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[30101] よろずっ!! 第十五話「今夜は寝かせないゾ(はぁと)!」 追加
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2012/01/21 09:33
≪あらすじっ!!≫

ファンタジーと世知辛い社会を融合した作品を目指しました。
主人公(男)はお金にうるさいです。
主人公(女)は自堕落な自由人です。
それでは、どうぞ!


 この話とは別に、
 ・その他掲示板――『東方英雄譚』 
 ・オリジナル掲示板――『化猫日和』
 ・チラ裏掲示板――『【習作】LAST OPERATION』
 という作品も同時執筆中です。



[30101] 第一話「虫刺されにご注意を!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2011/10/19 23:43
「うぉおおおおおおおおおおおお!!」


「ぎゃああああああああああああ!!」


 森林の奥から騒々しい奇声を発しながらかけてくる男女二人組。



「し、師匠の所為ですからねッ――!!」


「あ、阿呆! 私に責任を押し付けるな――!!」


 全力でダッシュしながら必死に駆ける二人。
 そのすぐ後ろで大きな羽音を鳴らすミツバチ。
 しかし問題なのはその大きさだ。
 人間のおよそ数倍もの大きさをもつミツバチが追って来るのだ。
 その巨大な顎は容易に人を噛み砕き、その鋭い針は人間の体など貫通するだろう。




 ――時間は少しさかのぼる。




 *―――――――――――――――――――――――――――――*


 地下都市『新大阪』。
 地球環境が悪化し始めて数十年。
 天候は崩れ、川は氾濫し、地に作物が育たなくなった。
 かつて豊かな大地は数える程しか残っておらず、その中で大農場と呼ばれる畑は国営として管理された。
 インフラが高騰し、溢れかえっていた食料の取り合いが始まったのだ。

 生き残った人類はかつての地上の楽園を捨て、何重もの階層を連ねるこの地下世界へと移住した。
 人々が求めた物……それは『安心』と『安定』だった。
 空調が整備され、疑似太陽を浮かべた地下空間には本来当たり前であるはずの四季折々の風景が広がっている。
 しかしそれも一部の特権階級……言わば金持ちの道楽でしかなかった。
 この物語の主人公である二人組の生活圏はさらに地下の地下。
 この地下都市の最下層に位置していた。
 




「マスター、いつもの」


 喫茶店のカウンターに腰かけ注文をする少女。
 出された真っ黒な液体のまず臭いを嗅ぐ。


「う~ん。いい香り」


 そして飲む。


「にっげぇ」


 苦い。とてつもなく。
 しかし少女はそれでも諦める事無く最後まで飲み干す維持を見せる。
 店主公認の泥水のような味。
 何故そのような物を商品として出すのか?
 理由は簡単――安いからだ(一杯十円也)。



「師匠……いい加減それ飲むの止めたらどうです?」



 その様子を呆れたかのように水を飲みながら諭す少年。
 傍から見たら兄妹で朝食を食べに来ているようにも見えるが、実際の年齢では少女の方が上なのだ。


「それは無理だよ京介君。小春ちゃんは昔っからこれ飲まないと目が覚めないんだもん」


 苦悶の表情を浮かべる少女を楽しそうに見る店主。
 『喫茶 まごころ』の店主 誠。


「師弟関係は慣れてきたかい小春ちゃん?」

「ぼちぼちね~」

「ところで京介君は小春ちゃんのどこが師匠として相応しいと思ったんだい?」

「当然! この魅力的な美貌」

「攻撃力っす」

「可愛らしい容姿」

「攻撃力っす」

「いざという時の判断力と溢れ出る知性」

「攻撃力っすぅううううぁああああ――ぎ、ギブギブ」


 自慢の馬鹿力で首を絞められた。
 京介の顔が青ざめた。


「はぁ~米食いたい……もう合成肉は嫌じゃ~」


 朝の目覚めのコーヒーを飲むたびに同じ事を愚痴る少女。



 ≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 五千五十円≫


 その気持ちもわからないでもない京介は堅いパンを毟り水に浸す。
 こうして少しでも食べやすくたくさん食べたように身体に錯覚させないともたないからだ。


 ≪烏丸 京介 十五歳……所持金 六千二百円≫


 
 小春が飲むコーヒーも、正確には『コーヒーらしきもの』であり、
 調整コーヒーと言われるコーヒーを再現した嗜好品だ。
 (香りは及第点、味は落第点……超まずい)
 本当の珈琲豆を挽いて淹れる事はおろかインスタント物さえ高級品の部類に入っている。
 わずか数十年前の人類にとって予想もしなかった急激な食糧難に襲われていた。

 


「依頼ってあるの?」


 小春が店主に聞く。
 地下世界には様々な職業がある。
 その中で小春達が生業としているのは『よろずや』と呼ばれる職だ。
 つまりは便利屋。
 どんな依頼でも受け、その報酬はハイリスクハイリターン。
 


「あるにはあるけど……」



 ≪ 依頼:『虫刺されにご注意を!』


  依頼内容:蜂蜜10kgの採取。

  報酬:十万円。≫



「じゅ、じゅうまんえん~!!」


 ほわぁ~とだらしなく口を開け妄想にふける小春。
 

「十万円あったらぁ……あれも……これも……」


 楽しそうに妄想に更ける小春の姿は十歳の幼女そのもの。
 しかし実年齢は二十歳……食糧難で一番影響を受けたのはこの人かもしれないと京介は思う。
 そんな贅沢品を買う夢よりも溜まった家賃を支払うのが先決だろう。
 小春と京介が共同で暮らしているアパートは月々五千円。
 現在、二ヶ月ほど待ってもらっているので次の支払日には計一万五千円支払わないといけない。
 二人の所持金を合わせても1万円ちょっとしかなく、かつかつの状態。



 ≪注意事項:オオミツバチの毒に十分注意されたし、普通に死にます≫



「し、し……師匠……お、オオ……オオミツバチです」


 地球環境の急激な悪化のよる生態系の異常、そして人間にもその影響が出た。
 生物は急激な生活圏の破壊を受け、遺伝子レベルでの進化を余儀なくされた。
 より強靭で、自分の種を残すため生物が取った行動は……。



「ひょぅおおお――」


 一気に青ざめる小春。
 



 そう、生物が取った進化の方向性は極めて単純。


 巨大化と、凶暴化……異形化だった。



 *―――――――――――――――――――――――――――――*



「二手に分かれよう!」

「嫌です! 何言ってんすか!!
 蜂蜜持ってんの俺っすよ!」

「お前ならできる! 自分を信じろ」

「自信無いっす! 師匠なんとかして下さいよっ!」

「しゃーねぇなっ!!」

 これ以上逃げるのは無理と判断したのか小春は体の向きを変え、オオミツバチの前へ立ち塞がる。
 背中に背負った身の丈もあるハンマーを野球のバットのように構える。


「こぉおおおお……ふぅうううう」


 息を整え、足を踏み出す。
 地球に住む生物が取った選択肢は三つ。
 巨大化、凶暴化、異形化。
 その内、人類が取った進化の方向性は異形化であると言われている。
 そして、万物の霊長である人間という種が単純な姿・形を変化させるだけでは飽き足りず。
 その次の段階を考えた。
 それは――、


「おぅりゃああああああああああああ!!」



 ――ブォオオオオオンンンンッ!!


 『異能化』。
 それは人間の次の段階の進化と言われている。
 一部の学者の間では人間の遺伝子の中に特殊なウィルス種が入り込みDNAを書き換えられたのだと、
 まことしやかに囁かれている。
 
 小春の額に小さな角が生える。
 それと同時にハンマーの旋回に鋭さが増し、風を斬る。
 通常『異形化』は力を行使する部位の筋肉が肥大化したり、人間のものとは違う構造に変化する。
 しかし、小春の『異能化』は膂力が上がったからと言って腕が太くなったり、身体が巨大化する訳ではない。
 たんに額に小さな角が生えるだけだ。

 だが、その威力は――、


 ――ドゴォオオオオオオオオンンンンッ!!


「ギィイイイイイイイイイイイイイ!!」

 
 オオミツバチは顔の左側が砕け、悲鳴を上げる。



「もういっちょぉおおおおお!!」


 ――ドグォオオオオオオオオンンンンッ!!


 振り抜いたハンマーを返しざま今度はオオミツバチの右顔を打ち抜く。
 オオミツバチの巨体が落下する。
 
「イッエェエエエイッ!!」

 Vサインをして先行逃げ切りの京介に笑顔を向ける小春。
 その様子に安堵し、小春に駆け寄ろうとして京介の顔が凍りついた。
 同時に、回れ右して何も言わず全力ダッシュ。 

「どうしたんってんだよ……もう何の心配も……ってぇええええええええ!」

 視界に広がるオオミツバチの群れ、一匹で手こずったのにそれが何十匹といるのだ。
 全部叩き落とせるわけがない。

「京介ぇっ! てめぇ私を見捨てやがったなぁああああ!」



 *―――――――――――――――――――――――――――――*


「はぁ~」
「はぁ~」
 
 笑いを噛み殺しながらコーヒーを出す店主の前で溜め息をつく京介と小春。

「手に入れた蜂蜜はたったの1kg……しかも逃げ回ったから保存状態が悪いだの色々文句付けられて」
「たったの六千円かよ! 蜂蜜なんて絞れば一緒だろうが! ちくしょー」

 少し冷えたコーヒーを一気飲みして小春はポジティブに考える。

「でも、まぁ収穫はあった。この金でぱっと屋台にでも繰り出すか!
 久々にビールが飲める!!」

 合成ビール……これも言わばビールらしきものだが、小春曰く酔えれば良いのだ。

「師匠、そのお金は家賃の……」
「良いではないか、たまには! それに全額は無理でも少しでも出せば追い出される事もないだろ?」
「あと師匠、忘れてますよ」
「何を?」
「今月、健康保険の保険料納めないと……」
「ひょぅおおお――」


 *―――――――――――――――――――――――――――――*

 今回の収益:六千円。
 今回の損失:家賃五千円(大家に泣いて一カ月分で勘弁してもらった)
       健康保険料 五千円/人(よろずやは危険なため保険料が高い)

 ≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 五百五十円≫
 ≪烏丸 京介 十五歳……所持金 千七百円≫






[30101] 第二話「うちのタマ知りませんか!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2011/10/19 23:43

 ピンポーン!


 呼び鈴が鳴る。

 
 ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン!


 呼び鈴が……鳴る。


 ピンポンピンポンピンポンピンポーン!



「だぁ~うっせーなっ!! 誰だよこんな朝っぱらから!」



 だらけたTシャツと短パン、寝ぐせでぼさぼさになった髪。
 安眠を妨げた輩に怒り心頭の小春は乱暴に玄関のドアを開ける。

≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 五百五十円≫


「おはよう。小春ちゃん」


「げぇ、大家のバ……おばあちゃん」


 現れたのはこのアパートの管理をしている大家のトメさん。
 小春と同時に起こされた京介も眠い目を擦りながら玄関へ行くと、


≪烏丸 京介 十五歳……所持金 千七百円≫


「小春ちゃんは相変わらず元気ね~それに比べて京介君。
 あなたはお兄ちゃんなんだからしっかりしないと……そんなんだから小春ちゃんに苦労を……」


 いきなり説教が始まった。
 それは毎度のことで、大体がまったく同じ内容。
 定型文、テンプレート。
 京介は逆らっても説教が長くなるだけなので、はいはいと頭を下げながら話を合わせる。
 説教が始まったとたんこそこそと寝床に戻ろうとする小春を京介は見逃さなかった。


 素直で明るく良い娘の小春、定職にもつかない遊び人で妹に苦労をさせてる京介。
 大家のトメさんの中ではそういう図式が決定事項のようだ。
 どこからどうみても十歳程度の幼女に視える二十歳と苦労性で大人びて見える十五歳。
 最初、京介がしっかりと説明したのだが信じてくれなかった。
 理不尽すぎる勘違い設定。
 人は見た目が九割というがまったくその通りだ。
 

「あ、そうそう。これ作り過ぎちゃってよかったら小春ちゃんに食べさせて!」


「はぁ、どうも」


「え、いいんですか! ありがとうございます。大家のおばあちゃん!!」


 何時の間にが戻って来た小春が満面の笑顔でトメさんにお礼を言う。
 トメさんも小春に甘えられて嬉しいのか、小春の頭を撫で撫でして別れを告げる。
 玄関の扉が閉まり、足音が遠のいたのを確認する。


「さっさと渡せよ。面倒くせぇババアだな」


 一転して腹黒くなる小春。
 京介もどっと疲れたので小春の言い分もわかる。
 確かに面倒臭いが小春が気に入られているため何かと都合が良いのは事実。
 家賃を待ってもらったり、こうして差し入れしてくれたり。
 後は京介がひたすら耐えれば万事順調だ。


「ちょうどいいから、これで朝飯にしましょうか」



*―――――――――――――――――――――――――――――*


 地下都市『新大阪』。
 地球環境が悪化し始めて数十年。
 天候は崩れ、川は氾濫し、地に作物が育たなくなった。
 かつて豊かな大地は数える程しか残っておらず、その中で大農場と呼ばれる畑は国営として管理された。
 インフラが高騰し、溢れかえっていた食料の取り合いが始まったのだ。

 生き残った人類はかつての地上の楽園を捨て、何重もの階層を連ねるこの地下世界へと移住した。
 人々が求めた物……それは『安心』と『安定』だった。
 空調が整備され、疑似太陽を浮かべた地下空間には本来当たり前であるはずの四季折々の風景が広がっている。
 しかしそれも一部の特権階級……言わば金持ちの道楽でしかなかった。
 この物語の主人公である二人組の生活圏はさらに地下の地下。
 この地下都市の最下層に位置していた。
 

「マスター、いつもの」


 喫茶店のカウンターに腰かけ注文をする少女。
 出された真っ黒な液体のまず臭いを嗅ぐ。


「う~ん。いい香り」


 そして飲む。


「にっげぇ。超まずい」


「そりゃ、どうも」


 いつものやりとりを横で見ながら京介は小春がコーヒーを飲み終わるまで水をちびちび飲んでいる。
 恐ろしく客単価が低い二人組だがそこは常連なので文句を言われない。
 というか客自体が少ないのでむしろ助かるのかもしれない。

 チリーン、

 静かな店の空気がその人物の来店で一変した。


「おっは~小鬼ちゃん! 相変わらず小さいね~きゃわいいね~」


「だぁ~離せ暑苦しい!!」


≪犬神 花 一九歳……所持金 五万五千五十円≫


「いいじゃないちょっとくらい。小鬼ちゃん良い匂いだし~」


「バ、バカヤロウ、匂いを嗅ぐんじゃない!」

 
 顔を真っ赤にして遠ざけようとする小春。
 その様子を単に照れてるだけと認識した花は更なるスキンシップをはかろうと抱きつこうとする。


 年が近い事もあり小春と仲が良い女性だ。
 小春と違い抜群のプロポーションを持ち、男としては振り返らずにはいられない美人さんだ。
 ひそかに京介は憧れている。
 小春の事を『小鬼』と呼んでるのは小春が異能が小さい角が額に生え、馬鹿力を出すモノなので昔話の鬼とそっくりと言う事らしい。
 そして小さい身体と名前にも『小』春とついているので確かにぴったりのネーミングだ。
 以前、京介が『小鬼師匠』と呼んだら普通にマジ切れされた。
 健康保険って心底ありがたいと痛感した。


「ねぇねぇ依頼あるんだけど一緒にやらない?」



≪ 依頼:『うちのタマ知りませんか!』


  依頼内容:愛犬の捜索

  報酬:五万円。≫



「犬の捜索? へぇ~花さんなら追跡で一発じゃないですか?」


 京介が依頼書を見ながら花に尋ねると、花はチッチッと指を振る。


「わかってないわね京介君。小鬼ちゃんと一緒にやりたいんじゃない」


「えぇ~」


 小春は不満そうにその依頼書を見る。


「どうやらその子飼い主と地上で散歩してたら突然オオミツバチの集団に襲われたらしくて」


「……」

「……」


「必死に逃げた時はぐれちゃったらしいの。
 可哀想な話よね~でもオオミツバチの大群なんてどっかのおバカさんが巣を荒らしたとしか思えないわね」


「けしからん奴等もいるもんだ」


「まったくっすね。少しは他人の迷惑も考えろって話っすよ」
 

「どうどう? ここはいっちょ『よろずや』の出番じゃない?」


「私、パス。今日はパチ屋イベント日だから」


「う~ん、そっか残念。じゃあまた今度一緒にやりましょうね!」


 花ががっかりしたように店を出て行こうとする。


「あ、花さん依頼書……」


「いいわ。京介君にあげる。私別の依頼があるから。それじゃあね」


 チリーン、

 花が『喫茶 まごころ』を出て行く。


「京介、その依頼書貸せ」


「え、師匠? イベントは?」


「あんなん嘘だ。いいか考えても見ろ犬の捜索で五万円だぞ?
 おおかた上流階級のお坊ちゃんが大切にしてた犬が逃げ出したのだろう。
 こんな美味しい依頼そうないぞ?
 花と共同戦線なんてしたら半分持ってかれる。いや、紹介料も含めてくると私達の懐には三割程度しか入らない」



≪ 注意事項:チワワです。特徴は別紙参照の事 ≫



「流石、小春ちゃん。しっかりしてるね」

 
 店主の誠に褒められ、いや~と照れる小春。
 

「花さん可哀想っすね。まぁ依頼書僕にくれたんだし……いいかな?」


「よっしゃー! 気合い入れるぞ京介!!」


「大仕事っすね!!」


*―――――――――――――――――――――――――――――*




≪ 別紙:犬種……グレイト・チワワ
     体長……3m
     体重……150kg
     その他……いつもぷるぷるしてます。
          好奇心旺盛、食欲旺盛。
          茶系の毛色、胸に三日月形の白い毛並み ≫




 ――ぐるるるるるるるっ、


 見つかった。
 目の前にいる。
 二人は依頼書と実物を何度も見比べる。
 写真と一緒だ。


「あれ? 思ってたのと違う」


「チワワ……」


 別紙を参照してなかった二人が悪いのだが、もう依頼書登録申請しちゃったし捕まえるしかない。
 通りで花があっさりこの依頼書を京介に渡したのか理解した。
 花は追跡系の能力はあるが戦闘向きではない。
 荒事担当の小春が来なければ安全を期すため依頼を受けなかったのだろう。


「タ~マちゃん!」

 
 試しに名前を呼んでみる。



 ――ワンッ、



「本犬確認。これより捕獲作戦開始します」


「おいおい京介。その細いリールでどうしようってんだ……」


「と、とりあえず血統書付なのでしつけはされてるはずです。
 まぁ見てて下さい」


 京介が恐る恐るタマちゃんに近づく。


 ――ぐるるるるるるるっ、
 


「タマちゃん! お手!!」


 ――ガチンッ、


 一瞬、京介の腕が食われたかと小春は思った。
 京介の腕があった空間はタマちゃんの大きな口がばっくばくだ。

 京介は尻もちをついて咄嗟に手を引かなかったら大変な事になっていただろう。


≪ 別紙:その他……甘噛みをする癖有り ≫


「師匠、どうしましょう?」


「どうしよう」


 ――があああああああっ、


「「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」」


 どうやらお腹が空いてるらしい。
 リールではなくドッグフードを持って来るべきだったと全力ダッシュしながら京介はそう思った。

 二手に分かれた。


「え、何で私の方来んの?」

 
 タマちゃんは二手に分かれた京介と小春の内、迷わず小春をロックオンしてしつように追いかける。
 遠くで一安心している京介が大声で言う。


「師匠! たぶんそいつ腹ペコなんです!! 師匠の方が小さくて食べやすそうだから――!!」


「ちくしょー!!」


 必死に逃げる小春。
 京介もただ黙って見てるわけではない。



 地球に住む生物が取った選択肢は三つ。
 巨大化、凶暴化、異形化。
 その内、人類が取った進化の方向性は異形化であると言われている。
 そして、万物の霊長である人間という種が単純な姿・形を変化させるだけでは飽き足りず。
 その次の段階を考えた。
 それは――、

『異能化』。
 それは人間の次の段階の進化と言われている。
 一部の学者の間では人間の遺伝子の中に特殊なウィルス種が入り込みDNAを書き換えられたのだと、
 まことしやかに囁かれている。


「うぉおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 京介の背中に翼が生えた。
 それは烏の羽のような艶やかな漆黒の翼。
 大空を駆ける。

 
 タマちゃんの背中に乗り、リールを巻き付けて制止をするように引っ張る。
 暴れ馬を乗りこなそうとする騎手のように必死に押さえつける。
 それでも暴れ続けるタマちゃんから振り落とされそうになる。


「押さえてろ京介!!」


 小春の額に小さな角が生える。
 足の筋力を上げ、高くジャンプした小春はタマちゃんの頭上へ――、



「タマちゃん! 伏せ(物理)!!」

 
 ――ドゴォオオンンッ!!

 力任せにタマちゃんの頭をグーパンチを叩きつける。
 その威力に脳しんとうを起こしたタマちゃんは地面に沈んだ。
 

*―――――――――――――――――――――――――――――*


「はぁ~」
「はぁ~」
 
 笑いを噛み殺しながらコーヒーを出す店主の前で溜め息をつく京介と小春。

「治療費……治療費……治療費……」
「コブできただけじゃん! 唾つけとけば治るって! ちくしょー」

 少し冷えたコーヒーを一気飲みして小春はポジティブに考える。

「でもま、頑張って言い訳したから赤字は避けられた。
 結果オーライだ!」

 今日こそ合成ビールと意気込んでる小春。
 『合成ビールなんて今日は豪勢だ!』なんて親父ギャグ。


「ぎりぎりっすけどね」
「え、なんで? 一万円は貰えたはずでしょ?」
「リール代……千円」
「ちょ、たかがリールで何でそんな無茶したん!?」
「見栄え良くしようかなって」
「でもまだ……」
「ドッグフード代……」

 気絶させたのは良いが起きたらまた暴れられても困るので、大量のドッグフードを買って大人しくさせたからだ。

「必要経費で――」
「通りませんでした。言い出そうとしたらコブを見つけられて言い訳してるうちに……」
「いくらかかったの?」
「八千円です」
「ひょぅおおお――」







 *―――――――――――――――――――――――――――――*


 今回の収益:一万円。
 今回の損失:リール代 千円
       ドッグフード代 八千円

 ≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 千五十円≫
 ≪烏丸 京介 十五歳……所持金 二千二百円≫





[30101] 第三話「キノコ狩りに行こう!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2011/10/20 06:18


地下都市『新大阪』。
 地球環境が悪化し始めて数十年。
 天候は崩れ、川は氾濫し、地に作物が育たなくなった。
 かつて豊かな大地は数える程しか残っておらず、その中で大農場と呼ばれる畑は国営として管理された。
 インフラが高騰し、溢れかえっていた食料の取り合いが始まったのだ。

 生き残った人類はかつての地上の楽園を捨て、何重もの階層を連ねるこの地下世界へと移住した。
 人々が求めた物……それは『安心』と『安定』だった。
 空調が整備され、疑似太陽を浮かべた地下空間には本来当たり前であるはずの四季折々の風景が広がっている。
 しかしそれも一部の特権階級……言わば金持ちの道楽でしかなかった。
 この物語の主人公である二人組の生活圏はさらに地下の地下。
 この地下都市の最下層に位置していた。
 

「マスター、いつもの」

 喫茶店のカウンターに腰かけ注文をする少女。
 出された真っ黒な液体のまず臭いを嗅ぐ。

「う~ん。いい香り」

 そして飲む。

「にっげぇ。もう一杯」

「そりゃ、どうも」

 ふと小春がコーヒーを飲みつつ見ると、いつものやりとりの横で京介は真剣な顔で読書をしていた。
 悪戯心が小春の薄い胸に過ぎり、横から掻っ攫うように京介の本を取り上げる。

≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 千五十円≫

≪烏丸 京介 十五歳……所持金 千二百円≫

「ちょ、ちょっと師匠返してください!」
「まぁいいじゃねぇかよ。何々……『女にモテる13の法則』だぁ?」
「読まないで下さいよ!」
「は、は~ん。さては……」
「な、何ですか?」
「花にアプローチしてんだろ?」

 図星をさされ真っ赤になる京介をさらにからかうように本を第一章から読み始める。

「まず、第一に男はスペクタルでなければならない!」
「……」
「第二に男はファンタスティックでなければならない!」
「……」
「第三に――て、何だこの本?」
「馬鹿にしないで下さい! これ世界でミリオンセラーになってるんですよ!!」

 このご時世に紙媒体の本は希少だ。
 大抵の本は電子書籍化されていて、ハードカバーで売り出されるのはよっぽど売れた……それこそ貴重な本でしかあり得ない話だ。

「アホ臭……」

 放り捨てるように本を京介に返し、すっかり冷めたコーヒーを一気飲みする。

 チリーン、

「はっ!? 殺気っ!」

「おっは~小鬼ちゃ~ん!!」

 店の入り口から猛スピードで突っ込んで来た花は勢いを殺し切れず、小春がよけた先の京介にぶち当たった。
 当然ラッキースケベという美味しい展開ではなく、ラリアット気味繰り出された両腕が京介の喉元にあたり、
 「ぐぇ」と蛙が潰れた声を出してカウンターから転げ落ちた。

≪犬神 花 一九歳……所持金 八万二千五十円≫


「もう~何で避けるのよ~」
「そりゃ避けるさ」
「私の事嫌いなの?」
「嫌い」
「ひっど~い! 私、小鬼ちゃんに何かした?」
「何かしただと……」

 小春の空気が一変し、いきなり切れた。

「じゃあ教えてやろう! その無駄に豊満な胸、均整の取れた身体、私へのあてつけか?
 毎回毎回ハグされる度に同じ女として泣きそうになっている私の身にもなってみろ!!
 イジメ、駄目、絶対」

「師匠……ジェラッてんすか――ぐぇ」

 床に転がる京介の腹を容赦なく踏みつける小春。

「小鬼ちゃんは十分魅力的よ~ぺろぺろしたくなるくらい」
「やめろ舌を舐めずりながら私を見るな変態が」
「花さん……そんな貴女が素敵」
「もう我慢できない。小鬼ちゃん! 彼女彼女の関係になりましょう!!」
「意味がわからん。児ポ法で検挙されろ」
「まったくっすよ。そんな非・生産的な!!」
「京介……」
「京介君って~最低」
「京介君今のは駄目だよ」
「マスターにまで!? 僕が悪いんすか?」


*―――――――――――――――――――――――――――――*


≪ 依頼:『キノコ狩りに行こう!』


  依頼内容:食用キノコの採取。

  報酬:歩合制。≫

≪ 注意事項:新説・キノコ図鑑をレンタル配布します。≫



「ほら京介見なさい! これでどんなキノコも一目瞭然よ!」

 小春がレンタル端末を見せる。
 そこには『キノコ採れたてドットコム』と表示されていた。

「見て見て小鬼ちゃん、ほら! こんなに大きくて逞しいの見つけちゃった!」

 小春の後ろから駆けてくる花のカゴには多種多様のキノコが入れられていた。
 朝、喧嘩していたのに仕事となると急に仲良くなるからこの二人は不思議だと京介は常々思っていた。
 マスターから渡された依頼書の報酬は歩合制。
 つまり、採ったら採った分だけ報酬が増える。
 ここは互いに協力して探した方が効率が良いと踏んだのだ。


「順調……そうだね」

「うわぁ、と吃驚した……枝豆博士、急に現れないで下さいよ!」

 京介のすぐ後ろに現れたのは今回の依頼者、小枝 豆太郎(通称:枝豆博士) 環境生物学者だ。
 研究者特有のオーラ、目の下のクマ、ぼさぼさの髪の毛見るからにマッドだ。
 今回、野生の食用キノコのサンプリングという事でよろずやに依頼したようだ。
 
 ぬぼ~と京介達が採取したキノコを虫眼鏡で観察していく。
 のんびりしているため本当にすごい研究者なのか疑いたくなる。
 
「君、僕を疑ってるね」

 人の疑心には敏感なのか懐から、一冊の本を取り出した。
 自分の偉業を見ろという事か。

 『女にモテる13の法則』

「……あ、あの本違いますけど」

 間違えて出したのか、触れてはいけない部分を感じ取った京介は声をひそめてそそくさと返そうとする。
 枝豆博士は無言で著者の名前を指し示す。

「小枝……豆太郎……え?」

 京介はあとがきの後ろにある著者近影と目の前を人物を見比べる。

 『東京大学卒業後、博士課程を経てハーバード大学に留学。
  その後、サラリーマン生活を送り現在、新大阪大学客員教授。理学博士』

「何でこの本を書いたぁあああああああああ!!」

 信じられない。見るからに女と縁が無さそうなマッドサイエンティストが書いたモテ本がミリオンセラー!?
 ありがたく読んでいた自分が馬鹿みたいだ。

 『恋は科学だ!』『ラブは現代の環境問題』『愛は年金だ』

「サインしようか?」
「うるせぇよ」


「おい、京介見てみろ!! こんな可愛いの見つけたぞ!!」


 京介が枝豆博士と白熱教室を展開しようとした矢先、小春が笑顔で駆けて来る。
 小春が手にしたものは確かにキノコなのだが、傘の部分が人の顔に見えちょうどスマイルマークになっている。
 

「へぇ~珍しいですね」
「に、に……」
「え?」
「逃げろー!! そいつはッ――」

 ボソボソとしかしゃべらない枝豆博士が絶叫する。
 小春が手元を見ると、スマイルマークが目がつり上がり残虐な笑みに変わった。
 慌ててキノコを手から離すと、ブュウゥウウーと黄色いガスみたいなのが出て来た。

≪界 : 菌界
 門 : 担子菌門
 綱 : 菌じん綱
 目 : ハラタケ目
 科 : テングタケ科
 属 : テングタケ属
 種 : ゼンメツダケ ≫



 地球に住む生物が取った選択肢は三つ。
 巨大化、凶暴化、異形化。
 その内、人類が取った進化の方向性は異形化であると言われている。
 そして、万物の霊長である人間という種が単純な姿・形を変化させるだけでは飽き足りず。
 その次の段階を考えた。
 それは――、


「こなくそぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 京介の背中に翼が生えた。
 それは烏の羽のような艶やかな漆黒の翼。
 大空を駆ける。


『異能化』。
 それは人間の次の段階の進化と言われている。
 一部の学者の間では人間の遺伝子の中に特殊なウィルス種が入り込みDNAを書き換えられたのだと、
 まことしやかに囁かれている。



 ガスが届かない遥か上空。
 京介の右手に小春、左腰に花、右足に枝豆博士を抱え(もしくはひっかけて)空中から下の様子を伺う。


「よ、良くやった京介……はは」
「さ、流石に三人は重いっす」
「あら、失礼ね私そんな重くないわよ」
「小生もガリガリでーす」
「じゃあ私かよ! 私が重いってのかよ!!」
「喧嘩しないで下さい」
「それよりも京介……状況が状況なだけに理解はしてるんだが、その……腕が当たってるんだが」
「え? 何がですか? 特にどこも当たって無いですよ」
「胸に当たってんだよ!! じゃあ何か!? 私が絶壁で気づきませんでしたってか? フザケんなよコラ!!」
「ふふ、京介君乙女心わかってな~い」
「何でもいいから早く降ろしてほしいです」
 



*―――――――――――――――――――――――――――――*



「はぁ~」
「はぁ~」
 
 コーヒーを出す店主の前で溜め息をつく京介と小春。


「ゼンメツ……ゼンメツ……全滅……」
「卑怯じゃん! 可愛い顔しやがって、正々堂々こいや! ちくしょー」

 少し冷えたコーヒーを一気飲みして小春はポジティブに考える。

「ふふん、こんなこともあろうかと採取したキノコを少しくすねといた。
 今日はキノコ鍋だな!」

 意気揚々と服の中に手を突っ込みキノコを数個取り出す。

「え? 何これ」
「師匠、ゼンメツダケは周囲に毒ガスを撒き散らし他の種を全滅させ自分の領土を広げる特性らしいです。
 残念ながらそいつはもう死んでます」

 机の上でぐずぐずと腐り落ちるキノコを見ながら小春は泣いた。





*―――――――――――――――――――――――――――――*


 今回の収益:0円。
 今回の損失:本代『女にモテる13の法則』 千円(京介)
       京介の信じる心

 ≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 千五十円≫
 ≪烏丸 京介 十五歳……所持金 千二百円≫



[30101] 第四話「休日!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2011/10/22 06:28




「あれ? 師匠は?」


 朝起きるといつも京介の横の布団で大いびきをかいて寝ている小春がいない事に気づいた。
 だらけたTシャツと短パン、寝ぐせでぼさぼさになった髪を枕に埋め、
 寝相が悪く、いつも布団が足下に蹴飛ばされお腹をみっともなくポリポリ掻いている。
 そんないつも通りの景色が見当たらない。
 寝ぼけ瞳を擦り、今日の日付を確認すると大きくカレンダーに花丸が付けられていた。


「ふぁ~」


 欠伸をする。
 いつもの事だと納得して再び布団に潜り込もうとする。
 布団最高。
 朝の冷えた空気が部屋の隙間から潜り込みひんやりと枕を冷やす。
 そのままうとうととしていて重大な事に気づいた。


「はっ!! もしや!?」


 急いで飛び起き、枕の下にある財布を取り出す。


「オーマイガッ!」


≪烏丸 京介 十五歳……所持金 ×××円≫


*―――――――――――――――――――――――――――――*


「ふんふ、ふふ~ん♪」

 
 鼻歌を歌いながら気分良く行列の最前列に並んでいる小春。
 いつもなら京介が朝起こしてくれるがこの日ばかりは自然と、ごく自然に朝五時に起きれるのだ。
 我ながらなんとも便利な体内時計であると自画自賛し、小春は静かに闘志を燃やしていた。
 

≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 千五十円(+千二百円)≫


 実弾は勝負するには十分。
 パチ屋『大吉天国』
 今日は月に一度のイベント日、勝算はある。


 小春が通うパチ屋はこの一軒だけだ。
 もちろんこの娯楽の少ない地下都市には全エリアを含めると数十件近いパチ屋がある。
 しかし、小春がここへ通う理由があるのだ。
 ・台の出はまあまあ。
 ・新台の入荷も割と早い方。
 ・ライバル店が通りを挟んであるため台の設定も若干甘めだ。

 以上の理由はただの及第点。
 真に評価すべき点を小春は力説する。
 他店に入店しない理由――、

 『容姿が幼女のため入店を断られるからだ』


 当然、身分証明書としてよろずやの免許を見せるが、こう言われるのだ。


「さぁさぁお嬢ちゃん。子供はこんな所で遊んではいけないよ」
「パパとママにはぐれちゃったのかな?」
「寝ションベン臭ぇガキンチョがうろつくな!」
「ジュース奢ってあげるからお兄ちゃんと一緒に遊ぼうか」


 その度に何度泣いた事だろう。
 自分はこんなにも二十歳なのに、大人の女性なのに……。
 人は見た目が全てじゃない。大人って、大人って……。

 その点、パチ屋『大吉天国』の店員には知り合いがいて入店を断られる事はない。
 何度も通ううちに他の店員との友達も増え、唯一の居場所となった。


「今日は来る! ビッグウェーブがなっ!!」


 Close⇒Open
 開店と同時に目星を付けてた台を確保。
 まずは第一関門クリア。
 すかさず、携帯を置き自分の領土とする。
 ざっと店内を見渡す。
 第一候補が取れなかった場合の第二、第三候補台もまっさきに埋まり一気に店内の空気が変わる。

 ボキボキと指を鳴らす。
 迷わず千円を台へ投入し、銀玉へと変える。
 交換レートは良心的な等価。
 自分の有り金はそう多く無い。


「短期決戦をしかける!」


 ……。
 
 …………。

 ……半分消化。


「ま、まだだ! まだ終わらんよ!!」


 あっさり千円消化。
 そのうち周囲で『当たり』を示す音楽が鳴り響き始める。
 その中には第二、第三候補台が含まれていた。
 悔しげに睨み付ける。下皿はカッチカチだった。

 

「……」

 
 無言で席を立つ。
 トイレ休憩だ。携帯を置いているので台を取られる心配はない。


「落ち着け落ち着くのよ鬼灯 小春 二十歳。所持金 千二百五十円。大丈夫、まだ負けてない負けてないもん」


 小春の残金は千二百五十円……京介の千円はすでに使用済み(泣)。
 このままでは『知らないうちに資産倍増ウハウハ計画』で京介を喜ばせるのも夢のまた夢。
 押し寄せる現実の荒波が弱った小春のささやかな胸を穿つ。

 再び戦場へ舞い降りた一輪の花は気高く、そして美しく、千円を投入した。



「おお~小春ちゃん。やってるね~どうだい勝ってる?」


 気さくげに知り合いの店員が小春の肩を叩く。
 そして次の瞬間。小春の鋭い眼光に凍りつく。


「あ……GOOD LUCK!!」


髭面の店員はそそくさと何も見なかったかのように通り過ぎて行った。
 八つ当たり気味な視線を台に戻した時、奇跡が起こった。
 モーゼが海を割ったかと思った。
 
 銀玉が盤面上の釘や羽根、回転体などの構造物に当たりながらするりと中央の穴に入ったのだ。
 そしてルーレットが回転、そしてそして――、


「い、いい、いきなりキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!」

 
 大当たり、ここでまさかの大当たり。
 それまで出なかったのが嘘のように狂ったように出始めたのだ。


「神は言っている……まだ死ぬ定めではないと……」


 テンションがウナギ登りだ。
 先程声をかけて来た髭面の店員がたまたま通りかかったので袖を引っ張る。


「見て見て見て! 当たった当たったよ!! 吉塚!」


 大喜びの小春に店長である吉塚 建造は苦笑いをするしかない。
 しかしその波も長くは続かなかった。
 当たりが出尽くすと、それ以上はやらせんとばかりに再び銀玉を呑み込み始めたのだ。


「ふふん、今の私の攻撃に果たして耐えきれるかしら?」


 余裕ぶって高笑いをするがそれが苦笑いに変わるのは早かった。


「沼……こいつは人食い沼だ……」


 ごっそり積み上げていたドル箱が次々と飲み込まれていく。
 しかし止めれない。
 あれだけの大当たりがあったのだ。また次、次大当たりがくるはずと小春は信じた。

 次第に冷や汗が背中を伝わり手が震えて来た。


「馬鹿な……そんな馬鹿なぁあああああああああ!!」




「し・しょ・う……」




「……」


 糸で操られたマリオネットの如くぎこちない動きで振り返る。
 そこにはすっかり軽くなった財布を握り締め京介が立っていた。
 

≪烏丸 京介 十五歳……所持金 0円≫



「きょ、今日はいい天気だな京介!」
「そうですね」
「か、帰ったら洗濯物を干さないとな京介!」
「そうですね」
「ま、まだ朝飯食べて無いよな京介!」
「そうですね」
「もしかして怒ってる京介」
「そうですね」
 


 京介は無言で近づき、迷わず清算ボタンを押した。
 

*―――――――――――――――――――――――――――――*

 地球に住む生物が取った選択肢は三つ。
 巨大化、凶暴化、異形化。
 その内、人類が取った進化の方向性は異形化であると言われている。
 そして、万物の霊長である人間という種が単純な姿・形を変化させるだけでは飽き足りず。
 その次の段階を考えた。
 それは――、

『異能化』。
 それは人間の次の段階の進化と言われている。
 一部の学者の間では人間の遺伝子の中に特殊なウィルス種が入り込みDNAを書き換えられたのだと、
 まことしやかに囁かれている。



 京介の背中に翼が生えた。
 それは烏の羽のような艶やかな漆黒の翼。
 大空を駆ける。

「きょ、京介……君?」
「言い訳っすか」
「財布が寂しかったんだ! ここらで一発逆転、発想の転換、コロンブスの卵的な解決を」
「僕は一触即発っすけどね」
「ちなみに……どちらへ向かわれているのですか?」

 小春が何故か敬語で質問する。
 京介は答えなかったが、段々と小春の顔が青ざめていった。
 パチンコの清算で全額投資は免れたが、残金はたったの五百円。
 そう赤字だ。
 一時勝っていたらしいが蓋を開けたらこんなもんだった。

 そして、目的地に到着した。


「あ、あれおかしいな。涙がでちゃう女の子だもん」
「悔い改めよ」


 そして迷わず京介は小春を投下した。
 小春の絶叫が響く。
 投下先はオオミツバチの巣だった。



*―――――――――――――――――――――――――――――*


「はぁ~」
「はぁ~」
 
 笑いを噛み殺しながらコーヒーを出す店主の前で溜め息をつく京介と小春。


「五百円……五百円……五百円……」
「やられた! 人の心を弄びやがって! ちくしょー」

 少し冷えたコーヒーを一気飲みして小春はポジティブに考える。

「経験は力なり! この泥水のように糞苦いコーヒーのような思い出もいずれ大きな力となる」

「師匠、自分のお小遣いの範囲でやって下さいよ……僕を巻き込まないで」

 小春は必死に逃げたため、幸いオオミツバチ刺されはしなかった。(刺されたら死んじゃうから)
 しかし、擦り傷切り傷で服はボロボロ。
 そして健気にコーヒーで我慢する姿は哀愁を漂わせ、マスターの涙を誘った。





*―――――――――――――――――――――――――――――*


 今回の収益:0円。
 今回の損失:パチンコで散財 千五百円
       京介の小春への信用度
       

 ≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 五十円≫
 ≪烏丸 京介 十五歳……所持金 七百円≫





[30101] 第五話「食いしん坊のクマさんにオシオキを!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2011/10/27 20:16


 ――チャリーン、


 ≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 五十円≫


 ≪烏丸 京介 十五歳……所持金 七百円≫


「このままではマズぞ京介」
「そうっすね。次の家賃までにはまとまった金が手に入らないと」
「そう、そして私達もそろそろ冬支度をしなければ」
「最悪凍え死ぬ……恐ろしい」
「何をのんきに……はっ!? まさか京介」
「はい?」
「『このままでは凍え死ぬ、師匠暖め合いましょう』などという展開を期待してるのではあるまいな」
「はっ! 御冗談を。抱き心地抜群そうな花さんならいざ知らず。接触面積の少な――痛っててててえて!!」
「ふん! べ、別にアンタのためにツネッてるんじゃないからね!!」
「師匠はツンデレの意味を履き違えてます」


*―――――――――――――――――――――――――――――*


 地下都市『新大阪』。
 地球環境が悪化し始めて数十年。
 天候は崩れ、川は氾濫し、地に作物が育たなくなった。
 かつて豊かな大地は数える程しか残っておらず、その中で大農場と呼ばれる畑は国営として管理された。
 インフラが高騰し、溢れかえっていた食料の取り合いが始まったのだ。

 生き残った人類はかつての地上の楽園を捨て、何重もの階層を連ねるこの地下世界へと移住した。
 人々が求めた物……それは『安心』と『安定』だった。
 空調が整備され、疑似太陽を浮かべた地下空間には本来当たり前であるはずの四季折々の風景が広がっている。
 しかしそれも一部の特権階級……言わば金持ちの道楽でしかなかった。
 この物語の主人公である二人組の生活圏はさらに地下の地下。
 この地下都市の最下層に位置していた。
 

「マスター、いつもの」


 喫茶店のカウンターに腰かけ注文をする少女。
 出された真っ黒な液体のまず臭いを嗅ぐ。


「う~ん。いい香り」


 そして飲む。


「にっげぇ。この世のものとは思えない」

「そりゃ、どうも」

「時にマスター、実入りの良さげな依頼などあるか?」

「う~ん。あるにはあるけど……まぁ小春ちゃんなら大丈夫かな」


≪ 依頼:『食いしん坊のクマさんにオシオキを!』


  依頼内容:熊の撃退

  報酬:五万円。≫

≪ 注意事項:ツキノワグマ・亜種という情報があります ≫



「地上の畑を荒らすクマか……師匠、危険じゃないですか? クマっすよ、クマ」
「しかし報酬が美味しい。それに見ろ京介『討伐』ではないあくまで『撃退』だ。やりようはある」
「そうは言っても……僕まだクマ見たこと無いし。きっと体長10mとかいう話でしょきっと……」
「注意事項は……ツキノワグマ・亜種としか書いてないな」
「『亜種』ってなんすか、『亜種』って! 危ないっすよ、そこはかとなく」
「忘れたのか京介? 私の力を。オオミツバチのような団体行動を取られると弱いがこいつはロンリーだ」
「タイマン勝負なら確かに師匠に勝てるのはそういないっすけど……」
「汚名返上、名誉挽回だ。任せておけ」


*―――――――――――――――――――――――――――――*


 ――ズシーン、ズシーン。

 森の奥から鳴り響く足音。
 小春と京介が喉を鳴らし、音の主を確かめるよう注視する。
 周囲に緊張感が高まり、二人は戦闘準備を整えた。

「き、きき来ましたよ師匠!!」
「慌てるな、まずはターゲットを認識してから動く」


 ――メキメキッ、
 
 木が折れ、今回のターゲットが姿を現した。


「あれ?」


 現れたのは体長10mを超える巨大熊……ではなく体長1mにも満たない小熊だった。
 立ちあがって見ても京介の腰に届くか届かないかの瀬戸際で、
 クマはこちらが驚いてないので必死に威嚇してくる。
 しかし、その姿さえ愛らしく。
 マスコットとして店頭にならんでいても違和感を感じないくらいだ。


「がう!!」

 
 吠えた。可愛く吠えた。


「か、かかか可愛いッ――!!」

 
 小春が目をキラキラさせ、お持ち帰りしたいと訴えた。
 その感想に京介も同意しかけたが、頭を振って目的を思い出した。

「師匠、仕事っす。私情は禁物っすよ」
「でも、でもでもでも」
「師匠どいて下さい。僕がやります」

 京介が大型のナイフを取り出し、じりじりとクマへ近づく。

「駄目ーッ!! そんな酷い事私にできない! 
 きっとほら、お母さんとハグレてお腹が空いて……きっとそうよ!」

 小春が京介を制止、包み込むようにクマを抱擁する。
 クマの方もその小春の思いが通じたのか威嚇で上げてた両腕を降ろした。
 つぶらな瞳が小春の肩越しに京介を捉える。


「うっ……これでは僕が悪者みたいじゃないですか。わかりましたよ――」


「がっは――」


「――今回は報酬は諦めて……って、ししょうぉおおおおおおおおおお!!」


 気づいた時には小春が空中散歩を楽しんでいた。
 否、巨大な力に打ち上げられたのだ。
 京介の耳に世界の誰かが『K.O!』と叫んだのが聞こえた気がした。
 周囲を見回す。
 もしや、新手の敵か? 同業者か?
 しかし、誰もいない。
 
「ぎひひひひひひひ」

 不気味な笑い声の主は目の前の愛らしいクマ……だったものだ。
 先程のつぶらな瞳が敵を射殺すような三白眼。
 禍々しい程の邪悪な笑みを浮かべていた。
 そして、ツキノワグマ胸部に特有の三日月形の白い斑紋が浮かぶ。


 ――枝豆博士の一口メモ

 『月輪熊・亜種』
 特徴:従来のツキノワグマのように哺乳綱ネコ目クマ科クマ属に分類される食肉類。
    旧環境下では最大で体長が2mを超える事はなかったが環境悪化と共により巨大になる種と反対の進化を遂げた種が生まれた。
    『亜種』とは分類上、種の進化の主流から外れたモノと位置付ける。
    この場合、『月輪熊・亜種』は強大な肉体をあえてコンパクトに進化した(体長1mで成獣となる)。
    外敵からの発見を困難にし、なお且つ消耗エネルギーを削減化に成功した種である。
    時代はエコである。

  

「っざけやがってぇええええええええええええ!!」


 一瞬意識が遠のいた小春が切れた。
 小さな角が生え、相棒の身の丈程もあるハンマーを振り降ろした。


 ――ドッゴォオオオオオオオオオオオオオンン!!


 ――ひゅんっ、


「がっは……」


 小春の会心の一撃をあっさりかわし、無駄の無い動きで再び小春のボディへアッパー気味の拳を打ち込んだ。


「こっのおおおおおお!!」


 水平に振り抜いたハンマーがクマを捉えたと京介は思った。
 しかし、小春のリーチをわかっているかのように紙一重で避けたのだ。
さらにクマは止まらない。
 顔をブロックしながら距離を縮め、右ストレートを繰り出す。
 小春も負けていない。
 仰け反りながらも右ストレートをかわし、蹴りを放った。


「何なんだ……あのクマ、超強ぇえええ!」



 ――枝豆博士の二口メモ

 『月輪熊・亜種』
 特徴:あ、あ~と言い忘れていたけど。身体が小さくなったからといって侮ってはいけない。
    彼らの種の腕力は健在で、その剛力は容易に大木をなぎ倒し軽量化されたスピードからは誰も逃げれない。
    そして彼らの多くが何故かボクシングを嗜むので華麗なフットワークに翻弄されないよう十分注意されたし。


「烏丸 京介、参る!!」


 小型ナイフをクマへ向けて投擲、そのまま止まらず黒い翼を羽ばたかせ上空へ。
 一撃の攻撃力が軽い京介にとってスピードは命だ。

「所詮はクマ、翻弄してやる」

 次々とクマの死角から小型のナイフを投擲する。
 当然、クマの頑丈な肉体に十分なダメージは与えられない。
 しかし、それで構わない。
 京介の狙いは敵の注意力を散漫させる事にあるからだ。


 


 地球に住む生物が取った選択肢は三つ。
 巨大化、凶暴化、異形化。
 その内、人類が取った進化の方向性は異形化であると言われている。
 そして、万物の霊長である人間という種が単純な姿・形を変化させるだけでは飽き足りず。
 その次の段階を考えた。
 それは――、

『異能化』。
 それは人間の次の段階の進化と言われている。
 一部の学者の間では人間の遺伝子の中に特殊なウィルス種が入り込みDNAを書き換えられたのだと、
 まことしやかに囁かれている。



「こぉおおおお……ふぅうううう……」


 息を整え、足を踏み出す。
 小春の武器は大振りのため確かに弱点が多い。
 しかし、その戦闘スタイルを貫いたのには訳があった。
 

「おぅりゃああああああああああああ!!」



 ――ブォオオオオオンンンンッ!!


 小春の額に小さな角が生える。
 それと同時にハンマーの旋回に鋭さが増し、風を斬る。
 彼女の選択した戦闘スタイルは一撃必殺。
 他の追従を許さぬ圧倒的破壊力を持って敵を殲滅する。
 攻撃は最大の防御。


 そして、敵をかっ飛ばした時の爽快感といったらなかった。




 ――ドゴォオオオオオオオオンンンンッ!!



「グァアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 クマが悲鳴を上げ、吹き飛ばされた。


「気っ持ちィイイイイイイ!!」


 小春は逆転満塁ホームランを打った打者の様に爽やかな笑顔で走り出した。



*―――――――――――――――――――――――――――――*


「やったなお前ら! 依頼達成おめでとう。報奨金だ」


「あ、どうもです」


 小春が恐縮して報奨金を受け取る。心なしか手が震えている。
 報奨金の袋を渡してくれたのは今回の依頼者。『農民』又兵衛さんだ。
 この時代、農作物の栽培は大変な危険を伴う。
 地上でなければ十分育たないため畑は自然、地下都市の外となる。
 気候の変動もそうだが、何よりリスクが高いのは今回のような凶暴化した野生動物達だ。


「おいらも腰さえ無事ならあんなクマ公屁でもねぇのによ。とにかく助かったぜ! 流石マスターの紹介だけあるな」
「マスターとは知り合いなのですか?」
「おうよ。よろずや協会に依頼するとどうしても紹介料や手続きが面倒でな!」
「ふ~んそういう事。まぁ私達の手にかかればクマの一匹や二匹」
「頼もしいな嬢ちゃん!!」


 ――バシーン!


「痛っててぇえええええ!!」 
「し、師匠。クマにやられたダメージが!」
「おい大丈夫かよ。やっべそんな強く叩いたつもりなかったんだが」
「と、当分安静だなこりゃ……はは」
「悪かったよ。あ、そうだそうだ」


 そう言って又兵衛はポケットから紙を取り出す。


「確かお前ら最下層の住人だよな?」
「そうっす」
「ちょうどいい。ほら、これやるよ」
「これはッ!」
「おうよ! 屋台『でんすけ』のクーポン券だッ!!」

「「ぉおおおおおおおおおおおおお!!」」

「今日は本当に助かったぜ! また依頼する時には嬢ちゃん達に頼むとするわ。お疲れ!!」




*―――――――――――――――――――――――――――――*


「カンパーイッ!!」
「お疲れーすっ!!」
「イッエーイッ!!」

 マスターに依頼達成した事を報告しようと『喫茶 まごころ』に立ち寄ったところ、偶然花がいてそのまま飲みに行く事に決まった。
 いつも花と喧嘩が絶えない小春だが、この時ばかりは上機嫌。
 クーポン券も一組様で使用可能なため使わねば損だ。


「つ、ついに! ビールが飲める」


 震える腕で合成ビールを恭しく持ち上げ、飲む。


「……か、ぁあああああああああああ!! しみるぜ~」


 大ジョッキの半分を一気に煽り、顔が薄っすら紅くなる。


「うまぁああああいい!! 久々に濃い味つけのモノが食べれる。幸せ~」

 
 京介は合成肉串(焼き鳥風)を口いっぱいに頬張り、至福の笑みを浮かべる。
 

「あなた達……普段何食べてるのよ……」


 花が苦笑しながら二人の様子を見る。


「ふん、花には私達の、この、笑顔の意味がわかるまい!」
「そうっす。長く辛い戦いだった……今日だけはせめて!」
「まぁ何にせよお疲れ様。それより聞いたわよクマと戦ったんだって? 金太郎のお話みた~い」
「そうだよ花聞いてくれよ! 私がどんなに勇敢に戦ったかをよ!!」


 夜はまだまだ長い。
 小春、京介、花はさらにもう一杯ビールを注文した。



*―――――――――――――――――――――――――――――*


 今回の収益:五万円。屋台『でんすけ』のクーポン券。
 今回の損失:飲み代五千円⇒四千五百円(クーポンで一割引き)
       

 ≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 二万三千八百円≫
 ≪烏丸 京介 十五歳……所持金 二万四千九百五十円≫





[30101] 第六話「気弱な私を守って!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2011/11/02 23:41

 朝、目が覚めると天国が広がっていた。
 京介が目覚めの第一思考がそれだった。

 ここは地下都市の最下層であっても日常生活に支障が無い程度の疑似太陽光はある(ただし本場と比べると薄暗い)。
 窓から差し込む光で欠伸をしながら布団から這い出た。
 そして『むにゅっ』というお決まりのラッキー感触で完全に頭が覚醒したのだ。


「なん……だと……」


 小春と共同生活を始めてから小説や漫画の様なドキドキ展開を期待した時期が京介にもありました。
 しかし、現実は小春の寝相の悪さから振り降ろされた踵落としや肘打ちで目が覚める事が多かった。


「う、う~ん……」


 艶めかしく寝返りをうち、はだけたパジャマより溢れ出すわがままボディ。


「YES! 青春!!」

 思わずガッツポーズをする京介。
 おぼろげな記憶が徐々に甦り、昨日三人で飲み明かしそのまま京介達のアパートに辿り着いた所で皆力尽きたのだ。
 酔い潰れても良い所のお嬢さんである花はきちんとパジャマを着てるあたりが育ちの良さを感じる。
 小春と違い酒があまり強く無い京介はすぐに泥酔してしまったが、二人のやりとりは所々覚えている。
 最後の方になると、花が完全に酔った小春にかなりセクハラをしていたような……。


『大丈夫~小鬼ちゃん。もうべろべろじゃない?』
『全然だいじょーぶ! 酔ってないもんね~!!』
『ホントに~? じゃあ、私の事『お姉ちゃん』って呼んで~』
『う……は、花お姉ちゃん』
『きゃああああ!! カワイー!! 超良い! グッドゥ!!』
「う~あ~あついよーひっつかないでよー」
「はい、あーん。お姉ちゃんがあーんしてあげる~!!」
「あ、あーん」


 ――ボッ、


 純情な京介には刺激が強すぎた。
 酔っていた時はそうでもなかったが改めて考えると相当恥ずかしかった……同じグループとして見られる事さえ。


「そ、そういえば師匠は?」

 
 見ると花の胸に顔を埋め、コアラのように抱きついて眠る小春を発見した。
 その仲睦まじい感じは本当の姉妹の様であるが、この中で最年長は残念な事に小春である。


「京介君は早起きさんだね~」


 いつの間に目が覚めたのか花が上目遣いで京介におはようと言う。


「おはようございます花さん」
「昨日飲みすぎちゃった……」
「三人で飲むの久々ですしね」
「あと京介君……ん」


 布団に寝たまま会話をする花が手のひらを出して来る。
 

「一万円」
「何故っす?」
「私の胸、触ったでしょ~」
「はっ!? 花さんも……早起きですね(涙)」
「えっち」

≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 二万三千八百円≫
≪烏丸 京介 十五歳……所持金 一万四千九百五十円≫
≪犬神 花  一九歳……所持金 五万千五十円≫




「ふぁ~良く寝た……二日酔いも心地良い」
「おはようございます師匠」
「どうした京介。顔が青白いぞ」
「ちょっとお金を落としたんですよ」
「えっ!? お前らしくない、いくらだ? どこに?」
「それは~一万円くらいを~胸の~谷間に~」
「あああああああああ!! 花さん、シー!!」
「何言ってんだ? わけがわからん」
「師匠は……無関係ですので」
「何かさりげなく胸の事でバカにされた気がしたが……グレーゾーンにしておいてやる」
「心配しなくても小鬼ちゃん成長期なんだし~」
「過ぎちゃったんだよっ!! 成長期っ!!」



*―――――――――――――――――――――――――――――*


 地下都市『新大阪』。
 地球環境が悪化し始めて数十年。
 天候は崩れ、川は氾濫し、地に作物が育たなくなった。
 かつて豊かな大地は数える程しか残っておらず、その中で大農場と呼ばれる畑は国営として管理された。
 インフラが高騰し、溢れかえっていた食料の取り合いが始まったのだ。

 生き残った人類はかつての地上の楽園を捨て、何重もの階層を連ねるこの地下世界へと移住した。
 人々が求めた物……それは『安心』と『安定』だった。
 空調が整備され、疑似太陽を浮かべた地下空間には本来当たり前であるはずの四季折々の風景が広がっている。
 しかしそれも一部の特権階級……言わば金持ちの道楽でしかなかった。
 この物語の主人公である二人組の生活圏はさらに地下の地下。
 この地下都市の最下層に位置していた。
 

「マスター、いつもの」


 喫茶店のカウンターに腰かけ注文をする少女。
 出された真っ黒な液体のまず臭いを嗅ぐ。


「う~ん。いい香り」


 そして飲む。


「にっげぇ。ガツンとくるぜ!」


「そりゃ、どうも。あと小春ちゃんのお財布も潤った事だし」


 マスターが右手を差し出す。


「コーヒー代のツケ払って」


 二度寝をした花を置いて二人でいつものように喫茶店へ。
 常連客である小春は毎回コーヒー代を払ってない。
 毎回毎回一杯十円のコーヒー代を請求するのが面倒という事もある。
 だから月に一度お金のある日にまとめて支払う約束だ。
 (小春達の財布が常に逼迫状態にあるため)
 小春が一日平均3~4杯、京介がその半分の量を飲んだとして計算。

「少し割引して小春ちゃん千円、京介君五百円でいいよ」


≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 二万二千八百円≫
≪烏丸 京介 十五歳……所持金 一万四千四百五十円≫


「とほほ、増えたと思ったらこれだ。色々群がってきやがる」
「師匠。お金のある内に食糧やら防寒具やらに替えといたいいっすね。あと来週の頭、家賃っす」


 先月の分は二カ月分の溜まっていて本来一万五千円支払わないといけないところ五千円しか払っていない。
 今月の分も合わせて一万五千円を支払わないとマズイ事になる。


「さ、先に抜いておこうか。使っちゃいそうだし」


≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 一万五千三百円≫
≪烏丸 京介 十五歳……所持金 六千九百五十円≫


「あっ! 師匠……携帯代も」
「……そうだね」

 小春と京介はさらに三千円ずつテーブルに置く。


≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 一万二千三百円≫
≪烏丸 京介 十五歳……所持金 三千九百五十円≫


「他忘れてる事無い?」
「今のところ」
「お金を稼ぐためにお金を使わなきゃならん。この矛盾!」
「社会の真理っすね」
「しかし、『諭吉』一枚では冬は越せんぞ」


「そんな小春ちゃんにプレゼント♪」

 
 マスターが一枚の依頼書を取り出す。


≪ 【協会より外注】
  依頼:『気弱な私を守って!』


  依頼内容:新大阪⇔新名古屋間の護衛。

  報酬:五万円。≫


 都市間横断貨物列車『キボウ』。
 各地下都市とのパイプ役を果たす物流システム。
 主に商業流通の要としての動脈として利用される。

 現在、地上での都市開発はほとんど行われておらず多くは地下都市へと都市機能を移行させている。
 野生生物の巨大化、凶暴化、異形化に伴い地上での日常生活は困難となり相応のリスクを抱えるようになったためだ。
 地下都市『新名古屋』は『新大阪』と重要な交易を担う都市である。


「ふむふむ。で、何からの護衛?」

 
 小春がマスターに質問する。
 都市間横断貨物列車は危険度の高い地上での運用を前提としているため、当然護身用としてある程度の自衛装備が設置されている。
 荷物を輸送中、凶暴な野生生物に襲われる可能性が高いからだ。
 小春の知りえる限りではここ最近、『キボウ』が襲われた話を聞かない。


「何かね。最近どうも山賊が出るらしいよ」
「山賊!? このご時世に?」
「そうか京介はまだ山賊とやり合った事はなかったな」
「え、師匠は山賊退治のご経験が?」
「おうよ。前に九州へ出張したときにな。面倒くさい奴らだったよ」
「何も『キボウ』を狙わなくても……ほっといても返り討ちに会うんじゃないですか?」
「うん、どうもねこの依頼者は相当な心配性でね。保険だってさ」


 チリーン、


「面白そうな話じゃない!」


 犬神 花が来店と同時に参加表明。


「山賊退治! くぅううう燃える展開ね! 一度やってみたかったのよ」
「花。今回は退治目的じゃないあくまで護衛だ」
「何言ってるのよ。私がいるんだから、寧ろ襲うでしょ」
「一理ある」
「京介。このおバカめ」
「それにそれに小鬼ちゃんとで、美人美少女のバリューセット」
「訳がわからん」
「そうっすよ花さん。師匠は美少女のイメージとかけ離れ過――痛っててててえて!!」
「ふん! べ、別にアンタのために腕ひしぎ逆十字固めしてるんじゃないからね!!」
「師匠、気に入ったんですかそれ……」


*―――――――――――――――――――――――――――――*


「…………ぼそぼそ」
「あんだって?」
「…………ぼそぼそ」
「聞こえねぇよ!」

 都市間横断貨物列車『キボウ』専属運転手、サブロウ。
 性格が気弱なのか声が聞き取り辛い。
 小春がさらに耳を近づけて辛うじて聞き取ることができた。


「……こんなクソのような女子供に仕事を依頼するなんてウチの社長はどうかしてるぜ」
「……大体、このキボウに護衛なんかそもそも必要ねぇんだよ。問題があった時責任問題にしたくないもんだから」
「……そのくせ経費ケチるからこんな中途半端なヤツしか派遣されないんだよ」
「……バナナはおやつに入りますかってか。フザケヤガッテどいつもこいつもあいつも」

 
 毒塗れだった。


「てめぇこそふざけやがって! せっかく来てやったんだろうが!!」


 小春が切れた。
 乱暴にサブロウの胸倉を掴む。


「…………ぼそぼそ」
「あぁん?」
「……ガキは帰ってクソして寝な」

「ちょ、ちょっと師匠依頼者に向かってそんな乱暴な」
「…………ぼそぼそ」
「はい?」
「……頭の悪そうな奴だな。死ねばいいのに」

「二人とも何怒ってるの? そんな悪そうな人には」
「…………ぼそぼそ」
「え?」
「……ビッチ」


 三者三様の武器を構える。
 サブロウはおどおどしながらも懐から一枚の用紙を取り出す。

 『よろずや規定』
 
 <規定趣旨>よろずや協会に登録された『よろずや』は以下の規定に従うものとする。

 第一条:よろずやと依頼者間で契約された依頼は相互理解の下、成立するものとする。
 第二条:よろずやもしくは依頼者が依頼内容に不備があると判断した際、契約を破棄する事ができる。
     (依頼者側は依頼内容は正確に告知する義務を要し、虚偽等が発覚した場合告知義務違反に該当する)
 第三条:よろずやは依頼者の同意の下、任務遂行しその結果を報告する義務がある。
 第四条:重大事由による契約解除について。
     協会所属のよろずやが重大事由により協会、依頼者の信頼を著しく損ない、契約内容を継続する事が困難と判断された場合。 
 第五条:罰則、罰金について。
     …………。

 ――トントン、とサブロウは規定の『第四条』を指し示す。
 正確には『第四条』と『第五条』の間で指が行ったり来たりしている。


 『よろずや』は免許制である。
 依頼を受けるかどうかは協会よりの斡旋に限らないが無免許で『よろずや』を名乗った際、逮捕される。
 当然、『よろずや』は規定に必ず従う事になり、従わない場合最悪免許停止処分を受ける事になる。
 マスター等第三者を通しての依頼は比較的緩やかなモノで、依頼者とのトラブルがあってもそこまで大事にはならない。
 (知り合い同士の頼みという事もある)
 しかし今回は協会から回って来た依頼だ。
 下手に目の前の依頼者とトラブルを起こした場合、契約不履行で訴えられたら大変な事になる。
 協会のブラックリストに載るのだけは避けなければならない。


「い、嫌だわ~私の武器砂埃がついてる~」
「そうっすね。仕事前の手入れはかかせないっす」
「うむ。今宵も我が相棒は血に飢えておる」


「…………ぼそぼそ(わかればいいんだよ。わかれば)」

 
*―――――――――――――――――――――――――――――*


 ――ゴゴゴゴゴゴゴ、

 ――ホゥオオオオオオオ、

 地上の線路へ連結され、都市間横断貨物列車『キボウ』が発車する。
 

「スゴイ仕掛けね~なんかカッコイイわ」
「ロボットが出てきそうな感じっすね」
「新名古屋か~お土産何買おうかな~」


 運転席にサブロウ一人が座り、次の車両に乗り込んだ小春達はまさしく遠足気分だった。
 後続で十程の貨物車両が続く様は壮観の一言だ。


「やあ、君達も『よろずや』かい?」

 
 小春達が乗り込んだ車両には先客がいた。
 騒がしくする小春達に中年で小太りの男が声をかける。
 男は『よろずや』免許を見せ、笹木 古次郎と名乗る。
 依頼で別のグループと共同戦線を行う事は良くある事だ。
 依頼の規模の多さや依頼者の都合によって別のよろずやが現場で出くわす事もたまにある話だ。


「よろしくアンタも同じ依頼?」
「あぁ、しけた報奨金つけやがってよ。外注にされるのも無理無いわな」
「何事もない事が前提なんでしょ。保険って言ってたし」
「そうも言ってられないようだぜ」


 発車してしばらくしたところ、古次郎の視線が車両の外へと向けられる。


「おいおい……ありゃ……」




 ――枝豆博士の一口メモ

 『日本大猪』
 特徴:日本古来の猪が進化したもの。ウシ目(偶蹄目)・イノシシ科に分類される動物。
    鼻が非常に敏感で神経質な動物である。
    体長約5m、体重1tを越す。
    その巨体に似合わず、時速45kmをマークする。
    特にその行動直線上に居ては大変危険だ。
    その鋭い牙は容易に人間など貫通し、頑丈な顎は人間の四肢の骨を噛み砕く。


「やばいっすよ師匠。あの数……」


 一頭や二頭ではない。数十頭の単位で列車へ向かって来る。
 近づく程地響きが大きく鳴り響く。


「おい! サブロウ!! このままじゃマズいぞ!」
「…………ぼそぼそ」
「は!?」
「……ぼそぼそ(仕事の邪魔すんなよ)」


 言い終わるや、サブロウは手元のスイッチを操作していく。
 

「…………ぼそぼそ(グッバイ)」




 ――ガガガガガガガガガガガガ!!


 一斉射撃。
 都市間横断貨物列車に搭載されてる自衛システムが作動。
 各車両に設置されてる機銃が日本大猪目がけて火を噴いたのだ。



「ギィイイイイイイイイイイイイイイ!!」


 日本大猪の方も最初は怒り狂い突進を継続していたが分が悪いとわかるや退散していった。


「や、やるじゃねぇかサブロウ……」
「ほんとっすね」
「でもあの豚ちゃん達ちょっと可哀想……」
「急に襲ってきやがるた~ついてねぇ」



 ――ドォオオオオオオオオオンンンン!!


 
「今度は何だ!?」

 
 車両の後部で爆発音。
 小春が車両の窓から身を乗り出して様子を見る。


「来た! 山賊共だ!!」


 ジープに跨りヒャッハーしてる世紀末的な奴ら。
 ジープの数は5台。人数は15人と言ったところだ。


「行くぞ! 京介、花!!」 


三人は車両後部へ走り出す。
 残された古次郎はゆっくりと運転席のドアを開き、サブロウへナイフを突き付けた。


 
*―――――――――――――――――――――――――――――*


「切りが無いわね……」


 花が山賊達に拳銃で応戦。
 京介も飛び移ろうとしている山賊を投げナイフで仕留めて行く。


「やっぱ拳銃いいな~欲しいな~」
「諦めろ京介。銃なんか弾代だけでいくらかかると思ってる。セレブな殺し道具だぜ」
「私~あんま格闘戦得意じゃないのよ~怖いし」
「大丈夫っす! 花さんには指一本触れさせません」
「京介君男らしい~!」
「いや~それほでもです」
「バカな事言ってないでさっさとヒァッハー共を撃ち落とせ……ん?」
「どうしました師匠」
「おかしい……何故さっきみたいに機銃で応戦しない?」


 小春が列車の異常に気づく。
 それは列車が急ブレーキをかけたのと同時だった。


「京介、花! ここは任せた!!」
 

*―――――――――――――――――――――――――――――*


「そうだ。列車を停車させたら、大人しくこっちへくるんだ」


 古次郎は車両の椅子にサブロウを縛りつける。


「…………ぼそぼそ(だましたな、クソ野郎)」
「何をぼそぼそ言ってるかわかんねぇが、余計な事すんなよ」


「――何をやっている!!」


「おおっと意外に気づくのが早ぇじゃねぇか。しかもラッキーな事に嬢ちゃんとは」


 古次郎はうすら笑いを浮かべたまま小春へ近づく。


「猪に襲わせて注意を集中させ、その隙に列車へ乗り移る手はずだったが……どうやらバカが一人先走ったようだ」
「あの猪もお前の仕業か」
「あぁうまい事この列車へ誘導するのは苦労したがな」
「ぺらぺらと良くしゃべる。もう成功した気でいるのか?」
「一人で戻ったのは迂闊だったな。お兄ちゃん達に確認を頼まれたのか? ガキを殺す趣味はねぇが見られたら仕方ないな」


 古次郎は右手にナイフを構え、小春へ突進する。





 地球に住む生物が取った選択肢は三つ。
 巨大化、凶暴化、異形化。
 その内、人類が取った進化の方向性は異形化であると言われている。
 そして、万物の霊長である人間という種が単純な姿・形を変化させるだけでは飽き足りず。
 その次の段階を考えた。
 それは――、

『異能化』。
 それは人間の次の段階の進化と言われている。
 一部の学者の間では人間の遺伝子の中に特殊なウィルス種が入り込みDNAを書き換えられたのだと、
 まことしやかに囁かれている。




「二つ訂正してやる」


 小春の横殴りのパンチが古次郎のナイフを持つ右手の肘を砕く。


「一つ。私は三人の中で一番強い」


 小春の額に小さな角が生え、渾身のフックを古次郎の腹部へ。骨が折れる音がした。


 
「二つ。私はガキじゃない。一番、一番年上なんだぁああああああああああああ!!」


 背中に背負ったハンマーを金属バットのように振り抜いた。
 すでに涙ぐんでいた古次郎は絶叫を響かせながら車両の壁に打ち付けられた。


「……てめぇ『ホルダー』か……がふっ」



*―――――――――――――――――――――――――――――*




「えぇ~ちゅうぅうううもぉおおおおおおおおくぅううう!!」




 列車の屋根に登り、大声で叫ぶ小春。
 左手にはボロ雑巾のようになった古次郎がいた。


「え、まさか……お頭!?」
「バカなお頭がそんな簡単にやられるはず……」
「マジかよ。ありえねぇよ」


「皆さん。どうか武器をしまってください。アナタ達の仲間を私達は拘束しています。
 これ以上の争いは無益です。この場で武器を捨て列車を襲わないと約束していただけるならこの方はお返しします」


「お頭がやられたんじゃ……」
「逃げるか……」
「お頭を見捨ててか? それはできん」
「相手は女子供だぞ」



「ぐすぐす……うぅうう。もう嫌なんです。どうして人は争わないといけないのか。
 もっと話し合いましょう! もうこんな罪を重ねて欲しくないんです!!」



「どうする……あの子泣いちゃってるよ」
「可愛い……いや可哀想」
「何か……俺達いけない事したみたいだ」
「俺、あの子信じてみるよ」


 山賊達は話し合いの結果、話し合いに応じると返答した。


「ありがとうございます! 本当に、では武器を捨てて下さい」


 山賊達は武器を正面に放り捨てる。


「次にそこから五歩後ろへ下がって下さい」


 山賊達は言われた通り五歩後ろへ下がる。


「言う通りにしたぞ。早くお頭を解放してくれ」
「はぁ? 何それ」
「え!?」
「ご協力ありがとうございます。それでは――」





「全員確保ッ!!」




 京介と花の情け容赦無い攻撃で山賊達は殲滅された。



*―――――――――――――――――――――――――――――*


「テロには屈しません!」

 
 小春は仁王立ちでロープでみの虫状態の山賊達を見下す。
 恨み節や罵詈雑言の荒らしだったため全員猿ぐつわをかませている。
 

「師匠。キタナイ。流石っす」
「キタナイは、褒め言葉だ」
「小鬼ちゃん、まじ鬼だね」
「…………ぼそぼそ」
「はい!?」
「……ぼそぼそ(報酬は色をつけておいてやる)」
「マジで! アンタ良い奴じゃん!」
「……ぼそぼそ(報酬は名古屋についてから渡そう)」



*―――――――――――――――――――――――――――――*


 今回の収益:六万円(一万円はサブロウのポケットマネー)。
 今回の損失:一万五千円(家賃)
       六千円(携帯代 二人分)
       コーヒー代千円(小春)、五百円(京介)
       一万円(京介の青春代)


≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 三万二千三百円≫
≪烏丸 京介 十五歳……所持金 二万三千九百五十円≫
≪犬神 花  一九歳……所持金 七万千五十円≫




[30101] 第七話「スリにはご用心!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2011/11/19 13:30



『新名古屋~新名古屋~』



「……ぼそぼそ(帰りは夕方だ。それまでに戻って来い)」


 都市間横断貨物列車『キボウ』専属運転手、サブロウ。
 相変わらずの毒舌だが、少しは小春達に心を許したらしい。


「まずはこいつらを換金するか!」

 
 キボウに積み込まれた山賊達をこの都市のよろずや協会に連れて行く事にする。
 犯罪者の逮捕は警察の仕事だが、よろずや免許には逮捕権も付与されている。
 警察では対処できない犯罪者の逮捕をよろずやに依頼する場合があるからだ。
 捕まえた犯罪者を協会に連れて行くと、その犯罪者のレベルに応じた報酬がもらえる。
 極悪人や、賞金首などはそれだけ危険度が高いが報酬も桁違いだ。


「山賊頭領が一万円……山賊A、B、C……十四名で各千円……安っ!」

「計二万四千円っすか……三人で分けて八千円ずつっすね」

「完全に雑魚だったみたいね」



≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 四万三百円≫
≪烏丸 京介 十五歳……所持金 三万千九百五十円≫
≪犬神 花  一九歳……所持金 七万九千五十円≫



「おっしゃ! せっかく名古屋に来たし、行くぞ京介!」
「師匠、行くってどこへ?」
「決まってるだろ『フリーマーケット』だよ!」



 小春達が名古屋に来たちょうどこの時期、名古屋では一大イベントが行われていた。
 露店が並び、ステージではバンドライブが行われていた。
 その中で小春が注目したのは『フリーマーケット』。
 普通のフリーマーケットでは個人の完全に私物の余り物が店に並ぶ程度だが、今回のは規模が違う。

 この時期のフリーマーケットで並ぶ店は全て免税店となり、普段高い物が格安で手に入れる事ができる。
 当然、良いモノはすぐに売り切れてしまうため欲しい品を手に入れるためには、スピードと思い切りの良さと何より実弾(お金)がものを言う世界。



「小鬼ちゃん小鬼ちゃん! ソフトクリーム食べようっ!」
「うん! いや、駄目だ駄目だ! そんな事に使ったら欲しいモノが買えなくなる……」
「じゃあ、私が買うから少し食べる?」
「え、いいの!? じゃ、じゃあ~少しだけ」
「は、花さん! 僕も――」
「京介君はだ~め」
「ジーザス!」

 
 小春には気前の良い花。
 しかし京介は見逃さなかった。
 小春がソフトクリームをペロペロ舐めている姿を花が少し興奮しながら眺めている姿を。
 そして、その興奮した花を見て興奮する京介の姿を小春が気持ち悪そうな顔で見ていた。


「あ、これ私の使っている銃弾じゃない! カートン買いで安い!」
「あ、ダマスカスナイフだ! やっべ~欲しい!! でも足りない(涙)」
「私の『おおきづち』もそろそろ……」


 三者三様の露店巡り、人だかりは混迷を極め通路には一人通れるかどうかのひしめき具合。




「師匠! 家の電気ストーブこれにしませんか?」
「あれ、小春ちゃん家って電気ストーブあったんじゃ……」
「2~3年前から調子が悪くてな、去年なんか危うく火事になりかけたよ」
「二万っすね……」
「むむむ……」


 必死に電気ストーブと睨めっこをする小春。
 スキマ風が吹く小春達のアパートで暖房器具は必須アイテムだ。
 しかし、目の前の小じんまりした電気ストーブの大きさでは十分な熱がでないのではないか?


「小鬼ちゃん小鬼ちゃん! これは!?」


 花がある一つの商品を指さした。 


「こ、炬燵……」
「こ、炬燵……」


 まったく同じリアクションをする小春と京介。


「『KOTATU』省スペースこたつ布団セットやテーブルも一式セットにしたアイテム」
「お部屋の雰囲気や大きさに合わせてデザインやサイズをお選びください。生活雑貨ではお求め安い価格でご提供致します」
「なんで二人して説明文読んでるの?」
「素晴らしい商品っすね~さぞ、お高いんでしょ?」
「気になるお値段は……」


『炬燵……六万円』
 

「ろっ……六万だとっ!? ひょうおおおおお!!」
「し、師匠! 気を確かに!!」
「でも定価は八万の品よ。けっこうお得なんじゃない?」
「京介、今『諭吉』さんは何人いる?」
「三『諭吉』っす」
「私は四『諭吉』だ。ぎりぎり買えるが……」
「師匠……炬燵を買えばミカンも買わなければいけなくなります」
「しまった迂闊だった!」
「え、そこ問題!?」


 さらに一時間、露店の店主がうんざりした表情で見守りつつ議論が進んだ。
 そして、その結果――。


「京介……買おう。炬燵を……買おう」
「師匠……英断です」
「私、足疲れちゃった」


 ようやく決断をして小春が財布を取り出そうとする。


「あれ?」
「師匠? どうしたんすか?」
「財布が……無い」
「えっ!? あっ!! 僕のも……」
「私も……何で?」


「あぁ~嬢ちゃん達やられちゃったね~」


 露店の店主が残念そうな表情を浮かべたまま、小春達を見る。


「やられたって?」
「スリさ、こういうイベントの時期は多いんだよ」
「なっ!?」
「ここいらじゃ確か『オーケストラ』って窃盗団の縄張りだからな~その下っ端が小遣い稼ぎにちょくちょく現れるのさ。
 残念だったな~嬢ちゃん達。諦めるしかな――」



「Fuck you! ぶっ殺してやる!!」



 ――ズンッ!!


 ――ベキベキッ!



 小春の額に角が生え、怒りに任せその場で足を踏み降ろすとビキビキとアスファルトの地面が割れた。




*―――――――――――――――――――――――――――――*


「はぁ……はぁ……もうここまでくれば大丈夫だろ」


 男は汗を拭う為パーカーのフードを降ろす。
 フリーマーケットの露店通りから離れ、男は走る足を止めた。
 窃盗団『オーケストラ』に所属する男は普段先輩に付き従い雑用係の日々。
 仕事で溜まったストレスをこうして得意のスリで発散するのが趣味だった。


「ちょうどノロそうなガキ三人組で助かったぜ。まったく気づかないでやんの」


 男は懐から三つの財布(黒の折りたたみ財布、花柄をあしらったオシャレ財布、可愛らしいクマの顔をした財布)を取り出す。
 

「お! 思いのほか入ってやがるぜ。こりゃラッキー!」




 ――ボキボキッ!



「ゴキゲンだなぁ……こんなところにちょうどパンチングマシーンがあるなんて……」


 男のすぐ背後で指を鳴らす音と共に怒りを押し殺した声が聞こえた。


「ひっ! て、てめぇら何で……」


 男が逃げる。
 しかし――、


「泥棒は犯罪です」


 男の足にナイフが突き立って、足を止める。


「ぎゃああああああああああああ!!」




 地球に住む生物が取った選択肢は三つ。
 巨大化、凶暴化、異形化。
 その内、人類が取った進化の方向性は異形化であると言われている。
 そして、万物の霊長である人間という種が単純な姿・形を変化させるだけでは飽き足りず。
 その次の段階を考えた。
 それは――、

『異能化』。
 それは人間の次の段階の進化と言われている。
 一部の学者の間では人間の遺伝子の中に特殊なウィルス種が入り込みDNAを書き換えられたのだと、
 まことしやかに囁かれている。



「私の鼻から逃げられるわけないじゃな~い」


 花の頭に犬耳と腰からしなやかに伸びる白い尾。
 犬の嗅覚はヒトの数千から数万倍とされる。花の能力は『追跡』その自慢の嗅覚の前で逃げる事は不可能だ。
 能力発動時何故か犬耳と尻尾が生え、同時に視覚、聴覚も鋭敏化される。
 京介など花のこの犬耳モードを密かに携帯の待ち受け画面に登録しているぐらいだ。


「今日はラッキーらしいな。こんな美少女にグーパンチしてもらえるなんて♪」


 小春。その姿は既に鬼のごとき形相。
 男の叫びが響き渡る。
 そして、
 静寂。




*―――――――――――――――――――――――――――――*

 住所不定の30代男性。
 頭部に殴打の跡。
 体中に擦過傷。
 右腕右足を骨折。
 重症。


「お! 思いのほか入ってやがるぜ。こりゃラッキー!」


 気絶した男の財布を抜き取り、小春は内容物を確認する。
 三万四千円也。



「師匠……泥棒は犯罪です」

「何を言ってるんだ京介。私は取られた物を取り返しただけだ。そうだよな花?」

「えぇ。私の財布には八万九千五十円が入っていましたわ」

「ちなみに私の財布には五万三百円が入っていたはずだ」

「あ! そういえば僕の財布も確か四万千九百五十円ありましたね」

 
 小春は男の財布から一万円ずつ抜き取り花と京介に渡す。
 

「あ、そうだそうだ。花のおかげでこの犯罪者を捕まえる事ができたよ。ありがとう。
 ほれ、ソフトクリーム代だ」


 小春は残金四千円を花に渡すと、何事もなかったかのように男の懐に財布を戻した。


「じゃあこいつ換金して来るわ」


 小春はコソ泥男を一人で担ぎ上げると意気揚々と協会へ向かった。


「鬼ね」

「鬼っすね」


 少し罪悪感を覚えるが当分の間塀の中から出て来れないだろうから問題無いだろう。
 京介はコソ泥男の幸運度のパラメータ(幸運度『1』なのではないか?)に合掌しつつ、少し重みの増した。
 財布を懐にしまった。


*―――――――――――――――――――――――――――――*


 今回の収益:臨時収入 三万円四千円。
       山賊達を換金 二万四千円。
       コソ泥男 五百円(小春が手間賃として着服)。



 今回の損失:炬燵 六万円。
       銃弾カートン買い(花のみ)五万円。
       

≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 二万八百円≫
≪烏丸 京介 十五歳……所持金 一万千九百五十円≫
≪犬神 花  一九歳……所持金 四万三千五十円≫




[30101] 第零話「はじまり!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2011/11/23 21:40
「いきなりクライマックスかよっ!」


 京介がそう呟くのも無理は無い。
 免許取り立てのペーペーが立ち向かうにはあまりにも強大だった。


 ――ズシーン、ズシーン。


 視界に広がる絶望。
 胸に宿る虚無感。
 たどり着く先は死。

 やれるだけの事はやった。
 目の前の巨体には数十本刺さるナイフ。
 しかし、効果は薄い。
 この大自然の脅威の前には人間が無力だと思い知らされる。


 ――グゥオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 嘶く、嘶く、嘶く。
 咆哮は京介の咆哮を震わせ、底冷えの恐怖を味合わせる。
 

「やべ、死んだ……」


 諦め、迫り来る怪物に身を委ねようとしたその時――、




「バカヤロウッ!!」



 叱責が京介の耳朶を打った。



*―――――――――――――――――――――――――――――*


 地下都市『新大阪』。
 地球環境が悪化し始めて数十年。
 天候は崩れ、川は氾濫し、地に作物が育たなくなった。
 かつて豊かな大地は数える程しか残っておらず、その中で大農場と呼ばれる畑は国営として管理された。
 インフラが高騰し、溢れかえっていた食料の取り合いが始まったのだ。

 生き残った人類はかつての地上の楽園を捨て、何重もの階層を連ねるこの地下世界へと移住した。
 人々が求めた物……それは『安心』と『安定』だった。
 空調が整備され、疑似太陽を浮かべた地下空間には本来当たり前であるはずの四季折々の風景が広がっている。
 しかしそれも一部の特権階級……言わば金持ちの道楽でしかなかった。
 この物語の主人公である二人組の生活圏はさらに地下の地下。
 この地下都市の最下層に位置していた。
 

「マスター、コーヒーを」


 京介は喫茶店のカウンターに腰かけ注文をする。
 出された真っ黒な液体のまず臭いを嗅ぐ。


「う~ん。いい香り」

 そして飲む。

「にっげぇっ! え、何これ!? マズっ!」

「そりゃ、どうも」

 あまりのマズさに思わず本音が出た。
 『喫茶 まごころ』の店主 誠は京介の発言に怒りもせず、謝りもせずそう返した。
 自分で出して置いて何だが、店主である誠がこのマズさには自信があった。
 何せ安いのだ(一杯十円也)。
 文句を言うなら頼まなきゃいい。
 そう言いつつメニューから外さないのはこの店でベスト5に入る人気商品だからだ。
 (当然、客が飲みたくて選んでるというより選択肢がないから)
 棚の上のメーカー品インスタントコーヒーはなんと一杯五百円也。
 べらぼうに高いため嗜好品でそこまで贅沢するものはいない。
 なんせ日々の生活で精一杯なのがここ最下層の住人だからだ。



「……ふん、ガキめ」



 ぽつりと言葉が京介の耳に届いた。
 声のした方へ見るとカウンターの端に十歳前後の幼女が座っている。
 周囲に保護者がいない。
 両親がいない子は珍しくなく、自分も施設で育った経歴があるため訳ありの子かと判断しそれ以上関わらなかった。



「ここで依頼の斡旋をやってるって聞いて来たんですけど……」

≪烏丸 京介 十五歳……所持金 千円≫

 『よろずや』免許取得。
 年齢制限は無く、誰でも本人の意思があれば取得できる資格だ。
 筆記試験があり、ある程度の一般常識を身に付けた者である事が条件のため自然年齢は十八歳以上が一般的だ。
 その中で十五歳という若さで免許を取得した京介はかなり早い方と言える。

 
「あぁ、君『よろずや』かい? 免許見せてもらえるかな」

 ≪ 氏名:烏丸 京介
   年齢:十五歳
   等級:E(免許証の色 白)
   依頼に関する条件等:逮捕権なし 依頼受諾は☆無しに限る≫

「烏丸 京介か……この場所良くわかったね」

「えぇ、知り合いに教えてもらいました」

「依頼の経験は?」

「今日、免許の登録が終わったので初めてです」

「そっか……ならいくつかあるから自分がやりたいのを選んでくれる?」

 マスターが何枚か依頼書を京介に見せる。
 その中で京介が選んだのは――、


≪ 依頼:『ベーコンが食べたいんだもん!』


  依頼内容:日本大猪の狩猟

  報酬:五万円。
 
  補足事項:肉質が柔らかい物が希望。フレッシュな感じで、年寄りはいらない≫


「大丈夫かい? 初の依頼で……この愛犬の捜索とかにしておいた方がいいじゃないか?」

 マスターが心配して簡単そうな依頼を進めて来る。
 しかし、京介も男の子だ。
 一度言い出した手前、尻込みして舐められたくないのとこの店を今後利用するため自分が有能だと見せつけたかった。

「大丈夫っす! 腕に自信有るんで。早くまとまった金が欲しいし」

「そうかい? じゃあ無理しないで」

 マスターが依頼書を京介に手渡す。
 笑顔で受け取り、残ったくそマズいコーヒーを一気に飲み干し、意気揚々と店を出て行った。



*―――――――――――――――――――――――――――――*



 ――ブホ、ブホ、



「……いたいた」


 日本大猪は群れで行動する。
 神経質で臆病な動物なため、積極的に人を襲う事は無い。
 しかし力は強く、その巨体に似合わず、時速45kmをマークする。
 
 京介には勝算があった。
 確かに普通に走っては勝負にならないが自分には『ホルダー』として生来の異能力がある。
 いざとなればそれを使って逃げれば良いし、体長約5m、体重1tを越すため狩猟も一頭でよい(十分な肉が取れる)。
 集団行動する動物の中には大抵トロそうなヤツがいるはず、そこを突く。
 

 ――ガサガサガサ!

 ――ブホ?

 あえて大きな音を出し、驚かせる。
 次に得意のナイフを投擲。
 日本大猪の何頭かの尻に刺さり、暴れ出した何頭かによって群れは混乱した。


「いいぞ、そのままそっちへ逃げろ!」

 ――ドドドドドドドドドド、

 ――ブォオオオオオオオオオ!

「よし! かかった!!」

 一頭、準備していた落とし穴へ落ちる。
 穴は深めに掘っていたため容易には登れない。
 後は弱った所をトドメさせば一丁上がりだ。

「な~んだ! 簡単じゃないか! 僕の力なら十分よろずやとしてやっていける!!」

 落ちた猪の様子を見るため、木陰から出る。





 ―――グゥオオオオオオオオオオオオオオオ!!




「なん……だ……?」

 京介がその咆哮に驚き、振り向く。
 

 ――ズズズズズズズズ、


 地面が揺れる。
 京介は最初、地震と思った。
 しかし、震源が近づき、京介の顔が見る見る青冷めて行った。

「そんな……デカ過ぎる……」

 通常の日本大猪の平均体長は約5m……それは8mを越す大物だった。
 この群れのボスなのだろう。
 仲間の危機に助けに来たのか目は血走り、怒りに燃えていた。



 ――ドォオオオオオオオ!



「ぐっ……は……」

 油断した京介は突進で吹き飛ばされ、そのまま大木に激突した。
 肋骨が折れたようで痛みが走る。
 痛みで集中できず、能力を発動できない。
 こんなときに経験不足が仇となった。
 京介は死を覚悟した。
 この怪我した状態では逃げる事はできない。
 そして、目の前の怪物に怯え、恐怖で腰が抜けた。
 
「やべ、死んだ……」

 諦め、迫り来る怪物に身を委ねようとしたその時――、




「バカヤロウッ!!」



 叱責が京介の耳朶を打った。
 京介が閉じかけた目を見開くと、目の前には身の丈もあるハンマーを構えた幼女がいた。


「あ、危ない!! 何でこんな所に子供が!?」

 京介が身体の痛みに構わず、幼女を怪物から離そうと幼女の肩に触れる。

「子供じゃねぇよ!!」

 肩に置いた京介の手を振り払い、幼女は叫ぶ。

「ガキはすっこんでな! 邪魔すんじゃねぇ!!」 


 ―――グゥオオオオオオオオオオオオオオオ!!

 
 怪物が再び突進。
 目の前の小さな幼女など障子紙程の耐久度だろう。
 もはや逃げ場はない。
 目の前の惨劇に京介は思わず目を覆った。

「あ……れ?」

 何時まで待っても衝撃が来ない。
 恐る恐る目を開くと目の前の幼女の構えたハンマーで体長8mを越す日本大猪が止まっていた。


 ――ブホ、ブホ、


 必死に幼女を弾き飛ばそうとするも幼女の身体はビクともしない。


「こぉおおおお……ふぅうううう」


 息を整え、足を踏み出す。
 地球に住む生物が取った選択肢は三つ。
 巨大化、凶暴化、異形化。
 その内、人類が取った進化の方向性は異形化であると言われている。
 そして、万物の霊長である人間という種が単純な姿・形を変化させるだけでは飽き足りず。
 その次の段階を考えた。
 それは――、


「おぅりゃああああああああああああ!!」


 ――ブォオオオオオンンンンッ!!

 『異能化』。
 それは人間の次の段階の進化と言われている。
 一部の学者の間では人間の遺伝子の中に特殊なウィルス種が入り込みDNAを書き換えられたのだと、
 まことしやかに囁かれている。
 
 小春の額に小さな角が生える。
 それと同時に振り抜いたハンマーが鋭さを増し、日本大猪の左顔面を直撃。
 牙は折れ、血を吐く。



「す……すげぇ」

「もういっちょぉおおおおお!!」

 ――ドゴォオオオオオオオオンンンンッ!!


 アッパー気味打ち込んだ。ハンマーがもう片方の牙も砕いた。
 

 ―――グゥオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 それでも日本大猪は倒れない。
 よろよろとしながら後ずさりし、ついには敗走した。
 幼女がジャンプし、日本大猪の背に飛び乗る。
 そしてトドメの一撃とばかりに渾身のハンマーを振り降ろし、体長8mを越す巨体が遂に地に沈んだ。

 幼女はふぅと小さな溜め息を漏らし、爽やかにこう言った。


「あぁ、良い汗かいた」
 


*―――――――――――――――――――――――――――――*


「あざーすっ!!」


 病院のベッドで包帯ぐるぐる巻きの京介は幼女に礼を言い、頭を下げる。

「まぁ無事で何よりだよ」

「あ、あの僕は烏丸 京介です。アナタのお名前は……」

「鬼灯 小春だ。私もよろずやだよ」


≪ 氏名:鬼灯 小春
  年齢:二十歳
  等級:C(免許証の色 青)
  依頼に関する条件等:特記事項無し ≫


 免許証を見せながら小春は名乗る。


「は……二十歳……僕より年上……で、すか?」

「何故疑問形になるかわからんが、その通りだ。年上を敬え」

「わかりました。今日から師匠と呼ばせて下さい!」

「何でだよっ!」

「師匠に惚れました!」

「え……(赤面)、そそそそんな急に言われても……」

「その攻撃力に惚れました! ぜひ僕を弟子に!!」

「……殴っていい? 腹を」

「ご勘弁を」

「あ、そうそう。これ依頼達成の報酬受け取って来たから」


 小春が懐から封筒を取り出す。


「ありがとうございます。僕の代わりに猪納品してくれたんですね」

「感謝しろよ。あとお前保険入ってるか?」

「保険?」


 京介のきょとんとした表情で小春はあちゃーと目を覆った。


「よろずやには健康保険は必須だぞ! 今回みたいに大怪我したとき全部自費になるじゃねぇか!」

「し、しまったぁあああああああ!!」

 
 小春がベッドの横に掛かっている伝票を確認する。
 請求額:十万千五百円。


「うぁああああああああああああああ!!」

「落ちつけ京介とやら、あのボスも納品してきたから報酬はがっつりだぞ」

 
 報酬額;十三万円。


「ベーコンにはあのボスじゃ堅過ぎて良い肉じゃないらしいが、折った牙がかなりの価値でな」

「何から何までかたじけない」

「とりあえず治療費は払って来てやるよ。それと私の報酬を差し引いて――」

「え――?」

「ほれ、今回のお前の報酬だ」


 唖然としている京介の口に百円玉を加えさせ、小春は手を振りながら病室を後にした。


「お大事に~」


 京介は涙でぼやけながら爽やかな笑顔で病室を出て行く小春を見送る。
 悔しさで噛み締めた百円玉は鉄の味がした。






*―――――――――――――――――――――――――――――*


 今回の収益:依頼達成報酬額 十三万円
 今回の損失:治療費  十万千五百円
       小春に巻き上げられた 二万八千四百円



 ≪烏丸 京介 十五歳……所持金 千百円≫





[30101] 第八話「御手洗 清子、現るっ!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2011/11/30 07:22




 ピンポーン!


 呼び鈴が鳴る。

 
 ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン!


 呼び鈴が……鳴る。


 ピンポンピンポンピンポンピンポーン!



「はいはいはい! わかったから! 誰なのこんな朝早く……」


 玄関のドアが開く。


「おはようございます! 大家のおばあちゃん!」


 ドアを開けると愛くるしい表情をした小春が一人笑顔で立っていた。
 小春達が住むアパートの管理をしている大家のトメさんの家は小春達の部屋のちょうど真下にあたる。
 大家のトメさんが小春達の部屋へ家賃の催促に行くのは毎度の事だが、小春自らこちらへ尋ねて来るのは珍しい。
 小春の笑顔に釣られ、大家のトメさんの表情も和らぐ。

「あら、どうしたの小春ちゃん?」

「家賃を納めに来ました!」

「まぁまぁわざわざ? 嬉しいわね~♪♪」

 音符が二つ出た。
 好感度UPだ。

「先月待ってもらった分と今月分。合わせて一万五千円です」

 トメさんに封筒を手渡す。
 手渡された封筒は少し湿りくしゃくしゃになっていた(使ってしまおうかどうかと小春の葛藤が滲んでいた)。
 
「偉いわね~小春ちゃんは♪ それにひきかえ……」

「いいんです。私がいつもお世話になっているおばあちゃんに直接お金を渡したかったので。
 おばあちゃんにはいつも良くしていただいて助かっています」

「いいのよ~そんな事は! 小春ちゃんは何か放っておけなくてね。また何か困った事があったら言いなさい」

「はい! ありがとうございます!!」

「今度は京介君にもって来させなさいよ。あんまり小春ちゃんに負担をかけないよう説教してやるわ」

「ふふ、よろしくお願いしまーす!」 
 


*―――――――――――――――――――――――――――――*



「と、言う事だ。京介」


「自分の評価は上げて、僕の評価をさりげなく下げましたよね師匠?」



*―――――――――――――――――――――――――――――*


 地下都市『新大阪』。
 地球環境が悪化し始めて数十年。
 天候は崩れ、川は氾濫し、地に作物が育たなくなった。
 かつて豊かな大地は数える程しか残っておらず、その中で大農場と呼ばれる畑は国営として管理された。
 インフラが高騰し、溢れかえっていた食料の取り合いが始まったのだ。

 生き残った人類はかつての地上の楽園を捨て、何重もの階層を連ねるこの地下世界へと移住した。
 人々が求めた物……それは『安心』と『安定』だった。
 空調が整備され、疑似太陽を浮かべた地下空間には本来当たり前であるはずの四季折々の風景が広がっている。
 しかしそれも一部の特権階級……言わば金持ちの道楽でしかなかった。
 この物語の主人公である二人組の生活圏はさらに地下の地下。
 この地下都市の最下層に位置していた。



「おお~久々じゃねぇか御手洗 清子(おてあらい きれいこ)!」


 小春と京介が商店街を歩いていると、知り合いを見つけたのか大声で声をかける。


「何度も言うがア・タ・シは! 御手洗 清子(みたらい きよこ)!! 」


 小春の言動に噛みつく小型のサーフボードを背負った少女。
 彼女は実は現職の刑事、御手洗 清子(みたらい きよこ)その人である。
 京介も何度か会った事があるがいつも小春と喧嘩している。
 何だかんだ言って仲の良い花とは違い、お互い完全に敵視している。
 良く言えばライバル。悪く言えば犬猿の仲、商売敵。

 十代の少女に見えるが清子の年齢も小春と同じ二十歳。
 つまり成長し損ねた者同士。
 同じ穴のムジナ。
 京介としては同じ境遇なのだから仲が良くなるのではないかと思うがそうではない。
 ドングリの背比べの如くどちらが上かを常に競い合っているのだ(狭い範囲で)。


 ――むにゅっ、


 そして清子は無造作に小春の胸を鷲掴みする(掴めるほどあるとは京介には思えないが)。
 負けじと小春が清子の胸を握る。

「……ふっ」

「……ふっ」

 お互い不敵に笑う。
 お互い『勝った』と笑う。
 「良かった~成長して無い!」「自分の方が大きい!」そう思いたいのだ。
 身体測定の公式データを見せ合えば済む話だが、そこはお互い怖いのか勇気を振り絞れない人達である。

 お互い、相手を見下し合う。
 横にいる京介は悲しさが堪え切れず「うっ」と思わず口元を押さえる。
 清子が京介を見る。
 
「京介く~ん!! 大丈夫よ。私の勝ちだからぁ!!」

「ざけんなっ! 嘘八百め! 水増し情報してんじゃねぇぞゴラァ!!」

 清子が小春の怒気など意に介さず、京介に投げキッス。
 そう、何故か京介はこの見た目美少女刑事・御手洗 清子に一目惚れされたらしい。
 京介(十五歳)が好きな清子(二十歳)はショタコンといえる。
 否、世間的には京介がロリコンと見えるのかもしれない。
 ともかく御手洗 清子のラブが京介に向いているのは間違いの無い事実だ。

「なによムキになっちゃって、ガキよね~頭も胸も~!」
「ネガキャンはやめろ! お前が下で私が上だ!」
「京介君もそう思うよね~?」
「違うよな京介?」
「僕に同意を求めないで下さい……」

 どちらが正しいのか……実際に触診をしていない京介には客観的に判断できないが、心は常に公平でありたい。

「師匠の言い分が全面的に正しいです」

 理想論だったようだ。
 上下関係には厳しい(特に年齢に関して)小春に逆らおうものなら後で何されるかわかったものではない。
 こちらを向く小春の目が笑っていない。
 
「だ、そうだ♪」
「京介君にプレッシャーかけるのやめてくれる!?」
「何の事だ? さっぱり意味不明だ」
「この豆鬼がっ! 溺死させてやろうか!!」
「上等だ河童め! 頭かち割って奥歯ガタガタ言わせてやる!!」

 言い争いもヒートアップしてきた。
 京介としてはこうなったら止めても聞かないので、暖かく見守るしか術は無い。




「おいあれ! 賞金首じゃねぇか!?」



 小春が口論を中断し、人混みの方へ視線を向ける。
 清子と京介も小春に続き、人混みを見る。
 京介が懐から賞金首リストと照らし合わせる。


 ≪賞金首:ゴロウ 
  賞金 :五万円
  犯罪歴:強盗・恐喝の常習犯≫


「師匠! 間違いないっす! ヤツです」

「五万円ゲェエエエットォオオ!!」

 小春が一目散に人混みをかき分けて追う。
 それに合わせ京介も小春の背中を追い掛ける。

 一人残された清子はポリポリと頭をかき、背負ったサーフボードを地面に置く。

「させないってーの! 検挙率№1。新大阪警察署(最下層支店)のエース――」

 腰のホルダーにしまっていたペットボトルの水(六甲のおいしいみず)を取り出す。
 とぷとぷと水をサーフボードにかけ準備OK!

「御手洗 清子。行きまーすっ!!」


*―――――――――――――――――――――――――――――*


「くそっ! 人が邪魔!」

「休日っすから!」

 必死に追うが中々追いつけない。
 賞金首のゴロウの方も小春達の追跡に気づいたのかあえて人混みの方へ紛れるように移動する。

「花がいれば……」
「連絡します? 僕連絡します!」
「何で嬉しそうなんだよ。あんなヤツ花の力借りなくったって!」


 ――サァアアアアアアアア、


「六甲の~♪ おいしい水は~♪」


 必死にもがく中、ビルの壁を滑るように移動して来るモノがあった。


「豆鬼はそこで人波に溺れてな! あたしの獲物だぁ!!」


 地球に住む生物が取った選択肢は三つ。
 巨大化、凶暴化、異形化。
 その内、人類が取った進化の方向性は異形化であると言われている。
 そして、万物の霊長である人間という種が単純な姿・形を変化させるだけでは飽き足りず。
 その次の段階を考えた。
 それは――、

『異能化』。
 それは人間の次の段階の進化と言われている。
 一部の学者の間では人間の遺伝子の中に特殊なウィルス種が入り込みDNAを書き換えられたのだと、
 まことしやかに囁かれている。
 

 御手洗 清子の異能は『水を操る』ことができる。
 能力発動時、何故か水かきができるので小春に『河童』と呼ばれている。
 清子が移動手段に使うのは小型のサーフボード。 
 通常サーフボードでは当然水のある所しか無理だが清子の能力でサーフボードの裏に水を保持させ、部分的な水流を作る。
 その結果どんなところでも滑る事ができる。
 壁などもお構いなしに滑る事が出来るので三次元的な追跡が可能となり、彼女の犯罪者の検挙率を支えている要因だ。


「バカヤロウ! 私が先に目つけたんだ、渡さん! 京介ッ!!」


 ――バサッ!

 京介が羽を広げ、上空へ。
 そして、逃走する賞金首に向かって急降下した。

「届けぇえええええ!!」

 京介が手を伸ばす。
 賞金首までもう少し――、

 ――ドヒュウウウウウウウウ! 

 賞金首の男が消えた。

「うげっ――」
 
 ――ドォオオオオオオオオオ!

 音がした方へ京介が顔を向けると、賞金首の男がビルの壁へめり込んでいた。

「ふぅ、容疑者確保♪」

 清子は壁を滑る勢いのまま賞金首の男へ特攻。
 男をクッションにして突き刺さるようにビルの壁へ激突したのだ。
 蛙が潰れたような声を出した男はそのまま気絶。
 あっさり手錠をかけられた。
 
「ごめんね~京介君。でもこれ仕事なのよね! 年下男を甘えさせないのが私の恋愛感!」
「そこを曲げてお願いします。今日は譲ってくれませんか?
 でないと……後で師匠にイライラをぶつけられるのはちょっと……」
「小春なんかさっさと見切りつけて私の所に来なさいよ! 大人の魅力を教えてあげるわ」

 小春と相似形なスタイルの清子に言われても大人の魅力も何も無いと京介は思った。
 (花のようなムチムチおねーさんならいざしらず、見た目五十歩百歩)


「じゃあね~京介君! あの豆鬼によろしく~!」


 去って行く清子。
 それとは別に近づいてくる足音が段々怒気が含まれていく事に京介は空を仰いだ。

 

 
 *―――――――――――――――――――――――――――――*


 今回の収益:なし。



 今回の損失:家賃 一万五千円(第六話参照、小春が頑張って残していた)。
       京介への小春の八つ当たり。
       

≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 二万八百円≫
≪烏丸 京介 十五歳……所持金 一万千九百五十円≫


 



[30101] 第九話「コケコッコー!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2011/12/18 06:05


 地下都市『新大阪』。
 地球環境が悪化し始めて数十年。
 天候は崩れ、川は氾濫し、地に作物が育たなくなった。
 かつて豊かな大地は数える程しか残っておらず、その中で大農場と呼ばれる畑は国営として管理された。
 インフラが高騰し、溢れかえっていた食料の取り合いが始まったのだ。

 生き残った人類はかつての地上の楽園を捨て、何重もの階層を連ねるこの地下世界へと移住した。
 人々が求めた物……それは『安心』と『安定』だった。
 空調が整備され、疑似太陽を浮かべた地下空間には本来当たり前であるはずの四季折々の風景が広がっている。
 しかしそれも一部の特権階級……言わば金持ちの道楽でしかなかった。
 この物語の主人公である二人組の生活圏はさらに地下の地下。
 この地下都市の最下層に位置していた。
 

「マスター、いつもの」


 喫茶店のカウンターに腰かけ注文をする少女。
 出された真っ黒な液体のまず臭いを嗅ぐ。


「う~ん。いい香り」


 そして飲む。


「にっげぇ。毎度ながらマズッ!」


「そりゃ、どうも。ところで小春ちゃん」

「うん?」

「依頼、来てるよ」




≪ 依頼:『コケコッコー!』


  依頼内容:コケ、コケコッコー!

  報酬:三万円。≫


「何、これ?」

「悪戯っすか?」


≪別紙:畜産を営んでおります又吉と申します。
    依頼内容のように大変困っておりまして、よろしくお願いします?≫


「で、何これ?」

 小春が依頼書と別紙を見る。
 もしやと思い裏面も参照する。
 ? ? ?
 訳が分からないよ。


「師匠……どうします?」

「う~ん、謎過ぎる。逆に興味が沸く気がする」



「――面白そうじゃない! 受けましょうよ!!」


「お、おい花。いつのまに来たんだ?」


 小春の背後から依頼書を取り上げ、文面を読む花。


「報酬も三人で割っても一人一万円。まぁまぁじゃない。私も今月ピンチだし」
「また銃弾でもカートン買いしたのか?」
「違うの~お化粧品! すっごく可愛い口紅があってね~!!」

 化粧品の話を始める花。
 京介はその横で話を黙って聞く。
 そして花から漂って来る香りが鼻を刺激し、香水も変えた事を知ってドキドキする。


「そう言えば……師匠ってあまり化粧品買わないですね」
「……」
「……」
「……あれ?」
「……悪い?」
「え、いや、そうじゃなくて……え~と、そう! 高いっすもんね!!」
「わ、私だってッ!! 口紅したり、香水買ったり、ツケまつ毛して、ファンデーション塗りたくりたいッ!!
 でも! でもでもでもたけぇえええんだよぉおおおおおおお!!
 万だぞ万! どんなに安くても一万を切る事はない! 何アレ、信じらんない! 貧乏人はお化粧禁止ですか! アァそうですか!!」

「痛っ、痛い、ひいててててててっ!!」

 小春が切れた。
 涙ながらに京介のほっぺを左右に広げる。

「今度化粧品貸してあげようか?」
「MA・GI・DE☆!?」
「私の好みで選んだやつだから、小鬼ちゃんには合わないかもしれないけど、それで良かったら」 
「やったー!! ホントに? グッジョブ!!」

 小春は首相と会談する政治家のように固い握手を交わした。

「ひょ、ひょかったじゃなひですか……」
 
 京介が腫れた頬を庇いながら発音する。
 
 ともかく依頼を受ける事に決まったようだ。


 

≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 二万八百円≫
≪烏丸 京介 十五歳……所持金 一万千九百五十円≫
≪犬神 花  一九歳……所持金 一万三千五十円≫


*―――――――――――――――――――――――――――――*






「コケ、コケコッコー! (よく来たな人間ども、もしわしの味方になれば世界の半分をお前にやろう!)」


 又吉養鶏場の最奥にそれは居た。
 一段高く作られた電気毛布敷きの座布団に陣取る少しお年を召された老鶏。

「何故、魔王口調?」

「あぁコイツは昔からこんな感じです。初対面の人間にはちょっと見栄を張りたがる」

 その鶏の座る座布団の下に電光掲示板が設置され、鶏語を字幕スーパーで翻訳されていた。
 世界の半分と言っても養鶏場のしかも採卵鶏コーナーの一区画……超見識の狭い世界観だ。

「すご~い。カワイー! 欲し~!!」

 花が目をキラキラさせて鶏を見る。

「えぇ~花、けっこう悪趣味だな」

 小春が不敵な面構えをした鶏を見る。

「コケッくちん! (くしゅん!)」
「風邪っすか?」
「コケコッコー!(どうやらインフルエンザにかかったらしくてな)」
「おい!」
「コケコッコー!(手洗いうがいをきちんとしているのにおかしい)」
「てめぇの存在自体がおかしいよ!」
「コケコッコー!(小娘……貴様……我を誰だと心得るか! 俗物めが!)」
「鶏にしか見えねぇよ。美味しく頂かれろ!」
「師匠、僕、親近感が何故か沸いて」
「京介、それは気の所為だ」




「……あのう」


 この養鶏場の主人、又吉が小春達に声をかける。


「で、依頼の件ですが……」
「そうそう、依頼依頼! それより何、あの依頼?」
「どこか書類に不備が?」
「不備しかねぇよ!」

 小春が書類を取り出し、依頼内容を指し示しながらぷりぷり怒る。

「あ! あぁ~そうか! 鶏語わからないんでしたね!! そっか~そりゃそうだわ」
「何一人で納得してる」
「いやね、これ書いたの……」

 又吉が座布団に座る老鶏を指す。

「冗談っすよね?」
「でも本当だったらすごくない? ねぇ小鬼ちゃん!」
「う~ん。で、どっちが書いてもいいけど結局私ら何やるの?」
「実は……」




「コケコッコー!(キバって産めー!!)」


 ――バシバシ、

 鞭を飛ばす音が聞こえ、小春達が振り返る。
 先程の老鶏が鞭を片手に若い鶏達に指導をしている所だった。


「コケコッコー! コケコッコー!(ほらそこボサッとすんじゃないよ! 生産止めんな! 産み続けろ!!)」

「……スパルタだ」

「コケコッコー! コケコッコー!(納期守れ! 不良品を出すな! 衛生管理を徹底しろ!)」

「超こわ~い」


 花が小春の背後に回りピリピリする職場を見守る。


「あいつがここでのお局様で、あいつの要望は『最近の若鳥はゆとり過ぎる、なんとかして』との事です」

 又吉が言うにはあの老鶏の言う事を聞かなかったりサボったりする若鳥が多いとのこと。
 「最初は働かない者は肉用に回すぞ」と脅しをかけていたが、知恵が付き出したのか自分達の品種は肉用では無いと気づき脅しが通じなくなった。
 要は仕事をちゃんとさせるようにするにはどうすればいいか悩んでいるらしい。

「それってそもそも又吉さんの仕事じゃないっすか?」
「いや~現場に口出し過ぎると良くないと思って……」
「いやいや」
「なんとかして下さい! お願いします!!」
「そうは言っても……お?」
「どうしたんすか師匠?」
「又吉だっけ? 必要経費は落ちるか?」
「もちろん! 必要とあらば致し方ないです。報酬とは別で支払います」
「ならば良し、ちょっと待ってろ!!」

 小春は養鶏場を出て電話をする。

「あ~もしもし。注文だ」


*―――――――――――――――――――――――――――――*


 ――ドドドドドドドドドドッ!!


「――デリバリィイイイイイイイイッ!!」


 数分後、物凄い勢いで走って来る者がいた。
 養鶏場の前で椅子に座っていた小春の前で砂埃を撒き散らし止まる。


「毎度ぉ」


≪職業:道具屋
 名前:韋駄天 桜子(十七歳)
 電話一つでどこでも、どんなところにも、いかなる場合であっても御用聞きをする便利な人。
 背負ったリュックには客が必要とするあらゆる物が詰まっており、夢も詰まっている。
 ただし、効果はバツグンだが値段設定が高いため買うには勇気がいる。
 
 容姿は茶髪をポニーテールにし、身長は高い。血色の良い肌で見るからにスポーツ少女という雰囲気だ≫


「我を召喚するとは……汝、如何なる用件であるか?」


≪ただし、中二病である。≫


 桜子が道具を広げる。


≪エリクサー(栄養ドリンク):千円
 エターナルフォースブリザード(カキ氷、冬食べたら死ぬ):千円
 薬草(やくそう、HP30程度回復させる):五百円
 聖なる槌(こんぼう):千円
 混沌のエチュード(どくけしそう):六百円
 砂糖菓子の弾丸(金平糖、百粒入り):三千円
 …………
 ……                            ≫


「桜子、今日の必要な物は……」


 状況を説明し、桜子が自分のリュックの中を漁る。


「くくく、ご所望はこれか?」


 取り出したのは一冊の本だった。
 『できない部下を育てるリーダー論』
 内容を立ち読みすると働かない部下のパターンに応じて対応策が具体的に掲載され、職場環境を良くする方法まである。


「買おう」
「毎度! 一万円になりま~す!!」
「高っけぇ!? まあいいか経費降りるし……あぁ領収書切って」
「宛名はどうしましょう?」
「『又吉』で、商品代金としてね。あ……と」
「はい?」
「この……その……こ、金平糖も……(赤面)」
「『砂糖菓子の弾丸』もですね! 合わせて一万三千円になります。領収書は別にします?」
「いや、合わせて。宛名は『又吉』で」
「はい! ありがとうございます。今後ともご贔屓に~!!」


 いざ客が買うことが決まったらとたんに中二病的な発言が無くなり商売人の口調になる変な人。
 最初の鬱々とした口調が一変し、スポーツ少女特有の爽やかオーラでハキハキと喋り出した。
 桜子は爽やかな笑顔で握手を交わす。
 あまりにも爽やか過ぎて歯磨き粉のCMかと思ったくらいだ。
 リュックを背負い、桜子は再び走り去って行った。


*―――――――――――――――――――――――――――――*

「なるほどーこうすれば良かったんですね!!」

 又吉が読書を終えて何か悟りを開いた顔を小春達に向ける。
 本にはこう書かれてあった。

《ダメな部下のケース
 ①常に反抗期
 ②言う事は聞くが使えない(理解力が乏しい)
 ③やる気が全くない(自発的でない)
 ④サボり癖がある……》

 この中で個人向けと法人向けのコーナーに集団的生産ライン調整法というのがあった。
 生産効率(餌を食べる→キバる→生む!)を上げるためには集中力アップが必要。
 音楽を聞きながら作業効率を上げるのが良いとされている。
 BGMとしてよく知られているのがクラシック。
 クラシックの中でも、特にモーツァルトは集中力アップによいのだとか。
 そよ風や小川のせせらぎなど、いわゆる「f分の1ゆらぎ」といわれる自然の音も効果的と言われている。

 そこで又吉が選んだのは……。

「コケ、コケコッコー!(YO! YO! チェケラッチョ!)」

「……」

 何故かヒップホップ系‥‥‥花は目をキラキラさせそのDJを務める老鶏を見つめる。
 京介は『できない部下を育てるリーダー論』を手に取る。

「師匠‥‥‥」
「何だ?」
「枝豆博士です」
「私も薄々感じていた」

 『できない部下を育てるリーダー論』 著:小枝 豆太郎
 後書きでは――『女にモテる13の法則』で大人気!! 小枝 豆太郎先生の新境地。
 現代の働かない若者を独自の視点で考察し、解釈した現代の必読書。
 日経でも話題騒然! ダメな自分を救う本―人生を劇的に変えるアファメーション・テクニック。
 「感性」のマーケティング 心と行動を読み解き、顧客をつかむ (超ビジネス新書)。
 我謳(ガオオーー)!! ―人生に喝(勝つ)! 経営に喝(勝つ)!  生きる勇気が湧いてくる!!


「コケ、コケコッコー!(キバれYO! キバれYO! チェケラッチョ!)」

「……これにて、一件☆落着!!」

 

*―――――――――――――――――――――――――――――*

「いいYO~いいYO~アレいいYO~!」

 又吉がつられてラッパー調で話しかけてくる。
 満足したみたいだし、内容について小春達は言及しない。

「これ報酬YO!」

 報酬:三万円ゲッチュー。

「あとオマケだYO!」

 採れたて新鮮卵三個を貰った!


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「卵だぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「ありがとうございます」

 小春、京介の発狂ぶりと花のテンションの落差。
 元々お嬢さんである花には卵は身近な存在だろうが、小春と京介にとってはレアだった。
 通常卵は一個千円。
 六個パックでなんと六千円。
 高いのなんのって話だ。
 卵だけで破産してしまう。
 一度その味を覚えてしまったら取り返しのつかない事になるのではないかと懸念していた小春と京介だがありがたく頂く。

「やっべーマジパネェぞ京介!!」
「ハンパねぇ! どうかしてるぜ!!」
「そこまでの事?」



*―――――――――――――――――――――――――――――*


 今回の収益:三万円。
       採れたて新鮮卵三個。
       (こっそり経費で落とした)金平糖。

 今回の損失:京介の腫れた頬(なかなか腫れが引かなかった)。



≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 三万八百円≫
≪烏丸 京介 十五歳……所持金 二万千九百五十円≫
≪犬神 花  一九歳……所持金 二万三千五十円≫




[30101] 第十話「サンタクロース!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2011/12/28 06:36


「師匠、何してんスか?」

 京介が朝っぱら押入れを引っ掻き回している小春の背中に声をかける。
 
「あ~ちょっと探し物‥‥‥あ、あったあった」

 小春が引っ張り出したのはホコリ被った大きな靴下(片足だけ)だった。

「そんなのどうするんすか? 年末掃除?」
「バッカ、ちげぇよ。これはこの季節必須アイテムだろうが!」
「え、何に使うんですか?」
「おやおや京介君はまだ子供だから知らないと見える。これはな、サンタクロース殿に宛てた依頼書を入れる大切なアイテムだぞ」

 そう言って小春はパンパンと靴下の埃を叩き、むせていた。


*―――――――――――――――――――――――――――――*
 


「マスター、いつもの」

 喫茶店のカウンターに腰かけ注文をする少女。
 出された真っ黒な液体のまず臭いを嗅ぐ。

「う~ん。いい香り」

 そして飲む。

「にっげぇ。素晴らしい不味さだ!」

 いつもあまりの不味さに文句を言うだけだが、今日は若干褒めている。機嫌が良いらしい。

「‥‥‥そりゃ、どうも。ところで小春ちゃん。もうお願いするプレゼントは決まったの?」
「もちろん!」
「え、小鬼ちゃん何お願いすんの?」
「花は何すんだよ」
「そうね~最近の流行ってる人気ブランドの口紅、とか?」
「現実的だな。もっと夢のあるヤツにしろよ」
「じゃあ小春ちゃんはどうなのよ」
「‥‥‥ウォーハンマー‥‥‥ポッ(赤面)」

 ウォーハンマーとは前から小春が欲しがっていた武器だ。
 現在使っている『おおきづち』も手に馴染んでいるとはいえ、あちこち老朽化が進み流石にそろそろ買い替え時だろう。
 とは言え、問題はそこではなく今京介の目の前で展開されている会話だ。

「今年はいい子にしていたから確実にサンタクロース殿は我が家に来訪するだろう」
「小鬼ちゃんだったら今年こそ大丈夫よ」
「花は良いよな~去年、何貰ったんだっけ?」
「ブランドのバッグかな」
「マジで!」

 ――ちゃりーんっ!

「おい! 豆鬼、いいか今年は私の勝ちだぞ!!」

 そこへ御手洗 清子が豪快に店のドアを開け、入ってくるなり小春に喧嘩を売る。

「失せろ! テメェの靴下にサンタさんのプレゼントは似つかわしくない」
「ふっ、今年の私を舐めんなよ。成績はぶっちぎりナンバーワン! 愛らしいルックスと優しい心遣いで一般市民の心を鷲掴みだ」
「はんっ! アンケートとったのかよ。統計的に三千人取らないとお前が人気かどうかわかんねーじゃん」
「必要ないわ。私が商店街を通る度に見知らぬオバチャンに飴ちゃん貰ってるし」
「関係なくね!? それ言うなら私なんかペロキャンをしょっちゅーだぞ!」

 どうやら商店街の皆様にもこの二大ロリっ娘は愛されているようだ。
 永遠に変わらないアイドルのように‥‥‥。

「それに知ってるぞ犯人逮捕と称してビルを破壊しまくって苦情が後を絶たない事を」
「うぐっ! いやだってあいつ等暴れるからさ」
「私みたいに一撃必殺で黙らせないから二度手間になるんだよ」
「私の細腕じゃあーんなアホみたいにデカイハンマーなんか持てないよ。馬鹿力の誰かさんと違って」
「私の力にケチをつけるってのか? いいだろう、ならば戦争だ」
「望むところよ。アラブの春は近いわね」

 一触即発の冷戦状態に陥る清子と小春。
 毎度の事ならが何かにつけて張り合う二人に慣れたとは言え面倒な事には変わりない。
 二人が口論している間、気になっていた案件を片付けることにする。






『‥‥‥花さん花さん』

 ヒソヒソと小声で店の隅に花を呼ぶ。

『どうしたの京介くん』
『サンタクロースって何者ですか?』
『京介君、サンタさん知らないの?』
『いやおとぎ話としては知ってるんですけど、なんか皆の話実在しそうに言うから』
『いるわよサンタさん』
『いるんスかっ!? マジで?』
『冗談じゃないわよ。本当にいるの私も去年貰えたし、プレゼント』

 花が言うサンタクロースの正体とはどうやらよろずや協会からの回し者だ。
 内容はその年の頑張った『よろずや』に等級関係なしに貰えるプレゼントだ。
 これはよろずや協会ができてすぐに成立した制度で、『よろずや』達のやる気や向上心を奮起させる目的らしい。
 ただし、全員に貰えるわけではない。
 条件は依頼の達成度合い(職務遂行能力)、顧客の評価・評判(客観的基準)、人物評価(規律性と協調性)などを点数化する。
 基礎点、技術点、構成点、芸術点、等々‥‥‥総合評価で決まる。
 中にはランダムに抽選してプレゼント対象になるキャンペーンもあるが当選するのは稀だ。
 (応募ハガキを丁寧な字で千枚送らないと当選しないぐらいの確率)
 どうやら警察にもそういうイベントがあるらしく、小春と清子が争っている原因になっている。

 花の場合はわかる。
 依頼達成率や客の評判も上々だろう。
 ところが小春の場合、色々と問題があるらしく去年は残念ながら貰えなかった。
 というか今まで一度もサンタが来たことがないらしい。





 
「ま、今年も豆鬼は寂しークリスマスを迎えるがいいわ」
「そりゃてめぇもだろ」
「私貰った事あるもんプレゼント!」
「何年前の話だよ」
「勝ちは勝ちだ」
「あの時はサンタの手違いだよ! 手が滑ったんだよ!! そうでなければこんなの無いよ。おかしいよ」
「はんっ雑魚が、御手洗 清子の名の下に平伏すがいいわ」
「トイレに行く時だけ感謝してやるよ」
「だからっ!! 私の名は――っ」

 どうやら口論(物理)にステージが移動したようだ。
 怒りのボルテージが上がり、周囲の気温が上がった気がした。
 これが限りなく実力が拮抗した者同士がせめぎ合う真竜の闘い。
 京介と花は火の粉が飛んでこないよう部屋の隅に移動したまま。
 そう考えると目の前で平気な顔でコーヒーを淹れるマスターは偉大だ。




『ちなみに清子さんは何貰ったんですか? サンタに』
『うーん確かワルサーP38だったかな』
『ルパン御用達の品じゃないっすか。刑事が持ってていいんすか?』
『別にいいんじゃない? 銃は悪くないし、使用者が問題なだけで』
『大人な対応。というかプレゼントって金額に上限とかないんすか?』
『一年に一度だから協会の方もけっこう奮発するみたい。当然評価によって送られる品は上限あるけど。
 噂では何年か前、A級のよろずやが車貰ったって』
『MA☆JI☆DE! 靴下入んねーじゃないっすか』
『だから申し訳程度にサイドミラーに靴下が引っかかってたらしいよ』
『ヒュー! 粋なサンタさん』
『でもね、その話オチがあってね。プレゼント頼んだ本人もまさか貰えるとは思ってなかったから高級外車を頼んじゃって。
 それで貰った後、慣れない左ハンドルで事故って入院したらしいよ』
『超リアル! オチが超リアル!!』
『だから皆真剣にお願いした方が良いよ。京介君も靴下持ってないなら買わないとね』
『でも協会が主催してるなら依頼書を協会の窓口で受付したらいいのに』
『ちっちっち、わかってないわね。こっちの方がロマンチックじゃない』
『本当すいませんでした』


 よって靴下はクリスマス当日ではなく一週間前から家の窓にぶら下げる事になる。
 その間協会の担当者がプレゼント予定の者の家にこっそりお邪魔し当日までにプレゼントを揃える手はずだ。
 しかし、家の窓にぶら下げた靴下を覗きに来るなんて夢が壊れそうなものだが、不思議と今まで誰もその姿は見たことが無いという。
 一個や二個はまだしも数百単位でプレゼントを用意するとなると相当な人出がかかりそうなものだが。
 そして今までプレゼントが間違って届くという事もない(恐るべき精度だ、ヒューマンエラーは皆無らしい)。
 



「あ、そうそう小春ちゃん」
「うん?」
「依頼来てるよ」


≪ 依頼:『ホントまいったよ!』


  依頼内容:盗難にあった荷物の回収

  報酬:五千円。

  補足事項:至急でお願いします。≫


「え!? 五千円? 印刷ミスじゃね」
「いや、どうも依頼者はかなりお年を召されていてね。たぶん生活に余裕ないんじゃないかな」
「子供の使いじゃないんだ。年末に向けお金貯めないといけないのにこんなはした金で動くよろずやなんていねーよ。
 ‥‥‥と言いたいところだが、どうやら私は今気分が良い。受けてやるよその依頼!」
「師匠の半分は優しさできてます」
「小鬼ちゃん、鬼の目にも涙ね」
「それほどでもあるなー!」

「――ていうか、どこに調査員がいるかワカンネーから内申点上げたいだけでしょ」

「‥‥‥」

 清子の指摘に京介、花が黙り、小春の顔が引き攣るり、吹けないのに口笛を吹く真似をした。
 確かに先程まで清子と喧嘩三昧してたのに気分が良いとは不思議だったが、そういう理由か。
 さり気無い小ズルさが小春の専売特許とはいえ、あからさまだ。
 しかしながら今日は何故か清子が強い。
 いつもは口論で小春が一枚上手な感じを受けるが、何故だ?
 プレゼントを貰った事があるらしいから、おそらく以前に勝った試合だから自信があるのかもしれない。
 そして小春はどう言い訳するのか‥‥‥京介と花が小春を見る。


「ち、違う! い、今のは秘書が勝手に‥‥‥じゃなくてそうじゃなくて! ていうか。はっ!? 何それ意味わかんねーし。
 憶測でモノ言ってんじゃねーよ。私はただ困っているお年寄りを見捨てられない性分て言うか。頑張ろう日本! て、そういう感じ!」

 言い訳が苦しい感じだった。
 しかも何も誤魔化せてないほどテンパっている。
 図星過ぎたようだ。

「依頼受ける受けないは個人の自由。言論・表現の自由と公共の福祉は憲法で保証されていて。
 個人の自由は他人の自由の侵害か個人の主体的倫理によってしか制限されないとする一元的内在制約説が通説となって――」

「お前は何を言っているんだ?」
「師匠もういいっすよ」
「やめてー小鬼ちゃんのライフはもうゼロよ!」
 


*―――――――――――――――――――――――――――――*
 

「私が来たからにはもう安心だ! くらしに安心プライスで請け負ってやる! ドーンと来いや!!」


 小春が威風堂々と宣言すると老人は驚いたように目を見張る。
 小春の異様な元気良さに少し引かれているのかもしれない。
 受けると言った手前今更止めることはできない。
 どうやらその後上手い言い訳ができなかった小春はすごく落ち込んでいたが、もうヤケクソになったようだ。
 (フリートークができない芸人かよと京介は心の中で突っ込んだ)

「元気の良いお嬢さんだね。よろしく頼むよ」

 小春と握手を交わし契約成立。
 早速本題に入る。

「嫌ね。会社の荷物が盗まれちゃって‥‥‥それでホント困ってるんだ。
 会社に報告すると首になっちゃうと困るし、でも大事な物だから誤魔化す事もできない。
 なけなしのポケットマネーで内々に処理したいんだけど‥‥‥お願いできる? 報酬も期待するほど出せないけど」

 老人は小春の後ろを見る。
 心配で付いて来た京介と花(清子は事件で呼び出された)を見る。
 依頼書にある通り報酬は五千円しか出せないのだろう。しかし予想外に大人数で来たため不安になったのかもしれない。

「おじいちゃん。大丈夫。報酬は依頼書通りで構わないよ。盗難品の搜索なら大人数の方が効率良いでしょ!」
「すまないね。よろしく頼むよ」
 

*―――――――――――――――――――――――――――――*
 

「存外早く見つかったな」
「私の能力のおかげよね~」
「流石、花さんっす。追跡のプロ! よっ日本一!!」
「え、その方向性で行くの? じゃあもう夜も遅いし寒いしお腹減ったしちゃっちゃと片付けちゃうか」

 小春は面倒臭げに自慢のおおきづちを担いで、盗人一味が根城にしているかつて英語塾があったとされる廃墟に堂々と姿を晒す。
 盗人メンバーは五人。
 どうやら名のある窃盗団『オーケストラ』の一味らしいが関係ない。
 他にもあちこちクリスマスで浮かれた奴らから盗みを働いているらしいが関係ない。


「お嬢ちゃん。迷ったのかい? しょうがないな~お兄ちゃん達が遊んであげようか?」


 ニヤニヤとイヤらしい目つきで近づいてくる若い男。
 後ろの四人も同様、くだらない顔をしている。


「やーやー我こそは天下の雷動! 鬼灯 小春! 万夫不当の豪傑なり!! キサマ達の悪逆三昧もこれまでよぉお!!」

「はぁ?」

 ポカンと口を開け、いきなり名乗りを上げた小春を不審そうな目で見る。
 油断しまくりだ。
 後ろでモジモジと隠していたおおきづちをアッパー気味に振り抜く。


 ――ドーンッ!


 それを腹にまともにくらった男は吹き飛んで屋根に当たり、落ちた。骨の折れる音がした。


「なんだぁーこの『武』はぁああ!!」

「バケモノだっ!! 逃げろぉおおお!!」

「やべぇ、やべぇってばよ!!」


 ナイフを出して襲いかかる残りも小春に傷つけること叶わず。
 次々と仲間が減っていく中、最後の一人が言った言葉は‥‥‥。


「ひぃいい! いい、良い腕だ。な、こうしようボスにかけあってやる。お前なら四天王の五人目になれる!!」

「興味ない」


 男はホームランされた。



*―――――――――――――――――――――――――――――*


「どっせい!」


 依頼者の前にドサッと置かれた大荷物。
 盗難というからもっと小さいものかと思っていたが、一体何が入っているのかわからないがかなりのデカさだ。


「ありがとうお嬢さん達、本当にありがとう」

 
 おじいさんは小春、花、京介と順に握手をし感謝の言葉を述べる。
 そして懐から報奨金の入った茶色い封筒を取り出し、小春に渡す。
 

「本当にこれだけでいいのかい? 多少なら出せるけど‥‥‥」
「大丈夫。気にしないで、それより荷物はここでいいの?」
「あぁ、会社の者が取りに来るから大丈夫だよ。ありがとう」
「じゃあ依頼達成ということで! それでは良いお年を~」


*―――――――――――――――――――――――――――――*




 バサバサっと羽音を鳴らし、おじいさんの肩に止まる一羽の鴉。
 嘴には一枚の紙が加えられていた。

 
「ふむふむ。ウォーハンマー‥‥‥か、なかなか面白い注文だね」


 おじいさんは赤い帽子を被り、荷物に腰を落ち着けるとふわりと空へと浮かんだ。




*―――――――――――――――――――――――――――――*


 今回の収益:五千円。
       割り切れなかったため仕事の貢献度で分けた。
       小春‥‥‥力仕事 二千円。
       花‥‥‥追跡仕事 二千円。
       京介‥‥‥応援仕事 千円。

 今回の損失:小春の落ち込み具合。
       (帰って部屋の隅で体育座りしていた)
       

≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 三万二千八百円≫
≪烏丸 京介 十五歳……所持金 二万二千九百五十円≫
≪犬神 花  一九歳……所持金 二万五千五十円≫




[30101] 第十一話「深き森の鉄槌、猪王の帰還!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2011/12/30 05:49
 小春のイメージ戦略は止まらない。
 普段なら受けないような細かな注文まで笑顔で御用聞きをし、物損事故を極力抑えに抑えた。
 それは小春にとって例えるなら南アフリカの地雷原をスキップしながら歩くに等しい行為だった。
 
 そして、

 クリスマス前日‥‥‥いつものように喫茶店にたむろしていた。



「おい見てみろ京介! ここ!」

「なんすか師匠いきなり?」

「この雑誌によると今日は射手座が第一位だぞ!」



≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 三万二千八百円≫
 O型 射手座

 本日の射手座のアナタ

 (ランキング第一位)

 総合運 ☆☆☆☆☆
 恋愛運 ☆
 金運  ☆☆☆☆
 仕事運 ☆☆☆☆

 今日は~どんな日ふっふ~♪
 『落ちついて平常心を心がけて。和のモノで運気アップ』

 ・小粋なアドバイス
 忍耐力を試される日になりそうです。何が起きても感情的になってはダメ。
 相手がケンカ腰だったとしても、落ちついて穏やかに対応すべきです。
 どちらかといえば、低めのトーンでゆっくりしゃべるのがおすすめ。
 そんなあなたの振る舞いが人気運・信頼度アップにつながることでしょう。
 一方、お習字や茶道など、日本の伝統文化に触れてみるのも◎。
 ご機嫌伺いの便りを毛筆で出せばウケるはず。講座に通うのもいいでしょう。



「師匠って射手座でしたっけ?」
「そうだよ!? というか師匠の星座くらい覚えとけ! 常識だろうが、馬鹿弟子がっ!!」
「不徳の致すところです」
「ほれ、お前の星座今日大変な事になってるぞ」



≪烏丸 京介 十五歳……所持金 二万二千九百五十円≫
 A型 乙女座

 本日の乙女座のアナタ
 
 (ランキング第十二位)

 総合運 ☆
 恋愛運 ☆☆
 金運  ☆
 仕事運 ☆

 今日は~どんな日ふっふ~♪
 『傷つきやすい時。気持ちを切りかえて前進を!』

 ・小粋なアドバイス
 アクシデントが起きやすい日です。手がけているコトが中断したり、予定していた計画がキャンセルになったりと、
 ガッカリしてしまうかも。いつまでもクヨクヨせず、頭を切りかえ、次の目標に向かいましょう。
 人間関係でも信じていた人の意外な一面を目撃してしまい、寂しい思いをするかも。
 この世に弱点のない人などいないのですから、温かい目で見つめていきたいものです。
 スリ傷や切り傷など、小さなケガにも用心して。




「ちなみに花の星座は‥‥‥」

 小春が今日の星座一覧から探していく。


≪犬神 花  一九歳……所持金 二万五千五十円≫
 B型 天秤座

 本日の天秤座のアナタ
 
 (ランキング第三位)

 総合運 ☆☆☆ 
 恋愛運 ☆☆☆☆☆
 金運  ☆☆☆☆
 仕事運 ☆☆☆

 今日は~どんな日ふっふ~♪
 『学業とスポーツに発展の兆しあり。先生や先輩の力を借りて』

 ・小粋なアドバイス
 吸収力がアップする日です。技を磨いたり、新しい知識を得たりするチャンスが到来。
 先生について学ぶのは吉。デキる先輩に教えを請うのもOKです。
 真摯な態度でのぞめば、何かと目をかけてもらえるかも。
 ゲームやスポーツなどの遊びもある程度真剣さがないと、おもしろくありません。
 レジャーでも勝つこと、スキルアップを目指しましょう。書籍や雑誌の購入、読書は◎。
 また、地元の図書館に出入りするのもラッキーです。


「そう言えば、花さんは? 今日見ないっすね」
「あぁ、今日は寒いから図書館で読書するって言ってたぞ」
「流石っすね」
「そうだな。花の星座が最下位になったとこ見たとこないよ」




「――小春ちゃん、コーヒー入ったよ」

 マスターがカウンター越しにコーヒーカップを渡してくれる。そして飲む。

「うん、信頼の不味さだ!」

「どうも。あと依頼来てるよ。今回はちょっと大変かもね」

 マスターが大変というからには一大事なのだろう。
 依頼書を見る。





≪ 【協会より外注】
   依頼:『深き森の鉄槌、猪王の帰還!』


  依頼内容:日本大猪の討伐。

  報酬:五十万円。≫

≪ 注意事項:猪狩りに出たよろずやが数人行方不明になっている。
       命からがら逃げ帰った者によると、群れで行動する日本大猪に最近巨大なボスが現れたようだ。
       このまま放置しておくわけにはいかない。この依頼に挑む勇者を求む。≫


 そう言えば最近猪肉が高騰しているという噂があったがこういう事か‥‥‥。
 群れでボスがいるのといないのでは統率力が違うため狩りづらいだろう。
 小春達にとっては唯一手の届く蛋白源だったためこれは捨て置けない。


「ご、ごごご五十万だとぉおおおおおおおお!!」
「何かの間違いじゃ!? でも協会の外注依頼でそんなミス‥‥‥」
「それだけの驚異って事だよ。小春ちゃん達にはまだ早いかもしれないね」

 マスターが思い直して依頼書を仕舞おうとする。

「ちょっと待て」

 がっしりと依頼書の端を掴み、無言で首を振る。

「ここで受けなきゃ漢じゃない! そうだろ京介!!」
「師匠! 一応女の子でもとても漢らしいっす!!」
「引っかかる言い方だがまぁ良い。せっかくのチャンスだ。これをクリアできたら協会の覚えもめでたく好感度アップだ!」
「やってやりましょう! そして豪華なおせち料理を注文しましょう!!」
「いや、私おせち好きじゃないから、ハンバーグ食べに行こう」



*―――――――――――――――――――――――――――――*



 ――ズーン、ズーン。


「で、デカイ‥‥‥」


 そこには確かに日本大猪がいた。
 しかし大きさが規格外だ。こんなの見たことない。
 普通の日本大猪で体長約5m、体重1tを越程度、前に京介が会った大物でも8mそこそこ。
 こいつは‥‥‥明らかに10mを超えている。いやもっとか!? 15m級か‥‥‥。
 もう山だ。山が動いてる。


「し、師匠‥‥‥」
「なんだ玉がブルっちまったのか?」
「そんな鬼軍曹みたいな言い方しないでください。下品っす」
「でも玉がブルっちまったんだろ?」
「イエス、マム」


 ―――グゥオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 咆哮が響く、向かうところに敵は無い。そう言いたげな力強い咆哮だった。


「シビレ罠的なもの用意してきた方が良かったんじゃ‥‥‥」
「なーに。私に任せておけ、覚えているか京介? 初めてお前を助けた時も猪を倒した時だったろ?」
「覚えてますよ。師匠に惚れ込んだ時っすから」
「(赤面)‥‥‥そう改めて言われると」
「僕の惚れ込んだ師匠の攻撃力ならどんな敵だって倒せますよ!」
「あ、そう」


 おしゃべりは終わり、小春は長年付き添った相棒のおおきづちを撫で、戦闘態勢に。

「師匠、僕が陽動をかけます。そのスキに‥‥‥」
「あぁ。確実に仕留めてやるよ」

 小春は猪王の後ろに回り込むように移動し、京介はあえて目立つように真正面から猪王へ迫る。



「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 京介が叫ぶ。
 手にした投擲ナイフを猪王の顔めがけて次々と投げていく。

 ―――グゥオオオオオオオオオオオオオオオ!!

 巨大な牙に弾かれながらも何本か瞼に刺さり、猪王の顔に次々と刺さっていく。
 猪王は怒りの咆哮を上げる。

「良し、目を封じた。師匠っ!!」

 京介が合図をすると同時に小春が動く、しかし――。

「えっ!?」

 猪王の閉じた瞼が開く、ナイフが通っていない。
 分厚い皮膚が京介の細腕で投げたナイフなど意味を成していなかったのだ。
 重い瞼が開き、その瞳が京介を見つめた。
 どこまでも深く、翡翠の色をした思慮深い瞳だった。


「京介! 逃げろぉおおおおおおおお!!」


 小春の絶叫。
 京介は小春の声に止まった体がようやく反応する。
 咄嗟に羽を広げ距離を取るため後方へと飛ぶ。

 
 ――ドォオオオオオオオオオオオオ!

 普通の大猪でもその巨体に似合わず、時速45kmをマークする。
 それよりも体が大きい分遅いとは言え、京介の反応速度を上回る速さで突進した。

「ぐっあ‥‥‥」

 骨が折れる音が響き、木々の枝を折りながら森の奥へと飛ばされる京介。

「こっのぉおおおおおおおお!!」

 小春が切れる。
 猪王の背中の毛を伝い、よじ登る。
 渾身で振り下ろしたおおきづちの鉄槌を背骨へと食らわせる。
 
 猪王の咆哮。
 悲鳴が響く、効いている。
 しかしその進行を止めるにはまだ弱い。
 小春は飛ぶ。
 そして、自由落下をしながら重力の力も加えた本気の一撃を猪王の額へお見舞いした。


 ――オォオオオオオオオオオオオオ!

「京介大丈夫かぁああ! 京介ぇええ返事をしろっ!!」

 背後の森へ叫ぶ。
 返事が返って来ない。
 心配になり後方を一瞬振り返る。それが仇なった。
 猪王は一時小春の一撃で脳震盪を起こしたが、回復が早かった。
 瞬きをし、目の前の小さな敵を見据えた。

「しまっ――」

 一瞬目を離した隙に疾走する速度が最高速に達し、小春へ突進する。

「くうぅ――」

 京介のように羽があれば飛んで逃げれる、もう少し早く気づけば横へ回避できた。
 しかし遅すぎた。
 このままでは死ぬ。
 そう判断した小春が取った行動は――。

「おりゃぁあああああああああああ!!」


 ――ドゴォオオオオオオオオンンンンッ!!



 小春の額に小さな角が生える。
 それと同時に振り抜いたハンマーが鋭さを増し、猪王の額を直撃。
 自分の最大級の攻撃力で相殺するしかない。


 ――パァアアアアアアアアアアンン!!

「えっ!?」

 小春のおおきづちが粉々に砕けた。
 老朽化が進んでいたとはいえ、呆気なく砕け散った。
 猪王の勢いは止まらず、小春は――。



*―――――――――――――――――――――――――――――*


「うぅ、うう‥‥‥」

 地面に転がり、痛みに悶えていた京介。
 肋骨が折れたようだ。
 それだけで済んで良かった。
 小春の声に反応しなければやられていた。

 腹を支えながら、なんとか起き上がる。
 頭がふらふらする。 
 衝撃が全身に伝わったようだ。

「し、師匠‥‥‥師匠は‥‥‥」


 いつでも飛び立てるよう羽は仕舞わず、ゆっくりと歩みながら飛ばされた方向へと歩く。


「‥‥‥すけ‥‥‥京介っ!!」


 小春の声が聞こえる。
 良かったまだ無事だ‥‥‥京介が安心し、歩行を早めると。



「うぁあああああああああ!!」


 小春の悲鳴が聞こえた。


「師匠!!」


 京介が急ぐ、しかし――。


 ――メキメキメキッ!!

 大木をへし折りながら小春が京介の方へ飛んでくる。


「師匠! 師匠!!」

 
 勢いが止まり、巨木に打ち付けられとさっと小さな体が地面へ転がった。
 京介は焦る。肋骨が折れていようと関係なく。走る。走る。走る。

 小春へたどり着くとぐったりとした体を支え、頭を抱えるように起こす。
 額からは血がべっとりと流れ、全身に傷が見える。
 骨も折れているかもしれない、迂闊には動かせない。
 呼びかけても返事はなく意識を失っているようだ。

「師匠、しっかりして下さい! 今病院へ‥‥‥」


 ――ズシーン、ズシーン。


 視界に広がる絶望。
 胸に宿る虚無感。
 たどり着く先は死。

 猪王が目の前にいた。
 この傷ついた体では逃げ切れない。
 絶体絶命だ‥‥‥。


『小さきモノよ‥‥‥』


 猪王の言葉だ。
 口で発音している訳ではなく。京介の脳へ直接テレパシーのように意思を伝える。
 動物が言葉を話すなどありえない事だった。
 しかし、目の前の猪は人間である京介に語りかけてくる。
 ただの猪ではない。
 巨大化、凶暴化、異形化にも当てはまらない進化。
 そう『霊長化』とでも呼ぼうか‥‥‥。
 自然の驚異、知恵を授かったのは人間だけでは無いとい事だ。



『身の程をわきまえぬ人間の子よ。全てを自分の思い通りにできるという浅はかさに何故気づかん』


「‥‥‥」


『そのおごり、踏み潰してくれるわ』


 京介はゆっくりと小春を地面に寝かせ、猪王と対峙する。
 手を広げ、小春をかばうように前へ立つ。

『なんの真似だ‥‥‥』

「師匠‥‥‥小春さんは僕が守る! ただそれだけだ」

『人間の子、その娘を置いて逃げれば少なくともお前は助かるかもしれんぞ』

「はっ! 戯言を!! 畜生のお前にはわからないかも知れないがな! 大事な人を守る。それが人間にとっては当たり前なんだよ!!」

『戯言を‥‥‥ではお前を踏み潰してからゆっくり考えるとしようか』

 足を上げ、京介を踏み潰すように容赦の無い一撃。
 京介はそれがわかっていたかのよに横に転がり、かわす。
 同時に羽を広げ急上昇した。


「これでもくらぇええええええええええ!!」

 
 腰から引き抜いた近接戦闘用の大型ナイフを、全体重をかけて矢のように猪王の左目へ。


 ――グャァアアアアアアアアアアアアアア!!

 猪王の悲鳴。
 その機を逃さず、小春を抱え京介は戦場を離脱した。



*―――――――――――――――――――――――――――――*



「うぅ、いてぇ痛ぇよ‥‥‥」

「京介、情けないぞまったく」

 一夜開け、病室のベッドで仲良く隣り合っている小春と京介。
 肋骨以外にも色々傷だらけの京介に比べ、小春は額を少し切っただけで骨にも異常がない。
 一応レントゲンなど検査をした結果、擦り傷程度だ。
 (何その丈夫さ‥‥‥僕の方が重症なんて‥‥‥運勢は最悪だな。あ、十二位だったな)
 京介は理不尽な怒りに囚われた。

「二人とも大丈夫? バナナ食べる?」
「マジで食べる食べる! 高級品じゃん!! なにシンガポール産だと!? 流石、花っち!!」
「僕、食欲無いんで‥‥‥」

 あれだけの事があったのに元気の良い小春。
 いつも通りの様子で京介は安心する。


「京介っく~ん!!」

 病室のドアが開くと同時に御手洗 清子が京介に抱きつく。


「いってぇえええええええええ!!」

「可哀想に可哀想に。よしよし、怖かったねーお姉さんの胸で存分に泣きなさい。
 ほんと、だ・れ・かさんに付き合っていい迷惑よね~!」

「おい、清子」

 いつもは軽口で『おてあらい』だの『河童』だのなんだの言っているが、冗談無しに名前をそのまま呼ぶ。
 機嫌が悪いのか、清子の行動のどこかが感に触ったのかもしれない。
 小春の怒気を押し殺した低い声。
 


「ここは病院だ。静かにしろ‥‥‥あと出て行け」



「なによ‥‥‥ふん、わかったわよ。じゃあね京介君。またお見舞い来るわ!」

 清子の方も何かを言い返したかったようだが、小春の迫力に負け今日はおとなしく帰ることにする。
 
「じゃ、じゃあ私も帰るわね。お大事に~」
「あぁすまんな。花、今度はリンゴを頼むよ」
「ふふ、しょうがないわね~病人だから特別よ」

 手を振りながら花も帰る。
 騒がしい二人がいなくなり、病室が静寂に包まれる。






「今年は‥‥‥ホワイトクリスマスだな‥‥‥」






 小春がポツリと発言する。
 既に日が変わり十二月二十四日。クリスマスイブだ。
 京介が窓の外を見るが、特に雪が降っているわけではない。
 そして視線を移す。


「あぁ‥‥‥そういうことですね」


 白い病室、白いカーテン、シーツにベッド。雪のように白い。

「はは、なるほど」
「ふふ‥‥‥」

 じわじわ来る笑い、珍しく小春のオヤジギャクを聞いた気がする。
 小春は寒くなったのかベッドに寝転び京介と反対方向に体を横にする。






「京介‥‥‥お前が助けてくれたんだな‥‥‥ありがとう」






「え、師匠?」

 小春の聞き取れるかどうかの小さな声。
 京介が聞き返しても、反応はない。


「師匠。今度こそ勝ちましょう」


 京介もそれだけ独り言を言うと、ベッドに横になる。
 時折、小春のベッドから鼻をすする音が聞こえる。
 悔し涙のうめき声が聞こえる。
 だが、京介は何も聞かなかったことにした。
 布団を頭から被り、眠りに落ちていった。

 









*―――――――――――――――――――――――――――――*

 今回の収益:なし。

 今回の損失:小春のおおきづち(修理不可能)。
       入院・治療費。よろずや保険は治療費に力を入れているため自己負担割合は一割で良い(保険料が高いこともある)。
       小春‥‥‥請求額十二万六千円→保険適用後 一万二千六百円。
       京介‥‥‥請求額二十二万五百円→保険適用後 二万二千五十円。
       

≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 二万二百円≫
≪烏丸 京介 十五歳……所持金 九百円≫




[30101] 第十二話「コシヒカリ100%!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2012/01/05 21:48


「ただいま~!」

 小春が元気良く、玄関のドアを開ける。
 それに続き、京介も玄関の戸を潜る。
 小春はかすり傷程度なので問題は無いが、京介はもう少し入院していないといけないはずだがなにぶん入院費がかかりすぎる。
 痛み止めだけ貰い。あとは自宅療養で安静にしている事にする。
 しばらくはよろずやの仕事はできないだろう。

「痛ってて‥‥‥」
「おいおい、しゃんとしろ京介」
「そんな事言ったって‥‥‥」
「あ、そうだ思い出した!!」

 小春が急いで靴を脱ぎ、部屋の奥へ行くと窓を開ける。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「ど、どうしたんスかッ!?」


 小春の興奮した声が部屋中に響く。
 京介があばらを庇いながらゆっくり部屋へ上がると。
 小春が輝いた表情でサンタ用の大きな靴下から飛び出した柄を握り、天へ掲げるところだった。


「ウォーハンマーだぁあああああああああ!!」


 小春、大興奮。
 サンタクロースより初のプレゼントだ。
 しかもちょうど前使っていた奴が壊れたから嬉しさ倍増だ。

 小春はどきどきしながらも感触を確かめるように狭い部屋の中で、物に当てないよう素振りをする。

「師匠やりましたね!」
「あぁ! ついに、ついに来んだ! サンタさんがッ!! 私が今年頑張っていた事を神は見ていて下さったのだ。
 天にまします我らの父よ。願わくば御名をあがめさせ――」

 小春はいきなり改宗されたようだ。プレゼント一個で。
 京介も一応確認する。
 どうやら今年のサンタさんは小粋らしい。

「師匠‥‥‥」
「京介‥‥‥まさか!?」

 一瞬何もないかと思ったが、窓に吊るした靴下を引き上げてみるとズッシリと重量感があった。

「ダマスカスナイフ‥‥‥すごい本当に貰えたんだ!」
「やったじゃないか京介! よろずや一年目は割と当たり年だと言うが‥‥‥二人共貰えるとは!!」
「師匠」
「京介」
「天にまします我らの父よ――」
「願わくば御名をあがめさせ――」

 二人で祈ったことも無い神に祈る。

「ちょうど愛用のナイフをなくした所だから助かりますよ」
「ダマスカスナイフなんか高級品貰いやがって、一年坊主のくせに」
「良いじゃないっすか! 僕の愛読雑誌『月刊 ナイフ大好きっ子』によると。
 僕が前使っていたサバイバルナイフが攻撃力たったの5に対し、これはなんとっ! 攻撃力50ですよ!!」
「強ぇええ」
「でしょ! あぁでもでも試し切りができない‥‥‥」
「当分は安静にしておくんだな。な~に骨にヒビが入ったぐらいだったらすぐだよ、すぐ」
「本当っすか‥‥‥」
「それより先ずは‥‥‥資金調達だな。今の所持金では年は越せない」


≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 二万二百円≫
≪烏丸 京介 十五歳……所持金 九百円≫


「冷蔵庫も空っぽであることを確認しました」
「ガッデム! どうやら神はとことん我らに試練を与えるようだ」

 まだそのノリが続いていた。

「今日は京介は寝ておけ」
「え、でも師匠‥‥‥」
「いいから。師匠命令だ。弟子は師匠の言う事は聞くものだ」
「お言葉に甘えます」
「その代わり治ったら倍返しな」
「勘弁してください」



*―――――――――――――――――――――――――――――*



 いつものように喫茶店に出かけ、コーヒーを注文する。

「小春ちゃん。もういいのかい? すまないな危険な目に合わせて‥‥‥」
「な~に良い経験になったよ。受けたのは私だしね。気にするな‥‥‥それより身入りの良い依頼とかない?」
「う~んそうだな‥‥‥あ、そうだ。確か指名で‥‥‥」
「指名? 私を?」
「そうそう、あったこれだ」


≪【『農民』又兵衛氏より指名】
  依頼:『助けてやってくれよ!』


  依頼内容:困った友人の手伝い。

  報酬:十万円。≫

≪ 注意事項:よっ! 嬢ちゃん元気でやってるかい! 実はな俺の友人で農民の大二郎って奴がいるんだが。
       色々困っているらしいんだ。嬢ちゃん達の話をツイッターで出したら是非お願いしたい事があるらしい。
       場所は新潟県だから依頼書は俺の方で書かせてもらった。詳しいことは大二郎に聞いてくれ! ≫


「ふむふむ。断る理由が無いな。受けよう」


 ――チャリーンッ!


「あ、いたいた。家行ったら京介くんがここだって‥‥‥依頼何か受けるの?」
「ちょうどいい花この依頼一緒にやらないか? 一人だと心細くてな」
「京介くんがいないもんね」
「‥‥‥ごほん。まぁそういう事だ。で、どうだ? 忙しいならいいが‥‥‥」
「いいわよ。受けましょう! 新潟か~小鬼ちゃんとぶらり途中下車の旅も乙なものよね~」
「下車しないから。そんな余裕ないから」


*―――――――――――――――――――――――――――――*



「二毛作~二毛作っ!」


 依頼書の地図と携帯のMAPアプリで場所を特定。
 ようやくたどり着いたと思ったら畑の上で変なダンスを踊っている初老の男性を発見。
 どうやら第一村人のようだが‥‥‥?
 声を掛けることさえはばかられる不気味なダンシング。
 か弱い女性二人が勇気を振り絞り声をかけた。

「あの~大二郎‥‥‥さん?」

「はぅわぁっ!?」

 いきなり背後から声をかけられ奇妙なダンスの途中で固まり、こちらを見る。
 みるみる顔が赤面する。
 どうやら少し恥ずかしかったようだ。

「あ~オホンッ! 何を隠そう私が『農民』大二郎だ! よく来てくれたよろずや殿!!」

 硬い握手を交わし、又兵衛氏からの紹介である事を伝え、同時に友達紹介制度を説明する。

「友達紹介制度?」
「そうです。塾とかでよくやるじゃないですか。友達を売ってお小遣いをゲットする的なやつですよ」

 『友達紹介制度』
 一度よろずやと契約した依頼者なら誰でもこの制度を利用できる。
 キャッチフレーズは『あなたのすぐそばで、友人は困っている!』。
 一人紹介すれば一ポイント。
 十ポイント貯めれば依頼一回無料となる(上限はあるが)。


「なるほどわかりやすい。要はアレだろ? 俺がお友達百人いれば超ハッピーて事だよな」
「イエス・ウィ・キャン」
「頑張るとするか。ちょっと電話かけてくる」
「あぁ~それより先に依頼! 何をすればいいんです?」
「おう! そうだそうだ。こっちへ来てくれ」


 大二郎に連れられて移動する。
 小屋を挟んだ反対方向にも畑が広がっていたが――。


「これだよこれこれ。これを何とかしてくれねぇか?」


 良く耕された畑の上に巨大な大岩があった。
 話を聞くと、最近地震で山の上から転がってきたようだ。
 せっかく耕した畑を捨てる訳にもいかず、困っていたらしい。

「了解だ。この岩をどかせばいいんだな‥‥‥しかしデカイな」
「小鬼ちゃんなら持ち上げられるんじゃない?」
「無理無理。いくら私の力でも限度があるよ」
「ならどうするの?」
「う~ん。桜子でも呼んで爆弾でも売ってもらうか‥‥‥」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。そんなんしたら俺の畑の土まで吹っ飛ぶだろ!!」
「それもそうか‥‥‥」


 あれこれ悩んだ末、結論。


「割るか」


 小春が新製品のウォーハンマーの初披露。
 まだ試し振りしてないからちょうどいい。
 軽く準備体操したあと、気合を入れる。


「どぉおおりゃあああああああああ!!」

  
 ――ズゥウウウウウウウウンン!!


 岩にヒビが入る。轟音が響き、森の鳥達が驚き逃げて行く。


「う~ん。いけそうな感触」

「でも、時間かかりそうよね‥‥‥あ、ちょっと待って」

 そういうと花は携帯を取り出し、電話をする。


「あ、もしもし花ですよ~今ね‥‥‥」


*―――――――――――――――――――――――――――――*


 ――ドドドドドドドドドドッ!!


「――デリバリィイイイイイイイイッ!!」


 数分後、物凄い勢いで走って来る者がいた。
 小春達の前で砂埃を撒き散らし止まる。

「毎度ぉ」
 
 韋駄天 桜子(十七歳)見参。

「我を召喚するとは……汝、如何なる用件であるか?」
「やっほー桜ちゃん! 実はね売って貰いたいものがあってね」
「はい! ご用件承ります!!」
「力をアップさせたり、疲れ知らずな栄養剤的なものってない?」
「くくく、悠久の時を生きる我に不可能は無い」

 客の望みを聞くと背負ったリュックからガサゴソと何かを探す。

「くくく、ご所望はこれか?」


 『バイアグラS(スペシャル)』:夜のお供に、頼れる心強い味方。


「違うわよ」

「くくく、ならば‥‥‥」


 『バイアグラG(ゴールド)』:ワンランク上のステージへ。

「金のオノか銀のオノかって話じゃなくて」
「お買い得なジェネリックか?」
「そうじゃなくて。あぁ~んもう欲しいのはそっちじゃないの!!」
「バイアグラGを一つ」
「コラッ大二郎! コラッ!」

 大二郎の発言を小春が突っ込む。
 桜子は花の全身から醸し出される魅惑のオーラで盛大に勘違いしているようだ。
 小春が桜子に聞いてみる。

「力仕事がしたいんだけど‥‥‥」
「あぁそれでしたら」


 『怪力乱神の種』:怪異・勇力・悖乱・鬼神の文字を合わせ持つ通り、人知では推し量れない力を一定時間得る。とても高い。


「私が聞いてすぐに出てくるのが‥‥‥くそぅ」
「そう、それそれ! そういうのを言ってたの! で、おいくら?」
「五万円になりま~す!」
「大二郎さ~ん!」
「お願~い! 買ってぇ~」

 女の子二人に甘えられ大二郎も悪い気はしないのか、顔を真っ赤にしながら宣言する。

「買った!」
「はい! ありがとうございます。今後ともご贔屓に~!!」







「こぉおおおお……ふぅうううう……」


 息を整え、足を踏み出す。
 小春の額に小さな角が生える。
 それと同時にウォーハンマーの旋回に鋭さが増し、風を斬る。


「おぅりゃああああああああああああ!!」


 ――ブォオオオオオンンンンッ!!

 ――ドォゴオオオオオオオオオオン!!


「すげぇ‥‥‥岩が真っ二つに割れやがった」
「でしょ~小鬼ちゃんはスゴいんだから~!」
 

*―――――――――――――――――――――――――――――*

「いや~何日もかかると思っていたがまさかたった一日で片付けちまうた~流石、又兵衛が絶賛していただけの事はある!」

 大二郎は上機嫌にスッキリと片付かられた畑を誇らしげに見つめる。

「流石に疲れたよ‥‥‥」
「小鬼ちゃんお疲れ。バイアグラ飲む?」
「いや、いい」
「それじゃお待ちかね! お給料タ~イム!!」

 報奨金の茶色い封筒を取り出し、小春へ渡す。

「どうもです」

 封筒を開け、中身を確認する。十万円ちゃんと入ってる。
 小春はそこから半分を花へと渡す。

「ありがとう小鬼ちゃん。じゃあ少し貰うわね~」

 渡された五万の内一万円だけ抜き取り、残りを小春へ返す。

「いいのか?」
「今日頑張ったのは小鬼ちゃんだもん。とっといてとっといて!」
「そうか悪いな」


「お~い嬢ちゃん達!」

 一度母屋に引っ込んだと思ったら何かを担いで大二郎が戻って来た。

「これはちょっとしたおまけだ。俺の育てた自慢の逸品だ! 食ってくれい!!」
「おい‥‥‥まさか‥‥‥嘘だろ」
「すご~い。私も初めて見た」

 それはなんと米だった。
 しかもただの米ではない。

 『魚沼産コシヒカリ』
 日本穀物検定協会による今年の「米の食味ランキング」において最高の「特A」を記録した最高級品。
 その美味さたるや想像を絶し、極上という言葉はこのためにあると言っていい。
 ブレンド一切無し、「幻の米」と呼ばれ、米作り名人が丹精こめて育て上げた超一級品である。

 通常の米の相場でもキロ一万円。
 ただでさえ、新潟産の米は高めに設定され、さ・ら・に!!
 プレミアもついて『魚沼産コシヒカリ』の相場はキロ十万円。十万円ですよ十万円!!

「しかも三キロも!? 本当にいいの?」
「おう! 遠慮すんな! 嬢ちゃん達の仕事ぶりを見て感心したってことさ。もってけ泥棒!」
「ありがとうございまーす!!」





*―――――――――――――――――――――――――――――*

 今回の収益:小春‥‥‥九万円。
       花‥‥‥一万円。
       『魚沼産コシヒカリ』三キロ


 今回の損失:なし。


≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 十一万二百円≫
≪犬神 花  一九歳……所持金 十万三千円≫




[30101] 第十三話「TKG!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2012/01/04 15:41
「つ、ついに手に入れたぞ‥‥‥」
「き、緊張っす。トイレ行きたくなってきた」
「私もどんな味がするのか楽しみ~」


 アパートの一室、小春の家で小春、京介、花の三人が緊迫の面持ちで膝を付き合わせていた。
 ボロボロの畳(穴だらけ)の上に何でここにいるの? と場違いがオーラを醸し出した幻の米三キロ袋が転がっていた。
 『魚沼産コシヒカリ 100%!』
 袋には大胆な筆遣いで『魚沼産』と自信に満ち溢れた文字が踊っていた。

 興奮、歓喜、緊張。

 すぐ手を伸ばせば届くところに不敵に鎮座する『幻米(げんまい)』。


「と、取り敢えず、加工‥‥‥調理をしなければならない」
「ウチ鍋しかないっすよ」
「え、炊飯器無いの!?」

 そう、無いのである。
 炊飯器は言わば裕福な家庭の象徴とも呼べる高級電化製品だ。
 現在の三種の神器と言えば、『冷蔵庫』、『地デジ対応液晶&プラズマテレビ』、『炊飯器』である。
 小春達の家にあるのは小さな冷蔵庫のみ(冷凍無理)。
 この事から察するに、お気づきであろうが一言で言うなら小春達は『貧乏人』だ。

「私の家から持ってこようか? 炊飯器?」
「マジ!? あ、いや大変じゃね?」
「僕が花さんの家に取りに行きますよ!」
「けっこう重いから助かるわ~」
「ちょっと待て‥‥‥肋骨ヒビ入ってるやつの行動じゃないだろ。まぁ任せておけ( ・∀・)b!」


 小春はこの部屋で唯一ある手鏡で身だしなみを整え始めた。


*―――――――――――――――――――――――――――――*



 呼び鈴が鳴る。

 ピンポンピンポンピンポンピンポーン!

「はいはいはい! わかったから! 誰なのこんな朝早く……」

 玄関のドアが開く。

「おはようございます! 大家のおばあちゃん!」

 ドアを開けると愛くるしい表情で小奇麗な格好をした小春が一人笑顔で立っていた。

「急に尋ねて来るなんてどうしたの小春ちゃん?」
「おばあちゃん、肩こってない?」
「肩? あぁ~そうね腰もシンドいわ~年のせいかも、それに最近寒くて体がこわばって」
「でしょ? マッサージしてあげる!!」
「えぇ~!! そんな! 悪いわよ、小春ちゃんにそんな~!」
「いいのいいの! 今年一年お疲れさまでした! 私からの年末ご奉仕といことで!!」
「そ、そうかい? じゃ、じゃあ~お願いしようかしら‥‥‥」
「お願いしちゃってください!!」

 大家のトメさんの家に上がり、早速部屋を暖かくし、マッサージをする。

「気持ちいい?」
「あぁ~孫が帰ってきたみたいで嬉しいよ」
「私の事、孫だと思ってくれてもいいのよ」
「嬉しいこと言ってくれるね~最近は息子夫婦も帰ってきやしないから寂しくてね~」
「また遊びに来るわよ。そしたらおばあちゃん寂しくないでしょ?」
「うぅ‥‥‥ごめんね。年のせいか涙もろくて‥‥‥」


「実は、今日はおばあちゃんにお願いがあって‥‥‥」


 小春は神妙な顔つきで懇願するように両手を組んでお願いする。

「どうしたの小春ちゃん!? 何かあったの? 私にできることなら何でも言って!!」

「ありごとうございます‥‥‥実は‥‥‥」


*―――――――――――――――――――――――――――――*


「ざっとこんなもんよ!!」

 小春が誇らしげに掲げたモノに京介と花は驚嘆した。

 『圧力IH方式 サムライ純銅おどり炊き炊飯器』

 可変圧力システムを採用し、内釜内で激しい対流が起きお米が攪拌する。それが「おどり炊き」と呼ばれる所以だ。
 美味しいご飯を食べる上で大切な要素が「ご飯の旨み」。
 「おどり炊き」は、この旨み成分についても進化している。
 通常、旨み成分は沸騰したときに水蒸気とともに釜の外へ放出されてしまう。
 そこで、最近の炊飯器の多くがこの旨み成分を水蒸気と分離し炊飯器内のタンクへ貯蔵。
 蒸らし工程のときに、この旨み成分をご飯に戻すことで、ネバッとした旨みがご飯に凝縮されているのだ。
 「おどり炊き」では、旨みを吸収する蒸気口を従来モデルより大型化。
 さらに貯蔵する「旨みユニット」も従来比300%にワイド化することで、より多くの旨み成分をご飯に戻すことができるようになっている。

「貰ってきたし」
「えぇ~こんな良い物をタダで!? レンタルとかじゃなくてっすか!?」
「どうやら大家のババアは私の魔法にかかったようだ」
「スゴ~い! 小鬼ちゃんて魔法使いだったのね~」

 花がぽわぽわと妄想に浸る。
 おそらく、いや絶対、小春がテレビの魔法少女の如く変身シーンで可愛くラッピングされている映像が放映中だ。
 顔がニヤついている。たぶんサービスカットに差し掛かったのだろう。
 その花の表情もまた京介の心を鷲掴みした(罪な女だ)。
 京介的には魔法少女というより手をやたらめったら打ち鳴らす錬金術師と言ったほうがしっくりくるがあえて言わなかった。

 小春は自慢げにどうやって戦利品を手にしたのか、聞いて聞いてとばかりに話し始めた。

「‥‥‥という塩梅よ」
「人の心の弱みに漬け込むのがウマいっす! 尊敬します!!」
「いーなー私も小鬼ちゃんにマッサージされた~い!」
「そう頻繁にはできないが、ここぞって言う時に隠し持っていた必殺技が炸裂した訳だ。題して『悩殺・君の瞳に乾杯作戦!』。
 まぁちょうど買い換えどきだったらしいから助かったんだけどね‥‥‥」

 魅力‥‥‥そう、人の魅力は人それぞれだ。
 花のようにプロポーションで攻めるタイプ(近距離パワー型)もあれば。
 小春のような誘導して攻めるタイプ(人の心を遠隔操作型)というのもある。

「炊飯器は確保できた‥‥‥あとは‥‥‥」
「水っすね」
「あぁ水道水のカルキ一杯の水で炊いたらお米様に失礼ってもんだ」
「水ね~軟水が米の味を引き立てるわね。どこかにないかしら名水百選的な‥‥‥」
「どうやら僕の出番のようっすね( ・∀・)b!」


*―――――――――――――――――――――――――――――*


「京介く~ん!!」
「やーやー清子さんこんなところで会うなんて『偶然』っすね!」

 商店街。
 いつものように御手洗 清子はパトロールと称してサボ‥‥‥いや警邏中だ。
 そして今日はご機嫌がよろしいようで。

「みてみてペロキャン(ウサギさん)ゲット~!」
「良かったっすね。レアなんすか?」
「その通り! 私が商店街にダイブして何年か経つけどペロキャン(ウサギさん)をゲットしたのは数えるほど」

 ペロキャン‥‥‥言わばペロペロキャンディと言われる飴ちゃんの大型種だ。
 普通は渦巻き状の飴が棒に刺さっている小ぶりな業務用ペロキャンだが、たまにハートやら動物の形やらバリエーションがある。
 色々食料不足である現代、砂糖をふんだんに使う飴は貴重で、さらにペロキャンともなると気軽に人にあげれる代物ではない。
 その事実だけで、清子がいかに商店街のおば様方に愛されているかが手に取るようにわかるようだ。 


「しかも京介くん! このペロキャンの色どう思う?」
「赤いっすね」
「そうだ。つまりこれは『亜種』だ」

 通常、ペロキャン(ウサギさん)は当然ウサギをイメージしているためホワイトソーダ味が定番だ。
 しかしペロキャン(ウサギさん亜種)は――なんと! イチゴクリームソーダ味だ。
 ペロキャンを貰った事が当然ない京介にとってどれほどのお宝かはわからないが、話の腰を折らないため盛大に驚いておく。
 (後で、師匠に聞いてみるとしよう‥‥‥)

「凄すぎっス! 清子さん!!」
「でしょ!? そう思うっしょ!!」
「流石愛されてますね~よっ商店街のマスコットガール!」
「いや~それほどでもあるな!」
「時に清子さん‥‥‥」
「な~に京介くん?」
「いつもその腰の水持ち歩いてますね。好きなんっすか?」

 ペットボトルの水(六・甲のおいしいみず)。
 京介が確認した中ではその水を飲料目的ではなく、自慢のサーフボードに振りかけ能力を使うときにしか使用していないようだ。

「そうなのよ。色々試した中でこれが能力と相性良いっていうか、スベリが良いのよ!」
「でも毎回使い捨てって勿体無いっすね。良い水なのに‥‥‥」
「まぁね。でも仕事には妥協したくないし、イザとなったら普通に飲めるしね」
「そんなに美味しいっすか?」
「飲んでみる?」
「少しいただきます‥‥‥ゴクゴク」
「‥‥‥あぁ、やった‥‥‥関節キッスゲット‥‥‥」
「うん? どうしたんすか?」
「(赤面)‥‥‥い、いや~べっつに~」
「美味いっすね! ウチの水道水とはえらい違いだ!」
「じゃあ、もっといる? ウチの実家から結構送ってくるからいいよ、あげるよ?」
「マジっすか! あざーす!!」


*―――――――――――――――――――――――――――――*


「ざっとこんなもんっす!!」

 京介が誇らしげに掲げたモノに小春と花は驚嘆した。

『六・甲のおいしいみず 2L×6セット』

 おいしさと安心の超フレッシュ無菌 パック製法のナチュラルミネラルウォーター。
 発売以来、多くのお客様に愛され続ける大手飲料水メーカーのロングセラーブランド。、
 ラベルには弱貼のりを使用。
 ペットボトルで初めてのユニバーサルデザインを採用。
 持ちやすく中央部にくびれを作りました。

「これより良い水を僕は知らない」
「やるじゃねぇか京介、あの性悪河童から如何にしてぶんどって来たんだ?」
「どうやら清子さんは僕のフェロモンにかかったようっす」
「スゴ~い! 生粋の狩人だったのね~」

 小春は自慢げにどうやって戦利品を手にしたのか、鼻高々に話し始めた。

「‥‥‥という流れです」
「ウマく誘導したな! 免許皆伝の日も近いかもしれん!!」
「京介君の女殺し~」


「炊飯器と水は確保できた‥‥‥じゃあ早速‥‥‥」
「まだよ!」
「何だ? もう十分じゃないか? あとご飯炊くのに必要な物って‥‥‥そうかっ! 計量カップか!!」
「違うわよ。おかずよ、お・か・ず! 
 そのまま食べても美味しいかもしれないけどやっぱりご飯が進む一品はいるでしょ!」
「そ、そうか‥‥‥迂闊。漬物‥‥‥納豆‥‥‥佃煮‥‥‥や、ヤバイお腹が!!」
「流石っす花さん! そうっすね‥‥‥TKGとか最高っすね‥‥‥」
「ば、バカヤロー京介! なんてこと考えるんだ! お前天才か!? TKGとかって!!」
「TKGってな~に?」
「花、教えてやろう。『T.K.G.(Tamago Kake Gohan)』つまり『卵かけごはん』の事だぁああ!!」

 ①卵を割る。
 ②醤油をかける。
 ③ご飯にかける。
 ④食べる。

 という至ってシンプルかつ大胆な料理。
 全般的に作り方は簡単であるものの、かき混ぜる際に飯の量が少なかったり、窪みが大きすぎたりすると卵とのバランスが崩れ食感が変わることがある。
 窪みを作る際に窪みをあまりに小さくしすぎると溢れることもある。
 更にかき混ぜる速さ・強さ・時間は好みに応じて異なり、白身を完全に切ったサラっとした状態から卵黄が割れているだけの状態まで幅広い。

 味つけは、一般的には醤油を用いることが多い。
 ただ、その調味についても、次のようにいくつかの方法があり、食べ方にも多様性がある。

 ・醤油を適宜注ぎ足し、味加減を確認しながら食べる方法。
 ・少々の塩加減の多寡は気にせずに、目分量で醤油を加えて食べる方法。
 ・朝採りの卵が入手できた場合などは、まず調味せずに、一口食べて卵の新鮮味を楽しんだ後、醤油で調味して食べる。
 
 また、好みに応じた食べ方として

 ・トッピングや調味料を用いる。
 ・卵の黄身だけを醤油に数分間漬けて載せる
 などもある。

 また卵のかけかたにも『直かけ派』と『後かけ派』などキノコ・タケノコ戦争並みに先祖代々根深い問題となっている。


「奥が深いのね~TKGって!」
「これはまだほんの一部でしかない。例えるなら富士山で言うところの五合目でしかないのだ」
「すでに半分きちゃってるけど‥‥‥まぁとにかく卵を取ってくればいいのね。お任せあれ( ・∀・)b!」


*―――――――――――――――――――――――――――――*


「コケ、コケコッコー!(YO! YO! チェケラッチョ!)」

「コケ、コケコッコー!(キバれYO! キバれYO! チェケラッチョ!)」


「又吉さ~んご無沙汰~」
「あぁあの時のよろずやさんか! どしたんだい今日は!」
「あれから問題ないかな~と思って~」
「アフターケアまで‥‥‥よろずやさんって、みんなそんな優しいんですか?」
「う~んどうかしら~私は時間が空いたら結構様子を見に来る方よ」
「ありがたい事です」
「問題なさそうね」
「えぇすこぶる快調ですよ! 皆ノリノリで産みまくって生産量が記録更新しまくりで!」
「そう、それは良かったわ」
「でも‥‥‥」
「どうしたんですか?」
「生むのが早くなったのは良いんだけど‥‥‥どうもちょっと味が落ちたような‥‥‥急かしすぎたのかな」
「なるほど‥‥‥ではこれなんかどうかしら」

 花は又吉に一枚のCDを渡す。

「これは‥‥‥」
「クラシック。そして偉大な先人モーツァルトよ! これで卵の味にも深みが出るでしょう!」
「おぉおお! 何という事だ! そうかその手があったか! 今度はK-POPにも手を出してみようかな‥‥‥」
「まずはヒップホップの曲を止めて、モーツァルトを聞かせてみて。私が第三者的な立場で味見をしてあげるわ」
「何から何まで‥‥‥本当にありがとうございます! でも今は養鶏場の改築中でお金が‥‥‥」
「良いのよそんな事は! 卵を食べさせてくれるんだもん無償で構わないわ!」
「あなたは天使か! 神の使いか! わかりました。それでしたら毎朝自慢の卵をお届けに上がりましょう!
 これからも技術顧問としてご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします!!」



*―――――――――――――――――――――――――――――*


「ざっとこんなもんよね~!!」

 花が誇らしげに掲げたモノに小春と京介は驚嘆した。

『又吉さん家の朝採り・健康こだわり卵!』

 国産・非遺伝子組み換え・ポストハーベストフリー・化学薬剤不使用にこだわった穀物を餌として育てた自信作。
 卵アレルギーの大きな原因の一つと考えられている飼料が魚粉。
 問題は魚粉に添加される防腐剤や抗酸化剤と言われています。
 我が又吉養鶏場では地元の漁港で採れた魚をすぐに使い魚粉とすることで防腐剤を不要としました。
 「安売りはしない」。この言葉は自信の現れです。
 確固たる信念を持って未来に残したい食べ物を作る。暴利を貪ろうとは思うわない。
 私は卵に対して不器用ながらも正直でありたい。



「人と言う字は人と人が支え合ってできているわ」
「やるじゃねぇか花、どうやってこんな良い卵貰えたんだ?」
「どうやら又吉さんは私の口車にひっかかったようね」
「オブラートに包めよっ!」


 花は少し自慢げにどうやって戦利品を手にしたのか、妖艶に話し始めた。


「‥‥‥という首尾よ」
「地元密着型!!」
「自然だ! 話の持って行き方にセンスを感じる!!」
「あと、卵超美味しいって言ったら『卵かけご飯専用 公式醤油』ってのも貰ってきた」
「完璧すぎるだろ!」
「花さん‥‥‥良いお嫁さんになるっす!」

 

 ――『一が全 全が一』。
 生きようとする命の力を束ねて、未来への扉を開く鍵。
 みんな、みんな、この星で‥‥‥この大地で生まれた。
 生きたい。
 この輝きを、今日の果てで戦う全ての人に届けたい。
 誰かが「英雄」になるのなら、誰もが「英雄」になれるはず。
 この大地が大好きなのはみんな同じなんだ!!



「ま~だ~?」
「まだ早い」
「師匠‥‥‥足が痺れてきました」

 三人が炊飯器の前で正座をして今か今かと待っていた。
 当然、自動で炊きあがればタイマーが鳴り響く設定だが、他の事をしていても落ち着かない。
 自然、正座となった。


「あ、なんか‥‥‥良い匂いがしてきた~!」
「あぁお米様‥‥‥なぜアナタはそこまで神々しく‥‥‥」
「ヨダレが‥‥‥ヤバいっす」


 ――チャチャチャチャーチャーチャーチャッチャチャー (´∀`∩) (´∀ `∩) (´∀`∩) (´∀`∩)

 どうやらおどり炊き炊飯器の戦いが終わったようだ。
 戦闘終了のBGMが響く。


「ごく‥‥‥あ、開けるぞ」
「慎重に‥‥‥」
「緊張っすね」

 ――ガチャッ。ほわん‥‥‥。

「なんて優しい香りだ‥‥‥」
「作り手の全ての愛を感じるっす」
「私、今重力(匂い)に魂をひかれているわ~」
「ま、まずは一口」

 濡らしたしゃもじで炊きたてのご飯を蒸らすように混ぜる。
 用意していた茶碗に少しずつ取り分け、米本来の味を堪能することとする。

「せーので食べるぞ。いいか抜けがけは無しだ」
「了解っす」
「いつでもいいわよ~」

 三人が同時に箸で一口分をすくい、口へ運んだ。

「ほっ‥‥‥」

 最初の発言は一言だった。
 小春の少し口が熱くて冷ますように息を軽く口からもれた。
 静かだった。
 これほど心穏やかな時間があるだろうか。
 興奮して叫ぶかと思ったが、誰もそんな下品な行いはしない。必要ない。
 三人とも自然に目をつむり、口に含んだ米を咀嚼する事しか考えられなかった。
 飲み込み、少し息をつく。


「美味い‥‥‥美味すぎる‥‥‥」
「これが世界の中心の一つ」
「『理』の一端を垣間見たわ~」


 押し寄せる幸福の嵐。
 生まれてきて良かった。そう言いたい衝動に駆られた。
 気がつくと茶碗一杯のご飯は平らげてしまった。
 ふたたび我先にとしゃもじに手を伸ばす。

「はっ!? このままではご飯だけで食べきってしまう」
「そうよ。卵も食べましょう! せっかく取ってきたんだから」
「このご飯に奴が乗るということですね!」

 
 『又吉さん家の朝採り・健康こだわり卵!』を三個取り出し、小春と花に手渡す。
 『直かけ派』と『後かけ派』という問題は残されていたが、最早言葉は不要。
 やりたいようにやればいいじゃない。
 三人は本能の赴くまま卵を割り、醤油をかけ、ご飯に乗せた。



「せーので食べるぞ。いいか抜けがけは無しだ」
「了解っす」
「いつでもいいわよ~」

 三人が同時に箸で一口分をすくい、口へ運んだ。

 そして、伝説へ――。














*―――――――――――――――――――――――――――――*

 今回の収益:『圧力IH方式 サムライ純銅おどり炊き炊飯器』
       『六・甲のおいしいみず 2L×6セット』
       『又吉さん家の朝採り・健康こだわり卵!』

 今回の損失:なし。


≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 十一万二百円≫
≪犬神 花  一九歳……所持金 十万三千円≫
≪烏丸 京介 十五歳……所持金 九百円≫







[30101] 第十四話「☆彡!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2012/01/09 17:54
「あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうっす」

「んじゃ、行こうか」
「え、師匠どこへ?」
「決まってる。『星落ち会議』だよ」


 正月‥‥‥一月一日。
 この日毎年よろずやには心待ちにしているイベントがあった。
 よろずや協会が主催するそれは毎年大変な賑わいを見せるため大学の講堂を貸切り行われる。

 『特殊営業類型依頼下請取引適正化会議』
 
 <趣旨>
 我が国の景気は、足下での持ち直しの動きが見られるものの、少子化による国内市場の縮小傾向及び新興国の台頭という構造的な課題に加え、
 東日本大震災による被災、海外景気の下振れや円高、株価の変動等による影響が、下請事業者を始めとして懸念されている状況にあります。
 企業のコンプライアンス意識の高まりや現下の経済状況では、円高の進展等による影響が立場の弱い下請事業者に不当にしわ寄せされることのないよう配慮することが必要である。
 特に、年末年始にかけては金融繁忙期であることから、下請事業者の資金繰り等について一層厳しさを増すことが懸念され、
 親事業者が下請代金を早期にかつ可能な限り現金で支払い、下請事業者の資金繰りに支障を来さないようにすることが期待される。


 何のかんのと長ったらしく格好つけて書いてはいるが、要は等級の低いよろずや達にもチャンスをあげましょうという事だ。
 ここでいう事業者はよろずやのことを指し、法律上よろずやは他の業を営んでいる者、自営業と同じですべて個人事業者扱いになる。
 依頼の中でも難易度・危険性が極めて高いものは『☆』マークをつけて協会が依頼書を発行する。
 しかしその依頼は大抵、等級の高いよろずやに自然と回されるのでどうしても等級の低いよろずやにまで行き届かない。
 さらに免許証の発行の段階で等級が『C』以上の者でなければ依頼を受けることができないシステムのため偏る傾向にある。

 等級を上げるには依頼を達成し、ポイントを貯め、筆記試験に合格しなければならない。
 その肝心のポイントは依頼が難しければ難しいほど高く、またその依頼が社会貢献度高いものであるならばさらにボーナスポイントも付加される。
 つまり実力があっても等級が低いため大きな仕事ができなくなっているのが現状だ。
 この会議で参加したよろずや達は全員等級に関係なく『☆』型の依頼を受ける事ができる。
 
 よろずや達は流れ星に例えて、略して『星落ち会議』と呼んでいる。




「噂には聞いていたけど‥‥‥これが『星落ち』か~人多っ! こんなによろずやいたんだ‥‥‥」
「他の都市からわざわざ参加する奴もいる。大都市の方が多く星が落ちる場合もあるし、種類も豊富だ」
「やっほー小鬼ちゃん! 京介君! アケオメ~!!」
「お、花も来てたか」
「あけましておめでとうっす。花さん!」
「なんか狙ってるのあるのか?」
「ヒ・ミ・ツ!」
「たっはー! 女は秘密を持つほど美しくなる!」
「京介、私は今無性にお前を殴りたい」
「カタログによると~」

 花は京介と小春の漫才を尻目に受付で貰ったカタログのページを捲る。
 小春が言うには今回は依頼が多いほうらしい。
 この会議で扱われる特殊営業類型依頼‥‥‥いわゆる『☆』型の依頼は主にこんなものだ。

 ・依頼受託者が現れなかったもの
 ・依頼を受けたはいいが受託者が依頼達成できなかったもの
 ・特殊型のもの

 などなど‥‥‥色々ある。
 協会側でも受けた依頼は早く処理したいのかもしれない。
 依頼の納期があまりにも遅いと客の信用問題に関わってくるからだ。


「それにしてもスーツ姿の小鬼ちゃん、激カワね~」
「(゚A゚)ヤメロ!! 抱きつくんじゃない!」
「まさかスーツが必要とは‥‥‥社会人になった時一応作っておいて助かった‥‥‥」

 『会議』と名がつくようにドレスコード的にスーツ着用が義務付けられている。
 昔からの慣習だそうだ。慣習じゃしょうがない。
 小春が普通にスーツを持っていたことが京介にとっては意外だった。
 年に一回この時に着るぐらいらしいが‥‥‥。

「し、師匠‥‥‥これ‥‥‥」

 京介がカタログの中で一つの依頼を指し示す。


≪ 【☆☆】
  依頼:『深き森の鉄槌、猪王の帰還!』

  依頼内容:日本大猪の討伐。

  報酬:八十万円。≫


「☆がついてる‥‥‥前の時はなかったのに‥‥‥しかも二つ」
「私達以外にも挑んでやられたんだろ‥‥‥報酬も上がってるしな」
「小鬼ちゃんは‥‥‥やっぱりリベンジするの?」

 花の問いかけに小春は笑って答える。

「無論だ。こいつの値が釣り上がるのを待っていたんだよ。必ずこの会議で出てくるだろうと踏んでな。
 自慢じゃないが私の実力はA級の奴らにも負けはしない。
 そこら辺のよろずやが束になった所でこいつを止められやしないさ」

「私はこれを希望する。お前達も早いとこ決めとけ落札の時迷ってはいられんぞ」


 三人は講堂に入り、適当な席へ着く。
 予想通り人が多い、早めに来て正解だったようだ。
 大人数を収容できる教室は全て貸切のためどこに座ってもいい。
 各机の上には学生が普段使っているノートパソコンが置かれており、すでにソフトが起動している。

「ここに名前と免許証番号を入力すればいいんっすね?」
「あぁそれでログインしたらカタログと同じ情報が載ってるからそれを制限時間毎にクリックすればいい」

 ただし気をつけなければならないことは普通の依頼と違い契約金が発生することだ。
 それは依頼によっても違うが人気が集中するであろう依頼には制限を設ける意味合いで高めに契約金が設定されている場合がある。
 言わば協会側の小遣い稼ぎだ。
 オークションのように契約金を高く払った者が落札できるというものではない。
 制限時間内に落札した者全員に依頼を受ける権利が発生する。
 一件問題が多そうなシステムだが協会側にとっては合理的な処置だ。

 例えば契約金が低くても多くのよろずやが受注すればその段階で協会が受け取る契約金が増える。
 (当然、依頼が成功しても失敗に終わっても契約金は返さない。受注する権利を買う意味合いで)
 そして星落ちで受けた依頼は一週間の期限を設けて猶予期間とし、その間に依頼を達成しなければならない。
 一つの依頼に対しても参加人数の制限を設けていないため、現場で他のよろずやとバッティング事も多い。
 誰が早く依頼達成するか競争になるが、顧客の依頼を早く達成したい協会側にとっては誰が達成しても構わないという感じだ。


「そろそろ時間ね~準備はOK?」

 花が二人に目配せする。
 会議は朝九時よりスタートし、午後五時をもって終了とする。
 その間席を立つことも自由だし、迷惑がかからない程度に談笑しても構わない。
 依頼は各パソコン上にカタログ番号毎に十秒間だけ次々と表示されていく。見逃したら終わりだ。



「本日はお忙しい中ご出席ありがとうございます。
 本日、担当させてい頂きますよろずや協会のゴトウです。よろしくお願いします」


 主催者側は簡単な挨拶を済ませ、何点かの注意事項を事務的に読み上げていく。


「それでは始めます。皆様の仕事に誇りと勇気を‥‥‥」

 
 そして、始まる。
 会議室が一気に緊張に包まれる。


「ふぁ~あ」


 小春はいきなり欠伸をして緊張感の欠片もない。


「師匠、なんか余裕な感じっすね」
「あぁ、私のお目当ては決まってるからな、出てくんの結構後だし‥‥‥京介はどれか受ける奴あるのか?」
「えぇ、これ行こうかなって‥‥‥」


≪ 【☆】
  依頼:『あいつなんとかして!』

  依頼内容:常習犯、食い逃げタロウの拘束。

  報酬:二十万円。≫


「まぁいいんじゃねぇの。星落ちの中では比較的達成しやすいだろうし、でも京介契約金足りるのか?」
「えっ? 契約金‥‥‥あ、一万ってマジっすか!?」
「あぁマジだよ。ほれ、会議室の外にはATMも設置されているだろ。自分の財布と相談しなさいって事だ」
「それだけ人気が出そうな依頼ってことよね~京介君。お金がないならみんながやりたがらない仕事を受ければいいのよ。
 中には契約金がほとんど発生しない奴もあるわよ」
「まぁ大抵そういう依頼は死にかけるがな。はっはっは」
「笑顔で言わないで下さい‥‥‥」
「画面見てみな。依頼書の下にカウントがあるだろ? それが現在の参加人数だ。この依頼だと五十人受注してる」
「ご、五十人って‥‥‥競争激しいっすね」


 例えば誰かが会議に出席して受注し、仲間が先行して依頼を達成しようと考える者もいる。
 しかし、それをやる者はほとんどいない。
 受注した依頼書の詳しい内容、討伐内容なら目標物の現在位置や過去依頼を受けたよろずやの失敗履歴‥‥‥など様々な情報が各よろずやの住所へ配布されるのは翌日。
 そして『☆』付きの依頼は十分な準備をしなければ達成できないものばかりだ。
 (上位等級のよろずやが達成できない依頼も伊達ではない)


「精々一個か二個にしておけ、欲張っても無駄に契約金払うことになるぞ」

 
 過去、欲張って受注して結局何も達成できなかったよろずやがいてその後信用問題になった例がある。
 自分の実力に見合った行動をしなかった良い例だ。


「よ~し! 私はこれに決めたわ~京介君はどうするの?」

 
 ≪ 【☆】
  依頼:『もう許してやんない!』

  依頼内容:窃盗団『オーケストラ』の幹部を拘束せよ。

  報酬:三十万円。≫


「え~と、じゃあ僕はこれで‥‥‥」


 ≪ 【☆】
  依頼:『体力あれば誰でもいい!』

  依頼内容:『人気』漫画家のアシスタント。

  報酬:十万円。≫


 

 ‥‥‥翌日、意気揚々と出かけた京介はそれから三日間帰ってこなかった。


*―――――――――――――――――――――――――――――*


 三日後‥‥‥。


「た、ただいま‥‥‥」
「おぉ京介久々――て、お前どうした!? 顔が死んでるぞ」
「ね、寝かせて‥‥‥」

 京介は大変後悔していた。
 通りで『☆』がついてるわけだ。
 オカシイと思ったのだ。
 危険度の少ないアシスタントなら怪我を負った京介にもできるとタカをくくっていた。
 上位のよろずやが手を出さず、しかも京介以外誰も受注していない。
 契約金も百円とお手頃価格。
 好条件過ぎて怪しいとは思った。

 でも詳細にあった『人気』漫画家の名を見て、もしかしたら最新号を誰よりも先に読めるのではないかというスケベ心もあった。
 そして京介は理解した。
 漫画は描くものではない。読むものだと。



 京介は着替えもせず、倒れ込むように布団へ入った。



*―――――――――――――――――――――――――――――*


 今回の収益:京介、依頼達成:十万円

 今回の損失:『契約金』 
       小春 千円。
        花 三千円。
       京介 百円。
       


≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 十万九千二百円≫
≪犬神 花  一九歳……所持金 十万円≫
≪烏丸 京介 十五歳……所持金 十万八百円≫




[30101] 第十五話「今夜は寝かせないゾ(はぁと)!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2012/01/21 09:34

 これは烏丸 京介――空白の三日間の記録である。



「地図によるとこの辺か‥‥‥」

 依頼書に添付された指定場所は住宅地のド真ん中。
 携帯のルート検索でナビされた通り歩いて行くと一件の豪邸にぶち当たった。

「さ、流石‥‥‥」

 京介の目の前には立派な造りの二階建て住居。
 『人気』漫画家というだけあって儲けていやがる。
 さぞお高そうな門構えのベルを鳴らし、この豪邸の主人を呼び出すことにする。

「はい、どちら様で?」
「おはようございます。僕はよろずやの烏丸 京介と申します。依頼の件で‥‥‥」
「あ、あぁ! 来た!? 来てくれた!? 助かる~さぁさぁ入って入って!」
「失礼します」

 玄関を開けるといきなり抱きつかれた!
 何事かと思い驚くと同時に柔らかい感触が京介の全身を包む。

「助かった! もう超大変だったのよ~!!」

 そして京介は硬直する。
 そこには花に勝るとも劣らないグラマーな美人お姉さんがいたのだ。

「あ、私は二階堂 瞳。ペンネームは瞳☆W(ひとみダブル)で漫画描いてまーす!」
「瞳☆Wってあの!? マジっすか!!」

 依頼書には漫画家の詳しい情報は書いていなかったが、そのペンネームは漫画はコンビニで立ち読み派である京介にさえ聞き及んでいる。
 『週刊少女コミック LaLaLa』の看板作家の一人。
 他の漫画家が恋愛モノ中心の中一人だけ『努力・友情・勝利』の少年漫画的なノリで話を進める画風である。だたしBL。要は腐女子さん。
 何故、京介が知っているかと言うと花におススメの漫画を聞いたとき貸してくれたのがこの瞳☆Wの作品だった。
 少女漫画初心者の京介におススメのうち初級者向けとして渡された。最初からクライマックスだったわけだが‥‥‥。
 最初はBLのため、『え~』と思いながら読んでいたが知らいないうちに気にならなくなり、すっかりはまってしまった訳だが(もちろん漫画的な意味で)。


「唐突に失礼ですが、おいくつですか?」
「二十一歳だけど?」
「イエスッ!」
「え?」
「いえこっちの話です。で、では上がらせてもらいます」
「入っちゃって入っちゃって!」

 京介が用意されたスリッパを履きながら仕事部屋へと向かう。
 そして再び驚愕する。

「来た!? よっしゃー! これでなんとかなる!!」
「え!? 双子っすか!?」

 仕事部屋の戸を開けて再び京介は驚く。
 髪型が違うが全く同じ顔がそこにはいたからだ。

「ふふ、そう思うでしょう~あ、ちょっとここで待ってて」

 そう言って二人して出て行く。一人取り残される京介。
 そしてすぐに一人が戻ってきた。

「さて、私はどちらでしょうか?」
「僕には何とも‥‥‥どっちがどっちか‥‥‥髪型的には最初会った方ですが」
「ふふ、ちょっと驚かせてあげる。『未』、『巳』、『寅』! 分身の術~!」

 目の前で瞳は複雑な印を組み、叫ぶ。
 すると瞳の体が3Dのようにぶれ始め、二人に分かれた。

「え、どうやったんすかトリック!?」
「残念! 実は私『ホルダー』なのよね。私の異能力は自分を二人に分けることができるの」

 『ホルダー』とは異能力を持つ者の総称である。
 異能力と言っても人によってバラバラだし、どんな力を持っているのかも誰かが管理している訳ではない。
 系統的なモノでもないため学説的にはひとくくりにして能力持ち=『ホルダー』と呼んでいる。
 
「今の『印』必要でした?」
「やってみたかっただけだけど?」
「そうっすか」

 京介も自分が分身系の異能力を持ってたら間違いなくやっていただろう。
 というか、わざわざ印を組まないと能力を発動できませんって自分で設定するかもしれない。
だってそっちの方がカッコイイから!

「私たちは」
「二人で一つ」
「「二人揃ってプリキュ――」」
「だから瞳☆Wなんっすね。納得しました」

 アシスタントが居ないのはこの能力で気味悪がれてなかなか見つからなかったという理由がある。
 異能力を認められないっていう人種も多い(よろずやの中でも)。
 その点京介は身内が異能力者が多いため気にする問題ではない。

「ちなみに分身は二人までですか?」
「いんや、多重影分身の術とかできるけど」
「だったら増やせるだけ増やして作業した方が効率的じゃないっすか?」
「チャクラが足りないのよ」
「ほほぅ」

 どうやら瞳の限界は絶好調の時で十人まで別れる事が出来たらしい。
 しかし分身した後、疲れて何もやる気が起こらなかったようだ。
 エネルギー消費率がハンパではなく、お腹もすぐ空くし燃費超悪~い。と、いう事らしい。
 TNP27は未だ達成できていない。
 低燃費の方が減税の対象になるから経済的なのに。


「で、僕は何すれば?」
「パン買ってこい」
「いきなりパシリっすか!?」
 

*―――――――――――――――――――――――――――――*



「姉さん。こちらで」
「ほい、ごくろーさん! じゃあ次洗濯物お願い」
「はい‥‥‥て、これパンツは流石に自分で‥‥‥」
「あら、私は気にしないわよ?」
「僕がとても気にするって話ですよ」
「まぁ男の子だもんね。一個や二個無くなった所で‥‥‥あ、ブランド物はやめてね高いから」
「オープン過ぎるでしょ!」
「まぁ冗談だけどね」
「‥‥‥締切何時っすか?」
「三日後」
「おぅ」
「君、ベタ塗りやって」
「ベタ塗りって何すか?」

 (゚Д゚≡゚Д゚)? という顔をされた。
 そんなん言われてもこちとら素人やし、が京介の言い分だ。
 漫画家のアシスタントの募集要項で漫画の基礎もわかってない素人が来るとは思ってなかったらしい。

「う~ん。ここをこうするんだけど‥‥‥」
「あぁ。何となくできそうな気がする。自分器用っすから」

 




 ――数時間後。


「いいわ。いいわよ京介君!」
「はぁどうもです」
「次、トーン貼り!」
「ラジャ」


「あの~何かお飲みモノなどもらっても‥‥‥」
「冷蔵庫から適当に飲んでいいわよ」
「あざーす! え、あの~栄養ドリンクしか入ってないんですが‥‥‥」
「上から千円クラス、五千円クラス、一万円クラスだから」


「あの~そろそろ日も暮れて来たし、帰ろうかなって‥‥‥」
「ここに泊まればいいじゃんないかな」
「え、でも一人暮らしの女性の家ですし」
「今夜は寝かせないゾ(はぁと)」 
「‥‥‥(どきどき)」


「どう考えても締切間に合いそうに無いんっスけど」
「大丈夫。私達これから寝ないんだから」
「あぁそれなら間に合‥‥‥(うん? 寝ない?)」

 



*―――――――――――――――――――――――――――――*


 今回の収益:孤軍奮闘中。

 今回の損失:空白の三日間。
       



≪烏丸 京介 十五歳……所持金 八百円≫


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