ん……あれ、いつの間にか寝ちゃってた。ゆっくり体を起こして窓の外を見ると、もう夕焼け空も薄暗くなり始めてて、夕方より少し遅めの時間なんだという事がなんとなくわかる。
確か私の進路の話が終わった後、フェイトさんやなのはさんの書類整理をぼんやり眺めた後、はやてさんも加えた3人とお昼ご飯を食べたんだよね。それでちょうどいい感じにお腹も膨れて部屋に戻ると、白い塊が飛びついてきてびっくりした。
ちゃんと見るとフリードだってわかったんだけど、私にしがみつくと『キュクルキュルキュー』ってすごい勢いで鳴き始めて。よっぽどキャロちゃんに置いて行かれたのが悲しかったんだろうね。フリードにしてみたらキャロちゃんはお母さんで、エリオくんは友達な訳で。その二人に置いていかれたのはフリードにとってはよっぽど許せない事だったみたい。
まるで愚痴るみたいに鳴き続けるフリードを抱っこしたまま、ベッドにごろんと転がって宥める様に撫で続けていると、いつの間にかフリードは鳴き疲れてそのまま寝ちゃったみたいで。そんなフリードを見てたのは覚えてるんだけど、私も釣られてそのまま眠ったんだと思う。
あれ? そう言えばそのフリードがいない。部屋を見回してみてもいないという事は、気晴らしに外に散歩にでも出かけたのかもしれない。キャロちゃんとエリオくんもそろそろ帰ってくるかな? 楽しんで息抜きできてたらいいんだけど。
とりあえずベッドから立ち上がると、脱いだ靴を履いた後ドアを開けて廊下に出る。お昼ご飯の後にすぐ寝ちゃったから、あんまりお腹はすいてないんだけど、飲み物をもらいに食堂に足を向ける。途中すれ違う職員の人達に会釈しながら歩くんだけど、なんだろう……ちょっと空気が重たい?
ピリピリしてるっていうのが一番ピッタリくる雰囲気の中を歩いて食堂まで行くと、本日お休みでおでかけしていたはずのティアナさん達4人が、ぐてっと椅子にもたれかかってた。
遊び疲れたのかなぁと思ったんだけど、キャロちゃんとエリオくんに包帯が巻かれているのを見て、その考えはすぐに違うんだと解った。
「あ、ななせちゃん、ただいま」
「ななせ、ただいま。ごめん、お土産買ってくるって約束してたんだけど……」
少し疲れた表情で言うキャロちゃんとエリオくんに慌てて近づいて、その包帯が巻かれている箇所を注意深く見つめる。うん、特に血がにじんでるとかそういう事はないみたい。もしかしたら捻挫とか打ち身とかかもしれないので、楽観視はできないけれど。
ペタペタと触っても特に痛がらないところを見ると、本当に軽い怪我なのかも。とりあえず安堵のため息をついて、二人を見上げる様に見つめた。
<何があったの? 今日、デートじゃなかったの?>
とりあえずキャロちゃんに向けて念話で尋ねると、お出かけの途中でキャロちゃん達が一人の女の子が倒れているのを見つけたそうな。その傍らにはこの部隊の人達が抱えている事件に関わりの深いレリックっていう宝石があったので、部隊はてんやわんやの大騒ぎだったらしい。なるほど、そこら中の雰囲気がピリピリしてる理由は、それだったんだ。
その宝石と女の子を狙って、敵の人達も動き出して、一戦やらかしたらしい。なのはさんやフェイトさん、なんとはやてさんまでが出撃する大規模な戦闘だったんだって。でもなんとか敵を追い返して、その女の子と宝石も守り切ったらしい。それがお仕事だとはいえ、できればキャロちゃんやエリオくんには怪我して欲しくないなぁ。元一児の母としては、切にそう思う。
「ちょっとななせ、あたし達の心配はなし?」
「そうそう、ちょっとはこっちの心配もしてちょーだい」
心配そうな表情でキャロちゃんとエリオくんを見てると、ティアナさんとスバルさんからそんなツッコミが入る。そう言えば、二人もまだ高校生くらいの年齢なんだもんね。言われて二人の様子を見ると、どうやら怪我らしい怪我はなさそう。でもやっぱり顔には疲れの色が見えて、身体は元気でも精神的には疲労困憊なんだろうなって思った。
<ティアナさんもスバルさんも、無事でなによりです>
「ついでの心配アリガト……おかげさまで、なんとか怪我もなく戻ってくることができたわよ」
「へへー、怪我しないのも強さの証拠。これもなのはさんの教導のおかげです」
「まーたスバルのなのはさん病が始まった……」
二人それぞれに念話を順番に送ると、スバルさんは力瘤を作ってそう言って、ティアナさんはそんなスバルさんに呆れる。なんだかんだ言って、この二人もいいコンビだよね。そんな二人を見ながら、キャロちゃんとエリオくんも笑ってる。無事に帰ってこれたから、こうして笑ってられるんだもんね。その幸運に感謝しなきゃ。今度皆が戦う時には、ちゃんと起きてて皆の無事を祈れるようにしとかないと。
「キュクルー!」
そんな事を考えていると、フリードがテーブルの上から私の頭めがけて飛びついてきた。そのままの勢いでぶつかったらすごく痛いんだろうけど、フリードはぶつかる途中でふわりと羽を広げて勢いを殺すと、私の頭の上に静かに着陸する。うぅ、頭の上に乗られると結構重たいんだよね。
でも私の顔を見て昼間の憤りを思い出したのか、もう一度ふわりと飛び上がるとエリオくんに向かって飛んでいって、まくしたてる様に鳴き声を上げ始めた。あれは多分文句を言ってるんだろうなぁ、エリオくんはなんでそんなにフリードが怒ってるのか、よくわかってないみたいだけど。
ちょっとだけお母さんの再婚に反対する息子、みたいな図に思えて自然と苦笑が浮かぶ。フリードの必死な様子にティアナさんとスバルさんが噴出して笑いだすと、キャロちゃんもつられる様に笑い出す。エリオくんはなんで笑われてるのかわからずに困ってたけど、なんとか時間を掛けてフリードを宥める事に成功したみたい。
今回みたいなお休みがあった時は一緒に遊びに連れて行く、という約束がフリードとエリオくんの間に結ばれたみたいで、その際は私も一緒にって誘ってくれた。エリオくんはまだちっちゃいのに気遣い屋さんだなぁ、もう少し大きくなったらきっと他の女の子が放っておかないんだろうし。彼女のキャロちゃんが苦労する未来が、なんとなく頭に浮かんだ……頑張れ、キャロちゃん。
その翌日、私がいつものジョギングから帰ってくると、早朝練習に参加しているはずのなのはさんが部屋の前で待っていた。
「あ、ななせ。ジョギング終わった?」
笑顔で突然そんな風に声を掛けられたんだけど、とりあえずこくりと頷く。するとなのはさんは顔の前で両掌をぱちんと合わせて、お願いのポーズをとった。
「ごめんね、ちょっとこれからなのはさんと一緒に行って欲しいところがあるんだけど、お願いできないかな」
別に出掛けるのは構わないんだけど、できればシャワーを浴びてからにしたい。そうなのはさんに念話で申告すると、15分だけ時間をもらえる事になった。その間に食堂で待ち合わせて朝ごはんを食べる予定だったザフィーラに、事情を話しておいてもらう様にお願いすると、なのはさんは快く引き受けてくれた。
着替えを準備して、熱いシャワーで汗を流す。この世界のドライヤーって、結構髪が長くてもあっという間に乾くんだよね。どういう仕組みなのかは全然知らないんだけど。今日の服は美由希さんが買ってくれた黒と白のワンピース、身支度を整えるとなのはさんとの待ち合わせ場所であるロビーへと向かった。
「ななせ、急かしちゃってごめんね。あ、そうだ。ザフィーラが見送ってくれるって」
ロビーから出ると車が一台停まってて、その運転席にはシグナムさんがいた。そう言えば病院に行った時にお話して以来、あんまり隊舎でも会わなかった気がする。外回りの仕事が多いのかな。
そして車の傍らにはザフィーラが座ってた。私となのはさんが近づくと、ザフィーラものっしのしと近づいてくる。
「私もお前と一緒に行こうかと思ったが、別の予定が入ってしまってな。シグナムと高町が一緒であれば心配はないかと思うが、二人から離れないように」
「大丈夫だよ、ザフィーラ。ちゃんと守ります、私が責任を持って」
心配してくれてるザフィーラに、なのはさんが自分の胸をトン、と叩いてそう言った。それでザフィーラがこくりと頷いて納得するくらいなんだから、多分なのはさんってかなり強いんだろうな。キャロちゃん達の先生だし、この間の模擬戦もティアナさんとスバルさんの二人がかりでも全然歯が立たなかったし。
うん、皆に心配かけるのもなんだし、できるだけ言われた通りなのはさんの傍にいようっと。ただそんなに危ないところに、なのはさんがわざわざ私を連れて行くとは思えないんだけどね。念には念、という事で。
後部座席に私が座って、助手席になのはさん、運転手がシグナムさんという形で出発。窓の外の景色は、地球の繁華街やオフィス街とそれほど変わりがない。
「それにしても、随分思い切った事を考えたものだな」
「え? なんの事ですか、シグナムさん」
「まだ昨日保護された少女の安全性が保証された訳でもないだろう? それなのに、ななせと引き合わせようと考えた事がだ」
「あくまで勘ですが、あの子自身は特に危険はないと思います。昨日寝言で『ママ』ってずっと呼んでるのを見て、なんというか……すぐにママに会わせてあげる事はできないけど、友達になれる機会を作ってあげる事はできるんじゃないかって」
「……昔から変わらないな、お前は」
運転席と助手席の間で何やら重たい話が交わされているのを聞き流しながら、首に掛かっているフランに視線を落とす。さっきからたまにキラキラ光るんだよね、壊れてるとかじゃなければいいんだけど。
『Isn't something impolite considered? [何か失礼な事を考えていませんか?]』
急にフランがそんなツッコミを入れるから、私はびっくりして座席に倒れこみそうになっちゃった。なんとか直前でこらえたけど。
(別にそんな事考えてないよ? ただ、フランがキラキラたまに光るから、どうしたのかなって思ってたの)
『The ragingheart was consulted with on the Ma'am's training menu. I was able to ask him to teach how to say.
[レイジングハートに主のトレーニングメニューを相談していました。いい方法を教えてもらえましたよ]』
へぇ、そう言えばレイジングハートってフランにとっては大先輩なんだもんね。私のトレーニングメニューって事なら、多分魔法の練習に関するものだろうし、どんなのだろう。
『Does it begin from now on instantly? Although it may be quite painful.[早速今から始めてみますか? かなり辛いかもしれませんが] 』
(うーん、こんな車の中でもできるトレーニングなの?)
『Yes, it is satisfactory. Having you carry out as usual, it is splendid.[はい、問題ありません。普段通りにして頂いていて結構です]』
それならやってもらおうかなって言った瞬間、身体に力が入らなくなってずーんって重たくなった。比喩表現じゃなくて、マラソンを走った後みたいな感じにでうまく身体が動かない。
ドタッと今度こそ座席に倒れこんでしまって、なんとか身体を起こそうと努力する。うん、ホントにマラソンを走った訳じゃないし、気合され入れれば身体も起こせるし、普通に身体も動かせるみたい。
「大丈夫、ななせ? どうかした?」
私が急に座席に転がったり起き上がったりしてるから、なのはさんがくるりと後ろを振り返ってそう尋ねてきた。心配を掛けるのもなんだし、なんでもないよって首を振ると、なのはさんは訝しげな表情をしながらも前に向き直った。
(フラン、これってどういう事? この身体が重たくなるのが、トレーニングって事なの?)
『Since not flesh but magic load is hung, a burden does not start the body. If load and release are repeated, the ma'am's magic will be extended further.[肉体ではなく魔力的な負荷を掛けていますので、身体に負担は掛かりません。負荷と解放を繰り返せば、主の魔力は更に伸びるでしょう] 』
なるほど、つまりこれまで自分では気づかなかったけど、身体の調子も魔力でサポートされていたという事なんだね。今魔力に負荷を掛けたから、魔力が身体をサポートする事ができなくなって、身体を筋力だけで支えてるのが今の状況、と。こうして負荷を掛けたり止めたりする事によって、魔法を使う原動力である魔力が増える……そのためのトレーニングという訳か。
確かに大変だけど、せっかくフランがレイジングハートに教えてもらったやり方だし、私としても成長できるのは嬉しい事なので続けてもらう事にした。この状態で身体を普段通りに動かすの、本当に難しい。
しばらくキレイな姿勢を保ったりしながら身体の動かし方のコツみたいなのを探っていると、突然運転中のシグナムさんの目の前にウインドウが開いた。ちょ、運転中なのに視界塞いだら危ないでしょうに。
シグナムさんは出てきたウィンドウを少し横にずらすと、ウインドウに映った人影と会話を始めた。あれ、あの人って確か病院でお世話になったシスターシャッハさんじゃなかったっけ?
どうやら危険人物が逃げ出したみたいで、それを現在一生懸命探してるらしい。シグナムさんがすぐに現地に向かうとか言ってるけど、そんな危険人物がうろついてるところに今から行くの? かなり遠慮したいんですけど……。
そんな私の心の中の意見は当然届かず、車のスピードが速くなる。私は改めてなのはさんから離れない様にしようと決意しながら、ビュンビュン後方に流れていく景色を見て、気を紛らわせる事にした。