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[30184] 舞台裏の出演者達 (境界線上のホライゾン 短編集)
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2014/04/11 20:24
舞台の主役が華々しく活躍する裏側で
歴史を動かしたり動かさなかったりする奴等
そんな奴等を眺めて暇を潰す助けになれば幸いだったり

境界線上のホライゾンの短編集です。続きそうな終わり方でも基本1話完結です。
基本的に原作のネタバレを含むのでアニメのみの方はご注意ください。
ハーメルンでも掲載。

リクエストの方は感想ではなく「趣味人の宿部屋」というブログの「境ホラ二次のアイデア」の方にお願いします。



[30184] 戦場の夢追い人
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/09/19 20:01
王が道を示したなら
あとは行くのみ
配点(邁進)


 怒号と火薬の破裂音、そして金属のぶつかり合い。
 自分が身を置いていたのはホライゾン・アリアダスト救出の為の最前線。葵・トーリを中心とした突撃隊の中だ。
 自分の役目は分隊の抑えを超えて追走してくるK.P.A.Italiaの戦士団の相手。
 先程までは教皇総長が保持する大罪武装"淫蕩の御身"によって武器が骨抜きにされていたが、今は副会長本多・正純の一計によって武装が使えるようになっている。
 既に三征西班牙の審問艦は見えており、今のうちに少しでも前身しておきたい。

 その為には殿である自分の役目は大きい。自分が役目を完璧にこなせば突撃隊は背中を気にせず、前だけを見ていればいいのだから。
 相手は熟練者で構成された正規の戦士団。精強な軍勢はそう簡単には打ち払えない。だが、
 ……それがどうした!
 無くなった筈の内燃拝気は回復している。
 その意味、自分の先を行く馬鹿が払っただろう代償を思えば、ここで挫けるのは、

「武士の名折れだ!」

 踏み込むと同時に足に鳥居型の紋章が展開、更に突き出した槍の穂先も流体を纏う。
 突きの一撃は相手の防御術式に阻まれて刺撃からただの打撃になり、転倒させるに留まるが今はそれで十分だ。
 すぐさま反転して突撃隊に合流する。

    ●

 自分は尼子家に仕えた家臣の家系だ。
 尼子家が滅ぼされた後は義理の祖父も父も再興運動を行っていたという。
 だが、寡兵ゆえに戦いに敗北し、彼らが旗頭としていた人物は自害して再興運動は途絶えた。
 もう尼子家の再興は不可能だろう。

 けれど、再び出雲の地に戻る方法はある。
 単純な方法だ。松平家が極東を支配した後で出雲の藩主になる人物を襲名すればいい。
 それは意味のない行為かもしれない。
 しかし、このままでは主家に仕え、主家の為に死んでいった人々が余りに報われない。
 家臣の一族である自分が出雲の地の管理を任せられれば、多少なりとも彼らの行動が報われるかもしれない。

    ●

 それが子供の頃の夢。
 青年と呼べる年になった自分はその夢を半ば諦めていた。
 各国の暫定支配を受けている現在の極東情勢では襲名者も六護式仏蘭西が出してくるか、極東から出せても傀儡だろう。
 父から手解きを受けた槍の訓練こそ継続していたが、それさえ言い訳に使う為にすぎない。
 何もしなかった訳ではない。自分は頑張った。悪いのは自分を取り巻く状況だ、と。そんな逃げ場所を得る為の努力。

 そんな諦観を抱えていた矢先に起こった三河の消滅と武蔵内での相対。
 相対が終わり、馬鹿が出陣するとき、自分はそこに加わっていた。
 ……可能性を貰った。
 それは馬鹿が言ったことであり、自分の実感だ。
 前方でくねくねと妙な動きをしている男は"不可能男"の字名の通り何も出来ない。
 教導院の入試に合格出来る程度の学力はあってもそれだけだし、武力の方では高等部はおろか中等部の学生にも負けるかもしれない。それなのに、
 ……世界に抗ってみせた。
 多くの人間が姫の自害を仕方ないと思っていた中で反抗の声を上げ、こうして多くの人間を動かした。
 それはまさに皆を率いる王の所作だ。そのときの自分は畏敬の念すら抱いてしまった。

    ●

 と、回想に浸っていると馬鹿と視線が合った。

「おいおい何だよ俺の方をじっくり見て! まさかコクりに行く前にコクられちまうのか!?」

 思わず槍をぶち込みたくなったが必死に我慢する。

「お前みたいな馬鹿に出来る事なら俺にも出来ると思っただけだよ!」

 先程までの回想を誤魔化すように叫ぶと、

「――へっ」

 馬鹿はしたり顔で笑った。

「――っ!」

 猛烈に負けた気分になった。
 そんなとき、

「!」

 不意に、大気が鳴動した。
 ふと見れば、穂先の刃が曇っている。とりあえず石突きで馬鹿を小突いてみるが、来る筈の反発がない。
 それが意味するのは、

「大罪武装か!?」

 北側に目を向けると、戦士団の相手をしていた分隊が一気に飲まれかけている。
 だが、それは大罪武装の力だけではない。
 在り方こそ違うが、教皇総長も紛れもない王だ。彼が戦場で力を振るい、声を放てばその下にいる者達は奮起する。

 そして士気全開のK.P.A.Italiaの戦士団がこちらに殺到してくる。
 恐らく自分達が審問艦に辿り着くより向こうに追いつかれる方が早い。
 向こうには豊富な経験がある。緊張による体力や精神力の消耗は少ないだろうし、戦場における術式の扱いや荒地の踏破能力など、こちらとは比べ物にならないだろう。
 その上戦場を横断した自分達と違って疲労も軽度ときている。
 殿の自分はそんな相手と真っ先に相対しなければならない。
 初陣にしては随分と厳しい戦場だ。

「けどまあ……」

 自分の父は尼子家の再興運動の折、主君を見捨てた。当時の状況はよく知らないし、歴史再現に則った行動の筈だが、少なくとも父は見捨てたと認識していた。
 昔話として尼子家のことを語って聞かせてくれたときもその場面になると言葉を濁らせた。
 力が足りなかった。口惜しそうに語る姿が目に焼きついている。

 現在M.H.R.R.にいる父は敵味方から槍の名手と謳われたらしい。そんな父でも主君を守ることは出来なかった。
 父より未熟で、武装が使えない自分がどこまでやれるか疑問があるが、

「賭けてもいい。そう思っちまったからな」

 馬鹿と、そいつが惚れた姫なら自分の夢が叶う国を作ってくれる。
 そう信じてここまで来た。それはここから先も同じであり、そこに怯えや後悔は必要ない。

 背後を振り向き、迫りくる戦士団を睨みつける。
 父からは攻撃だけでなく守り方も叩き込まれている。
 全員に対処するのは無理だが、足並みを乱すことくらいは出来るだろう。
 相手がそのまま強行したなら突撃隊が一度に相手をする人数を減らせるし、足並みを揃えようとしたなら幾ばくかの時間を稼げる。
 実にお得な話だ。

 ……これが上手くいったら父にこう言おう。あなたが生き延びて戦い方を伝授してくれたから守るべき主を二人も守れた、と。

 その場に立ち止まり、重りに成り下がった槍を放り投げる。
 先を行く仲間達が息を飲む音が聞こえた。
 彼らは次々に自分の方を振り向き、

「――行くのか!?」

 それは確認であり、気遣いだった。
 しかし、馬鹿だけはこちらを振り向かず、だが走る速度を僅かだが上げた。
 それが馬鹿なりの信頼だったのだろう。
 それを嬉しく思い、そして覚悟を決める。

「俺はここまでだ。総長のお守りは頼む!」
「――Jud.!」

 応えながらも、何人かが悲痛な顔や申し訳なさそうな表情を見せた。

「安心しろ。別に死ぬつもりはない」

 何しろ、

「――俺にはこの戦いが終わったら神社に酒や歌を奉納する仕事があるからな!」
「馬鹿ぁ――!」

 仲間達の声を背に受け、それを原動力に変えて敵の群に飛び込む。



[30184] 出雲の無欲者
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/09/20 19:57
内から出でて
人の足を止めるもの
配点(諦観)



 出雲に存在するとある神社。鳥居をくぐり、石段を数段上ったところに一人の人物が座っていた。
 尼子家の家紋である平四つ目結があしらわれた極東の制服を纏い、左腕に「生徒会長 尼子・経久」と書かれた腕章を付けた男。
 彼は右腕を肩の高さまで上げ、そこに一羽の烏をとまらせていた。ただの烏ではない。烏といえば通常は二本足だが、その烏は一本多い三本足、つまりヤタガラスである。

「それでな? 総長連合の亀井・秀綱というのは政治関係も優秀でそちらの仕事を任せてるんだが、ここ一番で失敗するんだよ」
「それは大変でありますな――」
「まあ、亀井君にはいずれ私の三男や毛利の謀将を怒らせる仕事があるし……」

 と、彼がそこまで言った時だ。石段を誰かが上ってきた。
 彼は微かに警戒したが、すぐさま緊張を解く。
 現れたのは侍女服の少女だった。その姿は人に対してどこか無機質な印象を与える。
 それもその筈で、彼女は無機物で構成された自動人形だった。
 経久様、と少女は感情の希薄な声で主である男に呼びかけた。

「おお、きつ君か。……悪いが、また今度」
「では、これにて失礼――」

 そう言ってヤタガラスは飛び立っていく。
 きつと呼ばれた自動人形の少女は飛び去るヤタガラスを視界の隅に入れつつ歩を進める。

「経久様、今のは?」
「九官鳥だよ。それより何か用事があったんだろ?」
「はい。鉢屋衆所属の自動人形から共通記憶による報告です。本城・常光様が「ちょっと三征西班牙に遊びに行ってくる」と出ていかれました。これについて副会長の政久様が意見が欲しいと」
「……総長や副長が許容しているなら生徒会が言う事はない。第一特務に関しては自由にさせろ」

 教導院の政務のトップである生徒会長、経久は面倒臭さを隠さずに告げた。
 石段に座る経久の数段下で立ち止まったきつは、彼のなげやりな返事に対して了解しましたと律儀に反応を返した。

「それと聖連から使者が来ています。現在は詮久様が対応中」
「……桜井・宗的の反乱に関する歴史再現か」
「IZUMOを欲する毛利家や六護式仏蘭西が聖連に働きかけたようです」
「いい加減焦れてきたな」

 困ったものだと経久は溜息を漏らした。
 しかし、その場に座ったまま動こうとはしない。

「詮久様一人に任せるつもりですか?」
「詮久にはいずれ晴久を名乗って生徒会長も兼任してもらうつもりだからな。仕事に慣れる良い機会だ」

 それにこれは大した案件でもないと経久は言葉を続ける。

「聖譜記述によれば嫡子を殺された尼子・経久は怒り狂い、桜井側の降伏を認めず皆殺しにしたという。故に向こうも中々乱を起こしてくれない。いや、我々としても歴史再現は行いたいのだが、相手方が仕掛けてこない事には動けない。こちらから攻める事も出来るが、自分達が勝利する戦だから強引に歴史再現を行おうとしたと思われては聖連の理念に反する訳だし、困る」
「そういう名目で歴史再現を引き延ばすのですね、分かります。てっきり経久様が自分に解決出来ない無理難題を詮久様に押し付けていたのだと愚考していました」
「……仏蘭西製の自動人形は全てお前のようにセメントなのか?」

 やれやれと経久は両手を石段に付けて体重を後ろに預ける。
 毛利・元就の伝で六護式仏蘭西から貰ったのだが、とんだじゃじゃ馬だった。
 経久が昔に思いを馳せていると、きつが首を傾げた。

「もしや最近、三征西班牙と連絡を取っていたのもこの為ですか?」
「……私はただ、桜井・宗的の歴史再現を終えたら遅れを取り戻す為に、最初の月山富田城の戦いまで一気に行おうかと大内家に打診してみただけだ」

 これも大きな仕事という訳ではない。
 先方にとっても悪い話ではないからだ。

「いずれアルマダの海戦で敗北する三征西班牙は極東側の大内では戦力を温存したいと考えている。吉田郡山城の戦いでは勝利するものの、続く月山富田城の戦いでは敗北。この戦いで大内・義隆の養嗣子である大内・晴持が死んだ事が大内家衰退の一因だと言われているからな。だから向こうはこの歴史再現は引き伸ばしたい。尼子家としても名将尼子・久幸を失う敗戦であり、直後に私が死去する郡山合戦の歴史再現は行いたくない」

 長々と喋って少し疲れたので一息つく。

「敵が二人いるならそいつらを戦わせればいい」

 そこまで言って経久はふと気付く。
 きつの能面のような顔に僅かに驚きが浮かんでいた。
 基本無表情の彼女の表情が変化したという事は相当驚いているのだろう。

「どうした?」
「いえ。謀聖の字名は虚名ではなかったのだと改めて認識しました」
「そうか」

 経久にとってはどうでもいい話だった。
 三十年戦争で覇者となる六護式仏蘭西には聖連も含めて敵が多い。自分が動かなくてもどうにかなったと思えてしまう。

「それだけに疑問なのです。どうして経久様が総長を詮久様に任せて生徒会と総長連合の二頭制にしたのか」
「ん?」
「聖譜記述から推察するに尼子家の衰退原因は一族同士や国人衆との軋轢です。遠征理由の多くは領地獲得ではなく国内を纏める為とさえ言われています」
「……」

 経久は口を挟まず無言で先を促した。

「経久様の三男にあたる塩冶・興久の乱やそれに端を発する新宮党の勢力拡大が尼子家を疲弊させます」
「……国久だって馬鹿じゃない。今は久幸も健在だし、新宮党にも無茶はさせないだろう」

 そもそも桜井・宗的の蜂起を再現しないのは塩冶・興久の乱を行わせない為でもある。

「それでも同様の事態に陥らないという確証はありません。総長も兼任して権力強化を行うのが尼子家の繁栄に繋がると判断します」
「戦いは苦手なのだがな」
「トップに必要なのは人を使う才と責任を取る覚悟。経久様はどちらも兼ねていると判断します。そもそも神の血を引く経久様なら人並み以上に戦闘もこなせるでしょう」
「だがなぁ」
「怠慢は罪悪だと愚考します」
「……愚考すると言えば控え目になると思っちゃいけないな、きつ君」

 ……神代の頃には人形が人になったと聞くが、それはこいつのようなタイプだったのだろうな。

「詮久に任せた理由は、総長を兼任していると、毛利や大内がIZUMOを欲しいと言ったら一存であげてしまいそうだからな」
「……は?」

 きつの声は相変わらず感情がなかったが、経久には返答までの間から彼女が呆気に取られたように感じられた。

「単純な話だ。どうしようもなく自分の手から離れる物に執着ができるか?」
「……」

 今度はきつが経久の言葉に口を挟まなかった。

「大内の属する三征西班牙は衰退こそすれど滅びることはない。毛利と協力関係の六護式仏蘭西はこれから昇り調子。それらと対峙する我等尼子家は毛利に滅ぼされなくてはならない」

 IZUMOは優れた航空艦の技術を持ち、尼子家もその技術力を利用して「月山富田」や「尼子十旗」などの戦力を整えたが、それも無駄だろうと経久は思う。
 聖譜記述で負けるとされた側が狙うのは、戦術レベルで勝利した後で敗北を宣言するというものだが、

「尼子の滅亡は歴史再現の解釈でどうにかなるものではない」

 毛利家からはいずれ関ヶ原の戦いで西軍の長となる毛利・輝元が現れる。
 歴史再現で西軍に付く国や勢力としては少しでも毛利家に力を付けてほしいだろう。
 それらの圧力を撥ね退けるのは難しい。

「詮久様達はその流れに抗っておられます」
「……慣れ親しんだものが失われるのは辛いからな」

 その感傷は経久にも理解出来る。理解出来るのだが。

「だが、どうせ百年も経てば自然に変わる。変化を楽しむ事も必要だと思う」

 失わせないようにする事は出来るかもしれない。だが、失われなくて変わってしまう。
 ならばわざわざ抗う意味がどこにあるだろうか。
 それが神の血を引き、これから数百年は生きられる経久の率直な考えだった。

「主家が滅んでも残った人々が抵抗を続けます。経久様は彼等を見捨てるのですか?」
「尼子十勇士だったか。貞幸の孫もいたな。幸いの名を持った男がどう生きるのか気になるが、それこそどうしようもない。滅ぶ、栄えるの契機を見る前に尼子・経久は歴史再現から退場だ」

 尼子・経久は戦死した訳ではないので郡山合戦の後に円満に引退という事になるのだろう。
 そうなってしまえば歴史再現に関わる事は困難だ。色々派手に動きすぎたし、他の人物の襲名はもとより一般生徒として行動したとしても他国から余計な警戒を生む。
 一応、後に残される者の為に出雲産業座や英国と協議してIZUMOが中立化するよう進めている。
 けれど、そうして助けた者達が天寿を全うしても自分より早く死ぬのだと思うとどうにも遣る瀬無い。

「では、そもそも何故生徒会長などをやっているのですか」

 ……嫌なとこを突くな。

「……尼子家は帝から出雲の管理を請け負った訳だが、極東に生きる者として帝の勅命は全うしなければな」
「どうも言い訳臭いですが」

 経久自身、この答えが言い訳染みているという自覚があった。
 もっともまったくの出鱈目という訳でもない。
 上位者から任せられたので信頼に応えたいというのは紛れもない本心である。帝なら自分と同じかそれ以上に長生きするという事もある。
 さりとて、一番大きく自分の心を占めているのは別の思惑だろう。
 それは、

「成した功績はなくならず、不変だ。本物の尼子・経久の名が聖譜記述に残っているようにな。私はそれに意味を見出しているのかもしれない」

 人の生き死にに関心を持たず、ただ結果だけを重視する。そう表現すると随分と冷酷である。
 ……無欲よりはマシだが、謀士と呼ばれても仕方ないな。この戦乱の時代には正しいのかもしれないが。

「経久様? どうかされましたか?」
「いや、下らない事を考えていた」

 経久は尻に付いた汚れや埃を払いながら立ちあがる。

「吉童子丸に土産でも買って帰るか」

 きつが何か反応する前に経久は階段を下りはじめる。
 それでも、背後に幾らか意識を割いてきつがしっかり付いてくるかの確認は怠らなかった。





名 尼子・経久
属 出雲教導院
役 生徒会長
種 全方位謀略家
特 無気力系謀聖

名 きつ
属 出雲教導院
役 庶務
種 侍女
特 内助の功





まあ、この時期に尼子・晴久が総長というのはちょっと無理があるけど。

書いてて思ったけど、義経と似てるところあるかな。あるいは初期のセグンドか。
「天性無欲正直の人」と「謀聖」の両方をやろうとしたら物に執着しないのに仕事はきっちりこなす妙なキャラクターに。

尼子十勇士は史料によって名前が違うから十人以上いた、というネタをやろうとしたが、二代の発言によるとしっかり十人だったみたい。残念。



[30184] 【ネタ】無音世界の音楽家
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2011/11/02 09:47
拝聴せよ
我が音楽
配点(音楽家)


 M.H.R.R.は国力維持の為にマクデブルクの掠奪以前は旧派と改派の争いは控えていたが、それでも小競り合いは存在していた。
 これはそんな戦いの一つ。

 戦いも佳境を過ぎた頃、戦場に一つの動きが生じた。
 旧派側の指揮官、M.H.R.R.旧派領邦の有力者であり選帝侯でもあるケルン大司教の旗艦、ボンの甲板に二つの人影が現れたのだ。

 髪を風に靡かせる男と侍女型自動人形だ。
 男の外見は黒髪で耳当てをしている。
 右は碧眼、左は赤眼。だが、左目をよく見れば眼球が透明で奥の血管が透けているだけだと分かる。
 左手にはヴァイオリン本体を、右手には弓を保持している。

「1648年以降ゆえ傍論からの登場申し訳ない」

 眼下の兵士に一礼し、

「ルートヴィヒ・楽聖(ゴットリープ)・ベートーヴェンだ」

 突然現れた男に対して改派側は警戒を強めた。
 旗艦に乗っている人員は役職者でなくともそれに準ずる実力者である可能性が高い。
 しかし護衛艦に守られて戦場の後方に位置するボンのベートーヴェンの行動を制止する事は出来なかった。

「本日は私の聴覚を材料にした神格武装"嵐"(シュトゥルム)そのお披露目演奏会にこれだけ集まってもらって恐悦至極。では早速演奏を始めよう」

 ベートーヴェンは左手で持ったヴァイオリンを肩と顎で支え、弦に弓を走らせる。
 荒々しくも流麗な調べが紡ぎ出されると同時、

《嵐はすべてを飲み込む暴風である》

 大気中に詞が放たれた。
 その直後、戦場に巨大な音が連奏した。

「説明しておこう。"嵐"から奏でられた音楽は流体を打撃力に変換する」

 そこまで言ってベートーヴェンは首を傾げた。
 地上では数百メートルに渡って兵士の誰もが打撃を受けていた。
 それはベートーヴェンを中心に、波紋のごとく彼から離れるにつれて威力が弱くなっている。
 つまり、

「引っ込め、ヘボ音楽家!」「ただの音響兵器じゃねーか!」

 旧派側から怒号が巻き起こった。

    ●

「何分初めてなので調整が完璧ではなかった。申し訳ない」
《嵐は人の支配を受けない》

 耳は聞こえなくともおおよその状況を察する事は出来る。
 ベートーヴェンは謝罪を口にしたが、

「ただ、私の音楽は身分や貧富の差に関係なく万人が聞く事が出来るものだから」

 いまいち反省が見られない。
 そんな彼の肩を背後に控えていた自動人形が指で軽く叩く。
 表示枠を展開しながら振り向いたベートーヴェンは右目を閉じ、左の赤い目だけで自動人形を見据える。

「なんだい、テレーゼ君。君の声はとても綺麗な色をしているから、聞こえないのが実に残念だ」

 テレーゼと呼ばれた自動人形は問いに答えず、自らの額をベートーヴェンの額に押し当てる。

「自重してください。指、折りますよ?」
「――!?」

 大仰な動きでベートーヴェンはふらつき、仰け反る。

「……悲愴な気分だ。この熱情、どう表現すべきか」
《嵐とは天の涙である》

 今度は上から下という指向性を伴った打撃が兵士達を襲い、再び怒号が起きた。



名:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
属:ケルン教導院
役:楽長
種:音楽家
特:失聴者






新伯林の強臓式やネシンバラの幾重言葉見てたらやってみたくなったネタ。他に書いてた話より早く書きあがってしまった。

しかし、ベートーヴェン、祖父の方でも1700年以降なんだよね。
聖譜記述の傍論ってどの辺りまで記載があるんだろう。大人しく当時の音楽家にした方が良かったかな。



[30184] 滅びゆく都市の元主従
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/08/02 11:03
すれ違う二人
ともに感じるのは
非力な我が身
配点(相対)




 マクデブルク西方で行われていた六護式仏蘭西の武神とM.H.R.R.、P.A.Odaの戦い。
 一機の武神が剣を振り上げ、眼前の敵陣を薙ぎ払おうとした瞬間、いきなり剣の柄から先が宙に舞った。

 武神の視覚素子はその原因を確かに捉えていた。
 槍を携えた男だ。M.H.R.R.の制服の上に陣羽織を纏った男が武神の手首の高さまで跳んで剣を断ち切ったのだ。
 P.A.Odaの学生が顕現させた天使を足場として着地し、男の口が言葉を作る。

「名乗らせてもらう。M.H.R.R.、A.H.R.R.S.所属、近接武術師、――亀井・茲矩」

 そして槍を構え、更なる攻撃に移るべく身を沈め、

「――!」

 弾かれたように視線を西の丘側に向けた。
 前田・利家の加賀百万Gの戦士団を越え、五十体程の侍女型自動人形の銃士隊が戦場に加わったのだ。
 それを指揮するのは三銃士ではなく、六護式仏蘭西の制服を纏う中年の極東人。

「――くっ……!」

 茲矩の表情が目に見えて変化した。
 そして彼は天使を踏んで跳躍、銃士隊の前に立ち塞がる。

    ●

 三列になって進攻する自動人形の後方にいた指揮官は茲矩を確認すると部隊を停止させた。

「M.H.R.R.の亀井・茲矩だ。名乗れ」
「……ブロイ伯フランソワ・マリー。六護式仏蘭西のEcole de paris所属だ」

 指揮官は微かな躊躇を見せてから名乗り、それを茲矩は嘲った。

「俺の前でも今の名を名乗るか。それとも過去をなかった事にしたいか?」

 言葉を切り、一呼吸置く。

「元出雲教導院総長兼生徒会長、尼子・義久」

 視線に力を込めて義久を睥睨する。
 睨まれたブロイ――義久は沈黙したが、やがて口を開く。

「勝久の事をまだ根に持っているのか?」

 それは尼子家の再興活動において旗頭になった人物の名だった。

「当然遺恨はある。あの頃、俺達が復興運動をしていた時、お前は何もしなかったな」
「そう、何もしなかった。敵対せず、何もしなかった。それでは不満か?」
「あの状況で何もしないのは敵対と同義だろうが!」

 義久本人が動けずとも解釈次第で幾らでも支援は出来た筈だったのだ。
 にも関わらず一切の支援はなく、激戦の中で茲矩達は疲弊していった。
 尼子十勇士も一人また一人と力尽き、残ったのは三名のみ。
 甘えがあったと言えばそれまでだが、かつての主君から支援がなかったのは心にしこりとして残る。

「牽制にはなっていたと思うが」
「貴様……! 復興運動には尼子家の臣下が大勢いたんだぞ! それを見捨てて……」

 茲矩の激昂を、義久は軽く受け流した。

「なあ、茲矩。――いつまでも滅んだ主家を語るのは忠義ではなく陶酔と言うのだ」
「――!」

 茲矩は自身の顔が引き攣るのを自覚した。鼓動や血の流れがやけにはっきりと感じられる。
 彼には義久の考えが分からない。どうして容易く支配を受け入れられるのか。
 支配されれば理不尽に奪われる。それは義久とて理解していると思っていたのだが。

「仏蘭西に下ったのは私だけではない。彼等を守る為には必要な措置だ」
「そして隷属を受け入れたか」

 かつてのトップを優遇してみせた上で帰化した者を管理させるのは反乱を防ぐ為の支配者側の常套手段だ。

「滅ぼされた事を屈辱に思い、抵抗する者もいれば、命や生活の為に諦める者もいる。IZUMOへ逃げても再び攻め滅ぼされるのではないかという不安は付き纏う。そんな人々が六護式仏蘭西に亡命したとてそれを非難出来ないだろう」
「だからこそ英国との協力や歴史背景を武器にIZUMOを中立化させた」
「結果論だな。IZUMOが仏蘭西に支配される可能性も十分にあった。それに先日の武蔵との戦いの内容も知っているだろう? 総長エクシヴや副長テュレンヌの猛攻による恐怖は拭えぬ」
「それをさせない為に幸盛殿や正光殿は戦い続けたし、俺も亀井・茲矩を襲名したんだ」

 茲矩は語調を強め、双眸に力を込める。
 それは自身の半生を否定されては堪らないという半ば意地のようなものだった。

「欧州の覇者となる六護式仏蘭西もその内部は戦費などで財政は崩壊寸前。亡命者は今後真っ先に犠牲となる立場だな」
「……ブロイ伯を襲名する際にアンヌ・ドートリッシュと約定を結び、最低限の生活を確約させた」
「この時代の最低限は0でないというだけだろ」

 信念に基づいて互いの論をぶつけ合わせた二人だったが、不意に両者の間で言葉がなくなった。

「これが私とお前の平行線だな」
「ああ、そして境界線はない」

    ●

 茲矩と問答している間、義久は手元に出した小さな鍵盤を叩いて実況通神を行っていた。
 これが三銃士や部下の自動人形達なら共通記憶を利用した高速の遣り取りが可能だが、生憎と義久は生身だ。

ブロイ:『面倒な奴が出てきたな。あ、流石に表示枠見てると向こうがぶち切れそうだから質問とかには答えられない』
001:『Tes.』
ブロイ:『尼子家はトップが神の血を引いていた上に拠点が出雲だったから神奏術が盛んだったが、特にあれの祖父である多胡・辰敬は有数の使い手で、代演を利用して多数の神の力を得ていた。加護は多ければ効果が薄れるが、そこは質より量という発想だろう。応用が利くしな。茲矩もかなりの奏者で毛利相手にヒャッハーしてたみたいだな』
021:『誰か当時の戦いの記録の照会を』
032:『押忍。聖譜記述では内政の手腕を評価される武将ですが、戦場でも戦功をあげています。毛利側は殺害を試みたようですが羽柴に行く聖譜記述だったので断念したとか』
047:『織田や羽柴は神奏術の使用にも躊躇がないので厄介だと判断します』
ブロイ:『主校じゃなければ特務、いや副長クラスか。猿から琉球でも貰って引き籠ってればいいものを』

 指が最後の字を入力し終えると義久は軽く呼吸を整える。
 視線の先では茲矩が膝を曲げ、身を僅かに沈めた。走り出す為の準備動作だ。

 やれやれと聖術を使う為の術式契約書を取り出す。
 六護式仏蘭西へ下った折りに服従の証として神道からTsirhcの旧派に改宗している。
 当初は抵抗があったが、今は何も感じない。人間は慣れる生き物だという事だ。

    ●

 茲矩が飛び出したのと同じタイミングで銃士の自動人形が長銃を構え、術式火薬の光と硝煙、銃声の合唱が大気に放たれる。
 狙いは正確だ。こちらに対して全弾命中を考えず、左右に避ければ自分から銃弾に当たりに行くよう弾道を描いている。
 この辺りの連携は自動人形ならではか。

 しかし、と茲矩は思う。
 鹿島神宮の軍神や熱田神宮の剣神から戦闘関係の加護を得ている自分には不十分だ。
 槍を斜めに構え、うねらせるように振るえばそれだけで銃弾が弾かれ、逸らされる。

 次弾はない。先込め式の長銃は重力制御である程度の連射は可能でも茲矩には遅すぎた。
 茲矩の足下に鳥居型の紋章が一瞬生まれ、すぐに弾ける。それと同時に茲矩も跳ぶ。
 上というよりは前に。自動人形の頭上ぎりぎりを飛び越え、義久を捉える。視線の先にいる義久の手の中で術式契約書光になって消えるが、構うものか。

 着地した段階で両者の距離は至近。あと一歩で槍の間合いに入る。
 躊躇わず踏み込み、槍の一撃を放つ。

 義久は突きに呼応するように後退しながら腰に下げた太刀を抜刀、迎撃を行う。
 返ってきた手応えを吟味しながら茲矩は攻撃の手を休めない。

「――」

 突きの連撃は目にも止まらぬという表現が的確で、薙ぎは穂先の銀光が一つに繋がって見える。
 身体能力では聖術によって強化した義久が上だったが、手数では茲矩が圧倒していた。

 最初こそ的確に対応していた義久も次第に動作に淀みが生まれていく。
 そして決壊は程なくして訪れた。
 防御術式も制服も容易く貫き、義久の心臓を突き破る。

「が……」

 義久は口から吐血し、頭と両手は力なく垂れ下がる。

「……敵将、尼子・義久討ち取ったり」

 呆気なさを感じながら茲矩は槍を引き抜く。
 だが感慨に浸る事は出来ない。後ろには義久と接近戦を演じていた為に誤射を恐れて待機していた銃士隊がいるのだ。
 槍を頭上で回して穂先に付着した血を吹き飛ばしながら反転。

 その直後、視界の中央に入れた自動人形の胸部が弾け飛んだ。
 ……は?
 崩れ落ちる自動人形の意味を考えようとした茲矩は、全身に怖気を感じた。

 肌で感じる空気の動きと耳元の風切り音、思考より早く体が動いた。
 槍を片手で保持して背後に振る。直後、石突きが何かとぶつかった。
 素早く振り返った茲矩は有り得ないものを見た。

「……いつの間に不死と再生の力を手に入れた」
「残念だが私は純正の極東人だ」

 不敵な笑みを浮かべて義久が立っていたのだ。
 胸の部分に穴が空いているが、そこから覗く肌には傷一つない。
 義久の言が事実なら何らかの武装か術式の効果であり、茲矩には思い当たるものがあった。

「神格武装、荒身国行か!」

 またの名を頼国行。
 尼子・義久と家臣である大西・十兵衛の逸話に美化とこじつけという解釈を加えて造られた神格武装。
 通常駆動では所持者が負ったダメージを部下に移す効果を持つ。

 かつての尼子家の主君は戦闘においては家臣より優れ、また内部に不安を抱えていたのであの神格武装を使う事はなかった。
 だが、
 ……核と記憶素子さえ無事なら幾らでも作り直せる自動人形であれば躊躇せずに使えるという事か!
 人に尽くすのが本懐の自動人形なら怨みを持つという事もない。

 その時、後方で長銃が構えられる気配があった。
 茲矩は咄嗟に前に踏み込み、義久の肩を掴んで位置を入れ替え、楯とする。
 ……!
 刹那、茲矩の経験と直感がその行動は失策だと警告した。

「――っ」

 腹部に熱と痛みが走った。
 視線を落とすと義久と自分の体の間を銀の刃が貫いていた。
 ……自身の体ごとか。
 剣神による防刃の加護があるし、更に艦船に使われているのと同様、一部のダメージを全体に分散させる防御術式もある。
 元々浅い刀傷だった事もあり、全身に浅い切り傷が生まれるだけで済んだ。

 ……なんて迂闊な。
 考えれば当たり前の事だった。自身のダメージを自動人形に移せる義久ならこれくらいする。
 異族相手ならこんなミスはしなかっただろう。

「はっ!」

 後ろに跳びつつ上半身の力だけで突きの一撃を見舞う。
 過たず喉を穿つが、義久は肉が引き千切れるのも厭わずにバックステップ。

 義久の肩越しに自動人形が二体、胴体と喉を破損して倒れた。
 やっと三体。
 能力は把握したし、それに応じて意識も切り換えた。
 このまま戦えば勝てるという自信はあるが、あまり時間をかけると竜脈炉の爆発前に撤退出来ない。
 義久は因縁のある相手だが心中する程ではないし、自分はまだ六護式仏蘭西の敵でいる必要がある。
 ……どうするべきか。
 決断を迫られた茲矩の目の前に表示枠が現れた。

    ●

 ……あー、痛い。
 国行を握りながら義久は内心でぼやく。
 手中の神格武装のお陰で傷は消えるが痛みのような違和感は残る。おそらくは脳の誤作動だろう。

 これが地味に厄介で気が抜けない戦闘中でも容赦なく集中力を奪う。
 しかし今は一息つく事が出来た。
 茲矩が眼前に表示枠が展開した事で動きを止めていたからだ。

「……くっ!」

 通神を一瞥した茲矩は苦虫を噛み潰したような表情を作る。

「……了解した。扇を用意しておくと伝えてくれ」

 そう言って表示枠を消し、

「決着は関ヶ原で付けよう。せいぜい竜に食われないよう注意するんだな」

 物騒な言葉を残して茲矩は離脱した。
 周囲を確認すればM.H.R.R.の包囲戦士団も撤退を始めている。マクデブルクの掠奪が終了に向かっているという事だろう。
 部下から追撃を進言されたがとんでもない。

「あのままじゃジリ貧だったな」

 柄の部分にある流体燃料の残量を示すメーターを見る。
 三回の通常駆動でもそれなりの流体燃料を使用してしまった。
 上位駆動ほどではないが通常駆動でも燃費は悪い。

「それにしても関ヶ原か。そこまで私が嫌いか」

 けれどそれも仕方ないかと義久は思う。
 聖譜記述に則って雲芸和議という尼子家にとって不利な和睦を結んだり家臣を殺したりした。
 他者に嫌悪される要素は十二分にある。
 故に、だからこそ、

「――歴史再現に守られた貴様が何を言っても無駄と知れ」

 ……国を滅ぼす暗君の宿命を背負う事になった私の気持ちが分かるものか。
 それは亡命者を纏める公の立場として決して言ってはならない私の言葉だ。
 自覚はあるのだが、ついつい吐き出したくなる時がある。
 ……けど今ので愚痴は終わり!

「さあ、行くか。前総長救出の功があれば今後の待遇も安泰だろう」

    ●

 それから間もなく、北西の空に太陽が生まれ、照らし出された月の下、一つの時代が終わりを告げた。










名:亀井・茲矩
属:A.H.R.R.S.
役:対毛利家先鋒
種:近接武術師
特:忠臣

名:尼子・義久
属:Ecole de paris
役:銃士隊長
種:近接武術師
特:尼子家当主









まあ、史実の亀井茲矩は尼子義久に仕えていた訳ではないんだけどね。

やっぱり戦闘シーンは苦手だ。
あと、軍神や剣神の加護って聞くと何だか不安になるよね。



[30184] 【ネタ】航空都市の嫉み者共
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/09/22 21:45
あの野郎
許さねぇ……!
配点(嫉妬)



 その日、彼は実家の手伝いに勤しんでいた。
 彼の実家は商店で、アクセサリーや小物を販売している。
 神道系の白砂台座だけでなく英国の"大属の芸術"などとも提携していてデザインや種類は豊富だ。

 カウンターでそろばんを弾きながら時間を潰していると来店があった。
 犬臭い忍者と金髪巨乳だ。アリアダスト教導院三年竹組に在籍する彼にとっては同級生であり、学内でも時々顔を合わせる。
 二人は店内を見回り、陳列されたアクセサリーを手に取って眺める。

「メアリ殿、これなんてどうで御座る?」
「私は点蔵様が選んだものならなんでも」
「いやいや、自分の方こそメアリ殿が気に入ったものなら破産覚悟で買うで御座るよ」
「まあ、点蔵様ったら」

 バキィ! と持っていたそろばんが砕けた。
 そして心の深いところから込み上げてくる激情があったが、何とか営業スマイルを維持する。

 それから二人は十分ほど商品を吟味した後、それぞれアクセサリーを買って相手にプレゼントしあっていた。

    ●

「……」

 手伝いが終わると同時に彼は店を飛び出し、

「エマージェンシーエマージェンシー!」

 彼が魂の叫びを上げれば周囲に無数の表示枠が展開する。
 映っているのは年頃の男が多いが、年配の男や女性の姿もある。

「これより緊急会議を開く! 者共、集まれ!」

 呼びかけにJud.と返答があった。
 彼は満足げに表示枠を消し、走る速度を速める。

    ●

 辿り着いたのは一軒の家屋。ここが彼等の隠れ家だ。
 表向きTsirhcの集会場という事になっており、外から中の様子を窺う事は出来ない。
 禁教のTsirhc関連の施設は見て見ぬ振りをするのが武蔵内での暗黙の了解なのでこそこそやるには都合が良い。

 入ってすぐのリビングで先程表示枠で連絡を取り合った面々が彼を迎えた。
 彼は空いている場所に座り、早速店で遭遇した一部始終を話した。
 それに対する反応は、

「うぜぇ……」
「忍者こけて股間強打しろ」
「……え……誰?」
「温暖化活性化の罪で逮捕しろよ」
「いやぁ、むしろ俺の体温が下がったぞ」
「ちょっと触手×忍者のネーム切ってくるわ」

 口々に憤りを吐露する。
 また、M.H.R.R.出身の男性が鬼気迫る形相で紙に文字を書き殴っていた。

「もげろもげろもげろもげろもげろもげろもげろ……」

 何でも独逸に古くから伝わる民間術式で、文字の力を具現化出来るらしい。

「つーかさあ、この前も往来で副長交えてセックスがどうこう言ってたぞ」
「あの……えっと、名前は思い出せないが忍者の蛮行はそろそろ許し難い」

 彼等は人呼んでしっと団。主に公共の場での風紀の取り締まりを主任務としている。
 語源には諸説あり、一説には(バカップルに対する)座り込み活動(sitdown)からだと言われている。

 その歴史は古く、神代の時代には存在していたとされる。
 長い歴史を誇るだけにメンバーは世界各地にいる。
 最近の研究ではプラトンもしっと団の一員であり、歴史再現で独身を貫かねばならず、更に史実の方が男色家であったと気付いた時、彼は苦悩と失意で狂乱し、近くにいた僭主にレスリングを仕掛けて幽閉されたとかされなかったとか。
 他にも、師であるソクラテスが入団しようとするも全会一致で拒否されたという話もあるが、真偽は定かでない。

「あーくそ! 何か制裁加えたいけど、あんなんでも一応王配だしなぁ」
「エロゲ地雷(ヴァージンクイーンエリザベス)も無効化されるとは想定外だったぜ」
「天然も良いよね」
「よし、女装男子がヒロインの「淫ポ搾る」でも送るか。流石にあれなら不和が生まれる筈……!」
「食事に下剤混ぜたけどそっこーで看破された」
「『らめえぇぇ! そこは汚いで御座るぅぅ!』と」

 使命を果たす為に議論を重ねていると、不意に、

「制裁を加える方法がない訳ではない」

 口を開いたのはメアリを慕って英国から転校してきた異族の青年だ。

「聖譜記述によれば、次期英国国王であるジェームズ一世の父親、ダーンリー卿は暗殺されている」
「――!」

 メンバーの中に衝撃が走り、皆は互いに顔を見合わせた。

「武蔵はヴェストファーレン会議で行動の是非を問われる訳だが、やっぱり聖譜記述には従っていた方が他国の心証もいいよな」
「……これは謀反じゃない。ただ歴史再現を実行しようとしているだけだ」
「歴史再現じゃあ仕方ない」
「まあ、一応特務だし、殺すのもあれだから九割殺しくらいで勘弁してやるか」
「では俺はボスウェル伯辺りを襲名出来るように頑張ろう」

 うんうんと皆は頷き合う。

 内通、調略、造反、暗殺。
 裏切りと謀略渦巻く戦乱の世において、また一つの陰謀が練り上げられていった。








英国史について調べてる時につい思いついたネタ。
アニメが始まってから創作意欲が高まってヤバい。



[30184] 大三島の戦姫
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/09/24 10:38
どうしてこうなったのだろう
いつまでこうなのだろう
いつまでこうしていられるだろう
配点(アイドル)



 四国。世界側でいうなら未開大陸。
 武蔵が停泊している陸港から伊予の居留地への街道を正純は歩く。
 道中、塩の香りが混じった風が彼女の肌を撫でた。

 何故こんなところにいるかというと、父から居留地にいる知人に手紙を渡すよう言われたのだ。関所の前にいるだろうから行って渡してこい、と。
 久し振りの会話が親子らしくない事務的なものだった事に寂しさを感じつつも、正純は了承した。
 断れば更に距離が広がると思ったからだ。

 歩きながら正純は以前調べた知識を掘り起こす。
 伊予の居留地は少々特殊な立ち位置なのだ。
 未開拓で不毛な重奏領域が多いので自活が難しく、また聖連のトップである教皇総長がいるK.P.A.Italiaに近い。
 ……聖連寄りだと言われてるよな。

 程なくすると関所が見えてきた。
 門の脇には狩衣を着た男性が木製の椅子に腰かけている。
 背もたれのない簡素なものだ。恐らく他から持ち込んだのだろう。

 窺っていると、男性と視線が合った。

「もしかして正信の使いか?」
「Jud.、父からです」

 そう言って手紙を渡す。

「……確かに受け取った。正直、余計な真似なんだがな」

 と、男性の足下に積っていた砂が風もないのに動き、文字を形作った。

『こんにちは』『初めまして』『ハロー』『お嬢ちゃん今暇?』
「……これは?」
「知らないか? 四国に住んでる珪素系の異族だ。聖連は個人ではなく「アボリジニ」という民族単位で襲名させているな。俺は個人的にイバヌマと呼んでるが」
「そうなんですか」
「そうなんだ。えっと……」

 自分を見ながら男性が戸惑ったのを感じ、正純はまだ名乗っていない事に気付いた。

「アリアダスト教導院二年梅組、本多・正純です」
「…………ああ、梅組か」

 ……何だ今の沈黙!
 正純の焦りをよそに男性は「ノブタンの娘だもんなぁ」と呟き、

「俺はここの居留地の代表をしている大祝・安舎だ」

 居留地の代表と聞いて正純は身を固くした。
 あるいは父が配達を頼んだのは政治家志望の自分への気遣いだったのかもしれない。
 正純が思考を巡らせる中、イバヌマが素早く動いて新たな文字を作った。

『違う』『否』『違うよ』『鶴姫』『くれーんぷりんせす』
「鶴姫?」

 正純は首を傾げつつ記憶を探る。
 この時代、その名前を持つ人物は複数いるが、四国で鶴姫といえば大三島の鶴姫だろう。
 時折物語の題材にもなっており、正純も子供の頃に彼女が出る本を読んだ覚えがある。
 最近も「極東のジャンヌ・デ・アーク」という神肖戯画(テレビアニメ)が放送している。
 ……しかし、何故この場でその名前が出る?

 一方の男性はばつが悪そうな顔で視線を落とした。

「……余計な事を言うんじゃない」
『伊太利亜』『愛蘭』『独逸』『鶴姫』『墨西哥』
「……今更か。言ってどうこうなる連中じゃなかった」

 男性は不本意ながらも納得したようだったが、正純は困惑を深める。

「あの、どういう事なんですか? 鶴姫って……」

 あー、と男性は頭を掻き、

「本多君は武蔵生まれじゃないな?」
「あ、Jud.、三河の生まれで、武蔵には今年から」
「だよな。……まあいいや、どうせ遅いか早いかの違いだ。武蔵の連中は大体知っている事だし」

 男性は体を僅かに浮かして椅子に座り直す。

「昔、居留地への支援と引き換えに対西班牙戦に駆り出されたんだ。一種の傭兵だな。本来は妹が鶴姫を襲名して派遣される予定だったが、直前のトラブルで俺が襲名した。教皇総長も既に実績があった俺の方が良かったみたいだ。場合によっては性別の違いを理由に歴史再現をやり直せるし」

 ただ、と鶴姫は脱力を滲ませながら続ける。

「連絡ミスで一般生徒には妹が来ると思っていたらしい。しかもうちの一部の馬鹿が「外貨獲得だぁ!」とか抜かしながら妹の写真集を売ってたからな。買う方も買う方でフライングで同人誌作ってる奴等もいたし。性格や一人称が違うどころじゃないぞ」
『触手』『百合』『凌辱』『クロスオーバー』
「味方のK.P.A.Italiaや六護式仏蘭西勢はおろか、三征西班牙の連中までがっかりしてて……挙句偽物扱いだ。撃退した筈なのに何だか負けた気分だった」

 ……実は武蔵だけじゃなくて世界規模でそんな感じなのだろうか。

「聖譜記述では戦いの後で鶴姫は入水自殺する事になっていたが、向こうはまだ俺の力を有用だと判断したらしく、解釈が認められた。俺が契約しているオオヤマツミは海神でもあったから、その加護を利用して三十分ほど海に浸かり、それを入水自殺の解釈としたんだ。……先程の偽物説と合わせて本物が自殺したと思われた時は否定を放棄したが」

 話が進むたびに鶴姫はテンションを下げていく。

「……悲劇的な最期、という認識が広がったせいで今でも創作分野で人気あるのは流石に頭を抱えたな。真相知っている筈の奴等もしっかり同人誌作ってるし」
『最近』『流行』『トレンド』『女性化』『カップリング』『義頼』『異世界召喚』『反逆』『ハーレム』『新作』『エロゲ』『戦乱の姫巫女』『初回盤』『予約受付中』『だよ』
「まあ、うちの連中に限ってはある程度許容してやりたくもなるんだがな。色々閉塞感抱えてるだろうし、息抜きになるなら――現実が思い通りにいかなくても想像なら自由だ」
「……やっぱり、極東に生まれると多くを諦めないといけないんでしょうか?」

 不躾だと理解しながらも思わず問いかけていた。
 副会長になって半ば物置になっている生徒会室を見た時、正純は失望を抱いた。
 しかし、それが今の極東の現状なのだとあっさり受け入れる自分もいた。

 だからこそ、他人が現況をどう思っているのか知りたかったのだ。

「……」

 鶴姫は顎に手を当てて幾らか思案し、

「こんな場所に押し込めた聖連への憤りもあれば、曲がりなりにも彼等の支援で生活出来たという事実もある」

 外に広がる乾燥した無人の荒野に視線を送り、力なく息を漏らす。

「難しいよなぁ。重奏統合争乱終結から既に百六十年。今生きてる極東人は居留地生まれだ。根幹の部分で支配されているのが当たり前になってるかもしれない。それでも、不自由は感じるし、そういう意味では松平には期待してる。うちはどっちかというと西軍寄りだし、末世もあるが」
「それは――」
「……ちょっと待ってくれ」

 突然鶴姫が正純を制止した。その理由は明白。
 鶴姫の視線はイバヌマに向いていた。

『非常事態』『ワーニング』『品川』『喧嘩』
「武蔵が来ると騒ぎが起きやすいから目を光らせてたが、案の定か。何が原因だ?」
『決闘』『聖戦』『浅間様が射てる』『ヒロイン論争』『攻め受け』
「……仲裁する気なくすなー。止めるけどさ」
『Jud.』『出陣』『ゴーアヘッド』『ヒャッハー』

 不意に、正純は肌に感じる熱が急激に上昇したのを感じた。
 足下の空気が揺らぎ、猛火が生まれる。
 炎は竜のようにうねって鶴姫の体に巻きつき、先端が鶴姫の顔の横で止まる。

「すまないが本多君。俺はこれで」

 鶴姫は手短に告げ、武蔵の方へ駆ける。

「……私も帰るか」

 手紙を渡した以上、正純も留まる意味はない。
 結局、望んだ回答が得られたとは言い難かったが、これまでの人生で思い通りになった事の方が少ないのだ。
 なかなか上手くいかないなと苦笑して正純は帰途につく。





名:大祝・鶴姫
属:伊予居留地
役:大山祇神社宮司
種:全方位神奏術師
特:同人界の偶像









「史実の男性を襲名した女性キャラは多いけど、その逆はないな。ノリキは未遂だし」「ワムナビの遣いー! 早く来てくれー!」「(アニメを見つつ)え、四国にも居留地あるんだ」
これらの気持ちが融合して爆誕。
正純出したのは割とノリ。本編前だからまだ色々吹っ切れてないね。



[30184] 【ネタ】夢境の襲撃者
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2011/12/17 20:02
ただの出鱈目か
秘めし願望か
配点(夢)



 航空戦艦の舳先でマクデブルクの戦況を確認していた前田・利家はふと、胸騒ぎを覚えて視線を上に向けた。
 夜の空に星とは異なる十の輝きがあった。
 揺らぎ、風切り音を纏って近付いてくるそれが自身への攻撃だと気付いた直後、利家は舳先から身を躍らせていた。退路がそこしかなかったのだ。

 一瞬遅れて飛来物は轟音と共に甲板に突き刺さる。
 更に、狙われたのは利家だけではなかった。
 加賀百万Gによって呼び出した独逸傭兵団の一部、武神にも似た白骨の大型人形が真っ二つに断ち割られた。

 ……これは。

 崩れながら地面に沈んでいく骨人形のすぐそばに着地した利家は、攻撃の正体を正確に見極める事が出来た。
 投擲用の短槍だ。
 槍本体は飾り気のない無骨なデザインだが、柄の部分に黒い布が巻かれ、その隙間から光が無数の欠片となって散っていく。

 ……聖術の術式契約書。対霊効果かな。

 そしてもう一つ。
 槍は斜めに地面に刺さっている。つまりどの方角から飛んできたのか推測出来るのだが、

 ……どうやら、敵を連れて来てしまったみたいだ。

    ●

「六天魔軍もどうという事はないな。森・蘭丸にでも譲ったらどうだ?」

 程なくして敵が南から現れた。一人の男だ。
 肩口で切り揃えた金髪は汗で肌に張り付き、呼吸は幾らか乱れている。
 それでも力のある視線は真っ直ぐに利家を見据えていた。
 歩きながらK.P.A.Italiaの制服を脱ぎ捨て、代わりにM.H.R.R.の制服を羽織る。

「フィレンツェ教導院のフェルディナンドだ。オクタヴィオ・ピッコローミニを襲名して転校してきた」
「……トスカーナの大公が何の用だい?」
「K.P.A.Italiaはアルブレヒト・ヴァレンシュタインの歴史再現に対して異議とやり直しを申し立てる。既に改派領邦、仏蘭西、英国、瑞典、阿蘭陀などから承認を貰っている」

    ●

 言葉を並べながら、ピッコローミニは内心に激しい焦りを抱いていた。
 この一件に関して内外に対してかなりごり押しをした。平時なら他国との関係を考慮して決して出来ない強引な交渉だ。
 それでも十分とは言えないが、今行動する必要がある。
 今のうちに戦力を削っておかなければK.P.A.Italiaの衰退は止められない。

 そして何より、目の前の男が気に入らない。

「五大頂(フェンフト・ライトハメル)だか何だか知らないが、我が先祖、“コンドッティエーレ”フランチェスコ・スフォルツァを差し置いて傭兵王を名乗るとは片腹痛い!」
「傭兵王は聖譜記述に示されている事だよ。それにマクデブルクの掠奪の時点でヴァレンシュタインは健在だ」
「獅子王グスタフ・アドルフも既に戦死しているんだ。貴様も大人しく消え去れ」

 ピッコローミニの背後の空間が波紋のように震え、そこから黒の槍旗を飾った槍が突き出す。

「そして俺は瑞典のレンナート・トルステンソンを叩きのめし、三征西班牙に奪われたミラノに凱旋するのだ! はーはっはっはっは!」
『さんしたー』
「駄目だよ、まっちゃん。いくら本当の事でも簡単に口にしちゃ」

 高笑いするピッコローミニに対して利家の妻であるまつが毒舌を吐き、利家が窘める。
 その挑発とも言える物言いと余裕の態度にピッコローミニは怒りを覚えるが、

「――百合花ぁ!」
「げふぁっ!」

 背中に衝撃を受け、そのまま意識を刈り取られて勢いよく吹っ飛ばされた。

    ●

 ピッコローミニをぶっ飛ばしたのは利家と同じく五大頂の四、佐々・成政。

「槍向けられてたから攻撃したが、今のは敵でいいんだよな、トシ?」
「ああうん。ナイスだよ、ナっちゃん」

 ピッコローミニは瓦礫に頭から突っ込み、尻をこちらに向けている。

「改派の奴か?」
「一応旧派だね。ヴァレンシュタイン暗殺に関わった一人と言われているけど」
「なら放っとくか。もうすぐこの辺りは竜脈炉で消える事だしよ」
「僕はどっちでもいいよ。もうじき各国への根回しも完了するだろうし、「厳島撃沈の混乱による情報伝達ミス」を口実にした無茶ももう出来ないだろうね。ここを生き延びても襲名解除だよ」

 話し合いながら二人はマクデブルクから離脱する。

    ●

 それからピッコローミニはK.P.A.Italiaの抵抗派に回収されるまで埋もれたままだった。





名:オクタヴィオ・ピッコローミニ
属:A.H.R.R.S.
役:対ヴァレンシュタイン
種:全方位武術師
特:色々残念









スフォルツァ家とメディチ家が合わさり最強に見える。
Twelveや新伯林のネタがあったり、中々愉快な夢だったなぁ。


なおこれにてネタ切れ。



[30184] 【ネタ】航空都市の嫉み者共2
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2011/12/18 04:11
今度はお前か
ちくしょう
配点(怒り)



 俺達しっと団は三方ヶ原の敗戦によって意気消沈し、しばらく活動を自粛していた。
 しかしいつまでも沈んでいる俺達ではない。
 ノヴゴロド戦を終えて有明に帰還してから数日後。今日も今日とてしっと団は活動に勤しんでいた。

    ●

「……では定例会を始める。今回の議題は言うまでもないと思う。通神帯(ネット)の方もパンクしそうな勢いだ」

 言って、彼は室内を見渡す。
 普段から負のオーラに満ちた集まりだが、今日はいつにも増して混沌としていた。
 ある者は柱に頭を打ちつけ、ある者は黒いフードを被ってぶつぶつと呟き、ある者は虚ろな目で一点を眺めている。
 これも全て一人の男が原因だ。
 彼自身、これまでに筆を十本ほど駄目にしてしまった。

「「成実……」「キヨナリ……」いちゃいちゃしやがって……あああああああああ!!」
「姉好きの同志からまさか裏切り者が出るとは、誠に遺憾……!」
「プレミア付きのエロゲ貸してやった恩を忘れやがって!」
「成実×政宗本は百合界隈では人気ジャンルの一つだったのにねぇ」
「最近来た奴等にはロボに間違われてたくせに……」

 皆は堰を切ったように怨嗟の叫びを上げ、それは収まるどころか激しさを増大させる。

「英国であのショタっ子が倒していればこんな事には……」
「俺の記憶では半竜って崖から吊るされたりする情けないイキモノなんだけどな」
「つーか何なのあの攻略速度。スキップ機能でも付いてんの? セーブデータロード? ふざんけんなぁ!」
「ぶっちゃけ祝福している自分もいる。ああ、忍者は駄目だ」
「「――するで御座る?」「――するで御座る?」「――するで御座る?」「――するで御座る?」……」
「達磨、良いよね……」
「いや、それはドン引きだ」
「おいおい、この壁もろすぎやしませんかね?」

 それでも一通り恨み辛みを吐き出した後は現実的な対応に話題の方向性がシフトする。

「伊達・成実でも内藤・清成でもいいから審問に使えそうな逸話はないのか!?」
「家康を怒らせて危うくハラキリ! とかはあったらしいけど、未遂に終わっている」
「竜殺しの武器探そうぜ! ドラゴンスレイヤークエスト、略してドラスレ」
「祝いの品として一部マニアの間で大人気のガリレオ×ウルキアガ本を……」
「……名前呼び機能付きのホモゲー半竜名義でプレイして通神帯にアップする」

    ●

 暗い情念が渦巻く中でふと、彼は気付いた。
 メンバーが一人足りない。常に全員が揃っている訳ではないのだが、問題の人物は欠席なら連絡を寄越す男だ。

「鈴木はどうした? 機関部の仕事?」
「――彼なら九州に旅立ったよ」
「はあ?」
「伝聞でしか知らないけど、地摺朱雀の整備を手伝いつつ戦闘ログを見ていたら、急に様子が変わってそのまま武蔵を降りたとか」

 ……理由はよく分からないが、何か、譲れないものがあったのだろう。
 彼はそう納得し、対半竜会議に加わる。

「IZUMO製の藁人形あるから今度試してみよう」
「やってみるか」
「うむ。今回の件で我々が学んだのは、どんな苦難を前にしても諦めず、必ず再起する事だからな」
「――Jud.」

 そうして彼等はいつも通り平常運行だった。









くそ、ウッキーめ! MOGERO!

……まあでも、アレックスと竜美姉さん思い出して「幸せになりな」と思った自分もいる。



[30184] 【ネタ】聖夜の嫉み者共
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2011/12/25 23:37
Silent night
Holy night
配点(クリスマス)



 諸君、と部屋に声が響いた。
 男はシャンパンの入ったグラスを掲げ、声を張り上げる。

「ではこれよりパーティーを始める。皆楽しんでいってくれ」
「イー! イー!」

 広いとはいえない室内には数十人の男女が集まり、幾つか設置されたテーブルを囲んでいた。
 彼らの顔は晴れ晴れとし、妙にテンションが高い。
 一見するとヤバい薬をキメているようにも見える。

「料理はクリスマス用料理本「餐と鳥煮て」を参考にしてみた」
「今日は「女性の為の恋愛講座番外編その二十一「旦那以外の子供を妊娠した時の上手な誤魔化し方」」をお送りするぞ☆」
「思い出すぜ。昔も清しこの夜を歌いながら戦場を駆けたもんだ。右も左もカップルだらけだったがな!」

    ●

「折角だし、ナザレのイエスの話でもするか。つってもTsirhc関係はあんま詳しくないんだが」
「うーんと、俺も格言を一つ知ってるくらいだな。「人はパンのみにて生きるにあらず。ケーキも食べればいい」」
「弟子の隠してたケーキを食べた時のセリフだっけ」
「ご先祖様達も結構ノリで生きてるよな」
「何か違くね?」

    ●

 あるテーブルではリザードマンの青年が泣き崩れ、周囲の男どもが慰めていた。

「「貴方からは人の温もりを感じない」って自分、変温だし……」
「気にすんな。こっちなんかブランド物買わなかっただけで機嫌損ねたよ。この間別れて、今は女性不信気味だ。やっぱり男同士の方が気楽だな」
「ちょ、変な事を言うんじゃない。幾ら女に振られたからって男に走んな」
「俺の両親は両方男だけど、まあ、そういう愛の形もありなんじゃないか? 俺は御免だが」
「ふざけんな! 俺だって衆道は嫌だ!」

    ●

「マドモアゼル・レアル√クリア! 続いて獅子王女√行ってみようか!」

 伝纂器(PC)に向かいながら歓喜を叫ぶ青年。
 傍らには「クリス増す~クリスちゃんが多すぎる~」というエロゲのパッケージが。

    ●

「いい機会だから年末の有明イベントの打ち合わせしておこう」
「壁サークルは手分けしないと厳しいか。……談冗は俺が行く」
「チーム・ベラスケスの方は任せろ」
「越智先生の鶴姫本欲しいな。今回は島だった筈」
「クリスマス突発企画で描いてみたんだけど、ちょっと意見ちょうだい。「性~淫蕩聖夜~」っていうの」

    ●

「先夜、「ちょっとサンタクロース倒してくる」って出て行った友人がまだ帰らないんだけど……」
「極東を一夜で駆け抜ける魔人相手に何と迂闊な……」
「あの赤い服は敵の返り血だともっぱらの噂だしな……」

    ●

 ある時、バタンと勢いよく扉が開け放たれ、大きく膨らんだ風呂敷を背負った男達が雪崩れ込んでる。

「売れ残りケーキ回収班、只今帰還!」
「おお、よく帰った! 見よ! この売れ残ったクリスマスケーキの数が我らの栄光の証だ!」
「へへへっ! 去年より増えてやがるぜ」

 ひゃっほーい、というかけ声を上げ、一人の男が一ホール丸ごと掻っ込む。

「あめえ! あめえけど何かしょっぱい……」

    ●

「禁教令が出て安心してたのに……おのれ松永・弾正! 爆発しろ!」
「えええ! 「・改宗に反対する」が正解かよ! 分かんねえよ!」
「特別ゲストとして三要先生にも来ていただきました」
「ひゅーひゅー!」
「な、何なんですか貴方達!」
「俺達は先生を名誉団員に推薦します! いつでも来て下さい!」
「教導院の前でマシュマロに苺の半裸のサンタがエロゲを配ってるらしいぞ!」
「ツリー爆破に行こうぜ!」

 彼等はもはや統制を失い、集団の熱で動いていた。
 この狂乱は夜が明けるまで続いたとか。








こいつらクリスマスどうするんですか? 的な感想があったので急遽執筆。
締切をはっきり決めると結構ネタが浮かぶもんだった。

それにしてもアニメの最終回も25日って空気読めすぎてて恐い。



[30184] 【ネタ】武蔵の転生者【ネタ】
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/01/12 19:41
超絶ネタ。


人生にもう一度があるとしたら
その意味は何だろうか
配点(転生)



 皆さんは転生という現象を信じるだろうか。
 多くは荒唐無稽だと思うだろうし、俺もかつてはそうだった。
 しかし今は認めるしかない。何故なら自分の身で体現してしまったからだ。

 俺は元々東京の私立学院に通う、ごく一般的な男子だった。
 そして忘れもしない十二月二十五日。聖夜。
 撥ねられ、カップルどもを呪いながら死んだ筈なのだ。

 が、気が付けば聖譜に従って過去の再現しているこの世界に一極東人、秋元・連(あきもと・れん)として生を受けた。

 最初は転生した原因や身の振り方で色々悩んだが、一日で飽きた。

 原因はあれだ。俺の嫉妬パゥワーが冥府(タルタロス)とか輪廻転生とかそういう概念となんかこう、アチョー! な感じで作用したのだろう。多分。
 隣のクラスの同人作家が昔書いてた小説でもよくある設定だ。未来で復活とかアーサー王とかオジェ・ル・ダノワっぽくて格好良い。

 身の振り方も、仮にもし転生に理由があったとしても、そのうち理由の方からやって来るだろう。

 そして世は戦国。何だかんだあって航空都市の方の武蔵にやってきたのだが、平成育ちの常識人である俺にとって変人が跋扈する武蔵は些か辛かったりもする。

    ●

 一般的に宝くじの共同購入は避けた方が無難とされる。
 高額当選によって人間関係が破綻した例が幾つかあるからだ。
 だがしかし。
 先月は財布がピンチだった事、金額が一定以上だと送料が安くなる事、同じエロゲを欲しがっていた奴がいた事、等の理由で俺達は数人でエロゲを共同購入した。
 別にこの行為に問題はない筈だった。
 ただ、一万個に一つの確率で同梱されているレアフィギュアが当たった事が発覚するまでは!

 そのフィギアが同梱されているエロゲを購入したのは俺ともう一人。
 過去の歴史をやり直している世界。しかし俺達は過ちさえ繰り返してしまったのだ。

「ふふふ、ウッキー君。大人しく「ギシギシ和●伝」付属1/10卑弥呼フィギュアを渡してもらおうか!」
「それは拙僧の台詞だ。今なら先にプレイする権利を譲ってやろう」

 間の机の上にエロゲとフィギアの入ったクリアケースを置き、隣のクラスのキヨナリ・ウルキアガと向かい合う。

「姉キャラなんてどんなジャンルのエロゲにもいるが、巫女キャラはレアなんだよ!」
「何を言う! 普乳で弟や妹がいると明言される姉キャラは意外に少ない。そっちこそ、コスプレだけで付加されるお手軽属性なのだからここは拙僧に譲れ!」

 俺達の話し合いはいきなり平行線に突入した。

「二次元に拘らず三次元に目を向けたらどうだ? 巫女が好きというならうちのクラスの浅間は」
「萌えと恋愛は必ずしも=じゃねえんだよ! 第一、あれはMIKO(Mad Indiscriminate Killing Opa-i)とかそんな感じの新生物だろ?」

 それに、最近様々なプランを勧めてくる。
 携帯ショップの店員にも似た鬱陶しさだった。

「貴様、地味に酷いな」
「葵の姉が普通の胸だったとして、告白するか?」
「……」
「……」

 沈黙が生まれ、不意にどちらからともなく笑う。
 そしてがっちり手を握り、無言で頷き合う。
 人間は分かり合えるのだ。

「じゃあ感銘を受けたついでに卑弥呼たんフィギュアは貰うぞ」
「……」
「……」

 握手はそのままアームレスリングじみた力比べに発展した。負けた。
 おのれ。

    ●

 慌ただしくも平和な日々。
 俺はこんな日常がいつまでも続くと思っていた。しかし、そんな日々は儚く崩れ、終わりを迎える。

    ●

 テンション上がりすぎた三河の君主、松平・元信公が花火と一緒に爆発してしまい、キレたイタ公とスペ公が嫡子であるホライゾン・アリアダストを拉致。
 武蔵内では揺れたり百合ったり脱げたり踊ったり、そんなこんなを経て意思決定がなされた。

「……物好きが多いな」

 臨時生徒総会を終え、ホライゾン・アリアダスト救出に向かう葵・トーリの後を追う同級生や警護隊の面々を見ながら呟く。
 俺のような復活戦隊テンセイジャーのレッドならまだしも、命がけの戦場によく赴く気になるもんだ。
 八大竜王が二人に武神とか、敗北確定のイベント戦闘だと勘違いしそうになる。機竜がいないのは不幸中の幸いだが。

「お前もそうだろ」

 後ろからの声に振り向く。
 そこにいたのは頭に六角形の模様が付いた手拭いを巻き、口には釘を咥えたガテン系男子。同じクラスのソウコウだ。
 俺の友人で、巫女好きにも理解を示してくれる。

「お前か。姿が見えなかったけど、何やってたんだ」
「総長が開けた壁の穴の修繕」

 何度壊せば気が済むんだかとぼやきつつ、その口調にはそれほど怒りはない。
 大工志望のソウコウは修理を楽しんでいる面があるように思う。修繕費も生徒会持ちらしいしな。

「お前も行く気なんだろ?」

 改めてソウコウが問い掛けてくる。
 友人だけあって見抜かれていたようだ。

「……俺は最近、気付いたんだ」
「……何を?」

 ああ。

「学園物でエンドに辿り着こうという考えが甘かった。よく考えれば巫女キャラの√は戦闘要素がある場合が多い」

 これまで何も出会いがなかったのは戦いがなかったせいではないか。
 ならばこれはチャンスだ。これからの戦いは各国で中継される筈だからまだ見ぬ巫女達にアピール出来る。
 週刊巫女ジャーナル「世巫女論」によると印度諸国連合辺りのレベルが高い。
 自分の実家はその近くにあったし、何かフラグの香りがする。少なくとも武蔵が寄港するまでは乗っていようと思う。

「……本当に好きだな、エロゲ」
「応。ゲームの王道はRPGに有り、知略はパズルゲーム、俊敏は格闘ゲーム、速度はレースゲーム、本質はシューティングゲーム、そして情感はエロゲにあるからな」
「……」

 ソウコウはスルメを取り出して齧り出す。

「俺は時々、お前が何を言っているのか本気で分からなくなる」
「こういうのは分かろうとしては駄目だ。感じるんだ」
「……話は戻るが、お前は助けに行くという事でいいんだな?」
「死ぬ必要ないだろ、彼女」

 前世の自分の死に関しては自己責任の部分が大きいが、それでも俺は多大な恐怖や後悔を味わった。
 ホライゾン・アリアダストの死が他者に強制されたものであり、しかし助けるチャンスがあるなら助けてやりたいと思う。
 かといって自分が死ぬのも嫌なのでヤバくなったら逃亡するつもりだが、

「どっちみち、これからの戦場で勝利して初めて選択肢が得られるんだけどな」

 現在三河にいる戦力をどうにかしないと逃げる事もままならない。

「それに俺はまだ武蔵で人探しをしないといけない」
「人探し?」
「巫女神なる人物がいるらしいんだ。名前は典膳」

 存在を知ったのが最近なので見つけられなかったが、是非とも会ってみたい。
 どんな人物なのだろう。俺も巫女好きを自称しているが、どれほどの造詣があれば巫女神と呼ばれるのかは想像もつかない。

「……その人物について他には何か?」
「あと侍らしい」

 やはり巫女とのフラグには戦闘技能が必要なのか……

「おい、それって……」

 ソウコウが何か言いかけるが、そんな事より俺は自分が置き去りになっている事に気付いた。
 皆は既に後悔通りを通過しようとしている。

「ちっ、遅刻すると締まらないな。ソウコウ、行って来るぜ!」
「……ああ」

    ●

 怒号に銃声、剣戟、足音、それらが戦場という音楽を奏でる。
 戦闘は第三特務マルゴット・ナイトと第四特務マルガ・ナルゼの双嬢による武神猛鷲の撃墜、第五特務ネイト・ミトツダイラ、第六特務直政の奇襲により有利に進行していると思われたが、K.P.A.Italiaの正規戦士団や教皇総長の登場によって武蔵側が一気に劣勢に追い込まれた。

 そんな中、

「安心しろ! ――俺、葵・トーリは不可能の力と共にここにいるぜ!」

 馬鹿の術式が発動した。
 消耗し、使い切った内燃拝気はある程度溜まっている。

「ん」

 疲労はある。負傷もだ。
 だが不思議と体が軽い。

 馬鹿は、ホライゾンだけでなく俺達も救いたかったのだろう。多分。だといいな。
 そう自惚れるくらいは許されるだろう。
 代わりにとんでもないリスクを背負いこんだようだが、
 ……もし死んだらデカい墓を造って盛大に弔ってやろう。
 ソウコウも大きな建築物が造れると知れば協力してくれるだろうし。

「さて。そろそろ俺の出番か」

 つい、ゲームバランスを見直せと言いたくなる大罪武装"淫蕩の御身"の猛威も副会長本多・正純の策により今は存在しない。
 今こそ反撃に出る時だ。
 流体供給後の最初の激突で弾かれ、倒れた兵士の長槍を拾い、横にして身構える。
 ……内燃接続、熊野神社。創作術式、亜禍待臨(あかまつりん)、穂利呻(ほりうめ)。

 "淫蕩の御身"の解除を気にせず武蔵側を押し潰そうと進攻するK.P.A.Italiaの戦士団に対し、防盾の術式、逆になった鳥居型の障壁と長槍で押し留めようとする。
 横にした槍のお陰で同時に複数人の行動を妨害出来ているが、一人では時間の問題。
 もうすぐ破られると、敵味方の誰もが思っただろう瞬間、

「穂利呻、発動」

 鳥居型の紋章が一瞬だけ長槍の表面に現れ、その直後、プラスチックが折れるような簡素な音と共に、戦士団の先頭の盾や装甲服が分解する。

「後は任せる!」

 飛び退くと、防具を失って戸惑う戦士団に武蔵の皆が殺到する。
 うん。美味しい所はくれてやる俺って良い奴。まあ、攻撃手段がないだけなんだが。

 ……亜禍待臨は防御態勢でいる間はあらゆる防御効果をブーストし、穂利呻は合計十秒間接触する事で対象の防御を禊いで丸裸にする。
 正面からのぶつかり合いで幸いだった。高速戦だと十秒は長い。
 ……穂利呻は元々攻城用だしなぁ。

「あれ?」

 ふと周囲に意識を向けると、皆が円陣を組み、俺と少し離れた場所で副長ガリレオを倒したノリキに交互に視線を送り、

「ぶっちゃけ下位互換だよな」
「やっぱり普段からエロゲばっかりやってる男子は駄目よねー」
「なんかもう術式名から負けてる気がするぜ」

 ……くそ、連中は相手の弱い部分を見つけると容赦なく突いてくるからな。
 思わず、「ノリキには女装趣味がある」とかデマを流そうと思ったが、流石に大人げないので自重。

「……転機編とかも割と同レベルだと思うんだがなぁ」
「馬鹿言うな。華麗さや優雅さが違う」
「ちくしょう! 亜禍待臨は自分以外も対象に出来るが、お前等には使ってやらねえ!」

 術式名については割とノリで決めたからなぁ。
 四年前のあの日、図書室で神話やM.H.R.R.弁の本を探している途中に同人作家と出会ってしまったのが運の尽きだ。
 中二病とは再発、悪化はしても完治はしない恐ろしい病気なのだ。

    ●

「――聖譜ある世界において、結果は全て正義に満ちている!!」
「――Tes.!」
「我ら聖譜の元に行動せり!」
「我ら聖譜の元に結論せり!」
「我ら聖譜の元に規範せり!」

 教皇総長の鼓舞によってガリレオの敗北で萎えていた士気が一気に回復する。
 その姿はまさしく王。
 葵・トーリが皆を支え、皆に支えられる王なら、インノケンティウスは皆を率いる王として十分すぎる資質を有している。
 うちの副会長が対抗するにはまだ外道成分が足りなかったか。

「……初戦の相手なのにきつくねえかな」

 RPGの最初の洞窟で終盤のボスと出会った気分だ。
 駆け戻ってくる教皇総長に連動するように低い音の響きが大気を震わせ、こちらに近付いてくる。大罪武装だ。
 このままではまたしても武装を封じられてしまうが、それを遮る手段はない。

「すぐに防御態勢を取れ!」

 叫び、そして確認する。
 ……今すぐ敵とぶつかる連中の数は……やべ、拝気足りねえや。……代演奉納するしかないか。

「……武蔵で五日間の植林活動! 悪縁三つを切る! …………そして、そして一ヶ月のエロゲ断ち!」

 さようなら恋人達……また会う日まで。
 半分自棄になりながら亜禍待臨を発動する。
 熊野の神々よー! 俺に力を分けてくれー!

 味方に走る流体の青白い光を確認すると、審問艦に向かう葵・トーリに対して声を張り上げる。

「――行け! そんでさっさと助けてこい」

 俺がこれ以上の別離を経験する前に!!





名:秋元・連
属:武蔵アリアダスト教導院
役:下っ端戦闘員
種:近接武術師
特:転生者












ブログのアクセス解析で「境界線上のホライゾン 転生 オリ主」のような単語をちらほら見たのでつい夜のテンションでやってしまった。
やってはみたものの、ちょっとあれかな。
原作自体が「戦国時代で未来知識を活用!」といっても過言ではない内容だし、明かされてない謎も多いですし。

ソウコウは最初、両手にそれぞれ鋸と槌を持って戦場に出る予定でしたが、「仕事道具を使うのはどうよ?」と没に。



[30184] 瀬戸内の集結者
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/02/02 05:52
偶然の中に
意味を見い出そうとするのは
不毛だろうか
配点(縁)



 K.P.A.Italiaと武蔵が敗北し、世情が混迷を極めだした夏の初め。
 鶴姫は大三島の海岸に設置したビーチチェアでくつろいでいた。

「……情勢はどうなると思う、フェルディナンド?」

 語りかけるのは、ビーチチェアの横で砂浜に体育座りしているオールバックにサングラスの男。

「ちっがーう! 今の俺は敗北して落ち延びたTsirhc大名パウロ・一条!」
「……はいはい」

 パウロと一緒に生活し出してかれこれ一週間になる鶴姫だが、この男のテンションには中々馴染めなかった。

「まあ、素性隠してもらった方がM.H.R.R.のK.P.A.Italia残党狩りの連中に言い訳出来て助かる」
「こっちも匿ってもらって助かる」
「……勝手に居座ってただけだろうが」

 親指を立ててにやりと笑うパウロに鶴姫は脱力する。
 居留地に潜伏しているのを発見し、羽柴に付け入る隙を与えないよう鶴姫が監視しているのだ。

「羽柴、か」

 ふと、鶴姫は海の向こうに目を向ける。
 そこには周囲を威圧するように一隻の航空戦艦と数隻の護衛艦があり、

「……レバークーゼン。ルートヴィヒ・ベートーヴェンと亀井・茲矩が乗っているらしいな」

 六護式仏蘭西に圧力をかける気だろう。安芸に戦力を送れば六護式仏蘭西側は兵力を分散させなければならない。
 噂では毛利家の重臣堅田・元慶が城代を務める三原城を中心とした艦隊が国境付近に展開中とか。

「K.P.A.Italiaの敗北は想定内ではあったが、あんな形で終わるなんてな」

 武蔵は三十年戦争における改派側と友好を結んでいるので旧派側のK.P.A.Italiaの敗北は手痛い訳ではないが、対P.A.Odaという視点では戦力が一つ減った事になる。
 それに厳島を沈めるというのは良いパフォーマンスになっただろう。
 対抗策を持たない小規模な教導院は必然的に羽柴寄りにならざるを得ない。

「面倒だな」

 伊予の居留地の代表である鶴姫はここ最近急に増えた仕事に四苦八苦していた。
 武蔵の敗戦もそうだが、同時に行われた文禄の役が居留地の住人に衝撃を与えた。
 織田・信長が健在なうちに朝鮮出兵が実行されたという事は、同じく死後の四国攻めも起きる可能性がある。そのような発想が生まれたからだ。
 天正の陣と呼ばれる戦いでは伊予が戦場になる。
 鶴姫としては開拓が進まず、そもそも根本的に生活に適していない未開大陸に羽柴がどれほどの価値を見出すのか疑問だし、居留地には手出ししないと思うのだが、今まで極貧ながらも争いのなかった四国に戦争が持ち込まれる事を人々は不安に思っている。
 更にその不安が地脈の乱れと合わさって怪異を発生させるのでその対処にも追われた。

 手首に巻いた紐の先にある徳利を掴むと、代演奉納である神酒の摂取を行い、傍らのパウロに視線を送る。

「そっちが四国に来たのも羽柴進攻を理由に協力を取り付ける気だったんだろ?」
「そうだ。長宗我部家を担当する一派と交渉したが失敗したが、『同盟?』『嫌』『やだ』『駄目』『否』『拒否』『否定』『ゴーホーム』……何なんだあれは!」
「あいつらは合理主義者だからな」

 人間にとっては過酷な環境である未開大陸の重奏領域で苦もなく生活している連中である。
 どこに行っても生きられるし、生命の概念も人間とは異なる。そんな彼等と協働するのは骨だ。
 鶴姫もあくまで個人的な友情を育んでいるにすぎない。

 と、何やらパウロがちらちらと目線を寄越してきた。
 鶴姫はそこに込められた期待を察し、

「悪いが、俺も協力出来ないぞ。防衛ならまだしも、攻め込むだけの力はない」
「……本当にないのか?」
「ないな」
「……神社の地下に犬型の武神があるとか、実は忍者集団の総領だとか、伝家の宝刀「国平」で無双するとか」
「ない」
「……ないか」

 ……というか最後だと死ぬだろ、俺。
 パウロはがっくりと肩を落としたかと思えば顔を勢いよく上げ、

「ああもう! 極東側は何だか地味だし! 世界側も三十年戦争中のK.P.A.Italiaは影薄いからな!」

 大三島中に響きそうな叫びを発し、両腕をぶんぶんと振った。

「瑞典の連中がM.H.R.R.を荒らしまわってくれれば動きやすいんだが、現総長のクリスティーナは和平派だからな」

 旧派に改宗するのは褒めてやるが、と爪を噛み、

「仏蘭西にはテュレンヌや大コンデ、ベルンハルトみたいな聖譜に守られた名将が揃ってるだろうにちんたらやりやがって」

 史実における三十年戦争はきっかけこそ宗教争いだが、次第に様々な要素を見せ始める。
 ハプスブルク家の勢力拡大を危惧した仏蘭西が改派側についたのはその典型例だろう。こちらでも改派と協力している。
 K.P.A.Italia残党が旧派と協働している羽柴を敵と定めた場合、欧州勢で同盟相手として候補に挙がるのは仏蘭西くらいだ。
 本音は別として建前では旧派のトップが改派勢力に協力を求める訳にはいかない。もっとも、仏蘭西も仏式旧派(ガリカン)なので内心複雑かもしれないが。

「仏蘭西も大変なのだろう。まだマザランの後任の会計も決まってないようだし。……フーケはないとして、恐らくコルベールの襲名者辺りだろうが。そもそも、仏蘭西が力を発揮出来ないよう圧力をかけていたのはお前達だろうに」

 一人勝ちしそうな国があると昨日までの敵とさえ手を組んで潰しにかかるのが欧州式外交である。
 ルイ・エクシヴの妹にアンヌ・ドートリッシュを襲名させるなど、各国は徹底して封じ込めを行った。

「ぐぬぬぬ……」
「……まあ、衰退が決まっていたK.P.A.Italiaを責めるのも酷だが。それでこれからどうする気だ?」

 尋ねるとパウロは眉を歪め、

「ヴァレンシュタイン暗殺に失敗した以上、次の目標はオリンピアの救出。ただ枢機卿どもが羽柴の手中にあるのが厄介だ。教皇襲名者の変更もあり得る。くそ!」

 砂浜を蹴り、砂を前方に飛ばす。

「いざとなれば黒死病の歴史再現を……」
「やめろ馬鹿」

 物騒な事を言い出したのでパウロの頭を小突く。

「だが有効な手立てが……」
「なら仕方ないだろ。今は雌伏だ」

 あれこれ話題を交わしたが、結局鶴姫に出来るのは静観の一手だった。

    ●

 航空戦艦レバークーゼン。
 その甲板中央にはテーブルが、少し離れた場所にはピアノが設置されている。

 椅子に座る亀井・茲矩は湯気が立ち上る湯呑みを口に運ぶが、その動作はどこかぎこちない。そして陣羽織の下からは治療用の符が覗いている。
 対面にいたベートーヴェン付きの自動人形であるテレーゼもすぐに気付いた。

「文禄の役で負傷されたそうですが、傷はどれ程で?」
「施薬院・全宗に言わせれば切断して義腕にした方が早いと言われたが、断って治療をしている。……自動人形から見れば非合理的か?」
「Tes.」

 躊躇なき肯定に茲矩は苦笑するが、

「――ですが、人間は感情によって作業効率などが変化します。義腕にする事が亀井様の意に沿わないのならば非合理的な選択もまた合理的でしょう」

 茲矩は心中に意外を感じた。
 珍しい反応だったからだ。

「芸術家に仕える自動人形というのは機微が分かるようになるのか」

 小さな感嘆を覚えつつピアノの方を見遣る。
 視線の先ではベートーヴェンが指揮棒を咥えながら猛然とピアノに向かい、流麗な旋律を生み出す。

「――一曲完成。ふむ。このジャジャジャジャーンというフレーズが良い。曲名はゲレーゲンハイトとしよう。扉を叩く運命の如く、だ」

 感慨深げに頷き、

「この曲、君はどう思う、亀井君」

 問われ、茲矩は音声入力にした表示枠を出す。

「良いんじゃないか。俺は音楽についてはあまり詳しくないから詳細な評価は出来ないが」
「結構。大衆向けに作曲したのでその感想で嬉しい」

 ピアノの蓋を閉じ、ベートーヴェンはこちらに身を向ける。

「私を見ていたが、何か用があったのかな。申し訳ないが君とテレーゼ君が何を話していたか全く把握していないのだ」
「会話のログです」

 テレーゼの手の上に表示枠が発生し、彼女はそれを指で弾いてベートーヴェンの方に送る。
 ベートーヴェンはそれをふんふんと一読し、

「文禄の役の話か。君も大変だったな」
「負けるつもりはなかったんだが、このざまだ」

 聖譜記述では水軍の李・舜臣に扇を奪われる事になっていたが、あの時点で羽柴が聖連を手中に収めていた。
 だから敵を殲滅し、用意しておいた扇を渡して歴史再現完遂とするつもりだった。
 それが、

「艦は武神の一太刀で破壊され、両腕は千切れる一歩手前。完敗だ」

 直前までマクデブルクで戦っていた事は言い訳にならない。
 万全の状態でも一対一で勝てたかは怪しい。

「しかし、敗北自体はそれほどショックでもないのだろ?」
「何?」
「君から漏れ出ているのは敗北の悔しさではなく別の苛立ちだ」
「……大した事じゃない。随分と遠くに来たなと思ってな」

 かつて尼子家再興の為に戦ったのが、今は他家を滅ぼす戦いに参加している。
 その事実に虚無的な思いを抱く事もあるが、

「不意に感傷的になるだけで悩む時期は既に通り過ぎた。これから小田原の役や関ヶ原の戦いが控えている事だし」
「そういえば君は東軍側だったか。流石は武蔵守殿」
「茶化すな。この場合は印度諸国連合にある土地の方だ」
「すまない」

 ベートーヴェンは口元に笑みを作り、

「武蔵といえば、息子がいるような噂を聞いたんだけど」
「ああ、倅がいる。武蔵がIZUMOに停泊している時に会いに行って降りるように言ったが拒否された」

 三方ヶ原の事を知っていたから心配した上での行動だったが、見事に断られた。

「三河やアルマダの戦いを経て降りなかったなら降りないだろうね。それこそ今回の敗戦を経験しても」
「妻には子離れをしろと窘められてしまった。確かにその通りなんだが、少し寂しい」

 そうは言っても倅が決めた道なら応援するべきなのだろう。久し振りに家族で過ごせただけでも良しとしなければ。
 と、そんな時、テレーゼが茲矩とベートーヴェンの間に入ってきた。

「各艦の艦長が今後の方針について会議を行いたいそうです。亀井様も是非にと」
「Tes.」
「今更だが助かった。私部城は破壊され、鹿野城はまだ使えないからな」
「感謝は不要。私もローマでK.P.A.Italiaの穏健派相手に慰問の演奏会をする予定だった訳だし」
「そう言ってもらえるとありがたい。しかし、演奏会は大がかりなものになるそうだな」
「Tes.。私の他にもシュッツ殿やプレトリウス殿、M.H.R.R.の著名な音楽家が派遣されるという話だ。六護式仏蘭西との戦いに干渉されたくないのだろうね。――慰問という形なら穏健派は断れず、抵抗派への人質に出来る」
「六護式仏蘭西か」

 茲矩は小さく息を漏らし、

「あの男はどうしているんだか」

    ●

「……見事に砕けてるな」

 弥山の中腹から双眼鏡を覗き、ブロイは呟く。K.P.A.Italiaの象徴の一つだった浮上島は今や岩礁と化していた。
 敵情視察及び村上・元吉の捜索に来ていたが、どうも上手くいかない。

「戦果は海岸で拾ったベラスケス作「淫ノケンティウス十世~淫蕩のon me~」くらいか」

 パッケージを眺めながらブロイはぼやく。
 便宜をはかってもらった元景殿の為にも結果が欲しかったのだが。

「はあ……」

 嘆息しながら踵を返す。
 向かうのは即席の待機所だ。

 そこでは自動人形達が地面にシートを敷いてお茶の準備をしている。
 が、よく観察すると違和感がある。
 一体の自動人形が精力的に動き、他の自動人形はどこか遠慮がちに見えるのだ。
 また、多くの自動人形が西洋の侍女服を着ているが、その自動人形だけは極東の割烹着姿だ。

「頑張るな、きつさん」

 数日前に偶然再会し、それ以来同行してもらっている旧知の自動人形に呼びかける。

「もう手慣れたものです。苦はありません」
「なるほど」

 納得し、視線を配下の自動人形に向ける。

「で、君等はどうした? 動きが悪いが」
「Tes.、我々から見ればきつ様は先人なので。それにブロイ様の好みはきつ様の方が詳しいと判断しました」
「ああ、きつさんは元々六護式仏蘭西の生まれか」

 自分が生まれる前から尼子家にいるので忘れていた。
 ブロイはシートに胡坐をかき、きつさんが差し出した湯呑みを受け取る。

「ブロイ様、あまり長居するのは危険では?」

 完全にリラックスモードに以降していたブロイに副官を務める自動人形が進言する。
 しかしブロイは楽な姿勢を崩さない。

「フランソワ・マリーは元はピエモンテの生まれだからな。ちょっとした里帰りのようなものだ」
「尼子・義久も安芸で生活していた時期があると聖譜に記されています」
「……ああ、そうだな」

 更に羊羹にフォークを刺す。
 甘さと苦さが口の中で合わさり、濃厚な味を生む。

「そういえば経久殿はまだ見付からないか?」

 きつさんは尼子家が滅びる前、行方不明になった尼子・経久を探して出雲から去ったのだ。
 ブロイも個人的に捜索を続けたが、未だ見付かっていない。

「いいえ、残念ながら。今度は暗黒大陸に行ってみようかと」
「そうか」
「まったく。経久様も、部屋の中でペンキ遊びなど困ったものです」
「……もし良ければ私が主人になろうか」
「私の主は経久様だけですので」

 一切の迷いなく断られた。

「そうか。これから忙しくなりそうだから居てくれるとありがたかったが」

 きつさんに主人変更の意思がない事は分かっていたが、彼女にいてほしかったのも本心だ。

「清武田と里見が破れ、しかし武蔵を生き延びさせた。……東は荒れるな」
「武蔵はこれから奥州との交渉を行うというのが大多数の見方ですね」
「奥州三国や北条も難しい時期だろうが、周囲の小国はもっと大変だろうな。かつては奥州管領だった名門、深谷の上杉は家臣団がいなくなって瓦解寸前だという話だし、盛者必衰か」

 戦いが激しくなるのは関東だけではない。
 三十年戦争はこれからが本番。マクデブルクを超えたM.H.R.R.は旧派と新派の争いが激化するし、Ecole de parisの生徒会が三征西班牙内の葡萄牙と接触しているようだ。神代の歴史では一六四〇年に始まった王政復古戦争関係だろう。
 その上、

「輝元君が尼子・倫久か秀久を襲名しろと言ってきている。テュレンヌ子爵に益田・元祥を襲名させようとしているという話もある」

 元家臣の佐世・清宗曰く、技術将校のヴォーバンや毛利水軍が尼子十旗と尼子十砦を改修しているとか。
 輝元には一方的な共感を抱いているので協力してもいいが、あまり期待されても困る。

「まあ、頑張るしかないか。牛尾君のとこ、子供生まれたし、本田のとこもまだまだ入り用だろうしな」

 残っていた羊羹を一気に頬張り、ブロイは立ち上がる。
 辛く、可能なら投げ出したい立場だが、ここまで付き従ってくれた相手くらいには誠実でありたいのだ。













史実では伊予攻めに益田元祥も参戦していますが無害です。
リクエストのあったオールスターネタ。



[30184] 【ネタ】早朝の雑談者【ネタ】
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/02/22 12:56
無駄話を楽しめるのは
まだ余裕があるからか
配点(駄弁)



 朝。季節的には夏だがこの時間帯の日射しはまだ柔らかい。
 鍛練を終えた自分はクールダウンを兼ねて自然区画の一角を散歩中だった。
 そんな時、

「……ん」

 おかしな光景を見た。
 同じクラスの秋元・連が何やら座り込んで土を掘り返していたのだ。
 秋元はスコップで土を掬い、それをもう片方の手で持っていた巾着に入れる。
 巾着は一つではなく、既に秋元の腰で複数揺れていた。

「何やってるんだ。園芸部の部活か?」

 呼びかけに振り向いた秋元は少し気だるげな顔で、

「いーや、これは農園部の仕事。地質調査、みたいな。知ってるか? 戦国時代の原因は小規模な氷河期到来による不作が一因だって説もあるんだぜ」

 巾着を腰に下げて立ち上がる。

「一種の飢饉対策だ。今後、航行不能になったり貿易を拒否される可能性もあるからな。いよいよ危なくなった時はこの辺りも潰して農業だ」
「武蔵の規模じゃ限度があるんじゃないか?」
「確かに焼石に水かもしれないが、備蓄が一週間でも増えれば僅かなりとも選択肢は増える」

 それに、と秋元は続ける。

「今の状況だと、自分は有益な事をやったんだと慰めにもなるしな」
「……」

 秋元の言葉に自分は上手く返事が出来ない。
 三方ヶ原の敗戦が武蔵の住人にもたらした衝撃は大きい。自分達だけが負けるならまだしも、里見教導院の総長が犠牲になったのだ。
 自分達が背負う松平家という立場の重さを皆が否応なく突きつけられただろう。

 自分自身、無力感や挫折感、焦燥感を上手く消化出来ているとはいえない。
 朝の鍛練に打ち込むのも多少なりとも負の感情を誤魔化す為だ。

 秋元も、何かしなければいけないという強迫観念にも似た衝動に駆られたのだろう。たとえそれが些細な事だったとしても。
 普段、教室でエロゲや巫女の話をしている姿しか知らない身としては新鮮な気持ちだった。

「さて。サンプルは大体集まったか。後は放課後だな。もうすぐ一限だし」
「じゃあ一緒に行くか」
「応よ」

    ●

 それから教導院までの道すがら秋元と雑談を交わしていたが、やはり話題は先の戦いに関係したものが多い。

「清武田、どうなるかな」

 秋元がぽつりと呟く。
 独り言だったのかもしれないが、声には隠しきれない不安が籠っており、自分は無視出来なかった。

「どうだろうな」

 武田側は解釈によって長篠の戦いに天目山の戦いが織り込まれ、現在は武田狩りの最中。清側もヌルハチを襲名していた源・義経が行方不明で情勢はかなり不透明となっている。

「ホンタイジやダイシャン、アミンなどの次代の襲名者が動いているようだが、どうなるか。この辺りが強烈なカリスマを持った個人による独裁政治の欠点だな」

 秋元の顔色が悪くなる。

「そんなに清武田が心配か?」
「とあるサークルが望月・千代女メインヒロインのエロゲを製作していたんだが、あの戦い以降連絡が取れなくなっているんだ……」
「……」
「体験版でサブキャラの梅ちゃん可愛かったんだよなぁ。信玄との百合シーン入れてくださいってサークルのブログに書いといたのに……」

 ちょっと前に抱いた感慨は間違いだったのかもしれない。

「……」
「ノリ悪いな。この前貸してやったSLGのエロゲ、良かっただろ?」

 確かに借りた。というか、布教と言われて押し付けられた。
 突き返すのも悪い気がしたのでやるだけやってみたが、

「……父親がロリキャラとして登場したんだが」
「よくあるよくある」
「義理の祖父も女になっていたが……」
「肖像権は死んだ! いいじゃねえか。うちなんかモブとしてすら登場しないんだから」

 何だかなあ。

「てっきり清武田に親類なり知人なりがいると思ったのに。心配して損した」
「あの辺に知り合いなんか……ああ、鳥居前総長と仲の良い娘がいたな。あの子、無事だといいけど」

 誰の事だ。こいつはよく自己完結するから困る。
 それにしても、

「お前は鳥居さんと時々一緒にいたな。やはり巫女だからか?」
「最初は、な」

 秋元は小さく笑い、続いて彼方に視線を送る。

「縁があったし、可愛い人だったからお近付きになろうかとしたが、性格は大事だよな。――もう肝練りはこりごりだよ」

 何やってんだ、こいつ。

    ●

「――名前負けだな」

 改めて敗戦について話し合っていると、秋元が訳の分からない事を言い出した。

「八大竜王とか五大頂とか、名前の段階で強そうだろ? 都市と言わず世界ごと壊せそうな」
「それは大袈裟じゃ」
「話の腰を折るなよ。やっぱりこっちもイカす名乗りがないとな。葵十二軍とか十戦将とか」

 そのネーミングの良し悪しは別として、

「勇壮な名前で士気が上がるのは事実だな。十勇士とか」
「ああ、良いよな、真田十勇士」
「……」
「……?」

 不意に黙り込んだ自分を秋元は訝しげに見るが、

「わ、悪い! そんなつもりじゃなかったんだ!」

 はっとした様子でフォローを入れてくる。

「き、気持ちは俺も分かるぜ。地元に四天王がいるが、この時代だと松平や武田、竜造寺が有名だもんな。やっぱ一人減らしてでも三宿老とかを名乗るべき」
「……」

 やっぱりマイナーなのかな、尼子十勇士。
 ぶっちゃけ、自分もメンバーの名前は三人くらいしか知らないしなぁ。

    ●

「お前ん家の主家の家紋、落ちゲーのブロックみたいで良いな! 謝れよ」

 何だろう。やたら理不尽な言いがかりをされた。
 気まずい知名度の話題は避け、互いの昔話を始めたタイミングだったが、いきなり何を言い出すのか。
 口にした後で自身の言動の酷さに気付いたのか、秋元は視線を逸らした。

「……すまねえ。嫌な過去を思い出してしまった」

 一応事情を聞いておくべきだろうか。
 発言が滅茶苦茶すぎてどういう背景があったのか気になる。

「すまないと思うなら事情を話せ」
「……分かった」

 そして秋元はおずおずと語り始めた。

「俺の一族が仕えていたのは小規模な大名家だった。この時代、小さな家は大きな家に媚び諂う必要がある訳だが、その一環として同年代の子供がいたら一緒に遊ばせていた。
それで子供の遊びの定番といったらお絵かきだよ。
発端は何だったかなぁ。ともかくお題としてそれぞれの主家の家紋を描く事になったんだ。
当時の俺は精神年齢が十歳は上で勉強もそこそこ出来たが、主家の家紋はやたら複雑で……幾ら敬ってても手描き出来るか!」

 話している内に明確に思い出したのか、秋元は思いっきり地面を踏みつける。

「描けなくて笑われたが、納得いかねー。だってそいつ等の主家の家紋、三角二つ描いて真ん中黒く塗れば終わりだもんよ。そりゃ簡単だよ。誰でも描ける」

 秋元は指で空中に図を描き出す。確かに簡単そうだった。

「くそ、今度会ったら仕返ししないとな。ガキの頃は種族差に負けたが、修行を積んだ今の俺なら……!」

    ●

 やがて教導院の敷地内に入る。
 昇降口前の橋を渡りながらふと視線を上げると、

「――っ」

 全裸がいた。一糸纏わぬ馬鹿が牛乳瓶片手にこちらを見下ろしている。
 驚愕した自分を見付けたのか、全裸は口が作る弓を大きくする。
 自分はどう反応していいか分からず、顔を俯かせ、歩くペースを速める。見れば自分と同じようにしている生徒がたくさんいる。

「どったの?」

 旧敵への呪詛に夢中でショッキングな光景には気付かなかったらしい秋元は首を傾げる。

「いや、正面玄関の真上の部屋に……」
「玄関の真上? ああ、生徒会室か。前は禁制物のエロゲや同人誌隠してたんだけどなぁ」

 そうだ。自分の記憶ではあそこは名目こそ生徒会室だったが、実質は物置になっていた。
 最近は整理が進んでいたようだが、そこに全裸がいたという事は、
 ……生徒会長として仕事をしているのか?
 当たり前の話だが、自分の以外のあらゆるものが動き続けているのだ。
 馬鹿も、何か思うところがあったのだろう。
 塞ぎ込まず、やる気を見せてくれるのは部下としても嬉しい。

「生徒会は奥州三国と交渉するつもりみたいだな」

 伊達、最上はまだしも上杉相手は骨だろう。
 歴史再現の上では反松平だからだ。

「秋元、お前の故郷は上越露西亜の近くなんだろ。パイプの一つでもないのか?」
「んー、幼馴染がいるぞ。岡谷っていうオタが。春日山宮殿になら俺も行った事ある」

 あまり期待せずに尋ねたが、存外に色好い返事だった。

「ならお前、生徒会にその事を伝えたらどうだ。役に立つ事をしたかったんだろ?」
「……将来の為にも本多・正純には恩を売っておくべきなんだろうけどさ、下手な動きは出来ない」
「何故?」
「もし俺が上越露西亜に派遣されたらどうする!?」

 ……はあ?

「お前、あそこには帝釈天と毘沙門天、あとペルーン辺りが超融合した怪物がいるんだぞ!」
「何を言って……」
「ああぁ! 思い出すのも恐ろしい。が、お前の口から生徒会に話がいっても困る」

 秋元は苦虫を噛み潰したような表情になる。

「……これは俺が初めて春日山宮殿に行った時の話だ。好奇心旺盛だった子供の頃の俺は教導院内を探索してたんだが、迂闊にも道に迷ってしまった。そして、辿り着いた先で見てしまったんだ!」
「何を?」
「上杉・雷帝・景勝が鎌を振っているのをな!」
「鎌……?」
「その鎌の刃は小さく、とても人が切れそうじゃなかったが、「魔神族の王である自分ならこれでも十分だ。げはははは!」的な意思表示だったんだろうな……恐ろしい」

 秋元はぷるぷると震え、それを抑えるように両腕で自身の体を抱き締める。
 躁鬱の激しい奴だ。

「あんなのと交渉させられたら全身からあらゆる体液を垂れ流すぞ。つーか、関ヶ原の後も誰かが降服勧告しないといけないんだろ? 誰だか知らないがご愁傷様だぜ」

    ●

 と、唐突に電子音が響いた。

「お、通神文(メール)だ」

 言いながら秋元が鳥居型の表示枠を展開する。
 意図せず見えてしまった文面は、
 ……留学届け?

「転校するのか?」
「ふん。こんな危険な船にいられるか! 俺は故郷に帰らせてもらう!」
「……」

 いつものようなおちゃらけた態度だが、自分は何か、漠然とした不安を感じた。
 秋元が重大な決意を裏に隠しているような気がしてならなかったのだ。

「実際の所は?」
「ちょっと幼馴染達と同窓会を企画しててさ。まあ、自由参加だから正直、人は集まんないと思うし、余計なお節介かもしれないけどな~」
「そう、か」

 後になって思えば、何故この時事情を聞いておかなかったのかと自分は後悔する。



 ような事態は別に起きなかった。


 教室に入って級友と言葉を交わし、秋元が三要先生の地雷を踏むのを眺めつつ、壁を破って飛び込んできた馬鹿をカウンター気味に蹴り返す。
 そして放課後は武蔵改修のバイトに参加。
 表面上は驚くほど平穏な日々が過ぎていった。
 しかし、それが嵐の前の静けさだという事も実感として得ていた。
 安穏の時間ではない。近いうちに訪れる戦いに向けて力を蓄えなくては。









何となく浮かんだネタ集。
前回は曖昧にしていた秋元・連の出自だけど今回はまったく隠す気なし。



[30184] 【ネタ】学舎の脆弱者
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/03/13 09:30
一人の力は微々であれ
束ねれば万物を砕く
故に疎外はならぬ
配点(百万一心)




 六護式仏蘭西プロヴァンス地域にある教導院の一つ、マルセイユ教導院。
 K.P.A.Italiaへの睨みを利かせる拠点であり、周辺の教導院の纏め役を担っていた。
 その教導院の一室に一人の男の姿があった。
 名は堅田・元慶。
 首の後ろで束ねられた髪は白が目立つが、背筋は真っ直ぐ伸び、顔に刻まれた皺は老いより貫禄を感じさせる。

 彼は体の前面に展開した表示枠を睨め付ける。
 会計である元慶は厄介な事態に直面していた。
 三河消滅によって事業計画の大規模な修正を余儀なくされていたのだ。新年度が始まり、輸送艦を三河に送ろうとした矢先の出来事だった。
 地脈炉を利用して製造される流体加工品は購入や運搬コストを払うに見合った価値があり、多額の予算が割り振られていたが、それが丸々浮く形になってしまった。

 ……主校の生徒会に意見を求めるべきであろうな。

 かなりの裁量を与えられている元慶だが、三河を当てにしていた産業は国内に無数に存在する。
 聖譜記述で借金大国になると決まっている六護式仏蘭西である。国が一体となって金の扱いは慎重にしなくては。

 自分なりの考えを纏めた草案をEcole de parisに送り、元慶は一息つく。

    ●

 廊下に出た元慶は歩きながら肩を回し、長時間の作業で硬くなった全身をほぐしていく。
 ……この手の仕事は本来なら兄上が得意なのだが。
 現実は儘ならない。

 と、横を木箱を積んだ台車を押す女生徒が通り過ぎる。
 彼女が廊下を曲がった直後、音が連続した。

「?」

 歩幅を速めた元慶が追いつくと、木箱が廊下に散乱していた。
 速度を落とさずに角を曲がろうとして上の木箱を落としてしまったのだろう。

 響いた音は軽く、木箱の底面に損傷などは見られない。重さは大してない筈だ。
 そう考えた元慶はしゃがんで拾い上げようとして、

「――っ!」

 予想外の重さだった。見立てを誤ったのかと思いながらふと見ると、木箱の表面に伝票が張り付けてあった。
「重力制御で普段は羽の軽さに! IZUMO新商品「羽漬物石」」
 ……またしてもIZUMOか!

 落ちたショックで本来の重さになっていたのだろうか。
 まず腰に痺れにも似た衝撃が走った。続いて膝が震えて額に汗が滲む。
 結局、一ミリも持ち上げられないまま元慶はその場に崩れ落ちた。

「か、堅田さーん!」

 女生徒が悲鳴を上げると、騒ぎを察知してやって来た学生達が慌て、

「ば、馬鹿! 元慶殿は筆より重い物は持てない貧弱体質なんだぞ!」
「保健委員! 保健委員ー!」
「しっかりしてください! すぐに医者が来ますから。ひっひっふー!」

    ●

 床で頬を擦りながら元慶は過去に思いを馳せた。
 昔からこうなのだ。

 幼少時、元慶は兄弟二人や近くの子供と雪合戦をしていた。
 だが、元慶が投げた雪玉は十メートルも飛べばいいほうで、相手方に届く事なく失速する。
 何度繰り返しても結果は同じで、元慶の視界が滲んだ。
 居た堪れなくなったのか、相手方はわざと手を抜き始め、同じ組だった兄は表情を曇らせた。

「な、泣くな徳寿丸。これは難しいからな。兄も苦労しているところだ」

 そこまで言って兄の顔が白に炸裂した。雪玉が直撃したのだ。
 投げた相手は百メートルほど先にいた。二番目の兄だ。

「ああ、すみません兄上。止まっていたのでつい」
「少輔次郎……」

 駆け寄りながらしれっと言う次兄に長兄はがっくりと肩を落とした。
 ……兄上には迷惑をかけた。
 兄だけでなく父にも何か失敗するたびに励ましてもらった。

    ●

「あ、玉木先生! こっちです!」
「ひっひっふー!」
「患者は五十代、中肉中背、貧弱、種なし、血圧は上が百三十、下は八十、最近加齢臭を気にし出しています!」

 ……最後は臨場感を出す為に適当に言っておるだろう。
 学生達の緊迫した声で元慶の意識は引き戻された。
 理由が理由だけに注目を集めている事実に気恥ずかしさがある。

 青年期はまだ前線で戦える程度の力があったが、寄る年波には勝てない。
 毛利・輝元とルイ・エクシヴの結婚の折に堅田・元慶を襲名したが、最近は襲名の譲渡も考えていた。
 武蔵と異なり年齢制限のない教導院でも後進育成の為に若手を中核に据える事は多い。
 堅田・元慶は小早川・隆景から三原城を預けられるほど信頼を得た武将であるし、羽柴・秀吉との繋がりもある。
 木箱一つ持ち上げられない老人よりは有望な若者が襲名した方がいいだろう。

 担架に乗せられ、保健室に運ばれながら元慶は自虐の混じった思考の渦に沈んだ。







名:堅田・元慶
属:マルセイユ教導院
役:会計
種:全方位軍師
特:貧弱









3巻上読んだら思いついた。
……ちょっと分かりにくいネタかなぁ。



[30184] 陽下の農園家
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/04/13 14:10
勝手に心配し
勝手に支えるので
気遣い無用
配点(いたわり)



 六護式仏蘭西が誇る白と金の大型艦、狩猟館(パンション・ヴェルサイユ)
 その通路を歩いていたMouri-03はある区画に到着する。
 王の菜園(ポタジェ・デュ・ロワ)
 王の食事に出す食材を育てる畑であり散歩道と接した観賞用の庭園である。

 史実における王の菜園は九ヘクタールほどだったというが、航空艦内にそれだけの敷地を用意するのは無理なので解釈によって三アール程度の広さになっている。
 これは一六四八年の時点ではまだ王の菜園が造園されていなかったという事情もあった。国力と直結するだけに農業における聖連のチェックは厳しい。
 現状では「当時も一定数の人間が生活していたのだから畑があったとしてもなんらおかしくない」という言い分で押し通している。王の菜園という呼称も非公式なものだ。

 Mouri-03がここに来た理由は一つ。
 午後の間食の給仕を終えて皿を厨房に返しに行った際、夕食の食材が足りないという料理人達の話を聞いた。
 輝元から夕食まで自由にしていいと言われていたので彼女が菜園まで赴く事にしたのだ。

「やっほー」

 声を出せば菜園の一角で動きがあり、一人の男が泥に汚れた顔を上げた。
 帽子から僅かに金色の髪を覗かせる三十代の仏蘭西人だ。
 名はジャン・バティスト・ド・ラ・カンティニ。
 元はどこかの教導院で法律関係の仕事をしていたらしいがアンヌ・ドートリッシュの引退やルイ・エクシヴの襲名と同時期にラ・カンティニを襲名。
 アンドレ・ル・ノートルと協議しつつ狩猟館内に菜園を作って以降そこの主となる。エクシヴの信頼厚く、極東側の農学者である宮崎・安貞も襲名出来ないか検討中だという話も。

 時折ノエル・ショメルという助手と一緒に作業をしているが、今日は一人のようだ。
 カンティニは被った帽子をいくらかずらしてMouri-03と視線を合わせ、柔和な笑みを浮かべる。

「通神は貰っています。アスパラガスとトマトと梨でしたか」
「それで合ってるよ」

 カンティニは頷き、籠を持ちながら菜園内を回り始める。
 しかし不意に、

「総長の様子はどうですか?」
「なんか変なこと言って輝元に蹴られてたよ」
「ふむ。いつも通りですね」
「にしてもさー、輝元もどこがいいんだろうね。全裸はないよ」
「裸体を晒している事に関しては、仏式旧派(ガリカン)とはいえ旧派には違いないですから、教皇総長との諍いは避けたかったのでしょう。傍論によれば三十年戦争後にはジャンセニスムとの戦いも控えているようですし」
「へー、そんな深い考えが……」
「――まあ、本人の趣味も入っていると思うのですが」

 ……駄目じゃん。
 Mouri-03はそう思うが、その時カンティニの表情に気付く。
 それは統計的に判断して親愛や友好と言えるもので、Mouri-03の中に疑問を生む。

「カンティニはどうして仕えてるの?」

    ●

「……」

 問われ、カンティニは動作を止めて思案する。

 ……外見を理由にしたとは言えませんね。侮辱にしかならない。
 神族の血を引くエクシヴは成長が普通の人間と異なっていた。今でこそ立派な体格だが、十年ほど前にはカンティニより年上にも関わらず背格好は子供のままだった。
 だから初めて会った時のカンティニはこんな子供に一国の未来を委ねるのかと、憤りや同情に似た感情を抱いたのだが、
 ……今にして思えばとんだ空回りでした。

 外見が子供というだけで当時のエクシヴは既に王の道を自身の定めと受け止め、賢君となるべく勉学や戦闘訓練に励んでいた。
 それをとやかく言うのは、彼を気遣っているようで実際の彼を見ていない事に他ならない。
 ……まあ、彼の意志と覚悟を尊重する事と、私が心配してしまう事は別問題ですが。

「仕えている理由でしたか。国民としての愛国心、一臣下として敬愛と忠心。後は個人としての心配でしょうか。少しでも支えられれば良いと思っています」
「ぞっこんだね。向こうは知ってるの?」
「言った事はないですね。胸に秘めたままです」

 ……支えるつもりが寄りかかってしまわないかが気掛かりです。

「公言して、重荷になったら嫌なので」
「気にしないと思うけどな」

 そうかもしれない。仮に言ったとしてもエクシヴはいつものように「フ」と笑って「民を背負うのが王の役目だよ」などと言いそうなのだが、それではいけないとカンティニは思う。
 王が臣民を守るのはいい。しかし、側にいる人間は庇護に甘えるだけでは駄目ではないか。

「王の双肩には常に期待が重圧として圧し掛かります。神代の時代と違って聖譜もありますしね。そう意味では輝元殿はまだ楽だと思いますが……他者と比較出来る問題ではありませんね」

    ●

 ……中姉怒ってるよ……
 共通記憶を通して無言になったMouri-02にMouri-03は慄いた。
 元々口数の少ない姉であるが、この沈黙の意味を察する事は出来る。Mouri-02はあまり感情を表に出さないだけで輝元を大切に思っている。
 その輝元の役目が楽だと言われて良い気分はしないだろう。
 そんなMouri-03の様子に気付いたのか定かではないがカンティニは肩を竦める。

「勿論、彼女が楽な道を選んだと思ってはいません」

 ただ、とカンティニは続ける。

「一般論というか民の反応なのですが……史実で敗北が決まっている国は大衆も覚悟は出来ているのです。諦めとも言い換えられますが。
逆に繁栄が聖譜に記されている側は希望を抱く。そしてこの二つの国が一つになっていると少々面倒なのです。
例えば三征西班牙の場合は西班牙も大友、大内全てが衰退するので意思統一がしやすいのです。
けれど我が国の場合はどうしても仏蘭西側に対する期待が大きくなってしまう。
それに人間の欲望は際限がないですから。繁栄と呼べる結果を出しても不平不満が生まれる可能性もありますね」

 自動人形であるMouri-03には人心の機微は理解し辛い面があったが、過去の歴史の蓄積から時として民衆が理不尽とも言える非難を為政者に放つ事実を知識として持っていた。
 だからこそ合理的な自動人形を傍らに置きたいのだ、とはある教導院の生徒会長の言葉だ。
 最悪の結果を生んでも最善を尽くしたなら慰めてくれるからだと。
 ……輝元も、そう思う時があるのかな。

    ●

「王とは孤独な存在です。重責に負けて道を誤った為政者も多い。ですから太陽の王の隣に月の妃がいてくれてありがたいと思っています」

 対等の存在がいるというのはそれだけで安らぎとなる。

「……私としてはずっと彼女に生徒会長でいてほしいのですが、大衆は望まないでしょう」

 ルイ十四世が絶対王制を敷き欧州覇者となる。それが聖譜に記された歴史であり国の為を思えばその流れは止められないし、エクシヴ本人も乗り気だ。
 ならばとカンティニは自分に何が出来るかを考え、その末に至った結論が菜園だった。
 食は人間の三大欲求に根ざしたものであったし、農業の進歩は国益にもなる。

 決意してからの行動は早かった。
 それまで農学についてはからっきしだったのでモンペリエ大学の植物園に通ったり大プリニウスやコルメラの著作で学んだ。
 その過程でEcole de parisの生徒会と懇意になり、

「そして今こうしている訳です」
「人に歴史ありだね。でも大変じゃない? 支えるって言っておいて自分が潰れたら本末転倒だと思うけど」
「別に自己犠牲を気取ってる訳ではないですよ。私は小市民ですから日々の糧と仕事をこなした達成感があれば満たされます。そうすると時間や心に幾らか余裕があるのでそれを利用したボランティアのようなものです」

 Mouri-03と話している間に籠が食材で埋まってきた。後は梨のみ。
 果物を栽培している場所に移動。鋏をかちかちと鳴らしながら果梗を切り取って籠に入れる。
 品種はボン・クレティアン。そのまま食べるもよし、砂糖漬けなどにしても美味しいが、

「虫歯に注意するように言っておいてください。ダガン医師を追い返すのは苦労が大きいので」
「あいあいさー」

 駆け寄ってきたMouri-03に籠を渡し、カンティニは本来の仕事に戻る。
 皆が自身の役目をこなせば六護式仏蘭西を照らす太陽が陰る事はないと信じて。






名:ジャン・バティスト・ド・ラ・カンティニ
属:Ecole de paris
役:専属庭師
種:――――
特:生真面目系臣下











勘違いしそうになるけどエクシヴと輝元ってかなりの年の差婚だよね。
リクエストにあった、愚直に太陽全裸を支える臣下のお話です。



[30184] 時代の記録役
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/05/21 22:39
何故書くのか
残さねば忘れられるが故に
配点(役目)


 上越露西亜の学生、岡谷・綴は自室で椅子に腰かけつつ表示枠に映し出される草稿を確認する。
 岡谷は自他共に認める歴史オタクであった。図書委員であり、露西亜史サークル「ねすとる」や極東の歴史系同人グループ「途練り子」にも所属している。
 そして現在、聖譜記述の傍論に記されている安政年間から執筆が始められた武将の言行録にあやかり、それの露西亜版という意味で安政区露言行録と題した自作歴史書を製作中なのだ。

 今回の対象は先日行われた三国会議の渦中の一人である伊達・政宗。
 同人草紙やエロゲなど様々な創作ジャンルに登場する人気の人物である。武蔵にいる友人などは女性化された片倉・小十郎の方が好きらしいが。

 ……最近の神肖戯画(テレビアニメ)でも華麗☆成敗とかやってましたね。

 襲名者の方も今後の慶長遣欧使節や大坂の役の例の疑惑がどのような解釈で歴史再現されるか楽しみである。
 さて、言行録の方は三国会議まで書き終えた。
 伝聞を元にしている為にどうしても正確性に欠けるが、大筋では間違っていないだろう。








伊達・政宗
義姫の子。仙台伊達教導院。同教導院総長兼生徒会長。

竜神の血を引いているのが原因かは不明だが幼少期より苛烈な性格であり、訓練で自分を負かした伊達・成実の四肢を切断するなどの凶行が目立ち、一六四八年の伊達・小次郎の自害も彼女に処断されたとする説もある。
また重臣である片倉・小十郎に対しては日常的にぞんざいな扱いをしていたという。
一時期、食料関係において歴史再現の重大な違反をしたという疑惑が持ち上がったが、真相は闇の中である。

傍若無人は留まる事がなく三国会議期間中も武蔵から赴いた外交官向井・鈴を武神で襲撃。諌めようとした家臣にも攻撃を加えている。
会談中も「記憶にない。小十郎が勝手にやった事だ」といった旨の発言をしている。

なお字名(アーバンネーム)の由来である隻眼については「独眼竜ならこうでないと」という風に自分で潰したらしい。豪気である。


















アクセス解析で「境界線上のホライゾン DQN四天王」というキーワードを見つけ、「政宗ちゃんも森君もまともだよなー」と思いつつネタに走ってみた。
こいつとネシンバラ合わせたら意気投合して延々コアな歴史談義始めそうだぜ。

一応情報。
名:岡谷・綴
属:春日山宮殿
役:元書記
種:―――
特:傍迷惑歴史家



[30184] 敗国の不屈娘
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/06/06 02:29
喪失は大きく
先行きは不透明
それでも――
配点(不撓)



 左右を木々に囲まれた山道を一人の少女が歩く。
 枝葉の隙間から洩れる日光を浴びるその姿は、栗毛の髪の毛に上半身は清武田の制服、下半身には馬着(・・・・・・・)
 四足の足に付けられた蹄鉄が地面を踏み締め、尻尾はゆらゆらと揺れる。
 半人馬(ケンタウロス)だ。

 名は馬場・梓。武田家四天王の一人、馬場・信春の一族に連なる少女である。

    ●

「手がかりなしっすね」

 長篠の合戦と同時進行で行われた天目山の戦い後、彼女を含めた武田家の人間は身の振り方について決断を迫られていた。
 まず提案されたのが歴史再現に沿って武蔵に行く事だったが、羽柴が江戸にまで進出した現状、下手に武蔵と接触する事は羽柴に攻撃の口実を与えかねないので却下。
 またP.A.Odaに対する敵愾心も強く、主君である義経公の戦死が確認された訳ではない。故に多くは清側と協力しつつ各地で抵抗を続ける事になった。

 梓に与えられた任務は義経公の捜索と偵察だ。

 彼女の一族と義経公の関係は深い。
 梓達の祖先は神代の時代、半竜と同じ時期にこの大地に現れたらしいのだが、一度天に昇って帰ってきた後は重奏神州のギリシャを主な居住地としながらも彼女の部族は広大な大地を求めてモンゴル高原を駆け回っていた。
 そんな中、現実世界からやってきた義経公に捕ま……見出され、以来彼女の機馬軍団の一角を構成している。

「これからどうするっすか、ソニンちゃん」

 梓は上半身を捻りつつ尋ねる。
 捜索の任務は二人一組であり、鞍には一人の少女が跨っていた。
 彼女、ソニンは制服の上に薄桃色の漢服を纏い、長い黒髪を束ねて櫛で止めている。
 耳は横に長く、防護用のカバーをしている。それは長寿族の特徴であり、事実ソニンは長寿族だった。
 体格はかなり小柄で彼女用に鞍や鐙を調節する必要があった。
 詳しい年齢を梓は知らないが、長寿族であっても生存に適さない幼年期は短いのでそれほど年の差はないと思われる。

「思案不要。捜索続行」
「……」

 付き合いが短いので彼女の喋りにはまだ慣れない。
 この喋りの原因だが、義経公が面白がって出鱈目な清弁を教えたらしい。曰く、熟語で喋れば通じると。暴論も良い所だ。
 それでも極東全体に巡らされた意志通訳の加護のお陰で疎通は出来る。だからこそ性質が悪いとも言える。
 最近は欧州の言語も習っているらしいが、これに関しては教師がM.H.R.R.から来た旧派の宣教師なので大丈夫だろう。

「じゃあもう一頑張りっすね」

 コンビを組んでいるのでソニンに意見を求めたが、梓も内心では捜索を続けたかった。
 彼女が探しているのは義経公だけではない。自分の家族もである。

 先の戦いの折、父や兄に同行しようとした梓は二人の指示で後方に布陣した。戦況が不利になった場合の退路を確保するのも重要だと父に言われたが、

 ……気遣われたっすよね。

 昔から大事にされてきたという自覚はある。
 聖譜記述によれば武田家滅亡の後、馬場・信春の娘が松平の家臣、鳥居・元忠の側室になっている。三河事件以前はこの役に梓を据えようというのが一族の総意だった。
 極東や武蔵は各国に抑圧されているが、その反面他の教譜が戒律で出来ない金融や屠殺を代行しており、苦しいながらも平穏が約束されているのだ。
 だから清武田に一大事があった場合に梓の避難先と考えたのだろう。
 それを嬉しく思う反面、

 ……役立たずだと思われていると感じる卑屈な自分もいて……

 自分だけ助かるのは嫌だと訴えたのだが、いざとなれば他にも方法はあるのだと酒盛りをしながら彼等は笑った。
 しかし、迎えた決戦から誰一人として戻ってこなかった。

 ……あの酔っ払いども、もし会ったら一発殴ってやるっす。

 思い起こせば何故か自分名義で届いた「ぬるはちっ!」の件、朝起きると蝶々結びになっていた尻尾の件、何度か交代した食事当番の件など、問い質したい事が山ほどある。これは何としても見つけ出さなくては。
 ともすれば暗い方向に行きがちな思考を胸の奥に押し込め、梓は決意を新たにする。

    ●

 なだらかな上り坂に差しかかった頃、道の向こうに二つの人影が現れた。
 軽装と頭に巻いたターバンはP.A.Odaの特徴だ。
 現在、P.A.Odaは武田の領内に戦士団を置いている。
 武田狩りの歴史再現の為であり、江戸の羽柴や北条に向かった滝川・一益の背後を守る為でもある。
 それだけに戦力は侮れない。

「出来れば戦闘は避けたいっすね」

 梓の武器は弓であり、扱いにはそれなりの自信がある。
 関東で開かれる流鏑馬選手権では毎年上位入賞だ。
 ……でもレギュレーションの変更が言われてるんすよね……
 騎射技術を競うのに君騎乗してないよね? という物言いが付いたのだ。横を向いたまま走らなければならない自分の方が大変だと思うので納得出来ない。

 それはさておき、今の目的は捜索であって戦闘ではない。
 持っている装備も武器より食糧や医薬品がメインという事もある。
 だが、

「単位発見!」
「これで補習免除だ!」

 向こうは放っておいてくれない。
 何やら酷い扱いをされているのはこの際無視する。

    ●

「戦闘不可避」

 先に動いたのはソニンだった。
 鐙で踏ん張り、太腿で梓の胴体を挟んで体を安定させると二律空間から上半身を覆えるほど巨大な鉄扇を二つ取り出し、それぞれの手に保持する。

「――風に揺られ身を委ね」

 鉄扇を構えながら彼女は歌を口ずさむ。平泉の生まれらしいので極東弁は問題ないのだ。
 その上、歌唱力はかなりのもので声煌姫というアイドルシンガーグループに属している。父や兄もグッズを買い込んで母に怒られていた。

「風の息吹を感じる」

 歌に乗せて鉄扇を振るえば削音と空気の歪みが駆け、地面にえぐれを生む。鎌鼬だ。
 それに対し、P.A.Odaの学生は前後になり腰を落として身構えた。
 彼等の表示枠からガルーダが飛び出し、前方の学生は布を巻いた手を迫る風刃に突き入れる。

「――悪くない風だ。……行けるな?」

 ムラサイ教譜の術式、預術(イルファングナーア)の術符である術帯によって荒ぶる風は力を失い、顔や髪を撫でるだけに終わる。

「Shaja」

 と、後ろにいた学生も動く。
 書物型の紋章が展開し、彼等の周囲を緩やかに流れていた空気が規則性を持って渦巻く。
 そして一歩目の踏み込みから一気に加速した。風を利用した移動術式だ。

    ●

「……っ!」

 梓もまた対応する。
 片手で範鋼製の折り畳み式の弓「比邻」を展開、もう片方の手、人差し指から小指を使って同時に三本の矢を背中の矢筒から取る。
 一本ずつ素早く矢を番え、一息の間に三連射。流体弦でなければ不可能な芸当だろう。
 足下を狙って放った矢はしかし、防御術式を砕き、その先の風の術式を一部破壊するが、そこまでだった。
 勢いをなくした矢は風に巻かれて弾かれる。

「武蔵巫女同様砲撃不可?」
「一緒にしないで欲しいっす」

 三河事件の再現映像を見た事があるが、あんな事が出来るのは昔、義経公に聞いた事がある源・鎮西八郎・為朝や那須・与一、ジェベくらいではないか。
 禊祓いと物理破壊の違いはあるにしろ自分では武神用の弓でやっと同等といったところか。
 その武神にしても専用の四脚の武神は先の戦いで破損して現在は修理中。元々複数の武神の残骸を組み合わせて造ったゲテモノだったので限界が近かったのだ。

「私は速射と精度に重点を置いてるっすから」

 言っている間に彼我の距離はどんどん縮まる。
 梓は判断に迷う。
 刀や槍のように近接武器の訓練を受けた事もあるが、身体的な問題で不得手だった。

「左折突入!」

 ソニンの叫びに梓は考えるより先に従った。山道を逸れ、森の中に突っ込む。

(でもこれは、ちょっと怖いっす)

 極東は馬が走るのに適さない地形が多い。森林などその最たるものの一つだろう。
 直線的な動きでは人間を圧倒するものの、横に長い体躯から小回りが効かない馬では折角の機動力が殺されてしまう。
 この森はそれほど木が密集している訳ではないが、それでも梓の正面には立ち塞がっている。

「どうする気っすか?」

 比邻のフレームを鏡代わりにしつつソニンに問いかける。

「心配無用」

 彼女は体を捻り、進行方向と追ってくる学生達にそれぞれ半身を向ける。

「風と舞う」

 流体制御の風の一撃は切断と薙ぎ払いをほぼ同時に行い、行く手を遮る樹木を取り払う。
 些か足場は悪くなったが、迂回せず跨げるようになった事の方が大きい。
 蹄鉄越しに地面をしっかりと捉え、速度を上げる。
 体力には自信がある。仙道術「千里行術」を使わずとも千里の馬になってみせる。

 一方でソニンは学生達の左右に林立する木を倒し、進行を阻む。

「来るな補習!」
「待て! 単位!」
「東風っすよー!」

 学生の悲鳴とも恨み節ともつかぬ叫びに捨て台詞を返し、梓は駆け抜けた。






名:馬場・梓
属:覚羅教導院
役:部隊指揮
種:重武神騎乗師
特:人馬一体

名:ソニン
属:覚羅教導院
役:通訳(自称)
種:全方位武術師
特:アイドル歌手













ケンタウロス娘って、良いよね……
ネタを思いついて早数ヶ月。やっと完成。
きみとあさまで以前に書きはじめたネタだったけど、まさか鳥居・元忠の襲名者が女性だったとはね。
というか、書き上げてから気付いたけど、ソニンの喋り方が微妙にイザックと被ってた。


以下没ネタ。



 歩いている途中、ソニンが肩をちょんちょんと突っついてきた。

「なんすか?」
「疑問。種族特性衣服不要」
「それはそうなんすけどね」

 確かに種族の加護で蚤などは付かないし、外気にも一定の耐性がある。
 なので暑い日などは一族の男は下半身に何も付けずに出歩いている。お陰でストリーキング集団「歩き愛出す」なる団体から勧誘通神が大量に来た時期があった。
 そもそも体の構造的に一人で着替えるのが難しいという事情もある。慣れれば一人でも出来るが、それでも時間がかかってしまう。

「でも私も一応年頃っすから」

 長寿族のような人間と同じ外見の異族と違い、衣服はオーダーメイドになるので値は張るが、自分の特色を強く出せるという見方も出来る。









『おい、今何か物音がしなかったか?』
『そうか?』
『したした。そこの茂みで……』
「――」

 茂みに隠れていた梓は身を強張らせた。ここで見付かるのは拙い。
 故に、

「ひ、ひひーん」
『何だ馬か。驚かせやがって』

・索 尼:『敵方馬鹿?』
・梓 弓:『モノマネが上手くいった事を喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、複雑な気分っす』



[30184] 【ネタ】安政区露言行録 葵・トーリ編
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/08/02 11:04
リクエストがあったのでアンサイクロペディア、ではなく安政区露言行録 葵・トーリ編。
原作の口絵のノリ。
最新刊までのネタバレあり。






葵・トーリ
一六四八年度武蔵アリアダスト教導院総長兼生徒会長。

父親は小野・忠明。母親は伊東・一刀斎の弟子であった善鬼。
戦乱が続く当時であっても両親が戦闘系の襲名者というのは珍しく、各国から多くの制限を受けていた武蔵では異例であった。
姉である葵・喜美も非襲名非役職者でありながら副長クラスと相対して戦功を残している(政治的な事情や本人の意思、または後進育成などの目的で襲名や役職に就かない実力者というのは他国にもいたが、それでも特異)
葵・トーリもまた戦場では最前線に立って味方を鼓舞したり少数で敵艦に乗り込んだりしている。多くの戦いに参加したが、重傷を負った事はなかったという。

字名は不可能男。だが、後述する彼の功績を考えればこの字名が甚だ不適格なのは明白である。
これはあからさまに不名誉な字名を与える事で武蔵住民に対し、「自分達は聖連の支配下にある」事を強く印象付ける狙いがあったのだろう。松平・元信の傀儡男なども同様の事情だと考えられる。

容姿については眉目秀麗であり老若男女も魅了したと伝えられる。
契約していた芸能神との制約で定期的に女装を余儀なくされていたが、そんな彼に結婚を申し込んだ者もいた(この時代の極東では歴史再現によって衆道が一般的であり、M.H.R.R.では同性同士による生殖方法が確立されていた事も影響していたのだろうが、それでも稀有な美貌だった事は疑うまでもない)

芸能、特に歌の分野で才能を発揮し、自身が作詞作曲を手がけた「早朝協奏曲」は浅間神社公認の下、若年層を中心に流行した。
生み出すだけでなく目利きにも優れ、彼が批評した作品の多くは高い評価を得ている。
料理の腕も一級品であり、他国との交渉の席では手ずから料理を振る舞ったというエピソードも存在する。

政体についても言及したい。
各国が絶対王政を推し進めていた中で立憲君主的な性質を持つ体制だった事は大変興味深い。
これについては当時の武蔵の情勢がそうさせたという意見もあるが、無能でありながら強権を振るいたがる権力者が歴史上無数に散見される事を鑑みれば、彼自身の得難い資質と言えるだろう。

葵・トーリは自身を着飾る事を嫌う純朴な人物だったと言われている。その性格を示す逸話は多く、彼は独自の人柄で多くの人を惹きつけた。
源・義経や上杉・景勝などは気難しい人物で苦手とした外交官が多かったが、彼は会ってすぐに親交を結んでいる。生来の人たらしだったのだろう。
余談になるが里見・義頼との約束、悲劇的な別離は後年、多数の創作のモチーフとなっている(例えば私が持っているマルチシナリオADV「頼トリ見取り」もそのうちの一つだ)

あえてここに記する必要もない彼の代名詞があるが、敵意がない事を証明する手段だったと考えられる。
これも武蔵が多くの同盟国を得る一助になったのではないだろうか。

葵・トーリが歴史の表舞台に出るきっかけとなった三河消失から極東君主ホライゾン・アリアダスト救出までの一連の流れ(三河争乱)
この戦いで彼はホライゾン・アリアダストに告白にしているが、その後の二人の仲は睦まじく、往来で肉体的接触(過激なので表現をぼかさせてもらう)を行うさまが何度も目撃され、通行人が目を逸らす一幕も見られた。

また三河争乱は彼の才が発露した事件でもあった。
まず注目すべきは的確な人選である。
臨時生徒総会における一戦目に彼が指名したのは会計のシロジロ・ベルトーニ。
相対戦という人々の注目が集まる中で、戦闘力は元より金融の問題を提示した事の意味は大きい。

二戦目は向井・鈴。
当時は何の役職にも就いておらず、また全盲の少女である。
この戦いにおいて騎士連盟は市民革命の前倒し再現を画策していたが、仮にネイト・ミトツダイラが負けを宣言していたとしても、「弱き者との戦いを良しとせず、膝を屈するのは騎士として当然の事」という解釈が成り立ち、市民革命は成立しなかった可能性がある。

またはっきりした資料はないものの、葵・トーリはこの時まず最初に点蔵・クロスユナイトを指名し土下座するよう指示したという話も存在する。
信憑性には疑問が残るが、もしこれが実行されていた場合は当然騎士は市民より上の立場のままとなる。
何故この手段が取られなかったかについては想像するしかないが、諜報担当とはいえ第一特務が敗北する事は以降の戦闘や国際関係に影響が出るからではないだろうか。
生徒総会後の戦闘を想定していただろう葵・トーリとしては総長連合の構成員に不安を与える事は避けたかった筈だ。

三戦目の討論では葵・トーリ自らが本多・正純と相対を行った。
ここで彼はホライゾン救出に反対の立場に立っている。
これは生徒総会の結果がホライゾン・アリアダスト救出になると見越して機転を効かせたのだろう。生徒会と対立した本多・正純に対する反感や敵意を和らげる意図があったと推測される。

四戦目は彼の姉である葵・喜美が本多・二代を下している。
本多・二代は後に副長に任じられた逸材であり、葵姉弟の恐ろしさがよく分かる。

K.P.A.Italiaと三征西班牙の連合軍相手の戦いにおいて能力を伝播させる術式を発動させる。奉納に失敗すれば死ぬという代償を背負って。
この行為を王のする事ではないという否定的な見解もあるが、苦難に喘ぐ仲間を助けるべく我が身を投げ打った気高い姿から彼の人望の理由が垣間見える。
その後の審問艦での宣言は同時代の幾人かに引用され(M.H.R.R.ではあまり評判がよくなかったらしいが)この時より史上初の世界大戦が始まったと見る学者も多い。

またこの一戦で刑場が破壊されるが、これは前例がない。
過去の罪を否定出来たという事だが、葵・トーリは何が起きたのか黙して語らず、今なお歴史家や創作家の間で議論の対象となっている。
彼が抱いた罪とは何だったのか、それとどう向き合って克服したのか。大いなるロマンの一つである。














自分で書いといてあれだけどこれは酷い。
多分後世ではこんな扱い。



上記は17世紀後半に成立した「安政区露言行録」の一部である。
著者は深谷上杉家に仕えていた武将。
一次史料であるが、件の執筆者は小田原の役後は武蔵に移住しており、それ以降に執筆された本書には装飾が加えられている可能性を考慮すべきである。
私は自著「名将言行録」執筆の際に他の史料と比較してみたが、どうにも恣意的な解釈を行ったと思しき部分が散見された(もっとも、三河争乱以前の史料には逆の意味で恣意的な解釈が行われていたのも事実である)
ただ、この著者はサブカルチャーな創作物も出版しており、史料というより三国志演義のような娯楽色の強い作品のつもりだったのかもしれない。

~歴史の趨勢と史料の傾向について~ 著:岡谷・繁実



[30184] 【ネタ】鏡界面上のホライゾン
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/08/02 11:04
鏡映しのIF
想像の中のその姿は
優美華麗
配点(鏡像)



ストーリー
私立西秋川高等学校に通う君はある日、謎の光に包まれて見知らぬ場所で目を覚ます。
困惑する君の前に現れた“少女”は手を差し伸べこう言った。
「大丈夫? 私は葵・トーリ。ここの総長兼生徒会長だよ」

過去の歴史を再現する後ろ向きに前向きな世界。
葵・トーリの協力でアリアダスト教導院に通う事になった君。折しも三河争乱が発生する一ヶ月前だった――


ヒロイン紹介

葵・トーリ
「私、葵・トーリはここにいるよ!」
常にハイテンションな元気娘で武蔵の人気者。
成績は並だが家事万能で芸能も嗜む。
いつも笑顔。でもその裏には悲愴な覚悟が。
果たして君は彼女の支えになる事が出来るのか!?


点蔵・クロスユナイト
「主の為に我が身を削るのがくノ一で御座るよ」
いつも顔を隠している恥ずかしがりやなくノ一の女の子。
人からの頼みごとには快く応じる優しい子だが、ちょっと自己犠牲が強いかも。
その生き方を尊重するか否定するかで彼女との関係が大きく変化するだろう。


キヨナリ・ウルキアガ
「ところで貴方にお兄さんはいる?」
教会のシスター。異端審問官も務めているので常に白銀の鎧を身に付けている。
一見堅物だが親しくなればお茶目な一面も見せてくれるだろう。
自身の信仰に殉ずる覚悟であり、その信仰と君は相容れないのだが……


シロジロ・ベルトーニ
「お金! お金を使うのよ!」
若くして商会を持つ商人。
何よりお金が大事と公言する攻銭奴。
彼女がお金以上に大切なものを見付けるかどうかは君次第だ。


トゥーサン・ネシンバラ
「さあ、人生という物語を紡ごう」
不治の病を患った眼鏡っ娘の文学少女。
自分の世界に入りやすく、好きな話題になると止まらない事も。
あえて彼女の世界に飛び込んでみるのが仲良くなる鍵かも?


ノリキ
「二度は言わない。忘れないで」
家族を養う為にアルバイトを掛け持ちする健気な勤労少女。
クールであまり人を寄せ付けない態度だが、彼女には大きな秘密が――?


彼女達以外にも登場する女の子は五十人以上!
華麗なCGとフルボイスでお届け!

    ●

「というエロゲを考えたんだが、どうよ?」
「どうよ? と言われてもな」

 昼休みになるなり複数の表示枠を展開して熱弁を振るう秋元にげんなりする。
 三要先生の授業も聞かずに何をやっているかと思えば、この馬鹿は。

「やべえ、ビッグサクセスの予感がするぜ。俺のエロゲサークル「ディープバレー」の時代が来ちゃったかな、これ」
「……さよか」

 過去作を浅間・智に酷評されて数日教導院を休んだ過去は秋元の脳内からは消去されたらしい。

「こういうアイデアで勝負する作品は早いもん勝ちだからな。ルート毎に別のライターを起用して納期短縮を図ろう。絵師も複数の体制で行く」
「何だかそれ、失敗しそうな予感がしてならないんだが」
「全裸や太陽全裸は立ち絵でも常に全裸で客を釣る……いや、コンシューマ化の際に面倒だな。それに全裸は肩の傷あるから反転させて使い回せないか……」
「……」
「あと総性転換で女性層も狙うか男性層一本に絞るかが悩ましい所であるな。銀髪美形無感情で貴人の隠し子な男性キャラってかなりイケると思うんだが」

 ……聞いちゃいないな。

「昔いた学校の副会長と書記は男同士で突き合……いや付き合ってたんだが、そんな二人を題材にしたBLゲーが学園祭で完売したんだ。あの時にヤオラーの購買力のデカさを思い知ったね」
「まあ、それは否定しないが……」
「あと名前どうしよう。エロシーンで「ふふ、もうこんなに濡れてるね、キヨナリ」とかやったらジョイスティックが一気にふにゃっちまうぜ!」
「じゃあ名前変えれば良いんじゃないのか。ちょっと前に出た水滸伝の女体化も名前変わってると聞いたぞ」
「……女性化全裸の名前、聖とかティエンとか思い浮かんだが他に案ある?」
「そんな特殊な案、ぱっと思いつく訳ないだろ。というか俺はこれから飯食うから」

 話を強引に打ち切って学食に向かう。

    ●

 昼食を終えて教室に戻ると秋元は表示枠に向かって話しかけていた。

「ああ綴、俺だ。エロゲのシナリオ頼むわ。……いや、まだキャラ設定は固まってないから当たり障りのないイベント書き溜めといてくれ。駄目だったら次回用にすればいい。期限は、有明のお祭りで体験版を配布したい所だから……そう言うなよ、俺だって尊敬する白蕪氏のエロゲ詰んで製作に入るんだから。今度お前の資料用の情報も送ってやるから頼む。……ああ、悪いな。それとお前が前に話してた荒川さんに出演交渉してくれ。ギャラは相場の十倍までなら出せる。……あん? 予算なら大丈夫だよ。いざとなれば鳥居前総長に貰った谷村城の権利書を担保に入れても捻出するから。まあ、最悪の場合お前等の給料はエロゲの完成品になるが勘弁してくれ」

 何やら熱くなっている秋元を見ていると不意に初めて会った頃を思い出した。
 第一印象は変な奴。終ぞその印象を払拭する機会はなかった。

「お前、以前自分は常識人みたいな事を言ってなかったか?」

 秋元が表示枠を消すのを見計らって尋ねる。

「おいおい。俺以上の常識人が武蔵のどこにいるっていうんだ?」

 ……少なくとも武蔵王はこいつよりまともだよな。
 ただ、それを指摘しても秋元が武蔵王の尊厳を傷付ける発言をするだけな気がしたので黙っておく。

「まあ、頑張れ。義理で一つくらいなら買うから」
「すまねえ。もし余裕があったら尼子家関係は優遇しとく」
「………………いや、遠慮しておく」

 多少心惹かれたが性転換のエロゲだという事を考慮して否定する。

    ●

 翌日、教室に入ると秋元が椅子の上で体育座りしていた。
 机の上で開かれた家族婚通神にはどこかのサークルが武蔵の役職者の女性化エロゲを開発中という記事が掲載されていた。
 ……言ってるそばから先を越されたか。
 顔の前で手を振ってみるが反応はない。しかしそのうち復活するだろうと放置。
 HRや授業中、まだ秋元の奇行に慣れていない三要先生がおどおどしていたが、秋元の言動が治る事はないだろうから早く慣れてほしいものだ。

 その後、エロゲの開発に難航し、資金繰りに困った秋元がまるべ屋に土下座交渉を挑んで病院送りになったりしたが、それはまた別の話。










エロゲ甲子園を聞いて思いついたネタ。
時系列については気にしない方向で。



[30184] ハーレムの集い人
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/10/07 11:50
ハーレム物を書いてみました!
よろしくお願いします><






時にはぶつかり
別れ、それでも変わらぬもの
配点(愛郷心)



 阿蘭陀。スパールネ川沿いに位置する都市、ハールレム。
 八十年戦争の初期に西班牙との戦争で被害を受けるものの西班牙軍撤退後に復興。
 元々盛んだった織物業や造船業、醸造業に加え、フランドル地方から戦火を逃れて流入してきた難民によって繊維業や漂白業も発展。
 1630年代から始まったチューリップの栽培と取引が都市に色合いを添え、市の中心にあるグローテ・マルクト広場は市民の活気に包まれていた。

    ●

 市街の外れにある会館はざわめきに満ちていた。
 会館内の広間には年齢や性別、種族さえ異なる数十人の学生。
 多くは黒に染まった三征西班牙の制服を着ているが、僅かながら英国など他国の制服を着た学生もいる。

「ビールは行き渡ったでしょうか?」

 一人の中年が壇上に上がって会場に視線を走らせる。

「まず会場の提供をしていただいたフランス・ハルス殿とビールの提供をしていただいたピーテル・サウトマン殿とユディト・レイステル殿に感謝を。そして乾杯!」

 今日はコルネリス・ファン・ハールレムを中心にしたエロゲサークルの互助組織「聖ルカ組合」の会合だった。
 ちなみに、名前の由来はTsirhc教譜における最初期の裸婦画家聖ルカにちなんだものである。

 サークルこそ違えど、彼等はハールレムの発展を願う同志だった。
 長く続く祖国の戦争。不安に思う人々を少しでも励ましたい。そんな一心でエロゲ製作に携わってきた。
 今では阿蘭陀の有力者であるフレデリック・ヘンドリックの後見を受け、外貨獲得手段として主校の生徒会や産業委員会からも頼りにされている。

「ではいつも通り、羽目を外しすぎない程度にお楽しみください」

 その言葉を合図に会合がスタートし、料理が置かれた丸テーブルの付近に数人単位のグループが出来上がっていく。

    ●

「サウトマン殿には毎度美味しいビールを提供してもらってすみません」
「いえ、なに。先日発売したエロゲ「両手に姉妹! ジグムント三世!」が大ヒットしたので、お裾分けのようなものですよ」
「そうでしたな。普段はやり手のコンスタンツェがふと見せる弱さが堪りません」
「いやいや、そこは平凡な容姿ながら健気に尽くすアンナでしょう」
「俺としてはメインのエスターライヒ姉妹よりサブのウルシュラ・マイェリンが良かったな。多くの敵がいながら最後まで国に仕える姿は気高い」

「……」
「む……」
「へえ……」

 信仰がすれ違った時、人々が話し合いよりも実力行使に出る事は歴史が証明している。

    ●

「今度は我らが英雄ケナウ・ハッセラール女史を題材にした作品を考えてましてな」
「それはそれは。期待していますよ」
「ありがとうございます。ヒロインは三百人ほどを予定しております」
「え?」

    ●

 基本的に和気藹々とした会合だが、一部では暗い空気も漂っている。

「神肖戯画(テレビアニメ)愚痴会~」
「1クールだったせいでサブヒロインが完全に空気に……」
「尺が足りなくて苦肉の策だったのは分かる。でもオリジナルならもっと脚本しっかりしろや!」
「2クールだったのだが、無理に全ルートを統合したせいでキャラとストーリーが破綻……」
「うん、気合入れすぎて複雑すぎるデザインにしたのは反省している。キャラデザがほぼその通りだった事には感謝している。しかし……崩壊するし動かないなら簡略化しても良かったんだぞ?」
「作画は問題ないし、2クールだったのだが声優の変更で原作組と神肖戯画組で対立が……」

    ●

 話題はエロゲばかりではない。
 彼等は言ってしまえば一企業の経営者であり、社会情勢にも敏感だった。

「印度会社は順調なようで」
「葡萄牙とは緊張状態ですがね。彼の国も西班牙を敵にするのだから協力したいものですが」
「主校の教導院は英国との間で起きるアンボイナ事件をどうするかで揉めているようだ。聖譜記述ではこの事件で阿蘭陀は東南アジアでの影響力を強めるが、友好国である英国との関係は大事にしたい」
「目先の利益を求める現場と長期的な国益を考える教導院の対立ですか」
「しかしまあ、傍論によりますと英国との戦争は避けられないようですから、教導院もタイミングを見計らっているという所でしょう」

    ●

「ヘントの十八人委員会からさぁ、カルヴァン派の布教用エロゲ作るよう依頼されたんだ」
「よりにもよってそこか」
「でもうちはロープライスのクロスアウト即ファイアーな作品がメインなんだよね」
「断れば良かっただろう」
「……前金たんまり貰っちゃって」
「阿呆が。とりあえず「十五歳からのカルヴァン派入門講座」的な感じの当たり障りのないゲームを作っとけ。あの乞食どもを敵に回すのは危ないぞ。最近もトップのヘムビゼがTsirhcの修道士が隠し持っていた男の娘系のエロゲを伝纂器(PC)ごと破壊したそうだ」
「えげつねー……」

「どうでもいいけどカルヴィニストって微妙にカリバニストっぽいよなー」
「フランドルからの移民には食人系異族もいるから笑えないな」

    ●

「オラニエ公の野望の新シリーズの進展具合は?」
「ゲームバランスの調整に苦心している。どうしても後半が作業ゲーになってしまって」
「ニデッゲン将軍が使いにくいのを何とかしてくれない? すぐ裏切るんだけど」
「それは仕様だ」
「スピノラはもう少し弱くしてもいいじゃね? ユスティヌスは何回ブレダを開城されれば良いの?」
「それも仕様だ」
「ドン・フアンやパルマ公アレッサンドロ・ファルネーゼは?」
「放っておけば死ぬから耐えろ。やり方次第ではレパント海戦で倒せる」

    ●

「じゃじゃーん。今日発売、ハールレムが誇るレビュアー、カレル・ヴァン・マンデル氏の新作レビューだ」
「ふむ。バルトロメウス・スプランヘルの「Hの勝利」の評価が高いな」
「彼の描画技術には一目置かねばなるまい」
「神話ジャンルメインなのも貴重よなぁ」
「プラハ在住なのが実に惜しい」

    ●

 会合は続く。
 「エロは暴力を圧倒する」をキャッチフレーズに彼等はこれからもエロゲ道に邁進し、後に黄金時代と称される阿蘭陀芸術の礎となる。













一部表記揺れがありました。すみません><


正直、こんな一発ネタを書く為に図書館で八十年戦争の資料を読み漁った自分はちょっと頭おかしいと思う。
これもアニメで高濃度圧縮カワカミンを摂取したせいか……



[30184] 決死場の狼
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/08/05 13:46
大義はなく
ただ友の為に
配点(本能)



 百年戦争と聖譜に記された戦い。
 自分は盟友である人狼女王の希望でジャンヌ・デ・アークの陣に参加した。
 彼女達は異族の復権という目標を掲げていたが、自分はあまり興味がなかった。
 人狼女王の頼みでなければ森に住み、男を誘って食らう生活を続けていただろう。
 それが参加して良かったと思うようになったのはいつ頃からか。

 自分達を率いるジャンヌとは種族こそ違えど幾たびかの戦いを経る頃には親しくなった。
 彼女の清廉潔白な人柄を見習おうとは思わなかったが、身近で眺める分には面白かった。
 彼女に従って騎士ごっこをするのも悪くないと思った。有り体に言えば彼女が好きだったのだろう。

 しかしその関係は長くは続かなかった。彼女が英国に捕らえられたのだ。
 大元帥リシュモーンは救出すべきと主張したが国王シャルル七世は聞き入れなかった。
 ジャンヌの処刑こそ百年戦争における仏蘭西勝利の道をつけるのだと。
 滑稽な事に、彼女と敵対した英国は処刑を厭い、彼女に救われた仏蘭西が処刑を望んでいたのだ。

 ――この身は獣である。
 政治を理解せず、未来ではなく今を見る。
 力こそ絶対と信仰し、本能の赴くまま生きる。
 そしてなにより、狼は仲間を大事にするのだ。

 まどろっこしい事はしない。国王の首根っ子を押さえて言う事を聞かせる。
 決断すれば即行動。配下の半狼を率いて巴里を目指す。
 オルレアンを解放したジャンヌを慕う者は少なくなく、彼等から国王がノートルダム大聖堂にいる事は掴んでいた。

 朝霧の中を駆け、聖堂の広場まで辿り着いた時、風切音の連続が絶叫の重奏を生んだ。
 濃厚な血の匂いが鼻孔を突き、並走していた半狼の身が崩れる。
 音の方向を見ると聖堂の各所に配置された兵士が弓に矢を番え、こちらを狙っていた。
 倒れた半狼は絶命していた。矢じりに銀でも使っていたか。
 英国側にも人狼はいたし、仮に味方側であっても食人習性を持つ人狼は恐怖だったに違いない。だから対人狼用の装備を用意していたのだろう。

 雨の如く降り注ぐ矢によって軍勢の多くは骸となり、残りも傷を負った。
 嗚呼、情けない。女王の流体防御なら強引に前進出来たものを。

 こちらの足が止まったところに隊列を組んだ槍兵が突撃してくる。
 術式加工された穂先以外は脅威ではなく、人の体は脆い。
 懐に飛び込んで腕を一振りすれば千切れ飛ぶが、如何せん数が多い。
 一つ隊が全滅すれば別の隊が仕掛け、隙を見て誘導術式を仕込んだ矢を放つ。その繰り返しだ。
 僅かずつだが体に攻撃が届き、致命傷には至らないまでも確実にこちらの力が奪われていく。程なく半狼は全員が討ち取られてしまった。

 消耗戦はしばらく続いたが、不意に敵の動きに変化が生まれた。
 隊ではなく、一人の男が飛び出してきたのだ。
 聖術による加速は水蒸気を放ち、彼我の距離が瞬時に埋まる。

 一方の自分は驚くほど動きが鈍っていた。呼吸は乱れ、足下はふらつく。
 迎撃の貫手は空を切り、男が持つ槍の一撃が心臓を貫いた。

 全身から急速に力が抜け、視界が霞む。
 自分を刺した男が何か呟くが、既に聴覚は死んでいた。
 返答の代わりに体に突き刺さる槍を更に深く沈め、男を引き寄せて最後に残った力で喉元を食い破る。
 男の目が驚愕に見開かれるのを見て幾らか溜飲が下がった。

 命尽きるその時まで戦意を失わない。それが矜持だ。
 ここまでなのは無念だが、女王やジル・ド・レも座視する筈がない。
 彼等ならきっと――

 最期に呼ぼうとした名は臓腑から逆流した血に掻き消された。










 歴史書曰く、クルトーという名の人食い狼が巴里を襲撃。多数の人間を食い殺すが、シャルル七世の信任を受けた警備隊長ボワスリエが相討ちになりつつもこれを退治。
 恐怖に震えていた巴里の市民はこの英雄に惜しみない称賛を送った。










 気高き一匹の狼が死に、しかしその命を賭した行動の真意は聖なる小娘救出に世論が動く事を嫌った王によって歴史の闇に埋没した。




















勝利王シャルル七世を恐れさせた狼王クルトー。活動時期を調べたらジャンヌとどんぴしゃだったんでこれはいけると思った。
でもリアルのクルトーが暴れた頃のパリってブルゴーニュ派の支配下なんだよなぁ。
まあ、ホラの方じゃジャンヌの処刑直後に重奏神州崩壊があったらしいから色々ズレてたと解釈しよう。対英国の為に早期和解したとか。

ネイトのお婆ちゃんも襲名者だったのか気になる。
もし襲名者だったらラ・イールかなと個人的に睨んでるけど。



[30184] 【ネタ】戦勝祭の道化師
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/08/13 18:25
その外見、変幻自在
その言動、縦横無尽
その信念、未来不変
配点(変態)



 ノブゴロドにおける柴田勢との一戦を終えた春日山宮殿の一室では有志による戦勝会が開かれていた。
 各々が持ち込んだ食べ物や酒を味わい、戦功を自慢し合う。互いに生き延びた事を喜び、次の戦いへの英気を養うのだ。
 そんな戦勝会も半ばを過ぎた頃、一種のレクリエーションが始められた。
 愛の紋章が付いたヘルメットを被った青年が壇上に登り、

「今日はぼぉくに会いに来てくれてありがとうだにゃん♪ 愛を込めて精一杯演技するにゃん♪」

 言って、両手を合わせてハートマークを作る。

「菜園で栽培したウコギをあげるにゃん♪」

 異様な光景だったが、会場の熱気と酒気で気分が高揚していた学生達は口々に歓声をあげる。

「はい、お題は『語尾がにゃん♪な』『直江・兼続』でした~」

    ●

 荒川・長実は道化師(スコモローフ)の字名を戴く春日山宮殿の生徒である。
 祖先にスプリガンのような変身能力を備えた異族がおり、長実は不完全ながらその力を受け継いだ変態野郎(シェイプシフター)である。
 その為、変身能力を生かして上杉・景勝の影武者を務める筈だったのだが、景勝本人がそんな危険な事はさせられないと言うので仕方なく宮廷道化師をやっている。

 重責を背負う王を笑わせ、心を少しでも軽くする。また無知無能を装って愚痴を聞き、ある時は進言する。それが道化師の役目だ。
 直接命を守る影武者とは違うが、道化師も重要な仕事だと長実は誇りを持っている。

 それは別として今回のようなイベントで物真似を披露する事も多い。
 景勝に四六時中くっつくのは逆効果だし、折角の能力なので有効活用したいという思いもある。

    ●

 マイクを握る司会の前には二つの箱が置かれており、司会はそれぞれの箱に手を突っ込み、無造作に引き抜く。

「えー、次のお題は『腐ってる』『テュレンヌ』」
「どういう人物かあまり知らないんだけど、動画とかあるかにゃん♪」
「通神帯に幾つかアップされてた」
「声ならこういうのもあるぞ」
「Loup de debutの初回盤じゃないか。よくこんなの持ってたな」
「リヴォニア関係で欧州に行った時にちょろっとな。しかもサイン入りだぜ?」
「……胸部装甲が凄いな」

 皆で表示枠を出し合いつつ一時的に鑑賞会。

「なるほど! じゃあ頑張ってみるにゃん♪」

 長実の全身から白い煙が噴き出し、彼の姿を完全に覆い隠す。
 皆が期待に目を輝かせる中、突き出されたしなやかな腕が煙を振り払う。
 現れたのは六護式仏蘭西の制服を着た長身の女性。
 優雅に一礼すれば双丘が激しく揺れ、主に男性陣がどよめく。

「やはりエクシヴとのカップリングで王道はコルベールですわね。しかし俺様気質なリュリに責められたりダガンに器具を突っ込まれて大事なものを奪われるエクシヴ、更に「素顔を見せるのはお前だけ」という鉄仮面との関係も捨てきれませんわ」

 両頬に手を当ててくねくねするテュレンヌに周囲はおお! と感嘆の声を漏らす。男は耳を塞ぎつつ目を凝らし、女はメモ帳を用意しているという違いはあるが。

「政治関係ではリオンヌやポンポンヌも捨てがたいわね」
「襲名者が現れるまでテュレンヌ大元帥も結構人気だったけど、今後どうなるのかしらねー」
「テュレンヌ、大コンデやモンテクッコリとの絡みが基本かしら」
「マウリッツとの禁忌な関係もイケるわよ」
「そこでアンヌ×人狼女王に発想が飛ばないからからあなた達は駄目なのよ!」

 やいのやいの。

「おい、女衆が急に元気になったぞ」
「バーバ・ヤーガどもが」
「や、やめてやれよ! 泣いてる清野・長範だっているんだぞ!」

    ●

「では次ー『やたら饒舌で変質的な』『ウオルター・ローリー』」

 この時期の露西亜と英国は交流があり、長実もどういう人物か知っているが、

「……喋っているところを見た事がないのですけど。あと、カップリング的にはスペンサーは外せないですわね」
「ノリだ。そこはノリで行け」
「何となくハットン大法官と似てそう。何となくだけど」

 難題ではあるが、道化師の誇りにかけてやり遂げなくてはならない。
 まずテンションを上げる為にワインを一気飲み。煙を放ちながら意識を集中。
 彼の衣装は重力刀など地味に小物が多く、似せようと思うなら脳内でしっかり思い描く必要がある。

「金髪巨乳と一口に言っても奥が深い。髪の長さに拘る者もいれば胸の形や張りに拘る者もいる。自分の好みとしては巨乳のカテゴリーに入りながらも近親者に劣っているのが好みだ」

 渾身の演技に笑う者半分、居た堪れない目の者半分。
 微妙な結果になってしまったが、お題からして色物だったのだと長実は自分を納得させる。

「次行こう、次!」

    ●

『ツンデレな』『巴御前』

 そこにいるのは頭から二本の角を生やした女武者だ。
 極東の鎧を着、右手で持った薙刀を肩にかける。更に空いた左手には生首を保持していた。

「勘違いするな、首級を挙げたくなっただけだ。別に恩返しとかそういうのでないからな」

 言って、ぷいっとそっぽを向く。

「この前エロゲやったわ。「夜でも将軍源義仲」ってやつ。病弱枠の山吹御前が可愛い」
「フラグ管理が面倒だけど頼朝達と和解して生存ルートもあるんだよな「俺達の源平合戦はこれからだ!」的な」
「ちなみに長実、バストは何センチくらいを想定してる?」
「教えてやらないんだからな!」

    ●

『覗きをする』『インノケンティウス』

 豪奢な衣装を纏い、その場で周囲をきょろきょろと伺いつつ、忍び足の動作をする。
 顔には、教皇総長本人なら決して浮かべないような下品な笑みが。
 そして両手の手首を立てて顔を僅かに傾ける。それは壁に顔を押し当てる仕草であり、

「いい眺めだなぁ、おい」

 更に撮影用の表示枠も出す。

「まったく、けしからん」

 演技の一環として頬を上気させて鼻息も荒げてみる。

「うわぁ……」
「行方不明でよかったなぁ」
「これが独奏旧派と露西亜協奏派の宗教戦争の発端になるとは今の俺達には知る由もないのだった」

    ●

『TSした』『葵・トーリ』

「模倣じゃなくて創造のレベルだな、おい」

 長実は腕を組んで頭を捻る。
 武蔵の総長兼生徒会長は有名人だし、先の三国会議で直に見た記憶もあるのでただ真似するだけなら問題ないが、TSとなると……
 ……そういえば。
 長実が演技研究の為に交流を持っている「山と猛る」から聞いた話では女装すると姉と似ているらしい。
 ならばと外見や衣装は彼女を基本にして髪型はショートカット、鎖などの小道具を残しつつ変態。
 どことなく担任の先生と似てしまった。胸以外。

「おまちどう! 生子って呼んでね」
「おおー!」

 沸き立つ面々。あまり経験のない試みだったが上手くいったようでなによりだ。

「脱ーげ、脱ーげ!」
「いきなりね、お前等! でもR元服展開は勘弁ね。だけどちょっとサービスしてあげる!」

 壇上から降り、適当に近くにいた男に近付いて二つのショックアブソーバーを頭に乗せる。

「はい、ミッキョーマウス」
「ああ、温かくて柔らかい……でも何だろう、涙が止まらない……」
「義経よりはマシなんじゃね?」
「性転換物のモデルは荒川に頼めば良かったのね!」

    ●

『盗んだ機馬で走り出す』『鮭延・秀綱』

「おいおいおい! お前等私に容赦ないなー! 見せてやるよ、芸人の意地!」

 最上・義光の走狗である鮭延は記憶にあるし、機馬は川中島で嫌というほど見ている。

「ヒャッハー! 聖譜に縛られた人生なんてごめんですモン! 鮭延は自由に生きますモン!」

 流体光を纏った転輪とライトが会場内を照らし、重低音が過激な音楽となって響く。
 全部演出である。光や音を操るのは悪戯好きな妖精の基本技能なのだ。金属の質感が上手く再現出来なかった機馬を誤魔化す意味もある。

 燃料タンクに乗せた尾びれを支点にし、胸びれをハンドルに宛がう。
 更にどこかの五大頂のようなサングラスをオプションで装備。

 シートではなく燃料タンクに乗っているのは些細な拘りだ。
 普段二十センチ程の鮭延ではシートに届かないのだ。
 自分の変態は盛る事は出来ても削る事は出来ないので機馬を鮭延サイズにするのは不可能。走狗の鮭延はサイズを大きくする事も出来るが、それは妥協のように感じられた。

「ついでに次ぎのお題をよこすモン!」
「あ、はい」

 司会が取り出した紙を一瞥し、

「ヒャッハー! 自由への疾走だモン!」

 エンジンを吹かし、開け放たれていた扉から会場外に飛び出す。

「シュールだなぁ」
「見せてもらったぜ、お前の拘りを」
「で、次のお題は何だったんだ?」

    ●

『淫乱な』『マルファ・ボレツカヤ』

「元副長か」
「有明が賑やかになるなぁ」
「誰だよこれ書いたの。今回はナイスだったけど、もし野郎だったら大量破壊兵器になってたぞ」
「大罪武装ってやつか」

 と、鮭延が出ていった扉から人影が現れる。
 虎皮のマフラーを巻いた魔神族の女だ。女はドンチャン騒ぎをしていた一団を睥睨し、

「――お前達、何をやっている?」

 呆れ混じりの声だったが、テンションにアッパーが入っている面々は気にしない。

「おお、流石長実。そっくりだ」
「冷たい視線が堪らないな」
「オパーイも再現率高いな」

 言いつつ一人が胸を揉みしだく。

「――っ!」
「あ、ずるいぞ」
「私も私も」

 ボルテージ最高潮に達していた彼等は女に殺到する。

    ●

「……」

 長実は制服をはだけさせ骨馬に騎乗して会場に戻る。
 機馬でかっ飛ばすのが意外に楽しかった上に骨馬のディテールに拘って遅くなってしまった。

「……」

 しかし会場に帰還すると同時に言葉を失う。
 会場は局地的な嵐に見舞われたかのような惨状だった。
 戦勝祭参加者は誰もが地面に倒れ伏し、立っているのは顔を真赤にし、影虎を広げたマルファ・ボレツカヤのみ。
 それだけで長実は大体の事情を察した。

「……ドッペルゲンガーに出会うと死ぬという話があるな。露西亜では馴染みの薄い存在ではあるがな」
「言いたい事はそれだけか?」
「…………さようなら同志」

 直後、千を超える打撃が長実の身を容易く吹き飛ばして意識を刈り取った。



 「憤怒の閃撃がなくて本当に幸いだった」
 後日、保健室で目覚めた長実はしみじみと語った。
 また、一連の国辱動画が通神帯に流出して一騒動起きたりもしたが、各国からは概ね好意的に受け入れられた。








名:荒川・長実
属:春日山宮殿
役:道化師
種:近接模倣師
特:原形不明

















カンティニ「何か寒気が……」
一部で囁かれる尼子勝久=金髪巨乳説の真相や以下に!? いや、酔った自分が勝手に言ってるだけだけどね。



[30184] 激戦地の隔絶者
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/08/14 20:31
※5巻のネタバレを含む上に人を選ぶ小ネタです。ご注意を。えろえろです。





変人と常人
両者を隔てるのは
配点(価値観)




 軍勢が衝突し、銃声や破砕音、怒号に彩られる戦場を男は駆けていた。
 男はM.H.R.R.戦士団に所属し、対六護式仏蘭西戦の真っただ中。
 戦闘の序盤、機動殻を纏って突撃したものの敵武神によって砕かれ、一時的な退却を余儀なくされた。

 装備と水分の補給の行うが、新たな機動殻はないので防御力は格段に落ちてしまった。
 それでも構わない。十全な状態でなければ戦いに臨めないなど甘えだ。
 それに仏蘭西の新戦術で臆した新人も多い。彼等の士気を上げる為にも毅然としていなければ。

 と、戦場が生む熱風に乗って何かが顔にかかった。
 指で掬って口に含んでみると独特の酸味があり、崩れかけた固形物もある。
 それが何なのか、男には覚えがあった。これは朝食で食べた――

「……」

 上空を見れば自軍のガレー船の船首にM.H.R.R.の女子制服を着た長寿族の女性の姿が見える。
 羽柴十本槍の九番、竹中・半兵衛。
 彼女は舳先で跪いて、

「げ……」

 隣で同じように顔にかかっていた同僚が表情をしかめ、腕で顔を拭う。

「……」

 男はもう一度指で掬って舐める。不思議と勇気が湧いてきた。

「おい、何を恍惚とした顔をしてやがる……!」

 同僚は嫌そうな顔をしているが、彼は独逸生まれの旧派だ。
 一方の男は極東人である。
 神道において金山彦神などはイザナミの吐瀉物から生まれた神であり、故にえろえろは忌避するものではない。
 むしろ男の独自解釈では歓迎すべきものでさえある。

「分からないか? そりゃ、醜男のえろえろは嫌かもしれない。しかし、見目麗しい御仁の体や唇を通ったものなら……」
「分からないし、何が悲しくて戦場でこんな話をしなくちゃならないんだ」
「……」

 確かに、と男は納得する。
 これはお互いの価値観に関わる問答だ。もっと落ち着いた場所ですべきだろう。
 戦場で話すなら士気を維持する意味も兼ねて生き延びた後の事を話すのが建設的だ。

「夕食はドリア食べるか」
「ゲロ飯の話をするんじゃねー!」















書こうか書くまいか迷ったけど夜のテンションで書いてしまった。



[30184] 揺れ場の迷い人
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/08/21 10:26
血は混じり
身は流され
心はどこへ向かう
配点(自分探し)



 アンジェ・ミューラーは紙袋を抱えて居住区を歩く。中身はパンにジャム、ベーコンなど夕食用に購入したものだ。
 自炊も出来るが、武蔵に移住して間もないアンジェは買って済ませる事が多かった。

 通路を進む足を止めて横町長屋の一つに入る。
 同居人は留守のようだ。現在補修中の武蔵はバイトを大勢募集しており、同居人も参加している。
 四畳の相部屋は英国にいた頃と比べると手狭だが、あまり物を持たない主義なので気にならない。
 幼い頃から引っ越しの連続だったので自然とそうなったのだ。

 ベッドに腰かけて一息つく。
 移住や転校に伴う処々の手続きを終え、慌ただしさが過ぎると今度は色々と考える時間が多くなる。
 何もかも不確かで寄る辺のない女。それがアンジェの自己評価だ。

 父方の祖父が独逸人、祖母が仏蘭西人、母方の祖父が英国人で祖母が極東人。
 幼少期は仏蘭西で過ごしていたが、ユグノー戦争の勃発で独逸に移住。しかし今度は獅子王グスタフ・アドルフの進攻に晒された。西班牙や瑞西を転々としつつ最終的に英国に移住した。
 その過程で教譜も旧派から改派に改宗している。
 英国にはしばらく落ち着く事が出来た。教導院で友人も出来たし、フランシス・ドレイクの艦隊に配備されて将来的にも安定かと思われた。

 しかし、アンジェは常に満たされなさを感じていた。
 自分の行動に確信が持てない。国の為とか教譜の為とか、そういう考えが全く理解出来ないのだ。
 胸を張って母国と呼べる国はない。けれどなまじ生活した記憶があるせいで敵対するのは気が進まない。
 教譜についても同様。武蔵への移住に際して禁教税が勿体ないから神道に改宗しようと思った程だ。

 鬱屈する彼女に転機が訪れたのは三河争乱の時だ。
 武蔵が提示した末世の解決という世界共通の利益。それなら自分に確信が持てるのではないかとアンジェは考えたのだ。
 それはまさしく光明であり、武蔵が英国に来たのは天啓のように感じられた。

 これまで世話になった義理を果たす為にアルマダ海戦に参戦。
 それが終わってからIZUMOで停泊中の武蔵に向かった。
 家族は反対したが、何とか説き伏せた。アンジェが普段から悩みを抱えている事は見抜かれていたようだった。
 悩みの解決か身の安全かで家族間も紛糾したようだったが、最終的にはアンジェの意思を尊重する結果になった。
 身勝手な真似にも関わらずいつ帰ってきても良いと言われたのが有り難かった。

 この行動が正しかったのかどうかは分からない。
 それでも正しくあろうとする姿勢だけは忘れないようにと誓い、アンジェはベッドに横になった。





名:アンジェ・ミューラー
属:武蔵アリアダスト学院
役:渉外委員
種:全方位航海士
特:絶賛迷走中
















夢境の襲撃者に続く夢ネタ。
夢の中の設定では三浦按針のあやかりだった。



[30184] 架空領域の挑戦者
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/09/03 12:44
欺き
掻い潜り
命を狙う
配点(暗殺)



「なるほど」

 薄暗い個室。
 椅子に体重を預けつつ伝纂器(PC)で武蔵の生徒会HP「生徒会だぎゃあああ!」を見ながら男は呟く。
 そこには総長兼生徒会長葵・トーリによるエロゲ雑感が載せられている。レビューをチェックして彼の嗜好を確認していたのだ。

 ホライゾン・アリアダストの処刑を巡る一連の事件で葵・トーリは武蔵の流体燃料を学生に供給するという驚愕の芸当を披露した。
 だがこの伝播の術式は芸能神の力を利用したものであり、悲しみの感情を持てば絶命するという致命的な弱点を抱えていた。
 故に松平と敵対する歴史を持つ国は泣きゲー、鬱ゲーによる暗殺を試みた。
 当然武蔵側もそれを察知して毒見役が検分を行っており、日夜熾烈な戦いが繰り広げられている。

 この攻防を馬鹿らしいと評する口さがない輩もいるが心外の極みだ。
 三国志に語られる諸葛亮や曹丕は文章や絵で相手を殺した。
 歴史再現でも連載五行詩や舞劇をバッドエンドにして武将を悶死させた例もある。
 文章と絵に音声を複合させたエロゲを暗殺に使う事は歴史に裏打ちされた伝統的手法なのだ。

 幾つかの戦いを経て武蔵の戦力が明らかになり、同盟を結んだ国が増えた現状、小国にとってあからさまなエロゲを送る事は危険になった。
 一般ルートで販売し、葵・トーリが買う事を期待するという消極的な方針に移行した国も少なくない。
 かくいう男の属する国もそんな中の一つだ。
 生徒会の依頼でエロゲで学ぶ極東戦国武将シリーズをリリース。
 公式サイトの紹介や体験版の展開は主人公の立身出世物に思わせ、後半には嫡男が戦死して狂乱したり、身内を次々に失って本人も病死したり、精神を病んで人形に話しかけたりする等のバッドエンドにして暗殺を狙ったが失敗。
 一般ユーザーによってサークルのブログが炎上するだけに終わってしまった。

 調べてみると良い所までは行ったようなのだが毒見役に弾かれてしまったらしい。
 この毒見役だが、各国に恐れられていたのは半竜や忍者よりズドン巫女の方であった。
 彼女の選定眼は驚異の一言で、一部で絵露芸大明神と崇められる葵・トーリより上だとも言われている。
 その猛威はエロゲ業界全体に向けられ、容赦のない評価に膝をつくエロゲ製作者も多い。

 エロゲ暗殺者にとっていかにして彼女を欺くかが大きな課題になっている。
 姉系や金髪巨乳系にして他の人間が毒見を担当するように仕向ける、発生させるのが面倒なイベントに鬱要素を盛り込むなどの思考錯誤が行われているが未だ成功例はない。
 嘆かせ、泣かせる内容では排除され、無難な内容では殺せないジレンマ。
 だからといって諦める訳にはいかない。
 矜持がある。失敗したまま引き下がる訳にはいかない。
 ……必ずやズドン巫女を出し抜いて見せる!
 当初の目的から些か外れているような気がしないでもないが男は決意を新たにした。














絵露芸大明神様は商売繁盛(エロゲ限定)のご利益があります。



[30184] 青海の踏破者
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2013/02/17 12:03
遠くへ行こうと
時が経とうと
迎えてくれる場所
配点(故郷)



 青に広がる空を複数の艦群が行く。新大陸へ物資を送る三征西班牙の輸送船団だ。
 輸送船を囲む護衛艦の艦橋は緩んだ空気に満ちていた。
 出航当初は英国の私掠船への警戒があったが、何もない日が数日続けば緩慢を生む。
 現在も術式受像器(レーダー)には自分達の船団以外の反応はない。

「そういえば知ってるか、あの噂?」

 艦橋に詰める学生の一人が横の同僚に小声で話しかける。
 退屈な任務に飽きてしまったのだ。

「なんだよ」
「セイレーン。この空域を航行しているとどこからともなく竪琴の音が聞こえてくるらしい」
「……怪異か?」
「さあな」

 艦長はそんな部下の態度を咎めようとして開いた口を噤んだ。
 音が聞こえたからだ。弦鳴楽器の音色。
 発生源は不明。艦外からだが術式受像器は何の異変も告げていない。
 何が起きているかは分からない。それならば最大限の警戒を。

「総員、戦闘準備!」

    ●

「トリスタン艦長、敵艦に動きあり」
「やっこさん方、ようやく気付いたか」

 部下からの報告に艦長席にふんぞり返っていたトリスタンは満足げに頷く。
 制服を着崩し、左足を右足の腿に乗せ、手摺りに左肘を立てて手のひらに顎を乗せた異族は、かつて葡萄牙の海軍司令を務めていた傑物である。
 レパント海戦と厳島の合戦を終えて葡萄牙が西班牙に併合された際に叛意を持つ者や半寿族を連れて自身が発見した島に潜伏。
 聖譜に記されていた独立戦争開始まで力を蓄えているのだ。

 今回の航海もその一環でステルス艦のテストだった。
 西班牙や阿蘭陀相手にこれまで行ったテストによって低速での航行ならかなり近くまで寄せてもバレない事が実証されている。
 次の段階として実戦を想定し、砲撃代わりに音を放って敵艦の反応を見る。流石に勝手に開戦する訳にもいかない。

 フランシス・ドレイクによって散々被害を被った西班牙船団の動きは迅速だった。
 術式火薬の破裂が音と光を放ち、白い軌跡が空を彩る。
 輸送艦を囲む護衛艦は互いに連動し、全方位をカバーするように砲撃。
 こちらが音を放てば即座に火線が集中するが、まだ被弾はない。
 トリスタンは目を輝かせ、獰猛な笑みを浮かべる。

「まだ向こうはこちらを捉えきれてないな」

 当然敵はこちらが移動している事を想定して砲撃しているのだろうが、それでも盲撃ちで当たる距離ではない。
 と、不意に表示枠越しに感じる圧力が減った。
 それは砲撃が弱まった事を意味するが、

「――! 艦長、敵艦から機鳳が出撃しました! 数、五!」
「まだ行けそうだが、危険を冒す時期じゃないな」

 防護障壁があるので余程の火力でない限りは大丈夫だが、一発でも着弾すれば位置が判明して集中砲火を浴びるだろう。

「逃げるぞ!」
「了解。全速回頭!」
「発サンタ・アポロニア、宛ダ・クーニャ。テスト終了、これより帰還する」

    ●

 自分を突き動かしていたのは未知への好奇心だったとトリスタンは思う。
 極東に対応させた世界ではない、本当の世界を自身の目で見てみたかった。
 環境神群によって過剰修復されていようが構わない。そこに知らない光景があるならば。

 航海の技術を学び、トリスタン・ヴァス・テイシェイラを襲名。
 外界への進出は重奏統合争乱の影響や技術的な問題から不可能だったものの、九州に貿易地を確保する事を条件に新造艦のテストや情報収集として外界の航海をさせてもらった。
 本当に充実した日々だった。

 テイシェイラの引退が近づいた頃、それまでの経験を買われてトリスタン・ダ・クーニャの襲名も兼任。
 長命な異族が複数の名を襲名するのは有り触れた話だったし、現場に残りたいトリスタンの思惑とも一致していた。
 その後も襲名を行いつつ迎えた厳島とレパントの合戦。
 陶・晴賢の死後歴史再現に従って葡萄牙は西班牙に併合される手筈だった。国の名前は残るし、比較的平和な帰結だ。
 それでも意を唱える者達はいた。変わってしまうもの、失われるものがあるのだと彼等は主張したが、葡萄牙全体から見れば少数派だった。
 穏便に歴史が進もうとしているのに戦おうとする厄介者。そう見る向きも強かった。

 そんな彼等に頼られた時、トリスタンは心を決めた。
 柄ではない。けれど見捨てる事も出来なかった。
 船乗りは、帰れる場所があるからどこまでも遠くへ行けるのだ。
 大事なものを無くそうとしている彼等を放ってはおけなかった。

 それでも歴史再現を無視する訳にはいかない。それをすれば世界を敵に回す。
 妥協案である葡萄牙本国からの脱出と潜伏に納得させるのには些か苦労した。
 そしてトリスタンはこの一連の計画を教導院に伝えた。

 潜伏するのは楽な道ではない。
 物資が充実していればマシなのだが、長期に渡る保証は出来ない。
 ならば必要なのは誇りだ。自分達の行動が国を取り戻す一因になる。そういう矜持さえあれば耐えられる。
 その為には本国の教導院に話を通しておかなければならない。逆賊扱いされては堪らないからだ。

 事情を教導院に告げるとあっさり認められた。
 教導院としても不穏分子を国内に残したくなかったし、彼等もいずれ訪れる独立戦争を視野に入れていた。
 交渉や戦争の為に一定の戦力を隠し持っておきたかったのだろう。
 現在も教導院とは連絡を取り合って秘密裏の支援を貰っている。

 現状は子供の頃の夢とは随分と違っているがトリスタンは構わなかった。
 皆が国を取り戻し、笑えるならそれもまた未知の世界には違いない。

























没ネタ


 謎の艦に上を取られた護衛艦の中では怒声が連続していた。

「船籍照合……これは……」
「どうした! 報告はしっかりと!」
「ポルト・サント。旧葡萄牙の船です!」
「とっくに死んだと思っていた……!」

 年配の船長は舌打ちと共に吐き捨てた。
 彼は厳島にも参戦の経験があり、戦場で共に戦った事もある。

「ご存知なので?」
「円卓の騎士の末裔を自称するイカレた奴だ」

 と、表示枠越しのポルト・サントの甲板に数名の人影が見えた。
 陰影ではっきりとした姿は分からないが、手前に立つ人物が弓を引き絞っているのは確認出来る。

    ●

 トリスタンはゆっくり息を吐きながら狙いを定める。
 手にしているのは古式神格武装フェイルノート。トリスタンの実家に伝わる家宝だ。
 流体燃料さえ十分ならバハムート級にさえ有効打を与えうる切り札。
 いざその一撃を放とうという時になって、背後に控えていた男がトリスタンに言葉を投げかけた。

「閣下が敵艦に上陸されました。神格武装の攻撃では巻き込まれる危険も」
「……バロス」

 トリスタンの言葉に男が仕方ないとでも言いたげに肩を竦めた。

「……モロッコのアルカセル・キビールの頃からセバスティアンの坊やは血気盛んで困る」

 フェイルノートを二律空間に仕舞い、代わりに一振りの剣を取り出す。
 もう一つの家宝カーテナだ。
 構え、トリスタンは空中に身を躍らせた。








トリスタンと聞くとG機関が造った言詞加圧炉を連想してしまう。



[30184] 親しみ場所の去り人
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/10/25 00:08
守りたいもの
それは死の先に
配点(歴史再現)




 柔らかい日差しが降り注ぐ平地。そこには数隻の戦艦がある。M.H.R.R.とそれに協力するP.A.O.M.のものだ。
 それらの指揮をするのは五大頂の前田・利家と佐々・成政。彼等は関東侵攻を見据えて九州の役の歴史再現に来ていた。
 事前に羽柴が根回しを進めていたものの敵対を選んだ勢力は少なくなく既に一戦交えている。
 苦戦したがこれを打ち破り、M.H.R.R.の戦士団は撤収の準備に取り掛かっていた。
 これから本国からの補給が来るまでは休息の時間となる。
 戦士団の顔には安堵があったが、利家と成政の内心は違った。

「ベッキー」

 利家が呼びかけた先には三征西班牙の制服を着た青年。
 彼は地面に座って打粉と拭い紙で刀の手入れをしていたが、利家と成政に気付くと手を止めて一礼する。
 青年の名は戸次・統常。

「もうすぐ出発の時間だけど」
「ありがとうございます。しかし私の事は放っておいていただいて結構」

 羽柴による九州の役。これに際して三征西班牙から協力者が派遣された。
 大友家からの救援を受けての九州入りだったという聖譜記述に則った結果であるが、自国の領地を奪われる西班牙が協力しているのには理由がある。
 三十年戦争において西班牙と神聖ローマ帝国が協力関係だったという事もあるし、借金大国の三征西班牙は各国の投資を必要としていた。
 織田・信長が健在なうちの九州の役の再現を認める事で貸しを作りM.H.R.R.からの融資を引き出そうというのだ。
 新大陸との貿易を重視している三征西班牙にとって九州の比重が軽いという事情も後押しした。
 そうして派遣されて来たのが戸次・統常だった。
 西班牙に併合された大友家に代々仕える極東人であり、九州侵攻の初戦ともいえる戸次川の戦いで戦死すると聖譜に記された襲名者だ。
 これについて統常は先の戦いを戸次川の戦いとし、自身は自害する旨を申し出ていた。

「……何も死ぬ事はねえんじゃねえのか? 羽柴の奴だって……」
「心遣いには感謝。ですがもう決めた事です」

 統常が成政の言葉を遮った。
 利家が一見した限りでは彼の顔に恐れなどの感情はない。

「敗死より自害の方が格好がつくという思いもあります」
「……馬鹿が」

 不満げな成政を見てお人好しだと利家は思う。
 統常と一緒にいた期間は短いが情の深い成政にとって彼の死を素直に認める事は出来ないのだろう。
 けれど、と利家は改めて統常の方を見る。
 言動に責任が伴う襲名者が他国の人間に対して自害すると言った以上、その覚悟は固い。翻意させるのは難しいだろう。

「既に身辺整理は済ませているので数日以内には再現を行います」
「勝手にしやがれ」

 統常が小さな笑みを浮かべて頭を下げ、成政が不貞腐れた返事を送って最期の別れはなされた。

    ●

 風に揺れる木の葉の擦れる音、大地に息づく小動物の鳴き声、そしてせせらぎに耳を和ませながら統常は川に足を踏み入れる。
 足下から昇る冷気が心地良い。子供の頃はよく水遊びをしたものだ。
 統常の一族は極東が神州と呼ばれていた頃からこの土地で暮らしていた。
 重奏神州の崩壊によって環境が激変しようとそれは変わらず、重奏神州から避難してきた異族とも融和して開拓を行った。

 ……それが自分の代で失われるとは。

 統常の家系は多くを失うのが流儀である。
 失う事により未熟を悟り、鍛練に真摯となり、守る事を強く欲する。
 神代の戸次・統常はどうだったのだろう。
 聖譜記述によれば彼は出陣に当たって先祖伝来の家宝や書物を焼き払って不退転の覚悟を示した。
 そして戸次川にて果てる。死んでしまってはそれまでだという見方も出来るが、

 ……そうではない。

 統常は主家への忠誠を示した。
 名誉の為に死ぬのは愚かだという考えもあるだろう。
 けれど部下や民の為、命より名誉を守るべき時もある。
 父親の戸次・鎮連は裏切りの疑惑をかけられて死んだ。
 仮に統常が生き残っても功績を立てていなければ戸次家は取り潰しになっていただろう。
 統常は死すべくして死んだのだ。

 翻って自分はどうだろうか。
 憤りがない訳ではない。損な役回りだという思いもある。
 しかし今は戦乱の時代だ。襲名者でなくとも無意味な死や理不尽な運命などどこにでも転がっている。
 むしろ何の制約もない一般学生の命の方が軽い。
 故に自分は幸運だ。

 襲名者は自身の生死を交渉カードに出来る。
 死は恐ろしいが聖譜記述を知っていれば希望を抱ける。
 当然国家間の駆け引きで聖譜記述の通りに進むかは不確定だ。
 それでも己のなすべき事はなしたのだと心安らかでいられる。

 ……付け入れられる隙は与えなかった。後は君達次第だ。

    ●

 遠ざかる大地を甲板から見下ろしながら利家は統常の行動について考えていた。
 彼が抱いていたのは悲観だろうか。代々守り通したものが奪われる哀しみと無力感は命を絶つ理由になる。
 だがそこまで考えて利家は思い直す。
 悲観があったのは間違いないだろうが、別れ際の彼の笑顔にはそれ以外もあったように思う。

「トシ、あいつは何で死を選んだんだろうな」
「……推測で人を語るのは好きじゃないけどね、彼なりに守りたい物があったんじゃないかな」

 聖譜記述では九州の役の後、立花家が羽柴によって大名に取り立てられる。
 戸次家と立花家は親戚関係であり統常の弟の統利は立花家に仕えている。
 自分は歴史再現を順守するからそちらも守れ。統常は自身の死をもって羽柴にそう言っているのだろう。

「西国無双に関しちゃこっちで襲名者を立てる可能性もあんだろ?」
「その思惑も乗り越えられると信じたんだよ、きっと。だから笑ったんだ」

 ケ、と成政は息を吐いた。

「……後事を託せると信頼した相手がいたんだから幸いだったと思うよ」
「だと良いがな」

    ●

 後日、統常の遺骸が届けられた事で羽柴は戸次川の戦いの終了を宣言。これにより九州の役が本格的に始められた。







名:戸次・統常
属:アルカラ・デ・エナレス
役:戸次家当主
種:近接武術師
特:立花系全失青年









家系図的には道雪の孫、血縁的には弟の孫にあたりますね(養子説もありますが)



[30184] 隠れ処の信仰者
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/10/16 16:35
自身の根幹であり
揺らがないもの
配点(信仰)




「もう我慢出来ません!」

 学生寮、四畳二人住まいの狭い部屋に叫びと打撃音が響く。
 部屋中央の丸テーブルを叩いて一人の男が立ち上がったのだ。

「総長の女装癖は我々が矯正せねばなりません!」
「……」

 部屋の主の片割れであるキアラは緑茶を啜りつつ、相方であるフェレイラの手元のティーカップの液面に生まれた波紋を眺める。

「凄いよなぁ、通神帯のファンクラブとかエロゲとか」

 表示枠を展開してフェレイラの方に向ける。
 百を優に超えている端(スレ)や「淫ポ搾る」というエロゲが通販ランキングの一位になったという記事が表示されていた。

「総長兼生徒会長ともあろう方が破廉恥な!」

 キアラとして場を和ませるおふざけのつもりだったが、結果としてフェレイラの激情に油を注いでしまったようだ。

「フェレイラ君さあ、落ち着きなよ。郷に入りては郷に従え。極東じゃそう女装はそう忌避される事じゃないんだ。歌舞伎にも女形ってあるだろ?」
「いけません! 聖譜はそんな事を認めていないのです! 異性の格好で人を惑わすなど……」

 ガチガチの旧派であるフェレイラには受け入れられないのか、身振り手振りで熱演する。
 熱心なのは結構だがキアラは釘を刺しておく必要を感じた。

「異性装の禁止はTsirhc教譜の価値観であってそれを押し付けるのはともすれば布教と受け取られる。今の極東は禁教令下だし、布教したら踏み絵ダンスでドナドナだぜ? ってか俺らの親、二十年に布教して搾取しようとした前科があんだし、次はないぜ?」

 むしろ隠れという扱いで信仰が認められているだけ感謝しなくては。
 もちろん武蔵側も情けだけで見逃している訳ではないだろう。
 禁教税という形で増収が見込めるし、そもそも各国からの移住者が多く、交易で成り立つ武蔵で完全な禁教が難しかったという事情もあっただろう。
 それでも信仰が許されている事には変わりない。

「まあ、お前が意固地になるのも分かるが……」
「キアラ君、これ以上恥部を他国に喧伝する訳にいかないのです! そして今止めなければ大変な事になる!」

 そう言ってフェレイラは部屋を飛び出していった。

    ●

 武蔵に限った話ではないが、同じ場所に長年住んでいれば馴染みのコミュニティやネットワークを持つ事になる。
 そこからの情報でフェレイラは葵・トーリが湯屋から出てくる所を補足出来た。
 浴衣姿。案の定女装だった。
 周囲では男達が膝をついて項垂れている。

「総長!」
「えっと、あなたは確か……」
「フェレイラです。今日は直談判に来ました」

 胸に秘めた決意をぶつけるべくフェレイラは葵・トーリを凝視する。
 風呂上がりだけあって上気した肌にうっすら浮かんだ汗が光る。
 指で突っつけば柔らかく沈みこみそうな瑞々しい頬に水気を帯びて光沢を放つ髪の毛。
 布越しでも分かる曲線を描く肢体、見る者を温かな気持ちにするような朗らかな笑顔。
 ごくりと、唾が喉を通過する感触と音がやたら大きく響いた。
 ……落ち着くのです。あれは男、男、男、男、男、男、男、男、男、男。

「と、とにかく女性の格好をするのはやめていただきたいのです」
「何で?」

 首を傾げる動作で覗いたうなじにまたしてもフェレイラの感情はかき乱される。

「……非常識です。他者に迷惑だと思わないのですか?」
「誰か迷惑してるの?」

 膝をついている男達は視線を逸らす。
 「俺らに振るな」彼等は無言でそう語っていた。

「ねえ」

 艶かしい声で呟きながらそっと葵・トーリがフェレイラに近付く。
 香料の香りが鼻孔をくすぐり、胸部に感じた二つの圧力がフェレイラの頭に衝撃をぶちこむ。
 穏やかな瞳と視線が絡み、

「ソ、ソドミーは駄目ですー!」

 絶叫してフェレイラを駆け出した。
 去っていくフェレイラの背中を男達を生暖かい視線で見送り、

「あらら」

 顎に指を当てて困った顔の葵・トーリが残された。












フェレイラの頑張りが足りなかったので片桐君が犠牲になりました。ってかフェレイラって姓もちょっとエロい意味に聞こえるよね。
ポルノ扱いされるラノベ男主人公は生子くらいのものだろうな……



[30184] 拷問部屋の信仰者
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/11/03 12:37
信仰と本能
どちらを貴ぶべきか
配点(選択)



 ……ここは一体?
 自室で眠っていた筈のフェレイラが目覚めた時、彼は見知らぬ部屋にいた。
 何気なく体を動かそうとして、そこで初めて自身の体が椅子に縛り付けられている事に気付いた。
 ひとまず自由になる首を動かして状況の把握に努める。
 椅子は入口に向かい合う形で壁際に置かれている。
 部屋の広さは六畳程で間取りから寮の一室だと思われたが、フェレイラに見覚えはなかった。

「目が覚めたようだね」

 そんな時、三人の男達が入室してきた。
 彼等は教導院の制服を着ているが面識はない。
 今の状況の原因が私怨かと考えていたフェレイラは当てを外された。

「誰ですかあなた方は。何が目的でこんな事を」
「我々は深い迷いに捕らわれた君を救いたいのだよ」
「何を言って……」
「友達になろうフェレイラ君」

 真ん中の男が一歩踏み出して笑顔を向ける。
 困惑するフェレイラが更なる問いを放とうとした時、

『ひぎぃぃぃぃ!』
「――!」

 突然だった。隣室からの心を引き裂かれるような悲痛な叫び。
 すぐに収まったもののフェレイラの不安を掻き立てるには十分だった。

「今のは……」
「隣はジュリアン君か。彼もまた君と同じように悩みを抱えていた。だから我々が解放してあげようというのだ」
「……」

 胡散臭い事この上なかった。この手の言い回しをする輩には碌な人間がいない。
 適当に話を合わせて脱出の機会を探るべきだろう。

「君は自身の信仰に疑問を持っている筈だ」

 けれど続いた男の言葉に虚を突かれた。 
 ……信仰に疑問?
 フェレイラには意味が飲み込めなかった。
 Tsirhc奏者であった事に疑問を抱いた事など、ない。
 唯一の心当たりである父達の事も、あれ自体はフェレイラの信仰とは直接関係はな……

「お近付きの印にこれをあげよう」

 男が差し出したのはフィギュア。

「くっ……!」

 今度こそフェレイラの思考が完全にかき乱された。
 フィギュアのモデル、それが女装した葵・トーリ――生子だったからだ。
 思わず目を閉じるが金色の髪やしなやかな体が瞼に焼き付いてしまっていた。
 鼓動の速まりと顔の火照りを感じる。
 両サイドがニヤニヤと笑みを浮かべる中、男がフェレイラの膝の上に生子のフィギュアを置く。
 顔や掌に嫌な汗が浮かんでいる事を実感しながらフェレイラは目を開け、男達に視線を遣る。

「まさかあなた方は……」
「そうとも。我等は生子ちゃんを愛する有志だ!」

 自分達に恥じるべき部分は一分たりともない。
 確固たる自信を漲らせて彼は宣言した。

「……そんな皆さんが私に何の用です」
「フェレイラ君。もう自分に嘘を吐くのはやめたまえ」
「……」
「我等が君にこうして接触している以上、全ては明白だと思うのだが」
「わ、私は同性愛者ではありません!」
「……まあいい。早速始めよう」
「な、何を……」
「君は知らないかもしれないがTSはエロゲ界では一大ジャンルを築いているのだ」

 右側にいた男が部屋に置かれた伝纂器(PC)を起動させる。
 直感的に危険を感じたフェレイラは視線を逸らしたが、縛られていては耳を塞ぐ事は儘ならない。

『私は生子、ここの生徒会長。君は?』

 聞こえる声はフェレイラがよく知る声となんら遜色がない。

「流石は百の声を持つエロゲ声優垂水・源二郎。お手の物だ」
『へえ、クリス君っていうんだ。よろしくね』

 ……な、名前を呼ばれた!?

「一般的な名前は大体登録されている。あやかり先が普通で良かったな」
「……別に好きで名乗っている訳ではありません」
「ああ、そうらしいね。すまない。まあ、今は楽しもうじゃないか。スキップ機能で生子ちゃんとのイベントのみを見られるし、これが終わっても「淫ポ搾る」や「散る散る美散る」など他にもゲームはある」
『家まで送ってくれるの? クリス君って優しいんだね』

 ……このままでは拙いですね。
 フェレイラが手出し出来ない間にストーリーは進み、フェレイラと同名の主人公は着々と好感度を稼いでいる。
 今は日常シーンの合間に嬉し恥ずかしの小イベントが発生する程度だが、それだけでも神経が削られる。
 これが濡れ場になればどうなってしまうのか。
 さしものフェレイラも緊張を隠せない。
 何より、自分を誘惑するサタンの如き男達の魔手がエロゲだけとは思えない。

「エロゲはお気に召さないかな?」

 視線で合図を送ると左側の男が表示枠を展開する。
 映し出されるのは踊り子の衣装をまとった女性達だ。その衣装だが布の面積がかなり少ない。

「以前行われたウズメ系神奏者の合同演舞のPVだ。アメノウズメは最古のストリッパーだけに露出度が低い状態での奉納の方が得られる拝気が多いのだよ。勿論生子ちゃんも出ている」

 表示枠を見ないように視線を落とすとフィギュアが目に入る。
 短い呻きを漏らしながらフェレイラは目を瞑って精神攻撃を防ごうとする。
 しかし大人しく攻勢を緩める易しい敵ではなかった。

「不思議なものだね。全裸など見慣れている筈なのに生子ちゃんの半裸だけでも扇情的だと感じる」
「おお! うなじが見えた!」
「飛び散る汗すら美しい」
「……」

 話を聞いているだけでもフェレイラの心中で激しいうねりが起きる。
 見ては駄目だと理性が悲鳴を上げるものの、どうしても気になってしまう。
 思わず薄く目を開くと表示枠越しに彼等と目が合った。

「ふっふっふっふっ」
「くくくく」
「ふひひひ」

 してやったりといった感じでほくそ笑む三人。
 フェレイラは己の心の弱さに歯噛みするが後の祭りだ。
 気落ちする彼に対し、男達は更なる追撃を敢行する。

「そうそう。お腹が空いてないかな? 青雷亭本舗で買ったお弁当があるんだ」

 男が鞄を下げながらフェレイラの前まで歩き、

「おっと」

 これ見よがしにカードを落とす。写っているのは裸エプロン姿の生子だ。

「そしてメニューは彼女自ら手で捏ねて作られたハンバーグ弁当だ」

 想像しただけで口内を唾液が満たし、フェレイラの精神が軋む。

「飲み物もある」

 鞄の中から一升瓶を取り出す。

「極東には口噛み酒というものがあってだね。これはとある商人から手に入れた物だ」
「……いりません」
「口ではそう言っても体は正直だな」

 ぐうぅとフェレイラの腹が鳴った。
 単純な生理現象だけではない。本能が欲したのだ。

「もう素直になったらどうだね?」
「……聖譜はそんな事を認めません」
「しかし聖譜にはこうもあるじゃないか。産めよ増やせよ地に満ちよ。昨今の技術の進歩を鑑みれば一体何の問題がある? Tsirhc教譜にだって愛の聖人ヴァレンタインに教皇ベネディクトゥス九世やヨハネス二十三世という先人もいる」
「それは詭弁です! 彼等の行動は過ちだった。私達Tsirhc奏者はその愚行を反省し、正さなければならないのです!」
「……」

 不意に男は気勢を抑え、神妙な顔つきになる。

「今のやり取りではTsirhc教譜で同性愛が駄目だから君は自分の情愛を認めないと取れるが?」
「それは……」
「信仰が枷になるなら捨てればいい。神道は大らかだよ?」

 男の声は甘美な愉悦を伴ってフェレイラの脳髄を蝕む。
 最早取り繕う意味もない。自分は生子に道ならぬ感情を抱いている。それは認めざるを得ない。
 ……しかし、それでも……!
 棄教だけは出来ない。
 これまでの人生をTsirhc教譜に縋って生きてきた。改宗は過去の否定であり、信仰を捨てる事は自殺にも等しい。

「私は……Tsirhc奏者です……父が、最期までそうであったように」

 バラバラになりそうな心を必死に繋ぎ止める。
 だが、男達はどこまでも無慈悲だった。

    ●

 五時間後。
 縄を解かれ、椅子から立ち上がったフェレイラの目には怪しげな光が宿り、口元は吊り上がっていた。

「まあ、君にも世間体があるだろう。同士として行動する間は沢野・忠庵を名乗るといい」

 フェレイラ、いや忠庵は無言で頷くと左手でフィギュアを慈しむように保持し、右手で酒の入った杯を呷る。
 涙の痕が残る顔を拭った後の表情は清々しささえ感じさせるものだった。
















ブログのアクセス解析に「境界線上のホライゾン 拷問小説」というのがあったのでやってみた。
これ時系列的にはかなり後の話。今後フェレイラが登場する事があってもその時はの彼はまだTsirhc奏者の筈。
ちなみにジュリアン君は最後まで屈しませんでした。



[30184] 交渉場所の信仰者
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/11/13 20:47
生まれた国と育った国
どちらを貴ぶべきか
配点(選択)




 表向きは小さな一軒家。実際は旧派の集会所。
 そんな場所でジュゼッペ・キアラはアリアダスト学院の渉外委員からの接触を受けていた。

「ご存知だとは思いますが、生徒会が本交渉を行う前の情報収集や根回しをするのが我々渉外委員なのです。そして私はK.P.A.Italiaの担当でしてね」
「……お前の思惑は分かるよ」

 現在M.H.R.R.に占領されているK.P.A.Italiaだが、歴史再現を進めればM.H.R.R.は衰退し、羽柴は松平に取って代わられる。
 恩を売る絶交のチャンスだ。
 その為にK.P.A.Italiaとパイプを持った人間を味方に引き込みたいのだろう。

「どうすっかなー」

 ジュゼッペ・キアラの聖譜記述を鑑みれば協力すべきか。
 彼は幕府による取り調べにより棄教し、以降は幕府への情報提供などを行っている。
 何故そんな人物を名乗っているかと言われれば些か入り組んだ事情がある。

 二十年前に教皇総長が画策した武蔵への旧派進出。
 その際に武蔵で布教する為に派遣された宣教師がキアラやフェレイラの父だ。
 彼等は進出が失敗した後もTsirhc奏者の纏め役として武蔵に留まり続け、禁教令に従って布教しないという意思表示の為に聖譜記述で棄教する事が決まっていたクリストファン・フェレイラやジュゼッペ・キアラを襲名した。

 そこに不満が一切なかったとは思えない。Tsirhc教譜は棄教する人間には冷徹だ。
 篤信な彼等にとって形式的とはいえ棄教するのは屈辱だっただろう。それでも武蔵に残る事を望んだ。
 その内面を推し量る事はキアラには出来ないし、意味がない上に無粋だ。

 そして彼等が相次いで亡くなった時に名を引き継いだ。
 二人とも葛藤があったようだが悩んでいるのを放っておくほど親不孝ではない。
 自分達から引き継ぎを申し出た。その際、いざという時は信仰より命を大切にしてほしいと言われたが、
 ……あれでフェレイラ君は変に意固地になっちまったんだよな。

 それはさておき、返答をどうするかとキアラは腕を組む。
 渉外委員としては武蔵の為に働く人材を求めているだろう。
 その観点からすると自分は微妙だとキアラは思う。
 長年暮らして武蔵に愛着はあるが、K.P.A.Italiaにも思い入れがある。
 信仰を金稼ぎに利用した事に思う所はあるが、K.P.A.Italiaは衰退していた。元は孤児で金の大切さが身に染みていたキアラには当時の教導院の判断も理解出来る。
 むしろ自国民の事を考えれば当然の事だろう。だからK.P.A.Italiaを追い詰めるような真似はしたくない。
 …………。

「……まあ、いいか」

 これまで数度に及ぶ本多・正純の交渉を見てきた。
 彼女は自分達の利益だけを考えるのではなく相手の立場も尊重し、共に進もうという姿勢だ。
 彼女が交渉役をやっている限りK.P.A.Italiaがそう悪い事にはならないだろうという信頼がある。駄目だったら自分が何とかすればいい。
 協力する事を告げると渉外委員は破顔した。

「ありがとうございます。貴方なら協力してくれると思っていました」
「へえ。何でだ?」

 興味本位で尋ねると渉外委員は笑みを崩さず、

「貴方、三河争乱で何もしませんでしたよね。武蔵とK.P.A.Italiaのどちらにも付かずに中立を保った」
「……優柔不断だ。褒められたもんじゃない」

 キアラは僅かに表情が引き攣るのを感じた。
 P.A.Odaや改派の猛威に晒されているK.P.A.Italiaの戦力が充実する事を喜ぶ反面、武蔵が完全支配下になるのを厭う気持ちで身動きが出来なかっただけだ。

「そうでしょうが、貴方はどちらが勝っても受け入れる覚悟があった。我々としてはそういう両国の事を考えられる人材が欲しいんですよ。出来るだけ遺恨は残したくないですからね」
「……ふん」

 よく調べている。面白くないものを感じながらキアラは立ち上がる。

「怪傑曽呂利の続きが読みたいんでもう帰る」

 曽呂利が重大な場面で屁をこいてしまった所で面会の申し出があったので中断している。続きが気になるのでさっさと帰ろう。
 と、出口に向かうキアラの背中に声がかかった。

「……これからよろしくお願いします。この協同で多くの幸いが得られれば良いと思います」
「――Jud.、用がある時は岡本・三右衛門宛てに連絡をくれ」

 口元を緩ませつつ答えて帰路につく。その足取りは軽かった。



















ついでだからフェレイラやキアラ関係の設定放出。
同じ頃にフェレイラが拷問されてます。



[30184] 語り場の鬼武者
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/11/23 19:36
嬉しくもあり寂しくもあり
どちらにせよ親の特権
配点(世代交代)




 この日、義姫は義姉である最上・義光を尋ねて山形城まで来ていた。
 屋上で菓子を乗せた膳を挟んで座布団に座り、互いの近況を報告し合う。
 穏やかな時間が過ぎていったが、不意に義光の耳がぴくりと震えて目を細めた。

「……客が来たようだのう」

 義光と義姫が昇降機に視線を送ると、頭の左右から二本の角を生やした鬼が現れた。
 二メートルを超える巨躯に極東の制服を着た姿は立っているだけで威圧感がある。
 腰にさしている刀は一般的には大太刀に分類されるが男と比べると小振りにさえ見える。
 それでいて顔つきは温和だった。

「おや、義重殿」
「御両人、久方振り」

 佐竹・義重。佐竹教導院総長兼生徒会長。源氏を祖とする鬼型長寿族だが平氏を担当した巨人族の血も引く。
 その節操のなさを清武田の源・義経にからかわれた事もあるらしい。

「煎餅でも食うかえ?」
「頂こう」

 小さく会釈し、義重も座布団に腰かける。
 ……やはり大きい。
 もちろん身長の事だ。胡坐をかいた状態でも常人並の背丈がある。

「教導院をほったらかして遊行?」
「近々総長と生徒会長の座を義宣に譲ろうと考えている。今はそれの準備期間だ」
「まだまだ現役だろうに」
「当主が壮健なうちに次代に家督を継承させるのが佐竹の流儀なればな」
「世代交代が滞りないようで羨ましい限りね」
「義宣はトップとしてやっていけそうかえ?」
「未熟な面もあるが及第点は出せる。梅津兄弟や義成などもよく補佐しているしいずれ渋江・政光も来る。一代で滅ぼす事はなかろう」

 問いかけに義重は躊躇いなく答える。こちらから話題を振った以上義重が気遣う必要はない。

「最近は宇都宮家や結城家、佐野家の者も出入りしていて賑やかな限りだ」

 宇都宮と結城は小田原征伐において羽柴・秀吉側につく家であり、佐野も一部の武将が羽柴に味方している。
 関東の勢力図が大きく塗り替わる歴史再現を前にして諸家の動きは慌ただしいようだ。
 義重もこの時期に家督相続の準備を始めたという事は、歴史再現において不手際があれば自身が責任を負う腹積もりなのだろう。

「いつまでこっちに?」
「関東の情勢次第だがしばらくは留まるつもりだ。実季殿や盛安殿と交換襲名の可能性についても協議する必要がある」

 佐竹家は常陸国を治める大名だが水戸が松平の領地になった為その規模は小さい。
 それでも残った土地の開拓を行ってきたが、聖譜記述では関ヶ原以降出羽に移封される事になっている。
 従うにしろ解釈を使うにしろ移封先との連携は必須になる。このような事情から義重は奥州の地にたびたび赴いていた。
 伊達家とは戦争を行う歴史再現もあったので繋がりは特に深い。
 義重の細君は奥州シビルの出身で義姫とは姉妹のように仲が良かったのだ。

「小まめよの」
「縁を大事にするのが佐竹なればな」
「そのせいで源平合戦では平氏の味方をして源・頼朝に所領を没収され、永享の乱では朝敵の足利・持氏を支持して将軍足利・義教から攻撃され、関ヶ原では身動きが取れなくなって移封されちゃう訳だけどねぇ」

 ココと笑う義光が笑う。

「主以外は時流を読むのが下手だのう」
「返す言葉もない。しかし、それでいて佐竹の家を存続させた先達の力量には感服している」
「実利より義理を選びそれでも生き残れたなら、さぞ楽しい人生だったのだろうよ」

 先を見据えて歴史再現に抵触しない範囲で敗者とは距離を置けという声は当然あった筈だ。
 しかし佐竹の当主はそれを良しとせず縁を守った。
 そして佐竹の一族は初代から血脈を継いでいる。
 国王や大名などの襲名者は内紛による国力低下を避ける為に血縁を重視する事も多い。
 けれどそれらの襲名者は付随する権益も莫大なので追い落とす口実を探す動きが常に存在する。その政争に付けこまれて他家に乗っ取られた例も少なくない。
 そんな中で幾度も敗軍に属しながら襲名を維持してきたのは驚異的と言える。

「体制を揺るがさず公人としての責任は守った上で私人としての意は押し通した、見事なものね」
「利だけでなく情も解するのだと知らしめた事は佐竹存続の一助だ。……だが義宣には苦しい役目を任せてしまうな。義光殿、武蔵の副会長本多・正純は如何様な人物だ?」

 本多・正純。義重が気にするのも当然だろう。
 佐竹の処遇に関する交渉を行うのは彼女だろうし、聖譜記述によれば改易され流罪となった本多・正純の身柄を預かったのが佐竹だ。

「聞くより実際に会ってみた方がよく分かるぞえ」
「もっともな話だ」
「まあ、快い相手であったのは確か。必要だと思ったなら容赦なく踏み込んでくるが、言いかえれば悔いの残らない交渉を望んでいるという事じゃのう」
「それはそれは」

 義重は僅かに顔を俯かせて小さく笑う。
 それから三人は政宗について語ったり義重が土産として持ってきたハタハタを酒の肴にする。
 和やかな一時だったが、三人はひしひしと感じていた。関東を包む戦乱の影は確実に濃くなっていくのを。




名:佐竹・義重
属:佐竹教導院
役:総長兼生徒会長
種:近接武術師
特:坂東武者












本当にすみません。リクエストにあった佐竹の話ですが、遅れた上に中途半端なものしか出来ませんでした。
原作で小田原征伐や関東の状況が描かれたら新しい話も書きたいと思います。



[30184] 極限大地の庇護者
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/12/15 20:11
遥か昔より
望んで得続けたもの
配点(敗北)





「ふぉっふぉっふぉっ。遠路はるばるご苦労な事ですじゃ。手前は残夢。ここで副会長補佐をしております」
「どうも。覚羅教導院の馬場・梓っす。こっちは」
「ソニン」

 皺くちゃな顔に喜色を浮かべた老人とテーブル越しに向かい合った梓とソニンは名前を告げて頭を下げる。
 互いに自己紹介を終えるとソニンと残夢はソファーに腰を下ろし、梓はその場に座る。
 主君である源・義経の捜索を続ける二人は新大陸まで足を伸ばしていた。
 伝手があるらしいソニンの導きで訪れた教導院。通された応接室で会ったのが残夢だ。
 碌に会話も交わしていないが好々爺といった感じの老人に梓は緊張を解く。

「今しばらくお待ちくだされ。主は既にこちらに向かっております」

 と、残夢の言葉に応じるように扉が開く。

「待たせたのう。わらわが副長兼副会長のシャクシャインじゃ」

 現れたのは長い耳をした長寿族の少女だ。
 立ち上がろうとした梓とソニンを手で制し、彼女は残夢の隣まで移動して二人に向き合う。
 その姿は梓にある人を想起させた。
 ……似ているっすね。
 全く同じという訳ではない。
 極東の制服だし髪は団子にせずに伸ばしている。更に僅かに覗く足は透けていた。
 それでも雰囲気や受ける印象が似ているのだ。

「貴様らにはこっちの方が解りやすいか。――源・山本冠者・義経」
「……馬場・梓っす」
「ソニン」

 挨拶した梓は改めて義経と名乗った少女を見る。やはり似ている。

「何か言いたそうじゃな。言ってみよ」
「……姉妹っすか?」
「いや、他人の空似じゃ。聖譜記述においても実際においても親類ではあるがな」

 なるほどと梓は納得した。
 平泉出身のソニンが伝手を持っている筈だ。
 彼女の方を窺うとじっと義経に視線を送っている。

「単刀直入質問。義経在所既知?」
「巴殿や佐竹の坊やにも聞かれたが、残念じゃがわらわも九郎の行方は知らん。……海尊?」
「他の教導院にそれとなく探りを入れてみましたが成果はありませんですじゃ」
「まあ、この大陸のどこかに隠れている可能性は否定出来んし、出来る限り支援はするが」
「そうっすか……」

 聞くだけで居場所が分かれば苦労はしない。そう思いつつも僅かながら抱いていた期待は打ち砕かれた。
 それでも支援の約束が貰えたのは幸いだ。清武田は新大陸に進出する歴史はないので地形や気候などの情報がないのだ。

「それとこれは忠告じゃが、わらわ達は新大陸に点在する諸勢力の中の一勢力に過ぎんからな。あまり派手に動かんようにせい」
「はいっす」

 事前の知識だとこの教導院はインディオとアイヌの幾らかの部族で構成されている筈だ。
 実際この教導院内で様々な異族を見かけている。
 ……でもそれにしても種族が多様だったような気がするっす。

「インカやアステカの生き残りもおるぞ」
「……三征西班牙のコンキスタドールっすか」

 新大陸を制圧した者達。
 国が自国の繁栄を目指すのは当然の事で義務とさえ言える。衰退が決まっていた三征西班牙なら尚更だし武田家とて似たような事はしているのだから非難出来る立場ではない。
 けれども胸の奥に引っ掛かるものがある。
 つい最近P.A.OdaとM.H.R.R.に敗北した梓は今の自分が感傷的になっているという自覚があった。

 それでも自分達はまだマシなのだろう。武田家がなくなっても清側が残っていた。
 どちらもトップが同じだったので垣根はないに等しい。土地にも慣れ親しんでいる。
 一方寄る辺のなくなったインカやアステカの人々は庇護者として義経を頼った。
 彼女は善良なようだが仮に悪徳であっても頼るしかなかった。国が負けるとはそういう事だ。
 清武田はまだ完全に負けた訳ではない。しかしそれはつまり再度の敵対を意味する。
 聖連を支配下においた羽柴なら多少の無茶は通るだろう。次は負けられない。

「大内や大友は鎌倉の係累。それと敵対する事に因縁めいたものを感じてはおるな。ラス・カサスというのが存外話が分かるので重宝しておるが、諍いは絶えんな」
「西班牙強敵?」
「然り。向こうも必死じゃ。まあ、野生の機獣を退治したのには幾らか感謝しておる」
「流石は八大竜王といった所でしたのう」
「八大竜王……昔讃岐で会った大天狗殿は微妙な顔をしそうじゃ……どうした?」

 心なしか身をこちらに乗り出した義経の問いに梓は困る。
 いきなり本音を吐き出すのはぶしつけだが、アドリブは苦手なので上手い誤魔化しは思いつかない。さりとて黙っているのも失礼だろう。

「……近いうちに負けの許されぬ戦いがあります。それへの焦燥が……」
「一度負けたくらいで気負うな。わらわは近江で負け京で負け平泉で負け、蝦夷でも負け続けたがこうしてピンピンしておる。人生とは案外なんとかなるものよ」
「義経様は既に霊体ですじゃ」
「揚げ足を取るでない」
「……その、励ましありがとうございます」

 歯切れが悪く梓は答える。
 下手でも誤魔化すべきだったかもしれないと内心で後悔していると、

「……疑問」
「何すか、ソニンちゃん?」

 不意に呟いたソニンに梓は合わせた。
 不安が消えた訳ではない。それでもこの話題を長引かせたくなかったのだ。

「何故新大陸移住、沙牟奢允襲名?」
「ちょ、ソニンちゃん……!」

 促しておいて梓は慌てた。和やかな雰囲気だったが相手とは初対面だ。その質問は踏み込みすぎではないかという危惧がある。
 しかし義経は頬笑みを湛えた。

「構わん。棺桶に片足突っ込んだ老人というのは人に自分の事を知ってもらいたがるものじゃ」

 そこで義経は一度を言葉を切り、口元を緩めて目を細めた。
 その仕草は梓にも覚えがある。
 ……手繰る記憶が懐かしかったり楽しいとああなるっすよね。

「九郎が重奏神州に渡った後もわらわは平泉におったのじゃが、ある時蝦夷から使者が来ての。そやつらが言うには元のフビライによるアイヌ侵攻を解釈で済ませたい。だから口添えを頼みたい、と。義経襲名前に蝦夷を旅した事があったし、傍論で先の境遇を知っておったから見捨てられんかった。九郎の敵に判官贔屓というのも笑い話じゃがな」

 そして、

「泰衡殿は気軽に動ける立場ではなし、親交が深いわらわが頼朝公暗殺の為に戻ってきていた九郎と話をつけた。もっともあの頃の九郎は他に気になる事があるようであっさり解釈を了承したがな。それから蝦夷の連中に是非にと請われてのう。中途半端に手を貸すのも不義理だと思って蝦夷に渡った。それから数回の襲名を経て今に至る訳じゃな」

    ●

 話が終わった頃には日が傾き始めていた。土地勘のない者がこれから外出するのは危険が伴う。
 今日の所は教導院に泊まって捜索は明日以降という事になり、義経は海尊に部屋の案内をさせようとしたが、何故かソニンが応接室に残った。

「なんじゃ童。他にも用か?」
「Tes.、フビライやヌルハチ、信玄を襲名して巨大な国を築いた義経公と違って貴女は負け続けた人生です。辛くはなかったのですか?」

 普通に極東語を喋ったソニンに驚きつつ質問を咀嚼した義経は眉根を寄せる。
 ……最近の若人は遠慮がないのう。

「生意気な童よ。わらわとて琵琶湖を抑えておった頃なぞは平家にも恐れられておったぞ?」
「……」

 冗談めかした態度に反応せず真剣な表情のソニンに義経は小さく息を漏らす。

「童、もしかしてわらわを悲劇のヒロインか何かかと思っておるのか?」

 だとしたらとんだ勘違いだ。
 別に押し付けられて襲名した訳ではない。聖譜を読み解き、どういう人生を送るか理解した上で襲名した。
 長寿族には名誉に拘らない者も少なくないが、ソニンは見た目通りの年齢なのだろう。思考が短命寄りだ。
 概ね聖譜通りの歴史再現で辛い事もあったが、自分は基本的に加点方式だ。
 楽しみなど見つけようと思えば幾らでも見つかる。普通の人間は老いたりすれば喜びや楽しさを得るのが難しくなるが自分は融通が効く。

「童は何故平泉から出て九郎に仕えた?」
「……献身に理由が必要ですか?」
「それが分かっておるなら問いの解は必要あるまい」
「――貴女の在り方は奥州の気質です。とても嬉しく思います」

 ソニンの言葉に一瞬呆けたが義経はすぐに笑い出す。

「わらわは泰衡殿と並んで奥州平泉の最古老じゃぞ? その在り方が奥州勢以外であろう筈がなかろう」

 ただまあ、

「ずっと負け続けるのも格好がつかぬし、そろそろ勝とうとは思っておるぞ。いつまでも過保護なのは失礼じゃしの」
「……それは」
「童が余計な事を考えるな。それにな、わらわの残念が消える時というのは最高の幸いを得た瞬間。ならば祝言で見送れ」
「……Tes.」











いわゆる義経二人説です。
また義経生存説の中には北海道へ逃げてシャクシャインの先祖になったという説もあります(すげー後付けくさいけど)



[30184] サンタクロースのゆらい
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2012/12/25 21:09
(読み辛かったら下に漢字使用バージョンもあります)



むかしむかし あるところに まずしいおやこが すんでおりました
クリスマスだというのに ごちそうはよういできず それどころか このままでは むすめたちをうらなければ せいかつができません

このことをしった ニコラオスというおとこは ふびんにおもい おやこをたすけようとかんがえました
むかいあうとおしゃべりができない しゃいなかれは えんとつにのぼり そこからきんかをおとそうとしました
しかし あしをすべらせて らっかしてしまいます
さらにれんがにひっかけて いふくをやぶいてしまいました

だんろからあらわれた はんらのおとこをみたちちおやは 「a men! a men!」とさけびます
そして おやこをたすけたいといった ニコラオスを ちちおやはさっそくしょうにんにわたしました

ニコラオスはいいおとこでした
おりしも バレンタインが しんじつのあいをひろめていたので あーっちけいのやつらも おおかったのです
ニコラオスはたかねでうれ おやこはそのおかねで しあわせになることができました
めでたし めでたし


このはなしから みじめで くろうにんな ニコラオスのことを ひとびとは「惨多苦労す」とよび これがサンタクロースのゆらいになったのです
ちゃんちゃん











昔々、あるところに貧しい親子が住んでおりました。
クリスマスだというのに御馳走は用意出来ず、それどころかこのままでは娘達を売らなければ生活が出来ません。

この事を知ったニコラオスという男は不憫に思い、親子を助けようと考えました。
向かい合うとおしゃべりが出来ないシャイな彼は煙突に上り、そこから金貨を落とそうとしました。
しかし足を滑らせて落下してしまいます。
更に煉瓦に引っ掛けて衣服を破いてしまいました。

暖炉から現れた半裸の男を見た父親は 「a men! a men!」と叫びます。
そして親子を助けたいと言ったニコラオスを父親は早速商人に渡しました。

ニコラオスはイイ男でした。
折しもバレンタインが真実の愛を広めていたのでアーッち系の奴等も多かったのです。
ニコラオスは高値で売れ、親子はそのお金で幸せになることが出来ました。
めでたし めでたし


この話から惨めで苦労人なニコラオスの事を人々は「惨多苦労す」と呼び、これがサンタクロースの由来になったのです。
ちゃんちゃん



















企画:秋元・連
作:岡谷・綴
語り:葵・トーリ
製作協力:ジュゼッペ・キアラ

絵:聖ルカ組合
演:荒川・長実



[30184] 顧み場の後悔者
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2013/01/15 20:17
彼方に去った後
此方に残されたもの
配点(悔恨)




 里見教導院の一画に存在する総長連合の執務室。
 そこでは机を挟んで二人の青年が向かい合っていた。一人は総長里見・義頼。もう一人は委員会に属する男だ。
 男の来訪目的は大規模な戦乱を見据えての食糧や戦闘関係の物資の備蓄計画、その途中報告。

「――武神の補修パーツは連戦になっても耐えられるだけの予備は確保した。ただ、八房に関しては知っての通り精密すぎる武神だ。技師達も極力壊さないようにと言っている」
「御苦労。ただお前の仕事は信頼しているし通神でも構わなかったが」

 義頼が苦笑する。
 実際これはあくまで途中報告。通神で済ませても問題はなかった。
 しかし男は直接対面しての報告に拘っていた。

「……連絡ミスで貴重な人材を失う事もあり得るからな」

 意思に反して口から漏れた言葉に男は気まずげに視線を落とすが、義頼は仕方ないと言いたげに苦笑を深くするだけだった。
 内心ではこちらの言葉に反感を抱いたのかもしれないがどうにも出来ないだろう。
 あてつけのように言ってしまったのは男の不注意だが発言内容に否を付けられる部分はない。

「確かに連絡は大事か」
「……ああ」

 里見・義頼。
 武力は元より温和ながら決断力に富む性格から里見の中心的存在であり、若手からは憧れの対象だった。だった。もう過去の話だ。
 同じように慕われていた先代里見・義頼を殺して総長になった時から彼に向けられる視線は一変した。
 殺害自体は事故であるが、里見の支柱でもあった女性を失わせた事実に違いはない。
 故意ではないからこそ憤りを感じる者もいるし、それでなくともよそよそしい態度を取る者が多かった。
 男もその例に漏れず、義頼には含む所があった。事故直後などは感情に任せて殴りかかった事もある。
 ……歴史再現維持の為と遺言とはいえ前総長を殺した奴が総長とは。
 先代とてこんな状況を想定して遺言を残したとは思えない。今代も今代だ。もし自分だったら辞退していたに違いない。
 そんな男の内心を知ってか知らずか義頼は佇まいを直して咳払いする。

「近々武蔵との接触を考えている」
「……松平との接触が里見にとって重要というのは分かるが、短期間とはいえ総長と生徒会長が揃って留守にするのはどうかと。仕事が滞る」
「そこは私がいなくてもやっていけるという気概を見せてほしいものだな」

 自身の力のなさを公言しているようなものだ。
 言外にそう言われたように感じて彼はこめかみをひくつかせた。

「ああ、勿論。里見は一人二人いない程度でどうにかなるヤワなものじゃない」
「期待している」
「……じゃあな憲時」

 いいように誘導された気がして面白くないものを感じながら男は一礼して退室する。

    ●

 柔らかな日差しと心地好い風を受けながら教導院から程近い墓地に赴くき、旧知の墓に花を見舞った後で男はある墓の前に立つ。
 先代里見・義頼のものだ。慕われていた彼女らしく今でも時折献花があるし、墓石も綺麗に掃除されていた。

「……」

 そっと目を瞑って黙祷を捧げる。
 大規模な戦争はないものの北条や結城などとの小競り合いはあるし、その過程で命を落とす者もいる。だが、
 ……あのような最期、さぞ無念だっただろう。
 国を守る為に敵と戦い、その結果死ぬ事になっても誇りを胸に宿す事が出来る。
 けれど、あろう事か味方に討たれるとは……
 八房も完成してまさにこれからという時。それなのに彼女の未来は永遠に閉ざされた。
 もう二度と語り合う事も出来ない。それが堪らなく辛かった。

「何だ。お前も来ていたのか」

 突然の声に振り向くとそこには一人の少女がいた。
 里見・義康。先代義頼の妹だ。
 それぞれの手に花束と手桶を持った彼女の目的を察した男は横に避ける。
 義康は会釈して墓石の前に移動すると桶の水を柄杓で掬って墓石にかけ、花を備える。その姿を見ながら男は不意に、

「そっちも複雑だな。村雨丸が抜けていれば八房はお前の物だったろうに」

 姉を殺した相手が名前と心血を注いで造った武神を継ぐ。
 里見家存続の為には正しい選択なのだろうが、それだけでは納得出来ない事もある。
 ……これからは関東も激動の時代。里見も一致団結して臨まなくてはならない。精々これ以上不和を起こすような真似はやめてほしいもんだ。

「あ……その……」

 一方の義康は歯切れが悪い。
 ……些か無神経だったな。

「悪い。ここでする話じゃなかった」
「いや……」

 微妙な空気になってしまった。どっちみち墓参りに第三者がいるのは邪魔だろう。
 手を合わせる義康と別れて男は教導院に戻る。

    ●

 羽柴による関東侵攻。文禄の役で里見が滅ぼされた後、男は再興を誓って仲間と共に戦乱で放棄された廃村を一時的な拠点として潜伏の日々を送っていた。
 武田も敗れ、江戸を押さえられながらも欧州情勢が予断を許さない状況で織田や羽柴に残党相手に割く余力はなく、明確な反抗をせずに潜む分には何とかなっていた。
 
 相手は強大である。しかしそれは敵対者が多い事も意味する。彼等とは織田や羽柴が敵という一点においてコンセンサスが取れている。
 里見出身ながら故郷を離れて他国に住む者もおり、そんな人間に協力を仰いで情報収集や交渉を行って機に備える。
 国という後ろ盾がないので足下を見られるが、それさえも取っ掛かりにして面識を増やしていく。

 そんな中、水戸にいた里見家ゆかりの人間からそれはもたらされた。
 義康と共に歩むつもりなら見ておく必要があると届けられたのは八房に残されていた記録であり、彼は深く考えずに仲間を集めた。

    ●

『自害では、里見の屈辱となります。力を得ること自体が間違いだったのかと。力を得ても屈服せざえるを得ないのかと。――己のしたことを、無駄に感じることとなります。
 だから、すいません。私を、討って下さい。――そしてP.A.Odaに対し、貴方の判断で義理を立てたと、そういうことにして下さい』

 誰も言葉を発しない。うなだれ、顔を押さえている。
 男とて例外ではない。四肢から力が抜けてその場に倒れこむ。
 そしてうずくまった体勢のまま地面に頭を打ちつけた。一度ではない。二度三度四度、額が割れて血が滲み意識が濁り出した頃になって彼の様子に気付いた仲間によって止められる。
 けれどその仲間もあまりに強く握り締めていた為に手が変色していた。皆が打ちのめされて悔やんでいたのだ。

「何故言ってくれなった! 非難されて苦しくなかった訳がないだろ!」

 喉が潰れんばかりの絶叫。しかし答えがなくとも彼は分かっていた。
 ……言える筈がない。
 真相を言えば前総長の遺志を無駄にする。

「……総長達に、俺達は真実に耐えられないと思われた訳か」

 ……悔しいが、その見立ては恐らく正しい。
 もし先代義頼が自害していれば所詮小国は大国の前には逆らえないのだと絶望しただろう。

「おのれ、羽し……」

 激情と共に吐き出そうとした言葉が途中で途切れる。
 ……違う。
 戦乱の時代。他国が持った強大な戦力を警戒して牽制するのは当然の事。
 そして指導者が自国の士気を維持する為に考えを巡らせるのも当然の事。
 ……全ての責は!
 仲間を信頼するのもまた当然の事だった筈だ!

「救えないな」

 自己嫌悪を強くするのは、ある事に気付いてしまったからだ。
 嫉妬だ。彼は里見・義頼に嫉妬していた。無論、それは微かなものにすぎない。
 そもそも誰でも多少なりとも心に持っているものだ。憧れの別名であるし、彼の場合は大部分が向上心という形で昇華されていた。
 しかしあの一件以来歯車がズレて悪い形で噛み合ってしまった。
 僅かな嫉妬。僅か故に無意識のうちに目を曇らせていた。
 小人は容易く自身の正当性を盲信して残酷になる。
 高みにいた里見・義頼。完璧だと思えた彼の取り返しのつかない落ち度。その事に優越感を抱かなかったか?

「……ははっ」

 義康は義頼に反発していた。
 しかし今にして思えば姉を殺された怒りや憎しみより困惑が大きかったように見える。
 分かっていたのだろう。何の疑いも持たず手違いによる事故だと思っていた自分とは違って、何か理由があった筈なのだと。
 その事実が彼を一層惨めにさせた。

 仮に大国の威を受けても屈しない強さがあったなら。
 上辺だけでなく人となりを見極めようとする誠実さがあったなら。
 自分達の愚かさが二人の総長に苦渋を強いたのだ。

「馬鹿だ俺は! 守られる価値のある人間じゃないんだ!」

 文禄の役においてすら反感を抱いていたのだ。
 お前に言われるまでもない。国の危機にその場にいない奴が偉そうに指図するな。
 最早思い出すのも忌まわしい。
 ……ああ、そういえば。
 汚名を背負ってまで里見を守ろうとした男はあの戦いの時も降伏を望む者はそれでも構わないと、こちらに気遣いを寄越した。最期まで里見の民の事を思っていた。
 失ったものの大きさを改めて思い知り胸がつまる。
 いっそ自分が死ねば良かったとさえ思うが、そんな仮定は無意味だ。

「……義康は武蔵で多くを学び力を得るだろうな」

 義頼が武蔵と接触したのは何も歴史再現の為だけではなかったのだろう。
 武蔵の住人は強制された死を前にして抵抗の声を上げ、自分達が望む未来を手繰り寄せる強さを持っていた。
 だからこそ義頼も命を捨ててでも彼等を守ろうとした。

『そこは私がいなくてもやっていけるという気概を見せてほしいものだな』

 ……なあ、あの時どんな思いで言ったんだ?
 永遠に返答のない問いを内心で放って彼は目元を腕で覆う。

「……きっついな」

 謝罪すら許されない。それが浅慮な己への罰。
 生きている限り背負っていかなければならない重荷。
 これが防げない事態だったならまだ言い訳をして心を楽に出来る。しかし機会は幾らでも与えられていた。
 見向きもせずに放り捨てたのは自分自身だ。
 あまりに苦しいが、それでも真実を知らなければ良かったとは思わない。

「……先方に感謝しなくちゃな。死者の名誉と生者の誇り。前者の方が大事だ」

 向こうが記録を送りつけてきた理由にも納得する。
 知らぬまま義康と合流しても本当の意味で足並みを揃える事は出来ない。それを危惧したのだろう。
 何も知らずに好き勝手言っているガキへの怒りもあったのかもしれないが。

 そしていつまでもこうしている訳にはいかない。感情的に喚いたり悲しみに浸るのは区切りを付けるのに必要だが、ずっと続けるのは逃避だ。
 ……お前の意思、勝手だが引き継がせてもらうぞ。
 自己満足かもしれない。正しく向き合おうとせず散々非難しておいて都合が良すぎるのかもしれない。
 それでも自分達の為に戦った者の思いを汲みたい。彼等が守って良かったと胸を張れるようにならなければ自分で自分が許せない。

「――皆」

 呼びかけに仲間の視線が男に集まる。
 一様に目を充血させて涙の痕が残っていたが、下を向いている者はいなかった。

「里見再興、必ず成し遂げるぞ」
「Tes.!」
















三上で義頼さんに謝罪するようヨッシーに言ったホラ子はナイスすぎる。
正月にホニメ一期を見直したら無性に義頼さんの忠に纏わるエピソードが書きたくなった。
まあ最初は自分で書いておきながらイライラしたけど。



[30184] 社交場の背徳者
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2013/02/17 12:04
禁じられた事
許されざる道
甘美たる誘惑
配点(禁忌)



アナベラ作「青い通りの君」サンプル



 彼はごくりと喉を鳴らした。足が地面に縫い付けられたかのように一歩も動けず、視線は一糸纏わぬ姉の姿から離す事が出来ない。
 しなやかな肢体にうっすらと浮かんだ汗が艶やかさを際立たせる。
 その姿は実に蠱惑的で姉が僅かに身じろぎするだけで豊満な双丘が揺れ、芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。
 彼の心臓の鼓動が体を内部から強く打ち、もう一人の己が痛い程に存在を主張する。

「姉ちゃん……」
「ふふふ……良いのよ?」
「姉ちゃん!」

 瑞々しく形の良い唇が誘いの言葉を紡ぐ。
 限界だった。若い情動は理性を容易く吹き飛ばして背中を押す。
 彼は劣情のまま姉の体に覆い被さった。
 姉と弟。禁忌の関係。世に背く行い。父と母、そして友人達の顔が浮かぶ。
 しかしその背徳感は翼となって倫理感を飛び越え精神を高揚させる。

「ん……」

 押し殺した嬌声に彼ははっとして姉の顔を見た。
 彼女は顔を紅潮させて視線を逸らす。
 普段は気丈で余裕を持っている姉のこれまで見た事のない恥じらいの表情に彼の情欲は更に掻き立てられる。

    ●

 倫敦。ArchsArt(大属の芸術)が所有する大型倉庫はまだ六月の始めだというのに異様な熱気に包まれていた。
 熱の原因は単純に室内に大勢の人間がいるからというだけではない。
 この集まりは言ってしまえば趣味のイベントだが、だからこそ拘りが生まれる。
 信念を秘めた眼差し。淀みない歩調。彼等が内包した熱意は如何ほどか。
 近しき親善のための同人誌好事会。略して近親同好会。
 自費出版物の即売会だ。

    ●

 売り場である長机。その一つに一人の少女がいた。
 椅子に座って帽子を目深に被った彼女の名はアナベラ。ペンネームである。様々なしがらみからアナベラは本名での活動が出来ないのだ。
 縦横無尽に会場内を闊歩するシーツと抱き枕の怪異をぼんやりと眺めながら、アナベラは手元に重ねられた自作小説「青い通りの君」を手に取る。
 内容は姉と弟の禁断の恋。世間との軋轢。苦悩と決断。
 彼女の著作物の中ではポピュラーな題材だ。以前の内容が主人公のカップルが死亡するバッドエンドだったので今回はハッピーエンドにしている。

 アナベラは実の兄を愛していた。兄も彼女の愛に応えた。
 何故血の繋がった兄妹で男女の関係になったのか。理由はない。愛に理由を求めるなど無粋。しいて言えば本能か。
 後悔もない。むしろ倫敦にある法曹院ミドル・テンプルで何とか兄妹婚が出来ないか日夜法律を勉強中だ。
 いざとなれば同志であるジュリアンとマルグリットのラヴァレ兄妹とそれぞれ偽装結婚する腹積りだ。
 ……旧代聖譜に記されたアブラハムとサラも兄妹婚をしたのに。
 どうして今の世界は自分達を認めようとしないのか。アナベラにとってはまったくもって不条理な現実である。

 そして結婚とは別に長期的な目的があった。
 世の中には愛し合いながらも周囲の無理解から想いをひた隠しにしなければならない恋人が大勢いる筈なのだ。そんな彼等の助けになりたい。
 創作活動もその一環。文化面から社会通念を変化させようというのだ。
 基本は兄妹の背徳関係だが親子や叔姪なども網羅しているし、義理でもいける。
 最近では自分で監督を務めて動画の撮影も行っている。監督業は意外に楽しく、これを本業にしようかと真面目に思案していた。

 そんな折、所属する文芸部の部室で近親同好会の広告を見つけて応募したのだが、まさか小さなお子様でも楽しめる健全な即売会だとは思いもよらなかった。
 うっかりである。勘違いである。アナベラは少々ドジっ娘だったのだ。
 人間、自分の願望が叶うと思い込むと注意力が散漫になってしまう。
 「やべぇ! こんな夢のようなイベントが!」と狂喜乱舞し、愛する兄とダンスし、速攻で「青い通りの君」を書き上げて馴染みの印刷所で数百部刷ったのも今では恥ずかしい記憶だ。

 とはいうものの、売り上げ自体はそこまで悪くない。
 アナベラと同じ勘違いをした人間もそこそこいたようだし、初心者向けにエロを入れたのも功を奏した。
 今もまた長机の前に眼鏡をかけた少女が立つ。

「一冊貰おうか」
「毎度ー」

 貨幣を受け取ると同時に積んでいた小説の一番上を手渡す。
 少女は持っていた紙袋に入れ、すぐさま別の売り場に視線を送る。出店は一人一日限り。時間は有効に使うべきだろう。

    ●

 少女が去り、他の客もいないのでアナベラは表示枠を展開する。
 彼女は通神帯上での通販も行っている。「青い通りの君」印刷の際に在庫切れの過去作も補充して準備万全。
 チェックすると既に三件の注文があった。
 ……仏蘭西にサヴォイア公国、讃岐。
 少しでも広められればと送料はこちら持ち。本業が割と儲かっているし同好の士の事を思えば苦はない。
 ここでは発送の手続きが出来ないが、頻繁に確認する癖が付いてしまったのだ。そして注文があれば自然と顔がにやける。
 やはり分かりやすい評価の基準だからだ。自分の作品には金銭を払う価値があると思ってくれた読者がいるのは嬉しい。

 頬を緩ませ、ついでに他の用事も済ませておく。
 ……「シス婚! プトレマイオス」のシリーズ最新作の予約特典が貰える店舗をチェックしとかないと。あと「股おっぴろげ小アグリッピナ」の体験版の公開は今週……。

    ●

 そしてアナベラは一日を満喫した。
 好奇心溢れる目でこちらを見てきた女の子を笑顔であしらい、顔馴染みと意見を交わす。
 売り上げは目標に届かなかったものの、初めて来る客に買ってもらえたしリピーターも出来た。応援の言葉も貰え、有意義な時間を過ごす事が出来た。














アナベラ、一体何者なんだ?
ブログのアクセスに「背徳的同人道境界上のホライゾン」というのがあったので「よし、じゃあ近親相姦ネタいってみるか」となりこうなった。
この変態インセスターはちょっと頭がおかしいので生温かく見守ってください。
どうでもいい事だけど史実の伊達成実の両親も叔父姪の関係らしいね。



[30184] 祭場裏の嫉み者共
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2013/02/17 12:04
もはや言葉は必要なく
ただただひたすらに
配点(嫉ましい)




 二月十四日。愛の聖人バレンタインの祭り。武蔵中が明るく華やかな雰囲気に包まれる中、爪弾きにされた場所も存在する。
 その部屋の空気に色を付けて形容するなら黒く濁り、沈澱している。
 密閉された室内では循環が起きずに悪くなる一方。そんな場所にいれば人の精神は負の方向へ傾き、それが更に空気を悪化させる。
 机を囲む者達は卑屈になり、他者に嫉妬し、やり場のない感情を叫びという形で爆発させる。

「教室でイチャつく奴等がいたから嫌がらせに溶けて湯気出てるチョコをトグロ巻くように椅子に置いてきた!」
「ざまあ!」
「この日に異性交遊に興じる不心得者には当然の処置だ。まったく嘆かわしい。バレンタイン様も草葉の陰で泣いている事だろう」
「チョコ貰えたと喜んでたら女装した馬鹿だった……正体を知っても割とありだと思ってしまって本気で死にたい……外面は良いしチョコも絶品だったんだよ……」
「中身も良いよね」
「カップル共がチョコチョコうるさいからチェコ特産のビールを振る舞ってやったぜ! 氷の塊にしてな!」
「あれ、何か急に寒くなったぞ」
「あんな口や喉に絡みつくような菓子のどこが良いんだか。理解に苦しむ」
「俺もカップル共を襲撃してゲリラ結婚式を執り行っていたのに山本に邪魔された。てめえもチョコ貰えないくせにがっかりだ! 前々から犬臭い奴だとは思っていたが権力の狗に成り下がったとはな」

 同じ感情を持った人間が集まっているのだから彼等の行為に異議を呈する者はなく、故に彼等は自身に疑問を抱かず退廃的な儀式は止まらない。

    ●

 部屋の壁際に一人の男がもたれかかっていた。
 疲労困憊といった感じで寝入っているが、彼の顔にあるのは憔悴ではなく安堵。使命をやり遂げた男の表情だ。
 彼は脇にある物を抱えていた。紙芝居だ。枠には檜を贅沢に使った紙芝居のタイトルは「抜歯怪人Dダガン」
 虫歯の子供の前に現れて麻酔なしで歯を抜いていく怪異の話だ。物語の中でこの怪人は退治される事はなく、散々抜歯をした挙げ句にいずこかへ去る。
 童話は娯楽の提供だけでなく子供に道徳や教訓を与える役目があるので、バッドエンドで終わる事自体はそこまでおかしくない。しかし時期を鑑みればこの紙芝居にはそれ以上の思惑を感じなくもない。

 ただ、この紙芝居には続きがあった。
 それまでの絵がしっかりとした材質の厚紙に描かれているのに対して最後はメモ用紙。しかも絵はなく、歯磨きをきちんとすれば虫歯にならない事と人の厚意を無碍にしてはいけない旨が走り書きで記されていた。
 ようは子供を前にして直前でヘタレたのだ。

    ●

「特価セールやってたから買ってみたけど意外に面白いな」

 感想を漏らしつつプレイしているのはM.H.R.R.のマティアスを主人公にした衆道ゲー「美しい泉のほとりで」
 余談だが彼はこの手のゲームの題材になる事が多い。聖譜記述では子供がいなかったのが運の尽き。想像力豊かな創作者に目を付けられるのは時間の問題だった。更に兄のルドルフ二世は結婚さえしなかったのが拍車をかけた。
 「美しい泉のほとりで」もそんな中の一つだ。
 まだ全クリした訳ではないが、史実を元にしつつ大胆なアレンジを加えた名作と言えるだろう。
 窓から落とされたフェルディナント二世をマティアスが抱きかかえる場面は秀麗なテキストと艶麗なスチルが相まって不覚にも涙腺が潤んでしまった。
 衆道ゲーというだけで毛嫌いしてこれまで手を出さなかったのが勿体ない。

    ●

 ある机では神妙な空気が流れていた。
 一人の青年が眉を寄せ、恐れと困惑が入り混じった表情で丁寧にラッピングされたチョコを机に乗せる。
 その刹那、気の早い者が手を出そうとして別の男に制される。だが男にも疑念があった。回答次第では実力行使も致し方ない。

「これは?」
「寮で貰った。同室の……男にだ」
「――友チョコか!?」
「智チョコ? 射られそうで怖いな……」
「……」
「馬鹿のファンクラブが一ヶ月前くらい前から触れ回っているのを見たな。いや、しかし……」
「……これ、どういう意味だと思う?」

 男達は一様に口を噤んだ。別の机の女達は一斉に紙とペンを用意した。

    ●

 数人の男が部屋に入ってくる。誰も彼も顔色が悪く、俯き気味だ。
 刑の執行を待つ罪人のようにも見える。

「どうした? 確かそっちもゲリラ結婚式やってたが、番屋で説教でも食らったか?」
「……運悪くズドン巫女に捕まってちょっと通神関係の内容が自動変換される罰則を受けた」
「どんな感じに?」

 項垂れつつ彼等は表示枠を展開する。

・†×†:『神が宿る聖域(サンクチュアリ)にて大いなる二(ホーリーナンバーオーヴァーツヴァイ)を持つ「神託を受けし者」との聖戦(ラグナロク)に敗れ、罰(バベル)を与えられて悲愴(トラギーシュ)の担い手となった』
・懲罰中:『酷い文章だね^^でも、どこかの眼鏡さんも似たような小説書いてたなぁ♪中等部の頃はあれを楽しく読んでいたのは恥ずかしい過去だよぉぉ///……この文章も書き込むと痛く変換されてるんだろうなぁ(泣)困っちゃう┐(´-`)┌ 』
・tyo:『omaehamadamasidana.orenotokayonndemoraenaidarokore.』
・懲罰中:『おっぺけぺー』

「……災難だったな」
「住所がちゃんと入力出来ないから通販でエロゲや同人誌が買えねえぜ……」
「カップル共が集う通神端にもげろと書き捨てる日課が……」
「愛繕のファンサイトに書き込めなくなる……」
「ブレないな、お前等」
「それはそうと外でゲリラ結婚式をやっていたのはこれで全員戻ったか?」
「いや、通神帯の情報によるとまだ奴が戦っているらしい」
「あいつが……」

    ●

 群がっていたカップルは姿を消し、興味はあっても巻き込まれたくない通行人は距離を取って遠巻きに眺める。
 道の両隣りにある店舗はシャッターを下げたり防護壁を張って各々に対策を施す。
 これによってその通りは空白地帯になっていた。

 交差させたチョコバットに受けた衝撃で体が宙を舞った。
 流石だと感嘆を覚えるが自分もまだ終われない。体力、意気、共に十全。この日の為に特注した実物大チョコバットは表面が僅かに欠けたのみ。
 着地と同時に膝を曲げ腰を落として衝撃を分散。そしてそれは走り出す為の予備動作にもなる。
 一瞬の停止の後、交差を解いて両手を後ろに振り、息を吐いて駆け出す。間髪を入れずに足に仕込んでいた加速術式の符が紙片となり流体光が散る。
 急激に変化するスピードで自爆しないように姿勢制御に神経を集中させつつ相手を見据える。
 制服の上に一枚布を巻き付け、槍を持った男。彼はある団体に所属していた。
 ……同性結婚促進会「耐えらんと寝ろ」!

 一緒にやれると思った。けれど自分の思い上がりだったのだろうか。
 勝手に期待して勝手に失望する。それはとても愚かで無礼な事だと理解しているが、落胆する心の動きは止められない。
 ……しかし感傷は後から浸ればいい。
 自分の前に立ち塞がるなら誰であれ打ち倒して前に進む。そう誓ったのだ。
 あと一歩で間合いに入る。その一歩を踏み締めると同時に右手に保持したチョコバットの突きを放つ。

 高速の一撃に対して相手は冷静だった。体の正面に縦にして構えた槍の柄でチョコバットを受け止める。
 ……これくらいは止めるか。
 数合打ち合って彼我の戦力差はおおよそ把握した。悔しいが地力では向こうの方が上。だが諦める理由にはならない。
 完全に伸びきっていない右腕に力を込め、チョコバットと槍の接触部分を基点にして左足を踏み込んで左半身を相手に肉薄させる。そのまま振りかぶった左手のチョコバットを叩き付ける。が、

「甘いよ」

 相手はこちらと同じように接触部分を基点にして槍を半回転させて石突きでチョコバットを迎撃する。
 片手の振り下ろしと両手の突き上げでは後者が打ち勝つ。チョコバットが跳ね上げられ、
 ……しまった!
 続けざま、姿勢が崩れた所へ柔軟な体躯をしならせて繰り出された蹴りが喉に刺さる。

「ぐ……」

 呼吸が止まり意識が揺さぶられた。視界に無数の光点が点滅する。

「なん……でだ?」

 荒い息の隙間を縫って疑問がそのまま口から出る。朦朧とした頭が思考と言葉の区別をなくしたのだ。

「君の行為には愛がない。だから止めなければならない」
「我慢しろって言うのか……!」

 胸を掻き毟るような悲痛な叫び。
 正しいと自惚れている訳ではない。それでも体と意思を突き動かす衝動がある。
 呼吸が段々と整ってきた。まだ、戦える。

「こんな理不尽を前にして、ただ黙って通り過ぎるのを待てってか!?」
「……」

 男は答えず、口をきつく結んだまま片手を上げる。彼の目が憐れみを宿していると気付いた瞬間、

「がっ……」

 背中に圧力が広がり直後に痛みが全身を貫いた。
 意識が吹き飛ぶ程の激痛だったが、目を閉じ歯を食いしばって何とか耐える。
 けれど、間もなく異変が訪れた。
 瞼を開くと世界が色を失い、白と黒に変貌していたのだ。それだけではない。ふと見ればチョコバットが地面に転がっている。しかし、手を開いた記憶もなければ落ちてぶつかった音も聞こえなかった。
 混乱しつつ背中に受けた衝撃の正体を知るべく振り向いた視線の先には洋弓を構えた集団。彼等の左側は「耐えらんと寝ろ」の男と同じように一枚布を着ている。右側も布を纏っているのは同じだが右肩をむき出しにしている。
 ……公衆系創作部「ハ撮りアヌス」に少年交流会「来雄」か。
 自分はよっぽど嫌われていたらしい。そこまで思考した所で容赦なく第二射が撃ち込まれた。
 対応しようにも意思が先走るだけで体は動かなかった。

    ●

 「耐えらんと寝ろ」の男は渋い表情で眼前の相手を見る。
 鏃を潰しているとはいえ二度に渡る一斉射撃を受けた彼は立っているのもやっとという状態だった。

「……救われないだろ」

 力を失った瞳はこちらを見ずに虚空を向いている。
 呼吸は荒く、一歩歩くたびにふらついて今にも倒れそうだ。いっそ倒れてしまった方が楽だろうに彼は踏み止まっていた。
 それだけの理由があるのだろうが、あまりに痛々しかった。見ていられない。

「誰かが……声を……上げなきゃ……何も変わらない……皆が……笑……える……よう……に……」
「――もういい。休もう」

 ゆっくりと彼の後頭部に手を添えて足払いをかける。息も絶え絶えだった男の体は呆気なく宙に浮いた。
 頭に手を置いたまま自身の体を沈めて男の顔面を地面に叩きつける。鈍い衝撃が手に伝わり、それっきり男はぴくりとも動かなくなった。

「ふう……」

 全身に張り巡らせていた緊張を解いて深く息を吐く。
 必要な事だったとはいえ誰かと争うのは後味が悪い。他の手段はなかったのかと自問してしまう。彼が憎しみに囚われてさえいなければ良き友人になれていたかもしれないが、
 ……よそう。
 夢想は傷心の慰めになるが度が過ぎれば上手くいかない現実との摩擦で一層傷つくだけだ。
 彼が倒れた事を確認して「ハ撮りアヌス」や「来雄」の面々がやってくる。

「協力に感謝します」

 乱れていた衣服を整えて一礼。
 彼の執念は尋常ではなかった。単身でも制圧出来ていただろうが、時間はかかるし周囲への被害は広がっていただろう。急な頼みにも関わらず引き受けてくれた彼等には感謝の念に堪えない。

「いや、頼まれなくても動いたさ」
「彼の短絡的な行動で我々の印象まで下がるのは困るからな」
「そう言ってもらえるとありがたい」
「番屋にはこっちで連絡しておいた。じきに来るだろう」
「そうか。……罪は償わなければならない。彼もこれで悔い改めてくれれば良いが……」

 もう二度とこんな形で戦う事がないように。そう祈らずにはいられない。
 今日は愛の聖人が己の信念に殉じた記念日なのだ。辛い事や悲しい事は似つかわしくない。

「そうそう、前に話していた発禁処分の男色系同人誌「sword me」が手に入ったので回し読みしよう」
「お、いいね」
「浅草の方に集会場があるからそこでやる?」

 彼等がわいわい騒いでいると程なくして番屋がやってきた。
 番屋は暴れていた男を確保した事に感謝を述べ、男児に対する連れ去り事案や公共の場での破廉恥行為、その他諸々の容疑で彼等もしょっぴいていった。

 こうしてバレンタインデーの夜は賑やかに過ぎていく。















今回の話を書く為に男色や衆道や同性結婚について調べてたけど不意に「何やってんだ俺……」って気分になった
とりあえずハイリガーさんと史実のバレンタインさんに謝らないとね。
板倉重昌のネタを盛り込めなかったのが残念。



[30184] 別離の空の同姓達
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2013/03/09 20:24
出会っては別れ
受け継ぎ受け継がせ
その繰り返しを何と言う
配点(歴史)





 夜気を裂いて空を進む一隻の船がある。
 細長いシルエットを持つそれはP.A.Oda内サファヴィー朝トルコに所属するヨルムンガンド級航空艦「リュウオウザン」
 その艦内、所有者の意向で特別に設けられた茶室で二人の男が向き合っていた。
 一人は浅黒い肌に極東の制服を僧服風にして纏い、尋常ではない大きさのターバンを巻いた初老。もう一人は極東の制服に青い着物を着た中年の極東人。
 それぞれ元オスマントルコ大総長スレイマンとムラサイ諸派連合の重鎮松永・久通という。

    ●

 畳の上に正座する松永・久通は茶碗を手に取り、中を満たしていたお湯を建水と呼ばれる容器に捨てて茶巾でゆっくりと茶碗を拭く。
 対面のスレイマンはその動作を眺めつつ、

「君はこれからどうするつもりかな?」
「……とりあえずシギサンから持ってきたエロゲをオークションに出品する準備を」

 ……石鹸大陸・るいす風呂椅子日本史バージョン限定版を始めとして色々手に入った。
 これから物入りになると予想されるので良い小遣いになるだろう。
 茶器から茶杓で抹茶を掬って茶碗に入れ、柄杓で茶釜に入っていた湯を茶碗に注ぐ。

「ああ、岡さんに「幻惑!○宝行者果心居士」の初回盤を貸したままだった。今からではもう無理か」

 そしてあらかじめ湯で馴染ませておいた茶筅で手早くかき回す。
 立ち上る湯気に混じった香りが鼻孔をくすぐり、肌を湿らせていくのが心地良い。茶室の隅の籠で飼育されている鈴虫の鳴き声も耳を楽しませる。和やかさを感じながら久通はスレイマンを見据える。

「砂糖とミルクはどれくらいで?」

 足を崩して胡座になる。正座は足が痺れるから嫌いなのだ。

「……それはどちらかと言えば珈琲ではないかな?」
「ははは。松永の姓に既成概念を問うなど」

 笑みを張り付けたまま久通は砂糖瓶にスプーンを伸ばす。
 一方のスレイマンは眉を歪ませ、身を乗り出して茶碗を手に取ると手の上で半回転させてから口を付ける。

「ふむ、悪くない」
「どうも」
「そして改めて質問しようか。彼は謀反を行う気だが君はどうするつもりかな? ん?」
「……困った人よな」

 久通は肩を落として溜め息を吐く。
 何があったのかは不明だが自分の義父はP.A.Odaに対して反旗を翻す心算らしい。お陰で余計な苦労を強いられている。

「いつも時代の最先端を突っ走るから周囲は息急く破目になる」

 しかし、それでこそ松永・久秀だと嬉しくなる自分もいる。
 久秀との関係は襲名による義理の親子関係だが、上手くやれていたと久通は思う。
 それは久秀の破壊者という生き方に敬意を持てたからだろう。
 破壊するとはつまりその存在を認める事。取るに足らない存在なら無視すればいい。壊そうと決意したからには対象を意識し、観察し、認める。そういう過程を踏んだという事だ。
 そして破壊者は破壊した存在を忘れる事はない。今の己を構成する一部なのだと記憶に留めている。
 そんな久秀の在り方に久通は魅せられ、付き従ってきた。自分だけではない。多くの人間が久秀を慕い、一部は運命を共にしようとしている。

 ……ま、俺はさっさと逃げた訳だが。
 シギサンから脱出した時の事を思い出しつつ、串柿の一つを歯で千切って咀嚼していると、久通の眼前で表示枠が開いた。
 映るのはP.A.Odaの制服を着た初老だ。顔に無数の筋目が刻まれているが、それは皺だけでなく刀傷もある。静かな佇まいだが隠しきれない威圧感があった。

『久通』

 名を呼ばれた久通は片手を上げ、和菓子を頬張りながら裏側から覗いていたスレイマンはほう、と息を漏らす。

「よう、長頼さん」
「アッラーヴェルディ・ハーンか」

 松永・長頼。軍事、政治の両面でムラサイ諸派連合に貢献する屋台骨だ。
 長頼の背後には夜景が広がっていた。風が白くなった髪を揺らしていくが、雲は止まっているように見える。その事から教導院の屋上だろうと久通は当たりを付けた。
 用件は何となく分かる。そろそろシギサンから脱出させた人員を乗せた輸送艦が長頼の治めるファールスに到着した頃だろう。

『久秀殿は……』
「……ああ」

 長頼の言葉は疑問ではなかった。事実の確認であり、仮にこちらが何も答えずとも既に確信を持っている。
 それも当然かと久通は思う。長頼は自分以上に久秀との付き合いは長い間柄だ。久秀の行動は熟知しているだろう。

「武蔵がお眼鏡に適ったようでな」
『武蔵、か。どのような者達なのだろう。会う機会が少ない上に毎年首脳陣が変わるのでどうにも分かりにくい。君は知っているか?』
「……マクデブルクから帰ってきた時、久秀殿は嬉しそうだった。俺にはその事実だけで十分だ」
『嬉しそうだった、か。それはそれは喜ばしい事よのう』

 反芻するように呟き、長頼は我が事のように顔を綻ばせた。

「しかし、これから忙しくなりそうよな」
『……戦いが起きると思うか?』
「何もないと考えるのは楽観にすぎる」

 長頼の本題はこれだろう。
 御館様は情緒を解される方だが、個人の心情と国の運営は別。その下の羽柴や竹中は尚更だ。
 平和的に引退という話もあったのに反逆してしまえば国の統制の為に何らかの処罰は必要。
 織田、羽柴共に紀伊を攻めた歴史があり、それは世界側から見ても同様で障害はない。

「これまでP.A.Oda本体とは距離を取ってきた。久秀殿のスタンスというのもあるし、向こうがムラサイの多数派なのに対してうちが少数派という事情もあった。だが今後の為にここいらで国内の不安要素をなくしたいと向こうが考えるのは自然な事よな」

 戦えば負けるだろう。ある程度までなら抗する事も出来るだろうが、こちらには五大頂や安土のような決定打が不足している。下手すれば十本槍相手でも危うい。
 とはいえ、活路はある。
 P.A.Odaはこれから関東や奥州への侵攻を本格化させるだろう。九州にも手を伸ばしているし、欧州も仏蘭西が残っている現状で懲罰目的の大規模な動員は控えたい筈だ。
 当然こちらとしても勝ち目の薄い戦いは避けたい。無条件で屈伏するのは面子が潰れるので一戦交える必要があるかもしれないが、落とし所を見つけるのはそう困難ではない。
 ……打ち合わせなしの茶番よな。

「逐次適当にこなせば大丈夫だろう。テキトーにやると死ぬが」

 まあ、全面降伏する場合の声明文も考えておこう。
 右目を僅かに逸らせば見える位置に小型の表示枠を出して鍵盤を叩く。
『くくくく。織田・信長よ、大人しく我等を軍門に下らせれば世界の半分をくれてやる!』
 うむ、良い出来だ。けれどこれを使う日が来ない事を願わねば。
 ……どうせ俺には関係ない話だが。

『久秀殿には面倒事を押し付けられたものよ。だが、これを信頼の証と考えるのは自惚れかな?』
「謙遜する振りして実は自慢してるだろう」
『うむ。……この件が片付けば私も引退だろう。難しい時期に代替わりするのはイマームやダウドにすまないと思うが』
「土岐や岡田も歴史再現に従えば羽柴か。輸送艦で送った奴等は使えるから何とかやっていってもらいたいもんだ。……下っ端ポジションでは言い出し辛かろうと俺が真っ先に退艦を宣言したのに誰も後に続かないでやんの。仕方なく以前から目をかけていたのを強引に輸送艦に放り込んだが、薄情な奴等よな」

 やれやれと苦笑するが、
 ……我が儘よな。
 久秀に殉じたかっただろうに無理矢理引き留めた。さぞ恨まれている事だろうと考え、まあ仕方ない、と久通は開き直る。今までの人生やりたいようにやってきた。緊急時になって急に変えられる筈もなく、むしろ強く反映されたというだけだ。

『君も大概よのう』
「ろくでなしだと自分でも思う」

 ともかく諸派連合の方は長頼に任せておけば問題ないだろう。そして彼から通神があったのはちょうど良かった。実は久通も長頼に用事があったのだ。

「俺はこのままスレイマン殿を本願寺に送っていく。そうした後は……」

 不意に言葉を切り、久通は目を閉じて深呼吸を一回。
 握った手の表面に浮く汗の意味を考えようとする思考を頭の片隅に追いやる。

「ガキ二人を連れて帰る」
『……』

 長頼は沈黙する。言葉に内包された意味を考えれば否定の言葉がなかっただけでも有り難い。
 聖譜記述によれば松永・久秀の謀反時、人質として織田に預けられていた子供二人が殺されている。倣ったという訳ではないが久通の二人の息子もP.A.Oda本体の艦隊にいる。
 脱出するように通神文を送ったが返事がない。妨害されているのか、逃げる気がないのか。どちらにしろこのままでは拙い。

『君も謀反を行うか』
「死ぬつもりはない。御館様に詫びを入れて引退させてもらうつもりだ」

 スレイマンの方に視線を遣る。これは先程の質問の答えでもある。

「久秀殿が最大の敵と認めた武蔵。自身の後に続くと信じている御館様。御館様が武蔵を破壊した時にどう世界が動くか代わりに見届けるさ」

 スレイマンは目を細め、口には弧を作った。

    ●

 教導院の屋上にいた長頼は表示枠を出す。相手は、

「久秀」
『おお、長頼かよう。どうしたよう?』

 気負った様子もなく、平常時と変わらない久秀の姿に長頼は安堵を覚えた。
 いや、久秀にとっては事実平常時と同じなのだろう。

「昔話でもとな」

 既に部下への指示は出し終わり、心置きなく述懐に耽る事が出来る。

「初めて会った時は互いに三好家の家臣だったな」

 当時から自由奔放な久秀は目立っていた。自分はそんな彼が嫌いではなく、何度か戦場を共にする内に親しくなり、義兄弟となった。
 大きな変化が起きたのは主君である三好・長慶の死後か。元は一介の家臣だった久秀が実権を握った際、反発する既存の有力者層を排して新たな体制を確立する必要があった。
 その一環として久秀は下層階級の出身者を大勢抜擢し、自分も高い地位を得た。改革以前は生まれの身分の影響が強く、改革がなければ出世は望めなかっただろう。
 その事に感謝はしているが敢えて口には出さない。聡明な久秀ならこちらの心情は把握しているだろうし、恩に報いるだけ役に立ったという自負もある。
 ……今更気恥ずかしいというのもあるがな。

『楽しかったよなあ。一から成り上がるってのはよう』
「国体や軍事の変革期でもあったしな」

 過去を語ると自然と心が踊る。懐かしさに身を委ねれば口も軽くなる。

「英国のシャーリー兄弟は壮健だろうか」
『ああ、あいつらなあ。IZUMOに行った時に顔見せればよかったなあ。そうそう、IZUMOといやあ政康の奴がいたんだよう』
「そうか。――運のない方よのう」
『どういう意味だよう』
「はははは」

 自分も久秀に振り回された一人だが基本的に味方側だった。最終的に敵対した政康や他の二人とは苦労が違うだろう。
 ……その分長く一緒にいたので心労は変わらんかもしれんが。

「思った以上に長続きした関係だったよのう。お前が歴史再現を忠実に行うと判明してからはお前を暗殺して別人に襲名させようという動きもあったからな。私もとばっちりで襲われた事が何度もあった」
『おいおい、退屈しないってオメエも楽しんでたじゃねえかよう』
「そうだったか?」

 若い頃は向こう見ずな所があった。敵は多くとも、それは自分が優れているからだと自尊心を滾らせた。武勲が入れ食い状態だと喜んだものだ。
 年を取って自他共に十分な功績を打ち立てたと認められるようになった頃には落ち着き、嗜みとしてエロゲ製作にも手を出した。

「泣きゲーの「殉教女王ケテヴァン」があまり売れなかったのは心残りよのう。コメディ色の強い「タマル女王の初体験~ショタもいるよ~」は割合売れたが」
『初エロゲで勝手の分かってねえオメエが生々しい描写入れまくったのが原因だあな。まあ、襲名者の方は助かったんだから良かったじゃねえかよう』
「同郷だし、色々と縁深い女だったからな。……あの時もお前は歴史再現を強行しようして……私は苦労した」
『あれは聖連に工作仕掛けたオメエもよっぽどだったがよう。まったく、政康達のいた大仏殿をファイアーする時はむしろオメエの方が積極的だったのによう』
「義輝を暗殺した以上、松永・久秀の歴史再現に関しては厳格に行った方が利があると判断しただけだ」
『オメエ、ちょっと前の自分の台詞思い出せよう』

 脱力したように息を吐く久秀だが、不意に笑い、手にしていた茶碗を呷る。

「どうした?」
『なあに、オメエも変わんねえなと思ってよう』
「――変わらんよ、私は」

 長頼はこれが今生の別れだと悟っていた。
 謀反を起こした久秀が生きて戻るとは欠片も考えていない。久通も同じだろう。先程の彼とのやり取りは久秀が自害するという前提で進めていた。
 冷酷だとも思うが、そういう判断が出来る人間だからこそ久秀が弟と認めたのだと自覚している以上、それまでの自分を貫き通すのが礼儀だろう。だからこそ、間に合わなくなる可能性も危惧しながら実務的な仕事を優先させた。
 と、久秀が動いた。視線を表示枠から外して空に向け、

『馬鹿共が来やがったよう』

 ……武蔵か。
 長頼の方にも国境付近を巡回中の艦から報告が入っている。いよいよ最後の時が来たのだ。

『じゃあ長頼、これで……』
「いや、もう少し待て」
『あん?』

 その時、画面越しに見える久秀の周囲で無数の表示枠が開いた。映っているのは諸派連合の学生達だ。

『お世話になりました!』
『談冗は自分が引き継ぐので心置きなくボンバーしてください』
『「せいしょ?」のお陰で家族が出来ました!』
『墓前には義輝×久秀本を供えるので待っててください!』
『極東にクリスマス文化を持ち込んだのは間違いだったと思います!』

 口々に感謝と激励を述べる学生に久秀は困惑の表情をこちらに向ける。

『長頼……』
「こういうのが苦手だったから手配させてもらった」

 してやったりと笑う。長頼は久秀の戸惑いの中に喜色が混じっていたのを見逃さなかった。
 ……。
 今ならまだ引き留める事が可能だと感情が囁く。死んでほしくないのが自分の本心だ、と。しかしそれを、命を賭すだけの価値を見出したやりがいを止めるべきではないと別の感情が遮る。
 …………。
 結局、長頼は後者に従った。
 別れる時は笑顔で。そう決めていた長頼は、未だ抵抗するように硬い頬や口元を動かして表情を作った。

「――後悔のない決断を。我等が王よ」
『……ああ。それじゃあ、行ってくるよう』
『Shaja……!』

    ●

 それから間もなく、九鬼艦隊と対峙していたシギサンは自爆。
 夜空に咲いた巨大な火の花を見届けた長頼はあらゆる通神を拒否。一人立ち尽くしていたが、きっちり三十分後には通神機能を復帰させて職務を開始した。

    ●

 長篠の戦いや文禄の役の為に関東方面へ大艦隊が出撃した後、欧州への牽制の為に展開していたP.A.Odaの艦群の術式受像器が接近する艦を捕捉。
 照合の結果P.A.Oda所属、しかし直前に謀反を起こした松永・久秀傘下の航空艦リュウオウザンと判明。艦群の指揮官は部下から即時攻撃も提案されたがひとまず警告を発した。
 だがリュウオウザンは警告を無視し、その上加速。攻撃こそないが明らかに激突コースのリュウオウザンに対して指揮官は迎撃を決意。
 小型艦が多かったもののステルスもなく一直線に突っ込んでくる艦は的にしかならない。集中砲火によって防御術式を砕き、船体を穿つ。
 しかし各所から火を噴きながらもリュウオウザンは止まらない。後退する素振りを微塵も見せない突撃は艦群の喉元まで迫った。沈没間際、一発だけ放たれた流体砲が一隻の艦の上部を掠めて装甲を削り取る。

    ●

 ……さらばだ、リュウオウザン。名前負けしてる感があって使い辛かったが、茶室の出来は最高だったぞ。
 艦内への侵入に成功した久通は降り注ぐ破砕片や粉塵を振り払って表示枠を立ち上げる。
 血脈を重要視するムラサイ教譜少数派の家族割プラン、加入特典の位置検索サービスがこんな形で役に立とうとは。
 確認し早速向かおうとした矢先、通路の先から武装した学生が大挙して押し寄せる。

 けれど久通の表情はあくまで涼しげだった。
 淀みない動作で二律空間から己の武装を取り出す。抹茶と湯が投入済みの茶碗と茶筅。実践茶道用に誂えた特別仕様だ。
 左手でしっかりと茶碗を保持し、手首だけでなく腕や肩、右半身全てを連動させて右手の茶筅でかき混ぜる。
 泡立ち渦を巻く抹茶。心安らかになる香りが匂い立つ。
 しかし久通はそこで手を休める事なく更に力を込める。うねりは巨大になり飛沫を散らす。やがて茶碗から飛び出す竜巻となる。
 そして久通は茶碗を傾け、

「よく味わうといい」

 深緑の瀑布が解き放たれる。その姿はあたかも敵を飲み干さんと猛る龍にも見える。
 通路に展開していた彼等に逃げ場はない。防御を固める者もいるが、津波の前の小舟のように心許無い。
 暴流が過ぎ去った後、そこに久通の行く手を阻むものは存在しなかった。

「運が悪かったな。九十九髪茄子があればもっと味わい深い茶を御馳走出来たのだが。……いや、茶器のせいにするとは俺もまだまだよな」

 久通が未熟を恥じていると背後からも別動隊がやってくる。
 それを振り向かず、気配だけで感じ取った久通は茶碗と茶筅を仕舞う。
 先程の技は格ゲーで言うならゲージ消費の必殺技のようなもので連発は難しい。だが、実践茶道に深く精通した久通の技は一つだけではない。
 右手に茶器を、左手に柄杓を持ち、上半身を捻って躊躇いなくぶちまける。空中で抹茶と湯が混ざり合い、鈍い音を立てて床に広がった。
 侵入者を捕らえるべく奮起していた彼等だったが、粘度を帯びた抹茶に足を取られて次々に転倒。起き上がろうとするも上手くいかない。
 結果、彼等は抹茶と屈辱に塗れて久通を見送る事しか出来なかった。

    ●

 ……見付けた!
 検索サービスを頼りに辿り着いたのは乗組員用の居住区画。
 反応を示す部屋の前では二人の男が物々しい雰囲気を漂わせて警備に勤しんでいた。

 対象までまっすぐな通路。ここまで来て久通に立ち止まる理由などありはしない。全身に気合を込める。
 久通は走りながら自分から見て手前にいた男に香が詰まった香合を投げつける。
 一方、警備の二人も久通に気付いていた。香合に狙われた方の男は咄嗟に腰を落とし、術帯を巻いた腕で頭と胸をガードする。直後に紋章が生じて防御術式が起動。
 もう一人の男は瞬時に相方の背後に移動して腕を掲げる。そこに発生した帯型の紋章が光を放ち、集束して一つの形を取る。風精の片腕だ。通路の半分を専有する大きさで顕現した腕は久通を迎え撃たんと五指を握り込む。
 その判断にミスはない。狭い通路、腕を振り抜こうと思えばその位置が正しい。仲間を盾にする形になるが、それも信頼関係だと言える。
 過ちがあったとすれば情報不足。その一点に尽きる。
 香合が防御術式とぶつかると同時、仕込まれた炎熱術式が発動。香が焚かれ、猛烈な勢いで発生した煙を吸い込んだ彼等は瞬く間に昏睡した。

 煙が立ち込める扉の前に移動すると複数の紋章が現れては砕ける。それはしばらく続いたが煙が霧散するに従って頻度が減る。
 倒れている二人を壁にもたれ掛かる形で座らせて扉を確認。ロックされていたが、逆に言えばそれだけ。強行突破が可能だ。ついさっき倒した二人の持ち物をチェックすれば解錠出来たかもしれないがまどろっこしい。
 菓子切りを一閃。久通の手には和菓子を切るのと同程度の衝撃しか返さず扉は切断される。

 扉の先は二畳程度の部屋で、壁には上下二段のベッドが張り出している。
 航空艦ではそうそう広いスペースを確保出来ない。本当に寝起きする為だけの空間なのだろう。

「……父上」

 険しい顔と声の青年が久通を迎える。彼の後ろで少年が体を隠し、顔だけをこちらに見せている。
 見たところ拘束などはされていない。思った以上に軽い扱いだ。
 この艦に懲罰房の類が存在しなかったというのもあるだろうが、久秀の謀反は突然だったので親類への対応まで手が回らなかったのだろうか。何にしろ久通にとっては好都合だった。

「そうだよ。愛しのお父様が助けに来たよ」
「……加入者全員の同意がないと解約出来ないのが残念です」

 嘆息する青年。
 言外に含まれた救援を拒絶する態度に久通はこめかみをひくつかせる。

「帰るぞ」
「折角来ていただいたのに申し訳ありません。ですがお一人でどうぞ」
「……謀反は久秀殿の事情であってお前達が付き合う必要はない」
「これは自分達の事情です」

 放つ言葉と視線には強い力と意志があった。
 厄介な、と久通は顔をしかめる。

「律儀よな。貴様、それでも梟雄松永・弾正・久秀の孫か!?」
「血の繋がりはありませんが」
「……確かにそうだが……」
「それでも、紀伊半島を治める松永の姓を宿した身。責任は取ります」
「……お前もか?」

 中腰になって少年と目線を合わせると、彼はこくこくと首を縦に振る。

「……そうよな。お前達はそういう奴等よなあ」

 ……妙な構図になったものよな。
 愛する我が子達を助けに来た正義の味方の筈がまるで誠実な子供を誘惑する悪魔のようだ。

「お前達の事情は分かった。だが、我が子には生きてほしいという俺の事情もある」

 両手を大きく広げ、

「処刑されたくば俺を倒してから死ぬがいい!」

 久通の宣言に対して青年は意を決したように頷く。少年を奥に下がらせ、自身は久通に向けて一歩を踏み出す。
 対する久通は握った右手で左手の掌をぽんと叩き、

「そういえば嫁さんがさ……」

 懐に手を入れて掴んだ物を放り投げる。

「?」

 二人の意識が上を向いた刹那、二律空間から四幅の掛け軸を射出。距離が近い上に手狭な室内。思考が反応出来ても体は動かない。
 それぞれが上半身と下半身に巻きついて拘束。首から下を封じられ青年と少年はバランスを崩して倒れる。

「く……」
「反逆者の先輩として一つ忠告しておくと、反逆するのに必要なのは意志だが、反逆し続けるには力が必要だ」

 悔しげな青年を見下ろして久通は得意げになる。このまま時が過ぎるのに任せれば死ぬ意味もなくなる。
 ちなみに投げたのはここに来る途中に鼻をかんだ懐紙だ。

「俺にはまだ茶の湯の深奥を極めるという使命が残っている。お前達に死なれると俺も死ななくてはならない雰囲気になって非常に困るのよな。あと俺に代わってイスファハーンを治める人間も必要だ」

 という訳で、

「親子水入らずで歴史再現無視の汚名を享受しようではないか!」

 目的を達した久通が意気揚々と高笑いしていると、
 ……ん?
 久通の聴覚はこちらに向かう複数の足音を察知。
 音の方向を向くと、通路の曲がり角から現れた学生達が長銃を構えてこちらを狙う。銃口の上にはガルーダが舞い、恐らく誘導術式でも付加しているのだろう。既に指が引き金に掛けられ、一刻の猶予もない。
 ……そっちから来たか!
 逆側の通路から来たなら壁にもたれ掛からせている学生二人を蹴り上げて盾に出来たのだが。あるいは、部屋に飛び込むというのも有効かもしれないが、万が一追尾してきた銃弾が子供達に当たるのは避けたかった。
 ……ええい!
 判断と行動は一瞬の内に行われた。二律空間から水の入った器、水指を取り出す勢いのまま撒き散らす。すると中の水が飛散して防壁となる。
 直後、術式火薬の炸裂音が連続し、防壁に無数の波紋が生じる。

 そんな一秒にも満たない時間の中でも久通の思考は働きを止めない。
 この技は使用過程の問題から防壁の厚さが均一ではない。現に水に埋もれても前進の力が死んでいない銃弾もある。
 長年使用してきた技であり弱点も把握している。故に躱す事も出来たが、
 ……!
 防壁を突破し、一条の軌跡が久通の片足を貫く。
 蹲り、傷口を押さえても手の隙間から鮮血が零れ落ちる。
 だが久通の口には笑みが浮かぶ。誠に勝手だが、一方的な言い訳が出来た。肩の荷が下りた気分だ。

「これで松永・久通の歴史再現は完了とさせてもらう」

 元々引退という話で進めていたのだからリュウオウザンに加えて片足を捧げただけでも大盤振る舞いと言っていいだろう。
 久通が自己弁護を並び立てている間にも学生達が動く。足首に術帯を巻いた男達が風の移動術式を操って久通へ突撃。長銃を持った学生達も次弾を装填して備える。
 それを見て取った久通は、
 ……さて、仕上げよな。
 取り出だすは黒い茶釜。取っ手が蜘蛛の脚を模したその釜を目視した先頭の学生が驚愕して叫ぶ。

「古天明平蜘蛛……!」
「贋作だがな」

 蓋を外して中に詰まった爆砕術式の符が殺到する学生達にも見えるように向ける。
 次の瞬間には文字通り爆発的に広がる炎と閃光、空気の圧が通路を満たし、収まりきらない力が破壊を生み出す。

    ●

 二枚折りの屏風が空をたゆたう。
 その上で久通は簀巻き状態の青年と少年をそれぞれ肩に担いでいた。左肩に担いだ青年の方が重いので右足に重心を傾けて安定させる。治療用の符が効いてきたのか片足の感覚がなくなっているが、姿勢制御は慣れているので問題ない。
 凍てつく夜風が吹きつけるも戦闘で火照った体には心地良い。
 体内に充足する達成感を噛み締めながら、尚も不満げな表情の青年を見る。

「まだ死ぬ気か?」
「仮に自殺しようとしても止められるんでしょうね。もう諦めました。生きて国に貢献する道を選びます」

 渋々という心境を言葉の節々に滲ませながらも死を否定した青年に久通は破顔する。

「そうそう、命あっての物種。……死ぬなんていつでも出来るんだ。あまり寂しがらせないでくれ」
「……とりあえず父上はチェレビさん達に謝ってください」

 言って青年はそっぽを向いた。今はそんな何気ない態度ですら愛おしい。
 反対側、既に寝入り小さな寝息を立てる少年を穏やかな気持ちで眺め、決意を新たにする。

「御館様に侘びを見せないとな」

 最後の大仕事だと内心で呟き、久通は暗い空を展望する。見通しは悪く、夜明けにはまだ遠い。
 だが、必ず明けるのだと確信があるなら恐れる事は何もない。

    ●

 時代に一つの区切りがつく。
 しかし歴史はその歩みを止める事はない。退場者がいれば入場者を迎えて進み続ける。













いやぁ、英語版ウィキペディアは強敵でしたね。



[30184] Journal de Anne
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2013/05/27 21:07
高等部になった事を機に日記を書く事にした。
といっても何かが新しくなった訳でもない。
顔ぶれもクラスという区切りはあるにしろ中等部の時からさほど変化はない。彼とも腐れ縁だし。
それじゃあ日記を書く意味も薄いかもしれないが、暇潰しにはなる。私には出来る事が限られてるしね。
……不治の病を患い、いつ急変するかも分からない身。何か残したいという気持ちが働いた可能性も無きにしも非ず。



兄さんから手紙が届いた。襲名の為の勉学を頑張っているみたい。
誇らしくなるがあまり無理してほしくない。その旨や近況を添えて返信を出す。



また今日も彼がイジメられていた。
はっきり言い返せばいいと思うのだが、生来大人しい彼には難しいらしい。
それでもいつまでもあのままというのは駄目だろう。流石に私がいつまでも助ける訳にもいかないし、ね?



教導院の図書室で司書のバイトを募集していたので応募した。
生活費くらいは自分で稼ぎたいが、肉体労働系や教導院から遠い場所での仕事は困難なのでちょうどいい。
追記
無事採用されたが、その事を知った同級生がライト草紙を入れるよう頼んできた。断ったけど。



今日は謝肉祭。
友人の中には一ヶ月以上前から仮装衣装を制作していた子もいるけど、私は面倒だったので倉庫で見付けたネコミミを被ってお仕舞い。
彼は騎士の格好をしていたが、着せられてるという感じであまり似合っていなかった。
熱狂する行列に付いていけないのでちょっとだけ参加したら後は教導院に戻って調理部が作っていた菓子を頬張りつつ、同じ事を考えていた面々と駄弁る。
そんな感じで謝肉祭は終わった。

後日、漫研がネコミミ特集を出していた。解せないわね。



彼から人狼を倒すにはどうしたらいいか相談された。
……新領主になって使命感を抱いたというのは分かるけど、向こう見ずというか何というか。
弱いという自覚はあるみたいだけど危なっかしい。
だから怪我をしないように罠を仕掛ける事を提案しておいた。
彼は抜けてる所があるから人狼も引っ掛からないだろう。



一週間も姿を見せないと思ったら急に帰って来て人狼女王に助けられたと言い出した。
荒唐無稽なようだが彼が言うなら事実なのだろう。
看病して貰った御礼がしたいというのでアドバイスを与えた。
上手くいってほしいと願うが、同時に何かわだかまるものがある……深く考えるとドツボに嵌りそうだからやめておく。



今日は体調が良いので町の方で農作業の手伝い。
野菜や干し草を載せた台車を押す作業は疲れはするが、心地良い充実感がある。
たまには社会の一部になっているという実感を得ないと腐る一方だもの。



来週テストがあるので皆で予習。互いに問題を出し合って答える。
本来は勉強会をしなくても点は取れるけど、皆で何かするという一体感は悪くない。



彼と人狼女王は順調に逢瀬を重ねているみたい。
領地の方も好調だけど周辺領主との関係は微妙なよう。
力になりたいと思うが、私もちょっと複雑な立場なので下手に介入すると余計事態を拗らせかねない。
それに、これまで彼には色々相談されたが、この件に関しては何も相談されていない。
だから私が口を出すべきではないのだろう。



クラスで王様ゲーム大会が開かれた。
ルールとしては巨大ガレットを皆で切り分け、一つだけ入っている人形を当てた者が王様となり、好きな相手に命令が出来る。
明日以降のクラス内カーストを考えなければどんな命令をしても許される仁義なき修羅場である。
ニガヨモギのリキュール一気飲み、教師のカツラ強奪、エドワード二世ごっこ、一週間二人称を「ご主人様」にする、椅子になる、凌辱エロゲを購入して実名の領収書を切ってもらう等々。
阿鼻叫喚の地獄絵図が展開される中、最後に私が王様になった。まさか兄さんに先んじて王位に就くなんてね。
唐突にとある命令が浮かんだが、慌ててかき消す。代わりの「これまでの王様が下した命令を本人が実行する」という命令は万雷の拍手で迎えられた。

それはそうと、人間椅子って初めて座ったけどあまり座り心地は良くないわね。



今日はバレンタイン。毎年恒例の義理チョコを彼に渡す。
泣き喚く野郎共を無視し、茶化してきた女友達に肘鉄を食らわせる。
けれど、そうね、来年からはどうしようかしら?



何やら彼が落ち込んでいる。
彼女と何かあったのかと尋ねるが何も答えない。つまり何かあったみたい。
……





久し振りに日記を開く。こういうのは一度中断して時間が経つと再開し辛くなるのよね。
前回の日記を書いている途中、私は一瞬チャンスではないかと思ってしまった。彼と人狼女王の間に亀裂が生まれた事を喜んでしまった。
そんな人の弱さに付け込もうとした自分の浅ましさを恥じ、自戒の為に書き残しておく。

いよいよ近隣の領主達が彼の領地の乗っ取りを実行してきた。
悩んだ末に策を授けて彼を送り出したが、こちらも厄介な事になった。
各国からアンヌ・ドートリッシュの襲名とEcole de paris暫定総長兼生徒会長就任の要請が来たのだ。
兄さんを恐れての事だろう。聖譜によればまだ生まれてもいないのに相当な怯えようだ。
私みたいな病人を担ぎ出すなんて手段を選ばなくなってきたわね。ま、御しやすい小娘と思った事を後悔させてやるわ。



巴里に来て早数日。精霊に満ちたあの場所と比べると巴里での生活は些か気だるさを覚えるが嬉しい事もある。
久し振りに兄さんと再会出来た事だ。けど相変わらず小さかった。これでは私の方が姉に見えてしまうんじゃないだろうか?
そう危惧したが、よく考えればそれどころではなかった。
「兄さんの母親になってしまったわ」
「フ、背徳的なようでいてその実、思考の迷路に陥りそうな関係だね」
そう言って互いに笑い合う。

会計のリシュリューさんにも会った。そっけない態度だったが、歴史再現を順守しているのだろう。多分。
他にも生徒会や総長連合の人々に会い、何とかやっていけそうな感触を得たが、ずっと心に引っ掛かっている事がある。彼と人狼女王が上手くいったかどうかだ。
彼からの話を分析して最適な提案をしたつもりだが、伝聞だけでは誤りがあるかもしれない。それが不安なのだ。



最近嘆願書がよく届く。内容はある領主の助命嘆願。
人狼女王を妻にしているが翻意はなく、慈悲のある裁きをお願いしたい。要約するとこんな感じ。
そしてその中の何枚かには見覚えのある字。教導院にも馴染みの顔がちらほらと直訴に来ていた。



行方不明になっていた領主が帰ってきたというので巴里に呼び出した。
そして裁きの場に出席した時の彼や前教導院時代の同級生の唖然とした顔が可笑しかった。
体調不良を理由にこれまで会わなかった甲斐があった。

初めて会う人狼女王は彼から聞いていた通り、気高く凛々しい佇まい。私達とは正反対で、彼が憧れたのにも納得してしまった。
二人は落ち着かない様子だったが、私には彼等を罰するつもりはなかった。でも問題はその先。
私の部分は友人に無償の祝福を授けるべきだと主張するが、公の部分は戦力拡大に利用すべきだと嘯く。
暫定とはいえ一国のトップなのだから後者の立場に立つのが正解だろう。
そして彼女は誇りある人狼の頂点。施しだけを良しとする相手ではない筈。……これが勝手な推測で、罪悪感を軽くする言い訳にしたという自覚はあるけどね。

事が事だけにリシュリューにも事前に話をしたが「お好きにどうぞ」と了解を貰えた。
百年戦争の時も仏蘭西は人狼女王を始めとした異族部隊を使っていたのだ。先達にやれた事が私にやれない道理はない。
告げた裁定に対して人狼女王が自分の事が恐ろしくないのかと問うてきたので「私は神だから」と返答しておいた。
呆気にとられつつもすぐに彼と共に深々と頭を下げる姿は確かな絆を感じさせ、ほろ苦いものを感じると共に少し肩が軽くなった。

…………人狼女王が身籠っているという。人間と異族は子供が出来辛いと聞くけど…………何だか心配して損した。



人狼女王には私の女官をやってもらう事にした。
異族にのみ伝わる歴史など興味深い話も色々と聞けた。
百年戦争時において仏蘭西国王がジャンヌ・デ・アークの処刑を望んでいたという話は耳が痛かったけど。



巴里にある孤児院を訪問する。
突然現れた、気難しい女にも子供達は笑顔で迎えてくれた。
そこでは歴史再現による戦争や宗教改革によって親を亡くした子も多い。
これからの仏蘭西を主導するのは私だ。彼等と同じ境遇の子供を増やしてしまう立場になったのだという事を忘れてはならない。



今まで私を侮ってちょっかいをかけてきた男が急に大人しくなった。
何があったのやらと思いつつちらりと彼女を見るとニコリと微笑んだ。
……大分お腹も大きくなってきているのであまりイタズラはしないでほしい。



遂に彼女の子供が生まれた。関係者一同ハラハラし放題だったが、母子共に健康で一安心。
生まれたのは女の子だったけど、正直言うと不細工ね。兄さんが言うには私も似たようなものだったらしいけど。
彼女達の体調が安定したら巴里を離れて時期が来るまで正体を隠してもらう事になる。短い期間とはいえ仲良くやれていただけに一抹の寂しさもあるが、これは仕方ない。
幸せそうに子供を見る彼女を前にすると羨ましさを覚えるが……まあ、私には縁のない話ね。身体的な問題もあるし、聖連からいちゃもんを付けられても困るし。



毛利家が親善の証として自動人形を送ってきた。
固有名はないとの事だったのでアンヌ・ドートリッシュ永遠の友、リュイヌ婦人を襲名してもらう事にした。
病床の身、あまり外出出来ないので話相手にはちょうどいい。
堅苦しい口調じゃなくてもいいと言ったが、これが自動人形の本分だと返されてしまった。
ま、割と気分次第で生きてる私には彼女みたいなのが合ってるのかもしれないわね。



異族達に戦力として加わってもらえないだろうかと各地に使者を派遣して交渉。
了承されたものもあれば拒否されたものもある。人狼女王が仲間になった事を話せればもっとスムーズだったかと思うと少しもどかしい。
百年戦争で一度仏蘭西を守った竜属にも断られてしまった。残念。全くの脈なしという訳ではなかったけれど。



リュイヌに彼との関係を聞かれたので思わず階段から突き落としてしまった(あっさり受け身を取っていたけど)
彼から来た手紙を読んでいて懐かしくなり、つい前教導院時代の思い出をリュイヌに話して聞かせたのが拙かった。



今日は兄さんへ日頃の感謝と労いを込めてクレープを焼いた。
クレープにはちょっと自信があったけれど美味しいと言ってもらえて良かった。
あと躊躇いながらも最終的には調理場を使わせてくれた料理人の皆にも感謝を。



リュイヌに淹れてもらった紅茶で体を潤しつつ、新大陸で活動しているシャンプランからの報告に目を通す。
本音では新大陸の開拓は程々にして国内の整備に力を入れたいが、歴史再現を疎かにしていると聖連や各国に付け入れられる隙を与える訳にはいかないのよね。
シャンプランは外界にある本物の新大陸に行きたいと言っているが、勿論却下だ。



彼女から娘と一緒に描かれた絵が届いた。親子一緒にくねくねしていた。
娘の方は彼女と違って小さい。もちろん胸の事だ。
まだ幼いのだから将来性に期待ね。



毛利家から小早川・隆景が使者としてやって来た。
と言っても大まかな交渉は既に終えている。直接来てもらったのは友好関係にある事を示すポーズなので中身はお茶会と言っても差支えない。
戯れで矢を渡したらとても嫌な顔をされた。特注品だったんだけれどね。リュイヌと一緒に肩を落とした。



複雑怪奇な政治情勢の中、仏蘭西が水戸松平襲名の権利を得た。
聖連の影響力が及びにくい関東に領地を持つ意味は大きい。
問題は誰を派遣するか。良く言えば仏蘭西の代理人、悪く言えば使い走り。ぶっちゃけ傀儡なのが望ましい立場だ。野心が大きい人間では後々の禍根になる。
頭を悩ませていると人狼女王が訪ねて来て、娘を派遣してほしいと言った
……彼女の意図は理解出来るものの幼い少女にそれはどうなのだろうと考えたが、やめる。人の家の事情に必要以上に干渉すべきではない。
そう。あくまで他人の家庭。彼女と友人である事は確かだが、きちんと線引きをしておかなければならない。
それに彼女がこの決断をせざるをえなかったのは今の仏蘭西に彼女達親子を守る力がないからだ。私にとやかく言う資格はない。


新しく侍女として来たベルトーやヴェルニュと聖譜記述を読み返す。
傍論によるとこの時代を舞台にした「三銃士」という創作が後世で人気を博すらしい。文系の二人は好奇心をくすぐられるようで食い付くように読み耽っていた。
登場人物のモデルになった人間はそれほど活躍した訳ではないけど、一度歴史に名を残すと後世でどういう扱いになるか分かったものじゃないわね。



クリスマス。リュイヌに飾り付けしてもらった病室で兄と三人でささやかに祝う。
リュイヌは頼まなくて完璧に準備をこなすから助かる。
兄さんとプレゼント交換し、彼女や彼からもプレゼントが贈られてきた。
そして朝、目が覚めると枕元に包みがあった。開けてみるとそこにはダイヤの胸飾り。カードや差出人の名前はない。誰かしらねー。
よりにもよって私にこれを贈り付けるなんて、敵対する気はないというメッセージ? いや、贈り主は誰か分からないんだけどね。考えても答えは出ないのでこの話題は置いておく。
それと前日作ったクレープが余っていたので捨てるのが勿体なく、たまたま近くにいたリシュリューに渡す。いつもくれる御菓子の礼でもある。



ルメルシエ一派が巨大な翼を持った銀の女性型武神を献上してきた。
私にどうしろと。
名前的にリシュリューが乗ったらどうかと話題を振ったら逃げられた。



リュイヌがあの武神を使わせてほしいと言ってきた。
何でも自身を分解して組み込む事で自動人形でも武神を動かせるという。
本気のようだったので、いつ実行するかは別として許可自体は出した。
核の問題も彼女が自分から言い出したのだから大丈夫なのだろうし、彼女が決めた事なら尊重すべきだ。別に姿がちょっと変わるだけだし。
ただ、リュイヌが武神になると代わりに小回りがきく戦力が欲しい。
……そういえば前にちょうど良さそうな聖譜記述を見たわね。総長連合の会議で提案してみましょうか。



P.A.Odaと同盟した三河の松平・元信が大罪武装とかいう神格武装を送ってきた。
同盟はあくまで歴史再現に則ったもので他意はないという意思表示との事。
戦力が不十分なうちとしては助かる。数年前に襲名関係でゴタついてピリピリしていた毛利家の方もひとまず安心しただろう。

白と黒の打撃棍と刀。傲慢と虚栄。果たしてこの二つの担い手は現れるのかしら。
それにしても元信の話題を出した時にリシュリューが妙に懐かしげだったのが気になる。彼は極東人だが、既知なのだろうか?



コンコンとポンポン、それにベルベルが見舞いに来た。
ベルベルに演奏をしてもらいつつコンコンから私が来る前のリシュリューについて話してもらった。
あのおじさんも若い頃は結構ヤンチャしたり失敗してたのね。からかうネタが出来た。



彼女が落ち込んでいる。友人として力になりたいが、子育ての辛さは分からず、慰めの言葉が浮かばない自分が恨めしい。
憂いを晴らせるとしたら彼女が見付けたという王だろうか。人狼女王の御眼鏡に適った相手、機会があれば会ってみたいわね。



面倒な事になった。
P.A.Odaで長らく不在だった織田・信長の襲名者が現れ、聖連を半脱退。更に羽柴がM.H.R.R.に侵攻して同盟を結んでしまった。
当然M.H.R.R.国内で反発があるだろうから時間が稼げると思ったが、生徒会長のマティアスが上手くやっているみたい。食えない人。



M.H.R.R.皇帝のルドルフ二世と通神で会談。何とも濃い人だった。
M.H.R.R.の内情について聞こうとしたが、関心がないというか、わざと関わらないようにしている風に見受けられる。
どこの家も兄弟姉妹間は複雑ね。
早々に政治的な話題は終了し、雑談に移行。その中で面白い話を聞いた。
前任のカルロス一世大総長が公主隠しについて調べていたという。公主隠し。世界、極東問わずに起きているらしいが一体何なのかしら。



騎士が騎乗するのだから武神だって馬。半分冗談で言った主張が通った。
各国の、貸しを作るのと同時にP.A.Odaの防波堤にしたい思惑が垣間見える。
突出しそうな勢力があれば昨日までの敵とも笑顔で握手するのが欧州流。もちろん後ろ手にナイフを隠し持つのは忘れない。
ともかく、これで大規模な戦力拡大が出来る。
喜ぶ総長連合特務とは対照的にリシュリューの部下が顔を真っ青にしていたが何とか予算を捻出してもらわなくては。



M.H.R.R.生徒会唯一の改派、マルティン・ルターと連絡を取る。
P.A.Odaや羽柴の伸張を食い止める為には国内で彼女に頑張ってもらう必要があるのだ。
仏蘭西はナントの勅令で改派を認めているし、仏式旧派も教皇の影響を受けない。聖譜でも三十年戦争時の仏蘭西は改派側だから彼女とは軋轢が少ない。
交渉の末に極秘裏の支援を約束したが、やり辛い相手だった。何しろ彼女は巴御前、経験や度胸の面では世界有数の女傑だ。
教譜が違っても同じ国であり致命的な事態になるほどの対立はしないから支援は不要、というスタンスを崩さなかった為に対価を引き出せず、“無償の”援助をする破目になった。



グラモン公爵とベルジュラックが今日も仲良く喧嘩。
それを見てベルトーがおかしな笑みを浮かべながら鍵盤を叩いていた。
また文芸部でもある彼女に「腐心する女性作家が子細に語り合う会」というイベントに誘われたが遠慮しておいた。
ランブイエやスキュデリーもいるらしいけど何をやっているのやら。



三銃士のアルマンとリュイヌを会わせてみた。特に意味はない。



今日は予定がなかったので見舞い品として積んである同人誌やゲームを消化する事にした。
「ちんこっ!」「愛はあるのか、寝取り野郎マルタン・ゲール」「薔薇物語」「裸見なグロいす」「文通をしろラビュタン」「エセ作者モンテーニュ」
どれも癖が強い。あと最初のは口調や性格が全然違って違和感が酷い。



……人間、驚くと言葉をなくすというのは本当らしい。
でも私は悪くないと思う。トイレに行って戻ってきたら知らないおっさん二人が病室で談笑していたら誰だって驚くだろう。
すぐにリュイヌが確認してくれたけど相手は松永・久秀と本願寺・顕如。共にP.A.Odaの重鎮だ。
何をしているのかと聞いたら世間話をしに来たという。……流石、世界に名立たる大帝国を築いた男と常人には成し得ない三悪をやり遂げた男、大胆不敵だわ。
昔、この二人は組んで極東を支援してK.P.A.Italiaに一泡吹かせたが、織田・信長にスレイマンの名を奪われて以降、結び付きはより一層強くなったようだ。
帰ってほしかったが歴史再現を盾にされると断り辛い。サファヴィー朝は欧州と交流があったし、本願寺・顕如も毛利家と繋がりがあるのよね。

でも本当に雑談だけして帰っていった。……恐らく協同する価値があるかどうか見定めに来たのだろう。施設や人員も見られたわね、きっと。
会話中、脅せるような失言をしないかと注意していたけど特になかった。こういう面ではやはり老練ね。



暫定とはいえ総長兼生徒会長ともなれば相応に付き合いも必要になる。
ルーブル宮殿で開かれたサロンに走徒状態のリュイヌを名代とし、私は表示枠を使って参加する。
当たり障りのない雑談をしながら移動していると、女装した男二人とその周囲を取り囲むように膝をつく男達がいた。
有力貴族の子息で、オルレアン公とショワジーを襲名すると目されている二人だ。
関わりたくなかった。そんな意図を悟ったのかリュイヌは私が何か言う前にそっと立ち去ってくれた。歴史再現でも身内になるのはちょっと遠慮したいわね。



あの男がまたしても反乱を起こした。
「体制に逆らう俺かっけええええ」な男だったので驚かないし、前々からリュイヌに対し手を組んで権力を握らないかと持ちかけて断られていたのも知っているけど。
聖譜に記された最後の陰謀だけにリシュリューがはりきっているみたい。



リュイヌを贈ってもらった礼にこちらも自動人形を贈る事になった。
侍女式の自動人形が部隊単位の大盤振る舞い。
歴史再現において羽柴に屈服する毛利が抗う手助けになれば良いのだけど。



兄から恋愛相談をされた。中等部に気になる娘がいるという。
…………
「年の差が危ないわね」と言ったら些細な事だと笑った。どうやら本気らしい。
取り敢えずもっと女心を勉強するようにと言っておいた。



ここ最近体の調子が芳しくない。
足が消えて転ぶ事もあった。お化け屋敷でバイトが出来そう。
……あまり長くはなさそうね。



リシュリューが消えた。
リュイヌがマザランを襲名する事になり、その引き継ぎを行っている最中の事だ。いや、本当いきなりすぎる。
高等部の時にも行方不明になった事があるらしいけど、趣味なのかしら。
……口うるさかったけどいなくなると寂しくなるわね。



以前から少しずつ進めてきた毛利家との合一もいよいよ本格的になってきた。
毛利・輝元を襲名する少女とも会った。かつて行方不明になった、ユスターシュ・ドジェを襲名する予定だった少年の姪というのは妙な縁を感じさせる。
中等部だという彼女は何とも険しい顔だった。襲名への緊張か、将来への不安か。あるいは小姑への警戒か。
杞憂だ。身内贔屓かもしれないが兄さん程の男はそうはいない。だから心配はいらないが、それを私が言っても意味はない。一緒に過ごす内に自然と理解すべき事だ。
ただ、兄さんはちょっと天然な所があるのでおかしな言動をした時は容赦なくツッコミを入れてほしい。そう伝え、そして約束を一つ交わす。
果たされるのを見る事が出来るか分からないけど、彼女なら大丈夫だと思える相手に会えたのは幸いだ。



M.H.R.R.から提案があった。
私が人質になれば兄さんの襲名を認める、と。仏蘭西の国力増強に焦ったのが見えて微笑ましくもある。
欧州各国は既にこの話を知っている、というかM.H.R.R.が積極的に情報を流したみたい。お陰で東欧諸国が露骨に圧力をかけてきた。

まあ、ルイ・エクシヴの襲名が認められるならこちらにとっても悪い話ではない。
羽柴が十本槍とかいう私兵をチラつかせてゲーリケ市長から奪おうとしている研究成果も守れるだろうし、マクデブルクのような改派の都市の方が医療技術も進んでいる。
私が人質になる事に反対する者もいるだろうが、M.H.R.R.側はマウリトス大聖堂を使っても良いと言ってきた。
M.H.R.R.の始祖であるオットー一世が眠るあの場所はM.H.R.R.でも重要な意味を持つ。格式としては一国の前指導者の療養場所として申し分ない。
これなら何とか納得させられるだろう。
ただ私の為に療養施設ヴァル・ド・グラースを造ってくれたマンサールにはすまないと思うけど。



……兄が全裸になっていた。
にこやかな笑みを向けられても反応に困る。
詳しく話を聞くと教皇総長の意見に影響されたみたい。
あのおじさん、仏式旧派が教皇を蔑ろにしている事を根に持っているのかしら?
等と考えていたら兄さんが不意に申し訳なさそうな表情になった。身長はあまり変わらないのに兄さんが小さく見えた。なので軽く頭を小突く。
「二人っきりだからいいけど、未来の欧州覇王がそんな顔してると駄目よ。いつもみたいに不敵に笑ってなくちゃ」
そう言うと兄さんは一瞬だけ真顔になり、次の瞬間には文字通り光る笑みを浮かべた。
私としては最大の難問だと思っていた兄さんの襲名問題をクリア出来、総長の座を受け渡せて満足なのよね。
私の死をもって権力移譲が完全に成るという構図には思う所があるけど。



餞別として教導院の皆が盛大な催しを開いてくれた。
それだけで長年の苦労が結実したようで感極まる。本当、よくここまでやってこれたと思うわ。
次代の仏蘭西を担う襲名者達へ挨拶回りをしていたが、ふと思い出してヴァテールとカンティニにダガンを監視するよう強く頼んでおく。二人ともしっかりと頷いてくれた。
また高等法院のブルーセルとも話をした。
リュイヌとあまり喧嘩しないよう言いつつ、もしその時が来たら心置きなく戦うようにとも言う。
聖譜に予見された貴族と民衆の反乱。けれど兄さんなら大丈夫だろう。支えてくれる人も多いし、国は私が守り立てたのだから。



パレ・カルディナルの合一機構を取り外し、マクデブルクに輸送。私も後日出発する事になる。
合一中でもリュイヌと会話が出来るというのは有り難い。孤独に耐えるのは療養というより拷問に近いし。
日記を書くのもこれで最後になるが、だからといって特別に書く事もないし、無理に捻り出すのも違うだろう。精々三日坊主にならなくておめでとーくらいかしら。
この日記帳はいつか私の伝記を書きたいと言っていたベルトーに渡す事にした。本心を全て晒した訳じゃないけど役に立つだろう。
ただ人狼女王の事を含めて国家機密を色々と書いてしまったのでしばらくは関係者以外に見せないよう念押ししないとね。ちゃんとここを読みなさいよ。

……そうね。もし伝記を書くなら美化も賛美もいらないの。ただありのまま、私の在り方と成してきた事を書いてほしいわ。お願いね?




















没ネタ。
心身喪失状態の予言者達が大勢病院に運ばれてきた。
中には知人もいたが、医者が言うには前例が一切なく、回復するかどうかは全くの不明との事。
彼女の話は面白かったので残念な限りだ。新型爆弾を巡って戦う仏蘭西と独逸の武神の話とか。



リクエスト作品。日記形式というのは初めてだし、そもそも自分も日記自体書かないので難産だった。
ネイトママンの事は隠していたんだから第三者に見られる危険のある日記には書いてないんじゃね?と思ったが、カットするのもリクエストに沿わない気がしたので書いた。
リュイヌがパレ・カルディナルと合一した時期や全裸が全裸になった時期などは原作の進行に応じて改訂するかもしれない。実際6巻の内容踏まえて書き加えたりしたしね。




[30184] 出発点の一角獣
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:78170acc
Date: 2013/09/06 12:32
芽生えた衝動
心を超えて大地を駆ける
配点(忠愛)



 清浄で静謐な空気を湛える朝の森。
 冷気に思考が引き締められ、朝露で湿り気のある草と地面を感じながら彼は軽快な足取りで進む。行く手に生い茂る枝葉はこちらの歩みに応じて揺れ動いて遮りをなくす。
 途中にあった池の縁を迂回しつつ鏡のように光を反射する水面に我が身を映す。
 餅に串を刺したような姿。かつては何とも思わなかったが今は不格好だと感じる。己の心境が変化した理由を考え、行きついた答えに彼は表情を綻ばせた。
 そして彼の意識は過去に思いを馳せる。全ての発端となったあの日に。

    ●

 その日、人狼女王から自身と客人の足代わりになれば半年の間、群に手を出さないという取引を持ちかけられた。
 形だけの拒否権はあったものの行使する勇気は誰にもない。
 運搬役として四頭の仲間が選出され、それとは別に数頭に役割が与えられた。
 誇り高い人狼女王が約束を反故にする可能性は低かったし、こちらも礼を失する度胸はない。
 それでも万が一という事態があり得た。だから有事の際に群に危険を知らせる役が必要だった。
 彼はその任を負って離れた場所から一行を監視し、そして出会ったのだ。

 えも言われぬ幽玄な美を纏うあの方に。
 日光に照らされ眩く光る金色の髪。均整のとれた肢体に優しげな微笑み。
 遠目から僅かに見えた痛々しい傷の有る肌も秀麗さを損ないはしなかった。むしろ悲痛な過去があっても立ち止まらない強さを感じさせた。
 その姿があまりに可憐だったから、恥ずかしくなって身を低くして縮こまってしまった。
 近くに犬臭い何かがいたが気にはならなかった。美しい蓮の花を際立たせる泥沼のようなもので、添え物として最大限の成果をなしていた。
 初めての経験に戸惑っていると風に乗って甘い匂いが鼻をくすぐる。熟れた果実や花の蜜とは比べ物にならない程に芳しい香りに意識が舞い上がった。

 彼は恍惚の中にあったがそれも短い時間。あの方は仲間と共に去っていってしまった。
 名残惜しく見送ったが、あの方の事がどうしても頭から離れず彼は情報収集を開始。慣れない上に伝手も乏しく難航したがそれでも時間を対価に精度の高い情報を入手する事が出来た。
 そして気高い在り方に魅せられ、彼はより一層のめり込んだ。
 その華奢な体に似合わない悲壮な覚悟を背負っていると知り、守りたいと思った。
 自他共に選り好みが激しい彼であったが乗せても良い。いや、乗ってほしいと切に願った。あの人に降り掛かる重みを少しでも分かち合いたいと。

 しかし、極東を巡るあの方の傍に侍りたいという欲求は群という共同体から抜ける事であり、それはか弱かった己を守り、ここまで育ててくれた恩を裏切る事を意味する。
 とんでもない不誠実であり、引き留めようとする心の動きもあった。
 それでいて逡巡は長くは続かなかった。
 胸に息吹いた想い。これほど激しい情動を覚えたのは初めてだ。これを押し殺せば後の生は闇に沈む。ただただ後悔だけが残る惨めなものになる。
 そこまでして群に尽くす義理はないなと思う程度には彼は薄情で自分勝手だった。
 我が儘を通そう。そう決意した後、そのまま仲間達の元に向かい、群を抜ける旨を伝えた。
 突然の事態に彼等は驚き、幾らかの問答はあったが事前の予測より穏便に、そしてあっさりと認められた。
 これは皆が冷淡という訳ではなく、良くも悪くも群の仲間が突然いなくなる事には慣れていたのだ。

    ●

 数日を準備と後始末に費やし、今日、彼は生まれ育ち、慣れ親しんだ森を出て外界に向かう。
 たゆまずに集めた情報によれば、あの方の乗る武蔵は敗北し、遥か東の国で堪え忍ぶ日々だという。
 敗北という言葉を聞いた時は動揺し恥も外聞もなく慌てふためいたが、無事だという続報が届いてからは心配していなかった。
 彼はあの方の確固たる意志を秘めた眼差しを覚えている。
 困難にぶつかり、挫折しようと諦める人ではない。必ずや再起するだろうと確信している。

 案じるとしたら己の事だ。
 あの方に傅く事を望むなら人の世界を学ばなければならないだろう。
 万難を排すると誓ったがあの方の立場を慮れば立ちはだかり、襲い来るのは形を持ったものだけではない。
 風評や民意、信用のような目に見えず、しかし巨大な力とも対峙しなければならい。
 そこで己が汚点になるような事があれば本末転倒。
 野生に生きた己が適切な振る舞いを身に付けるには多大な苦労を要するだろうが、あの方の負担が軽減されるなら何の辛さもない。

 翻って己の姿はどうだろう。
 好意的に判断すれば愛嬌があると言えるかもしれないが嘲笑の的になるかもしれない。
 あの方にとっても少々の無理で折れてしまいそうなか細い脚など不安を与えるかもしれない。

 重奏世界崩壊の際、先達は情報量を下げて適応し子孫もそれに従った。
 確かにこの姿は生きるのには適している。けれど戦うには不向きだ。
 高潔なあの方に相応しい姿に。物心付いた時には既に今の姿だったが原理は理解している。ならば行ける筈。
 全躯に流体を注ぎ込む。エネルギーの奔流が駆け巡り体内が熱を帯びる。
 余剰の流体が荒巻き、木々や草花、大気を揺らす。
 汗を流しつつ熱に耐えていると視界が高くなり、同時に末端までの感覚が肥大していく。

 しなやかでいて芯の通った二対の脚が大地をしっかりと捉え、蹄に返ってくる圧に一種の心地良さを抱く。吹き付ける風にたてがみと尾毛を靡かせる。
 額から伸びる角が太陽の温かさ、風の涼やかさ、森の陰りを感じ取る。
 気分が高揚する。

『――!!』

 吠えた。嘶きに森が震え、鳥が一斉に飛び立って獣は地を這って惑う。
 それはまさしく物語に語られるユニコーンの姿だった。

    ●

 歩みを進め、森と外界の境界にまで辿り着く。そこには一頭のユニコーンがいた。
 幼い頃から何かと一緒にいた、友と呼んで差し支えない相手だ。
 故に友が何らかの蟠りを抱えている事を察する事が出来た。そしてそれを解消すべくここで待っていた事も。
 互いの距離が数メートルになった時、友は口を開き、問うた。

『考え直すです――ン。あれは男です――ン』

 ……何だ。そんな事。

『何を言っているんです――ン。それが良いんじゃないですか――ン』
『……――ン』
『他に用がないなら行かせてもらうです――ン』

 渋い顔になりつつも頷き、用件がない意図を示した友の脇を通り抜ける。
 心が逸った。自然と力が入り、考えるより先に脚は大地を駆ける。
 葵・トーリ。我が麗しの君よ、ただいま参ります!















ユニコーンは女装した男でも行けると聞き、これはホライゾンでやらなければならないという使命感を抱いた。



[30184] キャラ設定覚え書き。紹介と解説
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2015/04/08 21:20
要望があったので書いてみました。こういうのは経験がないので改善点があったら指摘をお願いします。
ネタバレやメタな内容を含みます。



尼子家家臣の彼
「戦場の夢追い人」「早朝の雑談者」「鏡界面上のホライゾン」
武蔵アリアダスト教導院三年竹組。一般学生から見た三河争乱あるいは葵・トーリというコンセプトのキャラ。可能の力を貰う。決して口には出さないが全裸には全幅の信頼を寄せている。
亀井・茲矩の嫡子。ポジション的には亀井・政矩。歴史再現を強制されても落馬で死亡だけは嫌だと思っている。
秋元に振り回され気味だが同じ小国出身者という事でシンパシーを持っている。


尼子・経久
「出雲の無欲者」
出雲教導院生徒会長。謀聖。
衰退はしても大国な三征西班牙とどんどん力をつける六護式仏蘭西と戦う、聖譜に亡国になると記された国の王。
歴史再現に否定的というコンセプトのキャラ。ネガティブで普段からあまりやる気はない。
神族なので強いのだが宝の持ち腐れ。学長の息子である吉童子丸を可愛がっている。
史実における無欲さを示すエピソードを踏まえた結果無気力な野心家というキャラ付けに。記憶より記録に残りたい。
1648年時点行方不明。


きつ
「出雲の無欲者」「瀬戸内の集結者」
経久の女房役の自動人形役。名前の由来は吉川夫人。
周囲からはさん付けで呼ばれている。
経久への態度はセメント。だが経久が怠惰なので仕方ない面もあり、彼自身もきつの態度を許容している。
1648年時点では経久を探して全国を放浪中。


尼子・義久
「滅びゆく都市の元主従」「瀬戸内の集結者」
元出雲教導院総長兼生徒会長。なのでオリキャラ陣の中でも結構偉い方。
現在は仏蘭西で自動人形の銃士部隊を率いている。本来は訓練に時間をかけて実戦には出ないようにしていたが、自動人形は共通記憶のお陰で上達が早いので目論見は儚く崩れ去った。この辺の設定は「雲陽軍実記」という軍記物では尼子家が大内家相手に火縄銃でヒャッハーしたという記述から。
誰かに肩代わりさせるくらいなら自分が犠牲になる覚悟はあるが、鬱屈した面もあり未だに尼子・義久を襲名した事を後悔して愚痴る時がある。
世界側ではブロイ伯フランソワ・マリーを襲名。孫の代に公爵になる名門だが、どうせ他人が襲名するんだろうなーと不貞腐れ気味。
経久との血縁関係はない。茲矩とは色々対照的。経久と同じく歴史再現に批判的というコンセプト。


亀井・茲矩
「滅びゆく都市の元主従」「瀬戸内の集結者」
元尼子家家臣で現在は羽柴の家臣。
いい歳して落ち着きのない三十代。史実の亀井茲矩が結構要領よく立ち回っているので敢えて逆のキャラ付けをしたら原作にはいないタイプに仕上がった。
尼子家と出雲地方への思い入れは人一倍強く、亀井・茲矩を襲名したのは聖譜記述で長らく毛利家と戦う事を知った為。
なので義久とは犬猿の仲。一応義久の立場にも理解はあるのだが……
妻子持ち。最近義父がモデルのBL同人誌を見つけて密かに落ち込んでいる。


ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
「無音世界の音楽家」「瀬戸内の集結者」
M.H.R.R.の音楽家。字名は楽聖。「音楽は万人が楽しめるものであるべき」という信念から頻繁に無償でコンサートを開いている。
傍論から登場。有名な方ではなく祖父の方。それでも時代的にきついけど。
ネシンバラの幾重言葉を見て機甲都市伯林を思い出して執筆に至る。別の音楽家の方が無理がなかったかもしれないが、エリンギウムさんの黒盤にはベートーヴェン作曲のものが多かったのでつい。
両耳を神格武装「嵐」の材料にした為に失聴。この辺はもろに強臓式です。神格武装は扱いが面倒なので現状「嵐」を使うのはM.H.R.R.内の争いに限定。
補助の為に音を色として認識出来る義眼を入れているが「よく考えたらヘイゼルじゃん!」と投稿してから気付く。


テレーゼ
「無音世界の音楽家」「瀬戸内の集結者」
ベートーヴェンの介助役。
自動人形好きなのと物語を〆るツッコミ役が必要だったので登場と相成った。
名前の由来は「エリーゼのために」の正体と言われるテレーゼ・マルファッティ。


しっと団
「航空都市の嫉み者共」「航空都市の嫉み者共2」「聖夜の嫉み者共」「祭場裏の嫉み者共」
合言葉はもげろ。
老若男女、種族を問わず参加している。
点蔵に対してはとにかく辛辣だが、もし点蔵が本当にピンチになると「そいつをもぐのはこの俺だ!」的な事を言って助けに入る……筈。


鶴姫
「大三島の戦姫」「瀬戸内の集結者」
四国の伊予にある大山祇神社出身。何の因果か女性を襲名する事になった野郎。
本来の予定者が襲名不可能になったので教皇総長の認可を受けて襲名。教皇総長的には対六護式仏蘭西の一環として、いざとなれば性別の違いを理由に歴史再現のやり直しをさせる思惑もあった。
が、元の襲名予定者を外貨獲得の為にアイドルとして売り出していたので色々と悲劇を生んだ。
伊予で開発されている鶴姫をモデルにしたエロゲでは大祝・安舎や安房の声をやっている。
「史実:男、襲名者:女のパターンはたくさんあっても逆はないな、辛うじてノリキ」と思ったのが執筆動機。
イバヌマという珪素系の異族と仲が良いが、これはワムナビ(wamunabi)の逆さ読み。


オクタヴィオ・ピッコローミニ
「夢境の襲撃者」「瀬戸内の集結者」
本来はトスカーナ大公国大公フェルディナンド二世の襲名者。
襲名者だがフランチェスコ・スフォルツァのガチ子孫。全体的に三下臭が漂う。
第二次木津川口の戦いでのK.P.A.Italia敗北後にオクタヴィオ・ピッコローミニを襲名して前田・利家を襲撃するも失敗。
聖連を支配下においた羽柴にピッコローミニの襲名を解除された後は一条・兼定のあやかりとして四国に潜伏中。
武装は先祖である黒隊長ジョヴァンニ・デッレ・バンデ・ネーレ由来の槍。
「夢境の襲撃者」は夢の内容を小説化した夢小説。五大頂をフェンフト・ライトハメルと呼んだり六天魔軍に森・蘭丸云々も夢であった内容。


秋元・連
「武蔵の転生者」「早朝の雑談者」「鏡界面上のホライゾン」
武蔵アリアダスト教導院三年竹組のギャグキャラ。
深谷上杉の家臣である秋元家出身。五人揃って四天王筆頭(自称)武蔵一の常識人(自称)
深谷上杉渉外活動武蔵担当。ヘタレなので武蔵に逃げた。
巫女萌え。エロゲサークル「ディープバレー」主催者だが売上はそんなに良くない。浅間に酷評されて泣いた。
時々CITYやTwelveから電波を受信している。
転生者で転生前は佐山や新庄の同級生でクリスマスにノアの機竜と交戦して死亡したというどうでもいい裏設定がある。最近転生者設定が密かに邪魔だなと思い始めてきた。
原作で小田原の役が描かれた時にこいつの物語の最終章がスタートする、かもしれない。


ソウコウ
「武蔵の転生者」
三年竹組に在籍する大工志望の青年。名前も大工の甲良宗広のあやかり。Twelveチックな命名。六角形の模様が付いた手拭いは駄洒落。
秋元に言わせるとガテン系男子。物静かな性格だが秋元とは馬が合って一緒にいる。
将来的には秋元と一緒に日光東照宮を造営する運命かもしれん。


堅田・元慶
「学舎の脆弱者」
古くから毛利家に使える重臣。航空艦三原城の所有者。
数年前までは別の人物を襲名していたが、エクシヴと輝元の結婚の際に堅田・元慶を襲名。仏蘭西側との交換襲名も検討されていたが、あまりやりすぎると組織運営に支障をきたすので毛利家に残る。
生まれた時から貧弱。そのくせ戦場では突撃したがる。策謀を練るのが得意。
尼子攻めに参加していたので義久とは確執があったが今では茶飲み仲間。余談だが「瀬戸内の集結者」で義久が言った元景殿とはこの人の事。
ぶっちゃけると正体は毛利・元就の三男。なので矢にトラウマがある。原作だとあの三兄弟はどうなったんだろう?


ジャン・バティスト・ド・ラ・カンティニ
「陽下の農園家」
狩猟館内の菜園で働く農学者。
エクシヴに対しては絶対的な忠誠を誓っているが、重荷にはなりたくないので本人には「か、勘違いしないでよね! 別にあんたが心配な訳じゃないんだからね! ただ、ここなら国費で農業の研究が出来るからいるだけなんだから!」的な態度で接している。ごめん、嘘。
ただ重荷になりたくないと思っているのは本当なので狩猟館が最前線に出る事になればさっさと逃げるつもり。
歯医者のドクトルダガンとは日夜熾烈な戦いを繰り広げている。
元々はリクエストされて作ったキャラだが、忠臣キャラは好きなので楽しかった。資料探しがちょっと大変だったけど。


岡谷・綴
「時代の記録役」
春日山宮殿三年。アンサイクロペディアン。
深谷上杉渉外活動奥州担当。
聖譜記述の傍論で岡谷家の子孫が言行録を執筆する事を知り、歴史に興味を持ったという設定。これは「名将言行録」を記した岡谷繁実の事。
確信犯(誤用)慇懃無礼。「ディープバレー」ライター。
「安政区露言行録 葵・トーリ編」は情報提供:秋元・連、独自解釈及び執筆:こいつにより完成した。「サンタクロースのゆらい」も大部分がこいつの仕業。


馬場・梓
「敗国の不屈娘」「極限大地の庇護者」
清武田のケンタウロス娘。語尾は~っす。
鮭延・秀綱が鮭なら馬場はケンタウロスだな、という発想。原作で武田が早くに退場した上にその後の消息も触れられず寂しかったという事情もある。
行方不明の家族を捜索中。自分が大切にされた事に感謝しつつも守られるばかりは嫌なお年頃。
武器は弓。流鏑馬選手権で入賞する腕前だが、某ズドン巫女のせいで弓使いのハードルが無駄に上がっているので少々困っている。
鳥居・元忠が女性と知った兄から百合系のエロゲを送られたが、代引き先が自分だったので発見したら請求するつもり。
名前の由来は梓弓。鳥居元忠の家は神職の出なので親が神道関連の名前の方が良くね?と判断した、という設定。
きみとあさまでの展開によってはまたエピソードが生まれるかも。


ソニン
「敗国の不屈娘」「極限大地の庇護者」
清朝初期の政治家ソニンのあやかり。平泉出身の長寿族のロリ。とりあえず御広敷の前に出してはいけない。
義経の陰謀で熟語で喋る。が、投稿してからイザックと被ってる事に気付く。
実は義経におちょくられたと気付いているが本人には大事な思い出なのでそのまま使っている。
武器は鉄扇でカマイタチを操る。風林火山と関係があるかもしれないしないかもしれない。
アイドルグループ「声煌姫」に所属するアイドル兼シンガー。清武田ではかなりの人気を誇る。御広敷の前に出してはいけない。歌手なのは原作におけるベン・ジョンソンやペデロ・バルデスと同じくダブルミーニング。
一番最初は「ケンタウロス娘に跨る幼女の絵って何か良くね?」という安直な理由で登場が決定。その後、梓が家族捜索に重点を置いていたので義経を慕うポジジョンに。


聖ルカ組合の愉快な仲間達
「ハーレムの集い人」
エロゲ制作に熱意を燃やし阿蘭陀の将来を憂いる有志。彼等は至って真面目である。
ハールレムで活動した芸術家は軒並み参加している。
ベラスケスを始め西班牙の芸術家が軒並みエロゲ制作者になった時点で彼等の運命は決まったも同然だった。
フレデリック・ヘンドリックの後見を受けているという設定だが、いるよね?


クルトー
「決死場の狼」
百年戦争時に仏蘭西に棲んでいた女人狼。ジャンヌファンクラブ名誉会員。
仏蘭西側として戦うも歴史再現によって生じる奇怪な利益関係からジャンヌを救うべく巴里を襲撃、討伐される。
以前からクルトーを襲名していた訳ではなく、彼女の自己犠牲に感化された国民によって世論がジャンヌ救出に動くのを恐れたシャルル七世によって悪名を背負わされる。
身も蓋もない事を言うと犬死に。ジャンヌの考えがああだったので彼女の行動に意味はない。
彼女の死を踏まえて2巻下のネイトの言動により一層共感してもらえれば二次創作家冥利に尽きる。


荒川・長実
「戦勝祭の道化師」
上越露西亜が誇る変態。
普段は景勝の代役で広報活動を行ったりエロゲの声優をしている。芸名は垂水・源二郎。
マルファさんが戻った後は二人の仲を邪魔しないようそれまで以上に仕事に励んでいる。
変態なので登場するたびにキャラが変わる。
ルドルフ二世とネイトの戦いを読んで「これをギャグで、もっと多くのキャラでやったら面白いんじゃね?」と思ったのが執筆動機。


M.H.R.R.の変態
「激戦地の隔絶者」
変態という名の変態。美人のゲロはご褒美な変質者。トッシーが言った変な趣味の人。
浅間はこいつを神道のイメージダウンを理由にズドンしてもいいんじゃないかな。
一応上級生には敬意を払い同級生には気安く下級生には優しい。実力もあり無事戦いを生き延びた。
初期設定では黒田二十四騎の一人。


アンジェ・ミューラー
「揺れ場の迷い人」
夢小説キャラ第二弾。三浦按針のあやかり。
独逸人、仏蘭西人、英国人、極東人を祖父母に持つクオーター。
物心ついた頃から各地を転々としており国への帰属意識を持てない事に苦悩。
末世の解決という世界共通の利益を掲げる武蔵ならアイデンティティを確立出来るのではないかと、アルマダ海戦後に英国から武蔵に転校。
転校後は各地の風習に詳しい事から渉外委員に勧誘される。教譜も英国協から神道に改宗しようか思案中。


エロゲ暗殺者
「架空領域の挑戦者」
三国志の時代から脈々と受け継がれてきた暗殺術の継承者。
パッケージ詐欺のエロゲで葵・トーリを狙うが浅間に阻まれ失敗。打倒浅間を誓い日夜研鑽に勤しむ。
その裏で詐欺により失墜したサークルの信頼を取り戻す為の長い物語があったかもしれない。
執筆動機は原作で浅間が毒見をしているという記述から。この巫女、本当にヨゴレである。


トリスタン
「青海の踏破者」
未知の光景が好きな異族。トリスタン・ヴァス・テイシェイラとトリスタン・ダ・クーニャの二重襲名。実際は他にも襲名しているけど。
同じ時代で同じ国で同じ職で同じ名前ときたら何としてもやらないといけないと思った。異族設定は年齢の辻褄を合せる為。
元葡萄牙海軍司令。葡萄牙併合に納得いかない一団を率いて潜伏中。本国からの支援や阿蘭陀相手の海賊行為で日々を凌いでいる。
厳島の合戦時に堅田・元慶と知り合い、対西班牙という思惑の元仏蘭西とも繋がりを持つ。
円卓の騎士トリスタンとイゾルデの末裔を自称し、古式神格武装フェイルノートとカーテナを持つ(没設定)


クリストファン・フェレイラ
「隠れ処の信仰者」「拷問部屋の信仰者」
武蔵在住の旧派の神父。
またの名を沢野・忠庵。生子ちゃんファンクラブ会員。
男色家。本人に言わせれば好きになった相手がたまたま男だっただけ。生子は魔性の男すぎる。片桐君と仲良くなれると思う。
史実のクリストファン・フェレイラも拷問によって棄教しているが、何かもう最悪な形で歴史再現が行われた。聖連に届け出ればOKが貰えるんじゃないかな。
全ては5巻下の表紙をポルノだと言った人が悪い。


ジュゼッペ・キアラ
「隠れ処の信仰者」「交渉場所の信仰者」
フェレイラと同じく武蔵在住の旧派の神父。
またの名を岡本・三右衛門。生まれたK.P.A.Italiaと育った武蔵の間で揺れる男。
相方のフェレイラがあれなのでシリアス担当。
養父が旧派の極東進出を実行しようとした宣教師だったので武蔵に対して後ろめたさを感じている。
故郷であるK.P.A.Italiaの未来を案じつつも長年生活した武蔵とそこに暮らす人を愛していたので三河争乱では優柔不断だと自嘲しながら中立的立場に留まる。


戸次・統常
「親しみ場所の去り人」
三征西班牙にある戸次家当主。愛称はベッキー。
ポジティブ自害。自身の人生を精一杯全うした人。
義久辺りとは逆に不利な歴史再現も肯定的に捉えるキャラというコンセプト。ホニメ2期で立花家熱が高まって執筆。
3巻中で誾さんが立花家で歴史再現無視した人間はいないという旨の発言をしているのが死因の一つ。
立花家の人間なので何らかの欠損属性を付けようとしたが、原作が大体のパターンを網羅していたので断念。霊体として登場する案もあった。


佐竹・義重
「語り場の鬼武者」
リクエストキャラ第二弾。佐竹教導院で総長兼生徒会長を務める鬼型長寿族。鬼柴田が鬼、羽州の狐が狐なら、というノリ。巨人族の血も入っている。
妻が義姫と義理の姉妹で政宗にとっては叔父。史実における血縁関係を再現しようとちょっと無理をした。
関東の複雑な勢力図の中で巧みに教導院の舵取りを行って国力を維持し子供にバトンタッチ。
血筋に誇りを持ち、先祖の業績に尊敬の念を抱く。この話は義重本人がどうこうというより佐竹家の有り方に焦点を当てている。
当初は四代目当主佐竹・義重と同一人物という案もあった。


源・山本冠者・義経
「極限大地の庇護者」
義経のパチモン。2Pキャラ。新大陸でシャクシャインを襲名中。
義経二人説とシャクシャインの先祖という逸話が悪魔合体。
同姓同名なので執筆はちょっと面倒だった。彼女の九郎呼びはそういう事情もある。
既に霊体で死因は3巻上で義経が言った「思いを共有出来るのは兄者だけ」発言。
いつまでも庇護者を気取るのは失礼だと考えシャクシャインを最後の襲名にするつもり。
奥州の気質を持ちインカやアステカの生き残りを受け入れている。
義経と違ったタイプの不感症。一時期源・義仲の軍勢にいたが宇治川の戦いで離反したので巴御前には頭が上がらない。


残夢
「極限大地の庇護者」
義経の補佐を務める老人。かつては常陸坊海尊という名で僧侶をしていたが歴史再現中の山本と出会って配下に。
同じ僧侶の弁慶があれなので彼も捻った方が良かったんじゃないかと思わなくもないが、海尊が比叡山あるいは園城寺の僧だったという記述と山本義経が両方の寺と縁があったという符合を大事にしたかった。

追記
暗黒G・AKと口調が被るとは……
そしてどっちも僧という謎のシンクロ。


里見家の委員の彼
「顧み場の後悔者」
原作中でちょっとだけ触れられた義頼さんに怒りを抱いた人というコンセプト。ちょっと思慮が足りなかっただけで里見家への思いは本物だし基本的には善人。
こう考える奴もいたんだろうなと思いつつ執筆。最初はもっと義頼さんに批判的だったが書いてて辛くなったのでマイルドに。
羽柴打倒を誓うという展開も考えたが、それは五巻で義康がやったので自身の不甲斐無さを反省して里見再興を誓うという展開に。
当初の設定では堀江頼忠、里見左京亮、板倉昌察のうちの誰かだったが、名前なくても問題ないと判断して名無しになった。ちなみに八房に残された情報を送ってきたのは薦野頼俊の縁者。


アナベラ
「社交場の背徳者」
同人作家。変態インセスター。そっち系の分野ではカリスマ的人気を誇る。
正体は近親相姦を題材にした舞台「あわれ彼女は娼婦」を執筆した劇作家ジョン・フォード。最近になって映画を撮り始めた。これもダブルミーニング。
シェイクスピアが彼女の本を買っていったのは同じ部活で同業者のよしみ。
かつては公然と布教活動をしていたが、ようじょにジョン・フォード名義での活動を禁じられている。
殆ど公然の秘密だが無関係だという建前が大事なのである。


松永・久通
「別離の空の同姓達」
松永・久通という名の千・少庵、に見せかけたクレイジーな茶人。一応本人的には新しい試みを恐れては文化は発展せず閉塞するという危惧の元に茶に砂糖とミルクを入れている。
実践茶道に権力を組み合わせたまったく新しい行儀作法の使い手。ギャグキャラ補正を受けているので副長クラス。彼が自機のSTGもある。
どういうキャラにしようか迷っていた頃に千少庵の父親が松永久秀だという説を知り、更に読み直していた3巻上で風雲目録史を見てこういうキャラに。足を撃ち抜かれたのは歴史再現の一環。
久秀の口調が「~よう」だったので「~よな」
好き勝手に生きて好き勝手に引退。「別離の空の同姓達」後半で勝手に動き出す。子供とのやり取りは本来ならかなりあっさりしてた。


松永・長頼
「別離の空の同姓達」
弾正と共に半世紀を戦い抜いた老将。世界側ではアッラーヴェルディ・ハーン。資料が少ない人だったので名前の発音にはいまいち自身がない。
アッバース一世の時代という想定で書いたが違っていたら恥ずかしい。正純がサファヴィー朝がオスマンに滅ぼされたと言ってるがこれが史実のいつの話か分からないし、ネシンバラが紀伊半島=アラビア半島と言ってるシーンもあって本当よく分からん。
グルジアの下層階級の出。若い頃はやんちゃしていたが年を取って落ち着いた。道を切り開くのが久秀なら舗装するのが長頼の役目。RPGではその町の最強装備が買えるまでレベル上げに勤しむタイプ。攻略サイトもチェックする。
たまに「~よのう」と言うが、何か悪代官っぽいと書いてる間思った。
当初は褐色の肌だったが、どうもグルジア人は地中海系の人種らしいので没に。そういえば某鋼鉄の人も肌黒くないよね。エロゲのモデルは二人ともグルジアの女王。


ユニコーン
「出発点の一角獣」
六護式仏蘭西の森に住むユニコーン。
女装青年萌え。バイコーン。
不純な動機もあるが、生子の志や在り方に感動して忠義を誓ったのも本心。ただこいつの視点は幾らか美化が入っている。
ぶっちゃけ変身した意味はあんまりないけど格好良いから。
淫乱巨乳巫女さんに悩み相談教にも関心を示している。
作風的な事情で原作最新刊時点でも武蔵に辿り着けていない。


木全・忠澄
「流水場所の伝え人」
滝川・一益の部下の忍。誠実な臣下。
自分は大人だから感情に振り回されたりしないぜ!的な振る舞いをしているが実際は結構直情的。
最初に書いた時はもっと落ち着いたキャラだったのだが、あの滝川さんの発言は部下としては色々複雑だろうなと思って書き直した。不安そうな表情は半分演技で半分本心。

水に関わる滝川に対する栓というネタは是非とも使いたかったが、滝川さんの呼び名の規則性から外れる、どうしよう……と困った末に本編のような感じに。
そして滝川さん、くだらないギャグ言わせちゃってすみません!
実は厳密にはオリキャラではない。
5巻上のp385にいたキャラがモデル。p242にいた副官と同一人物じゃね?と散々悩んだが結局別人という扱いに。
もし今後原作で触れられる事があったら改訂しないといけないかも。大した苦労ではないけど。


今川・直房
「武蔵の煩い女」
原作のキャラがホラ子救出に頑張る裏で少女漫画みたいな事をやってた女。
どことなく成実さんと口調が似てしまったのは自分の力不足。
実は初期設定ではユタカ共々性別が逆だった。だが書いてて「こいつ女々しいな。長太を見習えよ」と思ったり「直に房」ネタを思いついたのでTS。
史実の今川が商人をやっていた事実はないので商人設定にするか迷ったが、今回の物語は生活が割と豊かで他に選択肢がありながら再興を狙う一族とそれに冷ややかな感情を持ちながらユタカの為に追従する直房の構図が重要だと考えそのままに。

追記
あとがきにも書いたけど、発刊中の原作の二次の難しさを思い知らされた。


朝比奈・ユタカ
「武蔵の煩い女」
漢字表記では泰。朝比奈代々の通字。
直房の従者の鈍感男……と思いきや。ガル茂の話題を振られた意味をきちんと理解してる。
自分は屑だから直房には相応しくないと思っているが、それはつまり裏を返せば意識しまくり。
誤解されるかもしれないので補足しておくと、優柔不断ではあるが人並みの良心や道徳心は兼ね備えているので仮に直房が術式の使用を禁じても勝手にやっていた。
あの場面は本当に形式的に尋ねただけで、「こんな時でも他人に決断を任せるのかよ!」という事はない。
ちなみに"朝比奈切通し"は聖連の都合によって非公式ながらこれまでに何度か使われている。

投稿後に読んだ新刊で浅野の術式と被るなんて考慮しとらんよ……
同じ位相空間の展開でも朝比奈のは移動用で浅野のは収納、放出用と違いはあるけど。



インキュバスと愉快なry
「狂宴場の狂演者共」
ネイトママンのあれを見た後、インキュバスも流体系種族である事に気付いて執筆。
外見について、1巻上の49ページではイトケン君の蝙蝠翼は背中から生えてるとあったがイラストなどでは頭から生えており、読者もこちらの印象が強いだろうと思ったので作中では側頭部から生えていると表記。
髪の毛に関してはイトケン君以外のインキュバスが出てこないので独自設定。
ギャグのつもりが軽い文体になり切らなかったのは反省。末世が近いからおかしくなったという設定も省いて良かったかも。

一見まともな男が残っていた事に深い理由はなく、完全な三人称より基点となる人物がいた方が書きやすかったからというだけ。
エロや恋愛より少年漫画的なノリが好きだったのでばっちり術中に嵌っているという裏設定。

舞台がM.H.R.R.だったのは長岡夫人を年増扱いしたモブにイラっとしたから。


海野・幸氏
「対面場の追憶者達」

鎌倉幕府の御家人。
義高と大姫の悲恋について調べている時にこの名前を見つけて執筆意欲が刺激され、自分なりの解釈で書いてみた。

タイトルと配点はⅦ下の第七十九章『対面場の確認娘達』を参考に。
当初は京の内裏への当て付けとして歴史再現を無視して承久の乱時に口からビームプッ放しながら突撃して玉砕する予定だったが、幻庵さんや彼が触れた義頼さんのあり方を鑑みると死ぬ為に死ぬのは「ないわー」と考え直す。

「はや来つる道の草葉や枯ぬらんあまりこがれてものをおもひば」
「道の草葉もよもかれじ涙のあめのつねにそそげば」
という歌の遣り取りを踏まえた展開も考えたが、なかなか良い文が思い浮かばず、無理に入れるとわざとらしくなってしまうので没に。

それにしても原作の義高ってどういう立場の子供だったんだろう。義仲の実子とは考えにくいが……
種族すら不明だったので作中ではぼかした。幸氏が角を削ったエピソードに関しても「人間や長寿族の義高に化ける為に角を削った」「年下の鬼である義高に化ける為に削った」と、どちらにも取れるように書いた。







[30184] 流水場所の伝え人
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:78170acc
Date: 2014/02/01 14:11
今に立ち
過去を語らい
未来を見送る
配点(言伝)



 江戸湾を睥睨する白の三胴艦、白鷺城。その中央艦の甲板、安土城の福島・正則との通神を終えて表示枠を消した滝川・一益はふと、背後に振り向く。
 副官を下がらせた後、甲板は自分以外誰も上って来ていない筈だった。けれどいつからそこにいたのか、忍者仕様に改造したP.A.Odaの制服を着た初老がじっとこちらを見ていた。
 驚きはなかった。意識の隅で違和感を捉えていたからだが、危機感は抱かなかった。味方相手でも隠密術で姿を消す。その際に肌に触れる風の変化で気付かれないように風下に立つのも忘れない念の入れ方。その程度は滝川隊にとって日常茶飯事であり、仮に不意打ちを仕掛けたとしても一種のレクリエーションに過ぎない。

「どうしたのさ、栓さん」

 木全・忠澄。滝川の部下で北条方面の偵察に出ていた忍だが、話しかけながらおや、と滝川は思った。
 彼の表情は巌のように険しく、口をきつく結んでいる。いつもの木全は年相応に落ち着いていて、テンションが高い訳ではないが、けれども今のような沈黙は妙だ。
 顔は強張り、何かに耐えているようだった。普段の柔和な笑みは完全に消え失せている。
 木全のそれは対峙した相手に敵意を抱かせないよう意識しているという面もある。だから今の状況は笑みを浮かべる事に意識が回らないという事だが、何がそうさせるのか滝川は思い至らない。
 寄越された定時連絡に問題や不審はなかったし、むしろ自分の代行としてP.A.Odaに協力的な教導院との折衝を済ませている。

「滝川様、我等一同は誠心誠意仕えております。されど、貴女からすると我等は頼りになりませぬか?」

 やっと口を開いた木全から漏れたのは苦渋に満ちた問い。
 疑問が氷解したと同時にあちゃー、と滝川はバツの悪さを味わった。ついさっき福島に告げた言葉を思い出したのだ。

「こんな僻地で一人でやってる滝川だけど、忘れないでおくれよ、ってね。頼むよ?」

 滝川自身にとっても思いがけない吐露だったが、木全にしてみれば自分達が信用されていないように思えたのだろう。
 彼は真剣で、不安が覗く眼差しを向けてくる。そんな顔させる自分は頭領として失格だ。

「ごめん。柄にもなく弱気になってたね」

 滝川にも人並みの欲はある。これからの歴史再現はどれもケチがつく。
 神流川の戦いは惨めな敗戦で賤ヶ岳の戦いは仲間同士の内ゲバ。最後の小牧長久手の蟹江城の戦いも善戦するが敗北に終わる。ずっと関東にいた方が良いのではと考えもした。
 けれどそれは逃避のように思えたし、やれる事はやって気持ちよく退場したい。少なくとも自分の失態で他人に重荷を背負わせたくない。

 武蔵は今夜のうちに北条と結託して神流川の戦いを起こさなければならない。
 それは国としての分水嶺。死に物狂いで来るだろう。そんな一国の必死を受け止める事に焦りがあった。
 また滝川には一つの予感がある。末世に向けて世界の流れが加速する現在、松平と羽柴を巡る歴史再現はこれまでとは比べ物にならない頻度で起きる。反羽柴はそうせざるを得ないというのが的確か。
 御館様の暗殺フラグであり、関東への影響力を喪失するかどうかの重要な局面。自分がこれに躓くと、悪い流れを皆に伝染させてしまいそうで不安がよぎる。
 それでも、

「皆がいれば心強いよ」

 迎え撃つ覚悟を決めたし、福島達に助けを求めたいとは思わなかった。関東は任せておけと胸を張れた。
 それは先輩としての矜持と、何より彼等がいると無意識に甘えていたのだろう。頭領としてどうかという思いもあるが、快い気持ちがあるのも確かだった。
 告げた言葉に木全は形相を和らげたが、陰りが引き切らずにこびり付いていた。

「……こちらも年甲斐もなく見苦しい所を見せてしまって申し訳ありません。拗ねて当て擦るなど、下卑た所業です」

 木全は深々と頭を下げた。
 繰り返すが、滝川隊では多少の悪ふざけは当たり前である。にも関わらず謝った木全の心境は当て擦るという発言と併せれば明白だ。
 滝川に一人ではないと伝えた上で、今後仕えるにあたってしこりになりそうなわだかまりの解消を図った。勿論それらが大部分だろうがもう一つ。自分達を無視、あるいは軽視した滝川を明らかな敵意を以て責め立てたのだ。不安げな顔つきさえも良心を抉る為の武器だったのかもしれない。

 ただ、それだけなら木全はもっと堂々としていたに違いない。
 自己弁護になるが、先の発言は単純に福島と一対一の会話だったから意識が滝川隊頭領ではなく滝川・一益個人になっていたという事情もある。
 木全はそれを察していた筈である。ただ感傷的になっていただけだと。
 それでいてなお自制心に蓋をしてこちらを攻撃した。せずにはいられなかった。しかしそれは不当だと己を恥じてすぐさま謝罪をした。
 長短両方で素直さを発揮した木全に自然と笑みが零れた。自身の衝動的な厭忌でさえ伝えるのだから、もし道を誤ったなら体を張ってでも止めてくれるだろうという安心感がある。

「……栓、か」
「何か?」

 不意に呟きが漏れ、首を傾げる木全に何でもないと手を振る。
 部下達が栓と呼んでいたので滝川も一緒になって呼び始めたが洒落とは思えない程しっくりくる。
 ……流れる水を塞ぎ止める栓。私の補佐にはぴったりだね。
 彼がいれば詮無い結果に陥る事はないだろう。なんつってね。
 滝川が取り留めのない思考に浸った事で再び沈黙が場を支配した。滝川にとっては悪くない静寂だったが、木全は気まずくなったのか視線を泳がせ、思い出したように包み紙を取り出す。

「北条、印度側の土産です。グラーブジャームンだとかいう菓子です」

 受け取り開いて中を確認する。一見すると狐色の揚げドーナッツだが、一口前歯で噛んだだけでシロップの甘さが口全体に広がる。
 香辛料、恐らくシナモンが味が均一にならないようアクセントになっているが、それを塗り潰す程にとにかく甘い。あたかも直接砂糖や蜂蜜を舌に叩きつけられたようだった。
 自分が苦手だと感じたのを見て取ったのか木全が竹筒を差し出す。木全ならこのタイミングで変な物は渡さないだろうと、碌に確認しないまま竹筒を口に付けて上を向く。
 中身を液状のヨーグルトだった。ヨーグルト特有の僅かな苦みが後を引く舌触りが良い具合に甘さを中和してくれる。交互に口に含む事で美味しく味わう事が出来た。木全も自分用の菓子を食す。
 そして一連の遣り取りで調子を取り戻したのか、木全は顔の筋肉を緩め滝川のよく知る表情になった。

「では、失礼させていただきます」
「今夜は忙しくなるだろうからさ、それまでしっかり休養しなよ」
「Shaja、長壁にこの近辺で再放送中のローカル番組「どうすんの!三浦・道寸」の録画を頼んでいたのでそれを見ようかと」
「あー、あれね」

 部下の何人かが集まって視聴していた所に出くわし、特に予定のなかった滝川も一緒に見た事がある。
 その回では敵である混世魔王宗瑞に仲間の太田・資康がやられ、道寸はOP、ED、CMをカットした約二十分の間に七回程「どうすんの!」と叫んでいた。

「ちなみに最高で何回くらい言ったんだろうね?」
「確か……最終回の収録でノーカットで叫び続けていた結果、酸欠の上に脳の血管がはち切れて役者が昏倒。それをそのまま放送したのが最高かと。放送直後は迫真の悶死演技で話題になりました」
「うわぁ……」

 地味に詳しい木全の説明を聞きながら、こんな他愛のない会話をこれからも続けられれば良いと滝川は思った。

    ●

 小田原征伐の最終戦である蟹江城の戦いの最中、蟹江城の甲板で木全は滝川に肩を貸していた。周囲に点在する血だまりが十本槍の糟屋・武則との激闘を物語る。

「いやぁ、年は取りたくないもんだね。若い娘が羨ましい」
「……確かに、滝川様の肌はぬめりとしてすべすべとは程遠いですな」

 おどける滝川に合わせて彼女の顔を伝う血を拭う。
 溢れるそれが命そのものだと理解していても木全の手は震えず、意思に従って正確に動いた。
 支える滝川の息は荒い。彼女は五大頂に匹敵する実力者だが、糟屋・武則も木全が見た限りでは相当な手練。
 麻酔系の術式符で処置をしてあるがこれは治療というより、一時的に戦闘の邪魔にならないようにする誤魔化しにすぎない。本来なら早急に撤退して安静にすべきなのだが、

「もう大丈夫だ。ありがと」

 軽く反動をつけて離れる滝川に手を伸ばそうとして、けれど体は動かなかった。
 止める機会はあった。だが滝川の意思を尊重し、背中を押したのは他でもない木全自身。
 最初に止めるか最後まで見届ける。選ぶべきはどちらかだ。途中で止めるのは悪意とさえ言える。

「滝川様……御供いたします」

 かつて告げた言葉が想起された。数日前の事だというのに随分と昔のように思える。
 神流川の戦い以降、滝川が武蔵に執着している事を木全は知っていた。それはP.A.Odaの敵であるという以上の拘りようで、だからこそ木全は滝川を止める事が出来なかった。

「栓さん、後は任せても良いかな?」

 栓と呼ばれ、腹の中で暴れ狂い出した激情を抑える為にゆっくり一呼吸。

「Shaja、もう何も言いませぬ。心のままに動かれませ」

 滝川は先人として糟屋と戦い、更に武蔵と相対して何かを確かめたがっている。
 それが何なのかは木全には分からなかったが、彼女が存分に生を尽くせるよう後顧の憂いを払うのが、かつて己に課した役目を放棄した自分の新たな使命。

 眼下に広がる人口湖と森。そこには滝川隊の忍者がいる。戦闘で負傷し、蟹江城に乗り込むのが間に合わない者もいるだろう。
 不慣れな土地に残されるのは心細かろうし、こちらに向かう予定だという安土の手を煩わせるのも情けない。
 安心したように微笑んだ滝川に一礼し、武蔵勢を狙って放たれる六発の主砲の音と圧を背中に感じながら木全は蟹江城から飛び降りた。

    ●

 森の中を進んでいた木全は突如として寒気を覚えた。
 …………。
 本来なら起こり得ない事だ。
 昼夜の温度差が激しい地域で信奏されるムラサイ教譜の預術は体温の管理に関しては他教譜と比べても秀でている。ガルーダが足で掴むようにして出した表示枠で確認しても術式に問題はない。
 不可解な現象だったが、木全は朧げに理由を察し、天を仰いだ。戦地で無防備だという理性の警告を無視してただただ立ち尽くす。
 と、新たな表示枠が眼前に展開した。

『ち……忠澄殿』
「……忠征か。滝川様はどうされた?」
『滝川様は……あの……故郷に帰ると……だから、今は自分が蟹江城の艦長代行です……』

 滝川・忠征。一益の義理の息子に当たる青年は一秒後には決壊しそうな泣き笑いの表情で報告をした。

「そう、か」

 考えたくはないが十分にあり得ると想定していた事態でありながら木全の全身が軋んだ。
 無意識の内に楽観があったのだ。滝川・一益は不遇な晩年を過ごすものの生涯を全うしている。彼女自身、その聖譜記述を士気の維持に利用した事もある。
 だが現実はこうだ。今度こそ手が震えた。

 有明での神流川の戦いも今回の蟹江城の戦いも実行するかどうかの選択権はこちらにあった。そして滝川は戦う事を選んだ。
 木全も武蔵勢に対して積極的に殺す気はなくとも死ぬのは仕方ないという気持ちで臨んでいた。だからこの結果を恨むのはお門違いの八つ当たりと言えるが、
 ……何もかも合理的に決められるなら非衰退調律進行など必要なかった。
 結局人間はどうしようもなく感情的な生き物なのだ。神代の滝川も利より柴田への友誼と元は自分より地位の低かった羽柴の配下になる事を厭う感情で敵対を選んだのではと木全は思っている。

 その一方、悲しいかな木全は老成した。見送る事に慣れてしまったし、命より大事なものがあると自分を慰める術も身に付けた。
 翻って若者達はどうだろう。
 聖譜に拠れば滝川・忠征は松平・元信の息子である義直に仕えて尾張に赴任する。
 尾張はP.A.Odaの原点とも言える場所である。自分達が守り、発展させてきた土地を余所者に掻っ攫われる。そういう思いもあるだろう。

「やっていけそうか?」

 端的に尋ねる。それで意味が通じる間柄だ。
 木全や忠征は微妙な立場にいる。
 襲名者であっても心持ちとしては一般学生に近い。役職に就いている襲名者は国の代表であるという自負から軽率な行動は控えるが、非役職者は自戒の精神が薄い。悪い意味で身軽と言える。
 ……敬愛する人間と離別する事になった原因への敵愾心を軽率と切って捨てるのは酷な話であるが。
 反面、やはり襲名者としての枷がある。滝川・忠征は関ヶ原の前には松平側につくのだ。胸に燻る感情を吐き出す機会は与えられず、抱えていかなければならない。
 忠征は憤慨するかもしれないが、暴発するのではという危惧があった。
 木全の質問に忠征は一端目を伏せ、そして顔を上げる。涙は止まり、どこかふてぶてしさを漂わせていた。

『全力で仕事をこなして「我々を倒した貴様ならもっと上手くやれるだろう?」と不敵に笑う。そういう意地の張り方もあります』
「……Shaja、気が向いた時にこんな凄い人がいたのだと自慢出来ればなお良しだ」

 木全は肩の力を抜いて息を吐く。
 安心した。もう自分が助けてやれる事は少ないが、これなら大丈夫だろう。
 木全にとって滝川隊はただの職場ではなく家族だった。
 表面上は組織としての上下関係を崩さなかったが、内心では共に困難に挑み、嬉しさを分かち合う事に充実を感じていた。
 別れる事に一抹の寂しさがあるが、若者の成長過程を間近で見られた喜びと自分がその一助となったという実感はこれからの日々の糧になるだろう。

「これからのP.A.Odaを担うのはお前達だ。私は否が応でも過去になる」
『……』

 滝川が己の本分を果たしたと羽柴や聖連が認めてくれたなら滝川隊は解散になる。その後の事は木全にも分からない。なにしろ突然の事だ。現場にいた自分でさえそう感じて戸惑いがあったのだから本国では余計にだろう。隊名だけ変えてどこかに編入されるのかバラバラになるか。
 滝川隊は集団戦闘においては精強、個人でも有能な斥候だという自信がある。悪い扱いはされないだろうが、どちらにせよ頭を失った以上、これまでの滝川隊はなくなる。
 それに自分達は破れた。通用しなかったならやり方を変えていく柔軟さも必要だ。以前のやり方に固執して精彩を欠く事は滝川も望んではいまい。
 しかし、

「忠征、覚えておけ。前に進む事は過去を置き去りにする事ではない」
『――Shaja!』

 力強く応じる忠征に木全は心のつっかえが取れるのを感じた。
 自分と別れた時の滝川も同じ気持ちだったのだろうか。そうであればこの上ない幸いだ。

    ●

 ムラサイ教譜のムガール帝国とはいえ、P.A.Odaに完全に臣従して命令があれば即座に挙兵して北条と戦おう、という者は一部に過ぎない。
 人の縁は強いもので、P.A.Odaに情報を流したり北条を牽制する事は出来ても実際に武器を交える事には躊躇してしまう。そういう者が多い。
 また北条が羽柴との敵対を決めたなら一蓮托生とばかりに北条に同調する可能性もある。故に木全自身が直接出向いて睨みを利かせる必要があった。
 幸い、敗北を視野に入れてP.A.Odaとの誼を結び続けておくべきと考える勢力もあったので、負傷した者を施療院に預けて治療を受けさせる事が出来たが、そこで一息という訳にはいかなかった。
 戦闘の余波で人口湖が決壊して洪水が小田原を襲う危険性が判明したのだ。すぐさま傷の浅い者達を向かわせたが杞憂に終わった。報告では現場に到達するより速く、人口湖の南の堰が崩れて水が流れ出た事で水位が安定したのだという。

 踏まれる事で生まれる砂利同士の擦過音に小気味良さを感じながら木全は川原を歩く。
 知識と経験から堰の崩壊が人為的なものであり、それを為した者が激流に飲まれた場合に流れ着くとしたらこの辺りだろうと推測した。
 自分の仮定が無意味であってほしいと願いながら木全は進む。

 しばらくすると地面に横たわる、見覚えのある帽子の男と傍らで泣く少女を見付けた。
 息が詰まりかけたが、目を逸らさず近寄って確認すると間違いない。真田十勇士の一人、筧・十蔵だ。
 彼の肌は土気色で命が既にここにはない事を雄弁に語っていた。けれどその顔は穏やかで、そこにあるのは対処に出遅れた自分達への当て付けなどではない。民を憂い、守れた事への安堵だ。
 ……良き人達と巡り合えたのだな。

 聖譜に従うなら自分はこの後、羽柴の側近となる。
 滝川から筧達と交わした羽柴への口利きの引き継ぎを頼まれていた。しかしそれがなくとも木全は彼等の話をしただろう。
 ……埋もれさせてはならぬ。伝えねばなるまい。十勇士は強さだけでなく労りを忘れない真の勇士であったと。
 そんな一廉の者を野晒しにするのは忍びない。真田は外部からの通神を遮断しているがそう距離はない。老骨に鞭を打てば数日で辿り着けるだろう。羽柴への合流はそれからでも間に合う。
 木全が真田までの道筋を脳裏に描いた時、

「あの、この人が何をしていたのか、知ってますか?」

 針の束を握り締めた少女が涙を拭いて問う。
 曖昧ながら理解しているのだろう。筧は巻き込まれたのではなく、自分の意思で立ち向かったのだと。その上で何故こうなったのか。何がそうさせたのか。それを知りたがっている。

「聞きたいなら語ろう。いや、語らせてもらいたい」

 木全は多くを知っている訳ではないが少女の知らない事を知っている。少女もまた木全の知らない筧の姿を知っている。真田の民も同様だ。
 それを伝え合えるならとても素晴らしい事だと木全は思った。



[30184] 武蔵の煩い女
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:78170acc
Date: 2015/04/08 21:21
「ガールズトーク 狼と魂」発売前に書いた作品なので一部矛盾あり。




貴方が見るのは私か名か
私が見せるのは私か名か
配点(恋心)



 四月二十日の昼。三河に続く関所の広場まで酒井・忠次に付き添っていた本多・正純は街道を降りてくる一組の男女の姿を発見した。
 共に極東の制服を着て、女の方は肩で風を切って堂々と歩き、男の方は女の一歩後にぴったりと付き従っている。

「今川に朝比奈か」

 女は今川・直房、男は朝比奈・ユタカ。
 クラスこそ違うが同級生であり、元々三河在住で正純とはその頃から面識がある。
 といっても同級生の距離感からそれ以上踏み込んだ事はなく、親しいかと問われると素直に首肯し辛い。
 と、向こうもこちらに気付いた。

「あら、本多・正純。こんな所で会うなんて奇遇ね」
「二人もこれから三河か?」
「Jud.、今川の一門衆から挨拶に来るよう言われててね。面倒この上ないわ」

 やれやれと、直房は嘆息する。

「今日は三河からの荷が多くて安く仕入れるチャンスだったのにふいにしたわ」

 三河からの荷の事は正純が少し前に酒井と話し、武蔵でベルトーニも言っていた事だ。
 直房の実家は商会をやっていて彼女は武蔵での支店を任されている。業績はまずまずらしく、食費を削ったせいで倒れる自分とは大違いだ。

「この一年で実感したが、武蔵の人間は逞しいというか、自立してるな」

 武蔵に来て間もない頃、オーゲザヴァラーに学費を自分で稼ぐ事になったと言った時に普通だと返された事を思い出す。
 同級生の中には両親がいない者も少なくない。彼等と比べると自分は恵まれていると思い知らされる。

「直房様はいずれ正式に襲名して今川家を再興される方。その程度は当然の事です」

 誇らしげにユタカが語った。
 直房の従者である青年はこれまでも直房を讃える事が多かったように記憶している。
 相変わらずだなと笑う正純とは対照的に直房は顔を顰めて目線を逸らし、何かを発見した様子でそのまま歩き出す。
 直房の行き先を目で追うと彼女は酒井の元に向かっていた。

「よう、直房君にユタカ君。元気にしてる?」

 右手を上げて気安く話しかける酒井に直房と彼女の後に付いていたユタカは律儀に一礼する。

「御無沙汰しております酒井学長。ええ、健やかにすごして勉学に勤しんでいる次第です」
「君達も三河に用があるなら途中まで一緒に行く?」

 問いに対してユタカが静かに直房へ視線を向け、彼女は些かながら逡巡を見せたが、

「いえ、遠慮しておきます。一門衆は年甲斐もなく皆さんに隔意を持っているので、もし一緒にいたと耳に入れば何を言われるか」
「そうかい」

 酒井は苦笑して肩を竦める。
 その様子を眺めていた正純だが酒井を送るという役目は済んだし、"後悔通り"について調べると決めていたので武蔵に続く道を戻る事にした。

    ●

 直房はユタカを伴って三河郊外の町並みを進む。
 鎖国状態の三河だが郊外までなら立ち入るのは難しい事ではない。一時帰省ならなおの事。
 しかし人気がなく寂れた風景を見ていると好き好んで訪れようとは思わない。十年前からの人払いや地脈炉の影響で溢れた怪異が原因だ。
 にも関わらず嫌いな相手のお膝元で暮らしながら流体加工品の利権に僅かとはいえ食い込んでいる一門衆の図太さには驚嘆する。
 ……まあ、一国の隆盛と滅亡を経験した彼等には大した事ではないのかもしれないけれど。

 ふと、直房は己の家と与えられた使命について考える。
 襲名は力に左右され、襲名者は力を持っている。それ故に襲名が世襲化されるケースがある。
 今川家もそのパターンで発祥は鎌倉時代。極東の人間がまだ自分達は歴史の主役だと胸を張れていた頃だ。
 当時の気質を受け継ぐ今川の人間は気位が高い。

 けれど重奏統合争乱の後、国家間で利権の奪い合いが発生したが、既に滅びが予期されていた今川の扱いはおざなりだったらしい。
 織田家躍進と密接に結び付いていたので存在自体は注目されていたものの、貧乏籤のような扱いで襲名しようという動きは鈍かった。
 それが今川家の人間の矜持を著しく傷付けた。結果的に血脈が維持されたが慰めにはならない。
 桶狭間の戦いや清武田の侵攻で国が滅亡した後も相当しつこく抗戦を続けたと聞いている。
 今川の名を冠した教導院が解体され、民が各地に離散しても一族の人間は諦めなかった。

 襲名により名を取り戻し、教導院を再建して実を取り戻すのが一族の悲願だ。
 直房のあやかり先である今川・直房は歴史への関わりが薄いから聖連の審査も甘い。金と伝手を利用すれば襲名そのものは容易いだろう。
 教導院も小規模なものなら建てられるだろうし、需要もあるだろう。

 だが、その事実は直房に希望を抱かせる訳ではない。
 どうして好き好んで面倒事を抱え込まなくてはならないのかというのが本心だ。
 現在の極東は暫定支配下で世界は戦乱の真っただ中。大国の良い様に扱われるのは目に見えている。

 彼女にとって今川とは生まれる前に滅んでいた亡国の名だ。一族の人間が名前にしがみつく気持ちは理解出来ても共感は出来ない。
 松平・元信の庇護を受けた時期があると聖譜に記されていたから、弱みにならないよう三河に住んでいるというのだから恐れ入る。
 抵抗の記録を武勇伝のように熱く語られても、被害を拡大させただけではないかと冷めた気持ちを抱いた事もある。
 一族の話は共有する過去ではなく学ぶだけの歴史にすぎなかった。
 商人に鞍替えして商いが上手くいっているという事情もあった。過去に固執するのははっきり言ってみっともないとすら思っている。
 失った者と最初から持たざる者の間の隔たりは簡単には埋めがたい。彼等と同様の執念は一生かかっても自分には宿らないだろう。

 ……ここまで客観的に思考出来るのだけどね。
 一族の行動を心中で散々否定しておきながら、直房は対外的には次期当主として認められるように振る舞っていたし、内面も理論的な思考を押し殺して当主に相応しくあろうとしていた。
 その理由は、

「……そういえば立花・宗茂が三河に来てるらしいわね」
「? はあ、それが何か」

 首を傾げるユタカに直房は何でもないと答えてそっと溜め息を漏らした。

    ●

 大気が悲鳴を上げて大地は鳴動し、噴き上がる光に三河の町が裂かれていく。
 これが末世なのだと言われれば信じてしまいそうな光景。
 三河の北側の山の麓。そこでは数十人の住民が身を寄せ合いながら怯えていた。

 ……さて。大変な事になったわね。
 一門衆への挨拶を終えて懐かしい町をぶらぶらしている最中に地脈炉の暴走と思しき異変に見舞われ、避難していた直房はどうしていいか分からず立ち尽くしている一団と出会った。
 彼等の中に自分の事を知っている者がいて、あれよあれよという間に先導する事になってしまった。数十年前まで一国の主だった今川の名は無視出来ない影響力を持っていたのだ。
 勝手に震え出す肩を手で押さえる。

 ……ともあれ、どうするか考えなくてはね。
 元信公は冷徹な決断を下せる人だが、無意味な殺戮をする人ではない。
 住民もそれは分かっているだろうが、恐怖を打ち消して安心する理由には弱い。
 地脈炉の暴走は事例が少ないので万が一という可能性もあり得り、直房自身も大丈夫だとは断言出来ない。

 進入してくる三征西班牙やK.P.A.Italiaに"保護"されると後々面倒な事になりそうではあるが、安全だけを考えるなら西側に逃げるべきだろう。
 不安なのは体力か。老人や女子供がいるし、男の中にも大荷物を持っている人が少なくない。
 この場の責任者としての自分はそんな物は捨てて身軽になれと言いたいが、同時に今川の次期当主として政治を多少齧った自分としては、今後の生活をどこまで補償出来るか全く不明な状況で財産を手放せとは言い出せなかった。
 タイムリミットはどれくらいか。そもそも本当に地脈炉の暴走なのか。情報不足が焦燥を生む。

「……直房様」

 直房が葛藤していると険しい表情のユタカが声をかけてきた。
 力のこもった眼差しは言葉以上にはっきりと意思を伝えていた。

「……構う事はないわ。山をぶち抜きなさい!」
「Jud.、通します」

 安堵を浮かべたユタカは体の向きを変え、正面にそびえ立つ山々を睨みつけながら、腰にセットしていたホルダーから符を取り出し、

「"朝比奈切通し"」

 言霊に呼応して縦横数メートルの大きさの鳥居型の紋章が出現する。
 一つだけではない。すぐ後ろに殆ど隙間なく二つ目、三つ目と現れ、そのまま無数に連なり山の裾野に至る。
 ユタカは荒い呼吸で顔に疲労を滲ませつつ脇に逸れて鳥居の前を開ける。

「皆さん、落ち着いてこの中へ!この先は武蔵に繋がっているわ」

 人災を避けるべく統制を徹底し、諍いにならないよう体力に余裕がありそうな者から送り出す。
 "朝比奈切通し"
 朝比奈家に代々伝わる、流体に干渉して一直線の異相空間を作る術式だ。聖連に警戒されている術式でもある。
 移動用であって奇襲用ではないのですぐに探知されるし、外部からの攻撃で簡単に解除され、中にいた人間は出口までの距離に関わらず入り口から放り出される。
 そういう欠点があって敵国内での奇襲や撤退には使い辛いが、自国内なら道中の障害物を無視して行軍時間を大幅に短縮出来るし、探知されやすい性質を逆手に取って囮になる事も出来る。実際、重奏統合争乱ではゲリラ化して各国を翻弄していたとか。
 争乱後、各国はこの術式を恐れながらも神奏術の特性から規制が出来ず、防衛以外の目的で使用した場合に連帯責任などを含めた厳罰を課す事で心理的に封じ込めようとした。

 直房自身、いよいよとなればユタカに使ってもらう心算だったが、彼の方から申し出てくれたのはありがたかった。
 術式使用が問題になった場合に最も重い罰則を受けるのは彼だから、自分が命じる事に抵抗があったのだ。
 今川の一族にも累が及ぶかもしれないが、彼等は問題を起こした事よりも我が身可愛さに無辜の民を危険に晒した事を怒る高潔さを残している。ここでは心配せずともいいだろう。余裕もない。

 ……タイミングが悪いのよね。
 状況が状況だけに教皇総長を狙う一手だと誤解される恐れがあった。
 後ろめたい事はないのだから堂々としていればいい。教皇総長がいるのは一般用の陸港だから勘違いされる可能性は低い。そんな楽観論で自分を鼓舞する。
 表示枠を開いて聖連に通神を入れる。

「こちらは武蔵アリアダスト教導院三年の今川・直房と朝比奈・ユタカ。先程術式を使用したけれどあくまで避難の為でありそれ以外の意図はないわ」

 応対に出ていた学生は表示枠の外側と遣り取りをしていたが、

「Tes.、そちらの主張は了承した。現状、こちらから言う事はない。そして無事に避難出来る事を祈っている。それくらいしか出来ないが、頑張ってくれ」
「――Jud.、感謝するわ」

 ひとまずは乗り切った。
 地脈炉の暴走を止めるのに必死な現況では三河と武蔵を繋いでいる間は放っておくしかないと判断されたのだろう。
 それでも激励は本物だと分かったから、焦っていた気持ちが落ち着いた。

 ……この場の人は何とか逃がせそうね。
 他にも逃げ遅れた人が来るかもしれないが、符で補っているとはいえユタカの拝気には限界がある。
 まだ切通しの中にいる時に解除されては元も子もないので移動速度や時間を冷静に見極める必要があった。

 と、直房の元に息急き切って酒井がやってきた。
 彼は紋章とユタカの姿を確認し、

「ユタカ君かい?」
「はい、独断で武蔵への道を開かせましたが……」
「ああ、それは良いよ。それでさ、誘導はこっちでやっとくから、君は向こうで武蔵と避難民の仲介を頼むよ」

 すぐには返事が出来ず直房は口ごもった。
 状況がどう推移するにしろ三河側に残る方が危険が大きい。
 更に酒井は元信公の元腹心である。首謀者の一味と思われる危険は自分達より大きい筈だ。それなのに任せるのは気が引けるが、

「……ありがとうございます」

 他国との交渉になれば自分より酒井の方が得手だろう。
 保身もあるが、自分のミスで武蔵まで巻き込むのは本意ではない。

「いいからいいから」

 手を振って行くべき場所に行けと示す酒井に会釈しつつ残り時間を告げ、直房は鳥居の紋章の中に飛び込む。


    ●

 今川・直房は朝比奈・ユタカに恋をしている。
 特別なきっかけがあった訳ではないが、気が付いた時には彼に惹かれていた。

 今川家は商会を営む中でかつての家臣を従業員として雇っていた。
 朝比奈家もその内の一つで、だからユタカは今川家に強い恩義を感じて恩を返すべく忠実に仕えていた。
 仕える主の栄達は従者の喜びだ。次期当主としてしっかりやっていればユタカが喜んでくれる事に思い至ったからそうした。
 恋心を自覚する前の話だ。自覚するのがもっと早かれば違う関係もあったのかもしれないがもう手遅れ。

 当主としての在り方に定型はない。今川でいる自分とありのまま自分が完全に隔絶している訳ではないから、彼が向ける忠誠や献身に満足していた。
 しかしいつからだろう。一人の女として男としての愛情を欲したのは。
 人として当たり前の感情だろう。けれど、愛を求めつつもその想いで行動する事が出来なかった。

 主として振る舞い従者としての幸せを与える。それ以外の関係を築かなかったから、そこから外れる事が怖くなっている。
 ありのままの自分で接する事が迷惑ではないか。彼は自分を主としてしか見ていないのではないか。
 そんな懸念が脳裏をよぎる度に今の関係に妥協してしまう。自業自得だ。

    ●

 三河消失の翌日。直房は表層にある住宅にいた。
 風呂や庭付きの家なので住宅税が嵩むが、一族の人間が今川家の跡取りたるもの相応の格式を維持せよとうるさいので仕方なく賃借している。商人として金を持ってるアピールは時に出費以上の利益を生む事もあるので許容範囲内ではある。
 ……ユタカへ見栄を張ろうとしたのも否定出来ないわね。

 避難民の処遇は暫定議会やヨシナオ王を交えて行った話し合いで、暫定評議会に一任する事になった。
 丸投げに近い形で薄情だとも思うが、聖連から話を聞きたいと連絡を受けていたし、小娘が口を挟むより知識や経験がある先方に任せた方が上手くいくだろうと考えた。
 一足先に避難していた一族の人間が避難民の面倒を引き継ぐと言ったのも拍車をかけた。

 用事を終えて束の間の休息を得た直房は椅子に腰かけて本を捲る。
 題名は"軟体兵器"
 触手型の機動兵器に乗る主人公の仮想戦記だ。中々迫力があって面白い。
 ……この神の力で転生した将軍という設定は書記が好きそうね。

 本に栞を挟んで欠伸を噛み締める。
 仮眠を取りたいのだが、聖連から調査の為に引っ切り無しに通神が来るのでそうもいかない。一度に済ませてほしいのだが、調査は名目で実態は監視だろう。
 現場の人間は武蔵に乗り込んで不穏分子を直接監視したいというのが本音だろうが、指示を下す立場の人間からすると戦力は不十分だし極力穏便に済ませたい筈だ。
 暫定議会とは既に話が終わっているようだし、強引な態度で不用意に敵対心を抱かせたくないに違いない。だから迂遠な方法で監視している。その思惑を察すると踏まえた上での忠告のようにも思える。
 ユタカは内燃拝気や符を使い切り代演も無理をしたので戦いには参加出来ないらしいので杞憂なのだが。
 ……瞑想に耽る暇を与えないという意味もあったのかしら?

 現在教導院前で行われている臨時生徒総会はホライゾン・アリアダスト救出で纏まりかけている。
 直房は救出の是非については、勝てるなら戦うべきという消極的な賛成だった。
 彼女自身に戦闘能力はないが、監視と警戒にリソースを割かせていると考えれば仕事をしていると言えるだろう。

 サイドテーブルに用意された今川家オリジナルブランドの大判焼きを頬張る。
 皮を噛んだ時に口内に溢れる餡の甘みが素晴らしい。
 形を残した小豆を舌で転がしながら、神肖筺体で放送委員が撮影している教導院前の映像を見る。
 そこには教導院の階段を下りる総長の姿が映っていた。

『オマエらは出来る。――出来ねえ俺が、保証するさ』

 ……葵・トーリ、ね。

『直に房って何だかエロいな!直に触っていのか!?』

 手をわきわきさせながら近付いてきたのをユタカが叩きのめして番屋送りにしたのは記憶に新しい。
 房で下品な意味を想像するなんてしょうもない男だ。
 ……思い出す記憶を間違った気がするわね。
 閑話休題。

 彼は馬鹿で聖連から"不可能男"の字名を付けられている。それでも決断する事は出来るのだと教えてくれた。
 それで勇気付けられる自分はちょろいと思うが、これも彼の人徳だろうか。
 ……そして戦いを避けても失われるもの、ね。
 分かっているのだ。現状維持では何も解決しないと。
 忍ぶ恋に浸っていられるほど強くはない。心を乱したまま当主としての役目も疎かになれば本末転倒。辛い思いを続けるより乗せられてみるのも一興か。
 恋破れても従者としてならユタカは傍にいてくれるだろうという後ろ向きな打算もある。

「散歩にでも行きましょ」

 そういう名の撹乱である。
 武蔵を降りる事も選択肢としてはあったが、後押ししてもらった礼にしばらく助力する事にした。

「直房様が決断されたのなら全身全霊で支えます」
「貴方ならそう言うと思ったわ。でも、ありがとう」

 ああそれと、

「普段は任せっきりだけど、今日の夕飯は私が作るわ」
「――」

 意外そうな顔になったユタカを見てしてやったりという快さを抱きながら外に出る。
 ……ああ。
 一歩踏み出してみると毎日見ている景色の筈なのにまったく違って見えた。





リクエストされていた今川家のオリ主の話です。
あ、新刊はまだ読んでないのでネタバレは勘弁な!





蛇足

『オマエらは出来る。――出来ねえ俺が、保証するさ』

 世界を敵に回す意味を理解した上で決断が出来るのは上等だ。
 王になろうとする意思と行動力に憧れと一緒に劣等感を覚えてしまうのは矮小さ故だろうか。
 前を歩く小さな背中を見つめる。立派な当主であるべしと決意を秘めた体はしかし、華奢だ。
 だがそれを健気だと思う資格はない。

 彼女がか弱い女性と知りながら重責を背負わせた。
 自分で物事を決定する覚悟はないくせに安泰な暮らしを送りたいから、彼女に当主として立派にやるよう言外に求めてきた。
 己への好意や生来の責任感や良心に付け込んだのだ。そんな下劣な人間は彼女に相応しくない。



追記
今川の滅亡時期について
2巻上236ページから滅亡は酒井学長達が学生の頃以前=直房が生まれる前と判断して書き始めた。
が、しかし。
「ガールズトーク 狼と魂」の220~221ページによると今川の滅亡は正純が子供の頃の出来事っぽい。
そうなると正純と同い年の直房はリアルタイムで滅びを経験していた事になり、作中の描写とは矛盾が生じる。
話の流れやキャラ設定の根本を揺るがす事態である。これを修正しようとすると直房の人格にも変化が生まれ、必然的にこのエピソード全改訂しなくてはならないので断念。






[30184] 狂宴場の狂演者共
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:0d7808a6
Date: 2014/06/09 03:12
抑えられないパッション
弾けるリビドー
配点(愛故に)



 六護式仏蘭西との国境近く。密生した針葉樹から黒き森と形容されるM.H.R.R.の森林地帯を数十名の戦士団が進む。
 彼等はこの地で観測された地脈異常の調査及び解決の為に派遣された部隊だった。内訳は旧派と改派の混合。
 旧派と改派の決定的な決別であるマクデブルクの掠奪をまだ行っていなかったM.H.R.R.は他国への示威行為の一環として混成の戦士団を結成したのだ。

 政治的な事情を多分に含んだ任務であったが、同郷の人間と武器ではなく談笑を交える事は喜ばしく、戦士団の士気は高かった。
 けれど事態は急変する。この時、和気藹々としていた彼等があんな事になろうとは誰一人として知る由はなかった……

 突然森が開け、石造りの街が一団を迎えた。自然とは真逆の人工の象徴を目の当たりにして誰もが言葉を失い、背後に広がる深緑と見比べて呆然とする。
 森を切り開いて街を作ったという単純な話ではない。本来なら徐々に変化していく筈の人の領域と自然の領域に明確な境界線が敷かれていた。
 あたかも森の風景画を描いていた画家が乱心して上から街の絵を描いたようだった。

 起伏のある地面から一歩踏み出すだけで整然と並べられた石畳に至るなど性質の悪い白昼夢だ。
 出陣前に教導院から此度の異変は王族クラスの流体系種族が自身の"型"を外部に展開して周辺を上書きしている可能性が高いと示唆されていたが、それが事実であったと確信する。

 と、いつの間にか彼等の視線の先に人影が現れ、それを知覚した瞬間、誰もが息を呑んだ。
 しなやかさとたくましさが同居した堅靭で健康的な薄桃色の肌を惜しげもなく晒す全裸の美丈夫。
 風に揺れる黒曜石の如き光沢を持った艶やかな頭髪。彫刻や名画から抜け出してきたような精悍な顔立ちに、今は穏やかな微笑を湛えながらこちらに視線を寄越す。
 本来なら湖面のように透き通った双眸に射抜かれると気恥ずかしさから顔を逸らしてしまうだろうが、美の極致とも言える存在に呼吸も忘れてうっとり見入ってしまう。
 そして側頭部から生える黒い蝙蝠翼が正体を雄弁に語っていた。

    ●

「インキュバス……!」

 戦士団に所属する一人の男が畏怖や警戒、納得の入り混じった叫びを上げる。
 インキュバス。快楽や色欲の代名詞。異族の中でも人との繋がりが深い夢魔なら"型"が街の形を取ったとしても不思議ではない。

『待っていたよ。人の仔等よ』

 先端がハート型の尻尾が男達を指す。
 言葉に合わせてひょこひょこと揺れる様は凛々しい表情とは打って変わって愛らしさを抱かせた。

『戦いは終わりだ。体を休め、まどろみに身を委ねよ』

 柔らかさを感じさせるぷっくりとした唇から紡がれる流麗な旋律は、砂漠に落ちた水滴のように抵抗なく体に染み入り心を温める。まるで母親の胸の中で子守唄を聞いているようで、体に巣食っていた疲れやストレスが溶かされていく。気負ってここまで来たのが大層馬鹿らしい。

 先頭にいた数人が武装を捨てふらふらとインキュバスの元に歩み寄っていく。
 武装には対異族用の術式を奏塡していたが、どれだけ強力な装備を用意しても戦う意思を削がれては意味がない。

「……っ。ちょっと待てお前達! Tsirhc教譜で同性愛は御法度だぞ! いたい審問をされるぞ!?」

 咄嗟に制止の言葉を放つが、男の色香に惑って任務を放棄する事に否を唱える事が出来なかった。
 祖国への敬愛を説いても無意味だと心のどこかで分かっていた。だから国以上の歴史と影響力を持った教譜を理由に使ったのだが……

「愛してくれない女より愛してくれる男! 当然の帰結だろうが!」

 仲間達の足を止める障害にはならなかった。
 信念の籠った宣言に物の見事に断ち切られ、その潔さに清々するくらいだった。

「ここはどこだ? 本格的な宗教改革が始まり、アウグスブルクの宗教和議で改派を認めたM.H.R.R.だろうが! その国で生まれ育った俺達が変革を恐れて戒律に縛られてどうする!」
「……!」
「おい待て。なに熱弁に心打たれたような顔してんだ。おい、行くな!」

 無言で親指を立て、きらりと光る歯と輝く笑顔で駆けて行く隣の同僚。
 正しい事をしている筈なのに疎外感が胸に渦巻く。
 ……くそ。コスプレ動画の脱衣を非難したのに理解を得られなかった時の気分だぜ。

「あひん……」

 誘蛾灯に群がる虫のようだった一団はインキュバスの体に触れるか触れないかの所で重なるように倒れていく。恐らく精気を吸われたのだろう。
 ……淫吸berthといった所か。
 ノーマルを自負する男には何とも受け入れ難い光景だった。
 ただでさえ極東側ではあっち系のそれがばっちこい! なご時世である。このままでは集団心理に流されて未知の扉をオープンしてしまうかもしれない……一抹の不安がよぎる。
 ……GayNo活動はしっかりと続けないと。

「まったく。男同士で盛ってるんじゃないぞ」

 不意に耳に届くのは軽蔑を露わにして吐き捨てられた声。それは天啓のように男の心に響いた。
 異常な状況下で心細い時、自分と意見を同じにする者がいる事実はこの上なく心強い。比喩抜きで救いの声だと思った。
 喜び勇んで振り向くとそこには……!

「見習えよ。あそこで崇高な愛を育んでいる"ルイーゼ・百合穴"のルイーゼとエミリアをな!」

 何もない空間を指差しながら誇らしげな顔をしている仲間の顔が飛び込んできた。
 ……こいつ、数日ぶっ通しで積みゲーを消化したせいでリアルとの区別がつかない譫妄状態になった奴と同じ目をしてやがる。

「何を言ってるのよ!」

 女子学生が割って入って来た。

「耽美にくんずほぐれつしてるのは"パンチラチオン"のプラトンとディオンじゃないの!」

 またしても虚空に向けられた指先。

「あん?」
「何よ?」

 語気を荒げ、ガンを飛ばし合う両者。
 裸眼派と眼鏡派の対立に巻き込まれた、時々眼鏡派の気分だった。
 ……なんだよ。ここぞという時に普段と違う属性を見せるのが良いんじゃん。

「まさかこれは……」

 周囲の様子を窺うと、うっすらと霧が立ち込め始めている。
 なんとなくだが男にも事情が呑み込めてきた。

『人の仔よ。私が司るのは免罪だよ。君達の罪を全て引き受けよう。故に、後顧の憂いなくあらゆる責務を捨てて夢に生きるといい』

 インキュバスの肢体から流体の霧や風、光がまろび出る。
 それでなくとも自然と人工物の境界が曖昧だった森は今や魔性が支配する混沌空間に成り果てていた。

『我等が王には遠く及ばぬ王族の端くれにすぎないが、救済を与えると約束しよう』
「あれは"シス婚! プトレマイオス"のアルシノエちゃん!」
「ばっか、何言ってんだ、"スルたん"のロクセラーナたんだろ!」
「武闘派尼御前"尼ゾーン"の皆ぁぁ!」
「珍子内親王! 珍子! 珍子!」
「フェラ派のガロファロの"性母快感"!」
「略すなよ」

 インキュバスが放つ流体は心を映す鏡。個々の人間が欲した形を取る。
 ある者は全裸になり、ある者は正座して瞬きせず目を見開き、ある者は四つん這いになりながら顔を上に向けて猛然と鼻を鳴らし、ある者は自分で自分を緊縛して寝転び、ある者はブリッジする。
 戦士団は恥も外聞もなく己の衝動に傾注していた。

 ……孤立無援、か。
 正気だったのは男ただ一人。ゾンビゲーの主人公のような境遇だった。
 無事でいられたのはたまたま防御担当でたまたま自費で防御系の加護を多く備えていただけの話。
 けれどそれも時間の問題。程なく混沌の坩堝に飲み込まれるだろう。

 なんかもう、本人達が幸せならそれでいいやという境地だが、よそはよそ、うちはうち。
 たとえ最後の一人になっても任務は成し遂げると覚悟を決める。

    ●

 吹きつける流体の風は優しく温かい。
 精気を吸い取られると分かっているのに身を委ねたい欲求が際限なく湧き上がる。
 この本能は間違いではないのだろう。
 倒れている仲間の顔にあるのは苦悶とは対極の恍惚。楽園とは今この場所、この時を指すのだと無言で語っていた。

 けれど男は誘いを振り払った。
 胸の奥、意思に訴え体を押す何かがあった。それが男にぶら下げられた安寧を選ばせない。

「妲己たん……」
「白娘子たん……」

 男の視線の先では同級生が二人、体を密着させ相手の顔や首筋を優しく撫でながら愛を囁き合う。
 告げる名前は神肖戯画やエロゲのキャラのものだが、彼等には互いがそう見えているのだろう。
 その傍らでは女子学生が鼻息を荒くしつつ、水蒸気を生む程の速度で己の激情を鍵盤に叩きつけていた。

 ……確か"男Shock"という同人誌シリーズを書いていたな。
 実物を見せられるなら可能な限りそうする。それはインキュバスの心憎い気遣い……

「……な訳あるか!」

 確たる意志で否定する。
 夢に堕とされた仲間に代わり、本当の愛なき行為はおぞましいものだと叫び続けなければいけない。

「愛と真実の求道者としてお前は認められない!」
『強き人の仔よ。その気高さに敬意を表そう。そして、だからこそ君の輝きが末世に絶望して陰るのは見たくはない。何の恐怖もない夢に抱かれてほしい』

 末世。世界各地で起きている地脈の乱れと怪異の頻発。
 なるほど、と男は心中で納得を得る。
 流体系種族は地脈の影響をダイレクトに受ける。あれはもうただの怪異だ。

「ごちゃごちゃうるせえよ。俺は甘い仮初の夢(二次元)より辛くてもそこにある現実(三次元)で生きていくんだ!」
『夢と気付かない夢は現実だよ』

 無視する。もう話す事はない。
 主を失い地面に打ち捨てられていた槍を手に取る。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 四肢に力を込めて大地を強く蹴る。自身を鼓舞する為に気炎を上げながら突撃。
 ……この一撃で己の正しさを証明する!

    ●

 後日、救助された戦士団は施療院に搬送されたが教導院に復帰出来た者は皆無。
 M.H.R.R.は前途有望な若者達を失ったが一方で朗報もあった。
 元戦士団のメンバーによって結成されたサークルが販売した等身大の御神体や抱き枕、走徒、エロゲが好事家達の間で高い評価を得ていくのだ。




[30184] 対面場の追憶者達
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:1bdb329b
Date: 2015/04/08 21:19

これからも生きるよ
配点(一一八四年六月六日)



 鎌倉幕府に属する鬼型異族である海野・幸氏は頭蓋に直接響く疼きに顔をしかめながら神社の階段を上る。
 着物から露出する肌に感じる日差しは暖かく、澄んだ空気は春の息吹きを感じさせる。しかしそれは幸氏に快をもたらすには至らなかった。

 階段を上りきり鳥居をくぐった先には一人の長寿族の男性。
 源氏の棟梁、源・頼朝だ。現在は実朝を襲名中だが、義経が重奏神州からマジ暗殺しに戻って来ており絶賛命の危機真っ只中。
 幸氏の存在に気付いた頼朝は彼を一瞥。

「幸氏か」
「ご無沙汰しております」

 当たり障りのない挨拶。これから殺されるというのに頼朝の表情は穏やかで、そこに恐怖や陰りはない。ここ数十年で最も晴れやかではないだろうか。

「……」

 幸氏にとってはいささか意外だった。
 現在置かれた状況を不服として抵抗する気があったのなら手を貸すのも吝かではないと思案していたが、どうやら無駄な仮定だったようだ。

「こんな時になんですが、生き生きしていますね」
「そう見えるか?」

 頼朝は己の顔に手のひらを這わせ、口元を弧にする。彼が人前で笑みを作るのは珍しい事だ。

「随分時間がかかってしまったがな。ようやく大姫に謝る事が出来る」

 大姫の事を口にしても表情に揺らぎはない。
 それを見て取った幸氏の顔も自然に綻ぶ。長い付き合いだし、かつて同じものを共有した間柄だ。ある程度なら内面を察する事が出来る。
 逃げるのではなくきちんと向き合う事にしたのだろう。それが我が事のように嬉しかった。

「貴様こそどうした。義高や大姫の仇を取りに来たか?」
「……」

 不穏な言葉が放たれたが、幸氏は義高や大姫とは幼馴染み。彼等の最期を鑑みれば妥当と言えた。

「そのように考えた時期がなかった訳ではありません」

 親しい相手を殺されれば原因を恨む。それは当たり前の感情だろう。
 かつて幸氏が会った曾我の兄弟も逆恨みに近いと理性では分かっていても復讐心を捨てられなかった。
 幸氏もまた憎しみを飲み干せるほど立派な人間でもなければ、恨みを忘れられるほど無情な人間でもない。
 けれど行動に移す事はなかった。

 大姫がただただ病に臥せって弱っていったのは義高だけでなく頼朝の事も愛していたからだ。
 愛する人が愛する人を殺した。その構図が彼女を苦しめ、行き場を失った悲しみが体の中を蝕んでいった。
 彼女の死後、個を捨て幕府の為に尽くす頼朝の姿はいやがおうでも幸氏の心奥を刺激する。怒りや憎しみの総体である敵意の感情と、大姫の愛する人間を害してはならないという自制が交錯し、最終的には虚無感に塗り潰された。
 苦悩に意味はない。幾ら懊悩に苦しんだ所で死んだ人間が生き返る訳ではない。復讐心を喪失感が軽く凌駕する。

 そしてそれ以上に全身を掻き毟る哀切がある。
 義仲の歴史再現が解釈で済まされる塩梅になった時、幸氏は二人の仲を祝福した。してしまった。
 お互いを好いているのに死別を恐れてどこか気兼ねしている二人にやきもきしていたから、ここぞとばかりにお節介を焼いたのだ。それが二人の為になると信じて。

 それに伊子様の事もあった。
 義高と血縁はなかったが、本当の親子のように良くしてもらっていた。だから、二人の仲が良ければ彼女も喜ぶだろうと子供の賢しさを働かせたのだ。
 無邪気な気遣いは最悪の形で叩き潰される。義高が殺され伊子様は病に倒れ、大姫も部屋に籠もり、旧知と呼べる相手は誰もいなくなった。
 ……死にたくなった。
 連日泣き腫らし、こんな時に以前なら慰めてくれる相手がいた事を思い出し、改めて喪失を突き付けられて嗚咽を上げた。
 罪悪感から逃れたくて自刃を考えた事もあったが、それは大姫が悲しむ。彼女と大層親しかったという自覚と、大事な人間だといううぬぼれがあった。義高や伊子様が死んでから見る見るうちに憔悴していった彼女を知っていたからとてもではないが命を断つ事は出来なかった。
 さりとて、会えば無理をしていると見透かされると分かっていたから会わないようにした。思い遣りと言えば聞こえは良いが、実態はただの現状維持。そんな中途半端な態度を取っている間に彼女も冥府に旅立っていった。

 ……当時の自分は本当に幼かった。
 都で権勢を謳歌する義仲や巴御前を見て、いつか義高と二人で神州を思う存分に振り回してやろうという密かな野心があった。
 今から振り返れば他愛ない夢想だ。思い上がった子供はいずれ現実を突き付けられるのが世の常。だが幸氏に振りかかった現実はあまりにも過酷だった。
 それでも理不尽な現実を座して受け入れられるほど幸氏は往生際が良くなかったし、諦観を抱いてはいなかった。だが無力ではあった。
 年が近く背格好が似ていた幸氏は聖譜記述に記された通りに身代わりを演じ、記された通りに失敗して義高は処刑される事になった。

 ただ、朝廷や頼朝方にも同情や憐憫があったのだろう。処刑前に幸氏は義高と話す機会が与えられた。
 その時、幸氏は回りを取り囲む見張りに構わずここから連れ出すと叫んだ。ざわめく周囲から自分達二人だけが切り取られたような感覚は今でも如実に思い出せる。
 決死の慟哭への解答は拒否だった。予想だにしない反応に混乱する幸氏に対し、聞き分けのない子供を親が諭すように義高は告げた。
 短い間ながら豊かな生活を送り、愛する人と暮らせたのはこの身が襲名者だからであり、利益は享受するが不利益を被るのは嫌だというのは筋が通らない。自分は覚悟の上でこの場に臨んだのであり、君の行動はそれに水を差す余計なお世話だ、と。
 今なら分かる。
 多くの武士や公家が時間をかけて練っていた計画を一瞬で覆す力が働いたのだ。聖譜に死を宣告された者は解釈の余地なく死ななくてはならない。もし潰そうとすればどうなるか。ようは自分を救おうとした相手を逆に庇ったのだ。体の震えを必死に抑え込んで。

 義高の義理堅さと気高さは幸氏にとってはあまりに残酷だった。
 そして幸氏はこれ以上ない程に愚かだった。事もあろうに、大姫の事はどうするのかと問うてしまった。
 どうにか出来るなら既にどうにかしていただろうに。そんな単純な事も解らない程に無思慮で幼稚だった。目を伏せて無言で首を降った義高の相貌は今でも幸氏の記憶にこびり付く。

 無様を晒した幸氏だったがまだ続きがある。次にやったのは八つ当たりだった。周囲に向かって外道だの、人非人だの散々罵倒した。
 義仲勢の処遇を解釈で済ませる段取りになった際に彼等が安堵していた事を知っていたにも関わらず、だ。
 皆は幸氏が叫び疲れて踞るまで黙って聞いていた。
 子供の癇癪を押さえつけずに受け止めてくれた事には感謝の気持ちが絶えない。あのお蔭で、立ち止まって後ろを振り向くばかりの人生だったが道を外れる事はなかった。

 新たな別れを前にしているからだろうか。短時間に様々な思いが想起された。
 幸氏が頼朝の心中を察したように、頼朝もまた漠然とながら幸氏の中に渦巻く感情を理解したに違いない。頼朝は何も言わなかったが、纏う気配が微々ながら変化するのを幸氏は感じ取った。

 頼朝の瞳に幸氏自身の姿が映る。
 白い痕が残る二本角。身代わりになる時に万全を期そうと思い、角を削ったのだ。
 専門知識がある人間が専用の道具を用いて行ったならさほど痛みはなかっただろうが、子供が慌てながらやった事だ。衝撃は直接脳髄に響き、激痛によって涙が溢れた。それは時が経っても楔として残り、悔恨が幻の痛みを寄越す。
 けれど幸氏にとってはある種の救いにもなった。
 帝から指示された歴史再現。しかも当時の幸氏はまだ子供だった。何も出来なかったからといって誰にも責められる事はなかった。
 それが辛い。罪の意識はあるのに弾劾に晒されるという贖罪は許されなかったのだから。故に、もたらされる痛みに後ろ向きな安寧を得ていた。

 彼等の死を忘れた事はない。後悔と悲しみは常に胸を苛む。それは確かだ。
 ……だけど、すまない。
 大姫の死から数年は哀傷を抱えて過ごした。けれど不意に楽しさや喜びに心を踊らせる事があった。
 愕然とした。薄情だと、不義理だと、お前は大事な友の死を忘れて遊興にふけるつまりかと胸中の感情がなじる。
 それをもっともだと思いつつ、それなのに不意に嬉を感じてしまう。

「皆が苦しんだ末にいなくなったのに自分が生を満喫していいのかと、そんな事ばかり考えています」

 頼朝と幸氏の関係は一言では表現出来ないが、下手な親族より深い繋がりがあったのは間違いない。だからだろうか。思わず弱音を吐いてしまった。

「くだらん事で悩んでいるな、貴様」
「……はい?」
「義高も大姫も弔いのような生き方は望んでいまい」

 情けなさから下がっていた視線が上がる。

「お前の為にとか、お前の分まで生きるとか、そんな事をされても疲れるだろう」
「あ……」

 視界に光が差し込んだ。頼朝の言葉でそれまで心を縛っていた枷が外れた気がした。

「……過たず二人を正しく認識出来ていた事を嬉しく思います」

 幸氏自身、義高達がそんな事は望まないと思いながらも、死者の気持ちを勝手に決めつける事に抵抗と不安があった。罪悪感を正当化する為に都合良く解釈しているのではないかと。しかしながら過去と正面から向き合うと決めた頼朝の言葉なら信じられる。
 ……こんな時まで御恩を受けてしまった。
 鎌倉幕府は御恩と奉公の関係で成り立つ組織である。ならば、

「守ります」
「ん?」
「守りますよ。あなたが作り、育てた幕府を。あらゆるものから」

 自然に意思が言葉となった。
 心はどこまでも晴れやかで、どんな無理難題でもこなせる気分だった。数刻前まではよぎった不安や躊躇いなど微塵も感じない。
 実朝暗殺を契機に一つの事件が勃発する。承久の乱だ。武力により上皇が発した院宣を取り消した前例や京を監視する六波羅探題の設置など、幕府の力が確立する重大な戦乱。
 傍論によれば数百年続く武家政治にも大きな影響を与えるという。歴史再現に基づいた権威の増大が帝に対してどこまで効力があるか不明瞭だが、少なくとも幸氏個人の溜飲は下がる。それが区切りだ。

 ……。
 小さく息を吐く。
 朝を頼るという名前の男と旭将軍の異名を持った男が手を取り合う未来は来なかった。それは寂寥を抱かせるが、そういうものなのだ。思うようにならないのが人生。
 これまでだと、何故ああならなかったと悲嘆に暮れるだけだったが、今後はそういう可能性もあったのだと感慨に浸る余裕も生まれるだろう。

「随分と良い顔になったな」
「……今のあなたにこんな事を言うのは恥ずかしさもあるのですが……生きるのを億劫に感じた事もあるのです。しかし今はありのまま生きられそうです」
「そうか。それは重畳」

 言って、頼朝は表情を緩める。

「少しは良い事をしたと大姫に語ってやれる」
「自分は大姫の大親友を自称しているので久し振りの会話の良いきっかけになるでしょう。自分もいずれ、今生の自慢をしに行きます」
「ああ、一足先に会いに行く。貴様は精々のんびりしてから来い」
「そうですね。ええ……」

 くすりと、思い出し笑いが零れる。

「――義高と大姫の婚姻が決まった時は「お前幼女趣味かよ」とからかった事もあったものですが、いやはや。自分だけ爺になるのが癪ですが、まあ良いでしょう。残念を残さないように全うしましょう」

 それから共に空を見上げる。
 何もかも受け入れてくれるような広い青空。毎日見ていた筈なのにそれまでと違って見えた。

「春が近いな」
「ええ」

 義経はこういう時、身内だからといって手心を加える女ではない。これが最後の会話になるだろうが、幸氏の心は凪いでいた。
 これは別れであっても終わりではない。ここから新しく始めるのだ。門出に愁傷する道理はない。

「ではこれにて。どうかご随意に」

 一礼の後で踵を返して背を向け、それまで止めていた歩みを再開する。




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