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[30522] Nursery Rhymeをもういちど
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2015/05/03 00:29
以前別PNにて少しの間だけ投稿させて頂いたものの、書き直し版になります。
プロローグ1の真ん中くらいまでは前回投稿分と同じですが、後半から話が違います。
以前読んで下さった方も初めての方も、読んで頂けると嬉しいです。


【投稿履歴】
2011/11/14 プロローグ1とプロローグ2を投稿。
2011/11/16 第2話を投稿。
         このペースだとプロローグ10になっても終わりそうにないので、プロローグ2を第1話に変更。
2011/11/23 第3話を投稿。
2011/12/05 閑話1を投稿。
         本来は閑話を1話で投稿するはずだったんですが、長くなりそうなので分けました。
         明日か明後日には続きを投稿したいと思います。次はシャマル先生の予定です。
2011/12/06 閑話2を投稿。
2011/12/08 タイトルを変更しました。
2011/12/09 第4話を投稿。
2011/12/11 第5話を投稿。ようやく地球から脱出できました。
2011/12/14 第6話を投稿。
2011/12/15 第7話を投稿。
2011/12/20 閑話3を投稿。
2011/12/21 第8話を投稿。
2011/12/25 第9話を投稿。
2011/12/30 第10話を投稿。来年もお付き合い頂ければ幸いです。今年も残り少ないですが、よいお年を。
2012/01/06 第11話を投稿。あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします。
2012/01/08 第12話を投稿。長くなったので、とりあえず前半部をアップしました。
2012/01/10 第13話を投稿。今日は閑話のタイトル変更や指摘頂いた部分の修正を行った後、もう1話アップします。
2012/01/10 第13話裏を投稿。本日2回目の投稿です。
2012/01/13 第14話を投稿。
2012/01/15 第15話を投稿。
2012/01/21 第16話を投稿。リアルがゴタゴタしてるので、今後の更新間隔は1週間or2週間に1度になります。
2012/01/28 第17話を投稿。
2012/01/29 第18話を投稿。書いてたら仕上がってしまったので、アップしました。
2012/02/04 第19話を投稿。
2012/02/08 第19話裏前編を投稿。StSは25話~30話までには終わりそうな予感です。
2012/02/09 第19話裏前編を投稿。
2012/02/10 第19話裏前・後編を改訂。ご指摘ありがとうございました。
2012/02/11 第20話を投稿。とらハ板へは明日のお昼ぐらいにでも移動させて頂きます。
2012/02/12 とらハ板に移動しました。
2012/02/12 第20話裏を投稿。
2012/02/13 第21話を投稿。
2012/02/15 第22話を投稿。
2012/02/16 第23話を投稿。書き溜め分を全部放出したので、また更新が1週間or2週間に1回くらいになります。
2012/02/19 第24話を投稿。つ、次の更新から間隔が1週間or2週間に1回ぐらいになります。
2012/02/23 第25話を投稿。今週末忙しいので、今日アップさせて頂きました。
2012/02/27 第26話を投稿。
2012/03/03 第27話を投稿。
2012/03/08 第28話を投稿。
2012/03/25 第29話を投稿。まさかのファイル消失トラブルで遅くなりました。
2012/04/06 更新休止のお知らせ。持病が悪化した為、来週頭から入院する事になりました。
         退院予定はざっくりと夏が終わる頃と言われてますが、はてさて。
         更新を楽しみにして頂いている皆様には申し訳ありませんが、また再開した暁には、再度お付き合い頂ればとても嬉しく思います。
         期間が長いので、忘れられそうでちょっと不安ですが。それでは、いってきます。
2012/08/26 更新再開しました。第30話裏を更新。
         第30話については現在執筆中ですが、とりあえず生存と復帰報告として先に更新させて頂きました。
         通院などがあるので以前の様なスピードで更新はできないと思いますが、ボチボチやっていきますのでこれからもよろしくお願いします。
2012/09/08 第30話を投稿。いい話を書こうとして大失敗の巻。
2012/10/24 第31話を投稿。2年生編&映画編プロローグ。
2013/04/23 第32話を投稿。長らくお待たせして申し訳ありませんでした。掲示板に言い訳を書いてたりしますorz
2015/05/03 第33話を投稿。長らくお待たせして申し訳ありませんでした。



[30522] プロローグ
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/11/16 23:14
「とーこさん、とーこさんっ!!」

 ああ、揺するなってば。痛いんだってば、ホントに。
 近年稀に見るマジ泣き顔で私の身体をゆさゆさ揺する義娘に、私は心の中で文句を言った。
 何故心の中でなのかというと、どうせ声を出そうとしてもうめき声しか出ないだろう事は、身体の数箇所から伝わる激痛と熱さで解っていたから。


 思えば私の人生は、普通の人たちに比べて波乱に満ちていた様に思う。

 物心つく前に両親が事故で死に、2つ上の姉と姉妹で親戚中をたらい回しにされ、親が残した遺産を着服していた親戚が捕まって、ようやく姉妹二人でのんびり暮らせる様になったのは高校1年生の頃。

 でも平穏な日々はあんまり長くは続かなくて、姉がやんごとなき人と交際し子供を作り、シングルマザーになった。

 相手は妻子持ちで、多分遊ばれたんだろうと思う。

 それでも生まれたての赤ちゃんは可愛くて、姉妹で力を合わせてこの子を育てていこうと過ごしていたら、今度は姉が事故で死んでしまった。

 どれだけ運が悪いんだろう、うちの家族は。

 残されたのは、二十歳になったばかりの私と姪っ子の二人。この子を放り出して一人だけ楽になろうなんて気は、まったく起きなくて。

 二歳の姪を育てる決心をして早14年。

 私達は歪ながら、私達らしい家族の形を作れていたと思う。

 思春期を迎えた姪が彼氏を作り、結構な好青年でこの子ならいいんじゃないのと紹介された彼氏に太鼓判を押したりする幸せな日々。

 でも、そんな日々に暗雲が立ち込めたのは、義娘にアレがこないと相談を受けてからだった。月の物、所謂生理である。

 付き添って産婦人科に行くと、ばっちり妊娠していて、とりあえず義娘の彼氏を呼び出してぶん殴っておいた。

 私はこの子の母親でもあり、父親でもあるんだから。

 この時彼らは十六歳。なんだろう、早めに子供を作って死ぬ呪いにでも掛かっているのだろうか、うちの家系は。

 あの姉にしてこの義娘あり、血って怖いなぁとちょっと思った。

 さすがに本人達を交えつつ保護者同士で話さなきゃと思い、こちらから連絡した。そしたらやってきたのはテンプレ通りの、『うちの子に限って』なお母様だった。お父様は常識人だったんだけどね。

 うちの義娘の事をアバズレだのなんだのとえらく罵ってくださり、こちらとしても義娘をヤリマン扱いされて黙ってられるはずがなかったので、冷静にちくちく痛いところをついてやった。

 曰く避妊せずに中に出したがったのはお宅の息子さんだと。
 併せてそういう行為を求めるのも、そちらの息子さんからだったと。
 当然本人に包み隠さず自白させてるので、彼氏くんは平謝りだ。

 まぁその後も色々あったんだけど、とりあえず産むかどうかの判断とかを保留にして、その場の話し合いはお開きになった。

 望む望まないを考える前に、二人の年齢を考えると、まだ若過ぎるから。

 話がそれで終わればキレイに終わるんだけど、帰り際に彼氏くんのお母様が急にハンドバックから包丁を取り出して、義娘に襲い掛かった。多分精神的にイッちゃってたんだろうね。

 誰もが突然の事に身体が動かなかったみたいだけど、私は考えるよりも先に身体が動いて、義娘に覆いかぶさった。

 そしてすぐに訪れる灼熱の様な熱さと激痛。

 深々と刺さったであろう包丁を抜いて、更に二箇所私の背中を刺したところで、ようやく硬直が解けたのかお父様がお母様を抑え付けた。

 そして泣きすがる義娘と、オロオロしながら救急車を呼ぶ彼氏くんが目に入る。

 そして冒頭の状況に繋がるのだけれど、正直これは有名な死に際に見るという走馬灯というものではないだろうか。

 痛いし苦しいし血が流れ出ると同時に力が抜けて行くしで、多分これはもう助からないんだろうなという事は、なんとなく理解していた。

 最期に何か言葉を遺してやれたらと口を開くけど、喉から出たのは言葉ではなく血で。だんだんと視界が薄暗くなっていく。

(ごめんね、先に逝くわ)

 せめてこの子が思い出す私の顔が笑顔であります様にと、笑顔を作る。

 本当に作れてるのかはわからないけど、笑顔になれてたような気がする。

 それが最後の力だったのか、一気に襲ってきた暗闇の波に呑まれる様に、私は意識を手放した。

 
 できれば来世は平穏であります様にと願いながら、相原瞳子の三十四年という中途半端な人生が幕を閉じた。






―――神様なんていないんだね。


 心の底から私はそう思った。死んだと思った私が再び目を開いたのは、だだっ広い草原だった。

 空の色は紫と白のマーブル模様で、一目見て普通の空ではない事が解る。

 身体を包むのは、ボロッボロの布切れ一枚きり。しかもなんかうまく身体が動かないし、横たわったまま身じろぎひとつできない。

「あらあら、捨てられる前になってようやくお目覚めかしら。これだからゴミはダメね、あの出来損ないが数倍マシに見えるわ」

 突然声がして視線を向けると、えらくケバケバしい人がそこにいた。

 下手をしたらコスプレしてる様に見られる様な服で、まるで悪の女幹部といったような姿である。

 でも彼女の目が物語っていた、死の目前で見たあのお母様と同じ『イッちゃった人』の目。彼女も所謂キ○ガイの仲間な人なのだろう。

 全然状況がわからないけど、とりあえず彼女が私に対して良い感情を持っていない事はわかった。ううん、これは敵意といって差し障りないものだと思う。

 そんな事を考えていたら、腹部に強い衝撃と痛みを感じた。

 ゴロゴロゴロと草原を転がって、ようやく女性に蹴り飛ばされた事を理解する。

 というか、蹴りで大人をこれだけ移動させるだけのキック力って、あのオバサンは化け物なのだろうか。

 冷静にそんな事を考えているけど、身体は蹴られた衝撃で息が詰まってゲホゲホと咽ている。

「ゴミの分際で私自ら処分してもらえるのだから、ありがたく思ってもらいたいわね」

 苦しさから目尻に溜まる涙で歪む視界に、冷酷に笑うオバサンの姿が映る。刹那、彼女の掌からバチバチと雷の様な光が現れる。

 彼女と私の距離は3m以上離れている。それでも伝わってくる熱気に、あの電撃もどきがかなり危ないものだと本能的に感じた。

 っていうか、アレはなに? 魔法とか超能力とかそういう感じのもの?

「じゃあ、サヨナラね」

 浮かんだ疑問を解消する時間もなく、彼女はあっさりと私に向かってその電撃を放った。

 雷のスピードってたしか滅茶苦茶速いんだよね、でもゆっくりに感じるのはどうしてなのだろうか。

 ビルの上から投身自殺をすると、地面に着くまでの時間がゆっくりに感じるという話を聞いた事があるけどその仲間なのかな、なんて迫り来る光を見つめていた。

 すると突然、円形の幾何学模様が現れて、私を焼き尽くそうをしていた光を遮った。バチバチとぶつかり合う円と光、しばらくするとその両方が消失して静かな空気がその場に満ちる。

「……用済みのお前が、ゴミを庇ってどうするつもりなのかしら、リニス? 私はどこへなりとも消えろと言ったはずなのだけれど」

「そうですね、すでに使い魔としての契約も解かれて、もうしばらくすれば私の体は消えてしまうでしょう。でも……それでも」

 オバサンが冷たく問いかけた先に、いつの間にか薄茶毛の猫がいた。猫が流暢に言葉を紡ぐその非現実な光景が、まるで私に今のこの状況を夢だと教えている様な気がした。

「フェイトと同じ姿をした子を、見殺しにはできません。そしてプレシアにアリシアを殺させる様な真似も、させたくはありません」

「……そこに居るのはアリシアの姿をした、ただのゴミよ。二度とそのゴミをアリシアなんて呼ばないで頂戴」

 猫の言葉に、深い怒りを含んだ返事を返すオバサン。

 二人は理解できているのかもしれないけど、私には状況もその会話の意味もさっぱりだ。

 解るのは、このままだと私は確実に死に至る、という事だけだろうか。

 そんな事を考えていると、私が倒れている地面に先程の円が現れる。昔ファンタジー映画で見た魔法陣というものだろうか。

「時間がないので説明もできませんが、このままプレシアに殺されるよりはマシでしょう。分の悪い賭けになりますが無事に生き残って、幸せに生きてくれる事を祈ってますよ」

 猫がそう言って、何かを取り出すと私に向かって咥え投げ?みたいな感じで放り投げた。

 思わず反射的にそれに手を伸ばす。結構大きな金属で出来た三角形のものが私の手の中にあった。

 これが何なのかを問う前に、私の身体が薄い膜の様なものに覆われ、浮遊感と共にまるで洗濯機の中に放り込まれた様な衝撃が襲ってきた。

 身体がぐるぐると慣性に任せて回転し、どちらが天でどちらが地かもわからなくなってくる。そして先程より強い衝撃を感じて、私は意識を失ったのだった。





 二度目の目覚めは、先程に比べれば天と地ほどの差があるくらい、快適だった。

 あのキ○ガイなおばさんに殺される一歩手前まで追い込まれるパニックホラー映画顔負けの状況は、もしかしたら夢だったのかもしれない。

 そもそも猫が喋るなんて、普通に考えてもおかしい。もしもあれが夢だったなら、今いるここが死後の世界というものなのかもしれない。

 まぁ、本当にシャレにならないくらい痛かったし、あの電撃もすさまじい熱波を発してたけど。それでもあれは夢って事にしておこうと思う。

 清潔なシーツに掛け布団。周りを見回してみると、可愛い子供向けの壁紙に子供用のチェストなどが置いてある。どこかの家の子供部屋かな?

 あの猫にもらった何かは、今は私の手の中にはない。というか、あれ……なんだか知らないけど、手がちっちゃくない?

 疑問に思った私は、とりあえず部屋の中に一般的な全身を映す姿見を見つけ、今寝かされているベッドから抜け出そうと身体を起こそうとした。

けれども身体に力が入らずに、うまく身体を起こす事ができなくて。無理やり動こうとして、幸か不幸か勢い余る形でベッドから床へと一直線に落ちてしまった。

 身体が言う事を聞かないのだから、受身を取る事もできなくて。

 思いっきり頭から床に落ちて、ゴンって大きな音と衝撃が響く。一瞬遅れて伝わる痛みに、思わず涙目になってしまう。

 とりあえず痛いのを我慢して、ズリズリと床を這う様にして姿見の前に向かう。

 動かない身体を必死に動かして、なんとかかんとか姿見の前に辿り着いた私は、そこに映ったものに絶句してしまった。

 だって姿見に映っていたのは、以前の私とは似ても似つかない、長い金髪と白い肌を持つ美少女だったのだから。

 ルビーの様な赤い瞳にじっと見つめられ、『ああ、もう無理』とばかりに脳みそが考えるのを放棄した瞬間、私の目の前が真っ暗になり、意識が断ち切られる。

 刺されてからこっち意識ばっかり失ってるなぁなんて、どうでもいい感想を胸中で抱きながら。


 私の意識はまるで誰かに奪われる様に、また暗闇の中へと沈んでいくのだった。



[30522] 第1話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2012/01/15 11:35
 私が気絶(という名の現実逃避)をし、次に目覚めるまでに掛かった時間は、約1時間程だったらしい。

 床で転がっている私を見つけて看病してくれていた女性が、私の眠っているベッドの隣にいる。

 高町桃子さんと名乗った彼女は、私がこの家の庭にいつの間にか倒れていて、保護してくれた事を教えてくれた。人情とかご近所との付き合いが無くなりつつある昨今、こんなに優しいお嬢さんがいるなんて、とちょっとだけおばさんっぽく感動してしまう私。

 だってしょうがないじゃん、桃子さんの見た目ってすごく若々しいんだもん。多分二十歳くらいかなぁ、下手したら十代後半かもしれないけど。

 それはさておき、彼女と会話をしようとして気付いた事がひとつ。姿形が別人に変わってる事も充分驚く事だったんだけど、どちらかというとこっちの方が驚いたし、何より意思疎通のためには非常に重要だったり。

 実は、声が出なくなってて。一生懸命搾り出そうとしても、うめき声すら出ないっていうのはどういう事なのか。原因をなんとか探り出そうとして、なんとなくこれかなぁと思う事がひとつ。

 ほら、あのキチガイおばさんに殺されかけたじゃない。個人的には夢で済ませようと思ってたけど、実はかなりストレスだったのかなぁと思って。

 身体がちっちゃくなってるから、大人なら流せる事がこの身体は受け流せずに、声が出ないって身体の変調に繋がったのかも。まぁ、全部私の推測でしかないけども。

 私が喋れないと解った桃子さんは、家のどこからかスケッチブックとマジックを持ってきて、私に渡してくれた。ただ、まだ身体があんまり思い通り動かないので、もらってもうまく字が書けないんだけど。でも好意はとてもありがたいので、ぺこりとおじぎをして謝意を表しておく。

 そしてもちろん名前とかどこから来たのかとか、身元を明らかにする為の質問が飛んできた。いや、私だって同じ状況だったら、迷子の子を家に帰してあげたいから問い質すもんね。
 桃子さんがやってる事は非常に、良識のある大人として正しい行為だと思う。思うんだけどさ。

 今現在私自身が何者であるかを把握できてないのに、他人様に説明できる自身は1ミクロンもありはしない。

 なんで34歳のおばさんの意識が、まだ幼女と言ってもいい外国人の女の子の身体にいるのか。この子が自分だなんて、まだとてもじゃないけど認識できないんだよね。前の自分とあまりに違いすぎて。

 そしてあのキチガイおばさんに殺されかかった事も、今考えても意味がわからない。そして喋る猫、それからもらった金属片。謎は深まるばかりだ。

 とりあえずふるふると首を振って、名前がわからない事をアピールしてみた。実際のところ、私はこの子の名前を知らないんだから、嘘はついてない。

 もらったスケッチブックに震える手でなんとか『おぼえてない』と、ひらがなで必死に書いてみた。なんとか読めるけど、小学校に入りたてか、下手したら未就学の子が書いた様な字になってて、ちょっとはずかしい。

 すると桃子さんの私を見る目が、一気に憐憫の色に染まった。いや、そこまで同情されると、私がなんか嘘ついてるみたいで罪悪感がハンパないんですが。

「何か覚えてることはある? どんな事でもいいんだけど」

 ゆっくりと諭す様に問いかけられて、私はどこまで話すべきかを素早く考えた。でも、いくら考えたって仕方ないよね。だって私自身が何故こうなってるのかを理解できてないんだもの。

 それに、保護してくれた桃子さんに嘘はつきたくないしね。だから、この子の中に入ってからの出来事は、全部話そうと決めた。まぁ、殺されかけた事とか、多分信じてくれないとは思うんだけど。

 という事で、再度スケッチブックに『くろいかみのおんなのひと』『けられたり、へんなかみなりでこうげきされた』『ねこがたすけてくれた』と箇条書きしてみたら、どうやら意味はわからないけれどただ事ではないと、桃子さんの視線が鋭くなった。

 ひとまず桃子さんも状況を整理したくなったのか、質問を切り上げて私の肩まで布団をしっかり掛けると、桃子さんは立ち上がった。

「ゆっくり休んでね、ええと……とりあえずの名前はまた後で決めようね。あ、そうそう最後にもうひとつだけ」

 桃子さんがそう言うと、少しだけ間を置いてから私にこう問いかけた。

「フェイト・テスタロッサって名前を聞いた事はない? 貴女にとってもよく似た子で、うちの娘の親友なんだけど」

 フェイト……フェイト、どこかで聞いた事があるような。あ、そうだ。あの助けてくれた猫が一度だけそんな名前を喋ってた。ただ、テスタロッサさんかどうかはわからないけど。

 もう一度布団から手を出して、枕元に置いてくれてるスケッチブックに、文字を書く。『たすけてくれたねこがふぇいととおなじすがたっていってた』と長文を必死になって完成させて、桃子さんを見る。

「うん、わかったわ。ありがとう、無理させちゃってごめんね」

 桃子さんはそう言うと、布団を再度直してから部屋を出て行った。それを見送って、私は大きく息を吐く。精神的にも肉体的にもくたびれる時間だった、何もわからないという事はこんなにも不安で心細いものなんだなぁと、ちょっとだけへこたれる。

 身体が動かないというのも、この不安な気持ちに拍車を掛けてる様にも思う。そもそもここは日本なのか、桃子さんは明らかに日本人だとは思うけど、最近は海外に嫁ぐ人も増えてる

みたいだから、日本であるという証明にはならないだろうし。

 病院に掛かるなら保険だって必要だし、何より今の私に戸籍があるとは思えないし、そんな様々な心配事を頭の中で考えているうちに、眠気に負けて眠りの世界へと旅立っていた。








 そんなこんなで始まった、私の高町家居候生活。ああ、一応念のために話しておくと、ここは日本らしいです。

 海鳴って地名は聞いたことないけど、私も日本人とは言え47都道府県にある地名を全部覚えてるかと言えば、そんなの絶対無理だし。多分私が知らない土地なんだろうと、とりあえず納得する。

 桃子さんの旦那さんである士郎さんを紹介してもらって、続いて桃子さんの娘さんの美由希さんも紹介してもらったけど、彼女にはびっくりさせられた。

 だって、どう見ても桃子さんと同い年くらいなんだもん。一体桃子さんはいくつなんだろうという疑問を持ちつつも、私と義娘みたいな実子じゃない母娘もいるし、きっと深い事情があるんだろうと、これもひとまず納得した。

 ただこの美由希さんには、現在進行形で非常にお世話になってたりします。お風呂に着替えにご飯にと、日常のお世話のほとんどを彼女がしてくれているので。

 34歳のおばさんにはこの完全介護はちょっと気恥ずかしいけど、しかたないよね、自分じゃまだ何にもできないんだし。

 ただこれが当たり前にならない様に、常に感謝と謙虚の気持ちを持って高町家の皆さんには接してるよ。

 移動のために抱き上げてもらってはぺこり、お風呂で身体を洗ってもらってはぺこり、いつもお礼を忘れずにがモットーです。

 ちなみに、私の仮の名前はななせちゃんに落ち着いた。末娘の名前を決める時に最終候補に残った名前らしく、せっかくだからと付けてくれたのだ。

 あ、そうだ。美由希さんとの会話の中で(とはいえ、ほとんど美由希さんが一方的に話しかけてくれてるんだけど)、美由希さんの兄妹の話を聞く事ができた。お兄さんは結婚して、ドイツで働いているそうな。

 国際結婚だったのかなと思ったけど、ちょっとだけ美由希さんが寂しそうな表情をしてたので、その話はそこで打ち切りになったから深くは聞けず。

 そして妹さんは、遠いところで警察みたいな仕事をしてるみたい。いや、私も抽象的だなぁとは思ったんだけど、美由希さんからはそんな言葉しか出てこなかった。

 そんな状況から、今この高町家に暮らしているのは、桃子さんと士郎さんと美由希さんの三人だけなんだって。

 あと、ご夫婦で喫茶店を経営していて、美由希さんもそこのウェイトレスさんとして働いているとか。今は私がお手間を掛けているので、お休みしているらしい。本当にご迷惑をおかけしてます。

 もちろん私だって、日がな一日ボーっとしてる訳じゃなくて。ちゃんと身体を動かせる様になる為に、リハビリを頑張ってますよ。美由希さんって外見からは運動とかしなさそうに見

えるけど、実は剣道?をやってて、筋トレとかそういうのに詳しいらしい。ゆっくりゆっくり補助をしてもらいながら、手を上げたり下げたりとか、ゆっくり歩く練習をしたり、頑張ってますとも。

 そんな生活が二週間程過ぎて、私は何不自由ない生活を送ってます。たまに士郎さんが私とお風呂に入りたがるのが、ちょっとだけ悩みの種だったりするんだけど。

 いや、だって桃子さんの旦那さんなんだよ。私が見た目どおりの幼女なら、全然問題はないんだろうけど。さすがに他人様の旦那と全裸で風呂に入るのは遠慮したい、後ろめたいし何より恥ずかしいし。

 顔を赤くしながら首を横に振る私を見て、桃子さんと美由希さんがいつも助けてくれるんだけど、どうやらこのせいで私は奥ゆかしい恥ずかしがり屋な性格だと思われてるみたい。

 うぅ、誤解なんだけどなぁ。でもそれを伝えるための喉から相変わらず声は出てきてくれないし。

 高町家の家族の様に迎え入れられ、私もゆっくりなら自分で歩いたり、苦痛なく物を持てる様になってきたある日の事。もう一人の高町さん家の娘さん、高町なのはさんがお仕事のつ

いでに帰省する事になったと告げられた。

 私も『ふーん、そうなんだ』とあんまり深く考えずにこくこくと頷いていたんだけど、実はこれが私を取り巻く世界をガラリと変えるきっかけになるだなんて、この時の私には想像すらしてなかった。



[30522] 第2話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/11/16 23:14

 いや、確かになのはさんが帰ってくるっていう話は聞いたけど、まさか今日これからだなんて思わなかった。急過ぎるでしょ、と会った事もないなのはさん(仮)に胸中でツッコむ。

「今さっき電話がかかってきたんだって。いやー、もっと早く電話くれたらいいのにーとは思うんだけど、あの子の仕事の関係上しかたないかなぁとも思うんだよね」

 そう言って、美由希さんは苦笑する。しかし予定が急に入ってくるお仕事って大変そうだよね。私はある程度決まった時間で働く仕事しかしたことないので、あくまで想像するしかできないんだけど。

 そんな事を考えていると、バタバタと何かを準備していた美由希さんがボストンバックひとつ持って、私をよいしょっと抱き上げた。あれ、おでかけならちゃんと歩きますよーと視線で伝えるけど、美由希さんは私を降ろすつもりはないみたいだ。

「しばらく会えなくなっちゃうからね、ちゃんとななせのぬくもりを覚えておきたいんだ」

 ん? なんですか、その不吉な言葉。もしかしなくても、私この家を追い出されちゃうんだろうか。いや、もちろん高町家の皆さんには身元不明の私を養い続ける義務はないんだから、そうするのもある意味当然ではあるんだけど。でもこれまでの優しくて暖かい日々を思い出すとちょっと……ううん、かなり寂しい。

 そんな私の寂しさが表情に出たのか、美由希さんはぎゅうっと私を抱きしめた。とても柔らかくていい匂いがする美由希さんに、ちょっとだけ涙腺が緩む。

「もしかしたら辛い事があるかもしれないけど、私はななせが戻ってきてくれるのをここで待ってるから。だから、そんな捨て猫みたいな顔しないで」

 美由希さんも目を潤ませながら、そう言って励ましてくれた。できればもうちょっと詳しい話を聞かせてもらいたいけど、お世話になった美由希さんにこれ以上悲しい顔をさせるのも申し訳ないし。

 なにより、道端で通り過ぎる人達の奇異の視線に晒されるのは、ちょっと勘弁してほしかった。

 大人しく美由希さんに抱かれながら、夕闇の道を歩く。多分目的地は、桃子さんと士郎さんのお店である『翠屋』だと思う。ケーキとシュークリームがおいしい店で、私もおやつに何度か食べさせてもらった。ここに義娘がいないのがおしいなぁ、あの子は甘いものに目がなかったから。

 左手で私を抱いて、右手でバックを持つ美由希さんはずんずんと進み、徒歩10分程で翠屋に到着した。カランカラン、とカウベルを鳴らすドアを開けて店内へと入ると、桃子さんと士郎さんがこちらを揃って見た。

 ちょうどすいている時間帯なのか、店内にお客さんはまばらで、数人がそれぞれ思い思いにくつろいでいる印象かな。っと思ったら、カウンターに見覚えのある人が座っていた。

「こんばんは、ななせちゃん」

 緑がかった髪に、整った顔立ち。見るからに若々しいこの人は、桃子さんのお友達のリンディさん。見覚えがあるって言ったけど、2日に1度は高町さん家に来るので、顔見知りや知り合いというレベルは既に超えているのかもしれない。

 カウンター席から立ち上がってこちらに歩み寄ってきたリンディさんに挨拶されたので、私もぺこりとおじぎを返す。

 来る度に抱っこされたり、スキンシップされたりしてたんだけど、普通の子供なら多分鬱陶しがるレベルだと思うんだよね。しかも話を聞くと、リンディさんはどうやら既にお孫さんがいるらしい。私は中身が34歳のおばちゃんだからスルーできるけど、お孫さんに嫌われていないだろうかとちょっと心配になる。

 桃子さんといい、リンディさんといい。この街の女性はある程度歳を取ったら老けないという特殊能力でもあるのかなぁ、だったらかなり羨ましい。

「リンディさん、くどい様ですがこの子に危険はないんですね?」

 桃子さんが真剣な表情でそんな事を尋ねる。横では士郎さんも、桃子さんと気持ちは同じだとばかりに真っ直ぐにリンディさんを見つめてた。

 あれ、なんだろうこのシリアスな感じ。そんなに危ないところに連れて行かれるのかなって、ちょっと不安になる。

「はい、今回こんな形になったのは、ななせちゃんの身体検査や身元確認、申請などが主な目的です。特に何もなければ、1年程度で戻ってこれると思います」

 その言葉で、なるほどと納得した。だって戸籍もなんにもないんだもんね、だから健康保険も適用されないので、病院で検査もできないって事だもん。

 多分リンディさんは、検査とかをひっくるめて行ってくれる伝手があるんじゃないかな。なんか大きな会社の重役さんみたいな事言ってたし。

 桃子さんと士郎さんも、美由希さんと同じで私の事をちゃんと心配してくれてて、捨てられるみたいに考えてたさっきの私がバカみたい。三人が私を信じてくれるなら、私も信じ返さないと。

 リンディさんから言質を取ったとばかりに、桃子さんと士郎さんがほっとした表情を浮かべてる。そして美由希さんから私を抱き取ると、桃子さんも私をぎゅうっと抱きしめてくれた。

「早く帰ってきてね、ななせ。貴女をうちの子にする準備は、ちゃんと進めておくからね」

「そうだぞ、お父さんもお母さんもお姉ちゃんも待ってるからな」

 大きな手で私の髪をわしゃわしゃと撫でる士郎さんに、私はこくんと頷く。本当なら笑顔で頷きたいんだけど、今表情を動かしたら、涙がボロボロとこぼれちゃいそうだから。

 もちろん嬉し涙だよ。いくら中身は大人でも、一人で知らない場所にこんな状態で放り出されたら不安になるし、きっと私も不安だったんだと思う。

 でもこうして家族として求められて、私にも居場所が出来たんだなって。そう思うとなんでもできるみたいな、妙な自信が湧いてくる。

「ちょっと待って! それはズルイわ、桃子さん!!」

 『おーっと、ちょっと待ったコールだ』という某お笑いタレントの声が、脳内で再生される。古いとか言うな、おばさんなんだからしょうがないじゃん。

 ちらりとその声の主を見ると、もちろんそこにはリンディさんがいた。何がズルイんだろうと思っていたら、桃子さんにぎゅうっとちょっと苦しいくらいに抱きしめられた。

「何がズルイんですか! この子は私達が最初に保護したんですから、私達の家族になるのが一番自然じゃないですか!!」

「自然だっていうなら、フェイトがいるうちにだって、その権利があるでしょう!?」

「フェイトちゃんがいるなら、別にいいじゃないですか! それに、リンディさんにはお孫さんが二人もいるでしょう!?」

 頭の上で突然始まったバトルに、私は桃子さんとリンディさんの顔を交互にキョロキョロと見る。でも、全然収まる気配を見せない舌戦に困っていると、横からすいっと身体を持ち上げられた。

「こうなったら、かーさん達はしばらく収まらないから。なのは達ももうすぐ来るだろうし、離れてお茶でも飲んで待ってようか」

「ああ、それがいい。ななせはオレンジジュースでいいかい?」

 美由希さんの腕の中に収まった私に、士郎さんが聞いてくれた。どうもこの子の中に入ってから、味覚がお子様っぽくなったのか、甘いものがまるで義娘みたいに好きになっちゃった。今はまだいいけど、大きくなってもこの味覚だと太っちゃいそうで怖いなぁ。

 そんなどうでもいい事を考えていると、カランカランとカウベルが鳴ってドアが開いた。そこから現れたのは、栗色の髪をサイドでまとめた、桃子さんによく似た女性だった。

 一目見ただけで、桃子さんの血縁者だとわかるその容姿。多分彼女がなのはさんだと思う。

「おかーさん、ただいま!」

 にっこり笑顔で店内に入ってきたなのはさんだったけど、言い争っている桃子さんとリンディさんを見て、キョトンと首を傾げてた。

「あれって、ハラオウン提督だよね……なんで、こんなところでケンカを?」

「わ、私が知る訳ないでしょ、馬鹿スバル」

 そしてその後ろにいるオレンジと青い髪をした二人の女の子。そしてその少し前にいる銀髪の女の子、多分私が5、6歳くらいだから、比べると10歳くらいかな。

 妙にカラフルな髪の人達を見て(私も金髪なので他人の事はとやかく言えないけど)、急激に私の周りの環境が変わりつつあるのを、なんとなく感じ始めていた。



[30522] 第3話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2015/05/03 08:29
 あー、しんどかった。と心の中でため息をつきながら、士郎さんが持ってきてくれたオレンジジュースをストローでチューっと吸い上げる。

 あれからなのはさんが『わぁっ、ちっちゃいフェイトちゃんだ!』と突然私に突撃してきて、美由希さんの手からあれよあれよと奪い取られた私は、なのはさんによってもみくちゃにされた。ほっぺにチューされたり、頬ずりされたり、抱きしめられたり。後ろの青い髪の子とオレンジ髪の子のびっくりした様な呆れた様な視線に晒されて、私の方が辛かったよ。

 銀髪の子は士郎さんからクッキーを渡されて、それを嬉しそうに頬張ってた。助けてくれてもいいのに、とちょっとだけ恨みの篭った視線を向けたけど、一切気付かなかった。

 それからしばらくして金髪の超美人さんと、その後ろにはさっきの銀髪の女の子と同い年くらいの少年少女が一人ずつ。赤い髪の男の子と、ピンク色の髪の女の子。この3人がやってきた。

 ここは日本のはずなのに、やたらと髪の毛がカラフルで、ちょっと異様な雰囲気に感じた。でも店内のお客さんは慣れているのか、それとも周囲に関心がないのか、まったくこちらの騒動に視線すら向けず、自らの世界に没頭していた。

 金髪の超美人さん――この人が、以前名前が出た私にそっくりなフェイトさんらしい。うわぁ、大人になったらこんなに美人さんになるのか、と元日本人の平凡顔だった私は戦慄すら覚える。

 なのはさんから私を受け取ったフェイトさんは、柔らかい雰囲気で、けれどもなのはさんと同じ様におでこにチューしたり、ほっぺに頬ずりしたり。なんだろう、私の事をぬいぐるみか生まれたての赤ちゃんだと思ってるのだろうか。

 そしてそのままフェイトさんに抱かれて、私達は店の隅っこのテーブルに腰掛ける。私はフェイトさんの膝の上に座って、その隣になのはさん。テーブルを挟んで向かい側には、リンディさんが座っていた。

 そして他の人達はというと、私達のテーブルから大分離れたところに、5人で座って何やら雑談している様子。いいなぁ、なんだか楽しそうで。

 こちらのテーブルは少し重い雰囲気のまま、リンディさんが最初に話し始めた。

「遠い所ご苦労様、ロストロギアの探索任務の途中に寄ってもらってごめんなさいね。本当は貴方達六課の仕事ではないのだけれど、この子の事もあったから。手を回して本局経由で聖王教会に今回の任務を依頼しちゃいました」

「いえ、私達もはやてから今日話を聞いたばかりで。しかも、この子の情報は一切もらえずに、会ったら判るの一点張りだったから」

 言いながら、フェイトさんは私の頭をぽんぽんと撫でた。ふいっと見上げると、ちょっとだけ苦笑混じりの笑顔を見せてくれた。

「それで、どういう事なんでしょう? なんでフェイトちゃんにそっくりな子が、翠屋にいて……というか、私の家族と仲良くしてるんでしょうか?」

「そうね、順序立てて話して行くと、彼女――ななせちゃんは記憶喪失なの」

 淡々とした口調で、リンディさんが言った。その言葉に、なのはさんとフェイトさんが憐憫の情を浮かべて私を見るけど、逆に私が罪悪感を覚えてしまって、申し訳なく感じる。

 ついでに喋れない事も併せてリンディさんから説明され、その視線の圧力が倍に増える。喋れないのは不便だけど、私はそんなに気にしてないんだから、同情される方が逆に疲れる。

「覚えているのは、女性に殺されかけた事と猫に助けられた事。その後意識を失って、次に目覚めたら高町さんの家に保護されていたみたいね」

「女性と猫……ちょっと待ってください、それって」

「おそらく、フェイトの考えている通りだと思うけど、まだこの子には確認を取ってないの。だから、今見てもらおうと思って」

 リンディさんが手元で何かを触る仕草をした後、突然空中に顔写真の様なものが浮かび上がった。これが流行の3Dとかいう技術なんだろうか。思わずびっくりして後ずさろうとすると、ぽよんと柔らかいものが後頭部に当たった。おそらくフェイトさんの胸なんだと思うけど、なんて大きくて弾力があるんだろう。前世で万年Bカップだった私にとっては、異次元級のサイズである。まぁ、それはさておき。

 空中に表示されているのは、黒くて長い髪と対になる様な、病的な程に白い肌。紫がかった瞳に、紫のルージュ。

 正直なところ、顔なんて思い出したくもないけど、間違いない。私を殺そうとしたあのキチガイおばさんだ。

「ななせちゃん、貴女を殺そうとしたのはこの人?」

 聞かれる事は想像できていたので、質問にあっさりと頷く。その瞬間、フェイトさんの身体にピクリと力が入った事がわかった。

「とすると、多分助けた猫というのは、以前フェイトから話を聞いた事があるリニスさんでしょう。画像とかはあるかしら?」

「あ……はい、バルディッシュ」

『Yes sir.』

 フェイトさんがポケットから取り出した金属片から声が聞こえて、キラリと一瞬だけ光ると、先ほどと同じ様に画像が空中に映されていた。そしてフェイトさんが取り出した金属片が、私があの猫からもらったものにそっくりだった事にも驚く。

「どうかしら、この猫が貴女を助けてくれた猫?」

 普通の猫より少しだけ大きい山猫、間違いなくあの時に見た猫にそっくりだったので、私はこくりと頷いた。

「ちょっ、待ってくださいリンディ提督。もしそうだとするなら、この子はフェイトちゃんと同じアリシアちゃんのクローンという事になります。でもそうなら、彼女がこんなに幼い姿でいるのはおかしいです」

「それについては確かに疑問点だけど、転移の際に何か問題が起こって、時間を超えてしまったという仮説を立てる事はできるわ。それに、他にも色々と今の話を裏付ける証拠もあってね」

 リンディさんはそこで言葉を切ると、新しい画像を空中に映し出した。何かグラフが書かれた書類っぽいものが映っているけど、日本語じゃないから何を書いてるのかさっぱりわからない。

「こっちがフェイトとななせちゃんの遺伝子鑑定の結果ね、完全に一致してるの」

 そう言いながら、リンディさんはポケットからビニール袋に入った何かを取り出した。それは私があの猫にもらった、フェイトさんが持ってるものとそっくりな金属片だった。

「これはななせさんが、リニスさんに転移させられる前に渡された物で、お察しの通りデバイスだったわ。ちょっとだけ裏から手を回してマリーに調べてもらったんだけど、バルディッシュの試作機だったみたいね。起動履歴は残っているけど、これは試運転の為のもので、マスター登録もまだされていない新品だって」

 デバイスってなんじゃらほい、と疑問を抱きつつも、とりあえず私の身元っぽい話をしているのを聞き流しながら、ジュースをまた一口。専門用語が多過ぎて、私には理解できないもん。誰か翻訳こんにゃくを持ってきておくれ。

「デバイス名はフランキスカ、マリーからは戦斧の一種で投擲などにも使われるものをそう呼ぶのだと聞いてるわ。これらの情報から、彼女はアリシア・テスタロッサのクローン体で貴女の妹に当たる存在だと推測できます」

 リンディさんがそう締めくくると、頭の上からぽたりぽたりと冷たい雫が私の頬や腕に当たった。見上げてみると、そこには口を真一文字にして、ボロボロと涙を零しながら私を見るフェイトさんの姿が。

 よくわからずに小首を傾げると、フェイトさんは感極まったのか、私をぎゅうっと抱きしめた。後頭部に彼女の額がこつんと当たって、首から背中に向かって伝っていく涙がとても冷たい。ちょっとちょっと、まずは事情を説明して欲しいんだけど。

「フェイトちゃん……」

 なのはさんも深刻そうな表情で、静かに泣き続ける親友にそっと寄り添う。いや、だから説明してください。このシリアスな空気の意味を、誰か私に教えてください。

 セカチューの様に叫びたい衝動を抑えつつ(まぁ、声が出ないので実際にはどうやっても無理なんだけど)、とりあえず流れに身を任せようとじっとフェイトさんが泣き止むのを待つ。

「辛かったよね、母さんに殺されそうになった挙句に、こんな風に見知らぬ世界に放り出されて」

 ひっくひっく、としゃくりあげながら言うフェイトさんに、とりあえず私は首を横に振る。実際あのオバサンに殺されかかった事はちょっとトラウマだけど、そのおかげで高町さんの家に拾われたのだから、人生プラスマイナスゼロという言葉も一理あるんだなぁと頷ける。

 さっき桃子さんからもらったノートとボールペンで、『きにしてないからだいじょうぶ』と書くと、またフェイトさんから大粒の涙が……何故だ!

「らいじょうぶ! ぐすっ、これからはお姉ちゃんが守るから」

 瞳に決意の色をはっきりと表しながら言うフェイトさん。気持ちはありがたいんだけど、私は高町さんの家にお世話になる予定なんだけどなぁ。

 その旨をノートに書くと、今度はその隣にいたなのはさんがフェイトさんから私を奪い取って、ぎゅうっと抱きしめた。だからぬいぐるみじゃないっちゅーに。

「じゃあフェイトちゃんに代わって、私がおねーちゃんとして守っていくよ! さっき聞いたらななせちゃんって名前を付けたのはうちのおかーさん達らしいし。もうこの子はうちの子だよ!!」

「なのはずるい! 私はななせと同じ遺伝子を持ってるんだよ。だったら、ハラオウン家で引き取るのが筋だと思う」

「フェイトちゃんにはもうエリオとキャロがいるじゃない! 3人も面倒を見るのは大変だろうから、うちで面倒を見るって言ってるのに」

 フェイトさんが伸ばそうとする手を、なのはさんがガード。そのガードを掻い潜ろうとするフェイトさん、それをブロックするなのはさん。

 あれ? さっき桃子さんとリンディさんが同じ事してたような……その内の一人は、テーブルの向こうで何故かフェイトさんを応援していた。お願いだから止めてください。

「まぁまぁ、フェイトもなのはさんもその辺で。そんな訳で、異世界渡航者としてななせさんを時空管理局が保護する事になったんだけど、フェイトの過去も関わってくるから。本人が所属してる機動六課で保護しつつ、今後の事を決める予定になってます。八神部隊長には事情を説明して、了承をもらってますので、速やかにロストロギア探索任務を遂行し、彼女をミッドチルダの隊舎へと連れ帰ってください」

 最初は苦笑い、後半キリッとした表情で言ったリンディさんの言葉に、言い争っていた二人はしぶしぶ私の奪い合いをやめて、敬礼をした。敬礼って、おまわりさんとかがするんだよね。そう言えば美由希さんから、そんな仕事をしてるって聞いた事があったなぁ。

 そんなこんなで私は桃子さんと士郎さん、そして美由希さんと別れを告げ、フェイトさんが運転する車に載せられて、お世話になった高町家を後にしたのでした。



[30522] 第4話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2015/05/03 08:29
 車で小一時間程移動して、連れてこられた場所は湖のコテージでした。って言っても、周りが薄暗くて湖が薄ぼんやりとしか見えないんだけど。

「えへへ、ななせちゃんこっちだよ」

 車から降りると、桃色がかった髪のキャロちゃんに手を握られて、優しく引っ張られる。車の中でも隣に座って色々話し掛けてくれたんだけど、最初は英語っぽい微妙に違う言葉で話しかけられて、どうしようかと思ったよ。

 私を挟んで反対側に座ってたなのはさんが、キャロちゃんに『翻訳魔法使ってあげて』と言ってから、急に日本語に変わったんだよね。魔法って言ってたけど、そんなのある訳ないし、もしかしたら翻訳する機械の商品名が『翻訳魔法』っていうんだろうか。

 でも私の常識で『魔法なんてない』って決め付けてるだけで、実は本当はあるのかもしれない。だって、キャロちゃんとエリオ君って、なのはさんが働いてる警察みたいなところで、ちゃんと正社員みたいな形で働いているんだそうな。10歳の子供がだよ? これも私の常識では考えられない事だし。

 コテージに近付くに連れて、何かが焼けるいい匂いと、チャンチャンっと金物同士が軽くぶつかり合う音が聞こえてくる。

「この音って……?」

 キャロちゃんが呟くと、ほんの少しだけ離れたところで、女の子が鉄板焼に精を出していた。その横にはお皿を持ったりジュースを持ったりして、食事の準備をしている数人の女性がいる。

「おー、おかえりー」

 鉄板焼の女の子が明るく言うと、何故だかキャロちゃん達が慌てだした。私が不思議そうに見ると、キャロちゃんがこっそり耳打ちしてくれる。

「この人は八神はやてさんって言って、私達の上司なの。この中の誰より偉い人、部隊長なんだよ?」

 ぶたいちょー? ああ、部隊長って事なのね。警察みたいなお仕事なんだもんね、機動隊とかそういうものの隊長さんみたいなものかなぁ。

 キャロちゃんが部隊長さん達の手伝いに行って、ぽつんとその場に取り残される。すると、赤い髪の小学生っぽい女の子が、こっちに近付いてきた。

「なんだ、このミニフェイトは?」

 ちょっとだけ乱暴な口調で言う女の子。別に反論はないんだけどね、フェイトさんの子供の頃を想像したら、絶対に今の私と瓜二つだっていう確信すら持てるし。

「ああ、なのはちゃん達に迎えに行ってもらうように頼んどいたんよ。別件で今回保護する事になった、異世界渡航者のななせちゃんや」

 頭にポンと手を置かれて見上げると、さっきの鉄板焼きの部隊長さんが赤い髪の子に説明してくれていた。

「異世界渡航者……そんなの、聞いてなかったけど」

「私も聞いたのは急やったんよ。リンディ提督からのお願いでなー、ちょうどついでにこの任務が入ったから、引き受けたんよ」

「それでは、この少女は六課で保護するということですか?」

 苦笑しながら言った部隊長さんに、もう一人現れた赤い髪の女性が重ねて質問した。でもさっきの女の子とは少し種類の違う赤色、ちょっと紫がかってるのかな。

「そやね、しばらくは六課で保護する予定や。この子、言葉が話せないみたいやから、身体の検査もしなあかんし」

『後で皆の前で紹介するから、詳しい話はその時に』と会話を打ち切って、部隊長さんは私の手を繋いでなのはさん達が集まっているテーブルのところへ連れて行ってくれた。

 あれ? なのはさんとフェイトさんの二人と話してる人達、どこかで見覚えが……思い出そうとしてるうちに、あちらから私に声をかけてきた。

「ん? あーっ、アンタ。美由希さんが預かってるななせじゃない。なんでこんなところにいるのよ」

「アリサちゃん、そんなに大きな声を出したら、ななせちゃんがびっくりしちゃうよ? こんばんは、ななせちゃん」

 少し紫がかった黒髪の女性が、金髪の女性を宥めてくれる。ああ、そうだ。1回だけ翠屋で会った事があって、確かなのはさんのお友達だって言ってた様な。

 ぺこりと頭を下げると、部隊長がちょっとだけ驚いた顔で私を見ていた。

「えっ、アリサちゃんとすずかちゃんと会った事あるん? これはすごい偶然やな」

「ちょっとはやて、アンタ達がいなくなっても、私達のたまり場は翠屋なのよ。美由希さんが預かってる子なんだから、会える確率の方が高いんだってば」

「その割には、私達1回しかななせちゃんに会ってないんだよね。最初に見た時に、もうアリサちゃんが驚いちゃって」

「すずかだってびっくりしてたじゃない。美由希さんがフェイトそっくりの子供を産んだって」

 二人で責任の押し付け合いみたいなのをしてる二人の名前を、やっとの事で思い出した。そうそう、アリサさんとすずかさんだ。

 前世の歳からすれば、ここにいる皆が年下になるから、全員ちゃん付けでも構わないんだけど。でも、もしも喋れる様になった時にポロっとボロを出してもいけないからね。

 できるだけ歳の離れた人はさん付けにしておこう。まぁ、エリオくんやキャロちゃんはくん付けちゃん付けで構わないでしょう。多分二人も怒らないと思うし。

「おお、そやった。そう言えば、まだ自己紹介してなかったなぁ」

 部隊長さんがポンと両手を合わせて、思い出した様に言う。そしてしゃがみこんで私と視線を合わせると、にっこり笑って自己紹介してくれた。

「機動六課というところの部隊長をしてます、八神はやてです。はやてって呼んでくれたら嬉しいかな」

 おっと、これはご丁寧に。私も慌てて桃子さんからもらったノートに、ひらがなで『ななせです、よろしくおねがいします』と書いて、広げて見せながらぺこりと頭を下げた。

「おお、上手に字書くなぁ。私がななせちゃんくらいの歳の頃は、まるでミミズが這い回ってる様な字しか書けんかったわ」

 わしゃわしゃ、と私の頭を撫でながら『あははー』と笑うはやて部隊長。それにつられる様に、なのはさん達も笑ってた。

 高町家を出てちょっと不安だったけど、みんな良い人達っぽくてよかった。美由希さんの妹であるなのはさんがいるから、そこまで心配はしてなかったんだけどね。

 その後、私も夕食の用意を手伝おうと思ったんだけど、座ってていいよと戦力外通告されてしまったので、大人しく指示された椅子に座ってた。そしたら突然美由希さんと、美由希さんと同年代くらいの女性と、赤い髪に犬耳のヘアバンドと尻尾アクセサリみたいなのをつけた女の子が現れて、驚くやら嬉しいやら。

「ななせ、久しぶり!」

 思わず駆け寄った私を、美由希さんががっしりと抱きしめる。いやいや、久しぶりってさっき別れたばかりですがなと胸中で突っ込みを入れたら、ほぼ同時に隣の女性が同じ台詞で美由希さんに突っ込んでいた。

 不思議そうにその女性を見ていたら、彼女の方から自己紹介してくれた。茶色がかった髪の彼女は、リンディさんの義娘さんでエイミィさんと言うそうな。そしてついでとばかりにコスプレ少女についても紹介してもらい、彼女がアルフという名前であり、エイミィさんが現在子育てをしていて、そのサポートをしているとの事だった。

「しかし、ホントにちっちゃな頃のフェイトにそっくりだね。もしあの頃のフェイトの横に並べて、どっちが本当のフェイトか当てろって言われたら、アタシでもわかんないかも」

 不思議に思ってたら、アルフちゃんはフェイトさんの使い魔だと教えられた。使い魔ってアレだよね、魔女の宅急便のジジとか。ん? どういう事なんだろう。

 頭の中を『?』でいっぱいにしてると、はやて部隊長が金髪の女性を連れてこちらに寄ってきた。うわ、また見知らぬ人だ……名前、覚えられるかなぁ。

「美由希さん達、楽しくお話してるとこ、すみません。ちょっとななせ借りて行ってもいいですか?」

「いいけど、何するの?」

「ちょっとした健康診断です。ウチのシャマルやったら、機材なくてもある程度診察する事ができますから」

 美由希さんの腕から、金髪の人が私を抱き上げる。多分この人がシャマルさんなんだろう。私と目が合うと、にこっと笑顔を浮かべるシャマルさん。

「はじめまして、お医者さんのシャマルです。ちょっとななせちゃんの健康状態を調べさせてもらいたいんだけど、いい?」

 そう言えば高町さん家に保護されてから、病院に行ってなかったんだよね。この身体の状態がどういう風になってるのか、調べてもらえるのはむしろありがたいのかも。

 なので『よろしくお願いします』の意を込めてコクコク頷くと、シャマルさんは私を抱いたままコテージへと歩いていく。木製の立派なコテージの中に入り、いくつかあるドアのひとつを開ける。

 中には立派なベッドがあり、シャマルさんは私をそこに降ろして寝かせると、細長く畳んだタオルを私の目のところに被せた。

「ちょっと眠くなるかもしれないけど、そのまま寝ちゃっても大丈夫だからね。次に目が覚めたら、おいしいご飯が待ってるよ」

 そういえば、ちょっとお腹すいたなぁ。診察が終われば食べられるみたいだし、我慢しなきゃ。そう思ってると、何やら小さくシャマル先生の声が聞こえてくる。

「風よ……かの者に優しき眠りの息吹を与えて」

 何かの呪文みたい、なんてぼんやり思っていると、突然睡魔が団体さんでやってきた様な強烈な眠気が襲ってきて、私は抵抗する事もできないまま、眠りの世界に引きずり込まれた。



[30522] 第4話裏――エリオの決意
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2015/05/03 08:30
 エリオ・モンディアル――機動六課 ライトニング分隊所属。

 彼の保護者であるフェイト・T・ハラオウン隊長と、身内と言っても差し障りない同僚のキャロ・ル・ルシエ三等陸士と共に紛失されたとされるロストロギアの探索任務中、同じく機動六課の別働隊であるスターズ分隊と合流するために、とある喫茶店に入った。

 中に入ると自分達の訓練を指導してくれてる高町なのは隊長、同僚であり先輩局員でもあるスバル・ナカジマ二等陸士とティアナ・ランスター二等陸士、そして彼らと行動を共にしていたリインフォースⅡ空曹長がいた。

 それから現地の一般人の人がちらほら、それはいい。この世界に住む人達が集う場所が喫茶店なのであって、余所者は自分達なのだからとエリオは思う。

 ただ、前述の高町なのはに抱かれている、金髪の女の子。その存在が鮮烈にエリオの意識を引き付けた。何故ならその少女は、彼の保護者であるフェイトをそのまま幼くした様な、そっくりな容貌をしていたから。

 その後この世界でのベースキャンプに車で移動した際、両隊長から彼女について名前と『現地で保護した異世界渡航者』という説明がなされたが、それ以上の情報はエリオ達は触れる権利がないのか、説明がされないままだった。

 少女はななせというらしく、なのはとキャロに挟まれる様に座席に座っていた。どうやらななせは話す事ができないらしく、横から楽しそうに話をするキャロの言葉に、こくこくと必死に首を振っている。

 自分の考えが正しければ、彼女は自身と同様の存在である可能性が高い、そうエリオは胸中で呟いた。プロジェクトFというフェイトとエリオにとって、良い意味でも悪い意味でも縁の深い研究プロジェクト。その技術を使い、エリオはとある少年のクローンとして生を受けた。

 そして彼の保護者のフェイトもまた、その技術にて生み出されたクローンだったのだ。ただそれは、完全に払拭された訳ではないが、エリオにとっては癒えつつある過去になっている。それは優しい人達に囲まれて、保護者であるフェイトやその使い魔のアルフ達にゆっくりゆっくり癒してもらったのだ。

 その恩返しをするのは当然だが、エリオはだんだんと自分と同じ様な立場の人達を癒す手伝いをしたい、そんな事を漠然と考えていた。そんな矢先に現れた同属とも言えるななせに、エリオが保護欲を抱かない訳がなかった。

 ベースキャンプになっている湖畔のコテージへと到着し、それぞれが車から降りる。そんな中、エリオは素早くフェイトに駆け寄り、コテージへと歩く一団から少し距離を取った。その中にはキャロに手を繋がれて歩いているななせの姿もある。

「どうしたの、エリオ?」

「すみません、フェイトさん。フェイトさん達が言わない事を聞き出そうとするのは、越権行為だってわかってます……でも」

「……ななせのこと?」

 フェイトがそう声を落として尋ねると、エリオは神妙な表情でこくりと頷いた。

「やっぱり、気になっちゃったんだ」

「フェイトさん達が僕に気を使って伏せてくれてる、というのも解ってるつもりです。ただ、僕はあの子が僕らと同類だとしたら、守ってあげたいんです。フェイトさんが僕やキャロにしてくれたみたいに」

 キャロがどうしてフェイトさんの被保護者になったのかは、エリオもまだ聞いていない。でも、きっと自分と同じかそれ以上の悲しみを背負って、それでも前を向いて頑張っている事くらいは、コンビを組んでいれば伝わってくる。

「ん、そうだね。歳も5つくらいしか離れてなさそうだし、いいんじゃないかな。私にそっくりな子をお嫁さん候補にしてくれるっていうのは、ちょっと照れるけど」

「フ、フェイトさん?」

「でもだとしたら、キャロはどうなっちゃうのかな? ねぇ、エリオ。一夫多妻制の世界に移住するとかどうかな、だったらななせもキャロも幸せになれるし」

「あの、一体なんのお話を……?」

 困惑を顔一杯に表しながら問いかけるエリオに、フェイトはくすくすと笑う。きっと彼女なりの冗談だったのだろう、少し悪趣味だと思うが、自分の緊張とか場の空気を緩めてくれるつもりだったのだろうとエリオはひとまず納得する。

「これから言う事は絶対に秘密だからね、約束できる?」

「……はいっ」

 フェイトが真面目な表情でした前置きに、エリオは誓約の返事を返した。それを見届けてから、フェイトはぽつりぽつりと話し始める。

 ななせがフェイトと同じアリシア・テスタロッサのクローンであり、プレシア・テスタロッサに殺されかけたところをリニスに助けられ、気付いたらなのはの実家の庭に倒れていた事。

 そしてそれ以前の記憶はなく、助けられた当初は自分で身体を動かせない程の衰弱ぶりだった事。この一月程、高町家の人達のおかげで、歩けるくらいまで回復した事。

「そうだったんですか……」

「あとひとつ、これは絶対外に漏らせない情報だから、エリオも覚悟して聞いて欲しいんだけど」

 これまでも低かったフェイトの声が、もう一段階低くなる。エリオがごくりと喉を鳴らした後に頷くのを見て、フェイトはぽそりととんでもない事を告げた。

「あの子自身の能力なのか、それともリニスが転移させる際に何かが起こったのか、そこは不明なんだけど……ななせは、時を越えてこの時代にやってきたの」

 余りに途方もない話に、エリオは内容を理解するのに時間が掛かった。なにせどれだけの儀式魔法を使おうと、どれだけ魔導師ランクが高くとも、過去や未来へのタイムスリップはできないというのが自分達の常識だったからだ。

 そしてその特異性から、もしこの事がバレればななせは管理局をはじめとする研究機関からその身を求められ、モルモットにされる可能性が非常に高い。時を越えた理由が前者であれ後者であれ、初めてのサンプルなのだ。研究者達にとっては喉から手が出る程欲しいだろう。

「私は、あの子を守りたい。代償行為なのかもしれないけど、私が出来なかった事とか、なのは達が私にくれたものを、ななせにはたくさん経験して欲しいんだ」

「……わかります、それは僕も同じ気持ちですから」

 エリオは言いながら、先程まで見ていたななせの表情を思い浮かべる。

『今度は自分の番だ、フェイトさん達がくれた優しさを、僕はあの子にも感じてもらいたい』

 だから守るんだ、もっともっと強くなって、その為の力を手に入れたい。エリオは強く己の心にそう刻み込んだ。



[30522] 第5話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/12/11 18:03
 んん? なんだか急に身体がぽかぽか暖かくなってきたぞ? それにちゃぷちゃぷ音がする。

 あれ、私どうしたんだっけ? 確か、シャマル先生に診察をしてもらおうとして、ベッドに寝かされたところまでは覚えてるんだけど。

 それはともかく、この感覚はヤバいかもしれない。これはちっちゃかった頃に、おねしょをした時の感覚にすごくよく似ている。もし私があのまま寝てしまって、おもらしをしてしまったとしたら……うわぁ、身体の年齢ではセーフだけど、精神年齢的にはアウトだわ。さっさと起きねば。

 意を決してクワッと目を開けると、目の前は一面肌色でした。なんだかもやもやと白い霞みたいなのが浮かんでは消え、浮かんでは消え。もしかして、これは湯気?

「あ、起きたかな?」

「おはよう、ななせ」

 名前を呼ばれて、寝起きの重たい頭を無理やり起こして、声のした方を向く。すると、そこには全裸のフェイトさんがお湯に浸かっていた。

 うわ、服を着てた時も思ったけど、胸の大きさが小ぶりなメロンみたいだった。しつこい様だけど、万年Bカップだった私には羨ましいやら縁がないやらで複雑な気分。

 将来もしかしたらフェイトさんみたいな胸に成長するかもしれないけど、今はつるーんでぺたーんだからね。

 っとと、思考が横道に逸れた。フェイトさんが全裸でお湯に浸かっているっていう事は、ここはお風呂? つまり、私も全裸になってるっていう事なのかと、自分の身体を見てみると、やっぱり幼女幼女した肢体があった。

 そして、さっき肌色一面だった方に視線を戻すと、そこには笑顔のなのはさんがいた。ああ、溺れない様に抱きかかえててくれたんだと、とりあえずひとまず納得する。

「ななせってば、シャマル先生の診察の後、ずっと寝っぱなしだったんだよ。お腹すいてない?」

 なのはさんにそう尋ねられて、そういえばお腹すいたなぁと自覚した瞬間、お腹からくぅ、と空腹を知らせる腹の虫が鳴き始める。

「結構長い時間入ってるしね、そろそろ上がろうか。ななせ、頭洗ってあげるから、一緒に行こ?」

「にゃはは、フェイトちゃんお願い。ちなみに、身体はなのはお姉ちゃんが洗ってあげたからね。心配しなくてもいいよ」

 心配って何の? と心の中でツッコミつつ、とりあえず洗ってもらったのだからお礼をしなければ、とぺこりと頭を下げる。

 まるで荷物の様になのはさんからフェイトさんに手渡された私は、そのままフェイトさんに抱きかかえられたまま、たくさんある洗い場の一つに腰掛ける。

 普通の銭湯かと思ったら、なんだか色んな種類のお風呂があるみたい。なるほど、これが噂のスーパー銭湯かな。実は行った事なかったんだよね、普通の銭湯には何度もお世話にはなったんだけど。

 木で作られた椅子に下ろされて、フェイトさんが優しくゆっくりお湯を頭にかけて、頭を洗ってくれる。

「はーい、目をぎゅってしてないと痛くなるからね」

 丸きり子供扱いだけど、久しぶりに他の人に甘やかしてもらえて、なんだかすごく嬉しくて。せっかくなので、頭を洗ってもらった後の脱衣所でも、なのはさんにバスタオルで身体を拭いてもらったり、アリサさんにドライヤーで髪を乾かしてもらったりして、気分はどこぞのお姫様だった。

 いやー、しかし生まれ変わってからって言うとなんだか語弊があるけど、それから知り合った人達って皆スタイルいいんだよね。もちろん、キャロちゃんとかリインちゃんとかは除外するけど。

 さっき胸元に抱かれてたなのはさんの胸も、非常に柔らかかったし。アリサさんやすずかさんも相当なものだ。あと、フェイトさんすら凌ぐ赤い髪の人も、どうやら部隊長さんの知り合いらしい。また後で、挨拶できる機会があればいいけど。

 服を着て涼しい夜風が気持ち良く身体を撫でていくのを感じながら、コテージへと帰る為に駐車場へと皆で向かう。両隣で私の手を握ってくれてるのは、キャロちゃんとエリオくんだ。嬉しそうな笑顔でエリオくんと一緒にお風呂に入った事を話してくれるキャロちゃんと、照れた様に顔を赤くするエリオくん。

 そういえば、さっき女湯でエリオくんが真っ赤になりながら視線を泳がせてるのを見かけたなぁ。エリオくんくらいの年頃の男の子だと、気恥ずかしいのかもしれないね。大人になれば、その時見た記憶はプライスレスなんだろうけど。

 すると、突然キャロちゃんの左手首に着けられていた腕輪がピカリと光った。続いて、前を歩いていたシャマル先生の指輪にも光が灯る。

「ケリュケイオンが……」

「クラールヴィントにも反応、リインちゃん!」

「エリアスキャン!」

 シャマル先生に呼びかけられたリインちゃんが声をあげた瞬間、彼女の下に丸い魔方陣みたいなものが現れた。えっ、なにこれ。

「ロストロギア、反応キャッチ!」

 目の前で起こっている事が理解できずに呆然としていると、突然美由希さんに抱きかかえられた。

「お仕事だね、ななせはこっちで預かって、ちゃんとコテージに連れて行くから」

「みんな頑張ってきて!」

「フェイト、エリオ、キャロ。気をつけてな」

 どうやらお留守番組である美由希さんとエイミィさん、アルフちゃんがそれぞれ応援の声を掛けた後、なのはさん達は車に乗ってどこかに行っちゃった。

「さてと、私達も移動しようか。戻ってきた皆に、暖かいお茶でも淹れてあげたいしね」

「うん、そうしよう。アリサちゃん達も、一緒に戻るでしょ?」

「はい、もちろんです!」

 私は美由希さんに抱きかかえられたまま、エイミィさんが運転する車の助手席に乗り込む。あれ、子供を抱いたまま車に乗るのって道路交通法違反なんだっけ?

 後部座席にアルフちゃん一人が乗り込み、ゆるゆると車が発進する。その後ろに、すずかさんが運転する車が続く。

「ななせは魔法、初めて見たんだっけ。びっくりした?」

 美由希さんからの突然に質問に、やっぱりさっきのリインちゃんの足元から出た光は、魔法だったのかと思わず納得する。でもびっくりはしたので、こくこく頷いた。

 そういえばあのキチガイおばさんの雷とか爆発も魔法だったのだとしたら、初めてっていうのは違うかも。まぁいいか、わざわざ訂正もできないし。

「私も初めて聞いた時はびっくりしたんだよね、魔法なんて御伽噺かアニメの中にしか存在しない架空のものだったから」

「んー、私はむしろこれだけ質量兵器が溢れてるこの世界の方がびっくりしたかなぁ。管理局からものすごく危険視されてるよ、この世界」

「そりゃエイミィは魔法世界出身だからね。魔法が当たり前にある環境と、まったくない環境じゃやっぱり印象違うもん」

「それはそうだろうけどねー。まぁ、魔法世界の住人全員が魔力を持ってるかと言えば、そうじゃないし……って、ななせちゃんにはこんな話はまだ早いか」

 苦笑しながら、エイミィさんは話を切り上げようとする。つまり、魔法と呼ばれる不思議な力は本当に存在していて、なのはさん達はその力を使って警察みたいに犯人を逮捕したりする役目のお仕事をしてるって事でいいのかな。

 魔法かぁ、子供の頃とかは憧れたよね。魔法を使って瞬間移動したり、物を動かしたり。私もできるのかなぁ、時間があったらなのはさんとかシャマル先生に聞いてみよう。

 そんな調子で美由希さん達の雑談を聞いていると、あっという間にコテージに到着。美由希さん達が私の為に残しておいてくれたご飯をあっため直してくれて、おいしく頂きました。ななせになってからというもの、ご飯を食べる量が減ったんだよね。単純に胃袋が小さくなったからだと思うんだけど。

 なので残しておいてくれた量の半分くらいで、もうお腹一杯。残りはアルフちゃんが全部食べてくれました。

 アリサさんに『ななせ、ちょっとこっちきなさいよ』と抱き寄せられてぬいぐるみみたいに抱きしめられたり、すずかさんに髪をツーテールに結われたり、そんな私を美由希さん達は微笑ましそうに見守ってたりしているうちに、お仕事に出てたなのはさん達一行が帰ってきた。

 エイミィさん達が用意していたお茶を飲んだ後、コテージや外のテーブルの掃除を済ませて。任務が終わったから帰ると言い出したなのはさん達に、アリサさん達は少し不満そうな表情をしていたけど。

「今度来た時は一晩くらい泊まっていきなさいよね」

「待ってるからね、それまで元気で」

 って笑顔でお見送りしてた。見送られるなのはさん達も笑顔でちゃんと二人の気持ちを受け止めて。

「うん、今度は休暇を合わせて、三人で来るよ」

 次に来る約束をちゃんと取り付けてた。あれ、私はどうすればいいんだろう。なのはさんとフェイトさんに引き渡されたっていう事は、私も噂の魔法世界へ連れて行ってもらえるんだろうか。

 そんな考えを読んだのかどうかはわからないけど、フェイトさんが私を抱き抱えてくれた。歩くくらいはできるんだけど、世界を超えるなら足手まといにならないように、ぎゅっとフェイトさんにしがみついておこう。

 さっきリインちゃんの足元に浮かんだ魔方陣の大きいのが私達全員の足元に現れて、光がだんだん強くなる。その光から少し離れたところで見送ってくれている美由希さん達に、小さく手を振った瞬間、私の視界は光に灼かれる様に真っ白に染まった。



[30522] 第5話裏――シャマルとはやての内緒話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2012/01/10 18:19
――海鳴スパラクーアⅡにて




「それで、どやった?」

 目の前の主が真面目な表情で、問いかけてきた。ちゃぷん、とお湯が波打って立てた音が耳をくすぐる。

 それぞれに楽しそうに色々なお風呂を楽しんでいるこの状況は、シャマルにとっては報告するのにもってこいの状況だった。部隊長であり自らの主でもあるはやてに少し付き合ってもらって、屋外の露天風呂へと移動した矢先に、早速問いかけられたのだ。

「身体の方はおそらく未調整、生み出されたその後に最低限調査をした後、処分されかけたんじゃないかと思われます」

「……そうか。声が出ない理由はわかったん?」

「声帯は特に欠損もなく存在してますし、風で癒してみましたけど特に変化はないみたいで。おそらくリンディ提督の所見と同じく、精神的な何かが原因じゃないかと」

 おそらくを繰り返し、確定事項を何も報告できない自分に、シャマルは歯噛みする。けれどもあの子はそれだけ微妙な存在なのだ。よくわかりもしない事を、言い切る事はできない。

「なるほどな。まぁ、目覚めたばっかりで殺されかけたんやったら、そうなるのも不自然ちゃうやろ……あともうひとつの方はどうやった?」

「私の能力だと安全に深い部分までは読み取れませんので、記憶に改ざん痕があるかどうかを調べましたが、特にはありませんでした。もちろん脳にも」

 シャマルの言葉を聞いて、はやては深いため息を吐いた。そんな主の姿に、少々の痛ましさを感じるのは致し方のない事かもしれない。

 若干19歳にしてひとつの部隊を預かる部隊長であるはやてに、やっかい事と言えば聞こえが悪いが、押し付けられたのが先程からシャマルが説明している少女だった。

 また押し付けてきた先がはやての恩人の一人であるリンディ提督だった為、はやても嫌だと言えずにふたつ返事で了承したのだが、これが彼女の心労を増やしている事はシャマルを始め守護騎士全員が見抜いていた。

 そもそも管理局の古狸達とやり合う様になって少しは世間の荒波に揉まれたはやてだが、まだまだ甘ちゃんなところがある。純粋に押し付けられた少女――ななせの心配をしている部分と、部隊管理をしなければならない部隊長の部分が、はやての中でジレンマを起こしているのではないだろうか。

「第1段階はクリアって訳やな。これで可能性はふたつ」

「ええ、本当にあの子は時を飛び越えてやってきたフェイトちゃんの妹か。もしくはフェイトちゃんの遺伝子とクローン製造技術を持っている組織から送られて来た刺客か」

「正直本音を言えば、後者はないと思うんやけどな。第一になんでなのはちゃんの家の庭にわざわざ送りこまなあかんの? 私がその組織の一員やったら、そんな事せんと直接フェイトちゃんなりなのはちゃんに接触させるけどなぁ」

 はやての意見に、シャマルも同意する。例えなのはの実家に入り込んで信用を得る為の作戦だといえ、記憶を操作した子供……しかも衰弱して一人では身体も動かせなかった幼女なのだから、組織の思惑通りに動かない可能性だって高いだろう。

 何よりシャマルは、彼女が敵勢力の人間ではないと思われる、ふたつの判断材料を先程の検査で得ていた。

「でもとりあえず、私は敵じゃないと思いますよ。だってあの子、今のままじゃ簡単な魔法も使えませんし」

「……どういう事なん、シャマル?」

「さっき全身をスキャンした際、リンカーコアはきちんと存在してました。その魔力量もAからAAクラスを出せるくらいのキャパシティはあると思います」

「それやったら、なんで魔法が使えへんの?」

「リンカーコアから魔力を外に出すバイパスが、ななせちゃんにはないんです。これはおそらく先天性のもので、治す事はできますけど、少し時間が掛かりますね」

 湧き水だってどこにも流れる事ができなければどんどん溜まってしまうのと同じで、ななせの魔力も身体の中に溜まり続けている状態だった。

「これを放って置けば、ななせちゃんの体内に収まりきらなくなった魔力は、暴走して外に出ようとするでしょうね。もちろん、ななせちゃんの身体を引き裂いてでも」

「なるほど……そんなやっかいな身体の子を、わざわざ敵に潜入させようとはせぇへんって訳やな。もし地球に留められてたら、私らの手が届く前に自滅してる訳やから」

「ピンポーン、正解ですはやてちゃん。ダメ押しでもうひとつ言わせて貰うなら、さっきキャロが教えてくれた言葉の話が決定打でしたね」

「? なんやの、それ」

 シャマルは先程、ロッジへの帰り道でななせの隣に座っていたキャロから、ななせはミッドチルダ語が聞き取りも読み取りもできないという報告を得ていた。

 もちろん本人にも確認済みであるし、どうやらななせは本当に日本語にしか対応できないらしい。

「それならそれで、また疑問が増えるなぁ。ななせはどうやって日本語を覚えたのか、フェイトちゃんの場合はアリシアちゃんの記憶が下敷きになって、プレシアさんの事をお母さんやと認識しとったんやろ? じゃあ、なんでななせにはミッドチルダ語を読み聞きする能力がないんか」

「さっき言ったリンカーコアの件で、治すのも手間だし処分しようとしたとか。アリシアちゃんの人格のインストール前だったとか、想像はできますけど。真実は闇の中、ですね」

 そう言って、シャマルは肩をすくめた。その動きを見て、はやても『そやなぁ』と自然に入っていた身体の力を抜く。

「ひとまず、あの子はホンマの迷子やという結論にしとこか。んで、そのバイパスが作れんかったら、あの子は念話すらできへんのか?」

「んー、残念ながらできませんね。なので、ミッドに戻ったらななせちゃんを連れて、聖王教会の系列病院に行かせてもらいたいんですけど」

「かまへんよ、シグナムを一緒に連れて行ってもらった方がええやろ。シスターシャッハに繋いでもらえるように、後で言うとくわ」

「ありがとうございます、はやてちゃん」

 シャマルが言うと、はやてはパシャンとお湯で顔を洗った。頭の上に載せているタオルで、顔を拭って苦笑する。

「何より、普通に喋れる様になるまで時間かかりそうなんやろ。念話を使えたらその代わりにはなるやろうしな」

「そうですね。それになにより、魔力を体外に排出できなければ、待っているのは破滅ですから」

 六課の隊員皆の健康を守る医者の立場として、ななせの周囲にいる大人代表としても、ちゃんと前を向いて生きていける様にしてあげたいとシャマルは思う。

 寿命や身体の調整とリンカーコアのバイパスの再形成、あとちゃんと声が出せる様にする。やらなければならない事が、てんこ盛りだ。

「おーい、はやてー!!」

「そろそろ上がりましょう、主」

 シャマルとはやての内緒話の為に席を外してくれていたヴィータとシグナムが、カラカラと露天と屋内を繋ぐ引き戸を開けて、はやてとシャマルを呼んでいた。

「おっと、長湯が過ぎてしもたみたいやな。とりあえず、そういう事でよろしく頼むな、シャマル」

「承りました、はやてちゃん」



[30522] 第6話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/12/14 01:17

 ぷかぷか、ぷかぷか。頭の中に強制的に流し込まれる知識を、とりあえず大事そうなところだけピックアップしながら、私はガラスを隔てた向こう側をぼんやり観察する。

 シャマル先生が忙しそうに、空中に現れたキーボードをせっせと叩いていて、助手の人達が5人くらい総出でそのサポートをしてる感じなのかなぁ。

 一方ガラスの内側の私は、特殊な水の中で全裸でぷかぷか浮かんでいるだけ。あ、でも暖かいからお湯なのかな。

 どこが特殊かと言うと、この液体は今の私みたいに筒の中で液体の中に沈んでいても、息が出来るというところ。いや、最初にこの筒の中に入れられて、足元からどんどん水位が上がっていく様子はとても怖かったけど。鼻の中に水が入ってツーンと痛かったり、耳の中に水が入ってきて耳が聞こえにくくなったりしたけども。

 でも、もう2日もこの中にいれば慣れたものですよ。あとこの液体にはもうひとつ優れものな機能があって、外で操作すればこの液体を通じて、強制的に中の人に好きなデータを学習させる事ができるという、日本で売ればサラリーマンが飛び付きそうなびっくり便利なものだったりします。

『ななせちゃん。これから3日間とっても暇だと思うから、魔法のお勉強しましょうね』

 初日にそう言われて、私はまるで脳に直接データが流し込まれる様に、魔法の基本的な事を強制的に覚えさせられた。

 そもそも何で私がなのはさん達と別行動を取っているかというと、転移させられた後でシャマル先生が『じゃあ、このまま病院に行ってきますねー』と私の手を取って、ごく自然になのはさんチームから離脱したからだ。

 部隊長さんは朗らかに笑って『気ぃつけてなー』と手を振ってくれたけど、他のみんなは突然の出来事に固まってたもん。きっとシャマルさんは凄腕の誘拐犯になれるに違いない。

 そしてこの病院(なのかな?)まで一緒に来てくれた人がもう一人、紫がかった赤い髪をポニーテールにしている、シグナムさん。

 もちろん別行動を始めて、彼女に名乗ってもらうまで名前も知らなかったけどね。コテージでも見掛けたけど、ちゃんとは話してなかったし。

 キリリとした格好いい容姿をしてるけど(もちろん、女性としても美人さんなんだけど)、意外に面倒見のいい人で、移動の際は率先して私を抱き上げてくれた。

 一応歩ける事は身振り手振りでアピールしたんだけど、シグナムさんは小さく微笑んで『まぁ、抱かれておけ。向こうについたら、お前には頑張ってもらわなきゃいけないのだから』なんて優しい言葉を掛けて貰ったり。百合の人なら惚れてしまうやろーって感じの中性さですよ。そういうケのない私でも、ちょっとドキドキしちゃったし。

 でもそんなシグナムさんに、シャマル先生がちょっとだけお説教みたいな事してて。

「シグナム、お前じゃなくてななせちゃん。ちゃんと名前で呼んであげなさい」

「……なんというか、テスタロッサと瓜二つだからな。違う名前で呼ぶのがしっくりこないというか」

「んもう、フェイトちゃんとななせちゃんは別人なんだから。せっかくだから、空き時間にたくさん呼びかけて、慣れちゃってください」

 シャマル先生がそう言うと、ちょっぴり情けない表情を浮かべたシグナムさんだったけど、生真面目に私の名前をたくさん呼びかけてくれた。その度にこくこく頷くのには疲れたけど、なんていうかキリリと隙がない美人なシグナムさんの可愛いところも見れたし。個人的にはとても楽しい時間だった。

 えっと、なんの話をしてたんだっけ? あ、そうそう。魔法ってすごいなって事ですよ。私達が地球から転移した場所は、なのはさん達がお勤めする『時空管理局』の本局だったんだけど、異空間に浮いてるんだって。シグナムさんとシャマル先生に通称『船着場』というところに案内してもらったんだけど、そこにはまるでSF映画に登場する様な宇宙船がいくつか停泊してて、まさしく船着場……もしくは港って言っても差し支えはないかもと思った。

 あんなのが水じゃなくて、空間移動するとか、もう映画の域を超えてるよね。あれを見てから、とりあえず常識外の出来事を見ても『魔法だから』って流して、脳の平和を優先しようと思ったんだよね。じゃないと、どれだけ驚いてもきっと驚き足りない世界だと思うから。

 本局からヘリコプターで近場の地上部隊まで送ってもらって(もちろん、前世も含めてヘリコプターに乗ったのは初めて)、そこで車を借りて2時間くらい走ったのかなぁ。だんだん自然が深くなっていったところに、目的地である病院があったんだけど。またこの病院が広いったらありゃしない。

 聖王教会という所謂宗教団体が経営している病院だという前情報を聞いていたから、非常に生臭い考え方で『宗教ってやっぱり儲かるんだなぁ』とか明後日な方向の感想を抱いちゃったりしたんだけど、それはともかく。

 ロビーで私達を待っててくれたのは、修道服姿の女性だった。明るい紫の髪をショートカットにしていて、この人も結構な美人さんだと思う。

「騎士シグナム、騎士シャマル、お待ちしていました。こちらが、お話にあった少女ですか?」

「ご無沙汰しております、シスターシャッハ」

「お世話になります、シスターシャッハ。ええ、今回保護しましたななせちゃんです」

 シスターさんが話を切り出すと、まずシグナムさんが一礼しながら応えて、最後にシャマル先生が私をシスターさんに紹介してくれた。

 後から聞いた話だと、シグナムさんはこのシスターさん――シャッハさんと仲が良いらしく、私達の護衛と彼女との間を取り持つ為に着いてきてくれたんだって。

 私の名前を聞くと、シャッハさんは屈んで私の目線に合わせてくれて、にっこり微笑んだ。

「はじめまして、シャッハと申します。よろしくお願いしますね」

「あ、ごめんなさい、シスターシャッハ。ななせちゃん、喋れないんです」

 自己紹介してくれたシャッハさんに、私がうまく言葉を返せないでいると、シャマル先生が慌てて補足してくれた。せっかく優しく話し掛けてくれたのに、申し訳ない気持ちになる。

「そうだったんですか……ごめんなさいね、私の配慮が足りなくて」

 そんな事はない、と私は思い切りブンブン首を横に振った。どうやら熱意は伝わったのか、私の頭を撫でながら微笑んでくれる。

 それからあれよあれよと言ううちに、この筒の様な装置がある部屋へと案内されて、あっという間に全裸にされた後に筒の中へ放り込まれた。そして現在に至っている。

 おかげさまで、魔法については結構理解できたんだけど、私がイメージしてた魔法とはちょっと違うものなんだよね。

 魔法って言われてすぐ頭に浮かぶのは、サリーちゃんとかアッコちゃんとかの願いを叶える系のものを思い出すけど、この世界の魔法は科学にとてもよく似たものだと思う。

 術式と呼ばれる設計図通りに構成を組んで魔力を流すと、その術式によって空を飛んだり魔法で攻撃したりできる。家電とかもそうじゃない? 設計図通りに商品を作って、コンセントから電気を流すと動く。ちょっと乱暴だけど、そういうイメージでいると魔法に馴染みやすいかもしれない。

 バリアジャケットと呼ばれる防護服とか、デバイスと呼ばれる補助装置についての話もあったけど、そこはとりあえず置いておくとして。ひとまずこれだけ理解しておけば、新しく魔法を習う時がきても対応できるんじゃないかなと自己満足。

『ななせちゃん、次はミッド語の読み書きいくからね。眠くなったら寝てもいいわよ、睡眠学習の要領で頭の中に知識はちゃんと入ってくれるから!』

 シャマル先生の寝不足からくるテンションハイな声が響いた後、英語によく似た言語が頭の中に怒涛の勢いで流れ込んできた。うぅ、知恵熱でそう……。





[30522] 第7話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/12/16 07:46
 あー、疲れた。身体はちょっとふやけただけだけど、脳みそと精神が疲れた。

 でも私の疲れなんて、目の前でクマを作って不気味に笑ってるシャマル先生に比べたら可愛いものだと思う。お疲れ様でした、ありがとうシャマル先生。

 シャマル先生には少し仮眠をとってもらっている間、私はお風呂に入らせてもらって、ちょっとだけベタベタする身体を一生懸命洗った。病院の看護士さんも一緒に入ってくれたおかげで、少し深めの浴槽でも溺れずに済んだのはとっても助かりました。

 でもお風呂上りにちょっとした問題が発生した。ほら、私ってシャマル先生に急に病院に連れてこられたじゃない? だから、着替えなんて持ってきてなくて。着てきた服は看護士さん達が気を回してくれて洗濯した後、一足先に機動六課のオフィスに送られてしまったそうな。

 別に病院服を貸してもらえたら、それでもいいという旨を紙を借りて書いたんだけど、それは規則上できないとの事。どうでもいいけど、早速強制的に頭に詰め込まれたミッドチルダ語が役に立った瞬間だった。ひらがなと漢字とカタカナに、新たな変換候補としてミッドチルダ語が自動的に浮かぶのは、なんだか変な感じ。

 最終的に看護士さんの一人が以前着用していた聖王教会の修道服(子供用)をお借りして、それを着て帰る事に。ただそれでも随分サイズが大きかったので、針と糸を借りてその場で不恰好にならない程度に裾やら袖やらをちょちょいと手直し。元一児の母を舐めないで欲しい。小学生の母親なんて、裁縫が出来れば出来るだけ色んな事が捗るんだから。
 もちろん、ちゃんと元に戻せるように許可を得て仮縫いさせてもらいました。借り物だし、何より思い出の品っぽいもの。そういうのは大事にしないと。

 そんなこんなで4時間くらい経った頃、シャマル先生が目を覚まして、ようやく帰る準備完了。病院に来て最初に会ったシスターシャッハが、機動六課まで送っていってくれるとの事だったので、遠慮なく好意に甘える事にした。

 車の後部座席に座ると、帰り道は私の身体の状態とこれからどう治療していくかという話を、シャマル先生に聞かせてもらう。

 どうやら私の身体には魔力を生み出す源であるリンカーコアという器官があるにはあるのだけど、そこから魔力を送り出す為の道がなかったらしい。なのでこの三日間の治療でその道を作ってくれたみたい。ただ作りたてで強度が非常に弱いので、ある程度安定するまでは服薬必須だそうで。もちろんその間は魔力を使う事も禁止なんだって。

 まぁ、心配しなくても魔法の概略は勉強したけど、詳細な魔法の使い方なんて知らないんだから、使いたくても使えないんだけどね。

 それと私が誰かのクローンだという事と、身体の調整をせずに放り出された為、寿命などがあのままだと非常に短い状態だったんだって。それも人並みに……もしかしたら他の人よりちょっとだけ短いかもしれないけれども、できるだけ長生きできるように調整してくれたんだって。

 そりゃあ一度死んでる身の上とはいえど、もう1回死ぬっていうのは非常に怖いなって思う。でも、第二の人生をこうやって歩ませてもらっている以上、これ以上を望んだらきっとバチが当たるんじゃないかな。

 一時期前世で話題になったクローン羊も、結構あっさりと死んでいた様な記憶がある。それを考えると、他の人と同じか少し短いくらいまで寿命を延ばしてくれるなら、御の字だもん。

 あと、この3日間ずっと入れられていたあの筒なんだけど、医療機関でも限られたところにしかないんだって。私に魔法やミッドチルダ語の知識を詰め込んだのも、通常の利用方法じゃないそうな。本当は切ったり貼ったりせずに身体の内部の治療をするためのものなんだって。私の場合は脳とかも調べる必要があったから、ついでに知識を流し込んでみましたみたいなノリだったとシャマル先生は苦笑してた。

 声が出るようになれば、流暢にミッドチルダ語も話せる様になったとはいえ、後からそういうリスクっぽい話を聞かされると、ゾゾッと背筋が寒くなる。シャマル先生としては大丈夫という確信があったからこそ行ったんだろうけど、脳みそが破裂とかしたらどうするつもりだったんだろう。いや、失敗すると破裂するのかどうかは知らないけど。

 でも安全性さえ確立できたら、この機械って世紀の大発明だよね。英会話とか覚えたい人にバカ売れしそうな気がする。まぁ、それはさておき。

「騎士シャマル、ななせ、お疲れ様でした。病院の看護士から、その修道服はプレゼントするとの伝言を預かってます。大事にしてあげてくださいね」

 車が機動六課の門まで到着し、どうぞお茶でもと言うシャマル先生の言葉をシャッハさんが固辞し、別れ際にそんな事を言われた。そう言えば、借りてた修道服を着てたんだよね。シャマル先生との話に集中してたから、すっかり忘れてた。

 キュキュキュ、と急いでメッセージをノートに書いて、その紙を慎重に破ってシャッハさんに手渡す。

「あの看護士に渡せばよろしいですか?」

 私の意図を汲んでくればシャッハさんがそう尋ねてくれたので、こくこくと頷く。快く引き受けてくれたシャッハさんは、必ず渡す事を約束してくれて、そのまま車に乗って走り去った。

 車が見えなくなるまで見送って、改めて機動六課の建物や周りの駐車スペースを見ると、ただただその広さに圧倒される。周り海だし、建物は高いし幅は広いし。正面から見てるだけでも、その広さの一部が垣間見える。

 私が義娘と二人で住んでた団地の棟、何個入るのかなぁなんてつまらない事を考えながら、シャマル先生に手を引かれて建物の中に入る。

 ここの責任者はあの八神はやて部隊長らしいので、帰ってきたらちゃんと報告に行かないといけないんだとか。あの若さでこれだけの場所の責任者になるだなんて、私にはどんな世界なのか想像もつかないけど。でも努力しないと、そうはなれないよね。きっと部隊長はデキる女なんだろう、なんて一人で納得する。

 すれ違う人達がシャマル先生に挨拶をして、その後必ず私を不思議そうな目で見るのがちょっと気になったけど、小さな子供が修道服なんて着てたらそりゃ思わず見ちゃうよね。

 シャマル先生が立ち止まったところを見ると、なんだかメカメカしい壁があった。でも、そこだけ色が違うっていう事は、これはもしかしてドアなのかなぁ。

 シャマル先生がボタンを押すと、ブーッという音がして、その後『どうぞー』と明るい声が返ってきた。間違いなく、あの時聞いた部隊長さんの声だと思う。

 スーッと壁が横にスライドして、シャマル先生は躊躇なく中に入っていく。省スペースな自動ドアって珍しいなぁなんて思いながら、私も手を引かれながら後に続いた。

「おー、おかえり……って、どないしたんや、ななせ」

「何故シスターの服を着てるです?」

 机に座って不思議そうな表情で尋ねてくる部隊長さんと、ふわふわと浮かんで私の周りをくるくる回る妖精さん。えっ、妖精? リカちゃん人形サイズでふわふわ飛ぶんだから、多分妖精なんだろうけど……さすが魔法世界、不思議生物もいるんだねぇ。

 でもこの妖精さん、あのリインちゃんにそっくりなんだよね。服はこれまですれ違ってきた人達と同じ茶色のスーツ姿なんだけど、特徴的な銀色の髪とか、青い瞳はリインちゃんそのものだ。

 私がまじまじと妖精さんを見ていると、部隊長さんが納得したようにパンと手を打って、くすくすと笑った。

「あはは。ななせが思ってるんで間違いないよ、この子は地球で一緒に行動してたリインなんよ。元々はこっちの大きさが本当やから、慣れたげてな」

「ああ、そういう事でしたか。リイン、大きいままの姿でいる事もできるんですが、燃費がものすごく悪いのですよ。驚かせちゃってごめんなさい」

 しょんぼり、と肩を落とす妖精さん改めリインちゃんに、私は気にしてないと言う気持ちを込めて首を横に振る。えへへ、とリインちゃんと笑い合うと、シャマル先生が声をあげた。

「はやてちゃん、ただいま戻りました。ななせちゃんの身体についてはあとで報告書をあげますけど、とりあえず調整等は全て終わってます」

「ふむ、ご苦労様やったな。まぁ、特に悪いところも見つからんかったって事でええんかな?」

「そうですね。リンカーコア関係の完治まで、あと2週間から1ヶ月程度。ただ声に至っては現状維持しかできない状況ですね」

 少し声を落としてシャマル先生が報告した。私に気を使ってくれてるんだろうけど、気にしなくていいのに。紙とペンさえあれば意思疎通もできるし、今は特に声がでない事で困る事もないもんね。多少不便には感じるけど、そこまで気にされるとこっちが恐縮しちゃう。

「そんで、何でななせは修道服なんて着てるん? それ、カリムのとこの人が着てる奴やろ?」

 服を持っていくのを忘れた上に、あちらの好意で着ていた服を先にこっちに返却された事をシャマル先生が話すと、部隊長さんが『そう言えばなのはちゃん達が、ななせの荷物持ったままやったなぁ。すまんかった』と謝ってくれた。実は今もパンツ穿いてないけど、素っ裸でここまで戻る事はなかったから、結果オーライなんじゃないだろうか。

 とりあえずパンツを穿きたい……もとい、着替えたいと部隊長さんとシャマル先生に訴えたけどうまく通じず。『せっかくコスプレしてるんやから、なのはちゃん達にも見せたったら?』という部隊長さんの提案により、このままの格好で六課の隊舎の中をリインちゃんに案内されるという羞恥プレイが実行される事に……うぅ、スースーする。




[30522] 第7話裏――シャマルとはやての内緒話 その2
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2012/01/10 18:25
「いいんですか? リインちゃんにも仕事があったんじゃ……」

「ええんよ、こないだのホテルアグスタの事件で、リインには現場管制頑張ってもろたし。ちょっと休憩さしたらな」

 ななせがリインと共に部隊長室を後にし、部屋の中にはシャマルと部隊長である八神はやての二人だけが残っていた。

「しかしアレやね、この間の露天も含めて、シャマルとはこうやって内緒話ばっかりしてるなぁ。負担掛けてごめんな」

「な、何言ってるんですか、はやてちゃん! 私こそ、ホテルでの警護任務に参加できなくて申し訳なく思ってます」

 シャマルが勢いよく頭を下げると、今度ははやてが慌てた。手を横にひらひら振りながら、頭を上げる様に言う。

「シャマル、それはちゃうよ。ななせ連れて病院行きを許可したんは、私や。もうその時には本局捜査部からの指令メールは来とったんやから。シャマルには何の責任もない」

 頭を下げあう主従は、やがて顔を見合わせるとクスリと笑った。ひとしきり落ち着くための間を作った後、はやてから本題を切り出す。

「それで、最終判断としてはどうやったん? ななせの身体、外も中も隅々まで調べたんやろ?」

「はい、今度こそ間違いなくななせちゃんはシロだと断言できます。どれだけ表皮に傷を残さずに脳をいじっても、その形跡は脳の内部に必ず残りますから。どこかの組織から送り込まれた刺客という事は確実にないでしょう」

「それはなによりやね。それで、前に言うてた寿命とかも調整できたん?」

「そうですね、普通に生まれた人と比べても数年寿命が短い程度になる様に最適化しました。これくらいなら、誤差みたいなものだと思いますし」

 先程報告を受けていたリンカーコアの回復も含めて、順調な経過だと思われる。そう判断したはやては、安堵した様にはぁ、と深いため息をついた。

「それでですね、あの子の今後の事なんですけど……」

「それなんやけどな、難航中やなぁ。引き取り手は桃子さんとリンディさんが立候補してくれてるんやけど。なにせあの子はアークメイジとも呼ばれる大魔導師、プレシア・テスタロッサ謹製のクローンであり、時間跳躍をした可能性がある子やから」

「狙われる理由としては、充分あるという事ですね」

「そういう事やね。そう考えるとリンディさんのところは一見安心やけど、地球で魔法使われて拉致られたら、対応できへんやろ? リンディさんも本局勤めやから、常にあの子の傍にいる事はできへんし。エイミィさんとアルフは子育てに必死やろうし」

「桃子さん達には魔法に抵抗する力がない、というよりもあの世界自体がという方が正しいですけど」

 噂によると美由希さんや士郎さんは腕に覚えがある様なのだが、魔導師相手にはやはり分が悪いと考えるべきだろう。義務教育で学校などに入れば、周囲の生徒なども巻き込む事になりかねない。

 それに何より、ななせは声を出す事ができない。未来永劫そのままであるという可能性も考えられる為、コミュニケーションが健常者と取りにくいという事や、襲われた時に声を出して助けを呼べない事も理由としてあるのだろう。

 ミッドチルダであれば、念話を使ったり特殊なデバイスでこれらのマイナスファクターを排除できるが、魔法文化がない地球では難しいだろう。

 はやては幼い頃に足が動かないというハンデを抱えていた事があったので、身体的な不自由が理由でななせが馴染めなかったり、危険に晒されるのではと懸念を示したのではないかと、シャマルは推測した。

「そういう訳で、ななせはしばらく六課で預かる事になりました。一応私が保護責任者、まぁ名前だけになるかもやけど」

「えっ、どうしてはやてちゃんが?」

「なのはちゃんとフェイトちゃんが、どっちが保護者になるかってちょっとだけモメてな。二人とも忙しいんやから、子供の面倒なんか見られへんやろって止めに入ったら、じゃあ間を取って私がなる事になってん。まぁウチは家族も多いし、私が面倒見れんでもザフィーラがお守りしてくれるって言うてくれたから、引き受けたんよ」

「じゃあ、はやてちゃんのお部屋に住むんですか?」

 シャマルが聞くと、はやてはふるふると首を振った。そして苦笑しながら、質問に答えてくれた。

「私らの部屋やったら、緊急連絡も入ったりするから、ななせもゆっくり寝られへんやろ。そしたらな、なんとキャロが同室になってもええって立候補してくれたんよ」

 なるほど、確かに地球で合流してから、キャロはなにかとななせの世話を焼きたがったりしていた事を、シャマルは思い返した。ただ、問題がひとつある。

「キャロのお部屋って、確かひとり部屋でしたよね。二人で住むには、ちょっと狭くありません? 一般職員の個室ですし」

「ななせの荷物も着替えくらいやし、なによりななせのサイズもちっちゃいから大丈夫やろうとの事や。キャロが一緒に寝るの楽しみにしとったよ、すっかりお姉さん気分やったわ」

「本人がいいなら、私達がとやかく言う事ではないですね。キャロもこの部隊ではエリオと並んで最年少ですし、妹分が身近にできて嬉しいんでしょうね」

 話が新人達に移ったところで、シャマルはクラールヴィントに送られていたデータの事を思い出した。それにはホテル・アグスタの護衛任務の際に起こったいくつかのトピックスについて書かれていたが、シャマルが一番気に掛けていたのは、ティアナが起こした誤射未遂だった。

「そういえば、アグスタでのティアナの誤射の件なんですけど、あれから何か変わった事はありました?」

「うーん、そうは言うてもまだ2日やからね。一応その当日になのはちゃんに叱ってはもろたんやけど、現場でヴィータにきつく怒鳴られたらしくてな。これ以上言うのは逆効果やと思ったらしくて、無茶はしない約束だけはちゃんとしたって言うてたよ」

 それを聞いて、シャマルは自分がカウンセリングを行うべきかと考えた。けれども、相手はあのプライドの塊の様なティアナだ。パートナーであるスバルを自らの弾丸で打ち落としかけたばかりの今、他人が話をしたところで自分の心の内を吐露するだろうか。いいや、しないだろうとシャマルは結論付けた。

「今のところ、なのはちゃんに任せるしかないですね」

「私はそんなに心配してないよ。戦技教導隊で経験積んで、人に教えるスキルを積み重ねてきたなのはちゃんや。個人的な挫折かて経験してるし、人間的にも成長してる。ちゃんとティアナも他の3人も成長させてくれるって信じてる」

 はやてにそう言われて、シャマルは『そうですね』と頷き返した。もちろんそうなのだ、自分の主と同じ様になのはも成長しているし、その仕事ぶりや周囲の評価も非常に高評価を得ている。はやての言葉を否定する材料など、どこにもない。

 シャマルは心配事を解決できた軽やかな気持ちで、続けて前回の任務で現れた召喚師の情報をはやてと共有した後、部隊長室を後にしたのだった。




[30522] 第8話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/12/22 06:40
「ふう、こんなところでしょうか。結構広いので一度では覚えきれないかもしれませんが、そんな時は近くにいる人に聞けばいいですよー」

 私の肩に腰掛けながらそう言うリインちゃんに、お礼の意味もこめてこくこくと頷く。

 確かにこの建物の中は広いけれど、警察の部隊みたいなところなので、立ち入り禁止の区画の説明の方が多かった。とりあえず食堂や大浴場の場所さえわかれば、生活に差し障りはないと思うので、そこだけしっかり覚えようと思う。

「ななせからは、何か質問ないですか?」

 小首を傾げるリインちゃんに尋ねられて、少し考える。今しなきゃいけないのは、なのはさん達に挨拶する事だと思うんだけど、案内してもらってる間には一度もすれ違わなかった。

 これからも用事がある時になのはさん達を探さなければいけない場合もあるだろうし、居場所を聞いておくのもいいかもしれない。

 なので私は、さっきはやてさん(部隊長は堅苦しいからやめてと言われた)からもらったスケッチブックに、サインペンで文字を書いた。もちろん、覚えたてのミッドチルダ文字で。

 やっぱり頭で理解するのと、使い慣れるって言うのは違うと思うんだよね。なので、スラスラ書ける様に普段からミッドチルダ文字を使うようにした。
 
『なのはさん達は普段どこにいるんですか?』という意味の言葉をササッと書くと、リインちゃんににっこりと笑った。

「そうですね、なのはさん達の練習場も案内しておいた方がいいかもですねー。じゃあシャーリーのところに行ってから、案内するです」

 突然出てきた新しい名前に、今度は私が小首を傾げた。そんな私の反応に、リインちゃんがくすくすと笑う。

「シャーリーは、この六課の通信主任兼デバイスマイスターなんですよ。デバイスがどういうものかは、知ってるです?」

 舐めてもらっては困る、強制的に詰め込まれた魔法の概論にちゃんと触れられてた。なので知ってるという意思表示で、またもこくこく頷く。

 デバイスとは、解りやすく言うと魔法を使うための補助をする為のもの……だと思う。演算をデバイスに任せたり、術式を覚えさせる事によって、一人では行使できなかったり時間がかかる魔法を短時間で発動したりできる。

 わかりやすい例を出すと、アッコちゃんの魔法のコンパクトとか。義娘が大好きだったプリキュアの変身アイテムとかも、広義で言えばデバイスなのかも。

「まぁ、私自身もデバイスの一種なので、シャーリーにはたまにお世話になったりもします。デバイスマイスターは、デバイスの点検や改修などが主なお仕事なんですよ」

 歩きながら補足の説明を聞く。あれ、確かデバイスにはインテリジェントデバイスと、ストレージデバイスの二種類があるって聞いたんだけど。

 私の不思議そうな視線に気付いたのか、リインちゃんは得心した様に頷いた。

「私は特殊なデバイスで、ユニゾンデバイスってカテゴリに入ります。マスターとシンクロする事によって、パワーアップさせる事ができるですよ」

 むん、と力こぶを作りながら言うリインちゃん。うん、かわいい。リカちゃん人形サイズだから、余計に妖精とかそういうファンタジー世界の生き物に思えてくる。

 そんなリインちゃんと雑談しながら歩いていると、さっき入った部隊長室みたいな扉がまた一つ。慣れた様子でリインちゃんがノックすると、中から『はーい』と女性の声が聞こえてきた。

 スーッと地面とこすれる音もなくドアがスライドすると、中にはメカメカしい設備がたくさん。そんな中、リインちゃんも着ている茶色の制服を身に纏った女の子が、こちらを見てニコっと笑った。茶色がかった髪を長く伸ばして、メガネをかけてる女の子。歳はなのはさん達とそう変わらないのかなぁ。でも、年上という事はなさそう。

 そんな事を考えていたら、いつの間にか息が掛かるくらい近くに、シャーリーさん?の顔があった。屈んでじっと私の目を見つめてくる。

「うわぁ、かーわーいーいーっ!!」

 見つめあったのは数瞬の間だけで、いつの間にか私はシャーリーさんに抱き上げられて、ほっぺにすりすりと頬ずりを受けていた。ちょっ、痛……くはないけど、恥ずかしいよ!

「連れて帰ってウチの子にします、誰に言えばいいですかっ!? フェイトさんっ、それともなのはさんっ!?」

「シャーリー、落ち着くですよ。ななせがびっくりしてるです」

 いやいや、びっくりとかいうレベルじゃないですから。というか、シャーリーさんの腕に押し上げられて、スカートの裾がずり上がってくる。ちょ、私今パンツはいてないんですってば!

「あ、シャーリー。ななせは今パンツを穿いてませんので、それ以上スカートがめくれるとお尻が丸見えになるです。気をつけてあげてください」

 リインちゃん、ナイスタイミングだけどそんな普通のトーンで言わないでほしい。シャーリーさんも『あらあら』みたいな感じで、特に抵抗もなく私のスカートの裾を元に戻した。

 なんだろう、この世界にはパンツを穿かない宗教とか民族がいるんだろうか。なら、このスルーっぷりにも納得がいくんだけど。

「えっと、シャリオ・フィニーノです。皆はシャーリーって呼ぶから、ななせちゃんもそう呼んでね……ななせちゃんで、いいんだよね?」

 どうやら事前に私の事は聞かされてたみたいで、さっきからリインちゃんが私の名前を普通に呼んでるんだけど、それでも一応確認のためにそう問いかけてくれた。

 頷く私を部屋の脇においていた丸椅子を持ってきて、そこに座らせてくれる。かと思ったら、私の頬に手を置いて、なんだか遠い目で私の顔を覗き込んでいた。

「はぁっ……フェイトさん、昔からこんなに可愛かったんですね。そりゃあ、あれだけの美人さんになりますよね……世の中って不公平」

「シャーリーだって可愛いじゃないですか」

「リイン曹長、違うんですよ! 大人になってからの可愛いと美人の間には、決して分かり合えない深くて広い溝があるんです!! まぁ、目の保養にはなりますけどね」

 確かにシャーリーさんは可愛い顔立ちの人だと思うけど、そこは否定しないんだなぁと、少しだけ同性ながらその図太さに感心した。まぁ、それはいいとして。

「ななせをここに連れてきたのは、預かっているデバイスの改造をこのシャーリーがしてくれてるので、紹介しておきたかったのですよ」

 預けていたデバイス? 思い当たるフシを記憶の中で大捜索して、検索結果が1件引っかかる。もしかして、あの猫にもらった金属片?

「まだ完成してないんですけど、シャマル先生からさっき連絡があって、あと2週間後くらいには渡せる様にって。本当ならななせちゃんくらいの歳の子に、インテリジェントデバイスなんて渡さない方がいいんだけど」

 まぁ、リミッターも設定するし、思考トレースでマスター登録や魔法行使できるプログラムも出来てるし、なんてシャーリーさんは説明してくれるけど、私にはあんまり理解できず。

 でも、きっと暮らし易くする為にしてくれてるんだろうなぁと思うと、本当にはやてさんを始めとしたこの場所の皆さんには感謝しきれない。ちゃんと使いこなして、一人でも暮らしていける様になる事が最大の恩返しだと思う。

「せっかくフェイトさんのバルディッシュとおそろいの見た目なんだから、それは崩さずにひとまわり小さくして、ペンタンドトップにしようかと思ってるの。見てみる? まだ作業中だけど」

 そう言うとシャーリーさんは再び私を抱き上げて、部屋の壁際にある水槽の様なものの前に立った。ポコポコと泡が浮かんでは消えを繰り返している水の中を見ると、予想通りあの時にもらった金属片が沈んでいた。確かにこうやって見ると、少しだけ小さくなった様な……気のせいかもしれないけど。

「この子の名前はね、フランキスカって言うの。いやぁ作った人は天才だよね、発想がとんでもないっていうか。ただ部品の中には古いものが使われてて、今だとその倍くらいの効率を小さな部品で出す事もできるから。私がやってるのは部品の入れ替えと調整だけかな。これ、普通に買おうとしたらとんでもない値段になるよー」

『だから、という訳でもないけど、大切にしてあげてね』と最後に付け足されたシャーリーさんの言葉に、私は強く頷いた。どういう因果か前世の記憶を持ったまま、フェイトさんのそっくりさんのクローンに入り込んじゃった私だけど、桃子さんを始めとして優しい人にはたくさん出会って助けてもらった。

 でも、この子は私を助けるだけじゃなく、一緒になって歩いてくれる為に生まれてきてくれるパートナーなんだ。この世界で初めて出会う、対等の存在って言ってもいいかも。

 私も頑張って魔法を覚えるから、早く生まれてきてねって心の中で念じる。すると、聞こえる訳ないのに、なんだかフランキスカの表面がキラリと光った気がした。

 うーん、多分目の錯覚だよね。でも、もしも私の心の声に応えてくれたのなら嬉しいなって思った。




[30522] 第9話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:658aa880
Date: 2011/12/25 19:42
 シャーリーさんを加えて、今度はなのはさんやスバルさん達が訓練をする訓練場へと足を運ぶ。私の歩調に合わせて歩いてくれるシャーリーさんと、相変わらず私の肩にちょこんと腰掛けているリインちゃんが雑談しているのを聞き流しながら、私は自分の未来の事をなんとなく考えていた。

 今はこうしてはやてさんの部隊で預かってもらってて、食事とかも食べさせてもらえるみたいだからいいけど、いつまでもここにいられる訳じゃないと思うんだよね。

 魔法世界の簡単な概論を理解した今だからわかるけど、私が高町さんちで暮らすのって結構難しい話なんじゃないかな。まず一つ目のマイナスファクターとして、私が喋れない事。

 この世界ならさっきシャーリーさんが説明してくれたみたいに、フランキスカみたいな補助デバイスを使って、とりあえず人並みに生活する事ができるみたい。でも日本には、手話か筆談くらいしか喋れない人が意思疎通をする方法がない。もちろん勉強すればいいんだろうけど、手話を勉強して実用レベルまでにもっていくのに、結構な時間がかかると思う。

 もちろん手話にも問題点があって、手話を理解できる人が非常に少ないという事。もちろん、前世の私だって手話に関わらない生活をしていたので、まったく理解できなかった。

 そして二つ目が、身体年齢がまだ幼い事。向こうの世界だと幼稚園や保育園に入れられて、さらにこれから長い年月をかけて義務教育を施される歳だもん。向こうの世界でハンデを背負った私が、おんぶに抱っこで桃子さん達の好意に甘えたまま長い年月を過ごす事を想像すると、居た堪れなくなってくる。

 それに比べるとミッドチルダでは就職年齢が低いらしく、12歳くらいで管理局に入って仕事をする子供も珍しくはないみたい。例え言葉が喋れなくても、念話っていうテレパシーみたいな魔法を使えばコミュニケーションはとれるみたいだし、自立を考えるならこっちでどうにか生活をする方法を考えた方がいいのかもしれない。

 魔力の源であるリンカーコアから魔力を外に出すバイパスが安定利用できるようになるまで、あと二週間。そこから誰かに魔法を教えてもらって、なんとか働き口を見つけるのが、今考えられる一番の方法かな。もちろん桃子さん達へ恩返しの代わりに、少しずつお金を仕送りしたりするつもり。それが恩返しになるかどうかは私自身も微妙だと思ってるけど、まぁけじめというかなんというか。

 そんな風に考えを巡らせていると、いつの間にやら外を歩いていて、海に面した堤防の様なところに出た。陸から歩いて少し沖の方まで出られる様になっていて、その道の先にはぼんやりとボロボロの街の景色が浮かび上がっていた。なにこれ、蜃気楼?

「これはね、最新の魔法技術を結集させた、なのはさん完全監修の訓練施設なの。陸戦場のセッティングをすると、ホログラムなのに触れたり壊したりできる実物そっくりな街や森林が現れるという訳ね」

「うーんと、今はちょうど個別練習の最中みたいです。ちょっと念話でなのはさんに相談してみますね」

 シャーリーさんが説明してくれた後、リインちゃんがそう言って目を閉じた。念話というのは魔法の中では初歩の初歩で、魔力の消費も少ないものらしい。なので地球でリインちゃんが魔法を使った時みたいに、足元に魔方陣は出てこなかった。

 ちなみに魔方陣の形はその人の魔法大系の種類を現していて、丸ならミッドチルダ式の魔法、三角ならベルカ式の魔法になるそうな。って偉そうに言ってるけど、私もたった今シャーリーさんにこっそり教えてもらったんだけどね。簡単に言うと、中華料理かフランス料理の違いみたいなものらしい。

「今から休憩なので、あちらに来て欲しいそうです。なので、早速行くですよー」

 元気良くリインちゃんが指差したのは、さっきからぼんやり見えてる廃ビルの街。だ、大丈夫なのかなぁとちょっと不安になりながらも、シャーリーさんに手を引かれて階段を下りる。

 六角形の大きな足場が連なっているところを歩いていくと、いつの間にか周りが海じゃなくてビルが立ち並ぶ風景に変わってた。この技術で遊園地のアトラクションを作れば、さぞ儲かるんじゃないかな。ディズニーランドとかにあれば、並ぶ列が4時間待ちレベルの長いものになりそう。

 しばらく歩くと、ようやくなのはさんの姿が見えてくる。その傍に立っているのは、コテージでちらっと見かけた赤い髪の女の子。でも元気に立っているのはこの二人だけで、キャロちゃんやエリオくん達4人は、ぐったりと疲れ果てた様子で地面に座り込んでいた。

「おかえり、ななせ。あれ? どうしたの、その格好?」

 白に青いアクセントがついている制服を纏ったなのはさんは、私を見て少し驚いた様子でそう質問してきた。隣にいた赤い子が、少し不機嫌そうに口を開く。

「それ、確か聖王教会の修道服だろ? 聖王教会に世話になる事にしたのか?」

 なんだろう、睨まれているのとは少し違うんだろうけど、鋭い目付きで私を見ながらそう尋ねてきた。とりあえず、私は首をぶんぶん横に振る。

「病院の方々が気を利かせて、ななせの服を洗ってこちらに送ってくれたそうで、ななせが着れる服が無くなってしまったらしいです。見かねたあちらの看護師の方が以前着ていた子供用の修道服を、プレゼントしてくださったそうですよ」

 リインちゃんが代わりに説明してくれるのを聞きながら、なのはさんが私のところまで歩いてきて、ひょいっと私を抱き上げた。

「あー、そっか。私がななせの鞄を持ったままだったもんね。ごめんね、ななせ」

 はやてさんにも謝られたけど、これは誰のせいでもないと思うので、なのはさんの謝罪にも首を横に振る。そしたらなのはさんは、「ななせは優しいねー」と私をぎゅーっと抱きしめてくれた。

 なのはさんのハグから解放されて、へたり込んでいるキャロちゃん達に目を向けると、ぜーはーと荒く息を吸ったり吐いたりしてて、皆平等に疲労感に満ちていた。

 そんな中、目があったキャロちゃんが力なく笑って、ヒラヒラと手を振ってくれた。私も同じ様に振り返す。まだ10歳なのに、こんなにボロボロになりながら訓練を受けているエリオくんとキャロちゃんを見ると、本当にすごいなって頭が下がる想いでいっぱいになる。

 もし私がこっちの世界で仕事をするとしたら、これくらい辛そうな訓練を必死に耐えないといけないのかと思うと、ちょっと血の気がサーっと引いてくる。いや、やらなきゃいけないなら頑張るけどね。前世でだって、両親の死後に引き取られた親戚の嫌がらせとかを耐えて、勉強とかで見返した私だもの。根性だけは自他共に折り紙つきなのですよ。

 そんな事を考えていると、いつの間にかなのはさんに地面に下ろされてて、真正面からエリオくんがよたよたとおぼつかない足取りで近付いてくる。進路上には私となのはさんと赤い子しかいないので、多分誰かに用事なんだろうけど……あれ、目が合ったらにっこり笑顔。私に用なのかな?

 疲れているのに私のところまで来てもらうのも申し訳ないので、私からエリオくんの方に近付く。フラフラしてるから、とりあえず背が足りないけど、エリオくんの手を取って肩に回してみた。うぅ、重たい……。

「ななせ、お帰り。その服、似合って……うわっ!!」

 エリオくんが言い終わる前に、膝がかくんと曲がってエリオくんの身体が私にのしかかってくる。前世の身体なら10歳児くらいなんとでも支えられるのに、今の私にはまるで太刀打ちできずに二人で折り重なる様に地面にベターンと倒れてしまった。

 いたたた、右肩を思いっきり打った。でも、頭はとっさにエリオくんが抱え込んで守ってくれたみたいで、全然痛くなかった……んだけど、その瞬間私の股間に何かがぐにっと押し付けられる感触が。

 背筋がぞわぞわってなって、慌ててエリオくんから飛びのいた。声が出てたら絶対『ひゃんっ!』とか『ひゃあっ!!』とか悲鳴あげてたかも。だって、多分あれエリオくんの指だよね? 指が股間の溝のところをスーって、なぞられたっていうか。

「ち、ちがっ! わざとじゃないから!!」

 私がくっついてた身体を弾かれる様に起こした後、エリオくんも自分がどこを触ったのかがおぼろげに解ったようで、顔を真っ赤にして私に弁解してた。うん、わざとじゃないのはわかってるし、責めるつもりもないけど。でも顔がすごく赤くなってるのが見なくても解るし、目尻に勝手に涙が溢れてきちゃう。

「大丈夫っ、エリオ、ななせ! ってあれ……なんでななせ泣いてるの?」

「エリオ、わざとじゃないって何が?」

 私の方になのはさんが近付いてきて、私が涙を浮かべてるのを見て不思議そうな顔をしてる。そしてエリオくんの方には、クタクタモードから立ち直ったスバルさんが話し掛けてた。

 なんでもないって首をぶんぶん横に振って、目尻の涙を袖で拭う。なのはさんは訝しげな顔をしてたけど、私の頭を軽く撫でて、エリオくんの方へと歩いていった。

 まったく情けない、精神年齢はいい歳してるのに、こんな事故でパニックになるなんて。なのはさんに何があったのかを詰問されているエリオくんに、『言わなくていいよ』ってアイコンタクトをして、慌ててなのはさんの足元に近付く。そしてスカートの裾をくいくいっと引っ張ると、スケッチブックに『ごめんなさい、びっくりしただけです』とミッドチルダ語で書いて差し出した。

「ななせちゃん、顔真っ赤だよ? お熱ある?」

 心配したキャロちゃんも私の傍に来て、手をぺたんと私のおでこに当ててくれた。冷たくて気持ちいい、恥ずかしさで血が上っていた顔が冷やされるのと同時に、ドックンドックン暴れてた心臓も次第に落ち着いてくる。

 結局エリオくんが誤魔化してくれて、うやむやな感じで煙に巻く事に成功。騒いで皆に迷惑掛けた事を謝って、リインちゃんとシャーリーさんに帰りも付き添ってもらって、私の宿泊場所になったキャロちゃんの部屋まで送ってもらった。さっきキャロちゃんから教えてもらったんだ、わざわざ同室に立候補してくれたんだって。

 部屋に入ってした事は、何よりも先にパンツを穿く事。もう二度とこんな失敗はしない様にしようと、私は今日心に誓いました。





[30522] 第10話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:658aa880
Date: 2012/01/10 18:27
 ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ。

 前世でも聞きなれた電子音に、夢の中の世界からぐいっと引っ張られるみたいに目が覚める。パチリと目を開けると、ピンク色が飛び込んできた。

 今日でキャロちゃんのお部屋にお世話になり始めて3日目、毎日色んな色が目の前に目一杯広がってる状態で目が覚めるんだよね。何故かというと、目の前に必ずキャロちゃんのネグリジェがあるからなんだけど。今日はピンクだけど、昨日は白だったし、その前は黄色だった。

 まだ3回目だけど、目が覚める時はキャロちゃんに抱きしめられてる毎日です。寝る時は特に抱っこされる事もなく、隣同士で寝てるだけなんだけどね。近くにいる人に抱きつくのが、キャロちゃんの寝相なのかもしれない。

「クキュル?」

 頭の上の方から、可愛い声が聞こえてくる。キャロちゃんの胸に視界が塞がれていて姿は見えないけど、声の主は知ってるよ。だって、この子もルームメイトだもん。キャロちゃんの家族であるところの、飛竜のフリードリヒ。まだ子供の竜なので、ぬいぐるみみたいな大きさなの。

 今でこそ友好的な態度でいてくれるけど、初日は超攻撃的だった。口から火が出てきた時は、丸焼きになるのをちょっと覚悟した。その火を私目掛けて吐き出す前に、キャロちゃんがフリードを叱り飛ばしてくれたので、九死に一生を得たけど。

 キャロちゃんに叱られたフリードと新入りの私がちゃんと先住のフリードに礼を尽くして、現在の穏やかな関係に落ち着いた。キャロちゃんの解説によると、フリードにとっては母親代わりのキャロちゃんを、私に取られると思ったんだって。今じゃフリードの方が私を妹みたいに思ってるみたいで、結構気に掛けてくれてるみたい。

 もぞもぞ私が動いたから、枕元に用意された寝床から挨拶してくれたんだと思う。とりあえず喋れない私としては、手をひらひら振って返事の代わりにフリードに合図する。

 それにしても、誰かに抱っこされて寝るなんて生活、本当に前世の子供の頃以来かな。義娘の小さな時は、私が今のキャロちゃんのポジションで義娘を抱っこしながら寝た事はたくさんあったんだけど。

 なんだか懐かしいやら新鮮やらな複雑な気持ちで、私はもぞもぞとキャロちゃんの腕から抜け出して身体を起こした。ふぁぁ、あんまり深く眠れなかったから、欠伸が出ちゃう。

 目覚ましを止めて、もそもそと着替えをしながら考え事を続ける。

(やっぱり、なのはさんに相談するべきだよね)

 一昨日の夕方にあった出来事をなのはさんに相談すべきかずっと悩んでいたけど、やっと結論が出たのは今日の未明。やっぱり相談する事にした。

 その日は朝からものすごく大きい犬をはやてさんから紹介された。ザフィーラという名前なんだけど、しばらく私のボディガード兼お守り役として一緒にいてくれるとの事。驚いた事に彼は喋れる犬らしく、低い良い声で話すんだよね。話す犬がいるってすごいなぁ、さすが魔法世界。

 でも非常に彼は甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくれて、その中でも一番嬉しかったのは背中に載せてくれた事だった。気分はもうもののけ姫ですよ、あっちは狼でこっちは犬だけど。なんて事を考えてたら、ザフィーラから『私は狼だ』と突然ツッコミが。思わず心の声がどういう方法かはわからないけど漏れたのかなと思ったんだけど、ザフィーラ曰く『犬と間違われた時と同じ気配をお前から感じた』という事らしい。そんなに間違われてるのかと思うと、ちょっと可哀想になるよね。

 それはともかく、のんびり隊舎の周りをザフィーラに載って散歩したり、芝生の上で二人でお昼寝したりしてると、いつの間にやらもう日が暮れてて。慌てて隊舎の中に戻ったんだけど、結構長い間お昼寝してたから、すごく喉が渇いてたんだよね。

 寝起きで頭もぼんやりしてたしちょっと目を覚ましてから行こうと、自販機でジュースを買ってすぐそばに備え付けられているソファーに腰掛けた。もちろんザフィーラは床に座って待ってくれてる。どうやら彼は魔法も使えるらしく念話もできるから、私の場所をはやてさんやなのはさんにちゃんと報告してくれてるんだって。だから『ゆっくり飲んでも大丈夫だ』って声を掛けてくれた。

 こくこくジュースを飲んで、ようやく頭も通常通り回り始めた頃、ソファーの前に立ち止まった人が一人。土でドロドロになった作業服みたいなズボンと、同じくドロドロの白いTシャツを着たティアナさんが、フラフラとした足取りでゆっくりと私達の側を通り過ぎようとしていた。

 その時のティアナさんの目を見て、思わず私は彼女のズボンの裾を掴んでしまった。突然のその行動に、ティアナさんとザフィーラはおろか、私自身もびっくりした。

「……なによ、チビっ子。なにか用?」

 ティアナさんの静かな問いかけに、私は傍らのスケッチブックを手に取って『ちょっとお話しませんか?』と書いて、ティアナさんに見せた。

「なんであたしが、アンタと仲良くお話なんかしなきゃいけないのよ。疲れてるから、また今度にして」

 そう告げてサッサとその場から去ろうとするティアナさんのズボンを、再びグッと掴む。なんというか、このままティアナさんを行かせてしまうと、とんでもない事になりそうな予感がしたから。

「……離しなさいよ」

 苛立ちを隠さない口調で、強めにティアナさんは言った。キツい視線に思わず手の力が緩みそうになるけど、負けじとティアナさんの瞳を見つめ返して、まるでにらみ合いの様な状況になった。

「二人とも落ち着け。ランスター、子供に本気で苛立つのは大人げないだろう」

 見かねたザフィーラが間に入ってくれて、取り成す様にティアナさんに言った。突然喋りだしたザフィーラに、ティアナさんが少し吊り目気味な目を見開いて、信じられない物を見たといった様子でザフィーラを見ていた。

 もしかしたら、ティアナさんはザフィーラが喋る事を知らなかったんだろうか。だとすると、喋る狼って魔法世界でも珍しいっていう事なのかなぁ。

 じっとティアナさんを見つめる事しばし、諦めたように深いため息をついたティアナさんは、ドッカリとソファーに座り込んで『ちょっとだけよ』と私に譲歩してくれた。

 あの時は衝動的に呼び止めたんだけど、今ならその理由はなんとなく想像できる。きっと今のティアナさんの目に、見覚えがあったから……というか、昔の私と同じ目をしていたから。

 両親が亡くなって、親戚に引き取られた頃。親戚の虐待に近い嫌がらせに、負けるもんかと自分を追い込んで無理をしていたあの頃の私の目と。そしてもっと言うなら、高校受験の際に家庭の懐事情から公立一本で受験を頑張っていて、ストレスが限界を超えた時の義娘の目とも同じだった。追い詰められた人の目の色とでも言えばいいのかな。

『服がドロドロですけど、訓練してたんですか?』

 そうスケッチブックに書くと、ティアナさんは自嘲する様に鼻で笑った。

「そうよ、なのはさんの訓練の後で個人訓練よ。なにしろこっちは凡人で、他の皆は天才ばっかりだからね」

『凡人なんですか? キャロちゃんは、ティアナさんもスバルさんもスゴいって話してましたけど』

「嫌味かしらね、それ。あの子は竜召還っていう、レアスキルを持ってる。スバルだって要領は悪いけど、才能だらけの人間よ。そうじゃなけりゃ、魔法の練習を始めて半年で陸士訓練校に入れる訳ないわ」

 レアスキル? 陸士訓練校? 聞きなれない言葉がティアナさんの口から飛び出すけど、今はそれについて聞いている時間はなさそう。ティアナさんが本題に入る前に、席を立っちゃいそうだし。

「もちろん、同じフォワードだけじゃなくて、この部隊は天才ばかりよ。八神部隊長はSSランク、なのはさんやフェイトさんもSランク魔導師、副隊長だってSにAAA。もちろん、戦闘員だけじゃなくて後方支援の隊員もバックヤードスタッフも一流どころばかりよ。そんな中であたしがやっていく為には、多少の無茶は必要なのよ」

 話し始めて枷が緩んだのか、閉じ込めていたであろうティアナさんの愚痴が一気に彼女の口からあふれ出してきた。そして最後に『アンタに言ってもわかんないでしょうけどね』と吐き捨てる様に付け足した。

「アンタだって、あのフェイト隊長にそっくりだし、魔力量も成長すれば相当なもんでしょう。エリート街道まっしぐらね、おめでとう」

 例え公言していなくても、私とフェイトさんのそっくりさ加減は同一人物レベル。多分薄々気付いていたんだろうね、私がクローンなんだって事。多分フェイトさんのそっくりさんのクローンなんだとは気付いてないだろうけど。むしろフェイトさんのクローンだと思ってるような口ぶりだった。

「……ランスター、八つ当たりは程々にしておけ」

 私がぼんやりそんな事を考えていると、ザフィーラが静かで重みのある口調でティアナさんにそう言った。あれ、急にどうしたんだろう。場の空気が急に重たくなった気がして、ティアナさんに視線を移すと、口元を押さえて明らかに『失言した』って顔をしたティアナさんがいた。

「母親の胎からではなく、試験管の中で人工的に生み出されたこの子の生まれがめでたいと、本当にそう思っているのか?」

「……それ、言ってもよかったんですか?」

「主にはお前達が話している間に許可をとった。お前が口外しないのならば、話しても良いと。こんな話を言いふらす気はないだろう?」

「いえ、それはもちろん。あたしが言いたいのはそうではなく……」

 ティアナさんはそう口ごもって、ちらりと私に視線を向けた。ああ、なるほど。私にそんな話をしてもよかったのかって意味だったんだね。

 サラサラっとマジックをスケッチブックに滑らせて、『知ってるので、大丈夫です』と気にしてない事をアピールしてみた。それなのにティアナさんは居たたまれない表情をして、私の頭をおざなりに撫でた。うーん、本当に気にしてないのに。

「悪かったわ、確かにあたしはアンタに八つ当たりをした。さっきも言ったけど、この天才だらけの部隊で凡人のあたしがやっていくために無理して必死になって、ちょっとイラついてたのよ。なのはさんの訓練は大変だけど、特に強くなった気もしない。地力を上げるためには無謀な事もしなきゃいけない、やっぱり凡人なあたし自身にね」

 ティアナさんが凡人なのかどうかはわからないけど、やっぱり追い詰められているんだなぁって感じた。ううん、むしろ自分で自分を追い詰めているっていうか。義娘の場合も、本当なら姉の生命保険を手付かずで残していたからお金の心配はしなくてもよかったのに、私に遠慮して公立の学校しか行けないんだと自分で自分を追い込んで、ある日感情が爆発したし。

 まぁこれは、私もちゃんと説明しておかなかったのが悪かったんだってすごく反省したよ。一応志望校とか聞いた時に、私立でも大丈夫だよって言っておいたんだけど。

 私達親子の話はさておいて、問題は現在進行形で自分を追い込んでいるティアナさんだ。弦が限界まで引っ張られている様な現在のティアナさんが、このままだといつぷつりとぶち切れてしまうかどうかわからない。

「まぁ、こうしてアンタに愚痴をぶち撒けたおかげで、少しはスッキリしたわ。聞いてくれてありがとうね」

 私への社交辞令なのか、それとも本当に少しは役に立てたのかはわからないけど、ティアナさんはそう言って立ち上がり、もう一度私の頭を撫でてその場を立ち去った。そんなティアナさんが立ち去った方向をぼんやりと見つめていると、ザフィーラが近寄ってきて、慰めるみたいに頬をベロンと舐めてくれた。

「……戻るか、そろそろキャロも心配するだろう」

 地面にペタンを伏せて、私が背中に載れる様にしてくれたザフィーラに跨って、揺られながらキャロちゃんの部屋へと向かって。その時からずっとなのはさんに相談するべきかどうか、今日まで悩んでた訳ですよ。

 私は魔法の訓練とかそういう事は全然わからないんだけど、今ティアナさんの訓練を指導してるのは、上司であるなのはさんらしいし。もしなのはさんが今のティアナさんの気持ちを察していて放置しているのならいいけど、もし知らない場合の事を考えると、何かが起こりそうなもやもやっとした不安感がこびりつく様に胸から離れなくて。

 無駄足になってもいいや、朝の訓練が始まる前になのはさんの部屋に行こうっと。キャロちゃんに書き置きを残してドアを開けると、そこには蒼い毛並みの大きな狼――ザフィーラがいた。

「ランスターの件を報告に行くのだろう? 現場にいた私も一緒にいた方が、話も通じやすい」

 どうして私が今日なのはさんの部屋に行く事がわかったんだろう、もしかしたら毎日見に来てくれてたのかな。もしそうなら申し訳ないなぁなんて思いつつ、ザフィーラの優しさに甘える事にした。いつもの様に伏せて私を背中に載せてくれるザフィーラに揺られながら、なのはさんの部屋を目指した。




[30522] 第11話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:658aa880
Date: 2012/01/10 18:28

 早朝だからなのか、それとも照明が暗い状態に抑えられてるからなのかはわからないけど、なんとなく肌寒い廊下をザフィーラに乗って進む。すると程なく、なのはさんとフェイトさんが暮らす部屋へと到着した。

 コンコンとザフィーラに跨ったままドアをノックしてしばし、ドアがスライドしてなのはさんが笑顔で顔を出した。

「あれ、ザフィーラとななせ? こんなに朝早くどうしたの?」

「朝早くにすまんな。高町にななせが話をしたいと言うので、連れて来た」

 赤いルビーみたいなザフィーラの瞳を向けられて、なのはさんがきょとんと首を傾げる。こんなところで立ち話もなんだからと中に招き入れられると、フェイトさんがテーブルで珈琲を飲んでいた。傍らに新聞が置いてあるのを見て、なんだか絵になるなぁと思ったり。デキる女のモデルみたいというか、茶色の制服がフェイトさんの纏う雰囲気をピシリと引き締めている。

「わぁ、なんだか可愛いね、ななせ。御伽噺に出てくるお姫様みたいだよ?」

 なんて考えていた冷静沈着なデキる女のイメージを一瞬で砕いて、フェイトさんはふんわり笑顔を浮かべながら、私達を見てそう言った。御伽噺に狼に乗った女の子が主役な話ってあったっけ? 思い浮かぶのは熊に跨った金太郎くらいだけど。

「フェイトちゃん……その台詞、なんだかナルシストっぽいよ」

 部屋に簡易で作りつけているキッチンでカップを取り出しながら、なのはさんがフェイトさんにツッコミを入れた。確かにフェイトさんの子供の頃にそっくりな私をフェイトさんが可愛いなんて言えば、ナルシストに勘違いされるかもしれない。もちろん、フェイトさんが本心から私を褒めてくれてるのはわかってるんだけどね。

「そうじゃないよ、なのは。私とななせじゃ纏ってる雰囲気とかが違うでしょ、私は純粋にななせを褒めたんだよ?」

「はいはい、わかってます。それで、ななせはホットミルクでいいかな?」

 どうやら私の飲み物を用意してくれていた様で、スケッチブックに『気にしないでください』と書いて一応の遠慮を見せたんだけど、なのはさんは『子供が遠慮なんかしないの』とはちみつ入りのホットミルクを作り始めた。

 その間にザフィーラが移動して、ソファーのところで伏せをして私を下ろしてくれる。まるで打ち合わせでもしていたかの様に、すぐさまフェイトさんが私を抱えて、自分の膝の上に載せた。重くないのかな、フェイトさんもスタイルいいけど細めな体格なのに。

 上目遣いでフェイトさんを見ると、ニコッと笑う。うーん、とりあえず重たいとかは思ってないみたい。ならフェイトさんの太ももは柔らかいし、このままの体勢で甘えさせてもらうことにしよっと。

「はぁい、ななせには甘めのホットミルク。ザフィーラは何か飲む?」

「いや、私はいい。それにお前達も出勤までそれほど時間はないだろう、この子の話を聞いてやってくれないか」

「何か話があるんだよね、うん聞くよ。どうしたの、ななせ」

 なのはさんはザフィーラの言葉を聞いて、フェイトさんの右斜め向かいにあるソファーに座る。フェイトさんと私がいて、その右隣の床にザフィーラ、そしてザフィーラの右隣になのはさんがいる様な位置関係。

 水を向けてくれたザフィーラに内心で感謝して、私はスケッチブックを膝の上に置いて、ペンを握った。そこまではよかったんだけど、どういう風に話を組み立てて話そうかまでは考えてなかったんだよね。言わなきゃいけない事をいきなり言うべきなのか、それとも順を追って話すべきなのか。

 私が俯いたままペンを握っている姿に、なのはさんとフェイトさんが戸惑っている様な視線を向けてくる。そりゃ話があると言って置いて、水を向けられると言いにくそうに黙り込まれたら、誰だって戸惑うよね。でも、上手く話せそうにないなぁ。いいか、多少解りにくい話になっても、その都度補足すれば。

「実は数日前、この子がランスターと話をしてな。私もその場にいたんだが……」

 意を決してペンを走らせようとした矢先、ザフィーラが私を見かねたのか、口火を切ってくれた。ありがとう、ザフィーラ。ようし、今のうちに私も言いたい事を書かないと。

「話をしたいと言ったのはななせで、最初にランスターが拒絶したんだが、ななせが諦めなくてな。お前達も知っているとは思うが、この子は聡い子だ。あの時のランスターに、何か感じ入るところがあったのだろう」

 あれあれ? いつもは無口なザフィーラが、たくさん喋ってる。いや、すごくありがたいんだけど、これだと私は何しに来たんだか……。

 せめて私からも説明しようとして字を書くけど、ザフィーラの話の展開の方が早くて、書いては横線を引いて消す、の繰り返しになってしまう。

「びっくりした、ザフィーラって結構喋るんだね。いつもは無口なのに」

「茶化すんじゃない、高町。テスタロッサも笑うな」

「わ、笑ってないよ。なんだか嬉しくて、ザフィーラにななせが気に入ってもらえてるのが」

 嬉しいねーって私の顔を覗き込んで言うフェイトさんに、私は頷いた。だって、それは素直に嬉しいもの。ザフィーラにとっては子守なんて嫌々やっても仕方ない役目だと思うのに、こうして私を尊重して世話を焼いてくれるのは本当に嬉しいから。

 っと、今がチャンスだ。ムスッとザフィーラが照れて口を閉じている間に、私は自分の主張をザーッと書きなぐった。汚い字だけど、今は読めればいいやと妥協する。

 なのはさんに見える様にスケッチブックを向けると、なのはさんはむぅっと眉根を寄せた。その様子に興味を引かれたのか、フェイトさんが後ろからスケッチブックを優しく私から引き取って、内容を確認した。

「強くなってる気がしない、か。ティアナの事情を考えれば、まぁそういう結論に達するかもしれないけどね」

 苦笑しながら私にスケッチブックを返して、フェイトさんはなのはさんに向かって言った。その表情を見たからなのかはわからないけど、なのはさんも少し厳しくなった表情を緩めてフェイトさんと同じ様に苦味の混じった笑顔を浮かべた。

 私がスケッチブックに書いたのは、ふたつ。ひとつ目は、なのはさんの訓練を受けて大変な思いをしても、強くなった気がしないとティアナさんが言っていた事。そしてもうひとつがティアナさんが事あるごとに自分の事を凡人だと言っていた事。

 なんだか告げ口みたいだけど、どうしても伝えなければいけないと思ったのは、このふたつだった。ひとつ目はよくわからないけど、私も34年無駄に生きていた訳じゃない。何事も始めてすぐ上手くなったりする訳じゃないと、理解して納得できるくらいには失敗も経験してきた。

 どれくらい訓練期間があるのかはわからないけど、はやてさんやなのはさん達がティアナさん達を『新人』と括るからには、まだ始めたばかりなんじゃないかと思う。それなのに強くなってないと嘆くのは、急いで目に見える形で強くなりたいという思いの裏返しなのかなって。大抵そういう焦りが躓かせる要因になって、怪我とかしちゃう事がよくあるから、そうならない様にしなくちゃって思ってね。

 それにプラスして、ふたつ目のティアナさんの自己評価が低い事。自分を他人よりも下だと言う人間は、結果として『どうせ私なんて』と僻んで努力する事を放棄して怠けるか、『もっと頑張って努力しないと追いつけない』と努力をし続けてエネルギーが切れて身体を壊したり心が折れる。この2パターンに陥るらしい。

 つまりどちらに転んでも、このままだとティアナさんは躓いてしまう可能性が高いって考えた訳ですよ。まぁ、これまで偉そうに言ってきたのは、全部他人の受け売りなんだけどね。義娘の同級生のお母さんに5人兄妹を育てた肝っ玉母さんがいたんだけど、その人に色々相談したらこんな風な事をアドバイスしてくれて。まさかこんな形で役に立つなんて、思わなかったけど。

「つまり、ななせはこのままだとティアナが怪我をしたり、挫折したりするかもしれないって考えてるんだね?」

 なのはさんの確認する様な問いかけに、私はこくこく頷く。併せて『ちゃんとどういうつもりで今の訓練をしているのか、最終的にはどういう風に成長してもらうのか、ティアナさんだけじゃなくてエリオくんやキャロちゃん達に説明する場が必要じゃないかと思います』とスケッチブックに書いて見せる。

「……なるほど、確かにティアナみたいなプライドが高くて訳アリな子には、説明はちゃんとした方がいいね」

 例のごとく、スケッチブックを自分の方に向けて文字を読むフェイトさんが、何か感心した様に言った。それが耳に入った途端、なのはさんがバフッとソファーに倒れこむ。

「事情が事情だから火種になるかもとは思ってたんだけど、軽視しちゃってたのかなぁ私。ティアナがななせみたいな子供にまで愚痴を言うって事は、相当追い込まれてる証拠って事でしょ?」

 うあーとか、ぐがーとか言いながら、ソファーの上で小さくのた打ち回るなのはさん。突然始まった奇行に言葉を失っていると、急にガバッと起きて私に詰め寄ってきた。

「でもね、ティアナとスバルが何かしてるなーって言うのは、ちゃんと気付いてたんだよ。夜遅くまで個人訓練したり、色々なところから報告は来てたから」

「……高町、ななせに言い訳をしても仕方がないだろう。それに、まだ懸念だ。本当にランスターがよからぬ事をしでかした訳ではない」

 明らかにテンパっていたなのはさんを見かねたのか、しばらく黙っていたザフィーラが嗜める様に言った。でも、よからぬ事っていうのはすごくイメージ悪いよね。

 大事なのは、まだなんにも起こってない事。何かが起こる前に、起こらない様にする為に、こうしてなのはさんにお話をしにきたのだから。

 ザフィーラの言葉と、じっとなのはさんを見つめる私と、友達として優しくなのはさんを見つめているであろうフェイトさんの視線をその身に浴びて。なのはさんは少し目を閉じて何かを考え込む様な仕草をしてから、意を決した様にパッチリと目を開けた。

「うん、わかった、ティアナとまっすぐ向き合ってみるよ。ティアナに言葉で伝わらないなら、真正面からぶつかって納得してもらうことにする。ななせ、ザフィーラ、教えてくれてありがとうね」

 さっきまでの慌てていたなのはさんの姿はどこにもなく、いつもの落ち着いたなのはさんがそこにいた。私がやった事でどんな風に状況が転がるのかわからないけど、でも何もしないで大変な事が起こるのはイヤだから。私の行動が小さな波でも作れたならと、ほぅっとため息をついた。

 フェイトさんがくしゃくしゃ、と頭を撫でてくれて、伝わるぬくもりがさらに安心感を与えてくれる……っと、ほんわかした雰囲気はそこまでだった。

「今日、確かフェイトちゃん外回りも捜査もなかったよね。訓練参加してもらってもいいかな?」

「うん、元々そのつもりだったけど……もしかして、今日早速何かするの?」

「もちろん、こういうのは善は急げって言うでしょ? もちろん、言いだしっぺのななせとザフィーラにも見学に来てもらうからね」

 どこかうきうきした様子で言うなのはさんに、仲良しのフェイトさんも少し戸惑い気味に返す。私は目を白黒してわたわたと慌てて、ザフィーラに限っては無言だけどこめかみの辺りに冷や汗がツーって流れてそうな焦りの表情になってる。

「……子供にあんまり過激な光景を見せるのは、よくないと思うが」

「大丈夫、真正面からぶつかるって言っても、私は教導官。未来の魔導師に悪影響を与える様な教導はしません、約束します」

「…………お手柔らかに頼む」

 ザフィーラががくりと首を下げながら呟いた事により、どうやら私は今日、なのはさん達の訓練を見学する事になったみたい。うぅ、魔法の勉強になるなら見てみたいけど、怖いのはちょっとなぁ。

 そんな不安が表情に出ていたのか、フェイトさんが後ろからきゅーっと柔らかく抱きしめてくれた。そして私の耳に口を寄せて「大丈夫、何かあっても私がちゃんと守るから」って約束してくれた。それなら一安心……かな?



[30522] 第12話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:94ccfdfa
Date: 2012/01/10 22:37
 そんなわけで、なのはさんとフェイトさんに見送られながら、とりあえず私はザフィーラと一緒にキャロちゃんの部屋へと一度戻った。これから早朝訓練があるので、ひとまず今も爆睡しているキャロちゃんを起こして、ついでにさっきは起きていたのに二度寝しちゃったらしいフリードも叩き起こす。

 訓練に出かけるキャロちゃんとフリードを見送って、着替えた私はザフィーラに乗せて貰って食堂へ。本当ならキャロちゃん達と一緒に朝ごはんを食べたいんだけど、訓練の前に食べちゃうとほぼ確実に吐いてしまうらしい。早朝からそんなにハードな訓練をするなんてすごいなぁと思う反面、魔法を習い始めたら私もそういう訓練を受けなきゃいけない場合を想像すると憂鬱になる。

「あら、おはようななせちゃん。今日は何にする?」

 初日に色々質問されてお話(といっても私は筆談だったけど)した食堂のおばちゃんに挨拶をされて、私もぺこりと頭を下げて朝の挨拶を返す。キョロキョロしながら一人で食堂に入った私が、よっぽど不審人物だったんだろうね。おまけに『なんで子供がここに?』っていうのもあるんだろうけど。

 六課の食堂は食券方式じゃなくて、注文方式だったりする。ななせになってからは食べ物も前世みたいにはたくさん食べられないので、なるべく量が少ないものを選んでるんだけど、量が少ないと値段が割高になるんだよね。私の食費とかははやてさんが出してくれてるそうなので、あんまり高いものを遠慮なしに食べるのは気が引けるし。

 ということで、私は値段もそこそこ量もそんなにないモーニングセットを注文する事にした。例え残しちゃっても、今日は隣にザフィーラがいてくれるから、食べてもらえるしね。

「はい、お待ちどう。持てるかい?」

 注文して待つことしばし、おばちゃんがトレイを渡してくれた。それをヨタヨタと受け取りながら、我ながら危なっかしい足取りでテーブルへと運ぶ。私がテーブルに辿り着いたと同時に、『はぁーっ』と安堵のため息があちこちから聞こえてきた。周りで朝食を食べていた職員の人達も、危なっかしい私を心配してくれてるみたいで、この3日間毎日同じため息が聞こえてくる。

 まぁ、それだけじゃないんだけどね。やっぱり隊舎の周辺を歩いてたり、食堂でご飯を食べてる時に、どこからともなく視線が集まってくるのがわかるもん。きっと子供がここにいる不自然さとか、フェイトさんにそっくりな事への違和感とか、純粋に心配してくれてたりとか、その視線の持ち主の気持ちは十人十色なんだろうけど。

 なるべくその視線に気付かない様にして、私はトレイに載ったトーストにバターとジャムを塗って、パクリと噛り付いた。あらかじめ半分に切られているトーストなので、もう半分を床に座っているザフィーラへと差し出す。ザフィーラはジャムがあんまり好きじゃないみたいなので、バターだけを塗って。

「……いただこう」

 大きな口をあけて、一口でそのトーストはザフィーラの口の中へ消えていく。咀嚼しているザフィーラを見ながら、私も自分のトーストをもう一口。セットでついているパックの牛乳を飲んだら、もうかなりお腹いっぱいだった。それでも頑張って、このトーストだけはやっつけておかないと。ちゃんと食べないと、大きくなれないしね。

 そんな訳で、残っているサラダとゆで卵はザフィーラのお腹の中へ。『ななせ、昨日も言ったが私は残飯処理機ではないぞ』って言うザフィーラにごめんねって手を合わせて、ぺこりと頭を下げる。だってもったいないじゃん、ちゃんと出してもらった分は食べないと、捨てたらバチが当たると思う。

 早朝練習は8時まで。その後キャロちゃん達はシャワーを浴びて着替えた後、ご飯を食べて再び訓練場の再集合。9時になったら訓練が再開されるらしい。

 今朝のなのはさんの話によると、私とザフィーラも今日は9時集合しなきゃいけないみたいで、現在7時30分。まだもうちょっと時間を潰さなきゃいけない。

 こういう暇な時に頭に浮かんでくるのは、いつもなら将来の事とか魔法の訓練の想像なんだけど、今日に限ってはティアナさんの事だった。なのはさんに打ち明けた事は間違ってないと思うし特に後悔もしてない、それに話してしまった以上私に出来る事はなんにもないんだけど。

 それでも、やっぱりなのはさんがどんな事をするのかなとか、ティアナさんは大丈夫なのかなとか考えちゃうんだよね。胸にたまった何かを吐き出す様に小さくため息をつくと、隣にいるザフィーラが静かに言った。

「……お前が心配しても始まらんだろう、ランスターの件は高町がやるべき事をやる。だからあまり気を揉むな」

 ザフィーラがそう言って、私の手をぺろりと舐めた。言ってる事はごもっともだし、充分解ってるんだけどね。それでも心配なんだから仕方がないじゃない。

 そんな気持ちが表情に出たのか、ザフィーラも小さく息をはいた。一息間を空けて、ザフィーラがまっすぐ私を見つめる。

「もうすぐ魔法の使用許可が出るのだろう? お前はこれからどうするつもりなのだ」

 唐突な問いに一瞬思考が止まるけど、これはきっと話題を変えようとしてくれてる、ザフィーラの優しさなんだと思う。本当に気の良い狼さんだなぁと思いつつ、この気遣いを無にしちゃいけないので、私も今の考えをスケッチブックにサラサラと書いた。

 スケッチブックの内容に目を通すと、ザフィーラがまた小さくため息をつく。私が言うのもなんだけど、そんなにため息ばっかりついてると、幸せが逃げちゃうんじゃないかなぁ。

「お前はもう少し周囲に甘える事を覚えたほうがいいな。お前の決めた選択に口を挟むつもりはないが、優しく聡いのも度が過ぎれば反感を買う」


 突然のアドバイスに、きょとんと首を傾げてしまう。以前も考えていた通り、魔法の勉強と練習をして、一人でどうにかこうにか生きていく予定である事を書いたんだけど。

「お前の事だから、主はやて達に掛ける迷惑を考えたのだろう? しかしな、子供の面倒を見るのが大人の仕事だ。お前の様な年端も行かない子供を一人で世間に放り出す方が、身近な大人にとってはより心配をさせ、更なる迷惑を掛ける事になる」

 ああ、そっか。いくら中身が薹が立ったおばさんとはいえ、見た目幼女が一人で生きていくとか言ったら、周りの人達は普通必死で止めるよね。最近前世より低くなった目線とかにも慣れて、自分が幼女だって事をたまに忘れそうな時があるのがなんとも。

「選択肢は主はやてがいくつか与えてくれるだろうが、お前から今後の進路相談をもちかけてみるのもいいだろう。お前が自立を望むなら、管理局への就職を前提にしたプランも用意して頂けると思う。その為には魔力の向上や戦技の研鑽が前提条件になるだろうが」

 つまりザフィーラは、まだそこまで考える時期ではないと言ってくれてるんだと思う。そして、一人で考えるなというアドバイスも併せてくれたんだよね。多分私も逆の立場ならそう言うだろうし、魔法世界の事をよく知ってるはやてさんやなのはさん、フェイトさん達に相談するのも確かにいい手だし。

『もうちょっと色々条件が揃ってから、相談するね。ありがとう、ザフィーラ』とスケッチブックに書いて見せると、ザフィーラは鷹揚に頷いてふいっと目を逸らした。

 普段は無表情で黙って俺についてこいっていうくらいの頼りがいを見せるザフィーラだけど、こんな風に照れてるところを見ると可愛いなぁって思う。人間でこんな人がいたら、好きになっちゃうかも……まぁ、こんな幼女に好かれても迷惑だろうけどね。

 それからぽつりぽつりといくつか話題を提供してくれるザフィーラと雑談しながら時間を潰して、まだ朝ごはん中のキャロちゃん達に挨拶代わりに手を振った後、8時40分頃に食堂を出発した。

 ザフィーラに載せてもらってばかりだと体力が付かないので、今日はザフィーラの横に並んで訓練場まで歩く。訓練場へと続く階段の上で、なにやら空中に浮かぶキーボードのキーを叩いているなのはさんが先に来ていた。

「あ、ななせにザフィーラ。早いね、二人が一番のりだよ?」

 スケッチブックに『なのはさんこそ、一番乗りですね』って書くと、なのはさんは困ったような表情で苦笑した。でもホントにいつご飯とか食べてるんだろう、キャロちゃん達でもまだご飯を食べ終わってなかったし、きっと朝の訓練もなのはさんが最後に上がってるんじゃないかな。だって、訓練場の片付けとかもあるだろうし。

『ちゃんとご飯食べてますか?』って聞いてみたら、補食用のパンをいつもちゃんと持ってるんだって。日本のサラリーマンみたい、と感心と心配が半々な気持ちが湧いてくる。

「今日はあんまり緊張しないで、ゆっくり見ていってね。魔法の練習前に魔法ってどんなものかなぁって、参考程度に見るようなつもりでね」

 にっこり笑顔ななのはさんの言葉に、どんな事をするんだろうって心配してたのが馬鹿馬鹿しくなって、ほぅっと息を吐いた。そうだよね、確かにティアナさんはなのはさんの訓練に否定的な事を言ってたけど、そんな事で厳しく叱ったりはしないよね。きっと話し合いでお互い認識が足りなかった部分を補って、それから訓練するんじゃないかな。

 私とザフィーラが呼ばれたのは、その話し合いの時にティアナさんの言ってた愚痴の内容を証言するためとか、そんな事なのかも。もちろん、私に魔法がどんなものかを見せてくれるっていうのも、本当の気持ちなんだと思うけど。

 私が頷くと、なのはさんはくすりと笑って頭を優しく撫でてくれた。それからフェイトさんと赤い髪の子(ヴィータちゃんって言うらしい。でもスケッチブックにちゃん付けで書いたら、ものすごい勢いで睨まれた。何で?)が到着して、訓練開始10分前にはキャロちゃん達も来て、どうやら全員揃ったみたい。

 皆身体をほぐす様に体操していたので、私も混ぜてもらった。この数日ずっとザフィーラに載せて貰って移動してたから、身体がなまってるのかも。少し身体がきしむ様に音を立てたり、小さな痛みを感じたり。これから毎日体操しようかな。

 そして9時ちょうど、いよいよ訓練が開始された。





[30522] 第13話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:94ccfdfa
Date: 2012/01/10 19:09
 横一列に並んだティアナさん達4人の前に、なのはさんとヴィータちゃんが立つ。ヴィータちゃんが大きな声で『敬礼!』と怒鳴ると、まるで軍人さんみたいに4人揃って敬礼をした後、『よろしくお願いします』と声を揃えた。

 そんな4人になのはさんはゆっくりと敬礼を返して、一呼吸置く。なんだか空気がピリピリしていて、ちょっとだけ部外者の私は居心地が悪い。訓練場にいるため何が起こるかわからないとの事なので、私はまたザフィーラの背中にライドオンしているんだけど。私が少し身じろぎすると、ザフィーラはくるりと振り返って『大丈夫か?』と言いたげな目で私を見た。

 『なんでもない』と首を横にふるふると振ると、ザフィーラは再びなのはさん達に視線を戻す。それに釣られる様に、私も再度なのはさんに視線を向けた。

「さて、それでは今日も楽しく訓練です。ただ、いつもなら早速個人スキルの訓練にバラけるんだけど、今日はちょっと趣向を変えようかなと思っています」

 笑顔でそんな事を言い出したなのはさんに、ティアナさん達4人がお互いの顔を見合わせる。全員の顔に平等に浮かんでいるのは、不思議そうで戸惑った表情だった。なのはさんはそんな4人の様子をひとしきり眺めてから、続きを話し始める。

「今日は、私とスターズの二人の模擬戦をして、その後皆でその内容についてディスカッションをしたいと思ってます。もちろん、ディスカッションの前には私から見た改善点などを指摘させてもらいます。ライトニングの二人はまた近いうちに同じ機会を設けるので、今日はしっかり模擬戦を見て、どんどん思った事をスターズの二人にぶつけてあげて」

「「はい!」」

 元気良くエリオくんとキャロちゃんが返事をする中、おずおずとティアナさんが手を上げた。

「質問してもいいでしょうか?」

「ん? どうしたの、ティアナ」

「この模擬戦は、1on1で行われるのでしょうか。それとも私とスバルがチームで、なのはさんを仮想敵として2on1で戦うのでしょうか?」

「もちろん2on1の模擬戦です。最近ティアナとスバルが頑張ってるって聞いたからね、その成果を見せてもらおうかと思って」

 なのはさんがにっこり笑って言うと、ティアナさんは対照的に訝しげな表情を浮かべて、ぎこちなく私の方に視線を向けた。バチッと視線がぶつかった際に、その瞳が細められる。そこに含まれた意思は、多分『アンタが告げ口したの?』という意味だったんだと思う。仰る通り私がティアナさんの事を言いつけたのは事実なので、目を伏せてぺこりと頭を下げた。

「わかりました、頑張ります」

「が、頑張ります!」

 諦めた様にはぁ、とため息をついた後、ティアナさんは気持ちを切り替えてそうなのはさんに告げた。その言葉に続けて、慌てた様にスバルさんが続く。


「期待してるからね。それじゃ、バリアジャケット装着後、準備して!」

「「はい!」」

 ティアナさんとスバルさんが元気に返事をして、少し離れた場所に走っていく。それを見送った後、フェイトさんがエリオくん達を手招きしてこちらに呼んだ。

「エリオとキャロは私達と一緒に見学だよ。ねぇ、ヴィータ。見学ポイントってあのビルの屋上でいいんだっけ?」

「ああ、今回は民間人が一人見学者に混じってるからな。万が一にも怪我しない位置で見とかねーと」

「じゃあ、私がエリオとキャロを抱っこして連れて行くから、ザフィーラはななせをお願いしてもいい?」

「……心得た」

 ザフィーラが短く告げると、ふわりとゆっくりザフィーラの身体が空中に浮かび始める。なにこれ、こわいと内心パニック寸前だったけど、ザフィーラが『しっかり捕まっていろ』と声を掛けてくれたので、考えるより先に身体がぎゅーっとザフィーラにしがみついてた。別に高所恐怖症っていう訳じゃないんだけど、ゆっくりふわふわ宙に浮かび上がるというのが恐怖心を刺激するのか、落っこちそうですごく怖かった。

 目をぎゅーって閉じてたら、ザフィーラが『着いたぞ』と言ってくれたので、おっかなびっくり目を開ける。あっという間にさっきまでいた地上じゃなくて、コンクリートの地面と申し訳程度の柵が設置されている、ビルの屋上らしきところに移動していた。

 ザフィーラがのっしのっしと柵の方に移動すると、柵の隙間から同じくらいの高さのビル群が向かいに見える。えっと、ひのふのみの……向こうのビルが20階立てって事だから、このビルも20階立てって事!? そんな高いところまでこんな短い時間で飛んでこれるなんて、ザフィーラってすごいんだなぁ。というか、まず空飛ぶ狼っていうところからして、希少動物に認定されるべきだと思う。

 そんな事を考えていたら、まるで天使の様にふわっと飛んできたフェイトさんと、その腕の中に抱きかかえられているエリオくんとキャロちゃんが私達の正面に現れた。エリオくん、顔が真っ赤になってて、ちょっと可哀想。多分フェイトさんのおっぱいが身体に当たって恥ずかしかったんだろうけど。あのくらいの歳の子って、恥ずかしがり屋さんだもんね。

 キャロちゃんは全然普通の表情……かと思いきや、フェイトさんに屋上に下ろされると、まるで何かを探す様にペタペタと自分の胸を触って、はぁぁぁっと長くて重たいため息をついた。うんうん、わかるよキャロちゃん。私も前世では万年Bカップだった女、あの胸に憧れたり嫉妬するのは間違った感情じゃないと思う。

 フェイトさんの後に続くようにヴィータちゃんが来て、見学組はひとまず全員の移動が完了したみたい。というか、エリオくんとキャロちゃん以外、みんな空を飛べるんだなぁ。私も魔法を勉強したら飛べる様になるのかな。一度でいいから、自分の思う通りに大空を飛んでみたい。

「じゃあ、始めるよ! 模擬戦、スタート!!」

 そんな事をぼんやり考えていたら、なのはさんが模擬戦の始まりを告げて、いよいよ練習試合がスタートした。模擬戦って練習試合みたいな認識でいいんだよね、多分。

 なのはさんが空中に浮かんで、足元に魔方陣が出現。さくら色の魔方陣が輝きを増すと、なのはさんの周りに同じさくら色の光の玉がいくつも現れる。ええと、あれが攻撃するための玉なのかな?

「しかしアレだな、なのはもここんとこ訓練密度濃いからな。そろそろ休ませねーと」

「部屋に帰ってからもずっとモニターの前に座りっぱなしなんだよ、訓練メニュー考えたり、皆の動きや陣形チェックしたり。言ってもなかなか休んでくれないんだよ」

 ヴィータちゃんが独り言の様に呟いた言葉を、フェイトさんが拾う。その言葉にはなかなか休んでくれないなのはさんへの不満と、その一生懸命さを褒める様な響きが含まれていた。

 その内の褒める方のニュアンスを感じ取ったのか、エリオくんがフェイトさんの言葉の後に続く。

「なのはさん、訓練中もいつも僕達の事を見ててくれるんですよね」

「本当に、ずっと……」

 キャロちゃんがエリオくんの言葉に頷きながら言うと、ヴィータちゃんがニヤッと笑った後、私の方に視線を向けた。

「おい、チビフェイト。なんかわからない事があったら、遠慮せずに聞けよ。特別にあたしが解説してやる」

「ヴィータ、チビフェイトじゃなくて、ななせだよ。そんな風に呼んだら、ななせが可哀想でしょ」

「うっせーな、まだ魔法も使えないチビはそれでいいんだよ。あたしに一人前として扱って欲しいなら、魔法のひとつも覚えてから出直して来い」

 ヴィータちゃんを嗜めたフェイトさんだったけど、その言葉にからかう様な色はあっても悪意は感じられなかったからか、私を見ながら苦笑して肩をすくめてみせた。もちろん、私もヴィータちゃんの言葉を悪口とは受け止めていなかったので、同じ様にちょっとだけ苦笑いしてこくんとフェイトさんに頷く。そしてスケッチブックに『よろしくお願いします』と書いて、ヴィータちゃんに見せた。

「意外と骨のあるヤツだな……」

 そんな風に面白がった様な口調で小さく呟いたヴィータちゃんだったけど、戦場の動きを察知したのか視線がビルの下へとすばやく移動した。その動きに釣られて視線を落とすと、そこには白い二丁拳銃を持ったティアナさんがいた。オレンジ色の魔方陣が足元にあり、なのはさんと同じ様にオレンジ色の玉が身体の周りに浮かんでいる。

「お、クロスファイヤだな」

 ヴィータちゃんが告げた瞬間、オレンジ色の玉はまっすぐ打ち上げ花火みたいになのはさんに向かって飛んで行った。ぐんぐん近付く玉を見ながら、ヴィータちゃんは訝しげな表情を浮かべる。

「あ? なんだかキレがねーな」

「コントロールはいいみたいだけど……」

 フェイトさんもヴィータちゃんと同意見みたいだけど、私から見れば結構早いスピードでオレンジ色の玉達はなのはさんに向かっていく。それをなのはさんはかわして、自分の右方向へと飛んで移動する。するとなのはさんの移動する方向で、キラリと何かが光った。

 空色の光の道がまるでジェットコースターのレールみたいになのはさんへと伸びていくのを見て、さっきのティアナさんの攻撃はなのはさんをこの光の道の方向へと誘導する為のものなんだってわかった。そしてその道の上を、弾丸みたいな勢いでスバルさんが滑って向かってくる。あのスバルさんが履いてる靴って、ローラーブレードみたいなものなのかな?

 なのはさんが光の玉を作ってそれをスバルさんに向かって飛ばすと、スバルさんは右手を突き出してその玉をなんとか防御。多分、何か盾みたいな役目の魔法を使ったんだろうけど、魔方陣は見えなかった。ってどうでもいいけど、私の目って視力いくつくらいなんだろ。今も結構距離があるのに、ちゃんとなのはさんとスバルさんの動きをはっきり視れてるし。

 っと、そんな事はさておいて。スバルさんが気合のパンチでなのはさんを攻撃するけど、なのはさんはそのパンチを迎え撃つために魔方陣を出して迎撃。パンチと魔方陣がぶつかり合うところから火花が散ったかと思うと、なのはさんが杖を振りかぶってフルスイング! スバルさんが吹っ飛ばされちゃった。


 あらかじめ展開していた光の道にうまくバランスを取って着地、どうやら怪我はないみたい。なのはさんは背後から自分を狙って飛んでくるオレンジ色の攻撃を見もせずに避けると、周囲にきょろきょろと視線を向ける。あれ、なのはさんのほっぺたになにか赤い丸がついてるんだけど、あれってなんだろう?

「砲撃? ティアナが!?」

 フェイトさんが突然叫ぶ様に言って、私達がいるよりも高いビルへと視線を向ける。私もその方向を見ると、二丁の拳銃をまっすぐに構えたティアナさんが、空を飛ぶなのはさんを狙っていた。

「……あんの馬鹿共がっ!」

 突然ヴィータちゃんが履き捨てる様に言った。その声はあまり大きくなかったけど、含まれている怒りの量はものすごく重くて、キャロちゃんとエリオくんがビクッって怯えた様に身体を震わせていた。

 せっかくなので質問させてもらうと、スケッチブックに『ティアナさんのした事ってダメな事なんですか?』と書いて見せると、青い瞳を細めてギラリと睨みつけられた。絶対気のせいなんだけど、その瞳の圧力にザフィーラから滑り落ちそうになって、なんとか堪える。

「いいか、未熟者のお前にもわかるようにはっきり言ってやるが、今のあいつらの攻撃は全部無謀だ。勝つ為の布石でもなんでもねー! 何よりあたしが一番気に入らないのは、訓練で学んだ事よりも付け焼刃の役にも立たねー技を優先して使ってやがる事だ!!」

 うーん、私にも解るようにって言ってくれたけど、普段の訓練でどんな事を練習してるのかわからないから、ピンと来ない。でも、ヴィータちゃんが言いたい事はなんとなくわかるよ。多分ティアナさん達のレベルは1なのに、レベル3くらいの魔法を使ってなのはさんに挑んでて、無理して使っている魔法だから練習も足りないし危ないって事だよね?

 私がその旨をスケッチブックに書いて見せると、ヴィータちゃんは苛立ちを隠さずに舌打ちをした。

「微妙に違うが、使い慣れてない技術ってとこは正解だ。くそっ、こんな子供が解る事なのに、なんであいつらはわからねぇんだ! あいつらの知能はこいつ以下か!!」

 ヴィータちゃんが叫ぶと同時に、再びスバルさんが勢いをつけたパンチでなのはさんを強襲。さっきと同じ様に魔方陣とパンチのつばぜり合いが始まる。でも、今度はそれだけじゃなくて。さっきまでビルの屋上でなのはさんを狙っていたティアナさんの姿が、スゥっとまるでホログラムみたいに薄くなって、消えちゃった。

 と思ったら、光の道をダッシュしてなのはさんへと向かうティアナさんを発見。右手に一丁の銃を持っていると思いきや、その銃口からオレンジ色の刃が出現。あれって、ナイフの代わりになるのかなぁ。

 そのナイフを振りかぶって、ティアナさんがなのはさんへとジャンプして襲い掛かる。前と後ろから同時に攻めれば勝てるんじゃないかとティアナさんは考えたんだろうけど、現実は厳しかった。

 オレンジの刃がなのはさんに届く前に、さくら色の輪っかがティアナさんの身体を拘束してぎゅうっと締め付ける。そしてなのはさんはスバルさんも同じ様に輪っかで拘束すると、右手で浮かしていたティアナさんをスバルさんへ向けて投げ飛ばした。

「ひゃっ!!」

「ぐぁっ!!」

 物理的にぶつかり合って、ティアナさんとスバルさんが悲鳴を上げる。そして折り重なる様にして倒れこむ二人に、なのはさんは右手を突き出して……あれっ、目の前が急に真っ暗になっちゃった。

「ダメ、ななせは見ちゃダメ! ちょっと刺激が強いシーンになるから!!」

 慌てた様なフェイトさんの声が後ろから聞こえる事から、多分フェイトさんの手で目隠しされてるんじゃないかな? とそこまで思い至った瞬間、まるで爆弾が爆発したみたいな『ドォン』っていう音が響いた。

 やまびこみたいにその音が幾重にも重なって響いた後、少しの間があって。私はようやくフェイトさんの目隠しから解放されたんだけど、そこにいたのはバリアジャケットのあちこちが煤で汚れたみたいになって地面に転がっているティアナさんとスバルさん、そしてその隣に立つ無傷のなのはさんだった。

 地面って言っても地上じゃなくて、私達がいる屋上の地面なんだけど、まるで糸が切れた人形みたいに二人は気を失ってた。

「ヴィータちゃん、悪いけどバケツに水入れて持ってきてくれるかな。2人分だから2個」

「……わかった、ちょっと待ってろ」

 平坦な抑揚で頼んだなのはさんに、ヴィータちゃんは頷いて屋上から飛び降りた。ヴィータちゃんの背中を見送った後、なのはさんは私達を見ながら同じ様な口調で厳かに言った。

「今日の模擬戦はここまで、二人は撃墜されて終了」

 その宣言に誰も何も言えないまま、重い空気がその場を支配してて。そんなすっきりしない雰囲気の中、私の訓練初見学は一応の終わりを見せた。




[30522] 第13話裏――高町なのは一等空尉のお話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:94ccfdfa
Date: 2012/01/13 19:03
 地面に転がっている二人の教え子をぼんやり見ながら、高町なのは一等空尉は副隊長であるヴィータが戻るのを待っていた。

 周囲から複雑な感情を含む視線を感じるけれど、なのはは反応する気にはなれなかった。ただ『この心配そうな視線はフェイトちゃんかな』とか『エリオとキャロは戸惑ってるな』とか内心では考えていたのだけれど、それを表情には出さなかった。

 肺の中で澱む様にたまった空気をはぁ、と吐き出す。まるで重いため息みたいになってしまったからか、キャロとエリオがビクリと身体を震わせた。年上であるキャロとエリオですらこうなのだから、彼らの半分程しか生きていないであろう少女は、さぞ自分を怖がっているのではないかとちらりとなのはは視線を件の少女に移した。

 けれども、少女――ななせは蒼色の狼の背で、まっすぐに自分を見つめていた。値踏みをしている様子も、怯えている様子も、憤っている様子もない。本当にただただ純粋に自分の事を見ていた。まるで全幅の信頼を寄せてくれているみたいに。

 その視線に悪役を演じなれていないなのはの心は、少しだけしょぼくれていたテンションを回復させる。勝手な認識だけどそうやって信頼してくれる子がいるなら、きっとスバルとティアナにだって自分の気持ちを通じさせる事ができると、なんの保証もない自信が湧き上がって来る。

「持って来たぞ、なのは。これを二人にぶっかけりゃいいんだな?」

 ビューンと屋上に文字通り飛んで戻ってきたヴィータは、両手に持っているバケツを持ち上げながらそう尋ねた。少し大きめのバケツには、なみなみと水が入っている。

「いいよヴィータちゃん、私がやるから」

「いや、あたしがやる。今日のこいつらの模擬戦内容にゃ、腹が立ってしょうがねぇんだ。それにこういうのは昔から、副隊長の役目って決まってんだよ」

 言葉通りの感情もあるのだろうが、最後は悪戯っぽくニヤリと笑みを浮かべたヴィータの本心は、責任を分け合ってくれるという気持ちの表れの様に思えて。なのははそんなヴィータの気持ちをありがたく受け取って、二人に水を掛ける作業をお願いした。

『バシャーン!』とまるで叩きつけられる様に掛けられた水が、スバルとティアナの身体を塗らす。気を失ってもバリアジャケットは彼女達の体を包んでいるので、風邪を引くことはないだろう。

 一度目では身じろぎだけで覚醒には至らなかったので、ヴィータはイラッとした表情でふたつ目のバケツを手に取った。そして大きく振りかぶると、なんとバケツを二人目掛けて投げつけてしまったのだ。

「とっととおきろ! この馬鹿共が!!」

 更に罵声付きだった。さすがにヴィータの怒鳴り声は二人の意識を覚醒させたのか、スバルとティアナがガバッと跳ね起きる。伊達に鬼副隊長をやってはいないようだ。

「ヴィータ副隊長……?」

「……私達は一体?」

「寝惚けてんじゃねー! さっさとシャキっとしやがれ!!」

 状況を理解していない二人に、ヴィータが檄を飛ばす。そうするとようやく先程までの状況を思い出したのか、ハッとして自分達を撃墜したなのはに視線を向けた。その二人の怒りとか怯えとか複雑な感情を含んだ視線を真正面から受けて、なのはは一歩前に進んだ。

「さて、最初に言っておいた通り色々言わなきゃいけない事があるんだけど……」

 既にバリアジャケットを解除して、白地に青がアクセントの教導隊制服を身に纏ったなのはが、先程と同じく無表情のままでそう前置きをして続ける。

「その前に聞きたいんだけど、今日のあの作戦はティアナの発案?」

「……はい」

「ふぅん、そうなんだ」

 抑揚なく呟いたなのはが、突然くるりと振り向く。その視線の先にいたエリオと目がバッチリ合った。

「ねぇ、エリオはどう思った? 今日のティアナとスバルの作戦」

「え、と。なんというか、おふたりらしくないと思いました」

 言葉を濁しながら質問に答えるエリオに、なのはは『どのあたりが?』と質問を重ねる。

「あの、いつもならスバルさんが相手と取っ組み合ってる間に、ティアナさんが撃ちぬくってパターンなのに、今日はティアナさんが背後から斬りかかったりしたところでしょうか」

「うん、まぁ及第点かな。キャロはどう思った?」

「私は、スバルさんが無茶してるなって思いました。まるで捨て身になってるみたいな」

 年下二人の声にティアナが声をあげようとするが、なのはが視線でそれを止める。そして再びキャロとエリオの方に視線を移した。

「ありがとう、二人とも。私も二人と同意見なんだけどね、ティアナは何か反論があるかな?」

「……いつもと同じ戦法じゃ勝てないと思ったので、戦術の幅を広げる意味でこの様な作戦にしました。何かいけなかったでしょうか?」

「いい加減にし……なのは、なんで止める!」

 何が悪いのかという態度で反論するティアナに、ヴィータが激昂して胸倉を掴もうとしたところを、なのはが手で制する。スバル辺りならその方法でも矯正する事ができるが、頭の回転が良い頑固者なティアナには、そういう上から押さえつける様なやり方は反発を招くとなのはは判断したようだ。

「戦術をいくつも考えるのはいい事だよ、相手の意表もつけるし。でも、その戦術を使うのにもそれぞれ状況を考えないといけないんじゃないかな」

「相手はなのはさんひとりでした。スバルが前を押さえてくれてる間に、私が後ろからバリアを抜いて切りつける。自分では合理的に状況を読んでいたと思います」

「ふぅん。で、その結果がこれ?」

 失敗に終わった事を突かれると、ティアナとしては黙るしかない。しかし自分は間違ってないと思っているティアナは、更に言葉を続けた。

「突然の模擬戦だった為、練度がイマイチでした。もう少し時間があれば、きっと……」

「ち、違うんです、なのはさん! あたしが失敗して! それで、ティアが思うようにうまくいかなくて!!」

 ティアナの言い訳と、それに被せる様に大声でのスバルの言葉。それを聞いて、なのははため息をついた。苛立つ自分の心を落ち着かせるために、一度目を閉じて深呼吸。そして再び目を開けた。

「その練度がイマイチな作戦を選択した時点で、ティアナの失点は大きいね。これが実戦だったら、二人とも間違いなく死んでたよ。そしてスバル、スバルは無茶な機動をした以外は特に失敗らしい失敗はしてない。今回の負けは全部ティアナの責任だよ」

「……なのはさん」

 きっぱりと言い切られて、スバルは口をつむんだ。なのはの言い分は正しいと思う、思うけれどもティアナのアイデアを全否定するなのはに、スバルは不満を覚えた。そしてその不満が顔に出たのか、なのはは言葉を重ねる。

「模擬戦はこれまで学んだ技術が身についているかどうかを確認する為の場だよ。練習の時はこっちの指示に従うけど模擬戦や実戦では勝手にやりますじゃ、私の訓練は必要なくなると思わない?」

「その訓練を踏まえて、新しいアイデアを出すのもいけない事ですか?」

「今日のティアナの作戦のどこに、私の訓練を踏まえていたところがあったの?」

「スバルのフィールド出力がこのところの訓練で上がった事を聞いて、なのはさんを足止めできると判断しました。これは、訓練を踏まえている事にはなりませんか?」

 頑なに自分は間違っていないと主張するティアナに、なのはがため息をついた。その隣にいるヴィータは、先程なのはに制されたので大人しくしていたが、そろそろ我慢の限界と言わんばかりに体を怒りに震わせていた。

「あんまり言いたくはなかったけど、今日のティアナの作戦は作戦なんて言えるものじゃなかったよ。はっきり言えば、スバルを捨石にして隙を作らせて、無謀にも射撃型のティアナがクロスレンジに特攻。実戦ならスバルは大怪我を負っただろうし、もちろんティアナもタダじゃすまなかった」

 捨石という言葉がショックだったのか、ティアナは言葉を失った。スバルはフロントアタッカーで、相手をひきつけるのが仕事のはずだ。そのスバルに敵を引き付けさせただけなのに、この言われ様とは納得ができなかった。

「ティアナ。なのははね、これからもっともっと強くなれる皆に、怪我してほしくないだけなんだよ。自分が怪我をして、一時は再起不能だって言われてたくらい酷かったから。皆にはそんな想いをして欲しくないだけなの」

「フェイトちゃん!?」

「ダメだよ、なのは。ななせとも約束したでしょ、ちゃんと説明するんだって。全部話さないと、ティアナは納得してくれないよ。なのはの訓練の意味、今こうしてティアナを嗜めている理由、まるごと全部」

 フェイトに強い視線を向けられて、なのはは言いよどむ。そんな上司二人の様子に、ティアナは訝しげに問いかけた。

「なんなんですか、一体? なのはさんが怪我して、それがなんだっていうんですか。こうして元気になさってるんですから、結局その怪我とやらも溢れる才能でなんとかされたんでしょう?」

 先程から自分の考えを否定するなのはにティアナも苛立っていたのか、棘が大量に含まれた言葉についにヴィータがキレた。ティアナの頬を拳で思い切り殴りつける。

「テメェ、ふざけてんじゃねーぞ! 才能でなんとかした? これ見てもそんなレベルの怪我だって言えるのか、オラ!!」

 馬乗りになりながらティアナのシャツの胸倉を掴んで、ヴィータが叫ぶ。そして空中には、グラーフアイゼンの中に保存されていた、なのはの画像が浮かび上がった。

 ベッドの上に寝かされたなのはは、全身に包帯が巻かれ色々なコードや管が身体に付けられていて、一目見て重傷である事が見て取れる。さすがにそれを見たティアナも、絶句以外にリアクションが取れなかった。もちろん、スバルやエリオ達も。

「ヴィータちゃん、いいよ。離してあげて、私がちゃんと説明するから」

「……チッ」

 色々と諦めた様な表情で言うなのはの言葉に従って、ヴィータは吐き捨てる様に舌打ちをした後、ティアナのシャツから手を離した。

 そこからなのはは自身の魔法との出会いから重ねてきた事件でどれだけ無茶をしてきたのかを、自嘲気味に語り出した。時折当時敵だったり味方だったりしたフェイトとヴィータから合いの手が入り、その語りの真実味を濃くさせる。レイジングハート達デバイスに記録されている映像も再生すると、まるで見てきたかの様なリアルさでなのはがどれだけ無茶をしてきたのかが聞き手に伝わった。

「そんな訳で、無茶をした結果皆に迷惑を掛けた私としては、皆にそんな想いはさせたくないから。基本をしっかり教えるのも、皆にちゃんとした土台を作ってあげたいからやってます。皆には物足りないかもしれないけど……って、こういう事をあらかじめちゃんと説明しなきゃいけなかったよね。ななせにも叱られました」

 ちらりとなのはがななせに視線を向けると、叱ってなんてないとばかりに首をふるふると振っていた。まぁ叱られたというか、ななせの言葉にがつんと頭を叩かれたみたいに、勝手になのはがショックを受けただけなのだけど。

 そしてなのはの過去を知ったティアナは、その内容の重さに気持ちの整理がつかずにいた。自分が効果が薄いと嘆いていた基礎訓練は、自分達を強くする土台を作り、戦地から生きて戻れる地力を作ってくれているものだったのだ。そんな思いやりを打ち砕いた自分の行いが、今ではとても馬鹿げたものに思えてくる。

 兄の夢を継ぐ為に強くなりたいと思う意思はあったと思う。だけどなのはの話を聞いてからは、それはただ認められたいという自己顕示欲だったのではないかとティアナは自身を分析した。ホテルアグスタでのミスショット、そして今回の攻撃、自らの手で敵を倒さなければ認めてもらえないという気持ちが、この状況を作り出してしまったのではないかと。

 それに比べれば、なのはの無茶の理由は状況を良くしようとする純粋な想いだった様にティアナは感じた。自分が認められたいと無茶をした自分とは、雲泥の差だと思う。こんな思考だから凡人なのかと、ティアナは自分で自分を嘲った。

「ティアナも、皆も聞いて欲しいんだけど。皆はまだ採掘されたばかりの原石です、凸凹で形が悪くて、一見どこが宝石なのかわからない状態が今の皆。でも、皆と私達が力を合わせて磨き始めて、だんだんいいところが見えてきた。この部隊の試験運用が終わるまで、もっとしっかりと磨いて一人前にして皆を送り出します。だから、もう一度皆で訓練頑張ってみない?」

 負けた、とティアナは素直に思った。なのはの言葉の最後の部分は、明らかに自分へのフォローだ。こんなに反抗的な態度を取った自分を許し、更に鍛え上げてくれるとなのはは言ってくれてるのだ。本来なら分隊から追い出されたり、古巣に戻されたりするくらいの事を仕出かしたはずなのだが、その温情にティアナは感動した。

 同時にこの人に師事をすれば、強くなれるという確信を抱く。先程ヴィータに殴られた頬のじんじんした痛みは、自分への戒めだとティアナは心に刻む。兄を亡くして、もう誰も失くしたくないと思っていた。けれどもこれまで自分が鍛えてきたのは、自分だけが生き残るための誰も守れない強さだった気がする。今度はその信念通り、守る為の強さを手に入れたい。ティアナはそう強く願った。

 でもそれをする為には、ひとつの儀式が必要だった。ティアナはなのはに一歩近付くと、腰を曲げて深々と頭を下げた。

「なのはさん、申し訳ありませんでした! これからもご指導よろしくお願いします!!」

「あ、あたしもよろしくお願いします!!」

 ティアナが頭を下げると、続いて慌てる様にスバルが同じ様に頭を下げる。どうやらスターズ分隊にあった蟠りは、完全に解消された様だとフェイトはほぅ、と安堵のため息をついた。

 それと同時に、もしもななせが今朝ティアナの事を知らせてくれていなければと考えると、少し背筋が震える。知らずに模擬戦を行って、なのはとティアナの間が完全に拗れていた可能性だって無きにしも非ずなのだから。この大団円の立役者であるななせに目を向けると、彼女はただただなのはとティアナの関係が改善されたのを喜ぶ様にニコニコと笑顔を浮かべていた。

「さて、と。じゃあちょうどいい時間だからお昼休憩にして、午後からはさっきの模擬戦を題材に戦技的なディスカッションをやります! 皆、お昼の時間に色々考えておいてね」

「「「「はい!」」」」

 なのはの言葉に返事をする4人の声に、もう蟠りは感じない。きっとこれから、この4人はもっと強くなる事を確信しながら、フェイトはヴィータと顔を見合わせて嬉しそうに笑った。





[30522] 第14話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:94ccfdfa
Date: 2012/01/15 11:32
 なのはさんとティアナさんの蟠りが解消してから1週間、世界は結構平和です。1度だけ夜に敵が襲ってきた事があったみたいだけど、なのはさんとフェイトさん、そしてヴィータちゃんがあっさりと倒してしまったんだって。なのはさんとフェイトさんはなんとなくわかるけど、ヴィータちゃんも強かったんだね。キャロちゃん達の先生をしてるくらいだから、強くないと務まらないのかもしれないけど。

 ティアナさんの愚痴をなのはさんに密告した件については、グリグリと梅干の刑に処されただけで済みました。照れた様に『アンタのおかげで、吹っ切れた様な気がするわ』と言ったティアナさんなんだけど、あんな風に無理をしていた原因がちゃんとあったんだって。亡くなったお兄さんの夢を継ぐために、お兄さんの名誉を回復するために、ティアナさんはそれこそガムシャラになって頑張ってたそうな。

 ほんの1週間前だけど、それまでの自分を『急ぎ過ぎてた』と評したティアナさんは、曇りない笑顔で『ゆっくり進むわ』と今後の目標を語ってくれた。私はただなのはさんに言いつけただけなんだけど、その結果としてティアナさんの気持ちを変えられたのならとっても嬉しい。触発されて、私も色々頑張らないとって気持ちになってくる。

 そんなやる気に満ち溢れている今日この頃、いよいよ私の魔法解禁日がやってきた。最初のシャマル先生の話だと、完治までは早くて2週間、遅くて1ヶ月と言われていたんだけど、やはり子供の身体は回復力と順応力が高い。人工のバイパスはしっかりとした強度が出来ていて、魔法運用に耐えうる事ができるとシャマル先生の太鼓判をもらえた。

 ザフィーラは心配してくれて『本当に大丈夫なのか?』とシャマル先生に質問してたけど、『私の診断が信じられないの?』と言われてしまえば、お医者さんではないザフィーラは引き下がるしかない。そんなザフィーラに小さくお礼の意味を兼ねて頭を下げると、ザフィーラもこくりと頷いてくれた。

「それじゃななせちゃん、もう1回おさらいね」

 デバイスへのマスター認証の際に何か問題があってはいけないので、いつもザフィーラと昼寝してる中庭に来ているんだけど、忙しいだろうにデバイスマイスターのシャーリーさんも同席してくれてたりする。なんというかもう、感謝しきりですよ。

「さっき渡した紙の内容を心の中で黙読してくれれば、それをフランキスカが読み取ってセットアップしてくれます。特に難しいことは何にもないので、ななせちゃんはリラックスして、できるだけ気持ちを楽にしてね」

 シャーリーさんの簡単な説明にこくりと頷いて、私は先ほど渡されたフランキスカを首に掛ける。あの猫さん――リニスという名前らしい――にもらった時は掌からはみ出るくらいの大きさだったものが、ふた回りほど小さくなっている。それでもまだペンダントトップとしては大きめだけど、失くさない様にってシャーリーさんがしてくれた配慮に感謝。

 胸元でキラリと太陽の光を反射させるフランキスカを優しく握って、もう片方の手でさっき一緒に渡された紙を持つ。ミッドチルダ語で書かれている内容は、マスター認証の時に本来なら口に出して言うものらしい。

「封鎖領域、展開!」

 シャマル先生とザフィーラがそれぞれ結界と呼ばれる防護魔法を展開してくれて、いよいよ契約の時。もし私が失敗して何かが起こっても、この結界のおかげで外には被害が及ばないんだって。

 何しろ未経験で未知の事だからドキドキするけど、やってみないと始まらないもんね。大きく深呼吸をして、紙に書かれている文字の黙読を開始した。

(――マスター認証、ななせ。術式はミッドチルダ式、デバイスの固体名称を登録。愛称はフラン、正式名称はフランキスカ)

 言葉が重なる度、フランキスカからだんだん金色の光が溢れてきて、それに比例するみたいに私の胸の部分も熱を帯びてくる。身体の中から何かが流れ出ているのが、はっきりと認識できる。きっとこれが魔力なんだ。

(フランキスカ! セーット・アーップ!!)

 読み上げると同時に金色の光がとんでもない強さで輝き、私の視界を真っ白にする。でもそれも数秒の事で、次に目を開けた時にはその光はなくなってて、先程と同じ中庭の景色が広がっていた。

 右腕にズシッとした重さを感じると同時に手から滑り落ちて、ザクっと地面に何かが突き刺さった。これは……斧?

「よかった、無事成功したよ!」

「まあ、これってフェイトちゃんの子供の頃のバリアジャケット?」

「あの頃のテスタロッサに瓜二つだな、サイズはかなり縮んでいるが」

 シャーリーさんとシャマル先生が走り寄ってきてくれて、ザフィーラはノッシノシとゆっくりこちらに近付いてくる。とりあえず地面に突き刺さった斧はそのままにして、私は自分の姿を確認する。すると、さっきまで来ていたワンピースは消えてなくなってて、変わりに黒色のレオタードに申し訳程度のスカートっぽいピンクのひらひら、黒いマントに黒い指抜き手袋。黒のニーソックスにメカメカしい黒いブーツという、どこかのダークヒロインみたいな格好に変わっていた。

 太陽の下でこんな格好をしてると認識した途端、ものすごく恥ずかしくなって両腕で抱え込む様にして自分の身体を抱きしめる。と同時に、しゃがみこんで腕と足で身体を必死にガード。無駄な抵抗かもしれないけど、さすがにこの格好を他人様の目に晒すのは恥ずかしすぎる。

「あれ、どうしたのななせちゃん。もしかして、お気に召さなかった? フェイトさんの子供時代のバリアジャケットの資料集めて、かなりそっくりに登録しておいたんだけど」

 シャーリーさん、こればっかりは余計なお世話でした。そしてフェイトさん、あなたの子供時代に一体なにが!? なんでこんな悪役みたいな露出の激しい服を!!?

『The Ma'am is only shy. There is no problem.[主は恥ずかしがっているだけです。問題はありません] 』

 その時、私が持ちきれずに地面に取り落とした斧から、機械を通した様な女性の声が聞こえてきた。黒一色の斧の中で唯一黄色の水晶らしき部分が、ピカピカと点滅している。そして声が止むと、その点滅も収まった。

(……フラン?)

『Yes Ma'am』

 私が心の中で問いかけると、ピカピカと点滅してそう短く返事をした。反射的に胸元を見ると、あの金色のペンダントトップが無くなっている。冷静に考えるなら、あのペンダントトップが斧に変身したって事になるのかなぁ。でも、全然重さが違うけど……うーん、謎だ。

 っと呆然としてる場合じゃなくて、フランはさっき問題ないって言ったけど、問題だらけだよ。こんな格好でお外を歩いたら、フェイトさんには申し訳ないけど、痴女に間違われてもしかたないと思うし。

(問題大有りだよ、フラン。こんな恥ずかしいバリアジャケットじゃなくて、もっとちゃんとしたのが欲しいよ)

『I only developed the registered barrier jacket. Please add another image, if there is a problem.
 [私は登録されていたバリアジャケットを展開しただけです。問題があるならば、別のイメージを追加してください] 』

 急に別のものをって言われても、思いつかないし。できればワンピースとかで、スカートもめくれなさそうな、それでいて可愛い服がいいんだけど。

「あのー、お話中のところ割り込んでごめんね。バリアジャケット、違うのがいいならこういうのはどう?」

 はーい、と挙手する様に話に混じってきたシャーリーさんが、一枚の写真をひらひらと私の前に持ってきた。そこに映っているのは、多分現在のキャロちゃんと同じ年頃のなのはさん。

 この間の模擬戦の時に見たバリアジャケットと色使いは似ているけれど、やはり少し子供っぽい感じの……学校のセーラー服っぽい白のバリアジャケットを身に纏っていた。

 うーん、この格好よりは好みだけど、私あんまり白って似合わない気がするんだよね。桃子さんもその辺がわかってたからか、白系の服はインター以外全然買ってこなかったし。

 でも一応試しに着てみようかな。というか、このバリアジャケットをとりあえず違うものに変えたい。

(フラン、どうやったらバリアジャケットって変更できるの? イメージの追加ってどうすればいい?)

『please visualize the barrier jacket in the head -- it is read and registration is performed here
 [頭の中でそのバリアジャケットを思い浮かべてください、それを読み取って、登録はこちらで行います]』

 シャーリーさんから写真を受け取って、それを見ながら頭の中で具体的なイメージを作っていく。写真は背中側が写ってないので、ここはもう想像でなんとか捏造するしかないよね。

『Barrier jacket change』

 ぎゅっと目を瞑ってイメージをなんとか捻り出す事しばし、フランの言葉に目を開けると確かにバリアジャケットが代わっていた。小さななのはさんが着ていた、白地に青のラインと赤いリボンのセーラーブレザータイプ。

 客観的な意見が欲しくてシャーリーさんとシャマル先生とザフィーラ、それぞれに視線を向ける。すると、こんな答えが返ってきた。

「私は悪くないどころか、かなり可愛いと思いますけど。シャマル先生はどう思います?」

「確かに可愛いんだけど、私達はフェイトちゃんと言えば黒っていうイメージが強くなってるから、やっぱりちょっと白々しい感じがするわね」

「……ならば、間を取ってこのバリアジャケットの形のままで、色を変えればよいのではないか?」

 ザフィーラが言った途端、女性陣二人は『それだ!』と声を合わせて言った。なるほど、それは想像もしてなかった。というか、フェイトさんもなのはさんも自分で多分デザインしたんだろうし、私もまた時間がある時にイチからデザインしてみようかな。こう見えても、義娘の服を何着が作ってあげた事だってあるんだから……貧乏だったからね。

 それはさておき、間を取るならやっぱり色は黒かなぁ。そうなると赤いリボンだと少し毒々しい色になるから、黄色に変えてみて。青のラインを白に変えたらモノクロっぽくて可愛いかも。よし、これで一度イメージしてみよう。

(フラン、ごめんだけどもう1回バリアジャケット変更お願い)

『No problem Ma'am』

 フランが快く応えてくれて、再度デザイン変更。光に包まれてしばし待つと、そこに現れたバリアジャケットはまさにイメージ通りのものだった。フランさん、いい仕事してますね。

「うん、いいんじゃないかしら。これだったらフェイトちゃんのイメージにも合うし、私達も違和感を覚えずに可愛いって思えるわね」

「そうですね、私もいいと思います。ということでななせちゃん、とりあえずこのバリアジャケットでしばらく様子を見てみたらどう?」

「……私に服の良し悪しはわからんが、いいのではないだろうか」

 ザフィーラのコメントに引っかかるものはあるけれど、とりあえず女子二人が褒めてくれたので、これで様子見しようかな。あんまりバリアジャケットにだけ時間を掛けるのもどうかと思うし。

 さて、次はフランの本体と思われるあの斧だ。




※英語はエキサイト翻訳さんに頼りました……orz



[30522] 第15話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:94ccfdfa
Date: 2012/01/15 12:44
 地面に刃の部分が突き刺さったままになっているフランをじっくり見ると、柄の部分から刃の部分まで黒一色に染まってて、柄と刃が繋がっている部分に黄色の丸い水晶が嵌め込んである。刃は台形みたいな形なんだけど、おしゃれなのか刃の部分の両サイドが尖ってて、なんだか痛そうな感じ。

 私の身長が目算で多分約1メートルちょっとだから、フランの大きさは刃の部分も含めてだいたい50センチくらい。身長の半分くらいの長さなんだから、そりゃ重たいよね。なんとなく金属っぽい感触だったし。

 意を決してもう一度手を伸ばして、柄の部分を両手でぎゅっと握ってみる。よいしょ、と持ち上げようとするけど、地面からちょっとだけ浮かんだだけで構える事すらできやしない。

 腕がプルプルと震えてフランを取り落としそうになるのを、なんとかゆっくりと再度地面に下ろす事に成功。

「あれ、そんなに重たい? おかしいなぁ、部品も交換してるから大分軽量化されてるはずなんだけど」

 シャーリーさんが駆け寄ってきてくれて、代わりにフランをぐいっと持ち上げる。そしたらなんと、私は持ち上げる事すらできないのに、その場で素振りとか始めちゃいそうなくらい軽々と振り回してた。あれ? もしかしてフランが重たいんじゃなくて、私が力が無さ過ぎるって事?

 どれどれ、とシャマル先生もそのままシャーリーさんから受け取るけど、特に重たがる様子もなくて上下に素振りを始める。シャーリーさんもシャマル先生も、どう見たって力持ちには見えないから、やっぱり私がひ弱なもやしっ子という事みたいです。

「……問題ない、今は持てなくとも鍛えればよいだけだ」

『It is as his telling. But for the Ma'am, it is although not got to train too much, since it is a woman.
 [彼の言うとおりです。とはいえ主は女性ですので、鍛えすぎるのはいただけませんが]』

 落ち込んでいる私にザフィーラの励ましと、それに対するフランのコメントが耳に届く。これがフラン流の冗談なのか、それとも本気で言っているのかはわからないが、それでもクスリと笑みが出るくらいにはテンションが上昇する。そうだよね、持てなかったら持てる様になればいいだけだよね。

「あんまり子供の頃の筋トレって推奨されてないんだけどね、背が伸びなくなるって話もあるし。それにななせちゃんは今は戦う必要もないんだから、魔力の基礎運用を身につけてから筋トレするのもいいんじゃない? もしかしたらその頃には大きくなってて、筋トレとかしなくても持ち上げられる様になってるかもしれないわよ」

「まずはジョギングとかから初めて、軽いストレッチとか体操なんかから初めてもいいかもしれないよ。ななせちゃん、最近ザフィーラに載せて貰ってばかりで、運動あんまりしてないでしょ。鍛えすぎるのはよくないけど、まったく鍛えないのもよくないよ」

 お医者さんとしてのシャマル先生のアドバイスに、シャーリーさんの一般論としてのアドバイスも頂く。確かに私は現在すぐに戦わなきゃいけない状況にはないんだけど、もしも進路として管理局で働く道を選ぶとしたら、きっと多少は戦ったりする事も出来た方がいいんだよね。そしてシャーリーさんが言う様に、魔法世界に来てリハビリをサボってたのも事実。日本では美由希さんに付き合ってもらってウォーキングしたりしてたのに、最近は移動も全部ザフィーラに頼りきりだったもんね。

 つまりアドバイスをまとめると、魔法の基礎を練習しながらジョギングとかで基礎体力をつけて、それからフランを持ち上げて素振りできるくらいの筋力を身につけるって感じかな。うん、合理的なんだけど……フランって斧形態にならなくても魔法とか使えるのかな。あとフランといつでもお話ができれば、とてもありがたいんだけど。

 足元に置いていたスケッチブックとペンを取ってさらさらとその旨を書いて、三人へと見せる。するとシャーリーさんが『大丈夫、できるよ』って太鼓判を押してくれた。よかった、それなら練習方法もフランと相談できるし、スケッチブックがなくても念話っていう魔法で皆と自分の言葉で意思疎通ができるからいいよね。

 『この順番で頑張ります』と三人に決意表明して、フランのマスター認証は無事終了した。バリアジャケットを解除してもらうと、今日ここに来るまで着ていたオレンジ色のワンピース姿に戻る。どういう仕組みかはわからないけど、地面に刺さっていたフランは一瞬で私の胸元にペンダントトップ姿で戻っていた。首にかかってる時はこんなに軽いのに、どうしてあんなに重くなるんだろう。魔法って不思議。

 とりあえず付き合ってくれた三人にお礼をスケッチブックに書いて頭を下げた後、皆で隊舎の中に戻る。その途中で私のそばに近寄ってきたシャーリーさんが、下ろしっぱなしの私の髪を見ながら小さい声で言った。

「ねぇ、ななせちゃん。この間から気になってたんだけど、髪結ばないの? さっきバリアジャケットを着てた時は、二つ結びになってて可愛かったんだけど」

 こーんな感じで、とシャーリーさんが私の髪を適当に摘んで、左右で結んでいる様な格好にする。あれ? バリアジャケットの時って髪型も変わるの? フランにそう質問すると、すぐに答えが返ってきた。

『It was made to change to the hairstyle registered. Change is possible if it does not call for mind.
 [登録されている髪型に変化させました。お気に召さないのであれば、変更は可能です。]』

 ふむふむ、今回はフェイトさんのバリアジャケットをモデルに作ったという話だから、多分子供の頃のフェイトさんがツインテールにしてたんだろうね。というか、髪型が変わってるなんて全然わからなかった。特に触られたり結われた感覚もなかったし、逆にびっくり。

 とりあえずフランに『そのままで大丈夫だよ、ありがとう』と心の中で返事して、シャーリーさんに向き直る。そこには、なんだか楽しそうなシャーリーさんの顔があって、直感的に彼女が何を求めてるのかがわかっちゃった。私の髪をいじって遊びたいんだろうなぁ、おそらく下ろしたままにしてる私の髪型の事が気になってたのも嘘じゃないんだろうけど。

 別に下ろしっぱなのには深い意味は全然ないんだけどね、ただ面倒だから最低限ブラシで梳くくらいにしてただけで。私の周りをぐるぐる回りながら『これから暑くなるし、結ぼうよ』とか『ななせちゃんがよければ、私が色んな結び方教えてあげるよ』とか言ってるシャーリーさんに、小さく苦笑して。

 今日はたくさんお世話になったし、これからもお世話になるだろうから、シャーリーさんのお誘いに乗ったほうがいいかなぁ。という事で『もしよければ、お願いしてもいいですか?』とスケッチブックに書いてシャーリーさんに見せると、医務室へ戻るシャマル先生と別れた後、私とザフィーラは彼女の巣でもあるデバイス整備室へと招き入れられた。

 それから1時間くらいずっと色んな髪型に変更されて、その間はずっとシャーリーさんに六課の人達の話を聞かせてもらった。ヘリパイロットのヴァイスさんは女の人にだらしないけど面白い人だとか、幼馴染のグリフィスさんがこの部隊の部隊長補佐――つまり、はやてさんの補佐をしているとか、部下で通信士のアルトさんとルキノさんを今度紹介してくれるとか。普段は全く関わり合いにならない人達の噂話って、結構新鮮。それにしてもシャーリーさんって結構話上手だし、楽しい人だなぁって改めて思った。

 結局ポニーテールもお団子もサイドアップも三つ編みもその他の髪型も全部しっくりこなかったのか、シャーリーさんよりツインテールを強く推されて、毎日結ぶ事になりました。まぁこれから暑くなるみたいだし、下ろしっぱだと汗疹も出来ちゃうしね。特に断る理由はないので、こくんと頷いた。










 その日の夜、シャーリーさんから話を聞いたなのはさんとフェイトさんが、キャロちゃんの部屋に乱入してきた。

「ねぇねぇ、ななせ。バリアジャケット見せて、私と色違いのおそろいなんでしょ?」

「そ、そんなに私の子供の頃のバリアジャケットって変? 変かな、ななせ?」

 にこにこ笑顔のなのはさんとは対照的に、今にも泣き出しそうなフェイトさん。どうやら私がフェイトさんのバリアジャケットのデザインを恥ずかしがった事も、ばっちり耳に入ってるみたい。いや変と言えば変なんだけど、そこは個人の趣味なのでなんとも言えないよね。

 なので『変じゃないと思います、私にはちょっと恥ずかしかったですけど』とスケッチブックに書くと、フェイトさんは『本当に変じゃない? 変じゃないよね!』と何度か念押ししてきて、その度に頷くとやっと安心したのか普段の落ち着いたフェイトさんに戻ってくれた。

 いつもは落ち着いたフェイトさんだから、こんな風に取り乱したところは初めて見る。どうやらキャロちゃんも同じだったみたいで、呆然とした様子でフェイトさんを見ていた。キャロちゃんの中にいる憧れのフェイトさんのイメージが壊れてないか、ちょっと心配。

 でも部屋の中でバリアジャケットを展開するのは危なくないかなぁ。私、斧状態のフランは持てないし、キャロちゃんの部屋の床に突き刺さっちゃったら大変だし。

『It is also possible to develop only a barrier jacket. Does it perform?
 [バリアジャケットだけ展開する事も可能です。実行しますか?]』

 胸元のフランが話を聞いて、そんな提案をしてくれる。じゃあそうしてもらうかな、と返事を返そうとした瞬間、フェイトさんが何かにびっくりした様な表情で私を見ていた。

「ななせ、もしかして今の……そのデバイスの声?」

 かすかに震えた声でそう尋ねるフェイトさんは、私の胸元を凝視していた。とりあえず私がこくんと頷くと、フェイトさんは小さく『リニスの声だ……』と呟いて、瞳からぽろりと涙を零した。

 突然泣き出したフェイトさんにびっくりしつつも、隣にいるなのはさんがサッとハンカチを取り出して、フェイトさんの目元を拭いてあげてた。突然の事にキャロちゃんと顔を見合わせながら一緒に戸惑って、でも結局できる事はなくてフェイトさんが落ち着くのをじっと待つしかできなかった。

「ごめんね、ななせもキャロも。びっくりさせちゃったね」

「フェイトちゃん、私もびっくりしたよ」

 落ち着いたフェイトさんが言うと、名前を呼ばれなかったなのはさんが拗ねた様に返した。そのおどけた様子に、キャロちゃんが小さく噴出して、場の空気が軽くなる。どうやらなのはさんなりのジョークだったみたい。

「リニスは、私の子供の頃に世話をしてくれた母さんの使い魔で。私の家庭教師もしてくれてたんだ、一緒にいたのは1年と少しだけだったけど」

 短い間だったけど、とっても密度の濃い時間を過ごしたんだって、フェイトさんは話してくれた。彼女の事が大好きだったんだって。

「ななせは会ったんだよね、確か。フランキスカをななせに渡したのがリニスだったって、母さんが言ってたけど」

 こくりと頷きながら、あの時の光景を思い出す。あの時は殺されかけてて、ほとんどの景色がおぼろげだけど、私にフランをくれたのが猫だった事だけははっきり映像として覚えていた。

 あの時はよくわからなかったけど、こうしてフランと一緒にいられる様になって、猫さん――リニスさんがくれたこの環境が奇跡の様な確率の、とても大事なものなんだって本当によくわかった。もしリニスさんがいなかったら、私はあの時オバさんに殺されてただろうし。なのはさん達やフランが側にいてくれる、気持ちが前向きになれる環境にもいなかったと思う。

 だから、あの時は言えなかった感謝を大事に持ってたい。リニスさんがくれた優しさを、今度は私が他の誰かに返せる様に。

「バルディッシュ、妹分が出来たね。ななせも私の妹だし、どちらとも仲良くしてあげてね」

『Yes Sir.』

 フェイトさんがそう言いながら、ポケットからフランと同じ意匠のデバイスを出すと、そこから低くていい声が短く返事が聞こえた。フランもあんまりおしゃべりな方じゃないけど、フェイトさんのバルディッシュはそれに輪を掛けて寡黙そう。

 私がスケッチブックに『こちらこそ、よろしくお願いします』って書くと、フェイトさんと隣にいたなのはさんも笑顔を向けてくれた。その後、こっそりキャロちゃんがフェイトさんに『さっきのリニスさんの話、エリオくんにも話してあげてくださいね。私達姉弟みたいなものなので、ちゃんとフェイトさんの事は共有しておきたいんです』ってお願いしたら、涙脆くなってたフェイトさんがもう1回泣き出しちゃったり。

 あと今日の夜はティアナさんとスバルさんの部屋でエリオくんとキャロちゃんを含めた4人で、自主的にミーティングをする予定だったのに、一向に現れないキャロちゃんを心配して、3人が様子を見に来たり。その時はちょうど皆でバリアジャケットを着て撮影会をしていたので、ティアナさん達はすごくびっくりしてた。でも、その後一緒に混じっちゃう辺り、ティアナさんもスバルさんも結構お気楽な性格の人なんだなぁって思ったり。エリオくんは恥ずかしそうに参加してたけどね、でも似合ってるって言ってくれて嬉しかった。

 フランを託してくれたリニスさんの想いとか、これからの私の未来とか、考えなきゃいけない事や背負わなきゃいけない事がたくさんあるけど、とりあえずこれからも頑張っていこうって改めて思った一日でした。





[30522] 第16話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:94ccfdfa
Date: 2012/01/21 22:39
※今回のお話で障害を持っている人への記述が含まれていますが、作者が特に差別意識を持っているという事ではありません。
  ですが、もし不快になられた方がいらっしゃいましたら、お詫び申し上げます。



 魔法を使える様になってから3日目、私は日課にしようと頑張っている朝のランニングに精を出している。とは言っても、走ってるよりも歩いてる時間の方が長かったりするんだけど。それでも走ってる時間が日が経つにつれてちょっとずつ長くなってる。

 隊舎をぐるりと一回りすると時間がかかり過ぎちゃうので、一番大きな建物の周りを走る様にしてる。それでもかなり大変だけど、ここにいる間に全部走って回れるくらいには体力つけたいなぁ。前世の厨房で働いてた頃は、体力自慢だったんだけどなぁ。

「よし、今日はここまででいいだろう」

 隣を並走してくれてたザフィーラが、ちょうど一回りする少し前に声を掛けてくれるので、私は歩くのと同じくらいのスピードだけど一応走るフォームだったのを崩して、ゆっくり歩く。はぁはぁ、と肩で息をする私とは真逆で、息ひとつ切らしていない様子のザフィーラ。

 ザフィーラは大きな狼だし、載せてもらうと柔軟な筋肉がいっぱいついているのが感触でわかる。そんなザフィーラだから体力がたくさんあって、これくらいの運動なら文字通り朝飯前なんだろうけど。こうも歴然とした差を見せつけられると、ちょっぴり凹む。

<ザフィーラってすごいね、私ももうちょっと体力があればいいんだけど>

 昨日ようやく任意の相手にチャンネルを合わせられる様になった念話で、苦笑しながらザフィーラに愚痴ってみる。魔力の感じ方とか念話とかは、キャロちゃんが教えてくれたんだ。ただ念話ができると言っても、範囲は半径2m圏内でしかできないから、遠くにいる人に声を届けたりはまだできないんだよね。上手な人は、数km離れた人にも問題なく念話を届けられるらしいんだけど。

「その体力をつける為に、お前は今頑張っているのだろう。それに私は大人の狼で、お前は人間の子供、さらに言えば女だ。私と同じ体力をいきなり持つという事自体がまず不可能な話だとは思わないか?」

 私がザフィーラに愚痴ると、ザフィーラは必ず正論で励ましてくれる。今回もそう私を諭して、じぃっと私の目を見つめてくる。うん、わかってます。千里の道も一歩から、何より私は同じ年頃の子供たちよりも体力ないんだし。ちゃんと地道に頑張りますとも。

 念話でその旨を伝えると、ザフィーラはしっかりと頷いて私の決意を肯定してくれる。ただその後に呟く様に『無理はしないようにな』って言ってくれる辺り、当事者の私でも過保護にしてもらってるなぁとは思うんだけどね。でも、ありがとうザフィーラ。

 ゆっくり歩きながらロビーの入り口まで来ると、何やらおしゃれしたキャロちゃんが私の方に走り寄ってきた。薄い桃色のワンピースに、マゼンダっぽいジャケットと斜め掛けのポシェット。まるでデートにでも出掛ける様な恰好だった。

「あ、ななせちゃん。もう、探してたんだよ?」

 少しだけ頬を膨らませながらそう言ったキャロちゃんから事情を聞くと、今日は朝練だけで1日お休みになったらしい。それでエリオくんと一緒に街に出掛けるから、私も一緒に誘おうと二人で探してくれてたんだって。

 そんな話を聞いてる内に、エリオくんも合流。でも、エリオくんの恰好も赤いシャツに袖なしジャケットとチノパンかな? カジュアルにまとまった服装で、明らかに外出着だと思う。つまりこれって、エリオくんとキャロちゃんのデートなんじゃないかな?

 二人のデートに着いていくなんて、どうやってもお邪魔虫になる以外の予想図が浮かばない。そもそも見た目コブ付きで、実質保護者同伴のデートなんて二人にとって全然楽しくないだろうし。

<私はいいよ、準備とかしてたら時間経っちゃうし。二人で楽しく遊んできて>

 角が立たない様に断ると、キャロちゃんはあからさまに残念そうな表情で重ねて誘ってくれる。更にはエリオくんまで加わって勧誘してきて、どう断ったらスムーズかなぁと考えていたら、突然空中にはやてさんが映ったウインドウが現れた。

『あっと、ごめんなふたりとも。せっかく誘ってくれてるけど、ななせはこれから私とお話しがあるんよ』

 ナイスタイミング、はやてさん……って喝采を贈りたいくらいにちょうどいいタイミングで現れてそう言ってくれてたんだけど、まさか出てくるタイミングを見計らってた訳じゃないよね? それに、お話って初耳なんですけども。

 この隊舎で一番偉い人にそう言われたら、キャロちゃんとエリオくんも諦めるしかないので、おみやげを必ず買ってくるからと何度も告げて、遊びに出掛けて行った。いつの間に現れたのか、フェイトさんが二人の背中を見送って手を振り続けてる。確か二人の保護者がフェイトさんなんだよね。お母さん代わりのフェイトさんも、きっと二人のデートに興味深々なんだけど、心配も盛りだくさんなんだろうなぁ。

 二人の姿が見えなくなると、フェイトさんはくるりと振り返って私ににっこり微笑みかけた。

「ななせ、とりあえず着替えに行こうか。汗すごいし、このままじゃ風邪ひいちゃうものね」

 私の手を握って、ゆっくりと歩き出す。そして傍らにいたザフィーラも一緒に動き出そうとすると、ウインドウのはやてさんから声が掛かった。

『あー、ザフィーラも今日はななせの護衛、休みでええよ。最近ずっと一緒におって疲れてるやろし、ザフィーラも気晴らししてな』

 そうだよね、ザフィーラだってずっと子供といたら気疲れするよね。まぁ、私は中身大人なので、普通の子供よりは全然扱いやすいとは思うんだけど。それでも子守する側としては、ずっと問題があった時にすぐ動ける様に気構えてるだろうし、私の動きも逐一観察してるだろうしで、気の休まる暇がないかもだし。

「お言葉ですが、主。この子はあまり手が掛からない故、私は疲れてなどおりません」

 優しくて責任感のあるザフィーラならではの言葉で、はやてさんにそう答えた。うーん、でもこんな機会めったにないだろうし、私としてもこれからもまたザフィーラに子守してもらいたいので、とりあえずはやてさんの援護射撃に回ることにした。

<ザフィーラ、いつも傍にいてくれてありがとう。私は大丈夫だから、今日はゆっくり休んで>

 護衛対象である私にまでそう言われたら、実直な性格のザフィーラも引き下がるしかなく、フェイトさんに私の護衛を引き継いでゆっくりとした足取りでその場から立ち去った。なんとなくその背中が寂しそうに見えるんだけど、私の自意識過剰さがそう見せてるのかなぁ。

 そんな訳で一度キャロちゃんの部屋に戻って、着替えをする事に。そしたらフェイトさんが部屋に入って早々、服を選ばせて欲しいなんて言い出した。あのバリアジャケットを見てフェイトさんのファッションセンスにちょっとだけ疑惑があるんだけど、取り立てて断る理由がなかったので、お言葉に甘えて選んでもらう事にした

 黒のショートジャケットに黄色と白のボーダーシャツ、白いミニのプリーツスカートという至極まともなチョイスを見て、私は心の中でフェイトさんに土下座した。センスを疑ってごめんなさいって。実はこれ、桃子さんと美由希さんと士郎さんがそれぞれ別々に買ってきたものなんだよね。ジャケットが美由希さんでスカートが桃子さん、シャツが士郎さんだったかな。

 こうして合わせてみると、まるでマネキンのセット買いしたみたいにコーディネートされてる。うーん、やっぱり若い女の子の感性は侮れないかも。

 本当ならお風呂に入ってから行きたかったんだけど、はやてさんを待たせている事だし、濡れタオルで体を拭くだけで我慢。用意してもらった服を着て、はやてさんの執務室である部隊長室を目指す。

 フェイトさんに手を引かれながら歩く事しばし、前にシャマル先生と来た部隊長室に到着。フェイトさんがノックをして、はやてさんの返事を待ってから扉を開ける。

「お、来たなふたりとも。まぁ、座って座って」

 はやてさんが座っていたのは応接用のソファで、何故かそこにはなのはさんも一緒に座ってた。ニコニコ顔で手を振ったなのはさんだったけど、私の服装を見て少し驚いた様な表情を浮かべる。

「びっくりした、ななせの今日の服って昔のフェイトちゃんが着てた服にそっくりだね」

「言われてみればそうやね、私と二人が出会った頃くらい?」

 なのはさんとはやてさんが口々に言うと、何故かフェイトさんは自慢げな表情でこくりと頷いた。

「ななせの服を選ばせてもらったんだ。本当は可愛く着飾っちゃおうと思ってたんだけど、この服を見つけて……なんだか懐かしくなっちゃって」

 あの、もしもーし。三人でノスタルジーに浸るのもいいですけど、蚊帳の外の私はどうすれば……。

「ああ、ごめんな。なんか私ら三人だけでわかる話してもうて」

 はやてさんに再度座る様に促されて、何故かはやてさんとなのはさんに挟まれる様な形で座る事になった。もちろん、なのはさんの隣にはフェイトさんが座っている。なんだかゆるい社長面接を受けている様な気になっちゃう。

「今日ななせに来てもろたんは、これから先の話をちょっとしとこかなって思ったんよ。ザフィーラから、ななせが将来に不安を感じてるみたいやって聞いたから」

 その言葉を聞いて、私はちょっと前に食堂でザフィーラにこれからの事を聞かれた時の事を思い出す。なるほど、あれが原因か。

「言っとくけど、ザフィーラに言うたみたいなんは大却下や。ななせはまだまだ子供やからな、一人で世間にポーンと放り出すなんて、お天道様が許してもこの私が許さへん」

「放り出すって……どういうこと、はやて?」

 はやてさんの言葉の中にあった不穏な単語を拾って、フェイトさんが眉根を寄せながら質問する。すると私が一人で生きていくとザフィーラに言ったことが暴露されて、なのはさんからもフェイトさんからも叱られる事になった。はやてさんもわざわざバラさなくてもいいのにね……。

 ただ、自立して他の人に迷惑をかけずに生きていきたいと思っているのは相変わらずなので、そこを見抜かれてるからはやてさんもなのはさんとフェイトさんにバラじたのかなぁとも思うんだよね。でも中身はいい歳のおばちゃんなので、今更誰かの荷物になりながら生きていくのは胃から血が出そうなくらい神経使いそうだから、できれば遠慮したいんだけど。

 そんな自分勝手な理由で自立を望んでるのに、はやてさん達から見れば『他の人の迷惑になりたくないから一人で生きていく』っていう健気な理由に見えちゃうみたいで。それは誤解、誤解ですよー。でも何がって聞かれたらうまくは説明できないんだよね、前世の話とかもしなきゃいけないし。

 なのではやてさんやなのはさん達の勘違いは結果として解けず、なんだか騙してるみたいで本当に申し訳ない気分になってくる。

「んでな? 今日集まってもろたんは、まだ先の話やけどななせが今後選べる道を、ある程度伝えとこと思てな。もちろん、なのはちゃんは新人達の教導の中間報告、フェイトちゃんは捜査関係の報告のついでに集まってもろた訳やけど」

「なるほど、つまりこれは三者面談もとい四者面談なんだね。ななせの保護者に名乗りをあげてる高町家とハラオウン家と八神家、それぞれにななせの今後の進路の選択肢を伝えておくための」

「まぁ、そういう事やね。なので後から聞いてないって言うんはナシ、それと基本的に選ぶのはななせやから。言うまでもない事やけど、私らはそれを尊重するって事でよろしくな」

「でもそれだと、いつもななせの近くにザフィーラがいるの、ズルくない? ザフィーラは不正をする様な性格じゃないけど、ずっと一緒にいたらななせだってザフィーラに情が移るでしょう?」

 頬をぷぅ、と膨らませながら言うフェイトさんに、心の中でごめんなさいを言う。だってもう手遅れなところまで、ザフィーラには情が移ってるもん。だからといって、はやてさん達のおうちにお世話になろうとは今のところ思ってないけど。

「まぁ、それは今後見人してる私の役得やと思といて。それに、ななせには念のためにボディーガードはつけとかなあかんしな」

 はやてさんがそう言うと、なのはさんとフェイトさんもぐっと言葉に詰まる。身の危険を全然感じてないので、私自身は全然そんな自覚はないんだけどね。

「それはともかくとして。ななせ、まずひとつ目の選択肢な。地球じゃなくてこっちに残るなら、首都クラナガンから快速レールウェイで1時間くらいのところに学校があるんやけど、そこに通うとかどうやろか」

「学校って、なんではやてちゃんがそんな事知ってるの?」

「こないだ定期連絡でカリムと話してたらななせの話になってな、その時に聞いたんよ。聖王教会系列の学校で、カリム達もそこに通ってたんやて。もし通うつもりがあるなら、紹介状まで書いてくれるって言うてたわ」

 ふむふむ、多分こっちの世界にある学校という事は、魔法なんかのカリキュラムもあるって事だよね。今は念話くらいしか使えないけど、実は結構魔法使うのって楽しいから、学校に通ってある程度魔法を習得するのもありかもしれない。

「ふたつ目はななせの希望通り、自立に向けた選択肢や。こっちも学校やけど、管理局が運営してる学校に入学してもらう事もできるよ。ただ、こっちは通常の入学テストの前に、ななせが普通の学校に通わなくても学校に通ってた人達と同じ学力や能力を持ってるかどうかを確かめるテストを受けてもらわなあかんけどな」

「うん、ななせは年齢が年齢だしね。よくいるんだよ、魔力がすごいとかものすごく頭がいいとか、すごいデバイスを作れるとか。才能を認められて管理局に入ったまではいいんだけど、そういう子達って同年代の子とか家族以外の年上の人とかと関わってないから、コミュニケーションがうまく取れなくて辞めちゃうんだ。そしてもう1回普通の学校に通い直したりするんだって」

「管理局だって人がたくさん集まって動かしてる組織だからね、他人との関わり合いがうまくできない人は、やっぱり組織にも順応できないんだよ」

 フェイトさん、なのはさんの説明を受けて、それはそうだよねと納得する。人が二人集まれば仲良くもなるし反目しあったりもするし、そこをどううまく乗り越えていくのかが、生きていく上で結構重要な要素になったりするもんね。

「これはここにいる三人の総意やけど、管理局でもななせがもっと大きくなるまでは、武装隊とか危ない部署にはあんまり所属して欲しくない。だからシャーリーみたいにデバイスマイスターの資格を取って局員のデバイスの整備をしたり、管理局の広報をやってる部署なんかもあるから、そんなとこに配属になる様な学校がええかなと思ってる……まぁ、内勤やからやっぱりお給料はそれなりやけど、生きていく上で贅沢せんかったら不便はないよ」

「でも、民間で働くよりはいい額じゃないかな。総合職はやっぱり女の子が多いから、結婚して辞めちゃう子も多いし引く手数多だと思うよ」

 なるほど、今の私にとってはこの進路が一番気兼ねがなくていいかも。魔法も勉強して、あとからそういうのを活かす職場に変えてもらえたらもっといいんだけど。

「んで、最後のひとつやけど。これは桃子さんとこかリンディ提督のとこに引き取られた場合やね。地球で普通の年相応の子供として、小学校に通うってプラン。もちろん管理外世界やから、デバイスも持っていかれへんのでフランとはさよならや。私も昔、足が動かんかったからわかるんやけど、障害を持ってる人への視線って厳しいんよね。言葉が話されへん事で、もしかしたら嫌な想いをするかもしれへん」

「はやてちゃん、それはちょっとひどいよ。その言い方だと、うちとかリンディ提督のところに引き取られたら嫌な想いするの確定みたいじゃない」

「そうだよ、はやて。それに障害を持ってても、偏見とか差別ばっかりが待ってる世界じゃない。はやてにだっていい思い出もたくさんあるでしょ」

 なのはさんとフェイトさんが、口々に抗議する。それには私も同意するけど、でもはやてさんの言ってる事もある意味正しいんだよね。日本で中年って呼ばれる入り口くらいの年齢まで生きてきたけど、やっぱりそういう差別とかは根強く残ってるもんね。

 それに何より、このプランの一番しんどいところは、フランと離ればなれになっちゃう事かな。まだ1週間も経ってないけど、もうフランの事は家族みたいに思ってるから、絶対に引き離されたくない。

「だ、大丈夫だよ、ななせ! もし地球に行きたくないなら、私が引き取るから。そしたら、ひとつ目とふたつ目の選択肢も選べるし」

「そうだよ、ななせ。別に地球にお引越ししなくても、私達の家族になったらミッドチルダで暮らし続けられるし。時々おとーさんとおかーさんに顔を見せに地球にも旅行できるよ」

 フェイトさんとなのはさんが、口々にそう言ってくれた。でも、二人に迷惑を掛けるのも気が引ける。それにキャロちゃんの話を聞いてると、どうやらフェイトさんがキャロちゃんとエリオくんの保護者にはなってるみたいなんだけど、フェイトさんの籍に二人は子供として入ってないみたいなんだよね。それなのに、私がそこにズカズカと入り込むのは無神経な気がするし。

 なのはさんもまだ19歳でしょ、コブ付きにしちゃうのはちょっとね。結婚する時になって、私が原因で揉めたりしたら可哀想だもん。

 はやてさんのところも、どうやら複雑な家庭みたいなんだけど、はやてさん自身もまだ若いし。うーん、八方塞がりだなぁ。

「あくまで今現在の、わかりやすい進路やよ。細かいのを合わせると、もっと選択肢は増えると思う。ただ一部分でもそういう事もできるって知ってた方が、先の事を考えやすいかなぁと思ってな。まだまだ時間あるから、そんな頭から煙出しそうなくらい思い悩まんでええよ」

 私がうーん、と悩んでいると、はやてさんが苦笑しながらそう言ってぐるぐるめぐる思考を止めてくれた。でも確かにその通りで、そういう選択肢が選べるのかと思うと、少し気が楽になる。

 三人とも忙しいのにこんな機会を設けてくれて、なんというか感謝の念でいっぱいですよ。なので念話で感謝の言葉を伝えようと思うんだけど、実は私、まだ複数の人に念話を飛ばす事ができないんだよね。ひとりずつでもいいかなぁ。

<はやてさん、ありがとうございました。時間をかけて考えてみたいと思います>

「ゲホッ!? ち、ちょい待ちななせ、いつの間に念話使える様になったんや?」

 私の念話を聞いて驚いたのか、咽ながらそう問いかけてくるはやてさん。あれ、ザフィーラはまだ報告してなかったのかな?

「えっ、念話? 私達には聞こえなかったんだけど……ななせ、次はなのはさんに送ってみて!」

「あ、ズルいよなのは。ななせ、次はフェイトさんに送って」

 そう言えばなのはさんとフェイトさんにも教えてなかったっけ、さっきフェイトさんの前で念話使ったんだけど、そうだとはわからなかったみたい。

 もみくちゃにされながら二人にもお礼を告げると、抱きしめられたりほっぺにちゅーされたりで、もっともみくちゃにされちゃった。そこにはやてさんも加わってしばらくじゃれ合って、私の進路説明会は楽しい雰囲気のまま終了したのでした。






[30522] 第17話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:94ccfdfa
Date: 2015/05/03 08:26
 ん……あれ、いつの間にか寝ちゃってた。ゆっくり体を起こして窓の外を見ると、もう夕焼け空も薄暗くなり始めてて、夕方より少し遅めの時間なんだという事がなんとなくわかる。

 確か私の進路の話が終わった後、フェイトさんやなのはさんの書類整理をぼんやり眺めた後、はやてさんも加えた3人とお昼ご飯を食べたんだよね。それでちょうどいい感じにお腹も膨れて部屋に戻ると、白い塊が飛びついてきてびっくりした。

 ちゃんと見るとフリードだってわかったんだけど、私にしがみつくと『キュクルキュルキュー』ってすごい勢いで鳴き始めて。よっぽどキャロちゃんに置いて行かれたのが悲しかったんだろうね。フリードにしてみたらキャロちゃんはお母さんで、エリオくんは友達な訳で。その二人に置いていかれたのはフリードにとってはよっぽど許せない事だったみたい。

 まるで愚痴るみたいに鳴き続けるフリードを抱っこしたまま、ベッドにごろんと転がって宥める様に撫で続けていると、いつの間にかフリードは鳴き疲れてそのまま寝ちゃったみたいで。そんなフリードを見てたのは覚えてるんだけど、私も釣られてそのまま眠ったんだと思う。

 あれ? そう言えばそのフリードがいない。部屋を見回してみてもいないという事は、気晴らしに外に散歩にでも出かけたのかもしれない。キャロちゃんとエリオくんもそろそろ帰ってくるかな? 楽しんで息抜きできてたらいいんだけど。

 とりあえずベッドから立ち上がると、脱いだ靴を履いた後ドアを開けて廊下に出る。お昼ご飯の後にすぐ寝ちゃったから、あんまりお腹はすいてないんだけど、飲み物をもらいに食堂に足を向ける。途中すれ違う職員の人達に会釈しながら歩くんだけど、なんだろう……ちょっと空気が重たい?

 ピリピリしてるっていうのが一番ピッタリくる雰囲気の中を歩いて食堂まで行くと、本日お休みでおでかけしていたはずのティアナさん達4人が、ぐてっと椅子にもたれかかってた。

遊び疲れたのかなぁと思ったんだけど、キャロちゃんとエリオくんに包帯が巻かれているのを見て、その考えはすぐに違うんだと解った。

「あ、ななせちゃん、ただいま」

「ななせ、ただいま。ごめん、お土産買ってくるって約束してたんだけど……」

 少し疲れた表情で言うキャロちゃんとエリオくんに慌てて近づいて、その包帯が巻かれている箇所を注意深く見つめる。うん、特に血がにじんでるとかそういう事はないみたい。もしかしたら捻挫とか打ち身とかかもしれないので、楽観視はできないけれど。

 ペタペタと触っても特に痛がらないところを見ると、本当に軽い怪我なのかも。とりあえず安堵のため息をついて、二人を見上げる様に見つめた。

<何があったの? 今日、デートじゃなかったの?>

 とりあえずキャロちゃんに向けて念話で尋ねると、お出かけの途中でキャロちゃん達が一人の女の子が倒れているのを見つけたそうな。その傍らにはこの部隊の人達が抱えている事件に関わりの深いレリックっていう宝石があったので、部隊はてんやわんやの大騒ぎだったらしい。なるほど、そこら中の雰囲気がピリピリしてる理由は、それだったんだ。

 その宝石と女の子を狙って、敵の人達も動き出して、一戦やらかしたらしい。なのはさんやフェイトさん、なんとはやてさんまでが出撃する大規模な戦闘だったんだって。でもなんとか敵を追い返して、その女の子と宝石も守り切ったらしい。それがお仕事だとはいえ、できればキャロちゃんやエリオくんには怪我して欲しくないなぁ。元一児の母としては、切にそう思う。

「ちょっとななせ、あたし達の心配はなし?」

「そうそう、ちょっとはこっちの心配もしてちょーだい」

 心配そうな表情でキャロちゃんとエリオくんを見てると、ティアナさんとスバルさんからそんなツッコミが入る。そう言えば、二人もまだ高校生くらいの年齢なんだもんね。言われて二人の様子を見ると、どうやら怪我らしい怪我はなさそう。でもやっぱり顔には疲れの色が見えて、身体は元気でも精神的には疲労困憊なんだろうなって思った。

<ティアナさんもスバルさんも、無事でなによりです>

「ついでの心配アリガト……おかげさまで、なんとか怪我もなく戻ってくることができたわよ」

「へへー、怪我しないのも強さの証拠。これもなのはさんの教導のおかげです」

「まーたスバルのなのはさん病が始まった……」

 二人それぞれに念話を順番に送ると、スバルさんは力瘤を作ってそう言って、ティアナさんはそんなスバルさんに呆れる。なんだかんだ言って、この二人もいいコンビだよね。そんな二人を見ながら、キャロちゃんとエリオくんも笑ってる。無事に帰ってこれたから、こうして笑ってられるんだもんね。その幸運に感謝しなきゃ。今度皆が戦う時には、ちゃんと起きてて皆の無事を祈れるようにしとかないと。

「キュクルー!」

 そんな事を考えていると、フリードがテーブルの上から私の頭めがけて飛びついてきた。そのままの勢いでぶつかったらすごく痛いんだろうけど、フリードはぶつかる途中でふわりと羽を広げて勢いを殺すと、私の頭の上に静かに着陸する。うぅ、頭の上に乗られると結構重たいんだよね。

 でも私の顔を見て昼間の憤りを思い出したのか、もう一度ふわりと飛び上がるとエリオくんに向かって飛んでいって、まくしたてる様に鳴き声を上げ始めた。あれは多分文句を言ってるんだろうなぁ、エリオくんはなんでそんなにフリードが怒ってるのか、よくわかってないみたいだけど。

 ちょっとだけお母さんの再婚に反対する息子、みたいな図に思えて自然と苦笑が浮かぶ。フリードの必死な様子にティアナさんとスバルさんが噴出して笑いだすと、キャロちゃんもつられる様に笑い出す。エリオくんはなんで笑われてるのかわからずに困ってたけど、なんとか時間を掛けてフリードを宥める事に成功したみたい。

 今回みたいなお休みがあった時は一緒に遊びに連れて行く、という約束がフリードとエリオくんの間に結ばれたみたいで、その際は私も一緒にって誘ってくれた。エリオくんはまだちっちゃいのに気遣い屋さんだなぁ、もう少し大きくなったらきっと他の女の子が放っておかないんだろうし。彼女のキャロちゃんが苦労する未来が、なんとなく頭に浮かんだ……頑張れ、キャロちゃん。








 その翌日、私がいつものジョギングから帰ってくると、早朝練習に参加しているはずのなのはさんが部屋の前で待っていた。

「あ、ななせ。ジョギング終わった?」

 笑顔で突然そんな風に声を掛けられたんだけど、とりあえずこくりと頷く。するとなのはさんは顔の前で両掌をぱちんと合わせて、お願いのポーズをとった。

「ごめんね、ちょっとこれからなのはさんと一緒に行って欲しいところがあるんだけど、お願いできないかな」

 別に出掛けるのは構わないんだけど、できればシャワーを浴びてからにしたい。そうなのはさんに念話で申告すると、15分だけ時間をもらえる事になった。その間に食堂で待ち合わせて朝ごはんを食べる予定だったザフィーラに、事情を話しておいてもらう様にお願いすると、なのはさんは快く引き受けてくれた。

 着替えを準備して、熱いシャワーで汗を流す。この世界のドライヤーって、結構髪が長くてもあっという間に乾くんだよね。どういう仕組みなのかは全然知らないんだけど。今日の服は美由希さんが買ってくれた黒と白のワンピース、身支度を整えるとなのはさんとの待ち合わせ場所であるロビーへと向かった。

「ななせ、急かしちゃってごめんね。あ、そうだ。ザフィーラが見送ってくれるって」

 ロビーから出ると車が一台停まってて、その運転席にはシグナムさんがいた。そう言えば病院に行った時にお話して以来、あんまり隊舎でも会わなかった気がする。外回りの仕事が多いのかな。

 そして車の傍らにはザフィーラが座ってた。私となのはさんが近づくと、ザフィーラものっしのしと近づいてくる。

「私もお前と一緒に行こうかと思ったが、別の予定が入ってしまってな。シグナムと高町が一緒であれば心配はないかと思うが、二人から離れないように」

「大丈夫だよ、ザフィーラ。ちゃんと守ります、私が責任を持って」

 心配してくれてるザフィーラに、なのはさんが自分の胸をトン、と叩いてそう言った。それでザフィーラがこくりと頷いて納得するくらいなんだから、多分なのはさんってかなり強いんだろうな。キャロちゃん達の先生だし、この間の模擬戦もティアナさんとスバルさんの二人がかりでも全然歯が立たなかったし。

 うん、皆に心配かけるのもなんだし、できるだけ言われた通りなのはさんの傍にいようっと。ただそんなに危ないところに、なのはさんがわざわざ私を連れて行くとは思えないんだけどね。念には念、という事で。

 後部座席に私が座って、助手席になのはさん、運転手がシグナムさんという形で出発。窓の外の景色は、地球の繁華街やオフィス街とそれほど変わりがない。

「それにしても、随分思い切った事を考えたものだな」

「え? なんの事ですか、シグナムさん」

「まだ昨日保護された少女の安全性が保証された訳でもないだろう? それなのに、ななせと引き合わせようと考えた事がだ」

「あくまで勘ですが、あの子自身は特に危険はないと思います。昨日寝言で『ママ』ってずっと呼んでるのを見て、なんというか……すぐにママに会わせてあげる事はできないけど、友達になれる機会を作ってあげる事はできるんじゃないかって」

「……昔から変わらないな、お前は」

 運転席と助手席の間で何やら重たい話が交わされているのを聞き流しながら、首に掛かっているフランに視線を落とす。さっきからたまにキラキラ光るんだよね、壊れてるとかじゃなければいいんだけど。

『Isn't something impolite considered? [何か失礼な事を考えていませんか?]』

 急にフランがそんなツッコミを入れるから、私はびっくりして座席に倒れこみそうになっちゃった。なんとか直前でこらえたけど。

(別にそんな事考えてないよ? ただ、フランがキラキラたまに光るから、どうしたのかなって思ってたの)

『The ragingheart was consulted with on the Ma'am's training menu. I was able to ask him to teach how to say.
 [レイジングハートに主のトレーニングメニューを相談していました。いい方法を教えてもらえましたよ]』

 へぇ、そう言えばレイジングハートってフランにとっては大先輩なんだもんね。私のトレーニングメニューって事なら、多分魔法の練習に関するものだろうし、どんなのだろう。

『Does it begin from now on instantly? Although it may be quite painful.[早速今から始めてみますか? かなり辛いかもしれませんが] 』

(うーん、こんな車の中でもできるトレーニングなの?)

『Yes, it is satisfactory. Having you carry out as usual, it is splendid.[はい、問題ありません。普段通りにして頂いていて結構です]』

 それならやってもらおうかなって言った瞬間、身体に力が入らなくなってずーんって重たくなった。比喩表現じゃなくて、マラソンを走った後みたいな感じにでうまく身体が動かない。

 ドタッと今度こそ座席に倒れこんでしまって、なんとか身体を起こそうと努力する。うん、ホントにマラソンを走った訳じゃないし、気合され入れれば身体も起こせるし、普通に身体も動かせるみたい。

「大丈夫、ななせ? どうかした?」

 私が急に座席に転がったり起き上がったりしてるから、なのはさんがくるりと後ろを振り返ってそう尋ねてきた。心配を掛けるのもなんだし、なんでもないよって首を振ると、なのはさんは訝しげな表情をしながらも前に向き直った。

(フラン、これってどういう事? この身体が重たくなるのが、トレーニングって事なの?)

『Since not flesh but magic load is hung, a burden does not start the body. If load and release are repeated, the ma'am's magic will be extended further.[肉体ではなく魔力的な負荷を掛けていますので、身体に負担は掛かりません。負荷と解放を繰り返せば、主の魔力は更に伸びるでしょう] 』

 なるほど、つまりこれまで自分では気づかなかったけど、身体の調子も魔力でサポートされていたという事なんだね。今魔力に負荷を掛けたから、魔力が身体をサポートする事ができなくなって、身体を筋力だけで支えてるのが今の状況、と。こうして負荷を掛けたり止めたりする事によって、魔法を使う原動力である魔力が増える……そのためのトレーニングという訳か。

 確かに大変だけど、せっかくフランがレイジングハートに教えてもらったやり方だし、私としても成長できるのは嬉しい事なので続けてもらう事にした。この状態で身体を普段通りに動かすの、本当に難しい。

 しばらくキレイな姿勢を保ったりしながら身体の動かし方のコツみたいなのを探っていると、突然運転中のシグナムさんの目の前にウインドウが開いた。ちょ、運転中なのに視界塞いだら危ないでしょうに。

 シグナムさんは出てきたウィンドウを少し横にずらすと、ウインドウに映った人影と会話を始めた。あれ、あの人って確か病院でお世話になったシスターシャッハさんじゃなかったっけ?

 どうやら危険人物が逃げ出したみたいで、それを現在一生懸命探してるらしい。シグナムさんがすぐに現地に向かうとか言ってるけど、そんな危険人物がうろついてるところに今から行くの? かなり遠慮したいんですけど……。

 そんな私の心の中の意見は当然届かず、車のスピードが速くなる。私は改めてなのはさんから離れない様にしようと決意しながら、ビュンビュン後方に流れていく景色を見て、気を紛らわせる事にした。




[30522] 第18話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:94ccfdfa
Date: 2012/01/29 19:11


「申し訳ありません、騎士シグナム、高町一尉」

 車を駐車場に止めるや否や、建物の中からシスターシャッハさんが飛び出してきた。相当慌てている様子を見ると、さっきの話の中に出ていた危険人物は、まだ見つかってないのかもしれない。うぅ、やだなぁ……。

「状況はどうなってますか?」

「特別病棟やその周辺の封鎖と避難は済んでいます、今のところ飛行や転移・侵入者の反応は見つかっていません」

「外には出られないはずですよね、それでは手分けして探しましょう……シグナム副隊長」

「はい」

 現在の状況を聞き終えたなのはさんが、シグナムさんを呼ぶ。すると車の中ではタメ口だったのに、まるで偉い人にするみたいに敬礼して、なのはさんに返事をした。

「シグナム副隊長はシスターシャッハと建物の中を探してください。私はななせと中庭や周辺を探します」

 繋いだ手に力をこめながら、なのはさんは言った。多分それは、私の事を絶対守ってくれるっていう意思表示なんだろうけど。こういう時にあの斧を使いこなせたら、こんな風に怖がったり、なのはさんの足手まといになる必要なんてなくなるんじゃないかなぁなんて思ったり。

 でも今はまだ私なんて、ただ念話ができる幼児でしかないんだから。心苦しいけどなのはさんに守ってもらって、お仕事の邪魔をしないようにしなきゃ。

 シスターシャッハさんは私を連れて行くのは危ないって言って、なのはさんの提案に反対してたけど、なのはさんは自分が責任を持つからって押し通した。朝に私を呼びに来た時にしてもらいたい事があるってなのはさんは言ってたけど、してほしい事ってどんな事なのかがちょっとだけ不安になる。まぁ、私にできる事ならちゃんとやり遂げたいとは思ってるんだけどね。

 二人と別れて、私となのはさんは手を繋いだままゆっくりとした足取りで中庭へ。前にこの病院に来た時も思ったけど、緑が多くて入院患者も気持ちよく過ごせるだろうなぁなんて思えるいい立地環境で。こんなところに危険人物が迷いこんだら、そりゃシスターシャッハさんも慌てるよね。

「さて、ななせもちゃんと探してね。私達が探しているのは、ななせと同じ年頃の女の子。金髪でななせよりほんのちょっとだけ背が高いかな」

 なのはさんから聞かされた危険人物の特徴に、私はきょとんとしてしまう。私と同じ年頃って言ったら、幼稚園生くらいだよね。そんな子にどうしてここまで厳戒的な措置が取られているのか。私には理解ができない。

 そんな私の様子を見て、なのはさんが声を落とす。その子は人工的に生み出された魔導師なんだって。そういう意味では、私も一緒なんだけどね。フェイトさんのそっくりさんのクローンな訳だし。

<そう言えば、キャロちゃん達から私と同じ年頃の子供を保護したって聞いたんですけど、もしかして……>

「そう、その子が今探してる女の子という訳。一応検査も済んでるはずだし、私はそこまで脅威には考えていないけどね」

 なのはさんがそう言って肩をすくめると、ゆっくり歩きだそうとする。すると、近くの植え込みから人影がバッと飛び出してきた。

 金髪で青い靴と入院患者が着るみたいな病院着って言うのかな、それを身にまとった金髪の女の子。私とだいたい同じ年頃で……あれ、さっきなのはさんが言ってた保護した子にそっくりな特徴なんだけど。もしかして、当たり?

「あぁ、こんなところにいたの……心配したんだよ?」

 声を掛けられた女の子は、警戒心丸出しでなのはさんの事を見てる。そりゃずっと誰かに探されてたんだから、見知らぬ人間が怖くなっちゃっても仕方がないと思う。

 今一瞬目が合ったけど、この子の目の色って左右で違うんだ。右目はエメラルドグリーンっぽい色で、左目は明るい赤色。キレイでほんの少しだけ見とれちゃった。

 ボーっとしちゃってたのも束の間、なのはさんに手を繋がれながら女の子に近づこうとすると、なんと一瞬の間に私達と女の子の間に、バリアジャケットを装着したシスターシャッハさんがいた。手にはトンファーかな、武器を持って女の子に対するみたいに立っている。

 女の子の方も急に出てきたシスターシャッハさんにびっくりで、大きな目をさらに大きく見開いて、彼女を見ていた。なんだろう、私はこの構図を見て、何故だかすごく理不尽に感じて。思わずなのはさんの手を振りほどいて、シスターシャッハの横を駆け抜けた後、女の子の前で目一杯手を広げて立ち塞がった。もちろん背中に女の子を庇うようにして。

「あ、危ないですから、その子に不用意に近づかないでください! 早くこっちに……っ」

<シスターシャッハさん、そちらこそまずは武器をしまってください。怯えている女の子とお話しするのに、そんなものは必要ないでしょう?>

 私が念話で言うと、シスターシャッハさんは困った顔をして、助けを求める様になのはさんへと振り向いた。そんな彼女になのはさんは苦笑いをひとつ浮かべる。

「シスターシャッハ、ちょっとよろしいでしょうか?」

「は、はい……あの、はぁ……」

 戸惑うシスターシャッハさんの横を通り過ぎて、私と女の子の方に歩いてくるなのはさん。どうやらもう大丈夫そうだと後ろを振り向くと、女の子は尻餅をついたままの体勢で固まってた。おまけに目の端には涙まで浮かんでて、よっぽど怖かったんだろうなって思う。

「ごめんね、びっくりさせちゃって。ななせ、そこのうさぎさん拾ってあげてくれるかな?」

 なのはさんにそう言われて、地面に落ちているうさぎのぬいぐるみを拾う。砂がついてたらいけないので軽くはたいていると、その間になのはさんが女の子を起き上がらせて、お尻についた砂埃なんかを落としてあげていた。

 とりあえずぬいぐるみを返そうと近づくと、一瞬女の子の身体に力がこもる。なるほど、やっぱり自分以外の他人が怖いって思っちゃってるのかもしれない。ひとまず『敵意はないですよー』と示すために、にっこりとできる限りの笑顔を作ってうさぎを手渡してあげた。

「はじめまして、私は高町なのは、この子はななせっていうの。お名前、教えてくれないかな?」

「……ヴィヴィオ」

「ヴィヴィオ……いいね、可愛い名前だ。ヴィヴィオ、どこかに行きたかった?」

「ママ、いないの」

 なるほど、ヴィヴィオはママが傍にいないから、ひとりで探しに外に出たっていう事なんだ。さっきのなのはさんの話だと、この子は人工的に作られたっていう話なんだけど、もしかしたら保護者から引き離されて実験体にされたのかもだよね。本当のお父さんやお母さんがいる可能性だって否定はできない。

 でも、そんな不確定な話をして、ヴィヴィオに希望を持たせるのも可哀想だし。それになのはさんも『ママ』って単語が出た瞬間に、すごく痛ましそうな表情をほんの一瞬だけ浮かべた。この事に関しては、触れない方がいいのかもしれない。

「それは大変、じゃあ一緒に探そうか。ななせも手伝ってくれるよね?」

 もちろん、手伝いますとも。私に何ができるかどうかはわからないけど、子供が親を求めているなら、お父さん・お母さんと一緒に過ごせる環境を作ってあげるのが大人の仕事だもの。形は子供でも、元一児の母として協力させてもらいます。

 私がこくんと頷くと、ヴィヴィオもまるで釣られる様にこくりと頷いた。どうやらなのはさんは、ヴィヴィオの信頼をうまく勝ち取ったみたい。

 こうなると病院にいてもヴィヴィオの不安を煽るだけなので、早々に隊舎に戻る事になった。ただなのはさんと私はヴィヴィオに手をしっかり繋がれたままになってて、仕方なく三人で後部座席へと座る。真ん中にヴィヴィオで、左右に私となのはさん。

 そう言えば、ヴィヴィオとコミュニケーションをとるには、どうすればいいのかな。私は強制的に覚えさせられたから、ミッド文字も全部読めるけど、この子も同じなのかな。ただ今日はスケッチブックもペンも持ってきてないので、筆談は無理っぽいけど。

「あ、ななせ。一度ヴィヴィオに念話飛ばしてみてくれない? 多分、届くとは思うんだけど」

 どうやらなのはさんも同じ事を心配してくれたみたいで、思い出した様にそう言った。ふむふむ、じゃあ早速飛ばしてみましょう。

<ヴィヴィオ、聞こえる?>

 突然頭の中に響いた言葉に、びっくりした様子のヴィヴィオ。キョロキョロと周りを見回して、私の事を不思議そうに見てる。

「あのね、ななせは言葉を話すことができないの。だから、さっきみたいな感じでヴィヴィオにお話しすると思うんだけど、ヴィヴィオは大丈夫?」

「……うん」

 どのくらい話を理解してくれてるのかはわからないけど、ひとまず了承してもらったのと、無事に念話が届いた事にホッとした。これでコミュニケーションに困る事はなさそう。言葉が通じれば、案外なんとでもなるものだと思うし。

 ぽつん、ぽつんと自己紹介を交えながら他愛ない話を念話を交えて話しながら、隊舎への帰路を辿る。こうしてると、義娘が小さかった頃の事を思い出すなぁ。あの子はヴィヴィオみたいに静かじゃなくて、すごく騒がしい子だったから叱る事の方が多かったけど。当時住み込みで働いてた食堂のオーナーだった老夫婦が、本当の孫みたいに可愛がってくれたんだよね。私の事も娘みたいに接してくれて。大変だったけど、幸せだったなぁ。








 隊舎に戻ってなのはさんの部屋にヴィヴィオを連れていって、なのはさんが『これからちょっと部隊長とフェイト隊長の三人で出掛けてくるね』って言い出したところから、大騒動が始まった。じわり、と瞳に涙をにじませて『いっちゃヤダー!』とぐずり始めたかと思うと、がっちりとなのはさんにしがみついて確保。どんどんヴィヴィオの中で感情が盛り上がり始めたのか、泣き声が大きくなる。

 ひとまずなのはさんにキャロちゃん達4人を呼んでくる様に言われた私は、こっそり部屋を出ようとしたんだけど、ヴィヴィオに『ななせもいっちゃダメーー!』と引き止められてしまい、途方に暮れる私となのはさん。こっそりなのはさんが念話で呼び出したキャロちゃん達が部屋に来たんだけど、状況は良くなるどころか悪化する一方だった。というか、子守に慣れてない子達がぐずってる子供に接すると、緊張が伝わって子供側がますます不安になるんだよね。まさにその状態になっちゃって、にっちもさっちもいかなくなっちゃった。

 さてどうしようかと、となのはさんと顔を見合わせてしばし、まるで天の助けの様に空中にウインドウが開くと、そこにはフェイトさんとはやてさんが映ってた。なのはさんが目で『助けて!』と必死に伝えると、ウインドウが空中からあっという間に消える。それから5分もしないうちに、フェイトさんとはやてさんは、なのはさんの部屋に入ってきた。

「エースオブエースにも、勝てへん相手はおるもんやねぇ」

 しみじみと言うはやてさんに、苦笑するフェイトさん。とりあえずヴィヴィオの不安を煽ってる4人を遠ざけてもらえると嬉しいんですが。

「スバル、キャロ、ティアナ、エリオ。ちょっと4人とも離れよか」

 まるで私の心の中を読んだみたいに、はやてさんがキャロちゃん達4人をヴィヴィオから遠ざける。それだけで、さっきまで火がついたみたいに泣いていたヴィヴィオが、しゃくりあげるだけになるくらいには落ち着いた。

 そこをすかさず、床に落ちてたうさぎのぬいぐるみを拾い上げて、フェイトさんが説得を試みる。うさぎのぬいぐるみも使った視覚的な説得に、柔らかい口調と優しい笑顔も相まって、ヴィヴィオはなんとかなのはさんを解放する。かと思ったら、今度は私にぎゅうってしがみついてきた。あれ? なんだか友達っていうよりももっと近しい感じで懐かれてる?

 まるで私を生贄にするみたいにして、そそくさとなのはさん達は部屋を立ち去り、ティアナさんとスバルさんはキャロちゃんとエリオくんの分の事務仕事を引き受けると一方的に宣言して、部屋を出て行った。ぽつんと残されたのは、ヴィヴィオと私とキャロちゃんとエリオくんだけ。

 仕方ない、日ごろからエリオくんとキャロちゃんにもお世話になってるしね。ここは私が子守を引き受けましょうか。気合を入れて、ヴィヴィオににっこりほほ笑んだ。

<ヴィヴィオ、一緒にあそぼ!>

 自分の中でテンションをMAXまであげて誘うと、ヴィヴィオは一瞬驚いた様子だったけど、くしゃっと表情を崩して嬉しそうに笑って、こくんと頷いてくれた。

 キャロちゃんとエリオくんは顔を見合わせるとクスリと笑って、義理固く遊びに参加してくれた。ヴィヴィオがお昼寝して起きた後も、ずっと辛抱強く一緒に遊んでくれた二人に感謝。その間なんだか意味深な視線をエリオくんから何度か向けられたけど、なんだったんだろう。今度聞いてみようかな。





[30522] 第19話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:94ccfdfa
Date: 2012/02/04 21:39



 ヴィヴィオが機動六課にやってきて、私の生活は大幅に変わった様に思う。別にイヤな訳じゃないんだけどね。

 ひとつ目は、なのはさんがヴィヴィオの保護責任者になって、フェイトさんが二人の後見人になった事かな。なのはさんの中ではヴィヴィオを連れてきた日からもう決めていたみたいで、次の日に私に言ったんだよね。『ヴィヴィオの保護責任者になるけど、ななせはどう思う?』って。

 慌てて保護責任者について説明し始めたなのはさんだったけど、フェイトさんとエリオくん・キャロちゃんの関係になのはさんとヴィヴィオがなるって事だというのは解ってたから。私は迷わず『すごくいい事だと思います』って言っちゃった。それと同時に、なんで私にそんな事を聞くんだろうって疑問にも思ったんだけど、なのはさんなりの優しさだったんだって後で気づいた。

 つまり、ヴィヴィオの母親代わりになのはさんがおさまるのを見て、私が寂しく思うんじゃないかって心配してくれたんだよね。なのはさん達にとっては私はヴィヴィオと同い年くらいの幼児な訳だし、ヴィヴィオに嫉妬したり寂しさに煽られて、ヴィヴィオと私の間がギクシャクしない様にって。

 私としては、素直に良かったんじゃないかと思う。なのはさんが母親代わりになれば、ヴィヴィオにも戸籍みたいなのが出来るだろうし、人間関係としての居場所はまだ未熟でも、法的に『あなたはここにいてもいいんだよ』って許可ができれば、生きていくための障害が結構なくなるしね。

 もちろん私だって母親代わりという訳ではないけど、はやてさんに保護責任者になってもらって、この世界での生活基盤を与えてもらっている身だし。気持ち的にはヴィヴィオの周りにいる大人の一人として、本当に素直に祝福したい。

 ただ周囲にはそう思われなかったみたいで、なのはママ・フェイトママって二人に甘えるヴィヴィオに対して、私はその環境を求めずにヴィヴィオと仲良くしてあげてる健気な子みたいな印象を抱かれてるみたい。たまに女の子の局員さんとすれ違うと、ぎゅうって抱き締められたりするんだよね。男の人でも通りすがりにぽんぽん、って頭を撫でてきたり。最初は女の子はともかく、男の人に対しては『いきなり頭を撫でるなんて気持ち悪い』とか思ってたんだけども、そういう噂が流れてて憐憫の目で見られてると気づいてからは、なんだか騙してるみたいな後ろめたさがあって、されるがままになるようにしてる。

 ふたつ目は、なのはさんとフェイトさんが仕事でいない時は、必ずヴィヴィオが私の傍にいる事。まるでひよこの様に、私の後ろをちょこちょこ着いてくる様は素直に可愛らしい。私達のお目付け役として、これまで通りザフィーラが一緒にいてくれてるんだけど、子供が二人に増えたので寮母さんのアイナさんも仕事の合間に面倒を見てくれる事になった。まぁ実際の構図はザフィーラが見守ってくれて、部屋の掃除や洗濯の際にアイナさんが様子を見に来てくれて、私がヴィヴィオの遊び相手含めた全般的なお世話係という感じなんだけど。

 ヴィヴィオは可愛いし素直なので一緒にいるのは楽しいんだけど、ただ魔法の訓練がヴィヴィオのお昼寝中にしかできないのが難点かなぁ。念話は頑張った甲斐があって、ようやく複数の人に飛ばせる様になりました。ただ現在の私だと最大5人くらいまでなんだけどね、まぁこれだけの人に一度に聞かせられれば不便さはグンと減るだろうし。

 みっつ目は、夜寝る場所。ヴィヴィオが私となのはさんとフェイトさんが一緒にいないと眠れないっていうので、キャロちゃんの部屋からなのはさんとフェイトさんの部屋にお引越ししました。急に抱き枕がいなくなって、キャロちゃんが安眠できるかどうかがちょっと心配だけど、年下のヴィヴィオの為に我慢してもらいましょう。多分、最終的にはなのはさんさえいれば、ヴィヴィオも普通に眠れる様になるとは思うんだけど。

 そんなこんなで、私はほんの少しだけ変わったけど、概ねいつも通りの今日を過ごしてます。







「ふむ、飛行魔法か」

 ザフィーラがお昼寝中のヴィヴィオを起こさない様に、少しだけ声を落として呟く。それに私はこくこくと頷いた。

 前になのはさんとティアナさん・スバルさんチームの模擬戦を見学した時に思ったんだけど、空を飛べたら気持ちいいだろうなぁって結構真剣に思ったんだよね。前々から空を飛ぶ事に憧れはあったけど、本格的に考え出したのはちょうどその時。

 前世だとあんまり乗りにはいけなかったけど、絶叫マシーンとか大好きだったし。義娘の中学校卒業おめでとう旅行の時に、日本一高低差の落差が激しいジェットコースターに乗ったんだけど、2人して3回くらい連続で乗って大はしゃぎしたんだよね。

「確かに、テスタロッサが優れた空戦魔導師である以上、お前にも適正があるのだろう。しかし、今急いで覚えなければいけないものでもあるまい」

 言外に『危ない』って含ませながら言い聞かせようとするザフィーラ。うん、わかってます。わかってるんだけど、どうしても空を飛んでみたいんだよね。きっと自分の力で自由自在に飛ぶ空は、気持ちいいものだと思う。飛行機だと、落っこちちゃったら自力ではどうにもできないもんね。

 私が必死に頼み込むと、ザフィーラは小さくため息をついて根負けした様に許可を出してくれた。ただし、最初は部屋の中での練習だけだと限定されちゃった。

 それでも許可が出たのが嬉しくて、ザフィーラの首元に抱き着いた。もふもふしてて気持ちいい、ぬいぐるみみたい。ただザフィーラは爪がすごく長いから、足はちょっと怖いんだよね。

<じゃあ、ちょっとだけ練習してみてもいい?>

「ああ、構わん。フランキスカ、フォローしてやってくれ」

『please leave -- what makes Ma'am injured is not done. [お任せください、主に怪我をさせる様な事はしません。]』

 私の胸の前でぶら下がっているフランが、ザフィーラの言葉に淡々と答えた。それを流し聞きながら、私はよいしょと立ち上がる。魔力負荷のトレーニングはまだ続けてるけど、身体がダルい事に慣れちゃったら意外と普段通りに動けるみたい。初日と二日目くらいはしんどかったけど、今はなんとか普通に過ごせてたり。

 この世界の魔法は、術式に魔力を流せば魔法が使えるという形なので、魔力さえあれば基本的に魔法を発動させる事はできる。だけど、それはあくまで魔法を発動させて基本的な効果を発揮させるだけで、応用するとなればやはり本人の努力が必要になる訳ですよ。

 つまりフランの中にある飛行魔法の術式に私が魔力を流せば浮いたりする事はできるんだろうけど、高度を上げたり下げたり速度を上げたり下げたりは私が努力して調整する事を覚えないと、自由自在に空を飛ぶなんて事は夢のまた夢になる。

<うん、じゃあ行くよフラン!>

『Yes Aye,Ma'am. [了解です、主]』

 私が目を閉じて魔力をフランに流し込むと、ふわりと身体が浮かぶ。今効力を発揮してる術式が頭の中に浮かんで、意外にもこれがおばちゃんの私でもすんなり理解できるものだったりするんだよね。多分、この身体が若くて魔法知識もシャマルさんに物理的に詰め込まれたから、それが功を奏してるんだとは思うんだけど。

 私が失敗して怪我をしない様に、いつでも動ける体勢で見守ってくれてるザフィーラに時々アドバイスをもらいながら、私は飛行魔法の練習に精を出したのでした。








 その日の夜、訓練もお仕事も終わったエリオくんに何故か食堂に呼び出された。先に来てテーブルについていたエリオくんが私に視線を向けて、上げかけた手が途中で止まる。

「ヴィ、ヴィヴィオも一緒に来たの?」

 ちょっと困った様に言うエリオくんに、ヴィヴィオが頬を膨らませる。でも人見知りだから、私の背中に隠れる様にしてだけど。というか、ヴィヴィオの方が背が大きいんだから、実は隠れきってないんだけどね。

<ヴィヴィオに聞かれて困る話なら、一度部屋まで連れて行って戻ってくるけど、どうする?>

 私が聞くと、エリオくんは『多分大丈夫だと思う』と言って私達に座る様に促した。まず最初にヴィヴィオを座らせて、その後に私も席に着く。

 気遣い屋のエリオくんは私達に飲みたい物を聞くと、それをカウンターでもらって戻ってきた。ヴィヴィオがオレンジジュースが飲みたいって言ったので、私もそれに合わせる。ヴィヴィオのグラスにストローを挿してあげると、ヴィヴィオは嬉しそうにこくこくと飲み始めた。

「ななせはすごいね、まるでヴィヴィオのお母さんみたいだ」

 突然微笑みながらそんな事を言うエリオくんに、私はその意味が飲み込めずにこくりと首を傾げた。何か特別な事をした覚えもないんだけど、エリオくんには違う風に見えたのかな。

「ストローをすぐに挿してあげたり、椅子に先にヴィヴィオを座らせてあげたり、ななせはいつもヴィヴィオを気遣ってるから。そんな様子を見てたら、なんだかお姉さんっていうよりもお母さんみたいだなって思ったんだ」

 まぁ、小さい頃の義娘にしてた事をそのままヴィヴィオにしてるっていう事は否定できないかも。なんだか久しぶりで、こういうの楽しいんだよね。でもどうしたんだろう、エリオくん。もしかしたら私がフェイトさんにそっくりだから、まるでフェイトさんがヴィヴィオにばっかり世話を焼いてるみたいに思えて、もやもやしちゃったのかも。エリオくんだってまだ10歳だもんね、母親恋しい頃だろうし。

 なんだか申し訳なく感じて、私は椅子から降りて対面側にいたエリオくんの隣の椅子に膝立した。私の突然の行動に目を丸くして驚いてるエリオくんを体重を使って引き寄せて頭を胸元に抱える。身体が小さいから頭を抱えるみたいな図になっちゃったけど、心臓の近くに耳が当たる様に、エリオくんの頭を抱きしめた。

「な、なっ……ちょっ! ななせ!?」

 慌ててエリオくんが私を呼ぶけど、私はそのままエリオくんの頭を抱えて、優しく撫でる。するとエリオくんも暴れるのをやめて、そのまま抱きしめられたままになってくれる。とくん、とくんと自分の鼓動を感じながらエリオくんの耳を見ると、すごく真っ赤だった。年下の女の子にこんな風にされるのは、男の子にはすごく恥ずかしい事なのかも。でも私にされててこんなに真っ赤になってたら、フェイトさんの豊満な胸に抱きかかえられたら鼻血じゃ済まないんじゃないかなぁ。

「あーっ、ずるい! ヴィヴィオもー!!」

 ほんわかした時間は、ヴィヴィオの声で一瞬にして霧散しちゃった。ドーンって私に体当たりしてきたヴィヴィオを巻き込んで、三人で床にどてって転げ落ちる。床に落ちるまですぐだったのに、エリオくんがなんとか自分の体を下敷きにして、私達が怪我をしないように守ってくれた。

 顔を見合わせて、何故だかエリオくんが最初に吹き出す。その笑いにつられて、私もなんだかおかしくなってきてクスクス笑いだすと、ヴィヴィオも楽しそうに笑い始めた。食堂の床で倒れこんだまま笑う私達を、食堂でのんびりしてた局員の人達が怪訝そうな表情で見てた。

 結局エリオくんの話はうやむやになって、私達はジュースをごちそうになりながら雑談をした後、解散という形になった。きっと何か大事な話があったんだろうなぁと思って、最後に聞いてみたんだけど、エリオくんは『もういいんだ、ありがとう』って話してくれなかったんだよね。

 ヴィヴィオと手を繋いでなのはさん達の部屋へと戻りながら、また機会があったらエリオくんに話を聞いてみようと頭の片隅にメモを残しておく事にした。

 





[30522] 第19話裏――3ヶ月間のあれこれ 前編
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:94ccfdfa
Date: 2012/02/10 20:08
 あっという間に暦は8月が終わり、今日は9月8日。ヴィヴィオがここに来たのが6月の初めの頃だったから、もう3か月くらい経ったんだね。

 とは言っても色んな事が毎日起こって、それが新鮮な事だったり楽しい事ばっかりするから、時間がどんどん早く過ぎていくのかもしれない。

 ついこの間、スバルさんのお姉さんであるところのギンガさんが、六課に出向してきた。ギンガさんと一緒に本局っていう警視庁みたいな組織の心臓部に所属している、技術仕官のマリー・アテンザさんも六課にやってきて、しばらく滞在するんだって。私のフランに興味を持ったらしく、せっかくの機会だし一度診て貰った方がいいのかなぁと思って、マリーさんに預けたんだけど。特に問題はなかったみたいで、見た目は何にも変わった様子はなく手元に戻ってきた。

 ただシャーリーさんに言わせると、マリーさんの調整のおかげで処理速度とかは1.2倍くらいに上がってるんだって。そんなに性能が上がっても、私が使いこなせるかどうかは全然別問題なんだけど。でもフランに置いていかれないように、色々頑張ろうって思う。

「今日は特別講習という事で、私が担当する。だが、私ひとりでは心許ないので、友人に協力をお願いした」

「ごきげんよう、聖王教会シスター、シャッハ・ヌエラです」

 ちなみに私がどこにいるかと言うと、ティアナさん達4人とギンガさんが訓練をする訓練場だったりする。今日はシグナムさん達のお手伝いで呼ばれたんだけど、何するのかなぁ。シグナムさんからは『すまんな、おそらく4人ともバテてしまって動けなくなるだろうから。介抱してやってくれ』って言われたんだけど。

 そんなシグナムさんとお手伝いで呼ばれたシスターシャッハもやる気満々、二人の様子を見て顔を青くしているフォワード陣の気持ちは、なんとなく私も周囲の雰囲気で理解できてしまった。せめて怪我だけはしない様にねって、影ながら祈る。

 準備運動を始めた皆をぼんやり眺めながら、私はこの3ヶ月に起こった事を、現実逃避の様に思い出していた。





―――6月の真ん中くらいの頃のお話。

 午後8時くらいにヴィヴィオに膝枕しながら二人でぼんやりテレビを見てた時に、エリオくんとキャロちゃんが部屋を訪ねてきた。話の本筋には全然関係ないんだけど、私の身体ってそういう体質なのか、あんまり肉付き良くないんだよね。だから太ももも骨っぽいから頭が痛くなりそうなのに、ヴィヴィオは膝枕をねだって来る。なんだろう、こういう体勢が好きなのかな。ヴィヴィオの背の方が3センチ程高い訳で、体重もヴィヴィオの方が重たいので、結構ズシっときたりもするんだけど。せっかく甘えてくれてるから、頑張って我慢してたりする。

 あ、そうそう、エリオくんとキャロちゃんの話だった。部屋に入ってきた二人の目があまりに腫れぼったかったので、思わず二人に『どうしたの!?』って問いかけた。ヴィヴィオを膝からどかして、二人にソファに座る様に勧める。もしかしたらフェイトさんと何かあったから、こうして部屋まで来たのかな。ただ、フェイトさんがまだ帰ってきてないんだよね、なのはさんもちょっとはやてさんとお仕事の話があるとかで不在だし。ザフィーラも、もう自分のお部屋に帰っちゃったしね。

 つまりこの部屋で二人の話を聞いてあげられるのは私だけだったので、ちょっとだけヴィヴィオに二人の相手を任せて給湯室へ。気持ちが落ち込んでいる時はあったかくて甘いココアとかを飲むと、硬くなった気持ちも解れたりするので、とりあえず二人分用意。さらにヴィヴィオの大好きなキャラメルミルクも用意、実はこれなのはさん直伝だったりする。当然カロリーが高いから、あんまり飲ませちゃダメなんだけどね。二人にだけ飲み物を出したら、絶対ヴィヴィオはゴネるだろうし。

 私の分はカフェオレを適当に作って、トレイに載せて部屋に戻る。もしかしたらフェイトさんかなのはさんが帰ってるかなぁと思ったんだけど、まだ二人は不在。仕方ない、覚悟を決めて二人のプライベートに踏み込みましょうか。

 飲み物がそれぞれの手に渡ったところで、エリオくんとキャロちゃんがココアを静かにすする。その後ほぅ、とため息をついたのを見計らって、私は二人に尋ねた。一応念話はヴィヴィオにも飛ばしておく。きっと仲間はずれにしたら怒るだろうしね。

<それで、どうしたの? フェイトさんに用事だった?>

「あ、うん……そうなんだけど」

「なんていうか、考えがまとまってなくて。どうすればいいのか、よくわからなくて」

 エリオくんとキャロちゃんが、まるで迷子みたいな顔でそんな事を呟く。うーん、母子家庭って事で悩んでるとかなら相談には乗れると思うんだけど、何しろ経験者だし。でも、そんな事で悩む様な子達じゃなさそうだもんね、二人ともフェイトさんの事が大好きっていうのはすごく伝わってくるし、フェイトさんがいれば他の人に母子家庭云々って噂されるのなんて些細な事って考えそうだもん。

 ただこのままだと一体どういう風にフェイトさんと話し合えばいいのかわからないだろうし、その場で二人が自分の気持ちをフェイトさんに伝えられるとは思えないので、とりあえず気持ちの整理を手伝うつもりで事のあらすじをヒアリングしてみた。

 まぁ、まとめると『フェイトさんに迷惑を掛けたくなくて頑張ってるけど結局迷惑を掛けてて、そんな自分達が情けないやらもどかしいやら』という事らしい。フェイトさんは二人に掛けられる世話とかなら迷惑とか思わずに、すごく楽しそうに世話を焼くと思うんだけどなぁ。現に私も義娘に持ってこられた面倒事にブーブー文句言いながら、世話を焼いてきたけど。全然迷惑だなんて思わなかったし。

 だから思わず『フェイトさんが二人に迷惑だって言ったの?』なんて想像すらできない質問をしちゃったんだけど、それには当然エリオくんもキャロちゃんも首を横に振った。

「でも、僕達が頑張ろうって行動した時、フェイトさんはいつも困った様な寂しそうな顔をするんだ」

「だから私達、まだまだ迷惑掛けてるんだって悲しくなって……」

 なるほど、二人とも自分自身で出口のない迷路を作り出しちゃって、まるで底なし沼みたいに抜け出せなくなっちゃってるという訳だよね。抜け出す為にはどうすればいいのかなんて、すごく簡単なのになぁ。

<フェイトさんに言ってみたら、二人の気持ち。もしくは、フェイトさんに『私達の事って迷惑ですか』って聞いてみたら?>

「でも、フェイトさんは優しいから……」

「僕達の事を気遣って、本音を言えないかもしれない」

 もう! またそうやって、思考の迷宮に入ろうとする。すごく可愛く思ってる二人にそんな風に思われてるなんて知ったら、フェイトさん絶対泣くと思うよ?

<それじゃ、たとえ話だけど。もしもフェイトさんが二人に面倒を掛けたとして、二人はそれは迷惑に思う?>

「うーん、そもそもフェイトさんが僕達に迷惑を掛けるシチュエーションが思い浮かばない、かな」

「そうだよね。むしろフェイトさんの事で私達が迷惑に思う事なんて、どんな事でも絶対にないよ」

 キャロちゃんが少しだけ語気を強めてそう言った。うん、それが答えなのに。

<キャロちゃんが今言った言葉、フェイトさんもそう考えてるんじゃないかな? もちろんこれはあくまで推測で、私の姿形はフェイトさんそっくりかもしれないけど、心の中までそっくりって訳じゃないから断言はできないけどね>

 二人は顔を見合わせて、それでもまだ不安そうな表情を浮かべる。うーん、あと一押しかな。

<私は人の心なんて読めないから、かけがえない大事な人にはちゃんと自分の気持ちも言うし、相手の気持ちも聞くよ。もちろん、すごく勇気のいる事だから怖いって思う事もあるけど>

 ヴィヴィオとだってそうだもんね、この子は表情と気持ちが直結してるから結構わかりやすいけど、読み取れない場合はちゃんとヴィヴィオの意思を確認する事にしてる。

<ヴィヴィオとなのはママだってそうだもんね、なのはママはちゃんとヴィヴィオに思ってる事を言ってくれるし、ヴィヴィオの気持ちも聞いてくれるよね>

「うんっ。なのはママとヴィヴィオ、かくしごとないよ!」

 ぬるめのキャラメルミルクをゆっくり飲んでたヴィヴィオが、スプーンをぎゅっと握って空に突き立てるみたいに真上にグッと手を上げた。まぁ、なのはさんの場合は正直過ぎるところもあるとは思うんだよね。ヴィヴィオの本当のママがきっとどこかにいるから、今なのはさんを好きな気持ちと本当のママへの気持ちを比べるのはおかしいとかね。今日のお昼に横で聞いてて、ハラハラしたもん。ヴィヴィオが泣き出さないかなって。

 ヴィヴィオの言葉を聞いて、エリオくんとキャロちゃんの表情が少し明るくなる。気持ちの整理と自分の気持ちが見えてきたのかもしれないけど、まだ固まってないってところかな。私の言える事は言ったし、もう私が言える言葉はないんだけど、背中を押してあげる事くらいはできるかな。

<一番いいのはフェイトさんと本音でお話をする事だろうけど、いきなりは怖いって言うなら、アルフちゃんに相談してみたら? 話しにくいなら、私とヴィヴィオは席を外すし>

 私の提案に少し悩んだ二人だったけど、結局そのままアルフちゃんに通信を繋いで、相談を始めた。ただ積極的に聞いていい話でもなさそうだし、ヴィヴィオとちょっと離れたところに移動して、ヴィヴィオには本を読み聞かせる。念話だから黙読みたいになっちゃうんだけど、ヴィヴィオの頭の中には私の声が響いているだろうし、その証拠に絵本の挿絵をじっと見つめてるから。

 アルフちゃんとの話が終わってすぐ、まずなのはさんが帰ってきて、5分もしないうちにフェイトさんが部屋に入ってきた。エリオくんとキャロちゃんを見て少しだけ気まずそうなフェイトさんの表情を見て、なのはさんが何かを察した様にニコっと笑った。

「三人で何か話をしなきゃいけない事があるのかな? だったら、この部屋使ってくれていいよ。私とヴィヴィオとななせは、あっちの空き部屋使うから」

「……ありがとう、なのは。ごめんねヴィヴィオ、ななせも」

 フェイトさんとエリオくん・キャロちゃんにおやすみの挨拶をして、なのはさんに手を引かれて空き部屋へと移動。自分とヴィヴィオの歯磨きを済ませて、ベッドに一緒に入る。

 なのはさんがヴィヴィオの横に寝そべって、胸元をポンポンと優しいリズムで叩く。最初は私にもしてくれてたんだけど、手の動きとか感触とかが気になって余計に眠れないので、心苦しくも辞退したんだよね。でもこうして少し離れて見ると、なのはさんとヴィヴィオは髪の色は違うけど、立派に親子の空気を醸し出していた。

 うとうと、とヴィヴィオの呼吸が深くなったのを見計らった頃、なのはさんから念話が入る。エリオくんとキャロちゃんから聞いた話を簡単にまとめて話していると、私もだんだん眠くなってきて、あっという間に眠りの世界に落ちちゃった。なのはさんにどこまで話せたのかはわからないけど、多分結論はフェイトさんから聞くだろうし、問題ないよね?

 結果として三人はお互いに抱えてた誤解を解いて、家族として深いところまで話せる間柄になれたみたい。私が話した事が少しでもフェイトさん一家の役に立てたのなら、すごく嬉しいんだけど。エリオくんとキャロちゃん、そしてフェイトさんからもそれぞれにお礼を言われたという事は、微力ながら役立ったって思ってもいいのかな。




[30522] 第19話裏――3ヶ月間のあれこれ 後編
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:94ccfdfa
Date: 2012/02/11 19:23
――フェイトさん一家がギクシャクした数日後。

 その日はなのはさんとフェイトさんも結構早く帰ってきて、本日のお勤めを終えたザフィーラを皆で見送った後、一家団欒をしていた時になんだか頻繁にこちらに視線を送るフェイトさんに気付いた。

 どうしたんだろう、と首を傾げると、フェイトさんが意を決した様に言った。

「あのね、ななせ。ななせが最近魔法の練習を頑張ってるってザフィーラから聞いたんだけど、もしよかったら私にも練習を手伝わせてくれないかな。多分先天資質も私と同じだろうし、ある程度使える魔法も被ると思うんだ」

 結構な早口で言われて、私の理解が追いつかなくて目を白黒させてしまう。そんな様子を見て、なのはさんがヴィヴィオを抱っこしながら、フェイトさんをなだめてくれた。

「フェイトちゃん、そんなにまくし立てたらななせもびっくりしちゃうよ。ほら、順番にお話してあげないと」

 そう諭されて深呼吸したフェイトさんは、順を追ってどうしてそういう話を思いついたのかを話してくれた。きっかけは、先日のちょっとしたフェイトさんとエリオくんとキャロちゃんのすれ違い。私は全然なんにもしてないんだけど、どうやらフェイトさん達の印象は違うみたいで。エリオくんとキャロちゃんの気持ちを整理するきっかけをもらったお礼という事で、私に魔法を教えてあげようって考えたんだって。

 ただフェイトさんも隊長さんだし、その他にも捜査なんかもあるみたいで、忙しいんじゃないかなぁ。そこに私が更にお手間を掛けるのもどうなのかなって思ったんだけど、フェイトさんが『気にしなくていいから』って強く言ってくれたので、せっかくの好意を無にするのも非常に心苦しいし、お願いする事にしました。

 意外とフェイトさんって大人しそうなのに、こうと決めたら押しが強いというかなんというか。でも、確かに私にとってはいい話なんだよね。空を飛ぶためのコツとかも聞けるし、他の魔法だって教えてもらえるんだもん。これまではフランと二人で独学でやってきたから、もしかしたら変な癖とかもついてるかもしれないし。矯正は早めにしておいた方がいいよね。

 こうして始まった毎日2時間の『フェイトさんの魔法塾』は、フェイトさんの人柄通りに楽しい時間になってます。最初はやっぱり飛行魔法を教わったんだけど、感覚をつかむために抱っこしてもらって一緒に夜空を飛んだ。それからはひたすら高低とか横移動をゆっくりしたスピードで練習して、ある程度形になったら今度はフェイトさんと鬼ごっこしたりして、遊びながら魔法を楽しく学ぶ事ができた。

 やっぱりそっくりさんだから、覚え方とかも被るのかなぁ。フェイトさんの教え方は、頭で理解するよりも早くスッと自分の中に入ってくる。フェイトさんはあんまりスピードを出す事に反対してたんだけど、私がどうしてもって頼んだらちょっとずつスピードを上げて、その時の制御方法とかコツとかを教えてくれた。でも自動車と同じくらいのスピードで飛べる様になった頃には、『これ以上はダメ』ってスピードアップ禁止令が出されたんだけどね。

 こうなると、空を飛ぶ練習はスピードアップから安定感を重視して練習すればいいんだから、ある程度コツを掴んだ私ならフランと一緒に独学で頑張れる。何か新しい魔法を教えて欲しいっておねだりしたら、フェイトさんは防御魔法を教えてくれた。プロテクションとラウンドシールド、どっちも術者を守ってくれる魔法なんだけど、系統が違うんだって。プロテクションはフィールド系で、ラウンドシールドはその名前の通りシールド系。他にもバリア系とかもあるみたいだけど、ここでは割愛。

 こうした防御系魔法については、魔力を注ぎ込めば注ぎ込んだだけ、強度が変わってくるらしい。もちろん術式の綿密さとか、そういうのも関係してくるみたいなんだけど。

 基本をフェイトさんに教えてもらって、コツとか魔力運用とかはなのはさんに教えてもらいました。なのはさんの防御魔法の固さは折り紙つきらしく、その防御を突破できる魔導師さんはなかなかいないんだとか。

 私がなのはさんに稽古をつけてもらっている間は、ヴィヴィオもフェイトさんと一緒に地面から見てて、最近は昼間一緒にいると『わたしもまほうれんしゅうしたい!』ってずっと言ってる。ヴィヴィオのズルい連呼攻撃に晒されながら、頭の中では魔法のイメージ練習。これもマルチタスク取得の為の苦行として頑張ってます。

 ただ、やっぱり危ないからって攻撃魔法は教えてもらえなかった。一応フランの中にも攻撃魔法の術式は入ってるんだけど、さすがに練習せずにそれを使うのはちょっと怖いし。

 余談として攻撃魔法の話を聞いたんだけど、攻撃魔法にも二種類あるみたい。ひとつは怪我をしたり、下手をすると命を奪ってしまう『殺傷モード』。もうひとつが魔力ダメージは発生するけど、身体に怪我とかをさせない『非殺傷モード』。ミッドチルダ式魔導師は基本的に『非殺傷モード』を使ってるんだけど、犯罪者の中には『殺傷モード』を使う人もいるんだって。まぁ基本的に犯罪を犯す様な人は、他人に気を遣ったりしないんだろうけどね。

 こういう魔法からも防御魔法を使えば自分や周りの人を守れるので、結構必死で練習してます。ヴィヴィオと一緒にいる時にそんな場面に遭遇したら、ちゃんと守ってあげられる様に。ちなみにバリアジャケットも防御魔法が生み出している産物だという事を、フェイトさんに教わりました。私のバリアジャケットをヴィヴィオに着せられる様な魔法はないのかなぁ。そしたら何かあっても少しでもダメージが減らせそうだし。

 この間はフィールド魔法の練習をしてたらヴィータちゃんが通りがかって、『どれくらい強いのか試しにぶっ叩いてやろうか』なんて言いながら、ハンマー型のデバイスをぶんって振りかぶった。軽くスイングして、私のフィールドにハンマーが当たるとバチンって音がする。あんな鉄製のもので叩かれたら、すごく痛いだろうし。必死になって魔力を注ぎ込んで強度を保つと、ヴィータちゃんは面白くなさそうにフンッ、て鼻を鳴らした。

「つまんねーな、チビの癖にしっかり防ぎやがる……やるじゃん」

 ニヤリと笑って『んじゃーなー』って歩いていくその後ろ姿をぼんやり眺めてたんだけど、ずいぶん経ってからもしかして今のは褒められたんじゃないかって気付いて、安堵と嬉しさでホッとため息をついた。うーん、防御魔法は攻撃されないとその強さが実感できないけど、ちゃんと成長してるんだってわかってよかったなぁ。ただ、あんな突然攻撃してこなくてもいいと思うんだけど、ヴィータちゃんは意外といたずらっ子なのかもしれない。

 あともうひとつフェイトさんから厳命されてる事があって、リンカーコアがまだ未成熟だし先天的なバイパス不全もあったから、必ず1週間に1度はシャマル先生の診察を受ける様にって。六課では怪我をするのは大抵ティアナさん達フォワードの皆で、たまに整備部の人が指を切ったりするくらいしか最近仕事がないシャマルさんは、快くチェックを引き受けてくれた。

 『ついでに身体のチェックもしましょうね』なんて言われて、簡単な健康診断も受けてるんだけど、健康体そのものらしいし。そこは素直に喜びたい、相変わらず素の筋力とかは同年代の子達より弱いし、背も平均より低いんだけどね。でも身体強化のブースト魔法もちょっとずつ教えてもらってるので、フランを持って振るくらいは出来る様になったよ。

 フェイトさんとなのはさんに教えてもらって、時々休憩室でキャロちゃんやティアナさん達に魔法の話を聞いたりしながら、これからも魔法の練習を頑張っていきたいと思います。




 他にもヴィヴィオの何気ない一言から始まった、『機動六課で一番強い人は誰なのか』っていう議論が六課中で巻き起こったり、その過程でなのはさんから『強さとは?』みたいな宿題を出されたスバルさん達と一緒に頭を悩ませたりもして。

 確かちゃんとした問題は『自分より強い相手に勝つには、自分の方が相手より強くなくてはいけない。この言葉の矛盾と意味をよく考えて答えなさい』だったかな。ティアナさん達ははやてさんとかヴィータちゃんとかシグナムさんに何度か質問して、敵との戦いも経て答えに辿り着いたそうな。答えとしては『相手より自分が勝っている部分で戦う』みたいな感じだったんだよね。もちろん相手より自分が勝っている部分が多くなれば、総合的にも強い相手に勝てる様になるから、そういう部分も研鑽していかなきゃなんだけど。

 私としても『なるほどなぁ』って思ったよ。多分戦術を考える上でも、そういう概念はきっと大事になってくるだろうし。魔法をこうして勉強して行けば、魔法を使って戦うなんて事もいつかは経験するんだろうしね。そういう時のために、心にちゃんと留めておこうと思う。

 あ、フォワードの皆がボロボロにされて、今日の練習は終了したみたい。私は準備していたタオルを人数分抱えて、死屍累々な皆の下へ駆け出した。




[30522] 第20話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:94ccfdfa
Date: 2012/02/12 11:02
――9月11日。

 明日は何やらはやてさん達機動六課にとって、大きな催し物があるらしい。その警備のために、なのはさん達は今夜から出掛けるんだって。

 ヴィヴィオがどうしてもなのはさんのお見送りがしたいっていうから、今日は夜まで残ってくれていたアイナさんと一緒に、屋上のヘリポートまで一緒に移動。しばしの別れを惜しむなのはさんとヴィヴィオを、すぐ傍にいるフェイトさんとアイナさんに挟まれながら見守る。

 膝を折ってヴィヴィオと目を合わせていたなのはさんが立ち上がって、今度はこっちに歩いてきた。フェイトさんとお話しかなって思ったら、今度は私の前で膝を折って、視線を合わせてくれる。

「ななせ、いってくるね。申し訳ないんだけど、ヴィヴィオの事よろしくお願い。明日の夜まで、多分ヴィヴィオがすごく寂しがると思うから、傍にいてあげてね」

 心配そうな表情で、なのはさんがそう私に言った。わかってますとも、仕事を持ってるシングルマザーは、やっぱり自分が不在の時に子供に何かあったらっていつだって不安だもんね。私も住み込みで働いていた時はちょくちょく様子を見れたけど、その後は働きに出る度に『今どうしてるのかな』って心配だったり不安だったりしたから。気持ちはすごくよくわかる。

 だから私は、任せてくださいと瞳に込めてなのはさんを見つめ返して、こくりと頷いた。どうやらちゃんと私の意思は伝わったみたいで、なのはさんはにっこり笑ってヘリの中へと歩いて行った。手をぶんぶん振りながらなのはさんを見送るヴィヴィオに近づいて、私も一緒に手を振る。だんだんと見えなくなるヘリの後ろ姿をいつまでも見ながら手を振るヴィヴィオに、私はもういいよって言う代わりに空いている手をぎゅって握った。

<そろそろ中に入ろ、ヴィヴィオ>

「ななせ……うん」

 ヴィヴィオは寂しそうな表情だったけど、最後にはこくんと頷いて手を引く私の後ろをちゃんとついてきてくれた。アイナさんとフェイトさんもその後に続いて、なのはさん達の部屋に戻る。

 帰宅するアイナさんを見送って、パジャマに着替えて寝る準備。それが完了した頃、フェイトさん宛てに通信が入った。空中に浮かんだウインドウに映ったのは、桃子さんのお友達のリンディさんだった。そう言えば、フェイトさんのお母さんだったんだよね。

 挨拶を交わして、明日の予定についてリンディさんとフェイトさんは話してるんだけど、リンディさんの視線が時折私とヴィヴィオに向く。ああ、フェイトさんもヴィヴィオのママだから、孫とテレビ電話してるみたいな気持ちなのかも。

「あ、そうそうななせ。桃子さんもあなたに会いたがってたわよ、また今度顔を見せてちょうだいね。もちろん私も、あなたに会いたいわ」

 最後の最後でリンディさんにそう言われて、桃子さんや士郎さん、美由希の顔がフッと頭に思い浮かぶ。こっちの世界にやってきてからは、経験する事全ての密度が濃くて、地球で暮らしてたのがまるで遠い昔みたいに感じてたんだけど、こうして自分の事を覚えてて会いたいって思ってくれる人がいるというのは、やはりとても嬉しい事だと思う。

 さすがにリンディさんに念話を届かせる事は難しいので、フェイトさんに念話を送って、通訳してもらう事にした。

「うん、わかった。母さん、ななせがいつになるかはわからないけど、ちゃんとご挨拶に伺いますって」

「あら、どうしてフェイトはななせの言いたい事がわかるの? もしかして、念話使える様になった?」

 今度お話しするのが楽しみだわ、とかなんだか楽しそうなリンディさんを三人で見送って、通信は終了。ひと呼吸くらい間が空いて、ヴィヴィオがベッドサイドに立てかけてある写真を見ながら呟いた。

「リンディママはフェイトママのママ、こっちのママもフェイトママのママ」

 ふたつの写真立てには、それぞれフェイトさんと女性が写っている。というか、片方は家族全員で撮ってるから、たくさん人が写ってるんだけど。

 フェイトさんは私とヴィヴィオの肩を抱いて、どちらも大事な私の母さんなんだよって説明してくれた。でも私としては、片方の写真立てに写っているキチガイおばさんに殺されかかった恐怖が今も心の中に残っているので、その言葉には同意しかねるんだけど。

 話の中に出てきたアリシアさんが、多分私とフェイトさんの元になったそっくりさんなんだよね。コピーとして生み出されたフェイトさんの悲しさとか苦しみとかを思うと、このキチガイおばさんを家族として想える様になるまでの過程はきっと壮絶で葛藤もたくさんあったんだろうなぁと思わずにはいられない。それでもこうして優しいままいられるのは、きっとフェイトさんが真に優しい人だからなんだろうなぁって思う。

 私は前世の記憶があるし、この身体も若干借り物な認識があるから、人からクローンとかコピーとか言われても別に気にならないけどね。というか、コピーでもクローンでもそこに個性とか自意識があるなら、もうその時点でオリジナルだと思うんだけど、そこらへんどうなんだろう。

 そんな事を考えながら、私は抱き寄せられて触れるフェイトさんとヴィヴィオの暖かさがなんだか気持ちよくて、目を細める。

 きっと明日の夜にはなのはさんが帰ってきて、こんな暖かい日が変わらず続いていくんだって、この時の私は全く疑ってなくて。まさか次の日にあんな事が起こるなんて、想像すらしていなかった。









――9月12日

 その日はいつも通り時を刻んで、私もヴィヴィオとアイナさんのお手伝いなんかをしながら、のんびり過ごしていた。

 そろそろなのはさん達も戻ってくるかなぁって、夕焼け空を見ながらヴィヴィオと話していると、突然けたたましい警報音が六課の隊舎全体に響き渡った。

『バックヤードスタッフ、避難急いでください!』

 放送で流れる慌てた声、確かこれはアルトさんの声じゃないかな。休憩室で一緒にお茶を飲みながらお話しした事が何度かあるから、間違いないと思うんだけど。

 そんな事をぼんやり考えている私と事態を飲み込めていないヴィヴィオとは違って、アイナさんと傍らにいたザフィーラの行動は早かった。

 アイナさんがヴィヴィオを抱きかかえて、ザフィーラが私に背中に乗る様に言う。あまりに急いでる様子だったので、私も気圧されて背中にまたがると、ザフィーラは一目散に駆け出した。少し先を走っていたアイナさんに追いついて、並んで走る。

 到着したのは、地下のシェルターっぽい場所だった。私達の他にもお仕事していた局員さんとかも何人かいて、多分その人達を先導してきたシャリ―さんもいた。

「あ、ヴィヴィオ、ななせ。こっちに来てこっちに」

 アイナさんと三人で呼ばれるままに向かうと、一番奥に座る様に指示される。私とヴィヴィオを抱きかかえる様にアイナさんが座って、順番に職員の人達も奥へとやってくる。最後に杖を持った、おそらくは少しは魔法で戦える人達が3人立って、その前に机や椅子で作ったバリケードが用意される。まるで昔に資料映像で見た第二次世界大戦の上陸戦での、民間人の戦いみたいだと、まだ冷静な部分がそんな事を考えていた。

 シャマル先生とザフィーラが、この隊舎と皆の命を守る為に外に出ていく。なんだか嫌な予感がして、思わずその背中に念話を飛ばして『行かないで!』って引き止めたんだけど、ザフィーラはくるりと振り返って念話で返事をしてくれた。

<案ずる事はない、我は盾の守護獣ザフィーラ。お前たちのところまで攻撃を届かせはせん>

 はっきりとそう言って頷いた後、ザフィーラは踵を返して先に行ったシャマル先生を追いかけた。不安そうな局員の人達の表情や、私とヴィヴィオをぎゅうっと抱きしめるアイナさんの腕の震えに、私の不安もどんどん募ってくる。戦う訓練をしているなのはさんやフェイトさん、ティアナさん達がいない隙を狙う様な襲撃に、こちらも大変だけど出掛けた先のなのはさん達は無事なんだろうかと不安になってくる。

 相手の目的もわからないまま、時折ドーンと大きな音と同時にくる揺れに身体を強張らせて、時間が過ぎるのを待つ。すごく長い時間だったと思うけど、もしかしたら10分くらいの出来事だったのかもしれない。

 ついに私達のシェルターの壁がドォンと大きな音を立てて崩れ、そこから魔力のビームが撃ち込まれる。最初にバリケードを破壊し、杖を持った局員さんが吹っ飛ばされ、非戦闘員の局員さんもその爆風で壁に叩きつけられて意識を失う。その中にはシャーリーさんもいて、元々壁際にいた私達3人を残して、その他の人達は全員地面に倒れ伏して意識を失っていた。

 開けられた大きな穴から出てきたのは、キャロちゃんとエリオくんぐらいの年頃の小さな少女。紫の髪の女の子の後ろから、黒い鎧みたいなもので全身を覆った人影も現れた。

 アイナさんはもう震えて私達を抱えるのがやっとの状態だし、ヴィヴィオも今にも泣き出しそうな顔で私を見てる。私だってこんな緊急事態な状況で、誰かになんとかして欲しいって思うけど。でもその時、私の頭の中に昨日したなのはさんとの約束がぶわって蘇った。

 ヴィヴィオの事をよろしく、って言ったなのはさんの顔は、心配で心配で仕方がないっていう母親の顔で、きっと私も義娘に対してそんな顔をしてたんだろうって思い出すきっかけをくれた。そしてまた、ヴィヴィオも私にとっては娘みたいな妹みたいな大事な子だから。

(私がヴィヴィオとアイナさんを守らなきゃ!)

 怯える心を震え立たせて、アイナさんの腕から抜け出す。アイナさんが茫然とした顔で私を見るけど、残念ながらアイナさんには魔法資質がないから、念話は届かない。こんな時に筆談をしている余裕もないし、私の意図を伝える手段はない。

 だから、ヴィヴィオに念話を飛ばした。アイナさんに今から言う事を伝えて、逃げてって。もしかしたら相手の目的は私か、ヴィヴィオかもしれない。私だったらまだいいけど、こんな乱暴な侵入方法を選ぶ輩に連れ去られたら、ヴィヴィオがどんな目に合うか想像するだけで身の毛がよだつ。

 最悪の事態を避ける為に、私は侵入者二人の前に立ちはだかった。あれだけ防御魔法を練習したのは、こういう時にヴィヴィオを守るためだったのだから。自信を持って怯えを隠して、震える膝を伸ばす。

「金髪の子供がふたり……どっち?」

 紫の髪の子がぽつりと呟く。そして徐に空中で手を一振りすると、通信ウインドウが現れた。そこに映るのはひとりの髪の長い女性。

『どうかしましたか、ルーテシアお嬢様』

「ウーノ、どっちが保護対象? ……金髪の子供がふたり、いるけど」

『映像を頂けますか、私がドクターに確認致します』

 どういう風にこの場の映像が映されているのかはわからないけど、どうやら画面の中の人は状況を確認できたみたいで、笑顔を浮かべて女の子に言った。その笑顔がまるで繕っている様な作り笑顔丸出しで、私は生理的な嫌悪感を画面の彼女に反射的に抱いた。

『奥で女性に抱かれている少女を保護願います。もう一人の方は、特に必要ないとドクターが。ただ、殺さないように……あくまでも私達は奥の少女を保護しに来ただけなのですから』

「わかった、じゃあそうする」

 少女が答えると通信ウインドウが空中から消えて、再び周囲が静まり返る。私が今やるべき事は、ヴィヴィオ達からこの襲撃者達の視線を私に向ける事だ。だから、私は胸元にぶらさがっているフランに手を伸ばして、ぎゅっと握った。

<行くよ、フラン!>

『Yes Aye,Ma'am. [了解です、主]』

 瞬時にバリアジャケットが展開されて私の体を包み込み、フランが斧状態になるのをなんとか両手で持つ。とっかかりだけ練習した身体強化魔法を使って、しっかりとフランを真正面に持って剣道みたいに構えた。

「……邪魔」

<フラン!>

『Protection』

 女の子が右手を突き出して発射してきた魔力ビームを、なんとかプロテクションを展開して防ぐ。後ろにいるヴィヴィオ達にも当たらない様にする為に、広域を防御できるプロテクションを選んだけど、女の子の魔法が結構重くて魔力がガリガリ削られる。

 でもこうして防御だけしててもジリ貧だし、ヴィヴィオ達を逃がすためには何かアクションを起こして、相手の目をこっちに向けないと。

<フラン、今すぐ使える攻撃魔法ってないかな?>

 私が聞くと、フランは即座にいくつかの魔法をピックアップしてくれた。ただここは地下だし、あんまり強い魔法を使うと、生き埋めになっちゃう可能性だってある。

『It finishes setting up a way type here. The ma'am asks you for control and discharge.[術式はこちらで組み上げます。主には制御と発射をお願いします。] 』

<了解!>

 リンカーコアから魔力が流れ出し、私の周りにバチバチと雷の様な球体がいくつか現れる。

<プラズマランサー!>

 球体がまるで槍の様に尖りながら飛んでいき、女の子と黒ずくめに飛んでいく。二人はその場から横に飛んで避けられてしまったけど、私が狙ったのは別に二人に当てる事じゃない。

 ドォンと私の魔法が地面と二人の後ろ側の壁にぶつかって、もうもうと土ぼこりが舞う。さっきヴィヴィオからアイナさんに伝えてもらったのは、私が隙を作るからヴィヴィオを抱いて逃げ出して欲しいという言葉だった。ふと後ろを見ると、二人の姿がなくなっていて、もう一度前を見るとさっき女の子達が壊して出来た穴から、アイナさんがヴィヴィオを連れて出て行く後ろ姿だった。

「……ガリュー、私は保護対象を追うから。この子を無力化してから追いかけてきて」

 抑揚のない声で女の子はそう言うと、ヴィヴィオ達の後を追う様に穴から外に出ようとする。でも、そうは行かないと私がもう一度プラズマランサーを撃とうとしたその時、まるで瞬間移動してきたかの様なスピードで私の前に現れた黒ずくめが、思い切り私を蹴り飛ばした。

 とっさにラウンドシールドを展開して直撃だけは免れたけど、そのパワーはすさまじくて。私は壁まで吹っ飛ばされて、思い切り背中を打ちつけられた。あまりの衝撃に一瞬息が止まって、地面にどさっと倒れこむと咽た様に咳き込む。

 それでもなんとか自分の身体に鞭打って立ち上がって、地面に落としてしまったフランを構える。でもその隙さえ与えてくれなくて、黒ずくめは思いっきりグーで私の顔を殴りつけた。とっさにフランがプロテクションを展開してくれたけど、フィールドの中まで通り抜けてきた衝撃で頭が揺さぶられる。

 続いて腹部に蹴り、再度顔面にパンチをもらって、ついにプロテクションがまるでガラスが割れるみたいに砕け散る。止めにもう1回、今度はまともにボディを打ち抜かれて、私は今度は思いっきり壁に叩きつけられた。身体が床に崩れ落ちて、立つ気力さえ湧いてこない。もうこのまま気を失って倒れこんでしまいたいなんて思う私の脳裏に、ヴィヴィオの顔がパッと浮かんできた。

 ヴィヴィオを守るって決めたのに、ここで倒れたらますますヴィヴィオが連れて行かれる可能性があがっちゃう。あの女の子だけなら、外のザフィーラ達が気づいてくれれば、きっとヴィヴィオの誘拐は阻止できる。でも、ここで私がすんなりこの黒ずくめを行かせてしまったら、ザフィーラでも苦戦するかもしれない。

 だって、さっきからこの人、全然本気なんて出してないみたいだもん。殺すなっていう命令が出てるから手加減してるのかもしれないけど、きっと殺していいって最初から言われてたら、私なんてあっという間に殺されてたに違いない。

 倒れて気を失ったフリを続けながら、フランの中に登録されている魔法を必死に漁る。このまま五体満足でヴィヴィオを追跡なんてさせない、例え私の命と引き換えにしても、傷を負わせてみせる。そう決意した時、ひとつの魔法が見つかった。多分フランの中にある魔法で、一番威力があると思われる魔法。

 自分の人生……とは言っても二度目なんだけど、こんな特撮ヒーローみたいな状況に追い込まれるなんて、今まで一度も想像してなかったけど。

 それでも自分の命と同じくらい大事に思える、命と引き換えにしても守りたい子と前世、今生ともに出会えたのは、多分幸運なんだと思う、

 なんとも形状しがたい熱いものが、胸の奥から溢れ出てくる。これが魔力なのか、それとも他の何かなのかはわからないけど、叫びだしたいくらいの熱い想いがこみ上げてきた。

「……ィヴィオは、私が絶対に守るんだからぁっ!!」

 ギュッと拘束されていた鎖がはじけ飛んだ様な感覚がして、私の喉からかすれ声ながらも今までどんなに出そうとしても出てこなかった声が出た。でもこの時の私はそんな事も気付かずに、身体を勢いよく起こして地面に落としていたフランを拾い上げて、前に突き出す様に構える。

 私が気を失って倒れていると思って背を向けていた黒ずくめが、私の声に反応してくるりと振り返る。でも、もう遅い。本当はもっと魔力を充填して発射する魔法みたいなんだけど、私のリンカーコアからあるだけの魔力を絞り出せばかなりの威力が出せるはず。

「プラズマ・セイバーッ!!」

『Plasma Saber』

 私の声とフランの淡々とした声が重なって、フランから扇形みたいにものすごい魔力が放出される。これはもう砲撃って言ってもいいんじゃないかと思うくらいの金色の魔力が黒ずくめを飲み込む。それでもまだまだ出力を弱めずに、リンカーコアから鈍い痛みが伝わってきても、更にフランに魔力を流し込む。

 壁がドォンと崩れるのを見て、ようやっと魔法の放出をやめて一息つく。でもその瞬間、右側から殴りつけられて意識がぐらっと揺れた。私の砲撃に飲み込まれた様に見えた黒ずくめだったけど、どうやら直撃できずに避けられてたみたい。意識がもうろうとしているせいで、バリアジャケットの構築も解けてしまう。その瞬間に腹部を思い切り殴られて、こみあげてくるものを我慢できずに口から吐き出す。その中に血が混じっているのが、何故かはっきりと認識できてしまう。

 そしてフィニッシュに脇腹を思いっきり蹴られて、ボキリとアバラが何本が折れる感覚と、激痛が脳を焼く勢いで襲い掛かってくるけど、そんなのお構いなしなそのままの勢いで頭から壁に叩きつけられ、一瞬意識が闇に染まる。

(ヴィヴィオ……ごめん、ね)

 地面に落ちたショックで朦朧と意識が戻り、私のぼやけた視界に黒ずくめがシェルターから出て行くのが映って必死に手を伸ばすけど、再び暗闇が襲ってきて私の意識を一瞬で刈り取ってしまった。




[30522] 第20話裏
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:94ccfdfa
Date: 2012/02/12 20:39
 フェイト・T・ハラオウンはぼんやりと光る手術中を示すライトを、呆然と眺めていた。本来であれば、今回の襲撃の現場検証に参加しなければいけない身なのだが、あまりの憔悴さ加減に副隊長であるシグナムが仕事を一手に引き受けてくれた。自分が隊長なのだからと一度は彼女の気遣いを辞退したのだが、シグナムは頑として首を縦に振らなかった。

 それだけ今の自分は、他人から見れば酷い事になっているのだろうと、自嘲の笑みさえ浮かんでくる。何故こんな事になったのだろうなんて意味のない事を考えて、更に気分を落ち込ませる。こんなに泣き出したいくらい心が澱んでいるのに、どうして涙が出ないのだろう。フェイトは結局小さなため息ひとつ零して、病院の床へと視線を移した。

「……フェイトさん」

 小さく呼びかけられて顔を上げると、そこにはフェイトの被保護者であるエリオとキャロが立っていた。今回の襲撃で二人も傷を負ったが、特に命に別状もなく軽いものだったと聞いている。エリオは念のために腕を三角巾で吊っていたが、それも明日の午後には外せるだろうとの事だった。

「あの、ななせの手術、まだ終わらないんですか」

 キャロの問いかけに、フェイトは先程までの苦い気持ちを飲み込んで、無理やりに笑顔を作った。

「大丈夫だよ、ちょっと長引いてるだけで。きっと、すぐに終わるから。だから二人は心配しなくても大丈夫」

 まるで自分に言い聞かせる様に大丈夫と連呼する様は、エリオとキャロでなくともフェイトが無理しているのが丸分かりの様子だった。エリオとキャロはお互いの顔を見合わせて、意を決した様に強く頷く。

「フェイトさん、一人で無理しないでください。僕たちが側にいます、一人で抱え込まないでください」

 エリオがそう力強く言って、キャロが同意を示すように大きく何度も頷く。二人の気持ちは嬉しいけれど、今回の件はどう考えても自分のせいだと思った。あの時、自分がななせに魔法なんて教えなければ、きっとななせがここまでの怪我をする事はなかった。フェイトはそんな自戒の言葉を、脳内で繰り返す。

 バルディッシュがエマージェンシーサインを拾ったのは、最高速で飛んで六課に辿り着いたすぐ後の事だった。必死に走ってその発生源まで辿り着くと、そこには数人の隊員が倒れていて、一番奥の壁際にいくつかの叩きつけられた様な跡と、そのすぐ正面の床に頭から血を流して倒れているななせの姿があった。床には血溜まりができていて、かなりの出血がある事がわかった。

 正直なところ、そこから自分がどうしたのかなんて、フェイトはほとんど覚えていなかった。ただこうしてななせが手術を受けられているという事は、病院に運び込むなり、救急車に乗せたなりの処置はしたのだと思う。手術前に執刀医の先生が言葉少なく告げた声が、頭の中で反響する。

 医師が言うには、全身の打撲や内臓へのダメージ・肋骨の骨折はまだなんとでもなるが、頭部のダメージが結構深刻であるとの事だった。おそらくは治療で快復すると思われるが、最悪の場合は目覚めなかったり、どこかに障害が残る可能性も頭に入れておいてほしいと告げられた。

 右手をぎゅっと握りこむと、ななせのデバイスであるフランが待機状態で存在していた。これも現場から回収したものだが、フランが記録を撮ってくれていたらしく、ななせがどの様にしてこんな深手を負ったのか、その経過がよくわかる映像が残されていた。

 映像を見ながら、フェイトはこみ上げてくる後悔に心が折れそうだった。二人で一緒に練習した防御魔法、ななせはそれを使ってヴィヴィオを守ろうとしていた。元々優しい性格で、だけどどこか自己犠牲的な考え方をする子だと気になってはいたが、ここまで捨て身になってヴィヴィオを守ろうとするとは、フェイトも予想外だった。

 相手は、おそらく前回都市部でレリックの奪い合いになった際にいた、紫髪の少女の召還獣。一撃で昏倒していればここまでの怪我はしなかっただろうに、ななせはフェイトが教えた防御魔法を巧みに使って身を守り、更には使ったことすらなかっただろう攻撃魔法も使用して、召還獣の足止めをしていた。

 そして最大魔力による砲撃で枯渇した魔力がバリアジャケットを維持できなくなり、生身で召還獣の攻撃を受けて壁に叩きつけられた。映像はそこでプツリと終了していた。

 何故こんな無茶をしたのかと怒鳴りたい気持ちと、ヴィヴィオを守ろうとした事を褒めてあげたい気持ち、魔法が上手く使えた事を褒めてあげたい気持ち、ななせの無事を祈る気持ち。色んな気持ちがない混ぜになって、それをひとつひとつ解きほぐしていくと、最後にフェイトの胸中に残ったのはななせをただ愛しいと思う気持ちだった。これが母性なのか、それとも違う何かなのかフェイトにはわからない。だけど愛おしく思う気持ちが強すぎて、だからこそななせが怪我を負う状況になるきっかけを作った自分が許せなかった。

 気持ちが堂々巡りして、まるで底なし沼みたいな思考の渦に呑み込まれそうになるフェイトを引っ張り上げたのは、少し強めに叩くように肩に置かれたエリオの手だった。

「フェイトさん、お願いですから僕達を頼って下さい。フェイトさんが一人で落ち込んでいるのを見るのは、僕達も辛いです」

「エリオ……」

「前にフェイトさんと気持ちがすれ違った時、ななせに教わりました。大事な人の思ってる事を理解したいなら、ちゃんと相手の気持ちを聞いて、自分の気持ちも相手に伝える事だって」

「フェイトさんがもしななせちゃんの怪我が自分のせいだって自分を責めてるなら、きっとななせちゃんも辛いと思います。もし私がななせちゃんの立場だったら、絶対にそう思うだろうから」

 エリオとキャロから思いも寄らない言葉をもらって、フェイトが呆然とした表情で二人を見る。そんなフェイトに畳み掛ける様に、エリオとキャロは口々に言った。

「僕達を家族だと思ってくれているなら、フェイトさんに抱えている悲しい気持ちを、僕達にも背負わせてもらいたいんです」

「家族だからこそ、その悲しい気持ちを受け止めて、前向きな気持ちに皆で変えていけるんじゃないかなって」

 母親とか保護者という上の立場じゃなく、対等な家族として。二人の優しい気持ちに、頑なだったフェイトの心に綻びが入る。その瞬間、さっきまでどう頑張っても流れなかった涙が、フェイトの大きな瞳からぽろりと零れた。

 それからフェイトは、ぽつりぽつりと自分の気持ちをエリオとキャロに語った。自分が魔法を教えなければ、ななせがこんな風に怪我を負わなかったであろう後悔。このままななせが目を覚まさなければどうしようという不安。ななせの事が愛おしい気持ち、エリオやキャロと同じくらい心配で可愛いと思う気持ち。連れ去られたヴィヴィオの安否など、まとまらずにただただフェイトの口から出てきた言葉を、エリオとキャロはしっかりと受け止めた。

 一緒にフランに残されていた映像も見て、エリオとキャロはそれぞれの気持ちを整理する。そして出てきたのはこんな言葉だった。

「僕だってななせの事は心配ですし、守るって思ってたのに守れなかった事は後悔してます。でも、もう時間は巻き戻せません。だからななせが次に危ない目に遭った時は、必ず守るって改めて決めました……今度こそは絶対。それと、ななせは逆にフェイトさんにありがとうって思ってますよ、多分」

「うん、多分というか絶対そうだよね。ななせちゃんの性格なら、最初に攻撃された時に防御魔法でヴィヴィオとアイナさんを守れたのは、フェイトさんから防御魔法を教わっていたからだって感謝すると思います。その後も召還獣の攻撃から身を守れたのもフェイトさんのおかげです、ありがとうって」

 まるでそれが絶対だと確信しているかの様に、エリオとキャロは言った。でもそう言われながら自分そっくりの少女の顔を思い浮かべると、そのままの台詞でお礼を言われる様がまるで見ているかの様にフェイトの脳内で再生される。思わずくすりと笑みを零したフェイトに、エリオとキャロはほぅっと安堵のため息をついた。

 ヴィヴィオについても、六課のみんなで絶対に取り返す。そんなに愛おしいなら、いっそフェイトさんがななせを引き取るのもアリなんじゃないか。無事にななせが目覚めるかどうかについても、絶対に目を覚ますって思っていたら、物事はいい方向に転がり出すと思う等、フェイトの悩みはエリオとキャロによる前向きな答えで、どんどん小さくなっていく。

 気がつけばさっきまでの暗澹たる気持ちは薄まり、前向きな気持ちが胸に満ちていた。何より、小さな家族達が必死に前を向いているのに、大人の私がウジウジして下を向いてばかりなのは情けないし、何より悔しいとフェイトは思う。

 再度見上げた手術中を示すランプは、先程はまるであの世への道案内をしているかの様な不吉なものだったのに、ななせの未来を繋げる大事な道標の様に見えた。

「……うん、ななせも頑張ってるんだよね。だから、私も負けてられない。ありがとうね、エリオ、キャロ」

 握っていたフランキスカを上着のポケットに仕舞って、フェイトは立ち上がった。ななせが必死にこの中で戦っているのに、ここでぼんやりなんてしていられない。やるべき事をやって事件も解決して、目を覚ましたななせの前で『良く頑張ったね』って褒めてあげたい。もしななせが納得してくれるなら、本当の家族になりたい。フェイトはそんな未来予想図を思い描いて、明るい方向へとモチベーションを上げる。

 きっと今も無理をして仕事をしている親友に、私が子供達から貰った元気と前向きな気持ちを分けてあげたいとフェイトは思う。ヴィヴィオの事は心配だけど、私となのは……機動六課の皆できっと助け出す。そしてギンガの事も一緒に救い出す。やるべき事が決まれば人間というのは現金なもので、そこに一直線に進むものなんだなぁとフェイトはくすくすと笑った。

 隊長として、家族としてななせの手術が終わるのを待つ役目をエリオとキャロに任せて、フェイトは病院から立ち去った。さっきまで弱々しく憔悴していた彼女はもういない、そこにいるのは母親としての強さを身に付け始めた、強い女性だった。








――9月19日

 聖王のゆりかごが出現し、ミッドチルダ首都クラナガンが恐怖に揺れる。

 機動六課のフォワード陣は三グループに分かれて、この事態を解決しようとしていた。なのはとヴィータ・はやてはゆりかごへ、フェイトはシスターシャッハとアコース査察官と共にスカリエッティの逮捕へ、新人達とシグナム・リインフォースⅡは首都防衛へとそれぞれの役目を果たしに出撃した。

 その道中、高速で空を飛ぶなのはの横にフェイトが並んだ。

「なのは……わかってるよね」

「うん、フェイトちゃんも。全力全開、私達の大事な子供達のために」

「六課の皆、誰が欠けても駄目だからね。私もなのはもちゃんと無事に帰ってきて、ヴィヴィオとななせとまた笑い合って暮らせる様に」

「わかってます、フェイトちゃんこそ無理しちゃ駄目だからね」

 二人の若き母達は拳をこつんとぶつけ合って、それぞれの目的地へ一目散へ飛んでいく。そのモチベーションは静かながら最高潮で、上空から二人の様子を見ていたはやては、本作戦の成功をこの時から確信していたと後に語る。

 機動六課のエースとストライカーズの活躍により聖王のゆりかごは破壊され、スカリエッティの逮捕と戦闘機人の保護、ヴィヴィオとギンガの奪還に成功する。様々な傷跡や問題を残したまま、後にJS事件と呼ばれる未曾有の大事件はここに一旦の終焉を迎えたのだった。







[30522] 第21話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:94ccfdfa
Date: 2012/02/14 19:07


「……んぅ」

 自分が漏らした声が耳に響いて、私は重たくて重たくて仕方がない瞼を必死にこじ開けた。というか、なんだかいつもより糊でもついてるのかっていうくらい開け辛いんだけど、なんでだろう。

 瞼が開くと当然太陽なり電灯なりの光が飛び込んでくるんだけど、まるでLEDライトを目に直撃させられたみたいな眩しさに、思わず頑張って開けた瞼を閉じてしまう。手で光を遮りながら瞼を開こうと思いついて、右手を上げようとしたら、とんでもない痛みが全身を襲った。ものすごく痛い時って、叫び声も出ずに息を呑んでしまうって聞いた事があったんだけど、それって本当の話だったんだなぁなんて現実逃避をしながら、鼻がツーンと痛むのを我慢する。反射的に涙が溢れてきたのか、こめかみの方に雫が流れていくのを感じた。

 というか、私どうしたんだっけ? まるで意識を失う前の事が思い出せなくて、ぎゅっと眉根を寄せてみる。確か六課の隊舎が襲撃されたんだよね、そして避難した先に女の子と黒ずくめの二人が現れて……。

「そうだ、ヴィヴィオッ!?」

 アイナさんに抱きかかえられてシェルターから出て行ったヴィヴィオの姿を思い出して、私は何にも考えずに声に出して、身体を起こそうとした。そりゃあ右手をちょっとだけ動かしただけであれだけ痛かったんだから、そんな事をすれば当然もっとすごい痛みが襲い掛かってくるに違いない……というか、もう既に襲い掛かられました。

 声すら上げられず、脳があまりの痛みの強さに処理ができなくなったのか、一瞬意識がぐらりと遠のく。でも、思い出してしまったからには仕方がない。必死に歯をくいしばって痛みを我慢して、眩しさも同じく我慢で目をぱっちりと開けてみた。すると光でぼやけた視界の中に、見知った人影を発見。ベッドサイドの椅子に腰掛けて、私の事をなんだか楽しそうに見ているはやてさんだった。

「お寝坊さんの癖に、起きたら起きたで一人でなんや暴れてるけど、自分大丈夫なん?」

 何故だろう、その言葉になんだかバカにされている様な色を感じてしまうのは、私の心に余裕がないからなんだろうか。枕に頭を沈めたまま、視線だけはやてさんに向ける……ん? はやてさん? なんでこの大変な時に部隊長が、こんなところでのんびりしてるんだろう。

「それにしても、喋れる様になったかもとは報告受けてたけど、こうして聞くとななせの声はやっぱりフェイトちゃんそっくりやな。もちろん、子供の頃のやけど」

「そんな事はどうでもよくて! はやてさん。ヴィヴィオが……」

「安心しい、全部もう片がついてるから。詳しい話をする前に、私はななせが起きた事を先生に伝えなあかんねん。あんまり起きへんから、このまま眠りっぱなしかって皆で心配してたんよ?」

 はやてさんが空中でキーを叩くと、ウインドウが開いて先生らしき男の人が映し出された。言葉少なく私が起きた事をはやてさんが告げると、先生(仮)が慌てた様子で通信を終了する。それから5分もしない内に先生(仮)と看護士さん数人が現れると、あれよあれよとベッドごと私を部屋から運び出した。

 そこからいくつか検査を受けて、とりあえず神経系や脳に障害が残らない事が確認されたみたい。黒ずくめと戦った時に、最後に壁に頭をガーンって叩きつけられたのが結構酷い傷だったみたいで、もしかしたらそういう症状が出るかもしれないって、先生も気にしてくれてたんだって。

 ちなみに目覚めてから私を襲っている痛みは、あばらがまだ骨折中なのと、壁に打ち付けられた時に全身打撲を負ってるからなんだって。あの時は多分アドレナリンが脳内でバンバン出てたから気付かなかったんだろうけど、身体全体に包帯が巻かれているのを見ると結構酷い怪我だったんだなぁなんて他人事の様に思う。

 またベッドごと病室に帰ってくると、はやてさんが待っててくれた。部隊長なのに仕事はいいのかなぁなんてちょっと心配になるけど、病室に誰もいないのって寂しいもんね。だから待っててもらってたのがちょっと嬉しかったり。

 病室に戻ってすぐにベッドの背を上げてもらって、ようやく身体を起こす事に成功。ちょっと身体は痛むけど、あのまま横になったまま話をするのはちょっとね。それにあのままずっと横になってると、腰が痛くなりそうだし。実際にもう身体がギシギシいってるし。どれだけ自分が寝てたのかを想像するのが、ちょっと怖くなる。

 本当なら怪我人だし、すぐに休まなきゃいけないのかもしれないけど、全然眠くないし私が眠ってた時に何があったのかもすごく気になる。そう訴えると、主治医の先生は無理をしない事と、何かあればすぐにナースコールを鳴らす事を条件に起きている事を許してくれた。

 先生や看護士さんが部屋から出て行くのを待って、はやてさんが私が眠ってた間に起こった事を説明してくれた。ちなみに今、もう10月2日なんだって。3週間弱眠りっぱなしだった自分自身に驚いて、この身体が重たかったりギクシャクする感じはずっと寝てたからなんだなぁってちょっと納得した。せっかくジョギング頑張ってたのに、早く元気になってもう1回最初からやり直さなきゃ。

 ヴィヴィオは結局攫われちゃって、聖王のゆりかごっていう大きな船を動かすキーにされたんだって。きっとすごく怖かっただろうなって思うと、守れなかった自分がすごく歯がゆくて苦しくなる。更には洗脳と強化を受けて、なのはさんと戦ったのだと聞いて、もう胸が張り裂けそうなくらい痛かった。でも結果としてヴィヴィオはなのはさんに救助されて、今はもういつも通り元気との事。それを聞いてすごくホッとした。

 当然六課の皆も苦しい戦いを強いられたそうで、スバルさんは洗脳された自分のお姉さんのギンガさんと戦ったとか。ティアナさんは孤立無援の状況の中、3人の戦闘機人っていう敵と戦って、一人でやっつけちゃったんだって。エリオくんとキャロちゃんも私がボコボコにされたあの黒ずくめと紫の髪の女の子と戦って、見事勝利を収めたそうな。

 もちろんはやてさんも現場の指揮とか戦闘とかでも活躍したらしいし、ヴィータちゃんやシグナムさんとリインちゃん、その他の六課の局員さんも皆頑張ったんだって。その中でもはやてさんが一番頑張ったって思ったのは、ほとんど単身で敵の親玉であるスカリエッティのところに乗り込んだフェイトさんだったとか。

「そりゃあもう、とんでもない気迫やったよ。さっきから話してる通り、スカリエッティっていうのは結構卑怯なやり口が好きな男でな、フェイトちゃんに生まれの事やエリオやキャロの事、それにななせの事も使っていやらしい言い方で揺さぶってきたみたいやわ。でも、フェイトちゃんは揺れんかった、あっという間に戦闘機人二人を料理して、あまりの迫力に後ずさりするスカリエッティをボコ殴りにしたんやで。溜飲が下がるってのは、この事やなー」

 カラカラと笑いながら言ったはやてさんが、急に優しい顔をして私に微笑む。

「何でフェイトちゃんがこんなに頑張ったかは、本人に聞いたらええよ。あと、大事な話が私からななせにあるんやけど」

 意味深な前置きになんだか胸をドキドキさせていると、はやてさんは『ななせを引き取りたいっていう人が現れた』と言葉少なに告げた。最初は何を言われているかわからなくて、小首を傾げる。でもだんだんその意味が飲み込めて、余りの驚きに口の形がOの状態で固まる。そんな私を見てクスクスと笑うと、はやてさんはしみじみと言った。

「ななせの保護責任者させてもらってたけど、こんな無茶する子は子供の頃のなのはちゃんくらいしか知らんし、私には止められそうにないわ。多分そんなななせを止められるのは、この人くらいしかおらへんと思うよ」

 はやてさんがそう言うと、まるでタイミングを計っていたかの様に病室のドアがノックされた。はやてさんが『どうぞ』と入室を進めると、ドアから人影が部屋に入ってくる。さらさらの金髪に、茶色のいつもの制服。私がよく見知った人が、そこには立っていた。

「改めて紹介するよ。ななせを引き取って家族になりたいって言うてくれてる、フェイトちゃんや」

 冗談めかしてはやてさんが言うけど、私の目はフェイトさんに釘付けだった。だっていつも朗らかに微笑んでるイメージだったのに、今目の前に立っている人は大きな瞳からボロボロと涙を零して、まるで子供みたいに泣いていたから。

 見つめ合う私達に気を遣ったのか、はやてさんはフェイトさんの背中をぽんと押して私の方に近付く様に指示する。そして私には『ほな、またくるなー』と明るく挨拶をして部屋から出て行った。パタン、と閉じられたドアの音が大きく響いて、私とフェイトさんは病室の少し消毒液臭い空気の中、再度視線を交わす。

 まるでそれが合図だったみたいに、フェイトさんが私に近付いてきて、震える手で私の頬をそっと撫でた。『もう目覚めないのかと思った』『心配ばっかりかけて』とお説教を受けるけど、その間もずっと瞳から涙が止まらずポロポロ落ち続けてて、叱られてるっていう雰囲気は全然なかった。でも、まるでフェイトさんが迷子になってる小さな女の子みたいに見えて、意識しないまま口から『ごめんなさい』って言葉が零れ落ちる。

 それが琴線に触れたのか、フェイトさんはそっと私の頭を優しく胸元に抱きしめてくれた。暖かくていい匂い、その柔らかさに何故だか私の涙腺まで緩くなって、ボロボロと涙が次から次へと湧き出してくる。まるでフェイトさんの泣き虫がうつったみたいに、二人でしばらくそうやって泣き続けた。

 そう言えば、こうやって誰かに抱きしめられるのなんて、いつぶりだろう。前世では物心つく前に両親は他界してたし、親戚には疎まれてたし。姉は甘えるのが好きな人で、私の方が抱きしめてたし、義娘に対しても以下同文。こうして無条件に抱きしめられたのは、もしかしたら初めてかもしれない。

 落ち着いて涙も止まったフェイトさんは、私が恥ずかしくて耳を塞ぎたくなるくらい、私の事がどれだけ大事かを熱弁してくれた。確かに嬉しい、私もさっき気付いたけど、初めて甘えさせてくれた人だし。フェイトさんとだったら、見た目もそっくりだしきっといい親娘関係を築いていけると思う。

 でも私の頭をよぎったのは、エリオくんとキャロちゃんの事だった。先にフェイトさんが保護した二人を差し置いて、私がフェイトさんに引き取られてもいいのだろうか。いや、いいはずがない。それにポッと出の新入りである私の方をフェイトさんが可愛がったら、自分達はもういらないんじゃないかと二人が勘違いしかねない。

 私がその懸念を告げてせっかくの申し出だけれどもと断ろうとすると、フェイトさんがまるでその反応を予想してたみたいにクスクスと笑った。そして指をパチンと鳴らすと、空中に通信ウインドウが開く。そこに映っているのは、なんとエリオくんとキャロちゃんだった。

「ななせ、目が覚めてよかった。体調は大丈夫、無理してない?」

「ななせちゃん、よかったぁ。やっぱりヴィヴィオの目覚めのキスが効果があったのかな」

 ちょっと待って、キャロちゃん。なんか不穏当な発言があった様な気がするのは、私の気のせいでしょうか?

「え? ヴィヴィオにね、どうしたらななせが目を覚ますかって聞かれたから、白雪姫の話を例にあげてキスしてみたらって教えてあげたんだけど」

 『いけなかったかな?』ときょとんと首を傾げるキャロちゃんに、なんだか脱力する。まぁ女の子同士だし、さらに言えば子供同士だし。問題としては大きくなってヴィヴィオがこの事を覚えてたら、恥ずかしさに悶絶するくらいだから私は困らないんだけどね。

「って、そんな事よりキャロ。フェイトさんが僕達に応援要請を送ってきたって事は、ななせにアレを伝えないと」

「そうだよね、エリオくん。あのね、ななせちゃん。私達の事は気にしなくていいんだよ、むしろ私達がフェイトさんの名前をもらってないのは、私達のわがままなんだから」

 申し訳なさそうに言うキャロちゃんの言葉が理解できなくて、頭の上に大きな?を浮かべる。そんな私の様子に苦笑しながら、エリオくんが言った。

「僕のモンディアルって名前には、ちょっと思い入れがあってね。自分の過去と忘れたくない初心とか、そんな物がたくさん詰まってる」

「私のル・ルシエも故郷の集落の名前で、故郷を出た今でも自分の出発点を忘れない様にって思ってるの」

 だから、一生背負っていくと決めているのだと二人は笑った。けれども、フェイトさんとは家族でいたいのだとも。その中に私も入ってくれればもっと嬉しいと、エリオくんとキャロちゃんははっきりと言ってくれた。

 この暖かい家族の中に本当に私が入ってもいいのかとか、頭の中の冷静な部分が私に問いかけてくる。けれどもここまで三人に想ってもらえて、断れる程私の心も強くなかった。むしろ一人で生きていくとか言っておきながら、本当はずっと寂しかったのかもしれない。義娘と離れ離れになって、殺されそうになって、喋れなくなって。次から次に襲い掛かってきた色々な事が、いつの間にか私の心を大きくすり減らしていたのかも。そんな時にこんな暖かい想いに触れて、私はもう既にそれを手放す事ができなくなっていた。

 だから精一杯の気持ちを込めて、『こんな私でよければ、三人の家族にしてください』ってぺこりと頭を下げた。もちろん、三人がそれを受け入れてくれた事は、言うまでもない。












 ちなみに余談だけど、こんな会話も後に続いてたり。

「じゃあ、エリオくんとキャロちゃんの呼び方も変えなくちゃいけないよね。なんて呼べばいいかな?」

「うーん、オーソドックスにお兄ちゃんとお姉ちゃんでいいと思うけど」

 私がエリオくんとキャロちゃんに質問すると、隣にいるフェイトさんがそうアドバイスをくれた。まぁそれが一番無難かなぁと、まだ開いてる通信ウインドウの二人に呼びかける。まずはエリオくんから。

「おにーちゃん」

 普通に呼んだだけなのに、何故だかエリオくんは真っ赤になって視線を逸らしてしまった。なんだろう、あんまりお気に召さない感じなのかな。

「エリオくん……もしかして恥ずかしがってる?」

「キャロ!? そんな事言うけど、キャロだって呼ばれたら照れるに決まってるよ」

「えー、そうかなぁ。ななせちゃ……じゃなくて、ななせ。私も呼んでみてもらってもいい?」

 わくわくした表情でリクエストされて、キャロちゃんにもちゃんと『おねーちゃん』って言ったんだけど、キャロちゃんはエリオくんと違って何やら感動した様子。

「村を出てからずっと年上の人達の中で生活してきたから、年下の子にそうやって呼ばれるのがすごく新鮮で」

 キャロちゃんにも色々苦労があったんだなぁってしみじみ思ってたら、ツンツンってホッペを優しく突かれた。そっちを見ると自分を指さして、『私は?』ってさっきのキャロちゃんと同じかそれ以上にわくわくした表情のフェイトさんがいた。

 いざ言うとなると恥ずかしくて、でもこれからずっと呼ぶ事になるんだしって意を決して『フェイトママ』って呼ぶと、フェイトさんは本当に嬉しそうな笑顔で『はぁい』って返事をしてくれた。

 多分この時の私は、さっきのエリオくんと同じかそれ以上に顔が赤くなってたと思う。だって恥ずかしかったんだもん。






[30522] 第22話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:94ccfdfa
Date: 2012/02/16 22:54

 フェイトさんの子供になるって決めたけれど、じゃあすぐにでもって訳にはいかなくて。私としては、ちゃんと筋を通しておきたい人達がいる。

 それは倒れてた私を介抱してくれて、こうやって生きるための道を繋げてくれた、高町家の皆さん。私の事を引き取ってもいいって言ってくれてた優しい人達で、本当なら声も出る様になったし、地球で暮らすのに何の支障も無くなった訳だけど。それでも私は優しくて頼りなくて、泣き虫で精神的には年下になるこの可愛いお母さんの側にいるって決めたから。

 ちゃんとした約束って訳じゃなかったけど、それでもちゃんと自分の意思を桃子さん達に言って謝りたいと思う。ムシのいい話かもしれないけど、親子関係になれなくても、親戚みたいな感じで高町家の皆さんとはずっと縁を結んでいきたい。きっちりと助けてもらった恩返しもしていきたいし。

 フェイトさんが『また明日も来るね』って次のお見舞いの約束をして、病室を出て行った。さっき飲んだ痛み止めのせいか、それとも今ゆっくりと雫が落ちている点滴のせいかはわからないけど、段々と眠気が襲ってきた。ああ、フェイトさんが帰る前にベッドの背を元に戻してもらえばよかったとか思いながら、自然と眠りにつく。

 それからどれくらい時間が経ったのかはわからないけど、口元にほのかな暖かさを感じて、意識が浮上し始めた。なんだろう、甘い匂いがする。アメかなぁ、それともケーキ? ああ、イチゴかぁなんて思いついて目を開けると、目を閉じたヴィヴィオの顔が間近にあった。

「んぐーっ!?」

 思わず声をあげるけど、ヴィヴィオの唇が押し付けられてたので言葉も出せず、意味不明な叫びになる。その声を聞いてヴィヴィオが瞳を開けると、花が咲くみたいな全開の笑みを見せてくれた。いや、可愛いんだけど、今はそういう場合じゃなくて。

「やった、ななせおきたー」

 唇を離して、無邪気にヴィヴィオが喜ぶ。これは多分さっきキャロちゃんに聞いた『目覚めのキス』なんだろうなぁと思いながらも、目の前にいるヴィヴィオが怪我もなく元気でいる姿を見て、思わず私はヴィヴィオを引き寄せてぎゅうっと抱き締めた。

「わぁっ、ななせくるしいよー」

 痛み止めで多少和らいでるとはいえ、身体中が悲鳴を上げるくらい痛みが襲ってくるけど、それはこの子を守れなかった私への罰だと思おう。何よりこうしてちゃんとぬくもりを持ってヴィヴィオが生きてくれてるだけで、私の独り善がりな戦いが少しは報われた様な気がした。

 何やらフラッシュの様な光が閉じてる瞼の上から感じられたけど気にしない……あれ、フラッシュ? どうしてそんなものがと薄っすら目を開けてみると、レイジングハートが魔力の羽で好き勝手に飛び回りながら、私達の写真を取っていた。

『Good morning,lady』

 おはようございます、じゃないって。もしかしてさっきのキスシーンまで撮影してたんじゃないでしょうね、と睨みを利かせると、レイジングハートはスイーッと飛んで移動し、ドアの前に立っていた真犯人のところでピタリと止まった。

「にゃはは、見つかっちゃった」

 いたずらが見つかった子供みたいに笑いながら、なのはさんはこちらに近付いてくる。私の腕から解放されたヴィヴィオは、くるりとなのはさんに振り返って『なのはママ、ななせおきたよ!』と嬉しそうに報告した。そして何が嬉しいのかわからないけど、楽しそうにベッドに潜り込んで、私の隣にぴったりくっついて陣取るヴィヴィオ。

「ヴィヴィオ、ずっと寂しがっててね。ほら、六課に保護されてからずっとななせが一緒にいてくれてたでしょう? 眠ったままのななせを見て、自分がななせを起こすんだって、スバル達にも相談に行ったりして頑張ったんだよね」

 なのはさんの言葉を聞いて、ヴィヴィオがえへへと照れ笑いを浮かべる。あの人見知りだった子が、よく見知っているスバルさん達とはいえ一人で相談に行くなんてすごい成長だなぁって、なんだか胸が熱くなる。ありがとうってお礼を言うと、ヴィヴィオは今頃気付いたのか『ななせ、しゃべれるようになったの!?』とびっくりしてた。その後すぐに気を取り直して『よかったね』ってすごく喜んでくれて、改めてヴィヴィオは優しい子だなぁって思った。なんだか親バカというか姉バカというか、身内びいきみたいになってるかもだけど、別にいいんだ。ヴィヴィオが優しくて可愛い子なのは、本当の事なんだから。

 そんなヴィヴィオを見て目を細めながら、なのはさんが傍らに備え付けてある見舞い客用の椅子に腰掛けた。

「さてと、和む話はさておき。ななせ、体調は大丈夫? フェイトちゃんからは元気そうだったって聞いてるけど、無理とかしてない?」

 真面目な表情で仕切り直したなのはさんに、私はとりあえず痛み以外は問題ないって答えた。先生の話曰く、眠っていたから治療がなかなか思う様にできなかっただけで、起きてくれたら回復は早いって言ってたので、きっと入院も長引かないんじゃないかな。それを告げると、なのはさんはホッとした表情を浮かべてて、それを見ると心配してくれてたんだろうなぁと申し訳ない気持ちになった。

「よかった、早く元気になってね。入学試験も受けてもらわないといけないんだし、いっぱい勉強しなきゃだよ」

 なのはさんの言葉の意味が理解できなくて、『え?』って思わず聞き返した。するとなのはさんも『あれ?』って表情をして、そんな私達ふたりを見ていたヴィヴィオも釣られる様にこてん、と小首を傾げた。

「フェイトちゃんからまだ聞いてない? 私とヴィヴィオが正式に親子になったから、同じく親子になるフェイトちゃんとななせと一緒に四人でクラナガンの郊外で暮らすっていう計画があるんだけど」

「ごめんなさい、初耳です」

 なのはさんに言いながら、多分フェイトさんとしては私を引き取るって話をするだけでいっぱいいっぱいだったんだろうなぁって想像する。あと、私が高町家の皆さんにちゃんと話をしてから、正式に親子にっていう話をしたので、話し辛かったのかも。

「そっかそっか、まぁそういう話があるっていう事で。その計画が実現したら、ヴィヴィオとななせには学校に入ってもらおうと思ってるの。ヴィヴィオ、なんて学校だったか覚えてる?」

「えっと、ザンクトヒルデまほうがくいん!」

「よく覚えてたね、えらいえらい。シスターシャッハからのご紹介で、今度連休の時にヴィヴィオと一緒に見学に行ってこようと思ってるの。ななせの分もちゃんと見てくるから、ね、ヴィヴィオ」

「うん、ななせのぶんもけんがくしてくる」

 任せて、と胸を張りながら言うヴィヴィオが微笑ましくて、私はついこくりと頷いた。確かにヴィヴィオの事も気になるし、フェイトさんの側にいて安心させる為にも、普通の子供をしてた方がいいのかなぁとは思うんだよね。学校に通っているうちに、何か新しい道が見えてくるかもしれないしね。それに私は、この世界の事とかほとんど知らない人間だから、基礎知識を仕入れるにはいい機会かもしれない。

「なのはさんとヴィヴィオ、正式に親子になるんですね。おめでとうございます」

「ありがとう、これまでみたいにななせにも迷惑掛ける事あるかもしれないけど、ちゃんと仲良し親子になれるように頑張るので、これからもよろしくね」

「よろしくね、ななせ」

 私が遅ればせながらそう言うと、なのはさんは照れた様にそう言って、そんななのはさんの口真似をするみたいにヴィヴィオが続いた。うん、この二人ならちゃんと親子になっていけるんじゃないかな。今でも充分仲がいいし、きっと私が寝てる間にも色々と絆を深める何かがあったんだろうしね。

「フェイトちゃんとななせも、親子になるって決めたんだよね。おめでとう、フェイトちゃんの事よろしくね。優しくて穏やかだけど、精神的に脆いところもあるから、娘としてフェイトちゃんを支えてあげてくれると、フェイトさんの親友のなのはさんとしてはとっても助かります」

 それにフェイトちゃんの娘ということは、私にとっても娘みたいなものだし、となのはさんは笑った。それは一体どういう理屈なんだろうって、内心ため息をついた。でも家族みたいに親しくしてくれるのは、正直ありがたいよね。そう言えばヴィヴィオはフェイトさんの事をフェイトママって呼んでるし、一緒に暮らすんだったら私もなのはさんの事をなのはママって呼んだ方がいいのかな。

「ちなみに、なのはさんの事はなのはママって呼んだ方がいいですか?」

「ん? 呼び方なんて些細な事だから、どっちでもいいけど……でも、そっか。一緒に住むならそういうバランスも大事だよね。うん、なのはママって呼んでくれると嬉しいかな」

 思い切って聞いてみると、意図を察したなのはさんからそんな返事が返ってきた。そう言ってもらえると私も気楽なもので、呼び方のバリエーションのひとつとして考えれば、照れにくいし。すんなり『なのはママ』って呼ぶ事ができた。

 もしかしたらヴィヴィオが拗ねるかなって思ったんだけど、ヴィヴィオは隣で『ななせとおそろい』って喜んでた。多分なのはさんの呼び方がおそろい、って事なんだろうけど。

 皆で笑い合って、場の雰囲気が解れてきた頃、なのはさんがスッと真面目な表情になった。急に変わったその雰囲気に何事だろうと思っていると、なのはさんは私に向かっておもむろに頭を下げた。

「今回はヴィヴィオを守ろうと戦ってくれて、本当にありがとう。そして怖い思いをさせて、こんなに酷い怪我をさせちゃってごめんなさい」

 見た目子供の私に真摯に頭を下げるなのはさんを見て、今日の一番の本題はこれだったんだと直感でわかった。でも、なのはさんが謝る必要なんてどこにもないのに。全部私のわがままだったんだから。ヴィヴィオを守りたかったのも、ヴィヴィオを守るために戦ったのも。その過程で怪我をしたんだから、この怪我は私の責任だと思うし。

 私がそう言うと、大人として私がそういう行動に出る状況を作った事がまず問題外なのだとなのはさんは言った。それこそ背負い込み過ぎじゃないかなぁ、大人だからって全ての状況をうまくコントロールできるとは限らないし。もちろん、子供によりよい状況を作り出せる様に努力する事は必要だとは思うけど。

 まぁ、その辺りの理想はきっと議論し出すと長引くだろうし。また時間を掛けて、なのはさんとフェイトさんの肩から力が抜ける様に、ちょっとずつ話をしていければと思う。

「ヴィヴィオを守ってくれて嬉しいけど、今度ああいう状況になったら、ちゃんと逃げるんだよ。自分だけでなんとかしようとしないで、周りの人を頼る様にね。子供を守る義務が大人にはあるんだから」

 今回は密閉された場所で周りの人達がほとんど倒れていた事もあって、頼れる大人がアイナさんしかいなかったけど。でも万が一こんな事がまた起こったら、今度はヴィヴィオが攫われない様に、ちゃんと守れる様に頑張ろうと思う。普通の街なら飛んで逃げる事もできただろうしね、もっと思考の引き出しとできる事を増やしておかなきゃ。

 私がなのはさんにこくんと頷くと、病院着の袖をくいくいっと引っ張られた。もちろん隣にいるヴィヴィオが引っ張ったんだろうけど、ヴィヴィオの方を見るとなんだかもじもじして照れてるみたいな表情で、視線を彷徨わせてた。うーん、トイレかなぁ。

 そんな失礼な事を考えていると、ヴィヴィオが意を決した様に私の目を見つめて『まもってくれて、ありがとう』って言ってくれた。ちょっとそんな、不意打ちはズルいと思う。ああ、言わんこっちゃない。目元がカッと熱くなって、目尻に急速で涙が浮かんできた。

 きっとここで泣いたらヴィヴィオが戸惑うだろうし、泣き顔を見られない様にヴィヴィオに抱き着く。不思議そうな声で『ななせ?』って問いかけてくるヴィヴィオに、私は嗚咽と震えを隠しながら『また何かあっても、ヴィヴィオの事は私が守ってあげる』って、決意も新たにそう言った。そうしたらヴィヴィオは『じゃあななせのことはヴィヴィオがまもってあげる』って……おばちゃんをこれ以上泣かせないでちょうだい。







 なのはさん達が帰る時にヴィヴィオがここに泊まるって駄々をこねて、なんとか『明日もお見舞いに来る事』を条件に説得が成功して、部屋を出て行ってからしばし。

 コンコンってドアがノックされたので、どうぞーって返事をすると、入ってきたのはシャマル先生とザフィーラだった……って、ザフィーラが包帯だらけなんだけど、怪我でもしたのかなぁ。

「ごめんなさいね、今日起きたばっかりなのに押しかけちゃって。ザフィーラがどうしてもななせに会いに行くっていうものだから、怪我もまだ治ってないし、私が付き添ったの」

「フン……こんなもの、もう必要のないものだ」

「ダメよザフィーラ! 貴方はそうやってすぐに強がろうとするんだから」

 怪我してるなら、ちゃんと包帯なり薬なりは着けておいた方がいいんじゃないかなぁ、なんてシャマル先生に同意する。ジーっとザフィーラの赤い目を見てたら、急に伏せの姿勢を取った。

「すまなかった。あれだけ大口を叩いておきながら、結局敵はお前達を襲い、ヴィヴィオを連れ去った。お前が怪我をしたのは、私のせいだ」

「それを言うなら私もそうね、六課の正面で最後の守りを預かっていながら、たった一人の戦闘機人とガジェットにボロボロにされたわ。ごめんなさい、ななせちゃん」

 ザフィーラの伏せはもしかして土下座なのかな。それはさておき、なんでそういう結論に達したのかがよくわからないけど、とりあえず二人は絶対に悪くないと思うので首をぶんぶん横に振った。

「このケガは私のせいだから、シャマル先生もザフィーラも悪くない。むしろ心配掛けちゃって、ごめんなさい」

 私がぺこりと頭を下げると、シャマル先生が痛々しげに私を見つめる。うーん、別に気を遣ってる訳でもなくて、シャマル先生とザフィーラが頑張ってくれてなかったら、もっと酷いケガをしたりする人も増えただろうし。私達のところには別の敵が来ただけであって、こんなケガをしてまで皆を守ったんだから。そんな風に自分を責める必要なんて絶対にない。

 シャマル先生とザフィーラは顔を見合わせると、ザフィーラが私の枕元までゆっくりとした足取りで歩いてくる。そして床からベッドで座っている私を見上げて、真剣な声色で言った。

「もしも今回の様な事があったとしても、お前は私の事を信用してくれるだろうか?」

 その問いかけにこくりと頷いた。六課に来て一番一緒にいた時間が長い、信頼のおけるザフィーラの事を疑うなんてしたくない。実際今回だって、ちゃんと皆を守ろうとしてくれたんだから。だから私は、ザフィーラの事を信じる。

 私の気持ちが伝わる様にしっかりとザフィーラを見つめ返すと、ザフィーラは鷹揚に頷いた。

「ならば、今度こそお前は私が守ろう。盾の守護獣の矜持に掛けて」

「私が八神家の子じゃなくなっても、守ってくれる?」

「無論だ。我が主もお前の事をもう既に家族だと思っている、我らもそうだ。書類上の家族など、形式的なものにすぎん」

 ザフィーラの言葉に、シャマル先生が力強く頷いた。シャマル先生にも六課に来て、リンカーコアからのバイパスを作ってもらったり、ミッド語の知識をもらったり、健診してもらったりすごくお世話になった。もちろん、シグナムさんやヴィータちゃん、リインちゃんも。

 もし本当に他の人達も私の事を家族だって思ってくれているなら、この六課にいる間にもらったたくさんのものを、ちゃんと私なりに返していきたい。本当に強く、そう思った。





[30522] 第23話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:94ccfdfa
Date: 2012/02/19 14:48


 私が目覚めてから、あっという間に1ヶ月が過ぎた。ケガの治療も順調に進んで、折れたアバラもほとんどくっついて、打撲も痕を残す事なく完治。アバラも本当ならもっと早くくっつけることができたみたいなんだけど、魔法でケガを治す=新陳代謝を活発にして治癒力を高めるので、身体にもそれなりの負担が掛かるんだって。

 だから病院の方針としてはある程度魔法で骨をくっつけて、あとは自然治癒に任せるという感じで治療は進められてて、病院の中庭を普通に散歩するくらいなら普通にできる様になったよ。体力が落ちてるので、ちょっとずつ散歩の距離とかを伸ばして、リハビリを頑張ってます。

 ヴィヴィオは朝にアイナさんと病室にやってきて、アイナさんはヴィヴィオを私に預けると寮にトンボ帰り。寮母さんという立場上あんまり寮を空けてられないみたいで、きっと仕事も山積みなんだろうなぁと、急いで走り去る背中に『お疲れ様です』と労りの言葉を掛ける。六課の隊舎から程近い病院とはいえ、毎日ヴィヴィオをこうして連れて来てくれる事に感謝。

 六課解散後はなのはさんとフェイトさんの……というか、私達が住む家でハウスキーパーさんをしてくれるみたいで、今後もお世話になるんだろうなぁなんて思ったり。

 なのはさんとフェイトさんがヴィヴィオのお迎え兼お見舞いに来てくれるまで、ヴィヴィオとは色んな事をする。おしゃべりだったり、読書だったり、テレビを見たりね。あと、勉強も一緒にしたり。この間のなのはさんの連休の時に見学に行った学校が、ヴィヴィオはとても気に入ったらしく、どんな学校でどんなお友達がいたか一生懸命教えてくれた。シスターシャッハの紹介という事で、聖王教会系列のミッションスクールになるみたい。挨拶が『ごきげんよう』らしいんだけど、そんなお嬢様学校にこれまで縁がなかったから、私が馴染めるかどうかが心配。

 ヴィヴィオはミッド文字とベルカ文字の読み書き、循環計算なんかもできるようになって、着実に入学準備をしていってるんだけど。それに比べて私は、慣れないベルカ文字に苦戦中。循環計算とミッド文字は私もクリアしてるんだけど、新しい言語を普通に覚えるのは難しいなってしみじみ思う。シャマル先生、もう1回私に強制的にベルカ文字の情報を送り込んでくれないかなぁ。

「がんばって、ななせ!」

 両手をグーの形で握って、ベッドの上で隣に座るヴィヴィオが応援してくれる。はいはい、頑張りますとも。私はヴィヴィオの励ましに背中を押される様に、ベッドに備え付けられている移動可能な机に向き直った。ベルカ文字の書き取りドリル、頑張ろっと。

 そんな生活を送って、更に1週間。病院の先生から退院の許可が下りる。スバルさん達とかシャーリーさんとか、あとザフィーラとか。みんな仕事の合間にお見舞いに来てくれて、嬉しいんだけど心苦しかったので、退院ができるのは素直に嬉しい。そして退院するという事は、高町さん家に現状や私の意志を説明しに行ける様になったという事でもある。

 執務官という仕事に就いているフェイトさんは、冗談抜きで結構忙しい身の人で、私が退院してもすぐに休みが取れる様なスケジュールにはなっていない。特に今はスカリエッティを逮捕した直後という事でもあるし、裁判の為の証拠集めとか裏付け捜査なんかに奔走してる毎日なんだって。フェイトさんの休みが取れないまま、日々がどんどん過ぎていって。

 ある日私はエリオくんとキャロちゃんに連れられて、海上にある隔離施設へと足を運んでいた。多分拘置所みたいなものなんだろうと思うんだけど、面会室で待っていたのはあの紫の髪の女の子。

「ななせ、今日はルーがななせに謝りたいって言うから、ここに連れて来たんだ」

「ルーちゃんね、スカリエッティに長期間に渡って洗脳されてて、ちゃんとした教育を受けてなかったんだって」

 エリオくんとキャロちゃん、そして紫の髪の女の子改めルーテシアちゃんの話をまとめると、こういう事らしい。フェイトさんがボコボコにしたスカリエッティがルーテシアちゃんの母親を人工魔導師の素になる素体として確保。同じ素養があったルーテシアちゃんも確保されて、スカリエッティに実験体にされた挙句、ナンバー11のレリックをお母さんの復活の為に探していたんだって。

 そのレリックの話が本当だったのか嘘だったのか、それはスカリエッティにしかわからないんだろうけど、ルーテシアちゃんはスカリエッティや戦闘機人達がこの作戦が終わったら皆でレリック探しを手伝ってくれるという話を真に受けて、スカリエッティに協力したということらしい。そして、ヴィヴィオの確保が協力内容だったんだって聞いて、なんだかやるせなくなった。

「謝ったって私の罪が消える訳じゃないけど。でも学習プログラムを受けて、ガリューにあなたを傷つけさせた事とあの子を攫った事が、すごく悪い事だってわかったから。痛い思いをさせて、ごめんなさい」

 確かに痛い目にあったし、ヴィヴィオを攫った事は許せないけど。でもそれはこの子の想いを利用して、スカリエッティがやらせた事こそが悪い事で、卑劣で許しがたい所業としか言い様がない。そんなスカリエッティの許を離れて、正しい事を受け入れて自分の過ちを素直に認められるルーテシアちゃんは、すごく偉いと思うし尊敬すら覚える。

 だから、私があの黒ずくめ――ガリューっていうんだって――にボコボコにされた事は、水に流そうと決めた。ヴィヴィオを攫った事については、ヴィヴィオ自身がこの子を許すかどうかの決定権を持っていると思うから、その件については何も言えないけど。私とルーテシアちゃんとガリューについては、わだかまり無しにしようねっていう風に提案して、遠回しに許す事を伝えた。

 穏やかに話すルーテシアちゃんは、私の言葉を飲み込む様に目を閉じて、それからほんの少しだけ微笑んでから『ありがとう、ななせ』と私の名前を呼んでくれた。

 心配そうだったエリオくんとキャロちゃんもホッとため息をついて、それからはルーテシアちゃんに色んな話を振っていた。そんな中、ルーテシアちゃんの今後の話が話題に上って、魔力の厳重なリミッター処理と自然世界隔離が決定したと、ルーテシアちゃん本人の口から告げられた。

 無人世界に一人だけ隔離されるなんて、こんな子供には重過ぎる罪だって思ったけど、どうやら一人じゃないみたい。スカリエッティの実験体になってたルーテシアちゃんのお母さん、メガーヌ・アルピーノさんが目覚めたそうで、彼女が一緒にその無人の世界に行くんだって。

 犯罪に手を染めてまで求めたお母さんと一緒に過ごせるなら、きっとルーテシアちゃんにとってはこれまでよりもずっと幸せな日々が送れるんじゃないかな。欲を言えば子供の頃には同年代の子達と遊んだりしゃべったりして、コミュニケーションスキルを磨いて欲しいなぁと、大人としては思うんだけど。

 でもそれはきっと、今も涙を浮かべながらこの子の身を案じてるエリオくんとキャロちゃんが、友達として立派に役目を果たしてくれるんじゃないかと思う。別れ際に『またね』って言ってくれたところを見ると、私も彼女の友達として何かできる余地はあるみたいだし。六課が解散してからも、こまめにルーテシアちゃんと連絡を取って、私ができる事を探していこうかなって思う。








 それからまた1週間くらいが過ぎ、この事件でのフェイトさんの執務官としての仕事がほぼ片付いた。あとは法務部というところにまとめた報告書を提出すればいいだけらしいので、フェイトさんは思い切ってはやてさんに二日間の休みを申請。はやてさんも12月の半ばに私とヴィヴィオの入学試験がある事を知っているので、その前に問題はなるべく早く片付けた方がいいと判断してくれたらしく、すんなりと申請は受理されたそうな。

 一緒に行きたがってたなのはさんは、残念ながら隊長が二人とも六課からいなくなると何か問題があった時に困るというはやてさんの説得もあって、同行を諦めたらしい。ヴィヴィオにおみやげを買ってくる事を約束して、しばしの別れを惜しむみたいに抱きしめ合う。そしてティアナさん達やなのはさんやはやてさんに見送られながら、ヴァイスさんが運転するヘリで、地上本部へ出発。

「フェイトさん、目的地は第97管理外世界の地球でしたっけ、確か魔法文化ないんッスよね。また暴走して魔法とか使うんじゃねーぞ、ちびっこ」

 ニヤニヤと笑いながら、ヴァイスさんが私をそんな風にからかう。多分暴走って言うのは、私がガリューと戦った事を言ってるんだと思うんだけど、もうそんな無茶はしませんよーだっ。

『Since I supervise ma'am firmly, please feel easy. [私が主をしっかり監視しますので、ご安心ください]』

 首に掛かっているフランが、まるで保護者みたいな口調でそんな事を言った。『もぉ』って私が不満でほっぺを膨らませると、その様子がおかしかったのかフェイトさんがクスクス笑い出す。

「お前だってななせと一緒に無茶したんだから、同じ穴のムジナだっつの。まぁあの時は俺もしくじったから、同類だけどな」

 言ってる事は自虐っぽいのに、なんだか最後に会った時より何かを吹っ切れた様な雰囲気を感じるヴァイスさん。私が寝てる間に、ヴァイスさんにも色々な事があったのかなぁ。多分、何にもなかった隊員さんの方が少ないよね。皆ケガしたり、怖い思いもしたんだろうし。

 そんな雑談を続けていると、いつの間にか地上本部に到着。ここも攻撃されたらしくて、急ピッチで復旧工事がされてるから、ある程度は元通りになってきてるんだってフェイトさんが言ってた。

 今日はこの地上本部じゃなくて本局の法務部に用事があるので、フェイトさんと一緒に転送ポートを使って一気に異次元空間に浮かんでいる本局へ。普段着のフェイトさんと、同じく普段着の私の二人連れは非常に目を引くみたいで、すれ違った局員さんは必ず振り返って私とフェイトさんを驚いた様に見ていた。

 法務部の受付のお姉さんも、書類を受け取って奥の職員さんが中身を確認する間、私とフェイトさんの顔を何度も見比べて『妹さんですか?』ってフェイトさんに確認したんだけど、フェイトさんってば満面の笑みで『娘です』って宣言したものだから、聞き耳を立ててた法務部の局員さん達が全員何かを吹き出した。フェイトさんって当然これまで独身で通ってたのに、こんな風に堂々と宣言したら変な噂とか中傷とかされたりしないのかなぁ……ちょっと心配。

 ちょっとだけ混乱があったものの、無事にフェイトさんの書類は法務部預かりになり、フェイトさんのお仕事は滞りなく終了した。法務部のオフィスから出ると、フェイトさんが私と手を繋いだまま『んーっ』って伸びをする。

「フェイトママ、おつかれさま」

「ありがとう、ななせ。お昼ごはんどうしようか、海鳴で食べた方が多分おいしいところ、たくさんあると思うんだけど」

 本局の食堂は量もそこそこで、味もそこそこなんだって。それだったら美味しいご飯の方がいいに決まっているので、私は迷わず『海鳴がいい』って答えた。フェイトさんはそれを聞いていたずらっぽく笑うと『私もそう思ってた』って言って、転送ポートへと歩き出す。手を引かれながらついていくと、転送ポートがいくつか並んでいる場所に到着。事前に渡航許可は取っているらしく、フェイトさんが何やら書類を見せると係員さんが手早く私達を機械の真ん中に誘導して、転送ポートの操作を始める。

「それでは、よい旅を。いってらっしゃい」

 敬礼して私達を見送った職員さんに手を振っていると、段々と床から溢れる光が私達二人を包んで、パンッと弾ける。眩しさに目を閉じて、おそるおそるゆっくりと目を開けると、先程までのメカメカしい本局の壁や床はどこにもなく、たくさんの木々と草花が生い茂る森が視界いっぱいに広がっていた。





[30522] 第24話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:49c2ee9c
Date: 2012/02/19 15:05
 私達が出てきた転送ポートは、すずかさんの家のお庭にあるんだって。昨日のうちにフェイトさんからすずかさんに連絡を入れて、ポートを使わせてもらう事はちゃんと話してあったみたい。残念ながらすずかさんは学生さんなので今日はおうちにいなくて、他の人も留守みたい。誰もいない月村さん家の庭から、二人でそそくさと門の外に出た。

 翠屋がある商店街と月村さん家は車で30分くらいの距離が離れているので、フェイトさんと二人で手を繋いでバス停まで移動する。この街にいたのはほんの少しの間だけだったけど、なんだか『帰ってきたなぁ』って気持ちになる。私の根っこの部分が純日本人だからこんな郷愁に駆られるのか、それとも私の中でこの街が第二の故郷みたいになっちゃってるのかはわからないけど、ゆったり落ち着けるのは確かなんだよね。

 バスに乗ると今日は平日でお昼ぐらいの時間だからなのか、乗客はおじいちゃんとおばあちゃんが多かった。二人がけの椅子に座ってゆっくり走るバスに揺られながら、海鳴駅前まで移動する。窓の外に海が見える頃になると、見覚えがある様な景色が段々増えてきた。

 駅前でバスを降りて、商店街のレストランでオムライスを食べる。せっかくここまで来たら翠屋で食べたらいいのにってフェイトさんに尋ねると、フェイトさんは『もうちょっとだけ気持ちを落ち着かせる時間が欲しい』って苦笑を浮かべながら答えてくれた。桃子さんも士郎さんもちゃんと話せばわかる人だから、そんなに心配しなくてもいいと思うんだけどなぁ。

 フェイトさんは中学校を卒業するまでこの街に住んでたらしくて、ご飯を食べながら色々な思い出話を聞かせてくれた。なのはさんと戦った事とか、はやてさんを助ける為に戦った事とか、小学生と管理局員の二足のわらじを履いていた事とか。アリサさんやすずかさんも含めた5人で、学校の帰り道に寄り道した事もたくさんあったんだって。

 お昼ごはんを食べ終わって、腹ごなしに近くにある海鳴臨海公園を散歩する。二人で翠屋に行くんだとばかり思ってたんだけど、実はリンディさんも一緒に来てくれるんだって。昨日フェイトさんが私を正式に引き取る事にした事と、桃子さん達に事情を説明しに行く事を言ったら、『私も行く』って突然参加表明されたとか。

「心強いんだけど、桃子さんと母さんがケンカしないか、ちょっと心配だったりするんだよね」

 フェイトさんは潮風に煽られる髪を右手で押さえながら、ちょっと苦笑を浮かべた。そう言えば、私が初めてなのはさんやフェイトさんに会った日も、二人で口論してたもんね。言い合いが出来るくらい相手に心を許し合ってるって事なのかもしれないけど、周りの人間は困るよね。今日は穏やかに話が進めばいいなぁって、心の中でお祈りする。

 公園を二人で手を繋ぎながら30分くらいブラブラ散歩して、待ち合わせ場所に移動。すると、ベンチのところに普段着のリンディさんが座ってた。ゆっくり近付いていくと、リンディさんが私達に気付いて手を振ってくれる。

「お待たせ、母さん。久しぶり」

「本当にお久しぶりね。ななせもこんにちは」

 フェイトさんと挨拶を交わした後、リンディさんはベンチから立ち上がると、しゃがんで私と目線を合わせながらそう言った。

「こんにちは、リンディさん」

 私がそう言うと、リンディさんの目尻が嬉しそうに緩む。そして私の脇に手を差し入れてひょいっと抱えると、顔を寄せて頬ずりされた。

「報告には聞いていたけど、本当に喋れる様になったのね。よかったわ、これでななせと一杯おしゃべりできるわね」

「か、母さん。ななせが困ってるので、その辺で」

「あら、困ってなんかないわよねー、ななせ。心配性なお母さんね、まったく」

 慌てる様に言うフェイトさんに、まるで少女みたいに頬を膨らませてリンディさんが反論した。普通は違和感があるものなんだけど、こうも幼い仕草が似合うお祖母ちゃんというのもどうなんだろうと思う。本当に若々しくて、そのアンチエイジング方法を教えて欲しいくらい。まぁ、その方法を知ったとしても、活用するのは30年くらい後だろうけど。

 私を抱っこしたまま座っているリンディさんが、フェイトさんに隣に座る様に勧める。フェイトさんがベッドに腰を落ち着けると、リンディさんが真面目な表情でフェイトさんに話を切り出した。

「それで最後の確認だけど、本当にななせを引き取るのね。正式に自分の子供にするっていう事は、エリオやキャロみたいに保護士さん任せにはできない、直接的な親子の関係を結ぶという事よ。そこはちゃんと理解してるわね」

「はい。もちろんエリオとキャロの事も、今後はもっと普通の家族みたいに接していきたいと思っています」

「エリオとキャロは自然保護隊に戻るからいいとして、フェイトは今後艦に乗って長期に家を空ける事もあるわよね。その時、この子はどうするの?」

「なのはと相談して、4人でクラナガンの郊外に家を買って、そこで住む事にしてます。私もなのはもいない時は、現在六課の寮で寮母さんをしてくれているアイナさんが、ハウスキーパーとして来てくれる予定です」

「……ななせのこれからの一生を、背負う覚悟はちゃんとあるのね?」

「はいっ」

 まるで脅す様に言うリンディさんの言葉に、フェイトさんは一瞬の迷いもなく力強く頷きながら返事を返してくれた。ちょっと……ううん、かなりジーンってしちゃった。フェイトさん、本当に私の事を娘だって思ってくれてるんだなぁって。いやちゃんと理解できてたつもりなんだけど、改めてこうやって言葉にされると思わず感動しちゃうっていうか。

 フェイトさんの決意表明にリンディさんはホッとした様に笑って、『困った事があったら、ちゃんと相談してくるのよ』と母親らしい言葉を掛けていた。しかしほのぼのした空気も束の間、リンディさんは私の身体をペタペタと触ると、憂い顔でフェイトさんを見る。

「桃子さん達に説明する上で、一番のネックはななせのケガよね。私が危険はないって約束しておきながらも大怪我させちゃいました、じゃ桃子さん達も納得できないでしょうし」

「それは仕方がないと思っています、本当に酷い怪我だったので。ただそれでも、私はななせと一緒にいたいと思ってるし、ななせもそう思ってくれてるって信じてるので……ね、ななせ?」

 フェイトさんに小首を傾げながらそう尋ねられて、私は迷わずこくんと頷いた。フェイトさんともヴィヴィオともなのはさんとも、ずっと一緒に暮らせていけたらいいと思う。もちろん、なのはさんが結婚して二人とは違うところに住んだり、私が自立して家を出たりもするかもしれない。それでも心が寄り添っていれば、その気になればいつでも会えるし縁も切れたりしない。それが家族というものだと思うし、そういう絆を作るための準備期間がこれからの生活なんじゃないかな。

「ふふ……じゃあ、真正面からぶつかりましょう。変に小細工して、余計にこじれちゃったりしたら大変だもの。ななせも桃子さんと士郎さんと美由希さんに、自分の気持ちをしっかり伝えるのよ」

 リンディさんの言葉にしっかり頷くと、リンディさんが頭をよしよしと撫でてくれる。それが合図だったかの様に、周囲に立ち込めていた重苦しい雰囲気は霧散して、公園の静かで優しい空気が戻ってきた様に思えた。重たい話をしてたから、そう感じただけかもしれないけど。

 そこから私の怪我の様子とか、六課解散までの予定とか、雑談を交えながらおしゃべりをした。だいたい公園で1時間くらい過ごして、もうすぐおやつの時間になるかなぁという頃になって、リンディさんが立ち上がる。

「じゃあ、そろそろ行きましょうか。夕方になると翠屋さん、ちょっと混み出すし。話をするなら、空いてる時間帯の方がいいでしょ」

 リンディさんに手を差し出されてその手を握ると、反対側の手をフェイトさんが繋いでくれて、二人に挟まれる様にして私達は一路翠屋へと出発した。テレビとかでこういう光景をよく見かけてたけど、実際にこうして歩いたのは初めてなので、なんだかとても新鮮な気分だった。両方の掌が誰かの手に包まれて、そのぬくもりが伝わってくるのって、すごく安らぎを感じる事ができるんだなぁって。ヴィヴィオにもしてあげてって、後で言ってみようかな。












 フェイトさんがドアを開けるとカランカランってカウベルの音がして、甘い匂いと珈琲のいい匂いが外へと流れ出していく。

「いらっしゃいま……あっ、フェイトちゃんいらっしゃい。リンディさんも」

 ちょうどカウンターにいた桃子さんが、フェイトさん達の姿を見つけてパタパタとこちらに駆け寄ってくる。なんだか気恥ずかしくて、フェイトさんの後ろに隠れてた私が意を決して顔をひょっこり出すと、ちょうど私の姿を探してた桃子さんとバッチリ目が合った。

「おかえりなさい、ななせ」

 桃子さんは優しく微笑んでくれて、そっと私の手を取ると優しく引き寄せて、その胸に私を優しく抱きしめてくれた。なんだかそれだけの行為で、桃子さんが私が帰ってきてくれるのを待っててくれた事が、痛い程伝わってくる。それがすごく嬉しくて、私は震える声を隠しながら小さく「ただいま」って返事をした。

 そしたら桃子さんはびっくりした顔で、今度はぎゅ―って強く私の身体を抱きしめる。『話せる様になったのね、よかった、よかったね』ってすごく喜んでくれた。桃子さんのいつもと違う行動を怪訝に思った士郎さんと、ウェイトレス姿の美由希さんも合流して、もみくちゃにされる。でもそれは私の事を心配してくれてたのと、帰ってくるのを待っててくれた気持ちの表れだと思うから。私はされるがまま、歓迎の嵐に曝される事にした。

 それにしてもあれだけ騒々しくしたのに、相変わらずこの喫茶店のお客さんは肝が据わっているというか、なんというか。自分の世界に没頭してるか、友達同士の会話に集中してるか、こちらを微笑ましく見ているかのどれかで、文句を言うお客さんがひとりもいないというのはすごいと思う。これも桃子さんと士郎さんの人徳なのかなぁと思いつつ、案内された店の奥にある6人掛けのテーブル席でほぅ、と一息つく。

 とは言っても、私は美由希さんの膝の上にのせられて、抱っこされたままなんだけどね。対面の席でフェイトさんが複雑な表情をして私達を見てるけど、私が地球にいる時に一番お世話になった人だし、ここは美由希さんの思う通りにさせてあげて欲しいと思う。

「ごめんなさいね、お待たせしました」

「少し長い休憩時間をもらってきたよ。ただし、何かあれば途中で少し抜ける事があるかもしれないけど、そこは許してもらえると助かる」

 桃子さんと士郎さんが戻ってきて、美由希さんの隣に二人で腰掛ける。多分休憩の許可をもらいに行ったのは、松尾さんのところなんだろうなぁと、この喫茶翠屋の副店長さんの顔を思い出す。桃子さんより少し年上の女性で、高町さん家にお世話になってた頃に、何度か手作りお菓子をごちそうしてもらった。優しいけれど、肝心なところでマスターと店長のストッパーになれる頼もしい人だったりする。

 ちなみに喫茶翠屋は店長が桃子さんで、マスターが士郎さん、そして副店長にさっきの話の松尾さんがいて、この三人が中心となって店舗を運営してるんだとか。美由希さんもウェイトレスチーフとしてお店を支えてるんだって、以前雑談の際に聞いた事がある。その時は私はしゃべれなかったので、頷く相槌専門だったけど。

「あの、今日は突然押しかけて申し訳ありません。昨日連絡した通り、今日は皆さんにお話があります」

 おっと、そんな事を考えていると、フェイトさんがまず話を切り出した。高町家の皆さんが『何かな?』とフェイトさんの声に耳を傾けるのを雰囲気で察して、フェイトさんは小さく深呼吸してから一息置いて口を開いた。

「実は、ななせの事を私が正式に引き取りたいと思っています。私の娘として」

 突然の爆弾発言に、桃子さん達三人は驚いた様子。でもフェイトさんの表情を見て本気だって解ったのか、士郎さんがフェイトさんに尋ねた。

「フェイトちゃん、君はまだ若い。子供を引き取るという事の重さと意味を、本当に理解しているのかい?」

「若輩ながら、私は現在二人の子供の保護責任者をしていますが、あの子達二人とも本当に必要充分なコミュニケーションが取れているのか、親代わりとしての責任を全うできているのかは自信がありません。そしてななせを引き取るという事が、更に困難な道だという事も理解しているつもりです」

「それでもこの子を引き取りたいって思ったのは、どうして?」

 フェイトさんの言葉を聞いて、桃子さんが一歩踏み込んだ質問をした。フェイトさんも必ずこの質問は聞かれるだろうと思っていたのか、一呼吸置いてすぐさま桃子さんに答えた。

「最初は私と同一の存在としての、シンパシーみたいなものを感じていただけでした。でもそれはすぐ守るべきものへの親愛に変わって、きっとそれがななせ個人に抱く愛おしさに変わるのにそれ程時間は掛かってなかったんじゃないかと思います。でも、私はそれに気付かなかった。ヴィヴィオが来て、一緒の部屋になのはと私とヴィヴィオとななせ、四人で暮らす様になっても、私は自分の中の不思議な感情を持て余してたんです」

「ああ、確かなのはが引き取るって言ってる子だよね、ヴィヴィオって」

 美由希さんが思い出した様に手を打ちながら言うと、フェイトさんはこくりと頷いた。あれ、なのはさんはもうヴィヴィオの事を家族の皆に伝えてたんだとびっくりした。

「ヴィヴィオよりも先に六課に馴染んでたななせは、すごくヴィヴィオの世話を焼いてくれて、ヴィヴィオもななせに懐いて。二人はすぐに姉妹みたいに仲良しになりました」

 フェイトさんがバルディッシュをポケットから取り出すと、バルディッシュが空中に私とヴィヴィオの映像を映し出す……って、なんであの時のチューの写真をフェイトさんが持ってるの! 消して、早く消して!!

 私が顔を真っ赤にして早く消してもらう様に訴えると、何故だか皆が微笑ましそうに私を見る。なんで女の子同士のキスシーンを衆目に晒さなければいけないのかと、しょんぼりする。まぁ、硬くなってた雰囲気を少しでも和らげる事ができたなら、私の恥ずかしさなんて些細な問題だけど。

「ヴィヴィオが六課に馴染んだ頃、私とエリオとキャロの間がちょっとギクシャクした事があって。それを解消してくれたのが、エリオとキャロにしてくれたななせのアドバイスでした。そのお礼に、私はななせが興味を示してた空を飛ぶ魔法と防御魔法を教えてあげてたんです」

「えーっ、ななせも魔法使いになっちゃたの? こんな小さいのに」

「……危なくないの? もしも空から落ちたりしたら、怪我するんじゃない?」

「そうならない様に、フェイトちゃんがちゃんと教えてくれたんだろうさ。そうだろう、フェイトちゃん」

 三者三様の高町家の皆さんの反応に、フェイトさんが困った顔をする。ただ士郎さんの言葉に、しっかりと頷く事は忘れなかったけど。

「ななせが個人的に飛行魔法を練習しようとしている事を同僚から聞いて、私も怪我の心配をまず一番最初にしたので、それなら私がマンツーマンで教えた方がしっかり基礎から教えられるかと思って、こういう形をとりました」

 その説明で一応の納得を得られたのか、桃子さんも不安そうな表情を穏やかにして、話の続きを待っていた。リンディさんはフェイトさんの話を邪魔しない様に、涼しい顔で出された紅茶を飲んでいる。でもちゃんと聞いてる事をフェイトさんに伝える為に時折頷いて、それを見たフェイトさんがホッとした表情を浮かべていた。

「そういう触れ合いを経て、私の中でのななせの存在は段々大きくなって。魔法がうまく使えた時の嬉しそうな笑顔とか、失敗して悔しそうにしてる顔とか、コロコロ変わる表情を見れるのが嬉しくて。でも、まだその時は可愛くて小さい子供が頑張ってる事に対する親愛の情みたいなものなのかなぁと思ってました」

「あれ? 魔法の練習が親子になろうと思ったきっかけじゃなかったの?」

 フェイトさんの言葉に、美由希さんが意外そうな表情を浮かべる。フェイトさんはこくりと頷くと、珈琲を一口だけ飲んで喉を潤した。

「私が自分の気持ちを自覚したきっかけは、皮肉な事ですが……ななせが大怪我を負った事でした」

 衝撃の一言に、桃子さん達の表情が強張る。揃って私の事を見る三人に、本当の事だよっていう意味をこめてこくりと頷いた。

「リンディさん! ななせをそちらに預ける際、この子には危険はないって約束してくれましたよね!?」

 桃子さんがまるで裏切られたとでも言わんばかりに、強い口調でリンディさんを問い質した。さっきまで好意的な視線をフェイトさんに送っていた美由希さんも、今は少し怒った様な表情をフェイトさんに向けていた。

「結果として約束を破ってしまった事は謝ります、申し訳ありません」

 そこで初めて、リンディさんが口を開いて頭を深々と下げた。その姿に、桃子さんが言葉を続けようとしたが、隣から士郎さんがそれを制する。

「リンディさん、フェイトちゃん。何故そういう事になったのか、事情を説明してもらえませんか。このままじゃ俺達は、フェイトちゃんにななせを任せられない」

 士郎さんが桃子さんの肩を抱きながら、真剣な表情で言った。フェイトさんは真摯に頷いて、バルディッシュに映像を映し出す様に命じる。

 映像は地上本部や六課の隊舎がボロボロになってるものが、まず空中に浮かびあがった。

「私達が追いかけていた次元犯罪者が、自らが生み出した兵器と人造魔導師を投入して、鉄壁の守りを誇った管理局の地上本部と私達の隊舎を襲撃しました。ななせがその時にいたのは、私達の隊舎で」

 映像にうつる惨状に、桃子さんが悲痛な表情を浮かべる。美由希さんはその理不尽な惨状に苛立っているのか、目つきが鋭くなってる。

「私達の隊舎を襲った敵の目的は、先程も話に出ていたヴィヴィオ、彼女の誘拐でした。ヴィヴィオはその犯罪者にとっては目的を果たす為に必要な存在で、ななせはヴィヴィオや他の隊員と共に誘導されたシェルターの中に避難をしていました。そこを敵に襲撃されたんです」

「なのはやフェイトちゃんは、その場にいなかったのか?」

「ちょうどその日は地上本部で大きな集会の様なものがあって、私達六課も警備を命じられて地上本部へ出ていて。その隙を狙われた形です」

 なるほど、そういう事だったんだと今更ながらに何故あの日に襲撃されたのかがなんとなく理解できた。確か地上本部の偉い人が、スカリエッティと繋がってたんだよね。それなら、手薄な隊舎を襲える段取りはいくらでもつけられただろうなぁ。こちらとしては、迷惑どころの騒ぎじゃないけど。

「情けない話ですが、最初の一撃で周囲の大人達は倒れ、シェルター内で意識があったのはななせとヴィヴィオ、そして二人の面倒を見てくれてた寮母さんだけでした。そこでななせは、ヴィヴィオを守る為に自分が囮になる事を選んだんです」

 ここからは映像で見てもらった方が早いでしょう、とフェイトさんはバルディッシュにファイルの再生をお願いする。すると、誰が撮影したのか私とガリューの戦っている動画が映し出された。

「私が教えた防御魔法、デバイスの中にあった攻撃魔法を使って、ななせはヴィヴィオが逃げる隙を作る為に、こうして敵に向かっていって。なまじ防御魔法をうまく使えたせいで相手に何度も攻撃されて、大怪我を負いました」

 美由希さんが私の身体をまるで確かめるみたいに、優しく撫でまわす。なんだかくすぐったくて声をあげたくなるけど、真面目な話をしてるところを邪魔する訳にはいかなくて、必死に我慢。

「私が急いで六課に戻って、最初に傷だらけのななせを見つけました。その後の記憶は、正直曖昧です。気がついたら手術室の前で、ぼんやり光るランプを見つめていました。私がななせに魔法を教えなければ、こうやってななせが大怪我を負う事もなかったのにって、自分を責めながら」

「……確かにそうかもしれない。だけど実際に起こってしまった事を悔やんだところで、時間は巻き戻らないと思うよ」

 大事なのは、これからどうするのかだ。そう士郎さんはフェイトさんに言った……励まし、なのかな?

「はい、私もそう思います。あの時私にそれを教えてくれたのは、私の小さな家族……エリオとキャロでした。二人に励ましてもらって、後悔や自己嫌悪を取り除いた後に残ったのは、ただもうななせが愛おしいくて、心配で大切な気持ちだけでした」

 言いたい事をちゃんと言えたとばかりに、フェイトさんが深いため息を吐く。その後を引き継いで、リンディさんが今度は口を開いた。

「約束を守れなかった上に、こんな厚かましいお願いをして申し訳ないのですが、どうかフェイトにななせを任せては頂けないでしょうか。もちろん私も、二人に協力を惜しまないつもりです」

 フェイトさんとリンディさんは、二人で深々と頭を下げて桃子さん達にお願いした。桃子さんと士郎さんは顔を見合わせて、どうしたものかといった表情で頭を悩ませている様に見える。

「ねぇ、ななせはどうしたい? フェイトちゃんのところの子供になる?」

 今までほとんど発言せずに私を抱っこしていた美由希さんが、私にそう尋ねた。多分、このままだと大人同士に腹の探り合いになって、私の意思がどこかに置いてけぼりになりそうだって心配してくれたんだと思う。

 だから私はまっすぐに美由希さんの目を見て、『フェイトママの子供になります』って告げた。その瞬間、美由希さんの表情に少しだけ諦めの色が浮かんだけど、すぐに笑顔に塗りつぶされた。

「本人がこう言ってるんだから、私はフェイトちゃんに任せてもいいと思うよ。かーさんもとーさんも心配だろうけど、きっと大丈夫だよ」

「美由希……そうは言うけど、もし同じ様な事が起こったらどうするの? 魔法なんて危ないものがない、こっちの世界の方が」

「私達の世界にだって、危ないものはたくさんあるでしょ。私達がやってる剣だってそうだし、銃だって爆弾だってある。だったら、どっちの世界にいても変わりないじゃない。それに、ななせは魔法の練習したいんだよね?」

 美由希さんに聞かれて、こくりと頷いた。何故練習したいのかを聞かれたので『ヴィヴィオとフェイトママとなのはママを守ってあげたいから』って答えると、士郎さんが納得した様に何度か頷いた。

「今のフェイトちゃん、あの頃の『桃子おねーさん』と同じ顔してる。私におかーさんのぬくもりと優しさを教えてくれて、私が剣の練習をしたいって言った時に心配そうにしながらも見守っててくれた、私が大好きなかーさんとね」

「美由希……それでいいの?」

「むしろ、かーさん達が何をそんなに悩んでるのかがわからないよ。フェイトちゃんの事は小さな頃から知ってるし、頑固でやると決めた事はちゃんとやり切るところも知ってる。だから、私は何にも不安なんてないよ。それに、これでななせとずっとお別れになる訳でもないから」


 あ、そうだ。ちゃんとそこのところも伝えないとって、美由希さんの嬉しい言葉を聞きながら思った。美由希さんの服の裾をくいくいっと引っ張ると、美由希さんの視線が私に向く。

「フェイトママの子供になるって決めたけど、できれば美由希さん達とも親戚みたいにずっと繋がっていきたいです。わがまま、かもしれないけど」

 私がそう言うと横から伸びてきた手に引っ張られて、ギューッって思い切り抱きしめられた。このいい匂いは、多分桃子さん。

「当たり前じゃない! 私達だって、ずっとななせと繋がっていけたらいいと思ってるわよ」

「そうだぞ、ななせ。ななせがフェイトちゃんと親子になりたいっていうなら、俺達はそれを尊重するさ。だけど、それで何もかも終わりなんて薄情な真似はするつもりないぞ。だからいつだって、ななせはここに帰ってきてもいいんだからな」

 涙交じりの桃子さんの声と、頭をぽんぽんと撫でながら言う士郎さんの落ち着いた声で、私の涙腺も少し緩んだ。もうちょっとそのままでいたら、きっと本気泣きに変わってたかもしれないけど、そうなる前にリンディさんが『あ、そうだ』と声をあげた。

「ねぇ、フェイト。ななせの名前って、まだ届け出てないのよね?」

「? うん、まだそこまでの相談もななせとできてなくて」

「だったら、ミドルネームに高町さんの頭文字のTを入れちゃいましょう」

 『ハラオウンと高町、二つの家庭の子供である事も証明できていいでしょう?』ってリンディさんは朗らかに笑った。その提案にいいんじゃないって最初に乗ったのは美由希さんで、桃子さんと士郎さんも賛成の意を示してくれた。

 どうやら私の名前は『ななせ・T(高町)・ハラオウン』になるのが決定したみたい。前世では家族として記憶にあるのは姉と義娘しかいないけど、この世界ではこんなにたくさんの家族に囲まれて、すごく幸せだなぁって本当に思った。







[30522] 第25話――StrikerS編終了
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:49c2ee9c
Date: 2012/02/23 23:00
 桃子さん達と親権についての話し合いをした後、私は美由希さんと桃子さんの強い希望を受けて、その日の夜は高町家にお泊りをした。フェイトさんも一緒に行きたそうな顔をしていたけど、今回は自分と私の我が儘を高町家の皆さんに聞いてもらったので遠慮するんだって。フェイトさんはハラオウン家に泊るそうで、次の日の朝に迎えに来てくれるって約束して、翠屋で別れた。

 私はお店を早退した美由希さんに連れられて、一路高町家へ。美由希さんと手を繋いで歩いていると、拾ってもらってからしばらく体力づくりに付き合ってもらってた事を思い出す。あれから半年くらいは経つんだよね、時間ってあっという間に過ぎるなぁとしみじみ思う。

 到着したら美由希さんはすぐに夕食の準備をするって台所に入っちゃって、『ななせはゆっくりしててね』なんて言われたけど、家の人が動き回ってるのにその隣でのんびりしてなんていられない。それに何より、私は高町家の皆も家族だって思ってるから。できるなら手伝わせて欲しいなぁって思って、その旨を美由希さんに伝えたら、手伝わせてもらえる事に。

 刃物は危ないからって言われたんだけど、それ以外の仕事って野菜洗ったりお米をといだり、別に手伝いのいらない仕事ばかりになっちゃうので、大丈夫だから野菜切りをやらせて欲しいって打診してみた。『じゃあとりあえず切ってみて』って美由希さんの鋭い監視の目の前で、玉葱を刻んだりとかキャベツの千切りとかをやってみた。一応こう見えても前世では調理師だったんだから、このくらいはお手の物。ただ手のサイズが小さいのと、手が調理に慣れてないからか、かなりぎこちなくなってしまってるのはご愛嬌という事で。

 美由希さんには『どこでそんなの覚えたの?』って不思議そうにされたけど、そこは適当にはぐらかせてもらった。だって『前世でやってました』なんて言ったって、きっと誰も信じてくれないもんね、証拠も何もないんだし。前世の私の事は、私だけが覚えてればいいや。この話は私の胸に仕舞って、墓まで持っていこうと思ってる。

 一緒にお料理をしているとちょうど出来上がった頃ぐらいに、夕食を食べに桃子さんと士郎さんが帰ってきた。翠屋さんは夜になるとある程度客の入りが落ち着いてくるそうで、副店長の松尾さんに任せて、夕ご飯としばしの休憩に帰宅して、そして再度店に戻って閉店作業をするんだって。

 私と美由希さんが一緒に作った料理を食べて、美味しいって言ってくれたのがとても嬉しかった。冗談だろうけど、士郎さんに将来翠屋を美由希さんと一緒に継がないかって言われて、返事に少し困った。まだ将来何になるとか明確なビジョンがある訳じゃないけど、美由希さんとヴィヴィオと一緒に喫茶店とかも楽しいかなぁ。はっきりとした進路が決まらなかった時は、美由希店長に雇ってもらうプランもアリかもしれない。

 お店に戻る桃子さんと士郎さんを見送って、私と美由希さんは一緒にお風呂に。身体を洗ってもらう際に、美由希さんが怪我の痕とかを探してたけど、表面的な傷痕とかはないはずなんだよね。一応女の子なので、打撲痕とか手術痕とかもはやてさんの提案で消してもらったんだって。多分魔法を使ってなんだろうけど、その方法までは全然知らなかったり。

 美由希さんの肌はすごくすべすべでキレイなんだけど、所々に傷があって。剣の練習で付いた傷らしいんだけど、この傷のどれにも思い出があって、自分の道標なんだって美由希さんは笑った。ちなみに美由希さんのお兄さんの恭也さんは、全身に刀傷があるんだって。他のお客さんに迷惑だから、銭湯には行かない様にしてるんだとか。恭也さんは真っ当な堅気の人なんだけど、ヤの付く自由業の人と間違えられたら可哀想だもんね。

 お風呂から上がってのんびりリビングで美由希さんとテレビを見ていると、桃子さんと士郎さんが閉店作業を終えて帰ってきた。二人がお風呂から上がってきた後、リビングで4人で談笑。もうすぐ入学試験がある事とか、ヴィヴィオの事とか、なのはさんがどんな風に過ごしているかなんて事を話して。やっぱり末っ子だからなのか、皆なのはさんの事が心配だったみたい。理由としてはそれだけじゃなくて、以前になのはさんが仕事で大怪我を負ってた事も、桃子さん達の心に不安としてこびり付いて離れないのもあるんだとか。

 真面目な話として、管理局っていう組織自体にも少し不信感はあるみたい。なのはさんは自分で選んだ仕事だから、怪我をしたのもなのはさん自身の責任だと士郎さん達は納得してるそうなんだけど、私の怪我についてはどうして連絡がなかったんだろうって。私も詳しい事は知らないし、はやてさんから簡単に説明された話だという事は前置きして、知っている事を話しておいた。

 管理局には大きく分けると本局と地上本部という二つ組織があって、今回の事件を起こした犯罪者と繋がっていたのは、地上本部の一番偉い人だという事。更には管理局の一番上に存在する最高評議会もこの件に関わっていたらしくて、時空管理局としては前代未聞のスキャンダルだったとか。そんな大事件のゴタゴタで組織は混乱してるし、地上本部としてはこれ以上の信頼の失墜は避けたいという事で、事件に関わる全ての事について緘口令を発令。はやてさんはこっそり桃子さん達に連絡を入れようとしていたんだけど、グリフィスさんに一応筋は通しておいた方がいいのではとのアドバイスを受け、連絡する事への許可を地上本部に求めたんだとか。でも結果は却下、正式な引き取り手として既に籍が入っているならまだしも、そうでないのであれば連絡は落ち着いてからにしなさいって命令が返ってきたってはやてさんは凄く憤ってた。

 それを聞いた途端、桃子さんと美由希さんもはやてさんと同じ様に地上本部の対応に怒ってたけど、士郎さんは『納得はしたくないが組織とはそういうものだと理解はできる』って苦笑いしながら言った。特に大きな組織で警察や裁判所みたいな法を司るところだと、情で考えればやるべき事でも法や組織の秩序で考えればやるべきじゃないって方針が変わる事が多々あるって。

 でもはやてさんは、そういう杓子定規なところも変えていきたいってやる気を燃やしてた。もちろん私ももう大怪我なんかしたくないので、重々気をつける事を約束して、この話はこれでお開きになった。話していると随分時間が過ぎたみたいで、明日も早い桃子さん達に合わせる様にして就寝。私は桃子さんと美由希さんに挟まれる様にして、同じ布団で眠りについた。士郎さんは自分の部屋で寝たらしくて、ちょっとだけ寂しそうだったんだけど、まぁ男の人だし仕方ないかな。むしろ桃子さんを取っちゃってごめんなさいって感じかも。

 朝には約束通りフェイトさんが迎えに来てくれて、美由希さんとお別れの抱擁を交わして高町家を後にした。桃子さんと士郎さんには、早起きしてお店に出発するところだった二人にちゃんと挨拶しておいたよ。今度はヴィヴィオと一緒に遊びに来るように言われたので、帰ったらヴィヴィオにも教えてあげようと思う。

 その後は少しだけハラオウン家に寄ってエイミィさんと再会した後、子供達のカレルとリエラに紹介してもらった。私の年齢がこの度正式に6歳って決まったので、現在3歳の双子とは3歳差。一応義理の従兄妹って関係になるんだけど、二人にとっては叔母さんのフェイトさんにそっくりだからか、すぐに私に慣れてくれた。本当は結構人見知りらしくて、あまりにあっさり受け入れた双子の姿に、エイミィさんがすごくびっくりしてた。

 エイミィさんの旦那さんでフェイトさんのお兄さんのクロノさんは、次元航行艦の艦長さんなので、中々家には帰ってこないのが悩みの種なんだとか。エイミィさんも毎日クロノさんの写真を見せて顔を覚えさせようとしてるんだけど、いつも帰ってきた時にそっけない自分の子供達の態度にクロノさんは凹んでいるそうな。でもそんな旦那さんの姿が可愛いってさりげなく惚気られて、フェイトさんが苦笑してた。私もカレルとリエラと遊びながら聞き耳を立てていて、こっそり心の中で『ごちそうさまでした』って手を合わせた。

 また明日もフェイトさんは仕事だし、半日くらいはゆっくりさせてあげたいので、昼過ぎくらいにはハラオウンのお家を出発。来た時と同じ様にすずかさんの家の転送ポートを使わせてもらって、ミッドチルダに戻る。こうして、私とフェイトさんの海鳴への小旅行は終わったのでした。さて、試験に向けてしっかり勉強しなきゃ。








 それからあっという間に時間は過ぎて、とうとう機動六課が解散する日がやってきた。現在解散式の真っ最中で、私とヴィヴィオも特別にバックヤードスタッフの隣にちょこんと並んで、はやてさんの話を聞いていた。

「そんな訳で、みんなと一緒に戦えた事を誇りに思います。次の部隊でも、みんなどうか元気に頑張って」

 私と手を繋いだヴィヴィオは、退屈な式典に少し眠そうな顔をしていたけど、ちゃんと話を聞いていた。最近の子だと珍しいよね、たった10分の朝礼とかでもじっとしてられない子供達が増えてる中、ヴィヴィオはちゃんと気持ちのメリハリがつけられる子なんだなぁって感心する。

 はやてさんのスピーチが終わって、局員の人達が皆拍手をする。私も一旦繋いだ手を離してパチパチと拍手をしながら、色んな事があったなぁなんてこれまでの事を思い返した。

 でも浮かんでくるのは、大怪我をした事とか事件の只中の事じゃなくて。受験とかその後辺りにあった事をよく思い出すんだよね、何故なのかはよくわからないけど。

 ちなみに、私とヴィヴィオは無事入学試験に合格して、春からはStヒルデ魔法学院の1年生です。試験の時に初めて校舎を見たんだけど、結構大きくて制服も可愛いんだよね。

 親子面談もあったので、その日はなのはさんとフェイトさんは無理を言って仕事を休んで、私達と一緒に学校まで来てくれた。とにかく学びたいっていう意思を汲み取ってくれる学校だなぁっていう印象が強くて、初等科と中等科が併設されてる一貫校なんだけど、その先もカリキュラムを受ける事ができて大学卒業相当の学士資格まで取れるとか。

 受験が終わったからのんびりできるかなぁって思ってたら、突然ヴィヴィオがスバルさんに格闘技を習いたいって言い出して、スバルさんの空き時間に基礎を教わり始めた。格闘技ってどうしても相手が必要な競技だと思うし、ヴィヴィオの練習相手になれればいいなと思って私も一緒に教わってたんだけど、やり始めると意外と楽しいんだよね。私は体力作りをもう一回最初からしていかなきゃだし、一石二鳥でいい感じ。でもヴィヴィオはどうして格闘技を急に始めたんだろうって不思議に思って聞いてみたら、なんだか照れた様子で『ないしょ』って言われちゃった。うーん、時間が経てば理由を教えてくれる様になるかもだし、今はあまり問い詰めずに我慢しておこうっと。

 スバルさんがやっている格闘技はシューティングアーツという名前らしくて、ローラーブーツとリボルバーナックルを使った、スバルさんのお母さんが作り上げた独自のものなんだとか。かなり特殊なので、シューティングアーツより競技人口もミッドで一番多いストライクアーツの方が馴染みやすいんじゃないかってアドバイスをもらった。今は本当に格闘技の基礎だけだから、あんまり流派は関係ないみたいなんだけどね。

 それと並行して、私はフェイトさんの魔法教室を再開してもらったり。基本はこれまで教えてもらった魔法の練度を上げるための練習なんだけど、それもある程度やり切ったところまでいくと、自衛の為の攻撃魔法をちょっとずつ教わったりもして。あくまで自衛の為だから、もちろん自分から相手に撃っちゃいけないし、逃げたりできる事を全部やっても相手が危害を加えてきて、どうしようもなくなった時にだけ使うって約束をフェイトさんと交わした上でだけどね。

 六課が解散した後も、今度住むおうちの近くに魔法の練習場があるから、魔法教室自体はフェイトさんの予定が合う日に続けてもらう予定です。私だって別に好き好んで攻撃魔法とかバンバン撃ちたい訳じゃないし、あくまで将来の為の練習というか。もしも管理局でお仕事をするという事になれば、こういう技術も必要になってくるんじゃないかって、エリオくんやキャロちゃんを見てたら思ったりして。自分の技術の幅を広げるという意味で、応用魔法の天候魔法とか儀式魔法とかも練習していければいいなと考えてます。

「ななせー、おわったみたいだよ?」

 ぼんやりそんな事を思い出していると、再度繋がれた手をくいくいって引っ張って、ヴィヴィオが言った。いけない、ボーッとし過ぎてたかも。

 こちらに近寄ってくるフェイトさんとはやてさんと合流して、トコトコと歩く。二人がゆっくり前を歩いてくれて、手を繋いで横に並んだ私とヴィヴィオが後に続く。あれ、確か打ち上げ会みたいなのがあるんじゃなかったっけ。昨日なのはさんとフェイトさんが、そんな事を話していたような。

「機動六課もこれにて終了やね」

「うん、おつかれさま。こんな風に皆で集まれる事は、もうないかなぁ」

「まー、そやろうね。皆忙しなるやろし……そやけどまたこのメンバーが必要になる事があるなら、私が絶対集めるけどな」

「それはなんというか、頼もしいやら怖いやら、だね」

 なんだか前の二人は物騒なお話をしてる様な気がするけど、気にしない事にする。私は事件の一番しんどい所とクライマックスの所は寝てたから実感ないけど、あとで話を聞けば聞くほどとんでもない事件だったなぁって思う事しきりなので、できればもうこんな大事件は起こって欲しくないなぁと切に願います。

「ね、ヴィヴィオ?」

「ん? なぁに、ななせ?」

「んーん、なんでもない」

 思わず同意を求めちゃったヴィヴィオは、きょとんとした表情で小首を傾げる。そんなヴィヴィオが可愛いのと面白いので、私はクスクス笑いながら首をふるふると横に振った。

「フェイトママ、なのはママはどこ?」

「多分、今向かってる練習場にいると思うよ。そう言えば、二次会前に前衛メンバーは集合って、何するのかな。はやて、知ってる?」

 唐突に尋ねたヴィヴィオに、フェイトさんはニコニコと笑顔で言った。でも続く言葉は少し怪訝そうな表情で、小首を傾げながらはやてさんに質問する。

「あれ、フェイトちゃん聞いてないん? んーと、まぁ行けばわかるよ。現場でのお楽しみや」

 はやてさんは楽しそうに笑って、口元にちょん、と人差し指を当てた。怪訝そうな表情のフェイトさんだったけど、行けばわかるんだしいいやとばかりに気を取り直して歩き出す。

 練習場に到着したら、なのはさんの他にスバルさん達4人とギンガさん、ヴィータちゃんにシグナムさんがいた。そしてこれまでは廃墟の街並みとかしか創出されてなかった練習場は、ピンク色の花びらがひらひらと舞って、すばらしい桜並木と化していた。

 なのはさんとヴィータちゃんが、口々に整列したスバルさん達4人に『強くなった、訓練よく頑張った』と褒める。なるほど、今やってるのはスバルさん達の卒業式なんだなぁと理解したのも束の間、何故かなのはさんの表情が勇ましくなる。

「さて。せっかくの卒業、せっかくの桜吹雪、湿っぽいのはナシにしよう!」

「……ああ!」

「自分の相棒、連れてきてるだろうな?」

 なのはさんの声に、シグナムさんとヴィータちゃんがデバイスを取り出して、待機モードから起動した。あれ? あれれ?

 まるで私の心の声に呼応するように、オロオロとシグナムさんやなのはさんの方に視線を向けるフェイトさん。うん、気持ちはすごく分かる。せっかくの感動的な空気が、一瞬でかき消えちゃったもんね。

「全力全開、手加減なし! 機動六課で最後の模擬戦!!」

「ぜ、全力全開って……聞いてませんよ!?」

 フェイトさんが抗議するけど、皆聞く耳持たず。というか、スバルさん達までやる気になっちゃってるもんね。ここにいたら危ないかも……って思ってたら、はやてさんがこっちに避難しておいでなーと手招きしてくれてた。よし、とりあえず逃げておこうとヴィヴィオの手を引いて歩き出す。っと、その前に。

「フェイトママ、頑張って。怪我だけには、くれぐれも気をつけてね」

「フェイトママ、がんばって!」

 私とヴィヴィオが笑顔で言うと、フェイトさんは重たいため息をひとつついた後、仕方ないなぁと言う表情を浮かべた。更にエリオくんとキャロちゃんにもお願いされて、バルディッシュを起動する。

「ななせとヴィヴィオは特等席や、ママ達や皆のカッコええとこ、ちゃんと見ときな」

 幾重にも重ねて張られたプロテクションの中で、私達は模擬戦を一番前で見せてもらえる事になって。まだまだ全然戦いなんてできる魔法や身体の強さはないけれど、せっかくの機会だし何か参考になるものを見つけられればいいなと思う。でもヴィヴィオもなんでこんなに目をキラキラ輝かせてるんだろう、なのはママの活躍が楽しみなのかな。

「「それでは、レディ・ゴーッ!!」」

 はやてさんとギンガさんの掛け声で始まった、過激過ぎる模擬戦。ちなみにこの模擬戦は24分間の激闘だった事を、こっそり記しておこうと思います。





[30522] 第26話――1年生その1 新しい生活、新しい友達
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:49c2ee9c
Date: 2012/02/28 22:13
 私達がSt.ヒルデ魔法学院に入学してから、あっという間に3ヶ月が経った。あの物騒な卒業式の日の後、私達はすぐにお引越しをして、クラナガンの郊外にある閑静な住宅街に住み始めた。最初に見た時は家の大きさにかなりびっくりしたもんね、前世の価値観で申し訳ないけど、日本の田舎の方でもウン千万円以上払わなきゃ買えないんじゃないかっていうくらい大きな家で。なのはさんとフェイトさんの収入と預貯金の額って相当なものなんだろうなぁと、一人で生臭いことを考えたりもした。

 一応私とヴィヴィオの個人部屋もあるにはあるんだけど、基本勉強はリビングで一緒にするし、寝る時は私のベッドで一緒だしでほとんど四六時中ヴィヴィオとは一緒に行動してる。私は別に構わないんだけど、ヴィヴィオは一人になりたい時とかないのかなぁとちょっとだけ心配になる。私といる事が義務みたいに考えて、無理してなければいいんだけど。

 フェイトさんは六課解散後に、元々所属していたという次元航行部隊に復帰。クロノさんは艦長だから職務が違うけど、次元航行船に乗って船旅に出るのは同じだから、長期に家を空ける事も珍しくはないらしい。今回も4月にあった私達の入学式が終わってすぐに航海に出たから、フェイトさんは2ヶ月間この家にはいなかったんだけどね。でも毎日通信で会話してたし、特にフェイトさんの不在を寂しく思う事はなかった。エリオくんとキャロちゃんも定期的に通信でお話してくれたし、なのはさんもそばにいてくれたので。

 なのはさんと言えば、彼女も解散後は元々所属していた航空戦技教導隊っていう戦い方を教える先生達がいる部隊に復帰した。事前に養子を迎えた事を上司に話していたそうで、なのはさんはできるだけ私達の帰宅時間からあまり時間が経過しない様に、勤務時間を調整してくれている。ただまだなのはさんも教導隊では若手だし、あんまり無理も言えない立場なので、帰りが遅くなる事もあるんだけどね。それは仕方がない事だし、ヴィヴィオはちょっとだけ寂しがるだろうけど、その寂しさを少しだけでも私が埋められたらいいなと思ってます。

 そんな私達となのはさんの待ち合わせ場所になってるのが、無限書庫。本局内にあって、次から次へと新しい知識や本が勝手にどんどん増えていくっていう不思議図書館って言えばいいのかな。そこの司書長さんがなのはさんの幼馴染で、私達は立ち入り許可をもらって待ち時間に好き勝手に本を探して読ませてもらったり、よくしてもらってます。

 その幼馴染さんはユーノさんという名前で、この無限書庫の司書長だけではなくて、並行して学者さんとしての活動もしていてかなり有名人なんだとか。そんな忙しい人に検索魔法陣を教えてもらったり、なのはさんとフェイトさんの昔話をしてもらったりするのはかなり恐縮だったり。ユーノさん曰く、私達は魔力量も多いし、魔法の構成もうまくできているとの事なので、今度無限図書の司書の資格にチャレンジしてみないかというお誘いを受けた。他の司書さんに話を聞くと、仕事はハードだけどやりがいがある仕事なので、将来に向けて取っておいてもいいんじゃないというアドバイスをもらったので、また時間がある時に取得しておこうかなと思う。読書が好きなヴィヴィオも結構乗り気だから、近い内に試験を受けちゃおう。

 ちなみにこのユーノさん、どうやらなのはさんの事が異性として好きみたい。なんで気付いたかと言うと、いつも優しいユーノさんなんだけど、なのはさんと話している時だけその視線に熱に似た色と熱さが乗っかるんだよね。おまけにホッペが微かに赤くなってるんだから、多分なのはさんとヴィヴィオ以外は気付いてるんじゃないかな。

 なのはさんに気付かれない様になのか、ユーノさんも『僕にとってなのはは大事な幼馴染なんだ』って言ってるんだけど、私の目にはやせ我慢を言ってる様にしか見えなかった。だって多分古い付き合いの司書さんだと思うんだけど、その人に『じゃあ高町一尉に彼氏が出来てもなんとも思わないんですね』って踏み込んだ質問をされた時に、死んだ魚みたいな目で『あはは、当たり前だよ』って乾いた笑いを浮かべて答えてたし。その後すごくフラフラしてたなぁ、きっとその光景を想像しちゃったんだろうけど。その想像が現実になるのが嫌だったら、早く行動を起こせばいいのにね。

 まぁ、ユーノさんの話は置いといて。今日は久しぶりに家族が全員揃う日曜日、我が家に一人のお客様が来る予定だったりします。

 私とヴィヴィオのクラスメイトで友達のコロナ・ティミルちゃん。一番最初の体育の授業でヴィヴィオがコロナとペアを組んで、それから仲良くなったそうな。次の授業の休み時間にはすぐに紹介されて、私とも友達になってもらったんだっけ。ちなみに私の交友関係は広く浅くというか、クラスメイト全員と話すけど、ヴィヴィオとコロナを除けば特別に仲がいい子はいない感じかな。

 というのも、入学して二日目にしてちょっとやらかしちゃったんだよね。クラスメイトの中に聖王教会のどこかの支部長さんの息子さん……だったかな、とにかくお父さんの権力を笠に着て乱暴したり偉そうにしてる子がいて。隣の席の女の子の髪を引っ張ったりしてるのを目撃した瞬間、勝手に身体が動いてた。

 やめなさいって口で注意するといきなり殴りかかってきたから、咄嗟にガードをしようと動かした手が偶然カウンターみたいな形でアゴのイイ所に当たってしまい、その子を気絶させてしまって。その後担任の先生が教室に入ってきた途端大騒ぎして、教室から男の子を運び出していった。放課後に先生達から事細かに事情聴取されたんだけど、悪い事はしてないので堂々としてたのと、盗み聞きしてたのかヴィヴィオが職員室に飛び込んできて事情を説明してくれたおかげで、喧嘩両成敗という結論に一度は落ち着いた。でも、翌日が更に大変だったんだよね。

 男の子の父親がすごい剣幕で学校に苦情を入れてきたみたいで、先生がいくら昨日の事情を説明しても聞く耳持たず。私が悪いんだから退学にしろの一点張りで、その場に呼び出されてた私としては同じ穴の貉にはなりたくなかったんだけど、このままだと先生達も可哀想だし、フランに通信を繋いで貰う様に念話で頼んだ。

『おー。ななせ、どないしたん?』

 空中に浮かんだウインドウに映し出されたのは、見慣れた制服を着たはやてさん。まだ最後に会ってからそんなに時間が経ってないから、そんなに印象も変わらない。

 本当ならなのはさんからフェイトさんに相談するべきなんだろうけど、聖王教会にそんなに強いコネもないだろうし。カリムさんともはやてさんを通して繋がっている感じだろうから、それならいっそはやてさんに直接繋いじゃおうって思ったんだよね。はやてさんなら、こういう悪巧みにもノリ良くノッてくれそうだし。

 その考えは正解だったみたいで、私から事情を聴くとはやてさんは『ちょっとその人と話させてくれるか』って言って、にんまりと笑った。こちらとしては願ったり叶ったりなので、フランにお願いしてウインドウの位置を今もガミガミ騒いでるおじさんのところに持っていく。

『えー、ヒートアップしてるところすみません、ちょっとよろしいですか?』

『あ? なんだ貴様は。学校の責任者か!』

『ああ、いえいえ。あの子の母親の友達で、時空管理局で捜査官やってます、八神はやて二等陸佐です。今ちょっとななせに話聞いたんですけども、どうやら今回の件はそちらの息子さんにも原因があったそうですし、お互い悪かったという事で喧嘩両成敗で手打ちにしてもらえませんか?』

 あくまで気楽な口調と笑顔でそんな事を言うはやてさんに、おじさんは更に苛立ったのか辛辣な言葉をぶつける。最初はちゃんと聞いてたはやてさんだったけど、2分くらい経つと面倒臭くなったのか、まぁまぁとおじさんを一度宥めてからコホンと咳払いした。

『あんまりそちらが持つ権力でやりたい放題しはるなら、こちらもそれ相応のやり方で対抗せなあきませんね……教会騎士団のカリム・グラシアってご存知です?』

『騎士カリムだとっ……お前の様な小娘が、騎士カリムと知り合いであろうはずがないだろう!』

『残念ながら、プライベートでも仲良うさせてもらってますよ? なんでしたら、通信開きましょか?』

 はやてさんはあれよあれよと言う間に通信を繋いで、ウインドウの向こうでまたウインドウが開いて、カリムさんの姿が映った。まだ本人にはお会いした事がないんだけど、通信でなら2回くらい話した事があって。はやてさんから事情を聞いたカリムさんは、こっちを向いて『ななせ、お久しぶりね』とにこやかに手を振ってくれた。それから真面目な表情でおじさんに向き直って、口を開いた。

『困りますね、セルスター支部長』

 どうやらカリムさんとこのおじさんは知り合いだったみたいで、どっちが偉いのかはよくわからないけど、多分カリムさんの映像が映ってから借りてきたネコみたいに大人しくなったおじさんの姿を見ると、カリムさんの方が地位は上なんだろうなぁ。

 とりあえず『クラスメイトに対して迷惑な行いをしていたのは貴方の息子で、先にこの子に手を出したのもそちらからなのに、権力を笠に着て彼女にだけ責任を押し付けようとするのは何事か』という事と、『今後貴方の息子が同じような行動に出た場合は、貴方の監督不行き届きで処分も検討する』という事をカリムさんは厳かに告げた。要するに、しっかり自分自身と息子を教育し直しなさいという事なんだろうと思う。

 おじさんは真っ赤になりながらも私に詫びの言葉を口にして、通信を切った。それからというもの、その男の子はすっかりおとなしくなっちゃって、ちょっとクラスでも浮いた存在になりかけてた。私の方も皆が話しかけてくれるんだけど、どこか一線引いた感じで接してくるというか。多分男の子を一発KOしちゃったし、怖がられてるんだと思う。まぁ、ヴィヴィオとコロナが一緒にいてくれるから、それ程浮いてるって感じではないんだけど。

 でも不思議なのは、クラス委員を決める時に真っ先に推薦されちゃったんだよね。しかも全然仲良くない、本当に1回程度挨拶を交わしたくらいの女の子に。信任投票代わりの挙手でも、あの男の子以外が全員挙手してくれて、クラス委員長になっちゃった。好かれてるんだか嫌われてるんだか、クラスの微妙なポジションにいるのがこの私、でも任されたからにはちゃんとやりますよ。

 1年生のクラス委員なんてたまにプリント配ったりノート集めたりくらいしかやる事がないので、せっかくだからまず最初にあの男の子をクラスに溶け込ませようとした。最初は頑なだったんだけど、『親がどんなに偉くても、君が親と同じ位偉くなる訳じゃないよ。でも学校でいっぱい勉強して、友達もたくさん作って魅力的な人になれば、きっと君自身に価値が出てくるから。その一歩目として、最初に嫌な想いをした子に一緒に謝りに行こうよ』って説得して構いまくったら態度も軟化して。今ではクラスの男の子のグループに入って仲良くやってます。何故だかあの子に構った後、ヴィヴィオすごくむくれるんだけど、なんでなんだろう。

 でも多分今の彼だったら、権力を持っても他の子に迷惑を掛ける様な事はしないんじゃないかな。まぁ彼にもちょっと責任はあるけど、今回の事件で一番責任があるのは彼の親や周りの大人だと思うし。私もこんなナリだけど母親経験者、もしももう一度自分の子供が出来た時は、ちゃんと自分も子供も律せる母親になりたいと思う今日この頃です。

 って、こんな事考えてる場合じゃなかった。コロナが来るんだってば、あともうちょっとで。

「ななせー、型抜きはやくはやく!」

 ヴィヴィオが慌てた様子で急かしてくる。せっかく初めて友達が訪ねてきてくれるので、今日は私とヴィヴィオでクッキーを手作りしてるんだけど、私がぼんやり考え事をしていたせいで、型抜き作業が遅れちゃってた。

 コロナはアメの形をした髪留めが好きでたくさん種類を持ってるから、今日のクッキーはキャンディ型の抜き型を使ってる。珍しい形なんだけど、近所のショッピングセンターにたまたま売ってたのをゲットしてきた。

 なのはさんとフェイトさんはリビングのソファーに座って、私達の様子をビデオに撮ってる。堂々と撮影する時はこのカメラを使って、隠れて撮影する時はレイジングハートを使うんだよね。それって盗撮だよってなのはさんに抗議するんだけど、今のところその抗議は受け入れられた事がない。

「フェイトママ、お願い!」

 型抜きが終わるとトレイにアルミホイルを敷いた後に型を並べて、フェイトママにトレイをオーブンにセットしてもらう。自分でできればいいんだけど、トレイが金属製で重たいんだよね。

「ごめんね、フェイトママ。せっかくのお休みなのに」

「ううん、私はななせとヴィヴィオの友達に会えるの楽しみだよ。二人の手作りクッキーもすごく楽しみ」

 ついこの間まで2か月間の長期航海に出ていて、今もその後処理に追われているフェイトさんに謝るけど、フェイトさんはそんな事は全然関係なしにいつも通りの柔らかい笑顔を浮かべてそう言った。その気持ちは嬉しいし一緒にいられるのも楽しいけど、無理して病気とか怪我とかしない様にだけは気をつけてほしいと切に願う。フェイトさんが言ってくれてるみたいに、私の存在が少しでもフェイトさんの癒しになってるなら嬉しいな。

――ピーンポーン

 インターホンが鳴って、お客さんの来訪を告げる。ほぼ間違いなくコロナだろうなぁと思っていると、なのはさんとヴィヴィオがダッと玄関へと急ぎ足で移動していた。あ、抜け駆けだと思った時には、フェイトさんが私の手を引いて玄関へと歩き始める。

「ほらななせ、お友達のお出迎えだよ。お母さんとして挨拶できるのも、すごく楽しみにしてたんだから」

 ほっぺを赤くしながら楽しそうに笑うフェイトさんに手を引かれて、玄関へと早歩き。ちょうどなのはさんが玄関のドアを開けて、来訪者の姿が見えるところだった。

 一人は私とヴィヴィオの友達のコロナと、もう一人はコロナと同じ亜麻色の髪を持つ大人の女性。多分コロナのお母さんかなって、予想をつける。

 なのはさんとフェイトさんがそのお母さんらしき人と挨拶を交わしているのを聞き流しながら、笑顔で小さく手を振るコロナに私とヴィヴィオも振り返す。いつもは制服姿だけど、こうして休日に私服を見るのってなんだか新鮮。今日のコロナの服装は、淡いピンク地に白い水玉がアクセントになっている薄いサマーカーディガンとタンクトップ、そして白いミニのプリーツスカートとすごく女の子らしい格好。髪型もいつも通り両耳の後ろ辺りで髪を結んでいる、トレードマークのツーテール。

「帰りは私がきちんとご自宅までお送りしますので、ご安心ください」

「それじゃあ、お言葉に甘えて。来週はヴィヴィオちゃんとななせちゃんが、ウチに遊びに来てくれるのよね。おいしいお菓子用意して、待ってるからね」

 フェイトさんの言葉に笑顔で答えて、後半は私達に優しくそう告げて、コロナのお母さんは帰っていった。なのはさん達よりは年上だろうけど、多分まだまだ若いよね。コロナのお母さんは、多分20代の半ばだと思うんだけど……もしかしたら、もう少し下かも?

「コロナのママ、やさしそうだし美人だしいいね」

 ヴィヴィオが感想を言うと、コロナは顔を少し赤くして照れていたけど、うんと大きく頷いた。その背後からなのはさんが音も無く近付いて、ガバッとヴィヴィオを強く抱きしめる。

「なぁに、ヴィヴィオ。それだとママが優しくないって聞こえるんだけど?」

「そんなこと言ってないよぉ、なのはママくすぐったいっ!」

 じゃれ合ってる母娘に若干呆れながら、私とフェイトさんはコロナを先にリビングへと案内する。その途中でコロナが内緒話をするみたいに、コソッと耳打ちしてきた。

「ヴィヴィオのママもななせのママもどっちもキレイだし、二人もママがいると楽しそうだよね」

 そんな嬉しい事を言われて、自然と笑顔が浮かんでくる。確かになのはさんは桃子さん譲りの楽しい性格だし、フェイトさんも天然さんだから時々素でボケるし、退屈は全然しないかな。

 それに何より、一緒にいて嬉しいし楽しいし、マイナスの感情が全然浮かばないしね。それはヴィヴィオといても同じだけど。

 だから私は、さっきお母さんを褒められたコロナと同じくらい、強く強く頷いた。うちのママ達は私達にとっては最高のママなんだよって、コロナに伝わる様に。







[30522] 第27話――1年生その2 未来(あした)のためにできること
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:49c2ee9c
Date: 2012/03/04 13:28
 今私達の目の前にいるのは、熊みたいに大きな身体と鋭い目を持った大男だった。頭は剃ってるのかな、ツルツルだし、ヒゲも伸ばしっぱなしだし。

 正直私でも怖いのだから、隣にいるヴィヴィオはもっと怖い想いをしているんじゃないかとチラッと視線を向けると、ちょうどそのタイミングでヴィヴィオが私に寄り添う様に身を寄せてきた。あー、よしよし。多分取って食われる事はないだろうから、とりあえず落ち着こうか。でも、ヴィヴィオの暖かい体温で私の恐怖も和らいだのは、ここだけの話。

「……士郎よ。お前さん、あの大怪我の後遺症が今更出たのか?」

 私達の対面のソファーに座っている大男が、私の隣に座る士郎さんに静かに言った。声もすごく低いんだよね、ザフィーラの声も低いけど、こんなに威圧感はないし。

「まさか、日常生活をこうして送れるくらいには完治してるさ。それに、そんなに無茶苦茶な事も言ってないだろう?」

「俺には無茶苦茶だと思うがな、この嬢ちゃん達をうちの道場に短期入門させろって事だろう。こんな華奢な身体では、鍛錬に付いて来れないと思うが」

「華奢だし美少女なのは同意だが、やりたいって言い出した事はとりあえず応援する、それが我が家のルールでな」

 士郎さんと大男さんの話を傍らで聞きながら、意外とこの人はいい人なのかもしれないとちょっとだけ思い始める。今日会ったばっかりの私達の身体の心配をしてくれてるって事だもんね、単にここの空手道場の鍛錬がものすごく厳しいから、練習中に怪我人とか倒れたりする人を出したくないって思いもあるかもしれないけど。

 なんでこんな状況になっているかというと、話は夏休み前まで遡る。せっかくの夏休みだから、何か学校に行きながらだとできない事をしたいとヴィヴィオが言い出して、近所にあるストライクアーツ教室を見に行く事になった。なのはさんとフェイトさんはちょっと心配そうだったけど、もしも通う事になっても学年や実力順でクラスが分かれてるから、私達みたいな初心者だとそんなに危ない事はしないだろうって考えたみたい。まずは夏休みの初日になのはさんとヴィヴィオと私の3人で見学へ、フェイトさんは残念ながらお仕事で欠席でした。前日の一緒に行けなくて涙目になってたフェイトさんが可哀想だったけど、その表情がちょっと可愛いと思ったのは内緒。

 それで見学の結果、通うのは見送る事に。私達と同い年くらいの子達の教室を見学したんだけど、音楽に合わせて踊ったりジャンプしたり、まるでお遊戯してるみたいだったんだよね。この踊りやジャンプにもきっと意味があるんだろうけど、実戦的なところに通いたかったヴィヴィオとしては、想像と違ったみたいでガッカリしちゃって。

 結局無限書庫で見つけた児童用の『ストライクアーツ入門』っていう本を見ながら二人で見よう見まねで練習を始めたんだけど、全然うまくできてるのかが判断できずに、早くも行き詰ってしまって。そんな折、元々決まってた予定だったんだけど、なのはさんとフェイトさんの休みを合わせて2週間地球へ里帰りする事に。

 最初の1週間は高町家、次の1週間はハラオウン家に滞在する事になってるから、今は高町家で寝泊り中。ここにはお庭に小さな道場もあるし美由希さんも剣術をしてるから、何かいいアドバイスをもらえないかなと。そんな期待をして相談したんだけど、帰ってきたのは芳しくない答えだった。

 美由希さん達が腕を磨いている剣術って、御神流っていう名前らしいんだけど、どうやら暗殺剣みたいなものだったらしくて。もちろん美由希さんは人を斬ったりした事なんてないそうなんだけど、そういう謂れのある流派の技だから私達には教えられないって断られちゃった。

 昔からある流派だから剣がなくても戦える様に、打撃技とか投げ技とかもあるんだって。でもそれは今の時代からすればとても変則的なものだし、人の命を刈り取る為のものだから、私やヴィヴィオがやりたい物とは根本的に違うんだそうで。美由希さんも過去に自分が身につけた技を友人に自慢したくて、見せた事があるんだけど、こんなものは剣術じゃないって美由希さんの側から離れて行ったんだって。卑怯者って罵られた事もあるんだよって美由希さんは苦笑してたけど、きっと当時は辛かったんだろうなぁと思わず涙ぐみそうになった。

 そんな美由希さんの悲しい過去はさておき、何かストライクアーツに活かせるものはないかなぁと考え込んでいると、私達の話を聞いていた士郎さんがひとつの提案をしてくれた。

 曰く、知り合いに空手の道場を開いている人がいて、そこで試しに練習してみる気はないかって。空手とストライクアーツだと多分畑が違うんだろうけど、でも同じ格闘技ってジャンルには含まれている訳だから、何かヒントがあるかもしれないし。何よりその空手道場は実戦的な指導をしてるって聞いて、ヴィヴィオが乗り気になっちゃって。

 じゃあ連れて行ってあげよう、と士郎さんが軽く引き受けてくれて、現在に至る訳です。目の前の大きな身体のおじさんは、士郎さんのお友達の巻島十蔵さんと言うらしい。その身ひとつで『明心館巻島流空手』を立ち上げた人物で、本気になれば拳ひとつで熊でも倒せるらしい。どんな鍛え方をすればそうなれるのか、想像すらできないけど。

 その巻島さんが、鋭い目付きはそのままに私達を見つめていた。ああ、そっか。さっきから話してるの、士郎さんだけだもんね。私達の気持ちはどうなのかって事なんだろうな。

「あのっ……」

 あ、ダメだ、声が上擦った。大丈夫大丈夫、士郎さんのお友達だし同じ人間だし。威圧感は森の中で出会った熊さんとどっこいだと思うけど、きっと話せば解ってくれるはず……本物の熊さんと対峙した事なんか前世も現在も経験ないんだけどね。

 私がぐるぐると考えを巡らせていると、さっきまで怯えていたヴィヴィオが何かを決意したみたいに、キッと顔を上げた。でも上がったのは顔だけで、両手はまだ私の右手に巻きついているんだけど、それでもあの人見知りのヴィヴィオがだよ? 1年間そばでヴィヴィオを見ていた私としては、その精神的な成長になんだか涙がほろりとなりそう。

「わたしには、まもりたい人がいます。今はぜんぜんまもれる強さもないけど、きっといつかその人たちをまもりたい、です」

 ヴィヴィオの決意表明に、きっと守りたい人ってなのはさんなんだろうなぁと、お母さん想いのヴィヴィオになんだか感動してしまった。でもその人達という事は、複数って事だよね。うーん、フェイトさんもって事なんだろうか。本当にヴィヴィオは優しい子だなぁ。

 だから私はヴィヴィオに続いて『私は、そんなヴィヴィオを守ってあげたいと思います。その足がかりとして、格闘技を学びたいんです』と自分の気持ちを巻島さんに告げた。

 私達の言葉を聞いて、何故か巻島さんは士郎さんに視線を向ける。

「……お前の入れ知恵か、士郎?」

「いや。この娘達が自分で、一生懸命考えた答えだと思うぞ」

 士郎さんが首を横に振ってそう答えると、巻島さんは胸の奥に溜めていたのか、とっても重くて長いため息を吐いた。やっぱり身体が大きいだけあって、入る空気も私達とは量が違うのかも。

「お前等はさっき『守りたい』と言ったな、格闘技の鍛錬をする事によって大事な誰かを守りたいと」

 重たくて低い声で尋ねられたけど、私とヴィヴィオはその圧力にも似た何かに負けない様に、しっかりと強く頷いた。

「格闘技なんざ誰かを殴って蹴って、必ず他人を傷つけるものだ。逆に弱い奴は強い奴に傷つけられる、ある意味弱肉強食の世界であるとも言える。そんな中で、お前らは誰かを傷つける覚悟と誰かに傷つけられる覚悟があるのか。そして野蛮で危なっかしい力と技を身につけ、己の信念の為だけにそれを使うように律する事ができるか」

 ああ、ヴィヴィオが難しい日本語にあっぷあっぷしてる。翻訳魔法って、日本語に対しては意外といい加減なところあるもんね。頭の上を『?』でいっぱいにしてるヴィヴィオに、簡単な内容にまとめて巻島さんの言葉を通訳した。要するにこっちが一方的に殴ったり蹴ったりするだけじゃなくて、殴られたり蹴られたりして痛い思いをする事もあるんだよって事だよね。殴ったり殴られたりするのに躊躇いはないか、練習した技を自分達の目的――私達であれば誰かを守ったり、自分の力量をレベルアップする為だったり――だけに使って、関係のない誰かをその技で理不尽に傷つけたりしないかって聞かれてるんだと思うんだけど、正直これで合ってるかは私もちょっと自信ない。

 でも私の説明を聞いたヴィヴィオは、瞳にはっきりとしたやる気を燃やして『だいじょうぶです!』って答えた。ヴィヴィオがそう言うなら、私に躊躇う理由はない。そもそも誰かをいきなり殴ったり蹴ったりして、理由もなく理不尽に攻撃するつもりなんて一切ないし。ちゃんと私はヴィヴィオを守るのと側にいる為に、鍛えた技を使いますよ。あとはまぁ、身体を鍛えて魔法戦の地力を上げておきたいというのもあるにはあるんだけどね。

 私もヴィヴィオに続いて頷くと、巻島さんは大きな身体を折り曲げる様にして、プハーっと息を吐いた。それまで部屋中にあった重苦しい雰囲気が、その動作で一気に掻き消える。

「わかった、そこまでチビなお前等が腹くくってるなら、俺も腹をくくろう。短期でいいんだったな、海鳴支部で稽古をつけられる様に段取りをつけてやる」

「あれ? おじさんがおしえてくれるんじゃないの?」

 軽くなった雰囲気に押される様に、ヴィヴィオの口調が軽くなる。そんなヴィヴィオに巻島さんは不敵に笑って、ヴィヴィオに言った。

「悪いが俺は人に何かを教えるってのが苦手でな、殴り合いの中で相手に拳で伝えるぐらいしか脳がない。今のお前等と殴り合いをしたら、確実に壊してしまうだろう?」

 ニィ、と口角を上げて笑った巻島さんに、再びヴィヴィオが身を硬くする。怯えるヴィヴィオを見て、巻島さんはすぐにさっきまでの柔らかい雰囲気に戻した。

「海鳴支部には俺が目を掛けてる女子選手が指導員をしていてな、今からそいつに話をつけに行くか。それに外で待ってるお前等のかーちゃん達も、そろそろ痺れを切らしそうだしな」

 巻島さんはそう言うと、机の上にある受話器を取って『車を表に回してくれ』と誰かに指示を出して、ドアをバーンと開けた。その音に、外で待っていたなのはさんとフェイトさんが、ハッとした表情で部屋の中を見る。

「ヴィヴィオ、大丈夫だった?」

「ななせも平気?」

 すぐに駆け寄ってきてくれて、私達の身体を触ってチェックしながらそんな事を言うママさん達。でもその台詞って、巻島さんにすごく失礼だと思うんだけど。

「俺が付いてるんだから、心配はないと言っただろう? なのはもフェイトちゃんも、あまり過保護になるのはよくないぞ」

「おとーさん、ヴィヴィオもななせも女の子です。ストライクアーツみたいに怪我しにくいスポーツならまだしも、空手を習わせるのはどうかとなのはは思います」

「あの、すみません……私も少し抵抗があります」

 飄々と言う士郎さんに、なのはさんとフェイトさんが抗議の声をあげた。その抗議を受け流して、結局地球にいる間は試しにやらせてみようと説得できちゃう辺り、士郎さんも口が上手いというかなんというか。

 ワゴン車に乗って海鳴支部へと皆で向かう。明心館巻島流空手はいくつかの支部を抱えるくらいの、結構有名で大きな空手道場なんだって。昔は少人数だったのになぁ、なんて巻島さんは昔を懐かしむ様な表情でそう話してくれた。あと巻島さん、実はもう70歳を超えてるんだって。まだ還暦前だと思っていた私は、ちょっとびっくりしてしまった。この鍛えられた身体をその御歳で維持できてるなんてすごいなぁと、感心する。

 あと、私達に指導してくれる人の話もちょっと聞いた。名前は城島晶さんという人らしく、新進気鋭の空手家さんなんだそうな。元々は両親の不仲で家庭で居場所がなくて、ケンカにばかり明け暮れてた城島さんを偶然通りがかった巻島さんが道場に連れて帰り、ボコボコにしたんだって。まだその時城島さんは小学校に通ってた子供だったそうで、手加減はしてたらしいんだけど、一歩間違えれば虐待だよね。

 負けん気の強かった城島さんは、毎日リベンジに道場を訪れ、いつの間にか通い弟子になっていたんだとか。現在は空手の全日本選手権も連覇して、名実共に日本で一番強い女性空手選手まで駆け上がったんだって。家庭内不和のせいで尖ってた性格も、通いだしてしばらくすると丸くなり始めたんだとか。

 そんな話を聞いてたから『どんな人なんだろう』って思ってたんだけど、会ってみたら城島さんはショートカットの凛々しい女性で、でも話してみるとすごく気さくな方で『城島さんとか呼ばれたらくすぐったいから、晶でいいよ』と私達に向かってニカッと笑った。もう20代後半になるらしいんだけど、まるで中学生男子みたいに無邪気な笑顔で、なんだか可愛い人だなぁって思っちゃった。

 なのはさんとフェイトさんも、この人なら大丈夫っぽいと安心してくれたみたいで、翌日から道場に通う事に。もちろんなのはさんとフェイトさんも付き添ってくれて、二人とも練習の間中カメラで写真を撮りまくるものだから、私とヴィヴィオは恥ずかしさに顔が真っ赤になった。

 私達は短期コースだし、何よりこれから通うにしても長い休みにしか来れないので、自己練習で土台を固められる様にって徹底的に型を教え込まれた。型っていうのは、理想的な拳打や蹴り・動きの集大成なんだって。だから型を完璧に身体に覚えこませれば、調子の悪い時でも型を演舞する事によって、おかしなところを修正できるんだとか。

『館長は演舞で調整なんかしなくても、常にベストの状態で突きや蹴りを出せるんだから、やっぱりとんでもないじーさんだよ』とは晶さんの弁。格闘技初体験の私からしてみれば、キレイで力強い演舞を見せる晶さんもとんでもないと思う。実戦形式じゃなくて型打ちからだけど、ヴィヴィオも晶さんが言ってる事が理解できたのか、必死に取り組んでた。私も負けない様にしなきゃ。

 あと道場には私達と同い年の子達が通ってて、休憩時間とかにお話したりして仲良くなったりもした。男の子がひとりと女の子ひとり、二人は幼馴染なんだって。私達の見た目って外国人に見えるから、最初は話しかけようかどうか迷ったらしいんだけど、でもそこは子供同士。人見知りのヴィヴィオもすっかり打ち解けて、空手の事とか学校の事とかを聞いたりしてた。

 ただ残念なのは、二人は普通にこの道場に通ってるから、私達とはメニューが違うんだよね。春から通ってるという話だし、練習の進み具合もあっちが上だし。一緒に練習できたらよかったんだけど、そこだけがちょっと心残り。

 海鳴滞在中は必死に道場に通って、なんとか型を全部できる様になった。ただ、やっぱり時間が経つと少しずつ動きに狂いが出てきそうだから、晶さんの型打ちをビデオに録画させてもらって、ミッドチルダに持って帰る事にした。型打ちって全身運動だから、普段あまり使ってない筋肉が痛みを訴えるけど、なんだかすごい充実感。

 ただ、私達と一緒にお出かけとかをしたがってた、桃子さんとリンディさんにはすごく申し訳ない事をしたかなぁって。今度来た時はちゃんとお買い物でもなんでも付き合おうと、ちょっと反省。カレルとリエラとはお風呂に一緒に入ったり、一緒のベッドで4人で寝たりと親交を深められたのがまだ救いかなぁ。

 そんな訳で家族旅行を終えてミッドに戻った後、私とヴィヴィオの日課に『型打ち』がひとつ加わりました。もちろんストライクアーツも自分達で練習していくつもりだけど、空手も続けてみようと思ってます。

 晶さんの言葉なんだけど、格闘技なんて結局殴り方や蹴り方が少し違うだけで、どこかに絶対共通点があるはずなんだとか。空手をやったからって他の格闘技を習得できない訳はないし、むしろ複数の格闘技をミックスして新しい技なんかを作れるメリットがあるんだって。

 もちろんそれぞれの格闘技の基本をマスターしてからの話だから、私達にとってはちょっと遠い未来になるかもしれないけど、空手とストライクアーツのいいところを合わせて、より実力アップができたらいいなぁと思います。





[30522] 第28話――1年生その3 ヴィヴィオとデバイス
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:5a476905
Date: 2012/03/08 23:03

 新しい年が始まって、私とヴィヴィオももうすぐ初等科二年生。一年生になった最初は色々波乱があったけど、今はすっかりクラスも落ち着いて、委員長としては喜ばしいばかり。私個人としても、懸念だった歴史の授業やベルカ語の授業もなんとかついていけてて、ヴィヴィオやコロナと一緒になんとか優等生っていわれる成績をキープしている。

 あとは来月に控えたバレンタインで『クラス全員にあげるお菓子を何にしようかな』っていうくらいしか悩みはなかったんだけど、ここに来て大きな事件が勃発してしまった。

 ちなみにバレンタインというイベントが何故ミッドチルダにも存在してるのかについては、諸説あるらしい。でも男女問わず友達や家族、恋人にお菓子をあげるという内容からして、ミッドチルダに迷い込んだ複数の地球人が流行させたんじゃないかと私は睨んでいたりするんだけど、ホントのところはわからない。

 話し変わって現在、私達のおうちのリビングの空気がすごく重い。いつもは家族4人で楽しく話をしているソファーセットに座って、家族会議が開かれていた。私とヴィヴィオが並んで座って、対面のソファーになのはさんとフェイトさんが座っている。

「ヴィヴィオ、ママが言ってる事解った?」

「わかんないっ!!」

 なのはさんが言うと、ヴィヴィオが噛み付く様に答える。そんな二人の様子を心配そうに見つめる、私とフェイトさん。そんな光景がかれこれ30分程続いていた。

 事の始まりは、ヴィヴィオが自分のデバイスを持ちたいって言い始めた事。私がフランを持っている事もあって、ヴィヴィオにも自分だけのデバイスに憧れが以前からあったみたいなんだよね。ただヴィヴィオは聡い子だから、私がフランを持っているのは『喋る事ができなかった』というイレギュラーな出来事があったからこそだって事はちゃんと理解してて。私もヴィヴィオに見せつけない様に、できるだけフランは服の下にしまってたから、これまで特に不満はなかったみたいなんだけど。

 ただ新年が明けて二週間程経ったある日、クラスの男の子がインテリジェントデバイスを学校に持ってきた。子供だから新しいモノ大好きだし、すごく嬉しかったみたいでクラスメイトに自慢してたのがどうもヴィヴィオ的にはとんでもなく羨ましかった様子。家族、特にママ達を守りたいって想いが強いヴィヴィオだから、より早くデバイスが欲しかったのかもしれなくて。

 帰り道でもずっと『デバイス欲しい』って言ってたヴィヴィオに、私もコロナも困ってしまった。コロナはまだデバイスを持ってないし、気持ちはヴィヴィオ側だから苦笑を浮かべる程度だったみたいだけど、先んじてデバイスを持っている私としてはとても居たたまれない気持ちだった。

 家に帰ってなのはさんとフェイトさんが帰宅して早々、ヴィヴィオは二人に『デバイスが欲しい』っておねだりして、後はこの通り押し問答。ご飯もまだ食べてないから、ヴィヴィオもきっとお腹がすいてるはずなのに、おくびにもそんな事を出さずになのはさんと対峙する姿からは、よっぽどデバイスが欲しいんだなぁって想いが伝わってきた。

「なのは、ヴィヴィオがこんなに言ってるんだから、デバイス持たせてあげようよ」

 どこまで行っても平行線な親娘の議論に、フェイトさんが口を挟んだ。するとすぐさま、なのはさんからの鋭い視線がフェイトさんに向けられる。ああ、フェイトさん……ご愁傷様です。

「フェイトちゃんはヴィヴィオに甘いよ! 基礎も出来てない内からデバイスなんて必要ありません、事故が起こったらどうするの!?」

「えっと、デバイスは魔法行使を補助してくれるんだから、滅多に事故なんて起こらないんじゃないかな。使うのはヴィヴィオだし、そんなに危ない事もしないと思うよ」

 なのはさんの剣幕に圧されながら、フェイトさんはヴィヴィオの擁護を続ける。隣に座るヴィヴィオなんて、キラキラした目で拳を握りながらフェイトさんを応援してるし。

 フェイトさんの言葉を聞いて、なのはさんは大きくて深いため息をついた。ヒートアップしていた自分を抑える様に、そのまま深呼吸を何度かして、それから再度口を開く。

「あのね、フェイトちゃん。デバイスが魔法行使を補助するからこそ、一人では行使できない魔法がうっかり発動しちゃったりするかもしれないでしょ。基礎も出来上がってなければ、発動した魔法を制御する事もできない。発動した本人だけが巻き込まれるなら自業自得だけど、他の人を巻き込んじゃったらどうするの?」

 もちろん、私はヴィヴィオが怪我をするのも絶対にイヤだけど、となのはさんは最後に付け加えた。なのはさんの懸念は心配し過ぎの部類だって思うかもしれないけど、実はそうじゃなくて。『低年齢でデバイスを持ち始めた人が起こす事故の数』がこの数年かなりの数に上っていて、最近のミッドチルダの社会問題になっていたりするから。

 デバイスの補助にまかせっきりで自分の実力を過信する魔導師が、一人で魔法を行使したりいつもと違うデバイスを持った時に事故を起こしてしまうんだとか。多分管理局勤めで教職に就いているなのはさんだからこそ、そういう状況に現場でも何度か立ち会っているのかもしれない。

 フェイトさんは航海に出ている事が結構あるし、他の管理世界に捜査に出かけてミッドチルダにいない事が多々あるから、もしかしたらこういう事情を知らなかったのかもしれないけど。

 でもなのはさんに真面目な表情でそう説明されて、それでもなお強くヴィヴィオを援護できるはずもなく、フェイトさんもなのはさんの言葉に同調してしまった。あ、ヴィヴィオががっかりしてる。

「ななせ~、ななせからもなんとか言ってよぉ」

 涙目で私にそう言って寄りかかってくるヴィヴィオは、素直に可愛い。可愛いんだけど、私もなのはさんの意見は正しいと思うんだよね。私にはフランがいるとはいえ、私が魔法を行使するのは学校の授業くらいだし、フランをセットアップする事なんてフェイトさんとなのはさんにしてもらってる魔法教室くらいだもの。

 私がフランにしてもらってる事なんて、それ以外では話し相手とかメールや通話の受信と送信くらい。話し相手以外だと、ヴィヴィオが持ってる通信端末と機能はほとんど変わらない。でもそれは脇に置いておいて、大人の理屈を今回は無視して、ヴィヴィオの味方になろうと思う。ここで私がなのはさんの味方をしても、結局はもう既にデバイスを持ってる人間の言葉でしかないから、ヴィヴィオの心には響かないと思うし。何より基礎も満足にできなかった頃からデバイスを持っていて、この1年半以上事故なんて起こしてない私という前例もいる訳だしね。

「あの、なのはママ。私もヴィヴィオと一緒に気をつけて事故とか起こさない様にするので、ヴィヴィオにデバイスを持たせてあげられないかな?」

 私がおずおずと言うと、なのはさんとフェイトさんは顔を見合わせた。そんなに私がヴィヴィオの味方をしたのが意外だったのかな。

「あのね、別になのはママは意地悪でヴィヴィオにデバイスを持たせないって言ってる訳じゃないよ? ななせは、そういうの解ってると思ってたんだけど」

 なのはさんにそう言われて、私は内心でこくこくと首を縦に振った。わかってるんです、わかってるんだけど、今回はヴィヴィオの味方をしてあげたいというか、なんというか。

「さっき言った事故も怖いけど、何より基礎が出来上がってないのにデバイスを持った子は、教導しても伸び代が少ないんだよね。しっかりした土台があってこそ、その上に応用技術をたくさん積み重ねていけるんだってなのはママは思う。ヴィヴィオが将来どんなお仕事に就くのかはわからないけど、もしも魔法に関わる仕事をするんだとしたら、ちゃんとその仕事で成長していけるようにしてあげたいから、今はデバイスを持たせたくないの」

「……ななせは持ってるのに?」

 真っ直ぐに私達を見つめて説明をするなのはさんに、ヴィヴィオは少し戸惑い気味に尋ねた。さっき考えた通り、基礎がまだ固まってないのにデバイスを持っている私という存在は、確かに矛盾点だし。ヴィヴィオがそこを『おかしいな』って思っても仕方がない事だよね。

「ななせの場合は事情が事情だったし、順番が逆になっても後から自分でちゃんと修正が出来る子だから、許可してます。実際に学校に通い始めてから、ななせの魔法は構成がよりしっかりしてきたからね。ななせ自身も感じてるんじゃない? 簡単な魔法なら学校に通う前よりも半分の力で使えたり、素早く使える様になったりしてるのを」

 なのはさんの言葉に、そう言えばと思い当たるところがあって、こくりと頷く。確かに学校では基礎の部分をじっくり教えてくれるので、前よりも魔法の発動のスピードや効果が向上してるのは感じてた。そして基礎を勉強している事によって、今まで使ってた魔法の悪い部分に自分で気付いたりもできる様になったし。

 私がそれを伝えると、なのはさんは満足そうに頷いた。隣のフェイトさんも、どことなく嬉しそうな表情で私を見ている。

「土台を作るっていうのは、そういう事だよ。簡単な魔法を使うときも、難しい魔法を使うときも、両方に基礎の部分は含まれてる。ちゃんと基礎を勉強した人と、疎かにした人、どっちがよりしっかりと幅広い魔法を使える魔導師さんになれるのかはヴィヴィオもわかるよね?」

 なのはさんの問いに、ヴィヴィオはこくんと頷いた。多分この低年齢からデバイスを持たせるかどうかというのは、前世で言うゆとり教育の是非みたいなものなんだろうなぁって、私は一人心の中で納得する。暗算や筆算ができない子が電卓に頼ってばかりいて、いざ電卓がない場所で計算をしないといけない時にできなかったりって話もあったものね。

 ヴィヴィオに対する期待が大きいから、こんな風にしっかりと育ててあげたいってなのはさんは思ってるんだろうけど、その気持ちはヴィヴィオに届いたのかな。今はわからなくても、きっとこのままの方針でヴィヴィオが成長していけば、今日こうやってデバイスを持たせなかったなのはさんの選択に感謝する日がくるんじゃないかと思う。今はちょっと不満そうに頬を膨らませてるけどね。

 ヴィヴィオが一応納得してくれたので、今日の家族会議はこれでお開きになった。ちょっと遅くなった晩御飯を食べて、お風呂に入ってさあ寝ようと思った時、なのはさんとフェイトさんから視線で何かを訴えられる。ああ、なるほど。ヴィヴィオへのフォローをよろしく、という事ね。できる限り頑張りますよって同じく視線で合図して、ヴィヴィオと一緒に自分の部屋に入った。

 一緒のベッドに入って、並んで寝転がる。いつもなら眠くなるまでおしゃべりをしているヴィヴィオが今日は静かにしているところを見ると、やっぱりなのはさんにぴしゃりとデバイスを持つ事について反対されたのがショックだったんじゃないかな。

「ねぇ、ななせ?」

 唐突にぽつりとヴィヴィオが声を掛けてきたので、私はすぐに『ん?』と返事をした。その声に反応して、さっきまで私に背中を見せていたヴィヴィオがこちらを振り向くと、その大きな瞳にいっぱいの涙を溜めている姿が目に飛び込んでくる。なんだかその姿が痛々しくて、私はそっとヴィヴィオの手を引くと、ヴィヴィオは素直に私の胸に顔を埋めた。

「ななせは、ヴィヴィオをおいていかないよね。おいつけないところまで、いっちゃわないよね?」

 まるで迷子になった子供みたいに何度も何度も確認するヴィヴィオを、優しく抱きしめた。多分ヴィヴィオがデバイスを欲しがった理由って、デバイスを持って練習して魔法を上手に使える様になりたいっていう前向きな気持ちもあったんだろうけど、デバイスを持ってる私に置いていかれそうでそれが寂しくて辛い気持ちの方が大きかったんじゃないかな。そもそもヴィヴィオの方が学科も実技も成績がいいのに、どうして私の方が先にどんどん進んじゃうなんて思えるんだろう。むしろこれだけ大きなハンデをもらってても、あと数年したら私の方がヴィヴィオにおいていかれそうで不安なんだけど。

「大丈夫だよ、私はヴィヴィオの側にいるよ。ずっと一緒にいるから」

 何はともあれ、そんな心配はする必要がないんだよっていう気持ちをたくさん詰め込みながら言うと、ヴィヴィオは何度か『ホントに?』って繰り返し聞き返してきた。その度に同じ言葉を繰り返していると、ヴィヴィオも安心したのかいつの間にかそのままの体勢で寝息を立てて眠ってしまっていた。目尻に溜まった涙を親指でそっと拭いてあげて、ヴィヴィオの寝顔を見つめる。

「……ヴィヴィオの方こそ、私を置いていかないでね」

 思わずそんな事を呟いてしまって、慌てて口を噤む。いけない、ヴィヴィオの弱気がうつったのか、ついつい思ってた事が口に出ちゃった。こんな日はさっさと寝ちゃった方がいいよね、明日になればまた元通り、いつも通りの生活が待ってるんだから。

 胸元で静かに寝息を立てるヴィヴィオに小さくおやすみを告げて、私も静かに目を瞑る。ヴィヴィオのぬくもりのおかげか、それとも家族会議の雰囲気に気疲れしたのか、私が眠りにつくまでにそれほど時間が掛かる事はなかった。





[30522] 第29話――1年生その4 八神さんのお宅訪問
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:5a476905
Date: 2012/03/26 07:15


 ヴィヴィオが言い出したデバイス騒動から数日。バレンタインデーもつつがなく終了して、私達はいつも通りの日常を送っています。

 今日はなのはさんとフェイトさんが、奇跡的に二人揃ってお休みが貰えた日曜日。機動六課時代にお世話になったはやてさんやザフィーラ、八神家の皆さんにクッキーを届けにちょっとしたドライブに出掛ける事になった。もちろん、他にお世話になった人達にもプレゼントしたかったんだけど、なかなか会いに行くのは難しいし。

 とりあえずフェイトさんと同じ職場のシャーリーさんとティアナさん、無限図書の司書の皆さんと司書長のユーノさんには、同じ様にクッキーをプレゼントする事ができたのだけど。その他の皆さんには映像メッセージを送って、プレゼントに代えさせてもらった。私はともかく、ヴィヴィオの元気な顔を見てもらって、皆さんに安心してもらえたらいいなと思って。

 もちろん学校のクラスメイト達にもプレゼントしたよ。ただクラスメイトだけでも27人分、更に担任の先生の分まで用意しなきゃいけなくて、とてもじゃないけど私一人じゃ手が足りなかったから、ヴィヴィオとコロナにも手伝ってもらっちゃった。当然渡すときには、私達三人からって事にしてね。
男の子からのお返しはなかったけど、女の子はほとんど全員からプレゼントのお返しがあって、ヴィヴィオとコロナと三人でおいしく頂きました。

 そんなこんなで忙しかったここ数日を思い出していると、運転席に座っているフェイトさんがバックミラーに視線を向けながら口を開いた。

「そう言えばね、昨日マリーさんに会ったんだけど。しばらくフランを預からせてくれないかってななせに伝えて欲しいって言ってたよ」

 突然の話に、私はきょとんとしてしまう。思わず隣に座っているヴィヴィオと顔を見合わせて、同時に小首を傾げた。

「なんだろ、マリーさんがそんな風に言う時って、大体デバイスに何か問題が起きてる時なんだよね」

「そうなの。でも、マリーさんにフランを見てもらったのなんて、六課の時にちょっとだけでしょ? だから余計に不安になって」

 助手席のなのはさんが不吉な発言をすると、フェイトさんまでうんうんと頷いて同意する。ちょっとちょっと、そんな風に言われるとこっちまで不安になってきちゃうのですが。

「フラン、何か心当たりある?」

『I don't have an idea.[心当たりはありません] 』

 今日も私の胸元にぶら下がっているフランに静かに否定されて、なんだかもやもやした気持ちになる。この部分の調子が悪いとか何かヒントがあれば、今感じているこの霧の中みたいなもやもやを少しだけでも減らせるんだろうけど。あー、気になる。

 私のそんな気持ちが表情に出ていたのか、ヴィヴィオが心配そうにこっちを見ていた。そして助手席のなのはさんまでもが、こちらをヴィヴィオと同じ眼差しで見ている。いけない、心配かけちゃいけないよね。慌てて顔を上げると、運転中のフェイトさんまでバックミラーでこちらを心配気に見ていた。とりあえず、危ないからちゃんと前向いて運転してください。

「とりあえず、預けてみないとわからないもんね。フェイトママ、今日おうちに帰ったらフランを預けるので、マリーさんに渡してもらってもいい? あとどれくらい掛かりそうなのかも聞いてもらえたら嬉しいかな」

「うん、任せて。フランが不在の間は、ヴィヴィオと同じ通信端末を渡すから、それで連絡とかしてね」

 はぁい、と返事をしながら通信端末の形を思い浮かべる。ちょうど携帯電話みたいな大きさの、ちょっとメカメカしい機械なんだよね。携帯電話との違いは、見た目だとボタンの数が少ないくらい。中身はすごく多機能で、喋った言葉を間違いなく文章におこしてくれてメールが打てたり、写真が簡単に取れたりする。あと通信は機械を耳に当てたりしなくても、ウインドウが空中に開くのでフリーハンドで通話が出来たりするのが便利。

 そんな話をしていると、車の窓の外に流れる景色に海が見え隠れしてきた。八神さんちは海沿いにあるらしく、海水浴し放題なんだって。まるでプライベートビーチが近くにあるみたいだって、なのはさんとフェイトさんが出発前に話してたっけ。

 それからもう少しだけ車を走らせてほんのちょっとだけ高台に登ると、フェイトさんは車をゆるりと停車させた。ヴィヴィオに続いて後部座席のドアから降りると、目の前には豪邸の一歩手前くらいの、かなり大きな洋風造りの家があった。

「なのはママ、ここってホントにぶたいちょーのおうち?」

「うん、そうだよ。はやてちゃんを始めとした、八神家みなさんのおうちです」

 ヴィヴィオもその大きさに驚いたのか、なのはさんにそんな質問をしてる。尋ねられたなのはさんは、くすくすといたずらっぽく笑って答えていた。

 門のところにあるインターホンを鳴らすと、少し間を置いて返事がかえってきた。

「はいはい。お、なのはちゃん達ご到着やな。ちょっと待っててな」

 そう言うが早いか、プツリとインターホンが切れる音がしてしばし、パタパタと足音を立ててはやてさんが姿を見せた。ミッドチルダにも日本ほどじゃないけど、季節というものがある。当然今は2月だから寒い時期、はやてさんも今日は自宅にいるというのに、暖かそうな白いモコモコの帽子とジャケットにジーンズ生地のロングスカートといういでたちだった。

 海の近くだし高台だから障害物もないから、今の時期は結構寒いんだろうなぁとなんとなく想像する。というか、実際にこうして立ってるだけで結構寒い。コート着てても染み込んで来る寒さとでも言えばいいのかな。ヴィヴィオはと言えば、私と同じ格好なのに結構平然としててちょっとズルいと思ったのは内緒。

 はやてさんに案内されて、おうちの中へ。今日は家にいるのははやてさんとザフィーラだけなんだって。ザフィーラはおうちのすぐ側の浜辺で、近所の子供達相手に格闘技を教えているんだとか。今日も行っているらしいので、もうちょっと暖まったら行ってみようっと。

 リビングに案内されて、なのはさんとフェイトさんはコタツを発見するや否や懐かしそうにはしゃいで、早速その中に足を差し入れていた。私も早くその仲間入りをしたかったけど、まずは今日ここに来た目的を果たさないと。手に持った紙袋をはやてさんに差し出して、ヴィヴィオと一緒にお礼を言った。

「ぶたいちょー、去年はおせわになりました。これからもよろしくおねがいします!」

「はやてさん、六課の時も今年の最初とかもお世話になりました。これ、ヴィヴィオと一緒に作ったので、皆さんで食べて下さい」

 紙袋の中には、個包装したクッキーが入っている。もちろん、今日はおうちにいないシグナムさんとかヴィータちゃんとかの分もね。あと去年の秋くらいに新しく八神家に仲間入りしたアギトの分も入れておいた。

 私は直接は知らないんだけど、アギトはリインちゃんと同じ融合型デバイスで、お人形サイズなんだとか。あの事件に関わったあちら陣営の人達の中では一番早く社会復帰できたんだって。

 今年の春には更正施設に入っていたナンバーズの人達も、順次社会復帰するんだとか。色々蟠りもあるだろうけど、私としては攫われたヴィヴィオとか敵対したなのはさんやフェイトさんがあの事件の事は水に流しているし、お腹に一物抱える事なく仲良くしたいと思ってたりします。

「わぁ、わざわざありがとうな。こちらこそ、よろしくお願いします」

 はやてさんはなんだかすごく喜んでくれて、にっこり笑顔でそう返してくれた。それからは皆でコタツに入って、世間話。ひとしきり近況などを話し終えた後、はやてさんが私に話を振ってきた。

「そう言えばななせ、あの後大丈夫やったん?」

「? あの後ってどの後ですか?」

「ほら、入学式のすぐ後くらいやったっけ? あの……むぐっ」

 そこまで言われてはやてさんが何を言おうとしているのかがわかって、慌ててはやてさんの口を両手で押さえた。もう、はやてさんが『私の方からこの子の親御さんには今日の事伝えておきますので』って言ってくれたから、今日までバレる事もなかったのに。なんではやてさん自身が話始めちゃうかなぁ。

 私のリアクションに更に好奇心を刺激されたのか、なのはさんとフェイトさんがその話にすごく興味を示してきた。

「えー、なんの話?」

「学校での話、だよね。なんではやてが知ってるの?」

 二人の反応にもう隠しても仕方がない事を悟って、ゆっくりはやてさんの口から手を離す。その時に恨めしそうにはやてさんに視線を向けるけど、そんなのはどこ吹く風とばかりに視線を逸らした。ヴィヴィオも自分に飛び火しないように、我関せずな感じでコタツのぬくもりにまったりしてるし。

「まぁもう終わった話やし、二人ともあんまり怒らんといたってな」

 苦笑しながらそう前置きして話始めたはやてさんだったけど、話終えた頃にはフェイトさんはボロボロ泣き出しちゃうし、なのはさんからも『なんで私じゃなくてはやてちゃんを先に頼ったの?』って静かに叱られるしで散々でした。フェイトさんにも同じ様に『なんで私に真っ先に言ってくれなかったの』って言われたけど、フェイトさん入学式の後にすぐ航海に出ちゃってたし。

 でもそんな言い訳をする気なんて、泣き出したフェイトさんの顔を見たら全然起きなくて。私はとにかく平身低頭でごめんなさいするしかなかった。これからはそんな事があったらちゃんと相談する事をしっかり約束して、なんとかなのはさんとフェイトさんに許してもらう事ができたんだけどね。

「でもやっぱり納得いかないなー、なんではやてちゃんの方が先? フェイトちゃんに留守中のななせの事は、私が任されてるのに」

「まぁ、相手が教会の人間やったからな。なのはちゃんに心配掛けるよりも、私経由でカリムに話持っていった方が早いって思ったんよ。なあ、ななせ?」

 プリプリと愚痴を言うなのはさんを取り成す様に、はやてさんが振ってくれた言葉にこくこくと頷く。なのはさんの事は信頼してるし何かあったら相談しようとも思ってるけど、あの時は私が取った方法がベストだったと思うんだよね。でもママさん達に心配掛けるのもイヤだし、これからはちゃんと相談させて頂きます。

「ちなみになのはちゃん。なのはちゃんが最初に話聞いてたら、どないした?」

「え、そうだなぁ。とにかく学校に行って、直接その親御さんと会う場を作ってもらうかな。そこからはちゃんと全力全開でお話して、ちゃんとわかってもらうつもりだけど」

「……なのはちゃんが出てこなくて、あの人良かったんちゃうかな。私としても、なのはちゃんとガチンコで口喧嘩は絶対したくないし」

 はやてさんが小さく呟いた言葉に、私もなんとなくその光景が見えた気がして、こくんと頷いた。なんというか、この間のヴィヴィオとの口論でもそうだけど、正論で相手を組み伏せる感じだったもんね。話も聞いてくれるし、相手の気持ちも思い遣ってくれるけど、間違ってる事は認めないどこまでも真っ直ぐなところがちょっと怖いというか。

 そんな私達をすん、と鼻をすすりながら涙を拭うフェイトさんが、きょとんとした表情で見ているのが印象的でした。








 積もる話があるだろう幼馴染さん達をリビングに残して、私とヴィヴィオはザフィーラがいるという砂浜に行く事にした。びゅう、と冷たい風が身体を撫でていって、さっきまでコタツで蓄えた温もりを容赦なく奪い取っていく。

「さ、寒い……」

「もぉ。しょーがないなぁ、ななせは」

 私が身体を震わせると、隣を歩くヴィヴィオがなんだかそんなお姉さんぶって言うと、私の手をぎゅっと握ってくれた。そのまま砂浜に続く階段を二人で下りていくと、大人の男の人と10人くらいの子供達が格闘技の練習をしているのが見える。

 あれ、ザフィーラがいるって聞いたんだけど、あの大きな狼さんの姿がまったく見えない。ヴィヴィオと二人でキョロキョロしていると、その男の人が私達に気付いたのか、練習を中断してこちらに近付いてきた。

「久しぶりだな、お前達。そうか、高町やテスタロッサと一緒にお前達が訪ねて来ると主から伺っていたが、今日だったのか」

 いや、久しぶりって言われても……全然見覚えがないんですけど。目の前の男性は筋骨隆々で、まさに格闘家と言っても差し障りないくらいの体格をしていて、ただこうして立っているだけなのに強そうな雰囲気をそこかしこに振りまいている。

 ヴィヴィオに視線で『知ってる人?』って問いかけるけど、ヴィヴィオも知らないみたいで首をふるふると横に振った。うーん、声は聞き覚えあるんだけどなぁ。

「……どうかしたのか?」

 私達の様子に、男性は訝しげな表情を浮かべる。失礼なのは承知で再度男性を観察すると、耳の辺りに犬っぽい耳が左右についているのを発見。もしかして、とひとつの可能性が頭に思い浮かんで男性の背後に回ると、ふさふさの尻尾がズボンのお尻の辺りから生えていた。

「もしかして、ザフィーラ?」

「ええーっ!?」

 おそるおそる確認する為に口に出すと、ヴィヴィオが心底驚いた様に声をあげる。そんな私達の様子に何かを納得したのか、ザフィーラは鷹揚に頷いた。

「そう言えば、お前達にこの姿を見せるのは初めてだったのかもしれん。こういう姿にもなれる、程度に覚えていてもらえると助かる」

 いやいや、ザフィーラはそんな風に簡単に言うけど。私ってばこの人に無邪気に背中に載せてもらったり、首元に頬ずりしたり、ホッペ舐めてもらったりしたんだよ? そういう事を思い出すと、なんだか居たたまれない気持ちになる。なんていうか、ごめんなさいって謝らなきゃいけない気分というか。

 でもそうやって懊悩する私を傍目に、ヴィヴィオはあっさりとその事実を受け止めて『久しぶり~』なんてザフィーラに抱きついてる。なんだかその純真さを目の当たりにすると、私が酷く汚れた人間の様な気がして、ズーンってありもしない重さを感じてしまう。

 私がそんな風に、他人から見たら百面相ぐらいはしてたんだろうなぁっていう混乱から抜け出せたのは、ザフィーラにひょいっと抱きかかえられて肩車をされたから。しっかりつかまっている様に言われたその頭には、機動六課でお世話になっていた時に何度となく触った蒼銀の髪と見慣れた犬耳。なんだかそれだけで、この人がザフィーラだって確信できて、あの頃の安心感が身体中を満たしてくれた。

「あのね、ザフィーラ。これ、私とヴィヴィオで一緒に作ったの。ザフィーラには去年すごくお世話になったから、そのお礼に」

 さっきはやてさんに渡した紙袋から事前に取り出しておいた、ザフィーラの分のクッキーを顔の前に差し出す。急に渡したからちょっとだけビックリしたみたいだけど、ザフィーラは私とヴィヴィオに静かにお礼を言って、早速ひとつクッキーを取り出して食べてくれた。

「うまく作れている、礼を言おう」

 その一言で、今日来た甲斐があったなぁなんて思う私は現金なのかも。そんな事をしていると、練習を中断された子供達が興味深そうにこちらを見ていて、私はなんだか恥ずかしくなってザフィーラに地面に下ろしてもらった。

「紹介しよう、私が格闘技を教えている近所の子供達だ。お前達、この子達は私が以前共に過ごした友人だ。お互い仲良くしてほしい」

 ザフィーラのお弟子さん達が『よろしくおねがいしまーす』って挨拶をしてくれたので、私もヴィヴィオと一緒に頭を下げる。格闘技を教えてるって言ってたけど、どんな風な事をするんだろうって私とヴィヴィオが興味津々で見てると、分厚いミットを持ったザフィーラがニッと笑った。

「よかったら、お前達も一緒に練習するか?」

 そう言われた瞬間、私よりも先にヴィヴィオが『うんっ!』って大きく頷いた。コートを脱いで早速子供達の輪に加わるヴィヴィオに、私も寒いけどコートを脱いで後に続く。

 皆でワイワイ楽しかった練習は、なんだか新鮮ですごく身になった様に思えて。練習が終わった後に『また練習に来てもいい?』と聞いたら、ザフィーラも子供達も『また一緒にやろう』って言ってくれた。

 結構遠いから頻繁には来れないけど、また八神さんちを訪ねる時は必ず練習に参加する約束をして、私達は心地よい疲れと満足感を感じながら家路に着いたのでした。







[30522] 第30話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:3f68c0e5
Date: 2012/09/08 19:30


 はやてさんのおうちを訪問して、ザフィーラと再会したあの日からもう1ヵ月と少し。私とヴィヴィオは1年生の教育課程を問題なく修了し、2年生へと無事進級出来る事になった。

 終業式も1週間前に終わって、今はのんびりと春休みを満喫しています。コロナが毎日の様に遊びに来てくれてて、今日もお昼過ぎくらいに訪ねてきてくれたんだけど。

「あはは、ヴィヴィオ寝ちゃってるね」

 コロナが気持ちよさそうに眠っているヴィヴィオの顔を覗き込んで、クスクスと笑いながら言った。そんなコロナに、私も困った様に苦笑を浮かべて頷き返す。

 だってヴィヴィオが寝ちゃってるのって、私の膝の上なんだもん。アイナさんが作ってくれたお昼ご飯を皆で揃って食べて、リビングのソファに三人並んで座ってたんだけど、いつの間にやらヴィヴィオの頭は私のふとももの上にあって、あっという間に寝息を立てていた。でもまぁ、よくある事なんだけどね。もしかしたらヴィヴィオの中では、私の膝枕=睡眠みたいな条件反射が設定されちゃってるのかも。

「ごめん、コロナ。そこのカゴの中に入ってるブランケットを、ヴィヴィオに掛けてあげてもらっていい?」

 身動きが取れないのでコロナにお願いすると、コロナは素直にこくんと頷いて立ち上がってカゴから畳まれたブランケットを抱えた後、少し大きめのブランケットをヴィヴィオの身体の上に掛ける。

 肩が出ていたのでヴィヴィオの首元までブランケットを引き上げると、コロナがとすんと再び私の隣に腰を下ろした。なんだか寂しそうな表情に見えるのは気のせいかな、なんて思っていると不意にコロナが口を開いた。

「ヴィヴィオはいいな、ななせみたいなお姉ちゃんがいて」

 ぽつりと呟かれた言葉に、思わずまじまじとコロナの顔を見てしまう。ここは確かに書類上の誕生日は私の方が早いし家族ではあるけど、本当の姉妹じゃないよってツッコミを入れるべきなのか。それとも『コロナも妹になる?』とかボケるべきなのか。そんな事を頭で考えつつも、口から出てきたのは全然違う言葉だった。

「……何か悩み事?」

 私の言葉に少し俯きがちだったコロナの顔が持ち上げられて、『なんでわかったの?』とまるで書いてあるみたいなびっくり顔でこちらを見ていた。顔に書いてるよって冗談めかして言うと、ほっぺのあたりをペタペタとコロナは触る。

 ポツリポツリとコロナが話し始めたのは、別に一人っ子が寂しいとかそういう事じゃなかった。私とヴィヴィオは手前味噌だけど家族でもあり友達でもあり、強い繋がりがあって。私はコロナを大事な友達で親友だと思ってるんだけどコロナは、私達二人ともっと仲良くなりたいのに、ただの友達としての繋がりしかないのが頼りなく感じてもどかしいんだとか。一人だけ置いていかれそうな気がして、それを想像しただけで涙が出そうになる、とコロナは言った。

 うーん、友達間の絆の強さって一緒にいる時間に比例するとは限らないけど、でも長く付き合ってる友達が一生涯の友達になる事が多いんじゃないかな。我が家のなのはママとフェイトママみたいに。まだ友達付き合いを始めたばかりの私達が、時間に比例した自信を得るのはまだまだ先だと思うし。それに何より、友達付き合いを長く続けるのって結構難しかったりもするんだよね。前世で義娘を引き取って育て始めた時、周りから人がサーッていなくなったもんね。友達だと思ってた人も、あっという間に離れていった。ただ力を貸してくれた友達も少なからずいたから、絶望せずに済んだ訳だけど。

 それにコロナの場合は私達がどうこうというより、
自分に自信がない部分もその不安に結びついている要因になってる様な気がする。私にはなんでそんなに自分に自信が持てないのか、よくわからないんだけどね。コロナは勉強も出来るし人当たりもいいし、運動はそんなに飛びぬけて出来る訳じゃないけど、充分平均点は取れてると思うし。

 そんなコロナに例えば『ずっと友達だよ』って私やヴィヴィオが言ったところで、少しは不安を和らげる事はできるかもしれないけど、それは根本的な解決にはならないだろうし。他の友達にはない特別な何か、新しい絆を結ぶ事ができたら、コロナの不安も和らぐのかな。

「そう言えば、今度からヴィヴィオと一緒に知り合いの人にストライクアーツを本格的に習い始めるんだけど、もしよかったらコロナも一緒する?」

 新しい絆をどう結ぶのか、それを考えて一番最初に思い浮かんだ事を思わずそのまま口にする。と言っても、昨日なのはさんから話を聞かされたんだけどね。

 私が病院で寝てる間に解決しちゃった『スカリエッティ事件』で敵として戦ってた、ナンバーズって人達がいるんだけど。彼女達がついこの間更正プログラムを終えて、社会復帰するんだって。私達がストライクアーツを教わるのはノーヴェさんっていう元ナンバーズの人なんだけど、私達へのストライクアーツ指導は彼女の社会復帰の一環でもあるらしい。本人は指導者という立場が照れくさいらしくて『修行中同士、お互いを高めていけたら』って言ってるんだとか。

「どうかな、コロナ? 本格的にやっても、護身術やエクササイズ程度に軽くでもどっちでもいいと思うし。私もヴィヴィオも、コロナが一緒だったら楽しく頑張れそうかなって」

 私が背中を押す様に言うと、コロナはパァッと表情を明るくして大きく『一緒にする!』と参加表明をしてくれた。ストライクアーツ仲間っていう新しい関係が、コロナにとって不安を払拭できる特別な絆に育ってくれたらいいな。
















 そんな話をしていたらヴィヴィオもお昼寝から起きて、三人で一緒に一年生の復習と二年生の予習をしたりして時を過ごす。そういうしているとあっという間に昼下がりになって、そろそろ夕方と言っても差し障りない時間帯。

 せっかくだからとコロナを夕食に誘い、彼女のお母さんからも許しを得て。さぁ、今日の晩御飯はなんだろうなと冷蔵庫を覗き見る。うーん、どうやらこの材料だとなのはさんお得意のヴィヴィオの大好物、特製ハンバーグとかぼちゃのスープかな。

 さっき通信でなのはさんにはコロナも夕食を一緒する許可を得たし、これだけの材料があれば一人や二人増えたところで特に足りなくなるという事はないと思う。

 いつも通り、とは言っても私が勝手にやってる事なんだけど。少しでもなのはさんが帰ってきて手間が少なくなる様に、適当に下ごしらえを担当させてもらってる。茹でたかぼちゃを木ベラで裏ごししながら、意外とこの家のキッチンの調理用具は充実してるなぁなんて、ふと思う。裏ごし器なんて、なかなか普通の家庭には置いてないんじゃないかな。まぁ、その理由としてはザルとかでも代用できるから、特に専用に機器を買う必要性を感じない人も多いからだとは思うんだけど。

「ヴィヴィオは手伝わないの?」

「んー、ヴィヴィオはこうしてお料理してるななせのうしろ姿を見てるのが好きだから」

 コロナとヴィヴィオのそんな会話を聞きながら、かぼちゃの裏ごしを終わらせて、続いてハンバーグのタネを作り始める。いっそ料理を全部完成させちゃってもいいんだけど、なんだかなのはさんの母親としての領分を侵している様で申し訳ない気がして。

 そんな事を考えながら下ごしらえをしていると、不意に私の情報端末から着信音が流れ出した。フランの代わりにフェイトさんから渡されたものだったりするんだけど、簡単に言えば前世の世界でいう携帯電話みたいなもの、でいいのかな。

 エプロンのポケットから端末を取り出して耳に当てると、そこから聞こえてきたのはフェイトさんの声だった。

「もしもし、ななせ?」

 いつも通りの優しい響きをもつフェイトさんの声だったけど、ちょっとだけ元気がない気がした。

「うん、ななせです。どうしたの、フェイトママ?」

「あのね、夕飯一人分追加できるかな? マリーさんがね、フランを今日私のところに持ってきてくれたんだけど、直接ななせに現状を説明したいって言ってくれてて」

 その言葉を聞いて、なんだか背中にぞくりと嫌な予感めいたものが走った。なんだろう、詳しく調べるってマリーさんが言ってたのはフェイトさんを通じて聞いてたけど、何か悪いところが見つかったっていう事なのかな。

「……あ、うん。わかった、マリーさんの分も用意しておけばいいんだよね」

「申し訳ないけど、お願いします。今日は7時くらいには帰れそうだから、一緒にご飯食べようね」

「うん、楽しみにしてる!」

 フェイトさんとご飯を食べるのは終業式の日以来なので、嬉しくなって弾んだ声が出てしまった。なんだか自分が子供っぽく思えて、恥ずかしさにほっぺがちょっと熱くなる。

「フェイトママ、今日は一緒にゴハン食べられそう?」

 コロナと一緒にぼんやりテレビを見ていたヴィヴィオが、くるりとこちらを振り返った。コロナも同じように、身体をこちらに半分くらい振り向かせて、私を見ている。

「うん、マリーさんも一緒だって。フランの事で、直接私に説明したいんだとか」

「わ、やっと帰ってくるんだね、フラン。随分時間が掛かってたけど……」

 驚きとよかったねの気持ちが混ざり合ったコロナの声に、私にはとりあえずコクンと頷く。でも、わざわざとても忙しいマリーさんが状況説明に来てくれるという事は……。

「一筋縄じゃいかないんだろうなぁ……」

 無事私の元にフランが戻ってくるために、どんな難題が降って湧いてくるのか。それを考えると思わず小さくため息をついてしまった、まぁフランのためならなんだってやるつもりなんだけどね。

 下ごしらえが終わったのとほぼ同時に、玄関のチャイムがピンポーンと鳴らされる。それと同時にヴィヴィオがソファーから下りてタタッと玄関へと走り出す。本当ならチャイムなんて鳴らす必要がない人がドアの向こうにいるんだけど、ヴィヴィオが一番に御出迎えしたがってからは、こうして帰宅の度にチャイムを鳴らしてくれる。

 昨日も同じ光景を見たコロナと顔を見合わせ苦笑していると、ヴィヴィオを抱っこしたなのはさんがリビングに入ってくる。その後に続いてフェイトさんとマリーさん、どうやら帰宅時間がうまい具合に一緒になったみたい。

「ただいま、ななせ」

「こんばんは、ななせちゃん。んー、いつ見ても出会った頃のフェイトちゃんそっくり、かわいいなぁ」

 冗談めかしてそんな事を言うマリーさんが、ぎゅうっと私を抱きしめる。なんでもストレス解消になるのだとか、私もヴィヴィオを抱っこするとほんわかした気持ちになるから、なんとなく気持ちは解る。私を抱きしめるだけでマリーさんのストレス解消になるのなら、甘んじて抱っこしてもらいましょう。

 そんな事を考えていると、マリーさんも満足したのか私をその両腕から解放してくれた。フェイトさんにはおかえりなさい、マリーさんにはこんばんはを言うと、背後からなのはさんから声が掛かった。

「ななせ、今日も下ごしらえありがとうね。私がごはんを作ってる間に、フェイトちゃんとマリーさんからななせにお話があるらしいから、聞いててくれる?」

 エプロンを手早く身につけたなのはさんにそう言われて、私達はリビングのソファへと移動する。ヴィヴィオとコロナも一緒に着いてきて、L字のソファに私達子供三人とフェイトさん、斜め前にマリーさんに分かれて座った。どうでもいいけど、なんだか狭い。

「それじゃあ、早速なんだけど。今日こうしてお邪魔させてもらったのは、この間からお預かりしてたななせちゃんのデバイス『フランキスカ』について話があるからなの」

 言いながら空中に浮かぶコンソールを触ると、ひとつのウインドウが私達の前に広がった。続いてもうひとつ、ウインドウが開く。両方ともグラフなのか、6本の色とりどりの線がまるで蛇が進む様にウネウネと上下に曲線が描かれている。

「右側にあるのが、一番最初にフランを預かって簡易検査をした時のグラフね。青の線を見てもらいたいんだけど、3860から3990までの項目で小さく線が震えてるのはわかるかな?」

 言われてじっと目を凝らしてみるけど、震えてる部分なんて見ても全然わからなくて。マリーさんが該当部分を拡大してくれて、ようやく微妙な波打ちを確認できるくらいの小さな震えだった。よくこんなの見つけたなぁ、マリーさん。

「普通だったらスルーしてると思うんだけど、さっき言った範囲の項目ってデバイスコアに関わりがある部分だったから。だから今回こうやって預からせてもらって、詳しく検査させてもらったんだ。その結果のグラフがこれ」

 さっき開いていたもう一つのグラフが目の前で大きく表示される。さっきは拡大してもらわないと解らなかったグラフの乱れが、一目見ただけでわかる。まるでミミズがのた打ち回ったかの様な、暴れっぷりに見える。

「見てもらったらわかるんだけど、正常なデバイスではこんな風にメチャクチャなグラフにはならないの。フランは間違いなくデバイスコアに何らかの故障を抱えている、それから詳しく調べていくと……」

 続いて表示されたウインドウには、何かの機械をアップにした様な画像が表示されていて。

「この部分、見てもらえるかな?」

「……あっ!」

 マリーさんが言いながら赤い○を付けてくれた部分を見て、まず声を上げたのがヴィヴィオだった。それから数瞬遅れて私も、マリーさんが言いたい事がわかった。中にある小さな水晶の様なものに、ほんの小さなヒビが入っているのが見えたから。

「このクリスタルはデバイスの心臓部、変形機構やデバイスの処理命令系の要の部分なのね」

 話を詳しく聞いていくと、このクリスタルはさっきも聞かされた通りデバイスの心臓部の更に奥にある大事なところなので、通常は破損しない様な設計になってるんだそうな。私なんて全然素人だから、マリーさんの話を鵜呑みにするしかないんだけど。

 じゃあ何故小さな亀裂が入ってしまったのかと言うと、マリーさんの予測では私と一緒に時間を移動した事がひとつの要因だった可能性があるとの事。時間を移動した際に通常では考えられない力が掛かり、通常であればほぼ100%破損しない部分にヒビが入ってしまったのじゃないかと。

 そして、このヒビが原因でデバイスの強度が非常に脆くなってしまってるんだって。武器型デバイスであるフランにとっては致命的な事で、フェイトさんのバルディッシュと二度三度打ち合っただけで、ボロボロにヒビが入る映像が目の前に映し出されていた。

「あの、マリーさん。現在のフランの状況はわかりました。それで、そのコア……でしたっけ? それを交換したらフランの故障は直るんですか?」

 私としてはこれからもフランと一緒に魔法の練習をしていきたいし、相談相手としてもずっと一緒にいてほしい。ただ私がその質問をすると、マリーさんとフェイトさんが一様に視線を落とした。その様子に小首を傾げると、マリーさんが一瞬だけ躊躇う様子を見せてから、口を開いた。

「えっと、確かにななせちゃんが言う様にコアを交換するとフランが抱えている問題は解決するんだけど。コアの交換については、ひとつ問題があって」

「問題、ですか?」

「例えフランの蓄積データをバックアップしてコピーしたとしても、コアを交換したら別のデバイスになる。人間で言うと、脳を交換する様なものだもの。交換したら、これまでななせちゃんと一緒に過ごしてきたフランはいなくなる」

 フランが私の傍からいなくなる、そう言われてなんだかぽっかり心の中に穴が空く様な強い寂しさを感じた。この世界に来て右も左もわからなかった頃から、フランはずっと私の傍にいて相談に乗ってくれたり、励ましてくれたりしてくれた。

 年数で考えると2年弱だけど、私にとってはもっと長く感じていて、もうフランが一緒にいるのが当たり前になってた。この1ヵ月ちょっとの不在期間も不意にフランに話しかけたり、いつも首に掛かっていた部分に手を伸ばしてしまったり。

 コアを交換しても、私の傍にはいてくれる。でもそれは私と一緒に悩んでくれたりお話したり、一緒にヴィヴィオを守る為に戦ってくれたフランじゃなくて、まったく違うフランになるという事になる。それは嫌だ、と考えるより先に気持ちが先に出た。

 フランにとってはきっとデバイスとして、コアを交換して機能を全部使える様になる方が幸せなのかもしれない。でも、私は嫌だ。エゴだと言われようとなんだろうと、一緒にいたフランとこれからもずっと一緒にいて欲しい。思い出話をしてる時に『申し訳ありません、その時のデータは持ってますが記憶にはありません』みたいな事言われたら、多分私泣いちゃうもん。

 その旨を伝えると、マリーさんとフェイトさんはどこかホッとした様子で、そしてどこか困ったような表情を浮かべていた。

「マリーさん質問なんですけど、フランのこのヒビはこれ以上大きくなる事はないですか? あと、フランの斧モードが脆くなる以外のデバイスとしての機能は正常なんですよね?」

「う、うん。最初に言ったけど、デバイスコアの奥の部品には通常は壊れないように保護されてるから、これ以上は大きくならないと思うよ。あと、デバイスの機能についてはまったく問題ありません、私が保証します」

 マリーさんの言葉に、私はホッと安堵のため息をついた。それなら、全然問題ないよね。フランがフォローしてくれるなら、別の武器型のストレージデバイスと連携してもらって魔法戦をする事はできるし。武器を使わなくても、これからヴィヴィオとコロナと一緒に練習するストライクアーツで戦うのもアリかもしれないし。フランがフランのままでいてくれるなら、私はそれでいいと思う。

「マリーさん心配してくれてありがとうございました、フェイトママも。フランにとっては機能の一部を使えなくて不便かもしれないけど、現在のフランと一緒にこれからも過ごしていきたいと思います」

「ななせ、本当にそれでいい?」

 確認するように、それでいて心配そうに尋ねるフェイトさんに大きく頷いた。そんな私を見ていたマリーさんが、自分の鞄の中から小さな箱を取り出して、私に差し出した。それを両手で受取って蓋を開けると、中には金色の見慣れたデバイスが入っていた。

 箱から取り出して、頬にフランを押し当てる。その瞬間、キラッとフランの表面が光った様な気がした。

「……おかえり、フラン」

『The Ma'am which returned now.[ただいま戻りました、主]』

「ごめんね、私のわがままでフランには不自由させるかもしれないけど。それでも、一緒にいてくれる?」

『It is natural. If it is for my following with you, anything accepts. Therefore, please do not care.』
 [もちろんです。私はあなたと共に歩むためなら、どんな事でも受け入れます。だから、気になさらないでください]

 嬉しい事を言ってくれるフランをいつもの様に首に掛け。定位置である首元にネックレスの様にしてぶら下げる。ほんの1ヵ月ちょっといなかっただけなのに、なんだか随分長い間離れ離れになっていた様な気がした。空いていたパズルのピースがキレイにはまった様な充足感を感じながら、私は自分の事の様にフランの帰還を喜んでくれているヴィヴィオとコロナに、にっこりと笑いかけた。






[30522] 第30話裏
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:3f68c0e5
Date: 2012/09/08 20:24


「それじゃ、ヴィヴィオとななせが無事進級できた事と」

「この1年を無事に過ごせた事に」

 声を合わせて『乾杯』と小さく言いながら、なのはとフェイトはお互いのグラスをカチンと軽く合わせた。

 子供達は既に夢の中、サーチャーを飛ばして部屋の様子を確認すると、ヴィヴィオとななせは同じベッドの中に入って仲良く眠りについていた。ヴィヴィオ専用の抱き枕と化しているななせはちょっとだけ寝苦しそうだけど、そこは若いママ達には和みポイントだった様で、微笑ましそうな表情で二人の様子を空中に映っているウインドウを眺めている。

 兎にも角にも、なのはもフェイトも新米ママ一年目をなんとかやり遂げた事に、軽い解放感を覚えていた。まだまだ子供達との親子関係は長く続いていくけれど、最初の一年目で早速躓くのはゴメンだと気を張っていたのかもしれない。

 夜の帳が下りて周囲を静かな雰囲気が満たすキッチンで、なのはとフェイトは普段はあまり飲まないお酒と夕ご飯の余りのおかずで摘めそうなものを食卓に並べて、小さなお疲れ様会を開いているのだった。

「あ、そう言えば今日三者面談があったんだけどね。ヴィヴィオもななせも優等生で、先生達からの評判もいいって褒められたよ。でもヴィヴィオもななせもお互いに依存が強すぎるから、コロナ以外に特別に仲がいい友達がいないところを心配してくれてて。もしかしたら2年生は別々のクラスにするかもしれないって」

「……そっか。でも、家では二人一緒にいられるもんね。学校にいる時くらい他の子と仲良くしないと、確かに二人の見識とか考え方が狭い世界で固定化されてしまうかもしれないし、必要な事だと思う。あと、ごめんねなのは。学校行事ほとんど任せちゃって……」

「ううん、それは全然。フェイトちゃんは次元航行船への乗艦任務とか事件捜査とか裁判への出廷とか、色々忙しいもん。ななせはちょっと寂しいだろうけど、あの子は優しい子だから我慢してくれてるし。代わりに私が出席して話を聞けたんだから、それでいいんだよ」

 なのはは気にしなくて良いという風にそう言ったが、フェイトの表情は晴れない。そんなフェイトの様子になのはが『?』と小首を傾げた。

「なのははそう言ってくれるけど、この1年を振り返ってみると子供達の面倒はほとんどなのはが見てくれてるでしょ? アイナさんにもお世話を掛けっぱなしだし、それを考えると私って母親に向いてないんじゃないかって不安を感じるんだ」

 元々色々と気にするフェイトだが、きっとこの1年間ずっとこんな想いが心の底にあったのだろう。どんどんそれが降り積もっていって、お酒を飲んだ勢いで零れ落ちてしまったんじゃないかとなのはは思う。よく見ると、フェイトの頬はもううっすら朱に染まっていて、相変わらずのお酒への弱さに思わず苦笑が浮かんだ。

「フェイトちゃんは忙しい執務官をしながら、ちゃんと母親としてできる事をやってると思うよ。仕事の合間を縫って、ななせと通信で会話する時間も取ってるし。エリオとキャロもそこに参加してもらって、家族の絆をきちんと繋いでいるじゃない」

「なのは……」

「私がこうしてヴィヴィオとななせの母親然としてられるのは、やっぱり一応教官職に就いてて時間の自由がまだある方だからだと思うよ。きっとフェイトちゃんと同じ様に執務官だったら、二人にはもっと寂しい思いをさせてるだろうし。でもそれは私が母親として向いてる向いてないじゃなくて、状況が許さないんだから仕方ないって考えるかな。そしてきっと周りの皆に手伝って欲しいってお願いすると思う」

 なかなか他の人に頼るって言うのは難しい事なんだけどね、となのはは困ったように眉根をハの字にしながらそう言った。

「でも、だからこそフェイトちゃんはもっと私に頼ってくれていいんだよ。というか、そんな風に遠慮される方が悲しくなるかな。水くさいって思っちゃうよ」

 冗談めかしてなのはがそう言うと、フェイトは感極まった様に目端に涙を浮かべて『うんっ!』と頷いた。

「実はね、執務官の仕事をしばらくお休みしようかなって考えてたんだ。せめてななせが初等科を卒業するまで、できれば中等科卒業までね」

 突然のカミングアウトに、なのはは思わず『ブッ』とグラスに入ったお酒を噴出しかけた。それをぐっと我慢したせいで、ケホケホと小さく咳き込んでしまう。

「フェイトちゃん、それって内勤に異動願を出すつもりだったって事?」

「うん、給料が下がってもななせがカレッジを卒業できるくらいまでの蓄えもあるし。執務官への復帰が難しくても、他の部署で働く事もできるからね。執務官になろうと思った志望動機は私みたいな子供達、そして犯罪に巻き込まれて両親や家族を失った子供達を助けたいって思ったからだったけど。エリオやキャロ、ななせを始めとしてたくさんの子供達を助ける事ができたと思うし、ある程度私の望みは達成できたのかなって」

 本音はまだまだ満足できてないはずなのに、ある程度の達成感をにじませながらフェイトは言った。そんな親友の表情を、困ったように笑いながらなのはは見つめた。

「あのねぇ、フェイトちゃん。例えばの話だけど、フェイトちゃんがハラオウン家に引き取られたばっかりの頃に、フェイトちゃんとできるだけ一緒にいられる様にってリンディさんが提督業からすぐに身を引いてたとしたら、フェイトちゃんはどう思った?」

「? 多分、私のせいって思っちゃうかな。母さんに謝ったとしても、私のせいじゃないって優しく言われて。でもずっと心の中には罪悪感が……あっ」

 なのはのたとえ話に、フェイトはその状況を想像しながら答え始め、何かに気付いた様に声をあげた。

「気付いた? 多分、フェイトちゃんが執務官をしばらくお休みして内勤に移動したら、間違いなくななせは同じ事を考えると思うよ……もしかしたら、もっと大変な事になるかも」

「た、大変なこと?」

「ほら、六課にいた頃のななせって自立心が強かったじゃない。自分だけで大人に頼らず生きていく様にしたいって、はやてちゃんやザフィーラに話してたし。フェイトちゃんがななせと一緒にいるために執務官を一時的にでも辞めちゃったら、迷惑を掛けない様にって家を出て管理局の訓練校の寮に入ったりしそう」

 自分でもかなり的を射ている想像だなと思いつつ、なのははフェイトに言った。元々フェイトが自分を責める性格だという事は長い付き合いでわかっているし、色々相談を受けたりもしているからフェイトの考え方というのはおおよそなのはは把握している。そんななのはから見ると、ななせとフェイトは非常によく似た性格をしている様に思えるのだ。

 おそらく、ななせもこの1年で学校生活やヴィヴィオとコロナという親友(ヴィヴィオはななせ本人からしたら手のかかる妹なのかもしれないが)も出来て、段々居場所ができ始めてているからそこまで思い切った行動は取らないだろうとは思うのだが、一方でまだ油断はできないとなのはは考えていた。

 そんななのはの考えを余所に、フェイトは自分の行動がななせが離れていく原因になりそうだった事に青褪め、アルコールの効果も手伝って盛大に落ち込んだ。『母親失格だ、なんて自分勝手な事を考えていたんだろう』と嘆くフェイトを、なのはは苦笑を浮かべながら必死に慰める。

 そうしていると、いつの間にかアルコールが許容量を超えたのか机に突っ伏した眠り始めたフェイトを、なのははやれやれと言った表情で揺り起こそうとする。ほんの少しだけ意識を浮上させたフェイトに立つ様に促して、肩を貸して自分達への寝室へと連れて行く。フェイトをベッドに寝かして酒宴の片付けに向かおう思ったのに、急にフェイトが首に両手を回してきて一緒にベッドにぼすんと二人で倒れこんでしまった。

 気持ちよさそうになのはを抱き寄せたまま眠りに就いてしまったフェイトに、なのはは小さくため息をつく。ぎゅうっとしがみつく様にして眠っている親友を無理やり引き剥がすのも忍びないと、なのはは片付けを明日の早朝に先送りして、自分も襲ってきた眠気に身を任せる様に目を閉じる。

 心の中で『これからもよろしくね、フェイトちゃん』と大切な家族でもありかけがえのない相棒でもある親友に向けて呟いて、なのはは眠りに落ちたのだった。







[30522] 第31話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:2bd0872d
Date: 2013/04/23 03:01


 フランのヒビ問題とか、海鳴への里帰りとか。色々あった春休みが終わって、私達は2年生に進級して新しい生活を送ってます。

 残念ながらヴィヴィオとは別々のクラスになっちゃって、初日なんて涙ぐみながら私にしがみついて離れないヴィヴィオをコロナと一緒に説得するのに一苦労でした。コロナとヴィヴィオが一緒のクラスで、私だけ離れちゃったんだよね。

 大きな目をうるうるとさせながらしがみつくヴィヴィオは可愛いけど、きっとこんな風に私に依存してるヴィヴィオの状態を危惧して、先生達は私達のクラスを別れさせたのかもしれない。それはわかるんだけど、でも機動六課時代のヴィヴィオの人見知り具合を知ってる私としては、いきなりクラスを離すっていうのはちょっと荒療治かなぁとも思ったりもする。

 でも違うクラスになっちゃったものは仕方ない、幸いにして私達の学年は2クラスしかないんだから。お昼は一緒にお弁当を食べようね、と約束してその場をなんとか宥める事に成功した。

 そんな感じでコロナにヴィヴィオのフォローを任せつつ、違うクラスで生活するのにお互いに慣れ始めて1ヵ月。ヴィヴィオも新しいクラスに慣れたみたいで安心しつつ、私もクラスに溶け込む事ができた。1年生の時のクラスメイトがちらほらいた事で心強さを感じた事もあったんだけど、溶け込めた一番の要因は新しい親しい友達ができた事だと思う。

 新学期初日の席替えで私の前の席になったリオ・ウェズリーちゃんと、私の隣の席のアーデルハイト・ケンプフェルトちゃん。リオが紫がかった髪をショートカットにした元気っ子で、既に私達の中では場を明るくするムードメーカーって立ち位置になってる。

 そしてもう一人のアーデルハイト――ハイディはベルカに古くから伝わっている良家のお嬢様。だけどそれはあくまで家の権威であって、自身は特別でもなんでもないから普通に接して欲しいんだって。長い銀髪がキラキラで普段の性格はおっとりなんだけど、剣を持つと突然好戦的になる不思議ちゃんでもあったりする。

 最初にハイディに愛称で呼んで欲しいって頼まれた時、アーデルハイトのどこをどういじったらハイディになるのかなぁと不思議に思ったんだけど、ベルカではそういう慣例なんだって。そう言えばアルプスの少女ハイジも、確か本名がアーデルハイドだったような。些細な違いはあるけど、意外とベルカ語って詳細なところまでドイツ語に似てるのかもしれないね……あれ? アルプスの少女ハイジってドイツのお話だったよね?

 ま、まぁそれはともかく。そんな二人と仲良し三人グループを組むからには、我が家のお嬢様とも仲良くしてもらわなきゃいけないという事で、早速友達になった初日のお昼休みにヴィヴィオとコロナの二人に引き合わせてみた。

 そこで明らかになったのは、ハイディのご先祖様が古代ベルカで聖王家に仕えていた事。びっくりしたよ、突然ヴィヴィオの瞳の色をハイディが凝視してたかと思うと、膝をついてまるで御伽噺の騎士さんみたいに跪くんだもん。慌てた私と恥ずかしがるヴィヴィオでなんとかハイディを立たせて、皆でお弁当を食べながらハイディの家に代々伝わる口伝を聞かせてもらった。

 それによると、どうやらヴィヴィオの複製母体であるオリヴィエ様じゃなくて、もう何代か前の聖王様にハイディの家は仕えていたそうな。あくまで簡単に語ってくれたハイディの言葉を借りると『再び聖王様に出会った際は、今度こそその御身を命を掛けて守る様に』という決まりを、子供の頃からずっと聞かされて育ってきた為に、反射的に聖王の証である紅と翠の虹彩異色を見た瞬間に膝をついてしまったんだとか。

「もぉ、聖王扱い禁止! それにヴィヴィオは普通の初等科二年生です、他の人にそんな風に敬われる様な立派な人間じゃないんだから!」

 春休みに出所してきたナンバーズの人達と会った時に、ディードさんとオットーさんにたっぷり聖王扱いされたのが結構トラウマになってるみたいで、ヴィヴィオがうがーってキレちゃったんだよね。でもそれが功を奏したのか、ハイディが『なるべく頑張ってヴィヴィオの事を対等の友達として見るようにする』っていう宣言と気分を害したお詫びをヴィヴィオにちゃんと伝えた後、ヴィヴィオもそういう事ならと仲直りの握手。

 多分だけど、自分を通してずっと家柄を見られてきたハイディにとっては、ヴィヴィオの苛立ちは共感できるものだったんだろうなぁなんて、私はそういう風に勝手な理解をしてみたり。

 学校での生活は新しい友達が増えてすごく順調で、プライベートでもようやくヴィヴィオの念願叶ってストライクアーツを本格的に始められたんだよね。それもこれも、さっきも話したナンバーズの中の一人であるノーヴェさんのおかげ。

 更正プログラムを終えて新しく生活を始めたナンバーズは、二手に分かれて新生活を始めたんだって。ひとつは聖王教会、もうひとつはスバルさんのお父さんのナカジマ三佐にそれぞれ引き取られたんだとか。

 さっき名前を出したノーヴェさんは、ナカジマさんちに引き取られたから、スバルさんやギンガさんの妹さんという事になる。スバルさんとノーヴェさんは顔も声もそっくりだから、前々からの家族だって言われても思わず納得するくらい。他の皆さんも血の繋がりなんかどうでもいいって見てる人に思わせるくらいすごく仲良しなんだよね。傍から見てる私達にもあったかい家族だなぁって伝わってくる。

 そんなノーヴェさんだけど、練習の時は本当に厳しい。私とヴィヴィオとコロナの三人で習ってるんだけど、練習が終わった時には三人ともクタクタで床にペタンとヘタってしまうくらい。でも親身に教えてくれるからどんどん色んな事が出来る様になって、元々体育会系じゃない私でも練習を頑張れちゃうんだよね。ヴィヴィオもコロナも同じみたいで、これならずっと続けられそうと喜んでいた。

 最近の私達はそんな感じで、平和な時を過ごしてたんだよね……この日までは。












「ななせ、あれフェイトママのクルマだよね?」

 放課後ヴィヴィオと本局に行く為に下校しようとすると、校門のところに見慣れたスポーツタイプの車が止まっていた。あれ、フェイトさんは3日前からまた艦に乗って航海に出たはずなんだけど。

 ヴィヴィオと手を繋いで駆け寄ると、運転席から金糸の様な髪を靡かせながらまごう事無きフェイトさんが外に出てきた。執務官の制服を着てるからやっぱりお仕事モード、という事は仕事中にここに来たっていう事になるけど、もしかして急用なのかも。

「どうしたの、フェイトママ。何かあった?」

 私がそう問いかけると、表情に不安感が出てたのかフェイトさんはちょっとだけ困った様な苦笑を浮かべた。あー、これは多分何かあったんだろうなぁ。基本嘘がつけない人だもん、フェイトさん。

 詳しい話は車の中でって言われて、私とヴィヴィオは後部座席に乗り込む。フェイトさんは運転席に座ってエンジンを掛けると、ゆるゆると車を発進させた。

「フェイトママ。ヴィヴィオ達、無限図書でなのはママと待ち合わせなんだけど……」

「うん、大丈夫。私の行き先も本局なんだ。で、ヴィヴィオ……悪いけど、本局に着いたら一人で無限図書に行っててもらってもいいかな。フェイトママ、ちょっとななせと大事なお話があるの」

 私の隣でヴィヴィオが不安に息を呑んだ音が聞こえた。本当なら私の方がそうならなきゃいけないんだろうけど、ヴィヴィオが先にそんなリアクションを起こしてくれたから、想像よりも少しだけ冷静でいられた。

「ヴィヴィオは一緒に行っちゃダメ……?」

「ごめんね、まだ関係者以外には話せないお話みたいなんだ。私もまだ概要しか聞いてなくて、局としてななせに依頼したい事があるんだって」

 『いいかな、ななせ?』とバックミラー越しに問いかけられて、こくんと頷いた。一体何を頼まれるのかっていう不安はあるけど、管理局はフェイトさんの勤め先だもんね。私で役に立てる事があるなら、出来る限り引き受けようとは思う。断っちゃったら、フェイトさんの立場が悪くなっちゃうかもしれないし。

「もちろん、ななせは話を聞いてイヤだったら断ってくれていいんだからね。ななせがどうしたいのか、で考えて。私はななせの決断を全力で応援するから」

 私の気持ちが表情に出てたのか、フェイトさんがくるりと後ろを振り返って熱っぽくそう言ってくれた。いや、気持ちはすごく嬉しいしあったかい気持ちになるけど、危ないから前向いてください。お願いですから!

 必死にフェイトさんを前に向かせてホッと一息。すると今度は不安そうな表情でヴィヴィオが身を寄せてきて、繋いだままの手をぎゅうっと力を込めて握ってくる。

「ななせ、おうちに帰ったらどんな話だったのか教えてくれる?」

「うん。管理局の人が話してもいいよって言ってくれたら、ちゃんと話すから。約束する」

 私がそう言うと、ヴィヴィオは少しだけ笑顔を浮かべてこくんと頷いてくれた。ヴィヴィオには、秘密を作りたくないもんね。でもヴィヴィオももう少し大きくなったら、なんでもかんでも全部話してくれなくなるんだろうなぁ。思春期っていうのはそういうものなんだけど、それを想像するとちょっと寂しくなる。

 そんな事を考えていたら、ヴィヴィオが『ん?』と言いたげにこてんと小首を傾げた。さっきのフェイトさんの反応といい、ヴィヴィオのこのリアクションといい、私ってもしかしなくても考えてる事が顔に出やすいのかな? だとしたら、なるべくポーカーフェイスになれるように練習しなきゃ。ただでさえ、ぼんやり色んな事を考えてる事が多いしね、時々無意識に考え込んでる事もあるんだから。

 その後は三人で雑談をしながら車に揺られる事しばし、車は渋滞に捕まる事もなく管理局の地上本部に到着した。車を降りて地上本部の中に入ると、さっさと転送ポートへと移動する。私とヴィヴィオはなのはさんとフェイトさんがそれぞれ通行パスを申請してくれてるから、結構自由にこのポートを使う事ができる。ただ行き先は本局にだけしか行けないんだけどね。

 あ、そうだ。私とヴィヴィオは無限図書の司書試験に無事に合格したので、もしなのはさんとフェイトさんの通行パスがなくても、司書資格が付与されているIDと声の認識で転送ポートを利用できるようになったんだった。もちろん許可されている行き先は本局に限定されてるんだけどね。

 本局までは本当にあっという間。まずはヴィヴィオを無限図書まで送っていって、それから私とフェイトさんは改めて目的地へと向かった。とは言っても、私はどこで誰と会うのかもわからないから、フェイトさんに手を繋がれて誘導してもらっていただけだったり。

 10分程歩いて、フェイトさんはとある部屋のスライドドアの前で立ち止まった。そしてそのままドアをノックするのかと思いきや、フェイトさんは膝を折って私の前にしゃがみこむ様にして視線を合わせてきた。

「ななせ。さっきも言ったけど、私の事は気にしなくていいから。ななせがどうしたいのかを一番大事にしてね、ななせが何を選んでも私はななせの味方だから」

 真剣なフェイトさんの表情を見て、一体どんな事を頼まれるんだろうと一段と不安になりながらもこくりと頷く。まぁあれこれ想像を膨らませてても仕方がないもんね、正解を当てるにはちょっとヒントが少なすぎるし。

 ドアの向こうにいるであろう依頼者さんから話を聞かない事には始まらないとばかりに、私はドアに視線を向けた。フェイトさんもそれを見て立ち上がると、くるりとドアの方に向き直った。

「フェイト・T・ハラオウン執務官です、入室してもよろしいでしょうか」

 ドアをノックした後にフェイトさんがそう名乗ると、プシューと音を立ててドアが開く。フェイトさんに手を引かれて中に入ると、見知った人がいきなり視界に入ってびっくりする。にこやかに微笑みながら手をヒラヒラと振るリンディさんと、前にリンディさんと通信してる時に挨拶したリンディさんのお友達のレティさん。そしてその隣にフェイトさんと同い年くらいの、紺色の本局制服に身を包んだ女の人がソファーに座っていた。

「フェイトさん、ご足労頂いてありがとうございます。どうぞこちらへ」

「うん、ありがとうエリナ」

 既知の関係なのか、エリナさん(?)に勧められた席へとフェイトさん+私はとてとてと向かう。ソファーに腰掛けようと思った瞬間、テーブルを挟んだ向こう側からにゅっと手が伸びてきた。ちょっとだけびっくして手の持ち主を視線で辿ると、そこにはニコニコと笑顔のエリナさん。あ、そっか。ビジネスとかで取引先の人と会う時って席に座る前に外国では握手、日本では名刺交換するって聞いた事があるような。正直ちゃんとした企業とかで働いた経験がゼロだから、そういうビジネスマナーとかに疎いんだよね。そういう事もちゃんと覚えていかなきゃ。

 おずおずとその手に自分の手を重ねて、ぎゅって握る。もちろん子供と大人の手だから、どうやっても私の手がエリナさんの手に包まれちゃうみたいな形にはなるんだけど。

「はじめまして、ななせちゃん。エリナ・アウトランダーです、よろしくね」

 にぎにぎ、と何度か優しく手を握られてゆっくりとエリナさんの手が離れる。視線でどうぞと促されるまま、ソファに腰掛けた。高目のソファーだったから、ちょっとだけフェイトさんに抱えてもらわなきゃだったけど。

「ごめんなさいね、ななせ。学校帰りに来てもらっちゃって」

「フェイトさんもね。航行任務中に呼び戻してしまって申し訳なく思っているわ」

 リンディさんとレティさんが、私とフェイトさんにそれぞれお詫びの言葉を掛けてくる。私は別にこの後はヴィヴィオと一緒に無限図書でなのはさんとの待ち合わせまで時間を潰すだけだったからよかったんだけど、フェイトさんはそうもいかないよね。お仕事中だったんだもの、あとで艦の上司の人とかにイヤミとか言われなければいいけど。

「ふふ、大丈夫よななせ。私とレティでフェイトの上司である提督殿には、ちゃんと事情は説明してあるわ。それはもう、快くフェイトの一時不在を認めてくれたわよね、レティ?」

「……あれが快くに見えるなら、一度眼科へ行った方がいいと思うわ」

 何かを含んだ様な物言いに、私は『?』を浮かべる様に小首を傾げる。いつも優しいリンディさんが、一瞬すごーく黒い笑みを浮かべた様な気がするのは気のせい?

「コホン、それはともかく。そろそろ本題に入らせてもらってもいいでしょうか?」

 少しだけ大きく咳払いの音を響かせ、エリナさんは手に持っていた資料をバサリと机の上に置いた。そこから二枚の紙を抜き出して、私とフェイトさんの前にそれぞれ並べる。それにしても、紙媒体なんて珍しい。基本的にこちらの世界ではデータを空中にウィンドウで表示させたり、仮想キーボードで文字や数字を入力したりで、紙はほとんど使用しない。あるとすれば本かな、比較的古代の魔導書なんかは紙で遺されてる。ただし、あれは普通の紙じゃなくて魔法が掛かってるものなんだけど。

 そのプリントを手に取って最初に書かれたタイトルを見て、私はさらに首を捻る事になった。『魔法少女リリカルなのは』ってなんじゃこりゃ?

 そんな私の様子を見ていたフェイトさんが苦笑し、リンディさんやレティさんも『わかるわかる』となにやら私のリアクションに同意してくれていた。きっと三人とも、最初にこのタイトルを見た時に私と同じ様に首を捻ったんだろうね。

「もう回りくどいのは面倒なので、単刀直入にお願いするね。ななせちゃん、貴女に映画への出演を依頼したいんだけど、どうかな?」

 顔の前で手をパンと合わせて『お願いっ』と日本っぽいアクションでそう告げたエリナさんの突拍子もない言葉に、私の頭は真っ白になってしまった。復帰するまでしばらく時間が掛かったのは言うまでもない。






[30522] 第32話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:88cb289a
Date: 2013/04/23 03:01
 どれくらい呆然としていたのか、目の前でヒラヒラと振られる手の影で私はハッと意識を戻す事ができた。あぶないあぶない、意識がどこかにいっちゃってたよ。

 目の前には苦笑を浮かべるエリナさん。どれくらいお待たせしてしまったのかわからないけど、時間を取らせてしまって申し訳なく思う。慌てて居住まいを正すと、エリナさんも乗り出していた身体を引いて、椅子に座りなおした。

「ごめんごめん、いきなり過ぎたかな。ちゃんと順を追って話していったほうがいいよね」

 エリナさんはそう言うと、事のあらましを話し始めた。だっていきなり映画とか言われたら、誰だってびっくりするよね? 思わず固まっちゃうのは、私だけじゃないと思いたい。

 何はともあれ、エリナさんが語ってくれた内容はなんというかこんな感じのお話だった。

 私とヴィヴィオがお世話になっていた機動六課が解決した『JS事件』において、ミッドチルダの地上の平和を担う絶対的守護者と信じられていたレジアス・ゲイズ中将が、首謀者のジェイル・スカリエッティと繋がっていた事が市民の皆さんに報道された事から始まったんだって。

 これまでの信頼が大きかったが為に、管理局地上本部とその大元である本局への不信感に繋がって。身近なところだと交通課の取り締まりに協力してもらえなかったり、次元犯罪の捜査に市民が協力しなくなるという事態を引き起こしたそうな。

 前世の日本で例えると、警視総監がテロ組織と繋がっていた様なものだもんね。そりゃあマスコミとか市民団体も抗議活動を起こしたりもするよね。実際にミッドでもそういう動きはある様で、私もたまにニュースとかでそういう話を聞いていてはいたんだけど、あんまり実感なかったんだよね。

 そんな状況に、管理局も手を拱いて見ていた訳じゃなくて。信頼失墜についてのお詫びとか再発防止に努めたりとかはもちろん、市民の信頼を取り戻すべく触れ合いイベントなんかを各地・各管理世界で行ってはいたそうなんだけど、残念ながら効果はいまひとつ。

 何かアイデアはないものかと管理局広報部が主体となって知恵を搾り出していたところ、一人の局員が応募したアイデアがエリナさんの目に止まった。

「最初に見た時はびっくりしたんだけどね、まさかなのはさんとフェイトさんの映画を撮ったらどうかなんて。あまりに突拍子もないじゃない?」

 そう苦笑しながら言うのは、もちろんエリナさん。アイデアを出したのは、本局武装隊に所属する女性空戦魔導師さんなんだとか。なのはさんを崇拝の域まで尊敬してるそうで、休暇を取って憧れの地球へ旅行の為に渡航したところ、なんとなのはさんとフェイトさんの出会いを描いたマンガとアニメがあったんだって。どうせならそれを実写にしてド派手な映画を撮ったらどうかと彼女は考えたらしい。

 私がフェイトさんに『そんなのがあるって知ってたの?』と視線で問いかけると、フェイトさんは朗らかに笑って『今回の事で教えてもらうまでは知らなかったよ』と答えてくれた。その作者の人はどうやってなのはさんとフェイトさんの事を知ったのだろうか。マンガの内容を確認したフェイトさん曰く、内容も実際にあった事を事細かにほぼそのまま描写してるそうだし。

 その疑問に答えてくれたのは、意外や意外レティさんだった。

「原作者は女性なのだけど、小学生の頃なのはさん達が生まれ育った……なんていったかしら、海鳴?に住んでいた事があったそうよ。その頃夢で見た事をノートに書き溜めてて、それを高校生の時にマンガにしてデビューしたと言っていたわね」

「その方も魔力素養があったんでしょうね。感じ取った魔力の持ち主の行動を夢に見るレアスキルを持っている、といったところでしょう。なのはさんといいはやてさんといい、あの土地には魔力的な何かがあるのかしらね」

 レティさんの説明に、ため息をつきながらそう自らの予測を絡めた補足をしてくれるリンディさん。そう言えば私がリニスさんに転送された後、飛ばされたのも海鳴だもんね。本当に何かそういうパワースポット的な何かがあるのかも。ってあれ、なんでレティさんはそのマンガ家さんの事をそんなに詳しく把握してるんだろう。

「ああ、不思議に思うわよね。レティはね、映画制作会社の代表を装って版権元と交渉したり打ち合わせしたりしてくれてるの。今回の映画製作には管理局も巨費を投じるのだから、どうせならちゃんと段階を踏んで少しでも出費を抑えようということでね」

 表情に浮かんでいたのか、私の疑問を読み取って説明してくれるリンディさん。管理局だけで映画を作るよりも原作者さん達も巻き込めばスポンサー企業からお金を集められたり、地球での興行収入も少しは入ってくるだろうし節約できるって事なのかな。

 なのはさん達の戦闘記録を適当に編集して見せたそうで、先方の食いつき具合は相当だったそうな。ただそのせいでなのはさんとフェイトさんによく似た役者を揃えなければならなくなったらしく、そこで私に白羽の矢が立ったんだって。

「それでどうかな? 私達としては是非ななせちゃんにフェイトさん役をお願いしたいんだけど」

 再度エリナさんに尋ねられて、私はフッと視線を伏せた。というか、フェイトさんはいいのかな。私もフェイトさんに話を聞いただけだから、あんまり実感はないんだけど。アリシアさんののクローンとして人工的に生まれて、生みの母からは冷遇されて育った事をこんな風に大勢の人が目にする媒体で暴露されるのは辛い事だと思うんだけど。

 私が視線をフェイトさんに向けると、フェイトさんはまるで私の考えを読み取った様に微笑みながら頷いた。

「私の事は気にしなくてもいいよ。この話を聞いた時は確かに少し躊躇したけど……でもそれは私がどうこうじゃなくて、映画によってななせに好奇の目が向くんじゃないかって心配になって。ななせは大丈夫だと思うけど、イジメとかもあるでしょ? それに母さんの事も、ね」

「フェイトママ……」

 フェイトさんの言葉を聴いて、私はなんだか胸がいっぱいになって目頭が熱くなるのを感じた。だってその言葉には、フェイトさんの優しさと思いやりがたくさん詰まっていたから。私の事が心配で堪らないけど、それでも最終的には私の意志を尊重してくれるって事だもん。

 フェイトさんが言っている母さんとはリンディさんの事じゃなくて、あのキチ○イおばさん……もといプレシア・テスタロッサの事だと思う。写真とか記録映像を見ても背筋が寒くなる程度で済むけど、実際に似てる人が近くにいたら錯乱するかもしれない程度には彼女の事はトラウマになってる。それくらいあの狂気はすさまじかったと思う。

 もし映画に参加するとしても、イジメについてはそれほど心配してないんだよね。だって他のクラスメイトとかとは結構広く浅くの付き合いだし。ヴィヴィオをはじめとした大事な友達が傍にいてくれたら、別にその他大勢に何を言われようとも全然気にならない。

 そう考えると、やっぱり心配なのはフェイトさんの方なんだよね。執務官として立場のある人だし、蔑まれたり罵声を浴びたりしないかなぁと不安になる。でもフェイトさんが決めた事だし、でもでも心配だしとぐるぐるしていると、苦笑しながらエリナさんが助け舟を出してくれた。

「ななせちゃん、心配しなくても大丈夫だよ。私も今回の映画製作の立場上詳しい事情を教えてもらったけど、映画のお話はあくまで高町なのは教導官とフェイト・T・ハラオウン執務官をモデルにしたフィクションという事を強く広報していくから。地球での上映は元々マンガとアニメの実写映画化なんだから、気にしなくてもいいし」

「それはつまり、フェイトママの事情を管理局として公表するつもりはないっていう事ですか?」

「そういうこと、映画の内容はあくまでフィクション。これが管理局の共通認識であり、徹底する事を約束します」

 エリナさんはいたずらっぽく笑うと、そう力強く約束してくれた。その隣を見るとリンディさんとレティさんが同じように頷いてくれる。どうやら大好きなフェイトさんに不当に迷惑がかかる事はなさそうで、私はホッとして息を吐いた。

 じゃあそういうマイナスな事を抜きにして考えるとして、私はどうしたいんだろう。私がフェイトさんの役を演じるのを断ったら、当然他の人がフェイトさん役として演技するんだよね……それはちょっと、ううんかなりイヤかな。

「あの、もし参加するとして、私みたいな素人でも大丈夫なんですか? もちろん、演技もできるように努力したいと思ってますけど」

 結局自分自身がちょっとやってみたいと思っている事を認めて、その上で開き直ってマイナスの部分について質問してみることにした。それが意外にエリナさんやレティさんには好感に思えたのか、エリナさんはニコニコ笑顔で、レティさんは柔らかく微笑みながら教えてくれた。

 まず演技について。ちゃんと現在役者として活動している人を先生として招いて、みっちり演技指導してくれるんだって。それもミッドチルダの先生じゃなくて、地球の役者さんなんだとか。その理由として、地球の演技よりもミッドチルダの演技の方が大仰で演技臭くなるんだって。だからあんまりミッドチルダではドラマとか人気ないんだよね、映画はなんだかんだで生き残ってるみたいなんだけど。

 ただ当然地球人をこちらの世界にいたずらに連れてくる事もできないし、映画の舞台は地球なので私達も地球にしばらく居を構えないといけないんだとか。『えーと、私まだ初等科二年生の学生なんですけど』と聞くと、エリナさんが自慢げな表情でにんまりと笑った。

 なんとエリナさん、私が仮に映画製作に参加する仮定の話として、St.ヒルデ魔法学院に話を持っていっていたそうな。学院側の返事は意外な事に色良かったとの事で、職員会議の結果課外授業として単位を与えてもいいと返事が返ってきたんだって。

 ただもちろん学習については遅れない様に、管理局側で家庭教師をつけてしっかりと監督する事という第一条件はつけられたそうで、管理局側もそれはもちろん実行すると力強い返事をしてくれたらしい。

 学校の事もOK、演技についてもOKということになると、一番大事な心残りがひとつ。それはもちろん、私の大事な家族であるヴィヴィオの事。クラスが別れてだんだんヴィヴィオも私がいない学校での生活に慣れてきたみたい。でもその分家に帰るとべったりだから、本当にこれでいいのかって最近ずっと考えてた。私もヴィヴィオも、お互いに依存しているんじゃないかなって。この映画製作に拘束される時間は、だいたい1年間くらいとの事。敢えて離れて別々の時間を過ごす事で、きっとお互い成長した新しくて強い絆をまた改めて結べるかもしれない……これはあくまで私の希望的観測だけど。

「フェイトママ……ヴィヴィオの説得、手伝ってくれる?」

 私がそっとそう問いかけると、フェイトママは少しだけ驚いた表情をして。でもその後嬉しそうに顔を綻ばせて『もちろん』と頷いてくれた。きっとなのはさんも味方になってくれると思うけど、ちゃんとヴィヴィオが納得してくれるまでしっかりと話そう。それが自分勝手にヴィヴィオを置いていく私の責任だと思うから。

 大きく息を吸って、しっかりと目の前の三人を見て頭をぺこりと下げた。

「お話を聞いて、是非参加してみたいと思ってます。でも参加を正式に決める前に、ちゃんと話をしておきたい子がいます。だからその子を説得できたら、仲間に入れてもらってもいいですか?」

 そんな私の言葉への返事は、歓喜の声を上げるエリナさんのタックルみたいな抱擁だった。二人でよろけながらもなんとか踏ん張って転ばずに済んだ途端、エリナさんにぎゅうっと抱きしめられる。その抱っこの暖かさが、私の判断を正しかったと背中を押してくれている様な、そんな気がした。











 その後、正式に参加した後の報酬の話を聞いたんだけど、ちょっとびっくりした。だって地球での生活費も出してもらえるのに、それに加えて毎月お給料までもらえるんだよ? なんでも准尉っていう階級に相当する権限も付与されるんだとか。これは映画を撮るだけじゃなくて、その後もイベントとかに参加したりして長期的なお仕事になる可能性も踏まえた判断なんだって。私にはよくわからないけど、エリオくんとかキャロちゃんよりも高い階級なんだって。もちろん通常よりも権限は制限されてるらしいんだけど、いいのかなぁ……私みたいな小娘にそんな階級与えちゃって。

 あと映画には本物のデバイスも使うらしく、現在管理局の技術の粋と長年蓄積されたバルディッシュのデータを活かしたバルディッシュ・セカンド(仮)を製作中なんだって。契約金代わりにそのセカンド(仮)をくれるんだとか……もちろん遠慮したけど、管理局としての打算と青田買いの先行投資だから受け取ってもらえないと困るって説得されちゃった。多分もしこの映画が好評で次回作を作る時にセカンド(仮)を持ってる私の参加は義務になるし、映画で空戦とか魔法戦をするから戦闘訓練もするらしくて、鍛えて管理局員になってもらえたらなぁって考えているんだとか。将来の選択肢が増える事については大歓迎だし、まぁいっか。フェイトさんとお揃いっていうところにも惹かれるし、フランにも弟が出来る事になるしね。参加する際にはありがたく戴いちゃおう。

「それじゃ、ななせちゃん。説得が終わったら連絡もらえるかな、連絡先送っておくね。お三方も今日はお忙しいところ、ありがとうございました」

 エリナさんが大人な顔をして、レティさんやリンディさん、フェイトさんに頭を下げる。そんな様子を見ながら、ふと疑問が浮かんできた。エリナさんは広報部で映画製作に中心的に関わっていて、レティさんは偽映画製作会社の代表も引き受けてるくらいだからおそらく管理局の各部署をまとめたりしてるんじゃないかな。あれ、そう言えばリンディさんはどんな事してるんだろう。

 素直にその疑問をぶつけると、リンディさんは特に気を悪くした風もなく答えてくれた。

「フェイトがいるから心配はしていなかったけど、ななせの意思を無視して話が進められない様に見張りにきたのよ。レティはたまに実利優先で話を進めようとするから」

「あら、失礼ね。貴女の身内にそんな事しないくらいには分別あるわよ、私」

 含み笑いしながらじゃれ合う様に言うリンディさんとレティさん。私の事を心配してくれた嬉しさと態々手を煩わせた申し訳無さを感じながら、リンディさんにお礼を言った。するとリンディさんは私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。

「ええと、とりあえずななせは映画製作に前向きっていうことでいいのよね? 説得しなきゃいけない子っていうのはヴィヴィオの事でしょう? じゃあ、ほとんど参加決定って事かしら」

『あの子は思いやりのある頭のいい子だから、ななせの説得なら素直に受け入れるんじゃないかしら』とヴィヴィオを褒められて、どことなく嬉しくなる私。うちのヴィヴィオはもちろんいい子だもん、と誇らしくなる。

 そんな私の様子を見ながら少し視線を空中に向けた後、リンディさんは何かを決めた様に頷いて、その後フェイトさんに視線を向けた。

「フェイト、悪いけどななせを少し借りてもいい? もちろん帰りは私が家まで送り届けるから。フェイトもそろそろ任務に戻らないといけないでしょう?」

 そう言いながら何やら目配せをするリンディさんに、フェイトさんは少し息を呑んだ後こくりと頷いた。タタッと私に走り寄ってきて、フェイトさんはぎゅうっと私を抱きしめる。そんなフェイトさんの耳元に『任務を抜けてまで一緒にいてくれてありがとう』と『お仕事頑張ってね』を告げてからリンディさんと一緒に部屋を出た。もちろんレティさんとエリナさんへの挨拶も忘れずにしたよ。

 リンディさんに手を繋いでもらって、本局の中をゆっくり歩く。どこに行くんだろうとリンディさんを見ると、彼女は廊下の角にある自販機コーナーの前でピタッと止まった。私にはりんごジュース、リンディさんは紅茶を買ってしばらくそこで立ち止まる。どうしたのかな、とリンディさんの表情を伺うと何故か念話で話しかけられた。

<ちょっと他の人に聞かれるとまずい話だから、念話で話すわね。さっきの席に私がいた理由はもうひとつあるの。ななせにお願いしたい事があって>

<お願いですか? 私に出来る事なら是非協力しますけど>

 私が小首を傾げながら言うと、リンディさんは少し逡巡した後で言葉短く言った。

<ななせに友達になってあげて欲しい子がいるの>






[30522] 第33話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:6091ae9c
Date: 2015/05/04 06:33
 本局内にあるマンションの一室、私はリンディさんに手をひかれてここに連れてこられた。その道すがら、今私の目の前にいる少女についての話を聞きながら。

 茶色の髪もその大きな瞳も、一度見せてもらった私の家族にそっくりで。きっと私と彼女が並んで撮った写真を見せたら、本人達でも昔の写真かもと思うかもしれない。

「あの、はじめまして……ななせです」

 意を決して声を掛けた私に、彼女はゆっくりと目を向けてくれた。でもその瞳には空虚さとか虚しさとか、そんな雰囲気のみが浮かんでいて、私が知る彼女の瞳に宿る「不屈の心」は見当たらない。でもそんなのは当たり前だと思う、彼女は私が知る彼女とは違うのだから。

 私だってフェイトさんと見た目はそっくりだけど、中身は前世の相原瞳子が下敷きになった別人だもん。例え目の前の少女が複製母体である『高町なのは』の子供の頃と同じ外見だとしても、違う部分があるのは当然だと思う。

「突然来てごめんなさいね、ベルさん。今日は以前貴方に言われた通り、貴方と同じ境遇の子を連れてきたわ。この子の言葉なら、貴方の心に届くかしら?」

「私と、同じ?」

 後ろで私達を見守っていたリンディさんが、見かねた様に間に入ってくれた。その言葉を聞いた瞬間、彼女は先程よりもはっきりと私を視界に入れるように目を瞬かせた。でもしばらくじっと私を凝視すると、すいっと視線を逸らせてしまった。

「その子は、私とは違う。大切にされてる、愛されてるのが見るだけでわかるもの」

 その言葉に、考えるよりも先に手が出た。パシン、と軽い音を立てて彼女――ベルの頬を私の手が軽く打った。彼女の事情はさっき聞かされたから知っている、私には前世の人格の下敷きがあったから、本当の意味で人工的に生み出された子達の気持ちがわかるとは言えない。でも私の妹みたいなあの子は、真っ新なまま戦いの中に放り出されてもヴィヴィオはまっすぐに育った。それなのに、彼女は何も自分から掴み取ろうとしない。まるで世界中で自分が一番可哀想なのだから仕方がないと諦めている様な、そんな自虐的な色がその言葉に含まれていたから。

 ベルは叩かれた頬を抑えながら、びっくりした様に私を見た。今から言うのはきっと私の傲慢だし、これだけでは彼女は変わらないかもしれない。でも変わるきっかけになって欲しい、自分にも幸せになる権利があり、その幸せを掴みとれるのは自分自身だけなんだと知って欲しいから。

「確かにあなたと私は違う、私はあなたみたいに与えられた環境を誰かが変えてくれるのを待っていなかったし、自分自身で変わるための努力もたくさんしたもの」

 意識が戻った瞬間に殺されかけた時は正直諦めてたと思う。でもリニスさんに助けられ、時間を跳んだ先で桃子さんに拾われて、そこから更に六課に引き取られて。運良くコロコロ良い方に環境は変わったけど、それでも「もういいや」なんて投げ出したりはしなかった。周囲がいい人ばかりだったのも、フランが傍にいてくれたのも、きっと私にとってのラッキーだった。

 きっとこの子にはそんな風に頼れる人もいなくて、同じ目線で隣に立ってくれる人もいなかったんだろうね。でもだからといってここで止まってしまったら、これまでと同じでこれからは変わらずに過ぎていく。そんなのはもったいないと思うから。

「私は目が覚めた瞬間に、私を創り出した人に殺されるところだった。リンディさんが言った通り、私もあなたと同じ複製体。でも一緒にされたくない、私はあなたみたいに自分の殻に閉じこもっていないもん」

 挑発するように、というかそのまま挑発のつもりで彼女に言葉を投げつける。きっと保護されてからずっと、こんな風に真正面から遠慮なく言葉をぶつけられた事なんてないはずだから。怒りでも敵意でもなんでもいい、心の中に小さな波が起こって欲しい。彼女の中にまだ変わりたいという気持ちがあるなら、現状を変えようとする意思があるなら。

「自分はなんて可哀想なんだろう、きっと他の人には私の気持ちなんてわからない。そうやって悲劇のヒロイン演じて満足してるなら、ずっとそうしてたらいいよ。でもそうじゃないんでしょ、打診された映画の話、受けるって言ったんでしょ? それって自分や周りの環境を変えていきたいって思ったからなんじゃないの?」

 今の自分自身すら持っていない彼女では、映画で誰かを演じるなんて無理な話だと思う。演技の事は素人同然だけど、喜怒哀楽はもちろん感情を知らなかったら演技なんかできないんじゃないかな。

「高町なのはになんてならなくていい、あなたはあなただもん。これからあなた自身を育てていく手伝いを、私にさせてくれないかな……友達になりたいの」

 感情にまかせた言葉は支離滅裂で、もしかしたら彼女は理解できてないかもしれない。そんな思いが浮かんだけど、それは杞憂だったみたい。これまでピクリとも動かなかった彼女の表情が、くしゃりと崩れた。

「私だって、変わりたい……こんな自分は嫌い、だから」

 大きな瞳に涙を浮かべながら、ベルは呟いた。でもその弱弱しい声に、しっかりとした意思が感じられる。未来の事なんて、誰にもわからない。私だってもっと色んな風に変わっていきたいと思っているし、そう思っているからこそ映画の話だって引き受けた。

 瞳からポロポロと涙を流すベルの頭を抱え込む様に抱きしめると、その嗚咽が次第に大きくなる。こうやって感情を表に出せるなら、きっと彼女も一緒に変わっていける。そんな予感めいた確信を覚えながら、私はベルが泣き疲れて眠ってしまうまでそのままの状態で彼女の頭を撫で続けた。










<でも、こんなに簡単に彼女の心を開かせてくれるとは思わなかったわ。ありがとうね、ななせ>

 泣き疲れてそのまま眠ってしまったベルをベッドに寝かせてくれたリンディさんが、彼女を起こさない様に念話でそうお礼を言ってくれた。ベルは管理局に保護されてからも頑なで、局員の人達の言葉に耳を貸さなかったらしい。

 でも、そんなリンディさんの言葉に私は首を振る。きっとベルは私が彼女と同じ複製体だったから、言葉を受け止めてくれたんだと思う。もしかしたらヴィヴィオでもエリオくんでも、同じように彼女の琴線に触れさせる言葉は伝えられたかもしれない。

 ベルの身の上については、極秘実行で地上本部によって隠ぺいされていた。その施設で一体何を行われていたのかも、上層部しか知らなかったと思う。つまり被験者がベルで、実験者が管理局員だったという状況から考えれば、ベルがリンディさんを始めとした管理局員達の言う事を聞き入れなくてもある意味仕方がないのかもしれない。本局所属であっても地上本部であっても、実験を繰り返し強要してきた敵の仲間としかベルは思えないだろうし。

 ここで何故高町なのはの複製体を量産するなんて話が出てきたのか、不思議に思っている人達もいると思うので説明しておこうかな。

 簡単に言うと、管理局地上本部は優秀な魔導士を本局にとられてしまって、ミッドチルダ全土を守るには力不足だとレジアス中将が常々考えていたのは、地上本部所属の人達には有名な話。そんなレジアス中将は質量兵器を用いる事で戦闘要員の少なさを埋め、能力差も埋めてしまおうという計画を立案し水面下で進めていた。そのレジアス中将の計画の隙間を埋めるように、側近の男は管理局のデータベースにある局員達の遺伝子サンプルを利用する事を考えた。

 あまり上層部に関わりなく、現場で働いていてその魔力資質や魔力運用の巧さがミッドの地上を強力な力になって守る礎になる様な、そんな人物を複製したい。彼はそんな風に考えていたそうな。

 そして目をつけられたのは先述した私の大事な家族である、高町なのは。教導隊に所属しているなら、先天的な素質はバッチリだろう。うまくいけば地上部隊の技術や連携の向上だって見込めるはず。ましてやそんな人物を複数複製して小隊や中隊を組む事ができるならば、ミッドチルダはより安全になり、自分達のやりたい様に地上本部を運営できる。更には海にも反旗を翻せるかもしれない、なんて黒い願望もあったのかもね。

 研究が開始されたのはいいが、結果は失敗に次ぐ失敗の連続。それを聞くとフェイトさんや私を生み出したあのキ○ガイおばさんことプレシア・テスタロッサは文句なしに天才だったんだろう。

 それでもどうにかベルが生まれて、それ以降はクローン達の体調がせわしなく変わり、結果としてベル以外の試験体は全員死んでしまったそうな。研究に投じたお金は結構なものだったらしく、この結果を受けて地上本部はこの計画も抹消を決めた。

 無駄に終わったこの魔導士クローン計画だったけど、意外にも質量兵器一辺倒だったレジアス中将に小さな変化を与えるきっかけになったようで、彼はこの後から生態兵器の技術者を探し始め、あのスカリエッティ一味と接触し始めるのだから。

 そして計画が凍結されてしまって、ただ一人の成功例としてベルはどうなったのかというと、計画が本局に露見するのを嫌がったレジアス一派がベルを第3世界のヴァイゼンへと身柄を移行。それから粗末な軟禁生活の中で文字や魔法等の勉強をしているうちに、管理局の人間が保護しにきたそうだ。

 すべては本局に対する地上本部の筋違いな劣等感が起こした、つまらない事件だと個人的には思う。時空管理局を名乗る組織なんだから、お互い助け合うのが一番いいだろうし、海だ陸だと壁を作っている状況が一番よくないんじゃないかな。

 それをリンディさんに伝えると、リンディさんは苦味が強い苦笑を浮かべて<そのあたりの解消も時間をかけてでも、しっかりとやっていくわ>と約束してくれた。ならきっと、時間を掛けてでも少しずつ、風通しのいい管理局にいつかきっとなっていくんじゃないかと思う。

<ベルは身体の調整とか、そういったものは終わってるんですか?>

 私が管理局に連れてこられてあの調整槽で受けた色々な検査や学習は、現在も非常に役に立ってる。ベルが未経験なら受けてみたらどうかなーと思っていたんだけど、どうやら保護された時にある程度やらなきゃいけない事はやってくれてるらしい。

 寿命の調整とかね、大事だもんね、そこ。

 リンディさんとそんな事を話しながらベルの寝顔を見ると、どうやらぐっすり眠ってるみたい。もしかしたら、彼女のガチガチに張っていた警戒心を私が少しでも緩ませる事ができたなら嬉しいな。

<ベルがななせに心を開いてくれた事で、少し予定変更されるかもしれないの。私達や映画スタッフはこっちでの準備をして海鳴に向かうつもりなのだけれど、先にななせはベルと二人で行ってもらってベルの感情を育ててあげてくれたら嬉しいかな。ああ、もちろん保護者的な職員さんも同行させるから>

<……ちなみに、どれくらい出発って前倒しになりそうですか?>

<た、多分……今月中とかになるんじゃないかしら>

 リンディさんの言葉に頭を抱えるしかない私。それハードル上がってるから、ヴィヴィオの説得の難易度がどんどんストップ高になってるよ。コロナとリオとハイディがいてくれたら大丈夫だと思うんだけど……喧嘩だけは避けたいなぁ。

 ため息をつきつつ肩を落とした私を、リンディさんが後ろから優しく抱きしめてくれる。そのぬくもりが頑張れってエールを送ってくれてる様に思えて、私は顔を上げてリンディさんに笑顔を見せた。

 どっちにしろ、ヴィヴィオに話さないとこの映画の話は始まらないのだ。よし、と両頬をパンと気合を入れる様に叩いて、気持ちを切り替える。やってやるです、虚勢を張っている様な私の呟きは、誰の耳にも聴き取られずに空気の中に紛れていった。



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