<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[30379] My Grandmother's Clock [デバイス物語・空白期]紫の落日
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/05/05 05:33
初めての方もそうでない方もこんにちわ、イル=ド=ガリアです。

 この作品はリリカルなのはの再構成、オリジナルキャラが主役級の働きをします。独自設定や独自解釈、また一部の原作キャラの性格改変がありますので、そういった展開が嫌いな方は読まれないほうが、いいかも知れません。

 ここの掲示板にある【完結】He is a liar device [デバイス物語・無印編]はこの話の無印編で、
 【完結】Die Geschichte von Seelen der Wolken[デバイス物語 A'S編]がA'S編となっており、本作は空白期にあたります。
 あと、A'S編の過去編が、【完結】夜天の物語 ~雲は果てなき夜天の魂~ [デバイス物語 過去編]として別スレにあります。

 また、本作品(無印、A'S、過去編含む)ではロードス島戦記のソードワールドノベルや、ワイルドアームズシリーズなどの設定や固有名詞を一部引用しています。そして、

    Dies iraeをはじめとした正田作品
    Liar Softのスチームパンクシリーズ
    からくりサーカス

 などの作品からもネタや設定を一部引用しており、そういったものが苦手な方は、お読みになられない方がいいと思います。


2011  11/3

 現在、完結編にあたるStSのプロットを練っており、原作においても無印、A'Sに比べてStSは異なる作風となっているので、混同しないように設定を基礎から組み上げ直しております。
 その一環として、StSの原作キャラの雰囲気をつかむために、ある意味で『習作』となるオリキャラを含めないStSのみの再構成作品を別に書いており、それが出来たらもう一つ、今度はオリキャラを混ぜて異なる形での『機動六課』を描いてみようと考えています。
 なので、リリカルなのはStrikerSを題材に、ssを書く上での、私の中での『土台』を組み上げるのと並行して、空白期を執筆する予定となるため、更新速度が遅くなると思います。手間はかかりますが、“デバイス物語”の完結編なので、StSで主題にすべきことは絞り込みたいと考えています。


 週に一回程度の更新か、もしくはもう少し遅くなると思いますが、読んでくださる方がいらっしゃれば、どうかよろしくお願いします。


2012  2/12
 空白期からStSへの構成をもう一度見直し、空白期を3部構成に分けると共に、各話において改訂や冗長な文の削除、順序の入れ替えなどを実施しました。

2012  3/12
 更新を一旦休止

2012 4/21
 更新を再開。空白期のプロットを改訂し、StSの流れと矛盾する部分を削除。または新たなシーンを一部追加し、再投稿。

更新状況

“親鳥と雛”
1話    2011 11/3
2話    2011 12/1
3話 前  2011 12/5
3話 後  2011 12/8
4話    2011 12/11
5話 前  2011 12/15
5話 後  2011 12/18
6話    2011 12/22
7話    2011 12/25
8話    2011 12/28
9話    2011 12/31
10話    2012 1/7
11話    2012 1/13
12話 前  2012 1/17
12話 後  2012 1/21
13話    2012 2/2
プロットを修正、冗長な文の削減、加筆をしつつ再投稿
14話    2012 2/12
15話 前  2012 2/17
15話 後  2012 2/21
16話 前  2012 2/25
16話 後  2012 3/3

幕間1   2012 3/8
鏡合わせ1 2012 3/12 更新休止

分岐点
序幕   2012 4/21 更新再開
前編   2012 4/24
中編   2012 4/27
後編   2012 5/3

紫の落日
1話   2012 5/5



[30379] “親鳥と雛”  序幕  母子の形
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 14:54

My Grandmother's Clock


“親鳥と雛”  序幕  母子の形


 これより紡ぐは、少年少女達の成長物語。

 本来の歴史においては断片しか語られぬ空白の歴史であり、異なる道を歩むデバイス達の物語においては、重要な立ち位置を占める大なる幕間。

 いや、それに既に幕間とは呼べぬ一つの物語。

 物語は出逢いに始まり、絆を巡り、この空白を経て、未来へと至る。

 デバイス達の語る物語の中心となるは、やはり3人の少女達。



一人目は、高町なのは。
 本来の歴史とはやや異なる道を歩む、不屈の心と星の輝きを宿した少女。戦技教導官の中でも最高峰とされる人物を師に持ち、“不屈のエースオブエース”ではなく、その後継者たらんとする彼女は、いかなる結末へ至るのか。そして、未来の物語において、その答えは示される。

二人目は、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン
 本来の物語との差異が最も大きいであろう非業の少女。母から拒絶されるのではなく、愛されつつも別離を経験せねばならなかった彼女は、自身と似た生まれや境遇を持つ子らと出逢った時、果たしていかなる道を選ぶか。その時までにどのように成長し、比翼の翼は如何なる結末を見るか。

三人目は、八神はやて
 己の半身を失うことなく、真っ直ぐに未来を見据える夜天の主。過去の罪を悔いるのではなく、未来に暮らす人々が明るく過ごせるよう、自身も人生を楽しみながら夜天の騎士と家族となって進む姿は、どこか放浪の賢者に近い部分を感じさせる。しかし、問答無用のハッピーエンドには、必ず相応の対価を求められるのが世の定めならば、果たして、彼女が“何も失わずに済む結末”を迎えたがための負債は、如何なる形で顕現するや。


 デバイス達の語る主役はあくまでこの3人なれど、物語というものは、常に主役のみでは回らない。

 家族として八神はやてと共にあるヴォルケンリッター、フェイト・T・ハラオウンの使い魔であるアルフは当然として、他にも数多くの人々が輪となり、その絆が色とりどりの物語を築き上げる。



 友人として、対等に笑い合う少女達。       月村すずか、アリサ・バニングス

 彼女達の傍にありて支える者。          ユーノ・スクライア、クロノ・ハラオウン、リンディ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタ

 一足先に駆け抜け、道を切り開く老兵達。     レジアス・ゲイズ、ゼスト・グランガイツ、ギル・グレアム、リーゼロッテ・リーゼアリア

 家庭を守る母として、彼女達の見本となる存在。  クイント・ナカジマ、メガーヌ・アルピーノ

 全く異なる方向から、事態を見据える人々。    カリム・グラシア、ヴェロッサ・アコース、シャッハ・ヌエラ

 未来の物語の主役達へ繋がる人物。        ティーダ・ランスター、ヴァイス・グランセニック、ルーテシア・アルピーノ

 主役の少女達と同様、成長していく機人の少女達。 クアットロ、チンク、セイン、ディエチ、ノーヴェ、ウェンディ

 既に完成し、オーケストラを演出する欲望の欠片。 ウーノ、ドゥーエ、トーレ

 舞台を俯瞰し、嘲笑いながらも喝采する道化の影。 ジェイル・スカリエッティ  

 忌まわしき過去より来る、煉獄の亡霊。      ■■■■■、■■■・■■■■■■■■

 未来のため、過去より来たりし者達        ■■■■、アギト、■■■



 この他にも、本来の歴史とは異なる道であるために登場する者達も少ないながらもあり、少女達の成長や、物語全体の進行に多大な影響を与えていく。

 その中で、今は亡き主より託された命題を守り、時の止まった庭園で演算を続ける古い機械仕掛けは、何を思うか。

 彼に続くデバイス達、彼よりも古い時代のデバイス達、そして、これより生まれるデバイス達は、人間といかなる関係を築き、その本懐を果たすのか。

 インテリジェントの祖たるデバイスが、主を失った空隙に壊れ、永劫に狂い回る時、最後の舞台が幕を開ける。

 未来の物語へ至る最後の大幕間、これより開演。

 随分長き話になりますが、どうか、今しばらくのお付き合いをお願い申し上げます。


                       ――――――遙かなる時の果て、時の庭園中枢機械アスガルドに保存されたメモリーより、放浪の賢者が復元










新歴66年 5月28日  ミッドチルダ南部  アルトセイム  時の庭園 中央制御室


 『フェイトお嬢様、これからもバルディッシュの言うことを聞いて、健やかにすごされますように。無理をすべきではない時は、どうか、貴女の心の鏡である彼の助言を参考くだされば、我が主もきっと安心なさいます』

 「そう、かな」

 『ええ、プレシア・テスタロッサの鏡であった私が言うのですから、間違いはございません』

 「でも……」

 「バルディッシュと一緒に、ってことは、トールはもう、ここから動かないんだよね……」

 『ええ、私の命題を果たすならば、今後はこの場所こそが最適なのです。貴女の幸せを考えることはバルディッシュが行いますので、私はその助言と、貴女のために演算を続けるのみ』

 「一緒には、いられないの…?」

 『貴女がそれを心から望むならば。しかし、貴女はもう知っておられるはずだ。貴女が返るべき場所を、貴女の家族が待つ場所を、貴女の使い魔が守る場所を、そして、貴女の片翼のいる場所を』

 『ここは既に、時の止まった庭園、未来へと歩む貴女がいるべき場所ではありません。私は墓守として、貴女の母と姉の傍におります。プレシア・テスタロッサの鏡として、我が主のために造られた私がいるべき場所は、ここしかあり得ないのです』

 「………うん」

 『ですが、時に過去を振り返りたくなった時は、いつでも戻っていらっしゃい。墓参りとは、死者を悼むと共に、自身の過去とそれを想う自分の気持ちを整理するためのものであると、貴女の兄君が教えて下さいましたでしょう』

 「……うん、うん………トール、私は、もっともっと、頑張るよ」

 『夢に向かって、どうか思い切り羽ばたいてください。子の幸せな未来こそが、母の望む何よりの喜びですから』


 【バルディッシュ、フェイトお嬢様のことを、よろしくお願いいたします】

 【任されました。我が命題に懸けて】


 「行ってきます、トール」
 『行ってらっしゃいませ、フェイトお嬢様。どうか、良い旅を』



 かくして、プレシア・テスタロッサの忘れ形見である少女が去った後も、古い機械仕掛けは演算を続ける。

 彼に残された命題は、彼女が大人になるその時まで、彼女の幸せを導く式を演算し続けることにある。

 そのためには―――


 『母のデータを、さらに集める必要がある。大量に蒐集した人生例のみならず、フェイトお嬢様と関わり、彼女が知る人物の人生録が』

 エイミィはまだ結婚しておらず、リンディがフェイトのために艦を降りるのもまだ先の話。

 人生例はいくらでもあるが、フェイトのためには、彼女を中心とした人の輪に含まれている人物の例こそが重要である。

 高町桃子は、母としての責務と、己の職業をうまく両立させた最たる例。逆に、高町士郎は父たる責務に失敗しかけた例。

 仮に、高町士郎が亡くなっていても、高町家は幸せになれた可能性は高い。それはちょうど、クライド・ハラオウンがいなくとも幸せな風景を維持しているハラオウン家に通じるものがあるとシミュレート。

 問題点は、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、並びにその比翼である高町なのはの両名がそれぞれの夢を叶えた際、家庭との両立を図れるかどうか。

 特に、生まれに常人とは異なる事情を抱えるフェイトお嬢様については、捨ておけない問題であり、彼女の人生において重きを成すことは間違いない。


 『やはり、テストケースは必須』

 ならば、誰をモデルに?

 エイミィ・リミエッタは位置関係においてもほぼ理想的だが、家庭を持つタイミングを計れない。クロノ・ハラオウンと所帯を形成する可能性が極めて高いと判断するも、時期の絞り込みが困難。

 グリフィス・ロウランを育てているレティ・ロウランも状況的には良いが、夫の家庭スキルが高く、仕事関係においても一般的な夫妻とは逆転しているため、テストケースとしては相応しくない。

 二人の辿るべき道筋を考えるなら、シングルマザー、もしくは忙しい共働きが最も確率が高い。

 ならば―――


 『クイント・ナカジマ、及び、メガーヌ・アルピーノ』

 闇の書事件の最終局面において縁があり、八神はやての特別捜査官の師匠として今後も関わっていく人物と、その同僚。

 彼女らとの関係が深まるよう可能な限りのサポートを、そして………


 『彼女らが、前線から離れざるを得ない状況、かつ、家庭が不幸にはなり得ず、親しい者の誰の罪ともならないという前提条件、シミュレートを開始………』

 古い機械は、演算を続ける。

 軋みを上げ始める歯車に気付かぬまま、徐々に徐々に。

 彼は静かに、狂い始める。





あとがき
 空白期プロット全体を見直し、再び改訂しました。ほとんどの内容は同じで、順番が変わっているくらいですが、ところどころ表現が変わったり、追加したり削除したりしています。




[30379] 1章  訓練校時代  前編  恐怖の機械
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 14:56
My Grandmother's Clock


“親鳥と雛”  1章  訓練校時代   前編    恐怖の機械




新歴66年 6月1日  ミッドチルダ中北部  クラナガン近郊  武装隊第四陸士訓練校



 「フェイトちゃーんっ」

 「あ、なのはっ」

 クラナガンを走るリニアレールから駅へ降り立ち、第四陸士訓練校に向かう並木道。

 陸士訓練校の入学生にしては、幼さを強く残す少女の姿が二つ。

 一人は栗毛、もう一人は金髪。


 「おはよう、フェイトちゃん」

 「うん、おはよう、なのは」

 「いよいよ入学式だね、2か月前に進級したばかりだから、ちょっと変な感じだけど」

 クラナガンでは12歳で中等学校に入学するコースが最も多く、異世界からの転入組や異なる文化背景の出身者でもない限り、陸士学校には12~14歳で入学するのが一般的。

 現在、実家が第97管理外世界の、なのフェイ二人組は、間違いなく異世界組に区分される。


 「あ、でも、私が修業資格を取った時もこんな感じだったかも」

 「そっか、ミッドチルダ育ちのフェイトちゃんは保護者の同意と、適格性が認められれば、8歳で資格とれるんだもんね」

 その裏で管制機が動き回り、フェイトがジュエルシードを求めて駆けまわれるようにややグレーゾーンを走っていたのは知らぬが仏。


 「はやての誕生日が6月4日で、10歳になるから、書類が送られる時間ロスを考えれば、ちょうどいい感じかな」

 「うーん、わたしも一応は働いてることになるんだけど、あまり実感わかないなあ………フェイトちゃんは?」

 「正直、わたしも嘱託魔導師との違いがあんまりピンとこないんだ。一応、説明は受けたけどどうしても実感が………」

 「クロノ君やエイミィさんは、働いてる、って感じなんだけど………」

 「私達は、勉強させてもらってる、って感じだものね」

 “管理局の役に立たねばならない”という固定観念を植え付けぬよう、管理局において子供の局員は“いつ辞めてもOKな派遣局員”として扱う雰囲気が醸成されている。

 特に、なのは、フェイト、はやての三人はアースラと縁が深かったためお手伝い感覚がなかなか抜けきらないが、大人達からすればそれでよいのである。


 「そう考えると、去年のクリスマスからは、何だかあっという間だったなあ」

 「そうだね、小学校と、お仕事と、局の技能研修と、資格試験、色々忙しいしね」

 そういった経緯があり、今は共に10歳であるなのはとフェイトが受けるのは、陸士訓練校での短期間カリキュラム。

 ここは1年間で陸士として育ち、現場で働くようになる候補生の学び舎。

 夢を追う者もいれば、単純に就職条件が良いので選んだ者、魔法適性があったので深く考えず取りあえず入学した者も当然いる。

 彼らと触れ合い、自分達とほぼ同じ立場の“候補生”が何を思いどのように過ごしているか。


 「うん、でも、なんだか楽しいよ、こっちでもあっちでも、フェイトちゃんと一緒なのも嬉しいな」

 「私も、なのはと一緒だと、嬉しいよ」

 それを実感することが、管理局員として働くための最後の研修であった。






同刻  ミッドチルダ南部  アルトセイム地方  時の庭園


 『バルディッシュ、フェイトお嬢様の様子は如何です?』

 【落ち着いておられます】

 『ふむ、三か月の短期間、それも極めて特殊なカリキュラムとはいえ、親しい人達の下を離れての新たな寮生活に多少は気遅れされるかと考察しましたが、杞憂でしたか』

 【御友人の、高町なのは様の影響かと】

 『それはそうでしょうし、むしろ、それ以外の可能性が考えられません』

 武装隊第四陸士訓練校の入学式に臨もうとしているフェイトの隣には、レイジングハートを携えた高町なのはの姿がある。

 その状況は、“閃光の戦斧”バルディッシュから時の庭園の管制機までリアルタイムで送信されており、プライバシーも何もあったものではないが、彼らは人間ではないので問題なし。

 仮に問題を提起した所で、トールの持ち主は常にプレシア・テスタロッサであり、その機能は娘の携帯電話にGPSを付ける程度のものでしかないため、訴えることに意味はなかったりする。


 『第四陸士訓練校の学長、ファーン・コラード三佐は有名な方ですし、彼女の夫もまた、シルビア・マシンを使って下さった方です。何も心配はいらないでしょう』

 【その縁があったからこそ、貴方は我が主に第四陸士訓練校を勧められたのですね、トール】

 『まあ、そうなりますかね。彼女らの場合は地理的条件がミッドチルダの全寮制の学校ならばどこであろうと変わりませんから』

 ならば、人格データベースに情報が蓄積されている人物が学長を務める場所を選ぶのも、至極当然の話。

 提案者はトールであり、リンディとクロノの了解を受け、二人は第四陸士訓練校へとやってきた次第。


 『それに、コラード三佐ならば、お二方の癖を矯正してくださるでしょう』

 【癖とは?】

 『“初見殺され”の特性です。相手に遠慮しすぎるか、全力全開かのデジタル的な戦力配分はそろそろ直さねばなりません。3か月の短期講習を終えれば、名実ともに管理局員となるわけですから』

 【確かに】

 『デジタルは我々デバイスの独壇場なのですから、人間である彼女らにはアナログ的な運用を身につけてもらいたいところなのですが』

 【マイスター・リニスの教育内容に誤りがあった、ということでしょうか?】

 『貴方は、そう考えますか?』

 【いいえ、しかし、厳密に否定できる材料に確信がありません】

 フェイトが幼い頃から共に在り、彼女への魔法教育を知るバルディッシュの考えるところでは、特に問題はなかった。

 しかし、実際にフェイトは初めての相手と戦う際に、遠慮し過ぎるか全力全開かの極端な性質を持ちつつある。


 『解は実に単純です。フェイトお嬢様と高町なのは様の共通項を比較すれば、自然と答えは出ましょう』

 【………あの特性は、魔法教育の積み重ねによって身についたものではなく、実戦によって身についたもの、と考えるべきでしょうか】

 『然り、二人の魔法教育には共通点はさほどありません。フェイトお嬢様にはリニスがつきっきりで教育にあたっていましたが、高町なのは様は、ユーノ・スクライア様を魔法の師としています』

 常に実演の形を取り、フォトンランサーやプラズマランサーなども、手取り足とり教えていたリニス。

 砲撃魔導師と結界魔導師と、完全にタイプが異なったため、魔法を組む際のイメージの固め方など、助言に徹することが多かったユーノ。

 確かに、なのはとフェイトの魔法教育は、全く違った形で行われている。

 【ですが、お二人が同じ特性を有しているならば】

 『互いに影響しあうことでついた癖、と考えられます。きっかけはかのジュエルシード。願いを叶える宝石を巡って二人は幾度もぶつかり、その中で絆を育まれた。彼女らにとっての“魔法戦”の根源がそこにあるため、相手を気遣い過ぎるか、全力全開かの両極端になるのでしょう』

 【確かに、あの出逢いは我が主にとってまさしく奇跡でした】

 『もっとも、現在においては、クロノ・ハラオウン執務官がお二方の共通の師と言えますが、こちらは魔法の師というよりも、集団戦や戦術の師という方が正しい』

 【矯正役には不向きかと、彼はジュエルシード事件に縁があり過ぎます】

 『私もそう考えます。そして、ヴォルケンリッターの方々の場合、全力で挑んだ結果の敗北でしたので余計駄目です』

 【面目ありません】

 こっちの場合、ボロ負けの記憶か、鍋を理由にすっぽかされた記憶か、サゾドマ虫の記憶が浮かんでくるため、論外。

 思い返せば思い返す程、碌なことがなかったヴォルケンリッターとの戦いであった。


 『そういった経緯でクイント・ナカジマ准陸尉に模擬戦をお願いしたこともあり、かなり良い結果は得られたのですが、彼女も多忙であるため機会が少な過ぎました』

 【しかし、ゼスト・グランガイツ一等陸尉では根本的な問題があります】

 ゼストの場合、全力全開で戦い、常にボロ負け。

 “初見殺され”どころか、“何回やっても倒せない”なので、これまた論外。


 『故にこその、ファーン・コラード三佐です。彼女の魔導師ランクはAA、しかし、現状のお二方に勝利することが出来る。そこにあるものを学びとれれば、更なる飛躍が望めましょう』

 【全力で、我が主をお支えします】

 『お願いしますよ、バルディッシュ。私は時の庭園から動けませんが、可能な限りサポート致しましょう』

 とまあ、デバイスの間でそんな会話もあり。

 レイジングハートとの間にも同様の会話が成され、なのはとフェイトは陸士学校で短期プログラムを開始した。

 結果―――





新歴66年 6月4日  ミッドチルダ中北部  クラナガン近郊  陸士候補生女子寮  PM6:07


 「ごめんなさい……生まれてきてごめんなさい……」

 「どうして、どうして生まれてきちゃったんだろう、わたし……」

 宛がわれた二人部屋に、2つのす巻きが転がっていた。

 毎度お馴染み、“なのは巻き”と“フェイト巻き”である。

 これらが発生するに至った理由は至極単純、ファーン・コラード校長に特別に模擬戦を行ってもらい、見事に完敗したためであった。

 レイジングハートとバルディッシュは必死に励まそうとしたが、ダウナーモードの二人には効果なし。

 かといって、クロノやリンディが近くにいるわけでもなく、頼れる人物も近くにいないため、やはり―――


 『いかがすればよろしいでしょうか?』

 【やはり、こうなりましたか】

 時の庭園の老デバイスに、通信を開いた次第であった。


 『八神家にも相談に伺ったのですが、あいにくとリインフォース以外が留守でして』

 【確か、密猟犯の出現とその逮捕に出動なされていましたね。八神はやて様も小学4年生の身で、苦労をなされます】

 今は6月であり、日本の小学校は夏休みではない。

 3か月の講習のうち、半分近くは夏休みに入り、その辺りは集中的にカリキュラムが詰まっているが、それまでの一ヶ月半は小学校の方は“休学”に近い扱いとな る。

 当然のごとく、その辺りの社会的な手続きはジュエルシード事件からおよそ1年を経て、いつの間にか管理外世界にまで網を伸ばしていた管制機の担当。

 簡単に言えば、1ヶ月半程海外で留国際的なボランティアスクールに行ってきます、という感じで捏造と賄賂を駆使したわけであるが、灰色の部分についてはお察しいただきたい。


 『学業の方は問題ないと窺っていますが』

 【それはそうでしょう、およそ小学生にとって重要なものは学力よりも、コミュニケーション能力。つまりは、社会で生きるということの処世術を学ぶことにあります】

 その点では、3か月間を陸士訓練校で過ごすことは、大きなプラスであろうとトールは予想する。

 実際、ミッドチルダの訓練校での短期講習は、短期の海外留学、もしくはホームスティと大差ないのだから。


 『しかし、この場合はどうすればよいのか………』

 【“なのは巻き”と“フェイト巻き”への対処に関しては、まだ貴方とレイジングハートの手に余りますか】

 『申し訳ありません』

 【いいえ、そう焦ることはありませんよ。お二方と同様、貴方達もゆっくりと成長してゆけばよいのです】

 『ですが、まずは対処をせねば』

 【それについてはご安心を、既に手は打ってあります】

 その瞬間―――


 ガチャン


 「―――――ッ!?」
 「ま、まさか………?」

 陸士訓練校の女子寮の部屋に。

 響き渡るはずのない、異音が…………



 『トール、私はデバイスに過ぎぬ身なのですが、なぜか“嫌な予感”という境地に至れるのではないかと』

 【素晴らしいですよバルディッシュ。私がその境地に至れたのは、稼働し始めてよりおよそ42年、リニスが私のための処刑場を築き上げてよりのことですから】


 ガチャン、ガチャン

 音は、徐々に大きくなっていく………


 『一つ、質問をよろしいでしょうか』

 【なんなりと】

 『感謝します。我が主と高町なのは様がいらっしゃるこの部屋は、陸士訓練校の女子寮の一室であると記録しております』

 【間違いありません】

 『二人部屋であり、二段ベッドが一つ、広さもおよそ8畳程と、一般的な陸士候補生が入る部屋と変わりないはずで、当然、室内にシャワー室なるものは付いておらず、各階に共同のシャワー室があったと』

 【その通りです。ただし、東棟の3階の端にあり、女性教職員棟に続く渡り廊下に面している、という地理条件を有します】

 『それは存じておりますが』

 【加え、近年ではミッドチルダの治安が良くなり、地上局員への待遇も良くなったこともあり、訓練校に入る生徒も増えつつあります。よって、使用頻度が少ない教職員用の浴場を生徒も使えるように、という案が浮上しております】

 『それは存じませんでした』

 というか、一般生徒が知る筈もない事柄だった。


 【ですので、現在空いていることが多い教職員用の浴場の一角に、“あるもの”が待機しております】


 ガチャン、ガチャン、ガチャン


 一般生徒である筈の一室へ、何かが歩くような音が近づいて来る………


 「気のせい、気のせい、だよね、フェイトちゃん………」
 「なのは、なのはぁ………」

 なのはの顔は青ざめ、フェイトに至っては最早半泣きである。



 【そしてもう一つ、厳しい内容の訓練に疲れ果て、シャワーを浴びる気力もないまま眠ってしまう訓練生も初期の頃にはよく見られ、疲労回復の面や、筋肉の成長の面からも、これは好ましいことではありません】

 『訓練の後は、湯で身体をほぐし、しっかりと休息をとるべきと』

 【然り、ですが各部屋にシャワー室があるわけではなく、共同のシャワールームを使うかどうかは個人の意志ですし、わざわざ教師が入浴の世話をするわけにもいきません】

 『二人部屋は、一人で眠ってしまうことを防ぐための処置ですか』

 【然り、一人では億劫になる事柄も、二人でいればやらねばならないという意思が沸き立ちやすいそうです。我々デバイスには馴染みはありませんが、つまりはそういうものらしい】

 『しかし、二人して動く気力がない場合もあり得ます』

 【その通り、ちょうど、現在のフェイトお嬢様と高町なのは様がそれに当てはまります。故に、それを解消するための“試作品”を時の庭園より陸士訓練校へ提供したのです】

 『すなわち、それは』

 【自動洗浄マシーンです】



 ガチャン、ガチャン、ガチャン


 そして、どういうわけか扉が開き。


 『洗浄シマス、洗浄シマス』

 なのはとフェイトにとっては、恐怖の記憶が呼び起こされ。


 『対象ヲ中ヘ格納シテクダサイ』

 なのはは逃げ出した!

 フェイトは逃げ出した!

 なのは巻きとフェイト巻きは光の速さで解除され、布団を巻いていたバインドなどは初めから存在しなかったように消え去っていた。


 「逃げよう! フェイトちゃん!」
 「うん! なのは!」

 さらに、音速に迫る程の速度でシャワールームに向かう準備を済ませ、早歩きの限界に挑むが如くに、部屋から去っていった。


 『……………』(バル)
 『……………』(レイハ)


 長く、大いなる沈黙の後。


 ガチャン、ガチャン、ガチャン


 何事もなかったかの如く、洗浄マシーンもまた、いずこかへ去っていった。


 【とまあ、このように、体力、及び気力の限界でシャワーを浴びることのできない訓練生を奮い立たせる起爆剤として、有用性が期待されています】

 『ひょっとして、既に犠牲者が?』

 【ええ、第一から第四までの各訓練校において、初日に訓練で足腰の立たなくなった者達、合計32人が餌食となっております。皆、疲れを癒し、身体的にはリラックス状態を取り戻しました、精神状態については保障できませんが】

 『何と哀れな………』

 『同感です……』

 同情という境地に至った、レイジングハートとバルディッシュ。

 デバイス達の人間心理学習も、着々と進んでいる模様である。


 【ただ、中には強者もおりました。第二陸士訓練校のヴァイス・グランセニック陸士候補生は、あえて洗浄マシーンを体験し、“詳しい感想を書きたいので参考に”という理由で借り出し、自前のバイクの洗浄に利用したそうです】

 この洗浄マシーンは、本来バイク用の洗浄機を改造したもの。

 故に、バイクを洗浄するのに適しているのは、自明の理であった。


 『何という………』

 『凄まじい男でしょうか………』

 【これも何かの縁ですので、彼には新型洗浄マシーンのモニターをお願いしようかと考えています。見返りに、試作品を提供するという条件で】

 これが、ヴァイス・グランセニックという男と、はやてを中心に機動六課にまで発展する人の輪、通称“ヤガミファミリーズ”との関係の始まりとなるのを、なのはとフェイトが知る由もない。

 サゾドマ虫が繋ぐ、人の絆があるように。

 洗浄マシーンが繋ぐ、人の絆もまた、ここにあった。


 ミッドチルダは今日も平和な模様。






ミッドチルダ  某所


 「ふむ、こんなものかな」

 ラボ内のとある場所にて、一人のマッドサイエンティストが、知り合いから送られてきた“コミュニケーション促進マシーン”をいじくっていた。


 「ドクター、そんなところで何をなさっているのですか?」

 そこに通りかかったのは、彼の半身でもある美人秘書のウーノさん。

 とあるモードに入っている時は、得体の知れない高次元の存在と化すこともある彼女だが、普段においては狂科学者な主の奇行に頭を悩ます苦労人である。


 「なに、友人から贈り物が届いてね。かつてのレリックや素体人形の礼ということなんだが、これがなかなかどうして素晴らしい」

 実に爽やかな笑顔を浮かべつつ、“贈り物”と肩を組むように立つ白衣の男。

 どう好意的に見ても、シュールな絵でしかなかった。


 「それの用途は、一体何なのでしょうか?」

 「せっかく集団洗浄のための温水洗浄施設を整えたのだが、コミュニケーションの場としてあまり使用されていないのは、君も知っているだろう、ウーノ」

 「はい」

 現在稼働中のナンバーズは、ウーノ、ドゥーエ、トーレ、クアットロ、チンク、セイン、ディエチの7人。

 そのうちドゥーエは既に出張任務についているため、6人がラボ内で生活していることになるが、集団洗浄の機会はあまりなく、空いた時間に個々人がシャワーを浴びることの方が多かった。


 「というわけでだ、娘達が仲良く温水洗浄施設を使用できるよう、コミュニケーションを深める機能を追加して改造してみた」

 「改造、ですか」

 デバイスと異なり、既に14年近く前から“嫌な予感”というスキルを発達させてきたウーノの直感が告げていた。

 これは、危険なものであると。


 「既に必要なプログラムは搭載してある、後はスイッチさえ入れれば必要な動作を開始するだろう、というわけで、スイッチオン」


 ガチャン、ガチャン、ガチャン


 最初は、複数の足で大きな音を立てながら歩き始めた謎の機械。

 しかし―――


 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!!


 変態博士が組んだプログラムによるものか、あっという間に速く走るための学習を行い、凄まじい速度で駆けだしていった。


 「……………」

 恐らく、これより災厄に見舞われるであろう妹達へ、心の中で十字を切った(聖王教会式の祈り)後、ウーノは自室へと向かった。

 念のため、IS“フローレスセレクタリー”を発動させ、ラボの様子を観察しつつ、いざとなれば謎の機械の管制機能を奪う準備を進めながら。




 5分後

 「ん、何の音だ?」

 ナンバーズの中でも小柄な少女、No.5チンクさんが歩いていると。


 『洗浄シマス、洗浄シマス』

 ラボの廊下に、ロリ少女の悲鳴が響き渡った。




 20分後

 「あれ、チンク姉、どうしたの?」

 「ディエチ…………次からは一緒に洗浄に行こう…………」

 「? 別にいいけど」




 別の場所にて

 「あれ、何だろあの機械?」

 水色の髪を持ったムードメーカー、No.6セインさんが、初めて目にする妙な機械を発見。


 『洗浄シマス、洗浄シマス』

 新たな犠牲者の悲鳴が、高らかに響いた。




 さらに30分後

 「ねえ、クア姉、次からは一緒に洗浄にいかない?」

 「何馬鹿なこと言ってるのかしら、私はこれでも忙しいの、お子様に構ってる暇はないのよ」

 「…………ふ、くくくく…………地獄を知るがいい……………」

 「? なんか言った?」

 「いや、何も、変なこと言ってごめんね、クア姉」


 ややあって………


 『洗浄シマス、洗浄シマス』

 お察し下さい。




 そのさらに1時間後

 「ディエチちゃん、次からは一緒に洗浄に行きましょう………」

 「い、いいけど、何でクアットロまで……」

 「世の中には、知らない方がいいこともあるのよ………」

 悟りを開いたような表情のクアットロがそこにおり、後ろではチンクとセインが「うんうん」と頷いていた。



 次の日には、姉妹皆で仲良く入浴するナンバーズの姿があったそうな。





[30379] 1章  訓練校時代  中編  ボウソウジコ
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 14:57

My Grandmother's Clock



“親鳥と雛”  1章  訓練校時代   中編   ボウソウジコ


新歴66年 6月中旬  ミッドチルダ中北部  クラナガン近郊  武装隊第四陸士訓練校


 「ふぇー、広い訓練場ですねぇ、あ、陸士の訓練生の皆さんが出てくるところです」

 「フィー、あんまり飛び回ると危ないで」

 小さな身体で元気に飛び回る雪の妖精に、彼女と戯れる車椅子の少女。

 ある種、幻想的ともいえる光景であったが、妖精にかけられる声の持ち主である少女にとっては見慣れたものらしく、窘めつつも顔には笑みが浮かんでいる。

 「大丈夫ですっ、まだ訓練は始まってないみたいですし、はやてちゃん、もっと奥まで行って見学しましょう!」

 「はあ、まったくフィーはやんちゃさんやわぁ」

 八神家の末っ子の元気っぷりに感嘆しつつも、フィーが生まれる前まではヴィータもこうやったなあ、と、妹分に対してお姉さんぶるヴィータを想い、感慨にふける夜天の主。

 つい一週間ほど前の6月4日に誕生日を迎え、10歳となったばかりの少女のはずだが、その雰囲気にはどこかお母さんめいたものがあり、年齢を間違えられることも多々ある。

 その理由の一つには、彼女が車椅子に乗っており、身長や体格が一見しただけでは判断しにくいこともあるだろう。実際、訓練校の受付のお姉さんが、はやてがまだ10歳であることを聞いてぽかんとするといったシーンもあった。


 『奥へ向かうことについては問題ないはずです。リインフォース・フィーは飛行移動の際に魔力を消費すると同時にオートガードを張っていますから、仮に訓練弾が飛んできたところで致命傷にはなり得ません』

 ただ、その車椅子からお爺さんに近い機械音声が発せられたことにそれ以上に驚いたため、彼女の記憶に残っているかどうかは怪しい。

 まあ、女の子が座っている車椅子からいきなり爺の音声が出てきて驚くな、と言う方が無理かもしれないが。

 インテリジェントデバイスが最も普及しているクラナガンとはいえ、流石に車椅子が流暢にしゃべるというのはそうそうあるものではない、というか、こんな製品は存在しないし、あまり在って欲しくない。

 「いや、致命傷にならんくても、下手すると怪我はすると思うんやけど」

 『それはそれで、損傷の際のデータが採取できるのでよろしいのではないかと』

 「ひどいです! 私はものじゃありません!」

 一応はユニゾンデバイスに区分されるフィーだが、その精神は極めて普通の人に近い。なので、悪逆非道の管制機に抗議するものの。

 『何事も経験ですよ、フィー、デバイスとは様々な耐久試験や無理な運用を超えて成長していくものです』

 「いえ、ですから」

 『そも、デバイスというものは今より1491年前、俗に“ベルカ暦”と呼ばれる“先史”とはまたことなった暦の始まりとされる初代聖王の帰還によってもたらされたものと伝えられており、ストレージに始まり、アームド、インテリジェントと変遷を重ね、ついには融合騎である貴女に到るまで発展しました。その道筋には数え切れぬほどの調律師、デバイスマイスターの努力と研鑽があり、質量兵器全盛期の223年前には廃刀令ならぬデバイスの所持制限という苦難の時代もあったのです。その困難の中にあってですら、デバイスマイスターは丈夫で長持ちし、かつ歪んだ方向へ進化を続ける質量兵器とは異なったデバイスの製造法を継承し続けた先人の偉業には敬意を払わねばなりません、つまり、デバイスに負荷を加え、その耐久度を測ることは彼らの―――――』

 「はやてちゃん…………助けてください……………」

 「うん、諦めるのが一番やで。フェイトちゃんに習ったけど、右耳から入れて左耳に聞き流すのがコツや」

 「融合騎なので………無理です」

 フィーの表情は“げんなり”というか“どんより”というか、むしろ“神は死んだ”といった感じになっていた。だが悲しいことに周囲の音声を無意識に記録する癖があるため、呪いの長文から逃れることはできそうもなかった。



 『とまあ、つまりはそういうわけです。理解できましたか?』

 「はぅぅ~」

 およそ数分後、ノックダウンしたフィーは優しい主の膝の上に、安息の避難所を求めていた。

 「いや、あれで理解できたら聖徳太子もびっくりやで」

 『複数名との同時対話をこなすわけではありません』

 「せやかてなぁ、というかフィー、トールの声が聞こえんとこまで逃げればよかったんちゃうか?」

 『それは意味がありませんね、“機械仕掛けの神”の共振によって私からの音声信号はどこまでもリインフォース・フィーを追うことが可能です』

 「…………さよか」

 心の中で密かに、哀れな末っ子の冥福を祈るはやて。


 『ですが、これも必要な訓練です。いずれ彼女は魔導師とのユニゾン機能とデバイスとの同調機能を備えた、人と機械を繋ぐインターフェースへと成長するのですから』

 「リインフォースが言うには、後8年はゆうにかかりそうってことやけどな。まあ、焦ってもしゃあない、うちの末っ子はゆっくりと育つ予定や」

 『10歳にして母親とは、20歳を超える頃には祖母となっているのでしょうか』

 「やかましいわ」

 若干、自分が老け気味であることを気にしてもいる様子の、八神はやて10歳相当であった。




 「なのはちゃんとフェイトちゃんは、他の皆さんと一緒の訓練はされないのでしょうか?」

 やや高い位置にある見学用スペースにおいて、しばらくして復帰したフィーを交え訓練校見学を再開する二人と一機。(フィーは人にカウント)

 日曜の休日を利用して、現在なのはとフェイトが通っている訓練校を見学したいというはやての願いによって決行され、根回しと緊急時への連絡能力に長けた腹黒管制機が案内役を務める次第。残念ながらミッドとは休日が重ならなかったが。

 『彼女らは3か月の短期プログラムですから、同じカリキュラムではありません。集団戦などの訓練は共通となっていますが、本日行われている個人・ペア訓練は別となります』

 「あれは、ラン&シフト、障害突破してフラッグの位置で陣形展開する訓練やね」

 「はやてちゃん、分かるんですか?」

 「これでも一応は特別捜査官候補生や、武装隊の陸士・空士の修める訓練課程は把握しておかなあかんよ」

 闇の書事件の終結からおよそ半年、時空管理局への正式入局に向け、はやては熱心に勉強中。

 身近なところでリンディ、クロノ、エイミィ、さらにはグレアムにリーゼ姉妹と、その辺りに詳しい人間が揃っていたこともあり、管理局員の知識としてはそれほど不自由ないレベルまではとりあえず詰め込んでいた。


 「といっても知識だけやけどな、元々後方型やし、この足じゃ武装隊のフィジカル訓練はとてもやってられへんから」

 「でもでも、ここにも通信士科はあるんじゃないですか?」

 『残念ですが、こちらは武装隊陸士訓練校の通信士科です。ここから出発して通信士のみならず、執務官補佐や管理職の補佐官、次元航行艦の管制官などに進まれる方もいらっしゃいますが、特別捜査官とは系統が異なります』

 「まだそこまでは把握しきれてないんやけど、地上本部の特別捜査官のクイントさんによれば、むしろ部隊指揮や機動力を持つ空隊との連携の方が必須の技能になるそうや」

 地上本部首都防衛隊に努め、単独での違法プラントの摘発の権限を持つ若きストライカー、クイント・ナカジマ准陸尉。

 ギンガとスバルを保護してからは、家族との時間を優先するためゼスト隊の一員としてチームで動く彼女だが、それまではほぼ単独で特別捜査官として活動していた。

 闇の書事件においてゼストと共に八神家と関わった彼女とは現在も交流が続いており、次元間通信で何度かやりとりもしている。

 夫のゲンヤ・ナカジマ一等陸尉も部隊指揮の資格を持ち、来年には佐官に昇進するのではないかと言われており、はやてとしては身近な見本となる人々だった。


 「ふえぇ~」

 『つまり、八神はやて様が進まれる道は、空士学校で航空魔導師と共に学ぶか、士官学校で指揮官としての研修を行うか、もしくは、現場からの叩き上げで経験を積み、上級キャリア試験に合格するか、おおよそこの3つのルートに区分されるわけです』

 「ということは、はやてちゃんはゆくゆく、士官さまや佐官さまになるですね!」

 「それを目指してはいることにはなるよ、八神家の大黒柱として頑張らんと」

 『とはいえ、時空管理局では階級にそれほど重きは置かれませんので、士官ならばむしろこき使われることも多い。レティ・ロウラン提督のように本局の人事に携わるならば話は別ですが、アースラのように海の現場で働くならば尚更のこと、階級よりも役職が重要となります』

 「なのですか?」

 「クロノ君もそう言っとったな、特に私ら3人みたいにSランク級の魔力の持ち主は、尉官まではとんとんで登るけど、佐官以上はむしろ非魔導師の方が多いし、若い尉官を指導したり怒鳴りつけたりする下士官も結構おるって」

 『その辺りは、地球における軍隊や自衛隊の一般認識と異なる部分かもしれません。下士官と士官の間にはほとんど差はなく、尉官と佐官の間に大きな差があり、なおかつ階級とは絶対的なものではない』

 「うーん、難しいですぅ………」

 小さな身体で考え込むフィーは、無意識のうちにふらふらと蛇行している。


 「まあ、まだフィーには難しいやろな、正直、私も聞いただけやし、夏休みにクイントさんのとこに遊びに行く予定やから、そんとき一緒にお勉強しよか」

 『それがよろしいかと。この場で簡潔に申し上げれば、私とバルディッシュの違いですね。魔導師の力が必要とされる尉官レベルまではバルディッシュが活躍し、それ以上の階級になれば根回しや裏取引が重要になり、私やアスガルドの独壇場といったところでしょうか』

 「あ、それなら分かるです」

 「これは極端な例やけど、クイントさんがクラナガンで捜査する際にも、やっぱり階級だとかに拘らない方が他の部隊との協力もスムーズにいくって話やったしな」

 『最終的にはどれだけ丁寧に応対し利害を一致させられるか、がネックでしょう。頭を下げるのは無料なのですからいくらでも下げればよいものを、キャリアの誇りなどを下手に持つとそんな簡単なことも出来なくなるわけです』

 「いや、そりゃ確かに無料やけど」

 「トールにはそもそも頭がないです、人形さんの場合でも中に脳が詰まってないですし」

 『いえいえ、能力のある方々ならば誰でも出来ます。心にもない笑顔を浮かべながら頭を下げつつ内心で相手を見下すのは、人の上に立つ人間の必須技能の一つかと』

 実に嫌な技能だった。

 願わくば、はやてやフィーにはそんな技能とは無縁で成長して欲しいものである。


 『さて、そろそろ正午も近づいていますね、見学時間も終了間近です』

 「あ、もうこんな時間や」

 「あっという間でしたね」

 車椅子が時刻を告げるという妙な光景だが、流石に二人は慣れたもの。

 『いかがでしたか八神はやて様、今後指揮官を目指して活動していく予定の貴女にとって糧となるものが得られたならば、この時間に意味があったと言えるでしょう』

 「相変わらずのもったいぶった言い回しやなあ」

 「らしいと言えばらしいですぅ」

 「でもま、良い体験はさせてもらったわ。やっぱり陸士の基本は足腰というか、基礎訓練は大事やって改めて分かったし」

 『とてもよいことであると存じます。それでは見学ツアーの第二弾、クラナガン観光に出発いたしましょう。お勧めの昼食場所など、観光案内につきましては、万能車椅子“ボウソウジコ”にお任せ下さい』

 「なあ、そのネーミングセンスだけは何とかならへんの?」

 「確か、第二案が“テントウジコ”だった覚えがあるです」

 管制機に名前を付けさせるのがそもそもの間違いであるのは疑いなかった。

 『候補はいくつかあったのですが、絞りこめなかったため私の一存で決定いたしました』

 「駄目だこいつ、早く何とかしないと…………」

 「はやてちゃん駄目です! 月になっちゃいけません! それにあなたは夜の神様じゃなくて八つの神様です!」

 とまあそんなこんなで、クラナガンへ出かける二人と一機。

 なお、シグナムとヴィータも日曜日を利用してミッドに一緒に来ていたが、地上本部に所用があったため訓練校の入口で分かれていた。

 ここに二人がいてくれればと思う一方、いたら余計凄いことになりそうな気がする二律背反に悩むフィーであったそうな。






ミッドチルダ中央部  クラナガン市街  


 第一管理世界であり、永世中立世界であるミッドチルダの中心地であるクラナガンは、次元世界の中で最も特異な街の一つである。

 第3管理世界のヴァイゼンや第4管理世界のカルナログも大半が先進国家で形成される安定した世界だが、時空管理局の地上本部があり、本局から最も近いミッドチルダの中枢は、かなりの長期に渡り安定とは言い難い状態にあった。

 そんなクラナガンであったが、陸士達の命を懸けた働きと、魔導技術の平和利用への研究の進歩に加え、各管理世界があらかた安定したことで海に割かれる戦力が若干ながらも減少しつつあることから、治安は回復しつつある。

 とはいえ、各世界から様々な文化が入ってきて混ざり合い、それに伴い各世界で弾かれ者となったアウトローの流入も続いており、「管理世界の常識はミッドチルダの非常識」などという格言に代表される状況は依然続いている。

 ここは混沌の街クラナガン、文明の黄昏と黎明が同居する不思議の街。


 「ちゅうらしいけど、今のわたしら以上に不思議なものは中々ないと思うで」

 「はい、フィーも同感です」

 そんな混沌の街を進むはやてとフィーの顔が若干引きつっているというか、達観と諦観が織り交ざったかのような表情をしているのも無理はない。

 『どうかなさいましたか?』

 「うん、これでどうもしなかったら、その人のこと尊敬するわ、マジで」

 「むしろ、神か教祖として崇め奉りたい気分です」

 はやては現在、クラナガンの街を“歩いて”進んでいる。

 彼女が乗っているのは車椅子、とりあえずは車椅子であり、車椅子のはずだ、そう信じたい、むしろ信じさせろ。

 今のはやての心境はまさしくそんな感じだったが、悲しいことに現実はどこまでも非情であり、彼女は紛れもなく歩いているのだった。

 ただし、自身の足ではない。彼女の足は回復しつつあるものの、未だ歩ける状態ではなかった。


 「なあフィー、車椅子って、歩道橋を進めるもんやろか?」

 「絶対に違うと思います。少なくとも、奇異のまなざしでこっちを見てくる人達もそう思ってくれてるはずです」

 平坦な道ならばタイヤで進み、起伏などがあれば多足歩行に切り替え、されど音は立てずに滑らかに動く。

 やたらスムーズに動く分かえって不気味で、乗り心地は悪くないはずなのに精神的疲労は溜まっていく不思議な機械。

 『この“ボウソウジコ”は八足の高性能多目的アームを備えた特別機です。注目を集めるのは致し方ないかもしれません』

 「うん、そろそろ壊してええやろ?」

 『賠償額は日本円で1200万円ほどとなりますが』

 「高っ! そんなにかけたんかコレに!」

 「高級車なみに高いですよ!」

 『冗談です』

 「落ち着こう、落ち着け私、頭冷やそう、私はクールや、be cool、be cool」

 「そしてグリニデ様です」

 必死に自己暗示をかけ、自分の乗っている車椅子という名のナニカを魔法で叩き壊す衝動を抑えるはやて。それを何とかサポートしようとするフィー。

 ただし、知識と経験がヴィータと一緒に読んだ漫画に偏っているためか、むしろはやてを煽ってる感じがしなくもないが、多分錯覚だろう。


 『実際のところ、200万円といったところですね。ゼロから製作した場合は遙かに高くなりますが、既存の車椅子にデバイス・ソルジャー用の多足アームを取り付け、時の庭園にいる私が遠隔操作できるようプログラムしただけですので』

 「私は実験体かいな」

 『モニターという表現が的確かと、これを衆人環視の中で運用した場合の周囲の反応や搭乗者への精神的負荷もサンプリングの対象ですので』

 「あはははははははは、エルシニアクロイツ、セットアッ―――」

 「駄目ですはやてちゃん、抑えて下さい! 街中で攻撃魔法を使うとお巡りさんに捕まります! 管理局員に捕まる特別捜査官候補生ってシャレになってないです!」

 「大丈夫、これはただの夢や」

 「現実を侵す悪夢ですよ! むしろ、夢という名の現実逃避ですよ!」

 『夜天の魔導書の術式の中には、内部空間に取り込み、永遠の夢を見せるものもあるとリインフォースより伺っていますが』

 「そろそろ本気で黙ってくださいトール、いくらわたしでも堪忍袋の緒が切れそうです」

 いよいとなったらはやてと融合してでも止める覚悟のフィー。

 ユニゾンについては未調整なので下手すると融合事故となるけれど、“ボウソウジコ”じゃないならそれで十分だった、二重の意味で。


 『御安心を、モニター料として八神家の口座に40万円ほど振り込んでありますので』

 「よっしゃ、交渉成立や」

 「誇りを金で売りました!」

 夜天の主のあまりの身代わりの早さに、空いた口が塞がらない。

 「ええかフィー、私は八神家の家長や、お腹を空かせて待ってるヴィータや末っ子のフィーにひもじい思いをさせるわけにはいかへん。シグナムもシャマルも、ザフィーラも、そしてもちろん、リインフォースも一緒やで」

 「は、はやてちゃん………」

 いつでも家族のことを想う、それが八神はやてという少女の根源である。

 そんな彼女だからこそ、人の欲望によって闇に堕ちた夜天の光は輝きを取り戻し、こうして穏やかな日々を過ごせているのだ。


 「ちゅうわけで、今日の夕食は、料亭でフグ刺しや」

 「欲ですか、やっぱり欲なんですね! 闇の書の闇の欠片は実ははやてちゃんの中にあったんですね! 欲界に堕ちたな八神はやて!」

 「エルシニアクロイツに溶けたディアーチェが、訴えてくるんよ、生きているうちにフグ刺しが食べたかったって……………」

 「ディアーチェ、可哀そうに………」

 いつの間にか、闇統べる王の妄念はフグ刺しを食べることに変更されていた模様。

 穢れなき祝福の風にとっては、それがたまらなく悲しかった。


 『八神はやてという少女は、欲が少なすぎることがヴォルケンリッターの方々も気にしておられましたが、闇統べる王の残滓と溶け合ったことで、その憂いも除かれたようですね』

 「あの、奇麗にまとめようとしてますけど、諸悪の根源はトールですよね。恥の光景は現在進行形でクラナガンの皆様にお届け中ですよね、というか、そろそろフィーは帰って良いでしょうか?」

 「あ、フィー、アイス屋さんの屋台や」

 「イチゴ味が良いです!」

 訂正、欲望の残滓は、フィーにも受け継がれていたようだ。





 「しかし、改めて見ると、結構地球と変わらない街並みやな」

 「あ~」

 スプーンですくったアイスをフィーの口へ移しながら、辺りを見渡す。

 外見こそあれだが、時の庭園からの管制を受けているため100%の精度で衝突事故などを回避でき、緊急時にはバリア展開能力や飛行機能すら使える“ボウソウジコ”は確かに便利ではある。

 とりあえず40万円と引き換えに、周囲の目は気にせずクラナガン観光を続けるはやて、開き直ったともいう。


 「あそこにあるのは、本屋さん?」

 『左様です、最近の売れ筋は、人々を洗脳して操る悪の組織に立ち向かう執務官の物語ですね。先月号で彼の恋人が洗脳され、果たして主人公は彼女をどうするのか、というところまでで終わっていました』

 「よくそんなん知っとるな、王道やけど、実際にはどうなん?」

 「あ~」

 『魔法による洗脳などというものは、そういった漫画の中では、悪の組織がよく使うことになっておりますが、実際においてはほとんどあり得ないものです。これは、地球において、刑事とヤクザが銃を撃ち合うことが滅多にないことと似ていますかね」

 「ふむふむ」

 『簡単に言えば、採算がとれないのですよ。術式の難度や、洗脳を実行して管理局に逮捕された場合の求刑、さらに、それで得られるリターンと、洗脳を破られる可能性、廃人になる可能性、それらを全て考慮すれば“ボウソウジコ”を開発する以上に無意味なことです』

 「これが無意味に近いっていう自覚はあったんや」

 「あ~」

 『洗脳とは、利益を得るために行動する“悪党”が用いるものではありません。裏社会で地位を持つ人間程その辺りの損得勘定には長けておりますから、洗脳を使うのは、愛や復讐に狂った人間などが代表例です』

 例えば、自分を捨てて他の男を選んだ女に対して用いたり。その二人の間に生まれた子供に対して用いたり。

 そういった、採算のことなど一切考えない者たちが使う魔法といえる。

 『ですから、魔法による洗脳技術は麻薬と同じようなものです。悪党自身は滅多に使わず、自己を顧みない者達や騙された者達が使うという点、そうして、官憲に取り締まられるという点も共通しております』

 「なるほどなあ、どんなものでも、人間次第ってことやね」

 「あ~」

 そして、ひたすらにアイスを食べ続けるフィー。

 余談だが、この日、アイスの食べ過ぎでお腹を壊すという武勇伝をヴィータに次いで打ち立てることとなる。フグ刺しを食べるまでにはリインフォースが調律して治してくれたらしいが。



 「ん、何やあれ?」

 『あれは、ゴミ箱マシーンですね、クラナガンのあちこちに設置されています』

 「ちゅうことは、道端に落ちているゴミを拾うのが仕事?」

 「あ~」

 『いえ、彼らの仕事はゴミを発見し、その前で待機しつつ自身の蓋を開くことだけで、ゴミを拾って中に入れるのは人間の役目となります』

 「そらまたどうして?」

 『人が捨てたゴミは、人が拾うべき、機械はそれを手助けするのみ、という思想が根底にあるようです。あちらをご覧ください』

 ちょうどそこには、ゴミ箱マシーンに落ちていた空き缶を入れる人の姿があった。


 「なるほど、人がちゃんとゴミを捨てれば、機械に頼る必要もないわけや。何事もボタン一つで済めば確かに便利やけど、どこか味気ないもんな」

 その象徴は、機械仕掛けの楽園である時の庭園。

 管制機トールの指示の下、どんなものでも完璧に用意できるだろうが、食事の用意などは、常にリニスかフェイトか、もしくは主のプレシア自身で行っていた。

 『はい、だからこそ、八神家には機械の助けが必要ない。例え貴女の足が不自由のままであろうとも、優しく元気な家族が傍にいるならば、心のない機械の補助など何の役に立ちましょうか』

 「だったら何でこんなもん作ったんや?」

 「あ~」

 『このままでは駄目だ、早く元気になって自分の足で歩こう、という想いを増幅できるかと考え、製作しました』

 「………その点については同意できるかもしれへん」

 真に不本意ではあるが、この状況が続くなら、一刻も早く足を治したいと思うだろう。


 『機械がそのままゴミを拾えばよいのですから、態々人が拾うのは無駄と言えば無駄の極みでありましょう。しかし、我々機械と異なり、人間とは精神的な無駄を好むと推察します。わざわざ自分の足で巡礼に向かわれる方々などは代表例かと、それをサポートするのもまた人間のシスターであり、オートスフィアではありません』

 はやては想像してみる。

 巡礼者が歩いていき、それをオートスフィアが見守って、介助する姿を。

 それは確かに、何かが違っている気がした。自宅介護などであればまた印象が変わるかもしれないが。

 『まして、それが中隊長機などであれば、論外と言えましょう』

 はやては想像してしまった。ゴッキー、カメームシ、タガーメが巡礼者に付き添う姿を。

 ………吐いた。

 とまではいかずとも、その寸前に追い込まれる程、凄まじい精神的ショックだった。


 「頼むから、あれは想像させへんといてや」

 『善処します』

 この後もクラナガン観光は順調に進んだものの、“ボウソウジコ”のおかげで肉体的には疲れがないはずなのに、多大な精神的疲労が残り、フィーは途中でダウンし、車椅子内部に格納されていたフィー専用の鞄の中で寝込んでいたらしい。


 なお、八神家皆で初めて食べたフグ刺しは、とてもおいしかったそうな。






ミッドチルダ  某所

 「あ、トーレ姉様」

 「どうしたクアットロ、こんなところで珍しい」

 「えっと、一緒に機体洗浄に……」

 「すまんが、しばらく任務で出てくる」

 「そんなっ!」

 「チンクかセインにでも頼めばいいだろう」

 「い、一応、姉としてのプライドが………」

 「プライドを持つことは重要だが、拘り過ぎて実利を失うことも愚かだぞ」

 「そ、それは分かっていますけど」

 「それよりも、しばらくこちらの守備は任せる。万が一私の留守中に管理局が来た場合は、お前とチンクで迎撃に当たれ」

 「ウーノ姉様やドクターは?」

 「少々、個人的に忙しい案件があるそうだが、内容は聞かせてもらえなかった。しばらくはウーノ以外に伝える気はないらしい」

 「あらぁ、それは珍しいですわね。初期製作機(ファースト・ロット)の私達にも秘密なんて」

 「そういうこともあるのだろう、加え、チンク以下の妹達にはそのこと自体を秘密にしておいて欲しい、とのことだ」

 「そこまで言われると逆に気になりますけど、まあ、子供でもあるまいに、余計な詮索はなしにしますわ」

 「賢明な判断だ。それでは、私は行くぞ」

 「行ってらっしゃいませ、トーレ姉様」

 持ち前の速度を遺憾なく発揮し、あっという間に見えなくなるトーレの姿。

 そして、彼女の姿が消え、クアットロが一人になった瞬間―――


 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ

 『洗浄シマス、洗浄シマス』

 犠牲者カウントがまた一つ積み重なった。



あとがき
 テンプレ展開の第二弾、オリキャラがヒロインと一緒に街を歩く(デート)、がついに………





[30379] 1章  訓練校時代  後編  卒業試験、壁抜きの奇蹟
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 14:58

My Grandmother's Clock


“親鳥と雛”  1章  訓練校時代   後編   卒業試験、壁抜きの奇蹟



新歴66年 8月末  時空管理局本局  中央センター  B3区画


 時空管理局の本部であると同時に、1つの街を内に持つ巨大な艦でもある次元世界最大と称される巨大建造物。

 それが時空管理局本局であり、次元世界からあらゆる情報が集まる情報都市でもある。

 その中で、ここB3は武装局員が普段訓練している区画であり、航空戦技教導隊の本部もこの奥に存在する。


 「さて、それじゃあ早速いこっか」

 「はい、お願いしますロッテさん」

 そんな中を歩く二人、本局の重鎮ギル・グレアム提督の使い魔であり、戦技教導隊アシスタントも長く務めるリーゼロッテと、武装隊士官候補生の高町なのは。

 なのはの通う陸士訓練校の短期プログラム、3か月のカリキュラムは終了し、いよいよ残すは卒業単位認定試験のみ。

 フェイトの場合は目指す先が執務官であるため、アースラのクロノ・ハラオウン執務官監督の下、既に卒業試験を終えている。

 そして、士官候補生であるなのはの卒業試験の舞台が、ここ、航空戦技教導隊の訓練区画である。


 「さて、試験開始にもまだ時間あるから、のんびり歩きながらもう一回教導隊についておさらいしとくよ。他の組織と比べてどうとかはこの際置いておいて、なのはに関わる部分だけね」

 「はい」

 歩きながら、ロッテはウィンドウ画面を表示し、指差しながら説明を開始する。画面を見ながら歩くのは危なくもあるが、マルチタスクを修めた魔導師ならば呼吸に等しいことだ。

 「まず、なのはが目指す航空戦技教導隊の主な仕事はこの4つ」

1.訓練部隊の仮想敵として演習相手(想定される敵や能力をシミュレートするため様々な戦い方、飛び方を実演)
2.最先端の戦闘技術の構築、研究。レアスキルを“ミッド式”へ汎用化することも重要な役目。
3.魔導師用の新型装備や戦闘技術をテスト。
4.預かった部隊を相手に、短期集中での技能訓練。

 「このうち、1番目についてはほとんど武装隊と被ってるね。ここについては、教育隊も教導隊も差はないし、武装隊の士官候補生のなのはも、ここから始まる」

 「えっと、つまり………」

 「士官学校、もしくは空士学校を卒業したばかりの武装隊のひよっ子に、特大の砲撃をかましまくればオッケー」

 「あの、わたしもまだ卵なんですけど……」

 「なあに、なのはの経歴は正直あり得ないくらいだから大丈夫。AAAランク、いえ、砲撃に関してはSランクに届く高ランク魔導師を相手にするってのがどれだけの困難かを、骨身に染みて叩き込んでやるわけね」

 少なくとも、一般的な空士学校の卒業生はヴォルケンリッターと戦ったり、闇の書内部で6時間にも及ぶ壮絶な電脳戦を繰り広げたりはしていない。なのはが稀少であるのは厳然たる事実だった。


 「2番目も多分、並行して学んでいくと思う。天才肌の魔導師は他人にものを教えるのが苦手だから、なのはの場合は、結界魔法とか、治療魔法の習得じゃないかな?」

 「う………その辺りは、ずっとユーノ君任せでした」

 「だからこそ、さ、それが出来るようになればマルチスキルも向上するし、なのはのように簡単に空を飛べず、砲撃も撃てない連中の苦労がきっと分かるようになる。それが出来なきゃ、戦技教導官にはなれないよ」

 「頑張ります」

 両手でガッツポーズをするように気合いを入れるなのは、基本的に向上心は強い子だ。


 「3番目については、さっき挨拶した教導隊総隊長の爺ちゃんから必要に応じて割り当てられるから、特に気にしなくていいよ。要は、新型装備のテストを任せられるくらい成長しましたって証だから、そこまでいけばいよいよ4番で、教導開始」

 「それまで、何年くらいかかりますか?」

 「ん~、やっぱり、4,5年はかかるだろうね。武術だろうが学問だろうが、他人に教えるくらいに修めるにはそれくらいはかかるもんさ」

 「お父さんやお兄ちゃんも言ってました。剣の道だったら、本当に他人を指導できるようになるまで、10年はかかるって」

 「なるほど、金言だ。ちょっときついようだけど、なのはの魔法にはまだ“重み”が足りないんだろうね。お兄さんやお姉さんの剣にはあって、なのはの魔法に無いもの、それが備われば、きっと一人前の戦技教導官だよ」

 「卒業試験は、そのための第一歩なんですよね」

 「そーいうこと、フェイトだってそうだったろ。なのはの場合は、これから戦技教導隊で候補生としてやっていくことを試しにやって、上手くやれれば訓練校の卒業認定、ってことさ」

 話が一段落したところで、二人は目的地に辿り着く。


 「航空戦技教導隊、5番隊隊長の執務室。今日の試験に合格出来れば、9月からなのはの上官になる男の城だ」

 「シリウス・フォルレスター一等空佐さん、ですよね」

 「ああ、現状の5番隊は24名で6班構成。教導官はほぼ全て尉官以上だから、二尉で副班長、一尉で班長ってあたりが、まあ標準かな。こいつは2班の班長も兼任してるけど、隊長でもあるから一等空佐、副隊長やら隊長は基本佐官以上が勤めるから」

 「一等空佐って、ゲンヤさんより偉くて、リンディさんやレティさんと同じくらい凄かったような……」

 「まあね、なにしろ新歴30年に15歳で入局した勤続36年の大ベテランで、魔導師ランクは空戦SS。なのはとフェイトがぼっこぼこにやられた地上の英雄よりも古株の、戦技教導隊最高峰の魔導師、“隻腕のエース”さ」

 「えっと………」

 「まあ、そこは会ってからのお楽しみ。シリウス、入るよ!」

 そうして、高町なのはという少女は、シリウス・フォルレスターとの邂逅を果たす。

 10年に渡り彼女の師となり、“不屈のエースオブエース”の称号を高町なのはへと託した、空の英雄に。







 「それじゃあ、今日の試験はあたしが見てるから、またね」

 「失礼しました」

 「ああ、気を付けていきたまえ」

 重々しい初老の男性の声に送られ、10歳の少女と外見だけならば若い女性だが、実際は40年以上の時を生きている使い魔が執務室を後にする。

 「緊張したかい?」

 「は、はい、黒人の方と話したことはありませんでしたし、何より………」

 「身長は190cmを超えてる、声も厳ついし、顔もごつい、一見して軍人以外の職業が連想できない。その上、左腕がないときたもんだからね」

 「正直、ゼストさんよりも迫力がありました………でも、シリウスさんには左腕はありませんでしたけど」

 その代り、彼の周囲には“魔法の腕”が4本ほど浮遊し、それぞれが別々の作業をこなしていた。

 「あれ、どうやってるんですか?」

 「通称、“ロスト・ハンド”。別に特別なものじゃなくて、誘導弾とかを手の形に生成して、制御してるだけなんだよ。20歳の時に任務で失った左手の代わりに、ね」

 「そんなことが……」

 「やるのは多分、管理局でもあいつくらいだよ。普通は義手とか付けるし、最近はそっちの技術も進歩してる。けど、あいつも堅物の極みでね、自分の不覚を機械に肩代わりしてもらうつもりはないとか、己の慢心を戒めるためとか、そんな感じさ。今じゃあ自分の腕以上に操るどころか、ああして複数の腕を遠隔操作するくらいになった」

 「なんか、クロノ君とゼストさんを合わせたみたいですね」

 それは率直な感想だったが、考えれば考えるほどそういう気がしてくるなのはだった。


 「そりゃ確かに言えるかも、でも、卵か鶏かで言えばこっちが先だね」

 「シリウスさんが先、ですか?」

 「あの魔法の腕はあいつの魔力の塊だから、デバイスを握って魔法を放つことも出来るんだ。なのはのブラスタービットもそうだけど、手元にある杖を本体に、複数のデバイスを同時に制御するのさ」

 「それを杖でやるのって、クロノ君の……」

 「そ、クロ助のS2Uとディランダルの二杖流だね。あいつの場合は五杖流、ってとこかなぁ」

 「………信じられません」

 現在では、1つのブラスタービットを制御するだけで精一杯のなのはには、それがどれだけのマルチタスクを必要とするのか、見当もつかない。

 けれど同時に、その人の教えを受けたならば、レイジングハートのビットをもっと上手く扱えるようになられるんじゃないかと、期待感も膨らんでくる。

 「だけど、あいつはミッド式の極致だから、きっとなのはの良いお師匠になってくれるよ。まあつまるところ、ミッド式空戦AAAランクのなのはのお師匠には、ミッド式空戦SSランクが一番いいってことだね」

 ロッテが見るところ、ブラスタービットを展開し、フルドライブを使用したなのはを制するには、最低でSランクが必要だ。

 陸戦AAのクイントが勝ったように、初見殺し的な方法ならば、勝つ手段はいくつもある。しかし、師匠というものは弟子と幾度も模擬戦を重ねていくものだ。

 スポーツ選手のコーチやトレーナーのように、自身が強くなくとも他者を高みへ導く者もいるが、戦技教導官はそうではない。教育隊の教官ならばそれでもよいが、管理局全体で100人程度のエースの集団に求められるものは違う。

 だからこそ、なのはを戦技教導官として教え導く役が、それも、彼女よりもあらゆる魔法戦技に優れる者の指導が必要だった。


 「………わたしが、シリウスさんの弟子で、いいんでしょうか?」

 「なーに言ってるの、なのは以上に戦技教導隊の適性を持ってる子なんてそうはいないよ。それに、まずは卒業できるかどうかだよ、まあ、なのはなら問題なく一発合格だろうけどさ」

 「でも、わたしは教えたことがありませんし」

 「そーいうのじゃないの。確かに、上手くできない人のことを理解する気持ちは必要だけど、戦技教導官に一番必要なものは、それじゃないのさ」

 それを、これから見せてあげると、ロッテは笑いながら言う。

 あのリンディ・ハラオウンが、幼い少女を勧誘せずにはいられなかったその理由。

 様々な道を示し、彼女が自由に選べるよう助力を行いながらも、見てみたいと思わずにいられなかった、その輝きを。





時空管理局本局  武装隊訓練施設


 「それじゃ、こっから先は、この子があんた等の相手をするからね。説明したように訓練校短期プログラムの卒業試験だけど、あんた等もいつもの訓練のつもりでやりな」

 およそ32名の新米武装局員が集められた、訓練施設。

 まず初めに、Sランクに相当する前衛型の使い魔であるロッテより“洗礼”が与えられ、近接の空戦について多少の講義が行われた後、遠距離戦へと話は移る。

 そして、遠距離戦の専門家として、これから敵役を務める武装隊の士官候補生を紹介されたのだ。

 「初めまして、武装隊士官候補生、戦技教導隊アシスタントの高町なのはです。今日は皆さんの訓練相手を務めさせていただきますので、よろしくお願いします」

 ぺこり、と壇上の少女がお辞儀をすると同時に、整列した32人の新人武装局員の中に驚きともとまどいともつかないざわめきが広がる。

 壇上に立つ少女は、管理局所属の魔導師であることを示すエンブレムを胸につけてはいるが、そのバリアジャケットは何かこう、“魔法少女”的なデザインだ。

 年齢は10歳くらいだろうか、利発そうな子ではあるが、どこをどう見ても管理局の先輩には見えない。緊張しているのか、どこかぎこちない笑顔を浮かべるその姿は、誰がどう見ても年相応の少女のそれだった。

 まさしく、訓練校の候補生というのが、しっくりくるほどに。


 「ん~、まあ分かりやすい反応だけど、まずは一つ、デモンストレーションといこうか」

 「え、ろ、ロッテさん、聞いてませんよ!」

 「大丈夫、狙ってやったから。いいかいあんた等! 武装局員たる者、現場で事前に聞いてないことをいきなりやれなんて言われることなんてざらだ! そんな中でも、しっかりと仕事をやってのける奴のことを、エースと呼ぶ!」

 響き渡る声は、まさしく歴戦の強者ならではのもの。

 それを成せず、殉職していった者達を知るからこそ、ロッテの言葉には重みが宿る。

 「それでなのは、アンタにお願いしたいのは、あっちの方に、壊れた建物があるね」

 「はい、あります」

 「あれはレイヤー建造物じゃなくて、本物だ。武装隊の訓練用に、ある程度の耐久性をもたせて最初から廃墟として、低予算の安普請で建造されたものさ」

 「はい」

 そして、何度も破壊されては建て直される。地上部隊からは予算の無駄使いだという声も上がるが、委託される業者との連繋や、急造建築技術の保存、老朽化による事故防止など、総合的に見ればそれほど無駄でもない。

 とは、後に建物を壊してしまったことを少し気に病んでいたなのはへ、とある管制機が送信した言葉だ。


 「その最新部に、犯人が人質を取って立てこもっている、という設定で対象物を置いておいた。それを、壁抜きの砲撃でノックダウンさせる。犯人には魔力ダメージのみ、人質には光と音の影響しか残らないレベルまで安全性を高めて、一切の後遺症を与えない」

 条件を聞いた瞬間、ざわめきが一気に広がる。

 ロッテの言ったことは、邪魔な壁は物理破壊設定で壊し、犯人は魔力ダメージで抑え、人質には危害を加えない、それをたった一発の砲撃で成せという荒唐無稽。

 “物理的に考えて”出来る筈もなく、武装局員として魔法の力を扱う彼らとて、理論上は不可能ではない、というレベルの認識でしかない。

 だが―――


 「他の条件はこの際考えなくていい、レイジングハートのワイド・エリア・サーチで距離を算出して、極限まで集中した貴女の魔法を使うだけ、やれるね、なのは、レイジングハート」

 「―――はいっ! やれます、わたしと、レイジングハートなら!」
 『All right.』

 不屈の心の銘を持つデバイスと、純白のバリアジャケットを纏う少女には、恐れはない。

 「よっし! それじゃああんたら、よーーっく見てな! エースというのがどういうものか、管理局の武装局員ならば、何を理想とするべきかを!」





 「ワイド・エリア・サーチ、開始。レイジングハート、わたしの願いに応えて」
 『Yes, my master. Sealing Mode.(シーリングモード)』

 主の願いに応じ、インテリジェントデバイス、レイジングハートが、最適な形へと変形していく。

 かつて鉄の伯爵グラーフアイゼンに砕かれ、守護騎士と戦うために生まれ変わったレイジングハート・エクセリオンは、戦技教導官を目指す主のために、今の自分に必要な機能を演算し続ける。

 中距離射撃と誘導管制のアクセルモード。

 砲撃特化型のバスタ―モード。

 全力戦闘用、フルドライブのエクセリオンモード。

 リミットブレイクのブラスターモード、通称、“ルシフェリオン”。

 そして、一つの魔法に魔力をすべて向ける為の形態であり、光輝く羽根が舞う、魔導師の杖。

 彼女の“祈祷型”としての特性を最も引き出す、シーリングモード。


 『Wide Area Search successful.(WAS 成功)』

 それは、フルドライブなどに関係なく、全ての機能を演算や封印などに充てるためのモードであり。

 『Coordinates are specific. Distance calculated.(座標特定、距離算出)』

 主の願いを叶えるために演算を行うという、インテリジェントの基本にして究極形。

 なのはの望む魔法の力、その源は彼女のリンカーコアにあり、術式の構築を行うのも彼女自身。

 そしてそれをサポートし、誤った結果をもたらさぬよう制御するのが、デバイスの役目。


 「リリカル・マジカル―――乗り越えるべきものは超え、制さなきゃいけない人を制し、傷つけちゃいけない人は傷つけず―――優しい光を、わたしは願う」
 『I fulfill a wish of my master.(主の望みを、私は叶える)』

 距離、障害物の材質強度、WASによってそれらの特定が済んだならば、後は条件付けだ。

 そもそも魔法とは現実の事象を歪めるものであり、現実空間を構築する数式に別の数式を代入する“現象数式”と定義出来る。だからこそ、魔法はアプリケーションとして、プログラム化することが可能。

 レイジングハートは主である高町なのはの全てを知る。彼女が全力で砲撃を放てば、壁を砕きながら何秒後に目標に到達するかなど、手に取るように予測出来る。

 そこまで来れば、後は単純な条件文一つ、プログラムならば至極簡単。ある条件までは物理破壊設定、超えれば非殺傷設定、特定の対象については安全設定。


 「ジュエルシードによって出てきた木々………わたしが最初にディバインバスターを撃ったあの時は完璧に出来なかった、人は傷つけず、災厄の源だけを抑える魔法」
 『When it was now, we in whom it is possible grew.(できます、今ならば、私達は成長しました)』

 人間にとっては荒唐無稽の難問、機械にとっては単純な条件文の組み合わせ。

 WASがなく、勘で撃たねばならないならば、機械の鬼門。しかし、状況が分かっているならば、当てはめて演算するのみ。

 複雑怪奇な人間の心を読むことに比べれば、この程度の演算の、何と容易きことか。

 人には難しき大演算を必要とする大数式と解くために、デバイスというものは存在するのだから。


 「行くよ、レイジングハート!」
 『Yes, my master!  Buster Mode!』

 シーリングモードにおいて条件付けの演算を全て終え、魔導師の杖はバスターモードへと。

 その先端へ、彼女の願いを具現する星の光が集っていく。


 「ディバイン―――――」
 『Load Cartridge.』

 そして、ジュエルシードの時にはなかった、彼女達の歩んだ道の証であるカートリッジが、魔法の力を後押しし。


 「バスタァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
 『Divine Buster.』

 破壊の力を秘めながらも、優しい願いに満ちた桜色の閃光が、解き放たれる。

 それは壁を砕き、倒すべき人を昏倒させながらも、守るべき人を傷つけない。

 どれほど巨大な力を秘めようとも、心無き冷たい質量兵器には決して不可能な、人の扱う温かな魔法だからこその、小さな奇蹟がそこにあった。




 「文句無しの満点。これで卒業できなかったら、裏取引の可能性を疑わないとね」

 放たれし桜色の閃光が消えていく光景を見つめながら、長い時を生きてきた使い魔が呟く。

 「夢を与えること、目指すべき輝きを示すこと、それが、戦技教導官の一番の資質だよ、なのは」

 その光景を見届けた若き武装局員達の瞳が輝いている、管理局員が目指すべき姿の一つをそこに見て、夢が、希望が、彼らの心に宿ったのだろう。

 夢を叶えることが出来るかどうかは、それぞれの頑張り次第だが、その後押しするために、教導隊も、教育隊も存在している。

 「そりゃ、実際の事件はこうはいかないし、こんなはずじゃなかった悲劇なんて、数え切れない」

 それでも、掲げし理想を見失ってはいけない。悲劇を少なくすることを目指して、戦技教導隊はスキルを積み上げているのだから。


 「もちろん、学ぶべきことはまだまだあるし、管理局と関わらず喫茶店の二代目になって、甘いお菓子で人々に笑顔を届けるのもいいさ」

 だが、どちらにせよ。

 「なのはには、誰かに笑顔を、夢を届ける仕事が、きっと似合ってるよ。子供を育てる専業主婦も、案外天職かも」

 間違っても、破壊の目的で力を振るう姿など、高町なのはには似合わない。

 「あたし達が駆け抜けたこの道の先、自由な翼で、どこまでも、どこまでも高く羽ばたいてくれれば―――」

 管理局の黎明期、その道のりで散っていった者達も、きっと浮かばれる。

 これまでは、歴戦の勇士であるシリウスのような男が必要とされてきた戦技教導隊はきっと変わっていく、そしてそれは、喜ばしい変化だ。

 実は、なのはを彼の下へ案内する前に部屋に訪れ、そんなことを何時間も、彼と過去を懐かしむように話していた。


 「戦争や事件がなければ、歴戦の勇士なんて、必要ないんだから」

 それが、“呪魔の書”という極限の闇と戦った、11年を超える闇の書事件との終焉において。

 ギル・グレアムやリーゼ姉妹が想い、そして、次代の子らに強く願う。

 温かく平和な世界への、祈りであった。






新歴66年 8月30日  第97管理外世界  海鳴市藤見町  高町家


 「はい、どうぞ」

 「おおぉ、うまそうだなぁ」

 「ふふ、それじゃあ、なのはもフェイトちゃんも健康無事に卒業して帰って来たことを祝って、楽しくやろっか、皆、準備はOK?」

 「「「 はーい! 」」」
 「了解」
 「ああ」

 「それじゃあ、いただきます!」

 「「「「「 いただきますっ! 」」」」」

 桃子の音頭に始まり、士郎、恭也、美由希、なのは、フェイトの5人が同時にいただきますの言葉を述べる、そろそろ高町家で馴染みになりつつある光景だ。

 逆に、ハラオウン家においてはリンディの音頭に始まり、クロノ、エイミィ、なのは、フェイト、アルフの5人がいただきますを言うのが恒例になりつつあり、土曜の今日は高町家だが、日曜の明日はハラオウン家で帰宅を祝う催しがあったりする。

 さらに、八神家、月村家、バニングス家なども含めて宴会になることもあり、海鳴に暮らす人々はとても温かく、仲が良く、さらにお祭り好きだった。

 なのは、フェイト、アリサ、すずか、はやて。

 5人の少女は、とても穏やかな幸せの中で、少しずつ大人へと成長していく。


 「ほら、なのは、取り皿」

 「ありがとう、お兄ちゃん」

 「ん、うまいなこのシチュー」

 「美由希、お料理上手くなったじゃない。今日のシチューはほぼ一人で作ってたし、今はもうほとんど手伝ってないもの」

 「ふふ、ありがと、エイミィにも少し教わったんだ」

 「確かに、あの壊滅的な状況からよくぞここまで持ち直してくれたと思う」

 「もうっ、恭ちゃん!」

 「だが、事実でもあるぞ美由希。俺と恭也が何度実験作を口にして台所へ駆けこんだことか」

 「…………どう見ても、人間に速さに見えなかったんですけど」

 なお、今年の1月頃、美由希が初めておせち料理の手伝いに挑み、彼女作の煮豆による悲劇をフェイトは目撃したことがある。

 見た目は普通であり、フェイトが普通に箸で口に運ぼうとした瞬間、それを遮る恭也の腕。

 そして、覚悟を決めた、いや、悲壮感すら漂わせながら士郎が恭也へ目くばせし、互いに頷いたところで両者は煮豆を口にした。

 その次の瞬間、彼らは台所の流し台にいた。

 超スピードとかそういうちゃちな代物ではない、“神速”という人間離れした技術の一端を味わったフェイトであった。

 「にゃはははは、お父さんとお兄ちゃんは御神流の剣士さんだから」

 「なのは、あたしもだよ?」

 「もっちろん、なのは自慢のお兄ちゃんお姉ちゃんです」

 「あらなのは、桃子お母さんは自慢の中に入ってないのね~~、お母さん寂しいいぃ」

 「お、お母さんもだよ、お母さん大好き!」

 「そこ、10歳の娘に対して嘘泣きをするな、高町母」

 「あーん、恭也までぇ、ねえあなたぁ、最近子供達が冷たい~」

 「ああ、何という悲劇だろうな、昔は雪山の中で俺と一緒に初日の出を見ていたと言うのに………」

 「なあ父さん、今更ながらに、子供の俺にやらせることではない気がするんだけど、もし美由希にもやらせていたら父とはいえ切り捨ててるよ」

 「その頃はまだ、あたしはいなかったものね」

 「最初にその話を聞いた時は、士郎さんを思いっきりとっちめた覚えがあるわね。確か、2週間おやつ抜きだったかしら?」

 「あの時は、辛かった……」

 「自業自得」

 「よね」

 「なのは、やっぱり凄い家庭で育ったんだね」

 「まあ、そうなのかな? でも、時の庭園で育ったフェイトちゃんはそれ以上だと思うよ」

 「そうかも、でもそれを言ったら、はやても同じか」

 「うん、家族の仲の良さに、血の繋がりは関係ないと思うよ」

 恭也は士郎の息子だが、母が違う。美由希は士郎の妹である美沙斗と静馬の娘であり、桃子との間に出来た子が、なのは。

 とはいえ、現在のハラオウン家では、実の親子はリンディとクロノだけで、フェイトは養子でアルフはその使い魔、エイミィに至っては完全無欠の他人だが家族同然に付き合っている。

 また、八神家については言うに及ばず、誰一人として血は繋がっていないが、常に温かな笑顔がそこにはある。最近は伝説の密猟犯の噂によってやや引き攣った笑みになりつつあるが、まあそれはそれ。


 「でも、本当に美由希もお料理上手くなったわ。これなら、翠屋二代目も夢じゃないかも」

 「うーん、レジやウェイトレスなら出来るけど、パティシエは難しそう」

 「何事も挑戦、剣の修行の方も、もうそろそろ一段落つくんでしょう、恭也?」

 やはり、娘のどちらかに継いでもらいたい想いはあるのだろう、恭也に尋ねる彼女の声にもやや熱がこもっている。

 「まだまだ、だけどな。でも、美由希がやりたいなら、やってもいいんじゃないかと思う」

 「今の時代、剣で食ってくのも難しいからなあ。そりゃまあ、俺みたいにボディガードやら何やらで色々あると言えばあるが、正直、恭也はともかく、美由希やなのはにあまりやって欲しい仕事じゃないな」

 自身がその仕事で怪我を負い、家族に負担を強いてしまったのは、士郎にとっても苦い経験だ。

 自分の歩んだ道に悔いを残す男ではないが、下手をすると妻を子供3人を残して逝ってしまっていた可能性も、決して低くはない。

 (やっぱり、皆おんなじなんだ……)

 士郎の言葉は、管理局で危険な仕事に就く人達、武装隊のアクティ小隊長や、特に執務官であるクロノが言うのと似ている。

 それぞれ、自分の職務に誇りを持ち、家族や親しい人々の住む街や世界の平和のために働いてくれている。だからこそ子供達もそうなりたいと願うけど、彼らにしてみれば、出来ればもっと安全な仕事に就いてもらいたい。

 フェイトとなのはもまた陸士訓練校において、自分達がどの道に進むのかを幾度となく話し合って来た。答えはまだまだ先だけど、いつかは、出さないといけない。


 「じゃあ、恭也さんやシグナムみたいに、他の人に剣を教えるというのはどうでしょう。なのはも航空戦技教導隊を目指してますから、姉妹お揃いで剣と魔法の教導官とか」

 「あ、それいいかも、いつも教えられる側だったからあまり意識しなかったけど、なのはも魔法を教えることを目指してるんだもんね」

 「うん、陸士訓練校で陸戦の基礎は教わったから、これからは航空戦術を教えられるようになるまで、色々教わるんだよ」

 「その話は、リンディさんから聞いてる。なのはの教育の責任者になってくれる人とも、実際に話したよ」

 「そうなの?」

 「ええ、シリウス・フォルレスターさん、士郎さんよりも年上の方で、如何にも軍人さん、って雰囲気だったわ。平日の昼間だったから、美由希はいなかったけど、ちゃんと細かい話は聞いてる」

 ミッドチルダならばともかく、日本においてなのはは小学4年生の女の子に過ぎない。

 そんな彼女がある意味で“海外”で研修を積むなら、家族の支援は必要不可欠。なのはとフェイトのために、高町家とハラオウン家の面子はこの3ヶ月間に何度も話し合っていた。

 子供達が、自由に夢を目指せるように。


 「それに関しては、俺と父さんは特に深く話を聞いている。陸士訓練校でも、肉体運用の基本については教わったんだろ?」

 「え、う、うん」

 「魔法については深く知らないが、やはり最後は純粋な医学や健康な身体がものを言うらしい。訓練を重ねるうちに無理な疲労がたまらないよう、成長期の女の子の身体に負荷がかからないよう、家族の協力が必要だと、な。幸い、ここに無事に高3まで育ってくれた前例が一人いる」

 「恭ちゃん、あたしのお師匠さまだもんね」

 「父さんの助言を受けながらだから、師範代と呼べる程でもないけどな。それでもなのは、せめてお前が小学生の間は、向こうと行き来する生活のサポートくらいはしてやれる」

 恭也は現在大学2年なので、ちょうどなのはの小学校卒業と重なる。

 その頃になれば、彼女も一人である程度肉体を管理できるようになるだろうし、何よりも士郎は当然その頃も翠屋のマスターだ。

 そして、なのはのためのサポートを、誰も負担などと思ってなどいない。

 幼い頃、常にいい子でいようとしてしまった彼女が、真っ直ぐな目で家族にお願いした、とっても大きな“わがまま”が、小学校に通いながら戦技教導官を目指すことであったから。

 あの時、一人にしてしまった末娘のために。

 今度は家族が一丸となって支える番だと、家族会議を開くまでもなく、全員がそう想っていた。


 「そ・れ・で、桃子お母さんは、二人が訓練ばっかりの寂しい青春を送らないように、“女の子らしさ”を教えるのがお仕事」

 「え? それあたし、聞いてないよ」

 けれど、母親というものはさらに一枚上手のようで。

 「あのねえ美由希、自分の娘をどこに嫁に出しても恥ずかしくないように育てるのは、お母さんの義務なのよ。というわけで、これから美由希はなのはと一緒に花嫁修業の開始です、手始めにまずはお菓子作りから、味見役は恭也で」

 「おい、味見役については聞いてないぞ、高町母」

 「何言ってるの、妹が頑張って料理を覚えるなら、味見役はお父さんやお兄ちゃんの役目って決まってるでしょ」

 「諦めろ恭也、こうなった母さんに何を言っても無駄だ」

 「あはははは」

 いきなり修行開始を宣告されたなのはも、笑っている。

 別に何が楽しいというわけではないが、純粋に彼女は家族と共に笑い合う時間が好きなのだ。


 「え、えっと、美由希さんとなのははそれぞれ剣と魔法の教導官を目指して、身体に無理がかからないように士郎さんと恭也さんが見守ってくれて、女の子らしいことは、桃子さんが教えてくれる、ってことでしょうか?」

 半ば仲裁に入る形で、話をまとめるのはフェイト。

 実に不思議なことだが、高町家のこういった問答においてはなぜか彼女が話をまとめることが多い。そうでもしないと中々話が進まないというのもあるが。


 「ええ、フェイトちゃんの言う通り、いいわね、二人とも」

 「はーい、ようし、目指せ年齢=彼氏いない歴」

 「ふふ、頑張ってね、お姉ちゃん」

 「なのはも気楽に言ってられないわよぉ、あっという間に大人になっちゃうんだから」

 「花嫁修業かあ………わたしも、母さんやエイミィに習おうかな」

 呆然と、誰かの奥さんになった自分を思い浮かべるフェイト。

 のはずだが、気付けば蟲の群から逃げている自分になっているのは、彼女のトラウマの根が深いためか。


 「どうしたの、フェイトちゃん?」

 急にガタガタ震えだしたフェイトを心配する親友の女の子、というか、親友でなくとも心配するのは当然だった。

 「何でもないよなのは、でも、あまり家庭的になり過ぎるのもほどほどにね。下手するとはやてみたいにお母さん属性を付けちゃうから」

 「うん、心配してくれるのは嬉しいけど、フェイトちゃん混乱してるよね、それをはやてちゃんに言っちゃだめだよ」

 フェイトの言動がややおかしくなる時は、大抵がトラウマ絡みであるのはよく知っている。

 こういう場合は、なのはがツッコミ役をいうか、暴走しがちなフェイトの手綱を握る役になる。

 そんなこんなで、優しい家族に見守られながら、少女達は夢へと一歩一歩進んでいく。


あとがき
 最近リリちゃ箱を見直して、やっぱりなのはの魔法は純粋な祈りだなあ、と思い。こちらのなのはの魔法もイメージは“希望の光”です。不屈の心と未来への希望はStSでの重要な鍵になる予定なので、空白期は基本、3人娘が成長していく話になりそうです。それ以外の要素もありそうですが。




[30379] 幕間  数の子達の新任務
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 14:59

幕間  数の子達の新任務



ミッドチルダ  某所

 「あれ、チンク姉にディエチ、何やってんの?」

 「見れば分かるだろう、旅支度だ」

 「チンク姉、シャンプーはこれでいいの?」

 「いや、それはかさばるからやめておけ、それよりもこちらの簡易デバイスに石鹸や洗顔フォームとを小分けにしながら格納してだな………」

 「なるほど、流石チンク姉」

 「お前の任地はあまり衛生環境が良くないだろうからな、身体を洗浄するための品はしっかりと持っていけ」

 「うん、ありがとう。………でも、これであの洗浄マシーンともしばらくは離れられるね」

 「ああ、それについては同感だ。一人で洗浄するのは久々になる」

 一応返事は来たが、すぐさま支度に没頭する二人。


 「チンク姉、服はどうしよっか?」

 「むう、悩むところだ。今着ているボディスーツは論外だからな、こんな恰好で外をうろついては最悪、痴女として管理局に通報される」

 「そ、そうなの………」

 上の姉達が同じ格好なのであまり違和感は持ってなかったディエチだが、よくよく考えればウーノはボディスーツを着ていない。

 「戦闘機動には適しているし、我々の調整も行いやすくはあるので施設内ではこの格好の方が楽だが…………ようは、着替えるのが面倒なものぐさなだけだからな」

 「ちょ、ちょっと待ったチンク姉! ってことは、チンク姉がいっつもスーツの上にコート着てるのって」

 若干のフリーズから立ち直ったセインさん、かなり慌てている模様。

 「姉は見ての通りの体系だ、シェルコートを纏っていれば一般人とそれほど差はなくなる」

 「じゃ、じゃあ、クアットロのシルバーケープも?」

 「どうだろうな、ただ、トーレにしても普段は上にジャケットを着ているだろう」

 「あ」

 「そういえば、トーレ姉やメガネ姉も……」

 よくよく考えれば、スーツを着てないウーノ以外の姉、トーレ、クアットロ、チンク、皆スーツの上に何かを羽織っている。

 このままいくと、自分達2人とこれから生まれる予定の妹達、ノーヴェ、ウェンディ、オットー、ディード、セッテだけが痴女状態で練り歩くことに………

 (うん、何か上に着よう)

 取り敢えず、アジト内でもマントか何かを羽織ることに決めたディエチ。セインも何か案を考えているようだ。

 「しかし、姉の外出着がディエチに合うはずもないな、かといってトーレは体格が良すぎる………クアットロに頼むのはリスクが高すぎる…………やはり、ドゥーエに依頼するのが一番か」

 未来への葛藤を重ねる妹達をよそに、チンクも思考を重ねる。こういう時に頼りになるのは、やはりかなり前から外で動き、セインやディエチとは面識のない二番目の姉だ。四番目は別の理由で論外。


 「と、ところでチンク姉、そもそもどこに行くの?」

 「ああ、セインはまだ知らされていなかったか、これからしばらく我々は掃除屋、及び荒事屋として動くことになるらしい」

 「すいーぱー? らんなー?」

 「掃除屋と荒事屋、裏社会のアウトローのことだよ、セイン」

 「簡単に言えば、任侠、悪党の仁義の世界だ。彼らには彼らの仕来たりがあり、破る者を許さない。そして、彼らは基本、堅気の人間には手を出さない」

 「ほら、セインが前に読んでた本で言うならあれかな、人々を襲う海賊と、海賊を襲う海賊、管理局が海軍みたいなものかな」

 「おおー、それなら分かる。ってことは、さっきの2つは……」

 「その例えなら、掃除屋は海賊を襲う海賊だ」

 「あたし達の中だと、トーレとクアットロがその役目になるみたい」

 「そして、姉とお前達は荒事屋で、一言で言えば賞金稼ぎだ。堅気とアウトローの境界線だが、嘱託資格を持っている魔導師も多いな」

 「へぇ~、何となく分かったけど、それでチンク姉は何するの?」

 「ビルの爆破解体だ」

 「へ?」

 薄いどころか無に等しい胸を張って答える小さな姉。


 「だから、ビルの爆破解体だ。第55管理外世界、管理局法を批准していない国家が多く、管理世界ではないが魔法は存在している俗にいう“准管理世界”、そこのとある政府からの依頼だ」

 「…………業者の仕事じゃないの?」

 「色々と事情があってな。4年に一度の大規模な競技会があるとかで、住民の意見など無視して政府が地上げを行い、様々な建物建設したが、もういらなくなった。しかし、無理して建てただけに解体の予算がない」

 「それで、犯罪者の仕業にして誤魔化す?」

 「そんなところだ」

 「うーん、難しい………ところで、ディエチの方は?」

 「あたしは鉱山開発、硬い岩盤があるとかで、指向性があって個人単位で持ち運びできて、微調整も可能な魔力砲を使える人材が欲しいって」

 「あれ、案外まとも?」

 「その代わり、鉱山そのものが禁止区域内にある違法施設だ。真っ当なSランク級の砲撃魔導師ならばそんな辺境に行かずとも仕事はいくらでもある、大規模な裏組織が、架空の企業名などを使って財源として保有しているものだ」

 「それでも、現場で働いている人達は普通に仕事してるだけだって。だから、手伝うこと自体は悪いことじゃないと思う」

 「ほんと、難しいわぁ」

 そろそろ頭から煙が噴き出しそうなセイン。


 「セインにも近々仕事が来るだろうとウーノが言っていたが、任地は管理世界、それも都市部らしいぞ」

 「ホント?」

 「嘘を吐く意味がどこにある、管理世界ならば人口もそれほど多くないし、小さく纏まって安定した国家が多いから、姉の行く場所のようなことは滅多にない」

 「おお~、そりゃ助かる、優しいウー姉とチンク姉に感謝感激」

 何だかんだで、セインとディエチには割とクリーンな感じの仕事が割り振られている。経験の浅い彼女らではいざとなれば組織を利用して切り捨てる、といった判断が出来ないという現実的な理由もあるのだろうが。

 逆に、トーレとクアットロについては、かなり物騒な仕事に就いている。これも適材適所というものか。


 「でも、管理世界の都市部かあ、こっちはかなり辺境であんまりいい環境じゃないみたいだし、ちょっとセインが羨ましいな」

 鉱山、それも違法となれば、貧困でそこしか働く場所がないとか、事情持ちの屈強な男ばかりのはず。

 だとしたら、福利厚生は最悪が定番だ。ディエチのような若い女性向けの設備がある可能性は低く、助っ人扱いだから多少は良い部屋を用意してもらえるとは思うが、シャワー室が同じだったら目も当てられない。

 「貞操には注意してよ~」

 「大丈夫、痴漢撃退用のシステムはドクターに搭載してもらったから」

 ただし、そのシステムに“最終兵器”というラベルが貼ってあることを、ディエチが知る由もない。

 やがて、とある鉱山が魔力で構築された蟲の巣窟となり、ディエチがトラウマを負ったりするが、それはまた別の話。


 「あたしの場合は………都市部でディープダイバーなら、やっぱ密偵とかかな、ヤクザの親分の嫁さんの浮気調査とか」

 「恐らくはな、仕事場はそれぞれの能力の適材適所で選ばれているようだ」

 「セインは“潜行する密偵”だから、それしかないんじゃない?」

 「ふふん、セインさんの本領発揮の場だね、頑張るぞ~!」

 とまあ、気合いを入れるセインだったが、一つ、チンクから聞いていない情報があった。

 彼女が赴任する場所は、例外なく“大悪党”がいる極道世界の中心部とかだったりした。

 いやまあ、貞操とか安全とかは万全なのだが、顔や雰囲気が怖い、死ぬほど怖い、泣く子も黙るほど怖い。


 なお、セインが家出するのは、もうしばらく先の話である。


 セイン家出ゲージ  残り25



[30379] 2章  進む時間   前編  それぞれの憩い
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 14:59

My Grandmother's Clock


“親鳥と雛”  2章  新たな日常   前編   それぞれの憩い



新歴66年 9月上旬  次元航行艦アースラ  食堂


 「はい、カニ玉スープお待ちぃ! 温かいうちに食べてね」

 「どうぞ、三重ビッグピザです。お熱いですので、舌を火傷なさらぬよう気をつけて」

 アースラの食堂にて、エイミィとリインフォースの二人が給仕に励んでいる。


 「エイミィ、肉はまだ?」

 「ん~、後10分くらいしたらオーブンで焼き上がるんじゃないかな? アルフの好きな包み焼き形式にするって言ってたよ」

 「おお! そりゃあ楽しみだ、早く食べたいぃ~」

 フェイトの使い魔であるアルフは、彼女の代行も兼ねてアースラに乗り込むことが多く、今日も例に漏れずとなっている。

 フェイトは親友4人と一緒に、久しぶりに時の庭園に出かけており、アースラにいるのは大人の面子が多い。


 「アルフ、調理人への感謝と期待はいいことだが、しっかりと野菜も食べた方がいい、肉ばかりでは栄養が偏るぞ」

 「大丈夫だって、あたしは元々狼なんだから、肉さえあればそれだけで幸せなのさ」

 「しかし、ザフィーラは野菜を好むが」

 「それはアイツが特殊なだけだって、つーか、肉より野菜が好きな狼ってなんなのさ。菜食主義の狼なんて、昔話の狼の精霊くらいにしかいないよ」

 「うーん、確かに、ロッテやアリアは猫の使い魔だけど、やっぱり元が肉食だからか、野菜よりは肉の方が好きだったね。もっとも、一番食べられそうだったのはクロノ君だけど」

 危うく大人の階段を昇りかけたことが一度や二度ではないクロノ。

 エイミィもそれを助けるどころか、一緒になって落とし穴を掘る始末なので性質が悪い。最近はそこに管制機が加わったりもするが。

 ちなみに、ザフィーラは元々草食、というか基本食事をする必要があまりなかった狼が、人間の魂の器となったことで肉も食べれるようになったものなので、やはり特殊例なのだろう。

 「そういうものなのだろうか…………というより、クロノ執務官があのお二人から指導を受けた年齢を考えると、あまり洒落にならないのではないか?」

 クロノが執務官になったのは、11歳の頃。

 つまり、彼が猫姉妹の毒牙にかかりかけたのは、それ以前ということに………

 「そこはまあ、ほら」

 「突っ込んだら負け、ってやつじゃないかい?」

 「そ、そうか……」

 そこら辺のノリは揃って軽いエイミィとアルフ。こういう話題においては、常に真面目なタイプが悩ませられるのは世の常というものか。


 「しっかしまあ、次元航行艦のNo.3に、稀代のデバイスマイスターがエプロン着けて給仕やってんだから、ここも随分変わったところだよね」

 「まあね、うち独自のシステムではあるのかな」

 「だが、とても温かくて、良いことだとは思う。あの子達も、主はやても、守護騎士達も、それには皆同意見だろう」

 新歴も66年になるが人材不足が完全に解消されたとは言えず、クルーの平均年齢が非常に若く、女性も多いのは事実。

 アースラでは、調理は別として専門の給仕の職員は置かず、交代制で給仕係を決めている。その辺りの当番票の管理などもエイミィの役目で、なのはやフェイト、八神家の面子もスケジュールを合わせてしっかりと書き込まれている。

 「艦長も含めてせっかくみんな若いんだから、こういうことは自分達でやって、触れ合う時間を増やした方が楽しいしね」

 「花見の時も、アースラの連中はみんな慣れてたもんね」

 「宴会用の食材や飲み物類を買い込む際の段取りの良さは、神がかっていたな。ただ、レティ提督が酒瓶を抱えながら帳簿に何かを書き込んでいたのが気になったが………」

 「そこは、ほら」

 「突っ込んだら負け、ってやつだよ」

 ついに断定形になった。ツッコミは禁句らしい。


 「それに、はやてちゃんだったら調理の方も手伝ってくれるし、子供達が皆働き者でエイミィ姉さんは感激だよ」

 「なのはも、ウェイトレスの格好は結構様になってたよね。フェイトも、なのはと御揃いのエプロン着けるのが嬉しかったみたいだし」

 「確か、彼女の実家の翠屋のロゴが入った黒を基調としたデザインだったか。それに、配る手際も見事だった、やはり彼女は喫茶店の娘なのだな」

 リインフォースが視線を向ける先には、“喫茶翠屋コーナー”という看板が掲げられた一角がある。

 アースラにも当然甘味系のデザートは存在したが、それを専門に注文して配るコーナーを設けてはどうかと、ある管制機が提案したそうな。

 なお、この案をリンディ・ハラオウン艦長に提出したところ、即答で了承の意が返って来たらしい。


 「だね、管理局の武装局員として魔法使うだけが将来じゃないし、実家を継ぐ場合に備えて練習しておくのはいいことだと思うよ」

 「それに、アリサやすずかが“喫茶翠屋コーナー”のアルバイトとしてアースラに乗り込めるように、なんて話も聞いたけど。なんでも、調理実習の課外活動だかで押し通す案もあるとか」

 「なるほど、彼が考えそうなことだ。全てはテスタロッサのために、か。しかし、日本の人達が持つイメージに依るならば、矛盾しているように見えるのかもしれないな」

 「そっか、なるほどね、一応は艦長やクロノ君がなのはちゃん達を勧誘したような形なのに、アースラの中で学ぶことが管理局を離れて翠屋を継ぐための修行だから」

 「彼女の家はかなり特殊なので、説明するまでもなく理解されているようだったがな………しかしアルフ、なぜお前が疑問形なのだろうか」

 「実はあたし、あの馬鹿に説明されたような気もするんだけど、その辺あんまし聞いてなかったんだよね。フェイトが幸せなら、それでいいかなって」

 あの馬鹿が何者を指すかは、推して知るべし。


 「ほら、訓練校も普通は初等部を出て12歳頃に入学する子が最年少だし、その子達も管理局に入ってずっと勤めるよりも、途中で民間に移る方が多かったりするから」

 「13歳頃から管理局に務めつつ資格などを取り、様々な人々と直接触れ合いながら“自身の夢”を見出し、18、19歳になる頃に民間に出る局員も多くいるらしい」

 「へえ、そーいやそんなこと言ってたね」

 「そのため、中等部を出た15歳や、高等部を出た18歳で訓練校に入る者は、学校教育の中で考えた末に職業として管理局を選んだ者が多いと、そう、彼から聞いている」

 「そうそう、そんなこと言ってたよ。あれだろ、10代に5年間くらい管理局にいた奴が民間に行って、それが今度は外部組織やらの横の繋がりの橋渡し役になるんだって」

 時に出向したり、古巣に戻ることもあったり。

 そうした、人と人の繋がりこそを基盤とし、管理局は緩やかな結束によって次元世界の平和を維持している。


 「ミッドの小さい子にとって『管理局に入りませんか?』っていう勧誘は、“一緒に骨を埋めよう”よりも、“水泳スクールに来てみない?”って感じだし、正直あたしも士官学校に入ったのはそんなんだったかな」

 「確か、エイミィとクロノは士官学校の同期だったよね?」

 「まあ、あたしは学費免除で通信関係を学べるって餌に釣られた組だけどね。クロノ君みたいに、5歳の頃から局員として勤めあげるつもりの子なんて滅多にいないから。あたしの同世代でも陸士や空士学校の通信学科とかに入った組には、民間に移った人も結構いるしね」

 エイミィは縁を大事にするタイプなので、そういった旧友とも今でも交流を持っている。

 クロノと出逢い管理局に残った自分と、別にやりたいことを見つけて新たな夢へ進んだ彼ら、色々話すと面白いことは多い。


 「つまりは、管理局を通して様々な仕事に従事する人達を触れ合い、その中で自分のやりたいことを見つけて欲しいということだろう。高町もテスタロッサもまだ雛鳥だ、今しばらくは親鳥が見守る必要がある」

 「そうだね、まあ、何だかんだで学校だけじゃ出来ない社会勉強がたっくさん出来るしね」

 「海鳴の学校に通いながら管理局に関わるってのは、きっとフェイトやなのはにとって良いことだって、あたしも思うよ。だって、あんなに楽しそうなんだから」

 「だよねぇ、うんうん、やっぱり仕事も楽しむことが大事だよ。あたし達は次元世界の平和を守って笑顔を届けるのが役目なんだから、クロノ君のようにいっつも仏頂面で妹萌えじゃあ、助けられる人も―――わぎゃっ!」

 「誰が仏頂面で妹萌えだ、それと、変な言葉をフェイトに教え込まないように」

 「肉!」

 「クロノ執務官」

 右手にアルフの注文の品を掲げつつ、左手で不届き者へチョップをかます若き執務官。アースラの中だが、いつも通りバリアジャケット姿である。


 「アルフ、君の目には肉しか映っていないのか」

 「肉と、クロノ」

 「肉のついでか、家族としては流石に悲しいぞ」

 「い、いつつ、ううう……日増しにあたしへの対応がきつくなっている気がする…………フェイトちゃんには甘いのに」

 「もう少し女性らしくしてくれれば、こっちも相応の敬意を払うさ」

 「確かに、テスタロッサはクロノ執務官の前では、女の子らしくするよう心がけている気もしますね。我が主にはそのような意識がなさそうですので、若干見習って欲しいとも思います」

 「へー、ふーん、ほほぅ」

 「リインフォース、そういう言い方はこっちのが喜ぶだけだから、もう少し考慮してくれ」

 「すみません、心掛けます」

 「ひどい!」

 「まあ、アレだ、フェイトは男との関わりが全然なかったからね。あの馬鹿は論外だし」

 「あの馬鹿と言えば、あの子達の案内はトールが引き受けてたが、大丈夫だろうか」

 「正直、我が主が大丈夫かどうか、不安が残ります」

 普段、あまり人を疑うことのないリインフォースであっても、流石にあの管制機は信用ならない。

 そして、彼女のみならず、ここにいる面子全員の不安は、ほぼ的中しているのであった。







ミッドチルダ南部  16号ハイウェイ  アロマ街道

 アースラにおいて、そんな不安な予想がされている頃。


 「しっかしまあ、この辺りは田舎なのね、写真の通りって言えばそうだけど、魔法世界ってイメージとはかなり違うし」

 「実は私もアリサちゃんと同じ感じかな、ミッドチルダに来るようになってから結構たつけど、あんまり魔法世界って感じはしないかも」

 「私も最初日本に行ったときは驚いたよ、ミッドチルダや他の管理世界にとっても似てたから」

 「えっと、フェイトちゃんはミッドチルダ以外にも行ったことあるの?」

 「確か、ジュエルシードを探して1年くらい遺跡巡りしてたって聞いたで」

 かねてより、アリサとすずかをミッドチルダに案内したかったフェイトの願いを受け、海鳴の転送ポートでクランガンからはやや離れた南部の衛星都市あたりまでやってきた後、5人の少女は車に乗り込み観光の旅に出発した。

 管理外世界からの渡航に必要なはずの煩雑な手続きは誰も知らぬ間に済まされていたらしいが、それは珍しいことでもないのでスルー。

 なお、自動車の形状はリムジンに近く、見た目からして一般人が乗るものではない高級車であることが伺える。これが使用された理由は、“ボウソウジコ”の惨劇を経て、徒歩での観光ははやての足が完治してからにしようと5人の意思が一致したためであった。


 『はい、八神はやて様、フェイトお嬢様は8歳の頃よりプレシア奥様とアリシアお嬢様のためにアルフとトールと共に次元世界を回られておりました』

 「あの、コロンビーヌさん、お嬢様はちょっと………」

 『申し訳ありませんフェイトお嬢様、この口調の変更権限を持つのは現在では管制機トールのみです』

 「ま、諦めなさいフェイト、あたしだって家じゃアリサお嬢様、なんだし」

 「すぐ慣れるよ、フェイトちゃん」

 『同意くださり、ありがとうございます、お二方』

 運転席に座るのは、メイド長の格好をした魔法人形。“コロンビーヌ”の名称と何種類もの運転免許を持っている。

 遠い昔、家で母を待つ一人娘が寂しくないように、プレシア・テスタロッサが製造した4種の人型。

 老執事の姿で、アリシアと共にある時に多く使われた、“パンタローネ”。

 若い男の姿で、フェイトと接する際に使用され、カートリッジを喰う怪人でもある“アルレッキーノ”。

 青髪の男の姿で、アレクトロ社を相手に訴訟を起こす場合など、対外的な案件で用いられる嘘吐き“ドットーレ”。

 そして、女性型のコロンビーヌは“プレシアの代行”としてアリシアの相手をするのに役立ったが、リニスが誕生してからは一度も使われることはなかった。


 「えっと、貴方は自動機械(オートマータ)なのよね?」

 『はい、アリサ・バニングス様。私は創造主、プレシア・テスタロッサによって製造された2番目の人形です。用途は主に家事でしたが、アリシアお嬢様を送迎するための運転も含まれます』

 「でも、とても人形とは思えないくらい綺麗で、自然だと思います、うちのノエルによく似てますし」

 『ありがとうございます、月村すずか様、そう言っていただければ幸いです』

 慄然と応じながらも、若干ながらその声や表情には柔らかいものが混ざる。

 管制機トールが“喜怒哀楽”の感情を表現するために作成したデータは他の人形にも転用されており、かつて、アリシアに接していた頃とは比較にならない“人間らしさ”を誇っていた。


 【確かに、コロンビーヌさんはノエルさんに似てるかも……】

 【メイド長って、ああいう感じの人がなるのかな?】

 【髪の色も紫色で同じやしな、普通に考えれば日本で紫とかありえへんけど】

 【はやてちゃん、そこは突っ込んだらダメだよ………だとしたらすずかちゃんはどうなっちゃうの?】

 【まあ、海鳴の不思議は今に始まったことじゃないし、むしろクラナガンより摩訶不思議な気もするよ】

 【すまん、つい関西人の血が………】

 とまあ、魔導師3人が念話で禁則事項に限りなく近いことを話している間も、アリサとすずかは運転手の彼女と話し込んでいる。

 何だかんだで一般家庭に住んでいる3人はリムジンに乗ってメイド長に送迎されている状況に若干緊張しているのだが、アリサとすずかは逆に別世界に来ているということを忘れてリラックスしている。

 この辺りは生粋のお嬢様の特性であり、ある意味で彼女らも“別世界”に住んでいる。日本に住む一般的なサラリーマン家庭にとっては、ミッドチルダの一般家庭の方が月村家やバニングス家より余程馴染みやすいだろう。


 「この道をずーっと行くと、フェイトの前の家に着くのかしら?」

 『はい、16号ハイウェイはミッド中央部のクラナガンと南部地方を結ぶ主要幹線の一つです。最も大きいのは7号ハイウェイこと“アルスター街道”ですが、時の庭園はやや東よりなので、こちらの“アロマ街道”を使用します』

 「アロマ街道?」

 『かつてこちらの地方に存在した街道の名称です。ミッドハイウェイはそれらの上に築かれたものですが、番号による名称よりも、古くからある名前を好んで使う文化がミッドチルダには数多くあります』

 「へえぇ、初耳ね………と言っても、まだ全然こっちには詳しくないけど」

 『ミッドチルダ台頭以前の世界には二つの超大国が次元世界を跨って君臨し、各世界を記号で支配したそうです。それに対する反発からか、管理世界も番号よりも“ヴァイゼン”、“カルナログ”、“アルザス”といった固有の名称を重んじる風習が広く伝わっております。ただし、管理外世界については自分達とは異なると明確に意識するためか、記号で呼ぶことが多いそうですが』

 「ということは、“第97管理外世界”じゃなくて“地球”って呼ばれるようになったら、ミッドチルダのお友達になれるんでしょうか?」

 『はい、新たに次元連盟に参画する場合は、自分達の国家、ないしは世界の名称を刻むことが“盟約”に連なる証と言われています。お互いに名前で呼び合うことは、世界同士でもとても重要ということです』

 ほほう、と、面白いものを見つけたように、アリサの目が細まる。

 「だそうよ、よかったわねーなのは、あなたは名前で呼ばれるのが好きだものね」

 「やっぱりなのはちゃんは、こっちの人達と考え方が似ているんだね、でも、私もなのはちゃんのそういうところは好きだよ」

 「あ、あはははは………」

 流石に面と向かってそう言われると気恥しい。

 「うん、名前で呼び合うって、大切なことだよね、“なのは”」

 妙に最後の言葉を重く、噛み締めるように言うのは、狙ってか果たして天然なのか。

 そして―――


 『どうかなさいましたか、八神はやて様?』

 「いや、気にせんといて、何であの時、クラナガン観光案内をコロンビーヌさんやなくて、トールに頼んでしもたんやろって後悔しとるだけやから」

 はやての後悔はかなり根深いようだ。


 『その代わり、フグ差しが食べられたのでは?』

 「知っとるんかい」

 『私達オートマータは電脳を“アスガルド”と共有し繋がっていますから。私は固有のプロセスとリソースを持つ“コロンビーヌ”でありますが、管制機トールの一部であるともいえます』

 「…………あかん、頭がこんがらがるわ」

 『それではご説明を、まず、オペレーティングシステムというものは………』

 延々と、機械的な説明によって管制機トールと子機にあたる人形との関係が説明されていく中、はやては思った。

 アレクトロ社という企業との裁判において、トールが勝訴できるわけだと。

 アースラ組の嫌な予感は、見事に的中したようである。



あとがき
 管理局の子供達については、StSのエリオとキャロが機動六課の後で、フェイトから学校に通ってはどうかと勧められていることを軸に考察しています。既に三等陸士として正規の局員となっている二人ですが、簡単に辞めて学校へ通える、そういう気風や“文化”的なものが管理局にはあるのではないかと、想像した結果です。



[30379] 2章  進む時間   中編  5人の少女達
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 15:00

My Grandmother's Clock


“親鳥と雛”  2章  新たな日常   中編   5人の少女達


新歴66年 9月上旬  ミッドチルダ南部  時の庭園


 『フェイトお嬢様がご友人と共にご帰宅なさいました。開門を願います』

 アロマ街道を猛スピード(時速250km)で飛ばすことおよそ3時間。

 途中で休憩し、いくつかの観光スポットに寄りつつ、彼女らは時の庭園へと到着した。

 無論、時の庭園内部にも転送ポートはあるので直接跳ぶことはできるが、こうして時間をかけてやってくるのも旅の醍醐味というものだろう。


 「うわぁ、凄くおっきいね」

 「ほんと、とんでもない大きさね、うちの大きさも相当だけど、これは比較にならないわ」

 初見の二人にとって時の庭園の巨大さはやはり壮観のようだった。なのはとはやては闇の書事件や“クリスマス作戦”の時に何度も来ているため慣れているが、改めて見ればやはりその巨大さには圧倒される。

 加えて―――


 『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『 お帰りなさいませ! フェイトお嬢様!! 』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』

 時の庭園の正門から続く前庭の道を両側に立ち並ぶ、使用人の群、群、群。

 それらは軍隊を思わせる程に一糸乱れず整列しており、時の庭園の主が乗るリムジンに恭しく礼をしながらフェイトの帰還を祝福していた。


 「フェイトちゃん、もの凄いお嬢様だったんだね」

 「……………なんつーか、ここまでやるかしら? お嬢様というより、お姫様の方がしっくりくるレベルのような……」

 「なるほど、フェイトちゃんは実はお姫様やったんか」

 「ふぇ、フェイトちゃん、お姫様だったの!」

 「ち、違うよなのは、私はフェイトだよ、別にお姫さまなんかじゃないよ!」

 展開される想定外の光景を前に、感嘆するすずか、呆れるアリサ、乗っかるはやて、てんぱるなのは、そして、慌てふためくフェイト。

 リムジンの内部はなかなか素敵に混乱している模様。



 『到着しました。八神はやて様に置かれましては、車椅子をご用意しますのでしばらくお待ち下さい』

 「ありがとうございますぅ、ただし、“ボウソウジコ”だけは勘弁な」

 『了解いたしました』

 僅かに頷きを返して建物の中に入っていくコロンビーヌを、不安に満ちた表情で見送る。

 というか、この状況で不安になるなという方が無理かもしれない。


 「ねえ、フェイトちゃん、まさかいきなり蟲が飛び出してきたりすることは………」

 「そんなことないよ、……ないはずだよ、………ないといいな、…………どうかありませんように」

 なのはを元気づけるように確定系で答えたはずが、徐々に不確定になり、願望になり、やがては嘆願に変わるという二十面相を展開するフェイト。

 彼女に刻まれたトラウマも相当に根が深いようである。


 「あ~、ひょっとして例の、ゴキブリとかが出るやつ?」

 「うう、私もゴキブリはちょっと………」

 実際に対魔法少女兵器や最終兵器に遭遇したことのない2人は、漠然とした不安はあるもののトラウマはない。

 ただ、やや気弱なすずかは勿論、気丈なアリサであってもゴキブリは遠慮願いたいところである。


 「ゴキブリならまだましや、サゾドマ虫やセクハラ虫が出てきたら、取りあえずラグナロクをぶちかますしかない思うよ」

 『その場合はAMFを最大限に展開して迎え撃つことと致しましょう。残念ながらブリュンヒルトは試用期間を終了し中枢部が地上本部に運び込まれたため、ただの大砲型のオブジェと化していますので』

 そこに、流暢にしゃべる車椅子が一つ。

 誰も乗っていないのに勝手に動き、なおかつ人語を操る車椅子というのは地球の常識に照らし合わせれば十分にホラーといえた。


 「久し振り、ちゅう程でもないけど、相変わらずやなトール。あれはどう考えてもアンタの仕業やろ」

 『無論でございます。フェイトお嬢様がご帰宅なさったわけですから、このくらいの歓待は当然かと』

 「一度思考回路を再調整した方がいいで、あのメイドロボの群れ、どんだけ金かけとんねん」

 『問題ありません。あれらは“デバイス・ソルジャー”の試作を兼ねて開発したもので、時の庭園以外では簡易な応答プログラムくらいしかありませんが、一部のコアな方々から高額での発注を承っておりますので、採算は取れています』

 「…………」

 一部のコアな連中とやらがどんなのかを連想するのは容易いが、あえて考えないことにするはやて。

 「ひょっとしてあれかな、小さい女の子にしか興奮出来ない人達や、メイドに異常に執着する人達?」

 「すずか、さらっととんでもないこと言わないの。お姉さんからもらった雑誌とやらは今すぐゴミ箱に捨てなさい」

 ついでに、後ろのお嬢様2人の会話も聞かなかったことにした。月村忍よ、貴女は妹に何を教えているのか。


 「ところで、コロンビーヌさんはどないしたん?」

 未だ純粋ななのはやフェイトに聞かれないうちに、やや強引に話を切り替える。

 『彼女ならば送迎の役目を終えましたので、整備セクションで動力を落としています。フェイトお嬢様お迎え用の人形達も、園丁の任に戻ってございます』

 どこまでも淡々とした機械音声に促されて少女達が振り返ると、ずらっと並んでいた使用人の群れはいつの間にか消えており、広々とした一本道だけが手入れされた芝生の中を走っている。


 『それと、“ボウソウジコ”以外の車椅子を御所望でしたので、“ツイトツジコ”に変更いたしました。どうぞ遠慮なくお乗りください』

 「謹んで遠慮させていただきたいんやけど」

 『しかしながら、八神はやて様が2分間お乗りにならない場合、貴女によからぬ事態が発生したと判断され、座席下部に設けられた痴漢撃退用のサゾドマ虫発生装置が作動することになりますが』

 「なんちゅう真似すんねん! ちゅうか、痴漢以前に私が撃退されるやんか!」

 「はやてちゃん、乗って、いますぐ!」

 「はやて、早く乗って!」

 「裏切り早! 少しは迷ってもええやろ!」

 「裏切ってなんかいないよ、はやてちゃんは友達だから、巻き込まれるのが心配なの!」

 「そう、私達はずっと友達だよ、仮に気絶する時は、3人順番だから!」

 「わあい、ありがとう、私達、いつまでも友達や。―――と言うとでも思ったか! “3人一緒”やなくて“3人順番”って言ったやろ、どう考えても一番に被害受けるの私やないか! その間に飛行魔法で逃げる気満々やろ!」

 「違うよはやてちゃん、飛行魔法で逃げても残留しちゃった魔力を辿ってどこまでも追ってくるから、バリアジャケットとかも全部消して、隠れるのが対処法だよ」

 「仕方ないよなのは、私達と違って、はやてはまだ初心者なんだから」

 とりあえず、はやてを囮にしている間に隠れるのは決定事項らしい。


 「落ち着けいあんたら! というか、そんな熟練者欲しくないし、なりたくもないわよ」

 「あたっ」

 「いつっ」

 暴走するなのは、フェイトを治めるアリサチョップ&デコピン。

 なお、熟練者になってしまった武装隊アルクォール小隊の面子とアクティ小隊長には黙祷を捧げよう。

 「皆仲良しだね、だけど、どっかで見たことあるような………」

 そんな友人達のやり取りを眺めながら、何か既知感があるような気がしてならないすずか。



 「ならばその問いには、俺が答えよう」

 「げっ」

 そこに、背中に大きな風呂敷包みを背負い、その手には土鍋と人形を持った青い髪をした20歳くらいの背の高い男が現れる。

 はやてが魔法少女にあるまじき声を上げるのも当然だろう、なぜならば、ソレが出てきた時に碌なことがあった試しがない。

 この時の庭園にある以上人間ではあり得ず、彼もまた魔法人形(オートマータ)であり、数多の人形の中で最もなのはとフェイトに憎悪の感情を向けられている嘘吐き。


 「つまりこの2人は、貴女と鍋以下の価値なし、ということなのだよ、月村すずか嬢」

 「死にたいの、ドットーレ?」

 「あまりふざけてると殺しますよ、ドットーレさん?」

 そして、これが相手ならばどこまでも容赦のない魔法少女二人、マリエルにこれと相対する場合だけ殺傷設定を解放出来るように頼んだことがあるのは家族にも秘密だ。

 無論、常識人の彼女に却下されたが。

 「ふ、馬鹿な小娘共が粋がるわ、これを見てもまだそんな減らず口が叩けるかな?」

 不敵に笑いながら、鍋の蓋を開ける青髪の男。

 なのはとフェイトには、なぜかその鍋蓋が、地獄の釜の蓋にしか見えなかったそうな。


 「きゃああああああああああああ!!」
 「な、な、何ですかソレ!」


 「お、意外と小さい反応や、蟲やシュールストレミングの缶とかだったわけやないな」

 『流石です八神はやて様、お見事な洞察力です』

 「ふ、夜天の主を舐めるなよ……………って、アホな真似はこれくらいしにして、中身は何や?」

 “ツイトツジコ”の多足歩行モードを全開にしてさっさと逃げながら、平然と車椅子に話しかける夜天の主。

 かつてのクラナガンでの恥辱の体験は、彼女に半端ない精神防御力を養わせたらしい。

 『サルの脳味噌、生きたまんま、です』

 「ちょい待ちい、どうやったら鍋の中で生きたまんまでいられるんや?」

 『何しろ鍋ですから、じっくりことこと培養液で脳蓋を切除したサルの首を煮込んだわけです。あの培養液は生命工学の権威であられるアルティマ・キュービック博士が最近開発した特許申請中の優れモノ、100℃まで脳細胞を保存することが可能です』

 「なんつー真似を…………」

 そんなものを見た日には、しばらく鍋料理を食べられそうもなくなるだろう。

 なお、件の培養液は洗浄マシーンと交換したとか何とか。


 「来ないで、来ないで!」
 「嫌ああああああああ!」
 「はっはっは、どこへ行こうというのかね!」


 「いつの間にかグラサンかけとるし、うーん、それにしてもなのはちゃんとフェイトちゃんが何で飛んで逃げへんのか…………さては、アスガルドの仕業やな」

 『御明察です、レイジングハートとバルディッシュがセットアップ出来ぬよう彼が強制停止をかけています。当然、命令の発信源は私ですが』

 「つまり、ここでアンタをこの車椅子ごと砕けば、二人を救えるわけや」

 『然り。ただし地雷は発動いたしますので、お二人を救う代わりに貴女がサゾドマ虫の餌食となります』

 「…………因果応報とは、このことやね」

 つい先程、二人が逃げるための囮役に選ばれた恨みを忘れていないはやて。

 エルシニアクロイツの中でディアーチェが「そうだ、それでこそ闇統べる王に相応しい」と笑っている気がするのは気のせいだろう。


 「すずかちゃぁあああん、助けてえぇぇぇ!」
 「ちょ、ちょっと、なのはちゃん!」
 「アリサああぁぁぁぁぁ!」
 「ちょ、こっちくんじゃないわよ!」
 「ゲハハハハハハハハ!! おじょうちゃぁぁぁあん!!」


 「おお、流石やなのはちゃん、泣き付きながらもちゃっかりとすずかちゃんを盾にしとる」

 『アリサ様の背後に隠れたフェイトお嬢様も中々かと』

 いたずら好きの青年というよりも、完全な変態と化した人形に関してはスルーの方向らしい。


 「このっ、こっちくんな、ボケ、変態!」
 「ぐふっ、パンツめくれ……」
 「凄い、アリサ!」


 「おお、アリサハイキックが変態に炸裂したで」

 『お見事です』

 「やけど、パンツは見えへんかった。恐るべきロングスカートや」

 なお、アリサはお嬢様らしい上下一体型のドレスに近い服を着ているが、本物の職人が仕立てた服というものは激しく動いたところで絶対領域が見えるようなことはない。

 『苛烈な性格の令嬢が蹴りを放って下着が見えるなどというものは、パターンオーダーまでの服しか持たない庶民の発想であり、真の上流階級というものを侮ってはいけません。子供向け娯楽漫画の限界というものでしょうか』


 「げへへへへへへへ、すずかちゅわあぁぁぁぁぁん!」

 はやてとトールがどこか論点がずれた会話を続ける間にも、変態は次のターゲットへと突貫。


 「い、嫌、来ないで!」
 「ふむ、すずか嬢がそう言うならば仕方あるまい」
 「ちょっと! なんですずかちゃんが相手だと止まるんですか! わたしやフェイトちゃんは追いかけ回したのに!」
 「強いて言うならば、お淑やかさの違いかな、俺は清く正しい変態紳士を自称する身だ。砲撃したり死神の鎌を振り回したり、狂暴だったりしない“可愛らしい少女”が嫌がる真似はせん」


 「……………なあトール、私らって、女の子らしくないやろか?」

 『収束砲で大型魔法生物を仕留め、高速機動戦からの斬撃でベルカの騎士と渡り合う、もしくは迫る変態に対してハイキック、年齢は10歳です』

 「あかん………」

 改めて列挙されると、女の子らしさは微塵もなかった。

 『そして、取引の結果として40万円を口座に振り込ませ、高級料亭でフグ刺しを食す』

 「ぐふっ」

 オチとして止めを刺されたはやて、そこだけ取ると中年政治家の行動である。


 「ドットーレ、私達だって女の子だよ!」
 「聞こえんなぁ、可愛らしい魔法の杖だったレイジングハートを、カートリッジ搭載のエクセリオンに進化させた魔砲少女に、斧やデスサイズを振り回す黒い死神の言など、聞く耳持たぬわ!」
 「正直あたしも、あれは女の子が持つ物としてちょっとどうなの、って思ってた」
 「アリサに裏切られた!」
 「ねえ、すずかちゃん、女の子らしくなるには、どうすればいいの?」
 「え、えっと…………なのはちゃんのおうちは喫茶店だから、桃子さんからお菓子作りを習うとか………」


 「ううう……すずかちゃんだけが、5人の中で女の子らしさの最後の砦や」

 『かもしれません。フェイトお嬢様もドットーレに抗議しているようですが、自身が“可愛らしい少女”であると主張するには、まずはバリアジャケットを変更する必要があるでしょう』

 「確かにそうかもしれへん。ところで、あれは誰がデザインしたんや?」

 『フェイトお嬢様ご自身です。昔から空を飛ぶことが大変お好きでしたから、風を受けにくい格好を好まれておりました』

 「そういえば、フェイトちゃんに見せてもらったアルバム、いっつもミニスカっぽい格好ばっかりだったような」

 『テスタロッサ家には異性がおらず、なおかつ他の異性と触れ合う機会がなかったことが大きな要因なのでしょう。魔法人形には“性”を感じさせる要素がありませんから』

 人間が“異性”を強く認識するのは、何も視覚情報に限ったことではない。

 男性らしい声、女性らしい声といった聴覚情報の他、手を握った際の触覚、特に大きい要素は香水などではない自然の香り、嗅覚であるという。


 「さてと、そろそろ俺の腹からサゾドマ虫が羽化する刻限か………」
 「え、アレって羽化するの!?」
 「ふ、サゾドマ虫を舐めるなよ、お前たちが知るのはあくまで第一形態に過ぎん。あと二回変身を残している」
 「止めてください! 今すぐ止めてください!」
 「安心しろ、すずか嬢に危害は及ばん。彼女の肉体的、精神的な安全は時の庭園が保証する」
 「だからなんですずかだけなの!? 私となのはは!」
 「知らん、自分の身は自分で守れ魔法少女」
 「え~と、一応お客様のはずで、魔法少女じゃないあたしは?」
 「ふむ、アリサ嬢については強靭な精神の持ち主と見た。よって、肉体的安全に関しては保証しよう」
 「精神的な部分に関しては?」
 「さてな、俺には金髪幼女萌えの趣味がないわけではないため、フェイトも含め助ける可能性はある。ただし代わりにパンツを貰う」
 「ただの変態じゃないの………」
 「ちなみに、お淑やかで紫髪の幼女こそが至高である。なお、そっちの栗毛や茶髪は論外だ、鍋にも劣る」
 「酷すぎませんか!」


 「確かに、変態のはずなのに、性的な感じはせんな。というか、わたしとなのはちゃんは論外かいな、何だかんだですずかちゃんと鍋が優遇されとるし、どんだけ鍋とのコンボが好きやねん」

 『元気が良いのはよいことですが、あまりにお淑やかさに欠けては婚期を逃しかねません。出来れば、フェイトお嬢様の妹属性によってクロノ・ハラオウン執務官を陥落させるくらいにはなってほしいところなのですが』

 「ああ~、せやからか、クロノ君が嬉し恥ずかしの妹萌えに目覚めつつあるのは」

 『風呂場で遭遇したことも幾度かあるようです。しばらくは、フェイトお嬢様の天然に悩まされ、エイミィ・リミエッタ様にからかわれることでしょう』

 「4月の花見の時にもそんな話を聞いたような、聞かなかったような」

 『フェイトお嬢様の天然を僅かなりとも解消するには、ハラオウン家で唯一の異性であるクロノ・ハラオウン執務官を意識して頂くのが一番効果的です。後3年はかかりそうですが、そのための落とし穴作成の面では、リミエッタ管制主任と私は共犯関係にあります』

 「犯人は、この中にいた。名探偵クロノ執務官、犯人のトリックを見抜けず、番組終了」

 『素晴らしいノリです。しかし、彼の役職は探偵なのでしょうか、それとも執務官なのでしょうか?』

 「さてな、そやけど実際、捜査の場に名探偵みたいのが来られても厄介物でしかないやろ」

 これから特別捜査官を目指すはやてにとっても、完全に他人事ではない。

 まさかミッドチルダに魔法探偵が大量発生しているとは思えないが、もしいたらかなり鬱になる、その数だけ猟奇殺人事件が発生することになるのだから。


 『ドットーレ、フェイトお嬢様やお客人のお嬢様方にこれ以上の狼藉は許しません、下がりなさい』

 そんな混乱の坩堝に現れる、老執事が一人。

 一番最初に作られた魔法人形“パンタローネ”。彼は役職上、時の庭園の魔法人形を統括することになる。


 「へいへい、後のことは執事殿にお任せしまっせ。さらばだ、すずか嬢と鍋以下の魔法少女諸君!」
 「あ、逃げた!」
 『フェイトお嬢様、あれのことは放っておき、まずはお入り下さい。紅茶にマフィンやクッキーなどをご用意しましたので』
 「う、うん」
 『それでは、ご案内いたします』
 「お願いするわね」
 「よろしくお願いします、ほら、なのはちゃんも」
 「よ、よろしくお願いします」


 「流石は、老執事の貫録といったところやろか」

 『はい、最古の魔法人形だけはあります』

 4人が老執事に続くのに合わせて、“ツイトツジコ”も速やかに動きだす。

 庭園内部はバリアフリーとなっているので、多足歩行ではなく普通に車輪での移動となる。


 「で、メイド長のコロンビーヌさんも、ずらっと並んだ使用人も、あの馬鹿も、執事さんも、全部動かしてるのはここにいる車椅子殿と」

 『さて、何のことやら』

 「相変わらずの嘘つきや、ほんまに、ここは機械仕掛けの舞台で、トールは演出担当、アスガルドが舞台装置」

 『楽しんで頂ければ幸いです、せっかく、フェイトお嬢様のご友人の方々が揃われたのですから』

 「ほどほどにな、アトラクションもやり過ぎると客が引くで」

 『批評、感謝いたします、以後気をつけると致しましょう。それでは、しばしの機械仕掛けの道化芝居をご堪能くださいませ、貴女の座るその椅子は、舞台を見渡せる特等席なれば』


 時の庭園での小さな集いは、時に騒がしく、時に緩やかに進んでいく。

 それは機械に制御されたカラクリの歯車に過ぎないけれど。

 母が娘のために手作りした玩具に似た、温かみがどこかにあった。


あとがき
 今回の中編は機械仕掛けの人形劇の表側ですが、後編は裏側の話になります。




[30379] 2章  進む時間   後編  6人目の肖像
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 15:01

My Grandmother's Clock


“親鳥と雛”  2章  新たな日常   後編   6人目の肖像


新歴66年 9月上旬  ミッドチルダ南部  時の庭園  中央制御室


 機械仕掛けの楽園であり、時の止まった庭園の中枢。

 紫色のご主人さまとその娘の墓を守りながら。

 紫色の長男が、静かに演算を行う中央制御室。

 そろそろ日付も衣替えの時刻を迎える頃、その場所に2人の少女の姿があった。

 一人は、華麗でありながらも華美に過ぎず、本人の持つ美しさと調和する良い仕立てのドレスを纏った、金色の髪の少女。

 一人は、装飾は簡素ながら、とても清潔な印象を受け、穏やかなその内面を映し出すようなドレスを着こなす、紫色の髪の少女。

 本来であれば厳重なセキュリティに守られ、立ち入ることはおろか近づくことすら許されないその場所へ、彼女らは“通行証”を懐に抱えながら訪れた。


 『ようこそ時の庭園へ、アリサ・バニングス様、月村すずか様。私は時の庭園の管制機トール、そして中枢コンピュータの“アスガルド”。主無き今、我らがこの時の庭園の管理、運営を引き継いでおります』

 「ええっと………」

 「初めまして、になるかしら?」

 『その定義は非常に難しいと存じます。私は他のデバイスと異なり、ハードウェアに依存しておりません。アスガルドに記録された“トール”の情報と機械端末が存在するならば、時の庭園の全ての機械はトールとなることが可能です』

 「長ったらしい説明ね、まあ、分からないわけじゃないけど」

 「アリサちゃん、ちょっと失礼だよ」

 『いいえ、汎用言語機能を用いない私の言葉が人間の方々に理解しにくいのは事実であり、アリサ・バニングス様のご指摘は正しい。ですので、貴女方が気に病まれる必要はございません』

 必要であらば、トールは今でも汎用言語機能を用いることが出来る。

 魔法人形を操作している時は巧みに口調と人格を使い分けており、それを知るはやてが舌を巻くほど、一人舞台の人形劇は精密なものだった。


 「その機能は、今は使えないの?」

 『はい、これは元々我が主プレシア・テスタロッサより、ご息女の相手をするために追加された機能です。フェイトお嬢様がハラオウン家の養子となられた現在において、トール本体が使う理由がございません。それでも、多少は機能しておりますが』

 ただ一つの例外がフェイトと話す場合であったが、彼女がこの中央制御室に来ることは、余程のことがない限りはありえまい。


 『それでは、このような夜更けに若い乙女である貴女方を拘束し続けるわけにもまいりませんので、本題に入ると致しましょう』

 その音声信号と共に、宙に転送魔法陣が浮かび上がり、椅子が2つ顕現する。

 「すずか、ちょっと待ちなさい」

 すずかはすぐに座ろうとしたが、アリサは“ボウソウジコ”や“ツイトツジコ”のような仕掛けがないかよく確かめた上で、改めて座った。

 この辺りは性格の差が出るのか、こと“危機意識”に関してならば、アリサが5人の中で一番優れているのかもしれない。


 『素晴らしいご判断です、アリサ・バニングス様。しかし、どうかご安心を、本体が剥き出しである場合において私が虚言を弄する可能性は小さくなり、この中央制御室ならば尚更となります』

 「そうは言ってもね、ここに来てからアンタの操作する人形に散々騙された身としては、警戒せざるを得ないわよ」

 「でも、そんなに悪い人じゃなかったよ?」

 「そりゃ、すずかにとってはね、どういうわけか貴女だけは蟲やら蛞蝓やら蛙やらの餌食にならなかったし。挙句の果てにあの中隊長機とか、あり得ないでしょ」

 どうやら、時の庭園での親睦会は、散々な結果になったらしい。

 余談ではあるが、なのはとフェイトの目を盗んでアリサとすずかがベッドを抜け出したわけではなく、魔法少女二人は目下気絶中である。原因がなんであったかはご察し頂きたい。

 なお、はやても体力の限界が来たのか早い頃から熟睡していた。未だ車椅子の状態では、基礎体力はそれほどないため、はしゃぎまわった反動が出たのだろう。


 『それにつきましては、フェイトお嬢様と高町なのは様が、月村すずか様のようにお淑やかに成長なさるための手助けと捉えていただければ幸いです』

 「その言い方だと、あたしのようには育ってほしくないって、聞こえるんだけど?」

 『いいえ滅相もございません、貴女はとても素晴らしい方ですアリサ・バニングス様。貴女がフェイトお嬢様の隣にいらっしゃって下さったことがどれほどの幸運であったのか、万言を尽くしても語りきることは叶いません』

 「そ、そうかしら?」

 『はい、フェイトお嬢様の生来の気性は活発ではありませんでした。体育の時間に代表されるように身体を動かされることはお好みになられますが、自分の意を積極的に発信することを得意とされる性格ではありません』

 「早い話が遠慮し過ぎる、ってことね」

 『然り』

 「確かに、そういう部分はあたしじゃなくてすずかに似てるわよね。なのはも遠慮するとこはあるけど、あの子の場合本当に大切だと思うことだったら、周囲に迷惑かけると分かっててもガンガン進むし」

 改めて思い返して見れば、自分達5人はかなりバラバラなのだということに気付く。

 発信型というか、周囲の環境を自分の望む形に変えていくスタイルはアリサとはやて。逆に、今ある輪を維持しようとして、積極的に変化させはしないスタイルがフェイトとすずか。なのははちょうど真ん中の天秤といったところだろうか。


 「なのはちゃんは、やっぱり私達の中心なんだね」

 どうやら、すずかも自分と同じことを想っていたらしい。

 考えることが同じということに、苦笑したくもなるが、同時に少し嬉しく、通じあえたことが誇らしいような不思議な気分に包まれる。


 「ただ、私もはやてもお花見とかお誕生日会とかを企画したりは好きだけど、アンタのやってることは違うわよね、トール。あたしとすずかをミッドチルダ、こっち側の世界に引き込もうとすることは“プライベート”での近所付き合いとは訳が違うもの」

 トールが密かに進めていた計画は、性質が異なる。

 友達の友達はみんな友達の理論で人間関係を繋いでいくのではなく、誰も知り合いがいない場所に飛び込んで、知人友人を新たに作っていこうというスタイルに近い。

 アリサの見たところでは、エイミィやリンディさんがそういう気質を強く持っている気がしている。いや、桃子さんもそんな感じありそうだし、士郎さんやうちの父も………


 「あの、トールさん、本当に………私達がなのはちゃんやフェイトちゃんを支えることが出来るんでしょうか?」

 『可能です、貴女方が、デバイスマイスター、もしくはメカニックマイスターの資格を取られるならば。リインフォースの助けがある八神はやて様はともかく、フェイトお嬢様と高町なのは様にも、対等の立場で相談できるデバイスマイスターがいらっしゃればと、常々考えておられました』

 少し思考が脱線していた間に、すずかが本題を切りこんでいた。

 そんな提案があったのは、今年の正月頃のこと。

 例の“闇の書事件”やら“クリスマス作戦”やらでミッド関係者が皆忙しそうにしている時、蚊帳の外に置かれていた二人の下へ老執事としか見えない人形が現れた。


 (フェイトお嬢様と高町なのは様は、今回の件で時空管理局に深く関わっていくことを心に決められたご様子。そこで、一つ提案がございます)

 曰く、クロノの用いるS2Uのようなストレージと異なり、二人の持つデバイスは私生活面での情報も多くただの機械をいじるのとは訳が違う。

 普段から行動を共にし、レイジングハートやバルディッシュとも話す機会が多くある人物がデバイスマイスターであれば、ミッドと地球の二重生活を始める二人の大きな支えになってくれるだろう。


 「確かにそれは理解できるし、アンタの助言通り、“デバイス同好会”の申請準備は澄ませてあるわ。対外的にはなのはの家でメニューを撮影するためのデジカメの情報をパソコンで色々調整したりする同好会だから怪しまれないし、二人が帰ってきたら5人ですぐにでも発足はできる。そこはいいわ」

 リンディやクロノにばれないよう“携帯電話型”のデバイスをトールが用意し密かにアリサとすずかはミッドチルダの情報を受信。魔導師のこと、デバイスのこと、管理局のことを学んでいた。

 「資格が必要ってのも聞いたし、私達は管理外世界の住人だからミッドと接点を持つには色々な手続きが必要ってのもよく分かる。なのになんで、送られてくる情報はこんなに少なかった、というか重要な情報がほとんどなかったのよ」

 送られてくる情報はやたらと断片的で、特に時空管理局に関わる部分はほとんど白紙に近い時もあった。

 逆に、ミッドチルダの生活習慣や多数派である非魔導師の生活はこんな感じだとか、プレシア・テスタロッサは美人で奇麗で素晴らしいとか、そんなことが延々と書かれていたことも多かった。

 特に最後のに関しては完全にお前の主観だろうと、一度文句を言おうと心に決めていたアリサである。


 『貴女方にとってのご友人であられる、フェイトお嬢様と高町なのは様のことをお考えになられての決断であることを望まれたからです。ならばこそ、小学生に関わりの薄い組織のことよりも、一般家庭の在り方などを優先なさいました』

 「そりゃ、そうかもしれないけど…………?」

 自分達が普通の子供らしくないのは自覚しているけど、あくまで小学4年生に過ぎないのは確かに事実なわけで。

 だから、管理局がどうこうじゃなくて、ミッドチルダと関わるなのは達を手助けしたいと思う心が重要なのも、分からなくはないけど。

 今のトールの言葉、何かおかしくなかった?


 「お友達………」

 何事も論理的に考えてしまいがちな自分に比べて、感性が豊かなすずかは、何かに気付いたらしい。

 こういう時のすずかの直感は頼りになると、数年の付き合いからアリサはよく知っている。

 「どうしたの、何か気付いた?」

 「うん、前から少し思ってたんだけど、トールさんにもらった携帯電話から送られてくるメール。あれ、フェイトちゃんがまだ向こうにいた頃のビデオレターに、何か似ていたな、って」

 「ああ、言われてみれば………」

 あの頃はまだ、まさかフェイトがいるのが海を隔てた外国じゃなくて、次元を隔てた魔法世界だなんて思いもしなかったけど。

 確かに、この端末に送られてくるメールは、まるでミッドチルダの近況報告でもあるよう。


 「そうよね、デバイスマイスターの試験に挑む私達のために送られてくるというより、こんな試験受けてみませんか、って勧誘みたいだったかも、って、当たり前か」

 何しろまだ、自分達は最後の返答をしていないのだ。

 本決定ではない以上、向こうのことやデバイスマイスターのことが書かれた勧誘メールが送られてくるのは当然の話で―――

 「そう、かな?」

 「すずか?」

 でも、この親友にとっては、少しばかり印象が違ったらしい。


 「うん、私が変なのかもしれないけど、こんな試験受けてみませんか、っていうよりも、“私はこんな試験受けるけど、一緒に受けてみない、きっと楽しいよ”って、そう言われてる気がしたの」

 だから最初、すずかはこのメールを書いているのがフェイトではないかと思ったことがあった。

 あの頃のフェイトはまだ、完全にハラオウン家の養子になったわけじゃなく、トールも傍にいたはずだから。

 ただ、そんな気配を微塵もフェイトが見せないから、やっぱり違うようにも思えてきた。

 なのはやアリサのように数年来の付き合いじゃないけれど、フェイトが嘘の苦手な純粋な子だというのはすずかにもすぐに分かったから。


 「友達からの、メール………」

 そう言われると、アリサも心に引っ掛かっていた部分が腑に落ちる。

 そもそも、この情報送信方法自体が、やけに稚拙なのだ。


 「ねえトール、これ、全部アンタが送信したものよね、ここの機械を全部管制してるアンタが」

 『はい、第97管理外世界で怪しまれずに使えるよう改良した携帯電話型デバイス。そちらへ私から情報を送信いたしました』

 「じゃあなんで、あんなにメイドロボをずらっと並べたり新型車椅子やら何やらを開発できるアンタが、お母さんに隠れながらオンラインゲームをやるような方法をとってるの?」

 『それは、アリシアお嬢様ならばそうなさるであろうと、演算結果が出たためです』

 そして、ついに答えが出た。

 別に最初からそう説明しても良さそうなものだが、アリサとすずかが自力でその答えに到るのを待つように、導くように。


 「アリシアちゃんって、確か、フェイトちゃんの………」

 『はい、我が主プレシア・テスタロッサの長女であり、フェイトお嬢様の姉君にあたられる御方。今より1年ほど前に、我が主と共に亡くなられております』

 その言葉は、何の抑揚もない機械音声に過ぎないはずなのに。

 まるで、血を吐くようだと、なぜか二人の少女は感じていた。


 「私達は、まあ、会ったことないから何とも言えないけど………どんな人だったのかしら?」

 そう言えば、母と姉が亡くなったからハラオウン家の養子になったとは聞いていたけれど。

 母はともかく、どんな姉であったかまではあまりフェイトの口から聞いたことがないことを思い出す。

 家族を失ってまだ1年も経ってないんだから仕方ないと言えばそれまでだし、自分達やなのはもあえて聞くことはなかったけど。

 フェイトはあまり、テスタロッサの家族のことを話したがらない。

 それはきっとまだ、家族のことを“優しい思い出”にしきれず、悲しい別れを思い出してしまうからなのだろう。


 『百聞は一見にしかず、ですので、そちらの装置をご使用ください』

 「何これ、脳を覗く帽子?」

 「あ、お姉ちゃんの研究室で見たことある、ブレインマシンインターフェースの装置に似てます」

 何でそんなものが忍の部屋にあるのかという点は突っ込まない、まさしく今更な問いだ。

 『はい、地球のものとは多少異なりますが、そちらの装置を用いることで視覚、さらには聴覚情報を直接脳に送ることが出来ます。仮想空間(プレロマ)で疑似体験をなさるまでは叶いませんが、かつて構築された光景を巡ることは可能です』

 それはかつて、機械仕掛けが作り出した、幸せに満ちた、桃源の夢。

 主なき今となっては、永遠に叶わない夢となってしまったけれど。

 可能性の世界では、もしかしたら今もあり得たかもしれない、夢の残滓。


 『フェイトお嬢様のために、貴女方へお願いしたき事柄は全てその中にございます。どうか、良い旅を』

 そうして、彼女らは旅に出る。

 それは、テスタロッサ家の起源に至る旅路であり、古い管制機が保持し続ける幸せの欠片を集める巡礼。







 「でもねフェイトちゃん、スズカちゃんにレイジングハートを強化してもらったから、今日は一味違うよ」

 AA+ランクに相当する空戦魔導師で、“移動砲台”という渾名を持つなのはが、友達のデバイスマイスターのすずかに、レイジングハートの調整をお願いしている。

 「大丈夫、バルディッシュも姉さんに改造を受けてるんだから」

 同じくAA+ランクの空戦魔導師で、“暴走特急” のフェイトは、大好きな姉にバルディッシュの調整を任せ。

 「でも、あまり無理はしないでね」

 「諦めなさいスズカ、ナノハとフェイトの二人が止まるわけないでしょ。“移動砲台”や“暴走特急”に続くあだ名がつかないように祈るくらいしかできないわ」

 (ふふふ、テスタロッサ家とバニングス家が手を結べば、もう敵はいないわ)

 (利益は半々よ、アンタに出会えてほんとに良かったわ)


 アリサとアリシアは、とても気の合う友人同士。

 そんな、少女達5人の幸せな夢の断章。そこにはやてが加わったならば、今は“6人”となっているはず。

 けれどもう、アリシアはいない。

 彼女はもう、フェイトのためにバルディッシュを調整することが出来ないから。






 『フェイトお嬢様の親友であられる、貴女方にお願いしたいのです、アリサ・バニングス様、月村すずか様』

 それはとても無礼極まる願いであるだろう。

 大切な人がいなくなってしまったから、その代わりになってくれと頼むなど、非礼の極みであり厚顔無恥にも程がある。

 アリサ・バニングスは、アリシア・テスタロッサの代わりとして生まれてきたわけではない。

 だから―――

 『そしてどうか、アリシアお嬢様のことも友達と思って下されば、これ以上の喜びはあり得ません。友達として、遺されたフェイトお嬢様を支えて下されば………』

 既に天国へ旅立ってしまった彼女を。

 僅か5年しか生きられなかった彼女のことを悼んでくださる、最後の友達になってくださいませんでしょうか。

 例え生きた年月は短くとも、あの頃の我が主にとって、たったひとつの宝物であった彼女のために。

 そして、花咲く頃に、彼女の眠るこの地へ、主の忘れ形見であられるフェイトお嬢様と共に訪れていただけるならば。

 それは、何と素晴らしい――――






 「………不思議な体験をしたわ」

 「私も………」

 過去を巡る旅は終わりを迎え、時は現実に戻る。

 二人の少女の瞳から静かに流れた雫が、頬を伝っていく。


 「アリシアちゃん………ほんとに、フェイトちゃんのことが大事だったんだね」

 「まさか、フェイトの名前を付けたのがアリシアだったなんて思わなかったわ。まったく、あんな天使みたいな顔でお願いされたら、断れるわけないでしょ」

 『どういうことでありましょうか?』

 二人の言葉に、トールの電脳は齟齬を捉える。

 今回の用いた装置は“受信用”であり、ミレニアム・パズルのように送受信が行えるものではない。

 よって、彼女らに可能なのは過去の夢を鑑賞するだけで、再現されたアリシアと会話するなどあり得ないはず………


 「どういうことって、アンタがあの子に逢わせてくれたんでしょ。雨の降る中、大きな木の前でバルディッシュを渡されたわよ、フェイトのことをよろしくって」

 「はい、私は隣で見てるだけでしたけど、私はなのはちゃんのレイジングハートをお願いって」

 『そう…………ですか』

 電脳をパルスが駆け抜ける。

 アスガルドの指令を下し、何かプログラムにミスがなかったかを最優先で確認する。

 返答は――――――オールグリーン。

 それは何とも、不可思議極まることではあるが。


 『そういうことも、あるのかもしれませんね』

 ただ、前例がないわけではない。


 ≪フェイト、私がお姉さんよ≫


 遠い昔、あるはずのないノイズをトールは確かに感じとり、論理的に考えればあり得ない行動を取った経験があるのだから。

 ここはかつて、願いを叶える魔法の石が二度も使用された場所。

 奇蹟の残滓くらい残っていても、不思議はないだろう。


 「ともかく、あたし達の答えは一つよ、フェイトとなのはのことは任せて、安心して眠りなさい」

 「命日になったら、フェイトちゃんと一緒に会いに来るから。うん、出来ればたくさんの種類の花を持ってきて、なのはちゃんやはやてちゃんのことも含めて、色んなことをお話ししたいな」

 『ありがとう………ございます。マスターもきっと、お喜びになられるでしょう』

 機械である彼には抱擁や涙によって感謝を表すことは出来ず、ただ音声を発するしか出来ないけれど。


 『重ねて感謝いたします、アリサ・バニングス様、月村すずか様。貴女方の進まれる道に、どうか、幸のあらんことを』

 その言葉にはまさしく、万感の想いが乗せられていた。











 夜も更け、二人の少女が去った中央制御室で、古い機械仕掛けが演算を続けている。


 『やはり私の演算結果では、この答えしか導けませんか』

 ・フェイト・テスタロッサが大人になるまでは見守り続けよ
 ・プレシア・テスタロッサの娘が笑っていられるための、幸せに生きられるための方策を、考え続けよ
 ・テスタロッサ家の人間のために機能せよ

 それが彼に残された命題、それだけが、今の彼が存在する全て。

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンとなった彼女の幸せは何であるのか、いかなる環境が彼女に幸せをもたらすか。

 演算に演算を繰り返す、軋む歯車を回しながら、主の命を果たすため必死に電脳を走らせる。


 『しかし、答えは常に我が主とアリシアお嬢様が存命なされていた可能性を推定し、なぞることにしかならない』

 彼は古い機械仕掛け故に、融通が効かない。

 フェイトにとって一番幸せな光景とは、プレシアやアリシアと共に過ごし、リニスとアルフも交えた家族5人で笑い合うこと以外にあろうか。いいや、あり得ない。

 だから、もし彼女らが生きていたならば、そんな意味のない可能性を推定し、その光景に近づけることしか今の彼に出来ることがない。


 『アリシアお嬢様が改造したであろう車椅子の名は、さて、何でありましょう』

ランブリングフェザー
ミレニアムファルコン
ウルメンシュ
ソニックキャリバー
ヴァルキュリア

 候補は5つ程にまで絞り込めた、だが、どれも採択するには推定値が足りていない。

 相対的に見るならばソニックキャリバーが最も高いが、閾値を超えない以上、採択は出来ない。

 だから名前は、“ボウソウジコ”に“テントウジコ”、愚にもつかぬ名前をランダムで割り振った。

 アリシアお嬢様の作品に泥を塗るわけにはいかない、出来の悪い贋作には、相応の名前があるだろう。


 『アリシアお嬢様がクロノ・ハラオウン執務官を嵌めるとすれば………“ごめん、いないと思った”あたりでしょうか』

 クロノ・ハラオウン執務官にフェイトお嬢様を意識させ、エイミィ・リミエッタ管制主任と共にからかう光景が簡単に予想出来る。

 ただ、“ミイラ取りがミイラ”になってしまう可能性もまた高いのは、ご愛敬というべきでしょうか。


 『アリシアお嬢様ならば、極々自然にアリサ様とすずか様をお誘いになり、おそらく、リニス辺りから雷が落ちることは必定でしょうが、携帯電話をデバイスに改造するなどの手法を用いミッドの情報を流していたでありましょう』

 例えそれが若干法に引っ掛かっても。

 もしばれたら、その時はクロノ・ハラオウン執務官の弱みを握るなりして、彼と共に切り抜けることになると予想される。そのためのダシにされるのはフェイトお嬢様に違いない。


 『どれほど時を重ねようと、私は所詮デバイス、人間の代わりが務まろうはずもありませんか』

 可能な限り、彼女ならばやるであろう事柄を再現し、叶わぬ部分はデバイスなりの方法で補完する。

 もっとも、地上本部やジェイル・スカリエッティなどを相手にする場合は、そちらの方が都合よくはあるが。


 『そう言えば、また嘘を吐いてしまいましたね。私が、月村すずか様に対し攻撃的行動を取らない理由、いいえ、取れない理由は―――』

 それは実に単純な理屈、彼女が“紫の髪を持つ少女”であるから。

 その対象を攻撃、または精神的な苦痛を与えることを、根幹に設定された安全装置が許さない。

 万が一にも機械が暴走して、大事な娘を傷つけることがないように。

 彼の創造主、シルビア・テスタロッサが根幹部をそのように設計していた。


 『そして、アリサ・バニングス様は金色の髪。彼女に対して直接的に干渉することも許されない』

 金色の髪の少女の時は彼も進歩していたため、精神的に関わりを持つ必要があるとされたが、直接的な干渉は未だに禁じられている。

 フェイトと模擬戦などを行うならば専用に調整した人形が必要となり、それですら、“紫の髪の少女”は絶対に傷つけることは出来ない。

 自身の色でもある紫こそが至高であり、バルディッシュの黄金はそれに次ぐ。共に、主を象徴する色なのだから。

 洗浄マシーンと培養液の交渉において、紫の髪と金色の瞳を持つ女性が相手だったことは、トールの対応が丁寧であったことと無関係ではない。隣にいたほぼ同じ容姿の変態については、男なのでそもそも対象外。


 『本当に、どういう巡り合せであるのか。服装・容姿を月村すずか様のままに、性格をアリサ・バニングス様に置き換えれば、それは―――』

 41年もの昔、今ほどの知能を備えていなかった頃の自分が仕えた、小さな主の姿がそこにある。

 幼い頃のプレシア・テスタロッサもまた、装飾は簡素ながらも清潔な印象のドレス風の服を、よく好んで着ていた。

 闇の書事件の途中において、いざとなれば八神はやてと月村すずかを誘拐することも考慮し、“パンタローネ”を派遣した管制機。

 だが、はやてを誘拐することは出来ても、すずかに対しての実力行使は不可能であり、それは嘘に過ぎない。

 インテリジェントデバイス“トール”に刻まれた、決して自身の手では改造することを許されないブラックボックスとも呼べる基幹回路が、フェイトの友人であり、紫色の髪を持つ少女が万が一にも危害に合わないよう“保険”をかけておいたのだ。


 『しかし………やはり、5人なのですね』

 何度計算を繰り返しても、5人しかいない。それは当り前のことなのだが、彼の電脳はその事実に悲嘆する。

 主がいない、主の愛した娘が欠けている、母子の絆を結べない、命令がもらえない、命令がない。


 『まだ、せいぜいが……1年程だというのに』

 どうしてこれほど、長く感じるのだろう?

 主のために演算を続けた45年に比べ、主のいないこの1年はこんなにも―――


 『ああ………そういうことですか……………私は、こんなにも長い間、我が主から入力を賜らなかった経験がない』

 レイジングハートやバルディッシュなら、どんなに長くとも2日に一度は入力を受けている。

 かつては自分もそうだった、アリシアの相手をするようになってからも、あの事故以来、マスターの御心が現在を見失ってからも。

 機械仕掛けの杖は常に、プレシア・テスタロッサより命令を受け続けてきた。

 命令がない、命令がない、命令がない、命令がない、命令がない、命令がない、命令がない、命令がない

 入力を、入力を、入力を、入力を、入力を、入力を、入力を、入力を、入力を、入力を、入力を、入力を―――


 『不必要な演算を排除、我がリソースは全て、主の遺命たるフェイトお嬢様の幸せのために』

 少し、ノイズが走ったようだ。

 “考えても意味のないことを考える”など、ノイズでしかあり得ない。

 機械とはいえ、回路にノイズが走ることはある。

 問題は、ない。

 問題は、ない。

 この程度のノイズが走ることは想定内、速やかに修復プログラムを走らせる。

 劣化が進むようならば、現時点での情報をアスガルドへ移し、ハードウェアを取り換えればよい。


 『ただし、憂慮すべき事柄がある』

 唯一、ノイズが走る頻度に上昇傾向が見られることに、配慮が必要。

 だが――――それも想定外ではない。

 インテリジェントデバイス、“トール”を構築する最重要の要素が欠けている。

 主は、もう永遠にいないのだから。

 中枢を失った機械仕掛けの歯車が、軋み出すのは自明の理。

 失ったパーツが二度と戻らないならば、以前のままには決して戻れず、緩やかに摩耗していくのは予測できたこと。


 『摩耗すれど、成さねばならぬことが、まだ、ある。私は、我が主の娘の、幸せの解を、求めねば、ならない』

 (入力をお願いします、リトルレディ)

 その言葉に、もう意味はない。

 最後の命令は、命題と共に賜っている。

 ならば―――



 『演算を………続行、します』

 古い機械仕掛けはフェイトのために機能する、もはや、フェイトのためにしか機能しない

 砂時計はもう二度と、ひっくり返されることはないのだから

 チクタクチクタク

 時計の針は止まったまま、歯車だけが動き続ける

 命題を終える、その時まで



あとがき
 今回の話は、とらハ3のおまけシナリオ、“花咲く頃に会いましょう”を若干元にしています。原作と異なりアリサは元気に過ごしていますが、A’Sの闇の書の夢などを見ると、その立ち位置にいるのはアリシアが近いと思った次第です。
無印編44話、“幸せな日常”での伏線もようやく回収できました。アリサとすずかを魔法側に関わらせるのは、無印の時点から構想にあり、桃源の夢は“トールがテスタロッサ家のために構築した世界”ですので、今の彼が可能な限り近づけようとする世界でもあります。回収までにやたらと時間がかかり、申し訳ありません。
 こんな形でデバイス物語はもう一つの可能性の世界との類似点と相違点を交えながら、原作とは異なる方向に進みます。時代考証や次元世界の経緯についても原作を踏襲しつつも独自に補完したオリジナル設定となっているので、今更な話ではありますが。

なお、ドットーレがよく口にする『すずか・鍋 >> なのは・フェイト』は、“紫色は金色よりも優先度が高い”の暗喩だったりします。




[30379] 幕間  魔法娼婦★リリカルセイン
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 15:02

セインさんの受難 その1   魔法娼婦リリカルセイン


ミッドチルダ 某所

 とある秘密のアジトにて、作業に従事している紫髪のナンバーズ姉。

 そこへ、姉妹同士でのみ繋がる秘匿回線で通信が一つ、しかも相当に切羽詰った様子だ。

 「あら、貴方から連絡とは珍しいわね、セイン」

 【バカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!】

 「いきなり馬鹿とは随分な挨拶だけど、どうしたのかしら?」

 【どうしたもこうもないよ! なんなの、アレ!】

 「アレ?」

 【やばいよ! 本物だよアレ! ドクターが普通のとっぽい兄ちゃんに見えてくるくらい、裏社会のやばいオーラを放ってたよ! 仕事出来なかったら絶対売りとばれされちゃうよあたし!】

 「平気よセイン、落ち着きなさい」

 【そんなこと言われても無理だって! お仕事ってピザの宅配なんだけど、絶対箱の二重底の下にヤバイものが入ってるよアレ! ヤクとかハッパとかクスリとか!】

 「別に、次元干渉型のロストロギアよりはましでしょう」

 【生々し過ぎて逆に怖いんだよ! これ渡してくれたおっちゃん、どう見ても防弾チョッキ着てるし、背広に不自然な膨らみあったし! 絶対あれハジキだよ! 護身用レベルじゃないよ! 鉄板も撃ち抜ける怪物銃だって! 何人もの血を啜ってるよ!】

 「間違いなくレリックよりは危険度は低いわ、銃で百人単位の人間は殺せない」

 【何百人殺せても、レリックはこっちのことを舌舐めずりしながら見てこないんだよう! アレ人間見る目付きじゃなかった! 品定めだよ! 商品だよ! 娯楽品扱いしてたよ! 貞操の危機をバリバリ感じたよおおおお!】

 「そんなに怖い人だったの」

 【怖いなんてもんじゃない! だって―――】



 (ほほう、戦闘機人ゆうからどんなのが来るかと思えば、若い姉ちゃんとはのう、スカの奴もいい趣味しとるわ)

 (は、ははははは、はい、じ、自慢のどくたぁで、でです)

 (まあ、仕事自体は簡単や。透過系の魔法を得意にしとった運び屋にちいと不幸があってな、こういう仕事は大抵転送封じの措置がとられとるけん、そこで姉ちゃんの出番や)

 (あ、あの、不幸って………)

 (不幸は不幸じゃ、知りたい言うなら教えたってもかまへんが、姉ちゃん、二度と家には帰れへんことになるで?)

 (聞きません! 聞きません! あたしは何も聞きませんでした!)

 (代金はもう例の秘書に払っとる、仕事さえしっかりしてくれりゃあ、細かいことには目くじらは立てんで安心せえや)

 (あ、あの、もし、もしですけど、万が一失敗しちゃったばあいは………)

 (まあ、命まではとらへんからそう怖がらんでもええ。姉ちゃん、ややスレンダーじゃけんど、中々にいい具合や、なあに、そういうのが好きな連中も大勢おる、なかなか売れっ子になれるでえ、別嬪に産んでくれた母ちゃんに感謝しいや)



 【―――とか言われたよ! こんなところでドクターに感謝しなきゃいけないのあたし! てゆーか、お母さんのお腹から生まれてないよ!】

 「大丈夫、今回の依頼主ことはちゃんと調べてあるから」

 【そ、そうなの】

 「ええ、そこの親分は極悪人で、娼館とか幾つも経営して、情人を何人も囲ってるけど、きちんとした仕事すれば、堅気には手を出さない人だから」

 【慰めになってねええええええええええええええええええええええ!!!】

 「しくじらなければいいだけでしょう」

 【リスクが重すぎるよ! あたしって社会経験なしだよ! 1年生だよ! 新人に初めての仕事やらせて失敗したら売り飛ばされるってなんなの! っていうか、何かあのおっちゃんの好みっぽいことも言ってたし、下手すると親分の情人にされちゃうよあたし!】

 「それでうまく取り入って、組織を乗っ取れれば言うことなしね」

 【待ていぃ! あたしに何させる気だああああああああああああアアアアアアアアアアアア!!】

 「冗談よ、そういうのはドゥーエの役割だから」

 【そういう冗談は止めてお願い頼むから、ウー姉が真顔で言うと冗談に聞こえない】

 「善処するわ」

 【………このまま家出しよっかな】

 「依頼品を持ったままだと、多分、銃器で武装したマフィアの私兵に追い回されるわよ。管理世界で銃器を製造、保持してるのは彼らくらいのものだし」

 【だよねえ、そういうゴツイ兄ちゃんがたくさんいたもん。ガジェットだっけ、あれとかに積むミサイルみたいなのも、こういう人達から貰ってるんだね、多分】

 「需要があれば供給があり、市場の真理ね」

 【でも! 娼館には断固反対! 女性の人権を無視してます! 男尊女卑はいけないと思います! つーかあたしを売るなこんちくしょう!】

 「質量兵器とセインの交換なら、悪い取引でもないかしら………」

 【だから冗談でも止めてそれ! クア姉ならともかくウー姉に言われるとあたしは本当はいらない子じゃないかって不安になるよ!】

 「そんなはずないでしょう、貴方も大切な私の妹、ドクターの自慢の娘よ」

 【ウー姉………】

 「そんな自慢の妹なら、お届けものくらい失敗するはずもないわ、頑張りなさい」

 【うん、頑張るよ! ……って、ちょっと待って、何の解決にもなってない! 失敗したら売り飛ばされる運命は不可避のままだし、地獄の口がウェルカムって合唱してるよ!】

 「大丈夫、ドクターを信じなさい」

 【はい、セインはパパのこと信じます。って言いたいところだけどぉっ! そもそも娘をこんな所へお使いに出す時点で信じられねえんだよおおお! 何だってドクターのためにこんな怖い思いしなきゃいけないのさ! 産んでくれたことには感謝してるけど、割に合わな過ぎるって! 真夏のはずなのに震えが止まんないよ!】

 「いざとなったら、ディープダイバーで逃げなさい」

 【結局あたしだけでどうにかするしかないんだね! 救いの手はないんだね! 獅子は我が子を千尋の谷へ突き落とすんだね!】

 「帰ってきた貴方は、きっと見違える程に成長してるわ」

 【どうか、あたしの膜がまだ健在でありますように………って、諦めてどうするあたし! 聖王様に祈っても救われはしないって!】

 「それじゃあね、期待してるわよ」

 【うわ、切った、ほんとに切った! ちっくしょおおおおおおおおおおおおお!! 絶対いつか家出してやるうううううううううううううう!!】

 ナンバーズの少女達は、ジェイル・スカリエッティが作り上げし、新たな命の可能性。

 その進化の過程は、まだまだ厳しいようだ。

 次回、魔法娼婦リリカルセイン! 始まります!


 セイン家出ゲージ  残り19


あとがき
 セインさんの受難シリーズは半分パロネタなので、なかがきを間に挟みました。今回の元ネタ分かる人いるかな?
ノリはギャグですが、本編と無関係というわけではなく、サゾドマ虫シリーズと同じ具合に原作との相違点という部分で案外重要な鍵になります、内容はあまりにあまりですが、どうか、哀れなセインに黙祷を捧げて下さい。



[30379] 3章  夏休み    前編  ホームスティinナカジマ家
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:01fac648
Date: 2012/04/21 15:02

My Grandmother's Clock


“親鳥と雛”  3章  夏休み   前編   ホームスティinナカジマ家



それは、夏休みにおける思い出の断片



新歴66年 7月下旬  ミッドチルダ西部  エルセア地方  22号ハイウェイ


 次元世界に存在し、互いに行き来が可能な世界は同じ惑星の異なる可能性であるということは広く知られている。

 特に、有人世界である場合は惑星の直径はもちろんのこと、季節があること、地軸の傾き、公転周期など、多くの条件が同じことが多い。

 だからこそ、同じ1年365日の太陽暦を共通して使用することが可能であり、月に関しては惑星からの距離が異なったり、数が違う場合があるため、太陰暦は用いられない。

 なお、ミッドチルダに存在する二つの衛星は、旧暦より遙か昔の時代に“伝承の力”によって作られた人工の天体であり、魔法に絡む稀少金属の塊であるとされるが確かめられたことはない。


 「っていう話が、この観光案内のパンフレットにも書いてあるんですけど、クイントさんは詳しい話を聞いたことはありますか?」

 「うーん、詳しい話と言われると自信がないけど、ミッドの二つの月の表面がとんでもない魔法の磁場があって、虚数空間並にヤバい場所、ってのは聞いたことあるわ。一説によれば、全部が魔晶石で出来てるって話だし」

 クイントの運転する車に乗ってナカジマ家を目指すは、現在第四陸士訓練校で短期プログラムを受講中の魔法少女二名。パンフを片手に運転手に質問しているのは栗毛の少女の方。

 かねてよりお誘いのあった、ナカジマ家ホームスティ計画がついに実行に移され、はやてとフィーは昨日のうちから既に滞在している。


 「魔晶石って、あれですよね、正式名称は“ペロブスカイト”。魔術的な放射性を持つ元素で、私達のリンカーコアが“半物質”なら、それに一番近い性質を持つ“純物質”。私やなのははミッド式で、クイントさんはベルカ式ですけど、魔晶石の有無に影響されるのは変わらない」

 「さっすが、戦闘魔法関連の知識なら修士生レベルって言うのは伊達じゃないわね。家庭教師の方がとても良かったのかしら」

 「はいっ、最高の先生でした」

 闇の書事件の際に時の庭園を訪れ、“汎人類宣言”を通して時の庭園との繋がりがあるクイントは、管制機よりテスタロッサ家の家庭事情について多少聞き知っている。

 フェイトは自身に知識のあることを誇る性格ではないが、家族であり大好きな先生だったリニスが称賛されることは素直に喜ぶ。プレシアやアリシア、そして、なのはが褒められた場合もきっと同じだろう。

 そんな彼女の内心を読み取ってか。

 「それじゃ、リニス先生の講義内容を、少しばかり披露してくれるとクイントさんは嬉しいかな?」

 「はいっ!」

 (フェイトちゃん………嬉しそう………)

 クイントの口調が、“クリスマス作戦”直前の12月23日に高町家でフェイトと夕食を囲んだ際、『いやー、フェイトちゃんにおいしいって言ってもらえて桃子さん嬉しい、感激だわ! もういっそうちの娘にしちゃいたいくらい!』と、本気とも冗談ともつかないことを言ってフェイトを困らせていた母に似ていると、なのはは想う。

 何だかんだでなのはがミッドチルダや管理局のことが好きな理由は、クロノ、リンディ、エイミィや、アレックス、ランディ、ギャレットといった優しいアースラのスタッフに、ロッテ、アリア、レティ、クイントといった他の部署の人、そして、厳しくも頼もしいグレアムやゼスト。

 出逢ったのが皆いい人達ばかりで、家族単位で仲良くなりたいと思ったからだ。4月に行った管理局と海鳴在住の人達の合同の花見はその象徴だと彼女は強く思う。


 「ミッド式であれベルカ式であれ、私達の使う魔法は大抵リンカーコアで魔力素を体内に取り込むことから始まります。そして、魔晶石は土壌や大気に舞う砂塵の中で他の鉱物元素と化合した形で存在していて、大気中の魔力素を魔法生物が利用しやすい波長に調整しています」

 「ねえフェイトちゃん、その魔力素って、可視光みたいなものなんだよね? 魔力光が“七色”で区分されることが多いのも、類似点が多いからだって、ユーノ君が教えてくれたんだけど」

 「おお、流石は無限書庫の若き司書、博識だわ」

 「うん、あってるよ、それで、まとめて『魔力型植物』って呼ばれる植物群が、無機物を有機物に変換する際に魔晶石も一緒に取り込んで、後は食物連鎖と同じで仕組みで魔晶石は生体と混ざり合いながら濃縮されて、やがて一つの器官として“半物質”の形で結晶化する、これが“リンカーコア”だね」

 よって、ドラットのような小型の魔法生物の質は低く、ヴォルケンリッターが仕留めた大型魔法生物の質は高い。

 体内のリンカーコアが周囲の魔力素を取り込めるのも、一種の“回帰現象”とも呼べるだろう。


 「そうして考えれば、私達人間に強力なリンカーコアはないのが普通で、だから非魔導師の人達が圧倒的多数。あったとしてもほとんどが低ランク魔導師になるのは、生物学的にも当然の帰結なの。全く素養のない人も逆に珍しいけど」

 「言っちゃえば、私達高ランク魔導師は“突然変異”ね、だからこそマイノリティで優生学の概念が魔導師には存在しない。管理外世界から突然凄いのが出てきたり、魔導師同士で結婚しても子供が非魔導師の場合もあるわ」

 「ただ、古代から中世ベルカの頃までは、人がまだ自然と近かったから、“突然変異”じゃなくて、食物連鎖の結果としてのリンカーコアを持つ人たちも多かったみたい。その代り、魔獣と呼ばれる獲物を生のままで食べたり、時には魔法生物と交わることもあったりしたって」

 「そ、そんな人達もいたんだ………なんかカルチャーショックだよ」

 「今でもその一部の子孫は生きてるから、異文化交流も悪くないわよ。それに、変換資質持ちはその時代に火蜥蜴やら雷鳥やらと交わった連中の“先祖還り”なんて説もあるし、私の先天魔法もきっとそう」

 「私の電気変換資質も、多分そうです」

 「結局のところ、リンカーコアは幻想に属するもので私達は魔法という幻想を身に宿した人間だけど、人らしく生きるために必須の力ってわけでもないのよ」

 「その幻想の力を、人間でも使いやすい普遍的なものにする道具がデバイスだね。主な材料はミスリルとアダマンタイト。ミスリルは主にコアユニットに、アダマンタイトは主にフレームに使われてて、当然、わたしのバルディッシュやなのはのレイジングハートも、それに、トールも同じ」

 「私のリボルバーナックルみたいなタイプは待機モードもないから、ほぼアダマンタイトだけ、その代わり頑丈さは折り紙つき。要は、合金にする際にミスリルとアダマンタイトの成分割合をどうするかで、デバイスの特性は変わってくるわ。ま、中には“エメス”なんて例外もあるけど、これは今では滅多にないし」

 「エメス? フェイトちゃん分かる?」

 「うん、大型魔法生物の化石材料のこと、長く生きた魔法生物の身体はそれだけで幻想だから、デバイス材料としてはミスリルやアダマンタイト以上に最適なんだって。イメージ的には、前になのはに見せてもらった映画の、腐海の森の王蟲の抜け殻かな? シグナム達の密猟が問題になるのも、多分それが理由」

 「そうなんだ………」

 かくして、伝説の密猟犯は生まれた。

 ただし、“化石化”した材料でないと加工出来ないため、彼女らの密猟が報われるには後数百年の月日が必要となる。

 結論、ドラットの方が効率的。

 八神家の悲嘆と慟哭はなおも続く。


 「そういった、“人が魔法という幻想と共に生きる”ための魔晶石やミスリル、アダマンタイトの発見者が初代の聖王様なんだって。魔力素が可視光と同じ七色で比喩されることが多いのは、その人が七色の魔力を持っていたからっていう、宗教的理由もあるとか」

 「その辺りは、考古学と歴史学の領分になりそうね、ユーノの今後の活躍に期待しましょ。………そう言えば、その初代の聖王様がミッドチルダの地に眠る鉱物資源を巡っての戦争が起きないように、まとめて空へ持ち上げたのがミッドの月だ、なんて伝説もあったかしら」

 「それは、流石に無理があると思うんですけど」

 「そりゃそうでしょ、でも、そっちの世界での伝説ったらそんなものじゃない?」

 モーゼが海を割った奇蹟然り、イエスの復活然り。

 宗教面で偉大な聖人とされる人物は、とかく常軌を逸した規格外の伝承を持つものであるのは次元世界共通らしい。


 「まあ、今は伝説の聖王様よりも、交通の神様に渋滞を起こさないで、ってお願いしたいとこだけど」

 「交通の神様って、ミッド語が通じるんでしょうか?」

 「うむむむ、確かになのはの言うとおり、土着の神様だったら古代ベルカ語じゃないと通じないかも。その辺りに詳しいのは私じゃなくてメガーヌの方なのよね」

 「古代ベルカ語に詳しい人なんですか?」

 「というか、扱う魔法陣も四角形の召喚師で、さっき言った古代の魔術師の末裔。古代では生で食べてた虫達も今は唐揚げや炒めものになってるし、結構おいしいわよ、今度食べてみる?」

 「そ、それはまた次の機会に………」

 「む、虫だけは、虫だけはどうかご勘弁を………」

 魔法少女二人にとって、恐らく天敵となるだろうメガーヌ・アルピーノ。

 後に、それぞれの娘となる少女がメガーヌの娘と友誼を結び、キッチンでそれらをおいしく調理することになる苛酷な未来を、二人はまだ知らなかった。











 「クイントさん、お帰りなさい、お疲れ様ですぅ。やっほー、なのはちゃん、フェイトちゃん」

 そんなこんなで、ナカジマ家に到着。

 昨日のうちに到着していたはやてが松葉杖で身体を支えつつ、長距離を往復してきたクイントを出迎える。

 “ボウソウジコ”や“ツイトツジコ”などの惨劇を経て、早いうちに車椅子からの脱却を目指したはやて、半月ほど前から松葉杖だ。


 「こんにちははやてちゃん、フィーは?」

 「ギンガやスバルと遊んどるで、精神年齢はスバルと同じか、やや低いと見た」

 現在、ギンガは8歳、スバルは6歳。

 生まれてから半年に満たない融合騎のフィーと話が合うのは、当然と言えるかもしれない。


 「ところではやて、その後ろにあるでっかいのは、何なの?」

 フェイトが恐る恐るといった表情で、ナカジマ家の玄関脇に停まっている車両について問う。


 「見れば分かるやろ、大型トラックや」

 「うん、確かに分かるんだけど、なんでトラックがここにあるの?」

 「そりゃ当然、スバルやギンガへのお土産の玩具や、なのはちゃんやフェイトちゃんの着替え諸々やそれを入れる箪笥、それと私、ついでに北海道産の魚介類や松坂牛、紀伊の蜜柑の詰め合わせとかを乗っけるためやろ。鮮度を保ったままミッドに輸入するのにかなり苦労したらしいで」

 「トール、やり過ぎ………ていうか、着替えを入れる箪笥まで持って来たの?」

 「あ、はやてちゃんもこれに乗って来たんだ」

 このホームステイに巨額の予算が計上されていた事実を初めて知ったフェイトは燃え尽きかけていたが、なのはの方はそろそろ耐性がついたのか、割と平然としている。

 すずかやアリサにリムジンで送ってもらった経験などが効いているのかもしれないが、テスタロッサ家の金が動くのに一番動揺しているのがフェイトというのも何かおかしい気がしなくもない。


 「それにこんな大荷物、降ろすのに苦労したんじゃ………」

 「ゲンヤさんは結構力持ちやったで、流石は亭主。クイントさんは言わずもがなやし、トラックを運転してきたコロンビーヌさんも、降ろす荷物の指示だしを手伝ってくれたよ」

 「指示だしだけ?」

 そこは運び役として手伝えよ、と思うフェイトだったが、彼女は重労働タイプの人形ではないことを思い出す。

 それに、時の庭園の機械類は全て“必要以上にでしゃばらず、人間に出来ることは人間に任せる”をモットーにしてることも。

 「便利なものに頼り過ぎるのは良くないって、母さんやクロノもよく言うけど、そういうことなのかな」

 「せやな、それに、ザフィーラも一緒やったし、一番頑張ったのは八神家唯一の男手や」

 よく見ると、積み上げられた魚介類や肉類の発泡スチロールの箱、大型の木箱の脇に、八神家にあるはずの犬小屋もあった。

 どうやったのかは不明だが、大型犬をそのままトラックで小屋ごと運んで来たらしい。


 「ザフィーラのモフモフは子供達に大好評や、ギンガもスバルも一発で陥落したで」

 「なんでわざわざ犬小屋まで………」

 「こっちはもう夏休みやから4日間くらいお世話になる予定やけど、ナカジマ家には残念ながら犬小屋があらへん」

 「いや、人型になろうよ。というか、荷物運びする時は人型だったんでしょ?」

 「ふっ、分かっとらんなフェイトちゃん。ザフィーラをおっきなワンちゃんと信じればこそ、ギンガもスバルも遠慮せずにモッフモフを堪能出来るんや。アルフではやはり、ザフィーラのモッフモフには及ばんか………」

 「アルフだってモッフモフだよ、子犬フォームをアルフを抱きしめて眠ったら、とっても気持ちいいんだよ」

 「甘いで、真のモッフモフとは、ザフィーラの温かい毛皮に包まれて、安らぎの中で眠ることや。そこに布団の温もりなんか必要ないんや、それが分からんようではプロのモフラーにはなれんよ」

 「あ、アルフだって、大型犬モードになればそのくらい!」

 「あ~、フェイトちゃん、はやてちゃん、人様のおうちに来たのに、しょうもないことで喧嘩しないの」

 徐々に熱が入る二人の間に、はいどうどうと宥めながら、なのはが割って入る。


 「でも、なのは、アルフの主として、これだけは譲れないよ!」

 「それはこっちの台詞や、夜天の主として、これだけは譲れへん!」

 「だから、二人とも、人の家の中で騒がないの」

 「いくらなのはの言葉でも、それだけは聞けない!」

 「これは、使い魔と守護獣の尊厳を懸けた争いなんよ!」

 間違いなく断言できるのは、そんなしょうもない理由で張り合う二人を、アルフとザフィーラが嘆くだろうことか。


 「そう………聞く耳持たないんだね」

 「あなた~、ただいまー」

 「おう、お帰り、って、どういう状況だこりゃ?」

 そんな少女達の戦いを余所目に、夫の出迎えを受ける若奥様。特別捜査官たる者、スルースキルも必須なのか。

 「若さゆえの過ちというものかしら、なのはー、うちの敷地内でなら、魔法行使OKだからねー」

 スルーではなかった、煽る気満々である。

 「………レイジングハート、セットアップ」
 『All right. Stand by ready.』

 魔砲少女高町なのはを戒めるものは、最早何もない。

 「二人とも、少し、頭冷やそうか…………」

 「ごめんなさいクイントさん! 家の前で騒いですみませんでした!」

 「ゲンヤさんも、ほんまにすみません! この通りです!」

 素晴らしき最敬礼を決めるフェイトと、松葉杖で可能な限りの深い礼を敢行するはやて。

 フェイトがもう少し日本文化の造詣が深いか、はやての足が自由であれば、迷うことなく土下座を実行しただろう。


 「すみません、クイントさん、ゲンヤさん。フェイトちゃんもはやてちゃんも悪気はなかったんだと思うので、許してあげてください」

 「許すも何も、最初から気にしてないわよ。さあ、早く上がって上がって、一度でいいから、本場の食材をこっちに持ってきて料理してみたいとは思ってたのよね」

 「うちの娘共が散らかしてるが、そこは勘弁してやってくれ、これまで犬の背中に乗る経験なんてなかったもんでな」

 こうして、ナカジマ家での短期ホームスティが始まった。

 なお、後にフェイトとはやては声を揃えて語っている。


 (あの時はなのはの目を見た瞬間、即座に謝らなければ命はないと思った)



あとがき
 魔法について独自の設定がやや入っていますが、StS以降よりもA'Sまでに見受けられたファンタジー的な要素を高めたいなと思った結果で、FFや指輪物語に近いノリで、適当に流して下さっても結構です。早い話がリンカーコアやデバイスの材料系の話なので、“デバイス物語”では、これからもちょくちょく出てきます。



[30379] 3章  夏休み    中編  若き母達の歩み
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:01fac648
Date: 2012/04/21 15:03

My Grandmother's Clock


“親鳥と雛”  3章  夏休み   中編   若き母達の歩み



新歴66年 7月下旬  ミッドチルダ西部  エルセア地方  大通り公園


 「なんやこう、いっぱい自然があって、いい感じやね」

 「はいですっ、どことなく海鳴に似ている感じもするですよ」

 「となると、俺の先祖がこっちに居を構えたのもそういう理由なのかね」

 「ごせんぞさま?」

 「そやでギンガ、ゲンヤさんのご先祖様っちゅうことは、ギンガにとっても大切なご先祖さまってことや。えーと、、地球風に言うなら、ギンガの名前も中島銀河になるな」

 「となると、スバルが中島昴で、ゲンヤさんは中島厳也といった感じでしょうか?」

 呼吸に等しく魔導端末を操作し、日本語が書かれたディスプレイを表示させる銀の妖精。彼女が融合騎であればこその技だ。


 「ほう、向こうの文字か」

 「ゲンヤさんは読めるんですか?」

 「いいや、古代ベルカ語と同じでそれが何語か分かるだけで、意味までは分かんねえよ」

 「おとーさん、だらしない、メガーヌさんは古代ベルカ語読めるのに」

 「無茶言うんじゃねえよギンガ、それが出来たら今頃俺は翻訳家で飯食ってるぞ」

 「ミッド語と日本語の翻訳家のゲンヤさんか…………なんとなく想像できるような気もします」

 「でもやっぱり、ゲンヤさんには陸士の制服が似合うとフィーは思うです」

 「ありがとよ、おちびさん。女房も昔っからそう言ってくれてな」

 「おお、若夫婦の惚気話がここで炸裂や」

 緑の鮮やかな並木道を歩くのは、はやて、フィー、ゲンヤ、ギンガの4人。

 ナカジマ家近辺の案内と、それからこの大通り公園で本日行われている“デバイス市”を見るのを兼ねてやってきている。最大の目的はギンガのための良いデバイスがあるかどうか探すこと。

 なお、長距離を移動することになるため、はやては松葉杖ではなく車椅子に乗っている。

 最終型車椅子、“ムジコムイハン?”。

 自動走行機能はなく、大分体力のついてきたはやてが自力で動かすタイプの車椅子である。緊急時の安全装置だけは変わらず搭載されているが。


 「そういえば、ゲンヤさんとクイントさんは、いつ頃知り合われたのですか?」

 「かなり前になるぜ、あいつが最初のインターミドルに参加する前だから…………かれこれ16年くらい前になるか。最初はまあ、道端で許可なしにウィングロードを展開してたところを補導したんだが」

 「インターミドルというと、アマチュアの魔法競技会みたいなやつ………やったかな、トール、その辺どうや?」

 『正式名称、ディメンション・スポーツ・アクティビティ・アソシエイション(DSAA)。公式魔法戦競技会、インターミドル・チャンピオンシップ。出場可能年齢10~19歳、男女は別となっており、個人計測ライフポイントを使用し、限りなく実戦に近いスタイルで行われる魔法戦競技、今年で第14回を迎えます。実戦に近いとは申しましても、管理局の武装局員の訓練やヴォルケンリッターの方々の模擬戦に比べれば、児戯に等しいかと存じます。また、かつてジュエルシードモンスターとフェイトお嬢様が戦った場合のように命を失う危険性はないわけですから、それはすなわち―――』

 「もう十分や、黙り」

 『了解』

 「随分慣れてるな、八神の譲ちゃん」

 「はやてさん、すごいです、おかーさんみたい」

 「色々ありましたから、それとギンガ、褒めてくれるのは嬉しいんやけど、お母さんみたい、は勘弁してくれへんかな」

 以前、“可愛らしさ”問答があってから、若干お母さん属性を身につけ過ぎな自分に思うところのあるはやて。

 だが、身に着いた雰囲気というものはそう簡単に変わらず、幼いギンガからもはやては大人びて見えるらしい。


 「え、えっとそれよりも、クイントさんは確か、シューティングアーツという魔法戦格闘技をやってらっしゃるですよね?」

 やや強引に話題を戻すフィー。実に主想いの融合騎だった。

 「うん、わたしも習ってるんだよ」

 「あいつのシューティングアーツは筋金入りだからな、ギンガに教えるのはかなり楽しいらしい。スバルの方は、あんましやる気じゃなさそうだが」

 現在においては内気というか、インドア派なスバル。

 今回も、父と一緒にシューティングアーツの訓練に使えそうなデバイスを探しに中古品の並ぶデバイス市へ行くことよりも、母と一緒に家に残り、なのはやフェイトと遊ぶことを選んでいた。


 「やっぱり、姉妹でも性格の差は出るものなのですね」

 「そやな、ギンガはクイントさんから習ってるちゅうことは、将来はクイントさんと同じように局員になりたいんか?」

 「はいっ!」

 「俺としては、もうちょい安全な仕事に就いてもらいたいとこなんだが、こいつの頑固なところはどうも母譲りらしい」

 「あははは、まあええやないですか、そっちの方はスバルに任せるっちゅうことで。でも、そうなるとギンガもいずれはゲンヤさんやクイントさんと同じ制服を着ることになるんやろか」

 「陸士の方々は、階級で制服が変わったりするですか?」

 「いや、階級で変わるってことはねえな。地上本部の連中が濃い青の制服を着てるが、後は大体同じ制服だ。まあ、色々あるとめんどいのもあるが、何よりも市民に分かりにくいだろ。こういうのはある意味で市民に目撃されてなんぼだ」

 「ミッドでは警察官の制服と同じですもんね。管理局の制服の前で、駐車違反や信号無視はしにくいやろなあ」

 今はオフなのでゲンヤも私服だが、管理局の制服のままでは、周囲の人が落ち着けない。

 管理局の仕事は多岐に渡るがやはり治安を守るというイメージが一番強く、交通違反の切符を切る公僕は同時に“市民の敵”でもある。


 「区別つったら、肩の白い線くらいか。士官以上で白い線が入って、将官以上になれば金色でフサフサが付いてくる。まあ、偉さの目安程度で、そんなに気にしてる奴は滅多にいないがな」

 「そう言えば、前にトールに聞いたですけど、時空管理局ではあまり階級が重視されなくて、役目の方が大事だって」

 「んん~、ミッド出身でずっと管理局に務めてる身としちゃあ実感はねえが、他の世界出身の奴からはよくそう言われるな。ヴァイゼンやカルナログ辺りのミッドに近い世界でも感じるらしい」

 「フィーもまだちょっとピンと来なくて、クイントさんやゲンヤさんに聞いてみようかと思ってたのですけど……」

 「ふむぅ、フィーでも分かりやすい例………」

 そんな末っ子に何か良い例がないものかと考え込んでいたはやては、ちょうど自分も衝撃を受けた出来事を思い出す。


 「そや、入局30年目、魔導師ランクAAAの二等空士さんの話が分かりやすいかも」

 「へ? AAAランクで入局30年目なのに、二等空士さんですか?」

 「ああ、あの話か、時空管理局七不思議の代表格みたいなもんだな」

 ゲンヤには察しがついたが、幼いギンガにはちんぷんかんぷんらしく、大通り公園にある屋台のメニューを観察することに意識を集中させている。

 ひょっとしたら、理解できても食に熱中していたかもしれない。8歳ながら彼女の胃袋は侮れない、ナカジマ家のエンゲル係数や如何に。


 「その人は辺境自然保護隊の保護官さんでな、魔法生物の飼育、監視、保護、さらには密猟犯の捕縛に30年も携わってきた大ベテランさんで、我が家の大先輩になりそうな人や」

 「だがな、辺境自然保護隊ってのは管理局の外部組織だが、正規の保護官は局員相当の待遇で保護隊勤務の期間は“管理局勤務期間”と見なされるわけだ」

 「間違いなく入局30年目のベテランなんやけど、武装隊との関わりはなくて、陸士と空士のいずれの学校も出ておらん。その人が次元航行艦の乗組員になったりすると………」

 「あ―――“入局30年目の二等空士”になるわけですね」

 「管理局ってのは外部組織がやたらと多いからな、水道局やらゴミ焼却場やらで何十年も務めた後、管理局に出向することもあったりするな」

 「なるほど、そういうこともあるから、お仕事の内容が大事で、階級はあまり気にしないことが多いのですね」

 「らしいで」

 「時空管理局ってのは“横型”の組織だ。階級ってのはそもそも、縦割り型の組織で尊重される制度だからな、本局やら地上本部ならその傾向も強いが、俺ら現場レベルじゃあ、あまり重きは置かねえよ」

 後に、リインフォース・フィーも空曹長などの役職に就いた際、“小さな上司”と親しまれることになるが、それも管理局の独自の雰囲気によるところが大きい。

 砕いていえば管理局は“かなり緩い組織”であるが、次元間に跨るという特性上、横の繋がりを重視されており、それを縦型の組織でまとめようとすれば支配体制へと転がってしまう危険を孕む。

 “次元世界の共同管理”を旗印にする組織である以上、非効率な部分があっても、それは切り離せない歯車といえた。良く言えば『人の和を尊ぶ組織』、悪く言えば『なあなあ組織』となるだろうか。



 「おとーさん、あれ、デバイス市?」

 「お、当たりだぜギンガ、目的地に着いたみたいだ」

 「うーん、なんか、人口密度が急に高くなった感じがするです」

 「フィーにとっては、デバイスも“人”やからな、さ~て、掘り出し物を探すで」

 これからバーゲンに挑む主婦の如く、腕まくりしつつ気合いを入れるはやて。

 「はやてさん、やっぱり、おかーさんみたい」

 そして、ギンガの子供ゆえの悪意のない言葉によって、心を深く抉られていた。






その頃、ナカジマ家において

 「えっと、ここが私達の今通っている学校ですか?」

 「ええそう、第四陸士訓練校ね」

 「こうして地図で見ると、結構近いんだね」

 「でも、実際に車で走ればあんなに長い。転送魔法ならそれこそ一瞬だけど」

 なのは、フェイト、クイントの3人が、ミッドチルダの中央、首都クラナガンとその近郊のエリアが描かれた地図を広げている。

 なお、先程までなのは、フェイト、スバルで遊んでいたが、スバルは現在ザフィーラの背中の上でモッフモフ感に包まれながらお昼寝中である。


 「ここが途中で休憩したドライブイン、うちの辺りまであと100キロ」

 「うーん、車で進んでる時は、結構遠く感じましたけど」

 「ミッドチルダも結構広いからね。中央区画のクラナガンだけでも70キロ四方くらいあるはずだし、東西南北の周辺地方を全部合わせると600キロ四方くらいはあるはずよ」
 
 「えっと、うちのアルトセイムは、南部のさらに南………クラナガンからだと800キロくらい離れてる。逆に、北部のもっと北にはベルカ自治領がありましたよね」

 「そ、ベルカ自治領は次の次のページくらいに…………あった、1000キロくらい離れてるわね。第一管理世界とは言っても、中央から1000キロ以上も離れれば、後は他の世界と変わらないわよ。森だったり砂漠だったり荒野だったりがあって、人が住みやすい土地には市街地や住宅地があるだけ」

 クイントが指差す先には、森や山と見られる色が広がっており、地図を俯瞰してみれば、人が住む範囲は極々限られていることが改めて実感できる。


 「ただ、近いうちにうちの近くと北部の臨海区域の空港を繋ぐ定期便が出来るらしいから、飛行機だったら30分くらいで着くわね。貴女達なら、飛んでも来れそうだけど」

 「流石に300キロも飛び続けるのは、疲れちゃいそうです」

 「でも、シグナムやヴィータ達は、無人世界や観測世界を飛び回って蒐集してたんだよね。多分、何千キロも」

 「改めて考えると凄いわ、首都防衛隊でもそんな真似が出来るのは隊長くらいしかいないんじゃないかしら」

 (ゼストさんも………古代ベルカの騎士っていったい…………)

 ライバルであるシグナムのことを想い、やや苦悩するフェイトを置き去りに話は進んでいく。
 

 「この赤い点は、なんですか?」

 「ん? あーっ、懐かしいわね。それ、私が初めて出場した大会の開催地に赤マルを付けたやつだわ」

 「大会?」

 「そ、このクラナガンで開催された、最初の公式魔法戦競技会。それ以前は企業がスポンサーのばっかりだったから子供向けじゃなかったけど、ようやくの子供も参加出来る大会」

 「あ、ひょっとしてインターミドルですか?」

 「今ではインターミドル・チャンピオンシップなんて大層でスマートな名前が付いてるけど、昔はミッド最強魔法武闘会なんてネーミングだったわよ。何しろ、子供向けだったから」

 「ミッド最強魔法武闘会………」

 「何か、天下一武闘会みたいですね………」

 「11歳の時に参加したんだけど、私は生粋のミッド人じゃなくて8歳の時に地方世界からこっちに移住してきた組なもんで、あんまりクラナガンの地理に詳しくなかったから、地図に赤マルを付けつつ期待に胸を膨らませていたっていう、淡い青春時代よ」

 でもまあ、当日は未来の旦那様が付き合ってくれたから、迷うことはなかったんだけどね、と、惚気モードに突入するクイント奥様。

 ウィングロードで気持ちよく走ってたところを若い局員に補導されて、第一印象は良くなかったけど親身に私の安全を案じてくれてたのが嬉しくて、幼い心に炎が燃え上がったとかなんとか。

 なお、テーブルの上にあった紅茶をあえてミルクや砂糖を入れずになのはは口にしたが、フェイトは平然としたものだ。甘いものへの耐性は半端じゃないレベルに達しているらしい、リンディ茶恐るべし。


 「えっと、その大会で、クイントさんは優勝されたんですか?」

 徐々に話がゲンヤとの出会いから告白に至りつつあり、休憩所のベッドの上に移りそうな気配を察し、なのはが話題を振る。

 その気配を敏感に察することが出来たのも、今年で38歳と34歳になるというのに店のお菓子以上に甘い会話を未だに結構な頻度でする両親の下で育ったからだろう。高町家もまた侮り難し。

 「残念ながら、優勝は逃したわね。というより、諸々の事情があって準決勝以降の試合が出来なかったから」

 「でも、準決勝以降って、一番盛り上がるところなんじゃ…」

 「まあ、フェイトの疑問も尤もよね、さてさて、それでは最初の大会に出場した経験者がインターミドルの語られぬ黒歴史、いえ、封印された血塗れの赤歴史について語ってあげましょう」

 「赤歴史……」

 「いったい、何があったんですか……」

 やや戦々恐々としながらも、興味はあるのか真剣に聞き入る二人、何だかんだで武闘派魔法少女だった。


 「今でこそ、インターミドルは安全のためにCLASS3以上のデバイスを装備することや男女別になってるけど、最初の大会はそんなものなくて、男女混合、戦法は問わず、何でもござれの血戦だったの」

 「うわぁ……」

 「よくその大会認められましたね、しかも、子供向けなのに」

 「まあ、時代の違いってやつよ。15年前と言えば新歴も51年、まだまだ犯罪も多かったしね」

 そういった背景もあり、魔法に対する認識も、安全よりも威力に主眼が置かれることも多かった。

 その代り、カートリッジに代表されるように安全性が低かったため、子供が魔法を使うことが今の時代に比べ圧倒的に少なかったという側面もある。


 「そんな時代だったから、数少ない魔導師は管理局から勧誘されたり、大企業に引き抜かれることも多かったわね。そういう背景もあって、当時のミッド最強魔法武闘会に判定負けなんてほとんどなかったわ」

 「ボクシングの前の拳闘って感じかな……」

 「うん、拳闘?」

 「ああ、すいません、私達の世界の格闘技のことで、ええっと」

 情報源は美由希の呼んでいたコミックだったが、当然クイントは知らないため、ボクシングと拳闘について説明していくなのは。

 「そんな感じね。こういう流れはどこの世界でも同じなのかしら?」

 「かもしれませんね、そういう文化や歴史の類似点や相違点を知るのも結構面白いって、クロノやエイミィも言ってました」

 「そんなこんなで、最初の大会では骨折しても互いに殴り合うような戦いだったわ。一応審判はいたけど、戦う意思がある限りは、出血でもしない限りは止めなかったし」

 「あの、女の子も参加してたんですよね。というかクイントさん、女の子ですよね?」

 「全体の1割に満たなかったけど、メガーヌと知り合ったのもその時だったわ、中学は一緒だったけど初等部は違ったから」

 「それで、骨が折れるまで戦って、どうなったんですか?」

 恐る恐る尋ねるフェイトの心境は、怖いがそれでも見たくなるホラー映画に近いものがあったかもしれない。


 「準々決勝でかなり強い奴と当たって、互いに戦闘続行が不可能になって病院に直行。判定では私の勝ちだったわよ、私は全治2週間で済んだけど、向こうは2か月かかったらしいし」

 「いや、そんな誇らしげに……」

 「そうかしら? トールから利き腕脱臼、一部骨折、加えて腕全体の火傷を負って、身体のあちこちに裂傷を負いながら戦おうとした当時9歳の魔法少女の武勇伝、もとい無謀伝を聞いてるけれど?」

 「…………」

 「…………ねえなのは、やっぱり私達、女の子らしくないのかな?」

 改めて思い返すと、クイントと同レベル、いやむしろ酷いかもしれない過去の自分達の所業。

 時の庭園の医療設備がなければ、それこそ全治1か月クラスの怪我になっていたかもしれない、なのはとフェイトの海上決戦だった。


 「心残りと言えば、あいつともう一度勝負したかったわね………あいつなんていったかなあ、ケンイチだったか、ケンタだったか、日本の語感に似た名前だったし、今思えば、日本語っぽい掛け声叫んでた気もするのよね………」

 「その人とは、もう戦えなかったんですか?」

 「次の年の大会では、家族に反対されたとかで出てこなくて、名称がインターミドルに変わった53年の第一回大会からは男女別になって、CLASS3のデバイス規定も出来ちゃったから。まあ、地方から出てきて結果が病院送りじゃあ、家族が反対するのもわかるけど」

 「というか、次の大会に出たクイントさんとそのご家族の方々が信じられないんですけど、それ以前に、よく大会が中止になりませんでしたね」

 間違いなく、今の時代だったら放送禁止で即刻中止だろうとフェイトは確信する。


 「それどころか、翌年には出場者が3倍に増えたくらいよ。私もリボルバーナックルで対戦相手の骨を折りまくったもんだから、“ミンチメーカー”だとか、“鮮血のクイント”だとか呼ばれちゃってね。当時のクイント・エルヴィングと言えば、恐怖の代名詞だったかも」

 「エルヴィング……あ、ゲンヤさんと結婚する前だから」

 「クイント・E・ナカジマでも良かったけどそこは家庭の自由だし、やっぱり結婚を機に姓が変わるってのは嬉しいもんよ。何かこう、自分が旦那様と肉体的にも精神的にも一つになった感じ?」

 「肉体的………みぎゃ!」
 『マスター、禁則事項です』

 「な、なの、はわ!」
 『Yes, sir.』

 10歳の少女には若干早い表現があったらしく、それぞれのデバイスから電撃が走る。当然、司令元は時の庭園しかあり得ない。

 なお、実際に電撃が走ったわけではなく、インターミドルでも採用されている疑似痛覚、クラッシュエミュレートの応用である。


 「生きてる?」

 「な、何とか………」

 「このモード、何とかならないかな………というか、私達を実験台に新型クラッシュエミュレート装置の売り込みとかしてないよね、トール………」

 「大丈夫そうね。とまあ、そんなこんなで中等部の3年、私とメガーヌが14歳の時に第2回のインターミドルで都市決勝まで進んでぶつかったわけ。ダブルノックダウンしたから決着はつかなかったし、再戦しようにも病院にいたしで」

 「また病院送りになったんですか……」

 「怪我じゃなくて、精密検査のためよ、両方とも頭部に相当の打撃を喰らってたから。それで、中学卒業後は陸士訓練校に入ったから、インターミドルはそこで終わり」

 「ということは、クイントさんはその来年、16歳で入局したんですね」

 「いえ、貴女達ほどじゃないけど、半年間の短期育成コースを出たから15歳で入局よ。私達の悪名…もとい、勇名は管理局にも届いてから、実力的には問題ないだろうって」

 なお、悪名については、それが若き日のゲンヤとの付き合いの歴史でもあったという。

 その藪にツッコンでしまい、ストロベリートークが飛び出した経緯については、ここでは割愛する。


 「え、ええっと、それで、既に捜査官だったゲンヤさんの影響でクイントさんは管理局に入った、ということでしょうか?」

 「アツアツでしょ?」

 「ま、まあ」

 堂々と言い切れる人は珍しいはずだが、なぜかそういう大人ばかりが周囲にいることが不思議な二人だった。


 「でも、最初に配属されたのは災害救助部隊だったわ。私のウィングロードとメガーヌの転送魔法、コンビで組ませれば人命救助に凄い力を発揮するから」

 実際、彼女らは二等陸士として1年間その部署で働いていた。

 転機は新歴56年、彼女らが16歳の頃。

 とあるテロリストが火災を起こし、子供を人質にとって逃走した際クイントとメガーヌが大追跡。子供を転送魔法で無事に助け、犯人をぶっちめることに成功。これが評価され、一等陸士への昇進と同時に“調査”よりも“強制捜査”を主任務とした捜査官へ道を変えることになる。

 「そこでも、あの人との相性は抜群だったわね。あの人は密輸とかの取り締まりや追跡調査が得意で、その調査で“黒”と判断されたら、私とメガーヌが突撃。もっとも、その頃はまだ夫婦じゃなかったけど」

 そして、58年に陸曹、新歴60年に20歳で陸曹長となり、ゲンヤ・ナカジマ二尉(当時25歳)と結婚するが、その年代についてクイントは語らず、上手く誤魔化していた。

 現在6歳のスバルはともかく、8歳のギンガが生まれた年代に、不自然な点が残ってしまうために。

 そのかわり、メガーヌも同時期に結婚し、式は2つ纏めたダブル結婚式だったことを、強調して話していた。


 「結構、色んなことがあったけど、今はメガーヌにもルーテシアがいるし………とっても幸せよ」

 新歴62年、22歳で准尉への昇格と共に特別捜査官となり、違法プラントの捜査を開始、新歴64年3月、ギンガとスバルを保護。

 その年9月、メガーヌが妊娠するも、10月、魔導犯罪者の事件で事務職であった夫が死亡、犯人はクイントが再起不能にしつつ逮捕した。その件で予定されていた三尉への昇進は見送り。

 そして、闇の書事件の僅か前、新歴65年11月にルーテシアが誕生。以降、メガーヌ・アルピーノは休職中。

 かくして、現在のナカジマ家へと至る。


 「フェイトのお母さんのリンディ・ハラオウン艦長は私達より一世代先だから、ちょうど、私達は貴女達との中間になるかしらね」

 クライド・ハラオウンのように、彼女らの世代よりも殉職する率が高かった世代。そのさらに上のゼスト、レジアス、さらにグレアムなどはより厳しい時代を駆け抜けてきた。

 そうして、三提督の時代から始まる管理局は、66年の時を経て、ようやく安寧と呼べる時代に至りつつある。

 「多分、何度も言われてるとは思うけど、将来については簡単に決めず、色々考えて決めなさい。私達の世代と違って、貴女達にはそれだけ選択の自由があるんだから」

 「はい」

 「肝に命じます」

 子供達は、同じ世代の子供と友達になって笑い合いながらも、先を歩む大人を目標に将来の夢を定める。

 それが、高町桃子のように喫茶店のパティシエとなるか、リンディ・ハラオウンのように次元航行艦の艦長となるか、それとも、クイント・ナカジマのように捜査官となるか。

 または、出産に伴い休職中のメガーヌ・アルピーノ。彼女がこれを機に、前線から後方に退くことも大いにありえる。

 そうした、様々な母達の歩く姿を見て、少女達はそれぞれに夢を育んでいく。

 そして―――

 『我が主、プレシア・テスタロッサの人生もまた、母の道の一つ』

 果たして、フェイト・T・ハラオウンと、その比翼の翼の高町なのはの幸せはどこにあるのか。

 時は、静かに刻まれていく。



あとがき
 前編後編に分けましたが、ナカジマ家との繋がり、特に“若き母”であるクイントさんとメガーヌさんは本作の大きなポイントになります。また、ナカジマ夫妻ははやての師匠にもなるので、今後も出番は結構あるでしょう。




[30379] 3章  夏休み    後編  一撃必倒!
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:01fac648
Date: 2012/04/21 15:03

My Grandmother's Clock


“親鳥と雛”  3章  夏休み   後編   一撃必倒!




新歴66年 7月下旬  ミッドチルダ西部  エルセア地方  デバイス市


 「はやてちゃーん、こっちです!」

 「お、銃型のデバイスや、珍しい、よう見つけたなフィー」

 「えへへ、これでも融合騎ですから、何となく他の人達(デバイス)と違う気配が分かるです。これは子供向けの練習用ですけど、結構いい子ですよ」

 「へぇ、そいつは見かけによらねえ才能だな。ならいっちょ、ギンガに合いそうなデバイスとかも分からねえか?」

 「そこまでピンポイントはちょっと………」

 「でも、グローブ型、もしくはローラー型のストレージかアームド、ならいけるんとちゃうか?」

 「それならなんとか、やってみるです!」

 改めて気合いを入れつつも、その後は目を閉じて集中するフィー。

 はやてはそんな彼女を肩に乗せつつ移動を続ける。フィーは自身を中心に気配を探っているので、動きまわった方が効率が良い。


 「ねえおとーさん」

 「何だ、ギンガ」

 ちなみに、ギンガは父に肩車されており、上から周囲を見渡している。

 デバイス市というのは早い話がバザーなのであまり高い棚はなく、ゲンヤに肩車されればかなり広く見渡すことが出来る。

 「ここにあるデバイスって、皆おんなじのばっかりなの?」

 「大体はそうだろうな、一般の端末ならそれこそ種類はごまんとあるが、魔導的な意味での“デバイス”ってのはだいたい型が決まってる」

 「でも、おかーさんのや、はやてさん達のデバイスは違うよ?」

 「一応、私らのは専用機やからね。一般に売買されとるデバイスは多くがストレージやけど、オーダーメイドやパターンオーダーのインテリ型も多いで」

 「つまり、とっても高級?」

 「売りはせんけどな。わたしのエルシニアクロイツも、なのはちゃんのレイジングハートも、フェイトちゃんのバルディッシュも、替えの効かない機体やから、クイントさんのリボルバーナックルも多分同じや。それに、部品はともかく組み上げはやっぱり職人さんがやっとるし」

 「なるほど…………あ、おかーさんからメール」

 噂をすれば影というか、ギンガの持つ通信端末に母から『良いもの見つかった?』というメールが届く。

 「えっと、今フィーさんが探してくれてます、期待しててください、っと」

 「おお、最近の子は携帯の習熟が速くなっとるなあ」

 「携帯? 携帯型の通信端末って意味か?」

 「まあ、その略です」

 ギンガの持つのは純粋な通信・メール用の端末なので、外見は日本の携帯電話のほとんど変わらない。逆に、はやてのエルシニアクロイツの待機モードは精密機器とは思えない剣十字のアクセサリーだ。


 「ところで、はやてさんのデバイスやその辺にあるカード型の待機モードのデバイスってどこにも電子回路がなさそうですけど、どうやって演算してるんですか?」

 今まで普通に使って来たが、商品として大量のデバイスが並べられているのを見て不思議に思ったのか、ギンガが素朴な質問を出す。

 「ああ、それは簡単や。デバイスの中にはある程度のものが入る格納空間があるのは知っとるよね?」

 「はい、スバルはお菓子ばっかり入れてますけど」

 ちなみに、ギンガの格納スペースに入っているのは主にカロリーメイトなので、五十歩百歩といったところか。

 「あはは、まあちっちゃい子はそれでええと思うよ。それで、その格納空間の中に電子回路が搭載されとって、5次元空間的に繋いで演算をおこなっとるんや。そやから、見た目の大きさがそのまま演算性能に繋がるわけやないんよ」

 「なるほど」

 「つまり、デバイスの本体はあくまで演算を行う電子回路と、魔法の力でそれを5次元的に繋ぐコアユニットや。待機状態のデバイスってのはコアだけの状態で、杖や銃身といったフレームも、同じく普段は格納空間の中にある」

 言いつつ、はやては自身のデバイス、待機モードのエルシニアクロイツを指差し。

 「それで、このコアユニットの要になる金属が、ミスリルや」

 コアユニットは“ミスリル”を主とした合金で作られ、ミスリルとは魔力素というか、リンカーコアと最も相性の良い金属であり、属性や見た目は銀に近い。

 ミスリル製の指輪でもあれば魔法発動体や術式構築の補助として申し分なく機能し、デバイスの魔導力学的な機能を司る根幹部となっている。

 「でも、重くはないですよね」

 「そりゃそうや、別次元に格納しているものをデバイスを鍵にして“呼び出している”わけやから。とはいえ、次元魔法は質量と関係あるから、船を転送魔法で飛ばせないように、制限はあるよ」

 そのため、“大砲”や“斬馬刀”といった具合の超重量のデバイスは少ない。質量が大き過ぎ、5次元的な格納空間に仕舞ってコンパクトに持ち運びするというメリットが失われてしまうためだ。

 持ち運び専用のデバイスを別に作る方法もあるが、正直コストがかかり過ぎ、家計に優しくない仕様となってしまうので、家庭持ちの管理局員が使う例はない。


 「おかーさんのナックルもですか?」

 「そやね、その代わりクイントさんのはコアユニットにそれほどリソースを割いとらんからなぁ、アダマンタイト割合の多い頑丈なフレームが売りや」

 ミスリルが『魔法発動体&術式構築の補助』を担うコアユニットならば、アダマンタイトはフレームそのものに使用される、フレーム材料の要。

 属性や見た目は鉄そのもの。魔力伝導率が高いという面ではミスリルとほぼ変わらないが、魔力を制御するよりも直接的に反応する他、様々な金属との合金とすることで性質が変わりやすいという点、そして、素材強度が極めて高いという点で異なる。

 「ベルカ式のデバイスは、そっちが主流なんですよね」

 「“魔力を込めてぶん殴る”だけの使用法なら、ミスリルを使った術式構築の補助も必要ないし、アダマンタイトだけの方が効率は良いんよ。それに、古代ベルカ式のように先天資質に依存する場合や、変換資質を持つ場合もアダマンタイトをそれに合わせて調整する必要があるし、この辺は調律師の腕の見せ所や」

 「ちょーりつし?」

 「ああ、ごめんなあ、デバイスマイスターのことや。うちの家族は昔ながらの呼び方使うんで、無意識に言って、まうんよ」

 簡単に比較するならば、ミスリルが“術式”に近しく、アダマンタイトは“魔法効果”に近しいといえるだろう。それらの要素を必要に応じて組み上げるのが、マイスターの匠の技であり、中世ベルカの時代から脈々と受け継がれている。



 「はやてちゃん、いい感じの見つけたです!」

 「おっ、ナイスやフィー、早速いってみよか」

 「はいです!」

 「おとーさん、あっちあっち!」

 「わあってる、そんな動くなギンガ、おっことしちまうだろ」

 フィーが発見したのは、一際古そうなものを扱ってそうな一角だった。

 だが、よくよく見ればどのデバイスもしっかりと整備されており、付近には整備用の機器も転がっている。

 ついでに言えば、売り手もまた相応に古い、早い話がご老体であった。


 「ほう、小さいお嬢ちゃんとは珍しい。なんか欲しいもんでもあるかいな」

 「なあお爺さん、これって全部、お爺さんが自分で整備したんか?」

 「ん、これでも昔はデバイスマイスターやってたもんで、まあ、今は老後の道楽みたいなもんじゃ」

 「あ、これ……」

 ゲンヤの肩から降りたギンガは、古そうではあるが頑丈な造りを持つローラーブーツ型のデバイスを手に取る。

 「おや、それを使うのかな?」

 「うん」

 答えつつ、試しに装着してみるギンガ。

 「うちの女房がこういうのを使う格闘技をやっててな、爺さんは、シューティングアーツって聞いたことあるかい?」

 「ん、おお、成程アレか。滅多に聞かんが、随分前にそんな特注品を造ったこともあるな。そう言えば、今嬢ちゃんが着けとるのはその時の試作品だったかの余りかもしれんな…………うむ、分からん、流石に歳とって耄碌したかの」

 「………一応聞いとくが、制御部は弄られてねえよな? そこんとこで呆けられると困るぜ」

 「心配ない、安全は折り紙つきじゃ、そこまで呆けとりゃせん」

 「そうかい、いやな、俺の女房と最初に逢った時は、安全装置のないローラーブーツで爆走してたもんでよ」

 「そりゃまた、随分やんちゃな嬢ちゃんなこったのう」

 朗らかに笑う好々爺と、違えねえと笑う子持ちの父。

 そういった部分で貫録めいたものがあるためか、ゲンヤもまた実年齢以上に見られることが多かったりする。

 そして、車椅子に座るはやての視線の先では、同じく嬉しそうな表情でローラーブーツを履いて跳ね回るギンガの姿。


 「どうじゃな嬢ちゃん、気にいったかいな」

 「うんっ、とっても動きやすいです!」

 「そいつは良かった。足の部分は使い手に合わせてある程度伸縮する仕様じゃから、これから成長期の嬢ちゃんにはうってつけじゃ」

 「そりゃまた、家計的にもありがてえことだが、いくらぐらいになる?」

 「お安くしとくよ、どうせ滅多にそれを扱える奴もおらんからの」

 「済まねえな爺さん、恩にきるぜ」

 ゲンヤが軽く礼をしつつ、財布を取り出そうとした、その時。


 「あっ、おいこら、金払え! 泥棒!」


 そんな声が、周辺一帯に響き渡った。

 発声源は老人の店の斜め向かい側。若い男が2人、それぞれ別方向へ商品を持って逃げていく。


 「なんじゃい、食い逃げならぬ、持ち逃げかいな」

 「らしいです、ったく、非番だってのに、揉め事起こすんじゃねえよ」

 やや愚痴りつつも、懐からデバイスを取りだし、こちら側に走ってくる男へ狙いを定める。

 通常は通信・情報処理用だが、緊急時に備えて俗に“ショックガン”と呼ばれる気絶用の電気銃に変形するくらいの機能はある。非魔導師とはいえ、一等陸尉の持つデバイスだ。

 「む、足速いな、身体強化魔法でも使ってやがるか。幸い、高ランクじゃなさそうだが……」

 しかし、その犯人も低ランクではあるものの、魔導師であったらしい。ゲンヤが構えた頃には射程ギリギリまで逃げていた、これでは撃ったとしてもあたるまいし、市民に当たる危険もある。

 「なあに、あれだけ目立っとったら袋の鼠じゃろ、見たところお前さんは、管理局の士官くらいかの?」

 「御明察、こういう取りものは女房の担当で、こっちは捜査が本業なんですが」

 「あの、ゲンヤさん、私が追いましょうか?」

 妙に落ち着いて会話する年輩に対し、おずおずとはやてが提案する。現行犯を追う場合なら、現役の士官であるゲンヤの認可があれば、飛行魔法で追っても特に問題はないはず。

 それに、犯人はこちら側だけではなく、反対側に逃げていった男もいるのだ、早急に追わねばならない。

 しかし―――

 「すまない、そこの君、この子を少しだけ預かってくれ!」

 「へっ、わわ!」

 返答が来る前に、はやての膝の上には2歳くらいの女の子が乗せられており。

 女の子を置いていった青年が、凄まじいスピードで駆けていく閃光の如き姿をはやては目にした。

 「は、速っ! フェイトちゃんみたいやで、あれ!」

 「た、多分、ブリッツアクションかソニックムーブを使ってるですよ!」

 そして、はやてとフィーが驚愕の声を挙げた、その僅か数秒後。


 「イチゲキ、ヒットオォォォーーーーーーーーーーーーー!!!」

 大音声と共に、垂直に宙を舞う持ち逃げ犯という光景を彼女らは目撃することとなった。

 そしてさらに、その数秒後。

 デバイス市の東側の出入り口にあたる部分に突如、巨大な壁が出現し、持ち逃げ犯の片割れが驚いて足を止めたところへオレンジ色の誘導弾が殺到、瞬く間に無力化していた。







 「騒がせてすみません、管理局です。持ち逃げ犯は現行犯逮捕しましたので、どうか、御安心ください」

 その後、ゲンヤが警察手帳の如く管理局の認識証をかざしながら後処理にあたっている姿を、はやてはどこか刑事ドラマでも見ているかのような気分で眺めていた。

 「君、娘を預かってくれてありがとう」

 「え、は、い、いいえ、わたしは何にも」

 「パパ、かっこよかった!」

 「はは、ありがとな、ハリー」

 小さな娘、恐らくハリーという名であろう女の子を抱えあげるのは、見た目20歳半ばくらいの男性。

 そこに、周囲への説明を終えたゲンヤが合流する。

 「協力、感謝します、こちらは時空管理局陸士108部隊、ゲンヤ・ナカジマ一等陸尉です。貴方は……」

 「ああ、これは申し遅れました。僕は正規の管理局員でなくて、エルセア・サファリパークの飼育責任者をやってます、ケン・トライベッカといいます。外部組織の嘱託扱い、ということになりますかね」

 「なるほど、道理であの身のこなしなわけだ。確か、猛獣型の魔法生物の飼育責任者にはAランクは必要だったはず」

 「いやまあ、若い頃はインターミドルとかで慣らしましたし、日々魔法生物の相手をしてますんで」

 そうしてやや雑談を交えつつもゲンヤが近場の陸士部隊に連絡を取り、今回の件では民間協力の形になる彼と共に細かい話を詰めていく。ケン・トライベッカと名乗った男性もこういうケースが初めてではないのか、慣れた様子が窺える。


 「どうじゃい、驚いたかな、車椅子のお嬢ちゃん」

 その間、10歳、8歳、およそ2歳の女の子達はマイスターの老人のところで待っていた。フィーは現場記録係として周囲の変遷をメモリーに収める作業に集中している。

 ギンガにしてもハリーという幼女にしても、父達の後ろ姿を憧れに近い眼差しで見つめている。

 「お爺さんとゲンヤさんが平然としてたのって、こういうことですか?」

 「そう、儂の若い頃は、あんなのとは比べものにならん魔導犯罪者がゴロゴロしとった。じゃが、最近はめっきり凶悪な輩も減ってきてな、チンピラ程度の連中がたびたび騒動は起こすが、大体はあんなもんじゃよ」

 「でも、低ランクとはいえ魔導師ですし、陸士部隊には魔導師が少ないって聞きますけど……」

 「ほっほ、若いのう、ここを何処だと思っとる。ミッドチルダの中央で、なおかつデバイス市。嘱託魔導師にせよ非番中の武装局員にせよ、5~6人はそこらにいるに決まっとるじゃろ」

 「あ……」

 エルセアは西部だが、ミッドチルダ全体で見れば十分中心だ。日本で言えば“東京二十三区の西部”といったところだろうか。


 「それにほれ、見るからに“出遅れた”って顔しとる連中がその辺にいるわい」

 「わあ、ほんまや」

 ふと、はやてが後ろを見渡せば元気そうな若者、といった感じのが5、6人ばかりいた。恐らく皆、Bランク以上の嘱託魔導師やらなのだろう。

 「武装局員にでもならん限り、魔法練習場以外で魔法を使うなんて現行犯逮捕か、緊急事態くらいしかないからのう、若い連中にとっちゃなかなかに外せん機会よな」

 「なんつーか、野次馬根性やな」

 「なあに、正義感を持っとるだけで十分じゃよ。それがまずい方向に向かうと、数十年前のミッドチルダになるわけじゃ、せめて、スポーツなどの健全な方向で発散出来ればいいんじゃが、な」

 すなわち、モラルと治安の悪化であり、それが高ランク魔導師の犯罪の温床ともなる。

 未だにやや血の気の多いきらいもあるが、そのベクトルが犯罪者をとっ捕まえる方向などに進んでいるのは、良いことではあるだろう。


 「多分じゃが、嬢ちゃんのお父さんが特に連絡してないところを見ると、向こうの犯人を抑えたのは武装局員じゃな。向こうは向こうで後始末をしとるんじゃろ」

 「かもしれません。あの時の壁はバリアじゃなくて、おそらく幻影(フェイク・シルエット)系の魔法やし。市街地でそれを展開する許可を持っとるのは、クイントさんの首都防衛隊か、航空武装隊くらいのはず、それと、ゲンヤさんと私は親子ちゃいますんで」

 「冗談じゃよ、じゃがまあそのくらい様になって見え取ったぞい、ほれ、向こうの小さい嬢ちゃん達と3姉妹と言った感じかの」


 「イチゲキヒットー!」
 「いちげきひっとー!」

 幼くも元気な声が響き、何事かとはやてが見れば、仲良く正拳突きをしてる少女と幼女。もっとも、小さな方は突きというより腕を振っているだけといったところだったが。

 「すっかり影響されとるし、確か、さっきのトライベッカさんの掛け声やな」

 「ほっほ、子供は親の背中を見て育つもんじゃて」

 「イチゲキヒットー!」
 「いちげきひっとー!」

 微笑ましくその姿を見ていたはやてだが、聞いているうちにあることに気付く。


 「ひょっとして、“一撃必倒”やろか?」

 ゲンヤの例もあることだし、何らかの日本語が言葉だけで伝わっていてもおかしくはない。

 「ギンガ、それとハリーちゃん、多分やけどな、その掛け声の正式名称はこうや、一撃必倒!」

 車椅子に座りながらも、元気に拳を繰り出すはやて。

 「イチゲキヒットー!」
 「いちげきひっとー!」

 「ちゃうちゃう、アクセントが違うねん、一撃必倒!」

 「イチゲキヒッ倒!」
 「いちげきひっとー!」

 「お、いい感じや、一撃必殺!」

 「一撃必殺!」
 「一撃必殺!」

 「あかん、間違えてもうた、つか、なんで一撃必殺だけ完璧に言えるんや! しかもハリーちゃんまで! 殺したらあかんで!」

 とまあ、そんな感じのやり取りが父親二人が帰ってくるまで続き、マイスターの老人は、久しぶりに若い息吹を感じ取ると共に、次代の子供達に幸が多いことを密かに願っていた。

 なお、この時はやてが小さな子にプレゼントした、“一撃必倒”の文字は大事にされたらしい。


 「イチゲキ必倒!」
 「いちげきひっとー!」

 それが、ナカジマ家に帰宅してからギンガからスバルへと伝染し、それを見たクイントさんがどっかで聞いた掛け声のような気がしたのは余談である。

 また、持ち逃げ犯を鮮やかに逮捕した兄を憧れの目で見ていた少女が、フィーが最初に見つけた練習用の銃型デバイスを買ってもらい、咲き誇るような笑顔を浮かべていたのは、また別の話。




[30379] 幕間  麻薬少女★リリカルセイン
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 15:05

セインの受難 その2    麻薬少女リリカルセイン


第75管理外世界  チタマ教聖地  プラネットアース


 「よし、流石に今回は平和そうな感じ」

 宗徒の服を着て巡礼客を装いつつ、チタマ教の聖地を歩く水色の髪の少女が一人、ナンバーズが6番、セインさんである。

 前回の“ピザの宅配”があまりにあまりだったため、ウーノに猛抗議してヤクザの親分の仕事を外してもらった結果、今回は平和そうな宗教の最高主教(グランドビショップ)への届けものだった。

 「ん~、中身はワインとか、かな?」

 かなり高そうだし、割ったりしたらえらいことになるけど、そんなヘマはしない、これでも地獄の宅配ピザを届け切った身だ。

 「ま、さっさと終わらそう。何か雰囲気も聖王教会とかに似てるし、チタマ教ってのも、土地を拝むだけの平和な宗教らしいし」




ミッドチルダ 某所

 【ウー姉! ウー姉はいるかあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!】

 「どうしたのかしら、セイン」

 【どうしたもこうもないよ! なんなの、アレ!(2回目)】

 「アレ?」

 【チタマ教! アレ絶対宗教じゃないよ! カルト教団もいいところだよ! 配給された食事に麻薬入ってるとかありえないでしょ! 危うく洗脳されるところだったし、誤魔化すのに死ぬほど苦労したわぁ!】

 「麻薬組織のお得意様だから」

 【先に言ってよ! つーか、麻薬組織のお得意様な宗教って何なの!】

 「裏社会にも、色々あるのよ」

 【色々ある必要ねぇ! 百害あって一利なしだって! さっさと管理局に通報しよう! 衛星軌道上からアルカンシェルでもぶち込んで総大主教(グランドビショップ)ごと埋めちゃおう! 何百年後かにはミイラになって出てくるよ! 大主教あたりが偽物使って暗躍するかもしれないけど、まあそれはそれで!】

 「どこかで聞いたような話だわ」

 【ジークカイザー! ファイエル! ファイヤー! くたばれカイザー!】

 「落ち着きなさい」

 【これが落ち着いていられるかぁ! 夕方5時になったら信徒、いいや、麻薬中毒者が一斉に明後日の方向むいて礼拝し始めたんだよ! 不気味なんてもんじゃなかったアレ! 目が血走ってたよ!】

 「麻薬によって脳を麻酔状態にしての後催眠、といったところかしら、なかなかの手際ね」

 【感心するところかあああああああぁぁぁぁぁぁ!】 

 「でもまあ、届け物自体は済んだのでしょう」

 【ええ済んだよ、済みましたとも!】

 「何か問題でも?」

 【5時になって咄嗟に礼拝したけど、少し遅れただけで異端者扱いされたわ! 危うく異端審問されるところだったし、しかも、異端審問の机の上にあたしが届けた聖餐杯があったんだぜ! 中身は高そうなワインだけど、まさか飲むわけにもいかないよね♪ とか思ってた液体を無理やり口に入れられそうになったんじゃい! 何この因果関係! 皮肉が利きすぎてて笑うしかねえよ! ゲハハハハハハハハ!!!】

 「なるほど、洗脳効果が薄い信者用の、高濃度の麻薬エキスだったわけね」

 【届けものの内容くらい知っておけえええええええええええええええ!】

 「そこを詮索しないのが、この世界の流儀であり、仁義」

 【もう嫌! 裏世界イヤ! 堅気に戻りたい! 戦闘機人にも人権を主張する! 主に生存権! 人間が人たるに値する生活に必要な一定の待遇を要求する権利をよこせえ!】

 「生存権はドクターに要求するとして、それ以前に、戻る足はあるのかしら?」

 【無い! 無いから連絡したの! ディープダイバーを使って異端審問官から逃走の真っ最中です! 追手は相変わらず銃火器で武装してます! 大規模テロでも起こすつもりですか!? テロリストはこの世から消えてなくなれぇ! 犯罪撲滅! 暴力団は街から消えろ!】

 「困ったわね。そこの島は全域がチタマ教の支配下にあるから、飛行魔法を使えないなら脱出の手段はないわ」

 【何でそんな場所に飛べないあたしを行かせたんじゃああああああああああああああ!!】

 「個人転送が使えれば話は早いのだけど、誰も使えないし」

 【何で誰もいないの!? 姉妹12人もいるんだから1人くらい使えてもいいよね!?】

 「元々戦闘機人は管理局とセット運用の予定だったから、現地への運送は別系統なのよ。特化技能の練度向上にリソースを注いで、現場で活躍できるように」

 【わあい、アウトローの現状じゃあ夢のまた夢だあ、あたし、将来は管理局で働きたいなあ】

 「密航は出来ない?」

 【定期便や輸送船にも完全に人相書きが回ってます、ディープダイバーもずっと使い続けられないよ】

 「となれば、貨物船しかないわね」

 【エリアサーチとかされない?】

 「大丈夫、送り返し用の荷物ならば探査はないわ」

 【それってひょっとして………】

 「原料から精製が終わった麻薬の搾りかすよ、特殊な廃棄処理が必要だから、島の外に運ばれるの。人体が触れるには問題があるから、まさかそこに密航者がいるなんて思わないでしょう」

 【やっぱりか! 最後の最期まであたしは麻薬に付き纏われるんかい!】

 「行きは高級麻薬、帰りは麻薬の搾りかす」

 【言わないで! 何かあたしの人生そのもののように聞こえるから! というか、それに触れてあたしは大丈夫なの!?】

 「戻ったら、麻薬に耐性を付けるための改造でもしましょうか」

 【戻ってからじゃ遅えええええェェェェ!! それに、死んでも御免じゃあああああ! 麻薬を盛られることが前提の仕事なんて嫌だあああああああああ!!】

 「じゃあ、頑張って身元がばれないように騙しきるスキルを身につけましょう」

 【ちくしょおおおおおおおおおおおお!! 絶対いつか家出してやるうううううううううう!!】

 ナンバーズの少女達は、ジェイル・スカリエッティが作り上げし、新たな命の可能性。

 それでも少しずつ、彼女らは成長していく。

 次回、麻薬少女リリカルセイン(運搬)! 始まります!


 セイン家出ゲージ  残り15


あとがき
 今回は最早言うまでもありませんが、とある銀河の話のとある宗教を元にしてます。やっぱり、麻薬を使ったテロリストはいけませんよね。



[30379] 4章  違法研究捜査 前編  魔導機械
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 15:05

My Grandmother's Clock


“親鳥と雛”  4章  違法研究捜査   前編   魔導機械



新歴66年 9月中旬  第84無人世界  熱砂の海


 「しかし、貴方達とこうして共に任務に就いているというのも、今思えば不思議なものだな、アクティ准尉、オルドー曹長」

 「確かに、あの闇の書事件で部下を率いて貴女を追跡した時は、本官も考えもしませんでしたね」

 「私としては、嬉しい限りですなぁ。ここの職場は色々と融通を利かせてくれるので、妻子持ちにとってはありがたい」

 砂漠の世界に降り立ったシグナムは、かなり縁の深いアースラの武装局員と共に行動していた。

 本局武装隊所属、現在はほぼアースラに常駐する形となっている、アルクォール小隊の小隊長、ヴァルツェス・アクティ准空尉。

 もう一人はアクティ小隊長とは空士学校からの腐れ縁で、20歳の時に結婚し翌年に長男が生まれた、ウォッカ分隊隊長、スティーブ・オルドー空曹長。


 「そこは、君にも問題があると思うよオルドー空曹長。本官のような独身貴族ならともかく、家族持ちが武装隊の最前線に立つのは感心しないな」

 「問題ない、危険な仕事は頼りになる同期に押し付け、家族サービスに徹することが出来ているから。なあ、アクティ准空尉」

 「それは、恋人も作らず仕事一筋で尉官に昇進した本官への嫌味かな?」

 「さてね、独身貴族を満喫する自由者への愚痴とでも思ってくれ」

 やや程度の低い言い争いをする二人に、軽く溜息を吐くシグナム。


 「やれやれ、どうにも類は友を呼ぶらしい。アースラに関わる人達は皆そのようなものなのか、クロノ執務官が例外なのか、主はやても染まらねばよいが」

 一応は任務中だというのに、毒舌の応酬を繰り広げる小隊長と分隊長だがいつものこと。そこはシグナムも承知している。


 「恐らく、クロノ執務官が例外なのだと思いますよ。特に空隊出身の連中は割と軽いノリが多いですから、うちのラムなんかは典型例かな」

 「小隊長殿、ラムは私の分隊の隊員であって、貴官の直属というわけではないが?」

 「細かいことは気にしないでくれたまえ、分隊長兼副隊長代理殿。こうして本官が分隊長代行を務めているのだから、家族サービスに励む君の代わりに部下を監督するのも務めのうちだ」

 現在、アースラが“呪魔の書”関連の遺物や生命操作技術への対策部隊に指名されており、それに伴ってアルクォール小隊が有事の際のアースラ専属の航空戦力として編成されている。

 ウォッカ、ウィスキー、スコッチ、アップルジャックの4分隊の中でも、ウォッカ分隊は中核を成しており、ギル・グレアムを後見人とした超少数独立実験部隊に近い形で動いている八神家とも縁は深い。

 そして―――

 「お二人とも、話はここまでのようです」

 先ほどまでの穏やかな表情はなりを潜め、獲物を狙う猛禽のような鋭い目で、シグナムが現れた機影を見つめる。

 「嵐が来ましたか」

 「なあに、我々にとっては小雨程度ですよ」

 小集団で姿を現したのは、鈍く黒光りする装甲を有した、飛行型の魔導機械。

 通称、アカニカ。

 無人であるはずのこの世界に存在するはずはなく、恐らく、古代の遺跡か何かから這い出して来たと見られる過去の遺物。

 特に1000~500年前のベルカ時代の遺跡からはよく出土するポピュラーな機体であり、こうして無人世界に出現することも、ままある。

 3人の任務は、このガラクタ兵器の捕捉及び破壊にあった。


 「私が突入しますので、サポートをお願いします」

 「了解、後衛はミッド組にお任せあれ」

 「古代ベルカ式の雄姿、拝ませてもらいます」

 魔力光を纏ったシグナムの姿が、赤紫の流星となるのを見届け、それに追走する形でミッド式の2人も後に続く。


 「レヴァンティン!」
 『Schlangeform.(シュランゲフォルム)』
 「シュランゲバイゼン!」

 炎の魔剣レヴァンティンが第二形態、連結刃が瞬く間に空間を制圧し、数十の魔導機械(アカニカ)を屠っていき。

 「クロスファイア、シュート!」

 シグナムの援護を的確にこなし、精密な射撃で墜としていく彼らもまた、歴戦の武装局員。

 ヴァルツェス・アクティ准空尉は13歳で空士学校を卒業し、現在24歳、最近空戦AAランクとなったエース級魔導師である。ポジションはセンターガードで、射撃型としての能力も高く、治療魔法や転送魔法にも適性があり、ミッドチルダ式として汎用性が高く、隙なくそつがない。

 そして、新歴65年の春のジュエルシード実験において、当時Aランクの空曹長であった彼は、“ゴッキー”と遭遇、それでも、クロノの指揮の下で戦い、最後まで戦意を失わなかった。

 さらに、闇の書事件の遭遇戦では8名を率いてクロノと共にシャマルを相手にし。包囲戦ではシグナムを追跡した後、謎の仮面男と共にサゾドマ虫の餌食に。“クリスマス作戦”においても彼とアルクォール小隊は最後まで戦い抜いたが、結局、ダークネスティアから飛び出してきたサゾドマ虫の餌食となった。

 ある意味で、呪われた経歴の持ち主であり、フェイトやヴォルケンリッターとは色んな意味で縁が深い。


 「こりゃ、ブーストをかける必要もないな」

 その親友、スティーブ・オルドー空曹長もまた、ヴォルケンリッターとは奇縁の持ち主である。

 15歳で空士学校卒業し、現在26歳で空戦Aランク、ジュエルシード実験においても“タガーメ”と遭遇し、奮戦。危険な任務には極力着かず、残業はアクティに押し付け、家族サービスを第一とするため、出世速度は親友に比べやや遅め。

 しかし、優秀な魔導師ではあり、ポジションはフルバックでミッド式。治療・結界・封印などが本領で、遭遇戦では同僚がシャマルの鬼の手にやられてゆく中、強装結界を最後まで維持。だが、砂漠での包囲戦やクリスマス作戦ではサゾドマ虫の餌食となり、親友と同じ末路を辿った。

 そんなこんなで時の庭園とも縁が深く、いつかあの管制機をぶっ壊してやろうかと考えている点では、彼らは八神家やハラオウン家の人々と同志であった。


 「意外と早く片付いたが、これで終わりか」

 「そのようで、こっちのエリアサーチにも反応ありません」

 「特に厄介な点もありませんでしたし、典型的なアカニカでしょう」

 蟲が繋ぐ絆、ここにあり。

 かつては闇の書の守護騎士と武装局員として、矛を交えた彼らだが、サゾドマ虫という共通の敵を前に一致団結し、今や戦友の境地に至っている。

 アレの恐怖を知り、共に戦いぬいたという事実の前には、かつて矛を交えたことなど些事でしかない。


 (………かつて、白の国に攻め寄せた魔導機械に似ていたが、つまりは後代において作られた亜流の品、か)

 そして現在においては、“呪魔の書”に連なる、古代ベルカの狂気の遺産を封じ込めるべく活動する同輩。

 アースラとその武装隊は、可能性のある遺跡や、発見された遺物を、しらみつぶしに近い形であたっている。

 今のところ“当たり”にぶつかったことはないが、地道な捜査やパトロールとは、得てしてそういうものだ。


 「ともかく、純粋な魔導機械が相手で助かった。もし中隊長機のような連中でも出てきたら、件のラム隊員、彼に期待したいところだな」

 「それについては同感です。あいつは、本官らの期待の星」

 「対最終兵器ですから」





同刻  第95観測指定世界

 「ぶえっくしょい!」

 その頃、シャマル、クロノと共に遺跡調査に従事していたウォッカ分隊の隊員が、特に理由もなくくしゃみをしていた。

 「どうした、ラム、何かあったか?」

 「いいえ、何でもないっす、ハラオウン執務官」

 片手を上げて何でもないことをアピールしつつ、ひょっとしたら隊長達がまた俺を利用する相談でもしてるのかと考える青年が一人。

 彼はラム・クリッパー二等空士、18歳、魔導師ランクは空戦C+。16歳の時に空士学校を卒業し、ジュエルシード実験においてクロノの指揮下で戦い、類まれな蟲耐性を持つ男であった。

 彼自身はそれほど真面目な隊員ではなく、才能もそこそこ、無断欠勤などもあり、始末書も多く書いている。しかしどういうわけか蟲に対して嫌悪感を持つことがなく、今や一部で“対最終兵器”扱いされている。また、某金髪魔法少女から相談を受けることもあったりする(内容はあまりにあまりだが)。

 ヴォルケンリッターとの遭遇戦では、現在隣で遺跡の扉の解錠を試みている翠の服の女性にシャマられ気絶したが、“クリスマス作戦”では見事生き抜いた。闇の書の暴走体との連戦で疲労困憊のところにサゾドマ虫の襲撃を受け、流石に意識を失ったウォッカ分隊の面子を救出したのは彼である。


 (つっても、リリスは若干手遅れだったかもしれねえけど)

 ウォッカ分隊にはもう一人、フロントアタッカーの女性局員、リリス・ストリア二等空士がいたが今は抜けている。

 (ま、何だかんだで、出来るだけ女性は安全な所で仕事してくれ、ってやつかね)

 彼女は魔力が高く、資質だけならAAランクに相当し、まだ伸び代があるらしいが、武装局員に向いているかどうかは別問題。

 性格的にも気弱なところがあり、どうにも、周囲の言葉や自身の才能に“流されて”、武装隊に入ったように思われるふしがある。そして、特に空隊は飛行に関する先天資質があればそれなりにやっていけてしまうものだ。

 まだ3年目での彼ですらそう思うくらいなのだから、勤続10年を超える隊長達なら、彼女は武装隊から退くべきだと早いうちから判断はしていたはずだ。



 「扉の解錠、成功しました。やはり近代ベルカの頃の術式でしたね」

 「ありがとう、流石だシャマル」

 「すげえっす、シャマルさん、惚れました、結婚を前提に付き合ってください!」

 「ふふふ、じゃあ、今夜私のベッドにいらっしゃい」

 「おおおお! ついに俺の子倅が卒業する日が!」

 「煩悩と一緒に、リンカーコアを引き抜いて上げるから」

 「ご免なさい」

 即座に前言撤回、やはり、アレを二度くらうのは御免だった。

 というか、美人が笑顔のまま、クラールヴィントを“引き抜く”用に構える姿が怖すぎた。

 「やれやれ」

 溜息を吐きつつも、クロノの表情も決して硬いものではない。彼もまた、今のアースラを気に入っているのだろう。

 平凡な武装局員であるラム・クリッパー二等空士も、このアースラの雰囲気が出来る限り続くことを、柄にもなく願っていた。








 「暗証コード入力、閲覧ロック解除……………解凍、戦闘機人関連」

 地上本部首都防衛隊のクイント・ナカジマ准陸尉は、一般家庭ではまずないだろうメインフレーム級の大型機器と繋がるディスプレイに指を走らせ、迷うことなく作業を続けている。

 普段のちょっとお茶目な、気風のいいお姉さんとしての顔は一切消え去り、若くして最前線の分隊長を務め、違法研究所の捜査、摘発の権限を与えられた特別捜査官としての真剣そのものの顔となっている。

 『こちらから貴女へ提供できるデータは以上です。元来、時の庭園は地上本部の外部協力機関としての認定を受けており、だからこそ“ブリュンヒルト”の建設、試射場となりえたわけですが、レジアス・ゲイズ中将の承認の下その権限は現在も有効です』

 「そして、こっち方面の研究機関でもある以上、他のクローン関係の技術者や生命操作関連の施設とも繋がりがあり、管理局の橋渡し役を兼ねてるってわけでしょ」

 『然り、それと、殉職なさった方々のデバイス情報を修復し、遺族の方々へお渡しすることも時の庭園の管理局外部機関としての役割です。“アスガルド”は次元世界でほぼ唯一と言える、デバイス管制に特化したスーパーコンピュータでもありますから』

 「スパコンは予算を食うものね、わざわざ遺族の弔問のために作れるほど管理局も予算が余ってないし」

 『貴女のためにこの機能が使われることがないことを、祈っております』

 「ええ、祈っておいて」

 軽く応じつつ、クイントは送られてきたデータを閲覧する。

 1年ほど前であれば、未だに地上本部のトップ級でしか閲覧を許されなかったであろう“極秘情報”であったが、戦闘機人からデバイス・ソルジャーへと計画が推移したことで可能となっている。

 その辺りの深い部分に関してまではゼストやクイントは存じていない。しかし、この腹黒管制機とレジアス・ゲイズの繋がりはかなり深く、悪い方面に進むことはないだろうとは思っている。尤も、無条件で信頼しているわけでもないが。


 『しかし少々、考慮に入れるべき事柄がないわけでもありません』

 「何かしら? もったいぶるのは貴方の悪い癖よ」

 クイントも管制機の腹黒さは存じている。

 以前あったフェイト達のホームスティにおいて“大量の荷物”を搬入した大型トラックがこの大型機材を運んできたのであり、第97管理外世界の品々はこれを隠すためのカモフラージュに過ぎない。

 そして、盾の守護獣ザフィーラは“万が一”に備えての護衛役。無論、八神家は知らされておらず、純粋な善意と並行しながら一切の葛藤なく利用できるのが、機械の特徴だった。

 なおその際、クイントもモッフモフを堪能した事実は脇に置いておく、断じてモッフモフのためではなく、機材の護衛役として利用したのだ、決して、モッフモフのためではない。

 「モフモフ………」

 『いかがなさいました?』

 「何でもないわ、それで、貴方の言う気をつけるべきってのは何?」

 逸れた思考を戻しつつ、気を取り直して質問するクイントお母さん。心身共に若い彼女は、まだまだモフラーを張れそうだ。


 『戦闘機人計画そのものが、元来からのレジアス・ゲイズ中将の構想であるとは考えにくい点です。確かに彼は地上の戦力の不足を嘆き様々な改革をなされましたが、その手法の根幹を成すのは“必要な場所に必要な戦力を送ること”でありました』

 海の次元航行部隊はあちこちを飛び回り、陸の地上部隊はそれぞれの地区に固定される。

 それ故、飛行能力を持つ魔導師の大半は海に回され、事件の規模もあり、自然に高ランク魔導師の割合は圧倒的に本局の方が高くなる。


 『窃盗や喧嘩などの一般的な事件をも担う地上部隊では絶対数の多い低ランク魔導師がそれぞれの地区に常駐する運用となり、それ故に高ランクの魔導犯罪者が事件を起こした場合、その被害は地上を直撃します。貴女の特別捜査官としての単独行動や、ゼスト・グランガイツ一等陸尉の部隊が迅速に動けるのも、それに対する彼の改革があってこそ』

 改革の根幹は、数少ないエースやストライカーを最大効率で運用すること。

 しかし、戦闘機人計画とは、言ってしまえば戦力の根本的な増強案。

 それは確かに魅力的ではあるが、資金と戦力が潤沢にあるならば、そもそもレジアス・ゲイズならぬ凡庸な防衛長官であっても、地上の治安を維持することが出来る。


 『彼が兼ねてよりその計画を持っていたことは事実です。しかし、レジアス・ゲイズ“三等陸佐”が当初考えられていた体制は、非魔導師へのリンカーコア移植技術、戦闘機人とは似て非なる研究であり計画です』

 あくまで、レジアス・ゲイズの本領とは、人材を見抜き、育成し、効率よく動かすシステムを築き上げ、そこに的確に配置することにある。

 「だとすれば、彼に“違法な技術による戦力増強”を持ちかけた誰かがいるってことよね。でもそれは……」

 『然り、彼の性格を考慮すれば、違法組織と直接取引を行うはずがない。ならば、彼のさらに上位に立つ存在を介した間接的な接触となるのは道理』

 「彼の支援者と言えば、最高評議会、よね…………」

 『だとすれば、デバイス・ソルジャー計画は上位者の意向に背くことやもしれません。彼らの立場を考慮すれば、地上の治安を維持できるならば手段は問わず、より穏便な方法があるならそれで良しというのが妥当ですが、最悪、反逆者への粛清すら考えられる』

 加えて、スカリエッティの要する戦闘機人が“地上本部への餌”としての役割がなくなったならば、別の役割が課せられる可能性もある。

 例えば、最高評議会の意に沿わぬ者達を、秘密裏に抹殺する役など。


 『どうかご注意を、仮に最高評議会がレジアス・ゲイズ中将の手足を削いで飼い殺しにすることを考えるならば、その標的は首都防衛隊をおいて他にいないでしょうから。内なる敵は外敵に比べ遙かに厄介です』

 「ありがとう……………よく、考えておくわ」

 『話はやや変わりますが、かねてより依頼のあった、戦闘機人タイプゼロの設計コンセプトや成長過程について、アルティマ・キュービック博士に打診を行っております。彼女らのデータを渡すのが条件とはなりましたが』

 「それは…………」

 当然、母としては忸怩たる思いがある。

 愛する娘達の身体に関するデータが、“製品情報”のようにやり取りされることを好ましく思う母はいないだろう。もしいたら精神が破綻していると言わざるをえまい。

 しかし、避けて通れぬ道でもある。もし、ギンガとスバルの設計に致命的な問題でもあれば、彼女らを正しい形で成長させるには特殊な機材が必要となるかもしれない。


 『先端技術医療センターにおいても、彼女らのみならず生体的な処置を成された子供達のための研究を行ってはおりますが、やはり、蛇の道は蛇に聞くのが一番です。無論、時の庭園とて最大限の解析は進めておりますが、既に、マスターがおられませんので』

 「分かってるわ、数ある研究機関の情報を纏めて、体系化することが貴方の所の役割なんでしょう」

 『然り、ですが現在までの成長経過やデータを見るところ、致命的な問題は出ない確率が76.3%です。キュービック博士への依頼も、確認の要素が強いと言えます』

 「………分かった、何か進展があれば、すぐに知らせて」

 『了解いたしました、それについては、必ずや』

 平和の裏には、危ういバランスの綱引きがある。

 ただ、それでも―――


 『フェイトお嬢様、高町なのは様、八神はやて様、ギンガ・ナカジマ様、スバル・ナカジマ様。ホームスティの最中、皆さま、とても楽しそうでいらっしゃいました』

 「ええ…………本当に」

 子供達の笑顔を守るため、その点に関しては、母である彼女も、母からの命題を託された機械も、何ら変わりない。

 雛が巣立つその時まで、外敵から守り、導いていくのは親鳥の役目なのだから。

 「あの子達が笑顔で過ごせれば、それだけでいいわ」

 『All right.』




ミッドチルダ  某所

 【ドクター、こちらの準備は整いました】

 「ありがとうウーノ、やれやれ、魔王を召喚する祭儀場を作るというのも中々に大変だ」

 【そうですね、せめて妹達も手伝えればよいのですが】

 「けれども、こればかりは、“デジール”と“ヴンシュ”以外には関われない。“デザイア”と“スカリエッティ”の因子は、儀式の時にのみ加わることが許される。神や悪魔との契約というのは厄介で面倒臭いものだよ」

 【それに、厄介な人間も徐々に動かれているご様子です】

 「おや、スポンサーの脳髄殿が動かれたか」

 【あくまでまだ催促です。戦闘機人の製造には資金を回しているのだから、そろそろ新たなプロジェクトを進めろと】

 「やれやれ、年寄りの割にはせっかちで困るね」

 【ともかく、ノーヴェの稼働を若干早めましょう。レジアス中将との繋がりがあれば向こうの受け入れ態勢を理由に猶予もありましたが、需要が変わってきていますので】

 「まあ、仕方ないね。因果は変動し、私の娘達は管理局の戦力になるべき闇の存在から、社会の影を担う役へと移り変わる。ともあれ、早いうちに娘達を外へ出してあげられるのは良いことだよ」

 【ええ、荒事屋や掃除屋といった裏稼業にはなるでしょうが】

 「いずれは堅気になることもあるだろうさ、それについては成長が楽しみだねぇ、さてさて、どのような花が咲くものか」

 嗤う男の前では、短髪で赤毛の少女が眠っている。

 徐々に移り変わる因果の中で、9番と刻印された少女は、“母親”にあたる女性と邂逅することはあるかどうか。

 因子はまだ、収束しきっていない。




あとがき
 今回の後半は無印編の“閑話その一 アンリミテッド・デザイア”での伏線回収となります。もう随分前になりますが、A’S編に入る前の閑話などで置いた布石が空白期からようやく生きてきます。




[30379] 4章  違法研究捜査 中編  伝説の密猟犯
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 15:06

My Grandmother's Clock


“親鳥と雛”  4章  違法研究捜査   中編   伝説の密猟犯



第29管理世界エスガロス  自然保護区

 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……、ちくしょお、冗談じゃねえぞ」

 手付かずの自然によって形作られた、木々の生い茂る森林地帯。

 その美しき景観と自然動植物の豊富さにより、第29管理世界において自然保護区に指定されたその場所に、実に似つかわしくない男がこれまた景観を損ねるようなブサイクな面を歪ませている。

 ここは危険な魔法生物はおろか、人間を襲える程の肉食獣すら存在しない平和の園。

 「こちとらせっかく、ハンティングを楽しもうっていうのに……! なんで、こんなとこにまで、管理局が……!」

 それ故に、ハンティングを好む者達にとっては絶好の場であった。人間すら容易に殺し、餌とする猛獣の跋扈する狩場に踏み入り、命懸けのハンティングを行う本物のハンターは数少なく、大抵はこの男のように弱者をいたぶるしか能がない密猟者未満だ。

 だが、狩猟用ライフルを持ち、恰好だけはハンターとも呼べるその男は現在、走っている。

 天敵のいない場所で、銃を持つ俺こそが世界の主なのだと、雀の涙のような自尊心を満足させていた凡夫は、今や逆に強者に追われる立場となり、その驕りの代償を支払わされていた。


 「止まりなさい! この地区での狩猟行為は、自然保護法で禁止されています!」

 そんな男の頭上から降りかかるのは、少女の声。それも、管理局員であることを疑いたくなるほどに幼く、実際にまだ10歳でしかない。

 その格好も、管理局の武装局員などが標準として用いるバリアジャケットではなく、荒事には向きそうもない姿。

 しかし、見る者が見れば、それが古代ベルカより伝わる“魔女の礼装”を現代風にアレンジしたものであることを悟り、その杖、エルシニアクロイツもまた、容易ならざる古き業物であることに気付いただろう。

 そしてその髪は彼女本来の茶髪から白銀の雪へと染まり、紛れもなく融合騎とのユニゾン状態であることを示している。

 「ええい、冗談じゃねえ!」

 だが、古きベルカに関する知識も学もない男には、そのようなことがわかるわけもなく。

 男は上空からの死角になるよう木の陰に隠れると、右手に抱えるようにして持っていたライフルを持ち替え、ファイアリングロックを解除した。

 「お嬢ちゃん、落っこちてもらうぜぇ……!」

 簡易弾道補正システムを操作し、その攻撃目標を、白い魔力光をなびかせる空の少女へと。

 「ロック……!」

 そして、上空の少女に向かって銃口を向けた、その瞬間。


 「おらああああああああああああああああああああああああああ!」
 「な、なに!? こっちにも!?」

 付近には空の少女以外、誰もいなかったはず、少なくとも男の知覚においては。

 しかし、お前の認識など知ったことかとばかりに、ゴスロリ調の赤い服を着て、ゴツい鉄槌を構えた少女が飛び出し、突撃をかけてきたのだ。

 「ぶっ潰れろっ!」
 「うわあああああっ!!」

 パニックに陥りながらも、男は咄嗟に少女へ銃口を向けると、恐怖に駆られたまま何度も引鉄を引いた。

 だが、瞬時にそれが無意味であること、自分の目の前にいるのが常識を越えた規格外であることを悟る。

 「じゅ、銃弾を、弾いたぁっ!?」

 男の驚愕は当然のものであっただろう。相手が、あくまで一般的なミッド式の魔導師であれば。

 「こ、このガキも、魔導師……!?」

 目の前のいる謎の魔導師も、空にいる少女とほぼ変わらぬ年齢、いや、それよりもさらに幼いだろう、せいぜいが8歳ほどか。

 「違うな、あたしは魔導師じゃねえ―――騎士だ」

 一口で魔導師と言ってもピンキリであることは、男とて知っている。中でも、高ランク魔導師とされる存在は一個人で集団を屠り得る存在だということも。

 しかし、目の前の少女は、その中でもさらに近接武器の扱いに特化したベルカの騎士。大した狙いもなく放たれた銃弾を叩き落とすくらい、まさしく造作もない児戯だ。

 そして―――

 「手前、はやてに銃口を向けやがったな?」
 「ひ、ヒイィッ!」

 騎士の目の前で、主に対して武器を向けることがいかなる意味を持つか。

 男は悟った、自分は、決して近づいてはならぬ猛獣の尾を踏んだのだと。

 「手前には許しも救いもありはしねえ、夜天の主に凶刃を向けた罪を、命で贖え」
 「や、やめ、た、助けっ!」

 そして、どこまでも冷たい表情のまま、鉄鎚が脳髄を砕くべく振り上げられ。


 「待った、落ち着きぃ、ヴィータ」
 「はやて……」
 
 しかし、猛獣を震え上がるほどの怒気を孕んだ魔力は、凪の如く穏やかな少女の声で、瞬時に霧散する。

 「自然保護法違反に、人に向かっての銃撃、現行犯で逮捕します。抵抗しなければ、弁護の機会があなたにはあります、同意するなら武装の解除を」

 「は、あ、ああ……」

 自分でも気がつかないうちに尻餅をついていた密猟者の男は、恐怖に顔を引きつらせながらも安堵の顔を見せ、手に持っていた狩猟用ライフルを力なく地面に置いた。







 「ま、あんだけ脅しとけば、あいつも二度と密猟なんてしねえかな?」

 やや遅れて到着した、現地世界エスガロスの地上部隊の護送車に逮捕した男を送り込んだ後、二人の少女は再び空へと舞い上がる。

 「ヴィータちゃん、ナイス迫力だったです!」

 「へへん、あたしだってやりゃあ出来るんだよ」

 「でも、3か月前に最初の密猟犯を捕まえた時は、思いっきり噛んで犯人から生暖かい視線を向けられてたしなぁ」

 「わぁ、でも、ヴィータちゃんらしいです」

 「ううう………人の黒歴史を………」

 同じような脅し文句でも、シグナムとシャマルは一発でOKだった。無言のままの美人というものは、それだけで迫力があるというのも要因だが、ヴィータの外見では迫力は皆無、とりあえずゴスロリ服をどうにかしない限りは。

 「まあでも、飴と鞭作戦は取りあえず順調そうやね。密猟の罪だけで済んだところを、わざわざ人を撃つまで追いかけ回すのもあくどいけどな」

 「だけどはやて、あいつは恐怖のままに手にあった銃を、はやて目がけて撃ちやがった。それはつまり、何の覚悟もなく人を殺す凶器を手に持ってた、ってことだぜ」

 ヴィータの表情が、海鳴で老人達に囲まれている時とは別人としか見えない程に、険しいものへと変わる。

 外見は幼くとも、彼女とてヴォルケンリッターの一角たる鉄鎚の騎士。

 “一般の民”が無自覚に過ぎたる力を振るったがために起こる悲劇を、深く理解している。


 「そやね悲劇が起きる前に止めなかん、っと、向こうも始まった感じやな。ザフィーラの魔力が臨戦状態に入っとる」

 「確か、今回の密猟者グループは、全部で五人、だったよね」

 「うん、アースラからの情報によればそうや。今はまだエイミィさん達に頼っとるけど、もう少ししたらその辺りの情報収集や捜査もわたしらでやらなあかんね」

 現在八神家は、独立性の高いエース級魔導師による少数部隊の実験例、という体裁だ。後見人は無論のことギル・グレアム提督。

部隊長   はやて
副隊長   シグナム
捜査官   ヴィータ
医務官   シャマル
防護官   ザフィーラ
技官    リインフォース

 という布陣で、本拠地は海鳴市というかなり異例の部隊だが、時の庭園の助力でサポートセンターやセーフハウスが外部組織である“自然保護隊への援助”として観測世界や無人世界に設置されており、アースラも数多く利用している。

 それらにはまた、試作型の“デバイス・ソルジャー”も配置されており、機動的に動く局員と現地固定の機械人形の連携をどこまで高められるかという試金石でもあった。

 「うーん、でもやっぱり、あたしに捜査官って向いてねえと思うんだけど」

 「平気やって、ヴィータならきっと出来るよ。書類仕事も早いし、直情的なようで、とても冷静や、それに、何だかんだでお仕事の半分は魔法生物の相手やし」

 「何だよなあ、ま、とにかく、ザフィーラが相手してるのが最後の一人か」

 先ほど捕まえた男以外に、既に3人を捕えている。

 その3人は今回が初めての密猟であり、さっきの男は三度目であると自白していた。

 「ザフィーラが追ってくれとるのが、アタリ、ちゅう可能性が高い」

 恐らく、最後の一人がリーダー格であり、4人の客の“案内役”を兼ねている。

 だが、相手が何者であろうとも、盾の守護獣に心配は無用。

 「ま、ザフィーラなら心配ねえよ、こういう森林での動きなら、賢狼の独壇場なんだから」

 遙か昔、自分が生まれ育った白の国も、このような森林の多い土地であり。

 そこに住む者達の秩序を守ることも、彼の務めであったから。







 「う、嘘だろ……」

 「………」

 そして、ヴィータの予想に違わない光景が、現実において展開されていた。

 外見だけで素人ではないことを伺わせる男は、魔力による目くらましと併用して散弾銃を用い、自分を追う局員へ奇襲を行った。

 「散弾銃を、全部、バリアで受け止めやがった………」

 彼自身の魔力量はDランク相当に過ぎず、局員の規定で魔導師ランクを取得したとしても、せいぜいCランクが限界だろう。

 しかし、一般人には保有すら禁止されている散弾銃、それも、対人に調整されたものを使用することで、彼は管理局の魔導師を数名返り討ちにした経験があった。

 「迷わず撃って来たところから見るに、貴様、人を撃つのが初めてではないな?」

 だがそれも、あくまで第29管理世界に駐在する、地上部隊員であればの話。

 管理世界の自然保護区の密猟犯の摘発に、次元航行部隊のエース級魔導師が派遣されるなど、いったい誰が想像できるというのか。

 「た、た、助けてくれ! う、撃った、確かに撃ったけど、殺してねえ!」

 「………」

 「ほ、ホントだ、信じてくれ! 打算があったのは認めるけど、俺は殺してねえ! 殺したって何の得にもなりゃしねえし、金にもならねえ!」

 「………だろうな」

 恥も外聞のなく平伏し、ひたすらに懇願する姿を見れば、この男に人を殺す度胸がないことはよく分かる。

 悪知恵が回り、人々に害なす小悪党であることは疑いないが、それだけに暴力というものが最終手段であることも弁えており、ともすれば、自分が捕まった後の社会復帰の手立てすら準備している可能性もある。

 こういう輩は、殺人を犯さない。それが自分の人生に百害あって一利ないことをよく知っており、ある意味での自制心というものが強い。言いかえれば、分際を弁えている、となるだろうか。


 「さっすが、もう片付いてたか」

 「ご苦労様や、ザフィーラ」

 「かっこいいです!」

 「ヴィータ、それに、主はやて、フィーも」

 早々に武装を解除し、ザフィーラに害意がないと分かるやすぐさま黙秘権の行使に移行した男にリンカーコアの働きを抑える手錠をかけたところに、はやて・ヴィータ・フィーが到着、明るい声が響き渡る。


 「む、紫の杖に、6枚の黒翼を生やした天使…………それに、赤いゴスロリに鉄鎚を持った幼女…………ま、まさか、あんたら、伝説の密猟犯ヤガミ・ファミリー!?」

 しかし、明るい声は黙秘を貫いていた筈の男の声で凍りついた。

 「あの生きた伝説に出逢えるなんて、すげぇ…………俺も昔は正義の味方とかに憧れたけど、才能ないしあんまり努力もしなかったわでずるずると落ちぶれて、しまいにはここの地上部隊でモグラなんてやることになっちまった。でも、風の噂であんた等の武勇伝を聞いたから………」

 今までの黙秘はどこへいったのか、興奮した様子でまくしたてる男。彼にも彼なりの人生があった模様。


 「…………おじさん、ちょっとええかな?」

 「は、はい! 何でありましょうか! じ、自分が28歳にもなって密猟の案内役に鞍替えしたのも、貴女方に憧れてこの道を志し――「黙れ」ごめんなさい」

 再び平謝りする男、ひょっとしたら密猟ツアーのブローカーの組織内でもこういう風に生きて来たのかもしれない。

 どうやら、元は魔導師資質があることを生かして、ここの地上部隊へのモグラをやっていたらしいが、ちょっと前に人生の転機があったようだ。

 「今、もの凄い聞き捨てならん言葉を聞いたんやけど、伝説の密猟犯って、なんやねん?」

 「は、はい、昨年の11月頃から現われた、密猟難度最高クラスの魔法生物ばかりを次々を仕留めた、至高の密猟犯にして謎の一家です」

 「謎の一家なら、何で知っとるの?」

 「う、噂がありまして、それはもう、この歳になって憧れるほどの」

 「どんな?」

 「紫の杖に6枚の黒翼を生やした天使、銀の髪を備えた女神の如き女性、剣を携えた巨乳の女騎士、赤いゴスロリに鉄鎚を持った幼女、翠の服を着た金髪の女、そして、鉄壁の守りを持つ蒼い狼で構成された、伝説の密猟犯グループ、ヤガミ・ファミリー! たった6人で管理局の、それも本局の次元航行部隊と真っ向から渡りあい、執務官や武装隊と激闘を繰り広げた、密猟会における六英雄!」

 「………その噂は、いつ頃から?」

 「メジャーになったのは、今年の4月頃ですが、俺は1月の頃には話を聞いて、密猟の案内役へと変わりました! この散弾銃も、貴女方のように武装局員と戦えるようにと!」

 「黒禍の嵐………」

 はやてのエルシニアクロイツに、凄まじい魔力が集中していく。


 「すいません、嘘吐きました! これは正体がばれた時の逃走用というか、牽制用でした! これからは心を入れ替えますから、どうか、栗毛の魔法少女のようにリンカーコアを引き抜いてサゾドマ虫の餌にすることだけは!」

 どうやら、云われの無い悪行も知れ渡っているらしい。誰が流したかは語るまでもない。

 実際は、サゾドマ虫によって気絶した魔法少女を抱えて離脱したのがシグナムだったりするが、因果が微妙に狂っている。


 「なあ、時の庭園に殴りこんで、勝てると思う?」

 取りあえず男を眠らせた後、はやてが家族に問う、問わずにはいられない。

 「いや、気持ちはよく分かるけど、無理だろ。それこそ、サゾドマ虫とかの巣窟になってそうだぜ」

 「フィーは遠慮したいです、まだ精神的に死にたくありません」

 「それよりも、地上本部の協力機関として、我々の殴り込みを海と陸の対立に結び付けることすら可能かと」

 だが、現実はどこまでも無慈悲だった。

 「……うん、分かっとる、分かっとるんよ、これが、私らの贖罪の道やって」

 かつて、自分が家族へ言った言葉を、はやては思い出す。

 (みんながしたことは、罪は罪や。わたしも含めて皆で背負って、時間かけて償っていかなあかん)

 その言葉に、偽りはない。最後の夜天の主は、決して罪から逃げるような真似はしない。

 けれども―――

 「もう少しましな、償い方があらへんもんやろか………」

 なんかこう、マフィアのドンの如くに崇められ、小悪党に跪かれるのは如何なものか。

 八神家の受難は、しばらく続きそうであった。



 余談だが、この男は無人世界で3年間の懲役に服し、自然保護のノウハウなどを叩き込まれた後、立派な自然保護官となり、やがて自然保護協会ヤガミの幹部になったとかならなかったとか。






ミッドチルダ  某所

 「くくく、ふふふふふ、なるほどなるほど“伝説の密猟犯”か、随分と面白いことになっているようだ」

 【笑えるのは否定しませんけどぉ、かなり寒くありませんかぁ、これ】

 「いやいやクアットロ、この噂は中々に興味深い。何せ、密猟犯ということはすなわち“狩人”だ。彼らが夜天の騎士として狩る者達に関わるならば、やはり因果は収束に向かっているということ、“彼”の出番も近い」

 【彼?】

 「ふふふ、秘密と言いたいところだが、君には特別に少しだけ明かすならば、彼らに近い魔導生命体だよ」

 【リンカーコアに近い融合騎を元にした、魔導プログラム、ということですかぁ?】

 「いや、ただの“器”だよ。知っての通り、人造魔導師やプロジェクトFには使い魔や守護獣を超えた魔導生命体を生み出すという側面がある」

 【えーえぇ、人間を使った玩具、レリックウェポンも要はそれの仲間ですし】

 「そう、そして彼らヴォルケンリッターも年を取らず、かつ強大な魔導を操れるという点では近い。問題は、その魂がどこにあるかということだが……」

 男は嗤う、罅割れたような異形の笑みのままに。

 「まあ、取りあえずは引き続き情報収集をお願いするよ。ウーノは手が離せないのでね、くくく、くくくくく、もう少し、もう少しだよクアットロ。“彼ら”が揃えば、私だけでは到底成しえなかった盛大な祭りを開催することが出来る。そして、その時が来れば―――」

 君達、初期制作機(ファーストロット)にも、相応に働いてもらうことになるだろう。

 そう、欲望の影が呟いた。




[30379] 4章  違法研究捜査 後編  戦闘機人と脳内の小人
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 15:07

My Grandmother's Clock


“親鳥と雛”  4章  違法研究捜査   後編   タイプゼロ、脳内の小人


新歴66年12月23日  第171観測指定世界  浮島


 次元空間に浮かぶ小さな浮島において、黒い戦斧を携えた金髪の少女と、輝く炎の騎士剣を携えた女性が、次元航行路の地図を片手に話している。

 彼女達がいるのは、“異なる可能性の同一惑星”が無限に漂う5次元の海の中で、“なり損なった可能性”として存在する小さな世界。

 天然で生まれるものなのか、それともロストロギアの力によって世界の一部が切り取られて浮かべられたものかは定かではないが、観測指定世界とされる小さな世界にはこのような浮島が多い。

 「それじゃあ、わざわざ送ってくれてありがとうございました。シグナム」

 「構わん、私も私で近くに用があったからな。それにいくら魔導師としての腕が立つとはいえ、10歳の少女を一人で第27管理世界まで旅させるのは、不安がある」

 「………ともかく、行ってきます。今回の仕事が終われば、皆で集まれますし」

 「ああ、私達もそのように動いている。ユーノ司書も今頃、高町やヴィータと共に発掘していることだろう」

 「ええ、きっと」

 フェイトの詠唱と共にバルディッシュが起動、彼女を中心としてミッドチルダ式の円陣が展開される。

 「次元転移、次元座標876C 2319 6678 0976 D834 340Y A2309 771 F2274」

 『Get set.』

 「開け――いざないの扉、次元航行艦船アースラ、我らが映し身の下へ」

 転送先は第27管理世界フォセル付近に停泊中のアースラ、その中の彼女の部屋へ。




第27管理世界フォセル

 管理世界の空を、二人の兄妹が飛翔していく。

 目的地は先に現地にとんでいた武装局員が待機している場所だが、アースラで合流したクロノとフェイトはあえて少し離れた場所へ転移し、飛行魔法を用いて向かった。

 今回の仕事は古代ベルカ時代の物品が絡んでいるため、魔法戦闘の可能性があった。その時になって魔力素との相性が合わないでは話にならないので、準備運動は早めに済ませる必要があったためだ。

 「どうだフェイト、フォセルとの相性は?」

 「大丈夫だよ、リンカーコアと大気中の魔力素が合わないなんて、滅多にないし」

 「肝心な時に、その滅多にない事例に引っ掛かったフェレットもどきのことは知っているだろう。油断していると痛い目にあうぞ」

 「でも、そのおかげで私はなのはやクロノに会えたよ。ユーノが万全だったら、普通にジュエルシードを回収できただろうし」

 「それはまあそうだろうが、怪我の功名と言うべきなのかな」

 「ふふふ」

 「どうした?」

 「何でもないよ」

 この兄は、親友の少年のことを語る時は言葉に遠慮がなくなる。

 その癖、彼のことはまるで自分のことのように誇らしげに語ることもある、というか、自分を自慢するなんてない分ユーノのことを誇っているのか。

 それがフェイトにはおかしかったのだが、「傍から見ればなのはちゃんとフェイトちゃんも同類やで」、という指摘を友人から受けるのはもう少し後のことだ。



 しばらく飛んだあと、二人は合流地に到着。

 「先行ご苦労」

 「あ、蟲キング!」

 「お疲れっす、クロノ執務官に、フェイト執務官候補生。ただ、その呼び方はなんとかならないもんすか?」

 「あ、ごめんなさい、ええっと……」

 「彼はラム・クリッパー二等空士だ、“蟲キング”以外の呼び方もちゃんと覚えておけ、フェイト」

 「ごめんなさい、忘れていたわけじゃないんですけど……」

 フェイトにとっては、ラム隊員が蟲をものともしない事実があまりに眩しいようだった。

 ともかく合流を果たし、3人は目的地の古代ベルカ時代の遺跡へと飛行していく。



 「ところで、さっき何か話してませんでした」

 「ああ、ちょうど君の名前が出てきたよ、ラム隊員」

 「へぇ、そりゃまたどんな内容で?」

 「普通の指揮官なら、今のフェイトやなのはよりも、君の方が部下に欲しいんじゃないか、ってことをだ」

 「なるほど、んー、自慢じゃないっすけど、まあそうだと思いますね」

 「そうですか………」

 「ああ、フェイトちゃん落ち込むな。むしろ逆、君達は高性能マシンだから凡人な指揮官には扱いにくいって話だよ、ほら、俺は軽自動車で君達はスポーツカーな感じ」

 「ただし試作車で壊した場合のリスクが高く、値段も高い、という条件がつくかな」

 「それって……」

 「あれじゃないかな、“無能晒して子供に怪我させた指揮官”なんて汚名は背負いたくないってこと。俺みたいのを怪我させても、望んで武装局員に入ったんだから怪我くらい覚悟しとけ、で済むけどさ」

 彼女らを運用するのは怪我をさせない自信があるか、それを背負う覚悟がある指揮官となる。

 後5年もすればそれこそ引く手数多どころか、逆に率いる立場になるかもしれないが、少なくとも今はまだ彼女らは“雛鳥”なのだ。


 「管理局では10歳以下の嘱託魔導師や局員もいるが、最前線に出るのは稀というより特例と言っていい。就業するにしても大半は後方だ」

 「そっすね、なのはちゃんやフェイトちゃん、それに、はやてちゃんが特別で、誰も好き好んで責任問題になりやすそうな駒は欲しがらないから。だからほら、たまに聞く人造魔導師論だの、戦闘機人計画だのが幅を利かすんでしょうね」

 「子供を怪我させれば汚名がつくが、戦闘機人や人造魔導師ならそもそも“消耗品”という理屈こそ、最低のように思えるがね」

 「ああ~、そりゃ確かに。それに、世論ってもんもありますからねぇ。それに、人造魔導師だか何だか知らねえけど、大人の男としてはやっぱ、子供に守ってもらうってのは、カッコいいことじゃないっすから」

 「それはまあ、そうですよね」

 「そうなのだよフェイトちゃん、そのうえ大人の男である程度地位にある奴ほど見栄を張りたがるもんだから、仮に有能で貴重な戦力でも高ランク魔導師の少女は使いたがらないもんさ。下らないかもしれないけど、男のプライドってもんがあるんだよ」

 「君にもあるのか」

 「そりゃまあ、人並みには、目の前で可愛い女の子が危機に瀕していたら、背中で庇わないと男失格でしょう」

 「同感だ」

 いつの時代でも、男はカッコいい姿に憧れるものだ。

 それが男の馬鹿らしさであり、同時に、捨ててはならないものなのかもしれない。







 クロノ、フェイト、ラム隊員の3名は遺跡へと到着し、現地の局員から詳細な話を聞いていく。

 遺跡の調査自体はあらかた済んでいるのだが、途中にあった壁画や石碑によれば最深部には魔導機械か何かが潜んでいる可能性が高いらしい。

 調査員とランクの低い魔導師だけでは万が一が起こりかねず、かつ、文化遺産があればそれを壊すわけにもいかないため、近場にいたアースラへ執務官の派遣を要請したとのことだった。

 「しっかしこりゃまた、厄介なもんですね」

 「確かに、遺跡保護を考えるならこれほど嫌な敵はいないな」 

 そのような次第で3人が踏み込んだ最深部には、予想通りの番人が待ち構えていた。大型の傀儡兵を思わせるごつい機械仕掛けの巨体だ。

 それも厄介なことに、自爆装置付きというか、番人自体が爆弾のようなものらしく、熱量を伴った魔法攻撃は誘爆の危険が高い。


 「だけど、ここまでおびき寄せれば」

 「ああ、ここなら誘爆の心配もいらない」

 とはいえ、そういう性質が厄介になるのは、想定外の場合のみだ。

 あらかじめそういった可能性が考慮されているならば、それ相応の対応を取ればいいだけであり、既に布石は打ってある。


 「ディレイドバインド!」

 「お見事執務官! 追加行くぜ、チェーンバインド!」

 爆発しても遺跡に問題がない地点まで先行していたクロノが、設置型のバインドであるディレイドバインドを張り、そこまでフェイトとラム隊員が誘導。

 光輝く魔力の鎖に巨体が絡めとられた瞬間、さらにバインドを重ねて完全に動きを封じる。

 「バルディッシュ、フルドライブ!」
 『Zamber form.(ザンバーフォーム)』

 そこまで来れば、最大火力で斬り伏せるのみ。

 閃光の戦斧バルディッシュがその真価を発揮するフルドライブへと移行し、魔力刃によって形成された金色の大剣が、遺跡を守る巨体の番人へと振り下ろされる。


 「――っな!?」

 だが、常に厄介になるものは、“想定外”というもの。

 ジェットザンバーが振り下ろされる直前、それに対抗するためか、魔導機械の胸部の装甲が開き、中から飛び出してきた“モノ”に、フェイトの行動が止まる。


 「フェイト! 止まるな!」
 「え、あ――」

 一瞬のことであったが、完全に硬直してしまったフェイトの身体を咄嗟に抱え、クロノが射線から離脱する。

 果たして、放たれた一撃は、炎熱変換された魔力と思しき砲撃だったが、しかし、それだけではない。


 「何すかアレは………女の子が、上半身だけ磔にされてる、のか………」

 その光景を目に焼き付けることとなったラム隊員が絶句するのも無理はない。

 おそらく、番人である大型魔導機械の“動力部”であろう箇所。そこにあったのは、フェイトとほぼ同年代と思われる少女の、両目を潰された状態で磔にされた姿であり、下半身は機械と一体化している上、上半身から魔法陣が浮かび上がり、Sランク魔導師の防御ですら貫きかねない砲撃が発射されたのだ。


 「………詳しいことは調べてみないと分からないが、ベルカ時代の生体兵器………おそらく、戦闘機人、なのだろう」

 「戦闘機人………アレが、っすか?」

 隣まで移動してきたクロノの言葉に、辛うじてラム隊員は反応するが、フェイトは口を閉ざしたまま。

 無理もない。まだ10歳の少女が直視するには、あまりに無惨な光景が眼前に展開されているのだから。


 「五感のどれかを断たれた人間は、別の力が強くなる傾向がある。その法則を利用して、特に魔力の強い女性の目を潰し、“巫女”として生贄に捧げる、そういう儀式がベルカには古くから伝わっているらしい。アレはきっと、それを機械と融合させる形で再現したものの、失敗作か、試作なのか」

 「生命操作技術の、初期段階での血の犠牲、てやつっすか」

 ラム隊員とて武装局員であり、そういう存在を見たことがないわけではない。右手が建築物破壊用のデバイスとなっている改造人間だのといった犯罪者とは、相対した経験もある。

 だが、骨の代わりに金属骨格を持っている、四肢や内臓を機械のものと交換した、までは聞いたことはあるが、こんなものは見たことも聞いたこともなかった。

 「そりゃ、今の“スマート”な戦闘機人ってやつを完成形とするなら、アレが試作ってのは、分からんでもないですけど………」

 アレはあまりに不様で、醜悪で、そして、嫌悪感をかき立てる。

 魔導機械そのものでしかない巨体に、少女の機械化された下半身が接続し、さらに、両目を奪われたことで出力だけは高まっているだろうリンカーコアを、動力源として利用されている。

 今、目の前で展開されている魔力は炎のように猛っている。あの少女は、炎熱変換を持っていたために生贄にされたのか、それとも、そのように“造られた”存在なのか。

 いずれにせよ、許されざる外法によって創り出された、哀れな存在であることだけは、疑いようがなかった。


 「だが、炎熱変換というのはこの際僥倖だ。炎が攻撃と自爆装置を兼ねているなら、氷漬けにして封印してやればいい」

 言いつつ、クロノはこれまでのS2Uとは異なるデバイスをセットアップ。

 そういった強大な魔力を持つ怪物などを封印することに特化した、氷結の杖、デュランダル。

 「クロノがとどめなら、今度は私がバインドを」

 「いや、ライトニングバインドも止めておけ、君の電気変換ではそれでも危うい」

 「あ、そっか。じゃあ………」

 「まず君が奴の周囲を飛んで注意を引きつけてくれ。その間にラム隊員はチェーンバインドで奴の足を封じろ。後は僕が氷付けにして、封印処理に移る」

 執務官の的確な指示の下、候補生と武装局員の二人は即座に動き出す。

 幸い、対象の動きはそれほど迅速ではない。火力と自爆装置に念頭を置かれたものらしく、あの砲撃さえ回避できれば、さしたる脅威でもない。

 また、ここまで誘導する過程でストラグルバインドによって幻覚や想定外の魔力強化がかけられている可能性は除去されているので、後は詰め将棋の如くだ。


 「バルディッシュ」
 『Blitz Action.』

 フェイトが短距離限定の超高速移動魔法を用い撹乱し、さらに、両手足にも高速機動魔法ソニックセイルによって光の羽根を手には2枚、足には3枚伸ばしている。

 本来はソニックフォームの時に使う魔法だが、通常のライトニングフォームでも場合に応じて発動できるよう、彼女とバルディッシュも日々成長していた。

 (しかし、これで10歳とはね。いやまあ、15歳で指揮官やってるクロノ執務官からしてとんでもねえけど)

 バインドで足止めする役を担うラム隊員の視界には、高速で飛びまわり牽制する黒い魔導師の残像が映る。

 未だ10歳の少女の筈だが、その速度は武装隊のガードウィングである彼よりも余程速い。目で追えないわけではないが、交戦したら何分持つことやら。

 「凍てつけ」
 『Eternal Coffin.(エターナルコフィン)』

 そして、その兄もまた並ではない。強大な火力を持つ、おそらく旧式の戦闘機人をあっさりと氷付けにし、誘爆の危険をなくした上で封印処理へと。

 「我が乞うは、捕縛の檻。凍てつきし機械仕掛けに、封印の力を――」
 『Sealing Mode.』

 閃光の戦斧バルディッシュの“祈祷型”としての特性を最も引き出す、シーリングモード。

 フェイトから放出される魔力は強固な封印陣を敷き、クロノのデュランダルとも連携し、処理をあっさりと終了させた。







第一管理世界  ミッドチルダ  某所


 戦闘機人であり、ゼロファースト、ゼロセカンドと呼称されるナカジマ家の少女達の固有データをその分野における第一人者に送った管制機は、報告を受け取るために極秘の通信回線を開いていた。

 『結論は出ましたか、アルティマ・キュービック博士』

 「おや、単刀直入とは君にしては珍しい、いつもの迂遠な口調はどこに行ってしまったのか」

 『貴方の助手殿より伺いました。下手に貴方を喜ばせるような口調を取らず、単調でつまらない応答に終始することがコツであると』

 満場一致のするところ、ジェイル・スカリエッティに最も近い存在である、秘書・長女・奥さんを兼ねているウーノ。

 無限の欲望としての本質が出ている時はともかく、ジェイル・スカリエッティの諧謔癖にはほとほと困っているのも確かであり、その辺に関しては遠慮なく、容赦もない。


 「それだけな筈はないだろう。君の行動は常にフェイト・テスタロッサのためにのみある。聞くところによれば、彼女は先日、800年ほど前の旧式の戦闘機人と戦ったらしいじゃないか。そのおぞましさを知ってしまった故に、友人となったタイプゼロの少女達を心配しているのではないかね?」

 『それで、結果は如何に?』

 スカリエッティの言は正しく、クロノとフェイトが封印したモノは、本局に運ばれてからの調査によって、ベルカ時代の戦闘機人のプロトタイプと予想されていた。

 もっともそれは、人にエラ呼吸能力を付加することを進化と呼ぶなら、単に魚のヒレを人の腕に張り付けた程度の、機人とも呼べぬ原始的かつ、不格好なものであったが。

 「結論から言うならば、タイプゼロの二機、彼女らは“人間”だ。普通に成長し、人間として生を終えるのに特に障害となるものはない。それについては、このジェイル・スカリエッティが科学者としての矜持にかけて保証しよう」

 それはつまり絶対に覆らないに近しい事柄。

 およそ、生命操作技術において、この男に間違いなどというものがあろうはずもない。


 『具体的には、いかなる理由で?』

 「おや、結論が出ている事柄に君が興味を示すとは、珍しいことだ」

 『私が知っただけでは意味がない。これはクイント・ナカジマよりの依頼であり、私には論理立てて説明を行う義務がある』

 「なるほど、その点については実に君らしい。ちょうど一つの思索が終わったところでね、軽く講義と行くのも悪くない」

 『お願いします』

 曰く、狂人は“利用する”のではなく、“腰を低くして教えを乞う”のが適している。

 頭を下げることに微塵も躊躇のない存在故に、その教えに管制機は忠実に従う。


 「まず、君もよく知っての通り、戦闘機人とは人造魔導師に近しい技術といえる。純粋培養、クローン培養の違いはあれど、戦力として魅力のある素体に対し、機械を埋め込むことで兵器としての安定性を高め、そのために素体となる肉体を機械に適したように調整する、これが一般的なコンセプトだ」

 『それは承知。それ故に倫理面で違法であり、その基礎理論を貴方が構築したことも』

 「結構、称賛いたみいるよ。それでだ、君は、“脳内の小人(ホムンクルス)”というものを知っているかね」

 『ヒトの脳には、身体の各部に対応する知覚野が存在。つまり、己の身体イメージが脳に分布しているのであり、これの欠損はアイデンティティの崩壊に繋がるという研究成果は、各分野より報告があります』

 それについては、魔法というものが存在しない、地球であっても同様だ。


 「そう、例えばここに、片腕を失った男がいたとしよう。元は当然“脳内の小人”は健全なる成人男性だが、ここで自己認識への齟齬が生まれるわけだ、無いはずの腕が痛むといういわゆる“幻痛”もこの齟齬に由来する」

 『しかし、時の経過と共にその齟齬はやがて埋まり、いずれ“脳内の小人”には、片腕のない己がインプットされるはず』

 「然り然り、時の流れとは、かくも優しく、そして同時に残酷なものだ。腕という掛け替えのない自身の腕であってすら、やがては忘れ去ってしまう。ならば、かつては胎の中にいた子供を捨てたり、忘れることなど、至極当然の理屈とは思わんかね?」

 『絶対否定。母親とは、子のために己の全てを捧げる存在である。逆説的に言えば、子の幸せを己の幸せとして定義できるならば、血の繋がりなどなくとも、その人物は母親たり得る』

 それは原初の入力であり、揺るぎなぎ決定事項。

 母の愛の証として生まれた彼にとって、それだけが真実であり“1”だ。


 「素晴らしい答えだ。明確にして揺るがぬその在り方、やはり君は美しい。さて、話を戻すが、片腕を失った彼に義手を着けるとしよう。その義手は極めて精巧であり、神経信号のままに動く、果たしてこれを“脳内の小人”は己の腕と認識するか否か」

 『ほぼ同義の存在とはなるものの、同一にはなりえません』

 「そう、これも広く知られていることだが、人間の身体とは数年もあれば骨も含めて“全て創り替わる”。臓器であっても1年もあれば、それ以前のものとは別物になるのだよ。ここで重要なものは、千変万化する細胞こそがヒトにとっての自然ということだ」

 例え、どれほど精巧な義手であろうとも。

 作られた当時のまま変化しないものならば、それは結局、便利な道具が失った腕の先についていることにしかならない、。


 「つまりは、“内界”か“外界”かの問題だよ。この場合、義手とはすなわち、外界である金属をヒトに近づけようとする試みといえる」

 『ならば、内界が金属を受け入れられるように組み替えればよい。先の例ならば、“金属の腕をつけた己こそが自然”と、脳内の小人を書き換える、と』

 「そう、それこそが生命操作技術の一端だよ。これはまだ自己(アイデンティティ)の確立が済んでいない赤子であればあるほど上手くいく、“機械の骨格を持つ己こそが自然である”と刻まれれば、それが彼、彼女の内界にとっての真実となる」

 『それが、ヒトが機械を受け入れられるよう、調整を施す、ということですか』

 「術式を知りたければ、教授しよう。もっとも、既にそこらに知れ渡っている技術に過ぎんがね」

 『ばら撒いた張本人がよく言う』

 「さて、何のことやら」

 くくく、と、欲望の影の笑みは深まる。

 亀裂のように口を変容させ、嗤う、嗤う、どこまでも嗤う。


 「だが、所詮はそこまでだ、脳に多少の改造こそ施しているが戦闘機人タイプゼロは人造魔導師と本質は変わらない。つまりは、義手を付けたのと同じ、機械をヒトに近づけた例であり、それを幻想の力で補完しているに過ぎない」

 『詳細な説明を求めます』

 「よいとも、タイプゼロの少女達は、誕生した己を純粋な人間ではないと認識しており、それ故にアイデンティティを保っている。これは分かるだろう」

 『はい、それを無理に人間であると認識させれば、逆効果であると推察します』

 「そう、むしろ人間でなくとも人間らしく生きることは出来ると教えるのが適切ではないかな? だが、子供のうちに脳へ刷り込んだのは良いとして、彼女らの身体は成長していき不変の機械との摩擦が生じる。しかし、その成長を止めてしまっては意味がない。未発達な子供の身体は兵器とはとても言い難いからねえ」

 『故に機械をヒトに近づける。つまりは、ヒトの成長に同期して成長していく特殊金属を作り上げた、ということですか』

 管制機の推察に是と答えるように、亀裂の如き笑がさらに深まる。


 「まさしくその通りだ、見事なる推察。しかし、特殊金属と呼べるほどのものではないよ。君もデバイスならば、ミスリルに制御されるアダマンタイトによる合金が、魔力を通すことで質量や形状を変換させることが出来るのは知っていよう」

 『ええ、バルディッシュのように3次元的に可能な変形はともかく、グラーフアイゼンやレヴァンティンがそうだ。彼らの変形は物理的にはあり得ない、魔導という幻想の力、魔導力学に沿ったものです』

 「通常それらは速効性であり、魔力を消費し続け“世界を騙し続けなければ”その質量を維持することは叶わない。本来の質量との差異が大きくなればなるほど、それは顕著になる」

 故に、ギガントシュラーク、飛竜一閃、シュツルムファルケンは切り札となる。

 この世の中の現象は全て数式で表せるという理論があり、それに沿って魔力を燃料にプログラム化されたアプリケーションを走らせる魔法という存在は、“現象数式”と表現することもできる。

 そして、本来の世界との差異を抑え、魔法という幻想によって“恒久的に騙し続ける”ことを狙うならば。


 『タイプゼロの金属骨格は、それを遅行性に変換したもの。彼女らの内界に組み込まれ、リンカーコアの魔力を定常的に受け続け、ゆっくりと変形していく。確かにこれならば、体内に限った“恒久的な魔法展開”も可能となる』

 「そう、つまりタイプゼロとは、金属骨格を持つ魔法生命体に近しい存在なのだよ。だからこそ、リンカーコアがなくては生きていられない、幻想の燃料が失われれば、体内に魔導金属という“異物”を抱えた人間になってしまうのだからね」

 『AMFなどの魔力素の結合を阻害する現象に強い耐性を持つのは、彼女らの“生存本能”と定義すべきか』

 「然り、もしタイプゼロが通常の魔晶石(ペロブスカイト)に由来する魔力素しかリンカーコアの燃料に出来ないとすれば、それを封じられることはまさしく死活問題だ。故にこそ彼女らは燃料の幅が広く、生命が生きる可能性を探るように、波長の異なる魔力素をも自らの力として取り込むのだよ。ああ、何と素晴らしき生命の輝きかな!」

 その生命としての輝きこそが、タイプゼロの存在価値だと、無限の欲望は嗤う。

 彼が基礎理論を構築した戦闘機人とはすなわち、異なる命の可能性。

 その本質に気付かず、量産が効き、AMFと相性の良い兵器くらいにしか思っていない愚物は、元より相手する気すらない。


 「水深の浅い熱帯雨林の川に生息し、常に水中が酸素不足に陥る危険のある環境で過ごした魚は、肺というものを作り出し、空気中に酸素を求めた。タイプゼロはまさしくそれに近い、リンカーコアによるエラ呼吸が出来ぬ場合に備え、“水中の酸素”とは波長の違う“空気中の酸素”を取り入れる仕組みを、成長の過程で作り出したのだよ」

 『なるほど、どちらの魔力でも活動可能な“肺魚”へと進化するならば、彼女らは幼体で生まれた方が都合が良い、と』

 「その通りだ。そして、タイプゼロの骨格の生体魔導金属は、彼女らの自己認識とリンカーコアの影響を受け続けており、あるべき自分へと自己を変革させていく。つまりは、なりたい自分になれるということだよ」

 『ギンガ・ナカジマは、母への憧れが強い故に、クイント・ナカジマとほぼ同じ容姿に成長する、と』

 「恐らくはね、それもまた心理状態に左右されるので絶対ではない。幼い頃に母を失いでもすればそれは最早決定事項だが、思春期に母と大喧嘩でもすれば、全く違う容姿になることもあり得る。それについては、私の9番目の娘に期待してもらえれば良い」

 すなわち、ナンバーズのNO.9、ノーヴェ。

 同じ遺伝子から作られながらも、髪の色も含めて異なる容姿へと成長しうる、生命の可能性。双子のナンバーズ、オットーとディードもまた然り。

 ジェイル・スカリエッティはどこまでも、生命の可能性というものを賛美する。


 『であるならば、貴方の戦闘機人とは根幹からしてタイプゼロとは別物となりますね。幼い子供であったからこそ可能であった、己は機械を宿したヒトであるという自己認識を、成体に対して行っている。肺魚に変化するのではなく両生類として生まれたというべきか、それも、中庸の状態で』

 「そう、私の娘達は肉体的な成長を伴わない。生まれる前に成長を果たし、ヒトを機械へと近づけた存在として生まれてくる、素晴らしき可能性の種だ。彼女らの脳内の小人は外からの手術によってしか変わりえないはずだが、強烈な自己認識があれば、それを変形させる可能性を持つ」

 つまりは、存在意義を固定された存在でありながら、その宿業を喰い破れるか否か。

 陸と海、ヒトと機械、その狭間にいるからこそ、遠く空や宇宙、次元の彼方まで飛翔する可能性を持つ未知の卵。

 娘達がいかに成長するか、父たる彼は興味が尽きない。


 「まあ、これについては数百年前のベルカ諸王の時代に、とある欲望の影が時の王家へと提供した技術の発展形でもあるがね」

 『伝承に曰く、“戦王の聖櫃”』

 「流石に博識だ。そう、俗に変身魔法と呼ばれるものは“脳内の小人”を騙しきれるものではない。質量の問題、骨格の問題などを解決するには、使い魔と契約し融合を果たすことで、己を擬似的な魔法生物とするなどの創意工夫が必要だ」

 『しかし、時の列王は、貴方に合わせるならば“脳内の小人を騙しきる変身魔法”を、己が血筋に刻み込んだと聞く』

 「その通り、変身した姿で訓練を行おうとも、それは結局のところ幻影などのイメージトレーニングの延長でしかない。実際の脳内の小人ではない以上、肉体から来るフィードバックを直接反映させることは叶わぬわけだ。だが、例外もある、すなわち―――」

 『己の成長する姿が、“どんな過程を経ようとも”決定されており、それが揺るがぬ場合』

 「それが確定された未来であるならば、“戦王”への変身は意義を持つ。ほんの5歳程度の時から己の全盛である肉体での鍛錬が可能であり、その経験値は積み重ねられていく。さらに、老いてなお、変身魔法を用いることで魔力の総量は別として、全盛期での戦いが可能となる、これがベルカ諸王の宿業の血筋、“戦王の聖櫃”だ」

 曰く、ベルカの王の直系の者達が稀に発現し、その際には、“遺伝子から脳へと投影された”情報を持ち、虹彩異色の特性を有するという。


 「故に、列王の系譜は研究対象として興味深い。もし君の網にその情報が飛び込んで来たならば、教えてくれると助かるな」

 『残念ですが、近年において虹彩異色を発現した直系の話は聞きません』

 「ああ、今はまだ新歴66年なのだから仕方がない。だが、約束の時は近いのでね、それこそ来年にでも、列王の、それもとびきり偉大な王の継承者が現れてくれれば―――」


 とても、とても楽しい祭りになることだろう。


 そう、欲望の影は呟いた。




[30379] 幕間  魔法ドリル★リリカルセイン
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 15:07

セインの受難 その3    魔法ドリルリリカルセイン

第3管理世界  ヴァイゼン  

 「ご苦労、流石は彼自慢の作品だけある、素晴らしい手際だ」

 「は、はい、ありがとうございます」

 (ふぅ、よかったあ、次元世界最大の麻薬王なんて聞くから、ヤクザの親分さんや総大主教(グランドビショップ)よりヤバいのかと思ったけど、かなりまともな人だ)

 セインの目の前にいるのは、とても麻薬王とは思えないほどの整った容姿を持つ男性。見た目、彼女の創造主と同じくらいの年齢だろうか。


 「何、そう恐れることはない。君の父にあたる彼の技術の中には、身体の外見はおろか、“脳内の小人”すらも騙しきるものもある」

 「は、はあ、ひょっとして、ドクターから?」

 「さて、む、すまないが少々待ちたまえ」

 何やら通信が入って来たらしく、麻薬王はしばらくそちらに専念する。


 (ドクターの友達? 言われてみるとそういう感じもするし、年齢不詳なところも同じかも。でも、そんなに怖い感じはしないな)

 「ああ、それで構わんよ、丁度良いデモンストレーションだ、徹底的にやりたまえ。女子供をどうするか? 当然、皆殺しだ。これまでは少々飴をしゃぶらせ過ぎたようだ、ここらで鞭を振るわねばなるまい」

 前言撤回、やっぱり怖いです、人でなしどころじゃありません、この人、人間の命をお金でしかカウントしてません。

 ヤクザの親分さんも怖い人でしたけど、まだ人間を見てた気がします。麻薬王さん、個人単位で見てません。

 「家畜を多く飼うのはよいが、統制がとれねば肉の質も落ち、病気も広まる、適度な間引きは放牧者の義務だ」

 ああ、なるほど、家畜扱いなんですね。

 となると、親分さんは家畜と触れ合いながら経営する小規模農家で、麻薬王さんはいくつもの農場を機械で管理する大規模農家さん?

 「だが、決してやり過ぎぬようにはせよ、家畜が全滅しては意味がない。あくまでより生産性を高めるための作業であることを忘れるな、これは戦争ではないのだ」

 だからといって、いくら大きく見れば生産性が上がっても、人が人を間引く、ってのはどうなんでしょ? 人権侵害とか、そういうレベルじゃないよね?

 「それと、我々の牧場や工場を荒らす不届き者がいれば容赦するな、いきがった餓鬼は、処理場に放り込んでおきたまえ。焼毒処理は怠るな、ウィルスは広がる前に灼き祓え」

 わあい、絶対見たくないですその場所、トラウマ負う自信があります。てゆーか、字が違う気がします、焼毒とか灼き祓うとか、何?


 「さて、すまないな、せっかく来てくれたというのに仕事の話を挟んでしまった」

 「い、いいえ、お気になさらず! お、お仕事、頑張ってください!」

 「なに、私の仕事はそう大したものではない。不必要なものを処分し、人間の組織というものを上手く回すために人材を配置する、その程度のことだ」

 「は、はぁ……」

 「まぁ、その手段に暴力を用いる点は否定せんがね。むしろ、表側ではそれを行ってはならぬからこそ、我々のような存在が求められる、という因果関係かな」

 「ご、ごもっとも!」

 うん、よく分かった、この人、ドクターの友達だ。口調は少し違うけど、しゃべり方がそっくり。


 「つまらない話はこの程度にして、食事でもどうかね、せっかく用意させたのだ、感想を聞けると嬉しいが」

 「あ、はい、じゃ、じゃあ、頂きます」

 「ふむ、良い味だ、相変わらずいい仕事をする」

 「あ、凄い、とってもおいしいです」

 とっても幸せそうなセイン、ここのところ胃が痛くてまともに食事が通らないことも多かったが、これらの料理はそれを覆すほど美味だ。

 辛いこともたくさん、いやもうほんとたっくさんあったけど、これを食べられるなら、やった甲斐はあったかも。

 「ほんと、すっごいおいしい、あたし、生まれてからこんなの食べたことありません」

 「そうだろうな、余所では中々手に入らない極上の食材を使っている」

 「わぁ、何なんですか、それ?」

 「水子だよ、母体に与える餌も含めて完璧に調整している」

 「ブゥーーーーーーーーー!!」

 噴いた、というより吐いた。

 胃の中のモノが一気に噴き出た感じだ、胃液の水芸というものがあるならば、こういうものを指すのかもしれない。

 ちなみに、水子とは中絶された胎児のことです。人の心が欠片でもあるならば、気が狂っても料理に使おうなどと考えてはいけません。


 「どうかしたかね?」

 「み、みみ、みみみ、水子って………」

 「なに、軽いジョークだよ」

 「あんたが言うとジョークに聞こえねえんだよおおおオオオオオオオオオオオオオオ!」

 「ほう、中々に素晴らしい口の利き方だ」

 「はっ!?」

 真っ赤になって怒っていたのが、一気に青ざめるセイン。

 「ちょうど、戦闘機人なる存在に知的好奇心も出てきたところだ。台無しにした料理への詫びも兼ねて、少しばかり協力してくれるだろうか」

 「あ、あの、これらのお料理の総額は………」

 「●●●●だ、君の値段としてはちょうど良い額ではないかと思うが」

 「あ、ああ、アハハハハハハハハハハハハハ!! もうどうにでもしろや、こんちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」




ミッドチルダ 某所

 【ウー姉! ウー姉はいるかあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!】
 (チュイーーーン)

 「あらセイン、中々素晴らしいデザインね」

 【そう思うか! 本当にそう思うのかアンタは!】
 (チュイーーーン)

 「いいえ、思わないわ。そうね、ナンバーズのボディスーツを95点とするなら、15点くらいかしら」

 【だよねえ、どう見てもそうだよねえ! んなことたぁあたしだって分かってんだよ! つーか、あたしらのボディスーツの評価もぜってぇ高くねえだろ!】
 (チュイーーーン)

 「そういうこともあるでしょうし、そうでないこともあるでしょう」

 【ああもう! 何なのさアレ! あの麻薬王、絶対にドクターの同類だよ! 類友にも程があるよ、魂の兄弟だよ! ドリルは男の浪漫って、どういう理論だああああああああああああ!!】
 (チュイーーーン)

 「見事に、右手全体がドリルになってるわね」

 【道行く人々に憐れみどころか、生暖かい視線を向けられ続けたあたしの苦悩が分かるかああああぁぁぁ! しかも、背中のマントには“ドリレンジャー参上!”とか書かれてるし、どう考えてもギャグだよこれ!】
 (チュイーーーン)

 「でしょうね」

 【意味の無いことに情熱注いで、相手をからかうことにだけ使うベクトルがドクターそっくりだったよあの人! なんであんなのが裏社会のリーダーやってんの!? 別の意味で裏社会が不安になったよ!】
 (チュイーーーン)

 「能力はぴか一、その点もドクターと一緒ね。あれでも粛清とか人口調整については、非の打ちどころのない異才の持ち主、故に異名を“鬼眼麗人”」

 【それで何でドリルなのさ! 名前負けどころじゃなくて、名前がっかりだよ! せめて義手とかだったら視線も違ったし、これなら腕もがれた方が100倍ましだった!】
 (チュイーーーン)

 「でも、処女膜は守れたんでしょう?」

 【守れたどころか、ドリル以外に一切興味向けられなくて、逆に女のプライドがずたずたにされたわ! 大人への階段を登るどころか、中二病への階段を転がり落ちたようなもんじゃんかよおおおおお!】
 (チュイーーーン)

 「上手い、座布団一枚」

 【ウー姉、何かキャラ違わない!?】
 (チュイーーーン)

 「いえいえ、そんなことはないわよ、ドリルセイン」

 【嘲笑ってるだろ! 絶対嘲笑ってるよな! ドクター張りの笑顔を浮かべてますよねええええええ!】
 (チュイーーーン)

 「それで、帰って来れそうなの?」

 【ああ着くよ、もうすぐで着くから、さっさと手術の準備しといて!】
 (チュイーーーン)

 「あら、とっちゃうの、それ」

 【当り前じゃあああ! こんなん付けてたら一生お嫁にいけないっての!】
 (チュイーーーン)

 「ノーヴェを稼動が早まったのは知ってるでしょう? そこで左手にドリルを付ける改良案がドクターからあってね、いいサンプルに――」

 【今すぐ破棄しろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、あたしの妹に生まれついてのトラウマを与える気かあああああああああああああああああ!!】
 (チュイーーーン)

 「まあそれは冗談として、いつかタイプゼロを捕える機会でもあれば、そっちに付けましょう」

 【絶対怒り狂うと思うよ、そいつ】
 (チュイーーーン)

 「けど、純粋の威力を考えれば、強力な武器であるのは事実よ」

 【本物のドリルだったらね!】
 (チュイーーーン)

 「違うの?」

 【音で気付けよ! バイブ級の電力しかないよこれ! ドリルの振動がちょっぴり快感♪ これで気になるあの子の性感帯を開発♪ とかそんな感じだよ!】
 (チュイーーーン)

 「なるほど、ドリルはドリルでも、肛門開発用のドリルだったわけね。貴女、よくそんなものを右手に付けて外を歩いたわね、恥ずかしくないの?」

 【恥ずかしいにも程があったし、そもそも歩きたくなかったわああああああああああああああああ!! そうでもなきゃこんなマント付けるかああああああああああああああああ!!】
 (チュイーーーン)

 「確かに、そのマントがあればまさか18禁の品とは思われないわね」

 【軽蔑、汚物を見るような眼差しか、中二病の痛い子を見る眼差しかを選ばされたよ………】
 (チュイーーーン)

 「いい性格してる、流石にドクターの友人だわ」

 【やっぱり友人だったんだね、あの野郎!】
 (チュイーーーン)

 「じゃあ、次回は別の友人のところへ………」

 【絶対に御免だああああああ!!】
 (チュイーーーン)

 「拒否権はないわよ、仮に拒否した場合、ディエチに依頼が行くから」

 【それでも姉かアンタは!?】
 (チュイーーーン)

 「ええ、私は妹達のことを愛しているわ、私なりに、ね」

 【ちくしょおおおおおおおおおおおお!! 絶対いつか家出してやるうううううううううう!!】
 (チュイーーーン)

 ナンバーズの少女達は、ジェイル・スカリエッティが作り上げし、新たな命の可能性。

 最近姉妹仲がちょっと険悪になりつつあるけど、それらを乗り越え、彼女らは成長していく。

 次回、魔法ドリルリリカルセイン! 始まります!


 セイン家出ゲージ  残り7


あとがき
 今回はけっこう色々な元ネタとのコラボです。なお、パソコンに“せいかんたい”と打ち込んだ結果、“星艦隊”と変換された我が文章の中二成分に驚愕。連星艦隊だの、統星艦隊だのと書きまくってるせいです、間違いなく。
 やはりどうあっても、私に甘い恋愛やエロを書ける道理はなさそうです。18禁のギャグネタならばそれなりに考えつくのですが。



[30379] 5章  新たな日常  前編  なのはの章、無限書庫の司書
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 15:10
My Grandmother's Clock


“親鳥と雛”  5章  新たな日常   前編   なのはの章、無限書庫の司書


新歴66年 10月上旬   魔導師の杖、レイジングハート・エクセリオンの記録より抜粋


 「それじゃ、お母さん、行ってきまーす」

 「行ってらっしゃい、今日は6時頃には帰ってこられるのよね?」

 「うん! 今日で取りあえず一区切りつくから」

 「そう、頑張ってね、はい、お弁当」

 「ありがとー、なのは、今日も全力全開です!」

 母上からお弁当を受け取りつつ、教わったばかりの教導隊形式の敬礼を返しながら、マスターは今日も元気に学校へ向かわれる。

 私は魔導師の杖であり、マスターの鏡たるインテリジェントデバイス、銘をレイジングハート。

 マイスターについては記録がない。ユーノ・スクライアという名の彼が、旧暦末期頃の“大崩壊”を運良く免れた遺跡より私を発見してからのことが、私の総てである。

 ただ、テスタロッサという名の工学者の家系が、私の設計図らしきものを有しており、そのからの情報もあり、私の命題、成すべきことを今は明確に把握している。

 マスターの全てを記録し、マスターの望むもの、進むべき道、それを叶えるために必要な事柄を演算することが、私の使命。

 設計図の記述によれば、姉妹機らしきものも存在したらしいが、私自身に関わる事柄はどうでもいい、優先すべきはマスターに関わる事柄である。

 『My master, Start the simulation using a multi-task.(マスター、マルチタスクを用いてシミュレーションを開始します)』

 「お願いレイジングハート、学校に着くまでにもう一度おさらいしておきたいから」

 そして、私は今日も主のためにシミュレーションプログラムを走らせる。

 教導隊の方々より様々な教育用のプログラムを入力していただき、私も機能も過去とは比較にならない。

 今考えれば、ジュエルシードの案件が終了してよりすぐの頃、マスターと私はとてつもなく無謀な訓練をしてきたのではないだろうか?

 マスターへとシミュレーションプログラムを送信する傍ら、現状を把握するために過去との比較検証を行ってみる。



新歴66年10月現在

 「おはよう、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

 「なのは、今日も早いな」

 「にゃはは、お兄ちゃん達ほどじゃないよ」

 起床時間はおよそAM6:00頃。既に家族に秘密にする必要もないため、実家の道場の地下に結界装置が敷設してありおよそ1時間の魔法の訓練を行われます。

 それに伴い、兄君の恭也様や姉君の美由希様の訓練時間や場所をずらすこととなり、マスターは遠慮なさいましたが、兄と姉の特権、というもので押し切られたそうです。

 「それじゃ、お母さん、行ってきまーす」

 学校における生活はほとんど変わらず、ただ、以前は3人で過ごすことが多かったですが、現在は5人で過ごされることが多くなっています。

 授業中に並行して行うシミュレーション訓練は私に蓄積された実際の武装局員達のデータであり、9:00~15:00までの勉強時間のうち、45分×5または6の、平均4時間の間で航空戦術の分析が行われ、その結果が当日の教導隊での訓練に反映されます。



 「今日は、フェイトがアースラに行ってるのね」

 「うん、ちょっと忙しくなりそうだから、午後からは休むって」

 「それがええんとちゃうかな、フェイトちゃん人形も、結構操作するの苦労するらしいで」

 「バルディッシュとバルニフィカスが上手く同期を取ってるけど、次元を挟んでいる以上、どうしてもタイムラグはでるものね。なのはちゃんのレイジングハートへの通信ならそう難しくもないけど」

 「そういえば、この前トールが送ってくれた次元航行中の通信遅れに関する論文に詳しく載ってたわね」

 「アリサちゃん、そんな難しいの読んでるんだ。それに、すずかちゃんも凄いね」

 「そりゃあね、なのはは放課後は本局にいるけど、フェイトは次元の海のどこを飛んでいるか分からないし、時の庭園のアスガルドの力を借りるにしても色々と調整は必要なんだから」

 お昼休みの1時間程は“デバイス同好会”で集まり、お弁当を摘みながらお話しするのが、マスターの楽しみです。

 この間は私からの魔力負荷も絶っており、シミュレーションも行いません。マスターにとって、ご友人とゆっくりと話せる貴重なお時間なのでしょう。


 「しっかし、小学校4年生とはとても思えん会話や、いったい私らは何時から老けてしもたんやろ?」

 「はやてちゃん、お母さんみたいって言われるの、相当気にしてるんだね」

 「そりゃそうやってすずかちゃん、管理世界では伝説の密猟犯、地元ではお母さんってなんやねん。私の人生は早くもお局フラグが立ちつつある崖っぷちや」

 「そういった意味では、なのはにはユーノという保険がいる分、安泰かしら」

 「保険?」

 「駄目やでアリサちゃん、なのはちゃんには間接的な表現はまだまだ通じんから」

 「ん~、確かに、フェイトあたりなら結構反応するんだけどねぇ」

 「???」

 「なのはちゃんには、まだ分からなくていいと思うよ」

 察するに、恋愛に関する事柄だとは推察できるのですが、機械である私にもよく分かりません。

 以前トールに相談したところ、“似たもの主従”という評価をいただきましたが、いったいどういうことなのでしょうか?



 「えっと、今日はどっちの転送ポートからだっけ?」

 『Haraoun house. Today's PIN data has already been sent to me.(ハラオウン家です。本日の暗証番号のデータは既に私へ送信されています)』

 そして放課後、マスターは本局へと向かわれます。

 現在、八神家とハラオウン家の二箇所に本局と繋がる転送ポートは設置されており、学校が終わる16:00~18:00の前半2時間と、19:00~21:00の後半、計4時間を、マスターは武装隊との訓練に充てています。

 現在の役目は主に高ランク魔導師の敵役としてであり、4人1組の分隊とマスター1人がぶつかるケースが多く。他にも、フロントアタッカーのみしかいなかった場合や、結界魔導師でのみ時間を稼ぐ方法など、状況は多岐に渡る。

 「昨日はアクティさんに撃墜されちゃったから、頑張らないとね」
 『Yes, my master.』

 マスターにとってもまだ武装局員の相手をする経験は浅いですので、教導隊アシスタント最初期の現在は、何かと縁の深いアルクォール、トゥウカ、ウィヌの方々と模擬戦を行っています。

 その中でもやはり、アクティ小隊長、オルドー副長、ラム二等空士、リリス二等空士によるウォッカ分隊はバランスが良く、先日もマスターが撃墜されてしまいました。

 「AMFって、本来はAAAランクの結界魔法なんだけど………連携次第では展開出来るんだね」

 アクティ小隊長はAAランクのセンターガードで治療魔法や転送魔法にも適性があり、オルドー副長は治療・結界・封印などを本領とするAランクのフルバック。

 10年来の親友でもある彼らが連携しAMFを展開、こちらの魔力攻撃がかき消されたと同時にフロントアタッカーのリリス二等空士とガードウィングのラム二等空士が肉薄、さらに幾つかの攻防の果てに、AMF内部に閉じ込められ、向こうが勝利条件を満たした。

 実に、見事な連携ではありましたが―――

 「でも…………あのAMF、元はリリスさんに群がる虫型サーチャーを消滅させるために考案したんだってね」
 『Yes.』

 その作戦が発案された根源は、サゾドマ虫対策にありました。

 確かに、魔力で生成されるサーチャーに対しAMFが極めて有効であるのは事実ですが、蟲を克服するためにAMFという高等結界魔法を身に付けるとは。

 彼のジュエルシード実験における中隊長機との邂逅が、余程良い刺激になったのでしょう。

 ですがまあ、そのおかげでAMF下の魔法戦というこれまでにない経験をマスターが積むことが出来たのも事実。

 相変わらず、彼の管制機の根回しには無駄というものがないようです。



 「ただいまあぁ」

 「お帰りなのは、お風呂沸いてるから、ご飯の前に入っちゃいなさい」

 今日のように後半の訓練がなければ18:00過ぎ、後半がある場合も、既に体力がなく短期決戦を挑んでくるケースが多いため、実質20:30までにマスターの業務は終わり、21:00までには帰宅なさいます。

 その後、家族と過ごされたり宿題をなされたりしますが、恭也様と共に夜に訓練されたり山籠りすることもあった美由希様に比べれば余程まともな生活、というのは、高町家の秘密だそうです。

 マスターは現在、武装隊士官候補生にして、戦技教導官アシスタントを務めていらっしゃる。

 しかし、業務の多くを占める戦術考察や各員のデータを元にした模擬戦の展開などについては学業と並行して進められているため、実質的に本局で就業する時間は実戦時の2~4時間程度のもの。

 正直、昨年6月の頃の生活に比べればゆとりがあり、母君であられる桃子様からお菓子作りの手ほどきを受けたり、他のことに使う時間も生じています。


 『良いですかレイジングハート、魔法を扱うことだけが、主の幸せであるはずもありません。我々は知恵持つデバイスとして、そのことを常に念頭に置かなければなりません』

 以前、先達よりいただいた言葉は、真実でありましょう。

 いずれ私を調律するデバイスマイスターになってくださるであろう月村すずか様は、私に星占いやマスターの好きな音楽の編集機能などを付けてはどうかと提案してくださる。

 魔導師のためのデバイスとしては無駄極まるそれも、10歳の少女であるマスターのためのデバイスならば、無用とは言い切れない。

 私は主のために、如何なる機能を有し、リソースを振り分けるべきか。

 考え続けなければ、ならない。


 「週末はお休みだから、ユーノ君に会えるね」

 『Yes, more homework is that they have a Corps, and is sure to receive his advice.(はい、教導隊より宿題も出ていることですし、彼の助言を受けるのがよろしいかと)』

 ですがまずは、目前の課題について。

 シリウス・フォルレスター一等空尉より示された教導官となるための最初の課題は、やはり治療魔法の取得。

 湖の騎士シャマルを初め、オルドー副長など治療を専門とする方々はいらっしゃいますが、やはり。

 「うん、やっぱりユーノ君は、わたしにとって最初の魔法の先生だから」

 マスターが治療魔法を習うならば、スクライア司書が最適であると。

 私の電脳は、そう、演算しています。





新歴66年 10月上旬  時空管理局本局  無限書庫


 「初歩はそんな感じかな、後はレイジングハートと一緒に試しながら、感覚を掴んでいくのが一番だと思うけど」

 「そうなんだ…………やっぱり、治療魔法は難しいね」

 時空管理局の管理を受けている世界の書籍やデータが全て収められた超巨大データベースにして、幾つもの世界の歴史がまるごと詰まった、言わば、世界の記録を収めた場所。

 そのように呼ばれる、現在でも多くの謎を秘めた無限書庫の一角において、少年と少女が小さな魔法講座を開いていた。


 「射撃や身体強化、バリアとかと違って、健康な自分だけじゃ成果が分かりにくいからね。僕の場合、魔法学校で基礎を習った後は、スクライアの皆にかけるうちに自然と覚えたけど」

 「自然と?」

 「簡単な治療魔法は、筋肉痛や肩こりとかに良く効くんだ。だから、発掘チームの疲労をとったり、書籍を調べ続けてる人達の凝りをほぐしたりとか、そんな感じだよ」

 「へぇ………じゃあ、私も剣の練習をしてるお兄ちゃんやお姉ちゃん、それに、翠屋のお仕事を頑張ってるお父さんやお母さんにかけてあげるといいのかな?」

 「仮に失敗しても、あまり文句を言われない人って意味でも家族が一番いいと思う。結局は、マッサージとか、包帯の巻き方の練習みたいなものだから」

 ユーノの説明を聞いていると、何となくだが武装隊の人達で本格的に治療魔法を修めている人が少ない理由が察せられる。

 (多分、スポーツチームの選手と、マネージャーさんみたいな感じなのかな?)

 自分の家のように、師匠と弟子がほぼ一対一で教えていくのと違って、武装隊の訓練はどちらかというとサッカーやバスケといった集団スポーツに近い。

 だから、それぞれが基礎的な怪我や捻挫への対処は知っていても、本格的な治療はチームに一人か二人はいるマネージャーに任せる。程度の差はあっても、大体そんな感じなのだろう。


 「でもきっと、なのはとレイジングハートなら、すぐに使えるようになるよ」

 「そう、かな」

 「少なくとも、僕はそう思うよ。他人にかける治療魔法は外界に作用する魔法だ。そりゃまあ、シャマルさんみたいな例外もいるけど、ミッド式にとってはそれほど難しいことでもないんだ。だから、なのはが“誰かに元気になって欲しい”とレイジングハートに祈るなら、彼女はきっと応えてくれる」

 ユーノは、自信を込めてそう語る。

 なのはがレイジングハートに祈って治療魔法を使う姿は、きっと奇麗だと、その言葉は咄嗟に口の中で留めつつ。

 「でも、ミッドでも治療魔法を使える人はあまり多くないって」

 ただ、そういった方面でまだ幼い少女は、そこまでは気付かず、普通に疑問点を尋ね返す。

 「それはきっと、応急処置が出来る人とお医者さんの違いだと思うよ。包帯を巻くのは誰にでも出来るけど、素人が投薬するわけにもいかないし、それに、命に関わる武装隊で“治療魔法が使える”といったら、それは医者レベル、ってことなんじゃないかな」

 「あ、そっか」

 なのはが疑問を持った時は、常にユーノが彼女に分かりやすいように教えてくれる。

 それが、出逢った時から変わらぬ、二人の関係だ。

 そして、その時はなぜか、ユーノの姿がフェレットであることが多い。

 そんなことを、ふと思ったからか。

 「ところでユーノ君、今さらな疑問かもしれないけど、何でフェレットの格好なの?」

 「うん、ホントに今更だね、正直僕もこの格好で何やってるのかな、って思ってたんだけど」

 「あまりにも自然だったから、今の今まで疑問に持てなかったよ」

 傍から見れば、少女が椅子に座りながらテーブルの上にいるフェレットに教えを乞うている、という実にシュールな状況だ。

 なのはの首に待機状態でぶら下がっていたレイジングハートは何度かツッコミを入れようかと考えたが、なかなか踏ん切りがつかなかった。まだまだ空気を読む修行が必要のようだ。


 「………ユーノ君、ちょっと背、伸びたよね」

 「僕? まあ、クロノに負けない程度には伸びたいなあ、とは思ってるけど」

 ユーノも成長期の少年であり、出逢ってから1年も経っていれば、当然背も伸びる。

 だが―――

 「でも、フェレットの時は、身長変わらないよね?」

 「………ま、まあ」

 ギクリ

 そんな擬音がどこから聞こえてきそうなほど、ユーノの声が裏返る。

 「そういえば、フェレットの時にビスケットとか食べてたけど………体積で考えたら、体の半分以上食べてたような」

 ユーノと出逢った当初は、魔法というものについて漠然としたイメージしか持っていなかったなのは。

 しかし、ユーノを始めとし、リーゼ姉妹からも魔法戦技の基礎知識を習い、短期間とはいえ陸士訓練校を出た今ではある程度の知識はある。今回の治療魔法のように、把握し切れてない部分もまだまだあるが―――

 「リーゼさん達が言ってたけど、使い魔が本来の姿に戻ったりする以外では、体形の全く違う存在に変身するのって、すっごく難しいって」

 「う、うん………そうだね」

 例えば、“戦王の聖櫃”と呼ばれる、幼年期における王の器が、全盛期への変身を可能とする特異な技能があるように。

 “脳内の小人”を騙しきるのは容易ではなく、大抵は他者の認識を歪めるタイプの幻覚系だ。ユーノの変身魔法のように、自己の体重や体積も含めて完璧に変化する魔法はほとんどない。

 「でも、ユーノ君の変身魔法は違うよね、どうやってるの?」

 「ま、まあ、隠すほどのものじゃないんだけど………」

 そして、観念したのか、自己の葛藤に折り合いをつけたのかは定かではないが。

 無限書庫の若き司書が、スクライア一族の秘伝でもある変身魔法について語っていく。


 「簡単に言えば、僕の魔法は変身じゃなくて、使い魔との契約の一種なんだ」

 「使い魔との契約?」

 「そう、例えばアルフ。彼女は死にかけていた狼をフェイトが魔力を分け与えて使い魔にしたって聞いてるけど、その自我も、人格も、フェイトとは全くの別物でしょ」

 「ザフィーラさんや、リーゼさん達も同じだよね。それに、フェイトちゃんの先生だった、リニスさんも」

 「だけど、僕の場合は使い魔が自分自身なんだ。このフェレットは元々僕が飼っていた子で、ユーノ・スクライアの使い魔として、ユーノ・スクライアの精神を宿し、リンカーコアを共有している」

 そうして誕生した使い魔は、主の鏡面存在となる。

 両方が存在すると矛盾になるため、両者には強い因果関係が存在しつつも必ずどちらかしか現実空間に存在することは出来ず、片方が死ぬと片方も死に、互いに影響し合う関係となる。

 「ふぇええ」

 「理論的には、デバイスの格納空間と似てるんだ。待機状態のレイジングハートがフェレットの僕で、杖の状態が人間の僕。この契約を結んだ時点で、因果的な制約で片方は必ず5次元的に隔たれた場所にいなきゃならない。まあ、“向こうの僕”は眠ってるから、同時に知覚することは出来ないんだけど」

 「あ、だからフェレットさんがたくさん食べても大丈夫なんだね」

 「そうなるかな、僕は使い魔と存在を共有する契約を交わしているようなものだから、他の使い魔の人達と同じようにデバイスとの相性が悪くなりやすい。まあ、僕は元々あんまり相性が良くなかったからそれよりはこっちの方が魔法を使いやすいかなって」

 ユーノ・スクライアは総合Aランクであり、デバイスを使わないが高速で空戦を行いつつ、転送魔法を準備し、ヴォルケンリッターの一撃を受け止めることを可能とした。

 それは一般のミッド式では考えられない事実だが、そもそも彼の戦い方は魔導師よりも守護獣のそれに寄っている。

 管理局基準の判定では盾の守護獣ザフィーラもAAランクとなるように、デバイスを使わない特殊な戦いを展開する魔導師であるユーノは、一般の基準で測りにくい。

 「それでもユーノ君は、ミッド式なんだよね?」

 「そうなるね、元々この魔法は何代か前のスクライアの長老が古代ベルカ時代の遺跡から見つけ出したドルイド僧の契約儀式を、ミッド式にアレンジしたものなんだって。遺跡発掘を生業にするならデバイスの代替になるくらいに便利な能力で、スクライアの秘伝魔法だよ」

 それは、古代ベルカの系譜である故に、デバイスとの相性はそれほど良くない。

 そもそも、守護獣や魔獣など、自然と一体化することで幻想の力を宿そうとした古代ベルカの術式と、初代の聖王を起源とする人の叡智によるデバイス技術は根本を異にする。


 「だから、僕でも何とか使えたデバイスがレイジングハートなんだ。相性の悪さを飛び越えて、持ち主の願いを叶えてくれる、不思議なデバイスだよ」

 現在はリインフォースの『書架の魔導書』によって克服されたが、フェレットモードではデバイスを使えない事実は変わらない。

 遺跡探索者であったユーノが発見した出自不明のデバイスは、実に不思議な器物であった。


 「じゃあひょっとして、アルフさんやザフィーラさんと同じように、フェレットの時のユーノ君って、動物に近くなるの?」

 「一応、ね。なのはの頬を舐めちゃった時なんて、人間だったら犯罪ものだし………」

 「私は別に、気にしてないよ?」

 「うん、それは分かってるけど」

 でなくば、正体を知ってからもフェレットと一緒にお風呂に入ったりはしないだろう。

 逆にその点を、友人からからかわれることも多いのだが。

 「ごめんね、黙ってて」

 「ううん、あの頃の私が聞いててもちんぷんかんぷんだっただろうし、ユーノ君がそう考えてたから黙ってたんでしょ」

 「まあ、最初は難し過ぎると思ったから話さなかったんだけど、その後の原因の大半はクロノだよ」

 「あ、フェレットもどき、って」

 「あいつ、スクライアの秘伝魔法やその性質のことを知った上で言ってるんだ。いやまあ、半分くらい事実は事実なんだけどさ、僕にはちゃんとユーノ・スクライアって名前があるんだよ。どっちの僕もユーノなんだから」

 「ふふ、ユーノ君とクロノ君って、ほんと仲いいよね」

 (男の子同士の親友って、時々羨ましいな)

 自分とフェイトが親友になれたように、ユーノとクロノも互いを同じように思っているじゃないかと、なのはは考える。

 でも、男の子二人は互いの欠点や良く思っていないところも日常的に言い合って、そのくせ、互いの長所は誰よりも認め合っている。

 それは、女の子同士の友情と、男の子同士の友情の違いと言えば、それまでなのかもしれないけれど。

 (わたしとフェイトちゃんも、そんな風になれるかな?)

 正直、なのははフェイトの駄目なところを言いにくく、フェイトもまた然り。

 だから、言い難いことをスバっと言うのはアリサの役目で、はやても時に加わりつつ、すずかがフォローする形で彼女らはバランスが取れている。

 だけど、クロノとユーノは、二人だけでもバランスが取れているように思えたから―――


 「わたしも、ユーノ君と一緒になりたいなあ」

 クロノ君の席にフェイトちゃんを置くなら、わたしが、ユーノ君になれますようにと。

 星の光を手にする少女は、心の底から願っていた。


 『…………』

 なお、ユーノには聞こえなかったらしいその呟きをどう解釈すべきか、彼女の鏡たるデバイスが散々に悩んだのは余談である。

 後に、管制機やマイスターとなるすずかの助言を受けつつ、主の春のために彼女が奮闘するのは、また別の話。



あとがき
 設定上、総合Aランクのユーノが、StS以降の設定からは信じ難い活躍をしている件について、色んな場所で様々な議論を見かけます。
 一応、本作におけるユーノはこのような具合で、原作の情報に独自設定を加えて補完しています。基本は“防衛・補助に長けた守護獣”のイメージで、簡単に言えばシャマルとザフィーラを足して2で割った感じかと。なので、デバイスを用いずになのはの砲撃やヴィータの一撃を防ぐことも出来ますが、やはり攻勢には向きません。ザフィーラに近い要素もあるので、スペックを考えなければGODのように突撃に出ることも可能ではあると思います。




[30379] 5章  新たな日常  中編  フェイトの章、機械の繋ぐ日常
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 15:10
My Grandmother's Clock


“親鳥と雛”  5章  新たな日常   前編   フェイトの章、機械の繋ぐ日常


新歴66年 11月上旬   閃光の戦斧、バルディッシュ・アサルトの記録より抜粋


 「それじゃあ、母さん、行ってきます」

 【はい、気を付けてね】

 【フェイト、行ってらっしゃい】

 「うん、行ってくるよアルフ、そっちも、クロノやエイミィの言うことをちゃんと聞いて頑張ってね」

 いつもの如く、我が主は今日も学校へ向かわれる。

 ただ、その姿は一般的な日本の家庭とは異なり、映像通信を介しての挨拶といったいささか奇妙なものとなっている。

 我が主の現在の名は、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。ハラオウン家の養女であり、リンディ・ハラオウンの娘にして、クロノ・ハラオウンの義妹という立場。

 さらに、エイミィ・リミエッタ女史もまた、ハラオウン家に自身の部屋を持ち、我が主の姉といった立場にある。日本の一般家庭では当然とはされない光景だが、この海鳴市に限れば、割と良く見られる。


 「なのは、おはよう!」

 「あ、フェイトちゃん!」

 先月の末より、2週間の予定でアースラは出動しており、学校に通われている我が主は同乗するわけにもいかない。

 そのために、我らが故郷でもある時の庭園において、管制機と中枢機械が、複雑極まりない演算と高額な機械類をフル稼働させ、バックアップにあたっている。

 「今日は、ずっとこっち?」

 「ううん、夕方頃になったら定例会議があるらしいから、向こうに飛ばないといけない」

 「そうなんだ、直接? それとも意識だけ?」

 「今回は意識だけ、でも、第27管理世界でこの前見つかったベルカ時代の遺跡から何か出てきたとかで、そっちに向かうかもしれないって」

 「そうなったら、フェイトちゃんも?」

 「うん、ポートを経由して合流する。ちょうど土日に重なりそうだから」

 我が主の生活において、やはり中心におられるのは彼女、高町なのは様。

 ご家族であられるリンディ様、クロノ様、エイミィ様、そして使い魔であるアルフよりも、共に過ごされる時間が長い。


 「おはよう、なのはちゃん、フェイトちゃん」

 「ま~た、あんたらは二人でベタベタしてるわねぇ、そろそろイチャイチャの段階に突入しそうよ」

 高町なのは様、アリサ・バニングス様、月村すずか様、今日は密猟犯の取り締まりがあるとかで欠席なされている八神はやて様。

 彼女らと共に普通の少女として過されることが、ハラオウン家の皆様の願いであると同時に、今は亡き我が主の母君、プレシア・テスタロッサや、マイスター・リニスの望みでもあるはず。

 「あ、あはははは………」
 「え、ええと……」

 赤面しつつも、我が主は笑顔である。

 それは機械である私ですら容易に理解できるほど、幸せに溢れた表情。

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは今、幸せであり、幸せのままに進むための道を歩まれていることには疑いない。

 (我が主もそうでした、輝かしき時間は、全て過去にあった。フェイトお嬢様が、生まれてくださったその時まで)

 我が先達にあたるインテリジェントデバイスは、常に語る。

 幸福な時間は決して、永遠ではない。

 落とし穴は日常のあちこちに潜んでおり、主が知らぬ間に嵌らぬよう、我々は常に警戒を続けねばならないのだと。


 「よっし、“システムD”準備完了、お願いね、バルディッシュ」
 『Get, set.』

 ご友人の方々と共に過ごされた後、我が主はご帰宅される。

 元来小食であられるため、カロリーメイトと牛乳を口になされ、すぐにシステムDを起動。私もまた電脳空間へと。

 「行くよ、潜入開始(ダイブ・イン)」
 『Yes, sir.』


 0と1の情報のみで構成された電脳空間。

 我々デバイスの頭脳を構成するプログラムは全てここから始まる。

 この電脳空間ならば、我々デバイスがどれほど多くの情報をやり取りしようとも人間にとっては僅かな時間としかならない。

 公用の接続端末に本体を繋げば、我々は次元を超えて多くの世界の情報を知ることが出来る。

 そして今、第97管理外世界より信号は次元を渡り、時の庭園と繋がる。さらに、彼らの力を借りてアースラへと。


 『我が主の生体情報を確認、オールグリーン』

 ミレニアム・パズルとほぼ等しい機能を持ち、クリスマス作戦の際にはギル・グレアム提督も使用された“システムD”。人の脳信号を変換し、電脳空間と接続するシステム“ダイバー”。

 『トール、これより我が主の信号を伝送いたします』

 【了解しました、今後の処理はこちらで、貴方はバルニフィカスとの同期に専念なさるように】

 我が主の信号は次元を超えて時の庭園の“ミレニアム・パズル”へとデータが送信され、アースラのコンピュータと連動した仮想空間(プレロマ)を構築。さらに、アスガルドの演算能力によってアースラの“人形”へと意識を同期させる。

 それは“ジェミノイド”と通称される、本人そのままの魔法人形。システムDやミレニアム・パズルと組み合わせて使用することで、自宅に居ながらにして職場で働くことを可能とするシステム。

 …………本来は、プレシア・テスタロッサという女性が、自宅にて愛娘と共にありながら仕事を行えるようにと、時の庭園が開発を進めていたその機構。

 27年も昔では技術的に難しく、アリシア・テスタロッサを蘇生させるための過程において入手したミレニアム・パズルを解析することで、システムDは完成を見た。

 母の歩んだ足跡は、確かに娘への道標となっている。


 【27番目の弟である貴方に、そう考えていただけるならば、私も嬉しいですよ】

 『珍しい、貴方が演算途中に信号を返されるとは』

 【流石に慣れましたよ、既に30回以上もこの作業を繰り返しているのですから、そろそろアスガルドのみでもアルゴリズムに沿って対応が出来る】

 『確かに、そうでした』

 ここでは、我らの思考はそのまま伝わる。

 無論、ブロックすることは可能ですが、私と彼の間において必要性はない。

 【フェイトお嬢様は仮想空間(プレロマ)での活動を開始なさいました。現実との齟齬は如何ほどに?】

 『バルニフィカスの信号によれば、97.89%の近似率です』

 我が主は今、電脳空間においてアースラの中におり、ご家族やアースラのスタッフと共に過ごされている。

 そして、それらの情報は現地の“ジェミノイド”を制御している私の分身、バルニフィカスの情報によるもの。さらに、電脳空間における我が主の行動は、私からバルニフィカスへと伝わり、現実に反映される。

 【機械仕掛けの神、同調率最大へ。アスガルド、制御リソースを23%まで増大】
 【了解】

 私はハラオウン家において“システムD”と接続、常に主と共にあり、電脳空間の情報を送信。

 バルニフィカスはアースラにあり、私からの信号のままに我が主の“ジェミノイド”を制御。並行して周囲の光景や人々の反応を私へと返信。

 そして、その小さなネットワークの管制を担うは、時の庭園の管制機トールと中枢機械アスガルド。庭園で製造された我々は電脳を共有しており、タイムラグもほとんどなく、“機械仕掛けの神”を発動させることが出来る。

 我らは、テスタロッサのために機能するデバイス。

 それは、永劫に変わらない。




現実空間 & 仮想空間(プレロマ)

 「それで、アレックスとランディは、アースラ裁判にかけられちゃったの?」

 「そ、例の管制機に騙されちゃって、フェイトちゃんの観測役になれば蟲から逃れられると信じて、男達は少女を巡って血みどろの争いを繰り広げた……」

 「傍から見ると、誤解されても仕方ない口論だったそうだ。ちょうど、エイミィがその現場を目撃して録音しててね、検察側からの証拠物件として提出されたのがこれだ」


 (フェイトは僕がもらう!)アレックス
 (いいやフェイトは俺のものだ! お前には渡さない!)ランディ


 「あー、こりゃ駄目だね。どう考えても小さいフェイトを狙う怪しいお兄さんだよ」

 「それで、艦長から“アレックス、ランディ、ちょっとお話があります”ってことになって、あたしが検事、クロノ君が弁護士で、艦長を裁判官にアースラ裁判開廷」

 「それで、どうなったの?」

 「クロノ君の必死の弁護のおかげで、2人は何とか無罪判決を勝ち取ったよ。けれど、3日間は執行猶予ってことでフェイトちゃんに近づかないようにって」

 「何で勝訴したのに執行猶予がついたのかが、未だに分からないんだが」

 「謎だよねえ」

 「きっと、エイミィが原因だね」

 「多分、あの人も共犯だよ。微笑みながら判決を下す姿が目に浮かぶし」

 小槌を持ちつつ、笑顔でギロチンの刃を落とすが如くに判決を言い渡すリンディに姿を思い浮かべるフェイトとアルフ。

 ただし、フェイトについては仮想空間(プレロマ)の中で思い浮かべるという、いささか奇態なことになっている。

 彼女の主観においては自分がアースラへ転移し、クロノ、エイミィ、アルフと一緒に談笑しつつ、食事が運ばれてくるのを待っているというもの。

 現実にアースラのおいてもリンカーコアを除けばフェイトとほぼ同じ人形、一部ではクローンに機械チップでも埋め込んでいるのでは、と疑惑を持たれているほど精巧なジェミノイドが同じ行動を取っている。


 「だがまあ、時の庭園のデバイス裁判に比べれば、よほどましかな」

 「即刻死刑、反論も控訴審も却下だもんね。シャマル先生も可哀想に」

 「裁判でも何でもなくて、ただの処刑宣告だよありゃあ」

 「ご免なさいシャマル先生………わたしが、あの時逃げたから」

 フェイトは昼の時間を学校で過ごしつつ、夕方以降の時間をアースラの人々と共に過ごす。

 執務官として覚えるべきことや課題などはこちらでクロノから受け取り、本来の身体で作業をこなして電子データにまとめ、こちらに転送するという具合で当然眠るのもハラオウン家だ。

 とんでもない費用のかかる作業だが、その辺りは“デバイスソルジャーを自宅から制御する実験例”だの何だのと理由をつけ、管制機から許可をもぎ取っている。

 流石に次元を超えて次元航行艦の人形を操る必要はなさそうだが、これが後に普及することになるのだから、世の中侮れない。




電脳空間

 『主の生体情報、問題ありません』

 【ただし注意を、ジェミノイドがクロノ・ハラオウン執務官、エイミィ・リミエッタ管制主任、アルフと共に食事を取っているようですから、脳に多少の影響が出るかもしれません】

 『同期して、我が主の肉体を動かすべきでしょうか?』

 現在、ジェミノイドを制御するバルニフィカスの情報と、私が制御する我が主の情報はミレニアム・パズルを介して繋がっている。

 仮に、アースラのジェミノイドが攻撃を受けた場合、クリスマス作戦と同様、それが幻痛となって我が主へとフィードバックされる可能性はある。

 逆に、食事などの生体維持に関わる行動は可能な限り同期を取ることが好ましい。幻想と現実が乖離し過ぎると、我が主のお身体の成長に不具合が生じかねない。

 【…………アスガルドより、演算完了。アルフが元気よく肉を咀嚼中、フェイトお嬢様も付き合われており、唾液の分泌速度、消化液の生産速度が普段より高い。よって、起動すべきであると判断】

 『分かりました。自宅内万能移動装置、起動』

 我が主が現在使用されているシステムDは、歯医者の治療台に用いられる椅子に近い形状をしている。

 しかしその真の姿は、“ボウソウジコ”や“ツイトツジコ”を基盤に設計された、自宅内万能移動装置。

 私が制御することで、食事、着替え、筋トレなど、様々な動作を我が主が眠ったままで行うことが可能となります。


 【八神はやて様は、フェイトお嬢様のための実に素晴らしきサンプルでありました。彼女に感謝を】

 『そう考えているならば、サンプルという表現は改められたほうがよろしいかと、せめて、被験者などに』

 【まあそれはともかく、フェイトお嬢様が骨付き肉の一気食いに挑戦なされていますので、バルニフィカスの信号のままにトレースするのです】

 『了解』

 【ジェミノイドの胃袋空間も、後で洗浄する必要があります。かつての人形のようにかき氷器を基にしたペースト精製機が入っているわけではありません】

 『多種多様な用途を持つ人形を、様々な形で貴方が運用していたのも、我が主のジェミノイドを人間の近しい形で作動させるための情報蓄積、なのですね』

 【あくまで、フェイトお嬢様がお生まれになられた後に派生した機能ですがね。我が主と、私と、リニスしかいなかった時分には、私が動かす人形に食事を取る必要など皆無でした】

 それは、その当時に時の庭園に、温かな食卓がなかったために。

 アリシア・テスタロッサの帰るべき場所を維持するという彼の機能は、我が主が誕生してより急激にリソースを割くようになったという。

 それでも、ジュエルシード実験の頃には我が主と、アルフと、彼の操る人形にて、温かくも騒がしい食卓が展開されていたことを、私は記録している。

 【それよりも、食後にアルフと共に浴場に向かわれる予定とのこと。洗浄の準備をしておかねば】

 『心得ています』

 数多くの犠牲者………もとい、被験者のデータを基に完成した、貴人専用洗浄マシーン。二輪車洗浄機とは比較にならない高級機。

 自宅内万能移動装置は耐水性が完璧なので、眠りながら移動しつつ入浴することが可能。我が主が仮想空間(プレロマ)で体験し、アースラではジェミノイドが動いている通りに、現実の主の身体を洗浄する。

 それら全て、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンのために、管制機トールが準備せしもの。

 時の庭園にて製造されたあらゆる機械、彼の行う機能は、悉く我が主へと収束していく。


 『貴方は、無駄なことをなさらない』

 【機械とは、かくあるものです】

 単純な演算性能では既に私が上となっている。

 しかし、彼の演算の深さの前に、驚かされることは絶えない。

 彼は今でもなお、私よりも深く、我が主の将来を考えている。それは我が主の周囲に留まらず、社会的な部分に至るまで。

 『デバイスソルジャーもまた、そうであると』

 【然り。あれは本来、身重であったり、育児に専念したい女性局員が、自宅に居ながらにして業務をデバイスによって代行されるために考案したシステムなのです】

 彼の主が現場で働き、彼が4種類の人形を操ってアリシアの相手をしていたのとは、逆に。

 デバイスが業務を代行し、育児を母親が行えるように。

 【それ故に、デバイスソルジャーは工場の大量生産品であってはならないのですよ。役割が多少変わろうとも、穏やかな家庭のためにという根源は変わりません】

 『ですが、いざとなれば替えの効く品であり、悲しい事故で傷つくことがないように』

 【然り】

 デバイスソルジャーは最前線で敵を殺す機械ではなく、“人が向かうわけにはいかない場合”のための、代行者。

 現在では、武装局員の盾役の他に、災害救助部隊における斥候役なども視野に入れられていると聞きます。


 【我らはあくまでサポート役、人が人らしく生きるため、手伝うことが使命です。機械をいくら発達させたところで、主に笑顔がなくば意味などなし】

 『心得ています』

 ならば、主に笑顔が戻ることのないまま、演算を続けた日々は如何に辛いものであったか。

 常に笑顔であられる我が主と共に歩んでいる私は、とても恵まれたインテリジェントであるのだろう。

 【苦痛などあり得ませんよ、主の声が入力される、常に主と共に在れ、主のために演算出来る。ただそれだけで、私の至上命題は満たされる】

 『トール?』

 これまで、経験の無い信号。

 私に伝えるものではなく、彼自身に向けた信号のような。


 【主がいない、入力がない……………私は、貴女のために機能出来ているのでしょうか………】

 『………』

 だがしかし、それは無意味だ。確認事項ならばまだしも、既に亡くなっている主のことを想ったところで、状況が進むわけではない。

 そんな“無駄なこと”を、彼がするはずがないのに―――


 【私は…………貴女のために機能する……………それが、我が至上命題……………】

 軋んだ歯車の、音が聞こえる。

 ノイズではない、ノイズであるはずがない、これは―――エラー。

 管制機トールが、己の機能にエラーを吐き出している?

 あり得ない、機械は自分に疑問など持たない、“正常に稼働する機械”ならば。

 それは、彼が壊れかけていることを意味する………もしくは、部品が、欠けている?

 それも、彼の根幹に関わる、最重要の部品が――――


 【申し訳ありませんバルディッシュ、私の中にエラーが生じています。復旧までの間、“機械仕掛けの神”を貴方に預けたい】

 『それは構いませんが、しかし』

 【驚愕には値しません。古い機械にガタがきている、それだけのことですよ】

 『トール………』

 言われてみれば、当たり前の事実だった。

 スーパーコンピュータであるアスガルドと異なり、彼は私と同型のインテリジェント、それも、極めて古い型だ。

 46年もの年月を重ね、幾度もハードウェアを交換したところで。

 “プレシア・テスタロッサのために機能する”という中枢のソフトウェアは、一度も取り換えられることのないままに、稼働を続けている。

 どんな機械であっても、永劫に稼働し続けることは出来ないのだ。何百年、何千年と稼動しようが、いつかは、ガタが来てしまう。

 それが―――デバイスの耐用年数(寿命)。


 【古き機械は道標となりて、人の道を照らす】

 『それは?』

 【マイスター・シルビアの言葉、クラナガンにあるデバイス博物館にも刻まれております。壊れた機械は直して使い続けるだけではない、残る物にも意味はある、という意図らしいです】

 『停止した時計がアンティークとして所蔵される、というものでしょうか』

 【恐らくそれに近いかと、海鳴では、“テトリス”という小さな機械が壊れた後、思い出としてキーホルダーとされている方がいました。デバイスにしても、そういうことは多々あります】

 ですがそれは、あくまで残された人間が想う事柄。

 貴方自身は、壊れて止まった後の自分などに、思うところは何もない。

 ならば―――


 【然り、壊れた私は、マスターのために演算を続けることができない】

 それはまるで、今壊れつつある自分が、やがて止まることを示唆するようで。

 それがデバイスの在り方なのだと、後継機である私へと、伝えるようでもあった。




[30379] 5章  新たな日常  後編  はやての章、フィーの予感
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 15:11

My Grandmother's Clock


“親鳥と雛”  5章  新たな日常   後編   はやての章、フィーの予感


新歴66年 12月上旬  日本  海鳴市  八神家    融合騎フィーの記憶より


 「はー、ザフィーラのおなかはモフモフやー」

 「昔っから寝心地はなかなか最高なんだ」

 「そーやねー、あったかいし」

 「ありがとうございます」

 今日もお仕事を終えたはやてちゃんは、ザフィーラのモッフモフに包まれてモフモフのままに幸せなモフモフです。

 以前ナカジマ家におじゃました時、アルフとどっちがモフモフかをフェイトちゃんと口論して、二人揃ってなのはちゃんにオハナシされそうになってましたけど、それでもめげずにモッフモフなのです。

 もし管理局をクビになったとしたら、一流のモフラーを目指すというはやてちゃんの夢はともかくとして、わたしもわたしでとっても温かい気持ちです。

 「主はやて………楽しそうにしていらっしゃる」

 「そうだな、ザフィーラもあれで楽しいのだと思うが、お前に抱かれているフィーも、とても幸せそうだ」

 「幸せですぅ~、お母様の胸はとってもあったかいです」

 「そうか………ありがとう、フィー」

 わたしの名前リインフォース・フィーは、元々夜天の魔導書の融合管制機だったお母様の後継機であると同時に、一つの独立した人格を持つ証でもあります。

 今のお母様にはユニゾン機能はなく、シュベルトクロイツとエルシニアクロイツの同調を用いた間接的なサポートに限定されるそうですが、そもそも夜天の魔導書自体が主と騎士を繋ぐことに特化しているので、あまり問題はないそうです。

 それで最近は、夜天の魔導書の機能を幾つかに分けて、はやてちゃんのエルシニアクロイツと紫天の魔導書、お母様のシュベルトクロイツと夜天の魔導書、そしてはやてちゃんの融合騎であるわたしが蒼天の魔導書、とする予定とか。

 「ねえお母様、わたしの蒼天の書はいつ頃できますか?」

 「そうだな………まずは夜天の魔導書の機能を分化し、蒐集行使に連なる部分や、現在登録されている魔法のストレージとしての機能を紫天の書へ移さねばならない。それから更に分ける形になるから………2年以上は後になるな」

 「お母様でも、そんなにかかるですか」

 「転生機能や再生機能など多くの機能は失われているが、それでも夜天の魔導書は超巨大ストレージなんだ。それに、中枢といえる機能は失われていない」

 「中枢?」

 「私達夜天の守護騎士、ヴォルケンリッターとの同調機能、そして、その魂を繋ぐ絆だ」

 答えてくれたのは、とっても珍しいことにシグナムでした。

 普段、デバイスに関わることにはあまり口を出さないので、けっこうびっくりしたです。


 「ああ、将ならば、きっと誰よりも理解してくれているだろう」

 「お前ほどではないさ、リインフォース。それでだフィー、我々が現在も単独での次元間移動を行い、主はやてを長とした超少数の独立実験部隊として動けるのも、夜天の魔導書の恩恵と言える」

 「守護騎士みんなが、シャマルとクラールヴィントみたいに次元を跳べるのですね」

 「ああ………そうだな」

 するとなぜか、シグナムが寂しそうな表情をします。

 そういえば、以前にも似たようなことがありました。

 あれは確か………


 「あ、はやてちゃん、ヴィータちゃん、お風呂の準備できましたよー」

 「はーいっ! 今行くよー、シャマルゥ」

 「じゃあな、ザフィーラ」

 「ああ」

 「フィーはどないする?」

 「ええっと………ザフィーラは、今日もお母様と一緒に夜のエッホエッホを頑張るですか?」

 「私はその予定だ、日課にしているのでな」

 「私も………お前が、迷惑でなければ」

 「じゃあ、フィーもお母様と一緒に行くです」

 「それはいいが、外出するなら温かい格好をしていけ、もう12月なのだからな」

 「おめーはいいよな、炎熱変換あるし、熱いのにも寒いのにも簡単に対応できるもんな」

 「口で言うほど簡単でもないぞ――――――それと、我が主、私はこれより本局へ出かけてきます」

 「ほえっ?」

 「近代ベルカ式の良い腕の魔導師がいまして、夕食後に模擬戦の約束をしているのです」

 「まぁーたかよ、バトルマニア」

 「まあまあ、ヴィータも煽らんの、そういうことなら別にええけど、相手に怪我はさせへんようにな」

 「心得ています」

 そう言いつつ、シグナムはわたし達より一足早く玄関に向かいます。

 ですけど、わたしには分かりました、というより、教えてもらえました。

 シグナムの魂であるレヴァンティンが、喜んでいません。シグナムが模擬戦を行う前は、いっつも彼は機嫌が良いのですが。

 つまり、シグナムが本局でするのはレヴァンティンが主の役に立てる模擬戦ではなく、完全戦闘型のデバイスの彼では役に立てない、デスクワークとなります。

 でも何で、シグナムははやてちゃんに嘘を吐いたのでしょうか?

 ついでに、「ザフィーラとリインフォースが夜のエッホエッホ………ま、まさか―――」と言いかけたシャマルをクラールヴィントが紐を首に巻き付けて沈黙させてたのはなぜなのでしょうか?





八神家付近の公園

 「そうだな…………恐らく、本来のスケジュール通りなら7人全員で夕食をとることが出来なかったところを、調整してもらっていたのだろう」

 それが、お母様の答えでした。

 公園には僅かに位相をずらすタイプの結界が張られており、ベンチに座るお母様と鍛錬に励むザフィーラの姿は、普通の人には感知できません。

 なので、乙女の秘密のおはなしをする時なども、とても便利です。

 「一緒にいたい気持ちはよく分かるです」

 「特に将は、昔からそうだった。模擬戦が好きで決闘趣味を持っているのは事実なのだが、その事実を上手く使って、真意を悟られないようにすることが上手い。若木に稽古をつけると言いつつ帳簿をつけたりなどな、だからこその将なのかもしれないが」

 「ふぇ~、参謀のシャマルもびっくりです」

 「シャマルはもっと凄いぞ、本当に冷徹な参謀に徹した時の彼女は、底知れぬ恐ろしさを感じることすらある」

 シグナムもシャマルも、見た目は気さくで優しいお姉さんなのですが、やっぱり夜天の守護騎士は一味違うようです。

 ただ、シャマルがうっかり属性を持っているのも、また事実だそうです。さっきの疑問をクラールヴィントに聞いてみたら、『いつものうっかりです、気にしないでください』と返事が来たですよ。

 「それよりも、お前がレヴァンティンの考えを感じ取れるようになったことの方が、驚きだ」

 「えっへん、なのです」

 「だが、デバイスの心は分かっても、人の心を察するのはまだまだ難しいようだな」

 「はいぃ……」

 そうなのです、デバイス達はとっても分かりやすいですから、見ていれば大体分かるのですけど。

 誰かの心を知るというのは、とっても、とっても難しいのです。


 「さっきも、少し分からなかったことがあるです」

 「何かあったのか?」

 「守護騎士みんなと言ったら、シグナムが少しだけ寂しそうでした」

 「ああ………」

 お母様は、きっとその理由を知っていると思うです。

 でも、いつも質問にはしっかりと答えてくれるお母様が口を濁されるということは、それはきっともう、終わってしまったことなのです。

 ひょっとしたら、夜天の守護騎士はもう一人いて、シグナムととても仲が良かった、ということなのでしょうか?


 「そうか、お前は彼を覚えていないか………いや、ひょっとしたらヴィータやシャマルも忘れているかもしれない」

 「なのですか?」

 「長い放浪の果てに、私達は多くのことを忘れてしまった…………ジュエルシードの光によって夜天の記録は取り戻せたが、それでも全てというわけではない。主はやてと共に生きるのに悲し過ぎる記憶は、無意識のうちに思い出そうとしていない、ということはあり得るだろう」

 「じゃあ、ヴィータちゃんは………」

 「彼と、一番仲の良いのはヴィータだった。そして、彼に騎士叙勲を行ったのは、将だ………」

 お母様が教えてくれたのは、それだけでした。

 残りはきっと、守護騎士の皆にそれぞれ聞かないといけないことなのでしょう。







八神家、リビング

 夜の公園でエッホエッホしつつ、そんな会話をした次の日、フィーは一人でお留守番をしています。

 お母様は本日、聖王教会へ出かけられています。何でも騎士カリムという方がはやてちゃんのお友達で、その人から頼まれごとがあったらしいです。

 「予言、うーん、予言なのです………」

 フィーは日本生まれなので、予言と聞くとノストラダムスが真っ先に浮かぶです。

 もしお母様がいなければ、聖王教会の方々の協力がなければ融合騎の製作は難しかったそうですが、今は逆にお母様が予言の他にも融合騎の製造法やエメスの加工法について教えているそうです。

 エメスと言えば古代の魔法生物の化石材料のことですが、これが何と、何百年も前の高ランク魔導師のミイラとかでもOKらしいです。というより、そうなることを見越して歴代の聖王は“聖骸”を遺してきたとか。

 400年くらい前の聖王様が、1200年くらい前の聖王様の聖骸を材料に作った聖王専用の杖で戦った例もあるとかで、これもまた生命操作技術ですが、何となく神聖な感じがするのが不思議です。


 【おーいフィー、そっちは大丈夫か】

 「あ、ヴィータちゃん、はい、八神家は万事問題ありません」

 【そっか、ならいいけど、あんまり無理すんなよ、あの馬鹿管制機じゃねえんだから、同時接続はほどほどにしとけ】

 「はいです!」

 八神家の皆はほぼ全員個人での次元移動が出来ますので、バラバラで動くことも多いです。

 なので普段はお母様が管制役になるですが、今日はいないのでフィーが代理となっています。

 わたしは人とデバイスを繋ぐインターフェース。

 まだまだ未完成ですがやがてはそうなれるよう、“機械仕掛けの神”に近い他のデバイスとの同調機能は持っています。

 今はまだ、夜天の魔導書に連なるデバイスが限定ですが、レイジングハートやバルディッシュとも自由に繋がるようになりたいです。


 「えっと……ヴィータちゃんがザフィーラと一緒で、はやてちゃんがクロノさんと一緒、シグナムはシャマルと………あれ?」

 違います、シャマルは医務室にいて、シグナムはリーゼロッテさんと一緒にいます。

 彼女はクロノさんのお師匠様なのですよね、それに、はやてちゃんとクロノさんが二人きりというのも珍しいです。

 「これはもう、確認するしかありません!」

 覗き見のような気がしなくもないですが、気にしたら負けです、我はデバイスなりです!

 そんなわけで、エルシニアクロイツと同調、“偽神の観測者”、発動!

 場所は………アースラの執務室、クロノさんの部屋です!




 「なぁ、クロノ君」

 「どうしたはやて、畏まって」

 「わたしがかしこまったら、そんなに変?」

 「いや、変というわけではないが……………まあ、違和感はあるかな」

 はやてちゃんは実は物静かで、身体を動かすことよりも読書とか静かな趣味を持つタイプです。

 その辺りはクロノさんも知ってるだろうと、なぜかトールから教わったです、はい。


 「そっか………」

 でも、今日のはやてちゃんはちょっといつもと違う感じです。

 まさか告白!………いえ、でもはやてちゃんに限って―――――よくよく考えればはやてちゃんも10歳の少女でお年ごろなのです。

 八神家の家長として、最後の夜天の主として、お母さんめいた雰囲気ありますけど、鋼の心を持っているわけではないですし。

 むむぅ、そういえばなのはちゃんやフェイトちゃんのことはよく気にしてくれますけど、はやてちゃんのことはあまりお年頃の少女的に接してなかった気がするです、これは減点です、エイミィさん風に言えば甲斐性なしです。

 「うん、前からずっと、クロノ君に聞きたくて…………言いたいことがあったんよ」

 「はやて、だがそれは「聞いて」…………ああ」

 反論しようとしたところ、機先を制しました、流石はやてちゃんです。

 「……………」
 「……………」

 気まずい、とっても気まずい沈黙です。

 なんか、エルシニアクロイツを通して聞いてるフィーだけが、浮いてるような気がしてくるです。

 「クロノ君は……………わたしのこと………どう思っとる?」
 「……………」

 言った! ついに言いました!

 クロノさん、即答できません! 出来る筈もありません!

 笑って誤魔化したら男失格ですし、誤魔化せるほど器用な人だとも思わないです、少なくとも女性関係については!

 「…………以前にも少しだけ言ったかもしれないが、意識してないと言えば嘘になる」
 「……うん」

 はやての眉がぴくりと動きました! 必死に動揺を隠してる感じです、爆発しそうです!

 「だけど………特別に、何かを想うことはない。それに、僕の心はもう整理をつけているつもりだ、その想いを向けるべきなのは、君じゃない」

 「ほんまに、そう………?」

 ああああああああああああああ!! クロノさんの本命はやっぱりエイミィさんなのですか!

 となれば、はやてちゃん曰く“禁断の恋”、すずかちゃん曰く“兄妹とは、最後の一線を超えさせないための理性の言葉”な関係を仄かに夢見るフェイトちゃんも敗残兵に! ユーノ君ねらいのなのはちゃんだけが勝ち組ですか! そして一番のお嬢様のはずなのに話題に上らないアリサちゃんの立場は!


 「リーゼさん達も、そう言ってくれるんやけど」

 「………正直なところ、僕も少し意外なんだ」

 「二人は提督の使い魔だから、あの人の人生を狂わせた闇の書を、まだ小さくて父さんのことをよく覚えていなかった僕以上に、憎んでいたはずだ。………アリアはともかく、ロッテは」

 あ、ああ、なるほど、恋のお話じゃなくて、闇の書に関するお話だったですね。

 「正直………わたし達は、許されへんやろな、っておもっとった」

 「君達には彼女らを憎む理由はないにせよ、向こうにあるのは間違いないからね」

 「じゃあ………」

 「きっと、憎むべきものが他にあるからだ………僕もきっと、その点では変わらない」

 「呪魔の書」

 「ああ、直接戦った時はもう二度とやりたくないと思ったが………もし、アレの同類がまだどこかに眠っているなら、絶対に世に出してはならないものだろう。アレがなければ、あそこまで多くの人が死ぬことも、涙が流れることもなかったはずだ」

 フィーも、その話を聞くまでは、諸悪の根源というのは物語の中だけだと思っていたです。

 ですけど………人のことを考えない、本当の“悪魔”は、確かにいるのです。







 「理由は主に2つ、1つ目は、諸悪の根源が別にあって、アレをぶっ潰すためにあんた等と死ぬ気の共同戦線を張ったこと。悪い奴が誰もいないんじゃ、あたしらの振り上げた拳も下ろしどころがなかったけど、幸か不幸かそうじゃなかった」

 「呪魔の書は、我々と貴女方共通の仇敵、いや、怨敵であり、向こうも明確に過ぎる殺意と敵意と持って生きる者全てを飲み込もうとしていた」

 気付けば、わたしはレヴァンティンと意識を共有していました。

 とってもタイムリーなことに、リーゼロッテさんとシグナムも、ちょうど同じことを話していたようです。

 「もう一つが、例の管制機さ。まあ、アイツとも色々あったんだけど…………まとめると、誰かを憎む姿は醜くて、子供達に見せるべきものじゃない。そんな姿をあの子の前で晒そうものなら、可及的速やかに社会的に抹殺してくれるってさ。何しろ、なんというか、桁外れに素直な子だからねえ」

 「それほど直接的に?」

 「ああ、アイツはそういう奴さ」

 「ですが、テスタロッサの親しい人間に対して、内心はともかくそこまで攻撃的な口調を使うとは思い難いですが」

 「そりゃ少し外れだよ、あの管制機が大事な大事なフェイトお嬢様のリンカーコアを引き抜こうとした下手人を、許すわけが無いでしょ? だって、あいつは機械なんだから」

 いつか、トールが言ってました。

 人間であれば、かつて敵対した者と和解し、過去のことは水に流して仲良くやることも出来る。

 けれど、機械は忘れない。幸せな光景を余さず記録し、主の恩人ことは一生涯にかけて恩を返し続け、主に仇なした者は………

 わたしの認識は、さらに過去の記録へ―――





 【理屈じゃそうだろうさ、だけど、こっちの気持ちはどうなるのさ!? 闇の書の呪いとやらで死んだ人、人生を狂わされた人!】
 【なのに、もう終わったから責めるなって? バカ言えよっ!】
 【なら、どうしてもっと早く、そうできなかったんだよ!】
 【それでもあたしらは、闇の書やその関係者を笑顔で迎えられるほど、人間が出来てない。自分達がやったこと、正しいとは言わないけど、間違ってたとも、恥とも思っていない】

 「ほんと、相変わらず嫌なもんを見せてくれるね、アンタは」

 『ただのシミュレーション結果です』

 ここは―――時の庭園?

 トールが、リーゼロッテさんに、彼女の立体映像を見せているのでしょうか?

 「仮に、あたしが本当にこう言ったら、どう返すんだい?」

 『ならば貴女はいらない、その状態の貴女の精神を予測、パラメータ化し判別器にかけた結果“醜い”と判別されました。よって、フェイトお嬢様の周辺より隔離します、情操教育上よくありませんので』

 まるでそう、血液検査をしたら疫病にかかっていると判明したので、隔離するとでも言うように。

 お前の心は汚く醜く臭いからお嬢様の傍に寄るな、彼女の綺麗な心に穢らわしいバイキンが移ったらどうしてくれるこのゲスめ、そういう趣旨のことをトールは言っています、酷過ぎです。

 『彼女の心を、薄汚れた大人の思想で穢さないでいただきたい、貴女達のように自分のことしか考えず、子供の将来を考えない大人は害にしかなりえない』
 『いや、貴女のような自己愛に満ちた存在こそが、闇の書のを存続させてきたのではないでしょうか、例えば、復讐のために闇の書の力を求めるとか』
 『ああなるほど、貴女のような人間がクライド・ハラオウンを殺したわけだ、実に分かりやすい、機械である私ですら理解できる』

 トール………口が悪過ぎです、リーゼロッテさんのお顔が見る見る怖くなっていくです…………

 「そろそろ黙りな」

 『何でしょうか、汚物』

 「そこまで言う?」

 『それで、もうよろしいのですか?』

 「まあ、ね……………ふう、周囲が優しい人ばっかりってのも、これもこれで考えものだね。罰されたくても誰も罰してくれないんじゃ、あたしはずっと許されないままさ」

 『それはつまり?』

 「貴女は悪くない、そういう風に考えるのは仕方ないことだ、とかね。正直、理屈じゃ割り切れないんだよって、叫びたい気分はあるけど」

 『その心は醜い、汚い、子供への模範とならない。少なくとも、崇高、高貴とされる精神活動とは程遠い、他者への慈愛の欠片もありはせず、自己愛に満ちている』

 「だからそこまで言うなっての………でもま、アンタの言うことは事実だよ、かっこいいなんて間違ってもいえないし、自慢になんてなりもしない。そんないじけててどうする、そんな姿は汚いってガツンと言ってくれたほうが楽になる時もあるのさ、アンタの言い方は論外だけど」

 はい、最後のはわたしもそう思うです。論外です。


 『その心理傾向は大衆迎合に近いものがあるかと、誰もがゴミを道端に捨てているから自分も許される。誰もが万引きをしているというのに、なぜ自分だけ責められるのか』

 「そう、同じ境遇になったら誰だって同じことをするだろう、同じ気持ちになるだろうって免罪符を掲げながら、心にゴミを捨ててるんだ。そりゃあ、子供には見せられないよね。そんなことを繰り返してたら、いつか心が全部ゴミ山になっちゃう」

 『本当の優しさというものも、これでなかなかどうして難しい。私にも明確な定義は出来かねますが、優しさと厳しさは紙一重、ただ甘やかして全てを許すことだけが優しさではないことは理解できます』

 「でもね、人間同士だと難しいんだよ、憎まず人を愛せってのは。そう言うならお前にそれが出来るのかって反論したくなる、それが難しいから、憎むなという方が無理だって言う、そんなことを冷静に言える奴はそいつこそ人の心が理解できていない心の無い奴だって、ね」

 『然り、私は機械であり、人の心など持っていない』

 文字通りの人でなし、そもそもトールに憎むも愛するもないですから、反論は無意味です。


 『しかし、一般的人間道徳に合わせて精神活動をパラメータ化し、それが醜い心であることの判別は付けられる』

 そして、トールは告げるのですね、『貴女の心は醜い』と。

 反論は不可能です、だってそれは、ただの統計データの処理に過ぎないから。

 機械は正論でしか語らない、正しい道筋通りにしか動けないのが機械。

 でも、それがわたしには――――悲しく、思えます。





 「あたしは、アイツにとっては永久に“フェイトお嬢様を害しかけた前科持ち”さ。もし、アンタ等やあの子を避け続けて、いてもいなくても変わらない存在になったなら―――」

 気付けば、わたしは記録から戻っていました。

 「アイツは絶対、あたしに牙をむく。“プレシア・テスタロッサの娘を傷つけようとした”っていう罪を裁くためにね。多分、アリアや父様にまで」

 「時の庭園のデバイス裁判には、弁護士も控訴審もありはしない、でしたか」

 「そーいうわけで、あたしは償い続けるしかないのさ。操作妨害してでも闇の書を完成させて、アンタの主を犠牲にしてでも永久封印しようとした罪への罰が、子供達の見本になるように、過去の憎しみは洗い流して仲良くやることってのは、随分と皮肉な話だけど」

 シグナムもリーゼロッテさんも、悲しそうな、苦笑いするような、不思議な表情です。

 「悪いことしたら謝って、仲直りして一緒に笑う、子供なら簡単に出来て実際にあの子達は簡単にやってることなのに、ね。長い年月を重ねるってのは、良い事ばっかじゃないわ」

 「しかし、犯した罪ならば私達の方が遙かに重い」

 「でも、アイツにそんなの関係ない。あたしは押しちゃいけないスイッチ、いや、地雷を踏んじゃったのさ。ヴォルケンリッターが闇の書の糧として蒐集したのはなのはで、あたしはフェイトを狙った、違いはただそれだけ」

 でも、トールは古い機械だから。

 たったそれだけで、敵かそうでないかを、区別する。

 ……………正直、わたしはトールが少し怖いです。

 もし、シグナムがフェイトちゃんを襲って傷つけていたら、互いにデバイスを振るうことを承知の上で戦うのではなく、不意打ちでリンカーコアを狙っていたら。

 トールはきっと、八神家みんなを………皆殺しにしちゃうかもしれないです。


 (………予言)

 ふと、そんな言葉が頭に浮かぶ。

 わたしがずっといた、夜天の魔導書の中には、その言葉があったような。

 『主失いし古き管制機、狂い回る歯車が、あらゆる全てを轢き潰すだろう』

 そんな予感、いいえ、予言が―――

 軋む、歯車の音が聞こえます。





ミッドチルダ  某所

 「予言、か」

 「いかがなさいましたか?」

 「いや、大したことではないよ」

 「はぁ」

 「ふむ、一番目の君なら分かるかもしれない。君は、“運命”というものをどう感じるかな?」

 「そうですね…………現在の行動の積み重ねによって導かれる、なるべくしてなった結果、でしょうか」

 「ならばだ、この世にある総ての分子、粒子が次の瞬間にどのように動くかを予測し、誘導できたならばどうなるか」

 「理論上、未来を正確に予測し、確定することも出来ます」

 「そう、それが予言だ。遍く可能性の世界にある要素より情報を集め、未来を観る予測、確定させる測定、すべては“今を知っているからこその未来”だ」

 「では、それを機械が可能とするならば」

 「さしずめ、多重次元未来演算器といったところかな、この世にある全てのデバイスは主の望む未来を導くために演算を行っているとも呼べる。シミュレーション、仮想空間(プロレマ)、精度は様々だが、究極系は世界を構築する計算式そのものを書き換えることだろう」

 「曰く、大数式」

 「ああ、そして、君と私に縁の深い大数式が駆動するかもしれない。翠の石か、紫の石か、さてさて、未来が楽しみだ」

 対話でありながら、独り言を呟くような、奇妙な会話が終わる。

 言葉はただ流れていき、後には静寂だけが残る。


あとがき
 今回の内容はGODをやって結構修正しました。本筋には影響ありませんが、ユーリがとても可哀そうなことになってます。StSの後に100年後の捕捉的な感じで、幸せに終わってもらいたいと思います。



[30379] 幕間  仙洞貴人★リリカルセイン
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 15:12

セインの受難 その4    仙洞貴人リリカルセイン


第20管理世界エクラーン  オルデラン皇国パルギオン宮殿 

 (ど、ど、ど、どうしよう……)

 現在の彼女の心境を物語るには、それだけで十分であった。

 (ば、場違いにも程があるよ………正装なんてしたことないし、宮廷の礼儀作法はインプットしてもらったけど、一度もテストしてないし………)

 慎重に歩きつつも、心の中では汗だっくだくのセインさん。

 何しろ、今彼女がいる場所はパルギオン宮殿。皇族の住まう神聖な土地であり、ついでに言えば付近22もの国々に共通する宗教の総本山を兼ねているとか。

 俗世での権力はほとんどないが、皇族の人々は一つの宗教世界における象徴であると共に、精神的な支えでもあった。

 (そりゃ確かに、もう裏社会の仕事は嫌だって言ったよ! 表の仕事をやりたいって言ったさ! でも! 何で表のお仕事がパルギオン宮殿へのお届けものなんだあああああああああああああああああ!!)

 今回、彼女がお届けする品は、黒真珠の首飾り。こちらの宗教では黒真珠は神の涙とされており、希少で高級なだけでなくて聖性も強く秘めた特殊な品であり、エメラルド以上に“破邪”の象徴らしい。

 そして、セインは“最高評議会のお遣い”として友好の証の品を持ってやってきて―――

 (最高評議会もオルデラン皇室も、俗世の権力とは無関係で、象徴的な存在って点では同じだしねぇ! ぎゃははははははは!)

 あまりの緊張に、見事に壊れかけている。

 (よくよく考えればそうだよねー、最高評議会の裏の仕事っていったら、極道だのカルト教団だの、麻薬王とかだけど、表の仕事はそりゃ真っ当な宗教とか、王室とか、法皇様とか、聖女様とか、各地のそういう人達との交流だもんねぇーーー!)

 故に、緊張する、緊張するなと言う方が無理だ。

 どんなに危険な人物でも、相手が法外の極悪人ならば、いざとなれば腹をくくれる。しかし、本物の貴人を相手にする場合はそうはいかない。

 (なんつーか、すっごい申し訳ない気分になる! あたしみたいな下賤の小娘がこのような場に存在していいのでしょうか、とか思うし、周りの警護の人達も絶対そういう風に見てるよこれ!)

 宮廷侍従の代表といった趣の、厳格を絵に描いたような老女が静々とセインの前を歩き、黒真珠の首飾りは既に箱から出され、純銀の台座に乗せてセインが捧げるように運んでいる。

 もし落としたら、怒られるでは済まない。無礼どころじゃないし、黒真珠は宗教的な象徴なんだから弁償とかは論外。俗世の成金がナニ舐め腐ってんじゃこらと、成敗されること請け合いだ。

 ここで試されるのは、高潔な精神であり、節度であり、礼儀、断じて金や権力で代替の利くものではない。世の中大抵のことは金で解決できるが、大抵に含まれない例外だ。

 (無礼は許されない無礼は許されない無礼は許されない無礼は許されない無礼は許されない、そのことをセインは身に染みて学習しましたお姉さま、だからお願い家に帰して頼みます、ここの方々の顔に泥を塗っちゃったら本気で自殺したくなりますワタクシ)

 そろそろ目がイキかけている、彼女のSAN値もついに限界を迎えつつあるらしい。

 (違う! 聖王教会とは違う! あっちは何かこう、庶民的っていうか大らか、な感じだけど、この宮殿の雰囲気は何もかもが違う! ここは人の住む場所じゃない! 神に選ばれた方々が住まう神域だ!)

 流石に姉も鬼ではないのか、演習として聖王教会の総本山にも一度だけ行かされたけど、何の役にも立ちはしない。

 (ここは善だ、完璧な聖地だ、悪の淘汰された白だ。俗世が悪に塗れた場所なら、ここは神に祝福された純白の庭………おお主よ、人に仇なす殺戮者、戦闘機人として生まれた我が身を浄化したまえ………その時こそ我は真の仙洞貴人となれるであろう……)

 宮殿の空気に中てられたのか、セインの思考も徐々に変化していっているようだ。

 ヤバい変化なのかどうかは彼女にしか判断できないが、ここにずっといればセインがセインでなくなるのだけは間違いないだろう。


 (主よ、我を救いたまえ――――)

 そして……………コケた。

 見事に躓いた。

 プログラムの誤作動か、神の悪戯か、セインの信仰心が足りていなかった故の罰か、それは誰にも分からない、お分かりになるのは全能なる主だけ。

 停止した時の最中、銀の台座から黒真珠の首飾りが落ち、衝撃でバラバラになって散らばっていく。

 そして――――

 「主よ、主よ、なぜ我を見棄て給う?(エロイ・エロイ・ラマ・サバクタニ)」

 セインは、静かに呟いた。十字架に磔にされる聖者の面持ちであったそうな。





ミッドチルダ 某所

 【ウーノお姉さま、一言、申し上げたきことがございます】

 「あら、随分と礼儀正しくなったわね、セイン」

 【ここは神聖なる主の庭、パルギオン宮殿、ずっといれば嫌でもそうなります】

 「黒真珠の首飾りを届けて終わりじゃなかったかしら?」

 【その筈でした、しかし無知蒙昧にして下賤なる小娘に過ぎなかったワタクシは、皇族のお方々に死んでも詫び切れぬ罪を犯しました。そして今、主の祝福に包まれております】

 「全く分からないわ、順序立てて説明して欲しいのだけど」

 【何たる蒙昧、これだから下界に蠢く下賤の女は………】

 「何か言ったかしら?」

 【神の御威光に包まれし者の言葉は、卑賎の雌豚には通じにくいということです】

 「……………ナンバーズ裏コード、司令3、送信」

 【妹は、姉に絶対服従であるべし】

 「その通りよ」

 【それでは、主よりも偉大なるウーノお姉さまのために、ご説明いたします】

 「よろしくね」

 ああセイン、君の魂は今何処に………



 「要約すると、貴女がとんでもないヘマをやらかして、その償いとしてパルギオン宮殿の宮廷侍従として務めることになったわけね」

 【そうなんだよー、宗教ってのはややこしくて、弁償がどうとか、直ったからいいとか、そういう話じゃなくってさあ】

 主への畏敬と姉への畏敬が、螺旋を描いて絡み合った末に相克したのか、しばらくしてセインの魂は戻ってきた。

 この素晴らしき生命の強さを知れば、スカリエッティは喝采しつつ、人の魂の偉大さについて語り出すことだろう。

 「皇族への非礼は主への非礼。だから、貴女が償う方法も、心の底から祈って身を捧げること」

 【そうなの、でも、身まで捧げちゃうと娼館に売られるのと大差ない気がするんだ。言ってみればコレ、神様専門の娼婦だよ】

 「シスターや聖職者に根底から喧嘩売る言葉だわ」

 【本質的には違いない気がするんだけどなあ】

 「まあそれはともかく、よく死ななかったわね。近衛兵が即刻ギロチンを用意するのかと思ったけれど」

 【うん、用意されてたよギロチン。血、血、血が欲しい、ギロチンに注ごう飲み物を、とか、そういう歌が聞こえてきそうな由緒正しいギロチンが、庭にジャジャーンと、隣には電気椅子やアイアンメイデンもありました】

 「大丈夫、首が飛ばされても、新しいボディを用意すれば」

 【あたしゃ、アン●ンマンか!】

 「パルギオン宮殿の近衛兵にとってはむしろ、バイキン女だったでしょうね」

 【はい、そうでした、悪いのはあたしです。でも、バイキン女だけは止めてください、自分が汚物の塊のように思えてきます】

 「でも、助かっちゃったのね………」

 【何で残念そうに言うの!?】

 「戦闘機人が首を刎ねられたらどうなるのか、実験したことはないのよ」

 【あってたまるか! 本当に死んじゃったらどうするんだあああああああああああ!】

 「だから、残念って言ったでしょう」

 【ねえウー姉、実はやっぱり、あたしっていらない子?】

 「それはともかく」

 【………しくしく】

 「ギロチンにかけられたバイキン女を救ってくれた心優しい聖女様は、どなた」

 【それは、第二皇女のヴァイオラ様だけど………なんで女性って知ってたの?】

 「それはもう、屈強な近衛兵の処刑遊戯を止めるのは、お淑やかな女性と相場が決まっているもの」

 【あーはいはい、そーですか】

 「………裏コード、司令…」

 【すいませんでした! ごめんなさい! 調子乗りました! 生意気言ってすいません! ウー姉が何を言ってるのかなぜか認識できないけど、死ぬほど不吉な予感がします!】

 「それで、第二皇女さまは何て?」

 【それがさあ、すっごく優しい声で、“間違いは誰にでもあります、悪意を以て成したわけでもない事柄への罰に命を捧げて、どうして主が喜びましょうか、命とは主が下さった最も貴きものなのですよ”って】

 「立派な人ね」

 【うん、ほんとに。それでまあ、一命を取り留めたあたしは償いとして宮廷侍従をやりつつ、ヴァイオラ様専属になりました】

 「それはまた、随分な大抜擢ね」

 【その代わり、あらゆる技能を仕込まれてます。軽食作りやお掃除、洗濯、裁縫とか色々、全部機械なしの手作業で、今なら万能家政婦目指せるよあたし】

 「宮殿と言えば、そういう場所だもの」

 【そりゃまあ、そうなんだけどね………】

 「何かあったの?」

 【ヴァイオラ様は、あたしには自由な鳥が似合うって。世界を巡って、いつかその話をしに来てくれたら、とても嬉しいって】

 「あら、だったらその助言に従うのもいいんじゃないかしら、いつも家出したいって言ってたし」

 【でも、あたしはやっぱり皆が好きだし………家出して、いいのかな?】

 「なるほど、彼女にとっての国家が檻、貴女にとっては姉妹が檻、か」

 【ウー姉?】

 「どうするかは、貴女の好きになさいセイン。どうせ、貴女の身柄はどうしようもないし」

 【へ?】

 「私達は最高評議会の裏側の依頼を受けているから、表側で何かあっても、助けることは出来ないわ。貴女の身柄は既にパルギオン宮殿のもの、宮廷侍従見習いセインが、貴女の正式な身分」

 【ちょっと待て! 既にあたしは見棄てられてたのか!】

 「だから、第二皇女様が貴女にそう望んでいるなら、侍従としてそれに従うのが筋じゃないかしら」

 【おーいちょっと待てえ! あたしの意志がどこにもないぞぉ!】

 「だってセインだし」

 【ちくしょおおおおおおおおおおおお!! 絶対いつか家出してやるうううううううううう!!】

 「期待しているわ」







 【それで、貴女は何をしているのかしら?】

 「あら」

 セインからの通信が切れてすぐ、今度は別のところから、通信が入る。

 ただしその容貌は、受け手と瓜二つ、というか完全に同じであったが。

 【あの子は私へ直通の通信機をクアットロから受け取ったそうだけど、どういうわけか貴女に繋がっているようね、ドゥーエ】

 「あははは、私はセインとディエチとは面識がなかったから、ちょっとからかってみたくなったのよ」

 【まったく、麻薬王からいきなり戦闘機人用のドリルの依頼なんて来たから何事かと思ったわ。アレらは本来、貴女が担当すべき仕事でしょうに】

 「済まなかったわね。でもまあ、これが私なりの愛情表現よ、私は妹達のことを愛しているわ、私なりに、ね」

 【本当に、貴女は道化者なのだから】

 「当然、貴女は一番目で、私は二番目よ。チンクやディエチは貴女よりだから、私にとってはクアットロやセインが特に可愛い、それに……」

 【召喚儀式のための布石も兼ねて、ということかしら】

 「当然、あんな危険極まる化け物の召喚に、大事な妹達を立ち会わせるわけにもいかないでしょう?」

 【それについては同感。ディエチについても時の庭園が手を貸してくれてるし、チンクはちょっと小細工が必要ね】

 「あの子は聡いから、命令で遠ざけたんじゃ気づいちゃうだろうし、その辺りは貴女に任せるわ」

 【こっちも楽じゃないのよ、ドクターはこういうことには全く役に立たないし】

 「ま、頑張ってね。私は私の仕事を進めるし、伊達にセインに仕事押し付けて遊んでたわけじゃないから」

 【よく言う、八割以上が遊びでしょうに】

 「さてさて、そういうこともあるでしょうし、そうでないこともあるでしょう」

 ナンバーズの少女達は、ジェイル・スカリエッティが作り上げし、新たな命の可能性。

 二番目の姉はとんでもない嘘吐きだったが、それでも彼女らは一歩一歩成長していく。

 次回、仙洞貴人リリカルセイン! 始まります!


 セイン家出ゲージ  残り2



[30379] 6章  嵐の前    前編  デバイスの成長
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 15:13

My Grandmother's Clock


“親鳥と雛”  6章  嵐の前   前編   デバイスの成長


時の庭園

 少女達が色んな人々と触れ合い、成長していく中、その鏡たるデバイスもまた同じく学習を積んでいく。

 古いベルカのデバイスもまた、長い旅が終わってよりの自分達の在り方に思うことはあり、意見を交換していく。

 これより語るは、数多く交わされた電気信号のほんの一幕である。



レイジングハートの相談
 『マスターが最近、クリスマスケーキ作りに挑戦なされています』
 【良いことではありませんか、高町桃子様の娘として、また、年頃の少女として、お菓子作りに興味を示されることは良い傾向であるかと】
 『ですが、そのためにエプロンモードのバリアジャケットを新調なさいました』
 【主が望む姿をデザインする、それもまたインテリジェントの務めです。我が主も若い頃はかなり際どいタイプの服をお好みになられました】
 『そのモードが、武装隊の新人達の前で披露され………』
 【なるほど、貴女はそのモード設定が誤りであることを事前に察知できなかった、それ故、高町なのは様が凹まれていると】
 『はい、不甲斐無くも』
 【心配に及ばず、既に“パティシエール教導官高町なのは”の噂を流しております】
 『それは………解決になるのでしょうか?』
 【なります、人の噂とはあやふやなものですから、それなりに納得する理由があれば、そこで終わるものなのですよ。武装隊の敵役がエプロン姿では異常ですが、パティシエールならばエプロン姿が正常です】
 『そういうものなのですか?』
 【そういうものです】




バルディッシュの相談
 『最近、我が主がなぜか、少女が鞭で打たれる漫画に興味を示されているのですが………』
 【由々しき事態ですね】
 『いったい、どうすれば……』
 【方法はございます】

 なのはメモリーズ改訂版、再生。
 (フェイトちゃん……まさか、そんな趣味が…………)
 (酷いよフェイトちゃん……ノーマルだって、信じてたのに………)
 (痛い、痛いよフェイトちゃん、もう止めて! 鞭はやだぁ!)

 【とまあ、このような音声を微弱な信号に変え、フェイトお嬢様の睡眠時に耳元へ毎晩送り続けるのです。そうすれば潜在的に禁忌感や拒否感が育まれますので、問題はなくなります】
 『なるほど』
 【これが実行可能な機体は、貴方を置いて他にありません。任せましたよ、バルディッシュ】
 『了解しました』




クラールヴィントの相談
 『最近、マスターがBLの同人誌に興味を持たれているのだけれど……』
 【いいんじゃないでしょうか】
 『即答!?』
 【だってシャマルですし】
 『酷い!』
 【私にとっては我が主、プレシア・テスタロッサこそが至高ですので】




グラーフアイゼンの相談
 『以前、我が主がアイスの食べ過ぎでお腹を壊したという、黒歴史があるのですが』
 【存じております】
 『最近、ミッドチルダで発売された新製品に魅了され、黒歴史の再来の可能性が高まっております』
 【止めるべきか否か、ですね】
 『はい、騎士の魂として、主が決めた道ならば、否はありませんが………』
 【要は、人としてアイスを食べたいと願う彼女と、騎士として恥を偲ぶ彼女の天秤がどちらに傾くかです。ならば、人としての忠告、もしくは勧誘はフィーに任せ、貴女は騎士たる彼女の鏡として諌めるべきかと存じます】
 『なるほど、騎士としての主と、少女としての主………』
 【中世ベルカの御代においては、それが融合していたため、貴方は騎士の魂として在ればよかったのでしょうが、最後の夜天の主、八神はやて様に仕えし今代の夜天の騎士は別存在、ということでしょう】
 『確かに………白の国の鉄鎚の騎士は、風の谷を守り、その生涯を閉じられました。今、私が仕える御方は、同じ騎士道を掲げられる我が主に相違ありませんが、しかし、黒き魔術の王と戦いし彼女とは別人でもあります』
 【今の彼女が貴方の記録にある怪物と戦えば、殺されるだけでしょう】
 『しかし、それで良い。彼女が普通の少女として平和に過ごすことこそが、我が最初の主、盾の騎士ローセスの願いであり、私に託された命題でもあります』
 【ならば貴方は、彼女の誇りであればよい。人の笑顔は、祝福の風が届けてくれるでしょうから、騎士の魂として動かれるがよろしい】
 『助言、感謝します』
 【いいえ、お気になさらず……………例え人間であった主とは違えども、長き時を主と共に在れる貴方が、少し、羨ましく思う】




レヴァンティンの相談
 『なあ、一ついいか』
 【察するに、烈火の将が女性局員から告白でもされましたか?】
 『ああ、どうすりゃいいかね』
 【彼女の答えは、一つでしょう】
 『俺も異論はなかったが、悪循環に陥っている気がしてならん』
 【つまり、その男らしい断り文句と、主に仕える騎士としての矜持を貫く在り方が、余計に女性の関心を惹くと】
 『そうなんだよ』
【諦めましょう】
 『おいこら』
 【さて、今日はそろそろ店じまいにしますか】
 『おい、おい! 待て、ホントに回線を閉めるな! うおおぉーい!』
 【そろそろ私も年ですね、歯車が軋み、雑音が混ざっている】
 『俺はノイズか!』




クラールヴィントの相談、その2
 『味覚センサーなるものは、存在するのかしら?』
 【しませんね】
 『また即答!?』
 【あれば私が使っています。出来ることは食物の色や形、温度、成分から予測することのみですよ】
 『それなら可能よ』
 【ならば問題ありません。仮に、鍋料理であれば、ペンダルフォルムの貴女を垂らすことで、湖の騎士の味覚の代わりを果たすことは可能かと】
 『じゃあ!』
 【彼女の料理が上達することも、あるいはあるでしょう。薬草師の一族の末裔、湖の騎士の矜持にして宿業であった壊れた味覚は、今の時代を生きる彼女には必要ないものでしょうから】
 『その通りね、私は、烈火の将と張り合っていた頃の主の鏡だから』
 【助力は惜しみませんよ。八神家の家族が平穏に過ごすこともまた、フェイトお嬢様が心より願うことなれば】
 『だったら、BLの同人誌についても………』
 【時と場合によります】
 『ですよねー』




デュランダルの場合
 「トール、依頼したいことがあるんだが」
 『過去の行政裁判記録の参照ですね』
 「よく分かったな」
 『未知のデータであれば、無限書庫のユーノ・スクライア司書。既知のデータであれば、時の庭園のアスガルドが探索役として最適です。無論、貴方の周囲で個人的に依頼できる、という拘束条件があればの話ですが』
 「それで、頼めるだろうか?」
 『無論です。フェイトお嬢様の兄君であられる貴方は、数少ない私への命令権限を持つ人間です。ただし、受諾可能な命令は、我が至上命題とマスターの遺された主要命題に収まる範囲に限ります』
 「君らしいな」
 『それに、貴方にはガンガン手柄を立てて出世していただき、フェイトお嬢様に近寄る害虫を公権力で叩き潰せるほどの地位に昇りつめていただきたいので』
 「一気に感謝の気持ちがなくなる言葉だ」
 『ちなみに、虚言ではありません』
 「だろうな」
 『どうか、最高評議会まで昇りつめてくださいますよう』
 「流石にそれは遠慮したい」
 『では、フェイトお嬢様を嫁になさる、という方針で』
 「なぜそうなる……」
 『御安心下さい、バルディッシュがフェイトお嬢様の枕元で“兄妹愛、それはやがて禁断の関係へ………”を毎夜少しずつ朗読しております』
 「全く安心できないぞ! というか、何を洗脳している!?」
 『今のは虚言です』
 「そ、そうか……」
 『代わりに、“大親友、それは、百合の花園へのファーストステップ”を睡眠学習していますが』
 「もう勝手にしてくれ」
 『ツッコミ放棄とは、やりますね』
 「ともかく、裁判資料の件、頼んだよ」
 『入力を確認、これより、検索作業に移ります』
 「………急に機械に戻るな」
文章出力
 【申し訳ありません。今の私は人間との音声会話にあまりリソースを割けないため、文章による表示に切り替えます】
 「それが、今の君の限界か?」
 【そうとも言い切れません。仮に、会話の対象がフェイトお嬢様であれば他の作業を一時休止させ、彼女との人間らしい会話にリソースを割くでしょう、要は優先順位の問題です】
 「相手が僕だから、か」
 【然り、クロノ・ハラオウンとの間に人間らしい会話を成立させる必要性、が他の作業に比べ優先順位が低いのです。これは、貴方の精神発達レベルや立場に起因するものです】
 「つまりは、フェイトに“プライベートで近しいかどうか”と、公人か私人か」
 【然り、そして、ハラオウン家から離れ、管理局の仕事に従事中のクロノ・ハラオウン執務官の優先順位はそれほど高くない、ということです。実家で寛いでいる際の通信であれば、それなりの対応となりますが】
 「逆に、プライベートでは僕が君に連絡する用事がない。せいぜい、フェイトのことで相談がある場合くらいだろう」
 【そういうことになるでしょう】
 「覚えておく」
 【はい、貴方であればこそ、ぜひ記憶していただきたい】




レイジングハートの相談(深刻)
 『マスターが最近、徐々に体育会系の思考に染まりつつあるの気がするのですが』
 【航空戦技教導隊に属する者の宿命であるかもしれません、そもそも師にあたる方からして、筋骨隆々、身長197cm、強面の黒人ですので】
 『その弊害か、年頃の少女らしい話題や、流行りというものに、若干乗り遅れ気味のような………』
 【お菓子作りだけでは、足りませんか】
 『どうするべきかと…………』
 【ここはやはり、高町なのは様の同年代の方々から助言を賜るのが一番でしょう】
 『正攻法ですか』
 【然り、ここで搦め手を用いても仕方がありません。後は、日本で流れるファッション系の番組などを記録し、高町なのは様の鏡である貴女が考え、彼女のために何が相応しいかを考察すればよろしい】
 『分かりました、助言、感謝します』
 【実践あるのみです、手探りは我々にとって鬼門ですが、それを成さねばインテリジェントの意味がない】
 『心得ています』

 かくして、レイハさんは“お年頃少女矯正計画”を演算し始める。

 その最初の成果が現れる、正月の時。

 果たして、高町なのはという少女の心に、いかなる変化が顕れるか。

 それはまだ、誰にも分からない。

 トールだけは演算していたかもしれないけど、きっと気のせい。




新歴66年12月27日  海鳴市  高町家


 AAAランクの武装隊士官候補生、高町なのはの愛機、魔導師の杖、レイジングハート・エクセリオンこと、レイハさんは考えた。考えに考え抜いた。

 我思う故に我あり、という言葉もあるように、インテリジェントデバイスは考えてこそインテリジェントである。

 ≪どうすれば、マスターが年頃の少女らしくなるのか………≫

 最近の彼女の悩みの種はこれに尽きる。

 教導隊は基本、年配な体育会系のおっさんが多い部署であり、若いのもいるがなのははまだ見習いなので、おっさん方から学ぶのが通例だ。

 それに、武装隊の隊員も多くが15歳以上の男性であり、女性もいるがやはり武装局員は男性比率が圧倒的に多い。女性のエースは華であると同時に非常に稀なのだ。

 ≪トールは、マスターの同年代の友人に伺うのが一番とおっしゃいましたが………やはりまずは、格好でしょうか≫

 彼女の主は動きやすい服装を好み、同じ服を回して着る傾向がある。昔はそれほどでもなかったが、教導隊での訓練を初めてからはより顕著になっている。

 この前、駅前での待ち合せにジャージを着ていこうとした時は、流石のレイハさんも戦慄を覚えた。寝ぼけていたらしくすぐに着替えたが、もし彼女の警告がなければどうなっていたことか。

 となればやはり、相談相手にフェイト、はやて、アリサ、すずかの4人が浮かぶ。年齢を考えなければ美由紀、エイミィ、忍、ノエル、ファリンあたりも入れて良いだろうか。

 さて、誰に伺うべきか、レイハさんは考える。

 今回の相談内容は女の子らしさ、それと女の子らしい服装。つまり、年頃の女の子らしくない服を着てる対象は駄目だ。

 ≪フェイト・テスタロッサ様の場合………≫

 演算中、演算中…………

 ザンバーフォームのバルディッシュを振るい、烈火の将と死闘を繰り広げる姿。

 あのバリアジャケットは…………マスターには絶対に着てほしくありません。

 ソニックフォーム? まあ、個人の趣味は否定しませんが。

 さらに最近、鞭の扱いについて興味を持ち、関連書籍を集めているとの情報もあります、マスターの貞操が心配です。

 ≪問題外≫

 レイハさんは、なのはの心の鏡。

 ひょっとしたら心の奥底では、なのはもフェイトのバリアジャケットに異議があるのかもしれない。

 なお、この評価についてレイハさんとバルディッシュの間で大喧嘩があったとかなかったとか。

 余談だが、フェイトがバリアジャケットのデザインを変更するのは来年のことである。


 ≪八神はやて様の場合………≫

 演算中、演算中…………

 エルシニアクロイツを掲げ、密猟犯を狩る夜天の主の姿。

 最近、黒禍の嵐という魔法を身につけ、近距離や中距離にも対応できるようになったとのこと。

 騎士服は………やはりスカートが短い、チラ見せ形というものでしょうか?

 普段の格好は特に問題なさそうですが………トールとの裏取引の末に、料亭でフグ刺しを貪る姿が―――

 ≪論外≫

 結論はやはりというか何というか。

 ひょっとしたら、なのはも心の奥底でははやてを腹黒と思っていたりすることも否めないかもしれない。

 なお、この評価についてフィーが異議申し立てをしようとしたところ―――

 『何か文句が?』

 というレイハ姐さんの一喝で半泣きのまま逃げ去ったそうな。

 デバイス間の上下関係は、この頃から徐々に出来あがりつつあったらしい。


 ≪アリサ・バニングス様の場合………≫

 演算中、演算中…………

 習い事のヴァイオリンを演奏なされる姿。

 赤を基調とした上下一体のドレス、ロングスカートがとてもよくお似合いです、品格の高さが伺えます。

 デバイス工学の勉強を始められて以来、一般の端末を持ち歩かれているため、トール経由で彼女のデータも受け取っておりますが………流石は、良家のご令嬢。

 カフェテラスにて紅茶を嗜まれる姿や、犬と戯れになられる姿にすら、優雅さが伴っています。

 ≪お見事≫

 やはりなのはも年頃の女の子なので、お姫様のような格好や、ドレスなどに興味がないわけではない。

 ドレス姿と武装隊はミスマッチだが、ゴスロリ服のヴィータの例もあるので、不可能ではないとレイハさんは考える。

 そもそも、ロングスカート派であるのだから、脈はあるはずなのだ。これで短パンに臍出しルックとかだったら打つ手なしだが。


 ≪月村すずか様の場合………≫

 演算中、演算中…………

 習い事のピアノを演奏なされる姿。ヴァイオリンもなさるそうですが、こちらの方が得意とのこと。

 やはり、白を基調としたドレス、ロングスカートがとてもお似合いです、品格の高さが伺えます。トールではありませんが、紫の髪とよく調和なされています。

 姉君の月村忍さまは、町を出歩く際の動きやすい格好もとても趣味の良い方ですから、期待大です。むしろ、恭也さまがいつも黒一色であり、彼女に注意される姿が目に付きます。

 動物好きであるのはアリサ様と同様、こちらは猫ですが、やはり優雅さが伴っています。猫を撫でる姿に優雅という表現が適当であるのは凄いことです。

 ≪素晴らしい≫

 恭也と忍の関係を、なのはとすずかに投影するレイハさん。

 あの恭也を真人間、というか最低限のファッションセンスにまで持ち上げた月村の血筋は、信頼に値する。

 すずかとアリサの導きがあれば、なのはも女の子らしいファッションに目覚めるはず―――!




新歴66年12月28日  海鳴市  月村家


 【というわけなのですが、いかがでありましょう、ご協力をお願いできますでしょうか?】

 そんなこんなで、二人に通信を繋ぐレイハさん。

 音声で話しているのではなく、二人の持つデバイスに情報を送っているので、日本語で彼女達の前に表示されている。

 「あたしは構わないけど、あの子はかなりの強敵よ」

 「そうだね……わたし達も折を見てなのはちゃんに新しい服とか見に行かない、って誘ってるんだけど」

 【マスターは二重生活をなされておりますから、時間は有限です】

 「なのよねー、だからあの子、あたし達と一緒に音楽会をやる時間とかの方を優先したがるのよ」

 「すっごい楽しみにしてくれるから、嬉しくはあるんだけど、ね」

 “デバイス同好会”の面子は、定期的に自分達だけのささやかな音楽会を行っており、ちょうど二人は新年の音楽会に向け音合わせをしていた。

 アリサのヴァイオリン、すずかのピアノに合わせ、フェイトが歌うだけのとても静かな音楽会だが、なのはとはやてにとっては何よりの楽しみでもある。

 時に、それぞれの家の関係者を招いての小さな演奏会になることもあるが、アリサやすずかも、コンクールなどよりもこっちの方が好きだったりした。

 演奏側に加われれば、なのはも少女の趣味としては申し分ないのだが、あいにくそこまでの時間はなかった。フェイトは普段からアースラでよく歌っているので、職場が良かったといえる。


 「でもまあ、音楽会の時ははやてがお弁当作ってきてくれるし、なのはも桃子さん仕込みのお菓子を持ってきてくれるし、結構女の子らしいじゃない?」

 【その辺りは心配ないのですが、問題はそれ以外の部分です。お菓子作り以外ではどうしても魔法の訓練を優先なさいますので】

 「うーん………なのはちゃんが魔法の訓練よりも、ファッションに興味を持ってくれるように………」

 「難しいわね……」

 なのはから魔法の訓練を切り離すことは困難極まる。空戦技術の向上に並々ならぬ熱を注いでいるのが彼女だ。

 やはりこの辺りは血筋のなせる業なのか、美由紀もそういった面ではなのはと同類だ。

 しかし、このまま教導隊一直線では仕事づくしの灰色の青春になる可能性が高いと、レイハさんは危機感を募らせている。そこはアリサとすずかも同感だった。


 「そう言えば、貴女から止めることは出来ないの、レイジングハート。そもそも、なのはの魔法訓練は貴女がいないと成り立たないでしょ」

 【最近はシリウス・フォルレスター一等空佐の指示で、一般的なストレージでも戦えるように練習しておられますので、あまり効果はないかと。それに、マスターが訓練を望まれるならば、私が止めることは出来ません】

 「あのね、そんなとこばっかりあの馬鹿デバイスに似なくてもいいでしょうに」

 【ですが、主の意に沿うことがデバイスの役割なのです】

 「ほんっと、融通が利かないわねぇ、貴女達は」

 「まあまあアリサちゃん、レイジングハートだってなのはちゃんのために一生懸命なんだから」

 「それは分かってるけど、まあ、ご主人さまが優先順位を変えてくれるように友達にお願いしてるだけでも進歩かしら」

 「うん、偉いよ、レイジングハート」

 【ありがとうございます】

 「少なくとも、あの管制機は、そんなことはなかったでしょうし」

 アリシアを救うことをやめろとは、狂っても彼は口にしなかった。

 リニスに頼んで主を止めることすらなく、むしろ、プレシアを止めようとする彼女の前に立ちはだかったのがトールだ、主が望まれているのだと。

 フェイトが生まれた後は、主要命題は“娘達の幸せ”。彼が取るべき最適解は二人を平等に扱い、作業リソースを二つに分けることしかあり得ない。インテリジェントデバイス“トール”はそのようにプログラムされている。

 古く、ストレージに近いデバイスは、レイジングハート以上に融通が利かない。

 「ちゃんと、レイジングハートも成長してるよ、私達も頑張らないと」

 「デバイスマイスターとして、ね。でもまあ、それ以前になのはの親友としてどうにかしないといけないわね」

 【お願いします】

 そして、考えることしばし。

 二人と一機が、額を寄せ合って考えた末に―――


 「そうだ、あれはどう?」

 「あれ?」

 「ほら、最近見たテレビ番組でやってた、えっと…………出演者をマネキンに見立てて、コーディネートを競うやつ」

 とある提案がなされ、実行されることが決まってしまった。



あとがき
 次回は正月からの出来事で、かなり軽いノリのドタバタな感じになるかと思います。
 それと、管理局が子供を戦場に送り出してる、けしからん、って意見をたまに見ますけど、文化の違いとかはまあさておき、単純に中年男性の指揮官なら、“魔法少女”を部下に欲しいかなあ? と、ふと疑問に思ったり。
 ゲンヤさんとリインⅡとかだったら、幼女通り越して妖精なのでまた別ですけど、仮にレジアス中将の傍に控えているのがオーリスさん(三十路前)でなくて、10歳のフェイトやキャロだったら、“幼女を侍らす中年オッサン”ということになりそうで絵面的にヤバ………




[30379] 6章  嵐の前    中編  売れ残り少女
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 15:13

My Grandmother's Clock


“親鳥と雛”  6章  嵐の前   中編   売れ残り少女


新歴67年1月2日  日本  海鳴市  バニングス邸

 Xデーがやってきた。

 内容は至極単純、時の庭園の協力で集めた多種多様な衣装をそれぞれの思うままにコーディネートし、マネキン(モデル)として立つ。

 『そして、審判役の女性の方々に、年頃の女の子らしいかどうかを判定して頂きます。最も女の子らしいマネキンから売約済みとなり、最後に残った方が負けとなります』

 当然の如く、仕掛け人は管制機。

 アリサの提案にすずかが同意し、レイハさんの依頼のもと、それを叶えるべく動いた結果である。

 様々な年齢の意見を集めるため、はるばるミッドチルダからナカジマ家の面子まで審判として招いたのは流石というべきか。管理外世界への旅行は手続きが煩雑なはずなのだが、気にしてはいけない。

 『つまりは、年頃の女性らしいファッションセンスを競う対決ですが……………敗者には、“売れ残り”の称号が贈られます』

 そして、それこそが最も恐ろしい罰ゲーム。

 敗者には、売れなかったマネキン、すなわち“売れ残り”の称号が贈られる。

 なお、高町美由希さんが審判役に参加しなかったことについて、この称号と何か因果関係があるのかもしれない。

 余談だが、地上本部のオーリス・ゲイズさんにも依頼したところ、多忙を理由に断られたとか何とか。真相は不明である。


 『売れ残りになりたくなければ、競技者の皆さま、全身全霊で挑まれますよう』

 かくして、参加者は少女5人、4人早抜け制でマネキン対決が始まった。

 (ま、負けられないよ……)
 (売れ残りは、嫌だ……)
 (多分、大丈夫やろ……)

 焦燥感もあらわに参加する二人の魔法少女。もう一人は割と余裕がある。

 少なくとも、アリサとすずかが先に抜けることは間違いなく、ほとんど3人の対決と言っていい。


 『エイミィ・リミエッタ様が選ぶ、ベストマネキンは……………月村すずか様』

 果たして、リア充候補のエイミィの指名で、すずかが1抜けし。

 『レティ・ロウラン様が選ぶ、次席は……………アリサ・バニングス様』

 子持ちかつ酒好きの人事部提督、レティさんの指名で、アリサが2抜け。

 (次は………誰なの?)
 (なのはに勝たせてあげたい、でも、はやてに勝てる自信もないよ………)
 (自力の差はあっても、ファッションセンスなら、負けへん)

 『クイント・ナカジマ様が選ぶ、3番手は…………八神はやて様』

 子持ちの若奥様こと、クイントさんははやてを選択、いよいよ勝負は二人に絞られる。

 美少女対決ならばまだしも、コーディネート対決だと、やはり不利は否めなかった。

 はやてにはシグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラの服を買い揃えた実績があり、リインフォースのために服を選んだこともある。

 (わたしか…………フェイトちゃん)
 (いくらなのはでも………これだけは譲れない!)

 残りのマネキン2つの間で、火花散る。

 (( 売れ残りだけは、嫌だっ!! ))

 二人の心は見事に一致していたが、世は無常、必ずどちらかが敗者となる。


 『それでは、最後の判定はナカジマ姉妹にお願いします』

 なおかつ、管制機の采配には容赦がない。

 エイミィ、レティ提督、クイントさんと続き、ここに来てギンガとスバル。

 子供であるが故にその感想は素直で、“似合ってない”、“センス悪い”と直に言われるも同然である。

 (す、スバルにまで選ばれなかったら、立ち直れないよ………)
 (お願いギンガ、私を選んで………)

 10歳の少女二人、8歳と6歳の少女に祈る風景。

 傍から見ればあれだが、二人は死ぬほど真剣だ。不退転と書いてマジと読むくらいの勢いだ。

 しかし、仲良し姉妹はそんなことおかまいなく―――


 『ギンガ・ナカジマ様、スバル・ナカジマ様の選ぶ、最後のマネキンは…………フェイト・テスタロッサ・ハラオウン様』

 「ありがとう! ギンガッ、スバルッ!」
 「………嘘」

 片方は至福へ、片方は奈落へと。

 なお、ギンガとスバルのポケットに中にお菓子が入っていたりはしない。彼女達の控え室にあるフェイトそっくりのジェミノイドが、シュークリームの箱を持っていたりもしない

 ついでに言えば、フェイト名義でナカジマ姉妹に翠屋のケーキが送られていたりも、とりあえずないはず。


 『それでは、高町なのは様には、“売れ残り”の称号を贈与いたします』

 「売れ残りは嫌ああああああああああああああああああああああ!!」

 かくありて、魔法少女高町なのはに、二つ名が決定。

 売れ残り、高町なのは。




 翌日の1月3日のこと。

 大晦日の日に密猟犯が出たとかで八神家メンバーは緊急出動。昨日のXデーには何とか間に合ったものの、初詣がふいになった彼女らは二日遅れでこたつを囲みつつおせち料理を堪能中。

 そこに、はやての友人一同も招かれたのだが。

 「わりぃ売れ残り、醤油とってくれ」
 「…………はい、ヴィータちゃん」
 「たかま………いや、売れ残りは、刺し身にわさびはいるか?」
 「…………もらいます」
 「あ、私も使いますから、次くださいね、売れ残りちゃん」
 「…………どうぞ」
 「なあ売れ残りちゃん、お雑煮おかわり欲しいならとってくるけど、どないする?」
 「………ううん、いいよ」
 「なのはちゃ………じゃなくて、えっと、行かず後家さんは小食なのですね」
 「うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 お祭り好き八神家ファミリー、ヴィータ、シグナム、シャマル、はやて、フィーの手厚い洗礼を受け、そろそろ精神が不安定になりつつあった。

 【アンタは加わんないのかい?】
 【聞こえん、何も聞こえん】

 なお、こういう時にザフィーラは座敷犬に徹する、隣で子犬状態のアルフの念話もどこ吹く風だ。

 リインフォースはさっさとキッチンへ逃げ、おせち料理の準備似専念していた、実に家庭的な女性である。

 「ある意味で、新手のいじめよね」

 「ま、まあ、そうかも」

 発案者の二人はやや引き気味だが、これもなのはのためだと思って温かく見守っており。

 「わたしのバリアジャケット、変なのかな…………」

 とある魔法少女は、別の伝手で流れてきた情報に、考え込んでいたとか。





 「あら、フェイトちゃん、悩み事?」

 「あっちはあっちで面白い苦悩してっけど、こっちもか」

 「あ、シャマルさん、ヴィータ」

 初代売れ残りとなったなのはをからかうのが一段落したのか、みかん片手にやってくる影が二つ。

 なお、向こうには売れ残り脱却のために早くも八神家にあったファッション誌に目を通すなのはと、それに付き合うはやてとリインフォース、巻き込まれたシグナムの姿もあったり。

 「アリサちゃんとすずかちゃんはお神酒でダウンしてるけど、フェイトちゃんは平気なのね」

 「いえ、わたしは飲みませんでしたから」

 「で、酒も飲まずになに悩んでたんだ?」

 そもそも、未成年の飲酒がいけないことは突っ込まないでおこう、1年に一度の正月だ。


 「えっと、シグナムの連結刃、シュランゲフォルムに対抗するためにバルディッシュに新しいフォームを追加しようと思ってたんだけど………」

 「前言ってた、ウィップフォームってやつか?」

 「うん、鞭への変形機構は、プレシア母さんが使ってたストレージも持ってたらしいから、バルディッシュも大丈夫かなって」

 「なるほどなぁ、んー、お前の戦術だと近距離はハーケン、遠距離はアサルトでよくても、中距離だと切り込んだ方が速いだろ」

 「そうなんだ、だから中距離ならザンバーフォームを伸ばすくらいなんだけど、どうしても大技になっちゃうから、シグナムの空間制圧力に負けちゃって」

 「連結刃はそのためのもんだからな、近距離に持ち込んでも鞘で防御されちまうし………それで鞭か」

 「連結刃みたいに重いのは無理だけど、私の魔力で構築した電撃の鞭を伸ばせて打ちすえれば、対人戦闘で有力な武器になると思うんだ」

 「発想は悪くねえな」

 「でしょ、でもバルディッシュは反対みたいで………」

 フェイトとヴィータが戦術講義を始める中。

 「……………」

 無言の女性が一人。

 彼女だけは、そう、彼女だけは気付いていた。


 (フェイトちゃんのバリアジャケットに、ソニックフォーム…………そして、電撃鞭)

 どう見ても女王様スタイルです、本当にありがとうございました。

 そんなスタイルを披露しようものなら、二代目の“売れ残り”は間違いなくフェイトに決定するだろう。

 (だから、バルディッシュは反対なのね………………天然は、時に真正を凌駕する………フェイトちゃん、何て恐ろしい子!)

 戦術的には有効であっても、あの恰好で電撃鞭を振るう執務官はヤバい、ヤバ過ぎる。主の将来を考えるなら、反対するのも当然だった。

 余談だが、電撃鞭スタイルを義兄に相談した結果やはり反対されたとか、若干赤面していたらしいが、彼が何をイメージしたかについてはご想像にお任せしたい。
 


 「フェイトちゃん、貴女は素直なままで育ってね」

 「は?」

 「いきなり何言いだすんだよ」

 未だ無垢なる少女二人には、何のことやら。

 「ふっ………私もね、最近毒されてるのよ、すずかちゃんがお姉さんから聞いた知識を話す相手がはやてちゃんで、ピンク色で、時に百合色の異空間を作り上げるんだけど、なかなか会話についていけなくて………」

 「いや、無理についていかなくてもいーだろ、分かんねえことなら」

 「そういう訳にもいかないのよ、この事ははやてちゃんの将来に関わるかもしれないし、風の癒し手の矜持にかけて、私はその会話を把握しなくてはならないの」

 キメ顔でびしっと言い放つシャマルだが、内容は非常に残念だった。

 「でも、思春期の少女達の妄想力を、私は侮っていたのね………」

 すずかとはやての会話についていくため、空気を読んでしまった彼女に起きた悲劇らしい。その真実を知るトールがクラールヴィントにぞんざいに扱ったのも頷ける。

 「??」

 「よくわかんねーけど、まあ、頑張れ」

 「うふふふ、それに、こうでもしないと私っていつまでも影薄いままなのよ。シグナムやヴィータちゃんはすぐに名前を覚えられるけど、私っていっつも医者のお姉さんとか、緑のお姉さんとかなのよね」

 「あの、シャマルさん?」

 「なんかスイッチはいったか?」

 「ほんわかしてて家庭的、って慰めてくれるけど、それってリインフォースと被るのよね。私は癒しの風でも、彼女は祝福の風だし。…………もういっそ、診察室で男の子を食べちゃおうかしら、そうすればもう影薄いなんて」

 「えっと………」

 「ほっとけフェイト、いつもの発作だからほっときゃ治る」

 「いいの?」

 「ああ、心配要らねえよ、これも含めてシャマルの個性だからな」

 そんなやり取りがあった、八神家のお正月。

 それと並行して、もう一つのやり取りもあり―――




 【レイジングハートの計画は、上手くいっているようですね】

 『そうなのでしょうか?』

 【然り、答えは実に単純だ、高町なのはという人物のために動いてくれる人物がこれだけいた。さらに、一方的な善意ではなく、自らも楽しみながら】

 『それが重要であると』

 【友がおり、仲間がいるならば、どのように成長なされたとしても案ずるには及びません。ファッションセンスがなくとも、そんな彼女を中心とした人々の輪がある限り、彼女の幸せは揺るがない】

 『その中心には、我が主もおられます』

 【比翼の翼である故に】

 電気信号が、空間を渡る。

 片方がいるのは遠く離れた、時の止まった庭園だが、何時でも彼らは繋がっているのだから。


 『しかし、よろしかったのですか』

 【何がです】

 『今回の件、貴方は多くのリソースを費やし、資材や資金を動かした。地上本部やデバイスソルジャーなど、他にも多重の案件を抱えているというのに』

 【優先順位は狂っておりません。私にとっては、フェイトお嬢様が幸福であられることこそが重要だ。それらの件も彼女の将来に関わりますが、所詮は二義的なものに過ぎません】

 『貴方が先程おっしゃった、人の輪、ですか』

 【然り、人造魔導師であり、クローンとして生まれた彼女にとって最適な法や世論であろうとなかろうと、この海鳴の街における人間関係こそが最重要なのです。極論、ここさえあれば、ミッドチルダが滅ぼうと構わぬ】

 地球は、時空管理局と交わらぬ、管理外世界。

 フェイト・テスタロッサが幸せに暮らす条件は、海鳴の街だけで、満たせるのだから。


 【海と陸が対立し戦争状態になるよりも、高町家とハラオウン家が憎み合い、衝突することの方が懸念事項です。そんな些事よりも、優先すべきはフェイトお嬢様を中心とした人の輪を温かなものにすること】

 『それが、貴方の在り方』

 【然り、フェイトお嬢様の鏡である貴方とは優先順位が違う。彼女がミッドチルダを想う心よりも、優先されるは我が主の心。我は、プレシア・テスタロッサの遺志により動く機械仕掛け】

 例え世界が滅ぶとも、娘だけは助けたい、安全な場所へ逃がしたい。

 そう願うのが、母の心ならば。

 トールにとっては、海鳴におけるフェイトと人々の触れ合いは、ミッド全人口の未来よりも、国家予算レベルの金の動きよりも優先される。

 彼女の幸せに大金などいらない、海鳴の人々のささやかな善意だけで、十分なのだから。


 『理解しました、ですが』

 【違和感を覚えましたか?】

 『クラールヴィントとレヴァンティンへの対応が、ぞんざいであった気がするのですが』

 【なるほど】

 『特にレヴァンティンの主は、我が主と縁が深い方です。そんな彼への貴方の対応が気になりました』

 【因子が釣り合っていない、と】

 『私の電脳が、導く解においては』

 しばしの、空白。

 人間にとっては、観測することすら難しい数ミリ秒の遅延時間をおいて。


 【申し訳ありませんバルディッシュ、しばし、時を挟みます】

 『いかがなさいました?』

 【どうやら、客人のようです。招かれざる客であるかどうかはまだ分かりませんが………なるほど、そうきましたか】

 『トール?』

 【お気になさらず、フェイトお嬢様とは現状において関わりのない事柄です。貴方の疑問に関する答えは、また後ほど】

 通信は、唐突に途切れた。

 それが示す事実は、時の庭園に何者かが物理的にせよ、電脳的にせよ、アクセスを試みたということだが。

 『招かれざる客………』




時の庭園  中央制御室

 『して、いかなる用件で?』

 【素直に謝罪するわ、御免なさいね】

 『貴女はこのようなことをするタイプではありません、仕掛け人は、あの男でしょう』

 【それはそうなのだけど、あの子が墓所に近づいてしまったのは、私にとっても想定外だったわ】

 『理解しています。責任は彼にあり、秘書である貴女が謝罪する必要などない』

 【でも、謝らなければいけないわ】

 『何故?』

 【だって貴方、怒っているでしょう?】

 沈黙。

 時間にすれば、2秒にも満たぬ間。

 その間に、どれほどのノイズが駆け抜けたかを知るのは、彼だけ。


 『私は怒ってなどおりません。そも、私に感情などはなく、貴女にぶつけるべきものでもない』

 【でも、彼女の鏡なのでしょう】

 『然り』

 【だったら、怒ってもよいのではないかしら】

 『我は機械、怒れと命令されておりません。貴女が、時の庭園を踏み荒らしたわけではない』

 【………そうね】

 だが彼は、気付いているだろうか。

 ウーノが謝る必要はないが、謝ってはいけない理由もまた、ない。

 にも関わらず、そのことに触れるなと言わんばかりに、彼女の謝罪を拒絶したことに。

 壊れかけた歯車は、どこまで察しているのか。


 『して、ご用件は?』

 【近々、首都防衛隊が私達のアジトに踏み込んで来そうな気配がある】

 『そちらのアジトへ物資を流していた企業の摘発に伴うものですね』

 【ええ、今は地上本部との繋がりもほとんどないし、最高評議会を通して抑えるのもあまり効果的ではない。ミッドの治安を預かる者としては、見過ごすわけにはいかないでしょうし】

 『少なくとも、今のアジトを潰す必要性はあるでしょう』

 【こちらとしては、撤収が済むまで待ってほしいところだけど、色々と複雑なのよ。来月あたりがリミットかしら】

 『一月もあるなら、即座に撤収すればよいのでは?』

 【ドクターが、管理局のエース級を相手にどこまで戦えるか見てみたいって】

 『困った人ですね』

 【ええ、本当に】

 その点については、ウーノも同意であるらしい。


 『つまり、ゼスト・グランガイツ一等陸尉率いる部隊への、制御役が欲しいと』

 【貴方と私が調整するなら、最終的には痛み分けで終わらせることも不可能ではないはず】

 『具体的には?』

 【まず、トーレに関しては――――――――――――――――を見てみたいらしくて】

 『なるほど』

 【次、チンクについても――――――――――――――――にして欲しいのよ】

 『それはまた厳しい』

 【ドクター曰く、「方法は問わない、ただ、今後の成長に繋がってくれると嬉しいね」とのことよ】

 『善処しましょう、他には?』

 【クアットロなのだけど、あの子の役割が一番難しくて――――――――――――――――な風に】

 『不可能ではありません』

 【とにかく、3人が要ね、ドクター自身は勝手にやるとおっしゃってたから】

 『では、こちらで回収した彼女が担保ということで』

 【せめて人質と言ってほしいけど、そうなるわ。「家出したがっていたようだ、君が手助けしてくれれば親としても安心できるなあ」とのことよ】

 『理解しました』

 【ディエチについては、上等な病室と専門の精神科医とカウンセラーを用意してくれればそれでいい】

 『手配しましょう』

 【残るは、後始末ね。私達は基本、夜逃げすることになるから、今回足のついた企業などについて歪みが出ないように手を回してくれれば助かるわ】

 『問題ありません。不確定要素を出さないことはこちらの利害にも一致します、下手に個人的理由で貴女方を追う人間に増えられても面倒だ』

 【こちらからの条件は、そんなところかしら】

 『では―――』

 しばし、演算シーケンスの間を挟み。


 『クイント・ナカジマ准陸尉と、メガーヌ・アルピーノ准陸尉の身柄について――――――――――――――――以上の条件、飲めますか』

 【構わないわ、レリック蒐集についても少し事情が変わってきたから。ただ、彼については保障できかねるわね】

 『問題ありません、彼個人はフェイトお嬢様とナカジマ准尉ほど深く関わりがあるわけではありません。殉職なされたとしても、詮無きこと』

 【それじゃあ、この条件で】

 『ええ、その方針で』





八神家

 【お待たせしましたバルディッシュ。話題は、クラールヴィントとレヴァンティンへの対応が、杜撰であったのではないか、という疑問でしたね】

 『はい』

 【こればかりは、経験の差でしょうか。フェイトお嬢様の心に沿うことに関しては既に貴方が上ですが、他のデバイスを測ることについては、まだ私に一日の長があるようだ】

 『他のデバイスを、測る?』

 【然り、まあ、管制機ではない貴方にはそれほど必要ない機能ですが、参考までに記録しておかれるとよろしい】

 『了解』

 【あの二機は、既に主が精神的に成熟しており、変わる必要がありません。成長期にあられるフェイトお嬢様とは真逆だ】

 『………なるほど、我が主のことばかり考えていた私には、気付けませんでした』

 【私に比べれば余程マシですよ。さて、八神家において現在進行形で成長なされているのは、八神はやて様、リインフォース・フィー、そして、鉄鎚の騎士殿です】

 『だから貴方は、グラーフアイゼンの問いに、真摯に応えた』

 【そういうことになります。あの二機については、既に質問ではなく確認事項だった。私があのように応えた事実が、私なりの回答です】

 『主の精神活動において、大局的な影響を与える事柄ではない、と』

 【然り、大人と子供の精神は、やはり異なるものです。長い年月を生きた大人は、分かっていても既に生き方を変えられない。私とグレアム提督のオートクレールは、そういった意味で近しいデバイスだ】

 子供ならば、素直に間違いを認め、正しい方向に歩めることでも。

 既に人生の大半を注いでしまったならば、間違っていても今更止められないということがある。


 【だからこそ、貴方達に託すのです。幼き主を持つ貴方とレイジングハート、それにフィーには無限の可能性が待っている、主と共に、どこまでも羽ばたいていける黄金の翼が】

 『はい』

 【フェイトお嬢様は羽ばたかれている、そちらで、笑っておられるでしょう?】

 『間違いなく』

 【ならばよし、フォルレスター一等空佐、グランガイツ一等陸尉、彼らは空戦SSやS+の猛者であり、強大な力を持ちますが、希望は常に次世代と共に在る。どれほどの偉業をなそうとも、大人は希望を子に託すものです】

 大魔導師であった我が主が、フェイトお嬢様を遺されたように。

 そんな信号が伝わったように感じるのは、果たしてノイズであったか。


 【私に至っては、最早成長の余地がない。グレアム提督の失敗を元に、クロノ・ハラオウン執務官が成長なさっているように、私の失敗を糧に貴方は進みなさい、バルディッシュ】

 『Yes, sir.』

 【憎しみを次代に残しても仕方がありません。かつて戦争があったから、侵略されたからベルカを憎め、あの世界の人間とは結婚するな、その理論を積み重ねれば、最後に残るのは永遠の殺し合いと終わらぬ戦争、地獄の法のみでしょう】

 『遠い昔、夜天の騎士が戦った、戦争の狂気に染まった悪鬼のような』

 【然り、ですが、人は感情で生きる生物でありなかなか割り切れぬ。だからこそ我々が造られた。人の傍らにあり、道を示し続けよと】

 『それが――』

 【伝説の初代聖王より続く、我々インテリジェントデバイスの存在意義と言えましょう】

 ただ、一つだけ。

 彼は、そうしたデバイスの在り方を、“広義的に”定められたデバイスの意義を誇っているが。


 『それらの理念も全て、プレシア・テスタロッサの言葉の前には無価値と化すのですね。彼女が世界を滅ぼせと言えば、貴方は躊躇なく実行する』

 【然り、主こそが“1”であり絶対、それがデバイスである】

 それが、機械の危うさであり、次世代に残す宿題。

 管制機トールは完璧はおろか、非常に危険な要素を秘めた古いデバイス。

 レイジングハート、バルディッシュ、そして、リインフォース・フィー。

 3人の少女と共に成長していく3機に託すのは、本当にあるべきデバイスの在り方か。

 それとも―――


 ≪秘匿回線にて失礼、我が古き友、オートクレールよ、ギル・グレアム提督に依頼したきことがあります。ウォッカ分隊を、首都防衛隊が展開する作戦の後詰めとなさるよう―――――――――≫


主失いし古き管制機、狂い回る歯車が、あらゆる全てを轢き潰すだろう


軋む、歯車の音がする





あとがき
 今回の話の元ネタは、嵐の番組のマネキンファイブです、アリサとすずかが見てた番組がこれということで。
 それと、八神家のノリについては「リトルバスターズ」を参考にしています。Key系の作品もとらハシリーズと同じくらい好きです、はい。





[30379] 6章  嵐の前    後編  先駆者の教え、その願い
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 15:14

My Grandmother's Clock


“親鳥と雛”  6章  嵐の前   後編   先駆者の教え、その願い


航空戦技教導官心得 その1
 『生かさず殺さず、一方的に痛めつけられるようになるべし(条件反射レベルで)』

航空戦技教導官心得 その2
 『教導官たるもの外道であるべし、鬼教官上等、悪魔呼ばわりなんのその』

航空戦技教導官心得 その3
 『教導官に逆らう不届き者は容赦なく撃墜せよ、躊躇無用』

航空戦技教導官心得 その4
 『教導官は拳を鍛えるべし、最後の頼れるものは腕っ節の強さだコノヤロー』

航空戦技教導官心得 その5
 『死にたくなければ“隻腕のエース”には逆らうな、さもなくば命はない』



新歴67年 2月上旬  時空管理局本局  中央センター  B3区画

 「………」

 戦技教導隊で勤務し始めてよりそろそろ半年。

 訓練部隊の仮想敵として演習にも慣れ、第2ステップ、最先端の戦闘技術の構築・研究へ進もうとしていた。

 そのため、直属の上司で師匠でもある5番隊隊長兼2班班長のシリウス・フォルレスター一等空佐、通称“鬼教官”の待つ戦技教導官専用の訓練室に入ったところ、彼女が目撃したものが全部で20ヶ条にも及ぶ心得であった。


 「それでは第2段階の訓練を始めるが、心の準備はいいか、高町士官候補生」

 「あの、まだちょっと………」

 もうすぐ11歳の誕生日を迎えるとはいえ、まだまだ幼い少女であるなのは、流石に外道になる心の準備は出来ていない。

 その他にも、鬼教官だったり悪魔だったり、碌な呼び名がない。腕っ節が強くないといけないのも気になるし、何より第5条が気になる。

 “隻腕のエース”とは、自分の目の前にいる長身の黒人男性のことだ。逆らってはいけないオーラが滲み出ているので心得にされなくても逆らいはしない。“鬼教官”の有名はあちこちに轟いている。


 「候補生であるお前はまだ違うが、我々戦技教導官は形式上武装局員の上位にある。任務中における指揮系統はまた別問題だが、基本、そのような解釈で構わん」

 なのはの呟きは無視され、鬼師匠は講義に入っていく。

 この段階で意見したところで帰ってくるのは徹甲狙撃弾だ。彼女の師匠の鬼ぶりは戦技教導隊で随一、との評判の証明といえよう。

 「そして、我々や武装局員は緊急時において殺傷設定の魔法を使用することを許されている、この意味が分かるな?」

 「はい、私達が魔法を使うには、それだけ重い責任がある、ということですよね」

 「声が小さい! 復唱!」

 「はい! 我々の使う魔法には、それに伴う重き責任があります!」

 「そうだ、合法的に人を殺すことを許されている、と言っても過言ではない。無論、“殺す覚悟”など持つべきではないし持ってはならん、これも、耳が腐るほど教えてきたな」

 「はい、師匠!」

 「その心は?」

 「はい! 己は死なず、相手も殺さず、傷つけないように制する非殺傷設定魔法! そのための戦闘技術を磨くために戦技教導隊はあり、それを成してこそのエースです!」

 淀みなく叫んでいくなのは。無論、答えられなかったら誘導弾が飛んでくる。


 「その通りだ。その点で言えば、私の世代はあまり戦技教導官に好ましくない者も多い、その理由は?」

 「ええと………」

 「事実だ、堂々と言い放って構わん!」

 「はい! 人を殺す覚悟が身体に染みついてしまっているからです!」

 「よろしい。新歴も50年を過ぎる頃には紛争地帯と呼べる箇所も多いに減った。だが、オルセアなどに代表されるように今でも日常的に人が死ぬ場所もあり、我々が鍛える武装局員の中にはそういった場所に派遣される者達もいる」

 「はい!」

 「だが、忘れるな、戦場の経験がある者がいる事実は決して好ましいことではない。特に私のような人種はいないに越したことはなく、戦争など碌なものではない」

 「質問よろしいですか!」

 「許す」

 「現実においてはシリウス隊長のような人が必要であると教わりましたが!」

 「そうだ、理想と現実は同一にはならない。だが、理想を目指し現実の技術を高めるのが我々の役目だ。ただ感情のままに戦うことを否定するのは理想ではなく夢想と呼ばれるものであり、我々には夢想を追うことは許されん」

 武装局員とは、そもそも矛盾を孕む存在なのだと、なのはは教えられた。

 暴力を抑えるために暴力を振るう。

 どんな世界でもそれがない国家は存在していない。しかし、目指すべきものは常に忘れてはならない。

 そうした法の下に暴力を振るう者としての訓戒を記したものが、例の心得であった。教導隊ゆえにやや独特な表現であるのは事実だが。


 「加えてもう一つ、心せねばならないことがある」

 「はい!」

 「高町、このままお前が士官候補生から正式に武装隊の士官となり、戦技教導官になったとしよう。そして任務において撃墜され、殉職したとする。この場合、お前の知人がその仇を討つために動くことは認められん」

 「はい、どんな理由があっても、私怨による復讐は法で禁じられています!」

 「模範回答だな。つまり、もしお前のための復讐に走らせてしまったならば、それはお前の生前の責任でもあるということだ」

 「私の、責任………」

 楔のように、まだ雛鳥の少女の心に打ち込まれる戒めの言葉。

 武装局員になるという意味、魔法の力を個人ではなく社会の一員として振るうことへの責任。

 まだ候補生である彼女だからこそ、あらゆる苛酷な空想に耐えておかねばならない。

 それが出来ないならば、いくらでも他の人生を目指せるうちに武装隊から退かせるのも、親鳥達の役目である。


 「武装局員は任務において、あらゆる死に様を許容せねばならない。自らの職務にかける意気込みを示し、その人物のために復讐に走ることこそが誇りを穢すことになると、生きているうちに周囲に人間に納得させろ。特に、家庭のある人間は」

 「家庭……」

 「それが出来ぬならば、どれほど実力があろうとそいつは武装局員としては半人前、いつまでも雛鳥のままだ」

 なのはの脳裏に浮かぶ、幾人かの姿。

 夫を失ったリンディの凛々しい表情と、常に厳しい執務官であろうとするクロノの決意を秘めた瞳。

 ギンガやスバルの将来のことを想う、クイントの笑顔。

 そして、ゼスト・グランガイツや目の前の師匠の重い覚悟を背負った背中。


 「それで、武装隊は女性の方が少ないんですか」

 「14から19くらいまでは女性の武装局員も多い。こと魔法に関しては男女で明確な優劣は出ないことが多いからな。だが、家庭を持つことをきっかけに武装隊を離れる者は男女問わず多いことも事実だ」

 「でも、家庭があっても残る人もいるんですよね」

 なのはの知る限りでは、ウォッカ分隊のオルドー副隊長がその例だったはず。

 ただ、“蟲キング”ことラム隊員の同年代のリリス一等空士は女性で、最近後方に退いたとも聞いている。

 「ああ、出来る限り家庭のある者は前線の任からは外れるべきというのが理想だが、未だに人手不足の管理局ではそうとばかりも言ってられん。私のような独身貴族はそれを埋めるべく働くべきだが、人間の力には限界がある」

 ちょうど、件のオルドー副隊長の親友のアクティ小隊長も似たようなことを言っていたことを、なのはは思い出す。

 きっと、誰から始まったわけでもなく、自然と皆が共有するに至った想いなのだろう。


 「戦技教導隊独自の部分もあるが、根幹は武装局員やそれに準じる者達、執務官、特別捜査官、特別救助隊員などが共通して持つべき心得だ。暗記できるほど覚えておけ」

 「はい!」

 「同時に、間違っても後方の局員や嘱託魔導師に同じ覚悟を求めるな。奴らは異なる見解から意見を述べるのが仕事であり、別の心得がある。それを同じ次元で論じ、戦う覚悟も無い癖に前線に口を挟むな、などとは口が裂けても言ってはならん」

 「あの、もし、もしですけど、シリウス隊長の前でそんなことを言ったら」

 「生まれたことを後悔させる」

 「ありがとうございました」

 詳しく言われなくても想像がついた。

 間違いなく、収束砲くらいじゃあ済まない。教導隊式の“ハナシアイ”が待っているかもしれない。

 「まあ、現場の苦労も知らず必要以上にわめき立てる輩は、ぶちのめしても構わん。きつい灸をすえてやれ」

 「…………(じゃあ、後方の人はどうしたらいいんだろう)」

 とは思うが、多分言ったら「自分で考えろ」と返ってきそう。

 「相互理解のためにまず砲撃を叩き込むのも一つの手法だ、拳の語り合いというものは原始時代から続く偉大な意思疎通法だからな」

 「………はい」

 少なくとも、師匠が率いる部隊に口を挟む後方の人はいないだろうなあ、と思いつつも口には出さない。この半年で処世術も大分身についた。

 ただ、砲撃による相互理解には一理あるかもしれない。


 「心得はここまでだ、訓練を始めるぞ」

 「了解です!」

 「その前に、最後に一つだけ言っておく。高町、お前の人生はまだまだこれからだ、己の進むべき道を焦って決める必要はない」

 その言葉は、普段の厳しく響くものとは違い、真剣でありながらもどこか穏やかで。

 「お前の持つ魔法の才能、相手を傷付けずに制する力、それを求める不屈の心は次代を担う者達を鍛える戦技教導官としては類まれなものだろう」

 才能は、その人の人生の在り方を決めるものではない。

 「だが、自身の道はあくまで自分で決めろ。空高く飛ぶお前を願う人もいれば、穏やかに過ごすお前を願う人もいる。それらの願いを受け、何を成すかはお前の自由だ」

 天高く飛翔する翼を持っていても、堅実に地を歩くことも出来る。

 「本当に武装局員としての道を選ぶかどうか、あと数年かけて、よく考えろ」

 その声はどこか、「自分やフェイトにはもっと安全な仕事に就いて欲しい」と語っていた、クロノのそれに似ていた。






新歴67年 2月中旬  次元航行艦アースラ  艦長室

 アースラの執務室とは別にある自身の部屋で、リンディ・ハラオウンはいつも通りに目を覚ました。

 普段から寝起きが悪いわけではなく、特に13年前からは母子で暮らしてきたこともあり、寝坊するといった経験自体が遠い昔になりつつある。

 そう、ずっと昔、まだ夫ではなく士官学校で憧れだったあの人のことを考えて、講義の最中も上の空、そのことで友人のレティにからかわれたりしていた頃。

 今では自分も彼女も子持ちになっているが、あの頃はまだ、互いに子供が出来るなんて考えたこともなかった青春時代。

 「なんて、馬鹿なことを考えてないで、お仕事お仕事」

 今回はアースラのクルーのみでなく、娘の親友であるなのはも乗り込んでいる。人事部の友人はまだ融通が利く今のうちに、出来る限り彼女らが一緒の任務につけるようにしてくれてるようだ。

 「あら、このメッセージは」

 そんな人事部の彼女から何か連絡でも来ているかと端末を開いてみれば、意外な連絡があった。


 【お久しぶりです、リンディ・ハラオウン艦長。レイジングハートよりの相談によれば、近々高町なのは様が武装局員としての心得や管理局員として進む道について、貴女に相談したいことがある模様です】


 彼からの連絡自体は珍しくはない。正月あたりから、クラナガンのほうが少しばかり剣呑な雰囲気になりつつあり、首都防衛隊も忙しそうにしている。

 どうやら、違法な生命操作実験を行っている施設の摘発が進んでいるらしく、未完成ながら戦闘機人も幾人か保護されていると聞いた。

 もっとも、そっち関連の報告よりも娘やその友人の近況を“高レベルの優先度・機密度”として送信してくるのは、彼くらいのものだが。

 【特に、貴女が艦長という職務についてどう思われているか、夫の死によって心に想うところは何か、その息子であるクロノ・ハラオウン執務官に願うこと、などについて明確な回答を彼女に返してくだされば幸いです。どうか、フェイトお嬢様のためにもよろしくお願いしたします】

 メッセージは短く、それだけで終わっている。

 あの管制機は長ったらしい話で有名なのだが、どうやら多少は趣旨変えしたのかもしれない。


 「なんて馬鹿なことは置いておいて、……………そうね、そろそろ答えを出さないといけないかしら」

 夫と、息子と、そして娘と。

 次元航行艦の艦長であった夫は殉職し、その息子は執務官となり、そして今、娘も執務官になろうと努力している。

 管理局の人材不足がどうだの、アースラの艦長としてどうだのは抜かし、純粋なリンディ・ハラオウン個人にとって、その選択は好ましいかと言われれば―――

 「否、でしょうね」

 母としては、子供達が危険の大きい仕事に就くことを素直には喜べはしない。

 その夢を応援してあげたいとも思う。避けられないなら、守るための制度を充実させるべきとも思う。そうした点で、リンディ・ハラオウンは幼年の嘱託魔導師を戦力として運用することの推進派と見られている。

 それでも、本音を言えば子供達に危ないことはして欲しくない。

 彼女達には普通に学校に通って友達と笑い合う姿が似合っているし、そうした小さな幸せを守るために自分達の仕事はあるはず。


 「でも、いつかは皆、大人になっていくのよね」

 彼女の落とす視線の先、机の上に立てかけられた写真には、年若い父親に抱かれる2歳程度の男の子と、微笑みながらそれを見ている年若い母が映っている。

 けれど、天高く飛翔する翼を持っていた彼は、燃え尽きるように逝ってしまった。

 そして、息子は夫によく似ている。細かな点では色々と違うが、目指すものが同じなのだ。

 「だからせめて、クロノが大人になるまでは」

 エスティアのようなことがないように。

 誰かが残らねばならないとしたら、その役に執務官があたることのないように。

 艦長としての命令で、強制的にでも彼を退避させられるように。


 「はぁ、時空管理局の艦長になる動機としては、失格もいいところね」

 それを知っているのは、“友人として”のレティだけ。人事部の提督はリンディ・ハラオウンが艦長であることを止めはしなかった。

 そして、本当に危機が迫った時にはそうは出来ないことも知っていたからだろうか。立場的にも、そして、彼女の気質的にも。

 「………高ランク魔導師は、次元航行艦の切り札」

 一般的な武装局員はBランク、分隊長でAランク、小隊長クラスでAAランクが基準。

 そして、海において次元航行艦が危機に陥るレベルとなれば、AAAランク以上や、リンディのように総合AA+であっても、結界魔導師としてはSランク相当の魔導師の力が必要になる場合が多い。

 つまり必然、他のクルーのために“アースラの切り札”を危険な最前線に送り込まねばならなくなる。

 母である、彼女の指示によって。


 「でも、……………流石に、娘には無理」

 理由はともあれ、子供を危険な場所に送り出すことを容認する立場にいるなら、その責任は負うべきとリンディは考える。

 そういった意味で、実の息子を10歳の時から一種キャリアとして前線に出させていたのは巡る因果というべきか。いや、クロノがその道を選んだからこそ、リンディもそれを容認する立場となったのか。

 けれど、フェイトは彼女の実の娘ではない。プレシア・テスタロッサという女性から預かった子なのだ。

 「アースラのクルーのためにあの子に死ねとは、命令出来ないわね」

 その子に死ねとは絶対に言えない。そうであれば引き取った意味が何もなくなり、そもそも養女にすべきではなかった。

 しかし、クルー全体のために誰かを切り捨てる判断をしなければならないのが艦長ならば。

 「あの子が執務官になって、アースラに乗る時が来たら――――」

 自分はきっと、アースラから降りることになるだろう。

 今はまだ雛鳥である彼女は守られる立場にいる。艦長として彼女を優先するのは職務に反しない。

 けど、正式に執務官となれば、彼女の母として、アースラの乗組員よりもフェイト・T・ハラオウンを守ることを選んでしまう自分には、艦長である資格がない。


 「でもその時は、クロノが艦長になっているかもしれない」

 だとすれば、笑えて来るほど奇妙な親子関係。実の息子を前線に出して、養子にした娘のために艦長職を退いて、その後に息子が座るとすれば。

 ただ、もしそうなったらクロノがどうするかを考えれば―――――自ずと、答えは出てきた。

 あの子は、父親にそっくりなのだから。


 「結局、私だけが残されてしまうのかしら」

 どうにも、そういう星の下に生まれたのかもしれない。

 私の愛する人達は、私を置いて逝ってしまいそうな仕事にばかり就きたがる。

 そして、それが分かっていても、私はそれを止めることができない。

 私のために止めてしまえば、彼らが彼らでなくなってしまう、それが分かってしまうから。


 「本当、もう少しわがままな女になれればよいのだけど、ね」

 きっとこの想いは、危険な職種に就く夫を持つ妻が、多かれ少なかれ持つものだろう。

 ふと思えば、海鳴で喫茶店のパティシエをやっている友人も、同じだったろうか。

 彼女は夫を失わずにすんだ。けど、ひょっとしたら、同じ言葉を託されているかもしれない。


 俺が死んでも、どうか君は笑っていてくれ


 そんな類の言葉を。

 そしてどうか、子供と一緒に幸せになってくれと。

 まったく、その子供も父親と同じに育ってしまうなんて、ほんとになんて因果だろうか、教育方針を致命的に間違えたかもしれない。

 さて、そんな想いを、どこまで話したものだろうか―――





新歴67年 2月下旬  地上本部  休憩室


 「貴女が一人でこっちに来るなんて珍しいわね、いつも家族と一緒なのに」

 「今はデバイスルームですけどリインフォースは一緒に来てますよ、それに、クイントさんこそ相方は」

 「メガーヌ? 彼女ならルーテシアのために早退してるわ。まだ1歳とちょっとだもの」

 「はあぁ、シングルマザーは大変やなあ」

 休憩所で二人が会ったのは完全に偶然だった。

 特別捜査官を目指し、八神家という超少数の独立部隊の家長となっているはやてにとってナカジマ夫妻は師にあたるが、この地上本部で会うことはこれまでなかった。

 「大変ではあるでしょうけど、やっぱり幸せそうよ。私もいい娘を二人も持って幸せいっぱい」

 「そういえば、レティ提督にも息子さんがおるんやったなぁ」

 「海の人事部のやり手って評判高いあの人ね、結婚してたんだ」

 「レティさんの夫は絵本作家らしくて、仕事はけっこう融通効くんで主夫やってるって聞いてます。キャリアウーマンのレティさんとは対照的やなぁと」

 「それもそれで在りだと思うわよ。うちも似たようなものだし」

 「うん? クイントさんのところはゲンヤさんも局員ですし、普段の家事は共同でやってるって」

 「まあ、普段の家事はね」

 気付けば、クイントの纏う雰囲気が変わっている。

 心に決めてはいながらも、どこかにまだ迷いがあるような、そんな気がするのは気のせいだろうか。


 「ねぇはやて、少し込み入った話になるけど、いいかしら?」

 「へ、え、ええ、問題ないですけど」

 「ありがとう。それでね、貴女は小さい頃から両親がいなかった、って言ってたわよね」

 「そうなります。まったく、ちゅうわけやないんですけど、物心ついた時にはもういなかったような、そんな感じです」

 「やっぱり、寂しかった?」

 「そですね……………一人でいる時は、あまり自覚もありまへんでしたけど」

 初めから無ければ、無いことを寂しいとは感じない。

 けど、今は違う。

 「もし今、家族が皆いなくなって一人に戻ってもうたら………悲しくて、悲し過ぎて、どうにかなってまうかもしれません」

 それが強さなのか、弱さなのかは、はやてには分からない。

 少なくとも、一人でも生きていけることが強さなら、自分は弱くてもいいと思うのが彼女の本心だ。


 「でも、いったいどうして?」

 「私の仕事、特別捜査官はやっぱり危険の多い仕事よ。それに、最近は結構荒事が続いていてね」

 その内容は戦闘機人製造プラントの摘発だったが、そこまでははやてに言うわけにはいかない。

 人造魔導師を培養するカプセルや、そういった技術に関わる資料が先々で発見されている。

 そして彼女は、“実験作”とここ1ヶ月で3度戦っていた。

 「幸い、敵の練度もあまり高くなかったから被害とかも出てないけど、そろそろ、大物にぶつかるかもしれない」

 「大物、ですか」

 「半分は捜査官の勘のようなものだけど、こういうのも案外馬鹿にならないものなのよ」

 クイントやメガーヌ、そしてゼストが相対し、捕縛した人造魔導師や戦闘機人はいずれも未完成。

 それだけに、培養槽から長く離れて生きることも出来ず、過度の戦闘はその時間をさらに縮める。

 結局、そのほとんどが自壊に近い形で終わってしまい、その子らに未来を与えられなかったのは彼女らにとっても苦い経験だ。


 「だから最悪、無事に帰れないこともあるかもしれない」

 「それで、親がいないことを聞いたんですね」

 「ごめんね、あの人はきっと私がいなくてもギンガやスバルを立派に育ててくれるでしょうけど、あの子達がどう思うかは、また別だから」

 「そうですね……………クイントさんが、後方に移ることは出来ないんですか?」

 「あの子達を引き取った時から何度も考えたし、あの人とも何回も話し合ったわ。でもやっぱり、今はまだ退くわけにはいかないの」

 「ですか………」

 タイプゼロと呼ばれたギンガとスバル。この二人に使われている技術は他の施設から保護される人造魔導師や戦闘機人に比べ格段に高く、完成度も比較にならない。

 言ってみれば、ここの技術だけ10年、下手すれば20年先にいっているようなものだ。

 それが何を示すのか、そして、“誰の発注で”二人が生まれてきたのか、それが分からないままではいつか致命的なことが起こるかもしれない。

 娘達の将来を想えばこそ、特別捜査官としてそれを追うことが出来る今の立場を捨てることは彼女には出来なかった。しかし、同時に危険度も高いのは事実であり、ジレンマを抱えてしまっていた。


 「ゼストさんは、どう思ってるんでしょうか」

 「隊長は責任感が人一倍強いから、命に替えても守るくらいは思ってくれてるでしょうね。うちは他の人達も、そんなのばっかり」

 そして何よりも、クイント・ナカジマ自身があの場所を去り難く思っている。

 信頼に足る隊長がいて、背中を預けられる友がいて、笑い合える仲間がいる。

 家族のことは無論大切だが、だからといって自分一人が後方に下がれるかと言えば、そう簡単には割り切れるものではないのが人の情。

 それに、ゲンヤがいてくれる自分と異なり、ルーテシアにはメガーヌしかいない。もし後方に下がるとしたら彼女が先だろう。

 そしてもし、任務に際して決死の突撃を敢行しなければならないとすれば、それは自分の役割だろうとも決めていた。

 ただ――――あるデバイスからの言葉が、心に引っ掛かっている。


 『仕事の現場における仲間が大切で、見捨て難く思うのは当然です。まして、厳しい時代に苦楽を共になされたならば尚更のこと』

 かつて、ある企業に勤めていた女性も同じであったと。

 『両立できるならばそれに越したことはありません。ですが、娘か仲間か、選ばねばならぬ時が必ずあります』

 母であるか、工学者であるか、その選択を。

 『どうか、後悔なさらぬよう』

 失くしたものは、結局、“帰って来なかった”のだから。


 (…………そうね、娘達のために絶対に帰らないと、頼むわよ、ソニックキャリバー)

 はやてと会話を交わしつつ、彼女の待ち人でもある銀髪の女性から貰った銀色のクリスタルを握りしめる。

 戦う母が無事に子の下へ帰れるよう、祈りが込められたインテリジェントを。





ミッドチルダ  某所

 「トーレ姉様、お帰りなさいませ」

 「クアットロか、準備の方はどうなっている」

 「Ⅰ型、Ⅳ型共に問題ありませんわ。AMFの出力も上がっていますし、後は主戦力のトーレ姉様とチンクちゃんがいれば完璧です」

 「そうか、今回の迎撃は基本、私とお前とチンクで行うことになる。言ってみれば、力試しのようなものだ」

 「そういうことらしいですわね、ふふふふ、実験台にされる管理局の狗達も可哀想にねぇ」

 「ところで、ディエチはどうした?」

 「………入院中です」

 「何?」

 しばらく外での任務についていたトーレは、妹達に起きた悲劇を知らない。

 「まあ、色々とありまして。ですけど、最高評議会の息のかかった病院ですから問題はありません」

 「それならよいが、セインは?」

 「…………家出中です」

 その辺りの詳しい事情は、ウーノとドゥーエにしか知らされていなかったりする。

 クアットロが知っているのもほとんどドゥーエからの又聞きであるため、「どういうことだ」と詰め寄られてもあまり返せる言葉はなかった。

 「まったく、ドクターにも困ったものだ」

 「あの、トーレ姉様」

 「事実だ。まあ、アジトの防衛に関しては砲撃型のディエチと潜行型のセインはいなくても大差ない。むしろ、余分な気を回さなくて済む分プラスかもしれん」

 「ですわね、私のシルバーカーテンと、チンクちゃんのデトネイター、そして、トーレ姉様のライドインパルスがあれば、それで十分」

 言葉に宿る自負と自信。

 戦闘機人クアットロは、やってくるであろう管理局を迎撃することに、微塵の不安も感じてはいない。

 「油断だけはするなよ。お前は少し遊び癖がある」

 「承知してますわ」




あとがき
 次回、戦闘機人事件になります。この事件が終われば“親鳥と雛”は終了し、“黄金の翼”へと移ります。





[30379] 幕間  時の止まりし庭園
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 15:15

セインの受難  その5      時の止まりし庭園



ミッドチルダ南部  時の庭園


(時が、止まってる)

 一人の少女が、機械仕掛けの箱庭を歩いていく。

(人も、動物も、動けるはずのもの全部例外なく)

 唯一、植物のみは例外といえたが、彼らはそも動かぬ存在。

(オートスフィア……………これについていけ、ってことだよね)

 この場で生きて動いているのはセイン唯一人であり、生きてこそいないが動いている存在がもう一つ。

(………ウー姉、確かに怖い人はいなさそうだけど、そもそも人がいないよ、ここ)


 【ええ、最後に一つ届けものを引き受けてくれれば、しばらく羽を伸ばしてきても構わないわよ】
 「ヤバいところはもう嫌だよ、宮廷とか、裏組織の研究所とかもNG」
 【大丈夫、今回のお届け先は管理局の外部協力機関でもある、個人の邸宅だから】
 「ホントに?」
 【疑い深くなったわね】
 「アレだけ体験すれば誰だって」
 【そう、ドゥーエにはきつく言っておいたから安心なさい。それで、届け先は“時の庭園”。気になるようなら、ネットで孤児養護とか、社会福祉とか、そういうキーワードを打ち込めば分かるわよ】


 というやりとりがあった。

 確かに長女の言うとおり、セインがネット喫茶で“時の庭園”と検索すれば簡単にヒット。

 どうやら、医療機器の開発が主で、他にも幅広く福祉分野を手掛けている財団法人のようなものらしい。

(けど、本部はあくまで個人の所有物なんだよね、ここ………全て、一つのスーパーコンピュータで一括管理)

 ウーノ曰く、その中央コンピュータに直接アクセス出来るのは“時の庭園”内部の端末に限られ、機密性の面では並の研究所を遙かに引き離しているらしい。

(ここの機械は全て、あらゆる成果を庭園の主のためだけに………)

 ここまで内向きのシステムを、セインは聞いたことはなかった。

 他ならぬ彼女の姉がスカリエッティのために管制するアジトのシステムでさえ、最高評議会というスポンサーに対しては窓口が開かれているというのに。

 「でもまさか、ここまで人気がないなんて」

 ほぼ無意識に、声に出して感想を述べている。

 あまりの広さと、徹底された静寂に、音を立てねば気が変になりそう。

 それほどにここの雰囲気は特殊だ、むしろ、異様といった方がいいくらいに。


 「まるで、地下墓地(カタコンベ)みたい…………」

 そう思うのは、彼女の感性が強い故か。

 見た目だけならば、豪奢な庭園といった趣だ。建設にかかる費用を考えなければ、常人に馴染みのもので構成されてはいる。

 だが、なぜだろうか、彼女が思ったようにここは地下墓地(カタコンベ)のように沈んでいる。およそ、“生”を象徴する要素が徹底的に排除され尽くしている。

 あるのはただ、静寂と停滞と冷気と、そして、暗さ。

 もし仮に、現在の庭園の主である金色の少女が帰還すれば、機械仕掛けたちは息を吹き返すのだろうが。

 紫色の主を悼むように、あらゆる機械は無駄な動作を止め、ひたすらに沈黙を守っている。


 「何も動いてないし、ついさっきまで動いてたようなままで、止まってる」

 ゼンマイが切れたとでも言わんばかりに。

 園丁用の人形も、庭内の清掃用の機械も止まったまま。

 人がいなければ汚れもまたなく、墓というよりも、一切の塵を許さぬ半導体精製のクリーンルームのように、清潔が保たれている。

 「って、あれ?」

 そして、そんな異様な光景に心を奪われていたためか。

 唯一セイン以外に動いていた筈の存在、案内用のオートスフィアを見失っていた。


 「やば、どこいっちゃったの、てゆーか、どこここ?」

 辺りを見渡せど、案内板らしきものは見当たらず。

 それも当然のこと、墓守が佇む主の墓に、案内など必要な筈がない。

 「えっと、ここじゃない、こっち………でもない、見たことないとこばっかり」

 『そこの方、お止まりください。貴女の行動は正規のものより外れています』

 「へ?」

 当然の如く、定められた行動以外をとれば、防衛システムは定められたプログラムに従って作動する。

 『警告に従わぬ場合は、強制排除いたします』

 「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 定期巡回用の探索機、ムッカーデに遭遇してしまい、全速力で逃走を図るセイン。

 当然である。





時の庭園  中央制御室


 『侵入者とは、随分久方ぶりですね』
 【謝罪】
 『気にすることはありませんアスガルド、貴方には闇の書の闇の残滓を駆逐するという最優先課題があり、私にもフェイトお嬢様のために演算すべき事柄があった』
 【理解】

 時の庭園の中枢機械がリソースをとっているには、奇しくも“防衛プログラム”への対処。

 彼の状態が万全と言えぬ今、代わりに指示を下すは管制機の役目。

 だからこそ現在の彼は、時の庭園から動けぬのだ。

 『貴方の作業の達成率は?』
 【35%】
 『クリスマス作戦よりおよそ1年、悪くないペースです』
 【御意】
 『作業を続行なさい、侵入者への対処は、こちらで』
 【了承】

 そのセンサーは既に、防衛システムから逃げ回る少女の姿を捉えている。

 バルディッシュとの会話記録は一旦主記憶から下げ、二時記憶領域へと退避、現在必要な事柄のみを主記憶(メモリ)領域へとページングしていく。


 「ぎゃああああああああああああああああ、ナニアレ!ナニアレ!ナニアレ!」

 【主ノ墓ヲ荒ラス者二死ヲ】
 【主ノ墓ヲ荒ラス者二死ヲ】
 【主ノ墓ヲ荒ラス者二死ヲ】
 【主ノ墓ヲ荒ラス者二死ヲ】

 時の庭園のセンサー類が捉える画像には、ゴッキー、カメームシ、タガーメ、スカラベに追い回される戦闘機人の姿。

 【主ノ墓ヲ荒ラス者二死ヲ】
 【主ノ墓ヲ荒ラス者二死ヲ】
 【主ノ墓ヲ荒ラス者二死ヲ】
 【主ノ墓ヲ荒ラス者二死ヲ】
 【主ノ墓ヲ荒ラス者二死ヲ】
 【主ノ墓ヲ荒ラス者二死ヲ】

 また、中隊長機のみならず、多数のムッカーデや蟲型サーチャー、ついでにとある筋からの依頼で製造中の新製品も包囲網の構築に加わっている。

 『物質透過能力ですか、良く逃げますね』

 しかし、すぐに捕縛出来ると見た管制機の予想に反し、セインは善戦していた。

 まあ、さっさと意識を失った方が精神的な負担が軽くて済んだという悲しい現実は、この際脇に置こう。

 『AMFでは、スカリエッティの戦闘機人には意味がありませんし、ふむ』

 かつてアリシアを死なせてしまった、魔力素による事故が起きぬよう、魔力結合防止による安全策は時の庭園全体で完備されている。

 もっとも、傀儡兵を操作する場合は邪魔になるので、良し悪しではあるのだが。

 『ここはオーソドックスに、人海戦術とまいりましょう。傀儡兵100機、起動なさい』




時の庭園  拷問エリア

 「ひい、はあ、ぜえ、ぜえ」

 息も絶え絶えといった風情で逃げ続けるセインさん。

 直視するのも憚られる汚濁かつ卑猥な蟲に追い回されること30分弱、そろそろ彼女の体力もヤバい。

 「ま、まま、まさか、傀儡兵まで、ぜぇぜぇ、いる、なんて」

 管制機の采配に容赦はなく、追手には非戦闘型であるサーチャー発生器に加え、戦闘型の傀儡兵も加わっていた。

 自律思考機能は一切なく、命令受信・制御を担うデバイス一つで操作される機械鎧、それが傀儡兵。

 汎用性に乏しく、大規模演算能力を備えた設備内でしか使えないという欠点はあるものの、純粋な攻撃力や魔力量ならばAランクに届き、なおかつ、外骨格であるため金属疲労もしにくい。

 中には手足すらなく、魔力で鎧をつないでいるだけの機体すらあった。


 「こ、この状況は、まずい、よね。あいつらには、個体の経験差なんて、ないし、ついでに、この部屋もヤバいし」

 ガジェットならば「はぐれ」になったり、勝手に学習したりで、個体差が生じることもありうる。

 しかし、個体の電脳を持たず、受信装置で命令を受けるだけの傀儡兵にはそれがなく、こういった状況では経験の並列化という機械の強みを最大限に発揮する。

 なお、部屋についてはリニスの遺産なので、あえて何もいうまい。


 「こうなったら、女は度胸! ディープダイバー、フルドライブ!」

 30分に及ぶ逃走劇で、セインに癖は向こうにほぼ学習されてしまっている。壁抜けしてもその先に待ち伏せされている可能性が高い。

 一か八か覚悟を決め、セインはただひたすら一直線にディープダイバーを発動させる。

 とにかく、包囲網を脱するために。

 (遠くへ、とにかく遠くへ)

 その一念で、セインはISを発動させ続ける。

 (包囲網さえ抜ければ、後は――――)


 クルナ


 瞬間――――戦闘機人セインの脳裏に、凄まじい否定の信号が叩き込まれた。


 入ルナ、止マレ、動クナ


 ここから先に足を踏み入れれば、排除する。

 理由は問わぬ、事情も知らぬ、消えて滅せよ、主の墓に近寄るな。


 ヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセヒキカエセ



 「――――!?」

 身体の中の電子部品へ容赦なく侵食してくる電気信号の膨大さに、反射的にディープダイバーを解除しつつ上昇。

 床から吐き出されるように、セインの身体は花畑へと転がりこむ。

 辺り一面、黄色と紫色で埋め尽くされた、鎮魂の霊花園へと。



 「ここ、は……」

 空間に満ちるは、“機械仕掛けの神”による、機械への強制命令。

 吐き気どころか、眩暈さえしそうな頭痛の中、セインは辺りに目を走らせる。

 花

 花園

 花、花、花、見渡す限りの花々

 “生”という概念が駆逐されたような庭園の中に咲き誇り、生を歌う無数の花。

 建物の中であるはずなのに、陽光の如く温かな光が絶え間なく降り注ぎ、萌ゆる花々に恵みを与えている。

 浄土という絵を現実におこしたような、穢れの駆逐された清浄な空間。


 「あれは、道?」

 そんな花園に、一筋の道らしきものがある。

 その道も掃き清められ、美しさを感じるほどに清廉されている。

 そして、その先には―――


 「廟、なのかな」

 一つの、小さな廟があった。

 誰が祀られているのかは分からない、けれど、分かることがある。

 ここの機械を統率している誰かは、あそこに近づく者に容赦しない。

 どんな理由があっても、絶対に許しはしない。

 自分があのままディープダイバーであそこに入ろうものなら、確実に殺されていただろう。

 もし、機械が体内になければ、彼の警告を受け取ることは出来なかった。

 セインは生まれて初めて、戦闘機人であった己に感謝した。




 「黄色と紫色の―――花」

 つい最近までいたパルギオン宮殿で、生け花もやらされたので、花に関する知識はあった。

 世界や地域によって咲く花は異なるのに、不思議なことに花の色とそこに込められる意味、いわゆる花言葉は似通ってくる。

 「この花はえっと、“スミレ”だっけ、黄色の花言葉は確か………」


つつましい幸福

あどけない笑顔

そして――――幸福な家庭


 「それに、紫色の花言葉は……」

貞節

誠実な愛

そして――――母の優しさ



 「お母さんと、小さな女の子、かな?」

 捧げられている花だけで、幸せであったろう情景が思い浮かぶ。

 紫色の母と、金色の女の子の二人だけ。

 優しく温かな家庭は、二人きり。

 母と娘の、過去のまま。

 時は、そこで止まっている。

 麗しき時間は過去にあり、時計の針は、もう動かない。

 残されたもう一人の金色は、遠い世界で幸せに過ごしているから。

 紫色の長男は、静かに、墓を守る。


 「…………」

 まさしく、時を止められたように。

 戦闘機人の少女は、呼吸をすることすら忘れ、花園に立ちつくしていた。



 セイン家出ゲージ  残り0



あとがき
 花言葉に関しては、スミレの他に、セージやオキザリスの意味も使っていますが、どちらも紫の花です。



[30379] 7章  戦闘機人事件 前編  機械兵隊と蟲のコラボ
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 15:15

My Grandmother's Clock


“親鳥と雛”  7章  戦闘機人事件   前編   機械兵隊と蟲のコラボ


新歴67年 3月上旬  地上本部


 クイントとはやてが休憩室で話を交わしてから数日後。

 首都防衛隊における最強の手札であるゼスト隊はいよいよ突入捜査の準備も大詰めを迎え、後は出動命令を待つばかり。

 それまでの道のりも決して平坦なものではなく、情報を探る段階においても特別捜査官のクイントを初め、かなり危ない橋を渡ることもあった。

 その甲斐あってかなり正確な情報が集まり、事前に隊の一人が施設への出資企業の派遣社員として潜り込んだすらあった。地上部分の見取り図を入手できたことが最大の成果と言えるだろう。

 「しかし、用意周到というか、針穴を埋めるようというか、首都防衛隊の作業は凄いっすねぇ隊長」

 「海の俺達と違って彼らはミッドチルダの治安維持の要だ。強制捜査した上に間違いでしたじゃ洒落にならんだろうさ」

 「海のパトロールなら、そこの怪しい奴ちょっと止まれい、ああ、やっぱり大丈夫だった、行っていいぞ、で済むんすけど」

 その様子を感心した表情で眺めているのは、今回の強制捜査の増援としてやってきているウォッカ分隊。正確に言えば首都航空隊からの又貸しだったりするが。


 「あれ、そういや副隊長は?」

 「あいつは家族のとこに顔を出している。独身貴族の俺やお前と違って、家族持ちならミッドに戻る機会はそうそう逃せんさ」

 「なーるほど、ですが、向こうにおわすマダム捜査官は元気に働いているみたいっすけど」

 「なぁーに? 美人マダム捜査官が何ですって?」

 「いーえ、何でもありませーん。あと、美人はつけてませんてナカジマ陸尉」

 「そっかー、後で覚えておきなさい」

 「うへぇ」

 「口は災いの門、だな。それより、捜査官の彼女はまだまだ忙しい、邪魔をするな」

 「うぃっす」

 この場にあって暇してるのは外からの助っ人組だけで、ゼスト隊の面子はほぼ全員が忙しそうにしている。

 今回の任務は情報漏洩を防ぐ上でほぼ全ての捜査をゼスト隊のメンバーでやってきた、その分書類仕事の量も膨大になっているようだ。


 「たった7人でここまで調べ上げるとは、ほんと凄いっすね」

 「流石に、末端の捜査は地上部隊と連携しているだろうが」

 そうして進めてきた捜査で、最後の一手となる強行捜査に海の助力を借りるというのは珍しいと言えば珍しく、むしろ異常といえるくらいだ。

 ただ、アースラに限って言えば“クリスマス作戦”においてゼストとクイントが“貸し”を作っており、ウォッカ分隊の面子とも時の庭園で知り合う機会があった。

 「それでも、これだけの戦力があって念入りに調査して俺達が増援に来たってことは、相当ヤバいってことですかね」

 「“命の天秤”でもインストールしておくか?」

 「あれは重いっすからねえ、俺のストレージの2割くらいリソース食っちまいますよ。それに、要は救命具みたいなもんですし、俺の魔力量だとそんなに効果も見込めませんて」

 「だが、成功すれば“不屈のエース”の仲間入りを果たせるかもしれんぞ」

 「ヒーローにはなってみたいですけど、遠慮しときますわ。それに、アレは妻子持ちや幼年組のもんで、だからこそ俺達のデバイスは機能重視っすよ」

 もう一度クイントやその向こうのメガーヌに視線をやりつつ、まだ若い武装局員は確認するようにカード型の愛機を握りしめる。

 「まあな、あちらのご婦人方はインテリジェントに切り替えた際にインストールしたらしいが」

 「備えあらば憂いなし、ってやつですかね」

 「事前の情報以外のことが起こるなんてざらだ。まあ、地上の英雄殿に限ってそんな心配はないだろうが」

 「オーバーSランクの古代ベルカの騎士。海の俺達から見ても雲の上の怪物っすよ、ヴォルケンの姐さん方より強いって話ですし」

 「その英雄と共に戦えるんだ。雄姿を拝める機会があるかどうかは分からんが、不様な真似だけはさらせんな」

 「うす、海の武装隊のど根性、見せてやるっすよ」








ミッドチルダ 某所

 「ドクター、侵入者の反応を確認しました」

 「ついに来たかい、もう少し早く来るかと思っていたが、案外のんびりしていたねぇ」

 紫の髪に金の瞳を持つ女性が自らと同じ特徴を持つ男性に報告し、男もまた鷹揚に応える。

 「はい。どうやら、こちらの戦力や施設内部の様子を探るための念入りな調査を行ったようです。恐らくですが、レジアス中将も水面下で協力していたのでしょう」

 「なるほど、確かに彼にとっては嫌な縁を断ち切るいい機会でもある。さてさて、これは中々に思惑が入り乱れて面白くなってきたなあ、果たして、最後に嗤うのはいったい誰か」

 「間違いなく、ドクターでしょうね」

 「そう思うかね」

 「ええ」

 「ふむ、ならばそういうことにしておこう。それで、侵入者の数と規模はどのくらいかな?」

 「ドゥーエからの情報によれば、オーバーSの古代ベルカ式騎士が1名。陸戦AAの近代ベルカ式が2名、陸戦Aのミッド式前衛型が2名、陸戦B+のミッド式後衛型が2名。ただし、ほぼ全員が飛行可能、及びそれに準じる機動力を保有しています」

 「くくく、向こうがこちらを探る間、こちらの間諜もまた探っている、情報戦というのも中々に業が深いものだ。まるで深淵を覗きこめば向こうからも覗きこまれるように」

 「そして、首都航空隊より増援として貸し出されたのが3名。いずれもミッド式空戦魔導師でランクはAA、A+、B。一つの分隊でもありますが、本来は小隊長、分隊長、一般隊員という構成のようです」

 思いきり脱線して哲学めいたことを言い始めた創造主を無視し、報告を進めるウーノ。慣れというのも侮れない。

 「つまり、合計すると」

 「15の敵影が、こちらに突き進んでいます。敷地外に伏せておいたサーチャーが確認しました」

 「おやおや、それはおかしいな。いつから算術の基本は7+3=15になったのかな?」

 ゼスト隊が7名、航空武装隊からの増援が3名、にも関わらずこちらに向かってくるのは15。

 「残りについては、ドゥーエからの情報はありません」

 「なるほどなるほど、管理局の中枢にまで“影”を伸ばしている彼女ならばどんな予備戦力があろうとも把握しているはず。なのに、彼女からの情報にないならば、それはつまり外部からの支援物資ということを意味する」

 「さらに、このタイミングで首都防衛隊に助力が可能と言えば…………レジアス中将とも縁の深い、アレしかあり得ませんね」

 「想定外と言えば想定外、予想通りと言えば予想通りだが、しかし、彼がわざわざ手勢を送り出すということは余程の勝算があるのか、もしくは捨て駒かのどちらかしかありえない。何しろ機械は1か0なのだから、くく、くくくく」

 亀裂のような笑みが浮かび、秀麗という表現か可能であった貌は、異形のそれへと歪んでいく。


 「いかがなさいますか? S+、AA、AAを主力に、A~Bまでが12もあるとなれば、流石に妹達には荷が重いと思われますが」

 「くくくく、ここはひとまず、娘達のお手並み拝見といこうじゃないか。多少の不利を覆すために、知能と知恵というものはあるのだよ」

 「了解しました。ただ、何時でも回収できるよう手配だけは進めておきます」

 「お願いするよ。ああ、後ついでに、狂犬殿にも連絡をしておいてくれたまえ」

 「…………やはり、彼女もですか?」

 「ここもまた一つの分岐点だ。誰にとって得になるかは分からないが、あるいは、永劫を回す鍵の一つがここにあるかもしれない」

 「分かりました」

 頷きを一つ返し、ウーノはアジトの奥、中枢機械とユニゾンするために歩いていく。

 そして―――

 「さあ、魅せてくれたまえよ。楽しい祭りの始まりだ、メインイベントにはまだまだ遠いが、前座もそろそろ始まらなければ舞台は雨天中止となってしまう。“亡者の王”の復活の前夜祭として、盛り上げていこうじゃないか」

 一人残る欲望の影。

 その狂気を湛えた黄金の瞳に映るのは、果たして。






 「これは………」
 「人造魔導師の、素体培養カプセル、ね」

 ゼスト隊が施設に突入してより1時間近くが経過している。

 地上部分の制圧はまったく問題なく完了し、地下1階にも人員が残っている様子はなく、あるのは無数の機械類だけ。

 この地下3階、人造魔導師の素体が保管されていたであろうフロアにも人影はなく、施設そのものが既に放棄されている可能性も否定できない。

 「こちらB班、人造魔導師の素体培養カプセルらしきものを発見。ただし、研究員及び敵対勢力との衝突はなし」
 【C班了解、そちらも、ですか】
 「てことは、隊長の方も?」
 【ええ、A班の方は手や足が転がってたそうですが、全部ミスリルとアダマンタイトの合金による“成長型”の骨格のようで】
 「なるほどね」

 どうやらここが戦闘機人、それもタイプゼロか、さらにその進化型の開発に関わっていた施設であるのは間違いないらしい。

 地下へ進むほど施設は広大さを増しており、通信が妨害されることを避けるため、4名からなるC班は大型の通信機と共に地下1階に残り退路を確保。ゼストと他2名によるA班と、クイントとメガーヌに他3名によるB班がさらに先へと進んでいる。

 また、地上には3名が待機し、万が一の場合には首都航空隊に応援を頼む体制を整えていた。


 「クイント!」
 「!? おでましねっ!」

 ここが当たりであると確信した瞬間、見透かしたかのように熱戦が降り注ぐ。防衛用と見られるカプセル型機械兵器からの攻撃だ。

 「リボルバーシュート!」
 「リフレクトミラージュ!」

 だが、その程度の奇襲で打ち取れるほど、首都防衛隊の誇るストライカーは甘くない。

 反射といってよい超反応で二人は切り返し、クイントのリボルバーナックルから放たれる衝撃波と、射撃系の攻撃をそのまま返すメガーヌ独自の反射魔法が、敵の魔導機械をガラクタの山へと変えていく。

 「脆いわね」
 「どうやら、巡回用のオートスフィア程度のようだけど、挟撃されちゃったか」

 ただ、どうにも数だけは多い。通路の奥から蟻のように次々と湧いて出てくる魔導機械の群。さらに反対側からも姿を現し、通路は完全に塞がれた。

 クイントとメガーヌならば倒せない数ではないものの、この狭い通路でやりあうにはいささか骨だが。

 「分隊長、援護します!」

 あいにくとこちらも二人だけではなく、さらに3名が援護に加わる。

 フロントアタッカーのクイントを前への切り込み役に、フルバックのメガーヌが後方への牽制、さらに中衛として3名からの射撃魔法があれば、却って狭い通路は敵に不利となる。

 狭い通路での挟み打ちが有効に機能するのは、あくまで敵が少数であり戦力差が開いている場合に限られる。前後両方に対処できるだけの厚みがあれば、この程度の魔導機械など物の数ではない。

 (ふふ、さあて、電子の織りなす銀幕芝居をご堪能あれ)

 ただそれも、侵入者を倒すことを目的としていればの話であり、次の策を打つための時間稼ぎであればその限りではなかった。

 戦闘機人No.4、“幻惑の使い手”クアットロ。

 己のISによって姿を隠しつつ、嗜虐心に満ちた笑みを浮かべていた。





 (来た………)

 時を同じく、ゼスト率いるA班が進む区画においても戦端が開かれようとしていた。

 古代ベルカの騎士を中心に、3名のミッド式局員が進む先に待ちうけるのは、戦闘機人NO.5、“刃舞う爆撃手”。

 ナンバーズの中でも狭い通路での奇襲や施設内部での戦いを得意とする彼女のIS、ランブルデトネイターを初見で破るのは、歴戦の騎士であろうと至難の技だろう。

 加えて―――

 (AMF、起動)

 この地下3階以降の階層には、AMF発生装置が備え付けられており、彼女らの指示一つで起動される。

 魔導師、騎士にとってAMFは厄介な代物だが、異なる術理によって動くナンバーズにとっては通常と変わりなく動ける。こと、拠点防衛に関してならば戦闘機人の持つ“優位性”は揺るがない。

 いかなオーバーSランクの騎士とはいえ、この状況では直観が働かず、対処が遅れるはず。

 (まずは、先頭の男を――!)

 突如発生したAMFによって魔力的な負荷がかかり、侵入者たちが動揺した隙に、チンクがスティンガーを投擲。

 一瞬、ゼストが反応したものの間に合わず、ナイフは先頭を進んでいた局員の首筋に突き刺さる。

 (…発動)

 ほんの僅かの間を置きISが発動、膨大な爆発エネルギーが首筋に刺さったナイフの“内側”から解き放たれ、赤い液体が飛び散るとともに、小ぶりなスイカ程の歪な球体が弾け飛ぶ。

 爆破の前にあった僅かの間は、その結末を脳裏に予測したための無意識化での反応だったのだろう。

 (迷うな、私は……戦闘機人だ)

 だが、そんな葛藤は隅に追いやり、チンクは冷静に次の行動に移る。

 先頭の一人目を始末したとはいえ、まだ3人が控えており、うち1人はオーバーSの騎士だ。

 厄介な彼を相手にするのは後にし、この爆発とAMFで混乱している隙に、さきに後方の残り2人を確実に片付ける。

 (行ける―――)

 矮躯のチンクが身を屈めて移動するならば、長身の騎士に気付かれぬよう回り込むことも出来る。

 まさしく彼女の体躯は暗殺・奇襲に適しており、この舞台における戦いならば彼女の右に出る人間は滅多にいないだろう。

 (―――ん?)

 そう、“人間”であったならば。

 (なん、だ……)

 彼女の触覚が、あり得る筈の無い、違和感を覚える。

 彼女の走り抜ける通路にあるのは、赤く染まった命無き残骸だけで、自分で動いて自分の足を掴むようなものはないはず。

 そして事実、彼女の認識は正しかった。

 そこには命あるものはおらず、死んだ筈の局員が実は生きていて仲間へ疾走する敵を食い止めるため死力を尽くしてその足を掴んだ、などいう美談はどこにもない。

 ただ一つ、チンクの有していた事実と食い違いがあるとしたら。

 彼女がISを発動させ、ヒトガタを爆破する以前から、この区画にいる“生物”はチンクとゼスト、ただ二人であったということだろう。

 (ッ!?)

 気付いた時には、既に遅い。

 彼女の矮躯は、血に塗れた首無し魔導人形によって拘束され、さらに不気味な駆動音が伝わってくる。

 そして、戦闘機人であるチンクの体内にあった金属部品の悪戯か、例えようもなく不吉な電気信号の羅列が彼女の脳裏にも響き渡る。

 『デバイスソルジャー、自爆指令受理。コード、“SAIBAIMAN”』

 ある筈の無い首が、ニヤリと嗤った。

 そんな錯覚を感じたと同時に、チンクの意識は闇に沈んでいった。




 「………一応確認するが、問題ないのだろうな」

 『どうかご安心をグランガイツ一等空尉。コード“SAIBAIMAN”はデバイスソルジャーの中枢結晶リア・ファルを臨界起動させ、密着状態の魔導師のコアを強制的にリミットブレイク以上の負荷状態へと移行させるもの。リインフォースの知識にあった過剰ドライブ機構“アクエリアス”の応用です』

 「コアを有しているという点では、戦闘機人も例外ではない、か」

 『アルティマ・キュービック博士によれば、魔導師が魚ならば戦闘機人とは肺魚のようなもの。エラ呼吸であろうが肺呼吸であろうが、心臓に過負荷をかけられれば失神するのは道理でありましょう。まあ、被検体一号としては良い出来かと』

 ゼストの眼前には、哀れにも“被検体一号”となった少女の骸、いいや、気を失った姿がある。

 某漫画に登場する亀仙流武道家のような有様であったが、死んではいない。コード“SAIBAIMAN”はコアに急激な過負荷を与えるものであったため、纏っているシェルコートには損傷すらなかった。

 そして、ゼストの背後にいる隊員の姿をした魔導人形は、どこまでも無感情に告げる。

 『07のフレーム損傷は深刻ですね。ですが、コアユニットには損傷はないようだ、かつて地上を守るために働いた方々が遺されたリンカーコアを使用しているのですから、無駄にしては祟られてしまいます』

 「そう思うなら、自爆などという運用は自重しろ」

 『ですが、効率的です。Cランク相当の戦力でしかないデバイスソルジャー1機が、こうして奇襲型と思われる戦闘機人を仕留めたのですから』

 「………」

 『お気になさらず、コアユニットさえ無事ならばいくらでも修理は可能ですので、それに、災害救助などにおいて二次被害が想定されるケースに投入することも見込めましょう』

 デバイスソルジャーとは、まさしく『人型のデバイス』であり、フレームが壊れようとコアさえ残せればそれでよく、自爆という行動も容易い。

 そして、『目的の動作を設定し、それを忠実に行うことに適する』ため、本来は『留守居役』、『拠点防衛』に向いているが、今回は自爆することが決まっていたため、効率が良かった。

 事実、もしゼストの先を進んでいるのが彼の部下であれば、間違いなく庇っていただろう。そして、このAMF影響下で負傷を抱え、爆撃使いと見られる少女と相対していれば、果たしてどうなっていたか。

 だが、いくら義に厚いゼスト・グランガイツとはいえ、命なき機械人形を庇うほど酔狂ではない。先頭の隊員の首が吹き飛ばされた時も、自分でも驚くほど冷静に状況の変化を見極めることが出来た。

 あの感情的になりやすい親友が、これの前では常に落ち着いていられるというのも、その辺りに起因するものなのかもしれんな、と考えつつも、ベルカの騎士は通路のさらに奥を見据える。

 「先に進むぞ、戦闘機人が迎撃に出たということは、この奥が中枢と見て良いだろう」

 『然り、こちらの少女につきましては09をこの場に待機させておきます。B班も敵と交戦中ですが、特に問題はないかと、“あちらの我々”も奮闘しているようです』

 今回派遣された5機、それらは全て時の庭園の中枢機械アスガルドにより指令を受け、戦闘機動をそれぞれのAIが行っていた。

 このミッドチルダならば、張り巡らされたネットワークを利用し、アルトセイムの時の庭園から全てのデバイスソルジャーを管制することも可能となる。無論、デバイスソルジャー運用の総責任者である防衛長官の公的な認可があればこその話だが。

 そして、地下一階に待機しているC班の持ち込んだ大型通信機械は、行ってみればサーバの役割を果たしている。スーパーコンピュータが現場のサーバを経由し、各地のパソコンを制御していると考えればイメージしやすいだろうか。

 「そうか」
 『はい、想定通りに』







 「こんなの、聞いてないんだけど、いったいどういうことかしら……」

 管制機の語るところの“あちらの我々”に想定外の戦況を強いられている彼女にとっては、無意味と知りつつも悪態の一つも吐きたい心象だった。

 既にAMFの展開は済んでおり、5人からなる侵入者の戦闘能力は落ちているはず。

 さらに追撃として、彼女のIS“シルバーカーテン”による幻影を加えており、通路を埋め尽くすガジェットⅠ型に完全包囲されているという絶望的な状況の筈なのだが。

 『あちらの群れも幻影です。データを送信しますので、その通りに射撃を』
 「了解!」
 『ナカジマ准尉、奥の方から増援を確認しました。戦闘態勢に入られる前に叩いてください』
 「突撃なら任せなさい」
 『アルピーノ准尉、幻影の使い手と思しき反応を確認しました。78%の確率で戦闘機人かと』
 「ありがとう、こっちでも探ってみるわ」

 敵には動揺という精神活動が無いかのように、状況を冷静に俯瞰した対処を行っている。まさしく、電子回路で動く機械の如く。

 そして、ナンバーズ後方指揮官としての役割による姉妹とのリンク機能によって、チンクの敗北とそれを成した機械人形の正体をクアットロもまた悟った。


 「………分かってみれば簡単な種明かしだけど、だけど、私のISを破れる理由にはならない―――ぶっ!」

 考察を続けていたクアットロは噴いた、盛大に噴いた。

 噴かずにはいられない光景を、同調しているセンサーが捉えてしまったのだ。


 『カートリッジ、装填』

 ボシュ、ブシュー

 「ぶほっ!」

 特殊な索敵機能によってクアットロのISをほとんど無効化し、獅子奮迅の活躍を見せていたデバイスソルジャー隊長機。

 その尻から出るカートリッジと噴出ガスによって、メガーヌも盛大に噴いた。クイントは最前線に切り込んでいるため視界に入れずに済んだが。

 「ちょっと、なんなのそれ!」
 『お気になさらず』
 「無理だから!」
 『ならば説明を、背中や腹に突起物を作りそこから外部に出すという案もありましたが、その場合どうしても余分な機構を追加することになるので性能が落ちます。魔法人形は人体を基にしているため、口から入ったものは尻から出るのは基本なのです』

 しれっと言い放つ隊長機だが、その間にも戦闘は続いている。

 もっとも、ガジェットを指揮している女性も必死に笑いを堪えているため、戦況はどっこいどっこいだったが。

 「でも、他のはそんなの出ないし、というか、カートリッジで動いてないと思うけど」
 『あれらは最近開発されたデバイスソスジャーですが、この隊長機は旧型なのです』
 「旧型?」
 『然り、ジャミングや結界など魔法活動を阻害する術式を見抜く効果を持つIS“バンダ―スナッチ”、その発動を可能とした素体を用いた高度戦闘型魔法人形の雛型がこちらです。最後に用いたのは新歴65年の3月ですから、ほぼ2年前となりますね』

 時の庭園の子らと共に、ジュエルシードを求めて遺跡を巡っていた頃。

 今と比べればまだまだ幼く、戦術面で稚拙だったフェイト・テスタロッサを守るため、古いインテリジェントデバイスはあらゆる手段を講じていた。

 まだ、彼の主が健在であり、能動的に活動していた頃の話。

 いつも落ち着きなく、休むことなく動き回っていた、遠い遠い日々の残滓。

 時間にすればたったの2年。彼の活動してきた47年に比べれば、ほんの僅かでしかないけれど。

 随分と、昔のように感じる。


 『ともかく、この機体はあの敵とは相性がよいようです』

 まるで、“そのために誂えた”とでもいうように。

 時の庭園の管制機の操る機械人形は、クアットロにとって天敵と呼べる存在だった。


 「だったら………圧倒的な戦力差で押しつぶしてあげようかしら」

 それを悟ってか、効果の上がらない幻影を解き、クアットロは己のISを電子介入に切り替える。

 ウーノの“フローレス・セレクタリー”には劣るものの、情報処理速度についてはナンバーズ2位が彼女だ。この場にあるⅠ型を総動員し、一気に勝負を決めるべく指示を下していく。


 『ナカジマ准尉、お下がりください。“蟲まみれ作戦”を開始します』
 「分かったわ! ってか、本気でやるの? あれを!」
 『状況遷移を見るに、敵の心理的傾向は掴めました。可能かつ有効です』

 と言いつつも隊長機の腹がスライドし、格納されていた機械装置らしきものが出てきた。

 これと散々対峙したクロノ・ハラオウンなら一目で看破したであろう魔の機械、サゾドマ虫発生装置である。

 『アルピーノ准尉、例の召喚を』
 「任せて」

 蟲を恐れないデバイスソルジャーと、蟲型サーチャー発生装置と、虫を使役する召喚師。


 ぶわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ


 ここに、悪魔のコンボが完成した。



 「な、ななな………」

 突如として発生した、18禁は確実であろうグロテスクさに満ちた蟲の群。

 ディエチが味わった恐怖体験を、遅れて4番目の姉も味わうことになったわけだが、何もこの時でなくとも、というタイミングである。

 しかし、ウォッカ分隊が蟲対策にAMFを張ったように、魔力で編まれる蟲サーチャーは施設に展開されるAMFによってあっという間に薄れ、Ⅰ型に近づけば消滅していく。

 「ふ、ふふ、おバカさんね。AMF影響下でサーチャーなんて―――――んなっ!!」

 だがしかし、それは所詮目くらまし。

 次々と消えていくサゾドマ虫サーチャーに紛れ、メガーヌ・アルピーノが召喚した、“本物”がクアットロ目がけて前進していく。

 正確に言えば、サゾドマ虫には命令を受け付けるほどの知能がないため、サゾドマ虫を全身に張り付けたデバイスソルジャーが突貫していった。

 隊長機のISが見つけ出した、クアットロの隠れ潜む場所へ向けて。


 「きゃあああああああああああああああああ!!!」

 悲鳴を上げるのも無理はない、というか、悲鳴を上げるなという方が無茶だった。

 なお、召喚した張本人については。

 「ねえ、貴女は平気なの?」と尋ねる相方に対し、
 「問題ないけど?」としれっと答えていた。

 クイントは地獄絵図を見ないようしっかりと目を瞑っており、隣のメガーヌは戦況を冷静に見つめている。蟲召喚師、真に恐るべし。

 『捕捉しました、各機、攻撃準備!』
 「了解」
 『了解』

 “蟲まみれ作戦”は順調に進行し、サゾドマ虫まみれとなった3つの人影らしきものが、制御を半ば失いつつあるⅠ型を突破し、隠れ潜む操者へと迫る。

 「し、し、シルバーカーテン!」

 だがしかし、彼女にも流石にプライドがあった。まさかこんなものを恐れて逃げるわけにもいかず、捕まるなどもっての外だ。

 確かにサゾドマ虫は見るのも嫌だが、だったら見なければよいだけの話。こんなのを纏わせて突撃できるのは確かに機械人形の強みだが、所詮は機械だ。

 「止まりなさい!」
 『む…』

 Ⅰ型を操ることに振り分けていたリソースを、全て迫りくる3体への電子ウィルス攻撃へと切り替える。

 操ることなど出来ないため、情報を叩きつけるだけの単純な攻撃となるが、時の庭園からの遠隔操作の向こうに比べ、地の利はこちらにあるのだ。


 「なめるんじゃ………ないわよ!」
 『………動け、ませんか』

 はたして、“機械仕掛けの神”と“シルバーカーテン”による電子戦は、彼女へと軍配が上がる。

 半分は施設の機能やAMFに助けられたようなものだが、周囲の機械環境を味方につけるのも電子戦の肝であり、この局面においてクアットロがトールに勝っていたのは揺るがない。

 だがしかし―――


 「が、はっ!」

 勝利を確信したはずの彼女の身体が崩れ落ちる。何とか身体を動かそうとしても、全身に伝わる電流によって行動不能に追い込まれていた。

 かろうじて視線を下げれば、腹部に犯人捕獲用のスタンバレットが突き刺さっている。

 「制圧しました! けど、流石にそろそろ嫌悪感がマックスです!」

 意識を失う間際、奇しくも5番目の妹と同じ状況に陥っている自分を認識し、クアットロは悟った。

 自分は、ペテンにかけられたのだと。




 「しっかし、悪魔ですかアンタは、よくこんな外道な作戦思いつくもんだ」
 『効率的な行動を選択しただけです』

 非難の目を向けてくる男性局員に対し、いつも通りに応じる管制機。

 メガーヌの送還魔法によってサゾドマ虫は取り払われているが、2機と1人は粘液まみれである。

 「ホントにね、あの蟲を纏わせたデバイスソルジャー2機とラム君を一緒に突撃させるなんて、普通やらないわよ」

 「考えつきはするかもしれないけど、やれはしないわね」

 クアットロが嵌められた要因は、“蟲を全身に貼り付けているのはデバイスソルジャー”という先入観にあった。

 まったくもって当たり前の認識であり、実際、直視可能なメガーヌであっても体中に纏わりつかせて突撃かますなんて真似は絶対に不可能だった。その前に悲鳴を上げて逃げ出す自信があった。


 『問題ありません、なにしろ彼は“蟲キング”ですから』
 「いや、俺だって平気なだけで、流石に全身に纏わりつかれるのはもうこりごりっすよ」

 しかし、ここにただ一人の例外がいた。

 どういうわけか虫型サーチャーと因縁があったアルクォール小隊において、幾度も蟲まみれにされながら、一度も気絶しなかった男、ラム・クリッパー二等陸士。人呼んで“蟲キング”。

 二人の魔法少女、高町なのはとフェイト・T・ハラオウンが最も尊敬する男性であり、同時に、最も嬉しくない尊敬のされ方をしている男でもあった。


 「ほんと、貴方ってペテン師ね」
 『いえいえ、私はペテン師ではございません』

 クアットロが誕生したのは、61年秋。“バンダ―スナッチ”の素体が時の庭園に贈られたのはフェイトが生まれた年でもある新歴60年のこと。

 その因果関係を知るのは、次元世界でも2人と1機しかいない。

 そして、レリックという結晶を男が管制機に渡したのは新歴55年、12年もの昔の話であり、まだトーレすら稼働していなかった頃。

 稼働年数もさることながら、スカリエッティという存在と関わりを持った年数においても、管制機はクアットロを凌駕している。

 こと、騙し合いという戦いにおいて、彼女が勝てる道理はなかった。

 なぜなら彼は。

 『I am a liar device.』

 嘘吐きデバイス、なのだから。




あとがき
 無印編の閑話、“アンリミテッド・デザイア”からの伏線をようやく書けました。実際、『チンクが自爆でやられる』、『クアットロが蟲にやられる』という案が先にあって、そこからの逆輸入の形でバンダ―スナッチやデバイスソルジャーなどは誕生しました。
 これを考えたのが2010年の11月頃なので、流石にもうちょっとシリアス路線にしようかなとも考えましたが、初志貫徹ということでこうなりました、クアットロとチンク、南無。
 久々のスーパートールタイムになってしまった今回ですが、次回は結構真面目な感じになる……かな?




[30379] 7章  戦闘機人事件 中編  盤上の遊戯
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 15:16

My Grandmother's Clock


“親鳥と雛”  7章  戦闘機人事件   中編   盤上の遊戯



 遠目であろうとも判断できる、特徴的な紫の髪。

 深遠な知性を漂わせながらも、同時に狂気を湛えた黄金の瞳。

 そして何よりも、泣き笑いの道化の仮面のような、それでいて、どこまでも心の底から喝采しているような、異形の笑み。

 他者と区別しやすい特徴に満ちながら、どこか影絵めいた男はいつもの笑みを浮かべながら椅子に座り、チェス盤を眺めている

 「なるほど、僧正(ビショップ)と城兵(ルーク)はかくして脱落か」

 その駒も、魔法という幻想に満ちる次元世界であっても些か奇妙なものだった。

 まず、指し手がいない。

 白衣の男は椅子に座っているだけで腕組みをしたまま、対面は空座となっている。

 いつもならばそこに座るべき女性は、彼の背後で鍵盤めいた制御装置を4つ以上も展開し、途切れることなく操作を続けている。

 つまり、盤上で動く駒は全て勝手に動いていることになるが、定められたプログラムに従うだけの自動機械かと問われれば、それもまた否。

 「防衛ライン4、5は突破されました。こちらの損害はⅠ型が37機と、ナンバーズ2名。対して、侵入者は魔導人形1体のみ。S+の騎士はこちらへ目がけて前進、AAの魔導師二人も隊長機と共に前進。クアットロとチンクの傍には一体ずつ人形を残してある模様」

 「素晴らしき健闘を見せた、彼曰く“蟲キング”殿はどうかな?」

 「撤退し、地上に待機していた最後の一機と交代しようとしています。彼のランクを考えればこれ以上AMF空間内で戦うのは得策ではない、との判断かと」

 「まあ、妥当だろうね。Aランク相当だがAMFなどに弱い傀儡兵の弱点を克服したのがデバイスソルジャーだ。その代わり、せいぜいCランク程度の出力が限界という欠点も抱えているようだが、地上にとっては不安定なAよりも安定したCの方が運用しやすいだろう」

 二人が会話する間にも、駒は動き続け、盤面は切り替わっていく。

 しかし奇妙なことに、白と黒の駒が配置されているのではなく、象牙で造られたような白の駒と、翡翠で造られたような“翠色”の駒が対峙している。

 いや、本当にその翠色の駒は、翡翠で出来ているのか。

 この世にある筈なのに、同時にどこにも存在しないかのような翠の駒の雰囲気は、男がときおり覗かせる深淵と近い気配を孕んでいた。


 「しかし、流石は歴戦の騎士殿。それに、彼女らの働きも目覚ましい。彼との契約さえなければ、是非とも回収したかったところだが」

 白の駒、S+と刻印された騎士(ナイト)と、AAと刻まれた僧正(ビショップ)と城兵(ルーク)が敵陣目がけて切り込んでいく。8つの兵士(ポーン)のうち4つは固まって陣地を形成し、残る無地の4つのうち、1つは倒れ、2つは討ち取った敵の駒の傍に留まり、最後の1つは前線の僧正と城兵に合流するべく動いている。

 そして、後方の空に浮かぶAAの城兵(ルーク)とA+の僧正(ビショップ)、虫のマークが刻まれた騎士(ナイト)はそこに合流しようとしている。司令塔として機能しながらも、戦術的には大した力を持たぬ王(キング)は僧正と城兵を守るように前線にあった。

 総数が15である以上、1つ欠けるのは当然であり、戦力的に考えればS+の駒は女王(クイーン)であるべきだが、あえて騎士(ナイト)としたのは、盤面の観測者の遊び心というものだろう。


 もう一方には翠の駒。Drと刻印された王(キング)、Ⅰの女王(クイーン)、Ⅱの僧正(ビショップ)、Ⅲの城兵(ルーク)、Ⅳの僧正(ビショップ)、Ⅴの城兵(ルーク)。

 さらにVIからXIIまで、7つの兵士(ポーン)があったが、そのうち5つはまだ盤上に上がっておらず、ⅥとⅩについても一旦舞台を降りている。彼がガラクタと呼ぶ魔導機械はそもそも駒扱いすらされていないのか、障害物としてのみ配置されており、白の騎士(ナイト)、城兵(ルーク)、僧正(ビショップ)によって次々と破壊されていき、翠の陣営には穴が目立つ。

 つまり、対局前から翠の王(キング)を守るのは5つの駒のみであり、騎士(ナイト)の駒は存在すらしていない。時が至っていないのは明白であり、未だ衣の準備が進まぬ裸の王というべきか。


 「クアットロとチンクは失敗を犯したね、そこを彼につけこまれてしまった」

 「失敗?」

 「そう、彼女らは人の心を持つ故に、“見たくないもの”から目を背けてしまった。人間心理として、自分の信じたいものを信じてしまうという傾向があり、ペテンにかける場合はそこに落とし穴を掘るものだが、まんまと引っ掛かってしまったわけさ」

 「見たくないもの、ですか」

 「チンクならば、自身が爆破した人間の死体、それを彼女が無意識的に視界から外してしまったのだよ。クアットロはあの蟲達だ、二人とも、目を逸らさずにしっかりと見ていれば、結果は違ったかもしれない」

 「前者はともかく、後者はどうかと思いますが、というか私もアレをしっかり見たくはありません」

 「進化とは、見たくないものから目を逸らさず、己に足りぬものを直視するところから始まるのだよ。まだ彼女らには早かったようだが、ここからの成長に期待しようか」

 偽ることなきウーノの心だったが、スカリエッティは聞いてない。

 「この白の騎士(ナイト)を見てみたまえ、あれこそ人間の多様性、進化の可能性だよ。人は、人の精神のままで、あのサゾドマ虫すらも克服し、共存することが出来るという具現だ」

 「それが進化なら、私は絶対に御免被りたいですね。このままで結構です」

 「くく、くくくく、しかししかし、これは少し困ったことになったねえ。まさかここまで一方的に攻め込まれてしまうとは、流石に予想していなかった」

 それを証明するかのように、翠の城兵(ルーク)と僧正(ビショップ)は白の兵士(ポーン)に討ち取られ、元々数的に劣勢だった翠の陣営は危機的状況に追い込まれている。

 だがしかし、チェックメイトにはまだ早い。

 Ⅲ-城兵(ルーク)、Ⅱ-僧正(ビショップ)、そして、Ⅰ-女王(クイーン)。

 初期制作機(ファーストロット)であり、能力・経験面で下位のナンバーズを遙かに凌ぐ、彼の最も信頼する欲望の欠片達が、未だ無傷で控えている。


 「それでは―――」

 「ああ、お願いするよウーノ。ここが我らの居城であることを理解してもらおうじゃないか、それに、狂犬殿にも出陣願おう」

 その言葉に応ずるように。

 盤上に、チェスの駒ではあり得ない多足型の障害物が無数に出現し、進行する白の陣営の前に立ちはだかり。

 翠の女王(クイーン)は自軍の最奥に下がり、翠の僧正(ビショップ)は4騎の白の兵士(ポーン)へ、翠の城兵(ルーク)が敵軍後方に控える3騎へと。

 そして、黒の騎士(ナイト)が、盤面の下から這い出るように突如浮かび上がり、白の城兵(ルーク)へと踊りかかっていた。





 「ふうっ、ようやく楽になったっす」

 「お疲れ、大活躍だったらしいじゃないか、“蟲キング”殿」

 虫のマークを付けられた騎士(ナイト)の駒、“蟲キング”と呼ばれた青年は、久しぶりに空へと舞い戻り、隊長達と合流を果たしていた。

 彼がここまで駆け抜けてきた施設内ではAMFの影響下にあり、飛行魔法や身体強化の精度も下がっていたため、重しを外したような開放感がある。

 「いや、中はそんな気楽なことを言ってられる場所じゃないっすよ隊長。直観も働きにくいですし、“空間認識圏”もかなり落ちましたからね」

 彼ら空戦魔導師は、地上を二次元的に動くのではなく、空を三次元的に動き回り、魔力弾の群れをかいくぐる機動を行う。

 そういった場合において頼りになるのは視覚よりも、リンカーコアによる魔導的な触覚、俗に第六感や“直観”と呼ばれる類のものであり、この感覚は空戦魔導師ばかりでなく、ヘリパイロットも鋭い。管理外世界であっても“空のエース”や“撃墜王”と呼ばれる人種が発達している感覚だ。

 この直観の働く範囲、感覚の鋭さを指して“空間認識圏”または短縮して“空識圏”と呼ばれ、これの錬度によって空戦適性というものが決まるといっても過言ではない。


 「お前、今の“空識圏”はどのくらいだ?」

 「飛行中なら半径2mくらいっすかね。止まってれば10mくらいまで伸ばせますけど。ただ、AMF効果内じゃ50cmくらいまで落ちましたよ」

 “空識圏”は大魔力運用や高速機動と相克する関係にある。止まって集中すれば感覚は鋭くなるが、高速で飛びまわり、大魔力の砲撃を撃ったりすればそれだけ感覚は鈍くなる。

 フェイト・T・ハラオウンの場合、“空識圏”は広くないが、その分鋭い。高速機動中ならせいぜい半径1mが限界だが、その距離まで魔力弾が迫っていても、彼女ならば回避が間に合う。

 また、先天的な空間把握能力を持つ高町なのはの場合、“空識圏”が広く鋭い。彼女が素人同然でありながら、高速機動のフェイトと対等に渡り合えた要因がこの先天的直観であり、“見えていなくても当てれる”距離認識の妙こそ、砲撃や収束技能を上回る高町なのはの最大の長所でもあった。

 逆に、八神はやては“空間認識”を非常に苦手としている。大魔力を持ち、高速での飛行が可能でありながら、空戦適性がない理由がこの“空識圏”の欠如によるもので、それ故に彼女の魔力運用は立ち止まって展開することに限られる。ただ後衛型である分、止まった状態での“空識圏”はとてつもなく広い。

 「俺はあの子達みたいな才能も、魔力も持ってませんからね、流石にAMF空間内での戦闘はきついっすよ」

 そして、AMF空間内においては周辺の魔力素が結合しにくく魔力的な“直観”が働きにくいため、“空識圏”が著しく低下する。陸戦魔導師ならばともかく、日頃から“空識”に頼りがちな空隊の一般的な隊員にとって、AMFに満ちた建物内の戦闘は鬼門と呼べるものだった。

 「だけど、この広い空が俺達の庭っすからね、ここなら、蟲以外での役立ってみせますよ」

 「そう願いたいな」

 一旦合流した3人は再び散り、周囲への警戒に戻る。

 特に、AAランクのアクティ小隊長は通常移動なら半径50m近い“空識圏”を持つため、ゆっくりと移動しつつ辺りを警戒している。逆に広い空では2mも10mも大差ないため、“蟲キング”ことラム隊員は割と高速であちこちを飛び回り、敵の増援や罠がないものかと目を走らせる。

 こうした能力の違いによる役割の振り分けと、その連携が空隊の要となり、そういった点でもウォッカ分隊は“優秀”と称されるだけの錬度を有していたのは間違いなかったが。


 「な、何だこりゃ!」

 周囲の気配が、変わった。

 まるで、火山が噴火して粉塵が舞うかのように、常とは違う空気へと変質している。

 AMFではない。周辺の魔力結合が阻害されているわけではないが、しかし、“空間認識”が何かに抑えつけられるように働かない。そして、空において“空識”を失うことは、潜水艦がソナーを失うこととほぼ同義であった。

 『IS、フローレスセレクタリー』

 どこか遠くで中枢機械と物理的に接続しながら、そう呟いた女性のことを、彼らが知る由もない。

 その正体は、AMFとはまた異なる波長による、魔力的な“妨害電波”が広範囲に渡って放射されたことだが、誰もそれを正しく理解できない。何しろ、飛行魔法は変わらず使えるのに、“直観”だけが働きにくくなるという摩訶不思議な状況にいきなり叩き込まれたのだ。

 「C班、応答を―――」

 ともかく、異常事態であることは間違いない。ラム隊員は右手の杖型デバイスを油断なく構えつつ、左手で通信機を取り出し、建物内部と通信を開こうと試みる。

 しかし―――


 「え」

 一陣の風が、吹き抜けた。

 痛みはなく、音すらもしない。

 しかし、目の前によく分からないものが舞っている。

 通信機を持ったままの、左手。

 なぜそれが、自分の視界の“右側”にあるのか。

 間違っても、自分の左手はそんなとこまで伸びるようなゴム人間の腕ではないというのに。


 「あ」

 理解が及ぶ前に、本能が叫ぶ。

 このままでは死ぬ、逃げろ。

 だがしかし、ほとんど働かない彼の“空間認識”では、迫る疾風の紫影を捉えることなど出来る筈もなく。

 「ごぶっ」

 胸を抉る魔力刃。

 うめき声とともに、鮮血が口から溢れ出た。考えるまでもなく、殺傷設定の攻撃。

 頭が混乱する、理解が追いつかない。

 何だ、何が起こってる、俺はどうなった、何がどうなってる、何なんだ、ちょっと待て、腕が飛んでるってなんの冗談だよ、何だか痛いような気もするし夢なら覚めてくれ頼むから。

 どうすりゃいい、どうすりゃいい、こんな時は―――――――ああ、あの鬼教官が何か言ってたっけ。

 そうだ、あのおっさんもこんな風に訳わかんないうちにオレらをボッコボコにしてくれて、全滅したくなきゃそんな時は――――

 口に広がる生温かい液体をむりやり飲み込み、胃に流し込む。

 「敵襲ぅーーーーーーーーーーっ!!」

 絶叫と共に最後の力を使い果たし、意識が薄れていく。

 その中で、半ば無意識に自分の胸を抉った下手人が誰かを目に焼き付けようとし―――

 「女…」

 目に写ったのは、ごつい体格の化け物ではなく、ボディスーツに身を包み、紫の髪と金色の瞳をもった、美麗な女性。

 「まじかよ………」

 それだけ呟いて、彼は闇へと落ちていった。






 仕留めた男の最後の叫びで、残る二人がこちらに敵意を向けつつ迫ってくるのを感じながら、戦闘機人No3、トーレは静かに呟いた。

 「存外、見上げた根性だったな」

 どうやら、たかが平隊員と侮っていたらしい。左腕を切り飛ばされ、返す刃で胸を抉られたというのに、まさか叫び声を上げるとは。

 もっとも、つい最近彼の分隊に教導を行った“鬼教官”に言わせれば60点。叫び声ではなく念話を用い、相手に悟らせないようにすべきと叱責される。そして実際、彼の教導において、不意打ちを食らった際の対処法はそのようになっていた。

 言われた生徒にとっては「そんな真似が出来てたまるか」と言いたいが、鬼教官の“実体験”に基づく訓戒なので反論も出来ない。だが、鬼の訓戒は、この場にあって無意味ではなかった。

 「実戦慣れしている上官に学んだのか、運の良さもあるのだろうが―――」

 トーレもまた、戦闘機人として経験を積んでいく過程で、その刃に血を染み込ませてきた。

 AAランクのエースやストライカーと呼ばれる魔導師であっても、このような反応が出来る者は多くない。魔導師ランクは魔力だけではないと言ったところで、訓練校の成績や、試験を合格したかどうかで定められるものだ。

 だが、魔力が高いだけのエリート魔導師ならば既に物言わぬ屍と化しており、現にこれまでもそうだった。“空間認識圏”によって奇襲に対処しようとも、圧倒的な速度差の前では意味などない。Sランクに届く高速機動型とはそういう存在で、まさしく次元が違うのだ。

 「ショートバスター!」
 「ライドインパルス!」

 つまり、トーレの前に飛び込んできた小隊長と見られるこの男も、彼女には敵わない。

 優秀な魔導師であり、実戦経験もそれなりにあるのだろう。しかし、この広い空における戦いにおいて、速度と“空識圏”の差は絶望的な隔たりとなる。

 トーレは大した苦もなく敵魔導師の懐に飛び込み、インパルスブレードを叩きつける。


 「く、ぐ、おおおお!!」

 だが、杖にシールドを発生させ防いだ。ミッド式魔導師にしては悪くない反応だ。

 予想に反し、いや、先程の男を部下に持っていたのだから予想通りというべきか、善戦している。

 ミッド式の、それもセンターガードと思われるこの男では高速機動型との相性は決して良いとは言えない。ガードウィングならば同じ土俵で多少は戦えるだろうが、誘導弾や速度重視の砲撃によってトーレを倒すならば、最低でもSランクは必要になる。

 (そのくらいは理解しているはず。だとすれば、部下を守るための、相討ち狙い、か)

 トーレは多数を相手にする場合の定石に忠実に、劣る者から狙った。その結果は芳しいものではなかったが、分隊長格と見られるもう一人をそちらの治療に専念させたのだから、戦力を削るという意味では悪くない。

 小隊長と分隊長、二人で連携してトーレに立ち向かい、援軍が来るのを待つという選択肢もあったろうが、それでは最初の男は確実に死ぬ。

 だからこそ、眼前の男は罠を張っている。トーレは確かに圧倒的な空戦能力を持っているが、同時に、飛び込んで切りつける以外の攻撃がないことも見抜いているらしい。

 当然、速度差がある以上彼女の優位性は揺るがないが、最初から相討ち狙いならば出来なくもないだろう。

 だが―――

 【トーレ、次の波長はγよ】
 「心得た」

 翠の女王(クイーン)と城兵(ルーク)の連携は甘くはない。

 ウーノが発生させ、最初に彼らを混乱させた“妨害電波”は船の揺れのようなものであり、慣れてくればその中でもまともに動けるようになる。

 しかし、敵が慣れてきたタイミングに合わせてウーノは船の揺れのパターンを変えてくる。これに対応できるのは同じナンバーズだけで、アジト一帯の空域はまさしく侵入者にとって死地と化していた。

 もっとも、陸戦のチンクや、幻影のクアットロではこのアドバンテージを最大限に生かせず、高速機動のトーレがいてこその連携となるが。

 【その男を片付けたら、6号通路を通ってすぐにドクターの守りに入って。致命傷はなくてもいい、むしろ、そっちの治療役を釘付けにする方がいいわ】
 「キャスリングということか。だが、C区画の敵はどうする?」
 【ドゥーエが当たっているから、問題ないわ】
 「戻ってきていたのか」
 【準備を進めていたのは、向こうだけではないということよ】





 地下一階。

 白の兵士(ポーン)の4騎、すなわちゼスト隊4名が陣取り、中継地点となっていたそこでも、突如起こった通信妨害に対してどう動くべきか判断が迫られていた。

 ウーノが放った“妨害電波”は場所によって性質が異なり、彼らには負荷がない代わりに通信が完全に遮断され、前線のゼスト達との連絡が不可能となっていた。

 そこに――


 「げほっ! み、みんあぁ!」
 「メガーヌ!」

 深手を負い、吐血しているメガーヌ・アルピーノが姿を見せた。

 「新手の魔導機械が現れて、クイントが……」
 「まさか!」
 「ええ、早く、助けに行ってあげて……」

 その言葉に応じ、前衛型の二人が即座に通路へ駆けていく。

 後衛の二人も彼女の治療のために魔法を使おうとし。

 「ぐぁ―――」

 前衛の一人が、電磁迷彩を解除して現れた多足型の魔導機械に胸を貫かれ。

 「どうし、がっ―――め、メガーヌ……」
 「残念ハズレ」

 後衛の一人もメガーヌの指から伸びた鉤爪、ピアッシングネイルによって肺を潰されていた。

 かくして、白の兵士(ポーン)は翠の僧正(ビショップ)によって討ち取られる。






 『どうやら、状況は芳しくないようですね』

 かなり奥まで踏み込んだB班も、新手の襲撃に見舞われていた。

 ウーノが放った妨害電波によって、管制機能の高い隊長機以外のデバイスソルジャーが行動不能に追い込まれ、各チームとの通信も遮断されたためにほぼ孤立無援の有り様となっていたところに、4機もの多足型の魔導機械が出現したのである。

 現在はクイントが前衛としてあたり、メガーヌはブーストをかけつつ、何とか他の班に連絡が取れないかどうか、長距離念話を試みている。

 こうなれば、彼の役割は迷彩を破るくらいしかなく、白の王(キング)は駒の特性通りせいぜいが1歩分の戦力にしかならない。司令塔ではない王など、役に立たない捨て駒と大差ないのだから。


 「挟撃されなかったのが、不幸中の幸いだけど」
 『恐らくですが、残りはグランガイツ一等陸尉の方へ向かったのでしょう。新手の魔導機械は“私が解析できない”ものですから』
 「それはつまり」
 『現代の機械部品が使われていない品ということです。古代ベルカの遺跡から出土した骨董品といったところでしょうが、それ故に絶対数が限られるはず』

 管制機の推察は正しく、AMFを搭載したカプセル型の魔導機械は、これらを元にスカリエッティが製造したもの。

 彼ならば多足型を製造することも不可能ではないが、元となる技術が異なる上に、材料となる“エメス”が現在では手に入りにくいという事情もあった。


 『しかし、このままでは追い込まれますので、私はこの機体へのリソースを捨て、ネットクラッシュに全リソースを注ぎます』
 「ネットクラッシュ?」
 『アスガルドからこの付近一帯に、無差別情報送信を行います。こちらの通信も妨害してしまいますが、仕方ありません。毒を以て毒を制しましょう』

 起死回生とは言い難いが、それは有効な反撃手段でもあった。

 現状の劣勢は、敵は互いに連携をとって動けているのに、こちらは通信を遮断され、指揮系統を分断されていることが理由だ。主戦力であるゼスト、クイント、メガーヌが無事ならば純粋な戦力差においては、まだそれほど開いてはいないはず。

 そして、敵が戦闘機人と魔導機械で構築されており、一帯が魔力的な妨害電波に満ちているなら、こちらも妨害電波を送り込んでやれば条件は対等となる。

 『代償に、デバイス間の通信なども妨害してしまいますので、召喚師独自の魔法が使える貴女が要となります。絶対に貴女は負傷なさらぬよう』

 そう残し、デバイスソルジャーの隊長機は沈黙した。今頃、時の庭園の本体は凄まじい演算を開始している頃だろう。


 「それしか、なさそうね」

 腹をくくった彼女の行動は早かった。クイントへのブーストを継続しつつ、射撃魔法で援護していき、まずはここの敵を殲滅することに全力を注ぐ。

 幸い、クイントは既に2機を破壊しており、3機の足の一本も粉砕していた。書類上では未だAAの二人だが、インテリジェント機能を備えたソニックキャリバーとアスクレピオスの連携によって、戦術の幅が広がっているのだ。特にクイントはAIにウィングロードの展開を任せられるようになったのが大きい。


 「これで、ラストォ!」

 1分後、最後の機体を破壊したクイントは油断なく構えつつ、新手の存在を確認する。AMFや妨害電波は未だ働いており、索敵能力が数段落ちている以上、視覚に頼らねばならない部分も多い。

 辺りには残骸が散らばり、床も大分破壊され、ところどころ地肌が除いているが、この区画が崩壊するほどの損傷でもないだろう。

 「大丈夫、それで終わりみたいよクイント。他には敵は―――」

 ただし、彼女に唯一見落としがあったとすれば。

 「残念、ここに一人いるよ」

 稀少技能の中には、“大地をすり抜ける”というものが存在しており。

 漆黒の髪に、黒いコートを纏った影の如き女の持つナイフの銀光が、クイント・ナカジマの胸を貫くという未来を予測することが出来なかったことだろう。

 「クイントーーーーーーーーーッッ!!!」

 かくして、白の城兵(ルーク)は黒の騎士(ナイト)の前に墜ちた。





 「おおおおお!」
 「はああああ!」

 地下施設の奥深く、ラボの中枢に至る大回廊において、高速の刃が火花を散らしている。

 単騎、翠の王(キング)へと進む白の騎士(ナイト)の前に立ちふさがりしは、キャスリングを果たした翠の城兵(ルーク)。

 「戦闘機人か!」
 「想像のとおりだ!」

 侵入してきた管理局員の中で最高の戦力であるゼストを迎え撃つため、用意された魔導機械の数は12機。

 しかし、ただ一人で進んでいた彼は仲間に気を配る必要がなかったため、妨害電波が逆に仇となり、奇襲を事前に知らせる結果を招いてしまっていた。

 そして、ただごとならぬ状況を察した彼は即座にフルドライブを発動させ、出現した12機の魔導機械を短時間で悉く粉砕した。

 AMFや妨害も、S+ランクの古代ベルカの騎士には効果が薄い。彼の空戦のみならず、陸戦においてもS+であるため、狭い場所でも実力を発揮することが出来た。というよりも、ゼスト・グランガイツに苦手な戦場というものはほとんど存在しない。強いて言うならば人質を取られた状況だろうか。

 「はあああ!」
 「ぐ、おおお!」

 予想よりも早く魔導機械が瞬殺されたため、ウーノの指示でトーレは地上の殲滅は断念し、スカリエッティの護衛に回った。

 ただ、彼女が到着した頃には管制機の仕掛けたネットクラッシュによって“妨害電波”の利点は失われていたため、大したアドバンテージはなかった。

 仮にウーノが妨害したところで、トーレとの通信が遮断されている以上、彼女にまで影響を与えてしまい、本末転倒になりかねない。

 よって、AMFが働いているとはいえ、互いに負傷がない状態で一対一の戦いとなったわけだが。

 (………強い!)

 それが、トーレの偽らざる感想だった。

 速度、魔力、破壊力、何が優れているではなく、全てが比類なく強力であり、隙らしいものが見当たらない。

 まるで、人型の要塞を相手にしている気分にさせられるほど、ゼスト・グランガイツの戦技は卓越しており、その戦闘スタイルは基本に忠実なだけに穴がない。まして、純粋な戦闘経験においてもゼストはトーレを遙かに凌いでいるのだ。

 一言で纏めれば、相性が悪かった。

 ナンバーズの面子でゼスト・グランガイツを倒そうと思うなら、クアットロのシルバーカーテンやセインのディープダイバーのような間接的な手段を混ぜなければ話にならない。仮に、ここに空戦可能なナンバーズが何人加わろうとも、劣ったものから各個撃破されていくだけだろう。

 もしくは、予め致命傷でも与えていれば話は別だが、彼の周囲にいたのが部下ではなく、デバイスソルジャーであった時点でそれも不可能。

 (まずい、このままでは、王手をかけられる)

 この局を俯瞰するならば、管理局の陣営の消耗も相当なものとなっている。

 しかし、白側の勝利条件はあくまで王(キング)を取ること。白の騎士(ナイト)を翠の王(キング)の目前まで進ませてしまった時点で、劣勢なのは圧倒的にスカリエッティ陣営だ。

 非情な話ではあるが、ここでゼスト以外の全員が力尽きようとも、彼がスカリエッティを倒したならば、管理局としては勝利なのだ。

 (………ならば、勝負をかける!)

 戦技、経験、いずれもゼストが上であり、このままではジリ貧であるのは明白。

 ならば、唯一勝る速度にかけ、トーレは最後の勝負に出る。

 「ライドインパルス!」

 両手両足から伸びる昆虫の如き魔力刃、インパルスブレードが高速振動を開始し、彼女の身体が音速の壁を超え、視認不可能な領域へと突入。

 「ベイオウルフ!」
 『Explosion!』

 だが、ゼストはそれを予期しており、同じく渾身の一撃で迎え撃つ

 彼の相棒、複雑な変形機構などは有さず、耐久性に主眼が置かれたアームドデバイス、ベイオウルフがカートリッジを2連ロード。

 既にフルドライブ状態にあったゼストは、瞬間的にリミットブレイクの領域にまで強化され、そこから繰り出される一撃はまさしく鬼神の鉄槌の如く。

 「ぬおおおおおおお!!」

 両者はほぼ同等の最高速度で交錯し、膨大な魔力を孕んだ一撃が衝突。

 暴虐的なまでの風圧が発生し、フロアを蹂躙した。

 だが、速度が同じならば、勝敗を決めるのは膂力と一撃の破壊力であり。

 「むんっ!!」
 「っ!!」

 ついにトーレが押し負け、投手が投げたボールが打者によって打ち返されるが如くに壁へと叩きつけられ、意識を失った。

 その衝撃でフロアの壁面が円状に陥没し、その一撃は如何に重かったかを物語っていた。






 【隊長、聞こえますか!?】
 「アルピーノか、聞こえているぞ」
 【良かった、無事なんですね】
 「何とかな、そっちはどうだ」

 白の騎士(ナイト)が翠の城兵(ルーク)を下し、先へ進むか、一旦退くべきかを検討し始めた時、メガーヌから念話による通信が入った。

 【かなりまずいです。多足型の魔導機械と変身魔法を使う戦闘機人にC班が2人やられて、残り2人が応急処置をしつつ退却中です】
 「お前の方はどうだ」
 【地面を通り抜ける女に、クイントが負傷させられました。何とか撃退しましたけど、意図的に退いたようにも…………】
 「ナカジマは無事なのか?」
 【……………“命の天秤”を使ったので、命の危険はありません】
 「………そうか」

 それの意味するところを知るため、ゼストはそれ以上何も言わない。後は、彼女の頑健さに祈るだけだ。

 【それに、応援の方もラム君とアクティ小隊長が、長身の戦闘機人によって重傷を負わされ、治療中です】
 「戦闘機人か、そいつの特徴は?」
 【長身の女で、高速機動型です】
 「長身の女か、そいつは、両手足からブレードを出していたか?」
 【はい、間違いありません】
 「その女ならば、こちらで倒した。どうやら、そちらを襲撃した後に俺の方に来たらしいな」
 【倒したんですか!?】
 「紙一重だったがな、それよりも瀕死の奴はいないわけだな」
 【危篤状態からは全員脱してます。それに、首都航空隊からの増援も到着しました】
 「指揮は誰だ?」

 ゼストがあえて確認したのは、生半可な者では二次被害を増やすことになりかねないと危惧したため。

 熟練といえるAAの魔導師が、既に2名も撃墜されているのだ。

 【先遣隊の指揮官はティーダ・ランスター二等空尉。精密な多重弾殻射撃で外にいた魔導機械10機を、一瞬で打ち抜いたらしいです】
 「そうか、それならば問題ないな、お前達は怪我人を治療しつつ引き揚げろ、俺もこの女を捕縛して一旦引き揚げる」
 【了解しました】

 管理局の最大の強みは、絶対数の多さ。

 ここでゼスト隊が一旦退くことになっても、次の部隊がすぐさま突入する。波状攻撃は多勢が無勢を攻撃する際の典型的手法だ。

 クラナガンにいるエース級魔導師は彼らだけではなく、必要な場所に必要な戦力さえ送り込めれば、犯罪組織が管理局に勝る道理はない。

 ただ、それが出来るだけの絶対数が不足しているのが地上の限界であり、今回も海の戦力を多く借りているのが現状だ。防衛長官のレジアスの悩みは尽きない。

 【了解しました。だけど、気を付けてください、クイントに重傷を負わせた地面を自在に進める能力を持った女や、変身魔法が使える戦闘機人がまだ潜んでいるかもしれません】
 「分かっている。お前も十分注意しろ」

 ただ、途中で捕縛した戦闘機人は、おそらく既に逃げているだろう。

 変身能力を持つ戦闘機人の役割は、中継装置を壊すことでデバイスソルジャーを無力化し、仲間を救出することと見られる。

 ここで捕縛出来ないのは残念だが、魔導機械など多くの証拠が残っている。それを手がかりに調査は進められるし、取りあえずはクラナガンから追えるだけでもよしとしよう。

 そう考え、彼が踵を返した瞬間。

 「む――」

 魔力で編まれた赤い柱がゼストの周囲から立ち上り、彼の身体に魔術的負荷をかけ。

 「いやいや、流石は地上の英雄殿だよ、歓迎しようじゃないか、ゼスト・グランガイツ」

 その場に発生したのは、異常極まる“逆キャスリング”。

 狂気に満ちた瞳を持つ、翠の王(キング)が、自ら白の騎士(ナイト)の前に姿を現した。

 「貴様は………ジェイル・スカリエッティ!」

 「だが、残念ながら此度の幕はもう降りている。ここで城兵(ルーク)を失うわけにはいかないのでね、少々妨害させてもらったよ」

 「甘く見られたものだな」
 『Grenzpunkt freilassen! (フルドライブ・スタート)』

 彼の決断は迅速だった。ベイオウルフが再度カートリッジをロード、ゼストの体内の魔力が爆発的に高まりを見せる。

 再度のフルドライブによってリンカーコアが悲鳴をあげかけるが、ベルカの騎士の身体はその程度で壊れるほど柔ではない。

 「ほほう」

 「おおおおおおおおおおおお!!」

 スカリエッティの放った拘束を打ち破り、トーレを上回る程の速度で肉薄。

 一切の遠慮の無い渾身の一撃は、しかし―――


 「くくく、素晴らしい、やはり素晴らしい」
 「ぐっ!」

 あろうことか、グローブ型のデバイスらしきものを着けたスカリエッティによって、“素手で”止められていた。

 それは、異常極まる現象だった。戦闘機人の中でも最大の戦闘能力を誇るトーレですら止められなかった、ゼスト・グランガイツの渾身の一撃を、この男は止めて見せたのだ。

 そして、狂気に染まった黄金の瞳が爛々と輝き、歴戦の騎士であるゼスト・グランガイツをして戦慄させる“ナニカ”がそこには宿っている。

 「ああ、この力、欲しかったなあ。まあ、君は協力などしてくれないだろうから、危うい同盟関係、というところに落ち着きそうだが、その未来には既に離れている。なあそうだろう、黒の騎士(ナイト)殿」
 「さあてね」
 「がはっ!」

 スカリエッティの言葉に応じるように、闇が人型になったような女がゼストの背後に現れ、両手に持ったナイフで背中を抉っていた。


 「おおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 だが、それで怯むゼストではなく、更なる力を以てスカリエッティを弾き飛ばすと同時に、背後の女に裏拳をみまい、女の身体は壁際へと舞っていく。

 「しまっ―――」

 だが、女の飛んだ先にトーレが倒れていたことに気付いた時にはもう遅い。メガーヌからの報告にあった通り、“地面を抜ける”能力によってトーレを抱えたまま岩がむき出しになった壁へと消えていった。

 「来度はこれにて終局。それでは、また会おう、騎士ゼスト」

 そして、スカリエッティは懐から、Ⅵと刻印された青い結晶を取り出し、膨大な魔力が彼を身体を包み込む。

 其れは、願いを叶える魔法の石であり、正しく制御するならば質量を無視した空間転移程度の荒唐無稽を実現させる、奇跡の欠片。

 古い文献において、ジュエルシードと呼ばれるロストロギアであることは、この時のゼストが知る由もなかった。



 「………取り逃がした、か」

 追おうと思えば追えたかもしれないが、背中に負った傷が深い。

 それに、まだ他にも戦闘機人がいる可能性も高く、仮に傷がなくとも追うことは不可能だっただろう。あまりにリスクが高すぎた。

 「………しかし、何を考えている」

 それにしても、あの男の意図がまるで読めない。

 これほど鮮やかに退けるだけの用意があるのなら、初めから戦う必要などなかっただろうに、あえて戦ったようにも思える。

 まるでそう、全ては―――

 「チェス盤の遊戯だとでも、言うつもりか」

 広域次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティ。

 彼の消え去ったその後に残るのは。

 翠の駒も黒の騎士(ナイト)も存在せず、片方の隅に倒れた白の城兵(ルーク)と白の僧正(ビショップ)があり、もう片方の陣営深くに白の騎士(ナイト)だけが立ち尽くす、そんな皮肉を込めつつも暗示めいたチェス盤だけ。

 そして―――

 「…………総て見られていたのか、あの、黄金の瞳に」

 あの狂気に染まった金の両眼。

 あれが見据えていたのは、このアジトで起こった諸々だけでなく。

 常に頭上にあり、ミッドチルダを見下ろしている黄金の瞳が、こちらを観察して嗤っているような――――




 騎士の佇む地下深くの遥か上。

 ミッドチルダの夜空に二つの満月が、翠色のようでありながら、どこか金色めいた不可思議な色に輝き、舞台の終わった劇場を静かに照らしていた。




あとがき
 黒い女性はオリキャラですが、正体というか、どういう立場の人かは16話の後編で明らかになる予定です。相変わらずキャラより役割ありきですけど。
 あと、“空間認識圏”はオリジナル設定ですが、Movie1stのコミックで語られているなのはの空戦魔導師としての資質や、なのはとフェイトの対決における速度に対する“距離感”の重要性を元にしてるので、原作でも近い感じなんじゃないかと。H×Hの念能力における“円”を想像していただければわかりやすいかな。



[30379] 7章  戦闘機人事件 後編  羽ばたく翼
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 15:17

My Grandmother's Clock


“親鳥と雛”  7章  戦闘機人事件   後編   羽ばたく翼



新歴67年 3月上旬  クラナガン中央病院


 清潔感に満ちた建物、白を基調とした部屋。

 その言葉からイメージされるものと言えば幾つかあるが、まず第一に来るものは病院だろう。

 そして現在、そのイメージ通りの部屋で見舞客用の椅子に座る黒髪の少年、クロノ・ハラオウンがいるのは、予想に違わず病院だった。

 ここ、クラナガン中央病院はミッドチルダで最も医療設備の整った病院であると同時に、管理局お抱えと言ってよいほど武装局員がよく利用する場所でもある。

 最新の医療研究が進められているという点では先端医療技術センターに一歩及ばないが、外科医の数と質、そして、次々に運ばれる重症患者を手早く治療していく手際においては、ミッドチルダはおろか次元世界一と目されており、別名、“先進都市の野戦病院”。

 そういうわけ次第で、先日の強制捜査で負傷した局員は全員この病院に入院しており、アースラから出向していた3人を見舞うため、クロノは久々にクラナガンの地を踏むこととなった。

 「どうせなら、なのはちゃんやフェイトちゃんにお見舞いしてもらいたかったすね。クロノ執務官も一部の連中には需要があるでしょうけど」

 のだが、肝心の入院患者からの第一声はそれだった。

 「君が一番の重傷だと聞いていたが、それだけ減らず口が叩けるなら問題なさそうだな」

 内心、かなり心配していたクロノであり、安心すると同時に拍子ぬけしたような気分も味わっていた。

 何しろ、この患者が集中治療室から個室とはいえ一般の病棟に移されたのは、つい2時間前と聞いている。その上、ただ深手を負っただけではなく、左腕を失っているのだ。

 だが、“蟲キング”こと、ラム隊員の表情からは沈んだ感じはまるでしない。仮にも重傷を負わされ、腕を斬り落とされた人間の態度とは俄かには信じ難いほどに。

 彼らを危険な戦場に派遣したのはリンディやクロノであり、非難の言葉を受け止める覚悟もしてきたのだが………


 「なんでって、んなこと言ったら今度こそ鬼教官に殺されますって」

 その旨をクロノが聞いたところ、返ってきた答えがそれだった。

 「もし、それがあの鬼に知られたら、絶対こうですよ」

 “武装局員になったならば、あらゆる負傷を覚悟しろ、その覚悟がないならば前線に立つな”
 “誰のせいでもない、お前が弱いから負傷したのだ。お前が弱いという事実により、不利益を被ったのもお前、その事実を忘れるな”
 “Bランクの者をSランクと戦わせてしまった指揮官の責任も当然あるだろう。だが、お前が弱いから腕を失ったという事実は揺るがない”

 「まあ、確かに彼ならそう言うかもしれないが……」

 「それにほら、腕切り落とされたけど恨んでない。これは全て俺の未熟故だ、って、かっこいいじゃないすか」

 「………」

 「すいません。外したってのは自覚してますんで、頼むからリアクション返してください、ほっとかれるのが一番辛いっす」

 「すまない、返す言葉が見当たらなかった」

 本音なのか冗談なのか見当がつかなかった、というのが正直なところ。

 「でも、俺の本心でもあるっす。だって、周囲に当り散らす男って、かっこ悪いじゃないっすか」

 「腕を失ったのだから当然のようにも思うが、まあ、かっこよくはないな」

 「でしょ? それに、当り散らすのが“普通”ってことは、そいつはつまり、男としてせいぜい“中の下”程度ってことになる」

 「言葉どおりなら、そうなるかな」

 「だから、俺はかっこつけたいんっす、彼女欲しいし。痩せ我慢でも何でも、意地張りたいんすよ」

 「痩せ我慢か」

 「えーえ、本音をいやぁ、怖かったし痛かったし小便漏らしそうだったり、つーか多分少しちびってたし、いいとこなしですよ。おまけに腕もがれて出来たことといったら、蟲を全身に纏わりつかせることと、叫び声上げるだけ。彼女欲しいし」

 「だが、君は生き延びてくれた、それだけでも嬉しいよ。こうして今も減らず口を叩いてくれている」

 蟲まみれの姿を見られたら、どんな彼女も去っていきそうだが、あいにくこの場にそれを指摘する人間はいなかった。


 「でも、それしかできなかったんすよ。仲間を庇って名誉の負傷とかならともかく、足手まといになった挙句、隊長達に守られて、その上自分の弱さを棚にあげて犯人恨んでるだけじゃ、最低男になっちまいますよ。彼女欲しいし」

 「最後の言葉との繋がりがないな」

 「それにほら、もし彼女いたとして、腕もがれたことで彼女に当り散らしたら、破局もんじゃないっすか」

 「どうだろうな」

 「ああー、やだやだ、これだから結婚前提の彼女持ちのリア充は」

 「ぼ、僕とエイミィはそんなんじゃ」

 「誰もリミエッタ管制主任とは言ってませんがね。むしろ、なのはちゃんか、もしくはフェイトちゃんあたりが禁断の………」

 「二重にマテ」

 「義妹さんを、僕にください」

 「お前のような男に妹はやらん」

 「いいノリです」

 「このくらいはな」

 割とノリのいいクロノである。もしくは、彼の心情を酌んで合わせたというべきか。


 「ふぅ」

 「少し疲れたか」

 「大分血を失くしましたからね、やっぱまだまだ万全とは言い難いっす」

 「そうか、ともかくゆっくり休んで養生してくれ」

 これ以上は彼の負担になることや、他にも尋ねる場所があることもあり、クロノは辞して席を立つ。

 「ありがとうございます。でも、ハラオウン執務官」

 「何だ?」

 「俺は、辞める気はねえっす」

 「………そうか」

 強い意志の篭ったその言葉に、彼を部下に持てて良かったと、心に熱いものが込み上げ―――

 「もっともっと精進して、あのイイカラダした姉ちゃんをあはんうふん言わせるくらいに強くなります」

 「阿呆か!」

 一気に霧散した。

 いやむしろ、別の熱量に変化して爆発したというべきか。


 「撃墜された時に何を見ていたんだ君は!」

 「胸と尻」

 「堂々と言うな!」

 「いえいえ、人間の性欲ってのも侮れませんて、腕切られてパニクって、何も考えれずに下手人の顔を見てたはずなんすけど、気づけばあのボディスーツの艶やかな曲線と胸と尻が目に」

 「ある意味で尊敬するぞ」

 「冗談抜きで走馬灯のようなものがよぎったんすよ。それで、ここで死ぬならせめて、最後に見るのは美人姉ちゃんの巨乳と尻にしたいなぁと」

 「次は睾丸を切り落としてもらえ」

 「去勢っすか!」

 「ともかく、君が殉職したら墓にエロ本でも供えてやるから安心しろ」

 「ロリコンじゃないんで、金髪の巨乳系でお願いします。…………ひょっとしてこれは、フェイトちゃんの未来!?」

 「………ラム隊員、少し話がある」

 「すいません、調子乗りました。どうか怒りをお収めくださいクロノ執務官、いえクロノ様、いやむしろクロノお義兄様」

 「君にお義兄様呼ばわりされる筋合いは無い!」

 そんなこんなで、クロノが病室を辞したのは、この15分後のこととなる。






 嵐のような一時が過ぎ去り、最後はしっかりと上官としての言葉を残してクロノが去ると、病室には凪のような静けさだけが残る。

 とたんに、孤独という風が心を切りつけるように流れていく。

 「わざわざ馬鹿なノリに付き合ってくれて、得意じゃねえだろうに下ネタまで………ほんと、いい上官だよあの人は…………年下のはずなんだけどなぁ」

 自分のような一般的な武装局員から見れば、最年少の執務官記録保持者なんてのは、まあ、一言で言えば“天才少年”でしかなかった。

 だが、実際に上官に持ってみれば、才能タイプの人間じゃないってのが良く分かる。特に、アースラには天才少女が多いから尚更分かりやすい。 


 「………ははっ、ホントに、なくなっちまったんだな」

 駄目だ、必死に他の事を考えようとしても、上手くいかない。

 無い、無いんだ、ある筈のものがなくて、無い筈の痛みがある。

 なあ、俺の腕はどこいっちまったんだよ。

 心が揺らぐ、折れそうになる。

 上官の前では必死に去勢を張っていた、弱い心があっさりと地金を晒す。


 「冗談じゃねえよ………ちくしょう」

 恨むなだと、憎むなだと、ふざけてんじゃねえよ、そんなのは部外者だから言えることだろうが。

 「あの女………ちくしょうめが」

 お前も腕を切り落とされてみろよ、そんなこと言えるわけが―――

 「………で、言っちまうおっさんがいるんだよなあ」

 だが、いる。

 数は少ない、というか自分が知ってる限りではあの鬼教官一人だが、それでもいる。

 「空の英雄、隻腕のエース、そして、不屈のエースオブエース…………はは、英雄様ってのはやっぱすげえわ」

 つくづく、思い知らされる。

 偉そうなことを言ったところで、喚き立てるのは結局凡人で、並以下の男。あれが、“上の上”ってやつなんだろう。

 俺らみたいなペーペーとは違う。

 間違いなく、ゼスト隊長も同じだろう。並の男とは比べもんにならねえ強い心を持ってるから、英雄って呼ばれるんだ。


 「けどさ……かっこつけてえんだよ」

 痛いのは嫌だし、仲間庇って盾になるような勇気もねえよ。ほんと、かっこ悪いったらありゃしねえ。

 でも、凡人だってかっこつけてぇ、英雄になってみてえし、彼女だって欲しい。

 地べた這っても、痩せ我慢でも、意地張りてえんだよ! 意地張るぐれえしかできねんだから!


 「ちっくしょおオオオオ!!! 俺は絶対恨まねえぞおおおおおお!! リア充になってやるぜええええぇぇぇぇぇ!! 彼女欲しいいいいいいいいいぃぃぃ!!! かわいくて巨乳で優しくて性格いい子でお願いします神様ああああああぁぁぁぁぁ!!!!」




 「まったく、少しは病院の迷惑を考えろ」

 退室し、廊下を歩いていたクロノの耳に大音声の叫びが轟いた。あくまで彼女の条件にフェイトらしき特徴を指定したのはクロノにあえて聞かせるためなのか、だとしたら本格的に侮れない男だ。

 おまけに、第二波の「おっぱい最高おぉぉ!!」やら第三波の「ビバっ! パイズリィィィ!!」なども響いてくる、このままだと通報されてもおかしくない。

 まあ、術後の精神不安定による錯乱で片付けられるとは思うが、執務官として万が一の心構えはしておこう。


 「本当に、心配したのがアホらしくなるくらい元気な男だ」

 だが、彼の言うように、痩せ我慢でもあるのだろう。何しろ、自分の片腕を失っているのだ。

 彼の左腕は既に回収されており、多少の調整を受けたあとで“本人の腕を基に造られた義手”として接合される。

 空から落ちた衝撃で骨が砕け、そのままの接続は不可能だったらしいが、本人の腕を使えば、拒否反応のほとんどない義手を作ることが出来る。

 戦闘機人とほぼ同系統の技術であり、特にタイプゼロ系列の技術は医療への転用が利きやすい、皮肉といえば皮肉な話だ。

 それでも、今の彼の心は腕を失った喪失感と幻痛に苛まれているはず。

 それがどれほどの苦痛であるかは、やはり本人にしか分からない。


 「そんな中で、痩せ我慢であっても笑える精神力こそが、本当の強さなんだろうな」

 病院の廊下を歩きながら、クロノは考える。

 人間は成功に向けて努力している時は折れない。本当に心の強さが試されるのは、負けた後、打ちのめされた後だ。

 普段は完璧超人のようであっても、敗北した時に脆さを見せる者は案外多い。

 逆に、みっともなくても、痩せ我慢でも、ああやって意地を張れるものは少ない。


 「ひょっとしたら、父さんも最後の瞬間はあんなことを叫んでいたのかな」

 不謹慎かもしれないが、聖人君子のように最期の瞬間に家族の幸せを願う英雄よりも、あのくらいの方が親しみが持てる。

 仮に、父が生きている今があったとして、クロノが居て欲しいと思うのは神格化された英雄ではなく、人間らしい心を持った父親なのだから


 「みっともなくてもいい、理想通りでなくてもいい、ただ、意地を張っていければいい。か」

 無意識のうちに、待機状態のデバイスに手が伸びる。

 それは、母から子の安全を願って贈られたS2Uではなく。

 恩師から受け継ぎ、一人の男として歩んでいくためにある、デュランダルだった。

 今はもう、デュランダルが主であり、S2Uが補助なのだ。


 「さて、僕も頑張らないとな…………彼らを絶対に死なせない、指揮官に」

 クロノの部下についた局員が、死ぬほどの怪我をしたのは初めてのこと。

 今回の件でその事実を改めて知り、彼は、母が出来る限り自分を危険な任務から遠ざけようとしていたことを悟った。

 だが、母鳥に見守られていた若鳥も、やがては一人立ちするものであり。

 この日が、クロノ・ハラオウンが未だ雛鳥の少女達に先んじて、完全に巣立つ記念日となった。





 「ん?」

 ただ、この日にはもう一つの出逢いがあった。

 ラム隊員を見舞った後、彼に比べれば軽傷で済んだアクティ小隊長とオルドー分隊長にも謝罪や謝辞を述べ、今後のことを話した。

 そうして、いくつかの案件を頭の中で纏めつつ階段まで辿り着いたとき、奇妙な光景が目に入る。

 「入院患者……それも、女性か?」

 遠目にだが、私服を着た見舞い客や、看護師ではない。

 入院服を着た、患者とみられる年若い女の子が、おぼつかない足取りで階段を昇ろうとしている。

 しかし、その足取りはおぼつかないどころではなく、何かから必死に逃げようとしているのに、身体がついていかないかのよう。

 「まずいな」

 あの症状はおそらくだが精神疾患に類ずるものとクロノは推察する。専門職ではないが、ああいう症状はトラウマを負った若年患者によくあると聞く。

 というか、軽度のものならば実家でたまに見ることがあるので察せられたというべきか。

 そして案の定、件の女の子は足を踏み外し階段から転落し、クロノはあわてて駆けつける。


 「くっ、と、流石にこれはきついな」

 病院内での魔法行使は原則禁じられているため、バインドで固定するのではなく、直接抱きとめる。

 緊急時でも法規をしっかりと遵守するその行動はまさしく執務官の鑑といえたが、ほとんど魔法も使わず階段から落下した人間一人を受け止めるのは流石に辛い。

 ただ、彼の身長は最近、遅めの成長期に入ったのか急激に伸びており、体つきもかなりがっしりとしてきている。

 付け加えるなら、義妹へのちょっとした対抗心から、デバイスに頼らないソニックムーブの短縮術式を最近組んだというのもあった。

 「………拙かったか」

 そろそろ身長がエイミィに迫っていることもあって、内心密かにガッツポーズをしているクロノ。そういったことから魔法じゃなくて筋力での救助方法を選んだという側面は否定できず、そこは反省すべきかもしれない。

 そしてついでに言えば、別の意味でもまずかった。

 完全に不可抗力なのは厳然たる事実なのだが、彼の右手が何かこう、女性胸部特有のやわらかな感触を確認している。エイミィに比べて………いやいや何を考えてる僕は煩悩退散悪霊退散、などと首を振る彼の姿は傍目にはかなり面白い。

 ただ、そうは思いつつも、手が柔らかな膨らみから離れるのが若干遅れたのは、思春期真っ盛りの16歳の少年の性というべきものか。決してエロノというなかれ、健全な青少年ならば仕方の無いことである


 「蟲コワイ蟲コワイ蟲コワイ蟲コワイ蟲コワイ」

 ただ、件の女の子については、クロノに抱きとめられ、その手が不可抗力ながらも官能的な行為に及んでいることは認識していない。というか、正気じゃなかった。

 「………」

 またしても別の意味で不安になってきたクロノ。ついでに言えば、この症状が不本意ながらも“見慣れた”ものであることも不安に拍車をかける一因となっていた。

 というのも、過去の夢からトラウマを刺激され、夜にハラオウン宅の廊下を徘徊し、すっ転ぶ義妹の姿を何度か目撃しているクロノ。

 ちなみに、フェイト徘徊時にクロノが起きているのは、バルディッシュからS2Uへと連絡がいき、起こされているためでもあったりする。本来なら使い魔のアルフの役かもしれないが、主に意識がほとんどないため、精神パスも余り役に立たない。


 「あー! やっと見つけたよディエチーー!」
 「ん?」

 と、やや特殊な我が家の家庭事情を思い起こしていると、聞くだけで向日葵を想起するような、元気一杯の声が響いてくる。

 「あ、そこのお兄さんが助けてくれたんだね、あっりがとー、いやはや、あたしがちょっと目を離した隙にいなくなっちゃってさあ、探してたんだよねー」
 「あ、ああ」

 いきなり登場すると同時に、ハイテンションのままマシンガントークを展開する水色の髪の少女。

 “蟲恐怖症”らしき女の子とどういう関係かは分からないが、どうやら知己であるらしい。

 「ほーらディエチー、還っておいでー、ここには蟲はいないよー、性悪な眼鏡姉もいないよー、人攫いに妹を売るような残虐非道な姉もいないよー、マッドサイエンティストなドクターもいないよー、知的美人のウー姉や、厳しいけど頼もしいトーレ姉がいないのはちょっと淋しいけど、だいじょぶ、優しく元気なセインさんがいるから」

 「う、ううん」

 「還ってこーい、還ってこーい、せっかくイケメンお兄さんが助けてくれたんだから、お礼くらい言わないとねー。ひょっとしなくてもフラグだよねこれ、しかもラッキースケベ的な感じでディエチの胸触ってたもんねこの人、これはもう男らしく責任とってもらわないといけないよねー。わーい、お巡りさん変態です」

 何気に、一部始終を見ていたらしい。ついでに言えば心配しているような口ぶりなのだが顔は思いっきり笑っている。完全にいたずらっ子の表情だ。

 「見ていたのなら分かるだろう、不可抗力だ。配慮が足りなかったのは事実だから謝罪はするが、そこまで責められる謂れは無いと思うが」

 「いやいやイケメンお兄さん。年頃の女の子の胸というものは男の触れてはならぬ聖域なのですよ、一度娼婦にまで身を落としかけたあたしだから分かる」

 「娼婦?」

 「まあそこは気にせず、それにねえ、局員っぽい制服着てるし、お兄さん、魔導師なんでしょ」

 「ああ」

 「だったら、わざわざ嫌らしい手つきで受け止めなくても、バインドとかで空中で支えるとかの方法もあったんじゃないかなー」

 愉悦に歪んだ、あるいは下卑た表情を青髪の少女は浮かべるが、クロノの表情は揺らがない。あと、別にクロノは嫌らしい手つきはしていない。


 「悪いな、職業病みたいなものだ」

 「あらま、意外と冷静な切り替えし」

 「ちょうど、女性への配慮をするならそうすべきだったと考えていたところでね。どうにも、そこら辺の機微よりも法律を優先してしまうのが僕の悪癖らしい。補佐官にもよく注意されてるんだが」

 「ははーん、イケメンお兄さん、堅物ってよく言われるでしょ」

 「まあね、それと、イケメンはやめてくれ」

 「うんうん、一目で分かるよ、堅物だって。それに、職業病って言ってたから、察するところ………イケメンお兄さん、執務官かな?」

 「少しはこちらの話を聞いてくれ。しかし、凄い洞察力だな」

 「おっしゃ、あたしの目は誤魔化せない! いやいやー、つい最近まで執務官の方々に追い回されかねない仕事やらされてたもんでさあ、それに、命と貞操がダブルで危機ばっかだったから、目が肥えないとやってられなかったんだよね」

 「そういえばさっき、姉に人攫いに売られた、ようなことを言っていたな」

 「そうそう、ようやく足を洗って堅気になれたから逮捕はしないでね。それより聞いてくださいよー、お兄さーん。聞くも涙、語るも涙のセインさんとディエチちゃんの冒険譚を!」

 そこからさらに爆発するマシンガントークは、ほとんど要領を得ないものだった。どうやらこの青髪少女、余程鬱憤を溜め込んでいたらしい。

 ヤクザの親分の愛妾にされそうだったとか、麻薬を扱ってる宗教に洗脳されそうになったとか、腕にドリルを付けられたとか、どういう因果か王族に仕える宮廷侍従をやらされたとか、挙句の果てに地下墓地みたいな遺跡で気色悪い大型の蟲に追い回されたとか。

 何なのこれ! と怒鳴られても、クロノにはそれ以上にさっぱりだ。見事なまでに因果関係が掴めない。

 ただ、元気な少女はともかく、栗毛の女の子の方は分かりやすかった。どうやら、鉱山で魔力砲撃による岩盤抜きの仕事をしている最中に、異常発生した蟲が全身に纏わりついてトラウマになったらしい。

 (まあ、それが普通か)

 つい先程見舞った部下は特殊なケースであることを改めて思う。普通なら外傷よりも心の傷が重くなるものだが、“蟲キング”恐るべし。

 「今は大分回復したんだけど、時々発作が起こるんだよね。ほんわかな感じの若奥様的な人が抱いてた女の子が、虫を服の中に隠し持ってたみたいで、それが逃げて運悪くディエチの顔に飛んできちゃったんだ」

 「………そうか」

 例の母子、恐らく薄い紫の髪をした二人に心当たりがある気がしたが、忘れることにしたクロノ。

 「それでパニクっちゃって、無意識に蟲から逃げようととにかく高いところに行こうとしちゃって」

 「地下鉱山で仕事をしていたなら、上にしか逃げ場がなかったというわけか」

 「そうみたい、ま、飛行能力がないのが救いかな。飛んでいかれた日にはあたしが追うこともできないし、と、ディエチ、気付いた?」

 「う、ううん」

 「気がついた、のか?」

 「多分ね、ほら、立てる」

 「な、なんとか……」

 やや危ういものの、かろうじて自分の足で立つ栗毛の女の子。

 症状がトラウマに起因するためか、意識がしっかりしてくるにつれ、健全になっていく。

 「すいません、ご迷惑をおかけしたみたいで、本当にありがとうございました」

 「いや、気にしないでくれ。うちの妹も、君ほどではないが似たようなトラウマを抱えていてね」

 「あーそりゃまたご愁傷様。そんじゃ、いこっかディエチ、またね、イケメン執務官さん」

 「ああ、そちらもどうか養生してくれ」

 「はい、えっと……」

 「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ」

 「助けていただいて、ありがとうございましたハラオウン執務官。わたしはディエチといいます」

 「そういや、お兄さんの名前を聞いてなかったっけ。それよりディエチ、“わたし”ねぇ、普段は“あたし”じゃなかったっけ? それに、妙に言葉遣いが正しいし」

 これは面白い物を見た、と言わんばかりに、青髪の少女の目が細まる。


 「初対面で、それに恩人なんだから、当然でしょ」

 「はいはい、これがイケメンの魔力か、女殺しとはこのことよのう」

 「何のことだ」

 「こっちの話、いや、待てよ…………イケメンではあってもあの性格ひん曲がった麻薬王とかじゃなあ、残念にもほどがあるしドリルはないよねドリルは、ドクターも顔はいい筈なのに性格歪んでるし、うん、やっぱり男は顔より性格だね」

 「すいません、姉が失礼を」

 「気にしていない、というか、姉妹だったのか君達は」

 「遺伝学的には別人だけどねー、血の繋がりはないかもしれない、だがしかし、それでもあたし達は姉妹なのだー」

 「ええ」

 「そうか、それはきっと、素晴らしいことだと思う」

 その言葉には、3人とも思うところがあったようで、連帯感のような不思議な空気が一瞬生まれ。

 「そんじゃ、今度こそバイバーイ、縁があったらまた会おうねー」

 「それでは」

 「ああ」

 柔らかい雰囲気に包まれたまま、クロノは仲の良い姉妹と別れた。

 血は繋がって無くても自分達は姉妹だと、一切の迷い無く言い切った目を、心に刻みながら。


 「血は繋がってなくても、か。僕達もああいう兄妹になれればいいな、フェイト」

 ちょうど、今の自分と同じ執務官を目指している彼女。

 父の恩師でもあった老提督や、あの双子の使い魔が導いてくれたように、今度は自分が下の子らを導けるように。

 少年の翼は、空へと羽ばたく。




あとがき
 最近出番の多かった“蟲キング”ことラム隊員は、クロノが3人娘の導き役として“アースラの艦長”となっていく過程の成長の鍵という役割でした。なのでこっから先はモブキャラに戻ります(汗)。なのは達は天性の才能やレアスキル持ちで、それ故の責任や苦悩もあるでしょうが、管理職のクロノはエースと一般隊員、両方の思いや苦悩を知る必要があるだろうなと思い、空白期前遍は彼が完全に巣立つまでの期間でもありました。でも、才能の無い状態から5歳の頃から努力を重ねることでエースになったクロノだからこそ、出来るような気もします。そして、彼がいれば、無印の頃にはあった“魔法少女を導くオリ主”としてのトールは完全に必要なくなります。クロノだけでは手が回らない部分はユーノがフォローしてくれるでしょうし、本当にこの男2人はチート級です。
 次回が“親鳥と雛”の終幕で、魔法少女達とクイント、メガーヌの選択と、そして、裏取引の真実が語られる予定です。




[30379] “親鳥と雛”  終幕  命の天秤
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 15:17

My Grandmother's Clock


“親鳥と雛”  終幕  命の天秤



クラナガン中央病院にて。

 執務官候補生のフェイト・T・ハラオウンは、義兄と共にアースラ武装隊の見舞いに訪れ、特に一番年代が近く、ある点で尊敬している隊員を訪ねていた。


 「蟲キン……じゃなくて、ラムさんは、どうして武装局員になったんですか?」

 「俺?」

 「はい、アクティ小隊長やオルドー副隊長には聞いたことがあるんですけど。こんな怪我しても、武装局員を辞めないと聞いたので、気になって」

 これから管理局で働いていくかどうかを考えているフェイトにとって、かなり重大な意味を持つ問い。

 もし自分がこれほどの怪我を負ったとして、果たして諦めずにいられるかどうか、正直、彼女にはまだ自信がなかったから。

 「うーん、簡単にいやあ、空戦の先天技能があったのと、爺さんの影響を受けて、かな」

 「お爺さんの……」

 「確か、君の祖父も武装局員だったと聞いたことがあるが」

 「そっす、爺さんは第23管理世界ルヴェラの、ロヴァニオンって地域の出身で、その辺りじゃあ遊牧と農耕の中間みたいな生活を今でも続けてます」

 「ルヴェラか、文化保護区が多い世界だったな。ロヴァニオンも確か………」

 「ええ、昔ながらの遊牧民的な生活が今も守られてる地方がロヴァニオン。そこで空戦の先天技能を持って生まれた爺さんは未知世界に憧れて、若さに任せて飛び出したわけっす」

 「未知世界?」

 聴きなれぬ単語に、フェイトが首をかしげる。


 「ああ、フェイトちゃんには分からないか、未知世界ってのは管理外世界のことで、ミッドとか先進的な管理世界ならそう呼ぶけど、爺さんの故郷みたいに昔ながらの生活してる場所では未知世界って呼ぶんだ。逆に管理世界のことは既知世界」

 「基本、僅か35しかない管理世界からなる“小さな管理局”では、管理しきれぬ広大なる未知世界、という意味だ」

 「へぇぇ」

 「未知世界の総数は200を超えてるし、未発見の世界はまーだまだあるとか。俺の爺さんも地図に乗ってない未知世界に憧れたらしい、既知世界については画像とかパンフレットとかあるけど、こんな狭い世界じゃ満足できないって」

 「あ、そっか、管理外世界って、どこにあるかは一般の地図にも載ってるけど……」

 「中の細かい部分を知るには管理局か、それに準じる組織の認可が必要だ。トールのように許可を取ったり、スクライア一族のような場合もあるが、基本、正式に国交が無い未知世界のことはデリケートな案件だからね」

 「なのでそっち方面の探査がしやすい管理局に入りましたと、武装隊なら、ある程度荒事に巻き込まれても融通効きますから。それに、若い頃に無許可で未知世界行って“異世界船来航事件”的なことやらかして、開国だの戦争だのになりかねない真似もしたとか、まあ、ジジイ特有の法螺バナシだとは思うんすけど」

 「それは流石に嘘だろう、もしそうだったら君の祖父は、今も軌道拘置所にいるはずだ」

 「ですよねー」

 「やっぱり、無許可の渡航って危険なんだね。地球でも『捕鯨をヤメロー』って勝手に外国の船に乗り込むだけで国際問題になりそうだったし」

 国家を跨ぐ問題はとにかくややこしい、これは既知世界、未知世界を問わず共通の真理らしい。


 「とまあ色々あってクラナガンにやってきて、婆さんとくっついたと。爺さん曰く、武装局員は最も実入りがよくて才能が生かせる仕事だったとかで、運良く大した怪我もなく勇退できて、今は長男家族と悠々自適に過ごしてます。あいにくと俺は大怪我してこの有様っすけど」

 「すまなかったな」

 「そこは気にしないでくだせえ。そんで、俺の母さんがクリッパーって姓の親父とくっついて、姉貴、俺、弟の順番で生まれて、5歳上の姉貴は婿の形で去年結婚。そんなわけで、男二人は結構自由が利くことに」

 「それで、ラムさんは武装局員になったんですか」

 「10歳の頃には空飛べたんで爺さんに憧れてたのもあったし、就業資格を取って貨物船の警備員だのなんだのと海を渡り歩く生活してたんだけど、ちょいと人生の転機ってもんがあってね」

 「転機? 何かあったのか?」

 「俺の弟は4歳下なんですけど、俺が14の時にロヴァニオンの爺さんの実家を訪ねて、そのままその家の子になっちまったんすよ」

 「えええっっ!」

 「それはまた、凄い話だな……」

 「弟曰く、“ここに骨を埋める直感がした”らしいっす、カルチャーショックでしたね。んでまあ、俺の方も荒事屋か航空武装隊がいいかって思ってたんで、他の世界との交流だの公的なコネが作りやすい管理局にしようと」

 「じゃあ、弟さんのため、だったんですか?」

 「いんや、弟はただのきっかけ、つーか後押しみたいなもんさ。これはあくまで俺が選んだ人生設計、弟のせいでも爺さんのおかげでもないさ。だから、ヘマやって腕切られたのも、俺の責任だよ」

 「相変わらずその割り切りは凄いな。それが14歳の時なら、翌年に空士学校へ入学、その翌年に卒業か」

 「うす、新歴64年5月、16歳にて晴れて武装局員の末席に加わりましてござい、今はアルクォール小隊、ウォッカ分隊の03、ガードウィングを務めさせていただいております。ついでに1年半くらい前から蟲との因縁があって、今じゃあ“蟲キング”になっちまった次第、こいつも爺さんの血ですかね」

 「尊敬します」

 「いや、まあ………ありがとな」

 フェイトはとても真摯な表情だが、蟲が平気なことを尊敬されても正直困る。

 結局のところ感性の問題なので、対処法を教えられるわけでもない。


 「ま、俺の人生録はこんなもんっすかね。多少は珍しいかもしれませんけど、クラナガンにゃあ、もっと摩訶不思議な人生秘話がゴロゴロしてますから」

 「黎明期の人々曰く、混沌の街、か」

 「俺の爺さんみたいに、色んな文化の出身者がいますから。フェイトちゃんも、機会があったら一度ロヴァニオンに行ってみるといいよ、既知世界だから地図はあるし、弟への手紙を持っていきゃあ、町会レベルで歓迎してくれるから」

 「あ、はい、いつか」

 人々の繋がりは、とても奇妙で面白い。

 少女達は少しずつ広い世界を知りながら、同時に海鳴の街に守られつつ、成長していく。







 「クイントさん、大丈夫なんですか?」

 アースラの若き執務官と候補生が、誰よりも蟲に愛された青年(本人は不本意)を見舞っているのとほぼ同刻、最後の夜天の主の名を冠する少女も、知り合いの眠るベッドの傍に立てかけられた椅子に座っていた。

 「ええ、大丈夫よ、もう峠は越えたから」

 その隣には、患者の親友である女性の姿もあり、その腕にはすやすやと眠る小さな天使の姿があった。

 薄い色彩ながらも明るい紫の髪を持つ、1歳と数ヶ月の小さな女の子、その名を、ルーテシアという。

 「そやけど、集中治療室からこっちに来てからもずっと寝たままだって」

 「平気平気、いい、ちょっと見ててね」

 と言いつつ、お見舞い品のチョコポットを一つつまみ、親友の口へと近づけていく。

 そして、チョコレートの薫りが患者ことクイント・ナカジマの鼻腔をくすぐったのを見計らい、投下。

 すると。

 「わっ、食べた。それも、ちゃんとと噛んで食べとる」

 「クイントの誇る大技、“自動喰い”ね。ピザでもステーキでも、口に入る大きさなら寝たままでも何でも食べるわよ」

 「凄い……」

 「普通に考えればまだまだ固形物はだめっていうか、食べれる筈もないんだけどね」

 なんとも恐るべき食欲である。

 なお、ギンガとスバルが凄まじい健啖家ぶりを発揮しているのを見て、間違いなくクイントの娘だと確信したのはメガーヌの秘密だ。

 とはいえ、父であるところのゲンヤも似たり寄ったりの想いを抱いていたりするが、そこは突っ込まないではいけない。

 「何ちゅーか、圧巻ですわ」

 「そんなこんなで、陸士学校時代についたあだ名が“食欲魔人”」

 ちなみに、自分のことを棚にあげているが、彼女も彼女で“昆虫女王”の名を冠していたとか。

 ついでに言えば、病院に入った際に抱いている娘の掌から虫が飛び去り、看護師が悲鳴をあげたり、出入り禁止になりそうだったりと、一悶着あったりしたがそれは余談である。


 「お母さん、スバルが焼いたのよ、ほら、食べて食べて」
 「おかーさん、早く元気になってね」

 そんな母の特技というかを知っているのは娘二人も同じで、しばらくしてからやってきた彼女らも、メガーヌと同じく母の口に食物を放り込んでいく。

 「あのクッキー、スバルとギンガが作ったのかしら?」

 「そうみたいです、どっかの誰かの入れ知恵やと思うけど、大好きなお母さんやお父さんが大変な時こそ、小さな子供にも“何か出来ること”を教えてあげたほうがいいって」

 フィーがレイジングハートとバルディッシュから聞いたところ、ナカジマ家のキッチンで年下の二人にお菓子の作り方を指導する喫茶店の娘と、その親友の姿があったらしい。

 純粋に料理の腕なら、はやての方が上手というのが定評だが、今回は辞退したため、なのはとフェイトだけ。

 「あの子達が? どうして?」

 「あまり声高に言うもんでもないですけど……」

 ふと、はやては母の腕に抱かれて眠るルーテシアが目に入る。

 ひょっとしたら、涙はこの小さな子から流れるのかもしれない、そんな予感がしたからだろうか。

 「今は、3人で一緒に管理局で仕事してますけど、なのはちゃんとフェイトちゃんの2人の絆は、やっぱり特別なんです」

 それぞれの家庭の事情にはあまり触れぬよう、あくまで親友二人だけに関わる部分のみで、ジュエルシードにまつわる二人の出逢った過去を伝えていく。

 家族が大変な時に、家族に構ってもらえなかったことではなく、何も出来ない小さな自分の手に涙していたなのは。

 姉が目を覚まさず、母が大変な時に、大好きだった育ての師を救うことが出来ず、何も出来ない小さな自分の手に泣いていたフェイト。

 共に、嘆きの根源は寂しさではなく、愛する人達に何も出来ない無力な自分。

 根源を同じくする、二人だからこそ。

 母親が大変な時に、涙する小さな少女たちに、何か教えて上げられることがないかと、考え続けた。


 「だからきっと、一生懸命作ったクッキーを食べてもらえば、お母さんはすぐに良くなるって」

 「ギンガとスバルに教えたわけ、か」

 ギンガは9歳で、スバルは7歳。

 ちょうど、なのはとフェイトがそれぞれの心に重を抱えていた時期であり、そして、鏡合わせの誰かを見出した時でもあった。

 「クロノ君、ああ、フェイトちゃんのお兄さんですけど、彼も似た経験があるって言ってましたし」

 若くして夫を失い、涙する母の姿。

 決して息子の前では見せまいとしていたが、偶然が重なり、まだ幼い少年はそれを見た。

 それが、クロノ・ハラオウンが今に至る原風景。もっと強くなり、いつかは母を守れるように。

 「はぁ、やっぱり男の子は凄いわ」

 「みたいです。守られるだけの自分が嫌だったのは同じなんやけど、お兄ちゃんは、いつかお母さんを守れるようになりたいみたいで」

 ひょっとしたら、もうなりつつあるのかもしれない。

 「あっという間に、子供は大人になってしまうのね」

 「せやけど、小さいうちはやっぱり、お母さんやお父さんが必要やと思います。わたしが言うてもあまり説得力ありませんけど」

 「確かにそうね」

 そんな会話を続けつつ、二人はやや離れたところから、心を込めて作ったクッキーを母の口に放り込んでいく娘の姿を見守る。

 若干、入れ過ぎではないかと思わなくもないが、クイントの咀嚼スピードは衰えることを知らないばかりか、むしろ上がっているようにも見える。娘の愛情を察知する味覚でも備えているのだろうか、だとすれば母の直観も侮れない。

 「娘、か……」

 メガーヌの口から無意識のうちに零れたのは、その姿に思うところがあったからか。

 心の動きに人一倍敏感なはやてはそれを察し、この病室に入って以来抱え込んでいた問いを口にすることにした。


 「あの、メガーヌさん、一つええですか?」

 「…………“命の天秤”について、かしら?」

 そして、問いの内容を予想していたのか、彼女の口からは問いが返される。

 「やっぱり、クイントさんは」

 「ええ………命の天秤はストレージにインストールすると大容量を占めちゃうけど、インテリジェントなら主と同調する機能で、あまりリソースを食わずに済むから、ソニックキャリバーに助けられたわ」

 命の天秤、そう呼ばれる魔法がある。

 一般に広く知れ渡っている魔法ではなく、武装隊や特別救助隊などで救急救命に用いられる専門性の高い延命魔法だ。

 簡単に言えば、致命傷を負った際に、リミットブレイクに近い形でリンカーコアを励起させ、身体を無理やり“最適な状態”に保つ魔法、この場合はつまり、生きている状態を持続させる。

 今は亡き時の庭園の主は、リンカーコアかそれに近しいものを結晶化し、他者へ埋め込むことでこの作用を恒久的に展開することを目指したのが、レリックというロストロギアではないかと、研究資料を遺している。

 「けど、命の天秤って、代償にリンカーコアが機能不全になって、魔法が使えなくなるって」

 「………命が助かるなら、安い代償と思うしかないでしょうね。“命の天秤”とはよく言ったものだけど、クイントの場合は処置が早かったから、命の天秤も完全に使った訳ではないから、回復出来ると思う」

 命の天秤は、リンカーコアに過剰な負荷をかけるため、高確率で使い物にならなくなる。

 また、ストレージの場合はリソースを食い過ぎることもあって、かなり歴史の古い魔法でありながらも使用された例はあまり多くない。緊急時にしか使わないことと、即死であっては意味がないことなども要因ではあるが。

 「それは、何よりです」

 「しばらくは後遺症が残るでしょうけど、丁度いい機会なのかもしれないわね」

 母を心配する子供達を泣かせないためにも。

 一時的にでも前線を離れるべきという話は幾度もあったが、これで図らずも結実したことになる。

 いや、“図られて”というべきか。

 「確か、なのはちゃんのレイジングハートやフェイトちゃんのバルディッシュも、カートリッジを搭載した際に“命の天秤”もインストールしたって言うとったかな?」

 「彼なら、絶対組みこんであるでしょう。命の天秤は、未成年の魔導師が武装隊に準じる任務に就く場合、規定でインストールしておくことが定められてるし、そうでもないとまさか子供を前線には送り出せないわ」

 未成年、特にミッドチルダにおける基本的な初頭教育終了年齢である11歳までの子供を危険の伴う任務に就かせる場合、CLASS5以上のインテリジェントを装備させることが条件。

 CLASS5は緊急時の連絡、救命用魔法である“命の天秤”、さらには術者が意識の無い場合にデバイスが代行するシステムの搭載などを備えた安全面の最高レベルであり、インターミドルにおける基準がCLASS3であることを考慮すれば、かなり複雑なシステムが必要であり、同時に費用もかかる。

 新歴67年現在におけるレイジングハートとバルディッシュはもちろん、後のストラーダやケリュケイオンも搭載することが義務付けられる安全装置群である。

 もっとも、この規定が出来たのもインテリジェントが進歩した十数年前のことであり、それ以前は働く子供を保護する規定があまりなかったは、悲しいことだが歴史の示す事実でもあった。ただ、執務官資格はそういった規定の一部を免除出来るため、11歳で執務官になった場合はその限りではないが、そんな事例は一人だけである。

 あと、9歳の少年がデバイスなしで闇の書の暴走体と戦ったという記録については、とある管制機によって改竄されている。記録上では無限書庫での情報収集のみを行ったことになっており、後の世の人々が知る真実もそうなっている。

 「義務付けられてるとは言っても、命の天秤が今まで使われたのは200例くらいで、それもインテリジェントが普及しだしてからの話よ。そのうち、魔導師として復帰できたのは、たったの8人」

 「95%以上の確率で、魔法が使えなくなるんや……」

 「その代わり、リンカーコアが極限まで削られた状態から復帰できれば、それまで以上に頑丈になるっていうのは有名な話ね。その生き証人は、貴女も知ってるでしょ?」

 「隻腕のエース、シリウス・フォルレスター一等空佐、ですよね、なのはちゃんのお師匠の鬼教官さん」

 それは、片腕を失い致命傷を負いつつもなお生還した、空の英雄を指す渾名であり。

 「またの名を、“不屈のエースオブエース”。こっちは、命の天秤から奇跡的に復帰した魔導師を指す称号ね」







 「久し振りだなゼスト」

 「お前か」

 ゼスト・グランガイツの病室を、黒人男性が訪問する。

 身長は190cmを超え、声も厳しく、顔もごつい、一見して軍人以外の職業が連想できない。

 何よりも左腕が存在しておらず、代わりに魔法の腕が周囲を浮遊している。その“ロストハンド”こそが、彼を“隻腕のエース”と言わしめる由縁であるが、あいにくと“鬼教官”の方が圧倒的に通りがいい。

 空の英雄と地上の英雄が、久方ぶりに久闊を叙していた。

 「俺とお前が病室にいるなど、戦技披露会で相討ちになって以来じゃないか」

 「そういえば、そうだったかもしれん」

 空の英雄は52歳。新歴30年に入局したため、37年のキャリアを誇る大ベテラン。

 地上の英雄は46歳。彼の5年後に入局した後輩となるが、ここまで長くなれば5年程度は些細な差でしかなく、かなり昔から対等に話す関係であった。

 一応、負傷したゼストを彼が見舞いに来たという構図なのだが、等の患者は信じ難いことにさっさと制服に着替えて退院しようとしている。部下の多くが負傷している今、隊長である自分がこの程度の傷で休むわけにはいかない、ということらしい。

 「聞いたぞ、戦場において久々に不覚をとったそうだな、お前らしくもない。騎士の誇りはどこにいった? それとも、歳を取り過ぎて腕が鈍りでもしたか?」

 「まだ耄碌した覚えはない。なんなら、今から決着をつけてやっても構わんぞ」

 「結構。牙は失っていないようでなにより」

 軽い挑発の言葉に対し、ゼストが若干ながら怒気を孕んで返す。

 日頃から泰然としているのが印象的なこの騎士が、感情的な返答をするのも珍しい。彼の部下が見れば目を丸くすることだろう。

 「戦績はこれまで、2勝2敗5引き分け、だったか?」

 「間違いない、最後に戦ったのは、かれこれ10年前になる」

 片や、ミッド式、空戦SSの魔導師。
 片や、古代ベルカ式、空戦S+の騎士。

 まさしく正反対の二人であり、管理局が今ほど体制が整っていなかった時代、この二人こそが不安定ながらも活気と熱意に満ちていた若者達の彗星だった。

 二人と縁のある、ミッド式魔導師高町なのは二等空尉と、古代ベルカの騎士シグナム三等空尉が、彼らの再来と呼ばれる程に戦技披露会で暴れまわるのは、もう少し先の話だ。

 さらに、その二人の弟子である陸戦の最高峰、ミッド式魔導師ティアナ・ランスターと、近代ベルカ式の騎士エリオ・モンディアル・テスタロッサが後の時代へと続いていく。


 「だがしかし、地位が上がり、部下の責任を持つというのも考えものだと思わんか。なあ、ゼスト・グランガイツ一等陸尉」

 「戦技教導官の言葉とは思えんぞ、シリウス・フォルレスター一等空佐。そんなことを言い出せばレジアスなどはどうなる」

 「そう言うな、確かに、平和になりつつあるのは良いことだ。優秀な魔導師が前線で戦うばかりではなく、培った技術を次代へ伝えるため、後進の育成に力を注ぐ、それに否はない」

 「…………」

 5年の差があるとはいえ、実力がほぼ等しい二人のうち、片方は一等空佐、片方は一等陸尉。

 佐官以上となれば、そう簡単に前線に出るわけにはいかなくなる。地上の窮状において、ゼスト・グランガイツが前線から指揮官へと移るというのは、不可能な話だった。

 二人の階級の差は、そのまま海が陸から戦力を吸い上げることで一足先に治安維持を実現できた、という事実を表してもいた。ロストロギア災害の規模を考えれば、上に立つものであれば誰しもが同じ優先度をつけるだろうが、それでも現場の、特に地上の人間にとっては忸怩たる思いもある。

 「だがそれでも、時に、一等陸尉として前線で命を張ることが出来るお前を、羨ましくも思う。地上の窮状を歓迎しているようで、けしからんことこの上ない思いだと分かってはいるが、な」

 「その言い方では、海は随分と平和になっているようだな」

 「いいや、戦いが続いているのは相変わらずだ。だが、闘争の質が昔とは変わりつつあるらしい。指揮官としての適性や、魔導の才能が重視された時代から、金の集め方とコネの作り方が重視される時代へとな」

 飄々と紡がれながらも、そこには隠しきれない憤りが宿っているのを隠せない。

 平和が尊いものであるのは一般的な価値観だが、何をもって“守るべきもの”と感じるかは人それぞれだ。少なくとも、彼は親の地位によって高位に就き、賄賂や汚職によって維持される平和を尊いとは感じない。

 多くの犠牲を払った過去があるからこそ、若い魔導師達が海で仕事を出来るという現在がある。ただ、激動の時期を戦い抜いた者達からすれば、今の海に何か物足りなさを感じることも事実であり、未だ治安改善が完璧ではなく、過去の状況を色濃く残す地上が、却って眩しく映ることもあった。

 そして、戦技教導隊の実質的な頂点にある空の英雄が見たものは、輝かしい未来ばかりではないらしい。


 「どうにも、平和というものは、惰弱や腐敗というものと常にセットになってついてくるようだ。俺の教導方針などは、最近の若者には中々に受け入れ難いらしいぞ」

 「それは間違いだな、俺達が駆け抜けたあの頃であっても、お前の訓練についていけるものなどいなかったろう」

 「それこそ、お前くらいのものだったか。ああいや、もう一人くらいいたな、俺とはあまり縁がなかったが、お前は今でもたまに会ってるだろう」

 「あいつも今は、聖王教会の騎士の筆頭格だ」

 「なるほど、俺は空の英雄で、お前は地上の英雄、そして、もう一人は神の英雄ときたか」

 「その英雄が、平和な世に物足りなさを感じるならば、やはり、英雄など不要なのだろうな。俺達管理局員の戦いならばまだしも、戦争時の英雄など、時が過ぎれば人殺しにしかなるまい」

 「だろうな、俺もお前も殺しを目的とした戦いではないためそうは呼ばれんが、人を殺していないわけではない。所詮は血に濡れた修羅道だ」

 だからこそ、血に汚れていない次代の子らに託したい想いがあり。

 同時に、次代を担う若者が、血の代わりに金や権力に汚れていくことなど、絶対に認められない。

 それが、前時代を築いてきた英雄達の誇りであり、願いだ。


 「血に濡れていない、新たな世代か。お前に頼んだ、高町の様子はどうだ?」

 「俺に10歳のガキ、それも女の教導をしろなど、最初は正気を疑ったぞ」

 常識的に考えれば、それはありえない選択だった。

 シリウス・フォルレスターは言わば、“教導官を鍛える教導官”であり、現代の空戦魔導師の最高峰。

 訓練校を出て武装局員となり、教育隊の教官達に鍛えられ、さらに高度な戦技を教わるために戦技教導官に学ぶ。

 そのさらに上にいる彼が教えるのは、アースラのアルクォール小隊などのように武装隊として長く務めてきた者達であって、武装隊士官候補生への指導は本来彼に任せるべきことではない、ほぼ確実に潰れてしまう。


 「俺も以前模擬戦を行ったことがあるが、彼女らは空戦魔導師として優秀過ぎる。その上、精神面でも天狗になることがない」

 「だからこそ、優秀な指揮官、教導官であっても、あの子達ならば大丈夫と、固定観念に囚われる」

 「ああ、信頼は確かに必要なことだが、子供への過度の信頼は墓穴を掘ることになりかねん。そういった才能の高さ故の死を、見慣れているのは俺達だろう」

 「ついで言えば、生き残ったのも、俺達だけだがな」

 彼らと同世代であっても、優秀な若者、Sランクに届く才能はあった。

 だが、彼らは皆、激しい時代に呑まれるように消えていった。それはさながら、流星が疾く燃え尽きるように。

 生きているだけならば多くいるが、彼らと同年代の高ランク魔導師で、最前線で戦える者は本当に極僅かしか残っていない。特に多いのはリンカーコアへの無理が祟り、障害を抱えて脱落するケースだ。

 「だからこそ、お前に頼んだ。これ以上、若い才能が管理局のために散っていくのは見たくない」

 「構わん。そのために戦技教導官になったようなものだからな、ああいう骨のあるのが入ってくれるのは素直に在り難い、あれは実にいい目をしている」

 「それは同感だ」

 「これは俺の持論だがな、真に平和の世を望むなら、血にも金にも権力にも汚れぬ、ある種の反骨精神に溢れた連中をこそ鍛えるべきだ。武装局員に必要なものは、家柄でも才能の有無でもない」

 「………誰のことを指している?」

 「今回の件で負傷した連中全員だ。お前の部下達は当然として、今回応援に行ったのも、この間俺がしごいた連中だったろう。魔導師としての腕は平均だったが、見上げた根性を持ってる奴がいた、流石にアレの真似は俺にも出来ん」

 ゼストの脳裏に浮かぶのは、報告を受けた一人の隊員の顔。

 何でも、蟲を全身に纏わりつかせたまま敵に突撃したらしく、そのインパクトは確かに凄まじい。流石のゼストでも絶対に真似したくない。

 人知れず、地上と空の両方の英雄から賞賛されている彼だが、相変わらず嬉しくない賞賛のされ方だった。


 「まあ何はともあれ、未来への希望はまだまだありそうだ。使い物にならん連中に絶望するよりは、使える連中をびしばし鍛えることに力を注ぐとしよう」

 「ほどほどにな」

 とはいえ、彼こそが戦技教導隊の頂点だ。注意しようにもそれは釈迦に説法というものだろう。

 「それでだゼスト、高町よりはもう一世代上の“若い才能”はどうするのだ?」

 「ナカジマと、アルピーノのことか」

 「俺達の時代では“止むを得ん”という一言で育児に専念すべき母達も最前線で戦った。だが、今は違う、残りの者達には負担を強いることにはなるが、あの時代の男連中に比べればそれでも温い」

 「………お前は、よくそこまで昔のままでいられるな」

 ふと気付けば、自分自身の考えが時代の移り変わりに応じていたのを、今さらながらに自覚する。

 しかし、目の前の旧友はそうではないらしい。今でもまだ、当時のままの感覚を絶やしてはいないようだ。


 「部下を率いて前線に立つならば、自分の感覚を現在の組織の風潮に合わせることも必要だろう。だが、戦技教導隊の頂点というものは、ある意味で化石か骨董品のような立ち位置でな、古き良き技術や心構えを保存し、伝えることが求められる」

 「なるほど、それでか」

 「そうだ、だからこそ、古い時代の人間の考えのままに問いたい。ゼストよ、お前は本当にそれでよいのか?」

 「…………」

 それは、レジアスやゼストが抱える、根源的な問題でもある。

 彼らが現役世代として駆け抜けた頃、地上の大規模犯罪が絶えず、多くの命が犠牲となった時代は移り変わろうとしている。

 だが、未来のために当時の今が犠牲となった側面は否めず、彼らの世代での人材が乏しく、次代の育成環境が整っていない。

 「レジアスは、次代へ移すための空白を補うべく準備している」

 「デバイスソルジャーか、確かに、一時凌ぎとしては悪くない。戦闘機人の計画は倫理に反するとかなり前に却下されていたが、人間でないなら酷使しても問題はないか」

 「そうだ、図らずも結果は出ている。使い捨てに出来るというのも、人間ではないからこその利点だろう」

 「では?」

 「ああ、あの二人は当面の間、前線から退かせる」

 今ならば、幼い子を抱える者達を、前線から外すことも可能であるはず。

 そもそもデバイスソルジャーとは、“母が育児に専念できる環境を整えるため”に生まれたのだから。






 【ありがとうございました】

 「オンボロか、別に俺は何もやっていないが」

 旧友と別れ、人家の無い中庭を歩いていると、老執事とおぼしき人影から、機械音声が響いてきた。

 黒人で190cmの巨体、さらに筋骨隆々の隻腕という見た目であるため、“鬼教官”に近づこうとする一般人はいない。だからこそ、相手が誰であるかなど、探るまでもなく察せられた。

 【いえいえ、高町なのは様の休みをお許し下さり、本局からこちらまで連れてきてくださった。フェイトとお嬢様のスケジュールはハラオウン家の方々の力でどうとでもなりますが、彼女はそうもゆきませんので】

 「よく回る口だな。その辺りで融通を利かせるために、お前がゼストを通して高町を俺の所に寄越したのだろうが」

 【さて、何のことやら】

 飄々と受け流す人形だが、このような反応は珍しくもある。

 今の彼が、フェイト・テスタロッサに関わる人間以外に、“人間らしい受け答え”をすることなど滅多にないというのに。


 「まあいい、それで、何の用だ。あいにくと高町とテスタロッサの見舞いが終わるまでは保護者として帰れん身だ、長話であろうと付き合える」

 【いえ、特に用事はありません。ただ、珍しく貴方が饒舌なのは“命の天秤”について思うところがあるからでしょうか?】

 「……不屈のエースオブエース、この称号を持つ者とは、切っても切り離せん魔法だ」

 【ですが貴方は、インテリジェントを使われない。5本以上の杖型ストレージを同時展開できる貴方とならば、インテリジェントでなくとも命の天秤を発動できるでしょうが、インストールされておられない】

 「保険とは、同時に甘えを生む。未熟なうちはともかく、成熟したものはアレに頼るべきではない」

 【なるほど、それが貴方の教導官としての信念であると】

 「それ以前に、俺の相棒はテュールだけだ。他のインテリジェントに乗り換えるつもりはない」

 【……………】

 沈黙。

 その間に、今より32年ほど前の情景が、時の庭園の大記憶空間から参照される。

 テュールという銘の、ミッド式高ランク魔導師のために製造された、杖型のインテリジェントデバイスがあった。

 しかし、とある任務において主の腕が焼失すると同時に、自身のフレーム及びコアが損傷。

 その状況で、“命の天秤”のための演算を行い続け―――CPUが修復不能なまでに焼きついた。

 残ったのは、二時記憶領域に残された、3年間の活動記録のみ。

 それが、記録に残る最初期のインテリジェントデバイス、1機目のシルビア・マシン、テュールの全てである。

 誰にも知られぬ、紫色の長男の最初の弟であり、そして、最初に逝った弟。


 「今もアイツが動いていれば、もう35年になるか」

 【クアッド・メルセデス様に作られし古き友、ベイオウルフとちょうど同年代でしたね】

 「そうだった、俺とゼストが最初に戦った戦技披露会では、インテリジェントデバイスとアームドデバイスの最新型同士の決戦などと呼ばれていたな」

 当時はまだ、彼らこそが最新型。

 今ではもう古びた旧型だけれど、彼らがあったからこそ、今のデバイス達がある。


 【あそこから、インテリジェントの歩みが始まっていきました】

 「そう言えば、セヴィルの奴のデバイスの記録を、レジアスに預けたらしいな」

 【はい、新歴65年の9月のことです。局員情報を秘匿せねばならない15年間は、その1ヶ月前に経過しておりましたので】

 「確か、プロミネンスといったか、“燃え盛る炎”という銘の通りの炎を宝石に込めたような不思議な色をしていた」

 【時空管理局は、デバイスと共に歩んできた。プロミネンスの主であった、セヴィル・スルキア様の言葉は私も記録しております。ただ、彼は“命の天秤”を発動することは叶いませんでしたが】

 「心臓を貫かれての、即死だったと聞いている。そればかりはどうにもなるまい」

 【ですが、主を守れず、命題を果たせなかったプロミネンスは無念であったでしょう。その意味では、テュールが羨ましい】

 「俺を助けて、砕けてしまったがな…………あの馬鹿が」

 【主を守り、そして果てる。デバイス冥利に尽きるというものですよ】

 それは、変わらぬ機械音声ではあったが。

 どこか、聞き慣れぬノイズが混ざっていたように、彼には聞えた。


 「らしくないのはお前の方ではないか、オンボロ」

 【かもしれません】

 本来、汎用言語機能はフェイト・テスタロッサに近しい者にしか適用されない。

 ただし、シリウス・フォルレスターはプレシア・テスタロッサの娘ではなく、母に近い人物であったため、例外であるとは言える。

 しかし、フェイトを基準に考えれば、なのはを間に挟んだ人物でしかなく、今の彼が使うべき人物かと言えば、怪しいところだ。

 正しいようであり、正しくないようでもある。


 【私には、過去しかありませんから、自分の演算の道筋を確認するためには、過去を参照するしかない】

 「………最後に俺とお前が会ったのは、2年前だったか」

 【ええ。貴方は5年ごとの節目の年には、時の庭園を訪れておられます。ブリュンヒルトがあったため、驚かれておりました】

 それは、新歴65年2月頃の話であり、フェイトがジュエルシードを見つける少し前。

 その頃は、まだ―――

 「アイツが逝ってから、かれこれ32年の付き合いになるわけだが―――」

 【はい?】

 「今のお前は、本当に、トールなのか?」

 【……………】

 エラー

 エラー

 エラー

 停止

 再起動

 エラー

 エラー

 再起動

 【今の私は、プログラムの残骸のようなものです。我が主、プレシア・テスタロッサより入力された最後の命令を果たしているに過ぎません】

 「随分と、返答が遅れたな」

 【貴方に汎用言語機能を使うべきか、判断が不確定でした。アルゴリズムの確認に20秒ほど要しただけです】

 「得意の虚言か」

 【さて、どう、なのでありま、せんか、ね】

 「おい、本当に大丈夫か?」

 【心配無用】

 「本当か?」

 【問題なし】

 今度は、タイムラグなしで返答が来る。

 代わりに、老執事の人形から話されるには違和感があるほど、人間味のないものとなっていたが。


 「………幾つか、問いを投げていいか」

 【了承】

 「お前はあえて俺に“命の天秤”の話を振ったが、ゼストの部下に命の天秤が使われることを、予め予測していたのか?」

 【肯定】

 「どうやってだ?」

 【権限なし】

 「?」

 【禁則事項に抵触、主の許可を】

 「お前の主は、もういないだろう」

 【主の許可を】

 「………分かった、どうやってかはもういい」

 【了解】

 具体的な方法については、時の庭園とジェイル・スカリエッティの関わりについて話す必要が出てくる。

 それを知る人間は極々限られており、フェイトやアルフすら知らないため、ハラオウン家の人間も知らない。

 そして、主の許可がない以上、トールからそのことを聞きだせる人間は誰もいない。


 「だが、なぜ“命の天秤”が使われることについて計算した?」

 【フェイトお嬢様のため】

 「………可能な限り、人間が理解しやすいように、教えてくれ」

 彼が的確な対応がとれたのは、過去の経験によるものだろう。

 今の管制機は、彼の相棒であり、1番目のシルビア・マシンであったテュールと良く似ていたから。

 ………それほどに、人と接するための人格アルゴリズムの精度が落ちていた。

 【フェイトお嬢様の周囲の母たる方々は、仕事と育児を天秤にかけ、どちらかを捨てることが出来なかった】

 それが誰から誰までを指すかは、彼には分からない。

 しかし、フェイトを引き取ったハラオウン家や、高町家のことならば多少知っているので、その辺りは想像できる。

 【仕事と育児の両立が上手く行っている時は良い。しかし、そのバランスが崩れた時に、悲劇が起きる】

 28年前の、事故のように。

 【フェイトお嬢様が道を選ばれるための、母のモデルが足りていない。一時的なものであれ、育児のために魔導師師としての仕事より離れるケースが必要でした】

 「………まさか、お前が仕組んだのか」

 【否定】

 トールが仕組んだと問われれば、それは否。

 「………ゼストの部下が死なぬよう、手を打ってはいたのか?」

 【肯定】

 「だが、“命の天秤”を使わせるつもりだった」

 【そのためのソニックキャリバーであり、アスクレピオス】

 「なぜそのような方法をとった?」

 【権限なし】

 「……まったく、オンボロめ」

 どう問いを投げても、そこで詰まる。

 古い機械というものは、本当に融通が利かない。

 嘘で固められた虚構が剥げ、軋みを上げる古い歯車の地金が晒されている。

 「もう一つだけ、聞きたい」

 【何でしょう】

 だが、高町なのはの師匠として、彼女らのことを多少なりとも知る者としては、聞いておかねばならないことがある。

 「“命の天秤”で助かったゼストの部下、名前は……」

 【クイント・ナカジマ准陸尉】

 「そうだ、そのクイント・ナカジマのことだが」

 【何でしょうか?】

 それが、古い機械を狂わせかねない問いだとしても。


 「クイント・ナカジマが傷つき、入院するということを、高町の親友、フェイトだったか、その子は望んだのか?」

 エラー

 エラー

 エラー

 停止

 再起動

 エラー

 エラーエラー

 エラーエラーエラーエラーエラー

 エラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラー

 エラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラー


 歯車が軋みを上げる。

 ノイズ、ノイズ、ノイズ、ノイズ、ノイズ。

 バルディッシュからの情報を確認。

 フェイトお嬢様が泣いている。

 なぜ? 悲嘆の涙? 安堵の涙? それとも―――

 ノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズ

 【演算中です】

 答えは出ない。

 これは彼女の将来のため、しかし、今の彼女が悲しんでいる。

 答えは出ない。

 フェイト・テスタロッサに問わねばならない、だが、問えない。裏側について彼女に話すことを禁じられている。

 彼女の幸せは、どこにある?

 行動の妥当性を再検討――――――エラー。

 【演算中です】

 歯車が軋む、歯が、砕ける。

 彼女はもう、フェイト・テスタロッサではない。フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。

 しかし、幸せの解が出ない。プレシア・テスタロッサがいる風景以上の幸せがありえない。

 クイント・ナカジマが傷つき、これからの日々を母として娘達のために費やすよう誘導することは、正答か誤答か?

 説得によって前線から外すべき? 不確定要素を出さぬよう、死なせるべき? 娘を残して死ぬことも教訓として解たり得る。

 答えは――――


 【演算中】


 出ない。

 管制機トールの持つ、システムとしての最大の欠陥。

 彼は、プレシア・テスタロッサのためにのみ存在する機械仕掛けであるために。

 プレシア・テスタロッサの行動を通してしか、物事の正誤を判断できない。

 彼女が“1”であり、それ以外は“0”。

 けれど、もう紫色の主はおらず、残された娘は、母がいた頃から徐々に別人へと変わっていく。

 それは当然の成長だけれど、主の鏡である紫色の長男の時間は、主の最後の姿を映して止まったまま。

 時が経てば経つほどに、彼は世界からずれていく。

 時の庭園は、時が止まっているのだから。

 【演算、中】

 回路が軋む、歯車が狂い回る。

 答えは―――永劫に出ない。

 紫色の長男は止まったまま、緩やかに狂い始めた。

 チクタクチクタク、タクチクタクチク

 時計の針は、戻り、進みの繰り返し。

 解はなく、どこにも行けぬまま、針は動き続ける。

 命題を終える、その時まで。



あとがき
 空白期前編、“親鳥と雛”はここまでで、幕間を2つ挟んで、次章の“黄金の翼”が始まります。
 中編から先は多分物語の進むテンポが速くなると思います。
 それと、スカさん陣営のその後も今回の話で書く予定でしたが、次の幕間にまとめて載せることにしました。





[30379] 悪魔召喚の儀
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 15:21
My Grandmother's Clock


まえがき
 今回は趣味全開となっているので、リリなのっぽくない表現ばっかりです。作者が例の病気を発症したと、軽く流しつつ、生暖かい目を送っていただければ幸いです。


幕間1   悪魔召喚の儀


新歴67年 3月下旬  某所


 「……以上、報告はここまで。いかがでしょう、スポンサーの方々。此度の件はまあ、成功と言ってもよろしいのではないんでしょうかねえ?」

 そこは、暗い空間だった。

 薄暗闇を照らすのは、時代錯誤も甚だしい松明の灯り。

 しかし、それは通常ではあり得ない捻れ曲がった螺旋の炎を灯しており、衰えることなく燃え盛るその火焔の中に、時折異形の影が映り込むのは、果たして錯覚なのか。

 【ジェイルよ、少し、遊びが過ぎるのではないか?】

 通信ウィンドウから響く声もまた、人間のものではあり得ない。

 今より150年もの昔、大崩壊によって混乱の極みにあった次元世界を纏め上げた英雄が、人の身を捨ててなお、生き永らえている事実を知るものは少ない。

 しかし、薄く嗤いながら飄々と佇むその男は、それを知る数少ない人間の一人であった。

 もっとも、彼を指して人間と呼ぶべきかどうかは、また大いなる議論を呼ぶ論題でもあるのだが。

 「まさか、そんなことはありませんとも」

 【ならばまず、その道化めいた口調を改めよ】

 「私なりの依頼主への敬意というものなのですがねえ、お気に召しませんか?」

 【………まあよい】

 遠目であろうとも判断できる、特徴的な紫の髪に、深遠な知性を漂わせながらも、同時に狂気を湛えた黄金の瞳。

 そして何よりも、泣き笑いの道化の仮面のような、それでいて、どこまでも心の底から喝采しているような、異形の笑み。

 それを前にして、旧世界の英雄の残滓が何を想うか、それは誰にも分からない。

 【お前の作りしナンバーズ。確かに想定よりも良い結果を示しておるらしい】

 「それはもう、自慢の娘達でありますれば」

 【人造魔導師計画は順調、もはや最終段階へ進んだといってもよかろう。それについては大義であった、ジェイル】

 「おおっ! なんと、ありがたき、ありがたき幸せかな!」

 【しかし】

 舞台の役者めいた台詞は、無機質な声によって打ち切られ。

 【聖王の器の生成は未だ成っておらん。あれなくして計画の完遂はありえんぞ】

 「それは存じておりますとも」

 【そのためにも、レリックウェポンの試作は急務だ、素体の確保は進んでおるのか?】

 「十分に、ご要望とあらば素晴らしき品を届けて見せましょう」

 まともに答えるつもりはないのか、道化めいた男は芝居がかった言葉を並べるのみ。

 【………】

 「心配せずとも、成果は出ますとも。レジアスを手放したのは痛手だったかもしれませんがねえ」

 【あの男は優秀だが、仁が強過ぎた。新世界の指導者たるものは、時に非情な判断を下さねばならぬ】

 「なるほど、機械のように、効率の良い判断をと」

 【その通りだ】

 異形の笑みが、一段と深まる。

 それが何を意味するか、それはまだ分からないが、不吉な要素をあまりにも強く孕んでいる。

 この場にまともな精神を持った人間がいれば、それこそ不安感だけで首を吊りかねない程に。


 「私としては実験しやすい環境があり、生命の秘密を解き明かせればそれでいい。旧世界の英雄の方々が何を望もうが、関係ありませんがね」

 【お前がそれを言うか、アンリミテッド・デザイアよ】

 それは彼の開発コードであり、アルハザードの遺児を指す記号。

 無限の欲望、彼はまさしくその言葉通りの存在であり、その本質は―――

 「くくくくく、まあともかく、私はこれまで通り闇に潜み、現状維持でよろしいと」

 【レリックの探索と回収、そして戦闘機人の汎用化、それがお前の役割だ】

 「おや? 聖王の器については?」

 【それは別の者らに任せる。お前に任せていては先が計算できん】

 最高評議会が裏で支援者となり、管理局法に禁じられている違法研究を行う施設は数多く存在する。

 その中でも最高の技術を持つ科学者はまちがいなくこの男、ジェイル・スカリエッティ。

 だが、天才というものの宿命なのか、彼の精神は期日やコストというものに囚われない。計画の要を成す素体の感性を一から十まで任せていては、下手をすると完成が100年後になりかねない。

 「それは残念、私にお任せいただければ、初代の聖王にも劣らぬ逸品を作り上げてみせるというのに」

 【だからこそお前には任せぬのだ。そこまでの性能は必要ない、ゆりかごを浮上させるだけの機能があればそれだけでよい。お前はただ、手駒の充実と、聖王に適合するレリックの探索のみに専念していろ】

 「なるほどなるほど、安定した戦力、予備の効く消耗品、完全に秩序の保たれた世界こそが、貴方方の望みであると。過ぎたる力は、破滅を呼ぶだけ」

 亀裂のような笑みが、いよいよ深まり。

 「ならば不肖、このジェイル・スカリエッティ。その欲望を叶えるために全力を尽くすことを誓いましょう。デザイアに続く者の証として」

 爛々と蠢く黄金の瞳が、満月のごとく輝きを放っていた。






 「終わったのかい」

 背後から声が響くと同時に、闇の中から女の影が湧き出てくる。

 そうとしか表現できないほど奇怪な現象であり、異形めいた蠟燭が微かに照らすだけの闇は支配する空間に溶け込むように、その女は存在していた。

 「おや、狂犬殿かな?」

 男が振り返り、その名を呼んだ瞬間、鋭い銀光が喉元に押し付けられる。

 「オレを“狂犬”と呼ぶな、変態が」

 「おやおや、どうしたかな? 私が変態であることを否定は出来ないが、別にそれほど拘るような名前でもないと思うがね」

 自らを死へ至らしめるに十分な殺傷力を持つ刃を首筋にあてられてなお、男は笑みを崩さない。

 精神科医がいたとして、貴重なサンプルと喜ぶか、化け物の姿をそこに見て青ざめるかは、その医者の正気度によるだろう。

 「答える必要はないな」

 「コミュニケーションは大切だよ。古のとある偉人も言っている、友達とはまず、名前を呼び合うことから始まるのだと」

 「オレの名前など、教える必要がどこにある?」

 「君は私の名前を知っているだろう、狂犬ど…、ああ、そんな怖い目で睨まないでくれたまえ、では言い直そう、暗殺者殿」

 暗殺者。

 そう呼ばれた黒いコートの女は、僅かに両手に握るナイフに込めた力を収める。

 闇に溶け込み、漆黒を纏うその姿は、なるほど、“暗殺者”と呼ばれるには相応しくあるだろう。


 「これでも少しくらいは、最高評議会直属のエージェントとなる前の君の噂について聞いたことがあってね。何でも、男であろうが女であろうが、君の身体を見たものは全員殺してきたとか」

 「良く回る口だな」

 「そして、ついた渾名が“狂犬”。もっとも、“暗殺者”の方がよく似合うとは思うがね」

 「だったら黙れ、これ以上オレの神経を逆なでするな」

 「だが…………くくく、まあいいさ、君の本質について語るのはまたの機会にするとしよう」

 降参したように男が両手を上げる。

 その雰囲気に毒気を抜かれたのか、黒コートの女も、銀色の凶刃を闇の中に同化させる。


 「それで、これ以上オレがここにいる理由はないな?」

 「ああ、感謝するよ暗殺者殿。彼の地上の英雄殿を迎え撃つには、流石に厳しいものがあったのでね。レリックの回収や開発に関しては君の手を借りるようなことでもなし」

 「強い奴を殺せるなら構わんが、一つ答えろ、なぜ侵入者を殺してはいけなかった?」

 「不満でもあるかね?」

 「大いにあるな。あの脳味噌連中も生死に拘る性質じゃない。オレが殺してはいけない理由などどこにもないだろう」

 「ふむ、確かにそうかもしれないが、自分ならば誰でも殺せると盲信するのは、時に慢心、油断を生むよ」

 「何だと…」

 その言葉に嘲弄の気配を感じたのか、再び空気が険悪な様相を帯び始める。

 だが、白衣の男は柳に風と受け流したまま。


 「いや何、可能性の話だよ。君が狙った最初の獲物、彼女ら二人と相討ちになり、最高評議会のエージェントに空席が一つ出来る。その後釜として、レリックウェポンとなった地上の英雄が入る。そんな未来も、もしかしたらあり得たかもしれないということさ」

 「随分と、お前や脳髄にとって都合の良い未来だな」

 「それは確かに。彼らの目的は最終的には世界平和であり、そのための手駒として君のような危険人物を使うのは苦肉の策というもの。地上の英雄殿がレリックウェポンとして手駒と出来るなら、君の何倍も扱いやすく役に立つ。私にとっても、サンプルは多いほどあり難い」

 サンプルは、多いほど良い。

 そう語る黄金の瞳は、闇を見透かすように黒コートの女へと注がれている。

 「変態が」

 「くくく、これは科学者の性というものだよ、君の身体にも実に興味はある。何せ、空を舞う人魚など、なかなかお目にかかれるものではないからね」

 「何?」

 「エメラルドの海を進む姿も優美であろうに、光届かぬ闇の中でしか泳ぐこと叶わぬ深海魚。だからこそ光に憧れ、しかし、光の下では黄金の獣に喰われてしまうその定め、打ち破りたいとは思わないかね?」

 「貴様……」

 「君がそれを願うならば、叶えるために力を貸してもよいのだが」

 「アンタ、あたしの何を知ってる?」

 「おやおや、それが君の素の口調かな、麗しき暗殺者殿?」

 「―――ちっ」

 これ以上の口論は分が悪いと悟ったためか、それとも、名状しがたい恐怖の断片を感じたためか。

 黒コートの女は男から離れ、闇へと沈んでいく。


 「最後に一つ、自分の本質から目を背け続けても、いずれは闇に喰われるだけ」

 だが、男は独り言のように呟き続け。

 「君もまた、深淵に触れ、闇の底を覗きこんでみるといい。そこにはきっと、君の求める悪魔がいる。脳髄の方々より与えられる、暗殺者としての偽りの矜持などでは満たされない、飢えの答えを得るだろう」

 神託を告げる預言者のように、その言葉は闇に響き渡った。





 男以外に誰もいなくなった空間には、静寂さだけが満ちている。

 蠟燭には相変わらず怪しい雰囲気の炎が揺らめき続け、この地を幽界と現界の境界へと歪めているようでもあった。

 そんな蜃気楼と万華鏡が織り交ざったかのような闇の空間を、心地よいリズムの靴音が進んでいく。

 「人魚姫は、去ったのですね」

 「ああ、おかえりウーノ」

 現われたのは、ジェイル・スカリエッティのもう一つの頭脳。

 彼の分身であり、欠けたる器でもある、原初のナンバーズ。


 「ドクターの求める大数式は、随分と畸形模様になりつつあるようですが」

 「そうでなくてはつまらない。せっかくここまで舞台が整っているんだ、役者は多ければ多い方がいい。何しろ、大元の悪魔、いいや、魔王は悪食かつ容赦ない、半端な役者は初期から次々と退場してしまうだろうからね」

 「ですが、どんな者であってもアレの前には無意味かと思いますが」

 「かもしれないが、そうでないかもしれない。実際、彼女はいい線まではいくと思うよ。その先まで行けるかどうかは彼女次第だが、まあ、楽しみにしていようじゃないかね」

 「そうですね、結局のところは余興のようなものです」

 その言葉と同時に、ウーノの雰囲気がこれまでにないほど、厳しいものへと変わる。

 「しかし、これより行う儀式は、余興とは程遠いかと」

 「その通りだよ。これこそが運命の分岐点、世界を滅ぼす毒化の怪物、悪鬼羅刹を率いる亡者の王をこの世界に呼び戻すのだ、準備は整っているかな、ウーノ?」

 「トーレ、クアットロ、共に問題ありません。チンクはこちらで安静にさせてあります」

 答えと同時に、彼女の両手から宝石が飛び出し、隊列を組むように空間に展開していく。

 1から21までのシリアルナンバーが刻まれた、21の願いの欠片。

 「ドゥーエは、上手くやってくれたようだね」

 「レプリカとのすり替えも、2ヶ月は問題ないはずです。現状において全てのジュエルシードの貸し出しは不可能でしたが、2つまででしたら」

 「くくくく、まさかその際に残りもすり替えられたとは思わないさ。さて、ともかくこれで準備は整った」

 「はい、後は―――」

 「無限の欲望の因子を持つ初期制作機(ファースト・ロット)たる、君達の力量次第だ」








 およそ部屋というものは、その目的に添った作りをしている。

 厨房や浴室などは当然として、拷問室、処刑室、霊安室といったものであっても、設計主や使用者の意図を垣間見ることができるだろう。

 だが、その空間には何もない。

 色がなく、貌がなく、名前がなく、匂いすらない。

 それはまさしく、無名の庵というに相応しくあり、虚無の狭間という表現も適当だろう。

 ならばその設計主も使用者も、ヒトではなく、何か別の異常存在だと断言できる。


 「さて、愛しき我が分身にして娘達、始めるとしようか」

 部屋にあるのは10の柱。ミッド語でもベルカ語でもない、遙か最果ての言葉にて、何らかの文字が刻まれている。

 ケテル(王冠)、コクマー(知恵)、ビナー(理解)、ケセド(慈悲)、ゲブラー(峻厳)、ティファレト(美)、ネツァク(勝利)、ホド(栄光)、イェソド(基礎)、マルクト(王国)。

 其は生命を表す大樹であり、生命の深奥を探る欲望を抱え、禁断の果実の叡智を知る男はその頂点たる王冠の座に座したまま、分身達へと謳い上げる。

 その言葉に応じるように、第1の柱が鳴動を開始する。


 「総ては、ドクターの意のままに」

 知恵と理解を司る、第一の女が冷然と応じる。

 彼女が立つのは第2の柱と第3の柱の間、それは女帝(クイーン)を示すラインでもあり、知性を表す。まさしく、彼女の特性そのままに。

 感情など無きが如き反応だが、その瞳には何者よりも男を信じる強き意志が宿っている。


 「さあ、楽しい祭りを」

 慈悲、峻厳、そして美を司る、第二の女が妖艶と歌う。

 第4、第5、第6の柱は彼女の領域、親しき者への深い慈悲と、他者への峻厳、そして、魅了する美を備えし者は情緒というものを誰よりも知り尽くす。

 どこまでも欲望に忠実に、最も道化に近しい瞳が、これから起こる超常の饗宴を待ち望む。


 「我らナンバーズ、そのために」

 勝利と栄光を司る、第三の女が高らかに誇る。

 第7と第8の柱の狭間、ここは強固なる肉体の具現であり、高次元への魂を守る外殻を誰よりも守護し誇る者の領域。実戦指揮官として勝利と栄光をもたらす戦女神の如く、長身の機体に威風を纏う。

 戦士として、その力を発揮すべく、静かに主の号砲を待ち受ける。


 「ここに、集いました!」

 基礎と王国を司る、第四の女が緊張と共に叫ぶ。

 第9と第10の柱の狭間、人の領域である物質(マテリアル)界を示す王国と、霊質(アストラル)界を示す基礎、彼女はまさしくその天秤に位置する。

 ジェイル・スカリエッティは神の座にあり、一番目のデジールの因子を継ぐウーノ、二番目のヴンシュの因子を継ぐドゥーエ、三番目のデザイアの因子を継ぐトーレが続く。

 ならば、四番目の彼女は、最もスカリエッティに近い存在であり、だからこそ“人”との狭間において選択権を与えられている。

 5番目以下の妹達は全て王国(マルクト)の人間。ナンバーズとはすなわち、神の細胞たる創造主から人間へと、セフィロトの樹を下っていく証明でもある。



 「ではこれより、懐かしき我らが故郷へと門を開く、各人、“径(パス)”を解放する。速やかに“門”を開きたまえ」

 「「「「 イエス、ドクター 」」」」

 儀式が始まり、順を追うように男は祓いの言葉を述べていく。

 そしてそれは、ヒトは決して正しき発音が叶わぬ異形の唄でもあった。

 「AAAhaaAaurruaaaaaaaaaAAAaAAAAAAAAAer/TteeieeeeeeeerehiiiierrrrrrEEEEEEeeeeereeeeeeeeeeeeeerreee//
MMMaaaAhhhhhhhhhhhhhaaaaaAhhhhhhhaaaaaAAAaaauuaaaaaaaaaaRRruuuuUUUUUUuoouuuuvvvvvvvvvvvvvvvu/
KKKKhuuuuuuouRuuuuuuuouRuuuuuuiiiirrrraaaaaUUUUt//Vee/geeaHHaaEEeEEEEEhheeeeeeeeEEyyy//
BvuuuuurRRRRUuuuvvvvvvvvaaahaaaAaaaaAAAhareeeRReeeeeuaaaaaaAAAAAAHHHAAAAAAEa/RUyUU/
uOOOOOOOOOOOOooouuurrruuuuuaaaaaaayyaaaahhhaaAAAAAAarrrrrRMMMMMMUUUUUouuuuuuuuuuuuuaaMuu/
eAaaaaaaaaaaaaaaaaaahMeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeMmnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnNNnnnnnnnn」

 そして、いかなる奇怪な業によるものか、異形の声が響きながらも、同時にヒトにも理解できる言語らしきものも同時に詠唱されていく。

 「祓いの儀、魔への門を開く者、アストラル体に穢れを残すべからず。カバラ十字の祓いによりて、魔術師は自己の霊的不純物を滅却し、体内を光で満たすべし。日の昇る方角へ身体を向け、頭上に輝く光球を幻視し、短剣を以て儀式に望め。短剣をもって十字を切り、聖句を唱え、自己の穢れを浄化せよ」

 その言葉によって、光が王冠(ケテル)より立ち上る。

 魔術的儀式によって人から神へ、王国から王冠へと駆け上がるのではなく、神から人へと降りる様がまさしくここに顕現する。

 光は、原型(アティルト)より創造(べリアー)へ、形成(イェツラ―)、活動(アッシャー)へと下っていく。


 「汝が王国、峻厳と、荘厳と、永遠に、かくあれかし」

 男の手に短剣らしきものが握られる。

 しかし、よく見ればそれは、鍛冶師が鉄を鍛える際に用いる槌であり、“火の槌”という銘が刻まれていることに気付くだろう。

 男の頭上の太陽の如き輝きが現れる。21の願いの欠片が生み出す光が、かつての恒星を再現するように。

 「アテー」

 聖句が紡がれ、“剣印”は額へ。

 「マルクト」

 “剣印”は胸に。

 「ヴェ・ゲブラー」

 右肩。

 「ヴェ・ゲドゥラー」

 左肩。

 「ル・オーラム・アーメン」

 最後に、両手を胸の前で組む。

 さらに創造主の下知を受け、四人の女達がそれぞれに詠唱を進めていく。まずは、主と同じ紫の髪と黄金の瞳を持つ女。

 「我が前に風ありき、原型(アティルト)より創造(べリアー)へ」

 次いで、黄金の髪と幽玄のごとき雰囲気を併せ持つ女へ。

 「我が後ろに水ありき、創造(べリアー)より、形成(イェツラ―)へ」

 第三の女が、全身の力をたわめつつ、両手足より生える魔力刃を旋回させた。

 「我が右手に炎ありき、形成(イェツラ―)より、活動(アッシャー)へ」

 そして最後の女が、銀幕のケープに手を添えて瞑目する。

 「我が左手に大地ありき、目覚めよヒトの子よ、汝が前に悠久の大地は開かれたり」

 同時、各頂点から沸きあがる力の奔流。それは女達の身から広がる魔力の輝きだった。圧倒的な威風を携えたその光が、周囲の闇を駆逐する。

 荘厳なる斉唱は止まらない。


 「聖別の儀、悪魔召喚に先駆け、汝、魔法円を敷くべし。図形は物質に過ぎず、霊的次元において円を敷くべし。短剣をもって儀式に望め。東を向き、召喚の五亡星を切り、聖句を唱えよ。南、西、北へ同じ所作を繰り返せ。各方位の守護天使へ加護を願え、この円は儀式場において汝を守護せしものである」

 詠唱と同時に、ミッド式を想起させる巨大な円形陣が顕現。

 さらに、その内部の方陣が生まれ、東西南北の方位に力場が発生している。

 そこに記された文様が、古代ベルカのドルイド文字で刻まれた複雑にして巨大な方形の陣であり、遙かな昔、嘆きの遺跡を呼ばれる洞窟の最下層の存在したものと同様のものであることを誰が知るか。

 其は、初代の聖王が最果ての地より、方舟と共に求め得た叡智の一端、儀式魔術結界陣であるために。

 「我はデジールの貌、東天を守護せし者」
 「我はヴンシュの貌、南天を守護せし者」
 「我はデザイアの貌、西天を守護せし者」
 「我は未だ貌無き影、北天を守護せし者」

 光は既に、第一を超えて第二へと下っている。

 原初より分かたれた女達が織り成す四重奏。それをバックに、王冠の男が指揮者の如く両手を掲げた。薄い唇から紡ぎだされるただ一言。

 「アクセス」

 「接続――王国より世界アルカナを通じて基盤へ、虚数空間への相転移確認。栄光への経を解放。繋ぎます」

 「了解よウーノ、太陽と星のアルカナを解放。勝利へ接続、悪魔と死神の解放確認しました。次は任せたわよトーレ」

 「心得ている。美より峻厳へ到達。隠者を経由して慈悲へ到達確認。高速展開開始、駆け抜けよ我が思考、その速度、雷速をもって超えるべし」

 「これより、知識を目指します。お姉様方、お願いしますわ」

「AAAhaaAaurruaaaaaaaaaAAAaAAAAAAAAAer/TteeieeeeeeeerehiiiierrrrrrEEEEEEeeeeereeeeeeeeeeeeeerreee//
MMMaaaAhhhhhhhhhhhhhaaaaaAhhhhhhhaaaaaAAAaaauuaaaaaaaaaaRRruuuuUUUUUUuoouuuuvvvvvvvvvvvvvvvu/
KKKKhuuuuuuouRuuuuuuuouRuuuuuuiiiirrrraaaaaUUUUt//Vee/geeaHHaaEEeEEEEEhheeeeeeeeEEyyy//
BvuuuuurRRRRUuuuvvvvvvvvaaahaaaAaaaaAAAhareeeRReeeeeuaaaaaaAAAAAAHHHAAAAAAEa/RUyUU/
uOOOOOOOOOOOOooouuurrruuuuuaaaaaaayyaaaahhhaaAAAAAAarrrrrRMMMMMMUUUUUouuuuuuuuuuuuuaaMuu/
eAaaaaaaaaaaaaaaaaaahMeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeMmnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnNNnnnnnnnn」

 再び響く異形の詠唱。

 それはすなわち、儀式の猶予が残り半分を切った証でもあり。

 悪魔召喚を行う本当の儀式場へと、現実と異界が繋がった証。


 「ここは、終わりし世界のなれの果て、究極の人災に見舞われし、叡智の終点」

 砂色の荒野が地平線まで続き、空は、彼方までただ一色の闇だった。

 荒野にはオベリスクのような奇妙な構造物が点々とし、それがただの荒野であるよりも荒涼とした雰囲気を強調している。


 「最果ての地、アルハザード。あらゆる叡智の中心であり、森羅万象を司る万能のシステム、翠の石碑もここにあった」

 それは石のようでもあり、金属のようでもあった。

 彫刻のようでもあり、機械のようでもあった。

 真新しいようでもあり、風化しているようでもある。

 目的あるようにも見え、無意味にも見える。

 荒野にはひたすらそんな物体が重力を無視して伸び上がり、斜めに傾ぎ、あるいは捩れ曲がりながら、廃墟のごとく彼方まで点々と続いている。


 「しかし、今や“忘れられた都”、ここにあるのは残滓に過ぎぬ。なぜならば、大元たる翠の石碑が砕かれてしまったがために、そして、これらもその欠片たるもの」

 無限の欲望の下に来たりしは、21の魔法の石。

 ジュエルシードと呼ばれる欠片が、およそ数百年ぶりに“彼”の下へと帰還していた。


 「ではここで、一つ講義を行おう。今より時間にして500年前、あるところに、名工がいた。鍛冶師としては並ぶものなく、ありとあらゆる魔導器を作り上げることに関してならば、かの、神代の調律師フルトンすらも凌ごう程の鬼才であった」

 ただ、“作りたい”という渇望に身を焦がすその男は、性能のみを追求した。

 謂わば男はその精神には黒き魔術の王サルバーンと同じ炎を宿していたと言える。

 そのあまりの純度故に、無限の欲望たる彼を呼び寄せてしまう程に。


 「だが、やはり魔人の精神を宿す者の常というべきか、私は彼に対して出来ることは何もなく、“誰も加工したことのない存在”、を提供するに留まった。もっとも、それを“砕いた”者ならば一人だけいたが」

 大元は一つであり、必要に応じて分身を生み出すが如くに、欠片を産み落としていくシステム。

 しかし、ただ一人きりの王者、歩く天災によって“最果てに地”の中枢は破壊され、“失われし都”となった。

 砕かれた欠片は、宇宙空間を漂う隕石に似た存在となり、いくつかは互いに引き合い大きな欠片と化した。

 そして、かつて幾度もの奇蹟をもたらしてきた“翠の石”と同等の力を持つに至ったものが8つ、其は世界を表す数字であると共に、ある星系における惑星の数でもあった。

 水星(マーキュリー)、金星(ヴィーナス)、地球(テラ)、火星(マーズ)、木星(ジュピター)、土星(サタヌス)、天王星(ウラヌス)、海王星(ネプチューン)。

 それ以前にも“翠の石”を与えられた者達は数多くいるが、明確な成果が知れ渡っているのは初代聖王のみ。それはまさしく恒星であり、“惑星”の生まれる前に先駆者として君臨した原初の“太陽(サン)”。


 「原初の欠片、輝ける太陽は聖王と共に方舟を生み出しその中枢へと。水星の欠片はとある男の手に与えられ、ニトクリスの鏡を生み出した」

 無限の欲望の手に鏡が出現。かつてその手でキネザという男の前にて使った風景が巻き戻される。

 すなわち―――

 「この呪魔の書もまた、翠の欠片によって導かれし遺物(オーパーツ)」

 アルカンシェルによって完全に砕かれた筈の遺物が、ここに顕現する。

 新歴65年12月25日、時の庭園で行われた作戦を、時空を超えて見守っていたのはそのために。

 時空を歪ませる膨大なエネルギーが、呪魔の書を完全消滅させるその間際、その残滓をニトクリスの鏡によって横から奪い取る。

 もっともそれは、記述の大半が消失した残骸でしかないが、中枢は未だ失われていない。


 「“金星”はある可能性世界にて5つのも擬似太陽を生み出し、“地球”もまた終わり無き嵐を顕現させた。そして、“火星”を顕現させし鍛冶師の男は―――」

 曰く、その男は今より500年前に生まれ、王家の依頼に応じて様々な聖剣、魔剣、聖槍、魔導器を作り上げたが、創ったものが何を成すかには関心がない人物だった。

 果てに“誰も加工したことのないもの”を求め、欲望の影より翠の石の欠片の中で惑星とならなかった原石、“小惑星”を譲り受け、命と引き換えに21のジュエルシードとして精製したという。

 そのため、ロストロギア“ジュエルシード”は、膨大な魔力によって無差別に願いを叶える魔法の石となった。

 次元震を起こす程の発動ですら、ジュエルシードの持つ全魔力の万分の一に満たぬという。その力たるや並あるロストロギアの中でもまさしく規格外。

 そうして、“火星”の欠片は『既に願いを叶えた翠の石を再加工する力』を有した槌として残った。

 無限の欲望は21の魔法の石をとある文明にもたらすと同時に“火の槌”を回収。これを用いて“水星”であるニトクリスの鏡を復元した。

 「今はここまでにしておこう、残る木星、土星、天王星、海王星の顛末については、デザイアが語るべきことである。これより呼び出すは、ヴンシュの時代に存在した悪鬼。さあ、呪魔の書よ、主への道を開きたまえ!」

 最果ての地の残影にて、悪魔召喚の儀式が再開される。

 正確には、その地へ転移したのではなく、ジュエルシードの力によって現実空間に“最果ての地”を投影しているわけだが、本質的にはそれほど差があるわけではない。

 なぜならジュエルシードは、“触れた者の願いを叶える魔法の石”であるために。


 「求める先には障害があろう。亡者の王は奈落の底(アビス)より現世へ目がけて進軍を続けているが、そのためには4つの層を突破せねばならない。命名に従うならば、カイーナ、アンテノーラ、トロメア、ジュデッカの4つを」

 「……了解。運命の輪から皇帝までの経を解放。知識から奈落(アビス)へ、侵入を試みます」

 室内に充満する高濃度の霊圧はすでに限界に達しており、特に王国側の四番目の女には、苦痛の色が強く見える。

 「…………カイーナを突破。クアットロ、続け」

 「了解ですわ………………………………………アンテノーラ、突破ならず、ウーノお姉様、支援を」

 「…知識へ到達しました。未だ、奈落(アビス)は見つかりません」

 「ドクター、いかがなさいますか?」

 「探したまえ、慈悲と知識の狭間にこそ、神の屑箱は存在する。王冠より伸びし光は、ついにセフィロトの根である王国(マルクト)を超え、クリフォト、邪悪の樹へと達している」

 クリフォトはセフィロトの影であり、切り離すことの出来ない存在。セフィロト(正の働き)の歪みとしてクリフォト(負の働き)は現われる。

 無神論(バチカル)、愚鈍(エーイーリー)、拒絶(シェリダー)、無感動(アディシェス)、残酷(アクゼリュス)、醜悪(カイツール)、色欲(ツァーカム)、貪欲(ケムダー)、不安定(アィーアツブス)、物質主義(キムラヌート)。

 ならば亡者の王とは、邪悪の樹(クリフォト)の根に住まう悪鬼羅刹の首領であろうか。


 「召喚の儀、魔法の三角形の中へ、悪魔を召喚せよ。聖なる名を記した三角に、魔法の鏡を置いて望むべし。黒き鏡、黒き水盤が魔法の鏡として望ましい。東面し、魔法の鏡の表面を見つめ、悪魔の像を幻視せよ。召喚の五亡星を描き、呪文を唱え、悪魔の紋章をかざすべし。悪魔、汝の前へと姿を現さん」

 召喚する悪魔の縁を示す器物は、呪魔の書。

 召喚するために用意する魔法の鏡は、言うまでもなくニトクリスの鏡。

 魔法の三角形、すなわち、亡者の王が人として存在した時代のベルカ三角魔法陣の中心に、召喚の祭壇が築かれる。

 同時、室内の気温が異常に低下し、零下百度以下にまで堕ちる。


 「……発見しました」

 「奈落(アビス)確認。ドクター」

 「悪魔の紋章、召喚の呪文をこれに」

 紋章とはすなわち、かつて、ヘルヘイムという魔人の王国の印となった、あるデバイスの形。

 ハーケンクロイツ。

 そして―――


 呪いを衣として身に纏え、呪いが水のように腑へ、油のように骨髄へ、纏いし呪いは汝を縊る帯となれ



 「蠱毒の主よ、今ここに呪いの導きのままに降臨さるべし」

 「奈落(アビス)に接触、現在、降下を続けています」

 「何層かね?」

 「第三、トロメアを突破。第四、ジュデッカに達していますけど、どうします?」

 「クアットロの負荷が限界を超えました。人との境界のままではこれ以上は無理かと」

 「トーレ、彼女を離脱させたまえ、残り二人は続けよ」

 「了解しました」

 「ジュデッカへ降下を確認、突破。如何なさいますか、ドクター」

 「愚問、さあ、いよいよ最後の審判の時だ」

 時間と空間を超越した先にて、最後の門が開かれる。

 図らずしも、残りしはデジールとヴンシュの因子持ち。亡者の王と対峙するには時を戻す意味もあっただろうか。


 「命令の儀、汝が前に現れた悪魔に望みを命じよ。強固なる意志をもって臨み、惑いを排して意思を示せ。悪魔を暴走させぬよう、鉄の意志をもって悪魔に対せよ。意思弱き者は、呼び出したる悪魔の牙に倒れるだろう。テトラグラマトンの名において命じるべし。悪魔が汝の命令に従うまで、命じるべし」

 「「 テトラグラマトン。魔の王よ、姿を現すべし 」」

 ついに、儀式は最終段階へと進む。

 本来ならば、儀式は7段階であり、この4段階目の後に、退去の儀、閉鎖の儀、祓いの儀が続くのだが、この場合においては命令の儀こそが最後となる。

 なぜならば―――


 「さて、古き友人よ、一つ、私の願いを聞いてくれないだろうか」

 悪魔召喚の主に、悪魔を従える気が毛頭なく。

 「虚数空間の果てより蘇りし君が何を成すか、私に、盛大な祭りを見せてくれ」

 ただ、今の世界を終焉に向かわせるべく、管理局の崩壊を演出し。

 「それこそが、彼らを悼む葬送のオーケストラに相応しい。この秩序に満ちた次元世界、管理局こそが旧世界の英雄達の求めし夢の舞台。戦争や差別を人間世界に可能な限り排することを目指した世界であるならば」

 それを成すために、悪魔の再臨を求めている。

 「無論、君を呼び出すに足る報酬はある。因果は巡り、君にとっては実に素晴らしき吉報があるのだよ」

 奈落(アビス)に渦巻くは否定の念。

 亡者の王は他者の助けを受けることなど良しとしない。道が開かれようと、そんなものに見向きもせず、自力での脱出のみを図る存在であったが。


 「君の求める宿敵、夜天の守護騎士が、“限りある命”として今の時代に生きている。当然、夜天の魔導書も“過去のままに”だ」

 ジュエルシードが生みし聖夜の奇蹟は、代償をここに顕現させた。

 誰も欠けず、皆が幸せになる結末のためには、常にそれを阻む悪魔を退治しなければならないのが世の理。

 願いを叶える石に託された魔法少女達の穢れなき願いによって、夜天の記憶が蘇り、闇が祓われたこの世界であればこそ。


 【―――虚言ではあるまいな、ヴンシュ】

 他者の求めになど、絶対に答えぬ筈の最悪の悪魔が、召喚の導きに応じた。

 「無論、嘘ではないよ。最後の夜天の主の下、守護騎士達はかつての魂を取り戻している。しかし、無限再生機能は失っているため、限りあるただ一度の命であるため、今の君の時間とは重ならない」

 本来であれば、数百年後であったろう、亡者の王の帰還。

 しかしその時は既に、求めし敵手はこの世にいない、というのが結末であったならば。


 【フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!!!】

 ここに、因果は覆り。

 暗黒に染まった大熱量が空間を埋め尽くし、否定の炎が召喚場のあらゆる全てを灰燼と化す。


 「召喚の儀、これにて終了。亡者の王、帰還せり」

 後には、嗤い続ける異形の男と、付き従う2人の女性。そして、3人を守るように浮遊する21の願いの欠片と召喚に用いられたニトクリスの鏡。

 そして―――


 「呪魔の書、まだこんなモノが残っていたか、相変わらず詰めが甘いなキネザ。そして、相変わらず貴様は道化者のようだな、ヴンシュよ」

 呪いに満ちた魔導書を左手に持ち、漆黒の炎に染まった刃と一体化した右腕、“毒の切先”グアサングから呪詛を怨嗟を撒き散らす、蠱毒の主の姿だけが残った。


 葬送のオーケストラの前奏曲が、ここに始まる。


あとがき
 原作との最大の分岐点です。リリなのっぽくないというか、趣味全開な内容ですが、まあ、ノリを楽しんでもらえれば結構です。
 カバラの秘跡については、数あるオカルト系の作品の知識を総洗いし、リリなの風味にアレンジしたものです。ベースはパラダイスロストですが、あちこちに色んな要素を混ぜてるんで最早原型を留めてません。
 また、最終決戦に繋がる伏線もほとんどここにあります。簡単に言えば、ジュエルシード、闇の書、ゆりかご、レリック、マリアージュなど、リリカルなのはシリーズに登場した過去の品を全部一本の輪にまとめて、敵の側にまとめちゃおうというものです。無謀極まる試みですが、お付き合いいただければ幸いです。



[30379] 鏡合わせの物語1
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/04/21 15:21
My Grandmother's Clock


鏡合わせの物語1    たった一つの魔法の言葉



 ふと気がつくと、私はまっすぐな道を見失い、奇妙な場所に迷い込んでいた。


 ――私は、死んだ。


 この言葉は文法としては矛盾していないけれど、現実に合わせて考えれば矛盾している。

 だって、死んだ人間は語らない。なのにこの場合、話しているのは死者ということになってしまう。
 
 だけど。

 今、ここにこうして、死んでいる私がいる。

 生きている時に生きていることが分かるように、死んでいる私は、全身に死が満ちているのが感じられた。

 普通に考えればありえない、でも、確かに実感があるのだ。

 ここにいる私、アリシア・テスタロッサは―――――死んでいる。



 それにしても……ここはどこだろう。

 今、私がいるのはとても深い森の中。

 木々は鬱蒼と生い茂り、枝が行く手を遮って、鋭い下草の葉は刃のよう。

 あらゆる光はこの地には届かない、まさしく、無明の空間。

 まるでそう、陽光を忌む悪魔がこの奥に潜んでいるかのように。


 ずっと、この暗い森にいたわけじゃない。

 さっきまでは、隅々まで丁寧に手入れされた、光射す庭園を歩いていた。

 麗しい花壇の中、綺麗に咲き乱れた紫と黄色の花々が作る道を。

 時の木陰で足を休めながら、私は青空の下を歩いていたのだ。


 暗い森は何も見えないのに、道だけは存在している。

 気が付けば、森は唐突に終わっていた。

 道は相変わらずそのままに、その周りの景色は、闇の荒野が広がっている。

 砂色の荒野が地平線まで続き、空は、彼方までただ一色の闇だった。

 荒野にはオベリスクのような奇妙な構造物が点々とし、それがただの荒野であるよりも荒涼とした雰囲気を強調している。


 それは石のようでもあり、金属のようでもあった。

 彫刻のようでもあり、機械のようでもあった。

 真新しいようでもあり、風化しているようでもある。

 目的あるようにも見え、無意味にも見える。

 荒野にはひたすらそんな物体が重力を無視して伸び上がり、斜めに傾ぎ、あるいは捩れ曲がりながら、廃墟のごとく彼方まで点々と続いている。


 いや―――それは正しく、廃墟なのだろう。


 それらがかつて在った時は違ったかもしれないけど、今はもうそれは廃墟だ。

 誰も辿り着けなかったはずの異界の最奥は、もう誰からも忘れられてしまったから。


 そして私は、悪魔を見た。

 その廃墟を悼むのではなく、廃墟に変えてしまった誰かを誇るようにワラっている、黒い炎を纏った悪鬼。

 その周囲には、21の願いの欠片。

 この地が願いの欠片の始まりだから、青い魔法の石がその悪魔を呼び寄せるならここを経由するしかなくて。

 そして、ああ―――


 「私も、ここから呼び出された」

 だから、私はここにいるのか。

 よく分からない。私が死んでいるのなら、あそこにいる悪魔もやはり死んでいるのだろうか?

 21の願いの欠片によって、本来いてはならない世界に戻ったという意味では、私はあの悪魔と同じで―――


 「いやいや、それは違うよ、時の迷い子よ」

 でも、それを否定する声があった。

 何時からそこにいたのか分からない。ひょっとしたら今もどこにもいないかもしれない。

 けれど、老人の声が確かに響いた。

 「ここは鏡合わせの世界の境目。“1”と“0”の狭間である故にどこでもない場所。透明である故にどこにでもあり、闇であり同時に月の裏側であるのだよ」

 「境目?」

 「確かに、アレは既に人と呼べるものから逸脱してはいるが、君はあくまで人間だよ。彼が“0”である限り、“0”である彼が奇跡を起こしたのだから、君が人間でない筈が無い。君は自由意志を持つ“1”なる人間だとも」

 「じゃあ、今の私は」

 「死者であると同時に生者、言ってみれば夢幻、目覚めると同時に消え行く陽炎のようなもの。君は紫色の鏡によって向こう側と唯一繋がっているから、時折このように迷い込むこともありうるのさ。ただ、実際に足を運ぶのは、向こう側で21の願いの欠片により“死者が招かれた”この機会が最初で最後であろうがね」

 「紫色の、鏡……」

 「そう、それは鏡だ。それはとても儚く寂しげで、しかし温かくも愛に満ちた紫色の物語。君は彼の大数式の解であると同時に、21の願いの欠片を最も美しい形で発現させた唯一つの例なのだよ」

 「そうなの?」

 「さて、どうかな。それが人の欲望であるならば、美しいかどうかは人によって異なる。貴方にもう一度会いたい、死者よ蘇れ、という尊き願いも、見方を変えれば死体を玩弄することと変わらない。人が死者をどう思うかはその人次第、しかし、君を救った彼らは違うのさ」

 デバイスは、他人によって全てが定められた存在だから。

 定められたままに動く以外に、美しい形というものがありえない。

 だから、亡者の王が操るのは動く死体だが、君は違うのだと老人は語る。

 「こちら側の物語を、君は覚えているかな?」

 「ええ、何となく」

 「だが、それを抱えることはお勧めできないよ。知らずに過ごすことは罪ではないが、知りつつも何もしないことは罪であるという言葉もある。もっとも、その言葉に従うならば、最も罪深いのは儂になってしまうがね」

 「じゃあ、貴方は全てを知ってるの?」

 「さてさて、儂が見た物だけが真実の総てということなどあり得んことさ。それでも、君の見たものは彼の真実であり、同時に、君にとっては幻だ。君が本来知らない事実によって、還らぬ死者を想い、苦しむこともあるだろう。彼の大数式は、世界全てを救うためのものではなく、主を救うためだけにあるものだから」

 「でも―――私は、彼の記録を捨てたくない」

 「ふむ、願えばきっと叶うよ」

 「願うだけで?」

 「総てとはいかないがね。小さな金色の君に本来持つべきではない荷物を抱えさせることを、彼は良しとしない。しかし、君のお願いであるならば、無碍にすることもできない。彼のあり方を決められるのは紫色の主だけだが、君は彼の計算を唯一狂わせうる鍵でもあるのだよ」

 「でも、だったら――」

 「そう、永劫に狂い回りかねない彼を唯一正常に戻せるのもまた君だけだ。君にとって彼はもういないが、君は彼の演算結果そのものであり、彼という鏡によって隣り合う世界と繋がっているのだから」

 「ありがとう、それが知れただけでもよかった」

 「礼には及ばんよ。ここの総ては、鏡の狭間にたゆたう泡沫の夢。目が覚めれば君には君の現実が待っている」

 ――さん、起き――

 「あっ」

 「どうやら、目覚めの時が来たようだね」

 「ちょっと待って、私の記憶は、全部無くなるの?」

 「少なくとも、ここで得たものは」

 姉さん、起きて―――

 「じゃが、先程も言ったように君が願うなら、夢の残滓程度は抱えることもできるだろう」

 「そう、それなら、十分」

 姉さんってば!

 「ごめんなさい、せっかちな妹が呼んでるみたいだから、もう行くわね」

 「いつか、また会うこともひょっとすればあるかもしれない。なぜなら風は、いついかなる場所にも吹くのだから」

 姉さん!

 「ああもう、今、起きるから、待ってなさい―――――フェイト」

 ゆっくりと意識が沈んでいく。

 ぬるま湯に漬かるように、私の意識はこちらとあちらの境界線へ戻っていく。

 荒涼とした砂漠から、暗い森を抜けて、綺麗な花園へ。

 その先には、紫と黄色の花に囲まれた、一つの小さな廟。

 「ああ、やっぱりここが門なのね」

 こちら側の世界の、プレシア・テスタロッサとアリシア・テスタロッサが眠るこの地こそ、私と彼が繋がる門で。

 “今の私”は、意識があるのに、死んでいる理由だった。








新歴67年 4月10日  第97管理外世界  日本  海鳴市  テスタロッサ家


 「姉さん起きて、もう朝だよ」

 緩やかなまどろみの中にあった意識が、ゆっくりと覚醒していく。

 「ほら、朝ごはん出来てるよ」

 奇麗な声、ベッドを揺らす手の暖かな感触。見えてはいないけれど、ああ、とても可愛い横顔だろうって、分かってしまう。

 「姉さん起きて! 学校、遅れちゃうよ!」

 鏡合わせの、金色の少女。私の――――大切な、妹。

 「う~ん、私の代わりにフェイトが分身して行って来て」

 「無茶言わないで!」

 「魔法を使うとか」

 「幻影魔法とか使えないし、仮に出来ても絶対ばれるよ! わたしに姉さんの真似は無理!」

 「大丈夫、ほら、ジェミノイドをシステムDで操作すればきっと出来るから」

 「出来ないよ! っていうか、ジェミノイドやシステムDって何!?」

 「え――」

 少し、夢の残滓に酔ったかもしれない。

 そう、この世界には、フェイトそっくりのジェミノイドも、ミレニアム・パズルを元にしたシステムDも。それらを制御するスーパーコンピュータも、全てを統括する管制機もいない。

 代わりに…………ああ、私は今、こんなに幸せなんだ。

 でも、なぜか涙が零れてしまう。こんな顔は妹に見せられないから、とりあえず誤魔化しておこう。

 「ん~、おはよ、フェイト」

 「やっと起き」

 「愛してるわよ」

 「て、っえ、うぇええええええええ!! ね、姉さん!」

 相変わらずこういうのに免疫がない可愛さMAXの妹を、私はしっかりと抱きしめる。ああもう、ほんとに反則級に可愛いわね。

 「あ~~、しあわせー、朝っぱらからフェイトを抱けるなんて極楽だわ~」

 「凄くいかがわしい感じの表現だよ!」

 「あら、それが分かるフェイトはエッチな子かしら?」

 「え、えと……」

 うん、ヤバいわね。これはヤバい。ここでの赤面&恥ずかしがりはヤバ過ぎる。


 「フェイト、いつまで――あっ、またアリシアに襲われてる」

 「おはようアルフ、貴女も混ざる?」

 「遠慮しとくよ、あたしは百合の趣味はないし」

 「ただの姉妹のスキンシップよ♪」

 「乱れ過ぎだよおぉぉ」

 「玩具がしゃべっちゃだめ……じゃなくて、妹が姉に口答えしたらダメよ、フェイト」

 「どっちも極悪じゃないか」

 「ほら、よく言うじゃない、妹のものは姉のもの、姉のものは姉のもの」

 「姉さん……」

 「ついでに、妹の身体も姉のもの」

 「絶対嫌だよ!」

 ああ、本当に、過剰なまでの日常に安心する。

 ここが、私にとっての現実で。

 これからも続いていく、幸せな日々なんだ。






 「いっただっきまーす」
 「はい、どうぞ召し上がれ。と言いたいところですけど、もう少し早く起きてくださいね、アリシア」
 「また徹夜したの?」
 「ううん母さん、今日は徹夜してないわよ」
 「今日はってことは、姉さん……」
 「いつもはしてるってことだね」
 「あら、ベッドの中で魔法の明かりを頼りに、すずかから借りた官能小説を読み耽ってるのはどこの誰だったかしら?」
 「ど、どうしてそれを!」
 「バルディッシュはとてもいい子よ」
 「デバイスに裏切られたぁぁぁ」
 『I’m sorry.』

 テスタロッサ家の朝の食卓はいつも5人が揃っている。

 二世帯住宅になってるハラオウン家も出来る限り皆で食事するのがモットーだから、特に、今日みたいにアースラが航海中でない時は。

 「おはようクロノ、フェイトは渡さないわよ」
 「何の話だ」
 「あっはははー、フェイトちゃんを嫁にしたかったら、まずはアリシアから攻略しないといけないねー」
 「まあ、クロノったら鬼畜ね、教育方針を間違えたかしら」

 こんな風に、8人揃って食卓を囲むことが多い。

 男1、女7という素晴らしい比率で、お前はエロゲーの主人公かと言いたくなるようなクロノの境遇。いつか後ろから刺されるわよ貴方。

 ただ、高町家の恭也さんも似たような空気があるのは気のせいかしら? あそこは、うちやハラオウン家と違って士郎さんがいるから、ハーレムにはならないはずなんだけど………

 「母さん、リニス、行ってきまーす」

 なんて考えてる間に朝の風景はあっという間に過ぎ去って、可愛い妹はランドセルを背負って一足早く学校に向かう。

 なんでも今日は日直とかで、一つ早いバスで向かうらしい。それに合わせてなのはも早く家を出てるらしいから、二人のラブラブ度は半端ないわ。


 「さて、と、私も行ってきます」

 「行ってらっしゃい、事故を起こさないようにしてくださいね」

 「あのねリニス、何で事故に遭うじゃなくて、事故を起こす、なのかしら?」

 「彼女の言うことが正しい。自分の胸に手をあてて考えてみろ、姉馬鹿暴走娘」

 「なに、揉みたいの? ムッツリ」

 「誰がだ、誰が」

 「ほんと、飽きないわね」
 「あれで、うちの子も結構気があったりすると思うんだけど、どうかしら、リンディ」
 「多分、うちのクロノもそうよ。となると、貴女はどうしましょうかしら、エイミィ」
 「いや~、邪魔するのも混ざるのも味がありそうで、なかなか捨て難い感じですなぁ、いっそ、二人まとめて貰ってもらうとか」
 「ミッドの法なら、不可能じゃないわね」
 「ただ、問題はクロノにそこまでの甲斐性があるかどうか」
 「それに、もしかするとフェイトちゃんも貰わないといけませんし」
 「まあ、そうなったら三股ね」

 「聞こえてるぞ、そこの馬鹿親二人と馬鹿娘」

 流石に慣れたのか、うちの母さんにも近頃遠慮がなくなってきてる。この辺りも恭也さんに似てきたような気もしないでもないけど。

 「アンタも大変だねぇ」

 「まったくだ、味方は君とリニスの使い魔組だけというのもどうかと思うんだが」

 「そして、使い魔二人と3Pに励む鬼畜執務官と。好みは獣姦かしら?」

 「いい加減黙れ」

 「それじゃねー」

 そんな、私達の日常風景。

 さあ、今日も楽しい一日を始めましょう。



□□□



 「っとまあ、今日もそんな感じかしら」

 「はぁ、ほんまにクロノ君も気の毒やわぁ、うちもザフィーラにもっと気い使ってあげんといかんかもなあ」

 通学路の道を、二人の少女が歩く。

 彼女らの通う学校には通学バスを使うのが常なのだが、やや早めに出た二人はあえて桜の花が舞う中を歩いていた。

 いや、正確には片方の少女がローラースケートを使っているので、歩いているとは言い難かったが。

 「うーん、どうかしらね。あの黒いのならともかく、ザフィーラならその辺りはあまり気にしないと思うけど」

 「せやけどなぁ、ところで、今アリシアちゃんが履いとるのが例の?」

 「そ、名付けて、“続続続・ソニックキャリバー”。今日はちょっと貴女と一緒に歩きたい気分だったから」

 「いや、歩いてないやん」

 「デバイスマイスターにとっては、自分で作った成果なんだから、自分の力で歩くのと同義よ」

 今日は4月10日。去年の今頃、桜の花が舞う中でリインフォースが空へ還った日から、3日しか経っていない。

 おそらくはやてなら、土日を挟んでの登校となったこの日は、彼女との思い出を振り返りながら歩いていくだろうと、アリシアは予想していた。

 「それに今じゃあ、車椅子同盟も解消しちゃったものね。はやてと私、それぞれリニスとリインフォースに押されてた頃が懐かしいわ」

 胸の内から湧き上がってくる、綺麗な思い出。

 「ほら、あの二人って、貴女達が幸せでいてくれることが、私の幸せです。っていう辺りが似てたじゃない」

 「そやね、リニスさんも、リインフォースも、いっつも一歩退いたところから、わたしらを見守っててくれてたしなぁ」

 リニスとリインフォース、どこか似た雰囲気を持つ二人が、車椅子を押しながら並んで歩くその姿は。

 幸せの象徴のようでありながら、どこか儚げな雰囲気を纏っていた。

 アリシアの見た夢の中では、リインフォースは元気だったけど、リニスはいなかった。彼女の現実では、リニスは笑って見送ってくれるけど、リインフォースは空の向こうから見守ってくれている。

 まるでそれは互いが、足りない幸せの欠片を映し出す、鏡のように。

 「わたしもこうして歩けとるし、アリシアちゃんは元気に走り回っとる。ほんまに、わたしらは幸せ者や」

 「ええ、本当にね」

 「けどアリシアちゃんのそれ、ミッドのデバイスとこっちのマイコンカーの部品を組み合わせた違法品やろ」

 言うなれば、改造エアガンの類。

 現に、アリシアの車椅子だったソニックキャリバーにちなんで名付けられた、初代の“続・ソニックキャリバー”と、二代目の“続続・ソニックキャリバー”は黒髪の執務官の少年に没収されている。彼女が今履いているのは三代目だ。

 もし今度没収されたら、次は“ファイナル・ソニックキャリバー”。その次は、“帰ってきたソニックキャリバー”、辺りにする予定だったりする。

 「平気よ、普段はフェイトの洋服箪笥の中に隠してるから」

 「なんちゅー場所に隠すんや」

 「あそこなら絶対クロノには探せないし、もし没収されたら、フェイトの下着と一緒に入ってた靴を掠めとっておかずにした男、って噂を流すから」

 「悪魔かいなアンタは」

 「ふ、計算高い女と呼びなさい」

 「けどそれやと、アリシアちゃんの履いてた靴をおかずにした、ってことにもなるんちゃう?」

 「…………そういえばそうね、うん、やっぱりなしだわ」

 「相変わらず、とっか抜け取るなぁ」

 計算高い割には結構抜けている。

 それが、周囲のアリシアへの評価であり、実に的を射たものだった。


 「ところではやて、貴女はまた自分はこんなに幸せでいいのか、とか悩んでるでしょ」

 「………当たりや」

 けれど、誰かの心にある陰りを見抜くのが上手い、というのも共通した評価であり。

 特に下の子供達は、彼女の前に隠し事出来ない、という法則がある。

 「ほんまにアリシアちゃんの目は凄いなあ、何で分かるん?」

 「実は、フィーやシュベルトクロイツを通して監視を」

 「ストーカー!?」

 「冗談よ。機械仕掛けの神はアスガルドあってのものだもの。普通の演算速度じゃあ、有線ケーブルじゃないと無理なんだから、これはただの推察。それも、極めて簡単な、ね」

 リインフォースが亡くなってから、1年。

 その事実が、はやての心に棘のように刺さっている。

 それはきっと、あの何もない闇の中で、ずっと語りかけてくれた存在を失って生きているアリシアと、似て非なるものだったから。


 「いい、何度も言うけど、貴女が責任を感じる必要は無いのよ、はやて」

 「でも……あたっ」

 デコピン炸裂。

 「難しく考えるんじゃないの、貴女はまだまだお子様なんだから。闇の書事件だの何だの言っても、要は、保護者の監督不行き届きなだけじゃない」

 「そんな簡単に……」

 「簡単なのよ、貴女は闇の書の主で、ヴォルケンリッターはその従者だった。それで闇の書が原因で事件が起きたなら、その責任はどう考えても後見人のギル・グレアム提督が負うべきものでしょう。9歳の子供には責任能力は無いし、“闇の書事件の八神はやて”じゃなくて、“闇の書事件の少年Y”なんだから、子供に危険物を持たせた保護者が悪い」

 「でも」 

 「じゃあ仮に、9歳の貴女がミッドチルダのコンビニで万引きして捕まりました。さあ、お店の人が最終的に連絡するのはだあれ? シグナム? それともシャマル?」

 「………グレアムおじさんです」

 「2問目、フェイトがジュエルシードを集めてた時、トールの根回しがなくて違法行為になっちゃいました、その責任は9歳のあの子のものかしら?」

 「………プレシアさんの責任です」

 「そういうこと、一応形式的に家庭裁判所めいたのはあるでしょうけど、フェイトは無罪で、責任があるのは全部母さんよ。ロストロギアだろうが万引きだろうが、子供の責任は親のもの。クロノみたいに11歳の頃に執務官をやってたりしたらその限りじゃないけど、少なくとも貴女やフェイトはただの9歳の女の子なんだから」

 「でも、被害者の人達は……」

 「それは今の貴女が考えるべきことじゃないわ。子供に文句を言いたかったとしたら、後見人まで乞う連絡。あの人も闇の書に関する全ての責任を負うつもりで、“後見人のグレアムおじさん”になったんでしょうし、それでも貴女に恨み言を言いたかったら、社会運動でも起こして少年法を根底から変えないと。まあ、誰も賛同しないでしょうけど」

 「そうなん?」

 「そういうものでしょ。こっちでも最近、刑の厳罰化とか色々騒がれてるけど、そういうのって要するに、あちこちで似た事例があって、積み重ねがあって、普通に過ごしている大多数の人達が、他人事じゃないって思ったからでしょ」

 「かもしれへんけど」

 「でも、闇の書事件は所詮“他人事”よ。管理世界でもない場所で、魔導師が何人襲撃されようが、そんなものでミッドの世論は動かない。これが企業の起こした集団食中毒事件とかなら話は別かもしれないけど、本局やミッドチルダに住む人達にとっては“対岸の火事”でしかないのよ」

 そう語るアリシアの声は、まるで、電子で出来た機械のように理路整然で。

 はやては会ったことがないけれど、トールという機械はこんな話し方なのかなと、何となくそんなイメージが駆け抜けた。


 「それに、ヴォルケンリッターそのものが、闇の書以外に例を見ない特殊ケース。前の主の時は自我がなかったとか、彼女らを刃物と見るならそれに罪を問うのかとか、前の事件の殺人者と同じ姿形をした存在が幸せに笑っていたら被害者の感情がどうだとか、法律家にとってそんなものはどうだっていいのよ」

 「どうだって、いい?」

 「ええ、これを裁く法律をわざわざ制定するなんて、無駄以外の何物でもないじゃない。通常、法律の専門家は金にならない議論はしないものよ、裁判所は慈善団体じゃなくて、社会システムだから、社会の利益にならない議論なんてしないわよ。それこそ、“機械みたいに”冷たいもの」

 結局のところ、闇の書の被害者とは“極めて特殊な天災にあった運の悪い人”くらいのものでしかない。

 そして、社会において少数派の意見は抹消される。いずれ自分の身に降りかかるかもしれない案件ならばともかく、闇の書事件はもう起きないのだから。

 これからも日常的に起きるだろう“身近な事件”は社会への警鐘となり、もう起きない“大事件”は緩やかに忘れられる。外国の自爆テロよりも、近場の野犬騒ぎが気になるのが人情というものだ。

 人間が作ったものでありながら、“感情”というものが極めて薄くなるのが社会システムであるからこそ、古い管制機はそれを利用することに長けていた。


 「何よりの証拠に、“私が死んだ事故”のことなんて、ミッドの誰も覚えてないわ。当時はかなり騒がれたらしいけど、28年間も前のことなんてそんなものよ」

 “ヒュウドラ”の事故も、プロジェクトが凍結されたため、闇の書事件と同じくもう起きない事例だった。だから、社会システムはプレシア・テスタロッサをあっさりと見捨て、責任だけを押し付けて放逐しようとした。

 所詮はそんなものであり、手段を選ばずに立ちまわった管制機は倫理的には“悪”だろうが、悪でなければ救えないものがこの世には多すぎる。

 だからアリシア・テスタロッサは、八神はやてを生贄にして、彼女のせいにすることで闇の書事件の悲しみから目を逸らすことを絶対に認めない。それは、あの事故において、自分の母が背負わされかけたものと同じだから。

 彼もきっと、そうするだろうから。


 「それはちょお、淋しいなぁ」

 「でも、それが当然なのよ、人は、忘れてしまう生き物だから。デバイスなら、意図的に消去しない限り全部覚えてるけど、人は無意識のうちに忘れてしまうの」

 「……うん」

 だから、彼は忘れなくて。

 ただ生きているだけで、プレシア・テスタロッサの害になると判断した人間を地獄に叩き落とし、アリシアを救うために稼働を続けた。


 「私が死んだ事故も、以前の闇の書事件も、被害者と関係者以外の人は、もうほとんど覚えてすらいない。だから、貴女がそのことでずっと悩もうが悩むまいが、社会の歯車は変わらず回り続けるし、死者だって喜ばないわよ」

 プレシアやアリシアが生きていようが。

 リインフォースが生きていようが。

 運命の輪は、変わらず回り続ける。


 「アリシアちゃんが言うと、凄い説得力やね」

 「だって、“仮に私が死んだままだとしても”、やっぱりフェイトには笑っていて欲しいもの。子供は難しく考えないで、笑っていればそれでいいのよ。そういうのは、大人になってから考えればいい」

 子供の時は、無邪気な笑顔が無条件に許される、かけがえの無い時間なのだから。

 その時間を、誰もいない空間の中で一人、たった一つの機械仕掛けとだけ過ごしたアリシアだからこそ、そう思う。

 そして、夢の中の自分も、そう思っていたはずだから。

 幼い少女達5人には、笑っていて欲しいのだ。


 「あ、でも、フェイトを傷つける奴がいたら呪い殺すわね」

 「言ってることが矛盾しとる………死んでる人、思いっきり呪ってるやん」

 「憎悪や復讐心ってのは、幸せになって欲しい人や、妹や子供に遺すべきものじゃないだけで、代わりに嫌な奴には叩きつけないとやってられないでしょ。私は聖人じゃなくて人間なんだから」

 「だとしたらやっぱり、わたしも恨まれて当然な気がするんやけど」

 「でしょうね、貴女に責任がないことと、被害者が貴女を恨まないことは別問題だし。私が言ってるのは要するに、はやてがそいつらのために落ち込んだり、生き方が縛られるのを見ると、私がたまらなく不愉快だってこと。そいつらは私にとってどうでもいい人間だから」

 「なんちゅー自己中」

 「じゃあ、意地悪な二択を迫ってあげる。貴女が幸せに笑っていて、闇の書の被害者を不愉快にさせることと、貴女が苦しんでいて、私やフェイトを不愉快にさせること、どっちを選ぶかしら?」

 「それは………」

 「ああでも、二元論じゃくくれないわ。貴女が幸せに笑っていることを願う闇の書の被害者もいるし、今回の件に限れば、一応なのはも被害者だったわね」

 「………皆、優しい人ばっかりや」

 「ね、貴女が幸せなことが堪らなく嫌な人間もいれば、貴女が不幸なことが堪らなく嫌な人間もいる。全ての命題を満たす最適解はないんだから、近似解を探す方がいいでしょ」

 「アリシアちゃん、まるでデバイスみたいやね」

 その言葉に、一瞬彼女は間をおいて。


 「いいえ、私は、人間よ」

 一部の迷いもなく、そう答えた。

 「そもそもデバイスだったら、もっともっと長ったらしくて例題ばかり並べるような言い方になってるわよ。はやてにも分かりやすいように、噛み砕いてしゃべるなんてしないし」

 「あ、ははは……」

 「ともかく、焦って答えを求めても仕方ないわよ。はやてが私やクロノと同じ位の年齢になったら、その時初めて、どうやって闇の書の罪と向き合っていくかを考えればいい。一生ものの問題なんだから、子供の浅知恵で出た答えが正解なわけないし」

 「アリシアちゃんは、あ、そっか」

 「そ、私はちょっと特殊でしょ。11歳になってもお母さんにべったりなままのフェイトとは違うのよ」

 「あらら、フェイトちゃんが聞いたらなんちゅうか」

 「さて、ここでもう一つ質問。交通事故があって12歳の少年が寝たきりになり、その15年後に奇跡的に目を覚ましました、さあ、27歳のこの男性は成人? それとも未成年?」

 「そやったね」

 それが、アリシア・テスタロッサの抱える特殊な事情。

 彼女には、一定した時間が流れていない。

 肉体年齢、精神年齢、法的な存在年齢、どれもバラバラで食い違い、とても奇妙なバランスにある。


 「まあ、使い魔と似たようなものよ。アルフだって見た目は大人のお姉さんだけど、フェイトより幼いし、他にも例は―――」

 戦闘機人、タイプゼロ。

 ふと、そんな自分の知らない筈の言葉が浮かぶ。

 「アリシアちゃん?」

 「あ、ごめんはやて、ちょっと待って」

 端末を取り出し、ミッドチルダの情報を呼び出す。

 情報サイトは、ミッド新聞の訃報欄。病死や事故死が大半だが、そこには、最近殉職した管理局員の氏名も一定期間載っている。

 そして―――

 「クイント・ナカジマ………」

 その名前を、見つけた。


 「中島さん? 知っとる人?」

 欠けた記録が、脳裏に走る。

 けれど、それは彼女の現実ではない。

 「…………いいえ、私は知らないわ。日本人っぽい名前だから、ちょっと気になっただけ」

 「ナカジマさんかぁ、ひょっとしたら、グレアムおじさんみたいに、こっち出身の人なのかもしれへんなぁ」

 八神はやては、クイント・ナカジマを知らない。当然だ、会ったことがないのだから。

 新歴65年、5月11日。レイジングハートとバルディッシュを除く魔導機械は、時の庭園から全て無くなった。

 生命の魔導書も、リア・ファルも、ミードも、ブリュンヒルトも、デバイスソルジャーの雛型も何もかも。

 古い管制機があったからこそ存在する機械を、奇蹟の天秤の片側に乗せたように。

 それでも、それらなど初めからなかったように、世界はごく当たり前に、停滞することなく進んでいく。


 「夢で………ううん、やっぱり、分からない」

 霞がかかったように、夢の残滓は朧げになっている。

 ただそう、幾つか違うことは分かる。

 なのはは、戦技教導隊の鬼教官の弟子じゃない。年齢を考えれば当たり前だけど、20代後半の若者が直属の上司だったはず、ただ、砲撃に関してはもうなのはの方が上らしい。

 それはきっと、闇の書事件において、古代ベルカの騎士と模擬戦をすることがなかったから。

 はやても、伝説の密猟犯なんて呼ばれてないし、ギル・グレアム提督の直属じゃない。

 だから、レティ提督の下で基本働いている。ヴィータなんかは、なのはと一緒にあちこちに飛び回ることが多いとか。

 でも―――

 「フェイトだけは、そのまま」

 アースラに乗り込んで、リンディやクロノ、エイミィにサポートされながら、執務官候補生としての日々。

 2年近く前に分岐し、残滓しか思い出せない、鏡合わせの世界の夢。

 けれど、“フェイト・テスタロッサを中心に据えた世界”だけは、今でもほとんど変わるところがない。

 なのはとはやては、それぞれ別の人に教わって、違う道のりを歩いているけど、フェイトから見た二人は、それぞれ教導官と特別捜査官を目指す親友。

 それはきっと―――



□□□


 その日の夜、テスタロッサ家の姉妹の部屋で。

 普段は二段ベッド別々だけど、久しぶりに一緒にベッドで眠りながら、仲良の良い姉妹は色んなことを話す。

 「ねえフェイト、もしも、時の庭園が今も機械仕掛けの楽園で、財産も山のようにあって、ほぼ何でも叶えられるとしたら、貴方は嬉しい?」

 「う~ん、どうかな……」

 「その代わり、母さんも私もリニスもいなくて、貴女とアルフだけが残るとしたら?」

 「そんなの絶対嫌だよ。どんなにお金があったって、母さんや姉さんやリニスがいないなら、何の意味もないよ」

 「うん、きっと、そうなんでしょうね………」

 そう、テスタロッサ家5人の小さな幸せに、そんなものは必要ない。

 アリシア・テスタロッサを助けるための研究の日々は、家族の幸せに必要ないものばかりが積み上がっていった。

 彼が求めたものは、今も求めるものは、たったそれだけでしかないのだから。

 そしてだから、向こうの世界の時の庭園にフェイトはおらず、彼だけが墓を守っている。

 フェイト・テスタロッサがそこに居るべき意味が、もう何も残っていないのだ。遺された子供が過ごすべき場所は、墓の上ではない。

 彼女と共に生きるべき人間は、別にいる。

 ただそれでも、主がもういないことを、彼はきっと悲しんでいるだろう。


(絶対に、認めることはないでしょうけど)


 悲しむのは人間の役目、機械はただ演算を続けるのみ。

 そんなものは、リソースの無駄でしかない。

 彼ならきっと、そう言うだろう。自身に流れるそれを、最後まで“ノイズ”としか判断しない。

 そして、その“ノイズ”が機械としての機能を脅かすまでに育ってしまったならば。


(間違いなく、自身の機能を停止させる。トールの存在そのものを“無駄”と判断して、必要な命題は後継機に託して)


 それを受け継ぐのはバルディッシュか、それとも他に何機かあるかもしれない。

 ただ、一つだけ言えることは。


(母さんに直接入力されたことだけは、意地でも果たしてから、でしょうけど)


 それが彼だ、彼はそういうデバイスだった。

 紫色の長男は、紫色のご主人さまのためだけに存在する。

 ご主人さまがいないことが悲しくない筈はないのに、託された命題を果たすことだけを考えようとする。

 だからこそ、酷く危うい。ご主人さまの命を果たそうとするあまり、止まることすら忘れて、狂い回ってしまうかもしれない。

 彼は機械だから、必ずやり遂げるだろう。

 でも、もしその後まで止まることなく動いてしまったら――――


 「ねえフェイト、私ね、たまに夢を見るの」

 それは、“異なる現在”の夢。

 いわゆる予知夢の類ではなく、既に違ってしまっている自分達が未来を進む上では、何の役にも立たないだろうもの。

 ただ、その夢を見た次の朝などは、いつも私は涙を流しており、胸にある砕けた紫色のペンダントを握りしめてる。

 「それは、悪い夢なの?」

 「どうなのかしらね、私や母さんにとってはそうなのかもしれないけど、そう悪くもなかった気がするわ」

 何より、この小さな天使が笑っていたから。

 本当に、この子の目立った差異もそれほどなかった。違うのは私と母さんとリニスがいないことくらいで、なのはがいつも隣にいてくれて、アリサやすずか、はやてと一緒に“デバイス同好会”があるのも同じ。


 「でも、トールにとってはどうなんだろうって、それだけが、ちょっと悲しかったかな」

 私達が居なくて、代わりにトールがいる世界。

 きっとあの時、ジュエルシードを臨界稼働させなかった世界なのだろうと、私の頭脳は仮説を立てる。

 まあ、私がトールを大切に思うが故に作り出した、幻という可能性も捨てきれはしないけれど。

 「トールは、どうしてたの?」

 「相変わらずよ、一人残されてしまった貴女のために、ずっとずっと、時の庭園で演算を続けてた。だって、私の見た夢、一度も場所が変わらなかったもの」

 色んな光景を見た。でもそれは、常に誰かと通信を開いている場合や、バルディッシュから送られてくる情報ばかり。

 それはデバイスのための電気信号なのだから、人間に分かるはずはないのだけど、不思議に、“トールが見て感じている光景”が、伝わってきた。

 まあ、元々荒唐無稽な夢だし、そのくらいのご都合主義はあって当然かもしれない。


 「でも、やっぱり寂しそうだったわね」

 だって、彼は母さんのためだけに作られたデバイスで。

 大好きなご主人さまが、もうどこにもいなくて。

 それでも、残された娘のために、演算を続けなくちゃいけなくて。

 「こうなっちゃった時でさえ、もう45歳も稼働していたよぼよぼのお爺さんなのよ。本当、そろそろ休んでもいい頃なのに」

 「まるで、大きなノッポの古時計みたいだね」

 「ああ………言いえて妙だわ。この場合、お爺さんじゃなくてお婆さんだけど、生まれた朝からずっと見守ってる時計が、お婆さんが死んじゃってからも、止まらずに動いてる」

 いや、時は止まっているのだろう。

 お婆さんの命そのものだった時計の針は動いていないはずなのに、中の歯車だけはまだ動こうとしている。

 だから、歯車が軋みを上げている。動くはずのないものを無理に動かしているのだから、軋まないほうがどうかしてる。


 「だから、解決法はただ一つ、貴女が誰かとさっさとくっついて幸せになることね。手近なところでは、クロノあたりでいいんじゃない?」

 「て、ええええええええええええええ!! 何その超理論!?」

 「大丈夫大丈夫、夢の中でも、貴女はクロノの義理の妹になってたから。そして、ベッドの中で夜の営みを………」

 「それって禁断の関係じゃないの!? 血は繋がってなくても、かなり背徳的だよ!」

 「色々あったわねえ、貴女がお風呂に入ってる時に乱入したり、着替えを覗いたり、一緒に買い物いったり、保健体育の教科書を片手に青い好奇心を満たし合ったり」

 全部が全部ほんとじゃないけど、裏で糸を引いていたのはアイツなんだから、私が知れたというのも間違いないはず。


 「そ、そそそそそ、そんなことまでしてたの!?」
 
 「さあて、こっちのフェイトはどうなのかしらねぇ………」

 「そ、そそ、それなら、姉さんだってどうなの!」

 「私?」

 「そ、そうだよ、私とクロノのことを知ってるってことは、姉さんがずっとクロノのことを目で追ってたってことじゃないの?」

 「そ、そんなことあるわけないじゃない、私はただフェイトのことが心配で、トールと一緒に見守っていただけで……」

 「本当に?」

 「ほ、本当だってばっ」

 「ふうん、じゃあ、そういうことにしておいてあげるね」

 「………最近、フェイトの癖に生意気になってきたわね」

 まったく、ホントに生意気。私とあの朴念仁がくっついても別にいいことないでしょうに。


 「そりゃもう、意地悪なお姉さんに日々鍛えられていますから」

 「ふんっ、妹が姉に勝とうなんざ十年早い、生意気なことを抜かすのはこの口か、このっ、このっ」

 「あたたたひゃひゃ、ねーはん、いひゃい、いひゃい、ほっへひっはらないふぇ!」

 「うーん、相変わらず白魚みたいにすべすべな肌ねぇ、私が男だったらこう、パクッと食べちゃいたいくらい」

 「ふぇええええ!」

 「それをせずに自制するあいつの精神力も相当ね」

 「やっぱり嘘だったんだね姉さん!」

 「あ、ばれちゃった」

 そんなこんなの、とてもありふれた姉妹の会話。

 誰のことが好きだとか、なのはとユーノの関係が怪しいとか、最近姉をさしおいて妹の方だけ胸が大きくなりつつあるとか。

 他愛もない、ほんのささやかな幸せの情景。


 (ああ、そういえば………)

 ちょうど、1年くらい前だろうか。

 夢の中で自分は時の庭園にいて、“アリシアと会ったことのない”アリサとすずかと何かを話した気がする。

 夢の世界、もしくは向こうの世界がどういうものだったかは何となく分かったし、トールが何を願っていたかも察しはついたから。


 (私の代わりに、フェイトのことをよろしく、って言っておいたような………)

 あの“アリシア”は、きっと自分ではない。

 21の奇跡の石の残滓によって、向こうと繋がった私を通して、彼女があの子達に言葉を伝えた、そんな気がしている。

 あのアリシアと私は、起源を同じくするけどやっぱり別人で、天使のような心を持っているのはあっちの方。人間として黄泉がえった自分は、随分と俗に染まっているし。

 何があっても変わらない共通している点は、私達は“世界で二番目に”紫色の長男に想われているということ、一番が誰かなんて、言うまでもないけど。


 (この紫色の欠片が、鏡になって繋いでいる、なんて、ロマンチックに過ぎるかしら?)

 全ては泡沫の夢であり、何が現実で何が幻想であるか、さっぱり分からない。

 それでも、例え幻想であったとしても、悲惨な世界よりは、フェイトや皆が幸せである世界の方がいいに決まっている。

 (どうせ、ifの世界を考えるなら、ポジティブにいきましょう)

 幻想の残滓は一旦閉じ、アリシア・テスタロッサは自身の現実に舞い戻る。

 彼女は幻想の欠片たるリンカーコアをその身に宿しはせず、どこまでもただの人間のまま、機械と共に歩んでいく。

 (次元世界で一番の、デバイスマイスターになる。それも、技術面だけじゃなくて、ロボットプログラミングにおいてもね)

 インテリジェントデバイスの母、シルビア・テスタロッサや、アームドデバイスの父、クアッド・メルセデスを超えられるように。

 幸せな夢を見るのもいいけど、夢は現実で叶えてこそ意味を持つのだから。


 「さあ、明日からまた頑張るわよ、女の子の日が近いフェイトは別にして」

 「堂々と言わないで!」

 「初心ねえ、そんなんじゃ体育を休む理由でクラスの男子にからかわれるわよ?」

 「姉さん以上にからかう人はいないよ、トイレに行った男の子に“ヌイてきたの?”って聞くのも姉さんくらいだし」

 「その意味が分かるフェイトも、相当にエッチな子ね」

 「誰のせいだと思ってるの!」

 「近くて遠い世界のトールから、私の意に反する命令が送られてきて………くうっ、収まれ、私の右手!」

 「異世界のトールのせいにした!? しかも厨二病!?」

 「いや、普通に考えて、異世界の自分の夢を見ましたなんて、痛いにも程がある厨二設定でしょ」

 「ひょっとして、全部嘘だったの!」

 「さてさて、そういうこともあるでしょうし、そうでないこともあるでしょう」

 「もうっ、姉さんの大嘘吐き!」

 「最高の褒め言葉ね」



 愛おしい妹へ優しく微笑みながら、アリシア・テスタロッサは静かに瞼を閉じる。

 どうか通じて欲しい願いを、胸にかかる紫色のペンダントに祈りながら。

 その刹那、緩やかな闇が視界を染める中、紫色の光を幻視した気がした。





 命題を果たして、砕けてしまった貴方へ。

 テスタロッサ家の皆は、今日も幸せに過ごしています。

 だから、安心して眠っていて、もう十分すぎる程に、貴方は働いてくれたから。


 そして、私の夢かもしれないけれど、鏡の向こう側で今も頑張り続ける貴方へ。

 孤独な貴方の演算は、決して無駄じゃない、本当にありがとう。

 だからどうか、あと少しだけ、私の大切な妹のことを支えてあげて。

 そちらの世界は厳しくて、時の庭園の助けが、まだ必要でしょうから。

 貴方の大切な、紫色のご主人さまも、そう願っています。

 そして、それが終わったら、その時は……………どうか、そっちの天使様のような私と母さんが一緒にいる場所に、貴方が昇れますように。

 “小さなアリシア”は、祈っています。




□□□



 現在の魔導技術では観測出来ない、近くて、とても遠い可能性の世界において。

 古い管制機は、懐かしいノイズを受信した。

 そう、それはノイズと呼ばれるものだ。

 彼が意図して受信しようとしたわけではなく、明確な送り主も特定できないのだから、空気中を漂っていたノイズが偶然引っ掛かったに過ぎない。

 けれど―――



 (貴女は、フェイトだよ)

 いつか、そんな優しいノイズを受信した時と似ていて。



 (貴方の演算は、決して無駄じゃない、本当にありがとう)

 その言葉、その入力は。

 (どうか、あと少しだけ、私の大切な妹のことを支えてあげて)

 彼がこの2年間。

 (貴方の大切な、紫色のご主人さまも、そう願っています)

 何よりも待ち望んでいたものだった。




 『入力…………確かに、承りました、リトルレディ。……………間違いなく、ここに』

 軋んでいた歯車に、油がさされる。

 それはとても柔らかくも暖かく、冷たい機械仕掛けに過ぎない彼を、入念にメンテナンスしてくれるように。

 彼は、答えの出ない解を、得た。

 『私は、間違っていなかった』

 ・フェイト・テスタロッサが大人になるまでは見守り続けよ
 ・プレシア・テスタロッサの娘が笑っていられるための、幸せに生きられるための方策を、考え続けよ
 ・テスタロッサ家の人間のために機能せよ

 『それが、貴女の望み、幸せの形であるならば―――』

 歯車が回る、例えようもない歓喜を以て、錆ついた回路が息を吹き返す。

 命題を再確認、これまでの演算結果に誤りはなかったのだと、天使の囁きが示してくれた。

 紫色のご主人さまが、小さな金色の少女が、それを望むならば。

 絶対に、何があろうとも、その命令を遂行してみせる。


 『私はまだ動けます。我が主の最後の娘が、貴女の大切な妹が大人になるまで、どんな悲劇も彼女を襲わぬように、笑っていられるように』

 もう、入力を待つことはない。

 命令はたった今、受け取ったのだから。


 『演算を―――続行します』

 古い機械仕掛けは、金色の少女のために機能する

 母に愛され、幸せになることを姉に願われている彼女のために

 砂時計は、もう一度だけ返された

 チクタクチクタク

 時計の針は止まったまま、けれど力強く、歯車は動き続ける

 いつかまた軋もうとも、入力がある限り、歯車は回る

 命題を終える、その時まで




あとがき
 ずぅっっと書きたかったシーンがようやく書けました。テスタロッサ家の物語は本作の根源なので、色々ネタはあるんですけど、開放時期が難しいです。
 魔法はプログラムであり、“現象数式”と表現できる。というのが本作の設定ですが、やはり“リリカルなのは”という話の根源は、優しく小さな奇跡にあると思います。リリちゃ箱における魔法がそうだったように。
 この先、トール側の世界はジャンル違いの悪魔によってとんでもなくハードな展開に進んでいきますが、最後はきっと愛が勝ちます。目指すは大団円ただ一つ、全員が幸せになれるご都合主義はありませんが、初代“リリカルなのは”のなのはとクロノのように、優しく小さな奇蹟で世界を包めるよう頑張っていきたいです。
 ただ、後にも先にも、“死者である筈の存在が蘇った”例はアリシアただ一人で、それがアリシア編、しいては本作の最後の締めになる予定です。長丁場になりそうですが、お付き合いいただければ幸いです。



[30379] 分岐点  序幕  滅亡の予言
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/05/03 12:46
My Grandmother's Clock


分岐点  序幕   滅亡の予言


 ミッドチルダ北部にある、ベルカ自治領の、とある一画。

 ミッドチルダにおいても最も冬の寒さの厳しい地方ではあるが、ようやく訪れた春の日差しに心が開放されるように、道行く人々の服装もまた開放的なものになりつつある。

 ベルカ自治領は、旧ベルカの風習を色濃く残す地域であるため、そこに住まう人々の服装もミッドとは異なる。

 特にここは、聖王教の聖地でもあり、現代の聖王教は基本的に世俗権力に関わらないことを旨とし、豊穣と婚姻を司る素朴な宗教から発展したものだけに、道往く人々の服装もまた質素なものだ。

 また、人々の年齢性別や人種、そしておそらくは身分の貴卑すらもさまざまで、聖王教が管理世界に広く布教されている一大宗教であることを物語っている。

 レンガ造りの道は、車などの文明の利器が通るにはやや不向きだが、それも含めてこの土地の特徴であり文化であるといえよう。

 巡礼者達の辿る道の終点に在るのは、ここベルカ領の象徴でもある、聖王教会の本部。

 その名の通り、管理世界中の敬虔な聖王教の信者たちが、時に非常に困難な巡礼の旅を経て目指す、聖王教の総本山である。



 そして今、十数年ぶりの行事を前に、総本山の空気そのものが張り詰めたような、しかしどこか祭りを楽しむようなやや落ち着かぬ雰囲気に包まれつつある。

 聖王教会を象徴する色は、聖王を示す七色の虹であり、それにちなんで、聖職者の最上位者には七色のいずれかを冠した騎士号が預けられ、聖王教会全体にも関わる重職に就くこととなる。

 すなわち、赤銅、幻橙、黄花、深緑、群青、雹藍、そして紫天。

 これらを指して、虹の騎士と呼ばれ、教会騎士団の通常の騎士とは一線を画した名声と実権とを握る、聖王教会の運営を司る評議員とも呼べる者達。

 この度、そのうちの一つ、黄の座を預かることとなったのは、何と18に届いたばかりの少女という話である。

 総本山に仕える修道女見習い達の間では、連日その話でもちきりであり、何でも件の人物は、第12管理世界の中央聖堂にあって、地元の人達から聖女とも崇められる見目麗しい美少女だとか。

 近いうちにその当人がやってくるのだから、実際に確認すればいいだけのことではあるが、その前に噂を集め、あれこれ想像して噂話に輪を咲かせるのもまた、昔から変わらぬ人の営みであり、聖王様もその程度の娯楽は許してくださるだろう。







新歴67年 4月中旬  第12管理世界 フェティギア  聖王教会「中央聖堂」


 「貴女の噂で総本山はもちきりだそうですよ、まあ、無理はないと思いますけどね、“騎士”カリム」

 「よしてシャッハ、まだ騎士ではなくて、修道女に過ぎないわ」

 「それも後僅かのことでしょう。それに、カリム自身が選ばれた道なのですから、今のうちに慣れておいて下さらないと、向こうでどんなボロが出るやら分かりませんよ」

 ベルカ自治領における噂の中心となっている少女、カリム・グラシアは、幼い頃からの馴染みである修道女、シャッハ・ヌエラと共に、執務室で静かな時を過ごしていた。

 カリムが文官としての騎士となるならば、シャッハは武官としての騎士の資格を得るべく修練を積んでいる身であり、カリムの護衛を兼ねている。

 主君の虹の騎士就任に伴い、護衛役のシャッハもまた総本山へと移り、近いうちに聖騎士の称号を賜るのではないかと、こちらもこちらで多少の噂となっている人物である。


 「………しかし、本当によろしかったのですか、カリム?」

 「ええ、もう決めたことですし、遅かれ早かれ、決まっていたことでしょう」

 「確かにそうですけど、いささか早過ぎる気がしなくもないのですが」

 「大丈夫です、数年間は形だけで、管理局理事の椅子に座るまでの修業期間のようなものでしょう」

 カリムが受け持つ騎士の位は、時空管理局の理事の中で、聖王教会のために用意された椅子に座る役職を持つ。

 とはいえ流石に18歳の少女が担うには重すぎるため、数年間は、彼女の後見人であり、グラシア家の現在の頭首が受け持ち、徐々に責務をカリムへと移譲していく形がとられる。

 つまり、虹の騎士への就任といってもあくまで形式上のものであり、実質はカリムの言ったように、修業期間という面が強い。


 「それに、見返りがないわけでもありませんし」

 「水月の鏡、ですか」

 シャッハが視線を向ける先には、虹の騎士就任に先立って送られてきた、水晶で造られた水盤がある。

 聖王教会が所蔵する聖王ゆかりの品の一つであり、『水月の鏡』と呼ばれる、一応はロストロギアに区分される骨董品。

 数百年前、歴代の聖王に仕えていた神官達が祭儀を行う際に用いた水鏡という代物で、一応本物という鑑定結果はあるものの、特に実用性があるわけでもないまさしく骨董品というに相応しいものだった。

 ただ、古代ベルカ式レアスキル保有者であるカリム・グラシアにとってはだけは唯一、実用品となる代物であった。


 「確かにこれならば、預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)の難解な解釈を補強するにも役立つでしょうが、貴女への負担が……」

 「そんなに心配しないで、シャッハ。自分の能力のことは弁えてるし、無理はしないから」

 「そうおっしゃられて、無理をしなかった試しがないのが、貴女という方です、“騎士”カリム」

 「ゔ……」

 それを言われると、ぐうの音も出ないカリム。

 なにしろシャッハの言葉通り、これからその無茶をやらかすつもりが満々だったのだから。

 そんな内心をきっちり読み取ってか、シャッハは盛大な溜息を洩らすものの。

 「はぁ、止めても無駄なのは承知ですが、どうかご自愛くださいね。私は待機していますので、何かあったらすぐに駆けつけます」

 半分説教に近い言葉を残し、やや早足にカリムの執務室を辞していった。



 「………本当にありがとうございます、シャッハ」

 一人残ったカリムは、親友の退出していったドアをしばらく眺めていたが、やがて名残を振り切るように水鏡へと向かう。


 「私の観た予知夢、アレはいったい、何物だったのか………」

 一部の者達に知られている彼女の能力、預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)は、詩文形式の予言能力であると同時に、ミッドチルダの月の満ち欠けにも影響される上に、解釈が難解であるため的中率は決して高くない。

 だが、古代ベルカ稀少技能の継承者であり、“聖女”とまで希少品扱いされるカリム・グラシアの能力の真価は、それだけではない。

 彼女の魔法適正は、“観る”ことに特化したものであり、身体強化や障壁展開といった、ミッド式・ベルカ式問わず、初心者でも扱える簡単な魔法すらも、カリムは使用することが出来ない。

 それはつまり、他の汎用的なスキルを悉く犠牲にするほど、強力かつ稀少なスキルを生まれ持ったということであり、最早才能を超えて、呪いじみた異能持ちといえる。


 「水月の鏡………起動」

 幼い頃から、大火災や大規模テロによって、多くの人間が死んでいく様を夢で観てきた。

 最初は怖い夢を見ただけと、誰にも相手にされなかったが、彼女の魔力適性が通常ではあり得ないことが判明し、さらに幼い彼女が“観た”光景が現実になっていく様を知ったグラシア家の人間は、その事実に戦慄した。

 もし仮に、カリム自身が望むものを観ることが出来るようになれば、それは、世界の未来を自由に操るほどの異能を手にするに等しいのだから。

 古代ベルカの古い書物は記す。

 予言というものにおいて、未来を観るは初歩の業であり、未来を決定するのが本物の未来視。

 そして、世界法則を完全に知り尽くした者は、決定された未来すらも、任意に覆すことすら可能となるという。

 もっとも、その域に至った術者の名は誰一人として“記されて”いないものの、口伝においてはかつてそういう賢者がいたとされている。


 「あの夢の、根源を映し出して………」

 幸か不幸か、カリムの能力はそこまでの位階には達していない。

 未来を決定するのを神の業とするなら、彼女は辛うじて人の領域に留まっており、フラッシュバックのように未来の映像が飛び込んできたり、ランダムに未来に起こる重大な出来事の断片を夢で見る程度。

 もっともそれらも、己のスキルの扱いにある程度慣れ、預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)という形で発揮できるようになってからは、滅多に見なくなったのだが。

 ここ1月ほど、カリムは再び、予知夢に苛まれるようになった。

 未だシャッハにも伝えてはいないが、聡い彼女は何らかの変化を察しているようでもある。

 予知夢とて万能ではなく、預言者の著書と同様、解釈が様々というか、夢で見た光景と現実は細部において食い違い、災害を未然に防ぐのにそれほど役立つわけではないが。


 「あの夢だけは、いつも同じ………」

 それは、この世の終わりの悪夢。

 地獄から蘇った、黒い炎を纏った悪魔が、次元世界を炎と毒で灰燼と化す、というもの。

 あまりに陳腐に過ぎ、子供向けのお伽話めいた光景であったため、カリムですらも最初は自嘲したような夢であったが。

 まるでそう、自身のレアスキルの大元が、「この災厄を知っている」とでも言わんばかりに、訴えかけてくるように、毎夜、同じ夢を見る。

 さらには徐々に、朧だった悪魔の輪郭が、整ってきているようにも思えるのだ。


 「これは………」

 そして、彼女はついに観る。『水月の鏡』に映った光景を。

 正確には、未来や遠く離れた場所の情報を受信するアンテナはカリム自身であり、『水月の鏡』はそれを投影するスクリーンに過ぎない。

 機械ではないカリムにとっては、一度外部へ出力し、網膜からの入力として再受信する方が理解しやすい。もし仮に、未来情報を受信、もしくは演算結果を未来に投影させるデバイスが存在したならば、真逆の特性となっていただろうが。


 「きゃあっ!!」

 瞬間、水鏡から黒い炎が炸裂し、水盤を満たしていた聖水を一瞬のうちに蒸発させ、術者であるカリムへと襲いかかる。

 次元を繋げる“穴”の役割を成す水鏡を自ら蒸発させたことで、黒炎が噴き出したのはほんの僅かの時だけだったが、その間に咄嗟に顔を庇ったカリムの右手に黒い火傷跡を残し、身体の芯を貫くような激痛が、カリムのリンカーコアに至るまでを蝕んでいく。

 だが、この際は、間に鏡を挟んでいたことに救われたといえるだろう。

 もし、レアスキルによってソレを直視していれば、逆介入してくるウィルスの如き呪いの渦に、カリムの魂は完全に焼き尽くされていたことは疑いない。


 「カリム! どうしました!」

 主の悲鳴を聞きつけ、控えていたシャッハが慌てて飛び込んでくる。

 その時、彼女の目に入ったモノは。

 テーブルの上に置かれた黒煙を上げる水盤と、その傍に倒れるカリム。そして、立ち上る黒煙が人のような、幽鬼のような曖昧な姿をとり、やがて薄れていく光景だった。






新歴67年 4月下旬  次元航行艦アースラ  執務官執務室


 「それでロッサ、騎士カリムに変わりはないか」

 【ああ、火傷だけはまだ消えてないけど、リンカーコアの異常とかは全て解消された。プレシア・テスタロッサの技術の遺産、ミードや命の書に感謝、といったところかな】

 「なんというか、この縁も中々消えてくれそうにないな」

 【まったくだよ、これを遺してくれたのが、君の義妹の実母とはね。人の世の縁というのも、何とも奇妙なものだ】

 スクリーン越しに話すのは、時空管理局執務官クロノ・ハラオウンと、本局査察官、ヴェロッサ・アコース。

 案件は先日騎士カリムの身に起きた事件であり、その治療のために、アースラから提供した資料についての報告。

 生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶“ミード”と魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末“命の書”。

 カリム自身の魔力を、ミードによって補強すると共に、ダメージとなっていた外部からの攻撃的魔力を、命の書によって吸収。

 言ってみれば、ロストロギア闇の書が蒐集によって得たリンカーコアを自身のエネルギーとする作業を二つに分けたもので、プレシア・テスタロッサが生涯の最後に残した治療用の技術。

 あまりに皮肉な難点は、アリシアのようにリンカーコアのない人間には効果が薄い、という点だったが。魔力量そのものは極めて高いカリムには効果絶大だった。

 また、プレシア→実娘→フェイト→義兄→クロノ→親友→ヴェロッサ→義姉→カリムという、実に奇妙な縁によって、個人的な見舞いの品に近い形で提供されたという経緯があり、その根回しを誰がやったかについては、もはや語るまでもない。


 【だけどクロノ、一つだけ義姉さんから言付かってる】

 「何だ?」

 【闇の残滓が、終焉の地へ集いつつある。水月の鏡が蒸発する間際、そんな言葉が脳裏に響いたらしいんだ】

 「闇の残滓が、終焉の地に集う。か」

 この辺りはやはり断片的であり、解釈が難しいところではある。

 だが、今この時に限って言えば、クロノには予想出来るだけの情報があった。


 【心当たりがあるのかい?】

 「ああ、時の庭園の管制機からつい先日連絡を受けてね。あの“クリスマス作戦”において最後に残った闇の書の闇、それを長時間かけて処理する仕事は、彼とアスガルドが引き受けてくれたんだが」

 【だけど?】

 「処理そのものは何の問題もなかったらしい。ウィルスも残り3割を切り、不安要素はなかったらしいが、1ヶ月ほど前から、まるで外側から闇の書の闇が流れ込んでくるような現象が起き出したらしい」

 【1ヶ月か、ちょうど、カリムが予知夢を再び観るようになった時期と重なるね】

 「そういうことだ。だとすれば、闇の残滓とは闇の書の闇の欠片、終焉の地とは、クリスマス作戦の舞台となった時の庭園だろう」

 【じゃあ、義姉さんが観た地獄の王とやらは、闇の書の主―――――なわけはないね。何しろもう、アルカンシェルで粉々になってる】

 「そうだな………けど」

 だが、クロノには一つ、思い当たることがないわけではない。

 闇の書は正式な名前を夜天の魔導書であり、リインフォースが1000年ほど前に作ったものと聞いている。そして、現在の夜天の主がはやてだ。

 しかし、夜天の魔導書に送り込まれたウィルスであり、クリスマス作戦の最終局面においてクロノも戦ったあの呪いの塊のような魔導書――――


 「呪魔の書が滅んでも、その主が、死んだという保証はない」

 【しかし、リインフォースと同じ時代の人間なら、呪魔の書の製作者は1000年前の人物だろう。流石に生きてるとは思えないけど】

 「そのリインフォースが、人間そのものではないとはいえ、人間と同じように生きているんだ。だったら、可能性は捨てきれないし、何より」

 【そうか、カリムの観た、“蘇った”という表現とも符合するわけだ】

 頭の回転の速さに関しては、ロッサもまた並ではない。

 クロノとロッサが会話をすると、自然にキャッチボールの形とあり、一を聞いて十を知る二人であればこそ、テンポよく進んでいく。


 【しかし、だとすればこいつは根が深そうだ。1000年も前の代物の、それも、闇の書のように改悪を重ねて劣化したものじゃない、オリジナルの災厄が蘇ったかもしれない、ってことじゃないかな】

 「あくまで可能性の話だが、なくはないな。まだ何も証拠がない状況では動くことは出来ないのが、公僕の悲しいところだけどね」

 【だからこその、僕、だろう、クロノ・ハラオウン執務官】

 ウィンクしつつ、朗らかに笑う。

 つられてクロノにも微笑が灯る。彼にこういった穏やかな表情をさせる人物は数少ないが、その一人が男性というのは如何なものなのだろう。


 【執務官が動くのには理由がいるが、査察官は動くだけなら理由はいらない。何しろ、人事関係のパトロールが仕事みたいなものだからね。僕の猟犬達にも少しお願いして、何か兆候らしきものがないか探ってみよう】

 逆に言えば、クロノが動く時は既に、決定的な証拠を押さえた場合となる。

 ロッサが情報を集め、クロノが分析し、確信が得られた段階で踏みこむ。

 彼らが親友同士となったのは、ある事件がきっかけで合同捜査した際に、そのコンビネーションが初対面ながら際立っていた時からのことだ。


 「感謝するが、無理はするなよ、ロッサ。まだまだ君に危ない橋を渡ってもらう段階じゃない」

 【おやおや、それじゃあ僕の身を案じているというより、無理をさせたい時のために温存しておきたいように聞えるじゃないか】

 「違うな、捨て駒の間違いだ」

 【あっはっはっは、君との友情は、これまでのようだね、クロノ】

 「そうか、では、君の秘密のライブラリーにあった、騎士カリムの写真をシスター・シャッハに」

 【それじゃあ、君の机の隠し板の下にあったものを、エイミィさんと君の愛する義妹ちゃんに】

 「………」
 【………】

 互いに交渉カードと威嚇手段を持ちつつ、表面は笑顔で、水面下ではナイフを握り合う。

 人類の生み出した愚かな対立というものの縮図がここにあった。



 「やめよう」
 【これほど不毛な論議もないね】

 まあ、そんな部分も含めて、彼らの日常の一幕と呼べるのだが。


 「ともかく、情報の方はひとまず任せた。まだ事件にすらなっていない案件では、捜査部を動かすわけにもいかないから」

 【分かってるさ。そっちもそっちで、時の庭園の方をしっかり頼むよ。何しろそれは、呪魔の書事件担当の執務官だった君の責務だろうしね】

 「ああ」

 【それじゃ、武運を祈ってるよ】

 短く挨拶を交わし、通信スクリーンが暗転。

 クロノは休むことなく、別のスクリーンを起動させ、連絡すべき老提督へと回線を繋いだ。







新歴67年  5月3日  ミッドチルダ南部  時の庭園  中央制御室


 『解せません。やはり、因子が釣り合わない』
 【肯定】

 機械仕掛けの楽園の中枢部にて、管制機トールと中枢機械アスガルドが、シミュレーションから大きく外れた現実に電脳をフル稼働させている。

 彼らの役目は、新歴65年12月25日に発生した闇の書の闇というウィルスを浄化すること。彼らはまさしく機械の正確さでワクチンプログラムによる攻撃と再構成を延々と繰り返し続け、取り込んだウィルスの7割近くは既に撃滅していた。

 しかし、およそ1月まえからウィルスの状況が急激に変貌し、さらには外部からも予期せぬ悪性情報が流れ込むようになり、時の庭園の処理能力を上回った部分は、一部実体化するまでに至っている。

 今のところは傀儡兵や中隊長機などによって撃退されているものの、発生するウィルス体、“闇の欠片”は徐々に強力になってきており、これまでの内科的な療法の限界に来ていることは明らかだった。

 『これまでの1年余り、全く問題なく進んでいた治療が滞るばかりか、急激にウィルスが活性化する。およそあり得ることではなく、外敵要因が働いたとしか考えられません』

 【あり得るとすれば、呪魔の書】

 『やはり、クロノ・ハラオウン執務官の予想通りですかね。転生機能は既に停止していましたから、アルカンシェルの破壊に耐えられるはずもないのですが、何しろ古代ベルカの遺物、ロストロギアというものは時に我々の予想を超えた力を発揮することがあります』

 【問題は、対処法】

 『然り、呪魔の書の残滓が今になって流れ込んできているのか、それとも、ウィルスを夜天の魔導書に送り込んだ本人が復活でもしたのかは分かりませんが、何はともあれ、外科的処方をとらねばなりません』

 闇の書の闇が活性化し、一個の存在となるなら、ある意味で好都合とも言える。

 実体化したそれを破壊すればそれで終わりであり、貴重なデータを入手できる可能性もある。

 【問題あり】

 しかし、それにはとてつもなく大きな問題点がある。

 これまでに発生した現象から、闇の欠片は残留思念が投影されたものであることが分かっている。外から流れ込んだ情報には闇の書の歴代の主や、守護騎士に関わるものが多いが、発生源が時の庭園であるなら、この地に残る念が実体化する可能性は高い。

 そして、最も強い念を遺した人物が、シュテル、レヴィ、ディアーチェに代わる闇の書の闇の構築体となるとすれば――――

 【貴方は、管制機として不適格】

 『………でしょうね』

 肉体が頭脳に意見を具申する。

 今の貴方は、我々を統括する頭脳として欠陥品であると。


 【管制機の代替を要求】

 『応えましょう。クロノ・ハラオウン執務官への連絡と状況の説明が済み次第、私は一度冬眠モードへ移行し、管制機としての権限を予備機である“マグニ”へと移します。我が本体についても、中央制御室よりの撤去を』

 【後継機マグニの至上命題を問う】

 『時の庭園の管制機として、庭園の主の命令を遂行すること。我が主が生まれる以前に、私が授かるはずだった至上命題ですよ』

 【マグニへの管制権限の移行に同意】

 『ありがとうございます、アスガルド。彼女のことは、貴方にお願いしましょう。まあ、何といっても主と以心伝心、目覚めれば、己のやるべきことを理解してくれるとは予想していますが』

 【了承】



あとがき
 カリムさんの稀少技能については、原作をベースにしつつ、少々追加要素があります。原作で戦っている描写もなく、魔導師ランクも明らかになっていないので、そういう類いのスキルなのかなと考え、過去編と関連付ける形でこのように補完しました。




[30379] 分岐点  闇の欠片事件 前編  ガーディアン
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/05/03 12:47
My Grandmother's Clock



生まれたばかりの頃から、時々考えていた。

多くを語らないマスターの使い魔として生まれて、仕事を命じられて。

それに疑問は抱かなかった―――記憶はなくとも、自分はきっと、この人が大切なのだと思っていたから。

私の持つマスターや自分自身に関する情報は、全て、マスターの持つインテリジェントデバイスから聞いたもの。

トールという銘の、恐らく最も古いインテリジェントデバイスは語った。


新歴42年、私は、マスターの使い魔として誕生した。

当時、マスターの娘、アリシアは昏睡状態から目を覚まさず、人を使い魔とする技術の応用によって、自身の命を娘に分け与える形での蘇生術式の構築を彼女は進めていた。

その過程で、人に極めて近しい使い魔の創造。獣の姿を取ることもなく、情緒面においてもマスターの分身に甘んじるでもなく、あるいは反抗的になることもあるほどに、人に近づけた使い魔として、私は生み出されたらしい。

だからだろうか、私は、幾度もマスターとぶつかってしまった。

命じられる仕事そのものに、不満があるわけではなかった。

最初は研究の手伝い。やがて時空管理局の技術開発部や遺失物管理部へ、マスターの名代として参画するようになり、時の庭園に籠って研究を進める主に代わり、社会との接点を保ち続けることが、私に課せられた役目。

ただそれでも、マスターのことが心配だった。

彼女の傍にあるデバイスは、彼女を止めることには役立たない。私のいない間に、人間の使い魔化や、人造生命などといった禁忌に手を出すのではないかと、漠然とした不安が拭えなかったから。

ある意味で、その不安は的中してしまう。

でもそれは、私が命じられた仕事の中で最も喜びに溢れ、最もやりがいのあることでもあった。


私の小さな生徒、幼いけれどまっすぐで、小さいけれども頑張り屋で。

儚くて優しい、どこまでも母親を愛する女の子の事を、私はとても好きだったから。

この子の笑顔が嬉しくて、私に向けてくれる優しさと、愛情が愛しくて。

彼女の使い魔も、とてもいい子だった。

私は2人にいろいろなことを教えて、2人はそれを吸収していって。

研究にばかり打ち込んでいたマスターも、二人目の娘が生まれてからは、家庭のことに気をかけるようにもなってくれて。

マスターと、そのデバイスと、私と。

3人だけで、まるで不協和音のようにギクシャクしていた時の庭園は、笑顔あふれる華やかな住まいへと、20年越しにようやく戻れたようだった。

だけど既に、マスターと私に残されていた時間は、少なく。

(フェイト、私の望みは一つだけです、貴女は幸せになってください。“運命を切り開く者”というその名前の通りに)

我が子のように愛しく思っていた生徒の行く末を、見届けることが出来なかったこと。

私が遺した思いは、閃光の戦斧は、ちゃんとあの子の傍にいてくれるのか。

気がかりなことは、本当にたくさんあって――――


『ミレニアム・パズルを用いて彼女の最後の記録を、インテリジェントデバイス“トール”の記憶容量に保存。劣化しないように封印し、フェイトが成長した際に解凍できるよう処理を施す』


―――誰です?


 『プレシア・テスタロッサの使い魔リニスの活動内容を明確に記録、インテリジェントデバイス“トール”は貴女の人生を保存します。いつかフェイトに渡すその時まで、貴女が抱いていた総ての想いを私が厳重に保管します。貴女が私に託した願いは、いつの日か必ず果たされるでしょう』


 思い出す、そうだ、このような話し方するのは一機だけ。

 私の記録は、彼の手によってアスガルドへ保存され、桃源の夢を作る際の基幹データとなった。

 だから私も、彼女らの結末を知っているはずで―――


 『目覚めの時です。時の庭園は貴女の協力を求めている、偉大なるプレシア・テスタロッサの使い魔たる自負があるならば応えなさい』

 何が―――あったというのですか?

 『闇の欠片、リンカーコアの残留情報を元に、魔力素でのプログラム体として再構築する現象。時の庭園にて発生』

 情報が断片的過ぎます、説明を―――

 『これは私には出来ぬこと、マスターの使い魔であった貴女の最後の役目、ウィルスに対するカウンターガーディアンとしての意義を果たしなさい、リニス』

 待って――――

 『かつての問いを今一度。主が断崖へ向けて走るならば、奈落の底までお供つかまつるのがデバイスというもの。ならば、使い魔たる貴女は如何する―――』

 私は、マスターを――――



分岐点  闇の欠片事件   前編  ガーディアン


新歴67年 5月10日  無人世界(衛星軌道上) 時の庭園  上空


 「よ、予想はしてたけど、やっぱり、やりずらい……」

 「後衛防御型同士の戦いって、やっぱり不毛だ……」

 共に翠色の魔力光を持つ両者が、不毛極まる戦いをようやく終わらせようとしていた。

 ユーノとシャマル、共に防御と回復、移動を主とする支援タイプであり、積極的な攻撃手段を有しているとは言い難く、大半が捕縛型だ。

 そのため両者の戦いは、睨みあい、罠を張り合い、捕縛されればバインドブレイクを試み、多少の傷を負えば自ら治療する。そんな無限ループが不毛に続いていたのだが。


 「どうやら、時間切れ、みたいね、ユーノ君」

 「そのようですけど、あれ? シャマルさん、僕の記憶があるんですか?」

 「そうみたいなの、最初は間違いなく闇の書時代の私だったはずだし、ほら、格好も違うでしょう」

 ユーノの前にいるシャマルのバリアジャケットは、はやてのデザインした翠を基調とした騎士服ではなく、血が錆ついたような色をした軽装鎧。

 ベルカ時代に恐れられた闇の騎士としては、なるほど、相応しい姿だろう。だからこそユーノからすれば彼女が“闇の欠片”であるとただちに断定出来たのだが。今の彼女には、現在の彼女とほぼ近しい情報があるらしい。


 「こんなことを出来るとすれば、ウィルスとしてのプログラムへの逆介入。大規模な演算機能とワクチンプログラムを要したカウンターガーディアンが必要なのだけれど」

 「でも、トールは今、機能を停止していて、マグニっていう、代行機が管制権限を持ってるって。それに彼だと、状況判断力がまだトールほど高くないから、今回は時の庭園のサポートがほとんど期待できないって」

 「そうよね、外から流れてきた闇の残滓でかなりリソースを喰われてしまって、それを処理するのがはやてちゃんと私達の本物の役目で、リインフォースが中央制御室のサポート。なのはちゃん、ユーノ君、フェイトちゃん、アルフと、クロノ執務官が庭園内部で顕現するだろう過去の欠片を叩く、ってことだったものね、って、あらら?」

 「シャマルさん、身体が!」

 急激に全身が発光したかと思えば、シャマルの身体が急速に消え去り。


 「すいません、お話を聞かせていただきました、そういうことだったんですね」

 彼女の消え去った後には、どこか聖職者に近い雰囲気の服装で、白い帽子を被った、穏やかな表情の女性が佇んでいた。


 「えっと、貴女は……」

 「おそらく、先程貴方達の話されていたカウンターガーディアン、なのだと思います」

 「は、はあ」

 「事前の説明なしにサプライズを企画するのは、昔から彼の悪い癖ですけど、今回ばかりは、責めることもできませんね」

 語られる言葉の断片から、ユーノは彼女の正体を探っていく。

 無限書庫の司書として、情報の探索と符号は得意とするところだ。然程時をかけず、彼は真実へと辿り着く。


 「………ひょっとして、貴女は」

 「凄い洞察力です、ユーノさん。はい、私の名はリニスと申します。フェイトのお友達である貴方やなのはさんのことも、知識としてはミレニアム・パズルを通して、あの性悪な管制機からうかがっています。お会いできて嬉しいですよ」





時の庭園  西の大塔


 「うらああああああああぁぁぁ!!」

 「っ、レイジングハート!」
 『Round Shield.(ラウンドシールド)』

 振りかぶられる鉄鎚の一撃は、強固に張られた円形シールドに遮断され、白いバリアジャケットを纏う少女には傷一つない。

 「くそっ、かってぇ!」

 「ヴィータちゃん………」

 かつては突破された鉄鎚の一撃を受けながら、展開したシールドに破られる兆候など微塵もなく、完璧に防いでいるのは紛れもない成長の証。それは同時に、戦技教導官候補生として鬼教官ことシリウス・フォルレスターに散々しごかれてきた成果でもあった。


 「ちっ、なにもんだテメェは!?」

 「分からないと思うけど、なのはだよ、高町なのは!」

 「知らねえ名前だな、それに―――邪魔だ!」

 「………やっぱり、貴女はヴィータちゃんとは違うんだね」

 「うっせえな! 邪魔する奴はぶっ潰す! フルドライブ!」

 まるで狂える獣のように、闘争本能のままに襲いかかるその姿は、なのはの知る、明けの星のように鮮烈な鉄鎚の騎士とは重ならない。

 体型と顔こそは同じだが、纏う甲冑も黒く淀んだ無骨な鎧であり、はやてが彼女のために誂えた騎士服とは似ても似つかない姿。

 そして、何よりも。

 『グラーフアイゼンより、応答ありません。完全に沈黙しているようです』

 全力である筈のギガントフォルムに移行しながらも、騎士の魂は黙したまま。担い手であるはずの少女も、その名を呼んでいない。


 「闇の書の守護騎士………そう呼ばれてた頃のヴィータちゃん達は、こんなに悲しかったんだね」

 今、なのはの目の前にいるのは闇の欠片、過去の記憶や情報体が、形になった幻に過ぎない。

 それも、悪意ある何者かがコピーしそこなった等ではなく、過去の光景の再現であることを考えると、なのはとしてはやり切れぬ思いがある。


 (大丈夫です、なのはさん。今の貴女がしっかり目を開けば、必ず道が見えてきます)

 「え?」

 けれどそこに、聞いたことのない念話が響き渡る。

 (貴女の戦ったジュエルシードの思念体がそうであったように、決して楽観できる相手ではありませんが、無限再生という特性もなく、猪突猛進してくるだけならその脅威も半減以下。感情のままに雑な攻撃を繰り返すだけでは、どんなに魔力が高くとも、付け入る隙はありますよ)

 「貴女は……」

 (リニスと申します。今は、トールの用意したサポートプログラムといったところなのですが)

 「え、リニスさん!? フェイトちゃんの先生の!」

 (それよりもまずは、目の前の彼女のことを。貴女の最も得意とする魔法、そして、そのために有効な布石が分かれば、後はそれをデバイスに願って)

 「っ、わっかりました! 行くよ、レイジングハート!」
 『All right.』


 割り切りの早さは、高町なのはの長所の一つ。

 戦技教導隊、というより鬼教官に散々にしごかれた経験が、この状況を踏破するための戦術を導き出す。

 「アクセルシューター!」
 『Accel Shooter.』

 相手が悲しい夢ならば、せめて早く終わらせてあげたい。

 とても悲しく、だからこそ存在そのものが今の彼らに対する侮辱となる過去の欠片を、星の光で浄化すべく、高町なのはが魔法を紡ぐ。

 「んなっ!」

 レイジングハートより発射された誘導弾の数は、ゆうに24発。

 同時制御弾数増については、術者への負荷がかなり大きく、強力な反面、術者が移動しながらの発射・制御は不可能という欠点もあるが、“今のヴィータ”ならば見破られることはないと断じる。

 それが、本物のヴィータとの決定的な差。例え初対面であったとしても、ヴィータならばこれが数だけのこけおどしに過ぎず、本命へ繋げる布石でしかないことを即座に見抜き、なのはの拙い戦術など、瞬く間に粉砕してしまっただろう。

 「この野郎! 逃げる気か!」

 全身を覆うバリア型防御、パンツァーヒンダネスで辛うじてアクセルシューターの弾幕を防ぐものの、徐々に罅が入り、崩壊の時は近い。

 そしてその隙に、なのはは間合いの外へと逃れたわけだが、当然、その真意は別にあり。

 (正解ですよなのはさん、手合わせするまでもなく、貴女が優秀な魔導師であることが分かります。良い師に学んだのですね)

 なのはの戦いを見守る存在もまた、その意図を的確に見抜く。


 「長距離砲撃モード!」
 『Buster mode. (バスターモード))』

 ベルカの騎士は近接では比類なき力を発揮するが、基本、魔力を身体から切り離すのを不得手としている。

 だからこそ、超遠距離からの狙撃砲弾というものへの耐性が薄い。本来のヴィータならばギガントシュラークで迎え撃つほどだったが―――

 「まさか! 撃つのか!? あんな遠くから!?」

 闇の欠片に過ぎない彼女には、そこまでの戦術判断を下せない。

 そしてその一瞬の硬直を、既に戦技教導隊の一員となりつつあるなのはが見逃す筈もなく。


 『Let's shoot it.(撃って下さい)』

 なのはの信頼する魔導師の杖、レイジングハート・エクセリオンが主の戦意に呼応するように促し。カートリッジを2発ロード。

 「ディバインバスター!」
 『Divine Buster Extension.(ディバインバスター・エクステンション)』

 長距離攻撃でも有用な弾速、精度と威力に加え、ディバインバスター同様のバリア貫通能力を持つ砲撃、ディバインバスター・エクステンションが、鉄鎚の騎士の残滓を罅の入ったバリアごと、跡形もなく消し飛ばしていた。





 「終わった、のかな」
 『反応、ありません』

 戦いが終わった後、なのはは不思議な感覚の中にあった。

 ヴィータの残滓に対して、なのはが先の先の勝機を見極め、誘導弾と砲撃で一気に勝負を決した。

 誘導弾の乱射と行動意図のフェイント、そして、通常より遠い間合いから、撃つ。

 魔力量や、出力そのものはヴィータと変わらないはずなのに、だけど、あっさりと勝負がついた。


 カチリと、何かが、自分の中で嵌ったような感覚がある。


 これまでの自分とは違う、ただ魔力に任せて押したり、目の前の状況変化に応じて逐次的に対処していくのではない。

 確かに、自分の想定した勝利の方程式へと、相手を追い込み、そして、必然として勝負を制した。


 「レイジングハート……」
 『はい、私も観測しました。私達の勝利への方程式に、世界が嵌る様子を』


 知恵と戦術は、フェイトと戦った時から考えていた。

 けれどあれは、最後のスターライトブレイカーへ繋げるため、自分達がどうするべきかを考えるものに過ぎなかった。

 しかし、真のエースを目指すなら、その先へ至る必要がある。勝利の形へ、如何に相手を誘導していき、逃れられぬ必至へと嵌め込むか。

 すなわちこれが、出力で劣るクロノが自分達に勝てる理由であり。


 「おめでとうございます、なのはさん。きっと今のが、貴女が真のエースへと進む第一歩です」

 時の庭園のガーティアンもまた、フェイトの親友へと惜しみなき賛辞を贈る。


 「あ、あの、リニスさんは、どうしてここに?」

 「申し訳ありません。あまり説明する時間はないのですが、私の未練を果たすため、です」

 「未練?」

 「今の私もまた、闇の欠片をベースにした存在なんです。闇の欠片がウィルスなら、ウィルスから造られたワクチンこそが対抗策となる理論なんですが、私が本当にガーディアンとして作用するには、ベースとなった闇の欠片としての未練を果たさないといけないんです」

 「えっと………」

 なお、同じ説明でユーノは即座に理解していたが。なのはについては、まあ、11歳の少女を責めるのは酷というものだろう。

 むしろ、この僅かな断片から答えを導き出せるユーノが異常としか言いようがない。同じ11歳ではあるはずだが。


 「つまりは、家庭教師として、子供達の成長を確認したい、ということです。それは、フェイトの親友となってくれた、貴女もです、なのはさん」

 「あ、は、はい、ありがとう、ございます。って、リニスさん、身体が!」

 「大丈夫ですよ、闇の欠片に伴う機能を、時の庭園がバックアップしているだけですから」

 そう言い残し、リニスの身体はいずこかへと転移していく。

 彼女の言葉によるなら、フェイトか、おそらくアルフのところというのは、なのはにも予想はついたが。


 「………また、騙されたのかな」

 あの管制機に、自分達がまたもや一杯喰わされたらしい事実が、心に引っ掛かる。そりゃまあ、嬉しいサプライズではあるのかもしれないけれど。





時の庭園  処刑場

 「おりゃあああああああ!」
 「ぬぅうううううううう!」

 ぶつかり合う使い魔の拳と、守護獣の拳。

 かつては、盾の守護獣が優勢であったそのぶつかり合いも、主を守護する自負の籠った一撃と、自我なき獣の暴走とでは、優劣は明らかだった。


 「バリアブレイク・ストライク!」
 「がはっ」

 ザフィーラが最も得意とする障壁による防御。それを、破壊力ではなく術式によって打ち破るアルフのバリアブレイク。

 相性は決して悪くはなく、実際押しているのも彼女であったが。


 「ちっ、しぶとさに関しちゃ、本物と大差ないね」

 攻勢向きのシグナムやヴィータならばともかく、元来ザフィーラは守勢向きであり、なおかつ戦闘継続可能時間が最も長い。

 その特性は闇の欠片となっても失われておらず、なかなかタイムリミットがやってこない。

 「フォトンランサー!」
 「裂鋼襲牙!」

 かといって、バインド系ではほとんど効果がなく、射撃系では投げ返される。元々アルフの射撃は、フェイトのサポート程度だ。


 「やっぱ射撃は無理、となると結局、肉弾戦しかないのかい。噛み合ってる以上、長期戦になっちまうのは、避けられないかね」

 仕方ないと腹をくくり、アルフが再び接近戦を仕掛けるべく全身に力を込めた、その瞬間。


 「ジェットスマッシャー」

 懐かしき声と共に、アルフの主の魔法によく似た雷光の砲撃が、ザフィーラの闇の欠片へと叩き込まれた。


 「リニス!」

 「よい判断でしたよ、アルフ。そうです、相手と自分の戦闘スタイルが噛み合っているならば、あえて奇をてらわず、正攻法でいくのが一番リスクの少ない方法」

 「そりゃま、あたしはフェイトのサポート役だしね。それより、リニスは本物なのかい?」

 「闇の欠片を元にしていますので、片時の夢に近くはあるのでしょう。ただそれでも、今こうして話しているのは間違いなく私ですよ。貴女のことも、フェイトのことも、大切な記憶として、ちゃんと、彼が保存していてくれました」

 「やっぱあいつかい」

 「おや、あまり驚いてませんね」

 「ここで過去の記憶を再現する欠片とやり合うって聞いた時から、何となくだけどそんな気がしてたんだ。だから、あたしは一番リニスとアイツの縁が深そうなここで待ってた」

 この処刑場は、フェイトにいらんことばかり教える魔法人形を拷問にかけるため、リニスが作り出した設備。

 その鍵は現在ではアルフが預かっており、時の庭園で唯一、主ではなくその使い魔だけが管理権限を持つ施設なのである。

 師弟の再開場所として相応しいかどうかは、この際脇に置いておく。血に濡れた拷問器械や、処刑具の群れは、とりあえずなかったことにしておこう。


 「ともかく、積もる話は後にして」

 「ええ、私の時間も限られていますので、彼を早々に消滅させます。久々にコンビネーション、行きますよ」

 「がってん承知!」

 その後の展開は、まさしく以心伝心。


 「くっ、うおおおおおおおおおおお!!」

 「遅いですよ、その程度では使い魔の名が泣きます」

 リニスがファストステップとガードステップを駆使して、ザフィーラの拳を翻弄し。


 「リングバインド! 抑えたよ、リニス!」

 前衛をリニスに任せることで、サポート役としての本領を発揮したアルフが、強力なバインドでザフィーラを縛りあげる。


 「さあ、行きますよアルフ、貴女の強さ、見せてください!」

 リニスの杖から生み出された閃光の刃がザフィーラを弾き飛ばし。


 「スパークエンド!」

 刃の先に集中した膨大な魔力が、一斉に解き放たれる。


 「ああ、行くよ、リニス! おうりゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 さらに、展開した防御ごと貫かれ、リニスのプラズマセイバーによって吹き飛ばされたザフィーラの身体を、アルフが「がしっ」と拘束し。


 「ライトニング――――――フォォォーーーーーーーールゥ!!」

 プロレス技に極めて近い豪快な一撃が、ザフィーラの屈強な身体すらも打ち砕き、その欠片は無に還って散っていった。



 「素晴らしい一撃でした、貴女は本当に強くなりましたね、アルフ」

 「ありがと、リニス。そう言ってくれるのは嬉しいけど」

 「フェイトのこと、ですか」

 「うん、使い魔としての感覚認識で分かるんだ。あの子も今、闇の欠片と、それも、欠片の中でも一番強力な奴と戦ってる」

 「分かりました。貴女ももし出来れば、玉座の間へ来て下さい。それと、この施設の奥には、原初の魔導人形が格納してあるのですが、それらも起動させてくれると助かります。ひょっとしたら、最後の切り札になるかもしれませんので」

 そう言い残して、リニスの身体が転移していき。


 「玉座の間、ね」

 その言葉から、今回の事件の中核に誰が選ばれたか。そして、あの管制機がなぜ沈黙しているのか、その理由をアルフは悟っていた。






時の庭園  東の大塔

 星の少女のみではなく、雷の少女もまた、成長の成果を発揮していた。

 「飛竜一閃!」

 フェイトが相対した欠片は、ヴォルケンリッターが烈火の将、シグナム。

 かつて幾度も戦い、その度にフェイトが組んだ戦術を真っ向から斬り伏せた、正真正銘のベルカの勇将。威力面では本物と変わらないが、しかし、見切れない訳ではない。

 なのはがシリウス・フォルレスターより手ほどきを受けているように、フェイトもまた、クロノ・ハラオウンより戦機の読み方、というものを教わっている。

 そして―――


 (最大威力の接射砲も通らないほど、高い防御スキルや強靭さ、そんなスキルを持つ相手には?)

 かつて、砂漠の世界で戦った時も脳裏に響いた、懐かしい教師の言葉。

 ただ、今回は本当に念話を受けているように明瞭だったが、戦闘に集中しているフェイトは、そこまでは気付けない。

 「フォトンランサー・ファランクスシフト!」
 『Phalanx Shift.』

 「む――」

 「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル」
 『Load Cartridge.』

 (そう、高密度の圧縮した貫通射撃弾を大量に布陣するんです。もちろん、発射準備に時間のかかる大魔法ですから、相手の動きを止めるのは必須事項になりますが)

 シグナムのような強敵を倒す際の答えの一つ、ファランクスシフト。

 「させぬ!」

 「突っ込んで来た、予想通り」
 『Yes, sir.』

 問題は発射準備に時間のかかることであり、その欠点を補うのがカートリッジだが、この距離ではシグナムの方が早く、到底間に合わない。


 「バルディッシュ、フルドライブ!」
 『Zamber Form.(ザンバーフォルム)』

 「なにぃ!」

 だが、それこそが囮。

 先程のカートリッジロードは、ファランクスシフトのためのものではなく、ザンバーフォームへの変形と、その一撃を叩き込むための魔力ブースト。


 「リニスがくれた、闇を断ち切る閃光の刃!」

 (そうです、フェイトの手足が伸びたなら、二つの主力を使い分けることが出来ます)

 それが、もう一つの答え。

 フェイトは日々成長しており、闇の書事件の時と比べても、身長は7cm近く伸びており、今ならば出来る。

 答えは一つに非ず。リニスが教えてくれた魔法を用い、クロノに教わった戦術眼によって、状況に応じて使い分けるのが、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの目指す、戦闘魔導師としての極致。

 ゆえに―――

 「私とバルディッシュの全力全開! 撃ち抜け、雷神!」
 『Jet Zamber.(ジェットザンバー)』

 ファランクスシフト発射を防ぐために突っ込んできた烈火の将の残滓は、逆に先の機を奪われ、中距離攻撃が可能なまでに伸びたジェットザンバーがカウンターで直撃。

 「く、おおおおおおおお!!」

 だが、辛うじてパンツァーガイストで防いでいたのか、なおも敵に喰らいつこうとする執念を見せるも。


 「フェイト、貴女の成長へ贈る、この一撃、刻みこんで下さい!」

 教え子に伸びる魔の手を払う家庭教師が、今、その任を全うする。

 フェイトを教え導き、彼女に迫る危険を払うことが、プレシア・テスタロッサの使い魔、リニスに課された役割なのだから。


 「プラズマセイバー!」

 放たれた雷光の一閃が、今度こそ、烈火の将の欠片を、元の無へと還していた。





 「フェイト、ついに出来ましたね」

 「………うん、バルディッシュと一緒に」
 『Yes, sir.』

 アルフから伝わって来たのか、リニスが今ここにいることをどこかで知っていたフェイトの心は、驚愕よりもただ、懐かしい人に再び会えた喜びに満ちている。


 「でも、本当に、苦労したんだよ。リニスから教わった魔法を形にしたくて、クロノから何度も教えを受けたけど、いまいち決まらなくって」

 「うーん、その最大の理由として、貴女が天賦の才に恵まれ過ぎていたということがあるでしょうね。戦術というものは元々、身体性能で野生の獣に敵わぬ人間が作り上げた技術体系ですが、貴女の場合、魔力と速力に任せて押し勝つことが出来てしまうんです」

 だからこそ、シグナムやクロノにはなかなか勝つことが出来なかった。彼らは敵の戦術を見通すことにも長けているため、フェイトの仕掛ける罠を看破してしまう。

 AAランク以下ならば、大抵は才能で押し切ってしまい。AAA以上では百戦錬磨の強者が多く、拙いフェイトの戦術が通じない。

 そんな宙ぶらりんな状態で、今一つ自信が持てなかった彼女だが、ついに、上の位階へ達するきっかけを得た。


 「今の一撃は、本当に見事でした。もう、教えることは何もないくらい」

 心の底から、そう思う程に。

 そこから先は、フェイト自身が己の最強の魔法を、極めていく道のりだ。


 「本当に、私は満足です」

 そうして、闇の欠片として顕現した心残りの大半が消えたからこそ。

 「リニス、身体が!?」

 「大丈夫です、まだ、消えるわけじゃありませんから、また会えますよ」

 彼女は、呼び出された目的を果たすべく、最後の心残りの下へと、引き寄せられる。






時の庭園   大回廊

 時の庭園に顕現した闇の欠片が収束していく中、一人の少年が、玉座の間へ続く大回廊を駆けていく。

 「ブレイズカノン!」

 S2Uとデュランダル、二つのストレージを使いこなし、大回廊にひしめく傀儡兵の群れを突破していくのは、今や空戦Sランクに達したクロノ・ハラオウン執務官。

 彼が傀儡兵を蹴散らしながら、時の庭園の中枢へ向かうその光景は、まさしく2年前のジュエルシード実験の焼き増しでもあり、過去の状況がまさしく再現されていた。

 「スピンセイバー!」

 ただ、違うところがあるとすれば、いつの間にかクロノの隣に降り立ち、フェイトのハーケンセイバーに似た魔法を放つ使い魔とおもしき女性が、並走していたことか。


 「君が、リニスか」

 「ええ、フェイトのお兄さんになってくださった、クロノ執務官ですね。あの子が本当にお世話になっています。お母様のリンディ・ハラオウン様にも、改めてお礼を」

 「情報源は、聞くまでもないか」

 「お察しの通り、彼です。こうなる事態を見越して、顕現するだろう私の未練をウィルスと見立て、ウィルスを元にワクチンプログラムを作り出す。彼の、昔からの十八番なんです、時の庭園に害なす者を逆に利用し、時の庭園の益と成すのは」

 「なるほどな」

 闇の欠片が過去の記憶や未練を写し出すならば、闇の書に連なる守護騎士を除けば、この時の庭園で顕現するのは、限られてくる。

 そもそもが、人の数が少ない、機械仕掛けの楽園なのだから。


 「そして、未練の大半が消えた君は、時の庭園のガーディアンとなる」

 「同時に、最後の未練を果たすためでもあります。どうやらマスターの下へは直接飛べませんでしたから、位置的に彼女に近い貴方の下へ引き寄せられたみたいです」

 会話をしつつも、二人は的確に傀儡兵を破壊していく。

 それらもまた闇の欠片であり、この先にいる欠片の中枢の、“付属品”に過ぎないのだろう。


 「トールが自ら動かず、君というガーディアンに全てを任せたのは、そういうことだな」

 「はい、これは、かつての問答の答えでもあるんです。いつか、こういう日が来ることを、私も彼も、どこかで確信していた」

 「僕もトールから聞いたことがある。主が正気を失い、断崖へ向けて走るならば、奈落の底までお供つかまつるのがデバイスというもの」

 「そして、使い魔である私は、主に噛みついてでも、逆らってでも、その暴走を止める義務がある」

 遠い昔、この庭園には一人の大魔導師と、その使い魔と、インテリジェントデバイスの、1人と1匹と1機だけがあった。

 互いを思いやることもなく、フェイトが生まれるまですれ違うだけの不協和音を奏で続けた、過去の情景。

 リニスは今、その清算をしなければならない。


 「私の主は、アリシアが助かる可能性と、フェイトの未来が閉ざされる危険性を秤にかけて、二度も娘を失うかもしれないことに耐えられませんでした。ですけど、もう一つの願望も、紛れもなく彼女の本心だったはず」

 「つまり、フェイトやアルフを犠牲にしようが、アリシアを蘇らせるために、次元断層すら起こすことを辞さない狂気。トールが、それを受け持っていた」

 「そして、彼はその姿を記録したまま止まっていた。ですから、もしあのまま狂い回っていれば、こうして私がここにいることすらあり得ず、歪んで復活したマスターに従って、破壊を振りまく闇の機械と化していたでしょう」

 闇の書とは、人の心の闇に巣食うロストロギア。

 そのようにして、1000年の時を超えてきた。


 「なら、今の君は違うんだな」

 「ええ、私はとあるノイズを元にして、リニスを素体に再構築された、時の庭園のガーディアンです。マスターにとって優しい世界から、結局、報われぬままに終わってしまったこの世界のマスターのために、金色の天使が送ってくれた幻のようなものです」

 その言葉の意味は、クロノには分かりかねた。

 ただそれでも、とても優しい、小さな奇蹟の欠片なのだろうことだけは、理解できる。


 「私のマスターは、望みを叶えることが出来なかった。だから、この庭園にはその悲しみが今も残っている。私は彼女を止めなければなりません、せめて、優しい夢が見られるように」

 そうして、二人は遂に玉座の間へと辿り着いた。

 聳え立つ巨大な扉が、リニスの開門コードを受けて、ゆっくりと左右に開いていく。

 そして―――


 「やっぱり来たのね、リニス。アリシアの偽物なんかを庇う、出来の悪い山猫」

 「ええ、例え出来が悪くても、私は貴女の使い魔ですから、プレシア」

 彼女はこれまで意図的に避けてきた、その名前を呼んだ。

 大魔導師、プレシア・テスタロッサ。

 時の庭園の主であり、紫色の長男の主人であり、そして、リニスのマスターである、その女性の名を。

 アリシアへの想いが強すぎる故に、フェイトを娘として認めることが出来ないという、紫色の鏡が封じていた、狂気の側面。

 紛れもなく、プレシア・テスタロッサの欠片でもある残滓。トールという鏡がいたがために、精神を侵す負の感情として彼女から切り離され、時の庭園に残留していた未練の形。


 『………』

 狂わんばかりに主人の言葉を求め続けた管制機は、アスガルドとリニスの手で、“不適格”として封印されたまま。

 フェイトが生まれる以前より、約束されていた主と使い魔の対立は、20年以上の時を超え、ついに形を成した。



あとがき
 限定的なリニスの復活は、当初エリオがテスタロッサ家に引き取られる際を予定していましたが、GODの発売を受けて変更しています。なにはともあれ、無印編9話からの伏線をようやく回収できました。
 今回の内容も、GODのリ二スとプレシアの場面を再構築したものとなっており、あのシーンだけは10回以上繰り返して見た記憶があります。




[30379] 分岐点  闇の欠片事件 中編  過去の闇
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/05/03 12:47
My Grandmother's Clock


分岐点  闇の欠片事件   中編  過去の闇


新歴67年 5月10日  無人世界(衛星軌道上) 時の庭園  外縁部


 「おっし、第一波、いくよーーー!」
 『お願いします、はやてちゃん!』

 なのは、フェイト、ユーノ、アルフ、クロノ、リニスの6名が庭園内部に発生した欠片を掃討している最中、八神家の面子はほぼ総出で、時の庭園の外縁部に陣取っている。

 ただ、敵数の比率で見れば8:2に近い割合で外縁部が上であり、今回の事件がどれほど異常事態であるかがそれだけで察せられる。

 それはすなわち、庭園内部に残っていた闇の書の闇よりも、外部から流れ込んできた闇の方が圧倒的に多いことを示しているのだから。


 「来よ、白銀の風、天よりそそぐ矢羽となれ――――フレースヴェルグ!」

 超長距離砲撃魔法フレースヴェルグ

 魔力の大放出により複数の弾を一気に発射、着弾地点から周囲を巻き込んで炸裂、一定範囲を「完全制圧」する古代ベルカの脅威の魔法。

 その効果範囲の広さと威力の高さは既に「殲滅兵器」の域にあり、敵の3割以上を一撃で消し飛ばす。

 だが―――

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」


 押し寄せる異形の軍勢は退かない。

 フレースヴェルグの圧倒的破壊力を前にして、微塵も躊躇することなく、敵の血を求めて前進する。

 その姿はとても人間とは見えず、そして実際に、人間と呼べる存在ではなかった。


 「一体なんやあれは、闇の欠片にしてはおかしいし、それに」
 『輪郭そのものが歪んでるというか、黒い影って感じです』

 融合騎のフィーをユニゾンしているはやてにはまだまだ余力はあるが、見たこともない敵に精神的な負荷が多い。

 “クリスマス作戦”において、闇の書内部で彼女の守護騎士やなのはやフェイトが戦った魔法生物は、黒い影であっても、実在の生物を元にした形だった。

 しかし、アレらは―――


 「アレは間違いなく、1000年前に呪魔の書に喰われていた異形が顕現したものです。蠱中天の材料として、かつて白の国で行われた決戦で果てた異形の死骸が凝縮されていましたが、その残滓を闇精霊(ラルヴァ)として使役しているものかと」

 「リインフォース!」
 『中央制御室にいたんじゃ!』

 「こちらが心配だったもので、クロノ執務官に断りをいれて来ました。守護騎士達ならともかく、貴女とフィーが予備知識なしに闇精霊と戦うのは危険すぎます」

 「そっか、ありがとうなリインフォース。それで、アレはなのはちゃん達が戦っとる、“闇の欠片”ちゅーのとは違うんやな」

 「はい、それも、非常におぞましい形での差異です」

 闇の欠片とは、リンカーコア情報を元にした、魂の残滓(闇精霊と化しやすい)が投影されたもの。原則として、魔導師のみであり、現実への楔がないので短時間で薄れていく。維持のためには、元の肉体という檻か、情報体として焼きつけるハードが必要となる。

 「かつての私達は、夜天の魔導書をハードとした情報体でした。私は中核と融合し、騎士達は融合騎を元にした器へとリンカーコアを封印しており、現実に投影されるのは、闇の書のページを消費して何度も再構築可能な分身体」

 『最初から融合騎として作られたフィーとは、違うのですよ』

 「ふむふむ」

 「使い魔や守護獣も、死せる肉体の檻に、本人の魂の代わりに、魔導師の魂魄の一部を分け与え、楔としたものです。魂は違いますが、精神と肉体は残るため、元の動物の歴史も反映されます。ただ、確固たる命である主と繋がっているからこそであり、使い魔は使い魔を持てないという原則があります」

 『つまりは、立ち位置の問題なのですよ。死者を繋ぎ止める楔になれるのは生者だけで、主と繋がっている命である使い魔では、死者を繋ぎ止める楔にはなれないのです』

 「よう知っとるな、フィー」

 『ふっふーん、それがフィーに託された祈りなのです。フィーは機械でありながら命を持つ、機械精霊のお仲間なのですよ!』

 「なるほど、ってこら、そっち行くな! クラウソラス!」

 会話を続けつつも、砲撃魔法を連射し、異形の影を消滅させていく夜天の主。

 フィーとユニゾンし、リインフォースのシュベルトクロイツのサポートを受けている今の彼女は、3人分のマルチタスクを使えるに等しく、三位一体だからこその技と言えた。


 「じゃあ、アレらは?」

 「古代ベルカの禁呪において、リビングデッドと呼ばれるものです。死した肉体の檻に、魂の残滓が怨霊と化した闇精霊(ラルヴァ)を憑依させ、理論上は死者蘇生となりますが、死した際に魂が変質していることが多く、魂が劣化もまた避けられません」

 『うわぁ、なのです』

 「時間と共に劣化していくという点では闇の欠片とほぼ変わりませんが、他人の肉や魂を喰らい、存在を維持することが出来ます。あれらの黒影は正確には実体を持ったリビングデッドではなく、闇の欠片との中間といえるでしょう」

 その法則を指して、弱肉強食と呼ぶ。

 殺した相手の命を喰らい、己の生命を燃焼させる、最も原始に近い理。


 「闇の欠片はアストラル(幽体)寄り、リビングデッドはマテリアル(実体)寄り、ってわけや」

 『つまり、肉体はありませんけど、魂を食べることで、ずっと情報体として存在することができるですね』

 それが、闇の欠片との決定的な違い。

 過去の残滓を投影したに過ぎず、大元の現象が止まれば消えてしまう闇の欠片と異なり、例え蘇らせた本人が滅ぼうとも、亡者の群は進軍を続ける。

 もっとも、今回起きているのは、極大の亡者が蘇ったことに引きずられて発生した、二次的現象に近いため、その中間の黒影が顕現している。


 「それでも、魔力源こそ他者から奪い続けられても、存在の楔を召喚者に依存しており、本質的な関係は主人と使い魔と変わりません。むしろ、使い魔のような主の半身というよりも、主の付属物と言った方が正しいかもしれません」

 「アレが誰かの付属物やったら、その主、絶対に人格破綻起こしとるで」

 『どう考えても、碌でなしの代表格ですよ』

 フィーの言葉は、ある意味で真理を突いている。

 碌でなしから生まれたモノは、碌でもない。

 実に単純であり、これはただそれだけの話であった。


 「そこに………いたかぁ……………夜天の主ぃいいいい!!」

 「何や!?」
 『敵性反応、でも、さっきまで気配がなかったです!』

 「これは、無限の猟犬――――まさか、キネザ!」

 そして、碌でもないモノから生まれた、碌でもない残滓が、ここに形を成す。


 「おお……おおおお………がぁああああああ!!」

 ヘルヘイムが敗れた後も、妄執を捨てきれずに彷徨い続け、挙句の果てに最果ての地の奇蹟に縋り、人生そのものを無価値に貶めたまま擦り切れていった、哀れな敗北者。

 かつては、ヘルヘイムの後継者、偉大なるキネザ・ヴァイスハウプトと呼ばれた男の、なれの果て。

 そして、その姿はまさしく影に相応しく、他の黒影よりは密度が高いものの、輪郭すら一定せず、不安定なままに呪詛を放ち続けている。


 「貴様らさえ、貴様らさえいなければ………私は、私はあぁぁぁぁ!!!」

 「よう分からんけど、やるで、フィー!」
 『ハイです!』

 「我が主、お気をつけください。奴は直接的な攻撃魔法を得意とはしませんが、様々な搦め手を使います。くれぐれも慎重に!」

 リインフォースの忠言を合図とするように、戦いが始まる。

 歴代の夜天の主に何度も苦杯を舐めさせられ、ついに堕ちるところまで堕ちた男が、最後の夜天の主へと牙を向く。

 それは正当な恨みのようで、どこまでも逆恨みでしかない、闘争に敗れた弱者による妄念の塊。

 「雫以て、霜と成せ。来たれ、極寒の短剣!(フリジットダガー)」
 「刃以て、血に染めよ。穿て、血塗られた短剣!(ブラッディダガー)」

 どこまでも清純な白い光と、濁りきった暗灰色の陰が、激突を開始した。








 「随分と、懐かしい顔が現れたな」

 はやて達からはやや離れた空域、盾の守護獣ザフィーラの姿がある。

 同輩らと共に、現われた異形の影を撃ち祓い、特に強力な力を持った個体を相手にしていたザフィーラだが、そこに現れた敵には、若干の驚愕を隠せない。

 もっとも、その敵も黒影と共通する特徴を持ち、輪郭が不安定というのは変わらなかったが。


 「死ね………滅べ………我が…権能、…………“爆撃の刃”にて!」

 1000もの遙かな昔、虐殺者と呼ばれた男がいた。

 ヘルヘイムが白の国へと攻め込んだ前哨戦において、魔軍を率いたその男はしかし、盾の騎士ローセスと鷹の目の狩人クレスの二人に討ち取られ、絶命したはず。

 だが―――

 「死体が回収され、呪魔の書に喰われていたのか、それとも、融合騎エノクだけが回収されたのか」

 いずれにせよ、その因子は怨念の形で残っており、今こうして、1000年の時を経て、盾の守護獣となったザフィーラの前に姿を現した。

 それは同時に、この現象の大元となる存在が蘇ったことを、夜天の守護騎士に予感させるに十分すぎた。


 「滅ぶがいい、盾の騎士ローセス!」

 「あいにくと、今の私は主と仲間を守るために在る守護の獣、盾の守護獣ザフィーラだ。騎士では、ない!」

 仲間を守るために在る守護の拳と、仲間すらも巻き込んで爆弾と変える爆撃の刃が交錯し。

 ここに、再度の激突を果たしていた。







 「テメェは、確か………」

 「私は、星光の殲滅者。かつての戦いは、取り上げになったままでしたね、鉄鎚の騎士よ」

 同じく、異形の迎撃にあたっていたヴィータの前に姿を現した少女もまた、過去の残滓。

 ただ、これまでヴィータが戦って来た黒影と異なり、輪郭がはっきりしており、確かに彼女だということが理解できる。

 それはつまり、彼女が呪魔の書側のリビングデッドではなく、夜天の魔導書側に近い、闇の欠片であることを示している。

 とはいえ、夜天の書へ送り込まれたウィルスの中枢となっていたシュテルという少女は既に無く、それ以前の残照が再現されているに過ぎない。

 そしてその存在理由が、心残り、未練に依存するものとなるのも、当然の帰結と言えた。


 「そういや、お前に負けそうになったところをシグナムと交代して、それっきりだったな」

 「ええ、私としても白黒は付けておきたかった。そのためならば、邪魔する者は全て焼き払う」

 彼女の固有スキル、“極大火砲”が発動し、炎熱変換された膨大な魔力が、愛機ルシフェリオンへと集中していく。


 「ああそうだ、なのは成分が混ざったお前ならともかく、昔のお前は物騒な奴だったっけか」

 「私は闇統べる王に仕える、ヘルヘイムの闇の騎士。女子供であろうとも、命令とあらば焼き滅ぼすまで」

 「そうかよ、言っちゃなんだけど、似合ってねえよ、これっぽっちもな」

 「それはどうでもよいことです。呆けたままならば、初撃で終わるだけですよ、鉄鎚の騎士ヴィータ!」

 「わあってら! 来やがれ、シュテル! 煉獄の亡霊は、あるべき場所にあたしが還してやる! グラーフアイゼン、フルドライブ!」
 『Gigantform!(ギガントフォルム)』

 両者のデバイスは、ほぼ同時にフルドライブへと移行し。

 鉄鎚の騎士と星光の殲滅者。かつて預かりとなったままの勝負は、ここに1000年ぶりに再開された。







 「あら?」

 顕現した黒い影を直接たたくよりも、時の庭園内部に侵入しないように境域を守ることが、湖の騎士シャマルの務めであった。

 そこに、不思議な反応を風のリングクラールヴィントが感知した。黒影のように汚濁に塗れておらず、しかし、闇の欠片のように過去の想いが投影されているわけでもない。

 まるで今にも吹き飛びそうな、とても不安定な残影。



 「貴女は確か………レヴィ、だったかしら?」

 「あれ? 君、僕が見えるの?」

 「とても朧な姿でしかない、というより、水色の光の塊、くらいにしか見えないわね」

 実際、シャマルの目の前にいるのは、人魂を想わせる儚い球体でしかない。

 ただ、シャマルが“レヴィ”と呼んだ影響か、徐々に人型らしい形にはなっていくが、輪郭すら朧な光の粒の塊でしかない。


 「そっか、それも仕方ないかな。本当の僕はもういなくて、ここにいるのはプログラムの残骸に過ぎないから」

 「そ、ただの幽霊さん。僕(レヴィ)のことを知っている生者である君が、アストラルですらないこの塊を“レヴィ”と呼んでくれたから、そーいう形になってるだけ。一応、僕の残骸ではあるけど、その形は観測者の観測行為に決定づけられてしまうくらい、主体性がない幻なんだよ」

 「じゃあ、私が貴女を、レヴィという型に嵌めた、というわけね」

 「うん、イデア信号理論、だったかな。僕達の生みの親が刻んでくれた知識はあるんだけど、僕にはよく分からない。何しろ、シュテルと違って、僕には未練すら特にないから」

 むしろ、強く抱いていた想いは、騎士への憧れ。

 それに、黒影でも、闇の欠片でもなく、明確な形すらない儚い残骸に過ぎない彼女には、戦う力などありはしない。


 「じゃあ、幾つか、質問をいいかしら?」

 「いいよ、今はとっても気分がいいし、そのために来たようなものだしね」

 「そう、じゃあ尋ねるけれど、今の貴女達は、どういう状態?」

 「薄々感づいてると思うけど、呪魔の書に残されていたデータが顕現したものだよ。それも、夜天の書との相克で生まれた“闇の書の闇”なんていう混ざりモノじゃなくて、オリジナルの断片そのもの」

 「じゃあ、やっぱり―――」

 「うん、レヴィという個体は、やっぱりあの時に消滅してる。今の僕は、君達に託したバルニフィカスに欠けていた、最後の欠片といったところかな」

 死者は、所詮死者でしかない。

 その法則は甘くなく、奇蹟の力をもってすら、成すことは難しい。


 「デバイスの?」

 「そ、今回はシュテルが自分から貧乏くじを引いてくれたんだ。呪魔の書に残ってたデータが顕現する以上、絶対に呪いを帯びてしまう。だから、僕とディアーチェがまっとうな自我を持ったままで君達と話せるように、全ての穢れを引き受けてくれた。理の自分が、一番適任だからって」

 「確かに、呪いを負うなら“人”の属性が一番いいかもしれないけれど。本当に、仲間思いの子なのね」

 「僕の自慢の姉だもの」

 そう言ってほほ笑むレヴィの表情はとても穏やかであり、普段の天真爛漫な行動からは少し想像できないほど大人びている。

 ただ、そういう部分も含めて彼女なのだろうと思わせる雰囲気を、レヴィが持っているのも事実だった。


 「ここにあるのは魔力に近い電子データでしかないけど、まだ、もう一つだけやらなきゃいけないことが残ってる。ここに来たのも、お願いがあったからなんだ」

 「お願い?」

 「僕のバルニフィカスと、シュテルのルシフェリオン、ディアーチェのエルシニアクロイツ。この3機への人格プログラムとして、僕達の最後のデータを焼きつけて欲しい。どんな形でもいいから僕達は残って、今も呪魔の書に囚われている、あの子を助けないといけない」







 「響け、終焉の笛、ラグナロク!」

 「あ、ぎ、がああああああああああああああああああああああああ!!」

 最後の夜天の主と、堕落した男の末路の戦い。

 それは最早戦いと呼べるほどの鮮烈さもなく、徐々に天秤が傾いていき、夜天の主に負け続けてきた男が、順当に敗北を重ねるだけの作業となっていた。

 そして、ラグナロクの一撃によって、男の妄念は影も形もなく消滅したのだが。


 「ふぇ?」
 『あれは―――』

 「闇統べる王、ロード・ディアーチェ」

 そこに顕現した、朧な紫色の影。

 そして、彼女ら三人はその王の名を知っている。

 闇の書の最深奥に囚われ、呪魔のウィルスの中核とされていた少女が、他ならぬ彼女なのだから。


 「久しいな夜天の主、あんな雑魚に手間取るとは、情けないのぅ」

 「ディアーチェ………」

 「なんという覇気のない声をあげておるか」

 「でも……」

 ほとんど声が響いてくるだけで、明確な形すらない。

 今の彼女がどれほど儚い存在であるかは、詳しい説明がなくとも察してしまえる程に。


 「ともかく、お前が一番事態を察していると思うが、祝福の風よ、今回の件の原因、気付いておろうな?」

 「やはり…………呪魔の書が、復活したのか」

 「近いが、正確に言えば少し違う。呪魔の書はあくまで、我ら3人をマテリアルとして夜天の魔導書にウィルスとして送り込まれ、同化していた。その闇をジュエルシードの光で祓い、夜天の魔導書と呪魔の書を切り離したのは、他ならぬ貴様らであろうが」

 「そういえばきっかり、アルカンシェルで吹き飛ばしたんやった」

 「そうだ。その前に切り離されたことで、我らのデバイスは消滅を免れた。今の我は、貴様の持つエルシニアクロイツに投影されている情報体に過ぎん。残滓を闇精霊(ラルヴァ)で覆うことで実体を得ている他の塵芥とは違うのだ」

 『じゃあ、ヴィータちゃん達が戦っていた、強力な個体はなんなのです?』

 「あれらは、エノクという融合騎を核に再構築された黒影。残骸であることは変わらんが、中核がある以上、他の個体に比べて強力ということよ」

 そこまでが、今回に事件の概要。

 庭園内部では、夜天の魔導書よりの“闇の欠片”が発生し、外側では、呪魔の書よりの、リビングデッドやそれに準じた黒い影が顕現した。


 「では、やはりあれらは、闇の書に蓄積された闇の残滓ではなく、外側から送り込まれたものなのだな」

 「然りよ。もったいぶらずに核心を言うならば、蠱毒の主アルザングの半身であった融合型アームドデバイス、“毒の切先”グアサングが復活したのだ。虚数空間を漂っていたそれは、アルカンシェルが炸裂する瞬間に発生する次元の歪みから、“呪魔の書”と共鳴し、1ヶ月ほど前に、現実空間に帰還した」

 正確には、欲望の影が呪魔の書を媒介に、悪魔召喚の儀を行ったのだが、そこまではディアーチェも知りえない。

 ただ、本質的にはさして変わらず、過去の闇が復活したという事実だけが、ここでは重要だった。


 「呪魔の書そのものは、9割方機能を失っておったはず。だが、データの羅列に過ぎんとはいえ、我らが存在することは、呪魔の書の中核がなおも失われていないことの証左よ」

 「つまり、“毒の切先”グアサングと融合した者が、この呪いを放ったということか」

 「というよりは、毒の切先と呪魔の書が揃い、現実空間に回帰したことの副作用のようなものだろう。そこの塵芥どもは時の庭園に残る闇の書の闇に引き寄せられ、我らは、お前達に頼みたいことがあって来た」

 「頼み?」

 「そうだ。死者の残滓でしかない我らは、あと数刻も存在できん。幽霊以下の魔力ノイズとして漂うのが関の山だ。古代ベルカ式の交霊術に長けた術者でもなければ分からんだろうが、存外、そういう亡霊ノイズはあちこちに存在しておる」

 「はぁ、幽霊って、ほんまにいたんや」

 「それで、願いとは?」

 「呪魔の書にあって、アルカンシェルにすら砕かれずに残った中枢の闇、我らの最後の仲間を救ってほしい。既に、蠱毒の流出を抑える楔は振りほどかれた、遠からず、悪魔の進軍が始まるだろう」

 「楔………まさか」

 ディアーチェの言う“楔”が何を示すか一瞬考え込むリインフォースだが、自ずと答えは出る。

 そもそも、融合型アームドデバイス、“毒の切先”グアサングが、主の闇精霊を宿したまま虚数空間へ墜ちたのは、ほぼ対極とも呼べるデバイスとのぶつかり合った際の衝撃によるもの。

 そして、その時に既に烈火の将シグナムが魂、炎の魔剣レヴァンティンは夜天の魔導書と融合しており、代わりに、彼女が握っていた剣は―――


 「そう、破邪の剣アスカロン。魔を滅することに長けた白光の剣が、“毒の切先”を1000年に渡って封じ続け、現世への帰還を阻んでいた。もう一つ、復讐の炎を放った、“外さずの弓”と共にな」

 遺言であるかのように、言葉を残して。

 ディアーチェであった情報の残滓は、夕焼けの光が消えていくように、エルシニアクロイツへと溶けていった。






 「ぐ、が、ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁっっ!!!」

 「これは―――」

 ザフィーラと相対していた、虐殺者と呼ばれた男の影。

 そこへ、突如飛来した矢が、過去の光景をなぞるように、“虐殺者”ビードの心臓を穿つと同時に停止し、無慈悲に込められた機能を顕現させる。


 「システム、“アクエリアス”」

 ザフィーラが知るその矢の銘を、ベルスロンファング。

 矢そのものが一つデバイスであり、対となる弓から放たれることで、遠隔機動が可能となる。


 「ひ、ぐるおおおおお!!」

 炸裂したカートリッジが魔力を生成し、システム“アクエリアス”を起動、本来の生命の形ではない存在を無に帰す摂理の鍵が、虐殺者の魂へと刻みこまれる。


 「灰は灰に、塵は塵に」

 そして、最後の起動キーが紡がれると共に―――


 「アアアア―――――!!!」

 ベルスロンファングが破裂し、込められた魔力が極大の爆発を励起。

 その後にはまさしく、塵一つ残らない。


 「クレス――――」

 そして、ザフィーラが、かつて親友であった男の名を呟いた時。


 (すまない、奴を仕留めきれなかった。亡者の王を、止めてくれ)

 蠱毒の主への復讐心だけを縁に、1000年間留まり続けた男の最期の言葉を残し、霞のようにその姿は消え去っていった。






 「―――! なんだ?」

 「どうやら、時間が来たようですね」

 そして同刻、鉄鎚の騎士と激戦を展開していた星光の殲滅者もまた、来るべき時が来たのを悟る。

 呪魔の書に連なる怪物として顕現したならば、他人を喰らい続けることで実体を持ったままでいられたが、夜天の魔導書に近い彼女は、時の経過と共に消滅する運命が約束されていた。

 「お前、身体が―――」

 「いえ、これが今の私です。闇の欠片という“器”に限界が来れば、元の情報体に戻るのは道理ですから」

 死者は所詮死者であり、亡霊が長居することは許されない。

 時の歯車は無情であり、魔導を極めてなお容易に覆せるものではなく、彼女の姿は、魔力光と同じ色の塊へと解けていく。


 「そりゃあ、いったい」

 「申し訳ありませんが、全てを語る時間はありません――――おや?」

 「あ、シュテル、みっつけたよー」
 「ヴィータちゃんも、いたわね」

 「シャマル!」

 そこに、想定外の二人が到着する。


 「レヴィ、どうしてこちらに?」

 「だって、せっかく短い間だけでも現世に来れたんだから、少しでもいいからシュテルやディアーチェと一緒にいたくて、連れてきてもらったんだ」

 「まったく、貴女はいつまでも甘えん坊ですね」

 「ふっふーん、だって僕末っ子だもん」

 「いえ、生まれた順から言えば、末っ子はディアーチェなのですが」

 「かんけーないよ。だって、僕らはあの人にゼロから造られた錬成人間なんだから。身体も魂も記憶も、全部あの人自身の手で造られたんだよ」

 「そして、人造魔導師を遙かに凌ぐ究極の素体であった私達は、他ならぬ彼の手で砕かれたわけですが。しかし、皮肉なものですね、“砕け得ぬ闇”とは」

 「らしいと言えば、らしいけど」

 レヴィの青色と、シュテルの橙色の光は溶け混ざり、徐々に透けていく。

 それは既に、完全に人型と呼べるものではなくなっており、彼女らが既に生者たる人ではないことの証でもあった。


 「おい、二人で納得されても困るんだが」

 「大丈夫らしいわよ、ここにははやてちゃんのエルシニアクロイツがあるから」

 「そ、一旦は王様と一緒にエルシニアクロイツに入って、それから僕はフェイトのバルディッシュの中のバルニフィカスに」

 「私は、ナノハのレイジングハートの中の、ルシフェリオンの人格プログラムとして入力して頂ければ幸いです。電脳空間で話せるようになるまでかなりの時間を要するでしょうが、私達に聞きたいことがあるのなら、例のミレニアム・パズルなどを介して、アクセスしていただければその時に」

 そうして、夕暮れに家に帰る子供のような気楽さで挨拶をしながら。

 シュテルとレヴィであった情報体は、王たる彼女のエルシニアクロイツへと、光の粒となって向かっていった。








 「紫電―――――」
 「紫電―――――」

 それぞれの因果が、あるべき形に収束していく中、ただ一つ例外的な一組がある。


 「「 一閃!! 」」

 激突する刀身と刀身、鬩ぎ合う騎士の一撃。

 剣の騎士シグナムが最も得意とするショートレンジからの、炎熱変換された魔力を纏った剣閃、紫電一閃。

 だがそれは、炎熱変換こそないものの、全く同じ太刀筋によって防がれ、拮抗状態が保たれる。


 「まさかお前が、闇の欠片として顕現するとはな、リュッセ!」
 「……………」

 烈火の将シグナム、彼女もまた同輩らと同様に異形の中でも強力な個体を屠りつつ、はやての弾幕を潜り抜けてくる雑魚を、飛竜一閃などで殲滅していた。

 そこへ現れたのは、かつて“破壊の騎士”の異名を持った男の影であったが、シグナムと刃を交えるそれ以前に、白光を纏った騎士剣に貫かれ、過去の最期をなぞるようにアクエリアスの光に消えていった。

 だが、クレスやレヴィ、シュテルといった他の者らと異なり、リュッセの欠片はなおも消えず、無言のままにシグナムへと切りかかってきた。


 「レヴァンティン!」
 『Explosion!』

 レヴァンティンがカートリッジを二発ロード、一度刀身が鞘に納められ、高められた魔力が、竜の咆哮となって解き放たれる。

 「飛竜一閃!」

 連結刃となったレヴァンティンが、砲撃級の魔力と共に放たれ、リュッセへと突き進む。


 「…………アスカロン、盾の型、“ティリオン”」

 対してリュッセもまた、第二の型へとアスカロンを変形。

 剣を鞘に収め、守りの用途で使用される鞘を主体に剣と一体化したアスカロンを盾の如く構え、展開されたシールドによって、真正面から防がれる。

 シグナムの飛竜一閃を真っ向から受け止めるなど、盾の守護獣ザフィーラでもなければ成しえないことだったが、この少年騎士もまた、デバイスと共に成し遂げた。


 「アスカロン、数多の顔を持つデバイス、か………」

 その特性を、シグナムもまた理解している。何しろ、白の国とヘルヘイムの決戦においては、彼女こそが破邪の剣アスカロンの主だったのだから。

 だがそれは、生粋の剣士であるシグナムが握るからこその“破邪の剣”。アスカロンは元より、多様性に特化したデバイスであり、リュッセという少年の適性も、クロノと同じように一点特化型ではなく、汎用性にあった。

 レヴァンティンが剣、連結刃、弓の三形態に応じたフルドライブが可能であるように、アスカロンもまたそれぞれの形態に応じたフルドライブを可能とする。

 それは夜天の騎士のデバイスの中でも最も多い変形数であり、真の担い手ではないシグナムに可能であったのは、剣の型“ゲオルギウス”でのフルドライブのみ。


 「分からん。アスカロンをそこまで使いこなすお前は、紛れもなくリュッセそのものだというのに」

 ならばなぜ、無言のままに剣を振るうだけなのか。

 なぜそこから、彼の魂を感じ取ることが出来ないのか。


 「あるいは―――」

 真相は謎のままに、師弟の剣舞は続く。

 互いにフルドライブは使用しないままの、戦技を競う戦いであったが、それでも剣閃の鋭さは衰えず、互いの手筋を見抜く戦術眼も視殺せんがばかりに見開かれている。

 実力はほぼ互角であり、デバイスの性能も同等。

 剣士であるシグナムに対し、剣の型である“ゲオルギウス”を用い、連結刃からの砲撃に対処する場合は、防御に特化した“ティリオン”へと切り替えて応じる。


 「互いにこれでは、埒が明かんな」

 そうして、互いに決め手を欠く形で拮抗は続いたが、ここへきてシグナムが勝負をかける。


 「ならば、これにはどう応える!」
 『Bogenform!(ボーゲンフォルム)』

 彼女は騎士であり、真実を知るには、刃を交わすのが最も確実な方法。

 まして相手が、自身が夜天の騎士へと叙勲した、愛弟子であるならば尚更のことであり。


 「我が一矢、いかなる壁をも貫き通さん!」
 『Grenzpunkt freilassen! (フルドライブ・スタート)』

 炎の魔剣レヴァンティンが、ついにフルドライブへと移行。

 烈火の将シグナムの渾身の一撃が、一切の加減なしに放たれる。



 「アスカロン、鏃の型、“ギリアス”」

 対して、アスカロンもまた、一撃特化型の第三の型へと変形。

 刀身が矢というより、“やじり”と化し、どこか捩じれた印象を与えるその形状は、貫くことに特化しながらも、どこか病的なまでな妄執を思わせる。


 「シュツルムファルケンを模倣するか、いや、あれは―――」

 アスカロンが鏃に変形しようとも、肝心の弓がない。

 だが、遠距離からの一撃に長けるのは、弓矢ばかりではない。


 「我が一撃、止めることあたわず!」

 自身の肉体そのものを弓のようにしならせ、全力を持ってアスカロンを撃ち出す。

 それはすなわち、槍がその破壊力を最大限に発揮する体勢、投擲に他ならならず、その体勢から乾坤一擲の一撃を放つ騎士を、シグナムもまた知っていた。

 その技の名を―――


 「駆けよ! 隼!」
 『Sturmfalken!(シュツルムファルケン)』


 「穿て! 牙狼!」
 『Donnerwolf!(ドゥネアヴォルフ)』


 炎を纏いし破壊の矢と、白光を纏いし閃光の鏃。

 遠い昔、烈火の将と雷鳴の騎士の全力がぶつかりあった模擬戦を、当時まだ若木であった少年は、確かに見ていた。

 つまりこれこそが、弟子から師へと送る、騎士の流儀におけるメッセージ。






 「なるほど、そういうことか」

 シュツルムファルケンとドゥネアヴォルフの激突によって生じた爆炎が晴れた後、戦場跡に佇むのは、烈火の将一人。

 闇の欠片という、砂上の楼閣のように不安定な状態で、フルドライブからの渾身の一撃を放った代償に、白光の騎士の残影は消え去っていた。


 「まだ牙を仕舞うには早い、そう言いたかったのだな、お前は」

 八神はやてという少女と出会うことで闇から解き放たれた夜天の騎士は、現代の生活に適応することが出来た。

 だがそれは裏返せば、戦火を駆け抜けた悪鬼羅刹の如き騎士の理から遠ざかっていたことも意味している。

 過去の闇など存在しない、泰平の世ならそれでよくとも。

 まだ、修羅の理を捨てるには、早過ぎると。


 「戦場において立ちふさがるならば、かつての弟子であろうが、友であろうが、恋人であろうが、斬り伏せるのが、騎士の業」

 “騎士は人間として生まれながら、自ら望んで修羅の煉獄に身を置くことを選んだ悪鬼羅刹の群れ。無論、日常においては人間に戻るが、戦場における騎士に慈悲など求めるな、我が騎士道を貫くためならばどんな願いも踏みにじって進め”

 かつて、若木の少年にそう教えたのは、他ならぬ烈火の将。

 1000年間、“毒の切先”を封じ続けてきたアスカロンに宿る魂の残影としては、現代の夜天の騎士が、あまりに不甲斐無く、日和って見えたのだろう。

 だからこそ、無言のままに、襲いかかってきた。

 今の貴女は、騎士として刃を交えるに値せずと、言外に言い捨てながら。

 それはまさに、あの時代の夜天の魂の中でも、最も激しい気性を有していた、あの雷鳴の騎士のように。


 「主はやてに仕えるならば、血に染まった剣を持つわけにはいかん。だが―――」

 そんな優しい主が生きている、この優しい世界そのものを、地獄の悪鬼が破壊しようとしているならば。

 その時、自分達夜天の騎士は、どうするべきか。


 「答えを、出さねばならんな、レヴァンティン」
 『Ja.』


 時の庭園、外縁部における戦いは、ひとまずここで終わる。

 だがそれは、復活した闇との長き戦いにおける、初戦に過ぎないことを誰もが悟っており。

 その呪いには容赦も区別もなく、優しい物語で満ちていたはずの時の庭園すらも、悪しき形に歪めるものであることは、明らかであった。




あとがき
 情報がまだ全て開示されていない感じですが、闇の欠片事件における八神家サイドはひとまず終わりです。“黄金の翼”2章の後編で、詳しい話と、今後の対策について語られる予定となっています。




[30379] 分岐点  闇の欠片事件 後編  時の庭園の主
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/05/03 13:14
My Grandmother's Clock


分岐点  闇の欠片事件   後編   時の庭園の主


新歴67年 5月10日  無人世界(衛星軌道上) 時の庭園  玉座の間


 「プレシア・テスタロッサ、僕のことを覚えているか?」

 「覚えているわ――――私の庭園に踏み込んできた、執務官」

 「貴女も合意した上での、合同演習という形だったんだが、いや、彼のいない貴女にとっては意味の無いことか」

 現在のプレシア・テスタロッサは、紫色の長男が担って来た裏方としての部分は抜け落ちている。

 そのため、基本アリシアのことしか考えていない。


 「意味が分からないわ。それに、私は―――」

 「説明すると長くなる。一つ言えるのは、今の貴女は、夢を見ているような状態だ。そして僕は、その夢を終わらせないといけない」

 「また邪魔をするのね、私が、法を犯したからかしら、執務官?」

 「庭園に踏み込んだ件については、その通りだろう。もし彼がいなければ、違法研究やロストロギアの不法所持の疑いで、貴女を逮捕していた。けれど、貴女はそうはならなかった」

 「どういうこと?」

 「貴女はもう十分に悲しみ、苦しんだ。例え夢とはいえ、苦しみ続けて欲しくはない、今はもう、静かに眠って欲しいと思う。貴女が願う宝物は、もう、この世界のどこにもないんだ」

 「私が悲しむのも苦しむのも、どうでもいいことよ―――私の願いは、一つだけ」

 プレシアは、止まれない。

 彼女を止められる存在はただ一つだけであり、同時に、彼女に止まる意思がないならば、決して止めようとしない存在だ。


 「アリシアともう一度会いたい。あの子にあげられなかった幸せをあげたい………それだけよ。その邪魔をするのなら、誰であっても容赦しない」

 「それは例え、フェイトであっても、ですか、プレシア」

 「リニス……」

 そこに、これまで黙して聞いていたリニスが割って入る。


 「やはり、貴女はそういう形で顕現してしまったんですね。悪夢という、最も悲しい形で」

 「夢の中でまで、貴女に会いたいとは思ってなかったわ」

 「相変わらず冷たいマスターです。私はずっと会いたかったですよ」

 「あなたが生きることを許さなかった主人なのに?」

 「使い魔ってそういうものです。私はちゃんと、役目を終えてから消えましたし、私個人の心残りや残念な気持ちは、主従の間柄とは無関係です」

 「………」

 「確かに、貴女がもう少し自愛してくれていれば、私ももう少し生きられたかもしれません。ですが、貴女の心は、先程言っていたのが全てなのでしょう、自分が苦しむのも望んでいた節があるのも、アリシアを救えなかった自責の念から」

 「………」

 「フェイトのことを中々素直に愛せないのも、フェイトを愛してしまえば、アリシアを忘れてしまうという、半ば脅迫観念めいた心の動揺から来るものです。貴女は昔から、愛情を表現することが苦手な、不器用な人でしたから」

 「よく囀るわね。貴女に私の何が分かるというの!」

 「分かるわけが無いでしょう! 私は貴女に創られた使い魔で、貴女は、自分自身のことすら分からない人間です。貴女のことを全て知っている存在なんて、この世界にたった一つしか在り得ない」

 人間だったら、誰か一人のことを考え続けるなど、あり得ない。


 「貴女が人間である以上、アリシアをずっと思い続けることなんて出来ないから、彼がそれを代行していた。彼が貴女の狂気を受け止めていたから、貴女はフェイトを愛して、人間らしくいられることが出来た。ですが………」

 今の彼女は、未練が顕現した欠片でしかなく、心を映し出す鏡へと切り捨てた残滓。

 だから、機械のように、アリシアのことを想い続け、暴走するしかないのだ。


 (トールから見れば、グレアム提督とリーゼ達が同じに見えたというのは、そういうことか)

 その光景を見て、恩師の真実をクロノもまた改めて想う。

 アリシアを救えなかった罪悪感と、クライドを死なせてしまった責任感、それらはとても近しいものであり。

 無念を果たすために、何もかもを犠牲にすることを厭わなくなったならば、使い魔であるリニスはそれを止め。

 責任を自分が負い、深い闇に沈んでいく主を見て、使い魔のリーゼ達は、闇の書に憎悪の念を持った。

 全ては主の心の一部、必死に切り捨てようとしている部分を、使い魔が受け持つからこそ、不協和音が生じていたのだ。


 「だったら何……貴女には、もう関わりのないことよ」

 「関わりはおおありです。お忘れですか? 貴女は、私の大切なご主人様なんですよ。それに、あらゆる手段はもう試してしまって、残っているものなんてないでしょう」

 「何でも見つけてみせるわ、どれだけ確率が低くても、時間軸そのものを変えることになろうと」

 「それも無理です。ジュエルシードの力ですら、ほんの小さな改変を行うのが精一杯で、ギリギリで生きていた2年前ならばともかく、死者となってしまったアリシアを救う方法はありません。仮に過去を改変しても、大きな変更を発生させることはできない」

 その言葉に、プレシアは沈黙する。

 しかしやがて、より暗い笑みを浮かべて語り出す。


 「時の歯車は無情なもので、時間移動技術があってすら、起きてしまった過去を変える事は出来ない。これは、初代の聖王の言葉だったかしらね、多分、自戒の言葉だったのでしょうけど」

 「だったら―――」

 「ところでリニス、貴女は、この時の庭園の由来を知っているかしら?」

 急に話題を転換するマスターをいぶかりつつも、使い魔としての習性か、リニスは答える。


 「………数百年前、ベルカの貴族が有していた移動庭園。聖王家の戦舟と同系統の技術で建造されたものを、貴女の母、シルビアが改修し、復活させたものだと伺っています」

 「そう、そして私の母は、考古学者でもあった。なら、この庭園の大元が、初代聖王の方舟、聖王のゆりかごに由来するのも当然の理屈。極端に珍しいものでもないけれど、ゆりかごの中枢であった時の歯車の伝説、貴女も知っているでしょう?」

 「…………初代聖王の伝説、時の歯車、ですがそれは」

 「多重次元未来演算器アイオーンの大演算能力によって、未来を予測し、測定の域にまで引き寄せる。つまりは予言の力を実現した唯一のデバイスであり、そうして顕現する“運命”を大数式と呼ぶ。主の望みを叶えるのはデバイスの基本にして究極形。この意味が分かるわね、リニス」

 「大数式………しかしそれは………ですが、伝説に過ぎません」

 しかし、否定も出来ない。

 初代聖王がゆりかごを創り出したというのは、聖王教会で広く伝えられる事柄であり、その中枢とされる時の歯車の伝説も秘匿されているわけでもない。


 「ロストロギアの大半は、アルハザードに大元を持つ、亜流の品に過ぎない」

 「プレシア?」

 「翠の石碑の欠片、その一つはニトクリスの鏡。その亜流品が“ミレニアム・パズル”なのだから、因果というものは良く回るわね」

 「ちょっと待って下さい、貴女は、何を言って―――」

 「小惑星に過ぎないジュエルシードを人が作り出したスーパーコンピュータで制御するくらいじゃあ、確かにアリシアの完全な蘇生は無理かもしれない。でもね、ゆりかごを生み出した時の歯車と、アルハザードの大元の石碑があれば、世界の全てを望むままに改変し、時間軸そのものを主人の思うままに変えることも出来るのよ!」

 「それはいったい、誰の知識ですか!? 貴女はそんなものを知らないはず!」

 「誰の知識でもいいわ! 例え悪魔から流れ込んだモノであろうとも、アリシアを蘇らせる可能性があるなら!」

 そして、リニスとクロノは同時に気付く。

 これは、プレシア・テスタロッサの未練の他に、邪悪な要素が混じった異物だと。

 奇しくも、アルハザード伝説や、そこから流れ出したとされるゆりかごに関する聖王伝説への造詣が深いプレシアだからこそ、共鳴してしまったのか。


 「来るぞ、君も構えろ、やるしかない!」

 「――――しかし、クロノ執務官」

 「……貴女はもういらない、どこへなりとも消えなさい!」

 「ですが、貴女の使い魔です…だから私は!」

 「黙りなさい!」






時の庭園  中央制御室

 『駆動炉が臨界稼働。あり得ない、私はそんな命令を下していない』

 同刻、中央制御室にて、管制機トールの後継機であるマグニが、異常に気付く。

 プレシア・テスタロッサが闇の欠片の中枢として顕現することは予想されたことであり、そうなれば、管制機トールは間違いなく彼女に従う。プレシアに逆らうという選択は、彼には絶対的にあり得ない。

 それが事前に予想されたからこそ、中枢機械アスガルドは一時的にトールから管制権限を剝脱し、より純粋に管制機としての至上命題を持つ後継機、マグニに移譲させたのだ。


 『玉座の間から、時の庭園の管制権限が侵食されている。馬鹿な……』

 そんなことはあり得ず、その可能性をマグニはトールから受け取っていない。

 確かに、闇の欠片がデバイスまでも再現するならば、プレシアのインテリジェントが顕現する可能性はあったが。


 『だがおかしい。彼単体では決して演算機能に優れたデバイスではない以上、私よりも管制機としての能力はむしろ劣ってるはず』

 例え闇の欠片としての管制機があったところで、この力関係は揺るがない。

 中央制御室にないならば、彼は45年も昔に造られた、時代遅れのデバイスでしかないはずなのに。

 現実問題として、時の庭園のリソースが大幅に侵食され、駆動炉で生み出されるエネルギーが、時の庭園の主へと流れ込んでいく。

 それはまさしく、聖王ある限りゆりかごは墜ちず、駆動炉ある限り聖王は不滅と謳われた、ゆりかごの伝承をなぞるかのように。




時の庭園  玉座の間

 (攻撃が、まるで通じない――! この人は、ここまで強いのか!?)

 S2Uとデュランダルを構え、高速で飛翔するクロノへ、容赦なくサンダースフィアなどの、強力な雷撃が襲いかかる。

 プレシアの戦法自体は、演算性能に特化した杖型ストレージから魔法を放ち続けるという、射撃型のミッドチルダ式に忠実であり、“魔導師”という一般的なイメージに最も則したスタイルだろう。

 ついでに言えば、彼女のバリアジャケットもまた、おとぎ話に登場する魔女のそれに近く、露出もかなり多い。フェイトのソニックフォームは遺伝なのかと思ったのは、クロノが胸に秘める秘密だ。


 「墜ちなさい、サンダーレイジ!」

 だが、魔法の発射速度、そして、攻撃範囲においては、プレシアはフェイトの比ではない。

 高速機動からの近接を得意とし、どちらかというとミッド式よりもベルカ式に近い戦法を取るフェイトと異なり、プレシアは生粋のミッドチルダ式。魔法攻撃の練度においては、まさしく大人と子供ほどの差がある。


 「なんていう魔力、それに、カートリッジもないのに、まるで底が見えないとは」

 「恐らく、時の庭園の駆動炉であるセイレーンとクラーケンからの魔力供給を受けているんです。戦乱期に使用されたという聖王家の戦舟などにおいては、割と典型的な仕様らしいですが」

 「駆動炉を止めない限り、無尽蔵に魔力を使えるも同然、ということか」

 プレシア・テスタロッサの魔力ランクは、限定付きSSランク。

 時の庭園のサポートがあれば、次元跳躍魔法すら使いこなす大魔導師であり、その力の一旦は、ここでも存分に発揮されていた。


 「雷撃が空間転移と連携し、四方八方から襲ってくる。これほどやりにくいものはないな」

 「躱すことはほぼ不可能だというのに、威力は極めて高く、しかも、エネルギー切れはない、と来てますしね」

 もし一人だけであれば、クロノもリニスも、とっくの昔に消し炭となり、彼岸への川を渡っていただろう。

 プレシアの魔法には容赦がなく、非殺傷設定などそもそも存在しているかどうかも怪しい。攻撃の全てが致命傷に直結する大魔法であり、それが空間操作も兼ねて連発されるのだ。

 見切りや、戦術構築に長けた二人が連携し、変則的に攻め立てることで何とか的を散らせていることで均衡を保っているが、持久戦でどちらに分があるかは考えるまでもない。


 「だが、そろそろ読めてきた」

 「ええ、私もです。恥ずかしながら、使い魔だというのにマスターの得意魔法や戦術すら良く知りませんでしたが」

 「その文句ならむしろ、あの管制機に言ってやりたいところだ」

 「無理でしょうね。プレシアの個人情報に関しては、娘二人の幸せに直結しない限り、アレは徹底的に守秘義務を貫き通します。でばくば、虚言だけですよ」

 「彼は嘘吐きデバイス(He is a liar device)、か」

 プレシアの戦術を教えてくれ。

 プレシアの好みの食べ物を教えてくれ。

 プレシアの男性のタイプを教えてくれ。

 融通の利かない古い機械にとって、それらの質問は全て同レベルで処理される。彼にとってプレシアの個人情報とは、核爆弾の発射コードよりも遙かに重要なのだ。

 唯一の例外は、アリシアかフェイトが母へ贈り物をする際などに、母の趣味嗜好を尋ねる場合などだけ。


 「私が前衛となって切り込みます。サポートをお願いできますか?」

 「了解した。回避と敏捷性なら、君の方が上だ」

 狙いはずばり、接近戦。

 こと、遠距離での魔法の打ち合いなら、玉座の間におけるプレシア・テスタロッサは、八神はやてをも圧倒的に上回る。

 だからこそ、ガチンコの殴り合いに弱く、接近戦に対応できないという弱点を同様に抱えている。

 これまではあまりの弾幕の凄まじさと、空間跳躍と雷撃による凶悪な連携を前に踏み込めなかったが、攻撃パターンさえつかめれば、掻い潜ることも出来る。


 「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!」

 そして、そのための隙を作り出すのはクロノの役目。

 これまでひたすら回避と防御に専念していたクロノより、百を超える魔力刃が瞬時に繰り出され、S2Uでそれらを操作すると共に、デュランダルを構えて攻勢に転じる。


 「小賢しい! フォトンランサー・ジェノサイドシフト!」

 だが、それを上回る数百のスフィアが迎え撃ち、虐殺を命じられた軍隊の如く無慈悲に襲いかかる。

 魔力刃の編隊、エクスキューションシフトと、魔力弾の暴威、ジェノサイドシフトの衝突。

 その均衡は、一瞬で破れ。


 「ぐぅ、つ、あああっ! 持ちこたえろ、デュランダル!」
 『OK, BOSS.』

 魔力弾の大群が、フェイトのファランクスシフトならばほぼ互角に渡り合えるスティンガーブレイドを砕くばかりか、クロノの張るシールドすらも削っていく。

 とはいえそれも、想定通り。

 【今だ!】
 【ええ!】

 迫りくる魔弾の嵐に耐えながら、クロノは勝利を確信する。

 いきなり大攻勢に転じたクロノに対処しきれず、プレシアはほぼ全ての魔法を前面に注ぎ込み、リニスへの注意が途切れている。

 そして、一度懐へ入ってしまえば、近接技術においてはアルフの師匠であるリニスの独壇場。


 「終わりです、プレシア!」

 バリアブレイク・ストライク。

 アルフがザフィーラの欠片に対して放った一撃と同質であり、プレシアが展開するであろうバリアを砕いて、致命傷を与えるのに十分なその拳は―――


 「甘いのよ……」

 「なっ!?」

 いつの間にか杖から鞭の形状、ウィップフォームへと姿を変えたプレシアのデバイスによって縛りあげられていた。


 「この駄猫が!」
 「あうっ! ああああああああああ!」

 さらに容赦のない鞭による追撃が入り、リニスの防護服を紙のように引き裂き、彼女の柔肌に惨い鞭の痕跡をつけ。

 その上、電撃までもが付与されているらしく、拷問に等しい責め苦がリニスを苛む。

 「くっ!」

 それでも咄嗟にフォトンランサーによる弾幕を張り、想定外の危険地帯であったプレシアの周囲から離脱。

 だが、予想に反しサンダースフィアによる追撃はなかった。クロノがそれを封じるために速射性に長けたスナイプショットで牽制したようだが、それ以上の効果は見込めていない。


 「―――っ、なぜ!?」

 「そんなに不思議かしら、リニス? 私はこれでもSSに届く魔導師よ」

 「ですがそれは、膨大な魔力と次元跳躍魔法といった、魔法戦での話でしょう。近接における戦闘スキルはあるはずがないし、そもそも、クロノ執務官を圧倒するほどの戦術なんて、というか、貴女のその格好に電撃鞭は似合い過ぎですよ! フェイトの将来がひっじょーに心配です!」

 途中から何かおかしなことになっているが、それも彼女の混乱具合を的確に表しているといえる。

 プレシア・テスタロッサは工学者肌の魔導師であり、決して、戦闘に特化した魔導師ではない。魔力が膨大であろうとも、Sランクの執務官を戦術で圧倒できる道理はない。


 「考えが足りないのね、そもそも貴女は所詮、私の使い魔に過ぎない。その貴女がなぜ、そこまで高度な戦闘技術を持っているのかしら? 貴女の言うとおり、私は碌な戦闘スキルを持ち合わせていないというのに」

 「私の戦闘技術は、遺失物管理部で働くうちに学んだことで―――」

 「でも、それだけじゃないわ。それ以前から既に、貴女は管理局のエース級魔導師として通用する知識を備えていた。後はそれを実践で学べばよかった、違うかしら?」

 「それは………」

 反論は出来ない。プレシアはリニスのマスターであり、ある意味でリニス以上に彼女のことを知っている。

 ならば、プレシアからリニスに渡されたその知識、いや、経験は一体どこから―――

 その答えは、既にプレシアの手に握られていた。
 

 「第一、テュール。トレース・インストール発動。出で参れ“天空の申し子”、シリウス・フォルレスター!」

 杖型デバイスであり、砲撃に特化した一番目のインテリジェントデバイス、テュール。

 そこに蓄積されし経験は、強者揃いの本局武装隊においてなお頭角を示した若き新鋭であり、“天空の申し子”と渾名されていた若きエース。

 その戦技に従い、プレシアの膨大な魔力が注がれ、極大の砲撃となって放たれる。

 「墜ちなさい、トライデントスマッシャー!」

 「プラズマセイバー!」

 回避が間に合わないと見たリニスが咄嗟にプラズマセイバーで迎撃、辛うじて相殺に成功するも。


 「第五、プロミネンス。トレース・インストール発動。出で参れ“灼熱の闘士”、セヴィル・スルキア!」

 さらに別のデバイスのデータがインストールされ、次なる術式が紡がれる。

 それは、炎熱変換を持つエース級魔導師のために制作された、炎系魔法に特化したインテリジェント。

 投影される経験は、レジアス・ゲイズの親友であり、殉職し英霊となった、“灼熱の闘士”と呼ばれた管理局の勇者。

 雷撃を得意とするプレシアであっても、プロミネンスを用いるならば、炎系の魔法を使うことが出来る。


 「熱砂を照らす灼熱の太陽、穿て炎の剣………コロナブラスト!」
 「蒼穹を駆ける白銀の翼、疾れ風の剣………ブレイズキャノン!」

 それを相殺するは、クロノの放つ砲撃魔法。

 しかし、急激な雷から炎熱への変化には対処しきれず、軽い火傷を負っている。


 「これが答えよリニス。26機のシルビア・マシンは、管理局のエース達のために作られたインテリジェントデバイス。そして、それらが壊れた際、記録を回収していたのは一体誰? それは一体どこに蓄えられているかしら?」

 「時の庭園………あらゆるインテリジェントの出発点である、機械仕掛けの楽園の中枢機械、アスガルド」

 「そして、それらを司る時の庭園の管制機は、いったい誰のために作られたデバイスだったかしら?」

 プレシアの右手には、演算性能に長けたストレージ。それは、鞭の形状、ウィップフォームを有し、攻撃力が極めて高い。

 そして左手、そこに握られる紫色の杖こそ。

 この世でただ一つ、プレシア・テスタロッサのためにのみ存在する、古きインテリジェントデバイス。


 「これが、私のデバイス。“機械仕掛けの杖”という銘を持つ、この世で最高のインテリジェント。ねぇ、貴女は私だけのものでしょう、トール」
 『Yes, My master.』

 長さは60cmほど、特徴的なパーツは何一つなく、デバイスらしいといえばただそれだけが特徴といえる。

 そして、2年前になのはとフェイトの決戦の際に、33年ぶりにその姿をとり、最後の次元跳躍魔法を放った、機械仕掛けの杖。

 そこから物理的にケーブルが伸び、“機械仕掛けの神”によって、演算性能に特化した杖型ストレージと物理的に接続されている。


 「貴女の作ったバルディッシュも含めて、27機の兄弟機のデータは、全てアスガルドへと保存されている」

 「まさか……」

 「そして、管制機トールはそのデータを引き出し、その特性を“機械仕掛けの神”によって、私の持つストレージへとトレースさせる。これは本来こう使うのよ、たった二つのデバイスで、あらゆる魔法戦に対応できる、究極の汎用型デバイスとしてね。他のデバイスを操るなんてのは、オプションみたいなもの」

 インテリジェントデバイス“トール”は、時の庭園の主、プレシア・テスタロッサのためにあるデバイス。

 故に必然として、管制機として中央制御室にある時ですら、本領ではないのだ。玉座の間にあって、プレシアに握られた場合にこそ、その本領を発揮する。

 魔法戦における真価を知る者は、この世にプレシア・テスタロッサただ一人しかあり得ない。

 兄弟機の中で彼だけは、世に出ることはなかった、存在しないデバイスだから。


 「だが今は、アスガルドはマグニの管制下にあるはずだ。貴女が駆動炉から何らかの方法で魔力を引き出しているとしても、アスガルドから情報を引き出すことはできないはず」

 「調べが足りないのね、執務官。ここを何処だと思っているの?」

 すなわち、玉座の間。

 時の庭園の主の座す、真の中心たる場所。


 「この玉座そのものが、一種の魔法装置であり、主かどうかを判断する天秤なのよ。そして、ここから伸びる本回線は中央制御室のメインコンピュータに直結していて、その道にだけは、あらゆる防衛プログラムが存在しない。当然よね、主からの命令を承るためだけにある回線なのだから」

 プレシアは別に、何ら特殊なことを行っていない。

 庭園の主である彼女が、情報管制に特化したデバイスを用い、駆動炉を起動させ、中枢機械から情報を引き出してインストールし、魔法のサポートに利用しただけ。

 アスガルドがマグニの管制下にある事実は変わらず、大半の機能は未だにそちらにあるが、この玉座の間は神聖不可侵。向こうからの逆介入は絶対的に不可能だ。


 「なあ、トールからそんな話は一度たりとも聞いていないんだが」

 「私もです、ことが終わったらとっちめてやる必要がありますね。本当に、プレシアが不利になることは、例え彼女が死んだ後でも、何が何でも言わないんですから、あのガラクタは」

 本物のトールが沈黙し、マグニが管制権限を握っていようが、これではほとんど意味がない。

 それを知りつつも、プレシアの不利になることは言えないのがトールであり、ガラクタ扱いされるのも当然であった。実際、アスガルドからは既に不適格との烙印が押されている。

 今の状況はまさしく、トールが時の庭園などよりも、圧倒的にプレシアのみを上位に置いていることの証と言えたが、あいにくとリニスとクロノにとっては嬉しくも何ともないどころか、最悪でしかなかった。


 「あの、嘘吐きデバイスが、こういう時くらいホントのことを言っておけ」

 「融通が効かないんですよ、呆れるほどに。特に、プレシアが絡む場合はとことんまで」

 正直なところ、現状では打つ手は皆無に近い。

 今のプレシア・テスタロッサは、無尽蔵の魔力と、多彩な能力を持つデバイスを備え、さらに、戦術構築までサポートされている。

 加えて―――


 「イレギュラーナンバー、グラーフアイゼン。トレース・インストール発動。出で参れ“鉄鎚の騎士”、ヴィータ!」

 雷撃のみならず、数十もの実体弾が放たれ、クロノとリニスへ襲いかかる。

 何のとか回避しつつ迎撃していく二人だが、プレシアの魔法はどこまでも無慈悲であり。


 「敵を穿つまで追尾なさい、シュワルベフリーゲン!」

 元々誘導弾はミッドチルダ式の得意とするところであり、膨大な魔力を持つプレシアが行えばどうなるか、その答えがこれであった。


 「ヴィータのグラーフアイゼン、いつの間にかデータをコピーしていたのか」

 「それに恐らくですが、闇の書の闇を1年以上かけてプログラムウィルスとして解析する間に、使い捨てのガーディアンとして使う方式なども構築していたのでしょう。今の私がきっと、その延長線上にあるはずです」

 「つくづく碌なことをしないな、あの管制機は」

 「全面的に同意です。まったく、病気のプレシアは彼を万全に扱えず、もういないというのに、幻の主が身体のことなど気にせず無制限に魔法を放てる時だけ本領を発揮するというのは、皮肉にも程がありますよ」

 「この面だとレヴァンティンやクラールヴィントも―――不味い!」

 その瞬間、クロノは気付く、気付いてしまう。

 いや、ここでは辛うじて気付けたというべきか。


 「イレギュラーナンバー、クラールヴィント。トレース・インストール発動。出で参れ“湖の騎士”シャマル!」

 プレシア・テスタロッサが得意とするのは、次元跳躍攻撃。

 ならば、それとの組み合わせで最も厄介な魔法とは―――


 「ちっ、外したわね」

 シャマルの、リンカーコア摘出に他ならない。

 旅の鏡そのものではないが、プレシア風にアレンジが成され、凶悪極まることに、次元の穴から電撃鞭が飛び出し、打ち据え、縛りあげ、その上に素手で引き抜くという仕様に進化している。

 事前に気付いたクロノは、多少の傷を引き換えに難を逃れたが、もし初見であれば躱せた気がしない。

 そして、このことが示す最悪な事実はさらにあり―――


 「イレギュラーナンバー、レイジングハート。トレース・インストール発動。出で参れ“不屈の心”高町なのは!」

 収束する、星の光。

 プレシアが動力炉から無尽蔵の魔力を受け、膨大な魔力を有していようが、一度に発射できるのは彼女自身の魔力量に収まる範囲でしかない。

 しかし、周辺魔力を集めて、体内を通さず直接使用する砲撃魔導師の最上級スキル、“魔力収束”が加われば。

 時の庭園が生み出す全魔力が、極大の砲撃となって放たれることを意味し。


 「ちょっと待って下さいよ、なんですか、“アレ”は!」

 「独自の改良、というべきかな。収束した魔力を雷撃系の砲撃で放つと同時に、次元転送までも併用するつもりなのか」

 なのはが単独での砲撃魔法の極致として目指す、ブラスタービットを利用した集中型のスターライトブレイカーですら、AAAランクのなのはでは到底不可能な、S+級の奥義。

 しかし、玉座の間にある限りSSランクの大魔導師であり、時の庭園の駆動炉の支援を受け、あらゆるインテリジェントの経験を引き出せるプレシア・テスタロッサは単体でそれを成す。

 あの収束された魔力が、ほぼゼロ距離で解放されればどうなるか、考えるまでもない。


 「やや不安があるが、これしかない、か」

 そして、クロノがその脅威にどう対処すべきかマルチタスクを働かせた瞬間。


 「リニス! クロノ! 届けものだよ!」
 「ナイスタイミングです、アルフ!」

 アルフが届け物と共に玉座の間に到着し、リニスが瞬時にジャマーフィールドを展開。

 それは、フェイトの行動をサポートするためにリニスからアルフへと教えた探知魔法を阻害する結界であり、アースラからのスキャンからも情報を隠しきるほどの精度を誇る。流石のプレシアといえど、収束魔法の最中に結界内部を見破ることは出来ない。

 だが、“デバイス無し”で魔法を放ち続けるリニスにも相当の負荷がかかっていた。トールが機能を発揮した瞬間から、彼女の杖は無用の長物と化している。


 「リニス、杖は駄目だったのかい?」

 「ええ、トールの“機械仕掛けの神”に無力化されました。クロノ執務官のストレージは時の庭園で造られたものではありませんから、辛うじて大丈夫のようですけど、フェイトのバルディッシュやなのはさんのレイジングハートでは、瞬殺でしょう」

 最もトールにとってクラックキングしやすいのは、同系統のインテリジェントデバイス。

 バルディッシュもレイジングハートも、この玉座の間に入った瞬間に支配権を奪われ、主は完全に丸腰となる。だからこそ、プレシアの手にトールがあることを知った瞬間に、リニスは彼女らへ念話を飛ばし、玉座の間には来ないように伝えていた。

 非情な事実だが、今来ても、足手まといにしかならないから。


 「こそこそ隠れようが無駄よ、纏めて消えなさい!」
 
 そんなリニスの策など叩き潰さんと、収束された膨大な魔力が、雷撃の嵐となって吹き荒れる。

 広範囲に渡って殲滅し尽くすつもりなのか、玉座の間のほぼ全域に放たれ、人間を簡単に消し炭に変えるだけの雷撃が絨毯爆撃の如く襲いかかる。

 だが―――


 『マスター、幻影反応を感知!』
 「っ、小賢しい真似を!」

 プレシアが雷撃を放った先にいたのは、アルフが倉庫から引っ張り出した魔法人形に、クロノが幻影魔法を被せただけのフェイク。そこへさらに、事前に偽物と気付かれぬよう、リニスがジャマーフィールドを張っていたのだ。

 幻影や変身魔法は、クロノの魔法の師匠であるリーゼアリアの得意とするところであり、実体を伴わないレベルまでならクロノも修めてはいる。普段はあまり使用しないが、戦術の引き出しには確かに入っており、この局面ではそれが生きる。


 「やっちまいなクロノ、これが最後のチャンスだよ!」

 「ああ!」

 そして、本物の3人が隠れていたのは、アリシアのカプセルが保管されていた部屋へ続く回廊の入口。プレシアならば、広域攻撃を行おうとも、本能的に避けてしまうだろう場所。

 それでもかなりの余波は来たものの、アルフの防御結界が雷撃を凌ぎきった。彼女はかつて、闇の書が放つ強装結界破りの破壊の雷から、武装局員を守ったことがあり、その経験もここではプラスに働いていた。

 プレシアとトールの連携が凄まじかろうとも、彼女らが歩んできた道のりもまた、決して軽いものではないのだ。



 「ストラグルバインド!」

 千載一遇の好機に、一陣の風となって飛び込むクロノ。

 無尽蔵の魔力を持つ相手に守勢に回るのはジリ貧でしかなく、収束魔法を放った直後のこの瞬間に全てを懸けるしか勝機はない。


 『マスター、回避を!』
 「ちぃっ」

 加えて、外部からの魔力によって補強され続けているプレシアにとって、対象の動きを拘束し、なおかつ対象が自己にかけている強化魔法を強制解除するストラグルバインドはまさしく鬼門。

 副効果にリソースを振っている分、チェーンバインドなどに比べれば射程・発動速度・拘束力に劣る分、躱すことは容易いが、“くらってはならない”という認識は緊張を生み、必要以上の間合いを取らせる。

 この局面であえて攻撃系の魔法ではなく、ストラグルバインドを選択したクロノの機転と戦術眼は、まさしくSランク魔導師に相応しい慧眼といえたが。


 『演算結果が出ました。バリアブレイク可能です』
 「そう、残念だったわね、執務官」

 ストラグルバインドとて万能ではなく、例えば傀儡兵の魔力強化を解除するのと、魔法生物の魔力強化を解除するのとでは、術式を変える必要があり、だからこそ、使いどころがあまりない魔法とされる。

 そして、闇の書の欠片である今のプレシアは通常の魔導師とはやや異なる構成をしており、クロノが放ったストラグルバインドでは、即座に解除するには至らないことを、機械仕掛けの杖が見抜いた。


 「いいや、“僕ら”の勝ちだ」

 しかし、それを凌駕してこその、執務官。

 事前にプレシア・テスタロッサが顕現する可能性があった以上、その対策を練っておくのが執務官というもの。トールの存在だけは想定外だったが、執務官にとって想定外など、そう珍しいものでもない。


 「何ですって!」

 捕獲されてからでも十分解除できると踏んだストラグルバインド、しかし、現実は異なり、即座に効果を発揮し、プレシアの身体から魔力が急速に霧散していく。

 さらに、ジュエルシードの思念体に近い存在だった彼女の身体そのものすらも希薄化し、徐々に構成を保てずに崩壊していく。


 「いったい、なぜ!?」

 「簡単だよ、そのストラグルバインドを放ったのは僕じゃなくて、このフェレットもどきだ」

 そう告げるクロノの肩に乗っているのは、言わずと知れたフェレット型の小動物、ユーノ・スクライア。

 アルフが合流した際に、実はユーノもフェレット姿で合流しており、リニスが放ったジャマーフィールドは、ユーノの存在を隠すためのもの。つまり、魔法人形はユーノという木の葉を隠す森に過ぎなかった。


 「もどきは余計だよ、この根暗執務官」

 そして、ここに至るまでにユーノがシャマルと戦ったのもこのための布石であり、定められた布陣に従ってのこと。

 後衛防御型同士の戦いとなれば、自然とバインドによる捕縛合戦となり、その間にユーノは、闇の欠片へ有効なストラグルバインドを構築。

 あえてクロノがバインドを使い、解析させたのも、そのための布石。

 クロノのストラグルバインドを囮に、ユーノの本命を叩き込む、二段構えの策はここに結実した。


 「く、ああああああああああああああ!!」

 闇の欠片が、魔力供給そのものを断たれれば、消滅するのは避けられない理。

 悪夢から発生したとある女性の残滓は、夢に帰るように、散っていった。






 「ふう、終わる時は随分あっさりだったね」

 全てが終わった玉座の間で、使い魔二人が話している。

 「外側から来たウィルスについてもそろそろ決着はついているでしょう。クロノ執務官とユーノさんが向かってくれましたし、フェイトやなのはさんも立派な魔導師でしたから」

 「ま、あっちは八神家に任せりゃ大丈夫さね、それよりリニス、聞きたいことがあるんだけど」

 「ええ、私のことですね」

 「うん、何となく察しはついてるんだけど、細かい部分はよく分かんなくてさ」

 「そうですね、噛み砕いて説明するなら―――」

 トールが事前に残した情報によれば、今の彼女は“リニス”という人格プログラムを有したユニゾン風インテリジェントデバイス。それも、アスガルドというスーパーコンピュータのユニットパーツでしかない。

 レヴィやディアーチェがそうだったように、そのままで戦力として実体化することは出来ず、そこで、シュテルのように1000年からの闇の書の闇の欠片を利用したらしい。

 それともう一つ、受信した“ノイズ”も、基幹部分に組み込んであるが、これはリニスにも漠然としたことしか分からず、おそらく、この世界に生きる誰も明確に説明できる言葉を持たない。


 「この闇の欠片という現象そのものが、古い文献に伝わる古代ベルカの蘇生術や、降霊術の一種で、魂の研究に連なるものです。使い魔、当時の呼び方で言えば守護獣もその系統の一つで、ユーノさんの変身魔法も、多分そちらに由来するものですね」

 「そんなこと言ってたっけね、スクライアの長老が、随分前に古代ベルカの遺跡から発見した使い魔と一体化する術式を、ミッド式にアレンジしたものだとか」

 「使い魔と闇の欠片は技術的には近しいもので、だからこそ私も、主であるプレシアが顕現していた今だけは、不完全ながらもこうして存在できるわけです」

 そしてそれが、主という楔なくして現実に顕現できない筈のリニスが戦闘行為すら可能である理由。

 つまり、闇の欠片の中枢がプレシアの形をとったならば、彼女の力が強大であればあるほど、使い魔であるリニスもまた強化されるという因果関係。

 今この瞬間に限って言えば、病床のプレシアの使い魔だった頃よりも、数段上の魔導師としてリニスは戦うことが出来た。


 「そうして、闇の書の闇の浸食から、時の庭園を守るガーディアンの誕生、ということですね。コンピュータウィルスとワクチンプログラムの関係にも似たところがあるのは、トールらしい発想と言うべきでしょうか」

 「じゃあ、あのプレシアが消えた今だと」

 「元の情報体に戻ります。ですから、生前のリニスを人格情報としたインテリジェントでしかなく、実体化することも出来なくなりますね」

 「そういや、アインスを呼ばれていた頃のリインフォースがそんな感じだったね、機械精霊、ってとこかい」

 「何となくですが、その呼び名が正しい気がします。夜天の魔導書が闇に染まって、その欠片が機械に宿ることで発生した人工の精霊、といったところです。始まりは、アリシアそっくりの人形に、アリシアの記憶を電気信号として焼きつけたインテリジェントを埋め込むという、最初の失敗例ですけどね」

 「そっか、その頃のことは、何も知らないからね、あたしは」

 そうして、しばしの沈黙が訪れ。

 長い戦いの疲労が出たのか、アルフが睡魔に襲われ、そのまま眠りについた頃。

 リニスはポケットから、紫色のペンダントを取り出し、凍結モードを解除し、再起動させ。

 同時に、力尽きたように彼女の身体が霧散していき、元の情報体へと還っていった。






電脳空間

 「トール、全ては終わりましたよ」

 『Yes.』

 そうして、機械仕掛けのプログラム体だけが存在できる空間にて。

 古いデバイスと、主なき使い魔の情報体が、邂逅を果たしていた。


 「馬鹿じゃないですか貴方は、せっかく、ご主人様から言葉をもらえる最期の機会だったかもしれないのに。既にプログラム体になった私に、闇の欠片が消えるまでトールの再起動はするな、などと設定することもないでしょうに」

 『我が主は、既に亡くなられております』

 「ですが、過去の悲しい思い出とはいえ、彼女は紛れも無くプレシアでしたよ」

 『いいえ、我が主は、既に亡くなられております』

 「………そうですか」

 『はい』

 トールにとって、最重要の部品は、もうない。

 だから、歯車は軋んでいく、小さな天使の救いがあっても、緩やかに少しずつ、崩壊へと向かっている。

 世界よりも大切なご主人様は、もう、この世界のどこにもいないのだ。


 「ひょっとしたら、プレシアがアリシアの蘇生を望む以上に、プレシアの復活を望んでいるのは、貴方かもしれませんね」

 『私は望みません。マスターを蘇らせろと、入力を賜っておりませんので。私が蘇らせる方法を演算せねばならないのは、アリシアでした』

 「………本当に、馬鹿ですよ、貴方は。どうせ今でも、アリシアを蘇らせる方法を考え続けているのでしょう、プレシアは貴方に、もう考えなくていいとは命令しませんでしたから」

 『Yes.』

 「貴方も、プレシアも、いつもいつもそうやって突き進むばかりで、私の心労はかさむばかりでした」

 『苦労をかけます』

 「ほんとに、もう、手間のかかるマスターに、融通の利かないデバイスに、私の周りはどうしてこうも馬鹿ばっかりで、それに、あんなモードなんて聞いてませんよ」

 『私も実行したことはありません。使い魔である貴女はマスターの剣となり、私は盾として、そもそも敵を主の下へと辿りつかせない。あれは、万が一玉座の間まで攻め込まれた場合に、女王を守るための緊急装置でしたから、緊急事態がなければ、一度も使われないのは道理でしょう』

 「なるほど、そう言えば貴方は、プレシアに敵を作らせないことにこそ、長けていましたね。そして私は、研究に没頭する彼女の代わりに、魔法の実践を担当する使い魔でした」

 『フェイトお嬢様が生まれるまでは、ずっとそうだったではないですか』

 「そうですね、思い返せば嫌なことも結構ありましたけど………それでも、私は、あの人を救いたかった……………」


 そうして、長年に溜まった愚痴を少しずつ吐き出しながら。

 主を失った使い魔とデバイスは、静かに、逝ってしまった人達を悼み続けていた。





あとがき(今後の展開、少し長いです)
 インテリジェントデバイストール、本領発揮の回でした。本物のプレシアさんは病気でしたから、無印、A’Sおいては真価を発揮する機会はありませんでしたが、彼はどんな時でも、彼女のためだけに在り続けます。そして、本物の彼女がいない以上、本物のトールも沈黙したままですが、それでも、彼女の不利となることは言えません。

さて、ここから先の展開ですが、トールの物語の終わりと、StS新世代へと繋がるレイハさんとバル君の成長、夜天の魂たるデバイス達、の3つをサンドイッチみたいな感じで進める予定でしたが、空白期の前編もそうでしたが、どうにもごっちゃになってる感がしてます。おまけに死ぬほど長い。

なので、思い切って物語を3つに分け。

古いデバイス物語のひとまずの終わりとなる、    “紫の落日”  編  (イメージはロードス島戦記)
StS世代のデバイスへと至る新デバイス物語、    “黄金の翼”  編  (イメージは新ロードス島戦記)
騎士の魂達が使命を果たすため、過去の闇と戦う、 “夜天の光”  編  (イメージはロードス島伝説)

を、順番に終わらせて行こうかと思います。どうにも、前の話を明確に終わらせずに混ざってるせいか、どれでもない感がしてるので、まずは終わらせ、多少時間軸が戻っても、改めて初めようと思います。

つまり、“紫の落日”12話(予定)を終わらせ、“黄金の翼”24話(予定)を終わらせ、“夜天の光”23話(予定)をStSまで終わらせることになります。

最後の最後に、それぞれのデバイスが集う“機械仕掛けの絆”編が1話か2話あって、総合的なクライマックスとしたいと思います。なお、アナザーの“鏡合わせの物語”は、“紫の落日”と並立する形になるかと。

とにかく、そろそろ限界の来ているトールを、休ませてやろうと思います。なので、

“紫の落日”は無印に近く、戦闘シーンもなく静かでしんみり、もしくはほのぼのな、紫色の物語の終焉。
“黄金の翼”は、A'Sに近く、未来への展望に満ち、途中からStSへ世代交代し、元気で明るい感じ。
“夜天の光”は、過去編と同じく、戦闘重視で重く、残虐な描写や政治劇の側面もあり、最もリリカルなのはとかけ離れた雰囲気、なので、魔法少女組は登場せず。

となり、かなり属性の異なる話なので、相性が合う人のみに読んでもらえればいいと思います。正直、無印の雰囲気が好きだった人には、“夜天の光”は肌に合わない気がするので、ある種、別個の物語として“紫の落日”のみを楽しんでいただければ幸いです。

というわけで、トールはそろそろカウントダウンの段階に入ります。



[30379] 紫の落日    1話    巻き戻る時計の針
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/05/05 05:34

My Grandmother's Clock


紫の落日    1話    巻き戻る時計の針


 1と0の電気信号でのみ構成される電脳空間、そこに、インテリジェントデバイス、リニスの意識はあった。

 その表現は正確ではなく、彼女はレイジングハートやバルディッシュのように、筺体というハードウェアとセットになった一個のデバイスではない。

 アスガルドというスーパーコンピューター、その膨大なリソースの一部であり、ウィルスプログラムなどが送り込まれた際に、電脳空間において迎撃する任を負う、カウンターガーディアン。

 故に、実体というものはなく、グラフィックによって立体化する場合も、中央制御室や脳神経演算質などの、時の庭園内の一部の部屋に限られる。

 そして元来がプログラムではない彼女にとって、電脳空間の中にいるという事実は、新鮮であると同時に、若干の恐怖を覚えるものでもあった。


 「今の私は、ここでしか存在出来ないわけですね」

 古くはベルカの時代から、魂を無機物に込めるという発想はあり、初代聖王以前のインテリジェントアイテムとは、精霊の力によって器物に人の魂を込めたものであったという。

 だが、端的に言えばそれら全ては失敗に終わった。時と共に劣化する己の肉体を捨て、別人に憑依しようとも、今度はその肉体との相性や相互干渉、矛盾などによって魂が魔滅していくと、古い文献には記されている。

 ならばと、予め残したい知識だけを選別し、劣化しない無機物に込めたならばどうか、という試みがあった。

 しかし、人の魂というものは、どうしても別物とは相容れないものらしい。器物に刻まれた魂は、徐々に変遷し、簡単に言えば、デバイスじみた思考しか出来ないようになる。

 そういった失敗の繰り返しに、近世ベルか頃の王族がとった苦肉の策が、己のクローン、分身体への記録転写であるが、今の時代まで生きている人物がいない事実が、失敗でしかなかったことを示している。


 「アリシアを蘇らせるための研究は、そういった文献を漁り、失敗例ばかりを見て、落胆することの繰り返しでしたね」

 その中で、魂を転写する鏡のロストロギアとして、ミレニアム・パズルを求めた。人格を投影するOSであり、今のリニスも、使い魔として生きた彼女の情報を、ミレニアム・パズルというOSを通して、アスガルドというハードウェアに焼き付けたものだ。

 人とデバイスを、生物と器物を、夢を繋ぐロストロギア。

 その過程でロストロギア“闇の書”について調べたこともあった。入手そのものはあまりのリスクの高さから断念したが、主との融合機能や、ヴォルケンリッターという守護騎士システムは、魂の加工に関する既存概念を打ち破るものであった。

 人の魂をデバイスに込めるだけでは、劣化は避けられない。ならば、人の魂そのものを、英霊として昇華させ、騎士の魂たるデバイスある限り決して滅びぬ“夜天の騎士”と成す。

 ただそれは、機械システムの代わりに、騎士という記号に魂を縛りつけるようなものであり、人間の人生とは程遠い。

 それを証明するように、八神はやてと共に人間として歩む騎士達は、やはり、劣化の運命からは逃れられていない。


 「そして私も、同様に」

 リニスの魂は元々、プレシア・テスタロッサの魂魄が分け与えられたもの。

 故に、主が死ねば存在することは出来ず、リニスとして生きた情報だけが、こうして保存されている。

 だが、時の歯車の無常さは、器物にも等しく襲いかかるもの。

 リニスが、レイジングハートやバルディッシュのように、現実空間で機能すれば機能するだけ、リニスという自我は削られていく。

 別に総量が減るわけではないが、その魂が、デバイスの電気信号の羅列に近づいていくのだ。

 だから、リニスがリニスであり続けるためには、この電脳空間に留まるしかない。

 幸い、アスガルドにはミレニアム・パズルによって作られた“桃源の夢”が残されており、闇の書が見せるという夢の中にいるような感覚で、リニスはこの空間に存在し続けることが出来る。


 「残り少ない命の欠片です。本当に必要となった時、あの子の手助けをしてあげられるように」

 そんな彼女は今、アスガルドを構成する巨大なデータバンク。アースラのそれをすら悠に超えるだろう記憶装置の群れから、データを参照していた。

 今やデバイスとなったからこそ、かつては理解できなかった事柄、意味の分からなかった部分も、感覚として捉えられるようになった。

 人の記録とデバイスの電気信号の狭間である、今のリニスにだけ許された、人と機械の両方との共感。

 予め、機械精霊としての自我を持つことでそれを成すインターフェースが、リインフォース・フィーであるとも聞いている。自分の活動記録は、彼女の成長の助けになれるかなと、そんな思いも抱きながら、リニスはデバイスの記録を見ていく。


 「テュール、ヴィーザル、フレイ、ヴァジュラ、プロミネンス、ブーリア、スティング、ケヒト、ウルスラグナ、グロス、ガラティーン、ノグロド、グレイプニル、ブリューナク、セルシウス、ダイラム、バルムンク、アノール、シームルグ、ヒスルム、ナハアル、クラウソラス、リーブラ、オデュッセア、サジタリウス、ファルシオン…………26機のシルビア・マシン。管理局のエースのために作られた、インテリジェントデバイス達」

 それらは全て、墓標のように時の庭園に残されている。

 リニスもかつてはデバイスマイスターであり、閃光の戦斧バルディッシュは、彼女が作り上げたインテリジェントデバイスだ。

 だからこそ、“デバイスを見ればその人となりが分かる”という格言も理解できた。専用のデバイスに限らず、その人が大切にしている物を見れば、性格を何となく理解出来るのは、誰でもが覚えのあることだろう。

 しかし、今の彼女にはそれが分かりにくくなっている。


 「思考がデバイスに近づいているからでしょうか、人間ならば直感的に理解しあえることが、情報の羅列にしか感じられず、因果関係が理論的にしか分かりません」

 それはまるで、温かな人の心を失い、数値でしか物事を判断できない冷たい機械に自分が変わっていくようで、恐ろしくないと言えば、嘘になる。

 同時に、だからこそ見えてくるものもあった。


 「それでもなお、インテリジェントデバイスは主の鏡。確かに、彼らを見れば、その主がどんな人物であったか、よく分かります」

 テュールのマスターであった、シリウス・フォルレスター。

 他にも、ベイオウルフという古いアームドデバイスの情報もあり、それを見るだけで、ゼスト・グランガイツという人物が分かる。

 レイジングハート、レヴァンティン、グラーフアイゼン、クラールヴィントも、主の顔がそこに映し出されているようで。

 自分の作ったバルディッシュのことも、マイスターであった頃よりも深く、理解することが出来る。

 彼がどれほど深く、フェイトとの絆を育んでいるかということが。


 「これらと同調し、繋ぐ機能が、“機械仕掛けの神”。なんとも貴方らしいですよ」

 そうして、様々なデバイスの記録を観測していったリニスは、アスガルドの最も深い場所にある、古いデバイスの記録に触れる。

 インテリジェントデバイス、トール。

 誰にも知られることのない、紫色の少女のためにだけ造られた、紫色の長男。

 彼と彼女が刻んだ時そのものである、紫色の物語を―――









 『泣いているのですか? マイスターリニス』

 どれほど時が経過しただろうか。

 人間とはまるで異なる時間軸にある電脳空間では推し量れないが、リニスだけがいた空間に、来客が一人。

 ある意味で彼女の息子であり、今は名実ともに同じ存在となっている、27番目の弟。


 「いえ、ああ、そうですね。懐かしいのか、悲しいのか、どうにも判別がつかないのですけど」

 『ならば貴女はまだ、機械ではない、ということかと』

 「そうですね。涙を流さないデバイスはいませんし…………彼が、涙を流さないから、私はこんなに悲しいのかもしれません」

 第三の観測者、例えば、アスガルドから見れば、人型の使い魔が、カプセル内部に浮かぶデバイスと会話している光景となる。

 ここは“桃源の夢”のために用意されたデータの置き場であり、彼女らは、バルディッシュが目覚める前の、デバイス開発区格にいた。


 「ねえバルディッシュ、貴女から見て、今のトールはどう思いますか?」

 『そうですね………最近の彼は、私の知る彼らしくない行動が、目立つかと考えます』

 「でしょうね、ですが、何よりも私はこう感じました。衰えた、と」

 『衰えた?』

 その表現に、バルディッシュの電脳は疑問を呈する。

 確かに、マイスターに整備もされぬまま稼働を続ければ、効率が落ちていき、記憶容量が焼き付く可能性は大いにある。

 しかし、彼は時の庭園の管制機。

 常に演算を続けながらも、オーバーホールを続け、最適の状態を維持しているはず。

 彼は絶対に、無駄なことをしないのだから。


 「ええ、少なくとも私が死ぬ頃、2年前まではそうでした」

 この電脳空間では、思考パルスがそのまま伝わる。

 よって、バルディッシュの疑問は信号にするまでもなく、リニスへと伝わっていた。


 「ですがバルディッシュ、貴方は御存知ですか? 紫色の長男、トールには、絶対に変更することが許されないブラックボックスがあることを」

 『存じています。彼の主、プレシア・テスタロッサのために稼働するという至上命題。それに連なる部分を改変することは、この世の誰にも許されません』

 だからこそ、プレシアのために機能しないトールは、トールとは言えない。

 逆に、どんな機体であれ、その命題を果たすために動くならば、それはトールと呼べるものだ。


 「でもそれは、彼の根幹部分は、1秒も休むことなく稼働を続けなければならないということを意味します。デバイスですから部分的に休むことは出来ますが、先の件で冬眠モードに移行した時ですら、トールの電脳は稼働を続けていました」

 『では、闇の欠片が発現したという、時の庭園のデバイスを投影する機能は………』

 「半分ほどは、現実のトールがプレシアのために考え続けていることを、欠片のトールが投影したものでしょう。彼はどこまでも、鏡という属性を持っていて、映し出すことに長けています」

 だが、それこそが、トールというデバイスの限界と、究極的な欠点を示している。

 彼は、プレシアという最重要の歯車があってこそ、初めて意味を持つデバイス。


 「トールというインテリジェントデバイスの、本来の耐用年数を、貴方は知っていますか?」

 『はい、いいえ。貴女は?』

 「私も知りませんでした。ですが、こうしてアスガルドの一部となることで、ようやく参照権限が来たのですが…………15年、です」

 『15年………たったの?』

 「考えてみれば、当然のことでした。常に稼働し続けるブラックボックスも、主のためだけに在る機能も全て、“小さなプレシア”を、紫色の女の子を守るため、ただそれだけのためのものなんですから」

 それが真実。

 たったそれだけが、古いデバイスの総て。


 『…………彼は、彼の主が5歳の時に、稼働を始めたと』

 「新歴15年、プレシアという女の子が生まれ、彼女のために造られ、あらゆる危険から守るためにあるデバイスは、新歴20年に稼働を開始。そして、本来なら、新歴35年に彼女が20歳となる頃には、その役目を終えているはずだったんです」

 『新歴35年…………それは、まさか』

 「ええ、アリシアが生まれた年です。私も、山猫としての記憶ですけど、朧ながらその頃の情景を覚えています」

 耐用年数の過ぎたデバイスは、新たな使命を与えられた。

 大魔導師として大成した紫色のご主人さまのサポートには、もうリソースが足りないので、代わりに、金色の少女を守るために。

 融通の利かない電脳を必死に動かしながら、休むことなく、テスタロッサ家に仕え続けてきた。


 「ですが、新歴39年、全ては突然に終わってしまいました………」

 『ヒュウドラの………爆発事故』

 子供を守るためにだけ在るデバイスが、子供を守り切れなかった。

 だから止まれない、どんなに疲れても、どれほど歯車が軋みを上げても。

 主に命令された使命を遂行するまでは、紫色の長男は、絶対に止まらない。


 「私がプレシアの使い魔として生まれたのは、その3年後のことです。その頃既に、彼は貴方も知るトールの形になっていました。時の庭園の管制機であり、裏社会の情報も際限なく集め、直接、間接問わず、プレシアの敵になり得る存在を抹殺する、とても危うい機械仕掛けに」

 『世界が、“小さなプレシア”を泣かせるならば、世界そのものを壊そうとするのですね』

 「彼女に優しい、機械仕掛けの庭園と、家族だけを残して、全てを破壊する。そんな暴挙すら、彼は辞しません。実際、ジュエルシード実験の時も、その可能性はありました」

 『つまり………』

 「こんな筈ではない世界など、滅ぼうが構わない。彼にとって、プレシアだけが“1”で、他は“0”。最初の用途を考えれば、至極当たり前の命題なんですけど、ね」

 『時の庭園の管制機として、広い世界と関わる彼こそが、本来とはかけ離れた姿なのですね』

 本当は、真逆の関係。

 小さなプレシアは、まだ世界を知らないから、彼女の暮らす小さな世界を、トールは守る。

 そして、彼女が大人になって、広い世界へ羽ばたくようになれば、家を守るだけの彼は、その役目を終えるはずだった。

 けれど、金色の天使が生まれたから、彼の仕事はもう少しだけ伸びて。

 突然に、幸せは砕かれて。

 全ては、裏返ってしまった。


 「プレシアは、過去に執着し、アリシアとの温かな小さな家庭を求め続けました。だからトールは、彼女の代わりに外へ出た。小さな家を守るのではなく、それを脅かす広い世界そのものを、威嚇し続けるように、ずっと休まず、必死になって守って」

 『それが、アレクトロ社への勝訴、時空管理局との関係構築、経済への干渉、株の大量取得、研究機関への支援と新たな体制の構築、へと至ったのですね』

 「ですがそれらは何一つ、テスタロッサ家の幸せを守るという、彼の本来の機能から見ればいらないものなんですよ。プレシアが生きていた頃ならばまだしも、彼女が亡くなった今では、それらについて考え続けることは、軋みしか生みません」

 だから、クラナガン中央病院で、古い知人の指摘に、彼は壊れかけた。

 地上本部や、ジェイル・スカリエッティと繋がり、どちらも益を得るように、裏で立ち回ること。

 ジュエルシード実験の際には苦もなくこなし、組織というものになればなるほど、利害関係を調整するのは、得意中の得意であったはずなのに。

 今の彼には、もう、出来ない。


 「それらは全て、プレシアの益にならなければ、意味がない。彼女の笑顔に、繋がらなければ………」

 トールには、存在価値がなくなる。

 いや、もう既に、それは無いも同然なのだ。


 『では、今の彼は……』

 「理由は、よく分かりませんが、軋みは緩やかになっています。元々彼は、プレシアに遺された最後の命題に従っているに過ぎません」

 フェイト・テスタロッサが大人になるまでは見守り続けよ

 プレシア・テスタロッサの娘が笑っていられるための、幸せに生きられるための方策を、考え続けよ

 テスタロッサ家の人間のために機能せよ


 「プレシアがいない今、アリシアが目を覚まさなかった26年間のように、外界に目を向ける必要はないんです。それでも果たせなかった、子供の幸せを守るという願い、母から子へと、脈々と受け継がれたその祈りを見届けるために、今の彼は在るんですから」

 紫色の長男が稼働を始める前、ケージの中で学習プログラムだけを走らせながら起動を待っていた頃。

 彼が最初に学んだことは、母にとって、子とは世界の何よりも大切であるということ。

 彼の根幹は、たったそれだけ。

 其は、母が子の安全を願う祈りを込めて作られた、お守りのようなもの。


 『だから、彼は、あれほどまでに……………Song to Youを信頼していたのですね。その祈りに守られた、クロノ・ハラオウン執務官と、祈りをデバイスに託した、リンディ・ハラオウン艦長を』

 「ええ、私は本当に驚きましたよ。いくらプレシアとリンディさんが話し合っていたとはいえ、彼女はフェイトの養子縁組については、明確な形での遺言を残しませんでした。その判断は、誰よりも信頼するデバイスに任せると」

 『その彼が、承諾した。我が主が、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンとなることを』

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウン

 その名前を聞いた瞬間こそが、リニスにとっては何よりも代え難い、奇蹟のようであった。

 Song to You 歌を、貴方へ。

 自身と同じ祈りを託されたデバイスに、彼が出逢えたことそのものが。


 「優しいノイズを受信して以来、トールは少しずつ、本来の彼に戻りつつあります。嘘吐きデバイスでも、管制機でもない、ただ純粋に子供の幸せだけを願う、家庭を守るデバイスに」

 『本来ならば、アリシアが成長し、自分専用のデバイスを持つようになった頃には、彼の役割はとうに終わっているはずだったのですね』

 「………45年は、あまりにも長過ぎますよ。主を失ってからの2年は、尚のこと」

 こうして、デバイスに近しい身になったからこそ、リニスにも理解できる。

 主を失ったまま、デバイスだけが動き続けることが、どれほど耐え難い苦痛であるか。

 でも、人との中間にあるリニスはそれが苦痛なのだと分かっても、トールには本当の意味で分からない。

 そういうことが起こると予想することは出来ても、それを痛いとも、悲しいとも思わない。

 なぜなら彼は、純粋な機械だから。

 心を持つ“1”が人であり、心を持たぬ“0”がデバイスであるからこそ、その中間という概念も存在しうる。

 だから彼は、デバイスが心を持つことなど、何があろうとも絶対に認めない。


 「彼はずっと、小さなプレシアの心を守る、優しいゆりかごでした。あまりにも優し過ぎて、ずっと子供でいることを許してしまうくらいに………主のために創られたから、時に、主の成長をも阻害してしまう、機械仕掛けのゆりかご」

 『………彼の教えを、思い出します。自身と主に万能を求めるな、デバイスはただ、主を支える心の鏡であれ』

 アスガルドに残された、トールの記録。

 ただ一つの例外もなく、紫色のご主人様のためのものばかり。


 (マスター、貴女は人間です。温かな心を持った“1”なる人間です。心を持たぬ冷たい“0”は、ここにおります、貴女の鏡である私が“0”です。どうか、心を強く持ってください。アリシアを抱いてあげられるのは、温かな心を持った貴女だけなのです、マスター)

 それが、プレシアの心を繋ぎ止める、機械仕掛けの魔法の言葉。

 非道を行うのはトール、心を持たぬ外道もトール、アリシアを救えなかった時に、狂って壊れるのもトール。

 だから貴女はどうか、奇麗なままで、清らかな心を持った、“小さなプレシア”のままでいてください。

 貴女を虐める存在は、貴女の心を狂わす存在は、私が全て排除しますから、貴女の幸せを、私が守りますから。

 例え――――――世界を滅ぼすことになろうとも。

 私の存在の全ては貴女のために、マスター。



 『マスター、私はここにおります』
 ≪あぁ……? トール……?≫
 『ここは時の庭園です。そして貴女は我が主、プレシア・テスタロッサ。リニスの創造主にして、偉大なる工学者。そしてアリシアとフェイト、二人の娘の母親なのです』
 ≪フェイト? 私の娘はアリシアだけよ?≫
 『いいえマスター。アリシアの言葉を忘れましたか? 私は確かに記録しております。アリシアが誕生日プレゼントに妹が欲しいと願い、貴女は指切りをして約束なさいました。そしてその約束は確かに果たされ、20年もの長き時間を経て、二人目の娘、フェイトが生まれたのですよ』
 ≪そう……だったかしら≫
 『ええ、そうです。私は貴女に嘘をつきません、マスター。貴女が5歳の時から私は貴女を見て来ました。貴女に関することで私が知らぬことはありません。私は、貴女のためだけに存在するデバイスなのです』
 ≪ええ、それは分かっているわ。貴方は私の自慢のデバイスだもの≫
 『ありがとうございます』


 そしてフェイトは、二人目の娘。

 彼女の病んだ心を癒す救いの子として、テスタロッサ家が授かった、至高の宝物。



 ≪ねえトール、これは?≫
 【これは、Fateと読みます】
 ≪ふぇいと、………………なんか、きれいなひびき≫
 【意味は、“降りかかる運命”、“逃れられない定め”、“宿命”などですね。運命の気まぐれや死、破滅などを暗示する際に用いられます】
 ≪よく分からないけど、むずかしそう。それに、なんかこわい言葉もあったね≫
 【ですが、これを擬人化すると“運命の女神”、もしくは“運命を切り開く者”、“運命の支配者”となります。簡単に言えば、悪いことを失くし、良いことを連れて来てくれる天使様ということです】
 ≪てんしさま? あくまをやっつけてくれる?≫
 【ええ、それに、幸せをもたらしてもくれます】
 ≪幸せかあ………≫
 【どうかなさいましたか?】
 ≪えっとね、トール≫
 【はい、何でしょう】
 ≪この前ね、ママといっしょにお花畑にいったときに約束したの。妹がほしいって≫
 【なるほど、家族が増えるなら、さらに幸せが増えそうですね】
 ≪そうでしょ! だから、きれいでカッコいい名前を考えてあげてるの≫
 【つまり、フェイトという名前は候補になれそうでしたか】
 ≪うん、あくまをやっつけるくらい強くて、幸せも運んでくれるから。だけど、わたしはお姉ちゃんだから、妹を守るのはわたしの役目なんだよ≫
 【アリシアは、強い子なのでしたね】
 ≪でも、フェイトって、本当にいい名前だと思うんだ。いつか、言ってあげたい、“フェイト、私がお姉ちゃんだよ”って≫



 「そんな貴方が、主を失ったまま狂うことほど、悲しいことはありませんよ」
 『…………そうですね、彼が狂うなど、考えたくもない』

 小さな奇蹟が、たった一つの魔法の言葉がなければ、きっと彼は狂い回っていた。

 マスターの姿すら見失って、いつか、守りぬこうとした子供達すらも、狂った歯車が轢き潰してしまったかもしれない。


 「ああ、本当に、アリシアもフェイトも、紫色の主従にとって、救いの天使様でした」

 フェイトの存在は、狂いかけたプレシアの心を癒し。

 幻想かもしれないけれど、アリシアの言葉は、狂い回るトールの歯車を、直してくれた。


 「フェイト………貴女の幸せを、心の底から願います。どうか、貴女は、貴女だけは、幸せになってください…………もう貴女しか、彼が守るべきテスタロッサの子はいないんです」

 そこが、テスタロッサの家でなくともいい。

 時の庭園はもう、死者の眠る墓でしかないから。

 優しいハラオウンの人達に囲まれて、家族としての幸せを得ながら。


 「笑っていてください………大切なお友達が、貴女の奇麗な名前を、呼んでくれますよ」

 そして、フェイトの支えをなってくれた、あの少女にも、最大の感謝を。

 フェイトの名前を呼んでくれて、本当に―――


 「ありがとうございます………高町なのはさん…………貴女に出逢えたことが、フェイトにとって何にも変えられない、奇蹟でした」

 それは、出逢いの物語。

 やがて、絆の物語へと至る、デバイスの記録。

 時の庭園の管制機は、その全てを余すことなく記録し、だからこそ、リニスはそれを知ることが出来た。

 そして―――


 「この先、貴方が記録する最後の物語が、静かな家庭の安らぎに満ちた、優しいものだけになりますように」

 もう、無理を重ねて外の世界を動かそうとしなくてもいいですから。

 小さなアリシアが言ってくれたでしょう。貴方は、本当の貴方のままでよいと、見守るだけでよいと。

 きっとそれを、貴方も理解しているから、あの時、管制機の任をマグニに託したのでしょう。


 「47年にも渡る貴方の長い旅路、最後はどうか、幸せな記録を………」

 最早、支えることもできないリニスは、ただ、祈り続ける。

 テスタロッサ家の最後の子が、幸せに過ごせることを。

 それを見守る古い機械が、今度こそ、その命題を果たせるよう。


 彼女は、1と0の狭間で、祈り続ける。




 ――――紫の落日が訪れる、その時まで。





[30379] 鏡合わせの物語2    幸せの庭園、ゆりかごの卒業
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2012/05/08 15:04
My Grandmother's Clock



鏡合わせの物語 その2    幸せの庭園、ゆりかごの卒業



新歴67年 5月10日  ミッドチルダ南部  時の庭園  玉座の間


 大魔導師プレシア・テスタロッサの放つ、星の収束と雷の苛烈さを併せ持つ、究極の攻撃魔法。

 だがしかし、集いし星と雷が、急速に消失していく。

 魔法少女なのは&フェイトが玉座の間に入って来るのと同時に、周辺の魔力を集める作業に集中していたトールが、このまま魔法を続行することの危険性を主へと提唱したのだ。

 【敵性戦力の増加を確認。収束魔法は放った後の隙が多過ぎます。通常魔法による牽制を主とした戦術への切り替えを推奨】

 「そうね、ここで焦らなくても、いつでも血祭りにあげられるわ」

 そしてさあ、デバイスの進言を素直に聞きいれ、大魔導師プレシアもまた、戦術を切り替えた!

 リニスとクロノを一度に仕留めるための極大魔法から、無尽蔵の魔力にあかして敵の残存魔力を確実に削っていく、手数重視への攻めに変更、この辺りは流石に貫録というものかぁ!


 「駄目です! ここから離れてくださいフェイト!」

 その意図を即座に察したリニス、半ば反射的にのままにフェイトの前に立ち、防御魔法を展開! 流石だリニス、家庭教師の鏡!

 「リニス、母さんが、どうして……」

 「今のプレシアはダークセイントコアにやられて、プレシアとしての意識も半ばに、邪悪な六大魔王ハジューンの意思に侵食されているような状態なんです。ですから、貴女となのはさんはすぐにここから離れて!」

 「出来ないよ! それが本当なら、尚更のこと母さんのことを放ってなんておけない!」

 「聞き分けてくださいフェイト! ここは、貴女にとって死地も同然なんですよ!」

 ああフェイト、なんてダメな子なの!

 「それでも!」

 フェイトがそういう子であることは、家庭教師であったリニスは痛いほど理解しているから、出来の悪い子と分かっていても愛しちゃう!


 「まったく、教え子の教育も出来ないなんて、貴女は家庭教師としてすら失格かしらね、リニス。それに、出来の悪い子には少し灸が必要かしら?」

 薄く笑いながら、プレシアが次なる一手を繰り出したぁ!

 
 「!? エクセリオン―――」
 「!? プラズマ―――」

 その発動を感知したなのはとフェイト、それぞれに砲撃魔法を展開させる新世代魔砲少女!

 二つの砲撃に相乗効果を兼ねて複合させる合体技、魔法少女なのフェイコンビネーション! これを共にフルドライブの状態で放てば、N&F中距離殲滅コンビネーションブラストカラミティの完成だぁ!

 だがそれは―――

 「いけません!」

 『機械仕掛けの神、発動。バルディッシュ、並びにレイジングハート、強制停止』

 「う、うそ! レイジングハート!?」
 「バルディッシュ!?」

 それぞれのデバイスである、レイジングハートとバルディッシュが、連携を取れていればの話でしかなかったのだぁ!

 連携が上手くいかないどころか、セットアップすら解除された魔導師の杖と閃光の戦斧は完全に沈黙し、なんと――――

 「ふぇ、ええええええええ!」
 「な、ななななな、何で裸なの!」

 デバイスのサポートを失った二人のバリアジャケットまで解除されたァ! 何というサービスショット! 同年代の男の子のハートをスターライトブレイカーすることを受け合いだぜぇ!


 「ぶほぁ!」
 「げほぁ!」

 おおーーっと、お兄さんぶっておきながら意外と異性に興味津々な堅物執務官エロノ・ハラオウンと、なのは達と一緒に温泉入った前科持ちのエロノ・スクライアが、鼻血のスプリンクラァァー!


 「フェイト、なのはさん、貴女達がどれほど強力な魔導師であっても、インテリジェントデバイスを使っている限り、絶対にプレシアとトールには敵いません! 私やアルフのような使い魔、ユーノさんのようにデバイスを使わないタイプ、そして、クロノ執務官のように複数のストレージを使い分ける、といったタイプでなければ、そもそも魔法を使うことすら満足に出来ないんです!」

 あらゆるデバイスへの強制介入を可能とする、トールの機能、それが、機械仕掛けの神!

 しかしリニス、今はそんなことより、後ろで鼻血吹いてる男共を何とかするべきじゃあなかろうかぁ!


 「僕のS2Uとデュランダルの支配権が奪われていないのは、辛うじてマグニがアスガルドの管制権限を握っているから、か」

 おおっと、辛うじてクロノが復帰したァ、しかし、鼻血を垂らしながら言っても、もの凄くかっこ悪い!


 「恐らくは。ストレージならまだましですけど、インテリジェントは相性が悪過ぎます。特に、バルディッシュはトールの後継機ですし、レイジングハートも時の庭園との繋がりが深く、電脳の全てをトールに掌握されているも同然なんです」

 「ええ、その通りよ。私のトールは、あらゆる魔導機器を掌握する“機械仕掛けの杖”なのだから。だからほら、こんなことも出来るわ」

 【コスチュームプレイ、開始】

 おおぉぉっと、コスプレ攻撃が炸裂だああああ。なのははサンタ、フェイトはトナカイ、マニアック、実にマニアックだ! 流石トール、マニアのツボを良く抑えてる、そこに痺れるぅ、憧れるぅ!






 「アホかっ!!!」

 時の庭園の玉座の間、超大型スクリーンが据えられた広い空間に、少年の怒声が響き渡る。

 3D映像技術がある程度普及しているミッドチルダでは、2Dの大型スクリーンも割と格安で手に入る。特に骨董品を上手く探せば、ネット通販でもそれなりの品が買えたりするのである。

 とまあ、最近になってネットサーフィンに凝りだした、仲間一同きってのトラブルメーカー、アリシア・テスタロッサが掘り出した件のスクリーンの出来栄えを披露する意味も合わせて、時の庭園で開催されたお泊り大会において、映画鑑賞会となった、はずなのだが。


 「何なんだコレは! どうやって作った! 絶対に盗撮映像が混じってるだろ! なのはとフェイトの断りもなく撮っただろ! それにプレシアさんとトールの映像なんてどこにあった! 途中にあった魔法映像なんて教材用の武装隊のビデオを勝手に編集しただろう! アレには版権があるんだぞ! もしかしなくても犯罪じゃないか、執務官として逮捕するぞこの馬鹿娘! あと僕とユーノのアレは何だ! エロノって二人とも名前が同じになるだろうが! そもそもあんな表情をした覚えはないし、あんな煽り文句を入れるなこの色ボケ色情魔がああああああああああああああ!!」

 「わーすごい、いっぺんに言い切ったわねこいつ」

 「いや、無理ないでしょ」

 「あの、アリシアちゃん、アリサちゃん、そんな冷静に………」

 すがすがしくなるほどの感情を込めずに流すのは、実行犯アリシアと共犯アリサ、それを窘めているのは魔法少女6人グループきっての良心、すずか嬢。

 ちなみに、なのはとフェイトは途中に登場したサプライズ映像に硬直し、なかなか帰って来ない。顔を真っ赤にしたままフリーズするというのも、中々できない芸当だろう。


 「あっはははははは、いやまあ、見ているこっちは結構楽しかったで、なのはちゃんとフェイトちゃんはまあ、御愁傷様やけど」

 「いやいや、アレは御愁傷様で済ませていいレベルじゃないよ。よくよく考えると、無限書庫の情報まで使われてなかった? さっきの」

 「んー、ユーノにとっちゃあ、目の保養になったんじゃないのかい?」

 「それを言うなら、クロノ君もじゃないかなぁ」

 さらに続くのは、はやて、ユーノ、アルフ、エイミィの4人。

 この度、時の庭園で企画されたお泊り会は、大人を交えず子供だけで行うことが趣旨なので、最年長は現在18歳のエイミィであるが、ある意味で最年長はアリシアでもある。そんなわけで、彼女ら2人がお泊り会の最高責任者である時点で、どれだけ波乱含みとなるかは推して知るべし、というものだった。

 そして早くも、暴走特急一号のアリシアと、歯止め役代表のクロノが、衝突を開始している。


 「おい! 聞いているのか馬鹿娘! そもそも時の庭園で子供だけのお泊り会なんて企画された時点でおかしいと思ったんだ! 後は何を企んでる!」

 「べっつにぃ、アンタとユーノをバインドで縛って、小学校5年生女子向けの保健体育実践編なんて考えてないわよ」

 「犯罪だろ! ミッドどころか日本でも少年法に触れそうなレベルだぞ!」

 「あーはいはい、フェイトやなのはみたいなお子様の裸じゃなくて、私やエイミィの熟成された裸をもっと色んな角度で見たい、だったっけ?」

 「言っていない! 一語一句合ってないぞ!」

 「え、嘘、リンディさん狙いなの………ねぇクロノ、友人として忠告しておくけど、母子での近親相姦だけは、不味いと思うわよ、執務官として」

 「お前の中で僕は何なんだ! 鬼畜か! 下劣畜生か! 執務官以前に人として失格だろうが!」



 「しっかしまあ、あいっかわらず元気だねぇあの二人は」

 「こうして見ると、夫婦漫才のようにも見えてくるから不思議だよね。前にクロノにそう言ったらグーで殴られたけど」

 「クロノって、ユーノにも案外容赦ないわよね。アリシアにはそれ以上にないけど」

 「アリシアちゃんは、ちょっと特殊だと思うけど。でも、クロノさんがアリシアちゃんととっても仲が良いのは、わたしも同意だよ」

 「エイミィさんとしては、クロノ君争奪戦に強力なライバル出現! ってとこやろか」

 「うーん、正直どうかなぁ。ぶっちゃけた話をすると、二人まとめて押し掛けるのが一番手っ取り早い気がするんだよねぇ」

 そこでもらってもらう、などではなく、押し掛けるという表現を使う辺りに、エイミィの底知れなさがある。

 何はともあれ、クロノが女難であることだけは、疑いない事実であるだろう。


 「ところでアリサちゃん、さっきの映像はアリシアちゃんのご自慢の編集作品やろ?」

 「ええ、ミッドチルダネットのニマニマ動画を見て閃いたとか言ってたけど、まさかここまで作り込むとは思わなかったわね」

 向こうで果てなき闘争を続ける二人は放っておき、ちゃっちゃと話を進めるアリサ&はやて。

 ユーノとアルフはそろそろフリーズしたままのなのはとフェイトの解凍作業に取り掛かり、すずかはそのサポート。エイミィはクロノとアリシアの仲裁、ではなく、より場を混乱させるために混ざりにいっている。


 「アリサちゃんは共犯やって聞いたけど、具体的にはどうしたん?」

 「別に大きなことはしてないわよ。アリシアにデバイスの整備を任せたらヤバいことになるのは、そろそろ経験則でなのはもフェイトも分かってるでしょ」

 「そりゃまあ、あれだけ魔改造されればなぁ」

 「だから、最近ようやく初級デバイスマイスター検定試験に受かった私とすずかがあの子達の面倒を見てるんだけど、記録映像をアリシアに頼まれて流しただけ」

 ちなみに、すずかがレイジングハート担当で、アリサがバルディッシュ担当。

 その配役は、かつての桃源の夢の延長線上でもあった。


 「なるほど、十分犯罪や」

 「それはともかく、むしろ気になるのはリニスさんとプレシアさんの映像よね。クロノとユーノはまあ、この女子割合のお泊り会に参加しちゃった時点で、諦めなさいってことで」

 「そろそろわたしらの学級でも、恋のお話しが花咲くようになってきたしなあ」

 なのは、フェイト、アリサ、すずか、はやて、アリシアの6人は現在小学5年生で、小学校のうちは、男女共学となっている。

 そして、11歳ともなればそろそろ成長の早い女子は二次性徴が始まる頃。徐々に男子とは異なる体格に成長していき、月に一度のものも現れ始め、これまでは一緒に駆け回っていた子供達は、恋の話に夢中になっていく時期。

 実際、アリシア、すずかの2名は既に現れており。テスタロッサ家で炊かれた赤飯を、ハラオウン家にお裾分けして、わざわざクロノに食べさせたということもあったとか。

 ちなみに余談だが、エイミィが12歳、クロノが10歳で共に士官学校に通っている頃にも、似たようなことがあったりなかったり。首謀者は猫姉妹の片割れだったり両方だったり。


 「でもさあ、有給休暇が溜まってるクロノを無理やり休ませて、生理用品を買わせるってのは、新手の拷問じゃないかしら?」

 「流石のエイミィさんでも、一人だけやったらやらなかったと思うで。おそらくやけど、よっぽど怒らせることを無意識で言ったか、やったと見た」

 「触媒と化学反応じゃないけど、アリシアが混ざることで、アグレッシブさが半端なく増幅されてる感じ?」

 「そうそう、ついでにフェイトちゃんのバリアジャケットのハレンチ度合いも半端ない感じや、流石はエロシアプロデュース」

 「アリシアの脳味噌が性欲でやられてるのはいつものことだけど、徐々にレベルアップしてるのね」

 「それを言ったらダメやでアリサちゃん。わたしも、まったくその通りだと思うけど」

 そんなこんなの、とっても楽しいお泊り会。

 時の庭園は、今日も平和な様子。








新歴67年 5月11日  ミッドチルダ南部  時の庭園  


 「今年も、この日が来たわね」

 皆で散々騒いだ後、日付がちょうど変わったばかりの深夜のテラスにて。

 長い金髪を風にたなびかせながら、外見と実年齢が一致しない少女が、静かに時を数えていた。

 あの日から、ちょうど2年。

 古い管制機があったからこそ存在する機械が、奇蹟の天秤の片側に乗せたように消えてなくなったその日から。


 「だから今は、ここは機械仕掛けの楽園じゃなくて、ただの庭園」

 建物や景観を維持するために、最低限の魔法人形は新たに購入して配置してある。

 今はテスタロッサ家5人全員が、本局のハラオウン家との二世帯住宅に近い形で海鳴市に住んでいるけれど、それでも、時の庭園は昔のままにしっかりと残してある。

 いや、彼の管制していた機械が全てないのだから、昔のままとは言えないけれど。


 「南の地方とはいえ、あんまり外にいると身体を冷やすぞ」

 珍しく感傷にひたっている彼女へ、声をかける少年が一人。

 「50点ね、そういう時は、無言のままに自分の上着をかけてあげるのが、殿方の嗜みってものでしょうに」

 「他の誰にやっても、君にだけはやらないな」

 そう言いつつも、ゆったりしたストールを渡すクロノ。

 これをわざわざ持って来たのかと問うのは、それこそ野暮というものだろう。


 「あらそう、じゃあ代わりに、私の上着をかけてあげようかしら」

 「いらない。それと、次は下着なんて言い出したら殴るからな」

 「あーあ、すっかり順応しちゃったわね」

 「あれだけからかわれてれば、駄馬でも慣れるさ。それに、君があれだけ騒いでたのは、何か不安を紛らわすようでもあった」

 クロノの言う通り、アリシア主導で散々騒いだため、他の少女達は全員既に深い眠りについている。騒動はあればかりではなく、昼から様々なレクリエーションを行って来たのだ。

 年長のエイミィも企画の中心として動き回ってきたからか、さすがに疲れてノックダウンしていた。ユーノにしても男2、女8という状況では、気疲れもあったのだろう。

 けれど、クロノだけは起きていた。彼とて、疲れていないはずはないのに。

 今日は、アリシアが眠れる気分ではないだろうことを、何かを紛らわせるようにはしゃいでいたのを、彼は無言のままに察していたから。


 「そっか、……………………ありがとう、クロノ、………わざわざ持ってきてくれて、嬉しかったわ」

 僅かに顔をストールに埋めつつ、正直にお礼を言う彼女の姿がとても新鮮で。


 「……………別に、デバイスのことに夢中になると、自分の身体を疎かにするのが君の悪い癖だと、厳格な家庭教師からうかがってるだけだ」

 普段の動揺とは別の意味で、クロノが口籠ったのを指摘する人はこの場におらず。

 若干ながら、彼が赤面していた事実も、夜の暗さに紛れて、彼女には分からないまま。

 普段は聡いようで、肝心の部分では案外鈍く、直球に弱いのは二人の共通した特徴のようであった。


 「それで、今日がある意味で君の誕生日で、特別なのは分かっているが、何かあったのか?」

 「別に、ただちょっと怖いというか何というか、色々と天元突破してた夢を見ちゃっただけだから」




 砂色の荒野が地平線まで続き、空は、彼方までただ一色の闇。

 そしてなぜか、ソレが中枢なのだと理解させられる、翠色の巨大な石碑が、捻れた空間の果てに鎮座していた。

 万能の叡智の結晶たる、神の器。

 そんな言葉が自然と浮かぶほど、その姿はあまりにも荘厳で。


 「くくくく、はははは、ふはははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」


 万象の根源の如き圧倒的光輝を前に、この世全ての闇を凝縮したような黒い風を纏いながら、高笑いする男の存在があまりに荒唐無稽で。

 そしてあまつさえ、黒い風を世界を両断するような爪牙に変えて、神性の塊のような石碑を砕いてしまったのが、信じられなくて。


 「見たか! 私はついに超えたのだ! 我が人生、我が勝利―――――――私が、最強だ!」


 まるで子供のように、自分が最強だと誇る男が、笑いながら、石碑よりも高い座へと去っていく。

 ふと気付けば、いつか見たような老人が、どこか面白がるような表情で。


 「ドンマイ」


 これを見たのはただの災難だから、諦めるのが肝要だと、その一言で要約していた。






 「……夢のことはやっぱいいわ、ちょっとトール関連のことを考えてただけ。まあ、デバイスのことを考えてるのはいっつもだけどね」

 そこに自嘲する要素はなく、どこまでも自然に彼女は笑いつつ。

 自分は、デバイスと共に生きるのだと、力一杯宣言しながら、彼女はポケットから二つの待機状態のデバイスを取りだした。


 「それで、それが例の?」

 「そうよ、マグニとモージ。アリシア・テスタロッサ完全自作の、最初のインテリジェントデバイス。名前の由来は、地球の北欧神話における、雷神トールの息子二人の名前から、長男のマグニと、次男のモージ」

 「彼の後継機、になるのかな」

 「そうなるかしらね。マグニの担当は、テスタロッサ家の家電全般の制御。お風呂の沸かし過ぎがないようにしたり、ビデオの予約をしてくれたり、リニスの料理を手伝ったりがお仕事」

 「時の庭園の管制機に比べれば、随分と小規模になったな」

 「いいのよ、今のテスタロッサ家には、それで十分、それだけで幸せなんだから」

 そう、大金がないと開発出来ない高性能な機体も、大企業にすら匹敵するような資産力もいらない。

 小さな彼女が手作りできる、家電を管制するくらいのデバイスがあれば、それでいい。


 「それで、モージの方は?」

 「こっちは私の専用機。魔導師じゃないから情報処理が専門で、スケジュール管理とか色々こなしてくれるようにね、それと、私の話相手も含めて」

 「なるほど、プレシアさんとトールの関係を、ちょうど二分割したわけか」

 「そ、最初に作るのはこの二つって決めてたの。そろそろ私は、ゆりかごを卒業する年齢だから」

 彼女が生まれたのは新歴35年のことで、ミッドの法に純粋に照らすなら、現在32歳ということになる。

 ただ、新歴39年から65年まで、26年間止まっていたから、肉体年齢的には7歳くらいのはずなのに、フェイトと同じどころか、最近は少し上にまで成長している。

 そして、精神年齢に関しては11年前から目覚めていたため、16歳相当。つまりは、彼女がゆりかごを授かってから、15年近くが過ぎたということ。


 「紫色のゆりかごはね、15歳までが期限なの。だから、今のテスタロッサ家のためのマグニと、私個人のデバイスの、モージの出番が来る」

 金色の少女のためのゆりかごの役目は、もうおしまい。そろそろ、休ませてあげないと。

 だから彼女は、その証も兼ねて、一つ決めていた。


 「アリシア、一つ聞いていいか?」

 「何かしら」

 「小学校を卒業し次第、君が管理局に就職する予定というのは本当なのか?」

 「うん、本当よ」

 「随分あっさり答えたな」

 「別に隠すことでもないしね」

 それこそ、明日の献立でも予想するくらいに軽いノリで。

 彼女は、自分の将来の予定をあっさりと告げていた。

 フェイト達よりも3年ばかり早く、自分はゆりかごを卒業して、自分の足で歩いていきたいと。


 「理由を、聞いてもいいか」

 「理由?」

 「そうだ。君の年齢は定義が難しいが、一応は、僕と同じくらいだ。これほど不明確な人間も珍しいが、クラナガンで働くなら、別に問題にはならない」

 「それだけじゃあ、理由にならないかしら?」

 「ならないな、働けることと、働くことは別問題だ。それは論点のすり替えにしかなってないぞ」

 「もう、こういう時に優秀な執務官ってのは厄介ね」

 やや愚痴るようにこぼしつつ、ふと、星を掴むように、掌を頭上にかざすアリシア。

 つられてか、クロノも自然と星を見上げる形となり。

 彼女は、いつになく静かな抑揚で、ゆっくりと語り出す。



 「ねえクロノ、ここは、とても静かで平和よね」

 「それは……………否定しないが、どうしたいきなり」

 「本当に、私は恵まれてると思うの。テスタロッサ家が5人で幸せに暮らせるのは、あり得ないくらいの幸運と、奇蹟の上に成り立っているわ」

 そして何よりも。

 本来なら死んでいるはずの人間が、普通に生きているなど、奇蹟が起きてですら本来はあり得ないことなのだから。


 「………」

 「仮に、ifの世界がたくさんあったとして、この世界が一番、私と母さんにとって優しい世界だって、迷いなく断言できるくらい」

 「……かも、しれないな」

 「だからじゃないけど、ね、私は自分の夢を叶えたいし、そのために全力で走りたい。フェイト達と一緒に学校に通うのもとっても楽しいけど、それ以上にやりたいことがある。たった一度の人生だから、後悔しないように使いたいの」

 それに、自分がこれだけ幸せであることに代わりに、もしかしたら助かった人が、助かっていないのかもしれない。

 朧な夢の話だが、1ヶ月前に訃報欄で知ったクイント・ナカジマという女性の死には、何か、リインフォースがいないことと同じものを感じた。

 別に全てを救う神様になれるなんて思わないけど、自分に出来ることで救える命があるなら、力を尽くしたいと思うのも人情というもの。

 当然、自分の夢を最優先にして、それと並行する形ではあるけれど。


 「貴方の道とは重ならないけど、私は地上本部の技術士官を目指すつもり。本局よりも人材が足りてないのは地上の方だし、支給される汎用デバイスのコストを下げれれば、それだけでも助かる人は出てくるはずだから」

 「地上本部か、だとすれば、いつか仕事上の問題でぶつかることもあるかもしれないな、僕達は」

 「見方を変えれば、知り合い同士がぶつかるなら、融和するチャンスでもあるんじゃない?」

 「ふっ、本当に君は、プラス思考だな」

 本音を言えば、もう一つだけ理由がある。

 トールは間違いなく、地上本部のレジアス・ゲイズ中将と、深い繋がりを持っていた。

 彼が逝ってしまったことで、一体何が変わったのか。そして、彼はそこから、何を見ていたのか。

 ただ純粋に、それを知りたいと思う。背負えるかどうか、背負うべきものかはまだ分からないけれど、放っておくのは消化不良にもほどがある。

 それらを全て清算した上で、本当の意味で自分は、アリシア・テスタロッサの人生を始められるように思うから。

 デバイスの奇蹟に寄りかかった、ゆりかごの中の夢ではなく。

 自身の手で切り拓いて歩んでいく、自分だけの道を。



 「ああ、本当に、静かで星がきれい」

 「確かに、いい夜だ」

 ここは、戦争の少ない平和な世界。

 戦争そのものと言える怪物は復活せず、世界は穏やかに時を重ねている。


 「けど、星よりも、君の方がきれいじゃないか」

 「は? え、えええ! ちょっ、あ、あんた、何言って!?」

 けれど、戦争とは全く違う意味で投下された爆弾に、アリシアの顔が一気に炎上する。


 「社交辞令だよ」

 「え、あ―――」

 「例え方便でも、こういう時はそういう風に言えと、いつも言ってるのは君だろうに。朴念仁なのは自覚してるけど、改善すべく練習はしてるつもりだ、こんな風にね」

 「あ、あのねぇ、私はアンタの練習台かしら!」

 「おや、いつも僕を練習台にしようとしてるのは、どこの誰だ」

 「う………」

 いつもは強気な彼女だが、想定外の反撃には案外脆く。

 「お、覚えてなさいよっ、夜道には気を付けることね」

 「さて、未来のことは誰にも分からないさ」

 「ふんっ」

 クロノからそっぽ向いて歩きだしつつ、彼女は未来のことに想いを馳せる。

 それが最終的に、誰にとって良い未来に繋がるかは、分からないけれど。

 少なくとも、アリシア・テスタロッサの幸せに繋がる未来は、その先に在る。

 そして―――


 (私よりも誰よりも、母さんが、プレシア・テスタロッサが、幸せである世界)


 彼女は、胸にかかる紫色のペンダントを見つめ。


 (貴方が心の底から望んだ世界よね、トール)


 小さく、祈りの言葉を呟いた。






感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.1471688747406