.02の午後6時、軍事標準時刻では0096.03.0218.07に死に体のネオ・ジオン軍を無視する形でアクシズに肉薄する三隻のペガサス級強襲揚陸艦がいた。
その揚陸作戦、『あ号作戦・第20段階』の現場責任者は胸が躍るような気持ちだと、後に述べている。
数機のズサと辛うじて残っていたザクⅡとリック・ドム、合わせて11機がヒート・ホーク片手に接近戦を仕掛けて来るが、護衛のジェガン部隊とジムⅢ部隊に瞬時に駆逐された。
ビームライフルの発した高熱が、ズサを貫く。ヒート・ホークを投げつけてきたザクをジムⅢがミサイルで包囲網を敷いて撃破する。
リック・ドムに至っては味方が壊滅するのを見ると即座に逃げ出す始末だった。
ネオ・ジオン、その士気も崩壊。強化人間主体の彼らの言う『ニュータイプ部隊』という唯一の拠り所にして最大の戦力を失ったアクシズ要塞に対して、鋼鉄の濁流と化した地球連邦軍の数百隻の大艦隊を押し止める事など出来はしない。
これはドゴス・ギアのワッケイン中将とシロッコ少将にも伝えられた。

「オペレーター、戦況しらせい!」

ウォルフガング・ワッケイン中将の命令に呼応するCIC内の人員。
彼らの表情は皆明るい。
予想されていたとはいえ、圧倒的な大勝利をもぎ取れるのだ。そう考えればそうだろう。

(各言う私も内心胸が躍るな。これだけの大艦隊の指揮権を預かるとは・・・・・軍人冥利に尽きると言うモノだろう。
ティアンム提督やレビル将軍の失敗でもう宇宙艦隊での出世は無いとは思ったが、これが露骨な派閥争いとケンブリッジ長官らの対抗派閥からのやっかみ回避だとしても私は良い。
ウィリアム・ケンブリッジの、ティターンズの傘下に入った事で幼い頃からの夢である宇宙艦隊を思う存分に指揮しているのだから)

と、ドゴス・ギアの通信参謀の機転で第二艦橋に上陸専用のオペレータールームが作られた。
そこでは喧騒と勝利の美酒に喜ぶ部下たちの宴が始まっていた。

「先遣隊、敵ネオ・ジオン軍を完全に駆逐しました!」

「ジムⅢ隊による連続ミサイル攻撃開始!! ジェガン部隊の対MS戦闘を強化しました!!」

「ペガサス、ホワイトベース、アルビオン強行接舷開始!! ただいまアクシズ要塞目標地点に上陸、レーザー砲とミサイルで要塞軍港内部を制圧・・・・・制圧完了!!!」

「第四連合艦隊より揚陸船部隊上陸開始。三隻の先発隊の抜けた穴に従って上陸を開始中。既に50隻中、12隻が上陸、途中で揚陸母船の改装コロンブス級とサラミス改級が1ずつ、武運なく沈みましたが、兵員らは小型揚陸艇に乗り移りそのまま上陸作戦を続行中です」

「敵抵抗微弱」

「敵Nフィールド、Sフィールド、Wフィールド抵抗、なし、外洋に敵影なし。繰り返す、外洋に敵影なし!!」

その言葉を聞いたシロッコはワッケインに言う。

「中将、自分のタイタニアの整備はどうです?」

あの厄介な趣味のMS、武骨な兵器と言うより繊細な芸術品と言い換えても良い機体の事だな。
余裕があるから現在は整備班が整備を完了しているが。

「出撃する気か?」

無論。
そう視線で訴えるシロッコ。確かに個人的には彼と性格が合わないが、自らMSを駆り、戦場に出てMS戦、つまり白兵戦の陣頭指揮を取るのは地球連邦軍の将官の中ではおそらくこの男だけだろう。

(後は若干人を馬鹿にする態度さえなければ幸いだのだが・・・・・まあ、全てを求めて許されるのは神のみだから仕方ないな)

そのまま受話器を取り、ドゴス・ギアのCICから格納庫へ艦内電話を繋ぐワッケイン。
一言二言現状を確認。

「少将、発進可能だ。敵には最早戦力と呼べる存在は無いが窮鼠猫を嚙むとも慢心が人を殺すとも言う。死ぬなよ」

予想外の激励に戸惑ったシロッコだがそれも一瞬だけ。
直ぐに敬礼すると自らの愛機に向う為に、CICを離れた。

「やれやれ。あれでは宇宙艦隊司令長官はまだまだ無理だな。行動が若すぎる」

そう言うワッケインはあの0079、0080のルナツー、ルウム、ソロモン、ア・バオア・クーが脳裏に過ぎる。

「いや・・・・ふ、人の事は言えんな。そうでしょう? カニンガム提督?」

それに反応した参謀の一人。

「は? 何か仰いましたか?」

無言で首を振り、意識を切り替える。

「何でもない。気にするな。それより援護射撃を緩めよ。観測機を増やせ!! 
これ以降は同士討ちの可能性が出てくる。敵味方識別による射撃精度の低下防止を急がせろ!!!」




既にリフレクター・ビットやファンネルは無く、α・アジールも度重なるビームやハイパー・バズーカの直撃でズタズタだった。
混乱する瞳が映し出されるのはビームライフルを構えた、嘗ての幼馴染の駆る連邦軍の鬼札。

『白い悪魔』 
それを相手取るには彼女では無理だった。
何もかも失った無い無い尽くしのアクシズで生きた女性。
満足に訓練も出来なかった冷静さを欠くほど強化された強化人間の成れの果て、それがフラウ・ボウ、いや、フラウ・コバヤシだ。

「なんで? なんで? どうしてみんな私をいじめるの? 私だって戦争の被害者よ!! お父さんもお母さんもお婆ちゃんもサイド7で殺されて、私だけ生き残って!!!
その上に何もないアクシズに来ちゃって、体まで提供したのに!! 理不尽だわ!! 不公平よ!!! 何なのよ!!!」

そう言って口部にあるメガ粒子砲を放つも回避するニューガンダム。
また一撃が彼女の乗った機体を揺らす。

「またアムロが虐める!! 何が理想のカップル、大戦の英雄同士の祝福すべき結婚よ!? 
私たちはその時火星圏で!! 死に物狂いで!! キャスバルさんの理想の為に戦っていたのに!!
許さない!! 許さない!! 許さない!! 絶対に許さない!!! 殺してやる!! 必ず殺してやる!!! 絶対に殺してやるんだから!!」

だが。

『そこまで強化されたか・・・・・哀れとは思う。だが、俺ももう10代の少年じゃない。フラウに殺されてやってセイラや娘を悲しませる真似は出来ない』

え?

気が付いたらほぼ0距離にビームライフルを構えるアムロが存在している。

「!?」

「お母さん!?」

辛うじて繋がっているサイコガンダムMkⅡの通信回線から最後の心の拠り所の声が聞こえ、フラウが何か言おうとして途端にノイズに切り替わった。
宇宙世紀0096.03.02の17時58分、地球連邦軍の第四連合艦隊とアルビオンを中心とした強襲揚陸艦隊がアクシズ要塞に肉薄した今、正にその時。
ユウ・カジマとゼロ・ムラサメの放ったビーム・マグナムの閃光はサイコガンダムMkⅡを貫き、フラウの前で爆散させた。
パイロットは無論即死。これを強化人間の強化手術で感情の濁流で理解したフラウは・・・・遂に狂った。

「あは、あはははは、あははははははあははははははあははっはあははははあはあは」

操縦レバーから手を離し、泣き笑いながら虚空を見つめる瞳には目の間でビームライフルを構えたニューガンダムも援護に回って来るユニコーンとバンシィの姿も目に入って無い。




『ごめん』

それは誰の為に?

『・・・・・・・・・自分の為さ。アムロ・レイの為であってフラウ、君の為の言葉じゃない。でも言おう・・・・・すまなかった』

嘘つき。

『それでも俺はこんな結末をハヤトに伝えたくは無かった』

ハヤトはそれを恨まないと思う。だって、彼は・・・・・・




彼女の思念はここで途切れた。彼女が何を言おうとしていたのかは永遠に謎となり、それで良いとアムロは思った。思う事にした。思いたかった。
目の前でゼロの乗るガンダムバンシィの放ったビーム・マグナムの弾丸三発が敵大型MAのコクピットブロックを貫通。
ここにアクシズに至る為のネオ・ジオン最後の防衛線は消滅。ネオ・ジオン軍は全戦線で雪崩を打って敗走、殲滅され、この世から消滅していく。

「アムロ中佐?」

寡黙だが情に厚いユウ・カジマ大佐が声をかけてくる。
大丈夫か? と。

「・・・・・・問題ないです、大佐。これよりアクシズ要塞に肉薄する為一時帰投しますが・・・・・第4派の攻撃部隊の指揮をお願いします」

頷くユニコーンガンダムを尻目にベクトラへと戻るアムロ。ただ、やはり疲れた。それだけが彼の感情を覆う。
一方でアクシズ要塞に上陸した先遣艦隊のエコーズ部隊6000名は既に軍港主要地域と敵要塞司令部へと向かうルートに、要塞の核融合動力炉とモウサへの連絡橋を制圧していた。
激しくも短い銃撃戦の末、老人主体の兵士や明らかに後方任務としか思えない素人兵士たちを掃討する。
情け容赦のない戦い。徹底した掃討作戦。正に阿鼻叫喚の地獄であろう。
だが、それでも抵抗するネオ・ジオン軍を一気に押し潰し、止めを刺すべく、携帯式バズーカ砲やロケット弾、無重力空間で使用できる様にした改造型携行ガトリングガンなどをアクシズ要塞内部の戦いに投入。
宇宙要塞内部戦闘のエキスパートとして訓練された地球連邦軍の増援部隊3万5000名と共に一気に攻める。
以降は戦後に公開された通信文から抜粋する。

宇宙世紀0096.03.02の19時41分、アクシズ要塞、要塞司令部制圧。

宇宙世紀0096.03.02の19時47分、アクシズ要塞、主力動力炉管制室制圧。

宇宙世紀0096.03.02の20時25分、アクシズ要塞、Nフィールド軍港、Sフィールド軍港、Wフィールド軍港を完全に連邦軍が掌握。

宇宙世紀0096.03.02の20時30分、地球連邦軍、橋頭堡にそれぞれ1万名を増員。ネオ・ジオン軍陸戦隊残存戦力1127名は要塞各所に寸断される。

宇宙世紀0096.03.02の20時51分、アクシズ要塞、航路情報・冷凍睡眠装置司令部制圧。

宇宙世紀0096.03.02の21時00分、アクシズ要塞、モウサ地区へ第8大隊、第9大隊、第10大隊の3000名を派遣。

こうしてアクシズ要塞の戦いは外洋から内部へと移行する。その最中。




ザビ家専用に作られ、キャスバル・レム・ダイクンとしてシャア・アズナブルが利用していたアクシズの『謁見の間』で一組の男女が対立していた。

「シャア・・・・・どこに行く?」

赤いノーマルスーツからジオン一般兵士用のノーマルスーツに着替えたシャアを何とか帰還したハマーンが問い詰める。
自分のシュナンジュはもう敵軍に鹵獲されて使えないがEフィールドに点在する艦隊とキュベレイ、それにパラオの戦力がある。
まだ戦える、そう言って、そう縋ってきた女をシャアは無視しようとした。自分が抱いた愛人のレコア・ロンドはとっくの昔に戦死していたがこちらにも何の感慨も思い浮かばなかった。
現にだ、こちらの端末から確認したところアクシズは要塞航法システムを乗っ取られ、電力供給システムも半分が敵の手に落ち、4つの宇宙港の内、3つは物理的に占領。取引に仕えたであろう各種データ室、研究室も物理的に奪われた。
この時点で地球連邦軍と地球連邦政府は国益を達したと言える。

(もう駄目だな。ここは一刻も早くナナイと合流するか。ララァを逃す為にもそれが最善の策だろう)

そう思っていた矢先の出来事だったのだ。
拳銃を突き付けたハマーンが現れたのは。

「・・・・・何故着替えた? まさか逃げる気なのか!? アクシズから自分だけ逃げだす気なのか!?
私を・・・・・私と共に死ぬと言う約束を反故にする気か? そうだな? そうなのだな!? 答えろ!!! 私を捨てるのか!!! 地球圏に向かったあの日の様に!?」

肉体関係を結びながら一方的に捨てられる。情が厚い女性ほど許せるものではないだろう。
それが許される人間と許されない人間がいる。
或いは許されると思うのは男の方の身勝手で傲慢で愚かな思惑なのかもしれない。当然だろう。裏切られた方にとってみれば『裏切り』『使い捨て』という事実に何も変わらないのだから。

「ハマーン、ここは捲土重来を期すべきだ。既にアクシズは陥落した。
だが、私のサザビーもハマーンのキュベレイも、パラオの残留艦隊も、残存戦力もある。ならば一時の恥を忍んでも・・・・・」

それ以上言えなかった。ハマーンが血走った目で銃弾をシャアの肩に撃ち込んだ。

「ふざけるな!! ここで死ぬ以外に私達の愛が成就すると言えるのか!? 一体何人殺したと思う? 私たちの行いでこの半年で100万人は死んだんだ!!
ズム・シティだって無くなった!! 一緒に戦ったエンドラのマシュマーたちも死んだ!! あのコバヤシ家の友人達だってさっき死んだと部下が言ってきた!!
その部下だって私の手の中で冷たくなって死んだ!!! だから・・・・だから!!!」

更にもう一撃撃つ。が、これは外れた。

(外れ・・・・いや、外したか? く、こうも豹変するとは!! ハマーンめ!!)

と、その時、血だらけになった一人のノーマルスーツを着た兵士が乱入してきた。
名前をアンジェロ、階級は大尉だった筈。

「大佐!!」

そう言ってハマーンに体当たりをかけようとして来る。

「この小僧が!! 邪魔をするな!!!」

ヘルメットのバイザーに向けてハマーンは12発の弾倉に残っていた10発の弾丸を全て叩き込んだ。
アンジェロは自分を男娼の地位から救ってくれたと信じていた男、シャア・アズナブルの為にその弾丸を全て我が身を持って受け止めた。

「た、大佐、大佐は、こん、な、とこ、ろで、死んでは、いけない、ひ、と、なんで、す・・・・だ、か、ら、に、げ、て、く」

そう息も絶え絶えに言うアンジェロ大尉にハマーンは容赦なく予備の弾倉に切り替えた拳銃を向けさらに発砲する。

「大、佐」

息絶え、宙に浮かぶアンジェロ。
誠に皮肉な事に、この拳銃はシャア・アズナブルが情事の後にプレゼントした銃であり、ハマーン・カーンが肌身離さず持っていたものであり、彼とのデートの際は必ず練習に付き合わせた拳銃だった。
それが赤い彗星を最も崇拝していた一人に向けられ、その男の命を無慈悲に絶った。
全く持って度し難い。
そして。

「手間をかけさせる。これは私とシャアの問題だ。誰にも邪魔はさせない!! 誰にもだ!!
さあ!! もう邪魔者はいない!!! シャア!! 大人しく私と一緒に死になさい!!! 安心して・・・・私もすぐに逝くから。お願い」

鬼気迫る表情のハマーンだが、それでもシャアは言った。
彼もまた鬼気迫る表情で。

「断る!」

そして咄嗟に、アンジェロが稼いだ時間の間に手に入れて持っていた自動小銃をハマーンに向ける。
卑劣漢と罵られようともシャアにはやるべき事がある。それは妻と息子を逃がす事でそれ以外は些細などうでも良い事。そう信じている。この際他人の考えなどどうと言う事は無い。
無視すればどうと言う事は無いのだから。

「!」

だが、肌を重ね、純潔を捧げ、一緒に死んでくれると言った男のこの豹変ぶりに絶句するのがハマーン・カーン。
自分が抱いた女性の動揺、それを見てシャアは言った。

「申し訳ないが、ハマーン。ララァとアフランシの安全が確保できるまでは私は自由を失う訳にはいかん。
身勝手な言い方だが・・・・・・それが責任を果たすべきあるべき姿の父親では無いかな?」

拳銃と自動小銃。威力の違いは明白。
黒いノーマルスーツを着たハマーンは、だが、その言葉に更に思った。

「何を・・・・何を今さら!! あれだけ私を好きにしたくせに、抱いた癖に!! 妻が居たのに私を抱いた!! それで、そんな中で、それで父親面するのか!?
どの面さげて私にその言葉を吐くか!?
あの女は這い蹲ってまで、拳銃で脅されても尚子供の為にNoとは言わなかったのに、貴方は私を脅してまで、そうやってまで自分の未来が大事なのか!? そうなのか!?」

無言のシャアにハマーンは更に取り乱す。

「そこに転がっている死体を見てもなんとも思わないのか? 
それとも、貴方が言ったザビ家への復讐やニュータイプの理想とやらを初めとした何かよりも家族は、貴方が、シャアが踏みにじってきたものは他の何よりも、何よりも優先するのか!?
あの時の、一緒に死んでくれると言う言葉は全て嘘だったのか? そうなんだな? そうなんだな!? 赤い彗星!!!」

激情に駆られつつも引き金を引かずにいるハマーン。
肩や激痛に耐えつつも小銃の砲口を突き付けるシャア。
永遠とも一瞬と言える沈黙に睨み合い。この均衡を破ったのはシャアだった。

「ハマーン、君の好意は嬉しいが・・・・黙っている様だが・・・・私の声は聞こえているだろう?」

言葉に詰まるハマーンを穏やかに、だが見るべき人が言えばかつてガルマを謀殺し様とした時と同じ口調に表情だと言える状況で言う。

「? い、一体何を言う気だ?」

そしてシャアは言う。

「君は良い友人だったが・・・・・君の生まれの不幸がいけないのだよ」

今度こそ完全に唖然とした。
そして何とも言えない感覚をハマーンは感じた。

(良い・・・・友人? 友人・・・・・友人!?)

その瞬間、言葉を理解した途端にハマーンはシャアに対して引き金を引いた。

「ああああああああああああああ」

絶叫と共に。
だが、目元が完全に涙で滲み、激情の奔流故に一発も当たらない。

「私は父親だ。アフランシとララァを守る。すまないな」

そしてシャアが正に発砲する刹那。
舞台に新しい俳優が来る。

「そうですね、シャア。貴方の言う通りでしょう。ならばこそ、最後の役に立ってもらいます。
・・・・・・ハマーン・カーンさん、貴方を地球連邦ならびジオン公国への反逆・反乱・テロ行為の首謀者として逮捕します」

女の声と共に複数の銃声が響いた。

「「!?」」

慌てて振り返ったハマーンに、愕然とするシャア。
そこにはエコーズに護衛されたララァ・スンの姿がある。
そしてララァは地球連邦軍の特殊部隊用の装甲ノーマルスーツを着て命令を下した。

「拘束しなさい」

ノーマルスーツ越しにワイヤーガンで拘束するエコーズの兵士。古典的だが効果的でそのままノーマルスーツの酸素濃度を調整し、ハマーンの意識をもうろうとさせる。
これを見てシャアは内心安堵した。これで何とかなるな、と。
だが、その目論見は次の一言で覆される。

「ララァか、助かっ・・・・」

エコーズ所属と分かる連邦軍小銃の群にララァの拳銃の銃口が向けられた。
そしてララァはすまなさそうに述べる。

「シャア・アズナブル、貴方もです」

と。




一方で唯一の攻撃が少なかった外洋から脱出しようとする艦隊がある。レウルーラ級を中心とした7隻の艦だ。だが、無傷なのはレウルーラのみ。
後は損害著しく、パラオまでたどり着けるか不明である。
これに合流する艦隊が6隻。パラオ方面から来た艦隊の生き残りだ。地球連邦軍の偵察艦隊の集団に捕捉されて10隻の内4隻を失っていた。

「大佐を助けないと!!」

戦況は絶望的。それ知るパラオから来た部隊。
そう言うナナイ・ミゲルを宥めていたラカン・ダカランだったが正直ウザくなった。

「そうか、なら仕方ない。お前だけ先に助けに行け」

そう言って、パラオから5隻のムサイ級と1隻のザンジバル改で援軍を連れて来たナナイを格納庫に連れ出したラカン。

「な、何をする気?」

怯える女。既に敗戦の報告は知っており、スペース・ウルフ隊とは異なり戦場を逃げ出した臆病者の赤い彗星の事も知っている。
故に彼は思った。もうネオ・ジオンという組織は駄目だと、そして彼にはAE社No2で地球の大企業として存続しているルオ商会に伝手がある。

(ウォン・リーの伝手とコネ、それにタウ・リンの遺物を使えば何とかなるな。その為には邪魔な女には消えてもらうか)

既にレウルーラと艦載機である8機のギラ・ズールに3機のギラ・ドーガ、1機のドーベン・ウルフと艦内の主要幹部は飴と鞭で掌握済み。脱出艦隊の連中もだ。
小うるさい女一人いなくても構いはしない。

「ああ、赤い彗星は恐らく戦死だ・・・・・だから、お前さんもあの世とやらで索敵にでも行けばいい」

「!!」

掴みかかろうとして、ナナイは衝撃を感じた。
胸元に穴が開いているのが分かった。

(う、撃たれた?)

そう、撃ったのだ。既にネオ・ジオンは規律も秩序も階級も無い。あるのは強いモノに従い弱い者は捨てられる弱肉強食の世界観のみ。
無情にも時は流れる。
ネオ・ジオン最後の拠点であるパラオ要塞からなけなしの機動戦力全てを掻き集めてきたナナイは自分を抱いた愛しい人に会う事無く、この世を去る。
だがそれも幸いなのかもしれない。同じ立場のハマーン・カーンが絶望の淵に、あろう事かその男張本人に、落とされた事を思えば。

「おい、この女の死体を捨てろ。目障りだ」

そう言ってラカン・ダカランは自室に戻る。
尚、このアクシズを離脱した艦隊の行方は分かってはいない。
ただ一つ言える事はこの後のどの公式、非公式記録にもラカン・ダカランの名前とレウルーラ級大型戦艦の名前が出てこない事であろうか?

宇宙世紀0096.03.03になった時、ネオ・ジオン軍は主要幹部全員が捕縛か死亡か逃亡するかしてアクシズ要塞を地球連邦軍の支配下に譲る。
0096.03.09、地球連邦軍はパラオ要塞をジオン公国軍特別任務部隊のデラーズ・フリートと共に無血占領し、地球連邦政府ならびジオン公国政府は『あ号作戦』と『第二次ブリティッシュ作戦』の正式な終了を宣言。
これをもって歴史上からはネオ・ジオン軍の戦力は完全に潰えた。

宇宙世紀0096.03.12

サイド3に送られる旧ジオン公国兵士、現ネオ・ジオンを名乗った叛徒ども。即決軍事裁判で生き残った上級将校に当たる者は次々と銃殺されていく。
彼らの罪は独裁者への謀反でもあり、恭順命令無視もあって無慈悲かつ迅速に執行されていく。
そんな中、地球に護送される人物らがいた。
『シャア・アズナブル』『ハマーン・カーン』に『ララァ・スン』である。前者は反逆行為の首謀者として、後者は内通者としての功績をたたえた。
これはゴップ長官が持ち込んだ司法取引の結果である。ララァ・スンは決して表ざたに出来ないタウ・リンの功績を、我が子の為に夫を泣く泣く切り捨てざるを得なかった悲劇の女性と言う立場と状況にして押し付けた。
無用な詮索をマスコミにさせないための情報操作の一環である。勿論他にもいろいろ理由づけや情報操作もされるが、これはこれであろう。
それでも反逆者である『赤い彗星』の子供を極秘裏に地球連邦領域内部で育てる為の支援と戸籍確保、諸々の社会制度の保障という裏取引に母親としてのララァ・スンは乗る。
妻としてのララァ・スンを捨てて。その時にどの様な葛藤があったのかは多くの歴史家の諧謔心をくすぐるが、歴史は黙して記してない。
残りの二人の内、『ハマーン・カーン』は情緒酌量の余地があるのではないかと議論されてはいる。
だが、『シャア・アズナブル』に関してはほぼ確実に絞首刑か電気椅子が待っているだろう。
これは地球連邦の市民感情からも仕方がない。
新聞の、地球連邦最大級の情報誌にして数少ない紙媒体の高級新聞の連邦タイムズは結論としてこう述べた。

『白バラは枯れ果てて、赤い彗星も地に落ちた。狂信者は死に、船は平和の海へ』、と。

白バラがハマーン・カーン、赤い彗星は当然にシャア・アズナブル、狂信者はタウ・リン。だが複雑だ。タウ・リンの本当の姿を知る者としては。
ただ投入された四個連合艦隊は分散し、各地で補修作業・補給作業・休暇に入っている。

「終わった、な」

「そして、新たなる時代の始まり」

ティターンズ長官執務室の休憩室でチーズケーキとアイスコーヒーを食していたウィリアム・ケンブリッジの言葉に妻のリム・ケンブリッジが言う。

「嫌な事でも、楽しい事でも終わりは来る。朝を迎えない夜は無く、晴れない雨も無く、春が来ない年も無い。終わりが存在しない物語が存在しないのと同様に。
それは森羅万象が全て諸行無常の響きと共に絶えず変貌する事を意味している、私は幼い頃のタイの寺院でそう修業したわ。あなたは?」

苦笑いするだけで何も言わない夫。
妻もそっと、自分の持っていたコーヒーカップを木造の高級テーブルに置く。

「新たなる始まり、か。地球連邦首相になればまた何かが変わるのかな?」

さあ? とにかくやってみたら? ティターンズだって10年以上纏め上げたんだから案外簡単かもしれないわよ?

簡単に述べる妻。
この年のネオ・ジオンの戦いを利用した息子のジン。息子の会計事務所は年々大きくなり、遂に、ジオニック社、MIP社、ブッホ・コンツッェルの法人株主として株主総会にて3割近い株券を確保する。
それはMS産業と宇宙デブリ回収産業の過半数を制する企業への影響力を絶対的なモノとした事であった。
この結果、ケンブリッジ家は名実ともに政財界軍の4つの勢力の中でも新興勢力の筆頭となる。ウィリアムの望まなかった様に。

「何はともかくこれからが大変だ。アクシズ内部の修復に、地上軍、宇宙軍全軍の縮小。ティターンズの権限移譲。どれもあと4年以内だからなぁ。
宇宙世紀100年の大セレモニー、地球連邦全土とジオン公国、木星圏を含めた新暦記念祭に間に合わせないと」

そう、地球連邦はこの討伐作戦の成功と人類社会の引き締めを狙って大規模なイベント、オリンピックの様なモノを行う予定だった。
これは始皇帝が泰山で行った儀式の様に霧の中を歩むが如き難題だったが、内務省、国務省、国土交通省、文部科学省らの役人や各企業は活き活きとしている。
あと4年で総人口150億に達せんとする人類社会全体が共同で祝う祝賀会を行うとあり、準備は万端にしなければならない。

「まあ、頑張りましょう、あなた」

そう言って、リムはウィリアムの肩に手を置いた。




宇宙世紀0096.05

サイド3復興と戦没者慰霊の為の鎮魂歌が流れる中でグレミーはマリーダ、ミネバと共に出頭を命じられた。
マリーダだけは妙に表情が硬く、暗く、そして青い顔をしている。

(マリーダ・・・・・まだあの戦いを気にしているのか? ジンネマンめ、一体何を吹き込んだのだ? 余計な事を言ったのか? ならば、だ。あ奴はザビ家の親衛隊に相応しくないな。後で直訴するか?)

そして親衛隊によってドアが開け放たれると自分達は妙な男を見る。
自分より若い、恐らくミネバと同い年くらいの学生がスーツを着て紺のネクタイをしめてドズル・ザビの前に立っていた。

「グレミー・T・ザビ、マリーダ・クルス・ザビ、ミネバ・ラオ・ザビ入ります」

そう言って仕切りを跨ぐ。ジオンの国旗をあしらった紅の絨毯に沿って歩く。
そして執務室の机、ダークコロニー01の臨時ザビ家公舎の主、父(伯父)のギレン・ザビが居る所まできた。

「ん、三人ともよく来た。とにかくそこに掛けろ。セシリアが紅茶とスコーンを用意してある」

珍しい優しい声に戸惑う三人。
もしかしたらサスロ叔父の死にショックを受けているのかも知れないとグレミーは思った。

「それで、だ。親衛隊のジンネマンとカーティス中将から報告は聞いた。まずはムンゾ外洋の艦隊決戦ご苦労だった。
二人とも無事、とは言い難いが、生きて帰ってきて何よりだった・・・・・どうした、マリーダ?」

気が付くと妹のマリーダが手に持った紅茶の入った陶磁器を震えながら持っている。カタカタと五月蝿い。
寒いのだろうか? だがここはコロニーであり冷暖房は26度で設定されている筈だが? とグレミーは思う。
ミネバは何故この場に地球とサイド3に向かう為月で一旦別れた筈のバナージがここに居て、しかも父親に睨み付けられているのか気が気でなかった。
要するに、この場で最も気が利くのは今現在はグレミーのみとなっていた。

「もう一度言う、どうしたのだ? 具合でも悪いのか?」

その父親の、ギレンの思いもかけない優しい言葉にマリーダは泣きだした。

「わ、私は・・・・・私は愚か者です。さ、先の、た、戦いでは、お、御父様のご期待に応えられないばかりか部下を無駄死にさせた・・・・・こ、この場では、絶縁も覚悟の上で参った・・・・次第で・・・・・」

それ以上は言葉にならない。
涙を拭こうともせず、白と黒に黄色のエンブレムが入ったシャツに涙が円を作る。

「私・・・・・マスターに言われて・・・・・ライデン大佐に殴られて気が付いた。
あの時、あの場所で、人が死んで逝くのに、人が殺されているのに、それも私の部下たちが対象なのに、別の男しか見て無くて、国の事も、敵の事も、御父様の事も何も・・・・・・」

沈黙ののち、

「何も考えてない・・・・・御父様が一体どれだけ有能で孤独な統治者なのか何も知らない・・・・・私は・・・・・・・バカだ」

そして言った。ずっと避けてきた。怖かったんだ。良く分からないお父さんが。だからごめんなさい。許してください。でも許さなくても良いから、と。
独白を聞いていたギレンは少し考え、無言で笑った後で二人に言った。

「・・・・・・そうか、マリーダも成長したか、今はそれで良い」

と。
その後の記録は残念な事に残ってはいない。ただ妙な報告がある。
三人の内、ミネバ・ラオ・ザビのみが居残りをさせられ、ドズル・ザビの怒声が1時間にわたってずっと響き渡ったと言う事だった。




宇宙世紀0096.10.01

ニューヤーク市の地球連邦議会では遂に、ウィリアム・ケンブリッジ最後のセレモニーが始まらんとしていた。
それは『地球連邦首相選抜選挙』である。地球連邦の首相を決める、いや、今後の1世紀以上の未来を決める宇宙世紀1世紀に相応しい選挙となる筈だ。

だが。

「不用心だね。誰もおらんのか?」

寒さが厳しくなりつつあるニューヤーク市の郊外の高級住宅に帰宅したゴップ退役大将。彼は己の最後の野望、地球連邦首相という人臣位の最高位を目指すと言う欲が出て幾つかの有力派閥と会食してきた。
この点は完全にジャミトフ・ハイマンを中心とした親ウィリアム・ケンブリッジ派閥を出し抜いており、『政界の怪物』が『政界の死神』を凌駕している。

「執事らに休みを取らせたつもりは無いのだがな・・・・・うん?」

明かりがともっている。流石に寒かったのか暖炉のある一番お気に入りの北欧風の部屋だ。

「ほう、気が利くな。だが不用心に変わりは無い。後でそれとなく注意しておかなければ」

そう言ってゴップはドアを開けた。




翌日

「ゴップ長官が来てない?」

議会は満員御礼。恐らくサッカーワールドカップ決勝戦で開催国が勝ち上がった時並みの人気だった。
ネオ・ジオン崩壊、ジオン公国復興、エゥーゴ派閥消滅、木星連盟よりドゥガチ総統来訪、救国の英雄の首相就任などの連邦市民なら関心ある噂などで持ちきりである。
そんな中、会場に到着したダグザ・マックール少将は同僚のロナ首席ティターンズ補佐官から聞いた。

「どういう事だ? 裏で何か工作をしているのか?」

嫌な予感が、長年の軍人としての予感が告げるが、だからと言って救国の英雄とまで呼ばれている人間を引き返させる訳にはいかない。
既にジャミトフ・ハイマンらは派閥工作を完遂させており、議会の中にいるのだ。

「どうする?」

ロナの傍らで書類を読んでいた、相変わらず銀のネクタイに銀のスーツを着たフェアントが問う。恥ずかしくないのかとも思うが。
まあ、良い。

「・・・・・其方は管轄外だからな。
管轄外の事を官僚がやっては何の為の官僚制なのか分からなくなる。とりあえず警察が様子を見に行った様だから報告を待つとしよう」

と、会場から拍手喝さいが聞こえた。そして晴れ渡ったこの青空の下を自分の上官が物憂げな表情をにじませながら出てきた。

「どうやら・・・・」

「ああ・・・・・決まったな」

普段は対立している二人の男も珍しく素直に頷く。この日この場で、宇宙世紀0096.10.02、新たなる、そして史上初めての有色人種の地球連邦政府首相が誕生したのだ。
歓声に沸く世界。これに答えるべく傍目には毅然と、実は内心嫌で嫌で仕方ない状況のウィリアム・ケンブリッジと彼の家族たちが演台に立った。

「!?」

「な!?」

「え?」

この時、演台に至る道が爆発した。
もうもうと上がる黒煙。更に聞こえる悲鳴の中で、自分は、エコーズ総司令官にして地球連邦軍少将のダグザ・マックールは見た。
一人の髭を生やしたスーツ姿のSPが銃口をウィリアム・ケンブリッジに突き付けているのを。そしてその傍らでレイニー・ゴールドマンが血を流して倒れ伏しているのを、だ。




「「「長官!!」」」

「「「政務官!!」」」

「ウィリアム!!!」

「ウ、ウィリアム?」

「お父さん!!」

「お祖父ちゃん!?」

「お、お父さま?」

「父さん!?」

戦友達が、先輩が、息子が、娘が、孫が、そして妻が叫ぶ。目の前には黒光りする銃口。
確かグロックシリーズとか言ったか?
男のイヤホンと直結したマイクに男の声が会場に、つまりは世界中に響き渡る。

「よう、はじめまして、だな? こういう形で会うのは・・・・・と言っても、それ程驚いてないな?」

そう言って男は更に隠し持っていた携帯のボタンを押す。
大きな地震が起きた。後に分かった事だが、旧世紀に建てられた現役の郊外大型ガソリンスタンドと地下鉄の貯水タンクが同時に爆破された振動だった。

「・・・・・・・・・タウ・リン、だな?」

その言葉に男はニヤリと笑った。

「そうだ、あんたが潰したヌーベル・エゥーゴの首謀者で、このくだらねぇ世界の、くだらねぇ生き物の作った、人類社会とかいう世界のくだらねぇ存在だ。
まあ、今から死ぬアンタには関係ないだろうけどな。で、説明はこの辺でいいかい?」

そう言って銃口の引き金を絞ろうとする。

「・・・・・・・・・・」

何も言わない地球連邦の首相。
そんな姿を見てウィリアムをずっとしているリムは思った。

(贖罪の時、か。あの人らしいわ)

固唾を飲んで見守る人々、駆け付けるSP達。

「ああ、そう言えばアンタらは知らないかも知れないがゴップは死んだ。俺が殺した」

衝撃の事実を突き付けるタウ・リン。

「「「「「!?」」」」」

あのゴップ内閣官房長官が死んだ?
何故この男が?
そもそもあの用心深くセキュリティーも万全な官房長官をどうやって暗殺した?

そんな憶測が辺りに広がるのが早い。まるで枯れ木を燃やす様な感覚だ。
そして次の爆弾発言。

「あんなんでも義理の父親だったんでな、精々苦しまない様に劇薬の毒薬を使わせてもらったよ。
先々月に中華のお偉方から購入した、苦しんで死ねるがそれでもただの自然死に見せかける薬だ。結構簡単に手に入ったぜ?
恐らくアンタらの中の誰かを殺す為に用意していたんだろう」

そう言ってウィリアムの額に銃口を突き付ける。
愉悦の表情で。だが、それも直ぐに苛立ちに代わる

「ち、なんだ、テメェは。もっと情けなく喚き散らすかと思ったのに・・・・達観してるな。こんな奴に何度も出し抜かれたのか?
全く嫌になる。
本当なら月を破壊して地球人類さんを皆殺しにする予定だったのに・・・・その泰然とした、如何にも自分は正義の味方、滅私奉公の国家の英雄様ですっていう表情が・・・・・むかつくぜ!!!」

そう言ってグリップでウィリアムの額を殴りつける。額から血が流れる。
直ぐにSPらが撃とうとしたがタウ・リンの常人離れの反射神経にはついて行けず、元の木阿弥になった。

(つまりは膠着状態・・・・・と言う事ね)

タウ・リンと対峙するウィリアム・ケンブリッジは何も言わない。言えない。彼はタウ・リンの正体を知っている。
だから言ってはならないと思った。これ程の業を押し付けた地球連邦という国家を背負って立つと覚悟した以上は。

(これがタウ・リン。悲しいな。実に悲しい。もしも道が違えば良き友に、あるいは自分以上の政治家にでもなんにでもなれただろう。
それは彼の覇気から分かる。だからこそ、ゴップ長官には共感できない。たとえ必要であってもこんな事が許されるのだろうか?
そして一体いつからだろう、臆病な窓際で良い思っていた自分が勤労精神に目覚め、自己犠牲に走るようになったのは?)

そして知らずに自嘲する。

(ああ、全く持って度し難いな)

それも気に入らないだろう。タウ・リンが闇なら、ウィリアム・ケンブリッジは光。
タウ・リンが混乱と破壊ならウィリアム・ケンブリッジは秩序と再生。
これほど水と油の関係も無いだろう。恐らくはタウ・リン自身も分かっている。これがどうしようもないと言う事を。
そしてどうしようもないと言う上で抑えきれない激情だった。

「そうか・・・・・・・・・全て知ったか・・・・・・・・だからって俺はお前を許さん。分かっているさ、これが身勝手な事だってことは。
だがな!! どいつもこいつもさも当然に正義を語るこの世界でどれだけの人間が犠牲になったのか、そして俺の様な屑のくそ野郎の悪党の所為で一体全体、心底死んで逝く奴には関係ねぇ主義主張の為に死んで逝ったのか、そいつを知るにはちょっとした儀式が必要だ!!
それが俺の最後の持論でな。どいつもこいつも、ジオン・ズム・ダイクンだの連邦だの枢軸だのジオンだのティターンズの何だのと貴様らはそうやって高みからさも存在しても信じる人間を助けるしか包容力の無い役に立たねェ神様の様に高みから見下ろし、俺たち弱者を見下す!!
一体全体何様のつもりだ!? あの男は世界を操っていた。自分は死なない不老不死の男で神であるとか・・・・そんな馬鹿な考えでも持ってたとでも言うのか!?」

流れた血が銃口を赤く濡らす。
銃身と血の匂いで辺りが嫌なにおいがする。
SP達がいつでも射殺できるように銃を構え、ダグザやリムらも身構えていた。

「儀式・・・・・それが私の血だと?」

お喋りが過ぎたな。

「ふん、俺はアンタが嫌いだ。そして世界はアンタが好きで、世界は俺が憎い。これ程までに立派な理由は無いと思うがね」



[33650] ある男のガンダム戦記 最終話 『ある男のガンダム戦記』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:e51a1e56
Date: 2013/12/23 18:19
ある男のガンダム戦記32 最終話

< ある男のガンダム戦記 >





銃口を向ける黒いスーツを着た、中華系らしい30代か40代のSPらしき男。いや、テロリストか。首相に銃口を向けるSPなど存在しない筈だ。
銃口を向けられる、濃紺のシングルボタンスーツに赤いストラップの細身ネクタイをした60代の有色人種の男性。

誰もが動けなかった。
誰もが動かなかった。

或いは語弊があるかも知れない。
動きたくなかった、そう言っても良いかも知れなかった。

信じられない。
信じたくない。

男の右手に持つ、オセアニア州製品の拳銃、その引き金にかかった右手の人差し指。
男の意思で、その人差し指に力がかかった。

「やめろ!! 貴様、神にでもなるつもりか!!!」

誰かが叫ぶ。ざわめきが悲鳴になるのも時間の問題。
そんな中、この国で、人類世界で、その歴史上でも最高級の権力を持つ男は思った。

(・・・・今のは・・・・誰の声だ・・・・・一体誰の?)

叫びは途端に『沈黙と不動』、『雄弁と行動』の不可視の天秤、その均衡を崩す。
他のSP達が、地球連邦政府に奉職する警護官たちが一斉に動き出す。
数多の銃口が、銃の照準用レーザーの光が向けられて。
これを瞬時に察した男。そう、彼はタウ・リンと呼ばれ、地球連邦、ジオン公国の領域に住み民の大多数に忌み嫌われている名前を持つ男は語った。

「違うな、俺は・・・・地球連邦と言う歴史の最後の1ページだ」

敢えて緩めた力が再び脳波を伝って筋肉に届く。銃の指に力が入れられ・・・・・・・・引き金が引かれた。




宇宙世紀のあるインタビュー映像から抜粋。
地球連邦政府『リーア州・州都リーア1・州政府電子図書館』より。





『え? その時の状況を言ってくれ?』



『父は小市民らしい父親でした。
お母さん・・・・・母に甘えていて、私に優しい、クリスマスに極東州や統一ヨーロッパ州のぬいぐるみを買ってくれる、何処にでもいる父親です。
ですから・・・・そうですね、やはり・・・・・ジン兄さんはともかく、娘の私は父が連邦政府の高官であるなんて思った事はありませんでした。
まして、将来は地球連邦の首相になると母と約束していたなんて思いもしませんよ。だいたいそんな口説き文句、今時映画どころか三流ネット小説にだってありません』



『でも・・・・私の父はね、立派でした。これは心の底からそう思っています。
何がって・・・・ああ、歴史の教科書に載る様な政治家として、或いは英雄としてでは無いです』 



『そうです、ええ、父は、父らしく、最後までウィリアム・ケンブリッジという人間でいました。ウィリアム・ケンブリッジ首相では無く、父親ウィリアム・ケンブリッジ、です』



『誇りに思っています。もちろん、父を、です。父はあの瞬間まで父であり、そして、母の愛した男性だったのだから』





誰もが血しぶきが舞うのを思い描いた。
それはこの男も、タウ・リンも例外では無く、そして。

(そんな・・・・馬鹿な!?)

タウ・リンの顔がこの場で初めて驚愕に満ちる。
銃声は・・・・・しなかった。
銃弾は発射されなかった。
誰も傷つかず、一滴の血も流れなかった。
そう、弾丸は、不発。



神の悪戯か? 悪魔の加護か? 死神の気まぐれなのだろうか?



タウ・リンが放つ筈の万感の思いを込める必殺の一撃は不発だった。

「くそぉぉぉぉ!!!」

即座に薬莢を輩出するべく左手で拳銃をスライドさせる。
だが、その瞬間の隙は、神に見限られた、否、神に見限られ、見放され続けた男と最後まで神に愛されたとしか思えない男との運命の差は大きかった。
まるで、大宇宙の節理の様に。永遠不変の絶対的な真理そのものの様に、無常にも時は流れ、人は動く。
己の意思で。

(やられる!?)

そう、レイヤーらはその隙を、何より、あの女は見逃さない。
千載一遇の好機を。

「今だぁぁぁ!!!」

「全員構えぇぇぇ!!!」

「撃てぇぇぇ!!」

女の声、それは年老いた女性の、しかしながら張りのある退役軍人の声。
リム・ケンブリッジ首相夫人の軍人時代の反射的な命令で我に返るSP達の銃声が響く。
弾を発射する際の硝煙の匂いが地球連邦首相官邸府の中庭に充満していく。
咄嗟の判断。映画の様な、嘘のような本当の事実。辛うじて後ろ向きに倒れる事で頭部への直撃を避けるテロリスト。
が、それでも脚部に、腕部に、腰部に、胸部に数発の弾丸が命中する。
倒れる男、流れる血。むせかえる様な血の匂い。
辺りに飛び散った鮮血と30発近い空薬莢。

「・・・・やったか?」

首相の盟友にして先輩の、ジャミトフ・ハイマン新内閣官房長官がティターンズ時代から来ている服で警戒しながら近くのSPに問う。
SP達が用心しながら近づいて行く。
その中にはロナ首席補佐官やティターンズ所属のマスター・P・レイヤー大佐(首相警護部門最高責任者)らもいる。

「首相!!」

「閣下!!」

怪我は!? ご無事ですか!?
そう口々に問う彼らに、問われた男は答えようとして気が付いた。
あの男が、先ほどまで銃口を地面に降ろしていた筈の男の手首が動いた事を。
そして聞こえない筈の声が聞こえた。
聞こえる筈など、言葉を発する余裕などない筈なのに。

「は、余裕だな・・・・まだだ、まだ終わって無い」

そう言っていた。
口など動くわけがない。
あの傷で、明らかに致命傷な傷に出血量で動ける筈が無い。
だが、男は、タウ・リンは動いていた。
最後の最後で運命の女神にどぎつい一発をくらわすべく。

「・・・・・ラスト・・・・・シューティング」




宇宙世紀100年1月6日。
ティターンズ退役委員会委員長室にての記録より抜粋。

『はじめて後輩であるウィリアムに会ったのは・・・・そうか、その通りだ・・・・君らの言う通り・・・・もう40年以上前か。
奴が大学の地球連邦軍予備役訓練課程に参加した時だ。
その際は本当にこれでこいつは実戦で使えるのか? 本当になんとかなるのか? と思う程ひ弱だった。意思が、な。
運動部の癖に運動も一般人程度で特に見るべきものも無かった。
それが将来ティターンズを背負って、その後、奴に連邦政府を・・・・人類の未来を託すとは思いもしなかったよ』



『ほう、良く調べている。第14独立艦隊結成をエルラン中将に依頼された時のエピソードか。切っ掛けとなった事はそれよりも随分昔の事だ。
ははは、私も若かったからな。あまり成人した一般常識を普通に持つ女性には歓迎されないような店で奴らをヒューカーヴァイン元AE社会長、あの反逆罪で絞首刑にされた男らと共に歓待した。
ウィリアムは今とは違ってとても酒に強く煩くてな。だが、それ以上に根掘り葉掘りとある女性士官候補生の事ばかりを聞いていた。
それが何と言うか、自分の後ろ姿を見せられているようで歯がゆく思ったものよ。
そして彼に幾つかアドバイスしたし、相談にも乗るようになった。ふむ、そう考えるとこれが奴との最初の軌跡かもしれん』



『後悔か・・・・・そうだな。結果的にケンブリッジ家と言う存在を私たちのいる地獄、いや、奴の奥方の宗教では煉獄というのか?
それに引きずり込んだのは後悔している。彼が居なければ戦争は・・・・・あの一年戦争は全く別の形で終わった。
それは恐らく不幸な結果だったろう。だが、少なくともウィリアム・ケンブリッジにとっては、私ジャミトフ・ハイマンと会うよりも安寧、平穏な一生だった筈だ。
まあ、今となっては・・・・・・全ては老人の妄想かも知れんが・・・・・な。
これで私の言いたい事は終わりだ。他に何かあるかね?』





気が付いたのは彼らの後方に二人いた。二人しかいなかったと言い換えても良いだろう。
ウィリアム・ケンブリッジ首相の真横に駆け寄っていたが為に、同じ方向を見ていたとある兄と妹の二人。
ジン・ケンブリッジとマナ・ケンブリッジ。
この時の二人は幼い頃からの継続した運動の賜物か、それともタウ・リンとは真逆、神の加護か、悪魔の悪戯か、誰よりも早く、誰よりも俊敏に動く。

白いスーツとスカートを履いたショートヘアーの女、黒いスーツに黒ベスト、そして紫のラインが入っているネクタイをした男。
銃口に立ちふさがる二つの壁。
人の、壁。見慣れた、それはそれはずっとずっと見慣れ続けた二人の背中。

息子。

そして。

娘。





地球連邦軍・軍広報局第1級公開資料。
観覧許可書発行済み。

『私が宇宙艦隊司令長官、統合幕僚本部本部長を兼任したのは政務次官の・・・・そう、当時ペガサスを中心とした独立艦隊を指揮していたケンブリッジ政務次官のお蔭ですな。
ご存知の通り、もともと私の士官学校における席次はそれほど高くは無く・・・・・どちらかと言えば一年戦争で戦死したパオロ・カシアス准将と同じくらいでした。
え、ああ。彼は60年代のジオン軍の隠密作戦で負傷した為、早期退役した。私は実戦部門を中心にノン・キャリアとして昇進していったので、所謂エリートではありません』



『人生の転機、いえ、他のノン・キャリア同期との最大の差異は、やはりケンブリッジ家と関われた事ですかな・・・・彼らの一族が私に図ってくれた恩義は計り知れない。
私は非主流派でありながら、最終的には地球連邦軍のNo1になった。感謝しています。
ですから、あの人が・・・・・恩人であり戦友でもあるウィリアム・ケンブリッジという人物が残した存在、道しるべを守っていきたいとそう思っております』



『それが私にとって最後の奉公です。戦争で亡くなった家族らに対しても最大限の供養になるであろうと信じています』




誰が言ったのだろうか?
誰が思ったのだろうか?
親にとって最大の不幸は子供が自分より先に逝く事である、と。

「!!!」

言葉にならない。
軍人として鍛えられた感覚が、目の前の男が、タウ・リンが引き金を引く方が早い事を悟らされる。
マナもジンもウィリアムの盾になる事だけを考えていた。
リムは動こうとして、別のSPが咄嗟に彼女の足を掴む。
倒れる。硝煙の臭いの残る大地に倒れ伏す首相夫人。

「だ、駄目ぇぇぇぇ!!!!!」

そして、タウ・リンは躊躇なく引き金を引こうとし、笑った。

「俺は最後の最後で、奪われるだけの存在から奪う存在になれるな」

続ける。
血の泡を吐きながらも。
苦痛に耐える強靭な精神力で。

「自分の意思で」

と。





とある日のジオン宮廷。

「現在の地球連邦政府にとって最大の幸運となったのは恐らく我が妹、キシリア・ザビの死だな。恐らく当時は誰もそうは思わないだろうし、私以外は考えもしないだろうが」

ギレン・ザビ第二代ジオン公国公王はそう娘のマリーダと息子のグレミーに語っていた。
それは珍しく、親子としての会話である。宇宙世紀100年代の事。

「お前たちの叔母であるキシリア・ザビは・・・・・ふむ、何というべきだろうか?
そうだな、良く言えば中庸な政治家、悪く言えば中途半端な人間だったと言える。
確かに、保安隊隊長としてジオン共和国時代やムンゾ自治国時代の治安維持を女の身でありながら一手に引き受けそれを成したのは正統な評価がされるべきだ。
我がザビ家の政治勢力拡大に叔父サスロと叔母キシリアの両名の活躍が会ったのは事実であり、目をつむる事も背ける必要もない。
だが、キシリアの意義はそれで終わりだ。
お前たちの叔母は私に対して実力行使に出る程敵対心があり、尚且つそれを私や連邦政府に悟らさせてしまう程、愚か者だった。
仮にだが、かつて地球連邦を影から支配していたゴップの様な実力者であれば私への敵対心は巧妙に隠しただろう。
或いは、我らや政敵らに警戒されども排除されないだけの何か利益なり利権なりを提供した。それが出来なかったが故にキシリアは暗殺されたのだ」

真剣に聞く寝間着姿の二人。
傍らには漸く復興したフランス産の高級赤ワインと牡蠣がある。
それを飲むギレンとグレミー。日誌に書き続けるマリーダ。一言二言言葉が交わされる。
ギレンはそれに答える。話し続ける。

「・・・・・ああ・・・・・そうだ・・・・・何者かに・・・・・犯人は未だに不明・・・・・だがな」

そして。

「キシリア・ザビ暗殺事件はウィリアム・ケンブリッジ躍進の第一歩になったのは最早常識以前の事柄だ。
故に地球連邦政府はウィリアム・ケンブリッジと言う当時の持て得るであろう最大級の政治家を手に入れる契機となったと言い換えられる。
仮定の話をいくつ繋げても無意味ではあるが、お前たちの叔母のキシリアが生き残り・・・・ガルマなりドズルなりサスロなりが死ねば状況は大きく変わっただろう。
戦後も終わり、安定期の今だから言えるが、ジオン独立戦争が辛勝でしかない。
である以上、下手をしなくてもキシリアの策謀で我が軍の敗北、ジオンの敗戦で終わった可能性は非常に高い。
また、例え勝てたとしてもその次に来るであろうは・・・・・私とキシリアの内戦だった。
そう考えればジオン公国自体にとっても60年代に発生した犯人が特定できないキシリア・ザビ暗殺事件は最大級の幸運と考えられる」

そしてギレンは言い切ろうとする。
グレミーとマリーダの視線、貴方は妹キシリアをどう思っているのか?
これに対して、彼はこう答えたという。

「可愛い妹だよ。死んだ以上は。それ以外に何の言葉がいる?
もう私の邪魔をしない。そうである以上、キシリア・ザビは我がザビ家によるジオン公国の国家体制への数多いる殉教者の一人であろう」

空になったグラスに別の赤ワインを注ぎながらギレンは言った。
心の奥底から思っている本心を。独裁者ギレン・ザビの本音を。

「だからキシリア・ザビは可愛い妹だ。そして・・・・お前たちの叔母はそれ以上でも、それ以下でもない」





場面は変わる。
タウ・リンが勝利を確信した。
目はほとんど見えないが、幸い強化した聴覚と最後の辛うじて見える視覚があの男を捉えていた。

(親父、俺は最期まであんたを許さなかったぞ)





アムロ・レイ、セイラ・マスのある一夜。
生まれたままの姿を晒してベッドに寝ているアムロに、バスローブを羽織っているだけの半裸のセイラが話しかける。

「兄は・・・・・・ララァさんには会わないと言ったそうよ」

アムロの返事など待たない。
セイラは娘のアストライアが起きない様に静かに語りかける。
久しぶりの、アクシズ討伐作戦『あ号作戦』以来の情事の後を残す部屋で。

「甥と義妹に会す顔が無い、そう私に言った。そう二人に伝えてくれと、も」

アムロは無言で半身を起き上がらせる。
お茶を飲む。

「アムロ、私はそれをあの二人に伝えるべき? それとも伝えないべき? わからない・・・・私も母を幼い頃に亡くした」

そしてセイラは立ち上がってホテルの窓に自らの裸体を映しながら呟く。

「あのアフランシと同じような歳頃に。
だから・・・・・ララァさんとあの子に対して私は兄の言葉を、兄のしてきた事を、そして兄の一生と兄の家族への想いをどう伝えればよいの?」

セイラはガラスに背凭れしながら夫のアムロに問う。

「そもそも・・・・・伝えて良い事なの? アムロ、私の問いに答えて欲しい」

この問いに対してアムロ・レイがこの時何を語ったのかは歴史上に残されていない。

だが、その後、宇宙世紀105年に発生したある動乱の際にシャア・アズナブル奪還を掲げる武装勢力が蜂起。
彼らに戦略家や人間性は疑問符が付くが、それでも一年戦争以前から戦術家としては一流であり、エースパイロットでもある彼を渡すのは不味いと判断した地球連邦政府。
敵対勢力の象徴や指導者となってしまう前に危機感を抱いたパプテマス・シロッコ宇宙開拓大臣らの進言により、シャア・アズナブル、ハマーン・カーンら旧ネオ・ジオン幹部の延期されていた死刑を執行した。

『赤い彗星、遂に絞首刑執行』

その見出しは地球連邦政府の公式見解後、地球圏全土の報道機関を騒がせた。
だが、その赤い彗星ら反地球連邦活動家にとってのアイドル、偶像はでもあった。
この帰結として、それらの死体は埋葬される場所が反政府組織の聖地やシンボルとなる事を地球連邦政府が恐れた為に、極秘指定となる。
故に、こういう噂も流れ続ける。

『フル・フロンタルやマフティー・ナビーユ・エリンを名乗る男は赤い彗星の再来ではないか?』 

と。





銃声が響いた。
それはさっきまでの銃声とは違った。
発生源は自分の後ろ。
目の前の瀕死の強化人間からとは違う。

『自分達の子供たち、二人の後ろから』

慌てて振り向くリムの前には一人の男が両手で地球連邦正規軍から20年近く前に支給されて以来の愛用拳銃を震えながら持っていた。

(構えて、ではなく、持っている、というのがらしいわね・・・・・あの人はこんな時も変わらない)

両足の膝は震え、今にも倒れそうな彼だが、それでもしっかりと両足で大地を踏みしめている。
それに何よりも、だ。
そこにいるであろう全ての人々が感じた。
逃げずにひたすらマイクを向け、カメラを回し、収録と集音と放送を続ける報道陣が、それをTV越しに見続ける地球圏の人々は思った。

今、銃を撃った男の目は、恐怖に歪んでいる。
今、銃を撃った男の目は、後悔に浸っている。

だが、何より、そこには誰もが分かる一つの決意をした男がいた。

「家族を守る・・・・・そう決めた。その為にここまできた」

それは確かに小さい。だが、確実にタウ・リンやジン、マナにまで聞こえた呟き。

「お前が誰であろうと、お前が何であろうと、お前が何を思うと構わない。弁解も告解も懺悔もしない。
だが、私は私の意思で、私だけの意志で・・・・・」

そう男は言葉を区切る。
男は銃口を静かに向ける。
今しがた、テロリスト認定されている本当の愛国者とでも言うべき、自分よりも称賛されるべき男の右手を吹き飛ばした男。
彼は彼の額にレーザーポインターの緑色をしている照準用レーザーを照射する。

「だから、私自身の意志で、お前を殺す」

その声の主、地球連邦首相であるウィリアム・ケンブリッジは決めた。
引き金に指がかけられ・・・・・・銃声が再び木霊する。
発せられなかった言葉とともに。

(例え・・・・・・タウ・リン。貴方が地球連邦に対する最大の功労者で・・・・・この世界が生んだ最大級の悲劇の愛国者だと知っていても!!)




『我が全人類の宇宙開発黎明期の始まりは、ウィリアム・ケンブリッジ首相による10月7日の再宣誓式である』

地球連邦宇宙大学入試過程を通る為に参考とされる歴史の教科書はそう記す。
時に宇宙世紀0153年9月。
当時は、大宇宙開拓時代と呼ばれた高度経済成長と太陽系開拓による経済の活性化、その負の側面である地球連邦内部の富の不均衡。
そして、これによる不満が温床となった武装テロ組織が活発化している時代であった。
いわばある男の遺産の負の連鎖であり、この傾向は宇宙世紀120年代頃から顕著化していたが、それが150年代に入り、より一層の激化を辿っている。
もっとも、基本的に地球連邦体制が崩壊した訳でも戦国時代の様な動乱の時代でもなく、あくまでも不平分子の反乱未遂ではあったが。
サイド2出身の二人目のスペース・ノイド出身の地球連邦首相であるフォンセ・カガチ(初代は120年代に就任したマイッツァー・ロナ)が反地球連邦勢力の一角であるリガ・ミリティアを鎮圧している時の事だった。
それを授業で習っているのはカテジナ・ルースという統一ヨーロッパ州名家のお嬢様。
彼女はそのまま与えられたPCの電子ネットにある『人類汎用辞典』である人物を調べる。





『 ウィリアム・ケンブリッジ 』

地球連邦政府にとって今現在(現首相であるフォンセ・カガチ選出時において)、確認し得る、政府に最大級の貢献を成した政治家である。
宇宙開拓省出身、国家安全保障会議サイド3首席補佐官を経由し、一年戦争後にティターンズ副長官に、0087から活発化したエゥーゴらなどにより暗殺未遂が起きるも、やがてティターンズ二代目長官に就任。
(詳細は『一年戦争』、『グラナダ会談』、『リーアの和約』、『水天の涙紛争』、『ダカールの日』などを参考にされたし)

0096の『反逆者の宴』(正式名称はネオ・ジオン動乱)を終結させた功績と政敵であったゴップ氏が、テロリストにより暗殺された為、比較的スムーズに地球連邦政府の首相へと就任する。
なお、当然の事ではあるが地球連邦創設以降90年、その歴史上初めて登場した、有色人種クォーターの首相でもある。

彼の功績として、火星都市圏開拓、木星コロニー圏拡張、金星調査船団設立、外惑星航路開拓・常用化の為の無人コロニー型プラント設置、ジオン公国の領有コロニーの増設並びジオン主導・領有のフォン・ブラウンに匹敵する巨大月面新都市『ダイクン・ザビ・シティ』の樹立、宇宙港増設、資源採掘衛星の大移動などを手掛けた事で地球圏の生活範囲は大きく広がった。
また、ウィリアム・ケンブリッジは地球連邦の統治する「地球圏本土」に残った最後の対立陣営である準加盟国らとも新条約を結び、地球内部を安定化へと進める。

地球安定化計画とも太陽系開拓計画とも呼ばれている彼の思惑、『シヴィラゼーション計画』。それは彼の存命時代は明確に成功した、とは言えなかった。
だが緊張緩和や軍縮、人類経済圏と生存権拡大には大きく寄与したので、これらは彼の功績とすると、地球連邦政府の首相マイッツァー・ロナは公式見解を残している。
これらによって肥大化していた地球連邦海軍、地球連邦陸軍、地球連邦宇宙軍の軍縮を開始し、彼がその座にいた8年の任期を通して行われる大軍縮を『宴の後』と俗称する。
これにより、ムンゾ自治共和国設立、いや、地球連邦創設とラプラス事件以来続いていた危うい軍備拡張計画を見直しし、地球連邦は軍事力を平時の5%以下に戻す事に成功する、その土台と道しるべを示した。





「ふーん。そうよね」

カテジナはそう言って統一ヨーロッパ州の最大級の宇宙港『アーティー・ジブラルタル』のビジネスホテルから地球連邦首都のニューヤーク市に出発する為ボストンバックに荷物を入れる。
電子書籍片手に。

「そして、宇宙も」

宇宙世紀153年。
地球連邦の総人口は200億人を突破。
コロニーサイドが正式に『州政府』へと格上げされた。
サイド6が『リーア州』、サイド2が『ザンスカール州』、サイド4が『コスモ・バビロニア州』、サイド7が『グリプス州』、サイド5とサイド1は地球連邦直轄州となった。
また、月面都市は相も変わらず自治都市群としての自治権で満足しており、首都が移転する事も、独立運動を起こす事も無く平穏を保っている。





では、彼、この物語の主人公『ウィリアム・ケンブリッジ』始まりの土地であるサイド3は、いや、ジオン公国はどうなっただろうか?
それは彼に語って貰おう。
木星連盟の第四代総統であり、木星連盟からは『木星じいさん』の愛称で親しまれているジュドー・アーシタ退役中尉に。

『ええ? 今さらジオンかい? うーん、ああ、、ジオンは今もザビ家が代々公王になっているなぁ。そう、それだ。カイ・シデンさんのシデン・レポートにある議会による公王選出制度。
それを今でも利用しているよ。
ああ、地球から最も遠く離れていて、アクシズやア・バオア・クー、ソロモンら宇宙要塞を造れた地球圏でも有数の国家、うん、だから木星連盟も木星船団も世話になってる。
グリプスに拠点を置く第4、第5、第6船団はティターンズと地球連邦が、第2船団と第3船団はジオンが担当だからね。
条約でそれなりに木星からの資源も輸出しているからこっちも総人口が58万人でコロニーも27基に増えた。
まあ、こうやって長距離通信でインタビューに答えられるのもウィリアムさんの遺産を使っているから、かな?
ああ、ジオンの先代公王のミネバ・ラオ・ザビにも世話になったけどね』

『民主共和制国家の地球連邦に対抗する為、経済成長と立憲君主制議会制民主主義を取り入れた嘗ての独裁国家『ジオン公国』は今もなお、ザビ家が支配する体制は変わらない。
分家であるドズル・ザビ系統と本家であるギレン・ザビ系統の両統が交互に君主を輩出し、更に議会がその君主の『君臨期間』を統制し、議会により『公王位を承認』する事で内部闘争を抑えようと努力している。
カッコよくいったらこうなるのかな? あ、プルもお婆ちゃんだけど今何してるやら。まだ首都のザビ・シティにいるのかなぁ?
どうでもいいけど、さ。ザビ家の連中も品が無いよな。自分の家名を首都につけるなんて。
幾ら連邦や準加盟国に比べて歴史が短い、或いは無いとはいえ・・・・・あれ? 
西洋史では名前を都市に付ける事なんてそんなに珍しい事じゃない?
アレクサンダー大王なんて20個前後は自分の名前の都市を作った? は? ローマ史を読み解け? マジか? わりぃわりぃ。俺、座学は嫌いなんだ。
その辺は副総統で妹のリィナに聞いてくれ。頼むよ・・・・・・・いや、ほんと』

『まあ、話を戻そうか。うーん、あんまり特筆すべき戦争も無いからなぁ。と言う訳で木星と木星船団は何とか自力で成長軌道に乗って上手くやっている。
ああ、そのゴシップね。
三代目総統のテテニスお嬢さんがトビア君の子供を妊娠してしまったから俺が代わりに四代目やるわ、なんて言っているけど、実際は代理だしな。
将来的にはまた三代目のテテニス・ドゥガチさんに戻るんじゃないか?
トビア・ドゥガチもそれなりに地球圏派遣組で場数を踏んでる筈だし、いまなら使えるでしょ?もう留学生じゃない立派な大人なんだから。
そして、厄介ごとをあのバカップルに押し付けて俺はプロマキシオン恒星系調査を進めるんだ!』

そう語る老人の目は、まだ少年の様に輝いていた。

ちなみこれは宇宙世紀140年に撮影された記録であり、今から13年前のモノになる。
既にジュドー・アーシタは鬼籍であり、120年代の財政見直し計画によって太陽系外調査計画白紙に戻され、当時のロナ首相により、今現在に至るまで完全凍結されているので注意されたし。





「こうやって読むと本当に色々あったのよね・・・・地球連邦も、ジオンも、そして・・・・・人類も」

カテジナはそう言って最後の電子ブックのページを読み込み、

『我が地球連邦政府は、地球圏だけでは無く、この太陽系全てに住む全ての生命体に責任を持つ事を今ここに宣言し、今後100年を通して火星のテラ・フォーミング計画、通称『ラーフ・システム』を、また木星圏の拡張を、更に内惑星である金星進出と太陽系外調査無人探査船計画を進め、更に宇宙世紀150年までに冥王星軌道まで多数の双方向通信システムを配備する事を決定します。
また、各惑星開拓の為、地球連邦軍は州軍、四軍の各軍備の抑制と少数精鋭化を進め、地球緑化と全類生存圏全体の繁栄を主目的とします。
ティターンズは首相直轄の治安維持の為の武装機動警察とし権限を縮小または各省庁に移管し、ティターンズ直轄である第13艦隊、ロンド・ベルを初めとした艦隊は正規軍に編入。なお、ロンド・ベルは当初の構想通り外郭機動部隊として惑星間部隊として存続する所存であります』

カイ・シデンの質問に、ウィリアム・ケンブリッジはこう答えた。





と書かれたページを閉じて、キャスター付きのボストンバックを片手に部屋をでて、二人の男と宇宙港のある有名な集合場所で落ち合う。
そして。
現在の地球連邦政府武装警察ティターンズ所属の実験部隊『ベスパ(俗称はイエロージャケット)』であるクロノクル・アシャー中尉、アルベオ・ピピニーデン大尉の案内と護衛の下、最近物騒なテロ集団の動きを警戒しつつ、第2発着場に向かっていく。
金髪を靡かせて。
その通り道で、ホテルの玄関に設置された大型TVに映し出されているニュースキャスターが昨今の情勢を報道する。
それはどんな時代でも、どんな情勢下でも世界から争いが無くなった事は無いという悲しい人類の性質を伝える様な内容であった。

『それでは次のニュースです。
地球連邦軍統合幕僚本部の作戦本部長であるタシロ・ヴァゴ中将が大将に昇進されることになります。
来月8日付けで新宇宙艦隊司令長官に就任される事が、先程のアストライア・レイ内閣官房長官の公式会見で明らかにされました。
また、レイ長官の軍事顧問官でありヴァゴ中将の副官でもあるファラ・グリフォン大佐によりますとこの人事は深刻化する治安情勢悪化への対処、その布石との事です。
現在の主な反地球連邦分子、サーカスを名乗るテロリスト集団、木星帝国を宣言した木星連盟内部のクーデター派残党軍、リガ・ミリティアを名乗る旧エゥーゴ・旧ネオ・ジオン連合派閥への掃討計画が見直される事であり、今後の宇宙開拓、シヴィラゼーション計画において新たな課題となるのは明白。よって大佐によりますと・・・・・・』





時は遡る。
過去へ。
人々が思いを馳せる、今は無い、しかし、かつては存在した明確な事実。時の流れに。





放たれた弾丸は男を穿ち、銃声と硝煙は空に溶け、空薬莢は大地に落ちた。
ガクリと膝をつくウィリアムに駆け寄るリム。
マナとジン、ジンの家族らはSPらが議事堂へと避難させていく。

「・・・・・・・・リ、リム?」

夫は、最愛の人は震える手で銃を握っていた。
汗が額中にあふれている。
震える声でウィリアム・ケンブリッジはリム・ケンブリッジに問うた。

「これで・・・・終わったのか?」

と。
夫の焦点の合わない視線を遮るようにして彼を抱きかかえる。
そのまま夫を抱きしめた。

強く抱きしめた。
そして頷く。

「終わった・・・・・終わったの。もう終わったのよ」

ふと、ウィリアム・ケンブリッジは気が付いた。気が付かされた。
自分の放った銃弾は額では無く、タウ・リンの咽喉を貫いていた事を。
そして、タウ・リンは事切れている事を。

「そうか・・・・・終わったのか・・・・・あのサイド3からの悪夢が・・・・・漸く・・・・・」

SP達に誘導され、専用の車に乗せられる。
レイヤーらが必死の形相で彼を守りつつ、首相と首相夫人を要人避難の為の緊急用シェルターに送る。

「・・・・・だが・・・・・本当に?」

本当よ。

無言で頷く妻。

「貴方は悪夢に打ち勝った。そう、もうそれでいいじゃない。だから・・・・それを下ろして。もう必要ないのよ。私たち家族には」

そして漸く彼は自分が未だに拳銃を握りしめたままだったことに気が付いてゆっくりと指を話していく。
妻が安全装置をONにし、そのままマガジンを抜く。ウィリアムはリムに倣って実弾の入った薬莢をスライドさせて排出させた。
誰も何も咎めない。
当然であろう。

『首相がテロリストを自らの手で撃ち殺して家族を守る』

なるほど、確かに美談だ。
だが、愚談でもある。
どこの世界に、この宇宙世紀の世界に国家元首が陣頭指揮を取って最前線に出向かなければならないのだ。
ここは民主主義国家であり、近代化を果たした国家だ。決して、歴史上の英雄譚の世界やRPGゲームや映画、小説、ドラマの様なファンタジー世界では無い。
それはあってはならない。何があっても、だ。
リムは言葉を紡いだ。彼を解き放つために。

「ここは地球連邦、そしてあなたはその指導者。でも、それ以上に私の最愛の人であり、マナとジンの父親」



そして。



そして?



「私たちに何かを見出した新しい世代らの希望の光。
あとは・・・・・・・うん、簡単ね。孫たちの優しい祖父だわ」

防弾用、対狙撃防止用の強化スモークガラスで遮られた後部座席で夫を膝枕させると、老いた嘗ての幼馴染は言う。

「ウィリアム・・・・・ごめんなさい」

と。
何を謝るのだろうか?
そう思っているとリムは言った。

「・・・・・・・私・・・・・・・ウィリアムに人殺しをさせた・・・・・・ごめんなさい」

漸く理解した。
自分が泣いていた事に。
タウ・リンを、いいや、人間を直接自らの手で殺した事の恐怖かどうか知らないが、それでも泣いていた。
その事に漸く気が付く。

「あ、ああ、その事か・・・・・大丈夫・・・・・・大丈夫だ・・・・・くそ、ええい、畜生。
決して大丈夫とは・・・・・・言い難いけど・・・・・・覚悟していても・・・・・いざとなると怖いものだ」

ウィリアムは右手をリムの右手の甲に重ねる。

「手の震えが・・・・・・止まらない」

無言でリムは両手でウィリアムの両手を包む。
ブルブルと震えていた両手の振動はやがて小さくなり、そして止む。

「あ・・・・・ふふ・・・・・ウィリアム・・・・・・大丈夫よ、止まる・・・・・止まったわ・・・・・もう・・・・・・大丈夫・・・・・・そうでしょう?」

躊躇いがちにウィリアムは聞いた。
聞きたくて聞けなかった事を。
そして両手を握ったままの老夫妻は視線を交差させる。

「今だから聞きたい。今しか聞けない。そして正直に答えて欲しい」

間をおく。

「何を?」

疑問符を浮かべながらも、夫に先を促すよう尋ねる妻。

「・・・・・・・・リム、その、後悔してないか? 
私なんかを伴侶に選んで・・・・・大きな苦労を背負わせて。本当に後悔はないのか? 
本当にあの時の決断を後悔してないのか?」

溜め息が出そうなのをぐっと堪えるリム・ケンブリッジ、いや、リム・キムラ。

(・・・・・改まってこの人は何を言うかと思えば・・・・・・・呆れた・・・・・・何を馬鹿なことを)

そして。





「ウィリアム。私は貴方と人生を共に歩んでいる事も、歩んできた事も後悔してないわ。ええ、これは神と子供たち、それに両親と孫たちに誓ってそう言える」

それは明白な答え。

(何故?)

明白な運命。

「だって・・・・・・・・あなたはあの日に交わした約束を守ってくれたじゃない」

疑問。

(約束?)

何の事だろうと聞こうとするウィリアムは、それを遮られる。

「あら・・・・あれだけ大きなこと言ったのに忘れたの・・・・・ほんと、ズルい男だわ。
私が出会ったどんな男よりもズルくて、臆病で、見栄っ張りで、弱虫で、そして・・・・・大切な男よ」

困惑が溶けないこの鈍感お兄ちゃんに伝える。

「覚えてないの? それとも忘れてるふりをしているだけ? 可愛い人だわ。変わらないわね、ずっと。
地球連邦の首相にだってなってやる、だから俺と一緒に来い、そう言ったのは貴方でしょ?
そして貴方は約束通りに、契約通りに、誓い通りに私達の家族を守り、私達の仲間を守り、第14独立艦隊を初めとした戦友達、つまり私たちの誇りとなった。
だから・・・・・・私は貴方だけを伴侶とし、貴方と共にこの戦乱の時代を生き抜いた事を嬉しく思う」



それに。



それに?



「貴方は私を愛してくれている。私が貴方を愛しているのと同等か・・・・・・それ以上に」




第三章・『反逆者の宴』編

及び

ある男のガンダム戦記 完結



後書き

2年という長い間、しかも途中で何度も休載をしてしまい誠に申し訳ありませんでした。
スランプに陥ったり、就活で挫折したり、留年しそうになったりと私生活を優先した為でしたが・・・・申し訳なく思います。すみません。
そして・・・・・ある思いつきで始まったこの物語もここにて一区切りとさせて頂きます。
感想返しをする暇も無く、社会人の厳しさを実感している今日この頃ですが、それでもこれを完結できたのは皆さまのお蔭であります。感謝です。本当にありがとうございます。
誤字脱字は無い様に、と何度か見直しをしておりますが・・・・・やはり本職の記者では無いので結構な誤字脱字が見つかりへこんだりもしました。
また、書き切れなかった部分(ソロモン攻略戦や100年代~150年代、あとネタバレですがウィリアム、リムらの国葬編など)はまた来年にでも書ける時書きたいと思います。
とにかく、ここまで読んで頂いた全ての読者様に感謝を込めて。一言。

『ありがとうございます』

それでは、『ごちそうさまでした』

『ある男のガンダム戦記』 作者・ヘイケバンザイ




[33650] ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像01 』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:0be69fdd
Date: 2014/02/12 19:18
ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像 』




< 外伝・第一話・戦乱が去った酒場にて >






宇宙世紀153年。
統一ヨーロッパ州ウーイッグ地方。

「さて、最初に名前を確認させてもらいましょうか」

そう言ってティターンズ第二軍服(茶色と黄色のスカーフを基準としたティターンズ独自の制服。宇宙世紀122年に採用)を着た大尉の男が聞く。
部屋は映画にでも出てきそうな典型的な取調室、ではなくて、普通の航空会社が旧国際ハブ空港・現地球連邦第一級地上空港の高級ラウンジの様な場所。

「先輩・・・・まずは自己紹介からでは?」

傍らにいたノート型パソコンを立ち上げて調書を取ろうとしていた赤髪の中尉が制する。
そう言いつつ、ジオン公国産の紅茶を二人に注ぎ、同じくジオン公国産のクッキーを数枚皿の上に置く。

「ああ、そうですな。これは失礼しました。
私はアルベオ・ピピニーデン大尉。後ろで秘書役の男は貴方を助けたクロノクル・アシャー中尉です。
所属はこの制服を見ての通り分かると思いますが・・・・・ティターンズのモノです。こちらがID付きの身分証明書です。どうぞ。
・・・・・・・ルース・・・・・・ええと、名前の方はカテジナ・ルース女史、地球連邦市民権のID番号は・・・・・クロノクル・・・・ああ、すまない」

そう言ってプリントされた書類を渡す。
現時点でもジオン公国、地球連邦政府、並び、地球連邦構成州、地球連邦加盟国の公文書は全て紙媒体である。これは準加盟国数か国も同様。
理由は至極単純。電子データよりも紙媒体の方が長期保存に適しているからだ。
実際、千年単位の歴史を持つ書物が旧世紀から宇宙世紀1世紀と半世紀を過ぎた今もなお解読可能な状態で残っている。
更に、である。
0079のジオン独立戦争以来常識となったミノフスキー粒子とその学問により、電子書籍や電子データは使いやすく紙媒体よりもコストパフォーマンスに優れており尚且つ瞬間通信が可能とはいえ、妨害やハッキング、クラッシュする可能性が高いのだ。

「こちらでよろしいかな?」

ティターンズのアルベオ・ピピニーデン大尉は長い金髪と青を基調としたドレスを着た、年齢的には少女と女性の間にいる者に声をかける。
ここは地球連邦軍統一ヨーロッパ州方面軍の第8鎮守府の一室。
最早、この人類にとっては歴史上の戦争である一年戦争。
その時代に激戦区となり大打撃を受けた(ジオンによる地球侵攻作戦、地球連邦によるヨーロッパ反攻作戦の双方)地域に鎮守府という連邦軍の駐留拠点が置かれている。
戦後80年近くが経過しているにもかかわらず、この付近は未だに不発弾や地雷原、更には地球連邦に見捨てられたと感じる少数派民族のゲリラ抗争が後を絶たない。
これらゲリラと利権争いから脱落した企業、致命傷とは程遠いがそれでも組織としては当然の如く存在する連邦軍内部の腐敗。
未だ穏やかながらも政治的な対立状態にある準加盟国の非合法行為による支援活動を持ってして、リガ・ミリティアなどが活動している危険地帯であると言える。
他にはガルダ級戦略母艦『アウドムラ』を強奪して以来、行方をくらましたカラバも近年世代を交代しながら活動している、との噂だ。

『まるで雑草の様だ』

とは、140年ごろに閣僚として国防大臣の座にいたフォンセ・カガチ。
彼が孤児であった養女(現在は首相秘書官)のマリア・ピア・アーモニアに呟いた台詞である。
現実論として州政府間の貧富の格差が拡大している為、これを理由に地球連邦体制打破を目指す勢力は多く、ジオンのような統一された軍備と国家的なものは存在しないが、それでも尚、連邦軍から見れば少数勢力、が明らかな私設武装組織の武装蜂起は多い。
これは旧世紀に小型兵器(宇宙世紀でも現役のAK-47自動小銃など)がアフリカ三州や中央アジア州などの紛争地帯に格安で拡散したように、MSもまた、その利便性故に多くの企業がライセンス生産を行い、中小企業までもが使用した事が一つの要因である。
そして、MS-06ザクⅡなどのジオン系統の機体もRGMシリーズもジオン、連邦のそれぞれの国策故に統一規格が導入され、一年戦争後の機体はジオン製、連邦製、更に首相直轄であり政府管轄のティターンズ製MSさえも共同整備が可能でとなる。
これが一つの要因となって個人、とは言わなくても、ある程度の規模の組織にMSを保有させる結果となる。
加えてバッテリー式MSの開発や武装を外したホビーハイザックと言われる様な機体、MS格闘技大会などもMSの拡散・所有に拍車をかけてしまった。
これは90年代から104年までの政権を担ったケンブリッジ政権最大の失敗と言える。
そんな情勢下の153年。
ルース家のお嬢様がリガ・ミリティアの拠点に居たという情報を伝えられた現地警察は、新型MS隊を保有する自分達『ティターンズ』の切り札部隊『ベスパ』に出動を要請。
数度にわたる交戦の結果、カテジナ・ルースとオイ伯爵と呼ばれるリガ・ミリティアの指導者の一人を手中に収めた。
そして彼女が尋問されるいわれがこれである。

「・・・・・・・」

カテジナは提示された紙を無言で確認した。
自身の生年月日とイニシャル、指紋と写真に自筆のサインが入った国民IDカードのコピー。
リガ・ミリティアとティターズの一部隊であるベスパとの抗争で失った物だ。
コピーとはいえ再発行してくれた上にあくまで迎賓室で任意の事情聴収と言う事は、地球連邦政府は私こと『カテジナ・ルース』をリガ・ミリティアの『協力者』では無く、戦闘に巻き込まれた一民間人、『被害者』として見ようとしている、そう考えて良いかも知れない。

「間違いないかな?」

ピピニーデンが念を押す。あくまで優しく、だ。
頷くカテジナ。

「さて、では何から聞こうか・・・・・緊張しているようで・・・・・そうだな、先に緊張をほぐす為にも地球連邦の英雄たちの話でもしようか?」





これは既に過去の事。だが、未来の事。宇宙世紀0096も終わりを迎えつつある12月28日。

「クリスマスも終わったか・・・・次は元旦だな」

そう呟く地球連邦軍『ロンド・ベル』艦隊の士官。
0096の首相宣誓式。この日の自殺テロとも言うべきタウ・リンの行った最後のテロ行為を境に、ネオ・ジオン軍やエゥーゴ派閥の反地球連邦軍事行動は一応の終局を見た。
そして、内外に新しい時代の到来を告げるべくして、地球連邦政府はウィリアム・ケンブリッジ首相の指導の下に『シヴィラゼーション計画』を発令するべく動き出す。
既にマスコミを経由した計画の具体的な内容の発表は完了しており、後は実行するだけ。
尤もこの実行するのが大変であり各省庁や財界、政界、議会への根回しや説得、或いは脅迫で寝る暇もない激務がウィリアム・ケンブリッジを筆頭に政府閣僚らは続いているのだが。
そんな中、一隻のラー・カイラム級大型戦艦がクラップ級巡洋艦6隻を引き連れてニューヤーク鎮守府宇宙港に入港。
旗艦の名前は一番艦の『ラー・カイラム』。ロンド・ベル艦隊第一戦隊旗艦にしてロンド・ベル艦隊総旗艦。
半舷上陸が許可された乗組員らが街に繰り出そうとする光景が所々に見える。それはこの人物も例外では無い。
軍用ショルダーバックを担ぎ、拳銃の携帯許可書を持って歩く青いカラーリングをしたロンド・ベルでも唯一の軍服を着る男。
彼は煩わしい手続きのある軍用税関を年下の二人と共に抜ける。

「ではお先に」

「アムロさんも」

ジュドー・アーシタ中尉とカミーユ・ビタン大尉がそのまま別のゲートから出発する。
彼らは家族に、或いは恋人と共に、休暇を過ごすべく、この首都ニューヤーク市から中米州随一の安全と景観とレジャー設備を誇る、観光立国で経済再建に成功したキューバ共和国へと向かうのだ。

「ああ、また来年の新年会、だな。二人とも羽目を外すのは良いが犯罪だけはするなよ」

「分かってます」

「ちょ!? 信用無いなぁ・・・・」

それぞれの言葉で、カミーユは先にゲートで紫の口紅と赤いマフラーと黒系統の服で身を固めたフォウ・ムラサメの下へ、ジュドーはセイラ・マスの下、エコール大学の制服を着たリィナ・アーシタの下へ向かっていく。
一方のアムロは三人の中では一番最後に入港手続きと休暇申請手続きを済ませた。
電子カードを管理官に見せ、大佐の階級章を付けた軍服を脱ぎ私服に着替えると、ニューヤーク市の中堅ホテルに向かった。
そして、市街地に行くために荷物を置く。そして、ホテルのフロントに鍵を預けこう頼んだ。

「それじゃあ、妻と娘に言伝を頼む。明日の10時にこのホテルのドイツレストランで会おう、と」

スマート・フォンにも妻と娘に伝言を残すとかつて第13独立戦隊が結成式をしたバーに向かった。
出世した為離れ離れになった旧友に再会する為に。
極東州製のバッテリー式バスに揺られる事30分ほど。
目的地に到着する。
バーの中は暖房があり、外の雪化粧とは別世界だった。

「久しぶりだな、ブライト」

そう言いつつ、席に座る。

「ああ、アムロも元気そうだ」

先に飲んでいたブライト・ノア。

「まだあの戦いから1年も経過して無いぞ?」

「それでも、だ」

「そうか?」

「そうだ」

そう言うのは18歳から着ていた地球連邦軍の軍服を脱ぎ去って、背広を着た、髭を生やしている貫録を持った男性。
彼の名前は、ケンブリッジの英雄達と言われている『ブライト・ノア』、退役中将。

「あの作戦が俺にとって最後の戦闘だった。良くも悪くも、な。だから今日は会えてよかったよ」

先のアクシズ攻略作戦の後、ウィリアム・ケンブリッジはある人事を温めており、これを実行していった。
それはある意味で軍閥化の第一歩だったのかも知れない。実際そう危惧する声はパラヤ議員やビスト議員らから続出しており、連邦議会でも論議されている。
だが、あの穏健派という印象が強いウィリアム・ケンブリッジはそれを強行する。自分の周囲を嘗ての戦友や息子の会社関係者などで固めていく。
理由は分からない。
若しくは地球連邦軍の為を思って行動したのかも知れない。
そう、既に自分の想像の埒外にまで肥大化した地球連邦軍やティターンズへの彼の持つ独特の警戒感の表れと手綱を握りたいという思いの結果だったのかも知れない。

『ティターンズ独裁政治は避けなければならない』

『これ以上の権限拡大は第二、第三のエゥーゴを生む可能性がある』

『ティターンズと地球連邦軍が内戦状態に陥る事も憂慮しないと』

『だが、急激な縮小は政府内部の反発やティターンズと連邦軍の分裂を引き起こしかねない』

『対応を誤れば、ティターンズ派閥のクーデターの引き金になるぞ?』

『上層部は良い。60%のティターンズも、だ。問題は悪い意味での差別感を持つ者達や劣等感を持つ者の取り扱いだ』

『エリートの中のエリートであるのは間違いない。それは認める。だが、そうであるが故に驕り高ぶる、か?』

『その通り。嘗ての我々連邦政府がそうであったように』

『嘗て? 今もでは無いかな?』

『それを言うな・・・・・・首相が違えば政府の方針や意識改革も出来ると信じさせろ。それが例え虚構だとしても』

『砂上の楼閣でも楼閣は楼閣だよ』

『なるほどね』

これは第一回目の閣議で議論された事で、地球連邦はジオン公国との外交や準加盟国問題以上にこの対応に追われた。
結果、彼、ブライト・ノアは地球連邦軍中将で退役。
現在の役職はウィリアム・ケンブリッジ首相の要請を受けて『ティターンズ長官』となる。ティターンズを安定化させる為の政府閣僚人事と公式発表されている。

「だが驚いたぞ。まさかブライトが一躍政府閣僚とは・・・・・ミライさんは知っていたのか?」

確かに。
ブライトは一口摘みを口に入れる。そして言葉を続ける。

「知っていた。ただ知らされたのは『あ号作戦』発令直前だ。それに・・・・・今だから言うがウィリアムさんから内密に打診はされていたんだ」

この一言に驚く。
では、あの人はこうなる事を、首相就任を予期していた?

「それは分からん。ただ、軍人以上の地位について軍部と政府の懸け橋になって欲しい。今の連邦軍には敵がいない、それは大変危険だ、と」

『分かるだろ?』という視線に無言で頷くアムロ。

「今年の5月にウィリアムさんは俺に言った。今の地球連邦は王朝だね、と。
民主共和制を掲げる超大国であるが、実質は巨大な軍事力を持つ帝国だ。
そして対外的脅威が無くなった国家の軍は肥大化するか縮小するか二択しかない。そして後者を選択しなければ国家財政を圧迫し国家を食いつぶす寄生虫となる。
しかも性質の悪い事に、ガン細胞と一緒で宿主を苦しませ死に至らしめる、とも。だから統制をしなければならない、と」

そう言って二人は黙る。
先に口を開いたのはアムロだった。

「MS一機の値段が暴騰していく以上、それを戦争や紛争、テロ行為使い道のない兵器として運用するよりも民間の宇宙開発や惑星開拓、地球再建に費やすべき、か。
どこまで出来るかな?」

疑問。疑念。
古来軍縮に失敗した国家も多い。有名なのはソビエト連邦だ。彼らはアメリカ合衆国と軍拡を行い、国家を自壊させた。
ナチス・ドイツや大日本帝国も当時の視線では分からなくても後世の分析では国策を誤って軍拡を行い、最終的には戦争、敗戦という流れに至る。

「ああ、だから俺だとあの人は言っていた。民衆受けのする英雄で、将来性もあり経験も豊富、臨機応変で、何より、運がいい男が欲しい、だそうだ」

思わず笑う二人。

「あの人らしいな、ブライト」

「ああ、ウィリアムさんらしい」

そして彼はカイ・シデンの分析が乗っている『シデン・レポート』の今週号をアムロに見せる。

『ブライト・ノア第三代ティターンズ長官就任ついて。

先ず結論から言うと、良策である。
地球連邦の一員として、或いは穏健派の実戦経験将校としては人望もあり実績もある為、損失かも知れない。
加えて、まだ40にもなって無い官僚未経験者と言う意味では異例の大抜擢である。
これに反発が無かったわけではないだろう。
ないが、それでも軍内部に限れば最高峰のエリート部隊『ロンド・ベル』のポストが一つずつ空くのでそれほどでは無い。
軍内部のバランスを考えれば高級将校のポストが一つ皆上がる以上問題は大きいと言えず、さらに今後は平時である事から、軍事経験者が政府と軍との橋渡しをする事は軍縮にも繋がり問題はないであろう』

と。

「ウィリアムさん・・・・・二代目ティターンズ長官程の激務じゃないさ。
権限縮小と軍への復帰や退役、指揮系統の整理と主だったものでこれだ。
あの当時は大変な激務だったんだろう? 何せティターズ内部規律の浸透、戦後復興に地球緑化、対ジオン交渉まで押し付けられたそうだし」

注文していた新しい黒ビールとウィンナー、生ハム、塩キャベツが二人分出される。
ビールジョッキをぶつけた乾杯の音が騒がしい店内の地下室に木霊する。

「ああ、後ろに控えているSPや一緒に飲んでるふりをしている護衛の同僚らもそうだ。これが平時であるというのが恐れ入るよ。
あの一年戦争終戦直後からの水天の涙紛争までの戦後復興期間はもっと大変だったというのが・・・・・首相の体験談だそうだ。
家に帰る暇も寝る暇もないからな。それで・・・・・お、美味いなこのビール・・・・・アイルランド産の有名品か」

ビールを呷るブライト。
苦笑いしながら飲むアムロ。
しばしの歓談。

「ビールを苦く感じるのは歳を取った証拠だろ。俺は嫌かな。まあ俺もブライトももう子供がいるから仕方ないか。」

ビールを呷ると今度はカクテルのメニュー票を見る。
そこにいるのは地球連邦軍のエースパイロットして敵から恐れられ味方からが頼られた『白い悪魔』という公人では無く、アムロ・レイと言う一人の私人がいただけだった。

「初めてセイラさんと一緒に飲んだビールは不味くてなぁ。
その時はカシスオレンジやキールなど甘めのカクテルばかり頼んでいた。
子供と言えば・・・・・そう言えばハサウェイの進路は決まったのか? そろそろ大学卒業じゃないのか?」

その言葉にブライトは半分以上残っていたビールを一気に飲みきった。
生ハムを一つ摘み、それも食べる。

「・・・・・全くだ。まだ決めさせてない。保留にしてある・・・・・というかこの間殴り合いになった。まあ、ミライが慌てて止めに入ったが」

「何故? ブライトらしくない」

ブライト・ノアは子供に甘い。
カミーユ・ビダンやジュドー・アーシタ、フォウ。ムラサメなどの地球連邦軍版のニュータイプ部隊編成に対しても最後まで実戦参加を拒んでいた。
特にアスナが自分の指揮下の戦場で同僚と殺し合い、助けた筈の友人に撃たれて死んだと知った時、ブライトは酷く落ち込んでいた。

『自分の職を辞してでも、統合幕僚本部本部長のタチバナ大将を殴りつけてでも撤回させるべきだった!!』

そう司令官室でアムロに愚痴った。
無言で飲むブライト。

「ミライさんが反対しているのか?」

それに首を振り、また酒に口をつける。

「・・・・・・あのバカ、軍人になりたいとか言っている」

と。

「?」

アムロが怪訝な顔をする。
一連の戦争、紛争で新兵器であるMSが宇宙、地上、空、海中、海上で活躍した。
そして巨大人型兵器MSはその戦闘術から古代や中世の騎士・武士・聖戦士などの様な存在として語られている。
だからMSパイロットに憧れ、軍が意図的に宣伝した自分達の様なエースパイロットに憧れて軍を目指す若者は決して少なくは無いし、寧ろ年頃の子供なら当然の希望の様な気がするが。
エースパイロット使用のMSやガンダムなどは格好の人気商品である。
もちろん、軍へ志願する子供を持つ親の心はそれとこれとは全くの別であろうけど。

「それで?」

ブライトに先を促す。
空になったビールの代わりに世界的なビールを頼みながら。

「親の職業を子供が引き継ぐ必要はない。今は宇宙世紀だ。雁字搦めに縛られた旧世紀じゃないんだと最初は諭した。
しかしな、聞いてくれアムロ。
あいつは、ハサウェイは女の為に、クェス・パラヤとかいう女の子の為に軍に入りたいらしい。その瞬間に手が出ていた。
ふざけるなと怒鳴りつけた。
軍とはそんなに甘いモノじゃない、お前まで軍にはいったら母さんとチェーミンはどうなるんだ! そんな甘い気持ちで死んだらどうする!! とな」

ウィンナーを食べる。
マスタードとケチャップをたっぷりつけて。
問答無用でそれを口に入れる。

「ハサウェイがそんな事を・・・・・だがブライト。男の子はそれくらいの方がいい」

何と声をかけて良いか分からなかったアムロは取り敢えず苦笑いする。
それを見て背広姿の、紺色のスーツと黒い水玉模様のネクタイをしたブライトは言う。

「茶化さないでくれ」

と。

「茶化してないさ・・・・・・それで・・・・・・」

話を変えるべく、いや、まだ一介の大佐に過ぎないアムロ・レイと政府閣僚のブライト・ノアでは接する情報量は遥かに異なる為、アムロは警戒する様に、しかし聞きたい事を聞くべくブライトに問う。

「それで?
・・・・・ああ、あの話だな。地に落ちた彗星の末路を聞きたいのか?
だが言える事と言えない事があるのはアムロも分かってくれよ。これでもティターンズ長官なんだ」

当たり前だ。

ならいい。

そして二人の男はバーカウンターの一番奥の席で語る。
クラシックジャズが流れる店の一角で。
勿論この店は政府トップ、実はウィリアム・ケンブリッジ行き付けでありお忍びで来る事もある為、ティターンズと地球連邦中央警察(宇宙世紀100年にティターンズの上級省庁となる)、地球連邦情報省が『定期メンテナンス』をしている。
だからブライトはここを選んだのだ。尤も、それ以上に懐かしいという気持ちもあるが。

「シャアの、赤い彗星の処罰はどうなる?」

念の為にアムロは小声かつ防諜用機器を作動させ、ブライトのみに聞こえるように聞き、ブライトもそれに答える。

「オフレコだ。カイにも言うなよ」

念を押す。

「勿論だ。セイラにも言わない」

当然だと言わんばかりに答えるアムロ。

「ならいいんだが・・・・・」

そしてブライトの語りは始まった。





『赤い彗星』





そう呼ばれる男がこの世界にはいる。
ルウム戦役にてゲルググを駆り、ジオン公国屈指のエースパイロットになり終戦まで生き残った男。
『水天の涙紛争』時のエゥーゴ派閥の同盟者兼アクシズ地球派遣先遣軍並びジオン反乱軍の最高指揮官。
加えてである、0096のサイド1奇襲攻撃から始まった事変、『反逆者の宴』としてマスコミに大々的に取り上げられたネオ・ジオン動乱の首謀者。
本名はジオン・ズム・ダイクンの長男キャスバル・レム・ダイクン。アムロ・レイの妻セイラ・マスことアルティシア・ソム・ダイクンの兄。

(セイラの夫・・・・つまり、アムロの義理の兄になる訳だからな。娘の叔父の未来だ・・・・気になって当然だ)

現在は地球連邦の威信にかけて地球連邦軍総司令部のキャルフォルニア基地第15区地下8階の特別収容所に拘束されている。
これはハマーン・カーン摂政らも同様だった。
特にネオ・ジオン幹部の大半がテロリスト集団として断罪する事を決定している以上、下手な場所で奪還なり殺害なりされては困ると言うのが政府の姿勢である。
殉教者を作れば始末に負えなくなる。それは過去からの訓示。

「・・・・・・・・裁判次第だ」

ブライトはそう言って一度声のトーンを落とした。
さらに続ける。

「恐らくは死刑だろう。それ位の事はやった」

さもあらん。
ネオ・ジオン軍、いや、シャア・アズナブルの行動は確かにそれに値する。
民間コロニーへの攻撃、条約(リーアの和約)によって定められた非戦闘宙域での交戦、ジオン公国本国への無差別艦砲射撃、ガンダム試作二号機搭載の戦略核弾頭、戦術核弾頭強奪、地球連邦首都への巡航ミサイル攻撃、地球連邦議会への武力攻撃、ジオン資産、連邦資産の不法占拠。
いくつかはタウ・リンの立案や関与、実行が疑われているが、それでもさまざまな記録、証人、証拠から赤い彗星の有罪は確定している

「・・・・・弁護人は?」

アムロは聞く。地球連邦の世論が無罪を認める事は無いがそれでも裁判は行われる。これは地球連邦の根幹に関わる事態だから尚更だ。
地球連邦中央政府と官僚・軍人・警察・裁判官・政治家(俗な言い方をすれば公務員たち、か)、これらが守るべき地球連邦憲法には『裁判官を罷免する地球連邦中央議会所属の議員による弾劾裁判』以外の特別法廷は存在しない。
軍法会議とて、特別な手続きが必要と言う但し書きがあるが、平時になれば最高裁判所に上告する権利が検察、軍、被告に与えられている。
だが今回の様な大事件は、かの宇宙世紀元年のラプラス事件に匹敵する事態であり、ジャーナリズムが言う『地球連邦の人権弾圧』と陰で言われているインダストリアル7核攻撃の件が若干漏洩した事もあって難航している。
まあ、マィッツアー・ロナを中心としたケンブリッジ・ファミリー派閥の最過激派がウィリアム・ケンブリッジ首相の擁護と情報隠蔽に回っているのだからあまり意味は無いかも知れないが。
そしてブライトは思う。

(現政権の最重要人物らと議会の最有力者が隠蔽工作か。如何に民間人に犠牲が無かったとはいえ・・・・・やりきれん。
それにだ、このマイッツァー・ロナ経済首席補佐を含んだ、シロッコ第13艦隊司令官、フェアント惑星開拓首席補佐官ら三人はその実力と行動力から、三人揃えば事実上のゴップ氏の後継者とも言われている。
まあ、あの三人が歩調を合わせているのが地球連邦の奇跡だろうけどな)

ただ一つ言える事。
それはここで強行裁判と有罪確定、刑執行を決行しても良いが、そうすれば今後の連邦の法秩序、司法制度、人権擁護、地球連邦憲法の存在意義と言う事に大きな亀裂が入るだろうという事実。
地球連邦は人権を守り、民主共和制を尊重し、人類社会を守護するからこそ存続する意義があるのだと信じている人々にとって一歩間違えれば全体主義化する可能性はつぶしたい。
そんな思いを持つ活動家らの運動やロビー活動が地球連邦の新政権にとってブレーキとなっているのは間違いない。

「と、こんな事を俺たち政府はおそれているのさ。全く、あの人らしい」

ブライトはそう語る。
事実、アムロ・レイの妻、セイラ・マスからも同じような話を聞かされた。彼女もまた前記の三名同様重要な役職、地球連邦の地球連邦首相首席法務補佐官であるのだから。

「ウィリアム・ケンブリッジ首相・・・・・か。地球連邦を背負いたくないと言い続けたのに背負わされている。
何の因果かな? 神に愛されていたのか、それとも悪魔に取り付かれているのか。或いは別の何かだろうか?」

アムロは思う。
嘗て自分を救った人物の存在を。
そして、それでも尚、苦悩し続けるかないこの国最高峰の国家権力の指導者を。
何度も殺されかけながら生き延びた人間。
人は彼を英雄という。だが果たしてそれは彼にとって幸福な生き方なのだろうかとも思う。

「・・・・・・・・・・・ジオン・ズム・ダイクンか」

ふと空気が揺れる。
それはかすかな振動。

「何?」

アムロはブライトの呟きを聞いた。
そしてブライトは独り言の様に答える。
スーツの日本産高級時計は既に日付変更を伝えてきた。

「いや、ウィリアム・ケンブリッジは地球連邦にとってのジオン・ズム・ダイクンとなるのだろうか・・・・・そう思った」

しばしの沈黙。
時計の音がなる。

「というと?」

アムロはブライトの横顔を見た。
彼は真剣にそう思う様だ。
ジオン・ズム・ダイクンとウィリアム・ケンブリッジを重ねている。

「ウィリアム・ケンブリッジの、新首相の掲げる主張、つまりシヴィラジェーション計画はジオン・ズム・ダイクンが初期に掲げたコロニー独立構想と同じなんじゃないかと俺は思うようになってきた。
特に惑星開拓、つまり火星の地球化なんて本当に出来るのか?」

それは熱狂から覚めた人間の疑問。
或いは一般人と呼ばれる人の、もしくは常識と言う名前の鎖。

「SFの世界・・・・映画の様な話だと言いたいのか?」

頷く事で話を続けても良いかと尋ねるブライト。
相槌を打つアムロ。

「ティターンズを背負ってみると嫌でもそう思う時がある。
だからかな、あの人に期待したい、彼ならば不可能を可能にすると思ってしまうのは。
そしてジオンの国父もまたサイド3民のそれを感じ取り、彼はそれに耐えきれなかったのではないか?
結果論でもない、単なる妄想だが・・・・自分に期待を寄せる民衆を特別視する事で、自分もまた特別な人間であり、期待されるのも当然だと思うようになった。
全て悪いのは特別では無い存在だ、とそう思う事で心の均衡を図る事にした。しようとした。スペースノイド独立運動はニュータイプ独立論へと変貌していった。
なっていった、だがその結果はザビ家ら現実主義者との間に亀裂を生じさせる。
そして誰にも理解されないジオン・ズム・ダイクン。彼はこうして所謂夢想家に、ニュータイプと言う自らの背負わされた幻影に囚われた囚人にしてしまった」

少し長い。
そう感じるアムロ。

「・・・・・・・そして、どうなったとブライトは思う?」

続きを聞く。
義理の父、その生涯の新しい説を。

「そしてジオンは死んだ。ニュータイプと言う言葉を一つの経典にして。シャアは、彼の息子はそれにも囚われた。
自分を愛してはいたが、自分が愛されていると感じれば感じる程、それを奪った存在が憎かったんじゃないだろうか。
もしかしたらシャア・アズナブルという仮面自体が、ザビ家と同様ニュータイプという家族を奪った存在への憎悪だったのかも知れない」

ブライトの独白は一旦終わる。
長い溜息が二人からでる。

「そう考えると・・・・やりきれないな」

アムロも呟く。
ブライトはそれを聞いてなお続けた。

「人並みに幸せだと思える家庭を、妻と娘と息子持てた俺に一言だけ言える事がある。
それはジオン・ズム・ダイクンの家系は不幸だった、と言う事だ」

空になったグラスを見る。
そこには自分とアムロ顔が歪みつつも確かに映っている。

「不幸、か・・・・・一個人としての、夫として、父親としての共感か。俺もそう言われればそう思うだろうな」

アムロも酒を飲み干すとマスターに、水天の涙紛争で死んだあの時のマスターの孫に追加注文を出す。
頷く。あれから10年近い月日が経っていた。
だからこそ言える。

「自分は心労で死に、息子は世紀の大量殺人者としてアドルフ・ヒトラーと同列に扱われ永遠に世界の敵となった。歴史は彼を断罪し続ける。
少なくとも地球連邦が存続する限り。
娘も公的には戦争に巻き込まれ行方不明。母親は嘗ての盟友に軟禁され・・・・恐らく子供に会う事を望み、果たせぬまま逝った。
傍目から見てだが・・・・・ジオン・ズム・ダイクンという男の人生は決して幸運な人生では無いだろう」

アムロは気になった事を恐る恐る問う事にする。

「ならば・・・・・ブライトは・・・・・いや、ケンブリッジさんも・・・・・・そうなると?」

カラン。
注文したウィスキーのハイボールが氷と共にだされた。
二人分受け取ってアムロはブライトに手渡す。

「・・・・・・・・さあな。
・・・・・・・・・それこそ神のみぞ知る、だろう」

その時、時計の針が鳴り、彼らに夜の帳がまた一刻過ぎた事を伝える。




宇宙世紀0097夏、地球連邦政府中央検察局は正式にシャア・アズナブルら『反逆者の宴』に参加した上級将校の生き残り374名に対して逮捕令状を発行。
これを受けてウィリアム・ケンブリッジ政権下の地球連邦政府はティターンズ内部の法務局と地球連邦軍から彼らの管轄を裁判所に移行させた。
以後数年にわたる裁判の後、次の政権時に発生するある事件を持って彼らの半分を絞首刑に処した、と歴史は記している。




外伝第一話 完




新年あけましておめでとうございます!
外伝、ブライトとアムロの戦後です。逆襲のシャアでアクシズ落下以降二度と会う事の無かった二人。
でも生きていたら(作者はSRWは一作もしてませんので)こんな会話もあったのではないかなぁと想像して書いた話です。
因みにハサウェイのくだりは原作と声優ネタです。分かる方は分かると思います(笑)
次は何を書きましょうか?

レンチェフ、ソフィ、リム、マナ、ジンが関わった高速道路のテロ事件+ジオン反乱軍の裏側。こっちはアクション映画風
ジオン公国とザビ家、特にミネバを貰いに行くバナージという短編。恋愛とラブコメ
メイとユウキの交換日記形式で語る一年戦終戦から水天の涙紛争前後とウィリアムの憂鬱こと、ダブルヴァージンロード。シリアス形式。

あと、蛇足ですが外伝冒頭は0153や0123、0133の人々も登場する予定です。



[33650] ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像02 』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:e51a1e56
Date: 2014/02/12 19:16
ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像 』




< 外伝第二話・汝の名は女なり。乙女達の歩んだ道 >






宇宙世紀0153年、冬。
地球連邦政府に反旗を翻したリガ・ミリティアは旧ジオン公国軍の軍需工廠をいくつか制圧。
更に地球攻撃軍司令官であったマ・クベ中将らが地球侵攻作戦時に接取し、その後のどさくさに紛れて記録上は紛失した数多の多数の美術品や貴金属類をも偶然入手する。
これら人間の持つ有形の欲望を持って高度な経済戦争を仕掛ける。
自らがテロを起こす事で株価を操作する謎の傭兵集団サーカスと共謀し、大規模な市場介入を実行。
結果として地球連邦政府の金融庁と財務省は為替変動に対応せねばならず、また、この様な事態を想定はしても経験はしてない世代。
彼らに取って偽札やテロによる株価介入などは過去のモノである。
一年戦争、水天の涙紛争、反逆者の宴と地球連邦市民らが呼ぶ戦いより既に半世紀以上。
既にこれらを経験した中堅から高級の玄人経済官僚や経済界の人間は他界しており、対応が遅れた。
故にここ首相官邸でもそれに呆れる男がいる。
老人であり、青紫のスーツに欧州風スカーフとモノクロ式眼鏡(実際はGPS内臓の通信兼所在地発信を可能とする緊急避難器機)を外して執務室の机に置く。
机の周囲には大型のテーブルが一つに、黒色の高級ソファーが三つ、複数の椅子が置いてあった。
秘書のマリア・ピア・アーモニアが南インド州産の紅茶を注ぐ。何人かの入室し発言権を持つ官僚や軍からの出向者、議会からの代表は誰もかれもが渋い顔をしている。

「全く・・・・・ここまでされんと気が付かないとは呆れてものも言えん」

マリア補佐官から手渡された『極秘』と銘打ってある紙媒体の書類には数百種類の株券が暴騰し、直後の自爆テロの所為で暴落した事を記載。
その合間に合法的に株券を売り、大儲けしてこの事態を切り抜けたダミー会社が10社ほど存在している。
調査の為に何社かは各地の警察と検察、金融庁が突入。
が、内一社では自爆化学テロが、別の一社では銃撃戦が展開して向こう側も含めて100名を超す人間が死傷した。
と書かれていた。眩暈がする。この平時にこの事態とは。

「・・・・・・化学兵器まで用意していたか・・・・・旧世紀の毒ガス兵器の製造法なら電子ネットなり図書館なりで調べられる。
まして今は宇宙世紀だ。宇宙世紀の技術を使えばC兵器の極少数の製造と所有、そして秘密の保持は完璧だろう。
宇宙空間には戦争期のゴタゴタで書類上は廃棄されて、それでも構造上は問題ないものが多いのだから」

独り言の様に愚痴る老人。
名前はフォンセ・カガチ。地球連邦閣僚を10年、サイド2ザンスカール州の州知事職を8年、木星連盟からの地球圏機関組の両親から生まれた3男である。
適温の紅茶を口に含む。
周囲の官僚らは何事かを相談しているが、それだけである。

「?」

そうしている内に義理の娘であるマリア・ピア・アーモニアのスマート・フォンが鳴る。
着信メロディは旧世紀のイギリス出身のバンドの名曲。

「はい? ええ、そうです・・・・ええ、その件につきましては・・・・・後日では? 今でしょうか?」

視線の幾つかが彼女に向けられる中、カガチは考える。
毎回、上層部(宇宙艦隊司令部か統合幕僚本部作戦部、軍政部の三つのどれか)が代わる度に慣例の様に地球連邦軍から提案されてくる軍備の近代化案を。

(独立外郭機動艦隊ロンド・ベルを含めた10個艦隊の内、報告書にあるリガ・ミリティアやサーカス、木星帝国製の小型MS・・・・・これらと互角に戦える機体は存在しない。
唯一有力候補に挙がるのがジオン公国のジオニック社と共同開発した、ティターンズ部隊のトムリアットとその後にティターンズ艦隊である第13艦隊配備予定のジャベリン位か)

一旦お茶を飲みきると何やらPCを睨んでいたタシロ・ヴァゴ大将に視線を向ける。

「宇宙艦隊司令長官に聞きたい」

「? 何でしょうか、カガチ首相閣下?」

流石に傲岸不遜で軍内部でも有名なタシロも首相官邸首相執務室で地球連邦首相直々の問いには姿勢を正す様だ。

「リガ・ミリティアらが投入する機体に対抗できるMSはあるかね?」

答えは直ぐに来た。
尤も内容は落胆の一言。というか想定内。

「いえ、条件付きでありません」

と。

「条件付きで、か?」

カガチの問いにタシロは直ぐに連邦宇宙艦隊の編成を脳裏に描き、こう答える。

「現時点で一対一の戦闘を行うならば我々は勝てませんでしょう。
第1艦隊から第8艦隊の宇宙艦隊正規軍の9個正規艦隊の内、8個艦隊のMSは未だにRGM―89のジェガンタイプ。
あの96年の戦いから半世紀。現代戦闘に対応するべくOSや固定武装を追加装備しているだけのマイナーチェンジです。
現在の中で最良部隊である10番目の艦隊、第13艦隊。
第13艦隊のヘビーガンは開発が130年開始とずれ込んだのでまだマシですが・・・・数が足りません。
一応、名目上は即応態勢にあるロンド・ベル艦隊へ140年代から実戦配備されているジャベリンなら何とかなるかもれませんが、ロンド・ベルは戦隊毎に活動しており戦力の移動に時間がかかるかと。
尤も総力戦になれば圧勝できるのは確実ですのでご安心を。彼らに半世紀前のネオ・ジオンやエゥーゴ程の戦力を集める事は不可能です。
ましてジオン公国が起こしたような独立戦争を起こすなど夢のまた夢ですから、ねぇ」

確かに、宇宙世紀150年代の最精鋭部隊であり人類史上初にして現状は唯一の惑星間艦隊であるロンド・ベルは15隻一個戦隊で第1から第6までで構成。
伝統としてグリプスに母港を置く総数90隻と旧ティターンズ、現最精鋭の第13艦隊と同数だ。
だが、その活動範囲は火星圏、木星圏までカヴァーしなければならず、実質は既にベクトラ級を中心とした第1戦隊以外は地球圏での即応体制にない。
50年以上にわたる平和と太陽系と言う大規模なエリアの開拓と護衛が地球連邦軍の弛緩と戦力密度の低下を招いている。

「そうか・・・・一応、ジオンの持つRFザクやRFゲルググシリーズらの輸入も検討しておこう。
まあ十中八九、議会の国防軍需産業理事殿らのロビー団体がYESとは言わんだろうが」

カガチはあの水色のスーツを着た天使の名前を持つ、金髪の若造を思い出す。
ガチガチの主義者では無いのがまだいいが、若干20代で連邦議会の副議長候補になっており、選挙でも多くの自派閥議員を故郷のデトロイトから北米州の州議会や地球連邦議会に送り込んでいるやり手を。
所謂、鼻が利く成金だ。父親がジン・ケンブリッジと交友関係にあった事を背景に、ロナ首相時代に発生したクロスボーン・バンガード事件で一躍経済界のトップに躍り出た。
ロナ首相らの思惑通りに。

「ならばだ、それで鹵獲したパーツからは何とかなるのか?」

ジオニック、ツィマッド、地球連邦技術研究所、ジン・ケンブリッジらが創設に関わったサナリィ社、ブッホ・コンツェル社らはサーカスや木星帝国が完成させた小型MSに対して大きな興味と関心を持った。
その結果、連邦軍の仮想敵国ジオン公国と共同でリガ・ミリティアらの支持者に技術を送り込んだ、らしい。
『らしい』と言うのは、流石にこれが明らかな売国行為であり、連邦でもジオンでも下手をしなくても刑務所行きである。
故に極秘裏に人員を送り、極秘裏にLM111E02と呼ばれた機体のデータと試作中だったパーツを約2機分鹵獲。
その後の熾烈な企業間戦争は省くが、これが契機となって連邦軍は凡そ10年ぶりの新型量産MS開発に乗り出そうとしていた。
尤も、『シヴィラゼェーション計画』を推進する財務省、内務省、国務省、宇宙開拓省の影響でジェガンの様に50年半世紀、とは言わないが、それでも30年ほどは現役である機体を求められている。

(全く、あの一年戦争前後の大軍拡と大軍が嘘の様だな)

150年代の地球連邦、いいや、全人類にとって軍備拡大などムダの一言。
下手に軍拡に手を出してみたり、軍部の圧力に負けて見ろ、何の為の『ティターンズ』か、何の為の『ロンド・ベル』か、そうマスコミに叩かれ、政治家は次の選挙で落選し、官僚やビジネスマンはライバルに追い抜かれ窓際に送られるのは目に見えている。
よって、連邦は次期MSにもジェガンタイプの様な高度な拡張性を求めてくるのも当然の成り行き。

「・・・・・首相」

そう思っているとマリアが耳打ちした。

「そうか・・・・・・・タシロ長官、それにファラ大佐とSPらは残ってくれ。他のモノは終業だ。
皆ご苦労だった。本日はこれで解散とする。また明日会おう」

それはカテジナ・ルースをマリアの弟らが連れて来た事の報告であり、何故統一ヨーロッパ州の名家のお嬢様がリガ・ミリティアと行動を共にしていたかが明かされる時でもある。

「ああ、例の反乱軍が使う白いガンダム。アムロ・レイ提督らを救世主扱いする反政府軍とは・・・・いささか笑えない出来すぎているジョークですな。
そんな中囚われの麗しきお姫様の救出劇。
さてさて、件の当事者らは一体全体どんな言い訳を用意してくるのでしょうな・・・・・そのお嬢様は?」

タシロが制帽を遊びながら笑う。
扉が開かれた。

「ファラ・グリフォン、クロノクル・アシャー、アルベオ・ピピニーデンならびカテジナ・ルース嬢、入室します」





宇宙世紀80年代のある日。



案内された部屋は豪華なパーティー会場。
ここはズム・シティのトト家の公邸。

『よくぞいらした、ケンブリッジ殿』

迎える人々。
ジオンの軍服、ジオンの国旗、ジオンのエンブレムの渦。
場違いな私服姿の二人。
ジン・ケンブリッジとユウキ・ナカサト。
戸惑う二人に、カーウィン家らの人々が祝福を述べる。
そして。

『今日は娘のメイとジン殿の婚約を正式に発表する。これはギレン陛下もサスロ総帥も認めてくださった。
どうか、我らジオンの民の友好の証としてわが最愛の娘を娶ってくだされんか?』

『!』

『!?』

何を言っているのか分からない。
何をしているのか分からない。
こいつら正気か?
そう思った二人の前に、白い純白のドレスを着た能面の様なメイ・カーウィンが居た。

『』

何かをメイがユウキに言った時、ユウキの顔が憎しみと苦痛と悔恨に歪んで、そして。
彼女は足早に会場を立ち去った。近くに置いてあった赤ワインのグラスをメイのドレスにぶちまけて。
メイもまた、それを無表情で受け止めると、婚約者となったジンへ型通りの挨拶を述べると、ジンの前から逃げるように、否、逃げ出す。
こうして、最悪の顔合わせが終わる。

『私は・・・・・メイを・・・・・・』

『私は・・・・・ユウキを・・・・・』



あの日から数年。その時の夢を見てユウキは起きた。
まだグリニッジ標準時の午前5時前後であった。空調は25度。
隣で寝ている二人の男女を起こさない様にそっとキングサイズのベッドから体を抜ける。
ふわふわと表現できる絨毯に素足を載せて、昨夜の、いつもどおりの獣同士の交尾の様な情事の為に脱ぎ散らかされた自分の下着を選別する。

「・・・・この青い下着はメイか・・・・初めて会った時はスポーツだったのに」

笑いながら白いYシャツのボタンを留めて、そのまま婚約者と親友を背にシャワー室に入る。
そしてシャワーを浴びる。
ここは地球連邦首都である『ニューヤーク市』の新市街地・官庁街『ヘキサゴン・エリア』の上級官庁専用の家族宿舎。
隣には義理の父親、母親と義妹らがいる。

「あ、そうかぁ・・・・あれからもうそんなに経つのね」

シャワーで湯を張りながら、彼女は備え付きの防水スマートタブレットから放送されているニュースを見る。
そのニュースの内容は『水天の涙紛争』と呼ばれた一部過激派の軍事行動とそれを許したあの『ジオン独立、或いは一年戦争』と呼ばれた大戦の記録だった。
戦時の頃に比べて短くした黒い髪をシャワーで濡らしながらも、彼女は思った。
あの日、私の家族と私の運命は全て変わったのだ、と。

「ジオン独立戦争・・・・・全ての始まり」




宇宙世紀60年代から続いたサイド3と地球連邦政府との対立はやがて一つの結末を見ようとしていた。

『外交の最終形態』

そう、開戦だ。

デギン・ザビが己の命まで賭けて賭けに出た地球連邦政府キングダム政権とジオン公国側との交渉は3週間を経過して完全に暗礁に乗り上げてしまう。
両陣営は軍備増強にひた走り、地球連邦軍は10個正規艦隊500隻と予備兵力250隻、後方戦力250隻、総数1000隻以上の大軍を揃えて、総数でも300隻前後しかないジオン公国軍を圧倒、圧迫した。
この外圧と武威を持って地球連邦政府はジオン公国のほぼ無条件な降伏を狙っていた。
そう、外交官の一人は非公式協議の場で露骨ではあるが戦前の見通しでは正しい判断をしてこう言った。

『無条件降伏しろとは言わない、が、ここは手を挙げて武器を捨てろ』

と。

だが。





「宇宙世紀0079、私も見た。1月上旬にギレン・ザビが倒れた事を」

サイド3に留学中だったユウキ・ナカサト。
彼女はその日の事を文章で簡潔に書き表している。
それは多くのサイド3在住の穏健的な人々の総意と言い換えても良かったのだろう。



『1月11日、政府の公式発表が来た。独立派のギレン・ザビ総帥が倒れた。
よかった、これで戦争は無くなった。私たちは故郷に戻れる』



と。
だが、現実は無常である。
ザビ家内部とジオン政権内の決定によってギレン・ザビの後継者とされたサスロ・ザビ。
彼はギレン・ザビが倒れた日からちょうど1週間後に『ジオン公国国家総動員令』を発令。
続けて、ジオン軍部はこれに従うとしてサイド3の住民・市民権保持者を対象とした徴兵を開始。
この中で特異ながらも対象になったのは当初『独立義勇軍』と呼ばれる事になる、サイド3以外のスペースノイドやルナリアン、アースノイドの親ジオン公国派の面々で編成される部隊である。
特に軍事の全権を担ったドズル・ザビは軍官僚としては最高峰の実力を持つマ・クベ中将に命令して彼ら彼女らをジオン軍に編入していく。
ドズル・ザビは庶民的ではあり、軍人としても良識を兼ね備えているが、それ以上にサイド3ジオン公国への愛国心や家族愛が強い。
よって、特に反対はしなかった。
後世に知られるようにむしろ積極的に動員を行っている。

「全てはジオン独立の為に!」

彼がジオン軍幹部の前で咆哮した事が彼の姿勢を明確にした。
後押しを受けた軍。

宇宙世紀史上初めて発令された、宇宙市民の『国家総動員令』。

それは各地からの留学生もまた例外では無い。
無論何事にも段階がある、よって、初期の段階では強制的な軍隊への入隊は無かった(志願入隊は別で24時間絶える事無くジオン軍は募集していたが)、仕送りや通信も止められなかった。
が、1月もしないうちに情勢は流動する。

『ジオン独立、スペースノイド自治権確立という目標に向け、全ての宇宙市民は団結すべきである!!』

ジオン公国内部でも武力闘争による独立派、過激派の意見が議会の過半数に達すると彼女も(未来においてスレンダーな体を湯船に浸かっているユウキ・ナカサト)、ジオン軍の後方要員専用軍事講座と基礎訓練課程を強制的に受講させられていく。
それはジオン公国政府が明らかに戦争の為に彼女を道具として使う事を示唆していたのを聡明な彼女は当然のように理解した。
彼女は涙を堪えながら、日記に書く。



『私は戦争になんて行きたくない。第一、父が地球連邦軍の軍属なのよ?
仮に戦争になったら・・・・私はお父さんと殺し会うの? そんなの嫌だよ。友達に銃を向けるの?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰か助けて。お願い。サイド2に帰して!』



宇宙世紀0079.06.30の日記にはそう記されていた。
だが、この時点で既に地球連邦もジオン公国も戦争を決意しており、彼女の願いは翌月のギレン・ザビ復帰演説で脆くも崩れ去る。

『ジオン公国、地球連邦へ宣戦布告』

『地球連邦軍、ジオン軍、双方交戦』

『戦争勃発』

『ジオン全土より他サイド、月、地球、木星圏への渡航制限を渡航禁止へ』

『全連邦軍に戦時体制へ移行』

『ジオン軍、緒戦に大勝』

宇宙世紀0079.08.04、地球連邦軍のコロニー駐留艦隊が壊滅し、各サイドが無防備になるとジオン国内の世論は一変。
辛うじて残っていたジオン公国のアースノイド派や穏健派は鳴りを潜め、更なる戦果を求める軍部・政権とそれに便乗した過激派がマスコミを利用して世論を煽る。
ジオン公国が仮面を脱ぎして、剣を抜刀したのだ。最早、行くところまで行くのみ、ど。



『8月6日、召集令状が来た。10日の午前11時30分にガーディアン・バンチに支給されたボストン・バッグ一つ分の私物と共に来る事。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・拒否は認めない。嫌だ。
私は・・・・・・死にたくない・・・・・戦争になんて・・・・・・行きたくない・・・・・お父さん・・・・・お母さん』



なぜこれほどジオンは急いだのか?
それはジオン宇宙艦隊が地球連邦軍との交戦で想定通りの損失を出しており、この穴埋めに予備役や外国人義勇兵部隊と位置付ける他のコロニーサイド出身者らを動員する事としたからだ。

『サスロ兄貴、損害が想定の中でも嫌な値だ。これでは決戦に支障が出る』

『分かっている。ギレン兄から許可は得た。総力戦だ。申し訳ないが留学生や出稼ぎ労働者、コロニー公社の者も戦争に使おう』

『!? サスロ兄さん、それはあまりにもむごいのでは?』

『ガルマ、これが戦争だ。ドズルとサスロの言う事は正しい。戦争とは勝たなければ意味が無い。
敗者と敗戦国の悲哀は歴史上の多くの国々が証明しているからな。ドズル、サスロが用意した義勇兵を渡す。
ルウムにて勝利しろ。父上やダルシアに相談する必要はない。後で参謀本部と総帥府のセシリアらから資料を回させる』



ザビ家の中でこの様なやり取りがあったのだが、無論当時のユウキは知らない。ただその適正と大学の専攻科目情報通信であったユウキ。
彼女はあくまで新兵である事から、前線とはいえ艦隊旗艦勤務に回される。
だが、それで確実に生き残るという保証は当然なく、8日と9日は不安を紛らわす為か、同じような境遇の女性兵士と共に男遊びをしていた、らしい。



『今日は友達と遊びに行く。そう、大丈夫。大丈夫。大丈夫だから。大丈夫なんだから』



ただ幸か不幸か、この時にユウキは妊娠こそしなかったものの、共に遊びに出歩いた8名の女性兵士は誰一人生きてサイド2、サイド5に戻る事は無かった。
尤もな話、つまりは当然の如く、ジオン公国上層部はそんな一個人の感情などは知らず、ギレンらが定めた目標、決戦の地であるサイド5宙域、通称『ルウム』へと全軍を進軍させる。
方や、『一週間戦争』から敗戦続きの地球連邦軍も、北米州らとの内部不和から動かせなかった第1艦隊と第2艦隊以外の全ての宇宙軍戦力を掻き集めるようにしてジオンを迎撃せんとす。
後に、宇宙世紀史上最大の艦隊決戦と名付けられた戦闘、『ルウム戦役』が勃発。
結果はここで語るまい。



『私は・・・・・・生きてる』



大会戦後、ユウキはダグラス・ローデン大佐の指揮下のCICで汗だくになりながらノーマルスーツのヘルメットを取り、そう述べたと自分の日記に記帳した。




時は戻り、現代。
ユウキがシャワーを浴びているのを良い事に、夫になるべき男、いや、その体で絡み取れと親に言われた男の傍らでメイ・カーウィンは目を覚ましていた。
正確には、親友のユウキがベッドから降りた時にはもう起きていたのだ。

(・・・・・・・・私・・・・・・・・・なにやってるのかなぁ・・・・・・・好きじゃない男ではないけど、でも好きでもない男に抱かれて・・・・・・初めてあげて・・・・・・しかもユウキから奪って・・・・・・どれもこれも家の為って・・・・・・笑えない)

メイ・カーウィンは天才だった。
いや、現在進行形でも彼女の形容詞は『天才』である。
こと、この点や功績は後にクイン・マンサやゼク・シリーズ開発に成功したギニアス・サハリンに匹敵するだろう。
何せ彼女はOS方面とはいえ、いや、だからこそ、か?
あのMS-06『ザク』シリーズの基礎ソフト開発を成功させたチームの一人、というより実質はリーダーなのだから。
その女性、メイ・カーウィンは宇宙世紀0060年代、彼女はダイクン派の家系に生まれた。
だが、幼い彼女にそんな事は分からない。
そもそも、自分の夫となるべき人物の父親が関与していると言う例の『キシリア・ザビ暗殺事件』で彼女の両親たちの派閥、『ダイクン派』は息の根を半ば止められている。
ギレン・ザビが生き残りの派閥を殺さなかったのは、所謂、9割殺して自棄になった1割がテロをする危険性を恐れただけだと、公安委員会の調査委員会でジオン公国のレオポルド首相は後世に言っている。
実際には間近に迫った開戦と言う事態に、内紛などしている余裕が無いと言うサスロ、マ・クベ両名を中心とする政治的な側近らの進言と、使えるならダイクン派だろうがキシリア派だろうが前線に回せと言うドズルら軍部の要請があったからなのだろうが。

「ねぇユウキ。ユウキは私を許してくれる?」

言葉にしなければならない程押し潰されそうな重圧に耐える。
だがもう限界だった。

「私だったら・・・・・許せないよ・・・・好きな人を横から奪う女が友達だなんて・・・・絶対に」



宇宙世紀0079の後半。
ペズン計画の機種をアクト・ザクとガルバルディαの二つに絞り、それらの開発が完遂されると地球連邦軍に対してジオン公国は厄介者の暗殺を黙示的に依頼。
依頼すると言っても実際に連絡を取る訳では無い。
様は単純である。
最前線且つ撤退困難地域、つまりは地球戦線に纏めて増援部隊として送り込んだのだ。
その時に彼女はダグラス・ローデン准将指揮下の作戦司令部に配属された。
これは明らかにアンリ・シュレッサーらダイクン派の最後の悪足掻きである。
ただ残念な事はその悪足掻きこそ、メイの実家を完全にダイクン派からギレン派へと寝返る切っ掛けとなる事だろうか?

『最早ダイクン派に未来無し。これからはギレン派閥に賭けるべきだ』

などというカーウィン家や彼らの有力者での会合があったと思われる。
ただ人身御供の一環として前線に送られた13歳のメイには分からなかった。
ともかく、地球戦線に送られたメイはユウキら外人部隊と言われて危険視されていた各サイドの旧地球連邦軍兵士、旧地球連邦軍退役軍人らの部隊に合流。
そのままレビル将軍指揮下と言い換えても良い地球連邦キングダム政権主導による第二次ヨーロッパ地域解放作戦、つまりは映画にもなる宇宙世紀で最大級の地球消耗戦、地獄の様な『アウステルリッツ作戦』に従軍する。

「・・・・・良く生き残ったよね」

何十機ものMSが破壊された。
何十両もの戦車が破壊された。
何十機もの車両が破壊された。
何十機もの航空機が破壊された。
何百万もの兵士が死んで逝った。
何千万もの民間人が、故郷を追われて難民となり、歴史の濁流にのまれていった。
私だってその一人だった。
ふと、自分の日記を読み返す。
まだユウキとは何もない、歳の離れただけの、ただの親友でいられると信じていた頃の淡い記憶。
歴史の狭間に消えていく筈の日記。



『宇宙世紀0080.08某日

司令部が後退する。
そうダグラス司令は決断した。
だが、それが最悪な事態の一歩手前だと気が付いたのはケンだけだった。
この時点では。

決断から三日後、地球連邦軍の爆撃が激しさを増してきた。みんな死んでいく。
死にそうな人が必死に置いていかないでいう。
どうしたらいいの!?

何も出来ない。
何も。
私は・・・・・無力だ。

何がザクを作った天才よ!!
帰りたい・・・・帰りたい・・・・・お家に返して!!

・・・・・先に退避したニアーライト少佐の部隊と連絡が取れないらしい。
いくらおかま口調の変な人とはいえ、ドム16機の部隊なのに。
変だ。そう思って聞き耳を立てていたらガースキーとジェイクが来た。
けど、その険悪な表情に恐怖して思わず身を隠す。
なんだろう?



『ガースキーさん、後方に木馬が展開したって本当ですか?』

『分からん』

『あのおかまめ、肝心な時に逃げやがって! ていうか、あの変態は死んだんじゃないですかい?』

『さあな・・・・ジェイク・・・・あれでも味方なんだ。あまり大声でそんな事を言うな』

『良いじゃないですか、あのザビ家の犬。死んで当然だ』

『ジェイク・・・・・気持ちは分かるが抑えろ』

『でも!』

『ジェイク!! こんな時に怒らすな!!!
それに俺たちの部隊もどんどん分断されていて正確な情報が無いんだ。
下手な事を言うな。みんな不安になる。
誰だって生きて故郷に帰りたいし好き好んで殺し合いなんてしたくないだろう。
こんな凄惨な地獄を見せつけられた後じゃな』

『それは・・・・そうですが』

『特にユウキらには絶対に話をするなよ。絶対に聞かれるな』

『え? 何故です?』

『あいつらにとっては・・・・・正面の敵は故郷の部隊かもしないんだ』

『冗談・・・・・じゃない?』

『軍曹・・・・それは一体どういう事です?』

『ええい、しつこいな。
だから・・・・・今俺たちの目の前にいる敵の一部はムーア同胞団を名乗る占領下のサイドを中心とした連邦軍の部隊なんだよ・・・・お前だってこの意味が・・・・え?』

『それって・・・・・まさか!!』

『あ、お、おい、待て!! ユウキ!! どこに行くつもりだ!?』

『司令部です!! ダグラス司令に聞いてくる!!!』



1日経過して、私は宇宙に脱出する様にダグラス司令に進められた。
既にジオン軍の防衛線はオデッサ近郊外縁部まで後退、その他の占領地域は放棄しており、幾つかの部隊はゲリラ化による差し違えの遅滞戦術や焦土戦術を採用している。
ある程度の成果が上がったが、その結果は地球連邦支持派のゲリラが抵抗運動を活発化させた。
二時間ほど前にも司令部の徴発したビルに車が突入して自爆テロをされた。

殺される!
本気でそう思った。
死にたくない!
私はホテルのロビーで失禁して蹲りながらただひたすら救助部隊が来るのを待った。
周囲には肉片が散らばっていたが何故か気にならなかった。

これらが反ジオン公国運動、反占領軍運動、パルチザンの活発化と大弾圧に繋がっているのだから手が付けられない。
そうダグラスは言っていた。

嫌だ。こんなの嫌だ。家に帰りたい。
誰か助けてよ。



宇宙世紀0080.09某日

私たちは何とかオデッサまで後退した。
ただ、一番の惨劇はユウキ達だろう。私の故郷はサイド3で家族もジオンの人間。
でもユウキたちは違う。
ユウキ達は学徒動員だし、この間もルウム解放戦線という地球連邦軍の部隊と交戦している。それに・・・・・』



シャワーを止める。
用意されているグラスにスポーツドリンクを入れた。
そして持ってきた精神安定剤を飲む。
メイが日記を読み返しているのと同じころ、ユウキも思い出した。
それは思い出しくもない記憶であり、一生忘れられない記憶である。

『殺してやる!』

そう言ったのは同じ高校に通っていた友達だ。
クラスと学年が一緒と言うだけで仲はそれ程よくは無かったが同じ生徒会で同じゼミに通っていたから顔をも名前も彼氏の事も知っていた。
そして、その隣には確かに彼女の彼氏だったと思わしき男の、下半身が無かった連邦兵士の亡骸があった。
思わず吐いたのを覚えている。そして彼女が私だと気が付いて言った呪詛の言葉も。

『人殺し!!』

ジオン軍の憲兵が彼女らを隔離していく。
彼女はどうやら私の同じ様な立場の情報を扱う下士官だったらしく、憲兵隊が連行するのは情報を手に入れる事とキングダム現政権の連邦軍の非人道性をアピールする情報戦の為だろう。
今回、連邦軍の地球最大の反攻作戦『アウステルリッツ』で最大の悲劇と呼ばれるのは各地にばら撒かれたのは各コロニーサイド出身の兵士達だ。
ジオン公国が同じスペースノイド、スペースノイド独立戦争と言いながら、謳いながらも地球連邦で軍事訓練を受けた彼らを信用しなかった。
同様に、地球連邦軍もまた故郷のサイドを占領下に置かれている彼らを国民として、兵士としての信を置く事が出来なかった。

『一週間戦争』

『ルウム戦役』

宇宙で行われた二つの戦いはジオン軍の勝利で終わり、連邦軍はルナツーとサイド7を除いた宙域の支配権を全て失う。
止めにジオン公国首脳部が採用した融和政策とブリティッシュ作戦の予想以上の成功で各地のコロニー自体はほぼ無傷。
ギレンはサスロに命じて、占領下の各サイドには親ジオン政権の傀儡政権が樹立させる。また、ルウム戦役後には大規模な親ジオン運動が発作的に各地のコロニーにて発生。
一方、戦力不足と不信感双方に挟まれた地球連邦軍は連邦軍の一部、特に戦前はジオン公国に同情的なものと連邦軍や連邦警察らに判別されていた者を中心に部隊を編制。
第二次世界大戦のアメリカ軍が欧州に投入した日系人部隊や、ソビエト軍の囚人兵部隊の様な当て馬、捨石、盾代わりとして使われた。まあジオン軍も同様だったのだが。

そしてユウキは会った。
会ってしまった。
もっとも会いたくない部隊に。戦場で。戦火の中で。戦争と言う惨劇の中で。



ユウキは司令部要員として見ていた。

実際に手を下した。

MS隊をサポートするという形で。

部隊運営に貢献するという形で。

伍長と言う下士官でジオン軍に従軍すると言う形で。



戦場で嘗ての級友たちの部隊と戦い、ダグラス准将とケン隊長らの卓越した指揮能力に、新型機ゲルググ陸戦型の活躍で、彼女は彼らを『粉砕』する手伝いをした。
自分達にとっては、彼らの未熟さもあってか、エルベ川攻防戦以降のジオン軍地球攻撃軍の中では稀に見る完勝であると思えた。
それは兵士らの信頼を勝ち取り、自分達がオデッサ近郊の安全地帯に脱出する要因ともなるのだ。それはもちろん戦後に分かった事だが。
ただその代償として、数多の死傷者と僅かな捕虜を手に入れた事とある事実を除けば。

『この裏切り者!!』

『売女!!!』

たまたま捕虜の輸送部隊に書類を渡しに行ったユウキは、一瞬だけ足を止めてしまう。

(あの時・・・・・足を止めなければ・・・・誰か別の人に行って貰えれば)

何回、何十回、何百回、いや何万回そう思っただろう。
そこで再会した級友は、勝者と敗者、生き残った者とこれから死んでいく者の差をユウキに突き付ける。
言葉にすればこれだけで、言葉にしなければ言葉に出来ない程重い関係。

『何故ジオンに付いた!! この裏切り者!! 彼を返せ!!!』

その言葉らがユウキに残った。
四肢をもぎ取られた旧友らの姿を思い出すたびに吐き気がする。
あの憎悪の目が、視線が脳裏に過ぎる度に頭痛がする。
逃げたい。でも、逃げられない。耐えるしかない。



(確かに私はみんなから見れば裏切り者よ・・・・・でも、仕方ない・・・・・仕方ないじゃない!!! 他にどうすれば良かったのよ!!!)



この様な戦争全体としては些細ながらも、本人らに取っては文字通り命懸けの戦いの末、ジオンの撤退時における数少ない攻防戦の完勝でユウキとメイは生き残る事が出来た。
結果としてマ・クベは彼女ら後方要員にはダブデ級大型陸上戦艦を与え、ダグラス・ローデンにも無傷に近いグフとザクⅡF2の混成部隊を配備する。
また、連邦軍自体もマッド・アングラー隊による地中海通商破壊戦に巻き込まれ、3個師団6万名を水葬されており黒海沿岸地域、つまりマ・クベ中将指揮下の絶対防衛戦内部への侵入を中断する。
以後は歴史の教科書が語る通り。
地球連邦軍は地球反攻作戦を終了させ、戦力の大半を宇宙に打ち上げて反撃を再開、方やジオン軍も精鋭を再編し迎え撃つ。
宇宙世紀0080、地球での戦いが泥沼化する事を嫌った両軍は戦場を宇宙空間に移行。
ソロモン攻略戦、ソーラ・レイ照射、第二次ルウム戦役、ア・バオア・クー攻防戦、停戦発効、リーアの和約、終戦へと繋がっていく。
だが、それでもユウキには彼女らの怨念とでもいうべき思いが離れる事は無く、不安定な時期を送る。



(だって・・・・・私だって見たんだ。ジオン親衛隊が命令を拒否した友達を殺したのを・・・・何人も何人も銃で殴られるのを!!
あんなの見せられて断れるわけない・・・・・私はただの学生だったんだから・・・・・)



0079、一月からのギレン・ザビ総帥昏睡中、それぞれの融和政策(もちろん、表向き。本当はスパイ合戦の為)を理由に、ジオン公国も地球連邦も互いに各サイドのスペースノイドの往来を自由にしていた。
それがこの戦争で裏目、或いは当然の如く表に出る。
疑心暗鬼にかられた両陣営は大規模なスパイ狩りや敵対陣営に何万もの同胞同士をぶつけて主戦力の温存を図った。
その一例がサンダーボルト宙域で活躍したFAガンダムを擁するムーア解放団であり、更にはダグラス・ローデン指揮下の外人部隊であろう。



(私は生き残る。必ず)



極論するならば、だ。
宇宙世紀0080年代の某月某日。
ユウキ・ナカサトにとってジン・ケンブリッジでさえ道具に過ぎないのかもしれない。
彼女の精神はメイ・カーウェイ同様に先の戦争で病んでおり、それを癒すにはまだ数年の月日を必要としている。
今もなお、彼女は恐ろしい。死ぬ事が、だ。
ただ、正確には単純に自分が死ぬ事がではない。
一方的に権力に振り回され、暴力を振るわれ、切り捨てられ、自分の納得できない死に至る事が恐ろしい。
だから、彼女は決めていた。

(・・・・・・・私は生き残る。生き残る為には後ろ盾がいる)

彼女は空になったケースをゴミ箱に捨て、残りのスポーツドリンクを飲む。
そしてその裸体をバスルームの鏡見せながら呟く。

「勿論、情愛はある。ジンは良い人だし、男としても頼りになるし、ベッドの上でも私の女を満足させてくれる。
そうなるように育てたのは私だけど。
でもそれだけじゃ駄目だ。まだ足りない。もっと必要。もっともっと必要。
ジンを完全に捕えなければ。縛らなければならない。
そして・・・・そうして初めて私は彼を仕留める。射止める。
私は・・・・・もう二度とあんな経験はしたくない。あれに比べれば・・・・・・」



あの戦争に比べれば。



全てがマシよ。





ユウキは別室に向かう。
薄い桃色のバスローブを着て。
この後ろ姿を見ながらジンは思った。いや、知っていた。

(ユウキもメイも俺と違って戦争にまだ囚われている。メイでは彼女の支えになれない。ユウキもメイもお互いに依存する事は出来ない。だから・・・・俺が)

身勝手な思いだとは分かっている。

(作家が見ていたらなんと題材するだろうか?
神様は何と言って断罪するであろうか?)

それでもと、彼は決意した。
ベッドに腰かけるメイの右肩に顔を落として。

「メイ・・・・・俺は・・・・・・・・」

「・・・・・ジン?」

嫌な予感がすると女の感が告げる。
だがメイは聞く。
ユウキも聞き耳を立てる。
それに気が付いているのかいないのか言葉を紡ぐジン。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・ユウキと結婚する」

なんと最低な男だろう。
第三者が詳細を聞けば軽蔑するのは間違いない。
自分でもそう思う。
自分が他人だったらそんな男とは絶縁する。
それはそうだ。
情事の後に、何度も何度も肌を重ねた末に、生まれたままの姿をさらけ出す女に別の女と結婚すると言うのだ。

「・・・・・・・・」

案の定、日記のページを捲るメイの手が止まった。
彼女にも思う事がるのだろう。
生きて帰ったら押し付けられた政略結婚の相手。それがまさかの戦友の恋人。



許せるわけもない。

許せるはずもない。

だが、許して欲しいと願う。

それがどれほど傲慢であるかは自覚している。



(いやちがう、自覚している振りをしているだけかもしれない)

「そして・・・・・・メイには悪いが・・・・・」

ジンはそっと両手でメイの頬を包み、唇を唇で塞ぐ。

「・・・・・メイ、お前ももらう」

この一言を出すのに数年かけた。
出会って、最悪の出会いをして、ジオンの大学で押し付けられるように婚約を結ばされて。
この手の事には圧倒的に無能な父の知らぬ間に、ジオン政界と宮廷の陰謀に巻き込まれた自分達。いや、二人の女性。
その片方のメイは思う。

(正にオペラの悲劇だ。
劇にして売り出せばかなりのチケットが売れる最悪の劇だね、ユウキ。私が悪女で貴女が聖女。違う?)

とも思える。
でも。
これも肌を許したが故か? それとも女性となった故の計算高さゆえか?

(きっとジンは今でも悩んでいるだろう。彼だって知っている。最初から納得していた訳でもない。自分からアプローチした訳でもない。
決して望んだわけでもない。決して喜んだわけでもない。
だけど、私にもユウキにもこの男以外に頼れる男がいない。私はともかくユウキは帰る所さえ無くなった。
家族も友達もみんな死んだんだ。そして私は彼の子を産み、彼の父親の寵愛を手に入れなければ私の居場所が無い。
だから、私は彼に、ジンに抱かれた。私がユウキに殺されるのを覚悟して。ジンがユウキに殺されるのを覚悟して。
・・・・・・違う、違う、違う!! 私は殺して殺されるのを願っていた。ジンさえ死ねば少なくとも私だけは自由になれる。
未亡人扱いで、地球連邦の有力者に敵視された娘だ。何の柵も無くジオンから出ていけた。ああ本当に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんて嫌な女なんだろう。
誰かの死を望んで、そして自由になる。お互いがそう望み、それを望まない。なんて歪な関係なんだ)

唇を離した後で、メイは言った。

「わかった。私の答えは最初から決まっている。
だけど約束して。
抱く時はユウキと私を一緒にして。そして・・・・貴方の子を生み育てる。
だから・・・・・私たちを見捨てないで。せめてユウキと子供だけはちゃんと責任を取って下さい」

いつの間にか泣いているメイ。
同じく部屋に戻ってそれを無表情で見るユウキ。
ジン・ケンブリッジはただ無言で頷く。
ユウキがゆっくりと近づき、押し倒されて、言った。

『私をもう一度今から抱いて。それを婚約の契りにして』

その言葉に頷く。影が再び重なった。それはやがて三つ巴となる。




宇宙世紀90年代。後の世に『反逆者たちの宴』と呼ばれるネオ・ジオンの決起が行われる前のある夜。
ティターンズ長官のウィリアム・ケンブリッジは家族の中で孤立していた。
それは息子が連れて来た二人の嫁の存在であろう。

「お世話になっております、ユウキ・ナカサトです」

「メイ・カーウィンです、どうぞよろしくお願いします」

何故か緑と白の着物姿の二人に極東州の京都の料亭で困惑するダブルボタンスーツ姿の父親ウィリアム・ケンブリッジ。
ジンはそれを正面から臆す事無く見据えて言った。

「父さん、母さん、マナ、俺はこの二人と結婚します」

と。
その瞬間に妻が、長年連れ添ったリム・ケンブリッジが二人の緊張している女性に向けて頭を下げた。
それも畳に額がつくほど深々と。

「・・・・・・・出来の悪い、とは申しません。そう言ってしまえば貴女方に問っても侮辱になるでしょうから。
ユウキさん、メイさん。詳しい事は知っております。お二人にとっては苦渋の選択である事も承知しているつもりです。
・・・・・・・・・・・・・あくまでつもりでしかないのかもしれません。申し訳ないとしか言いようがありません。
でも・・・・・それでも・・・・・・私達にとってはジンは可愛い息子です。
私がたった二度、お腹を痛めて生んだ、ただ二人だけの子供です。この世に変わりがない、世界と天秤にかけても世界を捨てるだけの価値のある存在です。
だから・・・・・至らぬ点も多々あるのは承知・・・・・ですがどうか・・・・・見捨てないで下さいませ・・・・・どうか・・・・・・この通りです」

そう言う彼女に二人の若い女性は慌てる。
だが何も言わなかった。否、言えなかったというべきか?

「私からもお兄さんをお願いします、義姉さま方。心よりお願い申し上げます。ただ心から」

そう言って娘、つまりはジンの妹マナも母親と同じブランドの白スーツ折り曲げて頭を下げた。
そして。

「・・・・・・・・・・・・・」

ウィリアム・ケンブリッジは永遠とも思える長い沈黙の後、ただ一言だけ息子に告げた。



『平等に愛せ。それは守れ』



カトリックであるウィリアム・ケンブリッジにとってどれほどの葛藤があったのか歴史書は記録に残さなかった。
ただ、この後、ケンブリッジ家に新しい命と家族が誕生していく。
地球連邦新興派閥にして名家のケンブリッジ家はこうして生まれた。
財界への影響力は息子ジンが、政界と軍部へは本人のウィリアム・ケンブリッジが、退役軍人会には妻のリム・ケンブリッジが、法曹界には後に娘のマナ・ケンブリッジが影響力を伸ばして行く事になる。



宇宙世紀90年代某月某日

その日から2日後。
ニューヤーク市に帰ったウィリアム・ケンブリッジはそのままジーンズにシャツにジャケットというラフな格好で馴染みの、あの第13独立戦隊結成式のバーに顔を出す。

「災難だったな、ウィリアム」

(・・・・・・・・・・・・・・・・)

何も言わずにウィスキーをロックで一気飲みした。

(・・・・・・・・・・・・・・・・)

「しかしまあ、長官程の名家なら良いのでは?」

(・・・・・・・・・・・・・・・・)

慣れないお世辞とフォローを言う軍人。

(・・・・・・・・・・・・・・・・)

「そうです。別に法律違反では無いでしょう? 連邦憲法にも民法にも違法ではないと明記されている」

(・・・・・・・・・・・・・・・・)

更に別の軍人がフォローする。

(・・・・・・・・・・・・・・・・)

「ははは、俺なんて親父の子だがお袋は兄貴らとは別だぞ? そんなに気にする様な事でもないと思うがな」

(・・・・・・・・・・・・・・・・)

外国の名将が肩を叩く。

(・・・・・・・・・・・・・・・・)

「まあ、飲みましょう。こういう時は飲んで忘れるべきと言ったのは閣下ですから」

(・・・・・・・・・・・・・・・・)

律儀にスーツ姿の若者が言う。

(・・・・・・・・・・・・・・・・)

「はは、長官程の人間がこの程度で参る筈もない。ささ、一献」

(・・・・・・・・・・・・・・・・)

「それには珍しく同意しますね。では同じく一杯どうぞ」

(・・・・・・・・・・・・・・・・)

スーツ姿の若者のライバルと目される二人がそれぞれ、ワインと日本酒を持ってくる。
だが、次の一言が決定的だった。彼にとっては。

(・・・・・・・・・・・・・・・・)

かたくなに度数の濃いアルコールを水の如く飲み続けた男は止まる。
ラッパ飲みされて乱暴に叩きつけられる哀れな瓶、。

「もうあの三人はやることやってできちゃったんだから、今さら取り消せ、別れろとは言えないでしょ?」

長年連れ添った人物の一言。
グビグビとラッパ飲みするウィリアム。
ガタン。ガラス瓶が叩きつけられた。

「だから・・・・・・・・・・・・飲んでるんだろうに・・・・・・」

何故か有給を取った、或いは公務を抜け出し、若しくは投げ出してきたジャミトフ、シナプス、ブライト、シロッコ、ロナ、フェアント、ドズルが苦笑いする。
そして呆れ顔の妻リムに背を向けてウィリアム・ケンブリッジは空になった5本目のボトルをマスターに返すと言った。

「バカ息子の未来に栄光あれ・・・・・・・・・・畜生」









外伝第二話です。
これは一般兵士らから見た一年戦争とかなり爛れた生活してると言われたジン君のお話に、Vガンダム時代の妄想です。
いや、サスペンス形式の作品にしたかったのですがどうでしょうか?
また読んで頂ければ幸いです。。。それでは皆さん御元気で~    作者より。



[33650] ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像03 』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:a59978d0
Date: 2015/06/29 13:54
ある男のガンダム戦記 外伝03




<外伝第三話 動乱と紛争により化石となった戦闘(前編) >




時に、宇宙世紀0080年代末期。
後の世に様々な名前で呼ばれる一つの動乱が幕を閉じる。
ガンダムという地球連邦軍の象徴的な兵器奪取、強奪から始まった一連の反政府軍事活動は結果論としてだが、この人類史上最大級の版図を誇る連邦国家、即ち『地球連邦』において一人の有色人種の家族に対して権力を与える。
国民の絶対多数が容認し、本人が泰然として受け取ったと見られる権力はやがて当初の想定以上に肥大化する傾向を見せだす。僅か1年足らずで、である。
これはカイ・シデンら一部の有識者らからは危険視される様になり、さらには人類の業でもある大小様々色取り取りの人種差別を持つ人々からは絶対的な敵視と敵意となっていった。

ある元地球連邦軍の制服組ナンバーワン、かつて一年戦争を後方から総括し一度たりとも兵士を飢えさせなかった軍政上トップエリート。
辣腕軍官僚であり後世のタシロ・ヴァゴ大将も絶賛する事になる、統合幕僚本部本部長であった軍人は賞賛を込めて閣議で言った、

『最も独裁者に近い国民的な救国の英雄だ。
実績人望とも豊か、人脈に至っては問題なく、彼の性格、人物像、その歴史的人種的背景が彼の無言の支持者となり彼を推し続けるであろう。
ウィリアム・ケンブリッジは優秀で有能な信望があるし、まず間違いなく地球連邦でも随一の穏健な地球・宇宙のデタント推進派。
だが、それ故に彼の地球圏全域に持っている影響力とその危険性を我々は絶対に忘れてはならん。
かの牙は我ら地球連邦の喉笛を一撃で引きちぎるやもしれぬ。
既にジオンや非加盟国時代の仮想敵国よりも余程危険だ』

と。

勇退する首相は、新たなる首相に警戒するかのように伝えた、

『民主主義とは絶対多数の凡人による議を尽くした上での統治。
その人民による人民の為の人民の政治を覆すであろう劇薬。
人気はある。だが、その人気と権力を使う過程でティターンズが追い詰められるとしよう。
仮に世界と自らの仲間、家族を天秤にかければ彼は確実に後者を選ぶ。
だからこそ決して処方箋を間違うな』

と。

新たなる英雄の信望者にして狂信者は120年代に自らの血族の前でこう述べている。
そして、この言葉を臆面なく言い続けた為、地球連邦首相の就任当初5割強だった人気は一時期8割へ、急落し2割、最終的には4割に落ちつく。

『誰よりも無心に戦い、誰よりも家族を愛し、誰よりも友を敬し、誰よりも信義を重んじる現代の全ての部下を持つ人間が模倣とすべき貴族の中の貴族。
全市民は、全国民は彼のごとく生きる事を願う。全人類の未来の為に』

渦中の人物を、「ウィリアム・ケンブリッジ」という。
宇宙世紀0088の首相選挙にて第二代ティターンズ長官となった男。
それはそんな彼の、日常業務の一幕。



宇宙世紀0090、地球連邦標準時(グリニッジ標準時)の午後3時。
アフタヌーンティーに誘われたケンブリッジ家。名目は。
実態は違うだろう。

(なんか・・・・した・・・・かな?
心当たりがありすぎて・・・・・どれだろう・・・・・神様・・・・・どれですか?)

この間、バチカン市国でローマ法王教皇猊下に直々に悩み相談を聞いてもらいアドバイスをもらった。
妻の嫉妬深いところとか、先輩のパワハラとか、地球連邦憲章の定める人権・社会権無視の労働基準基本条約違反とか、奴隷のような強制労働とか、息子の重婚二股とか、娘の個人的な交際相手の相手の父親が自分の親友でしかも旧敵国の国家元首(現役)だったとか、そういう心労を色々と。

(確かに、そうでしょう・・・・神様は全てをご存知でしょう・・・・全知全能だから。
でも申し訳ありません!!!
私が知りたいのは休暇を取って1ヶ月くらい人里離れた小さな田舎町で家族揃って昼寝する方法です!!!
もう拳銃どころか重機関銃で武装した警護の特殊部隊に囲まれた屋敷で腹黒政治家連合軍と飯を食べるのは嫌だ!!!)

まあ、叶わない人の夢とかいて、『儚い』という。両親の言である。
泣けてくるよ、まったく。
マナ、ジンは今学友らと共に隣の貴賓室におり、ここ、体育館なみにデカく旧式なら戦艦が買えるのではないか、という家にはいない。

(そうだろう、そうでしょう・・・・・何故・・・・・こうなった)

周囲の面々は傍目から見ても、素人から見ても一発でわかる高級仕立て服。ドレス。大小様々な天然石の宝玉、宝石細工の群れ。
妻はヴィクトリア王朝風の青を軸線とした白基調のドレス。
彼ら彼女らの正装を見ると銀婚式に学生時代からの個人的な貯蓄を半分崩して買った高級車一台分より高いプラチナの指輪も見劣りしていた。

(もっとも、リムの美しさはそんなに変わらんから良いけどね)

物語の主人公たるウィリアム・ケンブリッジはイギリス王室御用達の仕立て服。
地球連邦政府が直々に予算を組んで発注した。絶対に内務省、国務省、ティターンズのケンブリッジ・ファミリーの独断専行だ。
周囲には地球連邦王室、皇室らの王太子、皇太子、皇女、公女、王侯貴族が勢揃いだった。
しかも、である。
本来は敵対国家でもあろうサイド3に国家基盤を置くジオン公国からもあのギレン・ザビ第二代ジオン公国公王と弟にして大公ガルマ・ザビとその妻であるイセリナも参列。
舞台は地球連邦王室・皇室評議会で序列第二位である、とある島国の王家、その歴史ある離宮。
バラの紋章をあしらったキリスト教徒プロテスタントが築き上げた歴史ある建物にて。

『ウィリアム・ケンブリッジ殿、前に』

穏やかな顔で目の前のこの連合王国の現女王陛下はティターンズ第二代目の長官を呼ぶ。
この部屋には地球とジオンという人類が未だに存続させている伝統、つまり、王族・貴族・華族らが万難を排して参加・参列した。
しかもである、この中で世界の著名人物録に載っている各州構成国家の有名政治家一族、地球各地の有名巨大企業、財閥一族はいない方を探すほうが大変だった。
当然の如く、地球連邦政府そのものも関与している。
各州代表どころか、地球連邦構成国家の面子をかけた宇宙世紀の宮廷外交の大舞台になっているのは常識以前の話。
彼らが集った名目上は最大の焦点にして、最大の儀式が始まる。
本当は単なる非公式会談を重ねまくった利権争いがメインであるが。
無論、伝統と格式が高くなるほど、言い換えれば俗世から離れていて『君臨すれども統治せず』を地で行ける人々の方がウィリアム・ケンブリッジを祝う傾向が強い。
逆に肉食獣の牙と嗅覚を研ぎ澄ます新興貴族や企業の代表らは虚々実々の駆け引きを繰り広げる。既に2週間近くも飽きもせずに、だ。
そして妻のリムいわく、今夜が過ぎれば自分たちも分刻みの宮廷政治(今は宇宙世紀でここは民主国家の地球連邦であるハズなのに、だ!!)に参列するだろうと言う。

(泣ける・・・・神様・・・・助けて・・・・神様・・・・お願い・・・・助けて下さい)

『皆様方もご存知でしょう。過日の事です。
我々伝統ある人々とともに未来へと歩む、親愛にして慈しむべき各国国民の厳正な信託を受けた地球連邦政府。
そして同盟国ジオン。
両国政府は先の水天の涙紛争の解決に尽力し、不幸な行き違いで発生した一年戦争とそれ以前、そしてあの大戦の戦時中から戦後復興期にかけて全人類の融和に貢献した御仁。
ウィリアム・ケンブリッジ殿。我々は彼の地球に対する真摯な姿勢と身を削る献身に対して最大級の敬意を評し、貴殿に対して爵位を授与する事を決定しました』

胃が痛い。
早く終わって欲しい。

『地球連邦政府のゴールドマン首相らの提案により地球連邦議会は満場一致でティターンズ長官であるウィリアム・ケンブリッジ氏の功績を称え、貴殿に名誉貴族の称号を授与する、以上です』

あ、目の前がクラクラしてきた。
足がしびれる。
喉がカラカラに乾いている。
咳したい。
目が痒いんですが、かいていいですか?

『では、これを受け取って下さい・・・・・ありがとうございます、ウィリアム・ケンブリッジ。
0089の12月25日の議案可決を元に、本日、0090、4月1日を持って貴殿を名誉男爵とする。
我が地球連邦王室・皇室評議会、最高評議会現議長はたった今、正統なる真の貴族精神を持った勇気ある者を受勲、爵位号を授与した事を宣言します』

一礼する現最高評議会議長であり女王陛下。
それに応える。

『ウィリアム・ケンブリッジ男爵、おめどう』

拍手喝采。
心から賛辞をおくる者。
嫉妬の視線をおくる者。
冷静に彼を監査する者。
冷ややかに侮蔑する者。
意味あり気に、笑う者。。

期待する者。
賞賛する者。
感動する者。
無関心な者。
儀礼的な者。
当然と受け止める者。
泰然と受け止める者。

そして絶対多数の好奇の視線。
多くの期待を背負わされた可哀想な勘違いされている男は恭しく地球連邦中央政府儀典省の『名誉男爵号』の杖を女王陛下から受け取った男は成り上がりと言われた窓際族。
そして。
地球連邦最大級の権力者になった生きた英雄。

『そして、私たち地球の人々からは以上です。
しかし、地球連邦の盟友であり、好敵手であり、ケンブリッジ男爵の唯一無二の親友であるギレン・ザビ公王よりお言葉と贈り物があります』

(え? ええ!?
この式典はまだ続くの? 
すみません、全然ジャミトフ先輩からそんな話、微塵も聞いてませんが?
そういうサプライズはこの年ではキツいです!
特にギレン公王唯一無二の親友とか何それ!?)

そんな心の叫びを無視する。目の前が一瞬暗くなり、軽い立ち眩みする。
いや、その瞬間に視界の端には先代ティターンズ長官の噛み殺した笑みが見えた。
鏡に映る妻も必死に笑いを堪えている。
しかも、貴賓席にいる息子と娘もそうだろう。
恐らくは北米の両親たちも!!
視線が目の前にきた男、ジオン公国第二代目の公王服の正装をした男と交差した。
思わず、

(ギレン!! 謀ったな!! ギレン!!!)

と、訴えた。叫びたい、叫べない、畜生め。
それに目礼するギレン・ザビ。
彼は心の中で言った。

(ふふ、ウィリアム、私の声が伝わっているか? 伝わっていれば君の周囲の環境を呪うが良い)

見た限りではよく伝わっている。ギレンは内心で敬礼したいくらいだった。
ポーカーフェイスは最後まで崩さないが。
狼狽しているのが彼の瞳の中だけであるというのは流石は我が親友にして好敵手。
それでこそ我れの盟友にふさわしい。だが。

(呪う、だと!?)

(ああ、そうだ)

この間、コンマ1秒ほどのアイコンタクトによる会話。
何も凄い才能の無駄使い。

(君の無欲さを呪うが良い・・・・君は良い男だが、その警戒心のなさがいけないのだよ。
ハハハハ)

さて、と。
儀礼は新たなる局面を迎える。

「私、ギレンは今日という栄えある日を諸卿らと迎えられた事を光栄に思う。
目の前の人物は我が身を盾にして祖国を守り、乙女である我が姪を守り、自身の家族を守護した者であることは周知の事実であろう。
その代償がテロの標的とはあまりにも、である」

よって!!

「我がジオン公国は国父ダイクンの名を持つ最大級の名誉である、ダイクン平和勲章を彼に授与しよう。
地球とジオンの宥和、そして先の大戦終結に尽力を尽くし、今もなお世界平和の為に戦うウィリアム・ケンブリッジと永久の友情を結び続ける事をここに宣言する。
彼はこれから英気を養い、更なる戦場に立つ。
私は賢明なる諸君らの代弁者として彼にこの言葉を捧げる。諸君、敢えて言おう」

そして彼は高々と右手を掲げた。

「ウィリアム、勝利の栄光を君に!!!」

サクラが一斉に叫ぶ。

『『『『『『勝利の栄光を君に!!』』』』』』

もちろん伝統ある貴族や王族らは苦笑いするだけだったが。
まあ、この政治ショーを酒の肴にしている多くのバーなどでは一斉に唱和されていたらしい。
ギレンは少しだけ言葉にクッションを置く。
そして続ける。
今回は彼らしくなく手短な、そして静かな口調だった。

「しかし、彼を狙う愚かな反逆者が存在する事を我々を忘れてはならない。
我々の敵は狂信的で、傲慢で、卑劣で、無能な新秩序の反逆者達なのだ。
私、ギレン・ザビはこの場を借りて地球圏全土に住む全ての人々に心から感謝し、かつ、詫びねばならない。
諸君らの生活を脅かす危険な存在を戦後の新秩序に野放しにしてしまった事を。
ジオンの臣民諸君、地球連邦の市民諸君。
胸を張って彼を讃えよ。我らの友情を褒め称えよ。
諸君らにとって恥じるべき事は何もない。
恥じるべきは国家の命令を無視し、自らの信念という名前でテロ行為を正当化し行う反逆者である、と。
我々の敵は狂信的、傲慢で、卑劣で、無能な新秩序の反逆者達なのだ。
我が同胞、我が友、そして我が英雄よ。
胸を張って我らと共に歩もう。
そして最後に、尊厳を持って共に難題に解決するべく邁進すると誓った地球連邦並び地球連邦市民らに感謝と敬意を評する。
ジオン公国第二代公王、ギレン・ザビ」

そして彼は弟ガルマが用意していた箱をあけ、そこにある新設されたジオン公国最初の全人類対象の、そして最大級の名誉勲章をカメラの群れに掲げた。

「ウィリアム、私からの最大限の友情の証だ。
私を友人と思うなら受け取ってくれ。
なーに、君が気にする事は無い。私と君は親友だからな」

なんというタイミング。
しかも釣られて多くの人から笑いが出る。
リップサービスもここまで来ると清々しい、な、と。
ただ弟のガルマは一瞬だけ兄のギレンの顔が歪んだのが分かった。

(あ、本気だ)

と。
伊達に血が繋がっている訳ではない。
これは演技2割、本気8割だなと思った。
事実は違う。
後に娘のマリーダは知った。

演技1割で本気度数9割である。

あの勲章を作り、その最初の一人にする為にギレンが珍しく、それこそ軽蔑し軽視している議会の傀儡議長や弱小政党らに必死に根回しを行い、ジオン公国議会でも全会一致をさせていた事を。
そして、この場の全ての参加者や地球圏の人々にその裏事情を知られない様に裏工作をしていた。側近中の側近にして妻であるセシリアらジオン親衛隊を私的に動かす。
尚且つ、議会では反アースノイド勢力から提案させる形でジオン公国全体の権威を付与させて友人に「お返し」をしていたという事を。
言うまでもなくこの事実が公表されるのは彼ら全員の死から四半世紀後である。
そう言う意味で、ギレンの非常に高い政治家としての能力がある意味で非常に浪費されていた。
誰に似たのやら。

『謹んでお受けします』

ティターンズ二代目長官は笑みを浮かべながら内心ではこう思った。

(いや、まあ、友達だけど・・・・だったら俺の休暇をジャミトフ先輩と組んで潰すなんて事しないでよ)

彼のティターンズ時代の初めての有給はこうして公務にて幕を閉じる。
ただ、それは「公務としての休暇」が終わっただけであり、本来の仕事は山積みで、そして増える一方であった。
で、控え室で着替えた後、バッキングダム宮殿の迎賓館の一室で義理の娘らと家族らが出迎える。

「かっこよかったわよ、お母さん」

そこはお父さんじゃないのか、マナ。

「かっこよかったですよ、母さん」

ジン、お前もか。

「さて、そう言えばこんな物を頂いたな」

丁寧な手つきと白い薄手の手袋でカバンを開ける。
ジオンの勲章と地球連邦の男爵号を証明する杖。
特注品であり、これ一本で500万テラ、高級自動車1台の価値があり。
そして名誉貴族は地球連邦の『王室・皇室評議会』にオブザーバーとして参列する資格を持ち、本人死後には直系血族1名に家名と貴族位を継承できる。
まあ、かなりの相続税と面倒な手続きが必要である。
因みに今日最も感涙に咽せっているロナ君がその制度を利用していた。

「まあ、大切な友達にもらったものだ。
それに・・・・・」

「それにウィリアムの人生の一つの区切りでありそれが評価された証」

妻がすっと勲章を見る。
自分の胸につけている地球連邦軍の略式勲章と比較した。

「まあいいんじゃないかしら?
深刻に考えず・・・・・そうね、年金の質に出せる物が増えた程度に思っておけばいいでしょ?」

その言葉に笑う自分。
そうだな、勲章も貴族の爵位も関係ない。
妻のリムが、息子のジンが、娘のマナが、両親たちが笑っている。
この平和な地球の衣食住に困らない一室で、それなりの格好をして。
それでいいか。

「さて、何が食べたい?」

「あ、父さん、久しぶりに日本の寿司がいい!」

「お兄ちゃんの意見に賛成!!」

「寿司、ですか? 私はコロニー育ちだったので食べた事がなく・・・・楽しみです」

「ユウキはそうだよね。一応・・・・血の繋がっているだけの無情なジオンの実家でもあまり出たことないし」

「へー、メイ姉さんとユウキ姉さんに奢る甲斐性もないのか、家のバカ兄貴は・・・・・ちょっと恥を覚えてよね、全くもう。
いい、兄さん。
女が欲しいものはハイハイと言って喜んで貢ぐ・・・・違った、プレゼントするのが男でしょう?
グレミーみたいに、さ」

「ふふ、そうねー。
マナの発言は絶対の真理かしら?
ハワイで母さんの為に給料数ヶ月分を一日で散財した父さんを見習いなさい、ジン。
女はね、千の言葉よりも一の行動を信じるのよ?
私だってハワイまで告白しに来た当時のウィリアムお兄ちゃんが身銭を削って夢の世界に案内してくれなかったらひっぱたいて終わりだったんだから」

「あ、そう言えば私あのブランドバックとブレゲスタイルの懐中時計が欲しいな・・・・いざという時に富裕層と換金できるのが良いですね」

「私は車かなぁ。今度の極東州の新型コンパクトカー可愛いんだけど?
やっぱりモビルスーツ開発部門責任者の一角としては操縦者の感覚を知ったほうが良いかなぁと思います、私の彼氏様!」

「・・・・・・五月蝿いよ、馬鹿妹。母さんも二人共悪乗りしないでよ」

「我が息子よ、悟が良い・・・・・我が家の実権は名誉ある男爵ではなく、魔王と恐れられる人物でもない。
女帝陛下の恩顧のもとにあるのだ、とな」

「父さん、難しく言わないで・・・・・つまり要約して言うと?」

「・・・・・・・・・・・・諦めろ、そういう事だ」



翌週。0090春

ジオン本国に帰国したギレンをサスロ・ザビ総帥が呼び止める。
彼らは生まれ育った家で家族会議という形である懸念を話し合う。
議題は地球圏に残った戦乱の火種。

「南洋宗?」

参加するのはサスロ、ギレン、ドズル、マ・クベ、そして警察出身の内務官僚にしてジオニック社の御曹司家系の後継であるレオポルド。
秘書はセシリア・アイリーン・ザビにレオポルドの妻であるエリース。
ただ女性陣二人は黙って記録を取るだけ。
聞かれたこと以外は話さない。
これはジオン親衛隊で尚且つザビ家警護部門ら出身者の暗黙の了解。
ギレンの疑問に答えるのはレオポルド。
彼はベージュのダブルボタンスーツに青のシャツ。黒いまだら模様のネクタイ。
似た様な格好であるが、スーツはシングルで紺色のサスロ。
寝巻き姿のギレンに、上級大将の階級を創設したジオン軍の軍服姿のドズルと襟詰め毛沢東シャツスタイルのマ・クベ。

「はい、北部インド連合に存在していた仏教徒の中でも新興宗派です」

「それが我がジオンと何の関係が?」

地球の一新興勢力が宇宙で何ができるのか、という言葉であろう。
政治面でもギレンと付き合いの長いマ・クベとサスロは即座に理解する。
結論を早く言うように。
そう促すギレン。
頷くレオポルド。

「彼らはサイコミュを手に入れております」

その言葉の意味する事。
それは。

「なるほど・・・・シャア・アズナブルを匿っていた、という事か」

そう。
技術大国ジオン公国はモビルスーツ・モビルアーマー開発の基礎分野と惑星間航行技術は地球連邦構成州・地球連邦加盟国の各技術レベルで群を抜いている。
圧倒的と言いかえても良い。
特に基礎技術と蓄積されたノウハウ・これは現時点で絶対的な優位性をジオン経済圏に高度経済成長という形と技術大国ジオンという名実を伴った恩恵となる。
未だにハイザックという共同開発がなければジオンの技術的優位は揺るがなかっただろうと国民が信じている位だ。
というか、軍部過激派やザク・ゲルググ神話を信望する将兵らは依然として連邦軍相手なら3倍相手でも戦えると豪語するバカが結構な割合でいた。
極東州にいるギニアス・サハリン技術少将がジオン国籍の為か彼の与り知らぬところでそれを後押ししている。
見たくない現実、つまり、地球連邦構成国家でも最先端技術・経済大国の日本列島で地球連邦政府と地球連邦軍の管轄下で多くの人型機動兵器モビルスーツを共同開発しているという事実は捻じ曲げているのであろう。頭の中で、都合よく勝手に。
まあそれは良い。

(焦る必要はない。戦前の様に煽りすぎた結果だったが我らがコントロール出来ない馬鹿は水天の涙で自滅。
今では連中、軍事基地以上に生活拠点、インフラ基盤となっているであろう叛徒どものアクシズ要塞さえ発見してしまえば何とでもなる。
更に連中が宇宙で略奪行為をする都度、我がジオンはそれを材料に連邦と合意の上で軍備の近代化を進められている。
その上で我がジオンの民たちが見たい現実しか見たくないというのならそれを見せていれば良い。
パンとサーカスを提供できる限り、そして今日と同じ明日を保証し高価なおもちゃを並べておけば民は反発せん。
これは歴史が証明してきた。今後も変わらんだろう)

ギレンは瞬時に判断する。
ただ、レオポルドには話を続ける様に促す。

「キュベレイ、その機体を彼らが手に入れていたという事を北部インド連合に潜入している工作員から報告があります。
精度は非常に高いものであり、更に付け加えるならばキュベレイの整備をする為の基本マニュアルと専用HLVもアクシズは送っていた模様です」

「うん? 待て、レオポルド。何故それがわかった?」

話を遮るドズル。
彼は地球に降りていて、この中では直に、体であの星の広大さを知っている。
故に、自分たちジオン公国はコロニー国家にして新興国家であり、先の大戦での土壇場の敵前逃亡に子飼い部隊の反乱、止めにその後の粛清劇と大規模な配置転換・転属命令の乱発で著しく衰退しているのが我がジオンの諜報機関の現状。
はっきり言って宇宙とサイド3の本国、月面の裏側都市郡ならともかく、地球ではアテにならん。
そう言い切った。

「はい、ドズル閣下の仰る通りです。ジオンの情報収集力ではこの点は確認する事で精一杯であり、察知するきっかけは別の方面からです。
これは、我がジオンではなく地球連邦のある議員が漏らしたのです」

用意されているクッキーを一口食べて紅茶をストレートで飲んだギレンは徐ろに口を開く。
他の物もアメを舐めたり、水を飲んだりとしていた。

「なるほどな・・・・・地球連邦にも我が国もいる売国奴、か?」

ギレンの言葉に弟が頷いた。

「やれやれ・・・・こうして歴史は繰り返す、か、ギレン兄」

「というより、嫉妬でしょう」

付け足すのはこの地球戦線を経験している特筆すべき内務官僚。
実戦経験を持った男。

「ほう、興味深いな、レオポルド」

「で、その嫉妬は主に誰へのだ?」

「だいだい予想がつくぞ、兄貴達」

意地が悪いと思ったがレオポルドも妻のエリースもポーカーフェイスを保つ。
勿論、内心を悟られるようなヘマはしてない。してないはずだ。
ただ、目の前の御仁はあの『ギレン・ザビ』である。
超大国にして史上最大級の軍事・経済大国『地球連邦』に対して一歩も引かず結果的にサイド3に最良の結果を与えたジオン公国独立達成の英雄、最高峰の政治家である。

(これは虎の尾を踏んだだろうか・・・・分からない。
まあ、分からない事と過去の事は後で良いか)

直ぐに判断し頭を切り替える。
取捨選択は戦場で生き残る必要不可欠の技術であり、それは政治という世界でも同じ。

「無論、ウィリアム・ケンブリッジという今を輝く英雄殿へ対する白人至上主義者や彼に追い抜かれて蹴落とされるのを恐れている人々です
先の爵位授与とギレン陛下の受勲は各地で賞賛と反発の化学反応を引き起こしております。そうであるが故に、です」

右手で一旦言葉を遮らせたギレンは嘆息した。

「やれやれ、出来ぬからといって出来る人物の足を引っ張るか。
見るに耐えんし、聞くに耐えんな。一層のことジオンに呼んではどうかな?」

「?」

怪訝な周囲に対して彼は冷酷に言葉を紡ぎ出す。
そう、あの「独裁者ギレン・ザビ」そのものとして。

「退場を命ずるのだ、この世から、な」

ギレンの嘲笑が響いた。
咳払いして何とか物騒な話を区切る。

「ち、俗人どもが・・・・余計な事をするな。まあ良い、で、話を戻してくれ」

と、サスロも出来る男なのでかなり辛辣ではあるが。
それでも会話の流れが本題に戻れた事は良い事だ。
が、要らぬ事を付け加えるのもレオポルドの悪い癖。
妻は純潔を散らす直前、彼にその生真面目過ぎる冗談を言う癖を止めるように迫ったが効果は今のところ薄い。

「ギレン陛下、サスロ閣下、我らジオンも人のことは言えません。
地球連邦やその構成国家の内政失敗や腐敗、内部抗争を笑うのは墓穴を掘る事になりましょう。違いますか?」

何故?

「件の原因、水天の涙紛争を誘発したのも我がジオンの国内派閥争いが最大の原因であり、遠因でありますから」

ギレンとレオポルドの会話をそれぞれの妻は無表情ではある。
が、レオポルドの幼馴染エリースは生きた心地がしないままであり、彼女を無視してまたもやギレンとレオポルドの会話が続く。
咳払いをしてサスロが口を挟む。

「ふむ、ならば情報は正しいと見るべきか。
となると、例のサイコ・P・リュースシステムも周辺の人間関係を含めて調査と警備、警戒を厳重にした方が良いな」

あの義手義足を媒介にモビルスーツを動かすシステム。
最初からパプア級、パゾグ級改装実験母艦を利用している為、宇宙空間作業とこれらの実験や研究は良好。
数年以内には量産化と実用化の目処がたつとフラナガン機関からは報告されている。

「メイ・カーウィンとギニアス・サハリンが抜けた穴を良くも埋めた。
そう言う意味ではフラナガン機関の後継者になれるであろうか、あのカーラ助教授は」

「ジオン軍としては彼女を技術大佐か親衛隊の特務大佐あたりで拘束しておきたい。
カーウィン家の政略結婚が裏目に出たのは兄貴達も知っての通りだろうし」

「そうだな」

義手と義足を経由した一般人、いいや、身体障害者を対象にしたリハビリと新技術の確率と需要供給の喚起は今後必須になる。
戦傷者は数千万人にのぼるというのが地球連邦内務省、厚生労働衛生省とジオン公国総帥府直属の外局、ジオン公国・国民人事統括局の統計で出ている。
そしてそれを、その義手・義足代替技術の神経伝達電子回路をジオン特有のサイコミュ技術で独占すればその利益は計り知れない。
かつて、北米州のパーソナル・コンピューターやスマート・フォン、それ以前・以後の極東州の携帯音楽再生機器、低燃費高性能地上車、水陸両用の衝撃防御力が強固な機械式ではない腕時計などが良い例だ。
その技術は極東州と北米州を現在の地球連邦指導国家の最上層部に底上げしていた原動力の一部。
つまり。
ギレンらが考えるサイコミュ関連技術を独占状態でジオン国内の民間転用。
それが当初の目論見通りに成功すれば、それはジオン公国の技術陣が地球連邦、いいや全人類領域での宇宙開発で数歩、ヘタをしたら一周分は敵対勢力、敵対技術陣営からリードできる証左と躍進力になろうと判断。
が、そうであるからこそ戦後の凋落から復権を望む統一ヨーロッパ州や、水天の涙で決起しなかった旧レビル派閥(するタイミングを逃した、とも言える)、地球連邦軍内部の現非主流派に反ティターンズとして左遷された人々(というよりも、ジャミトフ・ハイマン監督・マィッツァー・ロナ実行で行われた粛清リストの対象者)、潜伏しているエゥーゴ、カラバ、アクシズ、ジオン反乱軍に別のコロニーサイド、月面都市群らには絶対渡せない。
ああ、そうだな、諸君、私は以下の事も付け加えよう。
現主流派の極東州と北米州(というか、口さがない者は太陽の旗を振った星団連合の集いとも揶揄する、要するに日米同盟再び、だ)には外交取引カードとして非常に有効で、彼ら現在の地球連邦政府にもジオンが主導権を握り続ける為に出来うる限り第三勢力に知られたくない技術の根幹、それがサイコミュ。

「国内警備は国軍と警察に任せよう。
で、我らを集めたのは何故だ? その点を聞いてないな、レオポルド」

ギレンの指摘に反応したレオポルドはカバンから恭しく何かを取り出した。
差し出されたのは一通の手紙。
差出人も宛先も不明で、切手も消印もない。
蛇足だが、地球連邦の郵便制度らは20世紀後半の西側先進国を基準にし、更に宇宙開発ではより正確な情報を残す必要性から重要文章ほど紙媒体で取引される。
これは現金紙幣硬貨の方が電子マネーよりも扱いが上で、更にこれより貴金属のバーター取引が最重視される。
宇宙世紀以前から戦乱の元凶にもなり、その戦乱の母体となり、今なお戦乱を育む矛盾である。
因みにだが、この現金取引市場を活性化させその流れを加速させたのは皮肉にも非加盟国時代の各国への地球連邦の締付経済制裁とそれを掻い潜ったジオン、当時のムンゾ自治共和国独立派閥、つまり現在頭を抱えている当事者の一人、ザビ家とその実行者に支持者である。
地球連邦にとっても言わば自業自得、キングダム政権以前から30年近く続けていた政策のツケをゴールドマン政権が今ようやく支払っている状態であろう。
逆に言えばテロリスト認定されている組織や横流しがしたい富裕層らにとっては現物取引は魅力的であり、それを求められ、成功する可能性が年々、いや日進月歩で高くなっている。
需要があれば供給があり、供給があれば競争があり、競争があれば手段と技術もその人的才覚の集中運用により練磨されるのだ。
ゲームで言うならばレベルアップしているのが現実だった。ジオンや連邦には苛立たしいことに、である。
それが資本主義である。

「ティターンズ長官はロンド・ベルの一部を査察に送るつもりでした。
ところが、です」

地球連邦軍南インド駐留軍と同じ規模と任務を持つ、対北部インド連合戦力である地球連邦軍アラビア州駐留軍。
この駐留軍の一部、インド・パキスタン国境に展開している部隊が現地で摩擦を、正確に言えば武力衝突を引き起こしてしまう。
これに便乗してジオン反乱軍とアクシズ軍も何らかの軍事活動を起こしている。
数隻のユーコン型潜水艦がインド洋に展開しており、しかも識別では独立戦争時代の地球攻撃軍海中艦隊の敵味方識別情報を発しているのを偵察衛星の熱源写真で視認。
これは地球連邦海軍と地球連邦外務省の『好意』により先日ジオン軍総司令部に伝えられる。無言であったが。
その報告はサスロとギレンの眉を顰めるには十分だ。

「厄介な事だ・・・・・またジオンの連中が自分たちから強奪した武力を戦後に行使している、そうアースノイドに捉えらる」

「サスロ兄、それだけではない。
ジオンの連中は自国軍の統制もできない阿呆の集団、信用できんと連邦から批判される格好の宣伝材料だ。
トドメに必死に距離を保ってるサイコミュ技術が連邦に奪取される。
しかも正当な手続きで、だ」

「ドズル、サスロ。加えて連邦軍以外にも技術が流出する可能性を考慮せよ。
技術の統制できない拡散、それは絶対に避けぬばならん。
共通認識として我がジオンにとり現在の地球連邦政府は十分良い交渉相手になる。
特にマーセナス前政権とそれを受け継いだゴールドマン現政権は現実路線であって、戦犯であるレビルと組んでいた統一ヨーロッパ州を出し抜いた過去があるからな。
故に我らとは利害関係が一致して組みしやすい。
敵の敵は味方である、という訳だ。
が、カラバ、エゥーゴ派、旧ダイクン・キシリア連合のアクシズに反乱軍どもには通用せん。
奴らは大都市への無差別攻撃も核攻撃も兵器強奪もなんとも思わん。仮にズム・シティに艦砲で砲撃されてみろ、我がジオンの政治的な立ち位置はどうなると思う?」

溜息が出そうだ。
それを押し殺してレオポルドは続ける。

「はい、陛下。
であるからこそ、私は極秘裡に陛下らに提案をお持ちしてきました」

封筒には古風なロウソクの刻印と名前があった。
彼らザビ家はそれをよく知っている。
実の父親がこの創設者の一人なのだ。
レオポルドの祖父も協力者にして創設者であった。その事を祖父から聞いた本人は無論誰にも言ってないが。

(懐かしい名前だ、まさかこれをこの時期になって見ようとは・・・・くくく、これもあの男の影響だろうか?)

尤も、ドズル・ザビは直情過ぎたので知らされていなかった。
キシリア・ザビはそれを知って利用しようとして、ある人物に逆に排除しなければならんと決心されて殺される。
ガルマ・ザビは幼い上に地球への幽閉・追放刑なので当然知らず。
が、セシリアはギレンから極秘裡に打ち明けられている。
これがザビ家宮廷の宮廷政治だ。
これの象徴。

『レギンレイヴ』

という刻印があった。

「故に私はティターンズとジオン共同の作戦をジオン内務省ならび親衛隊は提案します。
ガトー大佐指揮下にあるザンジバル改一隻を地球に派遣し、地球連邦のヒイラギ・アメリア・カンパニーが開発していたORXシリーズの新型ガンダム、その受け取りを名目に」

「・・・・ソロモンの悪夢。
確かにサイコミュは重要だ。それは理解しているが・・・・結局のところだ、戦いは数だよ、兄貴。
そう考えれば我がジオンの戦場の英雄でありジオン親衛隊司令官でもあるアナベル・ガトーを動かすほどか?」

ドズルの問いに今度はマ・クベが返答する。

「ドズル上級大将、ご心配なく。彼は囮です。本命は別に送ります。
無論、我が軍が地球連邦の絶対国防圏で動くのは色々制約がありますが・・・・いくらでも媚薬を嗅がせれば動くものはいます。
ティターンズにもロンド・ベルにも地球連邦軍にも、です」

「よかろう・・・・テミス社に出向している者達を集める。サスロ、マ・クベ、この件はそれで良いな?」

ギレンの命令に、マ・クベは一礼した。



それを受けたのかどうかは定かではないが、更に数日後、地球。
地球連邦ではある部隊が召集される事になった。
「ロンド・ベル」であり、その一員である部隊だ。
地球連邦軍本部・北米州西海岸・キャルフォルニア基地。
第12番宇宙船ドッグ。入港中のペガサス級強襲揚陸艦を人々は畏敬の念を込めて不沈艦、伝説の軍艦と呼ぶ。

「サウス・バニング中佐、コウ・ウラキ大尉ならびタクナ・新堂・アンダースン少尉着任しました」

二人の20代の若者が敬礼する。
答礼する玄人の叩き上げ佐官。

「久しいなウラキ。そしてそっちの新人はじめまして、だな。
エコールの士官学校次席卒業ですぐにここに配属とは大したもんだ。期待しているぞ、アンダースン少尉」

「ハ!! 不死身の第四小隊隊長にそう言われて光栄であります!
全身全霊を尽くします!!」

「バニング隊長もお元気そうでなによりです、こいつの面倒は俺がみますから大丈夫ですよ」

「はは、ウラキ、貴様も言うようになったな?
そのあたりは逆に心配だが・・・・」

積もる話を続ける3人。
彼らを軸にある作戦が立案されようとしていた。
一方で。
同じ基地に一機のモビルスーツが納入される。
機体名を「百式」。カミーユ・ビダンら技術開発チームがジオン系譜のモビルスーツを圧倒する事を合言葉にすすめる「Z計画」の要となっている機体。
その2号機。
今回はサブ・フライト・システム利用の空中機動や重力下での実弾テスト、実戦投入を目的としていた。
パイロットはある意味でアムロ・レイ中佐を凌ぐ男。
確かに彼の撃墜スコアはモビルスーツだけを通算して37機。
ビグロというモビルアーマーも撃墜した経験が有り一年戦争中盤からのベテラン指揮官でもあった。
ただし、だ、以下の評価も付き纏う。というか、こちらのほうが有名。

『一年戦争という戦時中に乗機のガンダム1号機(俗に言うプロトタイプガンダム)をソロモン攻略戦という地球連邦宇宙軍・旧レビル派閥にとって唯一の勝ち戦であろう事かザクⅡ改と一体一で戦い撃破された無能』

故郷の酒場で酔っ払いの退役兵らに言わせてもらえば、ムーア同胞団の為に名誉の戦死をしておくべきであったのに、生きて捕虜になって捕虜交換で戻った卑劣漢、厄介者、疫病神、だろうか。
まあ、実際はソーラ・レイの掃射における軍事史上でも特筆すべきであろう大混乱とビット兵器が乱舞した上でエネルギー切れ、推進剤不足というハンデを背負っていたのだが。
勿論、彼のスポンサーである当時のムーア同胞団第1義勇艦隊は一名の女性艦長を除いて黙秘、事実を捻じ曲げた上で真実は黙殺。
彼個人に全ての責任を負わせ、自分達ムーア同胞団は地球連邦軍としてレビル将軍亡き後も侵略者ジオン軍の死守する最大にして最後の防衛線ア・バオア・クー要塞に対して先陣を切ったと主張している。
実際は弾除けだったとは言え、事実そうである。
因みにサイド4はエゥーゴ支持者の母体でありこのパイロットの一族からも資金援助をしていた者がいたと誤認逮捕された。
ただ、一度出来た偏見はそう簡単には埋まらない。よってティターンズや地球連邦軍主流派、現ジオン政権、各地のコロニー自治政府の誰もが故意にムーア同胞団の犠牲を無視している。

(け、胸糞悪い。今回もそうだった。
俺の経歴を知った連中のあの目が気に入らない。
ただ、それだけでどうにかなるとは思ってはないけどよ)

「イオ・フレミング少尉、か?」

やはり目の前の艦長も非好意的な視線。
ア・バオア・クーの前半のSフィール。そこでドロス級の砲撃で乗艦のマゼラン級戦艦と運命を共にしたという腐れ縁だったクローディアとは違うタイプの女性エリート佐官。

(ふん、確かこっちはケンブリッジ・ファミリーの出世頭の一人。
あのウィリアム・ケンブリッジというエセ貴族様の愛人という噂もある女、か。
要領よく出世コースにのった尻軽女が・・・・気に入らねぇ)

暴論暴言に偏見と屈折した感情もここまでくれば凄い。
フレミングとはサイド4「ムーア」の有力財閥の名前である。
いや、あった。
現在はブッホ・コンツェルンに乗っ取られ経営陣はロナ一族の傘下。
彼の姉も先の水天の涙で何とか首の皮一枚で繋がっているだけでロナ家の事実上の当主にしてケンブリッジの懐刀に良い様に利用されている。
実際、水天の涙紛争での責任追及をケンブリッジらが回避しただけでなく一気に勢力を躍進したのはサイド2、サイド4、サイド6、月面都市群の経済界を侵食したから。
その尖兵にして嫌われ役を押し付けられたのがイオ少尉の姉達だった。
病床の母親でさえロナの一族は格好の宣伝として各種宇宙開発企業の株主総会での影響力確保に利用していた。
まして彼自身がガンダムを格下呼ばわりしていたザク(しかもパイロットのバーナード・ワイズマン上等兵はほぼ新兵であった事が戦後の調査で判明)と一体一で戦い、これに撃破されており、万年少尉が確定しいるという。
よって、彼自身の持つ影響力など考えるべきではない。そんな価値がない事はイオ自身が各地で転戦する事で骨身に沁みている。

「は、そうであります、マオ・リャン艦長」

水天の涙紛争終了後、歴戦の武勲艦であるペガサス級第七番艦のアルビオン5代目艦長に就任したのはマオ・リャン大佐。
彼女は5年前後の艦長経験を経過・経験させた上でエイパー・シナプスらの主流派のいる宇宙艦隊総司令部勤務が内定してる。
あくまで現場を経験させること、それが理由。
自分とは大違いのトップエリート。遠い将来だが宇宙艦隊司令長官も統合幕僚本部本部長も軍事参事官就任も確実視される女。
思わず睨んでいた。それは死んだクローディアらが未だに危険分子の敗北主義者だと言われ続けている反動。

「少尉・・・・なんだ、その目は?
何が言いたい?
実に反抗的な目だ・・・・気に入らん。
まあ良いだろう、全ての人間に気に入られる人間などおらんからな。
イオ少尉、私は君をガンダムを喪失した無能だと言って差別しない。
君は知らんだろうが、私の知人も武運拙く失敗した事がある。
だから一年戦争でのガンダム喪失は問題にせん。戦場は実力だけでは生き残れない。それは理解している。
そして、その上で君の第13次地球軌道会戦でのハイザックの戦闘ボックスも拝見している」

彼女はそう言って灰色のカラーリングをした百式2号機を艦長室のサブスクリーンに出す。
直立不動から休めの姿勢で言葉を待つイオ。

「我が艦の艦載戦力は以下のとおりだ。
左舷デッキにネモ1個小隊3機、そして君の百式と百式についていく為に製作されたネモの改良型であるネロが2機。
右舷デッキ同じくネモ1個小隊3機に、ガンダム試作1号機とガンダム試作3号機、そして指揮官用のネロ。
合計で何機だ?」

「は、12機一個中隊であります。艦長」

「よろしい。君は百式のパイロットとその指揮下にある第三小隊の小隊長をしてもらう・・・・分かったか?」

「サー・イエッサー!!」

敬礼するイオ。
そしてマオは興味なさげに続けて言う。

「ああ、それと明後日月曜日の15時30分に艦載機部隊隊長のバニング中佐の下に出頭しろ。
そこで君を一階級昇進させる、よろしく」

退室した彼と代わり、彼女は軍の内部広報を見る。
電子版であるから既にロンド・ベルや現地駐留軍、各地の連邦軍方面軍司令部などは知っている機密でも何でもない報告。

『発・地球連邦軍アラビア州軍パキスタン方面軍司令部・司令部直属第4大隊
宛・地球連邦軍統合幕僚本部・作戦部直轄部隊

我レ、北部インド連合ニテ地球連邦軍ジムタイプ、ジオン公国ザクシリーズ混成モビルスーツ部隊並ビ陸上戦艦2隻ト交戦。
敵ハ最低デモ一個師団規模。
勇戦ムナシク我レ敗退セリ。至急、増援部隊ノ到着ヲ要請スル。以上』

トントンと艦長用の机を叩き、コーヒーを飲む。
艦内電話が鳴るのを待つ。
恐らく来る。
或いは艦隊専用の部隊機密メールが。

「鳴ったか」

マオが受け取ったメールの主。
その名前を地球連邦軍・軍事参事官兼ロンド・ベル艦隊司令官であるエイパー・シナプス中将という。

『大佐、明日の午後7時に私の執務室に来てくれ。
バニング中佐と一緒にな。要件はそこで言う。以上』


北極圏で打ち上げられる数機のHLV。
それはシベリア開発中のルオ商会所属。
タウ・リンはシベリアに眠る資源をとある人物経由と組織を使い、自らの属する組織強化を行っていた。
来るべき日に備えて。
それが如何なる日なのかは本人と側近以外は誰も知らないであろうが。

「これがバウ、か」

納品された機体は地球連邦の軍拡に対抗する事と軍内部の反ティターンズ勢力が蠢動している結果完成したZガンダムと後世に呼ばれる機体の対抗馬。

「ビームライフルに通常のゲルググ・・・・・ジオン正式耐ビームコーティング済みシールドとビームサーベル。
小型ミサイル・・・・可変機構付きのプロトタイプに赤い彗星仕様の赤いバウ、そして9機ジオンカラーリング」

部下の一人が言う。
これだけを使って何をするのか、と。
一隻のムサカ級重巡洋艦(一番艦・ムサカ)に搭載された11機の機体。

「ちょっとした・・・・揺さぶりだ・・・・・俺からのプレゼントだよ」

プレゼント、ですか?
誰宛です?

「決まってるさ」

「?」

「赤い彗星と救国の英雄殿へ、だ」

さてと。
タウ・リンは振り向いた。
振り向いた先には通信室から彼の個人的な部屋へと繋がっている。
この暗礁宙域にある『茨の園』という秘密コロニーの一室。
その部屋にいる一人の少佐に。

彼は地球本土から連れてきた。
俺に日本列島からついてきた。

生徒の為に。
馬鹿な奴。
まあ、だから殺したくはないとも思える。
ただし、だ。
生き残れるかどうかこいつは自身の運と実力、そして縁次第。
そこまでは面倒は見ない。
自分だって誰にも頼らずにここまできた。
例え最初の結果が、いいや、選択が無くても。
今の自分を構成するその何割かは選ばれた最悪の中でも少なくともよりマシな悪い方を選んできた結果だと自負している。
だからだ、俺は俺の為に生きる。
俺自身の為に人を殺し、欺き、騙し、裏切る。
例え誰が俺を批判しようとも一切合切関係ない。
何故だと聖職者は問うだろう。
何故だと被害者が糾弾するだろう。
何故だと?
何故?
決まっている。
そうだ、最初からではなくとも、決まっている。
俺は嫌われているかどうかしらん、世界に弄ばれていると言われても否定はできんだろう。
だが、俺自身が定めた道だ。
だから俺は俺の道を行く。

(はん、悪鬼羅刹、修羅外道、愚劣愚行の極みであろうとも関係あるものか!!!
我思う、故に我在り。
ならば、俺はこう言わせてもらう。
我進む、故に、我在り、だ。
あのアドルフ・ヒトラーやヨシフ・スターリンの殺戮、粛清以上の犠牲者を積み上げたとしても。
くくく・・・・・そうだ、そう。
・・・・・・・・・・・・・・・俺は絶対に他人からの免罪など求めん。
仮に世界の全てが俺の愚行を許すとしても俺は俺を許さんし、俺は誰にも謝罪はせん・・・・それが名前も知らぬ俺の最後の矜持だからな)

だが、俺は傲岸不遜に別のことを言う。
もう後戻りできないこいつの為にも、だ。
少なくともそれなりの舞台は用意してやるのが誠意だろう。
独善だろうと・・・・構わん。

「ヤハギ、あんたにこの機体達とムサカを貸してやる。
ついでにあの赤い彗星仕様の機体も色を塗り替えてエリシアとかいう女にでも使わせろ。
他の生徒は約束通りフォルマーの奴に預けておいた。
今頃は後方拠点のアクシズ要塞でシャア・アズナブルらの庇護下だろう。安心しな」

無言で敬礼し、通話を着るヤハギ。
その後ろで裸のエリシアという女が抱きついていた気がしたが・・・・ふん、教え子と教師の背徳的な関係など俺の知った事じゃない。
そう言えばあの仮面の男を慕ってレコアとかナナイとかいう女がアクシズの総帥エリアに出入りしているという噂があるのだが・・・・まあこれもとりあえずは置いておいて良い。
さて、いよいよだ。

「先ずは前菜と洒落込むか、なぁ、オヤジ殿?」

さて、と。
タウ・リンは一機の無人シャトルを南洋宗の支配下にある地区に降下させた。
ビスト財団の合法的な方法を使った為、連邦宇宙管制局はこれを許可した。

『経済活動の自由と公共の福祉を名目に、地球連邦憲章に堂々と反して信教の自由を犯し我らを弾圧する地球連邦軍に対して総反撃、こちらも越境攻撃をかけるべし』

その意見を僧正は受け入れた。
インド・パキスタン国境を40機前後のジム、ジム陸戦型、ザクⅡJ型、グフA型の混成兵団、少数のジムⅡらが進撃。
先の威力偵察で大打撃を受けてしまい後方にジム・クゥエル(赤と白の連邦軍カラー)中心の部隊は後送、再編中。
ヤハギの乗ったムサカの軌道上のレーザー通信から敵軍、つまり地球連邦軍の大まかな部隊配置を推測した反地球連邦軍閥『カラバ』の一部である南洋宗派閥はアクシズ先遣部隊と合流していたカラバ主流派=タウ・リンのヌーベル・エゥーゴと合同して攻勢に転じた。

『同胞宗派を救い、母なる教えを広める』

『これは聖戦である』

僧正らの側近が教団幹部会でその様な趣旨の激を飛ばしていた頃。



地球の反対側ではロナ、シロッコ、フェアントを集めたリム・ケンブリッジが完全防音防諜の休憩室で世間話のように言った。

『それでは諸君、件の計画通りに反地球連邦勢力は根絶やしにするわよ。
全ては地球連邦の未来の為に』

まるで今日の昼に何を食べる?
学生がその様な気分で聴くようなノリだった。
まあ、突っ込むバカはいないが。
怒らせると実はケンブリッジ家で一番怖いのはあの高速道路テロで良く知られている。

『ほう?』

『ははぁ』

『ハイ』

シロッコ、フェアント、ロナの順で頷く。
そして。

『付け加えるというか、本音を言ってください、男爵夫人殿?』

シロッコの挑発に女はその長い黒髪をポニーテールにしながら言った。

『正確には娘と息子、孫に両親、そして旦那の未来の為よ。というか99.999%はこっち。
大丈夫、政府閣僚からのゴーサインも出た。
旦那にも消極的ながら黙認させた。ベッドの上で跨った上でイエスと言わせたから』

なんとういか、苦笑いしかできない。
それって半分以上談合ではないか?
まあ、今に始まったことではない。ましてこの女性の祖先は日本人。
良くも悪くも村社会の根回し主義者だ。
本人は違うと言っているが。

『地球連邦中央議会議長にして憂国国民会派のグリーン・ワイアット退役大将ら支持もある。
対立陣営であるゴップ退役大将らの国民主権連合、野党の自由議会連盟や地球・宇宙統一学会も潜在的な協力者や味方勢力です。
よって、政界に不確定要素は無い』

続いて女が言う。

『一番の難敵だった夫は私の体に溺れてベッドの上で篭絡したし、軍は「Z」計画の実戦テストを行いたいと言ってきている。
それに先に私たちティターンズや地球連邦政府のメンツを潰した手前名誉回復に躍起だ』

ふふと笑みを浮かべて顎を上げる。
専用の高級椅子に白いスーツと黒い髪をそのまま背もたれに体重を載せる。

『なんとういうか、こうして見ていると夫人の方が遥かに悪役に見えますな』

『木星帰りの胡散臭い男よりはマシだろう? いや、これは失礼しました。
決して夫人とケンブリッジ閣下を貶したつもりはありません・・・・・・申し訳ありませんでした』

『そこまで謝るなら言わなければ良いのに、ロナ君はまだ子供ね』

『よかったな、自称貴族殿。我らの主達が寛大で。
まあ、自称貴族の前半部分、胡散臭い木星帰りのエセエリートというのは否定できませんかな』

『ならば貴様は火星帰りの裏切り者だろうに・・・・良く言う』

『は、木星の様な文明圏で恩恵を受けた自称ニュータイプが僻んでいるのか? お笑い種かと見て良いだろう』

『ふふ、あのコスモ貴族主義とかいう妄想主義の病人よりは何億倍もマシです』

『実力はあっても人格は最低のお二人が罵り合う、摘みにチーズが欲しかったですなぁ』

『五月蝿いやつらだ・・・・・もういい、口で言ってもわからん馬鹿には軍隊式の礼儀が必要のようだ、貴様ら表にでろ』

『これだから地球連邦軍のエリート軍人は嫌いだ。すぐに暴力沙汰にしてしまう
あの一年戦争に至る過程を全く理解してない』

『貴様とて当事国であったジオン公国の中佐でトドメに敵前逃亡しただろうに・・・・身が手な性格だな。能力と違って』

『まったくもって能力以外は最低な連中どもめ、度し難いな。
これでは真の貴族であるウィリアム・ケンブリッジ閣下の名誉を汚すだけだ』

『貴様もその一人だろう? 私のように守る者がいないから好き放題で来ただけだ』

『同感だな、コスモ貴族とか言う成り上がりを鼻にかけるだけの有能な働き者が。
無能なら即座に後ろから撃って戦死扱いで厄介払いできたのだが』

『何!? 
貴様らもう一度言ってみろ・・・・・それは暗に俺が閣下の傍にいる資格がないと行っているのだな!?』

『耳は悪いらしい、誰もそこまでは言ってないが・・・・もっとも能力面から見てこの場の誰もが有能のはず。
ああ、そうか、能力では有数に有能でも頭が鶏の馬鹿では、な。
つまり人間の言語を使っても十分には理解できぬようだ、そこの木星帰り同様』

『躾の悪い忠犬面する馬鹿な犬には教育も必要だったな。
私も忘れていたよ、なまじ主人に対してはお利口なだけに。
主人以外には尻尾を振る愛想どころか所構わず噛み付く哀れな狂犬病の雑種だ、まるで。
それと技官殿・・・・・貴様、今それとなく私も馬鹿にしたな?』

そういって立ち上がる三人。
だが。
刹那。机が思いっきり叩かれた。
しかも、恩賜の短刀とも地球連邦海軍から言われる軍用の短刀。
旧日本海軍や英国海軍からの伝統を引き継いだ制度。
個人の要望で各地球連邦軍の専門将校養成学校、共通地球連邦軍士官学校か地球連邦軍防衛大学校卒業トップ20にのみ与えられる特殊鋼鉄で一人一本のみ地球中から選抜された刀剣刀鍛冶師らが年単位で作る特殊な短刀。
それは自動小銃の銃弾を弾き、ジオンの儀礼用レーザーガンの熱射光線の直撃にも耐えるという化物。
それを軽々と扱い、柄で机を叩いだのだ。あの女性が。
置いてあった500mペットボトル全てがその反動で床に落ちる。
幸いにも中身は溢れなかった。

『・・・・・黙りなさい』

怒気と殺気。
格が違う。
戦争経験もあり、政治経験もあり、テロと銃撃戦をして独りで趨勢を決めた実力者。
まして人生経験と女としての貫禄は若造三人を合計しても遥かに及ばないのは明白。
伝説の艦長のひと睨みに全員が席を座る。

『落ち着いたようね・・・・まあ、それだけ覇気があるのは頼もしいわ。
ウィリアムは良い部下を、ジュドー君は良い上司を持っている。
今日はそれで収めましょう。今日は、だけど。
で、長い歴史を持つこの地球連邦は今この陣営にシロッコ准将、アルギス技官、ロナ首席補佐官が参列し参加している事を誇るべきことね。
尤も、私と私の夫を裏切ったら容赦しないけど、理解したかしら自称有能な方々?』

鞘を少しだけ開けて、日本刀方式で鍛錬された愛刀の波紋を見せた。
それは鋭い。そして美しい。
一瞬で見惚れるというのもあながち嘘ではないだろう。
女はニヤリと笑う。背筋に氷を入れられたような冷たさが三人の精神を急激に落ち着かせる。
声無き声が三人から漏れて、それが静まると冷やした小さめのワイングラスをリム・ケンブリッジが綺麗な手で優雅に取り出す。
オーストラリア産の白スパークリングワインを男三人に注ぐリム。

『私はともかくウィリアムは貴方たちを信用し信頼している。
だから夫を頼むわ、三人とも。
別に無償の愛を捧げるだの、行為を行えだの言わない
貴方たちの野望や希望、野心や夢の為に私を、私たちを利用しなさい。
私も私の目的の為に貴方たちをこき使うから。ではグラスをもって』

掲げる。
そして唱和する。

『『『『乾杯』』』』

ある歴史家はこの一連の戦闘が「叛逆者の宴」の開幕となったと言う。

『サイコミュ』

それは一つの呪縛。





続く

後書きならびお礼。

サンダーボルトの影響を受けて、ちらりと不定期再開をしましたヘイケバンザイです。
今回は上中下の3編になる予定です。
という訳で以前から書きたかった名家ケンブリッジの誕生秘話(秘話というほどでもないですが)に、水天の涙以後のジオン残党軍の動きと本編ではチョイ役であった真紅の稲妻らや0083、ムーンクライシスの主人公を軸に歴史にうもれた一般人の命懸けの人々を描こうと思います。
なお、これはできれば月一連載したいですが・・・・ちょっと景気が不穏なので守れるかどうかわかりません。
なので、途中経過や結末とかは想像でよろしく、みたいな終わり方をさせて続けるつもりです。
それではまた読んで頂ければ幸いです、ありがとうございます。
良い週末を、私は今から出張です(゚(゚´Д`゚)゚) 2015年6月27日 ヘイケバンザイ



[33650] ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像04 』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:a59978d0
Date: 2015/07/11 10:54
ある男のガンダム戦記 外伝04



< 動乱と紛争により化石となった戦争(中編) >



地球連邦政府・北米州に春が来る。
そして今、旧世紀以来の盟友である極東州から友好の証として贈られた桜の木々が満開となっている。
酒の肴に宴会を開く多くの人々。
日本人から始まった、「花見」という名前の屋外パーティー。
人々は今ある平和を謳歌する。
それが当然の権利であり、あの大戦争を生き残った者達の義務であると信じて。
今を出来うる限り陽気に、前向きに生きようとする。
その実に素晴らしい世界。
軍人が、警察官が、政治家が、国家が守るべき人々の平和な日常だ。
が、その陽気も健気さも高速鉄道で2時間ほど郊外に進むと一気に無くなる。
いや、雰囲気が一変すると言い換えるのが適切だろう。

『六芒星』

絶対的な強権を握っている地球連邦という行政機関の中枢・中核。
地球連邦政府専用官庁街の一角であるD地区。
向かう先には、地球連邦軍地上軍を二分する南半球、北半球方面軍総司令部、宇宙艦隊総司令部らの出先機関、中央省庁の地球連邦警察を掌握している内務省、対テロ・マフィア対策の特殊部隊を保有する司法省検察庁、更に武装警察であり首相直轄のティターンズ、北米州軍総司令部ら軍事・警察関連のビルを群生させている。
加えて、カルフォルニアの地球連邦軍本部にある統合幕僚本部から出向する軍事参事官(一年戦争と水天の涙で地球連邦軍がその失態と責任を取り削減された。が、それでも政府に直接意見できる20名しかいない中将以上の階級を持つ軍政・軍令のトップエリート集団)という軍最高クラスの高官らの官庁街・宿舎もこの地区にある。
オーストラリアのアデレード市にある最高裁判所(司法)以外の、軍事と政治、経済界と立法の中枢部。
その中でも更に軍事・治安維持部門の行政関連に特化した地域である。
地球連邦軍の軍服姿に、戦争の結果急増された英雄たちが誇らしげに、いくら略式とはいえ、勲章を胸につけて闊歩する。
加えてである、合成風で地球連邦軍軍旗とティターンズ象徴旗を、駅や公共施設、多くのビル表玄関に掲げていれば良識派や今の世界秩序に反発や反感を持つ者がどう思うだろうか?
想像は簡単だろう。
実際にここに車で来ているこの男もそうなのだから。

「我が故郷、その名は地球。
あの国歌と同じく、だな。
これが北米州の傲慢さの象徴でなくて一体んなんだというのかねぇ・・・・全く」

自分は知らない。
だが、隣の女性も言った。

「私が子供の頃のサイド3もこんな感じでしたよ。
ただ、当時の事は怖い大人たちが銃を持って街を出歩いているのだけは今でも鮮明に覚えてます」

「それだけじゃないでしょうに?」

男は視線を横に向ける。
今もまた、警察と軍がいざこざを起こしていて、ティターンズが介入する。
幸いなのかどうかしらないが、それが軍とティターンズと警察だけの対立であり、今のところ地球連邦の市民らに対する対応は三者とも懇切丁寧という所だろうか?

「ええ。ジャーナリストさんの想像通りです。
貴方は非常に想像力豊かですから・・・・きっと0060年代のジオンも想像できると思います」

0060年代。
ムンゾ自治共和国、後のジオン共和国にして、現在のジオン公国。
その首都バンチ。

「傲慢な軍の将兵達。独善的な正義を掲げる大人たちの衝突。
組織や正義によって正当化される様々な行為、結果、悲劇ですね。
俺には詳しくは分からないが・・・・貴女にとっては単なる思い出ではなくそれ以上でしょう・・・・貴女にとっての生まれ故郷の幼少期とは」

ああ、そうだろうよ。
サイド7に捨てられたと子供心に思うほどあの当時の閉塞感はでかかった。
今でこそ様々な改革、様々な未来への展望と計画、そしてその計画の裏付けと実行による開放感とは違う。
澱みきった堤防の中の泥水。
そんな時代。
少なくとも俺にとっては。

「ええ、これ以上でした。だから分かるのよ」

「だから? ですか?」

オウム返しに彼女は答えた。
微笑みながら。
母親の顔をして。

「今はあの時に比べて遥かにマシなのよ。
少なくとも軍隊が戦車で人をひき殺そうとしないだけ、ね」

その言葉に、ジャーナリストの顔がひきつる。
知っている。
それは彼女と彼女の兄が体験した事、つまり、事実そのものなのだ。
決して5歳に満たない少女の経験として誇れるものではないし、周囲が認めて良いことではない。大人が身を削って、投げ出してでも救うべき、或いは抹消すべき事柄。
だが、それこそが彼女の歴史そのもの。
いいや、あの戦争の始まりだったのかもしれない。

「だから期待されているのよ・・・・あの方は。あれを知っているから。我が身の経験として」

地球連邦政府首都が置かれている大都市ニューヤーク市郊外外周部、官庁街にて一台の電気自動車が漸く許可を得て高速道路に入る。
周囲には首相直轄軍事力、或いはクーデター予備軍とも政敵に揶揄されるティターンズ所属のシム・クゥエル一個師団が展開していた。
これは電子新聞を読めば誰でもわかる。そうして威圧しているのだ。
砲艦外交の一種であり、予算獲得と消費の為のパフォーマンス。皆知っていて黙認している。

(これも必要費用であり国家安泰の為の儀式なのか・・・・理解は出来ても納得は出来ない奴は多いだろうに・・・・だからジオン独立戦争が起きた、なるほどねぇ。
地球連邦という人類統合国家存続の為という美辞麗句の下に行われた軍事的な威圧が長らく続いた。それこそラプラス事件からずっと半世紀以上も。
いいや、それ以前からだから数世紀、だろうか?
その反動が一気に噴出したのがあのサイド3独立闘争であり、これに付け入ったのが諸勢力・・・・ふーん、確かに一定の説得力はある。
今度それで一冊書いてみるか)

それにしても警護が凄い。
まあ理由は単純である。
0087から0088に発生した地球連邦軍ならびジオン公国軍の同時反乱、『水天の涙紛争』末期、赤い彗星の関与した作戦が原因だ。
ガンダム強奪から端を発する『水天の涙』の最終局面である『第13次地球軌道会戦(通称はダカール上空攻防戦)』の結果、ニューヤーク市街地近郊には3つの軍事基地が新設され、24時間体制で防衛体制を構築、軍事力を展開。
一年戦争の激戦において、地球連邦軍の五軍(宇宙軍、陸軍、海軍、空軍、地球連邦軍地上緊急展開複合軍=海兵隊)で最も戦力を温存した空軍。
実際にモビルスーツは空中ではそれほど驚異ではない。
一撃離脱が航空戦の主流である以上、戦車部隊に有効な近接戦闘は出来ない。
また、宇宙空間の三次元行動も一年戦争時代のジオン軍の技術では不可能。
せいぜいドダイYS重爆撃に載せて空を飛ばすくらいだったが、それは敵空軍の撃墜スコア更新にしか寄与しなかったとドズル・ザビ自らが自嘲している。
実際、第二次地球降下作戦以降の地球連邦空軍はモビルスーツ相手に対して非常に優位に立った。戦術と航空力学に重力という地の利を得て。
その現在の主力機であるコア・ファイター、コア・ブースター、コア・イージーらが中心となる一方で、新組織であり『一応』は警察であるティターンズのモビルスーツ隊が警戒態勢を敷いている。
二人の待ち人の前に止まっていた。

(やれやれ・・・・コロニー育ちは無音の自動車を何とも思わないだろうが・・・・戦争経験すると逆におどろかされる。
電気自動車は音がしないから誰かが接近しても分からない・・・・こういう時に困るな)

「お迎えにあがりました。どうぞ」

つまりだ、ジャーナリストは気がつかなかったのだ。思考の海に潜っていた為。
しかも妙齢の女性官僚が降りていたのに、である。
そんな彼らの内心は考慮せずに紺色のセダン車の後部座席ドアが開けられた。
白いスーツを着用している一人のジャーナリストはそのまま乗り込む。
続けて、青いブラウスと白のロングスカートの女性人権弁護士として有名な女性も。
助手席には地球連邦政府ティターンズ所属のラナフ・ギャリオット主任が、運転手にはティターンズ首都警護の第一師団所属のマイク・マクシミリアン大尉。

「ありがとうございます、ギャレオットさん。
それにお時間を頂いたようで申し訳ない、改めてお礼を申し上げます、セイラさん」

そう頭を下げるのはカイ・シデン。
地球連邦リベラル派最大の個人ジャーナリスト。
彼は先日にある記事を書き上げていた。

『現在進行しているティターンズ中心体制に独裁体制移行の疑惑を覚えた、よって全国民の前で異議を申す!!』

という題名で。
彼のツテを使い、多数のイエロージャーナリズムやビジネス週刊誌、ネット新聞に手当たり次第掲載、発行させてもらった。
これに怒りを覚えたのがニューヤーク市空襲被害者の会など一部の右翼や過激派。これらに嫌がらせ、脅迫、暴行を受ける。
で、近所の駆けつけた警察に何とか保護されてニューヤーク市の病院に入院していた。
夫のアムロ・レイ中佐経由で事情を知ったセイラ・マスが地球連邦中央警察にカイ・シデンの保護を要請。
ご丁寧かつ周到に『人権侵害』と『暴行傷害罪の被害者』であり、それ以上に『地球連邦憲章の言論の自由に関する重大な懸念事項』という付属書類を雇い主のウィリアム・ケンブリッジに書いてもらって。
これを見たウィリアムはあの日のルナツーを思い出して一言。

「どこいってもこれだ・・・・・馬鹿ばっか」

と、執務室で突っ伏して嘆いた。
で、流石は戦争経験者にしてホワイト・ベース隊の一員であるカイ・シデン。
これ幸いと、カイ・シデンはセイラの権限を利用して現在の国家権力の内部構造を更に暴くべく地球連邦現政府高官にアポイントを要求。
数日後、それは受け入れらえニューヤーク北部地区の日系警察署から護送された。
よって、彼女と彼はここにいる。

「ギャレオットさんは確かティターンズの法務部門の最高責任者のご息女でしたか?」

下調べは十分。
目の前の女性と男性がティターンズでも有数のケンブリッジ・ファミリー構成員であり尚且つ男の方は戦友ときた。
あのティターンズ長官の個人的な側近でもある。
上官であるホワイト・ディンゴ小隊小隊長に至っては警護最高責任者であり、軍との架け橋で有名。

(ラナフ・ギャレオットの方は最近になって登場してきた。
どちらかというとコスモ貴族主義者であり、ロナの部下でもある。
彼女自身も卒業論文ではティターンズの戦災復興を絶賛していた。
表面上はティターンズのケンブリッジ・ファミリーだな。確か父親も彼の支持者の一人)

そう思っている。
無論、そこまでは顔に出さないが。
相手も愛想笑い。
当然か。

「ええ、よくご存知ですね」

たわいのない会話。
運転中のマイクは日本語のアニメーション主題歌を口ずさむ。
もちろん、それは擬態であった。
実はずっとインカムに車のナビ画面を使って周囲の情報を収集・分析している。
現在の官庁街管制室室長になった元ホワイト・ディンゴ隊であり趣味が同じの戦友アニタと交信しながら。

「まあ、蛇の道は蛇ですから」

「そうですか」

互いに言質を取ろうと動く二人。
だが、彼女ギャレオットはエリートとは言え所詮は新人であり下っ端。
有用な情報は分からなかった。
まあいい。

「ところで良いかしら、お二人とも」

金髪のショートカットの女性、戦友であり地球連邦軍最大のエースパイロット、「白い悪魔」の配偶者セイラ・マスが尋ねる。

「あ、はい」

正直言おうか、俺は彼女が苦手だった。いいや、今も苦手だ。
あのサイド7で「それでも男ですか、軟弱者」と叩かれて以来、そしてミハルの弟と妹の未成年後見人になって貰って以来、ずっと。
彼にとっては彼女は恩人であり、保護者の一人にもあたった。
そんな彼女の憂いを帯びた声に身構える。

「すみません。ラナフ、マイク、今からの会話はできる限りオフレコでお願いします。
よろしくお願いします」

少しだけ頭を下げる。
バックミラーでそれを確認したマイクが窓を少し開け、高速道路を走る車のアクセルを踏み込みスピードを上げた。

「皆さん、今から法定速度120kmで自動運転になります、では何か御用がおありでしたら後ほど」

そのまま時速120kmで目的地へ。
すぐに到着するが、前部は大音量の音楽、後部座席は僅かな隙間から入る大音響の風の音。
これで盗聴は出来ないだろう。
窓もスモークガラス。二人は前を見ていて、バックミラーにもセイラの口元は反射してない。

「カイ、あの人は・・・・兄の行方はまだ分からないのですか?」

カイは知っていた。彼女の兄とは誰なのか、を。
ホワイト・ベース時代の経験から。
だからセイラの言う兄が誰を指すのか、違う、何を言いたい、聞きたいのか、も。
兄。
シャア・アズナブル。
赤い彗星。
ジオン公国ザビ家独裁体制打倒を掲げる、反地球連邦の指導者。
本名はキャスバル・レム・ダイクン。
ジオン共和国建国の父にして今は象徴となった歴史上の人物ジオン・ズム・ダイクンの息子。
セイラ、いいや、アルティシア・ソム・ダイクンの実兄にして地球連邦とジオン公国が抹殺したい人間の筆頭。

「申し訳ない、セイラさんにあれだけ大きな口を叩いておいて。
少なくとも地球の北部インドの山脈の麓、その寒村で生活していたまでは分かったのですが・・・・そこまでの裏付けはあります。
伊達に世界を飛び回ってないですから。
ただ・・・・その現地の村は武装組織に襲撃、強姦と虐殺が行われたようでして。
生存者の有無は不明、武装勢力のその後の足取りはおろか名前さえ分からずじまいで捜査終了。現地政府では寒村の住民全員が死亡か生死不明のままです。
現地にも直接赴きたかったのですが・・・・すみません!
第二次朝鮮戦争の政治亡命者や一年戦争、水天の涙紛争の反地球連邦勢力、ジオン地球攻撃軍の残党軍を現地政府が積極的に受け入れていきた過去がある。
それで北部インド連合に対しては今もなお民間人渡航禁止令が政府により出ており・・・・現地には殆ど滞在できず。
セイラさん、すんません!! 俺はお使いひとつ出来なかった」

頭を下げる。
下げるしかない。
カイは強く拳を握る。
悔しさのあまり。
尤も、これだけの情報はティターンズにも上がってきてないので彼の情報収集力は個人では地球連邦最高峰。
これ以上は望めないし、望まない。
故に頭を下げるカイとは裏腹にセイラは思う。

「カイ、ありがとう」

と。

(アムロに今度会ったら酒でも奢らないとな・・・・すまねぇ、アムロ、セイラさん)

そう。
溜息。
美人の溜息は絵になるとは誰の言葉だったか?
全く、あれは嘘だ。
絵にはなる、だが、全く感動しない。
彼女のこの憂いを帯びた表情を見て感動する奴とはお付き合いしたくないね。

「それで・・・・武装勢力・・・・でしたね、ジオン系統やエゥーゴ派ではなく、ですか?」

鋭いな。
流石はティターンズの才女だ。
と、感心ばかりはしてられない。

「どの勢力なのかは不明です。
麻薬組織なのかエゥーゴなのかカラバなのか、或いはジオンの特殊部隊かアクシズか。
とりあえず現物の証拠がこれです。
AK-47シリーズの銃弾。ただし、正規軍の刻印はなかった。
予想ですが十中八九は中華の地方軍閥が勝手に作っているやつの横流し品。
内乱状態の中央アジア州へ独自に輸出している自動小銃の弾痕と薬莢が散乱していたそうですね。おっと。これがその現場写真です。
残されていた死体は損傷が激しく閉鎖的な村であり戸籍も無いので身分照会が困難、北部インド連合の警察や検察、医者らもDNA鑑定しようとしたのは確かです。
ですが焼かれていたり、爆殺されていたりと、現地司法、医療機関の技術不足もあって難航。
というより、さっさと片付けられました。面倒だったのでしょう。
ですので、この事件は公式には全員死亡或いは誘拐され生死不明という形で終局しました。あくまで一部武装勢力の単なる集団強殺行為で幕引きです」

頷くセイラ。
ファイルに挟んである数枚の写真はぼやけていた。
或いは最初から判別できなかったのかもしれない。
とにかく、見た限りでは兄の死体はなかった、様な気がした。
だからまだ兄は・・・・・生きている気がする。
どこかで何かを企んでいる、そんな気がするのだ。
これは恐らく家族としての直感。
あのサイド3で父が死んでからずっと兄だけを頼っていた自分。
その時代の経験則。

「ありがとう・・・・兄は・・・・」

セイラは二人に聞こえない声でカイだけに言う。

「兄はまだ生きている。
生きてどこかで父の意思を継いだ気になって何かしようとしている、そんな気がするのよ。
カイ、ご迷惑でなければこれからもお仕事を頼みたいのだけれど・・・・良いかしら?」

頼みごと。
それも特大の厄介。
だが。

「・・・・・俺にセイラさんの頼みを充足させる事が出来ると思いますか?」

それは戦中にもっとも成長した彼らしくない言葉。
だが。
顔は笑っている。
軟弱な、と、皮肉めいたと軽蔑した顔ではなく、「漢」の自信に満ちた笑顔である。
だからこそ、だった。

「出来るわよ、貴方はカイ・シデンですもの」

そこまで言われては。
そこまで信頼されては。

「煽てないでくださいよ。
まあ乗りかかった船だ。出来る限り全力を尽くします」

そう言っているうちに、マイクが後部座席に言う。

「皆様、長らくのご乗車ありがとうございます。間もなく地球連邦官庁街に入ります。
シートベルトの確認と身分証明書の準備をお願いします~
俺もここまで来て留置所なり刑務所には行きたくないですから」

そして。
カイ・シデンは案内された。
コンドルハウスという不夜城を。
ラナフ・ギャレオットとセイラ・マスという二人のティターンズ中堅官僚の案内の元で応接室に入る。
そして緑茶を用意して二人は去った。
部屋を見る。
外には桜が咲いている。そう言えばもう春だという事を忘れていた。
しばし心を落ち着ける。

(さてと、誰が来るか・・・・うん、いい緑茶だ。
これはいいものだな。中華の、か?)

と、扉が開いた。
警備の警察官が二人後ろにいる。

(ティターンズの・・・・なんとも最早空いた口が塞がらんな、これは)

警備の二人に下がるように言った人物を見てカイ・シデンは立ち上がり、一礼する。
だが、空気が確かに変わる。
これは戦場の空気。
目の前の男が放つ、鋭い鷹の視線。

「前置きはしないで本題に入るが、いいね。
さて、君がケンブリッジ長官、いいや、ケンブリッジ家が独裁者にならんとしているという懸念がある、それを払拭すべきであり、その為に政府高官と会いたいと言った、そうだな?」

ええ。

「なるほど、ではその役目を私が受けようかと思うのだが・・・・どうかな、私では不足かね?」

目の前の衿シャツの男が笑う。
猛禽類だな、噂通りか。

「いえいえとんでもない。まさかそんな事はありません。
地球連邦政府序列第三位のジャミトフ・ハイマン氏から直接見解を聞き、それを公表する。
ジャーナリスト冥利に尽きますよ」

こうして歴史学、政治学などで宇宙世紀一世紀中の英雄として必ず取り上げられるウィリアム・ケンブリッジに関する地球連邦の懸念と評価、俗に言われる「ケンブリッジ評価論」の一幕が始まる。



宇宙世紀0090、春
サイド7 グリプス 地球連邦軍宇宙艦隊総司令部 司令部ビル



「クルムキン中将」

地球連邦軍宇宙軍総参謀長。
フョードル・クルムキン。

0079に勃発した対ジオンの緒戦である一週間戦争。大敗を続ける地球連邦軍。
この一連の戦い、『月軌道会戦』においてエギーユ・デラーズ指揮下のジオン軍相手に壊滅した司令部から権限を移譲され、軍事戦闘で最も困難とされる撤退戦を完遂させた、地球連邦軍でも優秀な宇宙軍の将校。
本来であればブレックス・フォーラーに代わって地球連邦軍月面方面軍総司令官職もあったが、生まれがロシア極東地区という事からスペース・ノイド寄りのブレックス少将(当時)に取って代わられた。
このあたりは政治的な配慮をするように時のマーセナス政権が連邦軍の人事に圧力を加えていた。
また旧レビル派閥ではないが、戦後直後は決してティターンズを積極的に支持していた訳でないという点も警戒されていたのだろう。
が、その代わり現司令長官とは性格面で馬が非常に合う。
結果、現宇宙艦隊司令長官であるブライアン・エイノー大将の懐刀に収まったのであった。
またレビル派閥を排除した上で残った、戦中時に中立派閥に属する数少ない宇宙軍の将官。
レビル派閥の影響下にない人間の大半は二つに別れたと言える。
ティターンズに合流した勢力=現主流派、レビル将軍の残党とされた人々共々、地方の閑職へと遠ざけられて0080年代の後半にエゥーゴの構成員になった者たち、だ。
その合間を掻い潜った筆頭がゴップ大将であり、クルムキン中将である。
よって、エゥーゴ派の決起、非主流派の反感、ティターンズの軍内への勢力浸透が内在し、混沌としていた0080末期。
なので、クルムキン中将という現在の地球連邦軍内部では中道派出身の穏健将校は貴重だ。
勿論、彼自身も有能(地球連邦軍という戦争を経験した現在の軍組織内部において無能と判断されればその昇進は精々准将止まり)でありロンド・ベル、ティターンズ所属の地球連邦軍第13艦隊、地球連邦軍宇宙軍のパイプとして期待され、それに見事答え続けていた。

「うん、何か?」

一人の将校が持ってきたのはAE社と北部インド連合政府から申請された一隻の大型輸送艦。
だが、サイズがおかしい。
コロンブス級、パゾグ級などの標準輸送艦にしては小さく、「Mシリーズ」に代表されるような小型・中型巡航宇宙船にしては大きすぎる。

「ほう・・・・まるで軍艦だな」

名前は「M87・星雲丸」という。
ふざけているのだな。間違いない。
極東州政府から特許権違反、知的財産権で訴えられる名前だ。

「名前のセンスはともかく・・・・これは」

色は灰色。しかし。
それに写真から見るに不自然な構造物がある。

「君はこの箱の中身はなんだと思う?」

そう言って一人の少佐に見せる。
艦政本部からグリプスに転属した男は断言した。

「艦砲を隠蔽する為の構造物ですね、恐らく内部の兵装は旋回型メガ粒子砲です。
こちらは太陽光発電兼用の熱エネルギー放射板、そして巧妙に偽装されていますが間違いなくこれはモビルスーツの発着カタパルトデッキ。
ああ、これはミサイルの発射管かな?
何がアンカーだ、結構舐めた書類ですね、これ。ああ、失礼しました。
多分・・・・ジオン系列と我が軍のアレキサンドリア級重巡洋艦の技術混合型でしょう」

だろうな。
しかし、水天の涙に関与したとは言え民間会社として依然存続できる程強力なのがAE社だった。
ビストという取締役の申請書と委任状もある。
それに準加盟国の一カ国の国籍として登録されている。
結果、地球連邦政府宇宙開拓省宇宙航路管理局はこの船の侵入を許可した。
これをどうこうすることは文民統制下の地球連邦軍には出来ない。
それに、してはならないし、やるバカを止めるストッパーとして期待されているのがクルムキン中将だ。

「とりあえず警戒するが強制臨検はしない。そのまま申請した航路を外れないなら問題視するな」

言外に泳がせろ、と言っている。

「よろしいので?」

件の少佐に今はまだ良いという。
そうだ、疑い出せば切りがなくなる。
たまには他人を信用するべきだ。
まあ、他人を信用するなど軍人としては最悪なのかもしれないが。

「仕方ない、この船が軍艦であるという証拠がない。この映像だけでは有罪にできん。
我々は民主国家の軍人だからな」

クルムキンは苦笑いだが、ほかの連中は爆笑だ。
全く、平時とは言え。
少しタガがゆるみすぎだ。
第一、何も間違ったことは言ってない。冗談で受け止めるには黒すぎただろうに。

「付け加えるに諸君、これら武装貨物船舶や民間軍事会社がのさばっているのは我々にも責任はあるぞ。
アクシズ、ジオン反乱軍、エゥーゴ派、地方軍閥、宇宙海賊、正規軍からの脱走者による傭兵崩れ、私設武装組織。
例を挙げればきりがないな・・・・言っておいて今更だが。
一年戦争前に比べて平穏とは到底言い難いのがこのご時勢。
それ故に民間船舶や船団、会社が自前で武装する事それ自体は罪ではない。
0080にジオンと締結したリーアの和約直後の新法律、地球連邦戦後復興特別法の防衛条項にもあるからな。
機動兵器の搭載、ビーム兵器の使用は緊急時に関しては一任する、また搭載・整備も許認可があれば認める、と」

だが彼の戦場経験が告げるのだ。
この船には裏の目的が何かある、そして好き勝手にさせてはならない、とも。

「少佐・・・・付近を哨戒中の部隊はあるか?」

命令を聞いた少佐は副官にデータを取らせる。
そしたら。

「あるにはあるのですが・・・・」

「?」

そう言ってコピーされた書類を見せる。
一隻の機動巡洋艦という地球連邦軍の識別表にはあるが、艦籍にはない名前。
ザンジバル級の改良型。テミス株式会社所属であり、軍艦の名前は「キマイラ」という。
つまり昨今流行りの民間軍事会社。ただし、ジオン公国のお墨付き。

「さて、どうしたものかな?」

搭載機はゲルググのみ、という。
本当かどうか怪しい。
だが、他に手持ちの使えるカードも無い。

「仕方ない、エイノー宇宙艦隊司令長官に上申するか。
謎の軍艦らしき存在が地球軌道に侵入しようとしている、と。
それを追うかの様に一隻のザンジバル級が航行中、とな。
明日の定時出勤までに上申書を作っておいてくれ」

そして舞台は数日あとの地球、パキスタン地方に移る。



『地球連邦軍が攻撃してきます!』

『上空にペガサス級強襲揚陸艦四隻展開中!!
東方150km、SFS搭載のモビルスーツ隊接近!!』

『機種識別中・・・・・出ました!!
数はネモタイプ24機、機種不明機6機!!』

『上空警戒中の高高度偵察機がガルダ級の接近を確認。
あ、ア、アッシマー12機が南方より接近との報告・・・・僧正様!! 偵察機より連絡途絶です!!』

『77より連絡。北方高速道路より南下中の部隊が展開!! 自走砲確認、数は40前後・・・・発砲しました!!』

『敵弾弾着まで10秒前後!!』

『弾着、今』

『被害報告!! 反撃せよ、反撃せよ!! 繰り返す、情け無用!!』

『全軍前進、我らの教えに従って殉教せよ!!』

『怨敵殲滅!! 怨敵殲滅!!』

『北方平原地域、北20km圏内ににジム・クゥエル、ジム改のモビルスーツ隊およそ3個師団が南下、敵の援護射撃あり!!
数百発の対地ロケット弾来ます!! 大僧正様!! どうかご指示を!! 助けて下さい!!!』

『緊急回避!! 敵弾、弾着・・・・今!!・・・・艦尾火災発生!!』

『第二中隊より連絡途絶!! 第三中隊殉教!!』

『第一中隊突撃を敢行します!!』

『第四中隊より入電、我、壊滅セリ』

『第六中隊を投入しろ』

『予備部隊全部隊投入します!!』

『さらに敵弾来ます!!』

『敵軍に新たなる動きあり・・・・両翼から敵モビルスーツ部隊接近・・・・それぞれ30機前後!!』

『対モビルスーツ散弾スタンバイ!! 大僧正様の敵を殲滅するのだ!!』

『了解!!』

『僧正様!! 対モビルスーツ散弾は既に撃ち尽くしております!!』

『だったら徹甲弾でもなんでも撃て!! 敵を近づけるな!!』

『無理です!』

『ダメです!!』

『敵艦隊からロックオンされました!!』

『なんだと!?』

南洋宗はあるだけの戦力をアラビア州軍にぶつける。
だが、先の作戦で更迭された指揮官の代わりはバラク・セル・スレイマン中将。
彼は友軍をインド・パキスタン国境紛争地域から自軍に有利な河川地帯に後退させた上で、敵を挑発。
彼らの地の利を彼ら自身に捨てさせる。

「流石は聖戦士と呼ばれたアラブの男達。その勇敢な血統は健在だな」

サウス・バニングは旗艦アルビオンで感嘆する。
中将は一年戦争中盤における地球連邦軍のスエズ運河奪還作戦に参戦し活躍した。
ノイエン・ビッター指揮下のジオン地球攻撃軍第2軍の猛攻にあい、指揮系統を短時間で失い壊乱していた地球連邦軍アラビア州方面軍。
これを何とか1時間程度で指揮権を掌握し、再編成。
全戦線で崩壊中だった自軍。
理由は先にも述べたが、北欧神話に出てくる幻獣フェンリルの紋章を付けたドム・トローペン二個小隊の迂回と挟撃によって司令部は戦闘序盤に壊滅したから。
が、彼はそれを敗北の決定打とは考えず反撃の狼煙と考え、即座に貴下の部隊を後退、機動防御を選択すべく一旦後方に下がりつつも連邦軍の残存部隊を纏めた。
それから数日、地元民の支援の元、ジオンの主戦線奥深くに兵力を潜伏。
司令官がビッター少将からロメオ少将に交代した事と部隊再編成のために主軸のドムがヨーロッパ方面に転進した事による混乱を現地のスパイから受け取る。
彼はこの時点でジオンが攻勢限界点に達したのを正確に読み取った。
61式戦車中心の正規軍の残存部隊、州軍や民兵ら中心で構成した義勇軍のラクダ騎兵隊、亡命ジオン軍人らから鹵獲したモビルスーツ、少数配備されていたヘリボーン部隊、旧世紀のさらに産業革命時代の遺産と迷走の遺物とでも言うべき装甲列車など、一体全体どう言う時代背景の部隊かと問い詰められるような編成でジオン軍の補給線を攪乱。
一時はヨルダン、レバノンの首都近郊にも迫る事にも成功。
ジオン軍の完勝という評価を覆す。
結果として敗退したとは言えモビルスーツや戦闘車両の砂漠における整備性の問題という現代も続く弱点を利用した遅滞防御+機動防御の反撃は現代戦史教本に記載される。
その猛将がロンド・ベルをも指揮下に組み入れ、巣穴からのこのこ出てきた子熊を四方八方から射止めるべく行動。
決定的に動きが止められた敵軍に止めを刺すのだ。
今、圧倒的な対地射撃と支援下のモビルスーツ戦が開始さる。
その渦中で。

「こいつで!」

百式のビームライフルが一機のザクⅡを貫通する。
爆散し、地上にいた歩兵を巻き添えにする。
120mmザクマシンガンが時限信管式でばらまかれるが当たるはずもない。
更に真上から頭部・コクピットにかけてビームを一閃。このグフを撃破。

「二機目。続いて!!」

ビームを持っているのはこちらだけ。
相手はザクマシンガンやザクバズーカ、それにジム改のマシンガン程度。
あたってもどうという事はないだろう。

(相棒(百式)はよくやる。
ハイザックとは大違い。
あのガンダムに初めて乗った時の高揚感を思い出させてくれた)

イオ・フレミングはそう思う。
あの女艦長はいけ好かないし、ガンダムを与えられたお坊ちゃん部隊は後方待機。
しかもお目付け役に二機のネロ。
俺はモルモット扱いだ。
だが、モビルスーツは最高だ。
最高に俺をハイテンションにしてくれぜ、全く。
と、後方からドップが機関砲を打っ放した。
それが直撃する。
まあ、30m機関砲数発で破壊される程軟弱な装甲板じゃない。
こいつは時速数百kmのデブリの中に強行突入する事も視野に入れた機体だった。

「ち」

だが、当たった事それ事態が気に入らない。
舌打ちする。
それも録音されるだろう、このハロという小型AIに。
こいつ経由で全ての戦闘データがアルビオンに齎されているのだ。
俺の戦闘を監視するスパイという言葉が当て嵌るだろうな、そんな気がする。
だが、それをどうこう出来る訳ではない。
後方から別のジムがマシンガンを撃つ。
緊急回避、そして捻り込みで後ろに回り込むフリをする。
俺の動きに乗せられたジムは横腹を晒してしまい、これを僚機のネロが狙撃、撃墜。
次から次へと。
現在の地球連邦にとって今回の作戦は良く有る小勢力の反乱ごっこ。
その過程で得るであろうイオ・フレミングの百式に関する戦闘データはどうしても欲しい、訳ではない。
が、あれば良いと言う事で出撃させたマオ・リャンの判断は正しかったようで、今、4機のモビルスーツと2機のフライマンタ戦闘爆撃機を撃墜した。
ついでにバルカンがドップを粉微塵にした。
確かにパイロットとしての腕は良い。だが。

「ガンダム・・・・・まだ俺を呪うのか!!」

そう、最近夢で見るのはソロモン攻略戦。
ジオンの要所であるソロモン要塞の攻略戦末期に起きた敵軍への追撃戦で捕虜になり、さらにガンダム一号機を喪失。
ジオンの格好のプロパガンダに利用された。

『我がジオンは確かにソロモンとソロモンを死守せんとした数千の英霊を失った。
これは我軍の精強さと武を示し、しかし武運拙く敗れた・・・・が、それは敗北を意味するのか!?
否、始まりなのだ!!
我がジオンの戦士諸君!! これをみよ!!
連邦の象徴であるガンダムの残骸である!!
我々は敵が軍神と崇めるガンダムを撃破!!
さらに言えば、これを成し遂げた英雄は今回が初陣という将兵であった!!
諸君、彼、バーナード・ワイズマン伍長に続け!!
諸君らの手で祖国ジオンを守り、地球連邦軍の象徴を撃破せよ!!』

ギレンはそう言って破壊され鹵獲され、更に戦意高揚の為、多くの儀仗兵に監視されたプロトタイプガンダムの映像と撃墜した新兵の受勲式を大々的に行う。
それはア・バオア・クー攻防戦開始の僅か2時間前。
これが地球連邦軍の士気を抉き、結果として敗因を作ったと地球連邦宇宙艦隊からムーア同胞団は責められる事になった。
故に上層部に行けば行くほど受けが悪く、更に姉が汚職の罪で一度起訴された事が拍車をかけた。

(まあいいさ、俺は今もムーア同胞団出身者からは敗北主義者に無能で敵前逃亡の卑怯な裏切り者扱いだ)

運が悪いという事だろう。
これらの一連の戦闘で地球連邦軍は数機のガンダムを同時に喪失しており、その失態を誤魔化す為にガンダムアレックス、つまり白い悪魔を持ち上げる。
それと相まって、「ガンダムをザク相手に失った」という悪名は大きい。

「なんで今になって思い出すんだよ!!」

空中で格闘戦という正気とは思えないグフを狙撃して撃墜。
気がつくとガルダ、スードリーのアッシマー部隊が反対側から。
地上は戦闘開始前に入念に増強されていた地球連邦軍アラビア州駐留軍が圧倒している。
所詮は勢いだけの少数の軍閥だったか。

『これより攻撃隊を入れ替える。
スパルタン、ペガサス、ホワイトベース、アルビオンの各艦艦載機は補給の為順次帰投、その後は後退する。
ただし、地上軍の上空支援と直掩は維持する、以上』

マオ・リャン大佐の言葉。
あれを、女の艦長という立場の声を聞くとクローディアを思い出す。
マオ・リャンを信頼しているビアンカには悪いが俺はあいつが嫌いだった。

(できるならもっとあそびたいんだが・・・・くそったれ)

が、命令は命令だ。アルビオンに帰還する。

「了解、第三小隊は第二小隊と交代して補給の為帰還する、シャンパン開けておけ、以上」

この言葉がきっかけかどうかは知らない。
だが、四隻のペガサス級の後退を利用して敵の攻勢が頓挫し、さらに戸惑いが見えた瞬間。
スレイマン中将は即座に決断。圧倒的な地球連邦軍は陸空から更なる攻勢に出るべくして一斉に行動する。

「全軍に伝達、総攻撃開始、以上」

司令官はそう簡潔に述べる。
頷く各部隊の部隊長。
初手は空から。
制空権を喪失していた南洋宗教側に対して大規模な空爆を開始。
後方から呼び寄せていたフライマンタ2個大隊。
更に海上からは地球連邦海軍所属の正規空母「クイーン・エリザベス1世」を中心とした西インド洋艦隊。
地球連邦海軍の中では最近漸く建艦を許され(財務省は未だに大反対であり、宇宙軍の軍縮問題にもリンクしている)竣工した通常動力式新型空母とその艦載機。
援護に来たコア・イージーとコア・ブースターの戦爆連合60機。
トドメに宇宙軍から提供されるのは高高度からの精密デジタル写真。
ミノフスキー粒子下でも有用な多数の高性能成層圏内通信偵察衛星や高高度偵察機、上空の戦略母艦ガルダ級らと連動するレーザー通信を多用し、ビッグ・トレー級『サラフ・アッディーン』のレーザー通信受信機器と搭載しているハイパー・コンピューターの演算処理速度ならば擬似的なリアルタイム戦闘もできた。
もう一年戦争の終戦から10年は経過しいている。
10年間の間に急激な変化があったのがこの世界。
その上で何もしない、何の対策もしないというのは単なる無能だ。
というよりも寧ろ積極的に有害を振りまく害悪・害虫だった。駆除した方が良い。積極的に。
そしてティターンズという地球連邦内部に軍とは非公式ながらも対立し予算を奪い合う組織を作られてしまい、止めにジオン独立を許した上での反地球連邦運動と旧レビル派の合流によるエゥーゴ派の反乱、水天の涙紛争。
これらの手前、地球連邦軍は無能では閑職に回される事になる。
仕方ないのだ。
地球連邦軍も決して順風満帆ではない。
むしろ、世間から見ればティターンズの方がよほどエリートであり、市民の味方であって頼りがいのある組織であった。
まあ、故に様々な軋轢を生み出しているが。

「マオ艦長より各艦、ならび艦載機小隊小隊長らへ伝達。
我が軍の地上軍は前進を開始。
本艦隊もメガ粒子砲一斉射撃に入ります。目標はダブデ級陸上戦艦。敵の左翼」

目標補足!
主砲連動。
レーザー連動射撃用意よし!!

「ロンド・ベル艦隊全艦、メガ粒子砲一斉射撃開始せよ!!」

刹那、ダブデに数条の光の刃が突き刺さり、弾薬庫に引火、大爆発を起こした。
文字通りの木っ端微塵に消し飛んだ。
動揺する敵部隊。
続いて、長距離からの制圧射撃をガンタンク量産型の自走砲部隊が開始。
これらの弾幕下でジム部隊が前進。
更にジム改やジム・クゥエルの師団に埋もれていたが、故に敵の注意を殆ど引かないように擬態していた戦車師団。
これらが的確な位置に配置され、攻勢開始とダブデ爆散と同時に61式主体の戦車師団も前に出る。
戦地がジャングルや湿地帯、密林であったり、砂漠であれば話は違っただろう。が、ここは起伏はあるとは言え河川の三角州、つまり平坦な地形。
敵は勢いに乗って渡河してしまった為か退路がない。
恐らくは内部の過激派が勢いをつけすぎて誰も抑えれなくなったのだ。
よって、地の利は地球連邦軍に移る。
止めは絶対多数の火砲とモビルスーツ部隊にそれを有機的に連絡・運用する巨大な軍司令部。
勝利は目前である。
戦況報告は我が地球連邦に天秤が傾いた事を明確に教えてくれている。
そうとしか思えない。

「どうやら勝ったようね?」

マオ・リャンは指揮官席で安堵の深呼吸をする。
それはバニングも同じ様だった。

「ウラキもタクナも無事のようだ・・・・被撃墜機ゼロ、俺のジンクスはまた更新だな」

「うん、そういえばそうだったな。貴官の一年戦争以来の不死身の異名は伊達じゃないか」

笑い声がアルビオンの艦橋の空気を震えさせる。


少し話を変えよう。
諸君らにとっては疑問でもあったかもしれず、更には唐突かもしれないが地球連邦軍にとって軍部の階級とはなんだろうか?

宇宙世紀0070年代、地球連邦宇宙軍に急追するジオン公国軍の軍備拡張に対抗する為、連邦政府は宇宙艦隊総司令部と宇宙艦隊に「正規艦隊」「偵察艦隊」「コロニー駐留艦隊」「月面方面艦隊」という役職を作った。
この時の正規艦隊司令官と駐留艦隊司令官の階級は歴史的背景から例外とされた北米州主体の「第1艦隊」と極東州主体の「第2艦隊」を除いて基本は少将。
各宇宙艦隊の参謀長は准将、参謀は佐官が担当する。
特務大尉が埋まる時もあるにはあるがそれは稀な例外である。
基本、宇宙軍の士官は専門職でなければならず、経験も殊更重要視される。
当然だ、宇宙空間は人間が生身で生きられる空間ではないのだ。
様々な形の技術者・専門家が重宝されるのは当然の事。そして専門家は時間と経験と教育を注ぎ込まなければ十分な育成・養成はできない。
これ(人間の技量の差)は一年戦争の後半の大反攻作戦で顕著に現れた。
緒戦での大敗北、つまりルウム戦役に至るまでの敗北の連続は地球連邦軍宇宙艦隊に対して絶対的な経験不足、知識不足、技量不足をもたらす。
何が言いたいのかというと、熟練兵士・将校の不足。
ハードウェアではジオン軍相手に互角以上だったビンソン計画艦艇とV作戦のモビルスーツ。
が、その技術の差はジオンの兵士の質によって埋められ、戦時下故できたジオン軍モビルスーツのなりふり構わない質の向上により再び引き離されてしまい、ア・バオア・クー攻防戦へと繋がっている。
結果、レビル、ティアンムはジオン宇宙軍を撃破する事は出来ずに失脚・戦死する。

で、話を軍隊の人事に戻す。
なるほど、各基地司令官や鎮守府司令官もだいたいが准将から少将が担っている。
下手をすると大佐や中佐もありえる。

ならば地球本土の各地上軍は?
鎮守府だの何だの色々言われるが軍事基地の最高責任者に関しては宇宙軍とも同様。
ではその実戦部隊なのだが、基本として地球連邦軍構成国家に引退後、昇進・栄転する者が多い。
そうしないと反発を招くし、何より構成国にとっても都合が良い。
一階級昇進という目に見える形で故郷の英雄にきちんと報いる、という意味でも。
後は宇宙世紀30年代までは寧ろ地球連邦軍より北米州軍の方が強かったという歴史的な皮肉もある。
彼等を宥める為に時の地球連邦軍と地球連邦中央政府は北米州のワシントンに頭を下げていた。
大株主(北米州)に頭を下げるサラリーマン社長(地球連邦中央政府)、とは当時の新聞の皮肉。

なのでこちらも宇宙軍同様に旧世紀の軍事大国に比較すると階級は低い。
階級が低い者が多い程、当然ながら階級が低い分だけ人件費が浮くという現実面の話もあるし、政治の話をすると地球連邦軍はあくまで地球連邦の下部組織であるという事だった。
軍の独走は絶対に避けるべき案件であり、これに失敗した為、一年戦争の政権=キングダム政権は地球連邦政界史上最大の無能扱いされている。
地球連邦の建前により、地球連邦政府ならび政治家は、その建前上は絶対に地球連邦軍に隷属してはならんのである。
地球連邦政府、財界、司法、立法府とて最初から軍部の権限拡大を容認するバカ正直な予算を議会では通してない。
一年戦争勃発までは。だが。
という理由から、陸軍の師団長に少将、参謀長に准将、参謀たちに佐官だ。
陸軍一個師団1万名を数個合わせて方面軍を設立。方面軍の司令官には中将を充てた。
なお、一年戦争の終戦で余った将校・将官を実態はない幽霊師団に赴任させたり、各々の故郷の州軍に一階級昇進させて正規軍を名誉除隊、州軍へ名誉入隊させるのが慣例。長い年月をかけて中央政府が地方政府に厄介事と厄介者を押し付けていった結果が実ったとも言えようか。
正規軍ではなく地方の州軍へ。
そうすれば財源は中央政府の責任と管轄ではなくなり、地方政府の責任と管轄になるのだ。
財政はその分健全になったと言える。一応は。
空軍も基地に航空師団を持ち、同じような編成・人的配置をする。

だからこそ、ティターンズ入隊とかは非常に厳しい審査がある。

これら少将を基準とした地球連邦の例外として海軍の海上艦隊である。
潜水艦主体の艦隊は更に複雑なので今回は省く。
北米州と極東州の第1艦隊から第7艦隊、第8艦隊、第9艦隊が所謂、超大型正規空母を保有する事から中将が担当。
海上艦隊の参謀は不思議な伝統が有り、各州、各構成国家の伝統に沿うので一概には言えない。が、残りの第10艦隊から第18艦隊までの海上艦隊は寄せ集めだのなんだのと散々に言われしまった。凡そ80年近くも。
結果的にレビル将軍による人事権の介入後、先に記載した超大型正規空母を維持・運営できる大海軍国家(或いは州)と表向きは同格になった。
因みに、『ジオンに兵なし』の演説後、レビル将軍は積極的に海軍艦隊再編成と艦隊人事にも介入している。
『陸軍出身が何様のつもりだ!』とか『宇宙軍に転向した男風情に、屈辱の極みだ!!』とか色々言われて忌避されてもいたが。
それでも地球連邦海軍では先任将官として北米州(アメリカ海軍)海上艦隊の政治的・軍事的な優位性は崩れず、これに極東州(というか日本海上自衛軍)が追随。
構成国家間の言語統一で戸惑った事とラプラス事件以降の第二次冷戦(中華地方の海軍に対抗するとも言っていた)の連邦軍の質的優位保持という名目から、件の二州は地球連邦創設時の海軍優位性を約1世紀も保っていた。
現在(0090年代)も変わらない。だが、この悪習がとんでもない大敗北を引き起こしたのでもあろう。

『地球連邦の主力海軍とは旧世紀より続く伝統と誇りある日米海軍である、明からさまに言うならば海軍とは日米英であり、残りはオマケ』

『そして、地球連邦海軍の敵は素人の宇宙人ではなく、精兵である大軍を要する中華地方の中華統一艦隊である』

『故に、我々は北米州(と、私たち太平洋経済圏の国々の艦隊)はジオン相手に兵も艦も出さない』

そもそもアジア州としては対中華の長大な国境線に展開させる陸軍とこれを援護する第三世代航空機による大量の空軍、これの維持に更新と四苦八苦していた。
地球連邦の非加盟国と対立していた太平洋諸国が負担した国境線は、東は朝鮮半島から始まり、台湾海峡、香港周辺、海南島周辺、それから南に下ったり北に上ったりする。
インドシナ半島の中越国境地帯から始まったASEAN加盟国と中華との内陸部国境線、更にはインパール方面に北部インド東方国境地域、そして何故かアジア州、極東州が財政的な負担を求められてしまった極東ロシア地域も、だった。
正直、アジア州の政治家とアジア州在住の地球連邦市民にとって、これに加えて地球連邦海軍内部での勢力争い介入など絶対に『無理』であり、『無駄』だった。
宇宙艦隊だって、一応は州の為に負担をしているが、出来れば面子をかなぐり捨てて実利を取り地球連邦軍の陸軍・空軍以外の軍事部門に参加したくないのだ。
過去も、現在も、将来も。
オセアニア州も民主国家主体であり、尚且つ白豪主義も依然として残るので、財政的な負担と空軍の提供はしたが海軍と陸軍はもうやる気が無い。

が、だ。
これに対抗して戦果を上げたかったのがアフリカ三州、南米州、中米州、統一ヨーロッパ州のロシア海軍、フランス海軍、イタリア海軍、南欧統一艦隊。
沿岸海軍だの、海上保安警察の強化部隊でお飾りだの、陸軍所属の海上武装警察だのなんだのと悪態・陰口を言われ続けていたフラットストレーション、というか不満と意地が爆発。
この様な個人的な感情が蓄積された為、地球連邦の海軍非主流派閥は戦後の発言権増大を目論んで積極的にレビル将軍に協力したという。
特に『ジオンに兵なし』という演説を陸海空軍は当初本気で信じていた。
まあ、それは仕方ない。
まさかミノフスキー粒子とモビルスーツを組み合わせて海中・海上・陸上で戦闘が可能な圧倒的な火力と機動性を小型潜水艦クラスの兵器に与え実戦で投入するなど誰も考えなかった。
宇宙軍と同様に。
結果は言うまでもない。
その苦難の歴史はここではもう言わないが、まあ、敗残処理はどんな世界でもいつの時代でも大変である、という事だろう。

そして舞台はまた北米州に移る。



「勝ったな?」

地球連邦軍本部の作戦部に一通の報告がもたらされる。
部屋の主であるイーサン・ライヤー中将はいつの間にか便利屋扱いできる副官にしたコジマ大佐に聞く。

「はい、ですが我が軍もこの戦いで多くの将兵を失いました。戦後にもかかわらず、です」

少し鼻の頭を抑える。
偏頭痛か?
まあ良い。

「ふむ。それは仕方ない。これが軍というものだ。
それで連中は何故こんな無謀な決起をしたのか、作戦部の判断はついたのか?」

椅子に腰掛けるコジマにイーサン・ライヤーは水を渡す。
自身も軍用カップにあるコーヒーを飲み干す。

「それが予想は出来ましたが確定はできずに敵の本音は不明です。
正直な所、敵の主張の意味がわかりません。
連中の大僧正が言うには真実の教えを広める為だった、と。
そこで最初に疑ったのは宗教戦争です。
実際に彼ら南洋宗は過激宗教集団でしたし、現実にアラビア州駐留軍ら相手に最後の一兵になるまで戦っていました。
よって警察とティターンズ、現地の連邦軍は宗派弾圧を疑い捜査を開始。
が、我々の予想が外れます。
宗教の暴走、それにしては何故かこういう事に付随する他宗教への改宗命令や反対者への見せしめ、それに組織的なジェノサイドがありませんでした。
ほとんど無視して良いレベルです。
ええ、先に報告したとおり占領された地域は半ばが無視されており、敵はその全軍を持って我が軍の対北部インド連合、対中央アジア方面の基点であるイスラマバードを狙っていたようです」

イスラマバードは戦場から数百kmは先だ。
絶対に到達できんだろうし、仮に視野に入れても陥落は不可能だったはず。
それだけの戦力を連邦軍は集めているのは公式見解で地球圏全土に知らしめていた。
解せんな。

(それはあの一年戦争時にも感じた。
彼らに地球連邦を打倒する戦力はない。
彼らにはムスリム諸国への統治能力もない。
経験だってないし、そもそも意思がないなだろう)

が、だ。
ライヤーは思う。
何か見落としてないか、とも。

(やはり妙だな・・・・・彼らには自分たちが軍閥である認識はある。
そして、積極攻勢に出れるほどの兵站もない。
一度勢いをどこかで止められればそこで終わり
あの指導者は元地球連邦の陸軍大佐であり、構成員にはジオン地球攻撃軍の佐官もかなりいた。なのにこの杜撰さは一体?)

本来であれば持久戦が最善のはず。
というか、そうしていたからこそ地球連邦軍は討伐できなかったのだ。
現地は完全に南洋宗派支配下であり、宗教テロが発生するのは確実だったから。
深入りは禁物であった。
地球連邦軍は軍縮の影響によって兵力削減の真っ最中。
余分な兵力、特に歩兵の絶対数が不足気味。
それ故に戦力集中による敵軍の一撃殲滅と戦線不拡大を基本方針として採用している。
これはティターンズも地球連邦州軍も同様。

(南洋宗教の支配下のゲリラ戦闘なら勝算はあるだろう。
だが支配領域外での全軍を投入した一大会戦を挑むなど明らかに愚の骨頂である。
それは歴史が証明している。
数倍の敵のいる真っ只中にのこのこ出ていてく。
どうなるか少しでも軍事を習えば子供でも分かるだろうに。
事実、今回は地球連邦陸軍屈指の名将が総合指揮を取った瞬間に一瞬で瓦解している上、敵の戦死者は9割に達した)

一体どういう事だ?
まるで最初から誰かに何かを仕組まれている様な嫌な違和感を感じる。

(まあいい、この紛争には完勝したのだ。これで良しとするか)

結局、戦線はこちらの地球連邦中央政府とアラビア州政府の要望通りに戦闘開始前に戻して進軍を停止。
後は地球連邦外務省経由で北部インド連合に内政問題として解決を依頼してる。

「そう言えば、現地で初めて越境した第4大隊の司令部はどうなった?」

紛争勃発の責任を解明すべく査問会にかける事で一致していた地球連邦の陸軍上層部。
陸軍は通常の手続きをとり、事実関係確認の為にアリス・ミラーら査察官を派遣していたのだが。

「半数が麻薬中毒で廃人、2割が戦死、2割がショック・シェル、残りは逃亡、です」

「ち、やはりか」

現在の地球連邦にはいくつかの弊害がある。
それは新興勢力ティターンズとそれを擁護する現政権に、経済成長著しいジオン公国と太平洋経済圏の派閥が絶対的なものになった事。
水天の涙紛争以降の宇宙においては特にそれが顕著である。
地上でもまだ許容範囲とは言え、各地の地方政府や軍部の腐敗はある程度進んでいた。
故に、この報告もわかる。

「よし、要点を整理するぞ。
コジマ大佐、件の大隊は戦果欲しさに独断専行と越境攻撃を実行。
それを後押ししたのは押収した麻薬プラントの利権保持と地球連邦軍からの予算増の為の方便。
本来は北部インド連合に潜伏しているカラバやエゥーゴ派の理解ある人々と物騒なサバイバルゲームのつもりだったのだろうな。少なくともこちらの大隊司令部側は。
だが、予想外の組織、南洋宗が実権を握っていた地域は完全に宗教国家の体裁を持っていた。
結果、進行した部隊は兵器の利を活かせずにあのベトナム戦争やアフガニスタン戦争、中東大動乱並みのゲリラ攻撃で混乱し、壊滅。
近代兵器で武装していた現地住民に大敗して、その損害規模もデカく、しかも敵が反撃に転じて越境。
この為に国境警備隊や損耗した現地軍だけでは事態を隠蔽できなくなった。
で、上に泣きついて正規軍に処理を任せる。
また麻薬問題で追求と処断を恐れた自分たちはその間にどこぞへ逃げた、尻尾を切り捨てた、という事だな?」

「ええ、中将閣下。
同感です。というか、それが真相でしょうなぁ」

二人だけの執務室で。
地球連邦軍の統合幕僚本部作戦部のライヤー中将は同僚の軍令部のホーキンス中将を呼ぶ事にした。
数十分後、隣のエリアから彼が来る。単身で。

「ご用件は何でしょうか?
軍令の件と南洋宗との戦闘に関してとは聞きましたが?」

士官学校で一期上の先輩に聞くホーキンス中将。
彼も察していたのか、手持ちに個人携帯用電子媒体ディスクを持っている。

「これにサインが欲しい」

一通の書類を綴ったファイル。
数枚のA4用紙には30名ほどの佐官、尉官の集団が名前と役職、それに軍籍番号に簡単な個人識別IDが記載。
最後の2ページは箇条書きに彼ら彼女らの罪状と現状、何故この告発が至ったのかその原因、理由を記載。

「なるほど、では吉報を期待しておりますよ」

そう言ってホーキンスはサインする。
この結果、先の戦いの撃鉄を引いて引き金も暴発させた第4大隊は「名誉の戦死」ではなくて、「軍規違反による軍法会議」行きが決定した。
これは覆すのは非常に困難であり、誰もしないだろう。
そもそも0090の地球連邦軍の統合幕僚本部には三つのエリート出世コースがある。
軍令部(将官以上の人事権掌握)、兵站部(後方における軍需全て担当)、作戦部(文字通り全軍の上位作戦立案・実行機関)であり、戦後の軍改革で担当者は中将。
これら三職の経験者に加えて、宇宙艦隊司令長官かその総参謀長、海上艦隊司令長官、北半球、南半球の軍総司令官から統合幕僚本部本部長を抜擢している。
だから、この三人は中堅にみえて実は出世争いの最前列にいるエリートなのだ。
軍内部への影響力も半端ではない。
更にティターンズ勢力台頭を嫌った人々の意見も組み入れ、これら三職の現役部長は必ず20名いる軍事参事官に任命される。自動であり絶対。
勿論、辞任や異動により解任されるが、地球連邦政府にも国策にも、立法府にもいつでも自分から意見を述べられる(決定はできないが)。
その二人が決定したのだ。
結果、当事者にとっては悲劇であり命懸けの、しかし、地球連邦市民の絶対多数にとっては地方ニュースにしか放送されない、出版されない一つの地域紛争として処理される。



その紛争の傍らでも謀略は進む。

「ケンブリッジ家の親子とはとても対照的ではありませんか、パラヤ大臣?」

マ・クベ首相はオクサナー国防大臣とともにジオン本国を表敬訪問している二人の地球連邦閣僚と会談。
全てが終わり、個人的な晩餐会で地球連邦内部に毒を流すべく反ケンブリッジ急先鋒に接触した。
大型スクリーンに星団の輝きをアレンジして映し出すプラネタリウム形式の直径15m前後の部屋にて。
ジオン産のワインや牧畜したものを出す。
スーツの上着もネクタイも脱いだラフな格好とは裏腹なジオン公国首相マ・クベ。
愛用の軍服と彼の白いスカーフ。
三者が雑談する事一時間程度。
だが、この時の雑談は先のカイ・シデンとジャミトフ・ハイマンとのやり取りを加えて、カイ・シデンレポートという個人著作により抜粋されて後世にも残った。

『というと?』

『ジン・ケンブリッジは天才です。これは疑いない。
彼が何故天才なのかはどうでも良いでしょう。しかし、彼の才能が開花するキッカケはやはり父親の政界進出、つまりティターンズ結成ですね』

『ふ、あの男の子供がそこまで重要かね?』

『パラヤ大臣、30にもならぬ男がMIP社を再建した。
恐るべき手腕です。何百年に一人出るかどうかの天才児だったのです。
彼は数字を暗記する。写真を撮るかのように。
そして、一度暗記した物事を絶対に忘れないという。虚実か真実か分かりませんが話半分でも驚異でしょう。
それに妹殿はサイコミュを動かせた。
という事はあのケンブリッジ家はニュータイプの可能性を持った家系にして天才を擁する英雄の血族。
まさに地球連邦や新しい人類の今後100年先の輝かしい可能性でしょうな』

『で?』

『大臣、せっかく優秀な後継者が地球連邦とティターンズ、それにあの救国の英雄に生まれ育ったのです。
その様な不愉快な表情になる事はありますまい。
私は単に事実を申し上げたまでです。
AにはAの、BにはBの役目がある。
お若いあの男性にはまだ分からなかったでしょう。
事実、彼はダカールの演説以前は凡人だ。彼の父親同様。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しかし』

『しかし、なんだね、マ・クベ首相』

『しかし、父親がティターンズを率いる事で一変した。
ジン・ケンブリッジは現実面で政治家として大成する父親ウィリアム・ケンブリッジを見て、それに共感する人々や理想に燃える若き改革者や賛同者を知った。
そして、絶対的な賛同者と周囲の環境の激変で一気に変わった。
ただの地球連邦市民ケンブリッジ家の息子から、国家救国の英雄、その後継者へ、と。
周囲の環境の変化に適応する種族が生き残るのがダーウィン以来の進化論の基本概念。
そう考えれば彼は才能を開花するという形で、ケンブリッジ家の資産運用に興味を持ち行動したのは頷けます』

『確かに、彼らには実績があるな』

『国防大臣、その様な事を・・・・・まあ良い。だが、あれはインサイダー取引の疑いもあるのだぞ。
ルールを破ったという黒い噂が絶えぬが、それはどうかね?
規則を守れないものを英雄視するというのは如何なものではないか?』

『その点は同意します。彼、というか父親ウィリアムの援助もありましょうし、ケンブリッジ派閥の擁護もあったでしょうな。
・・・・例えば最近有名な黒衣のころもを着た人々に、黒い神話の巨人、もしくは禿鷹の紋章を掲げる大政庁とか。
或いは急落しているいくつかの財団や会社の横流しにスキャンダルなども・・・・ティターンズ創設時期と戦後復興期に集めていたのやもしれません。
それを親子揃って有効活用している。
ただ、息子の方がしたたかな気がしますが。
いずれにせよケンブリッジ家の息子の功績は絶対的なものとして記録されるでしょう』

『・・・・・・・・・』

『首相、私は君の言に賛成する。
父親のコネを活かすというのも立派に才能だ。私も軍人だからよくわかるよ。
そう言えば首相も軍人出身だったな。ウィリアム君も軍務経験が有りルウム戦役などで実戦を経験し、さらに勝ち星を上げた英雄。
ふむ、新興とは言え、歴史以外は問題ない優良株だ。
同盟国ジオンを支える君やギレン公国国家元首殿、サスロ総帥の様にな』

『恐縮です』

『で、息子の方の非凡さは分かりましたが父親の方はどうなのですか?
彼は臆病者で査問会にかけられた上、貴国の要人を殴りつけた分別のない男ではないですか?』

『はぁ・・・・確かにそういう側面はあります』

『でしょう』

『・・・・パラヤ大臣・・・・・それは何でも言い過ぎではないかね?』

『国防大臣、あれは高度に外交的な重要な懸念事項になりかねんのです、我が地球連邦にとって。
ティターンズ長官とは言え、爵位も持たなぬ成り上がりの有色人種が戦時下とはいえ公的な場で王族を殴りつける。
世が世なら不敬罪で死刑ですぞ。或いはそれを理由に戦争にさえなりかねん』

『まあ、一理ありますな・・・・』

『確かに・・・・』

『ふん、で、父親はどうなのです?』

『おや、そこまで言っておいて気になるのですか?』

『国防大臣、ティターンズ長官の人となりをジオンの首相がどう思っているかは立派な外交問題だ。
口出しはしないでもらいたい』

『これは失礼、マ・クベ首相、よろしければ後学の為に教えて頂けますか?』

『そうですな・・・・彼は貴族号を授与されたので既に男爵ですが。
まあ、息子が天才の極地にいるとすれば、父親のウィリアム・ケンブリッジは平凡の頂点を極めたと言えるでしょう。
ギボンが書いたローマ帝国興亡史のユリウス・カエサル、或いは初代中華の皇帝である始皇帝、数年で敗戦国ドイツを復興させ第二次世界大戦で一時的にヨーロッパ統一一歩手前まで進んだ元伍長などはある日突然にその才覚をしかるべき場所で発芽させて一気に大樹に育った。
これが私の考える『天才』であります。
そう言う意味で、この数年間で技術革新を利用して一気に成り上がったジン・ケンブリッジも『天才』でしょう。
時代の徒花かもしれない、しかし、確かに鮮麗に時代に名前を刻み、歴史を変えた人間である。そのキッカケは人それぞれであり、その者たちの幸不幸は別にして。
では彼の父親は? あの救国の英雄殿はどうだったのでしょうか?』

『く、首相もやつを高評価するのか・・・・あの男は単なる凡人だろうに。それ以下でもそれ以上でもない』

『ええ、パラヤ外務大臣の仰る通りです。
彼は凡人であり、貴方のような北米州の有名政治家の家系出身では無い。
彼の出発点は現在の政府閣僚の誰よりも低い。
まして北米州のWASPからは一番に弾かれる。
有色人種のカトリック教徒。
ムスリムや神道でない上、経済的にも余裕がある北米州カナダの中流階級出身で教育を十分な受けれただけ、他の被差別階級から見てまだマシという程度の事でしょう。
決して彼に後援組織や後援者がいたわけではない。政治的な地盤もゼロだった。
ギレン陛下の派閥の一員としてザビ家の方々に見込まれて幼少期からエリート扱いだった私、職業軍人の父親を持っていた軍人系統のオクサナー殿とも異なる。
故に彼の道は険しい。
にもかかわらず、です。
彼は誰もが挑戦できる試験、しかし数千万人に一人しか受からないという中華の科挙試験でさえ甘いと考える地球連邦の第一等高級官僚選抜の為の国家試験に上位で合格した。
しかも、飛び級すらできなかった落ちこぼれの汚名を返上し、大学院卒業と同時に現役合格。成績は上位。
でなければ独立前夜に地球連邦の全権代表としてこの国にはこれません。
そして、彼以外にそれを成した人物・・・・・これは今の連邦の歴史にはいない、そうでしょう?』

『・・・・・・・・』

『興味深い考察です、首相。とても参考になる。
そうですね、外務大臣?』

『・・・・・・・続きを』

『続けます。
彼は試験を通った。それも民間企業とは違い、落とす為の学歴選抜試験を上位で突破した。
地球連邦有数の有名大学の法学部に在学し、落第する事なく合格。
ここまでは誰でもできる。
ただし、努力なければ絶対にできず、その努力は並大抵では無い。
ティターンズ時代に入ってからも彼の努力は続いた。
彼自身がやった事は誰もがやりたがらない、しかし、誰かがやる必要があり、努力すれば誰でもできる仕事だ。
が、その努力する、という一点において彼は積み重ね続けたのでしょう。
己の目的の為に自己練磨を続けた。
ウィリアム・ケンブリッジは一見すると華やかな英雄だ。
しかし、これは私が書いてみた彼の履歴書です。ご覧下さい』

『ほう・・・・おもしろいな』

『ええ、オクサナー国防大臣。
彼の経歴は全て、国家選抜試験を上位で突破しないと就任できない役職ばかり。
しかし、一方で試験に合格して失敗をせずに努力を積み上げれば誰でもなれる可能性があった経歴です。
そう、今のウィリアム・ケンブリッジの様に』

『つまり、だ。マ・クベ首相。いい加減に何が言いたいのですか
そろそろ執務をしたいのですが?』

『焦らないでもらいたいですね、外務大臣。
まあ、結論をお願いしますか、マ・クベ首相』

『ええ、つまりです。
ウィリアム・ケンブリッジは努力を積み重ねた秀才型の頂点。
ジン・ケンブリッジは歴史に名前を残せるほどの天・人・刻の寵愛を受けた天才型の典型例。
そういう事です』

そう言って話は終了。
二人はホテルに帰る。
後日談がある。
彼、マ・クベは自らの策略の成功を見る事なく死去する。
だがその前にこう言っていたという噂話が流れていた。

『あの男、外務大臣もここまでの人だ。彼は部下の忠誠心を刺激する様な人間ではない。
さぞや、娘にも嫌われているだろう。
だが、AにはAの、BにはBの役割がある。それを果たせればそれで良い。
それもしても・・・・ギレン陛下もことケンブリッジ家に関しては甘いようだ。
覇者にその様な甘さは不要だと思うが・・・・態々宿敵に塩を送るなどと』

と、実に意味深な言葉を残してこの世を去っている。



「ジュドー・アーシタ中尉」

呼ばれた。
ティターンズの制服を着てないのに、と。
相手は誰だったのだろうか?

「あんたは?」

咄嗟に拳銃に手をかける。
ここは治安が良いとは言え、スペース・ノイドの彼にとってはそれだけで差別されて嫌がらせを受ける事もある場所。
何せいまシロッコ、ロナ、フェアント、セイラの四人に徹底的にシゴかれているとは言えども自分に教養がないのは自覚している。
そしてウィリアム・ケンブリッジを批判できない連中から見れば格好の批判材料だ。

『スラム街出身者に偽善的な手を差し伸べて洗脳している』

などと言うクズもいる。
偽善でもなんでも俺はそれで救われたのだ。
救われてない奴が言うならともかく、戦争の惨禍をテレビの画面越しにしか見てない連中にどうこう言われる筋合いはないね、そう本気で思う。
俺はティターンズでこう思って生きている。

『やらない正義よりも、やる偽善だ』

と。
だから警戒したが。

「ああ、そんなに身構えないでくれ。俺はカイ・シデン。
フリーのジャーナリストさ」

「うん、あれ? もしかしてブライト艦長の?」

頷いた。

「よく知っているな・・・・そうだ、ブライトさんの下にいた事もある」

なるほど。
でもジャーナリストは嫌いなんだ。
あの一年戦争の序盤で散々俺たちを煽った挙句、デモが発生して警察と正面衝突。
何人も死んだのに、そいつらは今は部局長とか専務とかに軒並み昇進している。

「ふーん、で、何か?」

この時カイ・シデンは過去の自分を見た。
大人を信じない、という一点で良く似た自分とジュドー・アーシタ。
だからこそ、彼に頼むのだ。

「俺は今一冊の本を出版する予定だ。
タイトルはまだ決まってないが、内容は宇宙世紀の独裁者比較論だ。
で、ここまで言えば緩衝材として有能な君なら分かるだろう?」

「!!」

「そうだ、ウィリアム・ケンブリッジに対する各々の意見を纏めた提言書だ」

協力すると?
するだろう。君なら。

そう無言で睨み合う二人。
折れたのはジュドー。

「わかった。30分だけ休憩時に俺の感想だけを述べる。
ただし、誰が言ったのかはオフレコだ、頼むよ。
あと、シロッコさんかロナさん、セイラさんかフェアントさんの許可はもらっておくからね。
あの四人の誰かがNOって言ったらこの話はなかった事にしてよ、OK?」

そうだな。
彼もティターンズだった。
身内を売るような真似はしない。
これだ、これだから。
今のところティターンズはトップらが正常な為にクリーンな組織として存続している。
だが、もしも上が腐敗したら?
誰が止められるのだろうか?
本当に権限縮小は上手くいくのか?
問題は山積みだった。

「ああ、それで良い」



宇宙世紀0090 春 GWという長期休暇。

「あれか、確かに見た事がない軍艦だ」

ジャコビアスはザンジバル改級機動巡洋艦「キマイラ」のCICルームでそれを見た。
ユーマ、イングリッドにエンマ・ライヒとダリル・ロレンツの四名がいる。

「で、ジャコビアスはどうするの? 仕掛ける?」

イングリッドが可愛らしげに言う。
冷凍睡眠の被検体だった為、まだ外見は10代中盤の子供だが実は既に20代後半。
戦争の犠牲者でもある。

「あの軍艦は何の目的で地球軌道に入ったのか、そして何を目指しているのか結局分からずじまい。
ならさ、さっさととっ捕まえて強引にあいつらの口を割らせようぜ」

ユーマの過激な意見。

「ライヒ中尉、ロレンツ中尉は?」

二人の意見も攻撃することには賛成。
ただし条件付き。
艦砲射撃で様子を見る。
それと周囲の艦隊を集めたい、とも。
もうすぐジョニー・ライデンらも演習と称してこちらと合流する。
地球連邦も中立地帯から暗礁宙域の間には有人部隊を展開してない。
表向きは、だが。だが、それで良い。
ならば仕掛けるか、そう判断した時だった。

『社長!!』

『何か!?』

『敵艦反転、航路を離脱!! 暗礁宙域に侵入します!!』

それはつまり、こちらをやり過ごす、か。

「或いは後ろから撃つ気かもしれません」

エンマ・ライヒ中尉は自分の独白を聞いていたようでそう答える。
そうだろう。
単純に逃げ込むほど可愛げがあると思えない。
ならば・・・・・やるか。

「よーし、CICのジャコビアスより各員へ。
総員、戦闘配置!!
目標は所属不明の重巡洋艦、砲撃戦用意!!」

『こちら艦橋、砲撃戦準備に入ります。30秒後に充電完了!!』

早いな。
流石は独立戦争時代の精兵部隊であるキマイラだ。
おっと、これは内緒だったか。
口元が自然と歪む。

「よろしい、ユーマ、イングリット、エンマ、ダリルはゲルググで待機。
砲撃戦で様子見をする。
お前たちの機体はガンダムMk2やマラサイのデータを元に改良してある外見こそゲルググの中身は別物。
だから一体一ではネモやガザD程度に遅れはとらん。
が、敵の艦載機総数は依然不明として砲撃戦にて様子を見る」

そして。
モビルスーツ隊を待機状態のままにして5分ほど。
先に撃ってきたのは武装貨物船の「M87」だった。
いいや、あれはもう既に重巡洋艦だ。武装が地球連邦軍アレキサンドリア級並にある。
かなりの火砲だ。
ただし、である。幸運か擬態なのかは分からないが腕は悪い。

『敵艦第三斉射、発砲しました!!』

『取舵一杯、左舷メインスラスター作動!!』

『敵艦航路変わらず。暗礁宙域奥深くに向かいます』

『通信妨害発生、ミノフスキー粒子戦闘濃度から危険濃度へ上昇中』

『外部との連絡遮断されつつあり』

なるほど、先手を取ったのは一目散に逃げる気だったからか。
敵の狙いは何かの輸送だな。
という事は戦うとしても全力の潰しあいはない。
一撃必殺か一撃離脱。
そして援軍の可能性と地球連邦軍の哨戒艦隊がある事を考えるに・・・・狙いは一撃離脱だった。

「フレデリック・ブラウン大尉」

何です?

「敵は賢い。俺たちを焦らしている。
奴は待っているのさ、俺たちが援軍を呼ぶために暗礁宙域外縁に向かうのを」

モビルスーツ隊の管制を頼まれていた大尉はすぐに俺の考えを見破った。
できる副官を用意してくれてという親衛隊への願いは今のところ叶っている。
後はこれが続く事を祈るか。

「砲撃戦をしてこちらの出鼻をくじく。
モビルスーツを出しては収容に時間がかかると判断し、砲撃戦に終始する。
で、所詮は旧式の民間人が扱うザンジバルだと思っているから深入りはしないだろう、その間に自分たちは暗礁宙域へ全力で逃げ込む、か。
何を運んでいるのか知らんが・・・・厄介な相手だ」

そう暗い顔をするなよ大尉。



「大尉、獲物は賢いほど仕留めがいがある。
この戦闘、楽しめそうだぞ?」



続く



[33650] ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像05 』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:a59978d0
Date: 2015/07/13 13:52
ある男のガンダム戦記 外伝05



< 動乱と紛争により化石となった戦争(後編) >




地球連邦軍によるアラビア州パキスタン近郊の軍事行動、正式名称は『南洋宗軍閥掃討作戦・護符一号作戦』、これは成功に終わった。
当初の想定通りであり、紛争がどうして起きたのかが分かって地球連邦側の混乱が収まった時点から結末は誰もが分かっていた。
地球連邦軍の大勝利で終わる事、それ以外考えられない。
それは当事者も第三者も理解している。
質・量ともに敵に圧倒した軍が軽微な損害のまま軍事的な勝利をもぎ取ってくるなど世界史の常識である。
それを覆すのが名将であり、近年、0079に発生した『ルウム戦役』のジオン公国軍が有名になった最たる理由だ。
三倍の敵を撃退した、しかも半数以上を撃沈破した。宇宙世紀史上最初の事例となって永久に記録に残るだろう。少なくとも地球連邦とジオン公国が存続する限り。
片方には栄光の伝説、片方には屈辱の極み、として。

この戦術上の不確定要素の変動に対して国家戦略、大戦略とは、ある意味単純だ。
どの様にして『敵対勢力に対して物心両面で優位に立ち、戦場外で敵対勢力を圧倒できるか』、その準備期間と実行手段の洗練化。
準備期間中に準備を万全として、敵を知り、己を知り、味方を増やし、敵の勢力を削り、戦場で敵を倒す術を整え、それを支える各種人々、物資を用意、加えて目標達成の為に内部の徹底した意思統一を行った上で円滑に物資をやりとりする。
これさえ成功すれば多少の戦力差、技術など大した問題ではなく、初戦で大敗北を喫しようとも数年かければやがて勝利できる。
第二次世界大戦でアメリカ合衆国軍がドイツ第三帝国と大日本帝国を同時に打破したように、だ。
相手を知らず、或いは見くびって失敗した日中戦争、民兵主体で敵ではないのだと侮ったソビエト連邦のアフガニスタン戦争、地球連邦の正規軍対乱立する武装勢力という中東大動乱などがその正反対の良い例かも知れない。

が、分からないこともある。
それは・・・・・誰が死に、誰が生き残り、誰が負傷し、そしてそれらを犠牲にして栄光、名誉、実利を誰が最後に掴むのか、それだけ。
もしかしたら当事者にとって、戦地に赴く人々の家族にとっては国家の国益などよりも余程大切で知りたい事なのかもしれない、が、国家組織としては些細な事。

地球連邦軍は自己の面子から戦線の早期安定とたかだか地方の反政府勢力のモビルスーツ40機前後の敵部隊との戦闘なんぞ眼中意中に無く。
地球連邦政府とその当事者であるアラビア州の多数意見、今紛争を紛争未満に抑えたいという地方自治体上層部からの軍部への要求に加算し、スレイマン中将ら現場からの実務面での部隊増強要請に応える。
駐留軍にティターンズ所属でもあるロンド・ベル艦隊と政府直轄の複合大型航空機ガルダ級戦略母艦を増強部隊の肝として合流させる。


『これで負けたら軍法会議は確実だな』


『負けたら一生無能と頭に捺印して生きることになるぞ、諸君。
気合を入れろ』


追加としてジム・クゥエルを72機、ジム改を36機補給。
ジム・クゥエルは基本として赤白カラーリングに変えただけの中身はティターンズの中古製品でありいくつかは生産開始が戦中だった。
が、地球連邦の治安維持活動の対抗馬で敵軍やゲリラ勢力にゲルググ改良型以上の機体が、彼らの本土たる地球上で出てくることはほとんどなく、あっても1機か2機。
精々一個小隊なので数で圧殺できる。
そしてジム・クゥエル自体の性能も確かなので地上軍や各州軍では積極的に採用、何よりコストが安い。
ジム・クゥエルはビームライフル主体のジムⅡと違ってより確実な実兵装主体であった。
故に地球の大気圏内部では安心して戦闘に投入でき、整備部品も安定供給されるので傑作機と好評な機体。


『一機の圧倒的に高性能だが様々な理由で稼働率が極端に悪い機体よりも、凡人でも扱える、いつでも戦えるという量産機一個小隊の方が現場は遥かに重宝しており、最優先で欲している』


『相手に銃口を向けられている時に、自分の銃が最新型の性で故障してジャムったら笑える・・・・・そんな命懸けのコントはしたくない』


これらの常識的な意見とティターンズが政権中核で権力を持っている為、現在の州軍の基本はティターンズ系統のジム・クゥエルかジムのマイナーチェンジ、ジム改である。
これはジム・クゥエルを太平洋経済圏の筆頭国家アメリカ合衆国国内で戦時中に開発したから、という裏の事情もある。
先に市場を抑えたいという思惑があるのだ。そして、事、地上軍に対してはそれは上手くいった。

加えて自走砲と戦車の装甲師団の3つも投入。
地球連邦軍としては久しぶりの地上戦に10万規模の大軍を投入、更にアラビア州軍もまたとない実戦経験を積む機会と考え、虎の子の航空軍を全力提供、こうして一気に制空権を確保。
続いて、陸軍と宇宙軍「ロンド・ベル」艦隊にガルダ級戦略母艦を中心とした陸空の三次元挟撃作戦を決行。
地球連邦アラビア州政府は州政府軍にあった『聖戦』の情熱を活用しつつ、情報収集を重ねた。それはジオン相手に大敗した記憶を忘れてないから。


『これ以上の醜態をさらせば組織解体、リストラもありえる』


『我々は断じて無能ではない。第一線で戦う工作員や分析班は極めて優秀だ。
ただキングダム政権以前の政権が重要視しなかった。
或いは重要視していた人間がしかるべき地位にいて、しかるべき権力を行使ていなかった、ただそれだけだ!!』


まあ、情報部や情報局の心の叫びは置いておく。
南洋宗軍閥の主戦力を解析。
0080の終戦時に流罪とされた旧ジオン地球攻撃軍に組み込まれ、ザビ家の決定で帰国をさせなかったダイクン派の過激派残党。
0087に決起するまで温存していたカラバやエゥーゴ派閥らのデッドコピーのモビルスーツらのみ。
新型機に対抗できず、現地駐留軍の主力であるジム改とジム・クゥエルの正規軍使用を揃えればそれで十分掃討可能と判断した地球連邦軍の統合幕僚本部作戦本部本部長イーサン・ライヤー中将。
そして、その情報を現地偵察員らから裏付けしたスレイマン中将指揮下の部隊は敵を誘い出して、その上で大規模空襲と砲撃で敵軍を三方向から包囲する。
結果、戦闘開始から2時間後には南洋宗の反撃手段は自殺攻撃、人間爆弾、無防備かつ無手の銃剣突撃、カミカゼ攻撃隊という末期症状を見せ、彼らは自前の軍事力と信者、指導階層と共に壊滅。
報告はすぐに地球連邦政府にもたらされた。
続いて舞台は地球連邦のあるホテルに移っていく。



宇宙世紀0090 春 地球連邦首都政府官庁街 F地区 第二グランドターミナルホテル

地球連邦の要人たちが好き好んで使う一流ホテル。
先の戦闘報告が上がってから8日近くが経過。
そこに集結する数名の男女。全員が一癖も二癖もある有力者。
凡人だったら憧れ、英雄であれば圧倒でき、常人であれば忌避するか、胃痛をお友達にできる人々。
彼らはそれぞれの秘書らとともに集いつつある。

「さて、あと一人か」

肥満体と言われても仕方ない男は灰色のスラックスに白いシャツの襟元をはだける。
円形のテーブルの時計軸2時方向にいる。
反対側の8時方向にいる紺色のベストと白いシャツ、ベストに合わせた無地の婚のズボンを履いた英国風紳士がマッチを使い自分の葉巻に火をつける。
葉巻は最近になってジオンにも輸出している中米州産の葉巻だ。
最近は『モノ』を宇宙に売る事で経済再生を行っている州が多くなった。
まるでかつての植民地帝国主義時代のモノカルチャー経済政策のようだ。
是正する必要がある。

「はは、これはこれは・・・・もう少しですよ。ああ、そこの君」

後ろに立っていた秘書の一人を呼ぶ。
すぐに耳元に来る。
いい執事候補だ。彼は見所がある。

「そろそろお茶の用意を。私はアールグレイのストレートがいいな」

その言葉に反応したのはメモをとっていた政界の禿鷹と恐れられている男。
彼はいつもの白に金色のメッシュを入れた衿シャツだ。

「?」

不思議そうな顔をするかつての部下、今は政敵である男に老紳士は言う。
イギリス上流階級育ちの気品の良さと、それを嫌味に感じる旧植民地人の血を引く新大陸出身の有力者。
残り一人は無表情に自分も葉巻を吸い出した。
紫煙が部屋を包む。

「レディはジェントルマンを焦らし、紳士は女性を待つのが礼儀だ。
ふふ、君は若いからわからんだろうな・・・・それにだ」

男は言葉をわざとらしく区切った。
あいもかわらず、現役軍人時代の仕草。
上級将校らには好かれ、逆に下士官・兵士たちには嫌われたその仕草。
だが、彼もまた地球連邦軍で大将に昇進した。
無能ではない。いいや、有能だ。
なんといってもあの『政界の怪物』に対して、地球連邦中央議会という立法府で対等以上にやりあえるのだ。

「それに?」

「レディは心配りが好きだと決まっている」

ち。
天井方向から見下ろした場合、4時の方向に座っていた男。
ジャミトフ・ハイマン退役少将。次期ゴールドマン政権の国務大臣。
相手は現役の地球連邦議会議長にして与党党首グリーン・ワイアット退役大将。
舌打ちしたいのを抑えた禿鷹、ジャミトフ。
それを見て優雅に頷く。
その間に執事たちが紅茶を注ぐ。香りが漂う。
それを一口。

「ふむ、やはり英国紳士はこうでなくてはね。
ああ・・・・・これも良いものだ。
我が敬愛すべき王室御用達。
君たち北米州の実利主義者にはあまり縁や馴染みがないのかな?」

そう言って彼は用意された故郷の統一ヨーロッパ州産ミルクチョコレートを頬張る。

「甘いものも必要だ、そうだな?」

言われた男が忌々しそうに口を開いた。
優雅に頷く相手。

「ああ、女性の為に、だ。
なーに、紳士の嗜みだ。君らのような成り上がりの植民地人・・・・失礼、新興国家の方々にはまだ馴染み無いのも恥じる必要はない。
こういうものは王室とそれを支える貴族という藩屏、それに伝統ある歴史によって長い歳月を必要とする」

たかが300年と半世紀のアメリカ人がヨーロッパの貴族社会と王室を理解出来るはずがない、流石は統一ヨーロッパ州出身でアヴァロン・キングダムと同じ考えを持っているだけの事はある。
これさえなければ失脚寸前に追い込まれる事も恐らくなかった。
しかし、これがなければそこから『紳士の嗜み』とか『貴族の誇り』で再起することもなかっただろう。

(グリーン・ワイアット・・・・・いいや、本名はグリーン・サー・ワイアット伯爵。
先のジオンとの戦争で非戦を訴え続けた故に昨今影響力を拡大している地球連邦の宮廷勢力か・・・・危険かもしれんな)

(皇室・王室評議会の影響力はウィリアムの受勲で大きくなった。
それにあのスペースノイドであるザビ家が参加した事で宇宙開発にも口出し出来る・・・・正面から言えば拒否できるが・・・・それをしないのが貴族の底力。
油断ならん・・・・ワイアット議長自身もそれを理解しているから・・・・囮のような反感を集める発言をする、か)

そして、

((地球連邦の未来、その足元をもう一度見直す必要がある))

ジャミトフとゴップは似た様な結論をつける。
無論、ポーカーフェイス、で、だが。
と、

「皆様、お客様が参られました」

その言葉と共に扉が開いた。
シャンデリア風のLEDライトに照らされているオランダ式のホテルの一室。
既に夜の帳が降りている。
そこに新たに入ってきたのは女。
階級は退役准将で終わった。
だが、女としてはまだまだ油断ならない。
否、今が一番厄介かもしれない。

この女性は。
この家族は。
この勢力は。

「ようこそ、マダム・リム・ケンブリッジ。どうぞお元気そうでなによりだ」

「ええ、ワイアット議長。
ジャミトフ閣下もお久しぶりです。そしてゴップ官房長官もお元気そうで何よりです」

一礼するのは黒いコサージュをしてロングヘアにロングスカートの黒いスーツを着た東洋風の女性。
首に掲げる指輪は戦争終結時に夫と戦友たちがくれたプレゼントの大切なモノ。
彼女の名前をリム・ケンブリッジ。
ティターンズ情報部部長であり、ティターンズ長官の首席私設秘書官グループのトップ。
また、地球連邦情報局で封鎖されているジャブローにも影響を持っていた女傑。
そして。
後ろには。

「皆さんのお招きと許可を頂いたのでこの子も見学させたいと思いますが・・・・よろしいでしょうか?」

微笑む。
微笑みの国と言われている仏教徒中心のアジア州有力国家タイ王国と世界で最も古い王朝の支配する島国日本。
白人帝国主義時代に独立を保った数少ないアジアの二カ国をそのルーツに持つ女は言った。
泰然とした微笑みとともに。

「この男の子も・・・・そろそろ一家の長男として自らの家族を養わなければなりません。
それに・・・・彼の持っている人脈と技術、何より各巨大企業の決算書類は我々のティーパーティーには良い隠し味になるかと思いますが?」

女の嘲るような声にワイアットは頷いた。
彼の内心は不明だが、少なくとも表面上は良好な関係を保っているのがこの二人。
馬鹿なイエロージャーナリズムはティターンズ長官夫人と地球連邦中央議会議長の不倫騒動も噂したが、そのジャーナリストは数週間後に木星支局に島流しにされている。
地球連邦政府と地球連邦の巨大政党に立法府の主、そして事実上の地球連邦内部『第五の軍隊』である『ティターンズ』の支配者とその家系に手を出すのは危険なのだ。
冗談を抜きにして。

『木星圏に流されて10年くらい絶対に帰ってくるな』

と、真顔で言われるくらいは。

報道の自由とは何でもかんでも好き勝手に報道する事ではない、それは夫ウィリアム・ケンブリッジの考えであるが、それを歪曲して政敵追放に利用しているのがロナ首席補佐官らである。
もちろん、ロナ君はそれこそ主人たるウィリアム・ケンブリッジの為と信じて・・・・いいや、確信している。
まあ、それはいい。

「女性からの提案を足蹴にするなど英国紳士としてあるまじき行為。
無論、その彼、ええ、ご子息のジン・ケンブリッジ君も見習い実習という形でどうぞ。
それでいかがですか、諸卿らも?」

頷く二人。
これを合図に秘書官らは部屋を去る。
ティーポットに淹れたての紅茶を用意して。

「よいでしょう」

「退役准将が良いのなら私も異存は無いよ」

鷹揚とする議長、ワイアット。
ジャミトフは一言頷くだけ。
まあ、最初から彼の許可はあるのだろうが。

「どうもありがとうございます、皆様」

そう言って10時方向の椅子に座るリム・ケンブリッジ。
息子のジンは母親のリムの後ろに補助椅子を持ってきた。
4人の大物政治家・有力者はソファーに、彼は普通(それでも一脚100万テラ程はするサイド2の職人達が作った高級品)の椅子に座っている。
リム・ケンブリッジが一つのアタッシュケースを持ったままで。

「で、揃ったな」

「時間より少し早いが・・・・」

「始めますかな」

ゴップが、ワイアットが、ジャミトフが言う。
それに答えてリムは内心で思った。

(俗物どもめ。まあいい、ウィリアムとジン、マナの未来の為なら精々利用してやろう)

と。
彼女の反感は大きい。あの一年戦争での査問会に夫への暴行、人権侵害と水天の涙以降のテロリストに対する囮扱い。

(私たちの人生を滅茶苦茶にした借りを倍にして・・・・いいえ一万倍にして返してもらうわ・・・・・いま、ここで!!)

やはり彼女も超人ではなかった。
彼女の夫に対して行われた様々な事が喉に突き刺さる骨となる。

「ええ、ではご覧下さい。
皆様のご要望の品・・・・・それがこれです」

そう言ってリムはアタッシュケースを木製の円形テーブルの上に丁寧においた。
カチリという音ともに開く黒色のアタッシュケース。
小型爆弾の爆風や火炎瓶の炎にも耐えきる耐衝撃・耐熱仕様の特殊合金。
アタッシュケースの中には黒色の小型メモリーディスクが8つ、同じタイプで赤色が3つ、緑色が3つ、青色が2つある。
全て別々に保護・保管され、強化プラスチックと電波遮断用の透明な特殊膜が巻かれていた。

「黒が完全コピーしたもの、赤がサルベージしたもの、緑がキュベレイの戦闘データ、青がHLVの基幹ユニットです」

何を、とは言わない。
この時点で誰もがわかっている。
地球連邦になくて、ジオンが独占する最後の技術と言っても良い。
万金の値がある存在。
そう、北部インド連合が持て余している内に南洋宗が手に入れたアクシズやジオン軍の切り札。
まあ、それをどうこうすることは出来ずに彼らは瓦解したが。

『サイコミュ』

そう、それをこの女性は用意した。

「流石は伝説の艦長殿だな。政治工作もお得意と見える・・・・良き事よ」

ゴップが褒める。
手を伸ばすワイアット。
しばしの間、見る。弄ぶ。
そして。
だが。
ここにあるのはコピー。
本物かどうか検証する方法に欠ける。
偽物だとしてもどこまでが偽物で、どこまでが本物かが分からない。
比較の対象がない。
それに瞬時に気がついたワイアットは女に問う事になる。

「ふむ・・・・先ずはありがとう。それで、男爵夫人・・・・これの現物はどこに?」

と。
この言葉を待っていた。
そう、待っていたのだ。
その為に今日この日に地球連邦政界でワイアットとゴップという水と油の政治勢力の二大巨頭を同席させている。
自分と同派閥であり、先代ティターンズ長官を同席させた上で。

「議長、官房長官、国務長官、こちらの映像をご覧を下さい」

彼女が取り出したのは灰色の無機質な軍用スマート・フォン。

(ほう。0089の最新機種か)

(ティターンズの支給品ではないのか)

自分の生年月日を打ち込んでパスワードを解除し、持っていた超小型のディスクを差し込む。
映像が映った。音声も。
場所は・・・・・彼ら全員が一発で分かった場所。
ライブ映像と映し出されたのは息子の会社が所有する、地球連邦の各種モビルスーツ技術開発目的の総合大型研究所「サナリィ」という通称を持つ部門。
場所は地球連邦軍と政府、そしてティターンズに各地の州軍派遣部隊が混在するこの地球連邦内部で今現在最も神聖不可侵扱いされる場所、旧地球連邦軍本部、南米ギアナ高地、ジャブロー基地。

「!!」

(よりにもよってそこに隠したとは・・・・やられた)

今のジャブロー基地はパンデモニウムもかくや、である。
各勢力が入り乱れ、一度そこに逃げ込むと政治的には極めて対処しづらいのだ。
実力行使をすれば必ずどこか別の第三勢力に察知される。
地球の極東州には百鬼夜行という言葉があるが、まさにそれ。
誰も手を出したがらないグレーゾーン。

「お分かりですか、議長?
夫とこの愚息、そして義理の娘のいる研究所でティターンズ主導で現在キュベレイの分析と再構築作業を続行しております」

0080、終戦協定である『リーアの和約』とその功績によって北米州が政権を数十年の時を経過して再び担う。
ここで問題となったのは堅牢な当時の地球連邦軍本部『要塞都市ジャブロー』と当時露骨に左遷されていく戦時中の主流派『レビル将軍派』だった人々。
そして新組織ティターンズの業務として『反乱防止』が加わった事が引き金。
そうなると『反乱防止の為』という大義名分を得たティターンズだけでなく、その他の勢力もジャブローに子飼いの人間を続々と送り込んだ。
結果、ジャブローのモザイク化を強引に進めてしまい、誰がどこを担当しているかを知る事さえ何重もの手続きがいるこの地球圏でも最も近寄り難く、使い勝手の悪い勢力地・軍事基地となる。
あれに手を出せるのはよほどの大物で、尚且つ、かなりの馬鹿。
まさか目の前の女があの施設を堂々と利用するとは思わなかったが。

(伝説の艦隊、その伝説の艦長にして救国の英雄ウィリアム・ケンブリッジを支え続けるティターンズの裏の支配者という噂話は誇張であっても嘘ではない、か)

ワイアットは計算する。
ゴップも、ジャミトフも同様に。
さて問題はこの交渉をどう幕引きするか、だ。
現物は相手が持っている。
提供してきた情報電子媒体と中身の情報も恐らくは本物だ。
しかし、相手が現物を、有力な手札を持っている以上これを信頼しきるのは政治家としてできない。
どこかに別の手札があるという疑惑、その可能性が彼女と彼女の夫の武器となって我々の手足を縛り続けるだろうから。

「ミス・ケンブリッジ。ここはジャブローの・・・・君の義理の娘が開発局長に就任したサナリィ研究所だね?」

「・・・・・・・」

「知っていたのかね、ジャミトフ君? 
言うまでもないが・・・・ジャブローに本部を置くサナリィとはジン・ケンブリッジらが父親の権力を利用して作った新型モビルスーツ開発の為の研究機関だ。
プロジェクト・リーダーはそこのジン・ケンブリッジの奥方だった筈。
ジオン系統と連邦系統の合作もあるだろう。
実戦データも実験データも豊富に所有する新興でありながら政府の後押しを受けた地球圏有数な技術開発組織。
ティターンズ直轄で半官半民の、な。
君が知らない筈はないな・・・・何せ君の可愛い後輩の信望者らの巣窟なのだから・・・・・ああ、もしかして君が現場の最高責任者なのかい?」

一瞬だがジャミトフを睨むゴップ。
笑みをくざさないリム。
無言のジンに、ゴップの鋭い視線に臆せずに睨み返したジャミトフ。

「巣窟とは失礼ではないかな、ゴップ長官?」

「これは失礼した、ワイアット議長。だが、君も笑顔ではなくなったぞ?」

三者三様の、しかし、共通するのは目の前の女に出し抜かれた事に対する驚愕と苦虫を咬み殺す姿。
それは先輩と慕われていたジャミトフも、地球連邦議会議長であり与党党首のワイアットも、政界の怪物と畏怖されるゴップともに。
誰一人例外なく、だ。

「で、何故これら『サイコミュ』関連のモノがジャブローに?
軍部からは報告は来てないが?」

わざとらしいジャミトフの問いに神妙な表情で、しかし、内実は違うだろうとしか思えない態度で三人対して答えるリム・ケンブリッジ。
振り返ってみる。
0090当時の彼女の肩書きは地球連邦の武装警察であるティターンズ情報部の一部局部局長にして退役准将。
しかし、夫はティターンズ長官であり、彼女らの子飼いの三人を中心とする派閥はティターンズ、地球連邦軍、政府に有力な上層部への指導階級を形成している。
そう思っていると案の定だった。

「私の部下たちの権限で情報部とティターンズ所属のガルダ二隻を動かしました。
ガルダ級一番艦のガルダ、同じく二番艦スードリーの乗組員大半がティターンズであり、配備と寄港地がジャブローであった事を・・・・おや・・・・おやおや・・・・どうやら皆様はそれを殊更軽視しましたね?」

わざとらしい。
しかし、戦術上、ロンド・ベルのペガサス級を4隻投入した事は軍事の定石で、加えるなら高高度からの戦略移動が自前で可能な部隊は地球連邦とて片手で数える程しかない。
その希少な部隊は「ケンブリッジ・ファミリー」が10年近くをかけて影響下においた。
また、イーサン・ライヤーら現軍部主流派にとってもティターンズ派閥と仲良くし尚且つ現場に有力な戦力を送るのは理にかなう。
寧ろ、優秀だと評価されるだろう。犠牲も少なく、市民らからも賞賛されるであろうから一石二鳥だ。
となれば・・・・この女が一枚上手だったという事。
或いは、女たち、か。

(ああ、この女。かなり賢いな)

ワイアットはそう思った。
そう、そのとおり。

(確かにそうだった。
ご婦人、貴女の立場と貴女の信望者らがどこにいるかを思い出したよ・・・・どこにでもいて、どこにいるか分からないのだったね)

元々ガルダは政府直轄の『戦略母艦』という分類上、戦前は地球連邦政府直轄でジャブロー基地(当時はジャブローが首都でもあったから当然の事)に配属。
キャルフォルニア基地に軍本部が移転しても、北米州にガルダ級を運営する設備がないという表向きの理由(裏、というか真実は反ティターンズだったコリニー大将やバスク・オムらの嫌がらせ)で配属は変更なし。
が、人員は毎年少しずつ交代していた。それとなくワイアットも手伝っていた。
コリニー派閥の反ティターンズやエゥーゴ派、ティアンムらレビル将軍の残光を消し去るために。
で、件の『ガルダ』は無補給で地球を何周でも出来るミノフスキー粒子学と航空力学の融合した空の怪鳥。
搭載モビルスーツも一個中隊にそれの補給パーツと海上の軽空母並みの乗組員とそれらの生活物資を満載できる。
ならばキュベレイ一機と通常サイズのHLV一機程度ならガルダ級が二機もあれば空輸できる。
それも高高度飛行で半日もあれば簡単に。
更に先にも述べたようにジャブローには多数の政治派閥が入り乱れた上、サナリィというジン・ケンブリッジの妻らがいる半官半民企業のプロジェクト・チームがある。
そしてジャーナリストも多く、コートの下、左手にある背中のナイフは使い辛い場所の筆頭。
仮に過失で別の勢力を敵に回す、傷つけるならば一気に他勢力から孤立し袋叩きとなる引き金を引きかねない危険地域。
こんな場所だからこそ、即断即決なら利用の価値が高かったのだろう。
事実、ワイアットもゴップも独自の私兵部隊をジャブローに送り、隠し持っている。
ゴップに至っては更に凄い事をしているらしいが、それは噂でしかない。

(そうか、ジャブローからの援軍を逆手に取って・・・・この第三セクターを利用して彼女は自分たちの手元に切り札を運んだのだ。
恐らく、件の紛争時にキュベレイがほぼ無傷で北部インド連合支配領域にバリュート大気圏降下したという情報が決断させたな。
あれをティターンズ艦隊から受け取って・・・・それから直ぐに準備していた。
道理であのウィリアム・ケンブリッジが子飼いのロンド・ベル艦隊をアラビア州軍管轄下においた訳だ。
奴は北米ではゴップやジャミトフ並みに頭が切れる政治家。それが自らの忠実な騎士を現地軍に一時的とは言え渡した・・・・疑問に思う者は殆どいなかった。
彼ら自身の役割とウィリアム・ケンブリッジの持つ名声と印象が本音を隠していたのだ!!)

ワイアットは即座に判断する。
夫と共謀したのか、妻の独断か、或いは途中までは違ったのかは分からない。
しかし、目をつけた『それ』を運ぶのに必要なのは軍艦だ。
ミノフスキー粒子で空中移動が可能な軍艦。
対象となったのは二種類。
そう思っているとゴップが口を開く。

「地球連邦で各州や各構成国家上空を無補給で通過できる巨大な航空機はペガサス級強襲揚陸艦かガルダ級戦略母艦。
ガウ攻撃空母では積載量が不足。
かといって君らティターンズ直属のペガサス達は人目を引きすぎる。
あれは伝説の艦隊、英雄たちの艦だからな。
対してガルダ二隻はそれほど有名ではなく人目をひかない。
なるほど・・・・・怪鳥と言えども伝説の羽を持つ天の馬ほどには他人の目を引くことはない・・・・考えてみると詩的な響きと話だね」

ゴップが面白い、と言わんばかりに杖を鳴らした。
全く、確かに面白いが。
そしてジャミトフは我関せず、だ。白々しい。
各構成国家の上空を地球連邦軍所属とはいえ、巨大な軍用機が飛行する。
構成国家や州の許可を勝ち取る必要があり、ああ、そうか。

(ここで夫であるウィリアム・ケンブリッジという地球圏全土に軍事力を展開できる武装警察トップにして国家の英雄ティターンズ長官の権限と地位が大きな意味を持った。
その上で彼の後援者であり、ジャミトフ自身が持っている自己の権限が噛み合う。
国務大臣として各構成国家間の調整が可能な、或いは強制力を持つ飛行・領空通過の許可や命令が出せる法的な権限が更にこれらを隠密飛行とする訳だ。
ならばケンブリッジらだけでなく目の前のジャミトフも一枚かんでいるな・・・・・この禿鷹が・・・・猿芝居を。
まして飛行ルートはアラビア州から南インド州、オセアニア州経由のジャブロー行。
誰が責任者だったかは知らないが本当の命令者はウィリアム・ケンブリッジだったと誰もが思っただろう。
恐らく誰もが想像したに違いない・・・・ウィリアム・ケンブリッジ長官の重要機密、極秘命令、と。
まさか妻の独断専行だったとは思わん・・・・例え・・・・軍の命令書に一度もその名前が記載されて無くても・・・・ティターンズ長官の名声が虚実の命令を生んだ典型例となった。
ならば戦災復興特需をもたらしてくれて当選票を用意してくれるケンブリッジらティターンズ勢力に頭が上がらん連中ばかりの各州だ。
仮に独断専行だと疑惑を持っても火中の栗を拾うような真似はしない・・・・そうだな、私でも第三者なら傍観する)

なるほど、この女。
伊達に自分の手でテロリストを射殺してない。
一年戦争の激戦区を渡り歩いて生き残り、尚且つ武勲をたててきてない。
政界でも夫の盾になり、私生活でも子供らの母親として生き抜いてきてない。
大した度胸だ。
この私を、いいや、地球連邦軍と地球連邦政府、そして地球連邦議会多数派を合法的に恐喝している。

「私がお持ちしたのは以上です。
現物はしっかりと私たちティターンズと息子のジンの会社の技術開発部門サナリィが研究中です。
より詳細なデータを「N計画」に反映すべく、ですか。
ああ、サイコミュとその被検体、その実機データと捕虜とした元エゥーゴのアスナというニュータイプ兵士も手元にありますので研究は極めて順調です」

女は区切って私を睨むかの如く、魔女の様な微笑みを浮かべた。

「さて、どうです、私たちケンブリッジ家にいくら支払います?
地球連邦先代ティターンズ長官にして、現国務長官ハイマン閣下?
地球連邦与党党首にして、地球連邦議会議長ワイアット閣下?
なにより、アヴァロン・キングダム政権時代から地球連邦軍を支配している現地球連邦内閣官房長官ゴップ閣下?」

ははは。
笑った。
あの禿鷹ジャミトフが、だ。

ふふふ。
笑った。
政界の怪物ゴップも、だ。

くくく。
笑った。
この雰囲気に飲まれて私も笑うしかない。
地球連邦議会議長として立法府を名実ともに支配するこの私が。

「これはしてやられた、で・・・・」

紅茶を一杯。
いつの間にか冷えている。
同じく口をつけた男が顔を顰めた。

「微温いな・・・・」

「ああ」

ゴップが妙な事を言ったせいで相槌をうってしまった。
まあ良いか。
本題だ。

「何が欲しいのかね、君たちケンブリッジという新興名家は?」

最早、虚々実々の駆け引きは不要。
ならば植民地人の様な決闘形式の言葉の方が良いだろう。

「先に言っておくが、私は自分が寄生虫だという事を自覚している。
しかし、寄生虫が生きるには宿主が健全でなければならないと言う事も深く自覚している。
だから私の傀儡は間に合っている。それに人妻に手を出す趣味もない。
が、君は違ったな。正々堂々奇襲攻撃を仕掛けてきた・・・・実に楽しい一時だった。
よって、私を出し抜いた、私の傀儡ではないと宣言した貴女は合格だ。
私たち地球連邦の魑魅魍魎と取引する資格を得た・・・・故に聞こう」

ワイアットも頷く。
ゴップが政府を、ワイアットが議会を傲慢にも代表して問うた。

『何が欲しいのか』

と。
そして女は言った。

「ええ、私の夫に権力を下さい。
あのアヴァロン・キングダムという屑が座っていた椅子をあげて下さい」

それは露骨。
そして明白。
故に圧倒的。

「「「ハハハハハハ」」」

三人が期せずして一緒になって笑った。
あまりにも露骨すぎて、あまりにも健気すぎて。
だからか、この淑女は、レディは必死に格好をつけて虚勢を張って精一杯の嘘で前に出て。
勇気を振り絞って足掻いているのが丸見えだった。
なんと可愛い事か。

「汝、愛しき人を守る為に勇者のごとく倒れよ、か」

ワイアットの口から出た。
確か、あれは過去、伝説上の騎士の英雄を召喚した青年とその女性騎士の結末。
望むものを得る為に全てを犠牲にする話だったような気がする。
いや、違うか?
モンスターなり異星人なりが地球を攻めて来て人類は愚かな内乱と内紛を続け逃げ支度。
そして地球自体が滅びつつある話だったか?
まあどちらも私は個人的には好きではない。
紳士たるもの、レディや子供を戦場に送るなどあってはならんからな。

(あれは・・・・それはなんだったか。
何かの小説か或いはアニメーションの一節か?
まあいい。
この淑女はここまでしたのだ、能力はある。舞踏曲を踊る勇気と技量、何より胆力が。
それに何だかんだとイギリスを優先して統一ヨーロッパ州を復興させた恩義もある。
実利もある。
彼が欲しいのは私の議長職ではないし、彼女が欲しているのは首相職だ)

私は決めた。
どうせ私の勢力基盤を誰かに譲るのだ。
面白い方が良いだろう。
なーに、ダメならまた待つさ。
イギリスは世界を、七つの海を制するのに数世紀使った。
その故事を思い出せばたかが数世代先。何ともない。

「どうせ没落する前の最後の残光ならば面白い御仁にくれてやろう・・・・その方が、英国紳士としての意地を通したと祖先や英霊たちに顔向けできる」

ならばこのグリーン・ワイアットも英国紳士らしく振舞おうではないか。
精々、二枚舌外交の腹黒と言われた先祖の様に。
かのウィストン・チャーチルの如く、大胆不敵に。

「よろしい、大商人リム・ケンブリッジ殿。
貴女に地球連邦の与党と与党支持勢力、そして与党の支持基盤を開放、譲渡しよう」

続ける。

「座り給え、ゴールドマンの次に。君の家族のために」

そして。
ゴップが言った。

「これは君の夫にも遠い昔に、そしてごく最近にも言ったのだが・・・・・期待しているよ、リム・ケンブリッジ君」

微笑み、彼女は起立し、胸に右手を当てて深々と一礼する。

「ありがたく、頂戴します。
我が子と我が夫の為に。私の望む未来の為に。かつて・・・・」

「そう、かつて君の夫がギレン・ザビとイブラヒム・ヨハン・レビル、そして地球連邦から未来を自分の手で勝ち取ったように、な」

一礼する女性にジャミトフは厳しく言い切った。
そう、あの一年戦争の裏側で自分以上に駆けずり回って家族を守った夫。
私の愛しい人達の為に、ただ自分の家族を自分の手の中にもう一度取り戻したい、その想いだけを胸に秘めて。

「もちろんです、紳士の皆様。
それでは・・・・・ごきげんよう」

そのままアタッシュケースを置き、三人を残して退出するリムとジン。
息子ジン・ケンブリッジは改めて両親の本当の仕事姿を見て圧倒された。
これがケンブリッジ家を築き上げた自分の父親と母親。
そして彼らの周囲にいた傑物達。
隠れていた。
しかし、だからこそ恐ろしいという事なのだ。
決して姿を見せない狩人。
故に、危険。
それを打倒し、ある時は回避しててきたのが自分の両親だった。

(・・・・・これを俺は・・・・・受け継ぐのか・・・・こうやって家族を・・・・・守るのか・・・・・俺は父さんや母さんのように二人を・・・・生まれてきた我が子達を守れるのか?)

この不安は誰にも分からない。
この不安は誰も答えられない。

何故かって?

簡単さ。

未来は誰にも分からないのだから。



同時刻 サイド2 近郊 エリア201



ビーム砲が発砲した。
やはりあれは軍艦。
恐らくアクシズか反乱軍か。なんとなくエゥーゴ艦ではない気がした。
強化人間の直感だろうか?
更に連続射撃。
狙いはそれなりに正確で、ミサイルも混ざっている。

でもね!!

「あははは!! やるぅ!!」

イングリッドが乗った桃色のゲルググが高速で敵艦と距離を詰める。
宇宙空間では至近距離という言葉ですら当てはまるかどうか、という距離をかすった敵のメガ粒子砲。
更に発砲するも回避。
おっと、敵も艦載機を発艦させるつもりだ。

『こちらブラウン大尉だ。ブルー01と・・・・・ピンク01に通達する。
敵艦回頭中・・・・・こちらから第六斉射を15秒後に開始する。
二人共、味方の砲撃に当たるなよ』

あの同い年くらいだったフレデリック・ブラウン大尉か。
いい男だけど、同い年は好みじゃないなぁ。やっぱ出来る男は数個年上が良いよね。
さて、前を見ないと。
おっと。
彼女は機体を操作し、再び最小限の動きで敵弾を回避した。
旧式の第二世代モビルスーツ以前なら撃墜されていただろう。

「いいわねぇ・・・・やっぱキマイラはゲルググじゃないと、ね!!」

MS-14RBという形式番号だが、その内実はMS-14系列とは完全に別物。
数年前、政略結婚の失敗で地球連邦に国籍を移したメイ・カーウィンが設計しているジェガン。ジムⅢを圧倒する機動性と火力に装甲。整備性もそれほど悪化してない傑作機。
それのエースパイロット専用にカスタムされた特別使用機と同程度の性能を持つゲルググの現代版。

「独立戦争の時と同じよ!!」

そう、あの時も自分の手足のようにモビルスーツは動いた。
訓練で使っていたMS-05ザクⅠから高機動型ゲルググに乗り換えた、あの時と同じ感覚がまるで男と肌を重ねている時の様な恍惚感をもたらす。
まあ、それは言わないし、

(まだ私は正真正銘の乙女なんだんけど、さ・・・・あんな女狐のシーマのどこがいいのよ!!
ジョニーの馬鹿ぁぁぁ!!!)

と、内心でいつの間にか年齢が遠くに離れた男を罵倒する。
敵艦からの反撃。
敵艦からの反撃。
敵艦からの反撃。
そろそろ鬱陶しい。

「ふふん、そうそう軍艦の砲撃が私に当たるかぁー」

ユーマは下から、私は上から。
後方からシャクルズという小型移動艇を使って距離を縮めた。
宇宙空間は慣性の法則がそのまま働く。
一切の摩擦がないのだ。これは宇宙に住む者の常識。
つまり、一度相手と距離を詰められるだけのスピードに乗れば、モビルスーツも敵艦が増速するか自分が減速しない限り距離は勝手に縮まる。
ただし、訓練を受けた歩兵や海上艦隊の軍艦とは異なり、基本的に速度と比例して一直線に進むから先読みの技能がないと相手にとっても落としやすい。
敵機の未来予測地点が簡単に計測できるのだ。
故にジグザグで突っ込むのが宇宙戦闘の基本で、その基本動作を如何に効率よく行い、しかも死角から飛んでくるデブリという名前の凶弾を回避できるか。
デブリだろうが敵弾だろうが、何らかの形で危険な角度と速度でくらえばほぼ確実に死ぬのは変わらない。
これを避ける事、それが宇宙世紀0079のジオン独立戦争以来求められる宇宙軍のスキル(技能)となる。

「さあ、こいつの出番ね」

距離は十分に詰めた。
360mmジャイアント・バズを片手で構える。
無反動砲とはいえ、反動はゼロじゃない。だが、それも予測済み。

「重巡洋艦といえども・・・・艦橋にこれを撃ち込まれたらおしまいよ」

(ジョニーがシーマとかいうオバサンと良い感じだ・・・・と?
あのオバサン、何が、大人の、色気よ、何が、お子ちゃまは、すっこんでな、よ!! 馬鹿にして!!)

とりあえず、彼女、イングリッドが余裕であり、やっぱり余裕がないのはテミス株式会社の社員一同の一致した事である。
無論、当人はバレてないと思っているが。

「は、沈んだ!!」

イングリッドが引き金を引いた。
一方で、それから3日前の事。



宇宙空間 エリア606 俗称『ラビアンローズ宙域』



この宙域には『ラビアンローズ』という名前の小型コロニーサイズのアナハイム・エレクトロニクス社所有の大型ドッグがある。
宇宙世紀初期に建設された初期型コロニータイプに匹敵する規模であり、完全な自給自足と10隻前後の艦艇の補修作業、2隻の船舶の同時建造が可能。
その一室でウォン・リーはウィスキーを飲んでいた。
青紫色のスーツ姿。リラックスしている。所謂、マフィアが持つセーフティ・ルームである。

「隠れ家で老後を過ごす、か。まあ、それなりだ」

悪くはない。そう思える。少なくとも上司よりはマシな待遇だった。
尤も、地球連邦から追跡リストに載っているという点で彼は相変わらず崖っぷちにいるのだが。本人も当然の如くそれは自覚している。
だから治外法権と言って良い『ラビアンローズ』の重役専用室に逃げ込んでいる。
ここにはエゥーゴ派の逃亡者らが過半数を占めている。
そして何よりも彼にはある伝手があり、それを有効に活用していた。

「確かに・・・・俺はあのジャミトフ・ハイマンら地球至上主義者とティターンズ、それに北米州・・・・アメリカ合衆国の正義に対する妄信を侮った」

自分たちが関与した「水天の涙」を完膚なきまで利用し、後腐れなく徹底的に粉砕したティターンズ。
これを利用して更なる地球連邦内部の政治勢力を巨大化させる北米州らの議員。
筆頭は、あのティターンズ第二代目長官にして国家救国の英雄、名誉貴族として地球連邦の正式な男爵にまで成り上がったウィリアム・ケンブリッジ。

(奴は馬鹿な下っ端に直接命を狙われた。
それも家族ともども。もはや取引できる相手ではない。
どこの世界に自分を撃った人間を信用して手を差し伸べてくれる奴がいる?
そいつは底抜けのお人好しで馬鹿か、或いは何か腹に含んだものがある奴だ)

どちらにせよ信頼できないという点で一致する。よってティターンズに頭を下げる事は不可能となった。

(信頼できん相手を信頼した場合どうなるか、南極条約がどうして締結されたか。
デギン・ソド・ザビが何故地球に幽閉されたか、裏切ったレビルらの派閥は戦後どう扱われたのか、少し考えれば簡単に想像がつくな、ふん)

よって『水天の涙』はある意味で好機だった。地球連邦内部の大掃除という点で。
自らがテロにあった、実際に銃撃され生死の境を彷徨った、家族も狙われていた。それさえも利用し、出世したウィリアム・ケンブリッジ。
少なくとも事情を知らない第三者にはそう見える。まして敵とされたならば尚更。
絶対多数の数の暴力で、自身の潜在的な敵対勢力をまるごと一括してテロリスト集団に認定、社会の敵として公私を問わずに抹殺する。
この手際の良さをギレン・ザビでさえ絶賛。

(それ自体は正当なやり方だ。弱った犬を叩く、水に落ちた犬を叩いて溺死させるのは資本主義の、弱肉強食を是とする競争社会の本質。
俺はそれに敗れた。会長もビストも、だ。だからこうなった。こうなってしまった。
それが大人の世界を生きるという事であり、生き馬の目を射抜くということなんだろうなぁ)

が、彼もまだ生きている。生きている限りは逆転の目はあると信じて行動する人間。
よって、ウォン・リーは地球連邦内部でティターンズ以外の最大派閥になったのゴップ内閣官房長官と裏取引をした。
ゴップ長官はいくつかの条件をつけて彼の亡命生活を支援する。
先ずは娘との表向きの絶縁。
自らの血族であり、表向きは娘ステファニー・リーを代表取締役としてその支配下にあるルオ商会。
地球連邦直轄都市「香港」から極東州台湾の新都心である東南部のカオシュン市に本社を移転。
自らはカオシュン宇宙港株式会社の個人株主に就任する。これで個人的な老後を安定化させる。
一方で娘を介して地球連邦政府上層部にコネクションを保持。

「ウィリアム・ケンブリッジは堅物だが、現地球連邦政権全てがエゥーゴ派閥抹殺を掲げる訳ではない。表はどうであろうと裏では適度な騒乱を望むものは居る。
それに、経済再生という意味でウィリアム・ケンブリッジは良くやってくれた。
例の宇宙港拡大計画はアジア州と極東州に基盤を置いていた私個人の会社を上手く発展させている。この点だけはありがたい事だったよ」

当時ティターンズ副長官であり、本来の業務である戦災復興の陣頭指揮をとっていたウィリアム・ケンブリッジは一年戦争の後にいくつかの計画を行っている。
筆頭に挙げられるのが複数の宇宙港新設や規模拡大。
台湾の東南部地域にカオシュン、日本列島の沖縄にカグヤというマスドライバー宇宙港を新設。
従来の巨大宇宙港と海上港、空港の複合施設だったパナマとジブラルタルをそれぞれ三倍の規模に拡大。
更にギガ・フロート技術の粋を結集したトラック宇宙港を起点に、月面に統一ヨーロッパ州資本を活性化させる為に、それらの企業とジオン系資本共同開発のビクトリア宇宙港を新設。
これらが稼働したのは戦後5年目の宇宙世紀0085年冬になってから。
しかし、戦火を免がれた極東州、オセアニア州、アジア州の生産力が一気に宇宙開発に投入された事で各スペースコロニー再建計画は一気に加速した。
『脱線覚悟の大加速』と揶揄された賭けが成功したのは奇跡でもなんでもない。
単にたった一文で言える。

『全員が与えれた仕事を真面目に取り組んで、それにキチンとした報酬を最高責任者が責任をもって支払っただけ。
誰もが失敗を恐れなかった。
それは最高責任者が責任を取る、それは戦災復興を完遂する事だと宣言して自ら汗水たらして働く、だから私についてきてほしい』

だ。
結果、10年はかかると思われた計画は順調に進み、地球連邦の太平洋経済圏と同盟国ジオン、一部のスペースノイドや月面都市群は戦災復興特需による大好景気を迎える。
それに乗り遅れた者達の妬みを成功した人間らは盛大に購入。
当然の如く着火した。
それを待っていたあの男。
これら人間の負の感情を全て利用し、成り上がり、敵を殲滅し、邪魔な存在を切り捨てて今の自分を作った。

『だから忌々しいの、違う?』

「だ、誰だ!?」

あわてて部屋を見回す。
時計の針が午後8時を指した。電子音でそれを知らせただけだ。
単にそれだけの筈。

(な・・・・なんだ・・・・くそ、なんだ・・・・ただの幻聴だ。
ふ、俺も落ちぶれたな。こんな事で・・・・取り乱すとは・・・・ええい)

あの女は兄とは違った。
悪い意味で往生際が悪すぎた。
ビストの名前を持った重役。
アナハイム・エレクトロニクス社の監査役筆頭として事業計画とその公表権限、報告を一手に握っていた女。
が、『水天の涙』で危険人物とされ、ロナ一族の暗躍で地球連邦の特殊機関から抹殺対象に格上げされた女はイライラした様子でどこかに去った。
今も隠れ家で俺と同じくビクビクしながら翌日を迎えているのだろう。
まあ、それはそうか。

(ふん、そう考えてみればそうか。
あのビストの女は警察に捕まれば全てを失う。
私も同様だな、あのヒューカーヴァイン会長のように、な)

裏取引をしたゴップは俺を黙認しただけ。
決して味方ではないし、仮に害悪や自分にとってお荷物となれば容赦なく切り捨てるだろう。
それはウォン・リーだけでなく、どこにいるかは知らないマーサ・ビストにも該当する。
因みにウォン・リーは会計参与(アナハイム・エレクトロニクス社の財務の最高責任者)のトップ。
これに完全ワンマンであったメラニー・ヒューカーヴァインを加えると何ができるか?
月面都市に本社をおく複合産業企業『アナハイム・エレクトロニクス』の予算・会計・事業を好き勝手できる上、政府組織からも隠蔽できるのだ。

『粉飾決算』

『虚偽表示』

『虚偽取引』

である。俗に言うならば。
しかも規模が段違いになる。
その表の象徴がこの複合多目的宇宙船『ラビアンローズ』であり、裏の象徴がエゥーゴ派閥残党軍の集結地点『茨の園』である。
両者とも万単位の人間を養える。
しかも『茨の園』に至っては独自のモビルスーツ・モビルアーマー開発、生産、軍艦の建造も可能な重工業コロニー。

『会長が捕まった。次はあなたか私よ・・・・私は逃げる。
貴方もそのつもりで、ね』

そう言って去ったビストの一族。
逃げるのはありだ。生きる為に。
が、俺は嫌だった。
どうせなら前を向いて生きたい。前を向いて死にたい。
だが、それ故に俺は別の方法で生き残ってやる。

「さて、これで何とかなるだろうか・・・・」

宇宙世紀0090、春。
地球連邦の巨大企業アナハイム・エレクトロニクス社が一個中隊のモビルスーツとそれを維持する為の部品を用意し納品。
地球連邦軍輸送艦隊に引き渡す。



そして。
その艦隊はエゥーゴ派とアクシズ艦隊の攻撃を受けて壊滅した、と、報告書が上げられる。
取るに足らぬ事象として処理した地球連邦軍宇宙軍、グリプスにある宇宙艦隊司令部。
ちなみに損失した輸送艦コロンブス4隻に納品されていた機体はジムⅡとある。
それから2日後。
行方不明となった艦隊はラカン・ダカラン指揮下のアクシズ軍に摂取された。
乗組員も半数は捕虜、残りはタウ・リンのヌーベル・エゥーゴに参加する。
さて、現物を見た夜。

「ははは、そうか、お前も気になるか。ああ、あのドーベン・ウルフは良い機体だ。
あの男もまあよくやる。想像以上だ。手を組むに値するな。
口先だけのハマーン・カーンの信望者や強化人間らとは大違い、という事かな?」

そう言って互いに殺気だって殺し合うつもりで抱いている女、レズンに語りかけるラカン。
その4隻のコロンブスに護衛艦隊を乗組員ごとエゥーゴ派閥に入れ替えたウォン・リーと地球連邦軍内部の反ティターンズ勢力。
彼らは共同して合計7隻(サラミス改級巡洋艦3隻、コロンブス4隻)の艦隊をタウ・リンに引き渡した。
『ジムⅡ』という名目でアナハイムが納品した、本当の中身は『ドーベン・ウルフ』という重モビルスーツ一個中隊とその詳細な設計図に予備部品。
これといくつかのマザーマシン付きで。
ラカン・ダカラン中佐は獰猛な顔で自らの愛機を見て思った。

(タウ・リン、奴は約束を守った。
ならば俺も守ろう。俺は戦闘狂だ。だが、それ故に戦士の約束は守る)

どうやったのかは知らん。
知る必要は無い。
しかし、ラカンの要請である『地球連邦軍相手に互角以上戦える部隊とモビルスーツを用意してくれ』という無茶をあの男は叶えた。
叶わぬはずの願いは叶った。

「ならば、だ。俺はアクシズでどう思われようがあの男に対しての筋は通す、それが俺の流儀だ」

そういって。
そう言っていたらこの女も俺をその体で誘ってきた。
狙いはギラ・ドーガとか言うゲルググのコンセプトを受け継いだ新型機だろう、このアクシズでタダで動くバカは・・・・まあ、そんなにいない。
特に上層部になれば派閥抗争で食料の配給が決まる。
故に媚を売るやつは警戒しなければ。
文字通りの命懸けの縄張り争いだ。
誰だって冷凍睡眠とか言う人体実験台送りは嫌なのだ。
気がついたら数世紀後とか、死んでいるとかは嫌だった。
それでも俺は。

(俺は俺の信念を貫いてやる、それが死んでいった部下への最低限の、そして唯一の俺が出来る供養だ。
殺してやる相手への最後の礼儀でもあるからな)

そう思う。
だから損なことをもする。

「あたしらにも例のギラ・ドーガをくれるのか? そいつは?」

「ああ、俺にお前が味方するなら、な。俺から強請ってやろう」

「なら・・・・もう少しご奉仕した方が良いかな?」

メスとして言うのだ。
この男はいい情欲の対象となる、と。
メスの本能を満たしてくれるならそれでいいか。
既にここにはもう『死』と『欲』以外無いのだから。
パンドラの箱に最後に残った『希望』とやらはとっくの昔に流れて消えた。
これが事実。

「お前が地獄を見たいなら相手してやる」

大胆不敵。
傲岸不遜。

「そいつはイイね。なら、もう一回戦と行くかい? ラカン中佐?」

そう言って女は男を襲う。



二日後 サイド2 近郊 201宙域

「こいつ!!」

真横から一機の赤いモビルスーツが接近する。
イングリッドがそれに気がついたのはユーマから警告があったから。
直感が言う、こいつは不味い、と。

(身軽にならないと!!)

ジャイアント・バズを咄嗟に捨てた。
直後、ビームライフルの狙撃。
見事に弾倉に直撃、誘爆。
それをきっかけに両機は巴戦闘に突入。
互いに背後を取るべく行動する。
急加速とAMBACを利用した急制動。
同時に射撃。

『左捻りか!!』

「この私についくる!?」

互いにビームライフルを向けて撃つ。
しかし、当たらない。当てられない。
互いにロックオン警報がコクピットに表示。
それを見た瞬間に緊急回避する。
或いは盾で防ぐ。
千日手となってきた。
近距離故なのか、もしくはミノフスキー粒子が薄くなっているのか。
お互いの声が聞こえる。

『アスナなのか!?
私にオートを切らせるとは!!』

「ちい、まさか落ちぶれてたあの赤い彗星とでも言うの!? 
マニュアル操縦じゃないとやられてる!!」

赤い未確認機はこちらのゲルググについてくる。
ピンクと赤。
傍から何も知らないものが見ればエースパイロット同士の見世物、演習だと思うだろう。
が、実態はそれとは真逆。
実に滑稽な機体色だが、双方ともに技量はベテランの域にあり、かなりの高速機動に互いに背後を取るべく動く先読み戦闘。

(実に、巧みだ。
だけど、赤い機体に負けるのだけは嫌だ)

イングリッドが思う。
それなりに屈折した恋心で。

「赤い彗星に負けたらさ・・・・ジョニーに会わせる顔がないのよ!!」

まるでジョニーに拒絶されてしまう様な気分になる。
そしてジョニーがライバル視していた、しかも相手は眼中にないと言わんばかりの態度だった赤い彗星らしき存在に負けたとあれば・・・・誇りが許さない。

「ジョニーみたいにゲルググのRをもらえなかった・・・こんのぉ落ちぶれ野郎が!!
とっと落ちやがれ!!」

ビームライフルから一斉射撃。
三連射撃。
更にシールド内蔵のグレネードランチャーを二発連続投擲。
が、撃ち落とされた。
敵は認めたくないが・・・・私より手練かもしれない。

『ふん、そっちこそニュータイプの成りそこないの癖に!!
アナタを・・・・アスナさん・・・・アナタを殺して私が本当のニュータイプになるのよ!!』

イングリッドが私怨丸出しの射撃をする。
敵も意味不明な言葉で反論する。
言っている事は互いに子供じみているが、やっている事はそこいらの玄人顔負け。
が、それでもなお互いに決定打を欠いた戦闘が継続される。
いいや、正直いって諸々の事情から小学生か中学生程度の体格のイングリッドが不利になっている。
それは相手、未確認機体の赤(レッド1)のパイロットも察してきた。
なんとなくだが、ゲルググの反応速度が鈍っている気がする。
そう感じている。
最も、それは相手がエリシアという強化人間であったから理解できたのかもしれない。
ムラサメ研究所で強制的に強化され続けた第六感の直感で。

「ええい、もう時間が!!」

『接近戦か! アスナ!!!
いいだろう・・・・ビームサーベルで直接焼き殺してやる!! 覚悟しろ!!』

「黙れぇぇ!!」

それは『キマイラ』の艦橋から情報分析をしていたフレデリック・ブラウン大尉には良く理解できた。彼も独立戦争以来最前線勤務のエースパイロットだ。

「ジャコビアス中佐」

おもわず大尉は本当の階級で話しかけた。
それだけ余裕がない。
今も、ビームサーベルを使って敵機のライフルを切り落とそうとして逆にシールド内蔵の大型ビームサーベルにシールドを切断されたイングリッドのゲルググ。
対して敵は無傷に近い。
慌ててイングリッドが後退。
追撃する敵にグレネードを数発威嚇射撃するが全て回避されてしまう。

「このままでは不味い。増援を送るか撤退するか、今すぐに決めるべきだ
増援なり撤退命令なりを出さないと二人共孤立して落とされるぞ?」

そう、もう一機のユーマの青いゲルググRB型もオレンジ塗装の同系統の敵機に拘束されている。
指揮官は冷静沈着であれ。
そして。
出来ない事はやらない。
100を助ける為に1を切り捨てる。
それが独立戦争を下士官として開戦初日から戦い続け生き残ったフレデリック・ブラウンの信念。
いや、経験則に基づいた生き方。
そうしなければ自分も死ぬ。
自分が死ねば、年老いた両親に親孝行ができなくなる。
今回の任務とてエギーユ・デラーズ総司令官直属の命令と本国守備隊隊長への栄転に一時金の補償があったから参加している。
本来は本国守備から離れたくないのだ。家族の為にも。
それはテミス社長にしてジオン親衛隊中佐のジャコビアスも同様。

「そうだな。近くに友軍は?」

通信員に確認する。
まあ、艦橋にいれば答えは自ずとわかるが・・・・・念のためだった。

「いません。最低でも合流予定には10分は必要です」

「そうか」

顎に手を当てて思案する。
やはり単独では無理があった。
そうだ。
これ以上は。

「・・・・・大尉」

「はい、社長」

二人の会話。
いいや、モビルスーツ隊指揮官と司令官の会話だ。

「エンマとダリルの2機を送ると敵の逆襲を受けると思うが、君の意見はどうか?」

艦護衛に残した市街地戦塗装のゲルググRB型2機。
これに自分とブラウン大尉の機体を合計して4機。
全力攻撃をしかければ敵の重巡洋艦を撃沈できるかもしれない。
しかし、そうなると。

「同感ですね。私も攻撃続行は反対です。
敵は確実に艦載機を温存している。
敵の司令官は最初から敵重巡洋艦を逃す事だけを念頭に考えていた。
故に砲撃戦に終始しており、艦載機も最低限以外は出てない。
まあ、だからユーマとイングリッドが生き残っていると言っても良いが。
下手に複数展開すると回収に時間をかけて接近中のこちらの友軍や連邦軍が到着し、予定時刻までに離脱できなくなる。
更に、社長と自分がでて数で押し切ろうとした場合で敵に援軍がいた時。
キマイラで全体の指揮を出来る者がいない上、母艦の直援機が一機もいなくなる。
撤退のタイミングを逃しますな。そうなればどうあがこうとも結果的に・・・・・」

あとは言うまでもない。
つまりだ。

「このまま行けば消耗戦。
短期決戦はリスクが高すぎる。
かといって援軍はいつくるか分からない。
敵の残存戦力は不明だが・・・・恐らくはこちらの二倍前後」

そういう事だ。
ならばなすべき事は定まっている。

「ユーマ機とイングリッド機の撤退援護用意・・・・大尉、タイミングは任せるぞ」

「了解。こちらブラウン大尉。
エンマ、ダリルは周囲警戒のまま前進して先発部隊の回収作業準備。
砲術、全力射撃だ。後先を考えるな!!」

ジャコビアスとブラウンの阿吽の命令。
前方射撃に特化しているジオン軍らしく、このザンジバル改『キマイラ』も同様。
ジオン軍の艦艇は基本的に一定方向への一斉射撃こそ本領を発揮する。
ムサイ軽巡洋艦級、ザンジバル級機動巡洋艦、ドロス級大型空母、ガウ攻撃空母などがそうである。
アクシズ要塞で建艦されたエンドラ級巡洋艦や今回交戦している不明艦(ムサカ級重巡洋艦)もそうだ。
これに対して連邦軍は全方位に対して均等に砲撃できる様な艦砲配置になる。
どちらが良いのか。それは両軍の仮想敵対勢力が理由になる。
ジオン軍は絶対多数で劣る事を前提に、地球連邦宇宙軍。
対して地球連邦軍全体は地球の非加盟国を除けば基本は宇宙海賊。ジオン軍とて0079の開戦までは地球連邦から見て単なる宇宙海賊の集団扱いだった。

故に、一点集中射撃と敵軍密集が前提でこれの撃破を目的とするジオン軍。

故に、全方位戦闘と船団・航路護衛、隕石警戒が目的の地球連邦軍。

後は、自ずと明らか。
因みにジオン軍も後期ムサイ級や建国初期の航路護衛目的で設計したチベ級重巡洋艦、後に総旗艦となるグワンバン級などは砲塔配置が連邦型に近くなる。
逆にジオン軍の初戦の圧倒的な活躍(ルウム戦役など)とミノフスキー粒子の登場で戦術変更を余儀なくされた連邦軍。
彼らの戦後建造の軍艦であるサラミス改級やアレキサンドリア級重巡洋艦、アイリッシュ級戦艦、アーガマ級惑星間航行巡洋艦はジオンの戦訓を反映して前方火力密集型に近くなっている。
まあ、余談はここまでにしよう。

「撤退信号確認・・・・よし撤退だ!! イングリッド!!」

ユーマが割って入る。
それにようやく気がついた。
過労で失神寸前な自分。
覚醒剤を使って強制的に戦場を戦い抜いていた。
無自覚で。

「残弾がないだろう!!」

「あ、ああ」

これでは不味い。
負けるのは嫌だが死ぬのはもっと嫌。

「わ、わかった」

何とか機体を母艦のキマイラに向ける。
それを確認したのか、キマイラのみんなが援護してくれる。
エンマとダリルの二人もこっちに向かっている

『待て!! アスナ!! 貴様!!』

なんだ?
通信?

『ここまできて逃げる気か!!
私から全てを奪っておいて!!!
また勝ち逃げなのか!!
まて!! アスナ!! アスナァァァ!!!』

何とか拾ったのは怨念のような声。
だが、もういい。
今日は疲れた。
なんて・・・・


「なんて言うか!! この赤い彗星もどき!!!
どんな面してジョニーに顔を向ければいいのよ!!
あんのオバサンに勝ち誇らせる!?
冗談じゃない!!!」

「な!? イングリッドお前何言ってんだ!?」

ユーマが何か言っているが知ったことか!!
それは赤い未確認機の方も同様だった。
隣にはオレンジの同系統機体が回収作業の真っ最中。
だが。

「卑怯と思うなかれ!!
女の戦いは・・・・・やったんもん勝ちなんだから!!!」

急接近。Gなど構うか!!
そのままビームサーベルで一閃。
赤い彗星の乗っていた、或いは乗る予定だったと思われる機体を袈裟懸けに切り裂いた。
右足と右腕を切断。腰の部分も溶解。

「ざまぁみろ!!」

そのまま急加速で離脱。
さらにジャコビアス達が放った大量のクラスター爆弾が彼らの前方に散布。
下手に狙わない分、逆に回避行動は困難。

「じゃあね、赤い彗星のモノマネ人間さん!!
私の勝ち・・・・・今日は見逃してやるからありがたく思いなさい!!」

民間の緊急救難回線で全方位に言ってやった。
恐らく相手も聞こえたのだ。
狂乱したようにビームライフルを撃ってくるが既にこちらは母艦の対ビーム攪乱膜の内側。つまり、もう無駄。

「あははは、楽しかったよー」

落とせなかったがまあいい。
そう思って着艦した自分はブリーフィング後にブラウン大尉に思いっきり殴られて営倉入りとトイレ掃除3日を命ぜられた。

(理不尽だ)

とは、イングリッドが不貞腐れて帰還したユーマらに愚痴った言葉。
しかし、ジャコビアスら艦橋の面々にとって、イングリッドが行った攻撃。
それは第三者から見れば捨て身の特攻にしか見えなかった。
仮に相手が・・・・・いや考えるのは止そう。
とにかく、戦死者ゼロ。ただし、戦果もゼロ。

「さて。上はどう見るか・・・・それに連中はどこへ行き何をする気なのか・・・・気になる」

だが、それを追求する術は無く、積極的に追求したいとも思わない。
自分にとってはこの特務任務は終わったのだから。

「社長」

「なんだ、大尉?」

彼は帽子を取ると言った。
はにかみながら。
きっとこっちが彼の本当の素顔なのだと艦橋の連中全員が思えるほど不器用な表情で。

「遺族年金機構に申請書を書く必要がなかった、それでいいじゃないか。
後はバカをぶん殴って帰ろう」

そう、そうか。

「ああ、大尉。
バカを説教して・・・・それでこれは終わりだ。
それでいいな」

一方で。

「エリシア、開けるぞ」

ヤハギは見た。
帰還したリバウは放棄するか共食い整備に回すしかない程の損傷を受けている。
故に整備班の行動は正しい。
だが、肝心のパイロットがいない。
まだコクピットハッチを開けず、エリシアが出てこない。
強制的にハッチを開ける。

「!!」

「アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ、アスナ」

それは呪詛。
幼児退行を起こしかけた教え子は、アクシズ要塞に戻り次第ハマーン・カーンらの庇護下にいたムラサメ研究所の『条件付』によってなんとか正気に戻された。
いいや、正確に言えば狂気で傷跡を塗りつぶしたといって良かっただろう。
これは悲劇の始まりとなるのだが、この時点では誰もそれを予期する者はいない。



宇宙世紀0090 春 戦闘終了から5日後 『茨の園』

タウ・リンは自室で見る。
それはあるデータ。

「ふう、一時はどうなるかと思ったが・・・・確かに手に入ったな」

ウォン・リーはヤハギのムサカのイージスシステム内部に「あるモビルスーツのデータ」を紛れ込ませた。
だから態々危険を冒して正規の手続きでアナハイム・エレクトロニクス社の名義の船を出したのだ。
仮に拿捕臨検されても単なる武装貨物船と強弁する事が出来るように。
そして臨検される可能性を下げること、こちらに重点をおく。
結果的にこれは成功し、タウ・リンは独自の地球連邦軍内部の反ティターンズ勢力らから『UC計画』の実験機のデータを自らの手元に引き寄せた。

それは、

『シナンジュ』

と、後世に呼ばれる機体設計図。
また各地の民間航路を使って密かに年単位で物資を密輸。
これはジオンの反地球連邦勢力と内応して成功する。
経済原理が敵味方原理を押し流した。歪んだ形で。
現物を作る為の各部品の詳細な設計図。
また、『茨の園』に隠してあるジオンのダイクン派が『暁の蜂起』と『史上最大の敵前逃亡』で発生した混乱期。
その時にジオン占領下の各地から一切合切持ち出せる限り持ち出したモノ。

『ミナレット』と名付けられた大型兵器廠HLV。
『ダイクンの遺産』とも揶揄されたそれを使って、タウ・リンはハマーン・カーンに一機のモビルスーツ、即ちシナンジュ一号機を献上した。
これとドーベン・ウルフの配備、各地のエゥーゴ派閥の吸収と地球に残っていたアクシズ先遣部隊やジオン反乱軍残党兵力、反地球連邦の軍閥らを糾合。
後に、『叛逆者の宴』という最後の戦いの準備を整えていく。

「さて、あと5年。5年もあれば確実に俺はやれる」



宇宙世紀0090 夏



地球連邦はサイコミュ独自開発成功を正式に発表。
一方で、ギレン・ザビはカーラ助教授をジオン国立大学総合学部のミノフスキー粒子・サイコミュ総合研究所所長に任命。
これを機にジオンはサイコミュの民間活用を開始し、やがて宇宙世紀120年代、『ラフレシア』という手足を使わずに脳波コントロールで、数十本の『触手』と呼ばれるアームを遠隔操作できる巨大MAを開発に着手し成功した。
また、完全なサイコミュを応用した採掘機械『バグ』シリーズも市場に投入。
巨大戦艦クラスに大型核融合炉を直結して電力を確保する必要こそあったが、これらの開発で木星の衛星イオや火星のアステロイド・ベルト、地球圏本土に運ばれた数多の資源衛星採掘開発が活性化。
宇宙世紀120年代の不況を吹き飛ばす原動力として人々は『サイコミュ』を『希望の星』と捉えて行くことになる。
これら連邦から忌避されるようなコードネームで開発が進んだ機体らは、義手義足の人々にモビルスーツという新しい肉体を与え、それがやがて人類世界にとって大きな糧となる。

『ジオン軍によって地球連邦軍を圧殺するために作り出された兵器』

から、

『全人類の希望の星、期待の超新星』

『脳波で機械を動かせるという、我々の誇る、蒸気機関や飛行機、コンピューター、インターネットらに匹敵するような新しい産業革命』

という形になっていく。

が、それはこれより遥か未来。
そして近い未来には最後の動乱が迫っていた。


宇宙世紀0090、歴史に特筆されないこの年も人々は精一杯生きて、戦っていた。





後書き。
これにて三部作は一旦終了です。
空白の五年間の一部を抜粋。
皆様の感想を頂けたら幸いです・・・・では、日射病にお気をつてください。
それではまた(o・・o)/~

2015年7月11日 ヘイケバンザイより。



[33650] ある女のガンダム奮闘記、ならび、この作品ついてご報告いたします
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:d3fa6ebc
Date: 2016/07/27 21:00
ずっとある女のガンダム奮闘記、全削除しました。

最終的な事は色々ありましたが、やはり『ある女のガンダム奮闘記』と『ある男のガンダム戦記』を比較される事に疲れた、という事があります。

そして、これを機会にこのある男のガンダム戦記も8月末日をもって完全削除しようと決意しました。

ある女のガンダム奮闘記、それの失敗がここまで響いたと言う事は否めません。
しかし、作者としてある女のガンダム奮闘記を削除した以上、こちらの作品についても来月いっぱいで削除する事として、一方的ながらも、けじめをつけたいと思います。

申し訳なく思いますが、ご了承ください。

一言最後に言うと、『疲れた』、でした。

それでは。


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