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[31933] GANTZ 低クオリティ編  *R―15
Name: ガツン◆3adaabeb ID:5d48b739
Date: 2012/03/27 22:25
*注意!原作崩壊、現実→原作
*拒否反応ある方はUターン推奨します











いっぺん死んで赤ん坊になっていたことには、酷く驚いた。



十六年という多分短い人生を終えた僕は、気が付けば新たな人生をスタートさせていた。
俗に言う生まれ変わりというやつなのか、死というものを漠然と怖がり死後の世界というものを極力考えないようにしてきた自分にとって、この成り行きは不意打ちに近い。
や、いきなり交通事故起こされて即死を迎えたのも不意打ちには違いないけれども。

最初は混乱した。けど、新しい両親に惜しみない愛情をそそがれながら育てられていくうちに、次第に感情の動きも落ち着いていった。
生前……過去に対する何とも言えない孤独感は、今という安息に取って代わっていったのである。
ちょっと気取ってご託を並べたが、詰まる所、過去を過去のものとして割り切った『今度の僕』は、前世?の知識と経験を活かして人生を程々に満喫しているということだ。

幼稚園とか小学校とか、勉強でも運動でも周りより優れていると持て囃されるのは存外に気持ち良いものだった。前世という特典は今の所、僕の人生を快適に送らせてくれている。
でも、中学生になってそろそろ化けの皮も剥がれてくるだろうとも感じている。
子供の皮を被ったエセ高校生なんてそんなもの、成熟していく周囲の者に段々と埋もれていくに違いない。僕の絶頂期も潮時だ。




『今度の僕』が生まれた世界は『以前の僕』が生活していた世界と差異はないように思える。
少しだけ違うのは生まれた時代だろうか。
『今度の僕』はなんと昭和生まれだ。単なる生まれ変わりではなく、時も遡っているのかもしれない。驚愕ものだが。
ちなみに今は西暦1992年。21世紀のゲームや漫画を知る僕からすると、娯楽に関しては満たされない部分が多々ある。や、レトロはレトロで面白いんだけど。でも時折「パネぇ」とか口走るとめちゃくちゃ浮いちゃうんだこの時代。
平成になってようやく時代が僕に追い付いてきた云々。

知ったかの知識振りかざして「ベルリンの壁が崩壊する!」とか言ってみたかったけど、そういうのは止めといた。バタフライ効果とかなんちゃらも怖いし、『以前の僕』の知る歴史がこの世界に当てはまるかもわからない。ぶっちゃっけ、常識はずれの人間になる勇気がなかった。
自分の知る世界なのか見極めつつ、完結まで見届けることのできなかったワンピース、あの漫画の最新刊を読むことが目下僕の目標だ。というかこの世界で拝めるのかなぁ、と。
でもジャンプも刊行していればダイの大冒険なんかも絶賛連載しているからきっと大丈夫の筈。フレイザードつえええええええぇっ。

現時点では、こんなのが今の世界に対する僕の世界観。








「お兄ちゃん、お兄ちゃん」


「ん……どうしたの、ちぃちゃん?」



車の窓の外をぼんやり眺めていた僕は、妹の呼ぶ声によって思考の海から引き上げられた。
家族旅行の帰り道、父さんが運転する車は崖の上に設けられた道路を快調に走行していた。
一人っ子であった『以前の僕』とは異なって、『今度の僕』には妹がいる。
『以前の僕』との環境の違いは沢山の困惑をもたらしてくるが、同時に新鮮な感情も預けてくれる。



「お膝、貸して?」


「何をするの?」


「えへへ、膝枕!」


「よぅし、バッチこい妹よ」


「きゃー!」



妹はべらぼうに可愛い。
兄としての贔屓目が入っているかもしれないが、んなぁこたぁはどうでもいい。六つ年下の可愛い過ぎる妹は僕をシスコン化させるのに十分な存在だった。
マイラブリーエンジェルちとせちゃん。



「「あ」」


「……あ?」



膝に飛び込んでくる実妹に頬をとろけさせていると、前部席にいた父と母が声を揃えた。
何ぞやと僕が顔を上げると、視界に映るのは急カーブの先から顔を出した一台の大型トラックだった。
正面方向、衝突コースで。



「──」



見覚えのあり過ぎる光景に、僕はすぐにこの瞬間が死期だと悟った。
もう、回避できない。
よりにもよって前世と同じ末路かよ。トホホ。
バックミラーの中で恐怖に歪んだ両親の顔を捉えながら、僕は咄嗟に、膝もとの妹を庇うようにその小さな体へ覆い被さった。



「ちぃちゃん!」


「え?」



そしてトラックは僕達の乗る乗用車に激突した。
ミシャ、と後部座席にいる僕の体をあっさりと圧砕して。









まぁ、何となく思ってたんだ。
『今度』もまた助かるんじゃないかって。
助かるっていうのは語弊があるけど、また僕は何でもないように目を覚まして、人間を始められるんじゃないかって。
だから何となく落ち着いていたし、あっさりと死ぬことを受け入れちゃったし、咄嗟に妹を庇うこともできた。
小さい頃からご近所で評判だった通り、死に対してだって、僕は終始生意気のままでいた。
あぁ、でも父さんと母さんは……ちくしょう、やっぱりトラックの運転手ふざけんな。
僕の家族を返せ。
ちぃちゃんを、妹を返せ。
ていうか、ちぃちゃんは無事なのか。
くそっ……。















「……」



瞼を開けて最初に思ったことは、ああやっぱり、だった。
呼吸をしてる。
自我がある。
記憶がある。
僕は、『僕』のままだ。
ぼーっとただ視界に映るものを見ていると、やがて頭がはっきりと目覚めてくる。
僕が見ているものはフローリングの床だった。付け加えると、どうやら床に座り込んでいる姿勢らしい。

……僕は、どうなったんだ?

まだ僕は生きているのか。
それともまた生まれ変わりでもやらかしたか。
無意味に手をグーパーと開きながら顔を上げると、そこには僕のことを見つめる何人もの人達がいた。



「また来た……」


「何が起きてるんだよ……」


「生肉グロぉ」


「あの人も死んじゃったの……?」



……?
ひそひそと交わされる話の内容と、向けられている変な類の視線に、僕はきっと怪訝そうな顔を浮かべただろう。
むくりと立ち上がって周囲を見渡した。
多分、マンションの一室。
何も調度品が置かれていない空き家の状態。カーテンが開かれている窓の向こうは暗闇一色だ。今は夜なのか。
部屋にいた人達は男女大人子供バラバラだった。僕くらいの学生もいるし、白い髭を生やした爺さんもいる。一目で関わりたくないと思う柄の悪い不良らしき青年達も。何だかこっち見てニヤニヤしてるし。
僕はDQNという存在を前にすぐこの場を離れたくなった。



「君。君も、死んでしまったのかい?」


「……?」



『僕』はまだ『ちぃちゃんの実兄』であることを確認していると、近寄ってきた人の良さそうな中年男性に、そんなことを尋ねられた。
普通じゃない質問の内容に戸惑いを覚える。
僕も、僕“も”ってなんだ。この人達も死んだっていうのか。
まさか、ここには僕みたいに生まれ変わった人達が大勢……なんて少し頭を混乱させていると、不意に。
酷い、既視感に襲われた。



「…………………」



おい。
待て。
僕はこんなやり取りを知ってないか?
いや、こんなやり取りを目にしたことがないか?
具体的には、俯瞰する形で。
『紙面を見下ろす』という形で。



「……………………………………………」



僕がそんな素っ頓狂な思考に陥ったのには、一つ、致命的な原因があった。
何だか見覚えのある部屋で何だか印象のある言葉を聞いたことに加え、ソレが視界を掠めてしまったのだ。
僕と負けず劣らず混乱している人達の奥で、不気味な存在が音もなく、たたずんでいたのだ。







おい。
待て。
ふざけんな。
タイム。
ちょっとタイムだ。
これはない。
この場面は、この状況はあっちゃあならない。
僕は、ぜってー関わりたくない。



『あーたーらーしーいーあーさがきたー、きーぼーうーのあーさがー────♪』



半開きになった口から吐息が零れ落ちる。
目元は歪み、頬が電気を流されているかのように痙攣し続けた。
『僕』は初めて、血の気が引くという感覚を味わった。


「な、なにっ、何が起きてるのっ?」


「ラ、ラジオ体操の……?」


「おい、あの子、大丈夫か?」


「うっわぁ、すごい顔してるんだけど……キモ~~」


突如鳴り出した音楽に動揺する者と、僕のあまりにも普通じゃない状態に注目する者、半々に分かれた。
肌を黒人みてーに染めたギャル子がげらげらと笑う声も、今の僕にとっては些末なものでしかない。
気にする、余裕がない。

真っ黒な物体。
直径一メートルのブラックホール。
影のような球体。
黒アメちゃん。
その外見からは様々な呼称が思いつくだろうが、僕がコレを見て口にできる名前は一つだけだ。



「────GANTZ」



詰んだ。



[31933] 低クオリティ編 2
Name: ガツン◆3adaabeb ID:5404fc4e
Date: 2012/03/13 19:21
GANTZ。
ワンピースを始めとしたいわゆる『少年漫画』を愛読していた僕にとって、この作品は他のものと比べ異彩を放っていた。
もう何ていうかグロイ。ジャンプとかサンデーの漫画を読み慣れて免疫のない読者からすれば、一週間は頭の中から離れないくらいインパクトがある。
前世では友達の勧めで一度だけ読ませてもらい、どギツイ描写の連続に呻き声を上げながら、それでもページをめくる手を止められず、引き込まれるように読み進めていった記憶がある。
とにかくハードなのだ。
GANTZという漫画は。この作品の世界観は。
こんな世界死んでも行きたくねー、と大真面目に思えてしまうくらいに。












「おいおい、今度は何だよ」


「『てめえ達の命はなくなりました』……?」


「ふざけてんじゃねーぞッ!?」



──死んじまって、僕はそんな世界に来てしまったのかもしれないが。
黒い球体に表示された文面を見て、この場へ召喚された人達はざわめきを上げ始めていた。僕だって平静なんて保っちゃいられない
ありえん。僕がいるこの世界に、あの容赦も救いもない殺し合い提供装置が、存在するってのか。
何の冗談だそれは。
何の悪夢だ、それは。



『この方をヤッつけにいってくだちい』


『モグラ星人 特徴──』



まさしく記憶通りの展開に汗がぶわっと噴き出す中、黒い球体に変化が起こる。
側面と裏側部分に亀裂が入り、黒い銃器やアタッシュケースが詰まった棚が飛び出したのだ。
動いてしまった。反射的に。
こんな展開を『知っているから』こその反応だった。
止まらない寒気に対し、行動を起こさずにはいられなかった。



「……!」



うろたえている人達を尻目に、まずはアタッシュケースを急いで掴み取る。
『きざき』と書かれたケースには黒いボディスーツらしきものが収まっていた。掴み上げ手触りを確認した僕は、ごくりと喉を鳴らす。



「んだ、こりゃあ……」


「コスプレ?」



柄の悪い金髪の青年が僕の隣でケースを覗き込んでくる。
他の人達も銃やスーツに手に取って頻りに首を傾げている。
僕はすぐさまケースを持って部屋の外に向かった。このスーツに着替えるためだ。



「な、中に人がいるぞっ!?」


「何やってんだ、コイツ……!」



一気に騒がしくなる部屋を後にして、玄関口の辺りで上着を脱ぎ出す。
意味がわからない、これはマジなのか、思考の渦に呑み込まれかけながらそれでも手は止めない。
馬鹿なことをやっているのではないかと羞恥で死にたくなりながら、それでも体の動きは止まってくれない。



「うおおっ、マジかよこのガキ!」


「傑作だ、本当に着替えてるぜ!」



はっと顔を上げると、例のDQN組の不良青年二名が僕のことを指さして笑っていた。
顔が無性に熱くなるのを感じ取ったが、こうなればヤケだった、キッとDQNを一睨みして着替えを続行させる。
が、下半身のスーツを着るため下着ごとパンツに指をかけたところで動きは止まった。
ニヤニヤとこちらを見守っているDQN。
失せろよ! と心の中で罵りつつタイムアップの到来を恐れ、僕は止むを得ず一気にパンツをずり下ろす。



「ギャッハハハハッ! 女みてーな顔してしっかり生えてやがる!」



DA☆MA☆RE



「……っ!」



スーツを着替え終えた僕は爆笑する金髪男の脇を通り過ぎる。
今ブン殴ればこいつ等をブッ飛ばせるのだろうかと考えが過ったが、大人しく立ち去る。
げらげら笑うDQNに一発見舞う勇気なんて、臆病者の僕は持ち合わせていなかった。

部屋に戻ると、向けられるのは好奇の視線だった。
DQN達の反応と似たり寄ったりだ。腹の底から悶えながら必死に無表情を取り繕い、黒い球体から銃を二丁、取り出す。



「ちょ、ちょっとちょっと!?」


「何をしとるんだ君は」


「あんた、今の状況わかってんの!?」



小型の銃と大型のものを装備する僕に、老若男女のヒステリックな声が殺到する。
うるせーバカ。こちとらもうヤケクソなんだ。状況がとっくに異常になってることは猿でもわかんだろ察しろよタコ。
胸中で巻き起こる罵詈雑言を封じ込め、僕は口を開き大声を上げる。



「死にたくなかったらっ──!」



とそこまで口にして、漫画の主人公達の台詞をなぞろうとしていることに気付いた。
イタい。イタすぎる。本当に今更だけどアウトすぎる。
もうどうしようもなく恥ずかしくなってしまった僕は、顔をうつむけて最後の方はぼそぼそと喋った。



「……このスーツを着た方が、いい」


「はぁ?」


「何でコスプレなんて真似しなきゃいけないんだ」


「せつめーしろよ、せつめー。ぷくくっ」


「なぁ、君は今何が起きているのかわかっているのかい?」



色んな反応をする見も知らない人達を前に、心の中で壊れた笑みを浮かべた。
死にてぇ。



「なにトチ狂ってんだよ粗チン野郎! 頭イカれてんじゃねーか、ひゃひゃひゃひゃ!」



DA☆MA☆RE!!
目の前までやってきて大笑する金髪DQNに、頭が噴火しそうになる。
しかしやっぱり何もできない僕は、せめてもの反抗として、心を完全に凍てつかせた後、完璧に白けた目をDQNに送ってやることにした。
具体的には、死んだ魚の目だ。



「じゃあ、どうぞくたばってください」



思わせぶりな言葉を吐き捨てて最後まで冷めた視線を送り続けてやった。虚勢だけど。
金髪は何か言う前に、頭の方から転送が始まって姿を消失させていった。ざまぁ。
って、本当に始まっちまったよ。



(あと、一時間……)



黒い球体……もういい、GANTZの表面には『0:59:56』というタイマーが浮かび上がっていた。心臓が一際大きく鳴る。
どんどんと消え去っていく金髪を見て、他のメンバーは目に見えて顔色を変えた。僕の言ったことを鵜呑みにはしないにしても、何かが起きる、と直感したのだろう。
僕の方に何度も視線を送ってきながら男の人達はGANTZから銃を抜き取っていく。女の人達は騒ぐ騒がないの違いはあっても、全員その場で棒立ちだった。
スーツを着ようとする者は、皆無だ。



(……父さん達はいない)



パニックに陥っている室内を改めて見渡すと、見覚えのある顔は一つもなかった。
父さんも母さんも、ちぃちゃんもここにはいない。
死んだのは、僕だけなのか。
こんな現実は受け入れたくないとまだ駄々をこねながらも、最悪の可能性だけはないことにちっぽけな安堵を得る。

しかし、こうして見ると……このGANTZ的シチュエーションに美人が紛れ込んでいるのはセオリーなのだろうか。
僕と同い年くらいに見えるめちゃくちゃ体付きのいい女の子が、部屋の中にはいた。不安そうな瞳を僕に向けるその子は、やがて他の人達と同じように転送されていく。
中学生であの胸とか……胸が熱くなるね。



「……ふーッ!」



最後まで僕と一緒に残った中年のおっさんが頭から消えていく中、息を大きく吐きながら壁に寄りかかり、腰を下ろす。
決まりか。
決まりだよな。
こんなグロい転送を目と鼻の先で行われたら。

僕は、漫画の世界の住人に生まれ変わったのか? ドラえもんの道具みたいに本の中に飛び込んでしまったのか? 僕あんまドラビアンナイト好きじゃねーんだよ。
それとも、ここはあくまでGANTZという作品に酷似した世界に過ぎないのか?
いやGANTZあるって時点で終わっているけど。

ていうか、経験者はいないのか。
ここにいた人達はみんな今から何が起こるのかちっとも把握していなかった。みんながみんなGANTZに対してド素人、そう見えた。
どーすんだ、どーすんだよ。
そもそもこんな時期からGANTZって起動していたのか? まだ平成に入って五年も経ってないぞ。原作の開始時期は……あれ、いつだっけ?



「……死ぬ、ぜってー死ぬ」



主人公補正なかったら絶対にくたばる。
ていうか主人公補正あっても死ぬ。なんべん主人公死んでんだあの漫画。
明るい未来なんてこれっぽっちも期待できない。

心臓が早鐘と化している。
耳に鼓動の音がしがみついて離れない。
脂汗も噴き出してくる。
上の歯と下の歯がガチガチガチと高速振動して、全く噛み合わなかった。
下顎を掴むように、親指を除く四本の指を口の中に突っ込み、文字通りの歯止めをかけようとする。



(じ、自殺、した方が……)



ここはもうGANTZの世界であると仮定してしまった僕にとって、この考えは酷く真っ当なもののように思えた。
目も背けたくなるような、ぷぎゃー、という凄惨な死に方をするんだったら、今ここで自分の命を断ってしまった方がよっぽどいい。
そうだ、また生まれ変われるかもしれないんだし。
かたかたかたっ、と震える手をホルスターに伸ばし、SFちっくな小銃を顔の真正面まで持ってくる。



「……くそっ。ちぃちゃん、ちぃちゃん、ちぃちゃん……!」



できねえ。
できるなら、まだ死にたくねぇぇぇ……!
ちぃちゃんに会いたい。生まれて初めて授かったあの可愛い妹と離れたくない。
ちぃちゃんが大きくなって「兄貴、キモい」とか言われるまでは、面倒を見てあげてぇぇ……!

いったんはこめかみに押し付けた銃を、半べそかきながらそろりと下ろす。
まだ震える右手を銃ごと左手で押さえ付け、過呼吸になりかけてる肺も体を縮こめる形で抑え込む。
ごくりと大きな唾を嚥下した後、僕は覚悟を決めた。

ここにちぃちゃんはいない。父さんも母さんも。
この夜を乗り越えれば、またきっと会える。また家族と再会できる。
何とか、何とか切り抜けろ。

ジジジ、と髪の毛の先が転送されていく感覚を覚えながら、僕は脇に置いておいたショットガンの銃身を強く握り締めた。












「きゃあああああああああああああっ!?」


「死んだっ、死んだぞ!?」


「ダメだ、音が鳴る方向にはいくなぁ!」



ちょうど頭の部分まで転送されると、沢山の悲鳴を聞いた。
僕のいる方向へ逃げてくる人達。数が減ってる。さっきまで十五人ほどいたのに、今は十も届かない。
……エリア外に出て、頭が爆破されたのか。
途端に背筋が冷たくなったが、本当にテンプレに忠実なのだと、心のどこかで他人事のように思ってしまった。



「おいっ、どうなってるんだ! 人が、人が死んだぞ!?」


「あんた、こうなるって知ってたんじゃないの!? どうして教えなかったのよ!」



座った姿勢で転送され終えた僕を、もの凄い形相を浮かべた参加者達が取り囲む。
ていうか、しまった、そういえば言ってなかった。
あまりにも余裕がなくて忘れていた。



「……だから、死にたくなかったらスーツは着た方がいいって、言ったじゃないですか」



緩慢な動作で立ち上がり、けだるげな声を装う。いかにも『言うことを聞かなかったそっちに非がある』と言わんばかりに。
スーツを着ておけば爆破されることもなかったよ、と暗にほのめかして僕はこの場を誤魔化すことに決めた。結構最低だ僕。
しかし実際、スーツ着てなかったら高確率で死亡だ。変な罪悪感なんてこの状況ではさっさと捨てちまった方がいい。
もう、そんなこと感じてる暇もなくなるだろう。



「うっ……」


「な、なによ、それぇ……」


「こ、このクソガキ……!?」



中年のおっさんとギャル子、そして金髪の連れが臆したように呻き声を出す。
何だ、僕は今そんな引かれるほど酷い顔してるのか。してるんだろうな。絶望しかけてるからな。
僕を中心に群がっている人達を無視して首をめぐらせた。
転送された場所はどこかの住宅街のようだ。夜中ということもあって静寂に包まれ、どこか不気味な雰囲気が漂ってる。ぼうっと光る電灯の明かりは心なし頼りない。
僕達がいるのは車二台がかろうじて通れそうな通りだった。



「ちょ、ちょっと……」


「……?」


「もしかして、本当にこれからっ……?」


「……やっつけに行きますよ、宇宙人を。いえ、きっと殺し合いになると思いますけど」



顔を蒼白にするサラリーマン風の青年に、みなまで言わせず告げてやる。
人が死んだことで嫌でも信じる気になったのか、人の良さそうな彼は青白い顔のまま愕然としながら、手に持つ銃と僕の顔を交互に見た。
周りからは息を呑む気配が伝わってくる。
僕は半分知ったかの知識でドヤ顔(や、してないけど)して、地面に穴を掘って埋まりたくなったが。



「……おいっ。おいッ!?」


「ひっ!?」


「で、出たぁ!?」



漫画と違って状況を受け入れようとする参加者達に内心で感心していると、切羽詰まったような声が次々と上がる。
腹を据えたとはいえ、僕の肩もみっともないほど揺れた。

揺れうごめく人垣の合間から視線を飛ばすと、ソイツはいた。
GANTZに表示されていた写真と同じ顔、『モグラ星人』。
モグラとは名ばかりで、実際には人の体をしている。ただ顔の部分が被り物をしているかのようにどうしようもなくモグラだった。体と釣り合いが取れてないほどやけにでかく、毛もぼーぼー、めちゃくちゃリアルだ。
そして手もまた爪の生えたモグラのものとなっている。長くて先端の鋭い爪は、まるで尖った鉄パイプのようだった。
曲がり角から現れたモグラ星人は、何故か右手を高く上げた招き猫のポーズを取って、こちらをじっと見つめている。



「おい、あいつだろ!?」


「どうするだよ、なぁ、どーすんだ!?」


「う、撃っていいのか!?」



ジャキジャキッ、と一斉にモグラ星人へ銃を構えた男組は、喚きながら頻りに僕の方へ振り返る。
一方で僕も全く余裕がなかった。震えそうになる唇へ前歯を突き立て、握っているショットガンの銃把に痛いほど力を込める。
やるしかない。
ためらったら、瞬殺される。それがGANTZクオリティ。
脳裏に過るちぃちゃんの顔を起爆剤にして、僕は前にいるおっさんを横にどかした。



『…………!』



参加者全員の注目が僕に集中する。
ガシャン、とフォアグリップをスライドさせながら僕は銃を腰だめに構えた。

この『GANTZ』という漫画を読んでいる時、よく思っていた。
早く撃てよと。
何かが起きる前にさっさと撃てと、逡巡する素振りを見せるキャラクター達を見下ろしながら歯がゆく思っていた。

今なら彼等の気持ちがよくわかる。
ただの一般人が、人ではないとはいえ、物騒な銃を持って発砲するということはどうしようもなく抵抗を覚えるのだと。
同じ立場に立たされたことで、その葛藤が痛いほどわかった僕は。
躊躇なく、トリガーを引いた。



ギョーン



死んだ後で後悔してもそんなの何も意味がない。
撃った後で後悔しよう。



ギョーン、ギョーン



撃った後で、死ぬほど後悔だ。
死んじまったら、駄目なんだ。
僕は何度もトリガーを引いた。
繰り返す。ためらったら瞬殺される。それがGANTZクオリティ。



「──────────ギブエッ!!」



間抜けな銃撃音が続いた後、数秒の時間を置いてモグラ星人は、ボンッ、と爆発した。
体の至るところを何か所も破裂させ、茶色の肉片を飛び散らせながら、ぐちゃりとその場に崩れ落ちる。



「……う」


「うぉおおおおおおおおおおおおっ! すげーっ!?」



僕を含めた大半の参加者達が言葉を失うのを他所に、DQNの二人組だけは大声を発して興奮し出す。
スーツの上から胸を左手で握り締める僕は、猫背の入った態勢でぜぃぜぃと喘ぐことしかできない。
……こ、殺せたのか? 本当に?



「楽勝じゃねーか! おい、次俺にやらせろ! 派手にぶちまけてやるぜ!」


「キヨシ待てよ! 俺だ、俺!」



銃を持っていなかった金髪は、青年サラリーマンから強引にショットガンを奪い取った。
よくそんなにはしゃげるな、というのが、モグラ星人の死体に視線が釘付けの僕の感想だった。称賛も混ざっていたかもしれない。
金髪DQNは子供のように銃のスコープを覗いては、グリップをガシャガシャと鳴らす。



「お、来やがったな!」



再び曲がり角からモグラ星人が出現した。
一々体を90度回転させて体をこちらに向ける星人に、金髪は舌舐めずりしながら大胆に走り寄っていく。



「はっはっ、死にやがれ! バァーンッ!」



両手に持った銃を前方に突き出すDQN。
何度も引かれるトリガー。
しかし何も起こらない。



「あぁ? おい、どうなってんだ粗チン野郎! 弾出ねーじゃねぇか!?」



ギョーンという音すら出ない銃に、金髪は何度も“上側”のトリガーを引く。
五メートルほどの距離を残しぴくりとも動こうとしないモグラ星人に油断しているのか、金髪は怪訝そうな顔で銃をいじくろうとする。



「あ」


「「「「「「「「あ」」」」」」」」



その時だった。
金髪の背後で、音もなく地面が盛り上がっていく。
アスファルトを突き破って出てきたのはもう一匹のモグラ星人だった。
まるで竹の子が土から生えて伸びるシーンを早送りしたかのように、手も使わず、突っ立った直立姿勢で頭から出てくる謎の出現方法。
こいつも招き猫のポーズを取っている。
次の瞬間、モグラ星人はその爪を真横に薙いだ。



「──ぁ?」



飛ぶ、金髪の頭。



「……い、いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」



爆発する女の子の大音声。
巻き起こる参加者達の大混乱。
ぐりん、と首を回転させ、円らな瞳をこちらに向けてくる二匹のモグラ星人。
……。
…………。







き、金髪が死んだぁー!?



[31933] 低クオリティ編 3
Name: ガツン◆3adaabeb ID:fbc8b878
Date: 2012/03/19 00:04
*注意!勘違い系、グロテスク
*拒否反応ある方はUターン推奨します。

*妹転送の件についてのご指摘、完璧に設定ミスです!すいません、後の章で辻褄合わせます!
*感想ありがとうございます!
















今思えば、あの野郎は他のヤツ等とは何かが違った。

一度は死んだ筈の連中は、部屋に現れた時点でみっともねえほど取り乱すだけだったが、ヤツはそう、静かだった。

叫び出すわけでもなく、混乱するわけでもなく、まるでこうなることがわかりきっていたように落ち着いていやがった。

眠りから覚めた戦士。

漫画なんか大して読んでねえオレでもそんな台詞が思い浮かんじまって、アホらしくてついニヤけちまったが。

その後、あの黒い玉を見てビビり出すヤツを見て「あぁ結局コイツも他の野郎どもと同じか」と鼻を鳴らしたが……よくよく考えてみれば、あのガキにとっても何か誤算があったのかもしれねえ。

それから先のヤツの行動は、これから何かが起きるのかわかってるヤツの動きだった。

笑うオレ達になりふり構わず準備を進めたヤツには、みっともなかろうが、生って言うもんに必死にしがみつことうする執念みてえのが見えた。

戦士の本能ってやつ、だったのかもしれねえ。

極めつけは、アレだ。

オレに向けられた冷たい目。心の底では人を人とは思ってはいない……そうだ、まるで死んだ魚を見るかのような、冷酷な瞳。

どうぞくたばれ、なんて口にしたヤツは、あたかも義理はもう果たしたと言わんばかりだった。無慈悲に死刑宣告を言う、死神みてえだった。

思わず言葉に詰まっちまった。ビビっちまったんだオレは。オレの隣にいたマサルだって同じことを感じた筈だぜ。

──あぁそうだ、ヤツには、“こうなること”がわかっていたんだ。

歴戦の戦士には、死ぬと決まった野郎の命なんて、道端に転がっている空き缶みてえに、既にどうでもいい存在だったんだろう。



「──ぶ、ぇ」



銃の力に全てを忘れて興奮しちまったオレは、宙を舞っていた。

何が起きたかなんかわからねえ。ただ首から上がねえオレの体を見つけて、ああ、と悟っちまう。

ちくしょう。

何で言ってくれなかったんだ。

何でもっとちゃんと、スーツを着ろと、簡単に首が飛んで死んじまうぞと、教えてくれなかったんだ。

ちくしょう、ちくしょう。

俺に恨みでもあったのかよ。俺が何かしたってのかよ。

ちゃんと言ってくれれば、ちゃんと伝えてくれれば、オレだって、こんな……。

ちくしょうっ……。





粗チン野郎って言って、ごめんなさい……。












GANTZ 低クオリティ編 3











もう、普通にパニくった。
まざまざと人の死を見せつけられ、暴れまくる心臓が喉から飛び出そうになる。
金髪の頭は明後日の方向に飛んで塀の向こうに消えた。残った体は噴水みたく血のシャワーを上げている。グロすぎだ。
震えが、全く治まらない
歴戦の戦士でもねーんだからこの反応は至極当然のものだろう。
むしろすぐに逃げ出そうとしないだけ立派の筈だ。



「……っ!」



参加者達は蜘蛛の子を散らすようにバラバラに逃げる。
僕は彼等に一瞥くれる余裕もなく、前方にいる二匹のモグラ星人と対峙していた。
後ろに下がりそうになる足を全力で堪えて、ガシャコッ、と意味もなくショットガンのフォアグリップを引く。
自分をこの場に縫い止め奮い立たせるための儀式だ。ちょっとカッコいい銃器の音は、少しだけ恐怖を誤魔化してくれる。

今逃げ出すのは、きっと駄目だ。
狩られる側に回った瞬間、いつ襲われるかわからない恐怖に苛まれ続け、気を緩めたところで所で、グシャと不意打ち。
そんなビジョンが軽く想像できる。主に原作の流れからいって。

何より、最初の一匹は仕留めたという事実が、臆病な僕にやれるのではないかというかすかな希望を抱かせていた。
やってやる。やってやるさ。
どうせ一時間も逃走するなんてできっこないんだ、愛しい妹と再会するためにも、ここであいつらの息の根を止めてやる。
軽く死亡フラグが立ったことに後悔しながら、僕はモグラの化物達に銃口を向けた。



「!?」



しかし引鉄を引く直前、モグラ星人達は無言で地中へともぐり始めた。
またもや直立体勢のまま。色んな法則を無視して地面へ消えていく星人に、面食らった僕の対処は遅れてしまう。
慌ててトリガーを引いた時には、静まり返った空間しか残っていなかった。



「ちょっ……!?」



ギョーン……ドゴンッ、とタイムラグを経て粉砕する舗装道路を尻目に、僕は動転しながら周囲を見回す。
あのモグラども、下から僕に襲いかかる気か? さっき金髪を殺ったみたいに?
ちっぽけな自信はすぐに後悔へと変容した。足がみっともなくガクガクと震動する。
ばっ、ばっ、と何度も体の向きを変えながら、僕はショットガンを地面に構える。なんて滑稽なダンス。
こんな絵を漫画で読んでいれば、「あーあ、死んだな」と、間違いなく思うだろうモブキャラの惨殺シーンだ。
ふ・ざ・け・ん・な。



(待てっ、待てよ……)



息を吐くばかりで碌に酸素を取り込めない中、僕は金髪が殺された時のことを思い出す。
音もなく背後を取って、スパン。
後ろ。
後ろだ。
絶対後ろから来る。
ていうか、それしか思いつかない。



「っ!?」



道路の曲がり角、最初と同じ場所から、またモグラ星人が歩いて姿を現した。
めっちゃ既視感。僕は弾かれたように今立っている場所からダッシュする。
振り向くと、まさに二匹のモグラ星人が直立姿勢で地面から生えてくる所だった。



「な、舐めんなよ!?」



同じパターンで殺られるか!
地面へと戻り出しているモグラ達に向かって、ショットガンを二連射。
今度は間に合った筈だ。
ギョーン、ギョーンと間延びした音響をBGMにして、モグラ星人達は完璧に姿を消すが──。



「ブギョォ!?」


「グシッッ!?」



ドンッ!ドンッ! と掘られた穴から地雷が炸裂したように、肉片が打ち上がった。地中で見事爆死したらしい。
……まるでモグラ叩きだな。
ぼとっぼとっぼとっと地面へ落下してくるモグラ星人達だったものに青白くなりながら、そんな感想を抱く。そしてすぐ、思い出したように後ろを向いた。
まだ新しいモグラ星人がいた筈……。



「……おい」



増えていた。四匹ほどに。
いくつもの円らな目を全て僕に向けてくるモグラ星人達は、全く同じタイミングで地面へともぐり出す。



「無理ゲーすぎる」



今度ばかりは逃げた。
全力だった。
数が多すぎる。あそこに残り続ければまず先に精神が追い詰められるだろう。
体にフィットするガンツスーツを必死に動かし、僕は住宅街を駆け抜けた。



(うっ!?)



もしかしなくても通常以上の速度で走行し続ける僕の視界に、血を撒き散らした数々の死体が飛び込んでくる。
他の参加者達だ。
むごい、胴を真っ二つにされている人もいれば体に風穴を開けられている人もいる。
内臓とか、脳漿とか。おええぇっ。

この世のものとは思えない光景に立ちくらみ、目眩にも似た症状が頭を襲う。
ていうか、あっちの四匹以外にもまだいんのかよ。ふざけんなよ。
最初の戦闘でこの多勢はねーだろ。漫画冒頭のミッションは何だったんだよ。難易度が、難易度が。

挫けそうになる心。
原型を留めていない死体が散乱する住宅街は、僕の気力を折るのには十分な破壊力を秘めていた。
理性の許容範囲を超えた惨憺たる地獄絵図に、脳がオーバーヒートしかけた……その時。
僕はある光景を目にする。



「あ、ぃ、ゃ……い、いぁああああああああああっ!?」



女の子。
転送される前の部屋で見た、僕と同い年くらいのあの少女だ。
彼女は先程の僕と同じように、地面を見下ろしながらぶんぶんっと体を振っている。
地中にいるモグラ星人を警戒していることはすぐにわかった。パニックを引き起こしてしまっていることも。
それからすぐに、ぬおっ、という無音。

目を限界までかっ開く僕には、そんな音が聞こえたような気がした。
招き猫のポーズを取った二匹のモグラ星人が、涙を流している少女の背後へ一挙に出現する。
──や、やめんかぁ!?
スプラッタの連続に音を上げていた精神が、息を吹き返す。
少女のピンチに、僕は力を取り戻した。



「伏せろぉっ!」



言いながらホルスターの小銃を掴み、ショットガンとともに両銃を構える。
ダブルトリガー。
驚きをあらわにする少女は咄嗟にその場でしゃがみこんだ。
間髪いれず、銃撃×2。



「「ボゴァ!?」」



二匹のモグラ星人は同時に吹き飛んだ。
うおおおおおおおおおおおおおおっ、僕カッコ良くね!?



「あ、危ない!?」



いきなり女の子が叫んだ。
ちょっと自分に酔いしれていた僕ははっと肩を揺らし、なんと超反応。
まだカッコ良い僕のターンは終わっちゃいないぜ!?
そこかと見抜き、右腕を振り上げて首をガードする。



「(ブンッ!)」


「ぐはぁっ!?」



逆だった。
右ではなく左側から振るわれた長い爪は僕の首を強打する。
すげー間抜けな絵。言ってる側からカッコ悪いぃ。



「ぐっ……おぉっ!」



壁に叩きつけられた僕は引っくり返った体勢でショットガンを撃った。
モグラ星人は穴にもぐる前に爆死する。
ていうか、いかん。
うんこ漏らした。



「大丈夫ですか!?」


「……平気、だから」



助けたのに心配されてる自分はやっぱり滑稽だったけど、そんな思いをおくびにださないよう、顔を引き締めた。
いてて、という声を口内で噛み殺しながら打たれた首をさする。
痛みはあるけど、傷一つ無し。これがスーツの防御力なのか。



「……走れる?」


「あ、はいっ」


「じゃあ、逃げよう」



立ち上がった僕は彼女の手を取って走り出した。
まだ少なくても四匹残ってる。
この場に留まり続けるのは恐らく、不味い。



「他の人達は?」


「わ、私以外は、みんなっ……」


「……そう」



流れからして予想はついたけど、胸が塞がりそうになる。
口を手で押さえながら嗚咽を出すまいとしている女の子。そりゃ泣きたくもなる。
僕だって、今はこの子がいるから平気そうに強がっているだけだ。
というか、うん、アレだ。
漏らしてしまったブツの臭いはバレないだろうか……。
関係ないところに意識が逸れることで、比較的僕は心の安定を取り戻していた。



「……あ、あのっ」


「今は安全な場所に逃げよう」



聞きたいことは山ほどあるだろうけど、正直語ることは億劫だった。
まだ殺し合いは続いているのだから。
女の子の言葉に先回りして、僕は逃げることを促す。



「……私っ、東雲美月(しののめ みつき)って、言いますっ」


「……?」


「貴方のっ、名前はっ?」



頭の奥で鳴り出したピピピという電子音に冷や汗を流し、進路を転じた時だった。
少女……東雲さんは、息を切らしながらそんなことを聞いてくる。
おい、まさか、これは……ヒュー! だったりするのか?
東雲さんの瞳は潤み、熱っぽい視線を僕に送り続けている。
その上気する頬に、首だけ振り向かせながら走る僕は生唾を飲んだ。



「……木崎、彰人(あきと)」



声が震えていないか気になってしまう。
確かに、『今度の僕』は母さん譲りの可愛い顔をしている。カッコ良いとは違うかもしれないけど、印象に残らないということはないだろう。
これは自惚れていいのだろうか。
後は、まぁ、このシチュエーション……吊り橋効果か。



「……」


「……」



不幸中の幸いなんて口が裂けても言わないが、東雲さんの心にこの状況が熱い何かをもたらしたのは、恐らく間違いないだろう。
僕と彼女は走りながら互いの顔を見つめ合った。
やばい、東雲さん超可愛い。こうして改めて見るとよくわかる。
大きな瞳に柔らかそうな唇。背中まで届く濡羽色の髪は大人びた顔立ちによく合っていた。これで腰が細く胸は大きいとくるのだからたまらない。

ドクドクと心臓がうるさい。
視線を絡み合わせたまま、僕達はどちらからともなく、繋がっている手をぎゅうと握った。



「──ず」


「──え」



が。
不意に、東雲さんが変な声を、漏らした。
眼球を硬直させる彼女の腹の辺りからは、一本の、触手のような……もの、が?



「あ」



ぐいんっ、と変な力に引っ張られ、前に走る僕とは逆方向へ東雲さんは行ってしまう。
繋がっていた手が離れた。
熱かった手が、一気に冷たくなった。



「えぁ、ぅ──?」



信じられないものを見るかのように自分の胴を見下ろす東雲さん。
距離が離れたことで、僕はことの全貌を理解する。
地面から顔だけ出した、一匹のモグラ星人。そいつが鋭い牙の並ぶ醜い口をがぱっと開けて、触手……長い舌を伸ばし東雲さんの腹部を貫いていた。
彼女の体は貫かれた体勢で、足先が地面から浮いている。



「ぁ、きざっ────ぐえっ」



腹を貫いた触手はUターンして、震える手を僕に伸ばそうとした東雲さんの右胸に突き刺さる。
思い出したように腹から血が溢れ、ふくよかな右胸も出血し、その柔らかそうな唇からもまた喀血する。
今は宙をがくがくと泳ぐ手は、事実、僕に助けを求めたのだろう。
しかし僕は、時間を凍結させることしかできなかった。

やがて東雲さんの意思に反して、その細い体は軽く仰け反り、ぼこぼこと喉が鳴って蠢いたかと思うと、その唇からうねる触手が生えて────。



「ツツッ!!」



消去した。
今目に映った光景を全てデリートした。
触手に蹂躙される東雲さんも彼女の足元にできあがる黒い血溜まりもバキボキョと鳴りながら不細工にはねる細い手足もグルンと裏返る白い目玉も裂けた喉笛から勢いよく噴出する血飛沫も全部全部全部、脳ミソの中から、焼き払った。
■■さんを見上げる格好から顔を地面へ振り下ろし、僕は撃鉄を上げるようにショットガンのグリップを引き絞る。

吐き気がするほど円らな目をしている化物へ、狂ったように何度もトリガーを押し込んだ。






「────う、うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」



ギョーン、ギョーン、ギョーン、ギョーン、ギョーン、ギョーン、ギョーン、ギョーン



「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」



ギョーン、ギョーン、ギョーン、ギョーン、ギョーン、ギョーン、ギョーン、ギョーン



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」



ギョーン、ギョーン、ギョーン、ギョーン、ギョーン、ギョーン、ギョーン、ギョーン



「は・や・くッッ、BA☆KU☆HA☆TUしろよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」



ちゅどーーーーーーーーーーーーんっ



[31933] 低クオリティ編 4
Name: ガツン◆3adaabeb ID:8fe8f8ad
Date: 2012/03/15 19:51
*注意! 妹「私……将来お兄ちゃんのお嫁さんになる」
*拒否反応ある方はUターン推奨します















荒い息がマンションの部屋に響く。
まだ転送を終えていない胸から下を見下ろしながら、僕は荒れ狂う心臓の声を聞いていた。



(誰も帰ってこない……全、滅)


ミッションの終了。
あの後……■■さんの惨たらしい姿を見せつけられた、あの後、僕は簡単に精神の安定を失った。
情緒を爆発させ、とにかく走った。汗と涙と鼻水を垂れ流し、ゲロを吐きながら無我夢中で走り続けた。
戦闘なんざ放棄した。星人がただ怖かった。もしまともに対峙しようものなら、発狂していたかもしれない。
変わり果てた■■さんと参加者達の姿が頭の中でフラッシュバックするかのように蘇り、僕は奇声を上げながら、意味もなくフィールド内を駆けては跳び回り……約束の一時間、タイムアップを迎えた。



「おぇぇぇぇぇぇぇ……!?」



こりずに吐く。
転送を終えた僕はその場で四つん這いになり、もうぶちまけるものなんて残ってもいないくせに、散々えずく。
……あの化物達から逃げ切れたのは、ただの僥倖だろう。
地面に足をついていては駄目だと本能的に察し、何度も跳躍していたのも結果的には良かったのかもしれない。
マリオかよと突っ込みをいれられるくらい、スーツの性能に任せた大ジャンプを僕は繰り返し行っていた。
あのモグラどもは、基本地中から離れられないらしい。



「はぁ、はぁ……!」



GANTZからやかましい音声が鳴り、採点画面が表示される。
僕は手足を床につけたまま顔を上げた。
口についている吐瀉物の欠片を拭い、画面を凝視する。



『うんこたれ蔵
 0点
 ~歩く汚物~ 』



ガンッッ、と僕は採点画面を殴り付けた。













修復不可能な心の傷を負ったまま、僕はGANTZの部屋を後にした。
GANTZは高層マンションの一室にあった。勿論名も聞いたことのないマンションだ。そもそもこの地が一体どこであるのかも僕はわかっていない。
顔は憔悴し足取りは幽鬼そのものだったが、とにかく家族との再会を糧に、僕は帰るべき居場所へ戻ろうとする。
もう何もしたくないという虚無感は、最後の力を振り絞ってどこか遠くへブン投げた。

どうやら僕がいる場所は埼玉県らしい。
旅行の帰り道は確かにこの県を経由していた筈だから、交通事故があった場所も恐らくは埼玉なのだろう。
『僕』のいるこの世界が本当に漫画のGANTZの世界であるとした場合、この星には無数のGANTZがあることになる。(だよな?)
僕はその中でも、日本の埼玉にあるGANTZに召喚されたのだろうか。
漫画は一度一通りしか見ていないので、記憶も、知識も、かなりあやふやだ。

僕の住所は東京の国分寺市。
金は生憎持ち合わせていないが、都と隣接しているここからなら、交通機関に頼らなくても何とか帰れない距離でもない。普段だったら絶対ごめんだけど。
スーツの上から服を着る僕は大して考えもしないまま徒歩で自宅を目指した。
精も根も尽き果てた筈の体は、今はただ作業をこなす機械のように足を進めてくれた。
夜の埼玉は、酷く寒く、暗かった。

星だけは、綺麗だった。















自宅に到着したのは夜が明けた朝方だった。
帰巣本能みたいなもので自宅に辿り着いたのはいいが、鍵がしまっている。車庫には車もなく、父さん達が帰ってきた気配はない。
考えてみれば当たり前か。事故が起きたのは昨日の今日だ。父さん達は今、どこかの病院のお世話になっている確率が高い。

朝日の照る玄関の前でしばらく立ち呆けていた僕は、まずは家に入ることにした。ポストに隠している予備の家の鍵を使って戸を開ける。
服とスーツを乱暴に脱ぎ散らしてシャワーを浴びた後、ベッドにも向かわず泥のように眠ってしまった。

次に目を覚ますとまた朝だった。丸一日ぶっとおしで寝た。木崎彰人は、色んな意味で一杯一杯だったらしい。
いくぶんか調子を取り戻した僕は、これからどうしようかと考え、祖父祖母の家に電話をかけてみることにした。
どこにいるかわからない父さん達に直接連絡をとるのは不可能だからだ。この時代、携帯はまだ普及していないのである。今はポケベルの全盛期ですよ、奥さん。
事故から二日も経てば親戚には連絡が回っているだろう。いまだ我が家で現役を誇っている黒電話の受話器を手に取り、僕はダイアルを回した。



「……いや、ちょい待て」



最後の番号を回そうとする直前、僕はある可能性に気付く。
漫画では……GANTZによって製造された人間と、そのオリジナルの人間が同時に存在するという異常事態が起きていなかっただろうか。
序盤の方でヒロインをはっていた……き、き……岸? 駄目だ、思い出せない。あのキャラすぐに退場したから影が薄過ぎる。
とにかく、自殺未遂をやらかしたそのヒロインは二人存在していた筈だ。
漫画の言葉を借りるなら、今の僕はファックスから出てきたコピー(……意外と凹む)だ。オリジナルが生きていた場合、多分僕の方が偽物ということになる。



「勘弁してくれよ……」



二人の木崎彰人が鉢合わせた場面を想像して、頭が痛くなった。
まだ可能性に過ぎないが、オリジナルが生きていた場合、もう一人の僕は家族と一緒にいるだろう。そこに僕が連絡を取れば、一体お前は誰なんだという事態になる。
父さんと母さんもGANTZの部屋にはいなかった。実は僕も奇跡的に助かっているのかもしれない。
ちぃちゃんの側で、あの小さな手を今も握っているのかもしれない。
……全身から力が抜けて、へたり込みそうになった。
僕の居場所は、ひょっとするともう存在しないのか。



「……頼むから死んでいてくれ、僕」



すげー言葉を吐きながら僕は電話をするのは止めにした。
家族の安否は気になるが、今はまだ迂闊な真似をしない方がいい。そもそも僕が無事にくたばっていたとして、一人家に帰っていることをどう説明すればいいんだ。
今は状況が動くのを待とう。しばらく様子見だ。

そうと決まると僕は動き出した。
もう一人の僕がいるという最悪のケースを想定して、『僕』が家に帰ってきていたという痕跡を消す。玄関に施錠しスペアキーもポストへ、まだ誰も帰ってきていない我が家の状態を演出した。
それから僕は散らかした衣服を持って、離れにある蔵へ移動。
この建物は一階が物置で、二階は僕とちぃちゃんの遊び場だった。軽い秘密基地みたいなものだ。
漫画の収まった本棚やシーツも敷いてあって、食糧や寝床を確保さえすれば、生活するには問題ない。

ここの窓を覗けば本家の様子もすぐにわかる。
僕はここに籠城して、誰かが家に出入りするのを窺うつもりだった。家族の一人でも姿を現せば、ぐっと見通しがつきやすくなる。
自分の家だっていうのにこそこそ隠れる真似をして、歯がゆい。
僕はつくづくそう思った。

……ふぅ、ダイの大冒険でも読むか。







そして、二週間が経とうとする頃。
焦れまくった僕が行動を起こすか否か本気で悩んでいると、家に誰かがやって来た。
はっとした僕は窓に近付いておそるおそる覗き見る。
いたのはたった一人。
小さな身長に、おかっぱ気味の黒い髪。
ちぃちゃんだ。



(……!)



感動とか衝撃とかで僕が言葉を失っていると、ちぃちゃんは台座を使ってポストに手を伸ばし、予備鍵を持って家に入ってしまった。



「おい、どうなってるんだ……?」



時刻は夜。外は闇が落ちてすっかり暗くなっている。
ちぃちゃんが一人って、何だこの状況。
父さんも母さんも、僕もあの子の側にいないって、どういうことなんだ。
何でちぃちゃんが、こんな時間に、一人で家に帰ってくるんだ。
まさか、まさか、まさか。
騒ぎ始める心臓の音を聞きながら、僕は無意識のうちにガンツスーツへ手を伸ばしていた。上からジャンパーとパンツを着て、そっと蔵を出る。
あ、しまった。
スーツ洗ってなかった。
ナンか臭う。



(二階……?)



ぱちり、ぱちり、と居間や書斎、一階にある部屋の明かりがついては消えたかと思うと、今度は階段の電球が灯った。ちぃちゃんは上の階へ移動しているらしい。
まるで、誰かを探すように家の中をさまよっているような動きだ。

物陰で息を殺していた僕は、家の壁際まで出てくると、ぐっとジャンプした。
スーツの力によって七メートルはある瓦屋根に難なく着地する。
音を立てないように屋根の上を移動した僕は、直感的に自分の部屋の窓に身を寄せた。
あらかじめ鍵を開けておいた窓をほんの少し横にずらし、室内からは見つからないように、そっと中をのぞく。

ちぃちゃんは、それからすぐ部屋に入ってきた。



「……ひ、ぅっ」



明かりもつけず部屋をきょろきょろと見回していたかと思うと、ちぃちゃんは、あっという間に涙を流し始めた。
刃物で切りつけられたかのような痛みが僕の胸に走った。



「おにい、ちゃんっ……どこに行っちゃったのぉ……?」



ぺたん、とその場に座り込むちぃちゃん。
嗚咽を何度も漏らし、両手で何回も目を拭う。



「パパ、ママぁ……みんな、ちぃを置いてかないでぇ……!」



その言葉を聞いて受けた衝撃は、どれほどのものだったのだろう。
夜の窓辺にひそむ僕は一瞬自分を見失った。
けど、すぐに。
動いた。
ちぃちゃんが泣いている。



「ちぃを、ひとりにしないでっ……!」



もう後先のことなんて放り出して、僕は勢いよく窓を開け放った。



「ちぃちゃん!!」



突然窓から現れた僕を、ちぃちゃんは振り向いて唖然とした顔で見つめた。
土足で自室に侵入する。
ちぃちゃんは、僕が目の前までやって来るまでその瞳を見開き続け、やがて顔をくしゃっと歪めた。



「お兄ちゃんっ!」



ちぃちゃんは転がるように、勢いよく僕の胸へ飛び込んできた。



「あ、ぁ、ぁ……っ!? おにい、ちゃっ……本当にっ、おにいちゃん……っ?」


「うん、僕だよっ、彰人だっ。ちぃちゃんの……馬鹿兄貴だよっ」


「うぇっ、ぁ、うぅ~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」


「ごめんね、ごめんねっ……!」



ちぃちゃんは泣きじゃくりながら、僕の胸に何度も顔をすり寄せてくる。
その頭に手をやって抱き寄せる僕も、瞳に涙を溜めた。
馬鹿野郎と自分を罵る。ちぃちゃんをこんなにも悲しませやがって。
身の保険のことばかり考えて、僕はたった一人の妹にずっと寂しい思いをさせていたのだ。
あの部屋で自殺を踏み止まったのは、ひとえにこの子のためだったというのに。

ごめん、ごめん、と僕は繰り返し謝った。
泣き続けるちぃちゃんは僕の服をぎゅっと握りしめて、決して離そうとしなかった。
この子が泣き疲れて寝てしまうまで、僕はその体を痛いほど抱きしめ続けた。










祖父祖母に連絡を取ったのは、それからすぐ後のこと。
眠りに落ちても決して僕を放さないちぃちゃんを抱っこしながら電話をかけた。
最初はとんでもなく驚かれて、しまいにはおいおい泣かれてしまったが、お祖母ちゃんから電話を変わったお祖父ちゃんにこの二週間何があったか聞いた。

あの日、通報を受けた救急車が事故現場に駆け付けると父と母は既に虫の息だったらしい。
後部座席にいたちぃちゃんは軽い打撲程度。『何か』が覆い被さったような隙間が、潰れた車内の中で気を失っていたこの子を守っていたそうだ。
そして、僕だけが忽然と姿を消していたのだと。

病院に搬送された父母は意識不明の重体。
手術は成功したものの予断が許さない状態が続き、やがて翌日の朝に息を引き取ったらしい。
……父さんと母さんは、即死を免れたからGANTZに呼び出されなかったのかもしれない。
ミッションが行われる当日にさえ死ななければ、GANTZの強制力は発動しないのか。

ちぃちゃんが目を覚ますと家族は誰一人残っちゃいなかった。
散々泣いた後、この子は人形のように黙りこくってしまったそうだ。
行方がわからない僕は気掛かりだったものの、祖父と祖母はちぃちゃんを自分の家に連れて帰ったらしい。
そして今日。
祖父達が葬儀やら今後のことを話し合っているうちにちぃちゃんは二人の前から消え、僕や亡き父さん達を探すように、この家へ一人で訪れたのだ。



『彰人、お前どうして助かった? いや、あの日一体何が起きた?』


「……それが、僕にもよくわからなくて」



ありのまま起こったことを話しても信じてもらえる筈がない。
僕にできることは白を切ることだけだった。気が付けば知りもしない場所に寝ていた、と。
祖父は到底納得できない様子であったが、それ以上僕に言及することはなかった。
祖父自身、常識外の何かが起こったと薄々勘づいているのかもしれない。でなければ、今回の事件は説明不可能なのだから。

でも、そうか。
父さんと母さんは、死んでしまったのか。
生き残ったのは僕とちぃちゃん……いや、ちぃちゃんだけ。

……これから先のことを考えるとほとほと憂鬱になるが、今はとりあえず。
こうして妹と再会できたことを、ただひたすら喜ぼう。
それに、うん、あれだ。
今日はちぃちゃんと添い寝だ。
ひゃっほぃ。

はぁ……テンション上がんね。














「お兄ちゃん!」



父と母の葬儀を終えた後、僕とちぃちゃんは祖父祖母の家に厄介になることになった。



「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」



葬儀の前後は終始沈んでいたちぃちゃんは、日に日に元気が戻ってきている。



「お兄ちゃん、あのね! 聞いて!」



一つ問題があるとすれば、ちぃちゃんはあれから僕にずっとべったりだと言うことだ。



「えへへ……ちぃね、お兄ちゃんのこと大好きっ!」



このままだと少し不味くぁwせdrftgyふじこlp






僕の妹は今年で八歳になる。
小学二年生と言えばまだまだ子供だが、それでも周りの子と比べると、幼さというものが言動の中で目立っていた。
事故後は、より一層その面が強くなったような気がする。
や、僕限定であるのだが。



「お兄ちゃん」


「なに、ちぃちゃん?」


「……うふふ、何でもな~い」



ちぃちゃんはあぐらをかいた僕の膝の上に座り込んでいた。
その小さな体をすっぽりと僕の胸の中に収めながら、寄りかかるようにして頭をこちらに預けてくる。
何がそんなに嬉しいのか、僕が一々返事をするだけで妹はころころと笑った。

いや、嬉しいよ僕だって。
可愛い妹とこんなイチャイチャできるなんて、もう兄冥利に尽きるよ。泣いて叫びたいくらい。
だけど……手放しで喜べないのが、僕とちぃちゃんの現状だ。



「ねぇ、ちぃちゃん。たまには友達と遊んできたら?」


「いい。ちぃ、お兄ちゃんと一緒にいる」



はたから見れば仲の良い兄妹に映るのだろうが、実際はもっとドロドロしてる。
ちぃちゃんのコレはただの甘えじゃない。依存だ。
父さんも母さんも失って、よるべき所が僕しか残されていない(と思い込んでいる)ちぃちゃんは、僕を決して離そうとしない。
いや、失うことを極度に恐れているのか。

ふと考えてしまうのだ。
今もこうして僕に付きっきりの妹は、僕がいなくなったらどうするのかって。
もし……もし、僕があの部屋から帰ってこれなかったら、ちぃちゃんは。
そんなもしもを想像してしまう。
これが現状を手放しで喜べない理由だ。依存され依存する僕とちぃちゃんの関係は、色んな意味で、非常に危うい。

あーちくしょう、行きたくねぇぇぇ。
GANTZよ、僕をもう巻き込んでくれるな。
原作に設定忠実じゃないとアタイ信じてる。



「ちぃちゃん、そんなこと言ってたら、お嫁さんに行けなくなっちゃうよ?」



──と、ちぃちゃんにそう言った瞬間。
嫌な寒気が僕を襲った。
一時的な身体の硬直も同時に起きた。
思った側から……コレかよ。



「じゃあ……ちぃ、お兄ちゃんのお嫁さんになる」



こちらへ振り向き、頬を桜色に染め、恥ずかしそうに微笑む妹は……本当に、本当に可愛かったんだ。
それなのに、僕ってやつは腹の底から喜ぶことができなかった。
笑ってやれたのかもわからない。

あの悪夢のような夜が、またやって来る。
胸の中にいるちぃちゃんを抱きしめながら、僕は泣きそう目で天井を見上げた。



[31933] 低クオリティ編 5
Name: ガツン◆3adaabeb ID:d84e4451
Date: 2012/03/19 09:11
*注意!主人公外道風味
*拒否反応ある方はUターン推奨します









お兄ちゃんはすごい。

お勉強もできてスポーツもできて、パパやママにいつも誉められてた。

パパ達が嬉しそうだから、それを見てるちぃも一緒ににこにこ笑うの。お兄ちゃん、すごいって。

それに、お兄ちゃんはとても優しい。

ちぃの頭をいつも撫でてくれる。お膝に頭を乗せていい?って聞くと、いいよ、って言ってくれる。優しく抱っこしてくれる。

その時のちぃは、とっても嬉しい。

お兄ちゃんの匂い、いい匂い。ちぃは、お兄ちゃんのこと好き。

お兄ちゃんも「ちぃちゃん可愛いよちぃちゃん」といつも言ってくれる。

ちぃ、お兄ちゃんの妹で良かった。


お兄ちゃんはいつもちぃを助けてくれる。

寂しい時とか、泣いちゃいそうになる時、お兄ちゃんはちぃのところにやって来てくれる。大丈夫だよ、って慰めてくれる。

あの時もそうだった。

パパもママも死んじゃって、ちぃが一人で泣いていたら。

セーラームーンのタキシード仮面みたいに、お空からやってきてくれた。

お窓から入って、ちぃを抱きしめてくれた。

お兄ちゃんは、タキシード仮面様なんだ!

ちぃのピンチに、お空から駆けつけてくれるんだ!

どんなに離れてても、おそばにいなくても、ちぃのために王子様みたいに来てくれるんだ!

お兄ちゃん、好き! 大好き!

パパとママがいなくても、お兄ちゃんがいてくれたら、ちぃ平気だよ!

ちぃ、お兄ちゃんがいてくれれば、それだけで。

お兄ちゃん……大っっ好き。




だから、お兄ちゃん。

そんなお顔しないで。

そんな悲しそうな、泣きそうな笑顔、見せないで。

嫌。

そのお顔、嫌。

どこか遠くへ行っちゃいそうなそのお顔、ちぃ、嫌い。

ごめんなさい。

お兄ちゃんのお嫁さんになるなんて言ってごめんなさい。

お兄ちゃんを困らせちゃってごめんなさい。

もう言わないから。

わがまま言ったりしないから。

お兄ちゃんを困らせるようなこともうしないから。

ちぃ、いい子になるから。

だから、お兄ちゃん。行かないで。

ちぃを置いてかないで。

お願い、お兄ちゃん。




ちぃを、一人にしないで。












GANTZ 低クオリティ編 5












「くそっ、しつこい……」



僕は洗面台でガンツスーツをガシュガシュと洗っていた。
語るのも億劫だけど、前回のミッションの際に漏らしてしまったモノを拭い落とすためだ。
ことある毎に放置しっぱなしだった真っ黒なスーツには乾いた異臭が染みついている。
事前にGANTZから呼び出される兆候を感じさせられた僕は、汚れたスーツなんか着ていくわけにはいかないと今になって必死に洗浄をほどこしているわけだ。



「とれない……ちくしょうっ、とれねぇ……!」



臭みが、臭みが。
頑固なンコの忘れ形見に僕は悲壮な顔色を浮かべる。
クソ、いい加減諦めろ、早く、早く成仏するんだ。
初対面の人間にンコ臭いって思われるなんて、僕に赤っ恥をかかせる気なのかよお前は。
僕は洗剤を泡立て必死にガンツスーツを洗った。



「お兄ちゃん……?」


「!?」



いつの間にかちぃちゃんが洗面所にやって来ていた。
僕は洗っているものが洗っているものなので、ギクリ!としながらスーツを隠す。



「ど、どうしたの、ちぃちゃん?」


「お兄ちゃんが、なにかしてたから……お兄ちゃん、何をしてるの?」



何だか心細そうな(……いや、不安そうな?)顔をしてちぃちゃんは僕を見上げてくる。
いい年こいてお漏らしをしたなんて言えんズラ。妹に知られてしまうなんてそれどんな羞恥プレイ。
汗をすーっと額から流す僕はどうにか誤魔化そうと躍起になった。



「いやっ、服が汚れちゃって。中々とれないから手洗いしてたんだっ」



どぅはははっ、といかにも無理やり出したような笑い声を上げる。
黙っているちぃちゃんはとことこと隣にくると、僕の服の裾を片手でぎゅっと握った。



「ち、ちぃさん……?」


「ちぃも、ここにいたい」



そ、そりは……。
ぷ~んぷ~んとさり気なく自己アピールするガンツスーツ。
それをもみ消すようにガシッガシッガシッと高速もみ洗いしながら、僕はちぃちゃんの申し出にかなり困ったような顔をしてしまった。



「──っ! ご、ごめんなさいっ、わがまま言ってごめんなさいっ。ちぃ、どこかに行くからっ」



酷く怯えた顔をしたかと思うと、ちぃちゃんは急いで洗面所から出ていった。
面食らった僕は中途半端に腕を伸ばしかけた。
……どうしちゃったんだ、ちぃちゃん。
僕の笑顔、ビビられるほどそんな気持ち悪かったんだろうか。
ちくしょう、オワタ。

妹に避けられたことにかなりダメージを食らいながら、それでも僕はスーツを洗う手を止めなかった。どんだけー。















時計が夜中の十時を示した。
僕は自分の部屋……祖父母の家ではない本家の部屋で、佇んだ姿勢で静かに時を待っている。

あの後、スーツの臭いを攻略した僕は急いでGANTZのミッションの準備に取りかかった。
これまであれだけべったりだったちぃちゃんは、今日に限って僕に近付こうとはしなかった。
本格的に嫌われてしまったかもしれないとかなり憂鬱な気分に襲われたが、考え方によっては好機でもあったので、スーツを始めとした装備を整えることにした。
原作の知識から召喚されるのは夜中だとわかっている、時間は有り余ってもいないので他にかまける暇はなかったのだ。

GANTZからの強制転送を祖父達に目撃されては困る(というか目撃されたら頭が爆破っぽい)ので、今は無人のこの本家に足を運んだ。
ちぃちゃんと祖母が入浴している間に出かけようとする僕を祖父は呼び止めたが、



『ちょっと不安定になっちゃって。父さん達の家に行ってきます。』



と、まだ色々心の整理ができていないナイーブな中学生を装うと、少し沈痛そうに黙った後「行ってこい」と外出を許可してくれた。
祖父を騙していることに薄っぺらな罪悪感を感じながら、僕はちぃちゃんには上手く誤魔化しておいてくれと伝えて、駆け足で我が家に帰った。



(装備は問題無し、財布も持った、スペアの服も……)



掌を嫌な汗でぬめらせながら、不備がないかもう一度自分の体をよく見渡す。
僕の今の格好はガンツスーツの上に膝下まである長い黒のコートを着ただけといういたってシンプルなものだ。
右手には武器である小銃(部屋に放置してきたショットガンとは異なってスーツのホルダーにしまっていたのを忘れて持ってきてしまった)、左手には帰宅用の服と交通機関を利用するための財布が入った小さめのハンドバックを持っている。

いつかまた召喚されるだろうと正直半分諦めていたので、もしもの時のためのシミュレーションは行ってきた。
持ち物に関してはこの通り完璧、星人とどのように交戦するのかしっかり作戦も練ってきた。ただの浅知恵に終わるかもしれないけど。
大丈夫だ、なし崩し的に参加することになって動揺しまくっていた前回とは違う。
心構えも下準備もできている。

もうあんな無様は見せない。
きっとやれる。
やれるって。
熱くなれよ。
大丈夫、だ。

呪文を唱えるように大丈夫と怖じ気づきそうになる己に何度も言い聞かせる。
たった一人の妹のもとに必ず帰るという覚悟も、今の僕にとって大きな支えにもなっていた。
いや、帰らなくちゃいけないという使命感だろうか。
さかんに律動する心臓を落ち着けるように、僕は深呼吸をした。



「……来た」



頭の毛先が消失していく感覚。
電気もついていない部屋の中で、両手から力を抜きだらりとさせる。
目も閉じて自然体の姿勢を作り、僕はここではないどこかに転送されていった。












「……」



ゆっくりと瞼を開けていく。
調度品が何もないマンションの部屋に、視界の中央にふてぶてしく居座る黒い球体。
窓の外を眺めると見覚えのある光景だった。これはまた埼玉に呼び出されたのだろう。
また、戻ってきた。



「これで何人目だ?」


「ちょっと待って。あの子、少しおかしくない?」


「あの格好……それに、銃?」


「か、仮装?」



既に部屋の中には多くのミッション参加者がいた。
ひぃ、ふぅ、みぃ……結構多い。もしかしたらまた僕が一番最後に召喚されたのかもしれない。
彼等は興味深そうな目を僕に向けていた。まぁ目立つだろう。それこそスーパースターマン並には。オイオイ色物かよ僕は。
コートのボタンは止めていないから下に着ているスーツは丸見えだ。
ヘンテコな銃も持ってるし、明らかに他の人達とは毛色が違う。
少なからず注目は集め易い。

おずおずといった感じで男の人が僕に話しかけようとしてくる。僕が自分達と同じ境遇の人間なのか調べようとしているのかな。
ここからだ。
僕は背筋に力を入れて、練ってきた計画を実行に移す。
まずは場の主導権を握るため、機先を制す。キリッ。



「この中で、死んでいない人間はいますか?」


『!?』



男の人の言葉を遮る形で投下した僕の問いかけは、参加者の輪に驚愕をお見舞いした。
日常会話ではまず出てこない言葉だが、ここにいる人は一度死んだ者達だ。心当たりはあるに決まっている。
見たところまた経験者はいないようだし、彼等がいきなり現れてこんなことを言う僕に驚きを隠せないのは当然の反応だろう。
とにかくこれで、僕がこの状況について何か知っている人間だと参加者達に思わせることができた。



「き、君は何を知っているんだ!?」


「ねぇ、あたし達どうしちゃったの! 本当に死んじゃったの!?」


「一体ここはどこなんだ、頼む、教えてくれ!」



一斉に声を飛ばされる。みんな必死だ。
というか僕、思ったより落ち着いている。こんな大勢の前できょどること間違いなしだと思ってたのに。
まぁちょっと目を髪で隠すように俯きがちにはなってるけど。



「これから僕達は、地球に潜伏している宇宙人と殺し合いをします。今はそれだけ理解してください」



淡々と事実の側面を告げた。
ぽかんと口を開けている参加者達は、すぐに顔を真っ赤にさせてぷるぷる震え出す。
怒ってる怒ってる、超怒ってる。口をぱくぱくさせている人もいるし。
やっぱりこの言い方は不味いか。
でも、情報を与えすぎるわけにもいかない。
誘導し易くするために、僕はあえてぞんざいな伝え方をした。



『あーたーらーしーいーあーさがきたー、きーぼーうーのあーさがー────♪』



参加者達が僕に怒鳴りかけようとしたその瞬間、ミッション開幕の音楽が流れる。
ナイスタイミング。



『てめえ達の命は無くなりました。』


『新しい命をどう使おうと私の勝手です。という理屈なわけだす。』


『てめえ達は今からこの方をヤッつけにいってくだちい。』


『モグラ星人 特徴──』



次々と表示されていくGANTZの情報に、大半の者が声をつまらせる。
僕の言ったこととGANTZに表示された内容が一致しているからだ。少しくらいは、まさか、と思ったのではないだろうか。
……それにしても、またコイツらなのか。トラウマが……■■さん。
…………いや、好都合だ。今度こそこのモグラどもを根絶やしにしてやる。復讐だ。

仇討ちなんて柄でもないことを考えながらスーツのグローブをぎゅっと握りしめ、僕は再び計画通りに行動した。



「この殺し合いに生き残ることができれば、また日常生活に戻れますよ」


『!』



参加者達の心を揺らすような台詞を告げる。
生き残ることができればと、あえてその部分を強調した。
戦う必要はないのだと。

GANTZはそれから装備棚を吐き出した。
僕は驚いている参加者の間を素早く通り抜け、ショットガン一丁を取り出す。念のため小銃ももう一つ。捕獲用の銃も。
あとは……



(……あった)



コントローラーだ。
これさえあれば……。
黒に塗装された小型機器の一つを、僕はすっとコートのポケットに忍ばせた。



「やしろ……さん」


「は、はいっ?」



GANTZの裏側に回り後部棚からアタッシュケースを一つだけ取り出す。
ケースに書かれているひらがなの文字を読むと、女の子が上擦った声を上げた。
……また例によって美少女。
高校生っぽい制服を着ている。黒の地毛はほどよい長さのショートカットで可愛くまとめられていた。
そして服の上からでもわかるメリハリのある体。
GANTZ、お前本当に好きだな。

どうせこの子も……と僕は内心で苦虫を噛み潰す。
変な期待は勿論、なれ合いなんてしない方がいい。他の人達ともだが。
親しくなればなるほど、どうせ負う傷は深くなるのだから。



「こ、これは……?」


「死にたくなかったら、着た方がいい」



渡されたケースを開き中身を確認する彼女に、僕はコートの下に着ているガンツスーツをちょいちょいと指さす。
真面目腐った顔をする僕を見て、JKの彼女はごくりと喉を鳴らした。
貴方達もみんな、という意味をこめて、僕は唖然としている参加者達の顔それぞれに視線を送る。



「今は信じなくてもいいですけど、頭から変な電子音が鳴り出したらすぐに音の小さくなる方向へ行ってください。頭を爆破されて死にますから」



伝えたいことは伝えた。
もうこれ以上ここに居座る意味もない。
置いてきぼりにされる参加者達を無視して、僕はGANTZの中でシュコーシュコーしている玉男の側で膝をついた。
確か……耳の穴に指を突っ込むんだっけか。



「GANTZ、僕を先に転送してくれ」



耳をグリグリしてそう伝える。
立ち上がった僕は、周りに気取られないように小さく震える息を吐いた。
仕込みは完了した。後はもうやるだけ。
彰人、上手くやれよ。



「あっ……!」



頭部の方から僕は転送されていく。
息を呑む参加者達が困惑した表情を見せ合う中。
僕が名前を読んだ高校生は心細そうに揺れた瞳で、僕のことを見つめていた。

……ちぃちゃんみたいな目、するんじゃねえよ。
















記憶にある住宅街は今日も閑散としていた。
似たような家々が規則正しく立ち並び、その間を何本もの通りが網目状に走っている。出歩く人影の数は少ない。
夜空には月が出ていた。雲の隙間から見える月明かりは肌がぞっとするほど冷たい気がする。

何の変哲もない住宅地域には、悲鳴と、助けを呼ぶ声と、そしてギョーンという銃撃音が複雑に絡み合っていた。



「三匹目……」



視線の先で破裂したモグラ星人を見て、僕はぽつりと呟いた。
今、僕はここ一帯で最も高い建物の屋根の上にいる。
住宅街を容易に一望できるポジションに陣取り、モグラ星人達を狙撃しているのだ。

これが僕の作戦だった。
安全地帯からの長距離射撃。原作を一度読んでいる僕は、主人公達が戦った仏像編のミッションで、なんかすげー強かったオッサンがこの戦法をとっていたことを思い出したのだ。
はっきり言ってこの戦い方はとても魅力的だった。
わざわざ星人達の目の前に出ることなく、攻撃されることのない地点でばかすか銃を撃っていればいいだけなのだから。

この引鉄が二つある特殊な銃は、上の引鉄を引いてロックオンさえすれば、後は下のトリガーを引くだけで勝手に命中してくれる。
射撃の腕などからっきしである僕でも、この銃ならば長距離狙撃が可能なのだ。
銃の射程距離も1km(だったはず……)と広く、ミッションの領域をほぼカバーできる。
持ってきたコントローラーには星人の位置情報が表示されるので、奴等を探し出す手間もない。はっきり言って狙い放題だ。
反撃されるリスクが限りなく低い、単純で安全な方法。
臆病者である僕がこの戦法に飛びつくのはむしろ当然だった。

ちなみに、チキンな僕はコントローラーのもう一つの機能である光学迷彩をしっかりと発動させている。
透明人間状態である今の僕は誰にも視認できない。



『ぎゃあっ!』


「……」



背後をとられた参加者の一人が胴を切り裂かれる。スーツを着用していないので真っ二つだ。
すかさず、僕は隙だらけになったモグラ星人を狙撃した。穴に戻りきる前に爆殺。四匹目。
もう五人は数えただろうか。
星人に殺された、いや僕が見殺しにした人達の数は。

僕は外道な行いをしている。
今回のミッションで、僕はミッション完了を遂行した上で多くの得点……星人撃破の配転を獲得しなければいけない。
前回のミッションを達成できなかった僕は、定められた得点以上の点数をとらなければ死ぬというペナルティを課せられている。(原作の知識なので確認したわけではないが、ここまでくればもう疑う意味もないだろう)
僕は、僕が助かるために、他の参加者達へ『生き残れるように』戦わず逃げ回れという遠回りなメッセージを伝えた。
僕以外の人達に点をとられては困るからだ。それでは僕が助からないからだ。
だから僕はあんな言い方をした。己の命を優先して、自分の知る情報を全部伝えなかった。

はっきり言おう。
僕は彼等を囮にした。
いや、囮なんて表現生温い。
餌だ。
僕はあの人達を餌に使っているのだ。
こうして星人をおびき出し、確実に狙撃できるように。



『うえぇっ!?』



五匹目。
女の参加者が胸を貫かれ倒れる。モグラ星人が爆発する。
ギョーン、という銃撃音が夜風にさらわれていった。

スーツは着た方がいい。頭が爆破されないようにミッションエリアから出るな。
この助言もできるかぎり餌を確保したいがための発言だ。
参加者が不用意に死なない分だけ、狙撃できるチャンスは増える。
僕が生き残れる確率が、はね上がる。
僕は、外道だ。



「地獄に、落ちるかな……」



コントローラーに視線を落とし、次の目標がいる場所へ体を反転させる。
自分のためだけに他者の命を犠牲にしているのだ。間違っても天国にはいけないだろう。
……スーツを着ていれば助かる確率は上がる。むざむざ死んでいった原因は僕の言葉に耳を貸さなかった彼等にあり、これは僕の責任じゃない。
このごに及んでそんな言い訳が口をついて出そうになる。
救えんね。

カタカタと先程からずっと震えている手の先に、止めろよワザとくさい、と僕は嘲笑する。
震えを殺すように、僕はトリガーを指ごと強く押し込んだ。



(あとは……二匹)



GANTZの銃は効果が表れるまで若干のタイムラグがある。
モグラ星人が顔を出してすぐにロックオン、発射、とやってもすぐ殺れるわけじゃない。
少なくとも僕の腕では、モグラ星人に狙われた参加者を間一髪助けるという離れ業は不可能だ。
よって見殺しである。

今になって思う。
漫画の作中で出てきた『偽善者』という言葉、あれは、最高級の誉め言葉だと。
この狂った空間で『偽善者』になれるのはとてつもなくすごいことだ。
僕の語彙能力では言い表すことのできないほど、素晴らしい人間、人格者だ。
もしくは、神経がいかれているか。

命がゴミのように散っていくこの空間で。
自分の命を守ることさえ危ういこの場所で。
他の誰かを救おうとするその行動は、例え偽善だろうとなかろうと、すごいのだ。
すごい人間なのだソイツは。

『偽善者』と言われた奴だけが主人公になれる資格がある。
『偽善者』になれる人間だけが、選ばれた存在になれる。
僕にはない。



「ラスト……」



僕は自分が生き残ることしか頭にない。
ちぃちゃんの待つ場所に帰る。
それだけだ。
そのためなら外道にも非道にもなろう。
だってしょうがないだろう。
既に一杯一杯なんだよ、僕は。

もう割り切った。
決めた。
覚悟した。
何をしようが誰を利用しようが、僕はこの悪夢から解放されると。
全てを忘れて抜け抜けと日常に帰ると、僕は誓ってやった。
だから、もう何も感じるな。



「……あれは」



ザンジバルを狙うジムスナイパーみたいなポーズを取っていた僕は、スコープを通じて見えた光景に呟きを漏らした。
僕がケースを手渡した、あの高校生の少女だ。
しっかりスーツを着ていて必死に逃げ惑っている。が、突如地面から顔を出したモグラ星人の舌に腕を絡め捕られ、そのまま塀に叩きつけられた。
頑丈そうなコンクリート塀がガラガラと崩れ、壁に激突した彼女は尻餅の体勢で衝撃に身じろぎしていた。
ゲル状の液体がスーツから溢れているのがわかる。
そして顔を穴から引っ込めたモグラ星人は、ぬっと彼女の目の前に現れた。



「……」



心臓の音が遠くなったような気がした。
涙をこらえるあの子の顔が、今は鮮明に見える。
まず間に合わない。
ロックオンしてから下部トリガーを引いては。
いや大丈夫だろ。
僕はもう何も感じはしないさ。



「あ」



そんな心の声とは裏腹に、僕は下のトリガーを引いていた。
ロックオンの手順も踏まず、皮が食い込むほど引鉄に指を噛みつかせていた。
ギョーンという間抜けな音は空中を渡って一直線に、500メートル先の目標へと突き進む。
一秒。
二秒。
目をつぶる彼女に、化物が爪を振り下ろした。



「────────ギョグゲェ!?」



くたばったのは、化物の方だった。
爪が彼女の頭に触れるか否かの所で、胸の上から粉砕する。
力を失った肉の塊がどしゃあっと地面に倒れた。



「……」



その光景を無感動に見ていた僕は、やがて立ち上がった。
センサーに何の反応もないことを確認して光学迷彩を解除する。
バチバチと電磁波を放出しながら、僕の姿は夜闇に浮かび上がった。



(……ああ)



運が良かったよな、と僕は遠くにいる彼女に対して思った。
何が起こったのかわかっていない彼女は周囲をきょろきょろと見回している。
僕はショットガンを右手で抱えながら、ゆっくりと空を見上げた。





目の部分が転送されて消えていくまで、どっかあったかい気がする月の光に、僕はしめった視界をぼやけさせていた。



[31933] 低クオリティ編 6
Name: ガツン◆3adaabeb ID:8424a504
Date: 2012/03/28 05:47
*注意!勘違い系、微ラブコメ風味
*拒否反応ある方はUターン推奨します












私、八城真奈(やしろ まな)は、一度死んでしまった筈だった。

高校の帰り道に近道しようとビルの工事現場を通りかかったのが運の尽き、巨大なクレーンの作業機械が頭の上に落ちてきたのだ。

痛みを感じる暇もなく目の前は暗くなり、気がつけば私はマンションの一室にいた。

私より先にいた人達も、SF映画みたいな登場の仕方で後から現れる人達も、共通していることは最後の記憶が死の間際だったということ。

混乱と強い不安に私達が襲われているそんな中、彼は現れた。この部屋に呼ばれた、最後の一人だった。

彼を最初に見た時の感想は、どこか現実離れした子。

特製っぽいスーツを着た格好もそうだし、まとっている雰囲気もそう。

幼さを残すその容姿は私より年下に見えるのに、落ち着いた物腰は年上の青年を前にしているかのようだった。

底が知れないなんて、他の人達も思ったのではないだろうか。その淡々とした喋り方や冷たくも感じる接し方に対して。

笑えばきっと可愛いんだろうなあ、もったいない、なんて……お馬鹿な私が彼の中性的な顔立ちを観察して場違いなことを考えていたのは、ここだけの秘密。



『この殺し合いに生き残ることができれば、また日常生活に戻れる』



宇宙人と殺し合いをすることを知っていた彼は、わかっていたんじゃないかな。

この部屋に呼ばれてしまった時点で、どうあがいても全員の人が助からないってことを。何人も生き残れないってことを。

言葉少なの彼は、とても気負っているように見えた。

その姿はまるで、守れないなら少しでも殺し合いを早く終わらせるよう、自分一人で戦うと決意しているかのようだった。

何もわかっていない私達に代わって、独りで戦い抜いてやろうって。

だって彼は、最後まで私達に『戦え』なんて言ってはこなかったから。



『死にたくなかったら、着た方がいい』



私の名前を呼んでケースを手渡してくれた彼の目を見て、私は確信した。

もしかしたら彼は否定するかもしれないけど、それでもこれだけは。これだけは、はっきりと言える。

彼は、本当は誰にも死んで欲しくないんだ。

守れないって、見殺しにしてしまうってわかっていながら、彼は心の底では願っているんだ。

私のことを見すえる真摯な瞳は、「どうか死なないでくれ」とそう語りかけていたから。

誰にも気付かれないように震える息をついた彼を、私は盗み見た。

「先に転送してくれ」と率先して戦場へ向かおうとする彼はきっと、少しでも敵の数を減らそうと単身敵のもとへ乗り込んでいくつもりなのだろう。

なんて強い人なんだろう。

なんて孤高な人なんだろう。

徐々に消えていく彼を見ながら、私はその悲壮な決意に胸を打たれ、同時に置いてかれていってしまうことに深い悲しみを抱いてしまった。

私はきっとその時、心細そうな目をしていただろう。

置いてかないで、独りでいってしまわないで、ってそんな目をしていた筈だ。


それからして住宅街に送られた私は、モグラの怪物から逃げ回った。

遠くのほうから耳を塞ぎたくなるような悲鳴が何度も飛んできた。誰かが死んでいく瞬間を一度も目にすることがなかったのは、逆に運が良かったのかもしれない。

それを見たら、私は我慢できず「助けて」と泣き叫んでしまっただろう。

今も独りで戦って誰よりも余裕のない彼に、助けを求めてしまっただろう。

せめて彼の足手まといになりたくない。

彼が手渡してくれたこのスーツは既に何度も命の危機を救ってくれた。もう十分。

何の役にもたてないうえにお荷物になってしまって、一体どうするの?

私は必死に逃げ続けた。しかし、とうとう捕まってしまった。

塀に叩きつけられた私は目の前の怪物に震え上がることしかできない。溢れそうになる涙をこらえるのが精一杯の虚勢だった。

そして宇宙人の爪が振り下ろされようとする瞬間、私は呟いてしまった。

身を襲う恐怖に耐えられず、掠れた涙声で求めてしまった。

助けてと。



『────────ギョグゲェ!?』



私の願いは聞き届けられたように、モグラの宇宙人は爆発した。私は、助かった。

一度は呆然となって、すぐに周囲を見回した。脳裏に浮かぶ誰かの姿を必死に探した。

そして私は見つけた。

ずっと遠く、高い建物の屋根の上で、大きな銃を携えながら、静かに月を見上げる彼の姿を。

泣きながら、喜んでいた。

年相応の子供のように。

側で抱きしめてあげたくなるくらいあどけない顔で、月に笑みを見せていた。

言葉にできない儚さをまといながら、見惚れてしまうような、綺麗な笑顔を浮かべていた。

冷たい態度とか、悲壮な覚悟とか、そんな何の鎧にも守られていない彼の無防備な姿を。

この時だけ、私の目ははっきりと捉えた。




心臓がトクンと控えめに、けれどとても熱くはねた。

止まらなくなった胸の高鳴りは、にやにやと笑いながら、こんなふうに私に語りかけてくる。

『ヘイ、ユー。今コイしてる?』

し、してるっ。

しましたっ。

心を、奪われましたっ。




八城真奈、十五歳。

高校一年の夏、直前のことでした。












GANTZ 低クオリティ編 6












部屋に戻ってこれた生存者の数は、僕を含めてもたったの四人だった。
三十代くらいのサラリーマンっぽいおっさんと、渋谷とかにいそうなだぼっとした服を着た二十歳くらいの青年。(ちょいDQNが入ってるかな)
後はあの女の子だ。
男性の二人は肩で息をしていて疲れ果てている様子だ。むしろスーツを着ないでよく生き残れたなと思う。運が良かったのか、それともこの二人の実力なのか。
スーツ組の僕達は比較的余裕がある。僕に限っちゃ一ヵ所に留まって狙撃してただけだし。

……それにしても、「やしろ」さんというらしいこの女の子、さっきから僕にちらちらと視線を飛ばしているけど、何なんだ一体。
目を合わせようとすると慌てて別の方向に向く。星人から逃げ回っていたことで肌は赤く上気しており、髪の隙間からのぞく火照った首筋が妙に艶めかしい。
ガンツスーツは出るところは出ている彼女の細身のスタイルを存分に強調しており……ヤバイ、股間が。
僕は取り返しのつかない状態になる前に彼女を視界から外した。抱いた疑問はこの際放り捨てる。気にしてる場合じゃないって。



『00:00:00』


『それぢわ、ちいてんをはじぬる』



間もなくGANTZから軽妙なサウンドが鳴った。
カウントダウンしていたタイマーがゼロになり、採点画面が黒い球体の上に開く。



「な、何がっ……」


「ちいてん、だぁ……?」


「あ……採点、じゃあ?」



女の子正解。
GANTZに注意を払う三者を、僕は後ろの方から眺めた。
JKの彼女を始めオッサンもニイサンも僕のことをちらりと窺ってくるけど、僕は何も言おうとはしない。
……僕も僕でしっかりノルマの点数取れたのか気で気でしょうがないんだよ。クリアしてなかったら死ぬらしいからな。
僕は無表情に努めながら、GANTZだけをじっと凝視していた。



「0点……」


「『ロンげ』……それにこの写真……」


「俺のことかよ!?」



目付きの悪いデフォルメされたニイサンの写真が映し出される。
得点の下に添えられているコメントは……『電柱カブトむし』。電柱によじ登って難を逃れていたのだろうか。
それからオッサンの採点画面も開く。言わずもがな0点だ。
お次は……。



『乙女ちゃん(笑)
 0てん
 ほれるのはやすぎ』



……?
写真は彼女のものだが、コメントの意味は……。



「ええぇ!? な、なんでっ、どうしてっ…………え~~~っ!?」



中腰でGANTZを覗きこんでいたJKはバッと後ろに下がったかと思うと、忙しなく取り乱し始めた。
野郎達の視線が集まる中、彼女は身を縮こませ赤面してうつむく。
耳まで真っ赤にした彼女はそろそろと上目を作って、僕の方に視線を送り、かと思うとすぐにまた伏せる。
……。



(……おい、まさか)



漫画みたいに鈍感な主人公じゃねーんだ、こんな反応見せられたら勘づくくらいはする。
彼女は僕に好意を抱いてやがるのか。
なんでやねん。
どこに惚れる要素があった。

今、僕はどんな表情をしているのだろう。
少なくとも浮かれたような顔はしていない筈だ。
いや正直に言えば。
うとましい、と。
僕は心の中で、そう感じてしまっている。



(……っ)



蘇る記憶。
たったわずかな時間だった。少しだけ気持ちが動き、その次の瞬間には、彼女は……■■さんは。
トラウマがぶり返す。一瞬足がよろめきかけた。

女の子、しかも美少女に好意を寄せられることに喜ばないわけがない。
けれどこのGANTという環境の中では……はっきり言って、ソレは害になる。
心を許した結果、失った時の悲しみは計り知れないものになるだろう。見舞われる衝撃は生半可なものでは済まされないであろう。
僕はそのことを■■さんの一件から学んだ。GANTZには恋愛フラグや恋人フラグなど言語道断なのだ。

顔を赤らめる暇があったら銃を撃て。必死に走れ。敵をブチ殺せ。
僕はそう言いたい。そう自分に言い聞かせて、被るショックを最小限に抑えたい。
好意なんて、いい迷惑だ。
僕は苦々しい、もしくは忌々しそうな顔を浮かべながら、彼女から視線を切った。
あたかもトラウマから逃れるように。



『チキン・デューク
 14てん
 TOTAL 14てん
 あと86てんでおわり』



ほどなくして僕の採点画面が表示された。
体に異常が表れることはなく、GANTZも警告らしい警告はしてこない。どうやら僕はノルマをクリアできたようだ。
体から力が抜け、どっと隠れていた疲労が表面化した。思わず息をつく。



「デューク?」


「本名……?」



ニイサン達は戸惑い顔。僕は僕であんな凄腕スナイパーと比べられても、と内心呟く。や、チキンなのは否定しないけど。
『チキン・ゴルゴ』だったらニイサン達も意味わかったかな。流石に。
それきりGANTZは沈黙した。



「な、なぁ、君? こ、この後は……」


「……もう部屋からは出れるようになってます。帰れますよ」



おそるおそる尋ねてきたオッサンは僕の返答を聞くと、顔をこれ以上なく明るくさせて出口へ向かった。
もうこんな所はおさらばしたいという気持ちがひしひしと伝わってくる。ニイサンも、JKの彼女もほっと安堵していた。
すぐ横を通り過ぎるオッサンを肩越しに見て、ちょっとばかりの考えをしていた僕は、今後のことは伝えた方がいいなと結論した。ぬか喜びさせて悪いけど。



「けど、またいずれ呼ばれます」


「──は?」



オッサンの動きがぴたりと止まった。何を聞いたのか自分でわかっていないような顔をしながら、ゆっくりとこちらを振り向く。
似たような顔をしている二人のことも一瞥しつつ、僕はなるべく平静を装う。
億劫そうに帰り仕度を始めながら続きを喋った。



「また呼ばれるんです、この部屋に。今日のようなミッションを……僕達は今後も強制されます」


「……ふ」


「ふざけんなっ!?」



わなわなと震えるオッサンと、怒鳴り声を出すニイサン。
ビビリな僕は彼を直視しないよう、持ってきたサイドバックに小銃と捕獲用の銃を詰めこむ作業に勤しむ。



「またこんなことをやらされるってのか!? 何度死にかけたと思ってんだッ、舐めてんじゃねーぞッ! 一体俺らが何をやったって──」


「一度死んだでしょう、貴方達は」



遮るように、僕はぼそりと言った。澄ました外面で内心はドキドキしながら。
質問とか彼等の対応に一々反応していたら切りがない。
このGANTZ的シチュエーションを手っ取り早く説明するために、僕はわざと飄々とした態度で、凄みみたいなものを出してみた。ああ、今の僕には『スゴ味』がある。ブチャラティー。

口答えさせない、有無を言わせない口調に、ニイサンは言葉を失っていた。オッサンも。
一人異性の彼女は少し青ざめながらも、息を凝らして僕のことを見つめている。



「一度死んで再生させてもらった僕達に拒否権はない、つまりそういう理屈……だそうです」



言っていて鬱になる。僕自身こんな殺し合いに超乗り気ではないので当たり前だが。
星人との交戦前、GANTZが表示した言葉をわざと真似て言うと、ニイサンは一度GANTZを振り返った後、先程よりどこか諦めたような顔をした。唇をぎりぎりと噛んでいる。
納得できっこないけど巻き込まれるだけの理由は認めてしまった、そんな表情。

無言になった彼等を確認して、僕は頃合いとばかりに必要最低限の情報を伝えていった。
寒気などの前触れが起こればその夜に呼び出されるとか、そのほか色々。

僕は自分の中の情報をよく吟味して、話せることだけは話しておくことにした。
ここに来る前とは既に状況が違っている。僕にはもうペナルティは課せられていない。参加者を出し抜いて点数を確保する必要はないということだ。死ぬ懸念がなくなった今、無理に情報を独占する意味もない。
状況を理解している人間が多いほど(点数の取り合いは発生するかもしれないが)ミッション達成率は高くなる筈だ。つまり生き残れる確率が上がる。
ぶっちゃけ打算だ。自分のことしか考えてない。まさに外道。……何とでも言えよ。
もう、僕にはちぃちゃんのもとに帰ることしか頭にないんだ。
とにかく。
色々な損得を秤にかけて、僕は彼等にこのGANTZ的シチュエーションを説明することにしたのだ。



「死にたくなかったら、ここであったことは口外しないでください」


『……』



一通り喋り終えると、再び沈黙が訪れる。
僕の他人行儀な説明に耳を貸していた三人の中で、まずJKの少女が口を開いた。
律儀におずおずと右手を上げる。



「あの、今の私達って、本当に生き返ったんですか?」


「……この部屋にいる人間は、ファックスから出てきた書類と考えた方がいい」



西君(だっけ?)、台詞を借りるぜ。
彼女を納得させる自信がなかった僕は投げやりに答える。



「本当の自分はおそらく死んでます。GANTZが僕達を再生させた」


「ガンツ?」


「その黒い球」



GANTZを指さす。小首を傾げる彼女は「ああ」と頷く素振りをした。
オリジナルのコピーくらいに考えた方がいい、と最後に付け足しておく。案の定、彼女は困ったように頭を抱えていた。



「おい、あのモグラみたいなバケモノは何だったんだ。本当に宇宙人なのか? 次があるってことは、まだあんなのがうようよいるってことか?」


「わかりません」


「ど、どうして私達はこんなことをやらされるんだっ? 誰が何の目的でっ?」


「知りません」



そこからは無駄な質問が続いた。
自宅に持って帰りたいものを鞄につめ、服も着替え終えた僕はそろそろここを後にしようとした。もう話すこともないだろう。
情報を分け与えたが、彼等と仲好しこよしごっこをするつもりは毛頭なかった。
それは点数の取り合うライバルという意味でも……死ぬかもしれない相手に情を移ろわせたくないという意味でもある。
このGANTZという状況に対して、僕はとことん後ろ向きな思考をするようになっていた。



「俺らは、一生こんなことをやらされるのか?」


「……」



部屋を出ていこうとする寸前、ニイサンのその言葉に僕は足を止めた。
考える。
考えてから。
僕は打ち明けるようにそのことを喋った。



「さっきの採点で……100点を取れば、ここから解放される可能性があるそうです」



言わなくてもいいことかもしれなかったけど。
伝えておいた。
仲間ではないけど、理不尽な厄介事に巻き込まれた同じ被害者のよしみとして。
絶望以外にもちっせー希望くらいは持っておいた方が、まだいいと思ったから。
同じ境遇の僕は、ライバルでもある彼等に、多分同情心から余計なことを伝えてしまったのだった。



「てめぇ……最初、わざと俺らに何も教えなかったのか? その点数っていうやつを荒稼ぎするために?」



まぁそういう答えに行きつくだろう。
ニイサン達から見れば僕だけが星人をブッ殺して今回の点数を独占しているのだから。曰く「自分だけがさっさと100点を手に入れ解放されるぜ」ってね。
いらない反感を買う真似をしちまって、マゾかよ僕は。
それとも後ろめたいことをやっていた僕自身を、罵倒してほしかったのか。
どちらにせよ、しょーもないと思いつつ、僕はこの時初めて彼等に笑みを見せた。
生意気そうで、皮肉っぽく。



「だったら?」


「このクソガキッ……!」



ニイサンは激怒の表情を浮かべた。大股で僕に向かってくる。
火に油をそそぐ真似をした自分のことを他人事のように思いながら、僕はニイサンの拳が頬骨にめり込むのを待った。
しかし、何を血迷ったのか、例のJKが僕を庇うようにニイサンの前に立ち塞がった。



「ま、待って!?」


「何してんだよ、お前! 聞いただろ、コイツは自分可愛さのためにわざと黙ってたんだぞ! いや、そもそも俺らを餌にしようとしてたんじゃねえか!? 利用してやるってよ! 庇う必要なんてねえぞ、どけっ!」


「でも、一人だけで戦ってくれました!」



ニイサンの怒声に負けないくらい、彼女は大きな声を出す。
僕の方からは後ろ姿しか見えないけれど、その震えそうになっている細い肩は必死に自分のことを奮い立たせているようだった。



「戦えって言われても、きっと戦えなかった私達に代わって……たった一人で戦ってくれました!」



……馬鹿かと。
お人好し過ぎると、心底思った。

僕を責めるニイサンが正しくて、僕を庇っている彼女の方が間抜けなくらい見当違い。
反吐が出そうになった。僕はこれ以上なく呆れた顔を浮かべていただろう。勘違いもはなはだしいと鼻を鳴らしそうになる。
けれどそんな思いに反して、僕は何も言うことができなかった。
自分でも感情が整理できず目の前の彼女から視線を逸らす。フローリングの床だけしか、見ることができない。



「……ちっ、意味わかんねー」



吐き捨てるようにそう言ったニイサンは、女の子の横を抜いて部屋を出た。僕の肩にどんっと自分の肩を当てていく。
蚊帳の外にいたオッサンも慌ててその後を追った。
そして僕もそれに続く。
こんなのと取り残されてたまるかと我ながらやけに急ぎ足だ。荷物と脱いだコートを持ってオッサンに追従する。
男三人が玄関口に列を作って殺到した。



「え!? あ、あのっ、ちょっと!?」



ちっ。付いてきやがる。
慌ただしい足音と一緒にJKは後ろから迫ってきた。
外に出た僕がご丁寧にドアを後ろ手で閉めたというのに、転がるように玄関から飛び出してくる。
高層マンションの廊下から眺める外の景色は闇に包まれていた。月が出ている夜空はぼんやりと蒼みがかかっている。
市街地と思しき一帯は人工の灯りがきらきらといくつも光っている。

ニイサンとオッサンが廊下の奥に消える中、僕も早急にそちらへ向かう。
しかし、捕まった。
何とこのJK、小癪にも小動物のごとき俊敏さで僕に手を伸ばしたのである。
右の手首をぎゅうと掴まれる。



「……」


「あ!? ご、ごめんなさい……!」



息を軽く切らす彼女は自分の行動に驚くように、慌てて僕の手首を解放し、掴んでいたその己の手を胸に抱く。
少しうつむきがちな顔はこの薄暗さでもわかるくらい赤い。
僕が胡乱げな目をして踵を返そうとすると、ぱしっ、とすかさず手首を掴んでくる。そしてすぐに悲鳴を上げて手を離す。
……初めて、女の子に向かって本気で邪険そうな目付きをしてしまった。うっとうしいと。

目の前の少女は相変わらず小動物を連想させる雰囲気で落ちつきなく体を左右に揺らしている。
僕は無遠慮な視線で彼女の下から上をじろじろと見た。
細い両足にくびれた腰、にもかかわらず一般日本人女性の平均以上の大きさを持つバスト。さらさらのその黒髪はショートヘア。
なんか既視感があると思ったら、あれだ、漫画の大阪編に出てきたキャラと容姿が似てるんだ。

何だっけ、山崎……?
駄目だ、例によって名前を覚えちゃいねー。『ギゼンシャ星人!』だけははっきりと印象に残っているんだけど。
とにかく原作の彼女を幼くしたような感じだ。関西人である彼女のような溌剌さは全くないけど。
ニセ山崎(仮)とでも言おうか。



「格好……」


「……え?」


「その格好」



何がしたいのか全くわからんニセ山崎を観察すること数分。
僕は彼女のまとっている服について指摘した。つまりぴったりと体に張りついているガンツスーツについてだ。
目のやり場に困ると考えていた矢先のことだった。



「う、うわ……!?」



自分の体を見下ろしたニセ山崎は羞恥に呻いた。
ばっと顔を振り上げ僕と目を合わせたかと思うと、さっと両腕で胸と局部を隠す。瞳が今にも潤みそうだ。
脱兎の勢いで彼女は僕に背を向けGANTZのドアにかじりつく。置いてきてしまった制服を取りにいくつもりなのだろう。
が、開かない。
鍵がかかっているとかそういう次元ではなく、ぴくりともGANTZの部屋のドアは動かなかった。
僕がげんなりした半眼をする中、「え、ええ~」と情けない声を出すニセ山崎。
物言わぬ扉の前で立ちつくし、半泣きする。



(……)



深く関わらないと決めたばかりなのだが。
こんなあられもない格好をしたニセ山崎が、主に男の好奇の視線にじろじろとなぶられるのは、どうにも嫌だった。
上手く説明できないけど、とにかく嫌だったのだ。
僕は着る必要のなくなったコートを彼女に黙って差し出した。



「……?」


「……」


「あ……こ、これって、あのっ」



うろたえるだけで受け取ろうとしないニセ山崎に、僕はだんだんと苛ついてきた。
我慢できなくなった僕は今までの鬱憤をぶつけるようにコートを投げつける。
頭からコートをかぶることになったニセ山崎は「はぶっ!」と叫び、絵本に出てくるおばけみたいな格好になった。
すかさず僕はバックに手を突っ込む。ニセ山崎の視界が死んでいるうちに、コントローラーのスイッチを押しこんで光学迷彩を発動させた。



「ぷはっ! ……え、あれ、うそっ?」



僕の姿が消え、ニセ山崎は素っ頓狂な声を上げた。
不可視状態の僕が変わらず側にいることに気付くわけもなく、周囲を慌てて見回し出す。
もう付き合わないと決めた僕は薄情を決め込んだその場を離れた。物音を立てないように気を付け階段へ向かう。
曲がり角に入る前、最後にちらりとだけ顧みると、彼女はコートをじっと見つめて、おずおずと腕を袖に通した。

少し大きめのコートはスーツ姿の体をすっぽりと覆い隠す。
自分の体を見下ろしていた彼女はおもむろに、腕を持ち上げ自分の鼻の前へ持っていった。
遠目から見ても、すんすんとコートをかいでいることがわかった。
……オイ。
僕が心の中でそうぼやいていると、ニセ山崎は今度は胸の辺りを持ち上げ、その赤い顔をぽふっとコートの中に埋めた。くんかくんか、へけっ。
フザケンナ。



「はうっ!? い、いたー!?」



臭うかッ! と
青筋を浮かべる僕がぶん投げた小銃は、見事ニセ山崎の額に着弾した。
何やってんだ、僕は。


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