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[31004] 【惑星のさみだれ】ネズミの騎士の悪足掻き(日下部太朗逆行強化)
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f
Date: 2015/01/25 16:30
【日下部太朗】は、いつからか悪夢を見るようになった。
多分、小学校に入学した頃……今から2年前あたりからだろうか。

それは、幸せな悪夢だった。

『自分』が死ぬ。
土色のバケモノに貫かれて、血反吐を吐いて死ぬ。
それは悪夢だ。

だが、惚れた女を守って死ぬ。
宙野花子を、幼なじみを守って死ぬ。
それは幸福だ。

だから、少し前から見るようになった一連の夢は、幸せな悪夢、だった。

【太朗】は、夢の中の『高校生の日下部太朗』が死んだ後も、その物語の続きを見せつけられている。
つまり――


――惑星を砕く物語を。


◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 0.二回目の小学生


◆◇◆


唐突であるが、『日下部太朗(クサカベ タロウ)』はリア充であった。

例えば。
窓を隔てた隣には、美人な黒髪眼鏡の幼なじみが居る。
お互いの部屋は、屋根を渡って行き来できる至近距離だし、実際にそうすることも多い。
その上、彼と彼女の性格は相補的であり、つまり、良いコンビだった。
感受性豊かで外交的で楽観的な『日下部太朗(くさかべたろう)』と、その幼なじみである、真面目で理知的な『宙野花子(そらのはなこ)』の二人は、まるでアニムス(男性元型)とアニマ(女性元型)のように、ぴったりと相補的だった。

彼らはまるで姉弟であり、また、まるで兄妹であった。

お互いに憎からず思っている男女が近くにいる。
何も邪魔が入らねば、彼と彼女は思春期の葛藤を乗り越えて、きっと結ばれて、良い恋人になっただろう。
そして良い夫婦になっただろう。

『日下部太朗』は、昔料理人だった『宙野花子』の父親の跡を継いで、料理人になるつもりだった。
きっと、夫婦で仲良く、小さな定食屋でもやって生活していくのだろう。

子供は一人か二人か、三人か。
幸せな未来が待っているはずだった。
予定調和な未来が待っているはずだった。


はずだった。

だが。


だがしかし、運命はそれを許さない。


『日下部太朗』は、死ぬ、
『宙野花子』を守って、死ぬ。
造作もなく、死ぬ。

だが実は、『太朗』が、彼女を守らなくとも、彼女は生き残ることができていた。
つまり、『太朗』は犬死にだ、と一匹の従者は言った。

そして、ともに戦った戦士たちに、心の傷(トラウマ)を遺して、『太朗』は死ぬ。
いや、死んだ。
いやいや、このままでは【日下部太朗】もまた死ぬだろう。

これは惑星を砕く物語。
道半ばに倒れた彼の、二度目の物語。

獣の騎士団の、その一員、
鼠(ネズミ)の騎士の――【日下部太朗】の物語。

何の偶然か、物語を俯瞰した経験を与えられた彼が足掻く、二回目の物語。

――彼は、生き残ることが出来るのか?
――彼は、彼女を守れるのか?
――彼は……幸せに、なれるのか?

今も夢で見せつけられている、この終わりの光景を、踏み越えることが出来るのか。
この悪夢を、現実で繰り返さないことが出来るのか。



夢の中、いつものシーンがリフレインする。
やはりトラウマだからだろうか、他の記憶よりも圧倒的に多い頻度でこのシーンが再生される。


高校の夏服を着た『宙野花子』に、敵の馬上槍(ランス)の一撃が迫る。
『日下部太朗』は衝動的に飛び出し、彼女の盾になろうとする。
そして見事、『太朗』は馬上槍と彼女の間に身を滑り込ませることに成功する。
その結果として、当然ながら、馬上槍は『太朗』を貫く。土手っ腹に大穴、致命傷。
だが、馬上槍はそれだけでは止まらない。『太朗』を貫いた槍は、その勢いのまま、『花子』までも――。


◆◇◆


「うをおおおおおおおぉぉぉぉおおっ!?」

【日下部太朗】は叫んで勢い良く身を起こす。
荒い息のまま周りを見回す。

いつも通りの自分の部屋だ。
……自分の部屋?

かすかな違和感。
まるで夢の続きのような非現実感。明晰夢のような現実感。
いや――何かが致命的に合致したような、重なりあったかのような、不思議な感覚。

ふと、手を見る。
小さい。
小さな手だ。

……小さい?


違和感。

歯車が狂ったような。
電波が混信したような。
異世界と交わったかのような。
悪夢が現実に取って代わったかのような。


そんな、圧倒的な違和感。


即ち――




――『何故、俺は生きている?』【なんでゆめがさめないの?】

夢の中の『日下部太朗』と、小学生の【日下部太朗】が、一つになったのだと、本能で理解するのにそう時間はかからなかった。


◆◇◆


「おはよう、太朗くん」
「おう、おはよう。花子」

カーテンを開けて、いつも通りの屋根越しの挨拶。

そう。
いつも通り。
ずっと続くはずの日常。

だけど、俺の顔は、上手く動いてくれない。

「どうしたの? 何か、プリンだと思ったら茶碗蒸しだったみたいな顔をして?」
「そりゃ、甘いと思ったら出汁の味だったらショックだけどさ……。――そんなにひどい顔をしてた?」
「ええ、それはもう。太朗くんは分かりやすいからー」

そう言って、彼女は笑う。

その笑顔が嬉しくて。
彼女が生きてるのが嬉しくて。
自分が一緒に笑い合えることが嬉しくて。

「た、たろくん? どしたの? どっか痛いの?」

心配して、花子が屋根を渡って太朗の部屋にやってくる。

涙が溢れた。
止まらない。
止まらない。
『日下部太朗』が泣いている。

でも、悪くない。
花子が好きなのは、【日下部太朗】も変わらない。

「……はなこーー!!」
「ちょっ、ちょ、たろくん、急にどしたの!?」

うわーん、と抱きついて泣きじゃくる。

ああ、ちゃんと生きてる。
俺も、花子も、生きてるんだ。

――本当に良かった。

「もう……、たろくんは相変わらず泣き虫だなあ」

眉をハの字にして困ったように自らを撫でてくる花子の、その温かさがたまらなく愛おしくて、太朗は更に泣くのだった。


◆◇◆


さて後日、日下部太朗はニラやキャベツを微塵切りにしながら、考える。
ちなみにここは宙野邸の台所である。
今日は土曜日で、どちらの両親ともに居ないので、太朗がご飯を作っているのである。

太朗は手早く材料を切っていく。今作っているのは、餃子である。
料理の技能や、味覚は、どうやら前世(?)の『日下部太朗』から引き継いでいるらしい。
それに関しては、太朗はとても感謝している。将来設計に大きくプラスである。

「先ず、この世界は、何なのか。そして俺は、誰なのか、ってことだよな」

ひらひらと掌を翳したり、頬をつねったりしてみる。
痛い。

「とりあえず夢じゃない、と。……うん、まあ、分かってたけどさ」

どうやら現実らしい。

さて、そこで気になるのは、今の自分が何なのか、ということである。

「前世の『日下部太朗』と、今世の【日下部太朗】がガッチリ嵌った今の俺は、さしずめニュー太朗ってとこかね」

その割には、何故か頭の中には、前世の『日下部太朗』のもの以外の記憶もある。
ビスケットハンマーを巡る物語の概略や、その他良くわからない知識が一緒に詰まっているのだ。
それは、鼠の騎士『日下部太朗』が知っていた知識もあれば、全く心当たりもない知識もある。

何せ、自分が『戦い』から脱落した後の出来事についての記憶もあるのだ。
これは、とっても不思議である。

「うーん、何だろなー。断片的な記憶が、色々とあるみたいだけど……」

太朗は包丁を止め、切った具材をボウルに入れ、おろしニンニクと塩コショウを適量混ぜて、豚の挽肉と一緒にこねる。
餃子の皮は既に捏ねて寝かせてある。
種の材料をこねつつ、しばし、自分の中に埋没して、色々と『思い出して』みる。

「――何だろ、つーか誰の記憶なんだろ。なんか、光景(シーン)の視点もバラバラで、統一感がないっていうか……。これ、『太朗』の記憶だけじゃないみたいだな」

と、その記憶の断片の中に、太朗は見慣れたものを見つける。

「お、これは……? ……ふむふむ、あー、なるほどなるほど。そういうこと?」

見慣れたもの、とは、即ち『自分の顔』である。
それも、『戦い』の当時の、高校生の『日下部太朗』の顔、だ。
しかし、やけにアップだ。視界の端には、泥人形の姿も見える。

「これ、『ランス』の視点が混ざってるんだな」

『ランス=リュミエール』。
『前』の世界で、『日下部太朗』のパートナーだった、鼠だ。臆病者の自分と一緒に戦ってくれた、相棒。
思えば悪いことをした、と太朗は思う。自分が無茶したせいで、『ランス』を早々に脱落させてしまったのだった。

一つ気づけば、連鎖的に他の記憶の断片の正体も明らかになってくる。

「なるほど、『ランス』以外にも、他の獣の騎士の『従者』の記憶が混ざってんのか――」

それなら、自分の覚えのない記憶があることも納得である。
他の従者の視点や、『日下部太朗』が参加した最後の戦い以前の、つまり、年代としては相当未来に繰り広げられた、惑星が砕かれてしまった物語たちの視点も混在しているようだ。
まあ、何故そんな記憶があるのかなんてのは、相変わらず不明だが。

走馬灯の様に、記憶の断片が巡る。

ネズミの従者『ランス=リュミエール』
カマキリの従者『キル=ゾンネ』
トカゲの従者『ノイ=クレザント』
カラスの従者『ムー』
馬の従者『ダンス=ダーク』
ヘビの従者『シア=ムーン』
猫の従者『クー=リッター』
鶏の従者『リー=ソレイユ』
亀の従者『ロン=ユエ』
フクロウの従者『ロキ=ヘリオス』
犬の従者『ルド=シュバリエ』
カジキマグロの従者『ザン=アマル』

十二匹の、指輪の従者たち。



それにしても何で、と、呟こうとした所で、

「――ぶっ!?」

思わず気が遠くなる。
顔が熱い。
鼻の奥が熱い。ツンとする。危うく餃子の種に自分の血が混ざる所だった。そりゃ何の呪い(まじない)だ。

「――なっ、なんで『花子』のやつ、『キル』と一緒に風呂入ってんだよっ!?」

慟哭。記憶の断片を見るうちに、肌色の場面に行き当たってしまった。
図らずも、カマキリの従者視点で、幼なじみの艶姿を窃視してしまった。
罪悪感。わざとじゃないんだ! と太朗は誰にでも無く虚空に言い訳する。


「たろくん、呼んだー?」
「は、花子っ!? 呼んでない! 何でもない、呼んでないよっ!?」

隣の居間から花子が話しかける。
慌ててごまかすが、顔が真っ赤になって声が上ずるのは止められない。
今後まともに顔見れるであろうか、と不安になる太朗であった。


とか言いつつ、餃子はそのあと二人で美味しくいただきました。
ついでにその日は一緒にお風呂に入りました。小学生だもん、ノーカンノーカン。


=====================

……リア充爆ぜろ。


というわけで、漫画『惑星のさみだれ』(水上悟志)のSSを書きたくなった。
ジャンルとしては、逆行もの? “TAROUちゃんTUEEE”になるかも?
原作は大好きだし結末に不満はないけど、タロちゃんが幸せになる話があってもいいじゃないか、ということで。
……あ、クトゥルフ要素は混入しない予定です、今のところ。ご安心下さい、発狂したりしないですよ? まあ、『逆行』って大概SAN値削るイベントな気がしますけどねー。

ドラマCDのノイの声が渋すぎて惚れる。小冊子は未読。

2011.12.28 初投稿

ところどころ誤字修正中。
あと、ノイとかランスとかを「従者」と表現してるけど、原作では実際は人間とマスコットのペアで騎士の扱いです。どっちも騎士。小説の表現上の都合と思ってくださいませ……
2013.03.02 修正中
2015.01.25 若干修正。



[31004] 1.宙野花子(そらの はなこ)
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f
Date: 2013/03/02 15:07
部屋のベッドでゴロゴロしながら、鼠の騎士(予定)の日下部太朗は考える。

内容はズバリ将来設計である。

「死なないためには、どうするか。将来のために何をするべきか……」

太朗は、自分の死因を考察する。
何の因果かわからないが、二度目の人生を与えられたのだ。
原因は不明。まあ、“サイキックは割りとなんでもあり”だと誰かが言っていたので、そんな事もあるのだろう。

今度こそ花子と添い遂げる! と彼は意気込んでいる。
その為には、生き残らなくてはならない。
彼の直接の死因は、『九つ目』の泥人形の槍に土手っ腹をぶち抜かれたことだ。

「うー、思い出しても痛え……」

お腹を撫でる。
死に際を思い出して、血の気が失せる。
幻痛がズキズキと太朗を襲うが、めげずに考察を続ける。

――そもそも、指輪の願いで、花子の即死以外は治癒できたのだから、身を張る必要はなかったのでは?

尤もだが、太朗にはその選択肢を選べる自信はなかった。
同じ状況になれば、先ず間違いなく、同じ行動を取るだろう。
そして死ぬ。百回繰り返して、百回とも死ぬだろう。

――もっと体力があれば、掌握領域でさらに加速して、九つ目の槍先から、花子を連れて逃げられたかも知れない。

これは考慮の余地がある。
花子を庇う盾になるのではなく、花子ごと連れて安全圏に一瞬で逃げられるくらいの機動力があれば、生き残れた可能性がある。

「機動力強化ってのは、雨宮さんも考えてたもんなー。成功例があるなら、それに倣うのも必要だよなー」

雨宮夕日(あまみや ゆうひ)。
クールで熱いヒーロー。
魔王の騎士。
アニマの想い人。
惑星を砕く物語の、キーパーソンだ。

今は未だ実家の方にいるはずだから、太朗と花子が暮らすこの地域には来てないと思われる。

何にせよ、身体を鍛えなくてはならないだろう。
これは確定事項だ。
指輪の騎士の掌握領域(サイコキネシスみたいなものだ)の強さや持続力は、その騎士の体力に依存するのだから。

「明日明後日から走りこみでも始めるかな。花子も誘って」

小学生のうちから筋肉をつけすぎるのは良くないだろうから、ジョギングが妥当なところだろう。
それに体力があれば、『戦い』の後の生活でもプラスになるはずだ。
無いよりは、あった方が良い。

「あとやっぱ、武術もかっこいいよなー! 雨宮さんとか三日月さんみたいにさー!」

太朗は、仲が良かったカラスの騎士の事を思い出す。
闘鬼、東雲三日月(しののめみかづき)。時々やたら美味い肉を持ってきたりしていた、謎な人。
古雲流という古武術の家に生まれた、生粋の戦闘狂だ。三日月本人の武術は、我流らしいけれど。

「じゃなきゃ、やっぱり、泥人形を倒せるだけの火力かな?」

泥人形には、現代兵器も効果を現していた。
手榴弾などの破壊力は、『無粋だ』と魔法使いアニムスに言われながらも、泥人形に通用していた。
例えばガソリンか火薬を、太朗の高熱化の掌握領域『荒神』で発火させれば、それなりの威力になるだろう。危険物取扱者免状の乙4種でも取ってみるべきか、などと太朗は考える。

他にも、猫の騎士である『風巻豹(しまき ひょう)』の使っていた、泥人形を造る掌握領域――創造領域『地母神(キュベレイ)』だとか。彼は騎士の願い事を、自分の能力の強化に使っていた。
『十二つ目』を撃破した合体攻撃である、最終領域などは、凄まじい威力だった。
『姫』の身体強化による、あの豪腕も捨てがたい。掌握領域で再現できるか不明だが、泥人形を圧倒するだけの戦闘力というのは魅力だ。

そしてなにより、必殺技っ!

かつての『自分』の技、発火能力『荒神』も、もっと改良の余地があるだろう。
『花子』の必殺技、氷の剣『クサカベ』のように、儀式や暗示を挟むというのも有効そうだ。
犬の騎士『東雲半月(しののめ はんげつ)』の槍状領域『方天戟』は、使い勝手が良さそうで応用も効きそうだ。

「――まあ必殺技は置いといて、一先ずは、花子が『願い事』で人を殺さないよーにするのが先決だよな……」

願い事で他人の不幸を願えば、業を背負い、不幸になる可能性が上がる。
前の『太朗』が死んだのも、そもそもの因果を辿れば、『花子』が願い事で人を(連続強盗殺人の犯罪者とはいえ)殺してしまったことに由来するらしいし。
つまり花子の性格をもっと物騒じゃない方向になるように影響を与えてやれば――?

「はっ!? それって何て光源氏と若紫……? 『宙野花子育成計画』……!? な、何という男の夢(ロマン)……っ!!」

うおおおおおおおおおおおおお!? と恥ずかしさで頭を抱えて転げ回る。

「いやいやっ!? 邪念よ去れっ! そうっ、難しく考える必要はねーんだ! ただ、もっと花子と仲良くなって、キルが出てきた時の願い事に注意すれば良いんだ!」

――となれば先ずは早速、明日か明後日からでも花子を誘って早朝ランニングでも……!
おお、何かボルテージが上がってきた。
窓を開けてこのリビドーを叫ぶ!

「いよぉっしっ!! おれはっ、やるぜーーー!!」
「うっせーぞっ、タロー!」 「タロー、ハウスッ」 「タロー静かにしろっ!」
「す、すみませぇぇええん!?」

ご近所さんから怒られた。


◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 1.宙野花子(そらの はなこ)


◆◇◆


都合二回目の小学生生活なわけだが、これはこれで太朗は気に入っているし、退屈せずに済んでいる。
何故なら――。

「はい、じゃあ次の問題をー、日下部くん、お願いねー」
「はい!」

勉強が、よく分かるからだ。

さすがに二回目ともなれば、小学校の勉強なんて楽勝である。
それに加え、従者たちの記憶の断片には、それこそ断片的なれども、未来の32世紀までの記憶がある。
未だに全ての記憶を、太朗の中で消化できたわけではないが、その知識量はかなりのものがある……ようだ。

(勉強って、ちゃんと分かると、こんなに楽しいもんだったんだなー)

「はい、ありがとう、日下部くん。正解です」

黒板に回答を書き終え、席に戻る。
隣の席の花子が小声で話しかけてくる。

「太朗くん、なんか最近、頭良くなった?」
「うーん、そうかなー?」
「絶対そうだよー」

まあ二回目(強くてニューゲーム)だし。

「でも花子には負けるよー。また後で、勉強教えてね?」
「うんっ。もちろんだよ」

そう、ここできちんと花子との仲を深めておくことも忘れない。

……幼なじみと一緒にお勉強!
幼なじみと一緒にお勉強!!
幼なじみと! 一緒に! お勉強!!!

『前』は余りに『太朗』がお馬鹿だったから、受験前はともかく、長じるに従って数を減らしていたイベントであるが、『今回』はその回数も増えそうである。
素晴らしい。

「んー、そしたら二人揃ってもっと上のレベルの高校いけるかもなー……」
「高校? 何の話?」
「ん、先の話」

そうそう、花子は勉強ができるから、太朗に合わせなきゃ、もっと上の高校狙えたはずなんだ。
……って、あれ?

――もし、日下部太朗と宙野花子が、別の……例えば県外の高校に進学したとしたら、その時も、『指輪の騎士』に選ばれるのか?

(実家がこの街にある限り、恐らくは『指輪の騎士』に選ばれる、はず。
 でも、例えば、全寮制の高校に通ったりしたら? 引っ越したら?
 いや、そもそも、この時間軸では、『戦い』は起こるのか?)

根本的な問題に気づく太朗であった。

(なんか引っかかると思ってたんだ……!
 俺の中に何故かある『他の従者の記憶』では、既に一度、『惑星を砕く物語』はハッピーエンドになってる……! 俺死んだけど。俺死んだけど!!
 じゃあ、もう、『戦い』は起こらない?
 いや、それとも、まだ『アニムス』という破壊神は、この時間軸にまで遡って来ていない?
 『戦い』は、もっと未来で起きる?
 ……分っからねーっ! アニマにでも直接聞けりゃ良いんだろうけど……)

教室の窓から空を見て、はあ、と太朗は溜め息をつく。ビスケットハンマーは、見えない。

(空見てビスケットハンマーでも見えれば確定……なんだけど、未だ出来てないだろうし……。
 アニマ、というか『姫』は何処に居るか分からないし。
 いや、『姫』の実家は分かってるんだよな、『雨宮』さんちのアパートの隣だし。えっと、今は未だ『姫』は入院してるんだっけ、そしたら家族の見舞いに着いて行けば……会えr……
 ……って、俺はストーカーかよっ!? 花子にバレたらなんて言われるか……)

かと言って、このまま先の見えない状況で数年過ごすというのは、なんとも居心地が悪い。
ビスケットハンマーを巡る戦いがあるかどうかで、大分人生設計が変わってしまう。

他にどうにかして、未来を知る方法は無いだろうか……?

(未来を知るなんて、予知能力じゃあるまいし……。
 いや、ある。あるぞ! そうだ、予知能力だ!)

今回の戦いに参加予定の騎士に、とびきりの超能力者が一人居る。

アカシックレコードの掌握者。
500年前から生きる仙人。
カジキマグロの騎士。

その名を人呼んで――

(『師匠』! 『師匠』なら、知ってるはずだ!)

そうと決まれば、早速師匠を探そう、と決める太朗であった。

花子はそんな太朗の横顔を訝しげに眺めていた。


◆◇◆


――最近、太朗くんの様子が変だ。

今も少し離れた所で、友達たちに変なことを聞いてる。

「なー、最近不審者見なかったー?」
「ふしんしゃって何だよ、タロー」
「不審者ってのは怪しい人のことだっ。一年生くらいの女の子二人といつも一緒に居る、帽子被ったヒゲのおじいさん、見たこと無いかー?」
「タローのくせに難しー単語知ってんのな」 「タローのくせに生意気だ」
「うっせー」

不謹慎ながら、花子も同じ事を感じた。

(何か、変なの。太朗くんらしく無いって言うか)

太朗たちは、わはは、と談笑している。

「で、一年の女子? うちの学校の?」
「んー、いや、多分隣町かどっかだと思う。団地があって、その近くのやたら広い公園で、良くその怪しい爺さんと一緒にいる、はず」
「……それだけじゃわっかんねーって」 「“はず”、って何だよ、“はず”って」 「せめて団地の名前とか、小学校の名前とか……」
「んー、何ていったんだったかなー、今、『思い出す』から……」

同じ質問を、花子もさっきの休み時間にされた。
勿論、花子はそんな怪しいおじいさんの居場所なんて知らないから、『知らない』としか答えようはなかったのだが。

(急に『一緒にランニングしよう』とか言い出すし、なんか頭良くなったような感じするし、それに料理も前より上手くなってるし、さっきも私と一緒に先生の手伝いしてくれたし、授業中にいきなり高校の話とかし出すし……)

奇妙な違和感が、ここ最近の太朗には、まとわりついて離れない。

(何だろう、急に変わったっていうか、でもたろくんは、相変わらずたろくんだし……)

うーん、と、花子は悩む。
悩んで、そして、ぽん、と手の平を打つ。

「あ、そっか、なるほど。そうだ、大人になったんだ、太朗くん。独り立ちっていうのかな? うん、そうだ、きっとそうだ」

分かってみれば、なるほど、という感じである。
背伸びしてるだけだか、カッコつけてるのか分からないが、太朗は成長したのだ。もう、守られるだけの弟のような存在ではないのだ。
そう考えれば、しっくり来る。

(『男子三日会わざればカツ丼を見せよ』だっけ? 太朗くんに何があったか分からないけど、私も頑張らないとなー)

弟には負けていられない。
姉のコケンにかけて。

(ジョギングも『明日から始めるぞー!』とか言ってたけど、絶対朝起きられないよね、太朗くん。……まだまだ私がしっかりしないと!)

今日は早めに寝ないと、と考える花子であった。

ちなみに、今日の太朗のTシャツには『カツ丼』と大きくプリントされていた。


=====================

花子はタロちゃんとは呼ばないんだった。たろくん、だね。そのうち第0話の呼び方の部分は修正するかも。

【覚書】
当SS1話時点で、花子と太朗は小学校三年生。原作時間軸の8年前くらい?
月代・星川は一年生、じゃない、小学校入学前、か? 師匠と会うか会わないかといったところ。
雨宮は五年生、三日月は六年生、半月は大学生、のはず。姫は相変わらず病院。姫の所にアニマが顕現したのは、さらに二年くらい前。太朗が悪夢を見始めたのも、そのくらいから、という設定。完全に思い出したのは最近だけど。
南雲さんは刑事課に配属されたばかりくらいかな? 多分息子はもう生まれてる。
そのうち年表でも整理しなくてはいけないか……。

あと空見ればブルースドライブモンスターが見えるはずなんで、わざわざ『師匠』に会わなくても将来戦いがあるかどうかは分かったりする。
まあ、タロちゃんはどっか抜けてるんで気付かなかったということで。それか、アニマが気合入れて隠蔽してるから気づかなかったか。(まあ実際は作劇上の都合ですが)

という訳で、次回、「『師匠』登場!」。

皆さん感想有難う御座います!
うまく原作の雰囲気を出せるように精進します。

初投稿 2011.12.29



[31004] 2.師匠、登場!
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f
Date: 2013/03/02 15:07
つい最近、太朗と花子は早朝ジョギングを始めた。
太朗の提案であり、花子の方は『気が済むまで付き合ってやろう』というお姉さん的な心持ちでそれに付き合っている。
……勿論、太朗を起こすのは、花子の役目である。幼馴染の少女が窓から入ってきて起こしてくれるとかっ……、何というリア充、何てラヴい設定っ……!

ともかく、今はジョギング(という名のデート)中である。

「おはよーございまーすっ!!」 「おはようございます」
「おー、おはよう、花子ちゃんにタロー。今日も早いねー」
「ウッス! 勿論っス!」

太朗は持ち前の明るさで、道行き交う人々や、その他出勤中だったり犬の散歩をしている人たちに挨拶をしている。
既に一週間ほど経過(三日坊主にはならなかった)しているが、その間に大抵の人とは顔見知りになってしまっている。
……元から結構、太朗たちは有名だったというのもあるけれど。

いつもだったら、このまま二十分ばかり走って近所を一周し、その後、家の近くの公園で軽く整理運動をして、太朗が作ったおにぎりでも食べるのだが、その日は違っていた。

とっとっとっと、とジョギングを続ける二人に声をかける、コートの老人が一人。

「やあ、君が日下部太朗くんで、そちらが宙野花子ちゃんかな?」
「あの、どちら様で――」

尋ね返そうとした花子を遮り、太朗が叫ぶ。

「あ、あなたはもしかしてっ……!!」
「そう、私は『秋谷稲近(あきたに いなちか)』。……人呼んで、師匠っ!!」
「師匠っ! 師匠だっ! 凄えっ、生師匠だ!!」

「……え、太朗くん、知り合い?」


◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 2.師匠、登場!


◆◇◆


「で、師匠はどうしてここに?」
「勿論、君たちに会うためだよ。特に太朗くんにね」

公園で整理運動をしながら、はて、こんな展開は『前回』は無かったはず、と太朗は首を傾げる。
まあ、実際のところ、『前回』なんてあてにならないのだが。
――むしろ当てにして、なぞっていたら、きっと太朗はまた死ぬハメになる。それは許容できない。

「ねー、太朗くん、秋谷さんとは知り合いなの? 『師匠』って言ってるけど、料理の師匠か何か?」
「ん?」

 同じく整理運動しながら花子が問いかける。

「師匠は師匠だよ!」
「いや、だから……」
「でも確かに良いこと言った。師匠は何でもできるからな、きっと料理も上手いはずだ。教えてもらおうかな」
「ちょっと、話を……」
「いやあ、やっぱり花子は頭いいなあ!」
「……はあ、やっぱりたろくんは、たろくん(お馬鹿)だ」

少しは成長したような気がしていたが、人間そう簡単には変わらないらしい。

「で、師匠! どうしてここに? あと料理教えてください」
「ここに来たのは、君が私のことを探していたからだよ、日下部太朗くん。
 ……放って置くと、PTAから不審者注意の回状が回りそうだったのでね、直接来たんだよ」

もっとも、隠行の仙術を身につけている秋谷からすれば、その程度はどうってことはないのだが。
とはいえこのまま野放しにしていれば、太朗発の『女の子二人と一緒にいる帽子のおじいさん』という不審者の噂は際限なく広がっていくはずだ。
何せいくら噂をばらまいて探そうとも、隠行の術をかけている秋谷は決して見つからないからだ。太朗が諦めない限り、噂は消えない。

だから秋谷は直接火消しにやってきた。
結果的に『どうせ近所だろうし、とりあえずいろんな人に聞いてみる』という太朗の作戦(というか何も考えてないだけだが)は功を奏し、見事に秋谷を釣り上げた事になる。

「え、秋谷さんが、太朗くんが言ってた『怪しい人』……?」
「ハハハ、確かに私は怪しいかも知れないなあ」

昨今太朗が口に出していた『不審者』から太朗を守ろうと、花子が太朗を庇うように前に出る。

「いや、確かに一見怪しい人だけど、凄い人なんだよ! なんたって師匠だし」

当然太朗は、庇われるより庇いたいので、花子の更に前に出る。

「……太朗くん、最近なんか、背伸びしてない?」
「……してるかも。花子を守れるようになりたいし……」
「え、何? よく聞こえなかった」
「何でもないっ!」

秋谷は微笑ましげに二人のじゃれ合いを眺めていたが、このままでは埒が明かないと思ったのか、声をかける。

「それで太朗くん、君は私を探して、聞きたいことがあったんじゃないかな?」
「あ、そうでした!」

太朗が秋谷に向き直る。
単刀直入に、疑問を聞く。

「教えてください、師匠。……魔法使いとの『戦い』は起きるんですか?」
「魔法使い? なに、太朗くん、アニメか何かの話?」

核心に迫る質問である。
横で花子は頭に疑問符を浮かべているが、太朗は真剣そのもので、ちょっとその横顔に見とれてしまったりする。
この答え如何で、彼の人生設計は変わってくるのだから、真剣にもなろうというものだ。

「起きるよ、ネズミの騎士殿」

やはり。

「それはいつですか?」
「8年後かな」

時間軸も変わりはないらしい。
妙に早まったりなどしていなくて、太朗はひと安心する。

さて、ここから本当の本題だ。

「――師匠、俺を弟子にして下さいっ!」

ある意味一世一代の大博打である。

「うん、良いよ」
「本当ですか!? ありがとうございます! ほら、花子も!」
「え、何で私も?」

素で疑問に思う花子。

「え、一緒に弟子入りしないの?」
「えー? なんか最近そういうの多くない? 勝手に決めちゃってさー」
「う、ごめん」

それを見ていた秋谷は、温和に笑うと、片膝を付き視線を太朗と花子に合わせて、諭す。

「太朗くん……いや、弟子入りするなら、太朗、と呼ばせてもらうよ。
 太朗、『親しき仲にも礼儀あり』と言うように、どれだけ仲が良くても、言葉を省いてはいけないよ。
 きちんと言葉にしないと、伝わらないこともある。
 伝えたい事があるときは、手を握って、相手の目を見て、真摯に話すんだ」
「……はい、師匠」
「さ、やってごらん」

太朗は花子の手を取る、秋谷に言われたように。

「え、ちょ、たろくん?」
「花子」

そして目を真っ直ぐ見つめて、話しかける。
花子はどぎまぎしている。

(なんか最近、こういうこと多くない? 急にかっこよくなったっていうか、なんか、ズルい……!)

一方太朗も、不思議な気持ちになっていた。
『前』の太朗なら、こんな状況になれば、赤面して全く言葉が出て来なくなっただろうに。
師匠が付いているからだろうか、それとも、握った手の平から伝わる熱が、愛おしいからだろうか。
言葉が止まらない。

「花子、ごめん、何も話さずに決めて。
 秋谷師匠は、凄い人なんだ。
 初対面の人のことが何で分かるんだって思うかも知れないけど、俺には『分かる』んだ。
 ……そのことも、いつか話せたらいいなと思う。ううん、いつか、必ず話す。
 俺は、師匠に弟子入りしたいと思う。
 そして、花子にも付いて来て欲しい。
 花子と一緒に頑張りたいんだ。
 この通り、お願いします」

太朗は頭を下げる。
花子は暫くフリーズしていたが、やがて再起動する。
顔は相変わらず赤くなっているが。

「はぁ~。結局、何の説明にもなってないじゃないの」
「う、ごめん」
「……いいよ、付き合ってあげる」
「ほんとっ!?」
「たろくんだけじゃ、秋谷さんに迷惑掛けそうだからね、やっぱり私が付いてないとっ」
「ありがとっ、花子!」

話がまとまったのを見て、秋谷が近づいて、二人の頭を撫でる。

「太朗、よく出来ました。花子ちゃんも、ありがとう」
「いえ、秋谷さん。やっぱり太朗くんだけじゃ、しんぱいだし。でも、ご迷惑じゃないですか?」
「心配いらないよ。それと、私のことは、師匠と呼びなさい。花子ちゃん」
「じゃあ、私のことも花子って呼んで下さい。弟子は呼び捨てにするんですよね?」

太朗を諭した秋谷を見て、花子も秋谷のことを信用することにしたようだ。

「そうだね、じゃあ、これからよろしくね、太朗、花子」
「よろしくおねがいしますっ!」 「よろしくおねがいします!」

というわけで、ネズミの騎士(予定)と、カマキリの騎士(予定)は、カジキマグロの騎士(予定)に弟子入りすることになったのだ。

「じゃあ、基本的には毎朝君たちがジョギングした後に、この公園に居るようにするよ。
 放課後は、この地図の公園に居る筈だから、来ると良い。雪待と昴もそこに居るし、今度紹介しよう」
「はいっ、師匠!」

そう言って何処からか取り出した地図を渡す秋谷。
虚空からモノを取り出すなど、まるで魔法のようだ。

『雪待と昴』というのは、少し前に秋谷が弟子にした幼い少女たちである。
亀の騎士・月代雪待(つきしろ ゆきまち)と、鶏の騎士・星川昴(ほしかわ すばる)。

おっとりしているが強い雪待と、それを支える思慮深い昴。
将来、魔法使いアニムスとの戦いで重要な役割を演じることになる二人である。
一応、太朗と花子の姉弟子にあたるだろうか。

「では、さらばだ、太朗、花子。また会おう!」

しゅん、と奇妙な音とともに、秋谷の姿が掻き消える。

「おおっ! 凄え! 瞬間移動だ!」
「え? ええ~!? そんな馬鹿な……」
「さっすが師匠! 稀代の超能力者!」
「えー……」

思わず頬をつねったり、眉に唾つけてみる花子。
どうやら夢でも化かされたのでもないらしい。

(何か、思ったよりも大変なことに巻き込まれたんじゃ……?)

はしゃぐ太朗をよそに、ちょっぴりこれからのことが心配になる花子であった。

その時、タイミングよく、ぐー、と二人同時にお腹が鳴った。

とりあえず、太朗謹製の美味しいおにぎりを食べよう。


◆◇◆


秋谷稲近。
偽名である。
本名はもはや誰も覚えていない。

アカシックレコードに接続した者。
すべてを識る超能力者。
500年生きた仙人。

そしてカジキマグロの騎士。

津波に巻き込まれつつ、九死に一生を得た彼は、神通力に目覚めた。
その噂を聞きつけた仙人が彼を弟子にと求め、修業を続け、そして。
そして彼は『全てを知る者』とつながった。

それは全てに答えてくれた。
明日の天気、山の木々の数から、過去現在未来、――彼の最期。
神にも等しい力を手に入れたのだと、神の座に登ったのだと感じた。思い上がった。

だが、それは思い上がりに過ぎなかった。

その後、彼は幾人もの弟子を取り、そして、その全てが先に逝った。
弟子たちに教えたことよりも、弟子たちから教わったことのほうが多かった。

喜び、悲しみ、強さ、弱さ。

全知から学んだことなど、取るに足らなかった。

彼は500年かけて、自分が全知の神なのではなく、無知なただの人間なのだと学んだのだ。

「日下部太朗――死んで、生まれ変わった騎士、か」

何処からか、恐らくは並行世界と呼ばれる場所から流れこんできた、ネズミの騎士の魂。
魔法使いアニムスとの『戦い』のあとで、精霊姫アニマが、何かの慈悲を働かせたのだろうか。
それとも果たして妙なる偶然か。

転生の輪の中で、指輪の従者たちの魂と触れ合った『太朗』の魂は、それらの情報を持って、この世界の太朗に宿った。

「思えば、仙人の素養を持つ弟子というのは、随分と久しぶりだな。しかも3人も同時にとは」

元から常識のタガが外れやすい人間が選ばれがちな、『獣の騎士団』。ならば、そういう事もあるのかも知れない。
中でも特に、雪待と昴は、才気あふれる子供たちだ。
そして日下部太朗――死んで生まれ変わった勇者……ある意味九死に一生を得たといえる彼にもまた、神通力の素養が芽生えていた。

「まあ、彼は、神通力の修行よりも、料理人としての修行をしてやったほうが喜ぶだろうな」

秋谷稲近。
未来を信じる彼は、ただ単に8年後の『戦い』を生き抜くだけの修行をつけるつもりはなかった。
もっと子供たちの人生が豊かになるように、戦いの後を見据えて、『大人』として教え導くつもりなのだ。


=====================


タロちゃん強化フラグ?
多分、師匠が教えるのは、心意気とか心得とかそんな感じのものだと思われ。
武術は教えないんじゃないかなー、タロちゃん才能なさそうだし、武術教えるくらいなら料理教えそうな気がします。

次回、「山篭りと子鬼」。
タロちゃんが舎弟系主人公に開眼します?

初投稿 2011.12.30



[31004] 3.山篭りと子鬼
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f
Date: 2013/03/02 15:07
山に行ったら子鬼に遭った。
『会った』、ではなく、『遭った』。
この場合は、こっちの字で正しいと思う。

「ひゃひゃひゃ、いやータローは料理ウメーなー! 久しぶりに人間の飯食ったぜ!」
「……どんだけ山篭りしてんスか……」
「んー、一(ひ)の二(ふ)の三(み)の四(よ)の……、一週間位か?」

よく生きてるものである。
夏場とはいえ、山の中で小学生が野宿など、正気の沙汰ではない。
――まさか遭難しているなんてことは無いだろうな……?

「遭難はしてねーよ。山篭りだ、山篭り」
「はあ」
「タローも修行しに来たのか?」
「いえ、俺は――」


◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 3.山篭りと子鬼


◆◇◆


――そうだ山に行こう。

日下部太朗が秋谷稲近に弟子入りしてから、既に二ヶ月近くが経過している。
季節は春から夏に変わり、小学生が待ちに待った夏休みがやって来たのだ。

とはいえ。

花子は家族と共に旅行に出かけてしまったので、今は若干暇なのだった。
宿題も終わらせてしまっているし。

(そう言えば、一学期の成績表を見せた時の両親の驚きようったら無かったなー)

一体どうしたんだ、頭でも打ったのか、いや夢でも見てるのか、という具合でひどく狼狽していた。
両親は自分たちの息子のことをどう思っていたのだろうか。
夏休みの宿題を早々に終わらせた時も、同じような反応をされた。

(解せぬ……)

釈然としない気持ちを抱えつつも、太朗はその日の予定を考える。

いつもなら花子と予習するか、学校の友だちと遊ぶか、調理師の勉強したり、師匠のところに行って修行するのだが――。

「そうだな、山に行くか」

山とは、将来の戦いで戦場になることが多い、あの山である。
幸い山への道は覚えている。
何度も行ったし、――そこで逝ったし。

「地形を身体に覚えさせておかないとなあ」

割と良く地形が変わる(姫の攻撃で土砂崩れが起こったりする)けど、土地勘を養っておくことは無駄にはならないはずだ。

「ん、じゃあ早速行くかー」

念のため働きに出ている両親に書き置き(『山に行ってきます』)を残して、装備を整えていく。
長袖長ズボンを着て、水筒、塩(日射病対策)、昼食の弁当、倉庫にあった鉈、ライター、タオル、虫除け、方位磁針、予め買っておいた地図などをリュックに詰め込む。
そして最近通販で買ってもらった庖丁セット。

「ふ、ふふふ。念願のマイ庖丁セットを手に入れたぞ! いやあ、勉強を頑張った甲斐があったってもんだな!!」

成績が良くなったので、おねだりしてご褒美に両親から買ってもらったのだ。
割りと良い物である。
毎夜取り出して、大根を桂剥きしたりして扱いの練習をしつつ、その感触にうっとりしてしまう。手入れも入念に行なっている。

「憧れのマイ庖丁と砥石……。いつかは本焼き庖丁を……! いや、次はマイ中華鍋か……? それなら、鉄鍋を片手で扱うためにも筋トレは続けないとな」

山に庖丁セットを持っていく必要があるかどうか不明だが、何となく手放したくないのだ。
新しいおもちゃを与えられて喜ぶ子供のようだ、と言うかまさにその物である。

「しかし、藪漕ぎ用の鉈と庖丁セットを装備した小学生て……バレたら補導もんだよな……」

とはいえ、このくらいしないと、安心できない。
いくら低いとはいえ山を舐めてはいけないし、それだけではなく、『あの山』は太朗にとっては鬼門だ。

「さて、問題は、ちゃんと山に入れるかどうかだよな、精神的に……」

かつての『自分』の死に場所。
トラウマてんこ盛りである。
今から心臓の鼓動が早くなるし、血の気が失せて、膝が震えてくる。

だがそうしてばかりも居られない。

「いよっし! 行くかっ!」

パァン、と両頬を張って、気合を入れる。
花子が帰ってくる前に、このトラウマは克服しておかないと、余計な心配を掛けることになってしまうだろう。
情けないところは見せられない。

「いってきまーす!」

誰も居ない家に向かって、自分を鼓舞するために大声で挨拶して、太朗は山に向かう。
太陽は未だ東にある時間であった。
大した山ではないので、夕飯までには帰って来られるだろう。


◆◇◆


はー、はー、と疲労によるものではない息を荒く吐きながら、太朗は山を登る。

「ぐう、やっぱり、きついな……、精神的に」

心のなかから沸き上がってくる忌避感に抗って、太朗は歩みを進める。

「そこの樹の根元で休むか……」

冷や汗を拭き拭き、よろよろと近くの樹の根元に座り込む。
太陽は中天。
良い感じに喉も渇き、お腹が空いている。

「昼ごはんにするか……」

水筒から注いだ水で喉を潤しつつ、背負ったリュックから弁当を取り出す。
その中身は、急ぎだったので昨日の冷めた夕飯を適当に突っ込んだものである。
勿論、太朗作である。共働きの両親の夕飯は、毎日太朗が用意しているのだ。庖丁セットのプレゼントも、そんな日頃の頑張りへの、両親からのご褒美という側面が大きかったりする。

「じゅるり……」
「ひっ!?」
「オイテケー……――」
「ひぃいいっ!? スイマセンスイマセンスイマセンーー!?」

突如頭上から聞こえた声に、太朗は恐慌状態に陥る。
なんだかんだで彼の根本的な性質(小心者)は治っていないのだ。
元から限界だった精神は、いよいよ限界を迎えようとしていた。

「ひゃひゃひゃ、おいおい、そんなビビんなよ……っと!」
「わぁああっ、お助けー!?」

声の主人が、太朗が背を預けていた樹の枝から、小柄な人間が落ちてくる。

まるで猿のような身軽な動きで、その人影は着地する。
その人影は所々に枝葉が刺さったボサボサの格好をしており、歯をむき出しに凄絶な笑みを浮かべている。
涎も垂れており、まさに山賊と言うか――いや、子鬼、とでも形容するのが正しいような有様であった。

「おい、お前! 美味そうな匂いさせてんじゃねぇか――って、逃げんな、逃げるなら、メシ置いてけよっ」
「うわああああああっ!?」
「待て、逃げんなぁっ!!」

限界突破した太朗は、そのまま逃げ出す。
弁当はしっかり持って。

「おい待てー!!」
「待てって言われて待つ奴が居るかー!?」
「メシ置いてけーっ! メシ置いてけよっ、なあっ!」

――妖怪『メシおいてけ』かっ!?

だが太朗も伊達にここ二ヶ月走りこみをしているわけではない。
正体不明の子鬼を置いて、太朗は走る。恐慌をきたして火事場の馬鹿力も出ているに違いない、もとからこの山にはトラウマがあったのだ、逃げる脚にも力が入る。
子鬼の方の体調が万全ではなかったということもあっただろう。

どさり、と太朗の後ろで、何かが倒れる音がした。

「はっ、はっ、はっ……。はぁ~、追って来てない? 振り切った……?」

太朗は、木陰に隠れて来た道を覗き見る。
……追ってくるものは居ない。

「……。どうしよう、帰ろうかな、でも、あの言葉通り、ただお腹空かせてる人だったりしたら、寝覚め悪いし――」

ごくり、と生唾を飲み込み、緊張しながら太朗は山道を戻る。
……程なくして、途中で倒れている人影を発見した。
見た感じ、『野生児』という印象を受ける。

「めしー……」
「あれ、もしかして……」

さっきは慌てていたので気づかなかったが、その呻いている子鬼には、何となく見覚えがあるような気がする。
知っている姿より大分幼いが――

「……三日月さん?」
「んぁ? どっかで会ったことあったっけ?」

闘鬼・東雲三日月(しののめ みかづき)。
後のカラスの騎士である。


◆◇◆


という訳で弁当を分けて互いに自己紹介して、冒頭に戻る。

「はー、美味かった!」
「お粗末さまッス」

お互いに水筒から注いだ水を回し飲みして、喉を潤し一段落する。

「で、三日月さんは山篭りしてたんですよね? その、お兄さんに――」
「そーそー、兄貴に勝つためになー。修行と言ったら山篭りだろ?」
「あー、そうなんスかね」
「そーだって絶対。じゃなきゃインドか中国に虎と戦いに行ったりとか」

そんで必殺の拳法に開眼したりとか。同撃酔拳とか。

「で、タローは何しに山に来たんだ?」
「……特に目的らしい目的は無いんスよねー。山を知るためとしか」
「山篭りか。そこに山があるからとか言っちゃうのか、アルピニストかっ!」
「ちげーッスよ」

だばだーばーだばだーだばだーだばだーだばだーだぁぁあああ

「というか、三日月さんは、これまで食い物どうしてたんスか?」
「草とか、果物とか」
「え、マジ野生児ッスね。水はどうしてたんすか?」
「朝露かな。あと向こうに池があってなー」
「うぇ、止まり水は、腹に悪いっすよ……。よく死ななかったっすね……。あ、絶対キノコは喰わないでくださいよ!? キノコはたいてい毒持ってますからね!?」
「マジで!? 梅雨の時期に入ってたら絶対食ってたわー」

素人のキノコ狩りは、それだけで死亡フラグです。

「あとは、ウサギとかかねー。結構美味かった」
「ちゃんと火は通しました?」
「ミディアムレアが好きでなー、ひひひ」
「寄生虫! 寄生虫気をつけましょうよ!? 帰ったら保健所行ってくださいよ、絶対!! 検査して、虫下し貰ってきて下さいっ! あと、肉は良く焼いてっ!」

保健所では安価で寄生虫その他の伝染病の検査を行なっています。赤痢などにも気をつけましょう。

「で、なんで俺の名前知ってたんだっけ?」
「え……。……、そりゃもう、三日月さんのことはうちの小学校でもゆーめーですからっ」
「おりょ、そうなの? 俺も捨てたもんじゃねーなー」

多分有名なはず。

「それにしてもタローの飯ウメーなー。今からちょっと池で魚獲ってこようかと思うんだが、そしたら焼いてくんね?」
「良いッスけど、獲るってどうやってッスか?」
「ん、ちょいと尖らせた樹の枝を投げてなー。あ、鉈貸してくれ、鉈。枝削って銛作るから」
「マジで野生児ッスね。別に良いッスけど、夕飯までには帰んなきゃならんので、それまでに獲ってきてくださいよ?」
「OKOK、直ぐ獲ってくるから」
「じゃ、火の用意しとくッスね」

意気投合し、テンションが上がってきたこともあり、それぞれが作業を始める。



「うんめー!! マジ天才だな、タロー! 塩で焼いただけでこんだけ美味く作れるとはっ……!? 絶妙な火加減!!」
「師匠に教えてもらったおかげッスねー。鯉の捌き方とか、知らなきゃ出来ないッスもん。いやー、庖丁持って来といてよかったッス」
「苦玉がどうとか言って捌いてたよな」
「ああ、腹の中の苦玉ってのを潰さないよーにするんスよ。いや、それにしても、今日は三日月さんに遭えて良かったっす。鯉を捌く機会なんか中々無いッスもん」

師匠も、実際の経験に勝るものはない、と言っていたし。

「んで、三日月さんは、いつまでここで修行するんスか?」
「んー、まー、あと一週間くらいかねー」
「そうッスか」
「あ、太朗ん家はこの近くなんだっけ? したらさー――」
「……飯作って来いってことッスか?」
「お、よく分かったなー。頼むよ、なっ? めっちゃ美味いんだもん」

太朗はしばし思案する。

――花子が帰って来るまで、あと一週間だったか……。なら、良いか。

「……じゃあ、昼飯だけッスよ? 一週間」
「おー、サンキュー!」


いつの間にか、山への忌避感は消えていた。


◆◇◆


いやー、タローは、良い拾い物だー。
やっぱり山篭りしてみるもんだな!
また飯作ってもらお―っと。

家も近いみたいだしさー。ひひひ。

それに何か、体捌きっつーか、歩き方も割りとサマになってたし。
なーんか習ってんだろーな、多分?
ひひひ、そっちも楽しみだぜ。


=====================


三日月との邂逅。
タロちゃんはやっぱり師匠から料理を学んでいる。その他にも色々? 順調に強化中。
三日月は多分胃腸が強い。生水飲んでも平気。
こうして東雲家の道場専属料理人への道が開ける、かも……?

次は、東雲半月登場か、季節外れの水着回か、修行風景かな?

『惑星のさみだれ』は、物語としての完成度が高すぎて、改変できるイベントがねーのです。
でも、太朗ちゃんには生き残って欲しい。あの、愛される少年には。
『願い事』というチートがあるので、それが正しい方向に発揮されれば、意外といける、はず?

――ではみなさん、良いお年をー。

初投稿 2011.12.31



[31004] 4.しゅぎょー!!
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f
Date: 2013/03/02 15:08
「ふ、ふふふふふっ」

庖丁を翳して、その『平』の部分(刃の側面)まで、研ぎ澄まされた鏡面仕上のぴかぴかになっているのを、矯めつ眇めつしていく。
思わず笑みが漏れる。満足。
髪の毛を上から落としてみると、そのままぷつりと二つに断たれた。

「素晴らしい……」

溜息も漏れる。
その輝きに心酔している。
研ぎレベルも上がっている。


「太朗くん、怪しい人みたいだよ……?」
「ふふふふふふふっ」
「だめだこりゃ」


◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 4.しゅぎょー!!


◆◇◆


夏休みである。
男子小学生がプールセットを持って、濡れた髪も乾かさずに道路を歩いている。

「花子も一緒にプールに来れれば良かったのになー」
「『花子』ちゃんって、タローの幼なじみの子だっけ?」 「付き合ってんの?」
「……まだ付き合ってねッス」
「え、お前ら付き合ってなかったの?」 「未だってことは何時かは、ってことか? ひゅーひゅー」 「ひゅーひゅー!」
「はいはい、そッスねー。何時かは、って思ってるスよ」

その日、太朗は日課のジョギング&師匠との談話を終えて、最近知り合った東雲三日月(&お互いの友人たち)と一緒にプールに遊びに行った。
花子も誘おうと思ったのだが、花子はカナヅチであり、しかも男子ばかりの中に誘うわけにも行かず、別行動である。
まあ、夕飯は太朗が作ったものを一緒に食べることも多いし、そのあと一緒に勉強したりしてるので、無理して日中遊ぶこともないと言えば無い。

「なんでそんな状況で付き合ってねーんだよ」 「それってほとんど付き合ってるようなもんじゃね?」
「まー、小学生で男女の付き合いは、まだ早いッしょ?」
「出たよ、胃袋握ってる男のヨユーの発言」 「付き合っちまえよ、もう」 「結婚しろ」 「爆ぜろ」

太朗と花子の仲は、よくネタにされている。
太朗の方が、小学生ダンスィらしからぬスルースキルを発揮しているためだ。
いつものお約束となった感のある会話をして、途中の駄菓子屋でアイスを買って食べたりしつつ、彼らは三々五々解散していく。

「んじゃ、またなー」 「またなー」 「さよーならー」 「あ、太朗、今度宿題見せてくんね? 頼むよ」
「んー、分かった、今度なー」
「ひひ、そうだ、タロー、お前予習してるから6年の勉強も分かるだろ? 宿題俺の代わりにやっといてくれね?」
「三日月さんは自分でやって下さいよー」
「そうツレねー事言うなって」



そして皆と別れて太朗がやって来たのは、師匠が居るいつもの公園である。

「師匠!」
「太朗、よく来たね。おや、今日は花子は?」
「俺プールの帰りなんスよ。花子は家で勉強してます」
「そうか。じゃあ、今日は何を話そうかな」


◆◇◆


太朗も花子も、早々に宿題を終わらせているので、タップリと時間はある。
だが、彼らにも彼らの友人関係があるので、いつも一緒に居るわけでもなく、昼間はほぼ毎日誰かしら学校の友人と遊びに出かけている。
二人で遊ぶことも多いが、それ以外の友人と遊ぶことも多い。

このように、師匠と知り合ったとはいえ、修行漬けというわけではないのだ。
『この多感な時期にしか出来ない経験を積みなさい』、というのも、師匠の教育方針であるからして。

師匠の弟子となっているのは、現在四名。

才気煥発、星川昴。
質実剛健、月代雪待。
沈着冷静、宙野花子。
そして勇気凛々、我らが日下部太朗。

お互いにお互いの事情があるゆえに、四人が全員揃うことは、まあ二三日に一回くらいだったりする。
昴と雪待は、もっぱら午後(放課後)に彼女らの学校の近くの公園で、師匠のレクチャーを受けている。
太朗と花子は、朝のジョギング後に師匠と話すことが多いのと、太朗らの学校からその公園までは若干遠いということもあり、午後はあまり修行に顔を出さないのだ。

だが珍しいことに、この日公園には、昴も雪待も居なかった。

「昴と雪待が居ないのは珍しいッスね」
「ああ、宿題を溜めているらしくてね、今日は帰らせたんだよ」
「なるほどー」

太朗は、手に持っていたプールセットを公園の四阿(あずまや)にあるテーブルに置き、備え付けの椅子に腰掛ける。
師匠も同じように椅子に腰掛ける。
ちなみに夏にもかかわらず、師匠はトレンチコート姿だ。だが、認識阻害の隠形術を使っているせいか、それを一般人が気に留めることはない。

「それじゃあ、今日は、どんな話をしようか。それとも、何か聞きたいことはあるかい?」
「あ、はい、師匠。聞きたいことがあります」
「そうか、それじゃどうぞ」

太朗は居住まいを正す。
『前の戦い』の記憶が蘇ってから、ずっと悩んでいたことだ。
他に誰も居ないこの状況は、太朗と秋谷しか知り得ない『前の戦い』と『8年後の戦い』について相談するには、うってつけの時間である。

「俺が識っている『前の戦い』では、師匠は……」
「ああ、君の魂が識っていることは、私にも見えている。『前』も、『六つ目』との戦いで命を落としているね」
「『前も(・)』……。師匠は、やっぱり、今回の魔法使いとの『戦い』でも、最後まで生きてられないんスか?」

縋るような、否定を期待しての、太朗の問いかけ。
それに秋谷は、首を縦に振る。

「ああ、駄目だね。鶏・亀・鼠・蟷螂・梶木鮪の五人の騎士が最初から知り合いであっても、私は『六つ目』との戦いで命を落とす。それが、未来視の終着点だ」
「どうしても、ですか――例えば、指輪の騎士の『願い事』を使っても――」
「それでも遠からず死ぬだろうよ。運命的死は避けられないし、私は、避けようとも思わない。もう私は十分生きた」

太朗は口を引き結ぶ。
太朗としては、師匠には生き残ってもらいたい。
そうすれば、獣の騎士団全体の死亡率は、劇的に下がるはずだ。
そうじゃなくても、この尊敬できる師匠が死ぬなんてのは、考えたくもなかった。

自分たちだけじゃなくて他の騎士にも、サイキックの使い方や、戦い方を教えてもらえれば、どんなに楽になるだろうか。
師匠がそばに居てくれるだけで、どんなに心強いだろうか。

だが一方で、これ以上に、500年の業を積み重ねてきた――清算してきた――老人を働かせるのも、酷なのだと感じていた。
秋谷師匠が戦列に加わっても、犠牲者は出るかも知れない。
8年後の夏以降についての、秋谷の未来視能力は、失われている。
未来は未知数だ。

そしてそうなった時、また、この老人に、子供たちが……若人が先に死んでいく様を見せつけることになるのではなかろうか。
それは、彼自身が死ぬよりも、ずっとずっと辛いことなのではなかろうか。

そう思うと、太朗は、口を噤まざるをえなかった。

「太朗、君は、優しいね」
「……」
「自分の為には、使えるものを全て使うのが正解だ。私を無理矢理にでも生かして、戦わせるのは、正し――」
「――しくない。……正しくない! 正しい訳、無いじゃないですか!」

太朗は、泣きながら叫ぶ。

「師匠は、今まで、ずっと、沢山、辛い思いをしてきたんでしょう!? じゃあ、もう休んでも、いいじゃないですかっ。
 そりゃ、俺は、師匠に生きてもらいたいです。花子も、昴も、雪待も、きっと同じ事言います。それも間違ってはないんです。
 でも、間違ってないからって、正しいとは思えない。
 師匠の気持ちを無視して、戦わせ続けるなんて、そんなのは、正しくないんだ!」

いきなりの剣幕に、師匠は目を丸くするが、すぐに嬉しげに笑いながら、太朗の頭を撫でてやる。

「はは、やっぱり、太朗は優しいな。私のために、泣いてくれるなんて。
 でも、そう言うなら、私の、死を受け入れる気持ちだって、正しくないということかな。
 君や昴たちは、私に死んで欲しくないって思ってるんだから」
「ぐすっ、はい……、間違いです。死にたいなんて間違ってます」

そう、世界に絶対正しい事実なんて無いのだ。
真実は、心のなかに。
人と人の心の間に、あるのだ。

この問題に関しては、双方が納得行くまで、話し合いを続けるしか無いのだと、太朗は思っている。

『正解がない問題は、納得が行くまで考え続け、話し合う』。
これもまた、師匠の教えだ。

「……いつか。いつか、俺が、花子たちに、俺の『記憶』について話せたら――」
「ああ」
「――その時には、また、みんなで話しあいましょう。それまでに、俺も、色々考えてみることにします。師匠を説得する台詞とか」
「ははは、私も考えるよ。まあ、死の未来を視てしまった以上、死ぬのは確定的だと思うがね」

取り敢えず、この問題は先延ばしである。
そう簡単に答えが出ることではないし、簡単に出していい話でもない。
他の姉弟子たちの意見も聞かなくてはいけないし。

「ところで、話し変わりますけど、師匠」
「なんだい?」
「指輪の騎士の『願い事』なんですけど、師匠は、『前の戦い』では『願い事』使わなかったんですよね?」
「ああ、君の中に混ざっている『ザン』くんの記憶では、そうなっているようだね」

いわゆるシューティングゲームで言う『抱え落ち』である。

「師匠は、『姫』が不治の病なのは知ってたんですよね?」
「ああ、『前の戦い』での『秋谷稲近』は、知ってたようだね」
「……じゃあ、『願い事』で『姫』を治すってのは、出来なかったんスか?」

そうすれば、問題は一挙に解決である。

「あー、それは、出来ないんだよ……」
「出来ない? どうしてです?」
「『願い事』のシステムは、精霊アニマの力によって叶えられているのは知ってるね?」
「はい」

破壊神アニムスと対になる、超越したサイキッカーである精霊アニマ。
だが、それほどの力を持っていても、彼女だけではアニムスに勝てず、ゆえに魂の縁を辿り、騎士たちに成長のきっかけを与え、彼女自らのモチベーションも高め、皆の力でアニムスを打倒する必要があるのだ。
その為の、獣の騎士団。

『願い事』は、戦いに巻き込まれる指輪の騎士たちに対する、命がけの戦いに対する先払いの報奨――賠償だ。
それは勿論、神の如き力を持つアニマによって、叶えられている。

「つまり、根本的な所で、アニマが望まないこと――『姫』が望まないことは、叶わない」
「……は?」
「『姫』である『朝日奈さみだれ』が、己の病を治すことを頑なに拒否している間は、『姫の病を癒す』という願いは、『願い事』システムから、拒絶される」
「え、えー……」

つまり、朝日奈さみだれに、地球破壊よりも魅力的な未来を提示できない限り――彼女が生きて未来を歩みたいと思わない限り、『姫の病を癒す』という願いは叶わない。
そして、『前の戦い』で師匠が死ぬまでの時間では、『姫』は翻意しなかった。その時には未だ、地球と心中するつもりだった。
……最終決戦では、『雨宮夕日』が『朝日奈さみだれ』を説得した……というか、口説き落としたが、それまでは『姫の病を癒す』という『願い事』は無効だと考えて良いだろう。

そして、そのタイミングでは、アニマとアニムスの戦いは決着が付いており、アニマの力もやがて失われゆく状態である。
よしんば最終決戦まで『願い事』の行使権を残していて、その上で姫が未来に目を向けても、それを叶えるだけの力が、もはやアニマには残っていないかも知れない。

「何てこった……。八方塞がり……」
「まあ、それは雨宮くんを信じるしか無いだろうね。あとは、人間が持つ力だね。希望を持った人間の心の力を、信じるしか無いよ」
「た、確かに、『前の戦い』では、概ねハッピーエンドになってますしね」

最終的に、奇跡的に、戦いの十年後には、朝日奈さみだれの病は完治している。
概ねハッピーエンドだ。

太朗は死んだけど。
師匠も死んだけど。
東雲半月も死んだけど。

死んだけど、皆、無意味な死ではなかったのも、確かだ。

彼らの死は確かに騎士の仲間たちに影響を与え、そういった要因が絡み合って、最終決戦にも勝利できたのだ。

「……まあ、確かにきっと何とかなるスよね。
 少なくとも、花子の物騒な『願い事』を阻止すれば、俺の方の『願い事』も、色々と融通が利きますし。
 それと師匠の『願い事』の分合わせて3つ、それを戦略的に戦力強化に使えれば、結構、みんなの生存率が上がると思うんですよねー」
「それは、そうだろうね」
「……そこで、師匠に相談なんですが」

太朗が身を寄せ、心なしか声を低めにして秋谷に話しかける。

「『前の戦い』で『東雲半月』さんがやった、『戦闘技術の受け渡し』って、師匠から雨宮さんにって、出来ませんか?」
「……ふむ、出来るだろうね」
「この『戦い』のキーは、雨宮さんです、間違いなく。雨宮さんの死亡確率を下げないことには、どの道お先真っ暗です」

雨宮夕日が死んだら、姫を止められる者が居ない。
アニマのモチベーションを上げらる『漢』が居ない。
そうなると、勝負の行方如何に関わらず、地球は砕かれてジ・エンドだ。

どうせ使わない『願い事』なら、有効に使って欲しいというのは、太朗の考えだ。
太朗は、地球破壊なんて、望んでいない。
宙野花子との幸せな未来を、切実に望んでいる。

「本当は、師匠が生き残るのに師匠の『願い事』を使ってもらうのが、一番嬉しいんスけど……」
「それは、出来ない。……すまないね」
「……いえ、いつか説得して見せまスんで。まだ8年ありますし。……まあ、どうせ使い道が思い浮かばないなら、雨宮さんの強化も、一案として、考えといて欲しいッス。強制はできませんけど」
「ああ、考えておこう」

ともかくこの太朗、この先生きのこるために、あらゆる手段を考える所存である。
騎士に選ばれるのが確定的である(秋谷が予知している)以上、ビスケットハンマーを巡る戦いからは逃れられない。
逃げたら各個撃破され、BADEND直行である。割り切って、戦いに臨むのが、一番生存率が高いだろうことは想像に難くない。

「あとは、俺と花子の『願い事』ッスけど、掌握領域強化か、何かしらの能力向上に使いたいと思ってるんスよ」
「……具体的に、何か考えているかい?」
「……そこなんスよねー。まだノーアイデアで……。だからこの機会に相談したいんスよ」

他に誰も居ないこの状況でしか出来ない相談事、其の二。
将来の戦いに役立つような、『願い事』の使い道。

「じゃあ、どうしたいか、とか、君が引き継いだ記憶の中から気づいたことを挙げていくことにしよう。そうすれば、何か、戦闘に役立つような『願い事』の使い方が、思いつく知れない」
「そうッスね。じゃあ――」

秋谷は聞き役に徹し、太朗は自分の思うところを次々と挙げていく。

「騎士の居場所を直ぐに知れると便利ッスね。四月の『戦い』の開始直後に各個撃破されるのは防ぎたいッス」
「騎士の居場所感知、か。早々に合流できれば、それだけで各個で狙われる危険も減るね」
「勿論騎士だけじゃなくて、泥人形の居場所も知りたいッスよね。泥人形相手に奇襲とか、追い打ちとか出来ると、戦術の幅も大分広がると思います」

情報は命より重い……っ!!

「難しいかも知れないね、魔法使いも、その辺については妨害してるかも知れない」
「龍球漫画のドラゴンレーダーみたいな感じで知れたら便利なんスけどねー。それが出来れば、十体目とかは、取りこぼしが無くなって一気に決着つけられそうですし」
「なるほど。索敵系の能力か……確かに有用そうだね。千里眼なら、私も多少使えるが……」
「マジっスか。ゲームで考えたら、盗賊というかスカウトというか、そんな感じの騎士が居たほうが良いかなと。んで、僧侶――というか回復役も、太陽くんだけじゃなくて、もっと序盤から欲しいッスね」

序盤のホイミの有無は、死亡率と継戦能力に顕著に影響します。

「あと、これは俺のエゴっスけど、出来れば花子には前線に立って欲しくないッスね。最初から安全圏にいてもらえるのが一番ッス」
「そうだね。……まあ、彼女がそれを受け入れるかどうかは分からないけど」
「説得するッス」

戦場から遠ざけておきたいが、そんな甘いことが通るほど、容易い戦いではない。

「まあ、頑張れ若人。しかし、掌握領域の射程と、火力的に全員で攻撃する必然性があるから、一人後方に下げるわけにもいかんだろう――」
「あー、昴と雪待の『最強の矛』みたいな感じで、威力は並でも、射程を強化したバージョンとか出来ねッスかね。二人がかりで」
「ふむ、射程強化か、そのくらいなら、願い事でどうにか出来そうだな。あるいは、練習すれば、射程も伸びるだろう。君の能力があれば、花子と息を合わせるのも出来そうだしな」

掌握領域は、使えば使うほどに、性能が向上していくのだ。
射程を伸ばすのも、練習すれば成果は現れるだろう。

「理想的には、『十二つ目』を倒したみたいに、相手の攻撃圏外から一方的に必殺の一撃を叩き込みたいッスね」
「相手に何もさせずに勝つというのは、理想型だね」
「そうッス。あ、それなら、別に圏外からじゃなくても、速攻で領域同士を重ねられれば良いんスかね? でも戦闘中に領域同士を重ね合わせるってのは、結構難しいんスよね」
「なら、その領域同士を集めやすくするような能力を考えてはどうだい? 例えば、薄い領域で戦域全体を包んで、他の騎士の領域に影響を与えて一点に誘導するとか」
「あ、それ良いかも知れませんね。磁石みたいに掌握領域同士をくっ付けるとか出来れば、使えそうッス」

雨宮の『天の庭(バビロン)』の応用のようなものだ。
『掌握領域への干渉に特化した掌握領域』というものがあれば、太朗が言ったような速攻収束一撃必殺も可能になるかも知れない。


◆◇◆


他にも幾つか案を出して、一旦その日の話し合いは終わりにする。
『願い事』の使い方や、能力の成長方針については、いつでも考えられるし、じっくり考えることも必要だからだ。

だが、今この瞬間でなくては出来ない修行もあるのだ。
あまり考え事ばかりに耽ることも出来ない。

「よし、じゃあ、今日の分の練習始めようか。家でも套路(歩法・呼吸法を合わせた総合の型)は練習してるね? 毎日やらないと、身につかないからね」
「ウッス! やってるッス」
「じゃあ見てあげるから、始めて」
「よろしくお願いしゃーッス!」

太朗は主に攻撃のいなし方というか、避け方を秋谷から習っている。
泥人形に素手で攻撃することは意味ないし、泥人形の攻撃をマトモに受けることは死を意味するからだ。
だからどんな足場でも逃げられるようにと、武術の歩法などを覚えることにしたのだ。

勿論、足腰の鍛錬のために日々のジョギングは欠かさないようにしている。
その他にも、柔軟な筋肉をつけるために、河原の斜面をジグザグに緩急をつけてダッシュしたりもしている。
時々は、三日月と一緒に山野を駈け回ったり(追いかけまわされたり)もしている。

……転生しても、太朗は武術に関しては才能不足なので、攻撃面は全く捨てることにしたのだ。
とにかく逃げて、避けて、最悪でも受け流して、絶対に死なないということを第一義に置いている。それなら、なんとか物になるだろうという目論見だ。
あと実は、散打(乱取り)の練習は、師匠相手よりも、実は三日月相手(一方的に襲撃される)の方が多かったりもする。

「ふっ、とっ、せっ――そういえばっ、師匠っ、さっき、なんか、『君の能力が』、『あれば』っ、とかっ、なんとかっ、言って――」
「あー、そういえば、口滑らしたような気もするなー。はっはっは」
「とっ、やっ――気にっ、なるんスけどっ!?」
「まあ、仕方ない。後で少し、触りだけ教えてあげよう」


とまあ、こんな感じで、師匠に稽古をつけてもらったり、話し合ったりして夏休みの日々は過ぎていく。


いつか花子と一緒にプールにいけると良いな、太朗。
そして手取り足取り、水泳を教えると良いっ!


=====================


願い事では『朝日奈さみだれの病を治せない』というのは、私の勝手な解釈です。

生存のための能力と、それを叶えるための願い事についての話。ここで挙げてたのを全部実装するかどうかは未定。
んで、タロちゃん神通力フラグオン。そこまでチートな能力では、ない、はず。キーワードは「UFOっ」。

次回、「5.神通力覚醒!?」

早く半月さんも出したいですなー。
書き始めた当初は、古雲流をマスターしたTAROUちゃんにしようと思ってたのに、いつの間にかそんなフラグは無くなってる始末……。
まあ、タロちゃんは武術家よりは、料理人で居させたかったので、仕方ないっすね。

初投稿 2012.01.01
あけおめことよろ。



[31004] 5.神通力覚醒!?
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f
Date: 2013/03/02 15:08
夕飯のあと、いつもの様に太朗と花子は一緒に勉強している。
今日は太朗の部屋で勉強会だ。
今やっているのは、中学生一年生相当の参考書である。分からないところがあれば、師匠に聞くことになっている。

「なー、花子ー」
「何ー、太朗くん?」
「え、えーっと……」

意を決して、太朗は花子に話しかける。

「手、繋いでも良いか?」
「……良いけど、急にどしたの?」
「――手を繋げば、分かる」
「変な太朗くん」

二人はそっと手を握り合った。


◆◇◆


公園の四阿(あずまや)で、秋谷の講義を聞く太朗。
珍しいことに、姉弟子たちは今日は居ないようだ。

「いい機会だし、ちょっと神通力について教えてあげよう」
「はい、師匠」


――神通力、あるいは六神通。

神足通、テレポートや飛行。阻むもの無し。
天眼通、霊視や千里眼や未来視。見えぬもの無し。
天耳通、神の声を聞き遠くの音を聞く。聞けぬこと無し。
他心通、人の心を読み取る。心を完全に理解すること。
宿命通、自分や他人の前世を知る過去知能力。魂の来歴を知る。
漏尽通、解脱し神仏と等しくなること。悟りの境地。

「色々あるんスねー」
「まあ、これは仏教の定義だけどね。実際は、もっと適当で出鱈目なものだよ」
「掌握領域も、その一つッスか?」

アニマから与えられる(目覚めさせられる)超能力だ。

「そうだね。巷で言われているPK能力やESP能力も、その一つと言って良いだろう。古来から言う仙術や呪術、魔術だってそうだ」
「なるほど……。じゃあ、『願い事』でそういった能力を覚醒させるってのも出来るんスかね?」
「出来るだろうね。掌握領域を与えるのと同じようなものだろうから。この世界にも、私のように、そういった天然の能力者は居るし」

さて、前置きはこの辺で終わりで、いよいよ本題である。

――太朗の能力とは?

「ま、コレに関しては、実際に体験してみるのが早いかな。……太朗、手を出して」
「? はい」
「じゃあ、目を瞑って、手の感触とそこから流れてくるモノ、脳髄と魂の奥に働きかけるチカラを意識するんだ。
 難しいようなら、掌握領域を使う感覚を思い出すといい。アレも神通力の一種だからね」
「はい、やってみるッス」

太朗は目を瞑り、集中する。
秋谷が、太朗の手を握る。

「じゃあ、行くよ? ちゃんと覚えるんだよ――」

そして太朗の意識は、光に呑まれた。


◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 5.神通力覚醒!?


◆◇◆


白。
いや、黒?
何かの奔流に呑まれ、太朗の意識は流されていた。

何か。

それは未来。
それは過去。
それは現在。

その奔流は、何処から来るでもなく、太朗を中心に溢れ出していた。

それは慟哭。
それは無念。
それは悲哀。
それは歓喜。
それは感謝。

出会い。
別れ。
従者たちの記憶。

生まれ変わった彼に根付いた、記憶の奔流。
だがそれだけではない。
彼が輪廻の輪で触れた全ての情報が、蓋を外されたかのように溢れ出して彼の魂を呑み込む。

――“やばい。”

『相対性理論』 『大統一理論』
  『相克渦動励振原理』
   『形而上生物学』 『生命の樹』 『神への階梯』
 『ブレーン』 『超弦理論』 『量子重力』
『28次元重力立面理論』
  『黄金の夜明け』 『薔薇十字』 『テンプル騎士団』
 『ヘルメス・トリスメギストス』 『ジョン・タイター』 『ジェームズ・フレイザー』
『アカシックレコード』 『輪廻の輪』 『宇宙大帝』 『多世界量子重算炉』

――“あ、あ、あ、ああああああああああああっ!?”


流れ出す圧倒的な情報に呑まれ、彼自身が消えてしまうかとも思われたその直前――

「おっと、大丈夫かい?」

呼びかける師匠の声によって、留められた。

――“し、師匠?! ど、どこッスか?”

「直接交信しているから、姿は見えないよ。それにしても、驚かせて済まなかったね」

――“いえ、ところでこれ、というか、ここ、何なんです? さっきのはっ、一体――”

「それは後で説明しよう。この感覚を忘れないようにね。魂が交わる感覚を――」

――“し、師匠ーー!?”

唐突な浮遊感、いや、落下しているのか?
太朗の意識は、今度は闇に呑まれる。
溢れていた情報という光も途切れて消える。


◆◇◆


「とまあ、さっきのが君の能力な訳だ」
「……」
「おーい、太朗、起きてるかー?」
「……う、うぅ……師匠、さっきの何なんスか、頭ン中ぐちゃぐちゃになって千切れて破裂して無くなるかと思ったッス……」

秋谷は心配そうに、四阿(あずまや)のテーブルに突っ伏している太朗を覗き込む。
太朗はジト目で睨み返す。

「済まん済まん、思っていた以上に太朗の能力が強力でな」
「……結局、さっきのアレ、何だったんスか?」
「ん、接触感応だよ」

接触感応。
サイコメトリー。
触れることで、物体の情報を呼び出したり、人の考えを読み取る力。

「へー、サイコメトリー……ッスか……。これって、使う度に、さっきみたいなことになるんスか? 精神が持たねーと思うんスけど」
「いや、さっきみたいにはならないだろう。
 さっきのは、『私が太朗から読み取った太朗の魂の記憶』を、さらに太朗がサイコメトリーで読み取ったせいだね。
 私が間に入ることで、魂の情報がクリアになって、普通以上に色々と読み込んでしまったんだろう。私もさっきはサイコメトリーを使ってたからね」

秋谷の並外れた神通力が、太朗と秋谷の間で作用し、アンプになったのだ。
それだけでなく、ひょっとすれば、秋谷を通じて、太朗もアカシックレコードの末端にでも触れたのかも知れない。
ぎりぎりで秋谷のフォローが間に合ったが、そうでなければ、どうなっていたことか。

「能力覚醒のために、私の方からも積極的に思念を流していたしね。
 普通はそんな風に思念がハウリングするみたいに増幅深化することはないはずだよ。
 読み取れるのも、最初のうちは表面的と断片的な呟きのような思念だけだろう。その内通信速度も向上するがね」
「はあ、そうッスか。で、これ、何に使えるんスか?」

そこんとこ重要である。役に立つのかどうか。

「それは自分で考えるんだ。教えてしまっては、それが枷になる。そこが限界になってしまうからね。超能力は、想像力が左右する」
「えー、せめてヒント下さいよー」
「まあ、少なくとも言葉を使わずに他人と心を通じ合わせることくらいは、簡単に出来るだろう。
 最初は、相性が良い人間との間だけ、だろうけれどね。それ以上は、修練次第だ」

つまり、『手を合わせて見つめる だけで、愛し合えるし話もできる』と。

「実は君は、無意識に少しはこの力を使っていたんだよ?」
「え? そうなんスか?」
「初めて私と会った時、花子の手を握って目を見て話すように言っただろう?」
「……あれにそんな意味が」

確かに、自分が何を語るべきなのかが、『心』で理解できたと感じたのを、太朗は思い出す。
花子の心が分かったような気がしたし、こちらの伝えたいことも、ほんの短い言葉で言葉以上に伝えられたような気もする。
それも、未熟ながら発動していたサイコメトリーが力を貸していたのか。

「ということは、花子に対してはこの能力が使えるんスね?」
「そうだね、魂の相性が良いんだろう」
「……そっか、相性いいのかー……。にへへ」

思わずニヤける太朗。
花子が自分にとっての特別だということを再確認出来て嬉しいのだ。

「よく以心伝心と言うだろう? そういったチカラは、誰しも多少は持っている持っているものなんだ。太朗は、それが少しだけ人より強いんだ」
「なるほど……。でも師匠、『前の戦い』の時は、こんなチカラ、持ってませんでしたよ、俺」
「まあ、そうだろうね。これは、今の君だからこそ目覚めた力だ」

前世で太朗は、ビスケットハンマーを巡る超常の戦いに身を投じた。
転生の輪で従者たちの魂とふれあい、その記憶を写し取った。
そして今生では、終わってしまった人生の記憶を思い出した。

そんな太朗だからこそ。
二回目の人生だからこそ。
彼はこの能力に目覚めたのだ。

すべての変化は不可逆。
似たものには戻れても、同じものには戻れない。
『前の太朗』と、今の太朗は、同じではない。

「なるほど、つまりこれはいわば、神様からのプレゼント……。神は俺に生きろと言っている、という訳ッスね!」
「まあ、君の生への執念が報われたということだね」
「これも、掌握領域と同じように、使えば使うほどに強力になるんスか?」

と言っても、サイコメトリー能力を使いまくるって、いまいちやり方が分からないのだが。

「うん、そうだね。さっきの情報を取り込む感覚を忘れずに、色々試してみると良い」
「……例えば、古い庖丁から、料理人の経験を読み取ったり出来るッスかね?」
「出来るとも。太朗が望めば、ね。……望み確信すれば、能力は応える」

それは素晴らしい。
サイコメトリーを通じて、料理人としての経験値を積むことも出来そうだ。
8年後の戦いが、ハッピーエンドになった暁には、おそらくこのサイコメトリーもアニマが『持って行って』しまうだろうから、それまでが勝負だ。

「おおおおっ、モチベーション上がってきたっ」
「まあ、暫くは私相手か、花子相手に練習すると良いだろう。それ以外では中々発動するまい」
「……、花子相手にってことは、やっぱり、手を握って集中するってことッスか?」

それは、嬉し恥ずかしな修行方法である。
師匠は笑顔で頷く。その通りらしい。

「しかもただ考えを読み取るだけではない、太朗の考えも花子に伝わるはずだ。双方向だ」
「お、おぉう……」
「頑張れ若人」


兎に角、太朗は、【接触感応能力(サイコメトリー)・弱】に開眼した!


◆◇◆


そして冒頭に戻る。

『色々あって、師匠のお陰で、サイコメトリーに目覚めた』
『……』
『もしもし? 花子、【聞こえて】る?』

『……は? え、何コレ、頭の中に太朗くんの声が響いて、……幻聴?』
『幻聴じゃないから。接触感応って言うらしいよ』

……花子は太朗の顔と、手を交互に見比べる。
唖然として、言葉は出ないが、思念はグルグルと回っている。
それが太朗にも伝わる。

『うわぁん、たろくんが人間辞めたぁー!?』
『失礼なっ』
『私は、たろくんをっ、そんな風に育てた覚えはありませんっ、うわぁん!』

太朗は焦る。
『前の戦い』で指輪の従者が現れたときには、『花子』は割と簡単に受け入れていた。
だから、今回のサイコメトリーカミングアウトも、すんなり行くと思っていたのだ。

『うう、でもでも、まだほんの少ししか使えないしっ! こんな風に念話出来るのは、花子との間だけだしっ!』
『私だけ……?』
『そうそうっ! 花子だけにしか使えないから――』

“だからこれからもこうやって、練習させて”という言葉を続けようとして、それは花子の口から出た言葉に遮られる。

「私だけ……。――うん、なら、良いかなっ」

恐慌していた花子の精神が落ち着いたのを、太朗は、手の平から伝わる思念から感じ取った。
見れば、花子の顔も嬉しそうに見える。
花子が嬉しいと、太朗も嬉しい。手の平を通じて、お互いの心に、温かい何かが巡る。

二人はどちらともなく微笑みあった。

「それで、相談なんだけど――、時々、こうしても良いかな」
「うん、良いよ」
「ありがとっ。――あ、このサイコメトリーのことは、秘密にしといてね」

『二人だけの秘密』というやつである。
危ないような、心躍るような響きである。

太朗が、自分が抱えている全ての秘密――前世の知識、8年後の戦い、師匠の死の運命、その他色々――を、花子に話せる日も、あるいはそう遠くないかも知れない。


◆◇◆


後日。いつもの公園にて。

昴は、師匠との空手(?)の訓練を終えた雪待に、用意していたタオルと、麦茶を注いだコップを渡す。

「ユキ、おつかれー」
「おー、ありがとー。気が利くねー、いーお嫁さんになるよー」
「はいはい」

よく冷えた麦茶を飲んで、汗を拭きながら、雪待は隣のベンチを見る。
そこにはさっきまで一緒に組手をやっていた(というか、育成方針の違いがあるため、実際は一方的に雪待が攻撃していただけなのだが)年上の弟弟子が座っていた。日下部太朗だ。
その隣では、彼の幼なじみである宙野花子が色々と世話を焼いている。

「タローさんと花子さん、仲いーよねー」
「そーだね」

付き合いが短い二人から見ても、太朗と花子の仲は良いというのは、すぐに分かる。
今だってお互いに手を握って、時々微笑み合いつつ、花子は太朗の汗を拭いてやったりしている。
そこには言葉はないが、お互いの言いたいことは分かっているようだった。

昴と雪待が、もう少し男女の仲について何かしらの知識を得れば、太朗と花子の仲の良さを見て何かしら男女の仲を勘ぐったかも知れない。
だが、二人の少女は、まだ小学校に上がるかどうかという歳なのだ。
そんな二人が弟弟子コンビに抱く感想は、恋人とかそういう事ではなく――

「まるで、お父さんとお母さんみたいだねー」
「だねー」

――それを一足飛びにした『夫婦』というものであった。
身近にいる男女の組のサンプルが、そのくらいしか無いから仕方ないと言えば、仕方ないことである。
だが、それはかなり的確に、太朗と花子の仲を表しているかも知れなかった。


=====================


という訳で、タロちゃんが開眼したのは、サイコメトリー(花子限定)でした。そのうち成長するかも知れませんけども。
タロちゃん強化というより、スキンシップ促進のためのギミックですね。前の話で挙げた幾つかの能力を実現するための布石でもあります。
花子を守って死んだんだから、このくらいの役得があっても良いはずだー、と思います。もっともっと、二人でいちゃつけー。


次回は、『東雲家にて』というところでしょうか。東雲半月登場予定。

初投稿 2011.01.02



[31004] 6.東雲家にて
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f
Date: 2013/03/02 15:08
8月末日――の前日。
別名小学生の憂鬱。
一部の小学生は、溜まりに溜まった宿題という名の敵に立ち向かい、阿鼻叫喚の地獄を体感する。

「あー、終わらねー。何で世の中に宿題なんてもんがあんだよ……」
「学生の仕事は勉強ですからねー」
「いや、子供の仕事は遊ぶことだろー。あと修行」

ここにもその阿鼻叫喚を体験している小学生が一人。
そしてそれに巻き込まれた舎弟系主人公が一人。
闘鬼・東雲三日月と、我らが勇者・日下部太朗である。

「というか俺、何で上の学年の宿題やってんスかね」
「まー気にすんなよ、ひひひ。俺とタローの仲じゃねーか」

気にするッスよ。
まあ、餌に釣られたのはタローなわけだが。


◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 6.東雲家にて


◆◇◆


夏休みの最終日も近くなった8月30日。
とはいえ、太朗も花子も、別に何かやることが変わるわけではない。
いつもの様に朝のジョギングをし、その後近所の公園で師匠の講話を拝聴し、勉強したり料理したり手をつないでまったりしたりしていたのだが。

アイスでも買いに行ってくる、と太朗が炎天下をコンビニに向かって出かけたのが不味かったのだろう。

「お~! タローっ、良い所にっ!」
「あれ、三日月さん。どしたんスか」
「手伝ってくれっ!」
「はい?」

え、と疑問に思う暇もなく太朗は三日月に手を引かれていく。

「いやー、ほんと助かったぜー」
「え、ちょっ、何スか? 何なんスか!?」

離ーしーてー、と憐れな少年の叫びが街に響いた。
ちなみに太朗が今日着ているTシャツには、『ゴーヤ』と書かれていた。


◆◇◆


一方、花子はアイスを買いに行った太朗が帰って来るのを待っていた。

「たろくん遅いなー。何処まで買いに行ったんだろ」

その時、うわあああああああーーー!? という聞きなれた声が表から響いてきた。

「……? たろくん?」

声に引かれて部屋の窓から道を見ると、黒っぽいトレーナーを来た男子――多分まだ中学生にはなってないだろう――に引きずられていく太朗が見えた。
おそらく、引きずって行っている上級生は、太朗の話に時々出てくる『東雲三日月』という男の子なのだろう。

「……あれじゃ、多分戻って来れないね」

別に太朗を追いかけても良いのだが、そこまでしなくても危険があるわけでもなかろう。
それに花子とて厄介ごとに巻き込まれるのは御免被りたい。

「ごめんね、たろくん」

南無ー、と合掌して、花子は太朗のことを見て見ぬふりをした。
薄情なのではない、信頼の証なのだ。恐らく。


◆◇◆


というわけで東雲邸。
何度か遊びに来たことはあるが、相変わらずその武家らしい屋敷構えには感嘆の念を覚える。
古武術『古雲流』の道場も併設されており、庭にも池があったりと、やたらと広い屋敷である。

「……はあ、宿題を手伝って欲しい、と」
「そーそー、頼むぜ、タロー」
「……俺以外に助っ人は?」

三日月は首を振る。

「俺の友人に、今この夏の終わりに他人の宿題を手伝える余裕がある奴が居るとでも?」
「何故そこで自信満々に言い切れるのか分んねッスけど、まあ、そうッスよねー」

その返答を予期していたのだろう。
太朗は肩を落としてため息をつく。

「で、まあ別に手伝うのはやぶさかじゃねッスけど、俺に何か得あるんスか?」
「いーじゃねーか、友達だろー?」
「友情には報いるものも必要だと思うッス」

サイコメトリーを介した花子との交信で、太朗の語彙は飛躍的に伸びている。
サイコメトリーへの慣れによって行き交う情報量が増え、お互いにジャンルの違う読書によって培った知識(太朗の場合は転生の際に転写した知識も含む)が行き来して共有されたためだ。
それでも、未だに太朗は花子に、『今の自分』の魂の来歴を明かせないで居る。それも時間の問題だろうが。

それはさて置き、報酬の件である。
ここで済し崩しに三日月に協力すれば、のちのちずっとこき使われる羽目に――は恐らくならない(三日月は気が利く男であるので)とは思うが、まあ予め取り付けておくに越したことはない。
しばし三日月は考える。――が、上手い考えは浮かばないようだ。

「うーん、ちょっと直ぐには思い浮かばねーなー……」
「それなら――」

そこで太朗は助け舟を出す。
実はこの屋敷に来たときに目に入ったものが、えらく太朗の興味を惹いているのだ。
それは恐らく古雲流の門下生からの差し入れと思われるモノ――

「玄関に置いてあった『ゴーヤ』、一つ譲ってくれません?」
「んぁ? 『ゴーヤ』?」

そう、それは『ゴーヤ』――苦瓜であった。



別に太朗が特段ゴーヤが好きだという訳ではない。
ただ、ある意味時間逆行してきた太朗にとっては、微妙に今の時代で手に入りづらい食材でもあったのだ。

そう、ゴーヤと言えば、沖縄!
夏の食材!
この暑いさなかに、ゴーヤチャンプルーでも作って食べれば、どんなに美味しいだろうか!

という訳で、いささか図々しいかなとは思いつつも、お裾分けをねだってみたのだ。

「あー、なんかあのでっかいキュウリみたいなやつか。お袋に訊かなきゃワカンネーが、一本くらいなら良いんじゃねーの? 二十本くらい在ったみてえだしな」
「ヨッシャ!」
「まあ、あんだけあると、腐る前に使い切るのも大変だろーしな。――で、それで何か作んのか? 美味いのか?」

興味津々といった様子で、三日月は訊ねる。
三日月は太朗の料理の腕前をよく知っている。以前山篭りの最中に差し入れを持ってきて貰ったりもした。
ゴーヤは、三日月自身は見たことのない食材であるものの、きっと太朗ならば、上手に料理してのけるだろうと確信していた。

「まあ、先ずはさっさと宿題やりましょうよ」
「そーだな」



……数刻後、二人がかりでやれば、わりと宿題も進展する。
どうにか明日いっぱい同じように作業すれば、全て片付きそうだ。
――太朗が担当したのは、算数や理科の問題であり、反復練習により知識が確固としたものになったので、太朗にとっても無駄ではなかったのは確かである。

とはいえ、頭を使えばエネルギーを使い、即ちお腹が空く。
そんでもって、ちょっと小腹が空いたという三日月の提案もあり、あれよあれよという間に、いつの間にか太朗は、東雲邸の台所に立っていた。
――それに加え、「珍しい食材なら、それを自由研究のテーマにしようぜ」という三日月の思いつきもあった。




そんな訳で、太朗と三日月はは自由研究用の使い捨てカメラと、その他の材料を買いに近くのスーパーへと走った。

「えーと、豚バラ肉と、木綿豆腐、ニラ、モヤシ……卵とニンジンや調味料は、三日月さん家の台所から拝借するとして……」
「手馴れてんなー」
「ええ、まあ。ウチでは大抵俺が飯作ってますから。それよりお金出してもらって良かったんスか?」
「何、気にすんな、手伝ってもらった礼だ。それに、飯とかお菓子奢ってやるより、食材プレゼントした方が、タローも嬉しいだろ? 明日も手伝ってもらうしな、ひひひ」

実際、その通りなので太朗は文句を言わない。
三日月の食いっぷりも良いので、太朗としても作り甲斐があることだし。食べた人の笑顔こそが、料理人への最高の報酬なのだ。
食材を選んで、最後に使い捨てカメラ――幸いこれもスーパーの行楽用品のところにおいてあった――を籠に入れ、会計をする。金額的には予算内に収まった。





ところ戻って、東雲邸。
スーパーから帰ってきた二人は、台所に立つ。
実際の調理は太朗がメインで担当し、三日月はアシスタントと写真撮影に徹するということになっている。

「自由研究としての体裁を整えるためには、あとでゴーヤの説明文でも何かで調べて写さなきゃいけねッスね」
「それなら確か、兄貴の部屋に植物図鑑があったはずだぜ」
「んじゃ、あとでそれ見せてもらいましょー」

食材や調理器具、調味料を並べて、三日月が写真を撮る。

「先ずは下ごしらえッス。豚肉を切って、それに塩を少々かけて、揉み込みます」
「ほうほう」
「んで、二三十分放置して熟成させます」
「……腐らねーの?」

確かに夏場は食中毒が怖い。

「ちゃんと手は洗いましたし、あとで火を通すからOKッス。あと味を染み込ませたほうが美味いッス」
「ふーん。まあ、任せるぜ」

太朗は豚肉を一旦ボウルに放置し、次の準備に取り掛かる。

「木綿豆腐は、重石を載せて水を抜いておきます」

キッチンペーパーに豆腐を包み、上から重石を載せる。
こっちも二三十分時間がかかる。
重石を載せる以外にも、電子レンジでチンするなどという方法もある。

「そのうちに、ゴーヤの方も下ごしらえしましょー。三日月さん、写真撮ったら手伝って下さい」
「お、漸く俺の出番か」

ゴーヤを真ん中から縦に二つにし、中の白いワタの部分をスプーンで掻き出す。

「この白いとこが苦いんで、取っちゃいましょう」
「OKOK。こうか?」
「そんな感じっす」

それが終われば、次にゴーヤを4ミリ幅くらいに輪切りにし、しっかりと塩を揉み込んで、やはり二三十分置いておく。

「こうすると、大分苦味が抑えられるんスよ」
「ほー。と言うかゴーヤって苦いのか」
「ニガウリって言うくらいッスからね。んじゃ、他の材料も切っておきましょうか。二十分くらいしたら、続きをしましょー」

取り敢えず、下拵えが終わるまで、小休止である。
小休止といっても、太朗はレシピを自由研究用に纏めているし、三日月も兄の部屋から植物図鑑を持ってきて、ゴーヤの項目を写したりなどしている。
そして、二十分強の時間の後、再び調理再開である。

「先ずは豚バラ肉の余分な油を落とすために、軽く湯通しします。三日月さん、お願いします」
「おう、了解。タローは何すんの?」
「今のうちにゴーヤを洗って絞って水切りしときます。その後、ゴーヤにも軽く湯通ししましょう」

さっと若干色が変わる程度に豚バラ肉を湯にくぐらせる。
それを1センチ幅くらいに切る。
ゴーヤも湯通しする。面倒なので、豚バラをくぐらせた湯をそのまま使っている。

「じゃあ、いよいよ炒めます」
「おお、もうすぐ出来上がりだな!」
「はい。あ、三日月さんは、卵を溶いておいてもらっていいッスか?」

豚肉を炒め始めると、そのいい匂いが台所に充満する。
そこに太朗はチューブのおろしニンニクを投入。食欲をそそる香ばしい香りだ。

「おおー、良い匂いだな! 涎が出ちまうぜ」
「もう少しッスよー」
「にしてもなんか、お袋みてーだな、タロー」
「ははは、そうッスか?」

実はこっそり庖丁や調理器具からサイコメトリーして、東雲母の調理技術やら、台所での器具の配置やら何やらを読み取っている太朗であった。
最近は調理関係の知識限定で、モノからもサイコメトリー出来るようになったのである。

豚肉の表面が色づき始めたので、太朗は湯通しして水気を切ったゴーヤと、ニンジンを投入する。
豚肉から出た脂がじゅじゅうと音を出す。
火を強めて炒めると、材料がクタッとなってくる。三日月は随時それをカメラに収めている。

「じゃあ次ッス。三日月さん、豆腐を千切って入れてくださいッス」
「お? 手でちぎんのか?」
「そうッス、お願いします」

三日月が重石で水切りされた豆腐を手に持ち、適当な大きさに千切ってフライパンに投入していく。
その横で太朗は、ニラとモヤシを入れていく。
さらに一分ほど炒め、最後に味付けだ。

「最後に入れたのにも火が通って来ましたし、仕上げッス」

塩、胡椒、醤油、酒、胡麻油を少々加え、味を馴染ませるために軽くかき混ぜる。
豆腐を崩しすぎないように気をつける。

「あ~、めっちゃ良い匂いしてきた! タロー、まだか!?」
「もうちょっとッス。溶き卵持ってきて貰えます?」
「お、なるほど最後に入れて半熟にすんだな?」

味が馴染んだ具材に溶き卵を流し込む。
直ぐにはかき混ぜず、蒸気で卵が少し固まるまで30秒ほど待ち、さっと掻き混ぜて半熟にする。

「完成ッス、『ゴーヤチャンプルー』!!」
「おお! うんまそ~! 食器の準備はできてるぜ」
「ウッス、すぐについじゃうッスね」

器に盛りつけた後に鰹節をまぶせば完成である。



その時であった、玄関の引き戸がガラリと開く音がし、若い男の声が聞こえてきたのは。

「ただいまよっと――おー、なんかめっちゃいい匂いすんな、夕食にはまだ早いってのに――」

「お、兄貴帰ってきたのか」
「へえ、お兄さんッスか、あのめちゃ強いっていう。『ゴーヤチャンプルー』も、二人で食べるには作り過ぎちゃいましたし、一緒に食べてもらいましょーか」

三日月の兄である天才武術家――風神・東雲半月の帰宅である。


◆◇◆


「いやー、ごっそさん。太朗くんのメシは美味いなあ! 三日月にはもったいない友達だ」
「いえ、お粗末さまッス」
「勿体無いってなんだよ、バカ兄貴」

三人は東雲邸の居間でゴーヤチャンプルーをつついていた。

「半月さんは大学生、でしたっけ?」
「そーよー。まあ今は夏休みだけどね」
「まだあと一ヶ月も休みあるんだろー。大学生って良いよなー。宿題もないみてーだし」

三日月は半月に対して、複雑な感情を抱いている。
その中でも最も大きいものは、『ズルい』という感情ではないだろうか。

漫画を読んでだらだら過ごしてばかりのぐうたらな兄だが、決して辿りつけない強さの高みに居るのだ。
三日月とて無才ではないし、日々彼なりに努力している。
それでも全く敵わない。きっと強くなる木の汁でも吸ってるのだ蝉みたいに、などと三日月は考えている。

実際は、過去に愛玩超人インコマンに憧れていた半月は、かなりの修練を積んでいたのだが、十歳近くも歳の離れた三日月にはそれを知る由はなかった。



料理の後片付けをしたら、それなりに時間が経ってしまった。
そろそろ日も傾いてきている。

取り敢えず残りの宿題は明日やるということにして、太朗は東雲邸を後にする。
ゴーヤもさらに何本か頂いた。
どうやらそれは、実家が沖縄にある門下生の方がお裾分けしてくれたものらしいと、半月が言っていた。

「じゃあまた明日も頼むな、タロー!」
「夜のうちにも宿題進めといてくださいよ? 三日月さん」
「またおいでね、太朗くん」

東雲兄弟に見送られて、太朗は家路を急ぐ。

「いい友達持ったじゃないか、三日月。大切にしろよー?」
「……わぁーってるよっ!」
「ひひひ。宿題もちゃんとやれよー?」

半月に乱暴に返しながら、三日月は自分の部屋にドスドスと歩いて行く。

それをニヤニヤと見送ったあと、半月は顔を太朗が去っていた方に向けるとポリポリと頭を掻く。

「何か、不思議な感じがする子だったなぁ。でも嫌いじゃあないぜ、ああいう『覚悟』の座った男の子は」

もう既に誰かに師事しているようなので古雲流に入門は薦めなかったが、あの子はきっとヒーローになる、と半月は感じていた。

「それに、何故だか知らないが、俺の戦友かつ命の恩人になる気がするぜ。
 そう囁くのさ、俺の『直感』が――なんてな。ひひひ」

東雲半月――直感の天才であり、稀代の武道家であり、特撮や漫画にも造詣が深い男である。


◆◇◆


太朗が東雲邸に残したゴーヤチャンプルーのレシピは、ゴーヤと共に東雲家近隣にお裾分けされていくことになるのだが、それは余談である。


=====================


東雲半月登場。しかし弟子入りはせず。もう師匠から色々習ってますしね。

太朗はシアとかダンスの記憶の断片も持ってるんで、神余さんの存在は知ってます。まあ、漫画本編で触れられたことはだいたい知ってると思っていただければ。
剣術家の神余さんは、多分まだ河原には居ないんじゃないかな。あと二三年したら居ると思います。白道さんが学生の頃から剣を習ってたらしいので。
……太朗は、時間的な制約からこれ以上誰かに師事したりはしないと思います。それくらいなら花子と仲を深めるか料理技能を鍛えると思われ。河原に差し入れに行ったり位はするかも?

――実は花子の性格改造にともなって、カマキリの騎士を花子から神余さんにしようかとも思ったのですが、流石にそこまで変えると大変なので断念。
神余さんが騎士になったら、願い事は娘の胸の病の治療なのかなー。


次回は一気に時間を飛ばして『中学生日記』といったところでしょうか。

初投稿 2011.01.03



[31004] 7.ちゅー学生日記
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f
Date: 2013/03/02 15:09
魔法使いとの戦いは、あと三年後に迫っている。

魔法使いアニムス。
32世紀の超越的サイキッカー。
世界の始原に向かって、ビスケットハンマーで地球を砕き、時空を擂り潰して進む逆行先進波。

精霊アニマ。
アニムスの双子の妹。
アニムスを止めるために、彼をルールで縛り、獣の騎士団によるゲームへと持ち込んだのだ。

ゲームの内容は、アニマが選んだ12人の指輪の騎士たちと、アニムスと彼が創造する泥人形12体とのバトルロイヤルである。

12人の指輪の騎士は、アニマによって騎士の証である指輪と、サポートの獣の従者、そして『掌握領域』というサイキック能力を与えられる。
また、命がけの戦いへ巻き込むことへの賠償に、騎士たちは、一つだけ『願い事』をアニマから叶えて貰えるのだ。
騎士に選ばれるのは、超常に憧れ、超常を見る、『頭のネジが特別外れやすい人並み外れたバカども』である。

対して泥人形は、その名の通り、土を媒介に造られるゴーレムのようなものである。
アニムスの下僕である12体は基本的には順繰りに出現する。
それぞれは目玉の数で何体目の泥人形か識別できるようになっており、目の数が多いほど、強力になる。

それぞれの陣営の、ゲームの勝利条件は簡単である。
騎士たちは、全ての泥人形を撃破後、ラスボスである魔法使いアニムスを撃破することで、勝利である。
アニムス側は、精霊アニマが宿る器である『姫(プリンセス)』を殺害することが勝利条件――というか惑星破壊兵器ビスケットハンマーの発動条件である。

――まあ、細かいルールは戦いの度に幾らか変更が加えられることもある。


『――と、こういう戦いがあと三年したら始まるのさ』
『……たろくん、夢の話はいいから。せっかくイイ雰囲気だったのに』
『夢じゃねー!! 頭が可哀想な人扱いすんなよ!! 俺だってそう思われるからずっと秘密にしてんだよー!!』

むー、と太朗は花子とサイコメトリーで会話しつつ、眉根を寄せる。
今回のサイコメトリーは、手を繋いでではなく――なんと、唇を重ねて、である。
キスである。接吻である。ちゅーである。

『ファーストキスの直ぐ後に、こんな空気の読めない話をするたろくんは、嫌いです』
『いや、キスしたら勝手に情報が流れてったんだけど――……どうしたら許してもらえる?』
『ふふふ、教えてあげないっ』

つまり、もっと……、ってことですね、分かります。


◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 7.ちゅー学生日記


◆◇◆


高校受験も迫った中学3年生のある日。
いつもの様に太朗と花子は一緒に勉強をしていた。
お互いに成績は良好であり、近隣でも一番の進学校に合格するのは、ほぼ確実だと思われた。

(『前の太朗』の時に会った友達とは、会えなくなるかも知れねーけど、ま、その分また違う出会いもあるだろー)

既に太朗が知る『前世』とはかなり異なった道を歩んでいる。
それでも、死亡フラグが遠のくと思えば、悪いことではない。

「ねえ、たろくん」
「何?」
「大学は何処に行きたいかとか、考えてる?」

高校を卒業してからか。
――そんなのは『前世』から決まっている。

「花子と一緒に料理屋をしたいから、調理師専門学校に行くよ」
「え?」
「ん?」

――あ。しまった常日頃から考えてるから、さらっと口を突いて出てしまった。
これじゃ遠まわしなプロポーズと言うか、いや、まるで全くプロポーズじゃあないか。

「あー、まあ、その」
「――びっくりした」
「えっと、冗談ではないでアリマスよ?」

お互いに顔が赤くなってるのが分かる。
どきどきと心臓の音がうるさい。
深呼吸。すーはー、すーはー。

「あーーーーー。花子、好きだ。ずっと、前から」
「……ふふふ、知ってる。私もだよ、たろくん」

いよっし! 告白成功!
太朗は一世一代の大勝負に勝った!
伊達に地道に幼い頃から時間を共有してきた訳ではないのだ。

手を握り、サイコメトリーでもお互いの気持を伝え合う。
サイコメトリーでは嘘がつけない。
まさに、『手を合わせて見つめるだけで、愛し合えるし話もできる』ってなもんである。

視線が熱っぽく絡み、お互いの胸が高鳴り、徐々に顔が近づいていく。


そして――


◆◇◆


というのが冒頭に至る流れである。

ついでに今まで秘密にしてた『戦い』とか『騎士』のこととかが、全部花子にバレました。


では弁明タイム。

「何でこんな大事なこと黙ってたの?」
「ハイ、スミマセン」
「……聞いてる?」
「ハイ、スミマセン、聞いてます」

いやあだって、いきなり幼なじみが『前世では超能力者で世界を救うために戦ってて、最後は貴女を守って死にました』なんて言ってきたら、それは重度の中二病でしょうに。
……まあ、この日常が心地好くて、無理にカミングアウトして変える必要もないんじゃないかなー、とか日和ってたのが不味かったね。
なんだか前世でも同じような葛藤をして告白(愛の)を先延ばしにしてたなあ、などと回顧してみたり。

ごつん。

「集中っ」
「ハイ……」

鉄拳。
気を散らしていたのがバレたのだろう。

「じゃあ、色々と話し合おう? みっちりとね――」

ああ、夜はまだ長い。針の筵に座る時間は短いほうがいいというのに。


◆◇◆


――少女尋問中(少年被尋問中)。

「『戦い』についてもっと詳しく」
「ハイ。基本的には姫&騎士団のチームと、魔法使い&泥人形のチームのバトルロイヤルっス」
「ただし、三年後に始まる予定の『今回の戦い』は違う、と」

そう、三年後に太朗たちが参加する予定の『戦い』は、これまでの戦いとは様相を異にする。

「そう。第三勢力――地球と心中しようとする『魔王』かつ『姫』である『朝日奈さみだれ』と、『魔王の騎士』たる『トカゲの騎士・雨宮夕日』が、その中に存在するんだ」
「朝日奈さみだれちゃんは、現代の医療では奇跡が起こらないと治せないような難病に罹っていて、精霊アニマの加護なくしては、余命幾許もない……」
「しかも、彼女自身に未来を望む気がない以上、『願い事』でも治せない。そして彼女は地球がまるごと欲しい。だから、砕いて自分のものにして、心中するつもりなんだ」

魔法使いアニムスを打倒できなければ、そのままビスケットハンマーで地球を砕かれて、お終い。
アニムスを打倒できても、その後に隠しボスである魔王さみだれを止められなければ、やっぱり地球は砕かれる。
でもって、アニムスを倒すのにも、さみだれを止めるのにも、鍵となるのはトカゲの騎士・雨宮夕日だ。

少なくとも、『前の戦い』では、彼の存在によって、概ねハッピーエンドになっていた。

「でも、たろくんは死んだ。そこは、バッドエンド」
「そ。でも、それは覆したい。俺が生き残っても、『惑星を砕く物語』には、大きな影響はないはずだ」
「……ぐすっ、『私』なんて守らなきゃ良かったのに……」

サイコメトリーによる感覚共有で、『太朗』の最期を垣間見てしまった花子が涙ぐむ。

「んなこと言うなよ。好きな女守れなくて何が漢か」
「……好きな女を遺して逝って、何が漢よ」
「そうだな。だから、今回は生き残るって。二人で一緒に、な」
「うん」

決意を新たにする二人。
『戦い』に関する情報を共有できたことで、花子が下手なことに騎士の『願い事』を使うのは、ほぼ確実に避けられるだろう。
それによって、騎士団の生存率は大幅に上がるはずだ。

「『願い事』を掌握領域の強化に使えれば、かなり楽になるはずなんだ。
 本人の才能もあるだろうけれど、ネコの騎士・風巻豹(しまき ひょう)さんは、単体で泥人形に抗し得るだけの力を発揮できていた」

ネコの騎士・風巻豹。
メガネでぽっちゃり系の大学の助教授。
彼は『願い事』により、『泥人形を造る能力』を獲得しており、それによって獣の騎士団は大いに助けられた。
限界を超えた能力行使は、最終的には、魔法使いにも迫るだけの力を発揮するまでに成長した。

「騎士に選ばれるのは、魔法使いに至る可能性がある者……」
「そう。だから、自分の直感に従って能力を強化して、さらに修練を積めば、やがてはその境地に到れるかも知れないんだ」
「少なくとも、そのくらいを見据えていたほうが、成長に枷が嵌められないはず、ね。……じゃあ、太朗くんはやっぱり、『願い事』は、掌握領域の強化に使うつもり?」

おそらくは『願い事』を掌握領域の強化に使えば、幻獣の三騎士にも匹敵する能力を得ることが出来るはずだ、と太朗は睨んでいる。
そして、騎士各個人の実力が上がれば上がるほどに、戦いは楽になる。
特に序盤で大きな力が手に入れば、騎士たちが脱落するのを防げるかも知れない。具体的には、犬の騎士・東雲半月の脱落は避けたい。

「もちろん。だって、生き残って、戦いに勝利してこそ、だからな。命あっての物種、だ」
「……そうね」
「折角、サイコメトリーなんてものがあるんだから、それも有効に使いたい。花子も協力してくれるよな?」
「もちろんよ」

サイコメトリーと、『願い事』による太朗と花子の掌握領域の強化。

これを生かした作戦は、一応考えている。
師匠と太朗とで、これについては、何度か話し合いを持っている。
この後、花子も交えて、またアイディアを検討する必要があるだろう。

「そうだ、師匠は……。やっぱり、師匠が死ぬのは避けられないの?」
「……分からない。師匠は『一度死の未来を視てしまった以上、ソレは確定している』から無理だって言ってるけど、何か抜け道があるのかも知れない」
「確かに。師匠の命を、諦めないようにしよう。私も、たろくんと同じで、師匠には生きてて欲しいから」

それに多分あの娘たちも、そう言うに決まっている。

二人は、年下の姉弟子を思い浮かべる。
とはいえ、まだ小学生の彼女ら――星川昴と月代雪待――にも、師匠の死期については話すべきなのだろうか。あまりに酷ではなかろうか。
太朗はコレに関してずっと悩んできたし、花子も、この情報を知って、同じように悩んでいる。昴らは、まだ子供なのだ。

「言えないわよね……」
「ああ。少なくとも、何か解決策が思い浮かばない限りは……」
「一度死の運命を回避しても、そのあと運命が師匠を殺しに来るかも知れない――あの娘たちは、願い事で師匠を助けようとするだろうけれど……」

世界線の収束だとか宇宙の意志によって、師匠は必ず死ぬように運命づけられているのかも知れないのだ。

「一度は願い事で死の運命を回避できても……二度三度と同じような世界の殺意に見舞われたら――」
「最悪、願い事の無駄打ちになっちゃうね」
「まあ願い事使う以外にも、一応、いろいろ考えてはいるけど」

イージスの盾みたいな防御特化の掌握領域でも開発出来れば、何とか成るかも知れないし。
……それでも、全く別の寿命だとか事故だとかで無くなる可能性もあるのだが。
未来は不確定であるのだから。

「えーと、この辺で、騎士を確認しておかない? 師匠の未来視で確認して貰ったんでしょ?」
「ああ、メンバーに変更はないらしい。幻獣の騎士に選ばれる騎士までは分からないみたいだけど」

『幻獣の騎士』とは精霊アニマから力を与えられた騎士たちのことで、霊馬(ユニコーン)、黒龍(インビジブル)、神鳥(フレスベルグ)の三種だ。
獣の騎士の中で、おそらくそれぞれ予め、ランクアップ可能な幻獣が決まっていると思われる。

例えば、神鳥(フレスベルグ)ならば、フクロウ、ニワトリ、カマキリ、カラスだろう。カマキリの神鳥とか、ちょっと想像つかないが。
彼ら獣の従者は、全て、太陽を意味する姓を持っている。
ロキ=ヘリオスは、ギリシア語の太陽。リー=ソレイユは、フランス語の太陽。キル=ゾンネは、ドイツ語だ。ムーの姓は不明だが、スーリヤ(サンスクリット語)だとか、タイヤン(中国語)あたりではなかろうか?

黒龍(インビジブル)ならば、候補は、トカゲ、ヘビ、カメ、カジキマグロあたりか。
こっちのグループは、姓が月を意味している。
ノイ=クレザントは、英語の三日月。シア=ムーンは、英語で月。ロン=ユエは、中国語で月。ザン=アマルは、アラビア語でやっぱり月だ。

最後の霊馬(ユニコーン)のグループはそれ以外。ネズミ、ウマ、イヌ、ネコだ。
それぞれの姓の意味は、光と闇と騎士。
ランス=リュミエールは、フランス語で光。ダンス=ダークは、英語で闇。ルド=シュバリエは、フランス語で騎士。クー=リッターは、ドイツ語で騎士を意味する。

「えーと、私が『カマキリの騎士』で――」
「俺が『ネズミの騎士』。カマキリは、勇敢な――というか向こう見ずな奴が選ばれて、ネズミは臆病者が選ばれるらしい」
「臆病者……なるほど」
「納得すんなよー」

他にも色々と、従者によって選ばれやすい性格というものがあるようだ。
カジキマグロのザン=アマルなら、大抵騎士も変わり者らしい。なるほど、師匠には相応しい。

「でも、私ってそんなに向こう見ずかな?」
「さあ? まあ、その辺は、あくまでそう言う傾向があるってだけだしな」

実際、花子の性格には、人生二回目の太朗が大きく影響を与えている。
それ故に、花子が騎士に選ばれなくなるのかも知れないと心配――いや、期待していたのだが、そう事は容易く運ばないらしい。
未来視によれば、やはりカマキリの騎士は、宙野花子らしいということだ。

「えーと、トカゲの騎士は、雨宮夕日さん?」
「そう。『姫』である朝日奈さみだれのお隣さんで、第三勢力の魔王の騎士」
「そして『惑星を砕く物語』のキーパーソン」

雨宮夕日。父を亡くし、母を失い、失意の祖父に虐待を受けた経験(トラウマ)から性根が歪んでいる陰険メガネ。
戦いの最中で成長していく漢。ヒーロー。
魔王の騎士から、後にフラグ立て次第で、魔王の伴侶にランクアップ。

「カラスの騎士は、三日月さん?」
「そう。戦闘狂の」

東雲三日月。強さを求める戦闘狂。雨宮夕日のライバル。
けっこうお馬鹿。明るくコミュニケーション能力が高く、常に人の輪の真ん中に居る。
前の戦いでは『願い事』を、海外旅行中に出会った子供にパンを恵むために使用した。
ある意味では豪胆。

「で、お兄さんの半月さんは、イヌの騎士」
「『前』は直接は会ったことなかったけど、この人が生き残ってれば、後の戦いも大分楽になったはず。それ抜きにしても今、色々お世話になってるし、死なせたくない」
「そうだね」

東雲半月。イヌの騎士で、カラスの騎士の三日月の兄。
天才武道家であり、イヌの騎士の特徴である掌握領域の力強さも随一で、幻獣化せずとも単体で泥人形を破壊可能。
しかし『前の戦い』では、雨宮夕日をかばい、『五つ眼』の攻撃により死亡。死の直前に『願い事』により自身の武道家としての技を雨宮夕日に継承させる。

「えーと、昴ちゃんがニワトリで、ユキちゃんがカメ?」
「そうそう。二人で一兵の最強の矛と盾」
「そしたら、師匠も合わせて、もう半分以上の騎士と顔見知りなんだね、たろくんは」

星川昴、ニワトリの騎士。月代雪待、カメの騎士。
最年少組であるが、サイキックの才能は姫を除いて騎士たちの中で一番高い。二人の領域を合成する多重領域『最強の矛』と『最強の盾』は、彼女らの才能があってこそのもの。
『十二つ眼』の泥人形を撃破する最終領域は、彼女らのセンスがあって初めて実現する。泥人形戦での切り札となる。

「で、カジキマグロの騎士……師匠。でも、カジキマグロって何ゆえー……」
「出来れば助けたいんだけど、師匠本人が、もう生きるのに飽いてるっぽいんだよね……」
「そりゃまあ、もう500年前から自分の死期を未来視してるわけだし、覚悟完了ってレベルじゃないよね……」

秋谷稲近。アカシックレコードの掌握者、仙人、人呼んで師匠。
大昔から生き続ける超能力者だが、その力は『戦い』のころには失われて――昴と雪待に流れ移ってしまう。
昴と雪待を庇って、『六つ眼』から致命傷を受けるも、最後の力で反撃して、死亡する。
その魂は、アニムスの転生体……かも知れない。だとすれば恐らく、同時間軸上存在の制約で師匠とアニムスが邂逅することは、絶対にありえない――?

「えーと、ウマの騎士は元刑事の南雲さん、騎士団のリーダー」
「霊馬(ユニコーン)にランクアップするんだよね。多分今は未だ警察に勤めてるはず?」
「騎士の中で最年長。一番大人な人だね」

南雲宗一郎。ウマの騎士で、必殺技は百裂脚。掌握領域は平面型の『傾天平面(タカマガハラ)』。
同僚に未来視能力者(ショタ好き)がいたりして、何気に日頃から超常に触れている人。
妻子あり。趣味はボトルシップ制作らしい。

「黒龍(インビジブル)の白道八宵さん」
「コスプレおねーさん。料理が上手い。あと剣術が得意」
「普段は何してる人なんだろう……? OLさん?」

白道八宵。ヘビの騎士で、雨宮との決闘に勝利して、黒龍(インビジブル)に昇格。
紐状の掌握領域である炎状刃(フランベルジュ)を木刀に纏わせて戦う。
何度か雨宮夕日に窮地を救われ、雨宮に惚れる。あと、ひょんなことから、姫と雨宮のの地球破壊計画を知る。

「神の騎士でもあった、フクロウの騎士、茜太陽。最年少で、『戦い』当時でも小学生だった」
「家庭環境が複雑で、素で絶望の象徴たるビスケットハンマーを幻視しちゃう子」
「時空巻き戻しの能力によって、神鳥(フレスベルグ)覚醒後は、貴重な回復役になるんだよね」

茜太陽(あかね たいよう)。アニムスの側に懐柔されていた最年少騎士。後妻さんとの間に弟が生まれ、家での居場所が無いと感じている。
アニムスから時空系の能力を貸し与えられていた。『十つ眼』を撃破することで、神鳥(フレスベルグ)に昇格。
最終的には、騎士団の皆との絆を意識して、未来を欲し、騎士団と共にアニムスと敵対する道を選ぶ。

「ネコの騎士の風巻さんの発想力が無ければ、『十一つ眼』との戦いには勝てなかったと思う。『十二つ眼』にも、アニムスにも」
「温厚そうに見えて、実は一番発想がぶっ飛んでる人なんじゃない?」
「『泥人形を造る能力』なんて、普通思いつかないよなー」

風巻豹。ミスター名前負け……でも無いか?
人類の幸福のために『アカシックレコードの掌握』を願った人。悪神のハラワタ喰らう大怪獣の造り主。
大学の助教授で、専攻は多分人文系か心理学系の人。さみだれの姉である天才物理博士・朝日奈氷雨とも知り合い。

「で、最後にネズミの騎士――つまり俺と」
「カマキリの騎士――私ね」

炎使いの日下部太朗と、氷使いの宙野花子。
日下部太朗は『九つ眼』の攻撃から花子を庇って諸共に串刺しになり、リタイア。太朗の『願い事』によって花子の傷は癒えるのだが……。
花子は彼の弔い合戦で、氷を剣状にして飛ばす『勇者の剣(クサカベ)』を用い、『九つ眼』を撃破。温度操作能力として、太朗の火炎攻撃『荒神』も継承する。

「前の『たろくん』は、死んじゃったんだよね……?」
「まあ、今回はそんな事にはならないと思う」
「違うわ。そんなことには、『させない』のよ!」
「……そうだな。その通りだ」

生き残る。
二人で一緒に。
みんなで一緒に。

「あと三年……」
「やれるだけのことをやって、備えなきゃね」
「ああ。戦いに、そして未来に、だな」

明日のために、くちづけをもう一度。
誓いのキス。

「おやすみ、たろくん」
「おやすみ、はなこ」


=====================


良かったね太朗くん。
人生二回目なのは伊達じゃないね。
もう充分イイ思いしたよね?

じゃあ、次回からは必死に死亡フラグを回避する作業に戻ってもらおうか。

次回原作突入、『再会、ランス=リュミエール』。

料理シーンは出来るだけ入れたいと思いつつも、今回は入れられず。

初投稿 2012.01.05



[31004] 8.再会、ランス=リュミエール
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f
Date: 2013/03/02 15:09
高校三年の春。四月上旬。
朝、自室にて。

「……ああ」

――漸くか。久しぶり、ランス。

目覚めた太朗は、目の前で自分を見つめてくるネズミのつぶらな瞳を見て、そう思った。

「おれっちはランス=リュミエール! いいか、落ち着いて聞け――お前は選ばれた。地球破壊を目論む悪の魔法使いから姫を守り、世界を救う騎士の一人に。頼む、力を貸してくれ!」
「いいぜ。俺は日下部太朗。よろしくな、ランス」
「信じられないかも知れねーが……えっ? …………えっ? 信じんのかよっ!?」

その時、窓の向こうから声がかかる。
太朗も窓を開けてそちらを見る。

「太朗くーん。起きてるー? ランス来たー?」
「ああ、花子。今、自己紹介したとこ。そっちも、キルが来たか? って、頭に乗ってるな」
「うん、朝起きたら居たの。ホントに『戦い』が始まるんだねー」

ネズミ――ランス=リュミエールはいまいち事態に着いてこれてないようだ。

「え? は?」
「ほう、我が見えるか、少年よ。我が名はキル=ゾンネ。騎士が二人で隣人同士とは幸先がいい。しかも我らの来訪を予知していた様子……未来視能力者か?」
「うわっ? キル!? 何て幸先悪いんだ!!」

――『惑星(ほし)を砕く物語』が、始まった。


◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 8.再会、ランス=リュミエール


◆◇◆


太朗の部屋に二人と二匹で移動して、自己紹介と指輪の従者からの説明を行う。

「宙野花子、日下部太朗。汝らは地球を救うために選ばれた戦士だ」
「力を貸してくれ! 地球破壊を目論む魔法使いを倒すんだ!」

尊大なキルと、いかにもなランス。
彼らは指輪の従者。
騎士たちを超常の非現実的な現実に引きとどめるための錨。

花子と太朗の中指には、昨日までなかった指輪が嵌っている。
それこそが騎士の証。

「ああ、待ってたぜ、ランス」
「ええ、覚悟はできてるわ、キル」

これは三年前からの予定調和。
太朗が花子に、くちづけを介して全てを伝えた日から決まっていたこと。
年若い彼らは既に、戦士としての覚悟を決めている。

「……やけに物分かりがいいな。やはり未来視能力者か?」

キルが訝しむ。

「いや、俺は未来視は出来ねーよ。俺たちの師匠が、未来視も出来るんだ」
「ほう、それは素晴らしい。その者も騎士になる素質があるやも知れんな」
「ああ騎士だよ。カジキマグロの騎士だ」
「カジキマグロ――従者はザンか……。やはりその騎士も変わり者なのか?」
「あー、まあな」

キルと太朗が淡々と会話する。

「って、待ていっ!? 何淡々と会話してんだよ!? 色々と突っ込みどころが多すぎるだろ!?」
「いや、ネズミやカマキリが喋ってる時点で、何をか言わんや、でしょ?」

ランスのツッコミに、花子が更に突っ込む。

「まあ、その辺は後で話す――いや『伝達』するよ。それよりさ、まだ話の続きがあるんだろ?」
「お、おう……っていうか、太朗、お前……何か、おれっちの騎士に選ばれるにしては落ち着き過ぎじゃねぇか?」
「その辺も後でな。ほら、さっさと説明頼むぜ、相棒(ランス)」

太朗に促されて、二匹の従者は気を取り直して話を続ける。

「なんかもう知ってそうだが――騎士の契約の報酬として、願い事をひとつ叶えられんだ」
「何でも望みを言うが良い」

太朗と花子は、お互いに顔を見合わせて、頷き合う。

「願い事は決めてあるぜ」
「私達が願うのは――」


「「掌握領域の特殊強化」」


◆◇◆


後日の街中にて。
元刑事にしてウマの騎士、南雲宗一郎は、唐突に声を掛けられた。
若い男の声だ。

「あ! 見つけたッスっよ! ウマの騎士!」
「ん?」
「つーかデカっ!? ウマ、デカっ!?」

どうやらその声の主人――年の頃は男子高校生くらいか――は、南雲の相棒であるウマの従者ダンス=ダークのことが見えているらしい。
つまり――

「ダンスが見えるということは――、騎士か?」
「そうッス。ネズミの騎士、日下部太朗ッス」
「ウマの騎士、南雲宗一郎だ。よろしく頼む」

お互いに、ビスケットハンマーを巡る戦いに巻き込まれた騎士同士だということ。
近づいて握手を交わす。

「おー、ダンスじゃねーか! 相変わらずでけーな!」
「ランスか。久しいな。そう言うお前は小回りが効きそうで羨ましい」

従者同士も挨拶を交わす。

「ネズミの騎士、日下部太朗だ。よろしくな、ダンス。……タテガミ撫でていいか?」
「許そう。ウマの従者、ダンス=ダークだ」

「ウマの騎士、南雲宗一郎だ。ランスくんだったか? よろしく頼む」
「おう、よろしく頼むぜ、南雲のおっちゃん!」

太朗と南雲は、従者ともお互いに自己紹介をする。

「太朗くん、どうしてここが分かった?」
「そーいう『能力』だからッス。他の騎士とはもう会ったッスか?」
「『能力』? ……いや、騎士は君が初めてだ。日下部くんの方は?」

南雲も、仕事を辞めてここ半月程は他の騎士を探しに専念している(というかウマの従者を引き連れて街中をうろついて釣っているだけだ)が、太朗以外の騎士には、まだ会えていない。

「俺の方は、南雲さんで七人目ッス」
「七人!? 凄いな――いや、『能力』と言っていたか。願い事でか?」

指輪の騎士は十二人だという。
それならば、既に日下部太朗を合わせて、半数以上の居場所が分かったということになる。
序盤の泥人形の奇襲による各個撃破を、ほぼ確実に防げるだろう。

日下部太朗は、『能力で』騎士の居場所を突き止めたと言っていた。
恐らくは、騎士の『願い事』で居場所を知ったか、居場所を探知しうるような能力を授かったのだろう。
――願い事にそのような使い道ができるとは……。若さ故の柔軟な発想力か……。

「まあ、それもあるッスけど、元々の知り合いで、騎士になった奴が多かったんスよ。あ、でも一人……二人かな? まあ二人は南雲さんも知ってると思うッスよ?」
「ん? 誰だ?」
「ひとりはイヌの騎士、東雲半月さんッス。――『風神』の名前の方が、有名ッスかね?」

風神・東雲半月。
暴力団潰しの風神。
武道の達人で、竜巻みたいに人を軽々と投げ飛ばすことからついたあだ名が、『風神』だ。

「……そうか、奴も騎士なのか。それは心強いな。もう一人は?」
「半月さんの弟の三日月さんッス。カラスの騎士ッスね。三日月さんは、今は東南アジアあたりに行ってますけど、この間、衛星電話で確認取ったんで、騎士で間違いないッス」
「暴走族潰しの、闘鬼・三日月か……」

東雲兄弟は、色んな意味で有名である。
南雲も、刑事だった頃に様々な噂を聞いたことがある。

「――あ、そうだ、南雲さんの近くにもう一人、騎士かそれに準じた超能力者が居ません?」
「超能力者――未来視能力者なら、元同僚に居るな」

――ああ、じゃあ『索敵海域』に反応してたのは、多分その人ッスね。
呟いて、太朗は一人納得する。

「うん? 騎士じゃなくても、超能力者なら分かるのか?」
「ええまあ――ま、その辺は追々。他の騎士も、居場所分かってますし、三日月さん以外は、みんな近場でスんで、全員と連絡着いたら、その時に改めて。――あ、これ俺の連絡先ッス」
「そうか、まさか騎士全員がこんなに早く集えるとは――。連絡先ありがとう、ああ、私のも渡しておこう」

お互いに連絡先を交換し、この場は別れる。
夕日の中で元気に手を振る姿が印象的だった。
快活で人好きのする青年だと、南雲は印象を持った。

取り敢えず後日また全員で会う約束をしている。
――日下部太朗に『騎士の居場所を知る能力』があるというなら、それもそう遠い日ではないだろう。

「幸先がいいな、南雲。これほど早く騎士が集うなど、これまでの戦いでも無かったことだ」
「……そうだな、ダンス」
「ネズミの騎士……彼の探知能力がどのようなものか知らないが、それが泥人形や魔法使いにも通用するなら、戦術の幅も広がるだろう」
「……」

確かに、戦術の幅は広がるだろう。追い打ちや待ち伏せ、奇襲という選択肢も採れる。
……だが、戦場で一番初めに潰されるのは、『戦場の目』――探査能力を持った者なのだ。
彼は、日下部太朗は、それを理解した上で、その能力を願ったのか?

「真っ先に狙われるとすれば、探査能力を持った彼だろう――いや、関係無い、か。彼は戦士の目をしていた、覚悟はしているのだろう。……それに何れにせよ、私達大人が、守れば良いだけだ」


◆◇◆


ランスたちが太朗たちの元に顕現した日のこと。

「ふん、なるほど、ランスの騎士らしい願いだな」
「あ? なんだと、キル? 良い願いじゃねーか! なんか文句あんのか!?」
「臆病者らしい、と言っているんだ」
「むきー! おい太朗っ、なんか言い返してやれよ!」

キルの挑発に憤慨したランスが、てしてしと床を叩くが、太朗は曖昧に笑っているだけだ。

「だが、確かに有効だろう。特に序盤ではな。そして花子」
「キル、この願いは叶えられるかしら?」
「勿論だ、造作も無い。このような願いで、我も鼻が高いぞ。流石は我が魂の縁者」

花子の願いに対して、キルもノリノリだ。

「じゃ、ちゃっちゃと叶えちゃってくれよ」
「ええ、お願いするわ」
「おうよ!」 「勿論だ」

カマキリであるキルが、威嚇するようにあるいは祈るように羽を広げて鎌を合わせる。
ネズミのランスは後ろ足で立ち、小さな手を合わせて目を瞑り、天を見上げるように顔を上げる。

次の瞬間、何か目に見えぬものが太朗と花子を包み込んだ。
それは世界をめぐる大いなる力の一端であり、アニマによって導かれた騎士の契約の代価である。
二人は、自分の中に流れ込んでくるそれを自覚した。

「これは――」 「おお――」
「今ここに、契約は成された」
「一緒に地球を救おうぜ! 相棒っ!」

ネズミの騎士、日下部太朗。
カマキリの騎士、宙野花子。
『惑星を砕く物語』に、二人の騎士がキャスティングされた瞬間であった。

「それで、何か色々知ってるみてーだが、説明してくれんだろなー?」
「ああ、勿論だ。ちょっとランスもキルもこっち来い、俺の手の届く範囲に。『伝達』すっからよ」
「……太朗くん、キルたちに『伝達』って、出来るの?」
「まあ、ランスは俺の従者だし、キルも花子と縁があるんだから、多分イケるだろー」

太朗が指をわきわきさせながら、二匹の頭上に両手を持っていく。
二匹はそれに、どことなく不吉なものを覚える。
キルなどは、両前脚の鎌を持ち上げてキシャーと威嚇している。

「た、太朗? な、何するつもりだ?」
「我を害するつもりなら、覚悟せよ……」
「何、ちょっと『意思疎通するだけ』だよ、そう身構えんなよ――」

にやにやと微笑みながら、太朗は手の平で二匹の従者を包み込む。

「じゃあイクぜ? ――サイコメトリーによる相互交感、発っ動っ!!」
「――――ッ!?」 「ぬわーーー!?」


◆◇◆


小学生からの日課である早朝ジョギングを終えた二人は、いつもの家の近くの公園に辿り着く。
師匠は今日は居ない。

二人の頭の上では、いまだに、キルとランスがぐったりと力なく伸びている。

「――……うー、まだ頭がグラグラする」
「……まさか、サイコメトリー能力者だったとはな……。しかも、並行宇宙での我らの戦いの記憶まで持っているとは……」

太朗のランクアップしたサイコメトリーによって大量の情報を送り込まれて、二匹の従者はオーバーフローしたのだ。
そんなこんなで脳髄に注ぎ込まれた情報によってダメージを受けている二匹はさておき、太朗たちは自らのやるべき事に着手する。

「じゃあ早速、使ってみますかー、新能力!」
「わー、ぱちぱちー、たろくん頑張れー」

花子が拍手し、太朗が、右手の中指に嵌った『騎士の指輪』に意識を集中させる。
そこから、温かみのあるオレンジ色をした力場――『掌握領域』が発生し、太朗の目の前まで浮遊する。
太朗は息を吸い、精神を集中させて、力を解放する。勿論、技名は叫ぶ。

「――索敵海域っ! 『綿津神(ワダツミ)』っ!!」

次の瞬間、太朗の目の前の『掌握領域』が弾け、波のような力の波動が、レーダーのように一面に広がる。
掌握領域が海を渡る波紋のように、薄く四方八方に広がり、そのカバー領域――海域から、超常の能力者を探すのだ。

そう、太朗が望んだのは、『掌握領域の探索特化』。

それによってもたらされたのは、掌握領域の射程範囲の増強と拡散性能の向上、そして超常の能力者や現象に反応する性質の付加である。
この能力を発動させれば、探索範囲内の超能力者や泥人形の居場所は、太朗の手に取るように分かるようになるのである。

「むむむむむっ……!!」
「どう、たろくん? ちゃんと機能しそう?」
「……ちょっと疲れるけど、いけそう。範囲内に何人か騎士らしき人も居るし、その居場所も大体分かった。識別マーカーも付けたから、次からはもっと簡単に探せそうだ」

太朗の脳内には、街の地図と、騎士らしき超能力者を現す光点が示されている。
光点は、隣にいる花子の場所にもあるし、姉弟子である昴と雪待が住んでいる場所にも示されている。
能力は間違いなく発動しているようだ。……しかし、騎士以外の天然の超能力者の反応も拾っているようで、脳内マップ上の光点は、十二以上存在する。

「なんか、やたらと大きな反応があるし、多分これ、ウマの従者の『ダンス』だ。後で会いに行こう」
「確かにウマは大きいだろーねー。見つけやすそう。ところで、この能力、いつも展開しとくの?」
「まあ、常時だとキッツイけど、出来る限り展開しておくつもりだよ。能力は鍛えないと衰えるしなー」

まあ、大体一~二時間に一回情報を更新するというので良いだろう。
それ以上だと、まだ体力(使用回数)が追いつかない。
有事には、探索波の発振頻度を増やせば良い。

「そっかー」
「少なくとも、一回は倒れるまで使ってみないと、限界が分かんねーしな」
「……気をつけてよ?」
「分かってるって」

公園でジョギング後の整理運動をして、大きく深呼吸をする。
予め作っておいたおにぎりを一緒に食べ、人心地着くと、二人はお互いの家へと帰る。

「じゃあ、また後で」
「おう。あ、今、親父さんたち旅行だろ? 昼飯一緒に食うよな?」
「ええ、お願いするね」

今はまだ春休みだが、学校が始まれば、二人で一緒に自転車に乗って高校へ行くのが、お決まりの朝の日課だ。
よく出張や旅行に行く花子の両親に代わって、太朗がご飯を作るのはよくあることである。
ちなみに、太朗の両親は共働きで帰りが遅い。

「――……なに、そのラヴい設定……」

太朗のサイコメトリーによる情報注入過多の影響で息も絶え絶えになりつつも、ランスがそれだけ突っ込んだ。
げに悲しきは常識人(突っ込み症)のサガか。


◆◇◆


夕方。太朗は自分の家の台所で夕食を作っていた。
ランスは調理台の上にいる。
勿論滅菌済みだ。その必要はないのだろうが、太朗の気分的な問題だ。

「うわー、やめろー!!」とか言って抵抗するランスをお湯で洗い、手指を消毒用アルコールを染み込ませた脱脂綿で念入りに拭いたから完璧だ。
恐らく従者たちは非実体の存在なので、そこまで神経質に消毒する必要はないのだが。
何せ、指輪の従者たちは、騎士の体力を拝借してエネルギーを賄っているのだ。食べもしないし、排泄もしない。従者たちは非常にクリーンでエコだ。

「何作るんだ? 太朗」
「ん、オムライスかな。別にチャーハンでも良いんだけど、ケチャップをちょうど使い切れそうだから、オムライスで」
「発想が主婦だな……」
「まあなー」

取り敢えず、鶏肉と玉ねぎを1センチ角ほどの大きさに切り揃える。
その間に冷凍ご飯を冷凍庫から取り出して、レンジで解凍しておく。
炊き立てよりもこちらの方がパラリと仕上がる。

他にも冷蔵庫の中に残っていた食材を粗方一緒に微塵切りにしてしまう。
冷蔵庫の大掃除である。

「って、色々入れんだな」
「悪くなりそうなのは食べちゃわないと」
「それにしても、椎茸、ネギ、ナス……雑多過ぎじゃないか?」
「まあ気にすんなって」

フライパンに油を引き、鶏肉から火にかける。
鶏肉の色が変わってきたら、玉ねぎを入れ全体がしんなりとするまで炒める。

「玉ねぎから炒めるんじゃねーんだ?」
「少し歯ごたえが残ってたほうが好きなんだよ、俺が」

他の具材は玉ねぎより細かく火が通りやすいように切っておき、玉ねぎの後に投入し、炒め合わせる。
この時に料理酒を入れ、粉末コンソメも少量入れて、味付けする。
水分が飛ぶまで炒める。

「お、ご飯が解凍できたみたいだぜ」
「OKOK。んー、まあ解凍具合はそんなもんかな。先ずは具材を炒めてしまわんと」
「具だけで結構な量じゃねーか?」
「育ち盛りだし、良ぃーんだよ」

具材に火が通ってきたら、上からケチャップと乾燥バジルを加え、ケチャップの水分をしっかり飛ばす。
ここで水分が残りすぎると、ぱらりとした仕上がりにならないから注意である。

「じゃあちょっと油を足して、ご飯を投入ー」
「おおー」
「ご飯を潰さないように気を付けつつ、具材と混ぜあわせてー、塩コショウで味を調えるーっと」

木べらで切るように具材とご飯を混ぜていく。

「その間に卵の準備―」

洗い物を増やしたくないので、ご飯をチンした器に卵を4つ割り入れ、牛乳少量と塩コショウを混ぜて、手早く混ぜて溶き卵にする。
器の卵をかき混ぜつつ、チキンライスを焦がさないようにフライパンとの間で手を行き来させる。

「卵を片手で割ったりは出来ねーのか?」
「あー、出来るけど、両手で割ったほうが早いし、殻の破片も下に落ちないんだよ。卵割る程度の時間じゃ、チキンライスだって焦げねーし、片手でやって破片が落ちたり手が汚れたりすると面倒だ」
「なるほどなー」

炒め終わったチキンライスを二人分の食器に移し形を楕円状に整える。

「なー、太朗……、話変わるけどよー」
「何だ?」
「――本当に『願い事』はアレで良かったのか?」
「……ああ、良いんだよ」

太朗の新能力『索敵海域・綿津神(ワダツミ)』は、ほぼ常時発振される、超能力現象限定のアクティブソナーのようなものだ。
そんなものを使っていれば、泥人形の位置も探知できるだろうが、当然に逆探知されるのは時間の問題である。
海の中で潜水艦がアクティブソナーをガンガン鳴らしていれば、それは自分の居場所を喧伝するのと同義だ。

「きっと泥人形は、太朗を狙ってくるぜ?」
「……分かってるよ。そのリスクは織り込み済みだ。
 何つっても、一遍死んでるからな、俺。ランスも俺のサイコメトリーを介して見ただろう? 『九つ眼』にズブリ、だぜ。
 『戦い』の後半まで生きられるか、まだ正直分かんねーんだ。また、途中で死ぬかも知れねー。怖いぜ」

「……だから、序盤でこそ効いてくる『索敵能力』にしたって訳か」
「そうだよ、早く騎士団が集まれば、その分死亡率は下がる。後半で脱落しても、影響は大きくない。
 ……それに花子には、自分の身を守れるような能力を『願って』欲しかったからな。それなら俺が索敵役をやるしかねーよ。敵も索敵役の俺の方に惹きつけられるだろうしな」
「……そこまで考えてたのか、やるな。勇者(オトコ)だぜ……、日下部太朗……」
「はは、当然だ。俺は男だからな、ランス=リュミエール」

フライパンはキッチンペーパーで拭き、そして、冷蔵庫からたっぷりのバターを取り出し、フライパンの上で熱する。

よく見れば、太朗の腕は細かく震えている。
死ぬのは怖い。死の運命を避けられるのか、確証が持てないから怖い。
だが、それもすぐに収まる。怖がってばかりでは、進めない。未来を信じて進むしか無い。


気を取り直して、殊更明るく太朗が声を出す。
ランスもそれに乗ってくる。

「という訳で、いよいよ上に載せるオムレツを作りマス!」
「おー! ふわふわのトロトロだなっ!?」
「応ともさ、相棒! こっからは時間との戦いだ!」

ふっふっふ、と太朗が自信を見せつけるように笑う。
オムライスは彼の得意料理の一つであり、中でも半熟オムレツの作り方は何十回と練習して身につけたものだ。
花子の評判も非常に良い逸品である。

太朗は、味付けした溶き卵の半分を強火で熱したフライパンに流しこむ。
菜箸で軽くかき混ぜ、十数秒。
徐々に固まってきたそれを端からめくり、半月型に整えていく。

「よっし、固まり過ぎない内に――」

そして先ほどよそったチキンライスの上にひっくり返す。
湯気が立ち、オムレツがプルリとチキンライスの上で潰れていく。

「1つ完成! よし、次だ」

再びバターを投入し、フライパンを熱する。
そして同じ工程を繰り返し、2つ目のオムレツを作る。

「いよっし、出来たー!」
「おー、すげー! 流石料理人志望っ!」
「まーなーっ! もっと褒めてくれて構わんぜー?」

そして上からバジルとオレガノを振りかけて、完成である。

「花子ー、出来たぞー」


◆◇◆


「私たろくんのオムライスの卵を切り開く瞬間が好きなんだよね」
「あー、それは分かるなー」
「何というか、カタチあるものが斬り崩れていく寂寥と、同時に立ち上る卵の甘い湯気のハーモニーが……」

なんてことを言いながら、太朗と花子はチキンライスの上のオムレツにスプーンで切れ目を入れる。
そこから花咲くようにオムレツが裂けて広がり、半熟の中身が流れ出る。

「あー、ランスたちもこれ食えればいいのになー」
「従者は何も食えねーんだよ、残念だけどな」
「そうだ、我ら従者の役目は、騎士に世話の手間をかけることにあらず。ただ現実の楔となり、超常の罅(日々)を保つのみ」
「それって、勿体無いわね。こんなに美味しいのに」

だが、実際食わせるとなれば、ウマの食費などはかなりの負担になるだろう。
カマキリには生き餌か? カジキには冷凍イワシでも?
まして彼らが幻獣の騎士になったとしたら、一体何を食べさせれば良いかも分からない。

「まあ、我らのことは気にせず、鋭気を養うが良い。戦士の肉体には栄養のある食事が必要だ」
「そうだぜ、おれっちたち従者は、騎士の身体と精神のエネルギーを貰ってるからな。美味い食事は、身体と精神の両方の栄養になる。大歓迎だぜ」
「ふうん、なるほどー?」

あり得る話だ。
サイキックの源泉は、体力は勿論のこと、その精神力(信念の強さと言い換えても良いだろう)に左右される。
美味い食事だとか、仲間の絆というのは、きっとサイキックに影響をあたえるのだ。

「まあいいや。ごちそうさま、たろくん。美味しかったよ」
「光栄でありマス、マイプリンセス」
「『姫』とは違うだろ」 「そうだ。花子は戦士だ」

抗議する従者に対して、花子と太朗はニヘラと脂下がった笑みを見せる。

「いいのよ」 「いーんだよ」
「「ねー?」」

「けっ、バカップルめ」
「ランス、珍しく意見が合ったな」


◆◇◆


んでもって南雲に会った翌日。
太朗は買い物に行くのに、街中を歩いていた。
その時急に、ジャギン、と泥人形の殺気のプレッシャーが、悪寒と共に太朗の胸に刺さる。

「……っ!? あー、やっぱり『綿津神』に惹かれて俺の方に来やがったか。しかもちょうど、花子と一緒に居ない時を謀ったように……。ちっ、せめて『綿津神』の情報更新間隔を、もっと短くしとくべきだったな、ここまで近づかれるまで気づかないとは」
「おい、太朗! 逃げるぞ! 一対一じゃ、かなり厳しい! 他の騎士に連絡をとるんだ!」
「あいつが逃してくれると良いけどなっ」

『一つ眼』の泥人形が、雑踏に紛れて太朗の方を見ていた。


=====================


前回の最後には、特に描写を入れては居ませんが、多分、ファーストキッス後には、たろくんは布団の中で「にゅおおおおっ」とか言って悶えてるはず。たろくんですし。そこまで成長してない。

――というわけで、タロくんの新能力は、『超能力レーダー』でした。神通力覚醒の話で触れていたアイディアの一つですね。
でもこれ、海の中でアクティブソナーをがんがん鳴らすみたいなもの。暗闇で「鬼さんこちら」と手を叩いているようなもの。
ぶっちゃけ泥人形ホイホイと言っても過言ではない。

だが敢えて火中に飛び込む彼こそ真の勇者。そんな想いで能力設定しました。
花子が願った能力は追々。

次回、『初陣』(予定)。


初投稿 2012.01.07



[31004] 9.初陣
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f
Date: 2013/03/02 15:09
『一ツ眼』の泥人形。
まるで子供が作った不恰好な粘土細工をそのまま巨大化して動かしたような、そんな、異物。
体長は二メートルほど。両手はナイフのようになっており、その攻撃を受ければ、ただでは済まないことを明確に物語っている。

「つっても、毎日走りこみやってるから、暫く捕まったりはしないと思うんだよなー」
「……割と余裕じゃねーか、太朗」
「まーな。因縁の『九ツ眼』に比べりゃどってことねーぜ。……ま、何にせよ、一撃食らったら十分死ねるけどな。ランス、ちゃんと後方確認頼むぜ」
「任せろっ!」

太朗は街中を逃げていた。
『一ツ眼』の泥人形は、雑踏に紛れてゆっくりと迫ってきている。
やはり騎士以外には、泥人形は認識できないようだ。見えているが、脳が認識していないのだろう。

「んじゃ、取り敢えず騎士たちに連絡取りますかねっ。『探索海域』っ!!」

いま彼がやろうとしているのは、太朗が二週目で覚醒した能力『サイコメトリー』と、『願い事』で授かった能力――街を覆えるほどに射程拡張された密度極薄の超能力探索レーダー――『探索海域・綿津神(ワダツミ)』を合成した、応用的方法だ。

サイコメトリーとは、接触感応能力。『太朗の身体に触れた相手と、相互に交感する能力』である。

そして、騎士の『掌握領域』とは、『身体の一部であり、延長』である。


故に、この2つの能力を合わせることで――

「『綿津神』!! 管制モードッ!」

――彼は『サイコメトリー能力者』から、街を覆えるほどの『テレパス能力者』――訓練すればゆくゆくは魔法使いとの戦いにおける戦場の『管制官』――へと変貌するのである。

今はまだ、双方向での交信は出来ないが、一方的に危機を伝えるくらいは出来る……はずだ。

彼の目の前に浮き上がった掌握領域が弾け、ざざざ、と街全域に波紋を広げる。
もう予め、既に覚醒している騎士たちの反応はマーキングしている。彼らに向けて掌握領域を介したサイコメトリーで思念イメージを伝えることは、ある程度可能なのだ。
その彼らに、太朗はエマージェンシーコールをバラ撒く。

『こちらネズミの騎士、日下部太朗から、騎士団各位――『一ツ眼』の泥人形と遭遇! 追われてるッス、至急救援を――』


◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 9.初陣


◆◇◆


ラーメン屋『界王軒』にて。

トカゲの騎士・雨宮夕日は夕食を食べていた。
本日はオーソドックスに味噌ラーメンである。
唐辛子を入れると美味しいのだ。

テーブルの上には、従者であるトカゲのノイ=クレザントが乗っているが、客も店主も誰もそれを注意しない。
みな、超常の存在を認識できないのだ。



――その時、雨宮に電流が走る。

ナニカが頭の中に入ってくる。
彼自身の思考ではない、別人の何かが、頭に直接!


――それは言葉。それは危機。
――それは映像。それは殺意。
――それは情報。それは現実。


『――ちら、ネズミの――ザザッ――たろう――。泥人形と……ザ-ッ――』
『繰り……えすッス、泥人形と遭遇、追わ、ザザザザ――』


――異物感。怖気。忌避感。

「――ッ!? 何だこれ!? 幻聴、幻覚……?」
「どうした、夕日? ――む、コレはテレパス……!?」

その後も断続的にメッセージとイメージが送られてくる。

不気味で不恰好な二本足の化物が、雑踏の中を追いかけてくる。『救援求む』。
化物――あれが『泥人形』か?――に追いかけられるイメージが胸に突き刺さる。
まるで刃物を差し込まれたかのような、恐怖だ。直接負われているという訳でもないのに、一瞬で冷や汗が拭き出て、呼吸が乱れる。視界が狭まる。

追われているであろう『彼』――ネズミの騎士と言っていたか?――の逃走経路と現在位置のイメージも伝わってくる。
街中の地図と、今までの逃走経路、今後の逃走予定経路のイメージ。助けを求めているということだろう。『合流を』。
ネズミの騎士から送られてくるイメージには、『騎士』たちと思われる『緑の光点』と、一つの緑の光点を追いかける『泥人形』らしき『赤い光点』がある。

「騎士の位置から何まで、親切なこった……。一番近い騎士に助けに来いってことか……?」
「夕日! 助けに行くぞ! 騎士一人では泥人形に太刀打ち出来ん!」

――助けに行く? 立ち向かう? あの『泥人形(バケモノ)』に!?

「……ぼくが行く必要があるのか?」
「――何だと? 本気で言っているのか!?」

そうだ、決めていたじゃないか。
『自分はこの物語に関わらない』と。
それに――。

「大体、彼は優秀なんだろう? こんな、テレパスだったか? 如何にも超能力じみたことが使えるんだ。きっと一人でも大丈夫さ」
「そんな訳があるかっ!! 『泥人形』は強敵だっ、掌握領域があろうと、それでも一人では木刀で戦車に立ち向かうようなものだ。貴様は仲間を見捨てる気かっ」
「別にぼくが行かなくても、他の騎士が駆けつけるだろうさ。このテレパスMAPによれば同じ町内に随分居るようじゃないか、他の騎士も。もう動き出してる騎士も居るみたいだ。
 じゃ、ラーメン食ったし帰るぞ、あんまりお前と話してたら、独り言みたいで不気味がられる」
「貴様っ……!」

雨宮はラーメン屋を出ようとする。
相変わらず『ネズミの騎士』からのイメージは送られてきている。
どうやら今、彼は人気の少ない河原の近くを走っているようだ。

「お? 何かやる気みたいだぞ、ネズミの騎士殿が」

逃げ続けた足を止めて、イメージの中の彼は、『一ツ眼』の泥人形に向き直る。
肩に乗っているネズミの従者が何事かを叫んでいる。
そんな中、彼は腰から下げている何か――ボトルか水筒のように見える二本の容器のようだ――に手をかける。


◆◇◆


川べりで、太朗は足を止めて、追い縋る『一ツ眼』に向き直る。

「おいおい太朗っ、止まって大丈夫なのかよ!?」
「ああ、大丈夫だ。あんまり足速くないみたいだから、他の騎士が来るまで逃げられそうだ」
「じゃあ逃げろよっ!?」

ランスの指摘に、不敵に笑いつつ――それはあるいは自分を鼓舞するための無理矢理な笑みなのかも知れない。

「いや、手傷を負わせる。『弾』はあるからな、機動力だけでも奪っておこう。泥人形は疲れないし、このままじゃいずれ追いつかれる」
「って、ダメージ与える当てはあるのか?」
「ふふふ、買ってて良かったガソリン携行缶、持ってて良かった危険物取扱免許っ。行くぜっ!!」

太朗は腰から下げた金属製のボトルのようなもの――小型のガソリン携行缶に手を翳し、一旦『索敵海域・綿津神』を切る。
そして腰から下げた携行缶のうち一つを外し、掌握領域で包んで『一ツ眼』へと投げた。

「ガソリンッ!?」

太朗は瞬時に空中で掌握領域を操作。精密動作に特化にした太朗だから可能な芸当だ。
太朗は宙を舞うボトルの蓋を一瞬で開け、中に入っていた500cc弱のガソリンを、念動力で引き摺り出す。
そしてそれを、掌握領域で操作して素早く誘導し、『一ツ眼』の脚に纏わりつかせる!

「えーと、間合い大丈夫だよな……? よし、爆ぜろっ『荒神(アラガミ)』ッ!!」
「うわっ!?」

まるで太い足枷のように『一ツ眼』の脚に嵌められたガソリンの輪が、太朗の通常の掌握領域で加熱される。
太朗は掌握領域内の分子を細かく激しくかき混ぜることで、アルコールやガソリンなどの可燃物に火をつけることが出来るのだ。
一瞬で掌握領域内の温度は発火点を超え、気化したガソリンに火をつける。

「――ッ!!」

轟爆音。
泥人形が吹き飛んで転がる。
衝撃波が太朗の身体を揺らすが、なんとか転ばずに体勢を保つ。

「~~~ッッ!! 行くぞ、第二波ーーッ!!」

倒れた泥人形を見れば、きちんと片足が吹き飛んでおり、その為に立ち上がるのに手間取っているようだ。

太朗はもう一本のガソリン携行缶を投げ、先ほどと同じように掌握領域で蓋を開け中身を引き摺り出し、泥人形の残った脚を狙う。

「『荒神(アラガミ)』ッ!!」

再び爆発。
太郎は爆風から顔を覆う。

「やったかっ!?」
「――太朗、そのセリフは……」
「――取り敢えず、『綿津神』再展開! 管制モード、リンク再開っ」

爆炎が晴れた向こうには、両足を吹き飛ばされた『一ツ眼』が俯せに横たわっている。
崩壊しないところを見ると、まだ息があるようだ。
太朗は『綿津神』を再展開し、再び擬似テレパスによる情報リンクを再開させる。

「油断するなよ、太朗」
「ああ分かってるぜ、ランス。でも両脚ふっ飛ばせたみたいだし、あとは適当に逃げながら――」

その時、泥人形が、両腕を支えにして顔を上げる。

「げ……」
「うわっ」

そして、刃状になった両腕をまるで蟹か何かのように動かして、シャカシャカと太朗たちに迫ってくる。
物凄いスピードだ。
周りに障害物がないせいもあるだろうが、ひょっとしたら、脚で走っていた時よりも早いかも知れない。


「うわあああああっ!? 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪イーーッ!? しかもなんか速くなってるっ、逃げようぜ太朗っ」
「ひぃっ、なんだテケテケかっ!? 脚なんて飾りだというのかッ!! 生理的に無理だッ、悍ましいッ、うわああああああっ!?」


投げ捨てたガソリン携行缶を回収もせずに、太朗は踵を返して脱兎のごとく逃げ出した。

その後を腕だけで『一ツ眼』が追い掛ける。まるでゴキブリのようだ。
太朗に当初のような余裕はない。『荒神』と『綿津神』の連続使用により、体力も消耗している。
『一ツ眼』の速度は太朗の全力疾走と同じくらいなのである。明らかに増速している。

太朗は『綿津神』で周辺の超能力者=騎士の位置情報を取得すると、取り敢えず一番近い光点に向かって駆け出した。


◆◇◆


再びラーメン屋『界王軒』にて。

「まいどー」
「ごちそうさま」

会計を済ませて雨宮夕日が店を後にする。

「さて、なんかさっきからのテレパシーが途切れたけど、どうなったかな? …………死んだか?」
「夕日っ、貴様ッ!」
「……ふんッ」

仲間をどうとも思っていないような偽悪的な発言に、ノイが夕日を責める。
しばし、夕日とノイが睨み合う。

その時、再びの異物感。
他人の思念が、夕日とノイの脳に投影される。

「おっ、生きてるみたいだな……って、うわっ凄いことになってるな」
「これは……」

彼らの脳に投影されたのは、先程に倍するようなスピードで、ネズミの騎士をナイフのような腕だけで這って追い掛ける『一ツ眼』の姿であった。
その下半身は焼け焦げており、両脚にいたっては完全にもげてしまっている。
それに一人と一匹は驚嘆する。

「何だ、騎士一人でも結構やれるんじゃないか。ほら助けなんていらなかっただろう」
「馬鹿な……(広範囲の索敵、騎士たちへの情報リンク、さらには泥人形に通用するレベルのパイロキネシスと思われる能力……。ネズミの騎士、一体何者なんだ)」
「ん? 逃走ルートを変えたみたいだな……」

ノイがネズミの騎士の能力に疑問を覚えている内に、彼らに擬似テレパスで送られてくるマップ情報が書き換えられていく。
仮想マップ上には、ネズミの騎士が恐慌状態に陥っているためか、既に逃走予定経路は表示されなくなっている。
だが、泥人形の赤い光点から逃れる、ネズミの騎士の緑色の光点は、明らかに目的地を持った動きで逃げているようだ。

「これは……我らの方に来ているようだな」
「なっ、巻き込む気か、アイツ!?」
「戯けっ! 騎士仲間なら助けんかッ!」
「あんなのと戦ってられるかっ、逃げるぞ!!」
「あ、こら、夕日ッ!?」

そう、太朗が『一ツ眼』の脚を吹き飛ばした場所から一番近かった騎士は、夕日だったのだ。
太朗は今、上半身の力のみで追いかけてくる『一ツ眼』から全速力で逃げながら、一番近場の騎士と合流すべく走っている。


巻き込まれたくない夕日は、当然逃げるが――数年走りこみをしてきた太朗とそれを付かず離れず追い掛ける『一ツ眼』から、貧弱陰険メガネが逃れられるはずもなく……。



「ゼハッ、ハッ、ハッ……」
「なっ、なんで逃げるんスかッ!? あまm……トカゲの騎士ッ!」
「ま、巻き、込まれたく、ない、からだよっ」
「なぁっ!? こ、こここここ、この、ヘタレーッ!!」

逃げてきた場所は、丘の上から街を見下ろす公園だ。

カチンカチンと金属を叩きつける音を鳴らしながら、『一ツ眼』の上半身が階段を登って現れる。

「げ、来たッ」
「あー、あーあー。……フゥ~~~。よし、覚悟決まったッス。一緒にやるッスよ、トカゲの騎士!! あの気持ち悪いのにも、二人なら勝てるッス!」
「バカ言うなッ、ぼくはやらないからなッ!!」
「なッ!? 死にたいんスか!?」

信じられない、失望した、という様子でネズミの騎士が叫ぶ。

それでも頑なに夕日は拒否する。
彼は、人と関わることに対して、異常なまでの忌避感――恐怖とトラウマを持っていた。
それはこの土壇場でも、雨宮夕日を縛っていた。


鎖のイメージと、祖父の声。

『敵を作るな、腹を刺される』
『味方を作るな、背中を刺される』
『オレもお前も含めて、人間は全てクズだ』
『愛すな、愛されるな』
『人と関わらず、孤独に暮らせ』

夕日を縛る鎖。
人間を信じられない。『信じてはならない』。
彼は、まだ、それしか指針を持っていない。

そう、今は未だ。
彼は、彼の主君に、『未だ』、会っていない。
あの魔王に。今は未だ。

だが、それも、もうすぐだ。
『その時』は、もう、すぐそこだ。



「あー、ノイ、お前、なんか苦労してそうだなー」
「……ランスか。久しいな。そちらの騎士は優秀そうで何よりだ……」

従者たちがぼそぼそと会話する。

今、泥人形はこちらを警戒している。
睨み合いの状態だ。

不意に、『索敵海域・綿津神』を展開していた太朗が、呟く。

「……ん? なんか急速接近してくる大きな反応が――?」

太朗が、『綿津神』に反応した、急接近する何者かに気を取られた瞬間。

その隙を突いて、泥人形が上体を沈める。
そして両腕のバネを思いっ切り使って、太朗と夕日に向けて跳躍して斬り掛かる。
一瞬で十メートル以上を詰め、泥人形の腕の刃が迫る。

「げ、」
「や、ば、」

死が、見えた。


咄嗟に太朗は掌握領域を展開しようとするが、『綿津神』から通常領域に切り替えるのが間に合わない。
おそらくこのまま太朗だけなら伏せることは出来るし、助かるだろう。
だが、夕日は? 避けることはできないだろう。

(雨宮さんが死んだら、今回の戦いは、お終いだ……ッ!!)

彼が死ねば、魔法使いを倒せない。
彼が死ねば、姫を止められない。
彼が死ねば、地球は砕かれる。

ならばどうする?
決まっている。
助ける。助ける! 助ける!!

(もし、自分が死んででも、助けるッ!! じゃないと――)

地球が壊れたら、花子が死ぬ。
地球を救い、花子を助けるためには、雨宮夕日の存在が不可欠だ。
究極的にそこには、『惑星を砕く物語』の終焉には、『日下部太朗』の存在は、必須ではない……!!

だから――。葛藤は一瞬だった。

――トン、と、太朗は夕日を突き飛ばした。

「なっ!?」
「太朗!?」

夕日とランスが驚愕する。
彼らに向かって、太朗は微笑む。
『地球を頼む』、『姫を頼む』、『花子を死なせないで』と、笑みを作る。

誰もが太朗の死を予感した。彼自身すらも。


――ただ一人の闖入者を除いて。
轟と風が鳴る。
『彼女』が拳を振りかぶる。



「」




――魔王降臨。


◆◇◆


屋根の上を飛んで、少女は公園に向かっていた。
先程からずっと鳴り響く、ネズミの騎士からのエマージェンシー。
彼らを助けるために、最速で彼女は向かう。


そして彼女は間に合った。

上半身の力だけで跳躍する異形に対して、惑星をも砕かんと望む拳を振りかぶる。

(ウチの騎士たちに、何してくれとんじゃいッ!! らあああああああっ!!)




「」



姫。
精霊アニマの依代。
魔王・朝日奈さみだれ。

トカゲの騎士と、飛び込んできた姫の目が、一瞬合う。
直後、彼女が振りかぶった拳は、跳躍する泥人形の顔面を見事に捉え――それを粉砕した。



ついでに着地の途中に、トカゲの騎士を助けるために動いて割り込んでしまったネズミの騎士を轢いていった。
太朗とランスの悲鳴がこだまする。

「ぬわーーーっ!?」 「ひ、姫ーーー!?」
「あ、メンゴメンゴー」


=====================


というわけでタロちゃんの管制官フラグ&『一ツ眼』撃破。
火炎攻撃『荒神』は普通に使えます(しかもガソリンでパワーアップ)。ただし、『綿津神』と『荒神』の切り替えは、少し時間がかかる。
……しかしタロちゃんは、常に危険物を携行することになり、不審者と言うか、放火魔と言うか……。多分消防法とかに違反してる。ランスの懸念は、『引火して自爆』。


『一ツ眼』撃破後は、原作一巻の流れ。だがその間太朗は気絶中。
さみだれと夕日の、公園での一連の遣り取りが終わった後に、目を覚まし、『綿津神』を介して他の騎士にも戦闘終了報告。
さみだれと夕日を見送り、公園に残り、戦場に向かっていた花子にそのまま迎えに来てもらって、一緒にふらふらと帰る。


『二ツ眼』と『三ツ眼』、『四ツ眼』の戦闘は飛ばすかも。


次回、『修行その2』か『五ツ眼』の予定。

初投稿 2012.01.09



[31004] 10.結成、獣の騎士団!
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f
Date: 2013/03/02 15:09
郊外の廃墟。打ち捨てられたビル。
フェンスに囲まれたグラウンド。
周囲には半ば以上散った桜の樹が幾つかある。ここは学校か何かだったのだろうか、あるいは廃病院というところか。

「懐かしーなー」
「たろくんの『前世』でも、ここで結成式をしたんだっけ」
「そうそう、ちょうど夏服に変わるくらいの時期でさ。確かあの時は、もう『七ツ眼』まで出てたんだよ」

この場に来るのは、太朗と花子だけではない。
『一ツ眼』との戦いの後、太朗は『索敵海域・綿津神(ワダツミ)』と自身のサイコメトリーとの合わせ技で、町内に居た全ての騎士に対して呼びかけたのだ。
『姫が見つかったので、全ての騎士は参集せよッ!!』と。連絡先が不明でも、この方法ならば伝えられる。最初からこうしておけば良かった。

「他の人は未だ来ないのかな?」
「んー、もうすぐ来ると思うよ」

とその時、この廃墟に足を踏み入れる男が一人。
肩にカラスを乗せたその男は、気さくに片手を挙げる。

「よーっす、タロー! 花子ちゃんも久っさしぶりー」
「あ、三日月さん。良かった、帰国間に合ったんですね」 「お久しぶりです、三日月さん」
「ひひひ、まぁ流石に『結成式』にゃ遅れて来られんだろー」

カラスの騎士、東雲三日月である。
彼はアジア方面を諸国漫遊という感じでぶらぶらして、各地の格闘家と手合わせして腕を磨いていたのだが、『指輪の騎士』に覚醒後、太朗からの連絡で帰国したのだ。
当初は渋っていた三日月だったが、そこは太朗がなんとか説得したのだ。

「で、本当なんだろうな、タロー? 『仙人と戦わせてやる』ってのは」
「ははは、モチロンっすよ。流石に三日月さんも、ガチの仙人とは戦ったことなかったでしょう?」
「おお、中国の奥地も探したんだがなー。太極拳使いだとか、兇手崩れとは何度か手合わせ出来たんだが、流石に仙人には会えなかったぜ」

まあ三日月なら本当に探しかねない。

「……やっぱり、探したんスね……」
「見つかんなかったけどな。それにしても身近に仙人が居るなら、もっと早く紹介してくれよなー!?」

日本で忍者や山伏を探すようなものである。
結局見つからなかったようだが。
きっと、インドでは火を吹いて身体を伸ばせるヨガ行者も探したのだろうと思われる。

「そうやって三日月さんが戦いたがるからッスよ……。お世話になってる師匠に迷惑かけられねーでしょうが」
「ひひひ、師匠思いの良い弟子だこと。……じゃあ何で今頃になって紹介したんだよ?」
「『魔法使い』と戦うための戦力が欲しいからッスよ。こうでも言わなきゃ、家族の訃報でもない限り、三日月さん帰ってきてくれんでショ?」
「ちげーねーな。よく分かってんじゃねーか、俺のこと。いい弟分を持って、俺は幸せだぜぃ」

――そう、太朗は自分の師匠である仙人・秋谷稲近を餌にして三日月を釣ったのだ。
『五百年生きたガチの仙人と戦いたくないッスか?』と言って。
太朗は内心で師匠に合掌して詫びつつ、秋谷を三日月召喚のための生贄に捧げた。

「んで、他の騎士(やつら)は未だ来てねーのか?」
「色々準備してもらってるッスからね。でも、もうすぐだと思うッスよ」
「んー? 準備ぃ?」

怪訝そうな三日月に、周囲の散りかけの桜を見回しながら太朗が答える。

「ええ、結成式の後に、少し時期ハズレっすけど、花見でもしようと思いまして。幸い、未だ桜の花は残ってますし」
「ああ、そりゃ良いな! この時期日本に居るなら、花見しなきゃ嘘だもんな。しかし、予め言ってくれりゃ、俺も酒の二本や三本は持ってきたってのに」
「何時日本に帰って来るか分かんなかったッスからねー……。まあ、三日月さんの酒は、また今度、騎士の誰かン家ででも集まって呑みましょう。今回、酒は半月さんに用意してもらってますから、次は三日月さんってことで」
「そういや兄貴も騎士なんだってな。掌握領域使った戦いで挑むのも面白そーだな、ひひひ。早く扱い覚えねーと――」

等々と三日月と話している間に、他の騎士らも集まって来る。
彼らの従者たちもそれぞれに旧交を温め――ようとしていたが、カラスの従者・ムーは無口なので、大して話題も弾んでいなかった。
三日月の次にこの廃墟に足を踏み入れたのは、二人の大人の男性。足取りはしっかりしたもので、威風というようなものを漂わせているようだった。

「おー、三日月じゃン。帰って来てんなら道場にも顔見せろよなー?」
「ほう、闘鬼・三日月、本当に貴様も騎士に選ばれたのか。兄弟揃ってとは、何かしらの素養か因縁でもあったのか」

風神・東雲半月(イヌの騎士)と、百裂脚の南雲宗一郎(ウマの騎士)だ。
彼らは両手に花見のための酒や肴を持っている。
その後ろには、従者のルドとダークが歩いている。圧倒的存在感を発するダンスに、三日月が気圧される。

「お、おおおおおおっ!? ウマ! ウマだ!! でっけーーー、怖えーーーっ!!!」

だがダンス=ダークの眼はつぶらで綺麗だ。
そして三日月、定番のリアクションを有り難う。
師匠の従者のザン=アマル(カジキマグロ)を見た時の反応が楽しみである。


◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 10.結成、獣の騎士団!


◆◇◆


トカゲの騎士・雨宮夕日を除く十一人の騎士が集まった。
今はめいめいに自己紹介をしているが、その内、姫と一緒に雨宮も現れるだろう。
花見用の酒などは、廃グラウンドの隅に纏めておいてある。

その時、地面を影が横切る。

「ん?」
「お、来たか」

鳥か? 飛行機か? いや、天狗少女だ!!

獣の騎士団の仕えるべき君主、精霊(プリンセス)アニマと、その依代である朝日奈さみだれが、赤いマントをなびかせて、グラウンドを飛び越えて、廃ビルの屋上に着陸する。
同時に雨宮も、朝日奈さみだれに率いられる形で屋上に着陸する。
雨宮は、まだ空中で掌握領域を足場にする方法を体得しきれていないので、おそらく予め、姫に投げてもらい、その後空中で掌握領域を踏んで減速したのだろう。

「あれが、姫――」

ヘビの騎士・白道八宵が、姫を見て呆然と呟く。
まだ子供ではないか。
だが、直ぐに、彼女が纏う尋常ではないナニカに気づき、口を噤む。王者の貫禄、とでも言うのであろうか。確かにアレは姫と呼ぶに相応しい。

廃ビルの屋上に仁王立ちし、グラウンドを睥睨して、さみだれが口を開く。


「敵が怖いか?」


怖いに決まっている、と太朗は思う。

「恐れるな!! 敵の強大さに絶望した時に我々は死ぬ!!」

だが、それより怖いのは死ぬことだ。
地球が無くなることだ。
未来を、花子と一緒に歩めなくなることだ。

だから絶望を乗り越えて、希望のために敵と戦うことが出来るのだ。
愛ゆえにである。
日下部太朗は、愛の勇者であるッ! などと太朗は内心で自分を激励してみる。

「絶望するな!! 希望して明日の命にすがりつけ!!」

太朗は絶望していない。
今も、絶望(ビスケットハンマー)の隣に、希望(ブルース・ドライブ・モンスター)が見えている。見えるようになったのは、アニマの騎士として覚醒したからだろう。
カウンター兵器、ブルース・ドライブ・モンスター。アニマが長い時間をかけて造り上げた切り札だ。

「地球(ほし)のためでも、人類(ひと)のためでも、使命のためでもなく、ただ己を生かすためだけに戦え!! ただ友を生かすためだけに戦え!!」

そうだ、その為に太朗は、新しい能力『索敵海域・綿津神(ワダツミ)』を願った。

皆の役に立つように。
皆が生き残れるように。
自分が生き残れるように。

「運と才能を全力の努力で駆使し、今日を生き、明日をも生きる者――」

そうだ、全力で未来を――。

「それが我々、獣の騎士団だ!!」

戦友。
仲間。
今度こそ、最後の戦いまで、いやその後もずっと、皆と一緒に立っているのだ。

そう、今度こそ。



「我らの滅びを望む者を、噛み砕き、呑み下し、喰い滅ぼせ!!」



「応ッ!!!」



◆◇◆


『太朗の以前の記憶』よりも四ヶ月ばかり早くなった、桜散る中での結成式。
今ここには、十二人の騎士全てが揃っている。

イヌの騎士・東雲半月は、雨宮夕日を庇って『五ツ眼』に撲殺されること無く。
カジキマグロの騎士・秋谷稲近は、『六ツ眼』から昴と雪待を庇って死ぬこと無く。
――全員が揃っている。

まあ、当然である。
今はまだ戦いの序盤も序盤。
『一ツ眼』を倒して、『二ツ眼』もまだ登場していないような最序盤である。

「いやはや、これは凄いな。騎士全てが欠けること無くこのような序盤で揃うのは、滅多に無いことだ。太朗の掌握領域は素晴らしいな」
「まあ、火力は諦めてサポートに徹すると決めたからね。それにルドも、索敵や情報収集の大切さには同意してくれるだろう?」
「その通りだ。その分、敵を倒すのは半月に任せると良い」

結成式の後は、グラウンドの一角の瓦礫を、皆で掌握領域を重ねて薙ぎ払って、その上にブルーシートを広げている。
全員揃って初めての多重領域発動が、花見の場所取りと整地とは……、何でだろうと思うが、まあ、実践でぶっつけ本番で重ね合わせるよりはマシだろう。
そして今、太朗はイヌの従者・ルド=シュバリエ――ルド曰く『武士だ』とのことらしいが――と会話している。

「そうだぜ、俺に任せときな! 太朗くん」
「頼りにしてますよ、半月さん」

イヌの騎士・東雲半月と、ルド=シュバリエ。
騎士の中でも、扱う領域の力強さは随一で、単体で『泥人形』にダメージを与えられるほどである。
通常は『泥人形』を穿つには、最低でも騎士二人以上の領域を重ねあわせ、確実に撃破するなら三人以上の騎士が必要とされるのに、イヌの騎士は、願い事による強化も無しに単体で泥人形を圧倒し得る。

しかも今回の戦いでは、その騎士最強の掌握領域の使い手は、武道の天才であるあの東雲半月である。
風神とも言われ、合気系の古武道に熟達した彼は、ひょっとすれば掌握領域など無くとも生身で、『泥人形』に対抗できるかも知れない人材だ。
その無尽蔵の体力と、卓越した戦闘センス、熟練の武道の技、騎士最強強度を誇る掌握領域……間違いなく今揃っている十二人の騎士の中で最強である。

(いや、師匠ならひょっとすると、イイ勝負できるかも――?)

全てを知る者――仙人・秋谷稲近。
太朗たちの師匠であり、五百年の永き時を生きる超能力者。
今回の戦いでは、カジキマグロの騎士として参加している。

その師匠はと言うと、今、早速三日月から請われて戦っている所である。

「アンタが仙人か!! じゃ、早速勝負だッ!!」

とか言って結成式後、直ぐに突っかかっていったのだ。師匠も「やれやれ若い者は気が早くてイカンね……」と呟いて応じてしまった。
本当は皆の前で騎士同士、軽く自己紹介してから酒盛りにする予定だったのだが、なし崩しである。
今は、三日月と秋谷の戦いを肴にして飲んでいる状態だ。

「がんばれ師匠ーー!!」

昴や雪待は師匠を応援している。

「凄いね」
「やるな」
「やりますね……」
「凄いなー、二人共ー」

風巻や南雲、雨宮とさみだれは、興味深そうに二人の戦いを観戦している。
だがおそらく雨宮と姫は、騎士たちの戦力を測っているのだろう。
――いずれ敵対する日に備えて。

「なあ、太朗くんはどっちが勝つと思う?」
「そりゃ、師匠でしょー。半月さんはどっちだと思います?」
「ま、三日月の負けだな。あの爺さん、全然本気じゃねーもん」

師匠は三日月の攻撃を悉くいなしている。
太朗は詳しくは知らないが、秋谷が使っているのは、古今の武術を混ぜた独特の格闘術だ。中国武術が一番近いのかも知れないが、合気とか柔術的な何かもハイブリッドされているらしい。
カメの騎士の雪待は、その武術を師匠から習っているし、太朗も避け・受け・いなしを重点的に学んでいる。

ますます三日月の攻撃が苛烈になるが、そのどれ一つとして、秋谷には当たらない。
と、その時戦況が動く。

「お? 四方投げか?」

埒が開かなくなったのだろう。
そもそもこのままでは、懇親会の花見が始められない。
秋谷は年の功もあり、空気が読める男であるから、そろそろ終わりにしようと思ったのだろう。

繰り出した拳を取られて逸らされ、三日月の身体が浮く。
更に秋谷は力の向きを制御し、三日月を空中へと投げ飛ばす。

「うわっ!?」
「じゃあ、歯を食いしばり給え」
「何の、まだまだ――」

秋谷が空中へ投げ出される三日月に宣言する。
受身を取ろうとする三日月。

次の瞬間、秋谷が消えた。

「速っや……!?」

否。
消えたように見えただけである。前触れのない攻撃挙動、無拍子とも言えるだろう。
辛うじてそれを追えたのは、半月だけ。相対していた三日月も、秋谷の動きを捉えることは出来なかった。

ズン、と秋谷の震脚が腹の底に響くような地響きを奏でたかと思えば、既に三日月は吹き飛んでいた。

「空中に居る相手に、一瞬で追撃とか、何というロマン技……っ!!」
「空中コンボって実際に出来るもんなんですねー……初めて見たッス」

恐らくは秋谷なりのサービスのつもりなのだろう。
半月は眼をキラキラさせながら感動しているし、他の騎士たちも呆気に取られている。
そう、空中コンボである。格闘ゲーム内でしか不可能だと思っていたが、実際にやろうと思えば出来るものなのである――そんな馬鹿な。

「というか、発勁食らって吹っ飛んだ三日月さんは、大丈夫なんスかね……?」

軽く五メートルは吹き飛んでいる。
それだけで秋谷の一撃の威力が推し量れようというものだ。
その威力を推し量り、太朗は青くなる。

「ダイジョブダイジョブ、ちゃんと受け身とれてたし、爺さんも加減してたみたいだから」
「いやー、若い者は勢いがあるねー」
「あ、お疲れ様です師匠」

一仕事終えたという風情の秋谷を迎える。
視界の端では、三日月がムクリと起き上がり、途端に哄笑し始める。

「ひゃははははははっ! やー強え強え、身近な所にこんなに強え奴が居たとはね」

そして、その鋭い眼光を太朗に向ける。
太朗も心当たりがあるので、ギクリとする。
おそらく、師匠の存在を内緒にしていたことについてだろう。

「た~ろ~う~~? 何でこんなに強え人のこと、俺に黙ってたんだよぉーー?」
「……や、それはこうやって突っかかって行くのが眼に見えたからで……」
「なんだとー? 太朗のくせにナマイキだっ! キシャー!!」

とか言って飛び掛ってくる三日月。
だが――

「はいはいそこまで。それよりさっさと花見始めようぜ」
「あ、兄貴っ!?」

すぽーん、と割り込んだ半月によって、三日月は投げ飛ばされてしまう。

「ありがとうございます、半月さん」
「良ぃーって、良ぃーって。愚弟の面倒みるのは、兄貴の役目だからな」

その時、グラウンドの端で花見の準備をしていた白道と花子から声がかかる。

「みなさ~ん、準備できましたよ~」
「お花見、始めましょう」


◆◇◆


「おい太朗! 何か一発芸ヤレ!!」
「ウッス、三日月さん! 一番、太朗! 火を吹きますッ!!」
「いいぞー! やれー!!」

宴もたけなわ――というほど時間は経っていないのであるが、花見という空気につられてであろうか、皆テンションが上がっている。
桜の樹の下には、狂気が宿るのだ。

「バカバカしい……」
「ホッホウ、そう言うこともあるまい、太陽。親睦を深めて溶けこむことも大切じゃぞ?」

その輪から少し離れたところにいるのは、フクロウの騎士・茜太陽(あかね たいよう)である。
騎士としては最年少の十二歳。
未だ小学生である。

年頃と家庭環境故に、ひねくれて斜に構えた冷笑的態度が目立つ少年である。
トカゲの従者・ノイ=クレザントを始め、多くの者が、茜太陽と雨宮夕日を『なんか似てる気がする』と感じている。
……そして、世界を壊したいほど憎んでいるという意味で、二人は、まさしく同類である。

魔王の騎士・雨宮夕日と、神の騎士・茜太陽。
『前の戦い』において、フクロウの騎士・茜太陽は、破壊神である魔法使い・アニムスの側についた、神の騎士だった。
世界なんて滅べば良い――そう思っていた太陽が、アニムスに同調したのは自然なことだったのかも知れない。

太陽は夢の世界で、宇宙に浮かぶ天体破壊兵器・ビスケットハンマーの上に招かれ、そこでアニムスから『時空を掻き乱す能力』を分け与えられることになるのだ。
やがてその能力『混沌領域・時空乱流(パンドラ)』は、彼の幻獣の三騎士である神鳥(フレスベルグ)への昇格を機に、広範囲な時空巻き戻しによる回復能力へと発展を遂げる。
後期の戦闘を支える、貴重な回復能力者と成るのだ。

……というようなことを識っているのは、並行世界(?)からの記憶を引き継いだ日下部太朗と、彼と深い繋がりを持つことで洗い浚いをサイコメトリーを介して知った宙野花子だけである。

(そもそも、まだ魔法使い(アニムス)は土から顕現していない……。だから、茜くんも、まだアニムスから接触されては居ないはず……?)

そうなのだ。
この時空には、まだ、アニムスの先触れたる『泥人形』と『ビスケットハンマー』しか現れていない。
『前回の戦い』でアニムスが現れたのは、『七ツ眼』――アニムスは『門』役だと言っていた――を介してこちらに顕現して以降である……筈だ。

(そう上手く行くとは限らない、か?)

……まあ、本体が顕れずに『ビスケットハンマー』みたいな巨大なモノを作れるのか怪しいので、実際は既にアニムスの意識だけはこちらの時間軸に転移しているのかも知れない。
そうなると、既に茜太陽にも接触していて可笑しくない。
ビスケットハンマーを作るのには、『半年くらいかかる』とアニムスも言っていたことだし、実は既に意識と言うか魂はこっちに来ていても不思議ではない。

「まーまー、たーくんもそんなヒネてないでさ、オニーサンたちと一緒に楽しもーぜ―?」
「たーくんて、何ですか。馴れ馴れしい」
「太陽だから、たーくんだ! 馴れ馴れしくて結構! 戦友同士、仲良くしよう!!」
「それに折角の花見だ。『踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら――』とも言うしな。こういうものは楽しんだもの勝ちだよ、太陽くん」
「はあ……。(……というかカジキマグロが浮いてるのってシュールだな……)」

そんな太陽に、今は半月と秋谷が話しかけている。
ささくれた子供である太陽を、見るに耐えなかったのだろう。
『前の戦い』では、彼ら大人二人と、太陽が邂逅することはなかったが……、ひょっとすると、二人の大人の男の存在が、太陽の心を覆う孤独と絶望の氷を溶かしてくれるかも知れない。

「おーい、太朗、言われた通り、ウォッカ持ってきたぞー?」
「ありがとッス、三日月さん! じゃあ行くッスよ――?」

ウォッカも用意された酒の中にあったのだ。若年向けにオレンジジュースもあるため、それらを使ってカクテルでも作るつもりだったのだろうか? レディ・キラーと名高いスクリュー・ドライバーとか。
まあそれはさて置き、四十度もアルコール度数があれば、きっと火がつくだろう。
太朗は掌握領域を出し、ウォッカ瓶の蓋を器用に開けると、そのまま中からウォッカを掌握領域を使って引き摺り出す。

「掌握領域『荒神』ッ!!」

瞬間、ヘビのように上空に伸ばされた酒の帯が紅蓮に染まる。

「おおおっ!!」
「ほう、器用だな」
「まだまだ行くッスよー? 『荒神』、ザ・ファイヤーワークス!!」

太朗は掌握領域を使って、炎の塊を変形させる。
火は未だ消える様子がない。芯にアルコールの塊を残したまま、徐々に周囲を気化させることで、燃料が尽きるまでの時間を延ばしているのだ。
太朗の器用さがあってこそ出来る芸当である。

「じゃあ先ずはランスの形からー」
「おれっちからか。太朗、格好よく作ってくれよ?」

火の塊が、ネズミの形を取る。

「おお~、ネズミだー」
「ハハッ、上手いもんでショー?」
「裏声でその笑い声は止めとけ、太朗」
「じゃあ行くッスよー、次はー、シア。でもって、ノイー、ダンスー、ルド―、クー、ザンー、ロンー、リー、ムー、ロキー」

ぐにょぐにょと領域が変形するのに合わせて、炎の形が変わっていく。
次にヘビやトカゲなどなど、次々に従者たちの姿を再現していく。

「ねえ、太朗くん、キルは?」
「カマキリは、ちょっと造形が難しいからなー」
「頑張ってー」 「うむ、期待してるぞ、太朗」

花子とキルが太朗のファイヤーワークスに期待している。
もう芯になったアルコールの残量も少ない。

「じゃあ、最後に一花ッ!」
「「おお~」」

炎が巨大なカマキリの形に変形し、そしてパッと散る。
騎士や従者たちが拍手する。

「スゲー、スゲー、太朗やるなあ!」
「ホウ、それが『一ツ眼』を足止めして吹き飛ばしたパイロキネシス能力か……。凄いものだ、まるで何ヶ月も練習したような――」
「ああ、羨ましいよ」

三日月が褒めて手を叩き、トカゲのノイが『一ツ眼』のダメージを思い出して納得する。
雨宮は褒めているようで、どこか仄暗い感じがする。
さみだれと主従の誓いをした直後であろうし、姫の助けとなれるような強大な力を渇望して止まないのであろう。

「いやいや、そんな練習したわけでもないッスよ、あっはっは~」
「ならば天才か?」
「天才なんて何処にも居ねーッスよ、ノイ。『荒神』(これ)だって、案外みんな、練習したら似たようなことが出来るようになると思うッスよ~。」

超能力は、望み、確信すれば応えるのだ。
力を望めば、きっと――。

「結構上手く出来てたよ、キルの炎人形。流石だね。じゃあ、次は私が、自己紹介も兼ねて、一発芸的なのを」
「おう、頼むぜー、花子。……って、自己紹介! 忘れてた!」

「ネズミの騎士、日下部太朗! 高校三年で、料理人志望。
 得意技は炎を操る掌握領域『荒神』と、広範囲の異能力探知特化領域『綿津神』。
 あと特異能力としてサイコメトリーっぽい力を持ってま~す! 今後とも宜しくぅッス!!」

「カマキリの騎士、宙野花子です。 太朗くんとは幼なじみで、同じ学校の高校三年です。
 太朗くんの探査能力と対になるように遠距離攻撃系の能力を『願い事』で願ったので、以後二人ペアで扱っていただけると幸いです。
 得意技は――今からお見せしようと思います」

太朗とバトンタッチして、花子が立ち上がる。

「花子ちゃんも何かできるの~?」
「ええ、ちょっとした手品みたいなもんですけど。白道さん、その紙コップ出して貰えます?」
「日本酒入ってるけどいいの~?」
「ええ、それが良いんです」

ヘビの騎士・白道八宵(はくどう やよい)が手に持った紙コップを花子に差し出す。
花子はそれを受け取り、掌握領域で覆う。

「じゃあ行きまーす。『掌握領域・ヨク冷えーる』」

同時に中の日本酒が凍りついてシャーベットの様になる。

「へぇ~、お酒のシャーベット~?」
「はい、白道さん、お返しします」
「ありがと~。じゃあ、早速食べてみるね~。……おいし~、新食感ね~」

美味しそうに日本酒のシャーベットを流し込む白道。
それを見て我も我もと、三日月も花子に日本酒の入ったコップを差し出す。
花子もそれを受け取って、シャーベットにしていく。

それを眺める太朗に、雨宮の肩に乗ったノイが話しかけてくる。

「騎士を――異能を探知する能力、発火能力、それにサイコメトリーと言ったか?
 日下部太朗、君は一体何者なのだ?」
「何者って――そりゃ、未来を求めるただのネズミの騎士ッスよ」
「未来……」

「俺は生き残りたいんスよ。
 生き残るためには、この戦いに勝たなきゃならねッス。
 なら、『願い事』をそれに使うのは、妥当だと思うッス」
「その結果が、『綿津神』か」
「そうッス、早く騎士同士で連携できた方が、死亡率下がるでしょうし。『荒神』はあるものの、俺一人の時狙われたら、ひとたまりもないッスからね」

他の騎士の助力が得られなければ、文字通り、太朗にとっては死活問題なのだ。

「確かに……」
「他の騎士との連携を前提とした能力なんスよ。『前の戦い』でも、そういったサポート特化型の騎士がいたんじゃ無いッスか?」
「『前の戦い』?」

聞きなれない単語に、雨宮が口を挟んでくる。
雨宮は、太朗を警戒しているようだ。
姫の覇道の邪魔になるかどうか、見極めているのだろう。

「ええ雨宮さん、魔法使いは、いきなりこの時空に現れた訳じゃないらしいッスよ。
 遥か未来から、地球を壊すという儀式を通じて時空を遡っているらしいッス」
「……なんだそりゃ。じゃあ、魔法使いって未来人なのか?」
「らしいッスよー、ランスによるとー」

本当は太朗の引継ぎ二週目の知識なのだが、彼は自分の相棒に責任を引っ被せることにした。
夕日は自身の相棒であるトカゲのノイに鋭い視線を向ける。

「おい、聞いてないぞ」
「わ、我輩もよく覚えておらんのだ……! 『前回』は、退場が早かったし、記憶もおぼろげになっておって……」
「ハッ、トカゲ頭め」
「何だと、この陰険メガネ!!」

グルル、と雨宮とノイがいがみ合う。
そんな様子を見て太朗が苦笑する。
彼ら主従が真の契約を結ぶのには、今しばしの時間が必要なようだ。

「まあまあ。しかし、雨宮さんがやる気になってくれて良かったッスよ。
 『一ツ眼』との戦いの時では、吃驚しましたもん」

『前の戦い』での『強い雨宮』しか印象に残ってない太朗にとって、いきなり戦闘を拒否した今回の戦いでの雨宮の姿は、衝撃的だった。
だがまあ、人に歴史あり。
あの後、姫と劇的な出会いをして、彼女に忠誠を誓った雨宮は、まるで人が変わってしまったかのようである。

「ああ~……、あの時は済まなかったね。それに、『一ツ眼』から庇ってくれてありがとう。態度の違いには驚くだろうけど……でも、ぼくももう決めたから。――姫のために戦うって。この生命も覚悟も全て、姫のために捧げるんだ」
「まさに騎士って感じッスねー。頼りにしてますよ、雨宮さん」
「ああ、よろしく頼むよ、太朗くん」

と、やっている間にも、他の騎士たちの自己紹介は続いている。

「南雲宗一郎、ウマの騎士。元刑事だが、今は無職だ。何時でも戦いに駆けつけられるから、『泥人形』に襲われた時は遠慮なく呼んでくれ」

タンクトップにトレンチコートの壮年の男、南雲宗一郎。必殺技は百裂脚。従者はウマのダンス=ダーク。

「白道八宵です~。ヘビの騎士で、この子はシア=ムーン、よろしくね~。剣術が得意で、それを利用できる掌握領域の使い方を考えているわ~」

剣術家の銀髪の女性、年の頃は二十歳くらいか。ナイスプロポーションである。秘密だが、趣味はコスプレ。従者はヘビのシア=ムーン。

「風巻豹、ネコの騎士で大学に務めてます。専攻は心理学。まあこの体型を見てもらえれば分かると思うけど、あんまり素早い動きは期待しないでね。その分、それを補う能力を考えているから」

穏やかそうな恰幅の良い三十台くらいの男性。『泥人形を生み出す能力』を願った、ある意味騎士団の最高戦力。従者はネコのクー=リッター。

「茜太陽、フクロウの騎士です。……よろしく」

最年少の騎士、小学六年生男子。彼が抱える心の闇はいかほどか。従者はフクロウのロキ=ヘリオス。

「東雲三日月だ! カラスの騎士で、こいつはムー。生粋の戦闘狂(あそびにん)な俺としては、騎士の中に何人も強い奴が居そうで、楽しみだぜ」

先ほど秋谷老人に派手に吹き飛ばされていた若い男。泥人形と戦うのも武者修業の一貫と捉えているかも知れない。従者はカラスのムー。

「星川昴、ニワトリの騎士です。中学生で、こっちユキと幼馴染です。太朗さんと花子さんとは、姉弟弟子の関係になります」
「月代雪待、カメの騎士です。昴ちゃん共々、よろしくお願いします。あ、姉弟弟子と言っても、私達の方が先に師匠に弟子入りしたんで、私達が姉弟子なんですよー」

二人で一つ。最強の盾と矛を持った兵士となる、女子中学生コンビ。超能力の才能は、騎士たちの中でも一番高い。従者はそれぞれ、ニワトリのリー=ソレイユと、カメのロン=ユエ。

「私は秋谷稲近……人呼んで師匠! 少しばかり長生きしている老人だ。元から多少の念動力と未来視が使える。昴と雪待、太朗と花子に色々教えているよ」

白髪にヒゲの老人、飄々とした雰囲気の男。五百年の業を背負った仙人。従者はカジキマグロのザン=アマル。

「そして俺が! イヌの騎士!! 俺の名はッ! 東雲 半月ッ!!」

そう言って、いつの間にか廃ビルの屋上に登っていた半月が、ムーンサルトしながら飛び降りる。
器用にも、先程雨宮が披露していた掌握領域による落下加速度の減速を用いてである。
呑み込みが早過ぎる。やはり天才か。

綺麗に決まった着地を見て、皆が、おお~とどよめき、拍手する。


◆◇◆


その後、日が暮れても酒宴は続いた。
迫る宵闇に従って下がる気温は、太朗の『荒神』の弱出力広域展開でカバーしたため問題なかった。

「人間暖房機とは、便利だなー、タロー」
「花子なら夏場は人間冷房機になりますよー、三日月さん」
「いや、太朗くん、能力発動させ続けるのって難しいから、大きな氷を作って置いとくくらいしか出来ないよ、私は」
「充分だと思うぜー」

酒もツマミも尽きて、いよいよ解散である。
連絡先も交換し、今後は『泥人形』が現れても迅速に連携できる筈だ。

「じゃあ皆、また今度ー」
「次は戦場かも知れないですけどね~」
「今度の休みとかに、連携の訓練とかしましょうよー」
「あ、私たち、むこうの運動公園でよく筋トレとか修行? とかしてますよ」

取り敢えず、戦力の底上げのために、週に何度か合同訓練をすることにして、解散する。
去り際、太朗は姫――朝日奈さみだれに声を掛けられた。

「なあなあ」
「ん? はい、なんスか?」
「次の敵見つけたらー、真っ先に私に連絡してぇなー。頼むわー」

その要望に、太朗は間髪置かずに応じる。

「ええ、モチロンっス。今ん所、姫が最高戦力ッスからね」
「ならば宜しい! 期待しとるで、ネズミの騎士。――あ、あとゆーくん……トカゲの騎士にも、優先で連絡入れたってなー」
「……まあ、姫のご要望と有らば」

やはりこの時間軸でも、雨宮夕日が鍵となるのだろう。
既に精霊・アニマは、過去この時空に顕現した時点(恐らくは八年前か?)に於いて、幼い雨宮夕日と接触済みなのだろう。

「ほな、よろしゅうなー」

姫はそう言って、手を振りながら、帰る方向が同じ雨宮と一緒に去っていく。
姫のプレッシャーから解き放たれて、太朗はホッと安堵の溜息をつく。

「たろくん」
「何? 花子?」
「――来年も、皆でお花見できる良いね」
「……そうだな。そのために、頑張ろう!」
「うん! 頑張ろう!」

そう言って、太朗と花子はお互いに手を握り合う。
出来ることならば、誰一人欠けることなく、来年もまた花見を――。


さて、この惑星を砕く物語の行く末やいかに?


=====================


というわけで、原作より早まった結成式。
雨宮は、既に魔王の騎士になってます。屋上から飛び降りる姫を抱きかかえて救うイベントはクリア済みです。
二ツ眼は当SSのこの時点では未登場。

次回は、今度こそ修行? いや、やっぱり二ツ眼とか四ツ眼との戦闘? 悩みますなー。
『願い事』で強化された花子の能力もお披露目したいし。

初投稿 2012.01.16



[31004] 11.『五ツ眼』と合成能力
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f
Date: 2013/03/02 15:10
『二ツ眼』は、雨宮が引きつけて、姫の拳が粉砕した。
『三ツ眼』は、祖父の病気で帰省した雨宮のもとに現れたらしいが、『願い事』を叶えて騎士の契約を完全なものにして覚悟を決めた雨宮の機転で、崖から叩き落されて撃破された。
『四ツ眼』は、偶発的に遭遇した東雲半月が、騎士随一の攻撃力を誇る、捻りを加えられた掌握領域『方天戟』で削り殺した。

その間、他の騎士団は何をしていたのかというと、基礎体力をつけるために走りこみを始めたり、連携訓練を行ったりしていた。

「あ、姫だー、おはよー」
「姫も雨宮さんもおはよッス!」

日課の早朝ジョギングであるが、花子と太朗のルートは、姫と雨宮のそれと一部交差している。
というか、折角家も近いので、ジョギングの後はいつもの公園で、そのまま早朝訓練に雪崩込むのだ。

「おー、おはよーなー」
「ああ二人共おはよう」

さみだれと雨宮も、花子と太朗に挨拶を返す。
と、雨宮が太朗の腰にぶら下げられているペットボトルを見て、オヤという顔をする。

「今日は、ガソリン携行缶じゃないんだね?」
「ああ~、二本のうちの片方はガソリン携行缶ッスよ? 不意打ちされても良いように。でも練習でガソリン爆破して消費してたら、段々補充するのが大変になってきて……」
「金欠ってことかい?」

太朗は毎朝の練習で三リットル弱くらいガソリンを消費していた。
金額的に結構バカにならない。
補導されるリスクとか、引火爆発のリスクとか、匂いが服や手に染み付くリスクもある。

「それもあるッスけど、ガススタの店員さんに顔覚えられちゃって……」
「確かにそれは、なんか気不味いかもね」
「それに水でも、充分に温度操作の練習にはなるッスからね。水蒸気爆発を起こせるようになるのが当面の目標ッスね。最終的には、触媒なしでも、空気を超高熱プラズマ化したいんで、もっと練習したいッスね」

目指せ高熱のヒートランス!
泥人形を熔かし落とす灼熱の一撃!

「もう、その技の名前も決めてるんスよ~」
「……というか技名、必要なのかい?」

間。

「え? 付けないんスか、必殺技名」
「何故、技名つけるのが当然という流れなのか理解出来ない」


◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 11.『五ツ眼』と合成能力


◆◇◆


「ほな、訓練しよっか」
「はぁ、はぁ、はぁっ。……っ了解です、姫」
「了解ッス」
「は~い」

息を乱しているのは雨宮だけだ。太朗と花子は数年来走りこみを続けているし、姫は化け物級の体力を誇る。
自分の無力さに、雨宮は歯を噛み締める。
最終的に地球を姫に献上するためには、泥人形を粉砕し、魔法使いを下し、その上で生き残った騎士たち(最大十一名)を捩じ伏せなくてはならない。

雨宮夕日は思考する。

泥人形には勝てるだろうか。
一撃必殺の威力を持った拳を振るう、あの異形のニンギョウどもに。
『三ツ眼』には、機転を効かせて雨宮単独で勝つことが出来た。今のところ、騎士に欠員は居ない。だが、果たして今後もこのまま上手く行くかというと、疑問が残る。

既に最低でも十回以上は、歴代の獣の騎士団は、魔法使いアニムスの陣営に敗北し続けている。
超常の力を得ても尚、櫛の歯が抜けるように騎士団は欠けて、最終的にはビスケットハンマーで地球と時空を砕かれている。
という事は、泥人形は、戦いを重ねるごとに強力になっていくのではなかろうか、と容易に予想できる。

生き残ることは大前提。
その上で、魔王の騎士として、他のすべてを打倒する。
その為には、時に騎士団の仲間を利用し、磨り潰し、使い捨てることすら必要である。

そんな思いを胸に、雨宮は、太朗と花子のコンビを見る。

雨宮が息を整えている間に、太朗は姫と組手を始めているし、花子も能力の練習を始めている。

「うしっ、姫、じゃあお願いします! ……目一杯手加減して下さいよ?」
「あ~、分かっとる分かっとる。ちゃんと死なへん程度に威力抑えるから。……でも、大体日下部さんの動きも分かってきたし、それなりに力込めていくで~」
「ははは、お手柔らかに……」
「ウチもそろそろ東雲さんに勝ちたいからな~、ちょっと本気で行くでー。しっかり避けぇてぇな?」

ぐるぐると腕を振り回して台風のように風を鳴らしながら、さみだれは告げる。
ここで彼女が言う東雲さんとは、兄の方(東雲半月)である。
古武道の達人である半月相手に、さみだれの山をも削る馬鹿力は通用せず、良いように翻弄されてしまっているのだ。

『虚ろな力だな』

などと、借り物の力であることを見抜いたかのような発言を半月にされて、それが彼女には悔しい。いや、人間台風レベルの姫に向かってそんなセリフを言えるのは半月兄貴だけッス。
というわけで、せめて一太刀報いねば気が済まん、ということで、さみだれも特訓中なのである。
その相手として選ばれたのが、受け流しスキルを一点伸ばししていた太朗である。太朗も、今後の戦いで泥人形の一撃を受ける可能性を考えて、どうしようもなく即死級な攻撃のプレッシャーに慣れたいと考えていたので、渡りに船であった。

さみだれが拳を振りかぶる。
それはまるで津波のようだ、と相対する太朗は思う。
さみだれも手加減はしているのだろうが、それでも軽自動車が突っ込んでくるくらいの威力は平気であるのではなかろうか。

太朗は思わず、その拳を前に目を瞑ろうとする自分の臆病な心を抑えつけて、それに打ち勝って目を開く。
怖い、怖い、怖い。目の前の一撃が、『前世』での『九ツ眼』の馬上槍の一撃と重なる。トラウマは未だ払拭できず。
日下部太朗は勇者であるが、心根は一般人なのだ。怖いものは怖い。超能力に目覚めて、惑星を砕く物語に巻き込まれても、太朗は一般人なのだ。……メイビー。

「うりゃあッ!!」
「なんのぉッ!?」

迫る拳に、横から手の平を当てて、軌道を逸らす。受け止めるのではなく、逸らす。激流を制するは静水なのだ。
同時に太朗は足元に掌握領域を展開、雨宮直伝の方法で領域を踏み台にして機動力を強化。拳の範囲から一瞬で逃げる。
逃げた太朗を姫が追う、弾丸のように地を駆ける。再び拳を振りかぶる。

「もいっちょーッ!!」
「喰らうかッ!」

拳、蹴、拳拳拳、蹴蹴、握、拳拳、拳――。
嵐のような連撃を、太朗は磨きぬかれた回避特化の体術と、巧みな掌握領域の運用で、躱し、いなし、受け流し続ける。全く以て、激流に身を任せどうかしている……!!

それを雨宮は、従者のトカゲ・ノイと、太朗の従者のネズミ・ランスと一緒に、感心しながら見ている。

「おー」
「おー」
「おー」

まるでアクション映画の格闘シーンみたいに、太朗はピョンピョンと逃げまわり、時に掌握領域を踏み台にして、ワイヤーアクションのように鋭角的な空中機動をしたりする。
そして姫は超スピードでそれを追い掛ける。拳が振り回される度に轟々と風が渦巻く。
これだけの事をやっていると周囲の目が怖いが、そこは秋谷師匠直伝の人払いの仙術の札が、一般人の眼を誤魔化している、らしい。師匠まじ便利。

「凄いな日下部くんは、毎朝思うけど、よく姫の攻撃に目がついていけるものだ」
「まあ太朗は昔から、この戦いのことを予知してたらしいからな。八年くらいずっと、これを見越して師匠に鍛えてもらってたらしいぜ」
「これだけ動けても『才能がない』と宣うのだから恐れ入る。夕日も早いところ何が何でも力を付けないと、いつの間にかモブに成り下がるぞ? 半月殿にも教えてもらうと良い」
「ぐ、ノイ、そこはかとなくメタ的な発言を……。だけど確かに一理ある。予想外に騎士団の戦力が充実しているし……」

雨宮は考察する。
風神・東雲半月、百裂脚・南雲宗一郎、剣術家・白道八宵、鬼神・東雲三日月、仙人・秋谷稲近師匠、仙人の弟子・日下部太朗。
十二人の騎士の内、実に半数近くが、泥人形と戦って足止め程度は出来る戦闘能力を持っている。半月と稲近に及んでは、単独で泥人形を撃破できるだろう。

雨宮は観察する。
騎士団と共に修行しながら、彼らの癖や思考を読み取り、何時か敵対する日に備えて自分を磨く。
最後の最後で、全ての騎士を打倒するために、獅子身中の虫となる。

「良く避けてるけど、そろそろ限界じゃねーか? どう思う、ノイ」
「ふむ、まあ昨日までの様子だと、そろそろ集中が切れる頃合いだろうな」

思考に没頭する雨宮だが、ランスとノイの声で我に返る。
ちらりと雨宮は、太朗と姫から離れて練習している花子の方を見る。

「……まあ、領域の半分を割いて、宙野さんの特訓の『的』も動かしてるんだ。そんなマルチタスクじみたことをやっていれば、早々に神経も磨り減るさ」

花子の周囲を、掌握領域に包まれたビニール袋がひらひらと飛んでいた。
花子の腕の回りには、まるでライフルの弾を思わせるような鋭い円錐形の掌握領域が、彼女の腕を中心軸として、リボルバーに装填された弾丸のように浮かんでいた。
東雲半月の掌握領域『方天戟』からヒントを得て改良されたそれは、捩じって伸ばされた、無数の小さな弾丸状の掌握領域なのである。

「当たれーーーッ!!!」
「もっと良く見るのだ、花子。動きを予測し、一手当てて足止めし、それを突破口にして連続で叩き込むのだ!」
「分かってるよ、キル。――行けー!!」

ひらひらと翻弄するように飛び回るビニールに、花子は腕を向けて、周囲に浮かべていた弾丸状の掌握領域を飛ばす。クロスファイア、シュート。
あたかもマシンガンのような勢いで、無数の掌握領域の弾丸が連続してビニールに向かって襲いかかる。撃ち出される端から花子の腕の周囲の弾丸は追加されて、途切れなく攻撃が続く。
動くビニールに追従するように、花子も腕を動かし、見えない砲身を差し向ける。念力の弾丸が次々と飛び出す。放たれた弾丸は、ある程度の追尾性能も持っているらしい。ひらりと交わすビニールに向かって弾が曲がる。

「最初のうちは、あのビニールの方もあんまり動かせなかったし、そっちに気が散って姫の攻撃も喰らいまくってたのになー。太朗も進歩してるゼ」
「ランス、だが流石に限界だろう。花子の方の的の動きも単調になっているし、太朗自身も動きに精彩を欠き始めている」
「――あ、当たった」

雨宮のつぶやきと同時に、姫の拳が遂に太朗を捉えた。
掬い上げるようなアッパーで、太朗が上空に五メートルほど吹き飛ぶ。
一見すると即死の一撃だが――

「……取り敢えず受け止めることは出来たみてーだな」
「姫も手加減しているからな」
「日下部くん、ちゃんと意識は残ってるかな? 落ちたら洒落にならないぞ――あ、宙野さんが受け止めに行った」

雨宮たちの視線の先で花子が太朗の落下地点に向かって走り出す。

「太朗くん! 大丈夫っ!?」
「んぁ? OK、OK! 大丈夫だ!」

太朗の方も、空中で体勢を立て直し、足元に掌握領域を展開して落下の加速度を相殺する。
花子も上空に無数の小石のような領域を雲のように展開し、太朗の速度を殺していく。
数秒の浮遊。その後に、太朗は再びふわりと地面に降り立った。

「大丈夫?」
「ああ、大丈夫、サンキュな、花子。助かった」

花子の肩を借りて、太朗が雨宮たちの方にやって来る。
姫もやって来る。

「あ~、ダイジョブやった?」
「ええ、ちゃんと受け流せたッス」
「せやろなー、あんまり手応えなかったもん」

姫が太朗を労る。次はもうちょい本気で言ってもええやろか、などと呟いている。
さすがにそれは死ねる、と太朗は冷や汗かきながら懇願する。

「これ以上本気で来られると、流石に死ぬッス。手加減して下さいッス」
「そうかな~? なぁんか、日下部さん、底知れん感じがするんよねー」
「買いかぶりッスよ。……んじゃ、雨宮さん、バトンタッチっす」

太朗が戦っている間に息を整えた雨宮が、今度は姫と模擬戦をする。

「ああ。では、姫、ご指導お願いします」
「ん。ほな行くでー、しっかり避けぇや、ゆーくん。ま、いつも通り空中鬼ごっこな」
「御意」

雨宮駆け出す。
さみだれが追う。

雨宮が跳ぶ。掌握領域を踏んで空高く。
姫も跳ぶ。雨宮を追って。時には飛び越えて。
人がピョンピョン跳ぶのは、師匠の作った人払いの札符が無ければ人目を引きすぎてしまうだろう。

「凄いなー、三次元機動」
「太朗くんも、あそこまで自由自在には飛び回れないもんね」
「目が回っちゃうからなー。空戦機動は、才能だと思うぜ。――まあ、俺らが目指すのは、『広域索敵手』と『機関砲銃座』だし」
「あとは、最低限、緊急回避できる程度の瞬発的な機動力があれば良いもんね」

そう、太朗と花子が求めるのは、安全圏から勝利に貢献できる能力。
その為に、指輪の騎士の願い事を、自分たちの能力の強化に使った。
二人で一つの、絶対攻撃能力。太朗が願ったのは、掌握領域の射程拡張・探索特化による『広域索敵手』の役目。では『機関砲銃座』だという花子が願ったのは――?

「じゃ、練習しよっか」
「おう!」

太朗が公園のゴミ箱から空き缶を取り出し、遠くに整列させる。
花子の手を握り、指を絡める。少しはにかんで目を合わせ、呼吸を合わせる。
掌を通じ、サイコメトリーで心を通わせ、掌握領域を合成しようとした時――



―― ズ ク ン ――


と、まるで胸を刃物で貫かれたような怖気が走った。
殺気が、はるか遠くから太朗と花子の胸を刺す。

「太朗くん、これって……」
「ああ……多分、泥人形だ」

揃って思わず、遠くにある山を見る。殺気を感じた方向だ。
山からまるで巨大なナイフが突き出ているような、不吉な感覚。
雨宮と姫も気づいたのだろう、空中鬼ごっこを止めて、太朗たちと同じように、脅威の気配を感じる山の方を見ている。

姫ら二人が、太朗の方を見て、視線で促す。
それに頷くと、太朗は胸の前で手を叩き合わせ、索敵能力を発現させる。

「……索敵海域『綿津神』!!」

掌握領域が海原に広がる波のように空間を渡っていく。
太朗は目を閉じ、『綿津神』から得られる感触を分析する。

「――間違いねッス、『五ツ眼』の泥人形ッス」
「……ご苦労、ネズミの騎士。相手は動く様子は?」
「――今のところ動く気配は無いッス。今までの奴らと違って、待ち構えてるみたいな感じッスね」

太朗は得られた情報をさみだれに報告していく。

「さっきの索敵波で、相手に気づかれた様子は?」
「多分気づかれたと思うッスけど、動かねッスね。多分街中に出てくることはないかと」
「何でそう思うんだい、日下部くん」

太朗の予想に、雨宮が疑問を挟む。

「何か『五ツ眼』は、森の中での戦いの方が得意そうな形してるからッスよ。だから、森の中からは出て来ないと思うッス」
「へえ、形まで分かるんや、能力成長したん?」
「ええ、『綿津神』も精度向上して、相手の大体の造形も分かるようになったんスけど、――それ見て貰った方が早いッスね。サイコメトリーで共有するッス」

太朗の『綿津神』を通じてサイコメトリーが発動し、『五ツ眼』の姿が、雨宮たちの脳裏にも投影される。
『五ツ眼』は球形の身体から何本もの腕を生やした姿の泥人形で、確かに平地での戦いよりも、森の中のような障害物が無数にある場所のほうが、より機動性を確保できそうな造形をしている。
森の中での戦いとなれば、『五ツ眼』は木々の幹を掴んで三次元的に縦横無尽に木立の間を跳ね回り、その機動性を生かして、死角から襲ってくるだろうことは容易に想像できた。

「確かに今までの泥人形とは、なんか雰囲気が違いますね、姫」
「せやな、今までは人間っぽい形やったけど、何か今回の奴は、形もちゃうな」
「魔法使いもいよいよ本気ってことじゃないッスかね? 中盤戦というか、ほら橋を渡ったら敵が強くなる的な?」

太朗の言い分に姫が呆れる。

「ゲームかいな」
「ゲームでしょう、どう考えても。本気でやるなら、さっさとハンマーを落とせば良いんスから」
「ははは、確かになー。魔法使いにとってみれば、この戦いは、ゲーム……遊びか」

確かにその通りであった。
地球の未来を掛けた、命がけのゲームだ。
そのやり取りを聞いて、きっと魔法使いはガキに違いない、と雨宮は思った。


◆◇◆


「んで、姫、どうするッスか? 取り敢えず他の騎士が先走らないように、『一旦待機』って『綿津神』に流したッスけど。三日月さんとか、特攻しそうですし」
「向こうが待ちの姿勢なんやったら、こっちも充分戦力集めてから掛からせて貰おか。今日の午後に集合で。学校や職場は、体調不良で休んでもらおか」

地球の一大事だ。
学校だの会社だの言っていられない。
今はまだ朝の八時前だし、関係各所への休み(サボり)の連絡も充分間に合うだろう。

「了解ッス。じゃあ、この後直ぐ集まって、作戦会議ッスかね?」
「せやな、したらその旨連絡したってや。あと日下部さんは、『五ツ眼』監視しといてなー」
「了解ッス」

太朗が『綿津神』を展開し、町内の騎士たちに、今後の動きを通達する。
直ぐ様他の騎士から了承の意思が返る。どうやら皆きちんと起きていたらしい。結構なことだ。

そこに花子が口を挟む。

「ん~、ちょっとこっちから偵察と牽制の攻撃を仕掛けることも出来るよね?」
「ん? でも不用意に近づくのは許さんで。折角有利な戦いが出来そうやのに、下手打って怪我したら勿体無い」
「近づく気はないんだけどね。私は未だ死ぬ気はないよ、さみちゃん。――でも、今朝の訓練は途中だったし、『的』を『五ツ眼』にしても良いと思ってるんだけど」

『五ツ眼』を『的』に?
少なくとも十キロは離れているというのに、どうやって?
射程範囲に近づいて、さっきの機関砲のような掌握領域をぶつけるつもりなのか?

「んー、私の――いや、私たちの能力の射程は、そんなに短くないよ」
「私たち?」
「そう、私と太朗くんの能力は、『二人で一つ』。最強の矛と盾を持った人間がいれば、それは矛盾せずに一つの最強の兵士に昇華されるように、私たちは二人で一つの能力者なの」

秋谷稲近が言う『矛盾の教え』は、昴と雪待だけでなく、太朗と花子にも受け継がれている。

「太朗くんと私の二人で力を合わせれば、高々十数キロ程度離れた場所の泥人形に攻撃を当てることなんて、造作も無いのよ、さみちゃん」

花子はさみだれのことを、さみちゃんと呼んでいる。
それはさておき、実際にそんな10キロスナイプを超える神業が可能なのかと、雨宮は聞いていて思う。
思わず雨宮は、訝しげに太朗の方を見る。太朗は恥ずかしげに苦笑して頭を掻いている。

「まあ確かに、何とか成るとは思うけど」
「いいじゃない、太朗くん。どうせここらで一回、能力の限界について確かめないといけなかったんだし」
「……そうだな、やってみるか! 男は度胸! 何でも試してみるもんさ、ってね」

そうして太朗と花子は手を繋ぎ(もちろん恋人つなぎである)、目を瞑って意識を集中する。
仲睦まじいことだ。彼らが恋人同士なのは、騎士団の中では周知の事実だ。雨宮は若干羨ましそうに見ている、さみだれと恋仲に、いやいや畏れ多いなどと考えているのだろう。
深呼吸。出来ればキスしたほうがサイコメトリーの結びつきも強くなるのだが、と太朗と花子は思いつつ、精神を集中させる。宣言。

「「合成領域『菅家の梓弓』」」

二人の言葉と共に、太朗の索敵海域『綿津神』が、再び展開される。
ただし、いつもの全周囲展開ではなく、先程場所を確認した『五ツ眼』の方に向けて絞った形で、掌握領域は広げられた。全周囲に展開するより、領域の濃度が高まっている。
触手のように伸ばされた太朗の『綿津神』が、『五ツ眼』をその内に捉える。

握った手を介して、太朗から花子へ、『綿津神』で得られた『五ツ眼』の情報が、サイコメトリーによって交感し、交換される。

「「見つけた――」」

海神の目が敵を見つけ、天雷の矢が、『五ツ眼』へと襲いかかる――。


◆◇◆


『五ツ眼』は微睡んでいた。
樹の枝に乗っかって、微睡んでいた。

いつの間にか土から生まれた、魔法の泥人形(ゴーレム)。
ゲームの駒。騎士団を屠るための暴力装置。地球を砕くための前座。
造物主であるアニムスの降臨も近い。既に十二の兄弟たちのうち、『四ツ眼』までが倒されてしまっている。それも、騎士団の方に犠牲は出さず。

この時空におけるビスケットハンマーを巡るゲームは、これまでのように相手の『姫』を狙うのではなく、趣向を変えて、騎士団を削っていくことになっている。
理由は知らない。おそらくは、アニムスの気紛れか、精霊アニマと魔法使いアニムスとの間で何かしらの密約があったのだろう。
ただ『五ツ眼』の彼からしてみれば、それに従うだけの話だ。それこそが彼の存在意義なのだから。

だが、未だ彼は微睡んでいた。
宣戦布告の産声は上げた。ありったけの殺意を叩きつけてやった。
程なくして騎士たちはやって来るだろう。だが、それまですることはない。だから彼は微睡んでいた。

先ほど、如何にもか弱い何かの波動を感じたが、余りにもか弱すぎて、すぐに忘れてしまっていた。
恐らくは、騎士団の誰かの能力なのだろう。この時代に、泥人形を察知して情報収集してくるようなサイキッカーの集団は、指輪の騎士団くらいしか居ないのだから。

そして、再び、先ほどの薄っぺらな波動が、彼を覆う。
先程より少しは密度が高まったようだが、それだけだ。
泥人形に傷を与えるには、普通は騎士二人分の領域を重ねる必要がある。こんな薄まった領域(サイキック)では、何も出来ない。


(……――――?)


違和感を覚えた。


(……――――ッ!!)


そしてそれは次の瞬間に驚愕と狼狽に変わった。


周囲を覆っていた、粘着くような薄い掌握領域は、今や完全に敵意を露わにしていた。
『五ツ眼』を取り囲む、弾、弾、弾――、無数の弾丸。掌握領域を捻って固めたそれが、薄い領域の中から浮き上がるようにして『五ツ眼』に狙いを定めていた。
そして、その内の一部が、一気に襲いかかる。まるで鎖のように連なったそれが、『五ツ眼』に叩きつけられ、彼を樹上から叩き落す。

そしてそれでは終わらない。
幾百と周囲に浮かぶ弾丸は、連続して『五ツ眼』に襲いかかる。
機関銃の弾のように、息つく暇も与えずに、連続して彼の身体を撃ち据える。

弾丸は、『五ツ眼』の身体を、連続する衝撃によって拘束する。
その威力は決して高くない。泥人形を抉るには、今一歩足りない。だが、泥人形を釘付けにするには、充分過ぎる威力がある。
マンストッピングパワーに秀でた、尽きない弾丸。

これが、太朗と花子の合成能力『菅家の梓弓』。

『五ツ眼』は苛立ち、同時に己の内で戦闘意欲が沸々とたぎるのを感じる。

――――小細工を弄されるのは、力量で劣る騎士どもとの戦いでは常のこと。そんなことは覚悟の上、当然のこと。ならば、我ら魔法使いの使徒は、それを圧倒的な力で打ち破るのみ。

既に逆探知は済んでいる。
周囲を覆ううっすらとした悪意の掌握領域の、その発生源の場所は把握している。
待ちに徹するつもりであったが、この期に及んでは、打って出る他あるまい。嬲り殺しにされるのは、かなわぬ。

別に戦場は木立の間でなくとも良いのだ。街はいわば、中国の桂林のような断崖絶壁が立ち並んだ渓谷のような立体迷宮。
この腕だらけの身体を生かすのに、森の中と何の違いも支障も無い。電柱も多く突き立っておることだし。
そうと決まれば、ビルの間を飛び回り、騎士たちを次々と屠ってくれる。


そう決めて、森の外へと跳躍しようとした瞬間。


鏑矢のように音を引いて飛んできた強力な掌握領域に、『五ツ眼』の腕が砕かれた。


◆◇◆


合成能力『菅家の梓弓』。
これは特殊強化された太朗と花子の掌握領域を、太朗のサイコメトリーによって融合させた能力である。


二人が指輪に願ったのは、掌握領域の特殊強化。

太朗が願ったのは、射程拡大と超能力への反応による探索特化――索敵海域『綿津神』。
街一つを覆うくらいの、超射程の索敵能力。
騎士の早期集結と、泥人形の早期発見、逃げる敵への追撃のための探索能力。

そして花子が願ったのは、単純に、掌握領域の燃費向上と威力強化。
これによって、花子は、幻獣の三騎士に匹敵する(かもしれない)継戦能力と威力を手に入れたのだ。
それは、いざという時に花子単独でも身を守れるようにと考えた、太朗の提案によるものであった。

そして二人の願い(能力)を繋ぐのは、太朗の異能――サイコメトリー。
認識を共有し、世界を共有することで、能力を融合させる。
太朗の射程と、花子の威力が融合するのだ。

掌握領域は、身体の延長。
術者にとっては、第六番目の知覚にして、新たな器官。
花子は、太朗のサイコメトリーを通じて、『綿津神』の展開範囲をあたかも自分の体の延長のように扱うことが出来る。そして、それゆえに、『綿津神』の範囲内であれば、花子自らの掌握領域を自在に遠隔展開することすらも可能。

それこそが、合成領域『菅家の梓弓』。

姿も見えぬ遠方から、『綿津神』を介して弾丸を、遠くに居る標的の周囲に顕現させ、それを殺到させるという遠隔攻撃能力。
一撃の力ではなく、機関銃のような手数を追求することによって相手を拘束する能力だ。
単体で泥人形を撃破するのではなく、露払いを行い、牽制し、足止めし、そして追撃すら行うという、サポート系の能力。『梓弓』で足止めして泥人形の動きを止めて釘付けにして、他の騎士たちが掌握領域を集中させる時間を稼ぐことが主眼なのである。

ちなみに合成領域の名前の由来だが、学業の神である菅原道真公が弓の名手でっあったという話と、『綿津神』の波打つような様子を弓をかき鳴らす梓弓と掛け、超遠隔攻撃であることを弓に準えている。
そして、花子単独の能力名は、いまだ決まっていない。太朗の『前世』では、氷の塊を連続射出する能力を、太朗の弔いということで『勇者の剣(クサカベ)』と名付けていたが、流石に太朗が死んでない以上は、その名が使われることはない。

『菅家の梓弓』による弾幕は、威力を追求していないとはいえ、何百と弾丸を殺到させれば、ダメージは蓄積する。
泥人形には急所と呼べるようなものはなく、まさにゲームの敵のように、体力(HP)をゼロにするまで立ち上がり続けるし、取り逃がして時を置けば、HPのダメージと共に負傷も回復する。
『五ツ眼』が、殺到する弾幕に打ち据えられ、転がされ、叩き落される様子が、『綿津神』を通じて太朗には手に取るように伝わる。致命傷を与えるには至らないものの、確かにダメージは蓄積しているようで、『五ツ眼』の表面は傷だらけでボロボロになっている。

「そろそろかな、弾幕の遠隔発生と制御は上手く行ったし」
「そうだね、泥人形の足止めには、あの程度のサイズの細かく分けた掌握領域でも充分な威力があるみたい。じゃあ、次は弾幕じゃなくて、狙撃の方も試してみないとね」

そう言って、花子は腕を伸ばし、一際大きな掌握領域をその腕の先に作り出す。
そうしながらも、『五ツ眼』の周囲を飛び交う弾幕は、『五ツ眼』が逃げ出さないように拘束し続けている。掌握領域の並列操作は、太朗のみならず花子もある程度は熟達しているのだ。
花子の手元に浮かんだ弾丸は、渦巻くように捻られて円錐型に形を変える。

花子の手を握る太朗の手に、強く力が込められる。

「『綿津神』、標的をロック。あとは自動追尾するから遠慮なくやっちゃって」
「ん、ありがと。じゃあ、領域同調開始、『菅家の梓弓』狙撃弾モード、発射ッ!!」

花子の手から、狙撃弾が轟然と発射される。

と同時に、周囲に満ちていた『綿津神』の気配が消える。
いや、消えたのではない、これは――

「へえ、日下部さんの領域が、宙野さんの弾丸に巻き込まれて行っとるんやな」
「あ、さみちゃんは分かるんだ? 流石だね」
「まあ、『姫』やしな」

そう、『五ツ眼』に向けて展開されていた『綿津神』を呑み込んで喰らい尽くしながら、花子の弾丸は、驀地(まっしぐら)に敵に向かって飛んでいっているのだ。
それによって、最終的に泥人形に弾丸が到達する頃には、弾丸は花子と太朗の二人分の掌握領域を合わせた強度を得るに至るのだ。

「でも、『綿津神』との繋がりが切れたら、向こうに展開して足止めしている弾幕も消えたりしないのかい?」
「狙撃弾が着弾するまでの数秒くらいは保ちます。あと、『綿津神』自身に、掌握領域や泥人形みたいな、超常の力に反応する性質を持たせてますんで、多少泥人形が動いても、ある程度は追尾・誘導できるッス」

泥人形が動いても、それに纏わり付く『綿津神』の残滓は決して離れない。
そして、『綿津神』の中を、喰らい尽くしながら飛んでくる狙撃弾は、まるで綱を手繰るように自動的に泥人形に向かうことになる。
放たれれば容易には逃れることのできない、自動追尾の弾丸。――弾丸と言うよりは誘導ミサイルか?

「超遠距離からの弾幕の展開と、足止めした上での追尾機能付き高速狙撃弾か……。これから先の戦いは、もう殆ど勝ったみたいなものじゃないか?」
「あはは、だと良いんスけどね~……。――っと、そろそろ着弾したッスかね。泥人形の様子を確かめてみるッス――索敵海域『綿津神』」

雨宮の言葉に、太朗は曖昧に笑って返事を濁す。実際、魔法使いとの戦いが、そう上手く行くとは、太朗は楽観しきれない。
『五ツ眼』を追尾するように展開していた『綿津神』が、花子の狙撃弾に喰らい尽くされて消滅したのを感じ取った太朗は、胸の前で手を叩き合わせて、再度『綿津神』を展開する。戦果を確認するために。
空間を渡るように掌握領域の波動が広がり、直ぐに『五ツ眼』の状況が、太朗の感覚に捉えられる。そしてそれは、他の騎士団の面々にも、『綿津神』による擬似テレパスで共有される。

「おお、ちゃんと当たったみたいだな。腕一本もげてる。流石だぜ、花子」
「まあまあだね。泥人形はまだ動いてるみたいだけど、もう一発いっとく?」
「いや、もう無理、体力が限界。意外と消耗激しいし。後一発くらいはいけるかもだけど、監視用に『綿津神』使う体力残しとかなきゃならないし。それにアレだけ痛めつければ、多分暫くは『五ツ眼』も動けないだろうし」

『綿津神』が捉えた『五ツ眼』は表面に幾つもの罅が走っており、腕も一本綺麗に粉砕されていた。
八割殺しといったところであろうか、HP的に。
警戒しているのか、あるいはダメージが大きく動けないのか、『五ツ眼』は身じろぎもしない。貝のように丸まっている。

太朗の、体力が尽きたという言い訳は、本当である。
願い事で掌握領域の燃費を向上させている花子はともかく、ジョギングして組手して特殊能力を使い合成能力を披露したら、太朗の体力は底をつく。
そもそも今回は合成領域『菅家の梓弓』の限界性能試験の面が大きく、これ以上『五ツ眼』を痛めつける気もない。他の騎士に戦闘経験を積んでもらうためにも、太朗たちだけで倒してしまうのは望ましくない。

「んじゃ、予定通り、この後皆で集合な。日下部さんは、それまでに体力回復させるのに、安静にしとってな。『綿津神』で山の中の『五ツ眼』を見つけてもらわんとアカンから」
「了解ッス。あ、他の騎士にも、今の言葉中継しといたッス」
「ご苦労。ほな、何か『五ツ眼』に動きがあったら知らせてぇな?」

取り敢えず、この場は解散である。
作戦会議後、昼からは騎士団総出で山狩りだ。

行動不能なほどのダメージを負った上に、騎士団全員からフルボッコにされる『五ツ眼』が哀れでならない。


◆◇◆


その後『五ツ眼』は、太朗の『綿津神』で居場所を割り出され、騎士団全員で囲まれた上で、花子のガトリングのような掌握領域で釘付けにされて、全ての騎士の掌握領域を集中させられて砕け散った。


◆◇◆


夢の世界、精霊と幻獣の扉の向こう。
さみだれに招かれた者しか来ることの出来ない、荒涼とした場所。
その正面には、青い宝石が――地球が大きく見えていた。

それを見据える男女が一組。
魔王としての朝日奈さみだれと、彼女の騎士たる雨宮夕日だ。

「あれ、厄介やな、合成領域『菅家の梓弓』」
「ええ。正直あまり敵に回したくはありませんね」

街全体を覆う索敵能力。
その範囲内で自在に出現する足止め用の無数の弾幕。
止めにアンチマテリアルライフル並の威力を叩き出す追尾機能付き狙撃弾。

「ま、攻略法がないわけじゃないですが」
「自身あり気やな」
「簡単です、遠隔攻撃に特化した能力ですから、近づいてしまえば良い。カマキリの騎士の弾幕は厄介ですが、ネズミの騎士を盾に取れればどうとでも出来る。機動力には自身がありますし、狙いを絞らせないように動いて撹乱して懐に飛び込む」

相変わらず外道やな、と姫が笑う。だが、姫のためには幾らでも外道になると、雨宮は決めている。
それにこの宇宙に浮かぶ夢の空間に招かれているのは、雨宮の中でも憎悪に染まって地球破壊に同調した一部の意識でしかない。破壊衝動が強いのは当然であった。

「まあでも、泥人形との戦いでは、あの支援能力は使い勝手が良さそうや」
「ええ、精々役に立って貰いましょう。地球を壊すための、その露払いに」

惑星を砕く物語は、中盤戦。
未だ一人も騎士に脱落者はおらず。
敵は強くなり、戦いは激化する。


=====================


東雲半月、ひとまずは生存。今回出番なかったけど。
次回は、他の騎士と太朗の関わりを描いた幕間的な話か、『六ツ眼』との対決。

このSSが切欠で「惑星のさみだれ」を揃えてくれた人がいて、感激です。SS書き冥利に尽きますね。
某2525動画では、MADとか偽OPも作られているので、惑星のさみだれを未読の方は是非見て欲しいかもです。
おすすめは「【MAD】惑星のさみだれ 幼馴染のダイアモンドクレバス【水上悟志】」sm5259741。このSS書く切欠の一つだったり。

初投稿 2012.02.04



[31004] 12.ランディングギア、アイゼンロック
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f
Date: 2013/03/02 15:02
「祝・『五ツ眼』撃破ーーー!!!」
「「カンパーイッ!!」」

宴会である。
祝勝会である。
同時に親睦会でもある。

まあ単に時間の合ったメンバーで宅飲みしてるだけなのだが。

場所は雨宮夕日の部屋である。
メンバーは夕日と太朗と三日月の男三人だ。

「うわ、美味ッ、この酒めっちゃ美味いッスね!」
「んー? 適当に家にあったの持ってきただけだぜ。まあ、確かにうめえな」
「何気に金持ちだよな、三日月」

そこから話は三日月のバイトの話へと移っていく。

「まあ、何でも屋っつーか、喧嘩の仲裁屋っつーか、そんな感じだ。兄貴の手伝いっつった方が、イメージ湧きやすいか?」
「へえ、つまり、ヒーロー見習いという訳ッスね?」

半月は、自分のことを、決して正義の味方(ヒーロー)ではないと言うが、太朗や三日月にとってみれば、それは正しくヒーローのように見えるのであった。
いかにも、分別のついた熱い大人――かくあるべきという大人として、半月の姿は映っていた。

「まあな、だが、男は皆ヒーロー見習いだろ?」
「そうッスね!」

太朗も花子のヒーローになりたいと思っている。
社会の正義のヒーローには成れずとも、男はただ一人惚れた女のヒーローであれば良いのだ。
そこには、おそらく雨宮も同意するだろう。雨宮は、さみだれのヒーロになりたいと思っているだろうから。

「というかヤクザだろ……」
「失敬な、アンチヤクザだ」

不正規武力集団である。ヤクザと似たようなものだが、任侠と言ったほうが近いかもしれない。
いや、やはりヒーローが一番近い概念だろう。義賊、とか。

「あ、そうだ、タロー、材料持ってきたからツマミ作ってくれよ!」
「いいッスよ。……雨宮さん、台所借りますねー」
「ああ、いいよ。使ってくれ。日下部くんの料理は美味いからね。最近、三日月と日下部くんのお陰で調味料も充実してきて、実はぼくも助かってるよ」

腕によりをかけるッスよ~、と言って、太朗は材料を持って、雨宮の部屋の台所へと向かう。
途中で自分の荷物から、愛用のマイ庖丁を取り出していくのも忘れない。

台所で太朗は食材を前に集中し、右手に庖丁を握ると、調理の手順を頭に思い浮かべる。

「――掌握領域、展開」

そして複数の掌握領域を展開し、材料の下拵えなどを並行して行なっていく。
日常生活での領域複数操作の鍛錬である。
好きなことに能力を使うと、上達が早いというのは、サイコメトリーを訓練していた時に得た教訓であった。

同時に操作されている領域は三つ。
うち二つは、食材を運んできたり退けたり時には切ったり、調理器具を持ったりして太朗のサポートをするように動いている。
残りの一つは、『荒神』の加熱能力を発現させて、オーブンレンジというか電子レンジのような使い方をしている。手に取るように温度調節ができるので、実はオーブンよりも高性能である。

太朗は掌握領域によって、庖丁もコンロも要らない料理人になっているのだ!
乱舞する食材と庖丁! 炎の掌握領域! 彼こそ超能力料理人! 日下部太朗!!

……他の騎士や従者からは、『掌握領域の凄絶な無駄遣い』と言われているが。

「出来たッスよー!」
「「待ってました」」


◆◇◆


「そーいや、ゆーくん、何故か既にノイがグロッキーになってるけど、どっかで呑んできたん?」
「ああ、半月さんと、氷雨先生――姫のお姉さんと居酒屋でね。気を利かせて、途中で抜けてきたけど」

雨宮の従者のノイは、酷くアタマが痛いのか、『ぬあー』と仰向けになって足掻いている。
雨宮はザルだが、何故か彼と同調しているノイはアルコールにやられてしまうらしい。

「ああ、氷雨ちゃんねー。まあ綺麗だし、兄貴が惚れるのも分かるな」
「うん、ぼくをダシにしたのは明らかだったからな」

本命には意外と奥手な正義の味方(ハンゲツ仮面)。

「……あとはお若い二人に任せて、ってわけッスね! 雨宮さん、マジ恋天使」
「つっても、俺らの方が若いけどな、ひひひ」

というわけで、現在東雲半月は、朝日奈氷雨と居酒屋でデート中である。
朝日奈氷雨は朝日奈さみだれの姉であり、若くして雨宮の大学の物理学の教授となった天才である。
三日月の担当教員でもあり、雨宮と三日月の双方に近しい人物である。

「あの二人にはくっついて欲しいッスねー」
「だよなー。お、そうすっと、姫と俺が義兄妹にッ!? 良いな、ソレ!!」
「なんだそれ、けしからん」

兄貴が首尾よく付き合い始めたら、今度氷雨ちゃんを『お義姉ちゃん』って呼んでみるかー、などと三日月が言う。
そうするときっと『さみだれは、やらんぞ!』と言われるに決まってる、自分の色恋よりも妹のほうが大事って人だから、と雨宮が返す。
でも二人とも、姫と付き合いたいんショ? じゃあ姫のお姉さんの許可取らないと? と太朗が話題をかき混ぜる。

「ひゃひゃひゃ、まあその前に、俺とゆーくんで決着つけなきゃな! 今んとこ俺の圧勝だけど!」
「この戦闘狂め。……ぼくが実力つけたらリベンジするからな。姫の騎士として、貴様に姫は渡さないぞ」
「ああ、朝の訓練で鬼気迫る勢いだったのはそーいう事情ッスか……」

最近雨宮が以前にも増して貪欲に訓練をこなしているのを不思議に思っていた太朗だったが、そういう事情だったのかと納得する。
ライバルが居れば、上達のモチベーションも高まるだろうことは、不思議でも何でもない当然の帰結である。
それもそのライバルが恋の鞘当ての相手ともなれば尚更だ。

「タローは良いよな、はなちゃんと付き合ってんだろ? もう何年だ?」
「えーと、三年ッスかね? いつの間にか付き合い始めてたんで、何年とかいうのは、よく分かんないッスけど」
「そういうのはきちんと覚えてないと、女の子の方は怒るんじゃないのかい? しかし、幼馴染と付き合うとか、王道だな」

話題は太朗の方に移る。

「ああ、それは初めてキスした日を記念日にしてるから問題ないッスよー」
「うわぁ、さらっと惚気けたよ、こいつ」
「青春してるなー、うらやまけしからん」

太朗が目を輝かせて惚気けだす。
太朗は今、幸せだった。

ああ、しかし、油断してはいけないのだ。
確かに、東雲半月が『五ツ眼』に殺されることはなくなった。
だが、泥人形が強敵であることには依然変わりなく、太朗の人生は未だ死亡フラグに満ちているのだ。

――――ああ、そんなに幸せに惚気ると、その分また一つフラグが……!


◆◇◆


「時は水無月、すでに六月、来月は七月夏休みに海開き! と! いうわけでッ!!」
「私花子と、太朗くんは、水着を買いにショッピングモールに来ています」

人でごった返すショッピングモールにて、手をつないだ高校生カップルが一組。
余人には感知できないが、頭にネズミとカマキリを乗っけている。
喋るネズミとカマキリだ。

「定番イベントだな!! っていうか誰に説明してるんだ?」
「古典的ラブコメにありがちなやつだな。だが良し」

古典的というのは良いことだ。
お約束は素晴らしい。
クラシックというのは最大級の褒め言葉だ。

「じゃ行こっか、太朗くん」
「おう、折角だから色々見てまわろうか、花子」

そう言って、二人は腕を組んで歩き出す。

「すっかり青春してるな、タロー」
「戦士には休息も必要だが……、不抜け過ぎぬように我れが見張っておかねばな」

束の間の日常。
頭の上に陣取る指輪の従者たちも、ラヴラヴな二人に一部辟易しつつも、別に邪魔する気はないようだ。

和気藹々と、仲良さそうに、幸せオーラをまき散らしながら、太朗と花子はショッピングをする。
二人共笑顔で、周囲に花が咲き散るエフェクトが見えるようだ。
……まあ中学生から付き合っている高校生カップルなんてこんなものだ。さすがリア充。



「ねーねー、太朗くーん、どれがいいかなー?」
「……やっぱりビキニ一択っしょ!!」
「たろくんのえっちー」

えっち?
――違うな。

露出の激しい水着は、若い内に着ずしていつ着ればいいのか。
年齢が上がれば露出に対する羞恥心は減るかも知れんが、露出に堪えうる肉体をその時まで維持できているとは限らないのだ。
故に、ここでビキニを勧めるのは、正義……!!

「……まあ良いや。で、どれがいいかなー?」
「というか、まずはサイズと値段を見るのが先じゃね?」
「いや、色とデザインだよ!」

この辺は男女の商品の選び方の違いである。
男は大体、機能と値段を見ることが多い。
女は見た目を先ず気にする。

あと白道八宵さんみたいに豊かでdtpnな体型の方だと、サイズ問題が一番のネックになることがよくあるそうだ。
逆に小さすぎても、パステルカラーだったり子供っぽすぎたりすることもあるとか。
幸い花子は標準体型(=品揃えが一番豊富)なので、割りと選り取り見取りである。

「ん、じゃあ、これかな?」

太朗が選んだのは、やたら布の少ない一品。

「……これ? 本気?」
「いやまあ買う気はないけど、折角だからいろいろ試着して欲しいじゃん?」
「……」

花子が顔を赤くして口を尖らせる。

「えっち」
「こういう機会に楽しまなきゃ損だろ? ――人間いつ死ぬか分かんねぇし」
「……、そうだね。じゃ、折角だからこれに着替えてきてあげる」

そう言って微笑むと、花子は店員に声を掛けて、試着室に案内してもらう。
太朗は花子の水着を今から想像してニヤニヤしている。
ついでに、次に着てもらう水着を物色している。

「にへへへへ」
「タロー、にやけすぎ……」
「む、いや、仕方ないだろ!」

ネズミの従者ランスのツッコミに応えつつ、太朗は顔が蕩けるのを止められない。
まあ『前回』の太朗の人生では、日常系の甘酸っぱいイベントには事欠かなかったものの、ラブコメ系の桃色イベントにはあまり縁がなかったのだ。
だが、それがどうだ。

今回の人生では、中学生の時から相思相愛!
生命を掛けた『惑星を砕く物語』も、今のところは上手く行っている。
イヌの騎士・東雲半月も今のところ生存しているし、太朗と花子の新能力も上手く嵌まり、明るい未来が見えてきた。

順風満帆、である。
ニヤケ顔になるのは止められまい。

「ちっ、色気づきやがって。足元掬われても知らねぇぞー?」
「にひひ……、む、そうだな、まだまだ道半ば、泥人形も半分も出てきてないしな。……でも、にへへへへへ……」
「だめだ! 完全に色ボケてやがる!!」

ガビーン、という効果音が付きそうな感じでランスが愕然とする。

ランスは身震いしながら思い出す。

――ああ、前回以前の戦いでも、こんな感じで幸せオーラ撒き散らした後に散っていた騎士が居たなあ、と。
――戦いという極限状態で相思相愛になった騎士たちも居た。でも、泥人形に殺られて……。

ちょっとナーバスになるランスであった。

「太朗くーん、着替え終わったよ」
「お、マジか! 楽しみだなあ、きっとよく似合ってるだろうなぁ」
「……似合ってても、コレは着ないよ? 皆の前で着るには、ちょっと恥ずかしい……」

そんな不吉な回想をしていると、どうやら着替えが終わったようで、花子が試着室のカーテンの隙間から顔だけを出して太朗を呼ぶ。
恥じらってカーテンの向こうでもじもじする花子の様子に、太朗は胸を高鳴らせる。
太朗が先ほど選んで渡したのは、白いビキニであった。ローライズ気味の。

ちなみにカーテンで姿は隠れているが、太朗の掌握領域『綿津神』にかかれば、かなりの集中を必要とするものの、領域による触診によってその姿を透視することは容易い。
まあ、そんな事がバレたら他の女性騎士から非難轟々だろうから、おおっぴらにはしないけど。
精密探査なんて使う相手は、花子くらいだけど。無断で使うと怒られるのは必定だけれど。


おずおずと花子が試着室のカーテンを開ける。

「ど、どうかな?」

「おお~。よ、よく似合ってるぜ!」
「タローもイチコロだなっ!」
「なかなか良い見立てだ、日下部太朗」

太朗と従者ズが口々に褒める。

毎日走りこみをすることで適度に細く引き締まった太腿と二の腕。くびれた腰と、扇情的なおへそ。
白いビキニの胸にはささやかな谷間があり、下の方は腰骨の下あたりまでのローライズだ。
カラスの濡羽のような髪は、ひまわりを象ったシュシュ(髪ゴム)で纏め上げられており、普段は見えないうなじを晒している。

素晴らしい。

太朗は感動した。

「素晴らしい」
「へ……?」

声にも出ていた。
ついでに鼻血も出そうだ。

「じゃ、じゃあ今度はこっちのやつを――いやその前に今の水着姿を写真に収めるのが先かハイチーズ――」
「うぇ?! ちょっ」

太朗はいつの間にかポケットから携帯を取り出してカメラ機能を起動させており、花子の方へ向けている。
慌てて花子はレンズを覆おうとするが、時既に遅く。
カシャリ、という音はしなかったものの、太朗の携帯に花子の水着姿は収められてしまった。(シャッター音は、マイク周辺の空気を掌握領域で操って真空状態にすることで遮断した。盗撮疑惑を店員にかけられると面倒なので。)

「う、うう~~」
「良し、じゃあもっと色々試着しようぜ!」

花子は顔を真っ赤にして抗議するが、しかし満更でもなさそうだった。


◆◇◆


結局、着せ替え&水着撮影会は三時間ほど続いた。
最後の方は花子のテンションもおかしくなってきたのか、ヤケになったのか、割と際どい水着も躊躇なく着ていた。
そして太朗の携帯のメモリーが充実した。太朗はホクホク顔である。

ちなみに最後に買ったのは、無難な紺のワンピース型の水着である。
テンションが昂ぶりすぎた二人が血迷って「それはちょっと……」というくらいアグレッシブなのを買おうとしたが、それは従者二匹が必死に止めた。


◆◇◆


ショッピングモールからの帰り道。
夕暮れ時、黄昏時、誰彼時。足元から影が長く伸びる。
買った水着をショップの袋に入れて、手を繋いで、太朗と花子は歩いている。

「あ、茜くん発見」
「何処? こんな時間に独り?」
「そこの角曲がったところ。独りみたい、塾帰りかも」

と、最近は周囲十数メートルには常時展開されている太朗の『綿津神』が、近くに騎士の反応を察知する。
パーソナル(個体識別)は、フクロウの騎士・茜太陽。
塾帰りかも、と太朗は言っているが、『前回』の記憶を鑑みるに、再婚相手である女性(太陽から見て継母)と蜜月を過ごすために実父からそれとなく家の外に追い出されたのだろう。

その辺の事情を思い返していると、当然『接触感応(サイコメトリー)』で、繋いだ手を介して花子にも情報が伝わるわけで。

「ねえ、太朗くん……」
「ん。そうだな、一人分余分に作るくらいの材料は、冷蔵庫の中にあったはずだ」

どうやら二人は、茜太陽を自分たちの食卓に招待することに決めたようである。

「よっ! 茜くん! 今一人!?」
「あ、日下部さん、宙野さん。……ええ、一人です」
「茜くんは夕飯食べた? 良かったら、私たちと一緒に作って食べない?」

花子の提案に、茜は目を白黒させる。

「え、いや、それはちょっと……」
「ホッホウ。太陽、良いではないか、どうせこの後一人で食べるつもりだったのじゃろう? ご馳走になってもいいじゃろう」
「え、ちょ、ロキ勝手に話を――」

茜が拒否しようとした時に、茜の頭の上に乗っていたフクロウのロキ=ヘリオスが返事を返してしまう。
そして茜がそれを戸惑いつつも嗜めようとするが、どんどんと話は進んでいく。

「じゃあ決まりだな! 茜くんは何か食べたいものとか、好きなものとかあるかー?」
「え……、何で既に一緒に夕飯食べるのが確定してるんですか?」
「イイじゃんイイじゃん、騎士同士仲良くしようぜー。腕によりかけて美味いもん作るからさ」

そして遂に太朗の勢いに負けて、茜は溜息をついて観念した。
どうも騎士には、押しの強い人間が多い。
イヌの騎士や、カジキマグロの騎士、ウマの騎士たち大人組がその筆頭だ。

「いや、特には――あ、強いて言えば」
「強いて言えば?」
「ラーメンですね」

茜は、以前に騎士団の大人組に連れていかれたラーメン屋『界王軒』で食べたラーメンは美味しかったな、と思い出す。
強いて言うなら、茜の好物は、ラーメンということになるだろう。

「ラーメンかー……。うーん、ラーメンなら界王軒行くか? 手作りするのは大変だもんな……」
「あ、いえ、いいですよ、そんな。……それに界王軒は、昨日行きましたし」
「そっか。なら、オムライスとコンソメスープで良いかな?」

オムライスは太朗の得意料理だ。

「あ、はい、お任せします……。というか本当にお邪魔しても?」
「勿論よ、茜くん。ご飯は皆で一緒に食べたほうが美味しいからね」
「そう、ですね。じゃあ、お言葉に甘えて」

ということで茜も納得した所で、三人と三匹は太朗の家に向かって歩き出す。




――――と、太朗が立ち止まる。

「……? どしたの? 太朗くん」
「ああ、いや『綿津神』の定時探査を忘れてたと思って」
「なるほど」

太朗の対超能力発見用掌握領域、索敵海域『綿津神』は、仕組み上アクティブソナーなので、数時間に一回のペースで定期的に広域展開して街中に泥人形の気配がないか探っているのだ。

「別に帰ってからでも良いんじゃないですか?」
「まあ確かに茜くんの言う通りなんだけどね。でも大して時間掛からないし、なんか落ち着かないし――」

そう言って、太朗は指輪から領域を引き摺り出すと、それを両手で押しつぶすように叩く。

「――索敵海域『綿津神』、展開」

薄く広がった掌握領域の波紋が、広範囲に広がっていく。






と同時に、遥か彼方の山から、特大の刃物を突き立てたような、泥人形特有の『殺気』が迸った。
――『六ツ眼』である。


◆◇◆


夕暮れ時、黄昏時、誰彼時――逢魔が刻。

山中でソレは、土から生まれた。

鉄仮面を被ったトカゲのような、流線型にしたトリケラトプスからツノを取ったようなソレには、ぎょろぎょろと動く六つの眼がある。
生命持たぬ、魔法使いの尖兵――泥人形。

さて、騎士との戦いは、フェアになるように夜討ち朝駆けはしないようにと、魔法使い(アニムス)からは含められている。
となれば夜も近いので、今暫し休眠するかと『六ツ眼』が考えたその時であった。

――ざぁ、

と、何かしらの波動が、辺り一帯を駆け抜けていった。
何かしらの、超常の波動。


――いや、これは、騎士の掌握領域だ。


『六ツ眼』はそう悟った。
そして同時に、その波動を、『宣戦布告』だと解釈した。

故に『六ツ眼』は行動に移る。
掌握領域の波紋がやってきた中心は、既に解析が終わっている。
となれば、後は攻撃を叩き込むだけだ。

トカゲのような四肢に力を漲らせ、『六ツ眼』は上半身を覆うような巨大な鉄仮面のような上顎を持ち上げ、口を開く。
口の中、食道へ続く穴があるべき部分には、その代わりに大砲の砲身のような筒状の器官――砲身がせり出していた。
その砲身は、まるでショットガンのような太い短砲身から、徐々に細く長く伸びて、アンチマテリアルライフルのような長砲身へと変貌していく。まるで戦車を思わせるような姿だ。

同時に、反動に耐えるために、四肢からは爪が伸びて、身体の後ろの尾も、山肌に突き刺す――


◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 12.ランディングギア、アイゼンロック


◆◇◆


「危――――」
「「え?」」

『六ツ眼』(ソレ)に気づいた太朗が警戒の声を上げる間も無く。
太朗の『綿津神』を引き裂いて、『六ツ眼』が放った弾丸が飛来した。

音速を超えて、戦車装甲すら貫通するような勢いで飛んできた弾丸(ソレ)が。


――着弾。


次の刹那には、太朗たちが居た路地は大きく抉れ、血の花が咲いていた。
転がる人影、赤く染まる夕闇の路地、千切れた誰かの左腕。

その直後、弾丸に遅れてきた轟音が、辺りを覆った。


=====================


フラグ回収?

泥人形で唯一遠距離攻撃できる『六ツ眼』くん。
微妙に原作より強化されてるかも、です。

次回、騎士団VS『六ツ眼』。(前後編で分割するかも)

初投稿 2012.02.23



[31004] 13.カマキリは雌の方が強い
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f
Date: 2012/02/26 23:57
(まずい、このままじゃ、直撃する……!)

遥か彼方から、高射砲のような、戦車砲のような、恐ろしい『六ツ眼』の弾丸が飛来する瞬間。
『綿津神』によってそれを感知した太朗は、妙に引き伸ばされた時間の中で、必死にもがいていた。
それが悪足掻きに過ぎないとしても、それをせずには居られなかった。

近くには、大好きな花子と、未だ子供の騎士である茜が居る。
死なせるわけにはいかない!

(『六ツ眼』による大威力の精密狙撃――なんとか軌道をずらさないと)

サイコメトリーを介して花子との合成領域『菅家の梓弓』を起動するだけの時間はない。
文字通り瞬きの時間で弾丸はやってくる。
跡に残るのは挽肉になった三人の骸だろう。いや、挽肉すら残らないかも知れない。

(受け止める――不可能!
 軌道上に『荒神』の爆発を設置――『綿津神』の出力じゃ火力が足りない!
 掌握領域で、逸らし切る! レールのような形状を意識――いや、違う、下面から叩きつけるように、逆上がる驟雨のように――!)

太朗は着弾地点を自分たちの背後に誘導することに決めたようだ。

自分たちより前に着弾したらアウト。
余波で、着弾点の背後に居る人間など根刮ぎ吹っ飛ばされるに決まっている。
故に下方へ軌道修正するのは危険。

左右も危険だ。
正直どの程度逸らせるかわからない。
真横に着弾しても十分死ねる。

だが、頭を飛び越して背後なら――?

幾らか生き残る確率は上がるかも知れない。


(お、おおおおおおおっ!
 浮け! 浮き上がれッ! 上に逸れろ!!
 こんなところで死ぬわけにゃ、いかねぇえんだよぉぉおおおおお!!)

『綿津神』の密度が変化し、弾丸の軌道を持ち上げるように叩きつけられる。

しかし現実は無情である。

索敵用の薄い掌握領域では、猛烈な速度で動く弾丸に、殆ど(・・)影響を与えられなかった。

太朗の掌握領域を蹴散らして、弾丸が距離を食いつぶして猛進する。

(間に合わな――、せめて二人をま も ら ――――)


――――そして着弾。


運動エネルギーの塊は、完璧にあますことなくそのエネルギーを解放し、道路を抉り、瓦礫を数メートルも宙に噴き上げた。


◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 13.カマキリは雌の方が強い


◆◇◆


日下部太朗の悪足掻きは、ほんの少しだけ効果を表した。
本来彼らの目の前に着弾して、衝撃で根刮ぎにするはずだったのだが、着弾点が僅かに後ろにズレた。
そして奇跡的にも、三人の騎士は生き残った。

――――五体満足とはいかなかったが。


太朗の右半身は、高射砲のような威力の弾丸が掠った(・・・)せいで、大きく抉られている。
茜太陽の左腕は、衝撃で持って行かれて、千切れて吹き飛んでいる。
花子も吹き飛ばれたが、何とか五体は無事だ。

その他にも三人は裂傷多数、ボロボロのガタガタだった。


『六ツ眼』の弾丸は、花子太朗太陽の順で並んでいたところを、太朗と太陽の間を通過し、背後に着弾した。
故に、太朗の右半身と、太陽の左半身は甚大な被害を受けたが、花子は太朗の身体がクッションになり、被害が軽減された。
何より、三人とも原型を留めているのが、既に奇跡である。

「花子! 起きろ、花子!」
「ぐ、うぅ、キル……? い、一体、何が――」
「おお、起きたか! だが急いで身を隠せ! 狙撃されている!」

従者のキルに呼びかけられて、花子がよろよろと身体を起こす。
彼女の体の上に載っていた道路の破片がパラパラと落ちる。

そして彼女は動きを止める。
息を呑む。

彼女の眼の前に広がっていたのは、地獄。

耕された(・・・・)道路。水道が破れ、水が噴き出している。
瓦礫が散らばっている。あたりは土煙だ。
夕日で染まったそこは血の海のようで――。

いや、実際に、そこは血の海だ。

瓦礫の山に沈むのは誰だ?
転がっている左腕は誰のものだ? 茜くんの?
花子を庇うように覆いかぶさっている、血だらけの妙に右側が欠けたシルエットは――――


「あ、あ、ああ、きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」


◆◇◆


錯乱しかけた花子を、キルが留める。

「落ち着け、花子!!」
「あ、ああ、たろくん、たろくんたろくん、あ、ああああ――」
「しっかりしろ! 動けるのは花子だけだぞ! 二人を助けるためには、先ず、冷静になるんだ!」

キルが必死に声をかけるが、震える花子は、取り乱したままだ。

「ああ、でもたろくんが――」
「太朗を死なせたくないのなら、落ち着け! まだ太朗は死んでいない、応急措置をすればあるいは――」

太朗は死んでない。ランスは、まだ現界している。ランスが太朗に必死に呼びかけている。
身体を吹き飛ばされて、血もあんなに出ているのに。太朗くん、太朗くん、太朗くん――。
ああ、そうだ、血を止めないと。

「花子、頼む、太朗を助けてくれ!」

ランスだ。
ランスがまだ顕現しているということは、太朗は死んでないということだ。
でも、このままじゃ、死ぬ。

血を止めないと。

花子は掌握領域を発動させる。
太朗に倣って技の名前をつけた、低温特化の掌握領域『氷柩儀(コキュートス)』。
傷口を凍らせて、血を止める。

「血を、血を止めないと……。こ、凍って! 『氷柩儀(コキュートス)』!」
「そうだ、先ずは止血だ!」
「カマキリの騎士、太陽の傷も止血してくれんか!?」

太朗の右半身が氷に覆われる。血は止まった。
そこにフクロウのロキの声がかかる。

そうだ、ここに居るのは、太朗だけではない。
太陽も、左腕を吹き飛ばされている。

「頼む、早く」
「あ、うん。――凍れ! 『氷柩儀(コキュートス)』!」

花子が太陽の方にも手を向けて、傷口を凍らせる。

茜太陽。
フクロウの騎士。
時空操作能力の持ち主。

(時空操作――そうだ、茜くんの能力なら――)

太陽の能力である、混沌領域『因果乱流(パンドラ)』なら、時空を掻き混ぜて――。


(傷を癒すことも、出来るはず!)


だが、今は太陽も意識を失っている。
腕を失くすような大怪我を負い、その上で普段しないような特殊で繊細な能力の使い方をさせることは出来ないだろう。

しかし、時間が経てば、『因果乱流(パンドラ)』による因果巻き戻しの治療は不可能になる。巻き戻す時間が長すぎると、巻き戻しきれなくなるのだ。
そもそも、太陽が意識を取り戻すまで、太朗が生きている保障もない。
それどころか、太陽が意識を取り戻す保障すら、無い。

二人の生命を救うには一刻の猶予もなく、そしてまだ、敵の脅威は去っていない。
今のところ『六ツ眼』からの追加狙撃はないが、いつまた攻撃が再開されるかわからない。

迷っている時間は、一分一秒もない。
二人を助けられるのは、花子しか居ない。

どうすればいい?
二人を助けるには、一体どうすれば良い?

(生半可な手段じゃ、太朗くんはもう、助からない……)

半身を吹き飛ばされて、血も失いすぎている。
助かる道理はない。通常ならば。
今も生命があるのが奇跡だ。

心の中で確認するように呟くと、それだけで血の気が引く。

死んじゃやだ。
死んじゃやだ。
死んじゃやだ。

(やっぱり、『因果乱流(パンドラ)』を使わないと――)

因果を巻き戻して、傷を『無かったこと』にするしか、無い。
だが茜太陽を起こしている時間はない。
となると、残された手段は。

(他人の掌握領域の、強制起動)

だが、そんな事が出来るのか?

(出来る出来ないじゃ、ない。『やる』のよ……ッ!!)

一応、前に太朗と雑談で思考実験をしたことがある。
『サイコメトリーを介して、他の騎士の掌握領域を管制できないか?』という、最終領域『流れ星の矢(ネガイカナウヒカリ)』のエミュレート計画。
それが可能なら、花子がフクロウの騎士の時空系能力をハッキングし、二人の傷を治すことも、あるいは――。

(たろくん……)

太朗は気絶している。
今にも死にそうだ。こうしている間にも、生命の砂時計の砂は落ち続けている。無茶はさせたくない。
だが、彼を助けるためには、彼の異能『サイコメトリー』が必要だ。

(お願い、力を貸して……!)

花子は、半身が凍りついた太朗を抱きしめる。

(大丈夫、大丈夫! 何度も、合成領域は練習した、先ずは、たろくんの『綿津神』と同調して――)

今は太朗の意識はないが、花子と太朗は何度も合成領域の練習をしてきた。
意識を失っているとはいえ、太朗の能力を借り受けることは、それほど分が悪い賭けでは、無いはずだ。

(お願い……!)

ざ、ざざ――

(お願い!!)

ざざざざざざざ――

花子の祈りが通じたのだろう。
太朗の指輪を中心に、薄く広く、掌握領域が広がる。
太朗の制御下にないためか、掌握領域は常よりも茫洋として、蜃気楼のように揺らいでいるように見える。

花子は、太朗の『サイコメトリー』を介して、太朗の掌握領域の強制起動に成功した!

(第一段階、クリア――! 次は、茜くんの能力の制御を、奪う……!)

速やかに。
可及的速やかに。
速攻で、掌握しないと。

(……! ――い、けぇーー!!)

ざわり、と周囲に漏れ出していた掌握領域が収束し、形を変える。
そしてまるで針金のように細い形に収束する。
太朗に触れた花子の腕から伸びるソレは、ヘビの騎士・白道八宵の操る掌握領域をもっと細く、硬くしたような領域だ。

ぎりぎりと震えるようにその身を燻らせ(くゆらせ)る花子の掌握領域が、太陽へと伸びる。
太陽は青い顔で気を失っている。左腕が千切れ飛んだのだから当然だ。
太陽に迫る、その不吉な気配を孕む掌握領域を目にして、彼の従者であるロキが慌てる。

「な、なんじゃそれはーー!? 何をするつもりじゃッ、カマキリの!?」
「う、るさい、黙ってなさいよ、こっちは集中してんのよ……!!」
「いや、それ、明らか太陽をに助けるんじゃなくて――トドメ刺すつもりじゃろう!?」

「だ ま っ て、 み て ろ」


花子がドスの利いた声でロキを黙らせると同時に、『綿津神』を無理やり凝縮させた針金のように細く硬質な掌握領域が、

――――ズドッ

と、太陽に突き刺さる。
それに反応してか、太陽の体がビクンと跳ねる。
ロキが慌てる。

「な、何を――?!」
「ぶっつけ本番だけど、ヤルしかないッッ!!」

花子が歯を食いしばる。
覚悟を決める。
そうだ、こういう時は――

(『必殺技には、名前を』、だよね、太朗くん)

別に必殺(・・)技ではないが、自分を鼓舞するのに、技名を叫ぶのは、効果的だ。
故に、花子は叫ぶ。
宣言する。言霊を。

太朗のサイコメトリーを攻性に改造した、この領域の名前を。
他の騎士の認識に潜り込む、カマキリの騎士の新たな掌握領域の名前を。

それを、宣言する。


「領域収奪――『ハリガネムシ』!!」


太陽に突き刺さった花子の掌握領域『ハリガネムシ』が、脈動する。
太朗のサイコメトリーを凝縮した『ハリガネムシ』の触手が、太陽の認識を蹂躙する。
花子の意識が、太陽の精神の中から、掌握領域の起動トリガーを探しまくる。

「あ、あがががががががががが――」
「た、太陽ーーー!?」
「つ か ん だぁーー……!! 混沌領域『因果乱流(パンドラ)』、強! 制! 発、動ぉぉぉおおお!!」

白目を剥いて痙攣する太陽。
ガビーン、という擬音が似合う感じで慌てるフクロウ。
そして吼えるカマキリの騎士。

(今やらないで、いつやるのよ……? 気合入れなさい、私! 戦士でしょう!!)

そうだ、花子はカマキリの騎士。

そして、カマキリは、雌の方が強いのだ。


花子の願いに応えるために、太陽に突き刺さっていた掌握領域『ハリガネムシ』が弾ける。


「な、これは――太陽の能力を!?」
「治れ、治れ、治れ、治って、治ってよ! お願い……ッ!!」


顔中に脂汗をびっしりと吹き出させながら、花子は祈る。
そして必死の願いは届く。
“望み、確信すれば、サイキックは応える”という、超能力の極意通りに。

花子が制御を乗っ取った、太朗と太陽の掌握領域が、強制的に融合され、広範囲を覆う時空作用が発現する。


「お、おお……! タローの身体が――!!」
「太陽の腕も……!」
「治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ……、治れぇーーー!!」


散らばった血肉が、テープを巻き戻すように二人の体に戻っていく。
太陽の左腕が元の通りに繋がる。
血煙になった太朗の右半身が復元させる。
抉られた道路の瓦礫が浮かんで飛び、穴は埋まり、罅が消える。

そして、飛来した弾丸すらも――


「戻れッ!! 戻って、撃ち砕け!!」


花子が一喝すると共に、弾丸に込められたエネルギーすら、時空逆流作用で巻き戻される。
着弾した速度で、射出される。

即ち、『六ツ眼』に向かって。



「ぐっ、うぅ……?!」
「花子? 大丈夫か、しっかりしろ、我が戦士!!」

弾丸の行く末を確かめることなく、花子は崩れ落ちる。
他人の掌握領域の強制使用、並びに、強制合成は、彼女の意識に多大な負荷をかけていた。
最早、意識を保つことはできない。

だが、目的は達した。
彼女の目の前には、五体満足な、日下部太朗と茜太陽。
口元に笑みを浮かべて、腕の中に太朗を抱きしめ、花子は倒れ伏す。


「よかっ、た……、たすけ られ、たよぉ……」
「花子? 花子!? いかん、このままでは、『六ツ眼』に狙い撃ちにされるぞ!!」
「ぅ、そうだ、最後に、『綿津神』を、展開……して、皆に、し らせない、と……」


最後の力を振り絞って、花子が掌握領域をもう一度弾けさせる。

そして細波のように広がる掌握領域に乗せて、全ての騎士団の騎士に、現在位置とメッセージを伝達。


『ネズミ、カマキリ、フクロウ。狙撃された、至急救援求む』


そして花子は意識を失う。

「う、うぅ、もう無理ぃ……」
「花子!?」
「キル、あと、お願ぁい……、……」

その時、巻き戻された『六ツ眼』の戦車砲のような弾丸が、空中を逆走して疾駆して、はるか遠くの山肌に着弾した。
遠雷のような音。
『六ツ眼』に命中したのか、それとも外れたのか。

その轟音は鎮魂の鐘のように。
あるいは祝福の鐘のように。
夕闇の黄昏に長く響いた。


◆◇◆


「日下部と宙野の容態は?」
『二人とも、今のところ意識不明です……。はなちゃんは、一瞬意識を取り戻したんですけど、精神の衰弱が激しいみたいで、直ぐに眠っちゃいました。
 南雲さん、茜くんの方はどうですか?』
「茜も未だ意識を取り戻さない。……まあ、彼らの従者の話によると、相当な無茶をしたらしいからな。致し方ない、か」

ウマの騎士・南雲と、ヘビの騎士・白道が、電話で会話している。
さすがにこの会話ばかりは、白道も間延びした口調ではないようだ。

それも当然か。

一度に三人もの騎士が死ぬところだったのだ。

花子の機転で、彼らの死は回避されたものの、騎士団の心胆を寒からしめるのには、充分過ぎる衝撃情報であった。
『五ツ眼』を楽々と撃破したことで、騎士たち本人も知らぬ間に戦いについて楽観していたことは、否定出来ない。

だが、『一歩間違えば全滅する』というのが、魔法使いと泥人形相手の戦いの本質だ。

だからこれまで繰り返されてきた『戦い』(@未来時間軸、アニムスによって破砕済み)で、騎士団が勝利を収めることはなかったのだ。
魔法使いの『絶望』と、騎士団の『希望』との戦いは、今のところ(太朗の『前世』を除いて)、『希望』側の全戦全敗。
それを覆すべく、騎士たちは日々己を磨いている。



さて、花子からの最後の連絡を受けた騎士たちは、襲撃された彼ら三人を回収し、それぞれの家に運んでいった。
白道は、たまたま狙撃地点の比較的近くに居た雨宮と一緒に、花子と太朗を連れて、彼らの家に運び込んだ。家までの道順は、獣の従者たちが教えてくれたので迷わなかった。
南雲は太陽を連れていった(ウマの従者ダンスは『男は乗せない主義』なので、太陽は南雲に背負われての帰宅となった)。

『それでどうしましょう、南雲さん、『六ツ眼』との戦いは?』
「……」

白道が気にして問うているのは、『三人の回復を待って仕掛けるか』、それとも『今動けるメンバーで仕掛けるか』ということである。

「――明日、仕掛けるぞ」
『……はなちゃんたちの回復は、待たないんですね?』
「確かに日下部の探索能力と、宙野の火力と連射拘束能力、今回明らかになった茜の回復能力は、魅力的だ。
 だが、それ以上に遠距離から狙撃してくる泥人形を放置できん。それに彼らも二三日で復帰できはしないだろう、文字通り死線を彷徨ったのだからな」

騎士団が選んだのは、短期決戦。

下手したら、今回太朗たちが狙撃されたように、姿も見えない遠距離から各個撃破される危険もある。
そして、いつ狙撃されるか分からないという緊張感に曝されながら日々を過ごすのは、精神的に辛いものがある。
長期化すれば、下手をしたら、ストレス過多で仲間割れする危険すらある。

『確かに、常に狙われている状況じゃ、安心して暮らせませんよね~』
「ああ、そういうことだ。今なら、他のメンツも、日下部たちがやられたことに対する復讐で、戦意が上がっている。彼ら抜きでも何とかなるだろう」
『そうですね……。待っててもジリ貧ですし、打って出ないと……』

無事だった騎士団の中でも特に、太朗らの姉弟子である昴と雪待のニワトリ・カメのコンビが気炎を上げている。
南雲としては、中学生コンビがあまり感情で突っ走るのではないかと危惧しているが、

(まあ、秋谷氏が付いている。星川と月代については、彼が手綱を握ってくれるだろう)

と、思い直す。

『南雲さん、でも、何で『六ツ眼』は追加攻撃しなかったんでしょう~?』
「……分からん」

南雲や白道たちが、太朗たちを助けだしている間、『六ツ眼』からの攻撃は無かった。
そのお陰で、彼らは全滅はしなかったのだが……。

「……確か、宙野から最後にサイコメトリーを介して送られてきていた情報(イメージ)によれば、『六ツ眼』の攻撃は、日下部の『綿津神』を展開した直後にやってきていた。
 恐らく、日下部の領域を逆探知して攻撃したのであって、『六ツ眼』自体には遠方を見通すような能力はないのだろう。
 あるいは、宙野が弾丸を『巻戻し』た反撃で、『六ツ眼』に痛打を与えられたのかも知れん」

花子が意識を失う直前に、掌握領域を介して送った情報には、花子たちが襲われた時のおおまかな事のあらましのイメージも込められていた。
楽観的に考えれば、『六ツ眼』は通常では狙撃を可能にするような遠視能力は無く、アクティブソナーである太朗の『綿津神』の逆探知に頼ってのみだと推測される。つまり『綿津神』を使わない限りは、狙撃は無いと考えられる。
さらには花子の逆撃によって、ある程度の損傷を負っている可能性もある。

『楽観的な憶測は危険ですよぅ』
「……分かっている。
 ――とはいえ、戦車砲並みの狙撃を阻止する手段は、はっきり言って用意できん。
 敵は遠距離狙撃能力を持ち、万全の状態であるという前提で、しかし速攻でカタをつけるしかあるまい」
『ですね……』

電話口の白道の声が憂鬱げに沈む。
いつ狙撃されるか分からないというのは、やはりかなりのストレスである。
しかも、花子からのイメージ伝達で、抉れた道路や血塗れの太朗たちなどの情景も、断片的にだが見えてしまったから、尚更だ。
その威力と脅威と恐怖は、騎士団たち全てが知るところとなった。

「とにかく明日だ。残りの騎士全員で、『六ツ眼』を倒す」
『仇討ち、ですね』
「日下部たちは死んでないがな。明日の集合時間などについて、他の騎士には私からメールで連絡しておく」
『了解です、ではまた明日~』


◆◇◆


「明日、か」
「……」

市内のホテルの一室。
初老に見える男が、携帯電話の画面を確認して呟く。
その部屋は長期間借りられている部屋で、その宿泊者名は『秋谷稲近』であった。

ホテルの一室に、カジキマグロの巨体が浮遊しているのは、たいそうシュールな光景だ。

「本当に、明日死ぬつもりですか? 死ぬのは、怖くないんですか?」
「死ぬのは怖いよ、ザンくん。ほら、今も震えが止まらない。五百年生きた全知の男なんてとんでもない、一皮剥けばこんなものだ。死を恐れる、只の人間だよ」
「……」

そう、『六ツ眼』と対峙する『明日』は、秋谷が自分の死を予見した『明日』なのだ。
五百年生きた彼の未来視の終着点。
秋谷稲近は、『六ツ眼』との戦いの中で命を落とす。

おそらくそれは、確定事項。
これまで予知を覆せた試しはなく、今後もそれは変わらない。

「……まさか、進んで死ぬつもりではないですよね?」
「まさか。私は最後の最後まで足掻くよ。
 ――そうでなければ、あんなに頑張った花子に、申し訳が立たない」

花子が如何にして太朗と太陽を死の運命から救ったのか、秋谷は十二分に把握していた。
太郎のサイコメトリーを開花させたのは、秋谷だ。他の騎士よりも、秋谷は太朗の異能に親和性が高い。
ゆえに花子がハックした『綿津神』を介して、秋谷はほぼ全ての成り行きを知れた。


花子がどれだけの無茶をしたのか。
どれほどの想いを以って、超常の力を振るったのか。
――その想いのなんと美しく、貴かったことか!


「弟子である花子が、太朗の生命を諦めなかったように、私も、私の生命を諦めないよ」
「……はい、この戦い、生き残りましょう!」
「ああ、勿論だよ、ザンくん」

――――全く、弟子たちには教えられるばっかりだ。


五百年生きた仙人は決意する。
予知を覆せるかは、分からない。
しかし弟子たちに、無様な生き様も、無様な死に様も、見せられない。


さて。
――本当に、未来は変わらないのか?


=====================


たろちゃん生存ッ!!

いつも感想有難う御座います!

薦めたMAD見てくれた方がいて感激です。

えと、騎士の選定基準については、水上先生のつぶやき通りということで。
一定の地域内で、血縁とか素質によって、常人よりも頭のネジが外れやすい人たちが選ばれると認識してます。
魔法使いの素質~とか言うと、人間みんなアニムスに至る可能性はあるのかな、と。アニムスも人間ですしね。
その辺りの『惑星のさみだれ』の根底を流れるテーマ(?)についても、上手くSS中で言及、再現していきたい所存です。

……結局『六ツ眼』戦には入れなかった……。


師匠は、生き残ることができるのか?
五ツ眼戦を生き残った半月の活躍は?
次回もお付き合い下さい。

初投稿 2012.02.26



[31004] 14.VS『六ツ眼』
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f
Date: 2013/03/02 15:03
漆黒の闇に浮かぶ、蒼い宝石が見える。

――地球だ。母なる惑星。
――なくなればいいのに。

靄がかかったように上手く働かない頭で、茜太陽は考える。

(いつもの――ビスケットハンマーの上、か。いつの間に眠ったんだろう)

騎士になってすぐに、太陽は、敵の親玉である魔法使いアニムスと、意識だけの夢の世界で対面した。
アニムスは、意識だけは既にビスケットハンマー上にやってきているらしく、戯れに『最も絶望が深い騎士』という条件付けで、騎士の意識をハンマー上に招待したらしい。
その招待条件に合致したのが、フクロウの騎士――茜太陽だった。


アニムスに会ったのは、はフクロウの従者・ロキ=ヘリオスが、学校の屋上で太陽と語らい、

『強い方に付こう。わしゃ勝てん戦いには飽いた』
『え、でも、地球を壊すんだろ? アニムスは』
『別に構わんじゃろ?』
『――……ああ、全部なくなればいい』

というやり取りがあった、その日の夜の夢の中のことであった。



太陽が指輪の騎士になった直後の四月時点で、太陽はアニムスと接触し、彼と同盟を結び臣下に下り、『神の騎士』として、時空系の能力の欠片を与えられたのだ。

それが太陽の能力――混沌領域『因果乱流(パンドラ)』。
領域内の時空を掻き混ぜる能力。

これのお陰で、ネズミの騎士・太朗と、そして自分自身が助かったことを、太陽は未だ知らない。
そもそも彼の認識では、『夕暮れに日下部さんに夕飯に招待されたと思ったら、いつの間にか眠っていてビスケットハンマーの上に居る』という状態だ。
しかも何故か意識が朦朧とする。夢の中だというのに。


「やあ、茜くん、スキロポリオンがオイタしたみたいでゴメンネー。まあ、無事でよかったよ」
「スキロ……?」
「ああ、君たち騎士団は『六ツ眼』なんて品のない呼び方をしてるけどね」
「……?」

いつの間にか現れていたアニムスが暢気に太陽に声をかける。
だが自分は泥人形にやられたのだろうか? 太陽は疑問に思う。
意識を失う前の記憶をあさってみても、全く思い当たる節はない。

「いやー、でも無事に治ってよかったよ。茜くんの左腕が千切れ飛んだ時には、やっちゃったーって思ったからね。スキロポリオンがオートで反撃しちゃってね、その流れ弾が当たっちゃったんだよ」
「……何言ってるんだ? 流れ弾? 左腕? ぼくは怪我なんてしてない」
「ああ、覚えてないんだ。なら、まあ、良いかな。取り敢えず、起きたらムシ子ちゃんにお礼言っときなよ」

ムシ、虫、蟲……?
ああ、なるほど。
――おそらくアニムスが言ってムシ子とは、カマキリの騎士の宙野花子のことだろう、と太陽は当たりをつける。

「結構やるよねー、ムシ子ちゃん。……ん? なんだい、茜くん?」
「え?」

ギュッと。
いつの間にか。

太陽はふらふらとアニムスに近づき、彼の着ている寝間着の裾を握っていた。
無意識の内に(・・・・・・)だ。

「……? あれ?」
「ふふふ、変なの。スキロポリオンにやられた後遺症かな? それともムシ子ちゃんの方の――」

アニムスの言葉は、最後まで続かなかった。
何故なら。
何故ならば。


「……おっ?」
「――え? なん、だ、これ」



太陽の胸から生えた、ハリガネ(・・・・)のような掌握領域が。
アニムスの眼を。
――抉ったからだ。


「――わお。……あ~、びっくりした」
「なっ、なんだこれ!?」
「……ムシ子ちゃんの置土産? 物騒な子だなー。眼を抉られちゃったよ」

アニムスは即座に、抉られて脳にまで至るような傷を復元。
所詮ここは意識のみの世界。
傷なんて在って無いようなものだ。


――領域収奪『ハリガネムシ』。
アニムスの頭を抉ったのは、地雷のように太陽の認識に潜んで巣食っていた、花子と太朗の合体能力。
太朗のサイコメトリーを花子が火事場のバカ力で凝縮し、攻性に魔改造したイレギュラーな力。

認識を犯す寄生虫の如き掌握領域。
大事なひとを救いたいという貴い願いの結晶。
大事なひとを殺されかけたという怨み辛みを晴らすために潜伏していた、復讐の刃。


「全く、今回の戦い(ゲーム)は、本当に飽きないね。土に顕現する前に一撃食らったのは、初めてだよ。
 やっぱり騎士を最初に狙ったほうがいいのかな? うん、きっとそうだ。
 じゃあ、次(・)のゲームからも、今回のゲームみたいに、先ずは、騎士から狙おうかなー、っと」

アニムスは腕を一振りする。

「うわっ!?」
「うざいからさっさと消えなよ、寄生虫」

紙鉄砲のような乾いた音を立てて、『ハリガネムシ』が霧散した。
そして『ハリガネムシ』が抉り取って咀嚼するように内部に保持していた、アニムスの破片が解放されて落下する。

「……うーん、これはひょっとすると、ぼくの知識が幾つか『喰われた』かも知れないなあ」
「……」

零れ落ちた自身の破片を弄びながら、アニムスが独りごちる。
先ほどの『ハリガネムシ』は、サイコメトリー能力の塊。
アニムスの破片に対してサイコメトリーを発動させ、未来人の知識を幾つか掠め盗っていったかも知れない、とアニムスは考えた。

「まあ良いか。大した情報は盗られてないだろうし」
「……」
「そもそもどうしてムシ子ちゃんは、茜くんの能力を識ってたんだろう?
 それに夢の世界でぼくと茜くんが会うのが分かっていたみたいに、さっきの寄生虫(みたいな能力)を仕込んでたようだし……」

アニムスは暫く考えるが、『恐らく彼らの師匠であるカジキマグロの騎士の未来視か何かで知ったのだろう』と予想をつける。
流石に並行世界からの逆行者が齎した知識だとは、思いも寄らないらしい。

もしアニムスが先ほどの『ハリガネムシ』を逆探知して、そこから花子と太朗の知識を得ていれば、また違ったのだろう。
しかしアニムスはその傲慢故に、逆探知からのハッキングをすることもなく『ハリガネムシ』を一瞬で霧散させてしまった。
今はまだ、アニムスはイレギュラーたる逆行者の存在には気が付かない。

「――まあ良いか。……ん? 茜くん、どうしたんだい、顔が真っ青だよ?」
「……」
「……?」

アニムスが太陽を気遣う。
先程自分の胸からずるりと得体の知れない領域が這い出てきたせいだろうか。
太陽の顔は蒼白で、身体も瘧(おこり)のように震えている。



「……――た」
「うん?」
「……死にかけてたぞ! どういうことだよ、アニムス! 左腕吹き飛んで、ふき、とん で……」

太陽は右手で確かめるように自分の左腕をぺたぺたと触る。よかった、ちゃんと付いてる。
いきなり激昂した太陽に対して、アニムスは思案気にする。
が、やがて心当たりに行き着いたのか、ぽんと手の平を叩く。

「ああ、さっきのムシ子ちゃんの掌握領域で、スキロポリオンの流れ弾にあたった時の様子が頭の中に流れ込んだんだね。
 ムシ子ちゃんも爪が甘いというか、脇が甘いというか、杜撰というか、目的以外は見えてないというか……」
「な、何でだよ、ぼくはアニムスの騎士だろ、なんで攻撃するんだよ!」
「だーかーらー、さっき謝ったじゃないか。あれは誤射みたいなもんだし、ぼくもまだ顕現できてないから、スキロポリオンを細かく制御するのも出来なかったんだよ」

太陽は、勝つために、負ける戦をしないために魔法使い側に付いた。
だが、『六ツ眼』に攻撃を受けた。
フレンドリィファイア。
太陽の困惑と怒りは当然だ。

そして太陽は、自分の心の有り様についても、困惑と混乱を覚えていた。

それまで太陽は、死んでもいいと、思っていた。
世界なんて無くなれば良い、と。
こんな世界で生きていても仕方ない、と。

だが、実際に目の当たりにした『死』の実感は、そんな仮初の諦念を完全に洗い流すほどの圧倒的な質量を持っていた。
漠然とした死への希望が、如何に甘っちょろいものであったのか、思い知った。
死は、恐ろしいものだと、体験して実感した。
怖い。
あれは決して慈悲ある救いではないのだ、無慈悲な終わりなのだ。

痛みの灼熱によって脳髄が焼けるあの一瞬の感触。
体の芯から血が抜け、生命が零れ落ちるあの感触。
背後から暗闇の底なしの泥濘に引きずり込まれて無限に落ちていくようなあの感触。

太陽は自分の左腕を右手で握りしめる。


しかし、そんな太陽の抗議を、アニムスはまるで子供のように口を尖らせて、いなす。

アニムスに太陽の心の内は分からない。
アニムスには死の恐怖が分からない。
アニムスには他人の痛みが分からない。

「茜くんがぼくを裏切らない限りは、ぼくは茜くんの味方だよ。
 左腕だって、ネズミくんとムシ子ちゃんが気絶したら、あとで繋ぎ直してあげようと思ってたし」
「……信じ、られるかッ!」
「信じなくても良いけど、茜くんのことをぼくの騎士だって思ってるのは、本当だよ。
 ――仲良くしよう」

自分の腕がぶっ千切れているイメージを精神に叩きこまれたせいで、いつの間にか、太陽は腰が抜けてへたり込んでいた。
そこにアニムスは怖気だつ笑顔で近づき、しゃがみ込んで太陽に目線を合わせる。

撫でるように、鷲掴みにするように、アニムスは太陽の頭に手をやり、語りかける。
ぎしり、と頭蓋骨の合わせ目がきしんだような気がした。

「――――だから、裏切らないでよね?」

――『一つ前のゲーム』でのフクロウの騎士みたいには。

幾つもの裏切りの夜を越えてきた『絶望の化身』が、そう呟いた。


◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 14.VS『六ツ眼』


◆◇◆


太朗たちが狙撃された日の、翌日。

太朗、花子、太陽を除く騎士たちは、『六ツ眼』が居ると思われる山の麓に集合していた。


「これで全員だな」

ウマの騎士・南雲が、確認するように声を出す。
この場にいるのは九人の騎士と、姫であるさみだれの合計十人。

この場に居ない太朗ら三人は、明け方に目覚めたものの、とてもじゃないが戦闘に参加できるコンディションではなかった。

太朗は高熱(彼の自己申告によると『知恵熱』らしい)を出して身動きできず。
脂汗を額に浮かべて、布団の中で唸っていた。
それはまるで、夢のなかで戦っているようだ、という印象を見舞いに来た人に与えた。

花子は無理なサイキックの使い方をしたせいで、完全に虚脱状態。
重度の貧血でも起こしたかのように、全く立ち上がることもできない有様であった。
……とはいえ、我に返って、昨日の『はちゃめちゃド根性』っぷりを恥ずかしがって突っ伏すくらいには、余裕があるようだ。
そんな花子を「まあ、二人の生命が助かったから、結果オーライ」と見舞い人たちが苦笑して気遣ったが、確実にそれまでの花子のイメージ(真面目なメガネっ娘)は崩壊したことだろう。

太陽は青い顔でしきりに自分の左腕を触っていた。
どうやら傷を負ったことがトラウマになったようである。
――しかし、それだけでもないのかも知れない。
太陽はしきりに空に浮かぶビスケットハンマーへと視線を遣っていた。




「んで、そーちゃんよー、今回はどんな作戦で行くんだ?」
「そうだな――」

三日月が南雲に話しかけると、南雲は顎に手を当てる。
既に戦略は考えていたのだろう、幾らも待たずに直ぐに口を開く。

「基本的には、遮蔽物に隠れつつ接近、相手に見つかったら身体を小さくして停まること無く走り回って、相手に的を絞らせないことだな。
 三人一組で、領域を重ね合わせて盾にしつつの行動が基本だ。相手の姿が分かれば、もっと具体的な指示も出せるのだが……」
「ああん? そんな引き腰で倒せんのかよ?」
「……分からん。分かっているのは、今回の泥人形『六ツ眼』が、戦車砲並みの砲撃手段を持っているということだ。慎重にならざるを得ん」

一応、昨日に太朗の『綿津神』で探知した、『六ツ眼』の大まかな姿形は、騎士たちの間で共有されている。
まるで大きな鉄仮面とトカゲを合成したような姿のソレは、内部に何らかの砲撃機構を持っているらしい。
今のところ分かっているのは、戦車砲並みの長距離狙撃のみ。

「狙撃能力の他にも、恐らくはマシンガンのような連射能力、ショットガンのような面制圧能力を有していると思われる」

南雲の予想に、雨宮が確認を入れる。

「銃撃特化ということでしょうか?」
「恐らくは。……それ以外に情報がないからな」

狙撃によって(それを招いたのは太朗のアクティブソナー式索敵海域『綿津神』であったが)被害を受けた二人の騎士の状況を鑑み、南雲は慎重になっていた。
生身で戦車に突貫しようというのだ、慎重になるのは致し方ない。

太朗と太陽が被った被害は、花子が代理行使した『綿津神』を介して、騎士団の全員が知っている。
あの破壊力を思えば、足が竦む。

だが元より、泥人形の攻撃は一撃必殺。
攻撃を受ける訳にはいかないというのは、今までの戦いと何ら変わりない。
……とはいえ、拳と銃弾では、安全圏の定義全く異なってくるので色々洒落にならないのだが。

「まあ、飛び道具相手は慣れてるから、取り敢えずは俺と三日月に任せて貰えます?」
「古雲流に飛び道具は効かん! ひゃっひゃっひゃっ!」
「てめーは古雲流修めてねーだろが、三日月」

まあ、『当たらなければどうということはない!』を実践できる東雲兄弟が遊撃に回るのが妥当だろう。

「あ、じゃあウチも遊撃なー」

さみだれが手をぐるぐる回しながら宣言する。

「一発でカタつけたるわ!」
「……まあ確かに朝日奈の攻撃力なら一撃だろうが……」
「そうゆーこと。皆は時間稼ぎしてくれたら、それでええよ」

さみだれは自信満々でヤル気満々だ。
『三ツ眼』(転落死)も『四ツ眼』(削り殺し)も『五ツ眼』(騎士全員で嬲り殺し)も、自慢の拳で砕けなかったから、ひょっとしたらストレスが溜まっているのだろうか。

「確かに姫さんは最近動きが良くなってきたからなー、心配要らなさそーだ。ゆーくんも頑張ってるし、遊撃メンツに入れていいんじゃない?」
「ほう、風神・半月の目から見てもそれほどか」

半月に訓練を付けてもらうことで、さみだれも雨宮も、着実に地力を上げてきている。半月もそれを評価しており、彼ら二人を遊撃に入れることを南雲に提案する。
特に雨宮は、その空戦機動に磨きをかけている。元から三次元の空間把握能力に図抜けたものがあったのだろう。
姫の機動についていけるのは、騎士団では雨宮だけであり、名実ともに姫の筆頭騎士として認められつつある。

「ならゆーくんはウチのサポートな。機動力的にも、騎士でウチに着いて来れるんはゆーくんぐらいやし」
「御意」

だからと言って全部姫に任せようとはならないのが、獣の騎士団である。彼らは熱い心の集団なのだ。

「そういうわけにはいかねーぜ、姫。なんたってタローたちがやられた訳だからな」
「随伴歩兵の居ない戦車なんて、良い的です! 側面から『最強の矛』をぶつけてやります!」
「それに、姉弟子として日下部さんたちの仇も取りたいです」

カラスの騎士・三日月とニワトリの騎士・昴が気炎を上げ、カメの騎士・雪待もやる気を見せる。

「そかそか、そりゃ頼もしいなぁ」

それを受けてさみだれは鷹揚に笑う。
王者の貫禄。魔王の余裕。
しかし直後に、さみだれは笑みを消して、騎士たちを見回して、言い聞かせる。

「――せやけど、無闇に死ぬのは許さん。我らの敵は、『六ツ眼』のみに非ず、真の敵は『魔法使い』!
 『六ツ眼』は所詮通過点にすぎん。――この場におらん騎士の分も、喰らわせたれ!」

『応ッ!!』


◆◇◆


森の中で、騎士団は『六ツ眼』を発見する。

それは体長の半分ほどの仮面を被った巨大なトカゲのような姿であった。
仮面を被せたようなそれは上顎であり、六つの感情のない目玉がぎょろぎょろと動いている。
上顎には大きく蜘蛛の巣のように罅が入っているのが遠目からでも分かる。

「……ヒト型ではないのだな」
「『五ツ眼』も明らかな異形でしたね」
「中盤戦、ということだろうな。あの罅は――宙野が巻き戻した攻撃が命中していたのか。間髪おかずに仕掛けて正解だったな」

南雲と風巻が会話する。
見た限り『六ツ眼』は、ダメージが回復しきっていないようだ。
恐らく、さみだれの一撃が入れば、完全に砕くことができるだろう。

騎士たちは幾つかに別れて『六ツ眼』を包囲している。

秋谷・昴・雪待の師弟グループ。
南雲・風巻・白道の大人組。
雨宮・さみだれの魔王主従。
半月・三日月の武道兄弟。

四方からジリジリと包囲を狭める。

『六ツ眼』は騎士たちに気付いているようだ。
それも当然か。
殺気をばら撒いて騎士たちを呼び寄せたのは泥人形だ。
騎士たちが泥人形の気配を感じ取れるように、ここまで近づけば、泥人形も騎士の気配を感じ取れる。


泥人形が動く。

「ッ!!」

上顎が開き、その喉奥から砲身がせり出す。

「皆、伏せろ! 領域を重ねて盾にしろ!」

南雲が警告を発した瞬間、『六ツ眼』の口から槍のような形の弾丸が連続的に射出される。
『六ツ眼』は脚を地面に固定すること無く、その場で旋回し、全周囲に槍弾をばら撒く。
まるでガトリング砲だ。

放たれた槍弾は、樹の幹程度なら難なく貫通する。
質量と速度が尋常ではない。

「牽制程度で、この威力か……!」
「このままじゃ近づけませんね」
「だが、実体ある弾を吐き出しているんだ。残弾が無限というわけでもないだろう」

質量保存の法則を無視するとは思えない。
……そうと断言できないのが辛いところだ。
何せこれは、超常の能力が飛び交う戦いなのだ。
どんなことが起こっても不思議ではない。
異次元から残弾を補給したりとか。
無限バンダナとか。

だが、そんな妙なカラクリは『六ツ眼』には無いようだ。

自身の体力を削りながら射撃しているのだろうか?
あるいは内部の泥を再構築して槍弾にしているのだろうか。
槍弾を吐き出す度に、『六ツ眼』の表面に罅が広がり、ぼろぼろと崩れていく。
自滅してしまうのでは無いか? そんな考えが包囲する騎士たちの脳裏をよぎる。

均衡状態に陥ったかと思われたが、それを崩すものが居た。


「うぉおおりゃああ! 悪いな兄貴! 一番槍はイタダキだッ!!」
「な、三日月!?」

三日月が木立から飛び出し、幾つにも分裂した領域――掌握結界『封天陣』を踏んで、宙を駆ける。

「危ない!」

『六ツ眼』が空を跳ぶ三日月を撃ち落とそうと砲を向ける。
昴が三日月の窮地に悲鳴を上げる。

「見え見えなんだよッ!」

だが三日月は、領域を足場にして空中でピンボールのように方向転換。
槍弾を全て避ける。

「セッ!」

そして『六ツ眼』にドロップキック。
三日月の両足の形に『六ツ眼』の表皮が凹む。

「うわっ、何か異様に脆いぞ、こいつ」

三日月が蹴りつけた表皮が砕けてパラパラと落ちる。
これまでの泥人形とは明らかに堅牢さが違う。
脆い。

宙返りして着地した三日月の横を、半月が駆け抜ける。

「よくやった、三日月! いくぜ『方天戟』!!」

『六ツ眼』に張り付くようにして、半月が槍状の領域『方天戟』を繰り出す。
狙いは脚だ。
旋回できないようにすれば、どうとでも料理できるだろう。

命中。
『六ツ眼』の右後ろ足が吹き飛び、バランスが崩れる。
さすがは騎士最強の威力を誇るイヌの掌握領域。

その隙を逃さず、遊撃の魔王主従が飛び出す。

「ゆーくん、足場!」
「御意」

掌握領域の展開範囲に近づいた雨宮が、『六ツ眼』の真上に領域を展開する。
さみだれがそれを蹴って足場とし、ライダーキックで彗星のように落下。

『六ツ眼』が苦し紛れに砲塔を向け、列車砲並の巨大な弾を発射するが――。
しかし脚を一本砕かれたために発射姿勢を安定させられず、巨大な弾は全く見当違いの方向に飛ぶ。

「そんなでっかい見え見えの弾、当たらんわっ!!」

さみだれがその勢いのまま迫る。



直後、轟音。

辺りには土煙。
爆心地に居るはずのさみだれも泥人形も確認できない。
泥人形の近くに居た三日月と半月は、余波で吹き飛ばされている。

これで殺っただろうと安堵しかける騎士団。



しかし鋭く響いたさみだれの声はそれを否定する。

「まだや! まだ殺ってへん!」

土煙は未だ晴れない。

……しかし泥人形とただの土の地面を叩いたからといって、これほどの土煙が湧くものだろうか。
まるで山のように積み上げた灰の塊でも吹き飛ばしたようなものであった。
それも、内側から爆発したような――。

「逃げられた! アレは抜け殻やった! 中身スカスカや!」

さみだれの声には焦りが含まれていた。



「反応装甲? いや煙幕……!?」

姫の挙動を眼で追っていた雨宮には、さみだれの攻撃の瞬間が見えていた。
日々の訓練でさみだれの攻撃を捉えられるくらいに鍛えられた動体視力は、その瞬間を捉えた(あるいは魔王を愛する故に見逃さなかったのかもしれない)。

さみだれの攻撃が直撃するより前(・)に、『六ツ眼』の身体が破裂したのを、雨宮は確かに見た。

破裂による反作用でさみだれの攻撃の威力が削がれた。
まるで反応装甲だ。
だが、さみだれの言によると、その時には既に『六ツ眼』の本体は無かったのだという。

ならば反応装甲は本命ではない。

本命は――視界を遮る煙幕。
遠くまで広がった煙幕は、近づいていた騎士たち全員をその有効範囲に収めている。

二メートル先も見えない濃霧のような状況だ。
この状況で奇襲されるのは危険だ。

さみだれが皆に聞こえるように叫ぶ。

「ウチが蹴る前に飛んでった、あのでっかい弾! あっちが本体や!」


◆◇◆


(まずいな)

視界が奪われ、泥人形の位置は不明。
ここぞとばかりに奇襲を仕掛けてくるだろう。

秋谷は耳を澄ませる。

「昴、雪待。よく耳を澄ませるんだ、泥人形でもこの森の中を無音で移動するのは出来ないからね」
「はい、師匠!」

木の枝葉や下生えの草、折り重なった枯葉。
全く音を出さずに移動することは不可能。
しかも泥人形は、煙幕が残っている内に奇襲することを重視するはずだ。
隠密には気を使っていられないはず。


ガサッ、と葉擦れの音。

人の胴体ほどの大きさの何かが、秋谷ら三人目掛けて飛んでくる。

(――速い!)

目にも留まらぬ速さで、ソレが飛んでくる。

秋谷の優れた動体視力は、その姿を捉えた。

それはハリネズミのように全身から棘――槍弾を生やした、太短い蛇のような形。
六つの眼玉が秋谷を睨む。

「『六ツ眼』! また随分姿が変わったものだね、まるで剣鱗のツチノコといった感じだ」

小さくなった『六ツ眼』は、全身をドリルのように回転させて、弾丸のように迫る。
だが秋谷はそれを体術で逸らして打ち落とす。

「今だ!」 「うん!」
「「『最強の矛』!」」

地面に転がった『六ツ眼』に、昴と雪待の合体領域が即座に追撃。

「な、外した!」
「速いし、的が小さい……」

だが『六ツ眼』はツチノコのように身を躍動させて跳ねて避ける。
そして直ぐに煙幕の中に消えてしまう。

「いててて、随分硬かったな」
「師匠!」
「手から血が……」

回転する剣鱗を弾き飛ばした秋谷の腕は、剣鱗によって引き裂かれていた。
コートの袖はボロボロで、腕からは血が滴っている。
秋谷は素早くそれを昴たちの視界から隠す。

(さっきの鱗は……ばらまいていた槍弾を回収して取り込んだのか? 硬いのは、身体の大きさを捨てて密度を追求したというところか)

その上、こちらの攻撃が当たらないくらいに動きが素早い。
単純に巨体であるよりも、よほど厄介だ。

「なに、大したことはないよ。それより、周りに気を配るんだ」
「は、はい」

昴と雪待は、動揺しつつも、周囲を警戒する。
流血に動揺して体が震えているが、それは仕方ないだろう。
彼女らはまだ中学生の女の子なのだ。


――だが、戦士でもある。
超常の戦いに巻き込まれた当事者。

パァンと頬を張る音。

「よし、やるよ、昴ちゃん」
「うん、ユキ。私たちで、師匠を守るんだ!」
「「掌握領域『無敵の盾』!!」」

葉擦れの音がした方に、『無敵の盾』を展開。
巨大な盾状の掌握領域が、木立の間から飛んできた『六ツ眼』の攻撃を受け止めて撥ね返す。

「大っきい時に吐いてた、さっきの弾!?」
「……リサイクルしてるんだ、きっと」

『六ツ眼』は木立の間を駆けまわり、撃ち捨てた弾丸を回収してはまた発射しているのだろう。


「『方天戟』!!」
「『炎状刃(フランベルジュ)』!!」

煙幕に覆われた森の中からは、他の騎士たちが戦う音も聞こえてくる。
どうやら『六ツ眼』は万遍無く騎士を狙っているようだ。

煙幕は薄れてきた。
しかし、木立を自在に飛び回り、牽制に槍弾を飛ばしてくる『六ツ眼』を捉えることは未だできない。
それどころか、いつどこから槍弾が飛んでくるか分からないというプレッシャーで、騎士たちの集中力が削られてきている。



そこで戦況に変化が訪れる。



「『無敵の盾』!」

回転しながら飛んできた剣鱗ツチノコ――『六ツ眼』をはじき飛ばす昴と雪待。
『六ツ眼』は勢い良く空中にはじき飛ばされた。

「ナイスレシーブ」

そして雨宮がそれを掌握領域で宙吊りにする。

「うむ、日々ノイを宙吊りにしていたお陰だな」
「夕日、貴様……」

ジト目で雨宮を睨むノイ。
雨宮はどこ吹く風で飄々としている。


宙吊りにされた『六ツ眼』は、身を捩らせて苦し紛れに槍弾を吐き出しまくる。――が、騎士には当たらない。
それに応じて『六ツ眼』の剣鱗が減っていく。
残弾が無くなるのも時間の問題だろうか。

「ようやく弾切れか……」

剣鱗が無くなったのを確認して、騎士たちが森から出てくる。
宙吊りにされている『六ツ眼』を囲む。
剣鱗が無くなったとはいえ、脱皮した『六ツ眼』の硬さは尋常ではない。
全員で領域を集中させねば砕き切れないだろう。

『六ツ眼』の眼玉に、悔しいという感情が浮かんでいるようにも見える。


「あ」

とその時、雨宮の間の抜けた声がする。

トカゲの尻尾切り。
雨宮に掴まれていた部分を切り離し、『六ツ眼』が落下する。

「まずい、捕まえろ!」
「くっ」
「速っ!」

そして地面に突き刺さっていた槍弾を、ゴキブリのような動きで回収しつつ、跳躍。

「……!」
「来たっ」

向かう先は昴・雪待のコンビ。
この場で最も高い威力の攻撃を持ち、かつ『六ツ眼』の動きに着いてこれない存在。
『無敵の盾』の展開は間に合わない。それ程に『六ツ眼』のスピードは速い。

「させるか! 『方天戟』!!」

半月が横から踏み込み迎撃するが、『六ツ眼』は化勁のように全身を回転させて『方天戟』から逃れる。
じゃりっ、という音と共に、まばらに生えた剣鱗と胴体の一部が削れる。
しかし『六ツ眼』はそのまま、昴と雪待に迫る。

最後の悪足掻き。

一瞬で、『六ツ眼』の胴体に再び剣鱗が生え揃う。

「なっ、予備弾倉!?」
「弾切れはブラフか!」


『六ツ眼』が昴と雪待へと飛ぶ。
その胴体がはち切れんばかりに膨らみ、剣鱗が逆立つ。

それを秋谷は奇妙に加速された世界で読み取った。
まるで走馬燈のようにゆっくりと流れる時間。

(自爆する気か!)

もはや間に合わない。
『六ツ眼』は昴と雪待の眼前に迫っている。
強力な榴弾のように『六ツ眼』は爆発し、昴と雪待を引き裂くだろう。


もはや間に合わない。
尋常の手段(・・・・・)では間に合わない。

(――ならば超常の手段を用いるまで)

子供たちを死なせる訳にはいかない。
弟子を看取るのは、もう沢山だ。



残り少ないサイキックを総動員し、秋谷は跳ぶ
距離を無かったことにし、現実を捻じ曲げる。

空間跳躍(テレポート)。

そして秋谷は、破裂寸前の『六ツ眼』に覆いかぶさるようにして、自分の身でそれを押さえ込んだ。



=====================


まさかの分離式。そして自爆は浪漫。


因果は交わらず、業からは逃れられない。

初投稿 2012.03.04



[31004] 15.受け継がれるもの
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f
Date: 2013/03/02 15:03
日下部太朗は熱に魘されていた。
知恵熱だ。
ひょっとしたら右半身を散々に傷めつけられたせいで、体力が弱っているだけかも知れないが。

「うううううぅぅぅ……うぎぎぎぎぎぎ……」

まあ、何だかよく分からないが、太朗は高熱に悩まされていた。

夢の中で何だか良くわからない観念だか概念だかも流れこんでくるし、最悪である。
出来の悪い頭はそれを処理するのにイッパイイッパイになってしまっている。
28次元空間における宇宙のブレーン間を飛び交うヒモが構成する重力立面がどうのこうのなんて云われても、朝日奈氷雨ほどの天才物理学者ならともかく、太朗にはさっぱりである。
あと一歩で何か閃きそうな気もするが……。

しかし今太朗には、そんな些事よりも気になることがあるのだ。

「うぎぎ……今日が、師匠の命日になるかも知れないのに、ベッドで唸るだけしか出来ないなんて」

『六ツ眼』との戦い。
師匠が自分の死を予知したという、因縁の戦い。
太朗が覚えている『前の戦い』でも、師匠は『六ツ眼』と戦って生命を落としている。

「俺も花子も願い事で強化して、茜くんの回復能力も覚醒させられたのに、なんで肝心の時に動けないんだよー……、ちくしょう」

なんとかベッドから身体を起こそうとするが、ぽふっと音を立てて半ばまで上げた腕が布団に落下する。
まるで河豚の毒にでも当たったみたいに、全身に力が入らない。
せめて掌握領域を広げようとするが、集中すらできない。

そしてそのまま、果ての無い夢幻の迷宮に――28次元の折りたたまれた宇宙へと、意識が溶ける。

「ちくしょう……」


◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 15.受け継がれるもの


◆◇◆


「どこへ行こうというのかね」
『ギェ!?』

秋谷は両手で、逃げようと足掻く『六ツ眼』を挟み、固定する。

腕は千切れかけている。
腹にだって何本も槍弾が潜り込んでいる。
口からは血が溢れている。
心臓だけは掌握領域の念動障壁で守ったが、もう幾らも持つまい。

気合と執念だけで秋谷は動いていた。

生き様を。
死に様を。

鮮烈な生き様を。
清冽な死に様を。

生を教え、死を教える。
それが導くものとしての――大人としての最後の役目。

生きて笑って。
笑って死ねる。

そんな未来を子供たちに。


自分の全てを一撃に込めて。


「受けよ」

見せつけるのだ!
弟子に、仲間に!
自分の生き様を、死に様を!


「受けよ、我が五百年! ――『天沼矛(アマノヌボコ)』!!」


空から雷鎚が落ちたかと見紛うような、強烈なサイキックの迸り。
秋谷にホールドされていた『六ツ眼』に逃げ場は無く。
炭化タングステンよりも硬く、しかしケブラー繊維のように柔軟なその身体が砕ける。

『ギェエエエエエエエエエ!!』

痛みのあまりの断末魔。
泥人形にも感情はあるのだ。
ゆえにただでは終わらない。

どうやらこの泥人形……性根が腐った部類らしい。
あるいは傭兵っぽいというか。
遠距離狙撃、身代わり、煙幕、自爆。
騎士たちの数を減らすのに手段を選んでいない。

殺られるとしても……そんな奴がタダで殺られてくれるものだろうか?
否。
そんな訳はない。
じゃあどうする。

――答え=道連れ。

正真正銘の自爆。
槍弾の発射機構を暴発させての散華。
死なば諸共。

不吉に膨張する『六ツ眼』。
秋谷はもう動けない。


「「『無敵の盾』!」」


だが『六ツ眼』が爆裂する寸前。
昴と雪待の合体領域が、『六ツ眼』を地面に押さえ込んだ。

彼女らは怒っていた。
師匠の末節を汚すな、と。
なので使ったのは『最強の矛』ではなく『無敵の盾』。

『六ツ眼』にトドメを刺したのは、師匠なのだ。
それは、自分たちが奪っていいものではない。
仇を取ってやりたいというグラグラぐつぐつとした激情が身を焦がすが、それは死にかけの『六ツ眼』ではなく、魔法使いにぶつけるべきだ。


くぐもった炸裂音がして、今度こそ間違いなく『六ツ眼』は完全に――――死んだ。


◆◇◆


秋谷稲近が助からないのは、誰の目からも明らかだった。
手遅れだ。
いくら彼が仙人でも、これは無理だ。

ここに茜太陽が居ればまた違ったかも知れない。
時空巻き戻しの回復能力。
だが、居ない者は、居ない(居ても昨日の今日で血塗れの人間を前にしてはトラウマで震えて使いものにならない可能性も高い)。

秋谷稲近は死ぬ。


「どうだい、ザンくん……。かっこよかっただろうか……?」
「――はい。誰もが誇りに思うような、姿でした」
「そうか……」

カジキマグロの従者は、感に堪えぬ様子。
滅びた『六ツ眼』の残骸が崩壊してさらさらと風に流れる。
初夏の終わり。これから苛烈な季節がやってくるのだ。

「昴……。雪待……。こちらへ」
「師匠!」
「師匠……」

痛ましげな表情で彼を囲むようにしていた騎士たちの中から、弟子が二人現れる。
月代雪待。
星川昴。

「雪待……お前は強い子だ。昴を守ってやるんだよ……」
「……………………はい」

噛み締める。
最期の言葉を。

「昴……お前は賢い子だ。雪待の弱さを分かってやるんだよ……」
「師匠ォ……」

涙。涙。涙。
別れの予感に視界が潤んでぼやける。

濃くなる秋谷の死相。
掌握領域で傷口を押さえ、ガス交換や血流を誤魔化しているが、いよいよ長くない。


ウマの騎士・南雲がカジキマグロのザンに問う。

「ザン、秋谷氏の願い事は――」
「……既に叶っています」
「……そうか」

指輪の騎士の契約の願いならば、治癒することも可能だったかも知れない。
だが、既に秋谷の願いは叶っている。

「そんな顔をするな、南雲くん。子供たちよりも先に逝けるのだ。何を思い残すことがあろう」

秋谷が語る。
五百年。
自分の死期さえ予知しながら、どんな気持ちでそんな永い時間を生きてきたのか。

「五百年生きた」

誰もが全知の仙人を置き去りにして逝った。

「何でも知っていたし、何でも出来た」

しかし、それは秋谷稲近の本質ではない。

「でも、喜びも悲しみも強さも弱さも持っていた。普通の人間だった」

全知全能など、くだらない。
知るだけではダメなのだ。
時間を掛けて魂に刻み込まねば、意味がない。

「お前たちも……指輪の騎士の皆も、同じだ。どれだけの超能力を持とうとも――」

秋谷は空を見上げる。
青空をバックにしたハンマーの影。

「私たちは人間だ」

地球を砕く魔法使いを想う。

「魔法使いにも伝えてくれ……。多分、彼も、同じだ」

呼吸が浅く、言葉が途切れ途切れになる。

「私たちは、人間だ。
 ……人間なのだよ」

他の騎士たちも、口を挟めない。
五百年生きた仙人――いや、一人の人間が語る言葉。
その重みに、動けない。

いよいよ秋谷の顔面は、蒼白だ。

「太朗と花子、太陽くんにも別れを告げたかったが……、これも宿命(さだめ)か」

包帯やショックパンツのように秋谷の生命を長らえさせていた掌握領域が、秋谷の身体から分離する。
押さえられていた傷口が開き、血が溢れる。

「皆、未来を頼む」
「皆さん、それでは、また」

秋谷とザンの言葉に合わせて、掌握領域(それ)が弾け飛ぶ。
万感の思いを込めた異能が、青草の香りを乗せて騎士たちの間を吹き抜ける。


その後には、もうあの宙を泳ぐ変わったカジキマグロの姿はなかった。


◆◇◆


『アニマは君に賭けている』


雨宮はメッセージを噛み締める。

雪待と昴が涙を流して慟哭している。
恩師の死は、辛い出来事なのだろう。
親しい人の死というのも、彼女らの歳だと初めてなのかも知れない。

南雲はどこかしらに連絡をとっている。
元刑事だというから、警察に渡りをつけているのか。
あるいは今回の戦いに参加していない太朗ら他の騎士に、秋谷の死を伝えているのかもしれない。


――『アニマは君に賭けている』


一体どういうことだろうか。
最後に吹き抜けた秋谷の掌握領域の風。
それに乗せて伝えられたメッセージや様々なイメージ。

恐らくは秋谷の遺言。
サイコメトリーの異能を通じて雨宮だけに伝えられた、メッセージ。


――『君に託す』


同時に送られてきたイメージ。
本と地図と、埋蔵された箱。
あとで掘ってくるか、と雨宮は考える(掘った穴は落とし穴にでもリサイクルすれば良いだろう)。

そしてさらに重要なこと。
それは。
秋谷の全てのサイキック容量、サイキックと体術などの技量、戦闘経験もろもろを、雨宮に引き継いだということ。

(何故秋谷さんは、わざわざぼくにそんな力を遺した?)

しかも騎士の願い事まで使って、秋谷は雨宮に力を継承させたらしいのだ。



――『それは宿題だよ』

――『その意味は君が、君の魂に問え』

――『答えは、全知が語る事実ではない』

――『心が語る真実だ』

――『また会おう(・・・・・)』


自分はいったい何がしたいのか。

心の奥底に自問し、雨宮はじっと手を見る。
思い浮かぶのは、主君さみだれと――仲間たち。
そして宇宙に浮かぶ蒼い宝石。

(地球を、砕く……)

秋谷はそのために、力を遺したのだろうか?

思わず雨宮は空を見上げる。
抜ける様な青空に、書割りのようにビスケットハンマーが浮かんでいた。


今日、戦友が一人死んだ。
まずはそれを悲しもうと、そう思った。


◆◇◆


後日、秋谷稲近の葬儀が行われた。
近くの寺で密やかに。
秋谷には身寄りも戸籍もなかったので、なんでも南雲が全て金を出したらしい。


「実のところ――私たちは、師匠が死ぬのを聞かされて知っていました、日下部さんから」
「……そう、なんだ」

泣き腫らした眼(まなこ)で、ニワトリの騎士・星川昴は訥々と語る。
懺悔するような告白を、ヘビの騎士・白道八宵は黙って聞く。

「正直言ってそんなこと急に言われても信じられないじゃないですか?
 私もユキも、最初にそれを聞いた時は『なんてこと言うんですか! 縁起でもない!』って怒ったんですよ」
「まあ、そうよね」
「でも日下部さんも宙野さんも、真剣な顔で言ってくるんですよ」


――――『その時』に、俺と花子は、側に居ないかも知れない。だから、その時は昴と雪待で師匠を助けて欲しい。最悪でも……、見届けて欲しい。


「『予知能力者が確定させた未来を変えるのは難しい』そうです……。結局、師匠は死んじゃいました」
「それは、貴女のせいじゃないわ、昴ちゃん」
「ええ、理解は、してします。……納得は、まだ、してないですけど」

もっと私たちに力があれば。
昴は悔やむ。

何故あの時咄嗟に『六ツ眼』の攻撃範囲から逃げられなかった?
何故あの時『六ツ眼』に反撃出来なかった?
何故あの時『無敵の盾』の展開が間に合わなかった?

何故。何故。何故――。

ぽたりと握り締められた拳に涙が落ちる。
後悔。後で悔いるしかできないから、後悔。

「……でも、師匠の最期は、笑顔でした」
「……そうね」

見とれるような、晴れやかな笑顔だった。

「かっこ良かったですよね」
「ええ、とっても」
「ふふ、自慢の師匠です」

昴は立ち上がる。

「師匠みたいな大人に、なれるでしょうか?」
「なれるわ、きっと」

昴は空を仰ぐ。
強い力が宿った瞳で、ビスケットハンマーを睨みつける。

「白道さん、私、今すっごく強くなりたいです」
「奇遇ね、私もよ」


未来を掴むために、騎士たちは絶望を打ち倒さんと進む。
戦友の屍を越えて、悲しみを超えて、全ての過去を糧にして、進み続ける。
世界は続く、受け継がれて続いていく、大人から子供へ。


=====================


継承の回。
ちょい短いですけど。

初投稿 2012.03.09



[31004] 16.束の間の平穏
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f
Date: 2013/03/02 15:04
「はい、それでは芳名帳に名前をお願いします」

日下部太朗と宙野花子は、未だ復調しない身体に鞭打って、秋谷の葬儀の手伝いをしていた。
まあその程度は屁でも無い。恩師の葬儀なのだ。死に目に会えなかった分の悔悟の気持ちに踏ん切りをつけるためということもあり、彼らは手伝っていた。葬儀は死者のためではなく、残された者のためにあるのだ。
彼らの体調は完調ではないものの、秋谷の葬儀はひっそりと行われる予定だったので、手伝うにしても大した労力にはならないという話だったのだが……。

何処からか師匠の死を聞きつけてきたのだろう。
予想外に多くの人間が集まっていた。


例えばなんとなく世捨て人を思わせる風の、除霊師を名乗るメガネを掛けた長髪の女性。

「師匠が死ぬなんてなー。夢枕に立たれた時は吃驚したよ」

なんて彼女は言っていたが、真実なのかどうか。
というか夢枕に立てるなら雪待や昴の夢枕にも立ってやれよ師匠、と太朗は感想を抱いた。
案外この様子も師匠の幽霊は見てるのだろうか? 四十九日は霊魂が現世に残っているというし。


他にも例えば、姫の同級生でお上品な感じの高校生(碓氷さん)と、そのお兄さんと、お兄さんの彼女。
そのお兄さんの彼女の方は、戦国武将みたいな兜と面と刀っぽい何かを持っていた。
姫の同級生とそのお兄さん(彼氏さん)の方は、彼女の付き添いだそうだ。その兜に面と刀の彼女の名前は芳名帳によると、不知火一重(しらぬい ひとえ)と言うらしい。

「以前、仕事を手伝ってもらったことがありまして……。流派の開祖もお世話になったそうですし……」

仕事って何だ。と太朗は尋ねたかったが、普通に『悪魔退治です』とか答えられそうだったので、我慢した。



一番印象に残ったのは、見た目は冴えない禿散らかした中年サラリーマンの男性だった。
芳名帳によれば、名前は『山中』さん。
その外見とは裏腹に、異常な圧力を感じる不思議な男性だった。絶対泥人形より強い。

「昔、荒れていたことがあってね。その時、秋谷師匠に諭されたのさ。異世界(向こうの世界)から帰ってきたばっかりで、誰も私の言うことを信じてくれなかった頃だ……。
 秋谷師匠に会ってなければ、私は今頃どうなっていたことか――」

遠い目をして、山中さんはしみじみと語った。
直後に空気を読めてない戦闘狂(三日月)が山中さんに戦いを挑もうとしたが、いつの間にか距離を詰められてデコピン一発で沈黙させられていた。強え……。
職業はきっと『勇者』だ、しかもレベルカンストしたとびきり無敵の。太朗の直感が囁いた。


――ちなみに、太朗が『綿津神』で定時探査を行ったところ、葬儀の参列者の半数近くが、一斉に太朗の方へと振り向いた。逆探知されたらしい。太朗は肝が冷える思いをした。前々から感じていたことだが、これで隠密性向上のために改良が必要だと痛感した。
超常の力に関わっている人たちは、案外多いようだ。そして、その業界は、かなり狭いらしい。
弔電の差出人では『左道黒月真君』だとか、如何にも仙人っぽい名前が幾つも並んだ。本当に何処から秋谷の葬儀の情報が漏れたのだろうか? やはり夢枕に立ってあいさつ回りでもしたのだろうか。

さらに、太朗の肉眼では確認できなかったが、『綿津神』の超感覚には、人ならざる者たちも捉えられた。
超能力者よりは泥人形に近い感じがしたが、しかし彼ら人ならざる者――『おとなりさん』『隣人』――は、泥人形ともやはり違うようだった。
お化けというか、妖怪というか、精霊というか……そういった存在なのだろう。


意外と地球を護るために戦っているのは、自分たちだけでもないのかも知れない。太朗はそう思った。



地球の危機なんて、何処にでもあって。

何処かの誰かが、いつも地球を救っているのだ。



……。


「はは、そんなばかな」
「どうしたのタロくん? 急に遠い目をして」
「世界は広い。んでもって、世間は狭い」

今までお目にかかることが殆ど無かった異能者たち。戦闘に関して言えば、師匠より強い人間も葬儀場には来ているだろう。ひょっとしたら魔法使いにも対抗できるほどの実力者が。……世界は広い。
しかし、彼らが集まったのは、師匠の訃報を聞いたためだ。スタンド使いは惹かれ合う、という訳でもないのだろうが……、いやはや、世間は狭い。


◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 16.束の間の平穏


◆◇◆


秋谷が戦いで亡くなっても、地球は回るし日々は続く。
次の泥人形が出てくるまで指輪の騎士たちは思い思いの日常を過ごす。
それは鍛錬であったり、デートであったり、まあ、色々だ。


◆◇◆


東雲半月は朝日奈氷雨と付き合っている。
それは半月の一目惚れから始まった。そこからは猛アタックであった。
今では朝日奈の父(PN・蝉時雨)からも半ば公認された仲である。

そんな二人は今日もまたデートをしていた。
週末デートである。イチャラブである。
ちなみに本日の行き先は、水族館であった。

定番である。ベタである。だがそれが良い。良いからこそ定番とされるのである。
イルカショーを間近で見て水飛沫が掛かりそうになってきゃーきゃー言ったり、トンネル状の水槽の下を通って擬似海中遊泳を楽しんだり、大水槽での餌やりを見て和んだり……。まあテンプレである。
だがそう言った定番のやり取りであっても、カップルにとってはまさに黄金のような時間。何ものにも代えがたい思い出の一ページになるのだ。


そして夕飯を水族館の併設のレストランで食べて、市内に戻り、半月が良く行くバーでグラスを交わしているところだ。
落ち着いた照明、磨き上げられたオーク材の重厚なカウンターテーブル。
マスターの後ろに並んだ沢山のグラスと、何十本ものリキュールの瓶。
マスターの趣味か、ゆったりとしたジャズが控えめな音量で流されている。

「いいとこですね、このバー」
「でしょう? 氷雨さんを是非連れてきたいと思ってたんですよ」
「ありがとうございます、半月さん」

半月は「いつもの」と言って注文する。
そして「彼女に似合うカクテルを」と氷雨の分をマスターのお任せで注文する。

「うわ、なんか映画みたいなやり取りですね」
「ははは、一遍やってみたかったんスよ。憧れますよね」
「あはは、分かります。カッコイイですもんね。――半月さんもかっこ良かったですよ?」
「うわ、すっごい照れる……。氷雨さんも綺麗ですよ」
「どーもどーも……えへへへへ」

そんなやり取りを、白髪交じりの五十がらみのマスターは温かく見守っている。
このバーに半月が初めてやってきたのは、半月の用心棒としての雇い主に連れられてのことであり、もう何年も前の話だ。あの頃は腕っ節が強い暢気なガキだと思っていたが……。
そんな若造がこんな別嬪さんを連れてくるようになるとは……。何だか目頭が熱くなる。息子の成長を見ているようだ。マスターはそんな事を思いながら、取っておきの酒を出してやることにする。安いものではないが、何だかんで半月は金を持っている男である、彼女の前でかっこつけるためにも支払いは惜しむまい。

コースターを敷き、酒を入れたグラスを差し出す。
琥珀色のウイスキーが妖しく揺らめいた。半月の好きそうなやつだ。シチュエーションもバッチリだろう。
素敵なお嬢さんには、桜色のカクテルを。味も自慢だが、見目麗しいのが良い。
ドライフルーツを幾つか取って、おつまみとして出しておく。

「乾杯、氷雨さんの瞳に」
「ふふ。はい、乾杯」

軽くグラスを傾けあって、半月と氷雨が乾杯をする。
しばらくお互いに他愛のない話をする。
しかし何でもないことが決定的に大事なのだ。思い出とはそうやって紡がれる。

「そういえば」

何杯目かのカクテルから唇を離し、氷雨が囁くように口にする。

「半月さんたちは――さみだれは、一体何をしているんです?」
「……気になりますか」
「そりゃあ、大事な妹のことですし、半月さんのことでもありますからね。気になります」

どう答えたものかと半月は思案する。
手の中でロックグラスを玩び、からからと氷を鳴らす。
語るべきことでもないが、語らぬのも不誠実である。

「ヒーローの真似事ですよ」
「……人が死ぬようなですか」

端的に、はぐらかすように語った半月の言葉には、しかし嘘はない。
だがそれに応える氷雨の言葉に険しい物が混ざる。
恐らくはなにかしらの直感で以って、さみだれの消沈と秋谷氏の葬儀を結びつけたのだろう。さみだれに関わることで、人死が出ていると。

「この前、さみだれが秋谷という人の葬儀に行きましたよね」
「ええ」
「その秋谷という人も、半月さんや、さみだれや雨宮の、仲間だったんでしょう?」
「……そうです。立派な人間でした、彼は。戦友です。――そして俺は彼を助けられなかった」

もっと早く踏み込めていれば。
掌握領域がもっと伸びれば。
そもそも最初の一撃で半月が『六ツ眼』を抉り殺していれば。

――また一歩及ばなかった。ヒーローになれなかった。

「そんな顔をしないで下さい。酷い顔ですよ」
「そんなにですか」
「泣きそうな顔です。半月さんは笑ってるほうが良い」

からりと氷がグラスの中で転がる。

「そんな顔をしてまで、やらないといけないことなんですか」
「ええ、命懸けでも、やらなきゃいけません」
「何故」
「有り体な言い方だと、『選ばれた』からです。そして、どうにか上手くやらないと、みんな死んでしまう」
「みんな、とは」
「俺も氷雨さんも、街中世界中のみんな、です」

言っていることは戯言なのだが、氷雨を見つめる瞳には嘘がないように思えた。
その程度の付き合いはしていると、氷雨は自負している。
どうにも遣る瀬無くて、手の中のカクテルを飲み干す。

「……さみだれちゃんは、死にませんよ。俺が、俺の仲間たちが守りますから。雨宮のゆーくんだって、さみだれちゃんを守ります」
「じゃあ、半月さんは死なないんですか」
「……」
「死なないでください。きっと私は、耐えられません」

難しいことだ、と半月は思った。
だがきっと、自分が死んだらこの女(ひと)は泣くだろうなと、半月は自惚れでも何でもなく確信した。
死ぬわけには行かなくなった。惚れた女を泣かせて、何がヒーローか。

願い事も変えなくてはいけないだろう。
『自分が死んだ時に、騎士の仲間に武道の技を引き継がせる』なんてのは、自分が死ぬこと前提で不吉だろうから。
あとでイヌの従者・ルドに相談しよう。

その話はそれきりであった。
あとはまた他愛ない話をして、グラスを傾けるだけだ。
例えば、日下部某が二十八次元がどうこう言っていて物理学者のお知恵を拝借したいと言っていたとか、風巻の腹の掴み心地はなかなか良いからこんど半月さんも掴んでみると良いだとか、昔はさみだれは身体が弱くてとか。そういった何でもない話だ。


だが、バーからの帰り道で、二人の間の距離は確かに縮まっていた。
寄り添って歩く。
これからあともずっと寄り添って歩んでいければいいな、とお互いに思いながら。


ちなみに半月の従者であるルドは、三歩下がって師の影を踏まずといった風に常に蚊帳の外であった。空気の読める犬である。


◆◇◆


「おかえり、ゆーくん! 聞いたぜ、秋谷師匠のチカラを引き継いだそうじゃんか!」
「……何故お前がぼくの部屋にいる、三日月。そしてその話を誰から聞いた。未だ姫にも話していないのに」
「タローから」

ある日雨宮が自室に帰ると、扉の鍵は開いており、中ではカラスを載せた三日月が勝手に飯を食っていた。
三日月といい半月といい、不法侵入が好きな兄弟である。
武道家というものは鍵開けのスキルでも持っているのだろうか。雨宮はそんな感想を持った。

「日下部くんは、ぼくが秋谷氏から諸々引き継いだことを知っているのか」
「ああ、なんでもそう薦めたのはタローらしいぜ。『姫の近衛騎士は、最強じゃないといけません』だとよ。あと、師匠が書いた本を見せて欲しいとか言ってたな」
「近衛騎士……いい響きだな。それと、本と言うとこれか。ぼくが読んだら渡しておくよ。さっき掘り出してきたばかりなんだ」

そう言って雨宮は背負っていたリュックを降ろして、中から手書きの本を取り出す。
本のタイトルは『大海!! 激生記』となっていた。
秋谷が自分の半生を書き綴った本である。雨宮に託されたものだ。

掘り出してきた、というのはどういうことだろう。
確かに雨宮の手にはシャベルが握られているが。

「掘り出して?」
「ああ、山の中に埋められてたんだよ」
「なにゆえーー」
「落とし穴でも掘って戦えって啓示かもな。それも良いかも」

落とし穴や罠を使って地の利を得れば、多少は泥人形相手にも有利に戦えるだろう。
『大海!! 激生記』が穴の底に埋められていたのは、そうやって何ものをも使って戦えという秋谷のメッセージだろうか。
真正面から戦うよりはそちらの方が雨宮の性に合っているのは、残念ながら間違いなさそうであった。

「って、そんな話に来たんじゃねーのよ」
「そうだっけか」
「模擬戦しようって話。ゆーくんも受け継いだチカラを身体に慣らさないとまずいだろ」

何が出来て何が出来ないのか、それを確認しなくてはいけない。必要なことだ。
知識や技量の一部を秋谷から引き継いだとはいえ、雨宮と秋谷では手足の間合いも違うし、筋力など諸々のパラメータも違う。
きちんと雨宮のものとして取り込まなくては、いざという時に使えない。一瞬が生死を分ける戦いの最中で、肉体と経験の齟齬から硬直しては元も子もない。

「そうだな。己を知れば、ということだな。でも明日にしてくれないか?」
「ぁん? なんでだよ」
「疲れ果ててるんだよ、穴掘りで。だから明日の朝、いつもの公園で」

実は穴掘りで雨宮は疲労困憊である。
今も微妙に腕がプルプルと震えている。肉と野菜を摂って身体を休めないといけない。
だがまあ体力をつけるのは手っ取り早い戦力向上になるし、掌握領域の強度は騎士の体力に依存するので一石二鳥である。
これからも穴掘りして体力つけよう、と雨宮は計画している。

「オッケー! じゃあ明日の朝な、楽しみにしてるぜ、近衛騎士サマ」
「秋谷さんのチカラを早くモノにしたいし、――今度こそおまえに勝つ。首洗って待ってろ、三日月」
「ひひひひひ、おー、やってみろー!」

明日のジョギング後、いつもの公園で手合わせをすることを約束する。
それまでには姫にも、雨宮が秋谷のチカラを受け継いだことを報告しなくてはならないだろう。
雨宮は三日月に視線を向ける。相変わらず生野菜を貪っている。立ち去る気配は無い。

「で、帰らないのか、お前」
「え? 何で?」
「ここはぼくの部屋で、お前の部屋じゃない」

自明の理である。
だが三日月はにやりと意地悪そうに笑う。

「堅いこと言うなよー、ゆーくーん。それに俺知ってるんだぜ、今日は兄貴と氷雨ちゃんがデートだから姫の夕食を作る人が居ない。つまり、姫とゆーくんが一緒に晩飯食べる約束してるってことを!」

だから帰れって言ってるんだよ、お邪魔虫。内心で悪態をつく。
雨宮は眉間に手をやり、溜息を吐く。

腹立たしいが、こうなると三日月はしつこい。
どうやら姫とのデートに邪魔者が入ることは避けられなさそうだ。

「……食材の買い出し手伝えよ? 三日月。あと金も出せ」
「そりゃ構わねーが、タローも呼ばねえ? あいつの飯美味いし」
「バカか三日月。姫の手料理を振舞っていただけるチャンスだぞ」
「はっ、確かに!」

姫の手料理はまだまだ発展途上なので当たり外れが大きいのだが……。
道連れを増やすつもりかと、トカゲのノイは思ったが、口には出さなかった。

「夕日も随分変わったものだな」

今でも彼は、地球を砕きたいと思っているのだろうか。
そうでなければ良いと、ノイは願った。


◆◇◆


~~♪

「あ、タロくん、メールだよ」
「んあ。……ああ、半月さんと三日月さんからだ」
「何て? 騎士団関連の連絡?」

花子に促され、太朗が文面を読み上げる。

「えっと半月さんからは『氷雨さんが「二十八次元とか重力立面とか宇宙に興味あるなら、教えてあげるから適当な時に聞きに来て良いよ」って。明日の朝にでもジョギングの後に姫の家に寄ってくれ、まず顔合わせだけしよう』、三日月さんは『明日の朝、ゆーくんと模擬戦。タローも立ち会いと人払いの結界を宜しく』、だって」
「へえ、半月さんは面倒見が良いね、やっぱり。そして三日月さんは相変わらず戦闘狂だね。……じゃあ明日はジョギングの後にいつもの公園で三日月さんたちの模擬戦に付き合って――」
「――そのあとそのまま姫のお宅にお邪魔して、朝日奈先生にご挨拶かな。なんかこの前からすっごい気になってるんだよなー、宇宙理論について……。朝日奈先生ならこのモヤモヤを晴らしてくれるはずッ、天才らしいし!」

知恵熱で寝込んでいた間に太朗の頭の中に流れ込んできた妙な知識。
特に宇宙の有り様についての概念。断片的な数式。この時間軸に意識が流れて来た時以上の密度の情報群。
寝ても覚めても、その良く消化できない概念が頭から離れない。
しかしこれが解決されて太朗自身の腑に落ちれば、掌握領域がもう一段進化するだろうと何故だか確信している。

その知識流入の原因は、花子が強制起動した収奪領域『ハリガネムシ』が、アニムスの知識を喰ったからだ。
だがしかし、花子の方にはそのような知恵熱や知識の流入は起こっていない。
大元のサイコメトリー能力が、太朗の異能であるためであろうか。これは太朗にのみ起こった現象であった。

「人払いの術、私も覚えればよかったなー……。便利そう」
「まあ、サイキックの練習するときには必須だよな。もとから従者たちや泥人形が一般人に見えないみたいだから、ある程度の隠蔽・欺瞞性はあるみたいだけど」
「雨宮さん、その辺の技術も受け継いだのかな、師匠から」
「多分、受け継いだんじゃないかな」

秋谷が居なくなった以上、人払いの結界を使えるのは太朗しか居ない。
秋谷の弟子の中では、器用な太朗しか仙術を継承出来なかった。それでも人払い術の一部しか使えないが。
ひょっとしたら、雨宮の方にそれらの技術も継承されているかも知れないから、明日の模擬戦の時にでも確認してみるしか無いだろう。


ちなみに今居る場所は日下部宅の台所である。
三人(・・)で料理中である。
今は予め寝かせておいた生地を叩いて広げ、麺棒で押し伸ばして餃子の皮を作っているところだ。中に包む種の準備もできている。

そう、三人で、である。太朗と花子と、それともう一人。

「あの、こんな感じで良いですか?」
「おお、そんな感じ。上手いじゃん茜くん」

むにむにと指を打ち粉まみれにしながら生地を伸ばす少年。頭の上にいつも居るはずのフクロウは、今は居ない。料理中に羽を飛ばされては堪らない。
少年の名前は茜太陽。
フクロウの騎士。
そして裏切りの、神の騎士。

「なんで一緒に料理なんて……?」
「うん? ああこないだ一緒に夕飯食べようって言ったろ」
「そういえば……」

『六ツ眼』スキロポリオンの狙撃で蹴散らされた日に、そういえばそんな約束をしていた。
まあ太陽の方も今日は特に予定があったわけではないから良いのだが。
それに――

「それに聞きたいこともあるんだろ? 取り敢えず一緒に飯食ってから話そうぜ。腹が減っては戦はできぬって言うし」
「……」
「それはなんだか違うと思うよ、タロくん」

太陽から太朗と花子に聞きたいことがあるのも事実であった。

何故太陽の時間操作能力を知っていたのか?
何処でアニムスと会っているのを知ったのか?
何をどこまで知っているのか。

(底知れない)

太陽は恐れにも似た感情を抱く。太朗の得体の知れなさが、実体以上の輪郭を太朗に投影し、大きく見せていた。
それに太陽自身、後ろめたさも、もちろんある。
彼は裏切りを犯している身だ。糾弾される心当たりは、てんこ盛りだ。……こんなに早くバレるとは思わなかったが。

「とにかく、まずは飯だ。一緒に作った料理は、美味いぜ?」
「……いろいろと疑心とか抱えたままでする料理は楽しくない……」
「ははは、じゃあ諸々の問題が片付いた後にまた一緒に料理しようぜ。心機一転したらさ」
「……強引な」
「そんなに強引か?」
「うん、強引。タロくんが強引なのは、師匠とか三日月さんに影響されてるせいだと思う」
「そっか、師匠に似てるか。それは、少し嬉しいかな」

和気藹々と会話しつつ、太朗たちは手早く餃子の皮を作っていく。
ベースは手打ちうどん専用の小麦粉だ。
餃子の皮は、ワンタンを思い浮かべれば分かると思うが、麺の一種のようなものであるから、麺用の小麦粉が使いやすいのだ。

棒状にして寝かせておいた生地を輪切りにし、それを上から叩いて潰す。
少し広がったらそれを麺棒で伸ばす。打ち粉(片栗粉)を引き、押しつぶした生地を広げる。縦に伸ばして楕円状に、そして九十度回してもう一度伸ばして真円にする。
多少の厚みの不揃いさは問題無い。それが手作りの味というものだし、多少厚いほうが歯ごたえがあって食いでがあるというものだ。

延ばした生地に予め作っておいた種を載せ、包み込む。

「水つけてしっかり閉じてね、形は割と適当でいいから」
「あ、はい、宙野さん。……何か手慣れてるんですね」
「まあね。意外かしら? タロくんとは結構一緒に料理するし、私も少し勉強したのよ」
「茜くんも料理覚えたらいいぜ。外食ばっかりじゃなくてさ」
「でもうちの台所は、多分使わせてもらえないと、思うんですよ」
「あー、いろいろ大変なんだっけ、茜くん家。じゃあ、何ならうちに来て一緒に夕飯作ってもいいし」
「でもタロくん、結構三日月さんに呼び出されること多いよね。居なかったりするんじゃない?」
「そん時は花子が教えるとか、いっそのこと茜くんも一緒に連れて行くとか」
「え、それはちょっと……」
「まあお酒入るところに行くのも嫌だよな」

などと言いつつ、ぺたぺたぎゅぎゅっと餃子を量産していく。


一方その頃指輪の従者たちは、隣室にまとめて置かれていた。

「……厨房立入禁止なんだと、ペット立入禁止。俺らはペットじゃねーっての」
「儂らは実体ないんじゃがのお」
「いつものこと……」


◆◇◆


「お、美味い美味い」
「でも形が……、なんか済みません」
「店で出すんじゃないんだから、別にいいのよ。それに私が初めて作った時よりはマシだわ」
「店で出す時は見た目も味に影響するけど、手作りという補正がかかれば見た目など些細な問題なのだよっ! それに言うほど悪くないし……美味いだろ?」
「――ですね。確かに、美味しいです」

店で出されるよりも遥かに美味しい。自分で作ったからだろうか。

「さて。そんじゃあ、本題に行こうか。聞きたいことがあるんだろ? 茜くん」

そのために今日は呼んだんだから、何でも聞いてくれ。
そうやって太朗は切り出した。

「……」
「……ネズミの騎士、お主、何を何処まで知っておる?」

太陽の頭上に陣取ったフクロウのロキが、太陽の代わりに訊いてくる。
さすがに年の功というわけか。

「ん、そうだな。大体のところは。例えば、アニムスの意識はこの時間軸に顕現してること――実体化はしてないけれど――とか」
「他には」
「茜くんに、アニムスの時空系能力が一部与えられていること。フクロウの騎士は、前回と今回の戦いで、アニムス側についていること」
「……前回の戦いについては」
「最後にイヌの騎士を裏切って殺したフクロウの騎士が、結局はアニムスを裏切ってアニムスを殺そうとしたけど、返り討ちにあってジ・エンドってことくらいかな。そんで、かれこれ百回以上は騎士団側が負け続けてる。あとは、アニムスは未来の超絶サイキッカーで、アニマはその双子の妹」
「良く知っておるな。それは、他の騎士も知っているのか?」
「いや、どうだろうな。多分知らないんじゃないかな。俺がこの話をしたのは、花子と師匠だけだ。特に茜くんがアニムスと通じてるなんて、他の騎士は知らないはずだ」
「そうか」

まあ、実際ヤバイのはアニムスじゃなくて、アニムスを上回る馬鹿力サイキッカーのさみだれ姫の方なんだが。
太朗は苦笑する。まあ、それは彼女の騎士が何とかするだろう。
太朗の役目は、そこまでのお膳立てをすることだ。

「じゃあ、どうやってそれを知ったんじゃ?」
「師匠の未来予知と、『綿津神』を通じたサイコメトリーで」

転生のことは伏せる。どうせ信じてもらえないだろうし、予知とサイコメトリーで理由付けとしては充分だ。

「頭の中を盗み見たのか?」
「まあそんなところだ。おっと、プライバシー侵害だなんて責めるなよ? こっちは命懸けなんだ。使えるモノは何でも使う。――現に裏切り者は居たわけだしな」

じろりと太朗が太陽を見遣る。
太陽がその視線に身を強張らせる。

「だがまあ、茜くんの治癒能力のおかげで助かったのも事実だ。――ありがとう」
「ありがとう、茜くん。あなたのおかげで太朗くんは助かった」
「あ……」

太朗と花子は視線を柔らかなものに変えると、頭を下げる。

そして太朗たちは暫くして頭を上げて、話を切り出す。

「まあ、それはそれとして。質問はこんなところか? 今度はこっちの話をしても?」
「……そうじゃな、今のところは。今後の太陽の扱いについても気になるが――どうせそれを今から話すんじゃろう?」
「ご明察。流石はフクロウ、叡智の象徴」

ニヤリと笑う太朗に、ロキは嘆息する。

「ではさっさと話せ、ネズミの騎士」
「ああもちろん。……確認だが、茜くんがアニムスに与してるのは、そっちの方が勝率が高いから、だな?」
「……そう、です」
「なるほど」

思案する風を見せる太朗。
勿論演技、演出だ。
いつの間にか下手なりに演技を身につけて……、と傍から見ている花子は嘆きだか感嘆だか分からない心持ちになる。

「じゃあ、騎士団のほうが勝つなら、そっちに付くんだな?」
「……!」

太陽とロキは、太朗の視線の強さに戦慄する。

「馬鹿な、そんなことは不可能じゃ」
「なぜそう言い切れるんだよ。泥人形を六体倒し、未だに騎士団は十一人が健在。幻獣化せずにこの成果だ。アニマが起きて幻獣の騎士が揃えば――」
「――勝てる可能性はある、ということかの?」
「その通り。今回は、今までで一番騎士団側が優勢にゲームを進めているといって過言じゃないだろう。そして何より、今回の姫(プリンセス)が規格外だ」

魔王、朝日奈さみだれ。

「彼女のチカラは、アニムスに匹敵する」
「それは未来予知かの?」
「いいや、確信だ。願望でもあるけどな」

そこにしか生きる道はない、と太朗は語る。
今までのお定まりの結末をひっくり返すためには、それだけ強力な何かが必要なのだ。
自らの未来の為に、太朗はそればかりを考えて今回の戦いに備えてきた。

師匠に弟子入りし。
サイコメトリーを開花させ。
自分と花子の願い事を自己強化に使い。

そして今、東雲半月は死なず。
師匠は助けられなかったものの、その経験は雨宮夕日に継承され。
茜太陽の回復能力を覚醒させ、説教まがいの勧誘のようなものをやっている。

間違いなく太朗が覚える『以前の戦い』よりも優勢に進んでいる。


――――なんだかその分泥人形の強さも強化されてる気がするけど……。
『七ツ眼』あたりは合体したあともう一回分離して変形するくらいは余裕でやりそうだ。
『九ツ眼』なんてどんな魔改造がされるか分かったもんじゃない。
向こうはレベル固定じゃなくて、こちらの戦力に合わせて魔法使いの手ずから調整されるのだ。この戦いは生き物だ。

だがそれでも。


「俺たちは勝てる。だから、裏切る必要なんて無いんだ」
「……」
「アニムスを恐れる必要はない。あいつはルールで縛られている。直接騎士を殺すことはできない」

それが出来ればとっくにやっている。
アニムスに出来るのはコソコソした妨害くらいだ。
例えば太陽の離反工作のような。

「泥人形だって恐れる必要はない。俺たち騎士団の仲間が君を守る。茜くんに家での居場所がないというなら――――」

太朗は手を差し出す。

「――――俺たちが居場所になるよ」



=====================


冒頭の人々は水上悟志先生の短篇集などからゲスト出演。

そろそろアニマ登場かな。
霊獣(ユニコーン)を南雲にするか半月にするか迷っている。
半月がユニコーン化すると恐らく、ルドがダークソウルの大狼シフ(角付き)あるいはもののけ姫のモロ(角付き)みたいになって、さらに方天戟の射程が「13Kmや」になる。あるいは「ギガ、ドリル、ブレイクゥゥゥゥ!!」。最大威力はネガイカナウヒカリ級。多分『十二ツ眼』ポジディオンも単体で撃破可能……。『もうあいつ一人でいいんじゃないかな』状態になりそうな気がががが。実際半月ってそのくらい強いよね?

2012.04.07 初投稿/誤字修正など



[31004] 17.不穏の影・戦いは後半戦へ
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f
Date: 2012/05/28 21:45
相対する二人。振りぬかれる脚。
蹴撃を受けて崩折れる青年。
ギャラリーの歓声とも嘆息とも付かない「あー」という気の抜けた声。

「……ゆーくん、なんか前より弱くなってねえ?」
「ぐ、姫の前でなんという無様――こんな筈では……」

早朝の公園。朝露に濡れた新緑、梅雨が目前に迫った生命に溢れるころ。
青々とした芝生の上でダメージを負って蹲る夕日と、つまらなそうな顔の三日月。
少し離れた場所には、人払いの結界を張っている太朗たちや、姫のさみだれも居る。彼らも困惑顔だ。

夕日と三日月は騎士たち恒例の早朝模擬戦を行なっていたのだが……。

「えっと、雨宮さんは、確かに師匠からいろいろ継承したんだよね? たろくん」
「そのはずなんだけど……」

花子の疑問に、自信なさげに太朗が答える。こんなはずじゃないんだけど、と。
三日月も不思議そうな顔で夕日に尋ねる。

「なんかさっきから時々不自然に身体が硬直するしさー、どしたん?」
「むう、未だ慣れてないんだろ、多分。……それに取れる選択肢が急に増えすぎたんだよ、それをボクの脳が処理しきれてないんだ」

夕日が弁解するには――

例えば三日月が殴りかかるとする。
その拳を夕日がどうするか――受ける、いなす、避ける、掴む、カウンター、サイキック……。
そしてその後どうするか、どうするのが一番勝率が高いか。
無数の選択肢がある、しかし夕日の頭脳はその中から適切なものを瞬時に選べるほど経験を積んでいない。
戦いに慣れていない。
提示される無数の未来を前に、呆然と立ち尽くすしか出来ない。
故に硬直し、その間に三日月の攻撃を受けてしまう。

――どうやら纏めてみるとそういう事らしい。

三択のクイズがいきなり、自由記述の論文になったようなものだ。しかも回答時間制限変わらずに。


だがそれを聞いた太朗と三日月が首をひねる。

「……それって大した問題じゃ無いんじゃないッスか」
「だよなー?」

二人して頷き合って夕日に向き直る。

「な、なんだよ二人とも」
「雨宮さん、そんなの最初から方針というか戦略を決めてりゃ問題ないんスよ。例えば“防御し通して相手の隙を待つ”とか」
「あー、太朗はそういう感じだよな、んで隙ありゃ逃げるって感じか。俺の場合なら、“速攻、撹乱、カウンター、楽しい駆け引き”みたいな感じだ」
「確かに三日月さんはそんな感じっスね」
「……ボクにはよくわからん」
「受け身じゃダメってことッスよ」
「攻めの姿勢が大事ってことよ。……つーかタローは典型的な待ちタイプじゃん! ゆーくんのこと言えねー!」
「まあ俺もそんな経験積んだわけじゃないッスからね……」
「うーむ……、いろんな人に相談してみるべきか。いやでもこの二人みたいに聞いても大して参考にならない可能性も……」

うむうむと自分にあった戦略の重要性について頷き合う(どちらかと言えば)脳筋の二人を前に、しかし夕日は余り共感できないようで疑問符を浮かべる。
背後では姫も頷いている。姫の場合なら“常時マキシマムアタック!!”という戦略だろうか。
だが花子は首をひねっている。夕日と同じくどちらかと言えば頭脳派だからだろう。それを見て少し安心する夕日。良かった同志が居た。

「まあ、要するに、だ」

未だ倒れ伏す夕日に手を差し出しながら、三日月が声をかける。

「大事なのは“ゆーくんが何したいかって”ことだな。それさえ決めとけば、取るべき選択肢なんて自ずと決まってくるもんだ」
「なにを、したいのか――」

呟き拳を握る夕日。秋谷の遺言がリフレインする。
力を託された意味。
その答えは、夕日が自分自身の魂に問い、心に語らせるもの。夕日の意思こそが重要なのだと、そのように秋谷からも言われたのだった。

「そうッス。あ、受け継いだ記憶の整理も重要ッスよ。瞑想とかして内面整理とかイメージトレーニングすれば、自分の戦術も固まると思いますよ」

得体のしれない(前世の)記憶を受け継いだ太朗の言葉。だからか不思議と説得力がある。

「瞑想か……」
「いかにも超能力戦士って感じだなー」
「大事ッスよ?」

マジな話。

「今度一緒にやりましょうよ。サイコメトリー併用して脳内思考をハウリングさせると捗るッスよ」
「へえ、じゃあ手伝ってもらおうかな。それも師匠直伝なのかい?」
「そうッス。…………一歩間違うと廃人になるッスけど」
「廃人!?」

あん時はヤバかったッスね~、と遠い目をして語る太朗。周囲はどん引きである。

ともあれ太朗は引かれようが何されようが瞑想レッスンは施してやるつもりである。
師匠の命懸けの遺産は、きちんと継承させなくてはならない。そうでなければ師匠が浮かばれないではないか。

もちろん夕日の意思が大事というのには太朗も大いに同意するところだ。
意思なき力など、何の意味もない。意思こそが力に意味を与えるのだ。
そして夕日の意思こそが、この惑星を砕く物語の焦点であることは、間違いない。

「…………」
「どうしたの? さみちゃん」

賑やかそうにする夕日たちの様子を、さみだれは複雑な気持ちで見ていた。

そしてその姫の様子は花子だけが見ていた。

姫の表情は――――今にも泣き出しそうな、そんな表情だった。
まるで手の届かない宝物を見ているような、大事な人が遠くに行ってしまう――いや自分が取り残されるような、迷子の幼子のような、そんな切ない表情。
“アニマが憑依していなければ姫は余命幾許もない”、それを花子は知っている、太朗の持ち越した“前世”の記憶を通じて。
誰からも取り残されたくなくて、地球を丸ごと自分のモノにしたくて、それゆえにさみだれは地球を砕くのだと花子は知っている。

だから。

「え、ちょ、花子さん? 急に何を」
「ちょっと急に抱きしめたくなっちゃって。さみちゃんが可愛いから」
「ちょ、ちょぉ、恥ずかし……やめ……」

後ろからそっと抱きしめた。
それで何か解決するわけではないけれど。
何かが伝わるとは限らないけれど。

だけれども。

そうせずにはいられない。

それに、何も伝わらないってこともないはずだ。








「女子高生同士の抱擁か……うむうむ」
「眼福ッスね~。つぅかあれは花子じゃなくて雨宮さんの役目じゃねッスか? どっちかというと」
「いや待てよ、ゆーくんがOKなら俺が行って抱きしめてもいいよな? 今なら二人ともOKか? おお素晴らしい、というわけで行くゼッ!!」
「――見様見真似『方天戟』!」
「『荒神』(弱火)!」
「うおぃ!? やんのか、てめえら! 望むところじゃぁー!」
「穿つ!」
「炙るッス!」
「上等――かかってこいやぁ!!」

それを鑑賞していた男性陣はいつの間にかバトルに突入していた。


◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 17.不穏の影・戦いは後半戦へ


◆◇◆


所変わってその後、朝日奈家の食卓にて。
ちなみに並んでいる美味しそうな朝食は、朝日奈氷雨と東雲半月の共同制作である。
今日は人数が多いので半月も手伝ったのだ。付き合い始めて数ヶ月のハズだが、二人はまるで夫婦のようだ(もう結婚しちまえよ)。

朝食の席では急遽、天才物理学者である朝日奈氷雨の宇宙論講座が開講されていた。
彼女の口調も、講義向けの口調である。

「――つまりこの宇宙というのは、折り畳まれた反物のようなものだと言われているんだよ。ただ延々と広がった空間、というのは所詮三次元での認識にすぎないというわけだ。
 三次元空間としては広大な宇宙だけれど、じつはそれ以上の次元という視点を加えてやれば、一枚のっぺり広がってる訳じゃなくって、複雑にちぢれて捻れているんだ」
「なるほど……」

氷雨が朝食を摂りつつ講義する。味噌汁が美味い、これは半月が作ってくれたものだろう。氷雨の顔がほころぶ。
ちなみに雰囲気を出すために白衣を着ようとしたのだが、大学に置いてきてしまっていたので、氷雨は仕方なくエプロン姿である。

講義を聴くのはネズミの騎士、仙人の弟子にして逆行者、日下部太朗。その眼差しは真剣だ。彼が請うて、稀代の天才物理学者直々の手ほどきをお願いしたのだ。自分の心に絡みつくもやもやを解消するために、そして次なるサイキックのステージに足を掛けるために。彼にはここで何かを掴めれば新しい道が拓けるというような、未来予知じみた奇妙な確信があった。

「そして、宇宙の所々は、高次元から見下ろせば非常に接近している部分と、そうではない部分がある」
「乱雑に畳んだ布や、くしゃくしゃに丸めた紙みたいなもんですかね。“宇宙の織物”とか“宇宙の布”というわけッスね」
「うん、そういうイメージでいいだろう」

星空を織り込んだ漆黒の反物。
それが幾重にも折り畳まれている。
そんなイメージ。

「じゃあ、たとえばアニメとかで宇宙をワープ出来たりとか、っていうのは、その折り畳まれて重なった部分を飛び移ってショートカットしているみたいな感じなんですか?」
「そういうことだね。まあ仮にワープができたとしたら、だけど。普通はいくら“宇宙の布”同士が近づいていても、飛び移ることは出来ないだろうから」
「通常は、あくまで布の上しか動けない。布の上から飛び出すことは出来ない……」
「そう」

氷雨が頷く。
(他の面々は彼らの講義を半ば聞き流しながら、邪魔にならないように黙々とそして粛々と朝御飯を食べている)

「じゃあ、ワームホールはどうなんですか?」
「おお、目の付け所がいいね。そう、ブラックホールの事象の地平面の中にあると言われるワームホールは空間を捻じ曲げて宇宙の別の場所と繋げていると言われている。そこならあるいは通れるかもしれない。
 それはさっきの“宇宙の織物”のイメージで言えば、重力が強いところ同士が引きよせ合ってついに繋がった、みたいなものだ。まるで布をマチ針で止めるみたいに、あるいはボタンで留めるみたいにね」

折り重ねられた布(宇宙)を貫くマチ針(ワームホール)。

「なるほど。……というか重力って“宇宙の織物”を捻じ曲げて貫くんですね」
「そう、それだよ、重要な部分は。“宇宙の織物”の壁を超えて、重力は影響する。
 そして“宇宙の織物”の襞や皺を保つのにも、それ相応のエネルギーが要るはずなんだ。その宇宙の形を保っている力の一つが、重力だ。重力の干渉によって、宇宙は皺くちゃになっている。
 ……そうだ、日下部くんは、“ダークエネルギー”というものを聞いたことがあるかい?」
「えっと、理論上は予言されているけれど、観測されていないエネルギー、でしたっけ?」

――ダークエネルギー。
宇宙開闢から続く宇宙の膨張を説明するための反発エネルギー。
負の重力とも言われる。
理論上宇宙に存在するはずのエネルギーのうち、観測できていない部分である。

しかしそのダークエネルギーが、“宇宙の織物”と、そして重力とどのような関係があるのだろうか。

「“宇宙の織物”の形を保つには、エネルギーが要ると言ったね? ダークエネルギーというのは、その“宇宙の織物”の間を結びつけている――蓄えられていると言い換えても良いな――そういう重力エネルギーなんじゃあないか、という仮説がある」
「え、でもダークエネルギーって“負の重力”――反発力なんですよね? それが重力とイコールだと、変な話じゃないですか?」
「いや、そうでもない。ダークエネルギーが宇宙の内側にあるならばそれは反発力じゃなきゃ話が合わないが、“宇宙の織物”の隙間や襞に――つまり宇宙の外に――あるのだとすれば、ダークエネルギーが反発力である必要はない。中から膨らませるか、外から引っ張るかの違いだが、力のベクトルは変わらない」

風船を考えて欲しい。
それに空気を入れて膨らませることも出来る――これは内側からの力、つまり反発力“負の重力”である。
だが、邪道ではあるが外側から風船の膜を引っ張ってやっても、風船を膨らませることが出来る。この外からの力というのが、氷雨が語る“外からの重力”――宇宙の隙間にある力だ。
内側にあると考えれば反発力だが、それが外側から引っ張ると考えれば、それは引力でも問題無いのだ。

「え、いや、でも、宇宙の外にある力なら、そもそも、宇宙の中に居る人間には観測できないんじゃ?」
「系が違うから、ということかい? よく勉強してるね、日下部くんは」
「あ、はい、恐縮です……」
「まあ実際、そこがネックなんだよな。私たちの宇宙の外――というのを考えると、そもそも“私たちの宇宙に含まれるはずのエネルギー”というダークエネルギーの計算の前提から狂ってくるからね。前提を変えた全く新しい理論を構築しないと……。でも仮に理論が出来て、宇宙の外から好き勝手にエネルギーが流入したり流出したりしてたとしても、観測できないんじゃ意味ないし」
「宇宙の外から、エネルギーが流入……」

一瞬考えこむ太朗。
次の瞬間、太朗に電流が走る――!
脳髄を駆け巡るイメージ、今まで澱のように沈殿していた消化不良の知識たちが、連鎖的にほどけて太朗の認識に溶けていく。世界が広がる快感が、太朗を襲う。



二十八次元に折り畳まれた宇宙。

宇宙の膜(ブレーン)に囲まれた、二十八次元重力立面。

その間を飛び交う震動する重力の超紐。

宇宙の七割を構成する、見えない力。

宇宙の外の力。

そしてそこに意思の力で穿たれる穴。

ブレーンを貫通する穴。呼び水。そんなイメージ。

穴から溢れ精神を通って発現する力。
宇宙を繋ぐ力。宇宙を壊す力。時空(三次元と時間軸)を磨り潰す、より上位の力。二十八次元に満ちるエネルギー。
圧倒的な、万能の、物理法則の外にあるように見える、そんな力。

つまりサイキックの根源は――――!!」


「急にぶつぶつと、どうしたんだ? 日下部くん。二十八次元重力立面? ――――ううん、何か閃きそうなフレーズだな」
「――――朝日奈氷雨先生! ありがとうございました! 申し訳ありませんが、急用を思い出したので、ここでお暇します」
「あ、ああ。そうだな、私もちょっと考えを纏めたくなったところだ。こちらこそ、いい刺激になったよ」
「はい、それでは失礼しまっす!」

行くぞ花子、待ってよ太朗くんありがとうございましたごちそうさまですお邪魔しました、なんてやり取りしつつ慌ただしく去っていく太朗と花子。

氷雨の方はそんな二人を見送るでもなく、なんだか考え込むような上の空のような感じで黙々とご飯を口に運んでいた。さみだれたちが話しかけても反応がない。



「……こういうとこ見ると、やっぱおねーちゃんは天才なんやなーって思うわ」
「一度考え出すと周りが見えなくなるとこあるよねー、氷雨さん」

さみだれの感想に、半月が相槌を打つ。仲良さ気である、まるで家族のように。

「ゆーくん、さっきのタローと氷雨ちゃんの話、分かった? 俺さっぱり」
「……ニュアンスくらいしか。多分、秋谷師匠からの知識を完全に自分のモノに出来れば、もっといろいろ分かるんだろうけどさ」
「すげーな、ゆーくん。俺は全然分かんなかったぜ。つーかさ、タローってあんな頭良かったっけ。昔からそれなりに勉強できたけどよ」
「日下部くんも宙野さんも、結構な進学校だったはず。成績も良いらしいよ」
「何気にスペック高えのな、タローもハナコちゃんも」

ちょっといつもとは変わった朝日奈家の食卓の時間は、それでもつつがなく過ぎていった。

「それより兄貴がかなり自然に朝日奈家に入り込んでる件について」
「姫と半月さんがまるで昔からの兄妹のようだ……」

お前ら二人も割とそうだぞ、と半月がそれを聞いていれば突っ込んだことだろう。


◆◇◆


それから数日。

遂に平穏な日常は終焉を迎える。
戦局は再び動き出す。


――“七ツ眼”が現れたのだ。


「つっても“三ツ眼”と“四ツ眼”が同時に現れてその後合体するんだけど」

太朗が高校の教室の窓から外を睨みつつ呟く。

改良してステルス性を上げた索敵海域『綿津神』によっていち早く敵の現在位置を察知した太朗。
いつも通りに掌握領域を介したサイコメトリーで、騎士たちに敵の情報を伝える。
敵が恐らく合体するだろうという予測(実際は“二回目”の経験である)も添えて。

十二体の泥人形も半分を撃破した。
ここから騎士の戦いは後半戦。
泥人形の知能も技量も耐久力も段違いになる。
それまでに太朗の新技取得の見通しができたのは幸いだ。氷雨先生さま様である。

「よし、そんじゃ行きますか」

花子に会いに。
授業をサボって。
場所は――屋上が良いだろうか。封鎖されてるが人払いの結界でも張って掌握領域踏んで登れば良いだろう。


え、現場に行かないのかって?
何のための広範囲索敵海域『綿津神』と遠隔攻撃用合成能力『菅家の梓弓』なのだか。
遠くからボコり倒すために十年掛けて考えられた能力だ、わざわざ前線に出たりはしない。
……前線職は沢山居るし、最近は花子との合わせ技の連弾も遠くからも細かな制御ができるようになったし。

新技?
ああうんアレは切り札の更に奥の伏せ札というわけだ、そんな簡単に手の内は晒せない。
想定している威力が出せれば、山くらい削れそうだけれども。故にむしろ軽々しく使えない。
というか実際、制御が甘くて上手く敵を誘導しないと味方を巻き添えにするからもっと熟練しないと危なっかしくてしょうが無いのだ。
だからよっぽどのことがない限りは、お披露目する羽目にはならない、はず。そう、そのはずだ。


――よっぽどのことがなければ。


◆◇◆


泥人形が現れたのは何でも無い日の昼下がりだった。平日の日中ゆえに騎士で戦闘に参加できる人数が少ない。
それでも泥人形が山の中にでも引きこもっていてくれれば、学生騎士たちの放課後に全員集結することも可能だっただろう。
しかし今回は遭遇戦、気づいたら泥人形は騎士の直ぐ側に居た。まるでそこで生まれたか、転送されてきたかのように……。

泥人形側が騎士を各個撃破して潰そうとしているのは完全に明らかだった。

他の騎士が増援に来るまでは、狙われた騎士は独りで逃げ切らなくてはいけない。
まあ、既に他の騎士たちにも太朗の『綿津神』でリアルタイムに泥人形の場所は中継されているから、程なく助けは来るだろうが……。
それでも危険には違いない。泥人形に一人で対抗できるのは、騎士の中でも東雲半月くらいのものだろう。他の騎士では常に生命の危険がつきまとう。
本当に太朗の探索能力があって良かった。近代戦でのオペレーター(オペ子)の存在は必須なのだ。

そして狙われた騎士は――
ヘビの騎士・白道八宵と、そしてウマの騎士・南雲宗一郎だった。


◆◇◆


「やーこ、やーこ! 何処まで逃げるの!?」
「取り敢えず、人の居ないところまでよ!」

街中を走って逃げる白道。ロングスカートが絡みついて走りづらい。
首に巻き付くヘビの従者・シア=ムーンがわたわたと問いかけるのに、白道は汗を振り払いながら言い切った。
そして彼女は虚空に問いかける。

「日下部くん!」
『はい、把握してます』

薄く展開されている『綿津神』を通じて、管制官(オペレーター)である太朗へと。
打てば響くように思念の波が返る。

『白道さん、河川敷まで、人気の少ない道を誘導します。次の次の角を左です、あと40メートル』
「はあっ、はあっ、分かったわ。他の騎士は?」
『今、雨宮さんに向かってもらってます、雨宮さんは文字通り飛んで行ってるのでこのペースだと河川敷で合流できるかと。こっちも花子と合流できたので、今からでも遠距離攻撃で援護可能です』
「早速お願い!」
『了解ッス、『菅家の梓弓』弱装連弾、三秒後に着弾します。3、2、弾着、今――』

直後、追ってきていた“四ツ眼”の脚力強化型で腕の小さい泥人形へと、シャワーのように掌握領域の弾幕が降り注ぐ。
思わずその様子を確認しようと振り向き掛けた白道に、太朗が注意を促す。

『振り返ってる暇はありません、河川敷へお願いします』
「っ、分かったわ」
『敵はかなり堅いですね、でもあと三十秒は足止め出来ます。泥人形の足も速いので本格的な援護狙撃は、そっちで動きを止めて貰えないと難しそうッス。南雲さんの方の援護もありますし』
「そう……。でも充分よ」

というか南雲さんの方も援護してるのか。
マルチタスク? まあ仙人の弟子だし、そのくらいは余裕、なのか?
ちなみに弱装弾ではない本気の『菅家の梓弓』は、周囲に散らした『綿津神』の掌握領域を巻き込んで喰い潰して猛進する弾丸がメインである。つまり本気発動すると一時的に『綿津神』が消滅して管制網が麻痺してしまう。現状の二正面作戦でそれは致命的なので、弱装弾による足止めが限界となっている。そのように言い訳じみた思念の情報が飛んできた。

『こいつらは合体してからが本番だと思うんで、ある程度ダメージ与えたら、泥人形同士で合流しようとするんじゃないかと思います。多分』
「合体……?(何その浪漫) じゃあ、何とか退けられるように頑張るわ……っ」
『すみません、お願いします。あ、雨宮さんは、もうすぐ河川敷に着きます』
「私ももうすぐ、はぁっ、着くわ」
『こっちで息を整えられるくらいの時間は稼ぎます。雨宮さんと協力して撃退して下さい。援護狙撃する時は事前に連絡します』
「了ー解っ!」

白道の背後で打撃音と破裂音が連続する。
硬いなあ、という太朗の微かなボヤキの思念が『綿津神』を伝う。
その間にも白道は走り続け、遂に視界が開ける。河に着いたのだ。

「白道さん!」
「雨宮くん!」

そこには先に着いていた夕日が居た。
荒い息を吐いて屈み込む白道をかばうように、夕日は前に出る。まるでヒーローみたいに。

「ごめん、すぐ、いき、ととのえるから……」
「いえ、ゆっくりどうぞ、あと一分は平気でしょうから。それに敵が来る時は日下部くんから連絡があるはずですし」
「そう、ね……すぅーーー、はぁーーーー――」

深く呼吸をして、白道は息を整える。
その辺りは剣術を学んでいるからだろうか、白道は直ぐにコンディションを立て直した。
そこに太朗からの連絡(念話)が入る。念話特有の脳がざわつく感覚。夕日と白道は掌握領域を展開し、身構える。

「白道さん」
「ええ、分かってるわ、雨宮くん」

直後。
太郎からの念話が脳に響く。


『――――あの



 すみません、逃げられました……』

「え?」
「はあ?」

済まなさそうな感じの太朗の思念が小波のように空間を渡った。

「ええ? 逃げちゃったの? あの泥人形?」
『そうッス。ダメージが蓄積したら、尻尾を巻いてものすごい勢いで跳躍して逃げられました。すみません』
「いや、それは良いよ。それで泥人形の行方は? 南雲さんの方に向かったなら、ぼくらも直ぐに向かわないと」
『それが行方は追えていません。途中で、まるで急に消えたみたいに、反応が無くなってしまって……。あと、南雲さんの方の泥人形も、撤退して行きました』
「……え? じゃあ、戦闘終わり?」
『はい、多分。泥人形もダメージが回復するまで出てこないと思いますし。……お疲れ様でした』

街を覆うように展開していた『綿津神』が消えて、念話が途切れる。
夕日と白道は、はぁ~~~と長い溜息をついて座り込んだ。

「まあ、何事も無くて良かったわ……」
「そうですね……」

しかし手応えがないのが、かえって不気味だった。


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話が進んでいない……。

今回の宇宙論というか似非SFは、どっかで読んだ超ひも理論とかを曖昧に混ぜあわせてます。説得力があればいいなあ、この辺もあとでいろいろ書き直すかも。すごいパワーでパワーアップしたぜ、にしといても良かったかも。ただ、二十八次元重力立面理論(アニムスが子供の頃読んでた奴)の発見フラグを氷雨さんに立てたかっただけとも言う。

水上悟志先生の短編集第三弾「宇宙大帝ギンガサンダーの冒険」と「新装版・エンジェルお悩み相談所」が今月末発売ー。買わねば!

2012.05.21 初投稿
2012.05.22 誤字修正など
2012.05.23 誤字修正など



[31004] 18.魔法使い(アニムス)登場
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f
Date: 2012/05/28 18:26
“七ツ眼”は時折街中に現れては、適当なダメージを貰って撤退する、というのを繰り返していた。
そんなこんなで半ばルーチンのような作業をこなす内に、季節は移り変わって、もう六月半ばである。
一体の泥人形相手には初めての長丁場である。

「なんか、よく分からん相手やなあ」

さみだれが首をひねる。

「何度か姫の拳で砕かれましたけど、直ぐ何日かして復活しましたしね」

夕日が応じる。

最初こそ急襲する相手に肝を冷やしたが……。
太朗の能力による広域監視と、それと合わさった花子の能力による弾幕と狙撃、さらに騎士たちの居場所の把握と適切な指示などによる迎撃態勢の整備、二人以上の騎士による合成領域の訓練などなどで、迎え撃つ騎士たちの安定性も上がってきている。
もはや恐れるには足りない。

「ゆーくんも、だいぶ秋谷さんの技量が身に付いてきたみたいやん? 白道さんとの連携も上手くなっとるし」
「ええ、かなり練習しましたからね。三日月相手の勝率も、だいぶ押し戻してきてます。日下部くんに手伝ってもらった瞑想の成果も出てるみたいです」

強くなっているという確かな実感が、夕日にはある。
夕日に受け継がれた秋谷の経験が、日々彼の実力を引き上げている。
強くなっても強くなっても、まだまだ底も果ても見えない。無限に成長できるような、そんな全能感すらある。

――――これならいつの日か姫に誓ったこと……『魔法使いとの決戦後に立ちはだかる騎士全てを打倒する』、ということも実現できる。

「他のみんなも、強うなってきとる。……だけど、なんか今回の泥人形を倒し切ることができひん」
「そうなんですよね、泥人形もテレポートでもしてるみたいに追跡途中で唐突に消えますし、攻めっ気もまるでない……。時間稼ぎなんですかね」
「なんか偵察ちゅーか、観光? ただぶらぶら歩いてるだけ、みたいな」

それを聞いて、夕日は考える。考えるのは参謀である夕日の役目だ。

「時間稼ぎなんかして、どうするつもりだ?」

次の泥人形について準備している?
あるいは離反工作が進行中?
魔法使いは、何を考えている?

(というか――)

魔法使いは、何処に居る(・・・・・)?

(改めて考えてみると、この戦いについて分かってない事が多いな……)

今少しの余裕ができて振り返ってみれば、訳のわからない内に戦いに巻き込まれて、訳のわからない内に戦い抜いてきたのだが、わからないことはわからないままであると気付く。
今まではそれでも別に疑問には思わなかった。そういうものだと思っていたし、心酔する主君に着いて行くだけで良いと思っていた。
だがそれだけではダメなのだ。心酔する主君のためだからこそ、思考停止をしてはいけない。考えることこそが、夕日に出来る最大の貢献なのだから。

故に夕日は思考する。
秋谷の遺産である厖大な経験値は、夕日に蟻の視野も鳥の視野も、そして老人の視点も与えていた。
それを以って、若者の熱意で夕日は考える。

魔法使いは何者か。
何故地球を壊したがるのか。
何故地球の未来がゲームの形で左右されるのか。

……。

(幾らなんでも情報が足りなさすぎる)

そういう根源的な情報については一切不明。
推察のしようもない。


まあそれよりも、“七ツ眼”の倒し方について考えるべきだろう。

「日下部くんは、あの二体は合体するだろうって予測してましたね」
「せやなー。あたしもそう思うわ。だってアイツら単体やと弱すぎるし」
「まあ少なくとも“六ツ眼”よりは強くなってなきゃおかしいですよね。順番的に」
「眼の数も、片方が三つで、もう片方が四つ――足したら“七ツ眼”」
「つまり、まだ“七ツ眼”は本気じゃない、と」
「多分なー」

ならば戦略は決まっている。

「合体する前に倒す。それしかないでしょう」
「騎士団相手に余裕ぶっこいとるなら、そのまま磨り潰したらんとな」
「ええ、油断するほうが悪いんですよ。思い知らせてやりましょう」

実力を隠しているなら、発揮させずに倒す。
当然である。
それが雨宮夕日の戦い方だ。

「問題はどうやって倒すかっちゅーことやけど……」
「あの二体で合わせて“七ツ眼”だということなら、片方でも残すと復活するんじゃないかと」
「それなら、同時に両方倒しゃええっちゅうわけやな!」
「そうなります」

体力ゲージが二本あるから、それを同時にゼロにしてやらないといけない。

「うーん、片方はあたしがやるとして……でもあたしが片っぽ倒した後やと、もう片方は逃げてまうもんなー」
「もう一方は騎士たちで共同して当たるしかありませんね。これまでは撃退を主眼において戦っていましたが、今後はある程度引きつけてから殲滅する方が良いでしょう」
「……まあ、逆に上手く二匹を合流させて、あたしのパンチで一辺にぶっ潰すってのも良いと思うけどな。そっちの方が手っ取り早そうや」

とはいえやはり二体を合流させるのはリスクが大きいように思う。
第二形態の上に合体である。
とんでもなく強くなる可能性もある。
それでもさみだれなら生き残れるだろうけれど。……しかし騎士たちはどうだろうか? リスクが高いように思える。

「次の出現が予測出来れば、作戦の見通しも立つんですけどねぇ」

待つしか出来ない身は辛い。

「待ってダメなら、じゃあ、釣り出してみましょうか」
「それでもダメなら?」
「危険ですが、泳がせて合体させてみるしか無いと思います」
「ほな、それで行こか」


◆◇◆


“七ツ眼”の出現は正に気ままとしか言いようが無い。
ただ散歩してるだけというか、そんなやる気の無さも最近は伺える。
かといって放っておくことは出来ない、騎士が一人の時に不意打ちされれば、その騎士は死ぬこともあるだろう。

「あ~~~~っ!! もう、何だってんだよ!!」

広域監視能力と管制能力の持ち主であり、ある意味騎士団の生命線になっている太朗は、とても参っていた。

何の規則性もなく街の端と端に出てくる二体の泥人形。
一刻も気を休めることが出来ないし、『綿津神』の限界展開と『梓弓』による遠距離支援は結構神経を削る。
体力だって勿論削られる。他の騎士との連携訓練だって欠かすことは出来ない(ちなみに今の目標は、太陽の回復能力を『綿津神』と合成しての遠隔回復だ)。

その上、日中に泥人形が出現するため、授業をサボらねばならず、花子と二人して平常点がマズイことになりつつある。
ついでに「あいつら授業サボってまで屋上でいちゃつくとかけしからん、ギャルゲか」というクラスメイトの白い目にも晒されている。
授業聞いてない分を追いつかなくてはならないので家で自学自習する時間が増える。

ということはつまり。

「料理する暇が無えぇ~~~~~!! 料理させろーーーー!!」

そんなわけで太朗はストレスが溜まっているのだった。
実際何日か前も、夕飯時に泥人形が現れて、料理を中断したこともあった。
太朗の頭の上で、従者のランス(ネズミ)が突っ込む。

「いやいや太朗、昨日も夕飯作ってたじゃん」
「あんなん手抜きだ!」
「断言っ!? でも美味かったって花子言ってたぞ」
「ああ、まあ花子の笑顔があるから今でも持ってるようなもんだよ、ほんと。回復薬だな、マジ癒される」
「はい惚気入りましたー」
「そぉれぇはーそれとして、もっとじっくり腰を据えて新しい料理にチャレンジしたりとか、マイ庖丁を手入れしたりとか、したいわけよ!」
「えー! 今大事な戦い中なんだから少しぐらい我慢しろよ! 地球の未来かかってるんだぞ!」
「こっちだって俺の未来がかかってんだよ! 戦いが終わって料理の腕が錆び付いてました、じゃあいけねーんだよ!」
「……うん、戦いの後のことも見据えてるのは、凄いと思うぜ」
「戦いが終わってそこで『おわり』『劇終』『Ende』『The End』じゃねーんだ! 人生は続いていくの! 延々と!」
「かと言って、目の前の致死イベントをクリアしないと、その未来も手に入らないだろ?」
「分かってるよー、そんなの分かってるよー。でも別に愚痴るくらい良いじゃんかよー」

るーるーるー、と涙を流す太朗。ランスはため息つきつつ、前足で太朗の頭をてしてしと叩いて慰める。

「……あれ、でも今日は何かいろいろやってたよな?」
「…………ああ、時間が中々取れないなら、逆に時間が掛かる奴をやろうと思って。多少放置しても問題ない系をさ」
「何やってたんだ?」
「ハムを漬け込んでた。いや、ベーコン?」
「ハム?」
「そう、結構でっかいを肉塊漬けたから、あと五日くらいは冷蔵庫の中だな」

そういえば何だか庭でハーブを育ててたなー、などとランスは回想する。
料理が趣味で、庭で山椒や生姜やパセリやなんかを「新鮮な方が良いんだよ」と言いながら育てる男子高校生。希少種だろう。
今回のハムの漬け込み液にも、それらのハーブがフル活用されているのだそうだ。ある意味筋金入りである。
……ちなみに男の努力の方向が明後日に行くのは、よ く あ る こ と である。世の女性の皆様は、手綱取りを忘れないように。



夕日から、“七ツ眼”の誘引撃滅作戦が騎士たちに提案されるのは、それから暫くしてである。

ストレスから集中力やら何やらの限界が迫っていた太朗は、一も二もなく作戦に同意した。


◆◇◆


“七ツ眼”誘引撃滅作戦の要旨は単純である。

二つの戦場のそれぞれに戦力を集め、ほぼ同時に撃破する。
両戦場の準備が整うまで、泥人形をのらりくらりとその場に拘束し続けるのが、作戦の肝だ。

街をパトロールする役(というか正確には囮役)の騎士は、基本的に二人一組以上のチームで見回ることになる。
その上で泥人形が出現すれば、適当な場所に誘引して、適当に気を引きつつ攻撃を貰わないように時間稼ぎ。
あとは姫がどちらかの戦場に到着した時点で、反転攻勢。
太朗と花子の遠距離弾幕『梓弓』で泥人形を足止めしている間に、姫の一撃で粉砕・あるいは騎士たちの合成領域で削り殺すという手筈だ。

チームは二つ。
騎士たちの中でも時間に融通が利くものが選ばれている。

一つは東雲兄弟、半月と三日月のコンビだ。三日月の暴走を防ぐために半月が抜擢された。兄弟だけあってその連携はまるで以心伝心。攻撃力の面でも、姫に匹敵するチームである。安定感と生存能力はピカイチであろう。

もうひとつのチームは、白道・南雲・夕日の三人。彼らはここ最近の連携訓練によって、瞬時に三つの領域を重ね合わせることが出来るまで上達している。各人が人並み以上の回避能力、攻撃力を持っているため、滅多なことでは崩されないだろう。

他の騎士たちは職場や学校に通常通りに通うことになっている。泥人形が出現した場合には、なんとか抜け出して近くの戦場に加勢する予定である。
待機組の中でも索敵手、管制官、狙撃手、支援火力を担う太朗と花子のコンビは、常に二人で居るように、四六時中べったりと離れないようにと厳命されている。
太朗の能力による広域支援は、作戦の要というか作戦の前提条件であるからだ。



だが、誘引撃滅作戦は、なかなか綺麗に型に嵌まらなかった。

ネックになったのは、相手のタフさと、“四ツ眼”の脚力特化型の逃げ足の速さである。

例えば“四ツ眼”と東雲兄弟が対峙した時のことであった。
半月の方天戟によって半ば以上も身体を削られながら、それでもなお“四ツ眼”は跳躍してビルの高さまで飛び上がり、逃げたのだ。
その後、その時の反省を生かして東雲兄弟は半月の“方天戟”と三日月の“封天陣”を組み合わせた連携技を開発するのだが……。

腕力特化型らしき“三ツ眼”はまだ良い。
姫が砕いたり、半月が削りきったり、夕日たちがコンビネーションでダメージを与えてバラバラに粉砕したことも何度かある。
動きが鈍いので攻撃は当たる。

だが毎回毎回、あと一歩というところで、もう片方の戦場で、脚力特化型の“四ツ眼”の方に囲みを破られて逃げられてしまう。
瞬時に自動車以上に加速する“四ツ眼”が、牙が並んだ大口を開いて突進してきたら、なかなか止められないのだった。いくら武術の技に優れようと、単純に全身で突っ込んでくる相手には、半月や三日月や夕日であっても、いささか以上に分が悪い。
しかも泥人形も経験値を積んでいるのか、徐々に騎士たちの攻撃に対応してきているようにも感じる。まあ騎士団も戦闘には慣れてきているのだが。

そしてさらに奴らは逃げる途中でテレポートでもするのか、太朗の索敵能力でも途中で失認してしまうのだ。
時にはあからさまに、夕日たち前線組の騎士の目の前で、泥人形が消滅――テレポートしたこともあった。

「敵がテレポートでガン逃げって、萎えるわぁー」

というのは、三日月の弁である。

そんなこんなしてるうちに、地味に太朗たちの疲労は徐々に蓄積していっていた。
あるいは魔法使いの狙いは騎士の疲弊なのかもしれない。
常在戦場というのは、存外に神経を削るものなのだ。


そんな風に何度か泥人形を取り逃がしたある日、やはり作戦を切り替えることになった。

「このままじゃ、埒があかないし、危険だけれど相手を合体させる方向に持って行こうと思う」
「……了解ッス。じゃあ、俺と花子は、二体の泥人形が合体するように誘導すれば良いッスね?」
「ああ、頼む。誘導場所は、いつもの山の中へとお願いするよ」
「はい、落とし穴とか掘ってあるとこッスね、分かりました」
「出来れば、次で決着をつけたいな」
「……そうッスね、こうもだらだら現れられちゃ、消耗がきついッスもん。案外、魔法使いの狙いは騎士の消耗だったのかも知れませんね」
「かも知れない。あるいは威力偵察か……。だが、その間にボクたちの連携技なんかも上達したし、悪いことばかりじゃない。……目の前に脅威があるのと無いのとじゃあ、訓練の身に着き方もまた違うからね」
「じゃあ、次はうまく誘導してみるッス」
「追い込み漁だな」


そして獲物は狩場に追い立てられる。


いつも通りに街の端と端に現れた二体一組の泥人形。
近くには、囮役の騎士が居た。正確には、街を徘徊中の騎士の近くに、泥人形が転送されてきたのだろうけれど。
“四ツ眼”の脚力特化型の方には、雨宮夕日。“三ツ眼”の腕力強化型の方には東雲半月。ほぼベストの割り振りだ。これが逆だと少し面倒だった……まあ大差ないが。

「ついて来い」/「んじゃ、転がしながら行きますかねー」

雨宮は一当てした後、掌握領域を踏んで空中を走って逃げる。“四ツ眼”もビルや屋根を踏んで飛んで追い縋る。ルートから外れそうになれば、太朗と花子の『梓弓』の弾丸が“四ツ眼”を叩き落として修正する。
半月は殴りかかってくる“三ツ眼”の指を取って投げ、先端をナマクラにした『方天戟』で突き飛ばして転がす。太朗の『綿津神』を介した指示で、街を悠然と往く。

ある程度二匹の泥人形を近づけてやってからは、楽なものだった。
それぞれの泥人形は夕日と半月をそっちのけで、お互いに合流するために動き出したのだ。

「まだだ、お前たちの合流場所はこっちで決めてある」/「おいおい、つれねえなあ、まだまだ俺の相手はしてもらうぜ」

しかし夕日と半月はそれぞれを巧みに妨害し、決戦の場である山へと導く。
急激に成長している仙人の後継者・夕日と、天才武道家の風神・半月。
騎士団の双璧である(三日月的には異論がある)。




誘導先の山の決戦場。
騎士たちは、囮組を除いて勢揃いしていた。
その囮組も、間もなく泥人形とともに合流するだろう。

「来ます」

花子と手をつないで目を瞑っていた太朗が告げる。
索敵海域『綿津神』による拡大感覚によって、敵の接近を察知したのだ。
まあそれまでリアルタイムで夕日と半月の二人をナビゲートしつつの火砲支援しつつの、だったので動向を知っているのは当然であるが。


その直後、空から“四ツ眼”が轟と風を鳴らして降ってきて、木陰からはのっそりと“三ツ眼”が現れた。

「じゃあ皆さん、手筈通りに」

そして、二匹は向かい合い――騎士団を無視して、お互いに喰い合った!

「うげ……」
「共喰いで合体とか、趣味悪ー」

大口開いて“三ツ眼”を食う“四ツ眼”。
ぼこぼこと沸騰するように変容する泥人形の身体。それは体積を増して変容していく。
悍ましい光景だ。

「だけどチャンスです」
「合体中は攻撃しないというお約束なんて、知りません」

――『最強の矛』

昴と雪待が掌同士を合わせ、合成領域『最強の矛』を作り出す。

「うん、なんか行けそうな気がするね……。初お披露目になるけど、みんなびっくりしてくれるかな?」

ふくよかな風巻が、地面に手をつき、掌握領域を展開する。
彼が“騎士の願い”で願ったのは、掌握領域の特殊強化。
目には目を、歯には歯を、すなわち――泥人形には泥人形を。

「創造領域『地母神(キュベレイ)』!!」

泥から創造されるのは、“一ツ眼”の泥人形。四つの爪のついたミキサーじみた頭を持った、腕なしの小さな怪獣。
泥人形を創る能力!
それがネコの騎士・風巻豹の能力。

「泥人形を、自分で……!?」
「ひゅ~! かっけぇなあ、豹ちゃん! 名前決まってんの?」
「そうだね、名前は……ゾンタークだよ。……行け、ゾンターク!」

驚く白道と、感嘆する三日月。
風巻の号令で突進する一ツ眼のゾンターク。

「感心してる暇はないですよ、皆さん」
「今のうちッス! 南雲さん、号令を!」
「今だ、総員攻撃をかけろ!」

花子と太朗も手を繋ぎ、未だに蠢いて変形する泥人形へと領域を集中させる。

騎士団の総攻撃だ。
掌握領域が殺到する。
『梓弓』の弾幕が動きを止め、『最強の矛』が突き刺さり、ゾンタークが背後から挟み撃ちにして逃げ場を無くし、全員の領域が集中して破壊をもたらす。

未だに沸騰するように変形している“七ツ眼”には、防ぐ手立てがないように見えた。
為す術もなく削られるかと、そう思われた。

『GIAAAAAAAAAA!!』

だが身体をダメージで崩壊させながらも、ついに“七ツ眼”は合体変形を完了し、咆哮を上げた。

牙が並んで凶悪な顔、大木のような腕、それよりも太い脚、強靭な尾。
振り回される腕に、風巻のゾンタークが吹き飛ばされる。

「ゾンターク!」
「一撃で!?」

その苦し紛れの一撃で、ゾンタークの上半分は吹き飛ばされてしまった。
四メートル近い巨大な竜人のごとき威容は、罅だらけであっても顕在だ。
今までの泥人形とは、硬さもパワーも違う。

「これが、“七ツ眼”の完全体……!」
「俺と花子は『梓弓』で足止めするッス!」
「日下部たちの足止めの間に、残りの者は第二波を!」

相手はもう既に満身創痍。
ここが勝負どころだ。
南雲の号令で騎士団は再び掌握領域を集中させる。

騎士たちの雄叫びが木々の間にこだまする。




そして遂に、“七ツ眼”が崩れ去るときが来る。
“七ツ眼”の上半身と下半身が分かたれ、ゆっくりと上半身が倒れる。

――やった、

安堵が騎士団の間に流れたその瞬間だった。



――――“ゾグン”と足元から(・・・・)殺気の刃が生えたような幻覚。
もはや慣れ親しんだ、泥人形出現の前兆。

「やばっ!?」
「総員退避ッ!!」

だがその殺気は、ケタ違いだった。
巨大な斧で下から真っ二つにされたのかと皆が錯覚した。

それ故に、初動が遅れてしまう。

「下から、なんか来るッス!」
「動ける者は、他の騎士を抱えて下がれ!」

動けたのは、南雲、三日月、太朗と花子だ。
一瞬で南雲は風巻を、三日月は昴と雪待を、太朗は太陽を、花子は白道を、それぞれ腕であるいは掌握領域で抱えて下がる。

そして次の刹那、“それ”は下から姿を現した。


まるでシャチが水面の海鳥を喰らうように、地面の下から、牙が並んだ土色の巨大な顎が現れ――“七ツ眼”の上半身を飲み込んだ。

「泥人形! 新手か」
「ハッ! 連戦か、望むところだ! 暴れ足んねえと思ってたところだぜ!」

現れたのは、狼と鰐を混ぜたような造形の泥人形。
その四足は虎や狼のように強靭で、大きく裂けた口は鰐のようで、そしてその尾は剣を束ねたように恐ろしい。
顔にある眼玉の数は――二列四対の合計八つ、

「やはり――“八ツ眼”か!!」

そう、“八ツ眼”の泥人形だ。
“七ツ眼”がだらだらと時間を稼いだいた理由、それがこれだったのだ。
魔法使いは“八ツ眼”を作るために時間稼ぎをしていたのだ。


そこで騎士たちは、ハッと思い当たる。

――『“八ツ眼”は、何を食べた?』

「ま、さか――」
「攻撃だ、もう一度、攻撃を――」

戦慄して再び攻撃をしようとする騎士たち。
だが、吹き飛ばされたばかりで体勢は整っていない。
その上、“八ツ眼”は剣尾を振り回して騎士たちを牽制する。


“七ツ眼”は、“三ツ眼”と“四ツ眼”が喰らいあって合体した。
そして“八ツ眼”は、つい先程“七ツ眼”の上半身を喰らった。
ならば――――

『GOOOOOOOOOO!!』

天に叫びながら、“八ツ眼”の上半身が変貌する。
顎は更に大きくなり、胴は伸びて、さらに巨大な二本の腕が生える。
巨人の腕を持った六本足の歪な恐竜。後ろ四つの足で体を支え、背を反らして前二本の腕を広げて雄叫びを上げる。
さらにその額と、それぞれの六本足の付け根に、新しい眼が開く。

「眼の数は――十五、だと」

元からあった眼が八つ、新しく開いたのが7つ――合計して十五の眼を持つ泥人形が、そこに居た。


大きく口を開いて咆哮を上げる泥人形。
騎士たちは、まるで金縛りにあったかのように動けない。


不意に咆哮が止む。

「なんだ、何か、出て……?」

そして、泥人形の口の中から、人影が現れた。
まるで魔王のように、それは現れた。
彼こそ戦いの元凶、倒すべきラスボス。その名を――

――魔法使い、アニムス。


◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 18.魔法使い(アニムス)登場


◆◇◆


「門役ご苦労、ヘカトンバイオン。そしてこれからよろしくメタゲイトニオン」

唖然とする騎士たちを尻目に、魔法使いは自分の泥人形を撫でる。


そこに、遅れていた夕日と半月、そしてさみだれが到着。

「何だ、これが“七ツ眼”か? 強そうだな!」
「それにしては眼の数が多いような。あと、そばに浮いてるのは……人?」
「……あいつ――あれがアニムスや!!」

アニムスを確認すると、即座にさみだれが飛び出す。
それにつられて、騎士団の双璧も駆ける。

「東雲さん、あれ行きましょう」
「お、合体技だな」
「はい、狙いは足から胴で」
「おっけー!」

半月と夕日は、暴風のような元“八ツ眼”メタゲイトニオンの乱打をくぐり抜けると、脚の一本に肉薄する。

「行くぞ!」
「はい!」

「ダブルッ」「方天戟!」

二人の掌握領域が重ね合わせられ、必殺の二乗の回転撃がメタゲイトニオンの足を抉り、さらに伸びて胴に突き刺さる。

「何!」
「くっ、硬いっ」

今までの泥人形なら一撃で余裕をもって葬れたであろうダブル方天戟は、しかしメタゲイトニオンに致命打を与えるに至らない。
脚の半分を抉り、胴体に穴を開けただけで止まってしまう。


「アニムス!」
「君が今回のプリンセスか」
「覚悟ォ! らああああッ!!」

そして魔法使いを直接狙ったさみだれであるが、その拳は魔法使いには届かなかった。

「ちっ」
「ざーんねん。ありがとう、メタゲイトニオン」

メタゲイトニオンの剣尾が素早く振られて、さみだれの拳を受け止めたのだ。
尾は剣の鱗を砕かれながらも、しかし原型をとどめていた。
泥人形が初めて、さみだれの攻撃を受け止めたのだ。さみだれは自慢の拳の威力不足に眉をひそめる。


アニムスがさっと手を挙げると、瞬時にさみだれと、半月、夕日の三人がその場から消え、直後、他の騎士たちの近くに虚空から現れる。
魔法使いによってテレポートさせられたのだ。

「時間あげるから、少し休みなよ。――じゃないと、次で全滅だよ?」

そう言って、魔法使いはメタゲイトニオンを何処かに転送し、宙を“歩いて”去っていった。

騎士団はそれを見送ることしか出来なかった。


暗雲が垂れこめ、雨が静かに降りだした。
雨が一切の音と体温を奪う。


=====================


合体前の七ツ眼は、多分同時に粉砕しないと倒しきれない。エヴァでもそんな使徒いたよね。故意に合流させない限りはほぼ千日手に陥る仕様と思われ。

十五ツ眼(仮)の名前はもうメタゲイトニオンのままで。あるいはメタゲイトニオン改、か。
泥人形の共喰い合体は、私は単純ステータス加算の効果だと思ってます。
なので眼は十五あるけど、実際はそこまで強くないです(喰ったのは七ツ眼の半分だけですし)。マイマクテリオンよりは弱い、んじゃないかなー。

2012.05.28 初投稿



[31004] 19.夏、そして合宿へ
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f
Date: 2014/01/26 21:06
 魔法使い(アニムス)が現れてから、騎士たちの一部は自主的にパトロールを始めた。
 アニムスを見つけて成敗するためだ。

「師匠の仇! 絶対に見つけてぶっ飛ばす! じゃあ今日も行くわよ、リー!」
「もちろんだ! ぶちかましてやろうぜ、スバル!」

 気炎を上げるニワトリの騎士ペア。

「……魔法使いを見つけても、先走らないように見張っててもらえるか、月代」
「はい、南雲さん。でも私も、約束はできませんよ。復讐心は、抑えられないと思います」
「それもそうか。……じゃあロン、頼むぞ」
「ほいほい。わかっておるぞい」

 年長者である南雲は、暴走しないようにと昴のペアである雪待に頼む。
 短気でイケイケのリー(ニワトリ)に比べて、ゆったりおっとり年の功なロン(カメ)の方がストッパーとしては頼りになるだろう。
 ……それでも、この少女たちは時折無性に男らしい一面を見せたりするので、心配ではあるのだが。

(戦士としては好ましいが……)

 意気軒昂なのは良いが、先走らないように大人たちが気を配る必要があるだろう。
 だが選ばれた戦士である以上、地球をビスケットハンマーから守るために命をかけるのは当然だ。戦場に立つな、とは決して言えない。
 それでも南雲は、戦場では極力子供たちを守ろう、と決意している。何故なら彼らには未来があるのだ。それを守るのが、あのカジキマグロの騎士であった仙人、秋谷の遺志を継ぐことにもなる。

 それに南雲は元は刑事であったこともあり、人々を守ることに対しては並々ならぬモチベーションがある。
 その熱意が、かえって警察組織の中で生きるのに邪魔になったこともあった。そしてまあ、指輪の騎士の力に目覚めてから、色々あって南雲は仕事を辞めた。
 おかげで今は無職である。……いや、毎日パトロールしているから、職業:正義の味方と言えないこともないかもしれない。

「そういえば、半月はそんな名刺を持っていたな」

 正義の味方、スーパーヒーロー 東雲半月。
 本人はジョーク名刺だと言っていたが、なかなか案外当たっているだろう。
 自分も作っても良いかもしれない、と考えたが、戦いの最中であるのにそんなものを作るのもどうかと気が咎める。
 ヒーローを目指すよりも、泥に塗れても多くの人を守るのが、南雲の目指すところであった。

「昔はヒーローに憧れたものだが。まさか本当に悪の魔法使いと戦うことになるとはな」

 昔の特撮ヒーロー「インコマン」の敵役の中の人(スーツアクター)をやったこともある。
 懐かしい思い出だ。アフリカ拳法のヒポポタマス男。
 あの時は本気でやって、インコマンの中の人をK.O.してしてしまった。勿論リテイクだ。

 雪待が聞きなれない単語に首を傾げる。

「インコマン? ですか?」
「古い特撮作品だ。良い作品だから見ると良い」
「へえ、そうなんですか。そう言えば、三日月さんが雨宮さんに昔の特撮のDVDを貸してたみたいですね。それかも知れません」
「ほう、いい趣味をしてるな、三日月も。あるいは半月の趣味か」

 インコ頭のムキムキのヒーローが描かれたDVDだったというから確定だろう。
 やはり名作は色褪せないものなのだ。
 そんな風にうむうむと南雲が感慨深く頷いていると、

「さ、パトロール行くよ! ユキ!」
「あ、うん、分かった! じゃあ、行ってきます、南雲さん」
「行ってきます、南雲さん! 魔法使い見つけたら連絡します!」
「ああ、気をつけてな。決して無理はするなよ」

 女子中学生コンビが、騎士団の訓練に使っている廃墟から飛び出すように駆けていった。
 この廃墟は、あの結成式をした場所であり、訓練場でもあるのだ。騎士団は時間があるときにここで訓練をしている。
 騎士団の中でも風巻などは、大学の仕事があるのでなかなか顔を出せないが、その代わりにイイものを置いていってくれている。

「うひゃひゃっひゃはひゃひゃ!! とりゃあーー!!」

 三日月の笑い声が、周辺の森から響く。
 同時に何か重量物がぶつかるような、ドンドンという音も。
 恐らくは三日月の掌握領域『封天陣』で木の間を飛び回って戦っているのだろう。

「おー、三日月さんすげえっすね、やっぱ」
「まあそこは同意する、すごい奴だよ、本当。しかし、よくもまあ楽しそうに……、やはり戦闘狂だな」

 その戦闘音を聞きながら、太朗と雨宮が木陰で涼みつつも、三日月の戦いについてあれこれ言っている。

 そうこうしていると、三日月が追いかけていた重量物、それが吹き飛ばされて、空き地の周囲のフェンスを突き破って入ってくる。

 ごろごろと転がるそれは、土色をした首無し巨大猿といった形の異形であった。両肩あたりに二つの目玉がある。
 風巻の掌握領域『地母神(キュベレイ)』によって作られた、二体目の泥人形だ。名前はモンターク、月曜日という意味だ。
 その首無し巨猿の太くて長い尾の先は刃物のように鋭く、それに当ってはただでは済まないことは、誰が見ても明らかだ。だが殺傷能力が高い剣尾は訓練には使わないことになっている。

「ひゃひゃひゃっ、ひゃ~ひゃっひゃっひゃ! あー、これすんげー楽しー!」
「三日月さ~ん、そろそろ交代して下さいよー」
「いい加減疲れただろう、こっちは休んで回復してきたから代わってくれ」
「えー、どうしようかな~。きししししし」

 三日月が順番を守らないことは、割とよくある。
 そしてそういう場合はどうなるかというと――。

「代わって欲しくば――オレを倒してから行けぇい!」
「またそれッスか」
「いいから代われ」
「へへーん、やなこった!」

 ――リアルファイトに発展するのである。
 むしろ三日月は、その騎士団同士の模擬戦(リアルファイト)の方を心待ちにしているようにも思える。
 根っからの戦闘狂なのだ、三日月は。それは東雲三日月個人の資質もあるだろうが、東雲一族が戦闘民族であるゆえではないかとも考えられる。

 ちなみに東雲兄の方は朝日奈姉とデート中である。仲の良い話だ。
 とはいえ、色恋方面で充実しているのは、イヌの騎士・半月だけではない。今訓練場に居るメンツだってそうだろう。姫と花子もこの場所には居るので、ある意味夕日・三日月、太朗たちもデートと言えないこともないのだ(さっきまで女子中学生二人組も居たし、割と華やかだ)。
 それに思いを寄せる少女と一緒に戦闘訓練というのも、変則的ではあるが青春の一ページだといえるだろう。

 全く若いというのはそれだけで素晴らしいことだ、と南雲は思う。く、羨んでなどいないのだ、断じて……。



「ゆーくんたちも、毎回毎回よーやるわ。私闘禁止やって言うとるのに」
「一応、模擬戦らしいから良いんじゃないのかなー」
「まあ本気でいがみ合っとるわけじゃないし、怪我せん分にはええんですけど」

 ちなみに女性陣も、一通りはモンタークと模擬戦はしている(姫がやるとオーバーキルになるからやってないが)。
 今現在は、花子が家庭教師役になって、姫と一緒に学校の勉強している。

「まあまあ、さみちゃん。怪我しても良いように、さっき茜くん呼んだから、大丈夫だよ」
「それだとむしろ、怪我して欲しいように聞こえる不思議ー」
「だって、茜くんにも練習してもらわないと、いざって時に治癒能力が使えないと困るし」
「それはそうですけど」

 太陽の能力『時空乱流(パンドラ)』は時間をかき混ぜる能力だ。
 だがそれはそのままでは大雑把な能力でしかなく、傷を治すにはそれ専用の訓練を積む必要があるのだ。人体は繊細なのだから当然だ。
 目指すべきところは、“致命傷を一瞬で完治させる”レベルだ。そうでなければ、戦闘には役に立たない。実用レベルを目指して、太陽は必死にサイキックの練習をしている。やはり、自身が『六ツ眼』の狙撃で死にかけたことと、師匠が死んでしまったこと、そして次の『八ツ眼』ことメタゲイトニオン・改に対する危機感が、太陽の必死さを煽っているのだろう。

「茜くんの治癒能力が洗練されれば、もう、誰も死ななくて済むんかなー」
「……ええ、きっと」

 もっとも、秋谷の時のように、太陽が居ないところで致命傷を負ってしまえば、流石に助けられないだろうけれど。
 それについては極力団体行動を心がけて、敵の不意打ちを避けるくらいしか対処がないだろう。

「『八ツ眼』はかなり体がおっきかったし、そうそう街中で不意打ちは受けないと思うんだけど」
「確かに。あれだけでっかいと、戦える場所も限られて来る……。この前の山、とかくらい?」
「そうかも。そういえば雨宮さんは、山に落とし穴しかけてるらしいけど、それって案外悪くないかもしれないね」

 受け身ではダメだ。それだと後手後手に回って、主導権を握れない。
 主導権を握るためには、戦場を整えたり、こちらが有利に運べるようにしないとならない。
 例えば山にトーチカや塹壕なんて作るのはどうだろう。風巻の泥人形を使えば、案外簡単にそういった戦場構造物も作れるんじゃないだろうか。実際問題、太朗と花子は掌握領域で弾幕張ったり狙撃したりするので、遮蔽物があると助かるのだ。

「掌握領域を使った防御も、もっと練習しないとね」
「多重領域の障壁かー。まあ段々堅くなっては来てるから、けっこう行けるかも知れへんですよ」
「でもいつも遠慮なく打ち抜くよね、さみちゃん」

 騎士団二人以上の多重領域の練習に、障壁でさみだれの攻撃を受け止めるという訓練をしている。
 とはいえ騎士団側が攻撃を防げた試しはないのだが。
 それに障壁が破られると大幅に体力を消耗するという欠点がある。それゆえ費用対効果に優れているとは言いがたいが、緊急回避手段の一つとして練習するのに越したことはないだろう。

「展開速度は割りと早くなってきたけど、防御しちゃうと、それだけで体力尽きちゃうのが問題なんだよね」
「やっぱ攻撃は避けて、機を見て集中砲火、ってのが現実的かもわからんですね。障壁防御は最後の手段で」
「そうね。さみちゃんみたいに、みんな頑丈なら生身で受け止められるんだけど。……ねえ、それってやっぱり超能力で強化してるの? 私たちにも出来るかな?」

 カマキリのキルから花子が聞いたところによると、今回の姫(プリンセス)は特に規格外らしい。
 だって普通は姫が泥人形を撃破することなど出来ないはずなのだ。少なくとも、今まで獣の従者たちが経験してきた戦い(ゲーム)はそうだった。
 だいたい、姫が泥人形を倒せるなら、騎士はいらないだろう。

「んー、どうやろ。大元はあたしのも、騎士たち(みんな)の掌握領域も変わらんみたいやけど」
「へー、やっぱりそうなんだ」
「やっぱり?」
「ああ、うん。師匠も掌握領域以外の超能力使えてたし、元からの能力と合わせて領域使ってたりしてたし」

 師匠こと秋谷は、元から卓越したサイキッカーであり、未来視やテレポートまで使いこなしていた。
 そのサイキック運用方法の中には、元から持っていた念動力と掌握領域を合わせた使い方だって当然存在していた。
 他にも例えば、太朗の掌握領域『綿津神』と彼自身のサイコメトリー能力の合わせ技による管制能力だって、そういった合成運用の一つである。

 秋谷のように、本来であれば、超能力は非常に多彩な能力を持ちうるのだが……。

「でも、騎士の掌握領域は、なんつうか、この、デチューン? されとるわけなんです」
「劣化?」
「そうそう、あたしのサイキックは自由自在に手を動かすのに似てるけど、まあ、騎士のやつはまるでクレーンゲームやっとるみたいな不自由な感じらしいですよ」

 つまり即席品は、所詮即席品ということなのだろう。
 いくら騎士たちに多少は素養があるとはいえ、一気にチートじみた能力を与えることは、さすがの精霊アニマにも出来ないということだ。

「それでも、筋肉と同じように、使えば使うほどにサイキックは強力になるんでしょ」
「せやから騎士たちだって、アニムスとかあたしとかに匹敵するまで成長できるかも知れん……」
「あー、確かに雨宮さん、かなり強くなってますもんねぇ、うふふふ」

 にやにやと意味深に花子が笑う。
 好きな男が自分のために強くなってくれるのは良いことだよね? 乙女として嬉しいよね? とでも言いたいのだろう。

「あー、いやそれは……、あはは~」

 言外の意を汲んで、姫がちょっと顔を赤くする。

「ていうか、それやと宙野さんのとこの日下部さんかて、そうやないですかー! いつやったか『花子を守るー!!』なんて絶叫しとりましたよ、日下部さん」
「うふふ。頑張ってる男の子っていいわよねー」
「何故にそんなに大人の余裕……。はっ、まさか!?」
「大人の階段のぼーる?」
「の、登ったん?」
「いやん、清い身体のままよ? さみちゃんのえっちー」

 愚にもつかない他愛ないやり取り。一瞬顔を見合わせて、きゃはははと二人は笑い合う。
 私もだいぶ変わったものね、と花子は自己分析する。柔らかくなったというか、何というか。きっと勉強一辺倒ではなく、視野が広くなっているせいだろう。
 その辺りは太朗の影響というより、秋谷の教育の賜物だろうか。仙人・秋谷は超一級の教育者であり、尊敬すべき大人であったのだ。……当然、太朗の前世を垣間見たことも、花子の思考に多分に影響しているだろうけれど。

 などなど考えつつも、花子とさみだれは話を続ける。
 向こうでは、男たちの模擬戦が佳境に入っているようで、土煙が上がるのが時折視界に映る。

「ふふふ、まあ好きな人が居るのは良いことよー」
「……いや、まだ戦いの最中ですし。色恋にうつつを抜かすのはちょっと。あと、ゆーくんとは別にそんな関係じゃ……」
「ええー。良いじゃない、いつ死ぬかわからないから燃え上がる恋もあるわ。それ言ったら、さみちゃんのお姉さんと半月さんの関係にも突っ込むことになるけど?」

 騎士たちの間でも、東雲半月に彼女ができて、それがさみだれの姉だというのは既に有名な話だった。

「あー、それ、もう聞いてくださいよー!」
「うん、なにー? おねーさん聞いちゃうよー?」
「あのね、もうね――、姉の幸せアピールがすごすぎて、ちょぅ勘弁して欲しい」

 いや、幸せなのは別に良いんですけどね、喜ばしいんですけどね? ああも毎日だと辟易する、とさみだれは吐露する。
 しかし花子は、それを聞いて少しだけ安堵する。特に、『別の世界の結末』を知っている花子からすれば、氷雨と半月の二人が幸せなのは、良い兆候のように思えたし、太朗と花子の足掻きが無駄ではなかったことの証明でもあるのだ。
 ……まあ、聞いている方が砂糖を吐くような甘々カップルなんて、現実ではあんまり関わりたくないけれども。まあだいたい彼らは放っておけば二人だけの世界を勝手に作ってくれるので、触らぬが吉だろう。残念ながらさみだれは家族ポジションなので、そこ(ノロケられポジション)からは逃れられないが。

「え、でも日常生活に支障が出てるわけじゃないんでしょ? たかがノロケじゃない」
「それは、せやけど」

 確かに悪いことではないのだということくらい、さみだれも重々承知だ(多少鬱陶しいだけで)。
 姉は幸せそうだし、プライベートが充実し始めて、姉の家事の腕はますます上がっている。何も悪いことはないのだと、さみだれは認識している(多少鬱陶しいだけで)。
 いつまでも姉に心配をかけていた身体の弱い妹(さみだれ)……その自分から離れて、氷雨が自分の幸せを掴むのは、決して悪いことではないのだ。それはさみだれだって分かっている(多少鬱陶しいだけで)。


 ――――問題は、自分が最終的に、姉たちの幸せを壊してしまうということ。

 どうしてもそれを考えてしまう。考えざるを得ない。思い至らざるをえない。

(地球を壊せば、みんな、死ぬ)

 そう、みんな、みんな、さみだれが連れて行く。
 この青い星ごと、魔王が連れて行く。騎士たちも、母も、父も、姉も。そしてひょっとしたら、未来に生まれるはずの甥か姪も。
 全てが全てあの世への副葬品だ。だってこの惑星を、彼女は欲しいと願ってしまったのだから。

 だからそれは避けられない結末なのだ。

 地球は彼女のもの。
 だから、彼女が砕くのだ。
 それこそが、所有の証明だと信じているがゆえに。

 ……さみだれは、ここに及んで地球破壊を迷っているわけではない。
 申し訳ないという気持ちもあるが、一方で、人類道連れを『当然の権利』だと思っている傲岸不遜な自分もいるのも、さみだれは自覚している。
 だって、宇宙からあの綺麗な青い地球(ほし)を眺めた時に、思ってしまったのだ。

 ――――欲しい。 

 そう思ってしまった。
 だから仕方ないのだ。

 暗黒に浮かぶ青い宝石。
 あれが欲しいのだ。
 何かを欲しいと思ったのは、さみだれの短い人生で初めてだった。

 それは実際、彼女の最初で最後のわがままなのだ。




「ねえ、さみちゃん」
「ふえ?」
「話し変わるんだけどさ」

 花子に急に話しかけられて、さみだれは思索から帰ってくる。

「な、なんです?」
「この戦いが終わったら、どうするか決めてる?」
「え?」

 話し変わってないです宙野さん、とは思ったが、口には出さない。

「私はさ、たろくんと一緒に料理屋さん……定食屋さんかな? やりたいなって思って。
 たろくんは料理の専門学校に進学するみたいだけど、私はどうするか迷っててね。
 学校の先生は大学進学を勧めてくるけど……。そこで経営とか経理とか勉強したほうがいいのかなーって」
「へ、へえ~」

 さみだれは曖昧に相槌を打つ。さみだれにとっては、微妙に話しは変わってないので反応が不自然になっている。

「やっぱりたろくんだけには任せておけないし! 私がしっかりしないと。勘定方、的な?」
「あー、それは、確かに花子さんに任せたほうが、安心かも? なんかどんぶり勘定というか、お客さんにオマケしまくりそうな感じかも」
「あはは、やっぱりそう思う? それでさ私の夢的なものはそんな感じなんだけど――――さみちゃんは、どうするの?」
「…………」

 そう言って何気ない様子を装って訊いてくる花子。
 だがその瞳の底は、見通せない。
 未来の希望を語っているはずなのに、どこかその瞳は糾弾するような色があるようにも見える。いやそれはさみだれの被害妄想か。直前まであんなことを考えていたから……。

(そんな未来なんて、あたしには、無い)

 そんな内心を隠して、さみだれは曖昧に笑う。彼女の余命は、彼女に取り憑いているアニマのサイキック無しでは幾許もなく、故に未来の展望などもってはいない。ただただ『地球を砕く』というそこまでしか考えていないのだ。
 だがしかし、まだ、この体の抱える病について明かせるのは、魔王の騎士・雨宮夕日だけである。それ以外の騎士は、信用が置けないからだ。
 特に花子のように、未来を語る騎士になんて、自分の望みを明かす訳にはいかない。なぜなら未来を志向する騎士にとって、さみだれの破滅的な望みは間違い無く敵となるのだから。

「そんな先のこと、よう分からんですわ。先ずは、この戦いに集中せえへんと」
「……、あはは、そうだね。真面目にやらないとね」
「いや、花子さんが不真面目やと責めとる訳やなくて……」
「分かってる分かってる。でもこれでも戦いのことは真面目に考えてるよ。騎士の『願い事』は私もたろくんも自分の能力強化に使っちゃったし、かなり本気だよ? そこは信じてね」

 そうだ、太朗と花子が願ったのは自己強化。
 太朗の射程延長と拡散特性。花子の威力強化と連弾能力。
 既にそれは騎士団の戦いに無くてはならないものになっている。

「あ、やっぱりあれは、『願い事』での強化やったんですね」
「さみちゃんほど天才じゃないからね~。二人で話し合って、そのくらいやらないと生き残れないと思ったの」
「『願い事』を自己強化に使ったのは、あとは風巻さんと、茜くんも、ですかね?」

 風巻の泥人形作成能力。
 そして茜の時空操作能力。
 どちらもサイキックに目覚めたばかりの素人には荷が重い高度な力だ。つまり何かの助力が必要なはず。さみだれはそれを『願い事』の効果だと考えている。

「『願い事』残してる人もいるのかしら。半月さんとか三日月さんとかは、あっさり人助けに使ってそうだけど」
「あ、それは想像できるなー」
「半月さんは、さみちゃんのお姉さんのために使ってそうかも。『氷雨さんが幸せになりますよーに』とか」
「それありそー。みーくんは……『強敵と戦えますように!』とか?」
「あは、それっぽい! でも三日月さん、さみちゃんにベタ惚れだから、さみちゃん関連かもよ?」
「んー、そうかなー」
「かもかも。でも誰か一人くらいは、最後まで『願い事』残しちゃうかもね、優柔不断でさ。そして最後に願うの、『世界が平和になりますよーに』って。『みんなが笑えるハッピーエンドになりますよーに』って」

 それはとても幸せな未来なのだろう。
 花子がそんなことを言うとは思ってなかったのだろう、さみだれが目を丸くして見つめる。

「クールかと思ったら、意外とロマンチスト……」
「恋する乙女ですから?」

 ふふふ、とどちらともなく笑う。
 会話が一段落したのを見計らっていたのか、太朗が花子を呼ぶ。

「おーい花子ー! 次、一緒に模擬戦やろうぜー!」
「あ、呼ばれてる。はーい! たろくん、今行くよー! じゃ、また後でね、さみちゃん」
「……怪我せんように、気ぃつけてください」
「うん。じゃあ『将来の夢』、話せるようになったら、教えてね?」
「んー…………」
「その内でいいからねー」

 花子は太朗が待つグラウンドの方へと向かう。
 それを見送り、さみだれは内心ほっと溜息を吐いた。 
 将来についての話を追求されなくて、さみだれは安心していた。

(ナイスタイミングや、ネズミの騎士……)






「おい、花子、何やってんだよ。地雷原でタップダンスみたいな捨て台詞残してさー」
「あれ、あんな遠くからでも聞こえてたんだ。『綿津神』の探知の応用?」
「まあそんなとこ。で、何であんな酷なこと言ったんだよ。姫の事情は知った上でのことなんだろ?」
「……ちょっと揺さぶり、かな」
「えげつないことするなー。ちょっと引いた……」
「まあ、雨宮さんにだけ任せるのもアレだし。一つの未来を知ってるがゆえの責任というか」
「……考えすぎだぜー。何とかなるって!」
「たろくんはほんとおばかだなあ(棒)」


  ◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 19.夏、そして合宿へ


  ◆◇◆


 『少し休め』という魔法使いアニムスの言葉通り、泥人形の襲撃もなく、日々は過ぎた。

 もちろん、過ぎ行く日々の中で、色々なことがあった。

 例えば、朝日奈家の母娘の確執に夕日が一石を投じたり、半月がそれについての氷雨の相談に乗ったり、半月が更に情勢をかき回して夕日がフォローに回ったり……。
 他にも風巻がアニムスに勧誘を受けるものの、それを突っぱねて軽く戦闘して、その結果、『地母神(キュベレイ)』で作る泥人形は、前のが壊されなくても次のを作れることが判明したり……。
 そのアニムスと風巻の戦いに、茜太陽もアニムス側の騎士として加わったり。そのことを茜は太朗たちに相談して、相談を受けた太朗たちが風巻に対して、茜の二重スパイ状態を説明したり。

 まあ、ともかく色々あったのだが、それらは概ね良い方向に動いたと言えるだろう、恐らくは。

 そして――

「夏だ!」

 三日月が快哉を上げる。
 太陽燦燦と照りつける赤の季節。
 生物がその生命を謳歌する夏がやってきたのだ。

 そして夏といえば。

「海だ! 水着だ!」
「合宿だ! 特訓だ!」
「釣りも忘れるな!」
「バーベキューは?」
「太朗任せた!」
「うっス! ひゃっはらー!」
「はいだらー! やっぱ夏は海だよな!」

 という訳で、一部よく分からんテンションになっているものの、何はともあれ騎士団揃っての特訓合宿である(テンション高いのは誰かは言うまい)。

 場所は、大勢の人が集まる場所からは離れた、少し寂れた砂浜。
 発案は東雲兄弟、スポンサーは南雲氏、企画は風巻氏、専属料理人は日下部太朗という布陣だ。
 学生等も夏休みに入ったということで、丁度いい時期だった。

 その砂浜のそばに立つ旅館を半ば貸切っての合宿ということだが、まあ半分は親睦会も兼ねているようなものだ。

 海に戯れ、砂浜に遊び、バーベキューを堪能する獣の騎士団たち。ひと夏の青春である。







 その彼らを、遥か天上――ビスケットハンマーの上――から見下ろす者が居た。
 それは誰あろう、魔法使いアニムスであった。

「じゃあ、そろそろ行こうか、メタゲイトニオン。こないだ風巻くんの『三ツ眼』にやられた傷も癒えたよね」

 アニムスの後ろで、メタゲイトニオンが咆哮を上げて答える。

 その姿は、ケンタウロスの爬虫類型重戦士といったところか。
 剣尾を備えた恐竜のような四足の下半身に、巨人の上半身と、八ツ眼+一ツ眼を備えた竜の顎。
 体の各部に開いた目玉は、頭部の九つと六肢の付け根の合計十五個。

 今までで最強の泥人形が、騎士団に襲いかかろうとしていた。

「アニマはしかし、何処に隠れてるんだか……。寝坊でもしてるのかな?」

 プリンセスであるさみだれを見つつ呟いたアニムスの言葉に、答えるものは居なかった。


=============================


ご無沙汰してます。

小説で水着回とか無理なので、さくっとカットする予定。ちなみに乳くらべするなら、白道(巨)>花子(普)>さみだれ(普・成長中)>雪待・昴(微・成長中)だと思われ。
いやでも、ほのぼの合宿シーンは書くべきか? 太朗ちゃんが、風巻さんが釣り上げた魚をしゅぱぱっと即座に活け造りにしたりとか。あと白道さんに、魔王主従の企みがバレるところとかも書かなきゃならんし……。うーむ、その辺をやるなら次回だな。

朝日奈家の話はさらっと流してますけど、原作より前倒しになってます。八ツ眼が早く登場してる関係上ですね(アニマも早く出さんと、メタゲイトニオン改に対抗できんので)。この辺はたまたま朝日奈母の帰国日程がずれたんだと思ってくだせい。
それにしても朝日奈家の母娘の話に半月を加えた場合の話も、掘り下げるべきだったかな? せっかくの再構築もののSSだし……。あ、半月がさみだれの持病知ったのかどうか書いてねえや。今後どこかで断片的に回想を挟むか? うーむ。あるいは番外編挿入か。あー、それならアニムスから騎士たち(風巻さんとか太陽くんとか、ひょっとしたら今後は花子に対しても?)へのアプローチのイベントも書かなきゃだなぁ。書くこと多くて話し進まねえ、でもここは書くべきポイントな気がする。
それと太朗と各騎士の絡みもピックアップしないと……。

と、ともかく!

次回、「合宿と八ツ眼、精霊(プリンセス)と霊馬(ユニコーン)の騎士」(仮タイトル)の予定です。

次回も気長にお待ちください。

2012.10.07 初投稿



[31004] 20.精霊(プリンセス)アニマと霊馬(ユニコーン)の騎士
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f
Date: 2013/03/02 23:50
 前回までのあらすじ! (語り部:ネズミの従者・ランス=リュミエール)

 日下部太朗は逆行者だぜ! ここならぬ平行世界で惑星を砕く物語を俯瞰した経験を、太朗は何の因果かこっちの世界に持ち込んだんだ。
 んで、太朗は花子とイチャつきつつ、仙人・秋谷の手引きでサイコメトリーに目覚めたり、願い事で超能力を強化したりして、早期に騎士団全員を集めることに成功したんだぜ。
 戦いは今んとこは騎士団優勢で、現在六ツ眼の泥人形まで倒してるけど、カジキマグロ(ザン=アマル)の騎士・秋谷稲近の死を避ける事は出来なかった……。
 そのあと二身合体しやがる七ツ眼を追い詰めたところで、なんと八ツ眼が現れて、瀕死の七ツ眼を吸収してパワーアップ! 魔法使いアニムスも登場し、物語はいよいよ佳境だ。そして強敵に備えるために騎士団は夏合宿で海にやってきていた!
 強化された八ツ眼に、騎士団は勝てるのか!? そして、九ツ眼との戦いで立っている『前世』の死亡フラグを、太朗は克服できるのか!?
 ――んじゃ本編、季節外れの夏合宿、始まるぜ。

 
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「日下部くん、これ捌けるかい?」
「あ、風巻さん。何ですか?」

 騎士団夏合宿一日目。
 懇親のための海水浴のあと砂浜から帰ってきた太朗をそう言って呼び止めたのは、クーラーボックスを脇に抱えたネコの騎士・風巻豹だ。海水浴に加わらず、風巻と南雲は防波堤で釣りをしていたのだ。

 風巻は太朗を手招きしてクーラーボックスの中身を見せる。
 その中には刺々しい背びれが目立つ、まだら模様をした30cmくらいの魚が何匹か入っていた。

「あ、『バリ』ッスね」
「バリ?」
「えっと、『アイゴ』の別名ッス。前に見た料理番組のシェフが西日本の人らしくて、そんなふうに呼んでたんスよ。でもよくこんなに大きいの釣れましたね」
「ああ、今日は結構釣れてね。他にもいろんな魚が釣れたんだけど、そっちはここの板さんに捌いてもらってるんだ」

 それでこのアイゴも旅館の板さんに調理してもらおうとしたのだが、断られたのだという。
 まあ地方によってはアイゴは全く食えない魚として捨てられるというから、この辺りではアイゴを食べる習慣はないのかもしれない。
 つくづく食とは地域に根ざした文化であると思い知らされる、先人からの継承が大事なのだ。

 アイゴという魚は、その独特の磯臭い匂いから、地方によっては忌避される。
 また一方で美味として珍重される地域もあり、アイゴ専門の釣り師もいるという。
 背中に毒針が有るため、扱う際には注意が必要だ。刺されると数週間は痛みが続くとか。

「でも折角釣ったんだし、もうシメちゃったから、リリースって訳にもいかないし、どうにか料理できないかと思ってさ。日下部くんは、捌けるかい?」
「う~ん、俺も初めて捌くんですけど、まあ多分大丈夫だと思います。やり方は分かります」
「そう? 良かった」
「薄造りがいいッスかね? 内臓取って皮を剥げば、臭いも大分マシらしいんで」
「任せるよー」

 風巻はクーラーボックスを太朗に渡して去っていく。

「……でも、これ全部捌いたら結構な量になるような。まあ人数多いし食べきれるだろ」

 旅館の夕飯も合わせるとかなりの分量になりそうではあるが……。

「掌握領域のせいで、騎士の必要カロリーは多いしな。最悪でも風巻さんと姫がいれば全部食べきれる、はず」

 「あの二人、よく食うもんなー」とネズミのランスが太朗の頭の上から声をかける。
 安定と信頼の大食漢コンビである。数品メニューが増えても問題なく食べつくすだろう。
 町内大食いメニュー全制覇コンビは伊達じゃないのだ。

「さて、じゃあちょっと厨房貸してもらえるか聞いてみるかな。あ、これを機にここにいる間に厨房手伝わせてもらってもいいかも?」

 サイコメトリー使って、板長さんの経験盗んだりしても良いかもしれないし。
 部屋に置いているマイ庖丁を取りに戻りつつ、太朗はそんなことを考えていると――

 見慣れぬような、見たことあるような女性が廊下に……浮いていた(・・・・・)。

「あ」
「あ」
「ん?」

 太朗とランスは、大きな輪っかを上に浮かべた銀色がかった淡い若草色の髪の女性と目が合った。美人だ。
 その三人は揃って声を上げる。

「アニマさま~!?」
「え、精霊(プリンセス)!」

 ネズミの主従は驚きの声。
 そして浮いている女性は、眠たげな感じで――

「む? 丁度いい、ネズミの。――メシ」

 食料を要求した。


  ◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 20.精霊(プリンセス)アニマ顕現! そして登場、霊馬(ユニコーン)の騎士!


  ◆◇◆


「ん、旨かった」
「はあ、お粗末さまです。あ、お茶どうぞッス」

 腹を擦るアニマと、その向かいに座る太朗。
 太朗は風巻から預かったアイゴをサクッと捌いて薄造りにすると、そのまま直ぐにアニマへと提供したのだった。

(風巻さん、ごめんなさいッス。頂いた魚は食べられてしまいましたッス)

 心中で風巻に詫びつつ、自分にもお茶を出し、ほっと一息。

「って、飲んどる場合かー!」
「どうしたランス」
「いやいや、アニマさまが出てきたってんなら一大事だろ! 他の騎士にも知らせないと!」

 のんびりしてる太朗にランスが突っ込んだ。
 それに構わずマイペースで、アニマが呟く。

「他のはもう知ってる」
「ええ!?」
「ん」

 アニマは視線を窓の外――砂浜の方に向ける。どうやらそこで他の騎士に会ったと言いたいらしい。アニマは口数が少ない、というよりは、喋るのがめんどくさいという印象だ。
 おそらく太朗が砂浜から戻った後に、アニマは顕現したのだろう。
 どうやら太朗だけ入れ違いになったようだ。

「でも他の騎士が居ないのはどうしてッスか? 風巻さんなんかはさっきすれ違ったあと、てっきり部屋に戻ったんだと思ってたんスけど」
「先に行かせた」

 “先に行かせた”?

 太朗は疑問に思ったが、直ぐに『思い出した』。
 『前回』もアニマ顕現後には、騎士一同はアニマによって集められたのだった。
 今回も同様にして、風巻は何処とも分からない塔の上へ――恐らくはアニマが作ったサイキック異空間へ――飛ばされているのだろう。
 その他の騎士はまだ海岸に居るのだろうか? それとも既にアニマの空間へと送られているのか。

(あれ? でもなんで俺だけ別枠扱い?)

 太朗が『憶えて』いるアニマなら、太朗の都合関係なしに問答無用で異空間へテレポートさせるだろうに。
 太朗はそこについて、ふと疑問を覚えた。

 それとも、二人きり(サシ)で話したいことでもあるとでもいうのだろうか。

(……。心当たりはある、けど……)

 主に平行世界の記憶を持ってることとか。

 ……いや案外ただ単にお腹が空いてただけか?
 実際に時間を遡っているアニマからすれば、太朗の持つ記憶なんて大して価値の無いものかもしれないし。

「あの、腹ごしらえも済んだなら、俺もさっさと行ったほうがいいんじゃ?」
「ん」

 アニマは頷くと、つい、と軽く指を振った。

「うわ!?」
「おわぁ!!」

 と、同時に太朗とランスの姿が消える。強制転移だ。

 残されたのアニマだけ。
 彼女は銀色がかった若草色の髪を揺らがせながら、宙へと浮かび上がる。

「……ようやく終わりにできるか。いや、必ず終わりにするんだ。――だから待ってて、お兄ちゃん……」

 アニマは、ビスケットハンマーに座る兄を想い、瞑目して己の内の覚悟を確かめる。
 そうだ、覚悟を決めなくてはいけない。兄を殺す覚悟を。

 己の半身たる双子の兄を殺すに足るだけの理由(モチベーション)が、彼女には必要なのだ。
 例えば『惚れた男のため』というような、ありがちだがそれ故に強力なモチベーションが。
 生半可なモチベーションでは、肉親を殺すことなど出来はしない。

 だから、アニマは己の想いを託しうる者を――トカゲの騎士・雨宮夕日を――瞼の裏に浮かべる。

 そしてまた別に思い浮かべるのは、『戟がアニムスを貫いた光景』。
 それは、この世界ではない、どこかの世界で紡がれた終着の光景。
 アニマが見たことのないはずの光景だが、その光景は、彼女の脳裏にありありと、まざまざと再生される。

 アニマは先ほど太朗を転送する一瞬の内に、彼の持つ記憶を読んだのだ。この光景は、その中の一場面だった。

「まあ、ネズミの騎士の『前世』の記憶を読んだからと言って、別に何かするつもりはないが」 

 太朗が何かを『知っている』風だったから、興味を惹かれて記憶を覗き見てみたが、まあそれは正解だったのだろう。

 彼女が『太朗の記憶』から読み取ったのは、自分の(正確には平行世界のアニマの)男を見初める目に間違いはなかったという証明の光景であった。
 太朗の『前世の記憶』の中の『雨宮夕日』は、惚れ惚れするいい男に成長しており、立派にその役目を果たしていた。
 それを知れただけで充分であるし、もとからアニマは騎士たちの行動に干渉する気持ちは無いのだった(雨宮は例外として)。だからこれまでの戦いでも、騎士の裏切りなどを承知の上で放置してきた。

 アニマが太朗の記憶を覗いたのは単なる興味からだったが、結果的に覗いておいて正解だろう。

「あの『記憶』をアニムスに知られるのは厄介そうだから、プロテクトは掛けさせてもらったがな」

 太朗が持つ『記憶』は、アニマにとっては害にならないが、アニムスにとってはそうではない。
 あれは、アニムスにとっては、あってはならない敗北への道筋を記録したものなのだ。
 だから彼女は、兄にだけは太朗の記憶を見られないようにと、太朗の記憶に対して、先ほどの一瞬で厳重に精神防壁を施していた。

「さて、行こうか」

 騎士たちを余り待たせるわけにもいかないだろう。
 アニマの超能力が発現する。

 ――すぐに彼女も虚空に消えた。


  ◆◇◆


「おー、タロー! 遅かったじゃないか! って、どしたん?」
「ぬぐぐっ、なんか頭がガンガンする……。ナニカされたような……?」
「おい! タロー! 手どけてくれ! 潰れるっ、てか、潰れてるぅッ!」
「ぬあっ!? すまん、ランス!」

 慌ててランスの小さな身体の上から手をどける太朗。
 というか、従者って潰れるのだろうか? 物理的実体は無さげなのに。

「うー、頭痛ぇ……」
「死ぬかと思ったぜ」

 太朗はコメカミに手をやって頭を振るう。
 まるで初めて秋谷師匠にサイコメトリーを目覚めさせられた時みたいな頭の痛みだ。
 ランスは太朗の腕の下敷きから開放されると、素早く太朗の身体を駆け上り、彼の頭の上でふぅと一息ついた。

「どうした、大丈夫か。頭でも打ったか?」
「あ、平気っス、南雲さん」

 痛みを堪えて周囲を見回せば、そこはどこかで見たことのあるような塔の上だった。広さは直径20mほどだろうか、古代の神殿跡地のような、廃墟めいた雰囲気を感じさせる場所だ。
 恐らくはこの空間へと、アニマによってテレポートさせられたのだろう。
 では先程から太朗の頭を苛む鈍痛は、テレポート酔いか何かだろうか? 『前回』の時はこんなことはなかったのだが。

「たろくんが最後だよ、何してたの? 私たちが来てから結構時間経ってるけど」
「あー、アニマにメシねだられて……刺身作ってた。あ、そうだ、風巻さん、もらったアイゴは全部アニマに食べられちゃったッス」
「あ、そうなんだ。まあ仕方ないね」
「すみません」
「いいっていいって。ていうか、アニマってご飯食べるんだ、他の従者は食べないのに」

 見れば、他の騎士たちは既に揃っているようだ。
 ……海からそのまま拉致られてきたようで、ほとんどは水着姿である。
 あとギリシャかローマの神殿じみた場所で水着姿だと、何かのグラビアの撮影みたいでちょっとエロい。

「眼福。シチュエーションが変わると途端にエロくなるよね」

 なので花子にそう囁いてみた。

「私なんか見ても面白くもないでしょう、どうせ見るなら白道さんみたいな方が――」
「俺は花子がいいの」
「……もう、何いってるのよ」

 冷ややかな反応が帰ってきたが、これはこれでよし。
 微妙に耳が赤くなってるのを隠せていないので更に良し。
 他の騎士から呆れのような羨みのような視線が来るが、キニシナーイ。



「ん。全員揃っているな」
「遅なってゴメンなー」

 散歩のついでのような気安さで、何もない所から、アニマと姫が現れた。
 アニマは裾の長い不思議な服装をしており、その頭上には月と地球を象ったシンボルが公転するリングを浮かべている。
 姫の方はビキニ水着の上からパーカーを羽織った格好だ。少し前まで海水浴をしていたため、湿り気を帯びている。

『はぁ~~……』

 そして現れたアニマの方を見て、従者の獣たちは一斉に、深くため息を吐いた。
 ……従者たちの溜息に、騎士たちも苦笑を隠せない。
 まあ、いきなりろくな説明もなしにこんな所に飛ばされれば、アニマのその破天荒な傍若無人さにため息を吐きたくなる気持ちも分かる。

(あの輪っか何だろう?)
(騎士を集めて何をするつもりなんだ)
(美人さんー)
(大っきい……)

 騎士たちが思い思いに感想を抱いていると、アニマはぐるりと騎士たちを見回した。

 プイ、と従者の獣たちが目を逸らした。

 従者たちが目を合わせないように顔をそらす中、アニマはイヌの騎士・半月のところで視線を止めた。
 正確にはその傍らのイヌの従者・ルド=シュバリエを見た。
 ルドはどうやら目を逸らし損ねたらしかった。

 じーっとアニマに見つめられ、ルドは蛇に睨まれた蛙のように固まった。不思議と冷や汗をかいているのが目に見えるようだ。

「犬」
「っ!」

 ビクッとルドの体が震える。

「こっち来い、犬」
「……はぁ……」
「ほら。早く」

 手招きするアニマ。彼女のフレア状の長い袖がパタパタと揺れる。
 ルドは器用にため息をつくと、とぼとぼと歩き出した。

「ん」

 アニマは近寄ったルドの脇を抱えて持ち上げる。

 そしてそのまま地面から引っこ抜くように投げ上げた!

「――っ!!」 「ルドー!?」
「いくぞ、犬」

 ルドが悲鳴を飲み込んだのは、武士の意地だろうか。半月の驚愕の声が後を追う。
 まるでボールのように縮こまって、空中でくるくる回るルドに合わせて、アニマも跳んだ。
 全身をエビ反りにして片手を振りかぶった彼女の姿は、まるでベテランのバレーボール選手のようで。

「ふっ!」
「むぎゅっ!?」

 スパイク!
 アニマの振りかぶった腕が、綺麗にルドの額を捉えた。

「うお、眩しっ!」

 その瞬間、凄まじい音と光が打点を中心に発生し、ルドを打ち下ろした。
 そしてルドは猛スピードで墜落する。
 再び轟音、ルドの落下地点にはもうもうと土煙が広がった。

「る、ルドー! おい、大丈……夫……か……?」

 慌てて駆け寄ろうとした半月が、しかし途中で立ち止まる。
 土煙の中に、巨大な影が見えたのだ。

「な、なんだ? ルドか?」
「む……、どうした、半月。……? 小さくなったか、半月?」
「いや――」

 半月は、土煙が晴れたそこにいた巨獣と、真正面(・・・)から視線を合わせた。

「――お前がでかくなったんだよ、ルド」
「うん?」

 そこに居たのは、馬ほどの大きさのある白い巨狼だった。
 巨狼の額からは立派な一本のツノが生えており、純白の体毛と合わさって神聖さを醸し出している。
 さっきスパイクされた衝撃で、ホコリまみれの涙目でなければもっと格好がついただろうに。

「おーおーおー! いや、立派になったもんだ! はっはっは!」
「こらやめろ、叩くな」
「おいおい、このツノって本物? あ、後でブラッシングしてやるよ。南雲さ~ん、大っきなブラシ持ってないですかー?」
「ツノを引っ張るな、地味にこそばゆい!」
「あとで鞍も準備しようなー! もの○け姫ごっこしようぜ!」
「ウゥ~、バウガウッ!!」
「怒んなよ~、ルド~、あっははははははは!」

 半月がルドのもっふもふでふっさふさの毛皮に顔を埋める。
 モフり、そしてモフる。モフる。モフる。モフる…………。

 ふかふかだ。

「半月さんずるいー、あたしもー」
「おお、さみちゃんもモフれ!」
「わーい!」
「ちょ、姫、やめっ――!? クゥ~ン」

 さみだれがルドを急襲する。

「うむ」

 じゃれ合うさみだれを見て、アニマが頷く。

「では帰還させるぞ。励めよ、犬――いや霊馬(ユニコーン)」
『!?』

 霊馬(ユニコーン)? あれが!? 馬じゃねーじゃん!

 ――という驚愕の感情を騎士たちに残し、彼らは再び強制的に転移させられた。


  ◆◇◆


 翌日。

 合宿二日目は雨だった。
 しとしとと降る雨は、しかし午後には上がるだろうと思われた。
 この空模様だ、外での特訓は中止となった。

 昨日、アニマから力を与えられて巨狼と化したルドだったが、今は元のサイズに戻って他の従者たちと何かと話し込んでいるようだ。
 どうやらちゃんと、柴犬サイズと巨狼サイズで切り替えができるらしい。

「でさでさ、ルド、その、どうなの? 幻獣化ってさ」
「まあ悪くない。見下されることはないからな」
「あー、確かにそれはあるかもー」
「しかしのぉ、自分で歩くのも大変ではないか?」
「ロンは亀さんだからねー、雪待ちゃんについてこうとしたら大変だよねー」

 黒猫のクーや陸亀のロンたちが、幻獣化を経験したルドにその感想を訊いている。

 騎士たちも従者たちと同じく、思い思いに過ごしている。
 戦術論議をするものや、カードゲームに興じる者達。
 だが、この場には居ない者たちもいる。

「朝日奈の体調は戻らんか」
「みたいですね」

 南雲と風巻が話題にしているのは、東雲半月の幻獣騎士化の反動で寝込んでいる姫――朝日奈さみだれのことだ。

「いま泥人形に来られるとマズイかもしれませんね」
「いや、そうとも限らんだろう」
「そうですよ、さみちゃんが抜けた穴は、俺が埋めますんで」

 南雲の言葉を引き継いだのは、件の半月であった。

「それはもちろん、頼りにさせてもらうよ」
「朝日奈を前に出さずに済むなら、それに越したことはないだろう。そもそも子供を前に出すのは好かん」
「まあでもそうも言っていられないでしょ。そんな甘い戦いじゃなさそうだ。っていうか、さみちゃんはもう高校生ですよ? あんなナリですけど」

 大人組としては、子ども組を戦わせることに内心忸怩たる思いがあるのだが、そこは折り合いを付けねばならないのだろう。
 もちろん、子どもたちが戦いたくないというなら決して戦わせることはないが、彼ら自身の意志で戦いに参加するなら、止めることは出来ない。

「で、半月、実際のところどうなのだ? 霊馬(ユニコーン)になった影響というのは」
「んー、それを今日試そうと思ったんですけどね」
「この雨じゃあねえ」

 外はしとしと涙雨。

「まあ、昨日少しだけやってみた感じだと、これまでの掌握領域とは全く別物ですね。百人力とまではいきませんが、十人力はある感じです」
「そうか、そうなると連携も考え直さないとな」
「ええ」

 それだけ出力に違いがあれば、全く別の兵科と言って過言ではあるまい。
 十全な連携を行うには、充分な訓練が必要になるだろう。
 しばらくは朝日奈と同じく、大火力の遊撃として扱うしかないだろう。

「でも十人力か……。かなり期待しても良いってことかな?」
「ええ、それはもちろん」
「頼りにしてるぞ、“風神”」

 とその時。

「おい兄貴っ!」

 スパーン! と旅館のふすまが開かれた。

「何だ三日月? 水着なんか着て」
「兄貴も着替えろ! 修行だ!」

 そこに立っていたのは、水着に着替えた東雲三日月だ。
 どうやら『水着なら濡れてもオーケー』→『雨でも模擬戦できる!』という思考回路らしい。

「霊馬(ユニコーン)の騎士様の実力を確かめてやらあ!」
「ほうほう、いい度胸だ、三日月。ちょうどその話をしてたとこなんだよ、よし待ってろ着替えてくる」

 半月も三日月の挑発に乗って出て行く。
 東雲兄弟を南雲たちは見送る。

「ふむ、そうか程々にな。身体を冷やしすぎるなよ」
「怪我しないようにね」

 すぐに半月は着替えて、三日月とともにドタドタと廊下を走る。

「おいルド! 行くぞ!」
「はあ、雨に濡れるのは嫌なのだが……」

「ムーも濡れるの嫌か? 嫌なら浜辺のビーチパラソルんとこにいていいぜ」
「…………」

 東雲兄弟は、それぞれの従者を連れて外へと飛び出した。




「さて。朝日奈には今、雨宮が付いてるんだったか?」
「あとアニマも一緒に居ますよ」
「アニマか……。アニマとは、一体何なのだろうな」
「アニマとアニムス……。心理学用語ではメジャーですけどね、偽名でしょうか?」
「どうだか。確か女性元型(アーキタイプ)と男性元型のことだったか……、アニマと魔法使い(アニムス)は、やはり関係あるのだろうな……」
「髪の色とか同じでしたもんね」

 風巻は、夏合宿の少し前に見た夢を思い出す。
 夢の中で、あの宇宙に浮かぶ『ビスケットハンマー』の上でアニムスと対峙したのだ。
 たしかにそこで見たアニムスは、アニマと同じ不思議な風合いの若草色の髪をしていた。

(そう、夢の中、ビスケットハンマーの上で、アニムスに勧誘されたんだ。『仲間にならないか』って。実はアニムスって名前も本名だって聞いたし、本当かどうかわからないけど、未来から地球を破壊しながら時間を遡ってるのも聞いた。
 そして、一緒に全ての根源『アカシック・レコード』を目指さないかって誘われて――――まあ、その提案は蹴ったんだけど。僕が目指すのは、全知全能の知識そのものではなくて、それを使っていかに人類を幸せにするかってことだし。
 で、決裂ついでに、折角のチャンスだからって、まだモンターク(二ツ眼・月曜日)も壊れてないのに、少し無理してディンスターク(三ツ眼・火曜日)を出して――
 直後に“八ツ眼・改”に襲われたんだよね。あれはアニムスを守ってたのかな、ディンスタークは頑張って少しは手傷を与えてくれたけど……、結局は、“八ツ眼・改”の剣の尾で薙ぎ払われて……)

 風巻は、無意識に自分の腹に手をやる。

(そう、僕ごと真っ二つにされたんだ)

 夢の世界で、確かに風巻は、アニムスが操るメタゲイトニオン・改に、致命傷を負わされたのだった。

「どうした、風巻? 顔が青いぞ」
「なんでもありませんよ、ええ、大丈夫です」
「それなら良いが。これ以上騎士が倒れるのはマズイからな」

 腹を擦る風巻だが、そこには何の傷もない。

(そう、あの後、すぐに治してくれたんだ――――茜くんが)

 風巻は部屋の隅で昴や雪待とカードゲームに興じる茜太陽――フクロウの騎士を見る。
 あの夢の場になど居るはずのない太陽の能力――時空巻き戻しの治癒復元能力――によって、風巻は救われたのだった。

(アニムスは、茜くんのことを『神の騎士』だと言っていた。まあ、茜くんにも事情がありそうだったし、助けられたんだから僕から何かするつもりはないんだけど)

 そこで風巻は思考を切る。

(――――あの夢の場で見た“八ツ眼・改”には、前の戦いで半月くんと雨宮くんの『方天戟』が付けた足の傷は無かった。
 それを元に泥人形の回復ペースを考えると、僕のディンスタークが付けた傷も、そろそろ直っているはず。
 アニムスの襲撃は、今日明日でもおかしくはない)

 備えだけはしとかないと、と風巻は考える。

「そろそろ泥人形の襲撃があるかもしれませんね……」
「ああ、まあな。とはいえここで襲われても、騎士団が全員揃っているのだから、普通の平日よりはマシだろう。バラバラに居るところを、援軍も間に合わず各個撃破されるなどゾッとせん」
「まあ確かに」
「朝日奈に戦線復帰してもらうに越したことはないがな。アニマが言うにはよく食べて休めば治るということだが……」
「確か、日下部くんが板前さんを手伝って色々ご飯を作ってるんですっけ」
「ああ、白道と宙野にも運ぶのを手伝わせてるようだが、それでも足りないらしい」

 先程から白道(ヘビの騎士)と宙野(カマキリの騎士)が何度も忙しなく隣の部屋へと食事を運び、空の食器を下げている。
 ちなみにこの旅館の女将は板場で皿洗いを手伝ったり、車を出して買い物に行ったりしてくれているらしい。(あとで追加料金を弾まねばな……)と南雲は思った。
 今も、東雲兄弟が開けっ放しにしたままのふすまから、白道が食事を運んでいったのが見えた。

「よく食べますよね…………


 ……アニマは」

 そう、食べているのはさみだれではなく、アニマなのだった。

「ああ。実際あれは、朝日奈の体調不良を出汁にして自分が食べたいだけだろうな」
「アニマが食べたエネルギーも、朝日奈さんに吸収されるんでしょうか?」
「アニマはそう言っているが……」

 本当のところはどうなのだろうか?


  ◆◇◆


「よく食べるわよね~、ほんと。アニマって前の戦いからそうだったの、シア?」
「んー、どうだったかなー。あんまり憶えてないんだよねー、脱落早かったし」
「ええっと、トカゲのノイを庇ったとか言ってたっけ」
「そうそう、ノイもその後直ぐやられちゃったみたいだけどー」

 白道八宵は肩に載せたシア=ムーンと話しながら、さみだれが寝ている部屋へと食事を運んでいる。

 話している内に、さみだれが寝ている部屋の前に到着した。

「うぅん……」
「姫……」

 と、そのふすまの向こうから、さみだれがうなされる声が聞こえてくる。
 その傍で雨宮も付きっきりで看病している。アニマも同じ部屋に居るのだろうが、黙々と食事を摂っているのだろうか声は聞こえない。

「さみちゃん、辛そうねー……」
「だねー」
「うぅー……、地球は――――」

 寝言だろうか。いや、うわ言というのが正しいか。
 さみだれが何事かを口に出す。
 思わず耳を欹てる(そばだてる)ヘビの主従。

「地球を砕くのは、あたし、砕いて、あたしのものにする」
「はい、姫。お伴いたします、我が主――我が魔王陛下」
「ぇ?」

 そして固まるヘビの主従。

「……いま、何て? 魔王?」
「地球を――砕く? 誰が……、姫が?」
「そんな――」

 白道は、姫の言葉よりも、それに相槌を打った雨宮の言葉に衝撃を受けていた。
 この数ヶ月何度も連携訓練をしている仲間だ、言葉に含まれた本気を感じ取れるくらいの中ではあると自負している。(白道は個人的に、雨宮を目で追うことも多かったし)
 その雨宮の言葉は、明らかに、本気の色を帯びていた。冗談ではない響きだった。

 乱れる心の整理がつかず、白道は思わず廊下を後退った。
 聞かれたことを、さみだれたちに悟られてはならないと考えたからだ。

「どう……しよう……?」
「他の人には、言えないよねー。言ったら…………消されちゃうかも」
「いやそんっ、な、ことは――!」

 そんなことは無いと言えるのだろうか?
 彼女たちが本当に地球を砕くつもりなら、アニムスを倒した後に、獣の騎士団とも敵対する覚悟があるはずだ。
 彼女らは、敵、なのだろうか? 彼女らと――雨宮と――戦わなければならないのだろうか?

「あ、白道さん、どうしたんですか? 入らないんですか?」
「白道さん、もう食事は打ち止めッス。昼食の準備するからって板さんが――――って、どうしたんスか? 顔青いッスよ」
「あ、はなちゃん、日下部くん……」

 動揺と戦慄で固まる白道の後ろから、花子と太朗が声を掛けた。
 その手にはお盆いっぱいの料理皿が。
 白道の蒼い顔色を見た花子が、素早く太朗に目配せした。太朗はそれに軽く頷き、バレないように掌握領域を展開。白道と花子に一瞬だけ触れさせ、すぐに領域を引っ込める。
 それを合図にか、花子が白道に話しかけた。

「あ、ひょっとして、白道さんも聞いたんですか?」
「き、聞いたって、何を……かしら?」
「姫の寝言ッスよ。魔王がどうとか」
「――っ! 日下部くんも、聞いたの? でもどうしてそんなに落ち着いて――」

 白道は問答から、花子と太朗も先ほどのさみだれと雨宮のやり取りに近いものを聞いたのだと察する。
 だというのに、太朗と花子の様子には、まるで動揺した所が見られない。
 ――気にしていない、本気だとは思っていない、ということだろうか。

「いやだって、あの二人がそんなことするわけ無いじゃないッスか」
「でも――」
「まあまあ、白道さん。そういうのは後で考えましょうよ。先ずは目の前の泥人形を倒して、アニムスを倒して、そうしたらハッピーエンドなんですから」
「もしかしたら、ラスボス(魔法使い)の後に隠しボス(魔王)が居るかもしれないッスけど、それでも俺らのやることって変わりませんし」
「強くなって、惑星を砕く敵を打倒するのには、変わりありません。だから、今は、さっき聞いたことは幻聴か冗談だと思ってたほうがいいですよ」
「う、うん」
「変に他のことに気を取られて、途中で死んだら元も子もないッスからね」
「そう、ね……」

 二人の言い分に、白道は完全に納得したわけではない。
 だが、今気にしすぎても意味のないことであるのも確かだ。
 それに、雨宮とさみだれが、白道にとっての仲間であり、戦友であるのもまた、間違いのないことなのだ。

「今は、信じるしか、ない……のね」
「そういうことです」
「それより早く料理持ってかないと、アニマからなんかされるッスよ?」

 雨は上がりつつあり、午後には晴れそうだった。

「どちらにしても、今は強くなるしかない、のね」

 泥人形に勝つにも、アニムスに勝つにも、あるいは雨宮たちを止めるにも――力が必要だった。
 「幻獣の騎士に成れれば――」と白道八宵は心のなかで呟いた。


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ご無沙汰してます。

ということでアニマ登場&半月さん幻獣騎士化。ルドでもののけ姫ごっこが出来るよ! 「獣の騎士団」なのに騎兵が居ないって名前詐欺が解消されるよ!(いやここでの「騎士」=「騎士爵位」=「姫を守る近衛」的な意味ってのは分かってますが)
風巻さんは前話末時点でアニムスと邂逅済み(アニムスが『風巻の三ツ眼』と発言してるのはソレです)。太陽くんもその場に居た。太陽くんの治癒能力は、必死の訓練ですでに実戦レベルになってます。真っ二つにされても死ななきゃ安い、って言えるレベル(やっぱり実際に死にかけたのが堪えたらしい)。
んで白道さんには魔王バレ。原作との違いは、太朗と花子も、姫と雨宮の企みを知っていること(太朗と花子は姫のうわ言を聞いたのではなく、前世知識のおかげで既に知っていた。んで白道の様子から察して、サイコメトリーで軽く白道の意識を読んで話を合わせただけ)。白道さん的には、秘密共有の相手がいる分、原作より少しは気が楽になるかもしれない。

次回、VSメタゲイトニオン・改。さて、姫はダウンしたままだけど、大丈夫か?


2013.03.02 初投稿



[31004] 21.対決! メタゲイトニオン・改!
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a62f9fd0
Date: 2015/01/14 22:26
あらすじ。
 日下部太朗は逆行者である!
 生き延びて宙野花子といちゃラブするために時間を遡ってきたのだ(と彼は信じている)。
 なんだかんだで惑星を砕く物語は半ばを超え、いよいよ佳境である。
 逆行前より強化されてるっぽい泥人形、助けられなかったカジキマグロの騎士、生き残ったイヌの騎士……未来は誰にも分からない。精霊にも魔法使いにも。
 そんな中で、日下部太朗は果たして生き延びられるのか!?

==============================

 獣の騎士団に転機が訪れたのは、彼らが鄙びた海辺で夏合宿を開いている最中のことだった。
 合宿中盤の、雨がしとしとと降る朝方のこと、騎士たちは精霊(プリンセス)アニマに異空間に招かれた。
 そこで驚嘆すべき出来事が起こり、騎士団の面々は戦いが新しい局面に入ったことを知る。

 転機の象徴たるは、『霊獣(ユニコーン)』の騎士の登場。
 以前よりほのめかされていた幻獣の三騎士のうちの一つが、ついにようやく、現れたのだ。
 精霊アニマの力を与えられて、あのイヌの騎士が、真白き一角獣たる『霊獣』の力を宿したのだった。

 「って、イヌかよ! ユニコーンはウマじゃねーのかよ!」という全員のツッコミとともに。

 まあ、さておき。
 他にもヘビの騎士たる白道に魔王主従の野望がバレたり、それをネズミとカマキリがフォローしたり色々ありつつ――。
 そして、その記念すべき日の午後には雨も上がって、うだるような蒸し暑さが日差しと共にやってきて。

 同時に『ソレ』も唐突にやって来た。
 いや、いつもソレは唐突にやってくるのだ。


 ――ゾグンッ


 と身体に刃を突き立てられるような、
 あるいはまるで大斧で真っ二つにされるような、
 冷たく凍るような『殺気』の気配もまた、やって来たのだ。

 もはや慣れ親しむほどに繰り返されて、しかし決して慣れることはできない殺気(ソレ)。
 すなわち、泥人形の出現の、ソレ。

「……ッ!!」
「これは――」

 誰もが息を呑み、手に汗を握る。
 騎士たちは、このおぞましくも恐ろしい気配に覚えがあった。
 以前に『遭った』覚えがあった。

「直ぐに『綿津海(ワダツミ)』で策敵するッス!」
「いや――必要はあるまい……。これだけハッキリしていれば、嫌でもわかる」

 索敵に特化した拡散型の掌握領域――索敵海域『綿津海』を展開しようとした太朗を、南雲が止めた。

 索敵の必要はない。この『大斧のような殺気』は、間違いない。忘れるものか。
 これは、先日“七ツ眼”の半分を食らって強大に進化した“八ツ眼”の泥人形に相違ない。
 離れていても分かるこの凶悪さ。かつてない強敵だ。厳しい、厳しい戦いになるだろう。

 だが海に特訓合宿に来ていた騎士団の面々に、緊張はあっても、動揺はない。
 彼らは戦士だ。
 誰も彼も、既に戦う覚悟はできている。

「いくぞ」
「はい」「ええ」「もちろん」

 凛とした表情で、彼ら騎士団は旅館の部屋から表へと向かう。


  ◆◇◆


 確かに不安要素はある。
 ――最大戦力たるさみだれの一時戦線離脱だ。
 精霊(プリンセス)アニマを宿す朝日奈さみだれは、イヌの騎士に『霊獣(ユニコーン)』の力を与えたが、そのために力を使いすぎたのか、今は、宿の部屋でグロッキーになっている。

「うう~、力が出ぇへん……」
「姫……」
「こんな時に、ゴメンなぁ、ゆーくん」

 トカゲの騎士・雨宮夕日が甲斐甲斐しく世話を焼いている。
 体調が悪いせいか、姫は不安げだ。
 強大な敵との戦いを前にして、騎士団の誰かが欠けやしないかと、嫌な予感が拭えない。

 だが姫の不在でも勝機は十分以上にあるだろうと、雨宮は考えている。
 それはある種楽観的な思いとも言える。だがそれは、ただの楽観ではなく、根拠ある楽観だ。
 最大戦力の不在を埋める、新たなる最大戦力の存在が、雨宮の楽観――あるいは勝利への自信――に根拠を与えていた。

「ゆーくん、行くぞー。みんなもう外で待ってるぜ」

 宿の部屋の襖を開けたのは、イヌの騎士・東雲半月だった。
 姫を看病する雨宮を戦場へと誘いに来たのだ。

「東雲さん、ごめん、あたし……」

 東雲半月は、臥せっているさみだれの顔に弱気の虫を見出すと、にやりと不敵に笑ってみせた。頼もしい、ヒーローの笑みだ。

「さみちゃん、心配すんなって。今日はこのかっちょいいお兄さんに任せとけって!」
「東雲さん……。うん、お願いします」

 彼、東雲半月に宿ったのは、新たな力。
 幻獣の三騎士のひとつ、『霊獣(ユニコーン)』。
 圧倒的なサイキックの力を姫から分け与えられた、最強の一角。

 しかもその力を操るのは、“風神”と綽名される古武術の達人――イヌの騎士、東雲半月なのだ。
 あるいはユニコーンの力を揮う半月は、攻撃力という面だけならば、さみだれを上回るかもしれなかった。

「行こうか、ゆーくん」
「はい。行きましょう、東雲さん。――姫、では行ってまいります」

 イヌの騎士とトカゲの騎士は、姫を残して戦場へと向かう。
 最強の騎士と、魔王の騎士。
 その背中は頼もしかった。
 でもさみだれは何故だか無性に悲しくなった。
 それは、この二人がやがて決裂する定めにあるからだろうか。


  ◆◇◆


「来たか、東雲、雨宮。これで全員揃ったようだな」

 二人の騎士が雨上がりの旅館の前へと出てくる。他の面々は既にそこで待っていた。
 林から聞こえるはずの蝉しぐれは“八ツ眼・改”の大斧のような殺気に当てられてか、ぴたりと止んでしまっている。
 耳鳴りさえしそうなくらいの不自然な静寂と夏の日の熱気の中、騎士団の面々は、体調を崩しているさみだれ姫を除いて勢揃いした。

「よし、獣の騎士団、出陣だ!」

 ウマの騎士である南雲が号令をかける。
 『応!』、と気合を充実させて騎士団の皆は答えた。

 向かう先は、海からほど近い里山の麓だ。
 敵はそこで待っている。


  ◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 21.対決! メタゲイトニオン・改!


  ◆◇◆


 泥人形とは絶望のカケラである。
 奴らは空に浮かぶ、絶望の象徴たる星砕きの『ビスケットハンマー』の兄弟たちなのだ。
 それこそが魔法使いアニムスの泥人形。
 アニムスの、全知への渇望の化身でもあるそれらが、太朗たち獣の騎士団の敵である。


 旅館からほど近い山の麓の、中でも雑木林が開けた天然の広場のような場所。
 殺気の源をたどって、獣の騎士団が警戒しながらやってきたそこで待ち構えていたのは、やはり予想通りの相手だった。
 確かに、以前に垣間見た相手だった。

 “七ツ眼”の半分を喰らって強化された、“八ツ眼”の泥人形。
 異貌の化け物巨人。

 見上げても足りないほどの土色の巨躯。
 まるで、ワニ頭のエジプト神・セベクの上半身を、巨大なワニの身体に載せたような。
 あるいは恐竜をケンタウロス型にしたような。いや、ケンタウロスを竜種にしたような。

 それが、“七ツ眼”の上半分を食らって融合した“八ツ眼”――メタゲイトニオン・改の姿。

「はっ、カッチョイーじゃねーの」

 戦闘狂の三日月が、牙をむき出しにして笑った。それは虚勢か、あるいは強敵を前にした歓喜か。
 いや、案外単純に、メタゲイトニオン・改の姿が三日月の趣味に合っただけなのかもしれない。

「まあ、今までの泥人形よりは、分かりやすく『バケモノ』ッスよね」

 太朗は注意深くメタゲイトニオンの全身を見る。
 記憶を持ち越している彼にとっても、この『八ツ眼・改』は未知の相手だ。

 まず目を惹いたのは、メタゲイトニオン・改の長い尾だ。無数に剣を生やした恐ろしい尾。胴体と同じ程に長い尾は、剣を束ねたような外見に違わぬ脅威を備えているのだろう。
 尾の先から根本へと視線を動かしていけば、次に見えるのはダンプカーのような大きさの胴体と、それを支える四肢だ。その四肢のそれぞれの付け根には感情を感じさせない眼玉が一つづつ開き、ぎょろぎょろと周囲を見回している。
 さらに視線を動かせば、巨大な胴体の先からは首の代わりに隆々たる上半身が立ち上がり、それは両肩から巨木の幹よりも太い腕を生やしていると知れる。こいつは体を支える四肢に加えて、ゴリラを思わせるような両腕まで持っている六肢の異形なのだ。
 太い腕を支えるイカリ肩から胸にかけて、まるで博物誌の首無し人種『ブレムミュアエ』かのごとく不気味な双眸が開き、騎士たちを見据えている。
 しかしコイツは首無し人種ではない。双眸を宿す肩の上には、ワニを模したような、あるいは肉食恐竜のような頭部が載っている。大きく裂けた口の中からは、ナイフのような無数の鋭牙が覗く。その口は人一人くらい簡単に飲み込めるほど大きく、牙は容易に騎士の身体を引き裂くだろう。

 身体のあちこちに瞳を埋めた巨大なドラゴケンタウロス。
 暴力の化身と称するにふさわしい威容であった。

 四肢と肩の6ツの眼と、そして竜の顔に開く9ツの瞳――合計15の瞳がゆっくりと動いて騎士たちを睥睨する。

 ごくり。
 緊張に唾を飲んだのは騎士たちのうちの誰だったか。
 張り詰めた糸のような気配が場に満ちる。

 しかし。

「やあ」

 そんな緊張などお構いなしに、聞きようによっては脳天気にもとれる声が掛かる。
 声の出処は、騎士たちの遥か頭上。天からだ。
 そんなところに居られる者は、ヤツしかいない。常識を覆す超能力者たる、敵の首魁しか。

 いつの間にか虚空に、そいつの気配は現れていた。
 いや、それも当然か。

「あれ。今日は、アニマは居ないのかな」

 瞬間移動も、空中浮遊も、彼にとっては児戯に等しい。

 彼――魔法使いアニムス――にとっては。

 32世紀からやってきた、超越的サイキッカー。
 破壊神を名乗る者にして、ビスケットハンマーの製作者。
 そして、騎士団の敵。そんな彼を端的に表すとするなら、要は『ラスボス』だ。

 そんな恐ろしい魔法使いの言葉に答える者が――応えられる者が居た。
 怜悧な声が、主人の敵へと言葉を返す。

「コイツ程度なら姫が居なくとも充分、ということだよ。魔法使い」

 魔王の騎士でもあるトカゲの騎士・雨宮が、異形のドラゴケンタウルスに手を向け、冷然と答える。

 既にその手には臨戦状態に引き絞られた掌握領域『方天戟』があった。
 捻じられたそれは、今までも泥人形を穿ってきた、そして次もまた――。
 冷めた声音とは裏腹に、雨宮の闘志は熱くたぎっているのだ。

 今しも放たれんと方天戟が引き絞られた瞬間、しかし雨宮を押しとどめる声が続いた。

「おっと、ゆーくん。今ばかりは俺に任せてもらおうか!」
「……東雲さん」

 押しとどめて前に出たのは、イヌの騎士・東雲半月。
 いや、もはや彼はただのイヌの騎士ではない。

「ルド!」
「アォオーン!!」

 半月の掛け声に応えて、彼の相棒であるルドが遠吠えをする。
 次の瞬間、ざわりと不可視不可触の、しかしそれでも風としか言えないものがルドを中心に吹き抜けた。
 超常の力、サイキックの余波を魂が風として感じとったのだった。

 見よ!

「行くぞ! ルド!」
「無論だ、半月!」

 刹那の後、そこには東雲半月の背丈ほどもある巨大な狼が現れていた。

 見よ、美しい白銀の毛並みを。
 見よ、力強い四肢を。
 そして何より目を惹くのは、その額から伸びる神々しい一本角。
 神話の森にでも生きていそうな、強き獣がそこに居た。

 霊獣(ユニコーン)の位階は伊達ではないのだ!

 半月が巨狼となったルドの背にひらりと飛び乗る。
 その手からは、馬上槍(ランス)を象るように凝縮された掌握領域が伸び、ギュンギュンと唸りをあげている。


「へぇ」

 僅かにアニムスが口の端を上げた。
 時間をすりつぶして遡上する彼にとって、パートナーにまたがる騎士の相手など今更珍しくもない。
 だが、そういう悪足掻きが、アニムスは嫌いではないのだ。

「じゃあ、やってみるかい? メタゲイトニオンとさ」
『GUUURRRROOOOOOOOOOO!!!!』

 主命を受けて、メタゲイトニオン・改が雄叫びを上げた。
 その存在意義を果たすために――絶望を振りまくために。



=============================


あけましておめでとうございました。
次はいよいよ「ギガドリルブレイクゥゥゥウウウ!!」の予定。
2015.01.14 初投稿


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