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[31419] 【真・恋姫無双】韓浩ポジの一刀さん ~ 私は如何にして悩むのをやめ、覇王を愛するに至ったか
Name: アハト・アハト◆404ca424 ID:053f6428
Date: 2016/04/19 00:28
 前書きが不評なので、前書きを作るのを作った。
 ついでに、後の時代から見た一刀君コーナーニヤニヤまとめwikiも作成。
 各編が終る毎に追加予定。
 因みに、これは真実ではありません。
 或いは、真実の全てではありません。
 1800年も昔の事がキチンと伝わっている筈がありませんのでー
 なので色々と想像してニマニマして下さい。
 後、呉花繚乱を書けとか無茶は言わないよーに(髑髏
 そして呉花繚乱の立ち位置は “金瓶梅と並ぶ” という辺りでお察し下さい。


2016/4/19
立志編 その17追加
 二ヶ月で更新しました(すっとぼけ
 次のインターバルは、多分、(σ゚∀゚)σエークセレントの章が終わったらかもですので、ええ。
 おゆるしをー


2015/2/8
立志編 その16追加
 感染性気管支炎になりました。
 半月近く休む羽目になりました。
 おかげで、ssが書けました。
 明日から仕事だ!!!!

 ところで、凪って可愛くね?
 ペロペロ(^ω^)だよね?
 ペロペロ(^ω^)だよね??
 でも、この展開って握手ポかなとか思ったり?
 思わなかったり(どっちだ

 後、桂花は可愛い。
 マジ可愛い。

 尚、次の更新も体調不良時に ―― という訳ではないので、出来るだけ早めに出せる様に努力する予定で御座います。
 予定は未定とも言いますガー
 唯、エターナルはしない予定ですので、気長にお待ちください。
 今回程、次回へのインターバルは長くならない予定ですのででで。


2012/9/26
立身編 その15追加
 就職できました。
 5/8で受けてた所が、受かりました。
 条件が良い職場だったので頑張りました。
 頑張りました。
 超頑張りました。
 で、頑張ったら、肺炎になりましたー

 良く風邪は万病の元と言いますが、アレ、マジでした。
 風邪から扁桃腺炎を経て肺炎になりましたー
 こーゆー レベルアップは勘弁!!!!

 あ、でも夏風邪からだから、吾が輩ってば馬鹿じゃないのかー(願望
 馬鹿は風邪をひかないとゆーしー


2012/5/8
立身編 その14追加
 就職活動不合格の連続で疲弊し、書く気が減っていた昨今、皆様如何お過ごしでしょーか。
 落ちるとサー やる気が減るのよねー
 今受けている所、受かるといいナー

 そして(゜∀゜) o彡  おっぱい!おっぱい!
     (゜∀゜) o彡  おっぱい!おっぱい!
     (゜∀゜) o彡  おっぱい!おっぱい!

 美乳も否定しないというか、大好きだが、巨乳も大好きだー
 でも、巨乳ロリは勘弁な!
 奇乳も却下だ!!
 ボディとのバランスの取れていないおっぱいなど、脂肪の塊にしか過ぎない!!!!!


2012/3/26
立身編 その13追加
 ふはははははっ!
 汚水処理とかの汚い話が続いて、気分が盛り下がったので、桂花と春蘭をペロペロ(^ω^)して回復した今日この頃。

 というか、就職の面接が数日後~
 どきどきで御座います。
 その心の葛藤とかを文章に込めましたー
 ええ。
 くそ、一刀さんめ、美味しい職場にしゅーしょくしやがってー!!(え



2012/3/19
立身編 その12追加
 Pvが10万を超えたのと、チラ裏が大洪水状態なので、その他板へと移動~

 桂花可愛いよ、桂花。
 そして春蘭もかーいーよーねー♪
 いい加減、状況の進みが遅いのが困った所。
 一回の更新分量を増やそうかしらん………



2012/3/12
立身編 その11追加
 桂花の不人気さに驚く今日この頃。
 原作のイメージを崩さぬように、でも結構マイルドに可愛らしく造詣している積もりなので、割と真面目にショボーンなのですよーっ!?
 まっ、好みの問題があるんで仕方が無いけどね!
 つか、どうでも良い。
 私は私で、桂花ペロペロ(^ω^) ですのでーっ!!

 後、流琉の字は、無いと不便と云うか困りますので、声優さんの名前から適当に付けました。
 氏名の頭文字からとって天知は、天和と字面がナンボなんでも近すぎるのでキャンセル。
 なので、天を愛らしいという意味にも繋がる甜として、知(とも)を朋(とも)へと変換。
 ほら、こすれば流琉らしい字じゃないですか、甜朋!
 あれ、字面が気に入らない………あと、他の連中が男(史実)を踏襲しているので、チト、迫力面で弱い。
 なので、知を “ち” と読んで馳へと変換して、甜馳。
 まーこんな感じで(え

 そしてこの春蘭、実にノリノリである。



2012/3/8
立身編 その10追加
 wikiの人気に嫉妬!
 そして桂花ペロペロ(^ω^)
 というか、桂花可愛いよ桂花!!

 予定の所まで話が進まなかったけど、後悔は無いっ!!



2012/3/4
立身編 その9追加

2012/3/2
立身編 その8追加

2012/2/28
立身編 その7追加










ニヤニヤまとめwiki

北-郷/元嗣/一刀(生年没年不詳)
 後漢から新漢/曹魏時代にかけての武将、政治家。
 北家の初代であり、字は元嗣、真名は一刀。
 曹魏建国の覇王曹操に、兗州刺史の頃より仕えた古参の臣である。
 蜀の四天虎将へと対抗して定められた、文武九官による魏将九竜騎に数えられた。





出自:
 一切が不明。
 この為、三国演義に於いては “曹操の覇道をなさせんが為、天の遣わした者” と描かれている(※1)。
 歴史的資料価値の高い魏伝に於いても、その詳細は記載されていない。
 北郷の名が魏伝に登場するのは夏侯惇の逸話からである。
 司隷河内郡にて自警団を組織した何某が高い功績を挙げたる話があり。
 これに夏侯惇が興味を持ち面会し、その手際を大いに評価し曹操の幕へと招いた ―― それが北郷であったのだ。
 この事から、司隷河内郡の出身である事が窺える。

 尚、この出自の不明さは、後に1つの問題を引き起こす事となった。
 曹操が北郷を王配として曹家に迎え入れようとした際に、家中の人間が来歴の不確かな者を曹家に迎え入れる事に難色を示しす事となったのだ。
 この点に関し、特に北郷を酷評していた事で有名な荀彧のみならず、魏伝の他の人物伝に於いても、王配として迎え入れる事を批判した話が残されている(※2)。
 最終的に、魏武を担う諸将尽くが ―― あの夏候惇/淵の姉妹ですらも消極的ながらも反対した事から、さしもの曹操も断念したと書かれている。





三国演義での北郷:
 武将としての要素が大きく描かれており、特に陳留の戦いに於いては「黒備え」と呼ばれる槍兵隊を率いて活躍する様が描かれている。
 但し、活躍するのはこの場面だけである。
 それ以外、参戦した戦場では必ず惨敗しており、最終的には曹操から戦場に立つ事を禁じられる有様である。
 又、北郷本来の姿、曹魏五知に数えられた政治家としての姿は一切描かれておらず、どちらかと言えば知に劣る者、常に計略に嵌められる凡将、そして個人的武勇に劣るが調子に乗りやすく色に溺れる道化(※3)として描かれている。

 この魏伝や三国志等で見る北郷と、まるで同姓同名の別人と思える様な描写の差は、三国演義が主に劉蜀からの視点に重点が置かれている事、或いは儒教からの視点で描かれている事が原因であったとされている。
 魏伝を読むことで見えてくる北郷の人物像が、法家集団である曹魏の中に合っても尚、法治の徹底を推進した人物であった事が嫌悪されたのだろうと推測されている。





ゲームなどの中での北郷:
 栄光などの発売する歴史シミュレーションゲームでは史実準拠としてデザインされ、文武のバランスが取れたキャラクターとして設定されている。
 特に内政面では、ゲームの中ではトップクラスの数値が付けられており、ゲーム序盤等では実に頼りに成るキャラクターとなっている。
 但し、内政と能力の平均値が高い反面、謀略や武力などの面で傑出した能力は有していない為、魏将九竜騎の中ではミソッカス扱いをされる事も多い。
 尤も、これは豪華絢爛たる人材の宝庫である曹魏だからこその評価であり、それ以外の陣営にとっては実に涎の出る数値となっている。

 又、近年増えた三国史キャラクター等での格闘ゲームでは、同時代の武将政治家の著名人としては唯一と言って良い男性である為、格好の良いデザインがされる事が多い。
 只、三国演義のファンなどの間では、駄目人間としての北郷と云うキャラも愛されている為、三国演義仕様の北郷も(2Pキャラとして)入れて欲しいという声も上がっている。





※1
 儒者にとって後漢末期から新漢の時代に行われた法家による統治は認めがたいものであった。
 それ故に、明代に現在の三国演義を原点を作った儒者は逆転の発想として “仁徳の乱れを嘆いた天が、天下に儒教の教えを広める為、曹操に率いられた法家集団を遣わした” という解釈を行っていた。
 即ち、三国演義の根底にあるのは、君臣共に仁徳を失った結果、大徳者劉備ではなく法匪曹操によって中国大陸が統治されてしまい、以後200年に渡って法匪の跳梁を招いたという視点である。
 それ故に “天の御遣い” とした北郷が、魏伝での姿とは似ても似つかぬものとして描写されたという風に解釈されている。

 尚、最近の研究では新漢/曹魏に於いて法匪と俗称された官僚の腐敗が問題化したのは、その末期だけであり、新漢時代の大半は法による統治が機能していたと評価されている。


※2
 基本的に北郷は、曹家諸将からの評判の良い人物であったが、この点に関してだけは諸将も一致団結して反対していた事は、研究者の間で魏伝に於ける最大の謎として知られている。


※3
 三国演義に於いて曹魏が孫呉を攻めた理由にもなっている。
 好色の北郷が孫家3姉妹と美貌を謳われた周瑜を並べてモノにしたいと考え、曹操を唆したのだ。
 但し、曹操にそれを見抜かれ、最終的には2人で4人を楽しもうという話に落ち着くのだ。
 天より降り立った好色の徒、一代の種馬であると同時に、愛人である曹操の尻に敷かれているという、三国演義に於ける北郷の立ち位置が良く判る部分である。

 尚、この辺りの話を面白おかしく膨らませたのが、金瓶梅と並ぶ中国古典エロ文学とも評される呉花繚乱である。
 呉花繚乱の作中では曹魏は孫呉を下すや、北郷と曹操は孫呉の将を弄び、酒池肉林の日々を送る様が綴られているのだ。
 爛れ切った日々の最後に北郷は曹操と身を重ね、やはり曹操が一番であると述べ、仲睦まじく洛陽へと戻った辺り、ある意味で純愛小説にも見える体裁が取られているが、孫家の側からすれば迷惑千万な話のオチである。
 又、この日々の対価として、孫家に揚州州牧の地位が与えられたと書かれており、史実との整合性が取られている辺りが面白いとは研究者の弁である。



[31419] 立身編
Name: アハト・アハト◆404ca424 ID:053f6428
Date: 2012/03/02 22:06
 
 木々は青々と茂り、草は風にそよぎ優しく揺れていた。
 手入れの行き届いた田畑は粟や米、麦などが実りつつある。
 田園風景、それは正に風光明媚であった。

 そんな、風情のあるあぜ道を往く馬影が1つあり。
 馬上に居るのは妙齢と思われる、赤い服の美しい女性だった。
 腰よりも伸びた艶のある黒髪が特徴的であるが、それ以上に衆目を集めるのは、その目だろう。
 鋭利とまでは言わないまでも、その瞳には他者を圧倒し得る意志が宿っている。
 乗る馬の背に積まれている大剣からも、この女性が武人、乃至は武官である事は明白だろう。

 だが、よらば切るという様な雰囲気は無い。
 どちらかと言えば、良く手入れされた田畑の様に感心し、相好を崩している様に見える。


「ふむ、かつては司隷河内郡の辺境と、寒村であったと聞いては居たが………」


 山岳に隣接するこの地方は、数年前までは盗賊の跋扈する土地として知られていた。
 それが今では、豊かな田畑を擁する様になっている。
 感心せぬ筈が無かった。


「河内の賢人か、コレは期待出来るやもしれんな」


 女性は、嬉しげに唇を緩めた。
 そんな彼女の視線の先、あぜ道は豊かそうな雰囲気を漂わせる村があった。






真・恋姫無双
 韓浩ポジの一刀さん ~ 私は如何にして悩むのをやめ、覇王を愛するに至ったか

 【立身編】 その1






 調度品の類は殆ど無いが、それが貧しさではなく、部屋の主の趣味であると思わせるのは、掃除が行き届いているからだろうか。
 そんな部屋の真ん中で、机に向かっている男が1人。
 まだ若い男だ。
 竹簡に、一心に字を書き込んでいる。

 と、そこへ子供が大声を掛けて来た。


「北先生、お客さんだよー!!」


 北先生と呼ばれた男は、筆を止めて顔を上げた。
 顔には苦笑が浮かんでいる。


「陳留からだってー! 若くて綺麗なおねーさんだよーっ!!」


「今行く! そんなに大声を出すものじゃないよ、子元」


 北と呼ばれた男は、遅くなったら子供が更に何を叫ぶのかと、慌てて筆を置いて立ち上がる。
 悪戯坊主揃いなのだ、この村の子供達は。
 陳留に知人など居ない。
 にも関わらず来た人なのだ。
 もし役人の類であれば、その機嫌を損ねないに越した事は無いと思うのは当然の反応であろう。


「厄介事で無ければ良いが…」


 北は、誰にいう事も無く呟いていた。
 若い女性という事なので、綺麗だと叫ばれたのだから、機嫌を悪くしていないだろうとは思いながらも。



 さて、若くて綺麗と呼ばれた女性は、北の想像通りに表情を綻ばしていた。
 どんな女性であれ、どんな相手からであれ、褒め言葉というものは嬉しいものだから、その反応も当然だろう。


「でも、何で北先生におねーちゃんみたいな美人が用事なの?」


 道案内をしてくれた少年、子元という幼名の子供は、ニコニコと笑いながら女性に問いかけた。


「ふっ。河内に賢人ありの話は兗州まで聞こえているからな」


「ふーん」


「賊を討ち、田畑を豊かにし、学を広めた、そういう少年も学んでいるのだろう?」


「教えてもらってるけど、北先生は色を好む人だから。お姉さんも綺麗だからっ ――」


 調子に乗って色々と吹こうとした所で、子元の頭に手が当てられた。
 北だ。


「子元、他人様に変な事を吹聴するなと教えたよね?」


「あっ、そう言えばかーちゃんに用事を頼まれてたんだ!! じゃあねー綺麗なお姉ちゃん、北先生!!!」


 走り出した子元。
 脱兎の如くの言葉に似つかわしい、若々しい身のこなしで、直ぐに見えなくなった。
 その背を微笑ましげに見る北は、それから背筋をのばして女性へと向いた。


「ようこそいらっしゃいました。私は ――」


 自己紹介をしようとした北を、女性が止めた。
 今日、この場に来たのは私の都合であったので、私から名乗りましょう、と。


「私は兗州刺史である曹孟徳の臣。姓は夏候、名は惇。字は元譲と申します」


 礼に則った挨拶だが、それ以上に北は女性、夏候元譲が口にした2つの名に驚いていた。
 1つの言葉を思い出して、それを飲み込んで何とか挨拶を返した。


「丁寧に有難う御座います。私は姓は北、名は郷。字は元嗣と申します。この村の相談役といった所でしょうか」


 曹孟徳の名は、まだ若いながらも陳留の有能なる刺史として知られていた。
 とはいえ、司隷河内郡の片田舎であるこの村でも知られて居たのは、夏候元譲にとっては喜びでもあった。
 己の支えている人が有名であるのは、嬉しいものだから。

 だが、北元嗣が驚いた理由は少し違っていた。
 驚きと共に口の中で押し殺した言葉は “魏武の大剣” であったのだから。





 さて、軒先での会話など何だから、と夏候元譲を家へと案内する北。
 北元嗣の家は大きすぎず小さすぎずという按配だった。
 そして客間には、質素ではあるが快適な調度が整えられていた。


「わび住まい故に茶などは出せませんが、代わりの物がありますので、暫し、お待ち下さい」


「ああ、すまぬ」


 北元嗣の詫びに、恐縮する夏候元譲。
 茶という物は嗜好品としてだけではなく薬としても飲まれる高級品であり、この様な寒村では滅多に口に出来るものでは無いから当然だろう。
 故に、夏候元譲は土産の1つでも持って来れば、それこそ茶を持って来ればと内心で歯がゆんだ。
 今日、ここに来たのは “河内の賢人” 等と呼ばれている北元嗣の人品を見に来たのだ。
 更には、評価出来る人間であれば、その先もと考えていたのだ。
 であれば、土産の1つも当然ではないか、と。
 主や妹と違って気を配れない己に、今更ながらにも切歯扼腕しつつ待つこと暫し。
 

「お待たせしました」


 北元嗣の言葉と共に夏候元譲の手元に出された湯飲みには、湯気を立てる茶色い液体が注がれていた。
 初めて見るものに、おっかなびっくりと云う顔をする夏候元譲に、北元嗣は嫌味の無い顔で笑う。


「大麦を炒って淹れた麦湯です。お茶代わりと言うには粗末ですが、どうぞお飲み下さい」


「う、うむ」


 湯飲みを口元に寄せれば、その香ばしさに感心する夏候元譲。
 いざ、と飲んでみれば、爽やかさがあった。


「おっ、美味いな、是は!」


「お口に合った様で何よりです」




 そこから、麦湯を手に談笑する2人。
 先ずは世間話から入って、次に村の話に。
 そして最後に来たのは、賊討伐の話であった。
 この村一帯を襲っていた山賊、その数は100を超えていたのだ。
 政道の乱れから治安の悪化しつつある昨今でも、そう見ない大規模な賊だった。
 官軍が動く様な山賊を、この北元嗣は村人の自警隊で撃滅してみせたのだ。

 その事を褒める夏候元譲に、北元嗣は照れくさげに笑った。


「別に、特殊な事をした訳ではないのですよ」


 そう前置きをして続けた内容は、確かに特別な事は無かった。
 山賊よりも多い兵を集め、山賊の位置を把握し、そして地の利と数の利を用いて撃破したのだと。


「そう簡単に行くのか? いや、行ったのか。兵は ――」


「兵は、この村の人間でだけではなく、近隣から募りました。山賊の被害は近隣の村々でも一緒でしたので、1つの村で対処するのではなく、一緒に戦う事を呼びかけました」


「ふむ、では山賊のねぐらは、どうやって探したのだ?」


「襲撃を受けた村々の位置、そして頻度からおおよその場所を把握して、後は山の狩人の協力を得ました」


「では、篭る山賊相手に地の利とはどうやったのだ」


「攻めませんよ? ねぐらが判れば、後は次の襲撃を受けるエりっ…と、地域がある程度絞り込めます」


 その時に作りましたと、竹簡の地図を持ち出して北元嗣は説明する。


「その前に襲撃を受けた村から持って行かれた食料の量から計算しました。その時に蓄えが少なかったので、持っていかれた量も少なかったのです。だからこそ、次の襲撃予定日が推測出来ました。後は、その予定日頃に該当する地域に兵を集めて待ち、そして山賊の襲撃を受けたら、その村の自警隊が防戦している間に、他の自警隊で一気に押しつぶしました」


 地図を持って行われた山賊殲滅作戦は、実に見事なものだった。
 北元嗣自身は、単純な金床と鉄槌の理屈です、と笑っていたが、その単純さこそが練度に乏しい自警隊にとっては、勝利の秘訣であったのだから。
 勝つべくして勝つ。
 その言葉を地で行くが如しであった。


「見事なものだな、北殿」


 感嘆する夏候元譲。
 武官として兵を率いるからこそ判るのだ。
 基本を護るという事は、言うは易く、行うは難しである、と。


「夏候殿程の人に褒められると、悪い気はしませんね」


「正当な評価だ。誇られるがよい」


「では有難く」


 笑いあう2人。
 北郷の知や良しと、夏候元譲は麦湯を飲みながら笑った。
 人柄も、子供への対応を見ていれば判る。
 これは是非にも得ねばと、居住まいを正す夏候元譲。

 武人らしく、凛とした夏候元譲佇まいに、北元嗣もおのずと背筋が伸びた。
 が、その口から放たれた言葉は、ある意味で北元嗣の予想を超えるものだった。


「北元嗣殿、願いがある。私と共に来ては貰えぬだろうか」


「はぁ?」


 何を言ってるのだと首を傾げた北元嗣に、夏候元譲は深々と頭を下げた。
 それから説明をする。
 夏候元譲は曹孟徳の武官である。
 武に於いては、陳留に於いて誰に劣る積もりは無い。
 だが、部隊の指揮官としては、聊か自信が無い、と。


「いや、というか軍の仕事を妹の秋蘭、あ、いや、夏候妙才に頼りっきりでな。で、その、迷惑ばかりでは姉としての面目とか、情けないというか………」


 それまでの凛とした姿からは想像も出来ない、恥ずかしさが全面に出た仕草で、モジモジとしだす夏候元譲を、北元嗣は、驚いて見ていた。
 年頃相応よりも、やや幼い、可愛らしい仕草だった。


「まーなんだ、軍で私を手伝って欲しいのだ」


 深々と頭を下げた夏候元譲に、北元嗣は混乱した。


「えっと、俺って、私に夏候元譲殿に仕官して欲しい、と」


「そうだ。私と共に曹孟徳様を支えて欲しいのだ。曹孟徳様は、今はだまだ陳留の刺史であるが、いずれはもっと高位と成られるお方だ。だから将来性もある。来てくれ」


 予想外過ぎた一言に、呆然としてしまう北元嗣。
 だから、返せた言葉は1つだけだった。


「私、ですよ?」


「うむ、“河内の賢人” と称された北元嗣殿が、だ」


 賢人という大層な呼び名に、恥じる前に北元嗣は、夏候元譲は誰かと自分を間違えてないだろうかと本気で思っていた。
 だが、その推測はいとも容易く粉砕された。


「先ほどの賊討伐の案や、村の様子を見れば、北元嗣殿の才は見える」


 堂々と断言する夏候元譲に、もはや北元嗣は、有難う御座いますとしか返せなかった。
 尤も、とはいえ簡単に行きますとは言えないのが北元嗣の立場だった。


「どうしてだ?」


「私は、この村に拾われた人間ですから」


 そこから北元嗣は説明を始めた。
 元々はこの国の人間ではなかった事、そして行き倒れ寸前だったのを、この村で救われた事、だから、この村に恩返しをしているのだ、と。


「だから、簡単に村から離れる訳にはいかないのです」


「おぉーっ、北元嗣殿は義に篤いな。益々欲しくなった! よし、では村長殿所へ行こう!!」


「えっ?」


 思い立ったが吉日とばかりに立ち上がった夏候元譲に、慌てて追いかける北元嗣。


「任せろ北元嗣殿。これでも私は華琳様に、交渉は上手いと褒められた事もあるんだ。この、七星餓狼がある限り、私の交渉に敗北は無い!」


 佩いていた大剣叩いて、夏候元譲は豪快に笑った。
 交渉が纏まれば、北元嗣を得られると合点している様だ。


「いや、しかし夏候殿、それ交渉じゃって、夏候元譲殿!?」


 寒村に、北元嗣の悲鳴が響いていた。





 さて、村長である。
 突然やって着た珍客、夏候元譲が北元嗣を得たいと言って来た事に、驚きと共に納得を覚えていた。
 1年程前に北元嗣を拾った村長は、この村で一番、北元嗣の事を理解していた。
 或いは、北元嗣の特異性と言うものを理解していた。
 彼が持つ知識、見識を恐れていたと言っても過言ではない。

 昔に死んだ子の顔を重ねたが故に、最初は北郷一刀と異国風に名乗っていた彼を拾って世話し、この国の事を教えて名前を与えはした。
 その恩義に報いんと、北元嗣も村に尽くしてくれており、短い間に様々な成果を挙げていた。
 だが、だからこそ村長は、この北元嗣の持つ知見というものがこの小さな村の器を大きく越えるものだとも認識したのだ。
 今はまだ問題は無い。
 だが将来に渡って、問題が発生しないとは限らない。
 北元嗣の待遇に、村の男衆が文句を付けるかもしれない。
 或いは北元嗣が、功績に比して待遇が悪いと思うかもしれない。

 故に村長は、夏候元譲の言葉に、素直に頷いたのだった。


「曹孟徳殿と言えば、音に聞こえた文武両道の才人と聞きます。その様なお人の下であれば、この北元嗣の才も更に輝きましょう。宜しくお願い致します」


 才ある者には、それに相応しい場所を、と。
 それは正しく村長たるの対応であった。

 そんな村長の言葉に、夏候元譲は胸を張って応じた。


「お任せあれ」


 そして、そこからなし崩しに宴会となった。
 北元嗣は、その才覚と共に愛嬌のある態度が多くの村人に愛されていたため、その立身を大いに喜ばれていたのだ。
 酒や料理が振舞われ、盛り上がる宴会。

 その渦中は真っ只中にあって北元嗣は、自分の意思とは関係の無い所で動いた運命に、人知れずため息をついていた。
 ここ1年は、こんな事ばかりだったなぁ、とも。


 北元嗣、正しくは北郷一刀は、この世界の住人では無かった。
 或いは時代と言っても良い。
 北郷一人は、この時代からおおよそ1800年程未来の人間であった。
 聖フランチェスカ学園という高校の学生であったのが、何の因果か、この時代に居るのだ。
 色々な紆余曲折の果てに北郷一刀から姓は北、名は郷、字は元嗣、そして真名を一刀として今に至っていたのだ。

 一刀は、この村が嫌いでは無かった。
 程々の豊かさと平和があるこの村は、行く当ての無かった一刀を受け入れてくれたのだから。
 だが、この時代の世間を見たいという欲求もあった。
 尤も、中華の歴史に余り興味が無かったが為、余りこの三国史の時代を知識としては知っていなかったが。
 その意味では、単純にミーハーな気分であり、ヘッドハントされたとなれば、嬉しさがあった。

 但し、ハントしてきた相手が夏侯惇で、当然の上役が曹操だというのが、一刀にとっては中々に胃に重く感じる話ではあった。
 三国史に詳しくない一刀だが、曹操と魏が悪役ポジションだと云う程度は知っていた。

 その悪役サイドからのお誘いである。
 しかも、誘いに乗る乗らない自分で決める以前に、乗るという話で、周囲は話が決まってしまっている。


「まぁ、成るように成るでしょう」


 諦めにも似た気持ちで、一刀はため息をついてた。
 



[31419] その2
Name: アハト・アハト◆404ca424 ID:053f6428
Date: 2012/03/08 23:56
 
 
 なし崩し的に夏候元譲の下で働くことになった一刀。
 本人としては、働きたくないとまでは言わないまでも、勇名よりも悪名を良く聞く曹魏、曹操の陣営に参加する事に一抹以上の不安 を感じてはいたが、保護者というか後見人であった村長がその気になっては、是非もなし。
 そんな気分で身の回りのものを始末し、旅立つ準備をする。
 生活雑貨から衣類まで、諸々を竹で編んだ行李に詰め込んでいく。
 
 
「ふむ、北元嗣殿の私物はその程度か?」
 
 
 行李1つに入りきった私物の量に、夏候元譲は呆れた声を上げた。
 とはいえ、仕方の無い話であるのだ。
 家財の多くは村から、村長から借りたものであり、純粋に一刀の私物と呼べるのは現代から持ち込んだ衣類や小物類の他は、自前で 作った水筒や衣類程度なのだから当然だろう。
 
 確かに女性から見れば、この私物の少なさは驚きかもしれないと、一刀は思った。
 だがそれ以上に気になったのは、夏候元譲からの声掛けであった。
 
 
「夏候元譲殿、私はもう貴女の配下です。なので、元嗣とお呼び下さい」
 
 
「あっ、うん、すまんな元嗣。なら私の事も元譲で良い。それも2人っきりであれば砕けて構わん。年も近いのだ、殿もいらん」
 
 
「有難う、あー元譲。では改めて宜しく頼む」
 
 
「こちらこそ、です」
 
 
 共に破顔する元譲と一刀。
 一刀はこの夏候元譲という女性を気に入りつつあった。
 快活な雰囲気を持ち、竹を割ったような風なので、実に話しやすいのだ。
 その意味では、この仕官も悪い物ではなかったと思えてきていた。
 
 対して元譲も、賢人と噂されていた一刀が、偉ぶった所の無い人間であったので、至極気に入っていた。
 と、ふと、一刀を見る元譲の目つきが変わった。
 一刀の身のこなしに、武の匂いを感じたのだ。
 
 
「元嗣、君は武を嗜んでいるのか?」
 
 
 脚捌きや重心の動きが、素人のものでは無いと見えたが故の発言だった。
 その、元譲の推測は正しく、一刀は剣術を嗜んでいた。
 剣道ではなく、剣術だ。
 それは、父方の祖父が鹿児島の人間であり、薬丸自顕流の師範代であったが故にであった。
 習えと言われたからではない。
 子供の時に見た修練、立ち木打ちの狂的にも見える暴力性に、一刀が惹かれての事だった。
 以来ずっと、刀を振るっていた。
 この世界に来てからも、暇があれば立ち木を打っていた。
 
 
「夏候元譲に認められるなんて光栄の至りと言いたい所ですけど、実際は、貴方から見れば児戯みたいなものですよ、きっと」
 
 
 一刀は、謙遜ではなく本気で、そう口にしていた。
 後に “魏武の大剣” と歴史に謳われる事となる武人に褒められた事は嬉しくあっても、山賊退治での経験から、それを素直には受け入れられないのだ。
 山賊と対峙した際に剣を振るう機会はあったが、人を傷つけ殺す事への躊躇から、一刀は戦えなかったのだ。
 だから疑問に思っているのだ。
 次に実戦があったとして、自分は戦えるのか、剣を振れるのか、と。
 元譲の下へと就く事になったので、今後、間違いなく戦いに身を投じる事になる。
 その時に迷う事無く戦えるのか、正直な話、自信は無かった。

 だが同時に、山賊に対する憎悪があった。
 殲滅した山賊のねぐらを捜索した際に見た、捕まって陵辱の限りを尽くされた女性や、或いは面白半分に殺された人達の亡骸を見て、戦えなかった自分を恥じる気持ちが。
 命の重さに貴賎は無い。
 だが、赦されない人間は居る。
 そうも思えたのだった。
 
 屈折した思い。
 平成の、平和な日本で生きてきた一刀にとって、まだ武器とは、戦とは割り切れるものではなかった。
 
 
「そうか? しっかりとした修練を積んでいる様に見えるぞ」
 
 
「なら何れ、見せますよ」
 
 
 今は剣も無いと笑う一刀に、元譲は何れとは言わぬと答える。
 陳留には剣はたくさんあるのだ、と。
 
 
「それに練兵所がある。そこで見せてもらおうかな」
 
 
「強引ですね。判りました。ですが、余り期待しないでいて下さいね」
 
 
「うむ、私は武ではなく軍の才を元嗣に求めてはいるのだ。が、楽しみにする程度は許してくれ」
 
 
「そう言われては、逃げ場がありませんね」
 
 
「はっはっはっ! 当然だ、この私からは逃げられんのだ」
 
 
 元譲は楽しげに笑った。
 その快活な様に、何時しか一刀も乗せられて笑っていた。
 
 
 
 
 
 陳留への旅支度をすませ、それから家を掃き清めた一刀は、村長以下、村の主だった人達や、子供たちに別れの挨拶をする。
 大人達は心地よく 、子供達は些か残念そうに。
 そして女性陣は寂しげに挨拶を交わしていた。
 道中にと、食べきれぬ量の保存食をも持たしてくれた。
 別段に、彼女らと一刀は情を交わした訳では無いが、何がしの好かれるものがあったのであろう。
 その事を元譲は、村から旅立ってからからかった。
 
 
「後ろ髪はひかれぬか、元嗣は」
 
 
 干し柿を齧りながら笑う元譲に、一刀は有難くはありますけどと返した。
 共に歩きである。
 一刀の荷物を元譲が乗ってきた馬に載せたのだ。
 当初は背負う積もりであったが、それでは大変だろうと、元譲が提案しての事だった。
 
 
「子供が言うていたでは無いか “女子好き” と」
 
 
「それは勘弁してください。女子が好きというよりも、好かれていただけですし」
 
 
 そう言って一刀も干し柿を取って齧る。
 優しい甘みが口の中に広がった。
 この干し柿をくれた人もだが、確かに女性にはよくして貰った。
 が、色々と何でモテたのか判らんというのが、一刀の正直な気持ちであった。
 
 
「それに今は、陳留に気が向いてますから」
 
 
「そうか、良い街だぞ陳留は。何と言っても ――」
 
 
「曹孟徳殿が居るから」
 
 
 元譲の決め台詞を先に、しれっと一刀は言った。
 それに、元譲は胸を張って返した。
 
 
「そういう事だ」
 
 
 嬉しそうな元譲の姿に、一刀は、如何に元譲が曹孟徳を敬愛しているか判ると云うものだと頷いていた。
 
 
 
 
 
 2人の旅路は一昼夜であった。
 先ずは陸路で南へ下り、それから黄河を渡る船に乗って官渡へ渡り、そして陳留へと至る。
 その道は、先ず先ずもって平穏なものであった。
 
 
「この陳留近郊は、大分治安が落ち着いてますね」
 
 
 官渡から上陸しての街道は、それまでにも増して行き交う人の数が多かった。
 それは、この一帯の治安が保たれている証拠であった。
 
 
「有無。曹の御旗の下でわれ等が賊を討っているのだ。民草の安寧を乱す者に容赦はしないのだ!!」
 
 
「ご立派です」
 
 
「だろーだろー 我が華琳様が刺史として活躍しておいでだからな!!」
 
 
 鼻高々とする元譲の姿は、実に乙女でもあった。
 というか、思わず曹孟徳の真名を口にしてしまう辺り元譲も実に嬉しいのかもしれないと、一刀はほほえましく見ていた。
 と、前をみれば道の先に城壁らしきものが姿を見えたのに気づいた。
 
 
「元譲?」
 
 
「うむ、あれが我が陳留だ!」
 
 
「あれが陳留………」
 
 
 それは遠くから見ても尚、活気付いているのが見える街であった。
 この世界で始めてみる大都市に、一刀は少なからず興奮して見ていた。
 
 
 
 
 

真・恋姫無双
 韓浩ポジの一刀さん ~ 私は如何にして悩むのをやめ、覇王を愛するに至ったか

  その2

 
 
 
 
 
 さて、陳留に着いてからの一刀は、陳留刺史曹孟徳の臣、夏候元譲の私兵部隊の副官という立場に立つ事となった。
 ある意味で軍師にも似た立場である。
 但し軍師とは違うのは、非常時であれば部隊を率いて前線に立たねばならないと云う事だろうか。
 要するに、一刀は武官であるのだ。
 その事を一刀は、少し早まったかなと思っていた。

 陳留に着いての翌日、元譲が部下に紹介すると連れられて来た練兵所には、良く鍛えられたと思しき男達が居た。
 夏候元譲隊。
 400余名の男達である。
 400対を越える視線の持つ圧力に、一刀は腰が引けぬように注意しながら対峙した。
 自警隊での賊討伐の経験から、この手の男達は、弱気弱腰の男を断じて認めないと理解していたからだ。
 命を賭ける場に赴く時に、腰抜けに率いられたくは無い。
 そういう思いだ。
 勝敗は兵家の常である以上、退く勇気は大事だが、それとは別の、胆力が要求されるのだ。
 その事を理解するが故に一刀は、視線を逆に圧倒しようという気迫を込めて立つ。
 
 
「私は北元嗣だ。姓は北、名は郷。字は元嗣だ。諸君と共に夏候元譲殿と曹孟徳殿を盛り立てていきたいと思う。宜しく頼む」
 
 
 胸を張って、堂々と言う。
 20を越えていない一刀にとって、400の兵の大半は年上である。
 であるにも関わらず、上からの目線で言葉を発するのは、かなりの苦痛であった。
 だが同時に、いざともなれば彼らを指揮せねばならぬのだ。
 であればこそ、兵卒の信頼を態度からも得ていかねばならない、そう思っての事だった。
 
 肩肘を張るつもりも無ければ、威張り散らす積もりも無い。
 というか、この北郷一刀という人間は、平成の日本生まれの人間の大多数がそうであるように、本質的にお人よしであり、偉ぶる事を好まない人間だ。
 だか、人を率いるという事は、人柄が良いだけでは勤まらないのだ。
 正論だけでも、人は動かないのだ。
 
 その事を一刀は約1年近い河内の寒村での日々で、自警隊を率いての山賊討伐や、村の農業改善、というには原始的ではあったが、平成の日本で受けていた教育を応用した事を実行する際に、学んでいたのだった。
 
 
 
 
「なかなかに堂に入った自己紹介だったじゃないか、元嗣」
 
 
 練兵所の脇、木陰の下で笑っている元譲に、一刀は頭を掻きながら返す。
 共に、口調からは格式ばった部分は消えていた。
 この数日の付き合いで、余人の無い場所での2人は、貴様俺の関係となったのだ。
 
 
「頑張ったんだよ。舐められる訳にもいかないし、私を連れてきた元譲の顔を潰す訳にもいかないし」
 
 
「ほう、色々と考えているのだな」
 
 
「そりゃ、ね」
 
 
「なら次は格好を整えないとな」
 
 
「やっぱり駄目か?」
 
 
 今、一刀が着ているものは、村で古着を仕立て直してもらったものだ。
 聖フランチェスカ学園の制服もあるにはあったが、こちらはポリエステル製であり、この時代の衣服とは異なり過ぎていた。
 目立ちすぎるのだ。
 とは言え、今着ている服は古着ゆえに色あせて古びていて、陳留の様な街では、別の意味で目立つ格好であった。
 
 
「うむ、一応は私の副官ともなるのだからな」
 
 
「とはいえ、今は元手が無いぞ」
 
 
 そう言えば生活費とか、給料の話もしなかったなぁと一刀は思い出した。
 勢いで契約金ロハで幻影騎士団入りした腕利きさんを思い出して、自分の境遇に少しだけ重なるなとも、思っていた。
 
 
「安心しろ。そこはこの夏候元譲に任せろ。私は副官の衣装も揃えられない甲斐性無しではないのだ」
 
 
「それは有難い」
 
 
「後、生活に必要なものがあれば、買い足しておこう」
 
 
「生活必需品なら、今は大丈夫かな」
 
 
 兗州刺史の配下という事で、夏候元譲隊は陳留の官舎に入っている。
 そこで食と住は手配されているのだから。
 
 
「では、武器も考えないとな」
 
 
「憶えていたのか、元譲」
 
 
「当然だ!」
 
 
 胸を張って答えられると、一刀も苦笑するしかない。
 幼少の頃より剣術を嗜んできてはいたが、流石に歴史に名を残す本物の武人の前で披露するには、少なからぬ躊躇があったのだが、 相手がそれを強く望んでは是非もなしでった。
 この後で武器を見繕って、武を見せ、そして買い物に行くという話となった。
 
 だが、予定は思いもかけない形で、断念される事となる。
 
 
「夏候隊長!!」
 
 
 伝令であった。
 それは、賊による襲撃が、この陳留の近くで発生した事を伝えるものであった。
 相手は隊商との事であった。
 
 
「おのれ、この陳留の傍で舐めた真似をしおって!!」
 
 
 激発した元譲、その様は正に武人であった。
 すぐさま兵に武装を持っての集合を命じると、自身も鎧を着込んでいく。
 兵卒の着ている実用本位の鎧に比べ、元譲のものは実用性もだが女性らしさ、或いは女性的な魅力を前面に出した鎧となっていた。
 その事に一刀は、カルチャーショック的なものを感じつつも確認をする。
 
 
「出撃は良いとして、刺史である曹孟徳殿か、或いは陳留郡太守殿の許可はいらないのか?」
 
 
 それは、元譲の副官として居るという意識からの言葉だった。
 民の為の出陣であっても、手順を踏まねば後々で厄介になるかもしれない。
 元譲の身分は曹孟徳の私臣であり、夏候元譲隊は曹家の私兵でしかないのだ。
 それが、刺史ないし郡太守の指示か許可も無く動いては、後日に非難される恐れがあるのではと、危惧しての発言だった。
 が、それに対する元譲の反応は、快笑だった。
 
 
「我が主、曹孟徳は慧眼なのだ。昨今の賊の跳梁もあって、この様な場合には自らの判断で出ても良いとの許可を受けているのだ」

 
 自信満々か、或いは鼻高々かかと言う風に、元譲は曹孟徳を称える。
 それに、一刀は驚きを覚えた。
 確かに曹孟徳の判断は合理的であり、賊対処の様な火急の事態に対しては極めて正しい判断である。
 そして同時に、権力者としては異例であった。
 権威権限、或いは許認可権というものこそが、権力者の権力の源であるのに、それを合理性で手放せるというのは、並みの人間に出来るものではないのだ。
 にも拘らず、曹孟徳はそれを成せたのだ。
 一刀が驚いたのも当然であった。

 そして同時に一刀は、元譲が本当に曹孟徳を敬愛しているのだなと理解した。
 元譲がそれほどに敬愛する曹孟徳とまだ顔を合わせてはいないのが 残念だとも思った。
 曹孟徳は刺史としての急な仕事で、昨夜から夏候妙才をを連れて陳留を離れていたのだ。
 
 乱世の奸臣と呼ばれた曹操と、この世界の曹操、曹孟徳は別の人間なのかもしれない。
 或いは、史書が真実をありのままに伝えていないのかもしれない。
 そんな風にも思っていた。
 
 
「そういう訳で納得したな? なら行くぞ元嗣!」
 
 
「ああ、了解だ」
 
 
 既に一刀は防具を装着していた。
 一般的な鎧は流石に止め具留め紐の調整が居るので、服の上に軽い胸甲と手足の小具足を纏っただけであったが。
 手には剣を、一般的な直刀諸刃の中華式の剣を持つ。
 
 
「それで良いのか?」
 
 
「何とかする」
 
 
 元譲の問いかけに、一刀は苦笑と共に返事をしていた。
 抜剣してはみたが、しっかりと振るってみた訳では無いので、具合が判らないのだ。
 そもそも、日本刀とは違う中華式の剣である。
 薬丸自顕流との相性など、実戦の場でどうなるか判らないのが正直な話である。
 一応は夏候元譲隊で一般的に使われている剣の予備という事で、問題は無いだろう、としか言えないのだ。
 
 一刀としては、柄の短さに、少し困っていた。
 片手用の剣として作られているので、日本刀の如く両手で持ちづらいのだ。
 柄頭に大きめの装飾があるのも邪魔だった。
 
 だが、今も罪無き人が賊に襲われていると考えれば、そんな事は瑣事であった。
 そう思える一刀であった。
 
 
 
 
 
「さぁ出陣だ!!」
 
 
 声を上げた元譲に、その配下の男たちは、それぞれの武器を掲げて吼えていた。
 400余名、それは軍としては小さいだろう。少ないだろう。
 だがその気迫は、大地を震わす様に一刀には感じられた。
 
 
「これが夏候元譲、魏武の大剣」
 
 
 眩しい者を見るように、一刀は元譲を見ていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 山賊の親分は上機嫌で手下や隊商を睥睨していた。
 最近では滅多に得られなかった大きな獲物、馬車が10台を越える隊商を襲えたのだから、当然だろう。
 既に護衛は討ち払い、商人どもとその家族は1まとめにして監視している。
 金銀財宝とは言わないものの織物や香辛料などといった、売り捌けば高い値のつきそうな物が山と積まれているのだ。
 商人にも器量の良い年頃の娘が幾人か居るので、楽しめるし売れるだろう。
 正に宝の山である。
 親分は、これで喜ばぬ人間は山賊ではないと、重ねた悪行から悪相となった顔を綻ばせている。
 
 曹孟徳が兗州刺史の地位に就いてからは、特にその活動拠点を陳留に置いてからは、黄河南側で大きな物流の要衝となっている陳留周辺での “商売” が出来ない日々が続いていた。
 それまでの戦意に乏しい官軍ではなく、狂的な戦意を有する曹家の私兵を相手にするのは、山賊にとっては荷が重過ぎていた。
 
 故に、多くの山賊団が討たれていく中にあって、この山賊達は陳留から離れた小さな村などを襲って稼いでいた。
 とはいえ、この山賊団も40人からの人数がおり、小さな村々から収奪出来る量では満足に生活する事もままならないでいた。
 貧民が、貧困がいやで賊に身を落としたにも関わらず、困窮する日々だったのだ。
 それが、今日は違う。
 山ほどの獲物を得たのだ。
 これを元手に、陳留から離れて南皮辺りに移動しても良いなと山賊の親分は考えていた。
 
 
「しかし大丈夫ですかね。こんな陳留の傍で仕事なんて、曹操の奴が出てきたら事ですぜ?」
 
 
 曹操と、侮蔑の意味を込めて曹孟徳の姓名を呼ぶ手下であったが、その声には紛れも無い恐れがあった。
 兗州で賊働きをした多くが、曹の牙門旗によって打ち滅ぼされているのだ。
 その意味で、恐れない方が珍しいだろう。
 だが、親分はそれを笑い飛ばした。
 
 
「馬鹿が、今、陳留に残っているのは猪夏候の惇助だ。奴の手下は徒歩だから、手筈通りにすりゃぁ、問題なく、このお宝は俺たちのものよ」
 
 
 山賊の親分にも、策があった。
 そもそも、陳留に貼り付けていた部下から曹と夏候、夏候妙才の牙門旗が僅かな供回りと出立した事を知らされてから、この賊働きを決めたのだ。
 その意味で、この山賊の親分は兗州は陳留、刺史曹孟徳のお膝元で賊働きをしつつ生き残っているだけの知恵があった。
 
 
「流石は頭だ!」
 
 
「そう褒めるな、照れるじゃないか」
 
 
 酒で潰れた声で笑う親分と、阿諛追従する部下たち。
 商人と家族は、その様を怯えて見ている。
 
 と、そこへ下っ端が駆け寄ってきた。
 
 
「親分、来やした! 夏候惇の牙門旗です!!」
 
 
「数はなんぼじゃ!」
 
 
「沢山です」
 
 
「猪らしく全部で来たか!? よし、手筈通りに対応しろ。失敗した奴は後で殺ぞ!!」
 
 
「へい、頭!!!」
 
 
 親分の示していた事前の策に従って、山賊たちは動き出す。
 
 


 
 自分に与えられた400余名の兵、その全てを持ってきた夏候元譲。
 その姿勢を指して油断が無いと言えば聞こえは良いが、その実として判断力が硬直していると評しても間違ってないだろう。
 そう、20人からの山賊の群れを見つけた途端に、突撃の怒声と共に駆け出したのだから。
 
 
「華琳様のお膝元で、賊などの跳梁を赦すな!!!」
 
 
「おぉぉぉぉぉっ!」
 
 
 剣を振りかざして叫ぶ元譲に、400余名の兵達は皆が皆、声を張り上げて応じた。
 その迫力に負けてか、山賊たちは1当りしたら慌てて逃げ出した。
 隊商を放っての、気持ちが良い位の大遁走である。
 
 それに気を良くした元譲は更に命令を下した。
 
 
「よし、追撃するぞ!!」
 
 
 それに驚いたのは一刀である。
 見敵必戦は間違いではないが、最良の解では無いのだから。
 特に、今回は賊の討伐よりも隊商の保護が主目的な筈にも関わらず、隊商を放って追いかけては本末転倒だと思ったのだ。
 後、山賊の逃げる姿が余りにも鮮やか過ぎる事も気になった。
 
 だから元譲に、慌てて提案した。
 
 
「夏候隊長、隊商に人を残しましょう、けが人の手当ては事情聴取が必要です」
 
 
「そうか? なら ――」
 
 
 深く考える事も無く、一刀の進言を受け入れた元譲は、近くに居た10人程の兵士を集めて一刀へと預ける旨を口にした。
 まだ一刀と会って短い時間しか経ていない元譲だが、その才覚を疑ってはいなかった。
 否。
 それどころか、そもそも自分の気付かない所の判断を頼ろうと思っていたので、この進言を嬉しく受け入れていた。
 その意味では、夏候元譲とは将の器を持っていた。
 
 
「元嗣、此方はお前に任せた!」
 
 
 但し、猪突猛進型ではあったが。
 
 
 走っていく元譲と男たちを、呆れにも似た気持ちで見送った一刀は、それから気分を入れ替えて声を出す。
 
 
「では、此方も仕事を始めましょう」
 
 
 一刀としては、この場に残すのは自分以外の予定であった。
 兵卒と共にある事で、男たちからの信頼を得なければならないという面もあったからだ。
 だが、こうなってしまっては是非も無い。
 そもそも、呆けている暇は無いのだから。
 隊商の人たちの保護と怪我などの対処、状況の確認など、すべき事は沢山あるのだからと、気分を入れ替えいた。
 



[31419] その3
Name: アハト・アハト◆404ca424 ID:053f6428
Date: 2012/03/09 00:00
 
 隊商の被害状況を確認していく一刀だが、そこで1つ困った事に気付いた。
 元譲が付けてくれた10人なのだが、怪我人の対処や被害者からの聞き取りとかは問題なくこなしてくれるのだけど、記録が出来ない ―― 文字が書けないし読めない人たちであったのだ。
 要するに識字の問題である。


「これは予想外………」


 一刀は、近代以前ですらも脅威の識字率を誇った日本で育っていた為、文字の読み書き “程度” は誰でも出来ると思い込んでいたのだ。
 一応、識字の問題は以前にも意識はしていた。
 寒村の頃は、村長ご一家だけしか文字の読み書きが出来なかったのだから。
 だから村では子供に、簡単な漢字の読み書きと計算を教えていた。

 とはいえこの陳留、大都市の生まれと育ちであればと思っていたのだ。
 その意味で一刀は、まだこの時代を甘く見ていた。
 尤も、この時代で1年近く過ごしているのだ、その対応を一刀も身に付けていた。


「まっ、仕方が無いか」


 開き直る。或いは諦めるという意味で。
 この場での聞き取りなどを早々に諦めた一刀は、この隊商を護衛して、素早く陳留へと戻る事を決断した。
 この判断の背景には、隊商の人達が、山賊達が何やら企んでいたと聞いていた事があった。

 数的に1桁は優に違う相手なので、かの夏候元譲が討ち取られるとは思わないが、欲の絡んだ人間が何を仕出かすか判らないのもまた、事実であった。
 となれば、ここは三十六計逃げるにしかずと、一刀は早々に移動の準備を隊商の人達に要求する。
 幸いと言って良いかは微妙ながらも、動かせない重症の人間は居なかった。
 襲撃時に怪我をした護衛役の人達は、悉くが殺されていたのだから。
 商品の乗っている荷馬車に積む事は出来ないし、かといって埋めていく時間が今は勿体無い。
 そう一刀は考えたのだ。


「我々の為に死んだ人ですから………」


 口を濁すのは隊商の長である。
 その気持ちは一刀とて判る。
 身を挺して護衛を行った人の遺体を放棄して逃げるのは良心が咎めるものだ。
 しかし、今は生きている人を優先すべきと説き、後で責任を持って埋葬する旨を告げて準備を急がせた。
 そして10人の内で足の速い1人を、元譲への伝言役としてこの場に残し、もう1人を陳留郡太守への報告役として先に行かせたのだ。
 如何に曹孟徳が刺史として兗州を統べているとはいえ、陳留を直接預かる郡太守の顔を潰しては拙いとの判断である。

 よく考えて動く一刀。
 元譲がこの事をしれば、深い満足を覚えるだろう。
 だが、この隊商が陳留に動く前に来る者達が居た。
 山賊の別働隊である。
 山賊の親分は、追いかけて来る元譲の部隊相手に策を成すのではなく、元譲達を退きつけて、その間に隊商の商品を抱えて逃げる予定だったのだ。
 これは、陳留に残っていたのが夏候元譲1人であったと知っての策であった。
 その意味で策は成功していたのだ、予定外であった一刀の存在を除けば。


「北、北副長! 新しい賊です!!」


 一瞬、一刀の事をどう呼べばと迷った兵は、その前の夏候元譲の言葉から文字を拾った。


「それは困ったな」


 兵の迷いに気付かぬままに一刀は、意図的に、いっそ暢気にも聞こえる風に答えると、賊を確認する。
 手に手に武器を持って駆け込んでくる。
 武器が揃ってなければ、鎧なんて着てもいない。
 正に、賊だ。
 但し数に問題があった。おおよそで20余名といった按配だったのだ。
 詳細な数値は読めないが、少なくとも此方よりは多いのは確実であった。


「総員集合、矛を持てっ!」


 腹に力を入れて号令を掛けて自らも抜剣した一刀は、隊商の長に告げた。
 急いで陳留へと逃げよ、と。
 陳留には少数であろうが、まだ郡太守配下の官軍が居る筈なのだ。
 気の利く指揮官であれば、支援に出てくるだろうし、そうでなくとも隊商が陳留へと逃げ込めれば、一刀は自分たちの勝ちだと考えていた。
 それに、隊商が陳留に逃げ込んだことで山賊達の目的、隊商からの収奪が困難と分かれば山賊の別働隊も撤退するかもしれない。
 そういう算用があった。
 が、隊商の長は根が善良なのだろう、今度は一刀たちの身を案じだした。


「あっ、貴方達を置いて……」


 震えながらも言う長、それは1つの勇気であった。
 しかし、今は一刀にとっては迷惑であった。
 既に賊との距離は1里、500mを切っているのだ。
 荷の重い荷馬車は、早く動き出さねばならない。
 だから一刀は命じた。
 急げ、と。
 隊商の長はその言葉に頭を下げると一言、御武運をと告げて隊商を動かしだした。

 慌てて去っていく隊商を見て、一刀は、自分が命令が上手くなってきたなぁと妙な感慨を得ていた。
 徒の、それこそ市井に紛れれば目立つこともないだろう自分が、大の大人達に命令し、動かしている。
 命を預かっている。
 何と言う事だろうか、と笑いにも似たものを感じた。


「北副長?」


 そんな気持ちのままに、一刀は呼びかけてきた兵を見た。
 顔に出た、自らの内面に気付かぬままに。


「何だ?」


「いえ、何でもありません」


 だから兵は黙った。
 否、その兵だけではなく一刀の顔を見た兵は皆が皆、感心していた。
 この状況で、来たばかりの若造は笑ってやがる、と。
 或いは、勝つと確信しているとも思っていた。
 だからだ、この場に居た兵たちの肩から緊張が抜け落ちたのは。
 兵たちはチラチラと僚友を見て、そして互いに小さく笑いあい、その気持ちを共有したのだ。

 敬愛する夏候元譲から離れ、仲間から離れ、率いるのは今日着たばかりの若造。しかも敵は自分たちよりも数が多い、倍以上だ。
 そんな悪条件で緊張していた兵たちは、一刀の笑み1つで無駄な力を抜き、常の全力を出さんと腹に力を入れられたのだった。

 だが一刀は兵たちの変化に気付けぬままにじっと山賊の別働隊を見ていた。
 距離は既に100mを切っている。
 初めての合戦、否、野戦だ。
 自分を鼓舞するように腹に力を入れ、自らの剣を掲げる。


「総員、矛あげぇ!!」


 自警隊の訓練で培った声を張り上げる。
 予備命令だ。
 彼我の距離は50mを切り、もはや、迷う時間は無い。
 一刀はじっと機を、間合いを計り、そして最後の号令を言葉にする。


「下ろせぇぇっ!!」


 小さくはあれど、命を賭けた戦が始まる。






真・恋姫無双
 韓浩ポジの一刀さん ~ 私は如何にして悩むのをやめ、覇王を愛するに至ったか

  その3






 漢帝国の帝都、洛陽から陳留へと伸びている街道は、良く整備されていた。
 舗装こそされてはいないが、人のみならず騎馬や馬車までが走れる様になっている。

 そんな程度の良い街道を行く10余騎の騎馬の群れ。
 走っている訳では無いが、その挙動から精鋭の集団である事が見て取れる。
 精兵が掲げ持った牙門旗に描かれているのは曹の文字だ。
 騎馬隊は兗州刺史曹孟徳と、そのその直属の兵達であった。

 と、その先頭を行く馬に跨る女性が、すっと右手を上げた。
 それだけで騎馬隊は止まる所に、女性の統率力の高さが見える。
 女性は小柄であり、まるで少女の様にも見えるが、その整った顔に浮かぶのは凛とした強さであった。
 或いは風格、少女は王者の貌をしていた。
 それが陳留刺史、曹孟徳である。


「華琳様、如何なされました?」

 曹孟徳の直ぐ後ろにいた騎馬が、前に出る。
 大き目の弓を持った、こちらも美しい女性であるが、その顔は髪の色や髪型を除けば実に元譲に似ていた。
 それも当然であろう、女性の名は夏候妙才。元譲の妹であった。


「聞こえないかしら秋蘭、干戈を交える音が聞こえるわ」


 相貌を裏切らない凛とした声には、一欠けらの甘さも無かった。
 その言葉に夏候妙才は、急いで耳を澄ませた。
 すると、聞こえた。
 それ程に遠くない場所からの、金属と金属がぶつかる音が。
 人の叫び声が聞こえた。


「これは賊?」


「分からないわ。だから行くわよ」


「お待ちください華琳様。今、とも回りは我ら13騎のみです。このまま情報も無く近づくのは危険です」


 夏候妙才は、万が一にも賊が多勢であればと諌める。
 昨今、天候不順などによる飢饉によって、土地を離れた流民や賊が増えており、更には正体不明な黄色の巾を体の何処に巻きつけた集団の報告も受けていた。
 そもそも今回、兗州刺史たる曹孟徳が急に陳留を離れたのも、その黄巾の集団に対する対処、或いは情報収集をする為、洛陽に召喚されたからであった。
 洛陽の、漢帝国の中枢でも、黄巾の一党の危険性が認識されつつあるのだ。
 まだ今は火種が小さいが、対処を誤れば大火となるだろう、と。
 その意味で夏候妙才が警戒するのも当然だった。
 だがそれを、曹孟徳は笑い飛ばす。


「だからよ秋蘭。私も含めての14騎、その程度の小勢であれば、万が一に離脱するのも容易いわ」


 そして、それにと続けた。
 陳留の傍で干戈が交わる事態になっているのに、私の春蘭が動いていない筈が無い、と。
 それは確信であり、全幅の信頼であった。
 夏候妙才は、その意思に打たれた様に背筋を伸ばし、頷いた。


「判ったわね? ―― では、曹の旗に集う精兵よ、我と共に進め!!」


「おぉぉっ!!」


 14騎の騎兵は一塊になって走り出した。





 一刀たちと山賊の別働隊との戦いは、ある意味で拮抗していた。
 数的には劣る一刀たちであったが、元譲の鍛えた精兵は、その数的不利に互せるだけの技量を有していた。
 だがしかし、である。
 如何に質的優位によって拮抗しようとも、数的優位のある相手を抑え込むという事は困難なものであった。
 山賊達は常に、一刀たちの手薄な場所をすり抜けようとするのだから。
 この場は街道以外が通れぬ、そんな狭所では無い事が災いしていた。
 無論、山賊とて我が身が可愛いので、一刀たちを無視し、背を見せるように突破しようとはせぬが、その代替としてか、囲みこんで皆殺しにせんと図っていた。

 故に一刀は現地点を護るのではなく、押し込まれ下がりつつ戦う事を選んだのだ。
 囲みこまれぬ様に下がりつつ応戦する。
 だが、それも言葉にする程に簡単な事ではない。
 最初の一当りで7人からの山賊に手傷を負わせたが、一刀の側も2人が傷を負ってしまっていたのだ。
 攻勢側であるからか、或いは山賊故にか、相手は7人を放って迫ってくるが、此方は撤退をしつつ故に2人を護る為に、1人を付けざる得ず、実質3人が脱落しているのだから。

 小競り合いと、間合いの取り合いが続く。
 その間に隊商は、陳留の門の手前まで逃げていた。
 が、残念な事に山賊たちは、頭に血が上ったのか、一刀たちを置いて逃げ出す気配は無かった。
 そしてもう1つ残念な事は、陳留からの援軍はまだ来ていないのだった。
 或いは曹刺史と陳留郡太守の仲が微妙なのかもしれない。

 なかなかどうして、思ったとおりに行かないものだと、一刀は内心で嘆息しつつも、兵に機敏に指示を出す。
 が、兵の動きが悪くなりつつある。
 下がりつつ、何かに足を引っ掛けて転びそうになってしまう兵が増えていた。
 それは疲弊が原因であった。
 精神の面での。
 どれ程の精兵であろうと先の見えない撤退戦というものでは神経を削られてしまい、戦意が落ちやすいのだ。

 その事を最初に気付いたのは、一刀に付けられた10人の中で最も年嵩の男だった。
 兵として過ごしてきた時間が長いだけ、若い兵達の状況が簡単に理解出来たのだ。
 これは危ないと理解した、その年嵩の兵は、巌の如き顔を少しだけ歪めると、手早く一刀の元へと動くと、耳打ちをした。


「危ないですよ、北副長」


 多くは語らない。
 兵はもちろん、相手にも聞こえぬようにとの配慮だ。
 だが、僅かの仕草で兵の疲弊を教えた。
 兵としての経験が無い一刀は、その仕草の意味を正確に把握する事は出来なかったが、凡その言いたい事は理解した。


「有難う」


 小さくもしかりと感謝の言葉を継げる一刀、そして考える。
 この危機的な状況を脱する手法を。

 既に隊商は、陳留の手前まで行っているので、ここで逃げ出すのも正解ではあった。
 但し、鎧を着込んでいる兵達は、山賊たちよりも足が遅いので、逃げ出した途端に皆殺しの憂き目にあうだろう。
 増援は、まだ来る気配は無い。
 ならばいっそ前に出るかと一刀は考え出した。
 抜いてはいても、今だ血に濡れていない剣の柄を握って考える。

 自顕流の、北郷家の祖である薩摩の軍法は、その本質は攻撃であり、突貫であったという。
 剣術の稽古こそ熱心にしていた一刀だが、流石に軍法だのの手合いには手を出さなかったので、その多くは、師である祖父からの受け売りでしかない。
 だが、であるからこそ、単純に考えていた。
 退いて駄目なら押してみようか、と。
 それは、一刀自身は自覚しないが、実に薩摩な発想であった。

 そうやって一刀が1つ決断をした時、兵の誰かが声を上げた、曹の旗だと。
 声に誘われた一刀の目にも、曹の牙門旗を立てた騎馬集団が此方へと向かって来るのがはっきりと見えた。


「っ!?」


 そして同時に、山賊達が動揺したのも分かった。
 腰が引けたのも、だ。
 本来、北郷一刀と言う人間は、その本質に於いて攻撃的な性格をしていない。
 だから突撃しようとの決断の前であれば、恐らく騎馬隊が来るまで耐えれれば良いと考えたであろう。
 だが、今は突撃の決断を下した後だった。
 故に一刀の意識は、助けが来たと感じるのではなく、攻撃の絶好のチャンスが来たと認識したのだ。

 一刀は迷いなど欠片も無く叫んだ。


「総員、突貫! 我に続けぇ!!」


 この場全ての人間の意識が騎馬隊へと向かった、その瞬間に出した号令は、正に機先を制するものであった。
 一刀の背を追って駆け出した兵達に対し、山賊達はあからさまに腰が引けていた。
 数的な優位からの慢心が、曹の牙門旗を持つ騎馬隊の登場で揺らいだ瞬間を突かれたのだ。
 その意味で、動揺せぬ方がおかしいだろう。


「きぇーーーーっ!!」


 特に、先頭を切って掛けてくる一刀の上げる甲高い叫び、猿叫は、聞く者の耳に狂への感情を抱かせるものであった。
 或いは恐れ。
 故に、動揺が収まる前に、誰かが逃げようと決断するよりも先に、一刀の切っ先が山賊の体を捉えたのだ。

 壊音

 蜻蛉と称される、特殊な上段の構えから振り抜かれた剣は、それを防ごうとした山賊の剣ごと相手を叩き潰していた。


「北副長に遅れるなぁっ!!」


 機を制し、一刀の勢いに乗った曹の精兵は、それまでの疲弊が嘘の様に力強く戦った。
 剣を矛を振るい、山賊達を叩きのめしていく。
 数を蹂躙する質の姿は、正に暴力である。
 結局、曹孟徳率いる騎馬隊が一刀たちのもとへと到着する前に、山賊達は降伏したのだった。





 降伏した山賊に縄を掛け、或いは怪我人の手当てを行う。
 だが、その指揮を執る前に一刀は呼ばれていた。
 当然ながらも騎馬隊の指揮官、曹孟徳に、である。


「始めて見る顔ね、私は曹孟徳よ、貴方の名は?」


 何か、余人を従わせる雰囲気を纏った少女、それが一刀が始めてみた曹孟徳であった。
 可憐ではるのも否定はしないし、可愛いというのも間違ってはいない。
 だが、それ以上に凛としていた。
 それが一刀の前に立った曹孟徳であった。

 一刀は、これが、この女性が曹操なのかと驚きを覚えた。
 元譲、夏候惇に関してはイメージを殆ど持っていなかった為、別段に、驚きと呼べるものは感じなかったが、この曹操に関しては違う。
 三国志に造詣の浅い一刀であっても、漫画や映画などの影響で確たるイメージを抱いていたのだ。
 残忍にして狡猾な、覇道を好む人である、と。

 そのイメージが見事に壊されたのだ。 
 一刀は一瞬だけ呆けると、それから背筋を伸ばして答える。


「はっ、私は姓は北、名は郷。字は元嗣と申します。昨日より夏候元譲隊長に従わせて頂いてます」


「北元嗣、貴方が………」


 恐らくは “河内の賢人” なる噂を聞いていたのだろう。
 曹孟徳は一刀の名を聞くと頷き、楽しげに目を細めた。
 対する一刀も創作物の中の曹操ではない目の前の曹操、曹孟徳の威風に新鮮な驚きを感じていた。

 曹孟徳と北元嗣の出会い。
 それは曹魏へと連なる運命の出会いであった。
 



[31419] その4
Name: アハト・アハト◆404ca424 ID:053f6428
Date: 2012/03/09 00:02
 
 山賊を追いかけていった元譲。
 それが意気揚々と帰ってきたのは、その日の夕方近くであった。
 賊の一報があったのが午前中であったので、ほぼ半日に及ぶ捕り物となっていた。
 無論、その甲斐あって、逃げ出した山賊の悉くを召し捕ったのだ。
 400名近い人間に追いかけられた山賊は、何処までも追ってくる元譲達の姿に心を折られ、そして体力を使い果たした人間から一人づつ捕縛されたのだという。

 陽光が黄色味を帯びだす頃、元譲は怪我人を1人として出す事無く、20余名全員を捕縛して帰ってきた。
 それは、それだけは見事であった。


「お見事な戦果で」


 が、一刀の言葉には、呆れの色があった。
 或いは感嘆と言えるかもしれない。
 比較にならない少数の、それも山賊相手なのだ。
 まず負けないだろうとは思っていたが、ここまで一方的な展開、或いは鎧を着ていたにも関わらず、着てない山賊相手に体力勝ちとか、それは有得ないと云う気持ちであった。
 元譲恐るべし。
 自らが仕える事となった相手の底なしの体力っぷりに、一刀はある意味で恐怖していた。
 彼らと一緒に動く、という未来図が見えたからだ。

 尤も、そんな一刀の様子を気付く事無く、元譲は良い笑顔で応じた。


「うむ、これで陳留周辺で活動していた山賊もあらかた掃討出来た事になるな」


 元譲が胸をはって喜んでいる。
 その顔を一刀は眩しげに見て、それから少しだけ顔をしかめた。
 曹孟徳からの厳命があったので、それを伝える必要があるからだ。
 何かを誤魔化すように微笑を浮かべたままに、報告する。


「曹刺史が、帰還次第即座に報告に来るようにと仰せられておりましたので、元譲殿は至急、執務室へとお向かい下さい。此方は私が手配しておきますので」


「む、大丈夫か?」


 今日から入った人間が手配出来るのかと言う元譲の疑問に、一刀は大丈夫だと返した。


「夏候妙才殿に教示して頂く事になっておりますので」


「そうか、秋蘭になら大丈夫だな。では頼むぞ元嗣」


「はい ―― ご幸運を」


「ん?」


 報告へと向かうのに幸運をとはこれいかに。
 そんな一刀の言葉への疑問を感じた元譲だが、その疑問への関心は直ぐに雲散霧消する事となった。
 何と言っても、同時に数日振りに曹孟徳と合えるのだ。
 それだけの事で、元譲は浮ついた気分となって、走り出した。
 その様は、まるで恋人の下へと駆けるような、或いは飼い主の下へと走る犬の様な勢いであった。


 その様を、夏候元譲隊の面々は微笑ましげに見送っていた。
 一人、痛ましげな一刀を除いて。





 嬉々として曹孟徳の部屋へと入った元譲が見たのは、机に向かっていた曹孟徳であった。
 元譲がきた事に気づくと、ゆっくりとした仕草で筆を置いた。
 それは奇妙な程に、ゆっくりとした動作だった。
 もっとも、その事に気付かぬままに元譲は背筋を伸ばし、楽しげに報告する。


「華琳様! 山賊を討伐してきましたっ!!」


「ご苦労様。だけどね、夏 候 元 譲● ● ● ●………」


 曹孟徳が、笑顔のままに力を込めて名前を呼んだ。
 それだけで元譲は震えだした。


「かっ、かっ、かっ華琳さま!?」


 曹孟徳の執務室より、元譲の悲鳴が上がった。
 それは陳留刺史府に響くような悲鳴であったが、それを耳にした誰もが粛々と己の仕事を続けていた。





 元譲が曹孟徳の叱責を受けている頃、その臣となった一刀は忙しく動いていた。
 山賊を牢に収め、怪我人へと医療の手配をし、勲功を計る。
 その他にも、襲われていた隊商からの情報を集める事などもあった。
 山賊相手の、戦ではないとはいえ、一合戦という按配だったのだ、仕事など幾らでもあり、それらを夏候妙才の指示に従って処理していく。

 どれ程の時間が経ったのであろうか。
 陽は夕暮れを通り越し、夜の帳が完全に降り切った頃、漸くながらも仕事は一段落していた。


「ご教示、ありがとう御座います」


 頭を下げた一刀に、夏候妙才は涼やかな笑いを浮かべて答えた。


「なに、貴君だけではなく姉者の為でもあるし、なにより、遡れば孟徳様の為だ」


 落ち着いた物腰は、正に才女の風格といった按配である。
 そんな夏候妙才に、一刀は感謝の念以上に謝意を憶えた。

 10人と三国志に登場する人間の名を覚えていない一刀にとって夏候淵なる人物は、2人居る夏候の影の薄い方という程度の相手だった。
 曹操に仕えていたのだから有能なんだろうな、という按配である。

 が、現実はその上にあった。
 夏候妙才は、実に有能な人間でだったのだ。
 のみならず、聞けば曹孟徳と共に洛陽まで往復した後だというのに、自分の書類仕事は別として、一刀への教示を行っているのだ。
 頑健であり有能でもある。 
 しかも一刀が手順などで勘違い、失敗をしても、それを優しく説き教えてくれるのだ。

 過去にして未来の自分の行為を謝罪したくなるのも当然であった。
 流石に口に出す事は無いが。


「ですが、一番に助かったのは私ですから」


「そう言ってもらえると、手助けした甲斐はあったな」


 そう笑った夏候妙才は、麦湯を飲む。
 仕事中に一刀が気分転換にと出した所、好評を博していた。

 香ばしさが良い、と。
 後、茶と違って温くなっても風味が損なわれないのも良いと夏候妙才は言う。


「博識だな、本当に」


「なに、唯の雑学ですよ」


「それを使いこなせているのであれば、博識と評して問題は無いのだ」


「褒められ過ぎですよ」


「そうかな? だが、何にせよ私としても嬉しい話なのでね」


 照れて笑う一刀に、夏候妙才は少しだけ才気を漂わせた眼差しで返した。

 はたで見ていても初めてと判る書類仕事をそつなくこなして見せた一刀を、夏候妙才は昼の剣才も含めて姉は良い買い物をしたのだと思っていた。
 大概の、才ある人間は、その才を誇り、驕る。
 文字を知っているだけで、否、人よりも書物を1つ多く読んでいるだけで、他人よりも自分が偉いと断ずる手合いを夏候妙才は見てきていたのだ。
 が、この北元嗣という人間、彼は実に謙虚であり、同時に、人に教えを受ける際にも、きちんと頭を垂れられる人間なのだ。
 しかも、傍に居て人品を見る限り、卑しさも無い。
 この様な人間が、これから姉を支えてくれるというのは、実に嬉しいものだと考えていた。

 夏候妙才にとって、姉である夏候元譲は可愛くて仕方のない相手であった。
 曹孟徳に向けるのとは別種の愛があり、故に、自分が姉を支える事が嫌などある筈がなかった。
 がしかし、それも今だけの事でしかない。
 今後、曹孟徳が出世をしていけば、夏候姉妹の仕事も又、増えていく。
 そうなれば今のように簡単に、傍で姉を支える事は難しくなるだろう。

 そう思えばこそ、夏候妙才は一刀が姉の傍に来たことを歓迎出来たのだ。


「では、その期待を裏切らない様に精進します」


「そうだな、頼むぞ北殿」


「努力致します」


 真剣な顔で頷いた一刀、だが、その真剣さを粉砕する音がした。
 空腹、腹の虫である。
 音を出したのは、まだまだ成長期である一刀のだった。

 山賊を退治してから、麦湯程度しか口にせずに仕事をしていたのだ。
 腹が減るのも道理であった。
 間の抜けた音に赤面した一刀に、夏候妙才は柔らかく笑いかけた。
 

「はははっ、なら、今日は姉者の所へ来てくれた歓迎と言う事で私が手を振るおうか」


 喰えぬものなどないな? と確認する夏候妙才に、一刀は1つだけお願いがあります。
 と、真剣な眼差しで返していた。






真・恋姫無双
 韓浩ポジの一刀さん ~ 私は如何にして悩むのをやめ、覇王を愛するに至ったか

  その4






 兵卒の食堂は、盛り上がっていた。
 酒が振舞われた訳では無いが、それを補って余りある興奮、大捕り物の大勝利である。
 元譲に率いられていた者たちは、自分の捕まえた山賊の体力の無さを笑い、一刀に率いられていた者たちは、自らの倍の相手を打ち破った武功に酔っていた。
 怪我人も居たが、命に関わる様なものが無かったお陰で、総じてその雰囲気は明るかった。


「しかしあの北という副長、やりますね」


 感心した様に笑う兵たち。
 彼らの、一刀の評価は悪いものでは無かった。
 文官に似た雰囲気であるが、最後の突撃では自ら先頭に立ち、何よりも勝ったのだ。
 これを評価しない兵など居なかった。


「あの剣も凄いなっ!」


「奇声を上げた時には狂ったかと思ったが、相手の剣ごと潰したんだ、見事なものじゃ!!」


 薬丸自顕流の一撃は、それを防ごうとした剣すらも、その勢いで押し潰して斬ったのだ。
 相手の頭は、真っ二つではなく、4つに叩き潰されていた。
 それは正に惨状であったが、兵たちはそれを平気で思い出しながら、飯を食らう。
 命の値段が軽い時代の事、その程度で食欲を失う人間は兵になっている筈も、兵であり続ける筈も無かった。

 それに、惨状ではあったが、それによって山賊たちは士気崩壊をして、簡単に取り押さえる事が出来たのだ。
 である以上、一刀の剣術を否定的に見る人間がこの場に居る筈も無かった。


「斬撃といよりも、壊撃というべきか?」


「確か、あの剣も曲がって壊れておったから、それが似合いだのう」


「壊撃、壊撃か」


 笑い声を上げる一同、その中にあって年嵩の男、昼の戦いで一刀へ助言した古参兵が、給仕に呼ばれた。
 手招きで食堂の外へと誘っている。
 馬鹿笑いはしていても、食器を壊すなどの騒動している訳で無いのに何事かと行ってみれば、そこには話のネタとなった一刀が立っていた。


「おお、これは北副長、どうなさった?」


 物事の表裏に通じた古参兵らしく、先ほどまで一刀をネタにしていた事をおくびにも出さず笑顔を見せる。
 馬鹿にしていた訳ではないし、実際問題としては褒めていたのだが、当人の居ない積もりで話した内容を当人が聞いていたというのは、中々に厳しい状態であるが、それを欠片も見せない。
 まるで、その事を口にすれば野暮天かの様な態度である。

 ふてぶてしい面構えの古参兵に、一刀は映画とかに出ている下士官がこんな感じだよなとの感慨を抱いた。
 否。
 それどころか古参兵が下士官で若年兵が兵卒なら、そんな兵士の楽しみを邪魔するのは確かに野暮天だとも思っていた。
 なので、話題の事に触れる事も無く、酒瓶を出した。


「これは?」


 流石の古参兵もその意図を読みきれずに面食らっており、その事に満足を抱きながら一刀は酒瓶を持たせた。
 当然この酒瓶の中身は酒である。
 それも、夏候妙才に頼んで譲ってもらった逸品である。


「昼間の礼だ。夏候妙才殿から許可も貰っている。今日はゆっくりと飲んでくれ」


 元譲の副官としての立場があるので、一刀もぶっきらぼうな口調をせざる得なかったが、その気持ちは本当である。
 礼、即ち昼間に助言して貰ったお礼と、そして怪我人を出させてしまった謝罪を兼ねての事だった。
 自分に無い視点でのサポートは大変に有難く、その結果もあっての勝利だし、それとは別に、もう少しだけ兵を多く残してもらっていれば、怪我人は出なかっただろうと一刀は考えていたのだ。
 だから、夏候妙才に頼んで、給与の前借りとして酒を出して貰おうとしたのだ。

 尤も、夏候妙才も、酒を貰う理由が、それであればと、快く自分の持っていた酒を譲ってくれたのだ。
 一刀の、曹孟徳の御旗への参陣祝いとして。


「こっ、こりゃまた有難く……」


 驚いたという表情を顔に貼り付けた古参兵は、少しだけ言葉が乱れていた。
 それだけ、酒瓶からの上等な酒の匂いと、その振舞われた理由に驚いていたのだ。
 そして同時に、一刀への評価を上方修正していた。
 武の才も持つが、それだけでは無い、と。

 そしてもう1つ、面白いと感じていた。
 兵卒の命が、路傍の石にも匹敵する ―― 少なくとも大多数の武官や文官にとっては、その程度の扱いの相手を労わった一刀と言う人間への興味とも言えるだろう。
 だから古参兵は、酒瓶を渡した事で用事は済んだと背を向けた一刀に、声を掛けていた。


「北副長!」


「どうした?」


「私は姓を珂、名は施。字を桓々と申します。今後とも宜しくお願いします」


 珂桓々は、礼を正して名乗りを上げた。
 それを受けて一刀も、背筋を伸ばしてその名乗りを受ける。


「私は軍をまだ知らぬ事も多い、宜しく頼む」


「はっ!」





 食堂へと戻った珂桓々に、同席していた連中が興味津々と聞いてくる。
 当然だろう。
 兵卒と親しくし、労を共に分かち合う事で兵卒から莫大な信頼を得ている元譲ですらも、兵卒の食堂にまで現れる事はそうそう無いのだ。
 戦場ではともかく、日常では線を引いているのだ。
 元譲の家、夏候家が名家である事も理由ではあったが、一般的に言って、この時代のみならず、将と兵卒との関係としては、それが標準的なものであった。

 だからこそ、一刀が現れた事に、多くの人間が興味を持ったのだ。
 何事であるか、と。 


「何事だったんで?」


 興味津々といった兵卒達に、珂桓々は全てを端折って答えた。
 振る舞い酒だ、と。
 一刀が夏候元譲隊に参加しての初陣にして初勝利だったのでの、祝い酒だと。
 兵卒にとっては、それで十分な理由だった。
 卓に乗せられた酒瓶に、兵卒達は目の色を変えて、酒を注ぎだす。
 途中からは、昼に一刀の指揮下に居た者達だけではなく、食堂に残ってた連中が杯を出してくる。

 酒瓶はさして大きく無い為に、1人あたりの量は少なかったが、それでも、この食堂に居た全ての人間の杯には注がれた。
 そして、珂桓々が流れとして音頭を取る。


「では壊撃の北元嗣、我らの副長に!」


 乾杯、そう唱和して、杯は干されたのだった。




 
 深夜。
 曹孟徳は自らの閨の寝台にて、その痩身に薄手の夜着を羽織って寝そべっている。
 手には杯を持ち、楽しげな表情で喉を潤している。
 その横では、豊満にして引き締まるという二律背反な肢体をした夏候妙才が、力なく寝台に身を横たえている。
 此方は上気すると共に、何処かしら満足した疲労感というものが漂っている。

 そんな甘い情事の残り香が漂う部屋で、だが曹孟徳が紡ぐ言葉は愛のものではなかった。


「そう、面白いわね」


 面白がる対象は、一刀である。
 曹孟徳は、夏候妙才が横から見ていた仕事ぶりから、 “河内の賢人” との噂の真偽、真相を見たのだ。
 その結果は可、である。
 戦場での働きもだが、書類仕事もしっかりとこなし、気配りも出来るのだ。
 春蘭は、自らを支えるに足る良き臣を得てきたと褒めたい位である。

 但し、才を、才人を愛する曹孟徳は、自分が愛でる●●● には、足りないとも思っていた。
 曹孟徳の趣味として、もう少し形から外れた才人が好みであり、その意味で、今日で見えた北元嗣という人間は些か、小さく纏まりすぎている様に思えたのだ。
 剣の才は、兵卒より優れては居ても夏候の両蘭は当然ながらも自分にも及ばぬだろう。
 書類仕事に関しても、並みの文官より優れてはいても、同じであり、この満天下に名の知れた軍師の才を持つ者達と比較する事など無理であろう。
 その意味で一刀は、曹孟徳にとっては愛でるに値せぬ相手であった。

 だが同時に曹孟徳は、見極めが足りないとも思っていた。
 会話など僅かしか交わしていないが、何かが一刀の奥に潜んでいる様にも感じたからだ。
 だからこそ、呟くのだ。
 面白い、と。


「華琳様……」


 薄闇の中で笑う曹孟徳。
 その魅力に酔った様に夏候妙才は、その名を呼んだ。
 それに、艶然と曹孟徳は応じる。


「そうね秋蘭、夜は長いわ」


 2人の影がそっと重なる。
 夜はまだ始まったばかりであった。
 



[31419] その5
Name: アハト・アハト◆404ca424 ID:053f6428
Date: 2012/03/09 00:08
 
 陳留に来てはや一週間。月日は矢の如く流れ、その中で一刀は夏候元譲隊に関わる書類仕事をはじめとして、様々な仕事をこなした。
 様々とは具体的には夏候元譲隊の状況把握と、その上部組織である兗州刺史府の各部署との顔を繋ぐ事である。

 始めましてから始まって、いやいやどーもや、どうですか調子はなどの世間話をし、顔を覚えてもらい、仕事が簡単に回るようにするのだ。
 夏候元譲隊は、元譲が刺史曹孟徳の覚えが良いというか直臣なので、その威光のお陰で今までは物事が簡単に通っていた。
 が、人間同士なのだ。
 威光だけで物事を通していては、万が一の時が怖いと一刀は考えたのだ。

 尚、根回しの下準備に掛かる事を告げられた元譲は、いっそ清々しいまでの笑顔で、元嗣が何を言ってるか判らないと返していた。
 そして同時に、元嗣が必要だと思うのであれば、そうなのだろう、とも。
 山賊相手の一戦で、元譲は元嗣を全面的に信頼する、そう決めたのだと言う。
 そのあからさまな信頼の表現に、一刀は赤面を自覚しつつも、任せてくれと返したのだった。

 そんなこんなの一週間が経過し、一刀の仕事も少しづつではあるが安定してきていた。
 書類仕事も、夏候元譲隊の訓練も、ついでに言えば乗馬訓練も何とか、人並みの足元程度には出来る様になってきた。
 だからだろう。
 ふと、元譲が我侭を言い出したのは。


「私は元嗣の武が見たい」


 書類仕事が一段落し、麦湯を片手に休憩をしていた一刀は、その余りにも唐突な意見に、面食らっていた。






真・恋姫無双
 韓浩ポジの一刀さん ~ 私は如何にして悩むのをやめ、覇王を愛するに至ったか

 【立身編】 その5






「いや、元譲?」


 一刀の声に、些か以上の困惑というか苦笑の成分が入っていたのは、仕方の無い事だろう。
 既に武は見せているのだ。
 木剣での立ち木打ちを見せ、木剣での軽い立会いもしているのだから。

 木剣での立会いでは散々に打ち込まれた一刀としては、何で又、というのが正直な所であった。
 だが元譲にとっては違う。
 元譲は不満げに、唇を歪めて言う。


「だがアレは木剣であったではないか」


 木剣と真剣はまったくの別物であり、それでだからこそ元譲は真剣での、本当の一刀の武を見たいと言うのだ。
 木剣での立会いでは、実戦で一撃で相手を叩き潰したという “壊撃” が感じられない。
 だから真剣でのを見てみたいのだと。

 だがそれを、一刀は拒否する。
 曹孟徳が、一刀が剣の練習で真剣を使用する事を禁止していたからだ。
 理由は簡単である。
 壊すからだ、一刀が、剣を。
 陳留で一般的に流通している剣では一刀の力、薬丸自顕流の打ち込みに耐えられないのだ。
 硬い立ち木に打てば、簡単に歪み、或いは折れた。
 よって、立ち木打ちで剣を3本駄目にした所で、曹孟徳が良い剣が手に入るまではという条件付けで、練習での真剣の使用を禁止したのだった。
 剣も一品モノではないとはいえ、決して安いものではないのだ。
 実戦で武器を駄目にするのは仕方が無いが、練習で潰され続けては堪らないと曹孟徳が判断するのも当然であった。


「だが、曹刺史の命令を無視する訳にはいかないだろ?」


「そうなのだが………」


 無念と、元譲は両手で碗を手に持って言う。
 曹孟徳への敬愛と同時に、武への渇望がその内にあった。


「七星餓狼がもう一本あれば………」


 悔しげに言う元譲。
 彼女の愛剣である七星餓狼は夏候家伝家の逸品、大業物であり一刀の力を優に受け止め、その力を発揮させ、立ち木を一撃で断ったのだ。
 だからこそ曹孟徳も、良い剣が手に入るまでは● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● と条件付けていたのだ。
 売っているのを発見すれば、刺史府で金を出すので買えとも言っていた。
 配下が全力を出せる環境を整備するのも上に立つ人間の務めだとも。
 どうやら一刀の武、修めた薬丸自顕流は、曹孟徳が愛でるに値する才であった様である。

 とはいえ、例え剣が得られたとしても一刀としては、元譲と立会いたいとは全く思わなかった。
 一刀が修める薬丸自顕流とは、凡その意味において、元譲の持つ武とは異なるからだ。
 唯の剣術、或いは剣道であれば差異は小さなものであっただろう。
 だが薬丸自顕流は違う。
 その本質は、余人と切磋琢磨しあって磨き上げる様なものではなく、ただひたすらに己を鍛え上げ、一刀一撃で人を殺すという事に収斂した剣術なのだ。
 活人だの精神修練だののお題目を鼻で笑う薩摩の武、それが薬丸自顕流の本質であった。

 だから、立ち会いたく無いのだ。
 まだ元譲との付き合いは短いものでしかないが、一刀はこのやや早合点の気はあっても、気のいい女性を気に入っていた。
 そんな相手に殺意なんてぶつけられる筈が無かった。

 一刀は、初めて殺した相手を、柘榴のように砕けた相手を思う。
 平和の時代に育ったが故の思い、命を断った事への自己嫌悪などが無いとは言わない。
 だがしかし、同時に裕福とは言えない時代で、余人のものを奪う事を生業とするような外道非道の手合いを討つ事に後悔や懺悔の念は無い。
 無かった。
 賊の被害者を見れば、残された人間の慟哭を見れば、命であればどの様なものであれ大切である等とは口が裂けても言えぬのだ。
 だから、これからも一刀は賊を相手として剣を振るう事に拒否は無い。
 だが、だからこそ一刀は味方に剣を向けたく無かったのだ。

 尤も、そんな一刀の気持ちとは逆に、元譲は立会いをしたくて堪らなかった。
 地力や総合力として見た時、元譲は一刀より圧倒的に勝っている。
 10度戦えば、9度は元譲が勝つだろう。
 残る1度とて、一刀が引き分けを狙えば成る、かもしれないという程度のものである。
 だが、それでも尚、一刀の打ち込み ―― その一太刀目だけは脅威であると思ったのだ。
 斬るという事に全てが集約された剣を、斬るという修練の成果を、立ち木を打ちではなく、間近で見たい、と。
 元譲の気持ちとは、一刀の持たない武を探求する者としてのの欲であり、であるが故に一刀の理解しえぬ領域であった。
 或いはこう評すべきかもしれない。
 これが、歴史に武にて名を残る者の本質である、と。

 そんな、元譲の本質を理解しきれぬままに、一刀は嘆息する。


「無いもの強請りは、悪い癖だな」


「むー 元嗣は達観し過ぎているな。修練は体に良いのだぞ!」


「それは否定しないけど、流石に真剣での立会いは勘弁だ」


 子供の頃より剣術の修行を繰り返してきた一刀は、体を動かす事の喜びを知っている。
 ただ、味方と真剣で立ち会いたくないだけなのだから。


「よし、では立会い以外で体を動かそう。元嗣、これから遠乗りに出るぞ」


「はっ?」


 唐突の言葉に一刀は目を丸くしたが、元譲はそんな事は見えないとばかりに快活に笑う。
 良い事を思いついたとばかりに。


「元嗣は、騎乗がまだ下手だからな。今日は腰が抜けるまで馬に乗るぞ、弓を持って野の兎を狩っても良いな」


「いや元譲、それは不味いだろ?」


「何でだ? 書類の仕事は今の出終わったんだ、後は修練だが、その科目が乗馬なだけで」


「終わってないし!」


 慌てて否定する一刀。
 纏めねばいけない報告は、まだまだ山積していた。
 だが、終わったと言う元譲の言葉も事実ではあった。
 近日中に仕上げなければ成らない報告書だけは終わっているのだから。


「元嗣、明日出来る事は明日すれば良いのだ」


 元譲は、凄く良い笑顔で断言する。
 その笑顔に一刀は気付いた。
 元譲、机に向かうのに飽きたのだな、と。

 生粋の、頭の上から爪先まで武の人として育っている元譲は、文官の仕事は一切が苦手だった。
 字が汚いし、そもそも書くのも嫌だし、座っているのすらも苦痛だった。
 だから、一刀が夏候元譲隊の副官として元譲の執務室に入った時に見たのは、未決裁のまま放置された竹簡や書簡の、文字通りの山であった。
 それは、早まったかもしれんなと一刀が思わず漏らす程の、山脈であった。

 それから1週間で、2人は不要不急の書類を処理し終えていた。
 一刀が文章として纏めたり要約して元譲に告げ、決断と印を元譲が担当するという、主に一刀が元譲の尻を叩く形で、であったが。

 だからという訳では無いだろうが、元譲は日常の修練以上のレベルで体を動かす事を望んだ。
 それ故の一刀との立会いであり、遠乗りであったのだ。


「仕方が無い、か」


 そんな元譲の気分を察し、一刀はため息交じりに受け入れていた。
 物騒な訳でもないし、と。
 一刀も又、基本は体育会系の為、体を動かす事への拒否など無いのだから。
 良しと、体に気合を入れて立つ。


「では元譲、妙才殿に城を空ける事を言っててくれ。私は馬具の手配をしておくから」


「何だ? 秋蘭も誘うのか??」


「元譲、貴方は曹刺史の兵のまとめ役で私は副官なんだ。それが揃って居なくなっては、万が一が大変じゃないか」


「おぉ、流石だ元嗣! 気が回るな!!」


 本気で感心した元譲に、一刀は少しだけ、今までの夏候妙才の苦労に思いを馳せていた。





 陳留刺史府の厩舎へと赴いた一刀、既に手には弓矢他の装具を持ってきている。
 夏候元譲隊の、曹孟徳の私兵部隊が保有する軍馬は、100頭から数えるという、その規模として見れば比較的大規模に揃えられていた。
 騎兵としてのみならず、曹孟徳は伝令としても騎馬を重視しているからだった。

 そんな大規模な厩舎で、一刀は管理官から元譲の馬と、自分用の適当な軍馬を出してもらう。
 鞍を載せ、馬具を整えていく。
 それが終わったら弓の支度をし、防具を身に付けていく。
 今の一刀の格好は、この陳留に来て用意したものだった。
 元譲が金を出した服だが、戦闘時にも着込む為、生地は厚手のものとなっている。
 下はズボンというかカーゴパンツに似た余裕のあるデザインであり、上は細めの綿シャツと、その上に防具を兼ねる革のダブルのライダース風ジャケットを着込む。
 その全てが中華風とは全くもって言い難いデザインだ。
 戦場では、この他にチャップス風の革製ズボン防具を着込む事にしている。

 本来、一刀はもう少しこの世界で一般的な服を選ぶ積もりであったが、元の世界への郷愁から、店でそれらを見て心惹かれたのだ。
 その事に気付いた元譲が、気を利かして購入したのだった。

 尚、この他に礼服としての漢服も、一式丸ごと購入してもらっていた。
 この時代の被服は決して安く無いにも掛からずのこれは、今はまだ必要ないだろうが将来は必要になるだろうとの、元譲の心遣いだった。




 まだ元譲が来ていない為、時間つぶしにと軽く柔軟体操を始めた一刀。
 と、その耳に罵声が飛び込んできた。


「何を考えているの!!」


 若い女性の金切り声だ。
 何事かと声のした方へと慌てて駆け出す。
 ここは刺史府の一角とはいえ兵舎の区画、 万が一にも若い兵士が、女性相手の馬鹿をやったのであればとの意識があった。

 だが、厩舎を出た一刀が見たのは予想の全く逆、うな垂れた兵とそれを胸を反らして睨む若い女性の姿だった。
 少女と言っても良い年頃と見える。
 が、その表情は知性が光るが、それ以上に、何と言うべきか狷介さが漂っている。


「何事?」


 思わず一刀がそう呟いたのも道理だった。
 その声に反応した2人は、一刀を見る。
 反応は見事に分かれていた。
 少女は胡乱なものを見る目つきで一刀を睨み、対して兵士は助けの神を見たと言わんばかりの表情となった。
 否、声を上げた。


「北副長!!」


 何とも縋る様な按配である。
 それを見て、何だ事前の予想とは全く異なっている事に安堵を憶えながら、声を掛けた。


「どうした?」


 兵士は必死になって事情を話しだす。
 何でもこの兵士、訓練に必要な道具を取りに来た所、この少女 ―― 具足糧秣の管理監督官から怒られたのだと言う。
 必要な道具を取りに来ただけなのに、と。

 対して少女は眦を上げて叱る。


「官給装具の持ち出しには100人長以上の人間の印が必要だって、曹孟徳様がお決めになってるのよ!」


 基本的に士気及び規律の厳しい曹家私兵隊は、古参に限れば不心得物など居ないのだが、規模拡張などで入ってきた新人が官給装具を持ち出し、そのまま市井に売りつけるなどの事をしでか事があったのだ。
 それ故に作られた新しい、一刀が来てからの規則であった。

 そしてこの兵士。100人長では無いが古参であったので、以前の様な気分で、細かい事は良いだろ? とばかりに書類を出さずに持て行こうとしたのだ。


「規則を守れないなんて、それも、曹孟徳様のお定めになった規則を守れない兵士なんて、死んだ方が良いわよ!!」


 苛烈に言い放った少女。
 兵士の方は殆ど涙目である。
 流石に可愛そうになった一刀は、助け舟を出す。


「だが、まだ決まったばかりだ。周知徹底がなされないのは仕方が無いんじゃないか?」


「何を言っているの! そんな、ちょっとぐらい良いだろうみたいな緩い奴、戦場で曹孟徳様の指示を守れず死ぬのが関の山、迷惑よ、ここで腹をかっさばけ!!」


「ひっ!」


 歴戦の風格が見える兵士が怯える様な気迫を見せる少女、その矛先は一刀にも向く。


「あんたもよ、副長みたいだけど、規律1つ守らせられないのであれば、指揮官失格よ!!」


 その言は真に正論であり、この少女の知性の高さを示していた。
 だが、その勢いに一刀は折れない。
 そっと受け止める。


「貴方の話も判るけど、これはそこまで深刻な話じゃない。人は一度の過ちは許されるべきだよ、如何に曹孟徳の精兵といえど人間なんだしね。細かい事で罰し続けていては最後は兵士が居なくなってしまう。それに、貴方とて今まで一度も過ちを犯した事は無い、とは言わないでしょ?」


「むっ!」


 一本取られたかと言う表情を見せた少女、その隙を突く形で一刀は兵士に告げる。
 印を貰っておいで、と。
 その言葉を受けて兵士は脱兎の如く逃げ出したのだった。

 兵士に逃げられたことに少し不満げな表情を見せた少女は、それから一刀を正面から見る。
 挑むような目つきだ。
 否、値踏みする視線と言えるだろう。


「北副長って言ったわね。あなた、名は?」


「夏候元譲殿の副官、姓は北、名は郷、字は元嗣です」


「そ、憶えておくわ」


 それだけ言うと、少女は肩を怒らせて厩舎から出て行く。


「いや、自分は!?」


「ふん、汚らわしい男に名乗る訳無いでしょ!! 馬鹿じゃないって、名前を覚えてもらうだけ有難く思いなさい!!!」


「えっ!」


 その余りにも乱暴な言い切りっぷりに一刀は思わず絶句していた。










 無人の野を行く2頭の馬影、一刀と元譲だ。
 2人は先ほどまで全力疾走をし、それから軽く流しているのだった。


「酷い目にあったものだな」


 そう言いつつも、元譲の口調には笑いの色があった。
 対する一刀の口元には、笑みは笑みでも苦味の入った笑みが浮かんでいた。


「全くだ。気性の強い女性の知己は増えたけど、あれ程に強い人は初めてだよ」


 当然話題は、先ほどに一刀が出会った少女だ。


「具足糧秣の管理監督官と言えば、威勢の良い● ● ● ● ● 奴だと、100人長の、誰だったかが言っていたな」


 相当な男嫌いだとも続ける。
 名前は荀何とかだったとも。
 具足糧秣の管理監督と言えば比較的重要な役職ではあるのだが、そこら辺をかつては夏候妙才に、そして今は一刀に放り投げている元譲にとっては、重要では無かったのだ。
 自分を、曹孟徳の矛として、その武の切っ先としてのみ理解している元譲らしいと言えば、らしい態度であった。

 尤も、それを一刀は、何時か修正しようと考えてはいたが。
 後方を軽視する将は危ない、と。
 腹が減っては戦も出来ぬと信じていたのだから。


「だが、正論ではあるんだよね」


「む、元嗣は強気の女性が好みか?」


「そこは程度問題だ!」


 楽しげに笑いあう2人の声は、野原に広がっていった。
 



[31419] その6
Name: アハト・アハト◆404ca424 ID:053f6428
Date: 2012/03/19 21:10
 
 夜の帳に包まれた陳留。大多数の人間が寝静まり静かになった刺史府で、蝋燭立てを手に歩いている人影が1つ。
 その主、曹孟徳である。
 今、漸くもって仕事を終えたのだ。
 元譲などの活躍で陳留周辺の賊の討伐はほぼ終わったが、刺史である曹孟徳の仕事は賊退治だけで終わるものではなく、兗州全体を統治する為に仕事は山積しているのが現実だった。
 とはいえ、この時間まで仕事をしているのは、統治する側の人間としては極めて珍しいだろう。
 だが、それが曹孟徳なのだ。
 人に才を求め、有能である事を能力を発揮する事を好むが、それ以上に、自分自身を厳しく律し、努力することを自分に課するのだ。

 そんな曹孟徳は、常に顔に浮かんでいる鋭さを鈍らせて、小さくあくびをする。
 その様は可愛らしくあり、見るものに年相応なる感慨を与えるものであった。
 否。
 だからこそ、誰も居ない時間だからこそ、曹孟徳は己を緩めていたのだった。

 と、その曹孟徳が行く道の脇に、明かりの灯った部屋があった。
 まだ仕事をしている人間が居たのかと、小さく驚き、そしてその部屋の主を考えた時、驚きは少しだけ大きくなった。
 何故なら、その部屋は夏候元譲隊の執務室だったからだ。


「どうしたのかしら?」


 兵を要する火急なる事でもあったかと考える曹孟徳だが、何も思い出せない。

 陳留周辺の賊討伐は終了し、その影響もあってか兗州全域で賊の跳梁は低調になりつつあるからだ。
 近日中に遠征し討伐する予定も1つ、あるにはあったが、討伐する賊の、拠点や規模に関する情報収集が終わっていない事もあって、まだ先の話とされていた。
 無論、賊による被害を低減させる為に、兗州各郡の太守に官軍を出す事は命じていたが、曹孟徳は、それに余り期待していなかった。
 官軍はその大多数の兵が、兵役として集められた人間である為に大集団であれば別だが、小規模で運用される場合には、その質の低さから期待出来るものではなかった。
 更に言えば、指揮する者にも問題があった。
 野に優才の士ありて義勇軍などの指揮官に光る者はあれど、官軍の指揮官となれば、家柄などで選ばれた者も多い為、期待し辛いのだ。
 特に、この曹孟徳が要求する水準に達する人間は。
 故に官軍も何時かは抜本的に改革してやろう、などと考えていた。
 その為には偉くならねば、とも。

 と、そこまで考えた所で、曹孟徳は気付いた。
 自分の考えが変な方向へと転がって居た事に。
 考えが煮詰まっていたのかしら、等と考えた曹孟徳は、自分も少しゆっくりと休むべきかも知れないなどと考えながら、夏候元譲隊の執務室の扉を開けた。




「誰が起きているのかしら?」


 机に向かっていた一刀は、突然に掛けられた声に驚いていた。
 静まり返った刺史府で仕事をしているのは自分だけだろうと考えていたからだ。


「何方で?」


 振り向いた一刀が見たのは、胡乱な目つきで自分を見る曹孟徳であった。
 慌てて立ち上がって礼をしようとする、が、それを止められた。
 仕事をしているのであれば、邪魔をした私が悪いと言って。
 虚礼を好まぬ、曹孟徳らしい態度であった。


「で北元嗣、こんな時間まで貴方は何をしているの?」


 夜の帳も降り切った時間だ。
 仕事に熱心なのも大事だが、火急に類される仕事が無ければ、武官● ●は休むことも仕事の内だろうと、曹孟徳は労わる様に言う。
 この最近、一刀の仕事ぶりを元譲から聞いていた曹孟徳は、一刀への評価を上方修正していたのだ。
 だからこそ、必要が無ければ無理をするな、と言うのだ。
 その事に気付いた一刀、照れた様に頭をかいた。


「常の業務であれば終わったのですが、先ほどまでは夏候元譲殿が、朝議で曹孟徳様が近日には遠征を行うと仰られたと言ってましたので、その準備をしておりました」


 今まで行われた遠征などの資料を把握し、手配すべきものの確認をしていたのだと言う。
 目標に対して、自分はどう動くべきか、何を準備すべきかの確認をしていたのだと。


「いざ、その場で命令されて動けないと、困りますから」


 一刀の、ある意味で実に日本人らしい気構えである。
 それに曹孟徳は深く感心した。


「ふむ。春蘭は得がたいものを手にしていたようね」


 だが、と続ける。
 していたという事は、終ったのであればもう寝なさい、と。
 仕事はだらだらとするものではない、とも。
 だが、それには一刀が拒否をする。
 もう少しだけ、と。


「あら、下準備は終ったのではなくて?」


「そちらは滞りなくなのですが、少しだけ、自分の用向きがありまして」


 余り綺麗な話では無いですが、そう前置きをして一刀は机に置いた木簡を差し示した。
 それは司隷河内郡の寒村、この陳留へ来る前に一刀の居た村からのものであった。
 内容は前置きに違わぬもの、一刀が村を離れる前に手掛けていた事、下水の処理と屎尿の肥料化に関して、上手く行かずに困っていると云う事だった。


「そう」


 曹孟徳は微妙な表情で頷いた。
 為政者としては中々に興味をそそられる内容であるが、うら若き乙女としては、楽しい話題とは言い難かったのだ。
 表情で、その事を理解した一刀は、困ったように笑う。
 流石に謝罪は、曹孟徳の矜持を思って口にはしなかったが。
 だから、誤魔化す様に言葉を連ねた。


「畜糞の堆肥化は上手く行ったんですけどね」


 元々、この時代でも畜糞を肥料として使われてはいた。
 一刀はそれに発酵の手順などを導入し、進化させたのだ。
 高度化と言っても良い。
 とはいっても、本当の意味で高度であるかと言えば、否と評すべきものではあった。
 学校で習った事や雑学から得た半可通染みた知識を元にくみ上げたものだから。

 だがそれでも、この時代の農業に対して劇的な影響を、収穫量の大幅な向上を達成していた。


「そんなに?」


 収穫量の増大、そのが前年比で1.3倍に達したと一刀が告げた時、曹孟徳の目の色が変わった。
 猛禽の様な目つきに、だ。
 それに気付かぬままに、一刀は竹簡を眺めていた。


「はい。ですがこれも発酵がまだ不十分なものを試験的に使用してみての成果ですから、最終的には、2倍まで狙えるかもしれません」


「それだけの事を、貴方はその村でした、と」


「努力しただけです。成果は、皆の協力のお陰です。それにまだ不十分みたいで………」


 ご覧になります? と示した竹簡には、屎尿処理設備は予定通りに完成したが上手く動かず、肥料化も何がしの問題があると書かれていた。
 故に、助けて欲しいという内容であったのだ。
 とはいえ、簡単にはいかない。
 竹簡に書かれた情報だけでは問題点が把握しきれず、指示を出す事は出来ない。
 かといって実際に見に行くにはチト、遠い ―― 片道で1日程度ではあるが、今の仕事を考えると、往復だけで2日、しかも問題解決に複数日を必要とする様な事を出来る身では無いのだ。
 拾ってもらった恩義のある村だ。
 何とかしたいとは思うが、何ともし辛い状況なのだ。
 有給休暇なんて無いしと、一刀は内心で嘆いた。

 が、その状況を覆す一言があった。


「面白いわね」


 曹孟徳は非常に楽しげに、竹簡を覗き込んでいた。





 面白い。
 そう言った後の、決断した後の曹孟徳の動きは素早かった。
 先ずは一刀に、であればと告げた。


「村に行って見てくればいいわ」


「しかし仕事が……」


「公務にするわ」


「は?」





 そして翌日、厩舎にて旅支度を纏めている一刀の姿があった。
 もちろん目的地は、司隷河内郡の寒村だ。
 片道1日の旅程なので、荷物は大層なものは無く、ちょっとした雨具と予備の衣類。それに携帯食である。
 量が少ないので、鞍の後ろにくくり付ければ簡単である。
 と、まだ余裕があったので、竹水筒と一緒に茶具を載せる。
 小さな薬缶とこしき、それに大麦の種を煎じたものを。
 鉄の棒を組み合わせる、足の長い組み立て式の五徳も忘れない。
 後は交通手形などもあるが、其方は剣と一緒に腰に佩いておく。

 準備やよし、そう頷いた一刀に、後ろから元譲が怒ったような泣いたような、何とも言い難い声で話しかける。


「いいか元嗣、絶対にお護りするのだぞ!!」


「努力します」


「努力では駄目だっ! 身命を賭せっ!!」


 命を賭けても、命を失っても全うしろ。
 そんな無茶を言う元譲に、一刀は困ったように笑うしかなかった。
 否、実際に困っていた。
 気楽な1人旅であれば、男であれば問題は無かった。
 簡単だとも言えるだろう。
 だが、これは1人旅では無いのだ。
 男だけでも無かった。


「では秋蘭、刺史府の業務、後は任せたわよ」


「お任せ下さい華琳様」


 そう、兗州刺史である曹孟徳が居なければ。

 旅装を整えた曹孟徳は、その腹心である夏候妙才に、事後を託す旨、告げている。
 と、そこへ元譲が縋るように泣きつく。


「やっぱり私も参る訳には行かないでしょうか!」


「駄目よ春蘭、軍の指揮官が2人とも抜ける訳にはいかないわ」


「であれば、いっそ元嗣と私が交代すればっ!」


「これは元嗣の目的が最初にあったのよ? それでは意味が無いわ」


「であればせめて、護衛を!」


「お忍びの視察に、その様なものを付けるのは無粋だわ」


「華琳様ぁーっ!!」


 愁嘆場と評するほか無い空気を作る元譲と、苦笑している曹孟徳。
 そして一刀は、そんな2人の様を生暖かく見ているのだった。

 と、ふと一刀は自分と同じような、否、より優しい視線で元譲を見ている夏候妙才に気付いた。
 それはまるで、愛子を見るかの如き目だ。
 その様に夏候の姉妹は、まるで逆だよななどと考えながら、一刀は声を掛けた。
 いいのですか、と。
 対する夏候妙才の返事は振るっていた。


「ああ、姐者は可愛いなぁ」


 聞いてはならぬものを聞いた様な気分を味わった一刀は、深いため息をついた。
 それからもう一度、尋ねた。
 少しだけ力を込めて。


「問題は無いのですか?」


 と、今度は声は通った。
 だが、その返事の方向性は少しだけ予定とは違っていた。


「うむ、華琳様の不在は問題ではあるが、所詮は数日の事。その程度で刺史府の仕事が滞るような事は無い」

 夏候妙才は出来る女の風格で断言する。
 が、その視線はまだ元譲と曹孟徳を見たままであった。


「それに華琳様は最近、働きづめであった。なのでここで少し羽を休まれても罰はあたらぬ」


「そうですか」


 幼子染みた風になった元譲への不安は無いのかと問いたかったのだが、そこへの反応は無い。
 どうやら、夏候妙才的には、この元譲の状態に何の不満や問題を感じるのだ、といった按配なのだろう。
 きっと。

 そして、ふと、視線が外から浴びせられているのに気付いた。
 振り返って見れば、厩舎の外から、以前に兵を面罵していた具足糧秣の管理監督官の荀家の何とかさんが見ていた。
 視線は、曹孟徳に固定されている。
 何とも言えない幸せそうな表情をしている。
 詳細は判らないが、中々に特徴的な性格をしていそうである。
 否、特徴的なのは、この荀何とかさんだけではなく、曹孟徳から夏候姉妹まで色々と居る。
 三国志の悪役配置だと思っていた曹魏は、別の意味で個性的であり、特徴的な人間の集団であった。


 ため息を小さくついた一刀。
 少しだけ、ほんの少しだけ、この曹魏へ参加した事を早まったかなと、一刀は思っていた。






真・恋姫無双
 韓浩ポジの一刀さん ~ 私は如何にして悩むのをやめ、覇王を愛するに至ったか

 【立身編】 その6






 さて、旅立ちこそ波乱万丈の気があったが、蓋を開ければ何のことは無い小旅行となった。
 行きの道は簡単であり、村についてからも ―― かの有名な兗州刺史がお忍びで来たという事で一騒動になったが、それだけ。
 村の問題に関しても、屎尿処理に関しては一刀の残していた設計図の誤読が原因であり、簡単な指摘で、解決した。
 堆肥作りに関しては発酵させる際に、高温化した事が問題であった。
 否、発酵する上で高温化する事は普通であるのだが、この際に発生した水蒸気に村人が、すわ火事かと過剰に反応し、水を掛けてしまった事が問題であったのだ。
 水を掛けた事で発酵が進まなくなり、堆肥化しなかったのだ。
 此方に関しては、問題が無い事を説明し、又、今後の人糞の発酵が始まれば更に高温を発する事も告げる。
 基本的に畜糞や人糞に藁を混ぜ込んで発酵させるという雑な堆肥作りは、一刀の持っていた知識が極めて大雑把、学校の体験学習で知った知識であった事が原因であった。
 だが、発酵させるだけ、糞尿をそのまま使用するよりは安全であり、であるからこそ、一刀は村長に強く言って提案したのだった。

 他にも上下水道に代表される公衆衛生や、植林に関するものなど、一刀が未来から持ち込んだ、この世界には無かった知恵、或いは知の蓄積● ● ● ●は、この村を他所とは一線を画すものとしていた。


「河内の賢人、か」


 賢人と謳われた意味を、曹孟徳は肌身で理解したのだった。
 組み上げられた浄水や汚水処理の設備という比較的大規模なインフラを見て、そしてその意味を、何故に手間を掛けて汚水処理をするのかと尋ねれば、その意図を判りやすく説明してくる、出来る事に驚きを覚えたのだ。
 知恵を知識を、道具として扱いこなしている、と。


 判らぬ事を聞いてくる村人に、根気良く、そして丁寧に返す一刀の姿を、曹孟徳は楽しげに見ていた。
 掘り出し物を得た気分であった。
 どうやってこの知見を養ったのかと疑問にも思うが。それは別として無性に、元譲を褒めてやりたいと思った。
 よくぞ、この才が他所の人間に渡る前に確保した、と。

 この才をどう使うか、どう使えば良いか。
 そんな事を考えると、曹孟徳は楽しくて仕方が無かったが、同時に、少しだけ不満を感じた。
 一刀に対してではない。
 己の立場に、である。
 曹孟徳は兗州刺史の身分であるので、兗州全域に対する指揮権はあるが、同時に、太守如く、確たる拠点は無い。
 故に、この一刀の持つ知見を使うには、少しだけ問題があったのだ。
 陳留太守の地位も得ようかしら ―― そんな事を考えたりもする。
 或いは、身内でそれなりの才のある者を、それこそ傀儡として陳留太守に置いてやろうかしら。


 割りに物騒な事まで考えていた曹孟徳。
 その姿を村人達は遠くから見守った。
 不思議そうに、或いは、触らぬ神に祟りなし、とも。
 そして、中でも子供達は至極素直な感想を漏らしていた。


「北先生って、美人には縁があるけど、何か、色気の気って無いよね」


「だね、喰われる側の人間だよね」


 一般的に言って、曹孟徳は美人である。
 だが、一刀を見る目は女性としてのものでは無く、そこを見抜いた子供に、容赦と云うものは無かった。





 寒村での時間は2日で終わった。
 複雑な問題でも無かったかので、解決自体は至極簡単であったのだ。
 又、一刀もだが曹孟徳は暇の立場から離れた人間であるで、用事が終れば急いで戻らねばならないというもの大きかった。

 そして帰り道。
 少し前に一刀が元譲と共に歩んだ道を、今度は曹孟徳と馬で往く。
 中華文明を育んだ、黄河の畔をゆくのは、極めて心地よいものであった。
 雄大にして壮大である様は、一刀の脳裏に1つの言葉を思い出させていた。


「国破れて山河在り、か」


 国家は儚くとも、この山河は確かに、不変であろうと感じ入っていた。
 尤も、その言葉に曹孟徳は別の反応をした。


「貴方、詩も出来るの?」


「残念ながら出来ません。これは伝聞、その頭だけですよ」


「この私が知らぬ詩があったなんてね。全部を諳んじられないの?」


 過去に詠われた詩の多くを諳んじる曹孟徳は、それ故に興味津々という顔を見せた。
 それは年齢相応の可愛らしさを漂わせているのだが、残念ながらもそれに一刀が応える事は無かった。
 出来なかった。


「残念ですけど」


 ごく普通の高校生でしかなかった一刀だ、真面目に漢文の授業を受けていた訳ではないのだから、それも当然だろう。
 自分にとっては過去、この時代よりは未来の詩を、ただ音の響きの美しさからこの1節だけを覚えていただけなのだから。
 そして趣味で云えば、やはり俳句の方が好みなのだ。
 侘び寂をと殊更に強調する積もりは無かったが、それでも、松尾芭蕉の方が好きだった。
 だから代わりに、それを口にする。


「夏草や、兵どもが、夢のあと ―― と」


 その根底に流れる無常観が好きだったのだ。
 無常観に関しては、平家物語の出だしを愛する一刀であったが、此方は此方で長い長い作品の最初の部分である為、曹孟徳の要求には応えられないだろうとの読みであった。


「簡素ね、だけど悪くないわ」


「夏に、古戦場を前にしたものだそうです」


「そう、面白いわね」


 そう評した所で、遠雷が響いた。
 2人して空を見上げれば、いつの間にか雨雲が出てきていた。


「あら、一雨来そうね………」


 曹孟徳は詰まらなそうな顔をみせた。
 もう少しで黄河を渡す船着場だというのに、この様な場所では雨宿りも面倒だと。
 或いは、自分の知らなかった面白い詩を聞いている途中で、それこそ水を差されたのが気に入らなかったというのも大きかった。

 対して一刀は、手早く雨宿りの出来る場所を探し、そこへ曹孟徳を誘うのだった。






 深々と降る雨。
 比較的小降りの木の下で、2人は雨宿りをする。

 まだ昼前であったが、薄暗いそらは、肌寒さを感じるものがあった。
 だからと云う訳では無いが、一刀は火を起こした。
 暖房目的ではない。
 五徳を置いてその下に携帯していた竹の屑 ―― 字の練習で出た竹簡の削りカスを集めて火をつけ、薬缶をかけるのだ。
 そう、麦湯の用意だ。

 パチパチと燃える音。
 シャンシャンと湯の沸く音。

 雨によって薄暗く、灰色となった世界に、火の赤が映える。
 その幻想的な様を、曹孟徳は楽しげに見ていた。
 そして面白いと。
 実に面白い、と。
 この絵が、この場を作った北元嗣という人間が、面白かった。

 曹家の陣営に、夏候元譲の副官として加わって、はや半月、その間に文武の両面でなかなかの結果を見せていたが、この数日の、間近に見た北元嗣という人間は、実に多才であり面白かった。
 だからだ、尋ねたのは。


「北元嗣、貴方は何者なの」


 面白い、そう思ったが故に曹孟徳は、北元嗣の本質へと切り込む事を選んだのだった。
 



[31419] その7
Name: アハト・アハト◆404ca424 ID:053f6428
Date: 2012/03/02 22:06
 
 ナニモノデアルカ?

 曹孟徳の口から放たれた言葉は、ある意味で予想された衝撃というべきものを一刀に与えていた。
 言葉にすれば簡単だ。
 平成生まれの日本人。
 或いは、聖フランチェスカ学園の2年生だったというのも付け加えていいかもしれない。

 だが、それが果たして曹孟徳が理解し、納得するかと言えば、それは困難であると言えるだろう。
 平成とは、日本とは、聖フランチェスカ学園とはなんぞや、となるのは目に見えていた。
 だが、その部分を話さずに、全てを見抜かんとばかりの目をした曹孟徳が納得する様には見えなかった。
 とはいえ、どう言葉にすれば良いのかと悩む。
 荒唐無稽の事を話、狂人であると思われるのではないか、と。
 元譲のみならず、この曹孟徳や夏候妙才とも比較的に良い関係を築けた現状、それを自分の告白が壊してしまうのではないかと思えば、一刀の口が重くなるのも仕方の無い事であった。


「………」


 それを見て曹孟徳は、何らかの事情があるのかと、一刀の状況を考えた。
 或いは、抱えた秘密を口にするにはまだ信頼されていないのか、とも。

 一刀は常に曹孟徳の事を曹刺史、乃至は曹孟徳殿と呼んでいた。
 であれば、それを進めてやれば良い。
 或いは、更に進めて信用させれば良いのだ。
 その為の切り札は1つ、真名だ。
 男に真名を許すのは、父や祖父などの身内以外では初めてであるが、それだけの価値はある。
 そう思えたのだ。

 だから兗州刺史の印綬を首から外し、又、身分のよさを示す外套をも脱いだ。


「兗州刺史としてではないわ。我が真名、華琳に対して聞かせてくれないかしら?」


 軽く真名を担保にした曹孟徳、華琳に一刀は腹の底から己が負けと思った。
 真名とは、その信頼関係の礎となる言葉なのだ。
 この世界に降り立って、少なくない時間を過ごした一刀は、その意味を、その意味の重さを思った。
 官位を外し、真名を預けてきたのに、口を閉ざすのは人の道理に悖ると、覚悟を決めた。


「ありがとう御座います。では私も、私の真名である一刀をお預かり下さい」


「一刀、そう、それが貴方の真名ね、似合っているわね、預かるわ。でも一刀、2人の時はもう少し砕けて良いわよ。それが真名で呼び合う関係でもあるのだから」


 真名で呼び合える関係、即ち朋友である場合に、礼儀を必要とする場所意外では、砕けない言葉遣いの方が失礼なのだ。
 その指摘に一刀は、益々もって負けたなと思った。

 故に、腹を決めて全てを話す決意をした。
 だが話す前に麦湯を支度を行った。


「長い話になりそうだから、先ずは…」


 香ばしさを漂わせる湯飲みを、そっと差し出す。
 それを受け取った曹孟徳は、面白そうに麦湯を見る。


「これもそうよね。お茶とは違う、私の知らない飲み物」


 麦湯の元となる大麦自体は流通しているのだが、この時代、食料が常に潤沢とは言えないので、この手の嗜好品は発達していなかったのだ。
 一刀は麦湯で口を湿らせると、話だした。
 事実を。


「華琳が察した通り、俺はこの地の生まれじゃない」


 語りだす一刀。
 今とは違う時間、今とは違う場所で生まれ、ごく普通の人間として育ち、そしてある時、何故かこの世界で目覚めたのだと。
 国の名は日本、時代は今より遥か先である事も。


「日本?」


「この大陸の東方、海の向こうにある島国で、今は倭なんて呼ばれてた筈」


 荒野で目覚めて、行き倒れになる寸前に、あの寒村の村長に救われたのだと言う。


「にしても未来、遥か1800年も先の時代………流石に想像がつかないわね」


「信じる?」


「そうね、俄かには信じがたいね。だけど、この大陸で生まれ育ってないって部分には納得出来るわ」


「何でまた簡単に?」


「貴方の態度よ、一刀。真名の流儀と言っても良いわ。この大陸で生まれ育った人間は、それを許されたとしても、そうそう直ぐには態度を崩せないもの。にも関わらず、貴方はそれをした。その理由として、元から真名という風習の無い場所から来たと考えれば、至極、納得できるわ」


「流石、歴史に名高い曹操って事か」


「そんなに有名なの、未来の私は?」


「ああ。曹魏の始祖、文武に通じた英雄であり、この時代の主人公の1人って感じかな」


 その言葉に、華琳はくすぐったそうに笑った。
 それから悪戯をする様に尋ねる。


「そう、では私はどう見えたかしら?」


「可愛くておっかない、多分、天才の人」


多分● ●?」


 ジロリっと、音がしそうな目で睨まれた一刀は、慌てて弁明する。


「や、だって、そこまではまだ見てないし!」


「そうね」


 そういって華琳は噴出した。
 一刀の謝罪が面白くて、ではなく、引っ掛かった事を笑ったのだ。
 その事に気付いた一刀は、幼子の様に顔を膨らます。


「酷いじゃないか!」


「貴方がすまし顔だったのが悪いわね」


「意味が判らないって!!」




 ひとしきり笑った華琳は、麦湯のお代わりを要求する。
 それに不承不承といった顔で一刀は応じる。


「これも又、天の知識という奴なの?」


「天? 何で天??」


「あら、貴方は知らないのね。この数年前、そうね、丁度貴方がこの地に来た頃に庶民の間で広まってた噂があったの。管輅なる占い師の予言で曰く。天の国より遣いが降り立ち、世を救うだろう ―― とね。恐らくこれは貴方を指しているのでしょうね」


 華琳は占い師という単語を、まるで卑猥なる言葉の様に蔑して使った。
 占い師自体の胡散臭さは同意する一刀だが、だからこそ、華琳がその噂を知ってる事に驚きを覚えた。


「信じてたの?」


「まさか。占い如きで左右される程に私は迷信深くないわ。だけど、貴方を見て否定する程に頑迷でも無い積りよ」


 是々非々、或いは柔軟か。
 為政者の鏡でもあるな、とばかりに一刀は感じていた。
 そんな感心する一刀とは別に、華琳は麦湯を飲み干すと、艶然と笑った。


「だから貴方の才、知は存分に使わせてもらうわよ」


 確認ではなく決意の言葉。
 それは正しく、覇王の貌であった。






真・恋姫無双
 韓浩ポジの一刀さん ~ 私は如何にして悩むのをやめ、覇王を愛するに至ったか

 【立身編】 その7







「それはあんまりです華琳様!」


 そう悲鳴を上げたのは、元譲であった。
 陳留の刺史府にて華琳と一刀、夏候妙才と共に一刀の知と、その由来を聞き、そしてその活用を華琳が宣言した事への、反射的な発言だった。
 それに、楽しげに口を開く華琳。


「あら、どうしてかしら?」


 基本的に嗜虐癖のある華琳にとって、元譲の悲鳴は心を擽るものがあったのだ。
 そして同時に、この年上の可愛い娘が閨以外で、そんな必死な声を上げるなんてと驚いてもいた。
 もしかして色気の類であるかと、心配もした華琳への返事は、色々な意味で実に元譲であった。


「元嗣が居ないと私は、我が隊は立ち行かないんです!!」


 だから持っていかないで下さい華琳様! と堂々と、情けない事を言い切っていた。
 華琳から痛ましいものを見る目でみられる元譲だが、本人は至って本気である。


「春蘭………そうなの、秋蘭?」


「はい。残念ながら、姐者からの書類は、最近ではほぼ北元嗣が処理しており………」


 元譲は、事務書類の一切を一刀に丸投げしていたのだ。
 その点に関しては、正直、夏候妙才も歓迎はしていたので、やや口が重い。
 何故なら、一刀の出す文章は要点を抑えた読みやすい報告書や、理解しやすい請求書なのだ。
 曹家私兵隊の裏方の取りまとめをする夏候妙才にとっては、如何に元譲大好きであっても仕事の相手としては一刀であって欲しい。
 一刀と夏候妙才が一緒に仕事をした時間は短いが、その短い時間であっても、そう思わせるものがあったのだ。

 そんな、鎮痛な表情を見せる夏候妙才、そして苦笑いを浮かべている一刀を見た華琳は、可愛らしく笑った。
 そして、元譲の頬に手を当てる。


「そんな心配はいらないわ、春蘭」


 愛おしげに呟き、それから一刀を真っ青にさせる発言をする。


「一刀は貴方の副官のまま、取り上げたりはしないわ。だから、安心なさい」


「華琳様!」


「ちょ、華琳!?」

 元譲の歓喜の声を打ち消すような大きな悲鳴を上げた一刀。
 その反応も当然だろう。
 華琳の言葉は、副官のままとは即ち、元譲の副官の仕事に足して一刀に文官の仕事を増やすという宣言なのだから。
 だが、それに同意する人間は居なかった。


「華琳様のお役に立てる事の何処に不満があるんだ?」


 胸を張って言う元譲と夏候妙才の姉妹。
 そして華琳は、一言だけだった。
 何が、と。


「いや、何がじゃなくて、仕事量の面で追いつかなくなる恐れがあるから」


 兗州刺史としての仕事は多岐に渡っており、また、その量も多い為、それを手伝おうとすれば自然と元譲の副官としての仕事に障りが出る。
 そう一刀は思ったのだ。
 その一刀の不安を理解した華琳は、納得の笑いをした。


「大丈夫よ、刺史としての仕事を手伝えって訳では無いわ。将来へ向けての、私が太守みたいな地位を得た時の為に、貴方の知識でこの世界をどう変えられるか、豊かに出来るかを纏めてくれれば良いのよ」


 実務面ではなく献策をしろと、華琳は言っているのだ。
 刺史とは、元々が州の政務の監察を担っており、これに賊討伐などの広域警備任務が付いているのが現状なのだ。
 華琳は陳留に刺史府を構えてはいるが、郡太守の如く支配している訳では無いのだ。
 その意味で、今は一刀の持つ知識、見識は活用できる場は無かった。
 だからこそ、将来の雄飛に向けての献策を行えと、華琳は言っているのだった。


「そういう事なら………ああ、頑張る」


「頑張りなさい。その才、期待しているわよ」





 のんびりと茶を飲む一同。
 華琳の設けた席なので、高級品である茶が用意されているのだった。
 その味に楽しみながら、ふと、元譲は1つの事に気付いた。


「なぁ元嗣、何時からお前は華琳様の真名を許されたんだ!」


 激発する ―― とまでは言わないが、それまでの穏やかさを放り捨てた驚きようであった。
 しかも、華琳様も元嗣を真名で呼んでいる!! と吼えた。
 男なのに、曹家の人間でも無いのに、とも。


「あら、今頃に気付いたの?」


「華琳様ぁ~!」


 子犬が飼い主に構ってもらおうとする様な声で、元譲は華琳の名前を呼んだ。
 それに、華琳は笑って応える。
 否、先ずは元譲の頬に口付けをして、そして笑った。


「可愛いわよ、春蘭」


 その一言だけで、機嫌が天にも昇るような按配へと変わった元譲の姿に、一刀も又、これは可愛いものだと頷いていた。
 一刀だけではない。
 夏候妙才も、酷く嬉しげに、愛おしげに笑っている。


「本当に、姐者は可愛いなぁ」


 実に妹馬鹿な発言をする夏候妙才に、華琳も笑って肯定した。
 それから、元譲の頭を撫でながら言葉を紡ぐ。


「私が真名を許したのは、この一刀の秘密を共有するが為によ」


「なら華琳様、秘密を知った私も真名を預けます! 元嗣、我が夏候惇の真名は春蘭だ。今後はこの名で呼べ。その代わり、私も一刀と呼ぶからな!!」


「華琳様と姐者が預けたのだ、であれば、私が預けぬのも、寂しいな。知っているとは思うが、秋蘭だ。今後とも宜しく頼むぞ、一刀」


「こちらこそ春蘭、秋蘭」





「しかし、一刀があの● ●天の遣いとはな」


 感心したような、驚いたような、そんな声で頷く春蘭に、一刀は本気で嫌そうな表情をする。


「そんなご大層な者じゃないし、そもそも酷い肩書きだよ、それは」


「あら、そう呼ばれるのは嫌なの?」


「かなりね」


 虚栄心に欠ける事では人後に落ちない一刀は、それ故に、ご大層過ぎる呼ばれ方は嫌だった。
 或いは、もう少し若ければ喜んだかもしれないが、今は虚名に興味は無かった。

 が、それに華琳は釘を刺す。
 悪いけど、と。


「虚名を嫌がるのは立派だけど、必要があれば使わせてもらうわよ」


「必要って、どんな時に」


「さぁ? だけど、全てには可能性はあるわ。その可能性を私は潰したくないの」


 現時点で “天の遣い” 等と名乗る事は、危険極まりない行為だと言えるだろう。
 天とは、天意とは皇帝の背負うべきものであり、それを指して天子とも皇帝は呼ばれているのだ、それが有力とは言え一刺史の配下に居るとなれば、それは漢帝国への叛意の表れと取られるだろうから。
 だから華琳としても、今は一刀に名乗らせる積もりは無かった。
 今の華琳の配下としては、春蘭の副官としては、壊撃の名だけで十分なのだ。
 だが、将来はどうなるか判らない。
 だから、覚悟だけはしていてと、告げるのだった。


「そんな未来が来ない事を祈るよ」


 恥ずかしいからと、ぼやくように一刀は呟いていた。
 



[31419] その8
Name: アハト・アハト◆404ca424 ID:053f6428
Date: 2012/03/04 01:04
 
 とある休日、その午前に刺史府に付随された兵舎を往く華琳。
 その装いは年齢相応の女の子らしいものとなっていた。
 と、華琳の耳が多くの人間が武威を競っている音を捉えた。


「やっているわね」


 華琳は、楽しそうに笑うと足を練兵所へと向かった。



 練兵所では、休日であるにも関わらず、多くの兵が鍛錬に汗を流していた。
 剣を振るうもの、矛を振り回すもの、矢を射るもの、それぞれが体を動かしているのだ。
 精兵の呼び名は伊達ではない、そう思わせる熱心さであった。

 その中にあって一刀は、常通りに猿叫と共に立ち木を木剣で打っている。
 否。
 今はより実戦的な、複数の立てた棒を次々と打っていく、打ち廻りだ。
 薬丸自顕流にて一対多を目的とした鍛錬、戦場向けの修練を行っている。

 猿叫と共に、林の如く乱立した棒を打ってゆくその様は、狂的であり勇壮であった。
 木剣の一撃で打ち倒れる棒の様は、一刀に与えられた壊剣なる名が伊達ではない事を、見るものに感じさせる、正に暴力であった。


「北副長!」


 一通りの、立てた棒を一刀が打ち払った所で、声が掛けられた。
 振り返れば、共に汗を流していた兵が、少しばかり焦った顔で一刀を呼んでいる。
 と、その向こうに華琳が見えた。 


「曹刺史がお呼びです!」


「孟徳様が?」


 休日に何用であろうかと首を傾げながら、一刀は、声を掛けてきた兵に、急がねばならぬので悪いが、と自身が鍛錬で使っていた棒の片づけを頼んだ。
 練兵所は広いが、かといって使わないのに場所を占拠しているのは悪いと考えたのだ。
 兵は、その一刀の要請を笑って受けてくれたので、後は任せて急いで華琳の元へと向かった。


「どうされました、華琳様」


 兵の目があるのでと、必要最小限の礼を入れて挨拶をする一刀。
 対する華琳は、休日に熱心ねと声を掛けた上で、用件を口にした。
 それは、春蘭を探しているのだが、何処に居るかとの話だった。
 春蘭は暇であれば常に、この練兵所で鍛錬を行っているような武辺者なので、華琳はこの場に居るものとばかり考えていたのだ。

 が、今日ばかりは所要があったのだ。
 副官として春蘭の動きを把握している一刀は、素直にその事を告げた。


「春蘭様は、今日は朝から陳留へ行かれています」


「そう……」


 予想外の答えに少しばかり残念そうな顔をした華琳は、それから一刀をじろりっと見た。
 頭から爪先までを視線を動かしてから、おもむろに口を開く。


「一刀、貴方は今日、用事はあるのかしら?」


「いえ、今日は鍛錬程度しか予定は無いです」


「なら良いわね、供をなさい」


「はっ?」


「少し陳留市街を回る用事があるのよ。本来は春蘭を連れて行く予定だったのだけど、居ないなら仕方が無いわ」


「いや、なら秋蘭様でも ――」


「あの娘は今日も、自分の仕事を抱えているのよ? なのに、私の個人的用事に呼び出せる訳無いじゃない」


 だから暇なのなら供をしろと、華琳は堂々と宣言する。
 その覇者の風格に、思わず一刀は頷いていた。


「宜しい。では一刀、先ずはその汗臭い服を着替えて着なさい」





 陳留という街は、街を囲む城壁の一辺が5kmからある大きさを誇る街であった。
 陳留郡自体の人口が100万を数えており、でればその中心である陳留が巨大であるのも、至極当然の話ではあった。

 そんな陳留の街を、一刀を連れた華琳は刺史府からやや離れた繁華街、正確には屋台や店などが軒を連ねた区画を歩いていた。
 人ごみはそれなりと云った所だろうか。
 休日ではあるが、商売人達にとっては、そんな日こそが稼ぎ時なのかもしれない。


「で、華琳。今日の目的は?」


 先行する華琳に一刀は尋ねた。
 目的も無しに連れ出される筈も無いとの認識だった。
 甘い想定は、春蘭の代替として狩り出されたって事から、一刀の頭の中ではいの一番に排除していた。
 その事を、健全な成人男性として悲しい話ではあるとも思いながら。


「人を探しているわ」


「人、ですか。名前や相貌はどのような方で?」


「名は許子将、男よ。でも、顔は判らないわ」


「………」


 優に50万を超える人口を誇る陳留で、名前だけで1人の人間を探す。
 その事に眩暈に似たものを感じた一刀は、いっそ夏候元譲隊の手隙な人員を動員しようかとも考えていた。
 が、それを口に出す前に、華琳に止められた。


「見つからなくても良いわ。今日は気分転換も兼ねているのだもの。一刀、貴方も街を見聞するって程度の軽い気持ちで見てれば良いわ」


「気楽に、ね」


「そうよ、後は荷物持ち程度って考えておきなさい」


 華琳は身分を見せぬ為と、外套の頭巾で顔を隠しているが、少しだけ覗いている口元が、楽しげに歪められていた。
 だから一刀も、軽い調子で返していた。


「はいはい、仰せのままに」






真・恋姫無双
 韓浩ポジの一刀さん ~ 私は如何にして悩むのをやめ、覇王を愛するに至ったか

 【立身編】 その8






 探す相手である許子将なる人物を見つける当てなんて無いのだ。であればと、割と気楽な感じで陳留を見聞する事と一刀は割り切ると、華琳の背を追いながら街の様子を見ていた。
 というか、その華琳ですらも人を探すと云うよりも、街の様子を視察するという風が強かった。
 その事を素直に尋ねた一刀に、華琳は笑って返した。
 そうね、と。


「為政者たる者、報告などだけでは実感できない人の暮らし、その雰囲気を感じておく必要があるのよ。でなければ間違えた指示を出す事に繋がってしまうわ」


 現場主義と言うべき、華琳の言葉である。
 だが、それだけではない。


「尤も、現場だけを見ていては、事の全体や本質を見誤る事にも繋がるので、注意も必要だけどね」


 何事もバランスが重要だと言う華琳に、一刀は深く感心していた。
 そこまで良くぞ、と。
 であれば、と、一刀も意識を街へと向けた。

 陳留に来て1月余りが過ぎたが、仕事に慣れる事と、そもそもとしての仕事量の多さから街に出る事が殆ど無かったのだ。
 ある意味で、初めての見聞であった。

 そんな一刀の目から見て陳留の街並みは、人は多く、猥雑な活気があると感じられた。
 だが、同時に一刀から見て少しばかり、清潔とは言いがたかった。
 豚などが人間の生活区域と近い場所で飼育されており、公衆衛生の問題が見えていた。
 疫病対策等の意味で、である。

 清潔である事にある種病的なこだわりを持った現代日本人である一刀、その感覚を基準として見た陳留の清潔さとは、まだまだと言った所であった。
 無論、この世界で少ないとは言えない時間を過ごした一刀は、流石に現代日本では基準が高すぎるという意識も持ってはいたが。

 以前に求められた献策は、ここら辺からかな。
 そんな風に一刀は考えていた。
 公衆衛生の向上は疫病対策としえも意味があるし、それは軍事的側面から見ても、篭城時に大なる意味を与えるだろう。
 それに、上下水作りを公共事業と考えれば、民に仕事を与える事による就業率の向上、即ち治安の安定にも繋がるとも考えられるだろう。
 その意味では、悪くない献策の筈である。
 投資する予算という部分に目を瞑れば。


「………」


 嘆息する一刀。
 予算である。
 予算を考えない政策など無意味であるし、かといって今現在の予算にだけ拘っていては良好な政策を行う事は出来ないだろう。
 その意味で長期にわたった収支予測などを含めての献策となるだろう。
 であればこそ、その膨大な手間を考えて嘆息を漏らすのも当然であった。

 が、それを是としない人間が居た。


「そこの兄さん、女性と居るのにため息をつくのは失礼やでぇ」


 突然声を掛けられた一刀は、慌てて左右を見た。
 声の主は通りの脇の露店に座っている、なかなかに刺激的な格好をした若い女性だった。
 笑って手を振っている。


「なっ!?」


 思わず声を漏らした一刀に、華琳の意識も引き寄せられた。


「あら、カゴ屋の様ね」


 露店のむしろには、中々に見事な竹カゴが並んでいる。
 が、一刀の意識はカゴよりもその脇に置かれた、箱状のものに引き寄せられていた。
 箱の構造体、その隙間から覗く内部構造に木や金属と思しき歯車が大量に仕込まれているのが見えたのだ。
 但し驚きは、歯車自体にでは無い。
 この世界で年を越える時間を過ごしているのだ、製紙や製鉄などの技術面でのアンバランスさ、或いは奇天烈さは十分に知悉しているからだ。
 河内郡の寒村ですらも、歯車などを組み上げた水車を動力とする石臼などの機械構造が存在しているのだ。
 今更、である。

 が、この箱はそれらとは少し違う。
 大いに違う。
 石臼などであれば、構造からある程度の機能が読めるのだが、コレは読めなかった。


「なぁ華琳、あれは何の装置か判る?」


「………さぁ?」


 博識である華琳も始めて見る装置であった。
 そんな2人の反応に気を良くしてか、露店店主の女性は胸を張って応えた。


「そこのお二方、なんともお目が高い! こいつはウチが発明した、全自動カゴ編み装置や!!」


「全自動 ――」


「―― カゴ編み装置?」


 思わず揃って声を上げ、顔を見合わせた2人。
 特に一刀の驚きは多きかった。
 全自動と云う事は動力源までもこの装置の中に入っているという事だろう、ガソリン発動機はおろか蒸気機関すらも存在していない筈のこの時代に、何たる鬼才かと深く感心する。
 その反応に店主は気を良くしてか、益々もって笑みを深くすると、やおら実演を始めた。


「せや! このカラクリの底にこう、竹を細ぅ切った材料をぐるーっとなー ――」


 何と言うか、その手際の良さは何とも見事なものだと一刀が感心して見ていれば、やおら声を掛けられた。


「兄さん、悪いけどこっちの取っ手を回してもらえへん? グルグルっとなー」


「コレか……」


 人力の時点で全自動とはこれ如何に? と思うが、まぁノリと勢い的な命名なのだろうと、深く突っ込む事もなく、回していく。
 最初の感動を返せと思わないでもなかったが、露店なんてこんなものだよなぁと、日本の露店 ―― テキヤのくじ引きなどを思い出して、納得していた。

 そんな微妙な気分で一刀が取っ手を回すとどうだろう、綺麗に編まれたカゴが生み出されていく。
 見事である。
 華琳も感心した声を上げた。

 但し、出てくるのは側面だけであった。
 それは、カゴと云うより竹で編まれた筒だった。


「ねぇ、側面が出来るのは判ったけど、底と枠の部分はどうするの?」


「あ、そこは手作りで、ですわ」


「………そう」


 微妙にがっかりした表情で、でも納得している華琳。
 この時代の技術力を考えれば、側面を編めるだけでも立派である、そう一刀が考えたときだった。


「あっ!」


 女店主が声を上げた瞬間、一刀の手元の装置が爆発したのだった。

 破裂ではなく、爆発である。
 炸裂である。
 腹を叩く轟音と共に火柱が上がり、黒煙が吹き上がる。


「なっ!?」


 手元の編み上げ装置の暴発に、驚く一刀。
 奇跡的に怪我は負ってないし、周辺にも大きな怪我人は出ていないが、轟音と噴煙で驚いた人たちが慌ててしまい、阿鼻叫喚である。


「豪いことになってもうたなー」


 殆ど他人事の様な感想を漏らした店主に、一刀は思わず突っ込んでいた。
 感心している場合か! と。
 が、女店主の反応は違っていた。
 興味津々っと、装置の残骸を見ている。
 

「しかし、これ、どうやって爆発したんやろ?」


 技術屋の目つきだ。
 それに、一刀が突っ込む前に華琳が口を開いた。


「危険物は入ってなかったのよね?」


 そう言った華琳の目は、為政者の目であった。
 街へ、或いは市へ危険物を持ち込ませないのは為政者の仕事である。
 その仕事が失敗していたらとの思いだ。

 が、それには女店主、軽い調子で答えた。
 火薬や揮発油みたいな危険なモノは使っておらへん、と。


「ウチかて、そんな危険なモンをこんな場所へ持ち込む程に考え無しじゃあらしませんで」


 それに、と続けた。


「この陳留には曹孟徳ゆーおっかない刺史さんが居るんや。そんなおっかない人の足元で、物騒な事なんて出来るもんかいな!」


「あら、賢明ね」


「ウチみたいな一般庶民は、よー世の中の流れを見てへんと、エライ目にあいますからなー」


 機嫌よく笑っている華琳。
 その華琳が、件の曹孟徳とは気付かずに、女店主は飄々と言葉を紡ぐ。
 一般庶民と自らを言うが、媚びる所は無い。
 そこに面白みを感じた華琳は、ではと質問を口にした。


「そう。じゃぁその一般庶民の慧眼から見て、この兗州刺史、曹孟徳の施政はどうかしら?」


「ええよ。前の刺史さんの頃に比べれば賊は減ったし、アカン役人の連中も見なくなったし。まぁ徳を口うるさく言う連中は悪口を並べとるけどな」


「あら、そう言う事は貴方、儒者は嫌いなの?」


「余りかたっくるしいのは勘弁して欲しいですわ」


 儒教は、徳治主義であり道徳や礼儀を重んじている。
 一見すれば良い事であると思えるのだが、その思想が徳という曖昧模糊なものを基本としているので、その運用には恣意的な要素が大いに含まれていた。
 その上で重視されるのが礼であり、この礼に関して強く要求されれば、この女店主の発言の如く、堅苦しいものとなるのだ。
 多分。
 そんな風に考えを弄んでいた一刀は、ふと、自分の隣に人が立っているのに気付いた。


「星に誘われてみれば、ほっ、お主、面白い相をしておるな」


 それは若い様な老いたような、そんな不思議な声をした人物であった。
 



[31419] その9
Name: アハト・アハト◆404ca424 ID:053f6428
Date: 2012/03/04 01:05
 
 夜。
 陳留刺史府の中庭にて、月を見上げている一刀。
 その手には杯があり、珍しく酒を嗜んでいた。
 飲む、といよりも舐めるようにしている。
 春蘭の副官という事もあってか、一刀の待遇は割りに良いものが与えられており、この酒も上等の部類に入るのだが、その味を一刀は感じられなかった。
 酔いすらも、だ。


「………」


 壷から移して舐める、飲む。
 酔えない。
 だから、ただ月を見上げている。


 どれだけそう過ごした頃だろうか、ふと、一刀は人の気配に気付いた。
 華琳だ。
 何となく判る様になってきたのだ。
 この世界に降り立って、命の危険を乗り越えて、体を鍛えて頭を使って、そして何時しか、気配なんてものが判る様になったのだ。
 氣、というものなのか、それとも他の原因なのか、それは判らない。
 だが、判るのだ。

 杯を舐めて、それから意識を気配へと向けた。
 それに触発された訳でもないだろうが、予想通りに華琳が出てきた。
 手には灯りを持っている。
 その灯に照らされてか、華琳の表情はやや硬い。


「…意外と風流な事をしているのね」


「少し、酔いたかったんだ」


「そう………」


「そういう華琳こそ、どうしてこんな所に」


「そうね、私は少し眠れなかっただけよ。だから軽い散歩をね」


「そっか………」


 華琳は何も言わず、そのまま一刀の傍に腰を下ろした。
 そしてフッと吐息で灯りを消した。
 暗闇が全てを覆い、月が全てを支配する。


「一刀」


 袖から杯を取り出した華琳は、一刀に酌を要求する。
 味も判らぬ自分よりは楽しめる人間が飲んだ方がと思い、並々と注いだ一刀。
 それから僅かばかりの酒の肴を差し出す。
 保存食作りの際に作って見た、塩っ気の効かせた燻製の牛肉だ。
 ビーフジャーキーを目標に作って見たのだが、どうにも火加減に失敗したらしく少しばかり硬すぎて、軍の保存食としては向かず、失敗作との烙印が押されていたが。

 が、そんな燻製肉も、酒の肴であれば問題は無く、華琳もまた美味しそうに齧った。
 月下の酒、その中で華琳が口を開いた。


「昼の事、悩んでいるのかしら?」


「………それなりには」


 一刀は、華琳の視線が自分に向いているのを理解するが、億劫であった為、ただ空を、月を眺め続けている。
 許子将が一刀に与えた予言、それは破滅という単語の含んだものであった。

『異なる星を背負った者よ、お主は大河に投げられた大岩か。その流れを動かすことも動かさぬ事も出来よう。が、望むのは何だ? 視える● ● ●道は数あれど大別すれば二つ。流れのままに荒れ狂うか、或いは流れすらも変えんとあがなうか。河の行き着く先は天か地か。何れにせよ心して生きよ。でなければ破滅の道のみが前にある事となろう』

 思わせぶりな事を言うのが占い師の生業とはいえ、言われた側としては考え込まざる得なかった。
 自分という、北郷一刀という異物がこの世界に存在する影響、その意味を意図を言ってる様にも見えるし、そうでないようにも感じられる。
 予言と云うものは、何とも頭を悩ませるものかと、一刀はため息と共に杯を呷った。
 全くもって、味がしない。


「馬鹿ね、そんな飲み方では、酒に失礼よ」


 酒を味わっている華琳と、酔いたいだけの一刀との差、そう言うべきかもしれなかった。
 或いは胆力の差、かと一刀は思わず問いかけていた。


「華琳は気にならないのか?」


 華琳が受けた占い、或いは予言も又、何とも考え込むものであった。
 此方は、一言で言えば道を踏み外すなとの事であった。


「あら、何れの道であっても英雄とはなりえる相貌 ―― その言葉の何処に気にする要素があると言うの?」


「いや、だって確か………治世の能臣、乱世の英雄。なれど、道を踏み外せば奸雄となるだろう。って言われたじゃないか。奸雄なんて言葉、余りにも………」


「あら一刀、それは踏み外さなければ良いだけよ。それに、世が乱れゆくのであれば私が望むのは覇道。儒家の言う王道を否定する事が奸雄と呼ばれる事に繋がるのであれば、それは本望というものよ」


 胸を張った華琳を、一刀は眩しげに見る。
 強い、強く輝いている様に見えたのだ。
 あるいは、それは覇気であろう。
 それが一刀には心地よく感じられた。


「強いんだな、華琳は」


「それがこの私、曹操の生き方というものよ ―― 怖いかしら」


「それが不思議なんだけどね………」


 1つ、呼吸を置いてから一刀は杯を舐めた。
 味があった。
 その事に、笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。


「どうにも、楽しくて堪らない」


 とてもじゃないが平和でもなければ安全でもない、間違っても便利な時代でもない。
 だが、そんな世界で生きる事が、この華琳という少女、将来の覇王曹操の傍に居る事が、一刀には非常に面白いものであると感じられていた。

 物事の道理を見抜いて、民の為に日々戦っている華琳、それを支える事に、自分が何事かを出来る事が、楽しかったのだ。


「そう、なら付いてきなさい、私の道を」


「喜んで」






真・恋姫無双
 韓浩ポジの一刀さん ~ 私は如何にして悩むのをやめ、覇王を愛するに至ったか

 【立身編】 その9






 月明かりの下で、改めて華琳への忠誠を誓った一刀。
 故に、というだけでは無いが翌日からの忙しさは、それまでの比では無いものがあった。

 酔った勢いで、素案段階の陳留衛生改善化計画を口にしてしまい、それに華琳が興味を持ってしまったのが1つ。
 そしてもう1つは、忠誠を誓った翌日からという訳では無いが、段階的に発生した賊の活性化である。

 陳留を中心とした兗州全域での賊が活動を活発化させたのだ。
 これは、1つには食糧危機が原因であった。
 飛蝗が発生した事や天変地異によって農村が荒れ果て、疲弊し、このままでは喰って行けぬからと賊に身を落とした人間が増えたのだ。
 兗州でも農村の被害はあったのだが、華琳の差配によって税が軽減され、或いは危機的な村に対してはそこを管轄する太守に備蓄していた食糧の分配を行う様に要請を行う等の対処によって、賊に身を落とした人間は殆ど出ていなかった。
 が、そうであるが故に、今度は他の州の人間から、兗州の農村には余裕があるのではと勘ぐられる事となったのだ。
 何事も痛し痒しと云った按配であった。

 無論、華琳とて座視している訳ではなく、各太守を通して官軍を動員し、州境で賊の侵入を出来るだけ防ぎつつ、侵入されてしまった賊に対しては、遊撃戦力でもある兗州刺史私兵隊を投入し、対処していた。
 だが、それとて言葉にする程に簡単な事ではない。
 明確な賊としてではなく難民として兗州に逃れてくる人間が大半であり、そんな、正しい通行証等を手にした人間を拒む事は出来ないのだから。
 そして、正規の手段で兗州に入った人間が、生活苦で賊化する事例も多いのだから。
 何とも難しい難しい問題であった。

 いかな華琳とて、刺史の権限で出来る事も限られていては抜本的な対処を行えず、この難民対策に関しては苦慮しているのが現実だった。




「難民対策ね………」


 午前中の事務仕事から瞼を揉んでいた一刀は、麦湯を片手に呟いた。
 相手は春蘭だ。
 此方は先ほどまで全自動承認装置となっていた為か、こった体中を動かし解している。


「最近は華琳様の玉顔も曇りがちでな、何か良い案は無いものだろうか、とな」


「相変わらずだな、春蘭は」


 華琳が困っている。
 だから、求められた訳では無いが、何か出来る事はないだろうか。
 そう考えているのだ。
 良い意味で、実に忠犬とでも言える人柄である。
 その事を好ましく思いながらも一刀、口では別の事を継げる。


「だが、予算がな………」


「む、何だ一刀、金があれば何とか出来る案があるのか!?」


「一応は、ね」


 唯、難しい部分もあると一刀は続ける。

 一刀が考えているのは、公共事業としての下水整備だ。
 不況時のインフラ整備は定番である。
 無論、食糧問題に対するものとしては、対処治療であり、そもそも抜本的な対応とは言いがたいが、仕事を得て、金を稼げれるのであれば、人は賊には落ちないだろう。
 その間に、別件の政策を行い、対処する。
 或いは、別の仕事を生み出す、か。


「華琳様もだが、一刀も難しい顔をするな」


「こればっかりは、それこそ快刀乱麻に片をつける。という訳にはいかないからな」


「………そうか」


 今度は春蘭も難しい顔をする。
 それから、いっそ、と口を開いた。


「我が夏候元譲隊に受け入れるか」


 仕事の無い人間を軍で吸収するのも確かに、不況時の定番でもある。
 が、それに関して一刀は、難しいだろうと考えていた。
 理由は2つある。
 その内で、差しさわりの無い方で春蘭を諌める。


「刺史の権限で持てる兵は上限を1000としているんだ、余り拡張は出来ないぞ」


 夏候元譲隊を含めた曹家軍は刺史府の予算で維持運営されてはいるが、その本質は私兵集団である。
 これは刺史の持つ兵権が比較的限定されていた事が理由であった。
 一応は州の全官軍への指揮権を持つが、平時に於いては、各官軍の駐留する都市の、各太守の管理下にあった為、官軍を運用しようとすれば面倒な折衝が必要となるのだ。
 誰しも非常時にこそ自衛の意識から、自分の所の官軍を動かしたがらないものだからだ。
 だがそれでは、非常時の対応として、迅速に対処しきれない事が想定され、それを華琳が嫌った為、刺史直轄の部隊として生み出されたのだ。
 
 さて、そんな経緯で生み出された曹家軍であるが、当然ながらも縛りはあった。
 100名を超えて他の州へと展開する際の、事前許可● ●と、そして規模への制限である。
 私兵として考えれば当然だろう。
 大規模で自由に動く私兵など、漢帝国にとっては反逆を目的としたものとしか見えないのだ。

 そして現在の夏候元譲隊こそ400名程度であるが、夏候妙才隊や他の部隊も合わせると900名を超えているのだ。
 人を受け入れる余力は殆ど無かった。


「むっ、そうだな」


 顔をしかめつつも納得した春蘭に、一刀はもう1つの理由を口にせずに済んで、ほっとしていた。
 もう1つの理由。
 それは、夏候元譲隊の過酷な訓練に追従出来る人間って、そう居ないという事である。
 軽い気持ちで夏候元譲隊の門を叩いて入隊した奴らは、大抵が1週間で逃げ出しているのだ。
 そんな夏候元譲隊の生活を、生活苦で逃げ出した奴が耐えられるとは、一刀はとても思えなかったのだ。


「何か、良い案は無いものだろうか」


 頭を抱えた春蘭に、一刀は新しく淹れた麦湯をそっと出す。


「考えすぎて、華琳の前でしかめっ面を出さないようにするのが一番かもな」


「何でだ? 私だって華琳様のお役に立ちたいんだ!!」


「その気持ちを華琳は嬉しく思うけど、でも、それで春蘭が表情を濁らせていては、今度は華琳が春蘭を心配するからさ」


「むっ、確かに、無駄に心配を掛けるのは良くないか」


「そう言う事さ。自然体が一番だよ」


 表情を解した春蘭に、一刀は笑顔で頷く。
 やや直情的な部分はあるものの、素直なムードメーカーなのが春蘭なのだ。
 その春蘭が顔をしかめていては、場の空気も悪くなると云うものである。

 一件落着といった雰囲気に満たされた、夏候元譲隊の執務室に慌てた風の男、伝令が飛び込んできた。


「夏候元譲隊長! 北副長!! 曹孟徳刺史がお呼びです!!!」


 何事かと、思わず2人は顔を見合わせていた。





 刺史府の中枢は云うまでも無く華琳の執務室である。
 呼集を受けて一刀と春蘭が訪れたとき、その中で華琳は真剣な表情で竹簡を睨んでいた。
 秋蘭がその脇に控えている。

 春蘭のみならず、平時では陳留太守府にて政治的な用向き等も担当している秋蘭まで揃って、更には自分まで呼ばれた事に、一刀はどうやら出動らしいとのあたりをつけていた。


「参りました、華琳様!」


 春蘭の声に顔を上げた華琳、その表情には鋭さがある。


「春蘭、今すぐに動かせる兵はどれだけ居るかしら?」


「はっ! 我が元譲隊では………一刀っ!!」


 勢いよく返事をして、それから思いっきり一刀に質問を放り投げた。
 が、突然の発言であったが、一刀も慣れたもので、慌てる事無く返事をする。


「現在100人隊を1つ、濮陽へ派遣していますので、今、即時動けるのは300余名のみです」


「300名………それだけ居れば何とかなるわね。秋蘭、今回は貴方の騎兵隊も出すわ。急いで隊を纏めて」


「はっ!」


「それから春蘭、貴方は兵に命令を。我らはこれより已吾周辺に集結した賊群を討つわ、その旨を伝えなさい」


「はっ!」


「一刀は軍出撃に関し、荷駄隊の準備までお願い」


「了解。だけど、期間はどれ位を見ているんだ?」


「そうね、7日分を準備なさい」


 已吾は兗州の南に位置する村だ。
 片道が、極々大雑把に言って50kmからは離れている。
 賊の出る場所が陳留寄りなので、約40kmという所であろうか。
 進出に2日。
 展開し、捕捉し撃滅するまでに2日。
 そして帰り分と、予備で1日分を、そんな計算が華琳の内で成されていた。

 明確な命令が下された事で、一刀も又、軍に必要な物資や、進軍ルートの策定までも考え出した。
 同時に、命令に対して背筋を伸ばして応じた。


「はっ!」


 3人の反応に気を良くした華琳は、激を飛ばす。


「出立は明日の明朝を予定するわ、皆は急いで準備をなさい!」





 華琳の命令一下、動き出す曹刺史私兵隊。
 歩兵主体の夏候元譲隊にみならず、少数ながらも騎兵によって構成されている夏候妙才隊まで動員しているのだ。
 そこに、華琳の本気が出ていた。

 その本気に当てられて、一兵卒から春蘭、一刀までも気合を入れて出撃準備を整えていた。
 装備を整えさせ、旅装を整え、食糧を手配する。
 無論、日ごろから準備をしていたものも多いが、いざ実戦となれば、命が掛かってくるのだ。
 慎重に確認するなど、当然の事であった。
 その様は正に急遽というのが相応しい有様である。

 日ごろが弛んでいたとは言わないが、やはり実戦が近づけば、気分が違うと云う事だろう。
 そんな風に一刀は、やや興奮、あるいは緊張状態にある自分を見つめる。
 そして、執務卓の傍に於いている剣も。

 人を殺す。

 その事に意識が行く。
 前回の様な突発事態ではなく、準備をして人を殺しに往く。
 無論、殺す相手は賊であり、人に仇成す集団なのだ。迷うべきではないだろう。
 だがしかし、まだ完全に一刀は割り切れずにいた。
 否。
 怖かった。
 最初に人を殺した時、その夜は嘔吐したものであった。
 その時に比べて今は、緊張はしているが怯えてはいない。


「馴れ、なのだろうか………」


 一刀の呟きは、誰の耳に届く事もなく消えていった。

 割り切ろう、割り切るべきだ。
 そう思った時、一刀の所へ訪れた人が居た。
 夏候元譲隊の古参兵の1人、珂桓々だ。


「北副長、お呼びで?」


 忙しい最中だろうに、ふてぶてしさと余裕とを感じさせる佇まいは、流石は古参兵といった所だろう。
 そんな人間相手に無駄に偉ぶる積もりの無い一刀は、経験豊富な年上への態度で応じる。


「忙しい所に、すまない。だが珂桓々、君の協力が欲しい」


「任務の事であればなんなりと、ですが?」


 警戒する様な、探る様な目をする珂桓々。
 何ぞ、厄介事を持ち込まれるのかと警戒しているのだろう。
 だから一刀は、それは軽く否定しておく。


「ああ、変な話じゃない」


 一刀が頼みたい事は物事の、この戦いの準備の再確認であった。
 手配は間違いなく行った積もりだが、万が一にも漏れがあってはいけない。
 なので、一刀や春蘭のような上からの視点だけではなく、下からの、古参兵としての視点で物事を見て、報告して欲しい。
 それが、一刀の依頼であった。

 最善を目指す為に、副長という面子には拘らない。
 そんな一刀の態度に、珂桓々は実に面白いと感じた。
 だから、からかう様に返した。


「お耳汚しを上げるかもしれませんよ?」


「耳の痛い意見でも何でもいい。戦場で兵卒が苦労し、死傷者が出るよりはね」


 真剣な顔をする一刀に、真面目な顔で頷く珂桓々。
 だがその内心は、益々持って面白いと考えていた。
 だからこそ、真剣な表情のままに礼をした。


「であるのならば、全力を尽くしましょう」


「宜しく頼む」
 



[31419] その10
Name: アハト・アハト◆404ca424 ID:053f6428
Date: 2012/03/12 18:18
 
「何でそうなってるんですか!?」


 出立が迫る朝靄の中、一刀の悲鳴が陳留刺史府に響いた。
 食料などを積んだ荷駄を確認した所、当初予定の7日分の約半分、4日分しか用意されていなかったのだ。
 発令した一刀でなくとも、叫びたくなると云うものであった。
 慌てて命令書を確認すると、竹簡には7日分と書かれていた。
 なので、思わず叫んでいた。
 責任者出て来い、と。

 と、その声に応じる様に、ひょっこりと具足糧秣の管理監督官の荀何とかが顔を出した。
 正に責任者が来たと、一刀が口を開く前に怒られた。
 一刀が。


「忙しいのに大声を上げないでよ!」


 正論ではある。
 が、それで納得も引き下がる事も出来ない。
 腹が減っては戦が出来ぬは世の正論であるからだ。


「荀監督官、これはどういう事ですか!」


「何が?」


「糧秣です、7日分で用意する様にと伝達した筈ですが、ここにあるのは4日分じゃないですか。出発まではもう少し時間がありますから、急いで準備して下さい」


 が、そんな一刀に帰ってきたのは、予想外の一言だった。
 それで良いのよ、と。


「はっ? 孟徳様からの指示ですか?」


「ふっ、違うわ。だけど、それで良いのよ! さぁ、曹孟徳様に報告して頂戴!!」


 その発言に一刀は鈍い痛みを、頭部を感じた。
 失敗、いや、何にせよ不足と判った事を報告せよとの弁に、流石に受け入れられぬと返す。


「どうしてよ!」


「どうしてと言われましても、急いで不足分を準備して下さいとしか返せませんよ」


「はんっ! 貴方如きが何を言っているの!! 全ては曹孟徳様がお決めになる事なのに、何で夏候元譲の副官でしかない貴方が決められるのよっ!!!」


 眦を上げて怒る荀監督官。
 華琳の権威を背景に、一刀が威張っている ―― そう見えた様だ。
 その事に気付いた一刀は、ため息混じりに返す。


「その孟徳様の命令で、私が今回の遠征に関する荷駄の準備を手配しているんです」


 一刀が荷駄隊の責任者であると聞いて、荀監督官は絶望的な表情となる。
 気付いたのだ、その事の意味を。
 問題に対処するのは一刀であり、華琳には結果の報告だけが上げられるのという事を。


「この私の、荀家八龍の子たるこの荀彧の策が、さっ、最初の一歩で躓いたと言うの!?」


 がっくりと膝をつき、自らの体を抱きしめている。
 顔も真っ白である。
 その余りにも絶望したという姿に、思わず同情した一刀は、支度をする事の要求よりも、その理由を尋ねていた。
 それに、荀監督官は無表情でポツポツと答えた。

 要約すれば、この糧秣の不足で華琳の目に留まって、献策をし、取り立ててもらおうと考えていたのだという。


「何故にそんな事を」


「決まってるじゃない………この仕事じゃ、曹孟徳様にお目通りが叶うまで時間が掛かりすぎるのよ! 私は早くこの才をあの方の為に使いたいし、認められたいし、褒められたいのよ!!」


 最初はゆっくりと言っていたのが、途中から熱く吼えるが如き勢いとなった。
 そして最後には泣き出した。

 この場に居た兵卒達が遠慮なく此方を見てくる。
 膝を地に着けて泣いている女の子と、その前で難しい顔をしている自分。
 そんな外から見た姿を想像して、一刀は先ほどとは別の意味で鈍痛を頭に感じた。
 まるで自分が悪人みたいじゃないか、と。

 とはいえ、それを指摘して泣き止ませようとは思わなかった。
 感情的になった女性相手に冷静な指摘など通る筈もないし、何より、口が極めて悪いとはいえ、可愛い女の子が泣いているのだ。
 にも関わらず、そんな振る舞いは人として情が無い。そう思えたのだ。
 なので冷静に、物事を整理して考えてみた。

 今はまだ出発までに時間はある。
 それに物資の約半分は用意されているので、在庫はあるし残りを用意するのも早いだろう。
 その前段階で、華琳に話を持っていくのも良いだろう。


「ふむ……」


 荀監督官は男嫌いで、一刀には罵声を幾度も掛けて来る相手だが、同時に、最初の時に指摘した事に関しては注意しているという話も、兵卒 ―― 珂桓々経由で聞いてはいた。
 一度目の失敗は、嫌味と教育的説教で済ます様になっているという。
 口が悪いのは仕方が無いですが、と珂桓々は笑っていた。
 その意味で、馬鹿娘ではない。
 又、仕事自体もきっちりとこなしている。
 というか、並みの文官などとは比較にならない仕事ぶりをしているのだ。

 であれば、今回の事も勝算があるのだろう。
 そう一刀は判断した。
 だから告げる。
 判りました、と。


「何が、よ?」


 涙目で睨んでくる荀監督官。
 日頃は強い言葉と態度の女性が見せる弱さに、少し心を動かされながら一刀は言葉を連ねた。


「3日分の糧秣、その手配が終ったら孟徳様への献策、それを行う場を用意します」


「………えっ?」


「素案は出来ているのですよね? 直ぐに準備して下さい。丁度今は元譲隊長達と軍議を行っている筈ですので、ある意味で丁度良いかもしれません」


「なっ、何でアンタがそんな事をするのよ!?」


 唐突に与えられた幸運、或いは善意に、感情を処理しきれなくなった荀監督官は思わず声を荒げた。


「まさか、その代価に、この私の体を差し出せとか言うんじゃないでしょうね!!」


「まさかですよ、それこそ。それより、献策に自信はあるんでしょうね? 生半可な意見では孟徳様は納得されませんよ」


 年頃の男として、女性が好きか嫌いかで言えば大好きだと応える一刀であるが、同時に弱みに付け込むなど男の風上はおろか風下にも置けないと思っていた。
 ある意味で師とも言える祖父の影響か、性根に、かなり古風な部分を持っていたのだ。
 だから荀監督官の言葉に本気で、心外だと言う顔をしていた。

 そしてそれゆえに、その表情故に一刀の善意を納得した荀監督官は、袖で顔を強く拭うと、強い意志を浮かべて断言した。


「当たり前よっ!!」





 糧秣の手配を行い、それから急いで複数の竹簡や書簡を用意した荀監督官を連れて、華琳の居るであろう刺史執務室に向かう一刀。
 その手にも竹簡がある。
 荀監督官を案内すると同時に、自分の報告も行う積もりであった。
 そんな一刀の背を追いながら、自分の未来が掛かっていると気合を入れた荀監督官。

 そして、2人は華琳の執務室へと達した。


「失礼します!」


 扉を開けた。



 執務室に居たのは、華琳と春蘭秋蘭の3人であった。
 一刀の来室に、華琳が顔を上げる。


「あら一刀、準備が終ったの? 速かったわね」


「曹刺史、その件で1つ、報告が」


「?」


 余所行きの態度の一刀に、華琳がいぶかしんだ所で荀監督官が部屋に入った。


「貴方は……」


 見慣れぬ顔に、目を細めた華琳。
 人を計るその目に、臆する事なく正面から立ち向かう荀管理監督官。


「お初にお目にかかります曹孟徳様。私は具足糧秣の管理監督官を拝命しております。姓は荀、名は彧。字を文若と申します」


「そう、ご苦労様。それで?」


「此度の遠征、その戦にて私に作戦を提案させて下さいませ」


 予想外の一言だったのだろう。
 春蘭も秋蘭も、共に目を見張っている。
 そして華琳は面白げに口元を歪めた。


「曹孟徳様! この荀彧めを、貴方様を勝利に導く軍師として、どうか麾下にお加え下さいませ!!」


「荀彧……荀、あの荀家の?」


「はい。祖父は荀淑、父は荀緄となります」


 荀淑の名に秋蘭が驚いた顔を見せた事で、一刀も荀文若の家がどうやら有名な家の出であるのだと理解する。
 尚、春蘭は腕を組み、黙って頷いている。
 その、実に何時もどおりの姿に、少し癒された一刀。

 そんな外野を他所に、華琳と荀文若の話は続いていく。


「そう………荀文若、軍師としての経験は?」


「はっ、ここに来るまでは、南皮で軍師をしておりました」


「あら。なら、軍師の言葉に耳を貸さぬ相手に嫌気がさして、この辺りまで流れてきたのかしら?」


「まさか。聞かぬ相手に説くは軍師に求められる才の1つ。その上で主君に天を取らせるのが軍師というもので御座います。ですが、それも主君に相応しき器があってこそ」


 言外に、かつての主君を否定した荀文若に、華琳の口元には笑いの陰が濃いくなる。
 と、秋蘭のみならず春蘭も笑っている。
 どうやら南皮の主には思うところがあるらしい。
 なので、その事を一刀は秋蘭に尋ねた。


「今、南皮を支配しているのって誰だっけ?」


「南皮の、というよりも南皮太守であり冀州刺史でもあるのが袁本初殿でな。華琳様にとっては、まぁ御学友とでも言うべきお方なのだが………」


 言葉を濁した秋蘭。
 そしてポツリと付け加えた、困ったお方なのだ、と。


「人品を言えば卑しいとまでは言わぬのだが、その、どうにもな………」


 苦労したのだろう事を思わせる表情の、秋蘭に、一刀もそれ以上は聞けなかった。
 と、そこへ華琳から声が掛かり、慌てて背筋をのばす。


「貴方はこの荀文若をどう評する?」


「はっ」


 勢い良く返事をしたが、さてどう答えるかと一刀は頭を悩ます。
 口は悪いし、態度も大人しくは無い。
 が、仕事に手抜きは無いし、指摘に対しても素直では無くもそれなりに受け入れる。
 それに、戦場で妙な策を提案したとしても、修正自体は困難ではないだろうし、そもそも、奇妙すぎる場合には受け入れないという選択肢もあるのだ。

 そう考えれば、腹は決まった。


「荀文若殿の才、試すのも宜しいかと」


「そう。ならそうしましょう。荀文若、その才、試させてもらうわよ」


「有難く! そして曹孟徳様、出来れば私の事は桂花、と」


「真名ね、預かるわ。だけど、その名で呼んで欲しければ、此度の遠征で成果を見せなさい」


「必ずやっ!!」


 顔中を喜色に染めて、荀文若は叫んだ。
 さて話は決まったが、糧秣に関しては当初予定通り7日分となった。
 此方は一刀が、想定外への対応として必要であると主張した為である。
 その点に関して荀文若も、拒否は無かった。
 既に荀文若の頭脳は賊討伐に集中しており、又、策を試される事が決まった以上、ある意味で奇策と言えた、糧秣を削る必要性が皆無となっているからだ。

 こうして、曹家私兵隊の遠征が始まる。






真・恋姫無双
 韓浩ポジの一刀さん ~ 私は如何にして悩むのをやめ、覇王を愛するに至ったか

 【立身編】 その10






 已吾郡に行くまでの遠征部隊の行軍は、順調そのものであった。
 日々厳しく修練の成果であろう。
 野営に於いても、一糸乱れずと評すべき錬度を見せた。

 珂桓々の協力も得て、問題があれば解決しようと心構えていた一刀としては、些か拍子抜けする部分もあった。
 だから、という訳でもないが日が暮れた後、春蘭の副官と云う事で与えられた1人用の天幕で、書を作っていた。
 日記ではない。
 行軍の途中で気付いたこと、注意すべきこと、或いは今後検討すべきことなどを馬上で考え、纏めていたのを書いているのだ。
 ある意味で実に日本人的行動ワーカホリックであった。

 と、其処へ外から声が掛けられた。


「居る?」


 荀文若だ。
 珍しい人が来たなと筆を置いた一刀は、灯りを手に立ち上がると、天幕を出る。
 年若い女性を男の天幕に招き入れるなんてと、そんな破廉恥な事はと考えての事だ。
 この辺り、一刀は実に古い考え方をする人間であった。


「どうされました、荀文若殿」


 天幕を出れば、一刀の予想通りに荀文若が立っていた。
 そんな荀文若は一刀が出てきた事に驚いて、同時に幾度か深呼吸をすると、睨むように一刀を見て口を開いた。


「朝の事、言ってなかったから……その…有難う。感謝するわ」


 言い慣れない事を口にした荀文若、少しだけ頬を染めている。
 実に可愛い風である。
 その雰囲気に呑まれて一刀は、生返事しか出来なかった。


「あっ、あぁ」


「それから、一応、感謝って事で、男相手になんて全く気が進まないけど、でも人として礼儀を外れるのがいやだら、男の貴方に名を正式に名乗るわ。姓は荀、名は彧。字は文若よ」


「あぁ、判った」


「但しっ! 男の貴方が間違っても私の名を、万が一にも真名を呼ぶなんて認めないからね、判った!!」


 真っ赤な顔でまくしてる文若。
 その身を駆り立てているのが怒ってるのか照れているのか、それとも別の感情なのか。
 異性との交渉はおろか、人生経験もまだ浅い一刀としては、それをどう捉えれば良いのかと悩みつつ、素直に返事をしていた。


「あっ、ああ。文若殿、良く判った………」


「いい、絶対によっ!」


 そう良い捨てると、脱兎の如く駆け出した。
 その後姿に一刀は元気だなぁと素直に感心していた。





 一寸した事はあれど、基本的には大過無く已吾郡へと到達した曹家私兵隊。
 早速、華琳は秋蘭の騎馬隊から人を割きて根城と思しき場所へ偵察隊を出し、又、近隣の村々への情報収集にも兵を派遣した。
 事前に得ていた情報もあるが、鮮度の高い情報が加わる事の意味は決して小さく無いからだ。
 その意味で華琳という人間は慎重であった。

 指揮官の座所を示す為に張られた簡易天幕の中で、椅子に座っている華琳。
 そして春蘭を筆頭とする隊の中心に居る3人は、この辺りの地図を広げている。
 一刀の様な現代日本の地図を見慣れた人間からすると、大雑把な地形と村や都市等の位置、そして街道程度しか書かれていない、地図とは呼べない様な地図であったが、それでも状況は掴める。

 事前に得られていた情報に加へて、新しいものを追加していく。
 その整理、分析には文若が実に活躍をしていた。
 竹簡を解して2~3本に情報を書き込むと、それを地図に載せるなどして見て判る形にしてみせていた。
 その様は実に見事であり、その一点をもって華琳は文若を評価した。
 情報を集めるのは誰でも出来る。
 だがその分析は簡単では無いし、ましてやそれを他人に判りやすく提示する事は困難なのだ。
 それを誰もが出来る形で文若は成したのだ。
 一刀は良い人間を連れてきたと、感心していた。

 その一刀は、座った椅子に視線を向けて、何やら考えていた。


「どうしたの、一刀?」


 極自然に、一刀の真名を呼ぶ華琳の姿に、文若は手に持った竹簡の片を取り落とした。
 それから凄い目つきで一刀を睨むと小さな声でブツブツと、怨嗟の声を上げる。


「私なんて、まだ真名を呼んで頂けないのに、なんで汚らしい男が、性欲優先で粗暴で、乱暴で臭い男の分際で、どうしてどうしてどうしてどうして………」


 その恨みの成分の重さに、一刀は思いっきり及び腰になりながら、華琳に応じる。


「いや、椅子の事を考えていたんだ」


 この場に持ち込まれているのは、極普通の椅子である。
 通常のものと比べると、軽くは出来ているが、それでも嵩むような普通の椅子である。


「コレ、折りたたみ式に出来ないかなって、ね」


「折りたたみ式?」


「そっ」


 そこから、地面に絵を書いて構造を説明する。
 木の枠と布で構成された簡単ではあるが合理的な構造に、華琳はすっかり感心した。


「コレも “天の知識” って事かしら?」


「一応、ね」


「あの、孟徳様。天の知識とは一体?」


「………そうね、それは貴方の真名を呼ぶことになったら教えてあげるわ。だから成果を挙げなさい」


 茶目っ気を含んだ流し目を見せる華琳に、のぼせた表情で文若は頷いた。

 と、そこへ早馬が報告を携えて駆け込んできた。
 この場より3里ほど離れた場所で、戦闘が発生している、と。
 その一報へ華琳は瞬時に対応を決めた。


「秋蘭、貴方と貴方の隊はこの場で待機。帰還する兵と情報を集めておいて! 春蘭、一刀。出るわよ!!」


「はっ!」 


 3人の声が唱和する。
 そこへ、文若が声を上げた。


「孟徳様、私めもお連れ下さいませっ!」


 一瞬の逡巡、だが直ぐに決断を下した。


「良いわ。では文若、貴方もいらっしゃい」


「はっ!!」


 そして駆け出す華琳と、夏候元譲隊。

 賊を討ち民を護る為。
 その意気で気合の入った面々の見たものは、ある意味で非常識● ● ●であった。

 戦ってはいた。
 賊と思しき連中が誰か、或いは誰か達を襲ってはいた。
 だから急いで助けねばならないのだが、各人、足が動かない。
 それは華琳も一緒であった。
 誰もが目の前の光景に度肝を抜かれていた。
 人が垂直に、そして水平にも飛ばされてっているのだから。


「人って、飛行機に頼らずに飛べるんだな…」


 一刀は呆れたように呟いていた。
 



[31419] その11
Name: アハト・アハト◆404ca424 ID:053f6428
Date: 2012/03/19 21:02
 
 人が空を飛ぶ、飛ばされているという常識外れな光景に固まっていたのは、極僅かな時間だった。
 色々な意味で思いっきりの良い春蘭が、誰よりも先に頭を切り替えると声を張り上げた。


「華琳様!」


 その声に気を取り戻した華琳は、頷くと共に許可を出す。
 春蘭の好きになさい、と。
 許諾を受けた春蘭は、馬を駆けて隊の最前線に出た。
 当然ながらも一刀もそれに付き従う。

 そして、春蘭が吼えた。


「銅鑼を鳴らせっ!!」


 重い響が街道に広がり、戦っている連中の少なからぬ数が此方を向いた。
 衆目を集めた春蘭は、自らの愛剣を天に掲げて叫ぶ。


「聞け、我は兗州刺史曹孟徳が臣、夏候元譲なりっ! 賊よ、武器を捨てよ。さすれば命までは取らぬぞっ!!」


 これが夏候元譲であると、真後ろでその姿を見た一刀は感じていた。
 机仕事を嫌がる脳筋型の上司ではあるが、感性をもって、この様な乱れた場で快刀乱麻に行動できる凄さ。
 故に、華琳の信任も厚いのだ。

 自分には出来ないなと考えながら、夏候元譲隊に指示を出す。


「総員っ矛、構えっ!!」


 号令に合わせて、一斉に矛を掲げ上げた夏候元譲隊。
 その一糸乱れぬ動きは、見るものに威を与える。
 降伏すれば良し。さもなくば ―― そう言外に漂わせた行動は、だが、残念ながら賊を降伏させるには至らなかった。


「くそっ!?」


 罵声と共に、賊は破れかぶれの勢いで、襲い掛かってきたのだ。
 それに、春蘭は正直、驚いた。
 多く見積もっても50人も居ない様な数で、此方は300人から居るのだ。賊は簡単な計算も、そもそも自分と相手の差が判らぬのかとも。
 或いは、血迷っての行動なのだろう。
 だが一瞬だけは驚いても、手加減をするという選択は、春蘭の脳裏に一切無かった。
 何故なら、春蘭にとって武器を持って華琳の前に立ち塞がろうとするだけで、撃滅する理由としては十分であるからだ。
 その、常であれば陽性の笑顔が浮かんでいる顔に、獣の如き暴力を浮かべて命令する。


「我に、続けぇっ!!」


 春蘭を先頭に、一刀や300人の兵達は一丸となって殴りこんだ。






真・恋姫無双
 韓浩ポジの一刀さん ~ 私は如何にして悩むのをやめ、覇王を愛するに至ったか

 【立身編】 その11






 正直、賊との戦闘自体は短時間で片がついた。
 彼我兵力差が10倍近くあった上で、別の相手とも戦っていた賊なのだから、真っ向からの力押しであっても、被害は死者はおろか重傷者を出す事無く決着が付くのも当然であった。

 そして華琳らは、賊が最初に戦っていた者達と相対する。
 彼らは義勇軍であり、この已吾郡の村々から集まっていた有志だった。
 已吾を含む郡の太守は、その指揮下にある官軍を已吾県防衛にまで裂いてくれず、それ故に組織されたのだという。
 今、この場に居るのは30余名と云った所だ。
 何でも移動途中で、賊に襲われたらしい。


「そう、苦労を掛けているわね」


 詫びる様に言葉を口にする華琳。
 華琳は刺史として太守らの腐敗や悪事を監督し、悪政を行わせぬように尽力している。
 だがしかし刺史とは州全域への行政権はあっても絶対的な指揮、或いは命令の権限を持たぬ為、この様な場合には無力に近かったのだ。
 太守が郡都防衛に官軍を使う事は、間違ってはいないのだから。
 漢の一般的な法、というよりも習慣的な部分で、郡都以外の防衛は太守にとって努力目標にしか過ぎないのだ。
 郡都さえ維持できれば県や、或いは村々が多少荒れた所で何とかなる。
 そんな発想である。
 それはある種、漢帝国の持つ中央集権制度の弊害であった。

 尤も、庶民からすれば華琳が詫びる事など無いというのが正直な気持ちであった。
 義勇軍の取りまとめ役は、慌てた様に首を振る。


「何をおっしゃいます曹刺史、我らは貴方様へは感謝しか御座いません」


 華琳が兗州刺史の地位に就いて以降、この州では不平等な税や、無茶な賄賂はかなり影を潜めるようになったのだ。
 この一点だけでも有難い。
 そもそも、であるからこそこの様な義勇軍を組織する余力も、已吾県の村々は有する事が出来たのだ。
 であれば、何を曹刺史に思う事がありましょうか。
 そう言って、壮年である取り纏め役は笑った。

 しばしの雑談、そして情報収集。
 この義勇軍が戦っていた賊も、華琳が今回、この已吾県へと兵を率いてやってきた目標の賊、その一部だった。
 賊の最近の動きや規模、或いは根拠地などの情報を、文若は根掘り葉掘り聞くと、頷いて、殲滅の策を考え始めた。
 当初予定とは別の話で、日々、この賊によって少なからぬ被害が出ており、早期の殲滅が必要であるからだ。

 そんな文若の姿を微笑ましげに見た華琳は、それからフト、1つの事を思い出すと、取り纏め役に声を掛けた。
 先ほどの、人を空へ飛ばす程の怪力を見せた者達の顔を見てみたい、と。


「ああ、それでしたら ―― 仲康、甜馳っ!」


 取り纏め役の誘われて出てきたのは、筋骨隆々の大男などではなくその全く逆、可愛らしい2人の少女だった。
 その容姿は、幼いと言っても過言ではなく、この様な場に似つかわしくない2人であった。

 怪力の主が、可愛らしい少女達であった事に華琳が驚いている間に、2人は自己紹介をする。


「私の姓は許、名は褚。字は仲康と申します」


「私は姓を典、名は韋。字を甜馳と申します」


 刺史という、一般庶民から見ては天上人と言って良い相手を前に緊張してか、たどたどしく挨拶をしてくる2人。
 先ほどの怪力の主達とは、間違っても思えない。
 そんな2人を華琳は微笑ましげにも、同時に悔しげにも見る。
 この様な少女達が戦場へと立たざる得ない状況を、腹立たしく思っているのだ。

 春蘭秋蘭の如く成人を迎えてから戦場に立つのは自己の選択だが、成人となる前に否が応でも戦場に立つ羽目になるというのは、為政者側として、己の不甲斐なさを感じるのだ。
 それが華琳という人間であった。

 そして華琳は、誇りを知る人間であるが故に、素直に2人を賞賛した。


「2人の武、実に見事なものだったわ。この曹孟徳、実に感心したわ」


「有難う御座います!」


 声を合わせて喜びを表現する2人。
 と、義勇軍の取り纏め役が申し訳なさげに、華琳へ声を掛ける。
 この2人を取り立てては貰えないでしょうか、と。


「おじさん!?」


 驚いた声を上げる許仲康、対して典甜馳は口をあんぐりと開けて、吃驚している。
 対して華琳は黙ったままに頷いて、言葉の先を促す。


「この子らは抜きん出た武の才を持っておりまして、常々私は、この辺鄙な場所で埋もれさせるには勿体無いのと思っていたのです。ここで曹刺史のお眼に掛かったのであれば、これは何かの縁。厚かましいお願いでは御座いますが、何卒」


 その言葉には、2人に対する誠情があった。
 だからこそ、華琳は応える。


「これ程の才を惜しむ貴方の気持ちは受け取ったわ。でも、2人の気持ちはどうかしら?」


 才人を愛し収集する事を好む華琳だが、未成人を無理に勧誘しようとは思っていなかった。
 成人となり、武をもって生きると決めた後であれば、幾らでも受け入れると思いはすれども。
 武の才を持っていても、農村での生活に希望を抱くのであれば、それを叶えてやりたい。
 それが、華琳の正直な気持ちであった。

 対する許仲康と典甜馳は、選択肢を提示するという華琳の誠意に触れ、この様な人間に遣えるのは誉れだと感じた。
 刺史としての活躍も聞いていた為、この人の為に働く事の素晴らしさを感じたのだ。
 が、決断を下す前に許仲康は、1つだけ確認をした。


「曹孟徳様、1つお聞かせ下さい」


「なに?」


 疑問というよりも、面白い反応をすると感じながら華琳は、先を促す。
 対して許仲康は真剣な表情で問いかける。
 華琳は、この州を国をどうしたいのか、と。
 否、もう少し単純な問い掛けであった。


「曹孟徳様は村を護って下さいますか?」


 それは、賊によって乱れた治安に苦しめられた農村の民らしい言葉だった。
 今、村を救うために来ている。
 そんな単純な話ではないだろう。
 地に平和をもたらす為に、華琳は働くのかとの問い掛けであった。

 それに華琳は胸をはって応える。


「それこそが為政者の、私の務め、そして誇り」


 地に平穏をもたらし、人が人として生きていける世を目指す。
 乱れた世を、漢帝国を立て直すのだと、華琳は断言した。
 その気概にの発露に、この場に居た誰もが思わず頭を垂れていた。



 そんな華琳を、文若はうっとりと見ていた。


「あぁ、流石は孟徳様」


 赤く染まった頬に手を添えたその様は、まるで恋する乙女の様でもある。
 その文若の名を呼ぶ一刀。


「何よ!?」


 齧り付く寸前に獲物を取り上げられた猫の様な顔で、邪魔をするなと一刀を睨む文若。
 左右が尖る様に被った頭巾の影響もあって、正に猫科の人間に見える。
 その様に微笑ましいものを感じつつも、それを出さぬ様に注意しながら一刀は告げた。


「褒められるなら、速い方が良いのでは?」


 同時に一刀は指差した。文若が持つ竹簡を。
 そこには文若が義勇軍の面々から聞き取った情報や、秋蘭が伝えてきた偵察隊の集めていた情報を纏めたものが書き込まれていた。

 賊の本隊の場所、規模などの詳細が得られた為、文若は最小限度の苦労で、最大限の戦果を上げられる策を組み上げていたのだった。
 必勝、それも圧倒的な優位での勝利。
 自信を持って言える策を作りあげ、献策をしようとしていたのが、その前に華琳の覇気を見て、文若は蕩けてしまったのだ。

 正論の指摘に文若は男の癖にと、男が指摘をなどと俯いてとブツブツと言った後に、凄く渋い表情で感謝の言葉を口にした。


「ありがとう」


 棒読みという言葉を見事に体現したような文若の言葉を一刀は、苦笑と共に受け入れた。
 その事をどう思ったか、フンっとばかりに鼻息を1つすると、肩を怒らせて華琳の許へと向かった。

 そんな口は悪いし気は強いしの文若だが、一刀は嫌う気になれなかった。
 何と言うべきかその仕草が子供っぽいというか、稚気を見てしまい、幼子の反抗期の様に感じられているからだ。


「可愛いものさ」


 一刀はそう呟くと、珂桓々を呼んで春蘭の副官としての自らの仕事に取り掛かった。
 先ずは、野営地でもある秋蘭達の所へと戻らねばならぬからだ。

 が、その前に華琳は騎兵を伝令とし、秋蘭を呼ぶように命じた。
 同時に、春蘭と一刀には隊を纏めて、直ぐに戦えるようにとも。

 その事に一刀は、華琳が今日中に決着をつけようと考えているのだろうと、判断した。


「連戦となるので、兵は疲れるかもしれないけども、大丈夫ね?」


「お任せ下さい華琳様! 我が元譲隊に1度の戦闘でへばる様な人間はおりません!!」


 胸を応える春蘭、そして一刀も自信ありげに首肯した事に華琳は、満足げに頷いた。





 暫しの時間の後、全員が揃った遠征部隊の将兵。
 その前に立った華琳は自らの武器、大鎌である絶の石突を大地に突き立てて宣言する。


「速戦をもって決着をつけるわ! 敵よりも多い数を揃え、相手の情報を掴み、地の情報をも得た以上、もはやこれ以上悪戯に時間を浪費するは愚作」


 その顔は、覇者の顔であった。
 献策を受け入れられたのだろう文若は、その脇で嬉しそうに笑った。
 と、華琳がその名を呼んだ。


「桂花!」


「はっ!!!!!!」


 真名を呼ばれて歓喜というよりも更に大きな喜びを満面にうかべながら文若は、背筋を伸ばすという器用な真似をする。


「貴方の献策、見事だったわ。この策をもって賊を根絶やしとする。夏候元譲、夏候妙才、北元嗣、そして曹の旗に集った勇兵よ! 奮戦せよ!! 地に乱を撒く輩を根絶やしとせん!!!」


 華琳の号令に、この場に居た誰もが鯨波を上げていた。





 俘虜を義勇軍に預け、賊を討たんと出撃した曹家私兵隊。
 義勇軍より加わった許仲康と典甜馳の2人はこの地方に生まれ育った人間である為、その先導で隊は賊の側に察知される事無く、その根拠地 ―― 廃村へと迫った。
 隊を3つに分け、それぞれに配置する。
 先攻は秋蘭の騎兵隊が務め、賊側を撹乱させた所へ反対側から春蘭の主力部隊が殴りかかるのだ。
 もう1つの隊は華琳直卒であり、意図的に作った賊の退路の側に陣取らせておき、撤退してきたところを叩くという策であった。

 又、春蘭の騎兵隊は一当たりした後は予備部隊として動く事と決められていた。
 一度離れて華琳の部隊が居る場所以外へと賊が退こうとした場合に再度攻撃をし、足止めを図る様に、或いは、外部から万が一に援軍が現れた場合への対処も担当していた。




「情報どおりか………」


 春蘭と共に、主力部隊に居る一刀は、眼を細めて寒村を見る。
 賊は、凡そで200名と云った所だろうか。
 事前情報と比較してみても、先ずその程度だろうという数である。
 見る限り、難民から身を崩した連中であるようだが、女子供といった弱者は連れていない。
 青年や壮年の男性集団であるようだ。

 或いは別の場所に、自らの州や村に置いて出稼ぎに来ていたのかもしれない。
 その意味では、彼らも被害者なのかもしれない。
 だが、彼らは賊であった。
 他人の食料を奪い、或いはその過程で人を殺めた集団なのだ。
 殺された人間は少なからずおり、又、殺されずとも食料を根こそぎ奪われれては早々に餓死するしかないのだ。
 である以上、掛ける温情など欠片も無かった。

 剣を握る一刀。
 と、脇に居た許仲康が声を掛けてきた。


「兄ちゃん……」


「ん?」


 100人単位の人間による戦を前に、緊張したのかと振り向いた一刀だったが、許仲康の表情に過度な緊張の色は無かった。


「どうした?」


「いや、兄ちゃんって副隊長さんなのに、どうして馬に乗らないのって、不思議に思って」


 それは今、聞かねばなら無い事なのかと一瞬だけ思った一刀だったが、同時に、納得をしていた。
 許仲康はまだ子供なのだ。
 並みの大人では太刀打ちできない怪力を持つ勇士であっても、子供なのだ。
 であれば、好奇心で質問するのも仕方が無いだろう。
 それに、状況を判っている様に小声だったのだから、無碍にするまでも無いと、返事をした。


「馬で戦うのは、苦手なんだ」


 剣の、刀の修練だけは積んでいる一刀だが、流石に騎乗戦闘の訓練など、平成の日本で行えたはずも無く、今はまだ乗るだけで精一杯という有様であった。
 馬上の武器である弓も矛も扱えなかった。
 どうにも踏ん張りがし辛いというのもあるが、どうにも駄目であったのだ。


「えっ!?」


 声を上げようとしてた許仲康を、人差し指で黙らせる。
 そこで、自分達の状況を思い出した許仲康は両手で口を押さえるのだった。
 その微笑ましい姿に、笑みを浮かべながら一刀は、詳しい話は後でねと次げるのだった。

 それから暫しの時間の後、傍に居た春蘭がささやく様に云った。


「着たか………」


 轟く馬蹄の音、巻き上がる砂煙。
 夏候妙才隊が廃村へと突進をしていくのだ。
 悲鳴と怒号、そして鬨の声が猛々しく響いた。
 正に大混乱だ。


「では一刀、後詰めは任せたぞ」


 そう言うや春蘭はひらりと馬に跨った。
 許仲康も、その身と比べれば冗談の様に大きな鈍器、大鉄球岩打武万魔を担いで、その脇に就いていた。

 振り返って兵達の顔をみた春蘭は、猛々しく笑うと、右手を天へと掲げた。
 弓を持った兵達が、矢を引き絞りだす。
 秋蘭の騎兵隊が撤退をした所へと叩き込むのだ。

 緊張と興奮が辺りの充満する中、爛々とした猛禽の目で春蘭は敵を睨み続ける。
 そして秋蘭の騎兵隊が廃村を離脱した瞬間に、手を振り下ろす。

 討ち放たれた矢は放物線を描いて飛ぶ。
 その軌跡を追うよりも先に、春蘭は声を上げ、号令を出す。


「元譲隊第1組! 我に続けぇ!!!」


「おぉぉぉぉぉっ!!!」


 兵達も又、引き絞られた弓矢の如く、春蘭に続いて駆け出すのだった。
 



[31419] その12
Name: アハト・アハト◆404ca424 ID:053f6428
Date: 2012/03/26 17:37
 
 廃村での戦闘は一方的であり、そして蹂躙であった。
 賊と春蘭たちの数を比べれば賊の側がやや多いのだが所詮は賊、烏合の衆であるのに対し、厳しい訓練を乗り越えてきた兵の集団である軍は、見事な連携を見せるのだ。
 何より少しばかりの数の差であればひっくり返して余りある将、春蘭が居るのだ。
 しかも、怪力無双の小勇士たる許仲康までも加わっては、賊に勝ち目など無かった。

 集団で逃走を図るでもなく、組織的に戦うでもなく廃村の何処其処で討ち取られていく賊の有様を見て、一刀は伝令を呼んで華琳への報告を命じる。


「孟徳様へ報告を、内容 “事前想定1番となる。元譲隊第2組も、想定1番に沿って行動を開始する” だ。急げ!」


「はっ!」


 この討伐に対して文若は、己の才を見せん! とばかりに張り切って策を決めていた。
 相手の対応も幾つか想定し、それに対応する策さえも、事前に考え、各隊の隊長へと周知させていた。
 その判定をする大役を、一刀は担っていた。
 春蘭の後詰であり、前線に接しつつも戦闘の混乱に巻き込まれない立場であるが故にだった。

 馬に跨って駆け出した伝令を確認し、それから自らの隊である元譲隊第2組の面々を見る。
 皆、怯えの色は無く漲った顔をしていた。


「では諸君、我々も移動するぞっ!!」


 声を張り上げた一刀に、兵達も大声で応じる。
 想定1番とは、賊が特に積極的な行動を起こさず、組織だって動く事もなく廃村で戦闘を継続する、或いは抵抗する状況を想定したものであった。
 それ故に、一刀ら元譲第2組の仕事は単純なものであった。
 元譲とその兵への加勢、そして華琳直率部隊の動きに連動する事も要求されていた。


「何処から仕掛けますか?」


 兵を率いる上で自信の無かった一刀が、自分への助言者として引き抜いてきた珂桓々が、尋ねてくる。
 その言葉に一刀は、抜剣した刀身で寒村の一方を示した。
 陽光に煌く切っ先の先は、元は畑であったか、やや足場の悪そうな場所である。


「当初予定通りだ。拡散出来ぬ様に軟弱地の退路を潰そう。他は妙才殿の騎馬隊で抑えきれるだろうからな」


「はっ、では!」


「ああ。行くぞ!!! 元譲隊第2組、我にぃ続けぇっ!!!!」




 一刀を先頭に駆け出した元譲隊第2組。
 だが廃村の賊の側に反応は無い。
 春蘭の第1組との戦闘で手一杯なのか、或いは指揮系統が既に破壊されたかしたのだろう。
 その様は既に賊と呼べるものでは無く、唯の暴徒であった。

 だが、春蘭は降伏を呼びかけない。
 それを華琳が禁じていたからだ。
 否、禁じられていなくとも、春蘭は行わなかっただろう。
 この場に居る賊達の所業を、襲った村々で行っていた非道の数々を聞いていたから。

 生きる為に食料を奪ったのは、赦し難いが仕方が無い。
 略奪の過程で抵抗した人間を殺すのも、ある程度は刑をもって罪を償う事は出来るだろう。
 だが、その過程で婦女子を浚い陵辱の限りを尽くす様な人獣に与えるべき刑は1つしかなった。
 死罪。
 凶賊、その悉くを殺し尽し、以後への見せしめとするのだ。
 或いは、その春蘭らの決意を感じるからこそ、賊は降伏しないのかもしれなかった。


 元譲隊第2組が軟弱地を掌握した頃、離れていた華琳直率の隊が姿を見せた。
 又、秋蘭の部隊も来ている。
 ちらほらと廃村から脱出を図る賊も出るが、殆どが1人乃至や数人である為、その悉くを刈り取る事に成功する。
 と、華琳は自らの隊を廃村へと突入させた。
 戦闘が激化、否、掃討段階へと移りつつある。 


「北副長、我々も………」


 戦いたい。
 そう兵卒が声を上げるが、一刀は苦笑いを浮かべて諌める。


「諦めろ。我々は後詰だ。特にこの優勢な状況であれば、務めは賊の逃げ散るのを防ぐ事こそが重要になる」


 賊を殺し尽し、この近辺の安全を確保する事こそが主要な任務だ。
 そう応える一刀に、兵達は不満げな表情を見せる。
 一刀の言う理屈は理解できるのだろうが、感情として納得できないのだろう。
 春蘭の育てた兵達は主譲りの血の気の多い、武断な性分の人間が揃っているのだ。

 さて、何処で発散させようか。
 そう一刀が考えた時、廃村から10名近い集団が逃げ出した。
 秋蘭隊の馬を恐れてか、此方へと一塊で突っ込んでくる。
 良い発散相手が出来たものだと内心で暗い喜びを感じながら、一刀は冷静な声で命令を出す。


「よし、あの賊を討つ! 珂桓々、悪いが少しこの場の面倒を見て居てくれっ!!」


「はっ!!」


 珂桓々の返事を受け、一刀は剣を掲げて走り出す。
 戦う事への恐怖はある。
 が、兵を率いるに、特に戦闘に於いては先頭に立つ事の重要性というものを寒村の自警団時代から学んでいる一刀は、行動を迷わなかった。
 不満げな声を上げた兵の居る班を含めた20名、元譲隊第2組の半数で突撃する。

 手綱を放された兵達は、歓喜の声を上げて突撃していく。
 逃げ腰の賊を、戦意旺盛な倍近い兵で討つ。
 それは正に一方的な戦いであった。


「きぇーーーーっ!!」


 その先陣に立つ一刀の斬撃は、一撃で賊を断つ。
 続けて、隣の賊へと連続して斬りかかる。
 陳留で流通している剣の中でそれなりに吟味して選んだ剣は、一刀の剣技によく耐え、折れる事なく2度目の斬撃に耐えた。
 そして3度目にと振りかぶった際、賊は武器を捨てていた。
 凶相を怯えの色に染めて命乞いを、命だけはと叫んでいる。
 と、他の賊も武器を捨て、跪いている。

 勇将の下に弱卒無しとの格言を体現するように、夏候元譲隊の兵卒は勇壮勇士が揃っている。
 であるが故に、武器を捨てて命乞いする賊を相手に矛を武器を振るう事に躊躇してしまっていた。
 が、それは一刀とて同じであった。
 此方は、平和な時代に生まれたが故であるが、武器を捨てた人間を殺す事に躊躇を憶えるという意味では一緒であった。
 だから、1つ尋ねた。


「では問おう。お前らは命乞いをした相手に今までどうしてきた?」


 その一言がもたらした反応は、ある意味で劇的であった。
 命乞いから一変して、仕方が無かったと仕切りに弁明を口にするが、そんな、良心の呵責を憶える様な人間の顔が、凶相となる筈も無かった。
 処置無し。
 己の命だけを考える賊に、兵達は怒りの声と共に武器を振り上げた。
 悲鳴が大きな声となるが、一刀は止める事は無かった。



 返り血で真っ赤に染まった剣を見て、一刀はふと、思っていた。
 自分には儒者の言う徳なるもの、あるいは普遍的な意味での人間愛は無いのだろうな、と。

 凶悪に対し、苛烈といって良い態度を示す一刀。
 それは、ある意味で一刀の原点にある風景が理由だった。
 この世界に降り立って直ぐに賊に殺されかけた事が、そして河内郡の自警団を率いた際に見た、賊の手で陵辱の限りを尽くされ、殺された人々の姿が原因であった。
 或いは、遺族の慟哭が。

 苦味の浮かんだ表情で一刀は兵を下げ、珂桓々たちと合流する。
 掃討戦はまだ終っていないのだから。






真・恋姫無双
 韓浩ポジの一刀さん ~ 私は如何にして悩むのをやめ、覇王を愛するに至ったか

 【立身編】 その12






 最終的に、賊の掃討戦は夕方までには終った。
 これは遺体の処理まで含めてである。
 疫病の問題があるとの一刀の主張を受け、死体を放置するのではなく大きな墓穴を掘って埋めたのだ。
 総数で3桁を超える遺体、その悉くを埋める墓穴を用意するのははかなりの手間であり、春蘭などは一罰百戒で晒す方が良いのではとも言っていた。
 だが一刀が、将来的にこの廃村を再生し利用する事を考えればと重ねて提案した所、華琳が折れ、葬られる事となった。

 村の畑の外れ、水場から遠い場所を選んで掘られた墓穴に、具足などの一切を剥ぎ取られた死体が放り込まれていく。
 この、具足を剥ぎ取る事に関しては、華琳の指示だった。
 具足は、金属部品などは再利用が出来るので賊の副葬品には勿体無いと云うものがあったが、それで私腹を肥やそう等とけち臭い事を考えての事ではなかった。
 これらは、近所の村々に分配し、自衛の武器とするなり鋳潰して農具とするなり自由に、と考えていだのだ。
 ある意味で、賊の被害への補償、或いは、直接的に言えば華琳の人気取りでもあった。

 華琳は兗州を、刺史としてだけではなく、将来的には各郡太守へ自分の息の掛かった者を据える事で、より完全な形で統治したいと考えていたのだ。
 この指示を出す際、華琳は、兗州を完全に支配する為の下準備だと、露悪的と呼べる表情で笑った。
 だが一刀はそれが悪だとは、卑しい等とは思わなかった。
 兗州を望む華琳の気持ちが、即ち民の為であり、統治者としての自らの理想の為であると理解していたからだ。


 とはいえ、死体を墓穴に放り込む仕事を統括するというものは、何とも気持ちの盛り上がらないものではある。
 そして、墓穴に賊を放り込む兵達も又、些か元気が無いのは仕方が無い。

 が、そんな暗い雰囲気を気にせず一刀に声を掛ける者が居た。
 許仲康だ。


「兄ちゃん、手伝わなくて良い?」


 朗らかな声だ。
 幼いながらも、生と死が都市よりも遥かに近い農村出身ゆえにか、その神経が実に太かった。
 とはいえ、その無双の怪力に墓穴を掘るまでしてもらっているのだ。
 更に死体を放り込むまでさせては、大人の沽券に関わる。
 それが一刀のみならず、兵たちの総意であった。


「ああ、気持ちは有り難いけど、もう終るしね」


「そっかー」


「そうさ。それに許仲康にばかり頼っては、私達が仕事をしろと怒られてしまうからね」


「兄ちゃん達、すごいって思うけど?」


「有難う。だけど、だからこそ、自分の仕事をしっかりとしなければならないんだよ」


 1つの事に手を抜けば、何時かは全ての事に手を抜くことになるだろう。
 だから1つ1つ、しっかりとしなければならないのだと一刀が纏めてみせたが、許仲康は理解し兼ねるといわんばかりの表情で首を傾げていた。
 そして一言。


「良く判らないや………」


 その一言に、一刀は破顔すると、許仲康の頭を撫でた。
 子ども扱いされた事に反発するよりも受け入れてしまう辺り、この許仲康は、まだまだ子供だと言えた。
 だからこそ一刀は、判り易くまとめた。


「毎日しっかり生きましょうって事だよ」


「そうなの?」


「そうさ」


 と、兵が声を挙げた。
 いつの間にか、墓穴の埋め戻しまで終っていたのだ。
 一刀は、その事にすまんすまんと言いながら、最後に気を植える様に言う。
 山から取ってきた、ブナの若木だ。
 墓石を置く気にはなれなかったが、何らかの目印が無い事も寂しいと考えての事だった。
 賊として人を害し地へと帰ったが、死んだ後まで罪に追われのも哀れだと考えていたのだ。
 木を植えた事も、鎮魂を考えた事も、実に日本人的な行動であった。

 ブナの木に水を与えると、最後に一刀は拍手を打った。
 そして短く黙想。
 と、目を開いた一刀は、許仲康がまじまじと自分を見ている事に気付いた。


「どうした?」


「いや、兄ちゃんこそ」


 その一言で、文化の違いを思い出した一刀は、小さく笑って説明する。
 故郷の風習でね、と。


「死者の安らかな眠りを願う、そんな意味があるんだよ」


 邪気を払うとか、或いは死んだ人が生きている人間を恨まないでねとか、そんな意味もあったとは思いながらも、割と複雑な概念なので、端折って説明する。
 死ねば皆、神様 ―― とまでは言わないが、罪は死によって償われた。
 であれば後は、安らかな眠りが相応しい、と。


「死ねば、赦されるの?」


 少し納得できないという顔を見える許仲康に、一刀は無理に自分の考えを推そうとは思わなかった。
 人はそれぞれの考えがあり、そして文化の相違もあるのだから。
 差こそ、違いこそ大事では無いか、と。


「もしかしたら赦されるべきではにのかもしれない。だけどね、死んだ人間に鞭打っても、虚しいだけだよ。さぁ皆の所へ戻ろう!」


「そう言えば兄ちゃん、流琉が、今日は思いっきり気合を入れて料理をしてくれるって言ってたよ!」


「典甜馳か、料理が上手いの?」


「すっごく上手いんだ! 期待しててね!!」


「それは楽しみだね」


「うん!」










 さて、時間は少しばかり流れる。
 己悟での賊討伐を終えて陳留へと戻って、変化は3つあった。
 1つは文若が正式に華琳の軍師の座、閤下主簿となった。
 刺史が独自に登用できる属吏で、それまで空席だった最高位であり、刺史府の内務を取り仕切る事となった。
 2つ目は許仲康と典甜馳が将見習いとして軍に参加した事だろう。
 許仲康は春蘭へ、典甜馳は秋蘭に付く事となった。
 尤も、その前に行儀見習い等も大事だと云う事で、平時では秋蘭の下で心身を鍛えていた。
 春蘭に預けない辺り、華琳も2人を育てるという事を良く考えているのだなと一刀は考えていた。

 だが、一刀が暢気でいられたのはそこまでだった。
 もう1つの変化とは、一刀が夏候元譲の副官であると同時に文官としての仕事が加えられたのだ。
 それは、一刀の事を、或いは天の知識の事を文若が知った事が原因だった。
 文若は、兗州発展の為に一刀の知識、そして発想を大いに活用すべきと華琳に献策したのだ。
 具足糧秣の管理監督官時代に一刀から受けた説教への意趣返しを兼ねてこき使ってやろうとの気分が少々あるが、本質は、真剣にその知の有効性を見抜いての事だった。
 でなけば、男嫌いの文若が一刀を使おう等と思う筈も無かった。
 自分の趣味と、華琳への利を冷徹に考え、断腸の思いで下した決断であった。
 尚、当初は一刀を文官へ専念させる事すらも文若は考えていたのだが、その事には春蘭は激しく抗議し抵抗したが為、この形に落ち着いたのだった。

 そんな、二束の草鞋を履く羽目になった一刀、流石に文若に仕事量が多いと愚痴を溢すも、文若はニヤリと笑って聞き流した。
 そして “天の御遣い” にして “河内の賢人” には、華琳様の為に大いに頑張ってもらいましょう等と、しれっと言っていた。


 日の半分を、或いは一日おきに文武両官の仕事をこなしている一刀。
 文官仕事の半分は会議等に参加して献策をする、纏めるなどのお陰で何とかこなせているが、何とも忙しい話ではあった。


「無理はするなよ、一刀」


 衷心より一刀を案ずる声を出したのは、誰であろう春蘭である。
 表情はやや暗い。
 理由は、春蘭も苦手な書類仕事をする様になったのだ。
 以前もしていたが、今とは違う。
 今は、自分からする様になったのだ。

 一刀が二足の草鞋を履く事となり、書類仕事で苦労している姿を見て、又、年若い許仲康や典甜馳が頑張っている姿を見て、であれば少しは私も努力せねばと一念発起をしていたのだ。
 その手際は一刀の半分にも満たないのが現実だが、それでも諦めて放り投げずに続けている事は立派だった。

 春蘭が自分から仕事へ向き合う事は嬉しいものの、同時に一刀は、少しの寂しさも感じていた。
 そして同時に、仕事が減る事を素直に喜べない自分に、苦笑じみたものも感じていた。


「そういう春蘭こそ、ね」


 気分転換にと麦湯を用意する一刀。
 2人分を淹れて、それから席に座る。
 一寸した休憩時間だ。
 香ばしい香りが夏候元譲隊の執務室へと充満する。


「落ち着くな」


 湯飲みを手にし、その匂いを味わいながら相好を崩す春蘭。
 何時もは鋭いその目元も、優しくなっている。
 その事に面白みを感じながら、一刀は自分の湯飲みを傾ける。
 香ばしさと熱さが口腔内を占める。


「気に入って貰えたようで何より」


「うむ、気に入ってるぞ。それに隊の連中も喜んでいる」


 一刀は兵の休憩用にと、ミネラル等の豊富な麦湯を振舞う事を提案し、春蘭はそれを華琳に諮って許可を貰い、訓練や行軍時に出すようにしたのだ。
 お湯を沸騰する手間はあるが、同時に湯を起こす事で腹を下す原因などを取り除ける事も重視されての事だった。

「暑い時は、冷やして飲んでも美味しいんだよ、これが」


「あの、きかれいきゃくとか云うのか? あれは美味しいが少し面倒くさいぞ」


 試しにと、冷ました麦湯の湯飲みを水を含ませた布で包み、扇いだのだ。
 小一時間程。
 確かに、面倒であった。


「まぁ、ね」


「それに、暑い中でもゆっくりと飲めば美味しいのだ。文句を言う筋合いは無いぞ」


「仰る通り」


 陽性の笑いが生まれた。
 しばしの歓談、そして麦湯のお代わりを、と一刀が立ち上がった時、ふと、という感じで春蘭が文官の仕事を尋ねてきた。
 武官から見ても忙しそうに見えるが、何かあったのか、と。


「そうだな、以前にも言った難民対策に関して、華琳が凄い決断を下したって事かな」


「それは華琳様だ、当然だ! で、どんななのだ?」 


 その素直さこそが、華琳が春蘭を愛するゆえんなのだろうなと、そして自分から見ても好ましいと一刀は考えつつも説明する。
 それは公共事業と、廃村の農業再生を狙っての事だった。
 河内の寒村を範とした排泄物処理のシステムを陳留に作り、そして排泄物を肥料化する。
 陳留の都市構造自体を改造するのは大規模で金が掛かりすぎるので将来的な目標に留め、当座は排泄物の回収から行う。
 又、併せて衛生問題から市内での排泄物の適当な投棄を禁じる。
 豚の餌としている面もあるが、これは衛生問題から飼育許可を出す区画を限定する。
 こうして集めた排泄物は、郊外に肥料化の設備を作り、肥料とする。
 そして、肥料を消費する為の村も作る。
 廃村を再利用した官営の村であり、村人は難民を充てる。
 無論、廃村が即、豊かな村になる筈も無いので、数年は税の免除と当座の食糧支援をも行うのだ。
 これらの農業の効率化の為、農具の貸し出しも行う。


「中々に大規模だな」


「ああ。お陰で忙しいよ」


 排泄物の肥料化に関しては、河内の寒村で実績が出つつあり、そのお陰で文官の多くは納得したが、とはいえ、簡単では無い。
 反対する人たちの意見を聞き、案の問題点を削り、具体化していくのだ。
 一大事業であった。


「しかも、献策だけが仕事だと文若は言っていたが、蓋を開ければ諸官の説得もだ」


「使われているな」


「全くだ。しかも、この諸官との話し合いで出た問題点の洗い出しから、新しい事案も浮かんだりして、仕事は増える一方だ」


「ほぅ、というと?」


「治安の悪化だ」


 流入してくるのは難民だけではなく、治安の安定から商人が店を構え、又、隊商が兗州に良く訪れる様になったのだ。
 人が増えれば問題も増えるのは道理であった。


「従来の制度で対応できないのであれば、新しいものを作らねばならない、か」


「そういう事だ」


 又、陳留だけの治安回復だけではなく、難民を定着させる村への管理監察もあった。
 難民は、一度、農地を捨てた人間なのだ。
 である以上、状況が厳しくなれば再び農地を捨てるかもしれない。
 生活が出来なくてなら仕方も無いが、楽をしたいと離れられては話にならない。
 貸し出す農具を売られても困る。

 そもそも、元々が難民であり、この土地に根付いていた人間ではないので、その難民同士の諍いなども管理せねばならない。
 何とも、問題の多い事であった。


「………大変だな」


「まぁ、な」


 だが、それを言う一刀の顔は、明るい。
 否、楽しげである。
 確かに大変ではあるが、やりがいのある仕事ではあるのだ。
 人を助ける為というのが先ず楽しかった。
 その他に、多くの文官と顔を合わせて討議する事も楽しかった。
 華琳の下にいるだけはあり、諸官は仕事への情熱ある人間が揃っており、常に新しい視点や発想が入るのだ。
 楽しくない筈が無かった。

 無論、武官の仕事、体を動かす事も一刀は大好きであったが、今は何かを作り上げるという事の楽しさを満喫していた。


「しかし、そんな予算が良くあったな」


 春蘭は以前に一刀が、難民対策の策があるが、金が掛かりすぎてと言っていたのを覚えていたのだ。
 それからまだ2月も経ておらず、新しい税も得ていないのにどうすればその難問を乗り越えられたのかと、不思議に思っていた。
 それに一刀は笑って応えた。


「そこが華琳の凄い所さ。刺史府の余剰金を必要最小限を除いて全て事業へと投資する事を決断してね。その上で足りない部分は、文若を通して漢の政府へと支援の要請を出したのさ」


「なっ、出来たのか!?」


「ああ。文若は見事に予算を持ってきてくれたよ」


 以前に袁家に遣えていた頃に作った縁を最大限に利用し、又、躊躇無く賄賂等を行使して漢の国家事業、難民の再定着実験として承認させたのだ。
 漢帝国自体が棄農による難民の増大に頭を悩ませていた事もあったとはいえ、この文若の政治的手腕は、見事の一言であった。


「ほーお、中々に見事だな」


 感心する春蘭。
 朝議などの場で口喧しく叱ってくる相手で、しかも自分から一刀を取り上げようとした文若を春蘭は嫌っていた。
 だが同時に、華琳の役に立つ人間を否定する程に春蘭の器は小さく無かった。


「もし、又何がしの才を見せれば、我が真名を預けてもよいやもしれんな」


 軍師相手に、将が真名を預けるという意味は、決して小さく無い。
 真名を預ける事は、軍師が立てた策が如何なるものであれ、命を賭けてでも従うという意思表示なのだ。
 だが文若は、自分から一刀を取り上げようとした相手なのだ。
 そこが気に入らない。
 とても気に入らない。

 どうしてくれようかと腕を組んで考え込む春蘭。
 うんうんと唸っているその姿に、一刀は笑いをかみ殺しながら、新しい麦湯を淹れた湯飲みを置いた。
 と、その時に一刀を呼ぶ声が聞こえた。
 甲高い、声だ。


「噂をすれば、か」


 ことわざの持つ正しさに笑う一刀。
 呼んでいるのは文若だった。


「居ますよ!!」


 声を張り上げると、文若はずかずかと執務室へと入ってくる。
 顔には怒りの色があった。


「北元嗣! アナタ、今日は昼から華琳様との会議だってのを忘れてない!!」


「いや、元譲隊の仕事を終えて昼食でも食べたら合流しようかと思ってたんだよ」


「馬鹿じゃないの!? 会議の前に議事内容を纏めておくなんて常識でしょ!! 特に今日のはアナタの献策が元になってるのに、暢気にお茶しているんじゃないわよ!!!」

 激しい剣幕である。
 その頭巾の形と相まって、猫がプリプリと怒っている様に一刀には見えた。
 思わず失笑した一刀に、文若は更に怒りを募らせる。


「何を笑ってるのよ! 折角私が男のアナタの策を華琳様のお目汚しにならないように考えてたっていうのに、この脳筋!! 剣を振るってれば許される立場じゃないのよっ!!! 今から策の内容を再確認するからとっとと来なさい!!!!」


 そう一気呵成に言い切った文若は、その感情を表す様に足音高く執務室を出て行く。
 一刀が追ってくる、追ってこなければ許さない。
 そんな気迫が背中に溢れていた。


「また後で!」


 そして、一刀は当然のようにその背を追っていた。
 文若の名を呼び名がら。



 台風一過。
 静かになった執務室で、春蘭はゆっくりと麦湯を飲み干すと、断言した。


「やっぱり気に入らん」


 そう断言する春蘭の顔には、ひどく子供っぽい表情が浮かんでいた。
 



[31419] その13
Name: アハト・アハト◆404ca424 ID:053f6428
Date: 2012/05/08 02:18
 
 昼下がりの陳留刺史府。
 その文官の中枢と言って良い第1執務室にて、一刀は日当たりの良い場所の椅子に座っていた。
 昼食と休憩を終えた文官たちが三々五々と集まってきているが、まだ昼の始業時間には早い為、
部屋の空気はまどろんでいる。
 が、そんな中にあって険しい顔で竹簡を見ているの人が1名。
 この部屋の主にして陳留刺史府の文官の長、文若であった。


「………」


 部屋の主が顔を顰めている為、段々と空気が悪化していく執務室。
 息苦しさすら感じられるようになりつつある中、戻ってきた文官の誰もが一刀を見ていた。
 それは、期待に満ちた眼差しだった。
 一刀であれば、一刀ならば文若を静められる。或いは鎮められるとの想いである。

 着任当初の一刀は、華琳が直々に選抜したとはいえ武官出身という事で、仕事が出来るのか等と文官たちから侮られていた。
 陳留刺史府の文官の多くは、華琳が刺史に就任して以降の人間が多い。
 即ち、若さと野心とを兼ね備えた人間が多いのだ。
 であればこそ、新たに閤下主簿付きとなった人間に厳しい目が向けられるのも当然であった。
 しかも一刀は武官、春蘭の副官業務との掛け持ちだった為、文官を軽く見ているのかと、憤慨する人間すらも居た。

 だがそんな反発を、一刀は実力で打ち消して行った。
 基本的な業務とされた献策、或いは提言を行うだけではなく、手が空けば他の人間の仕事を手伝った。
 この陳留の文武諸官の男で唯一、曹刺史と真名を交わす程の覚えが目出度いにも関わらず、その事を鼻にかける事も無く落ち着いた丁寧な物腰で仕事に立ち向かう。
 数字に強く書類の整理などにも長けており、又、奇抜な発想で問題点へと新しい着眼点をもたらしたりもしていたのだ。
 今では若手文官などより高い支持を集めていた。
 だが、何よりも評価されているのは、仕事の失敗を重ねた時などに荒れ狂う文官の長、文若を宥め、或いは影で諌めるなどしている事であった。
 有能であるが、それゆえに感情を爆発されては手に負い得ない文若が、一刀は見事に落ち着かせる事が出来るのだ。
 故に今では文官の守護者、或いは文若からの守役としても、高く評価されていたのだった。

 その圧力に負けた訳では無いが、一刀は湯飲みを片手に文若へと尋ねた。


「どうしました?」


「どうしたじゃないわよ、アナタにだって関係あるんだから」


 不機嫌な顔で一刀を睨む文若、そして竹簡を突き出した。
 書かれているのは、一刀の提案し実働しつつある難民対策、その半年近い月日の諸々を纏めた中間報告書であった。

 廃村への定着率は先ず先ずである。
 肥料作りに関しても、季節が冬を迎えて湿気の少なくなったのが大いに助けとなって畜糞の堆肥化は短期間で成果がでつつある。
 実験的に農作物に使用してみた所、収穫がかなり劇的に向上したのだ。
 無論、用量用法の面では、まだまだ試行錯誤の段階で、本格的にはとは行かないが、それでも来年への期待が持てる面があった。

 人糞の方肥料化に関しては、実験的に使用してみた段階で寄生虫の問題などが発生した為、本格的な利用への移行は行われず、試験段階に留まっていた。
 寒村では割と上手く行っていたのに、と一刀は残念に思っていたが、同時に、この陳留の人口規模から寄生虫などを抱えている人間も多い為だろうと当たりを付けていた。
 とはいえ、糞尿の回収を行った所、陳留の公衆衛生は劇的に向上する事となり、病気などの発生率が下がり、何より乳幼児の死亡率が劇的に下がっている為、この事業に関して、華琳の評価は高かったのは救いであったが。

 そう、この中間報告書は既に華琳も目を通しており、難民対策に対しては概ね高評されていたのだ。
 が、それで文若は満足していなかったのだ。


「華琳様に褒められたのは嬉しいけど、とはいえ使い道も無く溜まっても困るわよ」


 袖口で口元を押さえるようにして文若が言い切る。
 別に室内が臭い訳では無いのだが、視察に行った際、その悪臭に閉口させられた記憶が蘇ったのかも知れない。
 というか、食後直ぐにこの話題は勘弁して欲しいなぁと考えつつも、だがそれは兎も角として、人糞に関しては溜まる一方なのだから、この文若の言葉に一刀も反論のしようが無い。
 苦笑い浮かべ、ふと、古い映画の一節を思い出した。


I didn't know they stacked shit that high!まるでそびえ立つクソだ、まんまだな」


 というか、穴を掘って埋めての発酵である。
 より正確にはShit hole house on the Prairie大平原の糞壷である。
 久方ぶりに弄んだ英単語が余りにも下品である事に一刀自身、げんなりとした気分を味わう。

 もっとも、その単語の羅列、その意味を理解しかねる文若は好奇心に目を輝かせていた。


「なに?」


 一刀の持つ知識の引き出しに関しては、文若も評価しているのだ。
 その評価してもらえているからこそ、この短文に関しては説明する気になれなかったが。
 後、この英語の、ShitだのFuckだのの言葉を文若に、間違っても罵声に入れて欲しくないと思ってもいたのだ。
 だから一刀は、曖昧に誤魔化した。


「何でもないよ。それより話を戻すと、或いは養豚にでも回した方が良いかもしれないな」


「そっちは回収した生塵で十分に回ってるわよ、するなら、もう少し養豚を大規模にして、後は陳留市外にしたいわね」


「何で又?」


「アンタのせいでしょ! アンタが排泄物回収を始めたお陰で、街は綺麗になったし、匂いもしなくなったわ。だからこそ● ● ● ● ●、それを撒き戻しして、昔みたいに街中の何処からか臭うような風にしたくないわよ」


 陳留市内が清潔になった為、養豚の汚臭がより目立つようになって、市内で養豚を行っている区画の周りの市民から、陳情と言うか苦情が上がってきているのだという。
 以前と差の無い環境だと言えるが、人間、1度、清潔と快適になれれば、そこから生活水準を落とすのは実に実に、難しいのだ。

 更には、計画公表当初は太守でも無い刺史が面倒事を! という反応だったのだが、実働してみれば金にはなるし、生活環境は良くなるしと、陳留市民は曹孟徳刺史様万々歳という辺り、現金なものであった。


「それは御尤も。とはいえ、何時までも赤字のままでは事業が継続出来るとは限りませんし」


 中央 ―― 漢帝国から巻き上げた金はまだまだ残っているが、そこに胡坐をかいていてはと、一刀は考えるのだ。
 逆転の発想で、税を取って提供するサービスとするのも腹案としてはあったが、その場合に陳留市民が反発し、では要らぬとばかりに排泄物を撒き散らされては困るし、その可能性は低くないと見積もっていた。

 民度という意味で、一刀は期待というが、幻想を抱いてはいなかった。
 別に、絶望もしてはいなかったが。


「使い道、よね」


「ええ」


 食用の野菜に使うにはまだ問題が残っているが、肥料ではある。
 それをどう消費させるか、或いは金に換えるかと頭を悩ませる2人、当座は改良に勤しむ事となるが、それが成功するとは限らない以上、代案は常に考えておくべきであった。


「アナタの知識、そこら辺は無いの?」


「残念ながら」


 簡単に出せる知識なんて、全て提供済みなのだ。
 温度管理と湿度管理の重要性、或いは大鋸屑や藁を混ぜると事など、基礎的と云うには甚だ大雑把なものではあったが。
 後は、その割合や熟成へ必要な時間などは、続ける事で情報を蓄積するしかないというのが実情であった。
 その点で、現場責任者となった劉何某なる文官が熱意をもって肥料化に取り組んでいるのは、実に有り難かった。


「全く、役に立たないわね」


 内容は批判するようなものだが、その声色に詰る色は無い為、一刀も苦笑いである。
 というか、息をするように毒を吐く、乃至は華琳を除く全方位への暴言人間であるこの荀文若を相手に、この程度で腹を立てていては陳留刺史府で仕事は出来ないと云うものである。

 そもそもこの文若、一刀に対して毒こそ吐くが、評価をしているかいないかと尋ねれば、高く評価していると即答するだろう。
 聞き手が理解し辛い程の毒舌の中に込めて。
 知性と云う意味もだし知識面でも “天の知識” とは面白いものであり、又、その性格も評価しているし、仕事ぶりも悪くない。
 そもそも、自分には無い視点で物事を見ているのだ、その意味で知的刺激を受ける相手であった。
 しかも武官の、男の癖に身奇麗にしている事も文若は評価していた。
 不潔な男の割りに悪くない、と。

 尤も、その事を周囲は無論、文若自身も余り認識してはいなかったが。


「地道にやるしかないだろうね」


「………そうね、思いついたら献策をしなさいよね」


「はいはい」


「はいは一回!」


「はい」


「全く、頭の中に大鋸屑でも入ってるの、もうっ! 他の貴方達も、我が曹孟徳様の偉業を支え、それをより高める献策をしなさいよ!!」


 プリプリと怒る文若であるが、それを文官たちは微笑ましく見ていた。
 口は悪いが、その本質は全て華琳の為であると公言して憚らず、そして実際にそうなのだ。
 嫌える筈も無かった。
 そしてそれは、一刀もであった。

 そんなこんなで人員が集まりきり、午後からの仕事に取り掛かろうかとした時、新たな闖入者が第1執務室の扉を開けた。
 勢い良く空けられた扉、その快音に誰もが入り口を見た。
 春蘭であった。
 実に良い笑顔だが、問題はその装束が戦向けのものだと云う事だろう。


「うむ、非常出動だ! 一刀、来てくれ」


 昨今では珍しい、大規模な賊が陳留の北方で活動を行っているという報告が入ったのだという。
 よって曹刺史私兵隊としては、状況把握の為に春蘭直卒の部隊を出すこととなったので、副官である一刀にも来い、という事であった。


「どれ程の規模なのですか?」


 立ち上がりつつ尋ねた一刀に、 春蘭は笑顔で答えた。
 隊商からの報告では、優に1万を超えているようであった、と。


「1万、1万ですか………」


 冷静であった一刀の顔に、真剣さが加わる。
 1万規模の賊とは、過去に例が無かったのだ。
 というか、賊の集団として見て、1万からの規模とは、その統制が取れているのかすらも疑問に感じるべき存在であった。
 否、軍隊と同等であると言えるだろう。


「そうだ。よって華琳様は兗州全域の太守に対し、官軍の戦時体制への移行を命じられる事を決意された」


 精兵揃いとはいえ、相手が1万からの規模であっては、高々1000名の曹家私兵隊で対処出来る筈も無かった。
 その点で、武に自信のある春蘭も、そして華琳も冷静であった。

 が、そこに疑問をぶつける人が居た。
 文若だ。


「何よそれ、私は聞いてないわよ!?」


 閤下主簿として刺史府の文官を統括し、華琳を支えるという自負のある文若にとって、この春蘭の言葉は寝耳を通り越すものであったのだ。
 が、それを春蘭は軽く流す。


「うむ、当然だ。今先ほどに報告があり、華琳様が決断されたのだ。知らないのも当たり前ではないか。ああ、それから荀文若、華琳様から、早々に自分の下へと来るようにとのお達しだ」


「それを早く言いなさいよ!!」


「うむ、すまんな」


「すまんで済むかっ! 皆は日常業務は早々に終らせ、孟徳様の指示に備えよっ!! それから北元嗣、アナタは私と共に華琳様の所へっ!!!」


 諸官へと指示を出し、立ち上がった文若。
 が、そこへ春蘭が待ったをかけた。


「一刀は私と共に偵察隊だっ!」


「今日は文官仕事でしょ! 閤下主簿付きとして働く日なの、私が扱き使う日なのよ!!」


 堂々と一刀を酷使したいと宣言する文若に、春蘭は笑って応えた。
 甘い、と。


「最初の段階で華琳様がお決めになっていたのだ。有事の際には、一刀は私の副官として動くのだ、と」


「って、偵察隊で副官が必要なの? どうせ、100にも満たない規模、恐らくは騎馬で行くんでしょうが!!」


「規模はその通りだ。だが、副官は必要だ。私だからな」


 堂々と言い切った春蘭だが、その言葉には、言い表せぬ、何とも言えぬ情けなさがあった。
 故に文若も、思わず毒気を抜かれてしまっていた。


「私は部隊を統率するなら自信はある。だが華琳様が軍を動かすのに必要な情報を得る為には一刀が必要なのだ」


 という訳で、と一刀の手を掴むと、さあ行くぞと連れ出していった。
 正に疾風の如きであった。
 その素早さがどれ程かと言えば、何と言っても文若が正気に戻って文句を言う前に一刀を第1執務室から連れ出したという戦果で表せると言えるだろう。


「お の れ 夏 候 元 譲 !」


 あの女は嫌いっ! という怨念を力一杯に込めて、文若は春蘭の名前を叫んでいた。






真・恋姫無双
 韓浩ポジの一刀さん ~ 私は如何にして悩むのをやめ、覇王を愛するに至ったか

 【立身編】 その13






 陳留を出撃した総数100騎の騎馬群は3日程の捜索で、目標とした賊群との接触に成功していた。
 そこは黄河の畔。
 兗州の内ではあったが、浚儀よりもやや司隷に近い辺りであった。


「成程、確かに1万余りの人間は居そうですね」


 一刀は遠眼鏡を覗き込みながら呟いた。
 遠眼鏡、である。
 この時代、ガラスの製造加工はおろか眼鏡まで作れる技術力があるのだ。故に、であればと一刀はガラスと金属加工の職人に頼んで、作ってもらったのだ。
 この世界初なモノである為、試行錯誤を繰り返した為、出来上がった遠眼鏡の代金は一刀が得ていた一月分の棒給、それが軽く消し飛ぶ金額とはなったが、この様な偵察任務に際しては、作って良かったと満足していた。

 そんな遠眼鏡越しに見る賊群の陣容は、実に混沌としていた。
 というか、賊と云うべきなのだろうか。
 それすらも理解しかねる様な、混沌とした陣容であった。
 賊らしさというか、荒んだ風には見えないが、かといって規律がある様にも見えなかった。

 この集団によって幾つかの隊商が襲われている以上は賊であるのだが、にしても、と一刀は頭を捻っていた。
 と、そこへ春蘭がやってくる。
 浚儀の太守府、そこに駐屯している官軍から人が来ていた為、その応対をしていたのだ。
 その手の雑事は本来、副官である一刀の仕事であるのだが、今回来ていたのが春蘭の知り合いであった為、春蘭が対応する事となったのだった。


「どうだ一刀、何か判ったか?」


「正直、さっぱりだな」


 遠眼鏡を離して振り向いた一刀、と、春蘭の視線は遠眼鏡に釘付けになっていた。


「なんだ、それは!?」


「これ? 遠眼鏡といってな、遠くのものを良く見える様にするんだ」


「凄いな! そうだ、私にも使わせてもらえないか」


「ああ、いいよ。使い方は ――」


 玩具を与えられた子供の様な表情で遠眼鏡を触る春蘭。
 この遠眼鏡、基本的には2つの筒を合わせ、その両端にレンズを仕込むという単純構造であるので、焦点を合わせるのも2つの筒を動かす事で行う単純さなのだ。
 直ぐに使い方を把握した春蘭は、おーとかわーとか言いながら、遠眼鏡を覗き込んでいた。

 その間に一刀は得られた情報を竹簡に書き溜めていく。
 場所や規模、或いは装備など等である。
 遠眼鏡で見ている春蘭に確認もし、正式な偵察の報告として纏めるのだ。

 しばしの時間が流れ、一通り見て満足した春蘭は、丁寧に遠眼鏡を一刀へと返した。


「本当に凄いな、これは」


「少し、高かったけどな」


「いや、これは如何ほどに高くとも、手に入れるべきだ! 実に凄い」


「そう言って貰えると、嬉しいよ。しかし春蘭、どう見る」


 褒められるのは嬉しいが、それだけでは話が進まない為、一刀はやや強引に話題を変えた。
 この場に居る理由へ、と。
 故に、春蘭の顔にも真剣さが加わる。


「判らん。何らかの目的を持った集団には見えないな」


「確かに」


 直感をもって言うならば、雑多な人間の集団にしか見えないのだ。
 無論、集団心理の恐ろしさ、或いは暴走というものの恐ろしさを否定する訳では無いのだが。

 返された遠眼鏡で再び賊群を見る一刀、ふと、1つの事に気付いた。
 その誰もが、腕か頭に黄色い巾を付けているのだ。


「特徴と言えるのは、コレくらいか?」


「ふむ、確かに一刀の言う通りだな」


 指摘を受けて春蘭も気付いた。
 が、その黄巾が何を指すのか、までは理解出来なかった。


「取り敢えずは情報収集の継続と、浚儀やこの近隣の郡へ警戒する様に告げるとしよう」


 その間に兗州官軍を動員して対処せねばならないと、春蘭は断じていた。
 1万を越す人間の集団が必要とする食料、他の物資は大規模なものになる。
 兵站、補給のしっかりと成されている軍でもなければ、餓え易いのだ。
 そして、餓えた人間は直ぐに暴力に走る。

 この集団が何の為に集まったのかは理解し兼ねるが、それでも早々に手を打たねば、近隣の郡都市が襲われるのは火を見るよりも明らかであった。
 そもそも、隊商が襲われたのも飢餓が原因かもしれない。
 となれば一刻の猶予も無かった。


「よし、華琳様の下へ、急いで戻るぞ!」


 が、それを部隊へと次げる前に、一刀が言う。
 隊を別けよう、と。


「何故だ?」


「この集団を常に監視しておく部隊を残した方が良いからさ」


 監視専門の部隊。
 動きがあれば浚儀へと報告し、又、移動を追跡するのだ。
 こうすれば、部隊を動かす際に、偵察する手間が減るだろう、と。


「流石は一刀だ!」


 一刀の指摘に、春蘭は満面の笑みを浮かべて喜んでいた。
 この痒い所に手の届くというか、自分が気付けなかった事を指摘してくれる副官の有り難さ。
 本当に、一刀を得たのは良い買い物だったと再認識していたのだ。


「よし、ではそうしよう!!」


 だから、あの文若にはぜったいにやらない。
 そう堅く誓いながら、春蘭は部隊へと命令を出すのだった。










 馬を潰す様な勢いで、2日で陳留まで戻った偵察隊。
 そして旅埃にまみれた装具を外す事無く、華琳の元へと向かい、刺史執務室にて詳細を報告する。


「そう、ご苦労だったわね」


 先ずは2人をねぎらった華琳は、椅子に深く腰掛ける。

 この場に居るのは、5人。
 秋蘭と文若と、奇しくも兗州刺史府の中心となる人間が全て揃っていた。


「秋蘭。今、この陳留に集っている兵はどれ程?」


「今日の昼の時点で、約5000を越えました、動けるのは私兵を含めて3000と云った所です」


 陳留を中心とした兗州中枢部の諸郡から官軍は続々と集っていた。
 今、秋蘭はその再編成を行っていたのだ。
 各郡の官軍としてではなく、華琳の軍として動ける様に、である。


「そう、では桂花。現時点での兗州の治安状況はどう?」


「現在、司隷及び西方諸州との街道は治安が悪化しつつあるものの、この陳留以東に関しては、まだ安定しております」


 司隷は洛陽や、并州へ繋がる街道は不安定であり、其方の諸太守は官軍の派兵を渋っていた。
 が、華琳は非常時における刺史の権限として、それぞれの太守から官軍の半分は派遣するようにと厳命していた。
 故にこの陳留に、最終的には12000の兵が集合する予定であった。
 が、それはまだ予定の話であり、先の秋蘭の言葉通り、今はまだ5000余名程度しか集っていなかった。
 これに、曹家の私兵を足しても6000という程度であった。


「部隊の集合に関して、貴方はどう見る?」


「はい。現在、妙才将軍の兵に偵察をしてもらっていますが、明日には後、3000の兵が到着するものと考えられます」


「そう………」


 黙り込んだ華琳は、卓上に広げられた地図を睨む。


「そうね、今、賊群に一番近い浚儀にある兵は、2000程度よね………」


 現時点で最優先すべきは浚儀の防衛である。
 特に今は、その近辺の村々から避難者が集っているとの報告もあった。
 であれば、それを護らずして何が為政者であるか、と華琳は腹を決めた。


「秋蘭!」


「はっ!」


 華琳の声に、打てば響くと背筋を伸ばす秋蘭。
 その瞳に迷いは無い。
 如何なる命令、指示であろうと従うという強さがあった。


「貴方は今より、手勢2000を率いて浚儀へ向かいなさい。兵糧他は後続の組で持ち込むから、浚儀へとたどり着くのに必要な分だけ携帯し、速度を優先するのよ。尚、浚儀の兵は全て貴方が指図なさい。命令書は用意するわ」


「はっ!」


「一刀は糧秣の手配をなさい。それが終ったら、明日に到着する分を含めて6000の兵を編成する手配も。それから桂花、貴方は東方諸太守へ我が名で手紙を出して。官軍の集合が遅い事を指摘なさい。とくに急ぐようにと、文面は貴方に任せるわ」


 テキパキと出された華琳の指示に、背筋を伸ばす一刀と文若。
 と、そこへ情けない声を上げた人物が居た。
 春蘭だ。
 凄く寂しげな顔をしている。


「華琳様、私は何をすれば宜しいのでしょうか」


「貴方は我が曹の剣、明日以降の戦に備えて休みなさい」


「ですけど、一刀も働くのですから、私だって!」


 縋るような、必死な声をだす春蘭に、秋蘭は姐者っと、声を漏らしてうっとりと見ていた。
 文若は、大事な仕事を与えられた優越感から鼻を鳴らしていた。
 一刀は、仕事の段取りを考えていた。

 そして華琳。
 華琳は優しく笑い、春蘭の頬へ手を伸ばした。


「戦となれば先陣をきるわ。そして何より、明日より動く本隊は貴方が指揮するのよ? であればこそ、今は体調を万全とする事を優先なさい」


「華琳様…」


「そうね、一刀も手配が終ったのなら、休養をしっかりと取るのよ、2人とも、判った?」


「はっ!」


 一刀と春蘭の声は見事に揃っていた。
 兗州の軍事力、その全力が発揮されようとしていた。
 



[31419] その14
Name: アハト・アハト◆404ca424 ID:053f6428
Date: 2012/05/08 02:19
 
 2000名の兵を手勢と率いて、浚儀を目指した秋蘭。
 その進軍速度は極めて速かった。
 徒歩の歩兵主体とはいえ、荷駄を連れて居ない事の強みを生かしての事であった。
 それは、精鋭の曹家私兵隊を中心に纏めたが故に出来た事だろう。
 とはいえ人間である、体調不良などで脱落する人間も居る。
 通常は、それらを出さぬ様に進軍速度を抑えるものであったが、今回に限って秋蘭は、その問題を考慮せずに部隊を進めている。
 休憩は行うが昼食などは保存食を行軍しながら喰う有様である。

 特に官軍の兵は兵役として居る人間であり、その錬度は常備軍の様相を持つ私兵隊と比べて低い為、行軍の過酷さに、櫛の歯が抜け落ちるが如く兵の数が減っていく有様であった。
 この事に、将となる勉強の為として秋蘭の下に付いていた典甜馳が危惧を述べるが、秋蘭はそれに否と応えた。


「ですが秋蘭様、大きな賊軍と相対するのであれば此方の兵が減る事は避けるべきではないのですか?」


「今、我々が優先すべきは素早く浚儀に至る事だ。兵の多少は問題ではない」


「そうなのですか?」


「そうだ。兵自体は浚儀にも居る。それよりも我々が町に入る事によって、華琳様が地方を見捨てぬ意思を示す事の方が大事なのだ」


 護る事も大事であるが、それは真っ向から戦うだけで成せる事ではないのだ。
 浚儀に素早く入る事で、この郡の民心を安定させるという側面があった。
 民が動揺し、或いは賊に下っては、安定できるものも安定しないとの判断だ。
 その意味では、実に政治的な行動であるのだ。

 又、純軍事的に見ても、春蘭達の見つけた賊軍の場所より浚儀は近い為、目端の利く人間であれば拠点にと手を伸ばす事が見えていた。

 であればこそ、急がねばならなかった。
 浚儀の官軍は約3000、これに秋蘭の手勢を足せば賊軍の半分には達する為、浚儀に拠っての防衛は容易となるのだから。
 落伍者が出るのは痛いが、後続してくる本隊が回収してくれると考えれば、総合的に見ての脱落は無い。
 そうとも言えるのだから。



 そうして、強行軍とも言える速度で秋蘭が浚儀の町へと入ったのは、陳留を立って2日の後の事だった。
 最終的に300名程度の脱落者が出て、到着したのは1700余名であった。
 強行軍であった事を考えても、進軍だけで15%程度の兵が脱落したと云うのは決して少ない数値ではなかったが、秋蘭自身は、これを割り切っていた。

 優先順位として、援軍が浚儀に到着する事が大事である。
 そう考えていたからだ。
 そして、その判断は間違っていなかった。
 浚儀では、秋蘭の予想外な報告が待っていたのだから。




「なん…だと? それは本当なのか……」


 日頃冷静な秋蘭の声も、流石に掠れていた。
 報告者は、この浚儀太守府の官吏だ。
 まだ若い男は平身低頭し、縋る様に声を絞り出している。


「はい。太守様と御家族は皆………」


「馬鹿な………」


 沈着冷静な秋蘭が絶句した理由、それは太守の職場放棄であった。
 春蘭の上げた、浚儀に10000の賊軍が迫っているとの報告を受けた太守は、そんな大軍を相手に戦えぬと、護衛の兵1000と共に、家族財産を持って浚儀から逃げ出していたのだ。

 俄かには信じがたい話であった。
 が、家財道具や金目のものが消え去って、がらんとした太守府を見れば、それも納得出来る話ではあった。


「妙才様! どうか、どうかこの浚儀を!!」


 必死になる官吏。
 聞けば、この浚儀の出身であり、妻も子も居る身であるので、太守一行には付いて行かなかったという。
 そして若輩の身ではあるが、必死に、この浚儀を纏めていたのだと。
 驚く事に、残った官軍に、浚儀や近くの村々から避難して来た人間からの志願者を募っての自警団まで編成していたのだという。
 その数、実に3000余り。
 驚くべき数字、努力であった。


「よく頑張ったな。任せよ。私が、我が主、曹孟徳様は決してこの浚儀を見捨てたりはせぬ」


「有り難く!!」


「では、済まぬが自警団で主だった人間を集めてくれ。急いでな」


「はっ!」


 慌てて出て行った官吏に、太守執務室に残された秋蘭は、側に控えていた典甜馳に大変な事になったな、と笑いかけた。
 対する典甜馳は、それどころではない。
 大いに慌てて秋蘭に尋ねた。
 大丈夫なのですか、と。

 弱兵とはいえきちんとした指揮系統のある官軍と比較して自警団は有志の集まりである分、士気は高くとも組織としては脆弱なのだ。
 特に、この様に急造された場合は。
 自警団に所属していた事があるからこそ、典甜馳はそれを理解していた。


「それを何とかするのが、我々の仕事だ」


 秋蘭の笑み、それは優しくも力強いものであった。



 幾ばくかの時間の後、秋蘭のもとへと来た自警団の代表は3人の女性であった。
 それぞれが楽文兼、李曼成、于文則と名乗った。
 特に楽文兼などは中々に凛々しい相貌であるが、驚いた事に全員が官軍の指揮官では無かった。
 3000の自警団、その半分が官軍であるにも関わらず、だ。
 その事に驚きと共に訝しく思った秋蘭、それが顔に出たのだろう。
 3人を代表する形で李曼成が説明を行った。


「100人隊長から上の連中、軒並み、逃げ出しとるねん」


 それは、何とも頭の痛い話であった。
 太守と、その取り巻き1000余名以外にも、この郡出身ではない兵士約500名が逃亡していたのだという。
 通常であれば指揮官がそれを阻止するものであるが、その指揮官からして真っ先に逃げ出していてはどうにもならぬというものである。

 よって、3000名の自警団。その内で官軍であった者は500名にも満たないのだ。
 先ほどの官吏が秋蘭に泣きついたもの道理というものであった。


「秋蘭様………」


 典甜馳が心配そうな顔を見せるが、対する秋蘭は揺るがない。


「肝の据わらぬ人間が逃げ出し、気概のある人間が残ったのであれば、それは僥倖というものだ」


 不敵に笑って言い放つと、自警団の3人をじっと見る。
 対する3人も又、表情に動揺は見られなかった。
 背負うもののある、実に良い顔をしている。


「私達の家族、自警団に参加した皆も、それぞれの身内がこの町に来ています。私達は、退きません」


 楽文兼の口上、否、決意に、秋蘭は楽しげに頷く。


「であれば簡単だな。3日、否。2日だ。2日で華琳様達が来られる。我らはそれまでこの町を護るだけなのだ。よろしくたのむぞ」


「はいっ!」




 秋蘭率いる1700の兵が入った翌の朝、ある程度の立てこもりの準備が終った頃、10000を超える賊が、俊業を襲ったのだった。
 財貨をよこせと、食料を出せと口々に叫びながら寄せてくる10000を超える賊。
 その波涛の如き姿を前にして、秋蘭は平素の余裕を崩さずに笑う。
 

「中々の迫力だな」


 そして、賊の見える場所へと立つと声を張り上げた。


「聞け! 我が主、曹孟徳刺史のお膝元にて乱を起こすものどもよ!! 今、己が罪を認めて下れば我が名夏候妙才の名に於いて罰を1つ減じてやるぞ」


 鋭利な響きをもって広がる美声。
 だがそれに耳を傾ける様な人間は、賊には居なかった。
 口々に、捕らえて犯してやるだのの、腕を切り落としてやるだのと罵声をもって、返事としていた。


「しゅ、秋蘭様!」


 10000の悪意に、秋蘭の側に控えていた典甜馳が怯えたような表情を見せる。
 が、秋蘭はその悪意をそよ風を受けたかのように笑って流すと、サッと手を上げた。


「下らぬか? であれば仕方が無い。死をもって罪を償へ!!」


 振り下ろされる手。
 その瞬間、城郭に隠れていた兵達が姿を現し、弓の雨を降らせる。
 ここに、4700の守兵と10000を超える賊の戦い、浚儀防衛線が幕を上げるのだった。






真・恋姫無双
 韓浩ポジの一刀さん ~ 私は如何にして悩むのをやめ、覇王を愛するに至ったか

 【立身編】 その14






 浚儀での戦闘は、ある意味でグダグダであった。

 原因は指揮官に帰するモノではなかった。
 そもそも守将である秋蘭の手腕、状況を見抜く目と判断力は共に優れたものであったのだが、その優れた指揮官の意思意図を実現しうる中堅指揮官が圧倒的に足りないのだ。
 典甜馳を筆頭に、義勇軍の3人や私兵隊などに個人的武勇に優れた人間は少なからず要るのだが、これが人を指揮するとなると何とも心もとなくなるのだ。
 勇将の下に弱卒無しとは良く言われる話であるが、そもそもが私兵、官軍、義勇軍という雑多な所属の集団であり、それを1つに纏める時間も無いままに戦闘を行っているのだから、それも当然であろう。
 ある意味でこの集団が烏合の衆として壊乱し、浚儀が落城していない事から、秋蘭の手腕は優れていると評するべきなのかもしれない。
 相手とする10000の賊が、碌な統制も取れていない集団であるとはいえ、数の優位は如何ともし難いのだから。
 しかも浚儀は比較的大きな町であり、その門が複数に存在しているのも、中堅指揮官の不足と云う問題を抱える秋蘭にとっては、頭の痛い問題であった。
 仕方無しに秋蘭は町で一番の門に指揮所を立てて、そこから各門へと伝令を出している有様であった。
 であるからこそ、秋蘭は最初に挑発する口上を述べたのだ。
 賊の意識を、己の要る場所へと向けさせようと。 

 秋蘭の意図は、1日目には成功を収めていた。
 血の上がった賊たちは秋蘭の居る門のみを狙って動いたのだから。
 だが2日目は違った。
 賊は統率が殆ど無かったが故に、大集団が崩れて浚儀の方々の門から侵入を図りだしたのだ。
 基本、小集団での攻撃だとはいえ数が多い為、断続的逐次的な攻撃の重なりも、結果として受けて側に連続した緊張状態を強いる事となり、その神経を大いに削る効果があったのだ。
 私兵やごく一部の人間を除いて、みるみると疲弊していく兵達に、秋蘭も頭を抱えた。
 これはある意味で秋蘭の失敗だった。
 秋蘭の判断基準は、姉の春蘭や鍛え上げた曹家私兵集団であったのだ。だが一般人に毛の生えたような義勇兵や官軍兵卒が、その水準に付いて来れる筈も無かったのだ。

 攻防戦の合間に自ら疲弊した部隊を見舞い、その事に気付いた秋蘭は、己の迂闊さを腹の底で呪いながら、予備隊を回して対応していた。
 だが、その様な運用を行えば、予備隊も又、消耗していく事になる。
 なった。
 私兵隊を中心とした精鋭で編制されている予備隊だが、戦闘のみならず、浚儀の町中を走って疲弊した守備隊の場所へと駆けつけなければならないのだから仕方が無い。

 この事を秋蘭は愚作と承知で実施していた。
 何故なら今日一日を乗り切りさえすれば、華琳が駆けつけてくるからだ。
 信じるのではなく、確信しているのだ。
 そんな秋蘭の発する雰囲気が伝播し、秋蘭直属部隊の士気は高いものがあった。
 とはいえ、士気だけで維持できるほどに状況は甘くなかったが。

 日も傾きかけた頃、指揮所へと兵士が駆け込んできた。
 何事かと秋蘭が声を発するより先に、兵士は声を張り上げた。


「東門が突破されました!」


 ソレは、掛け値なしの凶報であった。
 指揮所の誰もが喉を詰まらせた。
 今日を乗り切ったと考えていた所だったからだ。

 そんな中にあって秋蘭は素早く意識を立て直すと、伝令の兵に状況を尋ねた。


「現在、東門周囲で防戦中ですが、やや押し込まれつつあります」


 現時点でややであれば、最終的には押し込まれるだろうと秋蘭は判断する。
 賊も、門を突破した事を知れば、集まるであろうからだ。
 であれば、対応は出来るだけ早い内に、それも全力で行う必要があるだろう。
 この浚儀の町の構造を思い浮かべ、それから秋蘭は決断する。


「ご苦労、ここで少し休め。それから―― 」


 この場に居るもので指揮能力に見込みの在る者へ、この場の指揮権を預けた秋蘭は、自ら予備隊を率いて東門へと向かう事としたのだ。
 この門の防衛が、まだ余裕があったお陰での決断でもあった。


「しゅ、秋蘭様!?」


 とはいえ、指揮官直々に動くという事で周囲の人間は多いに慌てた。
 声を上げた典甜馳の頭をそっと撫でる秋蘭。
 そして静かに笑う。


「今、余力があるのは私や流琉だ。付き合ってもらうぞ」


「はいっ!」


 期待されている事に、典甜馳は満面の笑みを見せた。
 そして秋蘭は、予備隊に向けて声を張り上げる。


「兵よ、東門に賊が入った。この妙才と共に救援に向かうぞ! 今が正念場、乗り切るぞ!!」


 秋蘭が先頭に立って動く、その事に疲れていた予備隊も気合が入りなおす。
 湧き上がる鯨波が、周囲の建物を揺らす。
 予備隊は殆どが曹家私兵隊の人間であるので、自らの隊長と共に駆け込むのだから、気合が入らぬ方がおかしいのだ。

 そんな様を楽しげに見た秋蘭は、それから指示を出す。


「続けぇっ!」


 気合の入った男たちが駆け出す。





 東門守りの主は、李曼成だった。
 元々は官軍の指揮官が居たのだが、途中で戦死し、引き継いでいたのだ。
 李曼成の指揮は手堅いものであり、指揮官としての自分の経験の無さから無茶をする類の事は 無かったが、であるが故に、前指揮官が戦死した為に落ちた戦意の建て直しが仕切れなかったのだ。
 疲弊と戦意の低下した部隊を纏め上げるには、まだまだ経験が不足していたと評すべきかもしれない。

 尤も、門自体を破られても、それを門の周囲で食い止める事に成功している点は、指揮官としての高い資質を有していると評しても良いだろう。
 門防衛が困難になりつつあると見るや、門の内側に建材などで通路を塞ぐ阻塞の設置に掛かっていたのだ。
 その判断力は確かなものがあった。


「無理に阻塞からでんで、弓で槍で対処するんや! 今にきっと予備隊が来るから、反撃はそこからや!!」


 声を張り上げる李曼成。
 だが彼女自身は、予備隊が来るまでに時間が掛かるだろうと踏んでいた。
 予備隊も酷使されて疲弊しているのを知っていたからだ。

 この先がどうなるか判らない不安、だがそれを李曼成は顔に出す事は無かった。
 指揮官としての、兵を率いる上での心得などではなく、生来の気の強さから、弱音を吐く事を己に許さなかったのだ。


「きばりやーっ!!」


 兵を鼓舞すると共に、自ら螺旋槍を手にとって阻塞の上で戦う李曼成の姿は、戦意の折れつつあった兵たちを再び立ち直らせる事に成功していた。

 一当てして、状況が安定すると李曼成は、臨時の指揮所として徴発した民家へと下がった。
 指揮官が前線で戦っていすぎると、得られる状況情報の量が減ってしまい、誤断を下すリスクが高くなってしまうからだ。
 尤も、指揮所とは言っても阻塞を作る建材として天井や壁を利用され、あばら家となった民家であり、地図と伝令が詰めているだけの場所であったが。

 指揮所の隅に用意していた樽から杯で水を汲んで、大きく傾けて飲もうとする。
 が、勢いと角度が良すぎたか、飲みきれなかった水が上体を濡らしたが、それが李曼成には心地よかった。
 火照った体には丁度良かったのだ。
 濡れた上着を脱いで下着姿になる。
 厚手の、防具を兼ねた上着の下は薄手の下着だけであり、その下着は水気を含んで肌に張り付きたわわな乳房の形が見事に浮き上がっていた。
 下着越しにも張が見え、重力に逆らって存在を誇示する様は、正に圧倒的である。
 だが、それを些かも恥らわず、まるで誇るが如き李曼成の態度に、詰めていた兵達も劣情を抱くような事は無かったが。

 もう一杯、浴びるように女性らしからぬ仕草で味わいつつ飲む李曼成。


「生き返るでー ほんま」


 満足げに言うが、同時に、水の冷たさが思考に冷静さを取り戻させた。
 半裸で水を浴びるように飲む、自分の姿を客観的に見て、少し天を仰いだ。


「こういう事やっとるから、女性らしくないゆうて沙和に叱られるんよねー」


 親友と言って良い于文則に、何時も怒られていた事を思い出す。
 化粧っ気も無い楽文兼と共に。
 そんな様では、良い男を捉まえる事は無理とすらも言われたのだ。
 李曼成とて年頃の女性、そう言われて悔しい部分もあったが、とはいえ、自分らしいというか、自分の好きな事をって考えれば、どうしてもこうなってしまうのだ。
 そんな、こんな戦場には似合わぬ事をフッと思い出していた。

 その事で、李曼成は少しだけ笑った。
 自分も案外余裕があるではないか、と。

 と、そこへ指揮所に入ってくる人影、秋蘭達だ。


「状況は?」


 挨拶も抜きに、状況を尋ねてくる秋蘭に、李曼成は胸を張る。


「今、阻塞を利用して門の周辺に何とか抑え込むのに、成功した所ですわ」


「ほう、見事だな」


 素直に李曼成を褒める秋蘭。
 門を破られても壊乱せず、何とか被害を抑えているのだ。
 確かに、見事の一言である。


「賊の方も最初っから攻めとった連中はさっき叩けたんでへたれて下がろうとしとりますわ。で、入ろうとしてくる連中と門の所でカチ合って、今、大混乱って按配ですわ」


「ふむ、門の内に居る賊の数は?」


「大雑把に300~400って辺りやと思うんですが―― 」


 居るのは300以上だが、戦える状態なのは半数以下、と。
 しかも混乱して統制が取れていないのだ。


「ならば、今が攻め時か」


「本気ですか!?」


 秋蘭の言葉に慌てる李曼成。
 今漸く、阻塞にて攻勢を阻止し、賊の混乱を利用して東門守備隊の主力は休息を取らせているのだ。
 今の今まで防戦をしながら阻塞を築き、そして阻塞を拠点に戦っていたのだ
 であるので、このまま逆襲に投入するのは少しばかり危険だと李曼成は判断していた。


「大丈夫だ、逆襲の主力は私が連れてきた予備隊で行う。500から連れてきているんだ、門からたたき出す程度は出来るさ。それに、門を掌握していた方が、夜が安心だ」


 門の周辺の城壁を破壊されてしまっては、浚儀の城内に賊が流れ込んでくる量が増えてしまうと、防戦もろくに出来なくなってしまうのだ。
 であればこそ、今、賊の側が混乱している状況こそが逆襲の好機であると、秋蘭は決断していたのだ。
 その構想を聞いた李曼成は、自らの頬を叩いて気合を入れると、背筋を伸ばす。


「そこまで考えやったら、ウチは何も申し上げまへん。東門守備隊も精一杯仕掛けさせて貰いますわ」


「疲れている所だろうが、もう一分張り、してもらうぞ」


「はいなっ!」





 浚儀東門での戦闘、逆撃が始まった頃、華琳直率の兗州官軍主力約5000は漸く、浚儀を望める場所へと到達していた。
 陽は赤味を帯びだし、夕暮れの迫る時間である。
 そんな中、兵を丘に隠れる場所に残し、華琳は春蘭と一刀に文若、そして伝令を連れて偵察に出た。

 見晴らしの良い丘の上から浚儀の様子を確認する。
 浚儀とは10里程離れているが、一刀の持っていた遠眼鏡で問題なく戦闘の状況を視察出来ていた。


「目立って戦闘状況が激しいのは東門ね。どうやら門扉が破壊されている様ね」


「そんな! では華琳様、急がないと!!」


 すわ、浚儀は落城したのかと慌てる春蘭を、華琳はやさしく諌める。


「大丈夫よ春蘭、賊軍の動きを見る限り、まだ中へはなだれ込めていないわ。桂花?」


「はっ!」


 華琳は遠眼鏡から顔を文若に向けて尋ねた。
 それは尋ねると言うよりも、軍師としての才を見ようかという表情であった。


「貴女はどう見る?」


「今が正に攻め時かと」


 そこから文若は2つの理由を述べていく。
 1つは、既に夕刻であり、見る限り賊軍の兵は疲弊し、動きが悪い。
 2つ目には、門を破った事で勝利は目前と、賊軍の兵は浮き足立っている。


「夕刻も迫るこの状況はどう見るのかしら」


 日が沈めは軍としての動きは厳しいだろう。
 この時代の常識として、夜戦は困難であるのだ。
 そもそも、華琳の兵も中々の強行軍をして来ているのだ、そのまま戦闘を仕掛けるのは困難であるのだ。
 普通であれば。
 だが華琳は、面白がる顔を崩していない。
 戦闘が不可能だとは思っていないのだ。
 それは決して自身への過信ではなかった。
 この浚儀への行軍の最中に見た自軍の錬度、そして疲労の程度を冷静に見ての判断だったのだ。

 その上で、敵である賊軍の状況を見たのだ。
 華琳から見て賊軍は碌な統制も取れていない烏合の衆であった。
 数は多いが、多いだけの相手でしか無かった。
 であれば、遅れを取る事などは無いと判断していた。


「それゆえに、です。華琳様が率い、私が支える以上、あの様な野犬の群れに敗北は在り得ません! 日暮れまでに蹴散らし、粉砕し、堂々と浚儀へと入場されるべきなのです!!」


「いいわね桂花、その積極性、好きよ。では支度をなさい!」


 文若の頬に手を当てて、そっと笑う華琳。
 その様は正に覇王。
 覇気とでも言うべきものが全身より溢れ出ていた。


「有難う御座います華琳様!!!」


「但し、攻撃は小休止の後とするわ。日暮れまではまだ時間があるから、少しでも兵に休養を取らせ、体調を整えさせなさい。春蘭は先鋒を任せるわ。敵中突破、最大速度で東門まで突進してもらうわよ?」


「はっ!」


 華琳の指示に、春蘭は背筋を伸ばした。
 倍の数を誇る敵に突進する事となるのだが、春蘭の瞳には迷いは無い。
 先陣は武門の誉れ、何より、その先には妹である秋蘭が援軍を待っているのだ。
 であれば、迷いなど欠片もある筈は無かった。


「それから一刀、貴方に関しては後で説教ね。こんな面白いモノを作ったのに報告をしないなんて、それは罪よ?」


 無論、遠眼鏡である。
 なにせ10里先の事を手に取る様に分かるのだ。
 華琳が説教と言うのも当然であった。
 尤も、怒っているかと言えば微妙であった。
 その感情は複雑であり、当然ながらも直ぐに持ってこなかった事への不満はあったが、それ以上に面白い道具への好奇心や、才を見た喜びなどが渾然一体となっていたのだ。

 だから、そう言った時の華琳は、睨むのではなく流し目で一刀を見ていた。
 からかいの意図を含んだその瞳は、実に艶やかであり、一刀は思わず見とれてしまっていた。
 そして、慌てて返事をしようとして、思わずどもった。


「あっ、いっいや、いや、あの………」


 その様は正に挙動不審である。
 更には、そんな一刀の姿に、華琳はクスクスと笑っている。

 そんな一刀に、春蘭は気合を入れろとばかりに背中を叩いた。
 そして文若は、シャキッとしろと脚の甲を踏みつける。
 何故か2人は、見事に息が合っていた。


「ったぁ!?」


 一刀の悲鳴が丘に響くのだった。
 兗州軍主力の浚儀防衛戦参加まで、あと少しの時であった。
 



[31419] その15
Name: アハト・アハト◆404ca424 ID:053f6428
Date: 2012/09/26 19:05
 
 
 浚儀へと襲い掛かっている賊の大集団は雑多な人間の集まりであり、頭目と呼ばれ得る様な人物に率いられている訳ではなかった。
 それどころか命系系統すらも無い。
 数百人からの人数からなる集団が複数存在してはいるが、それらの何れかが主導権を握っているかといえば、そうではない。
 ただ何となく、或いは人の動きに乗せられただけの、正に烏合の衆であった。

 そもそも、賊と呼ばれているが、その大半は、村が荒廃して生活が出来なくなった者、或いは荒廃しきらずとも腐敗した官の定めた無茶な税によって生活が出来なくなった者であったのだ。
 窮乏した生活の糧にと旅人を襲って暮らしていたら、手配されたような連中も居たが、それは極少数であり、今、浚儀を襲っている人間の大多数は、かつて平穏な生活をしていた、或いは善良な人間であったのだ。
 そう、過去形である。
 故郷を捨てての流浪の日々が、先の無い困窮した生活が、彼らから人の心を剥ぎ取り、獣が如き欲望の徒へと変貌させていたのだ。

 そしてもう一つ、この生まれも育ちも違う雑多な集団に共通する事があった。
 それは、体の何処かに黄色い巾を巻いていると云うものだ。
 気勢を上げる為にか頭に巻きつけているものもいれば、大きな巾を羽織っているものも居た。
 そしてごく一部には、救いのように、或いは縋るように巾を握るものも居た。
 黄巾。
 それだけがこの集団の目印であった。



 手に手に粗末な武器を持ち、浚儀と云う目の前の獲物を得て欲望を満たす事だけを考えている彼らは、正に獣であった。
 或いは、日本人である一刀であれば別の表現をしたかもしれない。
 欲深き亡者、餓鬼である、と。


「はやく町を取りたいな。野宿はもう嫌だぞ」


「そうだそうだ! 寝床だけじゃねぇ酒に飯、女だって居るだろうさ」


「あの夏候とかいう女、いい体をしてたな。殺さずに啼かせたいものだ」


「綺麗な顔と股座をベチョベチョにしてやろうぜ」


「一夜の快楽だけ考えるな。財宝だってあるだろ。この大きさだ!!」


「楽しみじゃな」


 下卑た笑いをする、欲に炙られた表情の男達は、浚儀が落城寸前と見て、益々盛んという按配である。
 脳裏に浮かべた極彩色の夢。
 だが、その欲望を真っ向から打ち砕かんとするものがあった。
 誰あろう夏候元譲、春蘭だ。




「うぉぉぉぉおっ!!」


 女性にあるまじき声を上げ、大剣である七星餓狼を掲げたまま走る春蘭の姿は、正に暴力であった。
 指揮官先頭の言葉通りのその姿。
 そして兵どもは、その背に寸毫と遅れる事無く、曹の旗を掲げて走る。



「なっ、官軍か!?」


 鬨の声と共に駆け寄ってくる春蘭たちに慌てだす賊、逃げ出そうとするものも居る。 
 全くと言って良いほどに統制の取れていないその様は、正に烏合の衆であった。


「こっ、殺されるぞ!!」


「こっちが殺せば良いんじゃ!!!!」


「おっ、おたすけぇ!?」


「慌てるな! 逃げずに後ろへ備えろ!! まだ連中とは1里500m以上は離れているんじゃ、慌てずに向きを変えろ!!! 数は俺たちの方が多いんだ!!!」


 気合の入った、凶相の男が剣を振り上げて叫ぶ。
 その声に突き動かされて、浚儀へと取り付けていなかった賊達は後ろへと動こうとする。
 隊形の如きものを組もうとする。
 だが、遅かった。
 致命的に遅かった。


「急げ急げ!! 敵が来るぞっ!!!」


 誰かが急かす様に叫ぶが、賊達の動きは遅い。
 兵としての訓練も受けていない、ただ、武器を持っただけの賊の集団が機敏に動ける筈もなかった。
 押せや押すなの大騒動となる。
 総数で1万に達しようかという大集団でなければ、或いは武器を持って無ければ話は違ったかもしれない。
 だがそれは、仮定の話であり、現実ではなかった。


 賊達がのろのろと後ろへと振り返りきる前に、現実が、春蘭と彼女を先頭とした兵の集団が賊達へと襲い掛かった。
 そこから先は、正に阿鼻叫喚の地獄絵図であった。






真・恋姫無双
 韓浩ポジの一刀さん ~ 私は如何にして悩むのをやめ、覇王を愛するに至ったか

 【立身編】 その15






 外からの圧力が、賊が仕掛けてくる勢いが減った。
 その事に最初に気付いたのは、典甜馳であった。
 短躯な外見からの印象を裏切る、その圧倒的怪力を持って東門防衛の最前線を支えていた。
 東門より出ての広い空間で自らの武器、伝慈葉々を振り回していたのだ。
 だからこそ、東門のみならず全域への指揮も執っていた秋蘭や、建材廃材などをかき集めて東門の修復に全力を投じていた李曼成よりも先に気付いたのだ。


「…!?」


 ぐるんぐるんと伝慈葉々を振り回しながら、典甜馳はその意味を考える。
 他の門が破られたという話は無い。
 日暮れが近いから下がったのかとも考えられるが、新しい、そして激しい剣戟の音が浚儀の外で発生している。
 この条件から、理由を考える。
 最初に思いついた理由は、同士討ち。
 だが、それは即座に否定する。
 そもそも、この浚儀へと攻め寄せる理由は、食料と寝床の確保が第1なのだ。
 であればそれらを何ら得る事も無く、味方同士で派手に撃ち合う理由は無い、と。

 田舎の村で生まれ育った典甜馳ではあるが、その軍事の知識は決して子供のものではない。
 華琳の軍へと参陣して以降は兗州随一の教師達 ―― 主に秋蘭であるが、手隙の際には華琳が、はたまた春蘭などからも軍学を学んでいるのだから当然だろう。
 そして今回、春蘭が教えた感覚的な、或いは実技的な教えが、典甜馳に賊が浮き足立ってきている事を告げていたのだ。

 戦うにせよ腰が引けており、或いはしきりに周囲を見ているのだ。
 それは、浮き足立っている証拠だった。


「となると__ 」


 そして何より、今日明日には華琳直率の本隊が到着する予定だったのだ。
 であれば答えは一つ。
 する事も一つである。
 伝慈葉々を大きく振り回して、周囲の賊を一掃した典甜馳は、大きく息を吸い込んで、思いっきり大声を張り上げた。


「お味方! 到着!!」


 小さな、だがまがう事なき強力無双の勇士の声は、味方を鼓舞し、賊を圧倒する。


小勇士典甜馳に遅れを取るな!!」


 疲れ果てていたが、それでも典甜馳の声に触発されて大きな鬨の声を上げた浚儀守備隊に、賊達は及び腰となりはて、そこから浚儀東門の戦いの天秤は、数的不利を跳ね返して一挙に典甜馳ら防衛側に傾く事となる。

 その典甜馳らの奮戦に、指揮官である秋蘭は今が好機と判断するや、残っていた最後の予備隊を率いて門を出ると典甜馳らに合流する。
 指揮官であるが故に前線から一歩下がって俯瞰する形で戦局を見ていた秋蘭は、それ故に典甜馳程に前線の空気、或いは感覚に触れておらず、援軍の到着に関しては懐疑的であった。
 それは華琳を信じているのとは別の意味、戦場での情報には全てを疑って掛かるべきとの教えを忠実に守っているのだった。
 そんな秋蘭が出撃する理由は、援軍が着たにせよ着てなかったにせよ、この戦闘で東門の周囲から賊を遠ざけることが出来れば、門の修復がより容易となるとの判断であった。


「秋蘭様!」


「流琉、一気に行くぞ!!」


 そういう秋蘭は、珍しくも剣を持っている。
 この乱戦模様では常の大弓、餓狼爪ではなく剣の方が向いているとの考えである。

 その剣を天に掲げて秋蘭は叫ぶ。


「曹の兵よ、浚儀の義勇の士よ! 今こそ攻め時、我に続けぇ!!」


 大きな喊声が上がる。
 秋蘭と典甜馳を先頭に、数で見て10倍になろうかという賊へと男たちが突撃を始める。
 疲れも見せずに走り、武器を振るう様は正に怒涛である。

 だが、彼らが散々に賊どもを打ち払う前に、賊は壊走を始める。
 春蘭たちの突進が東門へと到達したのだ。


「姐者!!」


「秋蘭、待たせた。無事で何より! しかし話は後、一気に蹴散らすぞ!!」


「心得た!」


 春蘭と秋蘭、この夏候家が姉妹が揃っての戦いは、もはや戦いでは無く蹂躙であった。
 春蘭が突進し、その背を秋蘭の弓が守る。
 更にはその脇を典甜馳と一刀が固め、意気軒昂となった兵が続いているのだ。
 只の賊如きが対抗できる筈も無かった。

 賊の集団は瞬く間に粉砕され、そして士気もまた粉砕される。
 賊の大多数が、腰が引けるどころか戦えぬ、怯えだした事に気付いた春蘭は、切り捨てた賊の血によって真っ赤に染められた七星餓狼を勢い良く天にかざして声を張り上げる。


「聞け、賊よ! 我が名は夏候元譲、兗州刺史たる曹孟徳様が臣!! 汝らに我が主、曹刺史が意思を伝える!!! 武器を捨てよ!!!! 今下れば、罪一等を減じる事も考える● ● ●との事である!!!!!」


 剣を持っては悪鬼羅刹の如き春蘭の大喝に、賊たちは思わず武器を捨てていた。
 否、取り落としていた。





 春蘭の大喝を機に、収まった戦闘であったが、無論、それで全てがめでたしめでたしと終わる訳ではない。
 特に、華琳を筆頭とした責任者達にとっては。
 被害の把握や復興への手配などなど、様々な業務が山積みとなっている。

 更には、逃げ散っていた賊への対応もある。
 春蘭の大喝によって大多数が大人しく縛についてはいたが、それでも戦闘終結後の混乱を利用し、少なからぬ数の人間が逃げていたのだ。
 その数、おおよそ3000余り。
 1個の集団として動いてないにしても、それだけの凶賊が跋扈するとなると、この兗州の治安に甚大な被害が出かねず、早期の対応の必要性があった。

 優先順位の高い業務は3つ。
 1つ目は兗州全域への差配。
 大きな賊が乱を起こし揺れた兗州の安定回復と、官軍の運用である。
 2つ目は賊の追撃と捕縛。
 3000人からの賊を放置しておく事は治安面での問題を呼び起こし、又、罰を与えねば兗州刺史としての華琳と、その力の背景として存在する漢帝国の権威を毀損しかねないからである。
 3つ目は浚儀の復興。
 防衛戦にて甚大な被害を出し、更には太守他の逃げ散ってしまった浚儀を放置する事は、新たな問題を引き起こしかねないのだ。
 どれも軽視する事の出来ない事である。

 そこで華琳は決断を下した。
 1つ目には、刺史としての仕事でもあるので、自分自身が当たる事を。
 補佐として、当然ながらも文若が就く事となる。
 2つ目には、文武の才ある秋蘭が就く事とした。
 官位的な面から考えると正式な漢帝国の官位を持った春蘭の方が適任であり、又、純粋な武だけで見れば春蘭が優れてもいたのだが、戦闘だけではなく、情報収集や他、様々な任をこなさねばならぬ為、との判断であった。
 本来は、この武以外の面でのサポートを受けるが為に春蘭は一刀を求めたのであったが、今回は、その一刀も任に就く事となっていたのだ。
 3つ目の、浚儀の復興である。



「という訳で一刀、貴方はこの浚儀の太守、その臨時代行となるわ」


「はぁ?」


 主の消えた浚儀太守府を接収して作られた、臨時刺史府は華琳の執務室にて一刀は混乱した風に言葉を、否、音を吐いていた。
 意味が判らない。
 そんな一刀の混乱を意味する様な音は、粗末な机と椅子以外の装飾が剥ぎ取られた執務室 ―― 前太守が金目のものを一切合財持ち逃げした結果、刺史の執務室と呼ぶには余りにも殺風景な部屋の壁に吸収された。


「いや、太守って何が?」


 自分は報告にきた筈なのに、何が太守の臨時代行と混乱する一刀、戦塵にまみれたままの頬を掻く。
 全く理解が出来ていなかったが、それは一刀が鈍いからでは全く無かった。
 浚儀の解囲を果たしてからの方が一刀は忙しく、この華琳に呼ばれるまで必死に働いていたのだから。

 万が一に賊が再強襲して来た際への備えとしての城壁の応急修理や投降した賊の管理、戦死者の記録と遺体処理。
 はたまた持ってきた食料や医療品などを浚儀の市民へと分けるなどの指揮を執っており、解囲戦からまだロクな休息も取らずに、である。
 本来であれば文官、乃至は秋蘭が中心となって進めるべき仕事であったが、文官は別件の仕事を華琳に命じられた文若しかおらず、又、秋蘭に関しては過酷な篭城戦を経た後だったのでと華琳が休息を命じていたのだ。
 その結果、一刀は浚儀の住民と官軍への責任を双肩に乗せて駆け回っていたのだ。

 そして、同じように働いていた部下達 ―― 浚儀に残っていた文官たちに休息を取らせようと思い、一刀は現時点での報告をまとめた竹簡を持って華琳の執務室を訪れたのだ。
 上司が居ない方が息は抜けるだろうとの配慮であった。
 であればこそ、唐突に言われた太守臨時代理就任言葉が、しかも “という訳で” の前に、一切の説明が無ければ、一刀の脳ミソが処理能力が追いつけないのも当然であった。

 対する華琳だが、此方は実に明快な理由があった。
 一刀を弄って気分転換をしよう、という。
 机の上に乗せられた大量の竹簡、そして室内に充満している墨の匂い。
 刺史としての立場から行わねば成らぬ諸々の仕事、州全域への指示や、浚儀の統治に関する懸案の処理を行っていた為、一刀の来室を、是好機と捉えたのだ。


「何がって、何よ?」


 疑問系の言葉ではあるが、実に楽しそうに笑う華琳。


「それとも、臨時であったのが不満だったのかしら?」


「いや、本気で言葉の意味が理解出来ないんだが」


 降参だと手を上げた一刀に、華琳はあら残念と笑った。
 それから椅子に座る用に告げると、自ら茶の準備にと立つ。

 程なくして、室内にお茶の香り加わる。


「この私自ら淹れたご褒美よ。貴方も頑張っているみたいだから、有難く飲みなさい」


 程よい温度と香りの感じられるお茶は、確かに褒美の名に相応しいものがあった。
 腹に降りた温かさに、一刀は己の疲れが少しだけ癒されるのを感じた。
 それが顔に出て、華琳は柔らかく笑った。


「人心地がついたみたいね」


「ああ。そんなに疲れて見えてたかな?」


「それなりだったかしら」


「それで太守か、冗談がキツイよ」


「あら、それは本当よ」


 華琳は笑って引き出しから浚儀太守の印綬を取ると、一刀に握らせる。


「ゑ!?」


 そこから種明かしが、先ほどの役割分担に関して説明した。
 一刀が臨時に、華琳の代理として浚儀の大使に就いてその復興を指揮する。
 これは秋蘭以上に文武の才、そのバランス感覚が重視されての事であった。
 義勇軍を統括する為の武、そして復興に携わる文官を統制するだけの文(知)であり、そして独善で物事を決めるのではなく、周囲の人の意見も良く聞いて判断し、実行する事が評価されていたのだ。
 又、裏には華琳の、一刀の才に対する思いがあった。
 補佐ではなく主軸として任に就けた場合どれだけの事が出来るのか、才の底はどこにあるのかを知りたがっていたのだ。
 遠眼鏡を生み出した知、或いは知識を持っていたのだ。
 これ以外にも引き出しがあるのではとの思いだ。

 そしてもう一つ、主軸として使われる事によって一刀が才を磨こうとの思惑もあった。
 文官として、文若の下に就いてからの一刀の働きも、中々のものがあったのだ。
 であれば、一度、一人で仕事を与えてみようと華琳が思うのも道理であった。


「補佐の人間は刺史府からも出させるわ。頑張ってみなさい」


「頑張ります」


 朗らかに笑う華琳に対して、一刀は降って湧いた大責に苦笑気味に笑っていた。





 さて賊への対処に際し、華琳子飼いの4人で唯一名前の出なかった春蘭であるが、彼女とて暇となる訳ではない。
 後続の各太守が派遣してくる兵たちを統括するという仕事があった。
 賊の大本を討伐したにも関わらず、官軍を解散させない理由は、表向きは逃げ散った賊への対応であったが、正確には再訓練が目的であった。
 兵ではなく、中堅指揮官達の。
 浚儀の兵。その中堅指揮官の多くが逃げ散った事に華琳が、他の中堅指揮官の資質に関して懐疑を抱いた事が原因であった。

 翌朝、自分の腹心を集めた華琳は、その前で今後の方針を、各人への指示を出した。
 それぞれがその指示を全うせんと表情を引き締めたが、そうでない者も居た。
 春蘭である。


「華琳様ぁ~」


 自分が陳留に戻るのに、一刀は浚儀太守臨時代行に就く事となったと聞いた春蘭は、凄く悲しげに華琳の名を呼ぶ。
 一刀が取られる ―― 春蘭視点では、そう以外にはとれないから仕方が無い。

 対して文若は、すわ一刀の文官化かと理解して笑う。
 如何にこき使ってやろうかと、大事だけれども圧倒的に効率の悪い仕事の幾つかを押し付けてやろうとの算段を始める。
 正式な文官になったら、自分を上司として敬い、崇めるように仕込んでやろうとも。


「残念だったわね」


 自らの勝利を確信して加虐的な笑みを浮かべた文若だが、それは華琳が否定した。
 大丈夫よ、と。


「現時点での人材的な問題から一刀を浚儀に配するけど、それ程に長くするつもりは無いわ」


 そう言って華琳は、長くても1年と年限を切った。
 何故なら華琳が一刀の才で一番評価しているのが、先ずは春蘭の補佐役として軍を纏め上げている事だからだ。
 今までは秋蘭が支えていたが、一刀のお陰で支える必要が無くなった為、秋蘭を多様な仕事へと就ける事が可能となったからだ。
 信頼できる相手であり、武の才があり、情報の収集と分析が出来、更にはある程度の独自の判断も、華琳の意向に沿って下せるのだ。
 華琳の名代的に動くには、正にうってつけの人材なのだ。 
 そのお陰で華琳の兗州統治は一刀の参陣以降、更に効率的効果的になったのだ。
 であればこそ、その原動力となった春蘭と一刀の組み合わせを解体するという選択肢は、華琳は持たなかった。
 少なくとも現時点では。

 遠くない時間には、一刀は自分の下に戻ってくる。
 その事を知った春蘭は、それまでの萎れた表情から一挙に生気を取り戻した。
 が、そうでないものも居る。
 当然ながらも文若だ。
 その様は、正に青菜に塩という按配であろうか。


「華琳様ぁ~」


 悲しげに華琳の名を呼ぶ文若。
 ただしソレは、美味しそうな餌のお預けを食らった猫の様な声であった。

 兗州刺史府が文武の両傑は、ある意味で実に似ていた。
 その事を華琳と秋蘭は笑って楽しんでいた。
 そして肝心の一刀は、戦塵を落とす事なく夜を徹して仕事を行っていた為、華琳の指示を聞き終わると、椅子に座り込んで寝込んでしまっていたのだった。
 その事が幸いであるか否かは当人たちにしか判らないであろう。

 只、今の一刀は幸せそうに寝ているのだった。
 



[31419] その16
Name: アハト・アハト◆c96be397 ID:33bd1962
Date: 2015/02/08 22:42
 
 
 朝。
空はいまだ陽の射さぬ暁であるが、白々と夜は去りつつある。
 そんな心地よい朝を予感させる中、浚儀の町では朝餉や仕事の仕度と思しきざわめきを響かせている。

 そんな町の胎動が軽く響いているのは、或いは、先日まで迫っていた戦禍を逃れえた事の影響であったかもしれない。
 一刀は心の何処か、極々一部でそんな風に思っていた。
 一部だけなのだ。
 心の大部分、思考の大半は懊悩としていた。


「無茶だろ、常識的に考えて」


 一刀は目が覚めてからこっち、胃痛やら頭痛やらで悶々と布団に丸まり続けていた。
 理由は無論、臨時の上に代行と付いているとはいえ浚儀太守へと就任する事となった事である。
 拝命した際には、疲れ果て大量分泌されていた脳内麻薬によって事態を冷静に受け止めていたのだが、十分な休養と睡眠とを取ったら話が違う。
冷静に状況を理解したら、これは大変な事になったと頭を抱えていたのだ。


「どうしたものか」


 布団を被ったままにモゾモゾと動くその姿は、実に奇怪な前衛芸術の様であったが、それも仕方が無い事だろう。
 太守として一つの町を、その住人たちの全てを担うのだ。
 責任者となる、その重さというものを感じられぬ程に一刀の神経は軽薄でもなければ、男子一生の快事等と考える程に能天気でも無かった。
 そもそも、一刀は他人の言う "自分の才" とかいうものを一切合切信じていなかった。
 一応というか武官としての剣の才こそ、祖父へ師事し研鑽していたとの自負からソコソコであるとは認識していた ―― とはいえ、これも習い覚えた薬丸自顕流が極め付けに実戦的な流派であったお陰で何とかなっただけあり、所詮は平穏な時代に生まれ育った日本人である自分に武の才など無いと確信していた。
だが、太守としての立場に必要な知の才、文官としての自分を全く評価していなかった。

 確かに春蘭に対して行う様に、文若に対しても副官の様な位置には居た。
 だが相手は歴史に名を轟かせ、果ては異国でゲームにまでなる才人、曹操を支える知の筆頭なのだ。
春蘭の様に支えていたのではなく現代の教育システムで得た恩恵、未来の学問の切れ端をもって助言の真似事をしていただけというのが一刀の自己評価だった。
 遡れば、かの河内の村でも相談役として居ただけ。
 そんな自分が行き成り組織を仕切るなど出来る筈が無いのだと考えていた。

 それは大筋で正論ではあったが、同時に、余りにも過小な評価というものであった。
 確かに立場こそ相談役オブザーバーではあったが、同時に文若に押し付けられる形で献策を行うだけではなく、策を実行する上での問題点の洗い出しから、各方面との折衝までも担当すらした事もあったのだ。
 決して只の相談役などではなかった。
 文若を筆頭に、華琳の下へと集った才と覇気、野心を横溢させた多士と触れ合った事は一刀の知を、一介の高校生などという枠から別の次元へと押し上げていたのだ。

 その他、文官の集まりなどでは別の人間関係の方面でも大いに経験も積んでいた。
 これは兗州刺史府で最も厄介な人物 ―― 男嫌いで華琳以外の相手には狷介不羈を通す文若が、若手男性文官相手などに癇癪を起こした際などには之を宥めすかして議題を進行させるなどもしていたのだ。
 人間というものが練れて居ないはずが無かった。

 だが、一刀がその事を自覚する事は無かった。
 文官として常に文若を、或いは華琳を見ていたのだ。
 その才覚の輝きを間近に見ていて己に自身が持てる筈も無い。そう言うべきであろうか。


「今から辞退を………いや、あの華琳だ。認めてくれるとは思えない__ 」


 言葉にして、それは違うと自覚した。
 確かに華琳は一度言い出したら何かの結果が出るまで、それが正負を問わずに実行させているのが常であり、であれば出来る筈が無いから等という理由で辞退させてくれる筈など無い。
 だがそれが理由ではなかった。
理屈としてそれがあっても、一刀の胸を満たす不安、その根源となる感情はそれではなかった。
 それは恐怖だった。
 恐れ。
 臨時であり代理であるとはいえ、太守の大任を預けてきた華琳の期待を裏切ってしまうのではないかとの感情なのだ。

 一刀は華琳という人物を高く評価していた。
 歴史上の傑物としての曹操ではなく、おっかなくて多彩な上司として高く高く評価していた。
 その華琳が、一刀であれば出来るだろうと課したのだ。
 期待に応えたい。
 或いは、更に認められたい。
 それは一刀の男としての矜持でもあった。
 だがそれ故に、期待に応えられなかったらと考えると怖くなってしまうのだ。

 怖いけれども引けない。
 引きたいけれども、それは別の失望を呼ぶのではないかとの恐怖もあった。
 目が覚めてからグルグルと同じ場所を回り続けた一刀の思考は、内側へと沈み込もうとしていた。

 華琳、春蘭、秋蘭、文若、多くの人間を思った時、ふと、一刀は思い出した。
 文官が集って一服していた際、文若が若手の新人文官相手に言い放った言葉を。

『やる前に出来るかどうかなんて悩む前に、仕事を命じられたんなら全力で取り掛かりなさい。おがくず以下が詰まった頭で何を考えた所で意味が無いわ! 無意味で無価値よ!! 其処ら辺は私や曹孟徳様が判断しているんだから、あなた達がやり方を考える以外に悩むなんて無駄、私は許さないわよ!!!』

 熱くなって大演説をした文若に思わず拍手した事を、それで怒られてしまった事も思いだした。
 そして感心もした。
 下手の考え休むに似たる、と。
 ああ、文若は実に頭が良く、道理であるなと。

 考えても仕方が無い、命令は既に下されているのだから。
 後は必死に努力して、出来ない所は指示を仰いで、泥臭く足掻けば良いのだ。
 結局、失望されたくないってのも格好良くやろうというからそうなるのだ。
 だが俺という人間はそもそも、格好の良い人間じゃない。
 その格好の良くない奴が必死に足掻くのは当然じゃないか、と。

 そこまで考えた時、一刀は布団に顔を埋めたままに小さく笑った。


「………仕方が無いさ」


 誰に言う訳でも無く言葉を漏らす。
 何が仕方が無いという訳ではない。
 そもそも只の高校生から1年と少しで、1万人を優に超える命を預かる太守サマである。
 プレッシャーを受けない方がオカシイのだ。
 そう思えば開き直る事も出来た。
 寝起き抱いた絶望感、或いは自己嫌悪は少しだけ薄れていた。


「よしっ!」


 一刀は頬を叩いて気合を入れる。
 胃のキリキリとした痛みはまだ消えていないし、不安に至っては消える事なんてありえないだろう。
 だが、前に進もう。
 期待というものは掛けて貰える内が華であり、華であるからには何とかその期待に応えたい。
 そう一刀は決意し、寝台から降りたその瞬間であった。


「きゃっ、きゃーっ!!!」


 朝の静けさを叩き壊す、絹を裂くような悲鳴に、何事かと周囲を慌てて見た一刀は、部屋の入り口に立つ文若に気付いた。
 というか、声を上げたのは文若であった。
 顔を真っ赤にし、恐ろしく怯えた様な表情である。


「なっ」


 朝から大声で何事かと一刀が尋ねようとした時、文若は両手で顔を隠すと部屋の入り口は戸の影に潜り込んだ。


「はやく隠しなさいよ、この変態!!!!」


「へっ!?」


 何が原因で朝から変態扱いかと、めったな事では怒らぬ一刀も朝からの暴言に流石に声を荒げようとしたのだが、ふと、自分のからだが肌寒い事に気付いた。
 口を開く前に下を見た。
 帯がはだけて、前が露出していたのだ。
 胸元から股下までが完全に自由になっていた。


「なっ!」


 思わず一刀も大声を漏らしていた。


「なんじゃこりゃー!?」


 両手で慌てて隠しながら、文若の悲鳴以上の声を上げていた。






真・恋姫無双
 韓浩ポジの一刀さん ~ 私は如何にして悩むのをやめ、覇王を愛するに至ったか

 【立身編】 その16






「曹孟徳刺史の命によって浚儀を預かる事となった北元嗣、姓は北、名は郷。字は元嗣だ」


 言葉が硬く出た事で、一刀は自分が緊張している事を再自覚した。
 挨拶自体は春蘭の副官へと着任した際にもやっていたし、その時の方が圧倒的に人数が多かったが、今回は責任が違う。
 副官という、上司という逃げ場のある立場ではなく代理とはいえ太守、責任を取る立場なのだ。
 緊張の度合いが違うのも道理であった。
 この場に居るのは、浚儀に残っていた文官達の取りまとめ役と官軍の士官、そして義勇軍の代表達の計9名であった。
 只の9名ではない。
 一刀が命を預かる9人なのだ。
 更には、この9人の後ろには浚儀の町が控えているのだ。
 ある意味で緊張するのも当然であった。

 だが、だからこそ一刀は、そんな内心をおくびにも出してたまるかと平素な顔で淡々と続けるのだ。


「最初に言っておくが私は皆の才と働きとがあってこそ町を盛り上げる事が出来ると思っている。故に協力を頼む」


 一刀は言外に期待しているという言葉を載せて、集った人間一人一人の目を見ながら告げる。
 それは、掛け値なしの本音であった。
 防衛戦闘によって荒れた浚儀を立て直すは決して簡単な事ではないのだ。
 特に、この先代の太守と共に、実質的に浚儀を取り仕切っていた官吏たちが逃げ散っている状況でわ。


「我々だけで、ですか?」


 不安げに言うのは残っていた官吏のまとめ役をしている文達子という男であった。
 中肉中背と自信なさ顔立ちであったが、防衛戦では義勇軍の小隊を率いて前線で剣を振るっていたという現場肌の、肝を持った男だ。

 その、肝を持った男が顔を曇らせているのは、現場の人間であったからこそ、官吏の多くが行方不明という浚儀の状況の困難さを理解しているからだろう。
 浚儀に残っていた官吏達は下位の者達。
 文達子も含めて命令を受ける事は慣れていても人に命令を出すことには慣れていない者達だったのだ。

 命令を出すこと自体は、慣れさえすれば良いかもしれないが問題にはもう1つ、上の段階があった。
 即ち、文達子も含めて浚儀に残った官吏には、上級官吏に要求される仕事が判る人間が一人も居ないという事である。
 これは致命的ですらあった。

 だが、その点に関しては事前に判っていた事なので一刀も手を打っていた。


「大丈夫だ。曹刺史にお願いして刺史府から人材を回してもらう手筈となっている」


 新進気鋭の官吏、その一人として知られる田淑尚という女性と、それに甘義智という官吏としての経験も長く刺史府でも相談役の様な立ち居地であった老境の男性。この二人であった。


「それなら何とかなると思います」


「宜しく頼む。他の者で感じる問題点や疑問があれば素直に口に出して欲しい。無いか?」


 かつての経験から、率直な議論こそ問題解決の糸口となると理解している一刀は、下からの意見を基本的に拒まない。
 どの様な意見であれ、一旦は検討するようにしていた。
 そんな一刀の雰囲気にあてられてか、文達以外の官吏も、口々に意見を言って来た。
 一刀は、それら数々の質問を丁寧に捌いていく。

 文官達の質問がある程度終わった時、それまで口を開かなかった武官 ―― 自警団の指揮官の一人と思しき女性が口を開いた。


「自分は義勇軍の楽文謙と申します。太守殿には質問がありますが、宜しいですか?」


 四肢のみならず顔にも傷跡を持ち正に武人といった風貌である楽文謙だが、かなり礼儀正しく声を上げた。
 対して一刀は、一緒に仕事をするのに礼儀正し過ぎても堅苦しいので、と返事をする。


「質問は何でも応えるが、殿はいらないよ」


「有難う御座います太守。では ――」


 楽文謙の疑問は単純であった。
 何故、自警団の解体を言われないのか、である。
 官軍不在で身を守ろうと組織した自警団であるが、その官軍が来たのだから必要性は無くなったのではないかと文謙は感じていたのだ。
 必要が無いのであれば、家族の下へと戻り、その生活を支えさせるべきではないのか、と。

 それを一刀は、残念ながらと首を振る。
 3000余名の賊の討伐や部隊練成を行う必要がある為、今、この町に駐留させられる戦力が無いのだと告げる。


「無理をすれば1000名程度の兵は置くことは出来るが、練成途上の部隊を置いていては、この町の復興を妨げる事になりかねない」


 連度もだが、練成途中で規律の叩き込まれていない部隊を今の浚儀に置いては騒動の元にしかならない。
 秩序が乱れた状況で力を持ったものが力の弱いものをどう扱うか。
 どう見るか。
 その結果、何が起きるかなど火を見るよりも明らかであった。

 ソレを一刀は許すつもりは無いが、同時に人間故の限界から、それらを完全に防げないとも理解していた。
 それ故の、自警団を維持であった。


「その様な理由でしたら是非はありません」


「形の上では浚儀太守、この場合は私北元譲の兵として徴募された事となりますので、給与も出ます」


「それは有難いの! 自警団の人間の大半は私達みたいな周辺の村々の人間だから ――」


 それまで黙っていた女性が舌足らずな響きで声を上げた。
 その声色に似て、ある意味で可愛いらしさを前面に押し出した格好をしているが、文官ではない所を見るに楽文謙と共に自警団の指揮官なのだろう。
 と、その楽文謙が口を挟んだ。


「文則、先ずは自分の名を太守に報告してからだぞ」


「もー 凪ちゃんはお堅いの! 太守、私は于文則というのー それでね __ 」


 大切な真名を他人の前で出してしまう辺り、この于文則という女性は少しばかり緩い ● ● 所があるかもしれないが、その語る内容は真摯なものであった。
 それは、避難民の処遇に関わる事だ。
 避難民は基本的に近隣の村々から集った人々であり、着の身着のままに近い形で浚儀へと非難して来ていた人々であった。
 この為、食料その他の生活物資が困窮しつつあるというのだ。
 辺鄙な寒村の人間が現金などの持ち合わせがある筈も無く、買うことも出来ないで居るという。


「自警団に参加してくれた人たち以外も、何とかして欲しいの!」


「状況は判った」


 即答も、安請け合いも出来る話ではないので、一刀が口に出来たのはそれだけであった。
 感情としては話は別であるが、臨時とはいえ太守という立場は感情を素直に言葉にする事は許されないものなのだ。
 その事は、就任1日目でしかない一刀も、深く理解していた。
 いや、知っていた。


「対策は考える、避難民も見捨てたりはしない。それだけは約束する」


「感謝するの!!」


 拙いながらも、しっかりとした礼を見せた于文則に、一刀が反応するよりも先に文武を問わずに皆が様々な事を訴えだした。


「たっ太守!! 実は ――」


「いやいや、この問題に関しても ――」


「この事に関しては前からの問題でして!! なので ――」


 一刀が聞いてくれる人 ● ● ● ● ● ● ● と判り、誰もが自分の意見を口にしてくる。
 それらに対し、一刀は頷いたりしながら聞いていく。
 但し、于文則へと行ったのと同じように言質は与えないようにし、検討する事だけを告げる。
 これは全て、今の一刀の始まりである河内の寒村で相談役をしていた時に学んだ事からだった。
 相談役時代に一刀は、質問や提案にその場で答えようとする余りに情報を飽和させてしまい、大失敗をしてしまったのだ。
 後で村長に叱られ、そして思ったのだ。
 自分は知識だけはある未熟な人間である、と。
 それ故に、 一刀は相手の勢いに飲まれやすい状況下で考えるのではなく、質問や提案を一度預かり、冷静な状況で反芻し判断する様に心がけているのだった。

 そして幾ばくかの時間が流れ、訴えがひと段落した頃合を見計らって、一刀は皆に声を掛ける。


「全ての問題に、即座に対処する事は難しいだろう。だが、私は決してあきらめるつもりは無い。皆、最初にも言ったが協力を頼む」


「はっ!!」


 精一杯に背筋を伸ばして太守としての威儀を背負って言う一刀に、場に居た者は皆、此方も背筋を伸ばした礼をしていた。





 自己紹介を終えてからは、昼も近かったのでと一刀主催の歓談会となった。
 無礼講だ。
 忌憚の無い意見を出し合い、又、英気を養って頑張ろうという事だ。

 復興途上という事で酒は出せずに麦湯だが、典甜馳が用意した饅頭などの甘めの食べ物が用意されていた為、大いに盛り上がる事となる。
 ただ、盛り上がった部分の多くは、先の防衛戦での活躍 ―― 手柄話であったが。
 殆どの者が戦場に身を投じていたのだから、当然の話であった。

 その中、流れで一刀に話が振られる。
 曹家私兵隊副長、“壊剣” なる字名を持った将だから、ではない。


「その頬、どないしたん?」


 李曼成の、実に直球な質問だった。
 一刀は赤みが残った、腫れた頬をさらしていたのだから。


「いや、まぁ何だ」


 言葉を濁して笑う一刀。

 事実を、朝に帯が解けて肌を晒して、それを見た文若が激昂激発して叩かれたと等という冗談ラブコメ紛いの一件は、それを有りの儘に言うのは男子のと言う前に、上司の沽券に係わるのだから。
 これも、一刀の寒村での経験からだった。
 人の上に立つ際に、人を使う上での重要な事としての貫目、或は見栄● ●と云うものが大事であると学んでいたのだ。
 気を張りすぎる人間関係など一刀としても願い下げで、気安い人間関係こそ好むものであったが、人の上に立つという事はそういう事を言ってもいられないのだ。
 親しみやすさも重要であるが、初見で他人から信じて貰う為には気安いだけでは駄目なのだから。


「色々とあってね」


 なので、一刀は腫れた頬に手を当てて、真っ向から誤魔化した。


「その反応、女やな」


 眼鏡をクイッと指先で直しながら追撃する李曼成。
 当人としては邪推半分からかい半分であるが、それで正鵠を射た辺り実に洞察力がある。
 とも角、無自覚の痛打クリティカル・ヒットに、思わず吹き出す一刀。


「ぶっ!? いやまて………」


 慌てて訂正しようとするが、それよりも先に于文則が合いの手を入れた。


「えー! 太守って女好きなの!?」


 身を守るように両手でわが身を抱いて、でも、挑発するかのように腰を振ってる。
 一刀が地位を笠に着る手合いではないと見抜いてか、実にノリノリである。

 とはいえ、そのまま乗せる訳にも行かないとばかりに一刀は機を制し、話をずらす。


「嫌いじゃないが、曹の旗下で不埒をすれば首が泣き別れになるからね」


 首の前で手を振って見せた。
 笑いの輪が広がる。










 和やかな形で終わった歓談会であるが、浚儀復興の方は一筋縄ではいかなった。
 浚儀という都市自体の被害は、破られた門が1つだけという事もあってそう大したものではなかったが、人の問題ともなれば話は別となってくる。
 攻城戦での怪我人や、周辺からの避難民の事もあり、中々に混乱しているのだから。
 この為、一刀を先頭に多くの人間が走り回る羽目になった。
 “取りあえず” と言える仕事だけでも、門の修繕、怪我人の治療、食料の配布、避難民の住居確保と多岐にわたっているのだから当然だ。
 その上で一刀が重視していたのは、治安の維持だった。
 人は、衣食住もであるが安全であると思えてはじめて日常に、落ち着きを取り戻せるとの思いからだった。




「悪いが面倒事だ」


 そう一刀が切り出した相手は、楽文謙だ。
 浚儀太守軍の編成で忙しい中で太守執務室に呼び出された為、やや疲れは見えるものの、それ以上に面持ちには緊張の色があった。
 というか初顔合わせの時よりも緊張している。
 これは官軍、浚儀太守軍編成の為に曹家私兵隊から引き抜いた人間が一刀のアレコレを話した事が原因であった。


「はっ、はい!」


 故に、声が上ずり気味になるのも仕方がない。
 陳留刺史曹孟徳が腹心の一人。
 “壊剣” なる異名を持った武人。
 楽文謙の中の一刀像は、とても大きなものとなってしまったのだから。


「?」


 尤も、そんな事は想像も出来ない一刀は、忙しいからであろうと推測し、楽にして欲しいと言う。
 そして続ける。
 治安維持目的の部隊編成を。


「治安維持が目的ですか?」


「ああ。専業という形でね」


「太守府の警護を拡大すると考えれば良い訳ですか?」


 兵が持ち回りで行う重要拠点の警護の事かと早合点する楽文謙であるが、当然に違う。
 一刀の念頭にあるのは、巡邏による予防活動と、犯罪などが発生した際の対応を主任務とする、事実上の警察官なのだから。

 とはいえ警察機構を作る、作ろうと言う訳ではない。
 最初から作り上げるのは困難であるし手間が係りすぎる。
 そもそも人材が居ない。
 だから、一刀が考えたのは官僚組織としての警察ではなく、地域に密着し巡視する “お巡りさん” であった。


「太守の差配される自警団、というところでしょうか?」


「その認識で良いよ。人員は浚儀太守軍から100名程を分派して編成したい。頼めるかな?」


 任せたいという言葉に、一刀からの信頼を感じた楽文謙はしゃちほこばって拱手、返事をしていた。


「お任せ下さい!」


「有難う、頼むよ」


 対して一刀は、何気なくも右手を出した。
 握手。
 見たことも無い仕草に楽文謙は戸惑い、それからおずおずとばかりにその手を両手で取ろうとする。
 その右の手を一刀はさっと握る。
 信愛であり、或は契約を結ぶ的な意味合いでの行動だ。
 それだけだった。

 だが、受け手は違う。


「太守!?」


 裏返った声。
 色恋よりも武を嗜み、意識して異性と触れ合った事すらトンと無かった楽文謙には刺激的であった。
 ありすぎた。
 思わずに頬を染めた楽文謙であるが、一刀は警察的組織作成への1山越えたと云う事の安堵感で気づかない。


「断られたらどうしようって思っていたんだ。大変だけど頑張ろうな」


「はいっ!!!」
 



[31419] その17
Name: アハト・アハト◆404ca424 ID:5f2d81c3
Date: 2016/04/19 00:26
 
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 浚儀(臨時代行)太守となった一刀にとって、最初にして最大の問題は戦災を受けた浚儀の復興であった。
 それは建物に関する事ではない。
 生活であり、日常であった。

 浚儀やその周辺に住む人々の生活を元に戻す。
 そして日常の中で経済を回し、そして早期に税金が払える様になる事が大目標であった。
 であればこそ一刀は戦火の罹災者への直接的な支援、食料の配給や所謂炊き出し等ではなく間接的な支援 ―― 復興事業を太守府が民間へと発注し、罹災者などがそれで職を得て賃金を得て、生活を再建できる様にしようというのだ。

 これには、太守首席補佐官と相成った田淑尚が迂遠ではないかと反対を口にした。
 一刀は頭を掻いて笑う。


「確かに手間はかかるけど、無暗な支援は人から自活する力を奪う事になってしまう。それは良くない」


「自活する力、ですか」


「誰だって、“戦災支援” なんて言って<ruby><rb>炊き出し<rp>(<rt>タダメシ<rp>)が受けられるなら、勤労意欲が減るのも道理だよ。特に家屋家財が無事ならば」


 浚儀の被害は、かなり小さい。
 門を破られた東門回りの住居が戦闘の余波で損壊しているが、それ以外の地区での住居の被害は殆ど無い。
 だからこそ、一刀は住民に仕事へと従事する事で戦争という非日常から、平和な日常への回帰を進めさせようと考えているのだった。

 そしてもう1つは、浚儀住民では無く周辺住民への支援としての公共事業だ。
 多少の家財と共に浚儀に避難してきた周辺住民に報酬として現金を回す事で、故郷を ―― 戦災で荒れた田畑を立て直し、日常へ復帰出来るように支援をするのだ。


「それは中々の……」


 田淑尚は得心した様に何度も頷いた。
 目の前の問題から1つずつ片付けようとするのではなく、先を見た一刀。
 今現在の問題だけを解決するのではなく先の先まで見た絵図面の大きさは、田淑尚に、目の前の問題を解決する事を主任務とする官吏のものとは違う一刀の考えに、驚きと呆れにも言い難い感情を抱かせていた。
 或は納得。
 流石は北郷、陳留刺史府文官序列第2位である、と。



 田淑尚に変な納得をされつつも、一刀の生活復旧支援は実働した。
 損壊した城壁などの復興を、都民の動員 ―― 税、労務としてではなく戦災復興の為の公共事業として行う、いわば財政出動という新しい試み故は、開始当初には混乱も見られたが、その後は順調に推移した。
 壊れた城壁や建築物の撤去と立て直しの勢いですらも違っていた。
 これには田淑尚のみならず、多くの官吏が神算かと驚いていた。
 だが一刀の感覚からすれば当然であった。
 誰しも、割に合わぬ日銭での労務よりも、適正な対価を得られる労働にこそ全力を尽くそうというものである、と。
 更には、豊臣秀吉を真似て工事の進捗具合を班ごとに競わせ、その日、最も成果を上げた班には報酬への加算、酒を出していたのだ。
 作業効率が上昇するのも当然であった。
 その代償という訳では無いが、予定よりも工事が早く終わりそうになったので、別途、公共事業を実施する羽目になったのは笑い話である。

 この様に復興、治安の回復自体は速やかに成された。
 更に言えば、この復興事業という特需によってまかれた銭が民の消費活動を活発化させ、ひいては浚儀の経済を活性化させたのだ。
 経済の活性化は、戦火によって浚儀を避けていた商人たちが集まる様にもなって景気は更に活発化する事となる。
 そして浚儀の経済の活性化、豊富な商人に支えられた物資の豊かさから、周辺の村や都市などから買い物に来る様になる。
 これによって消費活動は更に活発化し、それに誘われて商人が集まってくる。
 商人が集まれば、当然、税収も上がる。
 得られた税金に刺史府からの復興向け特別予算に乗せて更に公共事業 ―― 浚儀から兗州南部への<ruby><rb>道路網<rp>(<rt>インフラ<rp>)整備へ投資し、物流網を強化する。
 又、道路が整備された事で自警団が浚儀の外であっても能動的に運用できるようになる。
 それによって浚儀とその周辺は治安が良くなり、商売がやりやすいので更に商人が集まってくる。
 外部から人が集まれば、その商人旅人向けの商売も活性化する。
 公共事業が呼び水となって、良好な景気の循環が出来上がったのだ。
 その間、一刀は現場の人間、官吏や町の住人商人などから話を聞いて、経済活動の過熱化に注意を払いつつも、出来るだけ制限しない様に注意をしただけであった。
 だがそれが功を奏した。
 この時代では珍しい、否、あり得ない一連の経済政策は、一刀の受けた平成日本という世界でも有数の列強国家が行っている中等教育の成果であった。
 河内の寒村での相談役としての経験の成果でもあった。
 そして、華琳や文若といった当代随一の才人を見てきた結果でもあった。

 とも角。
 一刀が臨時の太守代行に就いて僅か3ヶ月の事で、浚儀は見事に復興したのだった。






真・恋姫無双
 韓浩ポジの一刀さん ~ 私は如何にして悩むのをやめ、覇王を愛するに至ったか

 【立身編】 その17






 浚儀復興を主任務とした一刀の臨時の太守代行であったが、ある2人の女性にとって極めて残念な事にその後も継続する事となった。
 それは、兗州全域での治安悪化が原因である。
 無論、華琳の刺史としての施策が失敗したという訳では無い。
 ただ単純に賊が恐るべき速度で大規模化広域化してしまい、華琳と文若の対応速度を凌駕してしまったのだ。
 特に兗州北部は司隷を筆頭に、豊かだった諸の州と隣接している為、賊と、賊や戦乱から逃れようと言う避難民の流入で手酷い事になってしまったのだ。

 こうなると、図らずも浚儀のみならず兗州南部を安定させた一刀を動かす事は困難になる。
 安定した兗州南部が、資金と食糧、そして人員の供出といった華琳を支える重要な基盤を担う事になるからだ。
 又、流入して来る避難民の受け入れに関しても、浚儀が中心になって行われている。
 一刀の財政政策によって活性化した浚儀の経済が、避難民を労働者として受け入れる事が出来たというのが大きいだろう。
 そして、拡大した労働力で浚儀周辺のインフラが更に整備され、景気は拡大している。

 人が増えれば犯罪の種が増えるという事で、楽文謙隷下の治安警務隊の大幅な増員が行われた。
 法によって規制される軍ではなく、治安維持を主任務とする半自警組織であるが故の柔軟さであた。



 浚儀治安警務隊の結成式。
 太守府の前で整列する隊士は黒染めの揃いの外套を着こみ、腰に剣を手には棍を持つ。
 その数約500。
 先頭に楽文謙が凛々しく立ち、その後ろに並ぶ姿は威風堂々とまでは言えなくとも、中々のものであった。
 その他、この場には浚儀の市民たちも集まっていた。
 一刀が結成式を浚儀の復興と繁栄を祈る、一種のお祭り事(イベント)として告知していたからだ。

 色とりどりの垂れ幕が飾られた浚儀太守府前の広場を埋める人々の視線、その先に立っているのは浚儀太守である一刀では無く、秋蘭であった。
 隊士の前に設えた演台に登ったその姿は、常の動きやすい服ではなく礼服たる漢服を来ており、常以上に美貌と怜悧さが際立っていた。
 その顔に覇気を込めて言葉を紡ぐ。


「諸君、曹孟徳刺史の名代、夏候妙才だ」


 良く通る声が、隊士1人1人の耳へと届く。
 集った民の耳へも。


「浚儀太守である北元嗣殿の下、諸君らの活躍によってこの浚儀の地は兗州でも有数の平穏で活気ある地となった__ 」


 朗々とした秋蘭の言葉を隊士のみならず市民たちも聞き入っていた。
 秋蘭の声のみが響いている。
 それを一刀は、これが歴史に名を遺す英雄の(カリスマ)かと感心して見ていた。

 尤も、そんな一刀は、浚儀の官吏たちが己を眩し気にも見ているのに気付いていなかったが。
 前太守や主要な官吏が逃げ散った浚儀にたった3ヶ月で活気を与えた兗州刺史が懐刀の1人、
大立者である、と。


「 __ 隊士諸君! 浚儀の民よ! 共に曹孟徳刺史を支え浚儀を、兗州を盛り立てようではないか!!」


 万雷の如き歓声が上がった。





「お見事」


「茶化さないでくれくれるか、一刀。私はそれ程得意じゃないんだ」


 漢服から何時もの格好に戻った秋蘭は、演説は肩が凝ると笑った。


「性分はそうかもしれないけど才能はあると思うぞ? 盛り上がったからな」


「将だからな。華琳様を支える為に学んだのだ」


 敬愛する華琳の為、それは秋蘭にとって最大の行動原理だった。
 だが、努力はしたが好きじゃないと言う。


「堂に入ったものだったのに?」


「華琳様と姉者を支えて居たら、こうなった」


「あ、あぁ」


 深く納得する一刀。
 華琳も春蘭も支え甲斐のある相手ではあるが、共に、方向性は違っていても、支える側が鍛えられる( ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● )のだ。

 何というか、同病相憐れむ様な表情で2人は小さく笑い合った。
 そんな2人は、太守府の中を歩いている。
 と、小間使いと思しき女の子 ―― まだ10代も前半と見える子供が歩いているのを見かけた一刀は、声を掛ける。


「太守様!」


「そのままそのまま。ご苦労様。それが終わってからで良いから、俺の部屋にお茶を用意してくれ」


「はいっ お任せ下さい!」


 顔を上気させて走り出した女の子。
 その背を、何とも言えない表情で一刀は見送った。


「別に走らなくても良いんだけどな」


 転ばなければ良いけど、と。
 そんな一刀に秋蘭は、不思議そうに聞いた。


「侍女にしても随分と若いな__ 」


 太守府と言えば都市の中枢、そこで働くとなればそれなりの教養とか所作とかも要求されるのだ。
 華琳の兗州刺史府に10代の子供が居ない訳では無いが、行儀見習いを受けたりしていで表で働いている事は先ず稀だ。


「 __ まさか……」


 趣味(ロリコン)か? と秋蘭の目が胡乱なものを見る形へと歪んたので、一刀は慌てて打ち消した。


「戦災孤児の臨時雇用だ!」


 男の子であれば生活の糧にそれなりの力仕事を斡旋する事も出来るが、女の子の場合、どうしても春をひさぐという形になりやすい。
 力仕事で男の子に負けない女の子も、多いのだが、許仲康や典甜馳程とまでは言わなくとも大人に混じれる程の力持ちは少ないのだ。
 そもそも、力の無い女の子はどうするのか? という問題もある。
 だから一刀は、出来るだけ太守府で戦災孤児を雇う様にしたのだった。


「そうか、お前は優しいのだな」


「出来る範囲、手の届く範囲でだけだよ」


 理想を理想として認めて、だが理想を求めない時点で自分は偽善者なのだろうと、一刀は自嘲した。
 だが、それは違うと秋蘭はたしなめた。


「理想を追うのも大事だが、我らの様な凡夫は先ず現実へと対応せねばならぬ。そうでなければ転んでしまう」


 そこにはほろ苦さがあった。
 自らの弱さを認める強さでもあった。
 そして、だからこそ、と続ける。


「その先を行こうとする華琳様を支えたいのだ。お前はどうだ北郷一刀?」


「ああ、確かに見たい( ● ● ● )な。見たい」


 曹の旗の先を、華琳の見るものを。
 2000年先にまで伝わる英傑、曹操という人間の見たものを実現する魏という国を。


「であれば、共に精進するのみだ」


「ああ」



 浚儀太守府で一番偉い部屋でありながら質素では無いにしても簡素な無い部屋、それが太守執政室だった。
 執務用の家具と書類や竹簡を置く為の棚、それに申し訳程度の飾り ―― 太守殿に “よしなに” と商人からの贈り物の中で一刀の好みのものを置いてあるだけの部屋だった。
 部屋の前主が装飾を一切合切持って去った事と、現主である一刀が、飾り立てる事に興味が無い為の現状だった。
 とはいえ機能優先ないし汚れているという風は無く、逆に、居心地が良い小奇麗な品の良さに纏まっているのは、一刀の趣味の良さであった。
 相変わらずだな、と言葉にはせぬままに秋蘭は納得した。
 伝え聞く話から、城下の姿で、この部屋を見て、一刀が一刀のままに頑張っているという事を納得した。
 そして少しだけ安心していた。
 仮とは言え地位を得た事で慢心したり、腐敗してなどいなかった事に。


 壁際の椅子に並んで座る。
 日当たりが良く、風が心地よい。
 目を閉じた秋蘭は遠くの、浚儀市街から響く喧噪を聞いた。


「しかし、華琳様から聞いてはいたが、浚儀の活気は凄いものだな」


「皆、良く頑張ってくれてるよ」


 一刀にとって、掛け値なしの本音だった。
 構想と大まかな方向性を決めるのは自分だけど、それを実現する為の実働部分は多くの人間の協力があってこそだと。

 だから、一刀は式典を催したのだ。
 多少の特別賞与(ボーナス)を配り、式典で名誉 ―― 達成感が得られる様にしたのだ。
 秋蘭が先ず華琳の名を先に出したのも、それ故にだった。


「この気配りが一刀らしいな」


「秋蘭にも迷惑を掛けた」


 秋蘭は浚儀を襲撃した賊の残党討伐を続けており、いまだ忙しい身であったのだから。
 一刀は華琳の了解を得て、秋蘭に部隊の休息も兼ねて浚儀へと寄ってくれる様に連絡したのだ。

 尚、3ヶ月間かけても討伐しきれていないのは、秋蘭の能力に帰する理由では無かった。
 否、秋蘭指揮下の部隊はそれなり以上の成果を上げ、総じは5000からの賊を捕縛してはいたのだ。
 だが、今だ、残党と思しき黄色い巾を身に着けた賊が兗州を跳梁しているのだ。
 外の州からの流入にしてもおかしいというのが、華琳や文若の判断でもあった。


「構わぬよ。遡っては華琳様の為だ。それに兵の休養にもなる」


「其方は任せてくれ。酒は残念ながら少ないが料理の量は絶対に不足させない」


「頼むよ」


 互いの近況、華琳や春蘭を話題にしての歓談。
 話が盛り上がって喉も乾いてきた頃合いに、小間使いの女の子がお茶を運んできた。


「お茶をお持ちしました」


「有難う」  


 一刀の言葉に嬉しそうに相好を崩して、女の子は去って行った。
 その後姿を秋蘭は楽し気に見た。


「明るい娘だな」


「……」


「心配するな、他意はない」


「……そう?」


「ヘソを曲げるな。ただな、お前の政が上手く回っている事をあの娘が示しているのだなと感心したのだ」


「それは……うん、嬉しいよ」





 その夜、秋蘭とその配下を歓迎しての宴会が行われた。
 浚儀警務隊士や浚儀警備隊、それに秋蘭隊が混じっての無礼講だ。
 豊富な料理、少ないながらも酒も振る舞われ、今日はハレの日とばかりに大騒動となった。
 それは一刀や秋蘭も一緒だった。
 雰囲気に当てられ陽性の気分で挨拶し、適当に飲み食いする。
 それから上官が何時までも居ては気も抜けぬだろうと一刀は、秋蘭を応接室に誘った。


「ふむ、何だか女性を誘うのに手慣れていないか?」


「接待だ接待。仮でも太守だとアレコレと気を使うんだよ!」


 応接室では小間使いが酒とツマミとを用意していた。
 ツマミは干し肉やメンマといった、簡単で味の濃ゆいものが殆どであったが、宴席でそれなりに食べていた2人には、それで十分だった。
 夜も遅いのでと小間使いを下げると、杯になみなみと酒を注いだ。

 酒の匂いの良さに、秋蘭も相好を崩す。


「良い酒だな」


「こればかりは太守の特権だな」


 新しい酒が出来たから太守様にと、献上された品だった。
 贈り物だったので飲まずにとっておいたのだ。


「乾杯」


「乾杯」



 そもそもの話として、新しい酒が献上された理由は、この新しいという部分が起因するからである。
 宴席で商人が目新しい酒を探していると言っていたので、であればと伝えたのだ。
 蒸留酒という概念を。
 アルコール度数の高い酒の作り方を。

 一刀は経験者だからチビチビと舐める様に飲んだ。
 秋蘭は常の酒の様に飲んだ ―― 杯を一気に呷った。

 そして、酔った。



「しかし一刀、早く戻ってきてくれ。姉者が大変なのだ」


 絡み酒。
 呂律も姿勢も崩さぬままに、秋蘭という女性は崩れていた。


「本当に大変なのだ」


「ん、書類仕事、文若が褒めてたよ? 字はともかく内容は読めるようになってきたって__ 」


「違う。手綱の方だ。書類仕事なら私が幾らでも支えられるが、離れての戦場ではどうにもならぬ」


 日頃の才女っぷりが消えて、殆ど涙目になっている秋蘭。
 酒精の漂う目元の色っぽさに、視線を外しながら一刀は尋ねた。
 返事は予想外だった。
 賊軍を追撃していたら、荊州にまで追撃してしまい騒動になってしまったのだと言う。


「…………豫州じゃなくて?」


「荊州だ」


「Oh ……」


 一刀が思わず天を仰いだのも赦されるだろう。
 豫州なら、間違って入ってしまったと言えば通るだろう。
 だが荊州となると良い訳不能である。
 追いかけ続けた春蘭の気迫、闘争心を褒めたたえるべきか呆れるべきか。
 後、逃げた賊にも呆れるしかない。


「取りあえず、凄いな」


「姉者は凄い。凄いが……」


 焦点の合わぬ(レイプ)目で己を見ている秋蘭に、一刀は酒の入った壺を差し出した。


「今日は飲もう。飲もう秋蘭」


「すまん一刀、飲ませてくれ」


「大丈夫だ、酒はまだある」


「旨いな__ 」


 







 一夜明けた浚儀太守府。

 顔に当たった朝日に目を覚まされた一刀。
 うすぼんやりとした視野の中、最初に感じたのは鈍痛だった。


「っつぅ……のみ過ぎた」


 後、体の痛み。
 一刀は、どうも自分が寝台か何かに顔を突っ込んでうつ伏せになって寝ていた事に気付いた。
 変な格好で寝入ったのか、首だの腰だのと身体の節々に痛みを感じた。


「あー ぁー つか、蒸留酒はヤヴァイ。というかあと一歩耐えられれば布団で寝れたのに、つぅ……」


 ゆっくりと身を起こす一刀。
 白い寝具が見えた。
 青と紫の服が見えた。
 白い肌が見えた。


「ハァ!?」


 寝台には秋蘭が寝ていた。
 一刀の意識が一気に覚醒、心臓が跳ねた。


「っっっっっ!!!???」 


 驚きの声を上げそうになって、慌てて自分の口を塞ぐ。
 口を塞いだままに1と2と3とと深呼吸。

 寝入っている秋蘭は乱れた服と相まって実に色っぽく、緊張の無い表情にはあどけなさがあった。

 色香に見入りそうになる目を慌ててそらし、自分の服を確認。
 服も下着も異常なし。
 チラ見する形で秋蘭の服も確認。
 服は乱れているだけ、下着は見れない。
 共に房事の残滓が無い事を認識した一刀は、思わず安堵半分の溜息を洩らしていた。
 残り半分が残念だというのは、一刀とて健全な男子だという事だろう。


「ふぅーっ」


「余り溜息を突かれると傷つくというものだぞ? 自分に魅力が無いのかと心配になってくる」


「ああすまない……い?」


 油の切れた機会の様な動きで一刀は首を動かす。
 目と目が合った。
 秋蘭は茶目っ気ある爽やかな笑顔を一刀を見ていた。


「おはよう」


「おっ、オハ……ヨウ」





 少しだけ脹れた顔で朝食を頬張る一刀。
 秋蘭は少しだけ、バツの悪そうな顔をしている。
 或は反省だ。
 一刀が人品よく才もあり、何より会話をしていて楽しい相手という事で少しからかい過ぎたか、と。

 目が覚めた時、傍らで寝入っている一刀の横顔を見た秋蘭は何かくすぐったいものを感じたのだ。
 だから、或は一刀を己の男にしても良いかもしれないとも。

 だから、からかってしまった。
 遊んでしまったのだ。
 ある意味で秋蘭は、一刀と居る事の楽しさに浮かれたのだった。

 そんな秋蘭にとって、些か現状は宜しく無い。
 楽しくない雰囲気は気持ちが良くない。
 さて、どう改善しようかと考えようとした時、闖入者が現れた。


「御免! 北太守、夏候将軍はおられますか!? 曹刺史よりの早馬です!!」


「ここだ、ここに居るぞ!!」


 声を張り上げた一刀。
 2人の顔が、空気は切り替わった。

 才気を溢れさせるが如きその姿に、給仕をしていた女性は、これが曹刺史仕える懐刀であると得心していた。






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