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[30545] 始まる前に終わる恋【短編集】
Name: ガタガタ震えて立ち向かう◆7c56ea1a ID:645f0d1c
Date: 2012/10/09 21:48
「あー、出会いが欲しい」

 もうすぐ午後の講義が始まろうかという時間帯。人気の無くなってきた学食で魂からの欲求を漏らすと、向かいに座っていた友人が呆れた顔をした。

「あるだろ。出会い」
「ないだろ。女子率一割以下だし」

 数年前に新設されたこの大学は、建物こそ「ここはアメリカか」とつっこみたくなるほど洗練されているが、内部は非常にむさ苦しい。
 まあ工業大学なんてそんなものなのかもしれない。留学生も受け入れてるのに、当然のように野郎ばかりなのだから。

「しかも田舎すぎて近場に若者が集まる場所も無い。この大学無かったら潰れてるだろこの町」
「長閑で結構だ」

 サラリと流す友人清家はいろんな意味でクールガイ。
 その似合いすぎる眼鏡は伊達に違いない。いつかレンズを密かに抜いて、反応を見てみよう。

「あー寒い。心が寒い」
「もっと熱くなれよ」

 おまえがな。
 声が平坦すぎて一瞬元ネタが分からなかった。

「んー?」

 午後の一発目の講義も無く、このままここで寝てようかと思い始めた所で、テーブルの上に置いていた携帯電話が震え出す。
 誰からかと携帯を手に取るが、表示されたのは覚えのないアドレスからのメール。何も考えずに中身を開いたが、内容を見た瞬間に思わず背筋を伸ばした。

――――――――――――
2011/11/28 13:13
From ******@######.ne.jp
Sub 初めまして
清家さんから紹介されてメールしました。
伊沢ナミ。彼氏募集中の二回生です。
不躾ですが、今日の夕方にでもお会いできないでしょうか。
お返事お待ちしています。
――――――――――――

 伊沢ナミ……。
 学部が違うから滅多に顔すら見かけないが、かなり可愛かったはず。

「良し、これを見ろ我が友よ」
「ついに出会い系に手を出したか」
「ちげぇ!? おまえの紹介って書いてんだろ!?」

 憐れみの視線を向けてくる清家に泣きそうになる。
 紹介しといて何だろうその反応。俺の心を砕きにきているのだろうか。

「……?」
「無表情な中にほのかな疑問を浮かべんな。おまえの紹介じゃないのかよ?」
「紹介はした。勘違いかもしれん。気にするな」
「ものっそ気になんだが」

 相変わらず何を考えてるのかよく分からない。らしいと言えばそうなのだが、微かに不安になる。

「まあいいか。返信」
「とう」

 そして相変わらずボケが分かりづらい。
 せめてエクスクラメーションマークくらいつけろや。


・←中黒(これの作者が話の区切りによく使う)
!←エクスクラメーションマーク(びっくりマーク)


「待ちぼうけをくらったわけだが」
「だろうな」

 翌日の昼休み。学食の隅っこの二人がけの席にて、対面に座る清家はしれっと言いやがりました。

「中学生みたいな嫌がらせすんなや。レンズ叩き割んぞ」
「これは伊達だ。恋人に眼鏡も似合いそうだとプレゼントされてな」

 無表情にのろける清家。そしてやはり伊達だったか眼鏡。

「嫌がらせになったのは俺のせいじゃない。彼女はもうこの大学には居ない」
「……は?」

 言っていることがすぐには理解できず、間抜けな声が漏れる。

「やめたのか?」
「とにかく会いようが無い。彼女はもう……」

 清家の言葉を遮るように、携帯が鳴る。
 まさかと思い見てみれば、そこには期待した通りの名前があった。

――――――――――――
2011/11/29 12:27
From なっちゃん
Sub ごめんなさい!
昨日は都合が悪くて会えませんでした。
今日の夕方にまた待ち合わせしませんか?時間は……
――――――――――――

「何だよ。今日会おうってさ」
「ありえん」

 喜んでメールを見せると、友人はいつも通り無愛想に否定する。
 何この人。無表情すぎて恐い。

「大学やめたってだけで、まだ地元に帰ってなかったんだろ」
「……まあいい。気をつけろ」

 何に気をつければいいのだろうか。実はヤバイ子なのだろうか、伊沢さんとやらは。





「また待ちぼうけか」
「やっぱりなみたいな顔すんな!?」

 翌日の学食。
 相変わらずの鉄面皮に眼鏡を叩き割ると決意する。

「清家。おまえ何を知ってんだ?」
「実は……」

 話し始めようとした清家の声をかき消すように、携帯の着信音が鳴り響く。
 まさかとすら思わず携帯を開けば、そこには予想通りの名前と内容。

――――――――――――
2011/11/30 12:23
From なっちゃん
Sub 今度こそ
今日は絶対に会えます。
昨日と同じ時間に……
――――――――――――

「三度目の正直!」
「二度あることは三度」

 清家のつっこみには聞こえないふりをする。
 ここまでくれば意地だ。もしからかわれただけだったとしても、最後まで付き合ってやる。

「待ち合わせ場所はどこだ?」
「は? 何でそんなこと……」
「どこだ?」

 重ねて問われ、思わず反論を止めていた。相変わらず無表情なのに、何故か有無を言わせない迫力がある。

 結局待ち合わせ場所を告げた俺に、どこか納得したように清家は頷いていた。





 待ち合わせ場所は、町の中心部にあるスーパーだった。
 寂れた町の割には規模が大きく、屋上には子供向けの遊具が設置されている。

「で、本当にくんのかね」

 清家にはああ言ったものの、内心ではまったく期待していなかった。
 そもそも相手は、何故会えなくなったのかすら説明しないときた。信用なんてできるはずがない。

「ん?」

 だけどきた。
 それはきてしまった。

――――――――――――
2011/11/30 18:12
From なっちゃん
Sub やっと会える
そのまま屋上まできてください
――――――――――――





 メールに書かれた通りにやってきた屋上には、日が暮れるのが早くなったせいか子供たちの姿は無かった。
 一応灯りはついているが、小さな金魚鉢みたいなそれは頼りなく、照らし出された遊具がどこか不気味に見える。

――――――――――――
2011/11/30 18:16
From なっちゃん
Sub そのまま真っ直ぐ
本文はありません
――――――――――――

 簡潔すぎるメールがくる。
 空気が冷えて重くのしかかってきている気がした。

 どっから見てんだ。
 なんでそっちから出てこないんだ。
 いたずらだと半ば確信していても、得体の知れない相手に警戒心は増すばかりだ。

「……」

 無言でゆっくりと歩き出したが、周囲を警戒せずにはいられない。
 何故ブランコがキィキィ鳴っているのか。
 灯りが少なすぎて、滑り台の影の向こうもよく見えない。
 俺を驚かせたいのならさっさとやってくれ。

「……何もないし」

 滑稽なくらい身構えていたのに、口に出した通り何もなかった。
 そして俺が落ち着いたのを見計らったように、次の……最後のメールはきた。

――――――――――――
2011/11/30 16:30
From なっちゃん
Sub 下を覗きこんでください
本文はありません
――――――――――――

「……下に何があんだっての」

 目の前には緑色の網がついたフェンス。それに手をかけ地上を見下ろすが、伊沢らしき姿があるわけでもない。
 もっと手前かと身を乗り出す。しかし体半分ほど出た所で、ぐらりと体が傾いた。

「え……?」

 フェンスが外れたなんて理解する暇もなかった。
 ただ落ちると思って血の気が引き、必死に手を伸ばしたけれど虚しく空を切った。

「……っ!?」

 足を踏ん張ろうにも、既に足裏は地面を離れている。
 嫌になるくらいゆっくりと、体の重心が何もない前へと傾いていく。

「おわ!?」

 しかし突然腰の辺りから体が後ろに飛んだ。
 誰かが引っ張った。助けられたのだと気づく余裕もなく、尻餅をついた体勢のまま呆然としてしまう。

「気をつけろと……言っただろう……」

 かけられた声にはっとして顔を上げれば、そこには清家が居た。相変わらずの無表情で、しかしどこか焦りの見える顔で、息をきらせながらこちらを見下ろしている。

「清……家? 何がどうなってる? 伊沢は何がしたかったんだ?」
「知らん。それに知りようもない」
「ふざけんな! 本人連れてこい!」
「無理だ。彼女はもう死んでいる」

 憎らしいくらいあっさりと、清家はそんな事を口にした。

「なん……」
「伊沢ナミは事故で昏睡状態に陥り入院、三日前に死亡した」

 三日前。初めて伊沢からメールがきた日だ。
 清家は伊沢の入院を知っていたのだろう。だからメールに疑問を持ち、翌日には事実を把握していた。

「じゃあ会えるってのは……」
「おまえが死ねば会えるな」

 冗談じゃない。質が悪すぎる。
 盆でもないのに死者が出てきて、しかもメールで殺人未遂。
 寒いのに肝まで冷えて、額には冷や汗がびっしりだ。

「伊沢がおまえに興味を抱いていたのは事実だ。生きてれば、うまくいっていたのかもな」
「もういい」

 これ以上はいい。
 いろいろ腑に落ちないが、死にかけたせいで頭が回らない。
 さっさと帰ろう。清家との話は明日でもできるのだから。





「……本当に何だったのか」

 友人が帰ったのを確認すると、清家は疲れを吐き出すように息をついた。

 以前伊沢ナミに友人を紹介したのは事実だし、事故で死んだのも事実だ。
 だが幽霊なんてものが百歩譲って存在したとしても、メールなんて送れるはずがない。それに伊沢ナミの携帯電話は、事故で壊れてそのままだ。
 一体伊沢ナミになりすましたのは誰なのか。

「そういえばアドレス……」

 何度か友人のメールは確認したが、清家が覚えているのは「なっちゃん」という友人の登録した名前だけだ。
 アドレスを確認すれば、案外自分の知る誰かのものと一致するかもしれない。

「……その前に説明か」

 フェンスの外れた場所から下を覗き見ると、落ちたフェンスに気づいた人々が集まり始めていた。
 とりあえずフェンスが外れた経緯くらいは、店員にでも伝えた方がいいだろう。

「ん?」

 踵を返そうとした所で携帯が鳴る。
 友人からだろうかとメールを開いた清家だったが、その差出人を見て固まった。

――――――――――――
2011/11/30 18:53
From 伊沢奈美
Sub どうして邪魔するんですか?
死んじゃえ
――――――――――――

 その時清家の周囲に人は居なかった。
 居なかったはずなのに。
 トンと誰かが清家の体を突き飛ばした。



[30545] 惚れたあの子はもう居ない?
Name: ガタガタ震えて立ち向かう◆7c56ea1a ID:ff3cea41
Date: 2012/03/10 11:25
 一目惚れをした。
 いや、一目惚れというのはちょっと違うかもしれない。初めて会ったその時に、俺は彼女の顔なんて見えなかったのだから。

「トロい」
「どんくさい」
「調子にのんな」

 小学生の頃は、毎日泣いていた気がする。
 教師から見れば運動が少し苦手な優等生。クラスメートから見れば教師に贔屓されている生意気な奴。
 実際良い子ぶっていたのだから、クラスメートの苛立ちは正当なものだったのかもしれない。

 泣いて泣いて泣いて。それでも負けたくないと意地をはった。

「泣くな! 泣いたら負けだぞ!」

 誰かにそう言われても、悔し涙が止まらなかった。
 気合いで涙は止まらない。止まらない自分の涙に腹が立った。
 もう泣かないと決めたのに、涙は止まってくれない。

「泣いても良いよ?」

 ようやく止まりかけた涙。霞んだ視界の奥で誰かが言った。

「辛いなら気が済むまで泣いて。立ち上がるのはその後」

 透き通るような声で言われて、止まりかけた涙がまた流れ始めた。
 なんて事はない。弱ってる所に優しい言葉をかけられて、嬉しかっただけ。だけど自分の事を、弱い自分を認めてくれた、それが俺の支えになった。

 中学に上がる頃には俺は変わっていた。
 相変わらず優等生で、一部の連中には嫌われていたけど、何かにつけて泣くような弱さは見せなくなった。
 体を動かすのは苦手でも、人並みの体力はつけようと毎日走っていたら、長距離走だけなら人に自慢できる程度にはなった。

 そして中学に入学してから少しして始まった生徒会選挙。
 担任から立候補しないかと聞かれ、面倒だからと断った。その事を後悔するなんて、どうして予想できただろう。

「はじめまして。生徒会長に立候補しました、小鳥遊リョウコです」

 壇上から聞こえてきたのは、透き通った声。
 学校からの帰り道、田圃に囲まれたあの場所で、泣いていた俺を肯定してくれたあの人の声だった。
 躊躇わずに投票をして、立候補しなかったことを少し後悔。後期には三年の彼女は生徒会には入らないと知り、さらに大後悔した。

「生徒会副会長に立候補しました。二年の春日ツカサです」

 それでも、彼女に近づきたくて次の年度には生徒会に立候補した。
 さらに次の年度には生徒会長に立候補し、経験からかもう一人の候補に大差をつけて就任。多忙な中学時代を過ごした。

「新入生挨拶。新入生代表、春日ツカサ」
「はい!」

 優等生っぷりに磨きをかけて、俺はあの人と同じ高校へと進学した。

「本日は、私たち新入生のために、盛大な……」

 何度も確認した文を読み上げながら、俺はあの人を探した。
 在校生代表にあの人が出てくるかと思ったけど、実際に現れたのは知らない男子生徒。その事に少し気落ちしたが、俺以上に優等生なあの人だから、すぐに見つかるだろうと楽観していた。

「生徒会役員に立候補しました、春日ツカサです」

 あの人が居ない生徒会に立候補したのは、あの人が俺を見つけてくれるかもしれないと思ったから。
 小鳥遊先輩。あの日泣いていた弱虫な俺は、こんなに立派になりました。

 思えばこの時の俺は有頂天になっていたのだろう。
 そんな俺の頭を冷やす機会は、それほど間をあけずやってきた。
 使わなくなった資材を運ぶため、立ち寄った校舎裏。そこで俺は劇的な出会いをはたす。

「……何?」

 心底煩わしそうに言ったのは、校則上等とばかりに金色に染めた、しかしファッションには興味がないのか伸ばしっぱなしといった感じの髪の女生徒。手には煙草のオプション付き。
 まあ言ってしまえば俺とは正反対の人種だったのだが、三年生である事を示す黄色い名札に書かれた名前がかなり衝撃的だった。

「……小鳥遊先輩?」
「……だから何?」

 名前なんかよりも、気怠げながらも相変わらず透き通った声で確信した。
 あの日輝いていたあの人は、よく分からないが有名な問題児になっていました。

 そしてその日から、俺には優等生という評価に付随して、校内一の悪に付きまとう変人という評価がついた。



[30545] 伝えたい言葉
Name: ガタガタ震えて立つ向かう◆7c56ea1a ID:357235de
Date: 2012/10/09 21:48
 自分がつまらない人間だとは自覚している。
 趣味らしい趣味も無く、友人らしい友人も居ない。
 過ごす日々は単調で、学校に通う傍らに見えた景色はひどく色褪せて見えた。

 きっと自分はこのまま消えるように、誰からも気にとめられず死んでいくのだろう。

 そんな事を考えた罰なのだろうか。
 信号待ちをしていたところに、トラックが狙ったように突っ込んできたのは。

 突然の事に逃げる隙もなく、トラックは幾人かの通行人や標識もろとも、俺の体をなぎ倒した。





 目を覚ましたら異世界だった。

 なんて事があるはずもなく、未だ回らない頭のまま突きつけられたのは、片足が無いという現実。
 他にも体の中も外もぐちゃぐちゃで、臓器移植を含む大手術のおかげで何とか命を繋いだと聞かされたが、片足が無いという事実が大きすぎで、詳しくは覚えていない。
 それでも痛む体は、迷惑なくらい現実というものを知らせ、押しつけてきた。

 あわてて駆けつけてきたらしい両親は、俺の姿を見て号泣した。
 その様子に申し訳なくなったが、少し申し訳ないだけで終わる自分はやはり人としておかしいと、冷静に思う自分が居た。

――少し胸がチクリと痛んだ。





 リハビリの最中に渡された義足は酷く無骨で、棒の先に足形がついた単純なものだった。
 訓練用のもので、望めば本当の足そっくりなものも作れるらしいが、見た目にこだわる気もないため断った。

 歩行訓練は予想以上に辛かったが、淡々とした性格が幸いし、文句も出さずに黙々と続けられた。
 周囲は凄い精神力だと褒めたが、決して誇れる事ではないだろう。
 やることがないから無いからやっている。ただそれだけなのだから。

――少しだけ胸の内で苛立ちが浮かんだ。





 義足にも慣れ、普通の生活に戻ることができた。
 まだ歩き方はぎこちないが、ズボンの裾をまくりでもしない限り、義足だとは誰にも分からないだろう。実際体育の授業を見学するまで、クラスメートの誰も俺が義足だと気づかなかったのだから。

 義足だとばれてから、クラスメートがうざくなった。
 段差を歩く度に注目し、何か重いものを持とうとすると大丈夫かと駆け寄ってくる。

 ありがたいことだが、やはりうざい。
 そして他人の好意を煩わしく思う自分に落胆した。

――それでも感謝している自分が居た。





 夢を見た。
 視界いっぱいに広がる青い空。その空を遮るように、女性の顔が現れる。

 誰かの名を呼びながら、その女性は泣いていた。

 女性に見覚えはない。
 呼ばれる名は自分のものではない。

 目覚めてみれば、夢の内容は曖昧で、女性の顔もすぐに薄れていく。
 だけど瞼の縁から、一滴の涙が零れた。

――胸が締め付けられるように痛んだ。





 ある日おかしな事が起きた。
 いや、起こしたと言うべきかもしれない。

 学校からの帰り、慣れた時間に電車に乗り、特になにも考えず電車を降り、駅を出たところで違和感に気づく。

 全く知らない場所だった。

 少なくとも自分には見覚えはないし、自宅からは二駅は離れている。
 何故こんな場所で降りてしまったのか。
 そんな疑問を置き去りにするように、歩き慣れた道を行くように、足と義足は動いた。

 たどり着いたのは、大きな川のそばにのびる土手沿いの道路。
 傾いた夕日を受けて輝く水面に、水鳥が何羽か浮いている。

 どこにでもある見慣れた光景。
 だけどそれがかけがえのない大切なものに思えて、知らず頬を雫が流れていた。

――胸の中に切なさが浮かんだ。





 またあの夢を見た。
 見下ろしてくる女性はやはり知らない人で、泣きながら誰かの名前を呼んでいる。

 それが悲しくて、何とか泣きやんでほしくて、だけど口から言葉がでない。

 薄れていく意識の中で、それでも伝えたい言葉があった。
 目が覚めて、夢が遠くなっても、その言葉だけは胸に残っていた。





 事故現場に来た。
 あれ以来避けていたそこは、既に事故の痕跡は綺麗に消されていて、亡くなった人のために捧げられた花だけが、静かに事故があった事実を告げていた。

 そんな場所に、新しい花を供えている人が居た。

 明るい亜麻色の髪の女性。会ったこともないその人の後ろ姿に、既視感とともに哀愁が胸に広がった。

 視線に気付いたのか、女性が振り向き、俺の顔を見て少し驚いた顔をする。
 俺は彼女を知らないが、彼女は俺を知っているのかもしれない。
 だって「僕」は俺と同じ病院に運ばれたのだから。

「……ありがとう」

 口から出た言葉に女性が驚き、俺も驚いた。

「……僕は幸せだったよ。心残りはあるけど、姉さんと一緒に居られて、姉さんの弟で良かった」

 残り香のように一言だけ覚えていたはずの言葉は、随分と多くなっていた。
 それに驚きつつも、ただ伝えられた言葉を、伝えたい言葉を紡ぎ出す。

「僕は幸せだったよ。だから、泣かないで。幸せになって、笑っていて。……姉さん」

 僕の言葉を聞いて、女性は笑みを浮かべ、それでも堪えきれなかったのか涙を零した。
 そんな女性の顔を隠すように、俺は無意識にその顔を抱きしめるように胸に押しつけていた。

 止まった俺の心臓の代わり。新しい僕の心臓が、その存在を主張する。
 その鼓動が「ありがとう」と言っているように、俺と女性には聞こえた。


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