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[30451] 【完結】気になる彼女は高町なのは[オリ主・原作キャラ転生もの]
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/12/11 16:16
前書き

初めましての人も、久しぶりの人もこんにちわ、GDIです。
この話は転生系のオリジナル主人公(一応)ものです。若干そうとは言えないかもしれませんが、そのはずです。相変わらず短編しか書けない人間なので、今回も短編ですが楽しんでいただければ幸いです。
なお、この話に感想を書きこめば幸せになります(作者が)
誤字脱字のご指摘なども頂ければありがたいです。









 最後に見た光景は一人の少女。その小さな体、大事な友人の娘が無事であることを見届け、己の意識がゆっくりと闇に落ちていく。

 脳裏に浮かぶ家族の顔、妻と息子に、今は娘となってる妹の子も。彼等を残して逝くことを、そしてなによりこれから生まれてくる娘の顔を見てやれなかったことに強い悔いを残した。 



 ピピピピピピピピピ

 電子音によって覚醒させられた気分はいつもの通りの悪さ。人によっては最悪といってよいだろうが、流石にもう慣れてしまった。

 「といっても、流石に自分が死ぬ夢というのは慣れたいもんじゃないけどな……」

 その青年ことアルバート・キューブはそうひとりごちながら、ベッドから起き上がり身支度を始めた。

 彼はアルバートという自分の名前がいたく気に入っていた。その理由は分からないがとにかく気に入っている名前だった。顔も知らない両親には、五体満足健康な体と、この名前をくれたことにはいたく感謝してる。

 時空管理局の地上部隊に努める彼は、外見的にも能力的にもとりわけ特出しているわけでもない普通の若者だが、一つほど自分でも普通じゃないだろうと思う事がある。

 それは夢だ。毎日というわけではないが、まるで自分とは関係ないと思うような夢を見る。それも結構な頻度でだ。

 夢の内容はまちまちで、目覚めると覚えていないことも多々あるが、共通することは主観である”自分”が今の自分ではないことである。

 まだ若いが子供ではない、今より年を取っていた。自分は明るい茶色の髪で瞳も同じだが、夢の”自分”は黒髪黒目、体格はほぼ同じだろう。

 そんな”自分”の夢をみる。特に多いのが己の死の瞬間の夢。

 どこかのパーティ会場だろうか、そこで起きた爆発テロで、1人の少女をかばって死ぬ、そんな夢。あまりに多く見るから、はっきりと情景を思い浮かべれるほどになっている。

 もっとも、その”自分”がなんと呼ばれているかは何故か聞き取れず、現れる人物達の名前を夢から醒めた後に覚えてることは無かった。それさえ覚えていれば、この不可思議な現象を解明する糸口になったかもしれないのだが。

 これはいったいなんなのだろうか、といつも思う。夢というのは心の奥の願望が表れることもあるというが、まさかその類ではないだろう。

 少女を庇って死ぬ、なるほど死に方としては格好いい。もし死に方を選べるとしたら、そんな死に方もあるかと思えるくらいには見栄えがいい。だが、かといって自分に滅びの美学などという高尚なものはないし、死ぬよりは生きているほうが何倍もいいに決まってる。

 少なくても、今の自分に不満は無い、やりたいこと、行きたい所などは際限なくあるが、きっとそれは誰だってそうで、子供の癇癪じゃあるまいし、駄々をこねるように飢えて求めているわけじゃない。

 なので友人知人にもこの夢のことを相談してみたのだが、誰も確たる答えを示してはくれなかった。まあ、当然だろうな、とは思っているが。
 
 だけど、色々仮説は立ててくれた。その中でも一番納得いっているのが先輩のヴァイス・グランセニックが言ったもので、この夢が「前世の自分」の姿で、それを思い出してるのが、自分に起こっている現象なのだろう、というもの。

 前世、即ちいまの自分になる前の人生。それは確かに頷ける仮説で、そうであるならばまるで見た目が違う人間を”自分”と思えることにも一通りの説明はつく。ただ、不思議なのは知り合いに同じ体験をしてるのが誰もいないということ。

 なのでどうして自分だけが、という思いはある。よほどの未練があったのか……と考えれば心当たりが無いわけでもない。前世の自分は家族を残して逝くことを、強烈なまでに悔いていた。特に、これから生まれてくる娘を抱いてやれないことを申し訳なく思っていた。

 「なあ、アンタはこうやって夢に現れて、俺にどうして欲しいんだ?」

 局員の制服を着、支度を終えたときにそう自問する。もちろん答えは返ってこない。

 ただ思う。もしその未練を晴らす手立てが分かれば、それをしてやろうと。他ならぬ”自分”のことだし、夢でみる”自分”は決して悪い男ではなかったから。

 今や習慣のようになった”自分”への問いかけのあと、彼は部屋を出て、新しい今日という一日を迎え入れた。





 アルバートがこの職場に来て早や2ヶ月近く、そろそろ慣れてきたが、やはり色々と訳有りな場所だというのは肌で感じる事が出来る。

 機動六課というこの新しい職場は、同じ首都防衛部隊であるヴァイス陸曹の誘いで来た。1年間という短期間の実験部隊だというのが名目だが、どうもそれだけではないという事が、ただの平隊員の彼でも察することは出来る。というか、同じ交代部隊の同僚達も、上司がいない場所ではそのことを囁きあっているのだ。愚痴交じりの雑談ではあるが。

 アルバートの今の主な仕事は、陸士部隊と合同しての捜査、場合によっては踏み込んでの検挙など、陸士部隊の手助けのような内容だ。

 部隊そのものは、ロストロギア・レリックの対策と独立性の高い部隊の設立が名目で、陸と海の融和の先駆けになることを目標としているらしいのだが。

 「どうも、ちぐはぐというか、継ぎ接ぎというか」

 彼個人の印象としてはそんなところだろうか。今一この部隊の目指す先が不透明なのだ。それを強く感じさせるのは、この六課自体の設立経緯だが――まあ、そのあたりは自分が考えることではないだろう。

 それに、日々の仕事に文句があるわけではない。もともと「いま以上」を望む性格ではないし、ここ数日は特に自分に向いた仕事をしているので、気持ちよく仕事が出来ている。前の首都防衛隊でも、自分のスキルは少々特殊ではあったので、それに適した仕事が多かった。

 即ち、要人警護。

 何故か自分に合った仕事だった。自然と周囲の様子を伺い、ごく当たり前の様に違和感に気づく。そのため要人警護の仕事があると、ほぼ必ず自分に割り当たったものだ。

 警護する相手が、尊敬に値する人物だったりすると、やる気が漲ってくる。特に理想をもって、かつ現実を見ながら歩む男を見ると、何が何でも守ってみせる、という意思が湧いてくる。

 宿泊の警備の配置の手配や、移動時、特に車などの乗り降りの際の警戒の仕方など、どうして自分がそう、まるで以前からそうやっていたように出来るのか、の理由はいまいち分からないが。

 それでも、そうした仕事は好きだった。まあ、なかにはあまり好ましくない人物の警護だったりもするが…… そうした時はあくまで淡々と仕事をこなすだけ。無論手を抜いたりはしないが、熱がはいることもない。

 そうした現在の自分の周囲の状況を嫌ってはいない。けれど、全体的にどこか仕事に身が入らないのもまた事実、その理由も先で挙げた部隊そのものの方針がぼやけていることが原因だとも分かってはいるが、つまりそれは……

 「よおアル、お疲れ」

 などと考え事をしながら歩き、今日の日報を纏めるため六課隊舎へ向かっていると、若い男の声で話しかけられた。その方向を見ると、以前の職場から一緒に異動してきたヴァイス・グランセニックが工具箱を片手に立っている。どうやらヘリの整備を終えた後らしい。

 「お疲れ様です、ヴァイス先輩、そっちも今終わりですか?」

 「ああ、昨日ちょっと遠出したし、そうでなくても日々の整備は欠かせないからな」

 「ホテル・アグスタでしたっけ」

 「ホテルとしては一流どころだったぜ、仕事でもなけりゃ一生行かねぇだろうな、きっと」

 「んなこたないと思いますけどね、彼女を連れて行ったら喜ばれるんじゃないですか?」

 「嫌味かお前、俺が今フリーなの知ってるだろ」

 そう言って軽く拳をアルバートの顎に当てるヴァイス。2人はそういったやり取りが普通にできる、気の置けない友人であった。

 「そんならラグナを連れてってやればどうです? 多分すっごく喜ぶと思いますよ」

 ヴァイスの妹のラグナは大のお兄ちゃんっ子であることを、長い付き合いのアルバートは知ってる。互いの家――といってもアルバートに家族はいないが――からみの付き合いだったから。

 「あのな、この年になって妹と2人旅行とかありえるか」

 「いや、別にありえてもいいと思いますけど」

 「つか、お前もここ最近来てないだろウチ。ラグナも会いたがってるぞ」

 「そーですか? そんじゃ明日にでも」

 「早いなオイ」

 もともとアルバートが陸士学校を卒業して武装隊に配属され、その際に出会ったそのときから2人は馬が合った。ヴァイスはバイクが好きで、アルバートは乗り物全般が好きだったから、どこのヤツが性能がいいとか、改造するにはここだろうとか、そういう共通した趣味の話題ですぐに打ち解けたのだ。

 年齢差は5歳、ちょうど兄貴分と弟分のような関係での友人づきあい。

 もっとも、アルバートの「乗り物全般」はマシンだけに留まらず、馬だろうとラクダだろうと魔法生物だろうと、乗り物と聞けば乗りたくなる性質ではある。同じ六課のキャロ・ル・ルシエという少女に頼み込んで、アルザスの飛竜に乗ろうというのが最近の目標だ。

 そうした2人だが、家族ぐるみの付き合いになったのは、ある事件がきっかけだった。

 今から6年前、アルバートが配属されてわりと間もなくの頃、強盗事件の犯人が、ラグナを人質に立てこもるという事件が発生した。

 その対処に兄であるヴァイスを充てることを、肉親ゆえに普段どおりの能力発揮できるかどうかを当時の指揮官は悩んだが、彼の腕前を信用し、ヴァイスを狙撃手として配置した。

 だが、それを横で見ていたアルバートは、ヴァイスがどれほどラグナを大事にしているかを、まだ付き合いが短いとはいえ知っていたので、彼にさせるわけにはいかないと思い、自分に突入させてくれと頼み込んだ。

 アルバートが古代ベルカ式の遣い手で、その瞬間的な速度が他の群を抜いているのを指揮官は知っていたので、まだ若輩ながら判断力も的確なアルバートの頼みを承諾し、突入を許可した。

 だが、その途中で悲劇が起きた。

 アルバートが突入するので、ヴァイスにはその援護に当たるよう指示を入れようとしたら、なんと通信デバイスが故障したのだ。

 これが本局の武装隊なら、デバイスや、専用通信機なしでも念話でその旨を伝える事が出来たかもしれない。しかし、その時のチームは運悪く魔導師がヴァイスとアルバートと、その他に1人しかおらず、その1人も念話を苦手としていた。

 指揮官はまずいと思い、拡声器でアルバートを呼び戻そうとしたが、そのとき既に彼は彼にしか体感できないモノクロの領域に入っており、その声が聞こえなかった。しかし、逆に犯人はその声に驚き、注意をそっちに向けすぎたため、ラグナを拘束する力を緩めてしまった。

 その瞬間を逃さず、ラグナは犯人の腕からするりと抜け出し、当然の話としてそれをヴァイスが逃すはずも無い。彼は既に標準を定めていたので、刹那の間も迷わずに引き金を引いた。

 犯人に向け一直線に進む魔力弾。本来ならそのまま犯人に当たるはずだったが、その射線上にヴァイスが思いもよらぬものが出現した、アルバートの頭である。

 無論直撃した、無論後頭部だった、無論気絶した。

 そのあと、目の前にいきなり局員が現れたかと思うと、何故かそれに魔力弾があたり気絶するという事態を前に、呆気に取られた犯人は、数瞬遅れて放たれたヴァイスの二目射で倒されて、あえなく御用となった。

 幸い、アルバートの怪我はたんこぶで済んだ。彼は保有魔力が低いのでバリアジャケットは纏ってはいなかったが、魔導師ではあるので一応の防御フィールドは展開してたし、なにより生来の石頭のおかげで一切後遺症などの心配はなかったが、弾が当たった部分が硬貨状のハゲになってしまった。

 その際のやり取りはこんな感じ。

 「どうしてくれんですかこの頭! コレじゃ人前歩けませんよ!」

 「俺のせいじゃないだろ、通信機がぶっ壊れたのが原因なんだから」

 「なんでピンポイントに人の後頭部にブチ当てんですか!」

 「知らねえよ、いきなり射線上に入ってくるヤツが悪ィだろ!!」

 「魔力弾の軌道修正するなり、色々あるでしょ!」

 「速度第一の狙撃弾でそんな芸当出来てたまるか! Sランクのエースだって無理だよんな事!」

 「そこを何とかするのが狙撃のプロってもんじゃないんですか!?」

 「そんならお前全力で踏み込んでからの90°方向転換とかできるか!?」

 「2回くらいなら」

 「できんのかよ!?」

 そんな不毛な口論は、ラグナが仲裁に入るまで続いた。だがその事件はグランセニック兄妹とアルバートを深く結びつける一件となった。

 余談だが、ヴァイスの弾が当たったハゲを隠すために、ラグナがヴィッグを用意してくれたので、人前に出ることは出来た。

 この機動六課に2人して異動したのも、先に六課入りが決まったヴァイスがアルバートを引っ張ってきた形だ。隊長陣のランクと平隊員のランク差が著しく大きい六課では、彼の能力は有用だろうと思ったからこそ彼を勧誘した。ちなみに、アイツなら遠慮はいらない、とヴァイスは首に縄つけても引っ張ってくるつもりではあった。まあ、アルバートはあっさりと了承したのだが。

 アルバートも自分と同じB+。自分ほど一芸特化というわけではないが、結構能力に偏りがあるため、遂行可能な任務を計るため設定されてる管理局ランクは低い。最も、保有魔力ランクならもっと低いだろうが。アルバートとヴァイスは大体同等の魔力値だ。

 そうしてかれこれ6年間の付き合いの先輩後輩の2人が、六課入り口の前で世間話を始める。二人とも手すりに寄りかかり、傍目にはあまり行儀がよい光景には見えないだろう。

 「ホテルの料理とかどうでした? 美味かったですか?」

 「いや、俺は食ってない。別にパーティがあったわけでもないし、あったとしてもヘリパイが呼ばれるわけもないし」

 「そいつは残念ですね。ホテルといえば、かわいいシェフがとびきり美味いデザートとか出してくれるもんですよ?」

 「そんなもんかね」

 「それに、ホテルの警備なら、むしろ俺の領分ですけどね」

 「流石のお前でも、アレだけの大人数は無理だろ」

 「確かにそうなんですが、やっぱりホテルってのは似たり寄ったりが多いんで、キナくさいところとか、重要なポイントとか、慣れてるほうが咄嗟に動けるのは確かですよ」

 「まあそうだろうが、ところで……」

 そうしてヴァイスは少し声の調子を落とし、話題を変える。

 「なんかすっきりしない顔してたけど、今の六課(ココ)になんか不満でもあるのか?」

 流石に鋭いな、とアルバートは感心する。やはり長年の付き合いだと顔色一つで心境が読まれてしまうものか。それとも狙撃手ゆえの洞察力か。

 「御見それしますよ、その眼力。てゆうか男の顔色なんか見てないで、狙ってる女の顔色の方を見るべきでしょ。先輩、交代部隊(ウチ)のリーダー狙いですよね?」

 「シグナムの姐さんか? んー、今はまだ狙いっていうんじゃなくて、憧れの段階だな。そこから動かねえかもしれないし、俺は恋愛はゆっくりやる主義なんだよ。んで? なにが気に入らないんだ?」

 「いや、気に入らないって言うよりはですね……」

 アルバートは一たん言葉を切り、思っていることを明確な形へと整えていく。

 「ただ、隠し事はして欲しくないな、ってトコでしょうか」

 「へぇー…… お前さんもか、ティアナも似た感じのこと言ってたな」

 ティアナという固有名詞を聞いて一瞬頭の中の人物辞典の照会をかけたアルバートだが、すぐに該当の頁が見つかった。

 「ああ、あのオレンジの娘ですか、ティアナ……ランスターでしたっけ」

 「おお、アイツもこの部隊にはなんかあるんじゃないか、みたいな事言ってたよ。まあ入局3年目のヤツが気づくくらいだ、お前が気づいていても不思議じゃないよな」

 その言葉は、ヴァイスもまたこの機動六課という組織に疑問を持っているという事実を示している。もっとも、このような場所で気軽に話しているからには、そう深刻な疑問というわけでも無さそうだが。

 「なんていうか、チグハグというか、突貫工事というか、まあそんな印象ありますからね、六課(ココ)」

 本局から直接指示を受け、聖王教会との繋がりも持ち、けれど地上の部隊として、隊舎も地上本部の近く。

 一体何処に属するのか分からない組織である。地上と本局の融和の先駆け、と言われれば、まあそうかとも思えなくも無いが、それにしてももっと上手い方法はありそうなものだ、と一介の局員に過ぎないアルバートですら思う。

 「突貫工事か、まあそう見えるな。一応構想自体は結構前からあったっていう話だが、強引な立ち上げって言われたら、確かにと言うしかない」

 「場合によっちゃあ、本局の尖兵っていうか、陸の併呑の第一弾みたいに思われても仕方ないですよ。このやり方」

 現に、交代部隊の何人かはそういう疑問を強く持っていた。つまるところ、ただの平局員からみても、どこかおかしい部隊ではあるのだ。

 「でもま、陸士部隊とは仲良くやれてんだろ?」

 「そりゃ元々俺等は陸士ですし、仲いいのは当然ですよ。でもどれだけ下同士が仲良くても、上同士がいがみ合ってたら意味無いでしょ」

 「まあ、その辺は上だって分かっちゃいるだろ、分かった上でこのやり方に踏み切ったんだろうし」

 そのヴァイスの言葉に、それこそ自分が言いたい所だと、表情を真剣にしてアルバートは切り出す。

 「ええ、だから、です。誰がみても”訳あり部隊”なんだから、その真意を少しでいいから教えてほしいな、と思うんですよ」

 何も、情報全てを提示しろなんて馬鹿なことは言わない。対場が上になればなるほど秘匿するべき情報は増えるだろうし、全部が全部さらけ出すのも指揮官として問題だ。ただ、同じ部隊で働き、部隊長である八神はやては言うなれば己の命を預けた存在であるわけなのだ。

 ならば、こっちのことを少しは信頼して欲しい。無論まだ知り合って僅かだし、たかだかB+の陸士ごときが生意気言っていると自分でも思うが、隠し事されているということは信用されていないということであり、つまりは期待されていないと思ってしまう。

 そんな気持ちが心のしこりとしてあるために、イマイチ六課の仕事に全力で向き合えないのだ。

 「部隊構成も偏ってますし。コッチ(交代部隊)は期待されてない、ただの数合わせじゃないか、って言うやつも多いですからね」

 そういう愚痴は部隊内で囁きあっている。アルバート1人が思っていることではない。

 「まあ、その辺は確かに言える。片やエース級がゴロゴロいて、片や普通の陸士で構成されてる、と来たら」

 スターズ分隊、ライトニング分隊、ロングアーチという六課の顔となるメンツは、管理局全体でも希少なオーバーSランクが3人もおり、AAA+総合AAAなどの高ランク魔導師が揃っている。

 その一方で交代部隊はC~Dの通常の陸士部隊と同程度、リーダーのシグナムだけはS-で、その次はアルバートのB+、その差が大きい。どう贔屓目に見ても「数合わせ」感が否めない。

 「それに、向こうは、身内の寄り合い所帯だ、なんて陰口を叩くヤツもいるくらいですから」

 そして、その”表”の部隊の人員のほとんどが部隊長である八神はやてとプライベートな交流が深い人物であることも、六課が悪意ある噂の対象にされる一端である。やはりそういう話は隊の内外で尽きないものだ。

 「そこはしゃあないだろ、なんせ部隊長は今まで未経験の19歳の女で、見方を変えれば針の筵のような部隊に、好き好んできてくれる執務官や教導官なんていなかったんだから」

 そして、ロングアーチではやてに次ぐ立場にあるグリフィスは准尉、彼の立場に本来は少なくとも二尉か三尉で無くてはならないはずだ。つまりは来てくれる人がいなかった為、結局知り合いの伝手に頼るしかなかったという悲しい事実を物語ってる。

 「まあ確かに、進んで火中の栗を拾うヤツは変人ですね」

 そう言ってヴァイスの顔をニヤリという笑いをしながら見る。それの意味することは無論言うまでも無い。

 「ここにいる以上、お前も同じだ。まあ、一応方々に打診したらしいけど、結果はもちろんNo。だから頼れるのは身内しかおらず、そのせいで身内人事と陰口叩かれる悪循環、と。世知辛いな」

 「ええ、そうですね。だから、そんな世知辛い思いをしてまで、この部隊を立てた理由は何なのか……」

 即応性のある行動を取るために独立性を重視した実験部隊、という表向きの目的もまああるのだろう。だが、それだけでないことは誰の目にも明らかだ。

 「ちなみにお前はどう思う?」

 「うーん、まあ一応こうじゃないか、ってのはありますけど、ただそれは俺個人じゃなく部隊の皆の予想というか」

 彼はあくまで平隊員に過ぎず、把握できる情報も少ない。六課の表向きの業務である新人育成、レリック対策の裏の目的が何なのか、それが直感で分かるほどの超能力は持っていない。だから、言えるのはせいぜい他人と予想しあった結論くらいだ。

 「いいから聞かせてみろよ」

 「聖王教会、ですかね、やっぱり」

 六課の後見として、本局の提督の他に聖王教会がついているのだ。もしこれがただの海と陸の融和を目的とした部隊なら、そこに聖王教会が入ってくるのはおかしい。

 かならず何らかの関係があるはずという予想は、平局員どころか陸士学校の候補生でもできるだろう。逆に言えば、アルバートの立場ではそれくらいしか分からないし、そもそも彼自身そこまでわだかまりを持っている訳でもない。

 「カリム・グラシア?」

 「そこしかないでしょ」

 聖王教会の重鎮カリム・グラシア。まだ若いが管理局の理事をし、少将待遇の権限をもつ才媛だ。なにより特筆すべきは彼女の希少技能だろう。

 「たしか、予言だっけか」
 
 「ええ、あんまり知られてませんが、俺もまあ、古代ベルカ式だから、この得物作るときもアッチの鍛冶師に頼んだし、警護対象で教会関係者も結構いたりで、俺は聞く機会けっこうありましたから」

 厳密にいえばアルバートの技は古代ベルカではなく、彼独自のオリジナル技なのだが、大別すれば古代ベルカになる。

 「んでお前は、それに懐疑的だと」

 「いや、騎士グラシアの技能自体は疑ってませんよ。ただ問題なのが”解読”というワンクッション必要なところで」

 古代ベルカ語で示された予言は、解読しなければただの模様だ。だから解読が必要なのは当然だが、それが出来るのも聖王教会関係者というところに問題がある。

 つまり、聖王教会に都合が良い様に解釈している、という猜疑の目が向けられる余地を作ってしまっているということ。

 事実の有無は問題ではない。そう捉えられてしまうということが問題なのだ。

 「歴史を紐解いても、予言者は詐欺師か、民衆扇動のプロパガンダか、権力者への媚を売る手段かですからね、あまり鵜呑みにはできないというか」

 「もしこの部隊の設立理由がそうだとしたら、たしかに公には言えないな。俺でも流石に胡散臭いと思っちまう」

 「でしょ、まあそう決まったわけじゃないけど。俺の中ではそれが有力ですかね」

 そうしてアルバートは己の蟠りを吐き出す。誰かに胸の内を語るという行為をしてスッキリしたのか、彼はさらに言葉を続けた。

 「ただ、俺は八神部隊長に否定的であったり、まして嫌悪感持ってたりはしないですよ。むしろ逆です」

 「そりゃわかるよ、お前さんが言ってることは、つまり頼って欲しいってことだろ。嫌いなやつにそんなこと思うヤツはいない」

 「ええ、あの人の立場は、ちょっと視点を変えればトカゲの尻尾にされかねないですからね。その上地上本部、本局、聖王教会と3つに常に気を配らないといけいない、はっきり言って胃が持ちません。俺なら即入院モンです」

 しかも、彼女は自分と同い年だ。あの小さな背中で、本来まだ背負わなくてもいいものを背負わされてる感じがアルバートにはする。

 「あの人は、結構なんでも自分ひとりで背負い込む所あるからなぁ」

 「でしょうね、そういうタイプだ。だから交代部隊(おれたち)をないがしろにしてるんじゃなく、巻き込みたくないっていうか、やっぱり自分達だけでなんとかしようとしてるっていうか」

 今回のホテルの件にしてもそうだ、聖王教会の要望を断れなかったのがその事実。あちらもこちらも立てないといけないから、いつか抱えきれない負荷になって彼女を圧殺してしまう。

 しかも今回現れたガジェットは、ホテルの襲撃ではなく、六課の戦力分析の意味合いが強い。警備に来た六課がかえって危険を呼び寄せた、というその事実もまた八神はやてを苦しめている。

 アルバートは人を見る目には自信がある。あの設立時のはやての演説を聞いた時から、彼女はこの人の手助けをしてやりたい、とも思わせる人物だった。だからこそ、真意を明かしてくれない現状を歯痒く思う。

 「まあなんだ、その辺はやっぱ色々あるんだろうさ。部隊長本人もなんだかんだで訳ありだしな」

 「そうですね、そのことについても一応は知ってますよ。10年前の闇の書事件」

 ただ、情報の開示があまりされていないので、細かい顛末は知らない。その秘匿されているという事実が、かえって関係者や過去の事件の被害者などの神経を逆なでしているのかもしれないが。

 「そのあたりは、どう思うんだお前?」

 「闇の書事件についてですか? うーん、俺としてはもう終わったことをあまり掘り返すのは好きじゃないですね。憎い気持ちを持ってる人がいるのも分かりますが、だからって復讐に走ってもしょうがないだろ、って感じですか」

 「ああ、お前は復讐とか否定派だったっけ」

 「いや、別に否定してるわけじゃないですよ。自分でもどうしようもない気持ちってのもあるだろうし。ただ、後ろをみて生きるよりは、前を見て生きたほうが楽しみは多いんじゃないかって、そう思うだけです。妹にもそう言ったら、あの時は怒られたなぁ」

 そう口に出して違和感を覚えた。妹? あの時? なんのことだ。いったいいつそんなことを言った? いやそもそも自分は――

 「ん? お前妹なんていたっけ?」

 そうだ、いない。自分は小さい頃から親なしで、どうも自分は毎回親兄弟とあまり縁が無いと思って―― いや、この考えも良く考えればおかしい、”毎回”とはなぜ思った。俺の人生は一度、親も2人のはずだろう。

 「………ええ、いませんよ、おかしいな、なんでこんなこと言ったんだろ」

 自分の言葉に訝しむ様子のアルバートに、ヴァイスはああ、と心当たりを見つけて聞いてみた。

 「もしかしてあれか、前世の記憶」

 「そうなん、ですかね」

 ”夢”のことを前世の記憶といったのはヴァイス(厳密にはラグナが言いだしてヴァイスが伝えた)なので、今更変には思わず、そろそろここでの立ち話もなんだろう、と思い、隊舎に戻るよう促がした。

 アルバートも別に否やは無いので、2人で隊舎に入り、それぞれの今日の日報を纏まるべく、分かれる間際。

 「そういえば、なのはさんが、なんかお前に頼みたい事があるって言ってたわ」

 何気なく思い出したヴァイスの言葉に、彼は常とは異なる反応を示す。

 「高町一尉が、俺に?」

 そのアルバートの様子にヴァイスが悪戯っぽく笑い、言葉を続ける。

 「ああ、なんでも教導で手伝って欲しい事があるんだと、アピールするいいチャンスじゃないか?」

 「いや、俺はべつに彼女に対してそういう訳じゃ……」

 「照れんなって、そんじゃあな」

 そうして去っていくヴァイスの背中を見ながら、彼は自分の心を占めている不思議な感覚を持て余していた。


 高町なのは

 
 その名前を聞くたびに、どこか落ち着かない気持ちになる。彼女の姿を見つければ、自然と目で追っている自分に気づく。

 管理局が誇る若きエース・オブ・エース。幾分宣伝が目的もあるだろうが、その実力が折り紙付きであることは周知の事実で、年下の年代には彼女に憧れる者も多い。

 また、同年代では芸能界のアイドルのような感じで彼女のことを話題することもある。

 だが、自分の気持ちはそうした同年代が話題にしてる感覚とは違う。では恋か? 彼女に一目ぼれして、だから自然と彼女を見てしまうのか。

 それも違う。たしかに彼女は見目良い少女だし、異性として魅力的だろう。しかし断言できる、自分の気持ちはそうしたものではない。

 そう確信できる理由はそう、高町なのはとという少女に強い感情を抱いたのが、彼女を見た瞬間ではなく、彼女の名前を聞いた時だからだ。

 名前を聞いただけで恋に落ちるなんてこと、生まれてまだ19年だが一度も聞いた事が無い。だからこれは恋ではないと断言できる。

 だが、気になる、彼女が気になって仕方がないのだ。どうしてか”一つでいい、彼女のためになにかをしてやりたい”と強く思ってしまうのだ。

 その理由の一つとして、「高町なのは」というその名前を初めて聞いた時に思ったことが


 (そうか、なのはにしたのか)


 であったから。


 彼女が自分に用があるというのなら、いい機会だ、この気持ちがどこから来てどこへ行くものなのか、彼女と接してハッキリさせておくべきだろうと思いながら、彼は自分のデスクがある事務室へ向かっていった。
 



あとがき

さて、今回も短編、おそらく前中後編になるのではないかと思っております。
この話も一応”神様転生系”です。主人公を転生させたのは神様です、抱擁の慈愛に溢れた黄昏の女神様が転生させてくれました。
……分かる人にしか分からないネタですみません。元ネタはとあるPCゲームですが。
チラ裏の方に投稿しようかなーと思いましたが、やっぱり「とらハ」板のほうがいいかと思いこっちに投稿しました。
次の投稿は未定です、気長にお待ちください、短編ですから、もちろん完結はさせるつもりです。
てか、リリなのSSなのに野郎2人しかしゃべってませんね




[30451] ヴァイスたちと飲み会に行きました
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/11/20 12:29
 夢をみる。

 それは正月に一族で集まった時の話。古さだけなら日本屈指ともいえる家だから、こういう集まりのときはしっかりと集まる。今では海外にいってる人も多いから、全員が集まることは滅多にないけれど。

 最初はきちんと年始行事を行うが、それが終わると同年代どうしで集まるのは、やはり自然の成り行きだろう。

 自分と、妹と、そして表の家の次期当主で自分の親友、年下だけど尊敬に値する男だと認めているアイツの3人で、外の雪景色を眺めながら酒を飲み交わしていた。

 気心の知れた者同士の小さな宴会、静かだったがとても楽しかった思い出。

 そんな夢をみたのは、それと同じようなことが起こるかもしれない、という予感だったのだろうか?
 

その2 ヴァイスたちと飲み会に行きました



 アルバートがヴァイスと六課についての話をした3日後、ヴァイスより「今日飲みに行かないか」という誘いを受けた。

 前の職場でも同僚皆といったり、悲しいことに男2人で行くことも多かったので、別に行くこと自体はアルバートも構わないが、急な話だったので、何か事情があるのかと尋ねた。

 「いや何、この前もちょっと名前出たティアナのやつがさ、まあちょいヘマやらかしてヘコンでるんだよ。俺から見たら大したことじゃないんだけど、こういうのは引っ張ると悪化するから」

 なるほど、なにかと面倒見の良い彼らしい。どうやらそのランスターはミッドチルダ式の射撃型を主体しているようで、ヴァイスもアドバイスなどをして、フォアードの中でも特に親しい感じだ。

 「ははあ、つまり傷心中のところを付け込んで、初心な後輩をコマそうという魂胆ですか」

 「人聞き悪いこといってんじゃねえよ。それにアイツはまだまだ青い。けどま、あと3年位したらいい女になりそうだけどな」

 「そりゃ結構。でもまた、何で俺も?」

 励ましや助言なら、門外漢である自分がいる必要はないだろう、というアルバートの疑問に、ヴァイスはなんとも形容しがたい表情で答える。

 「今回アイツがやったヘマってのが、相棒を誤射しちまうところだったからだよ」

 「ほぉーー、誤射、誤射ねえ……」

 それを聞いたアルバートもまた形容しがたい表情を浮かべる。ヴァイスの意図は分かるが、あのことを引っ張り出すのかアンタは、という気持ちが生まれるのは仕方の無いことだろう。

 「まあ、んな訳だ、可愛い後輩のために、先輩である俺等が実体験に基づいた教訓ってヤツを示してやろうじゃないか」

 「ま、了解です、何処で何時からです?」

 「8時に『えれがん亭』集合、ああ、ラグナも来るぜ。野郎2人に女1人ってものなんだからな」

 「おお、相変わらず変なところで気が利きますねえ先輩は」

 



 そんなこんなで六課隊舎からほど近い場所にある居酒屋『えれがん亭』。上品なんだか庶民的なんだか、洒落のつもりなのか良く分からない名前の店だが、料理が美味く、値段も手ごろだから、交代部隊の面々はけっこう来ていたりする。

 ヴァイスとアルバートは既に3回目だが、むろんティアナは初めてだった。

「よっラグナ、2日ぶり」

 「はい、2日ぶりですねアルさん」

 先日の宣言どおり、その次の日にグランセニック家に顔を出していたので、ラグナとは会ったばかりのアルバートだった。そしてティアナとはあまり面識がなかったので、初対面のラグナと一緒に自己紹介をしあい、とりあえずの乾杯をする。

 「それじゃ、なんの乾杯かよくわかんないけど乾杯!」

 『乾杯!』

 「か、かんぱい」

 3人で食事をすることも多かったグランセニック兄妹+1は慣れたものだったが、こうした場所にも雰囲気にも慣れてないティアナは少々気後れしていた。

 だが、それもしばらくラグナと会話することで、ティアナの緊張もほぐれていった。ラグナ自身、おそらく自分が呼ばれた理由は、彼女の緊張をほぐすためだろう、ということを察していたので、その役割に準じる。実に良く出来た娘である。

 ラグナがティアナの相手をしてる間、男2人はそっちはそっちで楽しく雑談に興じていた。

 「一昨日先輩ン家にいったとき驚きましたよ、ラグナ、また料理の腕上げましたね」

 「だろ? 自慢の妹だからなぁ」

 「いい加減な兄とは比べ者になりませんからねえ。ほんと、ラグナはいい嫁さんに下さい」

 「明らかに文法おかしいだろ今のセリフ!」

 そうこうして出てきた料理を食べ、飲み、話しているうちに、ティアナのラグナに対する調子も相棒であるスバルのときのように打ち解けた様子になってきた。やはりアルコールは人類が生み出した最高の発明のひつとであろう。そうした雰囲気が形成されたので、ヴァイスも今回の飲み会を開いた本題に入ることにした。

「そんでティアナ、お前ここ最近やけに張り切ってるそうじゃないか」

 先ほどまでと同じ酒の席ではあるが、今までの冗談とは調子が変わったヴァイスの問いかけに、ティアナはややぶっきらぼうに答える。

 「別に、今までどおりに訓練してるだけですよ」

 そういう返事が帰ってくるのを予想していたのか、ヴァイスはニッと笑って話を続ける。

 「そう言われちゃ取り付く島も無いだろ。聞いたぜ、ホテルん時にスバルのヤツに当てそうになったんだって?」

 「………」

 事実を指摘され、すぐに返す言葉が出てこないティアナの様子を眺め、ヴァイスはこの場にアルバートを呼んだ意義を発揮することにした。

 「別に当たってスバルが怪我したわけじゃないんだろ? そんなら次気をつけりゃそれでいいんだよ」

 「……でも、任務中に味方に攻撃するなんて、失敗としてはかなり大きいじゃないですか」

 その言葉を待ってた、とばかりにヴァイスは内心で「よし、釣れた!」と拳を握った。

 「だ、そうだが、その辺お前はどう思う? アル」

 「そうですねー、とりあえず、可愛い後輩のドタマブチ抜いといて、反省も謝罪もしないどっかの狙撃手よりは、億倍も兆倍も、那由多の先まで数えれるくらいマシだと思いますけど」

 同じく話題が振られるのを待ってましたと言わんばかりに、殊更嫌みったらしく過去の恨み言を述べるアルバート。無論、ヴァイスが自分をここに呼んだ理由が、この話をティアナに聞かせる為だろうと理解しているからである。

 「お前ね、いつまで拘ってるんだよ6年も前の話を。度量がしれるぞ」

 「6年前だろうが60年前だろうが、人を円形脱毛にしといて謝ってない人間のほうが、よっぽど人格疑いますよ!」

 「あーたしか、毛根活性化治療受けたんだっけ、アルさん」

 と、そこへラグナも参加する。

 「そう! もしラグナがそういう治療があるって教えてくれなかったら、今でも俺はカツラ使用者でしたよ!『これは……良くないですね』って医者に言われた時の気持ちがアンタにわかるか? つか分かれよ同じ男でしょ」

 ティアナを励ますための話題だと理解しているが、思い出したら段々腹が立ってきたので、アルバートの言葉にも熱が入る。

 「ちゃんと謝っただろうが、グランセニック代表としてラグナが」

 「うん、不出来な兄のせいで妹はいつも苦労してます。そろそろそのいい加減な性格直してください」

 「そうだ、もっと言ってやれラグナ」

 「でも、アルさんもかなりいい加減だけどね」

 味方だったはずのラグナにこき下ろされて、ガクッとうな垂れるアルバート。そしてそんな3人の様子に置いていかれた形のティアナは、やや目を丸くしてその様子を見守っていた。

 そこへ、ヴァイスが6年前の”事故”のことを説明する。

 「と、いうわけだ。どう考えてもいきなり射線上に飛び出してきたこいつが悪い、って話だよティアナ」

 「そう、引き金を引く前に周囲の状態を把握してない未熟な狙撃手が悪い、って話だよランスター」

 「いいかげんにしなさい2人とも」

 「わるいわるい、ま、そういうことだ誰でもやる、狙撃の名人たる俺でもやるミスなんだ、あんま気に病むな」

 そう締めくくられた話を、ティアナは途中から目を丸くしながら聞いていたが、少し考えた様子を見せた後、口を開いた。

 「だけど、ヴァイスさんの場合とあたしの場合は違います。ヴァイスさんはキューブ士長のことを知らされてなかったけど、あたしはずっとコンビネーションの練習してたのに……」

 「ストップ、ティアナ」

 まだ続いていくだろうティアナの自己嫌悪の言葉を遮り、ヴァイスはグラスの中身をぐっと飲み干して、真面目な表情で語り始める。

 「いいかティアナ、お前より6年先に管理局に入った者として言っとくぞ、お前は一つ肝心なことを見失っている」

 常に無い真剣なヴァイスの様子に、ティアナもまた真剣になって聞いていると、彼はアルバートへと話の水を向けた。

 「アル、管理局員にとって最も大事なことはなんだ?」

 「市民の安全を守ること、そのための任務をきっちりこなす事です」

 「市民の安全と財産、じゃないっけ?」

 問われたことに間髪いれずに、かつ大見得切って答えたアルバートだが、おなじく間髪いれずにラグナに修正を受けてしまった。ヴァイスの頭がガクッと垂れ、アルバートもやっちまった、という表情で目を泳がせ、ラグナもしまった、という感じで口を抑えた。

 「あのなぁ…… 人がせっかく真面目に人生の先輩っぽく決めようとしてんのに、なに開始早々台無しにしてんだよ……」

 「……ごめんなさい」

 「私も空気読まないでゴメンね」

 どちらかといえば、民間人に指摘されるアルバートが悪いが、まあ50歩100歩だろう。

 こうして、真剣な空気は一瞬にして霧散してしまった。一度弛緩した雰囲気を再び張り詰めさせるのもなんなので、その空気のままヴァイスは続ける。いいや、こういう感じのほうが自分らしい、と開き直ることにした。

 「まあ、極論を言っちまうとだ、お前のミスなんざ大した問題じゃないんだよ。あの時のお前等の任務はホテルの民間人の安全と財産を守ることで、それさえ達成できれば過程がなんだろうといいんだ。ま、法に触れるような事やったらもちろんだめだけどな」

 「でも……」

 「まあ聞けって。お前さんの気持ちも分からんでもないよ。周囲にいきなりあんだけすげえ人たちが揃ってたら、今の自分と比べて劣等感持って、焦っちまうのはあるだろ。こっちにも、部隊長に信頼されてないのにぶーたれて、やる気出ねえ、とかいってるヤツいるし」

 そういってチラリとアルバートを見やる。みられた方はややバツ悪げに頭を掻きながら「別にぶーたれてるわけじゃないですよ」と言っている。

 「だけどな、それと任務とは別問題だ。管理局員に求められるのはただ強くなることじゃない、求められた能力をきちんと発揮できるかどうかだ」

 「先輩の言うとおり、ただ強さを求めるのはスポーツ選手か、もしくは純粋な武芸者の領分だ。でも俺達は管理局員なんだ」

 管理局員にとって力をつけることはあくまで手段である。なさなければいけない事、必要とされている事柄に対応するための力をつけるのだ。

 純粋に武としての強さや、知識の探求を行うのなら、それを行うのはプロの格闘選手や、専門の学者の領分となるだろう。彼等は力や知識をつける事が”目的”なのだから。

 求める能力に対して、それが”目的”なのか”手段”なのか、己の立場がどちらに属するのか、それを忘れてはならない。

 「お前がヘマやった自分を許せないんだろうなってのは端から見てても分かるよ、でも突き詰めちまえば、お前が納得できるかどうかなんて二の次三の次、重要なのは結果だ」

 前回の出動で機動六課に求められたのはホテルの警備で、それはきちんと達成された、ならばたかだか二等陸士の些細な失敗など、全体からみれば掠り傷にもならない。

 「そう…… ですね」

 自分の気持ちを本当に分かるのは自分しかいないが、それでもここにいる3人は自分の気持ちを慰めようと、理解しようとしてくれているのは彼女にも伝わっている。

 ヴァイスたちの言葉を受けて、若干硬くなっていたティアナの心境も徐々に軟化していった。

 「そうそう、後輩を10代でカツラの危機に追い込んどいて、始末書の一枚も書かなかった人がのうのうとしてて、未遂のランスターが責任感じてるなんて馬鹿な話はないぞ?」

 「プっ、そうですね」

 アルバートの冗談が効いたのか、ようやく笑顔を見せるティアナ。

 「お前がそれでも自分が許せないって言うなら、それはそれでよかろうさ。今までどおりに戦えないかもしれないなら、銃を置くのもけじめの一つだと思うし。ただ、闇雲に突っ走るのはよくないぜ」

 「そうそう、いくら遅刻しそうだからって、制限60kmのところを100kmオーバーで突っ走ってたら、たとえそのとき遅刻は免れても、後で免停喰らったら誰も褒めないし、むしろ叱られる」

 まるでそんな体験をしたかのように語るアルバート。そしてそのことは続くラグナの言葉で明らかとなった。

 「二日酔いするまで騒ぐから、速度計の場所ど忘れしたりするんだよ、明日はそんなことにならないでよ? アルさん」

 「……安心しろ、今は隊寮住まいだから」

 どうも先ほどから締まらない空気が続くが、逆にそんな終始緩い空気が功を奏したのか、乾杯をしたときは確かにあったティアナの張り詰めた雰囲気が大分抜けていた。

 「……先輩方の言うとおりですね。うん、そうだ、あたしは兄さんの夢を継ぎたいけど、その前に1人の局員なんですよね」

 「自分の夢を持つのも、誰かの夢を継ぐのも悪くなんか無いさ。ただ、執務官になるのがゴールじゃないだろ? 夢は大事に、けど日々の業務もしっかりと、無理は禁物、自己管理はしっかりと、てなとこか」

 「実に当たり前のことしか言ってませんね先輩」

 「基本に忠実が一番なんだよ」

 そうですね、とティアナが返し、お兄ちゃんにしていいこと言うね、ラグナの辛口に苦笑いしたヴァイスは、パンと手を叩いて話を締めた。

 「よし、まあ説教じみた話はここまでにして、折角の集まりだ、もっと飲もうぜ。」

 「おー」

 「スミマセーン、チューハイもう1つー」

 そんな様子の3人をみて、ティアナは今度こそ屈託ない笑顔を見せた。 




それから2時間後

 「だから、去年の聖夜祭の夜、あれは今思い出してもやりきれないんですよ。聖夜祭といえば1年で一番世界規模でもっとも愛が囁かれる日なんですよ? 世間様では家族でパーティしたり、教会でお祈りしたり、はたまた好き勝手に逢引したりしなかったりでですね、囁きあってるんですよ愛を! 与え合ってるわけですよ温もりを! 求め合ってるんですよ肉を! そんな日に今日はなにか素敵な事が起こるかもしれない、なんて心の隅で思うのはちっともおかしくないですよね16歳の乙女的に! ああ、なのに起こったのはビル火災! 緊急出動して朝まで消火! 朝日を拝みながら敗残兵のように女2人でベッドに倒れこんだ空しさがわかりますか!」

 日ごろの鬱憤をこの期に全部吐き出そうとしているのか、素面では絶対言わないようなことをマシンガンのようにまくし立てるティアナ・ランスター16歳がそこにいた。

 「ああ、うん、わかる、わかるから少し声落とせ」

 「でも、あたしは思うわけですよ、きっとうちの隊長たちも敗残兵組だと! だいたいあの年齢であんな階級に能力なら、ティーンの青春を丸ごと仕事に捧げたに違いありません。特にフェイトさんとか、美人なのは認めますけど、ぜんっぜん男っ気ありませんからね。まあ彼氏どころか男友達すらいないあたしが言うのもなんですが、あのままじゃあ残念美人一直線ですよ。部隊長は19歳なのに雰囲気が完全に”おふくろさん”だし、なのはさんなんて堅いオーラがバリバリ出てて、さながら鋼鉄の処女です。自分の将来もあれかと思うとやり切れなさが倍増ですよ」

 「すげえこと言うなお前……」

 「あたしだって健全な10代ですから、その手のことだって当たり前に考えますよ、それでも自分は兄の夢を継ぐために今はそんな事はやってられないと自己暗示して抑えてるんですよ、なのに、あー! もうあのチビっ子カップルときたら! いつもいつもイチャイチャして! あてつけか? あてつけなのか?」

 「いくらなんでも鬱憤ため過ぎだろ、10歳の子供に嫉妬すんなよ……」

 今までこんな機会が無かったからか、堤防が決壊したかのように管を巻くティアナ。アルコールは人類が発明した最大の発明であると同時に、最大の毒であることもここに証明された。

 そんな酒乱の聞き手に回ってるのはヴァイス。ティアナの目が据わってきてから、残りの2人は早々に退避し、ラグナはサラダをつまみながら店員の女の子と最近の流行のことなどを話しており。アルバートはひたすら食べてる。

 「すいませーん、焼きうどん一つと串焼き10本追加ー」

 「アルさん、昼抜いてたの? あ、それともいつものアレ?」

 「そうそ、俺は美味いモンは食える時に食っとく主義だから」


 「お前等もコイツの相手しろよ…… それに、自分で食った分は自分で払えよ、お前」

 「聞いてます? ヴァイスさん? ていうかあたしまだ24時間体制なんですからね、もしなんかあったら責任とってくださいよ」

 「おお、酔っててもしっかりしてるなランスター。あ、そういえば俺明後日あたりからそっちお邪魔することになったわ、今日部隊長に言われた」

 「へーそうなんですか、………なんで?」

 「なんでも教導の手伝いとか何とか」

 「あれあれ? 愛しの高町なのはさんと一緒にお仕事?」

 「だからラグナ、俺は別に……」

 「なに? キューブさんもなのはさんファンなの? スバル1人で十分よそれは、で、聞いてますかヴァイスさん、だからあたしはですね……」

 「はいはい聞いてる聞いてる」

 この調子がこの後も30分ほど続いたが、流石に明日も仕事だということで、この場はお開きになった。

 「んじゃ、俺ラグナ送ってくから、お前ティアナ頼むな」

 「そういう外道なこと言います? 誘ったのは先輩なんだから、先輩が送るのが筋でしょう」

 「馬鹿、女の子1人で夜道歩かせられるか。俺の大事な妹になにかあったらどうするんだよ」

 「だから、俺が送りますよ。先輩はそっちの酔っ払いの介護をヨロシク」

 「ったく、やっぱそうくるか…… まあしゃあないな、きっちり送れよお前」

 「アルさんが送り狼にならない?」

 「なる」

 「きゃー」

 などという会話を交わしながら、それぞれペアになって別の方向へと歩き出した。
 

 「なんだかんだで楽しかったな今日は、こういう気心しれた奴等で騒ぐのはホント、いいもんだ」

 「今回はティアナさん、というかお兄ちゃんが災難だったかな? それとも役得かな?」

 「どうだかなー、ああ、そういえば静馬たちと飲んだ時も、酔った妹をアイツが背負ってたっけ」

 そうだ、妹はあまり酒が強くないうえにあの頃はまだ学生だったから、正月の集まりの時のお神酒で酔って、静馬に部屋まで背負われていったっけ。思えば、あの頃からあいつらは想いあっていたのかもな。

 考えてみると、兄妹と兄の友人、仲の良い3人。そんな関係も、今の自分達と似ている、あれ、そうなると俺はラグナと結婚することになるのか。まあ、そのへんはラグナ次第かな。

 そうした感想を抱きながら、アルコールの酩酊感に浸り、上機嫌で歩いていく。

 そんな気持ちを持ったのは、今日の自分達の状況が、あの日の”自分”達と同じように、どこにでもあるような、けれどとても幸せそうな雰囲気があったからだろうか。

 ほろ酔いの頭には、6月の夜風は適度に心地いい、頭が軽くなって小難しいことなど考える気も起きない。

 だから、アルバート・キューブの人生の中では会ったことも無い人物の名前を、当たり前のように出していたことを、彼は気づくことは無かった。隣をあるくラグナも同じく、彼の言葉に聞いたことが無い人物の名前が出ても、とくに疑問に思わなかった。

 「あ、明日一応モーニングコールかけてくれ、起きられなかったらマズイもんで」

 「ん、了解、お任せください」

 そうして2人は和気藹々と話しながら、肩をならべて歩いていく。そしてもう一方は

 「ああ、酒の匂いが無ければ、けっこういいシチュエーションなんだけどなぁ……」

 と足元がおぼつかない上に意識が混濁気味のティアナを背負いながら、まあ、これも役得といえるのかね、苦笑して歩いていった。

 なお、この日の後半のことはティアナは覚えてなかったが、この時の彼女に必要だったのは前半部分だけだから、きっとその方が良かっただろう。
 
 


あとがき

一応ティアナ撃墜回避イベント、になるのかな? まあ、こういう形でのストレス解消というか、そういうのもアリではないかと思います。
先日同僚がミスをやって、へこんでた彼女をみた先輩が自分たちを誘って飲み会にいってきた体験から書いた話。ああいう集まりは大事だと思います。

ついでに、今回のティアナの愚痴は、これまた分かる人にはわかるネタ。自分の聖書的な作品のセリフを少々拝借しました。



[30451] 二刀流の遣い手
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/11/20 12:27
 まず、強く抱いた思いは安堵。

 元気で、健康無事に育っていてくれたことに対する安心。およそ同年代の女性に抱くものではない。だけど、なぜか彼女を直接見たときにそう思った。

 彼女の姿を見る度に、仕事が楽しそうか、何か悩み事はないか、病気はしていないか、という心配を心のどこかで持っている。

 そう、それはまるで彼女の父か兄にでもなったかのように……



 その3 二刀流の遣い手

 今日も今日とて訓練漬けの機動六課フォワードの4人。年少2人が毎日の厳しい訓練にもめげずに頑張っている姿は、他の隊員にも良い影響を与えている。あの子達が頑張ってるんだから自分も、という意欲が湧いてくるのだ。

 それが狙ったものなら、やるな八神はやて、流石は19歳で二佐になった女傑よ、と褒められるところだが、残念ながら別に意図したものではなかった。

 というか、つい数年前まで彼女達自身がアースラという艦内で、そういう一種のカンフル剤のような役割を持っていたものだ。

 そしてそんな六課の顔になりつつあるフォワードたちも、今日はややいつもとは違う心持で訓練場所に向かっていく。

 機動六課の教導も2ヶ月半がたち、そろそろ4人一緒の訓練メニューだけではなく。ミッド式、ベルカ式に分けての訓練も行うようになっていた。しかし、今日からスターズの副隊長であるヴィータが、地上の各部隊に対ガジェットの対処法の伝授行脚に行っているため、ベルカ式担当の教官が不在になってしまった。

 もちろん、戦技教導官であるなのはでも教えられるが、やはり彼女はミッド式なので教えきれない部分も出てくる。なので、交代部隊から誰か借り出せないだろうか、と部隊長に申請してみたところ、1人良い人材がいる、という返事をもらえた。

 交代部隊のベルカ式といえば、真っ先に浮かぶのはライトニングの副隊長であるシグナムだ。彼女も古代ベルカ式、今までフォワードに教えてきたヴィータと同じなので、彼女が引き受けてくれればそれまでとそう変わりない訓練が行えるだろうが、残念ながらシグナムは交代部隊のリーダーとしてヴィータ以上に忙しいので無理。

 だが、交代部隊にはもう1人古代ベルカ式の使い手がいた。よって呼ばれたのはそのもう1人であるところのアルバート・キューブ士長である。

 なので、今日から新しく自分たちを教える人物は、どんな人なのだろうかという、期待と不安が入り混じった気分を4人は共有していた。

 「そういえば、ティアさんはキューブ士長と面識あるんですよね?」

 そう聞いたのはエリオで、彼は4人の中で一番アルバートが来るのを楽しみにしているので、口調も心なしか楽しげだ。

 その理由はなんと言っても機動六課の表部隊の男女比が、圧倒的に女性に偏っていることに起因している。同じフォワードも、部隊長達も、ロングアーチのオペレータたちも女性が多い。大勢の女性の中で男1人、というのは気後れするものだ。

 グリフィスは理知的かつ謹直な青年で、口数も少ないからあまり会っても会話が弾まない。気さくなヴァイスは話してると楽しいが、彼はヘリパイなので、整備班や交代部隊のメンツと一緒にいる事が多いので、あまり話す機会が無い。

 なので、アルバートが来ることを彼は素直に嬉しがっていた。

 「うん、まあ、あるにはあるんだけど……」

 先日の飲み会の後半の記憶が無く、気づけば自室のベッドの上だったことは、彼女にとって少々恥ずかしい思い出となっている。スバルの話ではヴァイスに背負われて帰って来たらしく、いったいあの時自分がどんな醜態をさらしたのか、怖くて聞けないティアナだった。

 「どんな人なんですか?」

 キャロも興味があるのか聞いてくる。物怖じする性格ではないが、そこはまだ10歳の女の子、やはり知らない男性というのは緊張するものだろう、声に緊張のいろが強い。

 「うーんそうねえ、一言で言えばヴァイスさんの後輩、って感じの人かしら」

 上手い表現が思いつかないので、自分の印象をそのまま伝えることにした。そう、なんというか、彼はヴァイスの後輩なのだ。逆に先にアルバートと面識があれば、ヴァイスのことをアルバートの先輩、と表現しただろう。早い話が似たもの同士。

 「じゃあ、明るい感じの人なんだね」

 スバルにはティアナの言葉でイメージできたのか、アルバートの人物予想をしていた。そしてそれは合っている、確かに彼は明るい性格だった。

 「まあ、なんにしても会えば分かるわよ。……って、ひょっとしてあの人もう来てる?」

 いつもの集合場に目をやれば、そこには正座で座っているアルバートの姿があった。ふつう、集合場所で待つ場合は立っているか、座るにしても正座はない、ミッド人には馴染みが無いし、なにより足が痺れる。だから4人にとってその姿は少々新鮮だった。

 「わ……」

 そこへ、かなり強めの風が吹き、ティアナやキャロが髪を押さえてると、不意にアルバートが動いた。

 正座の状態から、おそらく彼のデバイスであろう2本のやや短い直刀を抜き放ち、そのまま舞のように型を打つ。そして一連の動作が終わったあと、風で舞った数枚の木の葉が切れていた。

 「すごい……」

 今までなのは、フェイトを初めとした様々な高ランクの魔導師たちを見ていた4人だが、アルバートの動きはそれらとどこか違ったもののように見えた。

 強いていうなれば質だろう。魔導師―特にミッド式―は出力に重点が置かれている。根源となるのは魔力の出力で、その差が大きければある程度の相性など問題にならない場合が多い。

 だが、今のアルバートの動きは一切の魔力が感じられなかった。即ち今の動きは、魔力に頼らない純然たる彼の身体能力と、訓練によって培った技術の集合体なのだ。一概に、古代ベルカ式はそうしたものが多い、ヴィータはその戦闘スタイル上、出力重視のところがあるが、シグナムやザフィーラは典型的な技術重視だ。

 これはどちらが優れている、という問題ではない。ただ、4人にはその動きが、とても綺麗に見えた、という話である。流れるような一連の動きは、どこか人を惹きつける芸術めいた側面がある。そして、代々受け継がれてきた技法とはそうしたものだ。

 もっとも、アルバートはそれを完全に再現できているわけではないが。

「ん? おお、4人とも来てたのか」

 4人が近づいてることに気づいたアルバートは、抜き放った刀を鞘に納め、向き直る。

 その後、今の凄いですね、大したことじゃないよ、いえかっこよかったですよ、いやいやそれよりお前この前起きれたか? ええまあなんとか…… などのやり取りをしていると、なのはが到着した。

 「あ、なのはさん、おはようございます!」

 なのは、高町なのは。その名前はアルバートの心を揺るがす言葉だ。容姿でも、能力でもない、彼女に対して最も心を動かすのは、その名前を聞いたとき。

 「うん、おはよう。みんな、集まってるね。それと、キューブ士長、今日からよろしくお願いします」

 「いえ、こちらこそよろしくお願いします、高町一尉」

 そして握手する2人。同い年の器量の良い女性と握手する、ということに、普通ならば異性に対して抱く妥当な感情が働くものだろう。だが、やはりというべきか、彼女の女性らしい手の感触が伝わった時も、胸に覚えた感情は安堵と感動が交じり合ったような不思議なもの。

 なのはは今日の訓練内容をフォアードたちに、そしてアルバートに語っている。アルバートは臨時教官役としてなのはの隣に立っているので、なのはの説明を聞きながらも、視線はフォアードたち方を向けるべきである。

 だが、どうしても、その横顔を見つめてしまう。しかし、その理由はきっと恋ではなく。

 恋ならば、この心境の説明はつかない。恋慕を抱く者を見つめるとき、人の鼓動は激しく脈打つはずだ。だが、アルバートの鼓動は凪のように静かに彼の体内を流れている。

 そう、まるで彼女が元気に働いてるのが、とても嬉しく誇らしいかのように……

 「と、いうわけです。今日から3日間は私がティアナとキャロ、キューブ士長にスバルとエリオ、という組み分けでミッド式、ベルカ式にわけて訓練を行います。じゃあ、ティアナたちは私についてきて、キューブ士長は2人をつれてこのエリアで指導をお願いします」

 『はい!』

 「了解しました」

 「訓練終了後、またここに集まってね。キューブ士長、そのときいろいろお話聞かせてもらってよろしいですか?」

 「ええ、構いませんよ」

 そういって6人は2組に分かれて訓練をすることになった。

 答えの出ない自問をしていても仕方ない、気持ちを切り替えてアルバートは2人にとりあえずの自己紹介をする。そしてスバルたちも簡単な自己紹介をしたあと、早速模擬戦に入る流れになった。

 何をおいても、まずは手合わせするのがよかろう、という判断である。

 「よし、やるぞ! 覚悟は良いか? 2人とも!」

 『はい、行きます!!』

 アルバートの得物はショートソード。なのはの出身国では小太刀と呼ばれるものと酷似した武器である。それを抜いて構えた姿に、スバルとエリオは緊張と興奮を隠せない。

 この刀は訓練用で、もしもの時のために刃はつぶしてあり、魔力の鞘で覆って衝撃を緩和するようになっている。古代ベルカ式のデバイスは、たいていこのような機能を有しているのだ。

 そして模擬戦開始と同時にスバルが持ち前の機動力で突進し、マッハキャリバーの速度が乗ったリボルバーシュートでの先制攻撃を放つ。


 ――小太刀二刀■■流――

アルバートの頭にそんな言葉が浮かぶも、瞬く間のうちに消えていく。これは彼ではない彼が知っている事柄だから、彼はこの技の名前を知らない。だが体に、いや魂に刻まれた動きを、”アルバートとしての”方法で再現するのだ。

 双刀を構えたアルバートは動かず、そのままスバルの攻撃が通るように見えた瞬間、スバルが派手に転倒した。

 相手の足を抱え際に刃を立て、垂直に切り裂きつつ転ばせる
 ――掛弾き(かびき) ――

 転倒したスバルの後ろから、槍の穂先が向かってきていた。スバルのすぐ後にエリオが付いていたのだ。彼もまたタイプは異なるが高速機動型で、持続力は劣るが、瞬発力では大きく上回る。

 だが、その一瞬後にはエリオが地面に伏していた。紙一重で翻されたと思ったその瞬間、彼は稲妻のような蹴を受けて地面に叩きつけられたのだ。

 相手を蹴り、脚を相手に突き立てたまま反転して相手を地面に叩き落す。
 ――猿(ましら)おとし――

 模擬戦開始10秒で、2人とも倒れ伏すという結果に、流石の2人も目を剥く。いくら自分達より数年先輩の局員で古代ベルカ式の使い手でも、自分達と相手のランクは同じBだ。(B+とBでは戦闘能力は同等と見なされるのが普通)

 この2ヶ月、エースオブエースの訓練を受け、実戦任務をこなし、慢心ではない確かな実力の向上を、自他共に認められていたはずなのに。

 なのはを相手にした模擬戦でも、ここまで早く倒された事は無かった。

 「終わりか?」

 ニヤリ、という年上に言うのもなんだが、生意気な少年のような、どこか人を馬鹿にした口調と表情に、2人の負けん気が燃焼した。それは、なのは相手では沸き起こらなかった感情で、なんのまだまだ、見ていろ本番はこれからだと立ち上がり、再び突進しようと思ったその瞬間。

 二刀ではなく、一刀での遠間からの抜刀による一撃
 ――虎切――

 彼の戦法は基本的に先の機を掴むもの、だから先刻のような先の後を狙うのは本領ではない。むしろその瞬間的な加速から先の先で相手を斬りふせることこそ最上としているかもしれない。

 相手が斬られたと思う暇も無く、既に倒している。彼の戦い方はそういうもので、それはそう、まるで裏の世界に住む暗殺者の如くに。

 だから、立ち上がって反撃しようとしたその時には、2人仲良く母なる大地の息吹を背中に感じていた。二刀使いが一刀での抜刀を行うと思わなかったし、そもそもその速度を見切れなかった。

 「終、わ、り、か?」

 先ほどよりゆっくりとした、そのためにムカつき具合も倍増した言葉に「なんのォォ!!」と声を揃えて2人は立ち上がる。

 「そうだ! 負けるな男の子ォ!」

 「あたしは女の子ですー!!」

 突進! 我にあるのはそれのみといわんばかりに突撃するスバル、このままではさっきの焼き増しだが彼女も馬鹿ではない、アルバートの間合いに入る直前の地点からウイングロードを展開し、頭上を通過していく。その行動に驚いたアルバートをエリオがソニックムーブで横合いから攻撃しようするも――

 「うええええええ!?」

 足に違和感を覚えたと思った瞬間、スバルは強い力に引き寄せられ、ウイングロードから脱線して鉄球の球よろしく、遠心力をもって振りまわされる。そしてその先には――

 「うわあああ!!」

 エリオがいた。彼は咄嗟に自分に向けて放られて来るスバルを受け止めるべく両手を広げたが、残念なことに10歳の小さな体格では15歳のスバルを受け止められる事が出来ずに、直撃して絡み合って吹き飛ぶ。

 「いたたた……」

 折り重なるように倒れるスバルとエリオ。ちょうどスバルの胸がエリオの顔をうずめるような格好だ。とっさに攻撃をやめて女性を受けとめることに切り替えた、小さな騎士への神様のご褒美かもしれない。

 スバルは15歳にしてはかなり大きいほうだから、早熟な少年には役得だろう。神様は「男はみんな大艦巨砲主義」という真理をご存知かもしれない。

 「ごめん、エリオ! 大丈夫?」

 「ふぁい、へすひゃら、ふぉけてくらはい(はい、ですからのけて下さい)」

 「おお、やるな男の子、咄嗟に女の子を助けようとしたのは偉いぞ」

 アルバートも素直にエリオを褒める。まだ10歳なのに、あの一瞬で敵への攻撃ではなく、仲間のフォローを選んだ少年を、彼はいたく気に入った。

 「だが、これで分かったろ。俺もお前達も近接主体のベルカ式、当然高町一尉やガジェットとは勝手が違うぞ。じゃあ、それを踏まえた上でもっかい来い!」

 今度は闇雲には突っ込まないで、エリオはあまり得意ではないが電気変換での雷撃を、スバルがウイングロードを縦横無尽に展開し、撹乱を狙うが。

 「甘いぞォ!」

 近接主体でるリボルバーナックルでの攻撃は、どうしても攻撃を当てるためには相手に近づかなくてはならない。だからそのインパクトの瞬間さえ見切れることができば、反撃は至極容易。

 「つあっ!!」

 だが2回も3回も一撃でやられるわけにはいかないとばかりに、なのは直伝のシールドを展開させて体制を立て直すスバル。そこへエリオの放った雷撃が襲い掛かるが、彼はそれを一刀を投擲して防ぎ、それと同時にもう片方の手で何かを投げつけていた。

 「痛っ」

 手に鋭い痛みを覚え、思わず抑える。ふと見ると足元に鏃のようなものが転がっていた。彼は知る由も無いが、それは飛針と呼ばれる投擲武器である。

 エリオのもとにスバルが戻り、仕切りなおしの形をとる。どうやら、アルバート・キューブという男は単なる剣士ではなく、複数の武器を使いこなす戦闘の専門家ということが、今までの攻防で明らかになった。

 アルバートが所持する武器は3種。二刀のショートソードが主武装。それに加え飛び道具の飛針と、中距離のけん制ようのワイヤー(これも訓練用に傷つかないように処置されてる)。これらを場合に応じて使い分けている。

 厄介な相手だが、戦い方が分かれば対処の使用もある。2人は改めて顔を見合わせ、コンビーネーションを組んで再び攻勢に出る。

 今度は一撃でやられたり、秒殺されたりはしないが、それでも攻めあぐねる。二刀を巧みに操り流れるような動きで2人を相手取りながら、むしろ2人が後退している。

 ベルカ式には近代ベルカと古代ベルカの2種があるが、根本的には魔力を体外に放出するミッド式体系を苦手とし、身体強化による近接攻撃が主体の戦闘体系である。

 主な違いは、例えるならば近代ベルカ式は騎兵、古代ベルカ式は歩兵と言える。騎兵はその速力を以って敵を蹴散らすことを主眼に置き、歩兵はその数で圧倒するものだが、この場合はその多様性を重視する。つまり騎兵がその特性を生かすには、持つ武装は自ずと多くなくなるが、2足の人間は実に多種多様な武器を扱う事が出来る。

 近代ベルカ式は魔力の篭もった一撃を重視し、如何にその一撃を当てるかのために戦術を組む。

 対して古代ベルカ式は、明確な「必殺」を定めない。連撃、一撃重視、全ての連携をもって相手を打破する。

 威力は近代ベルカ、技量は古代ベルカというのが、より簡単な分けかただろうか。だが、その違いも一定のラインを超えれば、明確に分ける必要がなくなる、より上を目指すのならば、あらゆる技術を修めるからだ。よって、達人ならば「総合ベルカ式」というべき存在となる。

 8年前に亡くなったというゼスト・グランガイツや、シグナム、ヴィータなどはこの域に達した者達だ。今1人、盾の守護獣ザフィーラもいるが、フォワードたちは彼の人型の姿をまだ見たことはなかった。

 しかし、魔力量が一定ラインを超えた者は、もはやミッド、ベルカに分けることすら意味が無い、出力が高すぎると、出来る事が自ずと狭まる。即ち、大規模魔力の放出で、しかも己だけでは制御しきれない場合も多々ある。八神はやてがそうだろう、彼女は制御の部分を他者に代行してもらわなければ全力を出せない。

 2人が良く知る古代ベルカ式の使い手であるところのヴィータは、鉄槌という武器の特性上、どちらかといえば威力重視の近代ベルカ式に似ている。 

 だが、アルバートの戦い方は、小さく鋭い。そして驚くことに、彼は身体強化以外に魔力を使っていないのだ。もともと彼は魔力放出が苦手な上、保有量などはエリオの1/3に満たない、だからこそその技量には素直に感嘆する。

 そうした状態で模擬戦は続いていき、途中で珍しいことにスバルがリタイヤした。アルバートとの戦いは、体力よりもむしろ神経をつかうのだ。頭より身体を動かす(周囲にあまり認知されていないが、彼女は頭も良い)ことのほうが好みであるスバルにとっては、少々キツイものがあった。

 だが、エリオは1対1になってからも、休まずにアルバートに向かっていっている。やはり男同士というのは嬉しいのか、スバルほどの神経の疲労はないようだ。むしろ普段よりイキイキしているといってもよい。

 「やー!!」

 「よし、いいぞォ、その調子だ」

 放たれる誘導弾を避けるのも訓練として有意義だが、やはりあの年頃の男の子には、こうした身体をぶつけ合う泥臭いやり方のほうが好みかもしれない、と戦う2人を眺めながらスバルは思った。

 だが、それは少し異なる。イキイキしているのはエリオだけではなく、アルバートもいつになく心が躍っていた。まるで”10歳くらいの少年に稽古をつける”という今の状態に喜びを感じているかのように。

 (今の俺は、いつもりよく動けている)

 彼は不思議な感覚を覚えていた。そう、”これは以前もやった事がある”という、いうなれば既知感を感じていたのだ。年下に教える経験など初めてだというのに、再びこうできることを待っていたかのように、心が、魂が喜んでいる。

 だからか、いつもよりさらに深く”引き出している”感覚があるのだ。 

 「まだまだぁ!」

 「そうだ来い来い!」

 楽しそうだなぁ、とスバルは感想を浮かべながら、なんとなく入っていきづらいのでしばらく観戦することにした。


 「ハァ、ハァ、ハァ……」

 それから30分後、大の字になって倒れ、大きく胸を上下させながらも、清清しい表情をしている少年の姿がそこにあった。

 「よし、よくやったな恭也、最後の攻撃は良かったぞ、一瞬ヒヤリとしたくらいだ」

 「あ、りがとう、ござい、ます」

 「まあ、今は呼吸を整えとけ。よし、ナカジマ、次はお前と1対1でやるか」

 「あ、あたしのことはスバルでいいですよ。それに、キューブ士長は休憩しないでいいんですか、結構汗かいてますけど」

 「コレくらいではへばらんさ、体力、というか丈夫な体だけが取り柄だから。それから俺もアルバートでいいぞ」

 「じゃあ、いきますよアルバートさん」

 「よし来いスバル」

 そして、その20分後には大の字になる少女の姿が現われる事になった。



 『あ、リがとう、ござい、まし、た』

 その後も模擬戦が続き、アルバートも小休止を挟んだ後、午前の訓練が終わったときは2人とも息も絶え絶えな状態になっていた。ちょうど向こうの2人も終わったらしく、なのはと一緒にこっちに歩いてくる。

 ティアナとキャロもかなり汗をかいてはいるが、こちらの2人のように大地の息吹を全身で感じている訳ではない。ティアナがスバルに「そんなにキツかったの?」とか、キャロがエリオに「大丈夫?」と心配そうにしている。

 「ずいぶん張り切ったんですね」

 「ええ、まあ、なんか熱が入ってしまって」

 なのはの言葉にアルバートは頭を掻いて答える。自分でもここまで張り切ってやるとは思わなかったが、不思議とエリオを相手にすると、勝手に体が動くような感じでやっていた。エリオもエリオで遮二無二かかってくるので尚更に。

 「そうですか、実は私も付きっ切りで教えるのは初めてだから、やってるうちに自分でも驚くほど熱が入ることありますよ」

 「でも、まだ子供ですからね、身体に無理を掛けるギリギリを見極めないとダメですね」

 「アレ? キューブ士長はこういう訓練指導の経験あったんですか?」

 「いや、無いですけど、まあそういうもんじゃないかな、って」

 初体験だが、ごく自然にそういう事が分かる。エリオの年齢ならどこまでがデッドラインか、スバルならどこまでが無茶か、というのが感覚で分かるのだ、そんな経験などないというのに、なぜか”知っている”。

 こういう感覚は今まで無かったわけではないが、特に最近感じる事が多い。それは――

 「そうですね、私もつい自分基準で考えちゃいますから、そこは本当に気をつかなきゃ、と思っています」

 彼女を見る機会が、話しをする機会が多くなってからだ。高町なのは、自分は彼女をどう思ってるのだろう? 彼女に何を求めているのだろう?

 その答えは、まだ、出ない。






 正午になり、昼食を摂る為に食堂へ向かおうとした5人だったが、それをアルバートが引き止めた。すると彼は茂みの奥からコンロ、鍋、焼台と串焼き器、それに様々な食材を引っ張りだしてきたので、5人は目を丸くして驚いた。

 「折角なんで、親睦を深める為にもここで食いません?」

 というアルバートの誘いに断る理由は5人には無い。というか、ここまで準備されたら断るに断れないというものだ。


 「朝早くから来てたのは、それの用意をしてたんですね」

 並べられていく食材を見て、目をキラキラさせながら聞くスバルに、応よー、と答えて鍋の準備をする。

 「私、手伝いますね」

 となのはも腕まくりをして焼台に火を入れて、串に刺さった肉を焼く準備を始める。

 「あ、お願いします」

 「このお鍋ではなにを作るんですか?」

 キャロも子供らしく、思いかげないバーベキューパーティーのような昼食にワクワクしていた。なんとなく自然保護区での食事風景を思い出す。

 「コッチでは焼き飯を作る、エリオ、ちょい手伝ってくれ」

 「はい!」

 すっかり呼吸が合った青年と少年。スバルはもう慣れたが、他3人は若干驚いていた。エリオは常に控えめで、保護者であるフェイトですら、もっとやんちゃしてもいいのに、とこぼしてる位なのだから。

 しかし、今のエリオはとても楽しそうに、子供っぽい笑顔を見せてアルバートと一緒に準備をしている。やっぱり男同士っていうのは大きいのかな、となのはは思ったと同時に、若干寂しげな気分になった。この2ヶ月半の間、自分では引き出せなかった表情だったから。

 「焼き飯ってどう作るんですか?」

 「まあ見てな」

 まず鍋のなかに人参、たまねぎを入れ炒め、しばらくして肉を加えてさらに炒めた、そこへ水を入れてスープしに、米を投入したら少し煮て、蓋をして炊き上げる。

 エリオが言われた材料を投入し、アルバートがかき混ぜるという共同作業してる横で、なのはが串焼きやスープを、キャロがヤキソバを次々と作っていき、ティアナが折りたたみ式のテーブルセットを組み立てて、昼食の用意が出来ていく。約一名お腹がすいて動く気力がなく、出遅れた者もいるが。

 「楽しいですね、なのはさん」

 「そうだねキャロ」

 「アルバートさん、料理上手いんですね」

 「いんや、俺に出来んのはこういうアウトドアな料理だけ」

 「あんまり野外で焼き飯作る人っていない気がしますが……」

 「あたしだけ、なんもしてないや……」

 などという会話を和気藹々と交わすうちに、それぞれの料理ができあがり、即席のバーベキューパーティのような昼食が始まった。

 「できたねー、じゃあ、みんな好きなの取っていって」

 それぞれが皿に料理を取り、席につく。

 「それじゃ、冷めないうちに食おう」

 『いただきます』

 
 




 「おいしい!」

 「これ、なんのお肉ですか?」

 「それ? たしかなんとかって山鳥」

 「そんなの売ってるんですね」

 「探せばけっこうなんでも売ってるよこの街」

 「これ焼きまんじゅうですか? サクサクしておいしいです」

 「焼きソバもおいしい、あ、こぼしちゃった」

 「ハンカチハンカチ」

 「果物もあるからねー」

 「青のり取ってー」

 「こら、あんたもっとゆっくり食べなさいよ」

 「おかわりよそってきますね」


 といった感じで実に楽しげに野外ランチは進んでいく。その際に交わされる話が、午前の訓練のものになるのは自然というものだろう。

 「すごいんですよ、アルバートさん、こう、二本の剣で鋭くて早くて、なのにとっても腕にくる攻撃を次々と放ってきて……」  

 興奮気味に訓練の感想を語るエリオ、やはりその様子はいつもと違い年相応に見える子供らしい姿。

 なのはは、おそらく目標を見つけたのだろうと思っている。自分も、フェイトも、ヴィータも、そしてもっともエリオに近いであろうシグナムさえも皆”空戦”魔導師及び騎士で、根本的なところでエリオと違う。だから、”自分もああなりたい”という目標になりづらい。どうしても陸と空の差が”あの人たちのよう戦い方はできない”という思いが先に来る。

 だが、同じ陸戦高速機動タイプ、しかも自分より魔力が低く、特別な変換資質も持たないアルバートが技量を以って戦う姿は、エリオにとって”目標”たりえたのだろう。”この人のようになりたい”という確固とした象を定める事ができたことへの興奮が強いのだろう。

 エリオの戦闘センスは4人の中でもずば抜けている、魔力量や使用する技の多さとかでなく、戦うことに対する感覚が、他の3人より頭1つ抜けており、もしかしたら自分やフェイトを上回っているかもしれないと、なのはは思う。それは彼の出自に起因するものかもしれないが。

 「特にあのソニックムーブ、僕のよりずっと速い上に細かい動きも出来て、あれはどうやってるんですか」

 「あれか、うーん、口ではちょっと説明しづらいなぁ」

 ティアナやキャロも興味があるようで、話に加わり質問をする。

 「キューブ士長の動きって、どこかで習ったものなんですか?」

 「俺の動きか……、まあ、見よう見真似の、オリジナルってとかな」

 嘘ではない。彼の動きは自分でも完成されたものとは思っていない。正確に言えば、完成されたものを自分なりに再現しているもので、アルバート・キューブに出来る範囲でのものでしかない。

 夢の中の”自分”の動き、それが自分にもっともしっくり来る。だが、それはあくまで摸倣に過ぎない。”彼”の技術には遠く及んでいないことは分かる。”彼”は魔法を使えぬ男だったが、それでも今の己の遥か上を行くその戦技、その怜悧さ、その煌きに惚れ惚れする。

 一切の魔力行使なしに、ソニックムーブを凌駕する速度での歩方、視界がモノクロになる世界。アルバートはそれを技術のみで再現することは出来ない。あくまで魔法であるソニックムーブを併用した亜流なのだ。

 理想はそこだが、まだまだ”彼”には届かない。同じ高みを目標とするという意味で、彼はエリオと同種だった。先ほどの自分の動き、あれはいつもより遥かに再現度が高かった。
 
 「でも、あれだけ強いのにランクはあたしたちと違わないんですね」

 「ちょっとスバル、今の言い方じゃ失礼じゃない」

 「あ、ごめんなさい、そんなつもりじゃ……」

 「いや、いいよ。まあ、管理局のランクは遂行できる任務の目安だからな。おれの場合は戦闘に特化しすぎて、幅広い運用ができない、つまり一芸特化、他に能が無いってことだな。どっかの狙撃手と一緒」

 「そうなんですか、あ、でもそれなら、えーとなんて言ったっけ、DASSのインター……」

 「キャロ、もしかしてインターミドルのこと?」

 DASSとはディメンション・スポーツ・アクティビティ・アソシエーション。すなわち公式魔法戦競技会のことであり、インターミドルとはインターミドル・チャンピオンシップのことで、全管理世界から若い魔導師たちが魔法戦で覇を競う大会のことである。

 「はい、キューブ士長は出場されたんですか? お話を聞く限り、そういった格闘競技に向いてる戦い方かと思って」

 「確かに、かなり上まで行けそうですね。出場されたことはあるんですか?」

 「いや、ない。なんつっても俺、13歳から管理局員だし、ミッド来てすぐ陸士訓練校入ったから、そんな大会あるの知った時には出場する暇なかった」

 それ以前に、彼が強く思う事がある。自分が使う”自分”の技は、スポーツに使うべき技ではない。

 磨いてきた腕に、己が魂と道を込めて、対戦相手と共に高みへ目指そうとする「競技」としての技とは違う、ただ、目の前の者を如何に素早く確実に屠るかという業。己が遣うのはそうしたものだ。

 互いに認め合い、高めあって成長するスポーツではない。異なる他者への排撃、敵を撃滅させるのが自分の剣だ。だから、スポーツ大会の場所で使って良い技ではない。そうした意味で、彼は管理局員向けの人間なのだろう。

 彼がそう心の中で反復しているところへ、なのはが新たに質問を投げかける。

 「そうなんですか、ひとつ聞いて良いですか?」

 「どうぞ」

 「キューブ士長は、どうして管理局員になろうと思ったんですか?」

 「あ、僕も聞きたいです」

 「あたしも」

 「聞かせて頂けるのなら、拝聴したいです」

 他の面々も興味があるようで、アルバートは若干気後れした。大した理由は無いのだ、ただ、それが一番都合がよく、かつ自分に合いそうだったから、それだけである。

 「そう、ですねぇ、いや大したことは無いんですけど、ただ管理局が一番福利厚生がしっかりしてたから、っていう凄く味気ない理由なんですよ」

 燃える情熱や理想があったわけではない。ただ、目の前の現実への対処法として選択しただけだ。無論今は少々違う、この6年の間で出会った、理想に燃えながら現実と戦う人達の力に、僅かでもなれれば、この剣を使えれば良いと思っている。

 「俺は親がいなくて施設育ちで、そこの経営があんまりよろしくなかったから、ああじゃあ働こう、ってことで管理局を選んだんです。幸い魔力もあったし。ほら、管理局って子供の就労について一番しっかりしてるじゃないですか」

 第一世界ミッドチルダは様々な世界からの人間が流入してくる世界で、自然と孤児や浮浪児なども増えてくる。その対策として、30年前に児童労働法が施行された。だから、ミッドチルダは子供の労働環境が次元世界で最も整備されてる世界で、管理局がその代名詞的な役割を担っている。

 社会情勢から、子供が働く状況はなくならない。ならばこそ、しっかりと法で保護しよう。そして社会情勢が向上したならば、その時状況に応じて改正しよう、というのが当時の立法の考えである。

 幸い、治安維持組織の管理局と、次元政府連合の努力の成果か、30年前よりずっと就労している子供が減った。今では10歳で職に就くのは、エリオやキャロのような、むしろ”保護”の側面が強い”訳あり”の者たちがほとんどだ。もしくは幼くして理想に燃える者たちか、更生処置かなど。

 と、アルバートにとっては特に面白みもない散文的な理由を語ったに過ぎないのだが、なぜか周囲の空気が重いものになっている。

 「……そうだったんですか、ごめんなさい、あまり言いづらいことを聞いてしまって」

 ああ、とアルバートは納得した。親がいなく施設育ちという境遇は、確かに恵まれているものではないだろう。だが、彼は自分を不幸とは思ってない、施設の人間は殊更優しい訳ではなかったが、冷淡ではなかったし、同じ境遇の子供達とも楽しく遊んでいた。

 アルバートは親の顔を全く知らない。写真などもなかったし、名前しかしらない。 だからこれといった感慨も無く、自分でも冷淡だと思うが、そんな者等はいないも同じなのだ。むろん自分を誕生させてくれたことは感謝するし、彼等の死亡した経緯も施設のものから聞いているから、自分のルーツは分かるのだが、本当に自分の生まれについてはこれといった感慨は無い。

 だから親がいないというのは彼にとっては常態で、悲しみも無ければ寂しさも無い。あったものを失うのと、最初から持っていないことは大きく違う。男性が、女性に生まれなくて気の毒に、といわれても浮かべるのは疑問符だろう。

 彼は過去より未来を見る性質だった。そしてそれは”彼”にもいえることで、失った者を抱えて泣くより、今あるものを大事にして笑う男だった。人によっては非情に思うこともあるだろう、ということも彼は自覚してる。ようは性質の問題だ。

 だから、そうした心情を吹聴する気は無い。二親がいる者にとっては、いないことは不幸と思うことを彼は知っている。それは同情だったり思いやりだったりするだろうが、どちらにしろこちらの心情を慮った結果だろう。それを無碍にするのは非礼というものだ。

 「いえ、お心遣いありがとうございます」

 だから、こういう場合は当たり障りのない答えを返すのが常だった。社交辞令の延長のようなもので申し訳ないところだが、無理に尖る必要などどこにも無いだろう。

 「よければ、高町一尉の理由も聞かせてもらっていいですか?」

 それは聞きたかった。彼女がなぜ管理局員となっているのか、どうして空のエース・オーブ・エースと言われるほどの魔導師になったか、なにより”どうして危険な道を選んでしまったのか”を聞いておきたかった。

 「そうですね、ちょっと長くなるけどいいですか?」

 「構いません」

 そうしてなのはは語りだす。自分が魔法と出会った日のこと、魔法を知ってから生まれた絆のこと、それが今自分をここに連れて来たということを。

 なのはも一通りの流れとして説明しただけで、微に入り細に入り説明した訳ではない。傍らで聞いていたスバルたちも、改めて聞いてもすごいなぁという表情を浮かべている。特にスバルは目をキラキラさせて聞き入っていた。

 だが、アルバートは9歳でAAAランクとか、次元干渉型ロストロギアのことより、もっと心を揺るがされたことがあった。

 それは話に出てきた地名や人名。日本、海鳴、翠屋、それらを彼はすべて”知っていた”。話を聞きながら、”ああ、それは知っている”と思った事が1度や2度では無かったのだ。

 そして確信する、”彼”は目の前の女性と関わりがあったのだ。彼女に対するとても強い想いが、”アルバート”になりきれずに残留してるのだと、そう理解した。

 (アンタは、高町なのはのなんだったんだ?)

 そして何より違和感に思ったこと、それは彼女が両親が喫茶店をやっていると語ったこと。

 おかしい、それは理屈に合わない、と思う自分がいる反面、そうか、そういうこともあるのか、と思う自分もいる。

 つまり、”彼”だけの知識ではそれは理屈に合わないことだが、アルバートの知識とあわせて考えると、ありえない話ではないということ。

 次元世界は可能性の世界の連なり、5次元という並行世界の列島なのだ。そして、類似した世界には行く事が出来ない。46億という年月を経た一つの惑星、その可能性は無量大数に及ぶだろう。その中で行き来するのが可能なのは、根本から異なる世界のみ、”近くて遠い世界”には行く技術は今は無い。

 だが、もっと高次元の概念なら? そう、例えば転輪する魂の変遷、輪廻転生。

 魂だけならば、”近くて遠い世界”にいくことは可能では無いか?
 
 そんな仮説が浮かんでくる。ヴァイスが立ててくれた仮説をもとに、彼もまた彼なりの仮説を立ててみた。そしてそれはそう間違ったものでもないだろうと思う。

 だから聞いた。というより自然に口が動いた。

 「高町一尉は、今幸せですか? 友人や部下達に一緒にいるこの時が楽しいですか?」

 ずっと聞きたかったのはそのこと、会うことの出来き無かった大事な■に、たとえ厳密にはそうでないかもしれないが、高町なのはが、幸せでいるのか、それをずっと知りたかった。

 なのははその問いに驚いた表情を見せたが、僅かな逡巡の間もおかず

 「はい、幸せです」

 と眩しいくらいの笑顔で答えた。

 「そうか、安心した」

 その声は口に中で響いただけで、誰の耳にも届くことは無かった。

 その言葉を口にしたのはアルバート・キューブではない。それは彼だけが知っていれば良いことだったから。



 その後も昼休憩が終わるまで楽しい時間が続き、あたかた料理を食べつくした後、片付けをして訓練再開となった。

 午後からはアルバートと様々なペアで戦い、最後の仕上げで4人が戦う、という感じで模擬戦を行ったが、流石に4対一では勝つことは出来なかった。

 それぞれのペアで戦ったときは、スバル・ティアナ、エリオ・ティアナのペアとやったときはほぼ互角、それ以外の組み合わせだとアルバートが優勢だった。

 その中で、アルバートは特にエリオと1対1で戦うときは、いつもより技再現度が高まっている感触を覚えていた。その理由はおおよその予測はつくので、あまり拘らなかったが。

 尚、アルバートの剣技を見て、実家の剣術に似てるとは思ったが、彼女は剣に携わることは一切無かったし、近接技術は一般局員とそう変わらないので、同じような武器なら、戦い方も似るのだろう、と思うだけだった。

 これが剣士であるシグナムなら、驚愕どころではなかったことだろうが、彼女はここにはいない。

 そうして訓練を終えたあと、一つの方針が決定した。それは、これからヴィータが返ってくるまで、つまりアルバートがいる間は、彼がエリオを付きっきりでみて、他の3人をなのはが訓練するというものだった。

 今日一日のエリオの動きと表情を見ると、アルバートが参加している間は、少しでも同タイプである彼と接して、自分のなかでの目標を定めさせたほうがいい、との考えによるものである。皆に異存はなかった。

 そうして、それから4日の間、六課の局員は、早朝から日暮れどころか日が暮れても刀と槍を打ち合う2人の姿をみることになった。

 それと同時に、「あんなに楽しそうなエリオの顔見たの初めて……」と落ち込み、親友達に励まされる執務官の姿も度々見られた。

 「隙ありー!!」

 「そんなものは無い!」

 どうやら隙あればいつでも打ち込んで来い、一本取れればなんか奢ってやる、というルールを決めたようで、隊舎内でもそうやって、部隊長に叱責される姿も2、3度。

 だがフェイトとて、そういうエリオの姿が良いことだと分かっているので、不満はない。だが、さすがにその時は(彼女のなかでは)厳しく叱った。

 そのときの会話で、エリオは一つだけ彼に不満があるということをフェイトに話した。

 「でも、本当に楽しそうで、私も嬉しいよ。エリオには、もっと子供らしくしてほしいと思っているから」

 彼女がどこまでも優しいからこそ、エリオはフェイトの迷惑になるようなことは決してしないと誓ってるだが、想い合うからこそのすれ違いは、そう悪いものではないだろう。

 「はい、アルバートさんとの稽古は、とっても勉強になります。あ、でも」

 「どうしたの?」

 「一つだけ、不満というか、不思議というか、できれば直してほしいな、って思うことはあります」

 「どんなこと?」

 「たまに僕の名前を間違えるんです、どうしてかわからないけど、僕をキョウヤって呼ぶんですよ」

 聞いたフェイトも首を傾げた。どういうことだろう、エリオくらいの男の子の知り合いがいて、ついついその子の名前を呼んでしまうということだろうか。

 「それは失礼だね、エリオはエリオなのに。はやく直してもらわなきゃ」

 そういって微笑むフェイトに、エリオも微笑かえして「そうですね」と返した。

 フェイトはそのキョウヤという名前の人と知り合っていたが、彼女が会った時、すでに青年だったので。キョウヤという少年、と聞いてその人物と重ねる事ができなかったのだった。


 その後ヴィータが帰ってきたので、アルバートは通常業務に戻り、フォアードたちの訓練もセカンドシフトを覚えるものへと移って行ったが、エリオとアルバートが業務終了後に打ち合う姿は、その後もけっこう見られるのだった。

 
あとがき

恒例の言い訳。やはり長くなりそうです。当初3話構成だったのが6話構成に、もしかしたらもっと長くなるかも知れません。
もともとの予定では、2話目でヴィヴィオとのやり取りまで書くつもりだったんだけどなぁ……
次回でアルバートの中の人(?)の正体が明らかに! 一体それは何者なのか! という衝撃の事実を書こうとおもいます。
読んでくださってる方々の9割9分が分かってるとは思いますけどね……

以下、恒例の分かる人にしか分からないパロネタ、ですので今までのネタが分かった方のみご覧下さい





 








 スバル、仲間のことを叫ぶの巻

 「まずは魔王と名高い高町なのはさん! あの人はとことんわが道をいって、とりあえず撃っときゃ万事解決すると思ってやがる!」
 「次に! ひたすらおっぱいでデカいシグナム副隊長! もうとにかく胸! 乳! 彼女の価値の8割はおっぱいで出来ている!」
 「エリキャロ大好きフェイトさんは、ちょっとじゃ効かない過保護ママだ! 天然すぎて絡みづらいけど、なんだかんだでいいノリしてる!」
 「物理的な意味で箱入りのリィン曹長も、あたし的には全然アリ! あの真っ白な肌とか、いつか絶対風呂入って触ってやる」
 「セクハラが服着て歩いてるような八神部隊長! もうあなたどっかその辺でずっと乳揉んでてくださいよ」
 「ヴィータ副隊長はチンチクリン過ぎ、シャマル先生くらいでっかくなって、まな板卒業したらおいでませってね!」
 「そして何より、我が最愛の相棒たるティアナ・ランスターに、ぶっちぎりで格好良い主人公このあたしスバル様!」

リィンがちょっと苦しいですね。



[30451] 母と子の情景
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/12/22 19:20
※今回は結構長めです。読むのに疲れるとは思いますが、大目にみてやってください。



 出会った時から子供が好きな人だった。

 その優しい雰囲気が心地よくて、そんなところに惹かれた。この人なら子供達の母親になってくれると、そう思う事が出来た。

 無愛想な息子も、人見知りする娘も、すぐに懐いて彼女に笑顔を見せていた。彼女は一生懸命母になろうとしてくれたし、子供たちも彼女が母になってくれることを望んでいた。

 彼女と子供達が接している姿を見るのが好きだった、何にも変えがたい宝石の時間だった。そしてその時に、自分は死んでもこの幸せな光景があったことを忘れないと、そう誓ったのだ。

 自分と彼女と息子と娘、それぞれが笑いあって、想いあって…… そんな幸せな時間があったことを、この時間を守っていこうと思ったことを。

 俺は、絶対に忘れない




 その4 母と子の情景




 本日は機動六課の顔、フォワード4人が休日を貰っていた。彼等は若い、というかそのうち2人は幼いと表現していいレベルである。そんなエネルギー溢れる若者たちが、たまの休日を寝て過ごすという悲しいとりかたをするはずはない、というかとって欲しくない。

 そんなわけで、街へ出ることにした4人である。ティアナはバイクの免許を持っているので、以前ヴァイスが「必要ならいつでも貸すぞ」と言ってくれた好意に甘え、ヴァイスのバイクを借りて街に繰り出す予定だ。

 なので、ヴァイスは六課の駐車場にとめていた自分のバイクを整備していた。この隊舎に来る時に乗ってきたものだが、ここでは寮住まいとなり乗る機会がなかったので、後輩に貸すのなら調子を見ておかないといけない、というわけである。じつにマメな男だ。

 「あれ? 先輩どうしたんですか? バイク持ち出して」

 整備を終え、バイクを押しながらティアナに言っておいた待ち合わせ場所に向かってると、聞きなれた後輩の声が聞こえたが、それがする方向が少々おかしい。

 声は上から聞こえてきたのだ。上を見ると、六課隊舎の屋上から自前のワイヤー(一応デバイスで、魔力が通すことで丈夫になるタイプ)で壁を伝って降りてくる奇人を1人確認できた。

 「お前こそ、んなところで何やって…… ああ、今週お前が当番か」

 「ええ、昨日晩方に降りましたからね。俺達地上の掲げる旗を濡らすわけにはいかないでしょ」

 六課も地上に所属する形であるから、地上部隊の紋章が入った旗を隊舎に立てている。そして、雨が降った時には一たん降ろし、雨があがったらまたあげるのだ。そして、それは交代部隊の隊員が週代わりで当番を決めていた。

 今週は、彼がその係というわけだ。フラグ立て男アルバート、ここに誕生。

 「でも、いちいち上げ下げしなくても、防御フィールド張りゃ雨避けできると思うんだけどな」

 「いえいえ、こういうのは人力でやるから良いんですよ。俺達、地上の管理局員の象徴なんですから、自分の手で手間暇かけてこそ、この旗を背負って仕事してるんだ、って実感できますから」

 「たしかにこういうのはアナログのほうがいいかもな、何でもかんでも魔法でポン、じゃ実感こもらんし」

 そう会話してるうちにスパイダーマンもといアルバートは地面まで到着した。そして改めてヴァイスに単車を出している理由を尋ねる。

 フォワードたちが今日休みで、街に出るみたいだから、ティアナに足として貸すんだ、という事情をヴァイスが説明すると、アルバートはふむ、と何かを思いついたようで、もう一つヴァイスに質問をした。

 「エリオたちも街に?」

 「って言ってたぜ。ここにいても寝てるか、TVヴィジョン見るか、読書するかしかないだろ」

 「そうですか…… よし!」

 どうやらアルバートは何かを決めたようで、ヴァイスに礼を言うと、今彼が出てきたばかりの駐車場の方へと歩いていった。



 そして、ヴァイスの言葉どおり、年少組であるライトニングのちびっ子2人も街に出かける準備をしていた。過保護なお母さんが、持ち前の心配性を発揮して、エリオとキャロに注意事項を伝えている。

 3人並んで入り口の方に歩いていると、エリオがなにやら不審な動きをしている人物を発見した。他の2人からは見えない位置に体半分を隠した状態で、「来い来い」っと合図を送ってきている。

 無視するわけにもいかないので、「トイレに行ってきます」と言って2人から離れ、その不審人物のもとに行く少年。

 「僕に用ですか? アルバートさん」

 「うん、よく気づいたな、偉いぞ」

 「そりゃもちろん、すっごく怪しかったですから」

 「お前にだけ気づかせて、他2人には見つからないようにするには結構苦労するんだぞ、っとまあそれは置いといて…… お前達、これから街に行くんだろ?」

 「はい、そうですけど……」

 「ああ、それでだな」

 そこで、エリオより9歳も年上なのに、まるで同い年くらいの悪童のような顔をしながら、彼は一つの提案をした。







 少しづつ小さくなっていく少年少女の背に向かって振っていた手を降ろし、隣のなのはと共にフェイトは自分の仕事に戻る。途中シグナムとヴィータに出会い、今日から交代部隊はナカジマ三佐の108部隊と合同捜査に入ることを聞いた。

 そして、その交代部隊の一員であるところのアルバート・キューブも、その合同捜査班に割り当てられているため、108部隊の隊舎へと自前のバイクで向かっている。

 彼もヴァイス同様やや大型のバイクを所持しており、フットワークが軽いから、地上本部や他の陸士隊への用を頼まれることが多々ある。なのでアルバートが制服姿でバイクを飛ばしていても、特に問題は無いのである。

 その後ろに私服姿の少年少女を乗せていなければ、の話だが。

 「どうだ? 気持ちいいだろ、こうしてバイクに乗って風を感じるのは」

 「はい、とってもいい気分です」

 先ほど彼が少年に提案したのは、自分も街の方まで出かけるから、ターミナルまで乗っけてくぞ、というものだった。それにエリオが頷くと、彼はただし、ハラオウン執務官には内緒で、と付け足しをした。

 フェイトに隠し事をするのは気が引けたが、あまり深刻そうなことではないのと、バイクに乗ることへの興味もあり、また他ならぬアルバートの提案ということもあって、エリオはキャロも了解してくれたら、という条件でその提案に乗ることにした。

 そして、見送りのフェイトの姿が見えなくなるまで走った後、隣のキャロに事情を話して了解を得、それから待つこと2分、アルバートのバイクは現れ、後ろに2人を乗せて出発し、現在に至る。

 アルバートの後ろにエリオが乗り、そのエリオにしがみ付く形でキャロが乗っている。後部座席に結構幅があるので、子供2人なら余裕で座れるのだ。

 「でも、どうしてフェイトさんに見られたらいけなかったんですか?」

 「そりゃお前、3ケツして行くなんていったら、お前のかーさんに絶対止められるだろ」

 「3ケツ?」

 「バイクの3人乗りのこと。俺と、お前と、キャロの3人のケツが乗ってるから3ケツ。あ、ちなみに3ケツは事故るってジンクスがあってだな」

 「ダメじゃないですか!」

 「あくまでジンクスだよ、今まで何度か3ケツやってるけど、事故ったことは一度も無いよ」

 「それなら良いですけど……」

 「同僚のやつらは6ケツやって事故ったらしいけど」

 「どういう乗り方したのか想像できない……」

 走行中のバイクの上での会話の上、大人と子供で身長差があるため、自然と声を大きくしての会話となる。とくにキャロは大声でなければアルバートまで聞こえない。

 「でも、これって違反じゃないんですか?」

 「お、規則違反が心配かキャロ? ああ、規則は守らないといかんよな」

 「じゃあ、大丈夫なんですね」

 「いや、バッチリ違反」

 「やっぱりダメじゃないですか!」

 「大丈夫だって、この辺ねずみ取りいないことは調査済みだから」 

 「ねずみ取り? ねずみ取りがどうして道に?」

 「ああ、交通違反の取締りのことだよ。でも、あれだ、こうしてちょっとやんちゃをするの、子供には必要だぞ?」

 「アルバートさんは大人じゃないですか」

 「いつまでも少年の心を忘れない、素敵な大人と言ってくれ」

 「フフフ」

 「キャロ、あんまり笑い事じゃないよ」

 「でも私は楽しいよ。バイクの感触も気持ち良いし」

 「そうだ、キャロは分かってるみたいだな。エリオー、お前もキャロを見習って遊ぶ時はぱーっと遊べよ」

 「でも、アルバートさんはお仕事中ですよね」

 「ははは」

 「笑って誤魔化さないで下さい……」

 「フフフ」

 「もう、キャロまで」

 アルバートとエリオの会話が、まるでやんちゃな兄としっかり者の弟のようで、隣のキャロも聞いてるだけで楽しくなる。

 もっとも、エリオの言うとおり、公務員が仕事中に3人乗りするのは、決して褒められていいことではない。というか、やってはいけない。

 「キャロー、今度お前の竜にも乗せてもらっていいかー」

 「いーですよー」

 「今みたいに3ケツで…… お、この先はRがキツイから、ちょい体傾けろ」

 『はい!』

 そうして、素直な良い子2人が、困った大人に乗せられて、バイクか切る風を感じながら街まで向かっていく。

 バイクから見る流れていく景色には、ヘリや車の時とは一味違った楽しさがあった。身体で風を感じながらというのが新鮮だったからか、いけないことだとは分かっていても、やはり楽しいものは楽しい。

 迷惑をかけない良い子を心がけてきた2人は、思いもよらず、というか半強制的になっている”いけないことをしている状況”に、ワクワクした気分を隠せないでいた。

 そんな2人の雰囲気を背中に感じながら、アルバートも悪童のように笑い、ちょっとスピードを上げて通り慣れた道を疾走していく。

 するとティアナたちが乗るヴァイスのバイクが見えたので、思い切って抜くことにした。

 「よし、2人を抜かすぞ!」

 『おおー!』

 キャロは元気良く返事をし、ここまできたら腹を括ったのか、エリオもノリよく返事をしたので、ちょうど2人の声が重なる。

 ティアナとスバルは、後ろから来たバイクが自分たちを抜かしていったと思ったら、その後部座席に良く知る顔が2つ乗っていて、なおかつ手を振りながらスピードを上げて走り去っていくという事態に、一瞬呆気に取られたが、すぐさまそろって苦笑した。

 向こうは向こうで楽しそうね、というところだろうか。

 尚、この時のアルバートの本人曰く”ちょっとしたやんちゃ行為”は、しばらく後にちょっとしたことから上に伝わり、部隊長と保護者2人にみっちりと説教+始末書+減給のトリプルコンボを頂くことになる。

 その際、非は無いのに申し訳無さそうにしていた2人の良い子たちに、罰があるから違反が出来るんだよ、とアルバートは語るのだった。







 街に入ったバイクは2人をターミナルで降ろした。

 「んじゃ、気をつけていけよ」

 『はい、どうもありがとうございました』

 仲良く答える子供たち、流石にちびっ子カップルと呼ばれることはあるというところか。

 「ところで、お前等どんな予定なんだ? これから」

 エリオが2人を代表して、シャーリィことシャリオ・フィニーノに組んでもらった、どこかなにかを間違えた予定表を見ながら、順番どおりに言っていく。

 それを聞いてたアルバートはちょっと苦笑を浮かべ、重役張りの分刻みのスケジュールだな、と感想を言う。

 「んー、スケジュールどおりってのも悪かないだろうけど、いろいろ寄り道するのも楽しいもんだぞ? よかったらG地区の裏通りの市場に行ってみな、屋台とか良くわかんない骨董モンとか、まれにシャレにならん本物のロストロギアとか売ってるから」

 危険な言葉もあったが、なかなか2人の興味を引いたようだ。

 「このまえ作った焼き飯も、そこの屋台のおやっさんに教わったもんだし、昼飯をそこで買い食い、ってので済ますのもアリだと思うぞ」

 2人は迷った、シャーリィがわざわざ作ってくれたのだから、無視するのも失礼だし、かといってアルバートが言った場所にも行ってみたい。さてどうしようか、と顔を見合わせていると、アルバートがバツが悪そうに頭を掻きながら謝った。

 自分とは違い、せっかく自分達のために組んでくれた予定を無視して、楽しい方にしよう、とは出来ない子達だったのだ。

 「悪い、余計なこと言ったな。ま、今言ったところは次の休みにでも行けば良いさ、予定が合えば一緒に行こう」

 「はい、ありがとうございます」

 「ゴメンなさい、せっかく教えてくださっったのに」

 「単なるお節介だよ。でも、たまには俺みたいに、思いつくままに楽しむのもいいぞ? そのほうが思わぬ幸運に恵まれることもあるし」

 例えば、父子で気楽に旅に出てるうちに実家まで戻る電車賃が無くなり、そのために爆弾テロから逃れることができたことなどか。

 「それじゃ、楽しんでこいよ」

 「はい、アルバートさんもお気をつけて」

 「よかったら、またバイクに乗せてください」

 そして手を振る2人を後にし、アルバートはバイクを再発進させ、目的地へと向かった。



 108部隊隊舎に到着したアルバートは、一通りの手続きをすませ、対策本部での立ち上げ及び今後の打ち合わせをしているシグナムやナカジマ三佐待ちとなっていた。

 そこへ、付近でただの交通事故ではなさそうな、不審な事件が起きたとの連絡が入り、その現場検証へ、ギンガ・ナカジマ陸曹が向かう事になった。

 それを横で聞いていたアルバートは、これからはさらに連携を深めて合同捜査をするのだから、呼吸を合わせるためにもそちらの隊員さんと接しておきたいので、自分も同行していいだろうか、と申し出た。

 申し出は快く受け入れられ、彼はナカジマ陸曹と共に現場に向かうこととなった。

 以前に一応の自己紹介は済ませていたので、2人は道すがら自然と雑談を交わす。話題はむろん2人の共通人物、ギンガの妹のスバルのことだ。

 「ご迷惑かけてませんか? あの子まだまだ子供っぽいところがあるから」

 「いえいえ、アイツは結構見た目よりしっかりしてる…… というかむしろ逆で、年齢より大人っぽい感じはしますけどね、最初見たと時は1コ下くらいかと思いました」

 エリオやキャロは見た目どおりの年齢だが、スバルとティアナは実際より大人っぽく見える、特に髪を下ろしたティアナなどは同い年くらいかと思ったほどだ。

 もっとも、”黙っていれば”という言葉が上につくのだが。話し出すと、15歳の少女らしさが良く出るから、大人っぽい印象がもたれることは初対面の人以外には無いだろう。

 「確かに、体は大きくなったけど、性格が子供っぽいと、そう思いません?」

 「どうですかね…… 自分が子供のまま大人になったような人間なモンで、誰かを偉そうに言えるような立場じゃありませんよ」

 少々おどけたアルバートの答えに、ギンガはクスクスと、上品に笑った。

 そんなギンガの仕草に、彼女の容姿もあいまって、まるで年上と会話してるような感覚になる。一応、アルバートのほうが2歳上だが、ロングの青い髪を靡かせる大人びた姿は、自他共に童顔と認められるアルバートには、少々羨ましい。

 こういうしっかりした印象の女性は好感が持てる。逆に、雲のようにつかみ所の無い女性は、それはそれで嫌いではないが、なにやら関わると碌なことにならなそうなので、彼は苦手としている。ひょっとしたら例の”前世”でなんかあったのだろうか、と疑わないでもない。

 「キューブ士長のそれは、デバイスですよね?」

 「ああ、これですか。ええ、俺も一応六課なんで、対ガジェット用に改良しました」

 アルバートは現在二本のショートソードを腰に差している。彼の戦技は基本的に対人特化なので、金属の塊であるガジェットはあまり相性がよい相手と言えない。なので、その為それ用にデバイスを改造した。頑丈さを大きく向上させた代わりに、待機状態に出来ない仕様となっている。

 「そう見ると まるでおサムライのようですね」

 「サムライ……侍ですか?」

 聞きなれない単語に、思わず聞き返すアルバート。だが、どこかで聞いた事があるような気もするのだ。サムライ、そう、きっとそれは侍のことだろう、と。

 「あ、これは私の先祖の出身世界での、昔の人たちのことでして、私も父から聞いた事があるだけなんですけど」

 「興味ありますね、どんな人なんですか、その侍というのは」

 ギンガが自分が知る限りのことをアルバートに話すと、初めて聞いたことに感心するというよりは、記憶の引き出しの奥底にあった情報と照合しているような感覚でそれを聞いていた。

 だが、”彼”にとってはそうでも、アルバートにとってはやはり新鮮な情報なのだ。 

 「とまあ、そんな感じの人たちだったようです。キューブ士長はどう思いますか?」

 「なるほど。聞いた感じでは、魔導師(おれたち)のような人たちって感じですかね」

 「私たちのような?」

 予想していなかった答えが帰ってきたためか、今度はギンガが聞く番となった。今まで人にサムライのことを話すと、変わっているとか、堅苦しいとかの感想が聞かれたものだったから。

 「侍は、剣という武器を持つ事が許された存在。一方魔導師は魔法という武器を持つ事が許された存在。だからこそ責任も重いし、一番立場に縛られて、好き勝手に振舞うことが許されない、ってところが似てるかなと思ったんです」

 魔導師という存在は、高ランクになると一騎当千の力を持つが、それだけに制限が多い。管理世界は民主制をとっている世界が大半で、比率で言えば魔導師はマイノリティ、ちょうど江戸の武士のようなものといえるだろう。

 故に、民主主義においてマイノリティはマジョリティに逆らえない。それが制度だ。だからそれを拒むのならアウトローになるしかないく、故に高ランク魔導師は、江戸時代の武士のように力を振るえる代わりに、制度と義務に縛られる存在なのだ。

 「なるほど、サムライの時代は一般の人が武器を持つことを禁じられてましたから、そのあたりも質量兵器禁止法に似てますね」

 管理局が始まって以来の最大の功績といえるのは、物理的でななく、精神的に質量兵器を民衆から切り離したことだろう。あれは”禁忌のもの”であるという心の楔を、世界中に浸透させたのだ。ちょうど、江戸時代では悪党でも武士以外は刀を持たなかったように、この世界でも厄介な犯罪者はアウトローになった高ランク魔導師だ。

 今は新暦75年、江戸時代では元禄の世が訪れたあたりで、長く続いた戦乱が終わり、新たな文化が花開いたころ。そして、その流れは今の管理世界とも共通するものがある。

 「侍の刀は刀匠が鍛えて造るものでしょう? そこもデバイスはデバイスマスターが造る、っていうのも似てますしね」

 共に、職人がつくるもので、当然機能も重視されるが、それとともに遊び心も入った手製の品だ。むろん同一規格で作られる簡易デバイスもあるが、そこは刀で言えば数打のようなものだろう。

 大量生産、大量消費の味気ない、人の手の温かみが感じられない質量兵器とは違う。

 「私の使ってるデバイスも、同じなのはスバルしか使ってませんし、そう考えるとデバイスってその人に合わせたオーダーメイドの服みたいですね」

 「ウチの部隊の奴等は、簡易デバイスでも自分用に改造頼んでたり、自分で手を加えたりしてますから、デバイスみればそいつの性格が分かるくらいですよ」

 次元世界の治安はそうした者達によって守られている。訓練を積まないと上手く使えない魔法を、デバイスマスターが魂込めてつくったデバイスを用いて使い、平和を守っているのだ。

 だが、人の性というのは度し難いものがあるのもまた事実で、いつの時代も人は簡単に扱えて、しかも強力な力で他人を圧倒できるものを求めてしまうのだ。そういう安易な堕落を進歩と履き違え、奈落に落ちた結果が150年前から続いたの大混乱時代だというのに。

 これから管理局は江戸の太平のように200年の平和―無論飢餓や差別もあったが、戦争や大混乱はなかった―を維持するか、再び奈落に落ちるのか、どちらへ向かうかは、今話している2人を代表とする若者達に掛かっているのだろう。

 「じゃあ、私たちもサムライのように、謹直で、節度と礼儀を重んじて、平和を守って行きましょう」

 「ああ、そうなると俺はダメだ、礼儀とか節度とか、一番苦手な言葉です」

 「フフ、実は私も苦手です」

 と談笑しながら歩いていると現場が見えてきたので、2人は完全に仕事モードに切り替え、表情を引き締める。このあたりは流石にもう新人ではないというところだろう。

 現場では横転したトラックの中身が散乱しており、運転手はショック状態にあるが命には別状は無いようだが、生体ポッドと思わしき装置と、ガジェットの残骸が転がっていた。

 ギンガが詳しい状況を聞いている間に、アルバートは輸送業者に連絡し、積荷の依頼主についての確認をとる。話によると観賞用の魚の水槽ということで木箱に入れられていた物だったらしい。

 どうやら輸送業者はシロだな、と判断していると、ギンガが戻ってきた。なにやらポッドに入っていた何者かが、何かを引きずりながら地下水路に入った様子らしい。

 「どうします、追ってみますか?」

 「そうですね、そうしましょう。ガジェットがさらに現れるかもしれませんから、2人で行ったほうが良いと思います」

 「こっちは、警邏の人たちに任せて大丈夫そうですしね」

 ギンガが情報端末を取り出し、位置確認をする。どうやらここから地下へ潜るより、もう少し先のエリアから潜ったほうが良さそうだったので、まずその入り口に向かうことにした。

 するとそこへ六課から連絡が入り、レリックが括りつけられた少女と、それを狙ったガジェット2型が接近してることを聞いた。そして、さらにレリックがもう一つ地下にあるらしく、それの回収にフォワードたちが向かってるので、彼等2人もそれに合流することとなった。

 「……というわけです、早い所あの子たちと合流しましょう」

 「ありゃりゃ、アイツらの休日潰れちゃったんですか」

 「ちょっと可哀想ですけど、事態が事態ですからね」

 「じゃあ今度、代わりにどっか飯でも連れてってやるかな。よかったら陸曹もどうです? 奢りますよ」

 「いいですね。けど、私もスバルもたくさん食べるから、悪いです」

 「ああ、その辺はご心配なく、バイキングの店ですから、悲鳴を上げるのは俺の財布じゃなくて店のほうになるかと」

 「あらそんな、フフフ」

 和やかな会話をしているが、こう見えてかなりの速度で走っている最中であったりする。ベルカ式の魔導師の特長を如何なく発揮していると言って良いだろう。

 そして、2人は地下に降り、ギンガがティアナに連絡して集合場所を聞いてそこに向かう。

 そこへ、滑るような駆動音と共にガジェットⅠ型が2機、後方から現れた。バリアジャケットを纏ったギンガが迎撃しようとすると、アルバートがそれを制する。

 「陸曹は先に行って、アイツらと合流して下さい。まだまだガラクタどもの増援が来るかもしれないし、いちいち相手してたらキリが無い」

 「でも、お1人で大丈夫ですか?」

 「これしか能がないんで、こういう時くらいは決めさせてくださいよ。それに、多分前方にも出てくるでしょう。挟み撃ちをくらったらマズイですから、食い止め役は必要ですし、それに狭い地形での戦いは一番得意なんです」

 ギンガは少々考えた末、アルバートの意見に従い、先に行ってティアナたちと合流することにした。

 「お気をつけて、また後ほど」

 「ええ、そちらこそ」

 そうして、ギンガが遠ざかる音を聞きながら、アルバートは腰の二刀を抜き放ち、ガジェットに向かっていく。その際、ここは俺に任せて先に行けって言うキャラは、ドラマだと大抵そこで死ぬんだよな、と自分のセリフを思い出して、内心苦笑した。

 だが、この地形は彼にとっての最適の戦闘場、すぐさま2機のガジェットと交戦し、それぞれ一撃で両断した。

 ガジェットのAMFも、放出系の魔法を使えない彼にとってはさして脅威では無いが、金属を斬るのは少々手こずる。だからこそ、他の機能を落としてまで、デバイスの頑丈さを向上させたのだ。

 「ん…… やっぱまだ来るか、さらに2機」

 倒した矢先に新たにガジェットが現れる、だがガラクタの2機や3機で俺を殺れると思うな、と刀を構えなおすと――

 「いい!?」

 後方からさらに10機、しかも大型のⅢ型までいる始末。さすがに想定外の多さだった。

 「ああクソ、まあ、やるしかないかぁ!!」

 いまさら愚痴っても何にもならないので、彼は腹を決め、雄叫びをあげながらガジェットの群れへと突進していった。





 一方ギンガのほうも何機かのガジェットと遭遇したが、いずれも1機、2機程度の数で現れたので、すぐさまティアナたちと合流する事が出来た。

 その後、ガジェットと交戦しながらレリックを探すうちに、正体不明の召喚師の少女及び、その使い魔、さらにはやはり正体不明の融合機が現れ交戦となった。

 そしてそこへヴィータも合流、最後は不利と見た召喚師が地下ごと崩壊させて倒しにくるという暴挙に出、からくも脱出した六課勢はそこで敵を捕獲するも、またしても正体不明の特殊技能者の救援で逃げられてしまった。

 だが、ティアナの機転でレリックは奪われずにすんだので、ポッドの少女を輸送してるヘリも無事だしまあよかったな、と全員が安堵して笑顔を浮かべていると、ギンガだけふと笑いが止まった。

 はて、何かを忘れているような気がする、でもいったいなんだったか。

 「んーー?」

 記憶の蓋を開けて何を忘れてるのかを模索する。なにやらついさっきのことだったような…… そこで記憶検索が該当項目にヒットすると、彼女の顔が、その自慢の髪のように見る見る青くなり、凍りつく。

 「ああああああ!!」

 時が止まったように表情が固まったギンガは、いきなり大声を出して周囲を驚かせた。「どうしたのギン姉」、と心配そうに聞くスバルも今は無視して、彼女は急いで通信を繋ぐ。

 そう、召喚師の暴挙によって地下は崩壊したのだ。そしてそこには……






 「はあ、はあ、やりゃ出来るもんだな」

 あの後さらにⅠ型6機とⅢ型1機と交戦したアルバートは、疲労の極致にあった。全て一度に戦ったわけではないが、流石にⅠ型18機とⅢ型2機を1人で相手したのはそうとうキツイものがあった。

 特にⅢ型は彼にとって厄介だった、大出力の攻撃を持たない彼では、巨大な丸い金属の塊は相性が良くない。倒すには突き技を何度も駆使しなくてはならなく、彼は抜刀術の方が得意なのだ。

 (射抜きは美沙斗のほうが得意だったよな)

 と無意識に浮かんだ自己の感想に疑問を持たないほど疲れた。勝てたのは一重に地形のおかげだ。立体的な動きが可能なこの地下水路でなくては1人での勝利は無理だっただろう。

 とりあえず、小休止して、いったん陸曹に連絡取るか、と思い彼が腰を下ろすと、なにやらミシ…ミシ…と周囲から不吉な音が聞こえてきた、これはまずい。こ彼の人より鋭い直感が最大限のアラートを鳴らしている。

 「おいおい…… まさか」

 そのまさかだった、どんどん音が大きくなり、終にはパラパラと落ちてはならないものが落ちてくる。

 「崩れる!?」

 肉体の疲労も忘れて彼は駆けた。モノクロの世界の中を駆けた。ここで崩落に巻き込まれたら、彼の弱い防御魔法ではまず助からない。生き埋めで殉職などという洒落にならない死に方はまっぴらゴメンだ。

 彼が必死に走っているうちに崩落はかなり酷くなり、大きな破片が彼のすぐ横へ落ちる。それを見て彼もさらに速度を上げる、今ならハラオウン執務官より速いかも知れない、と思いながら。

 ゴゴゴゴゴ、ゴン、ズガン、ガガガガ、という不吉な音のBGMをなるべく気にしないようにして、彼はひたすらに走る。地下水路の水を撒き散らして、それで体が濡れても気にせず疾走する。

 「―――――!!!!!」

 声にならない叫びをあげながら全力全開で疾風迅雷の速度で逃げる。落ちてくる瓦礫を剣迅烈火の勢いで斬り飛ばし、轟天爆砕とばかりに地面を踏み込んで逃げる。とにかく逃げる。

 だが、不幸なことに、彼が交戦していた場所は、最寄の出口でも800mは離れた位置だった。

 さらに、幸運の女神の気に触る事でもしたのか、そこに着いてもハシゴも亀裂が入って登れない状態になってたので、結局崩壊を免れてる区画まで走り続けることになった。




 


 ラグナ・グランセニックは自宅より少々離れたエリアに買い物に来ていた。

 20数年前なら、昼でも若い女性が1人で出歩くのは危なかったが、ゲイス中将を始めとした地上の英傑たちのおかげで、今はラグナ1人でも気楽に歩ける。

 最近話題のインテリアショップがセールということで、彼女は新しいカーテンをみようと思い、足を伸ばしたのだ。やはりこういうものは自分の目で見なければ、というのが彼女のポリシーである。

 ついでに、新しい兄のカップとか、アルバート用のシーツ(泊まる事が多いので、彼用がある)も良いのがあったら買おう、と思って歩いていると、なにやら前方のマンホールがゴトゴト動いてる。

 ちょっと不気味だったので、足を止めて見守ってると、マンホールが開き、ビショ濡れの人物が出てきた。すわ地底人かとラグナは叫び声をあげそうになったが――

 「あれ、ラグナ……? なんでお前がここに?」

 地底人は見知った顔だった、というかアルバートだった。

 「それはこっちのセリフだよ! なんで昼間の道路の真ん中で、マンホールから出てくるの!?」

 「説明すると長くな……っっつくしゅ!」

 「もう、しかもびしょ濡れじゃない、とりあえず乾かそう、というかウチに行こう。シャワー浴びないと風邪引くよ」

 「すまん…… そうする……」

 「すごく疲れた顔してるけど、大丈夫?」

 「……とりあえず、シャワーあびたらなんか食わせてくれ、腹が減って死にそうなんだ」

 「ふふ、それが言えるなら大丈夫だね」

 とりあえず買い物は中止かな、と決め、アルバートのご飯の献立を考えながら、アルバートと肩を並べてラグナは歩いていく。

 尚、途中通信が入り、ひたすら謝るギンガの声が聞こえてきたが、口を開くのも億劫だったアルバートはラグナに応対を頼んで、力尽きたのかそこに座り込む。

 一応、ラグナに肩を貸してもらいながらなんとかグランセニック家には到着し、人心地つけた後ラグナから連絡を受けたヴァイスと一緒に六課へと帰還するも、なんとも締まらない結果で終わった彼だった。










 地下水路崩壊事件の数日後、公開意見陳述会の日まであと3日に迫った日に、アルバートは機動六課の隊舎に戻ってきた。彼はあの日以来108部隊の方へ出向していたので、なんだかんだで久しぶりの六課である。

 今日は当日の打ち合わせということで、隊長陣が聖王教会や本局の後見人たちと会議を行っている。そのためフォワードは自主訓練ということになったが、一応の監督役ということで、アルバートが呼ばれたのだ。

 「よう、俺が最後か?」

 「アルバートさん! お久しぶりです」

 最初に反応したのはエリオで、彼はアルバートが出向したことを残念に思っていた。もっとも、過日のギンガとの会話どおり、4人を誘ってバイキングには行ったが。

 ティアナ曰く、「出禁喰らわなかったのが奇跡ね」とのこと。ナカジマ姉妹、エリオ、アルバートと、人の3倍は食べる人間が4人もいたのでは当然だろう。

 「アルバートさん、お疲れ様です。食事会のとき以来ですね」

 敬礼して挨拶するギンガに、アルバートも敬礼を返す。

 「ええ、俺と陸曹はちょうど交換する形でお互いに出向してましたから、まあ会う機会がなくなるのは当然っちゃ当然ですね」

 そして他のメンツとも、元気だったか、そちらは? まあぼちぼち、などの挨拶を交わし、訓練に入る。ギンガとスバル、ティアナとキャロ、そしてやはりアルバートとエリオに分かれてそれぞれ組み手を行っていく。

 そうしてみっちり訓練していると、いつの間にか昼になり、ティアナがリーダーとしてそのことを伝えるも、男2人は熱中してその声に気づかなかった。アルバートは一応監督役ということでいるのだが、もはやその役目を覚えているかは怪しい。

 「ほら、遅い遅い、もっと速く!」

 「はあぁぁぁぁ!!」

 「ふっ!」

 「てっ」

 「お、生意気にも防いだな」

 「あれだけやられれば嫌でも覚えます!」

 「だが、甘ぁぁい!」
 
 「くっ!」

 しかし、腹時計が鳴ったのか、2人も時間に気づいて訓練を止める。ちなみにその間女4人は「ホントに楽しそうだね」とか「フェイトさんが見たらまた泣き出しそうだね」と囁きあいながら微笑ましそうに見ていた。

 そんなこんなで昼食に行こうとしていると、1人の少女が狼と一緒にこちらへ歩いてきた。

 「あ、ヴィヴィオ」

 「ん? あの子は…… 例の?」

 「ああ、はい、この前保護した子で、名前はヴィヴィオです」

 へえ、あの子がな、とアルバートが呟いていると、こっちに向かって来ている少女がトテっという感じで転んだ。

 転んだ少女を見て、フォワード+1の面々はどうするべきかを迷う。ヴィヴィオが転ぶというこの状態には既知感を覚える、というかつい先日同じ状況になったから当然か。そしてその時は両隊長がそれぞれ異なる行動を取っていたのだ。

 つまりはどちらの行動を取るべきか、ということだ。立ち上がるのを待つなのは式か、それとも側まで行って抱き上げるフェイト式か、自分達はどちらを選択するべきなのか、という、別にあまり深く考えなくてもいいことを考え込んでしまっていた。

 保護責任者はなのはだが後見人はフェイト、どちらもヴィヴィオにママと呼ばれる、ならばどちらの顔をたてるべきか彼女等は大いに悩んだ。これも一重に、彼女等が目上の人物の言うことをきちんと守る良い子たちだからだろうか、もっと自分の気分で動いても良さそうなものだが。

 故に、この中で一番自分に正直に生きている人間が一番速く動いたのも、自然の成り行きといえるだろう。

 アルバートはヴィヴィオが転ぶのを見て、少し早足で側まで歩み寄っていく。それを眺めていた5人は、おお、彼はフェイト式か、という割と呑気な感想を持つ。

 だが、そこからはフェイトとは異なった。彼は腰を落とすと、幼子に手を差し伸べながら笑顔を浮かべて話しかける。

 「お手をどうぞ、お嬢さん」

 年頃の女性に対してならば、気取った言い草と捉えられることもあるだろうセリフも、こういう状況では冗談めいて聞こえるし、事実それは彼なりのユニークのようなものだろう。

 手を差し出されたヴィヴィオは、おずおずとだがその手を取り、自分で立ち上がっていく。そして立ち上がったヴィヴィオを、偉いぞ、といってさらに微笑を深めるアルバート。

 「よし、良く頑張って立ったな」

 彼がそう言いいながらヴィヴィオの頭を撫でると、ヴィヴィオもなのはたちに見せる可愛らしい笑顔を見せる。どうやら彼女はアルバートに気を許したようだ。

 なのはともフェイトとも違うやり方に、5人は少し感心した、というよりどこか納得した気分になる。自分の力で立ち上がるのを待つのではなく、駆け寄って抱き上げるでもなく、近づいて手を差し伸べるが、最後の部分は自分の足で立たせるという方法。

 なのはとフェイトのとったやり方は、子に対する母親というものの、厳しさと甘さのそれぞれの側面を体現した行動であるなら、アルバートのは娘に対する父親の行動のように見えた。

 これが男の子なら、彼はきっとなのはのような行動を取っただろう。だが、ヴィヴィオは女の子だから、今の行動を取ったように思える。父親は母親に比べて、娘と息子の区別が明確なものだ。

 そして、彼もまた、なのはやフェイトのように手馴れてるな、と感心した5人だった。

 それは当然といえるかもしれない、アルバートは最近馴染みになった――主にエリオの相手をする時の――感覚に入っていた。俺と”彼の”の境界が曖昧になり、彼我が交じり合った感覚。

 (よし、良く頑張って立ったな、偉いぞ、美由――)

 きっと、どこかで似たような経験をしたのかもしれない、と彼は納得した。不思議とこの感覚に入っても、不快な感じはしないのだ。自分と”彼は”異なる存在ではなく、肉体の所有権を2つの人格が奪い合う、といった小説のようなことにはならないと、理由はないが断言できる。

 自分もまた”彼”であり、”彼”もまた自分だとそう思えるから。ただ、”彼”を”自分以外”と認識できるのは、きっと何か”彼”としてなしたい事が残っているためだろう、そしてそれを成したならば、彼は自分と一つになるだろうと、そんな予感がある。

 「そらっ」

 幼子をヒョイと抱きあげて、高い高いの様な体勢でその場を回り始めると、彼を見つめる瞳も輝き、楽しそうな笑顔で笑い出す。

 そんな様子を見ていた5人は、なんとなく彼はなのはと似ているな、と思った。ヴィヴィオに対する対応がフェイトではなく、なのはに似てる。

 そうこうしてるうちに、寮母のアイナさんが現れ、今日はママたちはお仕事でお昼は一緒に出来ないの、と説明した。どうやらヴィヴィオはなのはを迎えに来たらしい。

 そのことをアルバートがスバルたちに聞くと、昼は大抵ザフィーラと一緒に来るとのこと。あれ、そういえばザフィーラは?とキャロが探してると、少し離れたところに佇む守護獣が見つかった。どうやら初めから居て、静かに状況を見守っていたらしい。おそらく、己の出番ではない、と感じ取ったのだろう。

 「なのはママ、いないんだ……」

 そう呟いたヴィヴィオの声が、アルバートの心を、魂を大きく揺さぶった。

 なのはを母と呼ぶ少女。母と呼ばれるなのは。なぜだろう、その言葉を聞き、少女を抱き上げる彼女を連想するだけで、胸が熱くなる。

 (お前も、母親になるんだな)

 それは”彼”が感じていることで、アルバートには分からないものだ、なぜなら、彼はまだ娘をもつ身では無いから。

 そんな感傷めいた気持ちをいったん脇に追いやり、彼は再び腰を落としてヴィヴィオと視線を合わせる。

 「大丈夫、ヴィヴィオがイイ子で待ってたら、ママはすぐ帰って来てくれるから」

 「ほんとう……?」

 「もちろん、だから、アイナさんの言うことをちゃんと聞いて、イイ子で待ってる、できるか?」

 少年のような屈託の無い瞳と笑みに、ヴィヴィオも安心したように元気良く頷く。 

 「うん! できるよ!」

 偉いぞ、と彼がまたヴィヴィオの頭を撫でると、えへへ、と嬉しそうに笑う。まるで父子のようだな、とそのやり取りを眺めていた全員が思った。

 「おなまえ、おしえて?」

 気を許した人の名前をまだ聞いてなかったことに思い至った少女は、素直に聞いた。

 「ん、ああ、まだ言ってなかったな、おじちゃんはアルバートって言うんだ、よろしく」

 「うん、よろしくね」

 それから少し後、手を振りながら寮へ帰って行くヴィヴィオに手を振り返してるアルバートに、皆を代表してギンガが「今のアルバートさん、まるであの子のお父さんみたいでしたよ」と言った。彼女は、今のアルバートとヴィヴィオの姿が、幼いスバルと父ゲンヤの姿と重なって見えたから尚更に。

 「どうかな……」

 意外も帰ってきたのは苦笑だった、その時の彼の胸中、いや魂の奥では

 ――だけど俺は、あの子に顔を見せてやることも出来なかったんだ――

 そんな想いが溢れていた。その想いを抱きながら、アルバートはもうすぐピースが嵌りそうなのを予感していた。

 エリオ、ヴィヴィオ、そして高町なのは、これらにもう一つなにかの要素が加われば、”彼”が何者かが分かるような気がする。自分が誰だったか思い出せるような気がする。

 そしてその時が来れば、自分が成すべきことが何なのかも分かるはずだ。







 「こんばんはー」

 その夜、アルバートは女子寮の一室を訪れていた。本来は立ち入るべき場所ではないが、今回はちゃんと理由もあるし、部隊長の許可も取ってある。

 「あ、アルバートさん!」

 ヴィヴィオはシャワーでも浴びた後なのか、髪を下ろして服もピンクのパジャマのようなものになってる。

 「イイ子にしてたか、美由希」

 「うん、イイ子だったよ、でも、わたしヴィヴィオだよ、ミユキじゃないよ」

 「んん? ああ、ごめんな、”つい”間違えた」

 無意識の過ちに謝罪するアルバートは、持ってきた箱の中身を進呈して機嫌を直す作戦に出た。

 「ほら、これあげるから、許してくれ」

 箱の中をあけたヴィヴィオは目を輝かせた。中には美味しそうなシュークリームがたくさん入っていたから。それを横で見ていたアイナも、微笑みながら尋ねる。

 「シュークリーム、お好きなんですか?」

 「ええ、お菓子は好物なんです。腹を満たすだけでなく、作る人の遊び心があって見てても楽しいですから。でもシュークリームはその中でも特別です」

 そうなんですか、男の人には珍しいですね、とアイナが言葉を返すと、そこへなのはが帰ってきた。

 「ただいまヴィヴィオ、ごめんね、今日はお昼一緒に出来なくて」

 笑顔で入ってきたなのはだが、アルバートの姿をみて一瞬驚いた顔になるが、ヴィヴィオが抱えるシュークリームの箱を見て、納得したように顔を綻ばせる。

 「ありがとうございます、キューブ士長、わざわざ買ってきてくださったんですか?」

 その笑顔に、自然と胸が暖かくなる、彼女には、笑顔は似合うと心の底から思うし、笑顔でいてくれる様にと切に願う。

 「ええ、まあ、女性の部屋に上がりこんで、申し訳ないところですが」

 「いえいえ、構いませんよ、子供、お好きなんですか?」

 「人並みには……ってところでしょうか。高町一尉はやっぱり子供がお好きですか?」

 そう言ったものの、すでに心の中では分かっていた。この人は彼女と似ている、だから子供が嫌いなわけが無い。

 「はい、大好きですよ。私末っ子だったから年下を構う経験ってあまり無かったから、余計に可愛く思います」


 ――わたし、末っ子で、年下を構うって経験あんまりなくて…… でも、いいですよね……子供、好きです――


 よく、似ている。ほんとうに彼女によく似ている。そして、彼女に似て育ってくれたことを嬉しく思う。

 「なのはママー、シュークリーム、食べてもいーい?」
 
 「いいけど、晩ご飯前だから、1つだけだよ?」

 「はーい」

 母と子のどこにでもありそうな風景。だけど、この2人は血のつながりはないのだ。しかし、それがなんだという、親子の絆というのは心の繋がりだ。なぜなら


 ――おかーさーん♪――

 ――美由希ー♪――


 あの2人にも血のつながりは無かったけど、他のどこにだって負けないくらいの仲の良い母子だったのだから。

 懐かしい、宝石の輝きのような時間を思い出しながらアルバートは母と子のやり取りを眺める。

 するとそこへ、ドアが開いてエリオが入ってきた。その際きちんと敬礼することを忘れないのが、この少年らしい真面目さだろう。

 「失礼します、なのはさん、お疲れ様です。あ、やっぱりアルバートさんもここでしたか」

 その時、アルバートは最近馴染みになった感覚が、過去最高になったのを感じた。なのは、エリオ、ヴィヴィオと、自分にこの感覚をもたらす人物が3人揃った今、確かな自信をもって分かる。

 きっと、今だと。

 「どうして俺がここにいると思ったんだ?」

 だが、その心を表面には出さず、エリオの言葉に対して疑問を投げてみる。

 「さっき、洋菓子店の箱持ってるのを見ましたから、ならここかな、と思って」

 「なるほど、良い読みだ」

 そんなコト無いですよ、と照れ笑いをした少年は、なのはの前まで来てデータチップを渡した。

 「なのはさん、これ今日の訓練のデータです、夕食の時にとも思ったんですが、フェイトさんにこれを頼まれたので」

 そうして渡されたのは、ヴィヴィオの新しいパジャマやリボンなどだった。フェイトが昼の休憩の時どこかに飛んでいった(飛行魔法を使ったわけではない)のはこのためか、となのはは察した。

 「そっか、ありがとエリオ」

 「いいえ」

 エリオとなのはのそんなやり取りも、アルバートの胸を打つ。それはやはり


 ――ありがとうね、恭也――

 ――ううん、なんでもないよ、これくらい――


 その光景もいつか見たものと重なるから。




 そして、その時がやって来た。
 
 「新しいリボンが来たなら、ヴィヴィオの髪、またいじってみようか、そうだね……昔のフェイトちゃんみたいな髪にしてみよう」

 その言葉と同時に、自分の髪留めを外して、それと新しいリボンをヴィヴィオの髪に結わいつける。

 「うんうん、良く似合うよ、髪の色も似てるから、昔のフェイトちゃんそっくり」

 「えへへ、そうかな」

 「昔のフェイトさんかぁ……」

 実に和やかな空気が流れる中、アルバート1人はその光景の衝撃に声も出せずにいた。

 髪をおろした高町なのは、そしてそこに一緒にいるのは10歳くらいの少年と、7歳くらいの少女。

 この光景は覚えている、例え死んでも忘れないと、そう誓った光景なのだから。


 「桃子……」


 その呟きとともに、アルバート・キューブはかつての自分の名前を思いだした。


 ――高町士郎、高町なのはの、父親――




あとがき

 
つ、疲れました。まさかここまで長くなるとは…… 100kb超えたので、短編→中編にタイトル変更。
書いてるうちに書きたいことがどんどん増えて、でも本筋もしっかりと書こうとしてる内に、いつもいつも長くなります。
どんない長くなっても100kbはいかないだろう、とかいう自分の見通しの甘さに情けなくなります。


さてついに判明した衝撃の事実!! なんと、主人公の前世はとらハ3の士郎さんだったのです!! いやーこの展開を予想できた人はさすがにいないでしょうねー
…………まあ、予想できなかった人はさすがにいないですよね……
それでもノリよく付き合ってくださり、感想に書き込んでくださった方々に感謝。至上の幸福、星が与えし定めの地に来れたセ○ラになった気分ですよ。
だからもっと感想ください。ええ、自分に正直がぽりしーですから。

冗談はともかく、当てにならない今後の予測はのこり2、3話です。3話になるなら次の話はかなり短めになると思います、次回は機動六課襲撃で、そこでSTS終了の予定。
え? その展開はどこかで読んだ事がある? それこそが既知感と呼べる物でしょう。いえ、芸が無くてスミマセン。
次回は主人公無双です!! が、更新はちょっと未定です。





では、恒例の例の奴を。ネタが分かる人だけのアレです







 
















※この先には本編最後の雰囲気をぶち壊す内容があるので閲覧注意

 六課の組体操

 なのは「管理局全力全開烈士、スターズ分隊長なのはが送る、妖霊悲壮な戦乱絵巻、リリカルなのはStrikerS! その日、約束された私の勇姿を目に焼き付けよう!」

 はやて「いやそんな、如何にも自分が主役だーみたいなドヤ顔されても……」

 シャマル「性格変わった? 昔はもうちょっと控えめだったと思うんですけど……」

 フェイト「ううん、ずっとこんな感じだったよ、なのは」

 シグナム「良いじゃないか、頼もしい」

 ティアナ「というかちょっと、主役はあたしでしょ!?」

 ヴィータ「それはねー」

 フェイト「うん、ないね」

 はやて「現実見ぃや……」

 なのは「身の程を知りなさい(キリ」

 ティアナ「あーそうですかそうですか、そういうこと言っちゃうんですか。あたしがいないとぶっちゃけ詰んでるんですけどね、この話」

 シグナム「それは違うな、お前だけじゃないさ」

 シャマル「誰が欠けても、ダメじゃない?」

 ヴィータ「みんな、仲間だ」

 ティアナ「うわー、きれいに纏めちゃいましたよ、この人たち」

 はやて「だけど、そうやな」

 フェイト「うん、それはいいんだけど……」

 シャマル「なにか……1人だけ……」

 なのは「ああ、その、なんだろ……」

 ティアナ「なに黙ってるのよ馬鹿スバル、ほら、〆任せるから、ビシッと決めなさい」


 スバル「…………凄く、一撃必倒です……」


 七人『お前黙れ!!』


 自分スバル好きですよ? 本当ですよ?
 

 はい、お目汚し申し訳ありません、この他にも

 「カリム・グラシアを知っているかね? 近頃管理局の理事になった女でね。有体に言うと詐欺師だ。彼女の職務は予言というものであり、局にとって聞こえの良い未来を創作して糧を得る。立場的には同情するが、やっていることは詐欺だろう」

 とか言うクロノや

 「我が愛は砲撃の慕情、故に貴方に私の愛を示したい。心を動かす事があったのなら、その手を取るのではなく、その相手にこそぶつけるべきだったんだ。ゴメンねユーノ君、私はずっと貴方を蔑ろにしていたみたい」
 
 「流石は僕の逆身、やはりそう来たか。ああ、だがまだ障害は残っているだろう? 聖王の鎧を身に付け、脱皮を遂げた我が写し身(中の人的な意味で)、あれでは不満だと?」

 なんていう会話をするなのはとユーノのネタもありますが、さすがに本編と全く関係ないパロネタを続けると怒られるので、もう止めます。

 最後に、今回の話を一言で纏めるとこんな感じ

 「アレは子供好きな女だったよ
  そして、そんな母性ある女性だったかからこそ、俺は心安らかに結婚(なっとく)したのだ
  そんなヤツに似ているという、ならば俺の娘だよ
  さあ、平らかな安息をよこせ(違う)」

 





[30451] 御神最強の剣士
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/11/23 18:27

 その5 御神最強の剣士


 輪廻転生、それは人が死に、その魂が新たな人間として転生すること。

 それは別の人間として新たな人生を、前世の自分とは異なる名前、異なる環境、異なる人格で歩むことだ。決して前世の人格のまま別の肉体になり、人生の”続き”を行うわけではない。

 魂は同質。故に考え方、性格は似通うことはあるだろう。だけど本来記憶は残らないし、あったとしても僅かな既知感として残るのみ。

 俺、不破士郎も、終わってしまった人生の続きをしたいなど、思わないし、思ってはいけないと理解している。

 自分は家族を遺して死んだ。その事を悔やんでいないと言えば嘘になるし、出来ることなら死にたくはなかった。けれど、あの時あの小さな体を、フィアッセを見捨てることなど俺には到底できなかったんだ。

 俺はそういう生き方をしていたし、剣を使う世界を、死の危険を伴う世界を生きる覚悟も、その果てとしての”死”についても己の中で確固とした答えを出していた。

 精一杯、生きたんだ。桃子を、恭也を、美由希を愛して、アルバートたちの理想を守ってやりたいと思って、剣を振るった己の人生を、そりゃ後悔も未練もあるが、間違っていたとは思わない。

 だからこそ、やり直しや続きなどは論外だ。求めてはいけないし、求めたが最後、それは己の人生を、ひいては己と関わった人たちとの触れ合いを、無価値で意味の無いものに貶めてしまう。

 人はいずれ死ぬからこそ、その生に輝きが生まれる。限られた命の時間を一生懸命生きるからこそ、宝石の価値が生まれるんだ。

 静馬たちが死んだ時も悲しかったし、辛くもあった。生きていて欲かったと何度思ったか分からないが、それでも彼らの”死”を厳粛に受け止めた。彼らの死を引きずっていた美沙斗も、俺とは違う形でその死と向き合っていた。

 もしやり直しなんかを望んでしまったら、その時点で俺は何者でもない怪物になってしまう、死を受け入れられずに、死体のまま動き続ける残骸、かつて不破士朗だっただけの、おぞましい我欲と妄執の塊に。

 それはもはや人間の思考じゃない、気に入らないから、失敗したからまた次を、などと簡単に思える者は、そもそも人の生を歩んだとは思えないし思いたくない。

 嬉しいことも楽しいことも、苦しいことも辛いことも、全部含めて人生だ。気に入らないからゲームか何かのようにやり直すなど、そんな事がどうしてできる。それは自分と友と愛する人、あらゆる全てにたいする冒涜だ。

 桃子も言ってくれたんだ、たった一度の人生だから、貴方の好きに生きて、と。やり直しを望むことは、彼女の言葉と気持ちを踏み躙る行為に他ならない。

 恭也にも言っておいた、自分の仕事の意味と、己の死んだあとのことを。美由希にはまだ伝えてはいなかったが、そのことも含めて恭也に頼んだ。

 そうして桃子とあの約束した。「俺が死んでも泣かないで、ずっと笑顔で幸せで生きていてくれ」と。死を想って、生と真摯に向き合って全うした結果が、あの事件での己の死なのだから、無念はあるが、きちんと納得はできる。

 だけど……

 たった一つだけ、どうしてもこれだけは、と諦めきれない想いがある、願いがある。

 会うことが出来なかった俺の娘。生まれてきてくれてありがとう、と笑いかけてやるはずだった”高町なのは”。

 一度で良い、君になにかをしてやりたい、父親らしいことをしてやりたいんだ。親として、顔を見せてやることすら出来なかった俺だから。

 だけど、おそらくこの世界の”高町なのは”は、厳密には俺の娘であるなのはとは、違う存在なのだろう。アルバート・キューブの知識から、エリオたちが教えてくれたことから、それを理解する事が出来る。

 この世界には彼女の父親である「高町士郎がちゃんと生きている。俺のように死ぬことはなく、父親として彼女に笑いかけ、名前を呼んで、教え導いてきた存在がいるんだ。

 だからこれは、いくら大層なことを並べた所で、結局のところ俺の自己満足でしかない。自分に残った、これだけは譲れない、というたった一つの強烈な未練を晴らしたいと思う我儘。

 だけど、そこにも何かしらの意味があると思っている。あって欲しいと望んでいる。

 俺は本当の意味での「高町士郎」になることは出来なかった。このアルバート・キューブの世界での「高町士郎」のように、危険な世界から足を洗い、喫茶店で働く堅気の人間になる事が出来ずに死んだ。だからこそ、この世界の高町士郎を、俺は羨ましく思うと同時に感謝してる。

 桃子の側から離れないでくれて、子供達の前から去らずにいてくれて、本当によくやった、と。こんな自分もいたということが誇らしく、万感の思いを込めて、彼等の幸せを願う。

 だけど、俺は彼とは違い、危険な世界の中で、「不破士郎」として死んだ。「高町士郎」ならば、どこにでもいる父親として、あの子に、なのはになにかを教える事が出来て、それでこの未練は晴れたかもしれない。

 でも、不破士郎に出来ることは剣を振るうことのみ。この二刀の剣で、守りたいと思う人の命と理想を守ってやること、それだけだ。

 そんな自分がこの世界に、僅かでも意識を残したまま在れたのは、この世界のなのはが、俺が生きた裏の世界に似た、危ない世界に生きているからかもしれない。事実、”高町一尉”の仕事の中には死の危険さえ伴うものもあるのだ。

 だからこそ、心優しい神様が、俺の魂を”不破士郎の力を必要とする高町なのは”の元に届けてくれたのではないかと、そう思える。死の瞬間包まれた温かな感触は、とても心地よかったから、きっとあれが神様のような存在なら、それはきっととても優しい人で、俺の最後の願いを聞き届けてくれたと思えるんだ。

 逆に言えば、それは俺のなのはが、そうした危険の無い、安全な世界で幸せ生きているということの証明では無いだろうか。こじ付けみたいなものだし、根拠といわれれば何もないが、あの時感じた暖かさは、それを信じていいと思えるものだった。

 
 俺の、高町士郎になれなかった不破士郎の望みは、なのはの身に降りかかる危険を、この剣で払ってやること。そうすることで、彼女の笑顔を守ること。

 一度で良いんだ、それが出来ればもう未練は無い、喜んで本来あるべき形に戻ろう。

 なあ、だから許してくれるかアルバート・キューブ。本来もうお前の、お前だけのものである筈の魂に、俺の形を残していることを。そして、おそらく一度限りだが、前世の魂である不破士郎として、この体を使うことを。

 それがどういうことになるかは、分からない。もしかしたらとても危険なことなのかもしれない。

 もう十分すぎるほど感謝はしてる。あの子が元気で笑っている姿を見れて、良い友人に囲まれていることも知れて、桃子そっくりに育ってくれたことを感じることができたから。

 その上で言う、こんな我儘極まりないことを。

 許して、くれるだろうか。


 ――何を水臭いことを、遠慮せずに使ってくれ。俺はアンタで、アンタは俺なんだから――







 本日は地上本部の公開意見陳述会。無論のことアルバートも、地上部隊の一員として警備についている。彼の持ち場は本部の外周部で、本部からは少々離れた位置だ。

 午後から陳述会が始まって既に4時間、日が傾き始め、もうそろそろ会も終わる頃なので、周囲の警備の人間達にも緊張の緩みが見え初めている。

 (静か過ぎる…… これはまるで嵐の前の静けさだ)

 だが、アルバートは緊張を緩める気にはなれなかった。どうも、空気が張り詰めているような気がする。こういうときには何かが起こると、彼は経験から分かっていた。
 
 正確にはアルバートではなく、士朗が覚えていることを感じているのだ。あの日以来2人の境は曖昧になり、今では高町、いや不破士郎の記憶をはっきりと思い出せるようになっている。

 だからこそ、士郎の想いは理解できるし、彼の高町なのはを守りたいという未練も晴らしてやりたい。しかし実際問題として、魔導師として彼女のほうがずっと格上なのだ、自分にどれほどのことができるだろうか。

 人格的なところは問題なく、意識の混濁などは見受けられないが、士朗の感覚をある程度トレースすることは出来ている。

 だからといって、いきなり強くなったと言うことは無く、やはり彼はアルバート・キューブとして鍛えてきた力量しか発揮できない、そう世の中旨い話はないのだ。

 もし、不破士郎としての経験と技量を完全に再現する事が出来るとしたら、きっとその時が――
   
 「――っと」

 彼が思案してる所へ通信機が点滅し、ヴァイスから連絡が来ていることを示している。

 「はい、俺です。こちらは異常なし。そちらはどうですか、先輩」

 『こっちも異常なし、静かなもんだ。だが、このまま終わってくれるかね……」

 ヴァイスは本部のヘリポートに止めてある六課のヘリのところで待機している。そして彼もその経験から来る勘でか、何かが来る予兆を感じているらしい。

 「終わってくれれば、良いと思いますよ」

 『ああ、最後まで、油断は禁物だ、気をつけろよ』

 「先輩も」

 通信を切り、彼は一層気を引き締める。彼とヴァイスはコンビを組む事が多かったから、同じ感覚を共有していても不思議ではない。不破士郎の記憶が無くても、彼は6年間、ヴァイスと共に前線で戦っていたのだから。





 それからさらに1時間後、その時が訪れた。

 多数のガジェットⅠ型及びⅢ型が、あまり見慣れない形である召喚魔方陣から一斉に出現し、周囲に攻撃を開始した。ふと上空を見やれば、遠くの空に編隊を組んで飛来するⅡ型の姿も見える。

 アルバートの周囲でも即座に戦闘が開始された。彼自身も出現したⅠ型を片っ端から相手取り、次々と破壊していく。

 (本部の方は!?)

 おそらく敵の狙いであろう本部の方に視線を向ければ、そこには夥しい量のガジェットがひしめいていた。その様子がまるで畑に群がる蝗の群れのようで、ある種のおぞましささえ覚える。

 しかし、その光景の意味するところは、本部内の人間があのAMFの檻で閉じ込められたということだ。あの中から出ることは不可能だろうし、こちらから入るにも、あのガジェットの群れを突破しなければならない。

 だが、逆説的にいえば、あの中にいる者には危険は及ばないということになる。むろん、今の間は、という条件はつくが。

 その事実に安堵する自分に、アルバートは複雑な思いを抱く。”なのははあの中だから安心だ”と、この危機的状況下でも考えてしまうのは、局員としては失格だろう。

 だが、子の安全を願うのは、いつの世も親として当たり前なのだ。それを責めることを誰に出来よう。

 自分で自分を客観視している今の己に何かを思っている暇は無い。ここから自分が本部に向かっても出来ることは何も無いだろう、ならばどうする? ここでガジェットと交戦続けるか? だが、それは意味のある行為か?

 「通信は、通じないか…… なら指揮系統も分断されて、どの部隊も混乱してるだろうな……」

 彼が懊悩する間にも、周囲では同僚たちが倒れ、ガジェットの攻撃が苛烈さを増していく。考え込んでいる場合などではない。しかしこのままでは……

 激化する戦場で剣を振るいながらも、行動の選択が出来ないでいるアルバートの耳にババババ、という聞きなれた機械の駆動音が聞こえてきた。

 「あれは!!」

 思わず声を出して上空を見上げると、そこには見慣れた六課のヘリが滞空しており、そこから撃ち出される魔力弾が、局員を襲っているガジェットを次々と撃ち落としている。

 その狙いは迅速にして精密。連射しているとしか思えない間隔で撃ち出されている魔力弾は、しかし正確にガジェットを破壊していく。

 「流石は先輩……」

 これがヴァイス・グランセニックだ。精密狙撃と連射という、本来相反する2つを完璧に融合させ、それをヘリの管制を行いながらやってしまうという離れ業。

 彼がヘリパイであるのはこのために。彼こそは、地上の局員でありながら、上空からの精密連射という悪魔のコンボを1人で行うエースなのだ。

 もっとも、正確には一人ではない。8年来の相棒、ストームレイダーあってのこの離れ業だ、彼女無くては不可能だと、ヴァイスは公言して憚らない。

 空からの援護を受け、周囲の士気も回復する。一端陥った恐慌や混乱も、正気を回復したら立ち直りも早い。彼等とて地上を守る管理局員、日頃の訓練は単なるポーズなどでは決して無い。

 だが――

 「先輩、危ない!!!」

 そんな目立つヘリを的が放っておくは筈も無く、Sランクの威力の砲撃が向かっていく。それはNo10ディエチが放ったもので、その事実をアルバートは知ることはできないが、それの危険性は十分に理解できる。

 ストームレイダーが咄嗟にヘリを旋回させ、直撃は回避できたが、Sランクの砲撃を掠めたヘリは徐々に失速し、少し先の広場に不時着した。墜落しなかったことは、やはりさすがと言えるだろう。

 「大丈夫ですか!? 先輩!」

 神速、正確には擬似神速を駆使し、ヘリに駆け寄ると、その中からは返事よりも先に魔力弾が彼のすぐ横を通り過ぎ、後ろのガジェットを破壊する。

 「誰に言ってんだよ、コレくらいでくたばるヴァイス様じゃないぜ?」

 「別に先輩の心配なんぞしてませんよ、ただ、ラグナの悲しむ顔を見たくないだけです」

 「へいへい、そーですか、というかお前以前から気になってたけど、ラグナに手を出す気か?」

 「まさか、あいつまだ12歳でしょ。ちゃんと4年後まで待ちますよ」

 「不穏な予定組んでんじゃねえ」

 軽くアルバートの頭を小突き、ニヤリと笑いを互いに浮かべ、彼等はガジェットが集中している所へ向かっていく。

 互いに長年の相棒同士、阿吽の呼吸で今やるべきことを行うべく、行動を開始したのだ。

 「さあて、やりますか、俺の足、引っ張らないで下さいよ」

 「なに言ってんだ、お前こそまた射線上に飛び込むようなヘマするなよ。主役の邪魔する脇役なんざ下手な敵より性質悪い」

 「そっちこそなに言ってんすか、主役は俺でしょ」

 「バーカ、こういう時はガンマンがメインなモンなんだよ」

 「いやいや、剣士ですよ」

 軽口を叩きあいながら、彼等は背中合わせになり、襲い来るガジェットを撃破していく。その光景は首都防衛隊なら誰もが知ってる、ベストパートナー同士の絶妙の連携だ。

 アルバートが斬り込み、ヴァイス撃ち込む。その間合いの取り方、発射のタイミング、どれもとっても抜群の呼吸。

 「そう言えば、先輩のほうは本部と連絡取れました?」

 「いいや、さっぱりだ。こっちにSランクの敵が向かっているとか聞いた所で、完全に通じなくなった」

 「なら、ここは自分達の判断で動くしかなさそうですね」

 「そういうことだわな」

 そう会話しながらの僅か数分の間に、このエリアのガジェットを全滅させることも造作ないほどに、彼等の連携は見事だった。見事だったが――

 「少ないな」

 そう、少ないのだ。ここは本部からそう遠くないエリア、本来ならここにも無数のガジェトがひしめいていても、よさそうなものなのに。

 「増援が来る様子も、ありませんね」

 これはおかしい、狙いが本部なら、この中途半端な攻撃はなんだ? まさか中の人間を閉じ込めただけで、ハイおしまい、などということはあるまいに。

 「おい…… あっちだ、あの方向!」

 ヴァイスが見ている方向に視線を向けると、ここから結構な距離の場所で断続的に爆発が起こってる。それはこの周囲のものとは違う、集中的な攻撃によるものだということが、ここからでも分かる。

 「六課の方向だ…… となるとアレは、ザフィーラの旦那の防御結界か……」

 良く目を凝らすと、爆発は藍白色の半球体に向けられた攻撃だ。あの守護獣があそこまでの防御結界を展開してるというのなら、間違いなく敵の多くは六課に集中している事を意味している。

 「先輩! 俺たちも行きましょう!」

 ならば、ここに残っている意味など何も無い。ここから見てても状況は最悪だということが分かるくらいだ。どんなに強固な結界でも、AMFを使われては相性最悪なのだから。

 「言われなくても!」

 そう言って彼は堕ちたヘリの中に入っていくと、すぐさまこれまた聞きなれた駆動音が聞こえてきて、その直後に見慣れたバイクがヘリから出てくる。

 「持ってきてたんですか!」

 「ああ、もしもの時のため、ってヤツだ」

 そして、ヴァイスは後部のリアシートに移り、アルバートがグリップを握ってバイクを発進させる。無論、それは意味があっての役割分担。

 「全速力で行きます! 振り落とされないで下さいよ!」

 「ああ、お前こそハンドル切り間違えてこけんなよ!」

 六課に向かう道の途中にも、当然のことながらガジェットがいる、それを後ろのヴァイスが撃って撃破し、アルバートがその残骸を踏まないようにしながら、普通なら一発免停の速度で疾走していく。

 そんな曲芸を行いながら、徐々に六課隊舎に近づいて、肉眼でその姿がはっきりと見えるようになると、2人はその光景に唖然とした。

 「おいおい…… なんだあの数は……」

 「本部に現れた数より多い……?」

 そこに居たのは想像以上の数のガジェット、ガジェット、ガジェットの群れ。Ⅰ型はもちろんのこと、Ⅱ型もⅢ型もぐるりと六課隊舎を取り巻いている。

 これではまるで、こここそが本命のようではないか。

 予想外の事態に2人が瞠目してると、徐々に弱くなっていた防御結界ついに消え去り、その直後に隊舎に火の手が上がった。

 「マズイぜ!」

 「急ぎましょう!」

 鋼の馬にエグゾーストを響かさせて、彼等はひしひしと感じる嫌な予感を押し殺しながら、炎の勢いが強まる隊舎へと全速で向かっていった。
  

  
  





 機動六課隊舎敷地内において、始めから絶望的な戦いを強いられたザフィーラとシャマルは、ここまで何とか踏みこたえてきたが、いよいよ限界を迎えようとしていた。

 体力も魔力もすでに底が見え、シャマルを庇い続けたザフィーラはさらに傷だらけで、結界を維持することはもう出来ない。

 だが、退く訳には行かない。隊舎には戦闘能力を持たない者たちが数多くいる。我等がここでなんとしても食い止めねば、彼等に危害が及んでしまうのだ。

 しかし――

 「たった2人で、良く守った…… だけどもう終わり」

 そして自らのISレイストームを繰り出し、六課隊舎を攻撃するNo8オットー。それを何とか風の護盾で防御するシャマルだが、枯渇した魔力では十分な厚さを維持できず、レイストームは隊舎に直撃、激しく建物を揺らす。

 一方でもう1人の戦闘機人No12ディードも、突撃を仕掛けたザフィーラをその双剣、ツインブレイズで斬り倒していた。

 そこへ、これで詰みだ、さようなら、とオットーが止めとばかりに全力のレイストームを放ち、六課の守りは崩れ去る。

 かに思えたその時――

 「うおおおおおおお!!」

 雄たけび+エンジンの爆音を響かせながら、猛スピードで4人の方へ向かってくる影が一つ。

 「なんだ?」

 オットーが不審気にそちらに目をやると、レースでもなければ出さないような速度でこちらに突っ込んでくるバイクが見えた。

 「敵…… 新手?」

 ディードもまたそちらを見やると、そのバイクは前方に崩れた瓦礫があるというのに速度を緩めようようとしない。よほどの愚か者か、それとも自殺志願者でもなければ、そんなことはしないであろう。

 あのバイクの操縦者は、もしや意識を失っているか、それとも正気を失っているのかと2人が訝ってると。

 「ぶっ潰れろおおおォォォォォ!!!」

 その男は、爆発的な加速で前輪を跳ね上げ、瓦礫の一つをジャンプ台に見立ててその斜面を疾駆し、宙に浮かんでる2人目掛けて飛翔というの名の特攻を敢行したのだった。

 「!?」

 そんな常識の埒外の行動、頭が沸騰でもしてなければ出来ない蛮行に、咄嗟に身動きとれず、なんとか防御フィールドを展開して食い止めるオットーだったが――

 「あう!」

 250kmという、バイクの性能限界を吹っ切った速度でぶつかって来たバイクの衝撃を相殺しきる事が出来ず、その衝撃で吹き飛んでいく。

 「オットー!」

 ディードもまた、あまりにあまりの事態に対処できず、なんらを行動をとれないまま、自らの片割れが吹き飛ばされるのを見送ってしまっていた。

 そして、その蛮行を行った人物は、オットーの防御によって慣性が弱まったのを見切ってバイクから飛び降り、猫のような敏捷性で着地していた。

 「よくも!」

 まだ感情が未発達だが、双子の片割れがありえない行動によって吹き飛ばされたのを見せられては、怒りも湧いてくるというもの。即座に双剣でもって攻撃を仕掛けようとするも。

 「させるかよ」

 狙撃手の魔力弾によって出鼻を挫かれてしまう。流石は前線型の戦闘機人だけあり、彼の狙撃を難なく弾くことには成功していた。

 「大丈夫ですか!? ザフィーラの旦那」

 「ヴァイスか……」

 ディードを後退させたヴァイスは満身創痍のザフィ―ラに駆け寄り。

 「ご無事でなによりです、シャマル先生」

 「アルバート君、貴方あんな無茶をして……」

 アルバートもまた、心配そうに彼を見るシャマルを抱き起こしていた。

 「どこまで役に立てるか分かりませんが、加勢に来ましたぜ」

 「2人は下がって、前線には俺たちがでます!」

 そうして、六課防衛戦、第2ラウンドが開始された。




 一方、こちらも体勢を立て直した戦闘機人の双子。オットーはあくまで衝撃で吹き飛ばされただけで大したダメージはなく、ディードは文字通り体勢を崩されただけに過ぎないので、すぐさま戦闘再開可能だ。

 「彼等は何者? オットー」

 「ヴァイス・グランセニックとアルバート・キューブ。階級は陸曹と士長、魔導師ランクは共にB+、ウーノ姉様のデータによると大した脅威ではなさそうだ」

 「私たちで片付ける?」

 「いいや、ガジェットたちを使おう。ここはもともとの計画通り、消耗させてから、僕等が出る」

 彼等は稼働時間が最も短い最後発組み、生まれつき有しているデータは姉妹の中でも最も多いが、戦闘経験はもっとも少ない。故に不測の事態に弱く、マニュアルどおりの行動しか出来ないのだが、ここでは却ってそれが有利に働く。

 同じ姉妹でもノーヴェやウェンディなら、感情で動くタイプなので先ほどのふざけた先制攻撃に憤り、彼女達自身が突っ込んできたかもしれない。その時は彼等の連携次第では倒せただろう。だが、ここに派遣されたのは、最も感情が未発達な双子たち。

 アルバートもヴァイスも、優秀な戦力だが、彼等の特性はそれぞれ近接、狙撃の一芸特化型。型に嵌れば強力だが、専門分野と離れた状況に追い込まれれば、真価を発揮できない。

 遮蔽物が無い場所での大量の雑魚相手、というのは、彼等にとって本来苦手とするところなのだ。数がさほど多くなければ問題無く捌けるが、この多さはその許容範囲を超えている。

 ここに来たのが回復、補助、さらには結界などの多種多様な魔法を使いこなす者たちだったなら、展開は大きく変わっただろう。しかし、ここに居るのはそれぞれ遠・近の攻撃の専門家。



 なので、再開された戦闘も、結局は先ほどの焼き増しの結果となってしまったのは、当然だったといえるだろう。

 大量のガジェットを逐次投入して消耗を図るという、この襲撃作戦の管制者たるウーノの指示と寸分違わないこの戦法は、しかしそれと戦う者たちにとっては絶望の具現の如きものだった。

 既に消耗してる2人はもちろん、新たに駆けつけた2人も時間と共に追い詰められていく。彼等はけっして弱くはない、だがこの戦い方では既に始まる前から詰んでいるも同然なのだ。

 「ハァ、ハァ、ハァ…… アル、何機倒した?」

 「……30くらいまで、数えて、ましたけど、もう、分かりませんよ……」

 アルバートもヴァイスも息が上がっている、もともと豊富ではない魔力が、この消耗を強いられる戦いで干上がる寸前となっているのだ。

 「……終わりが見えん」

 「このままじゃ、もう……」

 そして、消耗具合は元から戦っていた2人のほうが遥かに酷い。何度かシャマルが回復させているとはいえ、この包囲状態では十分な集中も出来ず、怪我と体力と魔力を一度に回復させるような魔法は使う事が出来ないでいたし、シャマルの魔力自体が残り少なく、それを成すことは出来そうも無い。

 全滅、その2文字が全員の頭をよぎる。そして、それを実現させるべく、再び上空で待機していた2人が動いた。

 オットーがレイストームを放ち、それを防ぐためにシャマルとザフィーラが2人掛りでシールドを張るも、すでにそれは紙の如き脆いものでしかなく、すぐさま亀裂が入っていく。

 「させっかよォ!!」

 そうはさせじと術者であるオットーを落とそうと、ヴァイスが銃口をむけた瞬間、彼の意識が完全に1方向に向いた瞬間を狙ったディードが、目で追えない速度でヴァイスの背後に回っていた。

 「ぐぁぁ!」

 咄嗟に銃を盾にするも、ディードの得物ツインブレイズはそれを両断し、ヴァイスの体を切り裂く。銃を盾にしたことと、半歩跳びのいたことで深手は避けられたが、すでに体力の限界だったヴァイスは、ついにそこで倒れこむ。

 「先輩! くそ」

 ディードに向かって斬りかかろうとしたアルバートだが、そこへオットーのレイストームが襲い掛かり、彼は持ち前の瞬発力でなんとか回避する。ザフィーラとシャマルも、シールドが鬩ぎあってるうちに軌道を読み、なんとか避けたようだ。

 だが、状況は最悪だ、すでにヴァイスが倒れ、ザフィーラたちはすでに立ってるのが精一杯、残る自分もどこまでもつか、というレベル。

 それは相手にも分かっているようで、オットーが今度こそこれで終わりだ、と言わんばかりにその手にエネルギーを凝縮させ、フルパワーでレイストームを放った。

 3人まとめて吹き飛ばしてくれる、という意思が伝わってくるほどの威力の光線が向かってくるのに対し、全力で回避を試みるも、だがその余波だけでも相当なものだろう、とアルバートが覚悟を決めたとき。

 「うおおおおおおお!!」
 
 彼とシャマルの前に、大きな背中が現われた。それは無論ザフィーラの、人型になった姿。彼は己の、盾の守護獣の誇りにかけて、この攻撃は防いで見せると、最後の力を振り絞る。

 「シャマル! キューブ! 今のうちに下がれ!」

 「無駄なことを……」

 その勇姿は、しかしこの感情が乏しい相手にとっては無駄な足掻きにしか見えなかったのか、オットーは無感動にミサイル搭載のⅠ型に命じ、一斉に発射させる。 
 
 敷地内の半分に及ぶ範囲の爆発が起こり、その衝撃が隊舎を揺るがす。爆発によって生じた煙が晴れた頃には、そこには全ての力を出し尽くし、自らの体を盾にして仲間を守り倒れ伏す男性の姿があった。

 「ぐ、ザ、ザフィーラの旦那……」

 ザフィーラのおかげで直撃を免れたアルバートはなんとか立ち上がる。

 彼は爆発の瞬間、その持ち味である速度を振り絞り、シャマルを抱えて爆心地から少し離れた場所に伏せていた。だがその余波も相当なもので、彼は壊れたⅢ型に、シャマルは隊舎の壁まで吹き飛ばされ叩きつけられていた。そして彼女は倒れたまま起き上がる気配は無い。

 「しぶといですね」

 ただ1人残ったアルバートに、今度はディードが襲い掛かる。空戦と陸戦の違いはあれど、互いに二刀遣い、同じ戦法の者相手には負けない、と気力を振り絞って斬り結ぶ。

 斬、徹、貫、虎乱と、今の彼で完全に再現可能な技を繰り出していくが、ディードは最後発の前線型戦闘機人、その基本スペックはアルバートを軽く凌駕する。その差を技で補おうとも、消耗のために体が重く、徐々に追い詰められていく。

 そして終には剣を振るう腕が上がらなくなってきた上、目が霞んできた。

 「さようなら」

 止めとばかりに猛ラッシュをかけるディード。その剣戟は性能にものを言わせた力技であったが、疲労の極みになるアルバートにはどうしようもなく、彼はここで倒れる。


 「!?」


 そう思えた瞬間、彼は柔らかな翠の光に包まれ、瞬く間のうちに魔力、体力、そして怪我が回復していく。

 ディードがまさか、と隊舎の方を見やると、そこには倒れ伏したままクラールヴィントをかざしているシャマルがいた。

 「シャマル先生……」

 ザフィーラがその名に相応しく、最後まで仲間の盾であったように、彼女もまた最後まで癒し手であり続けたのだ。己に残った全てを振り絞り、アルバートの状態を万全に戻して、彼女はそこで力尽きた。





 「無駄なことを」

 シャマルの最後の行為を見たオットーは、先ほどと同じ言葉を吐く。そう、これは無駄なことだ。今更アルバートを全回復させた所で何になるというのか。

 消耗がなくなったアルバートは、なるほどディードと互角には戦えている。だがそれだけだ、また再びガジェットで消耗させればそれまで。
 
 そうして、彼女は周囲のガジェットに命じ、彼を包囲させる。360度の全方向を敵で埋め尽くされたアルバートに、もはやなす術は無い。

 ガジェットたちは彼を撃滅させるべく、少しづつ包囲円を縮めながら、砲門を展開する。これにて邪魔な連中の排除は終了した、と双子の戦闘機人は確信する。




 
 そして、それはアルバート自身が一番理解していた。

 このままではどうしようもない、既に負けは見えている。

 だが退く事などどうして出来る、ここの守りが無くなれば、あいつ等は隊舎内部に侵入する。そして中にはまだ多くの仲間が残っている。だから、負けることは許されない、俺が倒れればもう守る者は誰もいないのだから。

 負けられないんだよ、幾度やられようとも、体が欠け様とも、ここは絶対に通さない。

 何故なら、あの中にはあの子がいるんだ、高町一尉を、なのはを母と呼んだあの小さな女の子が。今だって火の勢いが強まるあの隊舎で、脅えているだろう。

 でも、俺は今でも弱いままで、御神の剣を抜けないでいる。当然だ、俺はアルバート・キューブで、前世の人間が誰だか分かったってだけで、あの強さが手に入るわけじゃない。

 現にこの有様だ、先輩が、ザフィーラの旦那が、シャマル先生がやられた。なのに俺は側にいながら何も出来ず、かえって彼等に守られた。

 そんな無力を恥じ、無力を呪い、それでもここは通さないという不退転を、守り抜くことを胸に誓っている。

 ――だが、どうすれば? 何をすれば奴等に勝てるんだ?

 今俺を周りを囲んでいるガラクタども、コレを倒すことはなんとか出来る。だけど―――その後は?

 戦意も覚悟も十分に、既に俺にできる極限を振り絞っている。だけど勝機が見当たらない、勝つための道筋が分からない。

 ザフィーラの旦那が庇ってくれた、シャマル先生が癒してくれた、彼等の奮闘に報いるためにも、1人残った俺は勝たなければならない。

 だけどアルバートでは届かなく、諦めるなんて論外で。

 弱音ではなく、倒れることは許されないから、奴等を倒す力が欲しい、何者にも屈しない剣が、どんな敵をも切り捨てられる剣が欲しい!


 だから―――


 高町、いや不破士郎、アンタの力が必要だ。アルバート・キューブでは届かない高みにいる剣士、御神不破流最強の力が。

 それは即ち不破士郎としてこの体を動かすということに他ならない。魂の形質を、かつての形に回帰させるのだ。

 それがどれほど危険なことなのか、分かっていないということを分かっている。つまりは行えば最後、どうなるのかはまったくの未知数。3日前、不破士郎の記憶を取り戻した時、どういう原理かはさっぱりだが、それが出来ることだけは分かってる。

 御神の体術は、人体におけるリミッターを任意に外すという常識の埒外の域にあるもの。それを物心付く前から習い覚え、30年近くに渡って鍛え上げてきた不破士郎の技術を、まだ6年、しかも見よう見真似でしか覚えていないアルバートの体で完璧に再現するとどうなるか。

 正直、あまり愉快なことにならないだろうことは、簡単に想像できる。

 だからと言って逃げられるか? わが身可愛さに諦めて、尻尾を巻いて退散しろと? 馬鹿を言え、そんな事が出来るはずも無い。

 俺だってここ(六課)が好きなんだ。同僚達はみんな気の良いやつらだし、上司の人たちも一生懸命頑張ってるのが分かる、そりゃ最初はつまらない事で愚痴も言ったが、今は全力で彼等を守ってやりたいと、心の底から思ってる。

 俺も何かを生み出したり、人の役に立ったりすることが、どうも出来ない性分だから、余計にそういう奴等を守ってやりたくなる。

 アンタもそうだったろう士郎さん、だからアンタの意思は俺の意思で、俺の意志はアンタの意志だ。

 アルバートは仲間として、彼らのことを守りたい。

 士郎は父として、娘の帰る場所を守りたい。

 どっちも同じだ、不可分なんだ、ここを守りたいという意志に一編の嘘も無く、その理由にも違いなんかない。

 俺はアンタで、アンタは俺だ。互いの間に境界なんざ端から無い、どちらも同じ魂だ、同じ意志だ。

 でも唯一違うのが、持っている力。アルバートに持ってない力を、不破士郎は持っている。

 きっとこの時のためなんだよ、俺が前世の記憶を、アンタが来世でも形を保っていたのは。

 隊舎にはヴィヴィオがいる、なのはの娘が脅えて母が来てくれるのをまっている。もう大丈夫だよ、ママが来たから泣かないで、と安全になった場所でそう言える未来を切り開いてやろうじゃないか。

 ヴィヴィオを抱くなのはの光景を覚えてる、あの子の笑顔を守りたい、なのはの笑顔を守りたい、2人の幸せを守りたいんだよ。

 なら、なあ、そんな娘の幸せを壊そうとしてる奴等がいるんなら、それをぶちのめすのが父親ってもんじゃないか?

 今が、アンタが願う、不破士郎にできる父親らしいことをする時だ。

 そうだろ、だから――


  
 ――ああ、言われるまでも無いさ


  




                そうして、ここに、かつての最強の剣士が再臨する。




 閃光、そう表現することしか出来なかった。

 双子が見たのは縦横無尽に疾る白光の軌跡。そしてそれは、最後までしぶとく抵抗していた男を囲んでいたガジェットの輪の中心から発生したものだ。

 その光はガジェットたちをただの鉄屑に変えていく、鋼鉄の塊が紙細工のように引き裂かれ、細切れになって宙を舞う。

 それはつまり、この一瞬の間にそれだけの攻撃を、斬撃を受けたという事実、だが誰が? どこから? どんな武器をもってそれを成した?

 双子の未発達な感情は、未発達であるが故にその状況に対して疑問しか浮かべられなかった。ロジックで固められた理性は、そもそもその事実を認めていない。

 有り得ないのだ、そんなことは。

 だが、どれだけ否定しようとも、目の前の現実は覆らない。目の前の男が、先ほどまで半死人だった男が、たかだかB+でしかない男が、20機以上のガジェットを、二本の刀だけで瞬時に細切れにしてのけた、それが真実。

 とうてい信じられない、あれは本当に先ほどまでの男か?

 その疑問も当然。彼は先ほどの彼とは根底から異なる存在なのだから。

 アルバート・キューブが不破士郎の技巧を摸倣・再現していた状態では無い、不破士郎がアルバート・キューブの肉体を駆使しているのだ。

 御神の業とは己の肉体という一つの世界を完全に掌握すること、神速に代表される人間離れした動きの数々は、それによって成されている。

 この体は”リンカーコアを持った魔導師の体”、そしてアルバートと士郎は同体、即ち士郎にとっては自分の体なのだ、御神の業を20数年に渡って磨き続けた彼ならば、完全に扱えるのは自明の理。

 御神の剣士として歩み、磨き、戦ってきた経験を、19歳という絶頂期の肉体で以って一切の淀みなく再現、なおかつ魔導師としての力で全身を極限にまで強化。

 魔力、気力の双方が、彼の肉体と言う一つの宇宙を最大の純度で循環している。

 
 数百年以上に及ぶ御神・不破の剣の歴史の中で、かつてない、そしてこの先2度と生まれないであろう、最強の剣士がそこに存在していた。




 「ザフィーラさん、シャマルさん、ヴァイスさん、そして”俺”。ありがとう、今こうしてここに俺として立てる機会をくれたことを、感謝してもしきれない、ああ、わかっているさ、負けはしない」

 思考は明晰、気力はかつてないほどに滾り、成すべきことは唯一つ。




 テロリストって連中の正義感は、俺にもわからないこともない。思想を成し遂げるのに、武力や脅迫という力を使わざるを得ない痛みや苦しみは、少しはわかる。

 ……ただ。

 どんな思想があろうとも、どんな人種で、どんな立場で、どんな願いを持っていようとも。

 俺が守っている者に、守りたいと願っている者に危険をもたらすなら。


 「永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術師範、不破士郎、いざ参る!」


 俺の前に立つのなら


 「御神不破流の前に立ったことを不幸と思え!」


 誰であろうと、ブッた斬る




 こうして、この刹那に間のみ存在する最強の剣士が、守るべきものを守るために、ただ1人きりの進軍を開始した。





 あとがき

 前回3話なら短くなると書きましたが、嘘になりそうな気配です。ごめんなさい。
 さて、今回の話で言いたいことは、アルバートは士郎さんの転生した姿ですが、完全な等号では結ばれません。彼はかれとしての環境で育って、この世界を生きている存在ですから。
 だから、彼はあくまでオリジナル主人公です、原作キャラの転生であっても、そこは変わりません。

 次回は真・士郎無双。ほぼ戦闘シーンで埋め尽くされるだろうと思います。
 残るところ2話、頑張って書いていきたいです。一応書きたいことの8割がたは書きましたから、あとはまとめですね。

ちなみに、今回のラストシーンの脳内BGMは刹那・無間大紅蓮地獄。 
 次回は精神年齢が14歳の方々に楽しめる仕様となります、以下でも以上でもなくジャスト14歳です。
 


  




[30451] 不破士郎の戦い 前編
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:01fac648
Date: 2011/11/28 21:42
※今回の話はとてつもなく厨二表現が多いです、ご注意ください 


 

 その6 不破士郎の戦い 前編



 
 

 風が吹いていた。

 それは全てを引き裂き、切り裂き、吹き飛ばす颶風。されど範囲は極小に。なぜならそれは1人の人間の両の手より発生している竜巻なのだから。

 当然、その颶風に巻き込まれたものがどうなるかは言うまでもない。全てを切裂く風刃に触れたものの末路など、述べることに何の意味があろうか。

 竜巻の発生源――不破士郎に群がるガジェットたち、それに対して連続で振られる剣は、閃光のように、苛烈で容赦なく、しかし優美な剣の舞。まるで一つの芸術のように、見るものを魅了する、人が人のまま昇りつめれる極限の体現だった。

 彼の体に満ちるは気力と魔力。それも最高純度に昇華したものであり、何一つ無駄というのもがない、彼のみが扱える燃料。

 御神の業とは即ち内的宇宙の完全掌握に他ならない。肉体のリミッターを外して超人的な動きを可能とし、脳のリミッターを外して人外の直感と集中力を発揮させるものである。

 ならばこそ、完成された御神の剣士は最強と、並ぶものなき武の極致と称されたのだ。そして不破士郎はその完成された御神の剣士の中でも歴代最高峰。

 唯一彼を抜きん出ていたのは、妹である美沙斗を娶った御神静馬ただ1人。彼は生涯、その1人にしか敗北を許していない。

 そして、さらにもう一つ、いや二つほどのリミッターを外し、その性能の全てをこの刹那に解き放っている。

 その一つは言うまでもなく魔力でありリンカーコア。それもまた肉体の一部であるので、御神の奥伝を遣う彼はそれすらも自在に操りえるというのは当然の理。彼のリンカーコアはかつてないほどの回転数で唸り、その肉体の隅々まで魔力を満遍なく行き渡らせている。

 そして今一つは――魂。彼は”今の己”に、アルバートに残っていた不破士郎としての形を燃焼させることで、アルバートの肉体での完全再現を行っているのだ。

 体力は万全、気力は漲り、魔力は迸っている。人が極めうる限りの地点に今の彼は到達している。

 心・技・体の究極的なバランスでの融合、武威の極致のある完成系、それが今の、魂の形が燃え尽きるまでの刹那にのみ存在する不破士郎だ。

 ならばこそ、こんな命なき機械の群れ如き、蝗の群れより矮小な塵芥だ。どれほど性能があろうとも、己の意志を持たぬガラクタ如きが彼を捉えるなど、稚児の妄想の中ですら有り得ぬ話だろう。

 それを証明するがごとく、もはや視認すら出来ぬ斬撃によって意志なきカラクリ仕掛けは、瞬きの内にただの残骸の山へと姿を変えていく。

 彼を打ち倒すべく発射されるレーザー、ミサイル、ワーヤーアーム、縦横無尽に埋め尽くされるそれは、並みのBランクならどうすることも出来ずに無残な屍を晒す結末とさせるもの。だが―――

 避ける、躱す、当たらない。当たる道理などある筈がない。

 剣を執った御神の剣士を倒すのならば、重火器で完全武装した兵士が100人必要だと言われている。ならば、それに加えて最大出力で身体強化を行っている今の彼には、いったい何人必要だというのか。

 200人? 500人? 馬鹿な、例え千人集めようとも彼の体を掠めることすら出来るものか。

 今の彼は一騎当千という言葉を凌駕して余りある。ならば、そも戦意を持たぬプログラムされた動きしかできぬ玩具如きに何ができるという。

 どれほどの攻撃をしようとも、今の彼には届かない。決められた経路にしか撃てぬ光線など、追いつき、追い越し、透過する如しに躱しきる。

 その斬撃は迅速にして美麗、それによって斬られたガラクタどもの切断面は、まるでくっつければ元通りになるのでは、と思わせるほどの一寸の淀みない切り口。

 それを可能にしてるのが、彼の技巧であり、御神の、不破の、ひいては日本刀における剣術の妙。叩き斬るという力にものを言わせた乱雑なものでない、引き切るという、細密にして怜悧な機微を必要とする巧み。

 さらには、彼の手に持つ刀がそれを可能とさせている。もはやこれをデバイスなどという名称で呼ぶのは相応しくないだろう、彼が扱うそれは紛れもなく刀であり、まるで今の彼のためにあるような特性を持っていた。

 即ち、魔力を込めれば込めるほど、剣としての性能を上げる、というもの。アルバートはこれに”頑丈さ”を上げるよう魔力を込めていたが、士郎は異なる。彼が込めているのは鋭さをあげるための魔力。

 同じ高速、いや超速であっても、Sランクの空戦魔導師のような、戦闘機の如き旋回運動をする必要など無い。どこまでも無駄なく小さく的確に。鋭く、鋭く、ただ鋭く!

 結果として刀に宿るは斬気の魔力、触れたものを一片の容赦なく、鋭利に、無慈悲に切断するのだ。


 「―――――――!!!!」


 雄たけびは上げない、言葉など口に出さない。彼の六感は視覚と聴覚、そして識覚にのみ割り振られ、その他は機能していないが故に舌など回らない。ただ声にならぬ裂帛の気迫が伝わるのみだ。

 傍目には鎌鼬が局部的に連続発生しているとしか思えないだろう、そしてその鎌鼬によって砂糖に群る蟻の如くだったガジェットは、僅かの間にその数の実に7割を減らしていた。

 


 戦闘機人No8オットー、No12ディードは、その光景に慄然としていた。

 いくら感情が未発だ発達してないとはいえ、彼女らは紙切れのように蹴散らされているガジェットとは違う、人としての心を、揺れる精神を有している。

 ならばこそ、その光景に対処すべき行動が見当たらず、どうすればいいのかが分からない。人は未知の脅威に対して恐怖を抱くものだから。

 ―――怖い、彼女たちはその見た目どおりの少女の如く、体を無自覚のうちに震わせていた。

 アレはなんだ、ありえない、データに無い、あんなことが出来るはずが無い。そんな言葉が浮かんでは消えていくが、しかし現実を認めなければ始まらない、という理性の訴えも働いている。

 今彼女達は隊舎の上空に静止している。どうやらアレは飛行は出来ないようなので、隊舎屋上より高いこの位置はひとまずの安全圏で、ここならば対抗手段を考えることもできる。

 だから、彼女達は彼我の戦力分析を改めて行うことにした。今あるアルバート・キューブのデータなど、何の役にも立たないことは、繰り広げられてる眼下の光景が物語っている。

 やはり、それも感情が未発達であったからからこその恩恵か。通常なら恐慌をきたしたり、焦燥感を抱いて無謀な突撃を仕掛けてしまうものだが、彼女達はそうはならなかった。そうなることもできなかったという表現がより妥当かもしれないが。

 彼女達がしたことは、まずなによりも救援の要請。六課攻略のためにオットーが管制していたⅠ型とⅢ型は、先程までの戦いに次ぎ、アレによって壊されたために残り僅か。そして、その僅かも瞬く間に0となるだろう。

 救援を受けた全体管制者たるNo1ウーノは、双子達から送られてきたデータをみて、訝しむも、すぐさま次の指示を出す。

 それは、既にすぐ付近までルーテシアが来てるので、聖王のマテリアルの確保は彼女に任せ、2人にはその間の時間稼ぎをお願いするというもの。敵が強力ならば無理に倒す必要など無い。大事なのは目的を達成することで、それさえ成せればあとは撤退して構わないのだから。

 加え、今上空にいる、ガジェットⅡ型を援軍に向かわせると言ってウーノの通信は切れた。

 それを聞いた双子は、ウーノらしい合理的な指示に混乱気味だった精神を落ち着かせる。そうだ、無理に相手をする必要など無い、ようは中のマテリアルの少女さえ確保すればいいのだ。
 
 だが、それも展開されている光景、包囲されているはずの1人が多数を圧倒するという状況をみると、それが可能かどうか、自信が持てない。だからといって手をこまねいているわけにもいかず、彼女達もまた攻撃を開始した。

 既にガジェットはその全てをただの鉄屑に変えられ、それを成した二刀を持つ怪物の眼光が2人を捉える。その姿は先ほどまでの嵐のような剣刃乱舞をなした者とも思えない静の佇まい。

 だがそれは決して余裕から来るものではない。むしろ逆、一見圧倒的に思えるこの状況だが、事態はそう楽観できるものではなかったのだ。

 ディードが上空から急降下し、頭上からの攻撃をしかける。3次元の攻撃というのは陸士にとっては通常ならばやりづらい。だがそれを士郎はものともせずに、しっかりと敵の狙いを見据え、迎え撃とうと構えを取った瞬間、ディードの姿が掻き消えた。

 瞬間的な高速移動は、なにも士郎だけの特権ではない。彼女もまた「瞬殺の双剣士」の異名をもつ戦闘機人、最後発で最も基本データが豊富な前線特化型として、遅れを取ってはいられない。

 しかし――

 彼女が敵の背後を取り、その並みの武装隊ならば、察知することも出来ない速さとタイミングで双剣を振り下ろすも、切裂いたのは虚空のみ。そしてその事実を彼女が認識した瞬間には、彼女は大きく吹き飛ばされていた。

 斬られたのではなく、吹き飛ばされたのは偶然を通り越して奇跡だっただろう。彼女は攻撃のあとすぐに構えを取り直すよう、訓練プログラムを組んでいたので、彼女が訓練どおりの行動をなぞり刃を戻した瞬間、その斬撃は襲い来て、その軌跡が運良くちょうど組んだ双剣に打ち当たったのだ。

 彼の斬撃は鋭利に切裂くものだが、さすがにディードのツインブレイズはガジェットの装甲などとは同列にはできない。しかし圧倒的な速度というのは即ち破壊力。桁外れの速度が乗った攻撃は、切断することが出来ずともさながら鉄槌のごとき破壊力を帯びる。

 そこへオットーが放ったレイストームが士郎を襲う。それは今までのものとは違う、さながら雨のように極細のレーザー無数に放つ、点ではなく面の攻撃。

 最大規模、出来うる限りを振り絞って放ったそれは、光線による空間の蹂躙であり、躱せる空間の消去。これならば如何にあの男とはいえ逃げられることは出来まい、と彼女は確信する。

 その方法を採ったのには理由がある、彼がガジェットを殲滅している光景の観察により、彼女は一つのことに気づいていた。

 士郎はガジェットの攻撃を全て躱していたのだ。シールドやバリアを張ることを一度もしなかった。

 その理由は2つ。そも彼は典型的な古代ベルカ式で、魔力によって強化した肉体性能でもって、武器による攻撃を仕掛けるという実にシンプルなもの。近代ベルカのように、魔力刃を付与して威力を底上げしたり、斬撃刃を放つという真似を一切しない、というか出来ない。

 彼の魔力はあくまで内界を干渉するもので、外界にその効果を及ぼす事が出来ないのだ。アルバートならば多少は出来たかもしれないが、士郎には出来ない。

 そして何より、彼は防御力を強化させることは一切していなかった。防御はその技量のみで行う彼にすればそれは無駄でしかありえず、彼を巡る魔力は、一切の無駄ない100%の効率で、瞬発力と、体の負荷を相殺させることの強化に向けられていた。

 故に彼は強力な攻撃を受ければそれまでなのだ。彼が強化してる耐久力は内から出る衝撃、肉体の軋みに対する耐久性で、外部の衝撃に対するものではない。

 それの意味することは一つ、今の彼の状態は、体に負荷が掛かりすぎるのだ。それも自明の話で、ありとあらゆるリミッターを全て解除すればあっという間にガタが来る。リミッターという言葉の本来の意味を考えれば、子供だろうと分かること。

 だが、彼はあえてそれを敢行する。今も、というより士郎として表出てより彼はずっとモノクロの世界に身を置いているのだ。それを成しているは限界を超えた集中力。脳の処理能力の全てを敵の呼吸、周囲の状況の把握に向けて、常に10手先、20手先まで読むという出鱈目。

 本来刹那の間しかいられない世界に、彼は血管が弾けんばかりの集中力でその刹那を引き伸ばすことで存在している。故に脳、肉体にかかる負荷は尋常なものではなく、彼が先ほど凪のように佇んでいたのは、その調息、つまりクールダウンのためだったのだ。

 なにが彼をそこまでさせるか。愚問である、守るべきもののため。

 元より彼は、彼の性格は暗殺や抹殺を主とする不破の生業に適してはいなかった、飄々とした、流れる雲のような自由な気質は、裏のそのまた裏に生きる不破の剣とは馴染まない。

 だけど彼は不破の剣を習い、磨き続けた。それはなんのために? 他者と衝突し、撃滅させることを好まない彼が力を求めたのは何故? 

 ――決まっている、それでも守りたいと思う者がいたからだ。彼が求めたのはそうした力、家族、親友、尊敬すべき理想を抱く男達、そういう者の道を切り開く閃光となるための力だ。

 そして、今の状況もつまりはそうしたこと。不破士郎という男は、彼が守りたいと願った者のためならば、己の危険性など度外視するのが当たり前。現にそうして死んだ男だ、ならば生前通したその在り方を、今もまた貫くのみ。

 既に一般的に見れば肉体の負荷は大きく、ドクターストップがかかってもおかしくいない。だが彼にとってはなんら問題なく、彼がもっとも先に解除したリミッターは、常識的な意味での頭のリミッターなのかもしれない。

だがオットーにはそこまで把握はできるはずもない。彼女に分かったのは、彼の防御が薄いことのみ。だがそれだけ分かっていればこの際は十分。

 故に選択したのが低威力、広範囲の攻撃。僅かでも当たれば、傷を負わせる事が出来れば、それを糸口にこのまま削り尽くしてくれる、という攻撃だ。

 実際、それは成功したかに見える。彼はその比するもの無き速度を駆使し、攻撃範囲の離脱を図るも、僅かに逃れ得なかった。

 それ自体がそもそも瞠目すべきことで、本来高ランク魔導師がここまでの超速を発揮すれば、その体を魔力のフレアが取り巻いているはずだが、彼からは一切の魔力光が出ていないのだ。

 その意味することは、彼の魔力は一切外部に放出されていないということ。己の肉体という内的宇宙のみを掌握しているが故に、外部に流出させることを許さない。エネルギーは細胞の活性のみに向けられ、それ以外の使用を認めない。

 そして、そんな彼でもオットーの攻撃を躱すことは出来ない、と双子たちが思った瞬間、彼は見事にその攻撃を防ぎきっていた。

 彼が到達した地点に、刺突で破壊したが故に、ほば原型を残しているガジェットがあり、彼はそれを盾にしてレイストームの光線を防いだのだ。可能な限りの広範囲に放ったがために光線の威力は薄まり、金属の塊を貫けずにいた。

 これは決して幸運などではない。士郎はその限界まで高めた集中と、研ぎ澄ませた直感によって周囲の状況、相手の思考を読んでいるのだ、常に。

 オットーの攻撃の”意”を読み取り、”発”が起こる前にその対処法をマイクロ秒のうちに、フル回転してる脳で思考し、選択する。

 それを可能としているのが彼の戦闘経験。剣士としての25年、魔導師との6年、それらを交じり合わせ、相手の攻撃の先を常に読み取る達人芸だ。

 双子は確かに基礎スペックで彼を凌駕している。だが、それを生かす技量が、戦闘経験が、殺し合いの時を生きた時間が、比べるべくもないほどに不足しているのだ。彼女等の敗北は、始まった時点で秒読み段階に入っていたといえるだろう。

 一言で言えば、そう、格が違う。




 そしてオットーの攻撃が不発に終わり、士郎が反撃をしようと体を撓ませたそのとき、大量のミサイルが彼に降り注いだ。

 ガジェットⅡ型が上空より飛来し、その砲門を士郎に向け攻撃を開始する。飛行能力を有する敵は、陸士にとっては本来鬼門なのだが――

 問題にもならない。彼は急降下してきた一機に、その超人的な脚力での跳躍によって飛び乗り、さらにそれを足場にその上のⅡ型に飛び移っていく。

 そこから始まるのは軽業師の曲芸だ。ただし、それは剣刃の剣呑さが付きまとうもので、さながらクリミナル・パーティに催されるデス・サーカスといったところか。

 彼を狙って放たれる射撃及びミサイルは、すべて彼がその直前まで足場にしていた機体にのみ命中する。彼が何もせずとも、次から次へと飛び移るだけで敵同士が撃ち合い、自滅していく。

 「くっ!」

 先ほど弾き飛ばされたディードも彼への攻撃へ向かうが、彼が投擲する飛針によって牽制され、決定打をいれる事が出来ない。

 「ディード、下がって」

 己が半身に呼びかけたオットーは、次の瞬間レイストームで今いるすべてのⅡ型を破壊した。足場となるⅡ型がなくなれば、飛行技能がない敵は落下するより他はなく、そうして身動きが取れなくなったところをディードが討ち取ればそれで終わり。

 今度こそ、と思った期待を込めたオットーは、意識を向けすぎたためか、自分に向かって唸るワイヤーの存在に、絡みつかれるまで気づけなかった。

 ヒュヒュン、という音と共に彼女の足首に、太ももに、胸に、腕に、首に、まるで生き物か何かのようにワイヤーが巻きつく。そしてその先にいるのは言うまでもなく士郎。彼は足場が破壊されるのを予期し、自ら地表向けて急降下していた。

 当然、ワイヤーが巻かれているオットーも引きずられている。なんとか空中に踏みとどまろうとするも、彼女はもともと肉体強度は低い故、引きずられ落下する。そして、彼女のそうした抵抗が、士郎の落下速度を緩める結果となった。

 共に地面に落ちる二人、当然はやく動けるの仕掛けた方で、オットーは着地と同時に間合いを詰められ、彼の刃の射程に入ってしまった。

 ――お嬢さん、アンタはただ命令されたとおりに動いてるだけで、悪いやつじゃないのは分かるよ――

 ――だけど、だからといって譲れない。俺は守ると誓ったんだから――

 小太刀二刀御神流・枝葉落とし

 舌の感覚を遮断してるために、声には出さないが、その意志とともに彼女の意識を闇に落とす。

 「オットー!」

 他のどの姉妹よりも大事な片割れをやられて平然としていられるほど、彼女は機械的ではない、双剣を振りかざし、かつて見せたことのない気迫で切りかかる。

 だが――

 小太刀二刀御神流・薙旋

 流れるような4連撃を受け、彼女の突進は止まる。そこからは足を止めての打ち合いになるも、そうなってしまっては彼女が勝てる道理は何一つない。技量の差は今までで十分に思い知っている。僅か数分前まで自分が圧倒してたことなど、夢か何かのようだ。

「ハアアアァァァ!」

 敵にはなく、自分にしかない唯一のもの、それは空戦技能、ならばそれに賭けるのみ、と彼女は大きく飛翔し、旋回して頭上からの高速斬撃を放つ。

 ――悪くは無い剣閃だ――

 しかし今は相手が悪い。空間的な攻撃は、御神の剣士にとっては身近なもの。

 ――だが、芯の無い剣で御神の剣士を倒せると思うな――

 ディードの剣とその業は、あくまであらかじめ自分にあつらえられたものだったからに過ぎず、彼女はそれに対して誇りや自負を抱いていない。いや、正確には抱くほどの時間がなかった。

 いくら高い能力を持っていようとも、誇りや信念の篭もらない木偶の剣では御神の剣士に及ばない、不破士郎は倒せない。ディードの攻撃は完全に見切られ、カウンターで受けた当身により、オットーに遅れること僅か20秒で、彼女の意識も闇に堕ちた。






 「……………はあああぁぁぁ]

ガジェットの群れを、双子の戦闘機人を打倒した士郎は、深く深く呼気を発していた。

 理由は一つ、その体にかかった負荷を一気に解放させたら、その場で倒れこむのは必至。故に徐々にゆっくりと、外した枷を再び付けていく。

 「……づ、あぐぁ」

 胃からせり上がってくるものを抑えようと口に手を当てるが、ポタポタというよりダラダラと擬音が似合うほどの吐血を止めることは出来なかった。

 それも当然、今行っていた動きは、本来アルバートがこの先何十年という時間をかけてはじめて体得できるもの。それをまだ下地が出来ていない状態で無理やり行っているのだから、数分のうちに体が悲鳴を上げるのは火を見るよりも明らか。

 口の回りの血を袖で拭うと、彼はその肉体的な損傷に似合わない、不適な笑みを浮かべた。

 「なんのなんの、コレくらいではへばってられん。折り込み済みだよ、これくらいのしっぺ返しは」

 飄々と、無邪気な子供のように笑う士郎。底抜けに明るく、とことん陽性なのが彼の性格だ。悲壮な決意や沈痛な表情など、自分に似合わないにも程がある、と自己認識している。

 「任せろなのは、この頼りになるお父さんが、お前の娘をちゃんと守ってやるから」

 ああ、そうなるとヴィヴィオは俺の孫か、19歳でお爺ちゃんとは、なかなか出来る体験じゃないな、と彼は一層笑みを深めるも――
 
 ――その笑顔もすぐに引き締まった表情へと変わる。

 「…………これで終わりか?」

 周囲に敵の姿は見えない、一見脅威は去ったように見られる。だが、彼の剣士としての嗅覚は、たしかに敵の匂いを嗅ぎつけているのだ。気のせいなどでは断じてない。

 敵は、まだいる。

 士郎は目を閉じ、心の波を徐々に平坦にさせ、明鏡止水の境地へと己を導いていく。己の世界へと深く深く埋没していく。

 ――御神流・心――

 目を頼らず、音と気配によって相手の居場所を知る技。徐々に己の知覚可能領域を広げていき、動いている者の気配を探る。

 (さっき倒した娘たち、ザフィーラさん、ヴァイスさん、少し離れたところにシャマルさん、そこからさらに離れたところにもう2人)

 皆気を失っているが故にその気配は微弱。最後の2人はガジェットの奇襲でやられようで、側にミッド式汎用デバイスが転がってるのが目を開けば分かるだろう。

 (隊舎内………… ! 意識を持ってるものが誰もいない?)

 おかしい、ガジェットの浸入は許していない。ならば――

 (気配を消せる者。もしくはよほど気配が薄い者が入り込んだか……………いた!)

 さらに知覚を広げ、侵入者の気配を探り出す。ともに気配は微弱、よほど隠密が得意なのか、それともよほど感情が希薄なのか、倒れてる者と大差ない。だが動いているし、覚えが無い気配であるからには間違いなく敵だ。

 そして。

 (ヴィヴィオ!?)
 
 その2つの気配ともう一つ、彼が間違うはずも無い気配がある。それが意味することは一つしか存在しない。

 「爺の前で孫をさらうとは、良い度胸してるな」

 高町なのはから娘を取り上げようというのか貴様等。許さない、渡さない、させてなるものか。

 「待ってろヴィヴィオ、今助けてやるからな」

 だからと言って怒りに身を任せることなどはしない。頭は冷静、思考は明晰、されど魂は灼熱に。彼は静かに猛りながら再び己の内的宇宙の気力と魔力を純化させていく。

 なんだ、話が違うぞ、これ以上は過重労働だ、という体の苦情は無視し、再びモノクロの世界に身を置き、視認できない速度で隊舎に向かって駆け出した。








 ルーテシア・アルピーノとその守護虫ガリューは、火の手が広がる六課隊舎を悠々と歩いていた。

 表でディードたちが死闘を演じているころ、少女と守護虫は誰にも止められることなく内部に入り、数人の交代部隊の局員と、目標の少女と共にいた者たちを気絶させているので、すでに目的を8割がた果たしたといっていい。

 ガリューの手の中にはウーノから指示のあった聖王のマテリアルと、ルーテシア個人の目的であるレリックの入ったケースがある。目的のものが手に入ったのなら長居は無用、とばかりに他のものには目もくれず、入ってきた裏口へと向かっていた。

 異変が起きたのはその時。

 ダン! ガン! という何かを粉砕するような音が断続的に響いてる、と思えばそれは徐々に大きくなってくる。ふと後ろを向けば、床、壁、そして天井が、そこに小型爆弾でも仕掛けられたてたかのように、砕け散ってく。

 「―――!」

 戦闘型の守護虫であるガリューは、それが途方も無くデタラメな敵襲であることを察知し、感覚のパスを通して主に警鐘をならす。

 それに素直に応じたルーテシアは即座に2体のガジェットを召喚するとともに、黒いダガー、トーテス・ドルヒを放とうとするも――

 それより先に敵によって放たれた投擲武器、飛針を防ぐためのシールドを張らなければならなかったので、トーテス・ドルヒは不発に終わった。

 そしてようやく敵の姿を視認する、いや出来るほどになっている、といったほうが正しい。召喚された2体のガジェットの攻撃を剣で弾きながら、その脇を通りぬけると同時にそれぞれ一刀で斬り伏せ、ガリュー向かって一直線に肉薄する。

 ガリューはレリックとヴィヴィオを置き、迎撃しようとしたが。

 ――小太刀二刀御神流・奥義 射抜き――

 真実の神速で放たれた刺突に反応できず、鋭利な刃がその胸を貫通する。

 「ガリュー……」

 双子達と同様に感情が未成熟なルーテシアであっても、自らの守護者であり友人が、訳も分からないうちに危険な状態になったことに驚愕する。だが、当のガリューは主を守るため、皮膚組織を硬化させ剣が抜けないようにし、鉤爪を生やした腕で以って敵のもう一つの刀を掴み取る。

 そして、敵になく自分には有る武器、剣尾を駆使し相手を打倒せんとしたが。

 衝撃。次の瞬間胸部に受けた衝撃が背後まで貫通し、彼は背中の羽根を粉々に砕かれ、壁まで吹き飛ばされた。

 ――小太刀二刀御神流・雷徹――

 その正体は高速で繰る出される掌打。衝撃を表面ではなく裏側に通す撃ち方で威力を『徹す』打撃法。それを神速を超える速度域で放たれれば、どんな固い外骨格にも意味は無い。

 彼は剣士だが、御神不破流は剣だけを扱うものではない。完成された剣士は、剣技だけに拘泥したりはしないのだ。

 「だめ!」

 その光景を呆然と眺めるしかなかった少女がここで動く。彼女がとっさに願ったのは強固な壁、容易に砕けない守りの存在。そのイメージが直接術式となったのか、大型の召喚虫である地雷王が狭い廊下に召喚された。

 この狭い空間に呼び出されては、地雷王としては何も出来ない。だがその巨大な図体は、敵と自分達を隔てる確たる防壁となってくれた、とガリューは認識する。

 そうなれば彼の行動は速い。ダメージは大きいが、一刻も早くその荒唐無稽の具現から離れなければ主が危うい。彼はルーテシアとヴィヴィオを抱え、可能な限りの速度で出口へと向かった。



 そうして、入り口を突き破らんばかりの勢いでガリューは外に飛び出した。彼は即座に、ここまでルーテシアが乗ってきたⅡ型に乗るよう主を促がす。

 「ガリュー、大丈夫?」

 平気だ、問題ないと彼は頷く。それよりも早くこの場を離れなければ、あの剣士が追ってくる。まずはヴィヴィオをⅡ型に乗せようとした、ちょうどその時。

 Ⅱ型が、爆発した。

 「誰……?」

 この状況下であまりにのんびりとした声だが、実は彼女なりにかなり混乱しているのだ。そしてその視線の先には。

 「へ、管理局の建物を襲って、挙句に人攫いまでしようとするなんて剛毅だな嬢ちゃん、きっと未来は大物だぜ」

 そんな軽口を叩きながら、ミッド式汎用デバイスを狙撃銃のように構えるのはヴァイス・グランセニック。そして彼はガリューたちの優に100mは先にいる。汎用デバイスでこんな真似が出来るのは、彼くらいなものだろう。

 彼は士郎が隊舎に入ったすぐ後に気が付き、周囲の状況を確認したのだが、士郎同様まだ敵が全ていなくなったとは思えなかった。

 しかし銃はディードに両断されたので武器が無い。残念ながらストームレイダーはコアこそ無事だが、復元まではできなかった、代わりの武器はないかと、彼は離れたところに倒れてる同僚のそばにあるデバイスを、その視力によって見つけたその時、前方でガリューが飛び込むように隊舎から出てきたのだ。

 故に撃った。咄嗟の判断で敵ではなく、その足となる乗り物を、つまりはⅡ型を。

 「邪魔……」

 ルーテシアの手から、強大な魔力波動が放たれ、ヴァイスを飲み込んでいく。彼は再び戦闘不能となったが、その成果はとても大きなものであった。

 即ち。

 地雷王を両断するために失った彼の、誰にも捉えられない速度で疾駆する御神の剣士の時間を取り戻したこと。

 全リミッターを解除し、モノクロの世界に存在する彼の跳躍力は、並みの空戦魔導師の飛翔速度を凌駕して余りあるが、飛行は出来ない。Ⅱ型で遥か上空まで飛翔されては成す術がないのだ。

 だが間に合った、ガリューの何倍もの速度、何倍もの衝撃で入り口を吹き飛ばして現れた士郎は、虎切でもってガリューを倒し、その”半秒”後にはルーテシアの意識を刈り取っていた。

 彼女にとっては、自分が何にやられたかわからない。いや、そもそもやられたことすら分からなかっただろう。

  



   


 
 
 

  
 「ふう、やれやれ、だな」

 気絶した紫の少女と金の髪の幼子を柔らかい草地に寝かせ、彼は二刀を鞘に納めるとその場で膝をついた。

 「ぐ、はぁぁぁ」

 言うまでも無く、限定解除の反動、度重なる無茶の反動が、痛覚という問答無用の罰となって彼の体を駆け巡る。軋む体、裂ける血管、沸騰するように高まる体温。筆舌に尽くしがたい思いを味わうも、彼は苦悶の声一つ上げない。

 「だああああ! 痛い痛いイタイイタイ! 俺を殺す気か! いややったのも俺だけど!」

 撤回する。恥も外聞も無く苦悶の声を上げていた、自分に正直なその姿は、むしろ天晴れというべきだろうか。

 「しかし、まあ……」

 未だ体には激痛の剣が刺さっているが、彼は傍らの小さな体を見やり、穏やかに微笑する。

 「孫、か」

 意識を失ってはいるが、呼吸も安定しているし、体に外傷は見られない。何が目的でこの子を狙ってのかは不明だが、彼にとってそこはどうでもいい。

 「俺はただ、この子が無事で、なのはと一緒に笑ってくれれば、それでいい」

 ああ、守れてよかったと、心の底から安堵する。目の中に入れても痛くないとはよく言ったものだ、確かにそう思えるほど、その小さな命が愛おしい。

 「はは、ホントにジジイの発想だな、これでもまだ28、この体にいたっては19だっていうのに」

 だが、この先なのはとこの子が笑いあう日常が来るのだということを思うと、心が暖かくなる、魂が癒されていく。彼を留めていた未練が晴れ、不破士郎としての像が薄れていく。

 それを感じながら、彼はこれからの娘の未来に思いを馳せる。

 なのはたちの行く末を見守りたい気持ちは、無論ある。無いはずがない、だけど。

 「それは、不破士郎の役目じゃない」

 高町士郎の役目であり。今まで彼女のそばにいて、支えてきた人たちの役目だ。今更俺が、そこまででしゃばってどうするというんだ。

 でも、子育てと仕事の両立は大変だぞ。特に娘は…… いや、それは俺が男だったからかも知れないが、うん、恭也一人なら気ままに連れまわしていたしな。

 「そういえば、俺も赤ん坊のころから娘を育てたことは無かったんだよな」

 美由紀は今のヴィヴィオよりもう少し小さいころに預かったし、なのはには会ってやることができなかった。

 あの子はどういう母になるのだろか。いや、大体の予想はつく、というかあくまでこれは願望だが。

 「桃子みたいなお母さんになってくれるといいんだが……」

 きっとなってくれるだろう。ただ不安なことが一つ。あの子は桃子に容姿も性格も似てるし、家庭的なところもちゃんと持ってるが。

 「俺にも、似ている」

 要人のボディガードという、盾になることが前提の仕事ではないにしろ、あの子は自分とも似ているところもある。彼女には片親ではなく父親も居たのだから、その育った環境で、父の影響も受けていることもあるのだろう。

 自分の最後の時の環境と、今のあの子の環境は似通っている。SPの教官と、戦技教導官、ともに必要な時には危険な場所にも行くという立場。

 さらには、幼い子供をそうした立場のときに娘、として引き取ったこと。

 「両立は難しいぞ、俺のようにはなるなよ」

 そのことを伝えられたら良いんだが、とは思うものの、そこまでは贅沢というものだろう。

 「俺の役目はここまで、かな」

 


 役割を終え、未練が無くなり、静かに形を失いアルバートと同化していく彼の魂。そう、これにて彼の役割は――

 「………………」

 終わっていない。何かが、来る。

 「これは…… 今までの連中とは違う」

 肌で感じる、今ここに向かってきている者は、これまで倒してきた連中とは格が違う。

 「最後の最後で、とんでもないヤツがきたかな」

 だが、それで良し。来るというのなら来るがいい。守る、という意思は依然燃えている。彼の魂は再び確固とした像を結び。精神を戦闘用のものに切り替えていく。

 「だが、これで最後だ」

 予感がある、おそらくこれで最後だろう。ここに現われる敵も、自分が戦えるのも。

 段違いの敵手、感じられる気配は生粋の武人のもの。生半可な技ではやられるのは己だろう。しかし、相手が何であろうとも、この少女を、なのはの娘を、俺の孫を狙うというのならば。

 「斬って捨てるのみ」

 あらゆる雑念を排し、彼は魂を灼熱させながら、最後の戦場に向かった。

 


 そうして、彼女はそこに現われた。

 鍛え上げられた肉体は、女性でありながらも頑健にして強固。四肢より出でしはためく斬翼は全てを切り裂く死神の鎌。武威においては最強の、剛毅なる武人、戦闘機人No3、トーレがこの戦場に舞い降りる。

 もし、この場に第3者がいれば、間違いなく思うだろう。不破士郎とトーレ、この2人が合間見えたこの場所は――

 ――まもなく、修羅場になると。

 
 




 


 あとがき

 ごめんなさい、すみません、申し訳ありません。前後半に分かれてしまいました。後半は短め、前半の半分より少ないくらいです、おそらく。

 いや、全部通してもいいんですが、なんか45kbくらいになっちまいそうなので、分けました。

 今回のBGMはお好みでどうぞ。とりあえず己が持つ14歳の力を総動員して書きました。おそらく1年後くらいに読み直して悶絶することでしょう。

 ちなみに、御神流をよく知らない方は、手っ取り早く知るためにYouTubeのMAD「御神の剣士たち」をご視聴あれ。3話でアルバートがやってるのは、この最初にやってるやつです。



[30451] 不破士郎の戦い 後編
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/11/29 20:10
その7 不破士郎の戦い 後編





 機動六課隊舎上空、燃え上がる建物を見下ろしながら、紫のエネルギーのフレアを放出させて佇む者が1人。

 彼女、トーレは眼下に広がる光景に、思わず舌打ちをもらしてしまっていた。

 「だから言ったのだ、アレらにまだ実戦は早いと」

 それは地面に倒れているディードとオットーに向けられたものではない。彼女が憤り、いやむしろ呆れを感じているのはNo4クアットロに対して。

 「感情を排した、より純粋な戦闘機人だと? 馬鹿め、そんなことも分からないから、貴様は常に詰めが甘いのだ」

 最後発組はクアットロの方針によって育てられている。だがトーレはその方針を快く思ってはいなかった。Drの考えは分かるが、そんなやり方では出来上がるのは木偶の群れだけであろうに。

 「決められたことだけを、決められた動きでこなすだけならば、あのガラクタどもと何ら変わらん」

 自分で考える頭を持っていながら、機械と変わらないようなら、それは単に機械でも人間でもない半端者でしかない。それはNo5チンクとも話し合い、現段階での答えを出している。

 機械によって強化された肉体を、人間の柔軟さで鍛え上げてこその戦闘機人。必要なものは何より、今の己をさらなる高みへと至らせんとする向上心。それが彼女の信念だ。

 だからこそ、戦技を教育していたセッテには、柔軟な思考を持つよう指導してきた。

 「望むものがあるならば、己を程度を上げねばならん。他者を貶め、足を引っ張り、引き摺り下ろすことで悦に浸るなど、成長とは程遠い」

 あの馬鹿はそれがわかっておらん、とトーレは直ぐ下の妹のやりようを苦々しく思う。いつその方法ではダメだと悟るかと、Drに試されているのは自分だということにすら気づいていないようでは、アレは所詮あそこ止まり。あらかじめ与えられただけの性能で、弱者をいたぶるのが関の山だ。

 「高みを目指すならば、己の足で上がらんで何とするのだ」

 彼女は、他の姉妹たちとは一線を画している。持って生まれた性能に驕らず、己をさらに高めようと研鑽を積んできた。故に彼女は自負がある、誇りがある、確固たる芯を持ち合わせている。

 誕生して20年、戦闘機人として生まれたトーレはその時からこの姿だった。だから年齢=戦闘経験、彼女が鍛えてきた年月は、軽いものなどでは断じてない。最初期組ゆえにもっとも初期データがなかったからこそ、訓練と経験を積み上げた。

 故に彼女は武人と称されるべき存在だ。彼女の精神、魂はすでにそのように形作られている。

 もし、彼女が死後の世界を選べるとしたら、望むのは至高の天。悪鬼羅刹の極楽浄土にして、戦争英雄を従えて果てなく進軍する終わらなき戦いの宙だろう。

 

 そして今、彼女の視線は1人の男に集中している。それはこの状況を作り出した者、ガラクタどもを一掃し、妹達を圧倒し、ルーテシアたちを瞬倒した男に。

 分かる、アレは自分と同じものだ。その芯まで武に染まった魂を持つ、生粋の戦士、いや剣士か。同種の存在を、彼女はその全身と魂でひしと感じ取っていた。

 そしてそれは見上げる士郎も同様に。彼もまた、上空に静止している者が、最高純度の戦士であることを看破していた。ともに武に生きる者。いや、士郎の場合は武に生きた者か、彼は剣士のまま死んだのだから、当然その形質が変わることは有り得ない。

 共に、戦いに生きる者にしか発せない覇気を、戦士の戦気、剣士の剣気を目に見えずとも理解している。

 そして、その気は僅かにトーレのそれを士郎が凌駕していた。真の武人は視線を合わせただけで、相手の本質を見抜くものであるために。

 それを感じ、この男と戦いたい、武威を競い合い、そして勝ちたいと、かつて無いほどにトーレは渇望する。ようやく逢えたのだ、己の全霊を賭しても尚届かないかもしれない相手に。

 これほどの武威を発する者は、彼女は他に1人しか知らない。ゼスト・グランガイツ、地上最強であった騎士。だが今の彼は死に行く体で全盛の力を発揮できない、それがトーレにとっては真に残念だった。

 だからこそ、彼女が鍛えた20年の成果を、この男にぶつけたいと、彼女の武人としての魂が吼え猛っている。

 だが、彼女は武人であるがゆえに、他の誰よりも克己心と自制心もまた強いのだ。己に課せられた役割を忘れ、我欲のままに暴れ狂うなど、誰あろう彼女自身が許さない。

 トーレがこの場に現れたのは、ウーノの要請によるもの。この作戦の最重要であるマテリアルの確保が難渋しているとの事で、フェイトの足止めをセッテに任せ、最速の彼女が救援に来たのだ。

 ならばこそ、何をおいても任務を遂行するのみ。

 彼女はその誰も追いつけぬ速度を以って、士郎の傍らのヴィヴィオの奪取を試みる。彼女の速度に比する者などかつて1人もおらず、妹達でさえ、本気の彼女を視認することすら出来なかった。

 (速やかに回収し、この場を離脱して、セッテと合流する、アイツ1人では荷が重かろう)

 そう考えていた彼女は、この相手と戦えないことを残念と思いながらも、鋼の精神で己の渇望を封じる。

 しかし――

 「小太刀二刀御神流・掛弾き(かびき) 」

 聞こえるはずの無い声を聞いた気がした瞬間、彼女はバランスを崩し、錐揉み状になって隊舎の壁へと突っ込んでいった。

 (何が、起きた―-?)

 理解不能。まさか誰にも届かぬ速度域にあった彼女を、その動きを見切り、すれ違いざまに攻撃を仕掛けたというのか?

 そしてまさにそのまさかで、士郎はヴィヴィオを抱えようと己の脇を掻い潜ったトーレの、その片足の斬翼、インパルスブレードを狙ったのだ。

 トーレの高速はインパルスブレードによるエネルギー放出が一役を買っている、ならば、その一箇所を潰す事によって、尾翼を破壊され操舵不能になった戦闘機のように、トーレは推進力の急激な方向変化に対処できず、隊舎の壁に突っ込んだのだ。

 瓦礫のなかでそれを把握したトーレは、湧き上がる憤怒と恥辱を隠そうとはしなかった。

 「誰に、何を……やったつもりだ」

 己が誇る究極の速度、誰も比するものがないという矜持をへし折られ、彼女は嚇怒の念をその全身から立ち上らせる。

 だがそれと同時に―――

 「ふふ、ふふふ、ふははははは」

 湧き上がる歓喜を抑えられない。そうか、そうくるか、我が速度の更に上にいるのか貴様は。ならば面白い、私は今より貴様のさらに上を行こう。

 「お前達に、この子は渡さない」

 その短い言葉に、男は万感の思いを込めている。許さない、渡さない、お前達に奪わせたりはしないのだと。



 ああ、なんだこれは、どういうことだこれは。”なんとも嬉しい事態じゃないか”

 慢心などしないと、そう己を戒めていた。なんと浅はかな思い違い、現に私は自分の早さについて来られる者などいない、などという妄言を当たり前の思っていたではないか。

 だが、違う。己はまだまだ高みになど達していない。それを理解させてくれた剣士よ、礼を言おう。満ちる充足感に胸が弾けそうだ。

 そして、この剣士が守っている限り、目標の奪取など夢のまた夢。まずはこの男を倒さねば、任務達成はできない。

 ならばこそ、全身全霊で打倒しよう、武人としての挑戦と、任務の達成のための障害の排除、この2つを同時に行えるとは、なんという幸運か。


 「貴様、名は?」

 故にこそ聞いておきたい、同じ武威の極みに立たんとする剣士の名を。 


 「不破士郎、永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術師範にして―――」

 それに対し、士郎も己が生きた剣の称号を朗朗と述べる。これが彼が生きた剣の歴史、伝承者、完成された剣士、その果ての師範という称号。それこそが彼の誇りと言ってよいだろう。

 だが、それとは別に、そしてそれよりもさらに熱く、深く想う事がある。それは今の彼の根源、死して尚留まった理由、果たしたい未練。
 
 これこそが渇望、生前は朧気に理解しながらも、確たる象へと模れなかった真実の願い。

 「――どこにでも居るただの父親だ」

 ありふれた家庭の光景を。車に気をつけろよ、学校は楽しいか、夜更かしするなよ、と何ら代わり映えの無い日常を送ることを。

 出来なかったからからこその、その言葉。それは希望、それは願望、今となってからはっきり形となった渇望。剣士として果てたこの身であればこそ、なんでもない日常を渇望する。

 そう、彼はどこにでも居る父親になりたかった。でもなれないまま終わってしまったから、彼が出来ることはコレくらい、剣を振るうくらい。

 誰も敵わない超人でも、世界を救う英雄でもない。愛する子供のその日を、次の日を、続いていく日々を無事笑顔で過ごせることを祈ってる、ただの父親に。

 なれなかった彼だったから、せめてコレだけは、と最後の剣を執る。



 ああ、アルバート、良く見ておけ、これが戦いに散った男の果てだ、お前はこうはなるなよ。未練一つ残してしがみ付いて、次に迷惑を掛けるなんて、ああなんとも度し難い。

 許せとは言わないぞ、お前は俺で、俺はお前だと、そういったのはそっちだろう。

 だから刻み込め、自分はこうはならないぞ、と魂に深く刻みこんでくれ。

 そして出来ることなら、それをあの子に伝えて欲しい。注文が多くて恐縮だが、毒喰らえば皿まで、なんて便利な言葉がるんだよ、この世には。なあ、いいよな頼んでも。

 それじゃあ、これが最後の闘争だ。娘の幸せな日常のため、俺がこの非日常を駆け抜けて斬り破る――!



 「だから、アンタは邪魔なんだ、俺の娘の幸せは絶対に奪わせない」

 肉体、脳、魔力、その極限を振り絞ってる状態も既に限界。全ての部位が革命を起さんばかりに沸騰寸前。

 それがどうした、貴様等黙れと、暴君の如き傲慢でそれを黙らせる。もう無理だ、という肉体の泣き言も、俺が何をしたんだ、という脳の恨み言も、よし分かった表出ろ、というリンカーコアの啖呵もすべて無視。かれは三度己が全てに限界を振り切らせる。


 「不破士郎、覚えておこう」 

 実に小気味いい名乗りを聞き、トーレの戦意はすでに抑えられないほどに膨れ上がっている。ああ、ならばこそ始めようじゃないか。お前との戦いの果てに、自分が何を掴めるか、今から楽しみでならないよ。
 
 「我が名はトーレ。我らナンバーズの戦闘指揮官であり、最強の戦闘機人だ」

 彼女もまた、名乗りをあげる、これにてすべての準備は整った。


 『では――!』

 互いの全身から放たれるは勇壮なる武威。それに相応しい二つの戦意がぶつかり合い、ここに最後にして最大の戦闘が開始される。

 『勝負!!』




 そして、2つの颶風が修羅場を吹き荒れた。

 飛び散る火花、吹き荒れる暴嵐、常人には視認どころか、音を正確に聞き取ることすら出来ないだろう。

 互いに引き連れるは最速の理論。誰にも届かせぬという、比せる者なき速度域こそを最大の武装とする者同士が激突すれば、当然目に見える戦いにはならない、なるはずが無い。

 獲物はそれぞれ二本の刀と、四肢に靡かせるインパルスブレードという、切り裂くことを主眼としたもの。士郎はさきほど倒した双子の身体を攻撃する際には、その魔力の性質を刹那の間に切り替えていたが、この相手にそんなことをするのは、非礼にもほどがある愚考だ。

 ともに全霊。そも、己に残っている、出しえる全てを燃焼させなければ倒せない相手、寸止めや加減などという言葉は忘却の彼方へ追放している。

 六課隊舎敷地内の地面が、壁が、周囲の木々が、次々と砕かれていく。言うまでも無く、それら全ては彼ら2人の”足場”となったものだ。音速を超える彼らに踏みつけられた物体は、その衝撃に耐えられずに砕け散る。

 士郎にとっても、トーレにとっても、本来自分しか存在しないはずの世界に、今は他者の存在を許しているという異常事態。だが、武威の極致たる2人にとっては、なにより嬉しい驚天動地。

 まさか、この領域にあるものが。己以外に居ようとは―――!!

 そう、二人の速度は全くの互角。その2人がぶつかる際に発生する衝撃だけでも、ソニックブームとなって周囲を蹂躙していく。そして異常はそれだけではなく、彼らが数十合斬り合ったときに、ようやく初激の衝撃音が届くのだ。

 音速を踏み越えた域にいる二人は、文字通り音を飛び越えている。ようやく空気の伝達がその役目を果たす頃には、彼らはその位置からはるか遠くで戦っているという荒唐無稽。

 双剣を振るう振るう振るう、己が極めた剣の技を、この刹那にすべて凝縮させ、敵手である女戦士へと斬りかかる。

 斬翼を放つ放つ放つ。己が極めた戦いの技を、この刹那にすべて凝縮させ、敵手である剣士へと打ちかかる。

 だがこれでは終わらない、終わるはずが無いだろう、と彼らの攻撃はより加熱し、苛烈さを増していく。

 実力伯仲、互いに一歩も譲らぬ攻防だが、その強さの根源は、同じ超速の遣い手であっても大きく異なる。

 士郎は己の身体をという、内的宇宙を操ることによって力を、気力を、魔力を生み出すという、内的な要因に起因する強さ。

 対してトーレは戦闘機人としての金属の骨格、強化筋肉などを主とする、外的な要因に起因する強さ。

 強さの根源が全くの逆だが、それ自体に優劣はない。問題はその先で、そこから如何に鍛錬を重ね、技を磨いていくか。士郎は言うまでも無く、トーレにしてもそれは同じ、彼女は”戦闘機人である己”に最適な戦い方を、一から自分だけで組み上げていったのだ。

 最初期に生まれた存在であるが故に、上の姉妹から引き継がれるデータなどは存在しない。ウーノとドゥーエはまったくの別タイプなので、姉2人の経験は彼女には利用できなかった。

 生まれてより20年の研鑽の成果が、今行われている修羅の決闘。ただ一人でこの六課襲撃班を打ち破った剣士と、互角に斬り合えるという事実。

 技の柔軟さは士郎が上だが、その攻撃の剛健さはトーレが上だ。故に、現在勝負の天秤は見事に水平に釣り合っている。全くの互角、一髪千鉤の鬩ぎ合い。

 士郎が柔よく剛を制せば、トーレが剛よく柔を断つ。そして次第に柔と剛をない交ぜにした、技の中の力、力の中の技へと、己の武威を昇華させていく。

 今の己の攻撃は届かなかった、ならば次の攻撃はそれを上回るものでなければならない。実に単純だがそれゆえに至難であるその理屈を、彼ら2人は、驚くべきことに実践していた。この境地に至りながら、さらに己を高めているのだ、今戦っている敵手を打倒するために。

 トーレにしてみれば、先ほどまでフェイトと戦っていた己など、もはや相手にもならない。それほどの速度で彼女の武人としての技が磨かれ、位階を上げていっている。 
 
 「うおおおおおお!!」

 「―――――――!!」

 既に数十、数百の斬撃を放ちあっている二人の様子は、宗教画に描かれる戦神の相克の如し。
  
  共に踊るは剣神の舞い、詠い上げるは斬神の神楽。

 双剣と斬翼が打ち合わされる毎に鳴り響く音は、さながら龍の咆哮を思わせる。この管理局の歴史の中で、これほどの決闘はかつて無かったことだろう。

 士郎の刀に宿る斬気の魔力と、トーレのエネルギーの斬翼がぶつかり合うたびに、周囲を極彩色の火花で照らしながら、彼らは魔速によって紡ぎだされる神威の舞踏を演じていた。



 そして、戦う2つの颶風のなかに、徐々に血風が混じるようになってきた。

 その理由は単純明快、士郎もトーレも、その身体から多量の血液を飛び散らせているのだ。だがその原因はそれぞれ別のもの。

 やはり、技量においては士郎に軍配が上がるのか、剣を交える数が増えるごとに、トーレの身体に彼の剣が届くようになっている。それは本来かすり傷程度のものでしかないが、そも彼らは視認できない速度で斬りあっているのだ、瞬く間に傷は増えていき、トーレは己の血により鮮血の化粧を施される。
 
 ――何よりもそれが素晴らしい。己一人しかいないと思っていた世界に踏み込んで現れ、なおかつ凌駕する技巧を持つ剣士よ、お前に出遭えたことを誇りに思うぞ。

 彼女はその心のなかで、常に魂を燃焼させれる戦いをするに足る敵手を求めていた。フェイト・テスタロッサ? 高町なのは? 違う、彼女達ではここまで燃えなかった、なぜなら彼女達の魂は、戦士の色に染まってはいないから。

 だが、この男はそうだ、そうなのだ。不破士郎の魂は、その芯まで剣士のもの。故にトーレは身体から失われていく血液など頓着することなく、歓喜のなかに己をおいていた。ああ、素晴らしい、素晴らしいぞ。私はずっとこれを求めていたのだ!!

 血濡れになりながらも、彼女は壮絶なまでの笑みを浮かべ、さらにさらに己が限界へと、限界を超えんと力を振り絞っていく。

 そして、トーレが感じ取ったとおり、不破士郎の魂は剣士として完成されている。何故ならば、日常のみを生きることなく、剣士として死んだのだから。

 今トーレと切り結ぶのはなによりも愛する娘、なのはのため。それは絶対だし、決して譲れぬ事実。だが、この女戦士と魂踊る仕合を、己をさらに高める敵手との戦いを、喜んでいる自分がいることも彼にはわかっていた。

 彼もまた、いつのまにかトーレ同様の笑みを浮かべていたのだから。

 ―――ああ、なんとも度し難い剣士の性、そんなだからお前は、家族を遺して死んだんだよ

 悔悛と自嘲、心の中でそれを浮かべながらも、彼は、彼の魂は蝋燭の炎が見せる最後の輝きのごとく燃え盛る。

 トーレの負傷も相当だが、士郎のほうはもっととんでもない、というより馬鹿馬鹿しいことになっている。やはりというべきか、やっとというべきか、肉体の限界を振り切れたのだ。身体のあちこちの血管が破れ、鮮血が迸り、筋肉も断裂寸前の有様。

 当然だ、刹那のモノクロの世界での、精密な技の発動、しかも休み無く連続で行う。そんな蛮行は、トーレの戦闘機人の肉体でさえ、軋みをあげているほどなのだ。では生身ならばどうなるか、分からないほうがどうかしている。

 だがそんなことは始めから承知の上、これが唯一の機会なのだ、今無茶しないでいつするという。自分に次など存在しない、燃焼させている魂も、その像を結ぶのが困難となっている、終わりは近い。
 
 とうに限界を向かえ、崩壊寸前の体を動かすのは何のために? なにが彼をそうさせるのか?

 などと、この世にこれほどの愚問があるだろうか。父親が戦う理由など、娘のため以外に何があるという。彼を支えるのは娘へ無償にして際限なき愛情。

 それが彼とトーレの唯一の違い。彼女は武の求道を極めんと戦い、彼は娘の幸せを願うためにこそ剣を振る。その強さの根源が、守るべきもののためにも負けられない、という想いの強度が違うのだ。

 石に噛り付いても退かず、なんて無様だと罵られようとも胸を張り、子供を守るために血反吐を撒き散らす、それが親というものだろう。

 だから彼は剣を振るう、振り続ける。肉が裂けようと、骨が砕けようと、体の一片でも残ってるのなら戦い続けるのだ。命の限り、愛の限り。

 それがある限り負けることなど有り得ない、それが父だ、不破士郎が示す父の在り方だ。剣でしか何もしてやれない、俺に出来るのは敵から守り抜くことのみ。

 子供のために親はどこまでも強くなれる、それはとても大事で、とても当たり前のこと。こんな血なまぐさいことでしか父親らしさを見せられないのが残念の限りだが。


 

 そうして、その極限の戦闘は、終局を向かえようとしている。

 ともに魔速の域にあったのだ、その消耗は推して知るべきもので、ならば勝負こそが長引くはずも無い。長期戦などありえないのだ。

 トーレが受ける傷は次第にその深さを増していった。血が失われていくごとに性能は落ちるのだから、傷が深まるのもまた当然。そして士郎のほうはもはや語るまでも無い。

 だが、トーレにとってはそれは心の底から納得できる結果ではない。確かに相手は血まみれだが、自分が当てた攻撃は一度足りとてないのだから。
 
 一撃でいい、当てさせろ、他には何も要らないから、貴様の魂を私にくれ――!

 いいだろう、魂でもなんでもくれてやる。もともと燃やしつく予定のもの、何を惜しむことがある。俺はただ、たった一人を守れるならそれでいいんだ――!

 互いの意思は声にならずとも明白、武人としての意地、父として譲れぬ信念、それは互いが痛いほど感じ取っている。

 だが、既にこれ以上の戦闘は不可能になっているのもまた事実。いや、可能であるだろうが、このままで続けては最早泥仕合のような結末にしかならないことは、目に見えている。

 それは本意ではない。互いに武人。その集大成を見せずに終われるものか。

 トーレは意を決して最後の業を放つ体制と心持になり、士郎もまた同じく心身ともに意を決するが、それと同時に苦笑していた。

 やはり、己は剣士なのだと。己は平凡な父親になりたいと、なりたかったと焦がれつつも、極めた剣技を出し切らねば終われないと、そう思っている。

 ああ、そうだ、そういうものだ、持ってないからこそ憧れる。手に掴む筈だったものを、掴めなかったからこそのこの未練。剣士として終わった魂は、剣士のまま変われないのは当然なのだ。

 ―――だからこそ、まだ形が定まってないアルバートよ、武人の道は見た目かっこいいかもしれないが、やっぱり平凡が一番だと、不破士郎は心の底から思うから、同じ轍は踏まないでくれよ―――

 内面で魂の裏側に話しかけながら、彼もまた最後に攻防であり、この戦いの決着になるであろう一瞬先へと身を構える。

 

 ―――身体は限界、体力はまだ残ってるが、このままでは削り倒されてしまうだろう、そんな無様な結末は許容できない。女戦士はそう決断する。
 
 ―――身体は限界をとうに振り切っている、もう動かせるのは残り2手ほどしか出来ない。剣士はそう己に残った力を見定める。
 

 ならば――!

 ならば――!



――――残ったすべてをこの一撃に――――

―――――――賭けるのみ!!―――――


 そうして2人は、己ができる最高の攻撃を、かつて無いほどの威力と完成度で撃ち放った。




                    「IS発動! ライド! インパルス!!!」


                    「小太刀二刀御神流、奥義の極み! 閃!」
 




 互いに超速の重ねがけの一撃。音速を遥か後方に置き去りにした2つの閃光が交差した次の瞬間には。





 「………見事だ、不破士郎」

 賞賛の言葉を残し、最強の戦闘機人が、大地に倒れ伏したのだった。

 その身体には脇腹から肩口にかけて、逆袈裟の斬撃を受けた傷により血が噴出しているが、最後の交差のときには斬気の魔力が枯渇していたので、彼女の肉体に当たったのは、ただ剣のみ。

 頑丈さのみを考慮して改良されたそれは、切れ味がもともと鋭くなく、この一連の戦いで、その損傷も限界に来ていたためか、最後の閃による一撃で折れて宙を舞った。故に彼女は生きている。

 だが、心は晴れ晴れとしている。己の全てを出し切り、その果ての敗北だ。ならば厳粛に受けとめねばならない。それが敗者の矜持だ。

 ああ、不破士郎、貴様と交えたこの至高の闘争の記憶を胸に刻んで、私はこれからも生きていこう。忘れぬ、忘れぬぞ、このトーレを打倒した究極の剣士よ。


 そして士郎もまた、勝者として、勝者の矜持をもって、トーレの強さを礼賛する。

 「トーレ、アンタも、見事だったよ」

 今まで彼が戦った中で間違いなく最強だった。だが、譲れない想いが、彼のほうが強かった、これはきっとそういうことだ。

 送られた言葉に笑みを浮かべ、それまでの生涯で最高の、そしてこれからの生涯においても二度とないでろう、という戦いの結末に、彼女は心安らかに敗北し、その意識を手放した。









 トーレが倒れたのを見届けると、士郎もその場に倒れこんだ。

 全身血まみれ、筋肉はいくつか断裂してるのだろう、もう立ち上がることすら出来ない。意思の力だけで無理やり動かしていた身体は、その意思の源泉たる魂の燃焼が無くなったと同時に、糸が切れた人形の如くの有様となった。




 「やばいなぁ、もう痛みすら感じないぞ……」

 というか、よくしゃべる力が残ってるな。なかなかにもって摩訶不思議。これはあれか、今まで使ってなかったから、ここぞとばかりの舌の反逆か。まあ、しゃべれるならそれで別に不満があるわけでもないし。

 「ああ、すまんなアルバート。まさかここまで酷使しちまうとは」

 実に申し訳ないが許してくれ。だけど大丈夫だって、ミッドチルダの医療は凄いし、そう悪いことにはならんと思うぞ。きっと。

 
 だけど―――

 「終わった、な………」

 やりきった。今度こそ敵は現れないし、来る気配もない。いや来たところでもう動けないから、来られたら非常に問題だ、というか来ないでくれ、頼む。

 「やりきった………」

 今度こそ、今度こそ全て終わったと確信できる。もうあの子に、ヴィヴィオに危険をもたらすものは現れないだろう。身体もなにも一切合財動かないから、直感だけは冴えてるんだ。

 「でも……」

 まずいな、ああまずいぞ血が止まらん。いまだダクダクと流れて、六課の敷地の植物に、ちょっとホラーチックな赤い肥料を提供しちまっている。うん、悪いな草花たち、いらないよなこんな鉄分過剰な肥料。

 流石に死ぬのは非常によろしくない。俺はいいが、アルバートは良くない。いくら快く許可してくれたからといって、ここまでやるとは思ってなかっただろうから。

 しかしどうしようもない、もう動かせるのは口くらいしかなく、あらゆるものがカラッポなんだ。

 いやいやいやいや、達観してる場合じゃない、なんとかしなければ!

 「………お?」

 なんとか首の方向を曲げてみたその先には、なにやら見覚えがあるシルエット。ああ、あれは多分フリードだな、視力には自信があるから間違いない、なんたって御神の剣士は目が命。

 良かった、それなら助かった、キャロが来てくれれば治療してもらえる。血が止まれば死ぬことないだろう。………まあ、この先入院生活が待ってることは疑いないが。

 ミッドの病院の食事って美味いんだろうか、少なくとも自分の記憶にある海鳴総合病院の飯は味気なかった。病院ってどの世界もそんなもんだと、偏見なんだがそう思うから、重ね重ねスマン、アルバート。

 「フリードに乗ってるのは……キャロに、エリオもか。こんな時も仲がよくてなによりだ」

 ああ、エリオ、お前には恭也と重ねちまって悪いことをした。どうしたってお前はお前なんだから、知らない誰かの代わりみたいな扱いは、知れば嫌だろうな。

 勘弁してくれるとありがたい。でもあまりに懐かしくてさ、つい口に出しちまったんだよ。

 「恭也は……どうしてるんだろうな、キャロみたいに可愛い子を見つけて、一緒になってるといいんだが」

 あいつは子供なのに大人っぽかったから、年下か、同い年が似合うだろう。年上に甘える恭也というのは想像つかない。

 「美由希は、あーー予想つかんな、なんせまだ6歳だったし」

 あいつは年上だろうか、甘えたがりなところが結構あるし、美沙斗も年上を好きになったし。

 フィアッセはどうかな、俺が死んだことを引きずらずに、元気で笑っていてほしい。アルも、無事にその道をすすめているのだろうか。美沙斗は、また美由希の母親に戻ってくれていれば嬉しい。

 そして桃子は―――俺との約束を守ってくれているだろうか、今も笑ってくれているだろうか、今も幸せでいてくれるだろうか。俺のことを、ちゃんと思い出にして、前を向いて自分の人生を生きてくれているだろうか。

 「ああ、いかんな、今更思ってどうするんだよ」

 そうだ、これはもう納得したことだ、自分勝手で真に申し訳ないが、こればかりは覆せない。

 俺は死んで、残った未練はひとつ、なのはのこと。それは決めていただろう? ならこれ以上グダグダいうなよ不破士郎、男だろうが。

 だから消える。もう既に俺としての魂は形をなくしつつある。あとに残るのはアルバートとしての形のみ、それでいい。


 ―――いいのか? 士郎さん、それで―――

 アルバートか? ああそうか、混じり合おうとしてるのだろうか。今まではその端に俺の色が混ざっていた魂がこれよりは一色、アルバートのみに染まる。今はその途中で、だからこそ会話が出来ている。

 だからといって、お前が俺の生まれ変わりであることは変わらない、でも全く同じでは断じてない。やっぱりお前はアルバート・キューブという一個の人間だよ、不破士郎の続きじゃない。


 ―――あの人に、アンタの娘に、何も言わなくて―――

 馬鹿言うなよ、何を言うってんだ。

 ―――いや、よくもここまでボロボロにしてくれたもんだ、これから俺が使うってのに。って文句を言いたくなるほど必死に戦ったのに、それを伝えなくて―――

 ワハハハ、青いな小僧、死ぬ9年前の俺くらい青い。

 ―――うん、それちょうど19歳だよな、俺の年齢だよな?―――

 冗談だよ、で? なのはに伝える? 俺はお前の娘を守ったぞって? おいおい、それこそ冗談だろう、そんなことして何の意味がある。

 ―――だけど―――

 あの子にとって俺はあくまでお前、アルバートだ。そこへ「自分は貴方の別の世界のお父さんの生まれ変わりです、だから頑張りました」なんて言ってみろ、混乱させるだけだろうが。

 ―――まあ、そうかな―――

 なら、言う意味なんて無いんだよ。そもそもこれは俺のエゴ、たんなる自己満足なんだ。未練がましい幽霊もどきが、次の自分にとんでもない迷惑かけて、さっぱりして成仏した、それだけの話なんだよ。

 ―――確かに、とんでもない迷惑だったぜ。でも俺は好きだよ、そういう自分勝手な馬鹿野郎が―――

 ああ、なんせお前もそうだからな。それで、そんな自分勝手な手前理論を押し通して、自分はこんなに君のために尽くしました、褒めてください、なんて抜かすやつは男じゃないだろ。

 ―――同感、納得したよ―――

 それに、何よりも、だな

 ―――ん?―――

 親っていうのはな、子供が、ほんの少しでもいいから、笑顔でいてくれれば、それだけで十分なんだよ。

 ―――そうかい―――

 まだまだ、お前には分からんろうがな。

 ―――当然だろ、俺はまだ独身で、花の十代だ。親父になるには早い―――

 はっはっは、いい相手見つけろよ。それとも、本当に4年待って、あの子と一緒になるのか?

 ―――どうかな―――

 まあ、じっくり考えて決めろよ。さて、そろそろ俺は消えそうだ、なんとなくだが分かる。

 ―――なら、最後に一言だけ―――

 なんだ?

 ―――アンタは、最高の父親だったぜ―――

 よせよ、照れくさい。





 そして、会話は終わる。それが前世と今世、同質の魂を持つ二人の男の、最初で最後の邂逅だった。

 意識が遠くなって行くのを感じながら、不思議と以前にもこんなことがあったような感触になった。燃える建物、少女を守って死に行く自分、そして―――あの慈愛の抱擁を受けた。

 偶然か必然か、彼は死んだ瞬間をなぞっていたのだ。



 そうして、柔らかい、黄昏の光のような優しさに包まれながら、不破士郎の魂は、アルバート・キューブの中へと融けていった。








 あとがき
 さようなら、士郎さん…… というわけで彼はやり遂げて消えていきました。
 呆れるほどの厨二にお付き合い下さり、真にありがとうございました。次回で最終回です。
 え? まだなんか書くことあんの? と思われる方もいるかもしれませんが、一応あります。 
 ………疲れました、本当に。14歳神はほんとうに凄いと痛感します。
 次回は既知感を覚える仕様となってるかもしれません。主にスカさん関係でw







ついでに、これまでいくつか載せてたあとがきのネタを理解してくれた方々に、ここのその他板の「終末の聖杯戦争」という作品内で、Diesのパロネタ書いたりしてましたので、お時間が有ればそちらもどうぞ。



[30451] 託された言葉、彼の進む道
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/12/03 23:30
 
最終話 託された言葉、彼の進む道



地上本部襲撃から3日後。

 ミッドチルダ首都、クラナガンの聖王教会系列の病院にて、なにやったらこうなるんだ、と医者が首を傾げるような大怪我をした男が、ベッドの上で固定された体を動かそうと躍起になっていた。

 その怪我たるや、最近喧嘩して担ぎ込まれた少年2人の、左頬骨及び上顎骨、下顎骨骨折。右眼底骨骨折。鼻骨骨折。左鎖骨完全骨折。左上腕骨、及び左中手骨完全骨折。
右肩脱臼。右尺骨、中手骨及び手根骨完全骨折。右肋骨三番四番不完全骨折及び、五番六番複雑骨折。左肘骨四番五番六番完全骨折及び、七番八番複雑骨折。
右大腿骨不完全骨折。右脛骨、左腓骨及び、両中足骨完全骨折。その他、捻挫、打撲、擦過傷及び裂傷、全身合わせて四十八箇所。
というダンプカーとでも喧嘩したのか、という医者が呆れた傷をさらに越えるものだったという。

 正直、上記した箇所より折れてた骨が多かった、それも外部からではなく、内部からの力に耐えられなくて折れた骨、裂けた皮膚が多かったから、医学上の摩訶不思議といっても過言ではなかっただろう。

 幸い後遺症などは残らない、との診断だったが、その代わり向こう1年は身体とリンカーコアを労ることを厳命されたのだった。

 そして普通なら未だ昏睡状態のはずだが、彼は昨日の晩意識を取り戻していた、呆れた頑丈さと言って良いだろう。

 「全治3ヶ月だとよ、というか何で3ヶ月で済むんだよ、って感じだが」

 「そういう先輩こそ、なんでそんな軽傷なんですか」

 全身ミイラのように包帯が巻かされてる男のベッドの横に立つのは、同じく怪我人であるヴァイスだが、彼の負傷は大したものではなく、3日も入院すれば退院できるものだった。

 「あ? ああ、俺はあの女の子の魔力波喰らったけど、だだっ広い場所だったから、途中で弾かれただけで済んだんだよ」

 もし、あれを隊舎内で喰らっていたら、壁にたたきつけられた上に爆発していたので、こんな軽傷ではすまなかっただろう。

 「ずるいなぁ、この状態窮屈でしかたないんですけど」

 「俺としてはだな、なんでその状態で動こうとするのかが分からんよ」

 「ジッとしてられない性質なもんで」

 「あーそうなの」

 ヴァイスは呆れてものも言えない、という表情はしなかった。こいつはこういうヤツだという事は、長い付き合いで知っているから。

 「それで、襲撃被害の方はどうなったんですか?」  
 
 流石に真面目な会話になるはずだが、なんとなく気が入らない2人は、軽い空気のまま会話を進めていく。実に表現しがたい感覚だが、脅威はもう過ぎている気がするのだ。

 「一応、ロングアーチや交代部隊には一部の馬鹿除いて重傷者出なかったぜ」

 一部の馬鹿であるところの年下の親友を眺めながら、彼は人の悪い笑顔を浮かべる。

 「あーはいはい、そうですか。で、メイン部隊の方々は?」

 「そっちも特に怪我なし……て訳でじゃないな。ザフィーラの旦那は結構な怪我だったし、スバルのやつも腕がやられた。それで一番の被害は、なんと言っても108部隊のナカジマ陸曹が浚われたことかね」

 「あれま」
 
 あまりの気の抜けた返事に、他の人物であれば気を悪くしただろう。激昂する者もいるかもしれない。だが、アルバートの性格を良く知ってるヴァイスは、不思議に思うが、怒りはしない。

 「随分のんびりしてっけど、ひょっとしてなんか分かってるのか? お前」

 こういうことは以前何度かあった。一言で言えばアルバートは勘が良い、だからコイツはこの先これ以上悪くはならない、と感じてるのかもしれない、とヴァイスは思っていた。

 「ん~~、まあ、確固とした事実はなんも分からんですけど、変なこと言いますが、なんかもう”終わってる”気がするんですよ」

 彼の直感はそう言っていた。前世の彼ほどの鋭い直感を発揮させることは今はできないが、彼の戦いを同じ魂で感じていたアルバートにしてみれば、既にこの事件は終わっていると、そう思う。

 「ふ~~ん」

 実はヴァイスもその意見に賛成だった。今必死に襲撃の後始末や、これからの対処に当たってる同僚たちには悪いが、彼もまた緊張の糸が切れてるように思う。もう非日常は過ぎ去っている気がしてならない。

 彼は唯一、不破士郎が戦っている時に意識を取り戻していた。直接眼で見はしなかったが、あのときの周囲の緊張、剣士が作り出す修羅の空気を覚えている。だから、それらが一切感じられない現在は、嵐が去った後のようなものなのだ。

 「他の方々はこれからどう動くんですか?」

 「レリック捜査から、今回の犯人であるスカリエッティの逮捕に方針がかわるとか何とか」

 「場所分かったんですか」

 「とっ捕まえた女の子達に聞いたんだよ」

 今回の襲撃事件で、管理局側もただやられた訳ではない。4人の戦闘機人を捕らえる事が出来ていた。トーレ、セッテ、オットー、ディードがそれで、特にトーレを捕らえることが出来たのが大きい。ちなみにセッテはフェイトが捕らえた。

 彼女は最初期組なので、他の姉妹が知らないことを多く知っている。その中でも一番重要なのは、管理局内部に潜入していたNo2ドゥーエの存在だっただろう。

 無論彼女は拷問されても話すわけが無いが、某査察官のレアスキルでその記憶を読み取った―――のだが、その並外れた精神力により抵抗され、ロッサの脳が焼ききれるほどの格闘の末、なんとかドゥーエのことだけは探りだせた、というほどだった。

 実際、ロッサはこれ以上トーレからは無理だと判断し、他の3人からアジトの場所を読み取ったのだった。

 「先輩も行くんですか?」

 「いくぜ、戦闘はちと無理だが、ヘリの操縦は出来るからな」

 「羨ましいなぁ、そこでちょっとお願いあるんですけど、病室退屈なんで、ちょっと外に出してくれません?」

 「……………どうやってだよ、そんなガチガチに固定されてんのに」

 「ストレッチャーに乗せ換えてください、そうすりゃ移動できるでしょ。スバルのヤツ、お姉さん浚われたんなら落ち込んでるだろうし、見舞いに行ってやろうかと」

 「全治10日のヤツを見舞う全治3ヶ月か、前代未聞だなオイ」

 他ではかなり悲壮な空気が漂っているというのに、この病室だけなんともユルい空気が流れているものである。

 だが、あの修羅場を感じ取っていた2人にとっては、今の空気は弛緩しているも同然だった。1人は直接ではなく、1人は魂の裏側で感じていただけだったが、それは分かる。

 六課隊舎での戦闘機人及び召喚師の少女、そしてガジェットの群れを倒したのは誰なのか、詳しい解明は未だされていない。管理局としてはきちんと調査したい所だが、今は次の対策で忙しいので、後回しとなっている。

 状況的にはアルバートだが、ガジェットの切り口の鋭利さや、B+の彼がAAAランク相当の双子や、Sランクオーバーのトーレを倒せるはずもないということで、それは謎となっていた。トーレは話さないし、双子の認識の中では、アレはアルバートではなかったので、ロッサでも読み取ることはできなかった。

 それは間違いでは無いだろう。彼女達を倒したのは不破士郎であり、アルバートじゃない。だからアルバートも「俺じゃありません」と目覚めたときに聞かれた問いにそう答えていた。

 それにアルバートではどうやってもあの時の士郎の動きは再現できない、出来るはずもない。やろうと思うなら、彼のように剣士として、殺し合いの世界に生きなければならないだ。そして、アルバートはその道をいく気はない。

 あのときの襲撃で、管理局のシステムはすべてダウンしていたので、なんの映像も残っていない。真実は闇の中、彼の戦いは誰にも知られること無く消えて行くが、それは彼自身が望んでいたことだから、それで良いのだろう。

 アルバートにとっては、ヴィヴォオが無事で、今は高町一尉が守っている、ということが分かっただけで満足だ。それだけで、彼の戦いは報われるのだから。


 「ま、お前がやるべき事は、早く体を治すことだな。脱走とか、変なこと考えんじゃねえぞ」

 「善処しますが、先輩だって俺の状態になったら脱走しません?」

 「しない、行かなきゃならない事態ならともかく、ジッとしてると退屈だから、なんて理由ではしねえよ」

 「ノリ悪いなぁ」

 まだまだ機動六課としてはやるべき事はあるが、とりあえずアルバートの出番はもう無いだろう。出番を終えた役者は、舞台の袖から眺めるのみ。

 そうして、アルバートは、これから襲い来るだろう退屈という名の強敵と、どう戦うか対策を練るのだった。


 尚、結局重体患者ストレッチャー訪問は決行され、スバルと、見舞いに来ていた他のフォワード及び両隊長は、あまりの事態に声も出なかったという。

 なにせ、ちょうど話題がアルバートのことになっており、「キューブ士長はきっと大丈夫、直ぐに元気な顔を見せてくれるよ」と、なのはがエリオたちを元気つけさせようと言った瞬間、馬鹿2人が「お邪魔しまーす」と入ってきたのだから。

 なのはの言葉どおり、「直ぐに」元気な顔を見せたアルバートに、それまでその場を支配していた悲壮な空気は、一瞬でかき消されてしまった。

 誰もが思っただろう、「心配して損した」と。

 無論、両隊長にも、看護師にも、医者にもこっぴどく怒られたが。





 ミッドチルダ某所・ジェイル・スカリエッティの研究所

 
 地上本部襲撃にはある程度成功したものの、こちらもかなりの損失を被ったはずのジェイル・スカリエッティは、しかしそんな事は大したことじゃないと言わんばかりに、半身であるウーノが淹れる紅茶を優雅に味わっていた  

 「やあ、ドゥーエ、お帰り」

 そこへ現れた一人の女性に、楽しそうに声を掛けるマッドサイエンティスト。もっとも、彼は常に楽しそうだが。

 「ええ、家出娘がただいま帰ってきました」

 彼女も、ウーノ同様金の瞳の狂科学者の因子を色濃く持っているため、諧謔を交ぜた挨拶をする。

 「お帰りなさい、ドゥーエ。貴女のほうもいろいろ大変だったわね」

 そしてウーノもすぐ下の妹に労いの言葉をかけて、彼女の分の紅茶のカップを用意していく。

 「まあね、でもトーレが捕まるなんて意外だったわ」

 「あの娘は、ドクターが作った唯一の戦闘機人だものね」

 スカリエッティが真実「戦うために」創ったのはトーレ1人。それ以外は生命の可能性を研究するための、言葉飾らずいえば趣味の範疇の者達である。

 「ああ、私としても意外だったが―――しかし素晴らしいものを見られたよ。あれこそ、生命がたどり着ける究極と言って良かった」

 士郎とトーレの戦いを、ウーノが映し出したモニターで彼らは眺めていた。そして他のことを忘れるほどに興奮した。厳密に言えば犯行声明をするのを忘れるくらいに。

 「識者の仮面を被り、あの決闘を形にするのは神聖さに泥を塗る行為だ。素晴らしい、その一言に尽きたよ。いつまでも見守っていたかった。久々に思ったよ、終わって欲しくないとさえ」

 アルバート・キューブという殻に入っていた彼が何者なのか―――興味は尽きぬが、彼がすでに消えたことも分かっている。実に惜しいが、それゆえに価値がある。

 「あれこそ生命の驚異、人が人のまま辿り付ける到達点。ククク、なんとも悔しいな、やはり天然ものには及ばないということか」

 トーレは戦闘機人の中でも最高にして最強。だがそれでも不破士郎に勝つことは出来なかった。

 「だが、それで良し。あらたな目標が出来たことを寿ごう。あれぞ生命の極致、私の新たな研究の幕開けだ」

 次に目指すは天然の輝きを超えるものをこの手で作り上げること、そう久しぶりに目的が定まった狂科学者は、亀裂のような笑みを浮かべていた。実に楽しそうである。

 「悦に浸ってるところを水を差して悪いですけど、今回はこれで終わりですか?」

 1人舞い上がっている自らの生みの親に、ドゥーエは冷淡な声で問いかける。ほっといたらキリがないのを経験から良く知っているからだ。

 「今回の作戦、ゆりかご浮上は中止なのか、ということ?」

 答えたのはウーノ。彼女もまた、こうなったスカリエッティが中々戻ってこないことを分かっていた。今もなにか笑いながら呟いてる。

 「ええ、あのおもちゃを動かすこと、博士も楽しみにしてたじゃない。それに、私としてもあの年代ものの漬物を壊せなかったことが不満だしね」

 「随分な表現ね」

 ドゥーエが言った漬物とは、最高評議会を差す侮蔑的な比喩だ。

 「それについては私が語ろうか」

 そして、ようやく戻ってきた変態博士が会話に加わる。

 「君やノーヴェにとっては不満だろうが、これ以上は無理だよ。私も残念だがね、起動キーがなくてはどうしようもない」

 起動キーとは聖王の血を引く者のコト、即ちヴィヴィオだ。

 「しかし、ドクターならば、あれより性能の良い聖王のクローンくらい作れるでしょう」

 「やろうと思えば出来るだろうね、でもそれだとつまらないじゃないか」

 なんとなく分かっていたことだが、実際言われると呆れるほか無い。無限の欲望である彼は、本当に厄介極まりない愉快犯なのだ。方向性が常に一定しないし、飽きたらすぐに止めてしまう。

 「私がばら撒いた技術を元に、他の者達がどれほどのものを作り上げるのかを見る、これも私の楽しみの一つだよ。こればかりは止めるわけにはいかないなぁ」

 プロジェクトF、タイプゼロ、聖王クローン、いずれも彼が好き勝手にばら撒いて、独自の発展を遂げたものたち。その多様性を見るのが、彼の数多い楽しみの中でも上位に位置するもの。

 なかでも、フェイト・テスタロッサは素晴らしい。いや、彼女自身ではなく、アレを作り上げたプレシアの妄執こそを、彼は賞賛し喝采する。

 いかなる狂気に染まれば、あれほどのものを創れるのか、手元において調べて見たかったものだ。彼の狂気には指向性が無く全方向に発散されるものであるが故に、唯一つのことに憑かれた者の狂気の結晶を欲する。

 ドゥーエがため息をつき、ウーノが微笑みながら眺める中、彼の演説は続いていく。

 「アルハザードより来たりて生まれた私としても、同じ故郷の遺物を浮かべて、そこで気ままに研究するのもやぶさかではなかったが、不完全な催しをするのは、やはり美しくない」

 この男を通常の人間の物差しで測るのは、海の水を升を使って計量するくるい愚かなこと、狂人の条理は狂人にしかわからない。

 「だから此度はこれで終わりだよ。主演が降板しては舞台の幕は上がらない。今更キャスト変更は無粋だろう」

 「それは分かりますが、あの者達は始末してもよかったのでは?」

 ドゥーエにとって、最高評議会は自分達を縛る枷そのものだ。だからそのうっとおしいものは、速やかに排除したかったのだが

 そんなドゥーエの言葉に、狂科学者の瞳はいっそう輝き、口元の亀裂は深まっていく。この光景を、チンクより下の者達が見れば恐怖するだろうが、彼の因子をもつ2人にとっては、ああ嬉しそうだな、くらいの感想しかもてない。


 「ドゥーエ、ああドゥーエ! 君がそういってくれて私は嬉しいよ! 君は間違いなく私の因子を、自滅の因子を強く受け継いでいる!」

 「自滅の因子?」

 聞きなれない言葉に、ドゥーエは訝しげに聞き返す。ふとウーノをみれば彼女は依然微笑んだままで、ともすれば彼女は知っていることなのだろう。

 「ああ、そうだよ。だからこそ、慌てることは無いし、最高評議会の方々が私を切り捨てられる筈も無い。そうだね、では1から説明しようか」

 そこで彼は紅茶を一口のみ、喉の潤わせてから続ける。自らを生み出した、対極の存在の話を。

 「まず、最高評議会とは何者か、から説明せねばなるまいね」 

 今では最高評議会と呼ばれる彼らが生まれたのは、今から百数十年前。当時次元世界は、ベルカ諸王の時代が終わりを迎えたことにより、劇的なまでの産業の発展が、恐るべき速度で成されていた時代だった。

 ちょうど、第97管理外世界の産業革命の後の世界のように、僅か100年の間に、それまでの1000年かけての発展を遥かに凌駕する技術の開発がされていった、そんな時代。

 だが、急激な発展は、そこに住まう人間の心を狂わせて行く。自制心が無くなり、次へ次へと、もっともっとと際限なくより豊かさを求め始める。

 人の世というものは、文明の爛熟と共に腐り始める。この当時の次元世界もそうした変遷のさなかにあり、当然の帰結として混乱し、荒廃する。

 そして、その既存文明が崩壊していく様を眺めるしか出来なかった彼らは、極限を超えて悲嘆した。

 我等はなんと罪深いのか、この所業を行った権力者たちは、なんと底知れぬ痴愚なのか。無残にも破壊された世を嘆きながら、彼ら3人は決意する。よかろう、我等が世界を立て直して見せると。

 世の崩壊の原因は、すべて人間の欲望によるもの。誰も彼もが豊かさを欲し、自制心を失った結果がこの荒廃。欲望こそが全ての罪の根源。ならばこそ、罪に溢れた世界を厭い、罪無き世界を望んだのだ。

 理想郷を築きたかった。

 感情、発生、過程、未来までもが完全に管理、掌握された社会機構。誰もが抱く欲望を捨て去り、日々を悩みもなく、苦しみも無く、永劫穏やかに続けていく。野心や欲望の無い、理想的な管理世界。

 何故奪い、何故殺し、何故憎みあう。故に望むはあらゆる罪業が駆逐された、純白の天上楽土。

 人間の我欲によって退廃した世を眺めるしかなかった身であればこそ、彼らは非想天を追い求めた。

 「だが、所詮神ならぬ身では限界がある。どれほど自制しようとも、生きている限り欲望は尽きることは無い」

 特に食欲、性欲、睡眠欲は、生命である限り切っても切れない。それを持たぬ者は人間とはいえないからだ。

 「だからこそ、彼らはそれが許せなかった。故に切り捨てた、自らの欲望の根源を」

 肉体を持っている限り、欲望を捨てることは出来ない。肉体の老朽と共に、意志も薄弱していくことにき気づいた彼らは、これではダメだと決断する。

 若い頃はその強靭な精神力で押さえ込んだ欲望も、老いた体では成せない、ならばこそ肉体を捨てよう。

 「体を捨て去り、脳だけとなった彼らは、真実無欲の存在となった。だが、それは同時に人間性を捨てることを意味する」

 故にこそ、彼らは自らの役割を定めた。理想を持っていても、神ならぬ人の身では不可能、だがそれに一歩でも近づけることに、”生前”の彼らは全てを捧げてきた。

 だから、成すべきことはその延長線。無欲である己たちが、”悪の元”を完全に掌握することで、悪徳の流出を防ぐ。

 その例であるのが質量兵器であり、違法研究。前時代を崩壊させた2大要因を、欲無き我等が独占することで、世の存続を図るというもの。

 「実際、それは成功していたよ。管理局が出来て以来、一度も次元間戦争は起こっていない。各世界での紛争は絶えないがね」

 世界は彼らが理想とした非想天にはほど遠い、だが、人間が生きるのには、これくらいの適温でなければならないのもまた事実。禁断の果実を食さねば、人は人足り得ない。

 「ならば、あとは体を捨て去り。死の無き身となった彼らが、延々と世界の管理を維持するのみ―――となるところだが、そうはならなかった」

 どこまでいっても、やはり彼らは人間。もはや脳しかない彼らに宿る魂は、時の流れに逆らうことは出来ない。

 「人間というものは、100年も生きると自然と死にたがってしまうものだ。彼らも例外では無い」

 だが、彼らはもう自分で死ぬ事が出来ぬ身、だからこそ、喚び出したのだ。自分を殺してくれるものを。自らの癌、自滅の因子を。

 「そうして彼らが喚び出したのは、アルハザードに眠りし”無限の欲望”。無欲である彼らだからこそ、その対極にあるものを引き寄せた」

 さながら磁石の対極のように、コインの裏表であるかのように、正反対のものであるからこそ惹かれ合うのが、世の真理。

 欲無き彼らであればこそ、無限の欲望を引き寄せた。

 「だからこそ、私は培養液で生まれたころから、”自由な世界”を求めたんだ。”管理された世界”を理想とする彼らの、裏側の渇望を」

 刷り込まれたものであるかもしれない、と思いながらも揺らめいた彼の願い。その根源に気づいたのはいつだったろう。

 「彼らは私を決して殺さない、自分を殺してくれる癌を、彼らは大事に大事に育てあげるんだ、無意識のうちにね」

 そこまで聞いて、ああなるほどと、ドゥーエは納得した。

 「だから、貴方の因子を受け継ぐ私は、彼らを破壊したいと望むのですね」

 「そうだよ、だが慌てることはない。必ず次の機会は訪れる。ウーノ、そのあたりはどうだい?」

 「問題ありません。既にお三方より、”今後はこのようなことは無いように”との連絡をうけました」

 これだけの騒動を起こしながら、たったそれだけで終わり。これが他の犯罪者ならば。こんなことは有り得ないだろう。

 「あっちのほうは?」

 きちんとした主語がないが、それだけでウーノには理解できる。

 「トーレとあの剣士の戦いの映像ですね。クアットロのハッキングによって大半のモニター類はダウンしてましたが、万が一あれば握りつぶすことを承諾されました」

 「重畳重畳、実にありがたいね」

 トーレの父として、また生命工学者として、あれだけの輝きもった至高の戦闘を、無粋な横槍などでは穢させない。トーレにとってあれは、生涯唯一無二の聖戦となるだろうから、それに干渉して良いのは自分だけだと、マッドサイエンティストは、傲慢極まりないことを、当たり前のように考える。

 「ですが、その代わり一つ仕事を頼まれました」

 「ほう? なんだい?」

 「ヴァンデイン・コーポレーションという企業が、違法研究の対象であるエクリプス・ウイルスの研究をしているとの事なので、我々ナンバーズでもって殲滅しろと」

 スカリエッティ以外の者が、自らの掣肘を超えて違法研究に携わろうとすることを、彼らは許さない。

 「エクリプス・ウイルス……か」

 その名を聞いて、珍しく呆れの色が強い嘲笑をするスカリエッティ。笑顔こそ変わらないが、彼がこの手の表情をすることは稀だ。

 「それが、どうかなさいましたか?」
 
 自分の陽性であり伴侶である男の珍しい表情に、ウーノがなにかあるのかと尋ねる。

 「いやいや、あんなものを使おうとする愚かな者達がいようとはね。人の愚かさを知る上では有意義だが、此度ばかりはご老体たちに賛成だよ、あれは、非常につまらない」

 あれとは即ちエクリプス・ウイルスのこと。今度はそれについてドゥーエが尋ね、彼は簡素に説明していく。曰く、アレは人を殺すためだけのものだと、だからこそ、生命学者とは相容れないものだと。

 「アレを作った者は、よほど人間という者を憎んでいたのか、それとも他者という存在がたまらなく不快だったか、どちらかだろうね」

 「確かに、エクリプス・ウイルスがもたらすものは、人間の絶滅しかありませんね」

 もし、エクリプス・ウイルスが次元世界中に蔓延したら、完成するのは無人の原野、鏖殺の空だけとなるだろう。現在は接触感染だが、もし空気感染になったら10日と待たずにすべての人間は死に絶えることは間違いない。

 「エクリプス・ウイルスは適合者に強大無比な力を与えるが、その選ばれる要因が何か、分かるかいドゥーエ?」

 「聞く限りでは、魔力資質や、レアスキル保持者などでは無いようですが……」

 エクリプス・ウイルスは大抵の者は耐えられずに死ぬか、肉塊になるかだが、稀に強大な力を与える。そしてそれに選ばれるものの資質とは―――

 「ないんだよ」

 「え……?」
 
 あまりの予想外の答えに、ドゥーエといえども咄嗟の言葉も出ない。

 「何もないんだ。特別な理由も無く、特別にするんだよ、このウイルスは。なぜだか分かるかい? ウーノ」

 水を向けられたウーノは、妹とは異なり淀みなく答える。なぜなら彼女はスカリエッティの裏側、陰陽という太極の片割れであるが故に。

 「自らは選ばれた特別な者だと、舞い上がらせるためですね」

 器でない者が強大な力を得ると、浮かれあがって濫用し―――自壊する。

 「そう、そして感染者は人を殺さねば生きていられない、だから特別な己のために、凡百の貴様等は死ねと、彼らはなんの良心の呵責なく殺戮を行う」

 自分は選ばれた素晴らしき者。ならばこそ、素晴らしき己ために貴様等皆死ね。お前等全て我を輝かせるためにの石くれだろうが。殺せ殺せ、最後に残るのは己だけでいい、と我執に酔いながら我こそ至高と根拠なく謳い上げるが故に、大したものなど持っていない。

 「その通りだよ、矮小な器に溢れんほどの力を注げば、自滅するなど眼に見えてるのに、それでも彼らは止まらない」

 エクリプスに侵された者は、皆己を讃えて虐殺に酔う下衆の群れとなる。ある者は獣のようにただひたすらに血を求め、ある者はもったいぶって知恵者を気取り、ある者はこれは正義の行いなのだと謳い上げるも、しかしやることは変わらぬ皆殺し。

 「コレを創ったものは哂うだろうね、私も哂う。なんて都合の良い塵屑だと」

 力なき弱者を踏み躙り、それを以って俺はこれほど素晴らしいと唱和し、殺すべき者がいなくなれば、今度は感染者同士で殺しあう。他者を殺さなければ生きられない者どもは、そうして最後の1人になるまで殺しあう。

 残った1人はどうなるか――、無論、食料ともいうべき他者がいなくなれば、ウイルスによって自壊させられるのみ。

 こうして、誰もいなくなる。その様相はまさに滅尽滅相の宇宙。

 「ウイルスに踊らされてることも気づかずに、己を持たぬまま己を謳い上げる天狗ども、これほど価値の無いものはないだろう」

 だからこそ、これを無くすという最高評議会の行動に賛成する。本来有り得ぬことだが、今回ばかり事情が違う。

 「ウーノ、下の子たちに言って、準備を始めてくれ。なぁに、企業が相手なら、ハッキングを得意とするクアットロの独壇場だ、嬉々としてやってくれるだろう」

 「はい、早速」

 「ドゥーエ、君にもお願いしよう。いつもの手管で、首脳陣を誑かせてほしい」

 「ええ、いいですわよ、正直中将も漬物も、誑かし甲斐のない奴等でしたから」

 そうして、彼らは新たな仕事へと移っていく。真に悲しいことだが、もう彼らにとっては地上本部や機動六課のことなど、どうでもいいものとなっていた。

 なぜなら最高評議会が存在する限り、ジェイル・スカリエッティが捕らえられることなど有り得ない。管理局の組織である限り、六課は必ず彼らの掣肘を受け、スカリエッティまで届くことはないのだから。

 この数日後、ヴァンデイン・コーポレーションはサイバーテロによって事実上倒産するが、その裏で彼らが研究していたものも、跡形も無く消滅させられた。


 
 「そういえばドクター、捕獲したタイプゼロ・ファーストはどうなさいます?」

 「ああ、そうだね…… データを見たが、残念ながら目新しいものは何も無かった。このアジトも直に撤収するし、返してあげよう」

 「メガーヌ・アルピーノもそうなさいます?」

 「そういえばルーテシアは捕まったのだったか、うん、そうだね、母親も子供に返してあげよう。レリック研究は一通りのデータは揃ってるから、もういらない」

 飽きた玩具を人に上げるように、彼はそう命じていく。やはり彼は異端の狂科学者、常人とは思考回路が根底からことなる存在。


 その後。機動六課がこのアジトに踏み込んだ時に残されていたものは『返却品(一週間過ぎたので、延滞料を払います)』と書かれたポッドに浮かぶギンガと、『延滞料』の張り紙が張られたメガーヌだけだった。

 かくして、今回の事件は幕を下ろす。無限の欲望が管理局に捕らえられるのはコレより3年後。しかしその際には対処にはクロノ・ハラオウン提督が当たり、機動六課の面々の出番はなかったという。

 だが、その際に最高評議会だけは、しっかりと殺し、そして己の役割は果たしたといわんばかりに、彼はあっさり捕まったのだった。

 彼らというパンドラの箱の鍵が壊された世界は、この先彼らが抑えてきた悪徳の根源が流出することになる。
 
 しかし、それを抑えるのはこの時代に生きる者の役割、古き時代の英雄に守られる時代は終わったのだ。

 これより先の時代が、過去を忘れ再び滅びに向かうのか、過去を省みて新たな秩序を築いていくのか、それはまだ分からない。









機動六課の摘発が盛大な空振りに終わってより一ヶ月。聖王教会系列の病院では、重傷のはずの男が病室で筋トレのような運動を行っていた。

 「あー、また無茶してる」

 そこにドアを開けて1人の少女が入ってきた。お見舞い用の果物の籠と洋菓子店の箱を持って現れたのは、ヴァイスの妹、ラグナ・グランセニックだ。

 「よう、ラグナ、3日ぶりだな」

 1週間に3度は見舞いに来てくれるので、だいたい2日ぶりか3日ぶりになる、よってこの挨拶はもはや定型となっていたりする。

 「あのねぇ、アルさん。アルさん一応まだ絶対安静なんだよ、絶対安静って言葉の意味、ちゃんと分かってる?」

 「無茶なことはほどほどに、ってことだろ」

 「ぜんっぜん違います! どっから出てきたのその解説。無茶もなにも動くなってことでしょ」

 「わかってるけどなぁ…… 暇で暇でしょうがないんだよ。もともとジッとしてられない性格だし」

 「大怪我して入院したって聞いた時は、本当に心配したのに、アルさんってば、『よう、元気だったか?』って凄く気楽に話掛けて来るんだもん。心配してすっごく損した気分になったよ、あの時は」 

 実際、ラグナはその時あまりの事態にその場で脱力した。これじゃあ知らせを聞いて飛んできた自分が馬鹿みたいじゃないか、と思ったものである。

 でも、そんな変わらぬ様子に、心のそこから安堵したのも、彼女の偽らざる気持ち。

 いつもこういう人だった。からかわれても、馬鹿なことしても、いつも憎めない。それはきっと彼が自分を大事にしてくれてるのが、その雰囲気から伝わってくるから。

 自惚れでは無く、自然とそう思える。そしてそれはアルバートも同様に。彼にとってもラグナのそういう雰囲気を、ごくあたり前に感じている。

 『何がよう、だよ。この馬鹿』っと怒りながら抱きついて、彼を悶絶させたのは今より4週間前の話だ。

 「看護師さんもアルさんには手を焼いてるみたいだし、さっきも言われたんだよ? 二度と脱走しないようにキツく怒ってくれって、モミジさんに」

 「ああ、あのFカップナースさんが…… 前あの人のシフトの時に逃げたから、根に持たれてるのか」

 「全治3ヶ月うちのまだ1ヶ月しかたってないのに、どうしてそんなに元気かなぁ」

 「丈夫さだけが取り柄だから」

 「自重しなさい」

 「はい」

 
 そうしていつものお見舞いタイムの開始。トランプをやってアルバートが負け、チェスをやってアルバートが負け、対戦ゲームをやってアルバートが負けるという、いつも通りの過ごし方をしていると、アルバートの胃が大きくその存在の主張を始めた。
 
 「ラグナさん、お腹がすきました。そのシュークリーム下さい」

 ラグナが持ってきた洋菓子店の箱の中身は、彼の大好物であるシュークリームだった。こういうところはしっかりと気配りができる優しい娘さんである。

 「ダメです、アルさん今日これから検査でしょ、終わるまで何も与えないでくれ、ってやっぱりモミジさんに言われてるもん」

 でもしっかり抑える所は抑える。なんだかんだで7歳下の子に手綱を握られてるアルバート、実に情けない。

 「大丈夫だ、シュークリームくらい俺の胃なら5分で消化できる」

 「ダメですよー」

 そう言ってシュークリームの箱を冷蔵庫にいれるラグナ。それはこの病室ではいつもの光景だったが、そこへノックの音が響き、別の見舞い客か看護師が来たことを知らせた。

 「はーい あ、どうぞどうぞ」

 と別にラグナの役割ではないのだが、ドアを開けて見舞い客を招きいれている。そして現れたのはなのはだった。

 「あ、高町一尉、どうもお久しぶりです」

 「お久しぶりです。御免なさい、あんまり来れなくて」

 「いえいえ、どうぞお構いなく。お忙しいのは重々承知してますから。俺には暇な学生さんがしょっちゅう来てくれてるんで、見舞い客には事欠きません」

 「む、何かなその言い方。わたしだって忙しいところを態々来てあげてるのに」

 「いやスマン、悪気はないんだ。ちゃんと感謝してますよ、神さまラグナさま」

 「うん、分かればよろしい」

 素直に謝罪するアルバートに、ラグナがその発展途上の胸を張ると、傍らで様子を見ていたなのはが笑い出した。

 「仲がいいんですね」

 そう言われて2人は改めて顔を見合わせて。

 『まあ、長い付き合いなので』

 と声を揃えて言ったので、なのはの笑いはより深くなった。





 なのはがこの病室に来たのは、アルバートが目覚めた2日後のことで、その時はしきりに礼を言われたものだった。

 状況的に、アルバートがヴィヴィオを守るために戦ったのは事実で、そこは彼も否定はしなかった(戦闘機人を倒したのか、ということは否定したが)だから、なのはにとっては恩人といっても良いくらいなのだ。

 その後の調査で、ヴィヴィオが聖王の関係者(おそらくクローン)であることが判明し、襲撃の際に狙われたのが彼女である事が分かったので、彼女の感謝はより深いものとなった。

 そして、アルバートのほうは、自分の中に一つの変化があることに気づいた。もうなのはを見ても、あの懐かしむような、安堵するような気持ちにならなくなったのである。

 さらに、あの時は思い出せていた”不破士郎の記憶”を、今は一切思い出せない。彼がいたことは覚えてるし、彼がどんな想いを抱いていたかも忘れていないが、細かい記憶は全て失われていた。

 だがそれでいいと思う。自分はアルバートなのだから、不破士郎がいたことは忘れないが、彼の記憶は彼だけのものであるべきだろう。

 
 「それで、今日はキューブ士長にお知らせしたい事があって」

 彼女は今も忙しい。空振りに終わった摘発の後でも、機動六課はまだスカリエッティを追っているし、日々の教導もある。そんな忙しい彼女が、平日なのにこの病室に来たのは、この知らせをすぐに彼に伝えるべきだと思ったから。

 「あの…… わたし、席を外しましょうか?」

 そこへ、おずおずといった感じで、ラグナがイスから立ち上がって提案する。仕事関係の話なら、部外者である自分がいては話しづらいだろう、と気を利かせたのだ。

 「ううん、お仕事の話じゃないから、ラグナちゃんがいても大丈夫だよ」

 「そ、そうですか」

 別段恥ずかしがることも無いのだが、やや赤面したラグナは、再びイスに座る。

 「それで、お話とは?」

 仕事の話ではないにしても、なにか重要なことだというのは空気からわかるので、アルバートも表情を引き締めてなのはに続きを促がす。

 「はい、昨日手続きが全て終わって、今日から正式にヴィヴィオの母親になりました」

 「…………そうですか」

 その知らせを受けて、アルバートは穏やかな笑みを浮かべる。既に絆の上では2人は母子だったが、これで形の上でも整い、名実共にヴィヴィオは高町ヴィヴィオになったのだ。

 「おめでとうございます」

 贈るものは祝辞、それ以外にはないだろう。やはりここでも思うことは、良かった、という極当たり前の感情。感無量の想いなどは浮かんでこなかった。

 でも、コレで彼も安心だ、という想いは強くある。なあ、そうだろ士朗さん、と既に亡い前の己に内心で語りかける。

 「これも、キューブ士長があの子を守ってくださったからです。本当にありがとうございました」

 大きく背中を曲げて、最敬礼に近い姿勢をとるなのはに、アルバートはやや慌てて、いえいえ、とんでもない、頭を上げてください、とお願いした。隣でラグナもビックリしている。

 「あのとき六課を守って奮闘したのは俺だけじゃありません。ヴァイス先輩も、ザフィーラの旦那も、シャマル先生も、みんなが頑張ってくれたから、あの子を守る事ができたんですから」

 そして何よりも不破士郎、高町士郎になれないまま死に、娘のためを想って残り続けた彼がいたからこそ。

 「でも、キューブ士長が一番酷い怪我を」

 「一番弱かったからだと思いますよ」

 彼の怪我が外的な要因ではなく、無茶の連続による内的なものであることは、なのはも知っていた。だが、アルバートにはそれ以上は言わないでくれ、という雰囲気を漂わせていたので、彼女はそれ以上食い下がることはやめた。

 「でも、本当に感謝してます。どうもありがとうございました」

 「いえいえ、そう何度も頭を下げられると悪いですって」

 「でも、なにか感謝の形としてしておきたいです、私に出来ることはありますか?」

 食い下がりはしなかったものの、高町なのはは元来こういう性格なので、そこはなにがあっても譲らないだろう。

 なのでアルバートはちょっと困った。なにか出来ることを、と言われても、今現在困ってることと言えば、退屈で仕方ないくらい。でもそれもラグナが頻繁に来てくれてるので、態々忙しい彼女に言うことではない。

 さて、どうしようかな、と思案していると、彼の頭に一つの言葉が思い浮かんだ。


 ”そして出来ることなら、それをあの子に伝えて欲しい。注文が多くて恐縮だが、毒喰らえば皿まで、なんて便利な言葉があるんだよ、この世には。なあ、いいよな頼んでも”


 それは彼の遺した言葉で、ならばコレは俺が言わなければならないことだと、素直にそう思えたから―――

 「それじゃあ、これからは、あまり危険な任務に就かないでください」

 自然と、その言葉を口に出していた。

 「え――?」

 全くの予想外の言葉だったからか、なのはは驚きの声を漏らしてしまい、その後が続かない。

 「あの子の親になるんなら、出来るだけあの子の側にいて、危ない場所へは行かないでやって欲しいんです」

 これが剣に生きた男の末路だと、家族を遺して死んでしまったからこそ、そういう風には生きるなと、そう伝えて欲しいと願った男の言葉を、アルバートが代わりに伝えていく。

 「貴女の理想も分かります。自分の力で、自分にしか出来ない力で、誰かの助けになりたい。それはとても素晴らしいことだと思うし、俺もそういうの好きです」

 この男の行く道を守ってやりたい、立ちはだかる障害を取り除いてやりたい。それが自分の剣でしか成せないなら、俺はそのために生きる。かつてそう思って、その道のまま死んだ男がいた。

 「でも、貴女の帰りを待つ人が、一緒に貴女の歩む道を進む友人や仲間ではなく、貴女が居ないとダメな子供が出来たのなら、貴女は危険に身を置くべきじゃない」

 その男は家族を持ったのに、その道を捨てきれずに、断崖の果てへと行ってしまった。家族を、彼の帰りを待つ人を遺して。

 「理想も信念も大事です、でも―――」

 出来なかったからこそ、娘に同じ徹を踏んで欲しくないと、彼は願っていたんだ。

 「―――やっぱり、家族が一番ですよ」

 だから伝える。彼女に、高町士郎になれなかった不破士郎の思いを。


 そして、その事が、何も知らずとも、心のなかで良く知る誰かを感じたのか、彼女は何かに納得したように

 「―――はい、そうします。私はヴィヴィオのお母さんになったんだから」

 しっかりと、母の笑顔で、アルバートの向こうに居る誰かと、自分自身に言い聞かせたのだった。
 






 そうして高町なのはは去っていった。帰り際に「また来ますね」といって深く礼をしたのは、律儀な彼女らしいと言ってよいだろう。

 となりで一連のやりとりを聞いていたラグナは、常と異なる先ほどのアルバートの様子のことを、ストレートに尋ねた。

 「ねえ、さっきの言葉、誰かの受け売り?」

 隣で聞いていただけのラグナだが、あれは彼自身の考えじゃなく、誰かの言葉を伝えているんじゃないか、とそう思えたから。

 「まあ、そうだな。ちょっとした知り合いの話だよ、その人は、家族を遺して死んじまって、そのことを凄く悔いていたから」

 「そうなんだ…… 悲しいもんね、家族が死んじゃうのは……」

 内容が内容だけに、流石に空気が重くなる。

 だが、アルバートは思い切り体を動かしたい気持ちになっていた。今、やるべきことは全て終えて、新しい自分になったような、そんな気分に。

 落ち着いてられない、ジッとしてなんかいられない。今にも暴れだしそうな気分を、抑えることなど出来そうにない!

 「ラグナ! お前今日どうやって来た!?」

 「ふえ!? き、今日はお兄ちゃんも検査だったから、一緒にバイクできたけど……」

 急に大声は上げたアルバートの様子に、ラグナはビックリするも、ちゃんと聞かれたことには答えた。ちなみに、現在ヴァイスは診察の真っ最中である。

 「よっしゃ! なら決まった! いくぞラグナ!」

 「ええ!? 行くって一体どこに!?」

 そう言って彼は患者服のまま、ラグナの手を引いて病室を飛び出していった。






 その数分後。

 「なんでこんなことになってるのーーー!?」

 2人はアルバートが疾走させるバイクの上にいた。むろんヴァイスのバイクである。

 「なんだか知らんけど、すっごく走りたい気分だったんだよーー!!」

 現在バイクは時速100km。大声でなければ、互いの声が聞こえない。

 「なんでわたしまでーー!」

 「なんとなくだーーー!!」


 しばらくそうい大声を張り合っていた2人だが、やがてラグナが折れて、しっかりとアルバートの背中にしがみ付いた。

 「………はぁ、もういいよ、ここまできたらどうしようもないし、開き直ってドライブを楽しむ!」

 「おお、分かってるじゃないかラグナ、よーし飛ばすぞー」

 
 不破士郎はもういない、未練を晴らして、今はしっかりとアルバートのなかに融けている。だからこれからは、アルバート1人。彼自身の人生を、彼だけのために送るのだ。

 そして、いつかは彼のように、愛する人と一緒になって、ありふれたどこにでもいる父親になるのだろう。

 強い力はいらない、好きになった人と、その人との間に出来た子供を、家族を守る力があれば、それで十分。

 背中に感じる体温の持ち主が、そうなるかはまだ分からないが、なんとなくそうなったらいいな、と極自然にそう思う。

 
 さあ、これからもアルバート・キューブとしての日々が待っている―――――





 




 あとがき


 これにて終わりました。これまで読んでくださった方々。どうもありがとうございました。

 やっぱりこの話は「オリジナル主人公」ものなんです。士朗さんは士朗さん、アルバートはアルバート、のそれぞれ異なる人生がありますから。
 なので、彼は士朗さんがやったような、超人的な強さを手にすることはありません。
 ちなみに、ゼストさんは以前書いた話と同じ展開です。
 エリオからヴィータにルーテシアを捕らえたと知らせが入る→ヴィータの説得→ゼストさん投降→レジアスさんとの面会→和解→余生をアルピーノ母子と過ごす→ゼストさん死亡→メガーヌ男児出産
 こんな流れですかね、

 さて、気づかれてるとは思いますが、これはラグナヒロインものです。かなり珍しいのでは、とは自覚してます。
 アルバート19歳、ラグナ12歳ですが、ラグナってけっこう大人っぽいですよね、自分には14歳くらいに見えた。今のままだとロリコンですが、5年後にはアルバート24歳、ラグナ17歳でけっこう良いのでは、と想像してみたり。
 作者の頭の中では、士郎、静馬、美沙斗の関係がそのままトレースされてます、でもテロ意事件は起きませんよ?


 今回ので、リリカルシリーズ及ぶとらハシリーズで書きたかったことは大方書きました。いづれまたなにか書きたくなった時は、どうそよろしく。

 
ここから下は、5年後の2人の結婚式の際の一幕です。よろしければどうぞ。


 新婦の控え室に入れば、そこには純白のウエディングドレスに身を包んだラグナが待っていた。

 成熟した女性、とはいえない17歳という年齢は、しかし花盛りという言葉に相応しいほどに、瑞々しい美しさを感じられる。

 綺麗だ。アルバートは素直にそう思えた。

 「……どうかな、アルさん」

 恥ずかしそうで、それでも嬉しそうな表情で尋ねる最愛の少女、いや女性に、彼も恥ずかしそうだが嬉しそうな表情で、自分の気持ちをありのままに伝える。

 「綺麗だ、本当に……」

 「えへへ、ありがとう。でも、なんか不思議だね、アルさんとわたしが夫婦になるなんて」

 ずっと兄妹のように育ってきた。それが男と女になって、そしてこれから妻と夫になる。

 だけど、互いに分かっていることがある。それは、2人を表す名称は変わるけど、2人の関係はこれからも変わらないということ。ずっと2人は、それがいつからなのか分からないくらいに、互いのことを大事に思っていたから。

 彼にとってのラグナ、彼女にとってのアルバートは、自分の側から居なくなること、離れることなど考えられないほど、一緒に居るのが当たり前で、これからもそれは変わらない。

 だからこそ、ラグナの兄のヴァイスも、2人の仲が進展し、男女の関係になっていくことを、少しも異論挟むことなく認めたのだ。

 「アルさんも素敵だよ」

 「ありがと」

 幸せに満ちた表情で、互いの顔を見つめあう。これまでずっと一緒だった相手を、これからもずっと一緒になる相手を、その瞳に捕らえて放さない。

 「ねえ、アルさん……」

 だけど、いやだからこそ不安な気持ちが芽生えてくる。今があまりにも幸せだから、それがなくなってしまう事を恐れてしまう。17歳の少女としては、ごく当たり前の感情の揺らぎだろう。

 「アルさんは、どこにも行かないよね……?」

 最愛の人が自分の側から居なくなる、それを考えると震えが止まらなくなる。幸福の絶頂にあるからこそ、一度意識すればその不安が堪らなくなる。

 だから彼は抱きしめる。その不安を消し去るように、自分に深く刻むように、何よりも愛する細い肩を柔らかく抱いて、アルバートは誓いの言葉を紡ぎだす。

 「どこにも行かないさ。俺は、ずっとラグナの側にいる」

 そう言った瞬間、彼の魂に融けた”彼”の形が、それでいい、と微笑んだ気がした。



 以上でした。これ以上はおそらく蛇足なので、これにてこの話は終わりです。ほんとうにありがとうございました。









 
 そして前回もやったスカ博士の演説。もう分かる人には分かりますよね、元ネタ。
 ただ、なんとなく脳だけだと欲望とかそういうの無くなっちゃうと思うんですよね、やっぱり。これは前の話でもやりましたが……
 そして某ゲームとそのIF続編をやって電波を受信しました。第三天の世界が「管理世界」と表現された時に、ピピピっと来ました。
 さらにエクリプス、これはこの先の展開でどうなるか分かりませんが、コレもまたビビビっと電波を受信しました。ウイルス=波旬の渇望ような気がバリバリしたので。
 フッケは東征軍のイメージ。この先彼らは無事天狗道を抜け出せるのか! ヴェイロンあたりが解脱してくれないかな。
 薄汚いエクリプスの感染者ども、我等特務六課の憤怒を知れ。トーマはピノコ神。フッケの首領は女冷泉さま。
 個人的には三脳たちが夢見たのは天道非想天だと思うんですよねー、でも人間だからそれは実現できなかった。実現させたサタナイル様は神。いや実際神なんだけどw


 
 パロディ神様ズ

 

聖王オリヴィエ「ならば我を善であり、罪の意識など持ってはおらんし、持ってはならん」
覇王イングヴァルド「罪を抱えて堕天せよ。禁断の果実を食さねば、人は人足り得ない」
三脳「清らかであれ、罪を犯すな、我欲を捨てよ」
リインフォース「貴女に恋をした八神はやて、どうかその抱擁を以って、長き夜に幕を引いておくれ」
なのはさん「我が愛は砲撃の慕情、私は全て愛している!」
リリィ「私の中から溢れる想いは、抱きしめたいっていう気持ち、トーマが教えてくれたんだよ」
トーマ「他はなにも見えない、聞こえない、ただ忘れないだけだ、俺は彼女を愛している!」
Eウイルス製造者「この世には俺だけあればいい、俺以外は消えてなくなれ!」


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