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[31193] 【ネタ】第六天魔王と第六天魔王様々様!(織田信奈の野望 × ドリフターズ)
Name: 確変◆563cbb8b ID:c9b6435b
Date: 2012/07/16 14:10
今年、アニメ化する「織田信奈の野望」と「ドリフターズ」のクロス物です。そういったものに嫌悪感を示される方はブラウザの戻るを推奨します。それでもOKという方は宜しければ読んでいって下さい。※にじファンにも同様のものが掲載されています。

 敵は本能寺に在り。この言葉より始まった明智光秀の謀反は、終焉の時を迎えつつあった。寺内の織田兵の多くは既に討死し、明智の軍勢が寺の周囲をぐるりと囲まれたとあっては中からの脱出は困難である。その上、火矢により炎上した本能寺は本来の姿が判らないほどに燃え盛っていた。

 しかし未だ織田信長の首級はあがらず、馬上から光秀は苛立たしげに本能寺を見やる。火の手は衰えるところを見せず、いま光秀が居る場所すらその熱気が頬を焦がし兵は寺内へと入ることが出来ないでいた。しかし、信長は未だその火中に身を潜めたまま。

 よもや。光秀は想う。

「(既に自刃為されたか)」

 まさに第六天魔王と称し、称された漢の最期。その死を公には決して晒さず。業火でその身を焼きつくし、ゆらゆらと立ち昇る陽炎と共に此の世を去ったのだろう。

 それが信長の最期かと想うと光秀は夜天を仰いだ。いつしか曇天模様の空が本能寺の上だけポッカリと雲の穴が開いており、そこから真丸の月が顔を覗かせていた。

「(天上へ往く路を邪魔する雲すら退かす、か……)」

 天晴なりと、光秀は何時までも舞い上がる陽炎と燐を観ていたのだった。


* * *


 一方その頃、本能寺寺内。

「死んでたまるかクソボケェ!!」

 ぼうぼうと炎が燃え盛り、四方が火という火で照らされるさなか。二つの影が寺内を駆け廻っていた。ひとりは先程、光秀が自刃したと思いきっていた男「織田信長」。もうひとりは、その信長の家臣である「森 蘭丸」であった。

―――― グシャッ!

 行く手を阻む障子を蹴倒し奥へと進む。
 信長は心底 諦めてはいなかった。必ず生き延びる、生き延びてこのふざけたマネを仕出かした金柑頭(光秀のこと)に眼にモノ見せてやると信長は必死だった。切腹? 武士の誉れ? 何それおいしいの? と云わんばかりの生存本能は、まさに執念ともとれる。

「お館様! 既に火の手は寺全域に広がっておりまする。恐らく寺の外にも明智の軍勢が!」
「うるぜぇ! こちとら謀反慣れしとんじゃい!! んな事ぁ百も承知よ!」

 後方で蘭丸が叫ぶが、信長はそれを一蹴する。というか、炎が燃え盛る音で何を云っているのか半分も聴きとれていない。とりあえず信長は本能寺を正面から脱出、敵の不意を突いて強行突破し、勝利を確信して弛みきっている金柑頭から馬を奪取し一気に戦線を離脱してやろうと考えていた。無論、勝算が薄いことは明白なことは信長が一番よく判っていた。

―――― バチッ!

「チィッ!」

 柱が熱で弾け跳び、木片と火の粉が信長の右眼をかすめた。幸いにも失明こそしなかったものの、視界がかすみ遠近感を狂わせる。

「(こいつぁ、いよいよ)」

 マズイかもしれない、と信長は感じた。残存兵力2名 対 ハゲ頭の軍勢がたっぷり。しかもこちらは満身創痍とくれば、然しもの信長も冷や汗を流さずにはいられない。しかし、どの道ここで踏み止まっていても焼けおちる寺に潰されるのが関の山。

 信長が賭けるのは『己の命』、配当で信長が得るのもまた『己の命』。勝っても得られるものは同じ、おまけに賭けねば死ぬとあっては、ならず者の賭場より性質が悪い。

「ヒヒヒヒ……」

 しかし信長は、そんな自身の現状を笑う。

「面白ぇ、往くぞ蘭丸!」
「はっ!」

 傲岸に不遜に笑みを浮かべたまま、信長は雨戸を蹴破り縁側を跳び越え、惣門へと続く場へと踊り出る。ツボ振りが賽を振り、誰しもが賽の目に注目する大一番、まさに命を賭けた大勝負に信長はありったけの木札を場に賭けたのだ。

 しかし、ツボは伏せられたまま。賽の目も同様に決して明かされることは無かった。


* * *


 白昼夢にでも中てられたのだろうか、呆けてしまったように信長は突っ立っていた。髷を結わいていた紐が切れ、身体に纏わりつく煤けた匂いを払うかのように清涼な風が吹き荒び髪をはためかせる。

「なんじゃあ、此処は?」

 先程まで確かに本能寺にいた筈が、今信長が立っているのは平野の合戦場が良く見える小高い丘の上。あのムカツク金柑頭の軍勢は居らず。信長は辺りを見回すと眼下で繰り広げられている合戦の様子に目がいった。

「……―― 蘭丸は居らんか。しっかし、あの紋は」

 多勢無勢で戦局を有利に進めている軍勢が高々と掲げられている陣の家紋『今川赤鳥』。駿河を治める今川義元の家紋であった。それに対し、若干 今川勢よりも小規模で立ち向かっている軍には織田家の木瓜紋。

「オカシイのう、今川の野郎はブッ殺した筈なんだけどにゃ~? もしかして儂、実はもう死んでいて過去の夢を視ているとか?」

 ひとりブツブツと呟く信長。本能寺ではないどこかに立っていること、織田と今川が合戦をしていること。そのどちらも信長には信じ難く、夢ではないかと思うのは必然とも云えた。

「ってことは、俺は幽霊か? あ、でも足ある」
「おっさんひとりで、なに喋っとるんだみゃあ?」

 見知らぬ足軽が背後から声をかけてきた。姿が見えるということは、どうやら自分はまだ幽霊ではないらしい。
 足軽は信長の荷物を包んでいた風呂敷に織田家の家紋を見付けると、嬉しそうに云った。

「おお、おっさん織田方かみゃあ!? ワシは織田家に仕官しようとこの戦に加わったんじゃ! おっさ……いや、貴方様は織田家の名のある家老様かみゃあ?」

 みゃあ、みゃあと五月蠅い男だが、今の信長よりは現状に詳しいのは間違いない。こういうときの信長の頭の回転は速く、この男から二~三 聞き出す為にひとつ芝居をうつことにした

「うむ、俺はその昔 織田のお館様にたいへん世話になった者でな。今は西国に向かっていたが、織田の戦と聴き馳せ参じたのよ」
「ほぅ~、そうなのけ!」

 嘘は云っていない……多分。先代(信長の父)には育ててもらい世話になったし、毛利のいる西国にも向かっていた。うむ、嘘ではない。
 それにしてもと、信長はこの足軽を見る。戦場に居るというのに具足一つ付けていない男をこうもあっさりと信じるとは、この足軽は相当のうつけか、はたまた器のデカイ男かどちらかであろうと感じた。

「して、織田家の本陣はいずこにある?」
「なら、ワシが案内してさしあげるみゃあ! そんかわし、ワシの仕官の口利きを頼むみゃあ」

 あい解かった、と云うや否や駆け出す足軽、信長もその後に続いて戦場の外れを駆ける。

「急ぐみゃあ! 遅いみゃあ!」
「クソッ みゃあ、みゃあ、うるせえな! こちとら五十路 近ぇんだ! おい、少しはこの荷物持て!!」
「そんな大荷物持ったら、槍が振れないみゃあ!」

 丘を下り、平野を駆け、林へと分入る。木の根が走りを妨げ、背負った荷物が余計に重たく感じられるさなか、突然 前を走っていた足軽が膝から崩れ落ちた。

「ぐふっ?!」
「……流れ弾か」
「そうみたいだみゃあ……―― 運がなかったみゃあ」

 足軽の胴丸には穴が空き、その穴から鮮血が滴り落ち地面へと染みこんでいく。
 助からない、と信長は傷口から察した。多くの戦場で多くの兵子たちの死を観てきた信長にとって、それは最早 確信の域であった。
 仮にも織田家に仕官しようとした人物。今際の際を看取ってやろうと信長は足軽の名を尋ねる。

「主、名は?」
「……ワシの名は『木下 藤吉郎』。一国一城の主が夢だった男だみゃあ」
「は? ……―― はぁぁぁあああ!?」

 信長は横になっている足軽、もとい木下藤吉郎の襟首を掴むと無理矢理、起き上がらせる。

「おい! ちょいコラ、待ていっ!! おまえ本当にサル、いや木下藤吉郎か?!」
「そ、そうだみゃあ。そ、それより、そんな揺らさないでみゃあ」

 ブンブンと揺らされ息絶え絶えに木下は応える。

――――ガクッ!

「あ、やべ」

 そして、ある意味 信長の手の中で『木下 藤吉郎』は若き生涯の最期の時を迎えたのであった。

「(こいつが“サル”だと? しかも、木下と名乗りおった。ということは、ここは『過去の世界』ということか、確かに今川が存在している時点でおかしいとは思っていたが、まさか……)」

 本当にそんなことが有り得るのだろうか。もし本当なら、この先の織田の陣に居るのは若い頃の自分であろう。しかし、引っ掛かる処があった。この木下と名乗ったこの足軽は、確かにかつての『サル』に似通っているが、やはりどこかが違う。自分の記憶違いかもしれないが、やはり何かが違う気がして堪らなかった。

「……いってみっか」

 きっと答えはこの先にある。自分の眼で見れば納得がいくだろうと、信長は歩き出そうとした。その時、無人だった筈の背後から声が届いた。

「そうか、木下氏が死んだか……、南無阿弥陀仏、でござる」
「なんじゃあ、主? 乱波か」

 全身黒尽くめに髑髏印の付いた頭巾、腰に小刀を差し腿の部分には苦無が取り付けられている。乱波に見えなくもないが、その声の主はあまりに小柄な“少女”であった。

「拙者、木下氏と共に出世を果た“ちょう”と、約束交わ“ち”た。名を『蜂須賀 五右衛門』でごじゃる」
「豪く舌っ足らずだな、おい…… てか、待て! 蜂須賀だと?! おまえ、正勝の娘か親戚か!?」
「はい? 拙者の親と親戚にはそのような名前の者は居らんでごじゃる。それと、拙者 長文は苦手故、ご勘弁願いたい」

 ますます訳が判らなくなってきた。木下と名乗った『サル』と微妙に似た男と、蜂須賀と名乗ったこの舌足らずの少女。信長は困惑を通りこして、何処からか沸々と怒りが込み上げてきた。

「(何が何でも、この現状を確かめてやる)おい、おまえ織田の陣に案内しろ」
「それよりもご主君、名をなんと申す」
「儂はのぶ……」

 名を問われ、途中で信長は押し黙った。もしここが過去だとしたら、ここで信長が『織田信長』名乗ってしまったら信長は二人いることになってしまう。無論、信長は織田主君の名を騙る狼藉者として手討ちにされてしまうだろう。故に押し黙ったのだ。

「儂は『ノブ』じゃ」
「のぶ? 随分と変わった名でござるなぁ。それに、織田のお殿様と似てるでごじゃる」
「偶々だ」
「たまたま?」
「うむ。タマタマ」

 若干、下品に聴こえなくもない会話であったが、五右衛門はたいして気にも留めず、信長の髪の毛を一本引っこ抜いた。

「痛っ!? 何しやがる!」
「契約でござるよ。これからは、ノブ氏を主君にこの蜂須賀五右衛門は“川並衆”を率いておちゅかえする所存でごじゃる」
「なぜぞ? それに俺は今は無一文だぞ」
「織田家にお戻りになるのでござろう? 木下氏の口利きもしてくれる約束もちてたではごじゃらんか。先程も云った通り、せっちゃと木下氏は出世を約束した仲でござる。その木下氏が頼った人物となれば、ノブ氏は使えるに値するちゅくんにごじゃる」

 ほう、と信長は呟く。この五右衛門は小さいながらも有能であることが今の会話から察せられたからである。

「(この、俺に気取られずに会話を盗み聞きしてるたぁ……)」
「さぁ、こっちでござるよ。ノブ氏」
「うむ! 案内致せぃ!!」


 一進一退の攻防が繰り広げられる戦場を信長と五右衛門が駆け抜ける。織田勢の足軽部隊は手柄欲しさに前線へと伸し上がり、本陣の傍は空に近い状態にあった。

「視えたでござるよ、ノブ氏! あれが本陣でごじゃる!!」
「うむ! ……んっ?!」

 本陣の横合いから突如として現れる鎧武者。今川の決死隊である。
 決死隊は呆気にとられる本陣守護の部隊を急襲すると、そのまま一気に総大将の周りを囲んだ。

「(影になって視えねぇが、恐らく奴がこの世界の俺だろう)」
「ノブ氏! マズイでござるよ!」
「わぁってんよ!!」

―――― チャッ! ……ボッ!!

 このまま放っておいたら、『信長』は殺されてしまう。信長は腰から一丁の火縄銃を取り出すと、今まさに織田の総大将に斬り掛らんとしていた槍兵の頭部に狙いを澄まして鉛玉を放った。

―――― バシャアッ!

 割と近距離からの発砲のため槍兵は兜ごと頭に大穴を開けて倒れ伏した。尋常ではない血飛沫に今川の決死隊は一瞬 呆気にとられる。しかし、信長にはその一瞬で事は足りた。

「ほい」

―――― ヒュ!

 懐から竹製の発破を取り出し、火縄の残り火で着火。決死隊の足元へ放り投げる。ボンッ! と、音を立てて発破が爆発し、ある者は脚を吹き飛ばされ、ある者は火達磨になって地面をのたうち回った後に息絶えて決死隊は全滅した。
 当然、決死隊の傍に居たこの世界の『信長』も十二分に危険であったが、「仮にも儂ならこれくらい大丈夫なんじゃね?」くらいの軽い気持ちで信長は発破を投げていた。そして、信長の想像通り、この世界の信長もまた中々にやるようで、最初に火縄で仕留められた敵兵の骸を盾にして発破の衝撃からその身を防いでいたのだ。

「ふぅ、さて御怪我は御座いませんか、『信長公』? 拙者は織田家に仕官したく馳せ参じた……、なん、だと?!」

 盾に使った敵兵を除けて立ち上がる、『信長』に口上を述べようとした信長の口があんぐりと開かれた。

「あいたたた……、あんたほんとメチャクチャしてくれたわね。お陰で死ぬかと思ったわよ! それに、誰よ信長って?」

 二度有ることは三度ある。三度目の正直。信長は“此処”に来てから最大級の困惑と衝撃を受けていた。

「わたしの名前は『織田 信奈』よ。の・ぶ・な! これから仕えようとしている大将の名前を間違えるだなんて、あんたバカじゃないの?」

 何故なら、織田の総大将が『女』だったのだから……――。




[31193] 2
Name: 確変◆563cbb8b ID:c9b6435b
Date: 2012/01/16 16:28
 おっぱい担当が登場します。それと、コメントくださった皆様、本当にありがとうございます!



「(おいおいおい……、マジか。え、こいつが此処の儂なの? 女? てか、女が総大将って有りなん? )」
「ちょっと、何よ人のことジロジロ見て」

 尾張の守護大名、織田家当主を名乗る女『織田 信奈』。女という事実も然る事ながら、その風体もまた眼を引くものである。
 湯帷子を片袖だけ通し、わら縄に太刀と瓢箪をぶら下げ、虎の毛皮を腰に巻くというそのファッションはまさに『尾張のおおうつけ』に相応しい格好とも云える。

「ご主君! 戦はお味方の大勝利です! ご無事でしたか!!」

 今度はどこからか、騎馬武者が本陣へと駆け込んでくる。しかし、これもまた矢張りというか『女』であった。おまけに巨乳である。

「な、なんだ貴様っ!? あたしの胸をまじまじと見おって」
「ん~、随分とおっぱいでっけ~な~と、思うてな。甲冑着てても『たゆんたゆん』ってどうゆう構造してんだ、それ?」

 信長の言葉を聞いたとたんに、顔をカァと真っ赤に紅らめる鎧武者。どうやら自身の胸の大きさを引き目に感じているらしい。あんなに大っきいのに……勿体ない。

「な、なななッ!? ぶ、無礼者! 手討ちにしてくれる!!」
「やめなさい、六! そいつは“一応”わたしの命を救ったのだから、褒美をあげなきゃ」

 太刀を抜こうとした六を諌める信奈。

「なんと、それは真でございますか!?」
「ええ、今川の槍兵に刺されそうになった所を火縄と発破で助けられたわ。まぁ、ついでに発破で今川の兵諸共 吹き飛ばされそうになったけどね」
「ヤッパリ殺ス!!」

 ワナワナと震える手で再び信長に斬りかかろうとする六。これに対し信長は火に油を注ぐ事態を発生させてしまう。

「おい、ちょっといいか? お主、六と云うたな。よもや、姓は『柴田』というのか?」
「ああ、そうだ! 織田家家老『柴田勝家』!! そしてこれから貴様をあの世へとおくる者の名だ! しかと覚えておけぃ!!」
「あぁん!? おまえが勝家だと? いやいやいや、有り得ねぇだろ! 百歩譲って織田の君主が女だったとしても、あの『髭ボーボー』で『ズングリ体型』の『武骨野郎』が、こんな おっぱい小娘なわきぁねぇだろう!?」

―――― ガシィ!

「ひ、ひぃっ?!」

 織田君主や蜂須賀は除くとしても、家臣になる筈だったサルが男だったのだから、柴田も男であろうと思い込んでいたら見事に裏切られた。因みに、信長の推察は柴田勝家の息子の勝敏の通称が「権六」であることからだった。まさか勝家の方とは、ある意味で二重に裏切られた形となる。

 こっちに来てからというものの驚きの連続で、信長の中で張り詰めていた糸が弾け跳び「こやつめーっ!」 と、ギリギリと歯ぎしりを立てながら六の胸を鷲掴みする信長。物理法則を無視したかのようなその胸は、甲冑の上からでも柔らかく甲冑ごと信長の手の形にグニグニと変化する。
 あまりの出来ごとに、六こと猛将 柴田勝家も驚き太刀を落とす。そして、信長の手を払いのけると、信奈に縋って年相応な声でサメザメと泣く六。

「け、汚された、男に胸を掴まれた。もう、お嫁にいけない……」
「あ~、はいはい、大丈夫よ、六。今のは鎧の上からだから、勘定には入っていないわ」

 つまりは、「ノーカウントだ、ノーカウント!!」で、ある。

「ほ、本当ですか?」
「そうよ、ほら泣き止みなさい」

 グシグシと目尻を拭き、六は「はい」と、応えてから陣を下がる。去り際に六は信長をまるで親の仇のように鋭く睨んだが、当の信長はどこ吹く風で全くと云っていい程に悪びれてはいない。
 そんな信長の態度にやや呆れ気味に信奈は云う。

「あんたねぇ、あたしの命を救ったとは云え。これ以上 ふざけたマネしでかしたら問答無用で叩っ斬るわよ? で、あんた名は?」
「いや済まんな。あまりの出来事に我を忘れてしもうた。儂はノブと申す」

 信長は改めて信奈を見る。ボサボサの髪を適当に結わき、身体のあちこちに煤をつけたみすぼらしい格好。だが、その眼だけはどこか『真っ直ぐ』なものを映し出している。

「(ふ~む、目つきは悪くないが、些か若すぎる上に女子ときたか。てことは、この世界の俺ではなく『俺に似た境遇にある女子』と云ったところか……)」

 似て非なる世、それが信長の出した結論。
 そして信長はふと、思う。伊勢長島、比叡山延暦寺、浅井朝倉と、信長は己の手を真黒に染め上げながら尾張という国を強大な国家に築いていった。

 では、『織田 信奈』ならどうするのだろうか?

 そう思い至ると、信長は無性に知りたくなった。この織田家君主を名乗る年端もいかぬ女子が画く先の世は、いかな道を歩み、どのような結末を迎えるのかを。

「(俺と同じように第六天魔王となり戦国の世に憚るのか、それとも全く別の道を示すのか……)」

 自然と口端が歪むほどに、信長は『織田 信奈』という少女に俄然興味がわいてくる。

「ヒヒヒ……、面白そうじゃのう、この浮世は」
「なにひとりで笑いながら、ブツブツ云っているのよ」

 そうと決まれば話は早い。
 信長は信奈の前で正座をし、居住まいを正して頭を垂れた。誰かに頭を下げるなど昔の自分なら有り得ないような事だが、好奇心は猫をも殺すと云ったところか。この少女の行く末を知る為に、信長ではなくただの男の『ノブ』と成り、信奈に頭を垂れて云った。

「織田信奈公! このノブめを織田家に召し抱えてはくださらんか?」
「ニタニタ笑ったと思ったら、急に真面目な態度になるなんて、変な爺ね……。まぁいいわ、褒美としてあんたを配下に加えてあげる」

 但し! と付け加えて信奈は云う。

「給金分はきちんと働いてもらうわよ、『狒狒』!!」
「狒狒?」
「アンタの笑い方からとった渾名よ。光栄に思いなさい、これから私はアンタのことを狒狒と呼ぶわ!!」

 それを聞いた瞬間、信長は盛大に笑った。人目も気にせず、腹がよじれ息絶え絶えとなるまで笑い続けた。散々、人に動物の渾名をつけてきた自分が、まさかその逆の立場を体験するとは夢にも思っていなかったからだ。そしてなにより、

「ヒヒヒヒ……、(まさかこの俺が狒狒となって、サルの代りをするたぁ)」
「ちょっと、あんた大丈夫なの? いきなり大声で笑い出して、やっぱり本当に人の皮被った狒狒なんじゃないでしょうね?」

 ようやく笑いが治まると信長のどこかに清々しさが産まれていた。今まで背負ってきたものをかなぐり捨て、まさに裸一貫の零からの出発を腹に決めて信奈に宣言する。

「いや、失礼! それでは、お館様っ! この狒狒爺めが、全身全霊でお館様の天下取りのお手伝いをいたしましょうぞ!!」

 この日、信長はノブとして『狒狒』の渾名を頂戴し、織田家の配下へと加わった。そして、この時より歴史の歯車はゆっくりと、軋みを上げながら回り始める……。


* * *


「姫さま! あのような素性も判らぬ助平爺を家臣にするなどと、真に御座いますか!? おまけに片目の兵など合戦では何の役目にも成りませぬ!!」

 合戦が終わり、帰路に着く道中、馬上で揺られている信奈に六が駆け寄った。六が言う通り信長の右眼には眼帯が装着されていた。右眼は視えなくもないのだが、視界が霞んでおり非常にいずいといった理由からである。

「ねぇ六、逆に訊くけど『若くて五体満足の無能』と『助平爺で片目のすこぶる有能』、この二人のうち、あなたならどっちを取る?」
「そ、それは……、では、あの男は有能であると?」
「それは、これから確かめる。それに……」

 火縄の扱いには長けているようだしね。と付け加えて、信奈は信長から借りた火縄銃を見る。信長の十匁の重量の弾丸を射出する士筒(さむらいづつ)は威力が高い分 非常に重く、且つ高価な代物である。一介の素浪人が所持できるものではない。

「(一体、何者なのかしら)」

 有能であれば素性など一切拘らない信奈であったが、この士筒といいその他の所持品といい信奈の興味の対象となっていた。

「そうだぞ、オッパ家(勝家のこと)。これからは同じ織田家の家臣として宜しく頼むぞ」

 後方から、パッカラパッカラと馬を寄せる信長。信奈に火縄銃を貸す代わりに、「荷を運ぶための馬を貸せ」と云って借りた馬である。やはり、家臣になっても信長は信長。信奈に仕えるということを除けば、その行動は実にフリーダムそのものであった。

「き、貴様ッ!? よもや、その破廉恥な名は、わたしのことを指しているのではないだろうな?」
「何を云うておる。お主の事に決まっておろう? なぁ、オッパ家」
「(くっ、やはりあの時、斬っておけばよかった!)」

 信奈も『何とはなし』に信長の性格を既に大凡は掴みかけていた。恐らくこの男は、自分と同じ一度決めたら遣り通す、我の強い男なのだろう。それならば、あれこれと束縛するよりも、多少“好き勝手にやらせた方が”良い結果をもたらしてくれるのかもしれないと、信奈の勘働きがそう告げていた。

「あんた達、喧嘩するようなら歩いて帰らせるわよ?」
「む? それは面倒だな。よし、一時休戦と行くか、勝家?」
「貴様、新参者の分際でわたしを名前で呼ぶな!」
「……六」
「はっ、申し訳ございません!」

 だが、諌めるところは諌めなくてはならない。それが上に立つ者の務めである。
 喧嘩が治まったところで信奈は「ちょっと、寄り道するわよ」と、云って馬首の向きを変えたのであった。



「着いたわよ。まったく、今川の軍が邪魔してくれた所為ですっかり遅れたわ」

 そこは森を抜けた先の、小さな山間の村であった。家屋は少なく、寂れた様子のその村には、脇にある池だけが清涼な空気を創りだしていた。「お館様、ここにどのような御用が?」と、信長が尋ねると信奈はこの村の特徴とも云える池を指して云った。

「ここは『おじゃが池』といってね。龍神が棲み付いているって噂があるのよ。それで、これまで村人たちが池に人柱として乙女を沈めてきたわけ」

 あれが今回の贄ね。と信奈は付け加えて、池の畔で集まる村人たちの中心にいる娘を指した。それを聞いた信長は、さも阿呆臭いと言わんばかりの表情で吐き棄てる。

「ハン! では、その龍神とやらがこの村に飢饉でも起こしておるというのか? だったら、あの娘を嫁にでもやって子を産ませた方が、人足も増えてよっぽど建設的じゃわい」
「そうね、狒狒。アンタの言う通りよ。まったく、神だの仏だのいるはずないのに。そんなものは人間の頭に棲みつく幻影でしかないわ」
「して、お館様は如何なさるおつもりで?」
「今川の連中が邪魔さえしなければ今頃 男手を使って池の水を汲み上げていたんだけれどね」

 この時、信長の頭にピンとくる妙案が閃いた。

「お館様、ここはひとつこの狒狒にお任せあれ」
「……ふぅん、面白そうね。いいわ、好きにやってみなさい。けど、失敗したら家臣に加える話は帳消しよ」
「では、お館様はこちらで猿芝居ならぬ狒狒芝居をご覧下さいませ」

 失敗したら解雇という宣言に信長は全く気負う素振りも見せず。信長は信奈にしばし待つように伝えると、フラフラと村人たちのもとへ歩いていった……。




[31193] 3
Name: 確変◆563cbb8b ID:c9b6435b
Date: 2012/01/30 00:10
 やばい。2巻だけが近所の書店に置いていない……。今話は、フリーダムノブノブと一応シリアスノブノブが登場します。あと、少し「無理あるんじゃね?」的な所もあります。それでも良いという方は、宜しければ読んでいって下さいまし。





「お~い、お前等」

 右の手をシュタ! と挙げて村人たちのもとへ歩みながらフラフラと近寄って来る信長に、村人たちは「何だこいつ?」と云わんばかりの視線を向ける。
 焦げくさい匂いを漂わせ、元は上質なものであっただろう衣類は汗と煤で見る影もなく。おまけに右目の眼帯がおおよそ“侍らしからぬ雰囲気”を醸し出しており、信長の風体は「主君がうつけなら、家臣もまたうつけ」と、村人たちの眼にはそう映っていた。

「おい、お前等 聴いてんのか? 返事ぐらいしろよコノヤロー」
「はいはい、“かの有名”な織田家のお侍さまが、この様な辺鄙な村に何用で御座いましょうか? 我々はこれより龍神さまに贄を捧げる儀を執り行うところなのですが」

 言葉こそ丁寧そのもので、一見すると恭順する姿勢を取っているようにも視えなくもないが、今の村人の言葉を要約すると、

『あん? 尾張のバカ殿んとこの野郎が何の用だよ? こっちは大事な儀式があるから忙しいんだよ。とっとと用件云って失せろや』

 となる。当然 数多くの修羅場や嫌味な奴との面通しを経験した信長が、この村人の言葉を履き違える筈もなく。信長の額には怒りの血管マークが浮き彫りになり。口端がピクピクと反応する。

「(こんにゃろう……、人が折角、“ふらんく”に接してやったらツケ上がりやがって)……なに、お主らの大切な儀というものについて、訊きたい事があっての」
「なんでございましょう?」

 深呼吸を一つ。信長は怒りを鎮め冷静さを取り戻すと、贄となる娘と池を指して云った。

「何故、お主らはかような娘子を池に捨てるのだ? 中々の上玉ではないか、勿体ない」
「なっ!? 捨てるなどとは、とんでも御座いません! この娘は龍神様への供物として捧げ、その身をもって村を災厄から守る要となるのです。断じて、そのようなことは仰らないでいただきたい!!」

 口調を荒げ、怒りを顕にしていることからも、どうやらここの村人は『龍神』とやらを本気で信じているらしい。まぁ、ここまでは計画通りだと、信長は『したり顔』で顎鬚を撫でながら意地の悪い笑みを浮かばせる。

「では問うがの。一体誰が、何時、それも女子を龍神に捧げなくてはいけないと決めたのだ? 村を護るために贄が必要なら、男も女も関係無しにお主がいけばよかろう。贄となって村を災厄から守れるのなら、お主も本望であろうて?」
「うぅ……」

 捲し立てるように問われ息詰まる農民。所詮はこんなものである。
 何かに対し妄信しているものは、大概 外部からの問いに応えることに窮する。これまで閉塞に「こうしなくてはならない」と盲目的に信仰していたが故に、いざ理論的な問いへの答えが用意されていないのだ。

 そして、こういった者たちが最期に取る手段もまた限られてくる。

「じゃ、じゃあ、『贄を捧げるな』というのか?! もしそれで龍神様の怒りを買って災厄が起こったら誰が責任をとるっていうんだ? アンタが取るのか!?」

 つまりはこれ“責任転嫁”。
 今まで信じてきたことが無意味に帰すことへの恐怖と、贄を捧げない場合に何が起こるのか解からない未知への恐怖。村人たちにとって龍人への生贄とは、しょうもない博徒の「験担ぎ」(ジンクス)と大して変わらない。

 ―――― 例を挙げるとしよう。博徒が験担ぎをして勝った場合、「験担ぎのお陰だ」と賞賛し、験担ぎをしないで勝ったら「儲けもの」。負けた場合は「験を担がなかったせいだ」と負けを験の所為にする。しかし、いざ験を担いで負けたとしても「まぁ、こんな日もあるか」と不思議と納得してしまう。要するに博徒にとって験とは、負けた場合の『心の逃げ道』である場合が多いのだ。

 故に彼らは、“験=龍神”と、村へ災厄が降りかかる恐れを誰かの所為にしないと不安で不安で仕方がなくなり、博打打が験を担ぐのと同じ感覚で娘子を池に放りこんできたに他ならない。

「それでは、この儂が直々に試してやろう。その『龍神の怒り』とやらをなぁ、ヒヒヒヒ」
「はぁ?」

 信長は袴の腰紐を解きその身に纏う着物を脱ぎ棄てフンドシ一丁となった。
 齢50近くとなっても余分な肉をつけていないその勇ましい肉体に、男どもは口をあんぐりと開け。女は掌で目を隠すが、隙間からバッチリ観察しながら「キャアキャア!」と喚いている。
 そして信長は、この盲目の村人たちの眼に再び光を取り戻させる為に、体を張った行動に出た。

「と――ッ!」

―――― ザブン!

「ぶはぁ!」

 『口で言っても解からないなら、身体で判らせろ』とでも云わんばかりに信長は、あろう事か件のおじゃが池へと飛び込み。池の水を全身に浴びて、手で隈なく身体を洗いはじめたのだ。
 汗と垢が水の中に溶け込み、初夏の日差しで火照った身体が程良く冷まされていくそう爽快感に信長は、さも気持ち良さそうに云う。

「お館様も如何ですか? この池の水は澄んでる上に、“ちべたくて”心地がよいですぞぅ!」
「遠慮しておくは、狒狒! わたしは城に帰ってから湯浴みする予定だからね」

 馬上から様子を見ていた信奈も流石にこれは予想外であり、豪快に笑い飛ばしながら信長に応える。この狒狒はいったい次になにをしでかすのか? と、興味津津に目を見張る。

「うぅむ、ついでに“せがれ”も洗っておくか」

 腰上まで水に浸かり、フンドシ取ると股間に手をあてがいワシャワシャと“ナニ”を丹念に洗いはじめる。そこでようやく、信長の行動にフリーズしていた村人が我に返り、怒声を発する。

「あ、あぁああ、アンタ! 何をしてくれる!! そんなことを仕出かして、龍神様の怒りをかってバチが当たっちまうぞ!」

―――― ピシャン!

「うぇっ?!」

 信長が投げつけたふんどしが、村人の顔面にクリーンヒット。水分をタップリと含んでいた為に甲高い音を奏でる。
 それを池から上がった信長は、村人の顔面に貼り付いていたふんどしを剥がすと、水けを絞ってから腰に巻いた。

「き、汚ったねぇな! 何てことしやがる!!」
「なんだ、怒ったか?」

 あたりまえだ! と吼える村人。百姓としての意地と男のプライドが、身分の差すらも越えて信長に喰って掛る。

「まぁ、当然だにゃあ。儂でもんなことされれば怒るわい、いや『人ならば』誰しも怒るだろうな……。だが、龍神とやらは怒ってはおらんぞ? お主以上に非道なことをしたというのに。ほれ! あの水面の如く穏やかなままじゃ」
「それは、今すぐという訳じゃ……」
「では何時、龍神の怒りが儂の身に降りかかる? 明日か、明後日か、それとも来年か?」

 信長に気圧されて徐々にたじろく村人たち。オーラ、覇気、呼び方は多々あるだろうが、信長の身体から発せられる『それ』は、和紙に墨をおとすかのように周囲の雰囲気を一変させる。

 今や村人は龍神よりも、目の前に立つフンドシ一丁の男を畏れていた。

「ええ加減にせぇよ、お前等。人間 生きていりゃあ、辛いことの一つや二つ有るもんだ。それを飢饉や不幸の度に、やれ『神の怒りの所為』だのと―――― それこそ、神に対する冒涜ぞ!」
「うぅ……」

 これでいい、もう王手だ。信長の目にはそう映った。村人たちの眼は神への盲目的なものではなく、『人間らしい』不安いっぱいの顔つきになっている。

「で、では、我らは一体どうすればよいのですか?! もうこの村じゃ、龍神様に縋るほか無いのです!!」

 この問いに、信長は詰みの一手を放つ。

「それこそ、簡単のことよ! 神に縋るのを止めて、人に縋れば良い!」

 信長は信奈を指して云う。

「ここにおわす織田信奈公は、今でこそ尾張の小国の大名に過ぎぬが、いずれは天下を治める御方! その御方が、なぜ直々にこんな辺鄙な村まで視察に訪れたと思うておる?」
「な、何故で御座いましょう?」
「お館様は、天下取りの手始めに今川を討つ。そして、三河、遠江、駿河を平定した暁には、ここいらの山を開拓し尾張とを結ぶ街道を設ける所存だ」
「おおっ!」

 徐々に村人たちの心の針が、こちらにと傾いてきているのが在り在りと視える。誰しもが、あやふやな存在の神よりも可能性のある『明るい未来』に心を奪われていた。

「だというのにお主らは、未来を担う若人を殺しておる! お館様はそれに嘆き、村のためを想ってここへと参ったのだ! ほれ頭が高いぞぅ、面を下げぃ!!」
「こ、こんな村の為に、尾張の大名様は御心を割いて下さったのですか……」

 ははぁ! と、ある者は涙し、ある者は感激に心を打ち震わせながら頭を垂れる。最早、村人たちの心の中に龍神は居ない。在るのは、織田信奈という『人』への忠誠心だった。

 本当のところ信奈は、馬鹿な村人に神はいないことを教えてやるつもり“だけ”だったが、贄を止めさせ更に忠誠を得たのだから、これはこれで悪い気はしない。
 それに、信奈は信長の人心掌握もしくは、話術とでも言うべき能力を高く評価しつつあった。仮に池の水をすべて汲み上げたところで、村人は龍神がいないということを理解しても“こう”は成らなかったであろう。

「よいな? もう贄なんぞに人足を欠くような真似はするでないぞ」
「滅相も御座いません! 織田信奈様のお優しい御心遣いを無下にするような真似は、今後一切いたしません!!」
「うむ、ではお館様! 我らもそろそろ暇……、むっ?」

 何かを見付けたのか。信長は再び踝(くるぶし)の辺りまでおじゃが池に入り、ジッと水面を眺める。

「ふんっ!」

―――― ザバァ!

 熊のように水に手刀を入れ、一匹の魚が陸に打ち上げられる。

「こ、こりゃあ……」
「『鯉』だな。これがお主らの崇めておった龍神の正体じゃろう。見よ、今の今まで池に投げ込まれてきた娘子たちを喰ろうて、まるまると太っておるわい」
「こ、こんなものの為に……」

 龍神の意外な正体を知り、愕然とする村人に信長は云う。

「後悔先に立たず。娘たちに悪いことをしたと思うなら、村のためになることを今一度 真剣に考えよ」

 それこそが、池に散っていった娘たちへの供養となろう。そう、言い残して信長たちはおじゃが池を後にしたのであった……。




[31193] 4
Name: 確変◆563cbb8b ID:c9b6435b
Date: 2012/02/22 15:34
 ようやく織田信奈の野望の2巻が手に入りました。1巻と較べて、作風がガラリと変わっていて驚きました。面白かったです。





「あぁ~……」

 珍しく信長は溜息をつく。
 おじゃが池での騒動から、一日を待たずして再び織田一行は移動を開始していた。先刻 云ったように、信奈は湯浴みを済ませると『いつもの』傾ぶいた服装をだらしなく着て、馬上でブラブラと揺られている。

 『正徳寺にて、然る人物との対談がある』

 これを信長が耳にした時、彼の胸中に不安が募った。
 信奈の格好が問題か? 否。これは自身も経験した事なので、信長には信奈がなにを仕出かそうとしているのかは、大体にして想像がつく。
 信奈が正徳寺の対談で妻(もしくは婿)を娶るかを決めるからか? これもまた否である。これは先程、勝家が教えてくれたので問題ない。今回の対談で信奈は二国間の同盟の証として、相手国の娘を妹として迎えるという(男の場合は妻となるらしい)。つまり、『帰蝶』は女だという事になる。まあ、例え男だとしても帰蝶ならイイ男に違いない。

 では、なにが信長を不安にさせるのか? それは、

「(蝮が『女』だったら……)」

 想像したくもなかった。


* * *


 『美濃の蝮』こと斎藤道三。この人物こそ、尾張と美濃の国境にある門前町は正徳寺にて信奈と対面する人物である。
 元々は僧侶で、油問屋の娘を娶ってからは油売りとなる。その後は、“なんやかんや”で(面倒なので省略)国盗り行い、パンピーながらも百戦錬磨の戦上手を発揮して美濃国主まで成り上がる。下剋上大名の中でもポピュラーな戦国大名と言えるだろう。無論、信長のいた世界での話ではあるが。

 さて、先程にもあるように、今回の対談如何で尾張と美濃の同盟が決まる。それは、尾張の未来を決めると云っても過言ではない。
 ハッキリと言うと現在の尾張は弱小もいいとこ。東を今川、北と西を斎藤に囲まれているとあっては、一方に戦を嗾(けしか)けたとしても、もう一方が空同然の尾張に攻め込んでくる可能性が高い。かといって、モタモタしていたら諸国は勢力を蓄えて“あっちゅう間に”尾張を攻め滅ぼすだろう。

 故に今回の同盟の対談である。
 この時代、いくら「攻めてこないでね~」と、口約束したところで、何のアテにもならない。約束を反故にして攻め滅ぼしてしまえば、それで約束なんぞ無かったようなものだ。
 だからこそ同盟の証として、相手国の姫なり孫娘なりをこちらの親戚筋に加えてしまえば、さすがの列強の同盟国も手を出しにくくなる。要するに、

『おめぇんとこの娘は、うちで預ってんだから。おめぇ攻めてくんなよ?』

 とまあ、この時代の同盟の証なんてものは、脅しを含めた体の良い『人質』に他ならないのだ。しかし、今回の相手は道三ともなれば、対談とはいえオチオチと気を許すことは出来ない。なにせ道三は虎視眈々と美濃を狙い、その毒で前国主を追放せしめた。その名の通り『蝮』に他ならないのだから……。


* * *


「ふぁあ……」

 正徳寺の本堂。そこには大欠伸をしながら退屈そうにパラパラと扇子を弄る“男”斉藤道三が居た。道三は軽い着流しで然もダルそうにしている辺り、凡そこの重大な会見に対し明らかにノリ気じゃない様子。

「(同盟やめようかな~。どうせ織田のウツケ姫だろう、ここでヌッ殺しちゃおっか? でも殺すまでもないかな~)」

 と、道三は自身の心中を隠そうともせずに面倒臭そうにしている。
 この道三の態度、普通の家臣であれば“怒り”なり“呆れ”なりを抱くであろうが、こと信長に至っては、心配が杞憂となり「よかった~」と、ホッと胸をなでおろしていた。

「……私語禁止」
「ん? おお、すまんすまん」

 信長の隣に立つ、小柄な少女、「前田 犬千代」がピシャリと釘を刺す。
 前田の姓で犬とくれば、この娘は「利家」なのだろう。だが、信長は勝家のときほど別段 驚きもしなかった。というよりも、蝮が男だった方の安心感が驚きを勝っていたのだ。

「信奈どの、遅いのう」

 道三がそう呟くと、一瞬 信長と目線が合った。確かに正徳寺に着き、信長と犬千代にこの本堂が丸見えの庭にいるよう、信奈に言い渡されてからというもの既に半刻は経っていた。

「(『俺ん時』は、もちっと早かったがのう。やはり、女子の身支度というのは時間がかかっていかんの~)」

 ふぅヤレヤレ、どっこいしょ。と、信長は地面に直接 腰を下ろして、信奈に持っておくようにと言われた草履を取り出す。

 ―――― その昔、サルに草履持ちをやらせていた時のことである。
 冬のある冷えた晩、信長が庭に出ようと草履を履くと、草履が妙に温かい。信長はサルに「てめ~、俺の草履ケツに敷いて寝てやがったな?」と、問い詰めたところ、サルは「お館様の御足が御冷えになるぬよう、懐にて温めておりました!」と言った。この事から信長は「うはっ、なんだこいつ面白ぇな」と、サルに対する評価が上がり始めたのだ。

 しかし、サル真似をするだけでは芸が無い。信長は信奈の草履と太めの針、鞣革を懐から取り出し、チクチクと内職を始める。

「なに、してるの?」
「ん~、“魔改造”」

 小首を傾げて尋ねる犬千代に、信長は手元を見たまま応える。途中、「おまえも立ったままで疲れたろ?」と、犬千代に干し柿を与えてみたところ、

「……食べる」

 表情こそ無表情だが、目をキラキラとさせ。干し柿を小さな口で「ハムハム」と食べるその姿は実に可愛らしく、干し柿以外にも色々な食べ物を餌付けしたくなるような衝動に駆られる。

 そんな折であった。

―――― スパン!

「美濃の蝮、待たせたわね!」

 襖を開け放ち、突如 本堂に現れた信奈。その姿に道三はお茶を噴き、信長すらも「ほほぅ」と唸らせる。

 信奈は艶やかな京友禅を見事に着こなし、下ろされた栗色がかった長髪は、風に靡いてハラハラと煌めきを放つ。縁側に控える家臣団といわず庭に構える兵子たちも釘付けにするその雅な姿は、まさに尾張の姫君にして大名、織田家君主の姿であった。

「わたしが織田上総介信奈よ。幼名は『吉』だけど、あんたに吉と呼ばれたくないわね。美濃の蝮!」

 驚愕している道三を余所に、信奈は優雅な足取で本堂に入り席に着く。
 『馬子にも衣装』とはよく云うが、ここまで来ると馬子(馬の世話する下働きの人)が、数段飛ばしで本物の王様に成ってしまうようなものである。

「あ、う、うむ。ワシが斎藤道三じゃ……」

 この事態にもっとも焦りを見せる道三。これぞ、ギャップ効果の成せる技とでも云うべきか、普段の信奈の「うつけ姫」や「傾者」と称される悪評、風体とは真逆の完璧な礼儀作法と正装は、道三の先程までの余裕を打ち消していた。

「デアルカ。早速、本題に入るけど……、蝮! 今のわたしには力が必要なの。このわたしに妹をくれるわね?」

 それを聞いた途端、ピクリ! と、蝮の体が強張る。信奈の正装での登場から、着流しでこの場にいるのを恥入て様子とは一変。照れ隠しで顔を隠していた扇子が降ろされ、その双眸がヌルリと信奈を射抜く。

「(お、持ち直したか)」
「いや、いやいや……、“尾張のうつけ姫”よ。ワシはそなたが同盟に値する者か確かめねばならん」
「ふん! 何を確かめるというの?」

 腹芸の幕の往く先を庭の兵子も固唾を飲んで見守る中、唯一信長だけは「彼奴なら上手くやるだろう」と、ひとり内職に熱中していた。

「まず、そなたの力量、いくつか疑問に思うところがあるのでな。『尾張一国まとめられぬ、うつけ姫』という評判を聞いておるのでのう」

 蝮のいう通り、尾張の国土面積は小さい。そりゃあ、もうビックリするほどに小さいのだ。どれ位、小さいかというと『下から数えた方が断然早い』ぐらいに。その小っちぇ国ひとつ纏められない国主となれば、蝮の云うことも尤もな話である。

「あんた程の器なら、わたしの実力のほどは一目見れば判る筈よ」
「ワシはな、武将を見た目だけでは判断せぬのよ。ワシ自身、今でこそ禿げた爺だが、若い頃は美少年じゃった……。己の容貌を利用し主筋に取り入ったが、その頃からワシの心の内は毒蝮そのものよ」

 信奈の煽りにも揺るがず、道三は淡々と語る。

「あら、そうなの? 今の狒狒ジジイとは想像もつかないわね。うちの狒狒といい勝負よ」
「歳を取るとな、内面が外面にまで滲み出てくるものよな」

 じゃがな、と、そこで一旦流れを区切る道三。
 新たに淹れた茶を一杯飲み干して、ツイと庭を眺めてから口を開いた。

「じゃがな、お主の云う通り、歳を取ると一目でその者が“どの程度の人物か”、成程 判別がつくようになる。さっきも言ったように、ワシはそんなものはアテにはせん。じゃが、外れるということも滅多に無いわい……。年の功と云うべきかの?」

 そして、道三の次の一言で、この対談は信じられないような展開を迎えることとなる。

「―――― 例えば、そこの庭におる『隻眼の男』……。あの者の力量、下手をすればうつけ姫よ、そなたを喰ろうてしまうやもしれんぞ?」
「なんですって?!」
「調度良い! そこの者、ちとこちらに参られよ!」
「ちょ、ちょっと、待ちなさい蝮!」

 今度は信奈が焦る番となった。
 侍大将にすらなっていないものを、同盟の対談の場に加えるという異例の事態。そして、信奈が評価を高めつつあるとはいえ、狒狒はほやほやの新参者である。そんな者がよもや自分の力量を凌いでいるかもしれないという発言は、信奈に二重の焦りを与え狼狽させる。

 煽ったのは信奈の方である。ここで狒狒をこの場に呼ばなければ、「あんた程の器なら」という前言の意を無に帰す上に、道三の「狒狒より劣る」という発言を認めることになってしまう。

「ん? どうされた信奈殿?」
「……くっ!?」

 道三は勝ち誇ったようにニヤついた笑みを浮かばせ、信奈は苦虫を噛み潰す。
 ここから話題を変えての軌道修正は不可能。まさに、吐いた言葉は飲み込めない。道三にとって狒狒の力量などは“どうでもいい”に違いなく、要は話の主導権を握るための搦め手。信奈はそれにまんまと掛り、全身を蝮のとぐろで縛り上げられたのだ。

 そして、件の中心に置かれてしまった、当の信長はと云うと、

「え? なに、儂、御指名されてる?」

 内職の手を止め、状況を全く把握していない様子。
 キョトキョトと辺りを見回せば、『そう、あんただよ。さっさと行けよ』と、庭の織田兵、斎藤兵共に信長に目配せを送ってくる。

「……信奈様が呼んでる」
「わ~ったよ。んじゃ犬千代、“これ”を持っておれ」
「……何、これ?」
「魔改造した草履」

 尻に着いた土埃を叩き落とし。信長は本堂へと上がると、信奈の真隣に胡坐で腰を落として道三と対面する。

「(久しいのう、義父殿……。それじゃあ、久しぶりの親子の会話と洒落こもうかのう?)」

 時代を超え、世界を超えての義父と義息子による異例の対面が、今まさに其の幕が斬って落とされようとしていた ――――。




蝮酒って、あれ美味しいんですかね? 一度呑んでみたいですけど、かなりキツそうなイメージで……。てか、普通の酒屋じゃ売ってないんですよね。



[31193] 5
Name: 確変◆563cbb8b ID:c9b6435b
Date: 2012/02/22 15:07
 思いの外、難産でした。同じ場所に、同じ人物を書き続けるのは難しいですね。何度か途中書きなおしたりしたのですが、皆様のお眼鏡に適っていれば幸いです。





「して、その方が先程、云っておった?」
「ええ、こいつが狒狒よ、名はノブ。残念だけど、今日雇い入れたばかりで氏素姓は不明よ」
「何と?! 織田は、そのような者まで受け入れるのか?」
「あら、有能“そう”なら、わたしは何だって使うわ。今時、血筋だの家柄だのに拘(こだわ)っていたら、この乱世では生きていけないし」

 そこまで聞いて、道三は「ふぅむ」と、顎をつるりと撫でながら、改めて信奈の隣に座る男を見やる。
 主君に紹介を受けたにもかかわらず、この隻眼の男『ノブ』は、頭一つ下げようともしない。あまつさえ配下に加わったばかりの者が、なんの躊躇いもなしに主の真隣に胡坐をかいている。
 確かに、道三も「近う寄れ」とは言ったが、何もここまで近くに寄れとは言っていない。普通なら、縁側の傍までで自重する者である。

 主も主で、こんなドコの馬の骨とも知れぬ者を雇い入れ、自身の隣に座ることに何の異も唱えない“うつけ”ときた。

「(ワシの視込み違いじゃったかのう……?)」

 天才と“なんとか”は、紙一重。
 やはり眼だけで、人を推し量るというのはアテにならない。織田の姫もこの男も所詮は後者だろう。いくら歳を重ねたところで人の審美眼というものは“勘”の域を脱することなど出来ないのだ、と道三は改めてそう感じた。

 だが、うつけも使いようである。聞けばこの男は織田家の新参者。上手く吹っかれば織田の姫に赤っ恥をかかせるやも知れぬ、それに無礼を口実にこの同盟を御破算にすることも可能である。
 結局、力量 云々についても『うつけの力量』での図り損ないだろうと、道三は双方ともうつけと決め込んで、会話を切りだした。

「ノブと申したな。そち、何故、主君に紹介を受けて頭も下げずにおるのだ。無礼とは思わんのかね?」

 勝者の笑みを崩さずに尋ねてくる道三に対し、信長は然も当たり前のように応える。

「お館様の命とあらば、そうしようぞ。必要とあらばこんな頭の一つや二つ、俺ぁ幾らでも下げる。……だがな、美濃の蝮。俺はお主のような『無礼者』に下げる頭は持ち合わせてはおらなんだ」

「……は?」

 無礼千万もここまでくれば、却って清々しさを覚えるまでに太太(ふてぶて)しく。信長の予期せぬ返答に思考が固まり、ポトリと道三の手から扇子が抜け落ちた。
 「何を云うか、無礼者はお主の方であろう」と、道三は云いたいところだが、驚きのあまりか声が詰まり言葉が出ない。
 信長は更に拍車をかけるように云う。

「お解りにならぬか? お館様はこの場に正装を身につけて、同盟の会談に参じている。だが道三、お主は『隣の八っつぁん』の家に茶でも貰いに行くような軽い着流しときた。これを無礼とせずに何と捉える!?」

 腰になにやら、ワケの判らないものをジャラジャラと身に付け。着物には袖を通さずに垂らしたまま襦袢のみを着込み、腰下には裾がボロボロの黒い袴。月代(さかやき)も剃らなければ、髷も結っていない。そんな男が信奈ですら「無言の威圧」で止めた、道三の服装への指摘に庭の兵子は恐恐、信奈も唖然とし。道三は、絞り出すように驚きと怒りの入り混じった声で云う。

「じゃ、じゃがお主とて、その格好は」
「無礼だ、とでも? 同盟という重要な対談の場に、突如儂のような『草履持ち』程度の者を呼んだのは、他ならぬお主では御座らんか?」

 それに“理さえ適えば”どんな奇天烈な格好も織田家では許される。と信長は付け加えた。
 まるで虚構の塊のような男。この男の口から吐き出される言葉の端々に掛れば、虚が真となり真もまた虚に感じられ、その言を聴く者の判断を鈍らせる。

「う、うぅむ……。で、“理”とは?」
「理とは“利”でもある。その事は我が主君が常日頃から実証済みである故」
「ふむん……、確かに織田の姫はうつけ姿で町をうろついておるというが、そこにどんな利が在るというのだ?」
「ハン、堅苦しいだけの正装なんてもんは、所詮はただの御飾りよ。特に女子の着物なんぞは、いざって時に刀も満足に振れない足枷に他ならん」
「されば、下人のような茶筅髷にも利があると?」

「うむ。これより織田家は、天下盗りを行う。その筆頭であるお館様ともなれば、一日一刻でも時が惜しい程に、忙しいのは必定。故に、一々髷なんぞ結っておられる暇は無いのだ」

 道三が徐々に戸惑いを見せている中、信奈は驚いていた。
 今の今まで、全く周囲に認められず、奇異の眼で見られてきた自分の行動の根本を、こうもポンポン言い当てるのだから驚きも当然である。まるで頭の中を覗き見られているような不気味さも感じる半面、初めて誰かから認められた嬉しさから、信奈の頬が軽く微笑む。

「天下か……、大きく出たものじゃの」
「これはこれは、異な事を。『天下を狙って』美濃を奪い盗った蝮がなにを言う?」
「な、何故、ワシが天下を狙ろうておると、云い切れる?!」

 ニィィイ、と信長の得意満面の笑みがこぼれる。こうまで人を虚仮にする笑みは、中々に出来るものではない。有る意味、この『笑み』は信長の才能といっても過言ではない。その証拠に信長の笑みを向けられた道三も表情こそ崩さないものの、硬く握りしめられた扇子からミシリと音が立っている。それ程までに信長の『笑顔』は人を不快にさせるのだ。

「んな事ぁ、地図を広げりゃあ一目瞭然よ。美濃ってのは、日ノ本の中心。周囲を丸っと敵に囲まれた一見不利な地に見えるが、その実、険しい山々が連なる天然の要害となれば、護りに適した地とも云える。そこで、勢力を蓄えれば一気に京まで上洛できるって腹積りであったのだろう、蝮よ?」

 家臣にも話したことのない、道三の天下盗りの筋書き。それを正確に言い当てられ、「只のうつけではない」、と道三の信長に対する評価は変わっていた。
 度を超えた怒りが却って、道三の冷静さを呼び戻す。鼻から思い切り肺臓まで空気を吸い込み、口から吐き出す……。道三はこれでも僧侶の出でもある。雑念を捨て去り、明鏡な思考でもってして、目の前に居座る男の虚構の壁を打ち破り、その内側を覗こうとする。

「(口先三寸だけの男という訳でもなさそうじゃの)」

 角度を変えれば、見えてくるものもまた変わる。口ばかりが達者な者は幾度となく眼にしてきた。だが、今の道三の目には、今までまみえた事のない信長の内に秘めたる“何か”が見え始めていた……。

「(ぬぅっ?!)」

 ゾワリと肌が粟をうつ。
 自身の内に在る“毒”すらも凌駕せんとする、どろどろと信長が放つ底なし沼のような“それ”に、思わず引き込まれそうになる錯覚を覚え、道三は他に気付かれぬように尻込みする。

「(藪を突いて、蛇ならぬ鵺が出よったかッ?!)」

 最早、この男は老骨である自身の手にすら余る存在だと感じ取ると、道三は居住まいを正すとともに、この対談に本腰を入れる。

「織田信奈殿。非礼な振舞を謝罪させていただきたい。…………すまなかった」

 下衆な茶化しや詮索などは捨てて、道三は頭を下げる。しかし、態度が一変したのは、何も道三だけではない。

「先の無礼千万の数々、真に申し訳御座いませぬ。しかしながら、美濃国国主殿を“この場に参じて頂く”為となれば、致し方なく。…………斉藤道三殿、此度の対談への御足労、恐悦至極に存じまする」

 道三が視線を戻すと、信長もまた同じように深々と頭を垂れており、畏まった口調で互いに非礼を詫びることで、この同盟の場を仕切りなおしたのだ。
 道三は眼を見開く。道三の態度から心意を汲み取ったかのようなその立ち振る舞いと、先の先まで読み切った思考は、道三を驚嘆させた。

「(成程のぅ、これは完敗じゃわい……)」

 ―――― つまりはこの男の掌の上で踊らされていたという事。道三に同盟に対し真摯に取り組んでもらうための無礼者を装った猿芝居。その為だけに、手討ちを覚悟で即興を演じて織田の姫をたてるばかりか、道三を同盟の席へと無理矢理座らせたのだ。
 老齢に差し掛かり、戦場で刀を振るう膂力も失せた道三。唯一残っていた策を張り巡らせる智謀と腹芸すら織田の新参者に『してやられた』。だが、不思議と敗北感や卑屈な気分は沸いてこず、寧ろ清々しい程であった。

 ―――― パン!

 小気味の良い音が響き渡る。道三が膝を叩いた音で、その表情にはスッキリと、それでいて安堵したかのような朗らかな笑みが浮かんでいる。まるで憑物でも落ちたかのように道三は張りのある声で宣下する。

「決めたぞ! ワシは美濃を信奈殿に譲り、―――― 隠居する!!」

 同盟から一転。まさかの美濃国譲渡と、隠居の宣言に周囲はざわめきを立てるが、道三は一点の迷いすら見せてはいない。この事からも、道三の本気具合が推し量れる。

「いいの、蝮? まぁ今更、返せたってもう遅いけど」
「ぬふふふ……、男に二言は無い。ワシの義息子のような六尺三寸のようなブ男に、美濃を譲るより“信奈ちゃん”みたいに可愛ゆい愛娘に譲るわい」

 美濃国主ではなく、ひとりの親バカな爺となった斎藤道三は云う。

「ノブ殿」
「……は」
「そう、畏まらんでもよい。そちとワシは、歳もそんなに変わらんじゃろうて?」

 それを聞き、いつの間にか部屋の隅で控えていた信長は、「それもそうだな」と云って、態度を改める。

「何用かな、道三殿?」
「うむ……、ワシはこの通り年老いた爺故、天下盗りの野望を愛娘に託す。だが、そこには幾多の壁が待ち構えておろう。何卒、何卒……我が娘を支えてやってくれまいか」

 お頼み申す。と、道三は頭を下げて懇願する。

「元より俺ぁ、お館様の天下盗りにこの身を捧げておる。なぁに、心配せずとも直ぐに天下を盗って、お主に『世界』を見せてやる。茶ぁでも啜りながらゆるりと待っておれ」
「『世界』、か。それは、楽しみじゃ……。じゃが、最後に一つだけ聴かせてはくれぬか?」

 ―――― お主自身が天下を治める気はないのかね?

「(狒狒ほどの才があれば、他に幾らでも仕官することが出来た。いや、それどころか一刻を治めるくらいは容易な筈……なのに、何故ここを選んだというの?)」

 この問いに信奈は戦慄する。今回の同盟の場で、『ノブより劣るかも知れない』と道三に突きつけられた時から気に掛っていた事だけに信長の返答、『何故、織田信奈に仕えるのか?』という問いの答えを、信奈は固唾を飲んで待つ。

「そうだのう、強いて言うなれば……」

 ポン、

 と、信奈の頭に信長の手が置かれた。ゴツゴツと硬く大きい、それでいて温かい掌の感触。信奈はその手を払わず、下から覗き込むように信長の顔を窺う。

「織田信奈という者の行く末に『公案』の本当の答えがあると儂は考えておる。儂はそれが見たくて見たくて、仕方がないのよ」

 信長らしくもない、凝った言い回し。
 仏教徒が悟りに至る為に用いられる公案。それには、千差万別の解釈はあれど、真に答えなどは無いとされている。だが、信長は別に仏教に傾倒している訳ではない、あくまでものの喩(たと)えで用いていた。
 信奈も仏教に対してあまり興味は無いので信長の返答を理解し難かったが、元僧侶の道三は、唯一人だけ信長の言葉に満足したかのように微笑んでいた。

「うむ、あい解かった。信奈ちゃんよ、ノブ殿は腹の中に一物も二持つも抱えておるように見えるが、そなたを大いに助けてくれるに違いない…………ワシが保障しよう」


* * *


 その後、道三は「譲り状をしたためる」と言って、正徳寺を飛び出し美濃へと帰った。信奈も清州城へ帰ろうと正徳寺の一室で“普段着”に着替える。その間中も、信奈の脳裏には先程の遣り取りが離れず、不機嫌というよりは、悶々と考え込む様子である。

「(狒狒がわたしの天下盗りを助けてくれる……か)」

 義父となった道三の言葉とはいえ、俄(にわ)かに信じ難い。どちらかと言えば、あの男、狒狒の巧妙に張り巡らされた罠で、寝首を掻かれそうな気がする。


 腰紐に使っている荒縄をいつもより、少々キツ目に巻き付けて太刀を射し込み、着替えを終えて部屋を出ると庭先に続く縁側に立った。

「狒狒、わたしの草履は?」
「は! こちらに」

 ―――― スス、

 縁側の踏み石に置かれる草鞋……ではない、全く別の何か。革袋のような物体がそこにある。

「狒狒、わたしは草鞋を出せと言ったのだけれど……これは、一体何?」
「うむ、儂が先程、魔改造して造った、『靴』だ!」

 そこの部分に草鞋を用い、その周りを覆うように鞣革があてがわれている。靴紐の代用として、草鞋の鼻緒が簡単に編み込まれている。有体に言えば靴と呼べなくもない代物である。

「き、きき、貴様ぁっ! 信奈様の草鞋を何だと心得ている?!」

 これに激昂する柴田勝家こと六(またの名を『オッパ家』)が、信長に斬り捨てんばかりに喰って掛る。

「なんだ、オッパ家。靴を知らんのか? こいつぁ、使えるぞ! 何たって、雨の日にも足袋は濡れんし、走りやすい。見ろ、儂と『お揃』じゃ!!」

 見れば、信長も紐なしの革靴を履いている。

「こんなこと仕出かして、許されると思っているのか?! もう我慢の限界だ、信奈様! お下知を、この不届き者を勝家が成敗してみせます!」
「んだとコラ、オッパ家! 斬られる前に、俺がおめぇの乳を“直に”揉みしだいてやんぞ!」
「ひ、ひぃぃいっ! や、やめろぉ、そんなことされたら、本当にお嫁にいけなくなる!」

 ギャーギャーと騒がしく信長と勝家が言い争う中。信奈は試しに、信長お手製の靴に足を通してみると、驚くほどに寸法があっている。靴底に元々履いていた草鞋を使ってはいるが、信奈の足を包む鞣革もピッタリとしている。

 丁寧に作られている証拠だろう。信長の手を見れば、慣れない作業の所為か手の所々に傷を負っている。

「ぷっ! ―――― アッハッハッハ!!」
「どうされました、信奈様?!」
「見ろ、オッパ家! お館様も喜んで笑ってるじゃねぇか」
「それは、絶ッ対に違う!!」

「あ~、笑ったわ。なんだか、ひとりで考え込んでるのが、馬鹿みたいになっちゃった」

 目尻に溜まった笑い涙を拭い、信長の造った靴を履いて庭に出て馬に跨る。


 起こり得るかどうか、解からない事を考えていても仕方がない。そんな事をする奴は、おじゃが池の龍神を信じていた者たちと同じではないか。
 信奈は、神は信じないが、人を信じることは出来る。ならば、信じてみよう、道三の言葉も、狒狒のことも。もし、それで裏切られるようであれば、信奈自身が『それまで』の人間であっただけのことだ。信奈は「それじゃあ、帰るわよ」と告げて、胴を蹴り、馬を清州城へと進ませた。

「…………姫さまがあんな風に笑う顔、久しぶりにみた」

 置いてきぼりを喰う、信長と勝家。そんな中でひとり蚊帳の外だった犬千代が、ポツリと呟いたのだった……。




 古い言葉遣いってムズイですねぇ。大河ドラマなどで仕入れた中途半端な知識なので、もし間違いがあったら御指摘など、お願いいたします。



[31193] 6
Name: 確変◆563cbb8b ID:a67b6a9e
Date: 2012/07/09 01:18
 遅れて投稿誠に申し訳ございません! (土下座)。
いや、ホント色々ありまして……。PCぶっ壊れたり、パチスロで知ったto heart2に今更ハマッてさーりゃんや委員ちょにうつつを抜かしたりと。あっちへフラフラこっちフラフラしている内に気がつけば織田信奈の野望のアニメ放送日になってしまいました。
 そしてそれでも、待ってくれている人がいると知りこの度一念発起で急いで書き上げました。

 もう一度謝罪させていただきます。遅れてしまい誠に申し訳ございませんでした!




「フハハハハッ! 呑めい呑めい!! 」

 隻眼の男が盃を振り回し。

「モクモクモクモク…………」

 少女は淡々と料理を頬張り。

「おお! これは何という料理ですか?! とっても美味しいですぞ!」

 幼女が舌鼓を打てば。

「はて、これは何の宴だったかの?」

 枯れきった好々爺が一人ボケていた。

 場所は清州城の城下町。下級武士たちの集う、ある長屋では今宵、盛大なドンチャン騒ぎ。もちろん主催はあの男、果てさてここに至るまでの経緯を知るには、信奈達が蝮との会談を終えて清州城下へと戻ってきた辺りへと時間を戻す必要があった。


* * *


「着いた。ここがノブの住む家」
「…………で、あるか」

 織田家小姓の犬千代に連れられた先にある一軒の長屋(現在で言うところのアパート)に、信長は何とも微妙な表情を浮かべる。
 雑然とした碌に生垣もない長屋。試しに中に入ると床はギシギシと盛大な狂演を奏でる上に建てつけが悪いのか雨戸を閉めるのにも一苦労するほどに貧乏くさいものであった。名を「うこぎ長屋」という。

「(そうかぁ、“この頃”の儂に仕えていた下級武士たちって、こんな処に住まわされていたのか。…………もちっと、マシなもんにしてやるべきだったかの?)」

 異なる世とはいえ『織田は織田』。まるでかつての悪い点を改めて教えられているような自身の現状が、先の微妙な心境を産む原因。
 そこへ犬千代が「文句あんのか?」とでも云わんばかりに、ねめつけながら押し黙っている信長に訊いた。信長の長屋を見詰める表情が、長屋に不満を持っているように見えたらしい。

「……信奈さまが与えて下さったお家に不満?」
「いんや、雨風を凌げるのなら文句はにゃあて」

 これは信長の嘘偽りの無い本心だった。
 国主の嫡子として生まれ、紆余曲折を得ながらも“一応”は成功の道を歩んできた信長であったが、こと衣食住の住に関してはそれほど強く固執していたわけでもない。確かに、南蛮人を驚かせるほどのデカイ城を造り自室も南蛮風にこさえたが、それは民への象徴と敵から自分の命を守るためのものであり、南蛮風の部屋も趣味の延長にすぎない。

 信長も餓鬼の時分には、近隣の悪タレどもを率いて山で寝泊まりしたこともあるのだから、寧ろこのうこぎ長屋には懐かしさのようなものも感じられた。

「は~、どっこらしょっと!」

 どさりと、もう何年も張り替えていないような畳の上に横になって、開け放たれた障子の方向に足を向ければ、埃とカビのような臭いが入り混じったものを感じられる。そして薄暗く湿っぽい長屋の障子の向こう側、貫くような青空を望めば一羽の鳶がゆるゆると旋回を繰り返していた。

「ふぅ」

 悪くない気分だった。天下統一を夢見て傍若無人の限りを尽くし刃向う者は皆殺しと、かつての世界で周囲に敵ばかりをつくってきた信長にとって、枕を高くして眠れる日々はそうそう無く。今の何者でもないノブとして、こうやって誰にも命をつけ狙われることなく安然と横になれるのは、何とも心地が好かった。



「ん? ―――― むぅ、眠うてしまったか」

 ほんの一瞬 瞼を閉じただけのような気がしたが、目を開けば障子の向こう側の青も朱へと変わっている。気付かぬ内に長いこと眠っていたのが窺えた。

「……起きた?」
「おう。このペランペランの座布団、お前が敷いてくれたのか?」

 頭の下に敷かれていた座布団を指しながら云うと、犬千代はコクリと頷く。無愛想な様相とは反対に、案外 甲斐甲斐しい性格なのかもしれないと信長は思った。……犬だけに。

「イヤハヤ忝(かたじけな)い。お陰で、首が痛くて痛くて仕方が無いぞぅ? フハハハ!」
「人の気遣いを無下にするのは良くない。ノブは嫌な奴」
「若い内から冗談を真に受けていると、“大きく”なれんぞ?」
「…………胸なんてただの飾り」

 別段、胸のことについて云ったつもりは毛頭なかったが、冗談を云った時よりも眉間にしわを寄せて、ムッとさせて顔を背ける犬千代。どうやら自分の小さな胸に対しコンプレックスを感じているらしい。…………需要あるのに、勿体ない。

「いやいやいや! 勝家のことを考えてみろ? あいつは一見 堅物だが、其の実 猪武者が本当の処だ。あいつのように小さなことに囚われず生きておれば、心もオッパイも大きく豊かになるに違いない。
 だから犬千代も無表情だけじゃのうて、偶には思いっ切り笑ってみろ! そうすりゃあ、オッパイも『たゆんたゆん』に成るだろう」

 それに、笑った顔の方が断然、儂は似合っておると思うぞ? と、付け加えてニカリと笑ってみせながら云った。

「…………タユンタユン」
「おう、タユンタユンだ」

 両手を胸に置き「じい」と、自分の胸に視線を送る犬千代。多分、いまの彼女の脳内では、将来の栄えある自分のオッパイの未来予想図が生まれているのだろう。

「ま、それも冗談なのだが」
「…………ガックシ」

 しかし、そんな乙女の夢すら粉々に粉砕する信長。
 胸に置かれた手は宙ブラリンとなり、がっくりと肩を落としうな垂れながら犬千代は、半分だけ顔を信長に向けて「やっぱり嫌な奴だ」と、睨みつけて言う。

「だが、笑顔の方が似合っているというのは本当だぞぅ?」
「………… ノブは“変な奴”だ」

 それすら冗談に聴こえるが、悪い気はしない犬千代であった。



* * *



「浅野さまのところへ挨拶に行く」
「浅野……長屋の長か?」

 言いながら信長は思い出す。浅野といばサルの嫁となる「ねね」の養家である。後に、浅野家は秀吉の親類となったことで広島藩浅野家となるが、本能寺で没した事になっている信長は、当然そんな事は知らず只ねねがいるということぐらいしか覚えていない。

「んじゃ、行くとするか? それと飯はどうする?」
「帰ってから支度する…………うこぎの葉っぱの吸い物は、直ぐにできる」

 うこぎ長屋の名のとおり、ここの長屋の生垣はうこぎでできている。食用のうこぎは、満足に食べていくことのできない下級武士たちの貴重な食料とされ、根っこは煎じれば薬ともなる。そのため、生垣のうこぎは所々の葉が毟られており、生垣としての役割は最低限のものであった。

「吸い物か、俺ぁ、味噌和えの方が好きなんだがな」
「文句言わない。ノブも信奈様に御奉公すれば御給金が貰える。そうすれば、お米もお味噌も買える、だから頑張る」


 犬千代を先頭に歩き出す。夕暮れ時の長屋の前を歩くと所々から夕餉の香りが漂い、小さな家屋から家族の団欒が微かに届いてくる。
 『世界は違えど家族というものは何処も同じ』。そう信長は感じながら、ふと見上げた先に在る夕焼けもそこに浮かぶ箒で引っ掻いたような筋雲も、前の世界で観た光景と何一つ変わっていなかった。温かく、唯そこに在るがままに悠然と空を漂っていた。

「着いた」
「ここか……」

 長屋の長の住まいといっても他と大して変わらず、柱に適当な板をくっつけた様な佇まいがポツンと信長たちの前に建っている。唯一違う点を挙げるとするならば、雨戸が多少真新しいということぐらいだろう。やはり年寄りに冷えは大敵らしい。

 「御免」と犬千代が声をかけてから戸を開くと、部屋の真ん中に在る囲炉裏にあたっている老人がチョコンと座っていた。

「おうおう、信奈さま。すっかり大きくなられたのぉ」
「……違う。犬千代」
「おうおう、犬千代じゃったか。この前までめんこい柴犬じゃったのに、すっかり人間に化けてしもたのぉ」
「……元から人間」

 枯れきった感じの好々爺の大ボケに冷静に訂正する犬千代。その様子を見て信長はおもわず犬千代に耳打ちで尋ねる。

「(……おい、この爺さんが本当に長屋の長か? 大分、モウロクしちまってんぞ)」
「(大丈夫、こうみえても浅野さまは、長屋の管理はきちんとしてる)」
「ところで犬千代や? そちらの御仁は誰かの」

 一見すると、とても長屋を管理できるような感じではないが、住まいを借りる身として信長は挨拶する。

「御初お目にかかる浅野殿。それがし織田家新参者のノブに御座る。信奈様のご配慮により本日よりここの長屋の一室を借りうけることとあいなった。よろしくお頼み申す」

「あ~、そんな畏まらんでもええ。それより、空いとった部屋は犬千代の隣じゃったかの? あそこの部屋は長いこと誰も使っておらなんだ。一度、畳をお天道様にあてんと、シラミが湧いとるかもしれんぞ」
「うわっ、マジか?!」

 それを聴いてか、隣に座っていた犬千代がススっと信長から距離を開ける。どうやら、この好々爺が長屋の管理はきちんとしているというのは、確からしい。

「あ~、今ン所は大丈夫だな、特に痒くもない。おい犬千代、明日畳干すから今晩泊めてくれ。シラミがいちゃあオチオチ寝てられん。」
「……駄目、貞操の危機」
「あん? 心配せんでもええわい。おまえみたいなチンチクリンに手を出すほど餓えては……」

 ギュウと言葉の途中で信長の腿のあたりを思い切り犬千代に抓られる。

「痛テテ、わぁったよ! なら、旨いもの奢ってやっから、それでひとつ手を打ってはくれんか?」
「美味しいもの―――― 、一晩だけならいい」
「決断、早えな!?」

 彼女の心の天秤があっさりとこちらに倒れ込んだのに驚かされたが、シラミからの危機を何とか脱することが出来た信長。そうと決まれば話は早いとばかりに立ち上がる。

「んじゃ、ちょっくら行ってくる。犬千代、おまえはここで待っておれ」
「……お金、大丈夫?」

 「心配せんでもええ」。それだけ言い残して、信長は足早に外へと駆け出していった。



「戻ったぞぅっと、ととと!」

 味も色も薄く、湯に近い茶を啜りながら犬千代が浅野と囲炉裏を囲んでいると、外へと出ていた信長が半刻もしない内に足で戸を開けて戻ってきた。その両の腕には抱えきれないほどの荷物と背には大樽を背負っていたためバランスを崩しかける程の量であった。
 包みを広げれば、肉や魚、山菜などの色とりどりの食べ物に加え、果ては甘味や果実など実に様々な料理が並べられた。そして極めつけには、背の大樽の中身も中々に上物の酒とあっては、犬千代も疑いの眼差しを向けて訊いてしまう。

「盗んだ?」
「馬鹿を云え。ちゃんと買ったワイ!」

 これは嘘偽り無く本当のことである。確かに信長は、今となっては下級武士の新参者に過ぎないが、かつていた世界では天下統一まじかの大大名で超セレブ。こっちの世界に持ってきた物品も、それはそれは値を張る一級品ばかりだったのである。
 信長はその中から、現在の清州城下の経済でも妥当な値の付けられる“そこそこの品”を売り(それでも多額の値がついた)、こうして食料を買い揃えてきたのである。まさに、今の信長は『強くてニューゲーム』の所持金ウハウハ状態なのは言うまでもない。

「しっかし、買いすぎたかな? 軽く宴が開けるぞ……ん?」

 宵越し銭は持たないとばかりに買い込んでしまった食料を前に少々頭を悩ませる信長。その隣には眼をキラキラさせながら、今にも涎を零しそうなほどに嬉々とした声をあげる少女が居た。

「わわわ、これは何という食べ物ですか?! とっても美味しそうですぞ!」
「コレコレ、“ねね”や、はしたないぞ?」
「あう、申し訳御座いません爺さま」

 お預けを喰らった犬のように少女はシュンとなって、料理から離れると浅野の隣に腰を掛ける。

「お見苦しい所を見せてしまったのうノブ殿。この子はねねといっての、儂の養子じゃ」
「(ほう、この娘がの……)いやいや、お気に召されるな浅野殿。それよりも、ねねと申したか、儂は此の度お館様に召抱えてもらったノブという。これからよろしく頼む」
「おお! では、あなたが皆の噂していた狒狒様で御座いますか!? ねねの方こそ宜しく頼みまするぞ!!」

 元気が良く、十にも満たないであろう子だが何とも耳の速い子である。あの猿を立てて、支えていった女房なら納得であった。ちなみに余談ではあるが、秀吉とねねが結婚した時、秀吉は二十五歳でねねは十四歳だったという。現代だったらまごうことなき犯罪である。おまけに恋愛結婚…………リア充、爆発しろ。

「よしッ! 食い物ん腐らせても勿体ない。犬千代、長屋に戻って寝ている奴ら叩き起こしてこい! いっちょお近付きの印に酒宴でも開こうではないか!」

 こうして話しは冒頭へと移り。急きょ浅野宅で開かれることとなった、下級武士たちによる宴会の席。無礼千万、格式なんぞ糞喰らえのドンチャン騒ぎの宴会は佳境へと入る。
 それと同時に、楽しい時は束の間とばかりに、この宴の席に陰を注すある人物が迫っていた。

 ――――― かつての信長の苦々しい思い出を引っ提げながら。





[31193] 7
Name: 確変◆ce73484d ID:a67b6a9e
Date: 2012/07/16 14:10
 アニメ1話観てきました! いやぁ、動く動く!! そして、ねねがお玉で主人公の頭をポカンと叩くシーンに萌えました(笑)。それと、サブタイつけようか悩んでいます。番号よりもサブタイの方が解りやすいかもしれませんし。





「ここがそうかい?」

 少年、と言っても差支えないほどに小柄な男は、馬上から不遜に尋ねた。付き人と思われる侍も「はっ!」と前方に見える家屋の明かりを指しながら云う。

「どうやら浅野宅で酒盛りをしているとのことです」
「ふん!」

 さも面白くもなさそうに男は鼻を鳴らすと、ヒラリと馬上から降りる。
 静まり返った城下の中でそこだけ昼の市場のような喧騒が、少し離れた男の耳に喧しく届く。物見遊山のつもりで来てみれば、自分という存在を差し置いて笑い声を咲かせていることが男の気に触った。

「品の無いバカ騒ぎじゃないか。全くこれだから下級武士というのは好きになれないんだ…………。まぁ、僕のような“高貴”なものが突然現れたら連中 腰を抜かして静まり返るだろうよ。なぁ、お前達もそう思うだろう?」
「その通りで御座います」

 人を小馬鹿にしたような笑みが、男から数人の付き人たちへと伝播する。
 事実。男が身に纏うのは、一介の侍が一生の稼ぎを持ってしても手に入れることが出来ないような鮮やかに彩られた着物。そこに複雑に織り込まれた柄の数々が深い闇の中でも一人輝いて視えるほどである。また、短めながらも髪は艶やかに清潔感を漂わせており、薄汚れた貧民街ともいえる下級武士の長屋街では、それだけでも男は一線を画す位置に居ると窺えた。

「では、件の者を呼んでまいります」
「ふ、まぁ待て。僕が直接 行って驚かせてやろうじゃないか」

 その表情は先程と変わらず、小馬鹿にしたような下卑た笑みを浮かべて、男は戸の前に立つと右の手で軽く握り拳をつくってから戸を叩いた。


* * *


―――― トントン

「よっしゃぁ! もう一丁 乾杯といくか! よいか、乾杯とは『杯を乾かす』という意味だぞう? 乾杯を宣言しておいて杯が潤っておるような無粋モンは、張っ倒すからなぁ!」

「乾杯!」
『かんぱ~い!!』

―――― ドンドン!

「お~い、五右衛門? いるんだろう、出てきてお前も呑まんか!」

―――― ドンドンドン!

「ようし、それでは儂が苦節 五十年の長い歳月の上に編み出した酒呑みの秘術を御覧いたそう! よいか? 一度しかやらんぞ?」

――――ドンドンドンドンッ!

「五月蠅ぇっんだよ!!」

 酒宴に水を注す戸鳴りに目掛けて一喝する。信長は酔っ払いどもを跳び越える華麗な跳躍を極めると、そのまま落下の勢いを乗せた真空跳び蹴りでもって戸をブチ破った。

―――― ゴシャアッ!

「おぶぅッ?!」
「ったく、さっきから『ドンドン!ドンドン!!』喧しいんだよ!? 俺ぁ、これから呑んだ酒を黄金水にかえる秘術を披露する所なんだよ。邪魔すんじゃあねぇ! つか、誰だテメェは?」

 ヒック! と、盛大なしゃっくりを一つ。信長はいまだ踏み付けている戸を引っぺがして、その下に居る人物を見やると、少年とも見て取れる矮躯の男が目を廻していた。

「の、信勝様!!」
「御気をしっかり持ってください!!」
「貴様ぁ、足を退かんか!」

 「信勝様、信勝様!」と、信長を押しのけて倒れ伏す男『信勝』に詰め寄る付き人達。夜風に当たり信長の酔いが徐々に覚めると、信長の思考がカチリと切り替わる。

「あん? 信勝、だと?」
「そうだ、この無礼者めが! そこへ直れ、この場で即刻 貴様の首を叩ッ斬てやる!!」
「待ちたまえ、折角 姉上が拾ってきたという狒狒を見物に来たのに殺してしまっては、元も子もないじゃないか」
「は、はぁ」

 付き人の一人が抜刀の構えをみせると、一瞬 周囲の空気が凍りついたが、目を覚ました信勝がそれを諫めて緊張は解かれ、付き人も信勝に従い柄から手を放した。

「ふぅん、どうやら君が噂に聴く狒狒だな? 成程その太太しい態度といい、戸の開け方一つ知らない低能といい、まさに狒狒そのものだ」
「仰る通りです、信勝様」

 信勝の発言に付き人全員が大袈裟に頷く、どうやらこの信勝の周りには『よいしょ持ちのYESマン』しか居ないらしい。

「だがまぁ、狒狒ならこんな蛮行も致し方がない。おい狒狒、僕の寛大な心遣い―――― な、なにかな?」

 しかし、信長は散々罵声を浴びせられているにもかかわらず、まるで聴いていない風に尻餅をついている信勝に近づくと、ウ○コ座りの格好で「ズイ」と迫り一言だけ問うた。

「お前、『勘十郎』か?」
「ふ、ふん! 狒狒のくせによく知ってるじゃないか! そうとも、僕は織田勘十郎信勝! 真にこの織田家の家督を継ぐべき者だ!!」

 信長の迫力に若干顔を退けながらも、名乗りをあげる信勝。そして、それを聴いた途端、信長の後ろ髪がザワリと逆立ち心中に黒いものが過る。

「(こいつがこの世界の信勝か…………、うわっ、なんか思い出したら腹立ってきた! 今この場で殺っちまうか? どうしよっかな~?)」

 などと、かなり物騒なことを考えながら……。



 『織田信勝』、織田家の前当主 織田信秀と土田御前との間に生まれた。信長と同母弟で血の繋がった兄弟であったが、信長とは全く馬が合わず。正直なところこの弟には良い思い出なんてものは「これっぽっち」も有りはしなかった。

 まず、織田家当主がなのるべき弾正忠という官位を、信長を差し置いて名乗り。
 八男の秀孝が、叔父・信次の領内を供回りも付けずに勝手に「ヒャッハー!」して、叔父に「領主を前に下馬しない不届き者」と勘違いされて誤殺された。これに信勝は激怒し、あろうことか叔父の居城である守山城下を焼き払いやがったのである。
 「弟の仇はとってやったぞ」とばかりに自信満々の顔つきで、信長の前に現れた時には実の弟ながら、信長もほとほと呆れたように云ってやった。

『確認もせずに秀孝を殺した叔父上も馬鹿だが、単騎で勝手なまねをした秀孝も馬鹿だ。そして信勝…………、身内のいざこざに無関係の民を巻き込んだお前は、もっと馬鹿だ!』

 この発言が切っ掛けとなり、信勝は親族や身内ばかりを気にする『古い考え』の家臣団の筆頭となり(恐らくは家臣団の老獪達にいいように祀り上げられただけなのだろうが)、信長に正面切って反抗するようになった。
 こうしたこともあり、信長の中では信勝という人物は、「馬鹿で、お調子者な裏切り者」という烙印が押されていた。



 そして、世界という壁を超えていま信長の目の前に居るこの信勝もまた、産まれ持った地位のみを己の絶対の自信であると信じて疑わず。周囲の付き人もまた信勝を諌めることはない助長させるだけの有象無象とあっては、かつての信勝と同じく愚かしさが滲み出ていた。

「(やはり、いっその事……)」
「おい! 光栄にも僕が名乗ってやったんだ、君も名乗れ! それと、僕を上から目線で見下ろすな!!」

 面倒事になる前に不穏分子は処分してしまおう。
 月明かりが雲で陰るように信長の顔が影で黒く染まり、その黒の中で狙いを澄ました隻眼が、獣のように爛々と鈍く光る。信勝の細く白い首根っこを圧し折らんと、右手の関節の一つひとつがギリギリと鳴り、ゆっくりと悟られぬよう気取られぬようにと首目掛けて手が動き出そうとしている。


「―――― ノブ、駄目」


 犬千代であった。
 いつの間にか信長の背後へと立ち。信長の右腕を小さな身体で包むように抱きとめている。

「(信勝は何度も信奈さまに謀反を起こしてる。けど信奈さまの弟にはかわりない。ここで殺したらノブが斬られるだけじゃなく、信奈さまにも迷惑が掛る)」

 そっと信長に耳打ちする犬千代。この場の中で唯一 信長の殺気を感じとったのは彼女だけであった。弱小尾張の中、武士一本で織田家に仕え、幾多の戦場で槍働きをしてきたからこそ信長の殺気を嗅ぎ分けることができたのだろう。

「(まさに犬並みの嗅覚、ってか? まったく、何してんだぁ俺あ……)」

 犬千代の言うとおりであった。信勝がこれまでに大なり小なり謀反を起こしているとすれば、今の織田家は家中で信奈派と信勝派に二分されている。そこで信奈 直参となった信長が、信勝を殺せば信勝派を勢いづかせるか、織田家を空中分解させかねない。

 この小さな小さな女の侍は、それを知っていたのだ。故に犬千代は信長を止めた。
 犬千代の腕ならこの目の前に愚者の息の根を断つことなど容易であろう。だが犬千代は、そうはしなかった。この男に主である信奈を幾ら馬鹿にされようとも歯を喰いしばって耐え忍んだ。まさに真に主を想うからこそ成せる武士の本懐であった。

「すまんな、犬千代。借りができた」
「…………別にいい。また美味しいものを食べさせてくれれば」
「おう、任せておけぃ!」

 今は信長ではなくノブなのだ。かつての恨みに身を委ね、勝手な行動をしかけた己を恥入ると同時に、それを気付かせてくれた犬千代に信長は素直に礼を述べる。

「おい! 僕を無視するな!!」
「なんだよ、お前まだ居たのか? 用は済んだろとっとと帰れ」

 最早、口喧しい存在となっていた信勝に対し、信長は「シッシ!」と手で払う。

「ふん! やはり狒狒は狒狒だな!! 家督を継ぐべき者を前にしてその態度。うつけの姉上に―――――」
「あ、お館様」
「げぇっ、姉上ェ!?」

 ピッと、信長の指差す方向にすかさず首を捻る信勝。今の発言を聴かれたのではと、ビビリまくった表情は滑稽そのものである。しかし、ここは城下の中でも下級武士の集う場所。丑三つ刻を迎えようという時間に織田家当主が居る筈もなく……。

―――― スパァン!

「うぎゃっ!?」

 かわりに、身の詰まっていない西瓜を叩いたような音が鳴り響く。
 信長が指差した方を見ていて、無防備な背中を晒した信勝の頭に一発 平手を喰らわせていたのだ。無論、付き人達もそちらの方向を向いていたので万事抜かりはない。

「(これくらいの意趣返しならよかろうて?)」
「(うん、許す)」
「き、貴様ぁいまブッタな?! 母上にもブタれたことのないのに!」
「あぁ?俺がやったってのか? おい! 俺ぁいま、こいつの妙に軽そうな頭を殴ったか?」

 信長は振り返り、うこぎ長屋の住人たちに問い掛けた。

『俺、酔っ払って寝ちまってたから、知らんみゃあ』
『俺も見てねぇな。つか、変な言いがかりつけてんじゃねぇぞ、“のぶかつさま”よぉ?』
『おいノブ! そんなことより早く戻ってこねぇと、樽の酒ぜんぶ呑んじまうぞぉ!』

 等々。先程の酒宴ですっかりと意気投合していた下級武士たちの支持は、信長一辺倒であった。

「だってよ? ホレ、さっさと帰れ」
「く、くぅ~~っ!」
 まんまと引っかかってくれた信勝に、ニヤニヤと笑う信長と相変わらず無表情の犬千代。これに顔を真っ赤にして悔しそうにしている信勝と、三者三様の顔付きの中、毅然とした声が響き渡った。

「そこまでにしてもらおうか、ノブ!」
「うわぁぁん、勝家えええ!」

 おっぱい侍、おっぱ家こと柴田勝家がそこにいた。戦バカ故か、それとも他に着る服がないのか城下だというのに鎧甲冑を着込んだ完全装備で、おまけに抜刀までしている。
 そして、これ幸いとばかりに勝家に泣きじゃくりながら跳び付く信勝。先程の傲岸不遜とは打って変り、勝家の胸の中で泣くその姿は、織田家当主の弟としても男としても情けないものであった。

「大丈夫、大丈夫ですよ信勝さま。…………信勝さまの帰りが遅いと思って来てみれば、この有様。ノブ貴様 一体なにをした?」
「俺ぁ、何にもしてねぇよ。その餓鬼がかってに押し掛けてきて、喚いて泣きだしただけだ」
「ノブよ、それは我が主への愚弄と取るが?」

 チャキ、と刀の剣先が真っ直ぐに信長に向けられる。
 その迷いなき構えを前に、信長は問う。

「勝家よ、お前さんほどの武将が何故、女子の胸の中で咽び泣くような情けない男に仕えておるのだ?」
「あたしの主君が信勝さまだからだ!」
「ならば、何時までそのボンボンを甘やかしておるのだ!? 家臣、それも織田家 家老なれば主君を諌め、織田家当主を中心に家臣団をまとめるのがお前の務めであろう!
 犬千代をよく見ろ勝家。確かに犬千代は家老のお前と比べ、家柄も暮らしも、おっぱいも見劣りする。だが、真に主を想う志はいまのお前とは比べるまでもないぞ!!」

 信長の気迫に圧され、勝家の剣先が振え宙を彷徨う。そして、信長は犬千代に「一言余計」と脛をゲシゲシと蹴られた。

「う、うるさい! あたしは政治とか内政とか、そういう難しいことは解からないんだ!!」
「なればこそ! 戦バカなおまえの腕を真に使ってくれるのは、誰だ?! その男の言いなりになって、衰退していく尾張で朽ち果てるのか? それとも、天下 果ては海の向こう側を見据えているお館様と共に幾多の勝ち戦を収めたいとは思わんのか!」


「産まれも家柄も関係ない。柴田勝家よ、今一度 問う、おまえ自身は『誰に忠を尽くす』のか?!」


 この一言に頭がパンク寸前だとばかりに「うぅ」と、呻きながら頭を抱え出す勝家。今こうして問われるまで考えたこともなかったからだ。
 柴田の家に生まれ、家が決めるままに信勝に仕えてきた。家の決まりと信勝を守ることこそが織田家への忠義を尽くすものだと思っていた。だが、本当にそうなのだろうかと勝家は想う。自分はただ流されるがままに、その身を任せていただけではないのだろうか? 果たしてそこに『柴田勝家』という己はそこにあったのだろうか、と。

「信勝さま、帰りましょう……」
「か、勝家!? この無礼者を放っておくというのか?!」

 力が抜け、ダラリと垂れ下がった腕をみながら勝家は云う。

「今の私は、この男の言葉で混乱しております。斯様に迷いのある剣では、斬れるとは思いません……。それに、駿河から今川が尾張への侵攻を進めているとのことです」
「う、今川が…………、仕方がない、今日の所は帰るとしよう」

 命危なしとあっては堪らず、信勝はスタスタと帰り始める。信長は背を向けて帰路に着く勝家の背中に向けて言った。

「勝家よ、今川が攻めてくるなら、あまり迷っている時間はないぞ?」
「―――― ッ!?」

 一瞬、立ち止まりはしたものの、振り返らずに勝家は帰っていった。



* * *



「とんだ酒宴であったな……、どうした犬千代、黙りこくって?」

 その後、お開きとなった浅野宅を後にし、自宅へと戻る途中のことであった。先程から口を開こうとしなかった犬千代が、唐突に立ち止まった。

「…………ノブ、ありがとう」
「なんだ藪から棒に?」

 突然の感謝の言葉に、信長も少々戸惑う。

「ノブが言ってくれた。犬千代は信奈さまのことを真剣に思っているって……、嬉しかった。だから、ありがとう」
「で、あるか……。礼をいわれたかった訳ではないが、悪い気はしないのぅ」

 スッと信長は右手を差し出す。

「……なに?」
「む、知らなんだか? これは、南蛮のシェイク・ハンドといってな相手との友好の証をたしかめるものらしい。犬千代よ、これから織田は天下へと向けて忙しくなる。隣好みという訳ではないが、織田家、ひいては御館様のためにも共に精進してゆこうではないか」
「(コクリ)」

 無言で頷きながら差し出された手を信長は握り、大きな手と小さな手が固く結ばれた。

「改めて、よろしく頼むぞ犬千代」
「…………うん」

 一瞬、雲の隙間から差し込まれた月明かりに浮かんだ犬千代の顔。それは、主君である信奈も見たこともないような、可憐な笑顔を浮かべていた―――― 。


 


 そろそろ、その他板に移ろうかと考えています。チラ裏で見かけなくなったら多分、そっちに行ったと思って下さい。


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