どこにでも見つけられる何気ない日常。
愛娘に出会えた幸運と運命に感謝して。
自分のお父さんやお母さんに祝ってもらって。
愛娘と一緒に料理を作って。
一緒にあそんで。
学校の発表会をみて、失敗したって涙ぐむ娘の頭をよしよしとなでてあげて。
そんなどこにでもある、なにげない日常をずっと続けていたかった。
そして、そんなどこにでもある日常を、できるだけ皆にも続けてもらいたい。
それが、私のキャスター、高町なのはの願いだった。
だが、願いを踏みにじるように、世界は進んでいく。
質量兵器による暗殺事件。
想定していなかった事件への対応で割れる、時空管理局。
はじめは対したことではないと、皆が楽観視していた。
ところが、力に抑えつけられていた各世界の反乱が事態を変えた。
彼らは古代ベルカを悲願とし、自分たちの行いに泊をつけるため、責任を押し付けるために、なのはの娘、ヴィヴィオを誘拐、洗脳した。
同時に、管理局内部過激派がクーデターを画策、瞬く間に中枢を抑えこむことに成功する。
管理が別の組織に取って代わることとなった。
ところが、事件はそれだけでは終わらなかった。
一つの支配体制が崩壊する。
その支配が大きければ大きかったほど、次の争いごとは大きくなる。
組織が固まるまでの争い。
それは、すぐさま世界同士の戦争になり、戦争は一つの世界にとどまらなかった。
世界をまたいでの戦争。
激戦の末に行き着いたのは第九十七管理外世界、なのはの故郷にほかならなかった。
見慣れた風景、通っていた学校、そして、私の帰ることの出来た思い出の我が家。
そのすべてが焔に包まれた。
8.「その手にあるものは何じゃ。うぬが今持ちうる唯一の牙なのじゃろ」
分厚い雲で灰色に彩られた、淀んだ空。
そこは、体と世界の境界線がはっきりとわかる、凛とした寒さのだった。
見渡す限り一面が真っ白に覆われていた。
その白い雪の上に赤い花が、ぽつり、ぽつりと落ちて行く。
はじめはゆっくりだった花の雨は、次第に量を増していく。
気がつけば、あたり一帯に赤い花が咲いていた。
どさり。
自分の重さに耐え切れなくなった雪が、屋根の上から落ちる音がした。
落ちてきた黒い塊。
いや、塊だとおもったそれは、一応、人の形をしていた。
続いて降りてくる白を基調にした服をまとった女性。
しかしその服はところどころ破けており、あたり一面の花を同じ色をしている。
黒い影に駆け寄る白い影。
「ヴィヴィオ、ヴィヴィオ、ヴィヴィオっ」
抱き起こし、必死に名前を呼ぶ。
まだまだ話がしたい、まだまだ伝えたいことはたくさんある。
何かの間違いであって欲しい、夢であってほしい。
しかし愛娘の名前を呼ぶ彼女の体は、砲撃を行ったあとの独特の痛みを訴えていた。
「ママ……」
かすれた、しかし、いとおしい声が聞こえた。
自分に甘えたいときの、どこか幼い可愛い声が。
はっとして黙りこむ彼女。
うっすらとまぶたを開ける彼女の娘。
まぶたを持ち上げるのも難しいだろう、満身創痍の状態。
「うん、なあに」
できるだけ、普段通りに。
気持ちを無理やり押し殺して、聞き返す彼女。
いつものように、頑張ったときに褒めてあげる、あの声で。
娘は全身の力を振り絞り、最後の言葉をささやく。
「……だいすき」
最後に一言だけ、どうしても伝えたかったこと。
やっといえた。
そう思ったのだろうか。
言葉と共に娘の目から頬にかけて、一筋の涙がこぼれ落ちて。
気持ちよさそうに、嬉しそうに母親のぬくもりを吸い込んで。
そのまま、文字通り、息を引き取った。
「あ……」
娘の体から力が抜けるのを感じる。
私は、今。
「あっ、あっ」
私は、守れなかった。
最も大切だと思っていた、最も守りたいと思っていた、最愛の娘を。
「あああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっ」
自分の手で、殺してしまった。
世界も、娘も、どちらも守りたかったものなのに。
そのために得た力だ。
自分の中で矛盾はなかった。
娘を止めれば、どちらも大丈夫だったはず。
無傷で止められる自信もあった。
しかし、現実は残酷だ。
強い力は、相手がより力を求めるきっかけとしかなり得ない。
娘をここまで改造された理由も、おそらくは……。
自分の手で、大切なものを壊してしまった。
「うぅ、ぁぁぁ、あああああああっっっ」
母親は泣いた。
二度と微笑んではくれぬ愛娘の顔を撫でながら。
声にならない絶叫。
喉につっかえてうまく声が出せなくなる。
痛くて、辛くて、苦しくて。
彼女にはもう、娘がかわいそうで泣いたのか、自分がかわいそうで泣いたのか、わからなくなっていた。
後に終末戦争とも呼ばれる世界大戦。
娘の命を持って、その戦争を終結させた英雄。
悲劇の大魔導師、高町なのはの名前は歴史に刻まれることとなった。
「……っ」
またいつもの夢を見た。
寝過ごしたとき特有の、頭がぼんやりする感覚にうんざりしながら目を覚ます。
頬が変に乾いている。
夢を見ながら泣いていたのだろう。
無意識に腰の銃に手をやろうとする。
よかった、あった。
そしてふと思いだした。
痛みがない。
私、指を切られてなかったっけ。
慌てて飛び起きる私。
ここは、どこだ。
視界に入ってきたのは黒髪と金髪。
黒髪のほうは、いかにも高校生男子という雰囲気をまとっている。
別に制服を着ているわけではないが、どこか服が全体的に黒っぽく、学生服を連想させる。
身長は高くないが、引き締まった体格をしていそうな感じで、髪を肩まで伸ばしている。
金髪のほうは、私と同い年か、すこし上くらいだろうか。
太陽にあたったことがないのかと思うほど白い肌をしている。
あぐらをかいて座っており、髪が床についている。
それでも、全く傷んでいないことのちょっとだけ嫉妬する。
そして、二人ともどこか変だ。
具体的にどこが、と聞かれても困るけれど。
「なんだ、もう起きたのか」
黒髪のほうが、気軽に話しかけてきた。
「ここはどこ、あなた方は誰」
「なんじゃ、ぬしは覚えておらんのか」
金髪の方も話しかけてくる。
でも、質問に質問で返すなんて。
「もう一度聞きます。あなた達は、誰ですか」
状況がわからない。
だが、ここで油断をするとSERNの時と同じ轍を踏むことになりかねない。
手にしていた銃を構える。
最も自分に有利になるように。
しかし、銃という脅しは全くといっていいほど効果がなかった。
「わしか、われはキスショット・アセロラロリオン・ハートアンダーブレード。ハートアンダーブレードと呼ぶのじゃぞ。それと、これがわしのぬし様」
何が楽しいのか、彼女はずっとけらけらと笑っている。
この状況で笑えるものだろうか。
「これとはまた大きく出るなキスショット。阿良々木暦だ、よろしく」
私は銃を持っており、それを突きつけられているに、彼の振る舞いは実に普段通りといったふうだ。
なぜ、この人達には緊張感がないのだろう。
舐められているということか。
金髪の方からは、ただならぬ魔力を感じる。
サーヴァントで間違いない、と思う。
ということは、金髪がぬしと呼んだ黒髪がマスターに違いない。
つまりこの自信は、この部屋一つ分という至近距離でも銃弾をかわせる、もしくは無効化する方法を持っているとからだと考えていい。
状況を突破するのに、私一人の力では不可能。
(キャスター、状況を教えて)
こころの中でつぶやく。
(やっと呼んでくれた。ごめんなさい、梨花は誘拐されちゃったの。私のミスだわ)
キャスターがすぐに答えてくれる。
そうか、私はさらわれていたのか。
だんだん思い出してきた。
私が白衣の男を追い詰めたつもりが、逆に反撃を受けてキャスターは防戦。
その隙に、眼の前にいる金髪のサーヴァントに連れ去られてしまった、というところだろう。
やっと今の状況に納得する私。
それと同時に、サーヴァントは強力だが私の意識がないと存在できないというのは、やはり大きな弱点だと実感する。
なのはが自由に動き回れるなら、その強力な力で私をすぐにでも助けに来てくれていただろうから。
でも、嘆くのはあと。
目の前の二人は、今すぐに私をどうこうするというわけではなさそうだ。
なら、少しでも情報が欲しい。
「阿良々木さん、でしたか。どうして私が銃を構えているか、わかりますか。あなた方が聡明であることを願います」
沈黙が流れる。
こいつら。
「いい、今私はあなた達の運命を握っているのよ、下郎」
「なあ、うぬよ」
金髪の子が笑いを引っ込めて、呆れたように声をかけてくる。
「わしらはうぬがマスターであることを知っている。大方、サーヴァントが迎えに来てくれるまでの時間稼ぎのつもりじゃろうが」
そういって彼女は一息いれると。
「うぬがそうしていられるのは、ここで困った顔をしておるぬし様の意思じゃ」
確かに彼らには、意識がなくサーヴァントの守りのない私を殺すことは、疑うまでもなく簡単なことだ。
「その手にあるものは何じゃ。うぬが今持ちうる唯一の牙なのじゃろ。そして我々はうぬの牙を抜いてはおらんかった。聡明なうぬよ。じゃから、少しくらいぬし様の話を聞いてもいいんじゃないかの」
そういって、今度はニヤニヤとした笑みを浮かべる。
……。
私はとんだ道化を演じているのかもしれない。
6,7話の誤字修正しました。
報告ありがとうございます。