AC2003年
現在 お前は転生者か?いや、いい。解っている。
そんな顔で私の元に来るものは、転生者くらいのものだからな。
戸惑っているんだろう?
ここはお前の知っている、コミックの世界であることは間違いない。
だが、お前が知っている本来の物語からは、かなりの部分で逸脱している。
安心しろ、私自身の来歴はそれほど変わりない。
私の幼少期は戦いに明け暮れたものだったし、それが不愉快なものだったのも事実だ。
高位の魔術師であり、吸血鬼であることもな。
魔女狩りにあった不幸な女、そんなところか?私に対する評価は。
そして、そんな高位の魔術師は教えを請うのに最適な存在であると、お前らが判断するのもまあ、間違いではない。
大抵の転生者は私のところに学びに来るからな。
だが、すでに物語は大部分で破綻している。
故にお前の知識は必ずしもあてになるものではない。
この世界が、本来辿るはずだった運命が、捻じ曲がってしまった理由を説明しよう。
私は、そのためにここでお前達を待っていた。
この2003年に来るだろうお前達を、な。
そして、よく考えろ。おまえ自身が、何者でありたいかをな。
19世紀末の事だった・・・・・・ブラムストーカーが「ドラキュラ」を書き上げる前夜。
科学と合理主義が、魔法と宗教に取って代わる時代であり、大英帝国の支配に陰りが見え始めた時代の話だ。
仕分け屋。
奴らはそう呼ばれていた。
在る存在が危険か、危険でないか。
本物か、偽物か。有益か、無駄か。
そして、有益ならば、誰の手に渡るべきか。
その仕分けをする連中が、当時、あらゆる組織にいた。
近代化の名の下、あらゆる神秘が封じられ、あらゆる最先端技術が開いていく時代には、その真贋を見極める人材が必要だったからだ。
転生者。お前達はそう自称しているな。
ある世界から、その世界の中で物語とされている世界へと、流れ着く者たち。
あるいは、前世の記憶として、この世界の歴史を知っている者たち。
時には世界の理から外れた力を持って生まれる
祝福された-時には呪われた-者たち。
それが、いつから始まったことなのかは、誰も知らない。
ふん、なんのことはないただの取替え子だ。
私から言わせればな。
仕分け屋と、転生者の道が交わった時、転生者は、巨大な力を持ち始めた。
転生者たちは、それまで孤高の天才か、狂人として消えていくだけだった。
そこに仕分け屋という組織の窓口が接触することで、世界は奇形化を始めた。
なんということはない、お前たちの存在は、国家や軍といった組織によって、
「本物」かつ「有益」だと仕分けられたんだよ。
私が、初めて出会った仕分け屋の話をしよう。
ジョン。それが、その男を表す呼び名だった。
本名ではない。仕分け屋は、名前を捨て去った人種だ。
仕分け屋の権限は強大だ。
一攫千金のチャンスを掘り起こすのも、世界滅亡の危機を見過ごすのも、仕分け屋の匙加減一つで決まる。
だから組織は、仕分け屋になる人物から、ありとあらゆる個人情報を剥奪し、その生命も管理下におくようにしていた。
昔
「こんにちはミス・ローランサン、私はイギリス海軍の者でジョンっていいましてね。
イングランドに来ませんか?」
魔法世界-ああ、魔術師達の世界だ-の辺境にあるカフェで、夕食をとっていた時だった。
私のテーブルの前に、一人の男が来て、映画館にでも行きませんか?
というような調子で、気軽に言ってのけた。
その男は、目のところにレンズのついた布袋を、頭からすっぽりと被り、
今仕立てたばかりだ、と言わんばかりの英国風スーツを、隙なく着こなしていた。
どこからどこまで怪しい奴だった。
大英帝国は異世界にまで、殖民の手を広げるつもりか。
それとも、異端討伐か?
どっちにしろ、もうこの街にいるのは、限界だな。
できるだけ騒ぎにならずに、殺さなければ。
私がナプキンで口を拭くふりをして魔法を詠唱しようとした瞬間に、奴は私の前に「なにか」を翳した。
ガラス片のようなものだったと思うが、そこに写っている「なにか」は、凄まじい生理的嫌悪感をもよおすものだった。
あえて言うならば混沌。
非ユークリッド幾何学的ななにからなにまで異常としか言い様のない光景だった。
私が一瞬止まってしまうほどには。
「私どもはあなたと取引がしたいのです。
話だけでも聞いてくれませんか?」
狙い済ましたように奴は言った。
今から思うと、奴は手品師がそうやるように、
自分の奇妙さを演出することに長けていたし、なによりそれが大好きだったのだろう。
魔法使いには珍しくない人種だが、奴の持ってきたネタは日曜日の子供にレジャーランドのチケットを翳す程度には有効だった。
つまるところ、奴が見せた手札は奴の狙い通りに私の興味を嫌と言うほど刺激した。
「手土産を持ってくる程度には頭が回るようだな、小僧」
私は何事もなかったように言い、奴も何事もなかったように聞いた。
「手土産。ええまあそのようなものですね。
私の仕事を説明する資料の一つとお考えください」
ジョンはテーブルに手鏡のようなものを置いて私の対面に座った。
先ほどのガラス片に見えたのはアレだろう。
普段であればこの手の輩にはお引取り願うが、この時の私はあれの放つ異様さに当てられていたのだ。
「それで?取引とは何だ。
私がイングランドに行くこととお前の仕事に何の関係あるんだ?」
「まず私はあなたに危害を加えるつもりはありません。
その点についてはよくご留意ください」
そして奴は仕分け屋の仕事について説明を始めた。
ミスター・ジョン劇場の前口上と言うわけだ。
よってらっしゃいみてらっしゃい。
アフリカから取り寄せた本物のハリネズミだ。
手にとって触ってもいいが、その前にようく説明を聞かなきゃいけないよお嬢さん。
「私共はこの仕事を説明する時、よくこのように言います。
『この世にあってはならないものと、そうでないものを仕分ける「仕分け屋」』だと。
ああ、誤解なさらないように。
貴方は『あってはならないものだ』と言う訳ではありません。
『あってはならないようなもの』とは・・・」
「さっきのようなもの、か?」
私も、魔法世界、旧世界含めて常人では見れないような物を相当見てきた自覚があるが、あれはそのどれとも違った。
訳のわからない、気の狂った学者が作った吐き気のする笑えない代物はごまんと見てきた。
だがその手の最新技術の奇妙さでもなく、古の怪物や伝説級のアイテムの神秘性でもない。
異質。
その言葉がしっくりくる。
あれは、その存在全てが、俺は「ここ」のものではないんだ。
ここにいるべきものじゃないんだ、と大声で叫んでいるようなものだった。
この場合のここ、とは私の知っている世界全てだろう。
少なくとも、あれが数億光年先の星で出来たものだ、と言われても逆に納得するような代物だった。
仕分け屋とは、「ああいうもの」を仕分ける人間だということなのか。
「ええ、そうです。
時折ああいう「あってはならないもの」が見つかるのです。
それだけではありません。
旧世界では、今や科学技術は、恐るべきスピードで進んでいますし、
逆に、魔法や呪術は、恐るべきスピードで滅んでいっています。
それら、失われゆくもの、新しく生まれたもの、そして「あってはならないもの」を危険かどうか、残すべきか伝えるべきか、誰の手にあるべきか。
それらの仕分けをする者が、仕分け屋なのです」
訂正。こいつらは、わけのわからない最新技術も、
古代の神秘も扱う、悪食のようだ。
大方、こいつがあの手のわけのわからないものを集めてきては学者共が喜んでそれを弄繰り回すのだろう。
「能書きはいい。あれは何だ?
あってはならないような代物だというのは見れば解る」
「あれは、チベットの奥地で発見された、数枚のガラスから作られた鏡です。
レンのガラスと呼ばれるもので、持ち主は、ヒヤデス星団で作られたものだ、と言っていましたね。
その効果は、いわばゲートの魔法と同じです。
異なる場所同士を繋ぐ。
それだけなら、よくあるマジックアイテムですが、
写る場所が場所でしてね。どうやら、とんでもなく遠い場所を写すようです。
どこだと言わないでくださいよ。私達が、知りたいくらいなのです」
法螺もいいところな説明だったが、むしろあれが本当にどこにでもあるマジックアイテムだったら私は納得しなかっただろう。
この時点で、あの光景に対する違和感は、それだけのものに膨れ上がっていた。
「ならば少し貸せ。私ならば解るかも知れんぞ?」
「そうおっしゃると思いまして、あのガラスから出てきた生物の標本も、持ってきました。
このガラスも含めて、差し上げますよ」
奴が、鞄から出した瓶詰めの標本類も、また異常を極めた代物だった。
30cmほどの瓶に詰められた蝙蝠と蜂と人をぐちゃぐちゃに混ぜたような化け物。
箱詰めされた、同じく蝙蝠に似てはいるが、
背中が緑、腹部が腐ったチーズのような色。
顔は鼻とも嘴ともいえないような突起に、ボールベアリングのような真っ黒い単眼。肉は真っ黒だった。
半液状になった甲虫、エトセトラ、エトセトラ。
それら、どこからどう見てもとことん狂っているとしか思えない代物を見ていると自分でも、正気とは思えない欲望が芽生えてくるのを感じた。
気になる、なんとしても気になる。
あの邪悪なガラスは私を引き寄せていた。
あれが精神に釣り針をひっかけ、ワイヤーウインチで引っ張っているようだった。
魅了の魔法でもかかっていたのか?だとしたらふざけた話だ。
今すぐ立ち上がって、この慇懃無礼な男をぶん殴って帰るのだ。
それが、賢明なやり方と言うものだ。
精神の上澄みの部分はそう思っている。
だが、喉に引っかかった小骨のように私の内なる部分は、あれを手に入れろ!何をしても手に入れるんだ!と叫んでいる。
理性と本能の綱引きの結果、私の口はこう動いていた。
「いや、いい。それを早くしまえ」
奴は、覆面の中の眼だけで微笑んで熟練の営業マンが書類を仕舞う様にあっというまに、かたづけてしまった。
今思えば、奴は私がどういう反応をするかよく理解していたのだろう。
おおかた、どこかの転生者から私の履歴書を手に入れていたに違いない。
なにしろ奴は仕分け屋。あらゆるものを収集し、判別する奴らなのだから。
「話を続けても?」
「好きにしろ」
奴は布袋の隙間から水を飲むと、さあこれから重大な話をするぞ、ということを表現するのに充分な間をおいて口を開いた。
「『伯爵』が死にました」
「ワラキアの王か。あの化け物が?誰に殺された」
ドラキュラ。ブラド・ツェペシュ。アーカード。
あれは本物の怪物だった。
一度戦ったが、結局のところあれを殺しきることはできなかった。
その後解ったが、あれは祖父だったらしい。
お婆様、あなたは男の趣味が悪い。
寝取り専門の女たらしに引っかからなくてもいいでしょうに。
「ただの4人の人間によってですよ。
他にもルスヴン卿、ヴァーニー卿も人間によって封殺、もしくは抹殺されました。
ちなみに魔法使いによってではありません」
「馬鹿な!奴らが人間如きに!?
魔法も使わずにあれらを倒せるものなどいるものか!」
奴はまあまあ、と私を落ち着かせようと手で壁を作る、交通整理の例の動作をする。
「ですが事実です。
旧世界では、吸血鬼以外の幻想種は、姿を消しつつあります。
隠れ住む森は伐採され、人類の武器は、進歩し続ける。
これが今の時代なんですよ」
後から振り返ってみれば、たしかに19世紀20世紀はそういう時代だった。
科学が幅を利かせ、あらゆる幻想が打ち砕かれていく。
科学そのものに対する幻想すらも。
だが、この時の私にとっては、退屈な世相論評に過ぎない。
「それで?何が言いたい。何を求める」
「結論を急がないでください。物事には順序と言うものがあります。
伯爵の死亡によって、ヨーロッパの吸血鬼社会、人狼社会の一部は方針を転換しました。
ここ1世紀の間に、新しく吸血鬼に成った連中でしてね。
かなり浮世離れしています。いや、あれはむしろ超近代的というのかな?
人間よりも、ずっと合理的な考え方を持つ派閥が、現れ始めましてね」
今思えば、浮世離れした連中というのは、転生者だったのだろう。
この時代に、そこまで資本主義に染まった吸血鬼など、そうはいないからな。
「労働力」という資本を持つ自分自身を売りこむ、などという考え方が、-それも経済学者でも商人でもなく誰でもが-できてしまうのは21世紀の人間だけだ。
「彼らは、不老不死と、吸血鬼としての力を「販売」することにしました。
それも、有力な政治家や腕利きの戦士、はては経済界の重鎮にね。
自分たちの力を「資産」と捉えているようなんですよ。
彼らが得たのは富だけではありません。
次代を担う優秀な人材、各業界の一流のノウハウ、人脈、さらには、コネと権力を手にしつつあります。
彼らがその権力を用いて、自分達を「吸血病」の患者として政府に認めさせ、血液を、合法的に手に入れるシステムを、構築しています。」
「政府としてはそれが気に入らない、か?」
「いいえ、彼らの方向性は「共存」です。
やりすぎなければ、我々としても歓迎するところです」
「他の亜人種、幻想種も同様に、
人間に技術や種族特性を売り込んで、人間社会に入り込みつつあります。
逆に辺境に閉じこもる派閥も増えてきてますがね」
「宗教を駆逐し、科学を信仰する時代だからこそ、人外が栄えるか・・・・・・
皮肉、いや当然の成り行きだな」
結局のところ、人外に対する対抗法を知っていたのは、多く宗教だったのだから。
「彼らの中にはあなたを崇拝する者は少なくありません。
そこでイングランド行きを打診したわけです」
なるほど、話が見えてきた。要は、権力を持ちすぎた連中に対する首輪として、私を利用する気か。
「その若造共の子守をしろと?却下だな。飼われて生きる気はない」
奴がどう出るか。力づくで来るならばやりやすいだろうな。
しかし、奴はあっさりと引き下がった。
「そうでしょうね。ですが私も多少の手土産がなければ帰れない身でして・・・・・・
写真の一枚でもあれば納得するでしょう」
写真?影武者でも仕立てるつもりか。
それとも魔術にでも使うのか?
「ああ、ご安心ください。あなたに害が及ぶような使い方はしません」
「只でとは思っていないだろうな?」
「ええ、これをご覧ください」
奴は、鞄から巻物を取り出すとテーブルの上に広げて見せた。
「ほう」
奴が広げたのは、私にとっては、馴染み深いものだった。
人形の設計図。それも恐ろしく精密な。
怪物のパワーを持ちながら、見た目は人間そのもの、人造の知能まで搭載している。
これだけのカラクリを魔法も使わず、ぜんまいの動力だけでやってのける、狂った代物だ。
「一流だな。漢字で書いてあることからすると・・・・・・日本か?」
「はい、日本のカンポウ某という男から買い付けました。いい職人ですよ彼は」
さて、どうするか。ここで断ったとしても、奴は勝手に写真を撮っていく。
この店は装飾品が多い。
店の奥まった場所とはいえ盗撮用のマジックアイテムを配置することは充分にできる。
盗撮用具がなかったとしても、私の射程外から遠望で勝手に取っていくだろう。
ならば、もらえるものはもらっておけばいい。
人形使いである私から見ても、充分に魅力的な図面だしな。
「交渉成立だ」
「ありがとうございます。
それと、もしよろしければアンケートにご協力願えませんか?」
巻物をするすると纏めて私に手渡すと、奴は小冊子ほどの厚みの在る紙束を差し出した。
「長いなこれは・・・・・・」
アンケートとやらは、うんざりするほど多かった。
今思えば、あのアンケートは、心理テストだったんだろう。
あの膨大な数の心理テストがあれば、このいかれた連中なら私の精神構造を解読することができたのかもしれない。
「でしたら天の川の砂鉄で作ったコインが10枚ほどありますが・・・・・・」
私の声に不満を感じ取ったジョンは、すぐ餌を出してくる。
あまり物で釣られるのも癪だ。
ここは、好奇心を満足させよう。
「そこまでさもしくない。
別に、これは羊皮紙で作った契約書でも、何でもないんだからな。
それよりも、お前の仮面の下はどうなっている?」
「ごらんになりますか?」
奴は、手品師のような手つきで、そろそろと覆面を外してみせる。
「むう」
奴の顔は無かった。いや、眼も鼻も口も見えてはいるし、それらのパーツは、常人と変わることもないのだが、それを顔と認識できない。
少し注意して見ると、顔全体に文字がびっしりと刺青されているのが見える。
いや、あれは傷だ。こいつは呪文を自分の顔に文字通り掘り込んだのだ。
ナイフか何かでやったのだろうが、
自分の顔を切り刻むなど正気ではできない真似だ。
「認識疎外の呪文か。それでは誰もお前の顔を見ることが出来ないぞ」
このジョンに感じていた違和感の一つが、理解できた気がする。
顔を失い、異世界にすら出向く。
この男の在り方そのものが、グロテスクな「異物」なのだ。
「「あってはならないもの」とは世界を滅ぼすかもしれないもの、
世界を滅ぼすかもしれないものは、世界を変える力のあるもの。
それを仕分ける人間に、顔も名前もあってはいけないんですよ。
私はジョン・Q・パブリック(一般大衆)にすぎないのです」
信じた神も、属する国も、顔すら、名前すら捨て去った男。
私は解ってしまった。この男はもはや残骸なのだ。
この男の過去にあった何かがこの男をジョン・Q・パブリックに成り果てさせてしまったのだと。
その時点で、もはや名前の知れぬ「彼」の人生は終わってしまったのだと。
現在
それでどうなったかって?
私は、写真一枚と人形の設計書を取引して、それで奴とは別れた。
その後何回か会ったが、結局奴がモラヴィア・ローランサンを仕分けることはなかったよ。
ただまあ、イギリスでローラと名乗る吸血鬼が吸血鬼社会のご意見番になったとは聞いたがな。
顔写真に心理テスト。私と同等かそれ以上の人形制作技術。
まあ、それだけあれば、影武者などいくらでも作れるだろうよ。
さて、そろそろ奴らが着くだろう。
何、心配することはない。
お前の能力にふさわしい場所に仕分けてもらえるだろうさ。
ああ、原作の連中なら気にするな。原作にあるエピソードは全て解決済みだ。
転生者はいくらでもいるんだからな。事態はさらにややこしくなっている。
ワケありの連中なんてものは原作に出ていないだけではいて捨てるほどいる。
そいつらをろくでなし共から守るゆりかごがAXYZだ。
ここが奇人変人の隔離所になったのは、いずれ話す時があるかも知れんな。
そう言うと彼女は人形のように笑った。