side.Lu 「 箱庭の守護者は戦神の館に至らず 」
武骨な枝に芽吹く若葉。僅かに残る茶色が混じった桃色の花弁。サクラの花――
ルナマリアは回想する。
父さんは、この花が好き"だった"。
*
プラントの天候管理技士をしていた父さんはいつも、プラントの天気は俺が決めると言って豪快に笑っていた。曲がったことが大嫌いで、情に厚い、正義感の強い人だと、周囲の人からは言われていた。
ちょっと鬱陶しいなと思いながらも、私はそんな父さんが大好きだった。
そんな人だったからこその、自然な流れだったのかもしれない。
プラントの独立をかけた戦争――
父さんはザフトに志願し、そして――
帰って来なかった。
あの日も、まるで散歩に出かける様な気軽さで、父さんはうちを出た。ヤキン・ドゥーエ周辺宙域で行われる事になるであろう、大きな決戦に参加をする為に。
母さんと私とメイリンは玄関で父さんを見送った。
開け放たれた扉から、目映い光が差し込む。
母さんに私達を任せ、私達の頭を強く撫で、抱きしめた後、父さんは笑って言った。
"なぁに、ちょっとプラントを守ってくるだけさ"
"いってきます"
そして振り返らず、立ち止まらず、眩しい朝の光の中に飛び込んで行った。
その時見た、父さんの大きな背中は今でもはっきりと覚えている。
竹を割った様な性格で、潔い人だった。
潔すぎる位、潔い人だった。
だからこそ、父さんはあんな結末を選んだのだと思う。
携行していた拳銃による自決。
それが父さんの死因だった。
メインカメラを破壊され、武器も撃ち抜かれ、衝撃で通信機器は送信機能を失い、救命信号を発することすらできなくなっていた。宇宙空間に逃げようにも、外に出ればビームが激しく行き交う戦場。
皮肉にも受信機能のみ生きていた通信機器は、同様の状況に置かれ、助けを求め、半狂乱に陥り正気を失ってゆく同僚達の声を父さんに聞かせ続けた。
そして父さんは選んだ。
自己すらも認識できぬ狂気の生よりも、狂乱の果ての獣の死よりも、誇り高き理性ある死を。
事実、父さんが乗った機体が回収されたのは、ヤキン・ドゥーエでの戦闘が終わって、実に3ヵ月も経ってからだった。
父さんが機体に持ち込んだ写真の裏には、私達家族へのメッセージが綴られていた。
先に死んでしまうことへの詫び。
それでも、プラントの為の戦いへ身を投じたことは悔いていないという誇り。
私へ。
自分に良い意味でも悪い意味でも似ているので、嫁の貰い手、婿を選ぶ時は慎重にするように。ルナマリアがどんな道を選ぼうとも、父さんはそれを祝福して見守る。
メイリンへ。
自分に似てパソコンなどの情報機器の扱いに秀で、好んでくれているので嬉しい。
自分と同じようにプラントの天候管理技士になりたいと言ってくれた時は本当に嬉しかった。優しいメイリンならきっとできる。
ルナマリアと母さんとずっと仲良くな。
母さんへ。
愛してる。ルナマリアとメイリンを頼む。またみんなで、サクラの花を見よう。
それを読んだ時、母さんは父さんらしいと泣きながら笑った。私達も泣きながら笑った。
父さんの亡骸は、父さんの希望もあって火葬された。
その遺灰は父さんが好きだったディセンベル植物園のサクラの群生地帯に許可を得て撒かれた。
*
葉桜を見上げながらルナマリアは思う。
そこで終われば良かった。そこで何事もなければ良かった、と。
*
私達が父さんのいない生活にようやく慣れだした頃。前触れもなくそれは訪れた。
それは、ザフトからの公共メール。戦死者遺族に支払われる弔慰金に関する手続きの最終確認だった。
様々な項目をチェックしながら、私達はある一点で首を傾げた。
ヨハネス・ホーク
死亡状況:搭乗モビルスーツの動力炉に流れ弾が被弾。それに伴い発生した爆発により死亡。
死亡状況が当初聞いていたモノと異なっている。
私達は当然、訂正を申し出た。恐らく、他人のものとデータを取り間違えたのだろうと。
ヤキン・ドゥーエで亡くなった人は多い。データが混線するのも仕方ないだろうと。
すぐに訂正される。私達はそう気楽に構えていた。
けれど、現実はどこまでもおかしかった。
ザフトから返って来たのは、訂正個所はない、というものだった。
何度も、何度も、申し入れてもザフトの返答は変わらなかった。
父さんを燃やした施設に連絡を取った。
そんな記録はないと言われた。
父さんの遺灰を撒いたディセンベル植物園に連絡をとった。
同じく、そんな記録はないと言われた。
メイリンが、父さんの遺灰を撒いたサクラの根元に設置した墓碑銘を刻んだプレートを確認しに行った。
プレートは僅かな釘痕を残して跡形もなくなくなっていた。
父さんの写真を届けてくれた軍人さんに会いに行った。
はじめましてと言われた。
弔慰金が振り込まれた。
どうみてもその金額は、たかが一兵卒の遺族に支払われるものではなかった。
おかしい。
何もかもがおかしい。
私達は父さんのメッセージが書かれた写真を受け取った。
私達はきちんと父さんの遺体に対面した。
私達はきちんと父さんが灰になり、プラントへ、桜の根元へと還るのを見届けた。
けれど、ザフトが、プラントが、全てが。
父さんの決断を否定する。
流れ弾に当たって死んだのだと、その死を歪め、穢す。
何故?
どうして?
家に泥棒が入った。
父さんの写真とメッセージがなくなっていた。
*
メイリンが情報関連に強くて良かった。
心から思う。
プレートがなくなっていたと気付いた時点で、メイリンは何か、大きな権力の働きを感じたらしい。
だから万が一の為に、父さんの写真とメッセージを、パソコンをオフラインにして取り込み、印刷して偽物を準備していたらしい。その咄嗟の機転が功を奏し、父さんの写真とメッセージは守られた。
けれど、私達家族が受けた衝撃は大きかった。
父さんの死からはじまった一連の奇妙な出来事。
何故、父さんの死は歪められ、穢されなければならなかったのか。
その理由を知る為に、私は今日、ザフトの士官学校の門をくぐる。
風に揺れる葉っぱだけのサクラ。今、この風を吹かせているのは誰なのだろうか。
隣を見れば、メイリンもサクラを見上げていた。
メイリンもまた、天候管理技士になるという夢を捨て、私と共に士官学校に入るのだ。
自分の行動に巻き込んだ様で申し訳なく思うも、とてもありがたかった。
情報機器の扱いに難がある私に対し、メイリンはその方面にはとても優れた才能を発揮した。
父さんの死の不可解な改変の真相を得るにはきっと、メイリンの協力が必要不可欠だろう。
「待ってて、父さん。父さんの死を必ず在るべき形に戻すから…」
小さく呟く。
どうやらメイリンにも聞こえていたらしい。
決意を秘めた目で見返してくる。
私はそれに応える様に頷くと、共に歩き始める。
Petite et accipietis;
quaerite, et invenietis;
pulsate, et aperietur vobis.
Omnis enim qui petit, accipit:
et qui quaerit, invenit:
et pulsanti aperietur.
求めよ、さらば与えられん、
尋ねよ、さらば見出さん、
叩けよ、さらば開かれん。
すべて求むるものは得、
たずねぬる者は見出し、
たたく者は開かるるなり。
新約聖書『マタイによる福音書7章』より
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