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[30980] よどんだ夜に聖杯を (Fate × 化物語etc)
Name: お化けの庭◆82337570 ID:6f8b8d70
Date: 2012/09/17 20:58
はじめまして。
お化けの庭と申します。

この作品は題名の通り、Fateと他作品とのクロスとなっております。
それぞれのキャラのの設定が不幸になっています。


以下クロス元
なのは
ひぐらし
まどか☆マギカ
シュタインズ・ゲート
化物語
etc


感想やご意見をお待ちしております。



[30980] 1.「喜べ、うぬは運命を変える権利を得た」
Name: お化けの庭◆82337570 ID:6f8b8d70
Date: 2011/12/28 23:40
ジャリッ。

砂を噛んだような気がした。
見渡す限り廃墟が続く。
今は夜のはずなのに、地平線の彼方までぼんやりと見ることができる。
熱気。悪臭。そしてのたうち回る影。
そこは地獄だった。

「これが君の運命だ、岡部倫太郎」

後ろで声がした。

「どういうことだ、インキュベーター」

岡部は振り返ると、かすれた声で問い返した。

「どうもこうもない。これが君の行動の結果だ。第三次世界大戦が勃発したのはすべて君の責任だよ」

岡部は声もなくインキュベーターを睨みつける。




インキュベーター。

それは魔法少女のマスコットのような容姿をしている。
彼はどこからともなくやってきて、これからの未来を告げた。
あくまで予測に過ぎないと言いながらも。
第三次世界大戦が起こる、君の開発したタイムマシンによって。
同時に世界の真実の形も教えられた。

彼は言った。
世界は崩壊に向かっているということ。
それを食い止めているのは僕達であるということ。
方法として少女の魂を犠牲にしているということ。
その少女の魂に絶望を与えてエネルギーに変えているということ。
そのすべてが岡部には信じられない事だった。

しかし、世界はインキュベーターの予言したように進んだ。
クリスを助けるための計画に必要だったタイムマシンの開発と成功。
岡部は時を移動する危険性を実感していたので世間には公表しなかった。
にも関わらず、ひた隠しにしていたはずの技術の分散。
各国でのタイムマシン開発競争。
疑心暗鬼からなる国際情勢の緊張、そして開戦。
小さな国の小競り合いではなく、初めから核兵器を有する大国同士のいがみ合いだった。
世界情勢は、すぐさま核戦争になるのは誰もが予想出来る状況になり、どこかの国が核を使ってから世界が廃墟になるのに一週間も必要なかった。




両者の間にあった沈黙を破ったのはインキュベーターだった。

「何もかも、僕のいう通りだっただろう。さあ、どうするんだい」

インキュベーターは告げた。まるでやっとこのセリフが言えたとでも言うように。

「これが俺の行動の結果なんだな」

岡部は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

「そのとおり」

律儀に答えるインキュベーター。

「契約すれば、この結末を変えられるんだな」

「そのとおり」

ならば、と岡部は黙りこみ、そして、決断する。

「いいだろう、俺はこれから鳳凰院凶真だ。世界を壊し、世界を変える男だ。さあ。俺と契約しろ、インキュベーター。聖杯を手に入れてやる」





1.「喜べ、そなたは運命を変える権利を得た」






思い出話をしよう。

あれは僕こと阿良々木暦が、最愛の人、ひたぎを三途の川に見送ってから五十年は過ぎたあたりだと思う。
浮気したら殺すわよ、と言われていたので浮気はしていない、はず。
実際、僕の周りには女性どうこうという話はさらさらなく、世界を渡り歩いていた。
吸血鬼に近い存在になってしまった僕は、いつ死ねるかもわからないのだが、最後まで生きることを君は許してくれた。
いつまでかかっても構わない。そのかわり、僕の見たこと感じたことをたくさん話してくれといっていた。
出会った当時に比べてだいぶ丸くなったんだなぁと今更ながらに思う。
ちなみにその時は、忍と絶賛喧嘩中で影の中にはいない。
というか、忍はすでに僕の中にいる必要は皆無なので、気が向いたら勝手に会いに来る。
なんて勝手なやつだ。

それはそうとこの神社は懐かしい。
ここから忍と過去に飛んだんだっけ。
僕はとある朽ちた神社で魔方陣を書いていた。
世界のあちこちを飛び回るうちに(そう、文字通り飛び回るうちに)ふと時間を渡ってみたいと思ってしまったのだ。
何かに惹かれるように、何かに誘われるかのように。
何かがあったら忍を目印にして帰ればいいと気楽に。
僕は何の抵抗も覚えずに時間を渡ってしまった。





時間を超えた時、はじめに感じたのは強烈な臭いだった。
焼肉屋で覚えのあるような、それでいて食欲の全くわかない臭いは戦場で嗅いだ臭いだった。

次に気になったのが闇だった。
あたり一面が草木も眠る丑三つ時。
何一つ、それこそ草木の呼吸音さえ聞こえない。
そして月が出ていない、星が夜道を照らす新月の闇だった。
文明社会の世の中のどこにこんな世界があるだろうか。

僕は時渡に失敗したと直感した。
少なくとも僕の元いた時間よりもはるかに未来か、過去かに来てしまった、と。
でも、僕はこれっぽっちも悲観しなかった。
と言うより出来なかった。
吸血鬼の、しかも最凶にして冷徹なキスショットの眷属になって、僕に敵はいない、世の中の仕組みを知ったと勘違いしていたからだ。
自己分析もできないくらいに、慢心していた。
この時早くに絶望していたら、わずかでも危機を感じていたら、ほんの少しは運命を変えられたかもしれないと考えると、ちょっともったいなかったなぁと思う。



くらいなぁここどこだよ面白いなぁと気楽に歩いていると暗闇の中から声がした。
「うぬよ」

だから

「うぬよ、うぬよ。こっちじゃ」

だから、そんなに呼ばれても俺は人間じゃなくて……え。
すごく懐かし呼ばれ方をした。
されてしまった。
つい、反応してしまった。
慌てて声のした暗闇の方に注意を向ける。
そこはやっぱり黒く塗りつぶされていたが、よく見るとうっすらと、本当にかすかに。

星の光を受けて、女性の金髪が光り輝いていた。
二十歳前後だろうか。
素人目にも高級なゴシックドレスを着ていて、でもそれは下手をすると雑巾よりもぼろぼろに汚れて、破けていて。
そんな女性がアスファルトの地面に、疲労困憊といった様子で、座り込んでいた。
座り込んでいた、というのもあまりいい表現ではないかもしれない。
なぜなら彼女は、彼女の四肢を持ち合わせておらず、座るという動作が出来なかったからだ。
肩からざっくり、足の付根からざっくり。
きれいに切り取られていた。
そんな体で、彼女は鋭く冷たい視線で僕を威嚇するかのように睨みつけていた。

「うぬよ」

まるで前に経験したことのある状況だった。

「うぬよ、血をくれ」

初めてあったのにこの高慢な態度。

「キスショット、なのか……」

僕は信じられなかった。

「なんじゃ、わしを知っておるのか。いかにも。我が名はキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。最強にして最凶にして最恐の吸血鬼じゃ。」

こんな状況、普通じゃない。
初対面で、この状況で、この態度。
普通の人間だったら尻尾を巻いて逃げ出すに決まってる。
あ、今僕自分を普通じゃないって認めてしまった……。

「そこな人間、わしを知っておるのじゃろう、早く血をよこせ。わしを助ける権利を与えてやる」

あの時の僕は気が付かなかったが、彼女は精一杯虚勢をはっていた。
さして寒いわけでもないのに、体が震えていたんだから。
彼女は助けを求めるときでも、高慢な態度を取るしかなかったんだろう。
自分が自分で在り続けるためには。
僕は黙って彼女の前に膝を付くと彼女の口元に首を差し出した。

彼女は驚きの声を上げる。

「おぬし、死ぬ気か」

あまりにも意外だったのだろう。
馬鹿な事をするなと思いとどまらせるように聞こえた。
自分で望んだことにもかかわらず、だ。

「いいよ、僕はこういう役回りなんだ。それに君は今にも死にそうな顔をしている。僕は君の力になりたい」

それに君なら大丈夫だ信用できる、とは恥ずかしから言わない。

「……」

彼女はしばらく考え込んだあと、

「ありがとう、いただきます」

といって僕の首筋にあーんと噛み付いた。
とても大事そうに、血の一滴もこぼさないように静かに血を吸い始めた。
僕の意識は眠りに引き込まれていった。






やっぱり生きていた。
目を覚ましたとき、僕は壁にもたれかかりながら眠っていた。
そして幼……、忍が僕に寄りかかりながら眠っていた。
いや、まだキスショットなのか。

年齢は十歳くらいかな。
ふにゃふにゃのほっぺた。
綺麗な、身長くらいある長い髪。
幸せそうに眠っている。
口から八重歯がちょこんとはみ出している。
そしてもちもちっとしたほお。
またこんなに小さくなって、可愛いてなんのって。
乳繰り回したくなる。
襲いたくなる。

でも僕は大人なんだ、状況の把握が優先だ、と自分に喝をいれる。

ここはどこだろう。
昔だったら自分の部屋じゃない、なんて言っていたかもしれないけれど、五十年の月日は伊達じゃなかった。
現実から逃避していない。

予定調和だ。

ここにはキスショットが連れてきてくれたであろう。
一般に廃墟といってまず問題ないと思う。
部屋の蛍光灯はすべて死んでいたし、非常口の白い人の下半身がなかった。
窓ガラスもすべて割れていて、そこからツタが侵入しているから、少なくとも人が普段住んでいる様子ではない。
僕は立ち上がろうとしたが、キスショットがまだ僕に寄りかかっているのを思い出した。

「おい、そろそろ起きろ」

ほっぺたをつんつんする。

「うぅ、あと五分……」

やべぇ無茶苦茶かわいい。
もっとつんつんする。

「ごめんなさい、わしが悪かった、ぐすん」

なんだかすごい罪悪感に襲われた。

よし。
気持ちを切り替える。
まだ起きないキスショットを横たえると僕は立ち上がった。
一日中眠っていたのだろうか。
腕時計を確認したところ七時半だった。
これだけじゃはっきりとした時間がわからない。
壊れた窓から光が入ってきていないので夜だろうが。
僕は足音を立てないようにドアから出ていこうとする。

「なんじゃ、起きておったかぬし様よ。えらく早起きじゃな」

僕の背後から声がした。

「なんだ、起きてたのか」

「うむ、命の恩人がおるそばで寝坊をするはずがなかろうて。それと、忠告をせねばならんかったからな。間違っても太陽の光を浴びるなよ。ぬしは吸血鬼になったのじゃからな」

きゅうけつきになったって……。

「うむ」

彼女は頷いた。
そして腕を組んで偉そうに胸をはり、高らかと宣言した。

「われはキスショット・アセロラロリオン・ハートアンダーブレード。ハートアンダーブレードと呼ぶが良い。そしてうぬはその眷属になったのだ。喜べ、うぬは運命を変える権利を得た」

僕は違和感を感じた。
その違和感はこの世界に来た時すぐに気付くこどが出来たのに、いまさらになってやっと感じた。

「ちょっと待て、吸血鬼になったってどういうことだ」

「わからん奴じゃな、わしの名前も知っておったというのに。吸血鬼に血を吸われるということは、吸血鬼になるということじゃ」

駄目だ、全然話が噛み合っていない。
僕が言いたいのはそんな事じゃない。

「違う、そうじゃない。僕は元から吸血鬼だったはずだ」
僕がそう言うと、彼女は心底不思議そうな顔をした。

「何バカのことを言っておる。うぬは正真正銘、普通の人間じゃ。五百年人の血を飲み続けていたわしが言うんじゃ、間違いない。まあうぬの血はわし好みではあったがな」

僕は言葉が出なかった。
何のことはない。
時を渡ったときすでに、僕は闇のなかでモノが見えなかった。
忍とのラインを感じられなかった。

吸血鬼としての力を失っていたのだ。

このままでは、元の世界を見つけることができない。
僕のひたぎのいた世界線に帰れない。
僕の沈黙を、吸血鬼になったショックと勘違いしたのか、キスショットはニンマリと笑ってこういった。

「ようこそ、夜の世界へ」

「……っ」

僕は吸血鬼の何たるかを、少なくとも五十年分は知っている。
影が出来るかどうかなど些細な事だし、生きるために何が必要かも知っている。
それよりも、これからどうするかが重要だった。

「ここは……どこなんだ」

僕はパニックを抑えるために、彼女に当たり障りのない質問をした。

「む」

彼女は身長ほどもある金髪を翻しながら吸血鬼は言う。

「ここはどこだろうな。わしにもわからん。この世界がこんなことになってからだいぶたったからな。今は廃墟といって差支えのない建物の二階じゃよ」

「そうか……塾あとじゃないんだな」

「塾あと、なんじゃその『塾』とやらは」

廃墟、か。
あの学習塾あとでないことがわかってしまった。
やっぱり都合よくはいかない。

「次の質問、さっきの運命を変える権利ってなんだ。やっぱり吸血鬼ってそんなにすごいのか」

吸血鬼については十分に知っているつもりだが、そんな質問でもしないと僕は殺到してしまうだろう。
だが、キスショットの答えは予想の斜め上をいっていた。

「吸血鬼の力はたしかにすごい。しかし、それだけじゃ。運命をどうこうするだけの力などありはせん。わしの言いたいことはそうじゃない。もっと偉大な力じゃ」

「偉大な、なんだって」

「力じゃ。それを『手に入れる』権利を得たじゃよ。……どうやら気の早い連中がもう始めたようじゃ。うん、うぬは何もわかっていなさそうだから実物を見たほうが良かろう。ついてこい、アレを見せてやる」

そう言うと彼女はすたすたと部屋を出ていく。
慌てて追いかける僕。
彼女は階段を登っていた。
どうやら屋上にようがあるらしい。



階段の終点はビルの四階だった。
そこでキスショットは僕に屋根を突き破って登るように言った。
僕が吸血鬼の力をつかこなしているのをみて彼女はしきりに不思議がっていた。
吹きさらしの屋上はなかなかにぼろぼろだったが、外の景色は改めてすごかった。
元はビルの密集する都会だったのだと推測できる。
でも今、そこはビル群の原型を保っていなかった。
どのビルも途中で途切れたり、傾いたり。
あまりにも僕の知る世界とはかけ離れていた。

キスショットはしばらく何かを探しているようだったが、しばらくするとおもむろ
にビルの合間を指さした。

「アレじゃ、アレが見えるかうぬよ。あれが、力を手にいれる、儀式じゃ」

「お……おい、なんだ、何がどうなってやがる」

彼女の指さしたところでは、ときどきチカチカ光っていた。
吸血鬼の視力をもって初めて見れる距離。
そこで信じられない力を持った者どうしが、ぶつかり合っていた。
どちらも女性。
片方は剣、片方は槍、いや、杖を振り回している。
どちらも技量が普通じゃなかった。

それらは全盛期の忍か、それ以上の力を持っていると直感した。

そして杖を持っている女性は、女の子を庇いながら戦っているようだった。
ちょうど、今のキスショットとと同じ年頃の女の子を。

「可哀想に。あんな年頃の子どもまでが殺し合いに参加しているとはな。世は非常じゃな」

「殺し合いだって。あんな子どもまでが、殺し合いに参加しているだと。どういうことだ、説明しろ、キスショット」

僕は、現状が理解できなかった。
殺し合い、殺し合いだって。

「だから、アレは儀式なんじゃ。聖杯といってな、絶対の力を持つ道具を作るとともに、誰が手に入れるかを決める儀式じゃ。七人のマスターと七人の英霊が集まり、聖杯をめぐって殺し合いを行う、儀式じゃ」

「そんな、殺し合いだなんて。あんな子どもまでが。それと、僕がどう関係するんだ」

嫌な予感がした。
今までで一番危機を感じた。

「どうってわからん奴じゃな。うぬもアレに参加する権利を得たのじゃよ」
そしてキスショットは今までにないほど丁寧に、僕に向かってお辞儀をしてみせた。



「改めて自己紹介をしよう。われはキスショット・アセロラロリオン・ハートアンダーブレード。最強にして最凶にして最恐の吸血鬼。そして、こたびの聖杯戦争ではアサシンのクラスを拝命している。うぬよ、いや『ぬし様』よ。ご命令を何なりと」


そう言って彼女は、冷徹に、笑った。







[30980] 2.「大丈夫、すぐに始末してあげる」
Name: お化けの庭◆82337570 ID:6f8b8d70
Date: 2011/12/28 23:43
俺は牧瀬紅莉栖の救出に失敗した。

この結果は受け入れられない
しかし、この結末は変えられない。
そうした願いを世界が聞きつけたんだとあとから遠坂に教えてもらった。
だがその時俺は絶望して、何も考えられなくなった。
放心状態のまま、鈴羽に引きずられるようにタイムマシンに乗ったのは覚えている。
そして我に返った時、俺は戦場のまっただ中にいた。

戦場。
そこは灼熱の銃弾が飛び交い、さっきまで使っていた腕が一瞬で吹き飛ぶ場所。
昨日生きていた仲間が今日は骨だけになっている場所。
平和な日本でのうのうと生きていた俺には、生き残ることさえが厳しい環境。
そんなところに突然放り出された。
突然全身を襲う爆音。
おそらく後ろで大きな爆発があったのだろう。
恐る恐る振り返ると、黒い塊がたくさん転がっていた。
それが何を意味しているかを理解した瞬間、俺は居ても立ってもいられず闇雲にかけ出した。

爆音や銃声がそこかしこでなっていた。

ただ、がむしゃらに走る。

突然誰かが肩にぶつかった。

すまない、と叫んだ気がする。

急に肩が熱くなった。

熱い何かが押し付けられている。

離せ、離せ。

いや、火がついたのか。

もう走ってはいられなかった。

火を消さなければ。

地べたを転がりまわる。

熱い、熱い。

夢中で右肩を叩く。

叩いていた指が真っ赤に染まるのを見て、やっと銃で撃たれたのだとわかった。

死がすぐ後ろまで迫っているのを実感した。


「あんたそこで何やってるの」


突然、天使の声がした。
すごく耳に心地よい音だった。

「ちょっとあんた、怪我してるじゃない。援護するわ、そこまで走って」

天使は俺に走れと要求する。

そこまで。

あそこの影までか。

ざっと百メートルはあるだろうか。

今の俺に走れるとは思えなかった。

しかし、この声に従わないと死ぬのも間違いない。

「はやく」

また声がした。

心を決め、再び走りだした。
最後の力を振り絞り、建物の影に倒れ込んだ。
力尽きたのか。
そのまま意識が遠のいていく。

「あんたよく……」

薄れ行く意識の中で黒い影が俺に話しかけている気がした。






2.「大丈夫、すぐに始末してあげる」






次に目が覚めた時、そばのいる彼女を見て、やっぱり天使だと思った。
顔も十分に整っているし、体つきも悪くない。
特に髪が綺麗だった。
鮮やかな黒い髪。
後ろでざっくばらんにまとめており、黒いリボンと相まってとても印象的だった。
ふと、彼女には黒が似合うと思った。

彼女はずっと看病してくれていたのだろう。
俺の寝ているそばで壁にもたれかかりながらウツラウツラしていた。
起こしてはかわいそうだと、静かにしておくつもりだった。
が、寝返りをうとうとして痛みに思わず声を上げてしまった。
彼女は急に飛び起きると、厳しい目つきで周りを警戒した。
しかし、声の出所を察すると表情を和らげて話しかけてきた。

「あら、おはようよく眠れた」

予想通り、あの時の綺麗な声だった。

「あ、ああ。ありがとう。おかげで助かった」

俺は慌てて感謝の言葉を述べる。

「あなたはうなされていて大変だったんだから。よく耐えたわね」
そう言いながら彼女は俺の傷を確認し始める。

「地べたに寝かせてごめんなさい、寝心地はあんまりよくなかったでしょう。今事情があって実家に帰れなくて」

「いや、そんなことはない。ゆめうつつに君が看病してくれたのを覚えている。君のコートまでかけてもらって。何から何まですまない」

いくら感謝してもしきれない。
そう思って見つめると慣れていないのだろうか、少し照れていた。

「まあ悪い気はしないわね、そんなふうに行ってもらえると。なぜか白衣を着ている不審者さんでも。ああそうだ、私は遠坂凛。あなたは」

「鳳っ……、岡部倫太郎だ」

「ん、岡部倫太郎……。そう。ねえ、お腹空いてるでしょう。なにか作ってくるわ、まってて」

そう言うと彼女は部屋を出ていった。
部屋といってもさびれた場所だった。
窓が抜け落ち、外から陽の光がさんさんと降り注いでいる。
しばらく誰も住んでいなかったことが伺える。
実家に帰れないといっていたのと関係しているのかもしれない。

実家。

急に俺は今置かれている現状を思い出した。
今はいつで、ここはどこだ。
なぜ俺は、戦場にいる。
俺はつい、いつも感情が高ぶったときの癖で携帯を取り出し、痛い行為をしてしまう。

「俺だ。現状の整理ができない、説明を要求する。なに、こちらの状況を説明しろだと。……、わかった、こちらは」

後ろでガチャンと食器を落とす音がした。
遠坂が、立っていた。

「せっかく助けた相手がスパイだったなんてがっかりだわ」

そう言って遠坂はおもむろに何かを取り出した。


銃だった。


「ちがう、違うんだ」

「両手を上げて後ろを向きなさい」

彼女の声が恐ろしくはっきりと聞こえた。

「動きが素人のようだったからまんまと騙されたわ。大丈夫、すぐに始末してあげる。ああ、その前に説明責任は果たしてもらうわ、傷の手当てをした分だけね。じゃあまず、どこに、何を、どういう目的で伝えようとしていたのかを教えて」

彼女は天使のような笑みを浮かべながら銃を突きつけてくる。
彼女は微笑んでいた。

「いや、言わなくてもいいわよ。すぐに言いたくなるようにしてあげるから」

「ち、ちがう、誤解だっ」

「何が誤解だっていうの。その携帯はなに。その使用目的は誰の目にも一目瞭然よ」

「いや、これは違う」

彼女に見せようとして動いたのがまずかった。
彼女は俺が動こうとするのを見ると、即座に引き金を引いた。

「動かないことね。次はあなたが、その携帯のようになるわ」

俺の手にあった携帯は、銃弾を受けて、粉々に、砕け散っていた。



[30980] 3.「最初に命じたはずよキャスター。どうして令呪に逆らおうとするの」
Name: お化けの庭◆82337570 ID:6f8b8d70
Date: 2011/12/29 00:58
いつもとは違う世界。
同じ世界を何度も何度も、それこそ飽きるほど繰り返していた私にとって、何もない廃墟も楽園であり、喜びだった。
そう、喜びだったのだ。

「ばかやろう」

上官様が私を殴った。
私の体は宙を舞った。
大の大人が小さな子どもに手を上げるという行為。
それを恥とも思わない輩が、今私の目の前にいる。

「なぜ他のガキを使わない。貴様はどれだけ無能なのだ」

無能ときたか。
そんなこと決まっている。
戦場であの子たちに何が出来るというのか。
何をさせろというのだ。
生きることさえままならなかったというのに。
おちおち殺されに行くようなものだ。

「はい、自分一人で十分事足りると判断したからであります」

すぐさま立ち上がり、起立して答える私。

「ではなぜ失敗したのだ。貴様はマスター、強力なサーヴァントを従えているというのに」

「はい、相手のサーヴァントの出方をうかがってしました。敵のサーヴァントの姿さえ、未だに不明です。加えて私のサーヴァントはキャスターです。強引な攻めは敗北に直結します」

「ふん、そのためのガキどもだろうが」

再び殴られる私。

「何のためにお前たちを養ってやっていると思っている」

誰も養ってくれなどと頼んでいない。
私たちならあの廃墟でも生きていけたんだ。
誰が助けてくれと願った。
誰が拾ってくれとすがった。

「何のためにお前たちが存在するとおもっているんだ」

「はい、わたくし古手梨花は聖杯を勝ち取るために存在します。そのためにはいかなる犠牲もためらいません」

ちがう、私はただ、生きているだけだ。
理由なんて必要ない。

「よろしい。敵はただ一人だ。ただし、一人を持ってしても排除するのが難しい、というのであれば、なあ」

上官様が私を嫌な目付きで舐め回す。

「お待ちください、先ほどの失態はすべてわたくしにあります。挽回の機会をお与えください」

あの子たちを人質に取るだなんて。

「ふん、いいだろう。私も鬼ではないからな。次はないぞ」

上官様は不愉快な笑みを浮かべながら部屋を出ていった。






3.最初に命じたはずよキャスター。どうして令呪に逆らおうとするの






ドアが閉まるとすぐに抑えていた感情が吹き出す。
ちくしょうちくしょうちくしょう。
なんでなんでなんで。
もうたってなんて立っていられなかった。

「どうして、世界はこんなにも理不尽なの」

「ねぇ、どうして私を呼んでくれないの」

実体化したキャスターが後ろから抱きしめてくれた。
キャスターの声は泣いていた。
私のために泣いてくれているのかな。
頬の痛みが引いていく。
また癒しの術をかけてくれているのだろう。
でもたぶん、それだけじゃない。

「あそこであなたの力を使ったら、私はSERNに追われる身になっちゃう。そうしたら、もうあの子たちを守ってあげられない。まだ6つにもなっていない子だっているのよ。私がいなくなったら、あの子たちはどうやって生きていけばいい」

そう。
結局のところ私たちは、生活を保護してくれる存在がいないと存在を許されない。
それほどこの世界は甘くはないのだ。

「SERNを抜ければいいだけの話じゃない」

「無理よ、何度も話したじゃない。いい加減にして、あなたはもう大人なんでしょう。この組織は世界を牛耳っているのよ。逃げ切れるはずがない」

あなたは優しい。
いつでも私を一番に考えてくれている。
でも、それは私の望む一番じゃない。

「わかるよ、でも、わからない。梨花ちゃんは」

「あなたは、私の支持に従ってくれていればいい。最初に命じたはずよキャスター。どうして令呪に逆らおうとするの」

「にゃはは、そうだった。ごめんね」

そう、私は彼女に令呪を使った。
私の名に絶対に従うように、と。
令呪は絶対的なものだが、瞬発的にしか力を発揮しない。
慢性的な願いに対して、意味はほとんどないのだ。
両者の関係を悪くする以外には何も。
SERNにそう強いられた。
逆らわなかったのは、あの生活には戻れない。
気がつけば、しっかりと軍人として『調教』され、上には逆らえないようになっていた。
それがはっきりわかったからだった。
初対面の相手に、しかも子どもと大人のとの間で、そんなことを命じられても。
何もなかったように接してくれるキャスターには感謝してもしきれない。

「でもね、本当につらくなったら、いつでも泣いていいんだよ」

彼女は本当におおきい。
キャスターの温かい声が耳に心地よい。
あったかいなぁ。

「ありがとう、なのは。もう少しだけこのままで」

キャスターのぬくもりを体いっぱいに感じながら、私はすこしだけ泣いた。




「さあ、今日こそ目標を仕留めるわよ。キャスター、準備はいい」

「もちろん、いつでも大丈夫だよ」

組織の末端は腐っていても、SERNはSERNだった。
目標であった彼女、遠坂凛の潜伏地点を割り出していた。
現場付近の結界もしっかりと貼られており、救援は期待できないが、代わりに敵の増援はないと考えていいようだ。
だだし人のはった結界だから、サーヴァントにどこまで通用するかは未知数だそうだ。
つまり人間には効果があるということ。

時間は夜明け前。
襲撃するには絶好の時間帯。
問題ない。
心を空にする。
私は装備を確認し、キャスターの力を借りて廃墟に突入した。

ここは二階。


目標は不在。


白衣の男。


排除、失敗。


男は逃走を選択。


キャスターに指示、遠坂を探せ。


男の追撃を選択。


男は銃を乱射。


いち。


にい。


さん。


換装。


今、排除、失敗。


逃走。


追跡。


一階。


目標をロスト。


キャスター、検索。


男は外に逃走したよ


追跡。


外。


慎重を期す。


手榴弾。


爆破。


目標を発見。


逃走。


追跡。


排除、失敗。


目標の負傷を確認。


目標をロスト。


物陰。


物音。


回避。


あぶなかった、狙撃か。


心が乱れてしまった。

「キャスター」

何をしていたんだ。

「すみません、マスター」

キャスターに狙撃があった方向に向かわせる。
どうせ、すでに撤退済みだろうが。
しかし、収穫はあった。
どうやら報告にあった参加候補者のようだ。

「おい、お前。なにか言い残したことはあるか」

返事はなかった。
怯えているのが手に取るようにわかる。

「じゃあ、ばいばい、白衣のお兄ちゃん」

引き金を引く。
しかし私の意思に反して銃から弾はでなかった。

え。

指が、なくなっている。

「ごめん、まだ殺させるわけにはいかなかったんだよね」

おどけた声がした。
気がつけば、男の前に、剣を持った女性が立っていた。
彼の後ろには使用後と思われる魔方陣があった。
夜明け前を選んだことが裏目に出た。
油断した。

目の前の女が口をひらく。

「まにあってよかったよ、マスター。さぁて、これからは魔法少女さやかちゃんが、ばんばん頑張っちゃいますからね」

まずい、間に合わない。

迷っている暇はなかった。

令呪をもって命ず。

「はやく助けに来い、キャスターっ」









やっと参加者全員がそろったね。

ねぇ、聞いてもいいかい。

なぜ聖杯戦争を始めるのに十年以上もの時間をかけたんだい。

ん、力を手に入れるためだって。

どうしてだい、戦力ならすでに……なるほどね。

確かに君の言うとおり、このゲームは静観を決め込んだほうが、戦いにおいて有利だ。

ああ、そうか。君は大量の駒が欲しかったんだね。

穴熊を決め込んだマスターを巣穴から無傷で追い出すために。

だからSERNで上り詰めたんだね。そして、子ども達を文字通り神へのお供え物にした、と。

うん、今の君にぴったりの言葉があるよ。

……たしかに僕は人間のもつ感情と言うものがどういうものかはわからない。

でもね、僕も長い間人間を観察してきたから、人間がこんな話を聞かされた時、どんな反応をするか予測はできるんだよ。

今の君はね、人間が言うところの『悪魔』ってやつにそっくりだ。

どうだい、あっているかい。

……ひどいなぁそんなに笑わなくてもいいじゃないか。

それに僕も今は聖杯の定義する『悪魔』だ。

……大丈夫、自由だった昔ならまだしも、枠に縛られている今の僕に戦況のすべてを俯瞰することなんてできやしない。

まあ、安心したよ。

僕を理解してくれる人間は少ないからね。

今の僕は本当に何もできやしない。

戦えないし、恐怖という感情もないから危険から逃げもしないだろう。

僕に戦えと命じない、かつ、考えを共感できる君みたいな人が僕のマスターでよかった。

聖杯をよろしくたのむよ、鳳凰院凶真






[30980] 4.「アーチャー、これってひょっとして……」
Name: お化けの庭◆82337570 ID:6f8b8d70
Date: 2012/01/02 01:21
父様、ご無沙汰しております。

このたび、私、遠坂凛は聖杯戦争に参加することを決めました。

父様と同じ舞台に立てることを嬉しく思います。

そのご報告を兼ねてご挨拶に参りました。

父様は私に生き残れと常々おっしゃっていましたね。

死んだらすべてお終いだ、わざわざ、死地に赴くようなことをするな、と。

それでも私は聖杯戦争に参加します。

私の力だけではどうにもならない願いがあるのです。

そしてその願いは、何が何でも叶えないといけないたぐいの願いなのです。

そのために、父様に教えていただいた知識を使うことをお許し下さい。

大丈夫です、勝算はあります。

世界情勢は変わっても、魔術師のあり方を全く変化がありませんから。

父様が日頃からおっしゃっていたSERNへの対策も怠っていません。

必ずや生きて戻ることをお約束します。

ただひとつ気がかりなのは、この決断を父様が許してくださるかということです。

私は思うのです。

人は何のために存在するのか、と。

今の私は、父様に拾っていただいたからこそ、ここに存在しています。

あの時の私は、父を失い、母を失い、また自身も死ぬのだと思っておりました。

その運命から救ってくださったのは、父様なんです。

そして父様は私を救い、養ってくださった理由を、ご自分の幸せのためだ、自己満足だ、とおっしゃっていました。

しかし、私にとって命を拾っていだだいた事実は揺るぎないものですし、父様と過ごした日々は幸せなものでした。

私は、父様からたくさんの幸せをいただいておりました。

父様は自身の幸せを追い求め、その結果、私を幸せにしてくれました。

だから、経験の浅い私には、人は己の幸せを追求するために存在する、と思えてなりません。

この考えは間違っているのかもしれません。

ですが、今の私の精一杯の答えです。

私は自分の幸せのために参加するのですから、きっと、許してくださると信じています。

それでは、行ってきます。






少女は墓の前で黙祷を捧げたのち、何かを心に決めたような綺麗な顔をして立ち去った。
彼女が祈りっていた墓石には『衛宮切嗣』と刻まれていた。







4.「アーチャー、これってひょっとして……」



慣れない戦場に入って数日。
やはりここは、生きていくことさえ難しい世界だった。
特に孤独というのはつらいものだった。
警戒、作戦、戦闘。
すべてを一人でこなさなければならないからだ。
先ほど見回りの途中であった、SERNからの奇襲。
アーチャーが知らせてくれなければ、殺されていたかもしれない。
父様から受け継いだ知識のすべてを、ここで再現出来なければ生き残れない。

やはり、仲間が欲しい。
出来ればSERNは魔術関係者でなく、敵になる心配のない仲間が。
地元のゲリラを利用しようかとも思ったが、訓練も受けていない人間が群れると、手が付けられなくなるから却下した。
今回の争奪戦への参加、早まっただろうか。

それにしても、魔術否定派のはずのSERNがマスターを投入してきたことには驚いた。
しかもマスターがあんな子どもだなんて。
今の世界を支配する組織は、やっぱりやることがちがう。

ともあれ、子どもまでもを疑ってかからないといけないと実感出来たのは収穫だった。
早く気持ちを切り替えなければ。
私の聖杯戦争は始まったばかりなのだから。




彼を発見した時から、違和感を感じてはいた。
薄汚れた、しかし戦場にいるにしては綺麗な白衣をまとっていたからだ。
しかも挙動不審にあたりを見回している。
彼の後ろで爆発があった。
おそらくゲリラとSERNとの交戦だろう。
彼は爆音を聞いて初めて、状況を理解したらしい。
彼は怯えるように走りだした。
パニックになっているのかもしれない。
私はなんだか放っておけなくて、後をつけていく。
彼が流れ弾にあたった時、そこは戦場にもかかわらず叫んでしまった。

「あんたそこで何やってるの」

叫んでから、しまった、と思う。
しかし後の祭りだった。
私も甘い。
彼に駆け寄る。
彼は肩を抑えて地面を転げまわっていた。

「ちょっとあんた、怪我してるじゃない」

さっきの声が誰かに気づかれたかもしれない。
ここで治療するのは危ない。

「援護するわ、そこまで走って」

すぐそこの廃墟を指さす。
彼は痛みで頭が回らないのかなかなか動いてくれなかった。
辛いのはわかる、でも。

「はやく」

思わず声を強めてしまう。
やっと状況がつかめたのか彼はのろのろと走りだした。
私も周りを警戒しながら彼に続く。
彼は廃墟にたどり着くと、力尽きて倒れてしまった。

「あんた、よく頑張ったわね。あとは任せて、安心して眠りなさい」

まあどうせ、聞こえてないでしょうけど。




彼の時間の速度を二倍に遅らせると、私の工房に彼を運んだ。
工房といっても、聖杯戦争の間だけのまがい物で、見た目はそのあたりの廃墟と変わらない。
実際、周りの廃墟との違いは、見つかりにくいように結界をはっただけである。

彼は肩を撃たれていたようだが、弾は貫通していたので傷は塞ぐだけですんだ。
ただ、彼の着ていた白衣の腹の部分にも血がついていたときは、ぞっとしなかったが。
幸い彼の血ではなかったが、どうやらいろいろ事情がありそうだ。

それと彼の右手の甲に面白い物を見つけた。

「アーチャー、これってひょっとして……」

「令呪のようだな」

頬が緩むのを自覚した。
どうやら私はとんでもない拾い物をしたらしい。
運が向いてきている。
今の状況を考えると、もしサーヴァントがいれば彼を助けに来るはずだ。
彼はまだ、契約していない。
しかも先ほどの慌てぶり。
戦場はおろか、聖杯戦争も知らないかもしれない。
ひょっとして、聖杯が呼び寄せたのかな。
有り得ない話ではない。
聖杯は英霊を呼び寄せ、実体化までさせてしまう。
どこからか、人間一人連れてくることくらい簡単だろう。
私は聖杯への期待が一層高まるのを抑え切れなかった。



彼が目を覚ます前に、魔術で彼の令呪を隠しておく。
彼がこの痣の意味を知っていても知らなくても、こっちのほうが交渉を有利に進められると考えたからだ。
ついでに時間の歩みを元に戻しておいた。
この魔術は、かけられた人に負担をかけてしまうから、眠っている間に済ませてあげるのが親切というものだろう。
父様から教えてもらった魔術を改良したものだ。
しかしこれはなかなかに魔力を消費してしまう。
さて、私もひと眠りするかな。




[30980] 5.「お詫びと言ってはなんだけど、ここで生きる術を教えて上げるわ」
Name: お化けの庭◆82337570 ID:6f8b8d70
Date: 2012/01/02 07:44
突然の悲鳴に私は飛び起きる。
襲撃か。
私の結界に反応しないなんて。
無意識に愛用の銃を手に取り、周りを見渡す。
あれ、何も起こっていない。
白衣の彼がマジマジと私を見ていた。
どうやら勘違いだったようだ。
顔が顔がほてるのを感じる。

「あら、おはようよく眠れた」
ごまかすように言う私。

「あ、ああ。ありがとう。おかげで助かった」

ふむ、少なくとも状況がわからない程のバカではないようだ。

「あなたはうなされていて大変だったんだから。よく耐えたわね」

そう言いながら彼の方の包帯を解いていく。
うん、良い感じに傷がふさがってきている。
さすが私。

「地べたに寝かせてごめんなさい、寝心地はあんまりよくなかったでしょう。今事情があって実家に帰れなくて」

「いや、そんなことはない。ゆめうつつに君が看病してくれたのを覚えている。君のコートまでかけてもらって。何から何まですまない」

いやね、私が術を解いたときの激痛に無反応だったら怖いんだけど。
まあいいや、感謝されるだけのことはしているわけだし。
慌てて言い訳をする私。
あれ、誰に。
自分に……。

「まあ悪い気はしないわね、そんなふうに行ってもらえると。なぜか白衣を着てい

る不審者さんでも。ああそうだ、私は遠坂凛。あなたは」
煙に巻くように畳み掛ける私。

「鳳っ……、岡部倫太郎だ」

え。
一瞬、思考が止まってしまった。
こいつ、今、なんて言った。

「ん、岡部倫太郎……。そう。ねえ、お腹空いてるでしょう。なにか作ってくるわ、まってて」

部屋を出ていく。




5.「お詫びと言ってはなんだけど、ここで生きる術を教えて上げるわ」





普通携帯食くらい手元に置いておくのが普通だ。
彼にしっかりしたものを食べさせたいわけでもなく。
私が部屋を出たのには気になったことがあったからだ。

「アーチャー、いま、彼は岡部倫太郎って言ったわ。それに嘘はなかったの」

「ああ、彼から漂わせる臭いから、嘘の匂いはしなかった」

アーチャーは彼が嘘をついている可能性を否定してくれた。
ならば。

「そう。じゃああなたの意見を聞かせてアーチャー。彼はあの、岡部倫太郎だと思う」

「いや、その可能性は低いと思う」

私もそう思う。
凶真といえば恐怖の弾圧者だ。
彼とでは、伝わってくる印象が違いすぎる。
しかし、アーチャーの思考基準も知っておきたかった。

「なぜそう思うの」

「君が推測した通り、私にも彼は素人に見える」

「確かにその通りだわ」

「それに、彼からは犯罪者特有の嫌な匂いがしない。善良な一市民といって間違いない」

アーチャーは人の心が読める。
彼独特の方法のそれは、今のところ百発百中。
絶対の信頼が置ける。

「じゃあ、彼は同姓同名の別人、彼を利用する方針で問題ないかな」

「問題ないと思う。しかし、最後の判断をするのは君だ」

「そのとおりね」

私自身は父様にしてもらったように助けてあげたいのだけれど。




少し時間がかかってしまったかもしれない。
早く部屋に戻らないと。
しかし、中から話し声が聞こえてくる。

「なに、こちらの状況を説明しろだと。……、わかった、こちらは」

一気に頭が冷める。
こいつは……敵。

「せっかく助けた相手がスパイだったなんてがっかりだわ」

あーあ、また失敗した。
突入前に先に銃をだしておくべきだった。
私はまだまだ甘い。

「ちがう、違うんだ」

彼は私は怯えていた。
なかなかの演技力。
舞台で英雄になれるわ、私が太鼓判を押してあげる。

「両手を上げてこちらを向きなさい」

ほらほら、早く早く。

「動きが素人のようだったからまんまと騙されたわ。大丈夫、すぐに始末してあげる。ああ、その前に説明責任は果たしてもらうわ、傷の手当てをした分だけね。じゃあまず、どこに、何を、どういう目的で伝えようとしていたのかを教えて」

しかし、私の予想に反して彼は震え続けるだけだった。
何か仕掛けてくれればすぐに始末してあげるのに。
あ、でもすぐに撃っちゃいけないんだっけ。
反省反省。

「いや、言わなくてもいいわよ。すぐに言いたくなるようにしてあげるから」

「ち、ちがう、誤解だっ」

「何が誤解だっていうの。その携帯はなに。その使用目的は誰の目にも一目瞭然よ」

「いや、これは違う」

だから、演技はもういいって。




引き金を引いたのはとっさの反応だった
そして、私はの怒りの熱は一気に覚めてしまった。
彼の唐突な行動を予測出来なかったから。
彼は怒るのでもなく、怯えるでもなく、自暴自棄に走ったわけでもなかった。
彼は狂ったように泣き出したのだ。
人の前で、銃をつきつけられているにも関わらず、だ。
膝をつき、苦しそうにむせび泣く。
彼は、仕切りに人の名前を読んでいた。
クリス、クリス。
彼の上げる叫びは、魂が引き裂かれているような悲痛なものだった。

「アーチャー、念のために確認するけど……」

「君は彼が、未だに演技をしているようにみえるのかい」

彼のうずくまるその背中は、とても哀れなものだった。




彼がまともに話が出来るよになったのは、日がくれてだいぶたってからだった。

「どう、そろそろ落ち着いた」

「ああ」

彼は、ポツポツと話し始めた。
自分のつまらない遊びがきっかけで、世界が変わってしまったこと。
変わってしまった世界では必ず親友が死んでしまうこと。
それを修正するために世界線を奔走したこと。
その過程で、クリスという女性を好きになったということ。
世界の修正が彼女の死につながってしまったということ。
時折辛そうにしながら、それでも最後まで、語ってくれた。
また気がついたら、戦場にいたようだ。

つまり、こいつは、聖杯に引っ張られて来た異世界組なわけだ。
平和ボケのド素人の動きも当然だったのだ。
それにしても話の過程で出てきた世界線という概念。
もし私がしっかりと魔術を修めようとしていたのなら、食いついていた話題に違いない。
全然興味ないんだけどね。
そして、私が壊してしまった携帯電話についても語ってくれた。
彼が行なっていたことは、豆腐メンタルからくる、その、……癖みたいなものらしい。
アーチャーがいなかったら納得など出来るはずもないことなのだけれど。
携帯電話は、世界線を移る鍵だったそうだ。
そんな大切なものを壊してしまった私。
アーチャーに修理できるかこっそり聞いてみたのだけれど、彼の知識では不可能だそうだ。

次は私が説明する番だった。
何もわかっていない彼に、今の世界情勢と聖杯戦争について教えてあげた。

「あ、あのさ」

恐る恐る話しかける私。

「ん」

「お詫びと言ってはなんだけど、ここで生きる術を教えて上げるわ」

彼は無言だった。

「一緒に聖杯を目指してみない」

「なぜ」

「なぜって……。聖杯は何でも願いが叶うのよ。クリスさんて人だってきっと」

「馬鹿な事を言うな。死者は生き返らない。どんな奇跡が起こっても」

確かに彼の意見は正しい。

「そもそも、君自身の願いがあるだろう」

確かに彼の意見は正しい。

「他人を構っている暇があるのか」

確かに彼の意見は正しい。
私に否定的な発言ばかりする彼。
でもちょっとまで。
君を待っている間私だって辛かったんだぞ。
なんで私が言い負かされ続けないといけない。
私は、懐の奥底に閉まっていた堪忍袋の緒を引きちぎることに決めた。

「ああ、もう、うっとうしい。いい、あんたの命は私が拾ったの。私が治したんだから、私のために働きなさい」

彼ははじめ、私に何を言われたのかわからなかったようだ。
そして、徐々に頭が回り始めたようだ。
彼の顔は真っ赤になっていた。

「そうまでして俺に生きろと。ふ、ふははははは。いいだろう小娘。この俺、マッドサイエンティストの、鳳凰院凶真が直々に面倒を見てやる。ありがたく思え」

あ、こいつ今変なスイッチ入った。
マッドサイエンティストってなんだよ。
まさかこんな馬鹿馬鹿しいやつの妄想とSERNの権力者の名前がかぶるなんて、世界は面白いものね。
まあ、そんなこんなで、私と彼との共闘関係が始まった。









こんな展開は望んでなかったはずなのにorz
遠坂視点、もう一回だけ続きます。

それと、文章の長さはどうでしょうか。
一回の投稿でもっと文を長くしたほうがいいでしょうかね?


誤字修修正しました。
報告ありがとうございます。



[30980] 6.「ところが、そうはならんのじゃな」
Name: お化けの庭◆82337570 ID:6f8b8d70
Date: 2012/01/10 23:55
ここが襲撃された時は、岡部に囮役をやってもらいたい。
こう提案したとき、彼は何のためらいもなく快諾した。
正直、拒否される前提で提案した私はおもいっきり肩透かしを食らった形になった。
彼曰く、この世界線で俺が死ぬ運命にない限り、死ぬことはないから問題ない(あんなにパニックになっていたのに)、だそうだ。
彼なりの人生哲学なのだろう、よくわからないが。
そんなに簡単に、割り切れるものなのだろうか。
しかし、彼が快諾してくれたお陰で、SERNの襲撃に対し余裕をもって行動することができた。


彼を囮に使う。
つまり、私は身を隠せるということ。
アーチャーの能力を十全に活かせるといういこと。
私は岡部を常に視界に入れるようにしながら、狙撃ポイントを探す。
岡部は上手く野外に出たようだ。
襲撃者は前に襲撃を受けた時の時の子どもだった。
同時に、大きな魔力が動く気配も感じた。
あの子のサーヴァントだろう。
彼女は早く叩いておきたい。
私と同じく重火器を使う彼女に対して、私の戦い方はあまり有利がつかないのだから。
おそらく私を探している。
しかし、私は見つからない自信があった。
私の工房の周りには、私の魔力を付加した銃が何発も設置し、敵を混乱させる。
遠隔操作で発射でき、隙あらばマスターを狙撃する。
私はこの囮作戦では、魔術を使う予定はない。
そしてここは、私の結界領域なのだ。
領域内の生き物の動きは、なんだって感知できるし、ごまかせる。
魔力と、狙撃の方向の二方向から探そうにも、敵は混乱するばかりである。
仕掛けた銃で狙撃し、敵をこちらの都合のいいように誘導する。

二人の動きが止まった。
まあ、悪くない。
私は今の場所で狙撃をすることに決め、うつ伏せになる。
薄く埃が積もっていたそこは、ひんやりとしていて冷たかった。

「アーチャー。例のものを」

私のマントから私が望む銃が『変化(ターン)』してくる。



その銃は、明らかにこの世界で作られたものではなかった。

全長百二十センチほどの狙撃銃。
有効射程距離は、街一つをカバー出来るほど。
だが、狙撃というものは目標との距離が開けば開くほど手ぶれや、風、重力の影響も大きく影響してくる。
そのため人の身では、無限遠方の的を撃ちぬくなどという芸当は出来るはずもないが、使用者の狙撃技術をこの受けなく引き出すものに違いなかった。
間違いなく現存する銃の中で最高のもの。
仮に時代が戦争に特化しても、三世代や四世代進んだくらいでは足元にも及ばないだろう。

しかしその銃はそれだけでは留まらない。
同じように今の技術では説明出来ないほど軽量化された光学照準器が二つ付いているのだ。
周りの状況に左右されず、望んだ場所を見とうせるスコープ、いわば「千里眼」とも呼べる物がひとつ。
もう一つ補助として、対象の熱を正確に描写する熱感知スコープ。
魔術師が魔法を使う時、体温が上がることに気がついた切嗣は熱感知スコープの利便性に気がついた。
魔術師がどのタイミングで魔術を発動しようとしているかが手に取るようにわかるからである。

さらに、こちらは魔力を全く使用しないため、敵は当然魔術を使ってくると思い込む魔術師にとって見つけるのはほぼ不可能となる。
凛は彼の知識をあますことなく記憶し、自分の戦いに上手く組み込んでいたのである。
そもそも、魔術師は現在の世界を目にしてもなお、科学技術を過信している傾向がある。
予期せぬ火器による攻撃に対策せずにやられれることは多い。
戦闘において、凛の思考は、必要なことを合理的に、最小限の行動で行うことを最善と規定している。

彼女の銃はその思考を反映したものであり、その考え方はまさしく、魔術師殺しと言われた衛宮の後継者である、と呼ぶにふさわしいものだった。






6.「ところが、そうはならんのじゃな」






凛の覗いていたスコープが突然、闇にそまった。

「アーチャー、なに」

「君は時々道具に頼りすぎる癖があるようだ。目標だけでなく、周りをよく見ろ。あのままだったら目が焼け焦げている。サーヴァント召喚の光だ。おそらく岡部がサーヴァントの召喚に成功している」

彼の言うとおりだった。
彼の後ろには魔方陣があり、彼を守るように女性が立ってた。
私の読みは当たった。
岡部は、呪文を教えてもサーヴァントを召喚出来なかった。
魔術師としての指導を受けてこなかったからだと思う。
そこで私は、荒療治という名の賭けに出ることにした。
彼を極限状態におき、聖杯自信にサーヴァントの召喚を強要するという荒療治。
岡部は令呪をその右手に宿している。
そして、サーヴァントが未だ全ての数が揃っていないのだとしたら。
聖杯が岡部にサーヴァントを送りつけてくる可能性は十分にある。
結果は見ての通りだ。

彼の召喚したサーヴァントは、剣を多用していることからおそらく、セイバーのクラス。
白のマントをまとったそれは、夢物語にくる魔法戦士のそれに似ている。
彼女は細身の剣を手に囚われの姫を救わんとする騎士を連想させた。
銃を握る手に無意識に力が入ったのだろう。
アーチャーが話しかけてくる。

「私がセイバーでなくて不満か」

「何拗ねてるのよ、そんなはずがないわ。あなたは私にとって一番相性のいい相棒よ、アーチャー」

そう、彼は私にとって一番の相棒。
私が戦い、彼がサポートする。
私の戦い方において、これ以上の相棒はいないだろう。
そんなに私が信用出来無いの。
いいわ、私が最高の相方だと、不満などかけらもないと、これから証明してあげる。

戦場に注意を戻す私。
状況が動いていた。
襲撃してきた子どもは、自分のサーヴァントを呼び戻していた。
しかし、状況は私達に有利に進んでいるようだった。
岡部のセイバーが、敵の白いサーヴァントを圧倒していた。
セイバー近距離戦において圧倒的に有利というのが通説だ。
そして、実際にそのとおりだった。
見ていてわかる。
近距離での選択肢が圧倒的に多い。
多すぎる。
彼女は刀を敵に向かって突き出す。
敵は手に持っていた金色の槍のようなものでそれを振り払う。
と、同時に小型の衛星のようなものを空中に生み出した。
槍と同じく金色で、刃の部分だけが独立しているようだ。
小型の遠隔装置のようだ。
セイバーはかまわず、もう一方からもう一本突きが繰り出す。
敵は遠隔装置を使って刀を薙ぎ払う。
ところが、払ったはずの刀の軌跡から新たに刀が突き出されていた。
セイバーは次から次へと刀を生み出しているのだ。
剣の腕でなく、敵を食い尽くすが如くの物量で圧倒するセイバー。
彼女があの量の剣をして剣技を披露したら、対処する方法があるとは思えない。
私なら、距離をとろうと後退するはず。
敵のサーヴァントも私と同じだった。
すぐに下がろうとする、が、セイバーはそれより早い速度で敵の懐に飛び込もうとする。
遠隔装置で阻む敵。
しかも敵は、後ろに自分のマスターを庇っていた。
いつまでも下がり続けるわけにはいかないだろう。
敵にとってこの状況が続くというのはセイバーの勝利を意味する。


ならば敵はどう動くか。


私なら、隙をついてマスターを、岡部を狙うはず。
おそらく敵もそう考えるはず。
サーヴァントかマスター、そのどちらかが隙をつかんだら、戦い方を知らない岡部は脱落するのだから。
ならば私は、その隙が出来る前に、あの子どもの襲撃者を撃つ。

「アーチャー、観測と銃口補正お願い」

狙撃手にとって、観測手は命を預けられる存在でなければならない。
狙撃に集中するため、他の情報を一切遮断するからだ。
観測を任せることほど、私はあなたを信頼している。
この気持が、アーチャーに伝わっているといいのだけれど。



私はアーチャーがあわせてくれるのを感じた。
距離900メートルほど。
風は右から左に緩やかに。
アーチャーの予想してくれた予測弾道軌道が見える。
ゆっくりと照準をあわせる。
手がじっとりと嫌な汗で湿ってくる。
垂直方向よし、水平方向よし。
チャンスは一度だけ。
一瞬で勝負は決まる。
自分に時間変化の術をかける。
時の流れが緩やかになった。
いける。
私は絞るように引き金を引いた。
長い銃身から、高速で発射される弾丸。
弾はアーチャーの予測通りの軌道を通って行く。
私の手ぶれの癖もしっかりと補正してくれている。
予想とのズレはない。
勝った。
そのまま弾は吸い込まれるように襲撃者に向かう。
その時間が嫌に長かった。
はやく、はやく。
弾は彼女に吸い込まれていく。








「ところが、そうはならんのじゃな」








突然、どこからともなく声が聞こえた、気がした。
予測弾道軌道上に突然あわられる金髪の影。
その影は、私の放った弾丸を、あろうことか素手で受け止めた。
そして、スコープで見ていた私にむかってニヤリと笑ってきた。

「馬鹿な、あそこからここまで一キロもあるのよ」

思わず叫んでしまう。
あれもサーヴァント。
まさかSERNは二人もマスターを用意しているというの。

「凛っ」

アーチャーの慌てる声が聞こえた。
二時の方角に、膨大な魔力反応。
私の結界領域のそとからってどういうことよ、結界は直径ニキロもあるのよ。
廃墟の影に寝そべる私を見つけるだなんて。
まさか、初めから観測されていたの。
私の行動を読んで、逆に狙っていたのか。
だとするとSERNはマスターを三人も揃えてきているのではないだろうか。
慌てて立ち上がろうとする私。
だが、間に合わない。
膨れ上がった魔力が私にむかって一気に解放されるのを、私はどこか冷めた心で感じた。



[30980] 7.「……ちくしょう」
Name: お化けの庭◆82337570 ID:6f8b8d70
Date: 2012/01/10 23:56
わしの新しいマスターはわがままなやつじゃ。
初めての命令が敵を助けろときた。
なんともまぁ人の良いやつ。
典型的なお人好し。

しかし、そこが面白い。

なにせ、血まみれのわしを見て逃げださなかっただけでなく、わしのために命をも差し出すといってきた。
前のマスターに裏切られ、捨て駒にされ、四肢をもがれ、死を待つしかないわしを助けてやる、と。
おまけに吸血鬼がどういう生き物なのかを知っておるようじゃ。
わしを一目見た瞬間に吸血鬼と看破してみせ、首を差し出してくる。
吸血鬼になったのに、一切動揺しない。
人間にもどせ、と騒ぐどころか、初めから人間であることに興味がない用に思える。
わしの与えた力をすぐさま使いこなしてみせる。
あやつ、背中にコウモリの羽をはやしおった。
はんぱないのぉ。
少々妄想癖があるようじゃがな。
おそらく、普段から自分が吸血鬼だったらなどと想像しておったのであろな。
じゃが、わしら吸血鬼の戦いは想像力がそのまま力になる側面があるのは間違いない。
あやつは、必ず強くなる。
この世界には、ここまでわしを魅了する物がおろうとは想像しておらんかったよ、ぬし様。

そこにしびれる憧れる、じゃ。

さて、先程もいったが、このたびぬし様は、あの小娘を助けろとぬかしおる。
英霊になってから、こころから面白い、と思えることなどひとつもなかった。
だがこれは、この状況は。
敵を助ける、という自分に一見益のない行動、無意味な行い。
勢いでいってしまったのか、何か策でも用意しておるのか。
いい、とてもいい。
あの眷属は、普通のマスターとか魔術師とかとは違う考えで行動するらしい。
ぬし様はわしを助けるようなお人好し、敵まで助けてしまうようなお人好し。
その考え方が、どこまで通用するか、みせてもらおうか。
保険は……まあ、必要じゃろうが。




7.「……ちくしょう」




闇を切り裂くが如く、影を渡る。
目当ての小娘の影にたどり潜り込むと、わしはざっと戦況を見渡す。
アサシンというものは、少々変わったもので。
全体を見渡すことに長けているようじゃ。
アーチャーほど一点を見つめることは出来んが。
全体の気配のようなものを掴むことが、普段より簡単に出来るようじゃ。

今の小娘の状況は……。
少々、いや、とても不利な状況じゃな。
敵対する勢力はあの白い男と、あれは、おそらくセイバーじゃな。
サーヴァント同士が激突しておる。
セイバーに真っ向勝負を挑むしかないとは、自身で戦況を変えることが不可能なほどに追い込まれておるのじゃろう。
そして、アサシンとしての勘が告げる。
どこかで、小娘を狙っている無礼者がおる、とな。

さーて。

おったおった。
無粋に覗きをしておる不届き者は二人。
そのうち片方は、ぬし様が味方すると決めた小娘を今まさに撃ち殺そうとしておった。
しかし、わしが力を貸そうとしておる相手がすぐに退場してしまうのは、大変よろしくない。
ぬし様は戦況をかき回すことをお望みのようじゃしな。
なにより、ここで小娘に生き残ってもらったほうが。
断然ゆかいなことになりそうではないか。
ならば、わしも参戦と行こうか。





のぞき見をしていた不届き者が、邪魔をしようとしておる。
はやばやとした小娘の退場を望んでおるのじゃろう。

ところが、そうはならんのじゃな。

小娘にむかって飛んできた弾を、左手で受け止める。
普通の狙撃であったのならば軽々と受け止められたであろう。
ところが、狙撃に使われた銃が普通ではないようで。
着弾が、わしの予想よりも数段早かった。
それに、アサシンという枠は、新しい能力とひきかえにわしを劣化させている。
姿形を子どものままにとどめている。
ゆえに、いつもの感覚でつかもうとすると、指をすり抜けて、手のひらで受け止めることになってしもうた。
弾に触れたところから、腕が粉々に砕け散っているようじゃ。
しかしながら、わしの体も少々普通でなくてな。
はじけた腕が、指が、はじけたところから再生する。
聖杯のサポートもあるのじゃろう。
それはもう、誰も腕がはじけたとか砕けたとか認識できないほど。
わしの脳が、神経が、砕けたと認識できない速度で。

再生、再生、再生。

破壊が、わしの再生に追いついてこれていないんじゃよ。
すぐに弾はエネルギーを使い果たし、わしの手のひらの中に収まることとなった。
さすがわしじゃ。
そして、わしの予想を超えてくる実力者がいるとはな。
聖杯戦争が英雄の集まりというのは伊達ではないようじゃ。
さっきの攻撃は、そこそこに楽しかった、そしてこれからも。
今のわしの顔はだらしなく緩みきっておるんじゃろうな。



あまり妄想に浸っておってはいかんな。
さて、そこな小娘のサーヴァント。
手を止めるな手を。
ほらほら隙ができているではないか。
うぬもわしを楽しませてくれるのじゃろう。
大丈夫、うぬのマスターを今ここで殺そうとか思っておらん。
ちょっと誘拐していくだけじゃよ。
わしは驚き立ちすくんでいる小娘を担ぎ上げる。
その手に持っておる銃は飾りかの。
こちらに銃口を向けようともせんとは。
抵抗もなく捕まってしまう小娘をみて、大慌てでわしの動きを止めようとする小娘の従僕。
じゃがもうわしが影に潜り込む方が早い。
わしは手を振りながら再び影の中を駆け戻った。





「今戻ったぞ、ぬし様」
キスショットは僕の話を聞いてくれた。
聞いてくれた、はず、なのだが。
なんだ、この現実。
聖杯戦争とか、アサシンってなんだよ、現実離れというよりキスショットの妄想としか思えない。
というより、何の前置きも説明もなしに命令をくれとかどうしろって感じだったけど。
とりあえず、あの女の子を助けてあげてくれって頼んよ。
だけどさ。
女の子誘拐してくるってどうよ。
こんなかわいい子どもを。
影にもぐったときに気絶しだだと。
絶対に嘘だ。
いっこうに目線をあわせてこない。
この世界にミスタードーナツがあれば、簡単に口を割らせるのにな。
キスショットは無造作に彼女をほうり投げる。
この話題は終わりだ、とでも言わんばかりに。
あの身長からは考えられない怪力だ。


て、おい。
子どもを投げちゃ駄目だろ、しかも女の子を。
あわてて受け止める僕。
受け止めたとき、焦げたような匂いが子どもからした。
いわゆる戦場の匂いというやつか。
綺麗な黒髪が印象的な子だった。
年齢はキスショットと同じ十歳くらい。
幼いながらに整った顔をしている。
これが将来が楽しみだな。
しかし、この世界の影響なのだろうか。
着ている服と年齢との齟齬がはなはだしい。
迷彩服に、彼女の身長に不釣り合いな銃を背中に背負っている。
後ろからみると、銃が歩いているといわれても納得してしまいそうだ。
腰にくくりつけてある装備袋には、この子に似合わない物が山のように入っているのだろう。
そしておそらく、こんな子どもに善悪の判断はできない。
もしくは、おかしいと思う判断基準を教わっていない。
ちょっと、哀れだった。


冷え切ったコンクリートで悪いと思いながら、床に寝かせてやる。
背負っていた銃は脇においておいた。
寒かったのだろうか、ときどき小刻みに体を震わせるている。
僕の上着をかけてあげた。
ついでに寝苦しいだろうと、胸元をゆるめてやる。
他意はない。
神に誓って。
鼻の穴が大きくなったりなんてしてないから。
僕は紳士だから。


でも、そんな浮かれた気持ちもこの子の肌を見るまでだった。
「キスショット、お前、何もしていないだろうな」
「なにって、何じゃ」
ああ、わかってるよ。
お前はこんなことをするやつじゃない、それどころか人間に興味がないんだもんな。
それに、こんなことが短時間で出来るはずがない。
畜生。
ちょっと服を緩めただけ。
それだけで十分事足りるほど。
この子の体は傷だらけだった。
首や胸のあちこちにある縫合のあとに、やけどが治ったあとの独特な色。
慌ててこの子の腕の袖をまくりあげる。
そこも同じように傷だらけだった。
右の手のひらにはいびつにくぼんだ、嫌な傷もあった。
甲にも似たような傷がある。
そして、この子が持っているものは銃。
どういう状況で起こりうる怪我なのかは、簡単に想像できた。
おそらくは胸や背中も同じようなことになっているのだろう。
何度も戦場に出ていることが一目瞭然だった。
「……ちくしょう」
僕はもう一度つぶやいてみる。
僕のつぶやきは冷たいコンクリートの吸い込まれていった。



[30980] 8.「その手にあるものは何じゃ。うぬが今持ちうる唯一の牙なのじゃろ」
Name: お化けの庭◆82337570 ID:6f8b8d70
Date: 2012/01/17 17:38
どこにでも見つけられる何気ない日常。
愛娘に出会えた幸運と運命に感謝して。
自分のお父さんやお母さんに祝ってもらって。
愛娘と一緒に料理を作って。
一緒にあそんで。
学校の発表会をみて、失敗したって涙ぐむ娘の頭をよしよしとなでてあげて。
そんなどこにでもある、なにげない日常をずっと続けていたかった。
そして、そんなどこにでもある日常を、できるだけ皆にも続けてもらいたい。
それが、私のキャスター、高町なのはの願いだった。



だが、願いを踏みにじるように、世界は進んでいく。
質量兵器による暗殺事件。
想定していなかった事件への対応で割れる、時空管理局。
はじめは対したことではないと、皆が楽観視していた。
ところが、力に抑えつけられていた各世界の反乱が事態を変えた。
彼らは古代ベルカを悲願とし、自分たちの行いに泊をつけるため、責任を押し付けるために、なのはの娘、ヴィヴィオを誘拐、洗脳した。
同時に、管理局内部過激派がクーデターを画策、瞬く間に中枢を抑えこむことに成功する。
管理が別の組織に取って代わることとなった。


ところが、事件はそれだけでは終わらなかった。
一つの支配体制が崩壊する。
その支配が大きければ大きかったほど、次の争いごとは大きくなる。
組織が固まるまでの争い。
それは、すぐさま世界同士の戦争になり、戦争は一つの世界にとどまらなかった。
世界をまたいでの戦争。
激戦の末に行き着いたのは第九十七管理外世界、なのはの故郷にほかならなかった。
見慣れた風景、通っていた学校、そして、私の帰ることの出来た思い出の我が家。
そのすべてが焔に包まれた。



8.「その手にあるものは何じゃ。うぬが今持ちうる唯一の牙なのじゃろ」



分厚い雲で灰色に彩られた、淀んだ空。
そこは、体と世界の境界線がはっきりとわかる、凛とした寒さのだった。
見渡す限り一面が真っ白に覆われていた。
その白い雪の上に赤い花が、ぽつり、ぽつりと落ちて行く。
はじめはゆっくりだった花の雨は、次第に量を増していく。
気がつけば、あたり一帯に赤い花が咲いていた。
どさり。
自分の重さに耐え切れなくなった雪が、屋根の上から落ちる音がした。
落ちてきた黒い塊。
いや、塊だとおもったそれは、一応、人の形をしていた。
続いて降りてくる白を基調にした服をまとった女性。
しかしその服はところどころ破けており、あたり一面の花を同じ色をしている。
黒い影に駆け寄る白い影。

「ヴィヴィオ、ヴィヴィオ、ヴィヴィオっ」

抱き起こし、必死に名前を呼ぶ。
まだまだ話がしたい、まだまだ伝えたいことはたくさんある。
何かの間違いであって欲しい、夢であってほしい。
しかし愛娘の名前を呼ぶ彼女の体は、砲撃を行ったあとの独特の痛みを訴えていた。

「ママ……」

かすれた、しかし、いとおしい声が聞こえた。
自分に甘えたいときの、どこか幼い可愛い声が。
はっとして黙りこむ彼女。
うっすらとまぶたを開ける彼女の娘。
まぶたを持ち上げるのも難しいだろう、満身創痍の状態。

「うん、なあに」

できるだけ、普段通りに。
気持ちを無理やり押し殺して、聞き返す彼女。
いつものように、頑張ったときに褒めてあげる、あの声で。
娘は全身の力を振り絞り、最後の言葉をささやく。

「……だいすき」

最後に一言だけ、どうしても伝えたかったこと。
やっといえた。
そう思ったのだろうか。
言葉と共に娘の目から頬にかけて、一筋の涙がこぼれ落ちて。
気持ちよさそうに、嬉しそうに母親のぬくもりを吸い込んで。
そのまま、文字通り、息を引き取った。

「あ……」

娘の体から力が抜けるのを感じる。
私は、今。

「あっ、あっ」

私は、守れなかった。
最も大切だと思っていた、最も守りたいと思っていた、最愛の娘を。

「あああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっ」

自分の手で、殺してしまった。
世界も、娘も、どちらも守りたかったものなのに。
そのために得た力だ。
自分の中で矛盾はなかった。
娘を止めれば、どちらも大丈夫だったはず。
無傷で止められる自信もあった。
しかし、現実は残酷だ。
強い力は、相手がより力を求めるきっかけとしかなり得ない。
娘をここまで改造された理由も、おそらくは……。
自分の手で、大切なものを壊してしまった。

「うぅ、ぁぁぁ、あああああああっっっ」

母親は泣いた。
二度と微笑んではくれぬ愛娘の顔を撫でながら。
声にならない絶叫。
喉につっかえてうまく声が出せなくなる。
痛くて、辛くて、苦しくて。
彼女にはもう、娘がかわいそうで泣いたのか、自分がかわいそうで泣いたのか、わからなくなっていた。


後に終末戦争とも呼ばれる世界大戦。
娘の命を持って、その戦争を終結させた英雄。
悲劇の大魔導師、高町なのはの名前は歴史に刻まれることとなった。








「……っ」

またいつもの夢を見た。
寝過ごしたとき特有の、頭がぼんやりする感覚にうんざりしながら目を覚ます。
頬が変に乾いている。
夢を見ながら泣いていたのだろう。
無意識に腰の銃に手をやろうとする。
よかった、あった。
そしてふと思いだした。
痛みがない。
私、指を切られてなかったっけ。

慌てて飛び起きる私。
ここは、どこだ。
視界に入ってきたのは黒髪と金髪。
黒髪のほうは、いかにも高校生男子という雰囲気をまとっている。
別に制服を着ているわけではないが、どこか服が全体的に黒っぽく、学生服を連想させる。
身長は高くないが、引き締まった体格をしていそうな感じで、髪を肩まで伸ばしている。
金髪のほうは、私と同い年か、すこし上くらいだろうか。
太陽にあたったことがないのかと思うほど白い肌をしている。
あぐらをかいて座っており、髪が床についている。
それでも、全く傷んでいないことのちょっとだけ嫉妬する。
そして、二人ともどこか変だ。
具体的にどこが、と聞かれても困るけれど。

「なんだ、もう起きたのか」

黒髪のほうが、気軽に話しかけてきた。

「ここはどこ、あなた方は誰」

「なんじゃ、ぬしは覚えておらんのか」

金髪の方も話しかけてくる。
でも、質問に質問で返すなんて。

「もう一度聞きます。あなた達は、誰ですか」

状況がわからない。
だが、ここで油断をするとSERNの時と同じ轍を踏むことになりかねない。
手にしていた銃を構える。
最も自分に有利になるように。
しかし、銃という脅しは全くといっていいほど効果がなかった。

「わしか、われはキスショット・アセロラロリオン・ハートアンダーブレード。ハートアンダーブレードと呼ぶのじゃぞ。それと、これがわしのぬし様」

何が楽しいのか、彼女はずっとけらけらと笑っている。
この状況で笑えるものだろうか。

「これとはまた大きく出るなキスショット。阿良々木暦だ、よろしく」

私は銃を持っており、それを突きつけられているに、彼の振る舞いは実に普段通りといったふうだ。
なぜ、この人達には緊張感がないのだろう。
舐められているということか。
金髪の方からは、ただならぬ魔力を感じる。
サーヴァントで間違いない、と思う。
ということは、金髪がぬしと呼んだ黒髪がマスターに違いない。
つまりこの自信は、この部屋一つ分という至近距離でも銃弾をかわせる、もしくは無効化する方法を持っているとからだと考えていい。
状況を突破するのに、私一人の力では不可能。

(キャスター、状況を教えて)

こころの中でつぶやく。

(やっと呼んでくれた。ごめんなさい、梨花は誘拐されちゃったの。私のミスだわ)

キャスターがすぐに答えてくれる。
そうか、私はさらわれていたのか。
だんだん思い出してきた。
私が白衣の男を追い詰めたつもりが、逆に反撃を受けてキャスターは防戦。
その隙に、眼の前にいる金髪のサーヴァントに連れ去られてしまった、というところだろう。
やっと今の状況に納得する私。
それと同時に、サーヴァントは強力だが私の意識がないと存在できないというのは、やはり大きな弱点だと実感する。
なのはが自由に動き回れるなら、その強力な力で私をすぐにでも助けに来てくれていただろうから。
でも、嘆くのはあと。
目の前の二人は、今すぐに私をどうこうするというわけではなさそうだ。
なら、少しでも情報が欲しい。

「阿良々木さん、でしたか。どうして私が銃を構えているか、わかりますか。あなた方が聡明であることを願います」

沈黙が流れる。
こいつら。

「いい、今私はあなた達の運命を握っているのよ、下郎」

「なあ、うぬよ」

金髪の子が笑いを引っ込めて、呆れたように声をかけてくる。

「わしらはうぬがマスターであることを知っている。大方、サーヴァントが迎えに来てくれるまでの時間稼ぎのつもりじゃろうが」
そういって彼女は一息いれると。

「うぬがそうしていられるのは、ここで困った顔をしておるぬし様の意思じゃ」

確かに彼らには、意識がなくサーヴァントの守りのない私を殺すことは、疑うまでもなく簡単なことだ。

「その手にあるものは何じゃ。うぬが今持ちうる唯一の牙なのじゃろ。そして我々はうぬの牙を抜いてはおらんかった。聡明なうぬよ。じゃから、少しくらいぬし様の話を聞いてもいいんじゃないかの」

そういって、今度はニヤニヤとした笑みを浮かべる。
……。

私はとんだ道化を演じているのかもしれない。







6,7話の誤字修正しました。
報告ありがとうございます。



[30980] 9.「そういう問題じゃない」
Name: お化けの庭◆82337570 ID:6f8b8d70
Date: 2012/01/17 17:50
二度目の戦場は思ったよりも冷静でいられた。
少なくとも、前回のようにパニックは起こしていないと自覚は出来るくらいには。
そして同時に、あの混乱も自分を恐怖から守るための防衛本能なのだと実感した。
銃を向けられた俺は、男としてのプライドを保つために、座り込まないうようにこらえているのが精一杯だった。
「じゃあ、ばいばい、白衣のお兄ちゃん」
冷たい声と共に、まもなく届けられるであろう死について考えた時。
俺の頭を占めていたのは、死にたくない、などという無念な思いではなく、やっと想い人のそばにいけるという嬉しさだった。



9.「そういう問題じゃない」



突然に俺の前に何者かが躍り出る。
月明かりに照らされたその後ろ姿は、戦女神を思わせるものだった。
白いマントが月の明かりを照らし返し、夜の闇にくっきりとした輪郭を浮かびあがらせる。
その後姿は、少なくとも戦場という場所にたっているには不自然と思えるくらいには小さく、幼いようにみえた。
まるで、中学生が遠足のバスを間違えて戦場に迷いこんでしまったかのように。
しかし、幾度の戦場を駆け抜けてきたかのように堂々としていた。
そして、きらめく刃が宙をまい、瞬く間に強大な敵を撃退する。
敵を圧倒するその姿はとても勇ましいもので。
手にした獲物が槍でなく、刀なのが惜しいといえば惜しいが。
戦場で戦い抜いた戦士を迎えに来るという伝説に、ふさわしいものに違いなかった……。







などどまるで条件反射的に厨二病の妄想する俺だが、いつものようにつぶやく暇はなかった。
というか、戦場という場所で命のやり取りをしていて、なおかつ自分の命が今すぐにでも吹き飛びそうな状況にあった人間が、冗談を飛ばす余裕があったとしたら。
そいつは歴戦の勇者か、余程の幸せものか、狂気のマッドサイエンティストかのいずれかに違いない。
もちろん俺は狂気のマッドサイエンティストという『設定』なだけの一般人なので、冗談を飛ばす余裕などあるはずがなく。
でもやはり携帯があればやってしまったかも、という想像を自分で出来てしまったのが、すこし悲しかった。

命の危機というやつを救ってくれた女性は、およそ人間と思えない戦いを繰り広げていた。
彼女も敵も、おそらく凛のいっていたサーヴァントという者たち。
凛は、聖杯戦争はとんでも人間のサーカスだと言っていた。
全くもってその通りだ。
これこそただの設定だと思いたかった。

「ねえ、生きてる」

「あ、ああ」

自分の思考の中に飲み込まれていたらしい。

「本当に。ねぇマスター、私の名前言ってみて」

名前、だと。
そういや助けてくれてたときに言っていた気もするが。
意地をはっても良かったのだが、命の恩人だ。
それに俺はもう大学生だ。
素直に負けを認めよう。

「おいっ小娘。名前を聞く前に自分から名乗ったらどうだ」

「ちゃんと自己紹介してないんだからわからなくて当然なんだけどね。私、美樹さやか。さすらいの剣士をやってます。今回のあなたのサーヴァントです。マスターはなんて言うの」

「鳳凰院凶真、と言いたいところだが、特別に本名を教えてやろう。俺は岡部倫太郎だ。よろしく頼む」

フッ。
決まった。
ついでにいつもの高笑いでもしてやろうかとも思ったが、凛がどこで聞いているかわからないのでやめておく。
凛がとんでもない暴君で地獄耳だということは、学習済みである。
この前調子に乗ってしまった時は……。
いや、やめておこう。
それよりも、俺の記憶ではさっきまで戦場にいたはずなのだが。

「さて、さすらいの剣士よ。どうやら俺には記憶の欠落があるらしい、ここはどこだ」

「せめてさやかって呼んでよ……。ほら、あそこにずっとつったってたら狙われ放題でしょ。だから一応安全と思える場所まで連れてきてあげたのよ。廃墟でも壁があるだけでだいぶ安心だからね。位置的には戦いがあったところから二キロくらいかな」

「なるほど、ここがどこかはわかった。しかし、さっきもいったように俺には移動したという記憶がないのだ。俺の記憶の欠落についても説明してくれると嬉しいのだが」

自分の記憶に自信が持てなくなると、自分が自分でいられなくなる。
世界線を修正するために飛びまわっていたうちに知ったことだ。
正しくは、記憶を自分の支えにすること。
あの時はクリスという心の支えがあったが、今は何も無い。
どうしようもないかもしれないが、できるだけ手を尽くしておきたかった。
俺としては真面目な話のつもりだったのだが、さやかは苦笑いするだけで答えてくれようとしない。

「おい剣士、質問に答えて欲しい」

「いや、ね。マスターが傷つくかと思って黙ってたんだけど」

傷つくとはどういうことだ。
今の俺に傷つくほどのことがあるのだろうか。

「マスター、ちょっと私が飛んだだけで、わーわーわめいて泡吹いちゃったんだよね。高いところ怖いのかな」






なっ。






礼儀正しく、俺から目をそらせれてくれる彼女。
目の前の女の子の優しさに百万の感謝を。
俺はしばらくこの子の顔を正面から見れそうにない。
両者の間に流れる沈黙。
気まずい。

「そうだ、大切なもを忘れていたぞ、剣士よ」

そう言いながら手を差し出す俺。
人と人が交わるときに俺が必ずする、儀式。
そう、必ずする。
俺の脳内円卓会議が今決定したのだ。
ただ、恥ずかしさを隠すために、高慢な態度になっているのは間違いない。
そして、さやかは俺の気遣い兼照れ隠しには応じてはくれなかった。

「いいね、そういうの。でも照れながらするもんじゃないよ、こっちもなんだか照れくさくて」

そう言って笑いながら、マントと同じ白い手袋をつけた手をひらひらさせる。
しっかり見抜かれていた。
握手を断るほどに俺の態度は鼻につくのだろうかと思うと、無性に泣きたくなった。
しかし、そんな感傷に浸っている暇は殆ど無かった。

「マスター」

さやかの緊張した声がする。
落ち込む時間もくれないとは。
この世界線はそうとうひねくれ者らしい。
サーヴァントという者はやはり人間ではないらしい。

「敵か」

俺の問いかけに黙ってうなずくさやか。
そして手で壁のそばにいるよう指示をすると、自分はマントをひるがえした。
すると、すとんすとんと次々に剣が現れコンクリートの床に突き刺さっていく。
どこから取り出したのか。
凛の言うとおり、サーヴァントの秘めている神秘というやつは底が知れない。
さやかが集中していくのがわかった。
否が応でも緊張感が高まっていく。
が、その必要はなかった。
右手の甲が徐々に暖まってくる。
安心できる、ただし機嫌が悪いのかちょっとチクチクする反応。

「さやか、大丈夫。知り合いだ」

彼女に警戒を解いてもらうように頼む。
しばらくして、ひょっこりと現れる影。

「私の魔術を忘れて誰だかわからずに襲いかかってきたなら、返り討ちにしてあげたのに」

不審者は、いや遠坂凛は、俺を見て、さも上出来だというように笑ってみせた。











「さて、凛。首尾はどうだった」

ぬるいカップ麺のようなものを食べながらの問いかける俺。
凛はさやかを見るなり、俺との挨拶もそこそこに、彼女に食ってかかるように質問をはじめた。
口をはさもうとするとすごい形相でにらんでくるので、俺は小さくなっているしかなかった。
凛はこれから生き残るのに必要なことだとか言っていたが、途中から声を潜めて女二人でキャッキャしていたのだからどこまでが本当かわかったものではない。
まあ、仲間二人が仲良くなるに越したことはないのだが。
話に一段落ついたのか食事にしようということんになって、やっと話が聞けるというわけである。
俺を囮に使ったからには、得てきたものを分けてもらうのは当然だと考えても罰は当たるまい。
しかし、凛のいうことは俺の予想と正反対だった。

「どうもこうもないわよ、邪魔がはいって散々だったわ」

そういって箸を置く凛。
どうしたんだ、急に元気がなくなったぞ。

「あんたの力を借りたんだから、絶対一人は仕留めるつもりだったわ。そのつもりが、弾丸は受け止められるわ、逆に襲われるわでもうさんざん」

「ん」

おいおい、俺が想像していた以上に厳しい内容なのか。
凛のサーヴァントが誰なのか聞いてみたかったのだが。

「文字通り、受け止められたの。あんたのところからは見えなかったのかな。物陰から飛び出たのか、霊体が実体化したのか早すぎてわからなかったけど、どろんって出てきて私の狙撃した弾を受け止めたの、こんなふうに。そして、こっちをみてニヤッとしてたわ」

凛は実際に手を前につきだして、見てきたものを再現してみせる。
顔は笑っているが、やはり心ここにあらずと言った感じで。
彼女の心を占めているは悔しさか、情けなさか。
笑い話にでもしないと、やりきれないのかもしれない。

「襲われた、というのは」

「私の狙撃を見て位置を割り出したか、始めから見張られていたか。とにかく、無防備に寝転んでいた場所を狙われてね。相手の情報をほとんどつかめていないのに、私の宝具だけ覗かれることになっちゃったわけ」

「そうか……」

「一応、有用な情報。私を狙った奴はの獲物は銃だったわ。歪んだ弾が落ちていたしね。そして、これを撃ったのもサーヴァント、魔力の大きさからね。でも、アーチャーは私のサーヴァントよ。誰が狙撃武器なんて好んで使うのか検討もつかないわ。まあ銃を使ったといっても魔力が主体みたいだから、狙撃を主体にするには今ひとつだけど」

私みたいにね、といって肩をすくめる凛。
やはり元気がない。
そして俺は、自分でも落ち込んでいることに驚いた。
自分が自覚していた以上に凛に信頼を置いていて、期待もしていた、ということだろうか。
ならば。

「フフ、フゥーハハハ、凛。気にやむことはあるまい。二人からの奇襲があっては、失敗しても仕方あるまい。なに、また俺が囮役をすればいいだけの話だ。機会はまだまだあるさ」

俺の言葉に凛は目を丸くする。
おいおい、俺が逃げ出すとでも思ったのか。

「はは。ありがとう、岡部。そのふざけた態度がなければ、あなたはもっといい奴なのに。ほんっと世の中って不条理ね。もったいないわ」

力なく笑う凛。
それでも、先ほどの渇いた笑いとは違う。
初めてあった時の、たくましさが戻ってきている。
普段悪い方向にしか向かない俺の厨二癖も、たまにはいいことをするじゃないか。


凛。
俺は君と出会って一週間どころか三日とたっていない。
それでも、君が落ち込んでいるのは似合わない。
携帯の件は、この際置いておいて。

君は今見たな顔で笑っている方が、いい。

クリスみたいに、泣かないで欲しい。












「ふぅ、異常はなしっと」

とりあえずの、本当に申し訳程度に見回りをする私。
なにせ、意味をほとんど成さないのだから。
誰かが結界の中に入ってきたならすぐにわかるし、仮に結界の外から狙われていたとしたら、こちらからはまず見つけられないだろうから。
範囲が広すぎる上に、動いていないものを見つけるだなんて。
まあ、無理だ。
それに、本当に危なくなったらアーチャーが知らせてくれる。
殺意の匂いがするってね。

じゃあなぜ、私がみつかりやすい屋上でわざわざ見張りをしているか。
特に特に理由はない。
でも、あえて考えるとしたら、昔みたいに夜風にあたりながら頭の整理をしたかった、だろう。
こんな戦場に縁側などないのだけれど。
まったく、出会って間もない男に、しかも変な男に慰められるだなんて。
あいつは、なんなのよ。
バカで妄想癖があってなぜか白衣を着ていてお人好しで。
携帯で取り乱すし。
まあ、この件は私が悪いのだけれど。
ああ、でもさっきのは、ちょっとだけよかった。
拾ったけども無駄になった、ということはないだろう。
むしろいい拾い物、かな。
私の酷い失敗も軽く流してくれるくらいには、うつわは大きいみたいだし。
などと思いながらボーとしていると、誰かが私の後ろに立つ気配がした。

(アーチャー、お客さんが来たみたいなんだけど)

(すまない、君と仲良く話していたからいいかと判断したんだ)

おいおい、誰でも教えてくれって言っといたはずよ。
この魔力量、さやかかな。
ちょっとくらい一人にさせてよ、と思いながら振り向こうとする。
しかし、彼女の言葉は私のぼんやり気分を霧散させるものだった。

「動かないで」

そして、首の後に金属の冷たさを感じる。
剣を突きつけられた、というところか。

「私のマスターを囮に使っていたってどういうこと」

私の思考が切り替わるのを感じる。
ここで気を抜くと、ただじゃすまない。
私の勘がそう告げる。

「あら、さやか。さっきまで楽しくおしゃべりしていたじゃない。なに、心変わりってわけ」

「さっきとは事情が変わったのよ。さっきの話からすると、あんた、マスターが私を呼び出していないときから囮をさせてたってことよね。なぜ彼を危険に晒す必要があったのか、教えてよ」

彼女は今のところ対話を望んでいるらしい。

なら、やりようはある、か。

「私一人じゃ勝ち抜けそうになかったからよ。それに岡部は魔術師としては素人もいいところだったわ。そんな彼にサーヴァントを召喚させるには、少々の修羅場を経験させるしかなかったのよ」

「つまりあんたは、マスターが召喚に失敗していたら、見捨てるつもりだったのね」

「囮作戦は同意の上よ。それに結果的にあなたを呼び出せたんだから、いいじゃない」

「そういう問題じゃない」

怒鳴るように叫ぶさやか。

「落ち着いて、セイバー」

「わ、私は、セイバーじゃないっ。私は、さやかだっ」

彼女の頭はあったまっている。
しかし同時に、彼女はサーヴァントだ。
なら、岡部の危険を匂わせてみれば。

「じゃあさやか、あなたはもっと物事を冷静に考えたほうがいいわ。今私を殺したら、アーチャーがあなたのマスターを殺すわ。その理屈がわかったら、剣をおろしてくれるかしら」

彼女は動かない。
もう一押し、いけるか。

「いい、岡部に免じて見逃してあげるっていってるのよ。わかるわよね」

しばらくの沈黙の後、首筋から嫌な冷たさが消える。
予想通り。
幸いなことに、私の命はもうしばらく続けていけそうだ。
さやかに向き直る私。
彼女はうつむいて、うなだれていた。

「それにさやか、今のあなただけで勝ち抜いていけると思うの。仮にここで私を片付けることが出来たとして、あなたは岡部をかばいながら戦えるのかをよく考えてみなさい」

「私は、負けない」

精神論では生き残れないのがわかっていないのだろうか。

「そう、接近戦では圧倒できるかもね。でも、関係ない、感知していない第三者から、私みたいに狙撃されたらどうするの」

さやかからの返答は沈黙だった。

「岡部が動かし、私が狩る。この作戦に変わりはないし、これが考えうる最高の手よ。わかったらさっさとマスターのところに戻るといいわ」

「あんたは私のマスターを危険に晒しながら、狙撃に失敗している。この事実は変わらない」

「なら、あなたも白いサーヴァントを仕留め損なっているわ」

再びの沈黙。
そして場の空気に耐え切れなくなったのか背を向けるさやか。

「やっぱり私はあなたを味方とは思えない。マスターはあんたを信頼しているみたいだし、あんたの作戦に疑問は持っていないみたい。私は彼のサーヴァントだから、彼の方針にできるだけ従いたいと思っている。けど、あんまり無茶させると、私が切れちゃうかもね」

そう言い残すと、消えていった。








ふう、緊張した。

(アーチャー。彼女すごい危険人物じゃない。ご自慢の鼻はどうしたのよ)

(面目ない。だが、彼との中はこじらせたくなかったのだろう)

(うん、そうだけど)

私には、運が悪かったら、私たちの聖杯戦争は終わっていたかもしれないのよ、とは言えなかった。
彼は私の本当に望んでいることを叶えようとしれくれるのが、わかっているから。
本当に真面目で優しい人。
心を読むというのも、辛いことだろうに。
しかし、その能力があれば、少しは仲間を作る助けになるのではないか、と思ってしまう。

仲間を作るのは難しい。
さやかとの会話ではっきりと思い知ることになった。
岡部とは最後まで一緒にいられない、そんな予感がする。
私は無性に何かに当たりたくなって、転がっていた石ころを、えぃ、と蹴った。
つま先が、妙に痛かった。










8話誤字修正しました。
報告ありがとうございます。



[30980] 10.「私は後悔なんてしない」
Name: お化けの庭◆82337570 ID:6f8b8d70
Date: 2012/01/30 00:47
扉をノックすると、すぐさま返事がした。

「入れ」

声に従う私。
中はいつものように薄汚れていた。
部屋の両脇に並べられた本棚には、ぎっしりと書物が並べられている。
しかしその本は、今の部屋の主のものではないのだと推測できる。
そのすべての本の上にうっすらと埃が積もっているからだ。
奥に座っていた部屋の主は、私を見るなり問いかけてきた。

「今までどこで遊んでいたんだね」

「はい、不慮の事態により体の治療と休養を。その後、対面した敵と交戦しておりました」

「能書きは貴様の報告書だけで十分だ」

そう言って、彼は手にしていた書類を机に放り投げる。
椅子から立ち上がる上官様。
両手でナイフをもてあそびながら。
そして彼はいつものように、威圧するかのごとく私の前に立つ。
私は自然と見上げる形になり、それが彼の自尊心を満たすのだろう。
私にとって、彼は壁だ。
私の自由を奪う、壁。
いつかぶち壊したいと願ってやまない、強大な。
監獄の壁との違いは、私の身の安全が保証されていないこと。

「はて、我々は、君のお友達の面倒を見ていたはず。お互い利益のある話だったはずなのだが……」

勤勉だとか真面目だとか、そういった雰囲気ではない上官様だが、頭は切れる。

「何を企んでいたのだね」

そういって探るような目をしながら、口だけはにぃっと笑って見せる。
やはり、何か感づいているようだ。
伊達にSERNに使われているわけではないということか。

「こういうことです」

無造作に拳銃を取り出すと、私は二度引き金を引いた。
私にできうる限りの自然な動作。
しかし、彼もプロだ。
私の行動を読んでいたのもあっただろう。
すぐさま私の射線上がら身をそらすと、姿勢を低くして私の胸元に飛び込んできた。
突然の衝撃に耐えられず、そのまま倒れこむ私。
彼は私の馬乗りになると、顎の下にナイフを押し付けてきた。

「やっぱり裏切っていたのか。ああ、サーヴァントは呼ばないほうがいいぜ。たぶん俺のナイフの方が早い」

そういって、釘をさしてくる。
さっきの衝撃で、拳銃を失ってしまった。
でも、問題はあまりないが。

「さーて履いても洗おうかなぁ。洗いざらい」

そう言って彼は尋問を始める。
彼は勝利を確信し、油断している。
その油断が命取りだ。
三、二、一。
ベルトの金具に仕込んでおいた炸裂弾が、彼を襲う。
彼は何が起こったのかもわからなかっただろう。
私に向かって、崩れ落ちる上官様。
私は彼の下から抜け出すと、拳銃を拾った。
そして床にうつぶせになる彼の背中に、私は残りの弾をすべて撃ち込んだ。



10.「私は後悔なんてしない」



おかしい。
そんな言葉が、血の海に沈む彼をみながら、ポッと頭に浮かんだ。
あれほど思いこがれていた状況が目の前にあって。
ずっと恐怖の対象だった彼が、こうもあっさりといなくなってしまった。
これだけ、なの。
待ちわびていたはずの状況にも関わらず、私の心は喜びはおろか、あらゆる感情が沈黙を守っている。
それどころか、後から後からなんとも言えない黒いものが沸き上がってきて、私を押しつぶしそうだ。
ぞくぞくする。
そう、今、私は何をしたか。
引き金を引き絞ったのだ。
銃声が鳴り響くのを聞いた。
耳の奥がずんっとする。
そして、反動のせいか肩が痛い。
ほかには……。
えっ。
私が、引き金を引いた……ぁ。
その事実を認識している。
いつもの様に頭が白くならなかったのだ。
いつもの様に無意識が意識を乗っ取っていない。
いつもの様に死体の確認だけすればいい、ということにはならない。
それはつまり。
私が、自分の意思で、人を、人間を、殺した、という事実を認識しなければならないということ。
私が、人を殺した……。
一人の人間の人生を奪ってしまった。
彼の家族は、恋人は。
私をどう思うだろう。
頭がぐちゃぐちゃになってくる。
私が、いまヒトヲコロシタ。
殺した。
コロした。
コロシタ。
イキノネヲトメテシマッタ。
人を、人をひとをひとをヒとをひひをとひおひとぉをひととヒひひとをひとをひとをヒとをひひをとひおひとぉをひととヒひひとを。

「梨花ちゃん、梨花ちゃんっ」

ふと、声がした。
私を気遣ってくれているであろう、温かい声。
その声は、私を思考の渦からすくい上げてくれる女神の声だった。
思考の渦から解放された私は、一瞬頭が真っ白になり、そこからだんだん思考が戻ってくる。
ふと気がつくと、目の前にはなのはが膝をついて、必死に私を抱きしめてくれていた。
着ている白い服が血で汚れるのもいとわずに。
彼女に似合わない、血の気のない真っ白な顔をして。
なのははいつも私を気にかけてくれている。
そう考えると、さっきまで私の心を占めていた黒いものが霧散する気がした。

「あ、ああ。大丈夫。大丈夫なのです、なのは」

そういって彼女の腕をポンポンと叩く。
顔を覗き込んできた彼女に安心させるように、にぱーっと笑ってみせる。
彼女は一瞬、どういう表情をしていいのかわからない、といった感じで、わらいたいけど泣いてしまった、みたいな表情を浮かべた。
しかし、すぐにいつもの優しい笑みを浮かべてくれる。

「そう、梨花、大丈夫なの。でも、もうあまり無理はしないでね」

そうして、ちょっとだけうれしそうに、こう付け加えた。

「その笑顔いいね、笑っている所が見れてよかった。ありがと。安心した」

「それはよけいなのですよ」

私、そんなにしかめっ面ばかりだったかなぁ。
すこしへこむ。
でも、今の言葉で少しだけ気が晴れた。
こんなことにまで気をまわせるなんて、さすが。

「ふふ。そうそう、そんな風に肩をはらずにしゃべることも必要なんだって。でも、また今度ね。今は、あんまり時間はないみたいだよ」

先ほどとは違う低い声。
なのはが緊張している。
つまり、そういうことだ。
出来ればもう少しこの会話を楽しみたかったのだけれど。
銃声がしたのだ。
しかもSERNの戦闘部隊の内部で。
ほうっておいても人は集まってくる。

「じゃあ、しっかりと囮役を務めないとね」

私は務めて明るく言った。
そうしないと、さっきのこととか、あの子達のこととか、いろいろ考えてしまいそうだったから。
そうよ、最大の障害は排除したのだ。
あとはあの子たちが助かるように、しっかり囮役をしないと。
自分を奮い立たせるためにそう思ったのだが、ふと、おなかがすいたなぁ、なんて余計なことを考えてしまう。
びっくり。
さっきまで、私の顔は真っ青だったろうに。
血の海に沈む彼を見下ろしながらそう思えるとは。
私の肝は、自分で考えていたほどやわじゃないようだ。







科学とは何か。
こういう質問に対し、千差万別の答えがあるだろう。
だからこれは私の考えであり自分勝手な考えなのだけれど、科学とは人の夢を叶えるものだと思う。
人が飢えをしのぐため、雨風をさけるため。
今でこそ当たり前のように存在するそれも、昔は大変なことであり、今の現実は昔の彼らにとって夢物語だったに違いない。
その夢物語を叶えたのが、科学。
つまり、夢を叶えるための道具。
そう思っている。
SERNが私に行ったことは、彼らなりの欲求に答えるための方法だとさえ思う。
それを許すことは出来そうにないのだけれど。
まぁ人類は、科学をすべての夢を叶える万能の道具にしようと躍起になっている。
が、未だに説明できない事柄はたくさんある。
その事柄のなかの特に大きな夢を、私たちは「奇跡」とよんでいる。
その「奇跡」を科学とは異なる方法で追い求めているのが、魔術。
そこに理解や説明など求めておらず、ただひたすらに「奇跡」の再現を追い求める。
「奇跡」という結果だけを追い求めるため、魔術の産み出す現象は科学をはるかに凌駕する。
そして今、その魔術の生み出した、私のに仕えてくれる奇跡の権化は、まさに「奇跡」を再現してくれいてた。


高町なのは。


彼女の創りだす桃色の光は、瞬く間にあたりを薙ぎ払う。
そこに存在する人間ごと、だ。
敵はそこかしこから無数に襲いかかってくる。
しかし彼女は、そのことごとくを退けていた。
さらに、私を守りながら戦っているにも関わらず、彼女は誰一人殺していない。
桃色の光に包まれた者は次々に意識を失い、倒れていく。
ただ、意識を奪うだけの力。
それだけでなく、彼女は彼らに対し、流れ弾が当たらないように魔力を運用している。
崩れ落ちる瓦礫に対し、しっかりと気を配って、誰一人殺さないようにしている。
ここまで大きな騒ぎの原因を担っており、すべてのものを蹂躙しながら、それでいて死者をださない。
これはまさしく奇跡。
ただし奇跡に違いないにしても、その目的が破綻しているのだから救われない。
なぜなら、私の目的が目立つことであるため、ここから逃げ出すという選択肢が許されていないからだ。
故に、彼女には防戦を強いることになる。
奇跡にも限界はある。

「なのは、大丈夫なのですか」

「私は大丈夫だよ。でも、マスターが魔力切れで倒れないかが心配」

嘘だ。
怪我ひとつしていないにしても、彼女はすでに肩で息をしている。
私を庇う背中には、疲労の影がにじみ出ている。
ずっと魔術を使っていたのだ。
サーヴァントとはいえ、疲れを感じないはずがない。
そしてなにより、なのはは私から魔力をほとんどもらっていないのだ。
私に疲れなんてあるはずがない。
彼女には、何度も私の魔力を使うように言っている。
だけど、彼女は笑ってごまかすばかり。
それはとっておきだからね。
そう言って私の反論を防いでしまう。
それに、私が手を貸すことも出来ない。
私が死んでしまえば、なのはも消えてしまう。
この作戦はおしまいになってしまうのだから。
仮に私が前に出れば、SERNの皆さんは喜んで私をハチの巣にしてくれるだろう。
だから私は、あなたの影に隠れているしかない。
自分の不甲斐なさが、いたい。
これがどんなにつらいことか。







ひゅん。
その音は嫌にはっきりと聞こえた。
ここは、銃声が鳴り響く戦場。
照明も落とされた暗闇で、音ばかりが響く。
なのはの障壁でぼんやりと照らされているばかり。
嫌でも音ばかりに気がいくが、それさえももう慣れてしまった。
今さら、銃の音なんか気にならない、はず。
そのはずなのに。
銃弾が風を切り裂く音が聞こえる。
そして銃弾が私の頬をかすめていくのがわかった。
ばんっ。
弾が壁に銃痕を作る。
今まで絶対だったなのはの防衛網に、隙が出来てきている。
今はまだ、たった一発の弾の通過を許しただけ。
でも、もう持たない。
いまが、決断の時。

「なのは、撤退よ」

「そんな。これに失敗したら、梨花ちゃんの友達は」

「わかってるわよっ、そんなこと。でも、もうあなたは限界。アララギさんの力に賭けるしかないの。だって、私には、あの子達と同じくらい」

ごめん、みんな。

「私の命も、あなたの命も、大切なの」

あなた達を、守れなかった。
拳を握る指に力がこもる。

「私は後悔なんてしない、そう決めたの」

うつむいた顔を上げることが出来ない。
自分でも、情けないくらい震えていることがわかる。

「そう、わかったわ」

なのはは私の意思を組んでくれるようだ。

「ありがとう、なのは。それと、謝らないで。あなたはよくやってくれたわ」

「うん、ごめんね、つらい決断をさせちゃって」

そういって彼女は、また私を気遣ってくれる。

「それじゃ、手はず通りにやるね」

そういうと、彼女は自分のまとう雰囲気をガラっと変えた。
手はず通りの宝具の発動。
彼女は、道を作るといっていた。
そのための異常なまでの集中。
彼女の影響で、今までの戦闘の中でもより一層緊張が高まるのがわかる。
敵もそれを感じ取ったのか、さらに猛攻を仕掛けてくる。
しかし彼らの弾丸は、なのはの展開する障壁にことごとく跳ね返される。

「壁をぶち抜いて、退路を切り開く。いけるね、レイジングハート」

なのはが杖を構え、術を展開していく。
はじめは何もなかった杖の先。
そこがぼんやりと桃色に染まる。
最初はぼんやりとした色だったその珠は、瞬く間に強く輝く大きな珠となる。
そして、その珠の魔力がどこから供給されているのかを悟ったとき、彼女が英雄の座に就いている意味がわかった。
彼女は、周りに残った自分の魔力を収集しているのだ。
私の手からも、瓦礫からも、キラキラと桃色の光りが浮かび上がり。
そこかしこに飛び散ったなのはの魔力の欠片が、光の珠に吸い込まれていく。
宙を舞う桃色の欠片は、まるで雪が日の光できらめいているかのようで。
星屑が世界を照らすような、幻想的な空間だった。
使い切れなかった魔力、力への変換の際にどうしても生じる魔力のロス、以前発動した魔術の残滓。
そういった残りかすを余すことなくかき集めて、魔術として練り直す。
理論的には可能な、しかし非効率で実質不可能だと言わしめた魔力運用。
それを平然とやってのける。



「スターライト――」


魔力運用の天才、故にキャスター。


「――ブレイカーっ」



なのはが宝具を開放した。
私の視界が光りで真っ白になる。
続いて恐ろしいまでの轟音と突風。
彼女の障壁を持ってしてもこの状況。
狙われた対象がどんなことになるのか想像もつかない。
徐々に視界がもどってくると、天井で星がきらきら光っていた。
まぁ、そういうこと。

「うわぁ」

一瞬、言葉を失ってしまう。
ぼうっと、文字通り棒立ちになっていると、温かい手で後ろから抱きしめてきた。
そのまま体がふぅっと宙に浮く。

「さすがに、自分でデタラメと言っていただけあるわ、なのは」

後ろから抱きしめられるので彼女の顔は見えなかった。
声の感じからは、若干の疲れが見て取れる。
それでも、どこも怪我はしていないようだった。

「なゃはは。そうだね」

なのは出会ったばかりの頃に、自分の戦場は空だと言っていた。
もう、安全だろう。













突然、右足をなにかに掴まれる感覚がした。
驚いて足をみると、黒い触手のようなものに掴まれていた。
遅れて、掴まれた部分から鋭い痛みが襲う。
まるで恨みをすべて右足にぶつけられたかのような、鋭い、しかし押しつぶすかのような痛み。
そして、そのまま下に強く引っ張られる。
瞬時の出来事に、掴まれた私はともかくなのはは反応できなかった。
一瞬の油断が命取りになる。
私も、なのはも、今日の戦闘は終わったと思い込んでいた。
普段なら気がついたはずの魔力量に反応出来なかった。
油断の代償を、支払う結果になりそうだ。
私はなのはの腕から抜け落ち、そのまま地面にたたきつけられる。
急な痛みに、息が詰まる。
なのはが黒い触手を魔力で切ってくれた。
そして、私を庇うように杖を構える。

「誰だ」

隠れていても仕方がないと思ったのか。
暗闇の奥から誰かが黒い生き物を従えて近づいてくる。
足の痛みで立ち上がれない。
壁によりかかり、なのはの後ろから出来るだけその姿を確認しようとする。
その面影は、いつも私に優しくしてくれた人に似ていた。
どうしてこんな所に。
あなたは、こんな所にいちゃいけない。
いやだ、いやだ、見たくない。
でも、現実は非常で。
その顔はやっぱり、私の大好きな人だった。


「どうして、こんな所にいるの。桜お姉ちゃん……」



[30980] 11.「なんなら、令呪なんてものをくれてやる」
Name: お化けの庭◆82337570 ID:6f8b8d70
Date: 2012/05/14 18:26
「難儀なやつじゃの、ぬし様は。幼女誘拐の次はよそ様の家に殴りこみかや」

呆れた口調で、話しかけてくるキスショット。
今から戦いになるというのに、まったく緊張感がない。
おまけに唇の端が普段より高い位置にあるからたちが悪い。

「幼女幼女っていうけどさ、あんな事情を聞かされたら手を貸さないわけにはいかないだろう」

「あんな事情とはなんじゃ」

「お前、朝だから寝る、とかいって寝てしまったじゃんか」

僕は眠い目をこすりながら必死に聞いていたのに。

「ん、そうじゃったかな」
そういって彼女は目をこする仕草をしてみせる。
ついで大きく口を開けてあくびまでしてみせた。
まったく、反省も欠片もない。

「ああ、そうじゃ。その夢の中でぬし様は、幼女発見大興奮とか言っておったなぁ」

「は」

予想を上回る爆弾発言に頭が真っ白になる。
え、夢がなんだって。
こいつは、今、なんて言ったんだろう。

「ごめん、キスショット。今なんて言ったか聞こえなくて。もう一度言ってくれないかな」

「いやぁ。夢の中のぬし様は、それはそれは幸せそうだったよ」

更に追い打ちをかけてくる。
僕の受けている心的ダメージを知ってか知らずか、しみじみと夢の中身を語るキスショット。
わざとだ。
ひざの力が抜ける。
正直、これから起こるであろうことのすべてがどうでもいいと思うくらいに。
昔お前のために戦った時くらい緊張していたのに。
今のキスショットではないのだけれど。
ちらりと彼女を見ると、してやったりといった笑顔を浮かべていた。
だらに。

「そうじゃそうじゃ、ひょっとしてぬし様は、今のわしの体にも興奮するのではないかの」

そういって腰に手を当て、ほれほれ、と無い胸をはってくる。

「お前が僕の事をどう思っているかはっきりとわかったよ」

これは立ち直れないかもしれない。
まてよ。
ひょっとすると、忍もこう思っているのかもしれない。
忘れてしまおう。
僕の記憶力は都合がいいのだから、過去の出来事なんて改変出来る。

「しかしまぁ、夢の中はそれでいいんじゃがな。わしにはぬし様の考える事がいっこうに読めん。一体全体、何がしたいんじゃ」

「なにって。古手ちゃんに手を貸したいんだが」

その返事を聞いて、彼女は少し肩を落としたようだった。

「いやな、そういう訳ではなく、な」

「どうしたんだよ、すごく歯切れが悪いじゃないか」

彼女は、寂しいような、どこか思いつめたような表情を浮かべていた。
しばらくして、決心した様に言葉を紡いだ。

「子どもが襲われているから、助けろだの、次は他人のお家事情に首を突っ込めだの」

彼女は言葉を区切る。
そして、いつものひょうひょうとした表情を引っ込めると。
僕と出会ってから一番冷酷な目を僕に向けてこういった。

「あれか、ぬし様よ。正義の味方でもなりたいのかや」



11.「なんなら、令呪なんてものをくれてやる」



「何馬鹿なこといっているんだよ、そんなんじゃなねえよ」

そりゃ、まっすぐだった妹達に憧れたことはあるけれど。
遠い、昔の話だ。

「僕はそんな偉大な何かじゃない。だいたい、その理屈で行くなら僕がお前を助けたことにも理由がいるのか」

「いやな、ぬし様よ。ぬし様がわしを助けた理由ならわからんでもないんじゃよ」

「どんなふうに」

僕は話しの続きをうながす。
それと同時に、手に嫌な汗を握っていることに気がついた。

「ぬし様は『たまたま』吸血鬼の存在を知っておって、なりたいと思っておった。そこにわしが『たまたま』油断して倒れておって、『たまたま』ぬし様が通りかかった。そして『たまたま』令呪を持っていて、わしのマスターになった。ついでに言えば吸血鬼になったばかりなのに『たまたま』吸血鬼の力のすべてを把握している、と。ここまで『たまたま』が続くと、悪意みたいなものを感じないでもないが、聖杯の力といってしまえば、まあ、納得せんでもない。じゃがな」

キスショットが僕の顔を、正確には目を覗き込んでくる。

「わしには、どうもあの子どもを助けるという行動が理解出来んのじゃ」

「一つ言っておくが、僕は助けてるんじゃなくて、手を貸しているだけだ。人は勝手に助かるもんだ。でもって、目の前で困っている奴がいたら、手を貸すのは当然だろ。そんな時にほうっておける奴にはなりたくない」

僕の言葉に、キスショットは続ける。

「力を貸すという理屈はわからんでもない。曲がりなりにもわしは英霊じゃからな。人の考えることもおぼろげにはわかる。じゃが、あの子はぬし様と関係あったのかの。わしには、わざわざ助けに行った様に思えるぞ。あの時わしに命じたのがそれじゃ。正義の味方気取りの阿呆のそれじゃ」

「だから、そんなんじゃないって。僕はなにも手当たり次第ってわけじゃない。それに、僕は、もう手を貸す相手を間違えたりなんかしない」

「確かに、あの子が一人目と言うなら手当たり次第では無いわけじゃが。しかし」

ため息をつくキスショット。

「ぬし様が何の気まぐれであの子を助けたにせよ。ぬし様はあの子の理屈しか聞いておらんじゃろう。どうしてそれが正しいといえる。ぬし様の中の正義に即しておると判断できる」

「……」

僕は反論出来なかった。
それに。

「そもそも、ぬし様のなかで、何が正しくて何が間違っているのか聞いてみたいの。正義とは何か、とかな。残念ながら、今はそんな時間などありはしないがの」

彼女は反論そのものを求めていなかった。

「ま、正義を語らないだけ上出来かの」

そうして、この話は終わりだというように声を明るくしていった。

「それと覚えておけ、ぬし様」

「なんだ」

「助けてくれた相手に、助ける云々の屁理屈は通用せんよ。助けられた者にとって、助けてくれた者は正義じゃ」

そして、僕の鼻の頭を指さしてこういった。

「なにせ、わしが惚れてしまいそうなんじゃからな」

そういって彼女は、出会ってから一番の笑顔を僕に向けた。







そのあとすぐに僕達は、影を抜けだした。
先ほどの会話は、すべて古手ちゃんをつけながらである。
仮に全部聞かれていたら、僕と彼女の協力関係はなかった事になるだろう。
少なくとも僕は彼女の目をまともに見れない気がする。
そういう目で女の子を見たことなど一度足りとも無いのに。
僕らは古手ちゃんが騒ぎを起こすと同時に彼女の友達たちを助けだす手はずだ。
彼女からの合図を待つ間、通路の影の中で僕はキスショットに、なぜ正義云々と言い出したのか聞いてみた。
ところが彼女は話をはぐらかすばかりで答えてはくれなかった。
ただ一言。

「面白いだけで足元を救われてはたまらんからの」

とだけ言っていた。
だから、僕の勝手な推測なのだが、キスショットを裏切ったマスターに関係しているのではないかと思う。
キスショットの元のマスターは多分、自分の正義を信じて生きていたのだろう。
誰でも助けてあげたいと思う、心優しい人だったに違いない。
そして、昔の僕みたいに、キスショットが人間を食べるところを見てしまった。
そんなところだろう。
自分の正義を貫こうとして、逆に化物を呼び出してしまった。
彼がどれだけ絶望したのか。
仲良くなれたのに、友達になれたのに。
悩んだ末の決断として、彼は彼なりの正義を貫こうとして……。
世の中、こんなはずじゃなかったことばっかりだな。
と、そんなことを考えていると銃声がなった。

「キスショット、今の」

「銃声じゃな。おそらく合図じゃ」

僕とキスショットは同時に駆け出した。
駆け出す、と言っても影を渡って移動するわけだから、足音がどうとか、見られたらどうとかいう心配はない。
それにキスショットはアサシン。
本人曰く、隠密行動については聖杯の助けもあるらしい。
加えて、古手ちゃんが騒ぎを起こしてくれた。
見つかる心配は殆ど無い。
そして予想を違うことなく、古手ちゃんが言っていた部屋の前にたどり着いた。
しかし、キスショットは影の中から出ていこうとしない。

「のう、ぬし様」

「なんだ、敵にでも見つかったのか」

そんな馬鹿な。
誰にもすれ違わなかったじゃないか。

「そんな失態をわしがすると思われるとは、心外じゃな。そうではなく、この部屋、どこかおかしい」

「罠だって言うのか」

相手が、古手ちゃんが誰かの力を借りる、と予想していたのなら考えられないことではない。

「いや、そうではない。この部屋の中から、まともな人間の生きている気配がしないのじゃよ」

彼女の予想は正しかった。
扉を開けて、真っ先に感じたのは、匂いだった。
病院にある特有の匂い。
同時に目に飛び込んできたのは、暗い部屋でぼんやりと光る機械だった。
次に、どす黒く濁った緑の液体と、子ども一人分ほどの大きさのカプセル。
その中に何が浮かんでいるのかを理解した時、僕は我慢ができなくなった。
酸っぱいものがこみ上げ、その場にぶちまける。
胃の中のものをすべてぶちまけ、それでも吐き気が止まらない。

「ぬし様は人間をやめてはいなかったのじゃな」
キスショットはそう言って、僕の背中をさすってくれた。







どれくらいそうしていたのか。
時間の感覚が切れてしまっていた。
でも、誰もこの部屋には来ていなかったから、そんなに長い時間でもなかったと思う。

「もう、大丈夫」

キスショットにそう言って立ち上がる。
改めて部屋を見渡す。
部屋に光源と呼べるものは見当たらず、カプセルが薄暗く光ってる。
そのカプセルがあたりを緑色の光で薄く照らしている。
そして、辛いことにカプセルはいくつもあった。
十や二十ではくだらない。
何の実験だかわからないが、これは人間がやってはいけないことだ。
これが、SERNの姿か。
古手ちゃんの言っていることは真実だった。

「キスショット」

いつもより声がかすれているのがわかる。
さっき吐いたせいもあるのだろう。
正直、声を出すのが苦痛だ。
それくらい、参ってしまっている。
それでも、今僕がしなければならないことがある。
この部屋をこのままにしてはいけない。
だから僕はの底から、振り絞るように叫んだ。

「この部屋にある、存在してはいけないもの、すべてを薙ぎ払え、キスショット。なんなら、令呪なんてものをくれてやる」

これは、あまりにも酷い。
戦場の酷さではなく、人が狂気に走った時の酷さ。
理不尽に弱者が蹂躙される酷さ。
そしてあろうことか、それを晒し者にしている。

「はは、大安売りもいいところじゃな。しかし、後で必要になるかもしれぬからな。今はいい」

それに、といって彼女は僕の前に立つ。

「同族のやらかしたことの後始末は当然の発想じゃからな。それに、暴れたい気分じゃから、特別に張り切ってやる」








僕が助かったのは、キスショットのとっさの判断だった。
彼女突然僕を突き飛ばしたのだ。
ばんっ。
彼女との動作とほぼ同じタイミングで銃声が聞こえる。
弾丸はキスショットの左肩をかすめていった。

「誰じゃ」

キスショットが声を上げる。

「ここを壊されると、困るのですよ」

物陰から、小さな子が出てくる。
この声、まさか。

「古手、ちゃん……」

「正解です、お兄ちゃん」

バットか何かで殴りつけられた気がした。
そんな馬鹿な。
どうしてこんな所に。
まさか、彼女は裏切っていたのか。
だとしたら、僕は最初から騙さていたのか。
あの時聞いた話は、あの叫びは、全部嘘だったってことか……。
なら僕は、何のために。

「馬鹿者、何を動揺しておる。あれは偽物じゃ」

え。

「よく見ろ、あの子はあんなに魔力を垂れ流しておったか。奴は、サーヴァントじゃ」

僕を叱りつけるキスショット。
確かに、彼女の言うとおりだ。
助かった。
と、同時に、キスショットは僕をカプセルの影に放り投げた。
そして、自身はサーヴァントに襲いかかった。
連続する銃声。
吸血鬼は不死身。
そして吸血鬼の中でも最凶の、キスショット。
しかし、相手もサーヴァントだ。
あの時にみたような、実力者だとしたら。
キスショットが危ない。

「キスショットっ」

慌てて物陰から飛び出る。
正確には出ようとした。
その瞬間、鼻の先を銃弾がかすめていった。
まさしく出鼻をくじかれた事になった。
まじかよ。
僕では到底およばないってことかよ。
僕が行くと彼女の邪魔になる。
悔しいが、そう判断するしかなかった。





キスショットの戦いの強みは、捨て身の特攻である。
これは昔、身を持って経験したことだからよくわかっている。
なぜなら、その身は傷ついても傷ついても瞬時に治癒する無限に等しい再生能力を秘めているからだ。
故に、彼女の行動は攻撃のみに専念できる。
しかし、今の彼女は万全の状態ではない。
十かそこらの時の彼女に、そこまでの再生能力は無いからだ。
故に、無理に攻め込めないキスショットはどう戦うか。
物陰から覗いて愕然とする。
動きのほとんどが目で追えない。
昔のときよりもなお早く、彼女達は死闘を繰り広げていた。
古手ちゃんの姿をしたサーヴァントは、拳銃でキスショットの動きを牽制し。
キスショットはあろうことか、放たれた弾丸すべてを刀で叩ききっていた。
そう見えた。
彼女が従える抜き身の日本刀。


妖刀『心渡』


鞘を持たないその刀は、無名の刀工が鍛えたものだと聞いている。
しかし、刀は切れ味は用を足す。
その能力は一品で、他に並び立つものは無く。
あまりの切れ味に、斬られた本人が気が付かない。
逆に、斬っても切断面が引っ付いてしまうほどである。
故に、怪異を斬ることのみに特化した刀。
彼女がいう唯一の戦闘宝具。
独特の形状をする日本刀。
怪異達に怪異殺しと言われた刀。
怪異殺しと恐れられた彼女。
刀を握った彼女の姿は、金髪であるにもかかわらず、どこか侍のそれを連想させた。











誤字修正しました。
報告ありがとうございます。



[30980] 12.「私はまだ、逃げるわけにはいかない」
Name: お化けの庭◆82337570 ID:6f8b8d70
Date: 2012/02/29 23:59
何度となく仕掛けようととする度に、わしの思考を読んでいるが如くかわされる。
すべての行動を拒否される。
わしがぬし様と契約して、初めてまともな殺し合いは、しかしわしにとってこの上なく不利なものになっておる。
何かを守るということは、思いのほか厄介じゃ。
相手の行動を制限しようと動かねばならぬのじゃからな。
今まで試したことのないのに、我ながらまぁ対応できていると思っておる。
しかしまぁ。

「……っ」

先程から叩ききってきた奴の銃弾が、ついにわしの肩をかすめていきおった。
傷ついたそばから再生が始まるのじゃから、今のところ結果は変わらんわけじゃが。
わしは、力を失って幼子の姿でおる。
じゃが、幼い姿であるとはいえ、わしは吸血鬼。
自分の背丈よりも大きな刀を振り回しておれるわけじゃ。
十全では無いにしても、刀を振り回すことくらい造作も無い。
振り回すことがせいぜいじゃがな。
まあ、それは当然のことであるし、納得もしておるのじゃか、そうではなく。
アサシンのクラスが邪魔をしおる。
先程から沼の中で戦っておるような感じじゃ。
刀云々を考慮しても、異常な程に腕が重い。
クラスによってここまで行動が制限されてしまうとは。


12.「私はまだ逃げるわけにはいかない」


ぬし様、逃げろ。
わしは誇り高き吸血鬼を自負しておった。
何者にも侵せぬ孤高の生き物だと。
現実は大きく違ったものじゃなぁ。
睨むだけで多くのものを意のままにできる力はすでになく。
わしは今、人間に膝をおり、形だけでも忠誠を誓っておる。
さらに主と見込んだ者にさえ敗走を勧める始末。
昔のわしが見たら、鼻で笑うのじゃろうな。
相対する敵とは現状硬直状態といって良かろう。
一進一退の攻防を繰り広げておるのじゃから。
じゃが、この状態も相手が望めばあっけなく崩れ去ると思えてならない。
奴はまだ奥の手を隠しておる。
それも、今のわしには持ち得ない、戦いにおける奥の手を。


何故使ってこないか。
おそらく、できるだけ他者の目に晒したくないからじゃろう。
姿形を変えておるのじゃ。
裏があって当然と見るべきじゃろうな。
ぬし様が部屋から部屋から抜け出すのがわかる。
この状況で弾の一つとして見落としていないわしの技量を後で認めさせねばな。
仮に撃ち漏らしたものがあったとしても、拳銃じゃから、そこまで殺傷力があるとも思えんのじゃがな。
心配といえば、どこにに逃げれば良いのか検討もつかんじゃろうが、ぬし様とて今は吸血鬼。
お天道様が顔をのぞかせるまでは、安心してよかろう。
こやつ以外にサーヴァントが存在していなければの話じゃが。
まあ。
ぬし様よりも、今は自分の心配をしたほうが幾分か有意義じゃろうな。


さて。
目の前の奴はわしと同じくらいの背丈の子どもで、両手に二丁の拳銃を従えておる。
回転式のやつじゃが、ありえないくらいに銃弾の数が多い。
しかし銃である以上、弾切れは必須。
そこを攻めれば良いと思ったのは当然と言えよう。
じゃが、こやつは持っておった銃を無造作に手放すと、どこからともなく新たな銃を取り出してきた。
わしが隙と見込んだ時間は、換装の時間ではなく新たに持ち替える程度の時間じゃった。
つまり、ほとんど時間にロスはなく、さっき見せた行動はわしを誘うものじゃったということか。
大方そんなところじゃろうと予測しておったので、あらかじめ斬りかかる力を抜いておいた。
なんなく刀で弾き返す。
敵にしてはなかなかいい動きじゃった。
片方の銃は打ち続けておったしな。
じゃが、それが姿を偽ってまで隠したい秘技、というわけでもあるまい。
やっとぬし様を庇う必要もなくなったわけじゃし。
次は、隠している奥の手ぐらいは見せてもらうとしようか。


換装の機会を待って動くことに決めた。
実際には、どこか彼方で魔力の爆発が起こり、両者の空気が変わった時に仕掛けることになったのじゃが。
わしは被弾を恐れずに正面から斬りかかる。
呼吸をやめて、一息に。
腹に何発かの弾をもらった。
強烈な衝撃で胸の空気が一気に押し出されるのがわかる。
何百年にも渡って経験してきた痛み。
この程度のことで、わしは止められん。
先掛けに切り抜ぬく。
しかし奴も、仮にも聖杯戦争に選ばれた英雄。
簡単に退場はしてくれんようじゃ。
こやつは左手に持った銃でわしの方のを真っ向から受け止める。
そして、空いた手をわしの体に向けて撃ち切るまで連射した。
腹に続けざまに熱い弾が打ち込まれるのを感じる。
が、それに構わず奴の体に腕をつき入れようとする。
しかし、撃たれた影響が少なからず動きに影響を与えたようで。
動きにあわせてやつは右手でわしの腕を払い、うまい具合に刀の力をそらすと、流れるような動作で蹴りを入れてきた。
腹を食い破るつもりだ。
それに対し、わしは刀の行く先に逆らわずそのまま倒れこむようにして、奴の動きをかわす。
しめた。
そして手首を返し、奴の柔らかそうな腹めがけて、刀をつきだした。

きんっ。

乾いた空気を割るような、金属同士がぶつかり合う独特の音がする。
ん。
銃がぶつかった時の音ではない。
気がつけば奴の腰には鞘が吊るされており、手にした剣で、わしの刀を受け止めていた。


幾度となくわしらはぶつかり合った。
流れる動き、そう言っても過言ではなかろう。
文字通り、わしらは剣舞を舞っていた様に見えるはずじゃ。
ここで打ち合い、ここで返す。
予め決められていたような動き。
流れを変えようと捨て身の特攻を仕掛けようとするが、させてくれはしない。
のらりくらりと上手に避け、剣でわしの動きを誘導してくる。
圧倒的な技量。
しかし、完全にわしの動きを支配しているわけではないようじゃ。
現に左腕を庇うように動いておる。
おそらく……。

「さぞや名のある剣士とお見受けする。しかしその姿。うぬとって最良とは言いがたいようじゃな」

剣舞の間をぬって話しかける。
どうせ誘導されておるのじゃ、多少手を抜いた所でどうということはない。
それより、此奴の心を攻めたほうがよさそうじゃしの。

「なぜ今までわしの首を取りに来ないのかと不思議じゃったが」

奴と目を合わせ。

「なんのことはない。うぬも受け流すので精一杯といったところかの」

これ以上愉快なことはない、という風に笑ってやった。

「背丈が足らんのか、力が足らんのか、あるいはどちらも足りないのか。おっと、そう焦るな。何も話しの最中に斬りかかってこんでもよかろう。今のままでは、状況を変えることはできんよ」

わしが攻めるには速度が足りない、しかしこやつが攻めるにも、何かが足りない。
まだ、何かを隠している。

「うぬよ、姿を晒してみてはいかがかな。うぬの得物を晒したように」

無言で斬りかかってくる。
こやつ、獲物を前に舌なめずりをしない主義のようじゃ。
まったく、根っからの戦士じゃよ。
敵ながらあっぱれなやつじゃ。
もっとこやつの技量を見てみたい、と思わせてくれる。
誰にも劣らぬその技量、もっと……。
ん。

「ああ、そうか、そういうことだったのか。あはははははははははは」

急に笑いがこみ上げてきて、注意が散漫になる。
奴の剣がわしの腕を斬りつけてくる。
痛いのぅ。
じゃが、わしは戦いのまっただ中だというのに笑いが止まらなくなってしまった。
腹の底から、これほど愉快なことはなく。
わしはつまらん勘違いをしておったようじゃ。
これほど剣技を習得しておるのじゃ。
間違いない。
じゃが、そろそろ時間切れのようじゃ。

「なんじゃ、真の姿は見せてはくれんのかの。では、わしも飽いた。残念じゃが、そろそろおいとまさせてもらおうかの」

ひさしぶりの強敵、もっとじゃれあいたいのじゃが残念じゃ。
奴が呼吸をするタイミングをみて、機械の影に潜り込む。
そして闇の中から奴にいってやる。

「うぬの左腕はどうしたのじゃ、お留守じゃったぞ。次はもう一本の剣もみせてくりゃれ」

奴はわしを追ってこようとはしなかった。
ま、影に潜り込んだわしに攻撃はおろか追うこともできんじゃろうがの。
さて、ぬし様でも探すかの。






おお、やっとるやっとる。
ぬし様は梨花とかいう小娘を抱えておった。
といっても抱きしめているだけで、なんの役にもたっておらんようじゃが。
小娘のサーヴァントは、黒い怪物と戦っておった。
全身がどす黒く濁った触手で覆われている。
この世すべてを憎み、恨み、妬み、そして憎まれ、恨まれ、恐れられたその姿。
すでに、この世すべてを恨まずにはいられない、一身に呪いを集めた成れの果て。

タタリ神。

奴に触れたものは、肉を腐らせ、骨まで焼け焦げ、死に至るという。
時すでに遅く、小娘は右足に呪いを受けてしまっておった。
おそらく、呪いが体に馴染むまでは立つことは無理じゃろう。
小娘のサーヴァントは肩で息をしておる。
存在するのに必要な魔力にまでて手をだしておるのじゃろうか、魔力反応が心許ない。
長時間の戦闘は無理じゃろう。
今はなんとか戦線を維持しておるが、このぶんだとあと数分も持たんと見える。
状況から察するに、こんな地中深くから遥か彼方が見渡せるほどの大穴を開けたのは、小娘のサーヴァントかの。
小娘もどきとの戦いの途中で感じた魔力はこれか。
一人納得する。
しかし、相手が曲がりなりにも神だとすると、わしの再生能力もどこまで通用するかわからん。
出来れば、うかつな行動は避けたいところじゃ。
状況を打開するには、奴のマスターを叩くのが一番じゃ。
あそこで戦いを見ておる女がそうじゃろう。
わしはひっそりと奴の後ろにまわる。
そして、一息に奴を仕留めようと影から躍り出る。
そこを、狙われた。


体が弾けるような感覚がした。
何がなにやらわからないまま吹き飛び、壁に叩きつけられる。
わしとしたことが、すぐそばのいさかいに気を取られて、わしを狙う者の存在に、しかもわざわざ魔力を使ってくれているにも関わらうず、気づかなかったとは。
対サーヴァント用の魔力を込めた重い一撃。
すぐに撃たれた方角に目を向ける。
もともと、すぐに立ち去るつもりだったのじゃろう。
立ち去る後ろ姿だけがちらりと目の端に映った。
黒いコートに黒い髪をなびかせてたその姿は。
あれは、あの時わしが遊んでやった女ではないか。

してやられた。

しかし、感慨にふけている時間はなかった。
威力が大きすぎて、わしの再生能力がすこし遅れる。
その時の注意力の低下が敵の最も欲するものだったのだから。
両足に何かが突き立てられる。
痛みを無視して振り向くと、胸にまた二、三本剣が差し込まれた。

「いやぁいけ好かないやつだけど、確かにあいつもやるね。まったく気づかれなかったみたいだし」

「あ、青いのぉぉぉ」

先ほどの剣士とは違う、手数で押し切る愚か者の手によって、わしは窮地に立たされることとなった。


いくら吸血鬼といえど、聖杯戦争のルールからは逃れられない。
体の修復には多少の魔力が必要になるし、首を落とされたり、胴を断たれたりすれば死ぬ。
助かったのはぬし様の勇気と魔力量、そしてキャスターの助けがあったからじゃ。
ぬし様は捨て身で青い剣士に挑みかかり、奴の動きを一瞬鈍らせた。
その隙に、キャスターが自分の身の危険をかえりみず、魔術をこちらに展開、青い剣士を攻撃する。
わしが奴の間合いから抜け出せるだけの時間をひねり出してくれた。
かろうじて、窮地を脱したわしだったが、それですべてが解決したかというとそうでもなかった。
なぜなら、わしとキャスターはふたりとも動けないマスターを庇いながら、二体のサーヴァントを相手にしておる。
さらに、わしもキャスターも恐ろしく疲れておるし、戦うのに十分な魔力もない。
キャスターにいたっては、わしの援護の時に、呪いをその身にもらっておった。
おまけに、どこから狙撃手に狙われているのかもわからないのじゃから。
ついでに言うなら、タタリ神のマスターの実力も未知数だったりする。
万事休すじゃ。
英霊になって忘れるほどの時を過ごしてきたが、ここまで追い込まれたことは記憶にない。
ここらが今回のわしの終着点かの。
しかし、キャスターはわしほど諦めが良くなかった。

(アサシンさん、まだマスター達を抱えて影の中を走れますか)

(そりゃ、誰にも邪魔をされいのなら、無理ではないがの)

(私が、少しだけ時間を稼ぎます)

ちらりとキャスターの顔を盗み見る。
満身創痍をその身で表している。
とてもそんな余裕があるようには見えない。

(うぬよ、死ぬ気か)

わしの問いかけに対し、彼女は寂しそうに笑った。

(私の能力では、マスターを助けてあげられない。だから、あなたにお願います)

(わしはうぬのマスターを殺すかもしれんぞ)

(それなら、何度となく機会はありました。マスターの、梨花の命を、どうか救ってやってください)

議論の余地はなかった。
わしには彼らを撃退出来る手段はなく、誰かが生き残るためには、誰かの犠牲が必要なのは明白だったのじゃから。
わしは戦線を放棄し、ぬし様のものに駆け寄る。
右肩から左足にかけて大きな切り傷があった。
ぐったりしているところをみると、やはり瞬時に治療出来るだけの魔力は残っていないようじゃ。
意識のないぬし様を担ぎ上げ、キャスターのマスターのもとに駆け寄る。

「うぬよ、逃げるぞ」

「ばか言わないで。なのはがまだ戦ってる。なら、私はまだ、逃げるわけにはいかない」

「うぬの気持ちもわかるが、わしらはには彼女の力にかけるしか無いんじゃ」
さとすように今の現状を伝える。

「だめよ、絶対にだめ」

納得出来無い気持ちもわかる、じゃが、彼女の気持ちも汲んではもらえないだろうか。
そう言いたかった。
じゃが、残念なことに、彼女を説得する時間はわしらにはない。
ぬし様を抱えているため、無理やり力で従わせることも出来無い。
せめてわしが大人の体であれば、この方法も使わなくてすんだのじゃが。
どのみち、彼女は足に呪いを受けている。
自分の意思では歩けないことは明白だったのだ。
そう自分に言い聞かせる。
甘くなったものじゃな。
ぬし様、わしを恨んでくれるな。


「従僕、『わしに従え』」


言葉に力を乗せて宣言する。
小娘、梨花といったか。
彼女の体の、影が消える。
彼女は自分の体がこわばるのを感じたことじゃろう。

「この戦場から撤退する、わしに従え」

彼女は目をめいいっぱい目を見開きながら、わしの言葉に従った。
痛む足を無理やり引きずって。
わしらは影の中を駆け、学習塾跡までたどり着いた。
そして、そこで、空が桃色にそまるのを見ることとなった。
同時に、梨花が泣き崩れるところも。


従僕は、わしの命令に絶対服従する。
これがわしがもともと持っており、聖杯によって宝具に昇格された、人類にとっては忌むべき能力。
名前などない。
強いて言うなら、奴隷化とでも言おうか。
魔力量によってどこまで支配されるかが変わってくる。
梨花の場合、心まではわしに染まってはいないようじゃった。
しかし、どれほど心と体が別の意思によって支配されるとは、どんな気持ちなのであろうか。
それも、自分の一番望んでいないことだったとしたら。
まったく、わしも甘くなったものじゃな。











遠く、ある廃墟の上で、私は戦場を傍観していた。

「私の良心が死んだわ。本当にこれでよかったの、マスター」

「ええ、これであなたの力が強化されるのでしょう。それに、梨花は戦場にいるべきではないのです、なのは」

「ふぅん。ま、あなたが納得しているのならいいんだけどね」

ええ、私は間違ってなんかいない。
梨花を助けるには、これが最善の選択だと確信している。



[30980] 13.「しかしそれでも、君がそれを望むのなら」
Name: お化けの庭◆82337570 ID:6f8b8d70
Date: 2012/03/19 06:45
SERN基地の内部で、ややこしいことが起こっている。
日常生活では起こりえないであろう魔力反応を観測しているのだ、間違いないだろう。
やはり、父様はSERNの実態を知っていらしたのだ。
表向きには科学の力で世界発展を支える天才集団。
しかし裏では文明社会を牛耳る独裁者。
それも最近では、科学と魔術の両面から自分たちの組織としての立場を絶対的なものにしようとしている、ということを。
裏の顔はなかなか確認できなかったが、今回の件で、魔術の側面がはっきりした。
同時に彼らが聖杯戦争に参加しているということも。
父様が直接教えてくださらなかったのは、いつものことだ。
何に関しても最後までは教えてくださらなかったのだから。
いつも私が一人でやっていける段階になると、手を引き、助言ばかりで答えをくれなくなった。
それはつまり、私を信用してのことであるし、認められたということなのであるわけで、喜んでもいいことだと思う。
が、当然私は示された方針に従っていくわけで。
その先で新しい発見があるたびに、父はよくやったと言う風に笑ったものだ。
父の笑みをみて、私はまだまだなのだと実感することになるのがちょっと悔しかった。
そして、今回の助言。
父様の遺言にも等しい最後の助言に従った結果、私は敵の行動を捉えることが出来ている。
聖杯戦争にSERNが参加しているということを、知っているのといないのとでは随分違っただろう。

例えば、敵が組織的に動く可能性を考えることがで出来たように。
例えば、岡部に出会えたように。
例えば、今回の事件をいち早く知ることが出来たように。

残念なのは、今回の場合、事件は組織の内部であり、外から中の様子をうかがい知ることは出来無いということ。
つまり、狙撃を主体として動きたい私にとって不利云々ではなく、戦いに参加する意味がないということなのだ。
それに、ある程度離れていることもあり、大雑把にしか魔力の動きが感知出来無い。
よって今回はパス。
同盟関係にある岡部にも説明したし、了解もとった。
だから今回はアーチャーに監視を任せて、久しぶりの休暇だ(まぁ戦場にいるので不謹慎というか、油断丸出しなわけですが)、ぐっすり休めると喜んでいたのだけれど。
世界はこんなはずじゃなかったことばっかりで。
私はすぐにでも飛び起きる事になった。



13.「しかしそれでも、君がそれを望むのなら」



「凛っ」

アーチャーの緊張した声にたたき起こされる。
朝が弱い、などと言い訳に出来る状況でないことは、寝ぼけた頭でもわかっている。
すぐさま事情の説明を求めるのだが、それよりも早く私の耳が不思議な音をとらえた。
地中深くから、うなるように聞こえたその音。
だんだん大きく、はっきり聞こえるようになったと思ったら、突然爆発音に変わった。
と同時に、桃色の閃光が夜明け前の最も暗い空を染めあげる。
慌てて首からぶら下げていたスコープで音の方角を確認すると、SERNとあたりをつけていた場所一帯に大きな穴が開いていた。
底から打ち上げたのか、穴の縁の鉄骨が空に向かって突き出している。
でもまあ、見た目はなんというか。
人の手で生み出されたクレーターね。

「ここまでサーヴァントがびっくり人間だったなんてね」

思わずつぶやいてしまう。

「敵のサーヴァントだ。前の戦闘データと確認をとった。魔力の波長と魔力光。俺達がキャスターと認識しているやつだ。」

律儀に報告してくるアーチャー。
さすがアーチャー、仕事が早い。

「もうちょっと早く起こしてもらえると、心に余裕が持てたんだけどな」

「無茶言わないでくれ。匂いが変わったのは、ほんのついさっきのことだったんだ。むしろ、爆発前に起こせたことを褒めて褒めてもらいたいな」

ちょっとした皮肉にも真面目に返答してくる。
いつか私好みに調教しないとなぁ。
そんなふうに思ったのだが、私の余裕が続いたのは、彼女を私が認識するまでの、ほんの少しの時間でしかなかった。
まず目に入ったのは、薄く色の抜けた黒髪。
スコープを通してみても魔力が貯めこまれているのがわかる。
すぐ側に黒く蠢く物体が控えている。
彼女はその物体に指示を出すと、その腰まで届く髪を翻して私に微笑みかけてきた。

「おひさしぶりです、姉さん」

的に狙いを定めるためのレンズの向こう側で。
彼女は確かにそういった。





「おい、凛。何があった」

岡部の声で、私の意識が戻ってきた。
ほとんど間をおかず、しかし恐る恐る、魔術回路を確認する。
……やはり外部から侵入された痕跡がある。

「アーチャーっ」

「すまない。魔力を感じて、盾を使ったが間に合わなかった。十秒ほど、君は意識を失った。そして、君は彼に起こされたんだ」

そういうことね。
目を合わせたあの一瞬。
桜は私に魔力をぶつけてきたのだ、物理的な衝撃を伴って。
私の回路がどんな攻撃を仕掛けてきたか告げている。
あの子は一瞬の動揺を利用して、私を支配しようとしてきた。
入り込まれたのは表面だけ、何の影響もでないだろう。
だが、さっき私は、サーヴァントでは対抗できない、内面的な魔術師同士の争いに敗北しかけたわけだ。
こんな手段があったなんてね。
無理やり、魔力で押し返したせいだろう。
ずきり、と頭が痛んで、反射的に目元に手をやってしまう。

くそ。

「おい、凛」

岡部の呼びかけをきっかけに、思考を切り替える。
戦況は、ほとんど動きはないわね。
ちらっと岡部を視界にいれる。
彼は、爆音に飛び起きてきたのだろう。
いかに戦闘が非日常的な世界で過ごしていたとしても、身の危険を感じる本能は蘇ってきたいうところかな。
サーヴァントもしっかりと従えているし、危機感がある。
いい兆候だ。
いや、修正。
単に眠れなかっただけだわ。
心配そうに私をみる岡部に、私は努めて冷静にいった。

「状況が変わったわ。あの戦闘に介入するわよ」

「本気か。やめたほうがいい。疲れているのではないか。先程は様子がおかしかったぞ」

「あんたに言われたくないわよ」

私は自分の目元をさしながら、冗談めかしていう。

「ここんとこ、真っ黒よ」

彼もわかっているのだろう、疲れた顔に苦笑いをうかべた。

「なに、俺はマッドサイエンティストだ。徹夜で状況を打開する作戦を考えていたのだ」

「でも、マッドサイエンティストさんも徹夜は苦手のようね。私は大丈夫。これが上手くいったら、今度添い寝でもしてあげるから」

「な」

彼は顔を真っ赤にして、二の句もつげずに固まってしまった。
なんと、ここまで面白い反応をしてくれるとは。

「あはは。緊張がほぐれたでしょ」

「凛っ……」

冗談はここまで。

「苦情は後にして。戦局は刻一刻と変わっていくわ。はやく」

それ以上苦情は聞かない、と話を打ち切る。
声で緊張が伝わったのだろう。
彼はもう何も言わなかった。



最後まで、冷静に、優雅に。
頭の中で繰り返しつぶやく。
私の古い記憶にある、私の行動原理の根幹を担っている言葉である。
相手の実力を垣間見て、恐ろしさをしったのだ。
しかも、自分の失態が原因で、付け込まれてしまった。
しかし今の私は、思考がはっきりしている、いつも通りだ。
私一人だったら、ここまで気持ちにゆとりが持てただろうか。
あいつがいてくれて助かったわ。
桜の目的はなんだろうか。
あの一瞬で幻想でも見せる気だったのか。
なんにせよ、さっきの彼女は、相手に自分の魔力を流しこむなどという出鱈目な、およそ魔術とは思えない暴力的な方法だ。
しかし、私の防衛システムにしっかりと爪あとを残している。
私の知らない、何らかの魔術であったことは間違いない。
ここで問題なのは、この距離で、ほんの一瞬で、わずかでも私の回路を侵食したことだ。
他者の追随を許さない、自身と努力と、潜在的な魔力運用の力。
魔力も、魔術の腕も、対象となる相手よりも数段まさっていなければ、成功など有り得ない。
それも、並み居る人間よりも魔力が高いであろうと思われるマスターに対して、だ。
私なら、試してみようとすら思わない。
でも、桜は私の実力を一瞬で看過し、そして、術を試みたのだ。
銃を握る手に、力がこもるのを実感する。

「桜……」




私は、目的の場所を目指して移動しながら、彼に状況を伝える。
こういう時、彼の手のひらに、私の魔術を残したのは正解だと思う。
彼が駆けつけるまでの間に、戦況は変わってしまうに違いない。
なら、情報を伝えて、彼にその場で判断してもらったほうが問題は生じにくい。
魔術師として訓練を受けていない岡部と距離を挟んで会話するのために、私の魔力を持ち歩いてもらっているのだ。
令呪を隠すという形で。
まあ令呪を隠していると彼には言っていないわけで、マスターになったら出来るようになるとか誤魔化しているだけなんだけれど。
……実は、そもそも令呪関連の話はまだしていないんだけれど。
望みが叶うとしか言っていないんだけどっ。
それで信用しろ、というのも無理な事かもしれない。
現に、彼のサーヴァントは私の欺瞞をうっすらと感じ取っているのだろう。
私の願いに巻き込んで、すまないと思っている。
それでも叶えたい願いが、私にはある。
邪魔は、させない。

(凛)

私の気持ちが乱れたのを察して、アーチャーが声をかけてくる。

(今回の戦いは、やはり見送るべきだったのではないか。君に動揺が見られる)

(大丈夫、私のことなら、私が一番良く知っている。私は大丈夫)

そうアーチャーに言いながら、できるだけ全体が見渡せる地点を見つけて這いつくばる。
ここがいいだろう。
今回も廃ビルの側面から狙撃する。

ただし、私が観測している一方向にしか穴はなく、また屋上でもない。
前のように逆に狙撃される、といった心配は無視していいと思う。
ただし、桜が何らかの手段でこちらの位置を特定している、という別の心配は拭えないが。
でも、今彼女は戦場から動いていないのだ、問題ないだろう。
ここからは、桜と、どす黒い触手をまとった、おそらくは桜のサーヴァント、それとついこの間襲撃してきたキャスターと思われるサーヴァントとが交戦しているのがわかる。
黒いサーヴァントが激しく位置を変えて戦っているのに対し、キャスターはほとんど立ち位置を変えていない。
その戦いは、彼女の戦闘スタイルなのかもしれないが、それにしても不自然だ。
私からは穴の影になって見えないが、キャスターはおのれのマスターを庇いながら戦っているとみて間違いないだろう。
そして、遠目から見ても、彼女は疲弊しているのがわかる。
長くは持つまい。
しかし、前に私を邪魔したサーヴァントの姿が見えないのが気になる。
前回の戦闘で予測するに、弾丸を受け止めた金髪とキャスター、私をカウンターした狙撃手の少なくとも三組が手を組んだ、と考えるのが妥当だ。
聖杯戦争参加が七組だと考えると、そのうちの三組が手を組むのは脅威すぎる。
私を手玉に取ろうとした、桜に手を貸してでも。
狙撃手の存在を無視出来る今のうちに、彼らを叩いておくしか無い。



私が直接キャスターを狙うか。
いや、ほとんど動きがないといっても、二体のサーヴァントが争っているのだ。
あれだけ場が乱れている状況で、当てるのは無理だろう。
現状のすべてを肌で感じることが出来るようにはなれば、あるいは予測できるのかもしれない。
でも私も人の子だからね。
この状況を私ならどう動くだろうか。
金髪のサーヴァントをキャスターに加勢させるか。
このタイミングで、まさかね。
出来るなら、もうとっくに実行しているはずだ。
それよりも、マスターがフリーの状態なのだ。
私ならマスターを、桜を狙う。
桜は一見無防備に見えるが、その実魔術に対して相当な対策をしているのは間違いない。
そんなところに距離を開けての攻撃を仕掛けたとして、いくらサーヴァントでも致命傷を負わせるのは難しいと思う。
宝具を使った場合はわからないけれど。
なにせ宝具とは、英雄の起こした奇跡そのものなのだから。
でも、その燃費は尋常ではなく、使用するならマスターの負担を常に考慮に入れなければならない。
戦場に居ないとしても、自衛の選択肢を自ら減らすのは愚かなことだ。
それに、仮に宝具が使われたとして、対象は私ではない。
私は、戦場で死力を尽くして潰しあうのを傍観していればいいのだ。
おまけに、相手の切り札を隠れ見る事が出来るのだから、読みが外れても、そこまで大きな影響はない。
つまり私は、桜に直接仕掛けてくる場合のみの敵を排除するだけでいい。
敵がこの前の金髪と仮定して。
敵が影から飛び出てくる、その一瞬。
その瞬間を、狙い撃つ。
その瞬間だけなら、アーチャーの殺意を感じるで解決出来る。

(アーチャー、敵の殺意だけに集中して)

(いいのか、それだと他への注意が散漫になるぞ)

(この位置なら大丈夫、とは言えないわね。でも、保身をおろそかにしてでも、今のうちにあの敵を叩いておく必要があるわ)

(君からは迷いと矛盾の匂いがする。先程君を攻撃したマスターを、自らの安全をおろそかにしてまで助ける理由を聞かせてもらいたいな)

(……)

(先程俺達はキャスターたちが厄介だといった話をしていた。でも、それと同じくらい、あの魔術師は脅威ではないか)

(……)

(しかしそれでも、君がそれを望むのなら。いいだろう、全力でサポートする。それが私の有用性だ)

いつものように私が望む銃が私の手に現れる。
ただし先ほどの狙撃とは異なり、持ち運びもできないほどの大型のもの。
私より大きく、私よりも重い。
その重みが、アーチャーの信頼を託されたものだと思えて、思わずグリップを握り締める。
私は、銃身に搭載されている、赤と青が対をなして描く世界で桜を捉える。
残念なことに、普通の暗視スコープで覗く戦場と大差ない。
やはり、キャスターのマスターは無理ね。
当初の予定通りタイミングはアーチャーに頼るしか無い。
今回の狙撃の相手はサーヴァントだ。
ならば。
私は、アーチャーに弾の装填を命じる。
ほんの僅かだが銃に重みが追加され、弾が内側から装填されたのがわかった。
ただし薬莢の先端に搭載されているのは、鋼鉄の弾丸ではなく、戦場に似合わないきらびやかな宝石だ。
特別製のその弾には、宝石の効力を最大限に引き出す量の魔力を注いである。
これは、私の起源が父様みたいに、銃撃戦に利用できなかったことに起因する。
起源とは、人の生まれた理由そのものだと聞いている。
いくら訓練しても人の起源を身につけることはおろか、起源を帰ることも不可能だという。
だから、こればっかりは父様の戦略は流用できない。
そこで、私は過去に注目した。



私が「わたし」だった頃。
わたしの家は、とある街の、古くから続く魔術師の家系だった。
幼いころから魔術師になるように育てられていたし、わたし自身もそのつもりでいた。
わたしには控えめに見ても才能があったと思うし、自分の代で、遠坂家をさらなる高みへと導く自信もあった。
そのころ習得した魔術のなかで、最も得意だったのが宝石を利用したものだったのである。
ただ、先の聖杯戦争で遺産も経済力も、ついでに心も一瞬で失ってしまったときに、最後まで握り締めていたのも宝石で。
きらびやかな物を見ると、その時の辛さを思い出し、今でも胸の奥がずんと重くなる。
それでも、不快な気持ちにつり合うだけの力を秘めているのだ。
私は必死に過去を思い出し、自分の得た技術を再現していった。
試行錯誤した結果、私がたどり着いたのが、今アーチャーに装填してもらった弾丸なのである。



宝石は、表面と内部との二層構造になっている。
相手の魔力防壁に私の魔力を叩きつけ相殺し、音速で飛行する弾丸を叩きこむ。
これが表面の魔力層。
着弾と同時に、何重にも圧縮した魔力を開放、対象を無理やり吹き飛ばす。
これが内部の魔力層。
長年の勘から、一点に集中するこの攻撃は、常に防ぎ続けなければならない防壁に必要な魔力よりも、遥かに僅かな量で通用する。
しかも、突破にかかる時間が短ければ短いほど、容易になる。
ゆえに、一点に一瞬の力を集中させるために私の銃は段々大きくなり、今の狙撃中心の戦いかたへとスタイルが変わっていったのだ。
この方法の問題点は、原理上どうしても魔力の反応を消すことができないことにある。
これは相手に自分の居場所を教えることに直結し、狙撃手にとっては致命的な弱点である。
だから使える場面が限られ、一撃で相手を仕留めることが何より重要となる。
そして、今回はこの札が切れる絶好の機会だ。
仮に仕損じても、敵対している者同士だ。
バックアップに岡部も控えている。
位置を特定されても、すぐには私を追ってこれない。
心にゆとりもある。
私は、自分の顔に笑みが浮かぶのを堪えられなかった。




勝負は一瞬。
アーチャーは敵の殺意を読みとり、私のサポートに入る。
自分と目標との距離が縮む不思議な感覚に体を預ける。
そして直感の命ずるままに、私はまだ現れていない、何もない空間に向かって引き金を引いた。
爆音も衝撃も魔力も、出来るだけアーチャーの内側に吸収してもらう。
が、精度の低下が著しいため、無理に全てを押し込む出来なかった。
衝撃で肩が吹き飛ばされそうになる。

「っ……」

体の悲鳴を無理やり飲み込んでスコープを覗き続ける。
私の勘は正しかった。
敵が出現するであろう空間に打ち込んだ弾。
それは見事に、出現したばかりのサーヴァントに着弾する。
早すぎず、遅すぎず。
絶妙のタイミングで放たれた弾は、あの小憎たらしい金髪のサーヴァントの肩を吹き飛ばした。
ちょっと自分によってしまいそう。
銃をアーチャーの中にしまい、私は張り付いていた髪をかきあげ、狙撃場所を去る。
これ以上同じ場所で、危険を冒す必要はない。
岡部が戦闘に介入するのをアーチャーが教えてくれた。
そして、そう時間もかからないうちに、キャスターであろう魔力が夜明け前の暗闇を照らした。

「西から太陽が登ったみたいね」

誰に伝えるでもなく、つい口をでてしまった。
最後の一撃だろう。
ひょっとしたら、マスターは取り逃がしたかもしれない。
でも、最大の脅威である、三体の同盟は排除したと考えて間違いない。
詳しい報告は岡部に任せるとして。
今日は久しぶりに良い夢が見られそうだった。








ほくほく顔で岡部の帰りを待っていたのだが、何時までたっても帰ってこない。
せっかく温めていた保存食も、冷めてしまった。
さすがにおかしいと思ったその矢先、岡部と私とのラインが切れた。
彼自身が術を解いたとは考えにくい。
そして、はっとする。
私は戦闘のあと、岡部が桜にやられるという事態を想定していなかったのだ。
私は、ここぞという所で、人生最大のぽかをした。



[30980] 14.「それでさ、その人はこういったんだ」
Name: お化けの庭◆82337570 ID:6f8b8d70
Date: 2012/04/02 23:49
「あ、桜お姉ちゃん」

私は彼女の姿を見て、喜んで側に駆け寄る。
っと、何かに蹴つまずき、瓦礫の山から転げ落ちそうになる。
とっさに目をギュッと目をつむり、すぐさまにでもやってくるであろう痛みに体をぎゅっとこわばらせる。
でも、何かふんわりしたものに包まれたかと思うと、さっきまで感じていた浮遊感は消え去った。
そして目を開けた時にはすでに、私は桜お姉ちゃんの前に立っていた。

「もう、そそっかしいんだから。いつも気をつけなさいと言っているでしょう」

お姉ちゃんが腰に手を当てながら、ほっぺたをふくらませている。

「うん。でも大丈夫だったでしょ」

「こらっ。私が助けてあげなかったら、危なかったのよ」

むっとした顔で私を睨みつける。
でもそれがなんだかおかしくなって、私はついふきだしてしまう。
つられてお姉ちゃんも笑い始める。
そんな感じの関係が、私は大好きである。


14.「それでさ、その人はこういったんだ」


この世界では昔、戦争があったらしい。
それはわかる。
気がついた時から、コンクリートで作られた建物の完全な形を見たことが無いのだから。
東京にあると言われる摩天楼さえ、雛見沢を出たことのない私は実際に見た記憶は無いのだから、本当は確かめようがないのだけれど。
あちこちでビルが倒壊し、瓦礫がせき止めた池まで出来ているのをみると、ともすれば世界の終わりにもみえてしまいそう。
でも、人という人間は、案外たくましいもので、こんな世界でもたくましく生きている。
現に私たちは、人々の活気であふれた罵声の飛び交う、集い市の中を歩いている。
市場とはいうものの、その脇に並んでいるものは立派なものじゃない。
鉄筋をどこからか持ってきて、これまた布切れやらなにやらを拾ってきて、道の両側に屋根の様に張り巡らしただけの簡単なお店。
これが戦後だというならその通りなのだと思う。
実際、私みたいな子どもには生きにくい世界だし。

「あれから、みんなは元気にしてるの」

ふと、私に話しかけてくる桜お姉ちゃん。

「そこそこ、ね。――やっぱりお姉ちゃんのおかげなのですよ」

「そ。よかった。あれからいろいろ心配……って聞いてないでしょ」

お姉ちゃんは呆れた声を上げた。
それもそのはず。
私は話よりも、市を見るのに忙しかったりする。
あ、あの焼き鳥、美味しそう。
お姉ちゃんは、私に話しかけるのを諦めて、黙って私の後ろをついてきてくれる。
ごめんなさい、でも今日は許して。
だって私が胸をはって堂々と歩けるのは、今日が初めてなんだから。




市で買った(というより買ってもらった)串焼きを食べながら、私はお姉ちゃんに聞いてみた。

「今日はどうしたの。また私の妄想を聞きにきたの」

お姉ちゃんは優しく笑いながら、首を横にふった。

「ううん、今日はあなたをスカウトに来たの」

「スカウトってどういうこと?」

意味がわからずに首を傾げる。

「ねえ梨花ちゃん、魔術師になってみない?」

そういってお姉ちゃんは私の方に手をおいた。
一瞬、ひやっとした気がした。
はっと周りを見渡すと、すでに街の喧騒は消えていた。
世界には私と桜お姉ちゃんしか居ないのを、なぜか知っていた。

「おいで」

お姉ちゃんが私ではない誰かに話しかけた。
手のひらを上にして、犬の喉を撫でるように指をくねらせる。
すると、その手に吸い寄せられるかのように黒い影が浮かび上がる。
それは、私を追い詰め、なのはを死に追いやった張本人。

「お姉……ちゃん……」

私は自分が震え上がるのを自覚した。
必死に震えを抑えようと自分で自分を抱きすくめる。
肩に置かれた手から、お姉ちゃんの魔力がじわじわと私に侵入してくる気がした。

「ふふ、大丈夫。怖がらないで」

お姉ちゃんがいつものように笑いかけてくる。
でも、その目はとても冷たく、物か何かをみるようで、昔のあの時を思い出してしまった。
私は我慢できなくなって、あらん限りの力で叫んだ、と思う。
何も聞こえない。
今の私にわかるのは、いまや視覚的に感じる、桜お姉ちゃんだけになって。
逃げ出したいと思うのだけれど、体の管理はすでに自分のものではなくなっていた。
お姉ちゃんが、手にした黒い塊を私に押し付けてくるのをみて。
こんどこそ、私は悲鳴をあげた。





私は、もう何度目になるかわからない自分の叫び声で現実に呼び戻された。

「ゆ、夢……」

髪をかき上げる。
汗でじっとりと濡れていて、気持ち悪かった。
左手で、ぐっと胸を胸を抑える。
そうしないと、胃の中の物をぶちまけてしまいそうだった。
あの目のせいで、嫌なことを思い出した。
悪夢の昭和五十八年、永遠の輪廻の牢獄。
あそこで何が起こったのか、結局私にはわからなかったし、悔しいことに、私は死ぬ直前の、いつも私を殺していた相手のことを何も覚えていない。
雨で頬を叩かれて目が覚めたとき、私は冷たいコンクリートの壁を背にして眠っていたようだった。
足元には、何も入っていない缶詰に、長さを揃えただけの箸があった。
不意にお腹がぐるぐるとなったのは、いい思い出。
しかしながら、前の世界で、また駄目だったと肩を落とすだけの辛い生活に心底疲れ切っていた私たちにとって、この新しい世界は奇跡に等しかった。
それに、仮にも百年以上生きた私だから、どうにか生活できるだろう、とも楽観視していた。
そして、いかに自分の生活が皆に助けられていたことを実感させられたのだけれど。
個別では生き残ることはできないと悟った私たちは、自然とこの世界のルールに従うことで、生存する力を得る。



この世界で生き残るためのルール、それはすなわち力を得ることだった。
盗みの成功率が数の力によるものだと知った私は、とあるグループに入れてもらう。
そこは、いろんな理由で保護を失ったスラム街の子どものグループだった。
そこで私は、その日の夕食を手に入れるために一日中歩きまわり、それだけでは足りなくて決して褒められることのない、さまざまなことに手を染めた。
殺し以外はなんでも。
どうしても辛くなった時は、昔の仲間たちのことを思い出して心を温めていた。
圭一のこと、魅音のこと、詩音のこと、それに沙都子。
学校での部活、あの時間がいつまでも続けばいいと、いっつも思っていたっけ。
でも、それは最初のうちだけで、想像だけでは生きていけないことに気づいてからは、思い出にふけることもやめた。
盗みに薬の受け渡し、危なくなった時の自分を哀れに見せる方法など、くだらないけれど生きるための知識を力として蓄える。
グループの皆は優しかったが、この生活が、同時に私の心を蝕んでいくのを実感する。
このままでは、いずれおかしくなってしまう。
そんな私を救ってくれたのが桜お姉ちゃんだった。

「ごめんね、気づいてあげられなくて」

そういって私を地獄の生活からすくい上げてくれた。
お姉ちゃんは私を抱きしめてくれながら、ずっと耳元でささやいてくれていた。
あのときの暖かさは、今でもはっきりと覚えている。

「お姉ちゃん……」

つい、いつものようにつぶやいてしまう。
そうすれば、すべてが嘘だったと誰かがいってくれる、そんな気がした。
誰にも拾われないのはわかっているけれど、それでも、誰に返して欲しかった、夢であって欲しかった。
私の側に、昔は羽入がいたし、つい数時間前までは、なのはがいてくれた。
私はいつも一人ぼっちじゃなかった。
それも、もう……。

「おお、目が覚めたかわが従僕よ」

やめたはずの感傷に、でも今は浸っていたかったのだが、中断されてしまう。
それも、今最も聞きたくない声で。

「ようこそ、夜の世界へ」

声のぬしは、気がつけば、私の目の前に座っていた。
たしか、キスショット。

「どうじゃ、この時間ならばうぬの目もすっかり覚めておるじゃろ。なんせ真夜中じゃしの。わしらにとって都合のいい時間帯じゃな」

そういって彼女は、ちらりと阿良々木を盗み見る。

「ぬし様はうぬへの対応をわしに任せるつもりのようじゃのう。何から話が聞きたいかな、わが第三の眷属よ」

そういってにやりと笑う。
背丈は私とそう変わらないのに、その目は、百年以上生きた私よりも、深く物事を捉えている、そんな気がした。
そういえば、なのはも時々、こんなふうな目をしていたっけ。
私黙り込んでいるのをみて、らちがあかないと思ったのだろう。
彼女の方から話し始めた。

「ふむ、何をしゃべればいいのやら……。ああ、そうじゃ。もう気づいていると思うが。まあ、あれじゃ。うぬの従僕のことは残念じゃたの」

従僕……。ああ、なのはのことか。

「まあそう悔むでないぞ。聖杯を手に入れる機会はいくらでもある。なんせ、サーヴァントなんてものは、いくらでも鞍替えが可能じゃからの」

そういって彼女は、何が面白いのかカカッと笑う。
その態度をみて、私はどういうわけか、胸に黒いもやが広がるのを感じた。

「あなた、どうして助けてくれなかったの」

「む。うぬならちゃんと助けたではないか」

彼女は、私が何を言っているのかわからないといった面持ちで首を傾げる。
その姿が、余計に私の心を黒く塗りつぶす。

「ちがうっ。なぜ、あの時っ、なのはを助けてくれなかったのかを聞いている」

「あの時そのまま戦い続けておったら、うぬは死んでおったぞ」

「それでも、私は側にいたかった。それなのに」

それ以上は言葉に出来なかった。
それ以上喋ると、自分の弱い面を見せてしまいそうで、それだけは嫌だった。
悔しくて仕方がなかった。
そして、今ここで叫ぶことしか出来ない自分自身に腹がたってしょうがなかった。

「しかしのう、わしが加勢した所で、あの状況を変えるのは不可能じゃった。なにせうぬのサーヴァントは疲弊しきっておって、新手の黒い影を抑えることで精一杯なふうじゃった。魔の悪いことに、わしも似たようなものじゃった。一度目の戦いを上手く切り抜けたと思って油断しておった。そこを上手くアーチャーに狙い撃たれ、痛手を被った。そこにあの青いサーヴァントが加勢しての」

話を続けるキスショット。

「うぬもあったこのがあるじゃろう。刀を何本も使うあやつじゃ。これで少なくとも三体のサーヴァントを相手にしないといけなくなったわけじゃな。十全の時のわしならまだしも、力を失って傷を被って、それもアサシンという枠に押し込められた再生力で、わしらに勝機なんぞ、これっぽっちもなかったよ」

彼女は肩をすくめて力なく微笑んだ。
私は、なんとか気持ちを抑えて反論しようとして、でも感情論以外の何一つ言い返せないことに気づいて、さらに自分が惨めになった。
追い打ちをかけるかのように、彼女は言う。

「己の状態を自覚しておらんかったうぬに、いったい何が出来たと思っておる。それに……」

一旦言葉を区切ると、うつむいている私の顎に手をやり、前を向かせる。
彼女は私を目を見つめながらいった。

「……それに、うぬを連れて逃げることが、うぬのサーヴァントの最後の望みじゃった。あれは最善の選択だとわしは信じておる」

そういって、困ったように頭をかくキスショット。
それっきり、お互いの間に沈黙が訪れる。
さきに静寂に耐えきれなくなったのは、またしても彼女の方だった。

「ああもう、やはりわしの性に合わん。わしには無理じゃ。ぬし様、どうせ起きておるのじゃろ。あとは任せる」

そう言い残すと、私の影に消えた時のように、後ろで眠っていた阿良々木の影の中に潜り込んでしまった。
ほぼ同時に、阿良々木がもぞもぞと起き上がってきた。
つまり聞き耳を立てていたってことで。

「ああ、やっぱりこうなるのかよ」

そういって頭をかく阿良々木。
彼は私の正面に座りなおすと、いった。

「話を黙って聞いていてごめんな。僕もなのはさんのことは残念だと思う。キスショットはああいってるけど、彼女は彼女なりに気にしているのは間違いない。未だかつて、あんな気弱なふうだった彼女を見たことがないしね。無理にとは言わないけど、その気持ちだけはわかってあげて欲しい」

わかってあげて欲しい、だって。
普段の冷静な私なら、そう出来たかもしれない。
でも、その一言は今の私を崩壊させるのに十分な力を持っていた。

「あなたに何がわかるの。スラムで捕まり、頭に穴を開けられて。改造されてしまった私が。ああ、今は吸血鬼って化物だっけ」

気持ちが決壊する。
私が、止まらない。

「私は素晴らしい逸材なんだって。SERNの科学者様がそう言っていたのよ。なんと、雛見沢だけでなく、この世界でも特別扱いなのでした」

私は結局、どこの世界でも不幸だ。

「何時いかなる世界でも、私の頭を開く実験は行われる。私が望むと、望まざるとにかかわらず。しかもこの世界では、友人を助けるためでなく、彼ら自身の尽きることのない望みのために」

理不尽な力が私の邪魔をするんだ。
私が続いて欲しいと願う時間は、いつも世界が理不尽にも奪いとる。

「自分の体が他人に操られるってどんな気分だかわかる?私の大切な人を、見捨てさせられる気持ちがっ」

「この世界に来てから、楽しいことって何だったと思う。スラムで同じような境遇の子たちと一緒に暮らしたことよ。それも長くは続かなかった」

怒りが、感情が、抑えられない。

「世界は、私の大切な人をどんどん奪っていくわ。まるで誰か計画でも立てているみたい」

次から次に、言葉が溢れてくる。

「私がこの世界に来て何年になると思う。十年よ。これだけの時間があれば、人格も変わってしまうものよ」

阿良々木、わたしを、そんな目で見るな。

「私のには秘密があるらしい。非常識な、理論的には有り得ない魔力、成長しない体。この世界出身じゃないからかな。あはは」

駄目、笑いがとまらない。
「あはは。ねえ、これ以上私に何をさせようというの、何をさせれば満足なの。この世界も、元の世界も。何度も何度も。幸せであったことなんかありゃしないあはは」

だから。

「だから、いつも願っちゃっうのよ。この世界なんて、なくなっちゃえってねえ。あはは、あはは、あははははは」

涙で視界がいっぱいになる。
ああくそ、せっかく我慢していたのに。

「どうせ私は、呪われ、て、いるのよ。もうとうの昔に人間なんかじゃ、なくなっているのよ。私は、他人の不幸を、運ぶ、魔女。誰かを、憎まずにはいられない、化物なの。わかるかな」

ううん、わかんないや。

「それは違う」

予期せぬ大声にびくっと震える私。
阿良々木は私の肩をつかむと、はっきりと言い切った。

「君は人であろうとしている。なら、君は人間だよ」

そして、ぎゅっとされる。
暖かくて、ほっとするんだけれど、怖いもの。
いずれなくなってしまうもの。

「そんな訳、ないっ。人を呪うと、頭が真っ白になる。喜んで、るんだって、私は。お前も、ののしるがいい。化物って」

苦しくて、私は必死に彼から逃げ出そうと、彼を必死に拒もうとする。
それでも彼の手は、全く私の言うとおりにはなってくれなかった。

「お願い、教えて。私は。私は、なんなの」

彼は答えてはくれなかった。
代わりに、もっともっと、ぎゅっとしてくれた。
なのはみたいに。
君をいじめる人は、誰も居ないんだよって、言ってもらえてる気がした。
そのぬくもりを感じて初めて。
私はやっと、自分のためではなく、なのはのために泣くことが出来た。





「昔、とある人に言われたんだ。全部が全部、尊敬できる人じゃなかったし、苦手とする人も多い、クセのある人だった。それでも、今思えば、僕はその人のことを尊敬していたんだと思う。それでさ、その人はこういったんだ。『人は人で在り続ける限り、人であり続けるもんだよ、阿良々木くん』ってね。その言葉かなかったら、もうどこかでくたばっていただろうな」

阿良々木はそう言うと、何か面白いことを思いだしたみたいで、ふっと笑った。
そして、妙に真面目な顔をしながらいった。

「つまり、ただの受け売りだよ」

「そんなことない。私は、阿良々木の言葉で救われたの。あなたの経験に基づいたものだと感じることができた。だから私は、その言葉で安心できたの」

そうだといいんだけど、と言いながらも彼は微笑んでくれた。

その笑みを見て、私も何だか嬉しくなった。

「私の世界には、誰かを呪うと、それがタタリとなって呪った人を襲うってことがあったの。阿良々木、あなたは、どう?大丈夫だと思う?」

彼は少し考えこみ、自身の考えをはっきりといった。

「僕は、タタリってのは怪異の一部が明るみにでたものだと思う。なら、怪異の王たる吸血鬼がどうにかなってしまうとは思わないな」

少なくとも、今の私には効かないと言ってくれたわけだ。
なるほど、そういう考えもあるわけね。
悪くない、と思う。

「あのね、阿良々木。私ね、昔、ある迷路に閉じ込められていたの。親友と一緒に。そこは、出口のない迷路だった。本当はあるのかもしれないけれど、私には見つけられなかった。そこで何が怖かったかって、私は必死に出口を探すのだけれど、私以外の誰も、その場所が迷路だって気づいてくれなかったこと」

彼は、突然話し始めた私の話を、黙って聞いてくれた。

「そして、いつの間にか、私自身がその迷路から出ることを諦めてしまった。自分は、出口を探しているから一番不幸だって自身を納得させて」

そう、誰も気づいてくれなかったことにすねいていたんだ。

「その話はそれだけなんだけど、今、私は桜お姉ちゃんがなぜ、私を襲ったのかわからなくて、絶望して、やっぱり私は不幸だって思って、自分の中に潜り込もうとしたの。なのはもいなくなっちゃって、頭が整理出来なくなっていたわ。だから、阿良々木とこうして話すことで私が何に悲しんで、何をしなければならないかがはっきり見えた」

私は彼の腕の中から離れると、一歩、二歩と離れる。
ちゃんと胸を張り、しゃんとたつ。

「だから。私の命を助けてくれて、ありがとう。私を絶望の淵から救ってくれて、ありがとう」

頭を下げなければ、などという無粋な気持ちは欠片もなかった。
自然に、すっと頭が下がる。

「そんな大層なことはしていないんだけどな」

そういう彼の声からは、困ったように頭をかく様子が簡単に想像出来た。

「さて、これから梨花ちゃんはどうするんだい」

私のすることは決まっている。

「私は、聖杯戦争を勝ち残りたい。自分の夢を、自分で叶えてみせる。でも私一人では無理なのです」

そう、今までのやり方では不可能なのだ。
でも、私は自分の運命を自分で切り開くことに決めた。
今決めた。
だから、私はそのために、行動する。

「ですから阿良々木さん、今までの無礼そ承知でお願いします。どうか、私に力を貸してはいただけないでしょうか」

これは、やっぱり分の悪い賭けだと思う。
私は今まで、彼に対して、何もして来なかったし、今彼に何をしてあげられるともわからないのだから。
でも、私の心配を知ってか知らずか、のんきな声が床から聞こえた。

「カカッ。そんなふうに言われたら、ぬし様は断れんよ。なぁ、ぬし様よ」

「そうだな。今更人間強度だなんていったりはしないよ。でも、梨花ちゃん。一つ条件がある」

条件という言葉に、どきっとする。
私に出来ることなんてほとんどないのに。

「貸し借り云々って話はなしだ。僕が君を助けたんじゃない。君は勝手に助かったんだ。だから僕は君に貸しを作ったつもりはないし、君も僕から何も借りてない。それが受け入れられるなら、僕はいくらでも協力しよう」

「なんともまあ、めんどくさいあるじ様じゃの」

そういって彼は私に手を差し出してくれた。

「改めてよろしく。梨花ちゃん」

「こちらこそ」

私は差し出されたその手をしっかり握りしめる。
その気持ちに答えてくれるように、握り返してくれた。

「今の梨花ちゃんなら、出口のない迷路ってやつを、なんとかしてしまいそうだよ。吸血鬼の力で無理やり出口を作るくらいのことは、やってしまいそうだ」

阿良々木が、たった今思いついたように言った。
何気ない軽口のつもりなのだろう。
でも彼の軽口が、私にはすべての答えのように思えたのだ。
無いなら、自分で作り出せばいい。
理不尽な運命も、自分の手で変えることは、難しいものではない、そう言っているように思えた。
そして、そういうふうに受け止められるようになった自分を見つけて、ちょっと嬉しくなった。













4.2 文章修正しました。報告ありがとうございます。



[30980] 15.「あなた達の相手は、この私」
Name: お化けの庭◆82337570 ID:6f8b8d70
Date: 2012/05/01 23:17
桜のサーヴァントとなのはが争う戦場で、ことは起こった。
突然、遠方から響く銃声。
突如戦場に現れ、マスターで桜の命を刈り取ろうとした者。
その報いとして銃弾をその肩で受け止めることとなった女の子は、己の身に何があったのかさえわからないまま、死の淵に立たされたことになる。
綺麗な金髪がふわりと浮き上がり、鮮血が髪を彩る。
彼女が撒き散らす赤いそれは、彼女の運命を如実に表しているようにさえ思えた。
一瞬の間も置かずに、空中から突然何本もの剣が現れ、少女を襲う。
剣は少女の動きを拘束するように、彼女の足を貫き、地面に縫い止める。
狙いが外れた剣も少女の周り一帯の地に突き刺さり、そこはまるで剣の墓場のようである。
一拍おいて瓦礫の影から現れる青い剣士。
青い剣士は、すぐそばの地に生えた剣を引き抜き、軽々と剣を放り投げる。
その剣はまっすぐに、女の子の心の臓を貫く。

「かはっ……」

少女の口から、かすれた声とともに、命の源が吐き出される。
その光景は、コウモリに化けるあの悪魔の心臓に正義の鉄槌を突き立てた時のそれを連想させた。
ただし、その話と異なる点は、鉄槌を下したはずの英雄が、正義を成した者とは思えない表情を浮かべていたことと。
吹けば飛びそうなくらい小さな、金色の可愛い少女が、足の傷をものともせずに、背後の襲撃者にむかって振り向いたことである。
女の子が見たのは、青い剣士の醜悪な笑み。
聞いたのは、己の勝利に酔いしれた、余裕とも慢心ともとれる声。

「いやぁいけ好かないやつだけど、確かにあいつもやるね。まったく気づかれなかったみたいだし」

そう言ってケラケラわらう剣士。
少女は、その剣士に向かってありったけの感情をぶつけるように、叫んだ。

「あ、青いのぉぉぉ」





15.「あなた達の相手は、この私」





俺は、以降この青い剣士を以降"愚者の青"と呼称する。
奴は愚かにも、勝利すべき運命を自ら手放してしまったからだ。
相手が、サーヴァントの一部が、心の臓を貫いても死なない化物だと言うことを知らなかったからかもしれない。
人間に在らざるものと命のやり取りをする経験が足りなかったからかもしれない。
仮に不死身でも、身動き出来ない怪物ならば、いかようにでも料理できたものを。
"愚者の青"の失敗は、少女の首を断たなかったことにある。
己と、目の前の敵だけならば問題なかったことではあるが。

「うおおおおおおおおおおおおおおっ」

先程から、守られるばかりであった外野その一が雄叫びをあげながら"愚者の青"の懐に飛び込んだ。
なのはのマスター、古手梨花を、なのはと同じく守るように抱きながら、どうにか逃げる機会を伺っていた金髪少女のマスターと推測される男。
全体的に黒で固めた、大学生くらい。
そのマスターが、己のサーヴァントの危機に助太刀しようと馳せ参じたのである。
彼の動きは、人の身でいくら鍛えようとも辿り着けはしないと確信できる速さだった。
自らの魔術か、サーヴァントの魔術かは分からないが、強化の魔術を受けているのは間違いない。
戦場が穴の底でなかったならば、あるいは撤退することも可能だったかもしれない。
しかしここは、強化によって得たその力も、サーヴァント相手には通用しない。
"愚者の青"は、無造作に側に生えていた剣を引き抜くと、向かってきた男に向かって大きく振り下ろした。
とっさに後ろに飛んでかわそうとするが、勢いを殺すことが出来ず、派手な血しぶきがあがる。
"愚者の青"はその彼に向かって、手にしていた剣をなげつけた。
さらに、側の剣を二本、三本と投げつける。
マスターは英雄的行動も意味を成さず、剣の力に逆らえないまま、戦場の端まで押しやられることになった。
そのままぐったりと動かなくなるマスター。
強化が功を奏したのか、かろうじて胸が上下するのが確認できるが、もはや虫の息だ。
見ていることしか出来なかった少女としては、今すぐにでも飛んでいきたいのだろうが、剣に拘束され、その願いは叶わない。
出来ることといえば、己の未熟さを悔やみながら、涙を流すことくらいである。
だが、彼の行いは、決して意味のない行動ではなかった。
"愚者の青"は手の届く範囲に剣がなくなったため、新たに生み出そうと、己の手に魔法陣を浮かべた。
と、何を思ったのか、とっさに後ろに身をかわす"愚者の青"。
飛び退いたその場所を、光の玉が次々と襲う。
光が収まった時、"愚者の青"の立っていた場所にいたのは、なのはだった。
そして、なのはの操る桃色の閃光が、金髪の少女を縫い止めていた剣を、すべて打ち砕いて女の子を解放する。
金髪少女のマスターは、人の身でありながら、なのはが駆けつけるまでの数秒をサーヴァントからもぎ取ったのだった。
ただし、代償もあった。
なのはは同時に、己のマスターも守らなければならない立場にいる。
よって、自らの動きを著しく制限されるのである。
たとえば、今桜のサーヴァントが伸ばした触手の群れを避けることが出来なかったように。
なのはは、体を庇うために、左腕に防御陣を展開、体の前につき出した。
しかし、防御は破られ、左腕に触手が絡みつく。
閃光で触手をかき消すなのは。
触手は一瞬で吹き飛んだ。
が、その左腕は黒く焼けただれている。
なのははその身に、しっかりと呪いが刻まれてしまったのだった。





"愚者の青"から開放された少女は、ほんの一瞬さえも惜しいといった様子で、己のサーヴァントに駆け寄る。
側に駆け寄った時には、自らの傷が、少なくとも外見的には修復していたのは、サーヴァント所以なのか、彼女の英霊としての能力なのか。
少女は己のマスターの側に駆け寄ると、マスターに突き刺さる剣を、一本一本丁寧に抜きとる。

「ぬし様、ぬし様……」

震える声で、必死に話しかける少女。
浮かべる表情は、先ほどまで命を賭けて争い、憎しみを向けてきたサーヴァントの表情とは違う、歳相応の子どもの泣き顔そのものだった。

「ああ、僕は大丈夫だ。君が無事でよかった」

かすれた声で伝えるマスター。
そういって大丈夫だと笑ってみせる。
その顔をみて、少しだけ安心する素振りを見せる少女だったがが、次の一言で表情が急変した。

「無理をさせて悪いけど、はやくなのはに加勢するんだ。梨花ちゃんを助けなくっちゃ」

愕然とする、少女。
一瞬間を置き、意味を理解した少女は、必死にマスターの胸にすがりつく。

「いやじゃ、いやじゃ。そんな小娘なんてどうでもよい。今はぬし様のほうが大事じゃ」

「大丈夫、僕はお前の眷属なんだろ。この程度でくたばりはしない。この場から皆が生きて変えるには、お前の力が必要だよ」

諭すように語るマスターの言葉に、しかし少女は首をふるばかりで、なかなか従おうとしない。

「ぬし様はもう限界じゃ、回復が遅いのがその証拠じゃ。早く……」

その気持ちは痛いほどわかるのだろう。
しかしマスターは、少女の話を遮るように首をふった。
そして命ずる。

「ならごめん。初めての命令だ。……令呪をもって命ずる。僕たちが逃げられるだけの状況を作り出してくれ」

そう言って右手に付加された呪いを開放する。
そのまま意識を失ってしまったようだ。
令呪の強制力を感じ取ったのか、少女は力なく微笑んだ。

「とことんお人好しじゃな、ぬし様は」

そう言って立ち上がる顔に、先程の少女の顔は欠片も残っていなかった。
あるのは世間を斜めにみて笑う、長年生きてきた者のみが出来る表情だった。
見た目を遥かに凌駕する精神力。
サーヴァントとは、これほどの戦士たちなのか……。






なのはは空にたたずんでいた。
先程、少女を守るように立ちはだかり、機械仕掛けの杖レイジングハートを"愚者の青"に向けて構えるなのはは今、地上の重力を振りきって空を舞っていた。
その背後には、杖の分身とも言える『ブラスタービット』が無数に付きしたがう。

『ブラスタービット』

もしくは単に『ビット』
それは、ナノハの世界の魔術が、杖なしでは十分に機能しなかったが故に開発された機能。
今現在なのはの手にする杖は、いわば魔力の出力装置である。




科学の発展によりたどり着いた魔術は、杖の補助なしで術に方向性を持たせることができなかったのである。
俺は、自身に魔術回路を持たなず、己の意志を魔力に書き込めないからだと推測している。
そして、魔導師と呼ばれる戦士たちは、魔術の素晴らしさに心を奪われるとともに、杖の限界を痛感したことだろう。
もっと杖をもち、方向性を持たせることができたならば。
言い換えるなら、無数の銃口があったならば。
そういった魔導師の願いを叶えようと開発し、まず誰も使いこなせなかった欠陥装置がこの『ブラスタービット』である。
ビットを自在に操ろうとするだけで、思考が必要になったためだと、ナノハはいう。
曰く、自分の置かれた状況を的確に判断しながら、情報の渦から必要なものを選別し、『ブラスタービット』が飛ぶ空間を正確に把握し、制御し、いくつもの魔術を同時に展開することなど不可能だ、と。
なぜこれほど簡単なことが、できないのだろうといつも不思議だったと笑いながら、ナノハは語っていた。
それは、なのはが訓練という戯言のもと、生まれ持った才能を開花させてえた、擬似後天的才能のおかげである。

分割思考マルチタスク

ナノハが天才の名を欲しいままに手にできた原因の一つが、凡人には到底成し得ない量の物事を、同時に思考できたことである。
今現在、なのはが"愚者の青"と争うと並行して、桜のサーヴァントを無数のビットで抑えることが出来ているように。





改めて、状況を整理しよう。
今現在、戦場にいるのは四つの勢力。
まず、つい先程裏切りの発覚した、古手梨花とそのサーヴァント、なのは。
自我のある杖、レイジングハートを従え、幾千の戦場を渡り歩いた常勝不敗の大魔導師。
クラスはキャスター。
彼女のもたらすものは、神秘ではなく技術。
今の科学技術では再現できない、デバイスと呼ばれる道具を用いて、過程を省略して結果だけが引き起こされる原理は、俺の目からはまごうことなき魔術のそれである。




続いて、戦場に乱入し、敗北、なのはが助ける事となった金髪の少女と、そのマスター。
少女を以降"幸運の金糸雀"と呼称する。
真名は不明。
ただし、正体は分からないまでも、彼女の情報は少なからずある。
俺の元に集められた情報とから予測するに、彼女は俺の仲間と戦闘を行なっている。
聖杯戦争のメンバーがそろう、その前に。
その時の彼女は、成人女性であるが、容姿は限りなく一致している。
マスターは報告の男と別人のようであるが。
情報が揃わなけば結論は出せないが、前のマスターを殺し、その件が原因で、体に何らかの制約がかかっていると考えられる。
魔力的にも劣化しているので、能力が解放される前に排除したい。
クラスは不明であるが、先程まで、俺の工房に潜入していたことを考えると、隠密行動が得意なようだ。
よってアサシンと推測できる。
問題は、この二つの勢力がどうやら手を組んでいるらしいと言うこと。
これは、ついさっきの戦況から明らかである。
勝利することで、万能の器たる聖杯を手に入れるため、聖杯から与えられる切り札がサーヴァントである。
聖杯戦争が七つの勢力争いであるため、たった二組であっても、同じ意志をもって二体のサーヴァントを操れるということは、十分な脅威である。
たとえ、最弱とよばれるアサシンとキャスターであってもだ。
早急に、排除しなければならない。




次に、我が同胞、桜の率いるライダー。
桜は、若いながらも、当代一と噂される魔術師である。
俺の学んだ魔術程度の知識では、彼女がずば抜けて優秀な魔術師ということくらいしかわからないのだが。
一度、彼女の暗黒面を覗き込もうとして、何があったのかを忘れさせられた、のはいい思い出である。
そして、その魔術師桜の従えるライダーは、見るに耐えない呪いの塊であった。
全身が黒い触手でおおわれ、本体の姿がまるで想像できない。
男なのか、女なのか、そもそも命のある獣であるかどうかさえも、分からない。
おそらくは怪奇か妖魔のたぐい。
爛々と赤く輝く二つの目だけが、かろうじて生き物であることを証明していた。
桜曰く"深緑の姫"。
奴が歩いたあとには、草木の一本足りとも生えることの出来ない、枯れた土地となることを考えると、とても肯定出来ない名前である。




そして、これまた戦場に突如乱入してきた青い剣士、"愚者の青"と狙撃手。
古手とも我々とも違う、第三の勢力。
"愚者の青"は無数の剣を呼び出し、撹乱。
そのまま敵の懐に飛び込み、早々と決着をつけようとするのが、彼女の戦い方のようだ。
なるほど、あれも剣の英霊か……。
状況だけをみれば、狙撃手がマスター、"愚者の青"がサーヴァントということになる。
が、俺は"愚者の青"が誰のサーヴァントであるかを知っている。
しかもそいつは、聖杯戦争の『鍵』であり、彼の情報は、機関を通じて最優先で俺の手元にあがるようになっている。
つまり、"愚者の青"と狙撃手は別の勢力であり、厄介なことだが、手を組んだと見たほうがいい。
しかもこの狙撃手、マスターを狙撃するだけでなく、サーヴァントを狙っていき、見事に損害を与えている。
こんなことができるサーヴァントは、アーチャーに他ならない。
そして、その推理を裏付けるだけの情報が、俺の手元にすでに揃っている。
アーチャーを召喚したのは、桜の姉、遠坂凛だ。
そして、桜に姉のことは任せてほしいと言ってきている。
……ああ、先程桜が遠くを眺めていたのは、すでに狙撃地点を見定めていたからか。
すでに行動を起こしているのなら、問題なかろう。
出来れば、早くアーチャーの正体が知りたいものであるが。




なるほど。
今回戦闘に参加しているのは、以上のグループか。
……ああ、そうか。
今、行われている戦闘は、間接的に五つの勢力が参加していることになる。
ランサーは我々がすでに排除している。
つまり、すべてのマスター、サーヴァントの視線が集まっているということだ。
ならば、今が最も都合のいい機会だ。
俺は、長年愛用している、赤い携帯を取り出すと、コールする。
いつもと同じく、モニターに光は点っておらず、呼び出し音などという無粋なものはならない。
そもそも、電波塔は存在しない。
確立した状況を手に入れるため、俺が破壊した。
しかし、魔術はこういう時に有用であり、すぐさま相手が対応してくる。

「桜か、俺だ。戦況は……ああ、そうだ。しっかり観察させてもらっているよ。それと……、なに?アーチャーは撤退しただと?……いいだろう、問題ない。状況が変わった。この戦場は、すべてのサーヴァント、マスターが注目していることがわかった。故に、ここでキャスターを覚醒させる。これよりプランB、作戦名"オペレーション・ロキ"を発動を宣言する。お前はこれまで通り、翻弄されていると思わせておけ。……そうだ、奴らだけに潰し合いをしてもらう。なるべく……ああ、了解した。……。手はず通り、戦闘終了後、奴を連れてきてくるように。以上だ。……では、幸運を祈る。運命が交錯する道で、また会おう。エル・プサイ・コングルゥ」






俺たちが情報の共有をしている間に、大きな変化はなかったようだ。
空を舞うキャスターのバックアップに"幸運の金糸雀"がついている。
ああ、"幸運の金糸雀"のマスターは、全員が撤退できることを期待しているに違いない。
戦況を長引かせれば、幸運の糸口が見えてくるに違いない、と。
己も、サーヴァント自身も満身創痍だと一目でわかるこの状況を長引かせることそのものが、自殺行為そのものだと、判断すら出来ないのか。
戦場では"愚者の青"が剣をマスター達に投擲する。
マスター斜め上の位置に陣取り、幾つもの閃光で剣を撃ち落とすなのは。
しかし、彼女も万能ではない。
彼女の撃ち漏らした剣を"幸運の金糸雀"が弾き飛ばすという行為を続けていた。
桜のサーヴァントは、相変わらずなのはのビットに翻弄されたふりを演じていた。
ぱっと見た限りでは、戦況は五分五分に見えるかもしれない、が、実際はそうではない。
彼らはマスターをかばうので精一杯で、一度足りとも攻撃出来ていなのだ。
このまま進めば、我が方の勝ちは確定である。
当然、彼女らにもわかっているはずだ。
故に、戦況を打破できるであろう切り札、宝具の発動してくるに違いない。
その時、桜にさえ被害が出ないならば、我々は更に有利になれる。
まあ、疲弊した奴らが宝具を使っても、自分の存在を保つだけの魔力を残せるかどうか、きわどいところではあるがな。




今までライダーの周りを飛び回っていたブラスタービットがなのはの元に集った。
時を同じくして、キャスターの魔力が急速に増加する。
ブラスタービットの制御をやめて攻撃に集中するのか。
来る。


「ブラスター2、モードリリース」


なのはが叫ぶ。
彼女の杖に装備されていた弾倉から、重々しいリロードの音が響き、薬莢が次々と吐き出される。
同時に、彼女の魔力がさらに跳ね上がるのが観測された。
薬莢には、火薬ではなく魔力が詰まっているらしい。
そしていま現在なのはの状態は、先程ここに大穴を作ったのとほぼ同格。
桜も"愚者の青"も宝具の解放を予知し、警戒している。
しかし、予測された砲撃は放たれなかった。
彼女の後ろに光の雨が降り注ぎ、二人のマスターとアサシンを覆い隠す。
しまった、逃げられる。
桜もそれに気づいたのだろう。
慌ててライダーに後を追わせようとするが、光の雨が阻み、侵入することができない。
光が収束したときには、当然二人のマスターも"幸運の金糸雀"も居ない。
"幸運の金糸雀"をキャスターが助けた時と、同じパターンだ。
なのはの魔術は隠匿には向かないが、こういう使い方では勝手が良すぎる。
ライダーは即座に、逃げたマスターの痕跡を追おうと動き出した。
が、再びライダーの周りにブラスタービットが飛来、行動を阻む。

「いかせない、あなた達の相手は、この私」

空から見下ろしながら、はっきりとなのはは宣言するなのは。
白を基調とした服に、従える魔力量は正しく常識外。
ブラスタービットを従え、相手を畏怖させるその姿は、次元世界の英雄にふさわしいものだった。



[30980] 16.「私の、不屈の心」
Name: お化けの庭◆82337570 ID:6f8b8d70
Date: 2012/05/08 00:15
「そんな目で、私を見るなぁぁぁっ」

"愚者の青"は、吠えた。
そのまま、獣のごとく這いつくばると、四肢のすべてを使って、なのはのたたずむ空へと飛び上がる。
数メートルの跳躍。
人間としてはありえないが、しかしサーヴァントとしては、あまり驚くには値しない高度。
予備動作もあっては、たとえどれだけの速度があったとしてもサーヴァントが対応できないはずがない。
案の定、なのはは動きもせずに、右手に持った杖で剣を突撃を軽く受け流す。
更に上に放り投げられた"愚者の青"。
そのままなのははビットを三つほど操り、追撃をかける。
速度が重力によって零になるその点を狙って、砲撃するつもりだろう。
このまま直撃すれば、たとえ魔力耐性があるとしても、ひとたまりもないだろう。
本当にそうだろうか。
奇跡は、より上位の奇跡に上書きされる。
そもそも、サーヴァントが魔術による耐性があるのは、自身の神秘が現代魔術の神秘を上回るからだ。
ここで問題なのは、なのはの神秘が、この尺度で測って良いのかどうかということだ。
科学が発達するとともに、魔法はなくなってきている。
これは変えられない現実だし、確実な事実だ。
なのはの魔術は我々の目には神秘、しかし彼女自身の目には歴然とした科学技術なのだとしたら。
英霊を呼び出す神秘が織りなす奇跡の器から生み出されたサーヴァントではあるが。
結論。
真っ向からぶつかり合った場合、正直なところ、どうなるかわからないのだ。
なのはの能力を確認することも必要ではあるが、それを遂行することで"愚者の青"が倒れた場合、目的が達成できなくなる。
誰もが注目する機会など、簡単に作り出せるわけではないのだから。
伝えるまでもなく、桜もこの事実に気がついたのだろう。
慌ててライダーに援護を命じるのだが、さすがに距離がありすぎる。
令呪の奇跡を使えば、その限りではないのだが、ここで使うには……。
思考にして約一秒。
静観する分には、そこそこ頭は回転している方だろう。
しかし当事者として見るならば、その時間は長すぎた。
令呪の使用を指示する暇もなく、なのはの閃光が発射された。




16「私の、不屈の心」




しかし、状況は俺が想定していた状況の斜め上をいった。
"愚者の青"は己の運命を、自身の手によって覆したのだ。
速度が殺しきられる、その一歩手前で"愚者の青"は姿勢を変えた。
急に体を回転させ、顔を地に、足を天に向ける。
彼女は足元に魔法陣を展開する。
ただの足場として。
それを踏み台にして、再びなのはに切りかかっていく。
すれ違いざまに、側で自分を撃ち落とそうと狙っていたブラスタービットを横薙ぎに切り裂きながら。

「なっ」

なのはは思いがけない状況に、声を漏らしてしまう。
彼女にとっても予想外だったに違いない。
しかも今回の場合、彼女はライダーの動きに注目しており、"愚者の青"の動きはビットに任せきりだった。
故に、"愚者の青"の行動に気づくことが出来たのは、ブラスタービットの反応が途絶えてからのこと。
とっさに振り向き、もう一度受け流す。
それでも、彼女が十全の状態だったならば、なんら問題はなかった。
彼女にとって不幸だったのは、自分の魔力が万全の状況でなかったこと。
そして、さらに不幸だったのは、彼女が戦闘のプロだったこと。
戦闘訓練を積んでいるものの場合、とっさの時、取る行動が決まっているものである。
特に極限の状態に追い込まれたとき、一番自分に慣れ親しんだ行動が出てしまう。
彼女の今置かれている状況がその極限であり、彼女はとっさに振り向き、その場で杖を持ち替えて受け流す判断を下した。
最後に、これが一番運の悪かったことであるが、彼女が左利きであったことである。
彼女は利き手である左手を前に振り向き、左の軸を起点に受け流す。
そして彼女は気がつく。
自分の左腕が、万全の状態から程遠い状況に置かれていたということに。
しまった、と思った時には遅かったのだろう。
先程、呪いを受け、黒く焼けただれていた左腕。
そのが強烈に痛み、上手く衝撃を受け流し切れなった。
故に。
彼女の持っていた杖、彼女の半身、『機械仕掛けの杖』は、その先端に存在したなのはの心を象徴する宝石に亀裂が入ってしまったのであった。
『不屈の心』その本体に。

「……っ」

顔を歪めるなのは。
苦痛に耐えるためなのか、宝具の損傷に耐えるためか、もしくは最高の相棒の苦痛に耐えかねてか。
そんなキャスターをお構いなしに、"愚者の青"は地面に激突する寸前に方向を転換、先程と同じ要領でなのはに襲いかかる。
苦し紛れにビットで取り囲み、"愚者の青"の軌道を阻もうとする。
だが、なのはの思惑に反し、顔色一つ買えずに閃光の中に自ら飛び込む"愚者の青"。
そして、傷だらけになりながらなのはに切りかかってくる。

「っ……。そんな、そんなばかな。痛みを感じていないとでもいうの」

なんとかこれも受け流すなのは。
しかし、なのはは動揺が隠せない。
"愚者の青"の魔力耐性が小さいのか、なのはの神秘が上回っているのかは不明ながら、なのはの砲撃は一定の効果を上げている。
そう、上げているはずなのだ。
だが、"愚者の青"は表情ひとつ変えずに襲いかかってきたのだ。
その事実が、彼女には想像できない常識外のことなのだろう。
逆になのはの顔色の方が悪くなっている。
ただし、なのはも英雄と呼ばれた戦士だった。
受けに専念しながら、空を駆け巡る。
位置を移動し、自分を有利出来る方法を考える時間を稼いでいる。
それに追い縋る"愚者の青"。
斬りかかり、つばぜり合いが何度も起こる。
"愚者の青"は競り合いながら叫んだ。

「逃げてばかりで」

離れ、空を踏み固め、もう一撃。

「引きずり下ろしてやる」

"愚者の青"の剣を機械仕掛けの杖で弾きながら叫びかえす。

「あなた、なぜ。捨て身で」

弾くと同時に、周りに停滞させたビットで追撃をかける。
近距離で、しかも姿勢を崩しているのだ。
避けることなど出来はしない。

「それをあんたが言うかっ」

だがしかし、"愚者の青"は足元に魔法陣を展開、急速に離脱。
再び反転し、斬りかかる。

「あんただって、夢を願った魔法少女じゃないか」

なのはは勢いを受け止めず、極力受け流す。
ビットを操り、反転する瞬間を捉えようとするが、軌道もタイミングも常に変化し、予測できないでいる。

「夢なら誰でも願った。そのための聖杯でしょ。それでも、自分を大切にしないあなたは、間違っている」

「仮初めの体で、一体何をしろとっ」

なのはが言葉を返すたびに、"愚者の青"の語調が強くなる。
自らの過去をぶつけるように。

「あんたが正しいというのなら、私を止めてみせろっ」

そう言いながら振りかぶる"愚者の青"。
なのはも負けずに叫び返す。

「必ず」

そう言って、今度は受け流さず、正面から受け止める。

「たとえ、悪魔なりのやり方になるとしても」

無骨な機械音がして、杖から薬莢と蒸気が排出される。
しかしその薬莢は、地に落ちる前に二人の争いの中で、粉々になっていった。






なのはが空を優雅に舞う曲線なら、"愚者の青"は曲線に強引にすがりつく直線。
魔力の消費はなのはの方が圧倒的にすくない。
が、"愚者の青"は代わりに瞬発加速があった。
なのはが慣性飛行に頼りつつ飛んでいるのに対し、"愚者の青"が反発力で跳んでいるためだ。
赤と青の二本の線がぶつかっては離れていく。
剣が飛び交い、閃光が交差している。
空から赤い魔法の残滓が振り、幻想的な空間を醸し出していた。


幾度と無く打ち合い、弾き合い、しかし自然と両者は高度を上げていく。
空中戦において、上を取られるということは、突進に重力の加速が上乗せされると言うこと。
もしくは、自らの重みを相手にぶつけることが出来るということだ。
つまり、相手より上にいることが有利だとお互いが気づき、有利な位置を陣取ろうとしている。
なのはは元々の経験から。
"愚者の青"は斬り合っているこの瞬間から。


「あなたの魔法陣、それは、何?」

注意をそらすために、硬直状態を打破するために、なのはは何気ないことを口にする。
"愚者の青"の魔法陣に書いてあるのは、言葉ではなく楽譜である。
特に、音符の下に書かれている弧の数が多い。
言葉を記すのでなく、楽譜記号という音符と使って表現するなどとは、聞いたことがない。
が、法則に乗っ取り言語化しているなら、考えられないことはない。

「さあね。あいにく、楽器を嗜んだことは無くてね」

片目を吊り上げ、ケラケラ笑う"愚者の青"。

「でもこのおかげで私はあんたを退治することなら出来そうだ」

そう罵りながら、魔法陣を幾つも生み出し、剣を射出する"愚者の青"。
難なく交わし、ビットで"愚者の青"を拘束しようと網を編む。
それを綺麗に切り裂かれ、しかしその一瞬を利用し、なのはは距離と高度をとる。
間をおかず、自分の周りに拳ほどの魔術弾を生み出し、それに命じるかの如く腕を払う。
ビットとは違い滑らかな螺旋軌道を描きながら"愚者の青"に着弾、彼女のいた空間を桃色に染め上げる。

「まだまだ。あなたの動きは、空を舞う自由には程遠い」

そう告げるなのはは、だがしかし、閃光のなかから"愚者の青"が現れ、未だに笑っていることに気づき、驚愕する。
しかも先程の言葉とは裏腹に、それほどなのはに余裕はなさそうだ。



実際、すでに彼女は限界だろう。
先程大穴を開けるほどの高出力宝具を使用している。
さらに"愚者の青"との相性の悪さが彼女に負担をかけている。



なのはは、"愚者の青"ほど急激に、自らの方向を変えられない。
魔力量を度外視するなら、直線運動の方が有利なのだ。
さらに"愚者の青"は受け流されるごとに、動きが獣じみてきている。
何も知らない子どもが、無茶苦茶に玩具を振り回すかのように。
その傾向が見えてきているが故に、なのはは長期戦を狙いたい。
が、なのはには出来ない何かあるように見える。
おそらく、いや間違いないと断言してもいい。
もう一度確認する、限界が近いのだ。
あがくように、言葉で揺さぶりをかけようとしている。
だが、それは思うように効果を上げていない。
ほら、また"愚者の青"に上を取られた。
同じ要領で受け流すなのは。
その顔も苦痛に歪んでいる。
勢いは完全には流しきれず、段々となのはの体に蓄積されているのだ。
彼女はもう持つまい。
彼女はすでに、体を保つ魔力にさえ手を伸ばしているのだろうからな。




肩で息をするなのは。
そのあえぐ様は、体が無理な魔力運用に悲鳴を上げているようにも見える。
だが、なのはは止まらない。
否、止まれないのだ。
彼女の使命を果たすために。
なのはは、苦しむ自分に追い打ちをかけるように、声をしぼり出す。

「レイジングハート、カートリッジを使って限界までオーバーブーストして。それと合図したら、ブラスター3、モードリリース」

その声に答えるように、ひび割れた杖の宝石が点滅する。
その輝きは戦いの最中であっても、なのはを心配するかの様に優しい。

「うん、わかってる。私の魔力じゃ、ブラスター3の解放は自殺行為そのものだってことくらい。一秒。一秒だけでいいの。お願い、レイジングハート」

そう言って、杖の宝石を優しく撫でるなのは。

「私の、不屈の心」

念話がすでに不可能の状態に置かれているに違いない。
声に出して会話するなのは。
それを聞きつけ、"愚者の青"が唸る。

「なに、奥の手ってこと?あはは。そんなボロボロな体してさっ」

"愚者の青"も感じ取っている。
なのはが、キャスターが、勝敗を決したがっているということを。
"愚者の青"は幾重にも魔法陣を展開し、足場を固める。
そして同時に、あたりを埋め尽くさんばかりの楽譜を展開し、無数の剣の穂先で、空を覆い尽くす。

「なら、発動の前に、あんたを叩きのめす」

対しなのはも、己の杖、先程レイジングハートと呼んだ宝石を中心に、魔力を集中させている。
魔術師として未熟な俺でさえもわかるくらい、あからさまに。
その様子をみて、"愚者の青"は急にくつくつと笑い始める。
薬に手を染めた、愚か者の末期症状のごとく。

「は、ははは。見つけた。なんだ。それだったの。それが、あんたの」

そして、空を駆ける"愚者の青"。
ただ一点。
不屈の心をめがけて。

「"魂"かぁぁぁぁぁぁぁっ」

その動きはまさに、本能のままに敵を排除する獣。
両手両足で跳躍し、なのはに躍りかかる。
怒涛の剣の群れを引き連れて。

「今!」

"愚者の青"の切っ先が自らに振りかかる、ぎりぎりの瞬間、なのはは叫んだ。
弾けるように跳ね上がる魔力量。
同時に、彼女の体を、自分の魔力そのものが吹き飛ばす。
ただし、その爆風は方向を持っていた。
故に、叫んだ瞬間、なのはは"愚者の青"の背後にいた。
彼女は、爆発を二度引き起こし、強引に背後をとったのだ。
文字通り、一瞬の風。
その風は、天を翔ける。
人の身に許された限界を超えて。
なのはは、辺り一面に有り余っている自分の魔力を叩きつけるために、杖を振り上げ、そして。








「……っっ、………」

呪文を口にする暇もなく、"愚者の青"の引き連れた群れに、全身を串刺しにされた。
吐血し、意識を言葉に変換できない。
さらに振り返った"愚者の青"が、杖の宝石を叩き割った。

「勝った。勝った勝ったぁ」

"愚者の青"が叫ぶ。
なのはの制御から離れ、方向づけされなかった魔力が、霧散していく。
なのはは術式の発動に失敗した。
逆転の切り札による変化があったとすれば、先程からの争いで、穴の底に溜まっていた魔力が偶然にも反応。
辺り一面に桃色の花を咲かせたことくらいだろうか。
その光は、これまたなのはの魔力の粒に乱反射し、夜明け前の空を染め上げる。
だが、その華やかさをなのはが見ることは出来なかった。
杖を失い、空を舞う力を奪われ、光の花畑にはいつくばるなのは。
そして、最後の力を振り絞って、穂先を失った杖の成れの果てにすがり、立ち上がろうとする。
だが、更に追い打ちをかけるように、その背中に叩きつけられる剣の雨。
儚く輝く光の花畑は、降り注ぐ剣の魔力に反応し、お互いが打ち消しあって消滅する。
つまり、なのはは完全に敗北したのだ。





「私の勝ちよ」

そう言いながら、なのなの前に降り立つ"愚者の青"。

「同じ魔法少女のよしみで遺言くらいは聞いてあげる」

剣を瀕死のなのはに突きつけ、笑う。
だが、なのはの口から出たのは遺言には到底なり得ない言葉。

「……い、いいえ、私、の勝ち」

眉をひそめる"愚者の青"。
虚ろななのはの目は、もはやその表情をとらえてはいないだろう。

「今度、は、守れたんだ、もの」

もはや、誰に言っているのでもあるまい。
自分に語って聞かせているような、穏やかな声。
"愚者の青"は言葉の意味がわからないようだ。
だが、俺はその言葉に、頭を鈍器で殴りつけられた気がした。
そうか、逃げきらせるのが彼女の願いだったならば。




アサシンいえど、大きな括りでいえば魔術の産物なのだ。
いかに隠密行動に長けてようと、本人が魔術自身だったならば、どんなに消そうとしても、僅かな痕跡は残ってしまう。
その痕跡は、優れた魔術師ならたどれないことはない。
まして当代一と言われる桜だ、不可能ではあるまい。
だが、先程の花畑のように、あたり一面を別の魔力で埋め尽くし、しかも反応させたならば。
痕跡を辿ろうにも、より大きな反応の痕跡が邪魔をして、残っているか探るのも不可能だ。
だがしかし……。
……まさか、始めから"愚者の青"を落とす気などなかったとでも言うのか。
あの瞬間、魔術を成すことを考えていたのではなく、あの程度の偶然を意図的に起こすつもりだったのならば。
それが可能な状況を作るために、始めから霧状に魔力をばらまいていたのだとしたら。
全身全霊を掛けて、マスターを守ったのだとしたら。
ああ、認めよう、キャスター。
どうやらこの争いは、お前の勝ちだ。





背中から、腕から、足から。
なのはは、小さな魔力の粒子が霧となって散っていく。
しかし彼女は、その消えゆく腕で、胸をまさぐり、何かを取り出す。
震える拳が開かれた時には、すでにそれさえも霧散し、俺に小さな光にしか見えなかった。
だが、彼女には見えたのだろう。

「……へへ。ママ、やり遂げたよ、ヴィヴィオ……」

その光を見てから消えゆく最後の瞬間まで、彼女は誇らしげな笑みを浮かべていた。



[30980] 17.「ありえない」
Name: お化けの庭◆82337570 ID:6f8b8d70
Date: 2012/05/08 00:19
「畜生、後味の悪い」

なのはが消えていった空を仰ぎながら、"愚者の青"はそうつぶやく。

「ああくそ。なんでソウルジェムをぶち壊したのに、即死しなかったのさ。余分なこと聞いちゃったよ……」

そうぼやく"愚者の青"だが、ふらふらして、足元がおぼつかないようだ。
その状態でありながら、襲撃を回避できた能力は称賛に値する。
"愚者の青"は後ろに飛び退き、空中で一回転して着地する。
だが、回避できたのは一撃まで。
着地の隙を狙った第二波を避けることは出来ず、"愚者の青"はライダーの伸ばした触手の群れに触れられてしまった。
ふれた部分から黒い煙が立ち上り、生きたままの体が無残にも焼かれていく。
しかし、"愚者の青"は憂鬱気な表情を浮かべるのみで、苦痛に耐えかねるといった様子ではない。
煩わしそうに剣を生み出し、叩き切る。

「やっぱり、痛みを感じないのね」

触手の伸びてきた方から声がする。
振り向く"愚者の青"。
そしてライダーのマスターと、そのマスターの連れている人物を見て、"愚者の青"は息を呑む。
めいいっぱいに目を見開き、声を上げる。

「マス、ター……」





17.「ありえない」





さやかの声は、無理やり絞り出したように、かすれていた。
自分のサーヴァントの呼びかけに対し、"愚者の青"のマスター、岡部倫太郎は答えない。
彼は目を半開きにして、"愚者の青"をぼんやりと見つめるのみである。
ああ、そういえば前に桜に見せてもらったことがある。
操られている人間特有の反応だ。

「マスターに何をした」

「大丈夫、まだ大したことはしていないわ」

岡部の代わりに返事をする桜。
くすくすと笑いながら。

「あなたがおとなしくするっていうならね」

桜は唇に人差し指を当てると、またくすくすと笑う。

「ふざけるな。その状況を見て、何もしていないだって?信じられるわけないじゃない」

"愚者の青"は触手を叩ききった剣右手に構え、左手を添える。
それでも剣先の震えは収まらなかったが。
桜は"愚者の青"の状態を理解しているのか、いっこうに怯む気配はない。
そして、"愚者の青"の言葉を無視し、彼女は無慈悲な要求を突きつけた。

「あなたのソウルジェムを渡しなさい」

「な……」

全く予想外の言葉だったのだろう。
"愚者の青"は二の句が継げないでいた。

「あなたに交渉の余地はないわ。ここで拒めば、私、あなたのマスターを食べちゃうかも。その瞬間、現界するだけで精一杯のあなたは、今すぐにでも消えてしまう」

そう言いながら、岡部に後ろからもたれかかる。
胸を押し当て、誘うように。
桜は岡部の肩に手を回して、彼の耳をちろっと舐める。
しかし微動だにしない岡部。
逆に、震えが更に大きくなる"愚者の青"。

「なにもあなたを殺しはしないわ。ただ、会ってもらいたい人がいるだけなの」

その肩のあたりから"愚者の青"に嘲笑を向けながら、桜は宣言する。

「さあ、あまり待たせないで。私に全てを委ねるか、死ぬか、ここで決めなさい」

"愚者の青"は、考えるまでもない、とでも言いたげだった。
その目はすでに、覚悟を決めた者の眼だ。

「それなら、ここで宝具を使うまでだ」

そう言って、桜に斬りかかる。
間合いも、型もなく。
ただ、がむしゃらに。
しかし桜がとった行動は、ただ一言つぶやいただけ。

「ライダー」

桜が命じる。
間をおかずライダーが動いた。
"愚者の青"と桜の間に、立ちはだかる壁となる。

「岡部さん。やりましょうか」

桜は後ろから岡部の手を取ると、手の甲を"愚者の青"に向けさせた。
そのまま耳元でささやく。

「いいわ、上手よ。それじゃ、次は私に続いて、復唱して」

沈黙で答える岡部。
意識はないのだから当然だ。

「令呪を持って命ず」

「れい、じゅをもって、めいず」

桜に言われた通り復唱する岡部。

「やめろぉぉぉぉぉぉっ」

力の限り叫ぶ"愚者の青"。
今すぐにでも駆け寄って、マスターの肩に寄りかかる悪魔を叩きのめしたいに違いない。
だが、彼女の元へたどり着くには、まずライダーを排除せねばならない。
それもほんの数秒で。
万全の状態でも不可能なことを、満身創痍の今、出来る訳がない。
"愚者の青"の願いも虚しく、桜は命令を口にする。

「ソウルジェムを差し出せ」

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁっ」

有らん限りの憎悪を込めて、"愚者の青"は剣を振るう。
その状況を嘲笑うかのように、ライダーの触手で剣を包み込む。

「そう、る、じぇむを、さし、だせ」

岡部が言い切った瞬間、彼の右手が光り輝く。
その瞬間、"愚者の青"は岡部のすぐ横に存在していた。
令呪のバックアップによる奇跡。
空間をほとんど無視した瞬間移動。
"愚者の青"は膝をつき、へそのあたりについていた宝石を引き剥がす。
そのままうやうやしく、ソウルジェムを差し出した。
文字通り、魂を。
桜にむかって。




桜が触れた瞬間、"愚者の青"の体は崩れ落ちた。
そのまま霊体化する体。
消えるのを見届けた桜は、今までかぶっていた化けの皮を脱ぎ捨てる。

「全く、短気すぎる。こんな安っぽい演技に引っかかるだなんて、本当に英霊なの」

顔を歪め、舌打ちする桜。

「あんなやつが、私の先輩だとか、ありえない」

今までの淫乱な態度はどこへやら。
いつもの桜に戻ってしまう。
すぐさま岡部から離れた桜は、気持ち悪そうに唾を吐き捨てる。
そして手にした宝石をしげしげと眺め、指で小突く。

「こんなに汚れているじゃないの。宝具なんてとてもとても。あなたがこんな状況じゃなかったらこうも簡単にはいかなかったわ」

ああもう、その宝石を握りしめ、あからさまなため息をつく。

「……全く、あなた達を殺すわけにはいかないのよ」

そのまま、煩わしそうに髪を掻き上げると身を翻し、戦場を後にする。
ぱちん。
誰も嵐の過ぎ去った戦場に、指を鳴らす音が響いた。
糸が切れたように倒れこむ岡部。
桜は顔も向けずに、命令した。

「ライダー、こいつを私の工房まで運んどいて。あと、人嫌いもわかるけど、呪っちゃ駄目よ」

じゃあ、と左手を上げ桜は去っていった。











「どうだ、キャスター。亡霊になった気分は」

俺は奴らが部屋に入ってくるのを感じて、扉に視線をやる。

「悪くない、というのが好みかな、鳳凰院凶真」

キャスター、いやナノハは目を細め、にやにやしながら答えた。




目の前にいる彼女が古手羽入のサーヴァントとして召喚された、あの悪夢。
始まりは古手梨花に召喚を命じ、それが成功したのと全く同時刻だったという。
問題は、羽入の存在を俺が知らず、そのまま子どもたちと一緒にしていたこと。
なのはの行動が、あまりに悪魔的すぎたことだ。
あれがなければ……。
そもそも彼女は先程まで死闘を繰り広げていたなのはとは、まとっている雰囲気があまりにも違いすぎる。
なのはは、あくまでも魔導師として英雄になっていた。
しかしナノハは違う。
なのはと同じく白を基調をした戦闘服は、全体的に砂埃に汚れている。
なのはならば綺麗に整えられていたスカートは、裾のあたりが無残にも切り裂かれ、殺伐とした様子を醸し出している。
その上に厚手のやつれたコートをはおり、胸に勲章をぶら下げたその姿は、戦い疲れた軍人そのものだ。
例えるなら、そう、天使と悪魔くらい、対極の存在。
それくらい違う。
梨花のなのはを善とするなら、羽入のナノハは悪。
人の善意と可能性、人の悪意と結末。
それらの分離。
彼女らは同じ人生を歩んだ人間であり、だがしかし別のサーヴァントとなって呼ばれしまったのだ。




悪魔は笑う。

「私を押さえつけていた良心が死んだのだもの。今の私なら、思う存分戦える」

「おそらく、君の存在を知っているマスターはいまい。故に」

俺は一旦言葉を区切り、続ける。

「貴様が存在しているなどとは、誰も思うまい。我々の戦力になってくれたことを歓迎する」

そういって俺は手を差し出した。

「あのさ」

彼女は機械仕掛けの杖の切っ先を、俺の喉元に突きつける。
すっと。
何の違和感もなく。
それこそ、握手に応じるかのように。
俺の行動など興味ない、とでも言うように。

「私には時間が無いの。私の体はあまり長くない。だから、今一度問うわ」

空虚な目で見つめながら。

「あなたの目的は、なに」

いや、彼女は俺を見てはいまい。
俺を通して、ここではない戦場を見ているのだ。
狂気の生み出す産物を。


銃声が鳴り続ける夜。
補給が届かず、弾薬も食料も底をついた。
空を翔れば、狙撃され、地を這えば爆撃される。
ひっきりなしに襲いかかる敵兵。
一人、また一人と欠けていく戦友。


彼女の思いは、その地獄から抜け出すことか、それとも……。

「知れたこと。この世すべてを手に入れても足りなかった奇跡を、我が手で成し遂げるためだ。むしろ……」

俺は咳払いをすると、唇の端を歪めてみせる。

「貴様の実力は当てになるのかな、"終戦の亡霊"よ」

貴様の実力を示してみせろ、俺は暗にそういった。
ナノハはしばらく俺をまじまじと見つめ、突然声を上げて笑い出した。

「あはは。なるほど、そう返してくるか」

俺の答えが気に入ったに違いない。
彼女は笑い声がやんだ後も、しばらく喉の奥でくつくつと笑う。
時間にして十秒ほど。
彼女は俺をまっすぐに見据え、言った。

「実力は私のほうが上。あいつはライダーの呪いを使いこなせなかったが、私ならできる。嫉妬と憎しみを一身に受けた、このタカマチナノハにならね」

彼女の目をみて、彼女がこの瞬間、初めて俺を見た気がした。
いや、それは違うのか。

「この世の地獄を、人の醜さを、みせてあげる」

彼女は初めて、核戦争で荒廃した、この世界に興味を持ったようだ。
彼女はそう宣言すると、俺の前から姿を消した。




「鳳凰院さん」

ああ、貴様もいたな、古手羽入。
貴様の望みは、わかっている。

「契約は……」

「もはや古手梨花に興味はない。彼女が俺に害を成さないならば、俺は奴を排除することは、ない」

その言葉を待っていたのか、彼女はあからさまに、ほっとした表情をみせた。
表情が緩んだ自覚があったのか、慌てて引き締める彼女。

「鳳凰院凶真、契約が正しく果たされることを信じているのですよ」

それだけ言うと、長い髪を翻しながら、俺の部屋から去っていった。



[30980] 番外編 通称『C.H文書』
Name: お化けの庭◆82337570 ID:6f8b8d70
Date: 2012/05/06 01:44
以下の文章は、かつて鳳凰院凶真が引き起こした大災害当時の記録を、断片的な情報を元に、再構築したものである。
残念なことに、当時の記録はほとんど残されていない。
意図的に記録として残さなかったのか、紛失してしまったのか、もしくは何者かの手によって抹消されたのかは、定かではない。
しかし、人為的に引き起こされた未曾有の大災害を、決して人の記憶から消えることのないよう、私は筆を取ることにした。
これを書くにあたって感謝したい人がたくさんいる。
まず私に的確なドバイスをくれた、編集者に。
心が折れそうになった時、いつも応援してくれた私の子どもたちに。
知恵さえをも貸してくれた、最愛の我が妻に。
そして、決して小さくはない感謝を、両親のしてくれたすべてに捧げます。
とある海の見える喫茶店にて。
ジョン・タイター。






まず、ある賃貸住宅の二階で発見された、通称『C.H文書』について(以下資料)
大災害を、ここでは便宜的に聖杯戦争と称する。
これは当時、当事者たちがこの災害のことをこう呼んでいたからである。
資料によると、『聖杯戦争は、七人のマスターと彼らの使役するサーヴァントによって行われる、殺し合い』とある。
つまり、総勢十四名における血みどろの争いが行われ、結果としてあのような災害になった、というのである。
便宜上、サーヴァントという役割を与えられた人物は、以下の様に呼称された。


セイバー
アーチャー
ランサー
ライダー
キャスター
アサシン
バーサーカー


そのうち、現在判明しているのは以下の組み合わせである。


セイバー  美樹さやか
キャスター 高町なのは
アサシン  キスショット・アセロラロリオン・ハートアンダーブレード


資料には、ランサーは今回の闘いに参加していない、と記してある。
理由は不明。
また、これらの人物名が戸籍のどこにも登録されていないことを考えると、彼らは偽名を名乗っていた可能性が極めて高い。
本名を知られてはまずい、実働部隊だったと考えられる。



続いて彼らを使役するマスターである。


セイバー  岡部倫太郎
アーチャー 遠坂凛
ライダー  間桐桜(遠坂桜?)
キャスター 古手梨花
アサシン  阿良々木暦


これらの名前を見て、何かお気づきの点は無いだろうか。
そう、災厄の中心人物と目される鳳凰院凶真本人の名前が記されていないのである。
このことについては、後ほどお話出来ると思う。
私が注目して欲しいのはのは、あの名だたる大財閥、遠坂コーポレーション初代会長、副会長の名前が記されている事である。
また、こないだノーベル物理学章を夫婦で受賞された、T大学名誉教授の岡部氏の名前も、記憶に皆さんもあたらしいだろう。
資料に魔術や英雄などとふざけた事象が記載されているが、それでも検討の余地ありと判断したのは、このあたりが理由である。
この資料が書かれたのは、科学的に聖杯戦争直後と推測される。
しかし、当時の彼らは今のように著名人では無いため、何らかの形で関わっているのは間違いないのである。
例えば、遠坂姉妹は幼い頃に事故で実の親に先立たれ、別々の里親に引き取られて育てられていた、というエピソードを、あの当時から知り得た人はどれくらいいるのだろうか。
皆さんは岡部氏が腕に銃痕を持っているのはをご存知だとは思うが、銃弾はどこで受けたのだろうか。
さらに、氏がノーベル賞を受賞した論文の考え方が、実は資料に記載されていることはどう説明できるだろうか。
これらを考えると、重要視せざるを得ないのである。

作成年月を誤魔化しているだけだ、贋作だ、などとおっしゃる方もいらっしゃるかもしれない。
大いに結構。
私自身、この内容すべてを頭から信じているわけではない。
だが、これらを踏まえてでも執筆するにたる理由があるのだ。
なぜなら……



[30980] 18.「そんな君になら、使われても構わない」
Name: お化けの庭◆82337570 ID:6f8b8d70
Date: 2012/07/11 20:15
ぽつり、ぽつりと落ちてきた水滴のひやっとした感覚で、わたしは目を覚ました。
かたくなに動こうとしないまぶたを、全身の命令系統を総動員してこじ開ける。
わたしの右手と、どろどろの水たまりと、黒々とした雲がみえた。
そっか、わたし倒れたんだっけ。
ぴちゃり。
水滴が頬をつたい、乾いた唇を湿らせる。

「み、みず……」

わたしは必死にその液体を舐め取ろうとする。
そしてむせた。
全身が、その液体を拒絶する。
むせるだけの力がわたしには残っていたのだと、他人ごとのように考える、もう一人のわたしがいた。

「鉄の味がしたからよ」

彼女はそう言って肩をすくめる。
わたしの手を流れる液体は、墨汁と同じ色をしていた。
そしていつの間にやら、ぽつぽつと降っていたそれは、それこそ雨のように降り注いでいる。
それがねったりと張り付き、わたしの疲れきった体から熱を奪っていく。
もう一人の私は、わたしにお構いなく状況を整理し始める。

「街全体に火が広がっていたわ。あれじゃ家は焼けちゃったわね」

彼女の言葉でちょっと前のことを思い出せた。
街が真っ赤に焼けて、それでも私は無謀にも街に入った。
わたしの知っていた街の面影はどこにもなく、瓦礫と炎と、黒い塊が転がっていた。
それはうめき声を上げて、水を求めて。
わたしは、怯えてすくむ足に鞭打って、彼女を探す。
離ればなれになった、わたしの大切な……。
しかしはわたしは煙に巻かれて、力尽きてしまったのだろう。

「人もたくさん死んだわ」

彼女は語る。

「学校の先生、仲の良かった友達」

うん。
悲しくない。

「お父様」

うん。
悲しくなんか無い。

「お母様」

うん。
悲しくなんか、無い。

「あの子も」

うん。
悲しくなんか。
かなしくなんか。



18.「そんな君になら、使われても構わない」



わたしは叫んだ。
正確には、叫んだつもりになった。
胸をかきむしりたくて、髪の毛を無茶苦茶にしたくて。
気持ちを全部吐き出して泣いた。
正確には泣きたかった。
声を出して、ぼろぼろ泣いて。
救われなくてもいい、誰かに振り向いてもらいたい訳でもない。
大声を上げて、泣きたかった。
泣いて自分の気持ちに整理を付けたかったのだ。
そうすることができたら、どれだけ嬉しかっただろう。
現実は、残酷だ。
わたしに何かをする力など、これぽっちも残っていないのだから。
外に向けることの叶わない悔しさは、自分の気持ちを侵食していく。
どうすることも出来ず、わたしに許されたことは、体と心のどちらが先に駄目になるかを、ぼんやりと考えることくらいだった。
彼が来るまでは。

「……かった」

誰かに抱き起こされた気がして、ぼんやりと目を開ける。
くたびれたコート、ぼさぼさで整っていない髪。
何日も眠っていないのが簡単にわかるほど、彼の目の下はくぼんでいた。
体を動かすのも億劫そうに腕を震わせながら、しかし彼はわたしを全身で包み込んでくれた。
もう何者にも侵されないように。
その暖かさが、体と同じように気持ちを少しだけすくってくれた気がした。
そして、彼も同じような気持ちになってくれたようだった。

「よかった」

そう言いながら、彼は泣いていた。
静かに、ただ涙を流していた。
ふと、彼の口元が動いていることに気がつく。
声を上げること無く彼は何度も繰り返していた。
ありがとう、と。
その言葉を向けている対象が、わたしになのか、ここには居ない誰かなのかいまいち判断に困ったが。
彼は、心の底から真摯に述べていることだけは、はっきりとわかった。




次に目がさめた時、わたしが見たのはいつものベッドの風景ではなかった。
俗にいう、知らない天井というやつ。
ついでに言うと、病院の天井と言う訳でもなかった。
畳と布団と風鈴とかいった場所ではなく、多分ブレッドとかサニーサイドアップとかが似合いそうな、そんな場所。
ぼんやりしながら、体を起こそうとして、痛みに思わず声を上げてベッドに突っ伏してしまう。
ああくそ、生きてるって力がいるのね。

「目が覚めたかい」

わたしの耳元で声がした。
と思うと、手が伸びてきて、おでこに冷たい物を載せてくれた。
その手は、そのままわたしの頬を撫でてくれた。

「もうすこしお眠り」

わたしはその冷たくて気持ちいい手の感触を感じながら、再び目を閉じる。
眠りにつくわたしの耳に、こんな言葉が届いていた。

「よかった、生きていてくれて本当によかった」




それから数日、熱が引き、喋れるようになった頃合いを見計らって、彼はこういった。
ご両親に会いに行こう、と。




その日は、また雨だった。
彼に傘をさしてもらっているけれど、やはり足が濡れてすこし肌寒かった。
自分の足で歩くこともままならず、車椅子を押してもらって、目的の場所へ。
墓石に刻まれた文字を見て、ああ、やっぱりと思った。
そこは、父と母のお墓だった。
そこにならんでわたしの名前があったのは予想外だったけれども。
わたしの傷が癒えていないうちから、こいつはなんでこんな無理をさせるのだろう。
その答えがこれだったのだ。

「これはね……」

彼はこの状況に対する説明をはじめるが、まあわかっていたことだった。
あれだけの災害だ、国が何らかの特例をとっていても不思議はない。
例えば、親戚が申請すれば、法律的に死亡が確認される、みたいな。
要約すれば、いまのわたしは法律の上では幽霊同然だということだ。

「さて」

ここからが本題だ、とでも言うように彼は語調を強めていった。
雨に濡れるにもかかわらず、わたしの前に膝をつき、目線をわたしにあわせてくる。
正面から見つめられて、わたしはぴっと背筋が伸びるのを自覚した。

「なに、おじさん」

「君には道が二つある」

そういって指を二本たてた。

「ひとつは魔術に生きる道だ。君の身に降り掛かった理不尽に目をつむり、君は普段の生活に戻る。勉学に励み、いつか起源に至る道だ。起源に到達できるかどうかは、君の才能次第だろう。控えめに見ても、君は才能があるようだ。もしかするかもしれない。僕は君を全力でサポートすることを約束する」

これが一つ目の道だ、そう言って彼は指を一本折り曲げる。
起源に到達する。
そう言い聞かされて育ってきたわたしにとって、それは大きな誘惑であるし成し得なければならない使命だとも思う。
しかし。

「嫌な言い方ね、おじさん。理不尽に目をつむれ、だなんて」

「そう、それだ。君はあの現状がなぜ引き起こされたか知っているかい」

「聖杯……戦争。父が参加するのを、見送るしかなかったんだもの、よく知ってるわ」

そう、父が悲願を遂げるために参加した殺し合い。
そこに参加するだけの力が、わたしには無かった。
あと五年、いや三年でも早く生まれていれば、こんな結末を変えられたかもしれないのに。
わたしの思いを知ってか知らずか、彼はこういった。

「聖杯戦争……。皆、夢が叶うなどという妄想に踊らされていた」

「妄想なんかじゃない」

わたしは思わず声を張り上げる。

「お父様は、今回の戦いにすべてをかけていたわ。それを、妄想だなんて言わないで」

わたしは思い切り彼を睨みつける。
体がもう少し回復していたら、張り倒してやるのに。
でもわたしの叫びを無視し、話をすすめる彼。

「でもね、あれを引き起こしたのは、聖杯なんかじゃないんだ」

そして彼は首を振り、辛そうにこういうのだ。

「僕が聖杯なんて物に気を取られている間に、奴らが動いたんだ。魔術協会でも聖堂協会でもない、第三の意思が」

「第三の意思……。何が言いたいの?」

「SERNだ」

一息にその名を告げ、彼は立ち上がると深く息をすった。
なぜか、わたしから目を背ける彼。

「第三者、SERN。科学一筋の奴らにとって今回の聖杯戦争に興味なんてなかった。間違いなかった。だが」

彼は拳を白くなるほどに、握り締める。

「奴らにとって、ここにあった何が都合の悪いものが出来たに違いない。それを消し去るために、聖杯戦争という儀式ごと抹殺したんだ。僕の妻を、娘を、望みを。そのためにとった方法を、僕は許すことが出来ない」

言葉の語尾が震えていた。
その声を聞いて、さっきまで荒ぶっていたわたしの気持ちは、何処かに引っ込んでしまった。
彼は、叫び出したいに違いない、何かに気持ちをぶつけたくって仕方がないに違いない。
くそう、くそう、ばかやろう。
その手の黒々とした感情を自分の中に、必死に飲み込んでいるのが、手に取るようにわかったのだ。
それは、ついこの間、自分の身に起きていたことだから。

「君にもわかるはずだ。なぜ、黒い雨などが降ってきたのか」

そう問いかける声は、わたしの答えなど求めていない。
彼の中で答えは出ていたのだろうし、そんなことをわざわざ喋るのは、自分の気持ちに整理を付けたかったから。

「始まってしまうんだ、第三次世界大戦が」

それきり、わたしと彼の間に沈黙が訪れた。
形容しがたい、息の詰まる空気。
それは数時間にも思えたし、もしかしたらたった数秒の間だったかもしれない。

「凛」

彼はわたしに背をそむけたまま、わたしを呼んだのだ。

「僕は、この戦争を止めたい。だけど、僕一人の力だけでは、それを成し遂げることは出来ない。だから、凛。君に来てもらいたい。僕に力を貸して欲しい。そのために必要なことはすべてサポートする。辛くなったら、途中で抜けてもらっても構わない。それが、第二の選択肢だ」





「それで君は彼の誘いに乗ったわけだ」

「当然よ。命の恩人の頼みを、断れるわけないじゃない。それにあの時は私も、誰かに必要とされたかったしね」

暗い廃墟の中、もし誰かが覗きでもしたら、パソコンのディスプレイの光が私を怪しく照らしているに違いない。
キーボードを叩くカチャカチャとした音が、部屋に響いていた。

「その後、どうなったんだい」

「彼と喧嘩して、その仲直りが出来ないまま死に別れてしまったわ。全く、どうかしてるわよ。自分の命より、他人の命を助けたいだなんて。本末転倒もいいところだわ」

「と、いうと?」

「父さんは誰もが悲しまなくて住む世界を作りたいんだって。そのために正義の味方になりたかったって言っていたわ。でもそれって、現実には不可能なことだて少し考えればわかるじゃない」

そう、父様はずっと自分の思いを貫き通していた。
それを私に押し付ける事など一切無く。
逆に私に、常に生きろと言っていた。
生きる目標をもって生き、壁にぶつかった時間違っていないと思ったなら、それを貫き通せ、と教えられたくらいだ。
そのための力も。

「だから父さんは、少しでも悲しむ人が出ない方法を突き進んでいたわ。そのために家族恋人親兄弟を犠牲にしても良いっていってたし、事実そうしたみたいなのよ。それが正義だっていって」

「……」

「私に、そんなことは出来ない。私にとっての正義は、大切な人が、悲しまなくていいようにすること。私を含めてね」

「しかし……」

しかし……そういったきり、アーチャーは黙りこんでしまった。
やがて、しぼんでなくなってしまうのではと不安になるくらい長く息をはいてから、ぽつりとつぶやいた。

「だから君は、無理をしてまでも、岡部を助けようとするのか」




父様は私も手の中で亡くなった。
その時、拾って貰った時と同様に、己の手に力が無いことを後悔した。
あなたは、私の幸せになっているのだと、そう伝えることが出来れば少しは気休めになっていたかもしれない。
でも、もはやそれが叶うことはない。
父様がくれた幸せは、間違ったものでは無かったことを証明するために、私はめいいっぱい幸せになってやる。
そのために邪魔なものは、全力で排除するし、必要なものは何が何でも手に入れてやる。
だから、あなたの力も使わせてもらうわ、アーチャー。

「さあ、ここからが本題。出来そう?」

私が表示したのは、文章としての意味を読み取れない文字化けの画面。
以前からSERNにクラッキングを仕掛けているのだが、どのルートで潜り込んでも、最深部近くになると必ず文字化けが発生する。
おそらくは、SERN独自の暗号表記だろう。
残念なことに、今までの私では手が出なかった。
しかし、今はアーチャーがいる。
そして彼は、現在の技術を超越した存在。

「問題ない。少し待ってくれ」

アーチャーが私のパソコンに潜り込むと、とたんに画面が真っ黒になる。
次に画面が光った時、今まで理解不能の模様が文章にとって変わられていた。
待ってました、思わず指を鳴らしてしまう。

「解読すれば後はセキュリティも何もない、簡単な作業だ。凛。君の欲しい資料はこれだろう」

そう言って、彼はSERN内部の精密な外形図を表示してくる。
アーチャー、仕事早すぎ。
岡部が囚われていると予測される地点が、赤く点滅している。
それは彼の手に施した私の魔術の反応とぴったり同じ地点を示していた。
ざっと目を通し、内容を頭に叩き込む。

「自分を道具だと言っていたが、あなたの方がよっぽど腕のいい使い手だと思うわ」

そう言ってパソコンの画面を軽く小突く。
全く、この金色の相方は。

「もう一つ、面白いことがある。このログを見てくれ」

「これは……通信記録……?こんなに簡単に、なぜ……。……ショートカット?」

「そうだ。こんな深いところに直通回線が作られている。SERNの中でも信用出来ないものがいるということだろう。その送受信歴を調べて二つの名前が浮かび上がってきた。一人はバレル・タイター。君は知っているか」

「直接の面識は無いけど、世界を股にかける凄腕のハッカーよ。何度か情報のやり取りをしたことがあるわ。確かその時バレル・タイターって名乗ってたわね。こっちの業界では皆、敬意をもってウィザードと呼んでるけど」

ついでに言えば、タイターと名乗っていることから変な憶測が流れていたりする。
ジョン・タイターが未来から来たとか言っていたから、彼はタイムマシン開発チームの一人だとかなんとか。
まあいいや。

「で、ウィザードの連絡相手って誰よ。そう言うからには、何かわかってるんでしょう」

「説明するより、この写真を見てもらった方が早い」

ぽんと画面いっぱいに表示される写真。
それを見て、あ、と思ってしまったのだ。

「うそ……」

それは岡部倫太郎だった。
いや、正確には違う。
その写真に写る彼は、顔いっぱいに深いシワが刻まれている。
深い苦悩に長年耐えてきた老人の顔。
いや、ひょっとしたら老人とは言い過ぎなのかもしれないが。
見方によっては、どんな年齢にも取れてしまう。
まあつまり、年齢不詳というわけだ。

「君の反応を見て確信できた、俺の勘違いではないとね。彼の名前だが、鳳凰院凶真というらしい。聞き覚えはあるか」

「あるわ。残念なことにね」




鳳凰院凶真。
裏の社会に入り込んだものなら、彼の名はいたるところで耳にする。
SERNを牛耳る狂気のマッドサイエンティスト。
SERNが世界を動かしている今、世界を支配しているのは彼ということになる。
第三次世界大戦を引き起こしたのも彼だと言われている。
彼に関する詳細なデータはない。
いや、その表現は正しくない。
正確に言えば、ありすぎてどれが正しいのか全くわからないのだ。
一度その名を耳にした際、情報を集めてみたことがある。
そして、出るわ出るわ。
あっという間に、自称鳳凰院凶真様がざっと数十人。
なかなかに捻りのあるものから、読むのさえ時間が惜しくなるようなものまで様々だったが。
馬鹿馬鹿しいものほど記憶に残るもので、例えば未来から組織を壊滅させるために送り込まれたロボットだとか、SERN主要人物のクローンが逆襲、組織の乗っ取りに成功しただとか。
人間味のある話だと、彼が空想好きな大学生という設定のものとかが結構お気に入りだったりする。
でも真面目な話、英語もままならないような人物が、タイムマシンの生みの母である牧瀬紅莉栖博士と、どこで出会えるというのか。
牧瀬紅莉栖は若くしてアメリカに移り住んでいるのだ、出会うことは難しい。
問題なのはこれだけ異なる情報がネット上に散乱しているということだ。
誰かが意図的に偽情報を流しているとしか思えない。
情報があふれる今日、心理的には隠したくなるが、実際には消し去るより有耶無耶にしたほうが、真実がわからなくなる。
悔しいが、上手い手だ。
だいたい、巨大組織のSERNを一人の人間の意思決定で動いているとは考えにくい。
だから私は、鳳凰院凶真の存在は偶像か何かだと思っていたのだ。
つまりは嘘っぱちだと。
が、ここでこの写真である。

「ああくそう。訳が分からなくなってきたわ。鳳凰院凶真は実在の人物で、未来のあいつが私達の敵ってこと?あ、でも未来の彼は今ここにいるのよね……」

同じ時間上に同じ人物が二人存在する。
通常では有り得ない、奇跡の一片。
聖杯は、いったい何を望んでいる?
その疑問を解決する鍵は、間違いなく岡部が担っている。

「これで、俺を無理に説得する必要はなくなったな」

彼はパソコンの中からそういった。
姿が見えていたら、肩をすくめていたに違いない。

「なんだ、気づいてたの」

私としては、苦笑いをするしかない。
岡部倫太郎に関する重要度が、彼のもたらした情報によって格段に跳ね上がったのだ。
アーチャーが危険を冒してもよいと判断するくらいに。

「いくら煮え切らないと言われていようと、人の気持くらいはわかるさ」

ああ、昔話なんてする必要は皆無だったのね。
無駄足だったと、心の贅肉をつけちゃったわけだと。

「俺が納得するかどうか関係なく、俺を使うつもりだったんだろ?それでも、俺の気持ちを考えてくれて、とても嬉しい」

私の心を察して、そんな茶々を入れてくるアーチャー。
そして真剣な声でいった。

「そんな君になら、使われても構わない」

「もう」

その声が、私を相棒と認めてくれた気がして、妙に嬉しかった。
本当に反対するつもりなら、先程の写真など見せはしないだろう。
アーチャーはこうなると想定しながらも、表示してくれた。
なんて、優しい人。




くたびれた黒いコートを羽織る。
煙草の代わりにリボンをくわえ、少し荒れてはいるけれども、魔力をたっぷり溜め込んだ自慢の髪を結ぶ。
パソコンに手を近づけ、ちょこんと飛び込んでくる金色の小さな彼の重さを、手のひらで感じる。
その暖かさを肩に持って行くと、身体全体が暖かく包まれる。
彼がコートに潜り込んでいる時のこの気持ち、悪くない。

「行くわよ、アーチャー」

いつものように、余裕をもって優雅に微笑みながらいってやる。

「岡部を助けに」



[30980] 19.「その気持ちを忘れないで」
Name: お化けの庭◆82337570 ID:e2102fc9
Date: 2012/08/31 20:06
「それじゃあ梨花ちゃん、これは何本に見える?」

阿良々木さんが私に向かって指を掲げてみせる。

「三本」

「そうそう、それで間違いないね」

それだけ言うと、阿良々木さんは黙りこんでしまった。
そう、彼が立てている指は三本、モヤがかかっているわけでも、真っ暗闇というわけでもないのだから間違えようがない。
ならばこの当たり前の事実に対して、違う答えを期待している、というのが妥当なのだけれど。
直感に頼っていてはいけない、ということか。
答えを聞くのは簡単だが、それだと私の中のもやもやが消えない。
単純に言えば悔しいのだ。
阿良々木さんがこれ以上何も言ってこないということは、今の状況でしっかり答えに辿り着けると考えていい。
じゃなかったら、後でひどい目にあわせてやるのですよ。
今の私が立っている場所は、彼らに連れて来られた廃墟、もとい隠れ家。
目覚めたばかりで外からみたわけではないけれども、廃墟と断定していい気がする。
だって、鉄の棒が壁から生えていたり、天井から床にかけてヒビが入っていたり、輝いているはずの非常口ランプなるものが半分になっていたりするのだから。
ついでに言えば今は夜で、かつて光を取り入れる窓なるものの成れの果てに被さった蔦が、光源としての意味を成さないくらいに光を遮っている。
当然、廃墟に送電されている気の利いた電力会社さんも無いわけで、それを言い出したらそもそも蛍光灯が割れて使い物にならないわけで。
結論、ここは真っ暗闇なわけだ。
……ああ、そういうことか

「なぜ指の本数がわかったのか、といいたかったのですね」

わかれば単純なことだったのだけど、なんだか悔しなぁ。

「そう、それが吸血鬼の能力のひとつだ」

そう言いながら、阿良々木さんが嬉しそうに笑う。






19.「その気持ちを忘れないで」







今の私のように、何一つ光源のないこの場所で、彼の表情をはっきりと読み取れること、薄暗くとも認識できることがすでに異常なのだ。

「いかなる闇の中でさえも物体を正確に視認できる能力。これは確かにすごいことかもしれないけれど、やっぱり弱点はある。なんだかわかるかい?」

「昼間は逆にものが見えなくなったりするのですか?」

「半分正解。でも、見えなくなるとかそんな生やさしいものじゃないよ」

「つまり?」

「体が燃える」

「燃える?」

「うん。文字通り燃え上がる」

「そんな馬鹿な」

思わず乾いた声を上げてしまう。
それでも阿良々木さんは話を続けた。

「嘘だったらどれだけよかっただろうね。仮に日のある内に外にでてみろ。変に不死力があるから、体が炭になるのに神経が残ってるなんてことになる。つまり、あれだ。死ぬほど痛い」

「吸血鬼なのに死ぬほどですか」

「体験を説明するには語彙が乏しすぎる」

そう言って肩をすくめてみせる阿良々木さん。
ちろっと舌を出しながら。
その時彼の口からかいま見えた八重歯が人並み外れて長く、尖っているのが見えた。
何気ない動作。
しかしその八重歯が気になって、自分の歯の裏を舐めてしまう。
やっぱり、長く尖っている。
人間にはありえない、彼と私と、おそらくはキスショットさんにも共通するであろう特長。
ホモなんちゃら、ではない生き物。
変な感じ。
何が、と言われればはっきりとは言い切れない。
でも多分、絶対に人で在りたい、と思ってはいない自分が、と答えるのではないだろうか。
なぜ、私は人でない自分を冷静に受け止めているのだろうか?
うーん。
ずっと自分が特別で在りたいと思い続けていたからかもしれない。
おそらくは雛見沢で運命に囚われていた時からずっと。
自分が死ぬまでの暮らしを自覚し、何度も何度も殺され、無邪気な子どもを演じるのにつかれ果てたその時から。
私が自分が魔女だと自認していた。
自分が特別な存在だ、選ばれたから苦しんでいる、苦しまなければならない。
そう考えないと、多分心が死んでいた。
だから、自分が人間ではない、と宣言され、現実を突きつけられても、あまり傷ついたりしていない。
うん、これくらいかな。
じゃあ、私は何なのだろうか。
魔女?
どうだろう。
ちょっと違うかな。
私には魔術なんて使えない。
桜お姉ちゃんが、私に見せてくれたみたいな、人を幸せにする方法なんて、ひとつもできなかった。
それに、この世界は私にとっても一周目。
これからどうなるかなんて、分かるはずもない。
廃墟を駆けずり回っていた時は、辛いこともあったけれど、何もかもが新鮮だった。
自分を納得させる理由なんて、もう必要ない。
やっぱり私はただの人間だ。
ごめん、間違い。
阿良々木さん曰く混じりっ毛なしの吸血鬼。
なんとなく自分でもそう思っている。
では、私は吸血鬼?
さっき、今の私は人間だと結論したけど。
深く考えずに結論していたということは、無意識に人だと思っている証拠だ。
じゃあ、心はいつ吸血鬼に?
あ。

「人は人で在り続ける限り、人であり続ける……」

あ、と思った時には口がもごもご言っていた。

「ん?何か言ったかい梨花ちゃん?」

「いえ、うまく言ったものだと納得しただけです」

「えっと、話がそれちゃったけど、続き、いいかな」

「どうぞ」

「真面目な話、日の当たるところに出ては駄目だ。おそらく自力で日陰に戻るのは無理だ。これは覚えておいて欲しい」

阿良々木さんが真剣に念を押してくる。
彼の表情は真剣そのもので、威圧されてる気がしてちょっと怖かった。

「はい」

「よし。じゃあ次は便利な話。僕達吸血鬼は、ほとんどの怪我を再生できる。腕の一本や二本くらいなら、あっという間に元通り」

そういって彼は右のポケットからナイフを取り出すと、左手を地につけ固定して、無造作に振り下ろす。

「ちょっとまって!」

慌てて、彼の腕を抑える私。
ナイフの勢いは本気だった。
私が止めなければ、彼の指はちょっとどころではない事態になっていたに違いない。

「いいです、実演は!ここでそんなことされたら、まともにご飯が食べられなくなっちゃますですっ!」

多分、いや間違いなく、今私の顔は真っ青である。
しかし、阿良々木さんは私の焦りを知ってか知らずか、場違いに良い笑顔になった。

「よかった。やっぱり止めてくれたね。その気持ちを忘れないで」

と何やら抜かしつつも、彼はおとなしくナイフを渡してくれたので、とりあえず私も彼から離れる。

「さっきの動き、とっさだったから自覚はないかもしれないけど、人では無理な速さだよ。それも力の一つだ。というか、全体的に人よりすごいことができると考えていいよ。サーヴァント達にも誤魔化せるくらいには、動けるんじゃないかな」

彼は、突然の行動に唖然としている私が見えないのではないかと思うくらい、さっきまでの同じ調子で話を続ける。
何やら煙に巻かれた気が、いや現在進行形で巻かれている気がする。

「もちろん、まともにやりあったら駄目だからね。斬り結ぶだとか宝具を使われたりとかしたら、安全だっていう保証はできない」

といって、彼は咳払いをしてこういった。

「なにか質問は?」

いい笑顔、消えてしまえばいいのです。
質問というかなんというか、自分の自制心を犠牲に、実はちょっと予想以上の怪力が出てしまうことを学習した私でした、まる。











私は、彼の怪我が瞬く間に綺麗に治ったのをみて、前々から気になっていたことを聞いてみた。
さすがに手が出るのが、人情というものよ……。

「あの、私が吸血鬼になったのって、実は結構前だったりするのではないですか?」

「と、いうと」

「私は一度、敵のサーヴァントに、手首から先を、ばっさり切り落とされた気がするのです。その時は夢か何かだと思っていたのですが」

と言いつつ、自分の腕をさする。
例えば肩についた銃痕は残っているのに、あの青いサーヴァントによって斬られた形跡は何も残っていない。

「ほう、なかなか鋭いではないか、我が眷属よ」

私の質問に答えてくれたのは、私を吸血鬼にした張本人。

「うぬを初めて誘拐してきた時にはすでに、うぬは吸血鬼になったのじゃよ。というか、そうするしかなかったのじゃ」

キスショットさんは、どこからともなく現れると、阿良々木さんの横に腰を下ろし、説明してくれた。

「わしは傷を癒してやる能力などもっておらぬからな。あのまま持って帰ってきたら、ぬし様はきっと怒るじゃろうと思うてな。まあ、結果としてどっちにしても怒られたわけじゃが、まあどうでも良い。それと、うぬが恩を感じぬたわけ者かもしれなんだ。故に、保険のつもりじゃったんじゃ」

「保険、というと?」

「吸血鬼の子は、親には決して逆らえん。心当たりがあるじゃろ」

心当たり……。
ああ、あれだ。
なのはと引き離された時のあれに違いない。
あの時の私は梃子でも動かないつもりだったが、キスショットに怒鳴られると自然と足が動いたのだ。
疲れきったからとか、そういうことではなく、まるっきり別の誰かが動かしているみたいだった。
とっさに魔術にでもかけられたと思っていたけれども、なるほど、私の体に命じていたわけか。

「ん。思い出したようじゃな。うぬが全く話の通じんやつなら、いろいろ使える手駒にするつもりだったわけじゃ。カカッ、うぬは運がよかったの」

そう言って彼女はニヤリとしてみせた。
気に食わなかったら操り人形にしてやった、と面と向かっていわれてしまった。
いやいや、笑えないですよ。
今でも命は握られているのだから余計に。

「まあ、動機はともかくとして、吸血鬼の力でうぬの腕は元通り、と言う訳じゃ」

確かにその通りなので、私は何も言えない。
なるほど、最初から助けられっぱなしだったというわけだ。
初めて出会った時、銃口を向けていたあの時の私をなかったことにしたいなぁ。
それはともかく。
ちょっと気になったことを口にしてみる。

「でも、私の体にはまだ、至る所に傷跡はがあるみたいですけど……」

「うむ、それはうぬがその傷に意味を見出しているからじゃ」

「意味?」

「吸血鬼の治癒の力は、細かく言えば、うぬ自身が認めておる一番良い状態に近づける力じゃ。傷跡が消えない、ということは、すでにその傷跡はうぬの体の一部になっているわけじゃな。自覚が無くとも、うぬは無意識の内にその傷跡を大切に思っておる。そういうことじゃ」

私はこの全身の傷跡を憎からず思っている、か……。
新鮮な経験だったから?
と自問自答する私。

「まあ長年ついていた傷だったしありえないことはない、のかなぁ」

「む?具体的にいうと?」

「七年前かと」

この世界に来て、最初で最後の事件だった。
はっきりと覚えている。
キスショットさんは私の返事を聞いてしばらくの間、うんうん唸っていた。
が、もう考えるのはやめた、と言わんばかりに大きなあくびを一つ。
そしてこの話は終わりというように、明るく聞いてきたのです。

「そんなことはない、とは言い切れんの。まあよい。それはそうとな、うぬよ。時は金なり。じゃな。うぬの考える方針を聞こう」
方針かぁ。

どう動くかなんて、考えているはずがない。
なのはを失った今、私のプランは大幅に見なおさなければならなくなったのだから。
ただし、第一ステップはすでに決めてある。

「実は、もう一度あそこに行ってみたいと思っています。あなた方に手伝ってもらって、すでに何も痕跡はなかったとお聞きしています。でも、やっぱり自分の目で確かめたいのです」

そう。
阿良々木さん達にお願いしていた、子ども達の保護について、だ。
彼らの話では、私のいう部屋は無く、仮にあったとすればその場所は機械の瓦礫で埋め尽くされていた、となっている。
言われていたよりも遥かに大きく、全体的に黒ずんでいて、火で焼き払われたようだとも。
壁をぶちぬいて、いくつもの部屋を繋げたようだった、とも。
本当にそうだろうか?
私は、つい最近まであの子たちに実際にあって、話をしていた。
部屋周辺の作りは簡単で迷うことは無い。
更に、幾つもの空き部屋はあったがそこはエージェントのための個室が用意されていた。
他の場所に燃え移ったり可能性を考えると、火をかけるなどという危険な行動は取らない。
そもそもあそこは地下なのだ。
わざわざ空気を送り込んだりしない限り、すぐに鎮火してしまうのではないだろうか。
そこまでして、守りたい秘密なんてないと訳だし。
となると、申し訳ないけれども、この人達は私に嘘をついている。
それに、なのはの命の代価がこれだけの情報だということを、信じたくないというのもあった。

「もう一度、あそこに行くというのか!」

突然会話に入ってくる阿良々木さん。

「駄目だ駄目だ、君を危ない目に合わせるわけにはいかない」

「でも」

「でもじゃない。君はサーヴァントを失っているんだ。守ってくれる人なんて、誰もいないんだぞ」

彼は、真剣だ。
真剣に、私の身を案じてくれている。
そうでなければ、こんなに怒ってくれる訳がない。
見ず知らずの私に、ここまで親身になって怒ってくれるような、お人好しで、心の優しい人。
そんな人だから、なんとなく想像はできるのだ。
かつて私が守りたかった彼らはすでにいないのだと。
私が知ってしまえば傷つかずにはいられない、だから言えないでいるのだと。

「それでも、です」

この世界で初めてできた友達は皆、いい子たちばかりだった。
親もなく、住む家ももたず、頼れる人も助けてくれる大人もいなかった彼ら。
私に生きるすべを教えてくれた、優しい子たちだった。
彼らの冥福を祈るためにも、私は現実を見なければならない。
そして、私の望みを共に叶えるためには、ある人物の安否を知らなければならない。
SERNの飼犬になったとき以来、離れ離れの盟友。
羽生。
雛見沢で共に苦しみ、この世界でも共に生き抜いてきた、大切なともだち。
あなたは今、どこで何をしているの?

「ならば、行って確かめるがよい」

キスショットさんが、怒鳴り散らす阿良々木さんをいさめながら、こういってくれた。

「うぬは、すでにわしの眷属じゃ。アサシンの補正も幾らかはかかっておろう。隠密行動なら問題なかろう。吸血鬼の力も相まって、並大抵のことならうぬの障害にはなるまい」

「あ、ありがとう」

「それに、日なら今沈んだばかりじゃ。動くなら、早い方がよいじゃろう。敵さんとしても、昨晩大暴れしたところに、今日も忍びこんでくるとは考えておらんじゃろうしな」

「ぬし様のことはわしに任せておいて、ゆくがよい」

そう言ってキスショットさんは、私の背中を押してくれた。
気持ちの意味でもそうだったし、実際にポンっと押してくれたのだ。
いってこい、と。
私は、そのまま、駈け出した。








「なぜたキスショット!なぜ彼女を行かせたりしたんだ!」

「ぬし様は心配性じゃな。大丈夫だと言っておろうに。彼女はわしの眷属で、そもそもぬし様より魔力が豊富じゃ。回復能力という点でみれば、間違いなくぬし様より強いぞ」

「それでも、彼女はまだ子どもだ!」

「それはそうじゃがな、時には一人旅でもさせねば、己の力に自覚をもてんじゃろう。わしはあの娘を、結構気に入っておるのでな。少し成長を見守りたい気分なんじゃよ」

「……」

「それにな、そんなに気になるなら、いつでも助けられるよう後をこっそりつけたらどうじゃ」

吸血鬼は、耳もとても良くなるらしい。
私は、あの人達に拾われて、本当によかった。
























「ぬし様、今度こそ彼女は行ってしまったようじゃぞ」

廃墟の屋上で、梨花ちゃんの向かった方を見据えながらキスショットはいった。

「さすがのわしでも、もう足音ひとつ聞こえん。間違いなく何も聞こえておらんよ」

「そうか。じゃあ、さっきの念話の続きだ、キスショット」

二人だけで話しがしたい、ここは行かせろと、頭の中で騒がれては、僕も黙って見ているしかなかったのだ。

「うむ。ぬし様は人を辞めるのにどれくらいの年月が必要だったかの」

「年月?」

ひとりごとだと言われたら誤魔化されてしまうくらいの小さな声で、彼女は呟いた。

「一週間か、ひと月か、一年か。はたまた……」

彼女は振り返ると、にやりと笑いながら一言。
大きな声で。

「一生かの?」

そしてカカッと人を見下すような笑い声を一つ。
ああ、こいつと言う奴は、いちいち癪に障る言い方をしやがる。
そうだよ、お前の予想通りだ。

「僕は吸血鬼になるのに一生を使い込んだ」

体は吸血鬼、でも心は人のまま。
その心が、己は吸血鬼と自覚するのはいつか。
おそらくは、人の血を吸ったときだと思う。
同族であった人の命の源を自らの口で摂取するとき、自分はどうしようもなく人ではなくなった、と自覚する。
問題は、ついさっきまで人間だった心が、受け入れられるのか、だ。
僕の場合、一生を使って考える時間があった。
愛する人と生き、喜びながら、悲しみながら色々考えた結果、僕はゆっくりと時間をかけて吸血鬼になることを受け入れることができた。
僕にとって幸運だったのは、自分で選択して、血を吸うことができたことだ。
だが、梨花ちゃんの場合は違う。
彼女は吸血鬼だ。
いつしか人間の血を、心が拒んでも、体が求めることになる。
心が未だに人の生き方を望んでいるならば、人に戻る方法がないわけでもない。
ただし、その方法が問題なのだ。
吸血鬼の彼女が人間になるには、吸血鬼になった原因を殺さなければいけないからだ。
そこまでしなくとも、僕のように、どうしようもなく人間に近しいエセ吸血鬼と、吸血鬼の搾りかすになればいい。
考える時間は一生できるのだから。
だが、それを実行することは許されない。
僕のサーヴァントたるキスショットを失えば、僕も梨花ちゃんの命も危なくなるからだ。
つまり、少なくとも聖杯戦争を勝ち残らなければ、誰もが不幸になってしまうのだ。
気がつけば、キスショットはずっと思い悩む僕を、頬杖をつきながらじっと見ていた。

「わかったよ。僕たちには時間がないってことくらいは。あれはどれくらいだったかな」

「もって二週間が限度じゃろうな。わしがそれくらいだから、おそらくあの娘も同じじゃろ。それ以降は駄目じゃ。空腹に耐え切れなくなって、体が血を求めだす」

つまり僕達は、梨花ちゃんの空腹具合をタイムリミットに戦うわけだ。
なんて愉快な話だ、最高の冗談だ。
全く笑えない。
彼女の人生が、それで決まってしまうと思うと。
反吐が出る。

「苦情は受け付けんぞ、ぬし様。さっきもあの娘に言った通り、わしが施せる治療は、吸血鬼化しかなかったのじゃからの。そして」

彼女は手刀で、自分の左手を切った。
無造作にゴトリと落ちる手首。
と思うまもなく、彼女の腕は元通りになる。
何が目的だか、皆目わからなかったが、次の一言は強烈だった。

「ぬし様、わしは腹が減った」

これが意味するところはひとつだ。
梨花ちゃんが怪我をすると、その怪我の治療のために力を使う。
その使った力は、大抵の場合、血を吸うことでまかなっている、ということ。

「タイムリミットが縮まる可能性は十分にあるってことか」

「さすがぬし様」

「だったらなおさら、彼女を戦場に行かせるわけにはいかないじゃないか」

「だからこそ、むしろ彼女を戦場に行かせなければならないのじゃ」

僕の言葉を遮るように、彼女はいう。

「いいか、ぬし様。聖杯戦争は、誰かを守って戦えるほど簡単なものではないぞ。わしらサーヴァントは、自分の主ひとりを守って戦ってギリギリ生き残れるかどうか、の力しか与えられておらんのじゃ。それ故に、勝利を得るには、あの娘さえもを最大限に利用するしかないのじゃよ。たとえ、守ると決めた相手を戦場に送り込むとしても、じゃ」

「本当に、本当にこれしか道がないのか。何か、何か……」

考える、考え続けろ。
でも、僕に妙案が浮かぶわけでもなかった。

「故に、あの娘には、偵察に行ってもらったというわけじゃ」

僕はもう、何も言えなかった。

「畳み掛けるようで悪いが、あの娘のサーヴァントが敗れたのは、娘の魔力に手を出さなかったからじゃろう。あの子の魔力はほとんど変わっていなかったのは、そういう理由じゃろうな。言い換えると、十全に動けたのならなんとかなったかもしれない、ということじゃ。だが、キャスターはしなかった。いや、できなかった。薄々マスターの身に何が起こったのか察しておったのじゃろう。その結果、キャスターは敗れた」

「……」

「我々は、同じ轍を踏むわけにはいかんのじゃよ」

しばらくの沈黙。
今度こそ、何も言えなかった。
だからこそ、僕は気休めだと知りながらも聞かずにはいられなかった。

「大丈夫だと、思うか」

キスショットは、僕の質問を鼻で笑った。

「あやつはわしの眷属じゃ。なにを心配する必要がある?」

傲慢で、見下すように、堂々と。
何一つ間違いはないというように。
言い切った。
言い切ってくれた。
全く、お前の傲慢な態度が気休めになるなんて思いもよらなかったよ、キスショット。

「それにしても、君は随分優しいんだな」

「優しい?」

「ああ、君はもっと自由奔放で、人間には全く興味はなかった印象がある。それなのに、ずっと僕らのことを考えている」

そう、僕の世界でのキスショットは、人間を食料としか捉えていなかったはず。
それなのに、僕のことも、梨花ちゃんのことも大切にしているように思うのだ。

「……」

こんなことを言ったところで、彼女が答えてくれる訳がない。
そもそもこれでは、君を信用していなかったといっているようなものじゃないか。

「ごめん、意地悪なことを言った」

「答えなら、前に言っておるわ」

「え、なんだって?」

「まあよいわ。この話はこれで終わりじゃ。すまんがの、ぬし様。もう一つ暗い話があるのじゃよ」

というと、ほれ、と何かを投げてくる。
慌てて受け取ったそれは、小さな機械の破片だった。
いや、よく見るとそれは破片ではなく、ひとつの機械として完成しているようだった。
一辺が一センチに満たないくらいで、厚さは一ミリかそこらだろう。
全体が銀の何かで覆われていて、所々から針金のように細いものか無数に出ていた。
IC関係にあまり強くない僕だが、それでもなかなかに高価なものだと思う。

「これがどうかしたのか、キスショット」

「これはな、あの小娘の頭に埋め込まれていたものじゃ」

反射的に握りつぶさなかった僕の自制心はなかなかのものじゃないだろうか。

「どこで手に入れた?いや、いつ気がついた?」

「あの娘を初めて拐ってきたときじゃ。吸血鬼になった途端、頭の中から浮き出るように出てきたんじゃ。あの娘のいう組織……SERNだったかの。奴らにいじられた時に埋め込まれたんじゃろう」

「なんだと思う?」

「わからん、詳しいことはなんとも。こういうことはぬし様のほうが詳しいのではないかと思うぞ。じゃが、決して良い物ではなさそうじゃな」

「確かに」

「む。直感ではないぞ。あの娘の傷、七年も経っているとは思えん。わしも専門家ではないし、なにせ人間の傷じゃから、はっきりとは言い切れんが、あれは半年かそこらがせいぜいではないかと思うぞ」

「そうなのか……。え?」

何気なく聞き流すところだった。
梨花ちゃんは、三年前に撃たれたと言った。
そしてキスショットの見立てではせいぜい半年。
自分が銃撃されたなんて、一生覚えていてもいい出来事だ。
前に見たときだと、彼女の銃痕は肩にあった一つだけ。
何度も撃たれていたのならまだしも、一度だけの出来事をそうそう忘れてしまうだろうか。
しかも、梨花ちゃんの様子は堂々としたもので、とても忘れていたとは思えない。
つまり。

「あの娘は、記憶に関する何かをいじられていたのじゃろう。この機械が、その原因の一つかもしれんな。あの歳であの動き歴戦の戦士のそれじゃった。並大抵のことでは習得できん。それこそ、何年も訓練しなければ、な」

洗脳か、記憶操作か、追体験かを。
彼女はその身に受けていた、ということか。
だとすれば、ひょっとすると。
しかし、僕の思考が言語化されることはなかった。

「ぬし様、伏せろ!」

突然、キスショットが叫び、僕を突き飛ばしたからだ。
間を置かず、強烈な爆発音と共に閃光があたりを覆い尽くす。
文字通り目が焼けた。
同時に、右腕が溶けてなくなってさまを、痛覚が教えてくれた。
のたうちまわって、痛みを紛らわそうとする僕。
キスショットが、させまいとして一瞬抑える腕に力が込められる。
程なくして、腕は再生した。
視界も回復し、彼女の怒りに震えた顔が見えた。。
時間にして、一秒も立っていない。
僕達がいた廃墟には象が簡単に通れるくらいの穴が横に開いていて、床も綺麗になくなっていた。
もう、僕達が階段で降りるのは無理だろう。
そんなことはどうでもいい。
なぜここがバレたのか。
ああ、僕は馬鹿だった。
SERNは人の脳をいじることをするくらい極悪な組織のようだ。
ならば、梨花ちゃんをモルモットか何かだと考えていても、全くおかしくない。
観察対象がどこにいるかくらい、把握していて当然なんだ。
そして、さっきの機械。
あれが、犯人だ。
照準も、機械を目標につけたのだろう。
腕と一緒に、綺麗に持っていかれた。
キスショットも同じ考えにたどり着いたに違いない。
彼女の握り締める拳からは、血が滴っていた。
しかし、今の閃光、もしや。
僕の考えを、キスショットが代わりに叫ぶ。

「なぜうぬがそちら側にいる、キャスターっ!!」



[30980] 20.「こんなところで、死ねないっ」
Name: お化けの庭◆82337570 ID:e2102fc9
Date: 2012/10/05 23:18
SERN組織内部に侵入するのは、予想外に簡単だった。
縦横無尽に張り巡らされた罠の数々が待ち受けている、と内心不安で仕方がなかったので、拍子抜けなのですよ。
地下に作られた組織を内側から砲撃する事によって出来た大穴。
側面が崩れている部分を見つけ出し、これ幸いとばかりに潜り込む。
ついでに底の見えぬ大穴の底を覗きこんで、なのはのデタラメさを痛感する。
こんなことを平気でするのがサーヴァント。
吸血鬼なるものになってしまったらしいが、どう考えても勝てるわけがないと再確認。
潜り込んだ通路は、両脇にある光源が足元をかすかに照らしている。
実用性一点のみに設計しているのか、未だに電気が通っているのに感心する。
記憶にある場所はないかと当たりを見渡すものの、残念ながら収穫は無し。
闇雲に歩くか、と気楽に考える古手梨花なのでした。






20.「こんなところで、死ねないっ」






闇雲に、というかそのまま道なりに歩く私。
途中に数カ所扉があったが、すべてロックがなされていた。
薄暗いものの、先が見通せる直線。
私にとって、まぶしすぎるほどである。
どうにかならないかと思いながらそこそこ長い道を歩ききり、突き当りを曲がったところに、ハプニングがいた。
それは、見つめるのが痛いくらいの闇をまとっている。
奴の纏う闇は、触手がまとわりついているかのようである。
そして、触手に見えるそれらが、思い思いにひしめき合っている。
触手が触れたさきから、床の塗装が剥がれ落ち、闇がむき出しになった鉄筋に染みこんでいく。
悪意の塊そのものだと、人はここまで見難くなれるのかと、恐怖する。
胸がむかむかする。
少なくとも、私自身は、見ていても愉快な気持ちにはなれそうにない。
しかも、奴は私の大切な人、高町なのはを奪った原因だ。
相容れられる訳がない。
厄介なことに、桜お姉ちゃんのサーヴァント。
そして、立ちはだかる壁として、私の行く手に鎮座していた。
油断はしていなかった、と思いたい。
だがしかし、こんなに簡単に敵に出くわすのは出来過ぎていやしないかと、誰かを呪いたくなる。
逆にいうと、今までが出来過ぎてやしないかとも思えてくる。
一瞬、奴と事を構えることも考えた。
が、相手の能力は愚か、自分の力さえ正確には把握していない私に、勝算はない。
愛用の銃を置いてきたことが悔やまれる。
阿良々木さんたちのところに忘れているのを思い出した時、持っていても人に向けることはもはやできまい、と自分を納得させたのだが。
私は相手がどう見ても人間じゃない場合を失念していた。
自分の通ってきたルートを思い浮かべる。
曲がり角も何もない。
水平の移動が駄目なら、垂直方向はどうだ?
なのはとの移動は、床を破壊しての上下の移動が主だったが、私一人で床を叩き壊せることができるかどうか……。
有効な手が思いつかず、一歩、二歩と後退りをはじめる私。
そのまま、あと少しで曲がり角に到達できる……。
気が付かれていなければ、なんとかなるかもしれない。
あと、ちょっと。
その時だった。
それまで黒い塊だった奴の体に、突如真っ赤な二つの目が現れたのだ。
ひっ。
見ているだけで、体温が奪われていく気がする。
そのまま、一秒だか十秒だかわからないが、睨み合ったままの静寂が、私と奴との間にはあった。
私がその沈黙に耐え切れなくなり、背を向けて逃げ出したその瞬間。
奴が猛烈な勢いで襲いかかってきた。
悲鳴を上げそうになる自分を叱咤し、全力で距離を取ろうとする。
が、敵のほうが早い。
あっと思った時には、奴は束になった触手が私の駆ける足にまとわりつく。
必死に逃げていたところに足を掴まれるのだ。
私は勢い良く地面と接吻し、胸が詰まる。
更に、倒れた場所が悪く、先ほど感動したばかりの照明を叩き割り、まばらになった破片が胸を中心に突き刺さるのがわかった。
体中が痛かった。
でも、それを感じている間に動かなければ、痛いと感じることさえ出来なくなる。
せめて状況を把握せねばと横に転がった。
ちょうど奴は、触手の一部を四本の足に変化させていた。
ざっと私の五、六倍はありそうな巨体を元のもせず、そのまま私を押しつぶそうと飛びかかってきた。
とっさに私は、胸に突き刺さった破片を力任せに抜き取り逆手で握りしめ、足に絡まった触手を切り裂く。
そのまま奴の足元に転がり込んだ。
上手い具合に飛び上がった奴の下に潜り込み、敵の第一波をかわすことに成功する。
でも、私に出来たのはここまでだった。
胸の傷と、ガラスを握りしめたことでできた切り傷は、すでに治癒されていて、すでに痒いと思うくらい。
でも、両足はそう上手くはいかなかった。
人は、自覚がなければ痛みを感じないことが、無いわけではないらしい。
眉唾ものだと思っていたのだが、考えを改める必要があるみたい。
自分の足の惨状をみることで、麻痺していた痛覚が刺激される。
奴の呪いが、私の足に染み込んでくる。
触れただけで、すべてを腐食する呪い。
それが自身の体を蝕むのだ。
なお悪いことに、その呪いに対抗して吸血鬼の再生能力が足を復元しようとする。
傷が治るはしから、腐っていく。
熱い。
何本もの針が足を押しつぶそうとしているように思えた。
体を丸めて、必死に堪える私。
食いしばる歯の隙間から漏れるのは、おそらく唸り声。
苦し紛れに拳を握り締めるのだけれども、大きすぎる痛みに全く意味をなさないでいる。
逃げないといけないのに。
以前、なのはと共に空から引きずり降ろされたときは、これほどの苦痛はなかったのに。
私が、何をやったっていうの?
あと一分、いや、三十秒。
少しでも休むことが、私に許されたなら。
だが、敵は非情だ。
もうすでに奴は、私に飛びかからんと、地を蹴りあげていたのだ。
その動きが、嫌にゆっくりに思えた。
こんなところで、私の戦いが終わってしまう。
そんな。
許される訳がない。
なのはが救ってくれた命だ。
阿良々木さんに希望をもらった命だ。
こんなところで終わっていいはずか無い。
それとも、これが運命だとでもいうのか。
ぶち壊すと誓ったばかりの運命に、屈服するしかないのか。
いやだっ!
私はっ!

「こんなところで、死ねないっ……!」











「よく言った、古手ちゃん」

はじめは幻聴だと思った。
そして、状況を飲み込む事に苦労した。
そんな……。

「助けに来たよ」

あ、あ……。
言葉に出来ない。
彼の腕の力が、ぬくもりが、頼もしかった。
私を片手で抱き寄せながら、阿良々木さんは微笑みかけてくれている。
そして、もう一方の腕に漆黒の剣を握り、奴の伸ばす触手をいなしている。
信じたら、本当に助かった。

「ほ、本当についてきてくれていたのですか、阿良々木!」

私の思考は、ほっとするやら、恥ずかしいやらで、気持ちはぐちゃぐちゃだ。
でも、これだけは間違いない。
とっても、うれしい。
幻想でも、夢でもない。
心も、体も、こんなに軽いと思えるのだから。
阿良々木さんが来たのは、絶妙なタイミングだった。
飛び出るタイミングを推し量っていたのでは、と邪推するほどに。
阿良々木は、私を抱きかかえるのとほとんど同時に、跳びかかる奴の軌道を手にした剣で打ち払ったのだろう。
そしてそのまま距離をとり、余裕をもって私に話しかけている、といったところだろうか。
彼の行動は。
これじゃ、まるで。
その……。

「大丈夫かい? 古手ちゃん」

そう言いながら、阿良々木さんは私を降ろすと、奴に向かって構え直す。
その胸の暖かさが名残惜しくつられて伸ばしそうになった手を、慌てて引っ込める。
彼の言葉には、心の内を、チクリと刺す何かがあった。
おちつけ、私。
阿良々木さんの構えは、独特だった。
両足を大きく開き、体の重心が、通常よりはるかに低いところに置かれている。
剣の刃先を床に限りなく近づけ、右腕を軸に剣をもち、左手はそっと添えられているだけのようだった。
剣道でいうところの上段や中段とは全く別系統のもの。
本来、刀や剣といった類の武器は、それ自身の重さで叩き割ったり、その重みを利用した円運動の力を利用したものだと聞いている。
つまり、下に構えて剣先を跳ね上げる、という行為は武器の特性をほとんど殺していることになる。
不意をつく、といったこと以外にメリットが見いだせるのだとしたら、その剣技は人の編み出せるものではないと思う。
吸血鬼に伝わる剣術、なのだろうか。
少なくとも、人が何キロもある刃物を簡単に振り回せるなどというありえない状況に置かれない限りは。
でも、阿良々木さんの構えは、長年使い込んだような安心感があった。

「古手ちゃん」

敵から片時も目を離さずに、阿良々木さんは側にいる私にだけ聞こえる声でいった。

「もう治ったのだろう? ここからまっすぐ突き当りまでいって、右に折れると階段がある。上にあがってすぐ部屋がある。ロックは解除しておいた。そこで隠れていてくれないか」

「そんな、嫌です。阿良々木を置いてはいけません!」

そうだ。
ここで貴方に死なれたら、私は耐えられるのだろうか。
そもそも、そんな未来に意味などあるのだろうか。
だが。

「大丈夫、ライダーくらい簡単に捌ける」

それでも、と食い下がろうとする私を制し、彼は小さな声で、でも有無を言わせぬものを含みながら。

「行くんだ、古手ちゃん」

と言った。
彼に押されるように、私は駈け出した。
せめて、ここに来た目的を果たすために。
今ここでのことを、後悔しないために。
そう、彼がとっさに私のことを、古手ちゃんと呼ぶことでさえ、些細なことに違いないのだから。











阿良々木さんのいった部屋は、妙に油臭かった。
中が見えない特殊なガラスの二枚ドアで、私が扉の前に立つと、音もなく開く。
阿良々木さんは、ピッキングまで出来るのかと関心する。
いや、機械仕掛けだから……ま、いいや。
部屋に踏み込んで感じたのは、油の匂い。
ガソリンだとか危険を知らせる匂いとは違う。
沙都子と一緒に……ああそう、自転車のチェーンを直した時の、あの匂いだ。
部屋は、通路とは全然様子がちがった。
上手くは言えないのだけれど、あったかいというか、人が馴染んでいるというか。
そして、目凝らすまでもなく、中央に鎮座している、なんだろう?
かなり大きい。
見上げる、という言葉が使えるくらい。
私五人分くらいか、ひょっとしたらそれよりもう少し大きいかもしれない。
機械?
いったい何の?
分からないが、阿良々木さんはこれが見せたかったのか、と思う。
銀色のどっしりした本体、というか胴体。
樽のような形状のそれからは、何本かの足が支えている。
ぱっと見ただけで、二本見えるから、四本か、おそらくはそれ以上。
ロケットの噴射口のようなものが、地面に接するように取り付けられていて、それが反対側の足を隠している。
胴体には階段が設けられていて、要所は押さえられているけれども骨抜された簡単な作りから、中に収納する形なのだと思う。
その階段を中心にして、本体とほぼ同じ面積をもつ太陽光パネルが、左右両側に取り付けられている。
また、上部には球にガラスが張られたものが設置されていた。
窓ガラスだろう。
でも、あの球体、人が入れるほど大きくないし、窓にしては場所が悪い気もするけれど。
見た感じでは、ロケットか人工衛星、といったところが落とし所なのではないかと思う。
私は、そのロケットだかなんだかのまわりをぐるりと一周する。
広さは私の通っていた学校の教室二つ分くらい。
だから工場というには小さすぎる、とは思う。
鉄板を加工できるほど、大きな機械があるわけでもないが、スパナだとかドライバーだとか、遮光のためのマスクだとかはしっかり整えられていた。
となると、この部屋は、格納庫か、整備場本部か、組立工事。
まあどれでもいい、大切なのはそこではない。
部品を他で集めて、ここで組み上げた?
でも、空に打ち上げるものを、なんでわざわざ地下で作る必要があるのだろうか。
誰にも知られたくなかったから?
だとしたら、扉の前に立った時、なぜ反応したんだろう?
喉に小骨が刺さっているような、違和感。
しかし考えても答えが出るわけでもなく、さらなる情報を求め私はロケットの内部に乗り込んだ。
中は、私が思っていたよりも簡単な作りだった。
座席が二つ。
壁に背を向けて、お互いに見つめ合う形で設置されている。
シートベルトは全身を押さえつけるタイプで、打上げ時に乗組員にかかる衝撃は、相当なもののようだ。
また、可動式のモニターが備え付けてある。
座った後、モニターを手元に持ってきて操作するためのものだろう。
操作できそうな装置は他に見当たらないので、これ一つでこの機体を制御できるのかもしれない。
内部の仕様に関しては、これ以外に特筆すべきものはないと思う。
だからというか、代わりにというか。
機内には、セロテープを使って大量のメモが貼ってあった。
色のあせ方から書かれた時期が違うのだろう。
内容もまちまちだった。
曰く。

"NNT消去よろ"

"511回線に異常、オカリンなんかしたん?"

"RBの方は遅れるそうだ、Y-12を先に"

"オーダーが合わないお、レンジ辺りが怪しいと思われ"

"@2031、お前は?"

"@2033"

"画像に乱れ、明日考える←ヒントCRT。Mr.呼べ"

"特異点ズレアリ、要確認"

などなど。
極めつけはこれ。








"娘キタ――(゚∀゚)――!!"








意味不明。
機密情報はおろか、親ばかの落書きに見えて仕方がない。
阿良々木さんが命を張ってくれている時に、私は何をしているのだろう……。
そんななか、モニターの隅に貼ってあるものだけが、異質だった。
それは何かの雑誌の切り抜きで、何度も触っていたのか、他のメモに比べて紙が一段とボロボロだった。
日に焼けて、黄ばんでもいる。
それは、女性の写真の切り抜き。
魅ぃや詩ぃよりちょっと上くらい、多分高校生。
無理やりに写されたのか、面相臭そうにこちらを睨んでいる。
でも、その瞳は挑戦的で、どこか惹かれるものがあった。
そして、切り抜かれた写真の上に、走り書きで文字が書いてある。

"あの約束を忘れるな"

そしてすぐ側に、寄り添うように一枚のメモが貼り付けてある。
綺麗に真っ白な紙で、多分、メモの中で一番新しい。
そこにはこう書かれていた。

"C204型、完成だ。俺達は、一つ事をやり遂げた"








唐突に明かりがついた。
明かりを目にし、辺りが真っ白になる。
暗闇から、突然日なたにでた時と全く同じだ。
吸血鬼の特性が裏目に出た形だ
扉の開く音と共に、何者かが入ってくる。
しまった、と身を固くするが、怯えている暇はない。
状況の確認が最優先。
あらゆる音を聞き逃すまいと、聴覚を研ぎ澄ませる。
足音から察するに、一人だけのようだ。
「……っ」
息を飲む音がした。
それきりの沈黙。
と思うと、突然叫びだした。

「そんな……馬鹿な……。な、なぜ……、タイムマシンがここにある!?」

それきり、立ち尽くしているようだ。
この声、どこかで。
まさかと思いながらも、程なく回復した目で、内部からちらっとその姿を確認する。
やっぱり。
そこにいたのは、以前私と戦った、青い剣士を召喚したマスターだった。


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