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[30400] 【チラ裏】Knights of the Round Table【Fate/ZERO】
Name: ブシドー◆e0a2501e ID:10f8d4d5
Date: 2011/12/04 18:57
誘われている、という感覚をセイバーは理解していた。
少女とも少年とも思わせるような中性的なその顔にダークスーツを纏ったセイバーは翠瞳を薄く鋭く細め、息を吐く。
夜の蚊帳が降りた港湾の一角、海上輸送などに用いるコンテナターミナルの全域の変化を見逃すまいと睨み付ける。
一振りの剣とも言えるそのセイバーは剣士のサーヴァントとして、最優のサーヴァントとして讃えられる空気を発していた。

「セイバー」

そのセイバーの背に、柔らかい声が掛けられる。セイバーの“マスター”であり、騎士として守るべき姫君である白い女性。
彼女、アイリスフィール=フォン=アインツベルンは白銀の長い髪と雪のような肌をした魔術師は、ゆっくりと口を開いた。

「これが今夜、私たちを招いたサーヴァントの対応なのかしら?婦人を待たせるのは少しいただけないわ」

挑発とも、本気とも思える言い様にセイバーは軽く微笑む。
恐らく、彼女は本気でそう言っているのだろう。夢の時間はもう終わり、戦いに身を落とすためのスイッチを入れるための言葉だ。
二人は日本の冬木へと今朝到った。此度の聖杯戦争へと参戦するために。
【聖杯戦争】など、一般人からすれば意味不明なものだろう。
歴史に詳しい者や宗教に身を置く者などからすれば、聖杯とは何かと曰く付きである物と感じるかも知れない。
確かに曰く付きだ、それもとっておきの。
冬木で行われる聖杯戦争とは、7人の英霊(サーヴァント)とそれを使役する7人の魔術師(マスター)によって繰り広げられる殺し合いだった。
サーヴァントはセイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、アサシン、バーサーカー、キャスターという役割を与えられ、マスターに召還される。
サーヴァントも、マスターも、その各々が叶えたい望みのために聖杯を求める。
その聖杯戦争の開幕とも言える戦いになるであろうこれは、騎士としての口上をセイバーに上げさせるに値した。

「―――何時までその姿を隠したつもりだ。斯様に誘いながらこちらを待たせるとは、英霊の名が泣くぞ!」

静まりきった冬の港にセイバーの張り上げた声が響く。
周囲に立ち並んだコンテナに反響し、波のように広がる声が相手に届いたのかは不明だ。
だが暫らくするとサーヴァントの気配は感じていた。恐らく霊体化を解いたのだろう。
サーヴァントは魔力によってその姿を現世に現す。それは毛糸で人形を編むのに似ている。
魔力を搾り、サーヴァントを不可視の霊体へとさせるのはマスターの魔力の消耗を避ける意味と、無暗にサーヴァントの持つ情報や神秘を晒さないためだ。
その霊体化を解いたとあれば、こちらを誘ったサーヴァントはセイバーと戦う気になったのであろう。
コンテナの先、見えはしないが、そこに居る。
だが、そのサーヴァントはこちらへと来ない。来る気配が存在しない。妙なことだと、セイバーは感じていた。

「油断しないで、アイリスフィール。いつどのような手段で仕掛けてくるか分かりません」

セイバーは背後で頷いたアイリスフィールの視線を感じながら、自らの身の内にある魔力を引き出すように目を閉じる。
その瞬間、セイバーを中心に吹き荒れた暴風がアイリスフィールの視力を一瞬奪い、そしてその目を見開いたときには、セイバーの姿は一変している。
銀の篭手、銀の胸当てを装飾された碧い戦衣装。
その手に魔力と風の渦巻いた不可視の剣を携えた御伽噺に出るような一人の騎士が、ここには居た。

「お願い、セイバー。私に勝利を!」

アイリスフィールはセイバーにそう命じる。
彼女は“仮初め”とはいえ、マスターだった。その毅然とした態度にセイバーも答えた。
彼女の騎士として、そして大望を望んだ友として。

「了解しました、アイリスフィール。貴女に勝利を」

そう、セイバーが告げたと同時に迫る風切り音。
セイバーが剣を構えるとその音の主が地面に着地するのは同時。
暗闇の先、よく見えないが片手には長物を握っているのが目に見えた。三騎士の一人、ランサーのサーヴァントであろう。
こちらに背を向け、月明かりの影に隠されたその顔が分からないが、相手が男であることは分かった。
それに加え、一瞬で理解できた。
あのランサーは、強い。
隠れていただけの者かと思えば、それとは思えぬ闘気を感じる。まさに戦場のそれだ。
セイバーも慣れ親しんだことがあると感じるだけの空気を持った相手。気を引き締める。

「最初に貴殿のような闘気を持つ者と合見えることが出来ることに聖杯に感謝しよう――――この戦場において、真名を名乗ることが出来ぬのが騎士としての悔やみではあるが…」

剣を下段に、何時もの受けの構えをしたセイバーは影へと声を向ける。
影に隠れたランサーは、その姿を見せてはいないがこちらに振り向いたのは理解できた。
セイバーは、続けた。

「今回の聖杯戦争に限り、我が名はセイバーとしてこの名乗りを上げよう。貴殿は、ランサーに違いはないか?」

セイバーの問いに、ランサーは答えない。
余りにも返答がないのに、声を失った英霊であるのか?とも考える。生まれながらの呪いによって何かしらの制約が存在する英雄は多く存在する。
だとすれば、声を喪失った英雄でありランサーの適性を持つ者がかのサーヴァントの真名になるだろう。
そう、セイバーが夢想したとき、ランサーの口が開く。
セイバーも、そしてその背後に立つアイリスフィールも、そしてこの戦場を監視していたセイバーの真の主である魔術使いも驚愕する一言だった。

「………お久しぶりでございます、アーサー王よ」
『なっ――――!』

セイバーとアイリスフィールの声が重なる。
アイリスフィールは、セイバーの真名……アーサー・ペンドラゴン。いや、アルトリア・ペンドラゴンを知ることに驚いている。
だがセイバーは、その声に驚愕していた。
そして悪戯のように、月明かりがランサーの覆っていた闇を追い払う。
目に見えるは、先ず無骨な槍。
過度な装飾を持たない、ただ敵を打ち払うことのみに特化した戦うための得物。
身に纏った鎧は動きを阻害しないよう区切られ、急所のみを守るようにされている。それは速きに重を置く槍兵に相応しい装束であった。
そしてその顔。
セイバーがかつて所有していた選定の剣を、自らの不義により折るに至った強き王の面影を残した鋭い瞳を持つ、槍使いにおいて円卓随一と謳われた騎士。
驚愕を隠せぬまま、セイバーは口から言葉を漏らしていた。

「サー・ラモラック…!?」
「なっ……!!」

サー・ラモラックと呼ばれたランサーは、小さく頭を垂れる。
それがセイバーの声に対しての肯定であるのと同時に事実だと、アイリスフィールに認識させた。
サー・ラモラック。
ペリノア王の息子にしてアーサー王に仕える最強の騎士たちと並び立つと伝えられた円卓に座ることを許された一人。
その生涯に大きな武勇伝は残されてはいないが、今なお残る伝説においてかの湖の騎士や弓の騎士と並ぶ武勇を持つとされた男だ。
そのような騎士が自身に最適性であろうランサーのサーヴァントとして召還されている。
強敵であるのに、間違いない。
それを一番よく知るのはセイバーであっただろうが、アイリスフィールはセイバーに声を掛けずにはいられなかった。

「セイバー、気をつけて」
「……はい」

セイバーの返答にアイリスフィールは目を見開く。
その声は怯えていた。まるで年相応の少女のような声は、アイリスフィールに縋っているようにも聞こえる。
そして思い出した。
セイバーの聖杯に望む大望、『王の選定のやり直し』。
かつて率いたブリテンの民を、そして円卓の騎士たちを裏切った自身のアーサー王としての抹消こそがセイバーの望みだ。
その戦いに、かつて自分が裏切った騎士が相対すればどうなるであろうか?
想像するのは、簡単だった。
だが、アイリスフィールには理解したくとも出来ない痛みであることも分かった。

「セイバー……!」

ランサーが槍を構える。
ランサーの表情に迷いはない。だが、唇を噛んではいた。
ランサー……ラモラックにとっても、かつて自身が仕えた王に槍を向けることは割り切れないであろうことが分かる。
だが、槍を向けたのならば敵だ。
セイバーは剣を構え、心を落ち着ける。自身が負ければ、セイバーの後ろに立つアイリスフィールは無事では済まない。
そうなるのだけは、セイバーにも耐えれぬことだった。

「……長きに渡っての再会が、斯様な舞台であったのを聖杯に呪おう。サー・ラモラック」
「叶うことならば、俺も王と再会は戦場で無いと祈りたかった」

先とは変わり、セイバーの口から聖杯を呪う言葉と共に剣を構える。
ランサーも苦渋に満ちた顔をそのままに、槍を構えた。
始まる。これから聖杯戦争が始まるのだ。
もしこの周辺の風景がコンテナターミナルなどでは無く、アインツベルン城下であれば、過去に二人が剣と槍を合わせたかも知れない古代の風景になったであろう。
だが、この場でこれから始まるのはそれと同じ英雄譚の一幕である。
その開幕を告げるように、お互いがにじり寄るように足を摺り、そして同時につま先に力を込めた瞬間、地面が爆ぜた。

「ハァァァァァアアア!!」
「フッ!」

ロケット推進のように加速したランサーの高速の突きをセイバーは上段から叩き落す。
空気の層を引き千切るような轟音が周辺に響き渡り、土煙が舞い、そして槍と剣によって再び引き裂かれる。
ランサーの槍使いはセイバーの知る通り、巧みであった。最小限の動きで最大限の威力を引き出すように操られる槍はその一つ一つが必殺だった。
一通りの打ち合いをセイバーは引き剥がすように魔力を込め、ランサーの懐へと踏み入る。
それを堪らないとでも言いたげな顔で防いだランサーは大きく押し込まれる。距離が開いた。

「卿の槍裁き、変わらず見事だ」
「勿体無きお言葉です、王よ」

互いを褒め称える言葉が出る。こればかりは騎士としての性分であった。
だが、ランサーの言葉のごとにセイバーは顔を顰めた。
王よ、王よ、王よ、王よ。
そう呼ばれる資格など私に無いとセイバーは叫びたかった。
だがそれを許さぬように、また剣と槍を合わせる。周辺への被害を見ればただの暴力と暴力のぶつかり合いも、ダンスのように映っているだろう。
アイリスフィールは、悲しそうに剣を振るい続けるセイバーを見る。
その姿を見ることが何より辛い。これでは、“あの人”が言った通りではないか。
王としての重責を押し付けたという彼の言い分が、セイバーが否定したその言葉が真実であるように、セイバーは戦っている。

「―――誰か…」

気づけば、アイリスフィールは零すように声を漏らしていた。
そう、誰でもいい。何であってもいい。だからお願い。



この戦いを、止めてあげて。



その祈りが届いたように、セイバーとランサーは同時に距離を開く。
アイリスフィールは一瞬、理解が追いつかなかったが振るわれた二人の得物が矢を弾いたことで理解した。アーチャーによる狙撃だ。
セイバーに対して2本の矢が、そしてランサーに対してはその数倍の矢が飛来する。
だが、その不意打ちに近い矢を二人は難なく弾くと、お互いが攻め手を失っていた。
第三者、アーチャーの介入によって。

「アイリスフィール、私の後ろに!」
「え、ええ!」

セイバーがアイリスフィールを守るように背に隠し、ランサーは周囲を嘗め回すように睨み付ける。
このこう着状態を生み出したアーチャーの姿は、見えない。
仮にセイバーをアーチャーが射った場合、背後にアイリスフィールを抱えたセイバーにとってはランサーに絶好の隙を与えることになる。
だが、ランサーに向けられた矢の数からしてアーチャーはランサーに重点を置いて攻撃しているようにも見えた。
そしてセイバーがそのランサーの隙を討とうとしても、背後のアイリスフィールを放置する形になってしまうだろう。
とどのつまり、見事に三竦みの関係をアーチャーは生み出したのだ。
セイバーはアーチャーへの賞賛と同時に、思わず感謝をしていた。

「姿を現さぬとは、我らが勇に臆したか?騎士でありながらアサシン紛いの卑怯者め!」

暫らくして、ランサーが吼えた。
槍の切っ先を天へと向け、堂々と気炎を吐くランサーの言葉を無視するようにアーチャーは現れない。
それを理解したのか、ランサーはつまらなそうに息を短く吐き捨てると、セイバーに向かって頭を下げた。

「今宵はここまででありましょう、王よ」
「そう、でしょうね…………サー・ラモラック、私は……!」
「失礼します」

ランサーの姿が掻き消える。
霊体化したであろうそれを見送ったセイバーは小さく「あ…」と声を零す。
縋るように伸ばされ、そして行き場を無くした手が握り拳にされた。
セイバーの顔が伏せられていた。

「……帰りましょう、セイバー」
「アイリスフィール……」
「貴女、とても疲れてるでしょう?私の買い物につき合わせちゃったから」

アイリスフィールは、小さく笑いながらセイバーの握り拳をゆっくりと解く。
セイバーは、それに驚いたような表情をすると、ゆっくりと強張っていた顔を緩ませた。

「はい、では帰りましょう……今夜は、確かに私も疲れた」

頷きあい、セイバーとアイリスフィールは歩き出す。
これからの戦いは厳しくなるだろうと、その予感を胸に宿して。




 ○



「セイバーとランサーの戦いは終わったぞ、ウェイバー」
「ほ、本当か?どっちが残ったんだライダー!?」

港より暫らく離れた冬木大橋のアーチの頂点にて、男の声と青年の声が響く。
青年はライダーと呼んだ、蓬髪を撫でるように後ろに纏めた所謂オールバックの男に噛み付くように尋ねる。
それを苦笑しながらも、ライダーと呼ばれたサーヴァントは答えた。

「アーチャーの介入によってお互いが引いた形だ」

そう、答えると目に見えて不機嫌になるウェイバー。
どちらかが倒れてくれれば今後の戦いに余裕が出ると思っていた彼の考えが透けて見えるようで、ライダーは苦笑する。
こうまで分かりやす過ぎると自身の相棒の意思を汲み取るために培った観察眼が役立ちそうにもないなとライダーは思っていた。
そこまで話すと、ウェイバー・ベルベットはため息をついて戦場となったコンテナターミナルを見つめて言った。

「まさか、聖杯戦争最初の戦いが三騎士同士によって始まるなんて思わなかったなぁ」
「それもそうだが、当事者たちはもっと驚いているだろうよ。かくいう、私もだ」
「なんでさ?」

ウェイバーは、暖かく自分の体温を保ってくれるライダーの相棒に身を預けながらそう尋ねる。
ライダーはライダーで、そう聞かれるのを待っていたかのようにニヤリと笑い、答えた。

「なに、三騎士三名、須らく“私の関係者”であるということだけだよ」
「へー………おい、おいおいおいおぃ!!まさかそれって……!」

ウェイバーの顔に驚愕の文字が浮かび上がるのにまた笑いながら、ウェイバーの疑問をライダーは肯定する。
その瞬間、ウェイバーの顔に浮かび上がるのは絶望もかくやといった風の顔であり、そしてまた噛み付くように泣きながら叫んだ。

「お・ま・え・なぁ~ッ!?三騎士だぞ!?それがライダー、お前に関係するなんてどう考えたって最悪じゃないかー!!」
「落ちつけウェイバー、私はかの王に最高の男と認められた者だぞ?」

うわぁぁぁ、と叫んでいたウェイバーがライダーの言葉にピタリと止まる。
そしてライダーに向けられた瞳はどこか信じられないように見開かれていた。

「ほ、本当なのか?」
「応とも。私自身は流れるままに旅を続けた訳で戦場との繋がりは比較的薄いやも知れんが、かの王を最も喜ばせたのは私だと自負している」

そのライダーの自身に満ちた言葉に、ウェイバーは希望が戻ったように顔が輝く。
これまた分かりやすいなとライダーは思っていると、どこか少年のような顔をし始めたウェイバーがライダーへと問い詰めていた。

「お前、それ本当なんだろうな!?嘘ついたら酷いんだからな!!」
「だから真実だ、ウェイバー・ベルベット。かの王に獅子の赤子を連れて挨拶に行った際など、まるで少年のように喜んでおったわ!」
「………は?」

ウェイバーの顔が笑顔のまま氷つく。
え、なに、獅子の赤子?ライオンの赤ちゃん?何か偉大なことを成し遂げたんじゃないのか?
ウェイバーがそのままフリーズしていると、ライダーはそれが戻らないと理解して相棒へと視線を合わせる。
相棒、一頭の巨大な獅子は小さく頷くと、ウェイバーを背中に乗せたままライダーと共にその場から消え去っていった。






かくして、第四次聖杯戦争の火蓋が切られることになる。
だが、それは今後長らく、どうあってもありえないようなイレギュラーばかりに満ち溢れた戦端の始まりであった。







後書き
最終鬼畜全部円卓(の騎士)
アニメ効果でちょっと書いてみたくなった。
セイバーに自分が裏切ったかつての騎士たちと戦わせるとかドSかも知れない。

追記
セイバーの願いの変異は理由づけ出来たら変更しません。



[30400] かくして、円卓は現世に蘇る
Name: ブシドー◆e0a2501e ID:10f8d4d5
Date: 2011/11/06 22:52


―――――時は戦端の夜より暫らく戻る。







「バカにしやがって!バカにしやがって!!バカにしやがってぇー!!!」





英国は倫敦、魔術協会最高学府である時計塔。
世界中に存在する数多くの魔術師を統括する『協会』総本部であり、学府の名の通りまだ若き魔術師に対して教育を授ける教育機関である。
過去、封印指定を含め多くの優秀な魔術師を輩出していったその時計塔では、一人の学生が怒りを吐き出しながら歩いていた。

「あいつ、この僕の才能に嫉妬しているんだ!じゃなきゃあそこまでやりゃぁしない!!」

口々に罵声が零れ出る。
彼、ウェイバー・ベルベットは歴史の浅い魔術師の出だ。
魔術とは、積み重ねた年月の累積こそが力になる。だからこそ古来過去より存在する魔術の大家は巨大な権限を有している。
それに比例するように、優秀である者も歴史を重ねた家ばかりだという風評が時計塔ではそれが当然のようにまかり通っていた。
だが、ウェイバー・ベルベットはその通説を横殴りにするかのように自身が纏め上げた論文を手に、戦いを仕掛けたのだ。
それが先ほどまでウェイバーが受けていた授業の始まりに、破り捨てられた。
だからこそ、ウェイバーは口々に悪態をついている。
確かに、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトという時計塔最高と言われる魔術師に敵わないことは、彼も分かる。
埋められない差というものがこの世には確かに存在するのだ。
特に年月などはそうだろう。同じように相手も時を進めていくのだから当然である。
それが全てではないという主張が正しいことを彼は信じていた。魔術師とは血が全てではないと。
だからこそ、ろくに考察もしてすらいないであろうエルメロイに怒りを表しているのだ。

「くそっ、くそっ、くそっ……ってうわぁ!?」
「おっと危ない!」

だが、そんなウェイバーをあざ笑いが衝撃になったようにウェイバーに襲い掛かる。
何かに足を取られ、顔面を廊下へと叩き付けるように転んだウェイバーは痛みに耐えながら顔を上げる。
見れば、配達員らしき男が困ったような顔をして、ウェイバーを見ていた。

「おい、ちゃんと前を見ろ!」
「いや、申し訳ない。怪我は?」

思わずウェイバーは怒鳴り散らしてしまうが、配達員は申しわけなさそうに頭を下げる。
ウェイバーも直ぐに気づいた。
自分はこんな小さいことで無関係の人間に身のうちに残る怒りを吐き散らしてしまったのだ。これこそ低俗な考えで動くような人間だろう。
すればあのイヤミったらしい笑みを薄く浮かべたケイネスの顔を思い出して、それを恥じるようにウェイバーはその場から即座に離れていた。

「どうすれば、アイツに一泡吹かせれる……?」

暫らく歩き回り、結局のところ最近に入り浸っている図書館へと身を置いたウェイバーは冷えた頭で考える。
一泡吹かす、とは言っても手段は魔術に関わることに限られている。
魔術師を相手するのは魔術師、だ。まさか100m走で決着をつけるなんて無駄なことはしない。
だが、こちらを歯牙にもかけないあの男と対決するのは、ウェイバーの立場からも難しい。


―――――だが、ケイネスが関わりを持った何かに乱入することは出来るのではないか?


ウェイバーは先日、ケイネスの部屋で発見した一つの魔術書(とは言っても破かれたあの論文を提出しに向かった際に見かけたのであるが)を思い返す。
積み上げられた数冊の本、あれはウェイバーも見かけたことがある本だ。確か、高位の精霊・霊魂の召還に関する術式を纏め、記述された本。
200年だかそんな前に出たという魔術書だ。
ケイネスはその本をわざわざ読み込んだのか、付箋が多数に差し込まれていた。明らかに重要なのだろう。
そう思い立ったウェイバーは本を捜索する。
この図書館に存在するのは原典ではなく写本だが、書かれている内容は同じだ。それに同じ本が複数存在するから便利だとウェイバーは思う。
過去に本を借りたまま研究に没頭してたり、協会から封印指定を受けた魔術師がそのまま持っていったり、暇つぶしと称してかの老魔法使いが適当に拝借してたりといった事情があったが彼には関係ないことだった。
程なくして、ウェイバーは目的の本を発見し、それを読み解くための参考書も複数抱えて席へと着いていた。
それから、あとは作業のように読み解くだけであった。

「………」

ウェイバーは数時間の時を要し、纏め終えたレポートを鞄に放り込んで図書館を出る。
倫敦の街と時計塔は既に夜闇に包まれている。ウェイバーは、適当に見つけた喫茶店で簡単な食事を済ませると下宿先である寮の部屋へと戻った。
そして、自身が纏め上げた資料であるそれを見つめ、小さくため息をついた。

「聖杯戦争、僕に持って来いの舞台じゃないか……?」

資料で分かったその戦いの名を、ウェイバーは呟くことで自分を鼓舞する。
持って来いの舞台など、嘘だ。魔術師による凄惨な殺し合い。それが聖杯戦争の行き先だ。
ウェイバーは未熟であり、非才と自覚する自分がその戦争に身を落とそうとしていた。ケイネスも恐らく、それに参加するであろうから。
プライドのためもあった。自らの魔術師としての格を信じているという驕りもあった。
だが、それ以上にウェイバーが聖杯戦争に惹かれたのは、「英霊の使役」という項目。
それが事実であるのならば、ウェイバーは首に掛けていたネックレスを外してそれを見る。
そのネックレスは、編みこまれた赤茶の毛と銀の装飾が繋がれた物。ウェイバーの母が、過去に手に入れたという聖遺物。
聖遺物と呼ばれるには神秘の薄いそれは、かのブリテンに輝く円卓の騎士に関連する物だと言われていた。

「……」

ウェイバーは魔術師であるが、幼い頃は過去の騎士たちを夢見た時が一瞬だとしても確かにあった。
憧れというよりは好奇心であったような気はするが、それを見た父が何をどうやってかこれを手に入れた時は大いに喜んだものだ。
今も肌身離さずに持っているのも、そんな過去を懐かしむという一面もある。
だが、そんな思い出を持つこのネックレスを多くは贋作以下と笑い下げた。何が円卓の騎士に関連する聖遺物だ、ゴミではないか、と。
ウェイバーはそれに激しい怒りを覚え、そして本物と証明してやろうと行動した。その燻っていた思いが、再燃したとも言える。
魔術師は基本的に探求する者なのだ。
そう、だからこそ、これが真に贋作ではないと証明する―――目下の目標は、それとなった。
それとついでに、少しでもあの澄ました顔をぎゃふんと言わせてやれれば万々歳といった気持ちだ。

「あーもう……お前!弱かったら承知しないんだからな!?」

ウェイバーはネックレスにそう呟く。
ネックレスに施された銀細工はギラリと鈍く光り、ウェイバーの問いに答えるように輝いていた。









同じく、聖杯戦争に挑む2人のマスターはその顔を合わせあっていた。
本来、聖杯戦争の勝者は一人に限定されるため、一時的な共闘はあれどマスター同士が組むことは殆ど存在しない。
だからこそ彼ら、遠坂時臣と言峰綺礼は聖杯戦争において現状、絶対的な優勢を誇っていた。
彼らの裏には聖杯戦争を管理する「教会」との密約が交わされている。だからこそ聖杯に興味を持たぬマスターである綺礼は、協力者たる存在になった。
そんな彼らはその顔を悩ませていた。
時臣は「協会」から送られたその情報を吟味するように眺めている。真実か否か、それを見極めるため。
それを同じくして資料を見ていた綺礼は、悩むように顎に手を添えた時臣に対し、口を開いていた。

「師よ、なぜそこまでお悩みになるのでしょうか?」
「何がかな?」

資料から顔を上げた時臣に綺礼は小さく頭を下げ、続けた。

「以前の予定通り、かの英雄王を召喚するための触媒は既にこちらの手にあります。さすれば、ここでこのように新たな触媒を得るための情報を纏めずとも宜しいのでは…?」

綺礼は時臣が以前入手した触媒、古代に生きた蛇の抜け殻の化石があることを聞かされていた。
だからこそ綺礼は召還ではアサシンを呼び出し、かの英雄王の戦闘を早急に終わらせるための情報収集を行う心算であった。
だが、今ここでは英雄王を呼び出す気持ちが失せたかのように時臣は頭を悩ませているのを不思議に感じていたのだ。
そう時臣に綺礼は問いかけると、小さく苦笑した時臣はゆったりとした動作で手を組み、綺礼へと視線を束ねた。

「確かに、英雄王を召還すれば我が陣営は先ず勝ち抜くであろう……だが、それ以上に英雄王は危険な存在だ。残りし伝説の数多は綺礼、君も知っているだろう」
「………ええ、確かに。あれほどに暴君という言葉が正しい存在は皆無でしょう」
「英雄王からすれば世界とは自分の所有物であるから、どう扱おうと自由……といった考えだろうがね。令呪での服従すら破る可能性と危険性が存在する」
「令呪では、制御し切れないと?」
「もし、英雄王が弓兵のクラスで召喚されたと考えてみればいい。単独行動スキルなどかの王に与えてしまえばどうなるかも分からない」

だが、と時臣は言葉を繋ぎ、綺礼にもう一つの資料を差し出した。
綺礼はそれを受け取り、目を落とす。

「片方は別にしても、私が召喚するこの英霊はその心配などする必要すら無いだろう」

報告書、と名打たれたそこには2枚の写真が添付されている。
一枚は、山羊の角のような形状をした金属製の残骸。恐らくは何かの装飾だろう。
もう一枚は槍の穂先だ。ただ、血の痕であろう赤黒い染みを大きく残しているところからして相当に深い傷となったのは想像するに容易かった。
綺礼は、これが自らの師が目につけている新たな聖遺物かと思ったとき、時臣は口を開いた。

「そのそれぞれが“不義の王子”の兜、そして“太陽の騎士”の古傷を貫いた槍だ」
「……!」
「“どこかの大貴族”によるある品の発掘の欠片として、これらが発見された。恐らく、現状で召喚できうる最強の騎士たちであろう」
「……ある品とは、つまりそういうことなのでしょう。かの王に、かの息子を……?」

時臣は綺礼の言葉に頷く。
確かに、伝承によればかの王子とかの王が戦えば、どちらかが死にどちらかが重傷を負う結末を想像するに難しくない。
綺礼は思わず、これを演出しようとでもしている脚本家のように見えてきた時臣に向けて口を開いた。

「冬木の地で、“丘”を再現なさるおつもりですか?」
「そういった訳じゃないさ、綺礼。あくまで、この2柱が私たちの呼び出せる最高の手札となっただけだよ」

時臣はゆったりとした動作でワインを杯に注ぎ、それを綺礼に向け、綺礼はそれを受け取る。
時臣は杯を掲げ、それをまるで聖杯は手中にあると言わんばかりに、綺礼へと謳った。

「綺礼。君はアインツベルンのマスター、そしてサーヴァントを討伐することを主務としてくれ――――我々の勝利に」
「……はい」

杯を合わせる音が響く。
綺礼は、自身の顔を映した神の血の水面を眺めながら、それを飲み干した。









聖杯戦争において令呪の兆しである聖痕が少女に現れたのは“ソレ”とって想定外であった。
そもそも、その少女をソレの血族に馴染ませるために服を剥いだ際に偶然に発見したもので、これを少女の親は知らなかったのだろうか、と疑ってしまう。
もしくは知っていて少女を送ったとすれば、わざわざと敵になるやも知れない相手を生み出す意義が見えない。
少なくとも、ソレにとっては面白いと感じる事態ではあった。
だからこそ、その少女に先ずソレが行ったのはソレの魔術師の母体として“改造”ではなく、魔力を引き出すだけの特訓であった。
まだまだ幼いこの少女に改造を行おうとすれば、その瞬間にも呪文も陣もなくサーヴァントの召喚をしかねない。
それが出来るだけの血と魔力を持っている少女を、サーヴァントを敵に回すことは化け物であっても避けるべき事態だった。
だからこそ、魔術回路の覚醒、魔力の引き出しだけを考慮し行われたその教育以外、何ら普通の少女と変わりなく生きていることは、ソレを憎む青年には朗報であった。

「爺……俺は、マスターとして聖杯戦争に参加する」
「フム?」

爺と呼ばれたソレ、間桐 臓硯は血族上では息子と言える間桐 雁夜の言葉に皺が走った顔を面白そうに歪める。
カッカッカ、と喉の奥から擦り合わせて響くような嘲笑い声が臓硯より零れ出た。

「雁夜よ。おめおめと間桐より逃げ出したお前が、聖杯戦争のマスターにならんとするのか?聖杯はお前を選んでなどおらんのに?」
「………」

臓硯は雁夜に向け、事実を叩き付ける。雁夜はそれに口答えしなかった。
雁夜は魔術師としての血が薄れいく間桐において、然りと魔術の研鑽を積めば魔術師に成れる唯一の希望だった。
だが雁夜はその間桐の業より逃げ出した。だからこそ遠坂 桜は間桐の家に招かれたのだ。
「お前が当主にさえ成っていればこんなことにはならなかった」と、それを存外に言う臓硯に雁夜は笑って返した。

「分かってるよ“お父さん”。……刻印蟲を使えばこの短期間でも最低限、肉の魔力タンクになる程度は可能だ。幸い、桜に使う予定だった分も余っているんだろう?」
「雁夜……貴様、死ぬ気か」

静かに問いかける臓硯に雁夜は答えない。
ただ、自分はきっと死ぬだろうな、というぼんやりとした考えが内にはあった。何処か自分を俯瞰してるような、現実味のない感覚だった。
雁夜がこうにも感じるのは、「間に合った」からだろう。心理的な余裕だ。
確かに、桜を戦いへと巻き込むのは彼であっても最早、止めれない。ならば、雁夜にとってすべきは全ての外敵から桜を守ることだけだ。
勝てば桜を間桐から救える……少なくとも、矢面に立つのは自分だけになるだろう。

「どうせ桜にもサーヴァントを喚ばせるんだろう?1人より2人、数は力だ。あんたの蟲と同じようにな……死ぬんだったら他のマスター共々、道連れに死んでやる」

自分の命を掛け金に得るは桜の自由。
使える手札は2騎のサーヴァント。上等すぎる手札だ。
その雁夜の考えを透かした臓硯はまた笑う。
前回と同じく異常な聖杯戦争に想定外が続く出来事。面白い。
勝つにせよ、負けるにせよ、この間桐邸に隠れる桜を失うことはない。仮に宝具をサーヴァントに使われたとしても、間桐の魔術結界を抜けるには一帯を消し飛ばす必要性がある。
さすれば、自身も例外なく消滅するのは自明の理だ。
それに、直接的な戦闘では落伍者一人が死ぬだけ。そう思えば、気まぐれに試してみようという感情が臓硯に沸いていた。

「よろしい……では明日より先ず一週間、耐えてみせよ。それくらいの覚悟、見せてもらわなければのう」
「ああ……分かってる」
「うむ。では後少しばかりの人間として生きている間に桜にでも会うたらどうじゃ?貴様の姿を見れば、桜も喜ぶじゃろうて」

笑った臓硯はそのまま消えていく。
それを見届けた雁夜は、ゆっくりと間桐の屋敷を歩みだした。
目指す場所は知っている。仮にも育った屋敷だ、暫らく離れていたといっても体が覚えている。
間桐の体が覚えている、と思うと複雑な気持ちになったがそれを顔には出さない。
出来るだけ微笑めるように心がけ、雁夜は部屋のドアをノックした。

「はい、どうぞ……あっ!雁夜おじさん!!」
「―――……っ!……久しぶりだね、桜ちゃん。これ、お土産だよ」
「あ、ありがとうございます!」

部屋に入った瞬間、こちらに変わらない笑顔が向けられる。
間桐に染められてない間桐 桜は、遠坂 凛と同じように渡されたブレスレットを陰りのない瞳で見つめている。
この魔窟に入ってもまだ、そう生きてくれていたことが雁夜には至上の喜びとして身を震わせた。
もし神というのが居るのであれば、まだこの子を見捨ててはいなかったと大いに感謝する。そしてこれからもそうあってくれ、と願った。
そう、静かに目を閉じて雁夜は念じていると袖を引く感覚があった。桜だ。

「雁夜おじさん、またどこかの国に行ったときのお話聞かせて!」
「うーん……もう、夜は遅いんだけど……今日だけだからね?」
「うん!ありがとう、おじさん!」

そうして始まる雁夜の話に目を輝かせ、驚き、そして笑う桜。
それを曇らせることだけはしない。
その誓いを胸に、雁夜は桜と共に笑いながら万力の力を込めて拳を握った。





翌日、間桐 雁夜にとって地獄が始まる。








また時は流れる。
ある夜にそれぞれ魔術師たちが水銀を、血を、薬液を、宝石を用いて陣を描く。それはどういった悪戯が働いたのか、全てが同時に終えていた。
そしてまた同じように、それぞれがイメージする魔術回路のスイッチを切り替えていた。
これから始まるのだ。この星に生まれ、繁栄し滅亡した全ての歴史、国、伝承、呪い、宗教、創作。
その何れからも魂は7つのクラスに形取り、現代の世へと召喚するために。

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ!」

ウェイバー・ベルベットはストラップを握りこんだ手を掲げるように詠唱する。
彼の矜持と、証のために。

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

雪に包まれた城の中。男、衛宮 切嗣の静かな声が響く。
傍に立つ妻、アイリスフィールと夢見た世界を目指すために。

「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし!汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を、手繰る者……!」

血涙を流し、白髪の下に悪鬼へとなった顔を歪ませた間桐 雁夜は叫ぶ。
狂うのは己だけで良いと願いながら、守りたい笑顔のために。

「汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ――――」

遠坂 時臣は劇場で詠うオペラ歌手のように高らかに紡ぐ。
魔術師としての大望である根源へと至り、第二魔法へと到達するために。



そして、座と現世は繋がる。




『天秤の守り手よ―――!』




召喚陣より光が満ちる。
白く塗りつぶされた世界が晴れると同時に、そこにそれらは現れていた。

「……っ!」

ウェイバーは膨大な魔力の喪失感と共に尻餅をつくように倒れる。
見上げる先には、長い旅路で擦り切れたような黒い外套を羽織る蓬髪の騎士があった。

「―――――……っ」

喘ぐような呼吸と共に、吐き出した血液を無視した雁夜が睨む。
黒い靄のような、まるでそこには自身を隠してしまいたいと言うように無言で佇む狂った騎士を。

「勝ったぞ、綺礼……この戦いは、我々の勝利だ!」

時臣はそれが確定した事として告げた。
太陽の光を受ければ、それこそ神々しいまでに輝くであろう白銀の騎士を見て。





そして、衛宮 切嗣は驚愕のために絶句していた。
目の前のサーヴァントは、こんな少女が、あの王なのかと。

「問おう―――」

切嗣の前に立つ小柄な騎士は凛とした声を持ってして問いかける。
それこそ、まさに自身が王であると証明するような一種の色を持っていた声が、響く。
今召喚されたその全ての騎士をその小さな背に率い、肩を並べた騎士の王。

「貴方が、私のマスターか」

騎士王アルトリア・ペンドラゴン、ここに喚び出される。






後書き
とりあえずここまでは書いてあったので投稿。かなりの感想数にびっくりしてます。
まぁネタのつもりなので端休めの漬物的な軽い気持ちで見てくれるとありがたいです。
因みに全ての元凶な魔法使いとか聖杯騎士さんはチートすぎるので考慮外でした(でも型月世界の円卓の騎士ってチートしかいないよね)
前回の最後にイレギュラーだらけの聖杯戦争って書いたから完全にIF展開もあったり(今回の桜やウェイバーの変な違い)
おじさんは救われたんや……!







………セイバーは救われてないけどな!!



[30400] 開幕舞台裏
Name: ブシドー◆e0a2501e ID:10f8d4d5
Date: 2011/11/10 01:16


ウェイバー・ベルベットは息を呑む。
魔力の喪失と共に身を襲う疲労もあったためにぐらついた体は重力に従って地面に落ちる。
見上げる先には最高峰のゴーストライナーであろう蓬髪の騎士。降霊科に属する学生であったウェイバーでなくとも、その凄まじさは一瞬で感じられる。
それは遥かな高みに自身を昇華した存在だ。
英霊と謳われるに十分な逸話と伝説を誇る、文字通り格の違うもの。
無意識に、ウェイバーは自身の手の甲に浮かび上がった三画の令呪を撫でた。
この令呪という存在こそが、この戦争で生き残るための最後の切り札だと再認識することになった。

「サーヴァント、ライダー。召喚に応じここに馳せ参じた」

そう、自身の内面世界での思考に陥っていたとき、それを引き上げるように声が響く。
低く広く響き渡るような落ち着いた声は目の前に立つサーヴァントのものだ。ウェイバーは体に鞭打ち、立ち上がった。
それがこの場では正しいと感じていた。

「問おう、少年。君が私を呼んだマスターか」
「そ、そうだ!僕が君を召喚したマスターであるウェイバー・ベルベットだ!」
「了解した、ウェイバー・ベルベット……ウェイバーと呼んでも?」

ライダーの言い方にウェイバーは特に不満はなかった。
ただマスター(主人)と呼ばれないのが魔術師としての自分に不満があったが、それよりも名を呼んでくれた方がウェイバーにとって気が楽だ。
ウェイバーは服についた土を払い、見上げるようにして自身のサーヴァントへとマスターとして問いかけた。

「僕のことは好きに呼んでくれて構わない……ライダー、君に尋ねたいことが僕はある」
「む?」
「僕がお前を召喚する際に用いた聖遺物だ……見覚えはあるか?」

ウェイバーがネックレスを差し出すとライダーはそれをしばし見つめ、合点がいったのか手を打つ。
その反応だけで、ウェイバーにはそれが本物であるということが理解できた。
これで一つ、目的は達した。それと同時に、目の前に立つ蓬髪の騎士の真名にもたどり着いていた。

「じゃあお前が、あのユーウェイン卿なのか……」

ユーウェイン。
ドラゴンと戦っていた獅子を手助けし、それを恩義に感じた獅子は片時も離れず、ユーウェインも離すことなく共に旅した流浪の主従。
三百の剣と三百の烏、そして姿隠しの指輪を自在に操ったとされ、知名度は低いながらもその実力は円卓でも上位に座する。
それに加え、逸話は多く存在した。
竜殺し、巨人殺し、悪魔殺し―――神話の世に名を残すには十分である武功の数々はアーサー王をして賞賛せしめたという。
ただ、厄介なところは彼は妻に弱いということだった。
もし英霊として喚び出されでもしたらウェイバーは即座に終わりだろう。まぁ、それは先ずありえないはずなのだが。
それらの話を知るウェイバーには、これほどのサーヴァントが自身に召喚できたことを驚いた。
そんなウェイバーを困ったように見るユーウェインは、口ひげを撫でながら答えた。

「然り。我が名はユーウェイン、獅子を連れた騎士としてブリテンを巡った流浪の身である」

ライダーの肯定の言葉にウェイバーは震える。
こうして実感することで分かる、聖杯の起こしうる奇跡はそれは巨大なものだ。
これでもまだ聖杯の力の一端、というかは通過点に過ぎないのだから驚きである。
そう、聖杯を思っていた時、思い出す。先ずこの騎士の願いを訊ねなければならないと前もって決めていた。
こんな騎士が何かの破滅や破壊を望むことなぞ無いだろうが、共に戦う以上は気になる。
ウェイバーの問いに、ユーウェインは少し遠くを見るようにして黙り、口を開いた。

「……私は、とある老人の名が知りたい。それだけが聖杯に望むことだ」
「たった、それだけ?」
「それだけ、とは酷いなウェイバー。その老人が居なければ私はただの狂戦士として召喚されていただろう、それも暴力を撒き散らす災厄としてな」
「っ!……ごめん」

ウェイバーが思わず洩らした言葉に、ライダーはむっと顔を歪めて語気を強める。
それを感じたウェイバーは直ぐに謝罪した。
ライダーも、それで多少は落ち着いたのかぽつりぽつりと語り出した。


「私は愛した人と一つの約束をした」
―――ユーウェイン、一年です。一年以内に戻ってきて下さい。それが私と貴方の約束事です。
―――ああ、分かっているとも愛しきレディ。騎士として、約束を守ろう。


「だが、私はそれを裏切り、彼女に拒絶された」
―――レディを欺き、約束を破った詐欺師め!貴様が名誉を求め、それに酔う間、寂しさに身を震わせた者が居たことを知るまい!
―――ユーウェイン!私がローディーヌ殿へ弁護する!共に行こう!
―――ガウェイン卿、今は駄目だ。話しかけても彼を傷つけるだけになる。


「私は王宮より消え、狂った。獣のように生肉を貪り、日々を無為に過ごして行く……その中で、かの老人と出会った」
―――お主がなぜそう狂っておるかは私には分からん。だが、人としての食事を提供することは出来よう。
―――……。


「その老人は決して裕福などではない。だが、それであっても気の狂った私に食事を与えてくれた!ああ、今も忘れてはない。固く、藁が混ざったような麦で作られたパンであっても、美味かった…」
―――人として生きなさい。こんな森で世を捨てただ無意味に生きるワシであっても、人として生活しておるのだ。若いお前にはまだ未来がある。
―――……。


「―――私はその老人の名を聞くことも、恩も返すことも終ぞ敵わなかった。アーサー王が死に、ブリテンは割れたのでな」

これが、私の望みだ。
そこまで話し、ライダーは沈黙する。
瞳を伏しているからして、過去の記憶に思いを馳せているのであろうか。
ウェイバーにそれがどうか分からないことであったが、ライダーにとって重要であるというのは嫌でも理解できた。
恩義に報いるのは騎士として重要な、騎士を騎士であることの出来る要因だ。
後年、ライダー…ユーウェインは様々な武功を立てた。
その際に恩を受けた多くの者が恩を返そうとしたがそれを受け取らなかった。
それは騎士として、困った者を捨ててはおけないという考えもあるのだろう。
だが、ただ助けるために戦ったのは、それこそ自身を救った名の知らぬ老人に恩を返せていないという思いがあったからなのでは無いだろうか?
少なくとも、そう捉えてもいいとウェイバーは感じていた。

「ライダー、お前……」

ウェイバーは、自身が至れないであろう考えに絶句する。
この男は、ライダーは、真に騎士であるのだ。
ウェイバー・ベルベットが幼い頃に夢見た存在がこれほどまでに高潔な人物を誇らしいと感じた。
いや、こういった英雄だからこそ今の世も人々は伝承を伝えていっているのだろう。

「お前、やっぱり英雄なんだな」

思わず、何の装飾もない素の言葉がウェイバーの口から出ていた。
それにライダーは少し目を見開き、次には笑う。

「英雄など、本人の知らない場所でいつの間にかそう呼ばれるものだ」

なるほど、とウェイバーは思った。
英雄とは多くの衆人から望まれ、そう呼ばれるからこそ英雄なのだろう。
功名心のみで自ら英雄を名乗るようでは資格は存在しないというわけだ。
考えてもいれば当然だなと思うことも、本物の英雄から聞かされれば実に説得力があった。
そう考えているとライダーは「さて」と言って地面へ座り込む。そうしてウェイバーを招き寄せるように手を振った。
ウェイバーもそれに従い、ライダーの目の前に座り込んだ。

「ウェイバーこちらの望みは言った。それと同じ質問を返させてもらおう……君は、何のために聖杯を望む?」

腹を割って話そう、という訳か。
ウェイバーはそう存外に言っているライダーに対し姿勢を少し落とし、口を開いた。

「正直言うと、無いんだ」
「……は?」
「いやさ、僕は別に聖杯に望むってほどの望みが無いんだって」

呆けた顔をするライダー。ウェイバーの魔術師らしからぬ返答に驚いたのだろう。
何しろ「聖杯」だ。その単語が持つ意味は魔術師であれば分かるだろう。
それこそ奇跡の塊であり、特級の神秘が具現化したもの。それを用いれば魔術師の目指す根源をも知ることが出来るであろう。
それを別にいらないとは、ライダーが逆に疑ってしまうのも無理はなかった。
ウェイバーは言った。

「僕にとって聖杯なんて邪魔にしかならないんだ。僕は僕の力で実力を証明する……そのためにこの戦争に参加したんだからな!」
「つまりは名誉を求めている、というわけでは無さそうだな……」
「ライダーに分かりやすく言ってしまうと、この戦争にある奴が参加してる。そいつは僕にとってケイ卿みたいなもんで、その鼻を折ってやりたいってところかな」

ケイ卿、と聞いたライダーの顔が面白そうに歪む。
伝承が正しければ、ライダーは自身の陰口を叩いていたケイ卿を思いっきりぶっ飛ばしてアーサー王の前に参上したという。
その時の爽快感を思い返したのか、大きく笑いながらウェイバーの肩を叩いた。
華奢なウェイバーにとって地味に鎧の手甲は痛い。

「あのケイのような奴をぶっ飛ばしたいか!そいつは実に毒壷のような者なのだろうな!面白い、そういう理由だったら是非とも協力しよう!!」

そう、ライダーは笑う。ウェイバーも、思わず釣られて苦笑した。
かくして、ここに一組の主従とは言いがたい共同戦線が組まれることとなった。
後を続く訳でもなく、背中を追うでもない。
肩を並べた二人は、そのまま冬木の街へと消えていった。









間桐雁夜は喉の奥底から競り上がる嘔吐感から目を覚ました。
サーヴァントを召喚してから定期的に起こる魔力の喪失で体内の刻印蟲が暴走しているためだ。
もはや慣れたように部屋に備えられた洗面台に向かい、吐き出す。
ドス黒い血の池が視界を覆う。
そこには長く、針金のように光沢を持った無数の蟲が蠢いていた。

「……フン。もう、人間とは言えないだろうな…」

臓硯の言ったとおり、間桐の魔術師と成るために改造されたこの体は動く死体と言えるものだった。
そして今も自身をこうにした蟲に殺されそうになり、そして生かされてもいる。
奇妙な共生関係であるが、こちらの命を完全に握っているのは蟲なのが雁夜には笑えなかった。
だが、こうして自分が耐えることでまだ救えていた一つの希望がある。
桜……あの子さえ無事ならば、笑ってくれるのなら雁夜にはどのような苦痛も耐えることが出来る。
雁夜にとって、最後の希望だった。

「……“アーチャー”、出てきてくれ」

雁夜はアーチャー、と呼ぶ。
それと同時に自身のサーヴァント、バーサーカーが反応したかにラインを通じて感じたが、それはすぐに沈黙する。
それを見計らったように霊体化を解き、一人の男が雁夜の前に現れた。

「雁夜殿、大丈夫ですか……?」

霊体化を解いたアーチャーは線の細い、どこか悲しみを感じさせる陶芸品のような顔を歪ませている。
洗面台を見たのだろう。アーチャーは雁夜の体の現状を知っていた。
雁夜は小さく肯定するように答え、背中を壁に預けて床へと座り込む。ペットボトルに入った水を渡され、それを少しだけ口へと含んで飲み込む。
その間にもアーチャーは片膝をつき、雁夜の体を安定するように支えている。
雁夜は申し訳なさそうに力なく笑んだ。

「かのトリスタン卿に、ここまでさせてしまってすまないな……こういった気遣いは、バーサーカーには難しい」

トリスタン、とそう呼ばれた青年はバーサーカーという言葉にその名のとおり、悲しみの貌を強くする。
彼はアーチャーとして間桐 桜が召喚したサーヴァントだった。その名は日本でも知られている有名な円卓の騎士の一人だ。
聖遺物もなしにトリスタンという最高峰の英霊を桜が召喚できたのは、聖杯戦争のクラスにて唯一残ったのが弓兵のクラスであったということ。
そして聖遺物代わりにサーヴァントであるバーサーカーを触媒に召喚したからであった。
雁夜が召喚したバーサーカーの名は、ランスロット。
トリスタンにとっても親友であった、円卓の騎士最強の男。
アーチャーのクラスが残存した状況下、そしてランスロットが触媒として召喚されるのであれば、それは必然であった。

「雁夜殿の無事、これは我が主であるサクラの願い。私個人としても、あなたのようなお方の助けになれることを喜んでおります」
「俺のような、ね……俺はそう立派なもんじゃない」

アーチャーの言葉に雁夜は顔を歪める。
悪鬼と化したその顔ではもはや悪魔のようにも見えるであろうが、人間離れした顔の左半分は巨大な眼帯で覆われている。
顔色の悪さと白髪であること意外は最低限普通に見えると願いたい。
これは桜に苦痛の顔を見せたくないという雁夜の考えであり、余計な心配をさせたくはなかったからでもある。
「笑ってる顔だけはおじさん変わらないね」と泣きそうな顔で言われてしまえば、もうその顔をさせてしまう気は無かった。
アーチャーからすれば、様々な手段を講じて己のマスターである桜を守ろうと、悲しませないとする雁夜の姿は敬意に値していた。
この人間離れした姿と残った命も、桜の自由を実現するために力を得た代償と聞いた時には思わず涙が流れたほどだった。

『幼い姫を守るために己の全てを捧げて死ぬ』

これが物語(ロマン)の騎士と比較して何を劣るであろうか。
雁夜は剣を持たず、馬に乗らず、王に忠誠を誓ったわけでもない。だがこれとて、騎士の一つの形には違いなかった。
しかし、それを否定するように雁夜は言った。

「……俺は、復讐心で動いてるようなもんだ。時臣の野郎をぶん殴るためにな………桜は、そのために利用してるんだよ」
「……あなたは、やはりお優しい」

復讐心、というのがあるのは本当だ。
だがそれに掛ける比重よりも桜の無事の割合が何倍もあるだけで、雁夜の中には未だ暗い炎が燻ぶり続けている。
それを目の前の騎士は見抜いてるであろうに、雁夜を優しいと断じた。
思わずいぶかしむ雁夜にアーチャーは続けた。

「あなたは、サクラを悲しませることはしない」
「―――――……」

悲しみの騎士は優しい笑みを浮かべて断言する。
確証のない言葉だな、と即座に切ることは出来た。だが言葉が繋がらない。
何故だ、と雁夜は考える。
あの蟲蔵で己を蹂躙されたとき、桜をこんな目に合わせるかも知れなかった遠坂時臣に負の感情を抱いた。
それこそ時臣への憎しみを燃やし続けたことで間桐の試練に耐え、今まで生きてこれたのだ。
それは間違いないし、真だった。だが同時に、今は殺してしまいたいというほどに黒い感情は沸きあがらない。
せめて殴り飛ばしてやろうというほどにしか思えないし、殺す価値もないと考えてる自分もいる。そこまで考え、ああ、と雁夜は声を洩らしていた。
雁夜は時臣を憎むと同時に、あの男の血を引いた桜に救われていたのだ。
桜は父であるあの男が死ねば悲しむだろう。だから憎んではいても、殺そうとまで考えが至らなかったのだ。

「なるほど、な……」

忘れていた初期の思いが蘇ったような気がした。
一年前、蟲蔵に入る前に抱いていた感情は桜を間桐から守るということだった。
それが耐え難い苦痛の数々の所為か、いつの間にか自身がこうなる要因に恨みを抱き、復讐を考えることで忘れていたのだ。
桜の笑顔のお陰で、桜が自身を心配してくれたお陰で、そして自身の変貌を悲しんでくれたから、それが中和された。
我ながら単純な男である。
そんな雁夜を見透かすようにアーチャー、トリスタンは快活に笑って言った。

「いえいえ、サクラは真に男心くすぐるお方です。彼女のような姫君を守れることこそ騎士の誉れ。それに、もしバーサーカー……ランスロットに理性あれば放ってなどおかないでしょう」
「………」
「……雁夜殿、無言で令呪を構えないでいただきたい」

貴方も大概過保護ですね、とアーチャーが呟くのに雁夜は鼻を鳴らすことで流す。
それが楔だったかのように、お互いが沈黙する。
どこか気の合う友人のようにも見えた二人は、これから始まる戦争に思いを馳せているのだろうか。
ただ、アーチャーが主であるサクラの下へ戻ろうと身を翻したとき、雁夜はアーチャーを呼び止めた。

「手はずどおり、桜を頼んだぞ……アーチャー」
「………御武運を」

それ以上、多くは語り合わない。
これを最後に、アーチャーは霊体化して桜の下へと戻る。
部屋には月明かりに顔を照らされて静かに眠る己のマスター。まだ無垢な子供だ。
アーチャーはこの少女を託された。
雁夜の言った手はず通りは、バーサーカーによる暴走を繰り返しての他サーヴァント殲滅。
もしくはそれによって傷ついたサーヴァントないしマスターをアーチャーの持つその弓で射抜くという、暗殺者紛いの作戦。
騎士として恥ずるべき所業であろうとも、今だけはそれを踏みにじる。
男同士の誓いとして、そして幼き少女を守るために。








遠坂邸。
過去に日本へと至った魔術の一門が日本での生活の際に苗字を決めるに際してその屋敷の設立場所からそう取られたに相応しく、冬木を見下ろすような高台にある。
そこの一室において、一人の勝気な瞳をしたツインテールの少女が自身の全体重を掛けて赤い旅行鞄に荷物を詰め込み、その重さを引きずるように邸内を歩いていた。

「……凛、私が持とうか?」
「結構よ綺礼。自分で運べるわ!」

鞄を引きずり歩く足を止め、親譲りの自信に満ちた大きな瞳でじっと綺礼を見据える。
綺礼が時臣に師事し、この屋敷で凜と顔を合わせるようになって三年が経つ。
一応、兄弟子でもあるのだがそんなもの露とも思ってないであろう凛は綺礼を頼ろうとはしない。
だが、恐らく、下手すればこれが最後の顔合わせになると思うと、それなりに長い関係にも綺礼には思えた。
冬木での聖杯戦争の開始に先駆け、時臣は隣市にある妻の葵の実家に家族を移すと決定した。
戦場となる冬木に妻と子を置き、危険に晒すわけにはいかないという親として、夫としての行動だった。
それに加え、葵と凛の下には聖堂教会から派遣された護衛も着くという徹底振りだ。
なにせ、相手にはあの『魔術師殺し』が存在する。そう考えれば妥当な対策であった。

「綺礼はお父様の傍に残って、一緒に戦うんですね」
「ああ。そのために弟子として招かれたのだからね。私は」

だが、それを凛は良しとしていなかった。
凜は遠坂の長女、魔導を受け継ぐ後継者として、時臣による魔術の英才教育が始まっている。
冬木で起こる聖杯戦争についても、ごく初歩的な知識は持ち合わせていた。
聖杯戦争は凄惨な殺し合いだ。魔術師とはいえど幼い彼女にも想像できない地獄の釜が冬木で再現されることになる。
そんなところに自分が時臣と、父と残り戦うということは彼女にとって不満なのだろう。
凛は父である時臣を敬愛している。だからこそ、一番弟子の綺礼には彼女の風当たりは強い。
そんな凛であるが、一瞬すがるような瞳をし、綺礼へと静かな声で問いかけた。

「……綺礼、あなたを信じていいですか? 最後までお父様を無事に守り通すと、約束してくれますか?」
「それは無理な相談だ。そんな約束ができるほど安穏な戦いであったなら、なにも君や奥様を避難させる必要もなかっただろう」

綺礼は気休めなど抜きにし、正味のところを淡々と語る。
はっきりと言えば、どのような魔術の闘争であっても聖杯戦争とは比べるには小さかった。
時臣は魔術師同士での戦闘においては最強に近い存在であるが、サーヴァントとの戦いでは保証は出来ない。
だからこそ、それを聞いた凛は眉を顰め、綺礼を睨み―――即座にその顔を戻していた。

「凛様、その約束はこの私が“騎士”の名ににかけて誓いましょう」

それは綺礼の背後に居た執事服に身を纏った男が凛へと言った。
蜜のような黄金色の金髪を揃えるように小奇麗に切っており、その顔は太陽のように輝いている。
所詮、“夜”である綺礼たちのような人間からすれば正反対、太陽のような男だ。

「ガウェイン卿……」

凛が男の名前を洩らす。
ガウェインと呼ばれたサーヴァントは、会釈するように恭しく頭を下げた。そんな姿に思わず凛は赤面してしまう。
ガウェイン。
それは遠坂 時臣が召喚したサーヴァントとしての男の真名であった。
過去に残る逸話は数多く、それこそ円卓の騎士としては存分にその武勇を広めている。
だがそれ以上に、彼の二つ名である『忠義の騎士』は、時臣と組むに抜群の相性を誇っていた。
恐らく全サーヴァント、全マスターにおいてトータルバランスにおいてトップに立つ。
凛も、目の前の男の凄さは伝承であれど、知っていた。そんな男が自分に誓っていると、そう実感すれば凛はまるで物語の姫の気分だろう。
流石の凛であっても、繋がっては声を上げれないでいる。
その姿を思わず合わせあった視線で困ったように意思を疎通すると、玄関の方角から誰かが歩いてくる音が聞こえる。
時臣の妻、葵だ。凜を呼びにきたのだろう。

「凜、何をしているの?荷物の準備はもう終わった?」
「――ぁ、えぇと、その――」
「お別れの前に私たちを激励してくれていたのでございます、奥様」
「ええ、ご令嬢には我らに生きて帰ってきてくれと言われてしまいました」

落ち着き払ってフォローする綺礼と執事のように腰を折り頭を下げるガウェイン。
凜は忌々しそうに綺礼を睨み、気恥ずかしそうにガウェインから顔を逸らす。これはまた素直じゃない奴だな、と感じてしまう。

「荷運びを手伝おう。凜、そのスーツケースは君には重すぎるだろうから」
「いいのっ! 自分でできます!」
「凛様、私が運びましょう」
「……そうね。お願いしますわ、ガウェイン」

凜は強引にスーツケースを引っ張り、そしてガウェインの手を借りて玄関へ玄関へと去っていく。
自分を頼らず、ガウェインを頼るなど本当に私が嫌いなのだな、と思っていると後に残った葵が、丁重に綺礼に頭を下げた。

「言峰さん。どうか主人をよろしくお願いします。あの人の悲願を遂げさせてあげてください」
「最善を尽くします。ご安心ください」
「御武運を、皆様」

葵と凛が車に乗り込み、ガウェインが運転席に乗る。
ガウェインの持つ騎乗スキルは現代の乗り物にも適応しているのか問題なく発車していく。
そのまま車が坂を下っていくのを見守り、背後に気配が現れるのを感じた。

「フン……ガウェインめ、まるで忠義に飢えた狗だな」

少年のような、しかし少女のような高いソプラノボイス。
振り返るとつまらなそうに、もはや見えなくなった車の先を見ている赤い騎士の姿。
気だるそうに兜を小脇に置いたその少年は遠坂邸の庭にあるベンチに腰掛けていた。
それは、綺礼が召喚したサーヴァントであった。

「……アヴェンジャー」

アヴェンジャーと呼ばれた少年騎士は綺礼を無視し、どこから手に入れたか分からないワインを飲んでいる。
その銘柄や年代からして、綺礼にとって見覚えがあった。
綺礼が楽しみを見つけるためにと手がけてみたワインセラーの一本だったはずだ。
特に気にするわけではないが、それを持ってくるには霊体化を解除する必要性がある。
ということは、この少年は言峰教会まで歩いていって勝手に持ち出したのであろうか?
そう綺礼が疑っていると、アヴェンジャーはニヤリと笑って綺礼へと言った。

「綺礼、お前の家にあったこいつと金は貰ったぞ」
「神の家に無断で侵入するか………別に構わないが、神秘の秘匿を考えて貰いたいものだな」
「昼間の戦は禁止なのだろう?ならば問題などない……違うか?」

もはや何も言うまい、と綺礼は沈黙する。
アヴェンジャーがワインを喉に通す静かな音と、巨大なサンドイッチに齧り付いた「もっきゅもっきゅ」という咀嚼音だけが小さく響き渡る。
綺礼は、復讐者というには狂気を感じ取れない目の前の少年と共にどう戦うかを考えながら、ゆっくりと空を見上げた。
もちろん、答えなんぞ返ってはこないし神の啓示も聞こえはしなかった。

「………飲むか?」
「………飲まん」





かくして全騎のサーヴァント、マスターがここに集結した。
初戦の夜を越え、それぞれのマスターとサーヴァントは己が望みを叶えるために行動を開始する。
最後に立つのは一組のみである。
汝、聖杯を欲するならば勝ち残れ……それを達するため、魔術師は知恵を競い、サーヴァントは武勇を振るうであろう。
最後に立ち続けるのは誰になるか、それこそ、聖杯にも分からない戦いが静かに、今始まった。






あとがき
イリヤ「聖杯戦争はね、昼間は戦ったら駄目なんだよ?」
ガウェインさん聖者の数字ボッシュートです。遠坂伝統のうっかり、ここに極まれり。
そしてウェイバー君とおじさんが主人公状態、あとアヴェンジャーと綺礼組も何故か平和。

・各サーヴァント一覧
セイバー:アーサー(アルトリア)・ペンドラゴン
ランサー:ラモラック
アーチャー:トリスタン
ライダー:ユーウェイン
バーサーカー:ランスロット
?:ガウェイン
アヴェンジャー:モードレッド

どう考えてもイレギュラー。



[30400] 王と騎士(上)
Name: ブシドー◆e0a2501e ID:10f8d4d5
Date: 2011/11/12 23:28

「アイリスフィール……全てが終わってから言うのもアレですが、貴女の運転は日本の土地に相性が悪いと感じます」
「えー!そ、そうかしら……?」
「少なくとも、赤信号とやらは停止しろという意味であったはずです」





冬木市郊外には人を拒むように建設された巨大な城がある。
そのおおよそ、日本の原風景とは噛み合わせが考えられていないであろう城の名はアインツベルン城。
過去の聖杯戦争に渡り、アインツベルンが拠点として今も運用している土地である。
それこそ目立ちすぎるそれはアインツベルンの魔術結界により、人の認識からは逸れているように見えていた。
その正門、ドイツ車特有のバランスのよい車体を揺らしながら帰ってきたアイリスフィールとセイバーは、小さく微笑みながら城の一室へと戻っていた。

「あー、でも楽しかった……セイバーはどうかしら?」
「はい、現代の馬車の優秀さは驚愕に値します。ですが、やはり自分で手綱を握らなければ落ち着かない」

メイドが運んできたティーセットを窓際の席に、月を見上げながらお茶会が始まる。
冬に包まれたアインツベルンの本城でも良くお茶会を二人はよく行っていた。
同性であるというのと、気の抜ける友人同士であるのが幸いしていたのだろう。
ここ最近の、すっかり茶に詳しくなってしまったセイバーは、ティーポッドの中身を見て「ほう」と声を洩らした。

「今日はハーブティーですか」
「ええ、一風変えてみたの……はいどうぞ」
「ありがとうございます、アイリスフィール」

セイバーとアイリスフィールはそれぞれゆっくりとカップを傾ける。
口内からジャスミンの香りがゆっくりと広がっていき、胃に落ちる。それだけでセイバーはほっと一息ついていた。
そんなセイバーを慈愛に満ち溢れた視線を向けたまま、アイリスフィールは切り出した。

「ようやく、ラモラック卿のことは落ち着いたかしら?」
「………!」
「一応、気分転換のドライブとか色々と出来ることはしたつもりなんだけど……」
「……ご心配をおかけしました」

いいのよ、とアイリスフィールは笑う。
先ほどの開幕での戦端、あれで既にセイバーは己の気焔を剥がれていた。
幾ら過去とはいえ、聖杯にやり直しを願ったのは円卓の騎士を自らの不徳によって殺してしまったという責務と迷いが、セイバーを蝕む。
それを癒そうとしたアイリスフィールによって戦い後、また冬木の街を練り歩くことになっていた。
セイバーは自身がアイリスフィールの着せ替え人形になったことと「おしるこ」なる甘味を探し回ったという記憶しかないが、確かに気は晴れていた。
だが、それであっても胸にしこりは残ったままだった。

「……アイリスフィール」
「なに?セイバー」
「私は、彼を斬れるのでしょうか……?」

胸の内をセイバーは吐露する。
ラモラック、かつて己の片腕であるガウェインとその兄弟、そしてセイバーの息子によって殺された不遇の騎士。
彼こそ功名心の強い男で粗暴な面こそあったが、騎士の一人であった。名もなき槍を用いて己の武勇だけを頼りに戦場を切り開く。
その戦場での活躍と、ブリテンの地を守ろうとした信念はセイバーも知るところにあった。
それはあのトリスタン、ランスロットといった名だたる騎士も友人として認めたことからアイリスフィールは想像できた。
そのような騎士を、配下であった戦友を斬る。
アイリスフィールはセイバーではないし、王でもないからその痛みは理解できない。
だけど、言えることはあった。

「別に、斬る必要なんて無いんじゃないかしら?」

聖杯戦争はバトルロワイヤル形式、自身で全ての敵を倒す必要性はない。
逆に、いかにして敵サーヴァント同士を潰し合わせるかという謀略も求められるのがこの戦争だ。
それを暗に含めて言うとセイバーは唇をかみ締めて、頷く。納得はしていないだろう。
だが、戦いたくないという幼児の我侭は通用しない。戦う必要が出るのなら、戦うしかない。
それが聖杯を求めるということなのだ。アイリスフィールはそれを知っている。
もし戦いたくないと言うのならセイバーのマスター、キリツグは令呪を用いる。セイバーもそれは分かっていた。

「ラモラック……」

セイバーが月を見上げる。その横顔は憂愁を帯び、月の光が当たって美しく輝く。
またの再会を、とセイバーは祈る。
戦うにせよ、肩を並べるにせよ、彼は私が巻き込んだ円卓の一人。許されるのならば、話がしたかった。
それを知ってか知らずか、アイリスフィールはポンッと手を合わせて言った。

「セイバー、明日も新都の方へ行ってみましょうか?」
「なぜですか、アイリスフィール」
「今日はただの観光だったけど、明日はあのアーチャーが陣取りそうな場所を下見しに行く予定よ」

できれば他のサーヴァントも発見できるとなお良いかしら、と言うアイリスフィールにセイバーは頷く。
あのアーチャーの正確な射撃は脅威だ。マスターを狙われなぞしたら最悪、守れない場合も出る恐ろしい相手だ。
だが狙撃可能な場所を確認さえしておけば直感スキルを持つセイバーの敵ではないだろう。
そう締めくくると、アイリスフィールは寝室に戻っていく。
セイバーはそれを見送り、また空を見上げた。どこか遠くに感じるが、騎士たちと共に地を駆けた時代より変わらない空が広がっている。
その過去を懐かしそうに、寂しそうに、悔しそうに見つめるセイバーの心内とは違って、月は丸く輝いていた。









遠坂時臣にとって自身のサーヴァント、ガウェインの召喚は一種の賭けであった。
ガウェイン卿。
アーサーの片腕とも言われ、王国の落日を作り出したカムランの丘で死亡した太陽の騎士。
それがもし、かのアーサー王がサーヴァントとして敵対する相手に召喚されたとすれば、どう出るかは予想ができないでいた。
それに加え、時臣が弟子である綺礼に召喚を命じたのはその大敵である裏切りの騎士、モードレッド。
本来はアーサー王との決戦相手として召喚した切り札であるが、下手すれば内紛が起こるかと内心でひやりとしたものを感じていた。
だが、それは気鬱であった。少なくとも、今は。
ガウェインはマスターである時臣を王として扱い―――時臣は貴族として王に仕える者同士ということで上手く制御していたが―――、モードレッドとも表面上は穏やかだった。
それは主君の命令であるからこそなのだろうが、その忠義の意思は本物だと時臣は判断した。
もし剣をアーサー王に向けるとしても、彼は迷わないであろう。
誓いこそが己に力を与える騎士の中の騎士である彼は“騎士”のサーヴァントなのだ。

「……ふぅ」

時臣はそこまでの考えをまとめ、思わずため息をついた。
彼を悩ませている内容は自身のサーヴァントのことではなく綺礼の召喚したアヴェンジャー、モードレッドのことだ。
あのサーヴァントはここ数日の間に好きなように行動していた。今日も、朝から楽しそうにどこかへ出かけていったのを時臣は見ている。
マスターである綺礼であっても御しきれない子供のような無邪気さであるが、それは時臣にとって薄ら寒いものに感じていた。
理性が飛んでいるというものでもなく、狂ってもいない。ただただあれが普通の状態だ。
そうであっても、アヴェンジャーというサーヴァントは狂気に満ちていた。復讐者というクラス名に相応しいほどに。
彼が、アヴェンジャーがそうなったのも召喚した直後、アーサー王が召喚されると伝えて相手するように話した時だった。
どこまでも無機質、ホムンクルスか人形のような感情の無い瞳が炎に染まる。
そして次には、まるで天を仰ぐように涙を流しながら笑っていた。赤ん坊が感情を爆発させるように、嬉しそうに。
それからだ、やけに外へと出てふらりと帰ってくるようになったのは。
特に問題行動など(勝手に外出しているのが問題じゃなければ)は起こしてはいないが、どうなるかは分からない。
先日、とうとう聖杯戦争の戦端が開かれた。
それを思えば、これ以上の勝手は許すべきではないだろう。
時臣は使い魔の視界を自身に移し、アヴェンジャーを見下ろす。戦端が開かれた港の傍、釣り糸を垂らしている。
それだけ見れば、ただの釣り人だ―――――直後、膨大な魔力をその身より噴射しなければ。

「な……!」

時臣は絶句する。
あのサーヴァントは今の行為を理解しているのだろうか。
あれでは、まるで撒き餌に寄ってくる魚のようにサーヴァントが来るだろう。そうでなくても、日が暮れればそこは戦場になる可能性もある。
それを理解していながら、あのサーヴァントは何をしているのだ。
そう、思わず悪態を吐きたくなる己を落ち着かせる。「常に優雅たれ」、遠坂の家訓だ。
落ち着いてから、そしてアヴェンジャーの行動を考察する。
いや、考察するというよりは彼が言った通り『釣り』なのだろう。彼はサーヴァントを呼び寄せるつもりだ。
そう思うに早く、時臣は己が騎士に命令を下していた。

「ガウェイン卿、君はアヴェンジャーのバックアップをしてくれたまえ。最悪、このまま開戦することになるだろう」
「はっ!」

ガウェインが霊体化し、消える。
それを見送った時臣は不味いことになったな、と口元に手を当て、思案する。
まずは綺礼と会議する必要があるだろう。そう思い、時臣は一度だけ窓の外に目を向け部屋を出た。
空は夕焼けに染まっている。
もうすぐ夜が来る。









「――――ッ!」
「どうしたの?セイバー」
「……サーヴァントです、アイリスフィール」

セイバーがその魔力を感じたのは車のドアへと手を伸ばした瞬間だった。
視線を南へ。昨日、戦いを起こした港の方角。恐らくそこにサーヴァントが居るだろう。
その旨を伝えると、顎に指を当てたアイリスフィールは顔を顰めて呟いた。

「誘っているのかしら」
「……真っ向勝負というところ、ラモラックの可能性が高いやも知れません」

アサシンにしろキャスターにしろアーチャーにしろ、こうも堂々と呼び出しはしない。
だとすればバーサーカーかランサー、ライダーの可能性が高いだろう。そこまでセイバーは考え、どうするかをアイリスフィールに問う。
アイリスフィールは車のエンジンをかけ、言う。
それはセイバーの迷いを振り払うように鋭い。

「行きましょう、セイバー」

今戦わないで何時戦う。アイリスフィールはそう言っている。
セイバーはその言葉に頷き、車に乗り込む。それから港近くの駐車場まで、無言が続く。
だがそれも視界の先にサーヴァントらしき姿を捉えるまでだった。
赤いパーカーを着た、小柄なサーヴァントらしき者がのん気に釣りをしている。
その周辺に何も気配はなく、誰もいない。
だが、そのパーカーを着た者から感じる気配は確かにサーヴァント…!

「貴様が、さきほどの魔力の正体か」

セイバーは剣を構え、問いかけるがサーヴァントは答えず、ただ釣りを続けている。
ただ、その肩が震えているのは理解できた。思わず、セイバーも息を呑む。
――――泣いている、のだろうか?
無言だが、肩が震えている。まるで途方にくれる子供のような背中だとセイバーは感じた。
少なくとも、不自然すぎて即座に斬りかかることは出来ない。
セイバーが目の前のサーヴァントの状態をどう判断するか考えると同時に後方から接近する気配が複数。
その全てがサーヴァント、方角はそれぞれバラバラ。その数3。
まさか罠か、ともセイバーは疑ったがその可能性は低いと感じた。
セイバーとパーカーのサーヴァントを含めれば、ここに5騎のサーヴァントが揃うことになる。もし同盟を組んでたとしても、2人以上は逆に多すぎる。
だとすれば魔力に反応して来た他のサーヴァントたちのはずだ。思うが早く、セイバーはアイリスフィールの傍まで下がり、剣を構えることで威嚇した。
想定外だ、とセイバーは冷や汗を流す。
ここまでサーヴァントは集結するなど、偶然にしては出来すぎだ。
どれだけこのパーカーを着たサーヴァントは誘き寄せるのが巧みなのだろうか。

「アイリスフィール、混戦になります―――私から離れないで」

先陣にて三騎士が出揃い、次には5騎のサーヴァントが集結する。
セイバーはさらに加速し接近する気配に腰を低く落としながら気を高めた。敵が即座に仕掛けてくる可能性もある。
さぁ、何時でも来い…!
自身の身から吹き上がるような魔力を全身に感じながらセイバーは吼える。
そして接近してきたそれぞれのサーヴァントが、現れた。

「………!!」

槍を片手に、驚愕に目を見開いているのはランサー、ラモラック。
セイバーを筆頭に集結したサーヴァントを零れ落ちそうなほどに見開いた目で見つめている。
だが次の瞬間には一人のサーヴァントを憤怒の表情を持ってして睨みつけていた。
同じく、セイバーは自身の足から力が抜けるのを感じた。
折れた剣を再度打ち直しても脆くなっているように、何かが壊れるような音を身の内から聞いた気がしていた。

「王……」
「まさか、こうも揃うとは……」

槍を携えたランサーと同じく、目を見開いた2騎の騎士が驚きをあらわにする。
傷一つすら存在しない白銀の鎧を身に纏い、己の得物である白く輝く聖剣を構えるガウェインは見知った顔や友が集結していることと、王と出会ってしまったことに。
正反対に傷跡の残る黒い鎧を纏い、合わせたようなくすんだ銀色のロングソードを持つ蓬髪の騎士、ユーウェインはセイバーやラモラック以外にガウェイン、友が召喚されていることに。
それぞれが驚愕を胸に抱き、対峙していた。

「ガウェイン、ユーウェイン……」

セイバーの色が抜け切った声がそれぞれの名を呼ぶ。
その声を聞いた瞬間、ガウェインの顔が後悔に包まれる。ユーウェインは苦虫を潰したように眉を歪める。
彼らから見てセイバーの顔は深い絶望に染まっているのが理解できた。
それは生前、セイバーが王としてブリテンを治めていた際、片時も見せないでいた個人としての感情の一つ。
常に勝利を約束し、勝ち取った騎士の王。
その姿は今にも消え入りそうなほどにか弱く見えた。

「…………ふは、ふはは………あはははははははははははは……っ!!」

唐突に、パーカーを着ているサーヴァントが笑い声を上げた。
その声にセイバーはびくりと震える。目は、これもまた信じられないと言いたげにそのサーヴァントの背中に向けられている。
その直後だった。赤いサーヴァントから魔力が噴出し、内から爆ぜる。
吹き荒れる突風にアイリスフィールは思わず目を伏せていた。そして風が止み切ったとき、目を開ける。
他サーヴァントの視線が集中する先を見れば、どこかセイバーと似通った赤い戦装束を身に纏ったサーヴァントの姿。
そしてその顔は、セイバーと同じ。

「……!?」

もはや声にもならないアイリスフィールは口元を手で覆い隠す。
まさか、そんな、ありえない。
そういった言葉は出せなかった。それはセイバーの表情を見てしまったからだ。
それが事実だと教えてくれるように蒼白の顔と濁り出した瞳。
そして次に変わるは、強い怒りと憎しみを色づけられた、セイバーの絞ったような声。

「モード、レッド………!!」

その声、その憎しみをぶつけられたモードレッドは笑みを深くする。
その憎しみを望んでいたかのように、その顔が理想どおりだったように。モードレッドは笑った。
それを嬉しそうに、セイバーと同じ顔を狂気に染めて、笑っていた。

「これはこれは父上……ご機嫌はどうですかな?」
「貴様!何を狙っている!!」

セイバーの怒りの声にモードレッドは首を傾げる。
彼にとってなぜ父がそう語気を荒げるか理解できないのだろう。
だが、合点がいったように手をポンッと合わせ、セイバーに言葉を返した。

「いえいえ、別に何をしようとなど思ってもいません。ただ、ガウェインと協力してそこのラモラック卿を貴女の目の前で首を刎ねようと思っただけです」
「な、にを……!?」

なんともなしに、モードレッドは言う。
その言葉にランサーはゆっくりと身構え、殺気を露わにする。
ただ、その殺気もアヴェンジャーという色に染まったモードレッドには心地よいのか、さらに笑みを深めていた。
すでに笑いすぎて、口端が避けんばかりに歪められていた。

「なに、ですか?それはもちろん、あの時と同じですよ父上。生前、私がラモラックを背から突き殺したように、殺すだけです」

だが、とモードレッドは言葉を続けた。
モードレッドが視線を向ける先には誰も存在しない。しかし、急激に発現した圧迫感と殺気の渦はそれが何かを教えてくれる。
そこに出現したのは黒い靄がかった、何か。
獣のような低いうなり声は理性を感じさせない。十中八九、バーサーカーのサーヴァント。
6騎目のサーヴァントが、集う。
この状況下、全員が固まった中で出現したバーサーカーは数本の剣をその身に提げ、ガウェインを睨んだ。
ガウェインは表情を険しくしたまま、バーサーカーに向き構えた。
ここに、戦闘が起こることが確定された。

「王よ」

ふいに、ユーウェインが口を開く。
びくりと反応したセイバーは小さく問うた。

「サー・ユーウェイン……」
「貴方のマスターを避難させてください……最早、戦闘は避けれません」

そう言うが早く、ユーウェインは指笛を鳴らす。
それに続いてくるは、風切り音と少年の叫び声。白い獅子がユーウェインの隣に降り立った。
セイバーは知っている。
この獅子を撫でたことも、抱きしめたこともある。

「おま、おままままおま、ら、ライダァァァぁぁー!!し、ししし死ぬかと思ったじゃないかぁ!」
「ドラゴンとも戦った我が友に乗っておきながらどーにも情けないなウェイバー……だが話しはこれまでだ。王よ、その淑女をここに」

その発言にアイリスフィールとウェイバーは固まる。
ユーウェインは宝具の一部であろう獅子に乗って逃げろ、と言っているのだ。
それがどういった意味か、理解できるはずだ。
だが、セイバーがそれに答えるも前に、『声』が周辺に響き渡った。
それは魔術によって拡散され、どこから聞こえてくるかも分からない。
ただ、そこにいるということが理解できた。

『そうか、おめおめと尻尾を巻いて逃げたと思えば……ここに居たか、ウェイバー・ベルベット君?』
「……!」

ウェイバーは、顔を空に上げる。
その声の主は、ケイネス=エルメロイ=アーチボルトはそのまま続けた。

『君がサーヴァントを召喚して挑むとは流石の私にも予測できなかったよ……そんなに死にたいのであれば、師としての情けだ。楽に殺して上げようじゃないか』
「う、うるさい黙れ!僕は、いや私はお前と同じ場に立ったんだ!何が師だ、見下せると思うなよ!!」
『……ちっ』

ウェイバーの叫びにケイネスは舌打つ。次に下される命令は、誰も言わずと分かった。
ウェイバーは、その言葉が自身の心臓を掴んだように感じた。
これが殺意を向けられるということだと言うように、言葉が痛みを感じさせていた。

『ランサーよ。ライダーとそのマスターを殺せ……!』
「お待ちください、ケイネス殿!先ずはそこな裏切りの騎士との戦いをさせていただきたい!かの者は俺を討つと、敵対する発言をいたしました!」
『黙れ、ランサー。貴様の意にそぐわぬのであれば、令呪を用いて強制的に戦わせよう……そもそも、貴様には令呪を最初から用いていたな?』
「ぐっ……!」
『そこのセイバーとの出会いに貴様を動かすのは非常に骨だったが、私達であれば恒久的な命令もそれなりの魔力で強制力を保てる』

そこまで饒舌に語ったケイネスは再度、言葉を区切った。
そして口を開く。
まるで蛇を思わせるような、裁判官の判決を下すかのような声がランサーの耳に届く。

『ライダーを、殺せ』
「………イエス、マイロード」

ランサーが苦渋に満ちた顔で槍を構え、ライダーはそれに合わせて剣を構える。
直後、バーサーカーの咆哮と同時にガウェインが剣をかざし、声を高らかに謳い上げた。

「我が名はガウェイン!此度の聖杯戦争においてイレギュラークラス・ナイトのサーヴァントとして限界した!いざ、尋常に勝負―――!」
「■■■……■■■■■■■■■■――――――ッ!!!!」

開戦の狼煙が上がる。
ナイトとバーサーカー、ランサーとライダーがお互いにその槍を、剣を合わせる。
その剣戟の甲高い音を背後に、モードレッドがセイバーへと叫んだ。

「あははははははははははは!!!そうだ、その顔が見たかった!!もう一度、あんたが絶望に染まった顔が!!」

モードレッドは、これを完遂したことの喜びに震えるように叫ぶ。
セイバーの目の前に広がるのは円卓の騎士たちが、ガウェインがバーサーカーと殺し合う光景。
こうまでも上手く物事が行くのかと、アヴェンジャーとしての最奥である望みを叶えたモードレッドはすでに膝を折ったセイバーへと剣を携え近づいていく。
それを断頭台のように振り上げる。
その剣はセイバーがかつて所持した王位の剣だ。そしてセイバーを、アーサー王を殺した剣。





「王位の剣で王の首を落とす……皮肉にしては最高じゃないか?なぁ、アーサー王」

鋭く、剣は振り下ろされた。






あとがき
心が折れそうだ…(デ○ンズソウルな意味で)



[30400] 王と騎士(下)
Name: ブシドー◆e0a2501e ID:10f8d4d5
Date: 2011/11/19 22:30


モードレッドが剣を振り上げる。



それは膝を着き、頭を垂れる罪人のように項垂れるセイバーの首を一太刀に落とす一撃だった。
その一瞬、セイバーは自身の体内時間が急激に遅滞していくのを感じていた。
ああ、これは経験があるな、とセイバーは思い返す。
炎と騎士、兵士たちの死体に埋め尽くされたカムランの丘。そこで肩を上下に揺らして荒い呼吸を繰り返すモードレッドとの決戦。
セイバーの持った槍がモードレッドの腹を突き破り、勝利を確信したときだ。
モードレッドの被る兜の中から呪うかのような声。
そして次には吐き出したようにむせ返る音と血液が漏れ出し、そしてモードレッドは上段に構えた剣を残った力の限り振り落とす。
それを、呆然と見ていたときと同じだった。
自分がこれから死ぬという事実を避けれない、空虚な感覚。走馬灯というのに似ているのだろう。
セイバーはゆっくりと顔を上げる。
上げるという感覚はないが、視線はその先に向けられていた。

「(ガウェイン……)」

まるで獣のように本能で、そして絶えず鍛え続けたような洗練さを持ったバーサーカーの剣を回避し、逸らし、反撃するガウェインの姿を見た。
イレギュラークラス“ナイト”として呼ばれた彼は、騎士のサーヴァントとして適切な扱いだろう。
セイバーは、そのガウェインと一瞬だけ瞳が合った気がした。
目を見開き、一瞬で後悔に包まれた彼の表情はバーサーカーの肉薄によって見えなくなる。
あのガウェインがそう驚愕するとは、自分はどんな顔をしているのだろう?

「(ラモラック、ユーウェイン……)」

剣と槍を合わせたまま固まり、こちらを凝視する二人を見る。
次いで、ラモラックはこちらへ駆け出そうとし体を令呪による紫電で制御され、ユーウェインは虚空から出現させた剣を手に投擲の体勢になって、射軸が合わず躊躇する。
彼らは、こちらをどうにか助けようとしてくれているのだろう。それだけで、まだ救われたような気がする。
セイバーのために動こうとしたそれは王を守ろうとする騎士の動き。
それはセイバーが王として君臨していたときの忠義の名残りだとすれば、彼らの厚意に静かに感謝した。
同時に、目の前で王の首が飛ぶという光景が彼らにとってどう見えるかあまり考えれないと思う。
セイバーは王として、ブリテンの守護者として値する者じゃないと自身は思っている。
彼らはそう思っているかは分からないが、気づけば小さく謝罪の言葉を告げていた。

ありがとう、すまない、ごめんなさい、ごめんなさい.。
ごめんなさいごめんなさいごメんなさイごメンなさいゴめんなサいごめンなさいごめンナさい――――――ゴメンナサイ。

脳裏をまるで呪いのように駆け巡る後悔の言葉。
これもカムランの丘で思ったことの繰り返し。
王の裁定のやり直しは、あの丘を見て自分がこの光景を生み出したという後悔に押し潰されたくないという、セイバーの逃避した願い。
それだけは思っちゃいけないのに。
だけど私よりも優秀な王にブリテンの守護を任せたい。そうすればあの悲劇は起きなかったのでないか?
だからこそ、王としてのセイバーを消す。そう自身に言い聞かせて、納得して、そして召喚された。
だからこそ、セイバーは死の間際に呟いていた。
それは最も言ってはならない、アーサー王として騎士たちと共に戦った全てを裏切る言葉だった。




「――――私は、王になどならなければよかった……」




迫るアヴェンジャーの剣と殺意が、止まる。
それを訝しげに思い、顔を上げるとそこには無表情となって固まったアヴェンジャーの、モードレッドの顔。
剣は後頭部に纏められたセイバーの髪とリボンを切ったのか、はらりと髪がセイバーの頬を撫でる。
髪を下ろしたセイバーの顔を見たアヴェンジャーはその顔を更に人形のように固め、剣を下ろしていた。

「………なぜ、斬らないのです!」
「冷めた」

セイバーの叫びにモードレッドは淡々と、たった一言だけ返す。
そして剣を肩に担ぐようにしてセイバーへと背を向けたモードレッド…アヴェンジャーは大号令を発する王のような大声量を持って声を上げる。
それは姿形だけで言えば、アーサー王と変わりない光景。
まるでセイバーは鏡を見るように、同じ姿の少年を見ていた。

「今宵はこれまで!残るもよし、戦うもよし、誘いに呼び出されてくれて感謝する!」

別に貴様に呼ばれたから来たんじゃない。サーヴァントの気配に呼ばれて来たんだ、と言いたげにランサーとライダーはアヴェンジャーを見る。
それを鼻で笑うように受け流したアヴェンジャーは、地面に座り込んだままのセイバーを見下ろし、口を開いた。

「……私は小娘を斬るためにこの戦に参加したわけじゃない」
「なっ……モードレッド!貴様は私を、アーサー・ペンドラゴンを憎んでいたのだろう!?王の首級を前にそれを今果たそうとせずに何を……!」
「黙れ!その腑抜けた顔で王を語るな、小娘!!」
「――――ッ」

アヴェンジャーのはセイバーの目の前に自身の剣、王位の宝剣クラレントを突き刺す。
そしてアヴェンジャーはセイバーが自身の得物として所有している聖剣・エクスカリバーを拾い上げ、それの調子を確かめるように二、三度振る。
セイバーが疑問の声を上げる前に、アヴェンジャーは言った。

「貴様は、私が殺したい王とは最早違う――――――貴女は、父上はっ……どうしてそんなに脆くなっているのですか……」

ポツリ、とまた湖面のように静かになった声色でアヴェンジャーは言った。最後は縋るような声だ。
安定しない彼の言動や態度、その全てにセイバーは思考が追いつかないが、理解できることはあった。
アヴェンジャーは、モードレッドは、王である自分のままを殺したいのだ。
だが、それを果たす前にセイバーは折れた。折れてはいけないのに、折れてしまった。
アヴェンジャーは最後まで王として絶望したセイバーを殺したかったのに、騎士王アルトリア・ペンドラゴンではなくただのアルトリアとしか言えない存在に戻りきってしまったから。
だから、アヴェンジャーは斬らないのだ。
それはモードレッドにとっても、アヴェンジャーにとっても想定外だったのだろう。
彼の知る王とは、追いつけない高みにいた存在だった。
だが、それがただの少女としか感じれないほどに落ちた存在になっている。
それが認められない、理解できない……そう叫びを上げるモードレッドの心は、完全に混濁していた。

「アルトリア・ペンドラゴン。貴女は王だ、王でなければならない……さぁ、剣を執れ!王として名乗りを上げろ!!その剣を反逆者の胸を突き刺してみせろ!!!」

そう、モードレッドは謳い上げる。
己の胸を指差し、王として反逆者を討つために剣を執って立ち向かえと
さすれば、目の前に指されたこの王位の剣は、カリバーンの代わりなのだろうか。
カリバーンが王を選定する剣ならば、クラレントは王位を戴冠する剣。そのどちらもが王の剣だ。
これを引き抜き、王としての覚悟を再度持てということなのか?
モードレッドは続けた。

「貴女はこの程度で折れる剣ではない!王としての器を問うたあの時、私は貴女に届かないと理解させたあの王の姿はどうしたのですか!」

人が変わった、というのがピッタリくるのだろう。
今ここにはどこまでもセイバーを苦しめようとしていたアヴェンジャーとしての姿はなく、王へと心情を叫ぶ一人の騎士がそこにはある。
情緒不安定な子供。
そう例えるよりもコインの表と裏、リバーシブルな変化がモードレッドにはあった。
それがバーサーカーのクラススキルである“狂化”と似た、アヴェンジャーというクラスに適用されるようなものかは不明だ。
だが、モードレッドの叫びが真から出ているというのは、この叫びを聞いた全員に理解が出来ていた。




だが、それでも、そうも言われていても―――。
セイバーは、アルトリアは剣へと手を伸ばせない――――伸ばさなかった。




「私は、王を……名乗れない……」
「―――――――――ッ………!!」


泣きそうな顔で、全てを諦めた瞳でそう吐き捨てたセイバーの姿に、モードレッドは叫び声を咽喉の奥に押し込んだ。
そうして耐えなければ、今すぐにでも激情に駆られてしまいそうだから。
アヴェンジャーとしての本質が、まだ殺すな、とモードレッドを押さえつけていた。
それでも、抑えきれない呪いが、モードレッドから吐き出される。

「なら、なぜ……!なぜ貴女は、王になった!?」

モードレッドにとってアルトリア・ペンドラゴンとは自身の主であり、父であり、もう一人の自分だった。
それは母モルゴースによって生み出されたホムンクルスである自身にとって、“男のアーサー王”としての役割を与えられたことは深い悩みの渦へと自身を招いていた。
―――円卓の騎士の多くは、アルトリア・ペンドラゴンを女性だと見破っていた。
それはアーサー王の義兄でもあったあのケイ卿が匂わせていたというもあれば、幾つもの戦を共に駆け抜けたからこそ気づいた者もいる。
中には全く気づかない者もいたし、王としての器に性別など関係しないと言った者もいる。
だからこそ、それを騎士たちは問わなかった。
王が自身を男と言うのであればそういうことであり、それに異論を挟むことを許されない。
アーサーの妻であったギネヴィアもそれは理解していて、ランスロットはそれを不憫に思っての行動が円卓が割れた要因だ。
母は、モルゴースはそういった王国の崩壊を防ぐため――――男としてのアーサー王を、モードレッドを生み出したのに、意味はなかった。
ただ王の、男としての一面を補足するためだけの命。
そのために常に兜へと顔を隠し、自身を常に偽る。それが生きる意味だったが、必要とはされない毎日。
それを不満に感じたことも、疑問に感じたこともない。
敬愛する父に、そして王へと忠義を尽くせるということに純粋に喜びを感じていた。
ただ、それでも、そうであっても、モードレッドにとって全てであった母が殺されたことはモードレッドの中に闇を落とした。
他に誰も存在しない野営地。
王と対面する機会を得たモードレッドはアーサー王へと問いかけたことがあった。

『王よ!なぜラモラックを討ち取らせてはいただけない!?殺したのは兄ガヘリスと言えど原因は我が母の仇、ラモラックです!そして貴方の姉なのですぞ!?』
『……円卓の力と結束を削ぐことは、王たる私が許しはしない』
『王ッ!!』
『―――下がれモードレッド。王の決定に逆らうか』

この時の会話をしたのが戦の直前だったというのもあり、余計な問題を持ち込みたくなかったのだろう。
だがそれはモードレッドにとって見捨てたと感じるに十分すぎた。
その小さな炎は、着実にその勢いを広げていった。
炎は燃え広がるままに、憎しみをもってモードレッドはラモラックを殺した。王は何も言わなかった。
モードレッドはその頃から、母モルゴースの姉であるモルガンを慕い、相談した。
あのとき、体は恐怖に震えていたと思う。

『王はまるで彫刻のようだ。心内で父と慕ったあのお方ではない何かが王を名乗っている』

モードレッドからすれば、アーサー王はただ何を考えているか理解できない存在へとなっていた。
母が殺されても深くは言わず、ラモラックを殺しても多くを問わない。
ただただ変わらないことを維持するために、完璧な王という鎧を纏っているように感じれた。
それは動乱の時代であれば救世主のように思えるほどに威風堂々とした姿だったのだろう。
だがブリテンが―――ログレスが統一された後、アーサー王は、アルトリアという存在を多くの人々が恐ろしく感じたのだ。
年を取らない少年王、その気高き魂は負けを知らず、王国へと平和をもたらす赤き竜。
王国を守るために、治めるために人としての一面を何も見せなかった。
それでは、まるで人形だ。

―――王は人の心が分からない。

それは、人間ではないから?
なら人間でないものから作られた私は、化け物じゃないか。
モードレッドは一人、恐怖する。
そして、自身でも気づかずに自分を肯定する何かを得ようと、行動した。


―――聖杯を求めた。
―――王の息子として王位を継ごうとした。
―――反逆の大罪を犯し裏切りの騎士の名を広めた。


いや、最後の反逆はモルガンの思いでもあったな、と思う。
アーサー王を補完するためでなく、アーサーを殺し新しい王へとなる。そうモルガンはモードレッドに聞かせていた。
王を憎んでいたモルガンは聖剣の鞘を盗み出し、モードレッドは反逆を選んだが、それはあくまで後付けの理由だ。
ただ存在自体が個として無い私に色を染めてくれるのがそれだけであって、私はどうにでも転がっただろう。
空の器に中身を満たすのは酒でも水でも油でも、たとえ毒でもいい。どんなものであっても、器は受け入れる。
だが、アヴェンジャーという中身は器すら蝕むものであるのをモードレッドは実感していた。

アヴェンジャーは、呪いだ。

全うな英霊であっても上から塗り潰すだけの底暗さを持った汚濁。
それを注がれてもなお自我が存在するのは、まさにモードレッド自身が“器”であるからだった。
モードレッドとアヴェンジャー。その二つが今、拮抗していた。
『アーサー王を殺したいモードレッド』と『絶望に沈んだアルトリアを犯したいアヴェンジャー』はお互いを奪い合う。
最初はアヴェンジャーで、今はモードレッド。
この一瞬の先にはモードレッドでなくアヴェンジャーと成ってるかも知れない。
その前に、モードレッドは奥底に沸き上がる「目の前の少女を汚す」という衝動を押さえ込む。
ああ、でも今目の前にいる少女は“俺”好みなどこまでも濁った瞳を―――。



―――――そう、そこまで考えて、モードレッドは体を貫く鈍い衝撃を感じた。
視線を下に、自身の胸に向ける。
そこには、胸を貫通して突き立った1本の矢。
声を押し潰すように、咽喉を、口内を、肺を、融けた金属のように粘ついた血が満たした。

「あ―――――」

不味い、マズイ、まずい。
モードレッドの直感が警告する。
この一撃は、己の存在を綻ばせるのに十分すぎる―――。

「あ、アーチャー…!!貴様……ガァ―――ッ!?」

今度は腿、そして頭部。
急所である頭部に迫る矢を弾いたその隙に腿を打ち抜かれる。
次いで、膝の関節を同時に打ち抜かれ、モードレッドはそのまま体を地面へ投げ出した。

「モードレッド!!」

セイバーは立ち上がり、剣を拾い上げ、モードレッドを庇うように背におく。
その背は、その気迫は、モードレッドが望んでいた王の物。
王としての気の中に、別の何かを混ぜたような声でセイバーは問いかけた。

「モードレッド!無事ですか!!」
「これが無事に見えるのでしたら、無事なのでしょうね………」
「無理に喋らないで!」

突き立てられたクラレントを杖に、モードレッドは片手を差し出したセイバーの手は借りず立ち上がる。
そのままセイバーを見据え、こちらの様子を伺うような子供じみた顔をし出したセイバーへ剣を突きつけ、体を霊体化させる。
体の輪郭が消える前に、モードレッドは出血のためか青くなり始めた顔を引き締め、口を開いた。

「貴女に、聖杯は渡さない」

モードレッドには理解できた。
「王になど成らなければよかった」というセイバーの呟きは真実であり、それが望みであると。
だとすれば、それは自身に対する類を見ない最大の裏切りだ。
そうはさせない、とモードレッドは思う。でなければ、自分の生涯に意味は無くなるのだから。

「………聖杯を得るということは、全ての騎士を斬り捨てたその血の先に掴めると思うことだ。アルトリア・ペンドラゴン」

ただ、一言。
呪いを残し、モードレッドは消える。
それを何も言えず、騎士の姿をした少女はただ無言で見送った。
直後、バーサーカーは咆哮と共にその姿を消す。その先には傷こそないものの消耗したガウェインと、周辺には砕けたバーサーカーの得物。
それも直後、帰還の命が出たのか、セイバーへと小さく頭を下げ、消えていった。
残るランサーとライダーも、アーチャーの狙撃を警戒してか未だ膠着している。
だが、次の瞬間には空気を抜いたように、張り詰めていた戦いの気は霧散していた。

「主より帰還の命が下った……次は縛りなき手合わせをしよう、ユーウェイン卿」
「ケイもどきにはよろしく言っておけ、ラモラック卿」

ラモラックはユーウェインの言葉に小さく笑い、姿を消す。
残るサーヴァントはライダーとセイバーだけだ。
セイバーはアイリスフィールを守るように立ち、ライダーを向いて剣を構えた。
だが、ライダーはセイバーに向けて視線を一瞬だけ向けると、そのまま剣を仕舞ってウェイバーへと訊ねた。

「さて……ウェイバー、まだ戦う気力はあるかね?」
「………どーせ、戦うって言っても断るだろ、お前」
「分かるか」
「敵サーヴァントとマスター前にして剣しまってりゃ誰だって分かるわ!!」

頭が痛いと言いたげに指を米神に当ててウェイバーはうめく。
だが、ライダーはそれにすまなそうに小さく笑むと、セイバーへと向き直った。

「さて……」

ライダーの声にセイバーは一瞬だけ震え、足が後ろへ下がる。
それは無意識に体が拒否しているという表れなのだが、それをどうしたもんかとライダーは悩む。
いかんな、どうにもトラウマになっているぞ―――。
今はまだ戦闘の高揚や血を見たことによる精神的なガードによって気づいてないだけで、興奮が冷めればどうなるかは考えられない。
まるで初めて戦場に立った素人のようで、既に王としての姿はない。
どうしたものかとライダーが悩んでいると、何時の間にか隣にライダーの友である白獅子がこちらを見上げていた。
それで何を言いたいかは理解できた。

「……っ」

獅子がセイバーの前に進んでいく。
ライダーの宝具でもあるその巨大な獅子の姿に、セイバーは身を硬くしたが、それは直ぐに解かれる。
獅子はまるで飼い主に従うかのように這い蹲り、セイバーの足元で座り込んでいた。
咽喉がグーグーと、甘えるような響きを持って鳴いた。

「……元気を出せ、と言ってくれるのですね……」

セイバーはその意図を知って笑う。
そのままゆっくりと、右手を獅子の頭部に置き、ゆっくりと撫でる。
獅子もまた、それを懐かしそうに受け入れていた。




騎士たちの夜が明ける。





 ○





「生きているな、アヴェンジャー」

綺礼はゆっくりと口を開き、声をかけると自室のソファーにアヴェンジャーが現れる。
見た目に傷こそ無いが、重傷であるアヴェンジャーは静かに、傷を刺激しないように口を開いた。

「なんだ、綺礼……命令無視で罰しにでもきたか」
「そんなつまらんことに令呪を消費などしない……――――意味は見つかったのか」

綺礼はそうアヴェンジャーに問う。
アヴェンジャーが行ったそれを綺礼は視覚共有で見たが、アヴェンジャーにとってそれは満足する結果ではないらしい。
だが、綺礼からすればあの場での行いは理解できない何かを言峰 綺礼にもたらしていた。
アヴェンジャーの目的だというセイバーのサーヴァントは、アヴェンジャーの復讐によって戦意を失う結果となった。
その正から負への変動を行う様はまるで手術を行うためのメスだと、綺礼は思う。
肉に刃を当て引く。
それだけで簡単に切れるように、アヴェンジャーはセイバーを切開した。
しかもその傷を縫わないままにするのが性質が悪い。

「時臣師には私から君を御しきれなかったと言っておいた……暫らくは大人しくしてもらおう」
「元よりこの傷ではそうするしかない………なぁ、綺礼」

ソファーに腰掛けた綺礼へとアヴェンジャーは声かける。
綺礼は無言のまま、言葉を促すようにワインのコルクを外した。
なぜか、アレを見てから飲みたくなっていた。
グラスをアヴェンジャーに渡すと、アヴェンジャーは言った。

「自分が存在しない、というのはどうすれば埋まるのだろうな」
「……」

アヴェンジャーは、モードレッドはそう言ってワインを飲み干し、そして、また中身の無くなったグラスにとワインを注ぐ。
それが今のモードレッドを端的に表しているよう綺礼には映った。
モードレッドに対しての答えは綺礼は持っていない。
だが、神の僕として耳を傾けることだけは出来た。

「このワインのようにな……」

二杯、三杯とグラスを空け、モードレッドはぽつりと呟く。
グラスを見つめる瞳は、どこか寂しい。
            ワイン
「杯を空ければ、違う私を持ってくるように、流動なんだ。騎士ならば王に忠誠を、というように絶対的なソレが私にはない」
「……」
「いや、逆に言えば最初に得たはずの騎士としての忠誠ですらも、自分の意味を求めて軽んじたんだったか……では、手に入るはずもないか」

自嘲するように洩らすモードレッドに綺礼は、なるほど、と思った。
モードレッドは『起源』が無いのだ。
起源とは、そのモノの存在の因となる混沌衝動。その存在が始まった場所で、魂の原点。
言ってしまえばモノの全ての始まりとも言うべきもの。
起源が無いというのは、そのモノが存在する意味はないということになり、これ以上ない否定だ。
常に意味を求めるモードレッドからすれば、それが発狂という優しい結果で終わるかも怪しかった。
だが、と綺礼はふと思う。
自身が無いのなら、逆に言えば全てを受け入れることが出来るのではないか?
何せ器だ。
その容量にこそ限度はあれど、差異はあれど、器は何でも受け入れる。そうモードレッド自身が言っていたではないか。

「……私では、どうにも出来ないだろうな」
「だろうな……自分で理解できないことを他人が分かるとは思えない」

だが、綺礼はそれを口に出さない。
どういった影響を与えるかも予測できないというのもあったが、それを口にして彼を導くというのは“面白くない”。
もし、自身に意味すらないとモードレッドが気づいたとき―――。

「どうなるのだろうな……」

綺礼は、なぜか沸き上がった笑いをゆっくりと咀嚼し、飲み込む。
それを、ワインを飲み干すことで流し込んだ綺礼は、同じように思い浮かんだ疑問を噛み殺し、飲み込んだ。






アヴェンジャーは自身の本質に気づかないように無意識に自己を守っている。
なら、言峰綺礼という人間も同じように自己の本質に気づかぬようにしているのではないか、と。








後書き
モードレッド君が何をどうしたらいいか全然わからない10歳の男の子です(棒)
もしかすると設定的にもっと若いかも知れない。
以下サーヴァント設定その1


【CLASS】アヴェンジャー
【マスター】 言峰綺礼
【真名】モードレッド
【性別】男性
【身長・体重】156cm・48kg
【属性】秩序・悪 ( )
【ステータス】筋力B+ 耐久A 敏捷B 魔力A 幸運D 宝具A+
【クラス別スキル】
・対魔力:B
 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
 大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

・騎乗:B
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、
魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

【固有スキル】
・戦闘続行:B
瀕死の傷でも戦闘を可能とし、死の間際であっても戦いの手を緩めない。

・心眼(偽):B
直感・第六感による危険回避。

・カリスマ:C
王国を手中に治めるために騎士たちを反逆の徒を立ち上がらせることを可能とする。

・魔力放出:B
武器、ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、 瞬間的に放出する事によって能力を向上させる。

【宝具】
・『簒奪された王位の剣(クラレント)』
モードレッドによってキャメロットの制圧後、奪われた王位の剣。
歴代の王を戴冠させてきたためにアルトリアを含めた複数の使い手を有するが、アルトリアが所有することはない。
炎の剣とされるに相応しく、高火力の炎を収束して放つ。

【備考】
アルトリア(セイバー)の息子にしてその命を落とす原因になった反逆の騎士。
アルトリアとその姉モルゴースの遺伝子をベースとしたホムンクルスとして産まれ、男の面でのアーサー王を支える予定だった。
だがマーリンによって解決したその問題のために、不要となったがその後は王の影武者として生きる道を選ぶ。
なお、マーリンによって5月1日に生まれた子供が王国に終焉をもたらすという予言は魔術師としてモードレッドの異常性を理解したためである。
だが自身を肯定する存在であった母モルゴースは殺され、血の繋がるアルトリアへと自身の肯定(子としての愛)を望んだが王であるアルトリアに答えを貰えなかった。
それ故、母の姉であるモルガンを依存するように慕い、最後には王を殺すという,
モードレッドの存在として意味を与えられた。
その後、アグラヴェインら兄弟とともにランスロットとグィネヴィア王妃の不倫を暴く。
それが原因となったランスロットの反乱を鎮圧するため、アルトリアが国を離れると隙をついて反乱を起こし、キャメロットを制圧。
アルトリアの帰還を待ち伏せた。
その最期は父であるアーサー、アルトリアとカムランの丘にて一騎打ちを演じ、腹を王槍ロンにより貫かれ死を覚悟。
手に持つクラレントを振り落とし、アルトリアに致命傷を与える。



[30400] 【閑話】苦悩と敵対
Name: ブシドー◆e0a2501e ID:10f8d4d5
Date: 2011/12/04 16:51




「どういうつもりかね、ランサーよ」





冬木市新都。
その一角にその存在を誇示するかのように聳え立つ巨大な高級ホテルである冬木市ハイアットホテルの一区画は異界とも言える体をしていた。
その中の一室において、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは目の前に臣下の礼を取るランサーを前に、ゆっくりと口を開く。
ケイネスが問うことの意味はランサーにも理解できていた。つまるところ、今夜の戦いの顛末のことだ。
ランサー……ラモラックは今生の主君が常に成功と成果を得てきた人間であると知っているからこそ、何も結果を出さない自分に苛立つのだろう。
それを踏まえて、ランサーはゆっくりと、破裂する前の風船を扱うような心持で口を開けた。

「……現在、判明していることはアーチャー、バーサーカーを除く4騎のサーヴァントの真名と宝具です」

真名はケイネスもあの戦況を見て把握していたのか反応もしなかったが、宝具と聞いて眉を歪める。
英霊にとって絶対の切り札であるそれを知れば、戦闘において絶対的に優位に立つことは決まっている。
そして、“その絶対的優位を持たなかった”ランサーたちにとって、それは同等の立場になったことを告げていた。

「続けろ、ランサー」
「はっ!まずはセイバー、そしてイレギュラークラスであるナイトのサーヴァント、アーサー王とガウェインは神造兵器たる対の聖剣をそれぞれ所有しているでしょう」
  エ ク ス  カ リ ハ ゙ー エクスカリバー・ガラティーン
約束された勝利の剣と輪転せし勝利の剣。
それぞれが星の光を束ね、王へと勝利を奉げる聖剣と、対に太陽の火を擬似的に再現すらする騎士の聖剣。
その破壊力は神造兵器に相応しいものがあり、破壊力は絶大だ。
あのランクの攻撃を全うに防ぐ手段は存在せず、回避するか同威力の宝具での相殺しか対処する手段はないだろう。
だが、それ故に欠点もある。
あれだけの攻撃を放つとすれば周辺への被害は甚大になり、その隠蔽なども不可能に近いものがある。
ともすれば、あの2人は戸惑い宝具を抜くのも躊躇うはずだった。

「次に、同じくイレギュラークラスであるアヴェンジャー……奴はガウェインと結託しておりますが今はあの傷、すぐには動けません」

アヴェンジャー、モードレッド。
素顔を初めてみたが、アーサー王とあそこまで似ているのかとランサーは思っていた。
まるで鏡に写したように同じ顔をした狂気の騎士は、私情で言えば真っ先に果し合いをしたい相手だ。
それに加え、あの相容れぬはずの二人は協力関係と思える言動をしている。マスターの情報ははマスターに任せるしかないだろう。
ただ、討てるべき場に立てたのなら真っ先に狙うならば奴だ、とランサーは思う。
あれは、存在自体が王を抉る短剣だ。
これ以上の暴挙を許すわけにはいかなかった。

「次はライダー……ユーウェイン卿ですが俺は彼と面識が多くございません」

ランサーが知るのは、豊富な宝具を保有しているであろうということだった。
あの黒鎧も、指輪も、白獅子も、そして噂に聞く300の剣群と300の猛禽の使い魔も……その全てが宝具と化していればなんと手札の多いことだろうか。
加えて、ガウェインとも正面から打ち合える武技を誇るあの騎士は、十分に気をつけるべき相手だ。
ライダーと聞いたケイネスは、再度噴火した火山のように拳を強く握り締め、怒りを額へと浮かべた。
だが、滲んだ怒りを静めるような理性的な思考を維持している。

「ふん!たかが半人前の魔術師が師に逆らうなど、あの威勢の良さだけは認めてやろうではないか」
「あの少年はライダーの豊富な宝具を生かせぬ魔力しか存在しません……それだけで、ライダーの力は削減されているでしょう……魂食いさえなければ、ですが」

ランサーはそこで区切り、残った2組について口出した。

「矢しか見せていないアーチャーと……バーサーカーは、武器を選ばずということのみが判明しています」

ただ、今は情報があまりに少ない。
そう区切り、ランサーは沈黙した。それを受けてケイネスはゆっくりと思考を回し始めたのか黙り込んだ。
そのままランサーは傍に控えながら、バーサーカーの姿を思い返し、まさかな、と思い浮かんだ可能性を打ち消す。
本来、バーサーカーとはランクの低い英霊を強化するために存在するクラスだ。
ただ、どこかあの剣技に見覚えがあるような気がしただけでそれを決め付けることは出来ないし、したくなかった。
こんなことを思うのも、円卓の騎士があれだけ揃う異常事態だからだろう。
だとすれば、まさかアーチャーも……と、そこまで考え、ランサーはそう考えてしまった自分を侮蔑した。

「(我が友、トリスタンがあのような闇討つような男ではないと知っているのは俺自身だろう……!)」

ランサーの知るトリスタンという男は、愛に生きた騎士であった。
ただただ純粋に愛する人を思い、その身を捧げていた彼とは最初こそ些細な問題によって争いあったが、後には最高の友となっていた。
それからは互いの武を磨き、愛する者を自慢に酒を飲み、戦場を駆けた。
その記憶の中にある弓の騎士を汚してはならない。
そんな自戒を自らに課し、そして考えに耽るケイネスへと声をかけようとしたとき――――瞬間、ランサーはケイネスを床に引き倒していた。

「ランサー!?貴様、何を―――」

直後、ランサーが振り払った槍が何かを弾く音をケイネスは聞き、それに遅れて窓ガラスが砕ける音を聞いた。
見れば、折れた矢が目の前に転がっている。
火を見るより明らかに、アーチャーによる狙撃だ。
矢に篭る魔力の残照は、明らかに宝具を使用しただけの密度を保っていた。

「ご無礼をケイネス殿!ああでもしなければ間に合いませんでした!!」
「あ、ああ!私はソラウを守る。ランサー、アーチャーを追撃しろ!」
「承知!!」

割れた窓からランサーが跳ぶ。
まるで飛来した矢が帰ってくるように、引き絞られた体躯を矢にして加速する。
だがその間に6連の矢がランサーへと向けて放たれていた。そのどれもが急所を狙う一撃を弾き飛ばし、ランサーは自らの槍を振りかぶっていた。
イメージするのは、兄弟であり共に槍を競い合った弟の姿。
唯一ランサーが、ラモラックが勝てなかったパーシヴァルの槍投げ技術をイメージとして組み込む。
筋肉が盛り上がり、体は弓のようにしなる。
それは例えるのなら投石器のように、城壁すらも破壊する威力が存在すると感じさせるだけの魔力を発する槍を構えたラモラックの顔が歪み、そして放たれた。





―――――音が、置き去られる。





ミサイルの直撃と勘違いするほどの着弾音を響かせ、それは狙い違わず白い外套で顔を隠したアーチャーを貫く。
だが、ランサーは自身の槍が縫いとめたソレを見て、舌打つ。
アーチャーの姿はない。そこには外套のみが縫い付けられていた。
ランサーは突き立った槍を引き抜き、再度飛来する矢を払う。
ようやくアーチャーが間合いに入ったことに、獰猛な笑みを浮かべるランサーはアーチャーへ槍を突きつける。
だが、その狂犬を思わせた顔は直ぐに鳴りを潜めていた。
次に吐き出されたのはランサーの叫びだった。

「―――――何故だ、何故お前があのような闇討ちを……!――――答えろ、トリスタン!!」
「……許しは乞わないよ、ラモラック。これが、聖杯戦争なのだから」

アーチャー……トリスタンはランサーへ向け矢を引き絞り、それだけ答えた。
そこに、過去の旧友としての空気は存在しない。
ただ目の前の敵を排除するという戦意のみをランサーは感じていた。
無意識に、体に染み付いた動作のように自然と槍をランサーは構える。
そしてそのまま、どこか縋るように小さく問いかけた。

「頼む。これだけは教えてくれ、トリスタン。………お前は、それを自分の意思でやっているのか……?」

暗に、令呪で強制されているのではないか、と一抹の望みを賭け問いかける。
そうでなければ、なぜこの真っ直ぐな男がこのような手段を取るか理解できないのだ。
騎士王の配下であり並び立つ者のはずである円卓の一員がこのようなことはしない、するとしたら令呪で強制されているのだ。
ラモラックは暗示のように自身へと呟き、トリスタンの言葉を待つ。
しかし、それすらも否定する言葉が、トリスタンからは紡がれた。

「これは私の意志だ、ラモラック」

その瞬間、戦端はトリスタンによって開かれた。
弓による高速の連射をランサーは弾き、肉薄。速度を維持したまま突き出される槍は弓によって払われ、受け流される。
筋力で言えばAランクという強大な贅力は槍を暴風を生み出し、鎌鼬のようにトリスタンを浅く刻む。
だが、その槍は直接トリスタンを貫くことはない。
ラモラックは思わず舌打ち、自身の宝具である槍の神秘の薄さに悪態を吐いた。
生前のランサーには多くのエピソードは存在せず、その武勇が一部のみ広まっているだけだった。
それこそ、貴き幻想たる宝具の担い手ですらないことがそれを証明している。
ステータスで表示するのならば【無銘・長槍】とでも表示されるだろうDランクの、ただ魔力を付加できる頑丈な槍だ。
Bランク宝具であるトリスタンの“無駄なしの弓”を破壊するには筋力はともかく、神秘が皆無だった。
これがもし、弟の持つかの“聖槍”であれば一払いで弓ごとトリスタンを両断していただろう。
だが、ラモラックには宝具が存在しない代わりに凄まじいまでの修練の経験がある。
幾人もの円卓の騎士たちと戦い勝利し、アーサー王と同格かそれ以上とも言われる武勇の父に師事し、目の前のトリスタンを含む円卓最高の騎士たちと武を磨いた。
その全ての修練が、ラモラックの血肉となり戦場を支える。
だが、その膨大な戦闘情報から推測されたトリスタンの強さと目の前のトリスタンは一致しなかった。
それが示すことは、ただ一つ。

「そうか、納得したぞトリスタン!貴様のマスターはどうにも三流のようだな!!」

トリスタンの能力は低い。ラモラックは打ち合ったそれで理解していた。
サーヴァント能力は基本的に決定されているが、英霊の格やマスターによってはそれを底上げることも下げることも出来る。
恐らく、トリスタンのステータスは1ランク、下手すれば2ランク落ちている可能性がある。
三騎士として召喚されたトリスタンという英霊からすれば最低でもCランクの能力が保証されているとラモラックは思うが、それほどの強さは感じれない。
だからこそ、アーチャーが暗殺紛いの手段に出るということは令呪による強制に違いないと、自身の中で改変された思いをそのまま吐き捨てた。

「決めたぞトリスタン。お前のような男をそう扱うマスターなぞ、この俺が首級を挙げてやる……!」

だから決着は堂々と着けたい……そう続けようとしたその瞬間だった。
トリスタンが、腰の剣へと手を添えた。

「私も決めたぞラモラック。貴様は今、ここで殺す」

その構えられた剣には切っ先が存在しなかった。
俗に言う処刑剣とも似た形状であったが、それとは比べれぬ高貴さを含ませている。
その剣は王剣カーテナ。
それを知るラモラックは不味い、と即座に反応した。
カーテナに魔力が奔る。後は、その真名を開放することでその真価が発揮される。
ラモラックはそれを阻止しようと突きを構え―――直後、響き渡った爆発音によってお互いがそれを挫かれた。
振り返ったランサーの視界の先には崩れ去っていく冬木ハイアットホテル……ケイネスが宿泊するその施設が、視界から消えていく光景。

「トリスタン貴様……!クッ!」

ラモラックはトリスタンを睨み付け、そのまま霊体化し、急行する。
ラモラックは釣られたと感じていた。恐らく、あのホテルを破壊したのはトリスタンのマスターだろう。
トリスタンの狙撃で仕留めれば万々歳、それでも引き離せれば爆破して拠点ごと押しつぶす。
魔術師としての腕前はトリスタンの能力を見れば低いと理解できるが、こういった手段を実行できる最悪の敵だとラモラックは思った。
ホテルの手前まで到着し、魔力のパスを辿る。まだ魔力供給は途切れていない。
だからこそ無事を祈り、ラモラックは崩れ去ったビルを包む粉塵の中へと飛び込んだ。





   ○




「舞弥、先に帰還して予定通りの場所へ移動してくれ」
『了解しました、お気をつけて』

衛宮切嗣は携帯を懐へと仕舞い、それと入れ替わるように出した煙草へと火を点けた。
舌を焦がしたような苦い煙を肺に吸い込み、ゆっくりと吐き出す。最近手馴れてしまった動作だ。
その光景は傍から見れば気だるげにする会社員にも見えるほどに違和感の無い姿であったが、衛宮切嗣は先ほど冬木ハイアットホテルを爆破した本人であった。

「(これで少なくともケイネスの工房や装備の多くは壊滅しただろう……仕留め切れた、とは考えないほうがいい)」

切嗣は冷静に相手を評価しながら車へ乗り込む。
これからの行動は常に相手に一手先を読まねばならない。
それは切嗣のサーヴァントであるセイバー……アルトリアが実質上、戦闘できる状態じゃなくなってしまったからだった。
ならばこそ、切嗣は実行できる手段は全て実行していた。
この拠点爆破も、その一つだ。これで相手の戦力を削れただろう。
切嗣からすれば、そうでなくては困る。

「まったく……面倒なことになったものだ」

ガウェイン、ラモラック、ユーウェイン、モードレッド。
こうも揃うと何かしらの運命めいたものを感じるがこれは幸か不幸かで言えば不幸、それも災難中の災難に違いなかった。
いや、仮に他のマスターが召喚するサーヴァントの正体を知ってたとしてもセイバーがああなると予測は出来なかったはずだ。
今に残るアーサー王伝説では負けを知らずの王としか読み取れず、そして実物はあの様子。
素直に言ってしまえば話にならない。許されるのならば今にも戦いを放棄してしまいたいくらいだった。
だが、それが許されないのも今だった。
いや、引く訳にはいかない、が正しいだろう。すでに自分は犠牲を払って今までの道を進んできたのだから。

「……僕は勝たなければいけない」

今までの犠牲のために。
そして理想のためにも、アイリスフィールのためにも。
今の自分が抱く願いも十分に歪なものだと、理解していても。
ならば悪になろう。
怨まれもしよう。
衛宮切嗣は、セイバーという名の少女を磨耗させ、使い切ってこの戦いを勝ち抜く。
そこに、迷いはない。








次回
桜の大冒険



後書き
ちくせうスランプだ。
以下サーヴァント。

【CLASS】ランサー
【真名】ラモラック
【マスター】ケイネス・エルメロイ・アーチボルト
【性別】男
【身長】188cm
【体重】86kg
【属性】中立・善
【ステータス】筋力A 耐久B+ 敏捷A 魔力C 幸運E 宝具-

【クラス別スキル】
・対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

【固有スキル】
・直感:C
第六感による見切り。

・戦闘続行:B
生前、幾十人もの円卓の騎士たちと戦い続けた逸話より脅威の戦闘継続が可能。
瀕死の傷でも戦闘を可能とし、死の間際まで戦うことを止めない。

・勇猛:B
威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。
また、格闘ダメージを向上させる効果もある。

【宝具】
無し

【Weapon】
『無銘・長槍』
見た目は変哲もない朱に塗られた長槍。
生前、この槍と共に数多の戦場を駆け巡り、騎士たちと渡り合った名槍。
宝具を持たないラモラックにとってこの槍と共に刻んだ武技と肉体が宝具とも言える。

【解説】
アルトリア王のカリバーンを叩き折ったペリノア王の息子。
ランスロット卿、トリスタン卿、ガウェイン卿と並ぶ最強の騎士の一人である。
槍試合(トーナメント)の際、強敵と戦い疲弊していたラモラック卿と戦うことは騎士道に反すると考えたトリスタンは、ラモラックとの対戦を拒否した。
これを侮辱と感じたラモラックは、イゾルデに「不貞を働いたものが飲むと零れる魔法の杯」を送りつけトリスタンを激怒させる。
しかし、戦ううちにお互いの武芸に意気投合し、以後は友人となる。ランスロット卿とも同じ経緯で諍いを起こしたが、和解し友人となった。
またラモラックは、アーサー王の姉モルゴースの恋人でもあった。
しかし、モルゴースの子であるガヘリス卿を初めとした兄弟たちは、ラモラックとモルゴースの恋愛を不快に思っていた。
ラモラックは、父ロット王を殺したペリノア王の息子だったからでもある。
ついにはガヘリス卿は二人の同衾中に押し入り、母モルゴースを殺害。
このとき丸腰だったラモラックを殺すのは騎士道にもとると、ラモラックは殺さなかったがガヘリス一派とラモラックの対立は深刻になる。
そして、サールースで行われたトーナメントで優勝したラモラックは、直後、ガウェイン卿、アグラヴェイン卿、ガヘリス卿、モードレッド卿の4兄弟に襲撃される。
トーナメントで疲弊していた上、4対1の戦いだったこともあり、ラモラックは殺されてしまった。
生前、アルトリアからも他者と勘違いや怒りなどで対立してしまう不器用な男と言われていた。



【CLASS】アーチャー
【マスター】間桐桜
【真名】トリスタン
【性別】男
【身長】177cm
【体重】70kg
【属性】秩序・善
【ステータス】筋力D+ 耐久C+ 敏捷D+ 魔力D 幸運D 宝具B

【能力】
・単独行動:B 
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクBならば、マスターを失っても二日間現界可能。

・対魔力:C 
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

【固有スキル】
・肉体再生:B+
驚異的な回復力、毒や呪詛への強固な耐性。
致命傷、それが例え不治の呪詛を帯びた傷であろうとも霊核さえ無事であれば時間を置けば回復する。

・偽装:D
変装・擬態の技術。サーヴァントとしての気配を隠蔽して行動できる。
ただし、勘のサーヴァントには見破られる可能性がある。
生前、アルトリアの前に狂った老人を装い対面した際の伝説が元。

【宝具】
・【無駄なしの弓(フェイルノート)】ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:5-60 最大補足:1~10人
トリスタンのよって自作されたその名の通り狙った対象へと必ず至る無駄なしの弓。
威力の上昇、精度の安定、風を意味するルーンを施してあり、真名開放せずとも矢はそれらの恩恵を受ける。
狙った箇所に必ず命中するため、回避は不可能だが防御や矢の迎撃によってそれを無効化することが出来る。

・【我引き抜くは慈悲の王剣(カーテナ)】ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1-2 最大補足:1人
アイルランドに害した邪竜を討ったトリスタンの愛剣。
強靭な鱗で覆われ一切刃を通さなかった竜に対し、トリスタンは口の中へ剣を突き入れ、心臓を二つに裂いたという伝説より標的の急所(霊核)の破壊を可能とする。
これの効果はスキルとしての・戦闘続行すら無意味なものとする。
人を傷つけるための切っ先を喪失した慈悲の剣とされるがしかしその本来の姿は慈悲の一撃、つまり苦痛なき死を送る竜殺しの魔剣である。
この強力な効果の反面、自身が危機的状況でなければその威力は減衰し、Dランクと同程度の威力に陥る。

【解説】
ローヌア王リヴァランの息子にしてコーンウォール王マルケの甥、その名は悲しみの子を意味する。
父母の死後、継母に所領から追放されてフランス宮廷に逃れて養育される。
その後、叔父のコーンウォール王マルケを頼り騎士として仕える。騎士モルオルトを一騎打ちで破るも、武器に塗られた毒により瀕死の重傷を負い、皮肉にもモルオルトの血縁者アイルランドの王女イズーに助けられる。
後にマルケ王の為にイズーを花嫁として迎え入れる為にアイルランドへ赴き、国に害成す竜を倒して認められる。
その後、トリスタンはランスロットの力を借りてキャメロットのアルトリアの元へと参じ、トリスタンは円卓の騎士の一人に数えられてランスロットと並ぶ武勇を誇る騎士とされた。
手先が器用で詩や堅琴を愛し、また狩りとあってはアルトリアに付き添い弓の腕前を披露した。



[30400] 桜の大冒険
Name: ブシドー◆e0a2501e ID:10f8d4d5
Date: 2011/12/19 22:50



日が昇り、間桐桜は気だるげに目を覚ます。
時刻は既に8時を過ぎ、ほどなくして秒針を9時へと移行するだろう。
それでも残る頭がぼうっとする感覚は、噛み締めるように残る眠気だけではない。
魔力の消費によるものだと桜にも理解できていた。

「アーチャーさん……」

腕に刻まれた令呪の“2画”を撫でながら桜はぽつりと呟く。
この感覚を朝に感じるのは魔力の消費が激しい時――――戦闘後に多いと桜は知っている。
無論、殺し合いなどということに理解が及ばずも幼いながらに持つ危険を感じる才覚はそれが危ないことだと感じている。
それはアーチャーも……そして桜がこの家で唯一、慕える間桐雁夜も身を投じているからこそ分かったことだった。
最初、アーチャーを召喚したときは何かの手品かと思った。
まるで絵本の魔法使い―――魔術師としては魔術師という方が適切だが―――のように呪文を唱えると一人の騎士が桜の前に傅いていたのだ。
それがアーチャー、トリスタンという英霊であり、桜だけの持つサーヴァントであり、桜と雁夜を護る弓の騎士だった。
基本的には桜の傍に控えているはずの彼は、今は居ない。
どうしていないのだろうと思う前に、桜はベットの傍で座り込んだまま眠る存在に驚き、目を見開いた。
顔半分を革のマスクで覆い、染めた艶のない煤けた黒い髪をした雁夜の姿があった。
死人のように青白い顔も相成って本当に死んでしまっているような顔をしていて桜は慌てるが、小さく胸が上下するのに安堵の息を漏らす。
いつの間に帰ってきたのだろうと桜は思ったが今寝ているということは昨夜のうちか朝に帰ってきたのだろう。
何で雁夜がこの部屋に居るのだろうか、ということを桜は特に疑問には思わなかった。
ただ、疲れているのだろうな、と思った桜は起こさないよう細心の注意を払い雁夜へ布団をかけ、それを終えると満足げな笑みを浮かべて部屋を出る。
普段ならばこの後に桜自身が簡単な食事を作り、朝食を済ませるのではあるがキッチンに近づくにつれて良い匂いがするのに気づく。
コンソメを煮立たせる料理の香りだ。

「……?」

何故だろう?
そんな疑問が桜の中に沸き上がる。
この家で食事を必要とする人間は少なく、屋敷の管理も魔術を用いていると桜は知っている。
だから昼から夕方にかけて家政婦が食事を作りに来るので、料理の匂いがするのはその時間帯のはずだった。
だとすれば誰かが料理しているのであろうが、料理できる人間が居ないからこそ家政婦を雇っているのだ。
桜は恐る恐る、キッチンへ繋がるドアを開いて中を伺う。
手にはアーチャーが作ったルーンの刻まれた護石を握り締めての勇気を振り絞った突入であったが、そこに居る姿は見覚えがなくとも知っている顔だ。

「………アーチャー、さん?」
「ああ、お早うございますサクラ」

そこに居たのは桜のサーヴァント、アーチャーだった。
暗色系のズボンとパーカーといった現代風の出で立ちで料理本を片手に鍋の前に立っている。
予想の斜め上の存在に思わず目を丸くする桜は下から上へと視線を上げていきながらアーチャーを見る。
恐らく雁夜から借りたであろう服の一式は今の雁夜にとって大きすぎたが細身に見えて筋肉が発達しているアーチャーにはきつそうに感じた。
桜はアーチャーが鎧を纏った戦装束しか見たことがないが、妙な違和感の無さは何でだろうと聞くと、アーチャーは苦笑して答えた。

「ええとですね、それは私が持つスキルにそういった“違和感”を無くす物があるのですよ」
「スキル…?」
「はい、私は変装が得意なのですよ。生前、この技術を用いて何かと事件を起こしたものです」

「……事件と言えば、泉にダゴネット卿を突き落とした時のことを謝罪してないな」と呟いた後、アーチャーは過去を思い出しながら桜に話す。
それはキャメロットで起こった日常の事件であり、友人たちと過ごした幸福な時間だったのだろう。
どこか楽しそうに話すアーチャーの顔を見ながら桜はそう感じる。
ただ笑っているはずの顔には、それに似合わない悲しさも含ませていたことに桜は気づいた。

「……泣いてるの?」
「え?」
「アーチャーさん、悲しそう」

桜はそう言うとアーチャーを見上げる。
まるで桜の姉のような、嘘を許さないという強制力すら潜ませるような強い眼差しがアーチャーを射抜く。
それを受けたアーチャーは思わず感心した。
幼いながらも内にはしっかりとした何かが目の前の少女……自身のマスターには宿っていた。

「(強く、優しい子だ……)」

だが同時に、この少女があの雁夜と同じ“鍛錬”を受けたとすればどうなったのだろうかと身震いする。
強すぎる意志は一度砕ければそう簡単には元へと戻らない。
もし令呪が彼女に刻まれてなければ、雁夜と同じような環境へと放り込まれていたとアーチャーは雁夜伝手に聞いている。
そんな少女に呼ばれたのが自分の運命に感じたというのも聖杯を諦める理由であったが、それだけではない。
アーチャー、トリスタンは愛に生き、そして死んだ英雄だった。
そんな彼の後悔と言えばもう一人のイズーと出会えなかったことではあるが、それはもう仕方がないことだと割り切っている。
ならば何時ぞやの自分と違えど、同じように生きようとして道を外そうとする雁夜の道を正すという目的が今の指標だった。
そしてそのためには、友を、王を射抜かなければならない。
だが、すでに後には引けない。
朋友たちの屍を踏み越えて行かなければ勝利など無いのだ。

「アーチャーさん?」
「……いえ、大丈夫ですよサクラ。少し、友人と“喧嘩”をしてしまったのです」

そこまで考え、桜の声に引き戻される。
咄嗟に口から出た言葉は昨日の殺し合いからすれば微笑ましい表現であったが、桜は納得したのか笑みを浮かべた。
それにほっと息を吐いたアーチャーは鍋を見て、また笑む。
鍋の中にはキャベツやニンジンといった細かく刻まれた野菜が入れられたコンソメスープが出来上がっている。
桜はそれが気になるのか、鍋を見ていた。
ああ、そういえば自分はこれを作っていたのだったな、と思い出したように桜へと告げた。

「サクラ、雁夜も呼んで食事にしましょうか」
「あ、はい!」

引き返していく桜を見送り、アーチャーはトースターへとパンを放り込む。
現代では実に便利になったものだなと思いつつ、スープを器へとよそう。
生前から手先は器用であり、狩りへと出かければ野営もあるので料理も簡単に、煮ると焼く程度は出来た。
野菜を煮込み、そこにコンソメなる素を入れれば上等な一品が出来上がるというのはあの当時にあれば便利であったろうな、と思いながら二人を待つ。
最後にリンゴを半分、食べやすいように切り、また少量を摩り下ろす。
栄養的にも、これで上等なはずだ。そう考えているうちに、近づく気配が二つ。
見ると、出来上がった料理を見て唖然としていた

「―――凄いな。アーチャー、お前が作ったのか?」
「ええ、雁夜も少しでも食べて貰わねば」
「いや、俺は…」

『いや、俺はいいよ』
雁夜がそう言う前に、アーチャーは続けた。

「でないと、サクラが悲しみます」
「雁夜おじさん、一緒に食べないの……?」
「う……」













「ごちそうさま……」
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまです」

元気よく食後の挨拶をする桜とその反対に胸焼けを起こしていそうな顔で返事する雁夜にアーチャーは苦笑する。
流動食しか食せない雁夜に合わせ、素材が溶け込むまで煮込んだポトフであったがそれも今の雁夜には重いようだった。
だが、食べねば良くなるものも良くならないし、悪いものはさらに悪化するだけだ。
『まだ死ねない』と、そんな意気込みと共に食事をするのはもはや食事とは言えないが、それでも結果的には問題ない。
サーヴァントも生前と同じような生活―――食事、睡眠など―――において魔力が生成できるのでアーチャーも食事を取っている。
傍目から見れば何ともおかしな三人組であるが、これが桜にとって心地よいのか終始にこにこと笑っている。
雁夜もそれは悪くないのか、息絶え絶えにも笑みを崩してないことから知れることだ。
だが、限界が来たように雁夜は笑みのまま、二人に向けて口を開いた。

「ごめん、桜ちゃん。おじさん、あんまり寝てないからまた寝るね?」
「あ、うん。お休みなさい、雁夜おじさん」
「お休み……アーチャー、桜ちゃんを頼む」
「了解しました、ごゆっくりお休みを」

桜とアーチャーはふらふらと出て行く雁夜を見送り、洗い物を再開する。
だがそれも直ぐに終了して手持ち無沙汰になると何をするかに悩む時間がやってきていた。
元より聖杯戦争において作戦など単純なものしかなく、それ以上に情報もないアーチャーは行き当たりばったりと言える戦いを強いられてるのだ。
だが、逆に言えば弓兵のクラスとして召喚されてるからこそ戦えるのでもあるが、それは言っても仕方が無いことだった。
そんなことを考えながらアーチャーは手に堅琴を出現させ、それを弄りながらただ待つ。
時刻はまだ10時を回ったほどで、何をするにも中途半端だ。
思わず外を見れば、青々とした空が広がっていた。良い天気だ。

「……はぁ」

アーチャーは思わずため息を漏らす。
戦争の最中であっても詩人たるアーチャーには閉鎖的な空間に収まるというのは性分からして辛い。
何かとアルトリア、セイバーに付き添って狩りへ出かけたのも開放感のある自然に出ていたいという欲求もあったのだ。
それが果たせない、ああ悲しきかな、と悲劇めいたように嘆いてみる。
ただ虚しくなるだけだ。

「ふぅ……自然を愛でることも出来ないというのも、考えものですね」

いっそのことプランターで作物でも育ててみようかとも思ったがどう考えても芽が出る前に自分は消えるだろうし、そもそも今の季節は冬だ。
ならばこの屋敷の庭園を散策するというのも考えたが、残念なことに間桐邸の庭にはそういった華やかな色は存在しないので不可能。
ただ殺風景なここは、まるで籠の中のようだった。

「(とすると、サクラは籠の中のか弱い小鳥といったところですかね……)」

それはそれで愛らしくもあるが、鳥は大空を飛ぶ姿が似合う。
思わず笑いを零すと、同じ部屋にいた桜が何かを言いたげにアーチャーを見ていた。
子供とは表情で分かりやすくて助かると思いながらも桜の意思による決定を待つ。
何をするにしても、アーチャーは彼女に自身の意思を持ってほしいと思う。
道を切り開くのはそういった人間であり、桜もそうならなければいけない。
それが、残されることになる桜に自分や雁夜に出来る最大限の教えになるはずだ。

「あのね、アーチャーさん」
「なんでしょうかサクラ」
「アーチャーさんは、私の騎士なんだよね?」

唐突だった。
いや、唐突すぎて微笑ましい笑みが出てくるほどだ。
この現代においてもそういった騎士というのは女の子にとって何かしらの意味はあるのだろう。
アーチャーは少し格好つけたように片足を折り、桜の前に傅いてみせた。

「その通りでございます、姫。我が身命、我が弓は貴女と共にある」
「うん、じゃあアーチャーさんに命令があります!」

その声色に、嫌な予感を感じた。
そう、過去ブリテンにおいて妖精たちに悪戯を仕掛けられた時と同じような、そんな感覚。
これに類似する存在に振り回されたらただただ己の不幸を呪うしかないような、諦めすら感じさせるもの。




「お散歩に行きたいな…」



トリスタンにとって、生涯で最も気の抜けない散歩が始まった。




   ○




散歩と言ってもそう子供の足で遠くに行ける訳はない。
だからこそ今の状況に至っているのだろうな、とアーチャーは乾いた笑みを浮かべながらそう思っていた。

「サクラ、こちらの道で良いのですか?」
「うん、そう。このまま真っ直ぐ」

アーチャーの頭上から聞こえる桜の声に従い、歩を進める。
その声は高い視点のためか何処か恐る恐るといった色を含むが、嫌ではないのか上機嫌だ。
何でもこれは肩車というおんぶの一種らしく、雁夜にやって貰って以来らしい。
実に無防備な姿勢でアーチャーも気を張ってはいるが、まさかこんな子供がマスターだと思う魔術師も居るわけがないし、今は昼間だ。
スキル:変装を行使した自分を見抜くにはよほどの感の良さが無ければサーヴァントは勿論、マスターなぞ気づきもしない。
昼間の公園にサーヴァントが居るのならば注意すべきであろうが、そこまで気にする必要は無い。
そうに違いないとアーチャーは思うことにした。
それで救われる。

「しかしサクラ」
「なに?アー…じゃなくて、トリスさん」
「いえ、外へと出たいのは理解できますが今の冬木が危ないというのは知っているでしょう?」
「うん、でもトリスさんが一緒だから大丈夫…」

少し咎めるような口調でアーチャー―――現在の偽名、トリス―――は言った。
聖杯戦争もあるが、今は冬木で連続殺人事件が発生しているというのをTVニュースでやっていたので今も昼間であっても注意は呼びかけられている。
桜という幼いが聡明な少女が何故、と思ったが桜はその理由を言わない。
そのまましばらく無言で歩が進む。すると小さな公園が見えた。
恐らくはこのクラシックな住宅街に合わせて作られたこじんまりとした、庭園のような公園。
見れば、様々な花が咲いていた。

「サクラ、これは……」
「ここは色々なお花が咲いてるの……アーチャーさん、お花を見たかったんでしょう?」

冬の寒い風に花が揺れている。
その花たちが向く先には一本の大木があり、そこに立てられた札はソメイヨシノという桜の木と解説されていた。

「寂しいときね、ここでこっそり泣いてたんだ」

桜はソメイヨシノに手を当て、そう言った。
その木はアーチャーから見ても生気というのを失っているように見える。
まるで、それが桜の運命とでも言うように。

「もう遠坂の家には戻れない、諦めなさいっておじい様が言ってて、それが悲しかった……」
「サクラ……」
「でも、今は大丈夫だよ?雁夜おじさんも、トリスさんも居るから!」
「サクラ!!」

アーチャーは思わず声を荒げる。
それにびくりと震えた桜はアーチャーを見上げる。
アーチャーは歯を食いしばり、俯いていた。

「貴女は……諦めてしまうのですか?雁夜は、貴女に何を言いましたか……?」

―――俺が遠坂の家に帰してあげる。
―――本当?皆に会えるの…?
―――ああ、約束する…。

「帰れるって、約束……」
「そうです、ならば我らはサクラを帰さなければならない。騎士として誓いを立てたのなら、尚更に――――円卓が騎士トリスタン、そして間桐雁夜が誓おう」

アーチャーは桜の肩を抱く。
そして紡がれるそれは、騎士の誓い。





「貴女を、救ってみせる」






王よ、私は貴女を真っ先に討とう。
我が誓いを確固たるものにするために…。




   ○





夢を見た。
まるで自分がその光景の場へと立ったかのように見えるくらいに現実的な夢。
そこは泉で、そこには黒鎧を纏った騎士が岩へ背を預け眠っていた。
それを僕は知っている。
その騎士を僕は知っている。
ライダー、真名ユーウェイン。獅子の騎士としてブリテンを守護せし円卓の席へと座ることを許された騎士の一人。
これはサーヴァントの記憶なのだろう。
そうでなければ、こうにもリアルに感じ取れるこの光景は説明できない。
手を伸ばせば触れられそうでも絶対に届かないという感覚は、夢としか言い表せないからだ。
だが、その夢は唐突に空気を変えた。
遠くから馬の鳴き声が聞こえ、蹄が大地を蹴る音が聞こえる。
同時に響くのは鎧が擦れることで奏でられる戦場の音。
それがユーウェインの居る泉の前まで来ていた。

「……やれやれ、放っておけば良いというものであろうに……」

そう、疲れたようにユーウェインは呟く。
襤褸になった外套を揺らし、傷が増えた鎧を重たげに鳴らし、幾十にも欠けた剣の一つを杖にして彼は立った。
そこで初めて気づく。
ユーウェインの周囲には墓標のように剣が突き刺さっていた。そのどれもが血で汚れ、刃は欠け、中には砕けた剣もある。
戦い傷つき、それでもなお振るわれた剣群であると一目瞭然だった。
その傷つき抜いた騎士と剣を前に、槍を掲げた一人の騎士が口上を謳い上げた。

「ユーウェインよ!貴殿の城はすでに墜ち、残る領地はその背の泉のみである!既に守る物も無い貴殿に戦う意味など無い!降伏されよ!」

戦う意味はない。
それは全く持って正しい言い分なのだろう。
だが、ユーウェインはそれに答えない。ただ無言のまま騎士たちを睨み付けた。
退く気はないと、ここが死場と……ユーウェインはそう騎士たちに告げるかのように剣を構える。
それに呼応するように、騎士たちも剣を構えた。
まるで一人の騎士の決意を尊重するかのように、傷ついた半死人の男に対し、全力を持って立ち向かう。
そして最後に見たのは、槍でその身を串刺され、泉を己の血で赤く染め上げたユーウェインの――――。




「………!!」



そこで、ウェイバーは目を覚ました。
喉がカラカラに渇いて思わず喘ぎ、ミネラルウォーターの入ったボトルを手探りで探す。
捜し求めていたソレが目の前に突き出され、ウェイバーは温い水を喉へと流し込む。
それを一通り眺めていたライダー……ユーウェインは、面白いものを見るかのようにウェイバーへと聞いていた。

「どうしたウェイバー、どうにも夢見が悪かったようだが?」
「……ああ、最悪な夢だった」

ぷはっ、とウェイバーが飲み口から口を離し、息を吐く音が小さく響く。
そのまま、ボトルを握りつぶしたウェイバーは嫌そうに吐き捨てながらベッドから立ち上がる。
ユーウェインはそれを不思議そうに見つめた後、苦笑すると読書に戻っていった。

――――ユーウェインはあの夜からずっと購入した本を読んでいた。

そのどれもが東西南北を問わず時代を問わず国を率いた王や為政者の伝記や叙事詩であったりする。
まるで何か切っ掛けを探しているようにも思えるその行為をウェイバーは止めようとも思わなかった。
多分、いや確実にセイバーとして召喚されたサーヴァントのためなんだろう。
アーサー王があんな女の子というのは驚きだったが、それ以上にあんなに弱弱しい姿の人間を見るのも初めてだった。
だが、「それもそうか」と思う自分もいる。
目の前であれだけの円卓の騎士たちが殺し合いに興じていたのだ。それを率いていたアーサー王の心は痛みを通り越してもはや呪いのレベルだろう。
聖杯戦争に参加するサーヴァントには己が望みがあってこそ召喚されると言ってもいい。
だからこそ、剣を、槍を、弓を取る。
ならばアーサー王にも望むべき願いがあるのだが、それは轡を並べた騎士たちを切り捨てなければ勝ち取れないものだ。
「はいそうですか」と首を差し出すなどサーヴァントが許してもマスターは許さないだろう。
だからこそ、必ず戦いは避けれない。
だけど―――。

「あのセイバーはライダーたちを斬れるのか……?」

きっと、それは無理だ。
洗面所で冷たい水を顔に打ち、それを拭きながら呟く。
だとすれば、セイバーのマスターは防衛戦へと切り替えるために拠点の防御を強化するなどの対応を取るだろう。
なら無理に攻めて令呪の一撃を返し刃で喰らっても間抜け、今は無視でいいはずだ。
「ならばどうするか」というのをウェイバーは茶碗に盛られた白米をようやく慣れてきた箸を使って味わいながら考える。
少し考えてはみたが、やはりこういったことは専門家の意見を聞く必要があるだろうという考えに至るだけだった。
後でライダーと話し合おう。
そう決めた脳は無駄となった思考を排除し、今は目の前の食事を優先するように命令する。
ウェイバーもそれに従い、空になった茶碗を勢いよく前に突き出した。

「おばあちゃん、御代わり貰えるかな?」
「あらあらウェイバーちゃん、良く食べるねぇ」
「うん、おばあちゃんのご飯は美味しいからね」

更に言えば、ライダーの魔力供給のためなのだが。
そんな言葉を味噌汁と共に流し込む。
それは口に出す必要が無いということであり、無闇に秘匿するべき魔術に関することを口に出すことは常識外の行動だ。
しかし、そう無意識に食事を楽しむことと魔力回復を組み合わせたのはこの国に来てからだった。
日本という土地に来て思ったことは、何より食事が美味いということ。
普段から食べなれていたイギリスの食事はどうにも一手間が無いというか、ダイレクトな味付けが多いと感じる。
ウェイバーが普段から手軽なミートパイやマフィンといった茶菓子で食事を簡単に済ませてしまうのはそんな理由だった。
いや、そもそもこうして食卓を囲めることこそが経験が少ないから感じるものに差異があるのだ。
すでに家族の無いウェイバーにとってこういった家族の食卓というものは久しぶりだった。
これが魔術による『自分はあなたの孫だ』という偽りの認識の刷り込みであっても、今はそれに浸っていれた。

「さてライダー、作戦を立てるぞ」
「作戦か……そうだな、その前に話すべきことがある」

食後、ウェイバーは地図を荷物から出してそうライダーへ告げる。
戦場の選択を主に考えての会議をしなければ
だがその言葉に、鎧を消してこの部屋の持ち主であろう本当の孫のTシャツとズボンを着ていたライダーは本より顔を上げ、ウェイバーへと向き直る。
その目は含むところがあると即座に感じたウェイバーもライダーと同じように胡坐を組んで座る。
そうした後、ライダーの口から出された言葉はウェイバーの想定外の言葉だった。

「私はセイバーを優先して討ち取りたい」

ライダーがそう告げる。
それに返す言葉をウェイバーは思わず言葉を探した。
セイバーを優先して討ち取るとはつまり、主君であったアーサー王を斬ると即決したということだ。
どういうつもりだ、とウェイバーは思った。
昨日の夜の一幕ではそんな素振りも見せなかった男が、そう言うまでに至る経緯をウェイバーは聞いた。

「どういうつもりだよ、お前……セイバーはお前の主君だったんだろ?」
「だからこそ、だよウェイバー」

苦々しげに顔を歪めながら、ライダーは一冊の本を出す。
タイトルは『King Arthur』、円卓物語を総集した上下巻に分かれた本だ。
読んでみろ、と言われたページをウェイバーは読む。
書かれていることは、アーサー王は現代でも称えられる完璧なる王であったということと、その滅亡だけ。
記されているのはカムランの丘でのあまりにも呆気ない終わりだった。

「あの娘がその通り、完璧な王であるとお前は思えるか?」
「それは……」

それは――――思えなかった。
それを肯定するように小さく頷くと、ライダーは言う。

「セイバーからすれば私の評価は勝手な話であるが……セイバーはどこまでも真っ直ぐすぎる。それこそ、横薙ぎに叩けば折れる剣のように」
「だから、どうして後に回して問題ないセイバーを優先して討つんだよ!?その理由を言えって!」

ライダーの言葉に思わずウェイバーは声を荒げる。
ライダーの言い回しはどこか遠まわしで、直接的ではない。いや、それはウェイバー自身が解釈できないからだった。
だからこそ、アーサー王からセイバーへと呼び方を変えた意味も気づけないでいた。
目の前の男がどう言っているのか、魔術師である自分には理解できなかった。
そしてウェイバーには考えも浮かばない。
彼ら円卓の騎士を率いた騎士の誉れたる王、騎士王アルトリア。
その生き様は真実、騎士であり、だが同時に王ではなかったと。



「―――――王とは、国そのものなのだよ、ウェイバー。……今回だけは、私の我侭を聞いてくれないか?」







次回、折れたツルギ(上)


【CLASS】ライダー
【真名】ユーウェイン
【マスター】ウェイバー・ベルベット
【性別】男
【身長】181cm
【体重】77kg
【属性】中立・善
【ステータス】筋力C 耐久C 敏捷C 魔力C 幸運D 宝具B

【クラス別スキル】
・騎乗:A
幻獣・神獣ランクを除く全ての獣、乗り物を自在に操れる。

【固有スキル】
・直感:D
膨大な戦闘情報により無意識に戦闘を優位に引き込む。

・無窮の武練:C
自身が保有する剣を十全に用いることが出来る。

・言語統制:C
気心の知れた生命体であれば会話が成立することが出来る。


【宝具】
・【我継ぐは無双の剣群(キンヴァルフ)】ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1-15 最大補足:1~10人
祖父より受け継いだ三百の剣を自在に召喚、操作を可能とする。

・【???(???)】

・【我が愛は永遠に(ローディーヌ)】ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:1人
妻ローディーヌより渡された姿隠しの指輪。
ユーウェインが愛を彼女に誓う限り、その効力は保障される。

【解説】
獅子を連れた騎士として名を残す愛に生きた騎士。
ガウェインは生前から多くの交流があり、傍に控える白獅子を除けば最も信頼の厚い朋友である。
キャメロットへはあまり在籍しておらず、流浪の旅に出ることが多かったために土産話としてアルトリア王へと語った様々な話をして楽しませた。
なおケイ卿とは折り合いが悪く、それに乗せられて泉の騎士に挑み勝利。
右翼左折あり次代の泉の騎士として泉を守護する。
その戦闘技能は円卓でも次席に準じるガウェインと遜色なく、聖者の数字によって強化されたガウェインとも打ち合えたことから伺える。
その最後は王国崩壊後、生き残った騎士たちによる次代の王へとならんとする戦火に巻き込まれ自身の城が落ちる。
だが、最後は守護するべき泉にて決戦を行い戦死した。



桜の大冒険だと思った?
残念!主人公モードになる雁桜陣営でした!


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