<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[30986] 【更新停止】星の屑、そう僕は呼ばれた。 【IS オリ主転生SS】(習作) 
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/03/03 17:02
おはにちわ、不落八十八と申します。

これから紡がれる物語は 原作【IS~インフィニット・ストラトス】の二次創作SSでございます。

以下の成分を含みますので、アレルギー又は「は? ねぇわ」と言う方は戻ってください。

・オリジナル主人公
⇒人造人間(生産地:鉄の子宮)×束さんのとっておき=チート級
原作知識無し。

・オリジナルキャラ及びIS

・キャラの性格に若干妄想フィルター(不落八十八風味)がかかっています。
⇒千冬さん可愛いよ千冬さん。

・ハーレム要素は一人に固まらない方向で。

・各ヒロインが英字化及びぶっ飛んだ行動をする可能性 有

・基本的に原作路線でまっしぐら

・原作の独自解釈 有

・不定期更新(ストックを落としていく感じで)

・ガトー成分は含まれません。(ネタはあるかもしれませんが)

・書き忘れてましたが、処女作です。

以上

では、千冬会と対立中(と言う設定)のサウンザン党員でありセカン党と密かに繋がっている不落八十八がお送りいたします。
元ROM専の不落八十八ですので、過度な期待をせぬよう生暖かい視線でご覧になってください。
アドバイス&コメント待ってます。


追記

【サウザン党員カード作成のお知らせ】

感想掲示板にて、
千冬様のことを語る際には名前の欄に【サウザン党員:○○】又は文字数的にアウトの方は【千党員:○○】(○○にはご自分のお名前)、又は党員であることが分かるようなお名前で、一般のコメントと別にコメントしてくださると不落のモチベーション(主に本編の千冬様の行動の増加)に繋がりますので、是非お使いください!
(これを適用する場合は、千冬様を語ることについて限定させていただきます。一般のコメントは普通のお名前でお願いします)

あくまで本編の千冬様を中心的に、です。

――某巨大掲示板のようにコメント同士で喋る場ではありませんので、掲示板規約をくれぐれも破らないようにケジメをお願いします。――





では、戻るボタンを押さなかった方のみ、不落の紡ぐ物語をご覧くださいませ。


追記:ISの八巻出たら続きやろうと思います。(←更新停止の原因)



[30986] 序章 ~星屑の煌めきは~
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/01/27 19:26
 ――手を伸ばした先に、未来はあった。

 そう僕こと異音(いお)は改めてその幻想を心一杯に、噛み締める。
 何処ぞの青い兄貴のように、「二度目の生に興味は無い」と言ったら嘘となるだろう。
 なぜなら、二度目の生にありつけて、加えて前世ではできなかった様々なことを体験することができたからだ。
 右腕が動く、首が動かせる、手を握ることができる、左足を動かすこともできる――、消毒用のアルコールの臭いがこびり付く病院のベッドの上で夢見たことが現実となっているのだから。
 交通事故で幼馴染と首から下の自由を失った僕は、病院のベッドの上で一人孤独に死んだ。
 ああ――ようやく君の所に逝けるんだね、と少し冗句染みた言葉を吐いて、瞳を閉じて、死に絶えたはずなのだ。
 なのに、一向に死に堕ちる様子が無く、むしろごぼごぼと空気の泡が通るような音がするのだ。目を開けるのは必然とも言える。
 開いた視界一杯に疑問が満ち溢れていた。

 なぜ、僕は水のような場所に居る?
 なぜ、僕は白衣を着た輩に凝視されている?
 なぜ、僕は――――生キテイル?

「実験は成功だッ!」

 男性が叫ぶと、周りの男性達も合わせて喜びの声を上げた。そして、ようやく僕は気付く。

 ――――二度目の生を授かったのだと。

 これに気付いたのは三ヶ月のことだ。僕が、この二度目の世界に産み落とされてから三ヶ月が経った。
 どうやら僕は鉄の子宮から生まれた試験官ベビーらしい。僕の担当になったと自称する博士(ドク)がそう言っていた。
 本当は伝えてはならない事項らしいが、酒に溺れてか博士はぺらぺらと饒舌に、そして誇りを持って僕に語った。
 今、世界は女尊男卑の世界になっているということを。
 男性はまるで犬のように働き、雀の涙ほどの給金を貰ってほそぼそと暮らしているということを。
 博士は昔【空の王者】と呼ばれたエースパイロットであったことを。
 インフィニット・ストラトスと言う馬鹿げた性能の兵器に空を奪われ、誇りを奪われ、職を奪われ、奥さんと子供も奪われたことを。
 同じ境遇のメカニックの男性達を集め、極秘裏にこのプロジェクトを立ち上げたことを。

 ――――ドイツの強化遺伝子実験の二番煎じ、男性である実験体にISを起動することができるようにする実験プロジェクト。

 博士によると、ISは女性にしか扱うことが出来ない兵器らしい。
 元々は宇宙用のスーツとして開発されていたらしい。しかし、とある事件のせいでそのスーツ、ISの価値観が変わってしまったそうだ。
 白騎士事件。名だけ聞くとヒーロー的存在であった白騎士と言う奴が暴れたかのように感じる。話を聞けば、初代IS操縦者が操る白騎士と呼ばれた存在は、突如ハッキングされ日本に放たれた数千のミサイルの波を全てきっちり落とし、尚且つ戦闘機とドックファイトをして楽々と逃げ遂せたと言う凄まじい所業をしでかした。
 一般人なら「すげー」の一言に尽きるが、メカニック、及び戦闘機を操る漢達には凄まじい衝撃を与えた事件である。
 ISと命名されたそれが各国の主力兵器となるのは必然的であった。第三次世界大戦を引き起こしかけたが、ISの生みの親たる篠ノ之束の一声で一気に冷えることとなる。「467機で作るのを止めるから、壊れたらどうするのかな?」とのこと。
 各国の首相達の頭を冷やすのに、これほど効く痛恨の一撃はなかったようで、アラスカ条約と言うISのための世界の決め事を決めたそうだ。
 事の発端、つまるところ開発者の篠ノ之束博士が日本人だからと言う理由で某A国が「責任……取ってね?」と眼が笑っていない様子で微笑んで、日本にIS学園と言う学び舎を作らせたそうだ。
 そこではISの適性がBを超える有望な少女達にISを学ばせ、いまやスポーツの特異の一種とされているISの技術の発展を促すために授業が行われているらしい。モンド・クロッソと言う世界大会まで生まれ、今年に二回目があるそうだ。

 っと、本題から凄くずれてしまったので戻すことにする。

 なぜISが男性に使用することができないのかは当の本人、篠ノ之束博士も知り得ないらしい。
 ISが男性を拒んだのか、それとも致命的なエラーなのか、それともしれっと嘘をついてそういう仕様にしたのか、闇の中だ。
 現在の状況を打破するべく集まった漢達はまずISのコアの解析から始めた。
 天才、いや男性にとっては天災の頭脳を理解することはできなかったようで、ISコアの書き換えを初期段階で諦めたそうだ。
 ISを変えることができないのであれば、扱う操縦者、つまり男性を何とかすれば良いことに気が付いた。
 男性の身でISの稼働データが取れれば飛躍的な進歩を遂げることができるだろう、そう漢達は考えたようだ。

 そして、上空の星の煌めきを掴みとるかの如くの内容のプロジェクト――【星の屑】が始動した。

 メカニックの知り合いにドイツの軍でとある実験を行っている人物が居り、このプロジェクトに歓喜して共同プロジェクトとなった。
 勿論、ドイツ軍とパイプがあってのことだ。
 三年の年月を経て、最初の実験体である02号――僕の事――が誕生した。
 当初の思惑と相反する結果、つまりドイツ軍による開発を受けていた01号が女性型になってしまったことを覗けば概ね成功であった。
 01号はドイツ軍による別の実験を受けるためにかなり前にドイツへ送られたが、僕は目を覚ますつい三ヶ月前まで日本の何処かの地下の施設で黙々と【星の屑プロジェクト】による実験を続けられていたと言うわけだ。

「おーい、異音? 何をしているんだ?」

 第三研究所と言う場所に移された僕は技術や知識を学んでいた。
 その過程で名前の必要性が出てきたため「イオ○ズン」から「イオ」を取り、当て字として異音と言う名前が付けられたらしい。
 ……こっちでも名作だったのかド○クエ。
 これまでの振り返りをしつつ、惰眠を貪る場所を探していた僕に声がかかる。振り返ってみると筋骨隆々のナイスガイが立っていた。

「ん、特になにも。強いて言えば昼寝でもしようかと場所を探していたところですかね」
「ははっ、寝る子は育つと言うからな。良く寝とけ」
「源次さんは根を詰め過ぎなんですよ。睡眠取ってます?」
「あっはっは! 違いねぇ! ま、これから仮眠室ってとこだ。じゃあな異音」

 徹夜明けで若干【最高にハイってやつだぜぇモード】に入っているメカニック班の源次さんを見送り、いつも昼寝に使っている中庭のベンチに向かう。緑があった方が精神的に落ち着くと言う理由から研究所に作られたそのスペースには、大きな樹があり、その木陰にベンチが一つポツンと設置されている。
 「遠目で見るだけで十分」と言う人達が多いせいかそのベンチは僕専用になっており、特別な理由が無い限り使われていない。

 だが、今日は珍しいことにそのベンチに座っている女性が居た。

 頭にはウサ耳のついたカチューシャ、それに似合う独特なゆったりとしたファッションに身を包み、かなり自己主張の激しい二つのメロンを所有している女性で、少なくとも研究所の中で会うことも見たことも無かった気がする。
 そのウサ耳の女性はキョロキョロと忙しなく辺りを見回していた。……凄く、怪しいです。
 視界の中に僕の姿が入った瞬間にムッとした顔をしたが、パッと表情が笑顔に変わる。勿論、眼は笑っていない。

「ハロハロ~、君が02号くんかな?」
「そうですが何か?」
「あれ? 私のこと知らない? 結構有名なんだけど」

 そうウサ耳の女性は大きな胸の下で腕を組み、それらをたゆんと揺らした。……うーん? やっぱり知らない人だな。
 こんなに印象に残る人を忘れるはずがない。

「……すみません、聞き及んでいません」
「え~? 超絶美少女狂気科学者の束さんを知らないの?」
「束? ……ああ、ISの生みの親の篠ノ之束博士ですか」

 確かに、超絶美少女を自称するのに値する美しい女性だ。
 家に帰ってきて「ご飯にする? お風呂にする? それともウ サ ミ ミ?」と聞かれたら「寝る」と即答したいくらいの美人だ。
 何となく雰囲気からして研究所の博士達と少し似たような感じがする。
 自分の果てを最大限に研究し続け、尚且つそれを実現してもその次を欲するような貪欲な心を持つような人物だ、そう僕は印象づける。
 
「へぇ……知ってても態度変わらないんだ」

 そう束博士はニヤリと嬉しそうな、しかしどこか残念そうな笑みを浮かべる。

「それで、僕に何か御用ですか? 何も無いのなら僕は惰眠を貪りたいんですが」
「ああ、ここが君の昼寝スポットなんだね。確かにここは気持ちが良いね~束さんも寝ちゃいたいくらい」
「寝たら如何です? 探求に命を燃やすのも構いませんが、睡眠は大事ですよ。ナノスキンで目の下の隈を隠すのなら、寝るべきかと」

 ギョッとした様子で束博士が僕を見つめる。実は僕を構成するパーツは細胞だけじゃない。
 僕の右眼は義眼、いや機械的な義眼である。金属や望遠ガラス、色々なもので構成されている。
 内蔵を覆うのはナノメタルと言う金属も含まれているし、実際右腕は99%の金属部品と1%の神経だ。あちこちがそう成り立っている。
 何でも、期待していた01号にパーツを回していたらしく僕は本来予備、バックアップの実験体だったらしい。しかし、01型が女性型となってしまったため、急遽僕を完成させるために都合の良い機械部品をあてがった、と言うことだ。
 自分を自分で実験体と称するのは如何なことかと自分でも思うが、二度目の生、と言うか他人の体を借りているような感じなのでちょっと納得してたりする。

「君は……私に何か言うことはないのかな?」
「どうしてです?」
「疑問に質問を返されるのは好きじゃないかなー。体中を弄繰り回されて、人体の禁忌を侵して作られたその体は嫌じゃないのかなーと、身内に優しく他人に厳しい束さんは気になるのだよ」
「ああ、"そんなこと"ですか。別にありませんよ。元々この身、僕が生まれたのは束博士の作り出したISによる負の意思からですし、何より僕が僕で居られているので、特に思うことは無いですね。強いて言うのなら、むしろ感謝しています」
「……感謝? 君が、私に?」
「ええ、僕がこうして生きている、生まれたのは束博士のISがあったからです。
何より源次さんや博士、皆の期待によって生まれたのが僕ですから、こんなに誇らしいことはありませんよ。
――ありがとうございます、ISを作ってくれて」
「――――ッ。……女尊男卑の世界を作り上げるのが私の目的だったとしたら?」
「別に? "興味がありません"。何より、男性が全滅したらそのまま人間は絶滅しますし、そんな結果を軽んじている今の女性に栄光ある未来があるとは思えませんし。あったとしても、自己満足の栄光でしょう。
鉄の子宮から生まれた僕だからかもしれませんが、一度滅んでみるといいんじゃないですかね、人間は。一から始めるのもまたいい薬じゃないかなと」

 僕は、元々こう言う人間だった。

 だから、二度目の生であってもそれを変えることはしない。してしまったら、それは過去の僕に対する冒涜、すなわち拒絶だ。
 今の僕は、過去の僕があって成り立っている。それを忘れて別の僕になってしまったら、それこそ本当に本末転倒だ。
 将棋やチェスのように、相手の出方を二手三手先まで読む。それはどんな事物、事柄にも共通して優れている考え方だと思っている。
 実際、女尊男卑である世界でなぜ男と言う性が絶滅していないのかを考えれば分かる話だ。
 世の中は女尊男卑と言われているが、実はほとんど変わっていないのだ。
 もし、ISが大量生産されるほどのものであったらなら、男が全て奴隷のような扱いをされ今現在謳われているような世界になるだろう。
 しかし、ISは467機しか存在しない。代用も量産も効かない超重コストの代物。
 一つ一つに慎重になり、企業や国が率先してそれを集めるだろう。
 さて、そこで考えて見て欲しい。そんなに大切なISが――何億人も居る女性全てが使えるか否か。
 答えは、否。量産型の目途が立たない限り不可能に近い。
 だから、実際に不況となったのは一部――軍事関係の職、及びに賢くない女性の多い場や社長がダメな場合の企業――のみで、男性でありながら社長の地位に居る者が圧倒的に多いのだ。
 IS操縦者である女性が発言するのであれば適当な理由であるが、そこらの女性が男を卑下する理由に成り得ないのだ。
 ……そう、今の状況は、莫大な利益を得るために便乗しようと言う輩に踊らされているだけなのだ。
 「考えなさ過ぎだ、有象無象の馬鹿共」と、締めくくらせてもらう。……まぁ、実際にそれを指摘してやっても駄目な奴らは駄目だしな。

 ――だからこそ、僕が存在しているのだ。愚かでありながら、誇りを取り戻そうと決意を決めた人達の夢や希望として。

 束博士は何処か羨ましそうで、哀れみを含むような視線で僕を見ていた。まるで、何処かに置いてきた何かの存在に気付いたかのように、僕を見つめていた。

「……うん、決めた。02号君、君に私のとっておきをプレゼントしてあげる。
ちーちゃんが白でこの世界に示したように、君は黒でこの世界に示すと良いよ。
本来、祀り上げられて称えられるのはこの私、天才科学者の篠ノ之束ただ一人。なんで、ちーちゃん以外の雌豚共が良い顔しているのかが分からないし、すっごくッむかつくんだよね。それはもう滅ぼしたいくらいに。
だから、私はこのプロジェクトに投資してあげたんだよ。元々事の発端は私だしね。
人が平等であった時代なんて紀元前くらいじゃないかなって思うけど、正直見てらんないんだよね。男と女の差なんてついてるか産めるかぐらいだし、なんで上に立ちたがるのかが分からない。
皆、皆――壊レテシマエバイイヨ」

 束博士は作っていた笑顔ではなく、真剣な表情で感情を吐露した。まるでそれは怨嗟、苛立ち。自分のやりたいことをしたのに誰もそれを見てくれなくて、結局自分のそれを持って行って偉そうな顔をしているのを気に入らない子供のようだった。

 ――――ああ、そうか。この人は足りないんじゃない、"足り過ぎていた"のか。

 人が、人として成るために必要な心と感情と肉体。
 その一つ一つが特化された者のことを賢者と言い、地を這うようなレベルを愚者と呼ぶ。
 この人は賢者でありながら、愚者なのだ。行き過ぎたそれは、天を超えて地へ戻る。つまり、行き過ぎてしまったのだ。
 この人は他人に興味を持たないんじゃない、興味があり過ぎてそれを研究し尽してしまったために飽きてしまったのだ。
 自分を超えるような天才、いや天災が生まれないと思っているから、この世をつまらないと思うんだ。張り合うべきその相手が居ないのはつまらない、暇過ぎる。自分以外の全員が賢者であったのなら、彼女は今の様にはならなかっただろう。

 考えて、考え過ぎて、呆れて、呆れ過ぎて、諦めて、諦め過ぎて、絶望して、絶望し過ぎて、彼女は壊れてしまったのだ。

 行き過ぎた精神が、天上の者であった賢者をここまで落としたんだ。
 束博士は、妥協を許さない人物だった。だから、他人の妥協を理解できずに壊れた。そのため、他人に興味を持つのを止めた。
 他人の妥協を許してしまえば、今の自分の何かが壊れてしまうから。これまで積み上げてきた努力の結晶たる砂の城が妥協と言うボールにより崩されるからだ。
 故に、彼女は理解されなくなった。自分達の理解を超えて、その上を行く人だから。
 人は他人が怖い、故に理解を重ねることで緩和していく。しかし、彼女のことを理解し切れない、なら、それは一種の恐怖と同じだ。
 怖いものだから、手を出さない。それが賢明な判断だろう。だから、彼女の周りに――誰も居やしない。

「人間、狂気沙汰の世界で生きる方が楽しいですもんね。皆して壊れたら愉快痛快でしょうよ」

 ぬるま湯に浸かる人生は、もう経験したからな。そんな人生を送るのも悪くない。
 その言葉を聞いて、束さんは心底嬉しそうに口角を上げた。

「ふふ、あは、あはははは、アハハハハハハハハハハハハ!!! 最高だね、君。本当に最高だよ!!
……待っててね、君にプレゼントするあの子を最高のモノにしてみせるから!」

 ピョコン、とベンチから立った束博士は僕の前に飛び出して――――唇を奪った。
 アニメなら恐らく、ズキュゥゥウウウンッ! と言う文字が流れることだろう。彼女の唇は甘くて、そして、切なかった。
 えへへ、と彼女は笑みを浮かべ、空から飛来した人参に収納されてこの場を去った。
 カリカリとこめかみを掻きながらその一瞬の出来事を思い返して赤面して、空を仰ぐ。雲一つあるだけで、他の部分は真っ青だ。
 …………天災科学者篠ノ之束、彼女を理解できる人間は果たしているのだろうか。

 彼女の温もりを感じるベンチに背を預け、僕は瞳を閉じた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――星屑の煌めきは/End



[30986] 一章 ~黒騎士事件~  
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/01/27 20:10
【SIDE 異音】


 第二回モンド・クロッソ予定地であるドイツの地に僕は立っていた。
 あれから束さんと話し合う機会が増え、ISの知識と共に僕は力を貰った。
 男性には運用できない兵器であるISをプレゼントされた。彼女曰く、「異音の力になってくれるよ♪」だ、そうだ。
 ちなみに未だにISの機動実験にまでありついていないので、手つかずだ。何より、僕は男性であるからISを使うことはできないだろうに。
 博士(ドク)が言うには、理論的には僕はISを使うことができるらしい。ISのコアに女性であると誤認させるプログラムを注入するナノマシンを含んでいるらしく、研究所の方でISのコアが手に入り次第実験するらしい。
 束さんから貰った待機状態のIS――僕の新しい右眼――の存在を伝えているが、彼らは何としても自分達の手でこの計画を完成させたいらしい。確かに、僕も同意見だ。自分の力でやることで、成す以上のモノが手に入るのだ。だから、僕の右眼は最後の手段、カンニングのようなものだ。これを使う日はそうそう来ないだろう。

 ――と、思っていたんだけどなぁ……。

「博士、今……」
「ああ、そうだな。車に乗せられたっぽい少年が"居た"な」

 操縦者のレベルが高いモンド・クロッソを観戦することにより、さらなるISについての知識と理解を深める――と言うコンセプトで僕はモンド・クロッソ開催予定のドームの近くの通りに居た。先ほどまでホテルの前にあった店でドイツの美味しいビールとソーセージに舌鼓を博士と一緒に打っていたのだ。一息ついて市場を回るか、となり勘定を済ませて外にでた瞬間の出来事だった。
 ホテルのゲートの所に日本人の少年が居るなーと思っていたら、左方の通りから黒いワゴンがホテル前に停まり、再発進した。あら不思議、先ほどまで立っていた少年が居なくなっているではありませんか。……うん、拉致だな。
 どうするんですか? と博士に聞こうとした途端、博士はにっこりした笑顔で僕に言った。

「暇だから助けに言ってやるか。同郷だしな」

 暇だからと言う理由で人助けをするのはどうかと思うが、珍しく良い内容であったため僕は同意した。
 ホテルのパークに止めていた博士のバイクに乗り、追跡開始。……楽しくなってきたぞっと。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――/




【SIDE 拉致された少年】

 あ痛たたたたッ!?

 肘に走った痛みに悶絶して俺は目が覚めた。
 えっと……? なんで俺は体育館の倉庫みたいな場所に居るんだ? しかも鎖みたいなので腕を極められているんだけど。

 と、取り敢えず状況を思い返してみよう。

 俺は千冬姉の弟の織斑一夏、中学一年生だ。……って、戻り過ぎか。
 千冬姉の招待状でモンド・クロッソ? って言うISの世界大会の決勝戦のチケットを手にドイツに来て、よーし! ソーセージ喰うぞー!
 と、ホテルの前で意気込んだ瞬間に見知らぬ黒いワゴンから溢れ出るように出てきた黒服達によって変なもんを嗅がされて……。

 そこまで思い出して、ふと気づく。

「あれ、俺もしかして拉致られた?」

 疑問と言うか、答えのようなそれに返事をしてくれる人は居らず、冷たい風が頬を撫でるだけだった。
 風は目の前の重々しくて錆び錆びの鉄の扉の隙間から流れてきていた。外の状況を見るために、扉に近寄り隙間を覗く。
 殺風景が広がっていた。廃墟のようにむき出しのコンクリートが壁、床、天井を彩っていた。灰色一色だけど。
 隙間を上から下へと見やる、外側の真ん中の所に鍵らしき南京錠がぶら下がっていた。施錠されてるなぁ……、逃げれん。
 取り敢えず救援を待つか。ガクガクブルブルしてても良いんだけど、何か盛り上がらない。

 アレか? 拉致った犯人の姿を未だに見ていないからか?

 そんなことを思っていると、視界が真っ黒に染まった。いや、隙間の前に誰かが立ったのだ。
 ドッドッドッドといきなりビートを刻み始めた自分の鼓動に驚き、サササササと定位置に下がる。
 ガチャン、と重い音が響いてから、ガラーッと勢いよく扉が開かれて、うほっな屈強な筋骨隆々の黒スーツの男が入って来た。
 むんずと俺の体を肩に乗せてえっちらほっちら運び出された。……何か問答があったらもう少し緊張感があったのになぁ。
 しばらく肩の上で揺られた後、丁寧に下ろされて黒服達に囲まれる状況に変わった。……うん、だらだらと冷や汗が流れてる。
 カツンカツン、とコンクリをヒールが歩く音が聞こえ、黒服がモーゼの海割りの如く左右に割れる。
 現れたのはスーツを着込んだ赤髪の女性だった。

「ねぇ、坊や。どうして君がここに居るか分かるかしら?」

 やけに猫かぶりな声が女性から発せられる。

「拉致されたからだろ」
「ま、そうね。アンタは餌よ。あの怖い怖い女を呼び出すためのね」
「……?」

 怖い女? 誰の事だろうか。
 千冬姉は凄く優しいし、いやまぁ厳しい一面もあるけど、それは俺のためだって言うのを知ってるから、やっぱり優しい姉さんだ。
 怖い女性、怖い女性……束さんかなぁ。物理的に、と言うか精神的な意味で。

「アンタの――」

 女性が言い終わる前に、ガチャァンッ! と窓ガラスが割られる音が聞こえ、女性は言うのを止めてそちらを見やった。
 そして、驚愕していた。俺も気になり、そちらを見やる。そこには、黒が居た。

 魔王と勇者のテンプレートである黒い騎士、そう形容したい。

 体を包む漆黒の騎士鎧、胸の鎧が尖がっているため男性用だ。ショルダーアーマーと鎖骨の所に赤い球体が取り付けられていて、同じく腰に付けられている装甲鎧の場所にもあり、胸にも同じく赤く光るそれがある。
 顔は黒いバイザーによって口元以外隠されていて、髪の色も黒い兜があるため見えることは無い。
 全身漆黒に包まれた黒騎士の歩みはこちら、肩に取り付けられている黒いマントをたゆらせて向かってくる。

「おいおいおいおいおいおいッ!? な、なんだアレ。今時そんなコスプレ似合わ……ないわけじゃないけど、なんだアレ?!」

 確かに、カッコイイ。身長もそれなりにあるし、……大きな剣があれば完璧だな。
 そんなことを思っていたら、黒騎士は右腕を横に振って虚空を切り裂いた。その手に現れたのは三メートルほどの超巨大な処刑剣。
 思わず全員が息を呑む。その威圧感に、その圧倒的なかっこよさに、惹かれてしまう。
 ハッとした様子で女性は手のバングルに触れる。すると、眩い光が廃墟を内部から照らした。女性が立っていた場所には緑色のISが立っていた。恐らく女性がISを起動させたのだろう。
 虚空からガトリングを呼び出(コール)した女性はその銃先を黒騎士へと向ける。

「アンタが何処の馬鹿かは知らないけど、この場を見られちゃ生かしておけないね――蜂の巣になりなっ!!」

 女性の言葉に応えるかのように、黒騎士のバイザーに真紅の線が走り、紅蓮の真眼を中央で開かせた。
 ビリビリと空気が震え、その圧倒的な威圧感に飲み込まれそうになる。
 しかし、俺の感じているこれは女性に向けて放たれているそれの"余波"なのだ。

「あぁああ……、うわぁあああああああああああああああああああ!!!」

 モロにそれを感じ取っているはずの女性は奇声をあげてガトリングをぶっ放した。

 ガガガ、ガガガガガガ、ガ――――――ッ!! と六連装のガトリングの銃弾の雨が黒騎士へと放たれた。

 それを、信じられないことに黒騎士は尋常でない速度を持って迎え撃った。
 その場に留まり一心不乱に処刑剣を振るう。あの大きな剣をどうしてあんな速度で振れるのかが分からない。
 ただ、分かることは一つ。黒騎士は己に当たるはずであった弾だけを厳選して斬り落としているということだ。全てを斬り落としているわけではないということは、黒騎士の背にある柱に刺さる弾丸が物語っている。加えて一度もあの漆黒の鎧に傷がついていないため、そう断言することができた。
 ハンドガンの一発の銃弾を斬り伏せるのならまだ分かる。某探偵映画では髪の鋭利なお姉さんが避けてたし。
 しかし、しかしだ。あの凄まじい量を吐きだすガトリングの弾丸の雨を避ける素振りもせず、ただ黙々と落とす。
 数十秒、俺にとっては何分にも感じられた時間が過ぎ、ガトリングの弾丸が尽きたのかキュルキュルと回転が落ちていく。
 黒騎士は無傷で健在、尚且つ疲れを感じさせぬ雰囲気を未だ放っている。

 実力が、違い過ぎる。と言うか、次元が――――違う。

 仮面ライダーがゴジラに単身で挑むくらいの差がある。……俺としては仮面ライダーに勝って欲しいけど。
 ジャリ、と黒騎士がぐっと身を低くして――消えた。瞬間、後ろから轟音が鳴った。
 ブォンでも、ブゥン、でもなく、ズドゥンッ! 空気が絶ち斬られた音がこんなにも凄まじいとは。
 尻を軸に回転するように振り返ると、そこには無残に黒騎士によって一方的過殺(ワンサイドオーバーキル)気味に蹂躙されている緑のISの姿があった。
 たった一本の処刑剣にこれでもかと言う具合に斬り結ばれ、圧倒されていた。
 絶対防御のおかげで腕や脚や首が残っているのだ。本来なら幼い子供の純粋さからの悲劇――虫の手足を引き千切る――のように、胴は難なく断たれ、五体不満足で今頃冷たいコンクリの上に死体を晒しているだろう。
 黒騎士は新たな武器を呼び出す暇も与えさせず、袈裟斬り、水平斬り、切り上げ、兜割りなどの技のオンパレードで攻め立てる。
 もう止めたげて! 彼女のライフ(エネルギーと気力)はもう0だよ!
 黒騎士の猛攻は彼女のISがエネルギーを完全に使い果たし、絶対防御すらも発動できなくなったところで終わった。
 最後の切り上げによって空中に浮いたために、ISが消えさり自由落下する女性を左腕で受け止め、下ろす。
 その姿は紳士的、しかし、今までの行動だけ見れば狂戦士的。
 ギロリ、と視線の矛が俺の周りに口を開いてぽかんとしていた黒服達に突き刺さる。正気になった者から我先にと逃げだしていく。
 黒騎士のバイザーの紅蓮の真眼が閉じ、黒いバイザーへ変わる。そして、つかつかと俺の方へ向かって――来るッ!?
 俺は反射的に瞳を閉じて――ガチャン、金属が落ちる音が腰下からした。
 ハッとして見開くと腕が自由になっている。黒騎士は処刑剣を器用に使って俺の鎖を斬ってくれたらしい。
 そして、ジャリ、ジャリとコンクリを踏み締めながら先ほど入って来た窓の方へと向かう。
 その背は大戦で幾万の兵をその手で捻り潰したかの如く、圧倒的な雰囲気を纏っていた。
 しばらくその雰囲気に飲まれてしまい、黒騎士がフロアの奥の闇へ消えようとしていて――

「ま、待ってください!」

 慌てて俺はお礼を言うべく、黒騎士へと叫んだ。しかし、その声を拾うことは無かった。なぜなら、

「大丈夫か一夏ッ!!」

 白い騎士のようなISに乗った実の姉が割れた窓から飛来して、それを着地の際の靴底と地面との摩擦による音で遮ったからだ。
 そして、白騎士と形容するに値する姉は俺の視線の先――黒騎士の背を見た。

「貴様が、一夏をっ!!」

 俺に何かをして何処かへ行こうとしていた人物、と黒騎士の存在を決めつけた千冬姉は【雪片】を呼び出し、黒騎士へと翔ける。
 一瞬千冬姉の背が光ったと思ったら、いつの間にか黒騎士の背に迫っていた。
 当の黒騎士は「ん? 後ろが騒がしいな」と言う様子で振り向き、自身へ切り掛かっている白騎士の存在をようやく認識する。

「――――ッ!?」

 千冬姉の渾身の左方からの居合切りを、上から処刑剣を叩きつけることで相殺するように防ぐ。
 そして黒騎士は騎士道精神なんぞ知ったことかと言った様子で上半身を捻り左脚から強烈な後ろ回し蹴りを放つ。

「グッ!?」

 ズサァッ! とコンクリが足底により削られ、千冬姉の頼もしい背中が俺に向かってくる。千冬姉は俺との距離数メートルと言う辺りでその衝撃を受け切ったのか、まるで背に壁があるかのようにぴたりと静止した。
 そして、近頃手入れをしていて常に自慢をしてくる愛刀の【雪片】の切っ先を黒騎士へと向ける。
 黒騎士は宙に浮いていた左足を下ろし、戦う気は無いと言わんばかりに処刑剣を収納(クローズ)した。
 その様子を見て、やっと状況を把握したのか千冬姉が背を向けながら俺に言う。


「……一夏。もしや奴は……」
「ああ、あの黒騎士は俺を助けてくれた人だよ」

 黒騎士はやれやれと言った様子で踵を返し、背を見せて帰ろうとした。が、再び凄まじい加速力を見せた千冬姉にがっちりと左肩を掴まれ歩みを止めた。
 俺はぎょっと呆気に取られてしまったが、それは黒騎士も同じだったらしい。慌てて俺は千冬姉の背を追った。

「私の弟を助けてくれたお礼がしたい。そして、聞きたいことが一つある」
「……………………」

 黒騎士は何も言わずに、諦めた様子で時計回りに千冬姉の方を向いた。
 ちょ、近い近い近いって!!
 千冬姉の腕に巻かれる感じで密着しているので、二人の顔が近い。と、言っても黒騎士はバイザーで顔が見えないのだが。

「……はぁ」

 黒騎士が溜息を吐いて、バイザーを左手で取り外す。すると、黒騎士を包んでいた鎧が消え失せた。
 そして、現れた人物に二人で絶句する。

 なぜなら、その人物はISに乗っていたのに関わらず――

「仕方ありませんね。本当は顔を出したくなかったのですが」

 自由奔放に散る法則性の無い茶髪の男性――青年――が現れた。高校生くらいの歳に見える青年だ。
 身長は……俺より高いからざっと見積もって180くらいだろうか?
 何処かのんびりしている雰囲気で、先ほどの雰囲気と真逆の存在だ。
 ――先ほどの戦闘(一方的な)を見ている俺だからこそ、違和感がビンビンなのだ。
 皆が笑顔なのに一人だけ俯いているかのように、対照的なその違和感が凄まじい。
 彼は黒のジーンズでは無く灰色のパーカーのポケットに手を入れ、「寒い寒い」と優しそうな声で呟いた。

「なぜ、男性である貴方がISを――」
「"そんなこと"を言うために呼び止めたんですか?」

 そんなこと――ISに乗れる男性と言うことがそんなこと扱い!?
 何と言うか、色々と次元が違う人だなと思った。考え方とか実力とかぶっ飛んでる気がする。

「僕にとってISに乗ることは当たり前、と言うか乗るために生み出された存在ですからね。無理もありません。
貴方は……白騎士……? ああ、ちーちゃんさんですか。ってことは……」
「「ちーちゃんさん!?」」
「……ま、そういうことで。また会いましょう」

 彼は千冬姉に何かを囁いた後、足早に奥の階段から去って行った。
 千冬姉は何故か頬をやや朱に染めて呆けているが、どうかしたんだろうか。
 結局、よくわからないまま俺はその後現場に到着した地元警察の方々に保護されて、今日を終えた。
 俺と千冬姉だけの秘密の出来事になり、俺達は今日のことを【黒騎士事件】と呼ぶことにした。

 ……また彼に出会う運命であった事を知らずに――。


 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――黒騎士事件/End



[30986] 二章 ~黒騎士との再会~ 
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/01/08 19:53
【SIDE 異音】



 僕が星の屑と称されてから早三年の時が過ぎた。
 あの一夏少年誘拐事件の後、僕はISの操縦者としての実験を繰り返す日々をしていた。戦闘訓練を重点に置き、様々なデータを取られ、それを解析され、研究は進んで行った。
 ちなみに、結局用意されるはずだったISは資金難及び連盟に参加した企業の出し渋りにより流され、黒騎士をメインISとして運用することとなった。一番の要因は束さんの協力の申し出に負け、「黒ちゃん使わないなら投資しないけど?」と言う何気ない言葉が止めになったらしい。
 先ほど出た連盟、これは僕が黒騎士に乗ることができたと言う事実を切り札にし、博士達の考えた最良の案だ。
 社長が男性のIS関連企業、及びに女尊男卑などと言う馬鹿げた今の風潮を鼻で笑う知恵のある女性が運営するIS関連企業を集め、【星の屑プロジェクト】を成功させるために極秘裏に投資をしてもらうと言う案だ。
 僕の存在を切り札にし、尚且つ投資(ISのパーツなど、IS本体など)をしてくれた暁には僕の実験データを投資を行ってくれた企業に平等に配布すると言う釣り餌を用意した結果、かなりの数の企業が集まってくれた。
 下町の工場から大企業まで、幅広い繋がりを得たその連盟を【星屑連盟】と名付け一丸となり成就を誓った――――はずなのに、出し渋るか、普通。何と言うか台無しである。
 連盟の設立後、ようやく研究の成果として一つの見解が生まれた。曰く、ISは男性を拒絶している。

 ……は? と僕は言いそうになったが、博士(ドク)を筆頭に頭を抱え始めた研究者達の姿を見て言えるはずがなかった。

 ISに乗るためのプロセスの一つとして、IS適性値を測ると言うモノがある。
 それは、本当にISとの相性を測るものであり、反りが合わない者は女性で在ってもISに乗れるか分からないと言うレベルまで測定される。これがISとの距離感を測る唯一の手段でもあったと言うことが、この度の研究成果により分かったのだ。
 ……ここだけの話、それが会議で発表された際に束さんが何か言いたそうにそわそわしていたけど、僕が言わないよう釘を刺しておいた。恐らくこの程度の情報なら彼女の口から腐るほど語られるに違いない。
 三年の年月をかけた結果が「え? 聞けばよかったのに」とあっさり暴露されて実は協力者に聞けばその程度のことは知ることができたと言う驚愕の事実を知ればきっと、「おい……こいつ……死んでるじゃねぇか!」とか、「……息してるか?」などの言葉が行き交う現場となってしまうだろう。それは、色々と不味い。
 そうそう、試しに研究所の全員がそれを試した結果、僕以外がDの下のEランク、良くてDランクと言う値が出て、僕だけがAランクの判定を貰った。微妙な沈黙の中、博士の「ははっ、モテ男め」と哀愁漂う一声のせいで一気に場が落ち込んだのをこの身が覚えてる。
 この件で研究所の男性達のメンタルは豆腐並みで崩すことが容易であることが判明したため、やっぱりあの時釘を刺して正解だったと僕は思う。……間違えていたらこの計画、総雪崩してたに違いない。本当に良かった。
 どうしたらISに好かれるのか、ISの方から歩みよることができないのか、と討論されている場で、僕が何となく発言した案が何故か可決されてしまった。
 生前に見ていた、白い魔法少女が"凛々"しく魔物を"狩る"、そして"本気"で黒い魔法少女の友人を"狩る"と言う内容の深夜アニメの三期目に出てきていたあのユニゾンデバイスの姿を思い出したために、流れをぶった切って提案してしまったのだ。

 ――なら、人工AIを搭載してコミュニケーションを取ることのできるISを作ればいいんじゃない?

 ……まさか、ガチで行動に移してしまうとは思っていなかった。

 実際、主に動いているのは黒騎士であって、他のISは実験に参加していない。
 そのため対IS時のデータが著しく少ないため、サンプルを取るために僕はニュースで流れたそれに便乗してとある学園に入学することとなってしまった。
 まぁ、事の発端は僕なのだ。
 休憩中にテレビを見ていて、IS学園受験会場にISを動かせる唯一の少年が現れた!? と言うニュースのテロップが目に入り何気なく見ていたのだが、その後に顔写真が映し出されたところで僕は飲んでいた黒珈琲を噴出しかけた。

 ……だって、あの時助けた少年の顔なんですもん。

 そのことを博士に伝えると、「は? そりゃやべぇな。…………ちょうどいいし、便乗するか」とトントン拍子で入学が決まってしまった。
 僕の頼まれごとは二つ。
 IS――黒騎士――の稼働データの収集と天然物のISを使える唯一の男性である織斑一夏少年のデータを採取してくることだった。
 一つ目は良いが、二つ目はやばいんじゃないか?
 博士は「ま、気にすんな」とビール片手に笑ってくれたけど、正直嫌だなぁ。
 何と言うか、僕の存在意義が薄れ……言わないでおこう。













 と、考えていたのは四日前のことだ。今はそんなこと微塵に考えちゃいない。と言うか、そんな余裕が無かった。
 360度からの視線の集中砲火、これに耐えれる奴が居たら教えて欲しい。と言うか心構えを教えて欲しいものだ。
 しかも、女性……いや、少女達の視線である。痛いこと極まりない。鉄の処女の中はこんな感じであろうか。かなり辛い。
 まぁ、恐らくそれは僕の斜め右前の席に座る少年も同じ心境であろう。一応彼よりも年上と言うアドバンテージがあるが、所詮そんなものつまようじレベルだ。この視線には勝てっこない。
 IS学園1年1組17番、高町異音 19歳。……なぜ、3歳年下の彼らと勉学を共にせねばならないのか、誰か教えてくれ。
 ……いやまぁ、事の発端は僕な(ry
 ピロンと電子黒板の前にウィンドウが現れ、山田真耶と言う文字を映し出す。右から左から読んでも「やまだまや」。覚えやすい名だ。
 教壇に立つ女性はややラフなだぼっとした私服で、黒縁の眼鏡が似合っている……何と言うか生徒側なんじゃないかって思えるほどの童顔である。彼女こそが1組の副担任の山田真耶先生……だ、そうだ。さっき言っていた。

「それではみなさん1年間よろしくお願いしますね! 一番の子から自己紹介お願いしましゅ! ……あぅ、ひ、ひたがぁ……」

 ……童顔に加え、ドジっ子属性も持っているかも知れない。
 おかげで少し和んで楽になった。サンクスです。
 次々と自己紹介が進み、一夏少年の番になった。が、彼は固まったままで動かなかった。

「織斑くーん ? お り む ら い ち か くーんっ!?」
「ひゃい!?」
「あ、ごめんね。こんな状況で頭真っ白だよね、でも織斑くんの番なんだよね、自己紹介。お願いできるかな?」
「あ……、す、すいません」

 ガタッと椅子をずらし、一夏少年が立ちあがりこちらに顔を向けた。そして、「ん?」と僕の顔を見て――驚いていた。
 そして、俺に何か言おうとしていたので――人差し指を曲げ、できたくぼみに消しゴムの欠片を乗せ、親指で弾いた。
 小さくパシンッと良い音がして、一夏少年のおでこに当たる。

「痛っ!?」
「ど、どうかしました?」
「今……、何かがでこに……?」

 しぃーっと指を立てて、釘を刺す。君より前にISを動かせる男性が居たことを露見させては色々と不味い。
 あ、と一夏少年はようやく気付いたようで自己紹介を始めた。

「え、えーと、織斑一夏です。趣味は家事と料理です。ISのことはあんまりよく知らないんで、まぁそこはかとなく頑張ります。よろしくお願いしま――」
「そこはかとなくとはどういう事だ馬鹿者」

 スパァンッ! といつの間にか現れたちーちゃんさんが出席簿で一夏少年の頭を引っ叩いた。
 黒いスーツに身を包み、キリッと凛々しい姿。美しい黒髪をうなじの所で束ねてそのままポニー……いや、ちーちゃんさんの印象としてはウルフテールと形容する方が正しい気がする。うん、僕は好きだなウルフテール。

「ち、千冬姉っ!?」
「学園では織斑先生と呼べ馬鹿者」

 再び出席簿が火を噴き、一夏少年が頭を抱えて悶絶している。……ああ、アレ以外と痛いのか。
 と、考えているとちーちゃんさんと目が合った。……何処か見る眼が違った。
 やや長い間見つめ合ってしまい、僕が少々気恥ずかしくなったとこでちーちゃんさんがハッとした様子で咳払いをして誤魔化す。
 直後、その恥ずかしさからか頬がやや朱に染まっていて、色っぽく感じるのは僕だけだろうか?

「こほん。この学園に来たのだから真面目に勉学に励め。諸君私は――」
「きゃぁあああああ♪ 千冬様!? 一年生が使い物なるまで鍛えてくれるあの千冬様よ!!」
「キャ――――! 嬉しい! 千冬様のお言葉を拝聴し、勉学に励みます!!」
「お姉様に憧れてきました! 千冬様の言うことなら何でも致します!」
「……台詞を取られてしまった。今年の一年生は嵐かもしれんな……。…………色々な意味でな」

 何と言うかライブの会場のように一瞬でボルテージが上がった教室の雰囲気に、僕と一夏少年、そしてちーちゃんさんこと千冬先生(名前を知らなかった)は呑まれてしまった。山田先生は同じく生徒に交じってきゃーきゃー言っている。アンタは教師側だろうに。
 千冬先生は頭を抱えて今年の嵐を予感しているらしい、確かに実の弟に加えて人工物(僕)ですもんね。

 ……あの時、また会いましょうと言ったが、この展開は読んでいなかった。

 何処かの実験場、又は戦場で出会うと思ってたのだが……。 
 ちなみに、その後鎮圧(騒いでいた女子全員に喝を入れた)されて、ようやく落ち着きを取り戻した女子達は簡易な自己紹介を進めていく。僕に出番が回って来たので椅子を少し下げ、立ち上がる。
 それだけで、全員の視線が集まる。……本当に勘弁して欲しい。

「高町異音です。IS関係の企業に就職したはずなのに3歳年下の君達と学ぶことになって凄まじい違和感を感じている19歳です。
趣味は惰眠を貪ること。好きなことは寝ることで、好きな場所はお布団の中です。
大学レベルまでの知識はあるので、分からないことがあればお気軽にどうぞ。よろしく」

 就職~の件は源次さんの案だ。それ以外は全て自分で考えた。……正直、現世では学校に通っていないので前世で学んだ以外のことがあれば分からない。まぁ、教科書を読んでまた覚えればいいか。
 すとんと椅子へ着席すると、何やら周りのボルテージが上がる雰囲気を肌が感じ取った。

「ふ」

 ふ?

「父性に溢れた大人びたお兄さんキタァアアアアアアッ!!」
「ヤッホォオ――――!! これで10年は戦えるゥウウウウウウ!!!」
「神様仏様お母様! 私を産んでくれてありがとぉおおおおお!!!」

 ……何やらテンションがおかしい。

 これまた鎮圧(騒いだ(ry)され、ようやく全員の自己紹介が終わり、ちょうどいい具合にチャイムが鳴った。……何か、どっと疲れた。
 机に突っ伏し、少眠(5分程度の睡眠のことをそう呼んでいる)でもするか……。
 と、思った矢先に目が再び合ってしまった千冬先生が眼で「こっちに来い」と呼んでいる。
 ……仕方あるまい。僕としてもこの再会は予想外だ。
 廊下に出て、1組の横にある自習室と言う部屋へ連れてかれる。
 くるりと振り返り、千冬先生は腕を組んで――豊かな胸を持ちあげるように――僕を見やり、言う。

「まさか、こんな再会をするとはな」
「……全くです。僕にとってもこれは誤算でした。あんな捨て台詞を吐いて行った自分が恥ずかしい」
「まったくだな。『また会いましょう、美しい白騎士殿』なーんて言い残して、再会の場所が学園で、教師と生徒と言う立場とはな」
「………………後生です、勘弁してください」
「ふっ、冗談だ」

 そう悪戯っ気のある微笑みを魅せる千冬先生。……ハッ、見惚れてしまった。
 何と言うか魔性の笑みだ。四六時中眺めていたいくらいの笑みだな……。

 [スクリーンショット02を保存しました]

 頭の中に女性の声が突然響く。
 ……ん? 黒騎士? お前何を……! よくやった、褒めてやる。

 [栄光の極み]
 
「どうした高町」
「いえ、何でもないです。あの後は大変でしたよ。お忍びで行った観戦だと言うのに事件に足を突っ込んだ挙句、黒騎士まで使用してしまいましたからね。……何処かの白騎士殿も切り掛かって来ましたしね」
「ぐっ、そ、それは……」
「まぁ、外傷は一切無いので構いませんがね」
「……それは嫌味のつもりか?」ギロリ
「いえ、先ほどのお返しです」

 しれっと言ってやる。すると千冬先生はきょとんとした顔を一瞬だけして[スクリーンショット03を(ry]うん、ありがとね。嬉しいんだけど少し空気読んでくれると嬉しいなってお兄さん思うんだ。
 千冬先生はふっと笑ってウルフテールを揺らした。
 その後、雑談に花を咲かせていたら、予冷のチャイムが鳴ってしまった。千冬先生は「遅れるなよ」と言い残し先に出て行った。
 僕も続いて教室へ戻ると、何処か生暖かい視線で迎えられた。……ん?



【SIDE 一夏】



 ……なんだろう、6年振りに出会った幼馴染との対話を終えて教室に戻ってきたら視線がやけに生暖かい。

 そう言えば異音さんは千冬姉と何を話していたのだろう。アイコンタクトで廊下に出て行った後、俺は箒に捕まってしまったので追うことができなか――べ、別にシスコンじゃねぇからなっ!? ……ただ、教師と生徒がゴニョゴニョ。
 まぁ、ともかく2時間目だ。俺はISに関して勉強していなかったから全く分からない。……なんであそこで触っちまったかなぁ、ISを。
 あの時触れてなかったら俺ちゃんと藍越学園に行けて……うん、恐らく受かってたはずだ。道場で剣道やりながらも頑張ったし。
 そう、俺は黒騎士事件の後、本格的に強くなりたいと思った。いや、願った。
 拉致されて何にも出来なかったから、では無い。あの時の黒騎士に憧れたからだ。
 圧倒的な威圧感、神域と呼べるようなその技量、尚且つあの千冬姉に一太刀も入れられていないと言う確かな実力。
 憧れは目標に変わった。出来る限り剣術に力を入れる道場を探し出し、己を鍛え続けた。
 黒騎士に……異音さんに追いついて見せる、そして、超えて見せる。そう、俺はあの日誓ったのだ。
 おかげで師範以外の大人の門下生には勝てるようなレベルへ昇華することができた。……さすがにガトリングの弾丸は斬れないけど。

「――であるからして、ISの運用は基本的に個人の活動ではなく政府や企業に属する――」

 ……山田先生の言葉がまるで子守唄のように聞こえてくる。
 全くついていけない。なにこれ、わけが分からない。意味不明な単語があり過ぎて全然分からない。
 古ぼけた電話帳と間違えかけて捨てかけたIS学園からの必須暗記事項集などと言うホライ……ゲフン、もとい辞書の厚さを数倍超えるボリュームのそれの目次を開いた辺りで諦めた。目次だけで19ページまであるとかどういうことだ。
 ちなみに彼は今、家の漬物石として働いている。……お前のことは忘れないぜ。 

「――こうしてアラスカ条約が締結されました。分かりましたか?」

 なるほど、よくわからん。
 どうすっかなぁ……。ちらりと同じ男性である異音さんが居る左方後ろを見やる。
 なん……だと? 異音さんは机に突っ伏して寝ているだと!?
 俺の視線でそのことに気が付いたのか、山田先生がシュンとした顔になる。
 教壇側の壁際に座っていた千冬姉が立ち上がり、異音さんの横へ……。やっべ、俺恩を仇で返しちまった?

「高町、授業中は寝るな」

 千冬姉はとんとんと優しく肩を叩き、そう囁いた。異音さんは「ん?」とやや寝ぼけた様子で起き上がり、千冬姉の顔を見て、

「っと、すみません。知っていることだけだったのでつい眠気が……」
「気をつけろ」
「了解です」

 ……あるぇー?

 先ほど俺は出席簿で叩かれたような……、あるぇー?
 何か待遇違いませんかね千冬姉。近所の優しいお姉さんのようなポジションだったっけ、うちの千冬姉って。
 何と言うか、色々と衝撃がでか過ぎた。
 俺は目の前に積まれた教科書のタワーに突っ伏し、溜息をついた。

 この後の授業の内容を、俺は覚えていない。無理も無いよね?




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――黒騎士との再会/End



[30986] 三章 ~黒騎士の存在理由 (前編)~
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/01/27 20:11
【SIDE 千冬】



 ――――彼は誰だ?

 初めて一夏を助けるために廃墟へ向かった際に出会った時、私は紛れも無く彼に恐怖した。
 彼の実力、彼の威圧感、彼の仕草、彼の一挙一動、彼の――――存在に、私は恐れを抱いた。
 温厚のようで、実は獣のような性質を持つ彼のその存在を瞳で垣間見た瞬間に、理解し、畏怖したのだ。
 ……私が人を恐れたのは高校で出会ってしまった束との対面以来だろうか。
 第一次、第二次IS世界大会モンド・クロッソで戦った戦友達の実力は申し分ないほどに屈強だった。

 ――――そう、"だった"のだ。

 今の私は『自分同様に己を磨いてきた強者達』のことを、『ただ、強かっただけの相手』ぐらいにしか感じられない。彼と出会うまでの私であれば、予選、本選、そして決勝の舞台までに戦ってきた者達を形容するのにそんな簡易な言葉を選ばなかっただろう。
 彼らの長所を挙げ、弱点を探し、その一点を突く。そう言うバトルスタンスで努力し尽くし、私は勝ち上がったはずなのだ。
 なのに、なぜだろう。
 プライベートで戦友達と会った際に、無意識的に握っていた拳はもう――――握られていない。
 同等の相手、次元が同じの相手、私と同じく――――絶対強者で無い相手。
 彼の存在が、在り方が、圧倒的過ぎたせいで私の中の何かが狂った気がした。
 なのに、なのにだ。

 ――――教室で見た彼からそんな気迫は、もう、感じられなくなっていた。

 だから、私は『あの席に座っている黒騎士だったはずの彼は誰だ?』なんて言う馬鹿げた疑問が走るほどに動揺してしまった。
 まるで、誓いを立てた騎士の剣が折られたかのように、彼の存在が、儚く見えてしまった。
 入学試験の際に彼と戦えていれば、そのことに早く気づけたのかもしれない。
 割り振られたアリーナでは素人に毛の生えた程度の小娘しか来ず、期待していた彼は山田君のアリーナでさらっと勝ちを得た。

 ……何があったのだろうか。それだけが気にかかる。

 先ほどの休み時間で会話を交わしたが、やはりあの時の強さが折れていた。……いや、揺らいでいたのだろうか?

 ――気になる。

 異性としてではなく、ライバル、いや宿敵のようなものだろうか。私は、彼との本気の再戦を望んでいるのだ。
 あの時の続きを最後まで――己の全てをその一戦に尽くしてしまいたいほどに、私の心が再戦を所望している。
 二時間目の授業が行われている間、私は新入りの山田君の授業の監督役として端の椅子に座りながらそんなことを考えていた。
 彼――高町異音は、一時間目と同じく船を漕いでいた。
 ……少し気になるな。不調であれば、結果は教師の責任だからな。
 そう考えつつも手元にある携帯端末から教員用のフォルダを引っ張り出し、彼のプロフィールを秘匿用画面で開いた。
 私だけに見えて、他の者には見えないと言う便利な電子フィルターだ。教員用の端末には色々な個人データや重要データが入っているので、このアプリケーションが入っているのは必然、当たり前のことだ。……何故か山田君のには入っていなかったが。
 一組生徒フォルダから、一番最後に追加された彼のプロフィールは不自然過ぎた。
 まず、他の生徒にはある学歴の欄が無い。さらに、六年前から前のデータが捏造――束に調査を頼んだモノと違う――されている。
 よくこんな書類で通れたものだな、と始め思ったが彼が世界でどう言う存在であるかを考えれば自ずと解は出ていた。
 "星屑連盟"と言うメジャーなIS関連の企業(主に日本の)を統括する会社に就職しており、肩書きは『テスト操縦者』とされている。
 ……有り得ない。女性であるなら分かるが、なぜ、"男性"である彼がISのテスト操縦者を担っているのだ。
 恐らく彼は黒騎士と言うISをあの事件以前にも運用しているのだろう。
 そうでなければ、一夏の言っていた縮地のようなその移動方――脚部スラスターによる瞬間加速(イグニッション・ブースト)などと言う高難易度のものを易々とやれるわけがない。私でさえ未だ片足だけしか完璧に出来ないと言うのに。
 束からの調査報告を全て信じるつもりは無いが、政府の調査報告を鵜呑みにするのも滑稽だろう。

 ――どちらが真実だ。もしくは、"どちら"も真実ではない?

 この問いに答えられるのは彼だけだろう。

「――――と、言うことで来週の月曜日の放課後に、第三アリーナでクラス代表を織斑くん、オルコットさん、高町くんの三人で模擬戦をして決定します。よろしいですね?」

 ――――ん? 山田君、それは先ほど三時間目に私が行うと予め伝えておいた話題ではないか?

「「はいッ!」」
「……ん?」

 高町のプロフィールを見ている間に、いつの間にか愚弟とイギリスの金髪小娘が立ち上がって火花を散らしていた……だと? 
 一体何があったんだ、と言うか山田君「私、頑張りました!」とドヤ顔でこちらを見ているんじゃない、馬鹿者。お前もか、山田君。
 後で教員用の専用バーで絞るか……まったく。
 今日は台詞を取られてばかりだな……。



【SIDE 異音】



 眠っている間に何故かクラスの代表を決める会議になっていて、尚且つ僕が候補に選ばれている……だと?

 キングクリムゾ……まぁ、寝ていて気が付かなかっただけだろうな。それにしても、クラス代表……クラス代表か。
 本来の僕の立場であれば、率先して進み出る事項だろう。
 しかし、今の僕にはそんな期待をされていないだろう。やるだけ無駄だと言う奴だ。
 チラリとその原因である一夏少年を見やる。

 織斑一夏――――世界で唯一ISを使える"天然"の男性。
 高町異音――――別名02号、ISの恩恵を得ることができなかった漢達の夢の結晶として人造(うま)れた、ISを使える"人造"の男性。

 どちらに期待の視線を向けるかなんて、明確なことだ。
 作り出された僕ではなく、奇跡のような存在の一夏少年に天秤が傾くに決まっている。
 さらに、鉄の子宮と言う禁忌から人造れた僕の出生にも問題がある。
 もし、本来通りに僕が黒騎士として世界の常識をぶち壊せば、僕の出生及び誕生秘話まで探りを入れられることとなるだろう。
 今はまだ、"ISを使える男性"と言うレッテルのままなのだ。
 ここで下手をして派手にやってしまえば、探りを入れられ真実が明るみに出てしまうだろう。
 「え? 人造(つく)られた奴なの?」「うわー、無いわー。自分達(男性)がダメだからと言ってこれは無いわー」と、叩かれるのは必然。
 ……非公式の場であれば暴れられるんだけどなぁ。


 そんなことを考えていたらいつの間にか寝てて放課後だった。なんてこった。千冬先生は起こしてくれなかったのか。
 

 すでに疎らな教室をぼんやりと見ながら、やけにすっきりしている頭の調子に毒づくと、ふと視線を感じた。
 そちらを見やると、束さんの妹さん……えーと、ほーきちゃんだったかな? 
 よく束さんから写真(明らかに盗撮)を見せられたので顔を覚えている。
 黒髪をポニーテールで束ねている女の子と一緒に居る一夏少年がこちらを見ていた。視線の先は一夏少年だろうか。
 首をこきこきと鳴らしてから、僕はゴミ箱に捨てても全く心配が要らない教科書達を机に仕舞い込む。そして、居心地の悪い教室――他のクラスの女の子達が徒党を組み始め、廊下からこちらを見ている――から去るために立ち上がった。
 あ、と一夏少年が何かを言おうとしていたが、今の僕は深い眠りが欲しかった。……正直この学園から逃げ出してしまいたい。
 いや、違うな。学園からじゃない、この胸の中で逆巻く皆の期待から逃げてしまいたいのか。

 ――――イラナイ子となった僕が、何をしろと言うのだ。

 ……後で束さんに頼んで気分転換ができるように、実験機でもこっちに突っ込むように言っておくかな。シールドなどの制御を奪って、記録などの類を潰してから念入りに戦いに専念できるような、そんな実験機を望みたい。

「あの、い――高町さん!」
「なんだい? それと、僕のことは異音で構わないよ」

 扉の前ぐらいまで来たところで一夏少年に捕まってしまった。

「え、あ、じゃ異音さん。あの時はありがとうございました!」
「ああ、気にしなくて構わないよ。あの程度」
「いやいやいや!? そんなにあっさりできる事じゃないと思うんですがッ!?」
「……一夏君? 人の価値観と言うものは千差万別だ。君が要らないと思う物も、他の誰かにとっては大切な物かもしれないだろう? 
と、言うことで僕にとってはその程度の事なんだよ。じゃ、これでこの話は終わり。
一夏君授業中ぷすぷすと煙が出てたように見えたけど、ついて行けてるかい?」
「あ、全然っす。まったく分からないです。頑張ろうって決めたんですけどね……・。聞けばセシリアは代表候補生で、強いらしいんですよ。どう対処すればいいか……と、考えれば考えるほど底なし沼に落ちていくようで……」
「ふむ、それで?」
「え?」

 わけが分からないよ、と言った様子で首を傾げた一夏少年に、アドバイスとしてあのアニメの漫画版で出てきた教訓を語ってやるかね。

「相手が自分より強い、たったそれだけだろう? 強さには色々なものがあるよ。知力であったり、技術であったり、力の強さだったりね。
取り敢えず僕が言えるのは自分が勝てる独断場を作り上げたもん勝ちって言うことさ」
「総合力で負けている相手に勝つためには、相手より優れている点で戦う……って言うことですか?」

 ……おおぅ、意外と鋭い視点を持っているんだな。少し意外だった。猪突突進猫まっしぐら的な印象だったから、やや驚いた。

「そうだね。君は……一つのことに徹するのが無難じゃないかな。拳であれ、剣であれ、銃であれ、ね」
「……それって俺が単純だからって言うことですか?」
「んー……、千冬先生の弟さんだから……かな。恐らく同じ血が流れてるだろうし……ね」

 確か千冬先生は刀一本で第一次モンド・クロッソの頂点に立った……と、束さんが何故か我が物顔で語ってたからな。
 ならば、彼も同じくそう言う人生を歩むのだろう。
 だからこそ、期待が集まる。……嫉妬かね、こりゃ。

「……そうですね。千冬姉と同じ血が流れてますもんね……。……………………バトルジャンキーの」

 ……あれ、千冬先生は一夏少年の中でどういう人物なんだろう。
 最後に呟いた声は聞き取れなかったけど、明らかに「マジかぁ……」って言う残念そうな顔してるんだけど。
 取り敢えず場を流すために言葉を探す――が、見つからん。

「あ、よかったです。二人とも教室に残ってたんですね」
「手間が省けて良かった。受け取れ」

 ナイスタイミング。そう心の中でサムズアップした僕が見たのは、廊下から現れた千冬先生と山田先生だった。
 千冬先生から番号の書いてあるプレートとセットの鍵を受け取る。山田先生も同じく一夏少年に番号の違うそれを手渡す。

「あー……、寮の部屋の鍵ですか」
「ああ、そうだ。本来であればお前ら二人を一緒にするのだが、部屋の空きが無い。そのためお前らには相部屋をセッティングした」
「え!? ち、織斑先生それは不味いんじゃ!?」
「ほぅ……織斑、お前は相部屋になった女子に何かするつもりなのか?」
「いやいやいや! そういうわけじゃ……ない……けど……さ」
「ちなみに、お前らに拒否権は無い。数週間で組み直す予定だ、それまで我慢しろ」
「了解です」
「……分かりました」

 この後に会議があるらしく、二人は「道草食べちゃだめですよ~」「真っ直ぐの道に何処に草があると言うんだ山田君?」と言い残して去って行った。一夏少年はほーきちゃんと何か揉めていたので、僕は一足先に部屋へ向かうことにした。
 教室から寮までは確かに一直線であるため、道草を食う場所すら……無い、と完結しようとしたら出窓の所に観葉植物がちんまりあった。
 ……訂正、草を喰う奴になら場所はある。僕は食べないけど。
 素通りし、手に持った鍵を上に放り投げてキャッチ。……ん?
 宙に浮いた際のプレートを見て気付いた。裏に何か書いてあるな。

 【寮長室予備鍵】……?



【SIDE 千冬】 



 ちっ、あの老いぼれ教頭め。教鞭を振るう実力が無いくせに人の評価をつけて自己満足しよってからに……。
 なにが「一組の生徒さんは じ つ に 大変ですねぇ。男性が2人も居るんですから! 貴方の実力にあった配分なんでしょうね! おーっほっほっほ!」だ。やかましいわ。
 そう仕向けたのは、生徒のクラス分けの権限を持つ貴方だろうに。
 日頃「織斑先生はお若いですのね! おーっほっほっほ!」と嫌味のように言葉をぶつけてくるのはまだ我慢できるが、今日のように必要以上に絡んでくるのは煩わしくて仕方が無い。……早く隠居してくれないだろうか。
 ……………………はぁ。
 山田君を絞るのは後日にして、冷たいビールでも飲んでリフレッシュしてから寝てしまおう。
 そう思いながら、寮の端に位置する自室の扉の前でスーツのポケットから鍵を取り出した。――ふと、思い出す。

 ――ああ、相部屋に"した"んだったな、と。寮長である自分の権力を行使したことを思い出す。

 ガチャリと鍵を開けてもいないのに、ドアノブが回る。やはりすでに奴は部屋に居るようだな。
 寮長室は他の部屋――生徒用の寮部屋――とは違い、ゆったりとした居間のような形をしている。と、言っても他の部屋より少し大きい程度なのだが。一夏が居ないからやや自堕落な部屋になってしまっているが、二日かけてやや綺麗にしたから問題無かろう。

 扉を開くと――――目を疑った。

「あ、千冬先生お疲れ様です」

 ラフな黒のズボンに灰色のパーカー……、私服に着替えた高町がフライパンを持って出迎えてくれた。
 まるで主夫が嫁を待つかのよう……ハッ!? 私は何を考えているんだ。生徒だ、生徒。5歳年下だからと言っても生徒は生徒だ。
 驚く所はそこではない、出て行った時と違う部屋の清潔さだ。
 窓は透明になっているし、やや黒ずんでいた壁も白くなっているし、掃除の際についつい溜めてしまったゴミも消え去っているし、床のフローリングもピカピカに磨き上げられている。教室で別れてから3時間しか経っていないと言うのにこの変わり様。
 ……私が掃除する時には2日要したのだがなぁ。この違いは何処にあるんだ。
 見違えた自室に驚きつつ、キッチンスペースへ入って行った高町の背を見送り、窓側の奥のベッドへ向かう。
 シーツのしわがきちんと伸ばされていて、ホテルの部屋を借りた時のような清潔さがあった。
 ベッドに腰掛け、スーツの上着を脱ぎ――気付く。

 ……あれ、クリーニングに出す予定だった確か衣類は反対側のベッドの上に脱ぎ捨てて――――ッ!?

 バッと横を振り向き、先ほど素通りしたベッドの上を見る。
 しかし、そこにはしわくちゃになって過労で倒れているであろうはずの服達は無く、代わりにグレーのボストンバックが鎮座していた。
 
 ――何処へ行った!? 確かアレには私の下着もあったはずだ。

「高町ッ!ベッドの上にあった――」
「ああ、衣類ですか? 部屋に着いてすぐに見つけて洗っちゃいましたけど……、あ、きちんと防護ネット使ってるんで大丈夫です。
崩れませんよ」キリッ
「~~~~~~ッ!?」

 声にならない悲鳴が出るのを堪えながら、顔が熱くなるのを感じた。
 ひょこっとキッチンスペースから顔を出した主夫(高町)は悪気の無い顔をしていた。
 善意でこの所業か……、家に居る時の一夏に似ているやもしれん。……いや、それ以上に性質が悪いやもしれんな。
 なぜなら一夏のように血が繋がっているわけでは無い、言ってしまえば彼は他人なのだ。
 
「あれ、もしかして今日使う感じでした? 大分日が経った服だと思ったのでつい……」

 高町はきょとんとした後、己の疑問をそのまま伝えてきた。……違うだろう、そこじゃないだろうッ!?

「ば、ば、馬鹿者ッ! 人の、と言うか女性の服を勝手に触るんじゃないッ!!」
「す、すいません。研究所でも似たような感じだったのでつい……、次から気を付けます」
「ああ、肝に銘じておけ! ……む? 研究所だと?」

 肩書きはテスト操縦者なのだろう?
 私もやったことがあるが、研究所ではなく実験場の方に配備されるはずだ。尻尾を仕舞い忘れたか?

「はい? 何か言いました?」
「いや……、何でもない。お前はそこで何をしている」

 キッチンスペースに居るのだから、することは一つしか無いのは分かっている。
 しかし、私の部屋の冷蔵庫にはキンキンに冷えたビールとつまみしか無いはずだ。食事は主に食堂でささっと済ませるからな。

「何って……疲れて戻ってくるだろうと思って夕飯の準備をしているんですが?」
「食材はどうした? 冷蔵庫には無かったはずだろう」
「ええ、何も無かったので自前の物を使ってます。ISって便利ですよね。知ってました? 量子化すると野菜もお肉もお魚も傷まないんですよ。むしろ、瞬間冷凍されたかのように瑞々しいんです」
「……待て、それは大丈夫なのか?」
「ええ、研――、実験場の人達にも料理は絶賛されましたよ。腕はありますし、一応一ヶ月分の食糧もあるので期待しててください」

 今頃仕舞ってももう遅い。狼はそこまで来ているのだから。
 ……料理、か。久しく食べていない気がする。食堂の飯は美味いのだが、いまいち好きになれない。
 料理と言うのは誰かのために作るものを言う――と、一夏が力説していたのを頭の片隅に覚えていた。
 ふと気づくと高町はチラチラとコンロが設置されている壁側の方を確認している。
 まぁ、詳しい話は後でするとしよう。小火でも起こされたら困る。それに……高町の腕前が楽しみだ。
 取り敢えず部屋着のラフな服に着替え、ベッドの上でやや放心気味で数分待つ。飯はまだか。
 高町が何処からか取り出した円卓上の机とそれを囲う椅子の配備の手早さに驚きつつも、私の眼は、目の前に出されたそれらに釘点けになった。
 円卓にこれ見よがしに並べられたそれは――――中華屋のツインテール娘もびっくりと言うレベルの中華のフルコース。
 手渡されたジョッキには、キンキンに冷やされ美味いであろうビールが注がれていた。
 ……すまん、一夏。
 この前、休暇中に家で腕の上達を褒めたが、お前の腕はまだまだ未熟かもしれん。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――黒騎士の存在理由(前編)/Seve











アンケートにご協力お願いします。

章一つの文章の量は、

1 短い
2 ちょうどよい
3 長い

どれに当たるでしょうか? よろしければお願いします。



[30986] 三章 ~黒騎士の存在理由 (中編)~
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2011/12/30 16:37
【SIDE 一夏】


 どうしてこうなった――ッ!

 俺は今凄まじく気まずい雰囲気でベッドの上で壁側を向いて正座している。
 せ、せせせ、せせせせせ、精神を落ち着かせるために素数を数えるんだ俺!

「イー、アル、サン、スー、焼ビーフンって、違う違う違う。素数は割れない数だ、2、4,6,8、10……。あるぇ?」

 何か頭の中がゲシュってる(ゲシュタルト崩壊しているの意)。
 事の発端は鍵を手渡された後に、俺が鍵についていたプレートのナンバーを読み上げた事だ。
 なぜか、俺の相部屋の相手は――箒だった。いや、別に生理的に無理とか、大嫌いの相手だからと言う理由じゃない。
 単純に、恥ずかしい。
 6年振りに会った箒は凄く綺麗になった。
 すらっと背も伸びて、出るとこも出てるし、色っぽくなった。正直、髪型が変わっていたら一目見ただけでは気付けなかっただろうな。
 それにしても、引っ越しの時にプレゼントした髪留めのリボンを未だに使ってくれてたなんて……感無量だなぁ。
 小学の時に箒にちょっかい出してた奴ら同窓会で会ったら失神するんじゃねぇかね。あまりの変わり様に。

「……ん、済んだぞ」
「そ、そうか。分かった、後で入る」
「あ、ああ……」

 汗を流したいと言って先に入った箒が、シャワー室から出てきたようだ。
 そちらを見やると、一瞬固まってしまった。
 露出の少ない剣道着だと言うのに、湯上りの蒸気で少し朱に染まった頬や、チラリと見える鎖骨の端とか、何故か恥ずかしそうにしてそっぽを向きつつもこちらを窺っている仕草とかが凄まじくグッと来る。これか、弾の言っていた「萌え」か!
 確かに、これは威力が高い。前に弾が「妹萌えは実妹が居ない奴限定なんだぜ……?」と哀愁漂っていた時に「萌え」と言うものを教えて貰ったのだが、いまいちよくわからなかった。
 しかし、こうして直に感じる機会があるとよくわかるもんだな。今度弾に礼を言っておこう。
 箒はいそいそと奥側のベッドに腰掛け、手に持っている服を――そこまで考えて俺は壁と睨めっこ。
 あ、あっぶねぇ……、千冬姉のブラとか下着やら普通に洗ってたから免疫があったけど、実際にジロジロとそれを見るのはアウトだよな。弾から貸して貰って前にやったゲームの主人公も言ってたしな。
 『ラッキースケベは二次元だから許されること』ってな。
 確か弾の友人の力作だったけな。
 『お前は特にこれをやっておけ、絶対にな。絶対にだ!』と念を押されてやってみたゲームだったが、結構面白かった。
 特に、ヒロインの一人が男装して学園に来るって言う設定とかな。現実でそんなこと有り得ないってーの(笑)

「い、一夏?」
「な、なんだ?」

 後ろから呼ばれたので振り返る。右腕で胸を潰すような感じで剣道着の襟を弄っている箒を見てしまった。
 そのせいでやや胸が押しつぶされてただでさえ大きい胸が強調されちょっとやばい。沈まれマイサン。
 箒は何か覚悟を決めたのか、真剣な様子で俺の方を見て言った。

「この部屋割りはどういうことだ!?」
「へ?」

 部屋割り――つまり、俺が箒と相部屋になっていると言う状況のことだな。
 ……あれ、今の俺の状況ってあの時借りたゲーム【それ、なんてIS☆】の冒頭の展開と同じじゃないか?
 魔法系のファンタジー学校での物語で、主人公は入学したての少年。そして、何故か幼馴染の一人の侍娘と同じ部屋割りになりどたばた……。
 うん、思い返す度にマジで同じ。
 まるで――この未来を見てきたかのように、忠実だった。まぁ、たったそれだけのことだし偶然だろうけど。
 まぁ、恐らくこの学園の中で相部屋になるのなら幼馴染で交友のある箒以外に考えられないだろう。
 普通にお泊り会なんてざらだったし――ああああああああ、思い出すな。絶対に思い出すな。あのウサ耳仮面の正体を思い出しちゃいけない。見てしまったら「キーッ!」としか声を発せない声帯に改造され、少しの衝撃で爆弾のように爆散するかのようなペンギン型のぬいぐるみの体を(ry

 …………ふぅ、クール、クールになれ俺。決してKOOLにはなるなよ俺。

 あぶない、あぶない。せっかく仕舞い込んでいたトラウマを開くとこだった。
 束さんはあの頃から唯我独尊状態だったからなぁ……。
 ……正直、千冬姉が制裁に入らなかったら俺の貞操やら人生やら色々と破綻していたことに違いない。
 そう言えば……最近見ないな束さん。
 しょっちゅう俺に悪戯したり、モルモットにしようとしたり、ただ飯を喰らいに来たり、なぜか半額弁当を貪り合う狼達の狂宴に俺を放り込んだりとか、迷惑極まりない暴風雨(ハリケーン)のような日々だったのに関わらず、それは中学に上がってから――ああ、そうだ。
 黒騎士事件の後からパッタリ途絶えたんだった。……まぁ、あの人なら大丈夫だよな。
 死んでも「あははっ! 三途の川って以外と深いんだね! 実験のし甲斐があったよ!」なんて無邪気に言って戻ってきそうな人だし。
 ここまで3秒きっかり。
 さて、そろそろ思考を戻すか――と首を傾げた時に箒はむすっとした顔で言った。

「一夏、別の事を考えていたな? 主に私以外の女性のことを……、な?」

 後半に連れて箒の笑顔がやばくなっていく。何と言うか、見惚れるくらいに可愛い笑顔なんだけど……眼が、笑ってない。

「いやいやいや、ソンナワケナイジャナイカ」
「どうした一夏、喋り方が……変だぞ?」
「ワタシ、コレ、フツウ」
「仕方が無いな……。人を正気に戻すための角度は――――斜め45度だったな」

 箒は常識を逸脱した速度を持って移動し、右手で作った手刀を――"左方斜め下"から右首へドスゥッ! と叩きつけた。
 一瞬意識が飛びそうになったが、この程度であれば師匠の「ほっほっほ、地獄突きと言うのはじゃな……、こう打つのじゃっ!」と組手の際中に突然木刀を捨てて首へ放ったあの渾身の一撃よりかは生ぬるい。
 あの後一度心臓が止まったらしいが、師匠独自の蘇生法により何とかなったらしい。正直、喰らった後の記憶が無いから分からん。
 ようやく視界の霞が消えてきた。さすが篠ノ之流道場の娘たる箒、キレが良い一撃だった。まるで、喉越しのよい清涼飲料水のようだ。
 そのことをサムズアップして伝えてやると箒は「6年間でお前に何があったのだ……?」と心配されてしまった。
 何って……、漫画の修行よろしく滝に打たれたり、師匠の知り合いの道場へ遠征に行って看板貰って来たり、4ケタを超える筋トレをやらされたり、五人抜き組手を始めとした『百人ぶっ倒れるまで終われまハンドレッド』まで存在する年齢身長無差別組手をやらされたり、傭兵もびっくりな超超長距離マラソンをやらされたりとかかなぁ。
 おかげで結構筋肉ついたし、強くなれた気がする。……異音さんと手合わせしてみたいなぁ。

「…………やはり、血筋なのだな。戦闘に餓えている者の眼をしているぞ…………」

 ボソリと箒は聞き取れない声で何か呟いた。

「へ? 何か言ったか?」
「いや、なんでもない。取り敢えず、暮らす上での決め事を決めておこうと思ってな。
男女七歳にして同衾せず、と言うことわざもあるが……仕方あるまい。恐らく千冬さんの御意向だろうからな」
「まあ、普通に考えればそうだよな。男の俺が見知らぬ女子と一緒になるなんて言語道断だし、その点昔からお泊り会とか交流のあった箒と一緒にするのは当然だもんなぁ」
「あ、ああ。そ、そうだな」

 箒は視線を逸らし、「言語道断」「当然」と言った時にピクリと反応していたが、どうかしたのだろうか?
 まさか、俺が相部屋を千冬姉に希望したんじゃないかなんて思ってたんじゃないよな。まぁ、そんなわけないか。

 と、言うことで話し合った結果は以下のようになった。

 ・シャワー室を使う際は事前にノックし、相手が居ないか確認すること。これは洗面台だけを使用する際にも適用される。
 ・夜のシャワー室の順番は6時から7時を箒が使用し、夕飯後の時間から俺が使用すること。もしもの場合は相手に連絡すること。
 ・奇跡的に寮の中でこの部屋にだけ配備されていたトイレの使用権は俺優先。箒は廊下のフロアのトイレを使用可能だからである。
 ・トイレを使用した際は、最低でも10分は使用を禁ずる。もしもの場合は先に使用した者に確認すること。
 ・朝夕問わず、服を着替える際はベッドの間の仕切を使用し、仕切に背中を向けて着替えること。覗くこと無かれ。
 ・キッチンスペースに存在する冷蔵庫の中に収納する場合は名前を書くこと。無い場合は相手に確認すること。

 他にも細かいルールが決められたが、そのほとんどが常識的なことだったので割愛した。
 取り敢えず、シャワー室だけ気を付けておけばいいな。
 いやー……そう思うと事の露見が教室で一緒に居る時で良かったなぁ。
 もし、知らずに部屋に入ったら『それIS☆』のように、シャワー室からバスタオルだけで侍娘が出てくるかの如く箒と対面し、木刀を振り回されていたやもしれない。
 ……あ。

「そういえば箒、剣道の全国大会で優勝したんだってな」

 木刀……竹刀……剣道と連想して、小骨が喉に突き刺さっているかのように頭の片隅に鎮座していたその情報をフィーッシュッ!
 新聞を見ていたら小さな枠だったけどふと目が行って気付けたんだよなぁ。すっげぇ偶然。

「む? なぜそれを知っているのだ?」
「新聞に小っちゃな枠で乗っててさ。凄いじゃないか、おめでとう」
「あ、ああ。ありがとう……」

 照れているのか頬をやや朱に染めた箒はそっぽを向いた。
 ……あー、和むなぁ。箒ってクールなキャラだけど意外と乙女な性格してるからなぁ、こういう仕草がたまらん。
 何と言うか箒は大和撫子な雰囲気なのに、意外と部屋は少女マンガや前にゲーセンで取ってやったぬいぐるみなどで囲まれていることから分かるように、乙女チックな性格を内面に隠している。
 あんまりそれを内から外へ出さないもんだからクールキャラがすっかり定着してしまい、周りからの反応や期待がそちらに向くので乙女な一面を出せないでずるずる行って、たまーに爆発するんだよなぁ。主に俺に。
 前に爆発した時は確か一日中甘えん坊さんモードだった気がするな。
 ……あの頃の俺は若干嫌々構ってたけど、考えて見れば役得状態だよなぁ。
 想像してみる、目の前の成長した箒が俺に甘えてくる姿を――――――――――――、



○○○



「なぁ、一夏。隣に座っても良いか?」
「ああ、いいぜ」キリッ

 箒は頬を若干赤らめながら、ベッドに座っている俺の隣にポスンと腰を落とす。
 シャンプーの匂いだろうか、ふんわりと甘い柑橘系の匂いが鼻孔を擽る。
 そして、いきなり箒が頭を俺の肩に乗せてきて、甘い声で言うんだ。

「一夏の体、あったかいな」
「そりゃ、箒が隣に居るからな」キリッ
「なんで……私が傍に居るとあったかいんだ?」

 すりすりと猫のように頬を俺の左肩になすりつけ、箒は俺の顔を上目遣いで見やる。
 その色っぽくも可愛げのあるその甘い笑みに俺はドキリとしちまうが、クールに返すんだ。

「そりゃ、こんなに可愛くなった箒が傍に居たら、ドキドキするのは当り前さ」キリッ

 ボッと箒の頬が朱に染まり、とろんとした目で俺を見つめて、ぎゅっと左腕に抱き着いてくるんだ。
 たわわに実ったマシュマロのように柔らかいそれらが俺の左腕を包み、クールの塊である俺ですら鼓動が早まっちまう。
 そして――――、いきなりバタンッ! と部屋のドアが蹴破られ、千冬姉が出てくるんだ。

「私が居ない間に何をやっているんだ一夏。弟は姉の物だろう? さぁ、こっちへこい。とろけているそっちのモップは来るな。邪魔だ」
「いきませんよ~、だって一夏は私とここで一緒にとろけるんですから~」

 ぎゅっと腕を掴む強さが強くなり、柔らかい感触が二割増しになる。
 俺は箒の頭を撫でて、千冬姉に言うんだ。

「千冬姉、俺は――」
「何やっているんだい千冬。そんな滑稽で愚の骨頂たる使えない弟なんかで遊んでないで、僕と出かけましょう」

 俺の台詞を遮り、バーンッ! と窓から黒騎士の格好をした異音さんが現れる。
 そして、俺らを素通りしてきょとんと呆けていた千冬姉をお姫様抱っこして、かっこよく微笑む。
 その顔を見てしまい、千冬姉は頬を赤らめ、しおらしく異音さんの顔に自分の顔を近づけ――――――、



×××



「んなことさせるかぁあああああっ!?」
「突然どうした一夏ッ!?」

 ……ハッ、妄想か。……ははっ、妄想だよな、 うん。
 …………有り得ないねぇ。おいおい、マジかよ俺。なんで甘えてくる箒とかっこいい俺が仲睦まじい様子でトークしていると言う妄想の中で千冬姉が出てきてかっこいい異音さんが掻っ攫っていくような妄想になるんだよ。
 確かに――異音さんはかっこいいし、身長高いし、父性溢れる優しくて甘いイケメンフェイスだし、頼りがいのあるお兄さんのような「隊長ッ!!」と慕いたい良い声してるし、実際男の俺ですらあのかっこよさには惚れかけるレベルだし、恐らく家事も万能、そして細身でありながら逞しい筋肉を持っている隠れ美筋だろうと言う少々妄想も入り混じる程にレベルの高いスペックを持つ人だ。

 ……………………あれ、嫌うとことか、弱点が無いような気がする。

 正直異音さんのスペックであれば千冬姉と十分釣り合うし、むしろお似合いの――――だぁあああああ!? 畜生ッ! 畜生ッ! ちくしょぉおおおお!! 俺は別にシスコンとか、超シスコンとか、超ド級のシスコンじゃないし、別に千冬姉が幸せになるなら構わない気もするんだけど、ああああああああ!!! なんだこの気持ちッ! 自分で自分が分からなくなった!!

「……い、一夏!? 大丈夫か? 凄まじいほどに錯乱しているが大丈夫かッ!?」
「大丈夫だッ!! 問題無いッ!!」
「凄まじく不安だぞ、その台詞は!!」

 それは、俺が壁に頭を叩きつけて失神する2分前の会話だった。


【SIDE 異音】



 な、なんだ? 廊下の奥の方からまるで牢獄の檻をぶち壊さんとする悪魔の必死の抵抗のような鈍い音がするんだが。

ダイジョウブダッ!!モンダイナイッ!!
スサマジクフアンダゾ、ソノセリフハ!!

 ……ああ、一夏少年が錯乱しているのか。
 ……え? なんで?
 そんなことを考えて現実逃避していると、悪魔の誘いの手の如く声が横から聞こえてくる。

「異音、注げ」
「あ、はい。了解です」

 こっちはこっちで、千冬先生(酒豪モード)の世話で大変だ。
 まさか、千冬先生がこんなにも酒癖が悪いとは思っていなかった。
 明日の仕事に備えて精々ほろよい程度に抑えるだろうと思っていたら有無を言わさぬその眼力を持って、ジョッキを掲げて「注げ」と言ってくるとは思っていなかったのだ。
 僕がこっそり飲もうと思っていたウイスキーも、先ほど空瓶が一つ増える要因の一部になったし………………。
 ……酒狂者(バーサーカー)状態の千冬さんマジぱねぇ。

「で、たかまちぃ。お前、何か隠し事をしているな?」
「えっ、はい。……いや、いいえ! ありません!」
「あ゛?」
「…………すみません、あります、はい」

 無理、絶対に無理。今の千冬先生に勝てる気もしないし、何より逆らう気力すら圧し折られる始末。
 千冬先生はこんな一面もあったのか……、うん。これからお酒には気を付けよう。
 最初の一缶くらいで止めとかないと破産の書類を書くハメになるやもしれん。
 本来なら、僕が主導権を握って色々と都合の良い情報を千冬先生に流して今日のこの場を流そうと思っていたのになぁ……。
 千冬先生の料理の食べっぷりに少々興奮し過ぎて調子に乗ったのが今回の原因かなぁ……。つい、勧めちゃったし、お酒。

「たかまちぃ……、お前学園に提出する書類を捏造した挙句適当に埋めて持ってきただろう」
「……はい、そうですね」
「なぜだ? 捏造をせねばならない事情が……、ああ、そういえばお前は世界で恐らく最初のISに乗れる男性だったな……。そのためか」
「は、はい。そうです」
「ん~?」

 千冬先生は疑う瞳で僕の顔に自分のそれを近づける。超至近距離で視線が合い、千冬先生の瞳に僕の顔が見えるぐらいに近い。

「……お前、嘘をついているな?」
「」

 声を失う瞬間と言うのはこういう時なのだろう。絶句、その一言に尽きる。
 あー……多分、この人には嘘を撒いてすたこらさっさと逃げるような真似は通用しないんだろうな。
 自作嘘発見器(相手の瞳を見る)で全て看破されるに違いない。
 ……むしろ、今はチャンスだったりするのだろうか。
 酒豪者モードになっていると言うことは、深い酔いの中に居るわけで、記憶に残らないやもしれない……のか?
 この考えが間違ってたらやばいなぁ、と思いながら僕は――――話すことにした。
 僕の存在理由を、その、全てを。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――黒騎士の存在理由(中編)/Seve





後編を更新したら、今年最後の更新にしようと思います。

アンケートご協力ありがとうございました!
この文量で続けていこうと思います。



[30986] 三章 ~黒騎士の存在理由 (後編)~
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2011/12/30 22:43
【SIDE 千冬】



 正直、すでに酔いは抜けつつあった。
 昔から酒に強かった私は、ただ酒を貪るためにこうして芝居をうったもんだ。
 みーんな、笑ってない笑みを浮かべてこくこくと頷いてくれるので、ちょろいものだ。
 ……ちなみに、同僚にはやっていない。山田君にはやったが。

 ……今回、こうした芝居をうったのは理由がある。

 高町異音――黒騎士の正体について聞き出すためだ。
 こうしてわざわざ相部屋にしてやったのも、それに関係している。……他意はないッ! 無いからなッ!!
 こほん。恐らく……高町異音、目の前に正座で座る彼はラウラと同じような境遇で生まれた人物だろう。
 先ほど目を近づけた際に気付いたが、こいつの右眼は義眼だ。しかも、恐らくその右眼が待機状態の黒騎士だ。
 ドイツで教官をやっている最中に聞いた話だが、人体にISのパーツを組み込むことによりISとの同調率が著しく上がると言う実験成果があったらしい。実際ラウラの左目に移植されたヴォーダン・オージェは、その実験成果を基に移植されたものだ。
 しかし、適合率と言う存在がその時に発覚し、再検査したラウラのパーツの適合率は半分にも満たない数字だった。
 そのためラウラは地に堕ち、私が来るまで出来そこないのレッテルを貼られることになる。
 まぁ、元の筋が良かったのですぐに空へ上がることができたのは幸いだったな。
 ……で、だ。
 目の前のこいつは右眼にIS本体を仕込んでいるわけだ。
 それ故にISとの適合率は過半数以上、さらに同調率も8割越えは明らかだろうな。
 そういう実験データを私はドイツで――、待て、何処かドイツで似たような話を聞いた覚えが――、そう思考の海に身を投げようとした頃に、黙っていた高町が口を開いた。

「……はぁ。何処から話しましょうかね」

 彼は先ほどのへらへらしていた偽りの仮面を脱ぎ捨て、ようやくそれらしい顔になった。
 だが、あの時の雰囲気は無い。……私は彼のことを過大評価し過ぎたか?

「僕は【星の屑プロジェクト】と言う研究により、人の手によって作り出された存在です。
被験体番号名は02号。日本とドイツの共同実験により人造(うま)れました」

 ――そうだ。【星の屑プロジェクト】だ。

 確か、ISの登場のせいで大暴落した軍事関係のエンジニアやメカニックなどの職の男性達が立ち上がって発足されたプロジェクトだったはずだ。
 詳細のデータを要求したが、こればっかりは手に入らなかった代物。それのおかげで、この件が超重要案件であることは知っていた。

「ISの登場により、たくさんの男性達が誇りを奪われ、空を奪われ、職を奪われ、愛する者達すらも奪われました。
僕の担当になったと言う博士(ドク)は言っていました。
自分は空の王者であった、と。あの自由で広いあの世界を飛び回っていた鷹であったと言っていました。
それはもう誇らしく、雄々しく、高らかに、己の武勲の証である鷹の勲章を握り締めて語ってくれました」

 ISが齎したのは何も兵器の進化だけではない。女尊男卑、その悪循環のような黒いエゴもまた世界に広がってしまった。
 普通に考えれば、467機しかないISに乗ることができる女性はその数に等しいのだ。
 そして、各国で代表候補生、国家代表者が選出される理由は何であろうか。そう、IS技術の発展のためだ。
 専用機と呼ばれる各操縦者の私物と言う扱いは、IS技術の高い者達の特権である。そこらに行き交う有象無象の権利では無い。
 なのに、世論は愚かな言葉を広めてしまった。『ISを使うことのできる女性の時代が来た』、と。
 正確にその情報を読み取れるのは、二手三手先までを考えることのできる賢い女性だけ。そのままの意味でその言葉を捉えてしまった愚かな女性達により男性の足場が払われ、元々気の弱い日本人男性であったからこそ、今のような最悪な風潮となってしまったのだ。
 
「彼らは、今の世を改めようと必死に探しました。
天才的な頭脳を持ち、天災のような結果を齎した人物の作り上げたそれを研究することで、自分達を再び空へ、誇りある藍色の空へ飛ぶために、必死にその研究に己の全てをかけた結果が、僕です。
強化遺伝子実験の二番煎じの人造人間(ホムンクルス)製造計画は、成功し、こうして僕が生まれました。
天災の思考を読み取ることを諦めた男性達は、ISでは無く自分達を変えてしまおうと考えました。
そして、ISを使うことのできる人造の男性を作り上げました。彼らの努力は実りました」

 高町異音、【星の屑プロジェクト】、書類の捏造。全てが噛み合った。
 そして同時に、私は彼の剣がなぜ折れたのかも、理解した。
 原因は――、

「しかし、本来この実験は禁忌と戒められる代物です。当たり前ですよね、人の命を簡単に作り上げちゃうんですから。
僕の構成は人間が7割と機械が3割です。成功体である僕が五体不満足であっては面目がつかなかったんでしょうね。
……でも、その努力も今じゃ無駄な事ですよね。
だって、人造人間に頼らなくても、天然のISを使うことのできる男性が現れちゃいましたから」

 ――――織斑一夏、私の弟だ。

 ああ、これは折れる。折れてしまう。それくらい彼にとって凄まじい出来事だ。
 自分の存在が『恥じるべき一時の迷いの象徴』に変わってしまったのだから。
 誰からも求められないし、自分からも求めることができない。
 鉄の子宮と言う重い鎖が、彼を幾重にも絡み付けて、傷つけて、締め上げているのだ。
 まるで、未来への子孫を残すために生まれた卵を蛇が飲み込むかのように、私の弟がその存在を脅かしているのだ。
 それも、当人の知らない闇の中で無意識的にだ。こんな非道があってたまるものか。

「……まぁ、別に構わないんですけどね」
「え?」

 高町は吹っ切れたかのような顔で、言った。

「僕はこの生を授かっただけで、幸運だったんです。彼らの夢の一欠けら、それだけで、僕には十分過ぎたんですよ。
これ以上の幸運を強請ったら、僕は、僕でなくなる気がします。
だから、これでよかったんですよ。僕が歩むべきだった道は、彼が追い越して進んでいく道になる。
僕は彼に何も与えることができない存在だけど、それでもいいんです。僕は、幸せを感じれましたから」

 まるで、消えかけた蝋燭の入った灯篭のように弱々しく見えた。彼の言葉が、彼の姿が、彼の……存在が。
 別に肉親の弟を責めるわけでもない、別に彼に希望を勝手に託した彼らを責めるわけでもない。
 ただ、悲しく感じた。美しい泣ける映画を見て涙を流せるような気分では無く、どんよりとした切ない映画を見たような気持ちだ。
 
「……それでいいのか、お前は」

 ふつふつと、感情が湧きあがってくる。彼が、このままで在っていいはずがない。このままでは、消えてなくなってしまうだろう。

 ――――天を示す星達から零れ落ちた星屑のように、キラリと一瞬だけ光って消えるのか。

 そんな終わりを認めて良い筈が――――無いッ!

「僕はこんなにも儚い存在だったので諦めました、なんて言うわけではあるまいな?
お前は気付いているはずだ、胸の内に燻る気持ちに。込み上がってくる意思があることを」
「――ッ」
「このまま終わっていいのか? 本当にこのまま終わってしまっていいのか?
答えを決めるのはお前だ。しかし、私が同じ立場であれば、諦めやしない。立ち向かい、一矢報いるだろう。
……教えておいてやろう。
お前のそれは――ただの逃げる口実だ。ただの――逃げだ」

 私はジョッキの中に残った最後のビールを――飲みほした。……ぬるくなってしまったな、不味い。
 ああ、本当に――――――――、不味い。



【SIDE 異音】



「……逃げ、か」

 恐らく……いや、多分、千冬先生は酔っている振りをしていたんだろうな。最後らへんから雰囲気変わってたし……。
 僕は、どうすればいいんだろう。
 どうすれば、いいんだろう。
 なにをすれば、いい?
 そこまで考えて、思考を一度切った。駄目だ。気分が落ちていくだけだ。

「……考えれば考えるほど、泥沼に沈んでいく気分だ」

 僕は隣のベッドですでに寝てしまったらしい千冬さんを一瞥してから、天井を仰ぎながらもう一度あの言葉を反復する。

 『このまま終わっていいのか? 本当にこのまま終わってしまっていいのか?』

 ――終わりたいわけがないだろう。終わってしまっていいわけがないだろう。

 でも、手段が無い。僕の生まれた場所のせいで、僕の道理はすでに曲がってるんだから。
 まっすぐにするためにはその道理を曲げた事実を償わなければならない――――【星の屑プロジェクト】を、否定しなきゃならない。
 男達の夢を、希望を、一切合財見捨てて、自分だけが生き残るために彼らの人生を無に変えてしまえとでも言うのか、僕は。

 ……できるわけがない。

 彼らのために何かしようと考えているのに、結果的に彼らを貶めてしまえば本末転倒だ。意味が、無い。
 愚の骨頂もいいところだ。

 ……なら、どうすればいい。

 【星の屑プロジェクト】の露見を防ぎ、尚且つ僕が、人造人間が、表舞台に堂々と立つためにはどうすればいい?
 一切合財隠して、逃げて、消え去って、表舞台に戻れと?
 表舞台で殺人を犯した役者が舞台裏に消えて、全てを隠して再び表舞台に立つ、そんな滑稽な話があってたまるものか。

 ……いっそ、【星の屑プロジェクト】が国家級のプロジェクトであれば良かった。

 ドイツの強化遺伝子実験のように、露見しても体裁のよい斬り捨てを行えて、再び暗躍の機会を窺える、そんな状況下であれば良かったのだ。
 【星の屑プロジェクト】は一応日本政府の方にも知れ渡っているらしい、しかし、それは表向きの内容でだ。
 『男性がISを運用できるようにするための方法を模索するプロジェクト』と言う真実8割、嘘2割の内容でこのプロジェクトを通したのだ。
 世間的に見れば、僕の存在はそのプロジェクトの成功例であり、誇るべきことなのだ。裏を知らない者での視線であれば、の話だ。
 『人造人間を使用した非人道的な実験結果の象徴』こそが、僕の本当の存在なのだ。
 恐らく戸籍も捏造のものだろうし、何より学歴や出身も無いと言う宙ぶらりんな僕の存在は本当に希薄なのだ。
 一夏少年が居てくれて、本当に良かった。
 僕が居なくなっても、研究所の皆の夢や希望は彼に託すことができる。
 僕の存在理由を揺るがす存在であったとしても、僕は彼を憎むことはしない。

 ――――なら、僕はイラナイんじゃないか?

 即急に首を吊って、死に絶えてしまえばいいんじゃないか?
 この学園から行方を眩ませて、何処かの路地裏で人間を商品とする売人にでも拾われて秘密裏に消えてしまえばいいんじゃないか?
 
 『答えを決めるのはお前だ。しかし、私が同じ立場であれば、諦めやしない。立ち向かい、一矢報いるだろう』 
 
 ふと、千冬さんの声が頭の中で反復し、僕の揺れた心に喝を入れる。
 諦めず、立ち向かい、一矢報いる。

「……そんなことができれば、本望だな」

 僕はそう呟いて、溜息を吐く。
 いっそのこと、表舞台に出て大暴れしてやろうか。自分の身を捨て、誰かを助けるような存在になってやろうか。
 自分を極限にまで捨て去って全てから否定されたあの正義の味方のように誇らしく堂々と自分を飾ってしまおうか。

 ……あれ? そんな感じのキャラが居たような……。

 僕のように人造(つく)られた存在で、自分の身を削って、誰かのために生きるキャラが居たような……、あ。
 急激に落ち込んでいた心が浮上していくのが感じられた。ああ、そうだった。そうすればよかったのか。

 ――――禁忌を合法にしてしまえばいいのか。そんな存在になってしまえばいいのか。そう、成ればいいのか。

 自らの顔を千切って子供達に幸せを振り撒くあの、あんぱんを半分だけ擬人化させたようなキャラになってしまえばいいのだ。
 善であれば善であるほど、有名であれば有名であるほど、尚且つ子供に夢を、男達に夢を与える存在であれば良い。裏を探られて、もしその禁忌の件がばれてしまっても、子供達の夢を壊してしまうその禁忌の情報をばら撒けないような状況があればいいんだ。
 そして、利益が政府や国家にも繋がるようなパイプを作ってしまえば――――完璧だ。

「なんだ、簡単じゃないか」

 笑いが、込み上がってくる。ああ、なんて愚かな道化なんだ僕は。でも、実現すれば、全てが噛み合う。
 【星の屑プロジェクト】は成功となり、子供や男達に希望や夢、誇りを与え、尚且つ僕の新しい存在理由になる。
 ああ、なんて滑稽で、美しくて、儚くて、愚かな夢だろう。
 でも、これ以上の甘美な悪魔の囁きはないだろう。
 僕が、成ってしまえばいい。一夏君が通るはずだった道を、僕の覇道に変えてしまえばいい。
 ああ、そうか。ようやく気付けた。千冬さんの言葉の意味を。

 『……教えておいてやろう。お前のそれは――ただの逃げる口実だ。ただの――逃げだ』

 ――思考を止めることは即ち、諦めであり、敗北の逃げだ。そう、遠回しに言ってくれたのだろう。

「あは、アハハハハハ、ハハハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」

 今宵ほど、愉快な日があっただろうか。僕は、心の底から溢れてくるその笑みを――――盛大に噛み締めた。
 しばらくその余韻に浸った後、僕は黒のシンプルな携帯を取り出し、今も作業中であろう博士に電話をかけた。

『んあ? どうした異音。定時連絡にはまだはやいだろ』
「博士、僕いい案を思いついたんですよ。資金も稼げて、尚且つ【星屑】の成就に役立つ方法を――――」

 僕は、考え付いたそれらを全て、博士にぶつけてやった。
 そしたら博士は、恐らくあちら側でニヤリと笑って、

『いいねぇ……。確かにこれはいけるな。分かった、"やってやる"』

 そう力強く答えてくれた。僕の――夢を肯定してくれたのだ。
 なら、一層応えなくてはなるまい。僕が、僕であるために。僕が、消えてしまわないように。
 僕がここに居たと言うその証を――――この世の全てに刻みつけるために。
 ああ、楽しみだ。



【SIDE 千冬】



 いい、いいい、言い過ぎてしまっただろうか。
 ほろ酔い気味だったから直球に言ってしまったが、今思えば凄まじく恥ずかしい。
 私はパジャマ代わりのYシャツではなく、部屋着のままベッドに潜り込んで悶絶していた。
 諦めず、立ち向かい、一矢報いる。
 突(とつ)ることしか能の無い私の生き方を伝えてしまったが、変な捉え方はされていないだろうか。
 『ああ、千冬先生は突ることしかできない人なんだ』とか、
 『へぇ、前向きに突っ走ればいいのか』とか、
 『あははは、戦闘狂(バーサーカー)な織斑先生にぴったりですね』とか。
 ……ん? 最後のは山田君だった気がするな。まぁ、後日きっちり清算してもらう予定だから別にいいか。
 
「……考えれば考えるほど、泥沼に沈んでいく気分だ」

 高町はそう消え入るような呟きを漏らして、薄目で彼を見ている私の方を見やった。
 ドックンドックンと自分の鼓動が五月蠅い。ドッドッドッドッドとビートを刻み、その余波か体が熱くなってくる。
 涼しいYシャツではなくラフと言えども部屋着、加えて布団、そのせいで相乗効果を生み出し、さらに体を温めてくる。
 すっと高町が視線をずらし、虚ろな目で天上を仰ぐ。まるで、空から降ってくる希望を拾いたいがために上を向くように。
 ああ、彼の心に私の言葉はきちんと伝わっているようだ。
 前向きに生き、幾度も諦めずに前を見続ければ、ひょっとしたら明るい未来が掴めるかもしれない。
 そう意図して発したのだが、心配はいらなかったようだな。

 ……熱い。主に自分の体が排出した熱気が布団に籠って熱い。まるで簡易サウナだ。

 大き目のブラがぴったりとくっついてしまっていて、気持ちが悪い。が、彼が寝るまでは見届けなければなるまい。
 なぜなら私は教師なのだから。
 ……彼が一時の迷いでとんでもないことをしでかさないように監視しているのであって、別に彼に何かを求めて見ているわけじゃない。
 生徒の行く先を照らすのが教師の仕事の本分だ。うん、道は外れていない。
 だから、これは見守る温かい視線なのであって、決して彼のことをずっと見て居たいと言う気持ちから来るものではない。ないのだっ!

「……そんなことができれば、本望だな」

 そう呟いて、地に落ちた何かを探すかのように視線を落とし、溜息を吐いた。
 何と言うか、今にも自殺に走りそうなやばそうな虚ろな目をしているので、この場で起き上がって先ほどの続きをしてしまった方がいいんじゃないかと思ってしまう。しばらく考えて、やはり行動に移そうと起き上がる準備(主に心の)をした時だった。
 『あれ?』と高町は首を傾げ、何かに至ったような顔をして、呟く。

「なんだ、簡単じゃないか」

 ……なにがだ?

 高町は口角を上げ、凄まじく良い顔で笑みを作った。……そこまでは良い。そこまではいいのだ。
 ――なぜ、左眼が猛禽類のようなそれに代わっているのか分からない。
 お、恐らく、彼にとって一番良い笑みなんだろう。……うん、その点は触れないことにしておこう。
 ごろりと寝返りを打ち、もう寝てしまおう。先ほどの瞳でさーっと体温が低くなったから、寝やすい状況だな、うん。

「あは、アハハハハハ、ハハハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」

 ビクンッ!!
 な、なんだ!? 突然笑い出したぞ!?
 ああもう、気になる! 寝返りを打たなければよかったぁあああ!!
 そんなことを思いつつ、ひそひそと電話をし始めた高町のささやかな声を聞き取ろうとして聞き耳を立てて、



 ――ふぁぁ、ねむ……。
 


チュンチュン



 ………………朝になっていた。 
 なん……だと? まさか私はあの後寝てしまったのか。
 のそっと起き上がり、隣のベッドを見やると何やら嬉しそうな顔で寝ている高町の顔があった。

「やれやれ」

 ……まぁ、何か吹っ切れたのだろうな。
 これから爆発しないように見守って……こほん、監視を続けておくか。
 立ち上がり、彼のベッドに腰掛けて茶髪の髪を撫でる。さらさらとしていて、とても撫で心地が良い髪だった。
 ふっと笑みが浮かんでしまう。それくらい吹っ切れた良い顔をして寝ている高町の顔があったからだ。
 さて、会議もあるからな。これぐらいにしておいて、取り敢えず――――刹那、グラリと世界が揺れた。

「うぐっ、調子に乗って昨日、の、飲み過ぎたか……。み、水……を……」

 定刻通りに起きた高町によって介抱されるまであと5分。されど、苦痛の5分だった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――黒騎士の存在理由(後編)/End




一応、今年最後の更新とする……予定です。
明日ようやく休日だったりするので、ストックが溜まってたら更新するやもw



[30986] 四章 ~黒騎士、教壇に立つ~ 
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/01/01 05:29
【SIDE 一夏】


「――であるので、近年のIS武装は荷電粒子砲や衝撃砲と言った近代系の――」

 朝のSHRでとんでもない爆弾が異音さんにより投下された。
 その内容は『えー、千冬先生がダウンしたので代わりに僕がやらされることになりました』とのこと。

 ……は?

 その驚きは俺一人だけのものではなく、副担任である山田先生もまた未だに信じられないと言った顔をしていたし、1組の教室全員が同じことを考えているであろう。
 しかし、現在三時間目であるが、ウィンドウを巧みに利用し、とても分かりやすい授業を展開していく異音さんの匠の腕を認めざる得なかった。昨日キャンキャン言っていた金髪のイギリス代表候補生のセシリアも黙って授業を拝聴していた。
 山田先生はいつも千冬姉が座っている端っこの席に座り、時々頷きながらノートを取っていた。
 ……あれ? 山田先生は教師側だったはずじゃ……。
 まぁ、どちらかと言えば山田先生はこちら側だから別にいいか。

「――このグラフから分かるように、実弾系の武装を主流とする企業は低迷を見せており――」

 教壇に立ち、威風堂々とした様子で授業をしている異音さんの説明は本当に分かりやすかった。
 千冬姉の授業も俺のためにか若干噛み砕いた説明をしてくれるのだが、異音さんの授業はそれに加えて最新のグラフやイラストを交えて教えてくれるため、俺のような初心者であっても凄く飲み込みやすい授業だった。
 山田先生の授業は教科書が中心であるためよくわからん。正直、このまま異音さんが一年間教えてくれてもいいぐらいに思えてくる。
 事の発端は千冬姉が『女性特有のあの日』に加えて風邪をひいてしまったためらしい。
 ……先ほど知ったが、異音さんは千冬姉と同棲、もとい相部屋になっているらしい。
 初耳だ。まぁ、昨日はそれどころじゃなかったからな……。と、言っても超ド級のシスコンじゃない俺がべ、別に、き、気になったりとか、突撃してやろうか、なんて思っているわけじゃない、ああ、違うんだ。違うって言ってるだろ!! 俺は千冬姉に迷惑をかけてきたからそれを返したいのであって、別に――――

「ここを、一夏君。どう読み取れる?」
「え?」

 思考が異音さんの声によってばっさりと斬られた。

「何かを考えているのは構わないけど程々にね。このグラフを見て、一夏君はどう思う?」
「えっと……」

 異音さんが指さすウィンドウには、ISの実弾系武装と光粒子系武装の割合が円グラフで映し出されていた。
 やや光粒子系武装の企業の方が押しており、横の縦グラフには実弾系武装を扱う企業の売上が落ちていることが読み取れる。

「ISは量子化する領域に限りがあるからエネルギーを使用するタイプの武装の方が多く詰める?」
「うん、ありがとう。それで合ってるよ、でもちゃんと聞きなさい。僕はともかく君は分かって無いんだから」

 異音さんは前列である俺のおでこを小突いて、やれやれと言った様子で微笑んだ。

「一夏君が言ったように実弾全てを量子化すると、武装を積むことのできる領域の圧迫を――――」

 そして何事も無かったかのように授業を進めていく。
 ……何この完璧超人。
 一瞬甘い笑みにときめきかけたぞ――俺にそっちの気は無いからなっ! そこの女子「ふひひ」とか言ってんじゃねぇッ!!! 何のネタにするつもりだぁあああ!!
 と、考えてたらバヂンッ! とかなり痛いでこピンを左手でされた。……すみません、集中します。






 今日初めて(と言っても二日目だが)、一度も頭から煙を出さずに一日を終えた気がする。
 ……つか、異音さん。全教科+ISの授業まで全て完璧にやってみせるってどういうこと。

「えーと、ちなみに僕の行った授業は千冬さんの資料を使ってますので、凄いのは千冬さんです。間違えないように。明日は23ページからですので、読んでおいてください。では、今日の授業を終えます」

 と、言い残して教室から去って行った。
 ……あれ? マジで教師っぽいんだけど異音さん。
 その後「あれ? わたし取り残されたっ!?」と言う様子で山田先生が教室から慌てて出て行った。
 ……逆じゃねぇ? 立場。



【SIDE セシリア】



 ……何なんですのあの殿方は!?
 
 生徒でありながら、加えてつい四日前に入学が決まったばかりの男性がなぜこんなにもISについて知っているのでしょうか。
 かのブリュンヒルデの織斑先生の資料を使っていると言うだけであんなにも上手な説明ができるわけがない。
 そして、このわたくしを差し置いて入試主席を勝ち取り、尚且つ実技部門でも主席を勝ち取っている殿方。

 ……何かあるに違いない。

 わたくしはそう思い、教室から出て行った直後に彼を追跡することにしましたわ。

 ……本当に分かりやすい授業でしたわ。

 現在のISの武器市場及びに防具市場の状況を全て把握していなければ考察すらも出来ない論点から入り、尚且つ鋭い視点を持って的確に問題点を撃ち抜き、そしてその状況がなぜ起きたのか、加えてどうなっていくかと言う考察まで入れて、教科書の重要点を入れつつ時間きっちりに終えると言う完璧な授業でしたわ。

 ――戦慄を覚えました。

 日本人でありながらわたくし達の言語の性質をきっちりと読み取った上で日本人……加えてイギリス人であるわたくしですら知らなかった噛み砕き方をして本当の意味での英語を教えられましたし、現代文……でしたっけ? 日本の言語を用いた文章読解も外国人であるわたくしにでもすらすらできるような読解方法を伝授してくださりましたし……、彼はなんで教師で無くて生徒なのでしょうね。
 わたくしの家庭教師を全て解雇して、彼一人にだけにしてしまいたいくらい、有意義な時間でしたわ。
 ……ここだけの話ですが。何かぽやぽやしている雰囲気の山田先生の授業は分かりづらいし、教科書を暗記すれば事足りるような授業方法でしたし、失礼ながら織斑先生の授業は日本人には分かりやすいでしょうが、わたくしのような留学生には少し分かりづらい点がややある授業でしたわ。

 ――――どうして彼は生徒なのでしょう。教師側の間違いではないのですの?

 そんなことを考えていましたら、彼は会議室と書かれた部屋へ入りましたわ。

 ……え?

 わ、わたくしには会議室としか読めないのですが、彼には休憩室や部屋番号が見えるのでしょうか?
 ドアに近づいて聞き耳を立てることは本来ならばいけないことでしょうが、好奇心に勝るスパイスはありませんの。
 ぴとっとややひんやりしている鉄製のドアに右耳を当てましたわ。

『え、ええと……』
『あなたの意見は却下するわぁ』

 気の弱そうな消え入るような男性の声と、気品に満ちて居ながらも下卑たような印象を感じさせる女性の声が聞こえてきましたわ。
 ……どうやら、女性の方が地位が高いようで教頭先生と呼ばれておりますわね。
 ダンッ! といきなり机を叩くような音がして驚きましたが、呼吸を整えてもう一度耳を近づけます。

『教頭先生、今の案に何処に却下する要点がありましたか?』
『あら、あらあら。どうしたの坊や、そんなにカッカしちゃってぇ』

 高町異音――、彼の声が聞こえてきましたわ。……と言うか、本当に会議に出席していましたのね……。

『……ああ、なるほど。貴方もそちら側でしたか。
自分のキャリアを誇って上から目線で物を言い、苦しくなったら立場を使って逃げるお方でしたか』

 グサッと何故かわたくしの胸の奥が痛みました。べ、別にわたくしはそんな輩では、あ、ありませんわ。

『……なんですって?』
『では、もう一度お聞きしますが先ほどの意見を却下する理由は何処にありましたか。
学園内の美化運動に力を入れると言う点で、何が却下する要因となりましたか? 
キャリアがあり、踏ん反り返って意見を聞ける立場に立っている貴方が却下するような意見であったのでしょう?』
『うっ……』
『さぁ、お聞かせください教頭先生。事によっては貴方は……その椅子に座っているべきではないのではないでしょうか?』

 ……彼、温厚なようで以外とサディストな方でしたのね。主に精神的に与えるダメージの方の。

『――――ッ! お黙りなさい!! なぜわたくしが生徒である貴方に愚弄されなければならないのよ! 男は黙ってればいいのよ!!』

 ――――あ。

 多分彼、ニヤリと今笑みを浮かべたことでしょう。一番聞きたかった台詞を言わせてしまいましたから。

『――――ふふっ』
『な、何がおかしいのかしら?』
『と、言うことらしいですよ理事長。彼女の椅子はこれから別の方が座るとよろしいかと』
『ええ、そうですね。残念ですが、そのようですね。組倉教頭、長い間ありがとうございました』
『――――え?』

 判決は有罪。確実にギルティですわね……。
 何と言うか頭が切れるお方と言うか、全く持って敵に回したくない方でしたのねあの殿方は。
 昨日散々無視されましたから放っておきましたが、少々……いや、大幅に認識を変えねばなりませんわね……。
 そんなことを考えていたら、ぐぐっと耳が押されました。
 ハッとしてわたくしは慌ててドアから離れ、さも廊下を歩いているだけの生徒と言った様子で誤魔化しましたわ。
 中から出てきたのは恐らく教頭と呼ばれていた化粧の濃い残念な様子の女性で、わたくしを一瞥して借金取りに追われるような形相で走り去っていきました。続いて出てきたのは高町異音。彼はわたくしを見やるとふっと笑って「程々にな」と呟いて横を通って行きました。
 ……嘘でしょう? わたくしの尾行がばれていましたの?
 慌ててその場から離れるために近くにあったフロアのトイレへ駆け込み――、理由を知りました。
 鏡に映るわたくしの右頬の色が若干変わっており、元々白い肌でしたから朱色が目立つのです。

「~~~~っ?!」

 今日の事をわたくしは忘れないことでしょう。
 ……結局彼が隠れS……、いえ、隠れドSだと言うことしか分かりませんでしたわ……。がっくり。



【SIDE 異音】



 セシリア・オルコットちゃん……だったかな? あの右頬と気配からしてずっと聞き耳してたのかな。
 ってことはさっきの聞かれちゃったよなぁ。つい、女尊男卑の化身のような教頭先生とやらを虐めてしまったのを。
 まぁ……、別にいいか。彼女あんまり友人を作るの上手そうなタイプでなさそうだし。
 取り敢えず……千冬さんの様子を見に行くべきか。
 朝起きたら僕のベッドに倒れてて今にも死にそうな顔だったから本当に驚いた。
 お水を飲ましてから途切れ途切れの話を聞いてみると、飲み過ぎ+女性特有のあの日+風邪のトリプルターボのおかげで辛いまんまのマッハ状態で僕が起きるまでぐったりしてたらしい。
 一応一通りのことをしておいたけど、きちんと寝てるかなぁ? 千冬さんの性格だと無理して何かやっているイメージがあるからなぁ。
 常温でも大丈夫のようなおかゆを置いておいたけど、食べれたかな? 一応要因の一つは僕だし。
 ガチャリと鍵を差し込み回す、ロックが外れたのを確認して中へ入るとなぜか半裸状態でぐったりしている千冬さんがベッドの上で倒れていた。

 ――――何事!?

 慌てて駆け寄ってみると、理由が分かった。タオルらしきものを掴んでぐったりしている、つまり体を拭こうとして力尽きたようだ。

 …………無茶しやがって。

 仕方あるまい、なんでYシャツに下着だけなのか分からないけどこのままでは風邪が悪化するのは間違いない。
 女性の服を勝手に触ることなかれ、と本人からすでに言われてしまっているので引出しから部屋着を取り出すのは無理。
 ……仕方ない。僕のを着せるか。
 壁側に置いてあったボストンバックの中から灰色のパーカーとゆったりとした生地のズボンを取り出す。
 千冬さんに近寄り持っていたタオルを強奪し、畳んで枕元に置いた。
 すでにやや冷え切ってしまっている千冬さんの色っぽい太ももとキュートなお尻を直視してしまい、若干鼻頭が熱くなるのを感じた。
 一応見ないようにそっぽを向きながら勘で上下を着せて、布団をかけた。……顔、赤く染まってないよな?
 机の上に乗っているおかゆの鍋が半分だけ消えているのを発見した。
 俯きに倒れていたので分からなかったが、千冬さんの右頬におかゆのであろうお米が一つくっついていた。

「…………ふふっ」

 いつもは狼のようなクールビューティな雰囲気を醸し出す千冬さんのあどけない寝顔と、ちょこんとくっついている米粒が微笑ましく感じてしまい、ニヤけてしまった。米粒を取ってやり、もったいないので口へ放り込む。……硬い。
 黒いシンプルな携帯を取り出して、一度も使われることのなかったアプリケーションを開き、千冬さんの顔を捉えてシャッターを押す。
 初めてのフォトフォルダの住人は、千冬さんの可愛らしい寝顔のアップ画像であった。

 [スクリーンショット06を保存しました]

 ま、そっちでもとっておきたいかな。この寝顔は。
 キッチンへ行って、胃に優しい夕飯でも作りますかね。



【SIDE 一夏】
(何処かで携帯が開かれた頃)



「――ハッ、千冬姉がピンチな気がする」
「なん……だ、……それ、…………は」

 俺は稽古をかねて箒に「やらないか」「うほっ、良い竹刀」と誘われ結果、剣道場で組手を行っていた。
 いやー、箒強くなったなぁ。前は俺についていくのも無理だったのに、今じゃ若干焦る時が増えたからな。俺もまだまだなぁ。
 
 ……まぁ、俺の連勝だが。

 組手を中断し、休憩に入るとすぐに箒はばたんきゅー。周りで見ていた剣道部員の子が水を飲ましてようやく意識が戻ったが、ぐったりして倒れている。まだまだ精進しないとなぁ、お互いに。

「……3時間ぶっ通しであんなキツイ組手やったら誰でもこうなるよ……」
「織斑君……ぱないのっ」
「むしろ、織斑君がピンピンしていることが不思議だよ……」

 待て、今ロリ吸血鬼が居なかったか? 
 取り敢えず俺も手渡された水を飲み、若干乾いた喉を潤す。あー、生ぬるい方が体には良いけど、冷たいのもいいよなー。
 飲み終えたコップを返し、竹刀を見て考える。
 
 ――――俺は目標にどこまで追いつけているのだろう。

 目標――、それはあの黒騎士であり、俺の色んな意味での憧れの存在になっている異音さんのことだ。
 生徒と言う特異な再会をしてしまったが、色々と収穫は多かった。
 まず、だいたいの異音さんのスペックが分かった。
 父性溢れる頼りがいのあるお兄さんタイプのイケメンであること、成績優秀で筆記及び実技の主席である存在、加えて生徒でありながら教師涙目な完璧な授業を行えるほどのカリスマとプレゼン力があること、尚且つ業界の知り合いが豊富でそこらの一流企業でも顔パスとのこと。
 そういや授業中に雑談として猫に好かれると言う話をしていたな。公園のベンチで寝ていたら、ぬこリパークが眼前に広がっていたらしい。猫にすら分かる包容力、そして魅力。
 先ほど噂で聞いたが自分を地位で棚に上げてやりたい放題だった教頭を理事長が居た会議の中でギルティに処したとか、それなんて言う策士? ちなみに噂の出所はセシリアらしい。

 ……いいなぁ、ぬこリパーク。あのもふもふとした可愛らしい顔が視界一面に広がってるとか何処の花園……もとい猫園。
 
 って、そこじゃねぇよッ!?
 取り敢えずまとめてみる。
 今の所弱点が無い完璧超人+ぬこリパーク自動創設者+溢れるカリスマ+隠れドS+黒騎士+お兄ちゃんにしたい部門第一位(新聞部調べ)+千冬様に似合う最有力人物部門一位(千冬会調べ)+お姫様抱っこをして微笑んで欲しい人部門一位……、
 新聞部や色々な会が作成したランキングで一位を総なめしているらしく、今何冠なのかすら把握できないほどの大人気ぶりらしい。
 と言うか、まだ二日目だと言うのに情報が速すぎないか!? 
 ISコアネットワークに匹敵すると言われている女子ネットワークの回線の速さに脱帽せざる得ないな……。
 ちなみに、俺が一位になったのは、鈍感だよね(ギャハハハ♪)部門のみらしい。ぐぬぬぬ……。
 うらやま、けしからん! 畜生! 俺にもあんな才能欲しい!!

「一夏……?」

 畜生! 神は人に平等をくれやしなかった!! ちっくしょぉおおおおお! 取られる、千冬姉が取られるぅううううう!!
 
 ――ハッ、そういえば今、異音さんと千冬姉は同じ部屋だから、看病中であり、急接近し、て……、うがぁあああああああああああ!!

「箒!!」
「な、なんだ!?」
「異音さんが気になるからちょっと行ってくる!!」
「ちょ!?」

 箒の落とした竹刀を掴み、全速力で寮長室へ向かうッ! 織斑一夏ッ、目標を駆逐するッ!!!

「異音様が気になる?」
「ヤっちゃう!♪ 止まらない欲望が止まらないっ♪」
「ぱないの!」

 なんか腐ってる女子が騒いでた気がするが、んなこたぁどうだっていいっ!!
 取り敢えず突れ、俺ッ! 走れッ! 疾走れッ!
 唯一の肉親、取らせてたまるものかぁああああああああああああああああああああッ!!!


「い、一夏ぁああぁあああぁあああ――――――!?」


 遠くから箒の叫び声が聞こえたが、その時の俺を止めさせる要因とはならなかった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――黒騎士、教壇に立つ/End




新年一発目です!
あけましておめでとうございます!
今年も頑張りますので、どうか生暖かい目で見守ってくだされば幸いです。
よろしくお願いします!


アンケート@Ⅱ:コメント返しは、皆様のコメントを全文乗せるのではなく、省略した方がよろしいでしょうか?
 ふと気になったのでアンケートにご協力お願いします!



[30986] 五章 ~黒騎士の実力~
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/01/01 20:37
【SIDE 異音】


 ゾクッ

「!?」

 何か今途轍もないブラコンから殺気を受信したような……? 気のせいか。
 作り直したおかゆを食べさせて、ようやく落ち着いたと言う頃の事だった。
 朝に作ったおかゆはもう冷めて硬くなってしまっていたので、僕が夕飯代わりに食べた。
 味はやや薄目にしておいたんだけど、お口に合ったかな? 元気になったら尋ねてみようか。
 先ほど束さんに電話して秘薬と呼ばれるレベルのものを持ってくるようにお願いしたのだが、受け取りは(調合は)2時間後くらいらしいので暇になった。
 ……いやまぁ、千冬さんの寝顔を見て過ごしていても別に構わないのだが、目が覚めた頃に一悶着起きる気がしたから止めた。
 スクリーンショットと写メと一時間で十分だ、うん。
 さて……どうしようかな。学園の探検にでも行こうかな、そう思い立った直後、ドアがノックされた。それも盛大に。

「はいはい、どちら様かな?」

 ドアを開くと剣道着を着た二刀流の一夏君が居た。
 ぜぇぜぇと肩で息をするくらいに疲労しているようで、何処からか思いっきり走ってきた様子だった。
 どうしたの? と尋ねようと口を開いたが、それは彼の突き出した竹刀の柄によって妨げられた。

「異音さん! 俺とやりませんか!?」

 腐女子が阿鼻叫喚の声を上げるぞ、その言い方は。
 と言うか、若干、他の部屋のドアが開いている気がするんだが……。

「………………………………ああ、組手のことだね?」
「それ以外に何があるんですか?」
「……いや、一部の方には別の捉え方をされるだろうな、と。まぁ、構わないよ。ちょうど暇になったし」
「本当ですか! じゃ、さっそく剣道場に!」

 そう急かされ辿り着いた剣道場には、何故かこちらを見てぐったりしているほーきちゃんと、目をキラキラと輝かせている剣道部員らしき女の子たちが居た。
 ……なぜ、こんなに良い顔してツヤツヤした肌をしているんだろう。この子達は。
 面やら胴当てを持ってきた一夏君は本当に良い顔だ。目が笑ってないけど。

「あ、一夏君。僕には防具は要らないよ」
「え? 危ないですよ」
「いや、それ付けちゃうと……重すぎるかな。動けなくなっちゃうからさ、全力の方がいいでしょ?」

 一夏君は・・・(てん、てん、てん)と沈黙して考えてから、そうですねと答えた。
 ……正直当たるつもり無いし、手加減するつもりもないし、ね。
 いやー、良い目をしているなぁ。千冬さんと同じ……、戦闘狂(バーサーカー)な目をしてるなぁ。選択まずったかな……。 

「じゃ、俺もつけません」
「一夏っ!?」
「「「織斑君!?」」」

 そう言って一夏君はつけようとした胴当てを下ろした。
 周りの子は慌ててそれを止めていた(主にほーきちゃんが)が、一夏君は知ったことかと言う様子で竹刀を握る。
 あー……、プライド的なものをつついちゃったかなぁ。
 まぁ、打ち身程度くらいなら……、大丈夫だよね、男の子だし。

「ま、いいんじゃない?」
「ええ、構いません。手加減は不要ですよ、異音さん」
「うん、勝負事に余計なことはしない性質だから安心してくれて構わないよ」
「高町さん!? 一夏、お前もだ! きちんと防具をつけろ!」
「……箒、男には負けれない時があるんだ」キリッ
「それに、僕達がやるのは――」
「「剣道じゃない」」
「「「「え?」」」」

 竹刀と言う剣を構え、己と言う鎧を持って相手をする。それはもう決闘だ。
 多分、一夏君がこんなにも拘るのは"僕"を見ているからじゃない。僕――――"黒騎士"としての僕を見ているんだ。
 あの日、廃墟で出会った日のことを鮮烈に覚えているのだろう。論より証拠、目を見れば分かる。
 この眼は相手を求める眼だ。打倒するべき者を見ている眼だ。それを――僕はよく知っている。
 生前に通った道場で、腐るほど見てきた。まぁ……、免許皆伝の前に病院へ送られてしまったけど。至極残念だったなぁ。
 病院で死ぬのを待っている時に幾度もそのことを考えたものだ。
 死に逝く体を見て、これから起きるであろう己の死を嘲笑ったものだ。『無様だ』と、そう何度も……反復したものだ。
 あの爺さまはまだ生きてるのかな……。と、言っても……別の世界に転生している僕が会えるわけがないのだが。

「いつでも構わないよ」
「では――――参ります」

 お互いに竹刀を持ち、相手をみやる。それで、準備は終わり。
 さて、どう料理しようかな?
 できるだけ一方的に、圧倒的に、全を尽くそう。ああ、なんだ。いつも通りじゃないか。



【SIDE 箒】



 空気が――変わった。

 穏やかな雰囲気である高町さんの気配がガラリと変わる。内に飼っている獣が牙を魅せたかのように、変わった。
 空気がビリビリと震え、正直この場に居るだけでも冷や汗が流れてくるような雰囲気が漂う。
 このような雰囲気の場に慣れている私だからこのように冷静に居れるのだが、この場に慣れていない者――剣道部の友人達――はガクガクブルブルと三人ですぐそこで固まっている。無理も無い、野性の熊と対峙したかのような緊張感が場を支配しているのだから。
 高町さんは竹刀をだらりと下ろし、隙があるように見える。しかし、隙のように見えるそれは奈落への誘いのようだった。
 対して一夏は上段の構えで真なる隙を探っている。必死に見えない糸を手繰り、一撃を狙うそれは上空で得物を狙う鷹。
 しかし、待ち構える高町さんはその鷹を狙う猛獣。その獣はライオンでも虎でも無い。猛禽類のような瞳を持ち、鋭い牙を突き立てんと得物を狙う狼のようだ。茶髪の髪がさらりと風になびかれ、短いそれであっても尾のように感じた。

「はッ!!」

 一夏が、動いた。
 左脚で床を踏み抜かんと言う力強さで蹴り、ギシリと軋ませる。
 私と組手をしていた時と全く違う速度で高町さんに――視線を高町さんの方へ向けた。向けたはずなのだ。
 しかし、すでにそこに高町さんは居らず、"いつの間にか"一夏の後ろに居た。

「甘いなぁ。君が動いた時にはすでに後ろに居たよ?」

 そう出来の悪い弟子を嗜めるように高町さんは呟き、一夏の腰を打ち抜いた。
 本来であればスパァン! と鳴るであろうそれが、ズドゥッ! と鳴る。
 ……う、嘘だろう!? 今一瞬腕が消えたぞ!?

「がっ!」

 ズタンと一夏が前のめりに倒れ、左手で腰を押さえる。……い、痛そうだ。
 しかし、一夏はがくがくとしながら立ち上がり、竹刀をしっかりと握った。いちかぁ……。
 その様子を高町さんはうんうんと頷いて竹刀を向ける。

「痛みが引くまで立ち尽くしても構わないよ?」
「――ッ! いえ、構いま――――せんッ!!」

 一夏は右方斜め下から切り上げるように、振り返りながら放つ。
 だが、やはり高町さんは一瞬で消えて一夏の左方へ現れ、再びズドゥッ! と、胴を打ち抜いた。
 声にならない悲鳴を上げ、一夏はその場に膝をついた。立ち上がろうとするのだが、腹部の痛みがそれを邪魔しているのだろう。
 も、もう立つな、いちかぁ……。高町さんとの実力差は明確だ。立とうとするんじゃない……。
 ぎゅぅと胸が締め付けられる。こんなにも痛々しい姿を見て、続けて欲しいとは思わない。
 
 ――――だが、一夏は立ち上がった。

 まるで生まれたての小鹿のように震え、腹部を押さえながらも立ち上がるその姿は弱々しくも、雄々しかった。
 高町さんはやれやれと言った様子で竹刀で右方の虚空を切り裂く。
 一夏はへへっと笑みを魅せ、竹刀を下段に構える。……男の子なのだな。
 ならば、見届けなければなるまい。その全てを。

「んー……、一夏君しぶといねぇ。今のは意識を持っていくつもりで打ったんだけどなぁ」
「体が……、丈夫なのが、取り柄ですから……」
「じゃ、本気で落とすね」

 ズゥン、と空気が落ち込んだ。いや、重圧が場を、支配しているのだ。
 凄まじい威圧感が高町さんから放たれ、空気を支配し渦巻いている。高町さんを中心に龍が蜷局を巻いているかのように、ざらりと頬がその龍の尾によって撫でられる。
 パタン、と隣から床へ崩れる音が聞こえた。
 ……あれ、おかしいな。手が、と言うか体全体が震えている気がするな……。
 くっ、屈してたまるものか……ッ。一夏が頑張っていると言うのに、私が崩れ落ちるわけにはいかな――きゅぅ。
 


【SIDE 一夏】



 ……ダメだ。視界がブレる。思考が追いつかない。
 たった二撃。されど二撃だ。
 腰と腹、対する場所を打たれただけだと言うのになぜこんなにも辛いんだ?
 いや、対する場所を打たれたからか。

 ――――対閃。

 頭の片隅にその単語が流れた。
 師匠の言っていた一閃流の秘儀の一つの名。そして、師匠以外に一人の門下生しか受け継ぐことが出来なかった秘伝のそれ。
 その門下生はかなり前に怪我で道場を去ってしまったらしい。
 確か、師匠が言うには、対閃は本来腹部から腰、腰から腹部へと放たれる一太刀の技法らしい。右と左、上と下、対になる点を結ぶように打つことにより線を結び、一閃となる技法。
 だから、異音さんのこの二撃によるこれは偶然による効果であるはずだ。そう言い聞かせ、次の一撃を狙うために息を整えながら異音さんを見る。
 異音さんはやれやれと言った様子で俺を見ていた。――強者の余裕か。
 確かに、俺は黒騎士に憧れただけの男だ。だからこそ、一撃でも異音さんに当ててみたい。
 俺が考えているのはたったそれだけ。それだけできれば、悔いは無い。

「……一夏君。君はまだまだ未熟だ。僕に触れることすらできないだろう」

 分かっている。歯が圧し折れるんじゃないかと言うくらいに噛み締めている――ッ。
 異音さんは竹刀を俺に向け、一歩退いた。フェンシングの構えから、左手を下ろしたかのような構えを取り、俺を見つめる。
 まるで、俺の心の中を探るように。
 見透かされている……、なら、今の気持ちを伝えよう。
 貴方にどれだけ憧れているかを――伝えてみせよう。

「だからこそ、君の気持ちを汲み取って示してあげるよ。君の目標の最高地点を」

 ――心が震えた。

 嗚呼、この人は俺の事を理解してくれている。俺が求めていた解をあっさりとくれやがったッ!
 集中しろ、俺。呼吸法を思い出せ、師匠に血反吐が出るまで鍛え上げさせられた呼吸法を――ッ!
 見せてやる。俺の全力を、死に体のこの体の全てを賭けて――ッ!!

「すぅ――ッ」
「!?」

 息を止め、呼吸を止め、揺るぎを止める。
 師匠はこれを『最高の一手を繰り出す手段』だと豪語していた。なら、今の俺にちょうど良いはずだ。

「破ッ――ッ!!」

 そして、撃ち出すように――吐きだすッ!
 体が数倍軽くなり、足が、腕が、進む。目標へと、彼へ、異音さんへ――ッ!
 渾身の一閃を、放つ。

 パシン

「へ?」

 俺の足は、異音さんの横を素通りしたかのように出ている……?
 竹刀から伝わるそれは、物に当たった時の手応え。……一撃入れた? 俺が?
 振り返ると、驚愕した顔で異音さんが俺を見ていた。まるで、有り得ないものを見たかのように。

「……………………縮地呼吸法? ……有り得ない、か」

 異音さんは聞き取れない声で呟き、何かを否定するように首を振ってから振り返って――――、
       イクシイッセン
「――――幾死一閃」

 消え、俺の後ろに気配が現れた。
 次の瞬間――――激痛が全身に現れた。

「が、ぁああっ!?」

 直後、関節を中心に雷に打たれたかのような痺れが襲いかかる。唯一それを免れているのは首と股間だけだ。
 バタンと床へ盛大に倒れたはずなのに、痺れのせいで感覚が麻痺しているのか痛みを感じない。
 ってことは今痺れている全箇所が――

 ――竹刀では無く、真剣で行われていたら俺の体は八つ裂き、いや、千裂きになっているということか。

 ……悔しいけど、完敗だ。
 叩くのでは無く払うと言う打ち方で加減をされているのに関わらず、立つこともできない。
 悔しい……、とっても悔しいなぁ。でも――すっきりしている。
 普通負けたのであればドロドロとした悔しさが負けと言う言葉に化学反応を起こして、憎い気持ちになるだろう。
 しかし、今の俺の心は晴天の空の如く晴れ渡るような気分で澄み切っている。
 負けが、清々しい。
 圧倒的な実力差を魅せつけられ、俺の目標が実体を持った実感が湧いてくる。……立てないけど。
 でも、いつか、超えて見せる。
 目の前の目標を――――黒騎士を。俺の目の前には……実体を持った目標が、立っていた。

「……十分かな?」
「はい。ありがとうございました」

 十分過ぎた。とても有意義な時間だったと思――――、

「それじゃ、僕は部屋に戻るね。そろそろお薬を飲ませてあげないといけない時間だから」

 なん……だと?
 あ、あああああ、ああああああああああっ!!!
 なぜ動かない両脚ぃいいいい!!!
 何処か影を落とした顔で去っていく異音さんの背中が――遠いッ!!

 ……何と言うか、色々と完敗だった。



【SIDE 千冬】



 正気に戻った瞬間――――顔が爆発するかと思った。

 高町に「あーん」と催促されて、ぼーっとしながら「……あーん」と律儀に返してしまったことを思い出したり、
 灰色のパーカーの匂いを嗅いで「安心する匂いだ……」と思ってしまったことを思い出したり、
 おかゆを食べている時の高町の微笑みを見て何気なく「お父さん」と言いかけてしまったことを思い出したり、
 汗を拭いてもらったり――――ああああああああッ!! 恥ずかしい!! 穴があったら入りたい! できるだけ深いの!

「千冬さん、大丈夫ですか?」
「う、うむ。大丈夫だ、問題無い」
「……凄く不安なんですが」

 何処からか戻ってきたらしい高町は、"秘薬"と書かれた小瓶を一度見て、私を見て、もう一度小瓶を見て、キッチンの方へ行きそれを戸棚に仕舞っていた。何やら小瓶の中身は黒い液体で、体に良さそうな、しかし体に悪そうな色だったがアレはいったいなんだったのだろう。
 先ほど聞いたら苦虫を噛んだような顔で『重病の方に良く効くお薬だそうです』と言って、軽度になってきた私には必要が無さそうなので仕舞いました、と説明を加え微笑んでいた。まぁ、確かに熱も下がっているようだし、薬に頼るのもアレだしな。
 じーっと高町は私の顔を見つめ、失礼、と一言断ってから私のおでこに、自分のそれをくっつけた。

「~~~~ッ!?」
「んー……、熱も下がって――って、上がってるッ!?」

 おでこを離して、やっぱりあの薬を使うか……? と、本気で悩みだした高町を慌てて止めて、問題無いと念を押した。

 ……まったく、突然顔を近づけるからだ。……ばかもの。

 頬が朱に染まっているのは照れているからではない。熱がまだ残っているからな! 風邪のせいだ! そうに違いない!
 そう決めつけて、布団を被り、顔を隠す。
 また何か言われて心配されては疲れるからな。別に穴の代わりに布団にもぐっているわけではないのだ、うむ。
 ……頬が熱い、風邪がぶり返してきたやもしれん。

「そうですか。何か要望はありますか?」

 ――あの教頭を隠居させてくれ。

 ……なーんて言えないしな。……ん、喉が渇いたな。そのことを伝えると高町は微笑んで言った。

「それじゃ、リンゴでも剥きましょうか」

 キッチンからナイフとリンゴを持ってきた高町はお皿を膝に乗せて皮を剥き始めた。
 何気なくその様子を見て、

「~~~♪」

 楽しそうに"延々"と"皮"を剥き続ける高町の姿に私は違和感を感じた。

 ……ん? 中身の部分は何処へ行った?
 
 先端に爪楊枝を刺し、高町は「はい、どうぞ」と皿を手渡した。
 皿の上には……1mmあるかどうかと言う薄さで"剥かれた"長い長いリンゴがあった。

 ……ん? んん? 私の眼にはカットされたリンゴではなく、長く薄くスライスされたリンゴがあるように見えるぞ……?

 爪楊枝を掴み、先端を口へ入れて――しゃくしゃくとホ○ッキーのように食べた。
 ……斬新だが、意外といいかもしれない。私的にはこれは好きだな。
 その様子を見て微笑んでいるであろう高町の顔を見ることはできないだろう。
 首を少しでも曲げたら……、長く続いているリンゴが切れてしまって切なくなりそうだから。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――黒騎士の実力/End






そういえば最初の三つ以降修正の声を聞きませんねぇ。
これは文力上がってるってことかな?(ニヤリ
皆様のご助言と感想のおかげです、ありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。

次回、01号さん登場です。



[30986] 六章 ~黒騎士の妹~ 
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/01/08 19:52
【SIDE 異音】


「――と言う見解がされている。すなわちISの展開速度はその人物の――」

 すっかり元気になった千冬さんに出番を取られ、僕は大人しく自分の席に座っている。
 気高い狼のようにビシッと決めた千冬さんはとても凛々しい。確かに、女性からアプローチされるのも頷ける。
 そこらの男性よりも漢らしい……、だが、女性だ。
 クールビューティーな声、凛々しい仕草、だが、女性だ。
 山田先生が船を漕いでいるな……、だが女性だ。

 ……終わらない気がするな。この思考は、カット。

 と言うか、山田先生は本当に教師なのだろうか?
 新入りの教師だと言う説明を受けていたが、僕にあっさりその立場(教師)を奪われたし、今現在進行形で授業中の僕の立場(居眠り)を奪っているし、 何と言うか本当に彼女は生徒側の気がする。あ、千冬さんの出席簿が火を噴いた。
 あううう、と頭を抱えて悶絶している山田先生。……本当にその姿は出来の悪い生徒にしか見えん。
 出席簿が火を噴いた数秒後に、チャイムが鳴った。やれやれと言った様子で千冬さんが僕をみやり、山田先生を見て、溜息をつく。

「……高町の方が優秀かもしれんな」
「ひぅっ!?」

 きっちりと鉄槌を落とし、フォローせずに千冬さんは教室を去って行った。恐らく、次のISの時間のための資料を取ってくるのだろう。
 ブルル、と僕の懐に入っている最近ご無沙汰である携帯が揺れた。
 廊下に出て、携帯の画面を開くと博士(ドク)からだった。

「もしもし? どうかしましたか博士」
『ああ、知らせることができてな』
「何をです? ……もしかして、例の件の目途が立ちました?」
『あー……、そっちはまだ未定だ。説得の前の準備が忙しくてな、もう少しだろうよ。
で、ドイツに送られたって言った01号のことを知っているよな?』
「ええ、博士から聞きましたし」
『ああ、そいつだが――今日お前んとこに妹として転入させたらしいから、面倒見てやれ』
「……は?」
『いやー、あっちでかなり揉めたらしくてな。本命のための情報収集と下見と厄介払いのビンゴで、決定されたらしいぞ』
「……はぁ。分かりました。どういう設定なんです?」
『あー……そうか。お前は成長を促し続けた実験体の方だから……、肉体年齢は3つ違うくらいだな。後、お前をえらく気に入っているらしい。まぁ、生き別れって言うことにしておくから初対面であることを周りに悟られなければ問題無いぞ』
「了解しました」
『じゃ、頼んだぞ。"お兄ちゃん"?』

 ぷつっと電源ボタンを押して、電話を切る。誰が良い歳超えた野郎のお兄ちゃんかっ。

 ……妹ねぇ、先に生まれたのは番号的に01号なんじゃないのか?

 そんなことを思いつつ、教室へ戻る。授業まで後数分残っているな。……よし、寝るか。
 辛くなったら寝逃げだ、うん。それに限る。
 数秒で僕の意識は夢の世界へと誘われた。



【SIDE 昴】



 これ、なんて転生?

 実際に憧れていたIS学園の敷地の土――と、言ってもすでに学園内なので正確には床だ――を踏んでいる実感が湧かない。

 Q、どうしてだろうか?
 A、それは他人の体であり、ラウラたんと一緒のようにアタシは01号と呼ばれる試験管ベビーであるからだ。
 
 まるで、夢のようだ。
 そこらの二次創作掲示板で紡がれているようなSSの世界の主人公と同じ、つまるところのアタシは転生オリ主に当たる存在なのだ。
 それに気づいたのは私の担当になったと言う煙草の匂いが気になる主任から貰った一枚の写真からだった気がする。
 アタシの兄に存在する人物、高町異音の写真をだ。
 あー……、ブッキングしちゃってるSSを読んだことはあるけれど、男女でブッキングしてるのは初めてだなぁーと思いながら写真を見て狂喜した。

 ――――え♪ アタシの兄って茶髪のイケメンで、兄と言うよりもお父さんって呼びたい印象のこのカッケーお兄さん?

 ゾッコンだった。
 まるで、歳の離れた奥様方が若い有名歌手グループの男性達に惚れ込むかの如く速さで、アタシはメロメロになってしまった。
 ああ、早く、速く、疾走く、愛たい。じゃなかった、会いたい!
 この人に「兄貴!」と抱き着いてみたいなぁ。そんな妄想を四六時中していたら、何とIS学園へ行く目途が立ったのだ。わーい!
 アタシの行動を見かねた主任がドイツの本命たるラウラたんの下見役としてアタシを先行して転入するように計らってくれたのだ。
 日本に居ると言う主任の弟さんによろしく伝えておけと言われて、入学式から四日過ぎた今日、アタシはこの地に降り立った。
 アタシの兄貴の居るIS学園へ!!

 鈴ちゃんが最初に言っていたように、凄く広くて分かりづらかった。
 門から受付まで道順書いとけよ、と毒づきながら2時間彷徨ってようやく辿り着いた受付。そこのお姉さんから兄貴の情報を仕入れることができた。兄貴は凄まじい存在であるそうで、かなりの注目を浴びているらしい。
 主に、IS学園内限定で。

 曰く、教師顔負けの知識量とカリスマを持ってあの千冬様の代わりに授業を1日やり遂げたとか。
 曰く、その日の放課後の会議で女尊男卑の化身と呼ばれ悪名高かった教頭をギルティしたとか。
 曰く、難攻不落、鉄壁にして最強のあの千冬様を落としているとか。
 曰く、入試の筆記及び実技を主席でパーフェクト入学したとか。
 曰く、隠れドSで野性の獣を内包したようなかっこよさを持つ人物とか。

 曰く……と、聞き出したら終わらないと思った(お姉さんの様子から)ので今更時間を気にして会話を切らせて貰った。
 アタシの組は何と、1組! しかも噂の兄貴も居ると言うことではないか! 至り尽くせりの好物件♪
 足取りがステップ混じりになるのは仕方が無いだろう。それくらい楽しみにしていたのだ。
 竜騎士(ドラグーン)と言う名の専用ISまで貰っちゃったし、浮かれない要因が何一つとして無いのだ。
 何処ぞの手を叩くと錬成ができるニーサンのように、うなじの所で三つ編みにした長い茶髪が揺れる、揺れる。
 まるで、それは今のアタシの浮かれ具合を――、

「何をやっている馬鹿者」

 ゴスッと頭に落とされた細く硬いそれの痛み悶絶して、紡ごうとした言葉が真っ白になってしまった。
 若干涙目で振り返ってみると、凛々しい女性……、ブラコンもとい、千冬様が居た。リアル千冬様だ、きゃっほーい!

「あ、アタシ今日転入してきた高町昴です! これからよろしくお願いします!」
「……3時間も遅刻している割りには礼儀正しいな。まぁ、いい。
私は織斑千冬。お前の担任だ。使えん者を1年で使い物にするために教鞭を振るっている。
分からないことがあれば、私か高町……ああ、お前の兄に当たる人物に聞け。あいつは恐らく私よりも教えるのが上手いだろうからな。
私の言うことは絶対に聞け、逆らっても良いが血反吐を吐くことになるからな、十分考えて行動をしろ。わかったな?」
「はいっ!」

 ……あれ? 千冬様何か「やっと全部言えた……」(グッ って言う感じで余韻に浸ってるんだけど、何かあったのかな?

 千冬様が先に入り、アタシはここ(扉前)で待機を命じられた。あー、どきどきするなぁ。自己紹介ちゃんとできるかな?
 そんなことを考えながら――千冬様に呼ばれたアタシは中へ入り、全員の視線を……って、あれ? 1人寝てる?
 法則性の無い自由奔放な茶髪の男性が教室の中央で――って、兄貴じゃね、アレ。同じ茶髪だし。

「――と、言うことでこれから一緒に勉学に励むこととなった転入生だ。そうそう、高町の妹さんだそうだ。仲良くしろ」

 後半の言葉に全員が驚くほど食いついた。
 前半は「ふーん、女子なんか興味ナッシング」と言った様子だったのに、高町の~と言う辺りから「そんな餌に釣られクマーッ!?」と言う見事な釣れっぷりを見せてくれた。アンタら本当に現金な子達だね。
 千冬様に目で催促され、ああ、自己紹介ですね。昨日主任と考えたそれをきちんと言えるかな?!

「え、えっと高町昴です! 趣味は読書(主にラノベに二次創作SS)と絵(BL系では無く、全般)を書くことです。せ、専用機名は竜騎士です! こ、これからよろしくお願いします!」

 深々と頭を下げて、反応を待つ。……うぅ、合ってるかな。アタシ転校とかそういうのに全くならなかったからわかんないよー!?
 頭を上げると―― 一夏君以外(加えて兄貴らしい人物も)の全員の眼がキラキラと光っていた。
 うっ、なんだこの腐女子オーラはッ!?
 箒ちゃんとちょろコット……もとい、セシリアさんは何か違う感じで見てるけど、半数……いや、ほぼか?
 それくらいの女子達のアタシを見る目が「同志っ!」と言う目だった。

 ……なにこれ怖い。

 アタシの席は真ん中の一番後ろ、つまりちょろコッ、もとい入試主席の座をアタシの兄貴に奪われたセシリアさんの隣だ。

 ――何かうふふふと笑っておられるのですが、どういうことでしょうか!?

 この授業の後、アタシに質問(兄貴のこと)攻めに遭った(主にちょろコットさんから)のは言うまでもないだろう。



【SIDE 千冬】



 ……むぅ、どうしようか。

 高町……、同じ苗字か。高町兄……、呼び辛いな、異音で良いか。
 異音の妹と名乗る小娘が来てしまったため、部屋割りを考えなくてはなるまい。
 と、言っても空いている部屋は……ああ、あったな。あのキャンキャン吼える金髪の小娘のところに。
 正直、異音を手放すのは惜しい。
 夕飯は美味いし、洗濯も家事も部屋の掃除も勝手にやってくれるから便利極まりないのだ。

 ……勿論、下着は別だ。きちんと洗っている……、手順は聞いたけどな。
 
 で、だ。
 本来であれば兄妹で部屋割りを組むべきなのだが……、貴重な夕飯を逃したくない。それに、異音以外の小娘を部屋に招かなくてはならないのがめんどくさすぎる。
 ただでさえ私は家事はおざなりにしているのだ、完璧超人と言う冠がついているらしいが、それは他の役所へ回されるべき座右の銘だ。

 ……と言うか、何故そんなもんが付いたのかが分からん。

 まぁ、自堕落的な私の私生活を生徒に見せるのは教育に悪いと思ってな。……異音? あいつはこちら側(教師)だから問題あるまい。
 異音は口が堅い、そして2手3手先、いやそれ以上のことを考えている切れ者だ。
 あいつほど傍に置きやすい人材は無い。むしろ、奴以外居ないだろうな。
 恐らく異音を助手にすれば、例え山田君であっても出世街道まっしぐらな道へ矯正されることは間違いない。太鼓判を押してやろう。

 ――異音は異性の好みとして傍に置いておくのではなく、助手、いや執事として置いておきたいのだ。……うむ、しっくりくる。……本当だぞ?

 と、言うことで――金髪小娘のオルコットにこの件を"通達"しておくか。高町妹も含めて。

「織斑先生!」
「む?」

 と、思ったら向こうから――二人で来てくれた。手間が省けるな。
 オルコットに連れて来られると言う図で高町妹がげんなりとした顔で引っ張られていた。
 ふんす、と私から見れば小さい胸を誇り、オルコットが口を開いた。


「織斑先生、昴さんをわたくしの部屋のパートナーにしてくださりませんか?」
「せ、セシリアさん? あ、アタシはあに――」
「ああ、ちょうどいい。その件を伝えに来た、オルコットと高町妹はこれから相部屋で暮らせ。以上だ」

 めんどくさくなる前に高町妹の声を遮り、一方的に“通達”しておく。
 さて、部屋に戻って明日の資料を作っておくか。何故か職員室や学年教員室ではなく部屋で作業をした方が効率が捗る。
 高町の意見を取り入れて授業をすると、辛そうだった生徒達の過半数が真剣に聞き入ってくれるからな。奴のサポートのおかげかもしれん。
 夕飯前後に終わるようになったので徹夜で作業を行うことが無くなったし、例え遅くなっても軽い夜食を作ってくれるので空腹のまま作業をすることが無くなったしな……。そう考えると異音は生活必需品のような存在かもしれんな……。

 ――――余計失うのが惜しくなった。

「はい! わかりましたわ、織斑先生。このような措置を取っていただいて嬉しい限りですわ」
「だ、だからアタシはあに――」
「うむ。元々部屋が足りていない状態で一人で使っているのはお前だけだったからな。当然の考えだ」
「ちょ、アタシはあに――」
「そうでしたわね。織斑先生、お仕事頑張ってくださいませ。失礼いたしましたわ」
「あに――」
「うむ」

 あーれーと、再び寮の方へ引っ張られていった高町妹を見送って、内心グッと拳を握りしめる。
 よし、当分のストレスは愚弟の行動のみか。胃薬を買うはめになったらどうしようかと思っていたのだが、杞憂だったようだな。
 むしろ、異音の徹底的な健康サポートのおかげで3割増しくらいなのだ。仕事も捗るというものだ。
 
 ――それに、私のストレス源を綺麗すっぱりと理事長の前で斬ってくれたらしいしな。

 一度、異音の授業を見ておきたいものだな。
 そうだな……、いっそのこと教科書の内容を生徒にやらせて必死に勉学に追い込むか。そうすれば、私は楽だし、生徒も頑張る。
 一石二鳥の案だな、あっはっはっはっは! 至極ご機嫌で私は部屋へと戻った。
 今夜はビールにありつきたいものだな。異音が来てから酒類は缶数を制限をされてしまったからな……。
 あいつめ、初日のアレを見破ったからって主夫面しよってからに。

 ――――ついでに昨日のことを思い出しかけ、頬が破裂しかけた。

 あ、あぶない。あぶない。思い出すな織斑千冬、アレは……そうだ、黒歴史と言う奴だ。無かったのだ。
 無かったことにしてしまおう、無かったということにしよう。よし、問題無い。

「あれ? 千冬さん、凄くご機嫌ですね。何かいいことでもありましたか?」
「ああ、ちょっとな」
「それじゃ、今日はビール1缶増やしておきますね」

 ベッドに座り込んでいる異音はニコリと微笑み言った。

 ……ん? 何をしているんだ? 自分のベッドの上に何か機械部品が並んでいるが――、

「あ」
「む?」

 奥の方に、とんでもないものがあった。い、異音の、み、みぎ、右腕が落ちていた!?
 ど、どどどどどどういうことだ!? こいつはまさか自分の体を切り刻んで悦ぶような特殊性癖を――、

「あー……千冬さん。前に言いましたよね、僕の体は7割人間で、3割機械だと。僕の右腕は99%の機械部品と神経1%です」

 ……ああ、そう言うことか。取り乱してしまった自分が恥ずかしい。
 しかし、あの場で取り乱さないと言うのも人としてアレな気がするが……、まぁ、いいか。
 異音は左手で器用に右腕の部品を組み合わせ、尚且つ綺麗に拭っている。彼が言うには1週間に1回ほどメンテナンスをしないと不調が出る可能性があるとのこと。そして、昨日少し燥(はしゃ)ぎ過ぎたので不備が出ていないか点検しているらしい。

 ……私が寝込んでいる間に何があったのだ?

 そういえば今日、一夏が不貞腐れていたな。何か関係があるのだろうか。
 まぁ、取り敢えず今日の書類をまとめて、夕飯を待つか……。
 奥の自分の椅子へ座り、ウィンドウを開く――――開く、開いたのだが、集中できん。
 ちらりとそちらを見やると異音は黙々と右腕を組み立てていた。しかし、左手だけでは辛そうな部分のようで、四苦八苦していた。

 ……夕飯が遅れてはいけないからな、手伝ってやるか。

 すでに半分ほどのパーツが終わっているらしく、肘あたりの場所にカチカチとネジのようなそれを嵌めようとして失敗している。
 仕方あるまい。
 私はそのネジを奪い取り、差し込みたいであろう場所にネジを刺し込み、回してやる。

「あ、すみません。助かります」
「なに、夕飯が遅くなるやもしれんからな」
「ははっ……、分かりました。つまみも用意しときます」
「うむ」

 二人で組み立てるとびっくりするくらい早く終わった。
 ぐっぱぐっぱと右腕の動作確認をしてから異音は「ありがとうございました」と微笑んでキッチンスペースへ消えていった。
 これでようやく私も自分の仕事に専念できるな。
 しばらくしてから、ピローンと初期設定のメール受信音が聞こえた。見てみると、見知らぬ差出人からのものだった。
 ウイルスの可能性は……、無いな。私のこれ(仕事用端末)は束に作らせたものだからその手のものが侵入する穴は無いだろう。
 むしろ、侵入するとしたら束くらいだろうな。……それに、私のアドレスを知っているのは極一部の者だけだ。
 一夏、束、戦友達、そして、異音くらいだろうか。
 束特製のウイルスチェッカーを起動した後に、私はそれを開いた。
 ポポポポーン、とウィンドウが大量生産され、視界を埋める。送られてきたのは……画像か? それと本文だけだな。
 開かれたメールの差出人が変わっている? ウサミミ仮面、そう書かれている。 

 ……ああ、十中八九アイツか。あの万年お花畑のウサ耳か。

 ギリッと拳を握り締めつつも、画像ファイルを解凍し――見る。題名は――

 ……黒騎士フィギュア試作品1/7スケール?

 異音の操る黒騎士のISをフィギュア化した物の試作品の画像らしい。
 他のファイルもそれと同じであり、完璧に再現された黒騎士がかっくいいポーズを決めて映っていた。
 なんだこれは……凄く、欲しいぞ。
 元々黒騎士のデザインはかっくいい、さらに廃墟、上空、市街地のジオラマもセットでついてくるのだ。買うしかないだろうっ!?
 若干わくわくしながら本文を見てみると、お値段何と一体3980円ッ!?

 ……束に私の分も作っておくように言わねば。 

 そう思いつつ、惜しいと思いながらウィンドウを閉じて資料を作り始める。早く終わらせてもう一度見なければ……ッ!



 その姿をキッチンスペースから微笑んで見ている異音の存在に気が付かず、彼女は資料を一生懸命に、そして迅速に作るのであった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――黒騎士の妹/End



【星の屑プロジェクト】はドイツの強化遺伝子実験の“二番煎じ”です。
全く持って別のプロジェクトなので、01号はラウラではなく、オリキャラの昴です。
良い意味で期待を裏切れたかな?w
01号をラウラと考えている方は多かったですねぇ、ニヤニヤさせて頂きましたw

追記

セシリアのターンにしようと思いましたが、ネタが上がったので先にそちらを更新します。
次は妹のターン。シリアスでドロドロしい章になるやも(一部



[30986] 七章 ~黒騎士(と妹)の憂鬱~
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/01/27 21:20
【SIDE 昴】



 ……どうしよう。

 今アタシは天蓋のついたベッドがある部屋に居ます。
 天蓋ベッドなんて何処のお嬢様だよプギャーと言いたくなるようなものが視界に入っていて凄くプギャーしたい。
 だけど、その持ち主は……本当にお嬢様なんだよなぁ。横を見ると金髪のドリルじゃないロールの少女――セシリア・オルコットが居る。
 溜息をついて、現在の状況を把握……もとい、思い返す。

 セシリアさんに教室で拉致→
 千冬様に部屋の申し立て(アタシ抜きで)→
 何故かセシリアさんの部屋の空いているベッドにアタシの荷物が届いている←いまここ。

「……………………どうしてこうなった」
「何か言ったかしら?」
「いえ、特には」
「そう」

 小さく呟いたアタシの声は白いシーツに溶けていく。まるで、色々描いていたキャンパスに白いペンキでザバーと上書きされたような気分だ。

 ……あにきぃ。

 ……いや、他人だけどさ。中身的な意味で。
 あっちも恐らく……いや、この世界のキャラクターとして位置づけがされている以上、必ず転生者だ。アタシと同じような境遇であるはずだ。
 生前に未練を残したり、もしくは死にたくても死にきれない揺るぎの炎を死によって消された者のはずだ。

「……………………はっ」

 嘲笑うように、鼻で笑う。過去の自分を、嘲り笑った。そんなに恰好付ける人生じゃなかったくせに。
 過去のアタシは、苛められていた。
 学校で変哲のない理由で虐められ、家族からも見捨てられて、ただ細々と自室で生きていた。
 ハイエナのように汚らしい姿だったに違いない。自室で食い散らかされた残骸を喰らうようにネット内で食い散らかした。

 ――そして、とあるアニメに出会った。

 友情と魔砲のエンターテイメント。どちらにも飢えていたアタシはそれにすぐにハマッた。
 落とし、墜とし、堕とす。それがアタシのモットー。
 "凛々"しく"狩る"、"本気"で"狩る"。それが彼女のモットーだった。
 そう、アタシの今の状況と全く真逆なその言葉。
 アタシは凛々しく堂々と自分を肯定して生きてやいけないし、本気で何事も取り組む気力も持っていなかったからだ。
 だからこそ、アタシは嫉妬したし、変えようと思った。
 愛や勇気や友情を信じるわけではない、アタシの世界はこんなにも暗く、寂しく、汚らしいのだ。
 なら、それ相応の覚悟を決めなければならない。

 ――――この主人公を理解できれば、アタシは変われるんじゃないか。

 お菓子なんて買うことはできなかったから、無造作に置かれた部屋の前で冷たくなった飯を映画館で食べるらしいポップコーン感覚で食べながらそれを貪るように見尽くした。
 幾度も超えるその視聴回数は、恐らくアタシが死のうとして呟いたあの言葉達の合計数よりも多いに違いなかった。
 そして、パタリと倒れたアタシは2日自室で放置されてから様子を見に来た兄の発見により病院へと送られた。
 まるで、死ぬためにお膳立てされたかのように病院で一人きりになったあの夜。
 アタシは足を踏み出した。嗚呼、この時に気付くべきだったのだ。人間は打ちどころが悪く無ければたった6階では死ねないのだと。
 激痛が走り、死にたくないと叫んだ。――――滑稽だった。あれほど死にたいと呟いたのに、死ぬ間際になり生きたいと願ったのだから。
 今のアタシはそう振り返る。なぜ、あんな黒歴史を作ってしまったのか。本当に分からない。
 だが、その件によって友人が出来た。
 末期の病を患った少女Aだ。……親友である彼女のことをAと言うのは別に彼女が嫌いだからじゃない。
 彼女の名前を出してしまえば、アタシは寂しさと悲しさで潰れてしまうから、口に出したくないのだ。
 だって、二度目の生を受けた場所はISの世界。つまり、現実と似て非なる平行の世界の一つであるのだ。
 この世界に居るAちゃんは、アタシの現実だったあの世界に居るAちゃんとは違う。Aと∀くらい違うだろう。
 だから、忘れることはせずに、心を壊さぬように、封印する。生前に生きた証と言える彼女の名前を、封印したのだ。
 Aちゃんは病のせいで外に出ることができない病弱少女のテンプレ通りの少女だった。
 だからこそ、無垢で、純粋で、眩しかった。

 だからこそ――――汚れてしまったアタシが汚したいと思った。

 と、言ってもイカレタ奴のような考えじゃない。アタシが手を出したそれらを知ることにより、同類にしてやりたかったのだ。

 ――オタクと言う人種に。

 オタクだから、と言う理由で迫害され、居場所を無くしたアタシと同じ人種に、してやりたかった。仲間が欲しいと無意識的に思っていたのだろう。
 今思えば、随分と自分のことを自分で随分と卑下してたんだなぁと思う。別にオタクであっても、人権が無くなるわけでもないのに。
 あの頃の自分は自分を自分で否定していたのだ。唯一の理解者である自分でさえも自分を殺していたのだ。
 笑いが込み上げてくる。嗚呼、なんて過去のアタシは愚かだったのかと。なんて、愚かな操り人形だったのだろう。
 馬鹿馬鹿シイ、アタシは自分を落として、プライドを墜として、存在を堕としていただけなんだ。だから、操られてなんかいない。
 でも、あの屈辱に塗れたあの場所で、アタシは確かに操られていた。世界の憎悪だろうか? それとも人の悪意?
 
 ――いいや、違う。

 先ほども言ったように、アタシは自分を殺していたんだ。理解もせずに、話し合うこともせずに、ただ一方的に拒絶していただけなんだ。
 Aちゃんはアタシの語るそれらに大変満足してくれた。オタクと蔑まれたアタシの言葉で笑ってくれたし、泣いてくれたし、喜んでくれた。
 アタシの心は必死だった。汚してやろう、この綺麗な心をアタシの全てで汚し切ってしまおうと。
 だけど、Aちゃんの何気ない一言で粉砕された。
 
 『――ちゃんのお話しは本当に面白いね。外にはこんなに面白いお話しを知っている人達がたくさんいるんだぁ……。
それだったら、たくさんの人とお話しできればもっと楽しいお茶会ができるのかな』
 
 頭をガツンと鉈で叩き割られたかのような衝撃だった。
 考えていなかった。なぜ、世界に愛されなかったアタシと同じ境遇の者が居ないと決めつけていたのだろう。
 いや、違う。アタシだけ、自分だけが苦しんでいることを強調したかっただけなのだ。
 アタシ以外の所で世界は回っている。そう思いたかっただけなのだ。自分の弱い心を守るために、自分が勝手に思考をそう仕向けたのだ。
 だから、Aちゃんの純粋無垢なその一言にやられたのだ。一撃で、全て持ってかれた。
 確か、その後アタシは泣いちゃった気がする。
 んでもって、Aちゃんに抱きしめられて、わんわん泣いた。……Aちゃんの成長途中の可愛い胸で、優しさと温かさを感じながら、泣いた。
 しばらくして……、衝撃的な事実を知った。
 抱きしめ方が手慣れてるね、と冗談で言ったら『彼が抱きしめられるのが好きだから、それでかなぁ』とほんわかと衝撃的事実を言われた。

 ……彼氏持ち(リア充)、……だと!?

 まぁ、他の女なら露知らずAちゃんだから良いんだけどね。だって、可愛いし優しいし温かいしほんわかしてるし、悪い点が無いんだもん。
 彼との出会いは病院だったらしい。
 首から下が交通事故のせいで動けなくなった患者さんが入って来たとナースの人が話してくれて、同年代の友人の居ないAちゃんのお兄さんになってくれるかもよ? と言われてついその部屋に行ってしまったらしい。
 そして、色々なお話しをしてくれるそのお兄さんが好きになってしまい、告白し、男女の仲になったらしい。
 自分から抱きしめることができない彼氏のために自ら抱き着いて、ぎゅっと抱きしめているのらしい。
 ……見たいなぁ。まぁ、野暮だからしないけどさ。
 何とも初々しい様子で語ってくれたAちゃんは本当に可愛かった。小動物チックで小柄なAちゃんだから、余計可愛かったなぁ。
 アタシの怪我が治り、精神的にも落ち着いた頃、退院のお許しが出た。
 Aちゃんと離れるのは嫌だったけど、変われたアタシはもっと自分の世界を広げたいと思った。
 退院し、週一感覚でAちゃんの所へ行き、惚気話を聞きながら勉強とお茶会をした。
 そのおかげか、半年しか学校に行っていない中学生であるアタシが都立の有名な高校に受かることができた。
 新しい環境で自分らしさを磨きながらAちゃんとのお茶会を楽しんだ。
 ……それも、半年くらいだけだったけど。
 Aちゃんの病が急に悪化し、仏さんになってしまったのだ。それからのことは覚えていない。
 2ヶ月くらい呆けて、1ヵ月くらい絶望して、一週間くらい経ったある日の交差点でトラックに轢かれて死んだくらいしか覚えていない。
 そして、目を開けたら何処か保健室のような部屋で、主任が微笑んでいた。

 ……これが、アタシの全て。いや、過去の全てだ。

 だからこそ、気になるのだ。彼は、アタシの兄貴は、この世界にどうして来たのか。凄く気になるのだ。
 
 ――これが、過去の清算ってやつかねぇ? それとも、傷の舐めあいがしたいのかなぁ?

 アタシはそう、一人心の中で呟いた。夕飯を食べる前だったけど……眠りにつきたい気分だった。
 取り敢えず、第二ラウンドを仕掛けてきたセシリアさんを主任アイデア『生き別れの~』と言う無理矢理な設定で言い包め、何なきを得た。

 ……どっと疲れたなう。



【SIDE 異音】



 ――壊レテ、シマエ。

 何故か、唐突にそう、頭の中で響いた。まるで頭の中に自分では無い住人が居るかのように。
 
 ――全テ飲ミ込ンデ、全テ吐キダシテ、何モカモ、壊レテシマエバイイ。

 壊れたものは直さなければ使えなくなる。そんな非効率的なことを僕はしようと思わない。

 ――砕カレ、磨リ潰サレ、肉微塵ニナッテシマエ。
 
 ミンチになってどうするんだ。僕でハンバーグでも作るつもりか?

 ――オマエノ罪ヲ忘レルナ、オレノ罪ヲ忘レルナ。

 僕の――罪?
 ザザザザッ!! と頭の中にノイズの嵐が吹き荒れる。まるで、脳内を焼き斬る劫火のように鮮烈に、熾烈に、強烈だった。

 ――オレハ忘レナイ、己ノ罪を。僕ハ忘レタ、己ノ罪ヲ。

 視界が霞み、頭が割れるかと言うぐらいの痛みが頭を襲う。正直ベッドに腰掛けていることすら辛い痛みが、僕の頭の中を駆け巡っている。

 ――ダカラ、思イ出セ。自分ガ生マレタソノ意味ヲ。二度目ノ生ヲ享受シタソノ理由ヲ。

 僕の生まれた理由? それは僕が求められたからだ。この世界の男性に、彼らにその存在を祝福されたからだ。

 ――ソレハ、紛レモナイ事実。シカシ、オマエハ本当ノコトヲ忘レテイル。ダカラ、辿リ着カナイ。

 僕じゃ――辿り着けない?

 ――今ノオマエジャ辿リ着クコトモ、思イ出スコトモ、デキヤシナイ。

 なら、どうすればいい。どうすれば――思い出せる?

 ――オマエノ罪ヲ忘レルナ、オレノ罪ヲ忘レルナ。

 そう頭の中の住人は締めくくり、出て行った。……いや、出て行ったんじゃない。元ある場所へ帰った、のか?
 酷く頭痛が僕を戒めるように痛みを与える。寝よう、寝てしまおう。

 ――私は貴方の事がとっても好きです! だから、私を受け入れてくれますか!? こんな病弱な私を、受け入れてくれますか!?

 懐かしい声が聞こえた気がする。今はもう居亡(いな)い、あの子の声が。
 意識が落ちていく。嫌なことから逃げるために、めんどくさいことから逃げるために、眠りに逃げるために。
 


【SIDE 一夏】



 異音さんに完敗された昨日の事を思い出す。

 あの時異音さんが最後に放った一閃の名を。俺は口に出した。

「幾死一閃」

 その名前は俺にも分からない。ただ、俺の通っている道場の師匠なら知っていると思う。なぜなら、その名に一閃の名があるから。
 単純な発想だけど、俺にはそれ以外思いつかなかったのだ。だから、俺は師匠に電話をしたのだ。
 耳に当てている携帯からは息を呑むと言う珍しい音を聞いた。あの、師匠でも息を呑む事柄であると言うことだ。

『なぜ、その名を知っているのだ小僧』
「師匠、今俺がIS学園に居ることは知ってるだろ? んで、もう一人の男性が居ることも」
『……高町異音、か。わしはその名を知らぬ。だが、幾死一閃の名は知っておる』
「……教えて貰いませんか。幾死一閃のことを」

 師匠は考え事をする時もぐもぐと口の中を咀嚼する癖がある。歯が微かに打ち合う音が聞こえたため、考えているのだと分かる。
 咀嚼音が止まり、師匠は言った。

『それは一閃流唯一の後継者候補だった者が編み出した技法だ。その名もわしが与えたものだ。
実際に見える軌跡は一閃、しかし、その一閃には相手を88回も殺し切る斬撃が含まれている。人体のあらゆる急所を斬り裂く技法。
だから、わしは幾死の一閃、幾死一閃と名付け、奴に裏一閃流の看板を一人で背負うことを許した。
わしの編み出した一閃流は鮮やかな軌跡を魅せつけ、切り伏せる技法だ。
しかし、奴の生み出したそれは死合で使うための多撃必殺の技法。だから、わしは奴に裏の看板をくれてやった。
だが……、残念なことに奴は事故の怪我でこの世を去ってしまった』
「と言うことは、裏一閃流を受け継いでいる者が……」
『いや……それは無いじゃろう。奴は、一人の弟子を取らずに逝ったからな。
翌日喜び勇んで看板を貰ったことを友人と祝うためにドライブをしている時に事故にあったらしいからのう。
ただでさえ説明を体で教え込むわしらの技法を首から下が動けん状態で教えれるわけがなかろうて。悔しかっただろうな……』
「……では、俺の受けた技はなんなんですか? 異音さんが放ったその技は……」

 使える人物はただ一人、しかし、すでにこの世を去っている人物だ。
 なら、なぜ異音さんは幾死一閃と技の名を呟いたんだ。……もしかして、病院で異音さんは彼から聞いた技を再現したのか?
 それならば、有り得る話だ。死者がこの世に返り咲くことなんて、バイオなハザードが無い限り有り得るわけがない。
 再び咀嚼音が耳に響く。そして、止んだ。

『小僧、あの技は一閃流の神髄を受け継いだ上で放つことができる技だ。口から聞いた程度で受け継ぐことはできやしない。
だからこそ、不可解だ。小僧、本当にお前は……幾死一閃を受けたのか?』
「……あ」

 そうである。異音さんの放ったそれが、裏一閃流のそれと同じかなんて実物を見たことのない俺には分からないのだ。
 他の流派の幾死一閃かもしれないし、異音さんの我流かもしれない。
 異音さんのような超人であれば、努力の末に辿り着いたのかもしれない。その技法と似たようなものを、だ。

『……小僧、一度その異音とやらを連れて来い。わし直々に見てやろう。その幾死一閃が本当に裏一閃流のそれかどうかを見極めてやろう』

 そう言って師匠の方から電話が切れた。
 裏一閃流……か。
 死合に適したその技術、俺は少しだけ学んでみたいと思った。なぜなら、今居る環境が死合とほとんど変わらないからだ。
 ISは今、スポーツをするためのシューズのような扱いを受けているが、本当の意味での使用方法はそれとは違う。

 ――ISは兵器なのだ。

 人をぶつ切りにできるだろう刀や剣を持ち、人を殺し得る銃の類を内包し、戦闘機に匹敵するその機動力、それらは兵器としての機能だ。
 政府や国、いや今居るこの世界の全員がその事実を認めて尚ISをスポーツに匹敵する存在だと豪語しているのだ。
 本来の使い方とは違う使い方をしていますよー、と必死にアピールしてそちらに皆の視線をやり、誤魔化しているのだ。

 ――だからこそ、俺達は、ISに乗れる存在はそのことを忘れてはならないのだ。

 自分の乗っているISが兵器に成り得る代物だと、忘れてはならないのだ。
 だからこそ、俺は銃を使いたくないと思う。銃は効率的に人を殺すための道具だ。
 なら、剣は? 刀は?
 同じく人を殺すために生まれた代物だ。だけど、銃と違って罪悪感を忘れることはできない物だと思う。
 とある漫画の鷹の目さんが言っていた。銃は剣よりも罪悪感が少ない代物だと。
 遠くから撃って、標的が飛び散る。
 近くから斬って、標的を切り裂く。
 どう考えても、剣や刀の方が直接的であるため罪悪感を感じられる。だから、俺は刀を選んだ。
 道場で竹刀を振りながら、いつもそう心掛けてきた。師匠の言ったそれらの教訓を噛み締め、糧とするために。
 今ISに乗っている世代は、と言うかIS学園の在校生のほとんどがその事実を楽観視している。
 ISはただの道具、意識もせずに甘い考えでファッションのように楽しんでいる彼女達のことを残念だと感じざる得なかった。
 女尊男卑、そんな言葉が巷に流行っているらしいが訳が解らない。たった467機、俺と異音さんの二人分抜いて465機。
 たったそれだけの数しかないISを、そこらへんで威張っている女性達が使えるとでも思っているのだろうか。……呆れてくるレベルだ。
 それを言ってやれば中学時代の大抵の女子は黙っていたな。だって、図星、いや、それ以上か。
 自分がどれだけ馬鹿なことを言っていたのかに恥ずかしさを覚えないわけがない。途方もない距離の高嶺の花を掴んだつもりだったのだから。

 ……ああ、異音さんはどう思っているのだろう。

 同じ男性としての立ち位置で、あんなに堂々と振る舞っている異音さんの考えを聞いてみたいものだ。
 っと、箒がシャワーを浴び終えたみたいだな。入る準備しとくか。



【SIDE 千冬】


 業務を終えていざ黒騎士フィギュア画像の鑑賞をしようと思い立った時、すー、すー、と寝息が聞こえた。
 右側に振り返ってみると、異音が恐らくベッドに腰掛けた後でそのまま寝てしまった様子で寝ていた。
 あどけない寝顔……なのだが、今日は少し様子が違った。まるで、悪夢を見ているかのように寝汗が凄いのだ。
 しかし、寝息は穏やかだ。

 ……寝る前に悪夢を見ていた?

 なんだそれは。
 夢は寝ている時と、目標を見つめている時に見るものなのだ。ましてや悪夢は夢の中だけだ。有り得ない。
 と、なると異音は悪夢のような考え事をしていて、夢に逃げたのか?

 ……こいつが? この完璧超人のような異音がそこまで悩んでいた?

 そんなことがあり得るのだろうか。でも、こいつとて人間だ。ラウラのように人造人間だったとしても、心は人のそれと同等なのだ。
 だから悩むことも普通だし、苦しむのも普通なのだ。
 だが、私は何をしていた? 異音が苦しんでいる間自分のために業務に没頭していたじゃないか。

 ――私は、教師であるはずなのに。

 ギリッと無意識的に奥歯を噛み締める。そして、ハンカチを取り出して異音の顔の汗をふいてやった。
 獣のような匂いに若干くらくらするが、今は拭ってやることが第一だ。……このハンカチの使い道は後で決めるとして、だ。
 汗をたっぷり吸いこんだハンカチを丁寧に畳み、タッパーに――って、私は何をしているんだ。変態か。ハンカチは自分の机に置くことにした。
 腰掛けたままの異音の体を横から持ち上げ――って、重ッ!? この前一人で運んだ新しい冷蔵庫の方が軽かったぞ!?
 推定体重100kg前後と言った所だろうか。私で――○人ぶんくらいだな。
 ベッドに寝かせるだけだと言うのに十分くらいかかった気がするな……ふぅ、疲れた。

 ――そう言えば、あんなに顔に汗があったのだから、体にもあるはずではないか?

 私は早速あの時の礼を返してやろうと思った。別にこいつの体付きを確認したいわけでは……ない、たぶん。
 タオルを持ってきて、ベッドの隅に置く。スクリーンショットの準備も……、いや、アレだぞ? 昔一夏に言ったように周りの人を忘れないように写真として納めておくだけだ。別にこいつの体を四六時中観察してみたいなんて言う変態な行動をするためではない、のだ。
 異音は制服の中にISスーツを着込んでいるわけではないので、前ボタンを外した制服の下はただの黒いシャツだけだった。
 ただ、そのシャツは雨に打たれたかのような状態で、匂いがぁ……すさまじ――、

「――ハッ!?」

 待て、今私は何を考えていた。顔を突っ込んでくんかくんかしようなんて何血迷ったことを考えていたのだ。
 嗅いだことのないようなくらくらする匂いだったとしても、ここで近づくことはある意味死を覚悟せねばなるまい……。
 よし、嗅ご――、じゃない、脱がそう。タオルの使い道を忘れるな私。苦しかろう異音の汗を拭いて風邪をひかないようにしてやるだけなのだ。
 白い制服の上着を脱がし、脱がせ辛い黒いシャツをばんざーいと脱がす。案の定濃厚なスメルが部屋に解き放れる。
 若干くらくらしながらも異音の素肌を見て――熱が冷めた。
 右腕の付け根には痛々しい縫い痕が残っており、腹部、胸部、腕部、至るところに縫い痕はあった。
 まるで、バラバラだったパーツを組み合わせるかのような、半分だけ埋まっていたジグソーパズルを違う者が作り上げたかのような痕。
 痛々しいそれらの痕は、火照っていた私の肌を冷ますのにはちょうどよい薬であった。

 ……何を浮かれているんだ私は。

 冷静になり、タオルで念入りに拭いてやる。異音は死んだように何も反応をせず、ただされるがままだった。
 確か……、ボストンバックに入っていた服は全てクローゼットに突っ込んでいたな。
 ベッドの左方にあるクローゼットを開き、黒いシャツとラフなズボンを取り出す。……と、トランクスはさすがにゴニョゴニョ。
 無理だ、私にはできん。
 見ることすら恥ずかしいものだからな、ましてやそれを異音から脱がし、そして新しいものを履かすと言う悦業、もとい苦行はできん。

 ……一夏のはできるのだがなぁ。

 私は姉だし、相手は弟だからな。
 取り敢えず新しい黒いシャツを着せ、灰色のパーカーは……今の季節なら別にいらないか。
 くしゃくしゃにならぬうちに制服の上着をハンガーにかける。クローゼットの外側にかけておけばよかろう。
 さて……、正念場だ。色んな意味で、のな。
 ラフな黒のズボンを持ち、いざ、脱がそうとした瞬間――異音の目が開いた。と言うか、目が合ってしまった。

「あ、こ、これはだな。風邪をひかぬように着替えさせようと――」
「………………ん。そう……ですか。………………ねむ」

 若干寝ぼけている様子で私からズボンを受け取り、制服のズボンをささっと脱いでラフなズボンを履いた。
 2秒も経っていない早業。……と言うか、ベッドで寝ている体勢でなぜそんなにも早く着替えられるのだ?
 制服のズボンをズボン用のクリップ型のハンガーに留め、制服の上着の横にかけて、ベッドにぐったりと倒れた。
 一瞬その倒れ方にギョッとしたが、先ほどと同じくすー、すー、と寝息が聞こえてきたので、安堵した。

 ……まぁ、これでよかったのだ。うむ。

 そう思いながら布団をかけてやり、最後の仕事に取り掛かるとしよう。
 机の上に置かれている異音特製ハンカチやベッドに置いてある黒いシャツをどうするか考えねば――、

「ちーちゃん変態さんだねー」
「!?」

 振り返ってみれば、異音のベッドにいつの間にか腰掛けているウサ耳のカチューシャをつけている女性が居た。
 篠ノ之束、私が理解できなかった哀れな友人。

 ……あれ? 先ほどまでの行動をもしかしてもしかすると……、全部見られていた?

 けらけらと笑い声をあげながらこちらを指差しプギャーと鳴いたこの兎を何とかせねばあるまい?
 取り敢えず、考えるのは死体の処理からだな。意外と殺人で重要なのは殺し方だったりするのだ。
 肉と血と糞の詰まった人をどうやって処理をするかが、殺人の一番の肝なのだ……。

「え、えっとちーちゃん? なんでそんなに笑顔が怖いのかなーって束さんは束さんは気になるなーって」
「どうしてだろうな……、今の私は――阿修羅すらも凌駕することができる存在に成れるやもしれん……」
「ひぃっ!?」





 その後、廊下の隅でガクガクブルブルと膝を抱えて体育座りで震える束が箒によって見つかり、慌てて箒が保護したことは余談である。
 
「あ、阿修羅が……、関羽が……、ひぅっ!?」

 と、悪夢に魘されている実の姉の姿を見て、箒は何とも言えない顔で見ていた。(一夏談



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――黒騎士(と妹)の憂鬱/End


不落的シリアス回ですん(ドウダッタカナー?
原作内容的にはまだ三日目なんだけどなーw(ネタがマッハ気味でマジヤバいw
次はセシリアのターン予定。



[30986] 八章 ~黒と白、竜と蒼 (前編)~
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/01/19 16:43
【SIDE 異音】



 ようやく黒騎士1/7スケールフィギュアの生産の目途が立った。
 あのブリュンヒルデも大絶賛と言う切り札を使ってあの手この手で研究所の皆を説得(ウィンドウ通話で)が、ようやく成功したのだ。
 と、言ってもすでに束さんに頼んでおいた完成品レベルの試作品ができているため、大量生産をするだけなのだが。
 専用の工場を立て(束さんのミニゴーレム部隊によって)、材料を仕入れ(研究所及び束さんの買い占め)、生産ラインは整っている。
 しかし、この手のものは何かインパクト……、そう出だしが大事なのだ。
 黒騎士を世界へと伝える大きなイベントが無くてはならない。

 ……と、言ってもこれと言って無いんだよなぁ。

 束さんに実験機を落として貰っても構わないんだけど、結局世界の目に触れないからな……。
 やるとすれば、世界のお偉い企業や一般企業の視線が集まるクラス対抗戦、又は学年別トーナメントであろうか。
 僕が勝手にやって、僕が勝手に倒し、僕が持ち上がればいい。

 ――それ、なんてマッチポンプ。

 ……と、なるとだ。何としてもクラス代表を掴み取らねばならないわけだ。又は、別枠で対抗戦に出るしかない。
 どう考えても後者は不可能だ。
 だとすれば、

「一夏君、準備はいいかい?」
「ええ、大丈夫です。こいつも……、白式も俺に応えてくれてます」

 何故か「アタシもやるー!」と言って参戦してきた昴(そう呼ぶことに決めた)により、月曜日の放課後の第3アリーナでの模擬戦の方法が変更され、一夏君&僕チームVSセシリアちゃん&昴チームのタッグ戦が行われることになった。

 赤ピット側で待機している僕は一夏君の第一次移行(ファーストシフト)を、手作業で半分まで終わらせた。
 第一次移行と言うのはISが操縦者のことを理解するためのアンケートのようなものだ。
 なのでこちらから操縦者……、一夏君のプロフィールを書き込んでしまえば半分までその工程を省略することができる。
 残りの半分、それはISが操縦者を"精神的"な点で観察し、操縦者と共に生きるための理解をするための必要なプロセスだ。
 だから、僕が進めることができるのは半分だけだ。

 ――それ以上は、この子――白式――の権利だ。僕が手を出せることじゃない。

「……一夏君、君はISに意思はあると思うかい?」
「え?」
「コアの深層には独自の意識があるとされていて、操縦時間に比例してIS自身が操縦者の特性を理解し、操縦者がよりISの性能を引き出せるようになる――それが、教科書に載っていること。もう一度聞くよ、ISに意思はあると思う?」
「意思……ですか」
「うん。魂とも形容できるね。僕は、ISにも魂があると考えてる。魂があって、意思を持って、この世界に存在してる。そう思ってる」

 右眼の瞼に触れ、そこに収まっている黒騎士を撫でる。ざらりとした感触が、瞼越しに感じられて、そこに居るのだと認識させてくれる。
 どうして、僕は拒絶されずにISに好かれたのか。
 どうして、一夏君は拒絶されなかったのか。
 それらを紐解けば、自ずと見えてくるのだろう。束さんが作ったISと言う存在の本当の"在り方"が。
 だから、僕は黒騎士と在り続けるのだ。愚かな道化の僕で在り続けるために。道具ではなく、生命共同体として、生きるのだ。
 一夏君は?マークを頭に浮かべながら首を傾げていた。

「まぁ、答えは焦らず出すと良い。求めれば、求め還す。それがISだよ」

 ――黒騎士、立ち上がれ。
 
 右眼から一瞬で両目を覆う黒のバイザーが現れる。僕はそれを掴み、顔へ装着する。
 僕の着ていた白い制服が黒のライダースーツのようなISスーツへと変貌し、その上に装甲が展開されていく。
 身を包むこの感じが一番安心できる瞬間。僕が存在し、ここに立っていることの証明になるから。
 黒い外套型の兵装が肩に留められたのを確認し、靴底をガチャリと鳴らしてその場に僕は降り立った。
 僕は――黒騎士だ。高町異音であり、黒騎士であり、愚かな道化だ。
 そう言い聞かせ、自分の在り方を忘れずに繰り返す。忘れてはならない大切なことを、決して忘れないように。
 それに応えるかのように、外套型の兵装【シュバルツカーテン】が風になびいた。

「……………………」
「……一夏君?」

 何やら熱っぽい視線を感じたので、視覚情報を直接脳にぶち込んでいるためきちんと見えるバイザーを通して一夏君を見やる。
 まるで、デパートの屋上で戦隊ヒーローの舞台を見る子供のようなキラキラとした瞳をしていた。

「黒騎士のデザイン本当にかっこいいですよねッ! フィギュアにして部屋に飾りたいくらいですよ!」
「……あ、ああ。ありがとう。そろそろ時間だから一夏君も白式を起動した方がいい」
「あ、はい!」

 一夏君は腕の白いバングル(彼はガントレットと言っていたがどちらかと言えばバングルが合っている)を掴んで、起動させた。
 鈍い白色の装甲を展開させ、両肩の上に大きなスラスターが現れる。
 まだ初期設定のままだから色が鈍いのだろう。第一次移行までの我慢だね。

「……取り敢えず、僕は初っ端から飛ばしていくから一夏君は第一次移行が完了するまで回避に徹すること、いいね?」
「分かりました」
「よし、じゃあ――征こうか」

 射出用レールに靴底を乗せ、勢いよく弾丸のように空へ――放たれた。

[身体強化&神経強化サポート開始]

 体にかかる負担が減り、感覚がはっきりする。
 本来であればPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)と言う基本システムを使って浮遊、加減速を調整するのだが、僕の黒騎士にはPICは積み込んでいない。代わりにAGF(アンチ・グラビティ・フィールド)と言う反重力力場を発生させるシステムを組み込んでおり、長距離では無く短距離に特化したPICであると考えてくれれば分かりやすいだろう。
 黒騎士の靴の底部にはその力場を踏みつけれるような細工がある。なので、飛ぶと言うよりも跳ぶと形容したほうがしっくりくる。
 反重力力場を発生させ、すでにアリーナの中央に浮かんでいる二人の前に立つ。
 特徴的な4枚背のフィン・アーマーに加え、何処か雰囲気が王国に仕えた騎士のような青い機体。

[操縦者:セシリア・オルコット。ISネーム【ブルー・ティアーズ】。戦闘タイプは中距離射撃型と断定。
ビット及びライフルをメインとする機体構成となっており、接近戦に持ち込めば瞬殺でしょう]

 翼竜の翼のようなウィングスラスターに加え、竜を騎士に置き換えたような姿の藍色の機体。

[操縦者:高町昴。ISネーム【竜騎士(ドラグーン)】。戦闘タイプは中距離近接型と断定。
実体刃のハルバート及びビットをメインとする機体構成となっており、高機動加速からの連続攻撃に注意してください]

 両方中距離型か。
 どちらもビットを搭載、尚且つ近接と射撃のコンビネーションは気を付けるべき点の一つだな。

 ……さて、どちらを先に墜とそうかな。

 単一仕様能力(ワンオフアビリティ)は使うつもりは無いから……、んー、一夏君には逃げやすい相手の方がいいかな。
 って、どっちが逃げやすいんだろう。
 懐に入ればちょろそうなセシリアちゃんだろうか。それとも、近接戦闘を視野に入れている機体の昴だろうか。
 と、考えていたら一夏君とセシリアちゃんが睨み合っていた。
 じゃ、そう言うことで。

「一夏君、君にセシリアさんを任せるよ。昴は僕が引きつけておく」
『はい、ありがとうございます』
「第一次移行までが肝だからね、気を付けるように」
『はい』

 プライベートチャンネル用のウィンドウを出現させ、会話をし、作戦を伝えて終える。ウィンドウも同じく消えた。
 さーて、昴。君の腕前――見させてもらうよ。



【SIDE 昴】



 ゾックゥッ!

 凄まじい悪寒が背中を撫でた。
 恐らく兄貴だろう。何と言うか、何ランスロット? と疑問を持ちたくなるようなISのデザインをしている彼の殺気……かなぁ?
 漫画とかラノベとかで殺気が~云々と言う描写があるが、実際に使える人が居るとは思わなかったなぁ。マジぱねぇっす、兄貴。
 ちなみに、あれからセシリアちゃんと千冬様の妨害により兄貴とあいさつ以外一切喋ることができなかった。
 ……同類には押しが強いと定評があるアタシが(ry
 何と言うか……、遠くから観察していたが千冬様以外のISヒロインズに構う事無く、千冬様だけのフラグを乱立させてるんだけどあの人。
 現世で相当の千冬様ファンだったのかなぁ……? でも、見ている限りアレは計算しているような仕草や考え方じゃ……、ま、まさか。
 て、天然か? 天然なのかッ!? 千冬様キラーと学年で定評のある彼は天然さんだったのかっ!?
 原作の一夏のようにフラグを乱立しているが、どれもこれも千冬様限定のフラグだし……、一夏よりは性質が良い、のか?
 わ、ワカンネー……。
 何と言うか千冬様もそれをむしろ受け入れている節があるからなぁ。アタシが兄貴に近づこうとすると事あるごとに仕事を手伝わせて離脱させるから一向に兄貴と喋る機会が無いんだお。
 なので、タッグ戦を仕掛け、戦いの中で語り合うチャンスを作ろうとアタシは考えたのだ!
 日本側が賄賂としてドイツに贈呈したこの機体、竜騎士の性能を試す良い機会だし、何より……こう言うのって――、

「萌えてくるよねっ!!」

 ……あれ、誤字った気がするけど、まぁ分からないよね!

 ポコン、と顔の横にセシリアさんのアップのウィンドウが展開された。ああ、プライベートチャンネルか。

『貴方に高町さん……、ええと異音さんを頼んでもよろしいかしら?』
「うん、いいよー」
『感謝しますわ、わたくしはあの猿を潰さねばなりませんから』

 ……一夏のことかなー? それ。恐らくそうだよね、うん。

『それでは試合を開始する。全ISのシールドエネルギー値は500に固定、両チームどちらかのエネルギーが尽きたら終了とする』

 千冬様の凛々しい声がアリーナの両端のスピーカーから聞こえてくる。
 直後、ビーーーッ! とブザーのような合図が鳴った。

「さあ、踊りましょう! わたくしセシリア・オルコットと【ブルー・ティアーズ】の奏でる円舞曲に招待しますわ――――織斑一夏!」
「少々下手だが、目を瞑ってくれよ。踊ろうぜセシリアぁああああ!!」

 あらら、あっちはもうデッドヒート状態かぁ。だとしたらアタシは――、あれ? 兄貴の姿は……。

 ゾクリッ

「――ドラグーンビット、シフト:ディフェンスッ!!」

 背中に出現したのはサーフボードのような大きさのビット。【ドラグーンビット】と言う名のシールド付きのブレードライフルビットだ。
 突いてよし、撃ってよし、守ってよしの3つの方法をまとめた最新式のビット。そこの貴方、それなんてファング? なんて言わないでー。
 計8つのビットが背中に並ぶように展開され、その2つが黒き処刑剣に叩き斬られたのをハイパーセンサーから感じ取った。
 バキィッ! とまるで木片が圧し折られたかのような痛快な音が聞こえ、ビットのシールドが砕け散る。

[【ドラグーンビット】2機のシールド及びブレードを破損。通常射撃は可能です]

 振り向かずとも、ハイパーセンサーにより背中の映像が脳内に直接ぶち込まれる。やはり、【黒騎士】が居た。

「直感……かな? 捉えられていたわけじゃなさそうだし」
「直感スキルAくらいはあると自称できますね」
「ふふっ、そうか。でも、直感だけじゃ――避け切れないよ」

 再び姿が消える。否、見えぬほどの速度で移動しているだけ……、いや、違うな。センサーが反応していない。
 と、言うことは……、光学迷彩によって一瞬だけ姿を消して、死角へ消えた瞬間にステルス機能を発動させ、死角を飛べば視認不可能……。
 IS本来の速度が速すぎる、そういう考えもあるのだが……、如何せんそっちを考えたら勝ち目が無いように感じたから止めた。

「バルディッシュ、ファーストシフトッ!!」

 右手で持っていた2メートルほどの戦斧【バルディッシュ(命名アタシ!)】の先端が二股になり、放電を始める。
 ファーストシフト状態――ザンバーモード――に移行した【バルディッシュ】が、金色の実体刃を生み出す。
 2メートル+1メートル=3メートル。アタシの半径は3メートル強です! ダブルじゃないのが惜しいね。ぐるぐる回ってラリアットすんのにさー。
 
「らぁッ!!」

 ビットは背中に展開したままで、右方から真一文字に振る。当たるとは思っちゃいない。ただ、牽制になれば――、

「そんなに大振りじゃ牽制にもならないよ」

 いきなり右方に現れた兄貴を見て、"予想通り"と、ニヤリと笑みを浮かべる。
 アタシの背中には、すでに砲撃状態のビットが展開されている。牽制ではない、誘ったのだッ! 粉バナナッ!!
 ドシュゥッ! 8つのその発射音がブローバックする音と共に重なって聞こえる――はずだった。

「もらったっ!」
「――――雷閃」

 そう兄貴が呟いた言葉がハイパーセンサーによって拾われる。……拾われたと言うことは――ッ!
 言った言葉を脳内へ送るために変換するのには若干のラグがある、ならば、その言葉は――アタシの言葉よりも早く呟かれていると言うことだ。

[ドラグーンビット、全大破。通常射撃、及びブレード&シールドは使用不可能レベルの破損状態です]

 そう定時報告のように聞こえてきた竜騎士の声は、絶望によく似ていた。
 ズドゥッ!!
 まるで爆破されたかのような轟音が3回重なって耳元に響く。空気を切り裂いた……音?
 直後、右腹部に凄まじい衝撃反応が現れ、アタシの体は宙へ飛ぶビニール袋のように吹き飛ばされた。

[右腹部の損傷レベル高。シールドエネルギーの消費は75です。残り425]

 空中で踏ん張るように足元に意識をし、PICを発動させ吹っ飛ばされた衝撃を殺す。
 あいたたたたたたた……、原作では語られてなかったけど、ISには仮想損傷付与機能があるらしい。
 例えば、腕を殴られたとする。本来ならISは金属の塊なのだから、本体のアタシは痛くも痒くも無い。
 しかし、それでは危機管理能力に支障を来すのではないか?
 そう痛みの必要性を訴え、近年IS学園に在籍する生徒全てのISに仮想損傷付与機能が取り付ける義務が決定されたらしい。
 ダメージがある一定のレベルの段階を超えればそれ相応の仮想痛が脳内にぶち込まれるのだ。仮想痛と言うのは文字通り、仮想に生み出された痛みのことだ。本体への損傷は絶対防御が護ってくれるけど、精神的には護ってくれませんよー、ということだ。
 なので、アタシの右腹には鈍痛でじぐじぐしてる。……かなり、痛い。
 またふっと消えた兄貴の姿にそろそろ泣きたくなってくる。
 ISにエンジンが搭載されているわけではないので音が掴めない。
 加えてステルス機能でセンサーに移らないし、光学迷彩又は速度で見えないとなっては手も足も出ない。
 武器を振り回して当たるかなー? って感じ。
 刹那、アリーナに一つの閃光が生まれた。そちらを見やると一夏が真白くなっている。ああ、第一次移行か。

……え? まだ5分しか経ってないよ? あれ、20分くらいあったはずだよね?

「ん、ようやく足止め役は終わりだね」

 いつの間にか横に浮いている兄貴の姿を視認して――吹っ切れた。

「バルディッシュ、セカンドシフト」

 【バルディッシュ】が形を変え、ザンバーモードを両端で行うモードとなった。ツインザンバーモードに変わったのだ。

「どうせ、振り回すなら――――」

 新体操のバトンのように、【バルディッシュ】を旋廻させ、横に立っている兄貴にロックオンをかける。
 兄貴は何か思うことがあったのか、口元をニヤリとさせ、大きな処刑剣を肩に担いだ。

「――――全力でやってやるッ!!」



【SIDE 山田】



 うわぁ……、凄い戦いだぁ。
 
 アリーナの管制室の大きいリアルタイムモニターでその模擬戦の様子を見て、わたしはそう思った。
 織斑くんとオルコットさんの戦いも凄い。でも、高町兄妹の戦いの方が凄かった。
 なぜ、あんなにも大きい武器同士で戦っているのにあんなにも速度が出るのだろうか。
 旋回する高町さんの【バルディッシュ】の両刃を難無く受け流し、まるで「ここに隙があるぞ」と教えんばかりの優しい一撃を高町くんが放つ。
 それを払って――、このループだ。
 高町さんが無茶なことをしようとした瞬間に釘を刺すように処刑剣を一閃し、エネルギーを削らせ、元のループへ戻す。
 まるで、高町くんが高町さんに――、言いづらいので下の名前にしようと思う。
 まるで、異音くんが昴さんに戦い方を教えているかのような、そんな戦いなのだ。
 チラリと織斑先生の横顔を見る。彼女は、ブリュンヒルデと呼ばれた彼女はどんな考えを持っているのだろうか。
 元日本代表候補生だったわたしには分からない、日本代表として伝説を作った織斑先生はどんな――、

「………………………………」ニヘラ

 ニヤニヤしてた――――ッ!?

 織斑くんの方のモニターを見ているかと思っていたら、高町兄妹の方のモニターを凝視してニヤニヤしていた。
 あー、なるほど。
 わたしはどうしてニヤニヤしていたのかを悟った。そうですよね、だって織斑先生は――――、

「(バトルジャンキーですもんね!)」

 第一回モンド・クロッソでブリュンヒルデとなった次の年、挑戦者が売ってきた喧嘩を全て買い取り、病院送りと言うとても高い賭け金を払わせ、にんまりしてましたもんね!
 だから、異音くんのかっこいい姿を見てにへらとしているわけじゃないですよねぇ。
 むしろ、その姿を見て戦いたくて仕方が無いっていう感じの笑みですもんね!

 ……そう、ですよね?

 左手をぐっぱぐっぱとしているのは、武者震いのようなものだろうなぁ、と思いながら、織斑先生から目を外しモニターを見やる。
 モニターに映る昴さんの顔は半ば泣いている様子で、異音くんが逃げている昴さんを追い込むと言う状況に変わっていた。
 そして、サディズムな笑みを口元だけで表現できている異音くんを見て、ぞくりとした。
 
 ――あの笑み、いいかもしれない。

 背筋がゾクゾクと来るのは、……なんでだろう。
 あのサディズムな笑みに屈服させられて、めちゃくちゃに……、や、だめです、わたしたちは教師と生徒で(ry





 管制室のモニターを見て、ニヤけながら呆けている2人の背は何処か似ていた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 一夏&異音チーム:シールドエネルギー残量
 245+500 合計745

 セシリア&昴チーム:シールドエネルギー残量
 500+120 合計620



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――黒と白、竜と蒼(前編)/Seve




次こそ、セシリアのターン!
本作のセシリアは他のセシリアとかなり違います。
ローマ字化は……さて、どうでしょうか。

 



[30986] 八章 ~黒と白、竜と蒼 (後編)~
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/01/27 21:35
【SIDE セシリア】


 ……しぶといですわね。

 かれこれビットで嬲りつつも【スターライトmkⅡ】で幾度も狙撃しているというのに、めげずにわたくしに一撃を入れようとしてくる。
 彼は日常に生きてきたただの少年だったはずですわ。なのに、なぜ彼はこんなにも頑張るのでしょうか。

「ぜぇ、はぁ、はっ」

 あんなにも息を切らしているのに、あの目は死んでくれやしない。
 幾度も避けて、幾度も痛みを味わって、幾度も怖い思いをしているというのに、彼の心は折れてくれやしない。
 正直、異音さんが一番やっかいな相手だと思って、昴さんを人柱にしましたが、わたくしにとって一番やっかいなのは――目の前の彼。

 ――――織斑一夏。

 第一次移行(ファーストシフト)に至っていないようでしたから適当に遊んであげましたが、それ以降であってもちっとも彼を墜とせませんわ。
 彼のシールドエネルギーがすでに半分を下回っているのは明白、なのに、彼は一発逆転の一手を何としてでも掴み取ろうとしてくる。
 大抵の操縦者は玉砕覚悟で一度向かってくるだけで、諦めると言うのに、素人当然の彼がなぜこんなにも頑張るのかが分からない。
 まるで、父の様だ。
 家に居る時は母の顔を窺う弱いお姿、外に居る時はまるでボディガードかのように屈強なお姿。
 屈強なお姿の時の瞳と、彼の瞳は似ている。何者にも負けやしないと言う力強い意思の籠るその瞳――その瞳の意味を、知りたい。
 その瞳の奥に灯るその揺らがない炎にくべるそれを、わたくしは知りたい。

 ――すでにこの世に居ない父に似た彼の瞳の理由を。

「――織斑一夏」
「はぁ、ぜぇ……、なんだよ……」
「わたくし、貴方のことを少し見くびっておりましたわ。なので、全力でお相手しますわ。わたくし、実は――」

 【スターライトmkⅡ】のスコープを目から外し、胸に構える。ビットは全て自動制御に変更。
 わたくしの本来のスタイル――突撃兵スタイルに。
 設定をボルトアクションタイプ――圧縮し、一撃の威力を高めたタイプ――から、セミオートタイプ――連射性を優先し、数で攻めるタイプ――に変更。スラスターの調整はホバーモードから、ブーストモードへ移行。
自動制御は――、要りませんわね。切っておきましょう。戦いの場では自分の力のみが真価を魅せるのですわ。
ですので、要らぬ手助けは――むしろ、命取り。切るに限りますわ。

「突スナですのよッ!!」

 ――――瞬時加速(イグニッション・ブースト)からの超連射特攻、避けれるものなら、避けて見せなさいッ!!
 
 スラスターから溜めのためのエネルギーを散布、内部へと溜め、放つッ!!
 ぐっと体が持ってかれるのを感じながら、わたくし自身が弾丸のように飛ぶのをイメージする。――加速、もっと速くッ!
 これまで培ってきた手慣れた作業を着実にこなす。銃身を上げ、体と並行にして、目標を――狙う。
 狙いを定め、トリガーを――引くッ! 引くッ!! 引き続けるッ!!!

 キュキュキュキュキュキュキュキュキュキュキュイィイイィイィィイインッ!!!

「すゥ――――――」

 彼は目前に迫る閃光を睨みながら、

「破ッ!!」

 【雪片】と言う名の刀を、一閃した。

 ――――まるで、神速の居合。

 所詮エネルギーを束ねた線であるレーザーが、彼の刀によって真一文字に斬られ、霧散する。
 斬ったッ!? レーザーをッ!? なんて常識外れな……ッ。
 ギリッと奥歯を無意識的に噛み締め、ビットに命令を下す。
 自動制御の下での目標の集中砲火。加え、わたくしの連続射撃。今度こそ――墜とす。
 再び狙いを定め、トリガーを引く。
 閃光が虚空を走り、目標へと向かって行く。加えて4つの【ブルーティアーズ】が唸りを上げる。

 キュキュゥンッ! ×4

 視界一杯に広がる閃光の雨。放っているわたくしですら恐れる量と言うのに、彼の瞳の炎は消えていない。
 むしろ――――燃え滾っている。
 彼の姿が一瞬消え、センサーが上を示す。あの速さ、間違いあるまい。

「瞬時加速――ッ。素人当然の貴方がどうしてそれをッ!」

 天に向かい、叫ぶ。返事は、やはり天から帰って来た。

「千冬姉に教えて貰ったッ! 今日のためにッ!!」

 自動制御により追ってしまったビット達を切り伏せ、こちらへと急落下してくる彼が吠える。
 負け犬のそれではなく、雄々しい白い魔犬の雄叫びのようにッ!!
 行き場を失った速度を、PICで押し殺す。急停止し、真上に居る彼へと――銃先を向ける。
 タイプを変更。セミオートタイプからバーストタイプ――全エネルギーを放出する一手――へと変更いたしますわ。
 恐らくこれがラスト、だからこそ、当てて見せる。

 墜として――みせますわッ!!

「墜ちなさいッ!!」
「お前がなッ!!」






 トリガーに指を置いて、狙いを定め――、






「うわぁあああああんっ!! もうヤダぁあああああ!!!」

「「あ」」

 引いた瞬間、射線上に半泣きの昴さんが横から飛び出し、【スターライトmkⅡ】の弾倉のエネルギー全てを放った閃光と、彼の振り下ろした【雪片】の餌食となりましたわね。
 きゃふっ!? と悲鳴を上げて背中に重い一撃を、腹部からはありったけの閃光をお喰らいになった昴さんはぐったり。
 そして、スピーカーから『高町妹、アウトー』と、お尻を叩かれそうな言い方の録音の音声が流れ、そのまま昴さんは下に落っこちていきました。

 ……………………色々とぶち壊しですわね。

「……リタイアしますわ。興醒めですもの」
「……そうだな。俺もそんな気分だ」

 彼と視線を合わせ、今の何とも言えない心境を分かち合い、

「ふふっ」
「ははっ」

 笑い合いましたわ。
 嗚呼、彼とは水入らずでもう一度再戦したいものですわね。
 名は――織斑一夏。しかと覚えましたわ。
 でも、今は笑い合いましょう。次に刀と銃を交わす、その時までは。



【SIDE 異音】



 ……やり過ぎた。

 止めるのが遅すぎた……いや、速すぎたのか。色んな意味で。
 昴の頑張りに兄らしく応じるために『初めての戦闘レッスン編~88の剣戟の舞~』で戦闘の教導をしてあげた。
 何か気分が乗ってきたのでつい腕を振る速度を上げていってしまったのだ。
 すると、ふと気づいたら昴が半泣きで、んでもって逃げ出して――大変なことになった。
 閃光を腹いっぱいに食らい、肩甲骨の合間に一夏君の刀……ああ、【雪片】だったかな? それの渾身の一撃が入って痛烈なサンドウィッチ。
 そして、昴は夏場の蚊取り線香にやられた蚊のようにぽとんと地面に落下して行った。……って、落下ッ!?
 くるりと地面に頭を向けるようにしてAGFを反転、足場が上下逆となる。
 反重力力場を全力で蹴り飛ばし、尚且つ脚部の内部スラスターによって瞬時加速を同時進行するのを忘れない。
 ギュンッ! と、一瞬で風を斬り、地面に墜ちる前に昴を回収し、AGFを反転し、急着地する。
 ほえええ……、とサンドウィッチのダメージで気絶している昴の様子を見て、間に合ったことに安堵する。

「……あぶなかった」

 あのままの角度で落ちてたら確実に首を痛めて保健室送りになったに違いない。
 間に合ってよかった、そう胸を再び下ろして昴を地面に下ろす。

 ……さてと、上で笑っているお馬鹿さん達には少し――――OSHIOKIしなくちゃね。

 大型処刑剣【ダーインスレイヴ】を握り締め、上のお馬鹿さん達を見やる。
 さて、墜とすか。



【SIDE 一夏】



 ゾックゥウウッ!?

 場の流れで笑い合ったセシリアも同じく背筋に悪寒を感じたらしく、こちらをきょとんとした顔で見ている。
 つい見つめてしまって、セシリアってまつ毛長いんだな、と思った瞬間、ザクリッ! と首が落とされた。

「「!?」」

 バッと自分の首に手をやるが、ちゃんとくっついている。首は――落ちていない。
 先ほどまるで、死神の鎌に首をぶった切られたかのような感覚が脳髄を走ったのだが、こ、これはいったい……。
 ゾワワワッ! と鳥肌が立ち、

[真下のIS【黒騎士】から途轍もない敵対反応。
操縦者からメッセージが届いてます、「人が怪我する寸前だったのによく笑ってイラレルネ?」]

 白式の声を聞いた直後、ハイパーセンサーで真下を見てみると、く、黒いオーラを纏っている【黒騎士】が居た。
 や、やばい。マジで切れた5秒後!?
 慌てて【雪片】を握り――、通信で『一方的過剰暴虐(ワンサイド・オーバーキル)覚悟しててね?』って呟かれたぁあああああッ!!!
 ふっと【黒騎士】が視界――ハイパーセンサーからの情報からも――からも消え去り、怖気と冷や汗が止まらない。
 取り敢えず、セシリアを蹴飛ばすようにして離脱させる!

「きゃっ!?」

 不意を突かれてそのまま吹っ飛ばされるセシリアを確認し、ああ、この後死ぬなーと思いつつ、

「――羅刹」

 そう背中側から呟かれた声を"拾い"ながら――、一瞬で意識がシャットダウンされた。



【SIDE 千冬】



「(――そして、奴は最後にこう言うのだ。素晴らしい戦いでしたね、千冬さん、と。そして――)」
「織斑先生ッ!! いつまで見ているんですか!? 早く止めてください!!」

 ――ん?

 っと、少し妄想に浸ってしまったな。
 そう私は後ろからアリーナの管理をしている……た、……たな……恐らく田中(仮)が叫んでいる声で妄想の世界から現実へ戻ってくる。
 リアルタイムモニターを凝視する形で固まってしまっていたようだな、して、結果は――、

『もうやめてくださいませ!! 一夏さんのシールドエネルギーの残量はもう0ですわッ!』
『あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば』

 ……なんだ、この混沌世界(カオス)は。

 なぜかオルコットが叫んでいるし、一夏が【黒騎士】に凄まじい速度で嬲られているし、異音は何やら「怒」と言う字が似合う感じで荒ぶっているし、隣の山田君はニヤニヤしているし……、とにかく。

「田中っ!!」
「はいっ! って、わたしは田坂です!!」
「田中ァッ!!」喝ッ
「はいっ」ヒィッ
「先ほどまでの映像をでぃーぶいでぃーとやらに書き込むにはどうすればいいっ!!」
「……はい?」

 家の家宝に……じゃなくて、家で見るための鑑賞用に取っておくだけだっ!! 何度も見たいに決まっているだろうッ! 
 あの騎士鎧のフォルムッ! あの曲線美ッ! あのツヤッ! 途轍もないほどの造形美ッ! 
 どれも私の好みのかっこよさだ……。故に、四六時中見ていても飽きないほどに恋焦がれるのは当たり前のことだっ!
 さらに、中にはあの異音が居るんだぞ!? 幾度も見るに決まっているだろうがッ!

「お、織斑先生? 教員用のタスクで見れます。それに、個人の私的理由での資料のお持ち帰りは規約で――」
「何を言っているんだ田中君。先ほどまでの洗練された剣技を見て、研究をするために決まっているだろう。そして、高町妹への戦闘技能の向上に向けたテクニックや戦闘法を教育するためのあの教導方法はまさしく教師の鏡とも呼べるものだ。さらに、ブリュンヒルデと呼ばれた私が参考にすると言っている。異音の技術がどれだけレベルの高いものか分かっているのか貴様は。加えて言うが、異音が先ほど使った技は部分瞬時加速(ワンパーツ・イグニッション・ブースト)と言う高度テクニックだ。先ほどから行ってる高速移動はそれによるものでもあるが、彼のISに積まれているAGFを逐一変更することによって更なる速度の高みへと昇華させているのだ。これがどれだけ高度な技術であるものか分かっているのか貴様は。さらに異音は絶対防御を抜く寸前と言うレベルまでギリギリ落とした威力で嬲っている。つまり、身体的損傷を一切出すことなくぶちのめしているということだ。尚――――」
「」アングリ

 田中君にこの戦闘の需要点を中心的に戦闘技法の知識を教えてやる。
 十分教員になれるレベル、と言うか代表候補生を超えて国家代表であってもおかしくないレベルに達している異音のそれらを丁寧に教える。
 
「――――と、言うことだ。私が持っていても間違いではあるまい。なので早くでぃーぶいでぃーに――」
「織斑先生!」
「山田先生!」スガルメ

 む、隣の山田君が正気に戻り、私を見つめている。
 田中君はそれを何処か「頼りになる!」と言った後輩的ポジションで見ている。
 なんだ、と山田君に尋ねる。

「織斑先生……ッ。DVDでは無くBDの方が映像を綺麗に残せますし、長い期間保管できますッ!!」
「って、山田先生ッ!?」
「なんだとっ!? そのぶるーれいでぃすくとやらがどういうものか分からないが、とにかくやれっ!」
「はいっ!」

 カタカタとモニターの管理PCのキーボードを操り始めた山田君に関心をする。
 ふむ……、最近の家電は進化しているのだな……。ぶるーれいでぃすくと言うものはでぃーぶいでぃーを凌駕した存在だとはな……。
 
『あば、あばばばば、あばばばば――――――――…………………………ごふっ』チーン
『一夏さぁああぁぁあぁあああああんッ!!』
イチカァァアアアアアアアアアッ!!!

 何やらリアルタイムモニターが騒がしいな、一夏そんなところに寝ていたら風邪をひいてしまうぞ。後で回収しといてやるからな。
 教員用携帯端末の使用方法も四苦八苦しながら覚えたが、やはり私はこの手のものには疎いな……。
 一夏にまかせっきりにしていたからすっかり流行の波とやらに乗り遅れてしまったらしい。
 やれやれ……、今度異音に尋ねてみるか。奴はその手にも精通していたはずだからな。
 山田君から手渡されたそれを受け取り、懐へ仕舞う。

 ……む。

 またスーツを新調せねばならんかもしれんな。胸が少しきつい。今度家へ戻るついでに買っておくか……。
 そう言えばそろそろ衣替えの時期だな……。一夏がまた新しいスーツをクローゼットから――、

「ん? 一夏?」

 そういえば、先ほどリアルタイムモニターで異音に遊ばれていなかったか?
 そちらを見やるとぐったりと倒れる一夏の姿があった。その横にはオルコットが居た、三角座りで。
 別のモニターには高町妹を肩に担ぎ――米俵を担ぐように――、ピットへ戻って行く異音の背が映されていた。

 ――まぁ……なんだ。一夏を回収しておくか……。

 そう思い、私はアリーナの雑務を全て田中君に任せ、管理室を出て行った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――黒と白、竜と蒼(後編)/End




リアルが凄く忙しかったため、少し遅れましたー。
セシリアみたいなお嬢様がなぜあの言葉を知っていたのでしょうかね……、今度彼女のメイドさんに聞いてみましょうか……。

次は皆のアイドル! あのセカンドさんが学園入りです!

アンケありがとうございました!
不正は一切ありません! あるのは不落の陰謀と思惑だけです(オイコラ



[30986] 九章 ~黒騎士とツインテールの猫~
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/01/09 17:07
【SIDE 一夏】


 目が覚めたら保健室らしき場所のベッドの中だった。隣に箒とセシリアが寝ていた。……どゆこと?

 保健室の先生らしき人に説明を貰い、状況を把握する。
 どうやら、俺は黒い悪魔によって気絶→覚醒→失神→覚醒→気絶……と言うループを幾度とされてぐったりしたところを千冬姉に回収されたらしい……米俵を担ぐように肩に抱えられて。
 あいたたたた……、全身が筋肉痛のようにだるいし、節々が痛い……。
 まぁ、確かに昴を放って笑ってたのは不味いよなぁ。頭から真っ逆様だった気がするし……、あれ、ISに乗っていてもそれって普通に不味くね?
 冷や汗が止まらない。
 そ、そうだよなぁ……、あの時さらっと使っちまったけど【雪片】のアレって<零落白夜>って言うエネルギーを消費してチェーンソーのようにシールドバリアを焼き斬って直接シールドエネルギーにぶち込むもんらしいし……。
 その一撃に加えて、セシリアの極太のレーザーを喰らっているのだ。
 付け加えるなら確か異音さんの地獄レッスンをしていてシールドエネルギーの残量は底が尽きる手前だったはずだ。
 そんな状態でシールドエネルギーを過剰に減少させてしまえば、絶対防御が過剰に発動されて………………、

 ――IS自体のエネルギーが枯渇するんじゃねぇか?

 そんな状態――つまようじレベルの絶対防御――であんな高さから落ちたら確かに異音さんの言うように怪我をしてしまっていたかも……。
 うわぁあああああっ!? 俺はなんてことをしちまってるんだっ!? 笑い合ってる場合じゃねぇじゃんかっ!?
 ……冷や汗が止まらない。

「異音さんが昴をキャッチしてくれて本当に良かった………………」

 そう安堵しつつも、罪悪感で胃が痛くなってきた。後で昴に謝りにいかなくちゃな……、異音さんにも礼を言いにいかないと……。
 頭を強く打たれた覚えはないが、頭痛がしてきた。……半分が優しさで出来ているアレで治るかな、これ。
 カシュッと炭酸が抜けた炭酸飲料のペットボトルを開けたかのような音が耳に入る。
 そちらを見やると何とも言えない人物が居た。と言うか、各国が騒ぎ立てる超重要人物。

「……束さん」
「はろはろー、いっくん。お元気かなー?」

 箒の実の姉、篠ノ之束さんだった
 ウサ耳つきのカチューシャ、そして……ナース服?
 確かにここは保健室だからマッチしている格好だ。しかし、今時の学校の保健室の先生は私服に白衣とかやエプロンが普通だ。

 ……あれ、良く考えたら場とマッチしてねぇや。
 
 病院の中でなら、両腕をファイティングポーズのように構え、椅子からやや腰を上げて「うぉおおぉおおぉお!!」と叫ぶだろう。
 主に、思春期の少年青年成年達が。
 束さんはその、なんだ。発育が大変よろしいので、その、豊満な、む、胸が何故かぴったりのサイズのナース服に圧迫されて途轍もない自己主張を実現している。な、なんと言うカーニバル……、ごくりと喉が鳴る。
 束さんはそれに気が付いたのか、にんまりと笑って俺に近づいて胸を強調するように両手を膝へ置く。
 両腕に押し出される形でふんにゃりと胸が変形し、お年頃の男性達の心臓を穿つとてつもない武器へと変貌する。
 何と言うか状況がやばい。寝ている美少女×2に加え、今にも襲ってきそうな年上のお姉さんに囲まれているのだ。
 弾が見ていたら『リア充死ね。氏ねじゃなくて、死ね』と中華包丁を俺の脳天に振り下ろさんと笑っていない笑顔で向かってくるに違いない。
 あいつの中華包丁捌きは俺でも見えない域へ到達しているから割りと本気でやばいのだ。
 中学の時に、弾が一目惚れしたと言う眼鏡の女性の話を友人達と弄り過ぎたために『中華屋の息子舐めるなよ? 一片足りとも残さず肉微塵(ミンチ)にしてやんよ』と鋭い眼で何処からか出した中華包丁を両手に構えた時は本当にやばかった。
 あの厳さんすらも二度見してから厨房へ消えていくレベルなのだ、弾の本気切れは。
 確かあの時は蘭が止めに入ってくれたおかげでなんとかなった。
 が、残念なことに友人一人が弾の五反田流二包丁の舞にやられて、中国茶を飲みながら点心を食べるあの習慣の名前のキャラのように床へ倒れ伏せることとなったのを忘れない。御手洗ざまぁ。

「いっくん。白き、白ちゃ、白式の調子はどうかな?」
「え、と。凄く良いですね、まるで自分の体のように馴染みました」
「そっかそっか~。ちーちゃんも喜ぶんじゃないかなぁ~、あの子のことをかなり気にしてたみたいだからねぇ」
「あの子?」
「白ちゃんのことに決まってるでしょ? どっかの馬鹿な企業が弄ったみたいだけど、配達される白ちゃんの設定を全部真っ新(まっさら)にしてから束さん直々に調整し直したからねぇ~。馴染むに決まってるじゃなーい」
「……もしかして、白式が遅れたのって」
「ざっつらーい! 束さんが一度強奪したからだよ~。まぁ、バレないようにきちんとやってるから私以外に知る人なんていないけどね~♪」

 な、なんだってー(棒)
 って、強奪ってかなりやばいことじゃんかっ!?

 ……いや、一応束さんは生みの親だから、良いのか? いや、分からんけども。
 
 むふふ~と、俺の反応に何やらご満悦の束さん。
 そして、俺への弄りが済んだのか、矛先が左側――束さんの真正面――に居る箒へ変わった。
 すすーっと後ろへ移動し、そして、ぴっとりと重なるように抱き着いて箒を抱きしめた。ふんわりと優しく、まるで割れ物を扱うかのように。
 勿論、箒が起きないように細心の注意を払ってだ。その後お母さんのような慈しみに溢れる微笑みを見せ、すっと離れた。

「じゃ、私のほーきちゃんをよろしくね~。そろそろちーちゃんにバレちゃうかもだから、ね」

 ね、と人差し指を唇に当てて、にんまりと悪戯めいた笑顔を見せてから束さんは――窓から出て行った。

「え゛!?」

 ここ(保健室)、2階なんですけど?!
 と、思ったらギュンッ! と巨大な人参が窓の外を通過して行った。……ああ、束さんらしいお帰りで。
 確か重要人物保護プログラムとやらで家族がバラバラになってしまったんだっけ、それに引け目を感じているのかな……。

 ――だからかな。この学園に入学してからほぼ毎日箒に会いに部屋にお忍びで来ているのは。

 この前廊下の隅にガクブルしている束さんを箒が保護したことがあった。
 それ以来束さんはいつの間にか部屋に居て、箒と、その、にゃんにゃん――百合的な意味ではなく、姉妹的な意味で――していて、箒と和解しているようだった。まぁ、箒も束さんを本心から嫌っているわけではなかったから打ち解けるのは電子レンジでチンした氷並みに速く溶けたようだ。
 うんうん、と父親のようにその微笑ましい出来事を考えているとまた炭酸の、もといドアが開く音がした。
 そこから現れたのは何とも申し訳無さそうな昴だった。
 あ、あははは……、とぎこちない笑みで近づいてきた昴はベッドの横にあった座る部分が回る椅子に座って、俺の方を向いた。

「……その、あれだね。凄く見っとも無い姿を見せた挙句、こう言うことを言うのも何だけど……」

 何か、深刻そうな顔で昴は顔に影を落とした。
 昴に出会ったらすぐに謝ろうと考えていた俺も、さすがに言い出せる雰囲気ではなかった。

「その……、あ、兄貴が……」
「い、異音さんがどうしたんだ?」
「自分の行動を棚に上げた挙句、一夏くんに肉体言語(ボディランゲージ)で説教したことを凄ッくッ反省してて若干壊れ気味なんだ……」
「……え?」
「ほら、兄貴が少しやり過ぎたせいでアタシが逃げて、あんなことになっちゃったじゃん? 
兄貴が元を辿れば自分が悪いって暗黒面に墜ちまして……。ベッドの上で三角座りに頭まで毛布を被って自己嫌悪してるんだ……。
心が弱かったアタシが悪いんだけど……、何を言っても、心底自分が許せないのか自分が悪いってループしちゃってるらしくて……」

 あ、あの異音さんが……?
 メンタル面ではメタルスライム並みの硬さを誇ると学年で噂されていたあの異音さんが……ッ!?

 ……異音さんがそこまで思い詰めているってことは、あの時の行動は素の異音さんの行動だったわけだ。

 もしや、異音さんも重度のシスコンだったりするのだろうか。
 一度、あの時の昴の状況を千冬姉に変えて考えて見る。――うん、即決でそいつらぶちのめすな。跡形もなく。
 つまり、俺が千冬姉を尊敬し守りたいと思うように、異音さんも昴を守ってやりたいって心底考えているんだ。
 いつも自分の行動をきちんと自分で管理している異音さんだからこそ、初めて無意識的な行動で管理から外れたこの一件を凄く思い詰めているのではないだろうか。
 自分のその行動の根本の理由が分からず、初めて故に理由の分からないそれを何度も思い返すからこそ、異音さんは戸惑っているのではないだろうか。

「……それでですね。こちらを渡すように兄貴から……」
「え、あ、うん!?」

 受け取った辞書並みの厚さの手紙……? の中身を見て――1行で止めた。
 何と言うか、この度の反省を反省文に書き写しなさい、と言われたかのような代物であることが瞬時に分かったからだ。
 だって、出だしが『生きていてすみません』から始まるんだぜ? これからどんな懺悔が綴られるのか瞬時に把握できるってーの。
 先ほどの昴の話を聞いて、暗黒面に落ちてしまった異音さんの心境から考えて見るとかなり末期な状態でこの手紙を拵えたらしいな……。
 うっし、ならやることは一つだな。
 俺は両サイドで寝ている二人を起こさないように体を布団から引き抜き、ベッドから降り立った。
 異音さんが無意識的に手加減してくれているおかげで、全身が筋肉痛程度の痛みで済んでいるのだ。むしろ、礼を言わなくちゃダメだろ。

「い、一夏くん?」
「ちょっと、行ってくる。異音さんに会いに行かなきゃ」
「え、あ」

 少し歩きづらいが、何とかなる。保健室のドアが開き、俺は外へ――

「何をしている馬鹿者」

 出ようとしたらスパンと出席簿でやや軽めに叩かれた。見上げてみると呆れた様子の千冬姉の顔があった。

「……まったく、お前らは何処か似ているな……」
「え?」
「異音もお前に会いに行くと言って、死にかけの様子で出て行こうとしていたから眠らせてきたのだ、物理的にな」
「……え゛」
「まぁ、今回のことは色々と残念なことが重なって起きた事故だ。別に首を吊りかける手前まで準備するほどまで思い悩むことではあるまい?」

 そう千冬姉は遠い目で窓を見やって言った。

「い、異音さん……」
「あ、あにきェ……」
「無論、止めた。今は先ほど捕まえた束に特製の鎮静剤を打たせたので安心していいだろう」
「「ほっ……」」

 昴と俺は胸を撫で下ろした。まさか、異音さんがそこまで追い詰めているとは……。実の妹である昴すらも考えていなかっただろう。
 と、言うか本当に異音さん大丈夫だろうか……。何と言うかこれまでのキャラをぶち壊すレベルで心配だ。
 やはり、一度会いに行くべきか。
 それを察したのか、千冬姉はふるふると横に首を振った。

「今の異音の心境はかなり複雑だ。ある意味事の発端であるお前と会って、アイツが何をしでかすか分からん……。【ダーインスレイヴ】で切腹しかねんぞ、今のアイツは……」

 その言葉を聞いて、うっ、と呻く。

 ……先ほどからの話を聞いていると本気で遣りかねないなぁ、と思ってしまったのだ。

 さて……、どうしよ。
 はぁ、と保健室に3つの溜息が漏れたのは仕方が無いことだろう。



【SIDE 鈴】



 敷地内を迷っていたら、あたしよりも色んな意味で迷っている人が居た。……何があったのよ?

 国のお偉いさんに猫撫で声でお願いして転入させてもらったんだけど、どうやら一日早く着てしまったらしく、どうしようかなーと受付を探していたらベンチに真っ白に燃え尽きたぜ……と項垂れている茶髪の少年が居た。
 何と言うか、そのまま放っておいてもよかったのだが何故か体が吸い寄せられるように彼の前に足が向いてしまったのだ。

「アンタ、何してるの?」
「……ああ、ちょっと反省をね」
「反省?」
「うん、少しやり過ぎちゃって……」

 彼の隣に座り、ぽつりぽつりと事の顛末を聞いていく。
 どうやら、妹さんが模擬戦の最中に大変なことになり、その原因の発端となった自分を責めているらしい。

 ……まぁ、その話の中に懐かしい名を聞いたのでそちらに突っ込みたいけど、我慢しておこう。

 まぁ、どう考えても不慮の事故で、全員に非がある状況なので全員が謝ったらそれで終わりなんじゃない?
 と、そのことを伝えてやる。

「……そう、かな」
「きっとそうよ。仲が良いからこそ、それでいいのよ。あたしもよく喧嘩したけど、お互いに謝って次にはいつも通りだったわよ」
「……ありがとう」

 そう微笑みながら言った彼の顔を直視してしまい――ボッと頬が、いや顔が熱くなるのを感じた。
 この感覚は前にもあった。けど、今日のこれはそれを凌駕している。心の奥が、熱くなるのを感じる。

 ……いやいやいやっ、そんなわけ……ない。無い筈だ。

 この学園に通っているはずのあの馬鹿の顔が……何故か思い出せない。
 先ほどまで彼の事を考えていたはずなのに、目の前の彼の先ほどの笑みだけが頭に残っている。
 ああああああっ、なんでよ!? なんであいつの顔が……思い出せないの!?

「べ、別にこれぐらい当たり前の事でしょ! 思い悩むことじゃないわよ!」
「……そっか。僕は喧嘩をしたことが無かったからなぁ……、そんな仲の良い友人は居なかったからね」
「……え?」

 高町異音と名乗った彼は、何やら遠い過去を見つめるような瞳で空を仰いだ。夕焼けによって燃え尽きた空が彼の視界を埋めているだろう。

「……恥ずかしい話だけど、僕はこれと言って深い仲の友人は居なかったんだ。クラスメイトって言う名の知り合いレベルしか居なくてね……。
だから、自分の寂しさを埋めるために道場に通って、稽古をして、修練をして、修行をして、自分だけを磨いてた。
今だから分かるけど、それは傍から見て恥ずかしい自分を見せないようにするためのカモフラージュだったんだなーって。
剣道部に入ったこともあったけど、僕のレベルがすでに年齢の数倍の域に達してたのか、凄く強い剣道少年としか皆に覚えて貰ってなかった」

 自分を認めて欲しかったのに、自分の行いのせいでそのチャンスを逃してしまったんだ、と異音は自嘲めいた笑みを浮かべた。
 笑ってくれ、と異音は言ったが、あたしは笑わなかった。いや、笑えなかった。
 だって、こんなにも努力した異音の結晶とも言えるそれを笑ってやることなんてできるわけが無い。
 
「……じゃあ…………なってあげるわよ」
「ん?」

 ベンチから跳ねるように立ち上がり、こいつの目の前にビシッと一指し指を向けて言ってやる。

「だから、あたしがなってあげるって言ってんの。
笑い合って、泣き合って、喧嘩して、でもって仲直りしてまた笑い合えるような友人になってやるわよ。
あたしが、あんたを認めてあげるわ。あんたの頑張りを認めてあげるわよ」

 きょとんとした顔で異音は数秒呆けて――左眼から涙を流した。
 ぽろり、ぽろぽろと何故か左眼だけで涙を流していく。声を上げることも、喚き散らすこともせず、ただ……静かに泣いていた。
 呆けながら、なぜ自分が涙を流しているのかさえも分かっていないと言うような様子で、ただただ涙を流していた。
 え、ええと確か……、

「ん」

 お母さんがやってくれていたように、あたしは異音の頭を正面から抱きしめてやった。
 こうして抱きしめてもらうと何処か心がぽかぽかするのだ。よく悪い夢を見た時にお母さんにしてもらったのを覚えてる。
 しばらくして、くぐもった声で「ん、もういいよ」と胸の中から聞こえてきたので腕を離す。
 左手の甲で涙を拭い、異音は立ち上がって――あれ、あたしよりも結構大きい……?
 ポム、とあたしの頭の上に手を置いてから撫でて、

「ありがとね、鈴音ちゃん。元気出たよ」
「べ、別にあんたのためじゃ……」ゴニョゴニョ
「ふふっ、それでもありがとね」

 頭を優しく撫でられて……ぅん、何か気持ちよくなってきた。なんか、ホッとする感じ。温かくて……優しくて……、溶けてしまいそうだ。
 とろーんとしてきた気分と、心がぽかぽかしてきた……何かもう……にゃーん。
 異音の手が温かくて優しくて嬉しくて……病みつきになってしまいそう……にゃーん。



【SIDE 異音】



 なんでだろう……、涙が押し出すように懐かしいことを吐露してしまった。
 何故、鈍い輝きすらも無い黒い青春時代のことを吐露してしまったのだろうか……。そう鈴音ちゃんのさらさらと柔らかい髪を撫でながら考えていた。まるで猫のような仕草で蕩けている鈴音ちゃんの顔を見ていると何処か微笑ましい気持ちになる。
 まるで、ベンチで寝ていた時に寄ってくる猫達を愛でているような……そんな気持ちだ。
 まぁ……確かに、あの頃の友人と言えば寄って来てくれた猫達だったかもしれないなぁ。
 だからかな、僕の友人になってくれると言ってくれた鈴音ちゃんが……猫のように感じるのは。
 ふと、撫でていて気付く。

「そう言えば鈴音ちゃんはどうしてこんなところに?」
「んにゃ?」

 僕の座っていたベンチは寮と教室練から少し離れた奥庭――中庭のさらに奥の場所にある場所――のベンチだ。
 ここに来るのは迷った生徒か僕に近寄ってくる野良猫達くらいだ。
 どうして、鈴音ちゃんはここに辿り着いたのだろうか?
 ・・・(てん、てん、てん)と、とろーんとした瞳で僕を見つめた鈴音ちゃんはハッとした顔になり、あれ? と言った顔になった。

「……そう言えば、受付が見つからなくて迷って……」

 迷子ならぬ、迷い猫だったようだ。

「受け付けのある事務室は……ここから結構離れた場所にあるけど……」
「な……ッ」

 心底がっくりきたと言う様子で頬を引きつかせる鈴音ちゃんが愉快で、くすりと笑みが零れてしまった。

「なによっ!!」
「ん。いやなに、"友人"を案内しようと思ってね」
「……へ?」

 一瞬きょとんとした後、ニヤリと笑みを浮かべた鈴音ちゃんの頭を撫でる。
 それをバツの悪そうな顔で甘んじた鈴音ちゃんは小さく消え入るような声で『ありがと』と呟いた。

「じゃ、案内してもらうわ。よろしくね、異音」
「うん、よろしくね鈴音ちゃん」

 鈴音ちゃんはたたたっと先へ進み、踵を返して言う。

「鈴でいいわ」

 そう呼べ、と言うことらしい。……友人と言うのは、こんな感じなのかな?

「じゃ、鈴。行こうか」
「うん!」

 

 これが、僕の初めての友人――凰鈴音ちゃんに出会った日の出来事だった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――黒騎士とツインテールの猫/End





鈴は千冬さんの次にお気に入りの娘です♪
不正の一切の無い神聖なるアンケートの結果、1組になりました!
……え? 4番が見づらかったって? AHAHAHA、何を言って(ry

本作のクラス対抗戦……、よく考えて見れば凄まじいよね。
1組→専用機持ち5人(一夏、異音、昴、セシリア、鈴)
2~3組→無し
4組→未完成の専用機持ち1人(かんちゃん)
5~6組→無し

……あれ、一組の勢力強すぎじゃありませんかががががが。
つーことで、オリジナルの設定を急遽でっちあげまーす。
お楽しみに~



[30986] 十章 ~ツインテールの猫とシュレディンガーの猫~
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/01/27 21:53
【SIDE 千冬】



 あ……ありのまま、昨日起こった事を話すぞ……。
 私は束から部屋から異音が消えた言う連絡を受け取った、そのため探して確保するために学園の敷地内を探していた。
 奥庭で見つけたと思ったら見知らぬ猫と戯れていた。
 な、何を言っているのか分からないと思うが、私でさえも未だに分かっていないのだ……。
 胸がざわついて、心がどうにかなりそうだった……。束の洗脳だとか瞬時加速だとかそんなチャチなもんでは断じてなかった……。
 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったのやもしれん……。
 
 と、言うのも先ほど今朝、職員会議の際に理事長から手渡されたしぃーでぃーに入っていた情報が原因だった。
 中国代表候補生――凰鈴音。
 顔写真から判断して昨日異音と居た猫であることを断定。確か一夏の中学の時の同級生だったな……。あの泥棒猫め……ッ。
 ギリッと奥歯を噛み締め、高町妹の右側の席に座る黒髪ツインテールの猫を見やる。
 にへへと、寝ている異音の背中を見ながら笑みを浮かべている……。
 今日から中国の代表候補生として転入してきた彼女は何故か私が受け持つクラス……そう、1組に配属されたのだ。
 理事長からの推薦であるためあの手この手で他のクラスへ回すこともできやしない。
 山田君の数学の授業中、私は終始苛々しっ放しだった。あの泥棒猫め、授業が終わった途端に異音の背中にまるで猫が頭を擦りつけるようにくっつきよって……。
 実技訓練のみではなく実戦の経験も積んでいるらしいあの猫は、朝から行ってきた私の殺気に慣れ始めているようで睨んでもあまり意味が無い。
 何と言うことだ……、あの猫の糧となってしまったのだ私の殺気は。
 悔しいことでありながら、何とも期待できる人物であることとも感じ取っていた。
 さすがに本気で殺気をぶつけているわけではない。一般人が「この感じ、○ャアかッ!?」キュピィイインッ! と言う感じのレベルで放っているのだ。
 一応教え子として転入してきたあの猫だ。授業中にいきなり意識がぶっ飛ぶほどの殺気をぶつけるわけにはいかない。惜しいことに、な。
 
 ……まぁ、取り敢えず放課後はさっさと会議を終えて部屋へもどるか。

 と、何時間も先の事を考えつつ、出席簿を明らかに授業に関係の無いことを考えている愚弟の頭に振り落ろした。
 スパァンッ! と良い音が鳴り、今日も手首のスナップ具合が絶好調であることを再確認した。

 ……なぜだろう、心にぽっかりと穴が開いているのは。



【SIDE 一夏】



 まさか、鈴がなぁ……。

 転入しちゃったのぜ(キリッ と良い笑顔で朝のSHRに小声で言われた瞬間、すっげぇ驚いた(なんつーか、色んな意味で)のだが、休み時間のまさかの行動によりさらに驚いた。
 まさか、寝ている異音さんの背にマーキングするかのようにごろにゃんと頬擦りするなんて……。
 その行動は教室の全員を圧倒(何故か千冬姉も)し、何故か昴がガタッと椅子を鳴らし、山田先生が固まって頭から教室のドアの開かない部分にぶつかった……って、山田先生大丈夫ですか!?
 とにかく、そんなことがあったので最初の休み時間に途轍もない衝撃が教室に走ったのだった。
 中学の鈴を知っている俺から言わせて貰えば……、鈴らしいなと思った。
 休み時間に何故か教室に入って来た猫達を導き、集会を開き、チャイムと同時に解散させる……それがうちのクラスの日常だったなぁ。
 何と言うか、鈴は俺達――俺、弾、御手洗を含むその他――と遊ぶ以外は猫と戯れていた気がするな。
 
 ……猫の親分的な感じの立ち位置で。

 小学の時に鈴を中国ネタで弄ろうとしていた馬鹿2人が大量の猫達に襲われ1週間程家で寝込むと言う事件があったのを俺は忘れない。
 それから鈴はケットシー(Cait She)と言う駄洒落のような二つ名を獲得し、隣町の猫達を引き連れて近くの公園で行進したと言う伝説を作り、猫達と俺達に見送られて中国へと戻って行ったのだった……。
 で、帰ってきたら本人がぬこになっていた……、と。

「……なんだそりゃ」

 千冬姉にスパァンッ! と、手首のスナップの効いた出席簿脳天割り(平面)を喰らって今居るここが現実であることを再確認をして――、

「痛っ!?」

 いい音が鳴ったはずなのに痛い千冬姉の渾身の一撃を噛み締めた。
 なんか千冬姉怒ってる……? なんか痛みがいつもより長引くんだけど……。




 そんなことを思い出しながら放課後、二人の講師が居る放課後に自由解放されることになった第二アリーナへと足を運ぶ。
 箒は束さんのコネにより無条件で貸し出されることとなった【打鉄改】(性能が三倍、しかし赤くない)を操り俺と刀を交わし、セシリアとは遠距離からの狙撃の練習とこちら側の回避能力の向上及びレーザーを切り裂く練習を兼ねて刀と銃を交わす。

 ……ちなみに、これ、"同時進行"な。

 どっちも順番を決める、時間を設けて交代する、話し合う、と言うことをしないうちに講義が始まるのだ。
 どうにかしてくれ……。
 俺的には異音さんに――、ああ、そうそう。あの後皆で謝って一件落着となったんだよな。
 ……まぁ、異音さんの横に鈴(ぬこモード)が居たのはすげぇ驚いたけどな……。
 で、だ。
 異音さんから剣技を学びたいのだが、異音さんはあんまり乗り気でないらしく『じゃ、2人の講義を楽にこなせるようになったらね』とかなりハードルの高い条件をつけられてしまったため足を運ばざるを得ないのだ……。
 異音さんの教えを乞うためには必須条件……、くっ、異音さん……試練が少しきつくやありませんか……?
 まぁ、そんなことを言ったら『この程度で根を上げるなら僕の講義についていけないかなぁ』と、少し困り顔で言われてしまうに違いない。とほほ。
 足取り重く、心は熱く、第二アリーナのゲートをくぐり、更衣室へと向かう。第一、第二と更衣室は別れており、俺と異音さんは第二更衣室を利用する。
 と、言っても異音さんはISスーツをその場で着用(黒騎士の機能により)するため、ここを使用するのは俺だけだったりする。
 だが、異音さんは俺に気を使ってかISスーツを使用する授業の際には、こちらへ寄ってロッカーに制服の上着やズボンをわざわざ入れて、授業へ向かってくれる。
 正直そのこと(黒騎士の機能)を知ったのはつい最近であり、本当にあの人には頭が上がらない。
 あんな兄貴も欲しかったなぁ、と千冬姉の前で言ったら『ふっ、そうだな』と笑っていたなぁ。ほんとあんなにできた兄欲しいなぁ。

 ……いや、別に家電とか家事とか流行とかが死語のようなものになっている千冬姉が要らないと言うわけではない。絶対にだ。

 ただ、色々な事ができる異音さんが兄だったら料理とか趣味とかを一緒にやれるのは楽しいだろうなぁと思っただけだ。
 別に、PS2のコントローラーを手渡したら左右に振ったり、耳に当てたりし始めた千冬姉の電化製品に対する知識の無さを突っ込みたいわけではない。むしろ、テレビを知らない人が『箱の中に小さな人が!?』と驚く様子を微笑ましい目で見るような感じで、その様子を可愛いなぁと見ていた。操作方法やコントローラーの使用方法などを1つ1つ教えてあげている時は本当に至福の……、っと、そろそろ行かないと不味いな。

「「遅いッ!」」

 第二アリーナの赤ピットからアリーナグラウンドを見下ろした瞬間に怒声が耳に響いてきた。
 やべぇ、般若と羅刹がいらっしゃる……。
 箒とセシリアが腕を組んでアリーナグラウンドの中央に仁王立ちし、俺を睨んでいた。

 ――白式、来いッ!

 自分の中に居る白式に叫ぶ。それに応えてくれたのかシュンッ! と一瞬だけ視界を装甲の装着によって生まれた光が焼く。
 白式を展開し、ふわりと2人の鬼の前に降り立つ。
 わぁお……、ビンビンと怒りのオーラがハイパーセンサーによって増幅されて肌に突き刺さってら。
 ガチャンと虚空に浮かぶ竹刀を握るような動作をして箒が【打鉄】の近接武装である【一文字】を呼び出す。
 続けてセシリアが左手を豊満な胸の前に突き出し、握る動作をした瞬間に【スターライトmkⅡ】が呼び出されグリップを握る。
 そして、いつものように……それらを俺に向けて、こう言うのだ。

「行くぞ!」 「行きますわよ!」
「うぉおおおおおおおっ!!」

 さて、今日は何分持つかな(主に俺が)。まったくもって余裕がありやしなかった。


【SIDE 異音】



 ……眠い。

 ここ最近ずっとそうだ。
 黒騎士を操るにはかなりのエネルギーを消費するため、一度の戦闘を行っただけでもこうして回復を求める眠気が頻繁になり、寝ることが必要になるのだ。
 元々寝ることが趣味だった僕だったから別に構いやしないのだが、正直千冬さんの授業中でも若干今日は辛かった。

「……暴れ過ぎた」

 月曜日に一夏君をぼっこぼっこにする際につい頑張り過ぎてしまったために、消費したエネルギーを借金取りのように回収しに来た眠気に襲われているのだ。
 現在、奥庭のベンチで猫達に囲まれて眠気と戦っている。正直、勝てる気がしない。
 猫達の頭や喉を撫でているだけでも眠気が加速して行くと言うのに……、触り心地良いなぁIS学園の敷地内に居る猫達。
 視界を埋めるのは寂れた奥庭の風景では無く、IS学園の敷地内に居た(もしくは侵入してきた?)色取り取りの猫達だ。
 そういえば前世でも猫達に好かれたが、現世では数倍程猫達の集まる速度が速くなっている気がするな……。
 轢かれそうになった黒猫を助けた時からだなぁ、猫に好かれるようになったのは。研究所に居た頃に、源次さんの飼い猫である黒猫ノワールを筆頭に区一帯の猫がお気に入りのベンチに集まるようになったのは……確か、黒猫を助けた時期と合っている気が……。
 まぁ、猫の恩返しのようなもんだと考えればいいか。別に猫達に好かれて困ることは無いし、構わないかな。

「……ふぁあふ、それにしても……眠い」

 ぽかぽかとした陽気な春特有の温かさが体を包み、ただでさえ眠いのに眠気に拍車をかけて………………っと、少し寝てた。
 しばしばしてきた目を擦り、ベンチに背中を預ける。すると、ぴょこんと腹の上に偶然かは知らないが黒い猫が乗ってきて丸くなった。
 あったかいなぁ……猫の体温って…………。
 黒猫の頭を撫でて――――、意識が微睡の中に落ちて行った。
 
クロネコノタンゴ♪ タンゴ♪ タンゴ♪

 が、ポケットの振動と着信音がそれを邪魔し、微睡が晴れていく。
 黒猫が『揺れてる、揺れてるんだけど、ねぇ』と責めてくるような瞳で訴えてくるのでポケットから黒のシンプルな携帯を取り出す。
 開いてみるとIS学園ナビからの連絡通知だった。
 IS学園ナビと言うのは生徒会や教員からの全体へのお知らせを届けるメルマガのことを指す言葉だ。件名がそう書かれているので、そう呼ばれるようになったのだろう。
 ええと……何々?

≪皆様いかがお過ごしでしょうか。春の温かい――、
~省略~
――と言うことに決定されましたので、ご連絡させていただきます。
by IS学園生徒会広報部≫

 まぁ、要約すると一年生のクラス対抗戦がクラス分けの大人な事情のために均等でないため中止され、別の催し事をするので期待しててね~と、言うことらしい。
 まぁ、専用のISを持っているのは僕、昴、鈴、一夏君、セシリアちゃん、そして4組に居る更識簪ちゃんの6人。
 6クラスあって、その2つのクラスしか専用機持ちが居ないと言う現状は確かに均等ではないな。
 クラス対抗と謳うだけあって、さすがに別のクラスから代理として選出するわけにはいかないのだろう。
 まぁ……何にせよ、黒騎士が注目されるような……そんなイベントであれば構わないかなー……。
 微睡がまた戻ってきて……僕の意識を攫って行った。



【SIDE 鈴】



 ん……、なんでだろ。

「また、ここに来ちゃった」

 それは彼と初めて出会った場所。と、言うか昨日の出来事の場所へと続く曲がり角の前だ。
 自分の頭に自分で触れ、昨日の事を思い出す。
 まるで太陽のように温かかったあの右手。
 まるで空に浮かぶ雲のように優しく撫でてくれたあの右手。
 まるで流星群に立ち会ったかのように嬉しくなれるあの右手。

 ――あの、右手が忘れられない。

 チリッと脳髄にあの微笑みが稲妻のように走る。
 萎れかけたたんぽぽが魅せた最後の煌めきのような、あの微笑みを。

 ――あの、微笑みが忘れられない。

「……どうしちゃったんだろ、あたし」

 足元に集まる猫達に構っている時間の余裕はあるのだが、精神的な余裕が無い。こら、スカートによじ登ろうとするな。
 ひょいとその茶目っ気のある三毛猫を抱え上げ、胸に抱き抱える。……温かい。
 制服に猫の毛がついてしまうのはすでに諦めている。猫達はあたしを求めて集まって来てくれているのだ。
 まるで『我らの王様は貴方様です』なんて言う瞳であたしを見ているのだから、まぁいいかと思うのも仕方が無いことだろう。

「にゃぁ」
「ん? ついて来いって?」

 うにゃんと返事をしたのは曲がり角から現れた茶ぶちの猫。ピンと立った尻尾が曲がり角にゆらゆらと揺れている。
 恐らく、彼はまたあの場所に居るんではないだろうか。先ほどの猫はさながら彼の下で働く従者かなぁ?
 そんな乙女チックなことを考えながら三毛猫を下ろして、ゆらゆら揺れる尻尾についていく。
 彼に出会ったらどんな話をしようか。中学のこと? それとも中国のこと? それとも、あたしのこと?
 曲がり角をひょいと曲がると異様な光景があった。
 ベンチには猫布団……もとい、猫達によって埋め尽くされている異音の姿があった。
 ああ、彼らしいなと思える光景、あたしが異様と形容したのは彼の前の女性のことだ。
 白衣を着たその女性を中心にして半径1メートルくらいの猫達の円ができていたのだ。――まるで、彼女を避けるように。

「……誰よ、あの女……」

 背格好、着ている白衣、ぼさっと伸びて手入れのされていない長い髪、そして、彼女から負の威圧感。明らかにここの生徒、教員では無い。
 あんな気配の人物が、学園の教員として採用されるわけがない。されたとしても人が寄りつかない研究関連の裏の職種だろう。
 彼女は背を後ろに反らしてから首を曲げ、こちらを視認した。普通じゃ、無い。
 ニコォッ! と口裂け女のように口角を限度いっぱいにまで上げてあたしを確実にロックオンした。
 あのキモい女に寝ている異音が何かされてしまう前にあたしが追い払おう、そう思って恐る恐る彼女に近づいた。
 白衣のポケットに手を入れ、笑みを浮かべている女性の背丈はあたしよりもやや高い、異音とあたしの中間くらいの高さだ。

「吾輩怪しいもんじゃありませんよ~」
「……凄く……怪しいですけど」
「いやなに、研究所からこの子の様子を見に遥々来た心優しい不法侵入者だよ吾輩は」

 自分から自分の罪を正当化させようと自白したっ!?
 わ、わけがわからない。と言うか研究所? まったくもって意味が分からない。

「あれれれれれ~? この子なーんも伝えてないんだぁ~ねぇ~?」

 いきなり口調が伸びたものに変わる。情緒不安定なのだろうか、彼女は。

「ああ、吾輩? ここからすこーし離れた場所の地下に存在する第三研究所の地下室の番人であり、狂気の科学者さ。
皆からは"ここに居るはずなのに、ここに居ない"、シュレディンガーって呼ばれてるさ~」
「……その狂気の科学者がここに何の用よ」
「あれれれれれ~? 最初に言ったよねぇ? この"化け物"の様子を見に来たっていったじゃーん?」
「異音が……化け物って……、どういうことよ」

 にんまりと下卑た笑みを浮かべ、シュレディンガーが口を開く。

「そのまんまの意味じゃないか。吾輩の知識と狂気と禁忌を混ぜて生まれた"天然の人工物"だよ?
人を殺すためだけに特化させ実際に血を喰らっていたIS部品達を使用した部品を改造したものが体の7割を占めていて、尚且つ残った3割でさえもイカレタ天然な素材を用いたスペシャルぅなボディ。人工的に生み出した疑似霊魂をぶち込み、見事稼働を成功させた奇跡の魂。
こんなイカレた部品を使用して作り上げれられた奴が化け物じゃないって?
ギャヒァハハァヒイイァアハァアアァハァハッ!!
笑っちゃう! 吾輩の腹がねじ切れるくらい笑える冗談じゃねぇかよそれ!」

 シュレディンガーは発狂したかのように笑い、正気に戻ったかのような仕草をしてからまた狂気に溺れてか、顔を醜い笑みで歪ませた。
 狂ってる、そうとしか思えない。人間どうしたらこんなにも醜いイカレタ人格を作り出せるのだろうか。
 彼女は再び奇声に似た笑い声を上げて、猫達が怯えてあたしと異音の背の方へと逃げていく。
 それを見て、少し残念そうな顔をしたシュレディンガーは正気に戻ったのか、再び口を開く。

「"天災科学者"篠ノ之束、"ブリュンヒルデ"織斑千冬、"元日本代表候補生"山田真耶、そして、"中国代表候補生"凰鈴音かぁ。
彼は中々モテるようだねぇ。皆皆皆、彼の何処に惹かれるんだろうねぇ?
わっかんないなぁ……、所詮人間なんて魂と肉と糞の塊だって言うのに、なーんで恋愛なんて言う感情が生まれるんだろうねぇ?
吾輩には分からないや。まぁ、別に分かりたくとも無いけどねぇ、気になるけど。
恋をするって言う感情がどんな状態で、どんな現象で、どんな結果を齎すのか、度々気になるんだけどさぁ、吾輩じゃ実験できないんだよねぇ。
人間と言うモノに興味が無くてさー、子供の頃からこんな風に狂って過ごしたからさー、ぜぇんぜんキュンともワクテカとも来ないんだよねぇ。
なんでだろ?」

 首から下を固定し、首を90度曲げて気持ちの悪い首の傾げ方をしたシュレディンガーはあたしの返事を待っていた。
 かく言うあたしは逃げ出したかった。目の前のぶっ飛んだ人物から逃げ出したかった。
 何であたしや千冬さん達の名前が出たのかが分からない、しかも、その中にはISの生みの親である束さんの名前も入っていた。
 情報を知るのは容易い。知っている者に聞くか、情報が置かれている場所を勝手に覗けばいいのだ。
 と、なると目の前の狂人はハッカー並みの実力を持っているのだろうか。
 IS学園のマザーPCをハッキングし、情報を覗き見たのだろうか。

 ……分からない。本国の幾多の模擬戦で、人を見定め、その真価を感じ取ってきたこのあたしですら分からない。

 ――違う、理解できているのだ。だけど、あたしの心がエラーと見なして分析し直すのだ。答えを、導かないために。

「……狂ってる」
「嗚呼、その返答は予想していたけれど、やっぱりそれが一番合ってるかなぁ」

 くるくると回転し始め、ピタリと空を仰いで止まる。

「狂い~狂って~狂われて~狂ってるぅ~♪」

 楽しそうに意味不明な歌を口ずさみ、下卑た笑みを天上に居るであろう神に見せつけ、即座にそれに興味を失ったかのようにあたしを見やる。

「気に入ったよ君。"中国代表候補生"凰鈴音、君に吾輩のとっておきをプレゼントしてあげよう」
「いらないわよっ!」
「まぁまぁ、遠慮しないで、貰っておくれよ。吾輩の生み出した――絶望と、希望と、惨劇と、願いと、滅びの暁の日をさ」

 狂気に魅入られた笑みを浮かべ、シュレディンガーは消えた。消え去る予兆も、仕草も無かったのに。

「"ここに居るはずなのに、ここに居ない"」

 後ろからそういきなり聞こえてバッと振りかえる、しかし、姿かたちは勿論居たと言う証拠すら無い。

「それが吾輩の座右の銘だよ、アヒャハァヒャギャァハハヒァイハハッハッ!!」
 
 後ろから囁かれるようにして聞こえたそれに、怖気が走る。振り返っても、そこには、何も無い。

「箱の中の猫は、生きているのか、死んでいるのか。それってつまり……」

 真実がそこに在るのかもしれないし、無いのかもしれない。
 そこに居るのかもしれないし、居ないのかもしれない。
 "ここに居るはずなのに、ここに居ない"のかもしれない。
 随分狂ったシュレディンガーの猫だ……っ。
 
「気持ち悪い……、異音で口直し……しようかなぁ」

 そうチラリと怯えた様子の無い猫達に埋め尽くされても尚寝ている異音の方を見やる。
 不意に、後ろから殺気――散々受けてきたそれ――が放たれる。
 バッ! ヒュン! バッ! ヒュン!
 あたしが避けた音、何かが振り下ろされる音、あたしが避けた音、何かが振り下ろされる音の順番だ。
 振り返ってみると心底苛々している顔の千冬さんが居た。……って、千冬さん? なんで出席簿の角の方を下にしていらっしゃるので……?

「凰、放課後には学園の注意事項などを伝えるから教室に残っていろと言ってあったが言い分はあるか?」
「え、あ、えっと……」

 冷や汗が止まらない。ああ、そういえばそんなことを言われていた気が……。


 この後、スパァンッ! と気持ちの良い音が奥庭に響き、寝ていた猫達を驚かせたのは言うまでもないだろう。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ツインテールの猫とシュレディンガーの猫/End



ここまで鈴回です。
次の章の前に、現時点までのプロフィールと言う名のおまけをうpしますね。
べ、別にクラス対抗戦に変わるイベントが思いつかないわけじゃないんだからな!
別にそれとなくリクエストとかアイデアとか求めてるわけじゃないからな!

面白そうな案はバンバン掻っ攫って作っちゃうかもですんで、ワクテカしてコメントしてくだしゃんせ。



[30986] 十一章 ~黒騎士と生徒会長 / 科学者達の茶会~
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/01/16 21:18
【SIDE 異音】


 暇だなぁ……。


 授業を終え、放課後になったら千冬さんが会議を終えて戻ってくる30分前まで奥庭で昼寝、戻って夕飯を作り、就寝。
 宿題があれば昼寝の時間を若干潰してぱっぱと終わらせる。

 ……手間がかからないため正直時間潰しにすらならない。

 これと言って趣味の無い僕だ。余計に暇だと感じてしまうのは当然とも言えるだろう。
 趣味が無いのなら趣味を何か作ればいいのだろうけれども、これと言って思いつかない。
 寝るか自分を虐め尽くすかしかしてこなかった僕だからこそ、なーんにも思いつかない。
 
「にゃぁ」
「……ん? ああ、ぶちか」

 僕の膝に乗ってきた茶ぶちの猫がこちらを『遊んで欲しい』と見ているな……。……ほれほれ、ここがいいのか。
 首の辺りをごろごろしてあげるとふにゃぁと気持ち良さげな甘い声で鳴いた。
 
 ……まぁ、これも趣味の1つか。

 猫と戯れると言う行為は趣味に成り得るのだろうか。
 趣味と言うのは面白みのある物事を指す。ならば、本人が楽しめていることが趣味の成立の条件なのだろうか?
 となると僕は料理をするのは好きだし、楽しいことだと感じてもいる。すると、料理は趣味と言う分類に入るはずだ。
 こうして猫と戯れるのも楽しいと思うし、別に嫌なことだとも思わない。

「……これもまた、趣味と言えるのかな」

 そうぽつりと呟くと茶ぶちが『ん? なんか言った? なんか言った?』と見上げてきたので、何でもないよ、とおでこを掻いてやる。
 再び大人しくなった茶ぶちを膝に乗せつつ、空を仰ぎ見る。
 これと言って特異な点の無い青と白の空。平和だなぁ、そう唐突に思いつくぐらいに暇だった。
 何かが起きることを期待せず、昨日同様寝るかなぁ……。

「やあ異音君」
「ん……? ああ、会長さんですか」
「会長さんとは連れないわねぇ。楯無ちゃんって呼んで♪」

 奥庭のベンチは中庭からの曲がり角のすぐ近くにあるため、こうやって後ろに回り込まれて声をかけられることがある。
 主に鈴かこの子。現生徒会会長の更識楯無ちゃんだ。時々こうしてわざわざ後ろから声をかけ、相談事と言う名の雑談に花を咲かすのだ。
 僕よりも年下であるが、一応この学園を統括している生徒会の頂点である生徒会長であるため僕は会長さんと呼んでいる。
 彼女には不服らしいが。
 
「それで、今日は何の用ですか? 前日は妹さんの事でのご相談でしたが、今日もですか?」
「……えっと。それもあるけれど、私的に本当はこんなこと放っておいて簪ちゃんの件について議論したいのだけれど……。職業柄こっちを優先しなきゃダメなのよねぇ……残念だけど」
「そうだね。要件が妹さんのことじゃないとすると……、ああ、クラス対抗戦の事かな?」

 そう言うとぱんっ! と気持ちの良い音を立てて手に持っていた扇子が開かれる。そこには『YES!』と達筆な字で書かれていた。
 毎度毎度こうやって扇子に字を書いて意思表示をするのだが、かなりの数の予備があるのだろうか。
 毎回字が少し違うのでこれもまた新しい物だと言うのが分かる。……使い回しはしないのかなぁ。
 正直資源がもったいないなぁと思うのだけれども。

「そうなの。
すこーし込み合った事情で1年の1組に代表候補生を入れなきゃいけなかったから、それのせいでめんどうなツケが回って来ちゃったのよ。
本来、クラス対抗戦はクラスの実力を測って今年の入学生のレベルをチェックする行事なんだけど、何故か毎年トーナメント式で頂点を決めなきゃいけない。それのせいで4組と1組を除く全てのクラスからクレームが来ちゃって、生徒会長権限で黙らせることもできるんだけどそれもやっぱりアレだなーと思うので、何か良い案ないかな?」
「……随分と前振りが長かったね」
「まぁ、それは置いといて何か言い案ある? 私も考えてるんだけれどもぜーんぶ虚ちゃんに却下されちゃってさー……」
「ちなみに、どんな案を?」

 しょんぼりしながら僕の隣に座った会長さんは扇子を口に当ててやっぱりしょぼーんとしていた。

「えっと……。【ドキッ☆ 生徒だらけの――」
「うん、ありがと。僕も速攻で却下するね、それは」
「えー……」

 凄く残念そうな表情をして、くたぁとベンチの背もたれに寄りかかる会長さん。
 いつもしゃっきりとした雰囲気が霧散しており、何と言うか……ダメモードに入っている気がするな。

「……ま、生徒全員を楽しませようと考えているのは分かるかな」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
「で、案は?」
「んー……そうだねぇ。どう言ったクレームがあるんだい?」
「代表者が専用機持ちとか無いわー、って言うクレームが多いわね」
「……あぁ、なるほどね」

 確かに、専用機を持っていると言うことは一般的に代表候補生が挙げられる。僕や一夏君は例外中の例外なのだ。
 ちなみに、少々やり過ぎたのに罪悪感があったため一夏君に代表を譲った。一夏君は何故か青ざめていたけど。

 ……そう言えば、今日の放課後は一夏君のクラス代表就任のお祝いパーティーがあったっけ。

 すっかり忘れてたなぁ……。後で千冬さんに夕飯をどうするのか聞いておかないと。
 僕としてはこの手のパーティに参加したことはこれまで無かったので参加してみたい。
 千冬さんは確か参加する有無をはっきり言っていなかったはずだから、行かないのなら早めに夕飯を作らなきゃだし――

「異音さん?」
「ん?」
「案は……」

 っと、思考に没頭してて忘れてた。

「ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事しててね。
そうだねぇ。行事としては各クラスの平均データが欲しいんでしょ? なら、1組だけ別のトーナメントでも作って別にしちゃえばいいんじゃない?」
「…………確かに。トーナメントを2つに分けて、専用機持ちと持っていない子達と別ければクレームの点は解消できますね……」
「まぁ、正直言って僕達のデータはとっくに取れているわけだから参加しなくてもいいんだろうし」
「……あら、バレてます?」
「うん。生徒会長権限を使って学園のデータバンクからあの模擬戦の内容を引っ張り出すことなんて簡単だろうしね」
「ふふっ。御察しの通り正解です。そうですね、2~6組で例年通りの対抗戦をやりましょう。
まぁ、1組の子達がそれで良いのなら、ですけどね」
「僕はあんまり気が乗らないけど……」
「え?」

 意外そうな目で会長さんは僕を見ている。
 まるで戦闘狂(バーサーカー)な人がいきなり平和主義に目覚めたかのような発言をしているのを見て驚いたような……そんな感じ。

「僕ってどんな風に見られてるのかな……」
「え、いや、えっ……バ……、ね、猫王子です」
「……猫王子?」
「奥庭で猫ちゃん達に囲まれて寝ている異音さんを見た子が流した噂ですね。
きっと彼は猫の王国から来た王子で周りに居る猫達は従者では? って言う噂が広まっていますね。主に2、3年生で」

 ……そんな噂が流れていたのか。

 道理で猫と戯れている時に視線を感じると思ったよ。
 興味本位で見ているのか、それともお国柄の事で僕を見ているのか分からなかったから手を出さなかったけど、その判断は正しかったようだ。
 他には奥庭を使いたいけど猫達が居て無理だったので、その原因である僕を恨めしく思っているのかと思った時期もあったが、この噂を知って少し心がほっとした。

「別にそんな楽園から来たつもりは無いんだけどねぇ……」
「ふふっ、そうですね。……あら、呼ばれちゃいましたので戻りますね。ありがとうございました、またよろしくお願いしますね♪」

 そう藍色の携帯をチラリと見せて立ち上がり、優雅に一礼して会長さんは去って行った。
 ダメっぽい雰囲気は何処に行ったのやら、しゃっきりした背中を僕は見送った。

「にゃぁ」

 膝で大人しくしていた茶ぶちが鳴く。『ばいばーい』とでも言ったのだろうか。鈴が居れば分かるのになぁ……。



【SIDE 鈴】



 あ、会い辛い……。

 昨日の衝撃的な出来事のせいで、異音の居る奥庭へと行けずに中庭のベンチで私は項垂れていた。
 別にシュレディンガーとか言うあの女に出会うのが怖いわけではない。
 ただ、あの女の言っていた言葉がチラついて異音の前に居る時にいつも通りで居られるか不安で凄くああもう辛い。

『吾輩の知識と狂気と禁忌を混ぜて生まれた"天然の人工物"だよ?』

 心当たりがある。
 確か、お偉いさん達の会話をつい聞いちゃった時にあった単語。
 人造人間(ホムンクルス)。人によって造られた人間のことだ。
 あの女の言うことが正しいのであれば、異音は――――

「人造人間」

 そう、"あたしの口"では無い口からその単語が聞こえた。
 後ろには嫌な気配がある。昨日感じたあの気配が。
 振り向いたら、居るのだろう。あの女が、ニタァと狂気に満ちた笑みを浮かべているのだろう。
 背筋に嫌な感覚が走る。ああ、怖気だ。間違いない、あたしの後ろには……。

「はぁい♪ "ここに居るはずなのに、ここに居ない"シュレディンガー参上だよぉ。
アッハヒャギヒァアアッハッハハッ!! 君に会いにまた来ちゃった♪」

 白衣を着たボサボサ髪の女、シュレディンガーが下卑た笑みを浮かべていた。
 正直こいつを見るのも嫌だ。しかし、この女が何をしでかすか分からないため見るしかない。

 ――例え、それが無駄なことであったとしても。

「んー? もしかして吾輩が昨日言った言葉で悩んでるー? あららら~、それは悪いことをしたねぇ~」

 全く持って悪びれた様子が無いんだけど、そのうざったい笑みを止めてくれないだろうか。

「吾輩の口元は心と同化しているからねぇ。しょんぼりしてたら笑みも死ぬさー?」

 ……先ほどから思考を読んでいるようにしか思えない言葉ばかりだ。

「ん、ああ吾輩心理学やら何やら特異だよぉ? 言わなくても視えるよ? わっかりやすいからねぇ、君は!」
「うっさい。通報するわよ?」
「してもいいけど、困るのは吾輩じゃなくて彼だと思うけどぉ? こう見えても一応彼の知り合いだしぃ~」

 チラリとわざと奥庭を見やるシュレディンガー。脅しているのと同意義じゃないの……、それ。

「あはは~♪ まぁ、あれだ。昨日は少しテンションが廃になっちゃったんで口走っちゃったけど、あんま気にするようなことじゃないよねぇ?
君は本当に真っ直ぐだから、吾輩がフォローしてやろうと思って今日来たのさー。
昨日今日とサボったから博士がご乱心でねぇ~。あんまり居られないんだけども、君に一言言っておきたくてね」
「さっさと帰りなさいよ、その博士って言う人も困ってるんじゃない」
「うん、だから一言言ったら帰るさ~?」

 シュレディンガーはくるりと回転して、消えて、あたしの前に現れた。
 本当にこのギミックが分からない。ISを起動しているわけでもないようだし、甲龍から送られているデータにも……。
 そこで気付いた。もし、そのデータが"虚偽の情報を意図的に流された"ものだったら、と。
 目の前でニコニコと笑う女ならやりかねない。

「人はさ、客観的に見れば魂と肉と糞の塊なの。でも、人には個人、魂の違いがあるわけだ」

 くるりと回り、両手を広げるシュレディンガー。まるで、魂とやらを天秤で測っているような、そんな姿。

「だから、人は人として生きて居られるんだよね。鳥の羽が違うように、魚の大きさが違うように、動物の姿が違うように。
みーんな生きているからこそ個性があるんだよね。個性って言う名の魂の違い。
元を辿れば全てはぜーんぶちっちゃな粒子の塊なんだ」

 両手を開いてからクロスさせて掴んだそれを握りつぶすように拳を作る。
 まるで、粒子の塊とやらを自分は手に持っているのだぞと言わんばかりに。

「つまるところ、出生が違っても結局人は人でしかないんだよねぇ。
彼は機械複合の化け物みたいになっちゃったけど、心、いや魂までは狂ってないからねぇ。正常だよ、アレは。
吾輩のように壊れて、狂ってないよ? 確かに狂って、壊れて、朽ちた存在ではあるけれど、彼は正常。
吾輩とは違うし、君とも違う。全く持って別の存在さ。
余所は他所、内は家って言われたことがあるんじゃない? あれと同じさ。
人は魂の差別化があるからこそ、成り得る動物である。だってさ、同じ存在である他人を殺そうなんて思わないよねぇ?
自分とは違って、自分には無いそれがあって、自分に足りないそれが欲しいから、妬み、恨み、憎み、行きつく先は殺意だ」

 右手の親指を突出し首を斬るようなジェスチャーをした。まるで自分は死ぬべきである存在であると誇示するように、大胆に。

「まぁ、吾輩が何が言いたいかと言うとね。"彼は彼なんだから、今の彼を見なさい"ってことだね」

 やれやれと両手を天に仰いでシュレディンガーはくるりと1回転してからあたしの隣に座った。

「今の彼が嫌いかい? 今の彼が憎いかい? 今の彼を殺したいと思うのかい? そんなわけないでしょ? 
なら、それでいいじゃない。別に彼は彼であって、君が嫌う存在じゃないんだから。
君にも秘密はあるだろう? 今回は吾輩が調子に乗って口走っちゃったからこんなフォローをするはめになっちゃったけどさ。
だから、そんなに気を病む必要は無いのさ」

 こつん、とあたしのおでこを小突いて『まぁ、吾輩が言える台詞ではないけどね』と下卑た笑みでは無く、微笑むような、優しい笑みを見せた。
 まるで、狂っていなかった頃の素の笑みのような、優しい笑み。こいつ、こんな表情もできるのか、と、思ったらすぐに狂気が舞い降りたようだ。
 にんまりと笑みを浮かべて、シュレディンガーは立ち上がった。

「まぁ、アレだね。
彼は交通事故にあって使えなくなった部分を機械と取り換えたような人物だ、なーんて設定を作っておけばいつも通りに会えるんじゃないかな?
いやまぁ吾輩が考えたものだから決定しなくてもいいけれど」

 寂しそうな表情をしてから、シュレディンガーはすたすたと数歩歩いて、背中越しに言った。

「ま、次は中々良さげなお土産でも持ってくるさ。
なるべく狂気と混沌と破滅を混ぜたような、そんなものをねぇ~。アッヒギャハッヒハギャハハキャハッハハハ!!」

 そう耳に残る印象的な笑い声を上げてから、彼女はすっと虚空へ溶けた。
 本当に彼女は、シュレディンガーと言う人物は何者なのだろうか。そう呟くが、返事は帰って来やしなかった。
 


【SIDE 束】



 んー? んん、んー?

 なーんか異音の周りで変な歪みが出てるなぁ……。この観測データからすると……2点次元併合、いや、多数次元連結かな。
 自分の体がパーンッ! する可能性もあるって言うのによくこんなギャンブルみたいな代物を自分に使えるねぇ。びっくりだよ。
 IS学園の寮長室の屋根裏を改造して、さらに耐性に独自の改良を加えたお部屋に私は居た。
 本来であれば屋外の上空で"吾輩は猫である、名前はまだ無い"を展開してそこで実験をするのだけれども、こうしてちーちゃんの上の部屋でラボを展開しているのには理由がある。
 なぜなら、異音の鉄人ですら驚愕するレベルの美味しいご飯にありつけるからだ。
 食事なんてただの栄養摂取程度であるのだから、サプリメントやその手の栄養剤関連で構わないと思っていた。
 けれども、こっそりキッチンの天上部分にある出入り口の所に私の分のご飯が置かれていたのを見つけて、食べてしまってからは遅かった。
 久しぶりに泣いてしまった。
 人の温かい感情がここまで込められたご飯があるのかと疑いたくなるような、そんな魔性の中毒性を持った異音のご飯が美味しすぎたのだ。
 元々、ISを作り上げるまでに親しい人物としか触れ合わなかった私だから、誰かの手料理を食べると言うイベントが全く持って無かった。
 ちーちゃんはあんまりご飯を作るのが上手くないから『……やってられるか』と、作ってくれなかった。
 ほーきちゃんはまだ幼かったから包丁を持たせるのも怖かったし、何よりお母さんが許してなかったから食べれるわけが無い。

 ……そう言えば、あの人……お父さんはまだ元気なのかな。

 私に『人の心が分かる子になりなさい』と言って育ててくれたお父さん。
 でも、私は行き過ぎてしまったのだ。
 他人の感情が痛いほど分かってしまう子になってしまった私の姿に涙を流してくれることも無く、ただ、厳格に生きたあの人は私をどう思っているのだろう。
 お母さんは『根は優しい人なの』とあの人を庇っていたけれど、私は分かっていた。
 あの人は、私を“恐れた”のだ。
 人間の持つ動物的な本能から来る絶対的な“恐れ”。
 何もかも凌駕し始めた私をあの人は恐れた。人の心が分かる子に“成り過ぎて”しまった私を。
 1つの成功を褒めてくれた。
 10の成功を喜んでくれた。
 100の成功を驚いてくれた。
 1000の成功を呆れてくれた。
 10000の成功を、恐れてくれた。

 ――それ以降は覚えていない。 
 
 私は知ってしまったのだ。誰よりも、他の誰よりも他人を知ってしまう私だからこそ、知ってしまった。
 あの人が考えている事を、あの人が嘆いている事を、あの人が、絶望している事を。
 自分の言葉のせいで、と自分を責めて、それを忘れるために修練によって自分を虐め尽くし、私を見てそれを思い出して……。
 見て、居られなかった。
 だから、逃げ出した。だから、離れた。だから――――壊れた。
 知って、知り過ぎて、泣いて、泣きすぎて、呆れて、呆れ過ぎて、壊れて、朽ちた。
 そんな自分を、ちーちゃんは見捨てないでくれた。
 そんな自分を、ほーきちゃんは赦してくれた。 
 そんな自分を、いっくんは…………うん、励ましてくれたっけ……あれ、…………まぁ、いいか。

「こんな自分を異音は認めてくれた」

 あの時の出会いは、まさしく運命だったのだろう。
 神に愛され過ぎた私への、神からの償いなのだろう。
 まぁ、神なんて存在――信じてないけど。
 居たら顔を出してほしいなぁ。めっちゃくっちゃに粉砕して、灰をドブに捨ててあげるよ。
 神は非礼を受けず。
 私の純粋の思いは非礼に当たるのだろう。だから、聞き取ってくれなかった。手を差し出してくれなかった。
 嗚呼、神がこの世界を作ったと言うのなら、この世界を終わらせるのもまた神か。
 否、神を恨みし者達だ。
 そう、この私だ。
 だから、ISを作り出した。
 世界のルールをぶち壊し、新たな変革をもたらす。そして、それを、壊す。
 嗚呼、これは神とやっていることと同じじゃないか。なら、私は神と等しく罪深い存在なのだろうか。

「はぁい、“天災科学者”篠ノ之 束さーん?」
「……誰?」

 観測機からのリアルタイムデータが流れてくる。左方に歪みが発生しているらしい。ならば、左方に居る人物こそが、

「“ここに居るはずなのに、ここに居ない”。シュレディンガーさ~」

 私と“同等の存在”か。
 ぼさぼさで手入れが一切されていない朽ちた長髪、死んだ魚を蹂躙してさらに殺し尽くした後のような虚ろな瞳。
 ああ、こいつは臭い。私同様に、臭い。こいつもまた、壊れて、朽ちて、生きた死体のような匂いがしてる。
 しかし、裏を返せばこの女は私の気持ちを理解できる真の人物だと言うことだ。

「多数次元連結を使ってるだけでしょ?」
「ありゃ、バレちった。さーすが、天災。見る目が違うね。いや、視る目、か」
「お前の居場所はここじゃない」
「うん、そうだねぇ~。吾輩はここに居るべきではない。別に君に同情しようとでも思ってきたわけじゃないし。
って、ことで本題行くぜぇ。
いつまであの“化け物”の周りをちょろちょろしてるん?」
「……私の前で異音を化け物扱いして、生きて帰れるとでも?」

 自動制御の熱線照射型ビットを展開し、シュレディンガーと名乗った“排除者”に向ける。
 その数7つ。加えて反次元力場を発生させるビットを8つ展開し、逃げ場を確実に無くさせる。
 あちら側から見れば絶望的である状況なのに、目の前の女の心が……読めない。
 くつくつけらけらと笑っているイカれっぷりを見て、不可解に思う。何か、見落としたか? この、私が?

「いんや、なーんも?
強いて挙げるのであれば……、やはり彼は優秀と言うことだね。君でさえも、彼の心が読み切れてないんだから」

 そうにんまりと、私の心境を直接視たかのような様子で笑みを浮かべる。

「……なに? お前なら異音のことが全て分かるとでも言いたいのかな」
「少なくとも、君よりは、ね。
彼は化け物だ。正真正銘の化け物さ。皆がおっかなびっくりと道を譲ってしまうような、それくらいの狂気を彼は隠し持っている。
狂気の快楽に溺れた吾輩が嗅ぎ取ったんだ。間違いあるまいて。と、言っても吾輩でも彼のそのような姿を見たことが無い。
いや、それくらい彼は用心深いのか。他人にそのような姿を見せるのを良しとしていない。……実に惜しい。
彼ほどの狂気の塊が現世に顕現するとなれば、吾輩はお祭りの準備をせねばあるまい。
だからこそ、こうして準備の一端として君に会っているのだよ。
――手を組まないか? とね」

 彼が、異音が狂っている? 何処をどう見ればそんな虚言を吐けるのだろうか。馬鹿馬鹿しい。

 ……しかし、私は狂気に溺れたことはない。

 私と同じ舞台に立ち、尚且つこんなにも酔狂でイカレてうざったくて気持ちの悪い、目の前のこの女がそれを味わったことがあり、そのため狂気に対して第六感が異常に鋭く反応したとしたら。
 ならば彼は、正常でありながら異常を隠し持つ、化け物のような存在かもしれない。
 普通、そんな状態であれば心が壊れてしまうだろう。目の前のこの女のように奇行に走り、私のように逸脱するはずだ。
 なのに、彼はむしろ正常の模範とも呼べるような行動で、行き過ぎた行動もしていない。
 
 ――それが表の存在であり、実は裏の存在があるとしたら。

 シュレディンガーと言う客人はこの件を遠回しに伝えてきている。いや、真っ直ぐに伝えているつもりなのか、これで。
 イカレテるなぁ、こいつ。
 面白い、面白いなぁ……。こいつ、すっごく面白いよ。でも、すっごく気持ちが悪いね。
 お寿司を食べた後にラードをマヨネーズみたく飲むくらい気持ちが悪いって言うのに、何処か惹かれてしまう。

「まぁ、別に吾輩はこの件を耳に伝えに来ただけだからここで即決して貰わなくても良い。
それに、君もまた吾輩の中の狂気に魅入られ始めているようだし、有望なお仲間になることは間違いないし。
ギヒャッハヒャァギャハハッ!!
吾輩はいつでも待ってるよ、“天災”。この、“狂災”が待つんだ。良い返事を期待しておくさ~」

 くるりと回って、指をパチンと鳴らす。
 たったそれだけの仕草で、シュレディンガーは虚空へ溶けきった。……何故?

「“ここに居るはずなのに”」

 後ろから声がした。久しぶりに、背筋に怖気が走った。

「“ここに居ない”。そう言ったよ、吾輩は」

 後ろの気配がふっと消えて、本当にこの場から去ったようだった。

[正体不明の歪みを検知。検索……エラー。検索……エラー検索……――]

「もういいよ。無駄だから」

 脳に直接流れてくるラボからの情報を遮断し、両手を広げて10のウィンドウと2つの立体キーボードを呼び出す。
 彼女のそれは多数次元連結の応用を模倣したフェイク。実際のそれは、

「粒子ウイルスか……。まったくもって厄介なものを使うんだね君は……」

 ISに、電子機器に、人にすらも感染し、増殖はしない使い捨てのウイルスハック。
 視界情報を切り取り、尚且つ視認している情報も切り取り、ビット達に稼働していると言う虚偽の情報を植え付け、まんまと逃げ遂せた。
 驚くべきは着眼点。そして、応用の仕方だ。彼女の前で電子戦は不可能、さらに次元連結とよく似た転移方法により物理戦も不可。
 圧倒的ではないか。しかもそれをこの“天災”の束さんの目の前で惜しみなく披露して魅せた。……面白い。

「ふふふふ……、面白いなぁ」

 嗚呼、彼女の一計に乗っかるのも面白いかもしれないなぁ。どうせあっちから勝手に来るのだろうし、にがしておくかな。
 取り敢えず……ほーきちゃんに渡すアレを完成させなきゃね。
 両手が虚空を走り、キーボードを打つ。スクリーンが著しく変わっていく。
 待っててね、ほーきちゃん。お姉ちゃん頑張るからね……。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――黒騎士と生徒会長 / 科学者の茶会/End





遅くなりましたー(苦笑)
最近忙しくて手ェ出せない状況でしてね。
シュレディンガーが出しやすくてついつい長くなってしまいましたw
調子に乗り過ぎて異音の設定をばら撒きすぎないように気を付けますね。
ネタ回を考えているのですが、如何せん原作二巻へ始まらないと何ともできんw
まぁ、焦らず紡いでいきますん。



追記

そういやシュレディンガー回ばっかだwww
千冬様成分を次のに多めに注いでおきますね~。
っと、猫成分も忘れてたZE……。



[30986] 十二章 ~黒騎士の休息~
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/01/19 12:29
【SIDE 千冬】



 ……む。何処に居るのだ異音は。

 私は異音、もとい夕飯を探して敷地内を歩いていた。
 実技ドーム、グラウンド、各種のアリーナ、整備課の寮、一年生寮。
 居そうな場所を歩いているのだが、まったくもって見つからない。……ふむ、どうしたことか。
 授業を終えて放課後になると異音はすっと消えて、私が会議から帰ってくるとひょっこりキッチンから顔を出すのだ。
 何処で時間を潰しているのかを聞くのはアレなので、結局分からず仕舞い。

「にゃー」
「む?」

 ひょこっと花壇の方から黒と白の毛の猫が飛び出して、私の前に座り込んだ。
 後ろの右脚を器用に使い頬を毛繕いしてから、私に何か言いたそうな顔をして尻尾を揺らす。

 ……和むな。

 そういえば入学式を超えてから敷地内でよく猫を見かけるようになったな……。
 この前も奥庭に楽園のような空間が出来上がって――、

「あそこか」

 異音が居そうな場所が分かった。
 彼は猫達を嫌っていない、むしろ好んでいるはずだ。尚且つ彼目当ての猫が急増しているのだ。
 人目を気にする彼ならばあの時同様にあの場所でベンチで……あの猫と居るやもシレンナ?
 ひょいと猫を抱えて、奥庭へ目指す。中庭へと向かうため寮と教室練の間を通る所で珍しい生徒に声をかけられた。

「あら、織斑先生こんにちわ」
「更識か」

 現生徒会長更識楯無。IS学園生徒の中で最強の冠を持つ会長の座に居る女子生徒。

 ……恐らく、異音が会長になることに乗り気を見せたらさっさと一般生徒に戻るであろう生徒。

「異音さんなら奥庭ですよ」
「む、そうか」
「はい」

 そう短い言葉を交わしてさっさと進む。後ろから『え、あ、ちょ』なんて言う戸惑いの声が聞こえたが知らん。
 中庭へ出るとベンチで何処か決意をしたような猫……もとい、凰が居た。
 立ち上がって奥庭へ向かおうとする凰……もとい猫の首を捕まえる。

「うにゃ!?」
「待たんか」

 ぱっと手を離し、くてっと膝をついた黒猫を見下ろす。
 まるで捨てられた猫が振り向くようにこちらを見た凰の顔がやや歪む。

「ち、千冬さん……」
「学園内は織斑先生と呼べ……と、言いたいところだが放課後だからな。構わん」
「そ、それで何故あたしの首を掴んだんですか?」
「そろそろパーティが始まるらしいからな。かたっぱしから送還しているのだ」
「え゛」
「それじゃ、早速……」
「わ、分かりました! すぐ行きます!」

 脱猫の様に凄いスピードで駆けて行った凰の背中を見送り、ふっと笑みを浮かべる。
 これで邪魔は無いな、うむ。さて、奥庭へ向かうとするか。
 奥庭への曲り角を曲がるとやはり、彼は居た。す、数百匹の猫達に囲まれて。
 区内……いや、市内の猫が集まっている……のか? 下手をすれば県内の猫が集まっているのではないか、と思ってしまう量だった。
 いやまぁIS学園の敷地の広さは日本の学園の中でトップレベルであるからこの量の猫達が潜んでいてもバレない気がするな。
 問題があるとすれば餌の問題だな。この量の猫を維持するのにどれだけの金がかかるのだろうか。
 ざっと数えて百以上は居るぞ、この場所に。
 
 ……取り敢えず当面の問題だな。

 猫達の集会の最後尾に並んでみる。ザッと私の前の猫達が左右に別れて道が出来る。
 モーゼの海割りならぬ、千冬の猫別け、とな。……馬鹿馬鹿しい。
 一応足元に気を付けながら異音の座るベンチへとたどり着く。ベンチの背もたれに体を任せ、すー、すー、と寝息を立てていた。
 お腹には茶ぶちの猫が丸くなっており、その左右も猫によって占領されており、猫に囲まれていた。
 
 ……座れぬ、か。

 しかし、気持ちよさそうに寝ているのを起こすのも忍びない……。む、どうしようか。
 その気持ちを察したのか、首を上げこちらを向いた私から見て左方の猫が『へっ、仕方が無ぇな』と場所を譲ってくれた。

 ……異音の周りに集まる猫達は……その、不思議だな。

 その行動に甘えさしてもらい、異音の隣に腰を下ろす。少し端過ぎたので真ん中に寄ろうと思ったら先ほどの猫によって埋められてしまった。
 む? なんだ茶ぶち。『俺に任せな』みたいなそのドヤっとした顔は。

「にゃー」

 異音の左方に居た猫がその鳴き声に反応し、起き上がり、異音の左肩に乗った。
 同じく茶ぶちも右肩に乗り、ゆらゆらと異音の体を揺らして……、ぽむっと異音の頭が私の膝の上に収まった。
 
 ……は?

 茶ぶちは『仕事をやり遂げたぜ……』と哀愁漂う背中を見せて、先ほどの猫と一緒にベンチの背もたれ部分の頂点にて器用に丸まった。
 なん……だと? この猫達できる……っ。
 まぁ、それは置いておこう。視線を丸まった茶ぶちから右下へと持っていく。
 うむ、私の膝に異音の頭が乗っているな。……つまり、膝枕と言うやつだな。

 ――って、なんだと!?

 本当に何なんだこの猫達!? 人の心を理解し過ぎだろう!? ありがとう!
 って、待て待て。落ち付け私。取り敢えず異音の頭を撫でるべきだろう。
 ぼさっとした髪だが、さらさらとしていて触り心地が良い。なにより、私に体を任していると言う状況だ。心の奥があったかくなるのが分かる。
 さらり、さらりと撫でていると懐かしい思い出が甦ってくる。
 あれは、一夏が小学生の頃だったろうか。束の妹の箒では無い女子を家に連れてきたときのことだ。
 ん? ああ、それは中国から来たばかりで友人の少ない凰鈴音のことだ。
 始めのうちは私におどおどしていたが、数をこなすに連れて何かと一夏の目を盗んでは甘えに来ていたものだ。
 実家の中国料理店を経営する父母に甘える時間が無いため、代わりに私に甘えたいそうで、猫のように丸くなってよく私の膝で寝ていたものだ。
 懐かしいな。あの頃はこうやって膝に寝かせて頭を撫でてやるのが日課のようなものだった気がする。
 
 ……なのに、中学生に上がってから避けられるようになった。

 アレか。甘えるのが恥ずかしくなったのだろうか。
 あいつは確か一夏に気が合ったはずだから、好きな男の姉に甘えるのが恥ずかしくなり、私離れをするために私を避けた。
 うむ、筋が通っている。
 で、だ。
 何故凰は異音に手を出してきているのだろうな、私の弟が好きでは無かったのか?

 ……それともアレか。

 凰は猫に似ている。と、言うか猫そのものだと言っても過言ではないだろう。
 そのため異音の"ぬこりパークゾーン"に引っかかり、ポッと惚れてしまったのだろうか。
 有り得る……な。それにこいつのことだ。無意識的にポムっとやったのだろう。
 やれやれ……。

「……ん」
「……む?」

 薄目で開かれたその瞳と目が合い、何とも気まずくなった。
 機械質な右眼と眠気が織り交ざる虚ろな瞳。何故かは分からないが、その瞳に惹かれてしまう。このまま、見続けたいと思ってしまう。
 待て待て待て。何を思っているのだ私は。こいつは生徒だ。私は教師だ。

 ……あれ、そういえば異音は確か理事長にこの学園限定の教師パスを渡されていたような気がするな。

 と、なると臨時教師と教師か。立場は同じ教師同士だ。……って、何を考えてるのだ私は。

「……千冬、さん?」
「どうした異音」
「……なら、いっか」

 異音はそう呟いて瞳を閉じて再び夢の世界へ旅立ってしまった。
 な、何が良いと言うのだ……?
 も、もしや、こいつは私に気が……、いや、待て待て。そんな妄想に………………………………にへら。


【SIDE 鈴】



 あ、あうあうあうあ!?

 よ、よりよって千冬お姉ちゃん……じゃない、千冬さんに邪魔されるなんて……。
 中学生と言う一種の大人の階段を上ったあたりで千冬さんに甘えるのが恥ずかしくなってしまい姉離れしたのだが、その頃から千冬さんはお仕事が大変になってぱったり会えなくなっちゃってそれからずるずると……。
 あーもう……、どんな顔をして会いにいけばいいのよ……。
 そう項垂れながらあたしはグラウンド脇を歩いていた。傍から見ればしんなりしているに違いない。自分でも分かるくらいだ。
 
 ……って、あれ?

 千冬さん中庭に何しに来たのだろうか。あれから5分くらい経っていると言うのに後ろから来る様子がない。
 もしや、奥庭に行くためにあたしを追い出した……っ!?
 有り得る。
 千冬さんの異音を見る目は明らかに他の生徒達と違い、学びを享受させてやっている立場の視線じゃない。
 あれはたぶん同等の……、いや、それ以上の人物として見ている気がする。
 同じ立場からの視線にしては温かいし、格下の相手への視線よりも遥かに温かい視線だ。
 だと、すると……。

「……………………………………もしかして千冬さん」ヒヤアセダラダラ

 異音のことが……お気に入りだったりするのかな。
 もしくはそれ以上、LIKEではなく、LOVEだったり……する?
 いやいやいや……、有り得ないよねぇ。だって教師と生徒だし、歳だって…………5歳差程度なら問題無い……か?
 そういえば、一夏から聞いたが異音は生徒でありながら教師顔負けの、教員免許を剥奪して異音へ渡したほうがいいんじゃないか、と言うレベルの高い授業を千冬さんが『女の子特有のあの日』でダウンした日に行ったらしい。
 その後たまに山田先生の代わりに授業をやることになったらしいし、尚且つその授業を理事長がわざわざ出向いて見学し、彼に臨時教師パスを渡したとか渡して無いとか、って言う噂が学園中に広まっていた気がする。
 ちなみにそれの真偽は真だ。マジで持ってた。臨時教師パス。この前噂のことを尋ねたら苦笑を漏らしながら見せてくれた。
 彼曰く『IS学園内限定のだけどね』らしいが、正直多々ある国の留学生が存在するこの場所でそんなぶっ飛んだパスを取得している異音であれば国家資格を取り教師になるのも容易なことだろうなぁ、と思う。
 ルックス、声、仕草、教養、実技……恐らくほとんどのことに通じて優秀である彼ならば、大教授に成ることもあり得るのではないかと思う。
 
 ……異音の傍から離れるのはやだなー。

 また頭をポムって撫でて欲しいし、彼の肩に頭を預けて寝たい。
 なにより、彼から滲み出る優しいオーラに包まれていたいと思う。四六時中、年中無休で24時間ずーっと。
 中庭へ戻り、あのシュレディンガーが居ないことを確認して奥庭への曲り角へ向かう。
 曲がり角に恐る恐る顔を出す。……あれ、千冬さんベンチに座って――――、

「………………………………………………」ニヘラ

 ニヤニヤしてる――ッ!?
 あ、あのクールビューティでIS学園の最終防衛ラインと呼ばれているらしいあの千冬さんが。
 あ、あんなにも隙だらけの表情をしているなんて……。目を擦り、閉じる。
 ……ふぅ、落ち着けあたし。疲れてるんだきっと。目を開けたら、ほら――――、
 
「………………………………………………」ニヘラ

 やっぱりニヤニヤしてる――ッ!?
 ど、どどどどうすればいいのあたしは!? このまま異音に会わないでパーティに行けってっ!?

 ……あれ、異音何処いった?

 ベンチに座っているのは千冬さんと背もたれのとこに寝ている2匹の猫だけだ。異音の背姿は無い。
 と、なると千冬さんは座って……に、ニヤニヤしてるの?
 ぐっと体を乗り出してバレるかバレないかの瀬戸際のラインまで……、さっきの場所では見えなかった千冬さんの膝元まで見え――、

「……異音ガ千冬サンノ膝デ寝テル?」

 千冬さんはニヤニヤしながら異音の頭を優しく撫でていた。"膝"に"乗せた異音の頭"を撫でていた。
 な、な、なな、にゃんですって!?
 千冬さんの膝枕はあたしのだっ!!

「……む?」
「……あ」

 つい、勢い余って飛び出してしまい、ばっちり目が合ってしまった。
 顔をさーっと青白くさせ、立ち上がろうとしたが寝ている異音が居るため大声を出すことも、動くこともできないことに気が付いた千冬さんは若干パニクっていた。
 何と言うか初めて見る一面で、新鮮だった。正気に戻った千冬さんは『こほん』と今更感のある咳払いを小さくしてからあたしを手招いた。
 手招かれるままに歩いて行くとバッと抱きしめられた。強すぎず、弱すぎずと言う加減のされたハグ。

「そういえば中学に入ってから甘えなくなったなお前は」
「そ、それは……」
「恥ずかしくなったのか」
「ぅ」

 ず、図星。ど真ん中ストライクだ。千冬……お姉ちゃんの甘い匂いが鼻孔を擽って、懐かしくてほっとする気持ちになる。

「甘えているのが恥ずかしくなって姉離れとな。少し私は寂しかったぞ?」
「え?」
「お前は妹のようなものだからな。仕事で会い辛くなったとはいえ、会えなかったのは何処か寂しい気分を味わったぞ」
「……あ、あたしも……寂しかった。でも、恥ずかしいって言う気持ちが先走っちゃって……」
「ふふっ、久しぶりに甘えるか? 鈴」

 んにゃぁ。
 なんか頭がとろーんとしてきて、なんも考えられなく……なってきた。
 懐かしい匂いがあたしの心を溶かしていく。あーもう、どうだっていいや……。

 ……って、待て。

 い、異音起きて――、

「……………………」ニコニコ

 み、見てる――ッ!?
 めっちゃ微笑ましい光景を見ているお父さんみたいな顔で見てる――ッ!?
 異音は静かに起き上がり、首をコキリと鳴らして黒いシンプルの携帯を開き、ピローンと明らかに写メを取った音がした。
 その音に気付いたのか千冬お姉ちゃんがギギギとオイル切れの機械のようにそちらへ見やる。
 しかし、すでに携帯は仕舞われていてニコニコしている異音しかいない。――ボンッと左耳の近くで何かが破裂した音が聞こえた。
 見やるとトマトのように顔を真っ赤にした千冬お姉ちゃんが居た。ぷるぷると震えていて、本人ですら考えていなかった自体らしい。
 
「……さてと、僕はこれで」

 異音はパチンと指を鳴らして立ち上がった。その音に反応するように猫達が立ち上がり、彼の後ろに整列する。
 すたすたと中庭に向かって行く異音……と、猫達。
 それを――

「ちょ、待て異音! これはだな!」

 千冬お姉ちゃんはあたしを抱きしめたまま立ち上がり――ふわっとあたしの体が浮いた――、異音の横へ猫を踏まないように走った。
 お、おおふ。ち、千冬お姉ちゃんの胸に顔を圧迫される状態で千冬お姉ちゃんの必死な説得(?)を耳元で聞くはめになった。
 むにょんむにょんと歩く度に顔が柔らかいそれで圧迫され……、気持ちが良いからいいかな……。
 
「だから異音、これはだな!」
「はいはい……分かってますって」
「だから……」

 ああ、意識が遠のいて……にゃん。



【SIDE 一夏】



 な、なんじゃこりゃぁ。

 食堂に来いと箒に言われたので行ってみれば【織斑一夏クラス代表就任おめでとうパーリィ!!】と書かれたウィンドウが壁に映し出されており、入った瞬間にクラス総勢のクラッカーを浴びた。←いまここ。

「1年1組のクラス代表は一夏くんです! 1繋がりで縁起がいいですね!」
「おりむーおめでとう!」
「おめでとう!」
「おめっとー!」
「ぱないのっ!」

 ん、やっぱり何処かに吸血鬼居る? まぁ、それは置いとくか。
 昴から何故か花束を渡され、拍手され――って、あれ。確実にクラスの人数超えてねこれ。ざっと数えて3クラスくらい居る気がするんだけど。
 見渡した際に何処か足りない違和感を感じた。……あれ、異音さんが居ない? 後鈴もか。
 千冬姉がこういう場に居ないのはまだ分かる。だって千冬姉人が多いとこ嫌いだし。
 初代モンド・クロッソ覇者になった際に豪華なパーティが開かれたらしいが、その時も千冬姉は『人混みに酔うから嫌なんだ……』と愚痴ってた。

 ……そう言えば、遊園地とかそういうレジャーパークに行った覚えが無いのはそれが原因だろうか。

 あの手の場所は平日でなければ確実に混むだろうし、休日があまりなかった千冬姉には酷な場所だったのだろう。
 まぁ、別にそういう場所に行きたいと心から思うこともないし、俺は構わない。
 で、だ。
 なんで異音さんと鈴が居ないのだろう。あー、もしかして2人はそういう関係なのか。
 鈴が休み時間にやるアレも求愛行動のようなもんだし、念願が叶ったのだろうか。
 と、思っていたら何やら後ろがやや騒がしい。誰か来たのだろうか。

「はいはい、分かりましたって。千冬さんそろそろ……と言うか食堂ですよ」
「だからだなぁ! ……む?」
「にゃーん……」

 異音さんが胸に鈴を抱きしめた千冬姉と一緒に入って来た。
 ……え? ど、どんな状況だよ。
 何故か千冬姉は頬が赤いし、鈴もまた出来上がった顔をしているし、異音さんはほくほくとした優しい表情を……って、ああ、いつも通りか。
 
「千冬さん、そろそろ鈴を離してあげてください。何と言うか……凄いことになってますから」
「む、本当だ」
「にゃーん……」

 千冬姉がホールドを離すと、名残惜しいように鈴は千冬姉の胸に再び飛び込んで頬擦りしていた。
 まるで、借りてきた猫がその友人に懐いちゃったぜ状態だ。飼い主は大変だろうな……、それ。
 千冬姉は『コホン』と咳払いをしてから、監督役をするつもりなのか俺では無く窓側の奥の席に座り――突っ伏した。
 鈴はたたたっとついて行ってその横に座って――突っ伏した。
 異音さんはその様子を見て微笑ましいと言った様子、仕方が無いなぁとやや嬉しそうにバイキング形式になっている机の方へ行こうと足を向け、俺に気が付いた。
 ああ、そういえば。って感じで。

「えーと、おめでとう?」

 「……俺は嫌だったんですけどねぇ」 なんて、言えるわけもなく、ども、と答えておいた。

「まぁ、上達したいのなら荒波に飲まれることも大切だよ。地獄の果てに良いことがあるかもしれないからね」
「それは……、もしかして体験談ですか?」

 まるでそれを見てきたかのように話す異音さんに尋ねる。異音さんは『んー……、ん? んー……』と一度首を傾げてから答えた。

「そうだねぇ。もっとも、地獄と言うよりも煉獄のようだったけどね僕は」
「そ、そうですか……」

 そうさらりと言う異音さんに脱帽せざるを得ない。
 この人はそのような環境で生きてきたに違いない。だからこそ、"強い"のだ。異音さんは。
 人間的な要素を高め、達人の域レベルにまで達したこの"強さ"は、異音さんの努力の結晶なのだ。
 それを簡単に言うと言うことは、俺に『ここまで辿り着けるかな?』と挑戦状を叩き付けているのだ、恐らく。
 例えそうでなかったとしても、俺は、辿り着いてみせる。この人の舞台まで、絶対にだ。

「まぁ、平和であればあるほど良いと思うけどね、僕は」
「……異音さん」
「なんだい?」

 まるで、俺の本心を察しているかのような笑みを浮かべる異音さん。ああ、本当にこの人は……。

「俺、辿り着いてみせますから」
「ん? その程度でいいのかい?」

 僕を超えろ、そう異音さんは暗に言っている。これは……燃えざるを得ないだろう!!

「訂正します。俺は貴方を超えてみせる。だから、俺を鍛えてくれませんか」
「……ふふっ、彼女達の訓練はもう良いのかい?」
「言われた通り、慣れてみせましたよ」
「……そっか、なら仕方が無いね。早朝、そして放課後から千冬さんの会議が終わる30分前までだけだけど構わないかな?」
「はい! よろしくお願いします!」

 そう俺は頭を下げる。この人の"強さ"を享受させてもらうために。

「うん、分かった。弱音を吐いてもいいけど、訓練後にね」
「ありがとうございます!」

 顔を上げると異音さんは嬉しそうに、でも恥ずかしそうに微笑んでいた。
 そして俺の横を通り、バイキングへ向かった。

 ……すれ違った時に『死なないでね』なんて言われてしまったが。

 ぞぞぞ、と背中に嫌な物が走る。やっべ……とんでもない人に頼んじまったのかもしれん……。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――黒騎士の休息/End







千冬様回&鈴回ですん。
2人共可愛いよ2人共。
……と言うか、早くヒロインズ勢揃いさせてぇなw
次かその次付近で一巻後半終わらせますんで、ご期待ください。



[30986] 十三章 ~黒騎士の試練~
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/01/19 12:47
【SIDE 箒】



 一夏……息してるか?

 昨日のパーティの際に『俺、憧れの異音さんから学ぶんだ!』と嬉しそうに言っていた一夏は、翌日の朝、それも朝の6時にくたばっていた。
 実力者である異音さんの修練内容が気になったので同じルームと言う役得を行使してついてきたのだが……。
 その内容はとっても凄まじかった。道場に居た頃のあの辛い修練が優しく見えるほど、彼の修練メニューは凄まじかった。
 朝4時半に起床後、アップをすませIS学園のランニングコース(1周3km)を5周。それだけ聞けば辛いなぁ程度に思える。
 しかし、上半身の装甲(推定50kg弱)を部分展開した状態で決められた時間内に走りきると言うものだったため、熾烈に熾烈。
 傍から見ててもやばかった。
 最初は一夏は弱音を吐く姿を見せないためか『ハハッ……、俺、これを走りきったら授業に出るんだ……』と言い残して走り始めたのだが、3週を走った辺りでゾンビが歩いているような速度になり、5周目を気力で走り切った後に『んー、時間オーバーだね。装甲は無しでいいから後3週してきてね』と異音さんに笑顔で言われ『……はい』と息絶え絶えで何とか走り切って今目の前で倒れている。

 ……ちなみに異音さんは【黒騎士】の全ての装甲をつけ、さらに背中に【ダーインスレイヴ】を担いで走って行って一夏のタイムの3分の1程で帰って来た。勿論、【黒騎士】の補助システムを全て切った上で、だ。

「ん、休憩終わり。それじゃ筋トレに移るよー」
「……は、はい……」

 メニューが書かれているらしい紙を見せられ、ぽや~と口から魂的な何かを吐きだした一夏。ど、どんなメニューが……。

「まぁ、今全部消化しなくてもいいよ。……でも、午後のメニューの後にできるかなぁ?」
「……分かりました。やり……ます」

 頑張れ一夏。私も応援しているぞ。……遠くでな。

「ん、ついでに箒ちゃんもやってみよー」
「え゛」



【SIDE 一夏】



 し、死ぬかと思った……。

 あれから記憶に残らないほどの筋トレをさせられて『栄養とタンパク質だよ~』と異音さん部屋で筋力増加特別朝食を食べ、俺よりも若干メニューが軽かった箒に肩を貸してもらい、朝に出会ってぎょっとした様子のセシリアにも肩を貸してもらい、なんとか教室へ来れた……。

 ……と言うか、俺の3倍くらいのメニューを装甲付きでこなした異音さんがしれっと授業を受けてるんだけど。どゆこと。

 聞いてみたら、実は異音さんは早朝に今日のメニュー(俺の3倍)を終えてから、千冬姉の朝食とお弁当を作り、授業を受けているらしい。
 たまに……、と言うかほとんど寝ているのはそのせいらしく『別に知っている内容だしねぇ』と笑いながら答えてくれた。
 でも、千冬姉の授業だけは何とか起きているらしい。
 何やら放課後に部屋で今日の授業の改善点などを質問されるらしく、そのために眠いけど聞いておかなければならないのだと。
 
 ……だから、最近の千冬姉の授業がすっごく分かりやすくなったのか、と1人納得した。

 何と言うか、この前の異音さんの授業と似始めているのだ。
 知っている者に教える授業ではなく、知らない者が理解できるようにする授業へシフトしており、とんちんかんの俺でも分かるようになってきた。
 まぁ、異音さん曰く『慣れと回数と慣れだねぇ』らしい。とほほ、数学が苦手です、ええ。
 そのため山田先生の授業も改善され始め、千冬姉の授業を参考に改良を加えているらしいのだ。……若干分かりづらいけど。
 と、言うのも山田先生独自の解釈をこちらが理解できないのだ。
 異音さんに聞いてみれば『知識があれば分かるけど、無い人には厳しいねぇ』とのこと。……なんとかならんかなぁ。
 結局半分ほど寝落ちしながら放課後となった。

 ……分からんことは後で箒か異音さんに聞くか……。

 ルームメイトと言う便利な立場で成績の良い箒に尋ねたり、休み時間に異音さんに尋ねたりして俺の成績は何とか赤点を免れるレベルになってきた。中学に一閃流道場に入り浸り過ぎたため、色々と勉学が疎かになっていたのが元凶っぽい。とほほ、辛いぜぇ。
 放課後は第二アリーナで箒とセシリアによる特訓(と言う名の乱戦)であったのだが、今日からは異音さん監督の下強化メニューを指導してくれることになり、今日の朝の出来事を知らないセシリアが喜んでいたが……。

 ――放課後の訓練はこんな感じ。

 まず、箒には実戦訓練と言うことで俺との模擬戦。なるべく相手を逃がさずに仕留めキルと言う内容に加え、奇襲を避ける訓練。
 で、セシリアは狙撃訓練とバトルスタイルの修正に費やすらしい。具体的には遠距離での狙撃(的は俺)スタイルで5分追い詰め、突スナスタイルに変えて俺を強襲し、尚且つ箒も落とす多人数戦の訓練を5分。この2つを時間毎に切り替えて2つのスタイルに慣れると言う訓練内容だった。
 俺にとってはいつも通りの出来事に感じたが、2人にとっては有意義な時間になったらしい。
 あーそうそう、セシリアの突スナが『突撃銃を持って戦うスナイパー』の略だと勘違いしていたのでその手の知識があった俺がきちんと教えておいた。後ですっげぇ後悔したけど。
 セシリアの持つ光学ライフル銃【スターライトmkⅡ】のマガジン式の弾倉を用いてバーストモードと言うマガジン全てを撃ち切るモードで俺に瞬時加速を加えて超接近し、ぶっ放すと言うスタイルに矯正されたため、刹那の勘で避ける羽目になり、数十回は喰らってたりする。
 箒に向けて撃ったと見せかけてこちらに撃ったり、こちらに向けて撃ったと見せかけて俺達を射線上に合わせ一網打尽にしたりとセシリアはめきめきと力を上げていった。
 そして箒は俺との戦闘訓練でセシリアの狙撃を逆手に取り、渾身の一撃を放ったり、ぶっ放された光線を避けて俺にぶち当ててから追撃をするなどと言う異様なコンビネーションを魅せた。
 異音さん曰く『箒ちゃんは周りを見なさ過ぎだから矯正しようかなって』とのこと。
 確かに客観的に見れば箒とセシリアはかなりよいコンビネーションで俺を追い詰めている。思惑は成功だとしか思えない。
 休憩になり、くたっと腰を落とした箒とセシリアを置いて、異音さんに尋ねてみた。

「午後のメニューってこれを続けるんですか?」

 そう、俺には楽過ぎたのだ。全く疲れていない……いや、今朝の部分がまだ残っているが、これと言って辛い訓練では無かったのだ。
 異音さんはその問いに『んー……』と悩んだ様子でしばらく思考に落ち、口を開いた。

「正直に言うと……素材が良すぎたなぁって」
「へ?」
「一夏君の身体能力を甘く見ていたって言ったのさ。今朝のメニューをやってからなら、やや温い訓練で十分だと思ってたんだけど……。
予想以上に君は伸び幅がでかいみたいで、今朝の疲れほとんど残ってないでしょ?」
「あ、はい。そうですね……」

 はぁ、と溜息をついて首を傾げて右手を顎へとやった異音さんは続けた。

「今朝のマラソンを見て、基礎体力がまだまだかなーと思ったんだけど、一夏君は回復力が高い。著しく、ね。
まるで治療用のナノマシンを使用しているかのように回復が速いんだ。
僕の見立てではこの休憩時間に君はぶっ倒れているつもりだったんだけど……。今ピンピンしてるしねぇ……。
どうしよっかな。ずっと筋トレさせてもいいんだけど……それじゃ、精神的に辛いよねぇ。だから、今考えてるんだけど……」

 回復力が……速い? 中学時代に一閃流道場でぶっ倒れ続けてた俺が?
 いやいや……有り得ないって。俺そんなに体力ないし……、あるとすれば根気と気力くらいだし。
 本気で悩んでいるらしい異音さんに提案してみる。

「じゃ、異音さんと模擬戦してみたいです」
「……僕と?」
「はい!」

 この人の生身の実力は知っている。だからこそ、ISを使用した際の実力を知っておきたい。
 ゴールを一度この眼で見ておきたいのもあるが、チャンスがあるのならこの人と――バトッてみたい。心から。
 その意思を察したのか、異音さんは何とも言えない顔で溜息をついた。

「……僕としては乗り気でないんだけどね。明日から僕が居なくてもメニューをこなせるならしてもいいよ」
「そ、それって放課後もですか?」
「んー、そうだね。一応居ることは居るけど寝ちゃうかも」
「え?」
「あー…………。何て言おうか……。んー……、まぁ、そうだね。
僕の黒騎士は燃費が悪くてね。起動してからじりじりと僕の方からもエネルギーを奪っていくんだ。
精神力って言うのかな、生命力とも言えるけど……、まぁとりあえずそれを削って行くんだ。
これは放っておけば直るんだけど、あんまりにも稼働状態の時に頑張りすぎると稼働後にも借金取りみたくずるずると持って行っちゃうんだ。
だから、この前の模擬戦の後は凄まじく眠かったし、ほとんど寝てたんだ」

 ああ、そういう理由だったのか。
 確かにあの模擬戦の後は異音さんが寝ていることが多かった気がする。例え、千冬姉の授業であっても船を漕いでしまうくらいに。
 と、なると今日全力で俺と戦ってしまうとまたそれに似た状態になってしまい、異音さんの生活に支障がでちゃうのか……。

「……別に生活に支障はでないんだけど、態度が少し荒くなっちゃうからあんまり乗り気じゃないんだよね」

 ……あの日か。

 確かこの前、1日だけだったけど他国のお偉いさん達が千冬姉の授業を見学しに来た時のことだろう。
 模擬戦を終えて最近のことだったから、恐らく異音さんはかなり眠くてピリピリしてたのだろう。
 授業中に『何故寝ている生徒を起こさないんですか?』と大声で尋ねた気品のあるおばさんが唐突にバターンっ! と倒れる事件があった。
 確か、異音さんがその際に『うるさいなぁ……』と寝言に似た呟きをしていたはずだ。
 苛々している時に近くで大声なんか出すもんだから、反射的に潰してしまったのだろう。恐らく、殺気と言うアレで。
 ゾックゥウウと背筋が凍り、誰も喋れず、動けずと言った状況が数十秒、その後異音さんが寝に入った辺りでそれは解けた。
 他のお偉いさん達がその女性をえっちらおっちら運んで行って見学は終了。
 その後彼女はIS学園の1組がトラウマになってしまい、単語を聞くだけでびくびくするような状態になってしまったとか、なってないとか。

 ……あの悲劇が繰り返されるのか。

 ま、まぁ今日は止めとこう。なるべく週末に、それも長期休みがある手前でお願いしよう。うん。
 とのことをお伝えし、異音さんは『そう? 助かるからいいけども』と苦笑していた。
 ちなみに、翌日から俺のメニューだけ2倍になることに決定されたのを訓練後に聞いて絶句したのは言わんでもないだろう。とほほ。



【SIDE 千冬】



 異音が何か嬉しそうだ。

 夕飯を食べている時も、食べ終えてゆっくりしている時も、シャワーを浴びた後も終始嬉しそうな顔でニコニコしていた。
 尋ねてみるとどうやら一夏達の成長っぷりが教える側として嬉しいとのことだそうだ。
 昨日のパーティの際に一夏にお願いされて訓練監督を引き受けたと聞いていたが……、まさか朝食を一夏と束の妹である箒と一緒にするとは思わなかったな。
 かなりぐったりした様子の2人に『特別メニューの栄養とタンパク質のセットですよ~』と笑顔で渡し、私と異音は横で焼き鮭と味噌汁、そしてほどよく漬かった異音自家製漬物とふっくら炊けたご飯のセットを食べていたが、2人の様子がとても気になったため全く持って味が分からなかった。
 完食したけどな。心配し過ぎて喉に飯が通らんなんて言うことはない。
 異音が監督をしているのだ、心配なんぞあるわけがない。

「もしかして一夏君って何か習っていました? 武術や剣道とか」
「……そうだな。確か小学生の3年までは篠ノ之道場へ通っていたな。中学1年の後半から確か近くの道場で剣術を指南してもらっていた気がするな。その時期から私はドイツで臨時教官をしていたからな。
道場のことは入会金が要らぬ場所だったようだからあんまり関与していないから分からんな」
「……なるほど」
「それがどうかしたのか?」
「いえ、少し気になりまして。一夏君の回復力は何処で培ったのかなぁ、と思ってただけです。残念ながら分かりませんが……」
「ふむ。して、一夏達はどうなのだ?」

 その話題を振ると異音は嬉しそうに話し始めた。

「皆教えがいがある子達ですね。僕の言ったアドバイスを自分達なりに解釈してきちんと受け取っていますし、根気もあって頑張り屋さん達です。
明日からメニューを増やしても構わないようですし、訓練メニューも近々変えないといけなさそうですし、大変ですね~♪」
「ふっ、それにしては楽しそうじゃないか。教える側もいいもんだろう?」
「ええ、そうですね。また千冬さんの代わりに授業受け持っちゃいましょうか」
「ふふっ、それは勘弁してくれ。私の立場がなくなってしまうからな」
「そうですか、残念です」

 全く持って残念そうな顔をしていない異音は一度キッチンへ消えた。ああ、もうそんな時間か。
 時間はすでに11時を超えており、異音の眠気がピークに達する時間帯だ。
 異音と生活を共にするとかなり健康的になれる。身を持って知った。
 よく同僚から『肌がツヤツヤですけど、何か使ったんですか?』『織斑先生最近すっごく綺麗ですね……』とか言われるようになり、鏡を見てみると確かに肌のツヤがよくなっており、しわのしの字もない。元々しわは無いが、その予兆的なものは感じ取っていたため気がかなり楽だ。

 ……そう言えば、異音は鏡を嫌ってたな。

 鏡はシャワー室の洗面台にしかないのだが、朝歯を磨く時にも鏡に背を向けてしているし、寝癖を直さないのも鏡を見ないからだろう。
 と、なると異音は鏡に何か嫌な思い出があるのだろうか。
 恐らく手鏡も持っていないのだろう。
 尋ねて……みるか?

「千冬さん、そう言えばクラス対抗戦はどうなったんですか?」
「ん、あ、ああ。結局1組は参加しないことになった。代わりに別枠で専用機持ちのみでサバイバル戦をすることになった」
「へぇ……、って、サバイバル戦ですか? そんな大きなアリーナありましたっけ?」

 確かに専用機を持っているのは、高町兄妹、一夏、鈴、オルコットの計5人だ。
 本来アリーナの最大人数は4人。
 恐らく、熾烈な戦いが行われるだろう。そのためアリーナ程度の大きさでは十分な戦いができないと考えるのは普通だ。

「問題無い。大アリーナを増設し、5vs5ができるような施設を作ることが決定されたからな」
「……ああ、あの騒音はそのせいですか」
「うむ。すでにこの案件は1週間前に議論されていたからな。これからも1組にはお前や一夏目当ての代表候補生が"転入"してくるだろうと想定しているのだ」
「はは……、用意周到ですね。まぁ、広い場所で戦えるのであれば願ったり叶ったりです」

 そう笑みを浮かべる異音。……こいつからは何処か私に似た何かを感じるな。
 鏡の件は止めておくとしよう。こんなにも楽しそうな異音の表情を曇らせるのも忍びないからな。



【SIDE 鈴】



 な、なんですってーっ!?

 今朝、久しぶりに早く起きたので散歩でもしようかなっと外へ出たら、ガチャンガチャンと辛そうな顔で【白式】の胸部パーツだけを展開してマラソンしている一夏の姿を見てしまった。
 そして、その横を【黒騎士】が軽快な走りで追い越す。絶望を表現したような顔になった一夏だったが、キッと喝を入れて走る速度が上がった。
 それについて行く……え、えっと……、なんだっけ。モップ……ああ、箒か。
 箒が一夏について行く感じで走っていた。

 ……こんなことしてたんだ。

 もしや、昨日異音が奥庭に居なかった理由はこれだろうか。放課後に奥庭へ行っても猫一匹居やしなかったのだ。
 異音があたしを避けるような行動はしないだろうし、かと言ってあたしと会うために奥庭に来るような性格じゃないし……。

 ……と言うか、まだそんな関係じゃないし……。

 ランニングコースのスタート地点に寄る前に、3人分のタオルとぬるいアリゲーターレードをGETし、準備OK。
 すでに【黒騎士】の装甲を収納した異音がスタート地点で柔軟運動をしていた。
 や、やわらかいんだなー異音って。足を180度に開いて胸までぺったり地面についてるんだけど……。
 っと、これ渡さなきゃ。

「異音~」
「ん? ああ、鈴か。どうしたんだい?」
「早く目が覚めちゃったからお散歩にね。そしたら異音達見つけたから差し入れしようかなって」

 立ち上がった異音にタオルとアリゲーターレードを手渡す。……ん、い、異音のナイススメルが鼻孔に……。

「ありがとね」

 そう言って、異音はキャップを捻り中身を少量飲んだ。顔にうっすら噴き出た汗をタオルで拭い、さっぱりしたと言う様子で笑顔を見せた。

「もしかして、放課後も何かやってんの?」
「うん。一夏君に頼まれてね。第二アリーナで一夏君、箒ちゃん、セシリアちゃんに指導してるんだ」
「……ふーん(確かあの二人は一夏狙いだったわね……)、そうなんだ」
「鈴も一緒に来るかい?」
「うん、そうしようかな。放課後あんまりすることなくて暇だし」

 そんな話をしていたら、ぜぇぜぇと荒い息を立ててぐったりと一夏が目の前で倒れた。
 後ろの箒もやや疲れているようだが、一夏のように専用機を持っていないからか、ISを展開していない。

 ……てか、展開しながらマラソンする方がおかしいのだ。

 まぁ、なんとなく、と言うか確実に異音のアイデアなんだろうけど、それは敢えて言わないことにしておく。
 アレなのかな、肉体を鍛えて精神力を上げる的な感じなのだろうか。それだったら納得がいく。
 メンタルは大切な要素の一つだし、むしろこれが無ければ戦いで勝つことなんてできやしない大事なものだ。
 そんなことを思いながら2人にタオルとアリゲーターレードを手渡す。

「……お、おお……あ、ありがと、……な」
「……私の分まですまない。恩に着る」
「別にいいわよ。代表候補生だから色々貰ってるし、副業でも稼いでるしね」
「へぇ、何をやっているんだい?」

 異音がそう尋ねてくれたので、携帯端末を取り出して指でスクロール。……なるべく映りの良い奴っと……。
 あった! 11月の『月刊 鈴鈴』の表紙!

「ん……、可愛く撮れているね。鈴はモデルもやってたのか、凄いね」
「うん!」

 ポムっと手が頭に置かれ、優しく撫でてくれる。可愛いと言う単語も響きがよい。……うん、満足だにゃーん。
 早起きは三文の徳と日本のことわざにあるらしいが、真のことだなぁと身を持って知る。
 んにゃぁ、異音の手温かくて優しくて好きだにゃー。

「……へぇ、良く撮れてるな」
「うむ、そうだな。この角度から映っているのはかなり映える絵になるだろう」

 2人も褒めてくれているし、鼻高々だ。ふふん♪ あ。後で千冬お姉ちゃんにも見せてあげよっと!
 そんなことを考えつつ一夏達の凄まじい量の筋トレを見終え、授業へ。
 教壇には千冬お姉ちゃんが凛々しく教鞭を振るっている(実際には持って無いけどね)。その姿はTHEできる女、であり、憧れの的だ。
 IS学園の大半は千冬お姉ちゃんを敬愛して入学してきたって言う噂もあるらしいし、IS学園生徒総出の憧れの的だ。

「――と、言うことで今日の授業を終える。この後HRがあるから残っておくように、以上だ」

 そう言い残して教室から出て行く千冬お姉ちゃん。

 ……ほんと、この学園に来てよかったなぁ。

 異音にも会えたし、何より千冬お姉ちゃんと和解できたし……。
 毎日が幸せだと、そう思える。……あのシュレディンガーとかいう女さえこなければ。

 ……いやまぁ、面倒事では無く雑談くらいなら歓迎してやらんでもないかなー。

[へぇ、そりゃいいことを聞いたぞ~っと]

「!?」

 辺りを見渡しても姿が見えない。ま、まさか透明になれる薬でも開発したというのだろうか……?
 あの女ならやりかねない。

[いやいや……、そんな奇跡の欠片を掴む様な実験を成功させた覚えはないよ~]

 まさか……、

[うん、君のISをハックして直接喋っちゃってたり。アヒャ……うん、さすがに直接届くから自重しとく。嫌われたら嫌だしねぇ~]

 へ、変な所で律儀なのであんた……。まぁ、確かに助かるけどさ。

[いやまぁ、人の心は理解してるつもりだしぃ~? まぁ、そんなことはどうだっていいや。これからもちょいちょい顔……いや、声出させてもらうからそのつもりで~よろ~]

 ……まぁ、授業中じゃなければ構わないわよ。TPOはわきまえてね。

[おおぅ、中々優しぃお言葉が返ってきたねぇ。君の事だから『うっさい、消えろ』くらいは言うかなーなんーて思ってたんだけどね]

 言ってあげましょうか?

[ノーセンキュー。で、今回は挨拶とお知らせに来たのさー。肉体は来てないけどねー]

 はいはい……、それで何よ。そろそろ千冬お姉ちゃん来ちゃうじゃない。

[じゃ、さっくり言うよ。次のサバイバル戦楽しみにしててね? ドキツイ愉快なもん送ってあげるから]

 ……は?

[じゃ、ばいに~。アヒャヒャヒャ!]

 ……何と言うか、もうあんたその笑い方に統一しなさいよ。そっちの方がまだ聞きやすいわ。

 と、心の中で【甲龍】に話しかけるように言ってみたが、返事が返ってこない。……やれやれ。
 シュレディンガーとの会話を終えて、ドッと疲れたあたしは机に突っ伏す。……あー、冷たくてきもちぃ。

「明後日のクラス対抗戦だが……色々な事情で1組は不参加となった」

≪え゛!?≫

 全員が同じ顔……いや、異音はまるで知っていたかのような顔でそれを聞いている。
 もしかして、生徒会にも顔出しているのだろうか……異音は。

「まぁ、最後まで聞け馬鹿者ども。専用機持ちが多い1組は別枠として、明日完成予定の大アリーナの方でサバイバル戦を行うことになった。
そのため、異音、高町妹、織斑、凰、オルコットの5名は準備をしておけ。
恐らく各国のお偉いさん方も見に来るだろうからな。恥じぬ戦いをしろ。以上だ」

 ……え? "サバイバル戦"?

 先ほどシュレディンガーの声が繰り返される。

『次のサバイバル戦楽しみにしててね? ドキツイ愉快なもん送ってあげるから』

 何故、彼女が知っているのだろうか。当事者でさえも今さっき知った情報を……。
 いや、あの女のことだ。何処からか現れて、情報を聞いたに違いない。と、言うことは……。
 明後日のサバイバル戦とやらは大パニックになるに違いない。……しかし、彼女の言葉が本当のことか分からない。
 あたしを困らせるための嘘かもしれないし、はたまたこうやって考えさせるためのブラフなのかもしれない。

 ――あたしは、シュレディンガーのことをまだよく知っていない。

 だからこそ、分からない。取り敢えず……異音に話して……いや、彼の秘密を知っていることを暗にバラすことになる。
 彼が悲しむかもしれない、止めておこう。……この件は、あたしで何とかしてみせよう。
 そう、決意を決めた。



 それが、あんな事態になるなんて……思いやしなかった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――黒騎士の試験/End





シュレディンガーの出番急増決定(笑)
やっぱ色んな意味で書いてて楽しいキャラですからw(オイ
次回やや苦手なバトルシーン頑張りまーすw



[30986] 十四章 ~サバイバル・クインテット(前編)~
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/01/20 01:23
【SIDE 一夏】



 1組専用機持ちサバイバル戦――当日。俺は武者震いを隠せなかった。

 大アリーナと言うかなり大きな施設のピット――何と、両脇に5ヵ所ずつある――の1つに俺は居た。
 各ピットに1人ずつ分け振られ、赤側のピットには俺と異音さん、青側には鈴にセシリアに昴が居る。
 俺はすでに準備万端であり、もう靴底を射出用のカタパルトにセットしている。
 他のアリーナと違い、ピットは地下にある。そのため、カタパルトによってアリーナの両脇から射出される方式が取られている。
 以前のアリーナでは、ピット越しにすでに空中に居る相手のISのプロフィールを覗けてしまうため、全員がカタパルトに背を預けないと始まらない仕様に変わったのがこの大アリーナの大きな特徴らしい。
 と、言うのも説明されたのは今朝のため、俺もよくわからん。
 説明書も無いし……取り敢えず準備を先に済ませておいてカタパルトに背を預けているのだ。
 
 ……サバイバル戦か。

 一番の強敵は群を抜いて異音さんの【黒騎士】だろう。
 速度と機動力に特化したあの機体は接近を許してしまえばどんな手練れでも墜ちてしまう恐ろしさを持っている。
 加えて異音さんの技量だ。達人の域に達しているそれに刀を交えることができるかどうか……、それが俺の課題であり目標だ。

 次に挙げるとすれば……鈴の【甲龍】だろうか。
 接近戦から中距離戦に特化した機体である【甲龍】は、まだスペックでしか見たことが無いからだ。
 データによれば青龍刀の【双天牙月】、そして空間に圧力をかけて衝撃を打ち出す【龍咆】をメインとしているらしい。
 【双天牙月】で打ち合っている最中に【龍咆】を撃たれたら面倒極まりない。
 中国の代表候補生としてこの学園に来ている事実は、鈴が相当な実力を持っていることを後押しする証拠となるだろうから、気が抜けない。

 最後にセシリアの【ブルー・ティアーズ】だな。
 突スナスタイルであれば接近戦でも戦えるが、確かまだビットの完全制御を成功していないようだったからそこらへんをよく見ておけば恐ろしい相手では無い筈だ。
 しかし、鈴や異音さんとバトっている最中に狙撃されたら厄介だ。最初の標的としておくべきだろうか。
 
 ……昴の【竜騎士】は……うん、なんだろうな。宝の持ち腐れとしか思えない。

 異音さんのように圧倒的な実力を持っているわけでもなく、鈴やセシリアレベルの実力を持っているわけでもなく、IS素人の俺のように剣術や武術を齧っているわけでもないただのIS素人である昴はあんまり警戒しなくていいな。
 恐らくセシリアか鈴が落とすだろう。
 と、なると……やっぱり俺は異音さんと最初からガチで戦うしか無いのかな。
 異音さんとは全力で戦っておきたいし……。うん、決めた。第一目標は異音さんだ。
 ガコン、と背中のカタパルトが重い音を立てて、留め金が外された。よし、一夏、行きまーす!
 バシュンッ! と空へ放たれた俺は目を疑った。
 凄まじい観客の量、量、量! 空席なんて見当たらないんじゃないかって言うぐらいの満員だ。こ、これは恥ずかしい……。
 
『皆さま長らくお待たせいたしました! 本日のメインイベント、1組専用機持ちサバイバル戦を始めます!』

 そのアナウンスに合わせて観客席が歓声を上げる。一気にボルテージが跳ね上がったようだった。
 こりゃ、見っとも無い姿を見せれないな……。
 そう思いつつ、左側を見やる。そこには腕組みをした【黒騎士】が居た。
 あの処刑剣型の【ダーインスレイヴ】をまだ展開していないようだ。フライングかなーと思って【雪片】をまだ出さなくて良かった……。
 しかし、鈴は両手にすでに【双天牙月】を掴んでいるし、セシリアも【スターライトmkⅡ】を持ってるし、昴もまた戦斧の【バルディッシュ】を掴んでいる。……あれ、持っていないの俺達だけ?

『それでは、各ISシールドエネルギー500に固定、最後まで立っていた方が勝者です!』

 ビ――――ッ!
 と、始まりのブザーが鳴り響いた。
 一番最初に動いたのは――、鈴だった。

「てぇあああああっ!!」
「くっ!?」

 隣のセシリアに向かって行く。なるほど、遠距離系の機体であるセシリアを墜としに行ったのか。
 異音さんは腕組みしたままで、動かない。恐らく、誰かからのアクションが無い限り、動くつもりが無いのだろう。

「行きますよ、兄貴ッ!!」

 なんだと!?
 まさか、昴が異音さんを最初の標的にしているとは思わなかった。
 先に……墜とす!

「させるかッ!!」
「きゃんっ!?」

 【雪片】を呼び出し、右方から振るって横槍ならぬ横刀を入れてやる。
 吹っ飛ばされた【竜騎士】は大アリーナの端へ飛んでいき――、壁を跳躍するような形で超加速した。

「バルディッシュ、ファーストシフトッ!」

 あっという間に元居た場所を追い越し、俺へ巨大な実体刃を展開した【バルディッシュ】を振るった。
 俺はそれを縦に構えた【雪片】で受け止める。――ッ! 予想以上に重いッ!

「まだまだぁっ!!」

 まるで玩具の剣を振り回す子供の如く速さで振るうそれは、【バルディッシュ】を【雪片】へ叩き付ける乱舞へと変わる。
 その読めない軌道を何とかいなすことしかできやしない。反撃の一手が、出ないッ。

 ――そうか。

 型が無い分我流で自由なバトルスタイルを取ることができる。
 そのため、俺のような経験者にとっての先読みを潰す要因となり、不利な状況に一変する原因になったのかッ!
 甘く見過ぎたということもあるが、昴の戦い方は何処か見本になるようなそれがあるような戦い方だった。
 つまり、油断の代償が今の不利な状況というわけだ。情けない。…………本当に、情けないッ!!

「スゥ――」

 速度の暴力をいなしながらも、息を整える。まず、一撃を放つ。話は、それからだ。

「破ッ!!」

 一閃流――居合一閃。
 ガキィンッ! と俺の【雪片】の刃が【バルディッシュ】の腹を叩く。得物が吹っ飛ばされたせいで隙ができた昴へ追撃の一閃を放つッ!

「ドラグーンビット、アタックシフトッ!!」

 虚空から現れた藍色のビットの砲身が俺に向けられ紫電の煙を吹く。
 ドゥッ! と砲身から放たれた実弾が左肩の装甲を弾き飛ばす。そして、当たり判定だったらしく、左肩が痛む。

[左腕上部損傷レベル中。シールドエネルギー減少40、残量460]

 撃たれたのは一発、しかし、展開された【ドラグーン】の数は8つ。単純計算でも全部貰ったらシールドエネルギーのほとんどを削られちまう。
 スラスターを空焚きし、エネルギーを散布させ、それを吸収し――、瞬時加速(イグニッション・ブースト)の餌とするッ!

「まず1つッ!」

 【竜騎士】を追い越す瞬間に目の前にあったビットを切り裂く。爆発した際のエネルギーを喰らってさらに加速ッ!
 横を通り過ぎ、交戦中のセシリアの胴に一太刀入れ、振り向きざまに鈴の胴を薙ぐ。すかさず、離脱し、呆気に取られた昴へ強襲ッ!

「何すんのよ!」

 キュィンッ! と【甲龍】の両肩の上部で浮いていた【龍咆】がオレンジ色に輝き、見えぬ砲弾を撃ち出した。
 そして、それをタイミング良く避けてやり、急に現れた砲弾を喰らって面食らった昴へッ!

 一閃流――対閃。
 追い越す際に一撃、スラスターを反転し刃を逆にしてさらに一撃。完璧ッ!!

「え、あ、がふっ!?」

 【龍咆】の砲弾を喰らって一瞬の隙ができていた昴はガードを取ることなくこの二撃を喰らった。
 よし、予定通り上手くいった!
 これはセシリアの狙撃を避けて俺に当ててきた箒の模倣だ。これの怖さはアレを何度も喰らってきた俺だからよくわかる。
 いきなり現れるために逃げることも防御することもできない、言うなれば不可視の一撃なのだ。
 追撃を――、そう昴を見やった瞬間、【竜騎士】の姿が消えた。

「ドラグーンッ! アサルトシフトッ!」

 上かっ!
 見上げてみると【竜騎士】の背中からウィング型のスラスターが姿を変えていて、あれによって離脱したようだ。
 今までのは翼竜のような翼、しかし今の形は悪魔の羽のような鋭さを持っている。
 そして、手には虚空へ飛んで行ったはずの【バルディッシュ】があった。……いつの間に拾った!?

「一夏君に足りないものは、それは! 情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ! そしてなによりもォォォオオオオッ!!」

 そう咆哮を上げた昴は消えた。――いや、見えなくなっただけだっ!
 ズガンッ! と腹部に衝撃が走る。そしてすぐに、腹部に痛みが走る――。

「速さが足りないッ!!」

[腹部装甲損傷レベル低。シールドエネルギー減少30。残量430]

 くっ、太刀筋すら見えない。速度が速すぎるッ!
 ジンジンと痛む腹部の存在に歯噛みしながら、自分の思考をまとめていく。

「まだまだぁっ!!」

 追撃が来る――ッ。
 どうする、俺。見えない相手と戦う時の心得なんかあったかっ!?

『相手が速い場合はのぅ』

「!」

「『心頭滅却し、気配を感じて、それを』」

 後方からハイパーセンサーからは感じない気配を、嗅ぎ取る。【雪片】を鞘にしまうように左腰に当てがう。
 刹那の勘を研ぎ澄ませ、一転し、一閃。だったそれだけだ。できる、俺には――できるッ!!

「『斬り裂くッ!!』」

 ぐるりと腰を回して、右足を引き、振り返り様に一閃ッ!!
 一閃流――居合一閃。
 確かな感触が――刀から感じるッ!!

「がっ!?」
「遅せぇッ!!」

 PICを使って勢いを殺すこともままならない【竜騎士】がロールし、再び上空へと舞う。
 腹部を押さえた昴の顔は、凄く悔しそうな顔だった。まるで、幾多の練習をしてきたと言うのに格ゲーで負けてしまったかのような顔だ。

「このわたしがッ、スロォリィッ!? ………………畜生、まだ届かないか」

 小さな呟きがハイパーセンサーを介して聞こえてしまう。まるで、消え入るような声であっても、ハイパーセンサーは……拾ってしまうのだ。
 昴は片手で持っていた【バルディッシュ】をだらり垂らし、空を仰ぎ見る。まるで、自分のちっぽけさを再確認するように。

「追いつけない……ッ、なら……、天を地に落とすッ!!」

[敵ISから高エネルギー反応。単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)解除の予兆を感じます]

 【白式】の声が脳内に響く。単一仕様能力と言うのは、俺の≪零落白夜≫のように各ISの個性とも呼べる能力のことだ。
 視界の端の【竜騎士】のプロフィールの数値が変化していく。

「単一仕様能力解放ッ! ≪蒼龍乱舞≫ッ!!!」

 【竜騎士】のスラスターが蒼く輝き、全身の装甲に蒼いラインが行き交う。スラスターが外れ、姿を変える。
 まるで、いや、文字通り【蒼龍】がそこに現れた。そして、自らのパーツを解放、展開し、【竜騎士】の追加装甲へと変貌していく。
 一回り大きい【竜騎士】が蒼い騎士……、蒼騎士へと姿を変える。
 手に持っている【バルディッシュ】が姿を変え、鎌の形へと変貌し、蒼い輝きの実体刃を生み出す。
 これが、【竜騎士】の単一仕様能力……、≪蒼龍乱舞≫の姿か。

「天よ、堕ちよッ! 地よ、舞えッ!」
「[鼓動加速(ボルテージ・ブースト)ッ!!]」

 蒼い輝きに包まれた【竜騎士】が消え失せる――、蒼い軌跡をアリーナ中にばら撒いて。
 その数、不明。白式よろしく!

[正式名称ドラグーンショット、出現数44発。その内の34発が【甲龍】及び【ブルー・ティアーズ】に着弾を確認]

 ギュゥンッ! と耳元で何かが"通り過ぎた音"が聞こえた。
 不可視の衝撃が腹を襲い、数秒遅れてズドゥッ!! と言う重い音が俺の腹部から鳴る。

[腹部装甲損傷レベル高。減少数120、残量310]

 くっ!?

 直後、10の蒼い軌跡が――俺を串刺した。



【SIDE 山田】



 あ、あわわわわ、凄いことに……。

 【竜騎士】の拡張領域が極端に少なかったのはこのためなんですね。
 織斑くんの【白式】同様、第一次移行(ファースト・シフト)の状態で単一仕様能力を開花させるために拡張要領をギリギリまで削って作られている機体だったんですか……。
 いや、違いますね。
 【竜騎士】の背部スラスターのドッキング……、なるほど。
 スラスター部分にも拡張領域を設定し、そちらに半分任せることで【竜騎士】自体の拡張領域を確保し、【バルディッシュ】と【ドラグーンビット】の場所を確保しているんですね。

「ああ、そうだ。それで正しいぞ山田君。では、問題だ。何故異音はあの場で止まっているか分かるか?」
「え……?」

 異音くんは大アリーナの真ん中に腕を組んで仁王立ちしている。一見、360度全方位からの奇襲を誘っているように見える……。
 でも、それが違うのなら、……考えろ真耶。元日本代表だったんだから、分かるはずだ。

 ――思い出した。アレは昔織斑先生がしていた……ッ。

 モンド・クロッソの競技で、サバイバルフラッグと言うのがあった。全員がフラッグを肩や頭上に付けてそれの数を競う競技だ。
 織斑先生は一人真ん中に仁王立ちし、1vs10と言う数で戦い、勝った記録がある。
 あの構えは一見全方位から狙えるように見える。しかし、厳密にはビットを使わない限り、前と後ろと側面、頭上と真下しか狙う場所が無いのだ。
 全方位では無く、6か所に絞られる。そして、中央に立つ理由は明確。ハイパーセンサーによって全方位を見渡すことができるからだ。
 6か所の内、気を張る場所は後ろと側面くらいだ。頭上や真下へと向かうラグで即座にバレるから。
 そして、ある一定の実力者であれば、剣で実弾や光弾を切り伏せることができる。
 織斑先生もそうだった。そして、異音くんも、その1人だ。
 つまり、アレは……誘い受けッ!
 スパァンッ!! と頭を何処からか出した出席簿で叩かれてしまった。ひーん。

「奴らは手を出さないんじゃない、出せないのだ。変な例えで考えるな馬鹿者ッ!」
 
 かなりご立腹な様子で織斑先生は出席簿の角をトントンと掌に打っている。
 す、すみませんでした……。



【SIDE 異音】



 うん、教えたことをちゃんとやってるね。

 中央で仁王立ちし、ハイパーセンサーで4人の戦いを見ていた僕はそう頷く。
 しかし、一夏君が少し残念だったかな。戦場で慢心なんて、ナンセンスだよ?
 どっかの英雄の王だって慢心のせいで『エクスカリバァアアアッ!!』されたんだから。
 まぁ、気持ちを途中で切り替えられているからギリギリ及第点かな。ちゃんと冷静に対処出来ているみたいだしね……。
 何より嬉しいのは……昴の成長かなぁ。あの子は何かと頑張ってたからね。
 仮想訓練室で放課後延々と練習しているとのことを聞いてたし、僕の力無しで何処まで伸びるかって思ってたら予想以上だったね。
 でも、"この程度"で単一仕様能力を使用したのは痛いかなぁ。対策取られちゃうし、確実に勝ちたい時に……。

「ああ、そうか」

 昴は、勝ちたかったのか。
 一番最初に向かって来たのだって、僕に挑戦するための行動だし、本来一夏君に全て回すはずのドラグーンシュートを拡散して全員を削りに行っているのだって、一夏君、鈴、セシリアちゃんを先に落として僕と一騎打ちがしたいがため、か。

 ……応えるべきなのだろう。

 しかし、恐らく今日はそれに応えることはできない。
 まだ、"始まって"いないからだ。束さんに連絡し、最高のタイミングでここに無人型IS【ゴーレムⅠ】をぶつけてもらう予定なのだ。
 だからこそ、最高のパフォーマンスでそれを潰さなくちゃいけない。
 最大レベルに設定してもらったそれが、一夏君達に被害を齎す前にケリをつけなくてはいけないのだ。
 そのため、こうして時間を稼いでいる。……まだか。開始からすでに10分も経っていると言うのに、まだ来ないのか。

「取ったッ!」
「まだだっ!」

 本調子の一夏君が音速を超えている速度で翔ける昴を迎え撃っている。
 昴には悪いけど……、たぶん、そろそろ決着が着いちゃうかな。

「え?」

 シュゥン、と【竜騎士】の蒼い輝きが消え失せ、単一仕様能力が解除され、追加装甲がスラスターへと戻っていく。
 時間切れ、あの単一仕様能力は一夏君の≪零落白夜≫と同じ、シールドエネルギーを削って発動する能力だ。
 つまり、長時間……そうだね、彼女の動きで5分も戦えばエネルギーがギリギリになって展開出来ない状況になり、シールドエネルギーが1だけ残されて通常モードへ戻されてしまうはずだ。
 つまり、丸腰に戻るのだ。これを、一夏君が見逃すわけがない。

「せぃ、やぁあああっ!!」

 【雪片】を構え、動きが鈍くなった【竜騎士】へ向かい――、

ィイン

 ――来たッ!

 ズドオオォオォオォオォオオオオンッ!!!
 凄まじい速度で頭上から来襲した機体をその場から離れることで避ける。砂埃がクレーターからもわりと舞い上がり、落ちたそれの姿を消す。
 脳内で【黒騎士】に高速伝達し、外部拡声ウィンドウを開く。

『各自戦闘を停止、侵入者の動向に気をつけて。一夏君は昴を連れて鈴達の方へ! 早く!』
「わ、分かりました!」
「ふぇっ!?」

 おおぅ、お姫様抱っこで運ぶのか。何というか乙女心が分かっているんだな一夏君。……無意識のようだけどね。
 煙を掻き分ける気配――ッ!

「【シュバルツ・カーテン】ッ!!」

 外套を翻し、長さを調節して前面に広げる。バシュゥウッ! と【シュバルツ・カーテン】により吸収されたレーザーの音が聞こえる。
 【シュバルツ・カーテン】はビームやレーザーと言った光学兵器の天敵とも呼べる防御兵装だ。
 外側の部分で受けたそれらを吸収し、肩部で繋がっている本体へと供給し、エネルギーを回復することができる。
 正直、チート染みている代物だから使いたくなかったんだけどなぁ……。しかし、これが無いと【黒騎士】が少し物足りなくなるのだ。
 自動再生型とかでいいから作ってもらおうかな……。そんなことを思っていたら、ようやく砂埃が消えて――、

[未確認ISを"2機"感知しました。射撃特化型IS【ゴーレムⅠ】、近距離特化型【スコーピオンⅠ】。どちらもISコアナンバーが不明。所属不明]

 腕がやたら長く、黒くてごついフルフェイスの【ゴーレムⅠ】。束さんの情報通りの代物だ。間違いない。
 だが、知らない機体である全身を紫色に染め、腰部からサソリの尾のような兵装をくっつけ、腕組みしている【スコーピオンⅠ】が居る。

 ……どういうことだ?

 追加の報告なんて聞いていない。となると……、別組織からのアプローチと判断した方が良いかな。


 まぁ、どちらにせよ――――、全力で"潰す"けどね。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――サバイバル・クインテット(前編)/Seve




バトル回苦手だーッ!!w
でも、後編はさらに本気出すッ!(マテ
と言うか、剣で戦う経験無いからワカンネェw
肉体言語の方が不落には合ってます……(苦笑)


次は異音の独壇場回になる予定です。千冬さん息してるかな……(色んな意味で)



[30986] 十四章 ~サバイバル・クインテット(後編)~ 
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/01/24 22:38
【SIDE 千冬】



「防護壁の排除及びシェルターへの避難経路を伝達! その後2、3年の整備課とエンジニア課、2級以上の資格持ち教員全員でシステムを取り戻せ! 即急に、迅速にだッ!!」
『は、はいっ!!』

 ……なんなんだアレは。

 異音の冷静な指示が無ければあの場の全員(異音を除く)が侵入者達に墜とされる可能性があった。
 管制システムをハックし、防護システムを暴走させて大アリーナの防御壁を強制的に落とし、尚且つ遮断シールドの警戒レベルが最大の5に達している。なお悪いことに全ての扉がハックして墜ち、強固なロックシステムが暴走して手に負えない状況だ。
 これほど強力なテロを行えるのは1人しか居ないだろう……。しかし、最近不審な人物の影を見たと言う件もある。断定はまだできぬ、か。
 腕を組みつつ、苛立ちが抑えられない面持ちで私はリアルタイムモニターを見ていた。
 この状況では……異音の勇姿をぶるーでぃーでぃすくに納めることができないではないかっ!!

 ――ハッ!

 そうだ……。
 携帯を取り出し、あの天才で馬鹿の電話番号を叩き込み、耳へ当てる。
 1コールでガチャリと出る音が聞こえた。

『ハロハロー? どうしたのち――』
「束、即急に迅速かつ丁寧に録画しろ。言っている意味が分かるな!?」
『オーライッ! 任してよちーちゃん! すでにBDを超えるH(ハイパー)BDを開発済みだよ! 従来の3倍は綺麗に映るよ!』
「よくやったッ! 今度褒めてやるから、それを持ってこい!」
『ひゃっほーい! あいあいさ~♪』

 ピッと携帯を切り、仕舞う。
 
 ……よし、これで大丈夫だ。

 後は異音が何とかしてくれるだろう。……珈琲でも飲みながら観戦でもするか。
 珈琲サーバーからお気に入りのマグカップへ黒い雫を注ぎ、砂糖を……む? なぜ塩があるのだここに。紛らわしい。
 誰かが間違えたらどうする気だ、まったく……。
 白い砂糖を数杯入れて、専用の珈琲スプーンで回す。本当なら牛乳があればさらに良いのだがな……。如何せん、置く場所が無い。

 ……そう言えば、異音が言っていたな。

 ISの拡張領域の中に食材を入れておくことができると。今度やってみるとするか……。



【SIDE 鈴】



 ド、ドキツイ愉快な仲間達来ちゃった――ッ!?

 な、なんなのよあれ。さっきから【甲龍】に問い合わせてもナンバー不明の所属不明としか教えてくれないし……。
 取り敢えず、不意打ち気味に倒しちゃったセシリアを担いで一夏と合流しようかな……。
 そう思った瞬間、目の前を閃光が通り過ぎる。ひっ!?
 見て見れば【ゴーレムⅠ】とか言う随分アンバランスなISの片腕がこちらを向いている。……アレ、もしかして光って……。

「鈴ッ!」

 バッと視界が真っ黒に染まる。いや、異音の【黒騎士】の背か。
 バシュゥウッ! と異音の黒マント……ああ、【シュバルツ・カーテン】に当たって相殺……いや、吸収してるのかな? とにかく、当たって消えた。
 
「……鈴、セシリアちゃんの状態は?」
「えっと……、気絶してるだけかな? 不意打ち気味にやばい一発が入っちゃったくらいだから」
「分かった、鈴はセシリアちゃんを連れて一夏の所へ合流して。あいつらは僕が――墜とす」

 そう言い残して異音は【シュバルツ・カーテン】を翻して向かって行ってしまった。

「鈴! 大丈夫か!?」
「え、あ、うん。大丈夫よ、異音が助けてくれたから。取り敢えず……どうする?」

 正直言って昴のアレを喰らってかなり削られてるし、セシリアとの戦いで消耗してる分もでかい。ぶっちゃけると盾になるのもちょっと辛いぐらい。
 どうやら一夏も昴も同じらしく、嫌な顔をしていた。……取り敢えず、異音の邪魔にならないように全力で避けるしかないのかな。

 ……セシリアを背負って。

 ズドゥンッ!! と、お腹に響くような重い音がハイパーセンサーから聞こえてきた。
 異音の方へ見やると、凄いことになっていた。
 【スコーピオンⅠ】と言う奴は最初の異音と同じく中央に腕を組んで仁王立ち、なので【ゴーレムⅠ】と異音はサシで戦っていた。
 異音は【ダーインスレイヴ】を構え、相変わらず見えない速度で振るっている。そして【ゴーレムⅠ】はあの巨大な腕を器用に武器として振るい、異音のそれらが当たったとしても特に問題無いと言った様子で手応えが無さそうだ。
 しかし、異音はそんなことは知らんと言った様子で斬り続ける。って、今腰がぐるんって回ったわよあのIS!?
 【ゴーレムⅠ】が『半~径~』って感じでダブルラリアット状態で"上半身"のみをぐるぐると回している。
 さすがに異音もびくともしない【ゴーレムⅠ】に戸惑っているようで、決定打が出ない。
 困った様子でぐるぐると回る【ゴーレムⅠ】を見ている異音の背を見て……、本当にあたしがここに居ていいのか、と考えてしまう。
 ISのシールドエネルギーさえあれば、あの中に入って【龍砲】でぶちかましてやるって言うのに……、ん? 【龍砲】?
 そうかッ! あのビームを避けながら遠距離でぶつけてやればいいのか!
 と、考えた瞬間にギロリと【スコーピオンⅠ】がこちらを向いた。
 なぜ分かるかと言うと、フルフェイスの目の部分にグポーンと赤い瞳があるからだ。

 ……アレかな、こっちが手を出したら俺も手を出すぞ的な感じ?

 それは……色々と不味い。ただでさえ満身創痍なあたし達が、戦場にホイホイ出て行ってアッーされるのは不味い。
 異音の邪魔になってしまう。と言うか、現在進行形でお荷物となっているのだから、尚更だ。
 ど、どうしよう……。

「……はぁ、"本気"でやるしかないのかな」

 そうハイパーセンサーが異音の声を拾った。……え゛、アレで本気じゃないの?
 異音は【ダーインスレイヴ】を収納し、両拳の甲先をガツンとぶつけた。まるで、スイッチを切り替えるかのように。
 刹那、消え失せた。直後、ズドンッ! と、まるで車が地面に落下したかのような音が聞こえてきた。
 異音が踵落しの姿勢で、右足の踵を【ゴーレムⅠ】の脳天に振り下ろすのが見えた、が、すぐにその姿がブレた。
 【黒騎士】は【ゴーレムⅠ】の右上腕二頭筋部分を挟み込むように両脚の足首でホールドし、体を右肩側へ回転させて――、ゴギリッ! と、嫌な音を立てながらその太い腕をへし折った。

 ――って、へし折ったッ!?

 バッと離れた異音は強烈なハイキックを動きが止まった【ゴーレムⅠ】の顎へぶち当て、頭上に跳ね上がった右脚を再び脳天へと叩き付ける。
 ゴガッ! と、まるで硬い金属が陥没して割れた時の音が聞こえ【ゴーレムⅠ】の巨体が前のめりに崩れ落ちる。
 しかし、異音の回し蹴りにより右方部から顔の側面を蹴り飛ばされた【ゴーレムⅠ】は"まだ"倒れることを許されていなかったようで、回し蹴りの勢いを殺さず、空中で回転して放たれた追撃の左脚の踵が【ゴーレムⅠ】の背にめり込み、ズガンッ! と、嫌な音を立て、【ゴーレムⅠ】は地面へキスをする羽目になった。
 異音はその追撃のチャンスを逃さず、その無防備な背中に右脚の靴底を当て、震脚を思いっきり放った。
 ギチィッ! と悲鳴のような摩擦音が火花と共に聞こえ、異音がその後数発震脚を放った後、【ゴーレムⅠ】はキュゥゥゥゥン……と活動を停止して動きを止めた。異音の右脚が退かされ、足跡の凹みが目立つ【ゴーレムⅠ】の背が見えるようになった。
 この間、1分も経っていない。
 お、恐ろしすぎる。全く持って騎士の戦い方じゃない……ッ。
 
 ――本来こっちがメインのバトルスタイルかのように見えた。

 技のキレ、判断力、そして躊躇することの無い無駄の無いコンボ。
 【ダーインスレイヴ】を担いでいる異音の時よりも、こっちの方が動きがスムーズだし、滑らかに思える。
 まるで、巨大な処刑剣を担いでいる時は誰かの戦い方を"真似て"いるかのように思えてくる……。

「で、そっちはどうするのかな? やる?」

 仁王立ちしままの【スコーピオンⅠ】に話しかける異音。……シュレディンガー、聞いてる?

[アヒャヒャヒャヒャ! 無人機に話しかけてるよ、アヒャヒャヒャヒャヒャ!!]

 ……こ、こいつ……うぜぇ。

[まぁまぁそんなカッカしないでさ~、正直アレには人口AIを組み込んでるから吾輩の操作受け付けてないんだよねぇ]

 はぁっ!? そんな危ないもん送ってきたのあんたっ!?

[アヒャヒャヒャ、だから言ったじゃーん? ドキツイ愉快なもんを送るって~。1日もあれば彼なら対策練れると思ったんだけど、彼にも予想外のようだねー? ああ、ちなみに最初に倒したアレは"彼の思惑"によるISだよ]

 ……どういうことよ。

[んー……、言っても良いけどさぁ。君は本当に真っ直ぐだから彼を見る目が変わっちゃうんじゃないかなーって思うんだけど。
それでも言っていいのぉ?]

 ……正直に言えば、異音のことが分からなくなってきた。

 でも、異音にも何か事情があって、そのためにやったんでしょう?
 だったら、全部聞いておきたい。あの人が考えていることを。……何もかも。

[ふ~ん……。健気だねぇ。普通大好きな人に裏切られたら発狂するもんだと思うけど……、健気だねぇ]

 ……う、うっさい。

[まぁ、その健気さを買って教えてあげるさ~。彼はねぇ、今の世界をぶち壊そうとしているのさ。彼の存在を持って、ね]

 え?

[彼は人造(つく)られた存在であることを皆に明かしていない。……まぁ、"ブリュンヒルデ"織斑千冬にはバレてるみたいだけど。
なぜ、明かさないか。それは彼の環境にある。"なぜ彼は男性として人造られた"んだろうね?]

 ……確かに。

 彼は"男性でありながらISを操っている"存在だ。それが恐らく彼の存在の要のはずだ。

[うん、そうだよ。彼が男性でありISを操っていることこそが、彼の最大の武器にして、世界をぶち壊す一手になるのさ。
……まぁ、この試合が終わったら嫌でも分かるんじゃない? 彼は、"必ず動く"だろうから。じゃーねぇ~]

 え、あ……き、切りやがった。あ、あいつぅ――ッ!
 重要な部分の先の事を聞いてないじゃないのっ! 教えていけ馬鹿――ッ!!
 そう心の中で叫ぶが、あいつはちっとも答えやしなかった。



【SIDE 異音】


 
 ……あーあ、黒い騎士がやることじゃないよね、これ。

 目の前に転がっている【ゴーレムⅠ】を一瞥し、黒騎士の象徴たる【ダーインスレイヴ】を使ってすらいないバトルスタイルで倒してしまったことに少し後悔しつつ、次を考える。
 仁王立ちしている紫色の未確認所属不明の謎の機体【スコーピオンⅠ】。
 肋骨のように黒いISスーツを守る胸部の装甲、その装甲に守られている真紅のコアは恐らくISコアだろう。
 背中には肋骨を内側から飛び出させたような奇妙な8枚刃が生えており、恐らくあれも兵装の1つなのだろう。背部と腰部の間から生え出るサソリの尾の先端は……パイルバンカーのような鉄杭の先端が見えている。
 その尾を構成する部分に隙間が見えるため長さを調節することもできるかもしれないな……。
 両手の甲先には鉄杭の先端……、こちらにもパイルバンカーを取り付けているらしく、恐ろしく近距離特化した機体に仕上がっているようだ。
 脚部には夥しい量のスラスター口部があり、かなりトリッキーな足遣いをしてくるのは明白……。
 さて、どうしたものか。
 本来のセオリー通り殴り合うか、それとも【ダーインスレイヴ】のリーチを生かして押し切るか。

 ――それとも【黒騎士】の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)を発動するか。

 現状況なら、それが一番手っ取り早い。恐らく、僕のコレは全てのISに対するメタになる。
 だからこそ、こんな場所で使いたくない。しかし、使わなければ【黒騎士】としての本分を果たせないだろう。

 ……使うしか、無いのか。

 恐らく、僕のコレを見抜ける者はそう多くは居ないはずだ。そして、例えバレたとしても……、対策を練るのはほぼ不可能に近い。
 【スコーピオンⅠ】が腕組みを解き、だらりと腕を垂れ流した。戦闘移行って感じかな。

 ……僕が、僕であるために。僕が【黒騎士】であるために……。解放する、僕の切り札(ジョーカー)を。

[情報連結及び神経パルスの向上を最優先。了解しました、マイロード。貴方の覇道を進むために、力を解放しましょう]

  サクリファイス
「[≪魂喰らい≫]」



【SIDE 一夏】



 異音さんの雰囲気が、変わった。

 この感じ、何処かで感じたことがある……? ああ、そうか。"あの時"だ。初めて【黒騎士】に出会った時の、あの雰囲気だ。
  サクリファイス
「[≪魂喰らい≫]」

 そう異音さんが呟いた瞬間、バイザーに真紅の線が一文字に走る。そして、紅蓮の真眼を、中央に開かせた。
 あ、圧倒的な威圧感が場を制している。
 本能が叫んでいる。この人と戦ってはならない、と。魂の残り屑すらも喰われてしまう、と。
 【黒騎士】が右方に腕を振り、巨大な処刑剣【ダーインスレイヴ】が再び顔を見せる。
 しかし、通常の【ダーインスレイヴ】とそれは全く持って違っていた。なぜなら、刀身が赤熱したかのように真紅に侵されているからだ。
 決して輝いているわけではないので、やや暗いあの時の廃墟では気付けなかったのも頷ける。
 【スコーピオンⅠ】、【黒騎士】共に戦闘の準備が終わり、戦いが、始まる――ッ。

「シ――ッ!」

 先に、異音さんが動いた。
 あの時同様に身を低くし、超低タックルを喰らわせるかの如く突っ込み、右方から振るう手が――消えた。
 刹那、虚空に3本の真紅の線が煌めく。だが、【スコーピオンⅠ】もただでは喰らわない。
 尾がしなり、ふっと消え、真紅の線を逆からなぞるように紫の線が3本付け足される。
 ギィィイイインッ! と鋭い金属音が聞こえ、火花が散る。
 切り上げた状態で居た異音さんはそのまま左方へ【ダーインスレイヴ】を流し、その勢いを持って左後ろ回し蹴りを放つ。
 それを両腕を交差して受け止めた【スコーピオンⅠ】は、瞬時にボクシングの選手のように構え、見えぬ一撃を放った。

「っ! AGF展開!」

 ナックルが靴底にぶち当たる寸前と言った瞬間に、異音さんは虚空を蹴りつけ、縦に一回転することでそれを回避するが【スコーピオンⅠ】は止まらず、距離を詰めて再度放ってくる。
 異音さんは【ダーインスレイヴ】を手放し、【スコーピオンⅠ】の拳を下から握っただけの拳で跳ね上げる。
 ヒュゥンッ! と、異音さんの顔の横を拳が通り過ぎた。
 すかさず異音さんは左手でその伸びた腕を掴み、渾身の右フックを【スコーピオンⅠ】の横っ腹にぶち抜く。ガギィィイイッ! と、金属を滑らせて火花が散る時の音が鳴る。拳を捻りさらなる衝撃を横っ腹に加えた後、掴んだ腕を引っ張り、それに合わせて時計回りに回転し、右肘打ちを放つ。
 【スコーピオンⅠ】はその肘を右手で掴み取る。無防備な異音さんの背中に蹴りを喰らわせようと【スコーピオンⅠ】の脚部が虚空を踏む。
 それを待っていたと言う様子で異音さんは身を屈ませつつ【スコーピオンⅠ】の胸に背を合わせ、一本背負い。
 【スコーピオンⅠ】はPICでそれを防ごうとしたが、その前に異音さんのAGFが発動され、計算を狂わせられそのまま背を地面へとぶち当てられる。その隙に異音さんは拘束の手を離し、落ちていた【ダーインスレイヴ】を拾い上げる。

 ――刹那の攻防。

 これが、達人の域の戦いなのか。
 この戦いを見ていると昔千冬姉に見せて貰ったモンド・クロッソの戦いが温い気がして、まだまだ上が居るのだと実感した。
 千冬姉が弱いと言うわけではない。次元が、違うだけだ。この人は、異音さんは19と言う年齢でこれほどまで練り上げられた実力を有している。
 この人に、誰が勝てるのだろう。そう、思ってしまう。たった3つしか離れていない歳の差が、こんなにも広いとは思わなかった。

 ……まだまだ俺も未熟なんだな。

 その言葉を噛み締め、今はこの戦いを見守ることにした。……いや、見守るんじゃない。この戦いを糧にするのだ。
 師匠も言っていた。
 『見ることはすなわち、経験を盗み糧とする良い機会のことを言う』
 目の前で繰り広げられるそれを見て、自分に重ね合わせ、どう対処し、どう打ち倒すかのトレーニングになる。
 他人の経験値の1を、自分の経験値にさせる。それが、師匠の言っていた"学ぶ姿勢"の1つだ。

 異音さんは【ダーインスレイヴ】を担ぎあげ、そのまま振り下ろさずに脚を【スコーピオンⅠ】の頭に打ち落ろす。【スコーピオンⅠ】はたまったもんじゃないと両腕を交差し、それを受け止め、股の間から尾の一撃を放つ。
 それを読んでいたからこそ、異音さんは【ダーインスレイヴ】を使わずに脚でやったのだろう。それを切り裂き、脚を外して交差された腕へ勢いよく【ダーインスレイヴ】を叩き付ける。
 メシィッ! と重なった部分が陥没し【スコーピオンⅠ】の肩部分が地面へとのめり込んだ。

「……GF、最大出力ッ!」

 AGF、アンチ・グラビティ・フィールドは元々グラビティ・フィールドを展開した上でそれを反転させる応用のようなものだ。
 だから、反転させなければ重力を制御する機能だけが残り、色んな用途へシフトすることもできる。
 PICではそんな芸当はできない。この部分をしっかりと理解している異音さんだからこそ、こちらを使用しているのだろう。
 砂地獄に飲まれるかのように【スコーピオンⅠ】の体が埋まっていく。
 元々アリーナの土は硬い土を使用しているため、その拘束力もまた尋常でないはずだ。PICを発動させてもGFによってこの場を逃げ出すことができず、さらにスラスター口部に土が入ってきている現状でなお一層最悪な状況へと変貌していく。……逃げれるはずがない。
 【スコーピオンⅠ】の体が半分ほど埋まった辺りで、異音さんは再度【ダーインスレイヴ】を振り上げて――、胸元へと叩き付けた。
 パキィンッ! と何かが割れる音が聞こえ、【スコーピオンⅠ】のモノアイがプツンと色を失い、交差していた腕もだらりと力を失った。
 異音さんはふぅ、と溜息をついて紅蓮の真眼を閉じた。【ダーインスレイヴ】もまた赤熱の色を失い、輝きの無い黒へと戻る。
 ガシャン、ガシャン、と大アリーナの観客席の防護壁が開いて行く音が聞こえるが、観客達はそちらではなく、全員が異音さんの方を見ていた。
 それに応えるかのように異音さんは【ダーインスレイヴ】を天へと掲げた。まるで、勝利を掴んだ剣を全員に見せつけるかのように。
 直後、凄まじい歓声が上がり、色めく声に異音さんは包まれた。まるで、英雄を褒め称えるコロシアムのようだ。
 しばらく異音さんはそれに応えて手を振っていた。
 侵入してきたIS2機を回収する教員部隊が現れるまで。



【SIDE 束】



 【星の屑】の第一舞台(ファースト・フェイズ)が終了した。

 いやー……、シュレディンガーの言う通り、異音は私達ですら知り得ない何かを持っているみたいだね。
 異音は【黒騎士】としてのバトルスタイルよりも、そこらのストリートでファイターをするようなバトルスタイルの方が上回っていることが分かった。
 何処か借りている様子のあったそれではなく、自然体であるように思えた。

 ……有り得ない。

 彼は生まれてから3年の年月しか経っていない人造人間だ。それに、記憶への実戦カリキュラムを投入していないこともあり、さらに不可解。

 ――彼は、何処であの技術を身に着けたのだろうか。

 ドイツの被験体0号であるラウラ・ボーデヴィッヒのような人形を人に模したような性格では無く、個性があり、特徴がはっきりとしている。
 
 ――不可解、実に不可解。

 まるで誰かの記憶を定着させて動いているかのような生き方。本当に不可解だ。
 もしや、そう、なのだろうか? 誰かの記憶が彼と言う器に入り込み、人格を形成しているのだろうか?

 ……分からない。

 あの敏い異音のことだ。こちらの言い分すらも見据えて行動を起こす異音のことだ。
 絶対に私の思惑を看破し、見当違いの方向へ誘導し、迷宮入りにさせることだろう。

 ……今は、大人しくしていよう。

「ふぅん? それでいいのかい"天災"」
「……約束通り、お前の玩具もぶち込んだよ。異音に一切合財潰されたけど」
「アヒャヒャヒャヒャ! そうだね、ご苦労ご苦労。おかげで彼の新しい一面が見れたじゃないか! 喜ばしいことだろう?
恋焦がれて、魔女の窯にくべられる薪すらも燃やし尽くす君ならさ!」

 ……うざい。

 この女は本当に喋らなきゃいいのに、と思う。手だけ、脚だけ動かしてせかせか生き急いで死ねばいいのに、ほんと。
 しかし、彼女はそれも気にしない様子で、悪びれた様子も無く、くつくつけらけらと笑い始める。

「まぁまぁ、それは置いといてさ。【星の屑】の第一舞台が成功した祝杯といこうぜぇ~?」

 何処からか取り出したワインボトル。年季の入ったそれは……私の貯蔵していたもののそれと酷似……いや、それか。
 きゅぽんっとひとりでに抜けたワインのコルクが虚空へ飛び、消え失せる。ウイルスで粒子分解しているのだろうか。
 才能の無駄使いとは、このようなことを指すのだろうなぁ、と思いつつワインの入ったグラスを受け取る。

「それじゃ、我ら【科学同盟】の未来に」

 ……いつ、そんなものに私は入ったのだろうか。

 恐らくこの女はその様子を見てくつくつけらけらと笑いたいのだろう。

「「乾杯」」

 ああ、今日のワインの味は……とっても不味くて、魅力的だった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――サバイバル・クインテット(後編)/End




よーやく一巻相当終わりました!(なっげーw)
ようやくヒロインズが揃いますねー、シャルロッ党及びブラックラビッ党の皆さま長らくお待たせいたしました!
しかし、ここはサウザン党の管轄ですのでお引き取り(ナニヲスルヤメ、アッー

異音「えっと……、作者の頭に風穴が開いたので僕が代わりに進行しますね。
え? ああ、現代生物工学の英知をかき集めたリジェネレーターとか言ってましたからすぐに復活すると思います。
これからも原作を引き延ばして続くそうなので、これからもよろしくお願いします」



[30986] おまけ 現時点でのキャラ&オリジナルISプロフィール
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/01/24 22:38
無事十章まで来れたので、現時点までのプロフィールをおまけ程度に乗せておきます。
キリの良い数字の時にまたやるかも?

⇒一巻相当が終わったので、こちらに移しました。
二巻相当へ行く前の振り返りにお使いくださいませ。

二巻相当に入る前に、現時点までのオリジナルISのプロフィール。

>オリジナルIS枠

オリジナルIS名:黒騎士
操縦者:高町異音
分類:戦闘特化型万能IS
二つ名など:IS学園の黒い悪魔/黒騎士様/くろちゃん

外見↓

漆黒の騎士鎧(胸の鎧が尖がっている男性用)。
ショルダーアーマーと鎖骨の所に赤い球体が取り付けられていて、同じく腰に付けられている装甲鎧の場所にもあり、胸にも同じく赤く光るそれがある。これらは装甲部分と装甲部分の飾りつけとして作られたものであり、特に意味は無い。
あるとすれば、これらをISコアと勘違いさせて搖動できる可能性くらいだろうか。
各装甲の隙間にスラスターが備え付けられているため、かなり広範囲の行動を実現できる。
顔は黒いバイザーによって口元以外隠されていて、髪の色も黒い兜があるため見えることは無い。
肩にはゴルベーゲフンゲフン様的な感じで【シュバルツ・カーテン】が付けられている。
外見は昴の言葉を借りると『いったい何ランスロットなんだ……』とのこと。
アレに上記のそれらが組み合わさったものと考えてくれればよいのではなかろうか。

内容↓

単一仕様能力:魂喰らい(サクリファイス)

説明↓
発動中の黒騎士に触れた部分から相手ISのシールドエネルギーを喰らい、自身のエネルギーに変換する能力。

ISの魂の燃料とも呼べるエネルギー部分を喰らい、相手を殴り続けていれば無限機関と成すチート性能。
相手のISにとって、シールドエネルギーが、殴る際の減少+魂喰らいによる吸収、により過剰に減らされていく地獄であり、この能力を知っていれば戦いを躊躇するレベルの最凶仕様。異音の実力と相俟ってさらなる凶悪性能と化している。
……が、正直異音の実力だけで何とかなるのであんまり過度に使用されない切り札(ジョーカー)である。残念。
黒騎士事件の際に発動していた理由は、誘拐犯である彼女のISを完全に鎮圧させるためであり、シールドエネルギーを削った後にダメ押しの追撃をすることで、IS本来のエネルギーすらも絶対防御のために消費させて再起不能状態にさせるためである。

ネーミングは不落の持つとあるOCGのデッキ名から。友人のシンクロデッキでクェイサーを喰らった不落の相棒の名でもある。
(贄はリリーサー、カースエンチャンター、ディザーズ。)
地砕き⇒召喚してパクリファイスして⇒イリュージョン・クエィサーで~す(ペガサス風に)

兵装↓

【ダーインスレイヴ】⇒単一仕様能力≪魂喰らい≫対応の大型処刑剣。
【シュバルツ・カーテン】⇒レーザーやビームなどの光学兵器の天敵。

その他の兵装在り。しかし、まだ本作で出現していないためNOピックアップ。



オリジナルIS名:竜騎士(ドラグーン)
操縦者:高町昴
分類:速度特化型IS
二つ名:蒼騎士

外見↓

翼竜の翼のようなウィンドスラスターを背中に展開させ、藍色の竜を騎士型に擬人化した感じ。
特に捻ったデザインも無く、ベイゴマを進化させたあの遊びのアニメの某ドラグーンを騎士にして、人型にしたデザインだと思っていただければ。
(手抜き? いいえ、あのイメージがでかすぎる。何というか言葉にできなくなったw)
これから本作でデザインを追加する予定なので、もうしばらくお待ちください。

内容↓

単一仕様能力:≪蒼龍乱舞≫

説明↓
スラスターの出力限界点を最大に"固定"、出力限界の色である藍色のエネルギーを持って速度重視の軽装金髪さんもびっくりな速度を実現させる能力。

ウィングスラスターが変形した外部装甲により全身にスラスターを装備した形態となり、速度の限界を高めている。
不屈の魂を持つあの白い悪魔な人の技名を模倣し、ドラグーンシューターと名付けた。

ネーミングはリアル友人との話し合いにより採用。
と言うかこのIS自体友人からのネタ提供なのでこのISの中途半端な設定は不落も知らん(マテコラ
なので、不落式に置き換えたISであるためちょっとあやふやです。すんません。これからでっちあげます(オイオイ
ちなみに、昴の設定は不落ですのでご安心くださいませ。

兵装↓

【ドラグーン・ビット】⇒藍色の撃ってよし、突いてよし、守ってよしの万能ビット。しかし、意外と青い雫と同じくらいの耐久性。
【バルディッシュ】⇒ファースト(ザンバー)、セカンド(ダブルザンバー)、ハーケン(鎌)シフトが存在する。他のシフトもあるらしい。



オリジナルIS名:スコーピオンⅠ
操縦者:無人
分類:近接戦闘特化型IS
二つ名:サソリ


外見↓

全身紫色の装甲に包まれ、腰部からは尾がある機体。
肋骨のように黒いISスーツを守る胸部の装甲、その装甲に守られている真紅のコアはISコア。
背中には肋骨を内側から飛び出させたような奇妙な8枚刃が生えており、兵装の1つ。⇒しかし、結局使わなれなかった。Ⅱで期待?
背部と腰部の間から生え出るサソリの尾の先端はパイルバンカー。実は二股に別れ、相手を掴む仕組みもあるが、やっぱり使われなかった。
尾を構成する部分に隙間が見え、長さを調節することもできる。シグナム姐さんのレヴァンティンみたく伸びる予定……だった。
両手の甲先には鉄杭の先端はパイルバンカー。殴った後にもう一度ドーンッ!
脚部には夥しい量のスラスター口部があり、細かい調整が可能。しかし、フルボッコから逃げるためにちょっと使用した程度。

内容↓

シュレディンガーの送ったドキツイ愉快な玩具。
あんまりにも異音がチート過ぎたために最大限の力を出すことなく力尽きた残念な機体。
しかし、その他の人物と戦えば苦戦は間違いない。と言うか、一方的にやられるのは一夏達かもしれないレベルの強さ。
本作ではゴーレムⅡの出現を考えているため、その際にⅡ型が居るかも……しれない。

兵装↓

使う前に撃墜されたためNOピックアップ。







>オリジナル主人公枠


名前:高町異音(たかまち いお)
性別:男性
年齢:19
所属:1組兼臨時教師
趣味:寝ること
専用機:黒騎士

備考↓
ISの原作知識を持っていない転生者であり、彼の出生には不可解な点が多々ある。
体の7割が曰くつきのIS部品を用いた機械部品、3割が生身で構成されている。
東奔西走な寝癖の多い茶髪、眼鏡が似合いそうな父性溢れるフェイス、体を補助する黒騎士と機械部品のおかげでスーパーマンもおっかなびっくりなチート性能を有している。
第三研究所で色んな分野の知識を得たためISなどの知識量は半端ない。山田先生が正座して拝聴するレベル。
前世の行いにより、"猫の恩返し"を習得。効果:猫に好かれる。


コメント↓
PN:ワンサマーさん『あの人は実は俺と同じくシスコンなんじゃ……』
PN:サウザントウィンターさん『奴の料理は鉄人以上だ、かなり美味いぞ』
PN:ちょろくないコットさん『あの殿方はいつも寝ていますがお体が弱い……わけがありませんわね』
PN:ケットシーさん『にゃーん』


>オリジナル主人公側ヒロインズ枠(現時点までのみ)


名前:織斑千冬(おりむら ちふゆ)
性別:女性
年齢:24
所属:1組担任
趣味:戦うこと
専用機:暮桜

備考↓
千冬さん可愛いよ千冬さん

コメント↓
PN;アハトアハトさん『千冬さん可愛いよ千冬さん』
PN:ワンサマーさん『なんか最近俺に冷たいような……、いつも○○さんの方を見てるような……、あるぇー?』
PN:ノイズさん『千冬さんの食べっぷりは料理を作る側にとって栄光の極みですね。次はどんな料理を作ろうかな』
PN:ケットシーさん『殺気が飛んできてるのってあたしだけだったりする? 皆はどう?』

以下雑談になったため省略されました。


名前:篠ノ之束(しののの たばね)
性別:女性
年齢:何故か人参のスタンプで埋め尽くされている
所属:人参のスタンプが押されている
趣味:異音とほーきちゃんとちーちゃんといっくんと遊ぶこと! と、元気な字で書かれている。
専用ラボ:吾輩は猫である(名前はまだ無い)

備考↓
妹の箒とは和解し、一方的に箒ににゃんにゃんしても笑って許される程の関係へ戻っている。
行き過ぎた賢人、天災科学者、振り撒く奇災(トラブル)、と呼ばれているらしい。
ほぼ毎日お部屋にお忍びで突撃しているそうな。
最近の趣味はコスプレだそうです。

コメント↓
PN:ワンサマーさん『次は巫女服着てくんねぇかなぁ……』
PN:モッピーさん『後ろから抱き着いてくるのはいいのだが、む、胸をマッサージしてくるのは勘弁願えないだろうか……』
PN:サウザントウィンターさん『あの頃のこいつを知っているからな。随分丸くなったんじゃないか?』
PN:ちょろくないコットさん『……この方、学園の何処かで見たような……』


名前:凰鈴音(ファン リンイン)
性別:女性
年齢:16
所属:念願の1組
趣味:もっぱら中華料理
専用機:甲龍 

備考↓
地元の猫達の王様的な存在。ケットシーと言う2つ名を持つ程、猫に好かれている。
異音の"猫の恩返し"の効果により彼を見た時の魅力値が数倍に跳ね上がっている。
2組だから居ないなんてもう言わせない!

コメント↓
PN:ワンサマーさん『猫に異常に好かれる体質なのか、性格なのか……。そう言えば猫語が分かるって中学の頃に言ってたな……』
PN:サウザントウィンターさん『チッ。泥棒猫め。…………別に上手いこと言ったつもりではないからな』
PN:ちょろくないコットさん『本当に猫みたいなお方ですわね。よくじゃれているのはそのせいかしら?』
PN:ノイズさん『僕が寝ている間に何が……』


>原作主人公枠


名前:織斑一夏(おりむら いちか)
性別:男性
年齢:16
所属:1組
趣味:修行とか、組手とか、模擬戦とか
専用機:白式

備考↓
中学に上がるまで篠ノ之道場で稽古を積み、黒騎士事件の後に地元の道場へと弟子入りし一閃流を習う。
(一閃流道場の師匠は"幾死一閃"を編み出した人物を知っているらしい⇒事故の怪我のせいでお亡くなりになったらしい)
姉に似てバトルジャンキーで妄想癖がある。
考えることに全てギャルゲーフィルターがかかってしまうので、そういうことには鋭い癖に結局鈍感。朴念仁である。

コメント↓
PN:サウザントウィンターさん『弟は姉の物。そうだろう?』
PN:ノイズさん『彼のあの呼吸法は……もしや……』
PN:ケットシーさん『なんか性格が変な方向に向かってる……?』
PN:ウサ耳仮面さん『ほーきちゃんをよろしくねー』


>原作主人公ヒロインズ枠


名前:篠ノ之 箒(しののの ほうき)
性別:女性
年齢:16
所属:1組
趣味:一夏ウォッチング
専用機:まだ無し

備考↓

一途な乙女。
しかし、相手は超鈍感朴念仁(ギャルゲフィルター有)であるためその思いは心の奥底で燻る程度に収まっている。
実はぶっ飛んだ行動をしていないキャラの1人だったりする。
乙女な箒が報われる日が来るのだろうか……。


コメント↓
PN:ノイズさん『……うん、まぁ頑張って……』
PN:のほほんさん『がんばだよー……』
PN:サウザントウィンター『……まぁ、がんばれ』
PN:ちょろくないコットさん『あらあらまぁまぁ』


名前:セシリア・オルコット
性別:女性
年齢:16
所属:1組
趣味:チェルシーから借りたゲーム
専用機:ブルー・ティアーズ

備考↓
本作ではちょろコットと呼ばせない(キリッ
しかし、抜けているところは原作仕様。むしろ、本作ではさらに性質が悪いやもしれない。
とある男性の瞳が父に似ているため、密かにその瞳の奥の意思を垣間見たいと思っている。

コメント↓
PN:ワンサマーさん『近接戦ならちょろいと思ったけど……、ちょろくなかったな』
PN:ノイズさん『実践訓練はまだまだ浅いようだね?』
PN:ナカジマさん『兄貴のあの惨劇を間近で見てたら誰だってげんなりしますよ……』
PN:サウザントウィンターさん『……ふむ? ああ、AGFの有効活用だったな。あれの原理は――』

以下延々と講義が広げられたため省略。


>その他ヒロインズ枠


名前:高町 昴(たかまち すばる)
性別:女性
年齢:16
所属:1組
趣味:読書(ラノベと漫画) TV鑑賞(アニメ) 絵を書くこと
専用機:竜騎士(ドラグーン)

備考↓
本作のギャグ・第3者的視点・キーポイント 要員であり、実はスペックは画面の前に立っている貴方と同じくらいやもしれない。
現世でAちゃんと言う親友のおかげで性格の矯正及び心の安定がしたらしい。
(Aちゃんには自分から動くことができない彼氏さんが居たらしい)
凛々狩る本気狩るが合言葉のアニメが心の教本。何事も全力全壊で取り組むことを信条としている。
憧れの兄貴には超えられない壁と同レベルの教師とルームメイトのせいであいさつ以外で長く喋れていない。
そのため好感度が上がるイベントに立ち会う前のルート選択の部分で止まっているのと同じであり、兄貴への思いが好印象程度で止まっている。

コメント↓
PN:ワンサマーさん『なんかいつもこっちを見てる気が……』
PN:ちょろくないコットさん『そう言えばそうですわね……』
PN:モッピーさん『そうだな。たまに視線を感じるぞ……』
PN:サウザントウィンターさん『色々な感情を込めた視線を感じることがあるな。きちんと授業を受けろ』


名前:山田 真耶(やまだ まや)
性別:女性
年齢:消しゴムで消された跡が……。
所属:1組副担任
趣味:アサルトライフルを肩に担いで「ちょろいもんですね!」と言って狙撃すること、が最近の密かなブームらしい
専用機:無し

備考↓
原作でも少しアレだった先生だったが、本作ではさらなるダメっぷりを魅せるキャラとなっている。
真耶のMはドMのMだったようだ。
知識量は異音よりも乏しいらしく、彼の授業では「とてもためになりました~」とコメントしている。

コメント↓
PN:サウザントウィンターさん『山田君……』
PN:ちょろくないコットさん『山田先生……』
PN:ワンサマーさん『山田先生ェ……』
PN:ナカジマさん『山田先生ェ……』


>その他(オリジナル)枠

名前:??? (シュレディンガーと呼ばれている)
性別:女性
年齢:???
所属:第3研究所研究室
趣味:実験

備考↓
"ここに居るはずなのに、ここに居ない"。それが彼女の座右の銘らしい。
異音の知られざる情報を握っている人物であり、とある猫がお気に入りらしい。
とある猫に暁の日と言う得体の知れない何かをプレゼントしようと考えているらしい。

コメント↓
PN:ケットシーさん『……意味が解らないわ』




異常でプロフィールは……、え? 漢字が違う? ああ……。

以上で、プロフィールの一覧終わりです。

こっから原作一巻の後半部分及び二巻の冒頭部分付近に突入いたします。





※PNが分からない人物が居た場合の一覧↓

ワンサマー⇒一夏
サウザントウィンター⇒千冬様
ノイズ⇒異音
ナカジマ⇒昴
モッピー⇒箒
ちょろくないコット⇒セシリア
ケットシー⇒鈴たん
ウサ耳仮面⇒束さん
のほほん⇒のほほんさん










[30986] 十五章 ~ドイツの子猫とフランスの子犬は黒騎士に出会う~
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/01/23 18:58
【SIDE 異音】



 あの試合のおかげで『あの話題の黒騎士を完全再現! 1/7、1/9サイズの黒騎士フィギュアジオラマセット。3980円から!』と言うCMがTVで流れるようになり、フィギュアはかなりの数を生産していたのだが生産工場の物資が底に尽きる寸前と言うぐらいの大盛況となった。
 初回限定盤で黒騎士の設定資料を備え付けることにより、僕の方に取材の手が来ないように仕向け、尚且つ黒騎士の存在を理解できる大きなものにすることができた。【星屑連盟】の方には嬉しいお電話の嵐が停滞しているらしく、博士から喜びの吉報が届くほどだ。
 ブームが冷める前に、熱いうちに叩く。
 商業部がすでに『黒騎士物語』と言うゲームや漫画作品の制作に取り掛かっており、爆発的な売り上げと名声を勝ち取れることは間違いない。
 だが、これだけでは意味が無い。

――"男性"の僕が"女性にしか扱えないIS"の現状を世間に訴えることで、女尊男卑の時代に幕下ろしさせる。

 当面の活動はそちらがメインだ。漫画の台詞で名台詞になりそうな形でそれを練り込み、ゲームの最終局面でそれを練り込み、世間のゆで上がった頭を冷やさねばならない。
 どちらも世界観を統一し、アニメ、OVA、挙句の果てには映画にも進出させ、日本の伝統的な裏文化である"オタク文化"を利用し、世界へ訴えて初めてこのプロジェクトが成り立つのだ。
 だからこそ、手が抜けない。
 温い絵を使わず、金を総動員して完璧な作品を配信し、尚且つグッズで売り上げを伸ばし、これらの下地を絶対なものとしなければならない。

 ――そして、男女平等の世界へ皆の意識を持ちあげ、ISのおかげで物理的に平和となった世界に、精神的な平和を齎さねばならない。

 その要は僕。【黒騎士】だ。
 だからこそ、僕は………………っと、寝てた。
 ダメだ……やっぱり眠い。最大出力であの2つを倒したもんだから、その後の余波が酷い。
 借金取りが2人から数十人くらいに増えたくらいに、やばい。
 眠くて仕方が無い。だけど千冬さんの授業だし……ふぁあ……、頑張れ、僕。
 寝ちゃ……………………すー。



【SIDE 千冬】



 今朝束から『初回限定盤黒騎士フィギュア1/5ジオラマセット束さん特別ver』を受け取り、ほくほくした気分で私は授業を行っていた。

 異音が寝ているが、【黒騎士】の仕様を聞いているし、尚且つ一躍有名人となった彼の状況も把握しているため、これまでと同じく起こさない。
 朝の会議で明日ドイツとフランスから転入生が来る(1組に)ことを知ったがそんなことはどうだっていい。
 今はいち早く部屋へ戻り、ジオラマセットを完成させることが第一だ。

 ……そうそう、昨日は大変だったな。

 異音の勇姿を見て惚れ惚れとしている時間も無く、ただ『あの少年は誰なんだ!』と試合後に騒ぐご老人達を宥めてじっくりこってり話してやり『黒騎士ビューティフォー! ワンダホーッ!』と手を打ちながら帰る姿を見送り、『あのISに乗っていた操縦者は誰なんですか!?』と殺到してきたTVクルーに3時間かけて教えてやり『黒騎士ぱねぇっ! マジぱねぇっ!!』と燥ぎながら帰っていく様子を見送り、すっきりした気分で部屋へ帰って来て、眠いながらも頑張って作ってくれた異音の温かい夕ご飯を感謝しつつ食べて、寝た。
 っと、後で束からあの時の録画済みはいぱーぶるーでぃすくとやらを受け取らねばな。
 そう言えば……、クレームが一つたりともこなかったな。確実に理事長が会見を開いて頭を下げるレベルの事態だと言うのに……。
 むしろ、異音のことばかり電話が来ているらしいし……、まぁ、いいか。
 異音の良さが世界に知れ渡ると言うことだからな、うむうむ。

「――以上で、今日の授業を終える。明日からは実技授業が組み込まれるのできちんとISスーツを着用するように。
尚忘れた者には学校指定の水着で行ってもらうからな。……山田君、必ず忘れないように」
「は、はい!」

 え、そっち? と生徒全員(寝ている異音を除く)が山田君を見た。

 ……そうなのだ。この馬鹿は過去に3度程ISスーツを忘れて生徒に呆れられる出来事があったのだ……。

 まぁ、今年は男性の目もあることだしきちんと持ってくるだろう……。
 
「ISスーツって……何処にあったっけ……」

 くっ、先が凄く不安だっ! 後でこいつの名前でISスーツを注文しておこう……。
 いや、あの馬鹿で天才に作らせて……、いや、部屋に行って探させるか……。……全部だな。

「山田君、私の会議が終わるまでにISスーツ見つからなかったら……」
「見つからなかったら……」ゴクリ
「3ヶ月分のバー奢りの刑に処す」
「ふぇえええ!? 織斑先生いつも3本は瓶開けるじゃないですか! 無理ですよぉ!」

 泣き付かれるが……、すまんな山田君。君のそのダメな性格は一度強制してでも矯正するべきなん……こほん、一夏のアレが移ったか……?
 取り敢えず、矯正するべきだ。間違いなく、な。
 だからこれくらいせねば君は間違いなくダメなままだ……、別に色目使わせんためじゃないからな。お前にはまだ早いからな……。

「え、あ、お、織斑先生? わ、分かりました! 今から探してきます! はい!」
「そうか」ニコリ
「は、はい」
「早く探してこい」ゴゴゴゴゴゴ
「はい――ッ!!」

 む? 猛ダッシュで出て行ってしまったな。まったく……廊下は走るなと言う立場だろうが君は……。
 机に突っ伏したままの異音は先ほど一夏が介抱していたし、問題あるまい。……はぁ、会議に行くか。



【SIDE 昴】



「えー、昨日言っていた転入生を紹介する。入れ」

 え、転入生? マジで? ドイツとフランス? OKぇ……、あの子達だね、うん。

 千冬先生の言葉を聞いた生徒達は原作同様――、

「ふーん、そうなんだ」
「ははは、別にねぇ……」
「ぱなくないの……」

 あ、あれぇ……冷めてらっしゃる。色めくお年頃じゃないのかな、君達ぃ……?
 自動扉が開き、入って来たのはちっこくて銀髪の可愛い子と男装をした悩殺台詞の金髪の子。
 が、やっぱり色めかない教室の乙女達。いやまぁ……仕方が無いと言えば、そうなんだけれども……。
 ぶっちゃけると、兄貴が原因なのだ。
 皆黒騎士フィギュアを買ってそれに夢中のようで、みーんなして兄貴の方を見ているため他に興味が出ないのだ。
 しかし、現金なお年頃でもある彼女達は『ん?』と前を見る。

「えっと……シャルル・デュノアです。フランスから来ました。よく声が高いことを弄られますが、あんまり嬉しくないのでそこには触れないでください。
みなさんこれからよろしくお願いします」キラースマイル
「デュノアは男性でありながら――」
「キャ――――ッ! 男の子♪ 守ってあげたいタイプの!」
「美形! あの金髪で顔をぱしぱしされたい!」
「ぱな――、くはないのッ!」

 おおぅ、あのロリ吸血鬼意外と心持ち硬いなぁ。……って、あれ? あの子本当に同い年……?
 まぁ、いいか。
 と、言うか兄貴がやばい。色めく歓声に苛立ちを覚えて、左眼がやばいことになってる。み、見せれないよっ!?
 その瞳を見てしまったのか、シャルちゃんが檀上で『ひぅっ!?』と控えめな声で悲鳴を押し殺していた。

 ……いやー、マジで女の子だよ? その行動や仕草……。

 誰も気付いてないけどね、やれやれ。

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。好きなものは千冬お姉様だ」

『……ゑ?』

 ふんっと無い胸を張ってラウラちゃんが踏ん反り返った。何この子、マジかぁいい……。お持ち帰りしてぇ……。
 っと、危ない危ない。クールになれアタシ。KOOL……違う、そっちじゃない。ウッディ☆の方じゃなくてCOOLになれアタシ……。……ふぅ。
 すたすたとラウラちゃんは一夏君の所――を、通り過ぎて若干起きていて今にも爆発しそうな兄貴の方へッ!?
 
「貴様が千冬お姉様を……、認めないッ!」

 無駄のないフォームで平手打ちが――されなかった。
 と、言うかラウラちゃんの足元ががくがくと震えていて、その視線は兄貴の左眼に向かっている。……ああ、見ちゃったのか。
 兄貴は無言で起き上がって、首をコキリと鳴らしてから右手を――ラウラちゃんの頭に優しくポムっと置いた。
 左眼はすでに眠そうな目になっており、猛禽類のようなそれの面影が残っちゃいない。

「……ふぇ?」
「分からないことがあったら僕か千冬さんに聞くといい。よろしくね」ニッコリ
「………………やー」テレリ

 ……確か、ヤーって了解の意味だったよね。

 そして、兄貴は再び崩れ落ち、机に突っ伏した。ラウラちゃんは『……!?』って感じで驚いていたけど、千冬さんが近づいて何かを呟いた後、何事も無かったかのように教壇の方へと戻った。
 何と言うか……お人形さんみたいに綺麗でかぁいいなー。いやまぁ、お人形さんなんだけども、……アタシもだけど。
 まぁ、そう言う話はご法度だよねー。何というかSUN値やらやる気萎えるし? 言わない方が仏って言うこともあるんだよ、うん。

「あー、と、言うことで朝のHRを終える。各人すぐに着替えて第二グラウンドに集合しろ。
今日は2組と合同でIS模擬戦闘の基礎を叩き込む。解散ッ!」

 おおぅ、千冬先生の気合いの入り様……ぱないっす。
 あ、教室は女子が着替えるんで一夏君はシャルちゃんの手を取って出て行った。……あれ、兄貴まだ寝たまんまなんだけど。
 
「……し、仕方が無いな。こいつは私が運んでおこう。さっさと着替えて第二グラウンドに来るように!」

 千冬先生が兄貴を背中に担いで出て行った。……千冬先生すっげぇ嬉しそうだったんだけど、大丈夫かな兄貴。色んな意味で。
 ISスーツはすでに内側に着ているので制服を脱ぐだけだ。……やれやれ、最近なんかまた育って――、



                                                                            少女達着替え中。



 と、言うことで第二グラウンドです!
 一夏君とシャルちゃんは原作通りっぽい会話をして来たっぽいねー。だって、あんま変わって無いもん雰囲気。
 で、お約束通り千冬先生の出席簿が火を噴いた。あらら、痛そうだなー(他人事)
 ちなみに兄貴は黒いライダースーツみたいな専用ISスーツを着て定位置に立ちながら寝てる。……凄い姿だ。
 ラウラちゃんは『……ううむ、認めるべきか……ぐぬぬぬ』と悩んでいる事を小さな声で呟いてる。かぁいいー。

「珍しいわね、あんたが遅刻するなんて」
「いやー、いつもの倍に追われちまってさ。逃げる時間で結構食っちまって」
「お疲れ様ー、あははははっ!」
「笑うんじゃねぇよっ!? こちとら追われる理由なんてないんだからな!!」

 ……そんな台詞を吐いてるから追われるんだよ、君は……。

 将来後ろから刺されるんじゃないかな、一夏君は……。
 そうセシリアちゃんと箒ちゃんとシャルちゃんが同じように頭を抱えている。あららー、難儀なことでー(棒読み)
 
「私語を慎め馬鹿者共」
『イエッサーッ!』

 訓練された生徒達……ごくり。凄く統率されてます(出席簿がトントンと掌の上で踊っているから)。

「では、本日からISを使った実戦訓練を開始する。まず、戦闘を実演してもらう。……そうだな、凰とオルコット。前に出ろ」
「え? あたしとセシリアでやるんですか?」
「いや、そう急かすな。お前らの対戦相手は――」

 キィインッ!
 と上空から空気を切り裂いて落ちてくる音が聞こえてくる。えーと、一夏君の場所があそこだからっと。

「ああああーッ! どいてください――っ! ひーん!」
「……ん」

 遥か彼方から落ちてきた謎の飛行物体を兄貴が無意識的に掴み取り、柔道の受け身を取らせるような形で地面にゆっくり降ろした。

 ……え゛!? 生身で!?

 それに驚いたのは何と少数だった。ラウラちゃんとシャルちゃんは両方『嘘……』と放心している。
 他の生徒達は『さすが異音さん、そこに痺れるッ! 憧れるぅ~♪』『ぱなぃのぉ~♪』と言う感じで日常的な感じで慣れた様子だった。
 まぁ、兄貴なら……仕方が無い。なわけないでしょうっ!? 【黒騎士】を展開しているなら分かるけど、生身でそんな芸当できるかっ!?

「……なるほど、AGFを展開させて、……あんなにスムーズな動きを、……やっぱすげぇや異音さん」

 そういつの間にか横に退避していた一夏君が悟った顔で呟いていた。え、な、何があったの?
 なんかすっごくバトル漫画の説明役の人物みたいな立ち位置で呟いてたけど。……AGF? ああ、アレ使って受け止めたのか。

「あれ? 痛くない」
「……ん? ああ、大丈夫ですか山田先生」
「あ、ありがとです」

 兄貴の手を握って立ち上がった山田先生は途端に凍りつく。
 視線の先には修羅、もとい笑顔の千冬先生が居た。勿論、目は笑っていない。

「……さっさとやれ」
「「「は、はいっ!!」」」

 頗る機嫌が悪くなった千冬先生のその言葉で3人が空へ上がって行く。

「……さて、……そうだな。デュノア、山田君が使っているISの解説を"しろ"」
「は、はいっ!? え、えっと山田先生の使用されているISは、
~中略~
――多いことでも知られています」
「ああ、そこまでで構わん。もう、終わったからな」

 長い解説を耳で聞きながら、原作通りに2人が一網打尽にされたのを見届けた。
 いやー、山田先生凄いねー。元日本代表候補生だったのも頷けるよ、うん。

「では、今の戦いの解説を……、異音頼めるか?」
「……ん、ああ、はい。了解です。
まず、山田先生は各機を落とすようなフェイクを入れて連携のチャンスを潰し、次に牽制によってミスリードを誘いお互いに邪魔させるような状況へと持ち込みました。お互いの息が合っていないのにタッグ戦を行った彼女達ですので、余計やりやすかったでしょうね。
そして最後に、2人の経路を絞り、バラバラの退路を逆手に取って交差する経路に誘い込み、2人が重なって身動きが出来なかった所をグレネードランチャーで一網打尽。山田先生の作戦勝ち、いや実力でしょうね」
「……いやぁ、それほどでも……」テレテレ
「「………………」」ガックリ

 自分を評価されて嬉しそうに微笑む山田先生、今の戦いを冷静に分析されて文句の行き場の無い2人が絶句していた。
 兄貴はとても眠そうな顔で『以上です』と付け加えた。やっべぇ、兄貴マジクール。

「うむ、完璧だ。私の説明の場が無くなってしまったが……、まぁいいだろう。
IS学園教員の実力はわかったな? 普段の様子で甘く見ているとこうなることが証明されたな。以後、敬意を持って学ぶように。
専用機持ちは……異音、高町妹、織斑、凰、ボーデヴィッヒ、オルコット、デュノアの7人だな。
5人グループになって実習を行う。出席番号順に各グループに入れ。ちなみに異音は特例として免除だ。先ほどの順番で並べ」

 そう千冬先生が言い、わらわらと各グループに専用機を持っていない一般生徒達が配属されていく。
 ちなみに兄貴はすでに千冬先生によって椅子に座らせられており、監督役兼お休みらしい。……良いなぁ。

 ……で、割り振られた結果。のほほんさんが来襲。おおふ。

「はい、お疲れ様。じゃ、次の人」
「すばるん、よろしくー」
「はいはい……、じゃ、乗ってねー」

 膝をついている【打鉄】に『よいしょよいしょ』と乗り、『あはははー』と歩いて、『わーい』と戻ってきて、『楽しかったー』とひざをつかせて降りた。

 ……あれ、のほほんさんかなり手際良い。教えることが一切無かった。……つまんね。

「……乗れ」フンッ
「はい♪」ゾクゾク

 ラウラちゃんの方ではマゾい人に覚醒する事案が……おおふ、腐ってるだけあって順応速ぇ……。
 して、セシリアちゃんと鈴ちゃんの方も代表候補生の貫録を見せ、きちんと教えてあげていた。
 視界の端で千冬先生がこちらでは無く兄貴の方をずーっと凝視しているのは……、うん、馬に蹴られる前に気付かなかったことにしよう。
 気付かなかったことにしよう、気付かれなかったことにしよう。うん、幸せスパイラル。
 でも、よく考えればダメな考えでもあるから堕落スパイラル……。あははは……。
 
「あー、ついやっちゃったー」ボウヨミ
「え゛。なんで全員立たせたまんまで新体操で10点取れそうなアクロバティックなカッコイイ降り方してドヤってんのっ!?」

 ああ、あちらも原作通り……、いや、より悪い環境やもしれない。いや、いいのかもしれない?
 箒ちゃんは原作みたく不機嫌になっておらず、むしろ『まだかなー、まだかなー♪』って感じで乙女全開の顔で呆けている。
 幸せそうで……何よりです、ええ。

「では、午前の実習はここまでだ。午後は実習に使ったISの整備の授業へ移る。各人昼休み終了後即急に格納庫前で判別に集合しろ。
専用機持ちは自機の整備も行うため覚悟しておけ。では、解散」

 そう千冬先生は投げやりに言って、山田先生と……では無く、兄貴と一緒に寮の方へと行ってしまった。
 確か、昼に会議の無い日は部屋で兄貴の手料理を食べているらしいので、そのためだろう。何と言うか……後姿が夫婦なんだけどあの2人。
 ハイパーセンサーから『何が食べたいですか?』『そうだな……オムライスが久しぶりに食いたいな』『分かりました』なんて言う甘々な会話を拾ってしまう。そのため、専用機持ち全員が――あれ、違った。鈴ちゃんとラウラちゃんがすでに行動しており、2人の横へ走って行った。
 千冬先生の両手を2人が掴み、『あたしも!』『お姉様と食べる!』とさながら若夫婦にべったりの娘達と言う風景だ……。
 セシリアちゃんと一夏君がローストしきったイタリアン珈琲を飲みたそうな顔をしている。
 寮には無いだろうから塩分過多にならないといいんだけど……。
 シャルちゃんはその様子を見て『良いなぁ……』なんて呟いているし……。ああ、そういう温かい家庭に憧れてるのね。一夏君とどーぞ。
 何と言うか……あの輪に入り込む気力が……、出ないなぁ。
 お昼は屋上で一夏君、箒ちゃん、セシリアちゃん、シャルちゃんで食べた。んー……、勢力分布が分かりやすいなぁ……これ。
 

 ちなみに、やっぱりセシリアちゃんのサンドウィッチは……、ポイズンクッキングとまでは行かないが、食えたもんじゃなかった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――ドイツの子猫とフランスの子犬は黒騎士に出会う/End




ようやく正ヒロインズ出現! 後は簪ちゃん達だけだね!
やっとネタ回が書けるぜひゃっほーい!
後々やろうと思うので、過度な期待せず、お待ちくださいませw

異音「え? またやるんですか……。台本? ……(ペラリ)。
えーと、今回から舞台裏でキャラ達に話させる場所(ラジオ)を作ったので、話題のリクエストがあればここで話させようかなーとのことです?
今回は台本有でしたが次は無い……え、本気ですか?
……本気と書いてマジですか、分かりましたよ……。一夏君達にも言っておきますね。
と、言うことで、舞台裏のリクエストの説明をしますね。
舞台裏で話してほしいキャラ1~4人までと、話してほしい話題などを添えてコメントしてください。
尚、リクエストのみのコメントは作者のやる気的に認めないそうですので、ご了承ください。
ここに出て来れるキャラは本編に出たキャラだけだそうなので、そちらも注意してください。
えっと……以上です? え、なんか喋れって……無茶言わないでくださいよ。
……ああ、小っちゃい字で“リクエストが無かった場合、更新の際にコメントが無かった場合は舞台裏ラジオをやりません。普通に更新します”、って書いてありますね。
続きを更新するよりも感想をついつい求めたくなっちゃいますよね……って、更新しろ!
コメント返しも楽しいでしょうけど本分を忘れないでくださいね、作者さん?(ゴゴゴゴゴ)」

ギャーッ

その後、舞台裏で黒鬼が出たとか、出ないとか。



[30986] 十六章 ~黒騎士の“強さ”~ 
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/02/06 19:44
【SIDE 一夏】



 ……ふぅ、午後の授業も辛かったし、訓練も大変だった……。

 専門用語だらけの整備授業では、異音さんの助言が無ければ恐らく放課後の時間を削って1人孤独に作業させられたに違いない……。
 ISの整備用教科書『ISの全て。整備点検編』の要点毎に分かりやすい解説が丁寧な字で付け加えられたverの教科書を異音さんから『内緒だよ』と交換してくれなかったらマジで居残りだった気がする。
 それを見て整備点検をしていたらかなり早い順位で整備格納庫から解放されてしまった。本当に感謝し切れないな、異音さんには……。
 ちなみに、異音さんは授業の始めで教科書を交換してから1分程で整備点検を終えて、千冬姉の横の監督用予備椅子に座って寝ていた。
 そして、ちょいちょい目が覚めた時に格納庫を周り、困っている女子生徒に的確なアドバイスを与えて救世主になってた。
 そのおかげか、初めての整備点検授業で1人たりとも居残りが出なかったようだ。
 『例年クラスの半分は居残るんですけど……』と山田先生が驚きつつも喜びながら呟いていたけど……。マジで?
 で、放課後。
 シャルルが見学と言うことで放課後の異音さんの講義を見ていたので、俺は同年代の男友達に格好悪い場面を見せれんと思い、ついつい頑張ってしまったのだ。そのため疲れがぱない……。
 
「お疲れ様。いつもあの訓練をやっているの?」
「ああ。憧れの異音さんが教えてくれているんだ。頑張るしかないだろ!」
「くすっ、そうなんだ。明日から僕も参加させてもらおうかな?」

 そうそう、3年生が卒業したため、1年生寮を圧迫していた2年生達の部屋割りが移ったので、部屋が増えた。
 当たり前だと思うが、俺はシャルルと同室になり、鈴と箒が同室になったらしい。異音さん? ああ、あの人は寮長室のまんまだ。
 一応年上だからと言うのもあるが、異音さんの方に色々と込み合った事情があるらしく一般生徒と一緒に出来ないから、だそうだ。
 噂では千冬姉が手放したくないからーとか、千冬姉とデ、デキているからーとか、千冬姉が寮長権限でそうしたーとか、色々流れている。
 
 ……もう、諦めた。

 千冬姉は異音さんがきっと幸せにしてくれる。

 ……うぅ……、悔しいけど、あの人以外に考え付かない。

 千冬姉が家事のできない点をカバーし、尚且つ健康的な生活を提供し、さらにあの手この手で幾多の災悪を跳ね退ける力を持っている点も高評価だ。さらに付け加えれば異音さんは【星屑連盟】と言う大企業の集まる連盟を統括しているスターダスト・カンパニーの大幹部的立場らしいからお金に困ることも無い。……完敗である。
 千冬姉に迷惑をかけないように暮らそうと考えて就職に強い藍越学園に入学しようとしたり(失敗)、バイトをして家計に足そうとした(今じゃもう無理)。家族を守れるだけの力をつけようとして頑張っていたりしているが……、師が異音さんだし……。
 諦めるしかあるまいて。

「え、な、なんで一夏泣いてるの!?」
「いや……、ちょっとな。
男には戦わなくちゃいけない時もあるのだけれども、相手が強大過ぎて手を伸ばすことすらできないことに気が付いた時の絶望感を味わってる」
「随分と具体的なんだね……」
「まぁ、いいや。茶飲むか?」
「うん、頂こうかな」

 急須に新しい茶葉を入れて、お湯入れて待つ。しばらくしてから2つ湯呑を出して、注ぎ入れる。
 うん、良い色だ。……安もんだけど。

「わぁ……、紅茶と違って結構渋みがあるんだね。うん、僕は好きかな、これ。おいしいよ」
「そっか、喜んでくれて日本人として嬉しいぜ。今度本場の紅茶飲ましてくれよ」
「うん、分かったよ。良い茶葉があるんだ~」

 柔らかい笑みを浮かべながら、シャルルは『あちち』とお茶を飲んだ。……男の娘、か。意外とありやもしれん。
 まぁ、こんな可愛い子が女の子であるわけがないし……、っと、変な妄想は自重しておけ俺。合意無しで手ぇ出したらアウトだ、うん。

「っと、そうだ。シャワーだけど、シャルル先に使ってくれて構わねぇから。恐らく俺は……今日以上にぶっ倒れてると思うから」
「あ、あははは……は。2時間は倒れてたもんね……一夏」

 あの試合以降、異音さんの講義を受ける人数は増えていて、俺、箒、セシリア、鈴、昴の5人となった。

 ……そのため、俺は4人から狙われるわけでな。

 人が増える毎に俺の負担が相乗されていく。今日はマジで死にかけたし……。
 鈴のあの青龍刃が連結して投げれる仕様とか聞いてねぇよ……、はぁ。
 異音さんは【黒騎士】の影響からか朝も来れて無いし、放課後も船を漕いでいた。まぁ、仕方が無いよな……。
 来てもらっているだけで感謝しなくちゃだし……。

「ねぇ、一夏」
「ん?」
「その異音さんってどれくらい"強い"の?」

 ああ……、シャルルは居なかったからあの試合を見てないのか。
 確か……あった。千冬姉に頼んで、あの試合を録画したHBDを焼き増ししてもらったのだ。
 鞄からそれを出し、寮机に備え付けられているPCに入れて、スタートボタンを押す。
 【黒騎士】が戦闘している部分だけを抽出した動画なので、4分くらいの長さだ。

「AGFを利用して……、敵の動きを……、斬撃では無く打撃で……、多重瞬間加速(デュアル・イグニッション・ブースト)ッ!?
体勢を殺さずにこれを……!? あ、有り得ないよ……、この人何者なの……?」
「しゃ、シャルル?」
「しかも多重瞬間加速の連続使用っ!? なんなの……こんなことができる人が……この世に存在する……の?」
「ちょ、シャルルさーん!?」
「ふぇっ!? な、なにかな一夏」
「いや、多重瞬間加速って何かなーって思って」

 本当は他の人には見せれないような驚愕している顔だったので、さすがに止めたのだが……。
 シャルルは咄嗟の俺の問いに律儀に応えた。

「え、えっとね……」

 シャルルは細くて綺麗な手でウィンドウのバーを動かし、【黒騎士】が【ゴーレムⅠ】に踵落としを仕掛けた部分で映像を止めた。

「ここで【黒騎士】の姿がブレたでしょ?」
「ああ、そうだな」
「これは一瞬だけ瞬間加速した時に起きる現象なんだ。別方向での瞬間加速、これを多重瞬間加速って言うんだ。
えっと、こっちの方が分かりやすいかな」

 バーを動かし、【ゴーレムⅠ】の顎を蹴りあげる部分で再生された。

「顎を蹴った後、浮き上がった右脚で蹴ったでしょ? ここで一度止める」

 すると、踏み込んだ左脚部が若干光っていて、さらに右脚部もすこーしだけ光っていた。まるで使った際に出た屑が光るように。

「両脚での多重瞬間加速だね。で、次に落ちてきた顔を右方から蹴る部分。
この部分でも回し蹴りの威力を上げるために右脚部後方のスラスターで瞬時加速が使われているし、追撃の左脚部を瞬時に持ち上げるために瞬時加速が使用されてる。で、背中を蹴りつけて――、ここ!」

 ピッとバーが止められ、信じられない映像が視界に映った。アレ、左肘が【ゴーレムⅠ】の後頭部にぶつかってる……!?

「左腕部のここと、……ここかな。この2つの別のスラスター口部で瞬時加速を行って、速度を追加させたんだ。
これも多重瞬間加速の1つで一般的に『追加瞬時加速(アクセル・イグニッション・ブースト)』って呼ばれている超高難易度の技術なんだ。
これって後から行われた瞬時加速のことを指す用語だから、最初に行われた方はただの瞬時加速って言う解釈になるんだ。
……応用問題としてテストに出るかもね」
「へぇ……そうなのか。ためになったぜ」
「うん。でもこれは理論的に提唱されただけで、実現例が無くて御蔵入りになった言葉……"だった"んだけど、異音さんはやっちゃった。
……あの人はいったい何者なの? 19歳であんな技術できるわけがないよ……」

 シャルルは目の前でリアルハルマゲドンを見て絶望したかのような顔をしている。そ、そんなに凄いことなのか……。
 確かに、異音さんのバトルスタイルもびっくりだが、あの技術もびっくりだ。

 まるで、"ISが自分の体と同等"であるかのような、自然な動き。

 ――『求めれば、求め還す。それがISだよ』

 自身が求めれば、求めるほど、ISも求め、確固とした力が還る……?
 いや、自身が求めれば、ISは操縦者にそれ以上を求め、こう……キャッチボールのように、求め還していくと言うことか。
 高見へ、極みへ、どんどんとレベルの高いキャッチボールになっていってお互いのレベルが上がって行く……と言うことだろうか。
 つまり、お互いが認め合い、求め合わなければこれが成り立たない、だから成長しない……のか?

 ――『僕は、ISにも魂があると考えてる。魂があって、意思を持って、この世界に存在してる。そう思ってる』

 ISもまた、人と同等の存在である……と言うこと。異音さんは【黒騎士】信じている。だから、【黒騎士】は信じ返した。

「……だから、"強い"のかな」
「うん、こんなにレベルの高い技術があれば……」
「いや、違くて……。この技術を"得る"ための条件をきちんと理解しない限り、成長できないんだ。――操縦者も、ISも」
「その条件を知っているからこそ……異音さんは"強い"ってこと?」
「……たぶん、かな。俺にもまだ確信が持てないや」

 後ろに体重をかける、ギシィと椅子の背もたれが悲鳴を上げた。
 天井を仰ぎ見たが、別にこれと言って確信めいた答えが落ちてくるわけではない。……甘えるな、俺。
 この手で掴んでこそ、俺の力になるんだ。拾った答えなんて、カンニングと同じだ。

「……一夏は凄いね」
「え?」

 柔らかい笑みを浮かべて、シャルルが言った。

「こんなにも、真っ直ぐに答えを探してる。それは凄く簡単で、でも難しいことだと僕は思う。だから、凄いなって。……羨ましいな」

 シャルルの瞳に影が落ちた。まるで、過去のそれらに囚われて雁字搦めにされているかのような、顔。

「……シャルルも凄ぇよ」
「へ?」
「俺の考えていたことを理解して、そう言ってくれたんだろ? それもさ、簡単そうで難しいことじゃんか。
それにさ、俺から見たらお前は俺なんかよりも凄いと思うよ。俺には分からなかったこともすらすら出てきたし、気付ける鋭い眼を持ってる。
俺みたいに突っ走ることしかできない奴から見れば、凄いことだと思う。だから……。
ああもう、まとまんねぇな……。取り敢えず俺が言いたいことはだな!

そんなに自分を卑下すんなよ。シャルルはシャルルだろ? 皆違って皆良い、それでいいじゃんか」

 シャルルは虚を突かれたような顔をして、ポロポロと涙を流した。って、え、あ、ちょ!?

「ごめんね……、嬉しくてさ……。ひっぐ、うぁ……」
「……まぁ、なんだ。俺の胸ぐらいならいつでも貸してやっから……」
「ううん、ありがと。気持ちだけ受け取っておくね」ニコリ

 ドキューンッ!
 む、胸が見えぬ弾丸で撃たれドキドキしている。待て待て待てっ!? こいつは男だ! 男なんだ!
 こんなに可愛い奴が女の子のわけがないだろっ!!
 クール! クールになれぇ織斑一夏……、………………………………ふぅ。落ち着いた? うん、落ち着いた。……よし。
 シャルルは袖で涙を拭って、微笑んでいた。

「……その、なんだ。お茶のお代わり要るか?」
「うん、お願いしようかな」

 取り敢えず、キッチンに立つことで心を落ち着かせる。

 ……あっぶねぇ、シャルルが女の子だったら俺落ちてたやもしれん……。



【SIDE ラウラ】



 何なのだこの男は……。

 私は今敬愛する千冬お姉様のお部屋に居た。
 『たんぽぽオムハヤシ』と言うふんわりして美味しかったそれを作った人物、そして、千冬お姉様から"強さ"を奪った人物を見ていた。
 高町異音、19歳、身長184センチ、体重不明、生年月日不明、私と同じ鉄の子宮から生まれた人物、そうクラリッサから受け取った資料には書かれていた。つけ加えるのであれば、家事万能、成績最優秀、そして、"絶対強者"だろうか。
 この男が戦った戦闘記録を見せて貰った(食事中に空中ウィンドウで)が、実力はこの学園……いや、我が軍であっても、……過大評価かもしれないが世界で最高レベルの実力やもしれん。……圧倒的な制圧術だった。
 一撃一撃が相手を仕留めるそれであり、まるで対戦車ライフルをマシンガンのように撃てるように改造した銃を使っているかのような恐ろしさだ。
 きょ、教室でこいつを初めて見たときも幾戦の戦場を駆けてきた兵のようなひ、瞳で怖かったし……。
 でも……、こいつの手はあったかくて優しかったな……。

 ……こほん。しかし、何故こいつは千冬お姉様から"強さ"を奪ったのだ。

 あの凛とした仕草、狼の咆哮のような雄々しい声、ギラリとした猛禽類のようなあの瞳……。
 それらが全て消え去っていた。いや、常にと言うわけでは無い。今日観察した結果、この男の前に居る際だけそれらが無くなることが分かった。
 この男の前では年相応の女性にしか見えない……。

「……認めない」
「あれ、たんぽぽオムハヤシは口に合わなかったかな?」
「……アレは、認める」
「そっか」ニコリ

 ……こいつの作る食事は美味い。

 昼のオムライスと言うふんわりしてケチャップと言うトマトのソースをぬりぬりしてから食べる料理も、先ほど食べたたんぽぽオムハヤシと言うふんわりしたオムレツ状の卵の上にハヤシライスと言う料理にかけるそれをかけた絶品な料理も美味かった。
 本国では、おじゃががメインだったからな……、このような美味しくて見栄えの良い料理は食べたことが無かった。
 目の前に出された料理を見て、一度目を疑ったものだ。これが、料理なのか、と。
 しかもこいつはお代わりまで作ってくれた。とても良い奴だ、うむ。……ハッ、なに懐柔されているのだ私は。
 しかし……、ううむ。

「ラウラちゃんは千冬さんの教え子さんでしたっけ」
「うむ、そうだ。ドイツで教官をしていた時の問題児でな。結構苦労したものだ」
「今の私があるのは千冬お姉様のおかげだ」
「大変だったぞ、こいつは人見知りをしてな……。慣れた相手以外には言葉を直球に言うものだから、若干疎まれていてな……」
「や、止めてください千冬お姉様。その頃は一刻も消したい過去の1つですので」カァァ

 人と会話するなんて……、恥ずかしいじゃないか。今でも強気で居なければパンクしてしまうような状況なのだ。
 千冬お姉様は少しずつで良い、と言ってくれたが、私は早く千冬お姉様みたいに"強く"なりたいのだ。

「へぇ……、そうなんだ」
「む、なんだ貴様。私を侮辱するつもりか?」ギロリ
「んー、"懐かしい"なぁって思ってね。誰でもあると思うよ、そういう恥ずかしい時期は」

 そうこの男は遠い記憶を引っ張り出すかのような寂しい瞳をした。

 ……資料では、こいつはこの世に出て3年とちょっとしか存在していないはずだ。

 なのに、私以上の感情を持ち得て、私以上の知識を持ち得て、私の知らないことをたくさん知っている。
 訳が解らない。クローンじゃあるまいし……。そう私は左眼の眼帯を手でなぞって考えていた。
 そのことに触れることなく、この男……めんどくさい、異音で構わないか。異音は空になった皿をキッチンスペースへ持って行った。

「あの男はどういう人物なのですか?」
「む? 異音か。あいつは色々と凄いぞ。家事はできる、気を配れる、ほぼ万能、優しい性格で……少し鈍感だが、良い奴だぞ」
「……そうですか」
「ああ、お前でもすぐに仲良くなれるだろうさ」

 そうくしゃくしゃと私の頭を千冬お姉様は撫でてくれた。懐かしい感触、心地の良い夢現な気持ちになれる。よく訓練後にしてもらったものだ。

 ……ん。久しぶりだから凄く嬉しい。

 キッチンから戻ってきた異音は撫でられている私を見ると慈しみのあるような笑みを浮かべた。

「千冬さん、今日は遅くまで起きていますか?」
「いや、今日は特に無いな」
「分かりました、先に失礼しますね」
「うむ」

 そう言葉を交わして異音はシャワー室へと向かった。

 ……む? 速すぎないか?

 今はまだ8時だぞ。私が寝るまでまだ2時間もあると言うのに……。

「ああ、異音は早寝普通起きなんだ。あいつは寝ることが趣味らしくてな。暇があればしょっちゅう寝ているぞ」
「……そうなのですか」

 面白い趣味だろう? と千冬お姉様は微笑んだ。それに頷いてから、少し考える。
 趣味……か。近接戦闘訓練や、射撃訓練だろうか……。後、ココアを飲むのも好きだな。……最後のは趣味か? まぁいいだろう。
 しばらくしてシャワー室から出てきた異音は、制服では無く動きやすそうな黒ジャージに身を包んで、ぐったりと手前のベッドへ倒れた。
 ま、まるで戦場で撃たれて逝った死人のような倒れ方だったぞ……? い、生きているのか?
 そう考えていると奴からすー、すーと寝息が聞こえてきた。千冬お姉様は『仕方あるまい』と毛布を被せ、微笑んだ。

 ……母親と言うものがよく分からないが、一般的にこのような微笑みをする人物に値するのだろう。

 と、なると千冬お姉様はお母様? すると、異音は……身長的にお父様だろうか。で、私は……娘……か?
 そう心の中で思い描いてみると、なんだか心の奥がぽかぽかしてきてあったかい気持ちになれた。
 って、待て私。なぜ私が異音の娘なのだ。……しかし、こいつの実力を考えれば千冬お姉様に匹敵する"強さ"だと考えられるし……。
 結局、千冬お姉様とお風呂に入り、その後寝る頃になっても答えは出なかった。
 お姉様の体があったかい…………ふぁぁ…………。

 まぁ、お姉様と一緒だから、いっか。そう完結して私は思考を閉じた。お姉様の腕の中で。



【SIDE 束】



 で~き~あ~が~り~♪

 箒ちゃんの頭の中を勝手に覗いて知った恋心。これは押さざるを得ないでしょ! と言う信念で4日ほどかけて……。
 人の心を操るなんて言う非科学的な代物がついに……できてしまった。自白剤やらではできない、"性格改変"をコンセプトにした一品。
 飲んだ相手の"性格"を綺麗に反転し、5時間で効果を消す万能薬。
 勿論、使用している時間の出来事を、使った当人の記憶から消せる点も利点の一つだ。

「お、できたんだねぇ~」
「……また来てたんだねシュレディンガー」

 今回ばかりは辛く当たれなかった。
 この『性格改変ロックンロール1号』を作るのに、彼女のウイルスの手助けを借りてしまったのだ。

 ……まぁ、彼女には彼女なりに得があるらしい。よく分からないが。

「吾輩のウイルスはどうだった? 画期的で斬新で、尚且つ使い捨てでエコじゃないエゴの塊はどうだった?」
「……まぁ、いいんじゃないかな。目をつける部分も良いし……、何よりこれはバイオテロ並みにやばいって言うのにさらっと使ってる辺りが良いね」
「アヒャヒャヒャヒャ! だろう? そうだろう!?」
「……誰に盛る気?」

 手に持った小瓶に『性格改変ロックンロール1号』を少量盗み取っていた(目の前で堂々と)シュレディンガーに問い掛ける。
 奴は嬉々とした顔で、くつくつけらけらと答えた。

「誰って……彼に決まっているだろう? 彼の裏の姿、見てみたいだろう?」

 ――ッ。この薬を、"彼"に使うつもりなのかこいつは。

「じゃ、手間も省けたし。じゃーねー?」

 そうあっさりと消えた。まるで、私と話している時間でさえも惜しいと言うように。

 ……早々に解毒薬を作るしかないね。

 机の上に置かれた小瓶の中身と反対の物を作り出せば、中和し、効果が消える。……正直、それだけじゃ足りないだろう。
 あの女が何を混ぜるか分からない。全く別の種類の粒子ウイルスを混ぜられたら大変なことになる。
 最悪を想定して、作るしかないか……。

「シュレディンガー……、君は本当にめんどくさい奴だね」

 ラボに広がった私の声がぽつんと消えた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――黒騎士の"強さ"/End



異音 「舞台裏にドナドナ(連行)された異音と」
昴 「貴方のお耳の恋人♪ 昴の」


異音&昴 「第一回~星屑ラジオ~!!」ドーン


異音 「司会進行役の高町異音と」
昴 「賑やかし担当の昴でお送りします!」

異音 「では、最初の話題は……これですね。ペンネーム:Libraさんからの『今、一番戦いたい人&戦いたくない人』。
一番最初のリクエストだそうなので、作者から手渡されたお葉書です。ありがとうございます」
昴 「ありがとうございます!」

異音 「それでは、今日のゲストをお呼びしましょうか」

昴 「IS学園の高嶺の花! 本作のメインヒロイン担当――、織斑千冬さんと!」
異音 「ちょろいもんですわ、これがわたくしのポイズンクッキング――、セシリア・オルコットちゃんです!」

セシ 「な、なんなんですのその台詞はッ!?」ガビーン
千冬 「な、なぜ私が呼ばれているのだ……?」ドキドキ

昴 「それではお二人ともこちらへどうぞ~!」

異音 「呼び出しの台詞は作者が勝手に決めているそうですので、深く考えなくていいよ」

セシ 「……なら、仕方ありませんわね。って、誰の料理がポイズンですの!?」

スタッフ一同<ドッ アハハハハハ!!

異音 「では、さっそく本題に入りますね」スルー

セシ 「なんなんですの! なんなんですの!?」ジタバタ

昴 「お二人が今(十六章現在)一番戦いたい人は誰ですか?」スルー

千冬 「そうだな……(チラリ)。異音とは最後まで決着をつけていないからな。是非やってみたい。
格闘技術と剣術の織り交ざったバトルスタイルの奴にはモンド・クロッソで当たらなかったからな」

異音 「そうですね。一章では剣を少し交えた程度で、がっつりと戦っていませんでしたね」
千冬 「うむ。原作では生徒と教師が剣を交える機会が無いのでな……、なんとかならんか」
昴 「難しいですねー。原作しだいじゃ無いですかね? まぁ本作でオリジナル展開でその手の回を作っても良いですけど」
千冬 「是非作ってほしいものだな。久々に一夏の成長も見てみたいしな」
異音 「あははは……、お手柔らかにお願いしますね」
千冬 「何を言う。むしろこっちが頼みたいものだ」

セシ 「正直どちらもチート並みな気がしますわね……」ボソッ
昴 「そうですね……。技術はほぼ同等な気がしますし……」ボソッ

異音 「まぁ、僕はまだ本編で解き明かされていないetcがありますから、そこらへんがきっちりするまで"僕"自体の強さは決定できないかと」
千冬 「……なに? あれ以上にまだあるのか……?」

昴 「え、えーとせ、セシリアちゃんは誰と戦いたい!?」アセアセ
セシ 「そ、そうですわね……。やはり、一夏さんでしょうか。決着は貴方のせいで有耶無耶になってしまいましたし?」チラリ
昴 「あ、あははは……。すいませんでした」orz

千冬 「さっさと決着をつけれんお前らも悪いだろう。代表候補生が"ド素人”と操縦技術が同等だとはな……」

セシ「」 心←矢―< スコーン!

異音 「ま、まぁ千冬さん。それ以上は止めてあげてください。セシリアちゃんだって"慢心さえ無ければ"さくっと勝っていたでしょうから」

セシ「」 心←矢―<←矢―< スココーン!!

昴 「も、もうやめて! セシリアちゃんのライフはもう0よ!」

異音 「え、えーと。では、逆に戦いたくない相手とは誰でしょうか?」

千冬 「そうだな……。異音かもしれんな」

異昴セ 「「「え?」」」

千冬 「戦いたい相手でもあるが……、客観的に考えれば現役を去ってすでに時間が経っている私の腕で、あの時以上のパフォーマンスができるかどうか、と考えて見ると技術的な要素が多い異音は天敵やもしれん、と思ってな」

昴 「なるほど。てっきり兄貴が怪我しちゃったら大変だとか」サラリ
セシ 「手痛い一撃を入れた時に罪悪感が生まれてしまってやり難いのかと思っていましたわね」サラリ

千冬 「なっ」///

異音 「……へ? どういう事?」

千昴セ 「「「分からなくていい(からな/です/ですわ)ッ!!」」」

異音 「そ、そっか。うん、なら考えておかないことにするよ……」

千昴セ 「「「それも駄目(だ/です/ですわ)ッ!!」」」

異音 「???」

昴 「……千冬さん、頑張ってくださいね」
セシ 「応援しておりますわ」
千冬 「な、何をだ……」///

昴 「と、言うことで次はセシリアちゃん、どーぞ」シレッ
セシ 「……ダントツで異音さんですわね。
    近距離戦はまず無理ですし、そして【シュバルツ・カーテン】のせいでわたくしからは手が出せませんし」ハァ…
昴 「……詰んでますね。それもまたがっつりと」
異音 「確か【インター・セプター】があったよね? あれで対抗すればいいじゃない」
セシ 「本作ではレイピア型(予定)ですし……。何よりあんな巨大な剣に爪楊枝レベルの剣では交えた瞬間に圧し折られますわよ……」

昴・スタッフ一同<デスヨネー

セシ 「ミサイル搭載のビットでも確実に切り裂かれて終わりですし……。実弾は装備されていませんので、一撃入れるのもタッグ戦で無い限りチャンスすら無いですわね……」

昴 「……と、言うことで綺麗に撃墜(おち)たので、今回はここまでです!」
異音 「誰が上手いこと言えと……」

異音&昴 「「本日のゲストは、織斑千冬さんとセシリア・オルコットさんでした! またよろしくお願いします!」」

異音 「貴方のリクエスト、お待ちしております(作者が)」
昴 「カァミィングスゥーン……」若本さん風に


千冬&セシリア (なんで呼ばれたんだろう……)                                                束 「あははっ♪」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――第一回~星屑ラジオ~/End

第一回ネタ
Libra様 「今一番戦いたい人、戦いたくない人」 
出演は高町兄妹の二人 織斑千冬とセシリア・オルコット




あとがき

星屑ラジオどうでしょうか?w
初めてやってみたので楽しんでいただければ幸いです。
ちなみに、ラジオの内容は本編と連動しない形で、メタい台詞があっても本編とは全く関係ありません。
リクエストお待ちしております~。


追記

なんつー誤字を……、死にてぇ(瀕死
見てしまった方々、“見なかったこと”にして頂けると嬉しいです。



[30986] 十七章 ~黒騎士の“裏の顔”~
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/01/25 23:16
【SIDE 異音?】


 体が……だるい。

 目が覚めて……意識が覚醒していると言うのに、体が言うことを聞かない。まるで、他人の体のように。
 右腕は……動く。しかし、左腕が動きづらい。まるで、体が所有者を見定め、自分をすでに見限ったように。

「……ああ、そうか。"俺"死んだんだっけ」

 目が覚めた場所は病院のアルコール臭い場所ではなく、ずっと"僕"の視線から無意識的に見ていた場所。
 織斑千冬とか言う狼みたいな女と暮らしている寮長室……か。
 頭の中が混濁していて、上手く頭が働かない。いや……これは、寝起きのせいでもあるが、別の疲れか。

 ……いや、右眼のISとか言う"兵器"のせいか。
 
「やぁ、始めまして。調子はどうかな?」

 そうやや高い声が耳に入って来た。そちらを見やると見慣れぬ……、ああ、当たり前か。
 これと言って人と関わることが好きでは無かった俺が人の事を覚えているわけがない。

 ――なんだ、また喧嘩したの? あはははっ、お前は馬鹿だなぁ!

「――ッ」

 ジクリと釘のような鋭利な何かが胸を貫く。胸……と言うよりも、心に何かが突き刺さった。
 表の"僕"が覚えていないように、表に出た俺すらも、"許されざる罪"を忘れてしまうのか。
 なんて罪深い事だろう。自分をここまで貶めた原因を、"僕"に言ってやった自分の大事な一部を、忘れてしまうなんて。

「裏表を入れ替える薬を君に注入してあげたんだ。……でも、違ったみたいだねぇ? 君は、誰だい? 高町異音じゃ、無さそうだ」
「俺は……、………………反対側の異音。"ハオ"とでも呼べ」
「ふぅん……、そっか。でも、君は……うん。残念だなぁ、裏であるハオが、君こそが狂気の塊だと思っていたのに……」

 目の前でぶつくさ言っているマッドサイエンっぽい女に興味は無い。しかし、こいつは先ほど"裏表を入れ替える薬"を俺に入れたと言っていた。
 なるほどな。正式なプロセスで俺が表に出ていないから、俺の記憶が……、俺の一部がロックされたのか。
 と、なると薬とやらが効いている間は思い出すことはできないのか。なら、やることは1つだ。
 
「……久しぶりのシャバだ。"僕"には悪いが、楽しませてもらうぜ」

 俺が動かすことを、拒否している体を無理矢理動かしてベッドから起き上がる。まるで、地と繋がった鎖を全身につけて生活しているようだ。
 取り敢えず、制服とやらを着て……、よし。だいぶ体に慣れてきた気がするな。"自分の体"だって言うのによ。

「お出かけかい?」
「ああ、せっかくの機会だからな」
「……薬は今日一日で切れるよ。楽しんできなよ、盛大に」
「おう、そうさせてもらうぜ」

 空気と同化したように消え去った女を一瞥し、左のベッドで寝ている2人を見る。幸せそうに寄り添う狼と猫。
 こいつらが求めるのは恐らく、"僕"の方なのだろう。だからこそ、今日は楽しんでやる。なーに、ツケは全部"僕"が明日払ってくれるだろうよ。
 制服の上から灰色のパーカーを着て、フードを被って部屋から出る。"僕"の視点で見ていた景色を見ながら歩く。
 行く当ては特には無い。しかし、とにかく体を動かしていたかった。明日には感じぬ、この空気を。



【SIDE 一夏】



 ……ど、どうしたんだろう。

 朝に只ならぬ気配で歩いていた異音さんを見たっきり、放課後まで見なかった。
 どうやら千冬姉も知らないようで、動揺が授業内容にばっちり影響を齎していた。

「――と言うことでな……。ISの絶対防御は絶対では無いことが分かっただろう……。……………………はぁ。授業は終わりだ、解散……」

 いつもは髪の先が逆立っている狼の毛のように見えるのだが、今日の千冬姉の髪はしんなりとしていて、元気が無い。
 とぼとぼと山田先生に連れられて教室を去った千冬姉を見届け……、俺は決めた。
 取り敢えず異音さんを探そう! と。

「あ、一夏君、アタシも参加するー。兄貴が行方不明なんて一大事だし…………主に千冬先生がだけど」
「ん? 昴か。最後の方聞こえなかったけど……キコエナカッタケド、何か言ったか?」
「一夏君……血涙するほど耐えてるんだね……。不憫な子っ」オヨヨ

 いつの間にか目が充血して余分な血が出てしまったらしい。ポケットから取り出したハンカチで拭う。うへぇ、結構べっとりしてら。
 昴の横から今の話を聞いていた友人達が名乗り出た。

「……そうね、あたしも参加するわ。大切な友人だもの、心配だわ」
「鈴!」
「わたくしも参加いたしますわ。一夏さんの役に立って見せますわ!」
「セシリア!」
「こほん。わ、私も参加するぞ一夏」
「箒!」
「ぼ、僕も参加するよ!」
「シャルル!」

 一致団結して異音さんを探し出すぞー! と掛け声を上げようとした時、ちょこんと顔を出したラウラが言った。

「……む? 異音なら確か、仮想訓練室に居たな。昼休みに利用した際に見かけたぞ」

 シーン、と温まりかけていた雰囲気が一気にクールダウンした。
 しかし、視線が集まった当人は小首を傾げて『私の顔に何かついているか?』とくしくしと顔を制服の裾で拭い始めた。
 まるでハムスターの毛繕いのような可愛さがあり、何と言うか……ツッコめる気力すらも流された気がする。

「……じゃ、仮想訓練室とやらに行くか」
「「「「「そう(ですね/ね/ですわね/だな/だね」」」」」
「……む?」

 仮想訓練室と言うのは、ISの空間認識システムを用いた仮想戦闘や仮想訓練を行うことが出来る場所のことだ。
 放課後の講義メンバーに加わる前までは、昴はここでずっと籠って技術を伸ばしていたらしい。
 ここで出来ることは2種類で、ダイバーシステムを用いた非運動仮想訓練と、ISのシステムを用いた運動仮想訓練らしい。
 座って訓練するか、実際に体を動かしながら訓練するかって言う違いだけで、特には相違無い。内容も同じらしいしな。
 レベル1からブリュンヒルデ級までの訓練レベルと敵NPCのレベルを選択して訓練って言う内容は同じ。廃墟で戦ったりとか、市街戦だったりとか、上空での戦いなど、特殊な状況下のフィールドなども選ぶことができて、かなり人気があるらしい。
 3年生が卒業したため独占されていた仮想訓練室は、やる気のある生徒が頻繁に利用する場となっている。

 ……と、言うのも。

 最近のアップデートで全体のレベルがかなり上がってしまったらしく、相当の実力者ぐらいしか完全クリアができないらしい。

「――らしいな。この前までは順番待ちがあったと言うのに……」

 以上、箒の言葉を心の中で反復しました。いやー……だってさ、この手の物はあんまり期待できないんだよなー。
 仮想訓練室の自動扉を大所帯でくぐると、筐体の前で座っている灰色のパーカーの人物を見つけた。
 目の所に筐体と繋がったバイザーをつけた……異音さんだった。

「異音さん!?」
「あー……、一夏。ダイブタイプの方は外から話しかけても聞こえないわよ」
「え?」

 ああ、そういえばそうだよな。意識をあっちに移しているわけだから聞こえるわけがないか……。

「取り敢えず……記録でも見て見ますか? ランキング……ランキングは……っと、あった!」

 昴が異音さんの座る筐体の横にあった座標固定ウィンドウを操作してランキングを開いたようだ。全員がそちらを見やり、内容を見て絶句する。

 一位 ランクSSS イオ
 2位 ~99位 ランクSS~S ハオ
 100位 ランク S- ノーシールド

 何と言うか……、凄まじかった。頂点を飾っている異音さんは分かる。
 しかし、2位から99位までを総なめしているこのハオって言う人はどんだけやっているんだ? 
 まるで、一日中やっていた……かの……ような……。自分で言っていて嫌な勘がぴしぴしと俺の背を叩く。

「こ、これって……」
「ハオってもしかして……あ、100位もハオになりましたね。ノーシールド……、無し盾……、ああ、あの人か」
「い、異音さん……?」

 ランキングが新しく塗り替えられ、座っていた異音さんがチッと舌打ちをした。荒々しくバイザーが取られ、筐体の横の収納スペースへと荒々しく置かれる。ガリガリと頭を掻き、再度舌打ちした。

「あー……畜生。"僕"の記録抜けねぇじゃねぇか……、あの野郎、どんなチート使ってやがんだよ」

 普段の異音さんを知っている大所帯が"固まった"。ついでに、時も止まった気がする。
 え、えっと……今、異音さんがものすごく荒々しい言葉遣いで自分を貶めて……た?
 
「あー……、疲れた。……あ」
「「「「「「あ」」」」」」
「えっと……、ぁ、あ゛。何をやってるんだい?」

 ……なんつーか、すげぇ気まずそうな顔で、声の調子を目の前で調整して、まったくもって他人が異音さんを真似るような声色で話しかけたような違和感があった。
 つか、誰だこの人。

「……チッ、バレたか。めんどくせぇな……。俺の残り時間少ないから無駄使いしたくないんだわ……。つーことで」

 一陣の風が通り過ぎた。

「アディオス!」

 炭酸の抜けたような音が、別れの言葉と一緒に背後から聞こえた。……は? 逃げられたッ!?
 昴が自動扉を指差し、叫んだ。

「馬鹿も~ん! 今行ったやつが兄貴だ!」
「……取り敢えず、奴を捕まえればいいんだな?」
「……ラウラ? なんで確保の話をしながらサバイバルナイフを取り出しているんだ?」
「首を……こう、すーっと」
「それ違うもんに捕まっちまうからなっ!? 黒い布服着た大きな鎌を持った奴になッ!?」
「取り敢えず……、手分けして探そう!」

 シャルルのその言葉で、IS学園敷地内全部を使った、1vs6の鬼ごっこが始まった。


【SIDE ハオ】



 ……まっずったなー。

 正直体の節々が言うことを聞いていない。慣れてきたと言うのに……、いや、違うか。これが"正常"なのか。
 よく"僕"はこんな体で生活できるな……。まるで油が切れて数十年は放置されたブリキ人形みたいな体だぞ、おい……。
 全力疾走で仮想訓練室とか言う場所から逃げ出して、外に出て校舎の壁の凹凸を三角跳びして屋上へ上がった。
 いやー……そこまでは良かったんだが、三角跳びの反動が今眠気でどっと来ててやばい。

「……クソッタレ。俺はもう鬼ごっこで燥げる歳じゃねぇんだぞ、ガキ共……」

 数年前に忘れてしまった子供心を今頃思い出すつもりは無いし、引っ張り出すつもりもない。
 ああ、めんどくせぇ。アイツみたいに毎日楽しく生きていけるような軽い頭ならなぁ。

 ――あははっ! お前も暇人だなぁ!

「――ッ」

 頭に、釘がセットされた状態でトンカチを思いっきり振り下ろされたかのような痛みが走る。
 記憶が、混ざる。ぐるん、ぐるんと洗濯機が回るように、ぐっちゃぐっちゃに混ぜられて、こねられて、ひっくり返される。
 意識が保てなくなる。

「"ああ、やっぱり。して、如何に?"」

 頭を走り回る頭痛を左手で押さえながら、目の前に現れた女を見る。ウサ耳のついたカチューシャをつけた、ふざけた格好の女。
 そして、後ろには朝に会った女が居た。先ほどの声は、こいつか。

「体が精神に追いついてないんだね……。いや、精神が体に追いついていないのかな」
「どうだろうね? 取り敢えず……、この実験は成功ってことで。面白い姿も見れたし……そろそろ終幕かな?」

 ぼさ髪の女の手元に何処からか現れた注射器。恐らく、解毒薬とか、そういう類の何かだろう。
 正直、この体はもう駄目だ。俺には重すぎるし、壊れすぎている。とっとと"僕"に返してやるべきだろう。
 だが、

「……はっ、自分達が楽しんだらそれで余興は終わりってか? 何とも勝手なことだなぁ、おい?」
「そうだね。私もそう思うよ」
「文句は吾輩に言いたまえ」

 えらく堂々と開き直りやがったなこのぼさ髪……。チッ、割に合わねぇな。

「てめぇらに1つ"貸し"な。耳揃えて払えよ、じゃあな、アディオス!」

 屋上の手すりに乗り、空へ飛ぶ。いや、跳ぶ。くるくると回りながら、グラウンドへ着地する。
 ビリッと両脚に衝撃が走るが、"問題無い"。いつも通りだ。"これくらいなら、構いやしねぇ"。

「あー……、楽しかった。ありがとよ"僕"、ツケ払っといてくれよな」

 意識が落ちていく。そして、同時に浮かび上がってくるものを感じる。紅蓮に、赤く、紅く、朱く、染まるそれが上がってくるのを感じる。
 ああ、畜生め。はやく思い出せよな"僕"。そろそろ俺は限界だぞ……。



【SIDE 束】



 ……本当に、訳が解らない。

 彼は、ハオは、異音じゃない。異音であって、異音じゃない存在だ。
 まるで、ドッペルゲンガー? いや、似ていない。本質が似ていないだろう。

 むしろ、対極と言ってもいいのではないだろうか。

 ――正に見えて、闇を抱える異音。悪に見えて、光を抱えるハオ。
 
 彼らが1つの箱だったとして、どちらが表で、どちらが裏なんだろうか。どちらが中身で、どちらが外見なのだろうか。
 嗚呼、分からない。
 最近分からないことが多すぎる。

 なぜ、ISがいっくんや異音を認めたのか。
 なぜ、心の奥に温かい感情が芽生えているのか。
 なぜ、彼らは1つの箱に収まっているのか。

 ……ダメだ、分からない。

 思考が止まってしまう。あんなにも真っ直ぐに、愚直に、研究を愛し、溺れて、狂ったように過ごしてきたと言うのに。
 たった一つの感情が全てをリセットし、全てをリスタートさせた。

 ……ちーちゃん、これが人を愛するってことなのかな。

 よりによって、ちーちゃんが大好きな彼を、私は愛してしまった。
 恋に溺れて、狂って、壊れて、尽きて、朽ちれば、いいのだろうか。この感情をどこにやってしまえばいいのだろうか。
 分からない。誰か、教えて欲しいな。この気持ちをどう発散すればいいのか。

「あれ、私ってこんなにちっぽけな存在だったっけ」

 私の言葉は虚空に消えて、溶けた。返事なんて帰って来やしない。
 聞こえてくるのは異音に頼まれたお仕事のために、生成している子の音くらいだ。こぽこぽと音を立てるカプセルを見やる。
 そこには、彼のアイデア通りのものを作り上げている。だけど、圧倒的に、データが足りていない欄がある。

 人の感情。

 とっくの昔に私から欠け落ちたそれらが、私の邪魔をする。研究でも、心の中でも。
 嗚呼、どうすればいいんだろう。また溺れればいいのかな、何もかも、有象無象全てを犠牲にして狂ってしまえばいいのかな。
 分からない、分からない、分から……ない。
 
「"ああ、やっぱり。して、如何に"」

 後ろからそう言われた気がした。観察されているのはフラスコの中身なのか、それとも、私なのだろうか。


 ――嗚呼、分カラナイ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――黒騎士の"裏の顔"/End


おまけ


異音 「兄と」
昴 「妹の」


異音&昴 「「星屑ラジオ!!」ドーン


異音 「二回目でちょっと慣れてきました異音と」
昴 「いつも通り賑やかして、泣き喚いて、笑い倒す昴でお送りします!」

異音 「そうそう、取り敢えず作者からコメントが来てまして、『誤字誤爆orz』とのことです」

昴 「え、まだ引きずってんですか?」

異音 「確か、コメントを返した後に一度記事を全部デリートしかけたらしいよ。
でも、記事消してもコメントは残るから意味ないことに気付いて『絶望したッ!』って叫んですっきりしたら、もうどうでもよくなったらしいよ」

昴 「……うわぁ。それ、なんて焼け……、うん、やめておこう。傷口に塩振って抉ってもねぇ……」

異音 「ま、そんなことは置いといて」
昴 「ゲストを呼びますか! 本日は三人来てらっしゃってます!」

異音 「フラグブレイカーとは俺のことさ――、織斑一夏君と!」
昴 「モッピー知ってるよ、最近影薄いって――、篠ノ之箒ちゃんと!」
異音&昴 「フランスの男の娘っぽい女の子――、シャルル・デュノアちゃんです!」

一夏 「……最近ギャルゲやってないんだけどなぁ?」アルェー
箒 「……影、薄いのか私は……」ズーン
シャル 「や、ややこしっ!?」ガビーン

異音 「ま、取り敢えずこっちに座ってね」

昴 「ゆっくりしていってね!」

異音 「今回の話題は……第一回ネタ提供のLibra様から、「もしも○○が○○だったら」です。
最初の○には人名、後の○には暇人から収集したランダムBOXから引いたくじの中身になります」
昴 「ちなみに、アタシたちの名前も一応入れてあるので、計5枚の紙が最初のくじには入ってます」
異音 「ゲストの数でやりますので、3回引いちゃってください。何が当たるかはお楽しみ」
昴 「1枚目ドーン!!」

一箒シャ 「って、お前(君)が引くの(かよ/か)ッ!?」

昴 「まず最初の人柱……、選出者は……」
一夏 「ちょ、人柱って言うな! あながち間違っちゃいないけども!」
昴 「おー……、フラグ立てるのは上手いですねぇ」ピラリ

昴の引いたくじ 『織斑一夏』

一夏 「」ガハッ
箒 「ふん……、こいつはそういうの"だけ"は運があるからな」
異音 「と、言うことで最初の人柱は一夏君に決まりましたー。じゃ、BOXから1枚引いちゃってねー」
シャル 「あはは……、どんまい一夏」
一夏 「くっ……、手を入れるのも怖いぜ……。どうだ!」ピ゚ラリ

一夏の引いたくじ 『真ん中にFがつくあのマイスターの人』

一夏 「……まぁ、まだ良いほうか?」
昴 「ツマンネ」
シャル 「えっと……誰?」
箒 「私も知らないな……」
昴 「えーと、Oが二つ並ぶロボットアニメの主人公のことですね。自分の体を粒子化ドーンッ! なーんて技やっちゃった方ですねー」
異音 「あはは……、ちなみに終わるまで役を止めちゃいけないルールでいくよ。じゃ、2枚目行っちゃって」
昴 「2枚目ドーンッ!」

昴の引いたくじ 『シャルル・デュノア』

シャル 「え、僕!?」ガビーン
異音 「じゃ、シャルちゃんこっちから引いてね」
箒 「……この流れだと」ダラダラ
シャル 「えっと……これかな」ピラリ

シャルの引いたくじ 『子犬』

シャル 「人ですら無いよッ!?」ガーン
昴 「あー……当たっちゃったかー」テヘペロッ
一夏 「お前の仕業か……」
シャル 「そ、そんなぁ……」ウルウル

全員 「(子犬っぽい……)」

昴 「つーことで3枚目ドーン!」ピラリ

昴の引いたくじ 『高町昴』

昴 「」ゼック

箒 「ほっ……。しかしどこか寂しいような……」

異音 「じゃ、昴引いちゃって」boxドーン
昴 「う、うぅ……」オソルオソル、ピラリ

昴の引いたくじ 『ブシドー』

昴 「……よし」

異音 「はい、引き直しー」ピラリ
昴 「え゛」

異音の引いたくじ 『中二病患者』

昴 「」ガフッ

異音 「黒歴史を抉る感じですねー……」
昴 「こうなったらぁあああ! 巻き込んでやるぅぅうう!!!」ピラリ ピラリ

昴の引いたくじ 『篠ノ之箒』 『高町異音』

異音&箒 「「ちょ、おま」」

一夏 「……そんなにつらかったんだな、昴ェ……」
昴 「ふ、ふふふふっ、さぁ引きたまへ!」

異音 「……仕方ないなぁ」ピラリ
箒 「……やるしかないじゃないか」ピラリ

異音の引いたくじ 『中二病患者』
箒の引いたくじ 『モップ』

異音 「」ゴフッ
箒 「人ですら……、と言うか喋れすらしないじゃないかっ!?」ガビーン
昴 「あー……、うん。引き直しどーぞ」スッ
箒 「……」ピラリ

箒の引いたくじ 『姉』

異音 「実際にお姉さんが居るからできるんじゃないかな」
箒 「……あれをやるのか……」

昴 「ってことで! 一夏君は『Fの人』! シャルちゃんは『子犬』! 箒ちゃんは『姉』! 兄貴とアタシは『中二病患者A&B』! に決定です!」

異音 「……なんだこのカオス」ドンビキ
一夏 「そうですね……、トークになる気がしないんですけど……」ヤレヤレ
シャル 「僕の台詞ってワンパターンな気が……」ショボーン
箒 「姉……かぁ……」テレリ

昴 「では、場所のランダムBOXからドーンッ!」

昴の引いたくじ 『IS学園1組……って言う設定』

全員 「まぁ、妥当か……」
シャル 「……あれ、僕入れないような……」
昴 「細かいことは気にしなーい!」

スタッフ <スタートッ!


~IS学園1組の非日常~

シャル 「わ、わんっ!」///

昴 「うっ、アタシの右腕が疼くぜぇ……」ビクビク

異音 「空が哭いているな……、今日は雨かもしれん」タソガレ

一夏 「ちょり~っす!」チョリース
箒 「おはよう、一夏君。今日も元気だね」ニッコリ

昴 「今のアタシに近づくな……ッ、くっ、夜天の王の力が……」ビクビク

異音 「やぁ、お二人さん。今日も君達の周りを流れる風が楽しそうだね」ニコリ
シャル 「わんっ!」///
一夏 「あれ、やばくね。教室にマジ可愛い犬居んだけど、マジやばくね? これってなんてディスティニー?」チョリース
箒 「そうだね。良い子だねぇ~」ナデナデ
シャル 「く、くぅ~ん」///
箒 「よしよし……」ナデナデ
シャル 「くぅん」トローン///

異音 「もう2人の世界に入ってるみたいだねぇ」素
一夏 「そうですねぇ……」素
昴 「ニヤニヤ」ニタニタ

箒&シャル 「え゛」アゼン

~終了~

シャル 「うううううぅうぅぅうぅ……」///
箒 「……うぅ」//

昴 「お二方……、かぁいいー」ニタニタ
異音 「それぐらいにしておきなよ昴」ニコニコ
一夏 「箒がお姉さんか……それもまたよし……」ボソリ

昴 「では感想をどーぞ!」

全員 「……異音さんの役が素でやってたとしても凄く合ってる」
異音 「え?」

一夏 「そうなんだよな……。言っていることは中二病全開なのに……」
箒 「異音さんが言うと……」
シャル 「キザっぽい台詞でも合いそうだし……」
昴 「カ○ルくんみたいな感じでマッチしてるんですよねー……」

異音 「え、えっと……一夏君はドラマCDの方の真似をしたんだねぇ」
一夏 「学校だったらこっちかなーと」アハハ
昴 「そうですねぇ、凄くマッチしてましたね。場所的に」
箒 「そうだな、凄くマッチしてたな。場所的に」
シャル 「あはは……、そうだね」

一夏 「それ遠回しに俺の演技が下手って言ってないかッ!?」ガビーン

昴 「と、綺麗に 滑っ(おち)たので今回はここまでです!」
一夏 「なん……だと」

異音&昴 「「今回のゲストは一夏君、箒ちゃん、シャルちゃんの3人でした! またよろしくです!」

異音 「貴方のリクエスト、お待ちしております(作者が)」
昴 「カァミィングスゥーン……」若本さん風に

異音 「……あ、そうそう。リクエストのやり方が変わったのでお伝えしときますね。
僕と昴が進行していくので、リクエストするのは話題と、ゲストを1~3、多くても4人までとするそうです」
昴 「多すぎると本編超えちゃいますからね……」
異音 「実はおまけで過半数超えてるのは」
昴 「言っちゃだめです!」


一夏 「まぁ……楽しかったな」
箒&シャル 「…………」///
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――第二回~星屑ラジオ~/End

第二回ネタ
Libra様 「もしも○○が○○だったら」 出演は織斑一夏、篠之乃箒、シャルル・デュノア。



誤字なんぞ知るか!(暴論)
取り敢えず、ヴァーミリの新verカードのおかげでモチベーション上がってなんとか生きてます。
いやー、恥ずかしいわーw
こんな駄目な不落が書いている本作ですが、ご愛読頂ければ幸いです。
これからもよろしくお願いします。



[30986] 十八章 ~“僕”の在り方~
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/01/30 18:57
【SIDE 異音】


 あの子との出会いは、病院だった。

 日本へ戻ってきた初日に交通事故で、首から下の自由を失った僕は項垂れていたっけな。
 拳を作ることも、膝を曲げることも、指を動かすこともできないと知った僕は正直死にたくなっていた。でも、舌を噛み切って死ぬことはしなかった。
 なぜならそれは、無駄だからだ。僕がもし、普通に生きて、普通に事故にあって、この場に居るのなら、問題無い。
 しかし、拳と脚と肉体だけで生活していて、幾戦の強者と拳を交え、その程度のショックで意識を失うことができない精神力を持っていた僕が舌を噛み切った程度で死ねるわけが無かった。
 だからこそ、絶望した。ああ、僕はこのまま絶望しながら死ぬんだなって、そう思ってた。
 ある日、外の景色を見て少しくらいは生きることに花を持たせようと眺めていた僕に、小さなお客が来た。
 
「は、始めまして!」

 ツヤツヤとした黒髪、幼い童顔、低い身長。やけに可愛らしいお客だった。初めまして、と言ったので僕達は関わりの一切無い赤の他人だと言うことは分かる。なぜ、"身寄りの無い"僕にお客が来たんだろう。

「え、えっと……わたしは――――です。――に、――と書いて、――です」

 ダメだ。思い、出せない。記憶に霞がかかったように曖昧で、ノイズがその思い出の言葉をかき消した。
 確か、僕と同い年だって言ってた気がする。病気で成長が遅れていて、『そのせいで子供っぽい姿なんです』と寂しそうに言ってたっけなぁ。
 それから彼女は一歩も動くことのできない僕に会いに来るようになった。
 最初は話相手として、次は看護師見習いのような遊び相手として、そして恋人として。

「私は貴方の事がとっても好きです! だから、私を受け入れてくれますか!? こんな病弱な私を、受け入れてくれますか!?」

 確か、僕は驚きながらもその一大決心の告白を受け入れたはずだ。
 そして、この日の一年後、彼女は僕を抱きしめながら逝った。目の前で幸せそうに"先"に行った彼女を見届けた。
 それからの半年は、彼女のことしか考えていなかった気がする。
 彼女の仕草を記憶の中でなぞり、彼女の声を記憶の中で繰り返して、彼女の姿をずっと思い浮かべた。
 そして、絶望して、逃避して、絶望して、壊れた。
 人間は、ショック死で死ねなくても、出血多量で死ねることを我が身で知った。

「……朝か」

 懐かしい夢を見ていた。なぜ、今の今まで忘れていたんだろう。
 この大事な記憶を、忘れていたんだろう。

 ――オマエノ罪ヲ忘レルナ、オレノ罪ヲ忘レルナ。

 嗚呼……、僕はまだそれを忘れているのだろう。
 胸の奥底に錆びつかせた鍵で閉じて、取り出したくても鍵が無くて、諦めて、忘れて、今、思い出したんだ。
 鍵は見つかりはしなかったけど、"忘れていたということ"を思い出せた。
 
 ……僕は、"剣道部"なんかに入った覚えは無いし、剣を握った覚えは――無い。

 頭の中に残るのは僕と"誰か"の記憶なのかもしれない。だから、混ざって、ひっくり返されて、ぐっちゃぐっちゃになったんだ。

 ――"右手"を握りしめ、拳を作る。

 ああ、そうだ。僕はこれまで拳と脚だけで――、生きていたじゃないか。この身1つで、生きてきたんじゃないか。
 誰かのそれと、友人のそれが重なって、体が覚えていただけなんだ。結局は借り物。それは、僕の"強さ"じゃない。彼らの"強さ"だ。

 ――"左手"を握り締め、拳を作る。

 だからこそ、僕は彼らを背負って生きるしかない。この体で、この壊れ切ったこの体で生きるしかないんだ。
 二度目の生に興味なんかない。あるのは、後悔と、忘れた罪と、隔離された記憶に対しての興味だけだ。
 かと言って、僕はこの二度目の生を捨てるつもりはない。
 【黒騎士】と言う新たな力を手に入れて、元々あった力を取り戻して、ここからまた始まるんだ。
 スタート地点に立っていたつもりだった、けどそれは長い助走だったんだ。
 
「ははっ……、馬鹿馬鹿しい」

 なんてイカレタ妄想だったんだろう。これまでの僕の決意や、約束が全てひっくり返ってしまった。優先順位が覆ってしまった。
 空っぽだったんじゃない、入れる何かが無かったわけじゃない。
 ただ、何かを入れるほどの領域が無かっただけだ。だから、何も必要無かったんだ。
 趣味も、生きる意味も、ここに居る意味も、全て"在った"んだ。忘れていただけで、全てここに"在った"んだ。
 馬鹿馬鹿しい。何を求めていたんだ僕は。自分で忘れておいて、自分で壊しておいて、"在った"ことに気が付いたら大切さを思い出すなんて。

「……異音?」

 隣のベッドから、ハスキーな声が聞こえてくる。とっても眠たそうな、そして心配した声が。

「……大丈夫です、千冬さん。僕は、"ここに居ます"」
「……そう……か」

 日付が一日経っている。何が起きたのかは分からないが、とってもめんどくさいことがあったに違いない。
 千冬さんの瞳から涙が流れるほどに、とても厄介なことが"在った"に違いない。
 さて、起きようかな。今日は頗る……心が軽い。だから、少しだけ頑張ってみようかな。
 束さんに頼むこともあるし、今日は忙しくなるに違いないからね……。



【SIDE 一夏】



 ……そうだったのか。

 昨日、第二グラウンドに倒れていた異音さんを保護した時に、申し訳無さそうな顔の束さんから事の顛末を聞いた。
 束さんの新薬の実験を手伝ってもらい、その副作用で性格が変わってしまい暴走して逃走……と言うことだったらしい。
 確かに今日教室に来た異音さんはいつも通りで、……いや、少し変わっていた。
 何処か肩の重みが取れたかのような、清々しい顔をしていた。まるで生まれ変わったような、そんな清々しさ。
 異音さんは放課後束さんに用があると言うことで、今日の講義は自主練となった。
 と、言ってもカオスだけど。

「ふむ、データで見たときの方がまだ強そうに見えたぞ」
「ぜぇ、はぁっ……。い、言ってなさい、こっからひっくり返してやるから……」
「そ、そうで、すわ……。絶対に落として見せますわ……」

 ラウラが真っ直ぐな挑発をぶつけ、鈴とセシリアが燃えている状況だ。俺と箒とシャルと昴はそれを見ながら休憩をしていた。
 アリーナ内では飲食は禁止のため、近くのピットに移って観戦している状況だ。

「あはは……、3人共頑張ってるね」
「凄いよな。ラウラ1人で2人を遊んでるし……」
「ああ、そうだな。しかも、無駄な動きは無いし……、さすが軍人と言うべきか」
「ラウラちゃんすげー」

 ラウラの操る【シュヴァルツェア・レーゲン】から放たれたワイヤーブレードが【甲龍】と【ブルー・ティアーズ】の手足を拘束し、子供が無邪気に手にある人形をそこらに叩き付けるように、2人を地面や壁へぶつけ始めた。
 って……おいおい、やり過ぎじゃないか? なんかもう2人がぐったりしているような……。
 
「……あ、操縦者生命危険域の合図だね。あのシグナル」
「ちょ、ラウラぁあああ!?」

 ピットから飛び出し、ラウラを止めるために叫ぶ。『む?』と振り向き、その際にどしゃりと2人が地面に落ちた。
 落ちた後、2人のISが解除されて、ISスーツだけになった。ぐったりとしていて、2人共目を回している。
 あー……こりゃ、保健室行きかな……。
 2人はラウラに保健室へと送還され、残された俺達は2人を心配しつつも普段はできない訓練をすることになった。
 
「そのまま……うん、いいよ。マガジン使い切っちゃって」
「おう!」

 シャルルから借りた55口径アサルトライフル【ヴェント】を空中に展開された的に向かって、撃つ、撃つ、撃つ!
 バンッ! バンッ! と引き金を引く度に重い音が聞こえ、的の中央から少し外れた場所に着弾していく。
 3マガジン目を撃ち切った後の感想としては、速いなぁぐらいだった。
 サイトを覗いて、合わせて、引き金を引く。たったそれだけで俺の全力の一太刀と同じくらいの速度が出るのだ。チートだろこれ。
 
「うん、初めてにしては凄いよ。大抵は的に掠るのもやっとなのに」
「そうかぁ? 狙って撃つだけだろ」
「……ああ、風とかの計算を入れなかったらそれで事足りるね。実弾系の銃は風も考慮して撃たないといけないんだ。
マシンガンのようにばら撒くことが目的の武器じゃない限り、風を読まないと的から外れちゃうんだ。
って言ってもこのアリーナは風の出入りがそんなに激しくないから狙うだけで当たるかな」
「へぇ……そうなのか」
「……だからこそ、その零コンマが私達のように得物を持つ者達には絶好のチャンスなんだ。
引き金を引くのに合わせて振れば、弾丸を切り裂くことができる。レーザーも切れるのは予想外だったが……」
「うん……、そうだね。僕も一夏がセシリアの光弾を斬ったって聞いた時、冗談かも思ったもん。……さっき斬ってたけど」
「んー……、別に大抵のもんは斬れるだろ」
「「そんなのはお前(君)と異音さんだけだ(よ)」」

 箒とシャルルに言われてしまった。別にこれと言ったことは無いんだけどなぁ……。斬れるし。
 しばらくしてから2人を送還してきたラウラが帰って来たので、今日はお開きにすることにした。
 部屋のシャワーをシャルルに譲り、俺は仮想訓練室に直行した。
 その途中で屋上で何かを話している異音さんと束さんを、廊下の窓から見つけた。
 束さんが何かを渡し、異音さんがそれを顔の方に持ち上げた。……ああ、【黒騎士】の調整が終わったのかな。
 右眼に義眼代わりの【黒騎士】の待機状態を入れているらしいので、恐らくそれを受け取ってはめ込んだのだろう。
 束さんはたたたと小走りして見えなくなってしまい、屋上の柵に背中を預けた異音さんしか居なくなった。
 異音さんはそのままずるずると座り込み、空を仰いでいた。気になった俺は仮想訓練室では無く、屋上へ向かい走った。

「異音さん」
「……ん、一夏君か。どうしたんだい?」
「え、いや……、特には……無いんですけど……」
「ん、そっか。そういう時もあるよね」

 ……会話が、詰んだ。

 ど、どうしよう。正直話題なんて考えちゃいなかったんだけど……。
 
「……そういえば、一夏君に言うことがあったよ」
「へ? 何ですか?」

 眠そうな顔で黄昏ながら異音さんは続けた。

「僕は"戦い方"を教えることはできるけど、"剣"を教えることはできないよって言っておこうと思ってね」
「……え?」
「僕はさ、あの試合……【スコーピオンⅠ】が来た時に見たと思うけど剣を使うバトルスタイルじゃないんだ。
拳と脚、この身1つで戦うのが本当のバトルスタイルなんだ」

 ……そう、だよな。

 あの映像をあれから何度も見直して、やっぱりそれしか結論が出なかったのだ。
 異音さんのバトルスタイルを見て、自分なりにアレンジを加えようと思ったけど無理だった。ベクトルが違うからだ。
 黒騎士と言う名に似つかわしくないほどに、彼は剣では無く、拳で戦う方が自然な体の捌きができている。
 
「だから……、"僕"から剣を学ぼうとは思わないでね。僕のこれは友人の真似だ。同じ道場で別の修練を積んだ友人のものなんだ」

 友人の真似。
 と、なると異音さんは裏一閃流の看板を背負った男性の友人となる。……なるほど、合点がいった。
 
「……分かりました。でも、これからも鍛錬をお願いしても良いですか?」
「……うん、構わないよ。死なないでね」
「あ、あははは……、精進します」

 異音さんはしばらくここで空を見ていると告げ、再び空を仰いだ。まるで、忘れてしまった大事なことをゆっくりと思い出そうとするような顔で。
 俺もここで見ていこうかと思ったのだが、そろそろシャルルがシャワー室から出る頃だと気付き、屋上を去った。
 師匠には先ほどのそれを伝えておこう。
 俺は師匠から受け継いだ一閃流のそれと、異音さんから学ぶその戦い方を混ぜた――新たな一歩を踏み出そうと思った。
 自分で、自分の限界を知ってみたい。そう、思えたから。
 かつて裏の看板を背負った兄弟子のように、俺もまた――何かを掴んでみたい。

 ――新たな目標ができた。 



【SIDE シャル】



 ……どうしよう。

 僕は今、シャワー室の中で固まっていた。一夏の言葉に甘えて、シャワーを浴びた結果がこれだよ。
 着替えを持ってくるのを忘れちゃった……。ベッドに置いちゃって戻るに戻れないよぉ……。
 いつ一夏が帰ってくるか分からないし、鉢合わせなんかしちゃったら僕が女の子だって言うことバレちゃうだろうし……。
 でも今なら取りに行ける……、いやいや、あの一夏のことだから……鉢合わせするに違いないよぉ……。
 そんな思考が行ったり来たりしてシャワー室から出れなかった。あぅぅ……。

『戻ったぜー……って、シャルルまだ入ってたのか』

 戻って来ちゃった――ッ!?
 ど、どどどどうしよう!? 着替えは袋に詰めてあるままだから持ってきて貰えば……いいかな。大丈夫かな。
 取り敢えず持って来て貰うためにショーツとブラを隠さなきゃ。折り畳み式のドアを押して、洗面所の籠にあるそれらを隠そうとした時だった。

「シャルル、お前着替えを……忘れて…………ない……………………か?」
「え、あ、あぅぅ!?」

 急いでシャワー室へ駆け込み、ドアを閉める。ドッキンドッキンと胸が騒ぐ。見られた? 見られた!? 見られちゃったの!?
 前屈みだったからし、下は見られて……無いよね? うぁああああああ?!

「え、えっと……シャルル? その……、着替え……ここ置いとくな」
「う、うん。あ、ありがと……」

 トトト、と出て行く足音が聞こえ、パタンと洗面所側のドアが閉まった音が聞こえた。
 そして、

『うぉおおおおお!! 良かったぁああああ!! 俺はノーマルだったぁあぁぁあああ!!!』

 ……よく分からないけど、喜んでいるみたいだ。

 なんとなくそれは僕の裸を見て、と言うわけでは無く、違う理由な気がするよ……。
 髪や体の水滴をバスタオルで拭い、僕は複雑な気持ちで着替えた。コルセットは……いいよね。もう話しちゃおう。
 ドアを開き、脱いだ服を詰めた袋を握りながら部屋の奥の方を見やる。
 すると、キッチンの方から一夏がひょこっと笑顔で出てきた。

「シャルル、風呂上りにお茶でも飲むか?」
「あ、うん。お願いしようかな」
「おう!」

 ……あれぇ? なんか複雑だけど良かったのかな……、分かんないや……。

 取り敢えずお茶を飲んでゆっくりした後、全くさっきの話題を振ってこない一夏に本題を打ち明けることにした。

「えっと……一夏」
「ん? どうしたんだ?」
「僕が女の子だって知って……、何かないの?」
「何って?」
「いや……、騙してたのか! とか、どういうことだよ! とか男のフリなんかなんでしてたんだ!? とか……?」
「ああ……、そのことか。いやー……、ちょっと予定外の嬉しさがあってだな……。すっかり忘れてたぜ」
「」

 ぼ、墓穴掘ったかな……。もしかして……。

「まぁ、言いたいなら聞くけど、言いたくないなら無理には聞かねぇよ。何か理由があるんだろうしさ」
「まぁ……、そうなんだけど……。僕の実家……デュノア社の社長がね、僕のお父さんなんだ」
「ふむふむ、それで」
「……お父さんはね、黒騎士のミーハーなんだ」
「……は?」
「だから、黒騎士に近づいてサインとか何か情報とか探ってこいって……、で、ついでに一夏のデータも取ってこいって……」
「……俺、ついでなのか……」
「………………うん」
「………………そっか」

 凄く残念そうな顔で落ち込んでいる一夏。ふ、複雑だよぉ……。

「それで何でそれが男のフリに繋がるんだ?」
「僕ってね……、妾の子なんだ。でも、お父さん……正妻と愛人両方を堂々と愛してる人なんだ……。しかも、親馬鹿なんだ、相当の」
「そ、それは……何とも凄い人だな……、色んな意味で」
「うん。特に困ったことも無いし、あるとすればお父さんのミーハーくらいなんだ。それでね……ここが一番肝なんだけど……」

 お茶を一口飲み、お父さんに言われたことを繰り返す。

「男の子っぽい恰好で、それっぽくやれば男の異音さんと接点が持てるかもしれないからって……。実はさ、登録は女性なんだ。
でもね、男の子っぽい恰好で、男の子っぽい仕草で転入面接受けたら……」
「男の娘と認定された……と」
「うん……。初めて知ったよ、こっちの文化にそんな種類の性別があるなんて……」

 まぁ、人は違ったけど男の一夏と同じ部屋になったし……、あながち失敗じゃないんだよね……。

「……そういや、自分から性別のこと1回も言って無いな」
「うん、それもお父さんの作戦なんだ。取り敢えず笑ってれば僕なら流せるだろうって……」
「あー……、そうだな。流れるな、うん」

 うんうんと力強く頷く一夏。それは……どういうことなのかなぁ?
 お父さんに聞いても『可愛いな、シャルロット。本当に可愛い』って言って頭を撫でてくれるだけで、結局流されたし……。
 
「まぁ……良いんじゃないか?」
「え?」
「男の子っぽい恰好でも、女の子っぽい恰好でも、シャルルがしたい恰好をすればいいんじゃないか?」
「……そうだよね。名前しか詐称してないし……、別に性別に嘘をついているわけじゃないしね……」
「まぁな……。名前だけこっそり直せばいいんじゃないか?」
「ふふっ……、そうだね。そうしようかな。でも、織斑先生に言いに行けばバレちゃうんじゃないかな、僕の名前だと」
「本当の名前はなんて言うんだ?」

 そう一夏は、真っ直ぐな瞳で尋ねた。嘘も、下心も、その手の感情がこもっていない純粋な瞳で。
 友人の本当の名を知りたい、ただそれだけの意思がこもった瞳だ。

「シャルロットだよ。シャルロット・デュノア。それが、"私"の名前。お母さんがつけてくれた大切な名前」

 病気で死んじゃったお母さんのことを考えながら、僕は笑顔で一夏に伝えた。私の本当の名前を。
 一夏は――、頬を赤らめぽりぽりと頭を掻いた。

「そっか……。確かにそれじゃバレちゃうだろうな……」
「でしょ?」
「じゃあさ……、"シャル"って言うのはどうだ?」
「え?」
「ニックネームみたいなもんでさ。事情を知ってる俺と2人時はシャルロットとして居てさ、外に居る時はシャルとして過ごせばいいんじゃないか?
性別:シャルみたいな感じでさ!」
「ふふっ、なにそれ」
「いや、日本には色々な用語があってだな……。
その1つに性別がどっちか分からないその人のニックネームを、性別として用いて、性別:○○みたいな感じで言う手もあるんだ」
「そっか……。僕、性別:シャルなんだね……。ふふっ、これって僕達2人の秘密だね」
「ああ、そうだな。俺達だけの秘密だ」

 ……2人だけの秘密……か。な、何かロマンチックだね……これ(///)
 
「まぁ、取り敢えず……名前の件だけど……」
「うん」
「異音さんに頼んで千冬姉に言えばいいんじゃね?」
「あー……、そうだね」

 異音さんなら……、しれっと言って、『そうか』と織斑先生が答えて、受理されそうな気がするよ……。

「と、すると異音さんにも説明しなきゃいけないんだけど……。シャルはどうする?」
「う、うーん……。ボロが出た時に異音さんならフォローしてくれそうだし……、お願いしようかな」
「ん、分かった。じゃ、連絡してみるか」

 白い携帯を取り出して一夏がキッチンの方で異音さんに連絡した。数分後くらいに部屋のドアがノックされた。
 一夏が開けると、灰色のパーカーに黒のジャージパンツと言うラフな部屋着を着た異音さんが居た。

「ん、お邪魔するね」

 部屋に入って来た異音さんは僕の方を見て、納得したような顔で微笑んだ。
 その後、椅子を引っ張り出して丁重にもてなした異音さんに、先ほど一夏に話した話を伝える。

「……ん、なるほどね。僕は何をすればいいのかな? サインでも書けばいいのかな?」
「あ、あはは……。僕、名前を詐称しているのでこっそり直してくれるよう織斑先生に言って貰えないかなって……」
「ああ、なるほどね。……僕も詐称しまくりだし、ちょうどいいし直そうかな」
「「え゛」」

 なんか凄いことをサラッと言われた気がするよ!?

「変更するお名前は?」
「しゃ、シャルロットです」
「ん、確かに頼まれたよ。それじゃ、そろそろ戻るね。夕飯を作らなきゃいけないんだ」
「……千冬姉をよろしくお願いします」
「ははっ、うん、頼まれたよ。最近はラウラちゃんも居るから千冬さん楽しそうでね。よくお酒に酔った時にいっつも一夏君のことを頼まれてるんだ」
「……マジかぁ」
「ま、それだけ期待されてるんだよ。愛しい家族なんだから、さ」

 そう異音さんは寂しそうな瞳で言った。まるで、自分にはもう家族が居ないかのような、そんな寂しい瞳だった。

「…………それじゃ、そろそろお暇するよ」

 すたすたと部屋のドアへ向かった異音さんはくるっと踵を返して、

「ああ、そうそう。ちゃんと避妊しなきゃ駄目だよ? 学生妊娠は色々と不味いからね」シレッ
「「~~~~ッ!?」」

 とんでもない爆弾を投下して笑顔で出て行った。き、気まずいよぉ……。
 
「ちょっと頭冷やしてくる!」

 そう言って一夏は着替えを、ばばばっとまとめてシャワー室へ向かった。

 ……ふふっ、一夏はおもしろい人だなぁ。

 そんなことを思いながら、内の恥ずかしさを隠すために布団にもぐった。明日は晴れるといいなぁ……。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――"僕"の在り方/End






異音 「リクエストが無かったため、今回はラジオはありません」
昴 「えー……」
異音 「まぁ、チラ裏でほそぼそとやっているからそんなにすぐコメント来るわけないよねーってことで、諦めてね」
昴 「ま、仕方ありませんね。そう言えば兄貴の設定が色々と浮かび上がってきてますねぇ。今回とか特に」
異音 「まぁ……、2巻の内容ってラウラちゃんとシャルちゃんの出来事しかないからねぇ。むしろ一巻をやり過ぎたんだよ、たぶん」
昴 「ああ……、だから兄貴のネタやって水増しを……」
異音 「んー……、それもあるだろうけどそろそろ3巻だーって、浮かれてるんじゃないかな……?」
昴 「あはは……、そうかもしれませんねぇ。きっちりと2巻の内容をだらだらやって、本題に入ってほしいもんですよ」
異音 「まぁね、……って昴。だらだらって」
昴 「あ、し、失言でしたね……」ポーン
異音 「……なんだろう今の音」
昴 「もしかして何かのフラグの音とかだったり?」ポーン
異音 「昴、あまりしゃべらないほうが……」
昴 「あはは、別に死ぬわけじゃあるまいし……」ポーン
異音 「………………」
昴 「……………………え、嘘だよね、嘘って言ってよ兄貴っ!?」

異音 「次からは僕だけになりそうですね……」パタン
昴 「ちょ、ま。今フラグが立ちあがった音が……」

異音 「次は学年別トーナメント回の前振り回だそうです。主に箒ちゃんとシャルちゃんとラウラちゃんが頑張るそうですよー」



[30986] 十九章 ~“強さ”と言う意味は(前編)~
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/08/02 23:14
【SIDE 一夏】


 ……気まずいッ!!

 異音さんめ……、なぜあんな爆弾を置いて行ったんだぁあああああ!!
 先ほどの台詞を思い返しながら俺は冷たいシャワーを頭から浴びて文字通り頭を冷やしていた。

 ……やっぱ、寒い。

 キュッとお湯の方のバルブを捻って温かいのも出す。それにしても……、異音さんは何処か変わった気がするな……。
 いつもなら『じゃ、仲良くね』と爽やかに去って行くと思う。でも、先ほどの異音さんは悪戯めいた台詞を残して笑顔で去って行った。
 変わったのは……昨日の新薬の副作用事件を超えた今日の朝からだった。
 昨日の異音さんは、がははは、と笑いながら豪胆な姿でバイクを乗り回し、その手の友人と笑いながら馬鹿をやるような……そんな姿だったなぁ。

「……何かあったのかな」

 そういえば以前の異音さんは何処か切羽詰まっていた印象があったのを思いだした。
 そう、入学初日のような『全てを諦めた目』をしていた。次の日にはケロっとした様子だったが何処か心が晴れないようだった気がする。
 鈴が来た辺りから瞳に差す影が薄くなって、今日完全にその影は消え失せていた。
 
 ――まるで、忘れていた何かを思い出してすっきりしたような……そんな印象だったなぁ。

 屋上の異音さんの様子もそういえばなんか違和感があった。何処か……自然だった気がする。
 今思い返して気付いたのだが、いつもは、偽りの仮面をつけて振る舞うような違和感があった。昨日の一件で何か吹っ切れたのかもしれない。

 ……あれ?

 でも、束さんは昨日の出来事は記憶に残らない新薬の副作用だって言ってたし……、異音さんも昨日のことについて触れてこないし……。
 覚えていなくても、体が覚えてるのかなぁ?

「……ま、俺が考えても仕方が無い……か」

 キュッとバルブを両方閉じる。シャワー室から出て、バスタオルで体を拭き、部屋着のラフな格好へ着替える。
 部屋へ戻るとちょうどコンコンとドアがノックされた。出てみると――、鍋を抱えた異音さんだった。

「い、異音さん!?」
「ご飯食べたかい?」
「え、あ……、忘れてましたね……そういや」
「だと思って……ちょっと多めに作っておいたんだ。良かったら食べてくれると嬉しいな」
「あ……、すみません。助かります」

 手渡された鍋はまだ温かい。そして、両手で掴みを持った俺の手によりかかるようにして虚空から現れたラップに包まれたごはんを乗せられた。
 いったい何処から……しかも、温かい……。それにしても、主食におかずまで……、何ともありがたい。

「ありがとうございます! 後で洗って返しますね」
「ん、お箸は…………はい」

 虚空から現れたそれを掴み、異音さんはご飯の上に器用に置いた。白とオレンジ色の箸箱を2つ。

 ……え?

「新しく買ったものだから貰ってくれて構わないよ。それじゃ、後で感想でも聞かせてね」

 そう異音さんは笑顔で去って行った。
 よ、用意周到と言うべきか……、悪意の無い孔明と言うべきか……。
 取り敢えず、好意に甘えて夕飯にさせてもらおうかな。今の時間じゃ食堂は満席だろうし……。
 扉を閉めることができないな……、と思ったらパタンと扉が閉まった。いったいどんな仕掛けがあったのだろうか……まぁ、なんだ。
 まず先に両手のこれを置くか。

「い、一夏………………って、お鍋?」

 ふと正気に戻ったようにすっと頬から赤みが消えたシャルが尋ねる。

「異音さんがおすそ分けしてくれたんだ。匂いからして……肉じゃがだな」
「と、取り敢えずご飯とお箸を受け取るね」
「おう、助かるぜ」

 シャルが箸箱とラップご飯を上から掴んで机に置いてくれたおかげでとても楽になった。
 絶妙な温度のご飯が手の甲をチリチリじわじわと焼いていたので正直助かった。
 机の上に置いた鍋から蓋を取る。すると、ふわっと肉じゃがの良い匂いが部屋に広がった。

「へぇ……これが肉じゃがって言う料理なんだ……」

 興味津々と言った様子でシャルが鍋の中を覗き、わぁ…と嬉しそうな声をあげて喜んでいた。
 まぁ、フランスに……肉じゃがはないよな。と言うかあっちはもっぱらパンとかだろうし……。

「あ……、お皿に移し替えた方がいいかな?」
「そうだな。えっと………………策士だなぁ異音さん……」
「あはは……そうだね」

 キッチンの方を振り向く際にドアノブに引っかかっていたビニール袋に入った白い平皿が視界の端に入った。……いつの間に仕掛けたんだ?
 ま、まぁ好意に甘えさしてもらうとして……、平皿に温かくて美味しいに違いない肉じゃがを取り分け(中におたまが入っていた)、恐らく俺達のISのカラーリングに合わせて買ってくれたのであろう箸箱からお箸を出して――

「「いただきます」」

 おお! じゃががお箸でほっこり切れる……。玉ねぎもにんじんも味が浸みてて美味しいし、牛肉もいい感じに……。
 ……なんだろう、懐かしい味だ。

「え、あれ!? い、一夏なんで泣いてるの!?」
「……え?」

 気が付けばぽろぽろと目から涙が零れていた。
 なぜだろう、俺はこの味を知っている気がする。……でも、覚えていない。
 異音さんの"普通"のご飯は初めてのはずだ。なのに、なぜ、"懐かしい味"と形容したんだろうか。

「……いや、ちょっと生姜が喉奥に入っちまってさ」
「そっか……」

 若干気まずいながらも一口サイズに寄せたご飯を口に運んだ。味が浸みた玉ねぎは俺の疑問と一緒に徐々に口の中で溶けて行った。



【SIDE ラウラ】



 状況、開始。

 私の課せられた任務は2つ、"第三世代型ISの稼働データの収集"及び"被験体02号の実態を探る"ことだ。
 前者の任務は分かる、しかし、問題は後者である。
 被験体02号――現・高町異音の実態……何を探れと言うことなのだろうか。
 彼の異常なまでの成長速度の原因を探ればよいのか、
 また、彼の莫大な知識を何処で手に入れ、物にしたのかを探ればよいのか、
 はたまた、彼の"強さ"の在り処を探ればよいのだろうか。
 そもそも……、彼は私の生まれた"鉄の子宮"から人造られた存在のはずだ。
 そして、【星の屑プロジェクト】と言う超重要案件秘匿任務第88号はドイツ軍と日本(と、言っても一企業であるが。最終的に日本政府も黙認しているので構わないだろう)の共同プロジェクトだと聞いていた。
 だからこそ、分からない。
 "彼のプロフィールはドイツ軍の上官殿達に知れ渡っている"はずなのに、なぜ、こうして私が再調査を行っているか、が。
 大概の任務は疑問を持たずに黙々とこなしていたが、この任務は何処か……キナ臭い。
 キナ臭いと言っても、嗅覚のそれでは無く、これまでの経験からの勘から来るそれを"におい"と形容しているだけだ。
 要するに、私に伝えられていない"必要な"情報がある可能性がある。それを黙殺するために任務内容を端折った……、のだろう。
 
「ラウラちゃん」
「……む、なんだ?」

 千冬お姉様のベッドの上でごろごろしながら思考をしていた私を見下ろすように異音が尋ねる。
 ……ああ、そう言えば言っていなかったな。私は千冬お姉様の部屋で寝泊まりしている。
 本来ならば別の空いている部屋へ行かなくてはいけないのだが、理事長と言う優しげな女性の親切心で、この部屋で寝泊まりしてよいと言うことになった。恐らく……私がドイツ軍人であると言う点での配慮だろう。
 軍人は戦場に赴き任務を完遂し、帰還するのが仕事の1つだ。
 だが、大抵の軍人はその戦場での戦火やショックにより、フラッシュバックと言う悪夢に悩まされることになる。
 戦場で失った、又は失わせた敵味方の命の散り様の光景、目の前で行われた無残で理不尽な悲劇……。
 多々あるそれらが、体を、精神を――侵す。
 幻覚や幻聴を引き起こし、最終的には異常警戒による過剰防衛行動による周辺人物への被害。
 フラッシュバックによる第二次被害、これを考慮して一番その手の行動に寛容でありながら、かつ即座に確保などの行動に移せる千冬お姉様と異音の部屋に私は居る。
 いや、言い方は悪いが、縛られていると言っても過言ではないだろう。
 実際、千冬お姉様のおかげで精神的な不調は特に無いし、身体的な健康面から見ても異音のおかげで不調は無い、むしろ良い。
 
「鈴ちゃんとセシリアちゃんを保健室送りにしたって聞いたんだけど……」
「1vs2で遅れを取る方が悪い」

 そうだ。
 連携行動もロクに取れない素人2人が軍人であり、誇り高きソルジャーであるこの私に勝てるわけが無いのだ。
 2人なら大丈夫だとでも思ったのだろうか?

「まぁ……、ラウラちゃんの言うことは正しいけど……、やり過ぎたって言うのを自覚してるかな?」
「……ふむ、あの程度なら軽い方だろう。それに腕が圧し折れていないだけマシではないのか?」

 訓練中に骨が折れるなんて一般的なことだ。もっとも、折れるような肉体では戦場を生き残れる訳が無いのだが。
 私のその言葉を聞いて異音は……悲しそうな顔をして『そっか』と呟いた。
 まるで、無知な子供の残酷な一声に心を痛める親のような……、そんな悲しそうな顔だった。

「……ラウラちゃん、君はこれまで軍人として生きてきたんだね」
「ああ、そうだ。貴様のようにだらだらと生きていたわけではない! 幾多の戦場を駆け、幾多の同胞を見送り、幾多の敵をこの手で撃った。
私はラウラ・ボーデヴィッヒである前に、女である前に、鉄の子宮から人造られた軍人だ!」

 そうだ、私は軍人だ。この肉の一片からこの血の一滴全てが軍人としての誇りであり、私の証明でもある。
 異音は私のその言葉を聞いて言った。

「ラウラちゃん……君は"弱い"ね」
「弱い……? この私が……?」

 紛れもない侮辱――ッ!
 暗器として隠し持っていたコンバットナイフを裾の下から取り出して異音の首へと突き付け――

「だから、弱いと言ったんだ」

 た、はずのナイフの刀身は破砕の悲鳴を上げて砕け散った。
 見れば、異音の右拳がナイフの刀身の腹が在った場所で止まっている。

 ――まさか、あの一瞬で素手で砕いたのか?

「ナイフに……いや、道具に頼る戦い方は二流のすることだよラウラちゃん。君の信念はこのナイフのように砕けてしまうだろうね、きっと」
「なんだと……?」
「"力"に溺れた者は"力"によって膝を着く。君の"強さ"の理念だとそう言うことになるかな」
「…………」

 暗に、いや、堂々とこいつは"自分は私よりも強いぞ"と言っているのだ。
 ……何か、違和感を感じる。
 こいつは、こんなにも真っ直ぐ(遠回しではあるが)嫌味を言ってくるような性格をしていただろうか?
 いつもニコニコと私達が喜ぶであろう選択肢を取って、その様子を微笑ましく、かつニコニコしている異音だぞ。
 まるで、隠していた壺の蓋を取ってしまい中身が見えてしまったかのような……、そんな感じだ。
 これが、奴の"素"なのだろうか……?
 今も尚微笑んでいるが、よく見れば瞳の奥が濁っている気がする。

「……ま、僕が言うのも何だけどねぇ。ラウラちゃん、1つだけ忠告しておくよ」

 異音は踵を返し、背中を見せて言った。

「人間、堕ちる瞬間ほど大切な事に気付かないことは無いよ」

 そう表情が見えぬまま異音はキッチンへ行ってしまった。恐らく、朝食の準備だろう。
 千冬お姉様の愚弟達に振る舞う特別セットの下準備だろうな。ササミや鶏肉など、鳥類の肉を大量に使う特別セットなので下準備が必須なのだ。

 ――"強さ"か。
 
 私は……どれくらい"強い"のだろうか。
 確実に千冬お姉様の愚弟や侍娘、中国猫にフランスのアレ、……ああ、イギリスのも居たな。
 今日叩きのめしてやったように、実力は遥かに私の方が上だろう。
 しかし、異音に勝てる気がしない。
 AIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)と言う奥の手があるとしても……、知られている可能性があるし、初見で見切られるかもしれん。
 奴は【星屑プロジェクト】の要……、いや、待て。【星屑プロジェクト】の要と言っても……、すでに意味が無いのではないか?
 千冬お姉様の愚弟は"天然の男性IS操縦者"だ、そして異音は"人工の男性IS操縦者"。
 どちらが【星屑プロジェクト】の力になるか、と考えれば断然前者だ。と、なれば異音は……なるほど、そういうことか。
 すでに"見限られている"からこそ、【星屑プロジェクト】の路線が変わったのか。
 嗚呼……、だからこそ、シュレディンガーが忍び込んでいるのか。
 クラリッサ……ああ、私の隊【シュヴァルツェ・ハーゼ】の副官だ。優秀な奴で、私がよく指示を仰ぐ程だ。
 まぁ、とにかく。
 我が隊の副官から『箱猫の襲来の可能性があります』との極秘通信を数日前に聞いていたのだ。
 恐らくこの前の異音の『副作用暴走事件』の引き金……いや、黒幕はアイツであろう。私の左目を、誇りを一度奪ったあの女だろう。
 と、なると……異音の性格の変化はそれの可能性が高いと言えるな……。
 あの女はいつもへらへら笑って、ケラケラと笑い、ギャハハハハと笑っていたからな。
 ヴォーダン・オージェの移植後にも『あー、ごめ。失敗した』なんて軽いノリでケラケラ笑いながら謝って(?)来る輩だ。何かをしないはずが、無い。
 
 しかし、

 先ほどの異音の言葉が心に残っている。
 『人間、堕ちる瞬間ほど大切な事に気付かないことは無いよ』
 それは……どういう事なのだろうか。恐らく体験談なのだろう、………………いや待て、体験談だと?
 クラリッサから送られてきた最新データを端末からコアネットワークを通じて頭の中で開く。
 これは異音から教えて貰ったISの所謂裏ワザだ。よく異音は料理のレシピなんかに使っているらしい。
 ……こほん。
 異音のデータを開く。……うむ、やはり稼働は約4年前だ。……………………どういうことだ? 確実にそんな時間は――、

「あ、ラウラちゃーん。明日の朝ご飯何が良いー?」
「ホットケーキとやらを頼む!」
「ラウラちゃんにはココア付きだね、分かったよ」
「♪」

 キッチンから聞こえた異音の声に返事をして、口元がにやける。あの柔らかくて甘い美味いケーキが明日の朝、食べれるなんて……。
 あのふんわりとした生地、甘くてとろーりのあの茶色のシロップ……。

「~♪」フニャァ
「戻ったぞ。む? ラウラ……、ふっ。何か良い事でもあったのか?」

 臨時会議とやらで一度会議室へ行っていた千冬お姉様が戻ってきて、私を見て微笑んだ。
 私はこの嬉しい気持ちを共有して貰いたくて、一目散に千冬お姉様に抱き着いた。

「千冬お姉様! 明日の朝はホットケーキです!」
「そうかそうか」ナデナデ

 あー……千冬お姉様の手があったかいー。
 アレ、さっきまで私は何を考えていたっけ……? まぁ、いいか。忘れる程度の事だと言うことだ、別に重要なことじゃあるまい。
 そういえば、今度学年別トーナメントと言う催しがあるらしいな。
 よし、私直々に一切合財蹴散らしてドイツの科学力が世界一だと言うことを知らしめてやろう。
 ……しかし、確かツーマンセルだったな気がするな。異音と一度戦ってみたい反面、恐らく異音となら優勝が間違い無い。悩むな……。
 


【SIDE 異音】




 なぜ、僕はあんなことを言ってしまったのだろう。

 "この世界"を生きるラウラちゃん達が僕の真相――転生者であること――を知る由も無いと言うのに……。
 迂闊だった。慌ててラウラちゃんの思考を閉じさせるために声をかけて……まぁ、なんだ、あっさりと成功してしまった。
 ここ最近のラウラちゃんを分析してみた結果……、彼女は愛情に飢えていることが分かった。

 ――いや、愛情を知らない、の方が正しいか。

 生まれた時からの軍人思考、それは彼女を作ったドイツ軍上部の意向だろう。彼女が望んだ姿では無い。
 雛鳥の刷り込みのようなものだ。親(ドイツ軍)の言うことを聞いた結果、ああなってしまっただけだ。
 命令によって即座に射殺するような刷り込み様……、中々やることが鬼畜めいているようだね。さすが軍人式。
 そして、自分の感情を抑える術を教えて貰っていないと言うことは、安全装置のついていない拳銃のような恐ろしさを内包していることに相違無い。先ほどの一件でよく分かった。こりゃ千冬さんが手を出すわけだ、と。
 だからこそ千冬さんは、この部屋の中ではまるで母親のようにラウラちゃんに接している。
 ……実は本人が気が付いていないだけで外でもそうなのだが、それは言わないことにしておく。
 まぁ、このまま良い傾向に流れれば無問題。問題あれば僕が"排除"すればいいかな。……なるべく、穏便に。
 
「幾多の戦場を駆け、幾多の同胞を見送り、幾多の敵をこの手で撃った……か」

 僕に当てはめれば、幾多の戦場を廻り、幾多の同志達を葬り、幾多の敵を蹴散らした、になるのかな。
 昨日の一件以降、これまで思い出すことすらも忘れていた記憶が戻りつつあった。
 始めは違和感があったが、徐々に慣れた。もしかしてさっき言ってしまったアレは、実は僕の本心から漏れ出た一欠けらなのかもしれないな。

 ――僕は――"力"でしか、己を見いだせなかった。

 ラウラちゃんにはそんな道を歩いて欲しくは無いと思う。切に……願いたい。
 あんな血まみれでクソッタレなイカレタ世界に足を踏み入れて欲しくないのだ。あんなに純粋で良い子のラウラちゃんには。
 だからこそ、あの頃の記憶が戻ったのかな。僕が、"排除"するべき人間を各地の路地裏で狙っていた頃の記憶が。
 狙っていた……と、言っても単なるストリートファイトだったんだけども、あの頃の僕は"相手よりも強い自分"を必死に求めていたからそう形容した方が正しいに違い無い。本人が言うのだから、間違い無いだろう。
 
 ……僕って、こんなにも穢れていたっけ。

 どうも、記憶の戻り方が不安定だ。何というか……壺の上から取り出しているようで、大事に仕舞ったものが出にくいような……そんな感じだ。
 【星屑プロジェクト】は順調に進んでいる。フィギュアはネットランキングで月間一位を叩き出したし、始まった漫画と小説も大人気らしい。近々アニメ化があるとか無いとかって言う話題をちらほら聞いたりしているし……。
 嗚呼、こんなにも手を汚している僕が世界を変えようとしているのだから、世も末だね。
 正直、僕にとっての世界はとっくの昔に末だしなぁ。一度、死んでるし。まぁ、だからと言って今更計画を止めようとも思わない。むしろ、好都合だ。
 僕と言う道化が、小さな小石が、どれだけ世界と言う水面に波紋を広げられるのか、とても気になる。気になって――仕方が無い。
 
「……あれ、僕ってこんなに――」

 廃(くさ)った性格だったっけ? 
 僕のその問い掛けに、『知るかバーカ』と、心の奥底から、そう言われた気がした。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――"強さ"と言う意味は(前編)/End






いやはや……リアルがマジで忙しくて亀りました。
8巻……出るのかなぁ?
なんか一時wikiの方にえらく恐ろしい一行が足されてた時があったんだけど……。
チェックしてみればoh…と言う内容のスレが立ってたし……。
モチベ下がったのも亀の原因の1つかもしれませんねー。
取り敢えず3巻まで行かなければ……ぐぬぬぬ。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.19739198684692