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[30011] 蟻喰い狩人(キメラアントハンター) HUNTER×HUNTER
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/24 07:28



 ――確かに、その結末しか在り得なかったのは理解出来る。

 虫けらを駆除するのに、人間が対等の立場で挑むだろうか?
 答えは否、殺虫剤でも振り掛けてやればそれだけで事足りる。態々人間様が自ら赴くまでも無い。
 それが核爆弾じみた『貧者の薔薇(ミニチュアローズ)』だっただけの話。
 蟻と人間との関係が現実のものと全く変わらなかったという皮肉が、実に冨樫らしかった。

 正直言えば『貧者の薔薇』では無く、人間の手で蟻(キメラアント)を倒して欲しかった。

 最強級の人間でも、蟻の王には勝てない。その事実が何処と無く悲しかった。
 プフとユピーを喰らうまでは、勝てない相手では無かった。護衛軍の二人を喰らって誰も勝てなくなり、最期まで勝ち逃げされた靄々とした寂寥感は幽白の仙水編を思い起こさせる。
 別に蟻が嫌いな訳では無い。好きな部類でも無いが、虫けらのようにくたばるのでは無く、せめて化物として打ち倒されて欲しかった。

 ――その在り得ない機会をこの手に得た瞬間、私は存在しないと絶対的に信仰する神に初めて感謝した。

 この手で蟻編の結末を変えてやろう。
 原作改変がどれ程の悪業になるかは知らないが、何処にでもいる脇役の一人として生まれたのだ。二度目とは言え、自分の人生だ、好き勝手にやらせて貰う。
 化物は人間によって打ち倒されるべきなのだ。それが生物界の頂点に立つ至高の王と言えども、同じ事なのだから。

 ――それ故に、私は自らの意思で発現させた奴等限定で、奴等を問答無用に殺せるこの念能力を、単純明快に『蟻喰い(キメラアントキラー)』と名付けた。


 No.001『開始』


 ――1987年、マリリン社から史上最高額のゲーム、グリードアイランドが発売される。

 58億ジェニーの現金一括振込みで限定百本という狂気の沙汰だが、それでも二百倍以上もの注文が殺到する。
 この世界を風刺したかの如く色々トチ狂った代物であり――とある目的の下、結束した彼等が入手出来たのは、僅か二本だけだった。
 実際にプレイ出来るのはマルチタブを使っても16名のみ。ただし、セーブデータを気にしなければ無制限に入れる事は入れるが、デメリットが非常に多い。
 その十六人の内の一人に不運にも選ばれてしまった彼ことアルマ・ロイリーは溜息吐きながらとある飲食店に張り込んで勧誘活動に励んでいた。
 これは記念すべきグリードアイランド稼働初日の出来事であり、原作開始時から十二年前の話である。

「結構来ると思ったけど、全然来ないなぁ」

 今年で十七歳になり、原作開始時には二十九歳にまでなっているのかと溜息付きたくなるアルマが張り込みに選んだ飲食店は、三十分以内に巨大パスタを完食すれば無料の上にFランクの割には高く売れる『ガルガイダー』が貰える懸賞が行われている。
 此処はゴンとキルアが懸賞の街アントキバで真っ先に行った場所であり、原作知識のある者なら真っ先に目指す場所だと自信満々に豪語していたが、三時間が経過して訪れたプレイヤーは彼の他に四人だけだった。内一人は話す前の段階で何処かに行ってしまったが。

(うーむ、思った以上に手に入れた者が少ないのか? 確かにグリードアイランドは手に入れる事自体が超難問だし、俺達でも二本しか手に入らなかった激レアな代物だが――まさか俺達以外にもういないのか……!?)

 アルマは気落ちしながら温くなった紅茶を啜る。
 既に一回『ガルガイダー』を換金した後なので原作のゴン達が如く通報される心配は無いが、主な目的を果たせずに無為に時間だけが過ぎていき、焦燥感だけが募っていく。

(ったく、何でよりによってこの俺が殺人ゲームをする羽目になったんかねぇ。生粋の戦闘職じゃねぇっつーの!)

 彼――いや、彼等は基本的に『HUNTER×HUNTER』の物語を読む側の人間だった。
 事故死した覚えは無く、自殺した覚えも無く、病死した覚えも無く、神様に穴に落とされて送られた覚えも無い。
 いつの間にかこの世界に生まれていて、ある日、唐突に前世を思い出した者が大半だった。
 アルマが所属する組織だけでも六十人はいるので、この世界に生きている同胞の者は優に三桁以上は楽に居るだろう。

 その同胞の者が抱く目的は大別して三種類に分類される。

 一つは現実世界への帰還。アルマが所属する組織の目的がまさにそれであり、その可能性があるグリードアイランドに全力を注いでいる。
 二つ目は原作に関わる事。だが、これは原作から十二年もの歳月がある為、余程の変わり者じゃない限り目指さない少数派閥である。
 三つ目は原作を改変する事。主に現実世界への帰還を諦めてこの世界に骨を埋める覚悟した者、もしくは元の世界に興味の無い人間が目指す目的であり、大半の者は原作で史上最大規模の生物災害となった蟻(キメラアント)の事前排除を大前提としている。
 アルマ達にしても、蟻編が始まる前に現実世界への帰還を果たす事を大前提としている。
 何しろ十二年も時間があり、原作知識という反則的な特権まであるのだ。これでクリア出来ない方が異常だと彼は意気込む。

(最低7人、その全員がロム持ちのソロプレイヤーだったら完璧だが――お?)

 アルマが物思いに耽けている内に新たな挑戦者が現れた。
 年頃は十二歳程度の、黒いゴスロリ風の衣装を着こなす黒髪紅眼の少女だった。
 腰元まで伸びた黒の長髪を一本の三つ編みに束ね、その細い腰元には括りつけられた拳大の銀時計を揺らしている。

(おいおい、原作のゴンとキルアぐらいの年齢でグリードアイランドに――へっぽこのオレと違って余程才能に恵まれていたんだろうなぁ。こりゃ十中八九、同胞か?)

 黒いゴスロリ服の少女は三十分以内の早食いながらも上品さを崩さず、されども山のように盛られた巨大パスタを十五分足らずで食べ切ってしまった。
 あんな小さな身体の何処に入るのだろうか。この世界の一部の人間に共通する事だが、胃の許容量が明らかにおかしい奴がいる。

「お待たせ、賞品の『ガルガイダー』アル」

 猫みたいなシェフから『ガルガイダー』を受け取った少女は説明されるまでもなく「ブック」と唱え、適当なフリーポケットに入れてもう一度「ブック」と唱えて本(バインダー)を消す。

(やっぱり事前に知っている反応だな。ありゃ)

 少女はそのまま優雅に食後の一服に――手を出そうとして、げんなりとした表情で水を渋々飲む。
 ああ、とすぐさま気づく。此処に来たばかりでカード化した金銭を持ち合わせてなかったのだ。アルマは気を利かせて紅茶を頼んだ。
 これからの交渉で少しでも好印象を抱かせて有利に進めたいという気持ちが若干合ったが、大半は可愛い美少女とお知り合いになりたいという下心からだった。

「ソイツはオレの奢りだ。気にせず飲みな嬢ちゃん」

 自分なりの好青年を装いながら、空いている対面の相席に座る。
 少女は警戒心を顕にして、紅茶に手をつけず、品定めするかの如くアルマを油断無く睨む。
 もし今の自分が不審者だと思われたなら、かなりショックである。アルマは内心落ち込んだ。

「おっと、自己紹介がまだだったな。オレの名はアルマ・ロイリー、一応プロのハンターだ。お嬢ちゃんは?」
「……名乗られたからには名乗らざるを得ませんね。私はナテルアです」

 少女は愛想無く、淡々と返す。まるで懐かない黒猫のようだとアルマは苦笑する。
 流石に臨戦態勢に入っていない状態で相手の実力を一目で把握するなんて芸当は出来ないが、少女が纏っているオーラは大河を思わせるが如く静かで滑らかだった。

「――それで何の用です? 詰まらない世間話で貴重な時間を浪費する気は欠片も無いので、単刀直入にお願いします」
「せっかちだなぁ。じゃあご希望通り単刀直入に。――この世界の作者は誰でしょう?」

 ぴくりと、少女は若干驚いたような反応をする。
 これで外したら自殺ものの恥ずかしさだったとアルマは自分の観察眼が間違っていなくてほっと一息付く。

「……他に居る事は知っていましたけど、こうして対面するのは初めてですわ」
「やっぱり同胞だったか。この店を張って正解だったよ」

 持ってきたコーヒーを飲みながら警戒心を解こうと軽く微笑む。少女は相変わらず紅茶に手をつけようとしないが。

「君の目的も『離脱(リーブ)』で現実世界への帰還だろう? もしそうなら俺達と協力しないか? 単独でのクリアがどれほど困難かは説明するまでも――」
「徒党を組んで原作の『ハメ組』の真似事ですか。謹んでお断りしますわ」

 少女が席を立つと同時にアルマは頭を机に激突させ、そのまま地面に力無く倒れ伏した。
 ぱくりと裂傷した額から夥しい流血を撒き散らし、その全身を不規則に痙攣させる。
 一体どうしてこうなったのか思考錯誤する余地も行動選択する余地も、彼には残されていなかった。


「でも貴方達の本に私の名前が乗るのはちょっとだけ厄介だから死んでね」


 少女は天使のように感情無く微笑んだ。
 やがてぴくりとも動かなくなり、跡形も無く消失して一足先に現実世界に戻った彼を一瞥すらせず、少女は悠々と自然な振る舞いで店から出た。

 ――殺した張本人が殺された者に対して、自らの手で死んだ事に驚きを抱く筈も無い。

 こうして、グリードアイランド史上最初にして最恐のプレイヤーキラーは食後の運動がてらに、音程の狂った鼻唄を口ずさみながら魔法都市マサドラを目指したのだった。




「楽勝楽勝っ! 何だ、グリードアイランドのモンスターも大した事無いな!」

 G-333「一つ目巨人」をフリーポケットに入れながら、黒髪の少年は「がっはっは!」と大口で笑った。
 年齢は十四歳ぐらいだろうか、青一色のTシャツに短パンというラフな服装で左頬に刃物で抉られたような古傷がある黒髪黒眼の少年は巨人の攻撃を軽々と避けながら一つだけの眼を殴りつけ、次々とカード化させる。

「コージ! 序盤の雑魚倒したぐらいで調子に乗らない!」
「ユエに同意」

 コージと呼ばれた少年と同年代の、桜色の着物を上着として羽織る銀髪碧眼の少女は自分の背丈より巨大な大鎌を縦横無尽に振るい、弱点の眼を切り裂かずに真っ二つに両断し、次々と葬ってカード化させていく。
 その後ろで、二つほど年下の、西洋人形のような可愛らしい洋服にシンプルなデザインの黒のミニスカートを翻らせる金髪の少女は地面に落ちたまま放置されているカードを黙々と回収していく。
 後ろ髪を縛ったポニーテールがゆらり揺れる中、彼女の背後から繰り出された棍棒を躱し、その一つ目に蹴りを入れて仕留め、カードの回収作業に戻る。
 彼女の地道な努力のお陰で取り零しは無く、計十六枚が彼等三人のフリーポケットに収まった。

「アリスも無事だな? おーし、なら早く行こうぜ。魔法都市マサドラへの一番乗りは俺達がするんだからな!」
「……いつまでも子供扱いしないで欲しい」
「ハハッ、その台詞はまともな『発』を作ってから言うんだな!」

 むーと、アリスと呼ばれた金髪翠眼の少女は不機嫌さを隠さずに口を尖らす。
 確かに彼女は自分にあった念能力を未だに一つも作っていないが、身体能力や潜在的なオーラなどは二人とほぼ同等であり、『発』が無いという一点で子供扱いされている事に強い不満を抱いていた。
 下手に急いで、強化系なのに最も苦手な操作系と具現化系の複合である『発』を作ってしまったカストロのような失敗だけは犯したくない。

 ――『HUNTER×HUNTER』の原作を知る者ならば誰もがそう思うだろう。彼等三人も嘗ての読み手であり、今は名も無き出演者の一人だった。

「よーし、魔法都市マサドラ目指してしゅっぱーつ!」
「……どうでも良いけど、方向逆よ?」

 別方向に指差しながら進もうとする方向音痴のコージに呆れながら、ユエは髪を描き上げて溜息を吐いた。

 ――彼等三人は知り得ない事だが、魔法都市マサドラに『三番目』に速く到着した組だった。





「――ガキ三人か。十中八九同胞だろうな」

 呪文カードを売っている店を遙か遠くから望遠鏡で監視しながら、二十代の中半に差し掛かった金髪赤眼の青年は、魔法都市マサドラに三番目に到着したプレイヤーを品定めする。

「どうする? 早い内に仕留めるか?」

 神字が無数に刻まれた包帯で全身をミイラ男の如く覆い隠す青年は明日の食事を決めるかの如く軽い感覚で尋ねる。
 事実、彼等三人組が此処まで来るまで駆逐したプレイヤーの数は既に両指の数では納まらない。
 特に同胞と思われる者に対しては現段階の実力に関わらず、必ず邪魔になると睨み、容赦無く葬ってきた。

「いや、今の段階で仕掛けても旨みは全く無い。格下と言えども能力は不明だからな」

 何処かで見たような民族装束を羽織る金髪の少年に、タンクトップのシャツの黒髪の少年、制服じみたブレザーを着る橙色の髪の少女の三人組を眺めながら、彼はそう判断を下す。
 途中の岩石地帯で原作のゴンとキルアの如く、岩山を一直線に掘って修行の真似事をする雑魚共とは一味違うと彼は判断する。そんな事をしていた雑魚は彼等に背後から襲われ、既にゲームオーバーとなっているが。
 ――尤も、この世界に生まれて二十数年経っている自分達には遠く及ばないという絶対的な自負が先立つ。

「当面は有力なプレイヤーの能力を探りながら『神眼』の入手が最優先だな。ある程度指定カードを集めさせてから奪おうぜ」

 彼等は自分達が今のグリードアイランドで最強のプレイヤー集団である事を微塵も疑わない。
 十五人揃わなければ手に入らない『一坪の海岸線』とそれと同等の入手難易度と思われる『一坪の密林』以外なら、全て自力で揃える自信がある。
 その二つさえどうにかしてしまえば、最初にグリードアイランドをクリアし、一年後に付けられるであろうバッテラ氏からの懸賞金500億を手にするのは自分達になる。

「そうですか? では、彼女を確保するのは次の機会ですね。至極残念です」
「お。ルル、気に入ったのが居たのか? ソイツは可哀想だなぁ」
「バサラに同意だな、今から同情するぜ」

 バサラと呼ばれた金髪の青年は下品に笑い、全身包帯の青年も皮肉げに笑う。
 彼等の最後の一人である黒髪紫眼の青年は端正な顔を酷く歪ませて、下卑た顔で嘲笑う。

「ええ。彼女には僕の首輪が良く似合いそうですね」

 彼の右手の指先には念で具現化された首輪がくるくる回っており、彼の視界には遥か彼方にいる橙色の髪の少女を捉えていた。




「屑カードばかりじゃないか! 運まで見放されているのか君は……!」
「同じ台詞をそのまま返すぜ! 『初心(デパーチャー)』を四枚被りで出したテメェだけには言われたくねぇよ!」

 金の刺繍が施された青色の民族装束を着こなす金髪茶眼の少年と、タンクトップのシャツを着る筋肉質の黒髪黒眼の少年は惜しみなく怒鳴り合う。

「二人とも落ち着いて! こんな処で喧嘩しても何にもならないでしょ!」

 いがみ合う二人の間に割って入り、白色系のブレザーを羽織った橙色の髪の少女は必死に仲裁する。
 臆面も無く舌打ちする金髪茶眼の少年ミカと、迷惑掛けて心底申し訳無さそうな顔をする黒髪黒眼の少年ガルルは事有る毎に衝突するほど仲が悪かった。
 どうして其処まで険悪な喧嘩を繰り返せるのか、何故仲良く出来ないのかと心底呆れながらマイは溜息を付いた。
 一、二年の付き合いでも無いのに、ミカとガルルは致命的なまでに反りが合わなかった。
 決して融和しない水と油という次元では無い。共に大炎上して周囲に被害を齎す火と油の次元だった。

「……それもそうだな。さて、今後の方針だが、シソの木を南下してギャンブルの街ドリアスに――」
「阿呆か。態々戻るなんて二度手間だ。更に北上してカードを取り尽くしてから反対側に行った方が良いだろう」
「これだから目先の事に囚われる単純馬鹿は……。大した実力無くても運次第で手に入るカードなら早めに入手しておいた方が無難だろう? 下手に独占されては後々厄介だしな」
「それはドリアスで手に入る指定カードに限らず、どれにも言える話だがな」

 交差した視点上に火花が散るが如く互いに睨み合う。
 自信過剰で独断専行が多いミカと、警戒深く慎重で石橋を叩いて進むガルルでは意見の食い違いなど日常茶飯事だった。

「マイはどう思う! 僕に賛成だろう!?」
「マイの意見を聞こう……!」

 そして埒が明かなくなると、何故だか知らないが、自分に最終決定権が渡される。
 二者択一、意見を通した方は気分を良くするが、通らなかった方は頗る不機嫌になる。何方を選んでも同じ展開になるのでいい加減げんなりする。
 恐らくグリードアイランドで最も纏まりの無い攻略組だろうと内心溜息付きながら、マイは内心嫌々選択するのだった。




 魔法都市マサドラに『一番目』に到着し、『二番目』のバサラ組が到着する前に街から立ち去った三つ編みおさげのゴスロリ少女は、自らの手で手に入れた指定カードを愉しげに眺める。

「指定カード073『闇のヒスイ』独占完了っと。ゲイン待ち対策と使用する為に三十個ぐらい多めに取っておくかね」




 ????組

 ???????(♀12)
 系統不明
 能力不明

 現在の指定ポケットカード
 No.073 闇のヒスイ
 全1種類 15枚





[30011] No.002『幼き魔女』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/04 21:14



 No.002『幼き魔女』


「……おかえりなさい。どうでした?」
「俺達を除く十四人が死亡だ。ったく、一日足らずでこの始末かよ。殺人ゲームに拍車が掛かっていやがるな」

 懸賞の街アントキバのカフェの一角、其処には通夜じみた辛気臭い雰囲気が漂っていた。
 一人は十人中十人が優男と評せるぐらい人の良い白髪長髪の青年、もう一人は真逆に凶悪な人相で眼さえ合わせ辛い目付きの悪い赤髪短髪の青年だった。

「他の奴らは怖がって誰一人来ない。こりゃ本格的に詰んだな」
「……完全に私のミスですね。グリードアイランドでの同胞狩りが此処まで苛烈なものとは、読み違えましたよ……」

 彼等こそは六十人の同胞を集めた現実への帰還組のリーダーと、そのサブリーダーであり、自力でグリードアイランドから脱出出来る程度には腕の立つ実力者である。
 ――尤も、帰還組でそれを成せるのは彼等ぐらいであるが。

「お前の責任じゃねぇ、俺も甘く見ていた。考えて見れば、呪文カードと指定カードの情報を俺達は事前に知ってるんだ。実力云々は置いといて、そんなプレイヤーは邪魔でしかない」

 それでも此処まで短絡的に殺しに来るとは思ってもいなかったがな、とやぐされながら愚痴る。
 元日本人の良心と道徳観念は、この世界に生きている内に何処かに消え去ったようだ。
 朱に交われば赤くなるように、脱皮しない蛇が滅びるしかないように、この何処か狂った世界に順応したのだろう。

「頭部を鋭利な刃物で穿たれる、全焼する、鋭利な刃物で切り刻まれる、馬鹿げた怪力で圧壊される。この特徴的な手口を見る限り、最低でも四人は手練のプレイヤーキラーがいるな。全員が全員、同胞とは限らんがな」

 サブリーダーである彼が現実世界に一旦帰還した理由は仲間の死因を確認する為だった。少しでもプレイヤーキラーの手口を知れれば御の字と言った処だが、解った事は爆弾魔(ボマー)以上に汚物を消毒出来る念能力者が居る事と、趣味の悪い切り裂き魔がいる事ぐらいだ。
 鋭利な刃物で穿たれた死体や馬鹿げた力で圧壊された死体は手口としてありふれ過ぎて余り参考にならない。

「安直に数を集めて呪文カードを独占し、指定カードを奪う作戦は最初の段階で頓挫ですね。問題が無かった訳でも無いですが」
「問題?」
「SSカード『一坪の海岸線』を自力で入手出来る組が居るか、否かです」

 最悪の場合、十二年後の原作のGI編まで待たなければ居ないかもしれない。
 レイザーに太刀打ち出来る実力者も少ないし、その実力者達が素直に協力するとも限らない。
 自分達の組の他に二組クリアされる可能性を渡すようなものだ、原作のように仲良く三等分するとはとても思えない。

 ――或いは一組だけでの独占を企むかもしれない。

 ゲームマスターであるレイザーとの戦いで疲弊した後を狙えば簡単に片付けられるかもしれないし、その可能性を考慮すれば、ますます組んで挑もうとするプレイヤーが少なくなる。
 厄介事を押し付けて、入手直後に奪おうとする輩も恐らくは居るだろう。

「薄々気づいていたが。他人から奪う寸法は、指定カードが全部出揃うまでクリア出来ない。どうやっても後手に回るって事だよな」

 99種類、全てのカードが出揃うまで一体何年掛かる事やら、と目付きの悪い男は溜息を吐く。
 原作では十二年後、ただし、本当に十二年後に揃うかどうかの保証は何処にも無い。
 『一坪の海岸線』と同等の入手難易度であろう『一坪の密林』が原作通り「宝籤(ロトリー)」で誰かが入手出来るとは限らないし、その時期が一年後か、或いは十二年後という可能性さえある。

「数を揃えられない今、俺達の勝率はほぼ無くなった訳だ。何か名案でも無いか?」
「どの道、グリードアイランドは突出したプレイヤーでないとクリア出来ませんからね。今の状態ではお手上げですね。暫くは静観し、事態が動くまで待ちますか」

 気長なこったと目付きの悪い男は軽口叩き、まぁ仕方ないですよと人の良い優男は笑う。
 指定カードが出揃った時に呪文カードを独占していれば、彼等の勝ち目は確実なものになる。それまで生存して、待てば良い。それだけの話なのだ。

「貴方はまた外に戻って実力者の同胞の勧誘をお願いします。私の方はグリードアイランド内の同胞の勧誘に専念しますから」
「……気を付けろよ。原作以上に論理も欠片も無い殺人野郎が多いからな」
「大丈夫ですよ、私の念能力はそういう事を回避するのに特化していますから。絶対に見誤りませんよ」

 自信を持って優男は笑い、その反面、目付きの悪い男はやや心配気に顔を濁らせた。

「油断だけはするなよ。この世界に『絶対』は『絶対』に無いからな」




 それは途方も無く巨大な大木だった。
 外の世界なら樹齢何千年級の代物だが、此処はグリードアイランド、自然物ではなくて具現化された可能性もある。
 桜色の着物を羽織る銀髪碧眼の少女ユエはその巨大さに圧倒され、寝ぐせで髪がぼさぼさな黒髪黒眼のコージがはしゃぐ中、今日は気分でツインテールの髪型にしている金髪翠眼の少女アリスは覚めた眼で冷静に眺めていた。

「どうだい、でかいだろ? この大木にだけ棲むという伝説のキングホワイトオオクワガタ、普段はコロニーの奥深くにいて姿さえ見せない。捕獲の方法は唯一つ! 奴が唯一姿を現す夕方に木をぶっ叩いて落とす!」

 恐らくは叩いた瞬間にその威力で虫をドロップさせる仕組みなのだろう。よじ登っても徒労に終わるか、とアリスは退屈気に分析する。

「叩くポイントは此処! 派手に揺らそうと思ったら半端な力じゃ駄目だぜ? まぁ頑張ってくれや、初の挑戦者さんよぉ」

 樹の根元に予め用意された打撃ポイントを指差しながら、管理人らしきヒゲもじゃの男は完全に舐め切った表情でハンマーを手渡す。相変わらずNPCとは思えない人間味である。
 そのハンマーを真っ先に受け取ったのはアリスの予想通りユエだった。

「うっし、此処は私に任せなさいー!」
「……まぁ、強化系のユエがベストだよな」

 ユエは得意げな表情で意気がり、やや納得の行かない表情でコージは見送る。アリス自身の系統は変化系、不貞腐れるコージは放出系なので妥当な選択と言える。
 それにユエは日頃から大鎌を獲物としているので『周』の練度は三人の中で一番高い。男女の筋肉さなど修行次第で幾らでも覆せるのがこの世界の特徴でもある。
 足場を確かめ、ユエは精神集中してから全力の『練』を行う。迸るほど練り上げた全オーラをハンマーに回し、大きく振り被る。

「ちぇいさー!」

 掛け声と共にハンマーによる『硬』の一撃を樹木に叩き込み、木を大きく揺らす。
 葉のざわめきが激しくなり、雨の如く大量の虫が落下してきた。見上げていたアリスにとって、少しトラウマになりそうな光景だった。

「おー、大漁だな。どれどれ、キングホワイトオオクワガタはー?」

 カブトムシやらカマキリなどの虫を物色しながら目的の虫を探す。
 もしかして、此処に普通サイズのキメラアントはいないよね、と疑心暗鬼に陥りながら、アリスも恐る恐る探すが、一向に目的の虫は見当たらない。

「あるぇー? キングホワイトオオクワガタはぁ?」
「……いねぇな。ユエ、お前力不足だったんじゃねぇの? オレがやろうかぁ?」
「んな!? アタシで出来ないならアンタも無理よ! もう一度やれば多分出るよ! 今度は手加減しないから!」

 顔を真っ赤にしてむきになったユエは『練』でオーラを練り込むのに更に時間を掛け、先程よりも強力な一撃を樹木にお見舞いする。
 渾身の一撃で先程より揺れが大きく、それに比例して落ちてくる虫の量も多かった。

「お、あったあった! 『キングホワイトオオクワガタ』一匹ゲット! この調子でカード化制限まで集めようぜ!」
「えー、もう嫌よ。慣れない獲物で『硬』するの、結構骨なのよ?」

 ぐてーっと疲労感を漂わせながらユエはハンマーを番人の男に突き返す。
 それと入れ替わりに、意気揚々とコージがハンマーを奪い取って素振りする。

「それじゃオレが一発やってやるぜ!」
「放出系のアンタじゃ無理よ」
「そんなのやってみなきゃわかんねぇだろ!」

 アリスの横に来たユエが冷ややかに煽る中、コージの挑戦が始まった。
 全力で練り上げた『練』のオーラ量はユエの『練』と遜色無いが、それがハンマーへの『周』及び『硬』になるとオーラが乱れて荒が目立つ。
 それでも構わじとコージはハンマーを振るった。アリスの眼からも、オーラを整えるより、霧散する前にぶちかました感が強かった。

「うらぁ!」

 同等のオーラ量、されども劣る練度、それプラス強化系による100%の強化と放出系による80%の強化、それがハンマーでの打撃力に眼に見える形で現れた。
 先程より揺れは少なく、落ちてくる虫は斑だった。その中にお目当てのキングホワイトオオクワガタは残念な事にいなかった。

「あれぇ、どうしたのぉ? キングホワイトオオクワガタどころか普通の虫も少ないけどぉ?」
「っ、人には向き不向きがあるんだよ!」
「へぇ、そうなのぉ。大口叩いてた口は何処の口ぃ?」

 ユエは此処ぞとばかりに煽り立て、コージは爆発寸前まで頭が茹で上がる。
 二人のやり取りは長年見ているが、飽きないものだと感心するばかりであり、案の定、今回も爆発した。

「うがぁー! 言いやがったなぁ!」

 切れたコージはハンマーを何処かに投げ捨て、樹木から距離を置く。
 コージは右手の人差し指を銃に見立てて樹木に向け、左手で右手首をぎっしり固定して抑える。
 全身から迸るほどのオーラを一点に集中させ、ひたすら圧縮させていく。

「ちょ、それ使うの!?」
「うるせぇよ! ――喰らえ、念丸(ネンガン)!」

 あれがコージの『発』――念はシンプルなものほど良いとは誰の台詞だったか。オーラを撃ち出すという放出系にとって基本中の基本を必殺の域まで高めたものがこれである。
 練り上げた全オーラを限界まで圧縮させ、大砲の如く撃ち出されたオーラの流星は樹木を大きく揺らし、ユエの『硬』と同程度か、それ以上の虫を降らせた。

「やりぃ! どうだ、一匹出たぜぇ?」
「~~っ、一匹程度で良い気にならないでよねっ!」

 何やら二人の何方が多く取れるか競争になったが、アリスは適当な場所に腰掛け、遠目から傍観する。
 『念丸』が同じ漫画家の前作主人公の丸パクリである事は本人も否定しない。むしろそれに対する思い入れが強い事で威力が加算されているような気がする。これだから念は奥深い。

「……大人気無いなぁ」

 ユエとコージが無駄に張り合って競う中、アリスは自分にあった『発』を未だに見つけ出せず、少しだけ意気消沈する。
 オーラを何か別なものに変化せる事が得意な変化系だが、原作ではオーラをガムとゴム状に変化させるヒソカの『伸縮自在な愛(バンジーガム)』やキルアの電気などがあるが、どうもしっくり来ない。

(オーラを何に変化させる事がベスト、か。それを真っ先に考えているから先に進めないのかな……?)

 仮にそれ以外の事に興味を抱いたら別系統の念になってしまうだろう。
 焦りは禁物だが、自分にあった『発』を開発した者とそうでない者の差を、アリスは身近にいる者から実感、もとい体感せざるを得なかった――。




 コージ・ユエ・アリス組が他のプレイヤーと遭遇したのは、彼等が『キングホワイトオオクワガタ』を四枚ほど入手した後だった。
 巨大な樹木から立ち去る直前、白い日傘を差した黒いゴスロリ服の少女は悠々と立ち塞がった。
 彼女の腰元に揺れる大きな銀時計はチクタクチクタクと五月蝿く鼓動して自己の存在を知らしめる。黒のニーソックスとスカートを飾る赤リボンが風と共に淡く揺れた。

「こんにちは、いや、もう夕方だからこんばんはかな? 指定カード三枚で見逃してあげるよ?」

 少女が笑顔で巫山戯た提案をした直後、三人は間髪入れずに臨戦態勢に入る。
 全身をオーラで漲らせた『堅』の状態を保ち、眼にオーラを回して『凝』で見ながら今現れた敵を警戒する。
 オーラを見え辛くする『隠』を使っている様子は無かった。

「は? おいおい、いきなり何言ってんだ? こっちは三対一だぜ。正面から正々堂々挑んできたその度胸と根性は褒めるが、無謀じゃねぇか?」

 余裕満々でコージは威嚇する。初めて敵対するプレイヤーを前に緊張感はある程度あるが、自分達より弱そうな相手という安堵の方が強い。
 三つ編みおさげの黒髪紅眼の少女はキョトンとする。此方の言っている事がまるで解らないという風に。実際にそうだった。

「うん、一対三だよ。あれ、態々言わないと解らない? アンタ達程度が私に敵う訳無いじゃない――」

 小馬鹿にしたような嘲笑を浮かべ、彼女の小さな身体を覆うオーラの総量が跳ね上がる。そのオーラの禍々しさに三人は一斉に驚愕して跳び退いた。

(何だこの馬鹿げたオーラは!? オレの二倍以上、いや、三倍か!? アリスと同年代ぐらいの癖に此処まで鍛え上げたのか……!?)

 凄まじいオーラだった。総量も桁違いながら、一瞬にして死を予感させる不吉さを孕んでいる。
 彼等は自分達もそれなりの実力者だと自負していた。原作と比べても良い処まで登り詰めていると。
 だが、上には上がいると実際に対峙した敵から初めて思い知らされ、精神的に遅れを取り、動けずに居た。

(いや、落ち着け。念能力者同士の勝負に絶対は無い。オーラの多寡だけで勝敗は決まらない! てか、身体能力は流石にオレ達の方が優っている筈っ!)

 例え三倍近くオーラに差があっても、相手が操作系か具現化系ならば、強化系の習得度は60%で精度も60%まで落ち、放出系で強化系の習得度が80%で精度も80%のコージに勝ち目が出てくる。
 今現在の彼の顕在オーラを1000と仮定し、相手の少女の顕在オーラは3000前後でも、強化系の習得度にある程度の差があるのならば――決して、突破出来ない壁では無い。
 強化系のレベルが同レベルという前提の話で想定するならば、今のあの少女の『堅』状態は攻防力50、つまりは1500のオーラで強化されているという事だが、前述した通り強化系から離れたニ系統なら60%、900程度の数字まで落ちる。
 放出系のコージが攻防力100の『硬』で攻撃すれば、800程度の攻撃力になり、その100程度の差は計算に抜いた肉体の強度で容易に埋めれる差だ。
 ましてや戦闘中のオーラの攻防力は常に『流』によって移り行くもの、オーラの薄い箇所を狙えば一発逆転も不可能ではない。

(放出系のオレでも『硬』状態ならば突き通せるんだから、強化系のユエならもっと楽に突破出来るっ!)

 コージは思い切って先陣を切り、正面から突っ走る。
 その格下を嘲笑う綺麗な顔目掛けて、渾身の右拳を突き出し――その挙動を見てから、霞むような迅速さでコージの顎を強く蹴り上げられ、彼は正面から返り討ちにされる。

(――っ!? 速っ、重っ……!?)

 一瞬、意識が飛ぶ。少女の動きが早すぎた事で右腕への『硬』が間に合わず、まだ『堅』状態を保っていた事が彼の命を紙一重で救った。でなければ、この一撃で顔が原型を留めずに潰れていただろう。
 彼の希望的観測は半分当たっていた。彼女が強化系から遠く離れた系統である事はほぼ間違いない。でなければ『堅』状態から致命傷を負っていただろう。

 誤算は一つ、頼みの身体能力でさえこの年下の少女に圧倒的に劣っているという非情な事実のみ。

 十メートル近く吹っ飛び、反射的に立ち上がろうとするが、世界が反転したかの如く揺れて、身体が言う事を効かない。

「コージ!? よくもォ……!」

 未知の強敵に遭遇してからの恐怖から来る硬直をユエはそれを上回る憤怒で解き、背中に背負う大鎌を縦横無尽に振り回す。
 三つ編みおさげの少女は日傘を畳みながら紙一重で見切り、楽々と躱し続ける。

(――っ、認めざるを得ない。この女が圧倒的なまでに格上である事を。でも、攻防力90ぐらいのオーラを大鎌に纏って、間合いに入れさせなければ、勝機は必ず巡ってくる)

 幸いにも少女は無手だ。あの日傘程度ならオーラを纏っていても両断出来る自信がある。それに態々紙一重で避けてくれるのならば都合が良い。彼女の『発』はそういう輩に対して最も効果的に働くのだから。

 数回に渡って大鎌の一閃を躱し、一際大振りの一撃が繰り出され――少女は紙一重で避けず、瞬時に大きく退いた。ユエは野生の獣の如く勘の良さに内心舌打ちした。

「鎌に纏ったオーラを刃状に変化させて攻撃範囲を広げるか。中々器用だね。でも『隠』で隠すなら鎌全体のオーラを消すんじゃなく、伸ばした一部分にしないと簡単に見破られるよ?」
「っ、そうね。今度から気を付けるわ……!」

 あの少女が『凝』を使った様子も無く此方の攻撃を看破した。
 つまりは大振り後の隙を意図的に狙わせる事と、鎌のオーラを『隠』で消すという予備動作で此方の攻撃を瞬時に推測・察知して見切られたという事になる。
 潜り抜けた場数も戦闘経験も段違いだと否応無しに思い知らされる。

(出し惜しみなんてしてられないね……!)

 ユエは大鎌に全オーラを纏わせ、水平に構える。明らかに間合い外からの構えに、ゴスロリ服の少女は警戒心を強くする。
 言うまでもなく大技を繰り出すと宣言しているようなものだとユエは自嘲する。張り詰められた緊張感の中、それでも避けれるものなら避けてみろと心の中で強く呟く。

「はぁ――!」

 オーラを刃状に変化させ、鎌を振るう事で斬撃を一直線に飛ばす――強化系と変化系と放出系の複合技であるこれを、ユエは前世で遊び尽くしたハンティングアクションゲームから文字って『鎌威太刀(カマイタチ)』と名付けた。

「へぇ……!」

 少し関心したようにオーラの一閃を少女は屈んで躱し、続いて繰り出される間合い外からの一撃も走りながら回避していく。
 ゴンの『ジャジャン拳』を参考にしている彼女の『鎌威太刀』だが、別に常に全オーラを籠めて攻撃する必要も無いので、オーラが尽きない限り連続で攻撃出来る利点がある。
 稀に『隠』で隠蔽した斬撃を放つも、この相手には全く通用しない。予備動作の段階で察知され、『凝』で見破られ、体勢を崩す事無く躱される。

「くっ……!」

 持久戦になれば地力で劣る彼女達に勝ち目は無い。敗北は即ち死に直結する――焦燥感が過ぎった瞬間、ユエは自分の四肢に走った激痛によって動きを封じられ、体勢を崩して転倒し、地に崩れた。

「……つっ!?」
「武器使いの宿命だね。獲物にオーラを振り分けなければならない分、身体を守るオーラがお粗末になる。私が強化系から離れた系統だと眼見当を付けたまでは良かったけれど、その先をまるで警戒していなかったようね」

 余りの激痛に顔が歪みながら瞬時に『凝』で自らの血塗れな四肢を視るが、既にユエの四肢を突き刺した具現化した何かは既に消されていた。
 戦闘続行が不可能になる程の負傷を負い、相手の能力を目視する絶好の機会を逃すなど最悪の不始末だった。

「別に『隠』を使えるのは貴女だけでは無いし、私から見れば使い方がまるでなっちゃいないけ――」

 余裕こいて戦闘中に関わらず長々と喋る少女の背後から、全身のオーラを『隠』で隠し、気配を極限まで消したアリスが『硬』の一撃をお見舞いする――!

「駄目、アリス――!」
「――どね、『凝』は慣れない内は常に使った方が良いんじゃない?」

 三つ編みおさげの少女は喋りながら振り返らず、アリスの打ち出した拳の手首を掴み取る。

「な――!?」

 アリスが驚いて振り解く間も無くユエに向かって投げ捨て、その過程で全くオーラを纏っていない腹部を蹴り飛ばし、馬鹿げた勢いで二人は激突する。

「まぁ貴女達程度のオーラでは真似出来ないから参考にはならないし、もう聞こえていないか」

 今の少女を『凝』で見ていれば、余ったオーラで五メートル相当の『円』を展開している事を見破れた筈だった。

「ユエ! アリス! テメエェ――!」

 幼馴染を無惨に打ち倒され、ぷちんとコージの中の何かが切れる。
 頂点に達した途方も無く激しい怒りが、彼から許容限界を超える膨大なオーラを捻り出した。

「――!」

 跳ね上がったオーラ量を察知し、振り返った少女のあるか無いかの硬直に、コージは限界以上のオーラを集中させ圧縮した生涯最高の『念丸』を撃ち放った。

(幾ら馬鹿げたオーラ纏うアイツでも無傷で済まねぇ――!)

 タイミング的に避けられない――極限まで圧縮して尚バスケットボール大のオーラの流星を、三つ編みおさげの少女は日傘に全オーラを回して振り抜く。
 ――彼女のオーラの攻防力がこの戦闘で初めて動いた瞬間だった。

 オーラの流星と少女の全オーラを纏った日傘が衝突する。

 その一瞬、刹那程度の拮抗、その無きに等しい隙で少女は影も形も無く離脱する。オーラの流星は持ち主を失った日傘を木っ端微塵に破壊して遙か彼方に飛び去った。

「懐かしいね、霊丸(レイガン)なんて――いや、念だから念丸と言った処か。放出系だね、君は」

 その声は渾身の一撃を避けられて唖然とするコージの背後からであり、振り向く間も無く頭部を掴み取られ、地面に強烈に叩き付けられた。
 激突した地面は罅割れ、限界まで消耗して使い切ったのか、コージの身体からオーラが霧散する。

「あの日傘、買ったばっかりだったのに残念だわ」

 念の篭り易い愛用の品ですら無いのかよ、という無粋な突っ込みは声にすらならなかった。
 言葉の割には気にした様子の無い少女は突き落とした頭を無造作に掴み上げるとコージのくしゃげた鼻から鼻血がボタボタと零れ落ちる。

「意識はまだある? あるなら早く本(バインダー)出して」
「……誰、がっ、死んでも、断る……!」

 まだ睨みつけてくるだけの意欲がある事に少女は少しだけ感心する。

「それなら三人とも殺すけど? 君は折角だから最期にしてあげるよ」
「ま、待て、二人に手を出すなッ!」

 その予想通りの反応に、三つ編みお下げの少女の眼が冷たく沈む。
 出来の悪い子供に苛立つ親のように――暗い殺意を籠めて再び問う。

「――お前が優先する事は無力な制止の言葉? それとも絶体絶命の逆境に立ったヒーローごっこ? 違うでしょ。ある一言で良いのに物分りの悪い単細胞生物ねぇ。二人が死ぬまで寝惚けるつもり?」

 既に少女の殺意が漲った視線はコージではなく、一緒に横たわるユエとアリスに向けられていた。
 こんな力尽くで指定カードを奪いに来た外道少女の思い通りにさせたくないという意地も誇りも、彼女の本気を垣間見て木っ端微塵に崩れ落ちた。

「ブック……!」

 心折れて項垂れるコージに欠片の興味すら抱かず、少女は本を物色し、三枚の指定カードを無造作に奪い取った。

 さて、此処で問題となるのは、目的のカードを奪った彼女が抵抗した彼等三人を生かすか否かである。
 カードを奪って用済みとなったプレイヤーなど生かす価値もあるまい。コージは血反吐を吐くような思いで、生涯で初めての懇願をした。

「……頼む、ユエとアリスは、コイツらだけは見逃してくれ。オレはどうなっても構わない、だから――!」


「次に出遭う時はもっと良いカードを持っていてねー。でないと、殺しちゃうから。バイバイー」



 コージのプライドを全て投げ捨てた必死の懇願など聞く耳さえ持たず、少女は興味を失った玩具に見向きせずに立ち去っていた。

 ――助かったという安堵は無く、空虚なまでの無念さと途方も無い怒りがコージの胸を支配した。
 食い縛る歯から血が滲み、口元から溢れ流れる。握り締める両の手からは血が零れ落ちた。

「……今の俺達は殺す価値も無いってか。舐めやがって、畜生、畜生ォオオオオー!」




「――っっ! ……ありがとうね、アリス」

 しとしとと夜のグリードアイランドに雨が降り注ぐ。
 キングホワイトオオクワガタの棲む巨木からそう遠くない小屋にて、彼女等はケガの治療に専念していた。

「お腹は大丈夫?」
「一応防御は間に合ったから問題無いよ。それよりユエの方が……」

 一応止血し、包帯を巻いたが、鋭利な刃物で貫かれたユエの四肢は明らかに重傷だった。今の彼等では到底手に入らないが『大天使の息吹』があれば即使っているほどだ。

「大丈夫大丈夫、こんな傷ぐらいすぐ治るよ。強化系だしね、私! 痛っっ!?」

 空元気で腕を回して健在さをアピールするが、傷に触って自爆してユエは涙目で痛がる。

「それよりコージは?」
「……まだ、外に」

 そして、三人の中で一番重傷なのはコージだった。
 怪我自体は幸いな事に大した事無い。あのゴスロリ服の少女と戦闘し敗北してから落ち込み様は長年付き添う二人も見た事無いぐらい酷い様だった。

 思えば、これが彼等がこの世界で体験した初めての挫折だった。

 ハンター試験に受かり、念を覚え、グリードアイランドを手に入れるまで順風満帆だった彼等三人は、初めて全力で挑んでも絶対超えられない壁にぶち当たった。
 自分達が原作主人公並に才覚が恵まれている、そんな根拠無き自信が偽りの幻想であった事を問答無用に思い知らされた。
 ユエとコージにとっては二つ年下、アリスにとっては同年齢の少女でありながら、隔絶した実力差で蹴散らした、本物の才覚の持ち主、あの三つ編みおさげの少女によって――。

「あの馬鹿、こんな雨の中で……! ちょっと連れ戻して、~~っっっ!?」
「ユエは安静にしていて。傷に触る。私が行ってくるから」

 苦痛に顔を歪ませながら立ち上がろうとするユエを制する途中、ドンと勢い良く部屋の扉が開く。
 其処には雨にずぶ濡れになって自暴自棄になっているコージが立っており、彼が身に纏う重苦しい雰囲気の前に二人は言葉が出なくなる。

「え? ちょっとコージ何を――!?」

 コージは血塗れて泥塗れになった右拳をまた強く握り締め、何を思ったのか、思い切り自分の顔に叩きつけた。
 二人は余りの唐突な行為に唖然とした。

「よっしゃ、反省終わりッ!」

 重くどんよりとした雰囲気が一気に消え去り、其処にはいつもの調子に立ち戻ったコージが居た。

「どの道、グリードアイランドにいる限りアイツは何度も立ち塞がるんだ。なら、次は勝つ! 絶対勝つッ!」

 目の前の壁を超えられなくて転んだなら、また起き上がって挑めば良い。常に前向きの彼らしい結論だった。

「……そう、だね。うん、現段階で全部負けていても、これから追い抜けば良いんだ……!」
「ああ、ユエの言う通りだ! それじゃまずは『練』だ! オーラの差を少しでも埋めねぇとな!」

 二人の力強いやり取りに、自然とアリスの顔にも笑みが戻る。
 敵わないなぁ、とアリスは常に思う。あんなに落ち込んでいて、どうやって慰めようかと必死に考えていたのに、勝手に立ち直って――同じぐらい落ち込んでいた自分達にも、元気と活力を与えてくれて。

「そういえば『練』は何分持続出来る? オレは最高に調子良い時でも一時間二十分ぐらいだが」
「えーと、私は大体一時間半ぐらいかな? アリスは?」
「……二時間行くかどうか」

 ――まるで太陽みたいだ。
 言葉なんかには絶対にしてやらないけれども、アリスは幼馴染のコージの事を、恥ずかしがりながらそう評する。

「そうだな、キメラアント編のゴンキルア達でも三時間は余裕だったから、最低でもそんぐらいまでオーラの総量増やさないとな!」
「グリードアイランド編から飛んだものねぇ。ま、ライバルになるプレイヤー次第でグリードアイランドの難易度は格段に変わるけどねぇ~。アイツみたいなのが何人もいなければいいけど」
「そうだ、アイツの名前っ!」

 コージはすぐさまブックと唱え、フリーポケットにある『交信(コンタクト)』のカードを最後のページに嵌めて、今までに出会ったプレイヤーの欄に目をやり、最後に出遭った人物の名前に注目する。
 しかし数秒間固まった後、ぷつん、とコージがまた盛大にぶち切れた。

「思いっきり偽名じゃねぇか! 女の癖に『ジョン・ドゥ』とか舐めとんのかァ!」

 原作でもヒソカがクロロ=ルシルフルの名前を騙っていた事から、名前変更が可能である事は確かだが、これは流石に無い。
 名無しの権兵衛(ジョン・ドゥ)は男性に良く使われる架空の偽名であり、女性の場合はジェーン・ドゥが該当する。
 女性なのに男性の偽名を名乗っている訳だ、あのゴスロリ服の三つ編みおさげの少女はあらゆる意味で舐めているとしか言い様が無い。

「うーん、こっち側の偽名を使っているという事は……」
「……十中八九、同胞」

 ユエとアリスが偽名の余りの適当さに呆れる中、コージは怒りと執念を滾らせて強く誓う。

「絶対ぶん殴る! あの女、覚えてやがれぇー!」


 コージ・ユエ・アリス組

 コージ(♂14)
 放出系能力者

 【放】『念丸(ネンガン)』

 幽遊白書の主人公、浦飯幽助の必殺技『霊丸』の丸パクリ。
 世代的に思い入れが深く、単純故に強力な武器となる。

 ユエ(♀14)
 強化系能力者

 【強/変/放】『鎌威太刀(カマイタチ)』

 大鎌を覆うオーラを刃状に変化させ、刃状のオーラを鎌鼬の如く放つ、強化系と変化系と放出系の複合技。
 変化系と放出系の練度が高いとは言えないので、完成には程遠い。

 アリス(♀12)
 変化系能力者
 能力無し

 未だに自身に見合った『発』を開発しておらず、発展途上の身。

 現在の指定ポケットカード
 No.046 金粉少女
 No.053 キングホワイトオオクワガタ
 全2種類 2枚







[30011] No.003『厄除け』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/24 07:30



 No.003『厄除け』


「3月の月例大会の懸賞は『人生図鑑』か。しょぼいなぁ」

 グリードアイランド発売から三日目の3月15日、腕相撲という単純な月例大会に圧勝したプレイヤーを追跡し、呪文カードで奪おうとする輩は四、五人ほどいた。
 『盗視(スティール)』でその男のフリーポケットを見る限り、懸賞の街で手に入る屑アイテムしかない。
 古臭い外套に無精髭を生やしたい放題の顔を見る限り、何処の原人だかと内心侮る。

(ケケ、馬鹿な奴だ。このゲームで呪文カードがどれほど効果的で価値のあるものか、まるで知らねぇと見える)

 つまりは彼はこの三日間、魔法都市マサドラに行かなった人間であり、相手の指定カードを奪う呪文カードの存在など露とも知らぬ訳だ。
 死に物狂いで魔法都市マサドラまで辿り着き、また死に物狂いで帰って来た彼等にとって、今の呪文カードに対して無防備な彼は格好の鴨だった。

(さて、のんびりしてらんねぇな。他のプレイヤーに先を越されたら元も子もねぇ)

 態々正面に立つ必要も無い。背後から20メートルまで距離を詰め、呪文カードを唱えてトンズラすれば終わり。呪文カードの予備知識の無い彼にとっては完全に予想外の攻撃だろう。
 本のフリーポケットから他プレイヤーの持ちカードをどれでも好きに奪える『強奪』を取り出し、男は小声で唱えた。

「『強奪』使用。ギバラの『人生図鑑』を――」
「お、サンキュー。態々カードを寄付してくれるなんて有難いこった」

 手に持っていたカードはいつの間にか消えており、二十メートル先に歩いていた目標は忽然と消失していた。
 背後を振り向けば、自分の本からカードを勝手に抜き去っている目標の姿があり、即座に彼は手を出した事を後悔した。

「な!? ブッ――つぇぁっ!?」
「これで全部? うん、もう死んでいいぞ」

 首を掴まれ、声を封じられたと思ったら、缶ジュースの缶を捻り潰すが如く、捻り切られていた。
 ボロボロの外套から露出した大木の如く鍛え抜かれた異形の手、一体どれほどの鍛錬を経て此処までの領域に達したのか、想像すら許さない鍛錬の結晶が其処にあった。
 それが彼が眼に焼き付けた最後の光景だった。

「しっかし、脆いなぁ。軽く握り締めただけでこれかよ。蟻の餌になりたくなければもっともっと鍛えた方が良いぜ、お前らもさぁ」

 視線は追跡していた彼等に向けられる。
 鴨が葱を背負って歩いているなんてとんでもない。あれは彼等程度では触れて良いものでは無かった。
 事実、呪文カードを使おうとしたプレイヤーを素手で圧壊させた男の纏うオーラは、彼等の修行不足を考慮外にしても三桁ほど規模が違った。

「――殺し甲斐がまるでねぇだろ」

 自身の肉体を鬼神の領域まで鍛え抜いた男の名はギバラ、今のグリードアイランドにおいて断然なまでに圧倒的なオーラを誇る最強のプレイヤーキラーだった。




「まだ『レインボーダイヤ』を入手していなかったのか。つくづく使えないな、君は」
「……そういうテメェは『大ギャンブラーの卵』ゲットしたのか?」
「っ、入手するのも時間の問題さ。小銭が足りなくなってね、今から崩しに行く処さ」

 大音量の雑音じみた音楽が鳴り響くギャンブルの街ドリアスの賭場にて、青い民族衣装を纏う金髪茶眼の少年ミカとタンクトップのTシャツ姿の黒髪黒眼の少年ガルルはいつも通り元気良く言い争っていた。

「今まで全戦全敗って訳か。それで良く大口叩けたもんだ」
「ふん、少なくとも君より速く指定カードを入手するさ。速く終わらせて手伝ってやるよ。この分だと『レインボーダイヤ』を入手するのも僕になりそうだけどね」
「けっ、言ってろ。逆の立場になったらどんな顔をするのか、今から楽しみだ」

 既に此処に訪れて二日目、リスキーダイスを入手出来ずに此処に来た彼等は未だに指定カードを入手出来ずに居た。
 原作でもスロットのスリーセブンを揃える確率は0,01%と言われ、一万回に一回当たる割合と言われている。
 ただこれは言い換えれば一万回して必ず一回当たる訳では無い。確率があるだけで、ニ万回やっても一回も当たらない可能性すらある。
 事実、マイもスロットの方に専念しているが、未だにスリーセブンが揃う気配は無かった。モンスターカードを売って蓄えた資金が先に尽きる可能性も見えて来ているのだ。

「……はぁ、ちょっと疲れたから休憩するね」

 二人の喧騒に疲れたマイは溜息を吐いてスロットの席を立った。
 この惨状も此処に来るまでにリスキーダイスを手に入らなかった事が運の尽きと言えばそうだが、手に入れていたとしてもより酷い未来になっただろうとマイには容易に想像付く。

(……手に入れなくて正解だよねぇ)

 指定カードの一つである『リスキーダイス』は二十面体のサイコロであり、一面が大凶で十九面が大吉、大吉が出ればとても良い事が起きるが、大凶が出れば今まで出た大吉分がチャラになる程の大惨事が起こるという、ハイリスクハイリターンという念の仕組みを如実に現しているかの如きアイテムである。
 というより、大凶=死という認識が正しいだろう。原作で大凶を出した名無しのモブは悉く死んでいた筈だろうし。
 手に入れたとして、誰が使うかで二人はモメるだろう。誰だって死にたくない。そんな可能性を回避出来るなら喜んで回避するだろう。
 結局二人が言い争うのは火を見るより明らかである。

(あーあ、指定カードに二人を仲良くさせるものでも無いかしら?)

 『黄金天秤』とかはどうだろうか?
 「どちらをとるか?」という二者択一に迫られた時、持ち主の将来にとって有効な方を――どっち選んでもいつもと同じか、と溜息吐く。
 『魔女の媚薬』なら――疲れ過ぎて血迷ったかな、と自分で自分の思考を後悔する羽目になる。仲良し処か相思相愛の彼等なんて見た日には卒倒してしまう。
 『縁切り狭』なら――根本的な解決になっていないので却下。でも、何気に一番の解決策では?と捨て切れずにいる自分が情けない。

(他に何があったっけ――あ、『移り気リモコン』なら他人が他人に抱く感情を十段階の強弱で操作出来る!)

 唯一(?)の希望を見出し、マイがやる気を取り戻した直後、鈍い爆発音が鳴り響いた。
 何かと思い、駆け足で音の鳴った方向に足を進め、マイは即座に後悔する。

「え? 一体、何が――」

 咽るほどの血の臭気、スロットの前で顔が吹っ飛んで倒れるプレイヤー、そして割れた何かを適当に投げ捨てて二十面ダイスを振るゴスロリ服の少女が其処には居た。
 顔が吹っ飛んでいるプレイヤーは程無く消失し、その様子を一瞥する事無く三つ編みおさげの少女はスロットを回し、一発でスリーセブンを揃える。

(リスキーダイスで大凶でも出た? でも賽を振っているのはこの少女? それに彼女の捨てたものは?)

 大当たりを知らせる豪快なファンファーレとは裏腹に、マイはこの言い知れぬどす黒い感情に身震いした。
 小さな硬貨大の黒っぽい石は真っ二つに割れており、彼女の周辺に十二個、同じような破片が落ちていた。

「貴女、何やっているの!?」

 また平然とリスキーダイスを転がす少女が何かをやっている事は間違いない。マイを敵意を籠めて問い質す。
 少女は気怠げに振り返る。まるでそんな質問を今更するのかと言いたげに。

「――何って、『リスキーダイス』と『闇のヒスイ』のコンボだけど? やっぱり私って運が悪いのかねぇ、もう六回も大凶出ているし」

 指定カード『闇のヒスイ』は確か原作では爆弾魔が独占していたカード、その効果は持ち主に危機が降り掛かりそうになると、他人にその厄災を渡してしまうというもの。
 つまりはリスキーダイスによる大凶のペナルティを他人に渡すという鬼畜外道にして最低最悪のコンボとなる。

 ――もう六回も大凶が出ているという事は、肩代わりに死んだプレイヤーが他に六人も居るという事に他ならない。

「っ、貴女は人の命を何だと思って――!」
「道端に転がっている小石より軽い物、こう答えれば満足かしら?」

 興味無さそうに視線から外し、スロットを回す。またもやスリーセブンが揃い、三つ編みおさげの少女は『レインボーダイヤ』を入手する。

  ――犠牲にした者の事など欠片も気にせずに。

 別に、マイには額面通りの正義感なんて余り無い。この世界に生まれてから、下手な正義感など命取りにしかならず、欠けていく一方だと自覚している。
 それでも、目の前のこの邪悪を見て見ぬ振りして見逃すには、人間が出来ていなかった。

「表に出なさい、今すぐ……!」




「そんなに『レインボーダイヤ』が欲しいの? 欲張りさんねぇ」
「――言ってなさい。貴女みたいな人を私は許さない」

 予想とは少し違った返答に三つ編みおさげの少女は首を傾げた。
 目の前の彼女が『レインボーダイヤ』の独占を阻止する為に戦闘を仕掛けたと思っていたが、どうやら違う理由らしい。
 その理由とやらは全く思いつかないが、どうでも良いかと思考を投げ捨てる。自分から冷静さを欠いてくれているのだ、そのままの方が断然やり易い。

「別に謝った覚えも許しを乞うた覚えも無いけど?」

 橙色の髪の少女からオーラが激しく噴出する。
 されどもその規模は前に倒した少年少女と同じ程度であり、良くまぁその程度で自分に挑んできたものだと内心呆れ果てる。
 こういう輩は率先して自分の念能力を晒してくれる。案の定、彼女もその例に漏れなかった。

「『迦具土(カグツチ)』!」

 彼女の言葉と共に激しい炎が舞い上がり、その巨影は姿を顕した。

「へぇ、竜の念獣か。それに名前負けしていないねぇ」

 それは異形の竜だった。全長は目測で3メートル、全身を純白の鱗で覆い、炎で形成された翼を羽搏かす、強大なオーラを滾らせる念獣だった。

(あのオーラ量で此処まで大規模な念獣――特別な思い入れの他に強い誓約が何点かあるな)

 爬虫類独特の眼がゴスロリ服の少女を捉え、竜の念獣は息を急速に吸い込む。印象通りの攻撃が来るんだろうなぁと即座にこの場から飛び退いて離脱する。
 吐き出された吐息は灼熱の炎、地を這う獲物全てを無情に焼き払う面攻撃であり、舌打ちした少女は二階建ての建物をニ、三歩で登って軽快に回避する。
 白竜の念獣は瞬時に炎の翼を羽搏かせ、ゴスロリ服の少女の上空に位置取る。

「ふむ、面倒だね」

 ああも天空を舞われては接近しようが無い。念獣は無視して本体だな、と少女と屋根を粉砕する勢いで蹴った。

「っ!」

 ゴスロリ服の少女にとっては平常速の、敵となった橙色の髪の少女にとっては不可視の速度で背後に回り込んで首を刈り取る寸前に、彼女は予想を越える速度で離脱した。

「――!」

 彼女の四肢には炎を撒き散らしながら宙に浮かぶ金色の円環が回転しており、術者本人の飛翔をも可能としていた。

(具現化した四つの円環で空も飛べるのか。中々厄介な能力だねぇ。殺すのは簡単だけど無力化は難しいかな?)

 分析しながら、背後から仕掛けられた竜の念獣からの灼熱の吐息を走って躱し切り、続いて来る本体の飛翔による猛突進を屈んで避ける。

「――っ!」

 すれ違う際に生じた風圧で煽られ、動きが一瞬封じられる。その隙を待っていたのか、橙色の髪の少女は円環から炎をより一層撒き散らし、ゴスロリ服の少女の下に殺到させる。
 躱せられない。三つ編みおさげの少女は両腕で顔をガードし、本体からの猛火を受け止めた。

「――っ。熱い熱い、あーあ、服がちょっとだけ煤けちゃったわ」

 そして予想通り、その攻撃は少女のオーラによる守りを突き破る威力は無かった。多少煤けたが、火傷にもならない程度の攻撃だった。

(具現化系だね、自身のオーラを炎に変化させるのは得意だが、放出するのは致命的なまでに苦手のようだね。更には爆弾魔の如く、自身の炎から身を守る為にオーラの半分は防御に費やしているだろうし、本体からの遠距離攻撃は虚仮威しと言った処か。だけど、あの念獣からの攻撃は侮れない)

 空を大きく旋回して此方を見下す竜の念獣を眺めながら少女は笑う。
 常に先手を打ち続けて有利なのに関わらず、顔色が優れない敵の少女を観測する限り、あの念獣は最初に一定量のオーラを切り離して具現化された念獣ではなく、常時消費型の念獣だと推測出来る。

(本体が攻撃を合わせる感じから、自動型の念獣だろうね。それなのに本体がつかず離れずの距離を保つという事は念獣との距離に誓約があると見える)

 一定以上離れられないのだろうと黒髪紅眼の少女は冷静に分析する。
 そうで無ければ弱点となる自分自身など戦闘領域から離脱して高みの見物に洒落込むだろう。
 そして、残りの誓約は恐らく――。

『――!?』
「あぐぅっ!?」

 竜の念獣の鱗に覆われた右腕部から大きい衝撃を受けると共に激しく出血し、本体の少女も同じ衝撃を受けると同時に同箇所から出血する。

「やっぱりね。念獣を傷付けられると本体も同じ箇所が負傷するようね。殺したらどんな愉快な死に様になるのかしら?」

 敵対する少女は苦悶の表情を浮かべながら今更『凝』をするが、既に具現化した投擲物は消してある。
 痛みに怒り狂った竜の念獣は愚直なまでに一直線に此方に飛翔し、その燃え滾る鋭い爪を振り下ろす。

「迦具土、駄目――!」

 本能で繰り出された大振りの一撃を躱す事など彼女には容易く、その致命的なまでの隙に三つ編みおさげの少女は『硬』で念獣の頭を全力で殴り飛ばした。

「――っあ!?」

 本体の少女からの悲鳴の旋律が実に心地良い。
 念獣は大きく仰け反り、舌舐めずりする少女を前に更なる隙を晒す。口元を歪ませながら少女は神速のオーラ攻防術による連撃を容赦無くお見舞いする。

 ――殴る殴る殴る殴るそして最後に天高く蹴り上げた。

 天を自由自在に舞っていた筈の念獣の巨体が地に墜落する。
 本体の少女もまた傷の共有によるダメージを諸に受けて、声も無く地に崩れ落ちた。

「……っ、ぁ――」
「具現化系の利点の一つである出し入れ自由も誓約で出来ないのかな? 不便極まりないねぇ」

 使い勝手を自分から悪くする事で強力にしているのだから当然か、と地に這い蹲る敗者を見下す。

「あ、まだ寝ないでね。本出してから寝てよ」
「っ、あああああああああああぁ!?」

 眼が虚ろになり、気絶しかけた少女の負傷して流血する右手を力一杯踏み抜き、ぐりぐりと痛め付ける。

「ぐ、ああぁあぁっ!」
「あらあら、可愛らしい声で泣くのね。でも私は本を出せって言ってるんだけど? 聞いているのかなー?」

 踏み抜く足に更に力を入れ、一際甲高い悲鳴と共に骨が砕ける音が鈍く響いた。
 その苦しみ悶える姿を大層気に入り、次は何処を壊そうか――少しだけ本来の目的から脱線しようとした時、三つ編みおさげの少女は背後から繰り出された蹴撃を咄嗟に右腕で防いで大きく退いた。

「うわぁ、物凄い良いタイミングだね。思わずぶち殺したくなるわぁ」

 コキコキと、全力の蹴りをガードした腕が支障無いと言いたげに健在さをアピールしながら、彼女は背後から不意打ちして来た襲撃者を睨みつけた。

「マイ、大丈夫か!?」
「この僕が来たからにはもう安心だ!」


 マイ・ミカ・ガルル組

 マイ(♀15)
 具現化系能力者

 【具】『迦具土(カグツチ)』

 炎を纏う竜の念獣を具現化させる。
 1、念獣の傷を共有する(念獣の消滅=本体の死亡)
 2、念獣が負傷した際、本体の負傷が完治するまで念獣の負傷は消えない
 3、念獣は本体から半径十メートル以上離れる事は出来ない
 4、念獣は戦闘中、具現化を解けない(『隠』を用いる事も不可能)

 【具/変】『炎の円環(フレアリング)』

 オーラを炎に変化させる事を補佐する円環を具現化させる。
 マイは自分と名前が同じであるとある主人公に酷く感情移入している為、二つの念能力はより強力なものとなっている。





[30011] No.004『慢心』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/06 00:15




 No.004『慢心』


(ミカ、ガルル……?)

 ただ命令された事を実行するだけで、自分の意思では何一つ動けない臆病な人間。それがマイの前世での評価だった。

 ――そんな自分が大嫌いで、変わりたかった。

 しかし、この世界に生まれてからも同じだった。
 ミカとガルルの二人の対極の意見の内、何方か一つ選ぶだけであって、自分の意見を述べるという選択肢は最初から存在しなかった。

 だからこそ、そんな自分に間違っている事を間違っていると言える激情と気概が残っていた事に、他ならぬ、彼女自身が一番驚いた。
 その切っ掛けがとんでもなく外道な少女だったけど、敢えて感謝したい。こんな自分でも変われるんだと信じて。

 そして、その結果が地に這い蹲って心折られ、結局は二人に尻拭いされるという酷い有様だった。

 絶対に退けないという不退転の意志は、目の前の少女の遊び程度の意識で簡単に手折られる始末。
 どう足掻いても大嫌いな自分から変われないという絶望が、力無く項垂れるマイから涙を零させた。




「僕がやる。マイは任せたよ」
「……大丈夫か? かなりの使い手だぞ」
「確かに君じゃ勝てないだろうね。でも、僕なら別さ」

 絶妙なタイミングで助けに入って、ヒーローごっこで悦に入っている金髪茶眼の少年を、三つ編みおさげの少女は苛立ちげに眺めていた。
 二人で掛かって来れば其処に崩れる足手纏いの女を人質に出来たのだが、と普段では絶対に採用しない選択肢が思考の内に過る。

(うーん、殺したいなぁ。滅茶苦茶殺したい。でもそれじゃ指定カードの供給源を自ら断つようなものだし。もどかしいなぁ……!)

 タンクトップの少年はボロボロの橙色の髪の少女を打き抱えて後退し、何処かで見たような青色の民族衣装を纏う少年が立ち塞がる。
 少年は爆発寸前の憤怒の表情を此方に向け、それに呼応するようにその茶眼も燃え滾るような緋色に変わっていく。
 彼が何処かの民族なのか、三つ編みおさげの少女は瞬時に思い至った。心底気に入らない訳だと改めて納得する。

「へぇ、クルタ族か。でも残念だわ、グリードアイランドじゃその『眼』持ち帰れないしなぁ」
「随分と余裕だね、おチビちゃん。この僕を前に在り得ない反応だよ」

 どうやら彼はクラピカと同じクルタ族の末裔なのだろう。と、まだ幻影旅団の襲撃を受ける前で滅びていなかったかと退屈気に訂正する。
 クルタ族は平常時は茶系色の瞳だが、感情が昂ぶると鮮やかな緋色になり、戦闘力が大幅に上昇する。
 その眼は世界七大美色の一つに数えられ、人体収集の趣味の無い彼女でも綺麗だと感じる。

(オーラの絶対量が増えて今の私と同程度か。本当にクルタ族だけ無駄に優遇されているねぇ。幻影旅団が襲撃する前に根絶やしにしようかしら?)

 だが、クルタ族の真価は『緋の目』が裏市場で高く売れる事では無い。その遺伝的な特質系体質は知れば誰もが羨むものだ。思わず眼を抉り取って殺したいほどまでに。

「これを見てまだそんな軽口を言えるかな……!」

 強大なオーラが物質化し、ほぼタイムロス無く彼の全身を覆う鎧になる。
 それは西洋風の全身鎧では無く、何方かと言えば酷く機械的な装甲であり、その純白の『機体』は何処か見覚えのあるものだった。

 そして彼は異名通り『白い閃光』となりて、瞬間的に飛翔した。

 各部分のブースターからオーラを瞬間的に放出する事でクイックバーストを再現し、青色に発光する巨大な剣を振るう。

「――っ!」

 瞬時に自身の防御では受け切れないと判断した三つ編みおさげの少女は死に物狂いで避ける。
 暴風の如く通り過ぎた彼は180度旋回し、再び突進する。その瞬間最大速度は少女の身体能力をも圧倒的に上回っていた。

「――装甲を具現化及び強化、オーラを放出及び操作、そしてその剣の熱源は変化か。なるほど、全系統を100%使えるクルタ族でなければ不可能な念能力だ」
「それを解った処で、君には逃げ惑う以外の選択肢は無いがね!」

 すれ違い間際にブレイドを水平に振るい、少女は勘と幾多の戦闘経験をもって僅かに先読みして屈んで躱す。
 突進の勢いを殺せずに再び距離が開くが、また180度旋回して再突撃するまで一秒も掛からないだろう。

(気づいてないようだが、装甲の他に常時展開のPA(プライマルアーマー)を剥がさない限り物理攻撃はほぼ無効だ!)
(どうせ元ネタのネクストの如くPA(プライマルアーマー)があるだろうなぁ)

 強化系から遠い系統の少女にとって、顕在オーラがほぼ同程度の場合、彼の具現化の鎧の上に100%の精度の強化までされている鉄壁の防御を突破する事はほぼ不可能である。
 それを見越した上で、少女は自身の揺るがぬ勝利を確信した。

「うん、そうだね。私が手を下すまでもなく君は敗れる」
「ハッ、世迷い事を! 反撃すら出来ない君に活路なんか無いんだよ!」

 再び再旋回し、彼は彼女目掛けて飛翔する。今度は単調な動きを見切られないようにジグザグに加速して袈裟切りにする――!
 当たりさえすれば彼女ほどのオーラの持ち主でも一刀両断するほどの一閃は、されども何度繰り出しても当たる気配は無かった。

「っ、ちょこまかと!」
「その超速度も、本人が付いてこれなければ宝の持ち腐れよね」

 まるで原作のハイスピードアクションと同じような失敗だと少女は嘲笑う。
 圧倒的な速度をもって放たれる一閃を何故少女が躱し続けられたかと問えば、答えは至極簡単な話。彼女の眼はこの動きを捉えられるが、彼自身は自分の速度に振り回されているからだ。
 それ故に、彼の剣の一閃は勘頼みで振るっていると言って良い。二度の交差でそれを見抜いた少女は其処に活路を見出したのだ。

「ぐっ、それならこれはどうだ!」

 オーラの噴出による超加速を止め、彼は自らの身体能力を持って疾駆し、足を止めてでも切り伏せに来る。
 圧倒的な防御力を頼りの一方的な相討ち狙い、確かにある意味正しい選択であり、間違った選択だった。
 少女は当然の如く斬り合いに付き合わず、間合い外からひたすら地面を蹴り上げ、粉砕した土埃を浴びせ続けた。

「はっ、その程度でどうにかなるとでも!」

 そんな小細工は全身装甲を纏う彼にとっては目潰しにもならない。
 子供の悪足掻きとも言える砂掛けに構わず突っ込み、ブレイドを我武者羅に振るい、逃げ続ける少女はまた砂掛けを繰り返し――そして程無く決着が付いた。

「――君さ、自分の念能力の欠点も解ってないの?」

 息切れ一つしていない少女は全身装甲を解いてしまい、緋の目を保てないほど疲弊して地に崩れる少年を冷然と見下した。

「な、何故だ……!?」
「クラピカから考察する限り『絶対時間(エンペラータイム)』発動中のオーラ消費量は非常に多い。何せ全系統を100%引き出せるんだ。普段の数倍は燃費が悪くなるだろう。それに加えて全系統を活用しなければならない君の念能力は強大な反面、あっという間に全てのオーラを使い果たすだろうね」

 それに加え、三つ編みおさげの少女は常に展開されている透明な防御膜を砂で剥がし続けたのだ。
 自動的に防御膜を展開しようとする彼のオーラ消費量は更に跳ね上がる事になる。

(変化系と放出系の練度はそこそこだが、具現化系と操作系の部分は明らかに荒い。恐らく奴の生まれ持っての系統は強化系だろうね)

 最初に少女と戦った彼女とは違い、下手に『念能力』を原作通りに忠実に再現したのが運の尽きと言えよう。

「君の念能力は良くも悪くも短期決戦型なんだよ。迅速に敵を片付けなければ、燃料切れで呆気無く敗北する。今まで格下だけを瞬殺して来た弊害かな、君自身がその重大なリスクに気づかないなんて滑稽だね」
「ち、畜生ぉ……!」

 自身のオーラを全て使い果たし、勝手に自滅して意識を失った彼から、この戦闘を見守っていたもう一人の方に視線をやる。

「まだやる? 指定カード三枚で見逃してあげるけど」
「……ブック」

 タンクトップのTシャツを着る黒髪黒眼の少年は殆ど迷わず、自身の本を出した。

「ガルル……!? 駄目、こんな外道が、約束を守る訳がっ……!」
「態々手加減してあげたのに酷い言い草だねぇ。元々はそっちから仕掛けた喧嘩なのにさ」

 三つ編みおさげの少女は笑いながら殺意を強める。
 彼女の身に纏うオーラは二連戦を経ても、些かの劣りも陰りも無かった。

「……マイ、今は黙っていてくれ。――済まなかった。頼む、この三枚で見逃してくれ……!」

 三枚の指定カードを投げ渡し、受け取った少女は笑顔で自身の本に納める。

「はいはい、次に出遭う時は別の指定カード用意してねぇー」

 去っていく少女の姿が見えなくなるまでガルルは不動で見送り、居なくなった瞬間、玉粒のような汗を額から零し、激しく息切れしながら呼吸する。

「ガルル……?」

 傷だらけのマイがその様子に驚く中、彼は自らの直感を自分の事ながら信じられずにいた。
 確かに相手は底が知れない。自分達の中で一番強いミカと戦っても、自らの『念能力』を最後まで隠蔽する程の実力者だ。
 それに『緋の目』の状態の彼と同程度のオーラを纏っているというだけで凄まじい。この世界基準の中堅ハンターの領域だって超えている。

 ――されども、彼の勘は告げている。あの少女はこの程度では無いと。この程度で済む筈が無いと最大級の警鐘を鳴らしていた。

 敵の実力を察知するのもまた実力の成せる技、今の彼では彼女の器の底どころか縁さえ把握出来ない。
 間違いない。ガルルは冷や汗を流しながら確信する。彼女がグリードアイランドをクリアするに当たって最大の障害だと。

 今程度の実力では、絶対に勝てない、と――。


 マイ・ミカ・ガルル組

 ミカ
 強化系能力者

 【特】『絶対時間(エンペラータイム)』

 クルタ族の特異体質。
 全系統を100%の精度で使えるが、原作通り、全系統が生来の系統と同じレベルで使える訳ではない。

 【強/変/放/具/操】『飛翔装甲鎧(ネクスト)』

 クルタ族の特権である『絶対時間』を使用するという前提で、全系統を惜しみなく注げこんだ原作再現の念能力。
 鉄壁の防御力、圧倒的な攻撃力、本人の視界が霞むほどの瞬間最大速度を誇る、クルタ族でなければ実現しない万能能力である。
 当然の事ながら燃費が最悪であり、本人も気づいていなかったが、使う毎に寝込むという何処かの大した忍のような致命的な欠点を持ち合わせている。

 現在の指定ポケットカード
 No.064 魔女の媚薬(2枚)
 No.090 記憶の兜
 全2種類 3枚







[30011] No.005『反則(1)』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/07 00:29



 No.005『反則(1)』


 グリードアイランドが始まって三日目の夜、彼がその時間帯に魔法都市マサドラの交換店に足を踏み入れた理由はモンスターカードの換金の為だった。
 呪文カードの有効性に目を付けた彼は出来る限り買い、レアなカードを手に入れようと張り切っていた。
 幾ら指定カードを手に入れても呪文カードが無ければ守れないし、逆にあれば簡単に奪える。
 呪文カード集めがグリードアイランドにおいて必須の下積みである事を、彼は瞬時に悟ったが故だ。

 ――そのちょっとした心掛けが、彼の人生を大きく変える事になるとは知る由も無かった。

 交換店に訪れて見れば、十二歳程度の、ゴスロリ服が可愛らしい三つ編みおさげの少女が先客として居た。
 交換内容を盗み聞きするつもりは欠片も無かったが、この時ばかりは何故か、その透き通る声が良く耳に入った。

「『レインボーダイヤ』19枚、『大ギャンブラーの卵』29枚と交換(トレード)、全部貯金で」
「はいよ、430000000Jね」

 一瞬自分の聞き間違えかと耳を疑う。普通にモンスターカードを換金するような感覚で、そんな馬鹿げた取引が一瞬にして成立していた。

(――19枚と29枚? 聞き間違えか? 全部で48枚? あの馬鹿げた売値から『レインボーダイヤ』と『大ギャンブラーの卵』が指定ポケットのカードだと容易に推測出来るが、指定ポケットに一枚ずつ入っていたとしても46枚? フリーポケット全部空いていても本に入り切らない筈だが?)

 グリードアイランドのカードは本に入れていなければ一分足らずでカード化が解除されてしまう。
 それなのにどうやってカード化を解除される前に交換店に足を踏み入れる事が出来たのか、疑問が生じる。

(その二つのカードが魔法都市マサドラで入手出来て、手に入れ易いのか? 過剰分二枚を一分足らずで入手出来る? まさか、在り得ない。この少女の念能力が瞬間移動系――いや、呪文カードに『同行』や『磁力』があるが、それを使っても不可能なものは不可能だ。本を開いた状態で一分経つ前に入れ替えて時間を稼ぐ? これなら可能だが、常時本を開けてなければいかないし、何より面倒だ)

 本を常時展開しながら、一分経つ前に入れ替えながら交換店に来る危険を犯す? 指定カードを一人でこんなに入手出来る強者なら十分可能だろうが、そんな強者がそんな愚挙を態々犯すとは考え辛い。

 ――そして何よりも、呪文カードを全部切り捨ててまでやる事では無い。

 この少女には何かある、と彼は確信する。
 もしかしたら、とあるイベントでフリーポケットの許容数が拡張出来るのかもしれない。憎たらしいほど少ない四十五枚のフリーポケットのスペースがが拡張出来るなら最優先で実行するべきだ。
 彼は他にも何か有効な情報を手に入れられないか、この少女の一挙一動に注目する。

「『黄金天秤』『縁切り鋏』『心度計』『スケルトンメガネ』2枚『アドリブブック』『顔パス回数券』『移り気リモコン』『コネクッション』『ウグイスキャンディー』『なんでもアンケート』『超一流スポーツ選手の卵』『超一流作家の卵』『大俳優の卵』『超一流パイロットの卵』『大物政治家の卵』『超一流ミュージシャンの卵』『超一流パイロットの卵』『大俳優の卵』『大社長の卵』『手乗り人魚』『クラブ王様』『バーチャルレストラン』『魔女の痩せ薬』『長老の背伸び薬』『長老の毛生え薬』『さまようルビー』『孤独なサファイヤ』『真実の剣』『聖騎士の首飾り』2枚『人生図鑑』と交換で」
「あいよ、422000000Jだ」

 何かとんでもない爆弾を放り投げられた気分であり、理解が追い付かなかった。

(指定カードが交換店で買える!? 三十種類以上を一気に買うとは……現在のトップはあの少女なのか!?)

 こんな自分の二分の一も生きていない幼い少女がグリードアイランドのトップランカーとは、つくづく見た目は宛にならないという得難い教訓を彼の深層心理に刻んだ。
 ゴスロリ服の少女はこのやり取りを見ていた自分に意識すらせず、交換店を後にした。

「店主、ランキング一位のプレイヤーの所有種類数を教えてくれ」
「3000Jになります」
「少しはまけて欲しいのだが」
「3000Jになります」
「やれやれ、これだからNPCは融通が効かないな」

 NPCの変わらぬ仏頂面に飽き飽きしながら、彼は3000Jを渋々支払う。

「現在のランキング一位はバサラ、所有種類数は14種類だ」
「は?」

 明らかに男性の名前であり、それに所有種類数の数がまるで合わない。
 彼は自らの本を開き、呪文カードの『交信』を唱えて今までに遭遇したプレイヤーの名前を確かめる。

(あの少女の名前は――これか? 随分と変わった名前だな)

 最後に出会ったプレイヤー名は『ジョン・ドゥ』であり、以前に知らぬ間に擦れ違っていなければ間違い無くそうだろう。

「ジョン・ドゥの所有種類数を教えてくれ」
「ジョン・ドゥの所有種類数は0種類だ」

 今度こそ訳が解らなくなった。彼は気づかぬ内に自身の頭を抱えていた。

(一体どういう事だ!? 本に入っているなら指定ポケットに入っていようかフリーポケットに入っていようがカウントされる筈だ。もしや重大なバグか? それとも私の想像の超えるような裏道が、別手段でもあるとでも言うのか!?)

 彼は無意識の内に少女の立ち去った方角を眺めていた。
 世界一危険なゲームという前評判のグリードアイランドを自費で購入し、その実態を余す事無く暴こうとするジャーナリストハンター、ユドウィの魂が芯から疼き出した。

「クク、これは面白くなってきたっ! ますますあの少女から眼が離せられないな。――ゲーム序盤でこの有様だ、これからどんな事をやらかしてくれるだろうか……!」

 まるで混沌の権化――その一部始終の記録を後世に残すべく、彼は独自の行動原理に従って行動を開始した。
 彼もまたハンターの一人、常人とは逸脱した狂気無くしてその道は極められない。




「や、やべでぐれぇ……!」

 立つ力さえ無く命乞いを懇願するプレイヤーは見るからに満身創痍だった。
 両足両手は骨まで打ち砕かれ、ピクリとも動けず、ニヤニヤ笑う三人組のプレイヤーから這いずって逃げる事も出来なかった。

「さーて、お次の効果はぁーと?」
「あー! 『交換(トレード)』かよ! 大外れっ! おいおいバサラ、こんなクズのゴミカードと交換なんて勘弁してくれよぉ!」

 ひょいっと、全身包帯の男はそのプレイヤーの本から『交換』で渡ったカードを取り上げる。

 他人に本を渡す事はグリードアイランドにおいて全面降伏と言って良い。それすら通用しない相手には一体どうすれば――。

 オールバックの金髪紅眼の青年は手にする巨大なハンマーを何度か空振りして調子を確かめる。
 当然ながら本気で打てば一発で致命傷なので、死なないように手加減する必要があった。

「ひっ、や、やめげぶぅっ!?」

 横腹に突き当たり、数メートル転がった後、激しく嘔吐を繰り返す。
 三人はそんな哀れな彼を一切気にした様子無く、二人の『本』に注目していた。

「次は~……うーん、コイツの本に変化無ーし。そっちは?」
「『追跡(トレース)』の効果ですね。大当たりですけど、どの道、意味がありませんね」

 バサラの本を手に取っている黒髪紫眼の青年は心底愉しげに笑う。端麗な顔立ちは、今は邪悪に歪んでいた。

「うっし、もう一丁!」
「~~~っっっ?!」

 既に砕けている右脚にハンマーを叩き込まれ、彼は狂ったように痙攣しながら苦しみ悶える。
 まるで生きたまま標本にしようと釘を差した蛙のようであり、滑稽な様に三人は揃って笑った。

「あーあ、『投石(ストーンスロー)』だなー。これでこいつの最後の一枚が破壊されちまったぜ」
「くく、それは残念。ゲームオーバーですね」

 ハンマーを投げ捨てたバサラは嬉々と指を鳴らし、その瞬間、地に這い蹲っていたプレイヤーは大炎上する。

「ひぎゃああああああああああああああああぁ~~~……!?」

 断末魔は程無く途絶え、焼身死体となったプレイヤーは現実世界へ帰還した。
 グリードアイランドでの殺しは後始末の心配がいらなくて手間が省ける。死んだプレイヤーが現実に帰還するように作ったゲームマスターはまさに英断だったと彼等は賞賛する。

「やれやれ、折角アイテム化したのに『不死の大金槌』も使えねぇな」

 溜息一つしながらバサラは反省点を纏める。
 指定カードNo.088『不死の大金槌』は殴られた者にランダムで攻撃呪文のいずれかの効果を与える。
 通常の防御呪文で防げないという利点があるが、『堅牢』『聖騎士の首飾り』の使用者には無効である。
 しかし、無条件で『不死の大金槌』の攻撃を受けるような状況なれば、上記の二つの例外など関係無いだろう。『堅牢』で守られている一ページは直接奪えば良いし、『聖騎士の首飾り』は直接壊すか奪えばいいだけの話である。

「思った以上に攻撃呪文が多いしな。えーと、該当する呪文は何だっけ」
「『掏摸(ピックポケット)』『窃盗(シーフ)』『交換(トレード)』『強奪(ロブ)』『墜落(コラプション)』『妥協(コンプロマイズ)』『追跡(トレース)』『投石(ストーンスロー)』『凶弾(ショット)』『密着(アドヒージョン)』からランダムですからね。特に『交換』が出てしまった場合は此方が不利益になりますね」

 全身包帯の青年は「良く覚えてるなぁ」と原作知識を此処まで明確に覚えている異常な記憶力を褒め讃え、黒髪紫眼の青年は「当然です」とさも平然と答える。

「ま。こんな遊び以外じゃ使えねぇって事は最初から解っていた事だ」
「やはり『盗賊の剣』が欲しいですね。あれならば『強奪』『掏摸』『窃盗』の三つ限定ですから全部奪えます」

 何故こんな便利なアイテムを原作の爆弾魔組が使っていなかったのか、正直理解に苦しむ、とバサラ組の参謀役である黒髪紫眼の彼は不満そうに呟く。
 ――彼は彼なりに原作を愛し、何か色々と思う処があるようだ。

「でもさ、『盗賊の剣』だと全部奪う前に出血死するんじゃね?」
「それならバサラが傷口を焼けば良い。暫くは持ちますよ」

 それもそうかと全身包帯の青年は軽快に笑う。
 今のグリードアイランドのプレイヤーにとって不運な事の一つは、過激なプレイヤーキラーの三人組の仲が原作の爆弾魔並に、いや、ゴンとキルア並に良好という事だろう。

「他の組の収集速度は異様に遅いし、俺達もボチボチ適当に行くか。『道標(ガイドポスト)』使用、No.094!」


 バサラ・????・?????組

 バサラ(♂24)
 系統不明
 能力不明

 現在の指定ポケットカード
 No.003 湧き水の壺
 No.010 黄金るるぶ
 No.021 スケルトンメガネ3枚
 No.025 リスキーダイス
 No.026 7人の働く小人
 No.049 手乗り人魚
 No.050 手乗りザウルス
 No.070 マッド博士の筋肉増強剤
 No.071 マッド博士のフェロモン剤
 No.072 マッド博士の整形マシーン
 No.075 奇運アレキサンドライト
 No.076 賢者のアクアマリン
 No.084 聖騎士の首飾り
 No.086 挫折の弓
 No.088 不死の大金槌2枚
 No.090 記憶の兜
 全16種類 19枚







[30011] No.006『波紋』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/24 07:30



 No.006『波紋』


「クソクソクソクソッ! あの女めえぇ……!」

 文字通り眼を真っ赤にさせてミカはひたすら憤っていた。
 クルタ族の緋の目のモデルはナウシカの王蟲らしいが、まさにその通りであり、近寄り難い危険色を発していた。

「五月蝿い、何時までも女々しいぞミカ。あと無駄に緋の目状態になっているとオーラが回復しないぞ」
「戦いもせず降参した君には言われたくないなぁ!」
「身動き一つ取れず、寝込んでいる分際で良くまぁ威張れるもんだ。それだけは関心するぜ」

 ギャンブルの街ドリアスでの借宿にて、マイ・ミカ・ガルル組は休息を余儀なくされていた。
 ミカは全オーラを使い果たして動けないが、怪我は無く、右腕の刺創と処々蒼痣になっているマイは見るからに気落ちしている。
「クァー」と外から慰めの鳴き声が生じる。彼女の怪我が完治するまで念獣『迦具土』は消せずに居残る。
 存在しているだけで彼女のオーラを消耗してしまうので、普段よりも回復が遅れるだろう。こればかりは強大さ故の誓約と諦めざるを得ない。

「ま、オーラ消費が激しいのは前々から解っていた事だ。ただ単に怒り狂うんじゃなくて、この敗北を今後どう生かすかが問題だろ?」
「……っ、ふん。君にしては建設的な意見じゃないか」

 怒りの矛先は三つ編みおさげの少女に向いているので、珍しい事にガルルの意見がすんなり通った。
 ガルルは少し毒気を抜かれる。自信満々で慢心が些か過ぎる彼にしては珍しい傾向だった。

「あれだ、全開状態じゃオーラ消費量が多すぎるから部分展開とかどうだ? ISみたいに」
「IS? よりによってISだってぇ!? 巫山戯ているのか、君はっ!」

 未だに緋の目だったミカの瞳が更に濃くなる。
 同じようなロボ物に見えて、やはりこの手のジャンル(萌え患者とコジマ汚染者)は相容れないかとガルルは深い溜息を吐いた。

「僕の『飛翔装甲鎧(ネクスト)』をあんなものと一緒にされては不愉快だ! ああ、不愉快だとも!」

 同属嫌悪とは厄介なものだ。客観的な視点は排除され、理性で物事を判断出来ない。
 人間大の大きさで纏っている時点でISと一緒だろ、と本音で突っ込めば取り返しの付かない事になるだろう。
 ガルルは面倒なので素直に折れる事にした。其処等辺のジャンルをとやかく突っ込んで薮蛇を突付く真似などしたくない。

 ――それに思い入れのあるミカと違って、全く興味の無いガルルは最初から理解などする気にもなれない。

「解った解った。もう二度と言わないからそう怒るな。それなら近接武器だけじゃなく、射撃武器を具現化すればどうだ? 自動追尾のミサイルとか贅沢言わないが、散弾とかあるだけでも違うだろ? オーラ消費量が余計増えるが、戦術は広がるぞ」
「――その発想は無かった。偶には役立つ意見を言うじゃないか! 見直したぞガルル!」
「……あー、それは喧嘩を売っているって事で良いのか?」

 呆れ果てて怒る気力さえ湧かない。この男が自分の事を一体どう思っているのか、一回解剖してみたい気分だ。

「そうだとも、結局はオーラが尽きる前に仕留めれば良いだけの事! クク、待っていろよ、三つ編みおさげの少女! 次は必ずや雪辱を晴らしてくれるぅ! う……」

 またオーラ切れとなり、昂奮状態になっていたミカは力尽きて気絶した。
 戦闘中は反則的な体質とは言え、不便なものだとガルルは初めてクルタ族の体質に同情した。

「……国宝級の馬鹿だな。付ける薬もありゃしない」

 しかし、馬鹿は馬鹿故に立ち直るのが速い。
 その反面、今まで一言も言葉を発さず、暗く俯いているマイは身体的にも精神的にも重傷だった。

「マイ、傷の具合はどうだ?」
「……大丈夫、腕の傷以外は対して酷くない」

 大抵の事は人並みにこなすが、一度転んだらどん底まで転がり落ちてしまう。それがマイという人間を端的に現す言葉だった。
 こうなってしまってはガルルではどうして良いか解らない。
 何を言っても逆効果に成り兼ねない。少しでもいつもの調子に戻って欲しいと、ガルルは細心の注意を払う事にした。

「ごめん、なさい。私が手を出したせいで、指定カード三枚も失って……」
「気にするな。あんなのすぐに取れるし、命の方が遙かに重いさ。それにこの序盤で一番注意すべきプレイヤーが誰なのか、判明しただけ儲け物だ」

 確かにこうなったのは彼女が原因だが、問い詰めれまい。相手が最高なまでに悪かったとしか言い様が無い。

 正しい行動が必ずしも正しい結果を生むとは限らない。世の中は物語のような勧善懲悪で成り立っている訳ではない。
 権力にしろ暴力にしろ――『力』が有りきである。

 これ以上、引き摺っていれば悪循環に成り兼ねない。ガルルは半ば強制的に話題を変える事にした。

「それであの少女の念能力について何か解ったか?」
「……多分、具現化系の能力者。『隠』で見えなかったけど、何かを『迦具土』に投擲してきた」
「あれの甲殻を貫いたのか」

 竜の念獣だけあって『迦具土』の防御力は非常に高い。
 それを安々貫く攻撃手段を隠し持っている。『飛翔装甲鎧』を具現化したミカの防御力を貫く程では無いだろうが、中々に厄介な話である。

(それが本命の念能力とは限らない、か)

 具現化系能力者は大抵の者は具現化した物体に厄介な付加効果を加える。
 クラピカの五つの鎖が代表例だろう。一つ二つの誓約次第でどんな厄介な効果が付けれるか、想像するだけで頭が痛くなる話だ。

(相手の能力さえ解れば、幾らでも対策が立てれるが――当面は出来る限り出遭わないようにする事が最善か)

 一人は生まれて初めて黒星を刻んだ少女に雪辱を誓い、一人は未知の脅威との遭遇を避け、一人は自らの思考の坩堝の陥る。

 その三者三様のバラバラな思考は、彼等の関係を皮肉なまでに象徴していた。




 頭部への回し蹴りを右腕で受けて踏ん張り、コージは膝打ちを繰り出す。
 攻防力90ほどのオーラを集めた一撃はアリスの小さな身体を簡単に吹き飛ばし――否、それを考慮しても手応えが余りにも無い。

(直撃する寸前に膝を両手で取って、自分から飛んだ!?)

 宙に舞い、前方回転の遠心力を利用し、お返しとばかりの踵落としが繰り出される。
 神速の反撃、修行の成果あってか、オーラの攻防力移動も当然の如く間に合っている。右手に殆どのオーラを回し、その痛烈な踵落としを死ぬ気で掴み取る。

(~~っっ、危ねぇっ! 遠心力も加わって半端無い攻撃力! 掴んだ手がビリビリしやがるぜ。惜しかった、な――!?)

 完全に掴み取って防いだ直後、踵落としを繰り出した右足からオーラが感じ取れず――本命とばかりに振り下ろされた左足に全てのオーラが集中していた。

 ――空中前方回転からの二段踵落とし。

 複数の選択肢が刹那に浮かんでは消え失せ、コージは狙われた頭部に全オーラを集中させて踵落としを受けた。

「~~~っ!?」

 攻防力移動が間に合い、直撃を受ける事を覚悟したとは言え、痛いものは痛い。
 コージは身悶えながら、頭部から走る激痛に痩せ我慢していた。

「……っ」

 この攻防に打ち勝って有効打を与えたアリスは追撃せず、自らの失策に顔を曇らせていた。

「はい、其処まで。アリス、攻め口は良かったけど、二段目の踵落としを『硬』にしたのは迂闊だったね。てか、コージ甘すぎー」
「つぅ~! しょうがねぇだろ! 修行で大怪我させる訳にもいかねぇしな、痛ってぇ……!」

 ――もう一つの足が叩き落とされる寸前に、コージには放出系の念を飛ばしてアリスを吹っ飛ばすという選択肢が存在した。
 それをしなかったのはアリスが『硬』をもって左足を繰り出した事により、それ以外の箇所は攻防力0の状態になっていたからだ。
 稚拙な放出系攻撃でも大ダメージを与えかねない状況故に、コージは敢えて攻撃を受ける事を選んだのだ。

 実戦でこんなミスを犯せば、それは自らの生命をもって償う事となるだろう。
 ――特に、あの少女が相手ならば絶対に見せてはいけない隙だった。ぎしり、と歯軋りが悔しげに鳴り響いた。

「よーし、一休憩入ろうぜ。二人とも、先に温泉入って来い。オレが見張っててやるから」

 頭を片手で押さえながら、コージはその場に座り込んで胡座を組んだ。彼女達二人が戻ってくるまで動かないという意思表示でもある。

「覗いたら殺すからね?」
「覗かねぇよ。良いから速く入って来い」

 ユエの念押しといういつものやり取りを経て見送り、コージは重苦しい溜息を吐きながら寝転んだ。
 疲労感で気怠いが、眠気は一切無い。恐らくはあのカードの副次効果でオーラと肉体の回復効果も増えているのだろうと勝手に納得する。
 しかし、人間の生涯の睡眠時間は大体決まっていたような気がするが、その時間が過ぎたら自分は永遠に寝れなくなるのだろうか?
 コージは怖くなったので考えない事にした。

(――『練』一時間は実戦での十分間。今のオレでは三十分でオーラが尽きる)

 あの三つ編みおさげの少女にぶちのめされてから一ヶ月の時が経過した。
 まず彼等が修行の為に入手した指定カードは三つ、自分の代わりに眠ってくれて二十四時間行動を可能とする『睡眠少女』、飲むとイメージ通りの肉体を得る事が出来るが殺人的に不味い『マッド博士の筋肉増強剤』、それと修行の疲れを癒す為という名目でゲットされた『美肌温泉』だった。

(『美肌温泉』は絶対別の目的がメインだろうなぁ。まぁ汗掻いた後の温泉は気持ち良いから結果オーライだけど)

 コージは苦い顔をしながらアイテム化した『マッド博士の筋肉増強剤』のパッケージを睨む。
 一日一錠、一週間飲み続けていなければ効果を発揮しないが、性質の悪い事に個人毎に嫌いな味に変化するという余計なオマケ機能付きであり、飲む度に何度吐きそうになった。
 それでも四週間飲み続け、見た目は全く変わらないが、身体能力の向上に大きく役立ってはいる。
 原作では軽視どころか注目さえ浴びなかったが、中々に侮れない代物だった。流石はグリードアイランドの指定カードの一つと言えよう。

(アイツの一戦から『念丸』の最大威力と速度がかなり向上した反面、全力で撃つと四発でオーラが尽きる。似なくて良い処が似ちまったなぁ)

 更に鍛錬を積んでオーラの総量が増えれば四発制限も何処かに消え去るだろう、と自分の中で納得する。

(一発でも奴にぶち当てれば勝てる。だが、その一発が果てしなく遠い。その為に基礎能力の向上も同時進行でやった)

 指先を銃に見立てて突き出し、夜空の月に向ける。
 ――其処にあれども決して届かない。ふと脳裏に過ぎった予感をコージは必死に振り払おうとする。

(オレはこの一ヶ月で、何処まであの女に近づけたんだろうか?)




「ぷはぁー、良いお湯よねぇ。疲れが取れるわ~」

 指定カードNo.004『美肌温泉』は美肌に関する悩みを全部解決してくれる温泉であり、一日三十分の入浴で赤ちゃんのようなスベスベな肌になる、女性にとって夢のようなアイテムの一つである。
 疲労を癒す効果などは直接無いが、気分的に晴れるので修行生活に大いに役立っていると言えよう。

(此処一ヶ月で、強くなっている実感はある。けれども――)

 念の総量も身体能力も、一ヶ月前と比べれば格段に向上している。『流』も本気の動きに付いて来れるぐらい上達している。
 だが、それでも――不意に、後ろからユエに抱き着かれる。
 背後に忍び寄られても気づかないほど注意散漫になっていたと、アリスは自らの未熟さを内心叱咤した。

「アーリス。悩み事?」
「……うん。コージは『念丸』、ユエは『鎌威太刀』があるけど、私はどんな念能力が良いのか、それすら思い浮かばない。ユエはどうやって自分の念能力を決めたの?」

 そう、自らの念能力。此処に至っても全く浮かばず、方向性すら掴めないそれが足を引っ張っていた。

「私? うーんとさ、私の場合は獲物有りきだからからねー。武器の間合いを広げたり、刃状のオーラを飛ばせたら便利かなぁって。それにゴンのジャジャン拳のグーチョキパーを参考にしたから案外簡単に型は完成したね。まだまだ完熟度は低いけどさ」

 オーラを刃状に変化させ、その状態のまま放出させる。幾ら強化系で変化系と放出系が隣り合っているとは言え、両方を同時に実行するのは至極困難だとユエは吐露する。

「念能力なんて突き詰めれば自分が何をしたいかだねー。別に戦闘向きなのを必ずしも作る必要も無いと思うけど。ほら、ビスケのなんて超便利だったじゃん」

 ビスケの念能力は確か『魔法美容師(マジカルエステ)』で戦闘外で多大に活躍出来る代物であり、念=必ずしも戦闘用ではないという事を示す教訓の一つだろう。


「でも、戦闘用の念じゃないと格上の相手には絶対勝てない」


 オーラの総量で劣っているのならば、並大抵の攻防ではダメージを与える事すら出来ない。
 今の自分が纏う最大限のオーラも、あの時の彼女と比べて、まだまだ劣る。

「……明確な目標を持つってのは悪い事じゃないと思うけど、さ。最近、コージもアリスもアイツの事にこだわり過ぎって思う訳」

 後ろから抱き着いていたユエはアリスから離れ、夜空を見上げる。
 ユエは手を天に差し伸べ、月を掴もうとする。当然の如く、その掌に納まるものではなく、その指先は空を切る。

「確かにグリードアイランドをプレイする上でアイツが一番の障害なのは解っている。でもさ、何だか悔しいんだ。アイツにばかり意識が行っていて、修行中もいつも上の空で――」

 ――目の前に居るのに、見てくれなくて。

 それが誰の事を指しているのか、アリスは即座に思い至り――振り返って見たユエの顔は、真っ赤に茹で上がっていた。

「あ、あはは! 何言ってるんだろうねー私! 逆上せちゃったかなぁー、先に上がっているね、アリス!」

 ユエは慌てて飛び去り、逃げるように消える。
 残念な事に効果が出ない、三十分未満の入浴だった。








[30011] No.007『思惑』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/24 07:31



 No.007『思惑』


「おいおい、一ヶ月も経っているのにランキングで50種類超えている組いねぇのかよ。原作知識あるのに弛んでるなぁ、全く」
「他力本願の私達が言う台詞では無いですがね。まだ正確に誰が誰と組んでいるのか判明していませんので、指定カードを複数で分散させているとランキングなんて宛になりませんがね」

 同胞によるハメ組の筆頭に立つ二人は懸賞の街にて以前と同じカフェで一息付いていた。
 二人の甲斐甲斐しい努力あってか、グリードアイランドで活動する仲間は若干増えており、情報収集も少しだけ捗っていた。

「BランクとAランクのカードは埋まってきましたが、Sランクとなるとまだ誰も入手していないカードが多いですね。SSランクは現在全滅状態です」
「開始一ヶ月ならそんなものか。それにしても本当に『神眼(ゴッドアイ)』は便利だなぁ」
「自力で見つける努力をしない私達には若干宝の持ち腐れですがね」

 Sランクの呪文カード『神眼』は、使用したプレイヤーはNo.001から099までの全てのカードについて『解析』と『名簿』の効果をいつでも得る事が出来る。
 一旦ゲーム外に出ると効果が失ってしまうが、クリアするまでグリードアイランドに篭りっきりの彼には関係無いデメリットである。

 ――No.001から099のカードが出揃った時、彼等は外で待機しているプレイヤーを全員呼び込んで呪文カードを一気に独占し、呪文カードで全てを奪う。そういう手筈になっている。

 考えて見れば、大多数の人間を危険溢れるグリードアイランドで待機させる必要なんて無かったのだ。
 事前まで情報を与えず、対策すら立てられない間に電撃戦で片付ける。それが彼等ハメ組の新たなクリア方法だった。
 グリードアイランドに来る事すら拒否していたメンバーもこの仕上げの作業に協力する事を承諾している。
 原作のハメ組の敗因の一つに、全ての指定カードが出揃っていなかったという事があげられるだろう。最大の敗因は獅子身中の虫(爆弾魔)だが。

「バッテラ氏がグリードアイランドに懸賞金を掛けたぞ。本体に170億、クリアデータ入りのロムカードに500億ジェニーと原作通りだ。グリードアイランドの本体回収も何件か先を越されたが、二つほど新たに入手出来たぞ」
「そうですか。少しばかり速いですね。同胞のプレイヤーキラーによる大量殺戮でグリードアイランドの情報規制を早めたのですかね? 持ち主を失ったロムを大量に入手する機会が増えたからか、それとも外にいる同胞の干渉か。……ふむ、スタート地点に見張りを何人か回した方がいいですね。近い内にバッテラ氏から大量のプレイヤーが送り込まれて来るでしょうし。――爆弾魔がいつ頃からグリードアイランドに来たのかは不明ですが、邪魔されても困りますしね」

 原作ではバッテラ氏はグリードアイランドが発売して一年後に懸賞金を掛ける筈だが、意図せずして原作改変が成ってしまったという処だろう。

(まぁ元々原作前にクリアしてしまおうとする私達の言える事では無いですね)

 新規プレイヤーが大量に送り込まれて来る事自体は脅威ではない。多くの雑魚は原作より悪質なプレイヤーキラー達の餌食になるだろう。
 自分達はその哀れな撒き餌が喰い千切られる様を高みの見物をしつつ、プレイヤーキラーの情報を出来る限り集める事に専念すれば良い。
 外と内の現状報告が終わり、優男は紅茶を口にする。クリアする目処が完全に立っているのだ、後は待つだけで良い。勝利を確信しながら彼は微笑んだ。


「それにしても不思議ですね。テキストを見れば一目瞭然でしょうに。――どうして誰も彼も『離脱(リーブ)』で現実世界に帰還出来るなんて疑いも無く思い込めるんでしょうね」
「おいおい、此処でその話かよ。誰かに聞かれたら大事だぜ? その救いようのない愚鈍さのお陰で救われてんだからよ、俺達二人は」


 ――原作のハメ組との最大の差異は、リーダーと副リーダーが共謀して他のメンバー全員を謀ろうとしている点に尽きる。

 少しでも頭を働かせれば、同胞が数十人集って原作のハメ組を再現するという行為そのものが成り立たない事ぐらい解る筈だ。
 原作の彼等は500億という巨額の報酬が目当てであり、金は幾らでも分配出来た。同胞によるハメ組は現実世界への帰還を目的としており、『離脱』もしくは同じ効果を持つ『挫折の弓』での帰還枠は全員に等しく分配出来るだろうか? 答えは否である。

「誰も彼も自分が真っ先に『挫折の弓』で帰還する権利を得ていると思い込んでいる。実に滑稽な話だがな」

 クリア報酬による指定カードの枠は三枚、一枚は『挫折の弓』で十人、もう一枚を『聖騎士の首飾り』にするならば、呪文カードで変化させた『挫折の弓』をもう一枚入れる事が出来る。
 それでも一回のクリアで二十人、あと二回クリアすれば全員分を確保出来ると建前上説明しているが、一回のクリアで六十人以上必要なのに二十人しか報酬を得られない、更には一回のクリア毎に二十人のメンバーが減るとあっては、建前上の協力関係は最初から成り立たない。

 ――更に根本からこの前提を覆すが、『離脱』のテキストは「対象プレイヤー1名を島の外へ飛ばす」という簡素なものであり、『挫折の弓』で使える『離脱』も同様の効果である。
 このカードでの『島』の定義は『グリードアイランド』以外在り得ず、それは島の中で使った場合も、外で使った場合でも変わらないだろう。

 外で使った場合のみ『島』の定義が、この『世界』に都合良く変わるだろうか?

 条件を満たさなかったカードは何も起こらず、ただ消えるのみ。
 グリードアイランドに来ていれば嫌でも見慣れる光景だが、それが『離脱』でも起こり得る事だと何故思考が至らないのだろうか。

「指定カードを2枚無駄にしてでも手に入れる価値がありますからね、No.000『支配者の祝福』は」

 よって騙されている事にも気づかない哀れな彼等を騙してクリア出来る機会は一回のみ。クリア報酬の2枚は望み通り『挫折の弓』と『聖騎士の首飾り』にしよう。
 最後の一枚は彼等二人の本命である『支配者の祝福』――ただし『擬態(トランスフォーム)』したものではなく、本物であるが。
 No.000『支配者の祝福』は城のオマケに人口一万人と城下町が与えられ、町の人々は使用者の作る法律や指令に従い生活するというものである。

 つまり、絶対服従を誓う一万人の奴隷を手に入れる事に等しい。

 これが外の世界でどれほどの利益を生むかは語るまでもあるまい。数年足らずでバッテラ氏の懸賞金の500億など単なる端金になるだろう。
 更には『挫折の弓』で帰還出来ず、この世界での永住を余儀無くされ、絶望した同胞も彼等の王国に招き入れ、都合良く使ってやろう。利用されている事に気付かず、ボロ雑巾のように使い潰してやろう。

「おいおい、その顔は不味いぜ。本性が曝け出ていて、何処から見ても『魔王』じゃねぇか」
「おっと、いけませんね。暫くは私財を全て投げ売ってまで他の同胞を救わんとする『聖人』を演じていなければいけませんでしたね」

 99種類の指定カードがゲームの盤上に出揃った時に、彼等主催の強奪イベントが強制的に開催される。
 ――グリードアイランドをクリアするに至って最大の障害は、或いはクリアに最も近いプレイヤー陣営は、雌伏の時を優雅に過ごす彼等なのかもしれない。




「Bランク、Aランクは大体集めたか」

 海鳥の鳴き声が眠気を誘う海辺の街ソウフラビの喫茶店にて、バサラ組は一息付いていた。

「ったく、指定カードを分散させていてもランキング一位とはな。有名人は辛いな、バサラ」

 全身包帯の青年は茶化すように笑う。他の第三者が見れば不気味な光景にしか見えないが、長年付き添う二人には彼の感情表現を深く理解していた。

「目に掛けていた組の収集速度が異常に遅いのが若干気になりますね」
「案外、指定カードの入手に本気で梃子摺ってるんじゃねぇの?」

 参謀役の懸念に、バサラは想定した実力より下だったとばっさり切り捨てる。
 今のグリードアイランドで指定カードを入手出来る実力者は彼等を除いて数組程度。それも漸く二桁に達したぐらいの組が大半であり、既に50種類まで揃えた彼等の敵では無かった。

「現状、注意が必要なのはギバラ組とジョン・ドゥ組だな。まぁどっちも単独のプレイヤーだが。明らかにカード集めよりもプレイヤー狩りに比重を置いてやがる。全く、何処のフェイタン・フィンクス組だよ」

 溜息一つ吐きながら「お前も見た目的には旅団員と張り合えるがな」とバサラが笑いながら突っ込む。
 彼等もプレイヤー狩りの分類に入るが、その目的は指定カードのコンプリートにある。ジョン・ドゥはとにかく、ギバラのような目に付いただけでカードを奪わずに殺すような殺人快楽者とは一緒にされたくなかった。

「遭遇さえしなければ無視で良いんじゃね?」
「そうですね、戦闘になっても旨味は欠片もありませんしね」

 だが、同じプレイヤー狩りとは言えども張り合う義理は無い。殺しは手段の一つであり、目的では無いのだ。

「此処まで順調ですけど、一つだけ問題がありますね」
「――『闇のヒスイ』か」

 バサラは懐からあるアイテムを取り出し、忌々しげに睨む。
 それは彼等が苦労して手に入れた『闇のヒスイ』であり、入手してから今まで、カード化する気配は一切無かった。

「入手したのにカード化しないのはカード化限度数に至っているからです。しかし――」
「『名簿(リスト)』で調べても所有者0人か。バグか?」

 現実世界のMMOなどではその手の不具合は日常茶飯事だったなーと全身包帯の男は懐かしげに回想する。
 しかし、彼等の参謀役は険しい顔で顔を横に振った。

「考え辛いですね。このグリードアイランドを運営しているゲームマスターは方向性は違えどもジン級の化物どもですよ? そんな不具合があるならば即座に修正しているでしょう。これは我々の想像以上に、もっと厄介で深刻な話です」

 全身包帯の男はチンプンカンプンだと言わんばかりに脳裏に疑問符を浮かべ、逆にバサラはその可能性に心当たりがあったのか、頭を掻き上げながら眉を潜めた。

「――念能力か」
「それはおかしくないか? 例えどんな念能力があっても『本』に頼らずにカードを保有する方法があるとは考えにくいが? だたでさえ不正防止で其処等辺の対策はガチガチだしな」

 全身包帯の男は即座に自身の意見を述べ、その解答を彼等の参謀役が綴る。

「飛び切りの例外という事でしょうね、そのプレイヤーは。他人の念に干渉出来る除念能力者、可能性があるとすればそんな処でしょう」
「待てよ、除念でどうやってカード化の解除を阻止するんだよ?」

 全身包帯の男は「むしろカード化が問答無用に解けるだろ?」と首を傾げる。
 良くぞ聞きましたとばかりに、まるで物分りの悪い生徒に説明をする教師役のように彼は生き生きと教鞭を振るった。

「例えば操作系の話ですが、他人が操作している対象は後から操作出来ない。この速い者勝ちが成り立つ理由は、一度成立した念の効果を上書きする事が出来ないからです」

 確か原作でもそういう場面があったなぁとうろ覚えながら全身包帯の男は納得し、無言で続きを催促する。

「――除念の定義は大小規模に違いがあれども『一度成立した他者の念を改竄する事が出来る』なのですよ。その結果の集大成が念の効果を外す事なので、除念=外すと短絡的に勘違いされているようですがね」

 なるほど、やはり頭脳全般を担当する彼の説明はいつも通り解り易い。

「厄介極まる話だな。ランキングに乗らない『幽霊(ゴースト)』がいるって事か」
「グリードアイランドの呪文戦術の根本から覆る話です。『本』に入っていないカードを呪文カードで奪う事は出来ませんしね」

 一通り説明が終わり、締めはリーダーのバサラが付ける。

「ようは幽霊が誰なのかを見極めて、殺せば良いんだろ?」
「ええ、その通りです。先にクリアされても堪りませんから、Sランクのカードを何枚か独占しましょう。そうすればいずれ――」
「幽霊が誰だか判明しなくても、いずれ向こうから仕掛けざるを得なくなるか。結局は今まで同じ事か。うんうん、単純で宜しい」

 単純明快さを好む全身包帯の男をバサラは「お前変化系なのに性格強化系よりだよなぁ」と呆れながら笑い、彼等三人は和気藹々と午後の紅茶を楽しむのであった。







[30011] No.008『磁力』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/24 07:32



 No.008『磁力』


 一ヶ月間の不眠の修行を終えて、再びコージ組はグリードアイランドの指定カード集めに復帰する事になった。
 久しぶりの自分での睡眠は感慨深い。幾ら眠気が無くても意識が途絶えずに連続していれば精神的な疲労は蓄積される一方であった為、頭が妙に軽く思える。
 だからこそ、もっと疑問に思うべきだったのだ。コージが何故その提案をしたのかを。

「そうだ、まずは呪文カードと指定カードを整理しようぜ」

 その何気無い一言から始まり、コージは三つの本から忙しくカードを移動させる。
 主に手に入れた指定カードはコージが持って、ダブりはユエ・アリスの指定ポケットに、というのが最初の話の流れであり、入れ替えなど最初から必要無い筈だ。

「いきなりどうしたの? コージ、何か企んでない?」

 ユエはジト目でコージを問い詰めるが、コージは笑ってるだけで何も答えない。
 ユエとアリスは不信感を募らせつつも、程無くしてこの妙なカードの整理が終わった。

「ごめんな、ユエ、アリス。すぐ帰ってくるから」
「コージ? アンタ、何を――!?」

 コージの手にはカードが一枚握られており、制止の間も無く唱えた。

「『磁力(マグネティックフォース)』使用、ジョン・ドゥ!」

 瞬間、独特の音を立ててコージは何処かへ飛翔して行った。
 『磁力』は指定した他のプレイヤー(ゲーム内で出会った事のあるプレイヤーに限る)の居る場所へ飛ぶCランクの呪文カードである。

「あの馬鹿っ! 一人であんな危険な奴の処に――ああぁっ! コージの馬鹿ッ、移動系の呪文全部取って行ったぁ!」
「っ、私の本にも入っていない……!」




「んな!?」
「正面から覗きなんて無粋な輩ね」

 其処に居たのは髪を下ろし、水浴びの途中だったのか、一糸纏わぬ姿で――いや、何故か腰元に鎖を括り付けて銀時計だけを垂らして浅い泉の中心に立つ、あの少女だった。
 女性として色々大切な箇所を隠す素振りすら無く堂々と立つ少女に対し、顔を一気に真っ赤にしたコージは即座に後ろを向いた。

「ば、ばば、馬鹿野郎! 年頃の娘が何で全裸でッ! 今すぐ服着ろっ!」
「……背中向けて良いの? 隙だらけでいつでも殺せるけどー?」
「っ、お前には羞恥心とか欠片も無いのかよ!?」

 予想外の事態に混乱の極地に陥ったコージは感情のまま叫び、少女は不用意に背中を見せる彼に純粋に疑問を抱く。
 そして異性に裸を見られて何も感じないのかと、逆にコージが怒るという奇妙な構図となる。

「変な事を言うのね。蟻や猫に裸を見られた処で何か恥ずかしがる必要がある?」

 どうやら異性以前の問題だったらしい。
 その発言に一瞬にして理性が沸騰しかけ、堪忍袋の緒が切れそうになった。
 だが、改めて今の状況を客観視すると、この状態で自分が切れても変質者が発狂するように、いや、最悪の場合『発情』するように見られかねない。一生ものの不名誉である。

「ああもう! 良いからさっさと着替えろっ!」
「人の水浴びを邪魔したのに自分勝手な奴ねぇ」

 少女は呆れながら泉から上がり、着替えだす。
 コージは後ろをずっと向いているものの、布の擦れる音などが生々しく耳に響き、胸の動悸が激しくなるばかりで落ち着かない。
 素数を数えて冷静になろうとしても何が素数だったのか、今の錯乱した思考ではそれすら覚束無い。

「まだかよっ!?」
「女を急かす男は嫌われるわよ」

 永遠にも等しいと思えるほどの短い時間が経過し、コージは漸く少女と対面する。
 いつものゴスロリ服姿で、髪は濡れているので三つ編みに束ねていなかった。

「はいはい、何か用? 私の美貌に惚れて指定カードを貢ぐ気になった? 私ってば罪作りな女ね」
「……お前ってさ、最高なまでに性格悪いよな」
「あら、褒めても何も出ないわよ?」

 嫌味の一つを平然と受け流す少女を見て、コージはがっくり項垂れる。
 自分のペースを終始乱されている。彼は自身の両頬を叩いて活を入れ、早々に本題に入る事にした。
 元より細々とした小細工など苦手だ、真正面からぶつかり合うのみである。

「要件は一つだ、この前のリベンジに来た!」

 前回との違いを見せつけるが如く、コージは今現在の自分が出来る最高の『練』を少女に見せつける。
 少女は小馬鹿にしたような嘲笑を浮かべて、戦闘態勢に入る。

「確かに前よりオーラ量が少しは増えているようだけどー?」

 明らかに見下した言い方であり、事実、その通りであった。
 以前と比べればまだマシだが、自身のオーラは彼女の顕在オーラに届いていない。それでも前回が3倍差なら、今回は1,5倍差である。

「勝つ! つーか、勝つまでやる!」

 その発言に少女の表情は即座に暗く沈み、機械の如く無表情から凍えるような殺意が放たれる。

「何か勘違いされたかな? 私はナックルのように優しくも無いし、ましてや甘い訳じゃ無いんだけど?」
「……ふん、オレに勝ったら指定カード一枚くれてやる! 『美肌温泉』だ。どうだ、欲しいだろう!」

 彼女の恐ろしい顔貌に若干気押されながらも、コージは声を大きく発しながら張り合う。

「その代わり、オレが勝ったらお前の名前を教えて貰うからなっ!」

 コージは指差しながらこの一ヶ月間、溜まりに溜まった鬱憤を晴らすが如く宣言し――きょとんと、少女はその赤い眼をまん丸にした。
 殺意溢れる緊迫した空気はいつの間にか霧散していた。

「名前? ナテルア――ああ、今はこれじゃなかった。えーと、何だっけ、あれだ、そそ、ジョン・ドゥだけど?」
「巫山戯んな! どう考えても100%偽名じゃねぇかっ!」

 コージは怒鳴り散らし、少女は心底不思議そうに頭を傾げた。


「名前なんてどうでも良いじゃん。仲良く呟き合う仲でも無いし。正直さぁ、私自身、君の事に興味持てないんだけど」


 ――絶望的なまでの認識の違いが、其処にはあった。

 否、彼女は凡そ全てに興味を抱いていない。
 分類があるとすれば、自分とその他全てで片付いてしまう程までに、その実力も精神的も、あらゆる意味で隔絶している。
 今の自分の事すら、敵とすら認定していない。いつでも刈り取れる程度の獲物、いや、道端に転がる石ころ程度の認識しか持っていない。


 それが悔しかった。彼女にとっては自分など有象無象に一つに過ぎず、眼中にすら無い。
 ――生まれて初めての経験だった。他人に認められたいと、心の底からそう願ったのは――。


「――オレの名前はコージ、コージ・カカルドだッ! テメェの興味なんざ一々知った事じゃねぇ! 無理矢理でも刻み込んでやる、オレの名をォッ!」

 地を蹴り上げて突っ走り、一直線に突っ込む。
 それは前回の戦いの焼き直しであり、コージは敢えてそれを選択した。以前との違いを彼女に強く思い知らせる為に。

「まるで一人前の男の台詞じゃないの。そういうのは私に指一本でも触れてから言うんだね!」




(――速っ、だが、躱せられない程では、無い!)

 初戦の時と同じように霞むような速度で繰り出された蹴りを、コージはギリギリの処で踏み止まって回避する事に成功する。

(良し、ぶん殴れる――!)

 大きな隙を晒し、驚く少女の顔に渾身の拳を叩き込む。
 だが、やはり簡単には行かず、その小さな右手で打ち出した右拳を掴み取られ、万力の如く固定されて押すも引くも儘ならない。

 ――まずいと思考した刹那、少女の左手からマシンガンの如く拳打がコージの腹部に叩き込まれる。

「がぁっ、つぁあ……!」

 その猛撃を受けながらも、コージは構わず左拳を振るう。
 苦し紛れの一撃を少女は後ろに跳び退いて回避し、再び距離が開く。

「随分とタフになったみたいね。驚いたわ」

 一ヶ月前なら内臓破裂すら危ぶまれる連撃だったが、コージは耐え切り、尚且つ戦闘意欲に陰りも無い。
 この一ヶ月間の不眠の修行で最も伸びたのは、身体能力や基礎能力、オーラの総量でも無く、耐久力に他ならない。

(――っ、相変わらずの馬鹿力だな!)

 かと言って、そう何発も受けられる攻撃ではない。
 少女はとんとんと靴の爪先を地面に当てる。まるで自らの調子を微調整するような仕草であり、真実、その通りだった。

「これならもうちょっと強くやっても壊れないよね?」

 目の前の少女の姿が一瞬にして消失するのと背後に気配を感じたのはほぼ同時、強烈な衝撃が頭部に走る。

「ぐがぁっ!? っ――!」

 蹴りを受けた。鈍痛を堪えて振り向けば、其処には眼と鼻の先まで隣接した少女がくすりと笑っており、複数の拳打が顔面に叩き込まれた。
 咄嗟に繰り出したカウンターの右フックは空振り、また少女との距離が開く。

(……っ、チーターのキメラアントに攻撃力があれば、こんな感じなんだろうなぁ……!)

 何とか踏み止まり、息切れする。まだ戦闘が始まってそんなに経っていないのに、もう無視出来ないぐらいの消耗となっていた。

「ほらほら、あの霊丸で一発逆転は狙わないの? 万が一にも当たれば倒せるかもよ?」

 足りない。圧倒的に足りない。絶望的なまでに速さが足りない。
 これでは必殺の一撃を当てる機会など永遠に訪れないだろう。

(どうすればこの差を埋められる? 知恵? 経験? 両方共勝っている自信ねぇよ!)

 自分に出来る事は基本全てと『隠』と『円』を除いた応用技、そして必殺の『念丸』ぐらいである。
 あとは放出系の修行の過程で身につけた『浮き手』ぐらいだ。
 直撃すれば数メートル以上素っ飛ばす威力の放出系攻撃だが、この攻撃は相手から間合いを強制的に引き離す的な用途なので、近寄れなければ意味が無い。

(いや、待てよ……? オーラの放出のみで身体を浮かせる? 数メートルはすっ飛ぶ程の威力だから――!)

 この土壇場での閃きを信じ、コージは地を這いずるまで姿勢を低く沈めた。
 何か仕掛けてくる。ゴスロリ服の少女は眼を細めて警戒を強める。
 その姿勢はさながら短距離走で用いられるクラウチングスタートであり、コージは両掌で地を叩きつけると同時に駆け抜けた。

 ――地を砕く二つの破砕音、そして信じられない程の瞬間加速をもって繰り出された愚直な体当たりに、回避が間に合わず、即座に防御に徹した少女の小さな身体が宙に舞った。

「……っ!?」
(成功した……!)

 掌から零距離で繰り出せる放出系攻撃を、コージは自らの加速に使ったのだ。これこそが放出系の奥義なのだと自然と悟る。
 今は掌からの放出しか出来ないが、これが足裏などでも出来るようになれば、この瞬間的な加速は『発』と呼べるほどの強大な武器になるだろう。
 そして、この一手が招き寄せた千載一遇の機会を逃す訳にはいかない。右手の人差指に全オーラを集中させて圧縮し更に圧縮させる。

 空中で身動き出来ない少女に、追撃の『念丸』は容赦無く放たれた――。

(決まった! 避けられるもんなら避けてみろっ!)

 前回と違って回避行動を取るに取れない、瞬き一つ出来るかどうかの刹那――常に纏っていた余裕をかなぐり捨てて少女は叫ぶ事を選んだ。

「――『磁力』使用ッ、コージ!」

 だが、それはこの必殺の一撃から生存する為の――勝利する為の選択だった。

 『本』さえ開いておらず、カードさえ手に持っていない。
 錯乱と思われた叫びは、されども『磁力』の効果が発揮し、一旦上空まで飛び上がって流星の如きオーラを回避し、よりによって彼の背後に少女を移動させた。

「な――!?」

 即座に『硬』の一撃を持って後頭部を殴り抜き、コージは地に伏した。
 何故、あの状況で呪文カードが発動したのか、その疑問だけを残して――。





[30011] No.009『名前』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/24 07:33



 No.009『名前』


(うー、久々に負けた気分……)

 限り無く敗北に近い勝利に、ゴスロリ服の少女は辛酸を嘗める形となる。
 全く使う気の無かった奥の手の一つを晒してしまった上で、どうでも良いと断じた敵の名前が勝ち手になる始末。これ以上無く無様な有様である。

(こんなヘマやらかしたの、あの時以来かなー?)

 マフィアからの仕事中に『生涯現役』という奇妙な四字熟語の札を服に貼り付けた暗殺家業の爺ちゃんと遭遇した時を思い出す。
 あの時ばかりは死を覚悟した。今、思い出しただけで背筋が震える。
 死に物狂いで逃げて、逃げ切れなかった悪夢、かの爺様の依頼主の死亡が一秒でも遅ければ、今の自分はグリードアイランドにいなかっただろう。

(あの時は発展途上だったからなぁ、限界まで鍛えた今ならどうなるかなぁ?)

 少女は見た目とは裏腹に、ほぼ生涯の全てを鍛錬に捧げた修練者であり、十二歳という幼い年齢にして自身の成長限界に達した狂人でもある。
 これ以上強くなるには『感謝の正拳突き一万回』みたいな、実現不可能の狂気の沙汰を十年以上掛けて実現させなければならないだろう。

(手加減抜きでぶん殴ったから、いつ目覚める事やら)

 仰向けに倒れている彼の後ろ袖を引っ張って引き摺り、木陰に腰を掛け、彼の頭を自身の膝元に置いて安静にさせる。
 俗に言う膝枕の状態だが、地面に寝転がしているよりはマシな姿勢だろうと結論付ける。
 此処までやってから、一体自分は何をしているのか、彼女はふと自分の行動を疑問視してから考え直す。

(カードだけ奪って送り返す? 『交信(コンタクト)』を使えば気絶中だろうが相手の本を強制的に出す事が出来るし、コイツの本で『磁力』を使えば仲間の下に送り返す事は可能だけど――)

 仲間だった二人の女の名前は余りにも印象が無かったので思い出せない。
 別の見も知らずの他人に送り返す訳にもいかないし――何よりも、自分は彼の要求を果たしていない。

「女を待たせるなんて、駄目駄目な男ねー」

 それは彼女にとっては極めて珍しい、悪意が欠片も無い微笑みだった。
 少女は今日の予定の、現在の最優先事項である指定カードの収集を取りやめる。
 いつになるかも解らない目覚めを、彼の寝顔を眺めながら、まだかまだかと楽しげに待ち侘びるのだった。




 ――別に、何かが欲しかった訳でもない。

 グリードアイランドに来た理由も、物語の主人公の道筋を辿ってみたかったから、という曖昧な理由だった。
 何か欲しい指定カードがあったからでは断じて無い。どれも凄い効果だとは思うが、それでも彼の琴線には触れなかった。

 それ以前の話だが、ハンター試験も同じ理由で受けたが、余りにも退屈過ぎた。
 原作とはまた異なる奇抜な受験内容は中々楽しめたが、他の受験者と比べて彼等三人は突出し過ぎていた為だ。
 この時、彼等は初めて自分達以外の同胞に遭遇したが、大半の者は念すら使えず、使える者も原作の天空闘技場にいるような雑魚レベルに過ぎなかった。
 その年のハンター試験の合格者は三名、それが誰だったのか言うまでもない。

 それ故か、彼等は自分達が同胞達の中で最も突出した実力者だと信じて疑いもしなかった。
 ――その天狗の如く伸びた鼻をへし折ったのが、あの三つ編みおさげの少女だった。

 彼女に完膚無きまで倒され、それから全身全霊で修行に励んだ一ヶ月、彼女の事を片時も忘れた事は無かった。
 彼女こそが『HUNTER×HUNTER』の世界に生まれて初めて出来た目標であり、それこそが彼が無意識の内に求めた痛快なまでの『刺激』だったからだ――。




「あ、やっと目覚めやがったわねコイツ」

 目を開くと、其処にはあの少女が眼と鼻の先と呼べるほどの間近で自分を見下ろしていた。
 一体これはどういう状況なのか、コージは素で混乱する。後頭部には柔らかく暖かい感触があり、地面の冷たく硬い感触とは余りにも異なる。

(え? まさかこれは膝枕? 何でこんな状況に!?)

 咄嗟に起き上がろうと思ったが、今動けば少女の顔に接触しかねないので自重する。
 意識を取り戻した事で痛覚も復活したのか、後頭部から鈍い痛みが走り、無理に動かす事を諦める。

「……あ。負けたのか、オレは」

 気絶するまでの一部始終を思い出し、コージは混乱から覚め、一気に落胆した。
 つまり、彼女は報酬を奪う為に自分の意識が戻るまで待っていたのだろう。現実は得てしてそういうものであるが、何処か虚しい。

「ブック――ほい、約束の品だ」
「それは受け取れないわ」
「は? 何言ってんだよ?」

 本を開き、指定ポケットから『美肌温泉』を抜き取って少女に差し出すが、少女は首を横に振って断る。
 困惑するコージの様子が可笑しいのか、少女は小悪魔のようににんまり笑い、耳元まで顔を近寄せる。
 少女の小さな吐息さえ肌で感じ取れるほどの距離に、コージは顔を真っ赤にして動揺する。
 ――彼女はコージの耳元で、小さく呟いた。

「――え?」
「二度は言わないよ」

 少女が浮かべた咲き誇るかの如く笑顔に、コージは思わず見惚れてしまった。
 突然の事でコージはまた混乱する。この事を全て飲み込むには、余りにも時間が足りなかった。


「なぁ、一緒にグリードアイランド攻略しないか? 一人じゃ流石にきついだろ」


 暫しの沈黙の後、コージは真顔でそんな提案をした。
 答えなんて最初から解り切っている。それでも言葉にしておきたかった。

「別に問題無いわ。今、このグリードアイランドで私以上のプレイヤーはいないし、クリア後に選ぶ指定カード三枚はもう決まっているしね」

 コージは「そっか」と残念そうに諦める。
 自分の分の1枚程度なら譲って良かったが、他の2枚となるとアリスとユエの分が無くなるから、やはり彼女とは相容れない。

「ま、最初にクリアするのは俺達だがな!」
「さぁて、それはどうかねぇ」

 今は競い合う『好敵手(ライバル)』でいい。
 対等の立場とはとても言えないが、いつかその横に並び立てる程の実力を身につけ、自分の事をもっと認めさせたい。

 ――もっと強くなる。コージは誰にでもない、自分自身にそう誓った。


「……あ。『磁力』について聞くの忘れていた」


 それに気づいたのは彼女が立ち去ってから暫く後の話であり、また次に遭遇した機会に聞けば良いか、と思考の片隅に放り投げてしまう。
 この事が後程どれほど重大な事態を招くか、今の彼には知る由も無く――。




「よぉ、ただい――へぶしっ!?」

 『同行(アカンパニー)』を使用してユエとアリスの下に帰還した彼に待っていたのは、一瞬にして彼を押し倒すほどの痛烈なタックルだった。

「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ッ! 一人で勝手にあんな奴の処に行って! どれだけ心配したと思ってんのッ!」
「無謀過ぎ……!」

 ユエは涙目で胸元を叩き付け、後ろに立つアリスは珍しく感情を荒らげて非難する。
 此処まで心配してくれる仲間が二人もいてくれるなんて、自分は果報者だなと思い、同時にコージは二人に対して申し訳無くなる。

「二人とも、済まなかった。その、ごめん」

 誠心誠意に謝り続け、感情のまま怒りをぶつけるユエを宥める。
 少し冷静に戻ったのか、ユエは赤く頬を染めてコージの下から離れる。

「……怪我は?」
「ああ、でけぇタンコブが一つ出来たが、アイツが――あ、いや、何でもない」

 アリスの疑問にそのまま答えそうになり、コージは慌てて訂正する。
 間違っても彼女が膝枕していたお陰でなんて、恥ずかしすぎて口が裂けても言えないが、既に手遅れだったりする。

「アイツが? コージ、アンタもしかして何かされた!?」
「――まさか。操作系の念で操作されているかも……!」

 盛大に勘違いされ、いや、本当の事を言えばより一層酷い事態に成り兼ねないから大いに結構だが、ユエは力任せに揺さぶり、アリスは素で深刻な表情となっている。

「えぇーい、二人とも落ち着けっ!」

 このまま放置すれば除念能力者を探しに行き出すような勢いだったので、コージは一喝して沈める。

「まぁ、また負けちまったがよ、キルアほどでは無いが、凄い技のヒント掴んだぜ。次は絶対勝つ! ――待ってろよ、  」
「え? 今、何て?」
「何でもねぇよ! ユエ、それにアリス、さっさと行くぞ!」

 コージは張り切って「さぁ指定カードどんどん集めるぞー!」と奮発する。
 ぐずぐずしていれば、すぐにあの少女は全種類の指定カードを集め切ってしまうだろう。
 しかし、向こうは一人、此方は三人、負ける道理など何処にも無いとコージは心の中で断言したのだった。







[30011] No.010『静寂』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/24 07:34




 No.010『静寂』


 あいーーーーん、と気怠いほどまでに桃色の空気が漂う恋愛都市アイアイにて、その空気を覆すほど重苦しい雰囲気を纏うプレイヤーが居た。

「恋愛都市アイアイ、この都市の攻略に最も手っ取り早い方法がまさか――『移り気リモコン』なんて……!」

 序盤からランキング一位を保ち続けるトップランカー、バサラはこの世の終わりの如く、深い絶望をまき散らしながら膝を地に付いて項垂れた。

「何て身も蓋も無い……! クソッ、この都市作った製作者出て来いよっ! ぶっ飛ばしてやる!」

 全身包帯の男も建物の壁にほぼ全力で殴りつけて陥没されるほど冷静さを欠いており、何故二人が此処まで取り乱すのか、最後の一人である彼には全くもって理解出来なかった。

「……いえいえ、レイザー級の念能力者がいきなり出て来られても困りますよ? それに楽が出来るならそれに越した事は無いと思いますけど?」

 手の平サイズの『移り気リモコン』を眺めながら、黒髪紫眼の青年は物凄い疲労感を漂わせていた。
 No.028『移り気リモコン』はランクBの指定カード、その効果は他人が他人に抱いている十種の感情を十段階の強弱で操作出来るものである。
 その十種の中には恋愛感情も含まれているので、この都市をクリアするに当たってこれ以上最適のカードは他に無いだろう。

「ルルっ! オメェは性癖が超変態だけど外見だけは美形で、能力もこれ以上無く変態だからそんな事を言えるがな、オレはな、オレはあぁ――!」
「解るっ、解るぞお前の気持ち……! ルルはとりあえず謝りやがれ!」

 嗚咽すら零す全身包帯の男にバサラは「うんうん」と頷きながら同意し、自分に見苦しいまでの敵意と嫉妬を向ける。
 まるで意味が解らぬ状況に、彼は更に混乱する。

「……えぇー? あの、お二人さん? 目的と手段の優先順位が逆転していません? 過程や方法など、どうでも良いと思いますけど?」

 例えるのならば、頭を抱える彼は完璧なセーブデータを外部から持ってきてCGを全部見て満足するタイプ、バサラと全身包帯の男は過程を楽しむタイプである。

「五月蝿いっ! その『移り気リモコン』をこっちに寄越せっ! これは使用禁止だ! 未来永劫、過去永劫に!」
「あ、ちょ――何の為にアイテム化したと思っているんですか!? ああぁ!?」

 奪い取った『移り気リモコン』をバサラは即座に踏み潰して破壊してしまう。
 交換店で買えるBランクとは言え、買うとなると1000万前後の代物が一瞬にして塵鉄に変わった瞬間である。

「今この時ばかりはお前は敵だ、ルルッ! 絶対にお前より速くこの都市の指定カードをゲットしてやる!」
「城のお姫様のハートを掴むのはオレ達だぁ!」

 何だかとんでもなく下らない感情で結託しているなぁと客観視した後、彼は最後に爆弾を落とした。それも『貧者の薔薇』級の。


「まぁ、それはどうでも良いですけど、何方が先になるんですかねぇ?」


 ――結局、この都市のSランクの指定カード、お姫様が飼っていた『カメレオンキャット』を最初に入手したのはルルと呼ばれた青年であり、彼等の友情が本気で壊れかけたとか何とやら――。




「おのれおのれおのれぇ、既にカード化限界だと!? 一体何処の何奴だ! 『名簿』使用、No.099! ぐ、三組だとぉ!?」
「ミカ、呪文カードを無駄遣いするな!」

 苦労して手に入れた『メイドパンダ』がカード化せず、マイ・ミカ・ガルル組は何度目か解らぬ落胆をまた味わったのだった。

「最近多くなって来たね、入手出来てもカード化限度枚数に引っ掛かる事」

 がっくりしながらマイはカード化しないパンダを撫でる。ちなみに『メイドパンダ』のカード化限度数は6枚、実に独占しやすく、嵩張らない数である。

「カードの独占を狙うのは他の組も同じ事だろうよ。そろそろ他の組との対決がメインになるだろうな」
「ふん、出揃っているなら問題無い。全部力尽くで奪ってしまえばいいんだ」

 良くない傾向にガルルは懸念を示し、対するミカは自信満々にそんな事を言う。
 またしても二人の対立の要因が出来てしまったと、マイは『メイドパンダ』のフカフカな体毛に抱き着きながら溜息を吐く。

「良くまぁそんなに強気になれるものだ。我々はたった一人のプレイヤーに破れた事をもう忘れたのか?」
「ふん、ランキングの上位から常に外れているあのおさげの少女などもはや眼中に無し! それにもう一度出遭ったらこの僕が返り討ちにするまでよ!」

 確かにあの少女、明らかに偽名だが『ジョン・ドゥ』は一回もランキングの上位に上がった事は無い。
 その点について、マイとガルルは強い不審感と疑問を抱いていた。

「其処なんだが、あのプレイヤーがその程度しかカードが揃えられないとは考え辛いのだが?」
「それなりの実力者でも一人でプレイするのは効率が悪いという事さ」

 ガルルの疑問提起をミカは即座に一蹴する。
 確かにグリードアイランドをソロでプレイするのはフリーポケットの上限が立ち塞がるので難易度が跳ね上がる。
 自分で指定カードを収集せず、奪う事が専門ならこの遅さも納得が行くだろう。内心で何処か引っ掛かりながらこの話題を切り上げる。

「注意するべきはランキング初頭から今までトップを保つバサラ組だ。現在は79種類、ガードが堅くて情報が得られないが、かなりの実力者だろう」
「そうよね。あれだけ一位で目立っているのに、所有枚数は増えていく一方だし――」

 ランキングで一位というだけで相当目立ち、他のプレイヤーからの妨害も多々あるだろうが、それを諸共せず一位に君臨し続けている。
 最初から今の今まで独走状態のプレイヤーだ、間違い無く強敵と見て良いだろう。

「二位は俺達の74種類だが、三位のコージ・ユエ・アリス組が驚異的な速度で追い上げて来ている。今日の時点で71種類だ」
「え? 嘘、昨日までは66種類だったのに……」

 AランクとBランクの指定カードの収集で頭打ちになると思いきや、勢いが止まらない。
 原作に比べて自力でSランクを入手出来る組が多すぎる。負けるつもりは無いが、不安が過る。
 ランキングの圏外だが、実力が上回るプレイヤーは少なくとも一組はいる。いや、他にいないとも限らない。

「出る杭など叩き潰せば良いだけの事だろう。何だ、ガルル。臆病風にでもまた吹かれたのかい?」
「直接戦闘は最終手段だ。自信過剰で慢心している輩よりは幾分もマシだろうよ」

 確実な勝算が見えない中、ミカとガルルはまたもや口喧嘩し始める。
 モフモフな『メイドパンダ』だけが、少しやぐされるマイの癒し要素であった。




「――残りはNo.001『一坪の海岸線』、No.002『一坪の密林』、No.017『大天使の息吹』、No.065『魔女の若返り薬』、No.073『闇のヒスイ』、No.081『ブループラネット』のみ。見事にSSランクで固まりましたね」
「例外はSランクの『魔女の若返り薬』とAランクの『闇のヒスイ』か。『闇のヒスイ』は爆弾魔達が独占していたから入手は案外楽だと思っていたが、逆に爆弾魔程の実力者でなければ入手困難だったか」

 グリードアイランドが開始されて三ヶ月、予想以上のハイペースで末期に突入したとハメ組の二人は喜ぶ。
 プレイヤーの質次第では数年は待つ事になるだろうと覚悟していただけに拍子抜けするほどの収集速度だった。

「Aランクならリスキーダイスと『宝籤(ロトリー)』のコンボで何とかなります。『魔女の若返り薬』は時間の問題でしょうね」
「だが、SSランクは簡単にはいかないぞ? 俺達にとって『大天使の息吹』は簡単に入手出来るが、他の奴にとっても一坪シリーズは最難関と見て良いだろうよ」

 ある程度予想していた事だが、ゲームマスターであるレイザーとの直接対決で勝たなければならない『一坪の海岸線』とそれと同等の入手難易度と思われる『一坪の密林』が最大の不安要素であった。

「これ以上他の組にカードを揃えられても厄介です。指定カードの所有枚数が平均70種類の今が絶好の機会ですね。一つ、策を講じますか」

 これ以上、だらだらと時間を掛けても他の組の指定カードと呪文カードを充実させても損しか無い。
 ハメ組のリーダーは酷く歪んだ顔で邪悪に微笑む。所詮、他のプレイヤーなど自分達の掌で踊る道化に過ぎぬと完全に見下して――。




「くく、あはは、あーっははははははははっ!」

 その日、あらゆる意味で例外たる三つ編みおさげの少女は高々に哄笑する。

「やっと手に入れた。あはっ、どれだけこれを追い求めた事か……!」

 一枚のカードを眺め、少女は長年待ち望んだ玩具を手に入れた子供のように、想い人との逢瀬で愛を呟いた童女のように、その顔を光り輝かせていた。
 そのカードは『魔女の若返り薬』であり、今し方少女が独占したものである。

「さぁて、少しばかり名残惜しいけど、そろそろ終わらすかね――」






[30011] No.011『共同戦線』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/14 21:41



 No.011『共同戦線』


「ほいっと。こっちこっちー!」
「っ!」

 流れるように放たれた拳打が虚しく空を切る。
 恒例となった朝の組み手、コージは戯れるように舞い、アリスは必死に喰らいつかんと躍起になっていた。

「この……っ!」

 それもその筈、間合いに入り、アリスが幾度目かになる蹴撃を繰り出すも、コージが会得した『オーラの放出による瞬間加速』によって一瞬にして間合いの圏外まで離脱されてしまう。

(――っ、捉え切れない……! オーラを放出して一瞬だけ加速させる、言葉にするのは簡単だけど、この単純な動作一つで此処までやり辛くなるなんて……!)

 最初の内は掌からでしか放出出来ず、態々手を接地しなければその急加速を生めなかったが、今では足裏からの放出も可能となり、現状の自分では掠る事さえ困難になってしまった。

(――『発』一つで此処まで変わるなんて……!)

 未だに個人特有の念能力を開発していない自分では触れる事すら出来ないのか。
 焦りが一瞬に満たない隙を生み――コージはその隙を逃さず、正面から最短距離で間合いを一瞬で詰め、鋭い掌底をアリスの腹部に叩き込む。

「うぐっ!? ――ぁ!」

 オーラの攻防力移動こそ間に合っているものの、その掌底は『浮き手』の応用、彼女ほどの軽い体など数メートルは吹っ飛ばす威力の放出系攻撃である。

(まず、しくじった――!)

 アリス自身にダメージはほぼ無いものの、受けてはいけない類の攻撃だと瞬時に悟る。
 踏ん張れずに地から足を離してしまった、一秒にも満たない不自由な滞空時間――其処に追撃する必殺の手段を、コージは持ち合わせているのだから。

「っ!」

 コージは念丸を撃ち出す構えに入り「BAN!」と小声で呟いて笑う。接地した後、アリスはしょんぼりする。
 組み手ゆえに実際には撃たなかったが、完全な敗北である。

「うんうん、普通はこれ即死コンボだよなぁ。何で回避されたんだろ?」

 コージは腕を組んで顔を顰め、何か考えながら首を傾げた。

「二人ともー、朝御飯出来たから食べるわよー!」
「おう、待ってました!」

 いつもの桜色の着物にエプロンを装備したユエは大声で組み手を終えた二人に伝える。
 晴れ晴れとした気分で朝食を目指すコージとは裏腹に、アリスは朝からどんよりと気分が暗く沈んだ。

「あー、コージ、大人気無いー。またアリスをイジめたのー?」
「んなっ、何でそうなるんだよ!?」

 気落ちしたアリスの様子を見て、ユエはジト目で茶化し、コージは面白い具合に慌てふためく。

「私もあんな小細工一つで此処まで変わるとは思ってもいなかったしねー」

 朝食のサンドイッチを食べながら、ユエは最近のコージの躍進を思い浮かべる。

(……あの女と戦って負けてから、コージは見違えるぐらい強くなった)

 切っ掛けはまさにそれであり、それから修行に打ち込む気概が一変した。
 鬼気迫るという表現がぴったりであり、傍らから見て解るほどあの三つ編みおさげの少女に執着した。

 ――それが特別な感情だと、誰が否定出来るだろうか?

 彼の内面に一際大きい変化を齎したのがあの少女であり、自分ではない。
 その事実が堪らなく悔しく、暗く醜い嫉妬が心の中で荒れ狂う。

(コージにとって、私は一体何なんだろう? 私にとって、コージは……)

 単なる幼馴染だろうか? それとも同じ前世を持つ同郷の仲間?
 ――それ以前に自分は、彼の何になりたいのだろうか?

「……ユエ? 顔赤いぞ、もしかして風邪か?」
「っ!?」

 まさに不意打ちだった。此方の心を知らずに、コージはユエのおでこに手を当てて熱を測る。

「うーん、熱は無いな。念の為に『コインドック』で診断するか? 確か一個余分に取ってきただろ。それアイテム化して――」
「ひ、ひ、必要無いわっ! ほほほら、こんなにも元気だよ!」

 朝からややこしい事になったとアリスが人知れずに溜息を吐く中、ピンポーンという音と共にコージの本が勝手に出てきた。

『他プレイヤーが貴方に対して『交信(コンタクト)』を使用しました』

 一気に緊張感が高まる。他のプレイヤーとの『交信』はこれが初めての経験であった。

『よぉ、初めまして。オレの名はロブスだ。ランキングで四位のプレイヤーと言えば解るか?』
「何か用か? 交換なら82『天罰の杖』と91『プラキング』があるぜ?」
『ありがたい話だが、それは後だ』

 意図を探りながらコージは適当な指定カードを並べるが、交換が目的では無いらしい。三人は目を合した後、コージの本に集中させる。

『指定カードNo.002『一坪の海岸線』を入手する為に共同戦線を張らないか? コイツはSSランクのカードで自力で発見するのは絶対困難だぜ? 内容を聞いて貰えれば納得出来る筈だが、生憎と『交信』で説明出来る程の時間は無い』

 三人の顔が驚愕に染まるが、声には出さない。この段階でこの話が他のプレイヤーから来るとは予想外も良い処だった。

『協力する気があるなら魔法都市マサドラから北東2kmの岩場に集まってくれ』

 ロブスというプレイヤーからの『交信』は此処で打ち切られ、三人は緊張が解けて一旦脱力した。

「ロブス、ねぇ。聞き覚えあるか?」
「……確か所有枚数が50種類程度の組だった筈」
「そんな奴が『一坪の海岸線』の入手法に辿り着く? おかしな話ね、きな臭いわ」

 コージが問い、アリスが難しそうな顔をして答え、ユエが胡散臭そうに疑う。
 十五人以上のプレイヤーを集めて『同行』でソウフラビに行く。それがSSランクのカード『一坪の海岸線』の入手イベントの開始フラグである。
 原作でも十二年間誰も見つけられなかったぐらい厄介な条件なのだ。それを一介のプレイヤーが偶然でも発見出来たとは考えにくい。

「そいつが同胞の可能性は?」
「それらしき連中は他に沢山いたけど、微妙な処。私は反対、罠の予感がする」

 同胞にしては取得枚数が少なすぎるし、同胞でなければこの情報まで辿り着けない。
 そもそもこの会談事態が誘い込む罠かもしれないと考えてアリスは反対する。

「でも、他のプレイヤーと協力しないと『一坪の海岸線』は入手出来ないからねー。多少の危険を冒してでも誘いに乗った方が良いと思う」

 ユエは逆に良い機会だと話す。実際にロブスというプレイヤーが『一坪の海岸線』の入手法を知っていなくてもプレイヤーが集まる数少ない機会だ。これを利用しない手は無い。

「とりあえず、そのロブスって奴が同胞なのか、そうでないかだけ確かめるか」
「確かめるってどうやってよ?」

 それが出遭って話す前に解れば苦労しないと言いたげにユエは聞くが、コージは自信満々に本からある呪文カードを取り出す。

「ふふふ、これでだ。『交信』使用、ジョン・ドゥ!」
「はぁ!?」

 ユエが大声を上げて驚き、アリスが無言で動揺する中、コージは何故か嬉しげな表情で笑う。
 程無くしてあの少女の本と『交信』が繋がってしまった。

「よぉ、久しぶり。オレだ、コージだ」
『何の用ー? 私も暇じゃないんだけどー?』

 何で指定カードを奪って行った憎き相手に対して、此処まで仲良さそうに喋れるのか、ユエはこの上無く不機嫌になる。

「聞きたい事あるんだが、襲ったプレイヤーの事は覚えているか?」
『生かしたプレイヤーの事なら一応覚えているわよ?』
「なら話は早い。ロブスってプレイヤーだが、遭遇しているか? 今ランキング四位の奴なんだが。ソイツが同胞かどうか知りたい」

 明らかに聞く相手を間違っているとアリスは混乱するが、非情にも、この巫山戯たプレイヤーキラーの行動範囲は広かった。

『ロブス? ああ、三回ぐらい奪った覚えがあるわ。あれは同胞では無いわね。――さて、この情報の見返りは何かしら? 余り失望させないでよ?』
「ソイツが『一坪の海岸線』を入手する為に共同戦線を張りたいって今『交信』があった。お前も参加するか?」

 咄嗟に飛び出したコージの爆弾発言に、黙っていた二人も黙っていられなくなる。

「ちょっとコージ何考えているの!? ソイツを参加させたら問答無用で一組分奪われるじゃないっ! てか、それ以前にロブスが同胞じゃないなら罠の可能性濃厚じゃないっ!」
「……向こうの人に対して面識有りで印象最悪。正気の沙汰じゃない」

 ユエとアリスは口々に文句を言うが、コージは軽く受け流して返答を待つ。
 彼としてはどの道、彼女が唯一自力で手に入れられない『一坪の海岸線』を奪いに来る事は決定事項なので、他の組の奪わせて自分達の分を守るという強かな算段を立てている。
 ほぼ100%OKと答えると思われたが、彼女から帰ってきた言葉はその反対であった。

『魅力的な提案だけど、今回は遠慮しておくわー』
「おいおい、手に入れてもこればかりは絶対渡さないぜ?」
『ふふ、そうね。貴方達が手に入れても『一坪の海岸線』だけは奪わないって約束してあげる』

 帰ってきた予想外の答えに、コージの思考は一気に疑念に染まる。
 この余裕は一体何なんだろうか? どうも引っ掛かる。まるで奪わずとも自力で入手出来るとも言いたげな態度だ。

「……お前、何か絶対企んでいるだろ?」
『さぁねぇ。それじゃ健闘を祈るよー。……それにしても大胆不敵というか、命知らずだよね。君』
「? 何でだよ?」

 関心するように『交信』越しの少女はさも可笑しいといった具合に笑う。

『今のレイザーに挑むなんてとてもとても。じゃーねー』

 まるで意味が解らず、コージは頭を傾げる。
 まず前提として『一坪の海岸線』を手に入れるにはレイザーとの対決が不可避だが――まぁいいか、とコージは疑問を横に捨て置く。

「とりあえず行くだけ行ってみるか。警戒を怠らずにな」




「――という訳だ。上位の三組で組んで『一坪の海岸線』の入手を目指したい。何か質問は?」

 主催者のロブスは自信満々といった感じに説明し終わる。
 ランキング第四位のロブス組は三十代前半にして髪が既に危うい彼と、彼に不似合いなぐらい美人な妙齢の女リリアの二人組であり、実力的には三回も三つ編みおさげの少女に鴨にされている分、期待しない方が良いだろう。

(――偶然、ソウフラビに十五人以上で『同行』を使用した、ねぇ)

 茶色の髪が著しく後退してハゲ寸前になっているロブスの説明の要点を纏めるとそんな感じだが、複雑な事を考えるのが苦手なコージでも、彼等が『一坪の海岸線』に至った事実が最大の不安要素である事が察せる。

 ――恐らくは第三者、『一坪の海岸線』の入手法を知る同胞からの入れ知恵があると見て間違いないだろう。

「トップのバサラ組を誘わず、俺達を誘った理由は?」
「ただでさえ開幕からトップを独走する組だ。お前達もこれ以上奴等に先行されたくないだろ?」
「奴等? バサラ組は複数で組んでいたのか?」

 ロブスの言葉に、コージは即座に質問を返す。
 ランキング一位を常に守り続けたバサラ組の情報は極めて入手困難であり、コージ達でもバサラ組の構成メンバーの情報は掴めていなかった。

「バサラ組は奴とヨーゼフ、ルルスティの三人組で間違い無い。ちなみに奴等の所有枚数は84種類だ」

 思わず「げっ」と呟きそうになる。一位のバサラ組の予想以上の攻略速度に、コージ達は危機感を募らせる。
 それ故に今回はランキング二位~四位の組が呼ばれたのだろう。

(そしてランキング二位のマイ・ミカ・ガルル組――コイツらは十中八九同胞だったな。『一坪の海岸線』の為に集めた主犯はコイツらか?)

 ランキングで調べた時はSランクのカードの他に『奇運アレキサンドライト』を入手している数少ない組であり、かなり前から目星は付けていたが――実際に対面して彼等のオーラの力強さに少しだけ関心する。
 正面から戦えば少しは苦戦しそうだ――コージが品定めしていると、タンクトップのシャツを着る少年、ガルルが手を上げて発言権を求める。

「此処には八人しかいないが、他はどうするんだ?」
「残り七人は数合わせだな。現実に帰りたくても帰れないプレイヤーでも誘えばカード分配の心配はせずに済む」
「その代わり、このメンバーで全勝しなければならない、か」

 自分達の組とマイ・ミカ・ガルル組のメンバーの実力は特に問題無い。
 主催者の組の実力が死活問題だろうな、とコージは声に出さずに心の中に仕舞い込む。色気振り撒く黒髪紫眼の女は自分が観ている事に気づいたのか、艶やかな笑みを返す。

「まぁ実力不足ならメンバーを変えれば良いだけの事だ。精々気張る事だね、君達」
「あ? んだと……!」

 大胆不敵なまでに不貞不貞しい発言したのはマイ組のミカであり、コージは即座に突っ掛かる。

「ストップ、コージ……!」
「ムカつくけど駄目」

 即座にユエとアリスが抑える。気持ちは一緒だろうが、此処で争っては不利益しか生まない。
 一発殴って黙らせようとしたが、コージは自重する。

「ミカ!? 止めなよ……!」
「すまん、コイツの事は気にしないでくれ」

 彼等の組もマイが止め、ガルルは「余計な口出しするな!」と青筋を立ててミカを睨みながら謝る。
 クラピカみたいな民族衣装着ている阿呆は自信過剰で身の程知らず、とコージ組からはほぼ最悪の印象を抱かれたが、本人は一切気にせずにフンと鼻を鳴らす。
 一気に険悪な空気が漂う中、今更コイツらで大丈夫かなという不安な顔を浮かべるロブスは今一度問う。

「とりあえず、協力するか、否か。最初に答えて欲しい」
「いいぜ、アンタの案に乗ろう」
「私達も乗ります。宜しくお願いしますね」

 コージが不満を押し殺して答え、マイが代表して答える。
 様々な不安要素を抱え、複数の思惑が入り乱れる中、三組による共同戦線が組まれた瞬間であった。







[30011] No.012『十四人の悪魔(前)』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/16 19:33



 No.012『十四人の悪魔(前)』


「一つ提案があるんですが、良いですか?」

 グリードアイランドから帰りたくても帰れない者を七人釣って集め終わった後、彼等の内の一人が発言を求めた。

「先に私達数合わせのメンバーを選出し、先にリタイヤさせて欲しいのです。途中で気が変わって選出されても困りますし、揉め事を少しでも減らしたいと思うのですが? その条件なら、貴方達が目的のカードを入手するか諦めるまで付き合いましょう」

 プレイヤー名はアルト、白髪の長い髪が特徴的な、蟻一匹殺せないような優男だった。

「おいおい、それだと折角調べた最初の七種目が変わっちまうだろ?」

 当然の事ながらロブスは真っ先に難色を示すが、他の六人はそうではなかった。

(いや、ナイスだ。コイツの提案、むしろ俺達に好都合だ。先に七人リタイヤさせれば、レイザーは人数の都合上、最初からドッチボールを選択せざるを得ない……!)

 コージを始めとする転生者一同はほぼ同じ結論に辿り着く。
 それならば、勝つ可能性がある八人の中から選出する必要無く、八人全員でドッチボールに行ける。
 残り八人になった時点でレイザーがドッチボールを提案しないなら尚の事御の字、そのまま八勝出来る可能性すら出てくる。

「俺達は構わないぜ。どの道、相手が不利になれば違う競技に変わるだろうしな」
「何方にしろ同じ結果だ。僕も構わないよ」

 コージとミカは数合わせの優男の提案に賛成する。
 賛成ニ対反対一となれば、ロブスは渋々折れざるを得なくなる。

「やれやれ、信頼して良いんだな?」




『――それにしても大胆不敵というか、命知らずだよね、君。今のレイザーに挑むなんてとてもとても』

 その台詞の真意を、コージは今この瞬間知る事となる。

「何だ、ソイツらは?」
「っ! へ、へい、頭。俺達を追い出したいそうです……!」
「くくっ、そうか。もう来やがったのか」

 不似合いな帽子を被った海賊役の部下は、明らかに恐怖と畏怖を抱いて慎重に接している。
 その海賊の船長に対面した一同も、同じ反応を取らざるを得なかった。

(あ、あれ? レイ、ザー?)

 金色に染めた髪を逆立て、悪寒が全身に駆け抜けるほど強烈な殺気を振り撒く、凶悪な殺人鬼が其処に立っていた。

(やばい、このレイザーは『アイツ』以上にやばい……!)

 常に笑顔を絶やさなかった原作との余りにもかけ離れた齟齬に、コージ達は思わず固まる。
 レイザーらしき男は自分達を品定めするように見渡し、顔を歪めて笑う。哀れな獲物にその末路を自ずと思い知らせるが如く。

(ああっ! ちょっとちょっと、ジンさんが捕まえて死刑囚になって雇ったばかりだから……!)
(原作ほど人格者でも無いし、手加減なんて最初から期待出来ない……!)

 額から玉粒のような冷や汗を流しながらユエとアリスは小声で話す。
 さながら蛇に睨まれた蛙であり、生きた心地が全くしなかった。

(……こりゃまずいな)
(ど、どういう事よ? ガルル)

 一瞬にして彼との実力差を実感して慄くコージ組に対し、マイ組もまた同じ結論に至った。

(十二年前だから原作よりかなり弱いと思ったんだが――とんだ見当違いだったな)
(はっ、ただ外見が過激なだけじゃないか! ガルル、もうビビったのかい?)
(その震える手を止めてから言え)

 原作でのゴン戦でも手加減していたとは思えないが、今のレイザーは間違い無く、最初から殺す気で掛かってくるだろう。

「早速本題に入るが、勝負だ。互いに十五人ずつ代表を出して戦う。一人一勝、先に八勝した方の勝ちだ。勝負のやり方は俺達で決める」

 レイザーは笑っているが、眼が欠片も笑っていない。

「……おっと、それでお前達が勝てばこの島を出て行こう。どうだ?」

 誰一人無駄口を叩く事無く、彼の言葉を遮る事無く、説明は淡々と進んでいく。

(うわっ、明らかに設定上の台詞を杜撰に言い捨てたよこの人!)

 などとユエは思ったが、当然ながら怖いので言葉に出して突っ込むなど出来ない。

「えーと、質問ですけど、私達が負けたらどうなります?」

 それでもユエは恐る恐る質問する。一応何らペナルティ無く帰れる事は知っているが、違っていたら怖すぎるので聞いておく。

「くくっ、死んでいなければ無事に帰れるだろうよ」

 嫌になるほど凄惨で凶悪な微笑みだった。一同は揃って身震いする。

(やべぇ、生かして帰す気更々ねぇぞコイツ。アイツの言っていた意味ってこれの事かよ!)

 もっと解かり易く言ってくれとコージは文句を言いたいが、本人が此処にいないので言いようがない。
 殺伐した空気に飲まれ、誰もが萎縮する中、一歩、自らの意思で踏み出した者がいた。

「すみません。先に良いですか?」
「何だ?」
「数合わせの足手纏い七人、先に選出してリタイヤしたいのですが?」

 のほほんとした雰囲気を崩さず、殺気立つレイザーにアルトは微笑み掛ける。

(コイツ、グリードアイランドから現実に帰還したい奴の癖に度胸あんなぁ~!)

 この極限までの空気の読めなさにコージを含む一同が関心する中、レイザーは一際大きく笑った。

「――そうか、そんなに死にてぇのか」

 レイザーから強烈なまでのオーラが放たれる。
 アルトを除く数合わせのプレイヤー六人は腰砕けて地に座り込んでしまい、これから挑まなければならない八人のプレイヤーは一斉に退き、最大級の警戒をもってレイザーを睨み返した。

「オレのテーマは八人ずつで戦うドッジボールだ!」

 レイザーの背後から1~7番の人型の念獣が具現化される。
 放出系能力者でありながら、苦手な分野である筈の具現化された人の念獣を此処まで精密に操れるのは脅威以外何物でも無い。

「ルールを説明しよう! ゲームは1アウト7イン(外野一名内野七名)でスタートする! 内野が0になったチームの負け! コート内の選手は敵の投げたボールに当たればアウト、外野に出る! ただし、スタート時に外野にいた選手を含め、たった一人、一度だけ内野に復活する事が出来る! ――ボールに当たって、生きていればの話だがな」

 有り難くない注釈が最後に取って付けられ、殆どの者が無理だと自己判断する。

「武具の使用とかはどうなってますか?」
「念で作り出した道具のみ可能だ」

 そのどうでもいいルールはドッチボールでも有効だったのか、とユエは少し落ち込む。

(うぅ、私の大鎌は使えないって事ね……)
(私の『炎の円環』はOKって事ね。人数の関係上『迦具土』の方は使えないけど)

 ユエは渋々、背中に背負う大鎌を地面に置き、ドッチボールのコートに足を進める。
 正直この死刑場じみた体育館から逃げ出したい気分だが、流石にレイザーが丸くなる十二年後まで待つ訳にはいかないし、どうせ挑戦するならこの一度で終わらせたい。

「さて、誰が外野に行く?」
「私で良いかな?」

 青い顔をしながらも、ロブスは取り纏め役を行う。
 真っ先に手を上げたのはマイであり、他に手を挙げる者はいなかった。
 外野に居ても内野に居ても、レイザーの球による危険性は大して変わらないからだ。

「ああ、構わないぜ」

 レイザー側からは『No.1』が外野に行く。

「それでは試合を開始します。審判を務めますNo.0です。よろしく」

 一際真っ黒の念獣がボールを持って取り仕切る。
 話し合いの末、スローインにはガルルが、レイザー側は背丈が一番ひょろ長い『No.6』が進んで行く。

「スローインと同時に試合開始です。レディ――ゴー!」




(さて、始まりましたね。果たして現在のトップランカーであのレイザーに勝てますかね?)

 このイベントを誘導した真の黒幕であるハメ組のリーダーであるアルトは興味津々と高みの見物と洒落込んでいた。
 彼がやった事は一つ、非転生者と確定している四位の組に間接的に『一坪の海岸線』の情報を流した、その一点に尽きる。
 入手方法さえ解れば後は勝手に攻略してくれる。思惑通りに事が進み、自分は数合わせの一員に紛れて情報収集に当たっていた。
 彼にしてみれば、どう転がろうが自分に得にしかならない、刺激的な対岸の火事だった。

(あのレイザーを相手にして能力を隠すなど不可能でしょう。まぁ能力が不足している者が生き残れるとは到底思えませんがね)

 試合開始の号令が掛かり、審判の『No.0』がボールを高々と上げ、飛び上がったガルルがボールを味方に弾き飛ばし、『No.6』は飛び上がりもせずに味方の陣に退いた。

「先手はくれてやるよ。それが最後のチャンスだろうがな……!」

 外見はかなり違って殺す気満々だが、最初は原作と同じ流れとなった。

「ふんっ、その余裕、粉々に粉砕してやるよ!」

 ボールを取ったのはクルタ族の民族衣装を着込むミカであり、全力の一投を現段階で一番がたいの良い『No.7』に向かって投げ、反応出来ずに顔面に激突――ボールは外野のマイがキャッチする。

「ふっ、まずは一匹!」

 ミカは意気がって調子に乗るが、本当に反応出来ずに取れなかったのか、外野に出す為にわざと動かさなかったのか、恐らくは後者であろうとアルトは判断する。

(迂闊ですよ、ミカ君。レイザーの念獣は数字が大きいほど性能が良い。そんなのを真っ先に外野に送るなんて怖い者知らずですね)

 それをガルルは指摘するが、調子に乗るミカは聞く耳持たずに次は『No.6』を当てて外野に送ってしまう。

(所詮は烏合の衆という処ですかね。レイザーからボールを奪い返す機会を自ら少なくしてしまうとは)

 恐らく彼等ではレイザーのボールを正面から取る事は不可能だろう。
 ならば、次善策としてレイザーから放たれるボールを諦め、念獣からのボールをカットすればいい。
 一度外野を経由すれば威力が激減する事は原作のヒソカがその身で証明している。

「何だ、大した事無いじゃないか! 虚仮威しとはまさに君達の事だね」
「ミカっ、調子に乗るな! あれがこの程度で済む筈が無いだろう!?」
「全く、いつも口だけで五月蝿いね、ガルル。この調子だと僕が全員仕留める事になるよ?」

 アルトの眼から見ても、真っ先に死ぬ人間だなと苦笑せざるを得ない。

「くく、弱い駄犬ほど五月蝿く吠える」

 レイザーは嘲笑って必死に虚勢を張るミカを侮辱する。
 そして少し突付くだけで挑発に乗るような隙を見逃すほど、今のレイザーは優しくないようだ。
 ――死んだな、とアルトはミカに先に内心の中で合掌しておく。

「気が変わったよ。まずは君から仕留めさせて貰うよ!」
「馬鹿っ! ミカやめ――!」

 全身全霊を籠めて放たれた一投は、まるで原作の再現の如く片手で受け止められてしまい――間髪入れず、ミカの頭目掛けてレイザーの致死の一投が容赦無く返された。

「――っ!?」

 意外と反応が良く、ミカは必死の形相で寸前の処で躱す。
 危うく頭を吹っ飛ばされて脳髄を撒き散らしそうになったが、彼の短絡的な行動が招いた危機はこれで終わらない。

(うーむ、正直無理ゲーですね)

 外野による超高速パスが繰り出され、内野の七人が翻弄される。
 外で俯瞰する自分は何とかボールの軌跡を追えるが、中にいる彼等にとっては追い切れなくなるのも時間の問題だ。早くもアルトは諦め出した。

(この組で失敗となると、次はバサラ組に協力を取り付けないと無理ですね。彼等には渡したくありませんでしたが――)

 超高速パスを捉え切れなくなり、背後を突かれたのはロブスだった。

「ぶぐあぁっ!?」
「ロブス!?」

 強烈な一投が彼の後頭部に突き刺さり、その威力のまま額を地に激突させる。零れ落ちた球を、外野に行く前にアリスがキャッチする。
 遠目から見てもヤバい具合に痙攣しており、戦闘不能なのは言うまでも無かった。

「当たり処が良かったようだな」
「言い忘れましたが、プレー続行不能になる怪我をした場合、その選手は退場になります。外野としても内野としてもカウントされませんので御注意を」

 ゲシシシと奇怪な笑みを浮かべて、審判の『No.0』が説明する。
 試合は一旦中断し、意識を失った彼は海賊達の手によって退場となる。
 こうなる原因を作った張本人であるミカに全員からの批難の視線が突き刺さる。彼は居心地悪そうに舌打ちした。

「アリス、ボール」

 ぶっきら棒にコージは言い、アリスからボールを託される。

「君、そのボールを貸せ、今度こそは……!」
「やめろミカッ!」

 此処まで無様さを晒してまで味方の足を引っ張ろうとするとは、彼等マイ組の真の目的は『一坪の海岸線』の入手の妨害ではと邪推してしまう。
 尤も、これを意図的ではなく、無自覚でやっているのならば最悪なまでに性質が悪いが。

「この中で今以上の一投を放てる奴は居るか? いや、違うな。レイザーを仕留められる一投を撃てる奴は居るか?」

 ほう、とアルトは関心する。
 この最悪の雰囲気に飲まれず、まだ戦う意欲があるコージへの評価を少しだけ高くする。

「……っ、大口を叩いたからには、君にはあるのかい?」
「通用するかはどうかは試してみないと解らんがな。あともう一つ、レイザーのボールを受け止められる奴は居るか?」

 ガルルは一瞬だけミカに視線を向け、外野のマイもまた彼に視線を向ける。
 彼等の反応から無能の高慢頓痴気の彼にも奥の手があると言っているようなものだが、今一信頼に値しない。

「君次第だね。まずは証明して貰おうか!」

 難有りの性格だなぁと分析しつつ、眼下に披露されるであろうコージの念能力に注目が集まる。
 コージは『練』で大量のオーラを練り上げる。中堅のハンターと遜色無い凄まじいオーラは手に持つボールに籠められる。

 ――大きく振り被り、渾身の一投を放つ。
 オーラが流星の如き尾を引いて飛翔するボールは『No.2』に衝突し、更には隣の『No.3』に衝突して外野に飛んでいく。

「『No.2』『No.3』アウト! 外野へ!」

 これでレイザーのコートは残り『No.4』と『No.5』の三人、此方はコージ、アリス、ユエ、ミカ、ガルル、リリアの六人でボールは此方の外野、主砲の彼を上手く使えば或いは――。

「ちっ、思った以上威力がでねぇな」

 それは他ならぬ、撃った本人からの感想であり、傍観するアルトも同じ感想であった。あの程度では今のレイザーでも呆気無く取られるだろう。

「ふん、まだまだ本気じゃないだろう? それともこの程度かい?」
「相変わらず口が減らねぇ奴だな」

 ミカの減らず口を呆れながら聞き流し、コージはマイからの返球を片手で受け取る。

(放出系能力者ですね、彼は。ですが、単純なレベルの差もありますが、レイザーとは違ってボールに愛着も何も抱いていないのが威力の差に繋がってますね)

 コージは更にオーラを練り上げて、ボールにひたすら籠め――今度は投げず、ぽんと宙に放り投げた。
 何をやるのか、アルトは瞬時に悟った。同時に胸の奥から込み上がる懐かしさに、らしくないと苦笑する。
 彼もまた、同じ世代だったが故に興奮を止められなかった――。

 更にオーラを練り上げて、コージは『硬』をもって念の籠ったボールを蹴り上げる。
 実在のボールを使うという差異はあれども、あれは仙水忍の『裂蹴紅球波』だった――。

 






[30011] No.013『十四人の悪魔(後)』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/16 23:06



 No.013『十四人の悪魔(後)』


(先程を上回る申し分無い威力。これなら幾らレイザーの念獣と言えども――)

 案の定、『No.4』と『No.5』が融合して更に強力な『No.9』となってボールを受け止めようとするが、予想通りボールを取れず――アルトの予想を外したのは、レイザーの念獣の身体を突き破った事だった。

(予想外の威力――? いや、これは……!)

 念獣が霧散し、その背後に回っていたレイザーがボールを両手で受け止める。
 ボールの余りの威力に外野と内野のギリギリのラインまで押し出され、されどもレイザーはギリギリの処で踏ん張り、押し留まる。

(わざと念獣を消した。その意図はボールの奪取及び不可避の速攻――!)

 レイザーは即座に全力をもってボールを放り投げる。
 言うまでもなく致死の一投、狙いは全力の一投を撃ち出して硬直しているコージだった。

(まずいっ! レイザーを倒せる可能性があるのは現状でコージ君のみ。彼を始末されれば勝ち目がまず無くなる――!)

 躱せるタイミングでもなければ、オーラを振り絞って『堅』か『硬』で防御出来るタイミングでもない。
 ――唯一人だけ、その危険性に気づいていた彼女はコージを押し飛ばし、レイザーの致死の一投をその身で受けた。

「アリス!?」

 一瞬にして遙か彼方の壁際まで吹っ飛ばされ、激突する。
 あれは即死コースだなと人事のように客観視しつつ、ボールの行方を探し――よりによって、天高くバウンドしたボールは再びレイザーの手に納まっていた。

「ナイスリバウンド」

 コージとユエは即座にアリスの下に駆け寄り、アルトもまた興味本位で赴く。
 壁は陥没し、口元から血を流して気を失ったアリスは横たわる。明らかに戦闘不能だが、彼女は微かに生きていた。

「アリス、大丈夫か!?」
「揺さぶらない方が良いですよ。内臓が損傷している可能性もありますから。――驚きました。肋骨が何本か罅割れてますが、生命に別状は無いですね」

 アルトは素直に驚く。最初から喰らう覚悟で『堅』で防御したとは言え、レイザーの球を喰らって生き残るとはそれだけで賞賛に価する。
 彼女の生命を賭けた挺身は無駄では無かったようだ。

「解るのか?」
「ええ、そういう能力なもので。彼女の事は任せて下さい。――問題は、レイザーからボールを奪い返さないといけない事ですよ?」

 ボールがレイザーの手の中にある事をアルトは然り気無く伝える。
 最後の一人になったのに関わらず、レイザーは余裕満々にボールを指先で回して待っていた。

「ほう、運が良かったな。死に損なったか。完全な無駄死だと思ったが」
「テメェ……!」

 レイザーの軽い挑発にコージは怒りを滾らせる。
 今にもぶち切れて飛び出しそうなコージを制したのは意外にもミカであり、冷静さを取り戻す。

「コージとか言ったね。今以上のボールは投げられるかい?」
「あと一回だけなら可能だ、あの野郎に本気の一発をお見舞いしてやる。だが、正直レイザーからボールを取り返す手段が思い浮かばねぇ」

 彼は「そうか」と呟き、その直後、今まで以上に強いオーラが漲る。
 明らかに纏うオーラの絶対量が多くなり、彼の茶系色の瞳が燃え滾るような緋の目に変わった。

(あれが彼の念能力ですか――)

 一瞬にしてミカは白銀の全身鎧を身に纏う。
 明らかに格段に強力になった。そして今は緋の目が発動中であり、その特性である『絶対時間(エンペラータイム)』が効果を発揮している。

「上等だ。――汚名返上と行こうか。来い、レイザー! お前のボール、正面から受け止めてみせよう!」
「ほう、面白い……!」

 レイザーは指を鳴らし、『No.0』以外の念獣を解いて分散していたオーラを自身に戻す。
 桁違いのオーラが漲る。正真正銘、次の一投が彼の本当の全力となろう。

(この勝負、次の一投で決まりますね。その威勢と格好が虚仮威しでない事を期待しますよ、ミカ君)

 荒れ狂うように漲る全てのオーラをボールに籠め、レイザーはボールを天高く上げる。
 さながらバレーのスパイクであり、これが彼の本来の『発』である。

(果たして、クルタ族の彼でも一人で三人分(ゴン・キルア・ヒソカ)の働きが出来るかどうか……!)

 そして、レイザーの最大の一撃が放たれる。
 その一撃は今までの一撃が児戯に等しいと思えるぐらい馬鹿げた超威力で、音を置き去って飛翔した。

「っ、うおおおおおおおおおおおおおおおぉ――!」

 まずは第一関門、その超速のボールを臆せず正確に受け止める事に彼は成功する。
 しかし、その段階で手甲が罅割れ、損傷して破損し、生身の部分にまでダメージが浸透し、胸板の装甲を削り砕いていく。
 そして第二関門、ボールを受け止めた衝撃に負けず、コート内に留まる事。
 それを各部位のブースターからオーラの噴出で相殺し、押し留まろうとしているが――拮抗は一瞬にして崩れ去った。

(――やはり無理だったか……!)

 ミカは踏み止まれずに押し飛ばされ、コートの外へ吹っ飛ばされる。
 ――終わった、アルトが諦めた直後、ミカは背中の装甲部から極限まで圧縮したオーラを噴出させた。

「ぐ、ぬぬ、負けるかあああああああああああああぁ!」

 吹き飛ばされながら、宙で何度も回転しながら受け止めたボールの桁外れの威力に抵抗し、自身の装甲を砕かれながらも、血反吐を吐きながらも彼は抗い続け――自分達のコート内へ、奇跡の帰還を果たした。

「さ、すが、僕。次は、君の、番だ――」

 全身鎧が完全に砕け、緋の目が元の茶系色の瞳に戻る。
 それでも彼は自らの手でボールをコージに受け渡し、尻餅付いて咳き込んだ。

「ああ、任せろ」

 血塗れのボールを手に、コージは強く誓った。

(……ふぅ、何とか取り返したようですね。柄にもなく興奮してきましたよ。ですが、問題は今のレイザーを撃ち取れる威力をどうやって出すか――)

 即席の『No.9』が緩衝材代わりになったにしろ、オーラを分散させた状態で本気の一撃を受け止められている。
 さて、どうやって前の威力を更に上回る一撃を叩き出すか――。

「さっきやってみて解ったが、オーラを籠めて蹴り出すだけじゃ、アイツには届かない」

 先程と同様――否、コージは自身の全てのオーラをボールに籠める。
 先程より強大だが、これでは蹴る足にオーラを回せず、結果的に威力が落ちてしまうだろう。

「一人じゃ絶対敵わない。だからまぁ、役割分担だ。――ユエ、お前の出番だ」

 全オーラを籠めたボールを中腰で構え、ユエの前に突き出す。
 一瞬にしてユエとアルトはコージの意図を察した。つまり、原作でのゴンのやり方を真似るのだ。

「――うん、解った」

 それもキルアのようにゴンのパンチを阻害しないように一切オーラを纏わないやり方では無く、放出系である彼が最大限の念を籠め、恐らく強化系であろう彼女が撃ち出すやり方である。

(確かに、これならばレイザーとて受け止められない威力を叩き出せるかもしれません。ですが、コージ君。一つ忘れてませんか?)

 最大の不安要素を一つ残しながら、ユエは深呼吸すると共に『練』でオーラを練り上げる。
 オーラの量はコージと遜色無いレベル、その全オーラを右拳に収束させる。お手本のような『硬』が其処にあった。

「行くよ、コージ」
「おう、ぶちかましてやれ!」

 一人では敵わなくても二人ならば太刀打ち出来る。極限までオーラが圧縮された球を強化系能力者の最大の一撃が殴り飛ばす。
 音速の壁を突き破って尚加速する剛球――二人の息のあった共同作業は、レイザーの球に匹敵する威力を叩き出した。

(――レイザーとて捕球すれば威力でエリア外に吹っ飛ばされるほどの威力――けれども、やはり、彼は捕りもしなければ逃げもしない)

 瞬時にレイザーの構えがレシーブに変わり、全オーラを腕に集め――全身全霊をもって振り飛ばし、ボールをコージ達へ弾き返した。
 アルトが足掻きようのない敗北を悟った瞬間、その刹那にも満たない時間の中、コージの言葉が耳に届いた。

「――だと思ったよ」

 レイザーなら必ず弾き返してくる、そう信じていた。
 だからこそ、彼はその先を行く。ボールが撃ち出された直後、彼は右手の人差し指を銃に見立て、レイザーに向けていた。

(本命は裂蹴拳ではなく、霊丸――!?)

 ボールに籠めていた量と同じオーラが更に圧縮される。
 なるほど、あれが彼の本命の念能力――確かに、あれをボールでやれば極限まで圧縮したオーラの密度に耐え切れず、ボールが破裂してしまっていただろう。

(おお……!)

 斯くして撃ち出された霊丸は流星の如く尾を引いて飛翔し、レイザーの弾き飛ばしたボールと大激突する。
 オーラとオーラの鬩ぎ合い、まるでドラゴンボールの最大の見せ場である『かめはめ波』の打ち合いを見ているような気分で、理由無く心が踊る。

 いつまで経っても自分は子供なんだな、と疾うの昔に見失っていた初心をアルトの中に思い起こさせたのだった――。




「――あー、ボールが消し飛んじまったが、どう判定されるんだ?」
「最後にボールに接触したオレのアウトだ」

 ぼりぼりと頬を掻きながら気まずそうに聞くコージに対し、レイザーは笑って答えた。荒れ狂うほどの殺意も凶暴さも、今は完全に消え失せていた。

「試合終了! ロブスチームの勝利です!」

 高々と審判の『No.0』が主人の敗北を宣言する。

「よっしゃああああああああああ!」

 歓声が上がり、彼等は各々で喜びを分かち合う。
 一人一人は自分と比べて取るに足らぬ実力者なれども、協力し合えば自分を打ち倒す程の強さになる。
 最後まで一人でしかない自分と比べて、良い仲間に巡り会えた彼等の事を、レイザーは少しだけ羨ましく思えた。

(……完敗だな。やれやれ、ジンの息子を待たずに負けるとはな)

 ジンに敗れて以来の敗北であったが、全力を尽くした上での敗北がこれほどまでに清々しいものとは今の今まで思わなかった。
 だが、同時に少しだけ悔しくもある。久々に一から鍛え直そう。曲がりに曲がった性根も、同時に叩き直してやろう。
 レイザーは静かに笑いながら、そう決心したのだった――。




 レイザー達が立ち去り、『一坪の海岸線』の情報を知る少女と共に灯台に登り、夜明けと共にカード化する。
 オリジナルの『一坪の海岸線』をリリアが拾い上げ、同時に微動だにしなくなる。

「よーし、早速『複製』で――って、どうしたんだよ?」

 コージが彼女の顔を覗くと、彼女はこの世の終わりを見たが如く驚き慄いていた。

「これは、一体何の冗談です……!? 何で、どうして『一坪の海岸線』の引換券に……!?」

 一同揃って驚き、手に入れたカードを覗き込む。
 SSランクでカード化限度数150枚、カードのテキストには「『一坪の海岸線』と交換する事が出来る券/『一坪の海岸線』のカード化限度枚数がMAXの時のみ手に入れる事が出来る」とあった。

「そんな馬鹿な――『名簿』使用、No.002!」

 怪我を押して此処まで来たロブスが呪文カードを唱える。
 その結果を見て、彼はわなわなと震える。どうしようもない怒りと絶望が、ぎしりと歯軋り音を鳴らした。

「……在り得ない。『一坪の海岸線』が、既に『幽霊(ゴースト)』に独占されていただと……!?」

 彼の本の最後のページにはこう書かれていた。


『現在002『一坪の海岸線』を所有しているプレイヤーは0人、所有枚数は0枚』





[30011] No.014『反則(2)』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/17 16:57



 No.014『反則(2)』


 事の始まりは彼等がレイザーに挑む数時間前、魔法都市マサドラの呪文カード屋にて行われた。
 その日、『ジョン・ドゥ』という偽名を名乗る三つ編みおさげの少女は、非常に大きな鞄を背負って一番最初に入店した。
 並ぶ人がまだ少ない午前七時の事である。

「カード化限界まで呪文カードを買うわ」

 鞄から何故かアイテム化しない万札のカードを束のように置き、少女はそんな巫山戯た事をのたまった。
 呪文カードの総数は5175枚、買い占め自体は1725万で事足りる。
 尤も、これは現在プレイヤーの手に渡っているカードを除外した数字なので実際はこれより安く済むが。

「お、おい、待てよ小娘っ! それだと俺達が買えないだろ! さっさと必要分だけをフリーポケットに入れ――あへっ?」

 後ろに並んでいた男性のプレイヤーは当然の如く文句を言い、物理的な手段で永遠に沈黙させられる事となる。
 いきなり倒れ、額から夥しい出血を撒き散らしてゲームから消える。白昼堂々行われた余りにも唐突な殺人劇に後続のプレイヤーの理解が追い付かなかった。

「君も死にたい?」
「ひっ!?」

 まるで塵を見るような眼で、手を煩わせるなと少女は笑う。
 後続のプレイヤーが無様に逃げる様を眺めながら、一人だけ居残ったプレイヤーを冷徹に睨み付けた。

「見物なら宜しいかな? お嬢ちゃん」
「あら、此処二ヶ月間張り付いていたストーカーさんじゃない。呪文カードを全部店の外に捨てるなら良いよ」

 無条件降伏を要求し、彼は迷わず本を開いてフリーポケットの呪文カードを掴み取り、外に投げ捨てた。
 入り切らないカードは店を出た途端に消えるルールが適用し発動したのか、呪文カードはすぐに消失した。

「これで良いかな?」
「ええ。でも見物していても退屈なだけよ?」
「いやいや、十分刺激的ですとも。それでどうするんです? まさか呪文カードの独占だけでは終わるまい……!」

 二ヶ月前から彼女を尾行し観察し続けたジャーナリストハンターユドウィには、彼女の念能力の正体が何なのか、大体掴んでいた。
 そもそも相手が油断している時に『隠』で投げ放つ具現化した短剣とは違い、本来の念能力は最初から隠されていない。
 ――彼女の腰元に揺れる銀時計の針は、今はぴくりとも動かずに停止していた。

(特質系能力者――その能力は『時間』を操る事だろう)

 水浴びの時でさえ身に付けている事から推測するに、常に能力の使用状況を暴露し続ける銀時計を眼下に身に付ける事が能力の発動条件なのだろう。

(この銀時計は半ば強制的に具現化した彼女の念能力の根源、破壊されれば能力そのものが使用不可能になるぐらいの誓約はあるだろうな)

 後は一度に実行出来る事象は一つといった具合か。
 今現在はカードの時間を停止させる事で本に入れずにカード化を保っている。
 これがグリードアイランドにおいてどれほどのアドバンテージになるか――否、どれほどの反則行為に成り得るかは語るまでもあるまい。

「ええ、此処からが本番よ。結局は運頼みだけどねぇ」

 買い占めしたカードを整理しながらも、少女に一切の油断も慢心も無く、虎視眈々と此方の隙を覗っていた。
 一瞬でも見せたのならば、彼はこの少女に呆気無く殺されるだろう。
 だが、それは楽出来るのならば楽しよう程度の意識であり、今の少女にとって優先順位が限り無く低かった為に『凝』を怠らぬ彼は死を免れていた。

「――『宝籤(ロトリー)』使用」

 整理し終えた少女は右手に持った三百枚近いカードを一気に使用し、変わったカードを即座に検分し――店の外に投げ捨てる。
 カードは瞬く間にアイテム化し、店の外に乱雑に転がった。

「はい、全部外れ。呪文カード頂戴。『宝籤』使用――外れ、呪文カード頂戴。『宝籤』使用――」

 時折カードを引き抜きながら、三つ編みおさげの少女は全く同じ事を繰り返す。

「これは一体……?」
「指定カードでね、ソロじゃ絶対取れないカードが二種類ぐらいあるの。まぁだから、出るまでやるのよ。リスキーダイスのコンボじゃAランクまでしか出ないからねぇ」

 しかし、幾ら何でもそれは――と言いかけ、彼女が持ってきた袋が眼に入る。其処には有り余るほどの現金のカードが入っていた。

「――六億用意したから、十八万枚分ね。幾ら不運の私でも流石に引けるでしょ」




「――斯くして全てのSSランクのカードは我が手に、と」
「くく、素晴らしいっ! 凡そ誰にも勘付かれずに独占を果たすとは! 貴女は余程他者の裏を突くのが得意と見える……!」
「唯一辿り着いた貴方に褒められてもねぇ」

 くすり、と殺意を零しながら少女は嘲笑う。
 運頼みの企みが成功して上機嫌だが、此処まで自分の能力の核心に迫ったプレイヤーを生かして帰す気は更々無かった。

「ブック――ゲイン」

 だが、ユドウィの行動は彼女の想像の上を行った。
 彼は自らの本に納めた指定カードを鷲掴み、何の未練無く全てアイテム化して見せた。少女は眼をまん丸にして驚いた。

「これで私はグリードアイランドの攻略から完全に降りました。是非とも貴女がクリアする一部始終をこの眼で見届けたい……!」
「貴方も狂っているわね、私とは違う処でだけど」

 興が乗ったのか、少女から殺意が霧散する。
 此処で彼を始末する事は様々な面で正しい選択だが、生かして置いた方が面白いかもしれない。
 所詮、グリードアイランドなど彼女にとっては余興に過ぎない。遊戯は危険なほど面白く盛り上がるものだ。

「残りの指定カードは他の組が独占しているものとお見受けしましたが?」
「まぁね。三組に分散されているから少しだけ面倒だわ」
「独占した呪文カードを使えば至極簡単に奪えると愚考しますが?」

 今現在で彼女はほぼ七割の呪文カードを一人で独占している。
 圧倒的な優位に立ちながらも、少女は首を振った。

「それは『堅牢』を使ってない場合はね。それにこの呪文カードの独占体制も一枚のカードで御破算するしねー。指定カードを指定カードに入れないのも意外とリスキーなのよ」
「一枚の――? なるほど『離脱』ですか」

 呆れるほど有能だなぁと三つ編みおさげの少女はユドウィの評価を更に高める。
 彼女が殺害対象に認定するほどの有力なプレイヤーは、まだ彼の他にいなかった。

「そういう事。今日はもう疲れたし、これで休むわ。エスコートしてくれるかしら?」
「私め如きにその大役が務まるかどうかは解りませぬが、全身全霊を尽くしましょう」


 ????組

 ???????(♀12)
 特質系能力者

 【具】『十徳多忙な投擲短剣(ワンダフルナイフ)』
 【特/具/操】『嘲笑う銀時計(タイムウォッチ)』

 現在の指定ポケットカード
 全93種類 170枚

 独占した指定ポケットカード
 No.001『一坪の密林』
 No.002『一坪の海岸線』
 No.017『大天使の息吹』
 No.065『魔女の若返り薬』
 No.073『闇のヒスイ』
 No.081『ブループラネット』

 残りの指定ポケットカード
 No.016『妖精王の忠告』
 No.035『カメレオンキャット』
 No.080『浮遊石』
 No.095『影武者切符』
 No.098『シルバードッグ』
 No.099『メイドパンダ』



[30011] No.015『四つ巴の攻防』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/24 07:35



「……あれ?」

 一本に束ねた髪を解き、寝る前に停止させている呪文カードを確認していると、少女は『城門(キャッスルゲート)』という呪文カードを見つけた。
 ランクはF、カード化限度数は200枚であり、150枚ほど彼女の手元にある。

「他プレイヤーからの近距離通常呪文を一度だけ防ぐ? こんなカード原作であったけ?」

 ぽりぽりと頬を掻きながら、少女は一度深く考える。
 あったものは仕方あるまい。開き直って本を開き、二十枚ほどフリーポケットに入れた。
 これで『離脱』で全てを失う危険性は回避出来るが、それは同時に此方からの『離脱』も防がれる可能性があるという事を示している。

(少しばかり基本戦術を見直さないとねー)

 明日になったらもう一度全ての呪文カードの効果を確認しようと決める。
 今日だけで四割程度のオーラを消耗したのだ、完全な体調に戻るには二日ほど時間が必要である。

(……全く、憎たらしいほど燃費が悪いのよね、これ)

 腰元に揺れる銀時計を憎たらしげに睨みながら、少女は溜息吐く。時計の針は止まったままである。

 ――水見式で自身の系統が特質系だと解った瞬間、少女は思わず絶望して死にたくなった。

 他の系統は最低でも強化系を60%まで習得出来るのに対し、特質系だけは唯一40%だからだ。
 単純な式で計算しよう。例えば同レベルの強化系能力者と殴り合いになったとする。
 その強化系能力者は強化系を10レベルまで習得し、当然の事ながら100%の精度で行える。
 しかし、特質系の自分は強化系の念を4レベルまでしか習得出来ず、更には40%精度まで落ちる。
 肉体の強さとオーラの量は同じと仮定し、10レベルの強化系攻撃を100とするならば、特質系の自分は4レベルの強化系攻撃は40まで落ち、更に40%まで精度が落ちる。 つまり、最終的には16となり、同格相手でも強化系能力者とは6,25倍ほど差が付いてしまう。

(クロロが単純な殴り合いでゼノとシルバに苦戦するのは当然と言うべきか)

 今更その事で悩んでも仕方ないが、生まれ持っての資質ながら恨まざるを得ない。
 ――強化系が理想だった。もしそうだったのならば、今の彼女が抱える問題の大部分が解決され、グリードアイランドをクリアする手間なんて発生しなかったのだから。

(……詮無き事ね。今はクリアする事のみ専念するか)

 休養している間に独占されている指定カードが一組に集まっていれば楽なのだが――何て自分に都合の良い事を考えながら、少女は心地良く眠りに付くのだった。


 No.015『四つ巴の攻防』


「どういう事? それに『幽霊』って……?」
「――『闇のヒスイ』の時と同じですね。本に頼らずカード化を保てる念能力者が、少なくとも今のグリードアイランドに一人いるのですよ。しかし、よりによって『一坪の海岸線』をどうやって――?」
「『闇のヒスイ』?」

 喚き叫んで自らの思考の渦に没頭するリリアとは裏腹に、マイには一つ心当たりが見つかった。

(三日目の時点でアイテム化した『闇のヒスイ』をあの三つ編みおさげの女は大量に持っていた! 最速で『闇のヒスイ』を独占したのは間違い無く彼女――ならっ!)

 十中八九、あの少女が『幽霊』であり、彼等三組が手にする筈だった『一坪の海岸線』を独占している事になる。
 まさに最悪だとマイは毒付く。実力で上回っているだけでは飽き足らず、呪文カードで奪えない相手など悪夢でしかない。
 本に頼らずカード化を保つとはそういう事だ。

 そしてマイの他にもう一人、『幽霊』の正体に辿り着いた者がいた。

(――やられたっ! 方法は解らないが、間違い無くアイツの仕業だっ!)

 マイはあくまでも推測による消去法に過ぎないが、彼、コージは彼女が本を出さずに呪文カードを使った光景を目の当たりにしていた。
 というより、あの時点で気づくべきだったのだ。あの彼女が本に頼らずカード化を保つ反則手段を持っているという死活問題とも言える重要さに。

(どの道、アイツとの直接対決が不可避になったって事か。上等だぜ!)

 漲る戦意を抑えつつ、コージはまず混乱する場の収拾を付ける事にした。

「とりあえず、引換券を『複製』しないか? 一応これでも戦利品なんだし」

 あの彼女が『一坪の海岸線』を独占している以上、引換券の価値など紙切れ同然だが、建前上はこれを手に入れる為に三組が集まったのだ。
 不穏な事態になる前に、三等分して別れるのが最善だろう。
 だが、それに待ったをかけたのはミカだった。

「いや、ちょっと待てよ。もし一つ枠が空いてカード化されたら、その順番はオリジナルの引換券からだ。誰がそのオリジナルを手にするんだ!?」

 これが『一坪の海岸線』ならばオリジナルとコピーの違いも余り無かったが、引換券になると話が大分違ってくる。
 騒乱の原因に成り兼ねない事を今気づくなよ、と空気の読めないミカを内心毒付きつつ、コージは溜息を吐いた。

「……俺達は最後で良い。オリジナルのカードを何方の組が持つか、穏便に話し合ってくれ。あとそろそろ一分経つから、引換券を一旦本に入れた方が良いんじゃね?」
「……あっ、それもそうでしたね。ブック」

 リリアは本に引換券を入れ――ポケットから何かを落とす。
 からんからんと、二つの球体が壁の隅に転がり落ちる。

(リスキーダイス!?)

 何故そんなものを――偶然ではない事と一瞬で悟り、視線を運命の賽を振った主に戻す。其処には顔を醜悪に歪ませたリリアが嘲笑っていた。

「『徴収(レヴィ)』使用!」

 リリアとロブスの声が重なり、コージ組とマイ組からニ枚ずつ奪われ、彼等の本に納まる。
 リスキーダイスと『徴収』のコンボは原作でも爆弾魔が使っていたものであり、彼等二人は指定カードを六枚入手した事になる。

「なっ、貴様ら――!」

 彼等の敵対行為にミカは即座に反応して攻撃を加えようとするが、在ろう事か、彼等は灯台の窓を飛び越えて回避する。

「『再来(リターン)』使用! マサドラへ!」

 落下しながら呪文を唱え、悠々と彼等は凱旋を果たす。
 最初から彼等は『一坪の海岸線』を渡さず、此方の指定カードまで奪う算段だったのだろう。

「アイツら最初からっ、よくもハメやがったなァ……!」
「よせミカッ! 今はカードの確認が先だ!」

 ガルルの言葉に全員が本を開き、奪われたカードを確認する。

(『魔女の媚薬』と『天罰の杖』――どっちもダブりだ。ユエとアリスは?)
(ちょっとちょっと、妙に冷静ねぇ。後でちゃんと話してよ。『湧き水の壺』と『酒生みの泉』、こっちもダブりよ)
(……ん、『黄金天秤』と『小悪魔のウィンク』)

 骨折り損のくたびれ儲けとはまさにこの事だ。得る物も無ければ、失った物も微小に済んだが、原作のゴン達と比べれば何とも遣る瀬無い結末である。
 ただ、それはコージ組の場合であり、マイ組の場合はもっと酷かった。

(やられたっ! 独占していた『妖精王の忠告』が……! 後は『何でもアンケート』も奪われた――そっちは!?)
(『大物政治家の卵』と『コインドック』、こっちは問題無いわ。……ガルル?)
(してやられた……! 独占していた『浮遊石』が二枚も。独占カードを両方共奪われるとはな)

 これでマイ組の独占が崩され、『妖精王の忠告』と『浮遊石』がロブス組に渡ってしまった。
 レイザー戦でオーラを使い果たしていなければ今すぐ『同行』で奪え返しに行く処だが、今では逆に格下と言えども返り討ちにされかねない。
 その事が幸運にもミカの短絡的な行動を抑止させた。

「クソクソクソッ、あの野郎ォ! 巫山戯やがってェ!」

 ミカは怒りに身を震わせながら、せめて相手の状況を調べようと『念視』を自らの本の最後のページに嵌め――今回の一件の最後の絡繰りに突き当たる。

「何だこれは――リリアとロブスが二人居る……!?」

 彼のページにはリリアとロブスの同名のプレイヤーが二人存在し、一方はマーキングが黒色――つまり、現在はグリードアイランドの外にいるか、既に死亡している状態であった。




「――畜生っ! 一体全体どうなってやがるんだ!」
「全くですよ。恥を忍んでホルモンクッキーを食べた身にもなって下さいよ」

 ランキング第四位のプレイヤーに扮して『一坪の海岸線』を独り占めしよう大作戦。ついでにリスキーダイスと『徴収』でマイ組とコージ組の独占カードを奪う手筈だった。

 考案者はランキング一位に居座るバサラ組のリーダーであるバサラ、実行者は一旦『離脱』を使ってグリードアイランドに入り直し、名前を変更したロブスことヨーゼフ、ホルモンクッキーで性別まで変えたリリアことルルスティだった。

「此方も悪い知らせがある。恐らく『幽霊』に関係する事だ」

 静かながら苛立ちを籠めて、バサラは憎々しげに『幽霊(ゴースト)』の名を口にした。

「呪文カードがほぼ買い占めされた。買えたとしても数枚で限度数になる」
「おいおい、このタイミングでハメ組の連中も動き出したのかよ?」
「いや、違う。連中すら今は混乱中だ」

 着替えていつもの全身包帯の姿になったヨーゼフは疑問符を浮かべ、未だに性別が戻らず、元のダブダブの服を着ているルルスティは即座に勘付いた。

「そうか『宝籤(ロトリー)』! 本に頼らずにカードを持ち運べるのならば容易い話ですね。迂闊でした」
「ルル? 一人納得してねぇで説明してくれ」

 ヨーゼフは彼、否、今は彼女の豊満で小さくなった身体を眺めつつ、説明を求める。

「リスキーダイスと『宝籤(ロトリー)』のコンボではランクAが上限、ですが、使わなければ運次第でSSランクのカードさえ出るのは原作で証明済みです」
「……原作でも『一坪の密林』はそれで入手されていたな。出されて『複製』か『擬態』で独占されたと? 確かにそれしか考えられないか。少なくとも『一坪の海岸線』は『幽霊』の手にある、か」

 殺気立ちながら、バサラは忌々しげに吐き捨てる。

「最悪の場合、他のSSランクのカードも独占されているかもしれませんね。いよいよもって『幽霊』を見つけ出すしか無いようですね」
「それじゃ予定通りコージ組から独占カード奪取して誘い出しか? まぁ、あの程度の実力なら敵じゃねぇしな」

 かかか、とヨーゼフは笑う。レイザーとのドッジボールで消耗している今、戦闘するには絶好の機会と言えるし、それが無くとも勝利する自身が彼等にはあった。

「……とりあえず、ホルモンクッキーの効果が切れるまで待って下さい。その間に妙案が浮かぶかもしれませんから」
「くく、確かに。そんな姿じゃ格好付かねぇよな! こんなに別嬪さんになってさぁ」
「笑い事ですか! ぐぬぬ、やっぱり飲むんじゃなかった!」


 バサラ・ヨーゼフ(現在のプレイヤー名「ロブス」)・ルルスティ(リリア)組

 現在指定ポケットカード
 全86種類 122枚

 独占した指定ポケットカード
 No.035『カメレオンキャット』
 No.099『メイドパンダ』

 マイ組からNo.016『妖精王の忠告』No.080『浮遊石』二枚を奪取する。







[30011] No.016『前哨戦』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/20 01:28




 No.016『前哨戦』


「あっはっは、見事に詰みましたねぇ」
「笑い事じゃねぇだろ! どうすんだよこれ!」

 有意義な見物から帰ってきたアルトに待っていたのは凶報の連続だった。
 まずは一つ目、今回の『一坪の海岸線』の為に仕向けた本来のロブス・リリア組は既に退場しており、バサラ組の面子に乗っ取られていた事。
 これは実際に『一坪の海岸線』を入手出来なかったので、彼等にしてはどうでも良かったりする。
 だが、二つ目の呪文カードをほぼ買い占めされた事は致命傷であり、更にトドメを刺すが如く『神眼(ゴッドアイ)』でもランキングでも察知出来ない『幽霊』の存在は彼等ハメ組の戦術の完全崩壊を意味していた。

「文字通り打つ手無しですよ。バサラ組が『幽霊』を殺害してくれる事を祈るばかりです。まぁバサラ組が『幽霊』を殺さず無力化しても、『幽霊』がバサラ組を駆逐しても詰みですけどね」

 本に頼らずカード化を保てるプレイヤーを短絡的に殺すか、それとも生かして最期まで利用し尽くすか、どう考えても後者の方だろう。
 存在そのものが呪文カードで奪取するハメ組の天敵足り得るのだ、その『幽霊』は――。

「次善は『幽霊』がさっさとクリアしてグリードアイランドを去ってくれる事ですかね。彼か彼女かは知りませんが、居る限り私達の勝ち目が皆無ですし。二週目の展開を本気で考える必要がありますね」

 あっけらかんにアルトは言い、逆に彼の相棒は毒気が抜かれたような顔をする。

「クリアされたら一旦全リセットでしょうね。今後の展開次第ですが『一坪の海岸線』を入手出来るほどのプレイヤーが生き残ってグリードアイランドのプレイを続行すれば、またクリアする機会が巡ってくるでしょう」
「……今回は、完全に諦めるって事か」

 目付きの悪い男は漸く席に座り、温くなったコーヒーを飲む。その味は極めて苦かった。

「最悪の場合は今の有力プレイヤーが全滅して、十二年後ですね。やれやれ、ゴン君達を邪魔するなんて我々も大した悪役ですねー」
「誰も爆弾魔の代わりなんざ務められねぇよ。しっかし、そうなると絶対揉めるよな。原作派と改変派で。勘弁してくれよ」

 もし、それほどの月日が必要となれば、彼等は間違い無く割れて、今の規模を保てなくなるだろう。
 所詮は損得の勘定さえ儘ならぬ烏合の衆、結束や絆なんて甘い物は一切期待出来ない。

「時間がありますから有望な者を何人か見繕って一緒に鍛えますか? 此処は理想的な修行環境ですし、四、五年程度で私達もレイザーに挑めるかもしれませんよ?」
「……驚いたな。お前からそんな提案が出て来るとは」

 一時は念能力と肉体を共に鍛え抜き、自分には才能が無いと諦めた彼の言い草とはとても思えないものだった。
 一体何が彼に変化を齎したのか、目付きの悪い男は興味を示した。どの道、リーダーが早々に勝負を降りたのだ。今回は見送り、次回に賭けようと決心する。
 それに――また一緒に切磋琢磨するのも悪くない。久しぶりにやる気になった親友を見て、彼もまた失っていた情熱を取り戻しつつあった。

 いつまで経っても、男という生き物は童心を忘れないものだ――。

「ふふ、レイザー達との一戦を観戦して感化されましたかね。久しぶりに血潮が燃え上がりましたよ。――出来ればコージ君達は生き残って欲しいですねぇ」

 心の底から彼等を応援しつつ、彼等ハメ組は今回の勝負を早々に降りたのだった。




「ちょっとちょっと! どうしてそんな死活問題を言わなかったのよ!?」
「ごめんごめんユエ、すっっっかり忘れていたぜ!」
「それ悪びれもせず言う事ぉ!?」

 一方、そのコージ組は少しばかり揉めていた。
 もっと早く『幽霊』の正体を仲間内に話しておけば、バラバラになった他二組と同盟を組めたかもしれないが、既に過ぎ去ってしまった事である。

「……はぁ、結局私達の前に最初から最後まで立ち塞がるのはあの女なのね」

 内心、燃え滾るような暗い感情を籠めながら、ユエは不機嫌そうに言い捨てる。
 ランキングに一度も乗ってない事から、他のプレイヤーから指定カードを奪うだけで収集速度が遅いと勘違いしていたが、実はぶっちぎりの一位でしたなんて笑うに笑えない。

「それで、どうするの?」
「今すぐアイツの処に行きたい処だが、ラスボスに挑むにゃ足りねぇだろ」
「は?」

 アリスが無感情に問い、コージは当然の如くそう答え、最後に意図が理解出来ないとユエが疑問を抱く。

「他の組が独占しているカードを手に入れてから、正面から挑もうぜ。アイツは自分が格上だって自覚しているから、カードを賭けて勝負しろって言えば間違い無く受ける。――他のカードなんて全部持っているだろうし、どうせなら最高の舞台でやり合いたい」

 コージは戦意を漲らせて最高の笑顔を浮かべ、逆にユエの表情は暗く沈んだ。
 また、まただ。またあの女にコージを――唇を噛み、されどもすぐ表情を戻す。その感情の変化に、アリスだけが気づいていた。

「まずはアリスの怪我が治ってからだな、バサラ組に挑むのは」
「はぁ。他のプレイヤーとの直接対決かー、緊張するねぇ」

 空元気も元気の内とは誰の言葉だったか。
 されども、今はユエに掛ける言葉が思い浮かばず、アリスは沈黙を保った。
 次は他のプレイヤーとの直接対決であり、絶対に負けられない勝負、不発弾を敢えて爆発させるような真似は出来なかった。

「大丈夫大丈夫、このグリードアイランドでアイツより強いプレイヤーはいない。そう考えれば気が楽だし――逆に言えば、バサラ組を倒せないようではアイツには勝てない」

 確かにあれほどのプレイヤーが他にいるとは考えにくい。
 そう願いたいものだが――アリスは、その胸に蔓延る嫌な予感を否定出来ずにいた。




「……今確認したが、一位のバサラ組が二種増えていた。増えた指定カードは俺達から奪った『妖精王の忠告』と『浮遊石』だ」
「これで決まりだね。まずは彼等に報いを受けて貰おう」

 渋い顔をして帰ってきたガルルに、ミカは茶色の瞳の奥に燃え滾る緋の色を宿して答える。
 奪われた指定カード諸共、バサラ組の全部のカードを奪い取る。それが彼等の起死回生の一手だった。

「その、本当に力尽くで奪うの?」
「既に向こうから宣戦布告されたんだよ? それにもう交渉の余地も無い。お望み通り雌雄を決しようじゃないか!」

 躊躇うマイに対し、ミカは興奮しながら怒鳴る。
 確かに自分達の組は独占を逸早く崩され、コージ組、バサラ組、ジョン・ドゥ組の中でクリアから一番遠ざかっているが、プレイヤー同士の直接対決は今までの比にならないほど危険過ぎる。

「でも、ミカ。レイザーとの一戦の傷は……」
「あんなの掠り傷さ。僕の事なら心配無いよ、心配するとしたらガルル、君の方だけどね」
「それだけ減らず口を叩けるなら大丈夫だな」

 ミカはいつもの憎まれ口を叩き、ガルルも呆れ顔で受け止める。
 マイだけがもう少し慎重に動いた方が良いと思うが、これ以上言葉に出来ない。自分の臆病さをまた彼女は呪いながら悔やんだ。

「一歩どころか三歩は後進してしまった我々は普通にやっては巻き返せない。かと言って、今あの少女に挑んだ処で必要なカードを呪文カードでぶん盗られた上で逃げ切られるがオチだろう」

 そのマイの感情の機敏に気づいているガルルは補足するように今の現状を述べる。
 もはやこの局面においてプレイヤー同士の直接対決は不可避――回避する手段があるとすれば、ハメ組と同じようにゲームを放棄すれば良いのだが、生憎にもその選択肢は存在しなかった。

「必要な舞台を用意し、最初に条件付けすれば臆する事無く此方の挑戦を受け入れるだろう。彼女は自身をヒソカが如く格上だと自覚しているからな。……むしろ、それしか勝機が無いがな」

 ガルルとて、能力も解らぬプレイヤーとの直接対決がどれほど危険が伴うかぐらい理解している。
 むしろ、バサラ組との対決が最大の山場と言って良い。此処さえ越えてしまえば、一対三に持ち込めるジョン・ドゥ組は何とかなるだろう。
 能力を見せていないのは自分も同じなのだから、と彼女との雪辱に燃えるのはミカだけでは無かった。

「ふっ、此処からだ。此処から僕達の華麗な大逆転劇が始まるのさ! 『同行』使用、リリア!」




 独特の音と共に自分達の下に飛んできた三人を見て、バサラは真っ先に失望を顕にした。

「飛んで火に入る夏の虫――と言いたい処だが、何だよ、用済みの組じゃねぇか」
「よくもまぁ此処まで舐めた真似をしてくれたね。このお返しは千倍にして返させて貰うよ」

 ミカは金髪のオールバックで白い外套を纏う彼に狙いを定め、戦意を滾らせる。
 その舐めに舐め切った表情をすぐさま凍りつかせてやろうと自信満々の表情で笑う。

「くく、まさかこんな機会が巡ってくるとは。運命というものを信じたくなりますよ。彼女とは私が戦いますね」
(……あれ? 男の人? レイザーの時はホルモンクッキーでも食べていたのかな?)

 黒衣に身を包んだ黒髪紫眼の青年、ルルスティは舐め回すような視線でマイを射抜き、彼女を標的として定める。
 バサラから距離を取るように離れながらルルスティは端麗な顔を歪ませて下卑た笑みを浮かべる。
 彼が自身に向ける感情は非常に寒気がするが、三対三の乱戦では無く、一対一で戦うのはマイも望む処だった。

「それじゃオレはコイツとか。まぁ肩慣らしにゃ丁度良いんじゃね?」
「肩慣らしで済めば良いがな」
「おっ、言うじゃねぇかガキンチョ。その威勢が本物なら愉しめるんだがなー」

 全身包帯という奇怪な格好のヨーゼフは右腕を回しながらバサラから距離を取っていく。
 手早く片付けてマイの援護に回ろう。この一対一は崩れた側から総崩れになる構図でもある。
 多少実力に差があっても、早く勝てば二対一、更には三対一にも持ち込める。


 ――グリードアイランドの覇者を決める前哨戦が、今始まった。



[30011] No.017『誤算』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/20 22:08



 No.017『誤算』


「確かお前がクルタ族の野郎だよな? 能力は使わないのかー?」

 気怠げな挙動で背伸びしながら、バサラは最初に問う。
 呑気なものだとミカは内心笑う。未だに臨戦体勢に入っていない彼を挑発するべく、ミカは全力の『練』でオーラを練り上げる。

「君如きに必要すら無いさ」

 修行の成果、緋の目に頼らずともあのおさげの少女に匹敵するほどのオーラを纏って、ミカは自信満々に断言する。
 バサラは一瞬目を細め、腹を抱えて大声で笑った。余りの隙だらけの姿に、逆にミカは踏み込めずに居た。

(何だコイツは? 何故この僕を前にこんな隙を晒せる? こんな圧倒的な実力差を見せつけられて……!)

 ミカの疑問が疑心に変わり、怒りに早変わりするのに時間は然程掛からなかった。

「結構な頻度で居るんだよなァ、テメェみたいな勘違い野郎は。自分が物語の主人公だと、途方外れで根拠の無い自信を抱いてる塵屑がよォ」

 演技の如く白々しい嘆きの仕草をしながら、ぎょろりとバサラはミカの眼を射抜く。

「――お前さ、もしかしてまだ自分が殺されないとでも思ってんのか? カードを奪う必要が無いって事はなァ、つまり殺したい放題って事だぜ?」

 バサラの揺らぎなき水面の如き『纏』が一瞬にして激動たる『練』に変わる。
 それはまるでゴンの発展途上の『練』に、成熟した念能力者の『練』を見せつけたゲンスルーの如く、覆せない力量差の対比だった。

「悟れよ、誰も彼もが主役ではなく端役だってさ。お前もオレも、名無しの脇役に過ぎないとな」

 今、目の前にしても信じられなかった。
 その凄まじいオーラの奔流は、あの少女よりも――緋の目状態の自分さえも圧倒的に超えていた。

「そういう身の程知らずを殺す瞬間、心の奥底から晴れ晴れとした気分になれる。この世界に生まれた事を感謝したくなるほどスカッとする」

 まるで理解出来ない狂人の一端を見てしまったかの如く、ミカの全身に寒気が走る。
 ミカは即座に『全身飛翔鎧』を展開する。それは戦意からではなく、恐怖からの防衛反応だった。

「ああ、お前は両眼抉って殺すわ。それがクルタ族の普遍的な死に様ってもんだろ?」

 聞くに耐えず、ミカは自分から踏み込んだ。
 最速で間合いを詰め、ブレイドを振り抜き――逆に、バサラの拳が顔面に突き刺さり、呆気無く返り討ちにされる。

「おー、硬ぇ硬ぇ。殴ったこっちの手が痛むとはな」
「っ!」

 遥か後方に吹っ飛ばされながら無事着地し、顔の痛みに怒りを感じながらもミカは行けると確信する。
 オーラの差は比べるまでも無いが、『全身飛翔鎧』を纏った今、奴の打撃では此方の防御を崩せない事が証明された。

(あのおさげの少女の時のような無様な二の舞は演じない。オーラが尽きる前に迅速に勝たせて貰うよ――!)

 此方の防御に相手の攻撃が通用しない、その事がミカから余裕を呼び覚まし、冷静さを取り戻させる。
 恐らく相手は強化系とは遠い系統、具現化系か操作系の能力者だろう。相手の型にさえ嵌らなければ恐るるに足らない。

「仕方ねぇな。元々殴り合いは苦手だしよォ――本来の戦い方に戻るか」

 彼が自らの念能力を開帳する瞬間、ミカが身構えて迎撃しようとした刹那――バサラは指揮者の如く大袈裟な身振りで、ばちんと指を鳴らした。

「――ズァガッ!?」

 直後に生じたのは頭上からの度外な衝撃、装甲を貫いて皮膚を焼く膨大な熱と全身の痺れ――感電したのかと、数瞬遅れてミカは察知する。

(キルアのようなオーラを電気に変える能力!?)

 いや、違う。キルアの『落雷(ナルカミ)』のような変化系の雷ならば、術者と直接繋がっていなければ大した威力は出ない。
 変化系能力者ならば放出系の習得度は60%、オーラを自身から放す技術は苦手の部類に入る。

「暑そうだなァ、冷やしてやるよ」

 バサラは余裕たっぷりと笑いながら、再び指をぱちんと鳴らす。
 痺れて動きが鈍る身体をおして、ミカが再び来るであろう電撃に身構え――眼を見開く。
 頭上に突如現れたのは超巨大な氷塊が三つ、避ける間も無く落下して墜落し、氷塊と比べて豆粒のような彼は真正面から被弾する。
 大質量による超越的な暴力は彼の装甲を突き破り、夥しいダメージをミカに与えた。

「ぐ、馬鹿、な……!?」

 揺らぐ足を何とか踏ん張り、何とか立ちながらミカは驚愕する。
 装甲はまだ顕在だが、処々罅割れ、流れ落ちる赤い流血が目立つ。

(何だ、何だこの巫山戯た能力は!? いや、待て。明らかに変だッ! まさか幻術か催眠術か!? 既に奴の術中に嵌っているというのかっ!?)

 指を鳴らす仕草そのものが能力発動のキーであり、NARUTOの忍の幻術が如く効果を相手に与える操作系の念能力――指を鳴らすという単純な一動作が能力の発動条件?
 若干引っ掛かりを覚えるが、実際に怪我や負傷をしていないのならば――かくん、とミカの膝が自然と崩れ落ちる。
 彼は「え?」と呟く。自分の周囲に出来た自分の血による血溜まりが、喩えようも無いほど気持ち悪かった。

「――具現化系ってよォ、どうやって系統別の修行したら良いんだァ? 未だに其処ん処が不可解なんだよなァ」

 耳を小指でほじり、バサラはふぅと吐息で耳垢を飛ばす。

「原作で出ていたのは強化系と変化系と放出系のみでよォ、まぁ操作系のは大体想像出来る。念を籠めた物体を操作して訓練すれば大丈夫だと思うがよォ、具現化系の場合はどうなるんだ?」

 目の前の敵に何を呑気にお喋りしているんだとミカが疑問に思うと同時に、これと同じような場面が脳裏に過る。
 そう、これはあのおさげの少女の時と同じ――この光景に名付けて額縁に飾るならば『揺るがぬ勝者の余裕』になるだろう。

「クラピカの鎖は非常に良い例だったが、あれだと修行の完成=『発』の完成になっちまう。ソイツは具現化系の系統別の修行とはちょっと違うだろォ?」

 奇妙なほどフレンドリーに話しかけて、バサラは同意を求める。
 一瞬にして腸が煮えくり返るような怒りを胸に、再度立ち上がって切り伏せようとするが、どういう訳か、足が言う事を効かない。
 早く立ち上がれよと苛立ちを籠めて自らの足を直視し――右足が在らぬ方向に曲がって千切れかけている事に漸く気づいたのだった。

「だからよォ、オレは無差別にイメージする修行を二十年間続けたんだ。ビスケ先生の言う通り、自分の系統を中心に理想的な山型になるようになァ」

 その話の最後に「先生って言っても直接師事された訳じゃねぇがなァ、所謂『心の師』って奴さ」と付け出し、バサラは笑う。
 もうとっくの昔に勝負が付いたと、そんな事にも気づいていなかったのかと小馬鹿にするように――。

「……嘘、だな。在り得ないっ! どうせこれは幻術か何かなんだろう!? 種は割れてるんだ、いい加減解け!」
「――、っ、あははははははははははっ! おいおいおいおい、現実を認められないからって余りにも無様で滑稽過ぎるぞ! オレを笑い殺す気かよ! ああ、超腹痛ぇ! 一発も当たってねぇけど今までの攻撃で一番効いたぜオイ!」

 大爆笑し、バサラは息苦しそうに呼吸しながら指を鳴らす。
 蹲るミカの下から突如水の噴射が巻き起こり、既に身動き出来ない彼を上空に放り投げた後、地面に墜落させる。
 全身に突き抜ける激痛に悶え、地に這い蹲るミカに「お眠な頭は冷えたかァ?」と皮肉気に笑う。

「オレが辿り着いた具現化系の境地は現実を浸食する空想。これを『発』として名付けるなら――ああ、駄目だな。今日も思い浮かばねぇや」

 明確な名称を付けて固定化せず、未だに完成しない『発』未満の具現化系能力。
 方向性と固定概念が無いが故にイメージした空想を一瞬にして現実に具現化してしまえる、具現化系能力の究極形が此処にあった。

「まぁそんな事はどうでも良いんだが――」

 格好が付かないなぁと本人はそう思いつつ、まだ完全に具現化した鎧を解いてないミカを見て、口元を歪ませて笑う。

「……っ!」

 ――さながらそれは、釘に刺された昆虫の手足を千切ろうとするような。
 やられる対象から見れば、それはそれは、恐ろしいほど壊れ狂った表情だった。




 先手必勝、獣が如く獰猛な速度で飛び掛かったのはガルルだった。
 両手の五指からオーラの爪を長々と伸ばし、霞むような速度で切り付ける。
 彼の念能力『万能毒の爪(ポイズンシザー)』はオーラを鋭い爪状に変化させ、そのオーラの爪に各種多様の毒を付属させたものである。

「うおぉっと!」
(良し――顔に傷を付けれた!)

 ゾルディック家のように、幼い頃から毒物を服用して耐性を付けた彼ならばこその念能力であり(というよりもろゾルディック家の物真似であるが)、その毒の効果は相手がゾルディック家で無ければ掠っただけで勝利を齎せる代物である。
 あのおさげの少女相手に、能力を見せずに温存した理由は此処にある。勝利するには最後の一刺しで十分なのだから――。

 ――ただし、今回の相手はどうやら例外の部類だった。

 神字が刻まれた包帯まで念の爪で切り裂かれ、ヨーゼフの素顔がひらりと開帳される。
 その顔は酷く焼き爛れ、頬と鼻の骨さえ抉られて平坦にされた、眼球だけが酷く露出した見るに耐えない醜いものだった。

「――っ、化物……!?」
「人の素顔を見て化物呼ばわりとか傷付くねぇ。んー、この感触は毒か。運が悪いなぁ、相手がオレじゃなければ十分通用しただろうに」

 かたかたと異形が笑い、ガルルは知らずに足を一歩退いた。

「これは自分自身でやったもんだ。皮膚焼いて骨砕いてまた焼き切って、ああ、超痛かったなぁ」

 理解出来ない何かが笑い、直後、悪寒が突き抜け――ガルルの直感は瞬時撤退の命令を下して大きく飛び退いた。

 異形の男、ヨーゼフの腕は確かに人間の手だった。
 だが、上に掲げる過程で筋肉が肥大化し、最終的には大木の如き筋繊維の塊と化して、異形の手となりて振り下ろされた。

(な……!?)

 不謹慎にも懐かしい光景だと思ってしまったのは一種の現実逃避ゆえか。
 何物も圧潰する暴力の塊と化した腕は地を木っ端微塵に粉砕し、土埃を宙に巻き上げ――馬鹿げた大きさの破壊跡はクレーターの如くだった。

「――『千変万化(メタモルフォーゼ)』って言うんだ。ファンシーな名前とは裏腹に正義の味方側ではなく、明らかに怪人側だがねぇ。我ながらグロいし」

 異形の顔を瞬時に「ロブス」のものに変化させ、馬鹿にしたように憎たらしげに笑う。
 どうやらその顔は指定カードの一つ『マッド博士の整形マシーン』によって変えたものではなく、自前の能力だったらしいと冷や汗を流しながらガルルは分析する。

(……っ、まさかあの少女を超える念能力者が居たとは――最悪の場合、他の二人も同格の能力者か……!)

 歯軋りしながら、相手の実力を完全に読み間違え、最悪の判断ミスをしたとガルルは後悔した。

(……まずいな。ほぼ詰んでいるか)

 唯一の頼みの綱である毒も効いている様子は無い。
 ガルルの能力は右手の爪と左手の爪で一種類ずつ毒の種類を別々に設定出来る。
 右手の爪に籠めた毒は麻痺毒、左手の爪に籠めた毒は即死級の毒――何方も即効性であり、効果が見て取れない以上、全部の毒が通用しないと判断せざるを得ない。

「別に絶対必要だった訳じゃないが、千変万化の肉体に原型なんてものは必要無いしな。今じゃ、元々どういう顔だったのかも思い出せねぇ」

 限界までテンパるガルルの様子を知ってか知らずか、ヨーゼフを自分語りに浸る。
 彼からしてみれば、目の前の相手は全てにおいて取るに足らない。
 身体能力も、オーラの総量も、その念能力も、精神性も、その身に抱いた覚悟も、全てにおいて自分に劣る。

「――何かを捨てなければ得られない境地がある。生まれて十四年程度のよちよち歩きの糞餓鬼が、オレ達が先行した十年の差をどうやって埋めるのかなァ!」







[30011] No.018『代償』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/24 07:36



 No.018『代償』


「……っっ、ブック『再来(リターン)』使用、マサドラァ――!」

 一瞬の隙を付き、ガルルは見事逃走を果たす。
 遙か彼方に飛んでいく彼をヨーゼフは頭を掻いて見送った。頭を掻いた腕は血塗れであり、そもそもヨーゼフのものではなく、ガルルからもぎ取った左腕だった。

「あーあ、やっべ。逃がしちまった」

 左腕を犠牲にして一瞬の隙を作り、痛みを耐えて呪文カードを唱え切った彼を褒めた方が良いか、とヨーゼフは左腕を乱雑に捨てた。
 神字が刻まれた包帯を拾い上げ、オーラを籠め、自動的に彼の全身に巻き付ける。

「さぁて、バサラはもう終わってるだろうからルルの処に行くかねぇ。間違い無く酷い事になってると思うけど」

 久々に現れた好みに合う生贄を前に、あのヒソカとは別の意味で異なる、正しい変態が自重する訳が無い。
 ――世の中には死ぬ事より辛い事は多々ある。ルルスティの能力はその典型であり、彼が敵でなく友人である事にヨーゼフは神に感謝するのだった。




「へぇ、凄まじい念獣ですねぇ。本当に貴女は手に入れ甲斐がありますね」
「っ、いきなり何言ってんのよ!」

 念獣『迦具土』の炎の息吹が地を砕き焦がすも、ルルスティはその高い身体能力と体術だけで完全に躱し切る。

(……っ、まさかあの女より凶悪で強いプレイヤーがいるなんて――!)

 オーラの量は到底敵わないし、その禍々しさもあの少女とは別の意味で鳥肌が立つ。身体能力も今まで出遭った者と比べても断然なまでに優れている。
 それでもあのおさげの少女に打ち倒されてから『迦具土』は比べ物にならないぐらい強力になった。まるでマイが内に抱いた負の感情を動力源にするが如く、その攻撃能力を更に向上させている。

「ええ、グリードアイランドが始まった初日、一目見た時から思慕してましたから」

 本体の彼女が「はぁ?!」と驚く中、『迦具土』が飛翔してその強靭な腕から地を削り抉るほどの爪をルルスティに振るう。
 炎の粉が舞い散る中、紙一重に掻い潜って腹部を殴打するが、竜の念獣は意に関せず反撃の爪を振るう。

(痛っ、でも『迦具土』の防御力が上がっているから大した事は無い!)

 少しだけ痛がり、されども致死の爪の範囲内にいるルルスティはそのマイの僅かな挙動を見逃さず、にやりと笑った。

(ダメージの共有が早速バレちゃったか)

 だが、致命的なダメージを『迦具土』に与えられなければ本体の彼女にも支障は無いし、近寄らなければ相手の勝機など永遠に訪れない。
 既に『炎の円環』を具現化して空中に舞っているので、そう簡単には手出し出来まい。

「やれやれ、素手でモンスターハンティングとは、私の領分ではありませんがね!」

 竜の噛み砕き、回転して振り回された尾撃、一撃でも被弾すれば致命的なダメージを避けられない巨獣の猛攻をルルスティは黒衣を翻しながら回避し、その合間に何発も蹴りや拳を叩き込む。

(ああ、もう! あの女といい、コイツといい! 私と戦う奴の全員がモンスターハンターの経験者かしら!)

 彼等に共通する行動パターンは、大振りの攻撃を避けてから小技を叩き込むという動作が徹底されている事である。
 絶対に無理に攻めず、一つでも新しい挙動があれば一瞬にして距離を離し、備える。
 今もまた全周囲を一斉に焼き尽くす攻撃を前に、懐に居た筈の敵が全速力で抜け出して難を逃れる。

「これで40発。目算で6000オーラという処ですかね」
(? 一体何の――!?)

 突如、マイは自身の身体に異物感を覚え――バランスを崩して地に墜落する。
 高さにして数メートルに過ぎないが、マイは受身さえ取れずに激突し、苦しげに喘ぐ。

(――っぁ、いつの間にか相手の能力の発動条件を満たした!? 全身が重くて動かせない……!?)

 それから少し遅れて、一際大きい墜落音が鳴り響く。
 彼女の念獣もまた地に墜落し、その挙動の一つ一つに殺人的な重圧が掛かり、思った通りに動けずにいた。
 地に這い蹲って動けずにいる彼女の下に、ルルスティは飛び切り良い笑顔で近寄って来た。

「私の第一の念能力『理不尽な暴愛(バイオレンス・ラヴ)』は殴った対象に操作系の念を籠める事が出来ます。その拘束力と命令権には大した効力が無いので、貴女の意思一つで余裕で抗えます」

 この状況がシャルナークの念能力が如く、詰み状態じゃない事に希望を抱くべきなのか、既に自分の意思一つで何も出来なくなっている現状に絶望するべきなのか――恐らく後者だった。

「説明したのが不思議ですか? 因みに能力の発動条件に説明する必要は別段ありません。私の趣味です。……それにしてもあの念獣は凄まじいですね、貴女の顕在オーラの三倍で拘束しているのにまだ動けるとは」

 彼女の念獣『迦具土』は地面に這い蹲りながらも少しずつ前進し、自らの主に害する敵を殺害せんと獰猛な殺意をルルスティに一心に注ぐ。

「――与えたオーラの量が対象の顕在オーラを上回った瞬間、発動条件を満たして第二の念能力『盲愛の拘束具(ラヴ・ボンテージ)』として具現化します」

 念獣『迦具土』の全身に幾百の鎖が巻き付き、今度こそ『迦具土』の動きを完全に封殺し、完全沈黙させる。

「……っぁ!」

 また、マイにも黒革のボンテージとして具現化し、彼女の躰を余す事無く拘束する。手首はベルト型の手錠を嵌められ、後手縛りの形となる。
 足掻きようのない拘束感に恥辱と屈辱を感じながら、マイはより絶望を深めた。

「くく、私の見立て通り、拘束された貴女の姿はとても素敵ですね。これの拘束力は『理不尽な暴愛』のニ十倍ですが、命令権はありません。安心して抵抗して下さい」
「そんなぁ……!?」

 ルルスティは天使のような笑顔で理不尽な事実を語る。

 ――典型的なまでに、彼の能力は利便性よりも、自身の趣味を極限まで色濃く反映させたものだった。

 操作系能力者ならば、比較的緩い誓約で対象を完全な支配下に置く事など簡単なのだ。アンテナを突き刺すにしろキス一つにしろ、大体は一つの条件で発動条件を満たせる。
 それに自前の具現化系能力を付け足し、わざわざ条件を複雑化させて複数にするなど、要領の無駄遣いでしかない。
 無駄でしかないのだが――事、念に限っては、効果の面で理不尽なまでに強力に作用する事がある。彼の能力はその典型的な例だった。

「身動き一つ出来無くなった処を第三の念能力『絶対遵守の首輪(エンゲージチョーカー)』を進呈するのですがね。――大丈夫、とても似合いますよ」

 涙目で怯えるマイの表情を堪能しながら、ルルスティは彼女の細い首に自ら具現化した首輪を嵌め、ご満悦に締める。
 息苦しそうに喘ぐその挙動さえ、彼を興奮させる一要素に過ぎず、彼は新しい奴隷を手に入れたのだった。




「おや、まだ終わっていなかったのですか」

 完全な敗北を喫し、犬のように首輪の鎖で引き摺られたマイが眼にしたのは、血塗れになって横たわる仲間の姿だった。

「ミカッ!」
「……う。マ、イ――き、さまら、マイに指一本、触れて、みろ。絶対、許さ、ないぞ……!」

 半死半生のミカの眼に光が戻る。
 再び緋の眼になった彼は立ち上がって戦おうとし、滑って転ぶ。
 両腕もまた折られ、在らぬ方向に力無く曲がっていた。

「へぇ、まだ白馬の王子様気取りか? お目出度い奴だねぇ!」

 バサラは嬲った獲物が再び抵抗の意欲を取り戻した事に歓喜する。
 そして考える素振りをした後、怯えるマイの瞳を射抜いて、この上無く嫌らしく笑った。

「そうだ、ルル。メインディッシュをソイツに譲ってやるぜ。その方が面白そうだしな」
「バサラ、貴方も性格悪いですねぇ」

 三人が揃って大声で笑う。
 ――狂っている。マイは彼等の精神性を理解出来ないと恐怖し、彼等に挑んだ事を後悔した。

「さぁマイ、彼の眼を抉りなさい。綺麗にね」
「え? ――!?」

 いつの間にか手首の拘束が解かれ――マイは足元に居たミカの緋の眼を抉り取っていた。ルルスティの言葉を理解せずに。

「があアああああぁアああァアァ――!?」

 人とは思えない悲鳴だと、マイは他人事のように思った。
 現実感が伴わない。悪夢だと現実逃避する。されども彼女の血塗れの右手には、悍ましいほど毒々しい発色を残す緋の眼の眼球が転がり――彼女は堪らず嘔吐した。

「おやおや、吐くなんてはしたない。それに眼はもう一つありますよ?」

 ルルスティは変わらず優しげに笑みを浮かべ、マイの手はもう片方の眼に知らず知らず伸びる。
 意識ははっきりしているのに、自分の手は自分の言う事をまるで効かない。

「いやぁっ、止めて! お願いだから止めさせてぇ――!」
「や、め、てく――!」

 ぐにゅり、と吐き気がするほど生々しく温い感触と共に、彼の凄絶な絶叫と彼女の嗚咽が重なった。

「ひゃはははっ! こりゃ傑作だなぁ! 白馬の騎士様が愛しのお姫様に眼ぇ抉られてるぞっ!」
「随分と皮肉が効いた美談だなぁおい!」

 バサラとヨーゼフの笑い声が狂ったように脳裏に反響する。
 心が折れて、止め処無く涙を流すマイに、ルルスティは優しく笑いかけた。

「どうして私が対象を操作するのに此処まで手間を掛けているか、解るかい?」

 その嘘みたいな笑顔には見覚えがあった。
 中身が伴っていない空虚な笑み、彼女がそう思ったのは当然だ。彼は彼女の事を最初から人間として見ていない。

「自由意思が無い人形なんて退屈過ぎて愛せないだろう? 意識を残したまま丁寧に壊していくのが私なりの愛情表現なのさ」

 彼は気に入った玩具を愛でているだけ――それも壊す事を前提に。

「あ、あぁ、眼がぁ、僕の、眼がああぁ……!」

 緋の眼を奪われたミカは譫言のように悲鳴を零す。
 虚ろな眼窩は止め処無く血を流す。涙の如く、怨嗟を撒き散らすが如く。

「さぁて、このまま苦しませるのは少し可哀想ですね。とても不憫だよねぇ――君の手で殺すんだ。優しく残酷にね――」

 そして、マイが気付いた時にはミカの首に両手を掛け、少しずつ力を入れて締め殺す最中だった。

「いや、いやあああああああああああああぁ……!」


 グリードアイランドに居る、全プレイヤーの本の名前欄にて、ミカの横にあるランプが暗く沈んだ。





[30011] No.019『脱落』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/24 07:37




 No.019『脱落』


 独特の飛翔音は呪文カードによるものであり、コージ達は咄嗟に身構えて予期せぬ来訪者を迎える。

「お前は確かガルル、その腕……!?」

 現れたのは血塗れで満身創痍のガルルであり、彼の左腕は上腕部まで欠損していた。

「……バサラ組に挑み、敗れてこの有様だ。話を聞いて欲しい……!」
「それより怪我の治療が優先よ! 出血死するわよ!?」

 ユエとアリスは慌てて本を開き、応急処置に必要な包帯などの道具のカードを取り出し、てきぱきと処置して行く。

「……ブック、っ、あの馬鹿野郎ぉ――」

 本を開いたガルルが、泣き出しそうな声で呟く。
 彼の本の一番最初に乗っているミカの名前の横のランプは、暗くなっていた。
 また、仲間同士の位置を常に共有する為に彼等三人はお互いに『追跡(トレース)』を使っている。
 マイの現在位置は先程と変わらない。敵に合流されたのに関わらず――。

「……ミカは死亡、マイは奴等に捕まった。恐らく相手に操作系能力者が居たのだろう。これで俺達の組は脱落だ。その前提で共同戦線を組みたい。――マイを、何としてでも取り戻したい」

 涙を流しながら振り絞るように叫ぶガルルに掛ける言葉が、コージには思い浮かばなかった。
 もしも自分がユエとアリスを失ったとして、今の彼のように冷静に助けを求められるだろうか?
 恐らく出来ない。復讐の念に捕らわれ、怨敵の下に勝てぬと解っていても報復しに行くだろう。

「ジョン・ドゥ組に出遭った事は? あと彼女が『幽霊』の正体だという事は?」
「……出遭った事はあるし、アイツ以外在り得ないと確信している」

 ガルルは「そうか」と相槌を打つ。

「――奴等、バサラ組は彼女より遙か格上の念能力者だ。オレが戦ったのはロブスに化けていたヨーゼフという男だが、オーラの総量といい、その念能力といい、化物と言っても差し支えない」
「アイツよりも……!?」
「まともにやり合えば、間違い無く殺されるだろう。原作の爆弾魔で、サブとバラも一流の念能力を持っていると考えれば良い」

 今まで彼女が最強の敵と断定していただけに、コージの動揺もまた大きい。
 そんな使い手が三人組んでいるとなれば、自分達と同等の実力を持っていたガルル組の敗北も半ば必然だっただろう。

「ヨーゼフの念能力は自身の肉体を自在に変化させる、奴自身は『千変万化(メタモルフォーゼ)』と言っていたか。ユピーのあれか、戸愚呂兄みたいな奴だ。細胞すら変化させられるのか、毒に対する耐性すらあった」

 ガルルは忌々しげにやり合った一人の能力を説明する。
 恐らく変化系能力者であり、まともなダメージと成り得るのはコージの『念丸』か、ユエの大鎌による攻撃ぐらいだろう。
 未だに『発』を作れていないアリスではどの能力者も厳しいし、残り二人の能力も現状では不明だった。

「マイの能力は竜の念獣を具現化させる『迦具土』と飛翔能力を持つ『炎の円環』だ。操作状態なら戦う事になるだろう。彼女の念獣は数々の誓約によって非常に強力だが、念獣が傷付けば彼女本体も傷付き、具現化している最中に彼女が傷付けば念獣も傷付く。――念獣を殺せば彼女も死ぬ。其処だけ特に注意してくれ」

 ガルルは彼女の誓約を全て説明していく。
 ドッチボールではその能力を発揮しなかったが、非常に厄介だとコージは内心毒付く。そんな相手を殺さずに御する自信は、生憎と無かった。

(……まずいな。アリスの怪我も治ってねぇし、バサラ組が予想以上の実力者だとはな)

 才能面で見れば互いに変わらないだろうが、生きた歳月の違いが出たのだろう。
 沈黙する彼等三人を見渡し、ガルルは悲痛な面持ちで項垂れる。

「……正直言えば、この四人で協力しても勝ち目は薄い。だが、何もせずともバサラ組の次の標的はお前達の組だろう」
「指定カードを独占している以上、直接戦闘は避けれないしな」

 全面降伏か、徹底抗戦か――時間は無いが、今すぐ決断出来無かった。

「オレはあの少女にも共同戦線を持ち掛けてみようと思う。お前達はどうする? 自分達の命を優先するのならばグリードアイランドから早く脱出した方が良い」

 既に大切な仲間を失った彼には悪いが、コージは死が濃厚の勝負にユエとアリスの二人を巻き込む事など出来ない。

「……纏まらないか。お前達の結論は後で『交信』で聞こう。その時におさげの少女との交渉結果も伝えようと思うが、『交信』せずにオレの名前のランプが暗くなった場合は死亡したと判断してくれ」

 そう言って、ガルルは自身の本からカードを取り出し、彼等三人から二十メートル離れてから唱える。

「『同行』使用、ジョン・ドゥ!」

 飛んで行く彼をコージ達は見送る事しか出来なかった。
 彼に協力したい気持ちはある。だが、自分だけならまだしもアリスとユエを死地に送る事は絶対に出来ない。

「アリス、怪我はどれぐらいで治りそうだ?」
「完治にはニ、三日程度。戦闘は大丈夫」

 アリスはいつも通り強がるが、格上が相手では余りにも厳しすぎる。
 幸いにも『離脱』は二枚ある。彼女達だけでも現実世界に避難してくれれば――。

「ユエ、アリス――」
「コージが戦うと決めたなら私も残る。アリスも同じでしょ?」

 驚くコージに、アリスは当然とばかり頷く。

「いや、そうじゃなくて――」
「コージ。アンタ、自分だけ残って私達にグリードアイランドから出ろ、なんて言う気でしょ。絶対嫌よそんなの」

 お見通しよと言わんばかりにユエは怒って言う。
 ただでさえ少ない勝機をそんな事で零にするなと、ユエは叱咤する。

「アンタがする事は私達の安否を心配する事じゃなく、少しでも勝算を上げる方法を考える事っ! ほら、あのおさげの女に勝つんでしょ!」

 その最後の言葉でいつもの調子に戻ったのか、コージは「おう!」と力強く頷く。

「つってもよー、一人しか能力解ってねぇじゃんか」
「正確にはマイを含めて三人、ルルスティが操作系能力者だとほぼ確定している。最優先で倒すべきは彼女……彼?」

 アリスは冷静にガルルからの情報を分析する。
 一対一で彼等が敗北した以上、一人に対して複数で挑むしか有効な策は無い。
 ただし、相手の人数もまた四人、これにおさげの少女が加われば五人になるが――彼女が他の誰かと協力するとは思えない。何というか、そんな柄じゃない。

「敵を分断させる方法が必要って事か。他のプレイヤーを一方的に飛ばせて隔離する方法かぁ――」

 コージは譫言のように呟きながら、自分達の能力じゃ難しいと判断しかけ――呪文カードや指定カードの存在に思い至る。
 そう、此処には現実世界には無い便利な呪文カードや指定カードがあるグリードアイランドなのだ。
 それを最大限に使わずして何がグリードアイランドか。上手く行けば分断して各個撃破出来るかもしれない。其処にコージは勝機を賭ける。

「そうだ、残りの呪文カードを整理しようぜ――って、何だそのジト目は! こ、この前みたいな事はしないぞ!?」
「裁判長、前科持ちの男が何とか言ってますー」
「……有罪」




「あら、痛々しい格好ね。何かの誓約?」

 三つ編みおさげの少女はテラスの椅子で憎たらしいぐらい寛いでいた。
 新たな着衣を新調したのか、ゴスロリ服は白を基調とし、赤いリボンと黒いリボンとフリルでコーディネートされ、黒のニーソックスになっている。

(腰元に揺れる銀時計だけは同じか)

 お揃いのデザインの日傘をくるくる回しながら、片腕の敗残兵と化したガルルを見下して悠然と嘲笑っていた。
 若干青筋を立てながら、ガルルは彼女に今までの経緯を説明し、協力を求めた。

「ふーん、それで共同戦線を組もうと。うん、興味無いわ。それに貴方のカードも取引材料には成り得ない。バサラ組から奪えば一手間で終わりだし」
「……説明をちゃんと聞いていたのか? コージ組が敗れたら、次はお前の番だぞ?」

 少女の正気を疑いながら、ガルルは睨み付ける。
 既に高みの見物に洒落込んでいるのか、彼女はまともに受け止めていなかった。

「だって、その話が何処まで本当か信じる根拠が何も無いもの。その腕も狂言で罠の可能性も無きにして非ずって感じだしー、本当でも何一つ問題無いしー」

 退屈なものを見る眼で、少女は備え付けのテーブルにある飲み物のストローに口をつける。

「真面目に聞けッ! 奴等のオーラはお前をも遙かに超えているのだぞ!? それほどまでに奴等の『練』は――!?」

 必死に叫ぶガルルとは裏腹に、少女はその腹を両手で抱え、じたばたとはしたなく足をばたつかせながら大笑いした。
 何を根拠にこの少女が此処まで余裕なのか、ガルルには到底理解が及ばなかった。

「念能力者同士の闘いはオーラの多寡のみでは決まらない。それは君達の為の言葉だけど?」

 やはり狂人との意思疎通は不可能か、とガルルは早々に諦める。
 自分の命さえ度外視の者と組むなど在り得ない。そもそも今更彼女一人加わった程度で覆る戦力差でもない。何としてでもマイだけは――。


「――それにしても君さ、また逃げたんだね」


 彼女の言葉の刃が、ガルルの胸の奥に深く突き刺さった。

「私の時もそうだったね。君は戦う事を選ばず、抵抗すらせず、私に無条件でカードを手渡した」
「……何が、言いたい」

 先程の退屈な様子とは違い、少女は嬉々と邪悪に笑う。
 目の前の娯楽を堪能するが如く、少女は彼の自覚せぬ傷を切開していく。

「――いつまで自分に言い訳するのかな? 君は最後に生き残った一人を助ける気なんて更々無いんでしょ?」
「っ、馬鹿な! オレはマイを助ける為に……!」
「他の組を扇動して頑張っているよねぇ。でも、自分は左腕をもがれたから、もう彼等とは戦えない。頗る丁度良い言い訳よねぇ」

 左頬を釣り上げて笑う少女はスカートのポケットから一枚のカードを取り出す。
 ガルルは咄嗟に後退し、『堅』の状態で待ち構え――そのカードの正体を目の当たりにして驚愕する。

「ゲイン――コイツの悪い処を全部治してやって。頭とか致命的だし、心とかもうとっくに折れてるだろうからさ」

 カード化が解かれ、現れたのは女神じみた存在であり、「お安い御用」とその吐息と共にガルルの怪我は完治し、消えて行った。

「な……!?」

 欠損した左腕が何ら違和感無く此処にある。その最大の違和感に動揺しながら、ガルルは彼女を見返す。
 彼女が独占するSSカード『大天使の息吹』――超貴重な指定カードのそれを、少女は躊躇わず使い捨てた。

「さぁて、これで都合の良い言い訳は消えたね。頑張ってお姫様の救出とか殺された幼馴染の復讐とか励んで頂戴」

 今の汗だくのガルルの表情を見て、おさげの少女は彼の心の葛藤を見透かして心の奥底から嘲笑う。

「――次にその不出来な顔を見せたら、私自らが殺してあげるわ。『左遷(レルゲイト)』使用、ガルル」

 島の何処かに飛ばす呪文カードを唱え、目の前にいたガルルは何処かへ飛ばされる。
 少女がジュースのストローを吸い、若干音が鳴る中、建物の影にいた彼はひょっこり現れた。

「どうして彼が立ち向かえないと判断したのです?」
「誰も彼も物語の主人公のようには振る舞えないって事よ――友人を殺された、片思いの女を攫われた。それで冷静に動ける人間はね、何処か歪に壊れているものよ。あれは何処も壊れてないもの」

 確かに彼はあの重傷に関わらず、冷静に思考し、理性的に行動していた。
 この異常事態に置いて欠片も揺らがぬ事こそ異常だと、言われた後にユドウィは改めて納得する。

「あれはね、慎重と臆病を履き違えている類の人間かな。安全策ばかり練って上手く立ち回れるけど、此処一番で最後の一線を越えられないタイプ」

 自覚していないのが救い難いと少女はせせら笑う。
 此処に飛んできたガルルの様子は、彼女が最も残念に思った討伐隊のプロハンター「ノヴ」の脱落した有様を強く連想させた。

「くく、貴女は残酷ですね。このまま挫折して生きるか、勇気出して死ぬか。そんな理不尽な二択を彼に突き付けたのですから」
「あら、十分優しいでしょ。欠損した腕をSSランクの指定カードを使ってまで治してあげたんだから」

 オリジナルの引換券はあと十枚ほどあるので、かなり無駄遣いしても他の組に『大天使の息吹』が渡る事は在り得ないが――。

「そうだ、一つ賭けをしない?」

 それでも、少女は淡い期待を胸に抱く。
 果たして無意識の内に心折れている彼は、敵わないと認めた上で自身より遙かに強大な敵に立ち向かえるのか、その答えを見届けたくて――。





[30011] No.020『離脱』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/25 07:22



 No.020『離脱』


「――っ」

 おさげの少女によって飛ばされた先、ガルルはふらりと倒れ崩れる。
 負傷は『大天使の息吹』のお陰で完治しており、貧血も解消されている。それなのに膝が震えて立てない理由を、彼は自分自身で掴めずにいた。

『――それにしても君さ、また逃げたんだね』

 彼女の言葉が鮮やかに蘇る。気分が一気に悪くなり、視界が歪んで目眩がする。この吐き気の原因が一体何なのか、全く理解出来ない。
 いいや、仮説は立てられる。だが、それを認める事は断じて――。

『自分は左腕をもがれたから、もう彼等とは戦えない。頗る丁度良い言い訳よねぇ』

 違う。むしろ、一戦力として復帰出来た事を喜ぶべきだ。
 本来ならば指定カード全て渡しても『大天使の息吹』を使って貰える可能性など皆無であり、望外な事だ。彼女の気まぐれによって最良の未来を得た事を感謝するべきだ。

 それなのに何故――自分は、此処まで無様に震えているのか?

 今更死ぬのが怖いのか。否、マイを助けられない方が余程悔しい。あんな奴等に捕まって無事で済む訳が無い。一秒でも早く救出しなければ――。

(……勝てる、のか? 本気を出さずに遊び半分の相手に片腕を奪われる始末、リーダーのバサラはミカを殺す程の実力者――オレ如きが、敵うのか?)

 身体の震えが止まらず、全身に伝播する。寒い、居ては居られない。
 ――怖い。そう、これが恐怖だと思い知り――とっくに立ち向かえないと結論付けている自分に彼は漸く気付いた。気付いてしまった。

「嘘、だろ? ……おい、オレ、しっかりしろ、よ……!」

 ずっと見ぬ振りをしていた。冷静にバサラ組に対抗しようと行動出来たのも、左腕を失った自分は戦闘には参加出来ないという免罪符が何処かにあったからだ。
 それを見抜いたあの女はその免罪符を破り捨て、誤魔化しようの無い事実を突き付けた。

「あ、あぁ――!」

 もう一度、あんな巫山戯た奴等に対面する? 冗談じゃない。無駄死するだけだ。ただ無惨に殺されるだけだ。
 マイもミカも敵わなかった。自分が敵う道理など何処にも無い。
 同程度の実力者であるコージ組と協力しても結果など変わるまい。
 此処で戦略的撤退を選択するのは、臆病でも卑怯でも何でもなく、当然の選択。これ以上無為な犠牲を増やすべきではないという懸命な判断だろう。

 ――それでも、敵わないと解っていて、ミカは最後まで逃げなかった。

 最後まで抗い、そして奴等に殺された。引き時を誤るなんて愚かすぎるほど馬鹿な奴であり――同時に、ガルルには死んでも真似出来なかった。
 死ぬのが怖い。当たり前だ、この世界に死以上の恐怖などあるまい。勝算無き蛮勇は気高き勇猛とは違う。
 自分は、物語の主人公のようになど絶対に振る舞えない――。

「は、はは……」

 これでは死んだミカにも、協力を要請したコージ組にも顔向け出来ない。
 受け止められる許容量を遙かに超えて、正常な判断を下せない。

 彼の本には、一枚だけ『離脱』がある。それが一筋の光明のように思えた。

 コージ組には自分のランプが消えれば死亡扱いにしてくれと伝えてあるし、それで彼等もバサラ組から手を引くだろう。
 数の上で負けていて、実力も負けているのだから、無条件降伏して生命だけは助かるだろう。
 それでも挑むというのならば、それはガルルの責任では無い。彼等自身の責任になる。自分のせいでは、ない。
 ガルルは虚ろな瞳で「ブック」と本を開き、フリーポケットに仕舞った『離脱』を手にする。指先の震えが止まらず、地面に落としてしまう。

(……すまない、すまない! 駄目だ、駄目なんだ。ミカ、マイ……! オレは、立ち向かえそうに、ない……)

 心が、折れる。許しを請いながらガルルは『離脱』を拾おうとする。


『――良いか、一度だけしか言わない! 僕はマイの事が好きだ』


 何故、今思い出したのだろうか?
 それは何時ぞやの宣言、彼の心の奥深くに仕舞い込んだ、ミカとの数少ない会話の一つだった。

『ガルル、君もマイの事を大切に思っている事は僕でも解っている。非常に不愉快で腹立たしいけどね』

 先にマイが寝静まり、サシで話したいと珍妙な提案をしたミカはそんな事を堂々と宣言し、呆気に取られたガルルはどんな言葉を返して良いのか解らなくなった。
 言うまでもなく、ミカの事など嫌いであり、永遠に相入れぬ仲だと自覚している。その思考も思想も意見も、致命的と言って良いぐらい合わない。

『――彼女が何方を選ぼうが、絶対に護り抜くと約束しろ。まぁ十中八九、この僕を選ぶだろうがね』

 その言語に、自分は何と返しただろうか。今は、思い出せない。

『ふん、君に言われるまでもない。例え選ばれなくても、彼女は僕が死んでも護るさ』

 そして、ミカは本当に死んだ。自信過剰の夢想家は、確かに自身の言葉を貫き通して殺された。
 日頃からあらゆる分野で張り合ったのに、彼は先立って、もう、永遠に敵わなくなってしまった――。

「……ああ、クソッ、甘ったれていた! お前が居ないんじゃ、もうオレしか助けられないじゃねぇか……!」

 落ちていた『離脱』を拾い上げ、本のフリーポケットに乱暴に叩き込んで、ガルルは自分の顔に全力で拳を叩き込んだ。
 痛い、怖い。逃げたい、助けたい。――もう一発、折れた心を叩き直そうと拳を叩き込む。
 涙が出るほど激痛が走り、鼻血が出たが、恐怖は大分緩和された。
 フリーポケットから『交信』を取り出す。後戻りは、もう出来ない。有りっ丈の勇気を振り絞って、ガルルは呪文カードを唱えた――。




「ちぇっ、こりゃ『念視』の無駄遣いだったなぁ」
「『暗幕(ブラックアウトカーテン)』じゃなくて永続効果の『秘密のマント』ぽいね」

 少しでも勝率を上げるべく、コージ組はバサラ組に対して『念視』を使ってフリーポケットの呪文カードを盗み見しようとしたが、間を置かずに唱えた二枚は無情にも効果を発揮せずに消えて無くなる。
 呪文カードの『暗幕』は一度限りの効果で重ね掛けが出来ない為、装備しているだけで『暗幕』の効果を永続的に発動する指定カード『秘密のマント』を身につけていると見て間違いないだろう。
 カードを補給出来ない現状で無駄を強いられたのは、かなりの痛手であった。

「上手く行けば即座に三人とも排除して一人孤立させられるけど、本を開いて『城門』があれば最大十五秒間の猶予が出来ちゃうね」
「もう一つ、相手が『身代わりの鎧』を身につけていれば作戦が根本的に破綻する」

 こうなれば当初の予定通りしかないとユエは少し不安になりながら呟くが、アリスは最悪の可能性を示して危惧する。

「まぁあんな目立つもん身につけていれば解るだろうし、ソイツには呪文カードの方の『離脱』を二発ぶち込もう」

 それを使えば万が一の脱出手段を失うが、複数を一気に相手にするよりは遙かにマシだろう。
 時間を稼げるならもっと良い手段を講じれそうだが、生憎にもその執行猶予は相手の気分次第と来た。
 それで無策から此処まで練れたのならば幸いと言うべきだろう。既に必要なカードはアイテム化し、覚悟も完了した。後は――。

『他プレイヤーが貴方に対し『交信』を使用しました』

 コージの本からのアナウンスに少しばかり緊張が走る。

『――ガルルだ。おさげの少女との交渉は決裂した。残念ながら彼女の手は借りられない。お前達はどうする?』
「まぁ、最初から宛にはしてないさ。俺達はアンタに協力する。奴等をハメる作戦を説明するから一度合流してくれ、場所は――」




「流石に簡単にはいきませんね」

 本の最後のページにセットされた『念視』の消滅を見て、ルルスティは溜息を吐いた。
 自分達も『秘密のマント』で対策しているのだ、他の組も手に入れて装備している可能性は幾らでもある。
 出来れば相手の組の『同行』や『再来』などの移動系呪文の数を把握して置きたかっただけに、不確定要素として燻る。

「別に相手の呪文カードなんて気にする必要もねぇだろ。呪文カードは『幽霊』によって供給不能になってやがるし。ちゃっちゃと殺して終わらせようぜ」
「それはそうと、カード奪ってから殺せよー」

 ヨーゼフは面倒そうに「几帳面過ぎるんだよ」と文句を言い、バサラも適当に扱う。
 実力面は間違い無く格下なので真っ向勝負ならばガルル組と同じく早々に片付くだろうが、呪文カードで逃げられては元も子も無い。
 ルルスティは仕方ないかと諦める。あの忌々しい『幽霊』によって呪文カードを独占されている今、向こうの組も呪文カードの入手に梃子摺っている。

「それはそうと、それ、使い物になるのか?」

 バサラは指差す。着ていた衣服を全て破り捨てられ、具現化したボンテージでくすみのない素肌を拘束されるマイの瞳には生気が完全に失せ、深い闇に鎖されていた。
 少し遊びすぎた結果、泣き疲れて涙すら蒸発した彼女の反応が非常に薄い。もう壊れたかとバサラは懸念する。

「大丈夫ですよ。見かけによらず丈夫ですし――」
「ぁ――っ!?」

 そう言って、ルルスティは首輪の鎖を手繰り寄せ、その唇に口付け、彼女の舌を思う存分蹂躙する。
 ルルスティは十分堪能した後、惜しげに唇を離す。
 二人の交わった唾液が糸を引いて途切れ、マイは羞恥と屈辱、殺意と憎悪と絶望を織り混ぜて睨み返した。

「能力の方も素晴らしい。本当に念という物は奥が深い。何が切っ掛けになるか解りませんね」

 まだまだ元気に反抗する奴隷を嘲笑いながら、ルルスティは自信を持って断言する。

「それじゃ行くぜ。一応分担決めとくぞ。オレは黒髪のガキ、ヨーゼフは銀髪の女、ルルは金髪のガキで。おっと、腕ずくの交渉になったらの話だがな」
「むしろ最初から力尽くで良いんじゃね?」
「まあまあ、無条件で指定カードを手に入れれるのならばそれに越した事は無いですよ」

 バサラは本を開き、一枚のカードを取り出して本を仕舞う。

「『同行』使用、コージ!」

 そして光となって四人はコージ組の下に辿り着く。
 十数メートル先に立つのはコージ、ユエ、アリス――そして、彼等が逃した一人だった。

「あ、テメェこんな処に――!?」

 彼の異常に真っ先に気付いたのはヨーゼフだった。
 何故ならば、彼自らがもぎ取った筈の左腕や刻んだ負傷が、綺麗さっぱり消えていたのだから。

「そうか、テメェら『幽霊』の正体に辿り着いていたんだな!」

 ヨーゼフが嬉々と叫び、バサラとルルスティもまた彼に集中する。
 腕の欠損を完璧に治癒する、そんな事が可能なのは『大天使の息吹』だけであり、バサラ組が掴めなかった『幽霊』の手掛かりを彼が握っている事の証明だった。
 高揚しながら三人は笑う。まさか独占された指定カードを奪うついでに『幽霊』の足掛かりを掴めるとは一石二鳥、いや、まさに天恵だった。
 何としてでも生かして情報を吐かせなければ――精神的な興奮が先立ち、バサラ達は彼等の口元が動いていた事を見逃してしまう。
 瞬間、彼等の背後から呪文カードらしき光が三つ飛んでくる。一つはバサラに、もう一つはヨーゼフに、最後の一つはマイに――。

(っ! 何の呪文だ!? まずい、本を――!)

 一番早く反応したバサラが「ブック」と唱えて十五秒の猶予を得ようとし、それより早くアリスが何かを持って叫ぶ。

「――!」

 その声は人の聴覚では捉え切れない音域に達し、聞き取れずに天から雷撃が落ち、バサラから本を開く余地を奪った。

(っ!? 『天罰の杖』!? しまっ――!)

 光が当たった瞬間、彼等の姿はグリードアイランドから完全に消失する。
 それを確認して見届けたガルルは呪文カードを取り出し、唱えて――唯一残ったルルスティは此処に居る全員と一緒に何処かへ飛ばされる。

「っ……!?」

 周辺を見回すが、他に援軍はいない。ガルルはもう一枚のカードを取り出し、唱えて此処から跡形も無く消失する。
 恐らくは『離脱』の効果であり、数瞬先に戻ったマイを止める為だろう。

「……やられましたね。『ウグイスキャンディー』と『挫折の弓』ですか。本を出す間も無く分断されるとは……!」

 この飴を舐めると、次に何かを飲食するまでの間、どんな声でも自在に出す事が出来るようになる『ウグイスキャンディー』で人の聴覚では聞こえぬ発声域まで上げて唱える呪文カードを隠蔽し、『離脱』十回分の『挫折の弓』で邪魔者を排除してから最後の一人である自分を『同行』で連れ去るとは、ルルスティは屈辱の余りに全身を震わす。

(一方的に狩る立場だっただけに、嵌められるとは欠片も考えてませんでしたね。これで私達のフリーポケットの三分の二が消滅し、指定カードの独占が崩された……!)

 よもやこんな雑魚に此処までしてやられるとは思いもしなかった。ルルスティは怒りに我を忘れながら自嘲した。

「あーあーあー。カードを渡してマイへの念を解けば、生命までは取らない」
「おやおや、私も見縊られたものですね。貴方達は二つほど勘違いをしている」

 声の調子を確かめながら出されたコージの降伏宣告に対し、ルルスティは凶悪な笑みを浮かべて返す。

「一つは彼が僕のマイを止められない事。何分足止め出来るかどうかのレベルですよ、今の彼女はね」

 彼女の念獣は本体の憎悪と自責、絶望などの負の感情を喰らってより強大になっている。
 彼を殺してグリードアイランドに戻るまで、それほど時間は掛からないだろう。もう一人の仲間を殺した彼女を愛でられないのが残念で仕方なかった。

「もう一つは君達の勝算です。君達程度を殺さずに片付けるなんて私一人で十分ですよ」

 ルルスティは『練』でオーラを練り上げ、格の違いを思い知らせる。
 コージ達は即座に飛び退いて『堅』状態で身構える。子供と大人――それぐらいまでに彼のオーラは隔絶していた。

「バサラはともかく、ヨーゼフだと殺してしまう恐れがありましたから逆に好都合です。此方のフリーポケットを消滅させた報いは兆倍にして受けて貰いますよ――」

 こうして、バサラ組とコージ組の戦端は開かれたのだった――。



[30011] No.021『決戦』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/25 07:11



 No.021『決戦』


「クソッ、アイテム化したカードもフリーポケットも全部台無しだっ! まさかこんな方法で独占が崩されるとはなッ!」
「どうするんだ!? 流石にルルでも一人じゃヤバいし、走って行くにも時間掛かる! それに同じ場所に居る保障はねぇぞ!?」

 走る、走る。バサラとヨーゼフの二人は脇目を振らず、全速力で大草原を疾駆する。
 スタート地点のシソの木を北上して懸賞の街アントキバを目指す。

「ヨーゼフ、街に入ったら二手に別れるぞ! 誰でも良い、他のプレイヤーから移動系の呪文カードを奪って飛べッ! ルルが殺られる前に何方か合流出来れば俺達の勝ちだ!」
「おう! 俺達が行くまで無事でいろよ、ルル……!」

 もう十数年の付き合いとなるルルスティの実力は二人とも絶対の信頼を置いている。
 あの程度のガキどもに遅れを取るとは思わないが、万が一という事も在り得る。

 ――仲間の事を大切に思うのに、善人も悪人も関係あるまい。

 親友の安否を気遣い、彼等は一秒でも早く辿り着く為に必死に疾駆するのだった。




 ――『離脱』で現実世界に帰還したガルルは真っ先にグリードアイランドの本体とメモリーカードを確保し、ジョイステーションを破壊する。
 これでグリードアイランドに行くまで相当手間が掛かる。即座に再ログインされるという最悪の事態を免れた。

「マイ!」

 後は操作状態の彼女を麻痺毒で無力化させ、念の解除を待てば良い。
 最大の山場は過ぎ去った。安堵しながらガルルはマイと対峙する。

(……何だこの趣味全開のボンテージに首輪はっ!)

 こんな能力にした彼はとんでもない変態だと心の中で毒付きながら、ガルルは彼女が生きていた事を神に感謝する。
 無感情で何処か危うい雰囲気を纏うマイは、暗い瞳で横たわる何かを凝視して完全に固まっていた。

(……っ!)

 鼻に突き刺すような異臭と共に、それが誰の死体なのか、ガルルは歯を食い縛りながら理解する。
 四肢は在らぬ方向に折れ曲がり、両眼を抉られ、極めて凄惨な形相で絶命したミカだった。
 十中八九死んだと覚悟していたとは言え、遣る瀬無い。
 マイは呆然とした顔で涙を流し、漸くガルルの存在に気付いた。

「ガル、ル――」
「マイ! 意識はあるのか!? もしかして離れた事で操作状態が切れた、のか?」

 距離に何らかの誓約があり、操作状態が切れたのではとガルルは自分に都合の良い希望的観測を抱く。
 そして、次の彼女の言葉は余りにも甘すぎるその儚い希望を、木っ端微塵に砕くものであった。


「――ミカはね、私が殺したの」


 マイは壊れたように笑いながら、涙を流す。
 まさかの告白に、ガルルは思考が真っ白になった。

「緋の眼を抉り取って、首を絞めて――ほら、酷い顔でしょ? 当然、よね。私に殺されるなんて、夢にも思ってなかった、でしょうね」

 ――史上最悪の念能力だ。彼女の状態は操作系の真髄とも言える精神操作ではない。物理的な操作――正常な意識を保った上で、主の命令に逆らえない絶対的な強制力。それで奴等はマイにミカを――。

「ミカの血で汚れて、アイツらに何度も穢されて――ごめん、なさい、ガルル。もう生きてる価値すらないのに、死ぬ事すら、許されない……!」

 人の心に修復不能の傷痕を刻むのに時間は余り掛からない。
 ルルスティの嘲笑う声が脳裏に響く。ある意味、マイの心はもう手遅れだった――。

「逃げ、て。でないと、ガルルまで殺しちゃう……!」

 四肢に『炎の円環』を具現化し、涙を流すマイは念獣『迦具土』を呼ぶ。
 誇り高き純白の竜の念獣は、今やその面影すら残っていない。
 その鱗を闇より暗い漆黒に染め、狂ったように咆哮を轟かせる。
 今までとは比べ物にもならない、殺意と憎悪と狂気と、彼女の積み重ねた自責の具現が、其処にあった。

「マイィィィ――!」

 狂ったように暴れる『迦具土』から灼熱の業火が放たれ、ミカの死体諸共、彼等の本拠地を木っ端微塵に焼却する。
 ――絶対に護ると亡き友に誓った。その約束だけを胸に、ガルルは勝ち目の無い勝負に身を投じたのだった。




(一対三。負ける気はしませんが、能力が判明しているのはコージ一人ですか。時間稼ぎしつつ、無力化しましょうか)

 ユエの大鎌の一閃を悠々と躱しながら、ルルスティはコージとアリスの出方を覗いながら回避に専念する。
 特に強力な放出系能力者で『霊丸』を必殺とする彼の動向は特に注意していた。
 幾らオーラで上回っていても、レイザーの球と拮抗するような馬鹿げた一撃は絶対に食らいたくない。

(――『絶対遵守の首輪』は残念ながら一人限定の念能力、まぁ『盲愛の拘束具』で物理的に拘束して寝取りますか。愉しみですねぇ)

 ユエとアリスの未成熟な肢体を邪な眼で視姦しながら、ルルスティは下品に笑い、彼の嫌らしい表情に鳥肌が立ったユエは一層攻めの手を強める。

(レイザーとの試合から強化系と推測出来ますが――オーラを刃状に変化させ、飛ばす事も出来るとは。ゴンと同レベルの発想ですが、中々厄介ですね)

 攻防力90程度のオーラで振るわれる大鎌は、オーラの防御が浅い箇所ならば皮膚を傷付ける程度の威力とルルスティは冷静に分析する。
 負傷を覚悟に打ち込めば楽に仕留められるが、その致命的な隙を二人に突かれるのは非常に痛い。

(一人一人封じていきますか)

 ルルスティはユエの大鎌を回避しながら、足で地面の処々に『隠』で隠蔽しながら念を籠める。
 第一の念能力『理不尽な暴愛』はオーラによる物体操作であり、対象が人間でなくても発動可能である。
 ただし、人間――というより彼の観察眼に叶った美少女以外に思い入れが欠片も無いので、単なる物体操作ではその性能が著しく低下してしまう。

(それ故に『盲愛の拘束具』と組み合わせる事で効果を発揮するのですが)

 直接対象の身体にオーラを蓄積させ、一気に拘束するのが彼の必勝法だが、この二つの能力は変則的に使えない訳でもない。
 否、性質が悪い事に強力無比な型を持ちながら、ある程度応用出来るほどの器用さを持つ念能力だった。
 ルルスティは意図的に後退しながら、ユエをある場所に誘い込む。『隠』で見辛くした『理不尽な暴愛』が籠められた地点に――。

「……っ! ユエ足元っ! 地面に『凝』だッ! 他に八箇所もあるぞっ!」

 此方が誘導している事を察知されたのか、周囲で機会を探っていたコージにオーラを眼に回されて仕掛けが見抜かれたようだ。
 ルルスティは構わず『盲愛の拘束具』を発動させる。

「――うわぁっ、危なっ!」

 ユエはコージの言葉に咄嗟に飛び退き、一瞬後に具現化した足を挟む罠(トラバサミ)がガチャンと空振りする。
 ルルスティが『盲愛の拘束具』で具現化出来る拘束具は多種多様であり、それが彼の戦略性を広げる要因となっている。

「……なっ!?」

 続いて八箇所から鎖が具現化し、一斉にユエを拘束せんと飛翔する。
 彼女は身体を無理に反らし、大鎌とそれを持つ右手を雁字搦めにされる。

(間接的になる『盲愛の拘束具』は直接的の時より遙かに劣化してしまう。拘束力は余り期待出来ませんが、足止めには十分でしょう)

 ユエは焦って力尽くで鎖を千切ろうとするが、八本まで束ねられると簡単には壊せない。
 その致命的な隙を逃さず、ルルスティは即座に踏み込んでユエの腹部に連打を叩き込みながら、背後から来るアリスの蹴りを左腕で容易に受け止めて掴み上げる。

(迂闊でしたね。直触りが最も効率良くオーラを籠められ――!?)

 二人に構う隙にルルスティはコージに懐に潜り込まれ、無防備な腹部に強烈な掌底を受ける。
 受ければ数メートルほど吹っ飛ぶほどの放出系の攻撃――その衝撃でアリスの足を手放してしまい、チャンスとばかりにコージは追撃の霊丸を全力で撃ち放った。

「――っっ!?」

 吹き飛びながらも地面に足が一度付いた事が幸いだった。
 咄嗟に地面にオーラを籠めて、即座に『盲愛の拘束具』で鎖を具現化して自分の左腕に巻き付かせ、引っ張った力で横に軌道をずらして即死の霊丸を回避する。

「危ない危ない、惜しかったですね」

 少しだけ冷や汗を掻きながらルルスティは余裕を見せる。
 腹部へのオーラ攻防力移動は完全に間に合っており、ほぼノーダメージだった。

「ちっ! ――ユエ、アリス、大丈夫か!?」
「大丈夫! 全然痛くない!」

 ユエの顕在オーラはルルスティの目算で2400、アリスは2700――ユエにはあの一瞬で五発、3000ほどのオーラを蓄積、足を掴まれたアリスはあの一瞬で規定値に達する。
 直触りでのオーラの蓄積は彼の神速と言うべき『流』の速度に比例する。5000ほどのオーラを常に纏う彼には楽な値だった。

(あの異常な防御力を誇る竜の念獣でなければ、こんなものですね)

 条件は既に達成され、彼の第二の念能力『盲愛の拘束具』が発動した。

「え!? ちょ、何これぇ!?」
「っ!? これ、は……!」

 二人の少女の躰に拘束具が具現化され、完全に動きを封じる。

「ユエ、アリス!?」

 拘束されて抵抗出来ない彼女達の肢体を舐め回すように愛でたいが、生憎と邪魔者が一人居るのが残念でならない。
 これで早くも一対一となり、数の有利は消え去った。ルルスティは笑顔で凄んだ。

「男を縛る趣味は無いので、手足の四本ぐらい覚悟して貰いますよ?」




「おっと其処のおさげの嬢ちゃんすまねぇな、『同行』か『磁力』を渡せば生命だけは助けてやる。あるなら早く出せや」
「? 白昼堂々寝言を吐くなんて変わった趣味だね。全身包帯の変態で夢遊病とは可哀想過ぎて同情するわ」

 


 バサラ・ヨーゼフ・ルルスティ組

 ルルスティ(♂24)
 操作系能力者

 【操】『理不尽な暴愛(バイオレンス・ラヴ)』
 
 対象に操作系のオーラを籠める。
 その効果は蓄積したオーラの量に比例する。
 人間――特に彼の鑑識眼に叶った美少女には特に効力を発揮する。その反面、生物外の物体への干渉力は弱い。

 【操/具】『盲愛の拘束具(ラヴ・ボンテージ)』

 『理不尽な暴愛』からの派生能力。
 直接的に且つ、相手の顕在オーラを上回る量のオーラ、人間の女性限定の条件付きで拘束力が二十倍向上する。
 間接的な具現化になるとその効力は著しく低下する。
 此処までは除念能力に頼らず、物理的に破壊する事が可能。

 誓約では無いのが、本人の趣向故に、男性に対して直接的なやり方で使用する事は絶対に在り得ない。男のボンテージ姿なんて(以下略

 【操/具】『絶対遵守の首輪(エンゲージチョーカー)』

 『盲愛の拘束具』が発動した者のみ、具現化した首輪を取り付ける事が出来る、一人限定の絶対的な命令権。
 彼の愛の結晶であり、当然の如く変態的に歪んでいる。
 この最終段階まで来ると、『盲愛の拘束具』にまで物理的な破壊に耐性を持ってしまい、除念能力でなければ外せない。
 死ねば自動的に首輪が解除される(死体は動かせないし、操れない)




[30011] No.022『虐殺』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/27 06:24



 No.022『虐殺』


「――おい、マジでぶち殺すぞ? 良いからさっさと『同行』か『磁力』を出せ」
「ねぇ、さっきから誰に物言ってんの? 何なのかしら、この愚かな身の程知らずは」

 まるで会話が噛み合わず、ヨーゼフは殺意と苛立ちを顕にした。
 白いゴスロリ服を着たおさげの少女もまた同様の反応を示し、臨戦体制に入る。
 彼女の身体から漲るオーラはコージ組よりも上等なものであり、まだグリードアイランドに此処までの実力者が居る事にヨーゼフは内心驚いた。

「なるほど。嬢ちゃんもその歳で中々の使い手だ。賞賛するぜ」

 確かにそれほどの強さを持っているなら己に過信の一つや二つぐらいするだろう。
 ヨーゼフは手っ取り早く『練』でオーラを練り上げ、圧倒的な差をその紅眼に見せつける。

「これで格の違いって奴を理解しただろ? オレは大人だからな、暴言の一つや二つぐらい聞き流してやる。『同行』か『磁力』を寄越せ」

 迸る怒気を籠めてヨーゼフは少女を脅し――されども、少女の口元は歪ませて、満開の笑みを浮かべた。

「くく、あはははっ! 本当に嬉しいわぁ、このグリードアイランドで手加減しなくて良い相手が居るなんて。――『同行』使用、ソウフラビ」

 本すら出さず、少女はそんな事を囀り――在り得ない事に、独特の浮遊感を経てヨーゼフは共に飛ばされた。

(本を出さずに呪文カードが発動しただとォ!?)

 その異常を可能とする唯一の存在を、彼は知っていた。彼等が探し求め、見つからないと結論付けた最終対象――。

「まさかテメェが『幽霊』かッ! コイツは良い、飛んで火に入る夏の虫か、怪我の功名って奴だなァ! テメェの隠し持つ指定カード全部を渡して貰おうか!」

 ルルスティの方はバサラが何とかするだろう。今、この少女から指定カードを奪えばそれで晴れてゲームクリアとなる。
 予期せぬ幸運にヨーゼフは歓喜した。
 まるで運命だ。飛び切りの不運に見舞われたと思ったが、もはやこれは自分達の組がゲームクリアしろという神からの天啓だろう。

「不貞不貞しい奴だねぇ、まな板の上の鯉の分際でさ」

 おさげの少女はくつくつと笑う。それは憐憫であり、同時に嘲笑であった。
 ――おかしい。今、この少女が浮かべて良い表情は圧倒的な敵に対する恐怖と畏怖、これから行われる一方的な殺人劇への絶望だけである。それなのに何故――。

「ハッ、勘違いも此処まで来れば大したもんだ。嬢ちゃん程度の発展途上の『練』じゃオレには――」


「『練』? そんなの此処に来てから一度も使ってないわよ」



 今の段階で中堅ハンターの領域を超える程の量のオーラを纏いながら、彼女は心底不思議そうに言った。
 ヨーゼフは「は?」と呟いた。空耳か聞き間違えか、在り得ない言葉を聞いた。彼の反応はまさにそれであった。

「何奴も此奴も柔でさぁ、使ったら戦闘にもならないからねぇ。その分、アンタは合格。――簡単に殺されないでよ?」

 そして、彼女はグリードアイランドに入ってから初めて『練』を使った。

 ぞわっと、人間とは思えない禍々しいオーラに全力で身震いする。
 彼女を中心に渦巻く凶々しいオーラの規模は、彼が遭遇した中で最強格を誇るレイザーをも超越していた。
 此処に至ってヨーゼフは何方が力量の差を勘違いしていたのか、否応無しに思い知る事となる。

(……な、何だこの馬鹿みたいなオーラはッ!? このオレの倍、いや、三倍以上だと……!? 在り得るのか、こんな不条理がァ……!)

 こんな少女が、自分の半分も生きていない小娘が、何故此処までの力を得られたのか、ヨーゼフは全身からカタカタと震える。
 才能の違い? 血統の違い? そんな些細なものなど、飽く無き努力と修練の果てに凌駕して行った。何が何でも、今の彼女の存在を認める訳にはいかなかった。

「――ッ、外見年齢と実年齢が違うパターンか!?」
「失礼ね、私はビスケとは違ってぴっちぴちの十二歳よ?」
「っっ、巫山戯るなァッ! 高々十二年程度で其処まで鍛えられるかよオオォッ!」

 それはヨーゼフの魂からの叫びであり、少女は天使のような微笑みで心の底から嘲笑った。

「一ヶ月で十分間」

 一体何の事か、錯乱状態にあるヨーゼフには察せず、構わず少女は続けた。

「ビスケが言っていた『練』の時間の事さ。私はね、念に目覚めてから九年間、一日足りても欠かさず『練』の鍛錬をした。――才能無かったのかな、ゴンやキルア達のように一ヶ月間で二時間も『練』の持続時間を増やせなかったけど、十分間ずつ伸びていった。まぁグリードアイランドに来る前に成長限界に達しちゃったのか、カンストしちゃったけどねー」

 ――もしも、彼女の戯言が真実だとすれば、一年間に二時間ずつ『練』の時間を伸ばし、今や十八時間も持続出来る程の化物、という事になる。
 ヨーゼフでも最高に調子が良い時でも六時間程度が限度なのに――彼と彼女の差は、余りにも不平等だった。

「さて、お喋りは此処で終わり。安心して死んでね」
「っ、舐めんなよこのクソガキがアアアアァ――!」

 ヨーゼフは獣が如き咆哮を上げ、自らの肉体を最高の殺戮兵器に作り変える。
 これが変化系の真髄だと言わんばかりに、純粋な破壊のみに特化した筋肉へと豹変し終え――一つに束ねられたおさげを背中に揺らす少女は、完全に見下しながら率直な感想を述べた。

「やぁねぇ、醜い顔――」

 ぷちんと頭の中の何かが切れ、ヨーゼフは怒りに任せて突進した。
 掠っただけで粉微塵になるような暴力の塊に、少女は正面から立ち向かった。
 大木の如き異形の魔腕から振るわれる拳打は全て空振り、少女の細腕から繰り出された拳がヨーゼフの顔を何度も盛大に殴り飛ばす。

「グオォッ!?」

 あんな、掴めば折れそうな細腕から無視出来ないほど重いダメージが叩き出され、蓄積する。
 咄嗟に苦し紛れで繰り出した蹴りは膝打ちで迎撃されて骨を粉砕され、全オーラを纏って『硬』となった渾身の拳がヨーゼフの顔面に叩き込まれ、意識がブレながら殴り飛ばされる。
 一本目、二本目、三本目――衝突した四本目の大木にして漸く止まるが、根元から折れて倒壊する。

「――クソッ、タレェ……!」

 純粋な力と耐久は此方が圧倒的に上であり、オーラの総量に並外れた差があれども、一発でも入れば致死には程遠くてもダメージは与えられる。
 だが、純粋な速度とオーラの攻防移動の速さには天と地ほどの差がある。迂闊に『堅』状態から『流』で動かそうものなら、薄くなった部分から引き裂かれるだろう。

「あら、それが素顔? さっきより良い顔だねぇ」
「巫山戯るなァッ! こんな、こんなガキに! 何の代償も覚悟も背負ってないガキに負けるなど、そんな不条理が許されるかァアアァ――!」

 怒り狂うヨーゼフは自身の右腕を変形させ、平面にひたすら肥大化され、巨大な蠅叩きの要領で逃れようの無い面攻撃を叩き付ける。
 そして握り潰して――途端、鋭利な激痛が走る。巨大な掌を八つ裂きにして突き破って、穢れ無き純白を真紅の鮮血に染めたゴスロリ服の少女は童女のように笑う。

「グギィ――!?」

 彼女の血塗れな両手には見慣れぬ短剣が握られており、少女はその二本を即座に投擲した。
 具現化した獲物か、愛用の品か――前者ならば碌でも無い効果が付属されている可能性が極めて高い。
 激痛に悶えながらヨーゼフは飛翔したナイフを屈んで躱し――不似合いなほど大きな破砕音が響き、巨木が倒壊して森を崩す。

「うーん、やっぱり白は駄目ね。すぐ染まっちゃう」

 少女は目の前に敵を全く気にせず、自身の服の汚れに口を尖らせる。
 あの化物じみた少女を前に一瞬でも目を離すという愚行は絶対に犯せないが、彼の背後にあった大木が一投で崩れ落ちるなど、明らかにおかしい威力だった。

(何だあの短剣、何かとてつもなくヤバい仕掛けがある! これが奴のメインの能力なのか!?)

 何の躊躇無く投擲した事から愛用の品ではあるまい。
 恐らく幾らでも代用品を作れる具現化系――しかし、具現化した物を手放して使えば放出系の領分になってしまい、威力も精度も大幅に低下するだろう。

(それを覆す能力が付属されている? 着弾した瞬間に爆発して炸裂でもするのか? クソクソクソッ、こんな面倒な事を考えるのはオレの領分じゃねぇよ!)

 彼等の参謀役が此処に入れば即座に彼女の能力の正体なんざ看破して攻略法が立てられるのだが――ヨーゼフが焦りながら無い物ねだりする最中、少女は次々と同じ短剣を具現化し、連続で投擲する。

「――っ!」

 短剣が着弾した箇所は爆発したかの如く破砕される。
 ヨーゼフはこの破壊力に戰きながら、必死に走り、紙一重で回避する。が、一本、回避した方向に先回りされて放たれる。

(――避け、いや間に合わねぇ! クソオオォ!)

 彼の頭部目掛けて飛翔するそれを、ヨーゼフは負傷覚悟で変化させて強化した手で受け止め――危うく貫通して何処かの陰獣みたく死にそうになるが、手の肉を貫いた処で止まる。

(痛ぇ痛ぇ痛ええええぇ! クソ、絶対ぶっ殺してやるッ! 絶対に犯して殺してまた犯してやるッ! これでこのクソッタレの短剣の仕掛けが――は?)

 そしてヨーゼフはこの短剣に――何も仕掛けが無い事を漠然と悟った。
 これは単に丈夫で非常に重いだけの、本当に何の能力も付属されていないただの短剣だった。
 強いて言うならば、オーラを籠めやすく、術者が手放しても霧散し難い事だけか。
 そんな初心者レベルの簡易な具現化ならば、手放しても具現化の精度も威力も然程落ちずに保てるだろう。

 戦闘中に関わらず、思考に一瞬の空白が出来上がる。
 こんな稚児じみた具現化能力は明らかに魅せ用の能力であり――その致命的な隙を見逃すほど少女の性根は甘くない。

 さながら弾幕の如く無数の短剣が投げられる。
 ヨーゼフは咄嗟に手を八つに増やして対応するも、取り零しが次々と彼の体に突き刺さる。足を止めてしまったのが運の尽きだった。

(――はは、運? おいおい、んなもん最初から無かっただろ。何で最初に出遭ったのがコイツなんだよ……)

 ――血飛沫が流れ、突き刺さった短剣で身体が物理的に重くなる。
 だが、抜き取る暇など彼女が与える筈が無く、その為に身体能力が鈍ってより穿たれる数が増えるという足掻きようの無い悪循環に陥る。

(――暫く忘れていたな、この感覚……)

 一本に付き大体五十キロ前後かと、秒毎に鈍る思考は「ゾルディック家の特注品かよ」と突っ込みながら、ヨーゼフは地に倒れ伏した。
 既に眼下は真っ赤であり、瀕死の彼を中心に血の海が出来上がる。他人の血なら見慣れた光景だが、自分の血で溺れるとなると笑うに笑えない。

(あれは、絶対に戦ってはいけない敵だった――)

 修行時代に幾度無く遭遇し、必死に逃れて――久しく忘れていた己の死の感触にヨーゼフは血反吐を吐きながら身震いする。

「……参っ、た。オレの、負けだ。ブック、頼む、これで、見逃して、いや、助けて、くれ。このままじゃ、流石のオレも、死んじまう……」


「ああ、その必要無いよ。残りは『影武者切符』と『シルバードッグ』だけだから」
「……は?」


 ――二人にあった致命的な齟齬は最後まで消えない。
 そんな事も解らないのかと、少女は小馬鹿にしたように冷然と見下した。

「君達の独占が崩れたお陰で後はコージ組が独占するカードだけだって言ったの」
「ま、待て。降参、降参しただろ……! 手を上げて、無防備になった奴を、殺すってのか……!?」


「私が殺害対象に認定するほどの有力なプレイヤーは君で二人目だ。あの世で誇って良いよ」

 少女は短剣を具現化して、手の先でくるりと回しながら弄ぶ。

「待て、お願いだから待ってくれ……! お前も、お前も同胞だろッ! 同じ日本人の仲間を、その手で殺すのか!? そんなの嫌だよなぁ、オレだって――」
「――これは予感だけど、君の仲間も私が殺す事になるだろうね」

 その少女の死刑宣告じみた言葉が、無様な命乞いを選んだ彼の眼の色を一瞬にして豹変させ――正真正銘、最期の力を振り絞った特攻になる。

「……誰がァ、やらせっかよオオオオオオオオオォォォ!」

 それは自身の生存を度外視した、否、死を前提とした一度限りの秘技。
 全骨格、全筋細胞を液状に変化させ、自身だったモノの全てをあらゆる生物を一瞬で死滅させる究極の致死毒と成す。

 ――殺させない。この世界で唯二人だけの仲間を――。

 彼の決死の特攻は、されども少女には届かなかった。
 たった一歩、されども明暗を分けた大きな一歩、後ろへ大幅に退く事で完全に回避する。

「失敗失敗、これもある意味死者の念だけど違うんだよなぁ」

 少女は残念そうに呟き、何の未練無く踵を返した。

 ――醜悪なまでの瘴気を色濃く残す猛毒の死地。
 恐らくこの凄まじい怨念は晴れる事無く、未来永劫留まり続けるだろう。それが無貌の彼の墓標だった。





 ヨーゼフ(♂24)
 変化系能力者

 【変/強/操】『千変万化(メタモルフォーゼ)』

 自身の身体を自在に変化させる能力。
 必要性が欠片も無かったが「千変万化の肉体に原型は必要無い」という理由で元の体を削ぎ落として焼き、実際に能力の性能が飛躍的に向上する。
 他人に瓜二つなほどそっくりに化ける事や、異形の怪物に変化して身体能力を爆発的に向上させるなど、応用性に富んだ能力である。




[30011] No.023『二律背反』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/27 06:09



 ――愛とは一体何なのか。

 誰かはそれを至高のモノだと言った。世界で一番輝いて、綺麗なものだと。
 でも、少年にはそうは思えなかった。いずれ燃え尽きて灰になるモノが尊いとは到底思えなかった。
 最期には醜く腐り果てて冷たい棺桶の中に捨てられるモノ。
 なればこそ、愛には鮮度、そして制限時間があると少年は自然と悟る。

 限り有る少ない数瞬を、全力で愛し抜こう。
 誰にも邪魔されないように、誰も抵抗出来ないように、誰も逃げられないように、拘束して縛って、徹底的に愛しよう。

 閃光の如く散る感情は美しい。
 燃え尽きるまでの数瞬、彼は己の奴隷を愛する。
 けれど、彼は最期まで気づかない。彼の愛は一方通行だった――。


 No.023『二律背反』


 それはトップランカー達が覇を競う最中の事、交換店での出来事だった。

「親父、ランキング一位のプレイヤーの所有枚数は?」
「現在のランキング一位は『ジョン・ドゥ』、所有種類数は97種類だ」

 現状確認という名目で惰性で聞いたプレイヤーは一瞬自身の耳を疑った。
 何故ならば、今日唐突に最初期から今までトップを独走していたバサラが無名のプレイヤーに追い抜かれ、クリアまで三枚という瀬戸際になれば騒ぐのも無理はないだろう。

「バサラじゃない!? おいおい、誰だよ『ジョン・ドゥ』って! 一体何処から湧いて出てきやがった……!」

 その事は瞬く間にプレイヤー達に広がり、複数のプレイヤーが自然に集結するという異常事態となる。

「……一位だったバサラ組のヨーゼフ、ミカ組のミカ、ロブス組の二人がランキング圏外……? この短期間でどれだけ指定カードが変動してやがるんだ!?」
「――その『ジョン・ドゥ』が上位陣からカードを奪い取ったのか?」

 ランキング圏内になるという事は指定カードを全て奪われるか、死亡して指定カード全てを失ったか、である。
 憶測が憶測を呼び、一体何が真実なのか判別出来ず、多くのプレイヤーは急変した事態に戸惑ったのだった。

「……在り得るかもな。確かその名前には聞き覚えがあるぜ。グリードアイランドの最初期に暴れ回った凶悪なプレイヤーキラーの一人だ。出遭ったプレイヤーを片っ端から殺し回ったそうだ。バッテラ氏に雇われた後発組がグリードアイランドに入れたのもソイツのお陰だろうな」

 一人、物知りのプレイヤーが重々しく喋る。
 新参者――バッテラ氏が懸賞金を掛けてからのプレイヤーには然程浸透していないが、最初期から生き残ったプレイヤーにとって『ジョン・ドゥ』の名は一種の警告として知れ渡っている。

「どうするんだよ! ソイツにクリアされたら500億が……!」
「最初期のプレイヤーだからバッテラ氏の懸賞を知らんかもしれないな。だが、ソイツは500億という理由が無くとも大量のプレイヤーを殺害した生粋の狂人だ。恐らくは交渉も糞も無いだろうな」

 ただでさえ難易度が高いグリードアイランドが更に熾烈なものになったのはそのプレイヤーキラーのせいだろう。
 男はタバコに火を付け、吸いながら苦々しく煙を吐いた。

「他に『ジョン・ドゥ』で知っている事は?」
「さぁな。後はソイツが単独のプレイヤーって事か。出遭ったプレイヤーは悉く殺害されている。オレも殺害現場を遠目から見たプレイヤーからの又聞きさ」

 外見や能力などの情報があれば幸いだったが、男は首を振ってこれ以上喋る事は無いと否定する。
 情報、そう、情報が致命的に足りない。これでは対策も対応策も思い浮かばない。ある一人のプレイヤーはこの店で唯一のNPCに話しかけた。

「店主、『ジョン・ドゥ』が所有している指定カードの番号は?」

 店の中の喧騒が一瞬にして静まり、店主から長々と指定カードの番号が告げられていく。

「残りはNo.000、No.092『影武者切符』とNo.098『シルバードッグ』か。No.000は99種類集めた後で入手イベントが発生するという説が有力だから、あと2種類か……」
「誰か『名簿(リスト)』は無いか? 此処最近の呪文カード不足で碌に買えやしねぇ」

 今や貴重となった呪文カードを誰が使うのか、暫し無駄な時間が経過した後、彼等の中から使用する者が選定される。

「『名簿』使用、92!」
「『名簿』使用、98!」

 互いの本にプレイヤーの視線が釘付けとなる。

「所有しているプレイヤーは3組、7枚――既にカード化限界だな」
「こっちも3組、8枚――こっちもだ」

 残りのカードは既に出揃っており、カード化限界に達している。
 額面上で見るならば、これ以上手に入らない。少数がほっとする一面、何人かのプレイヤーは所有しているプレイヤーから奪われる可能性を危険視した。

「いや、何方も一組だ。以前調べていたのを思い出した。持っているプレイヤーはコージ・ユエ・アリス――ランキング三位のコージ組が2種類とも独占している」

 貴重な、且つ最悪の情報が流される。
 今の段階、ランキングで上位のプレイヤーで被害に遭っていないのは彼等の組だけ。次の標的が彼等になる事は火を見るより明らかだった。

「おいおい、どうすんだよ! 奪われたら即クリアされるじゃねぇか!」
「人海戦術で呪文攻撃を仕掛けるってのはどうだ!?」
「呪文カードが品切れ中のこの状況下、どうやって掻き集めるんだよ?」

 所詮は他人にクリアされたくないという足の引っ張り合いから出来た烏合の衆であり、意見が纏まる気配は無かった。

「なら無理矢理奪うのはどうだ!?」
「馬鹿かテメェ、プレイヤーキラーを常習的にするような殺人狂相手に勝てるのか? 出遭った事無いから言えるんだと思うが、今のトップランカーはいずれも化物揃いだぞ」

 彼等の実力からでは何を言っても卓上の理論に過ぎないが、最後の結論だけは間違って無いと、とあるプレイヤーは自身の無精髭を爪先で摘まんで一本ずつ抜き取りながら豪快に笑った。

「――へぇ、もう99種類集まるのか。ブック、最後のページに『交信』を貼り付けてぇーと――ジョン・ドゥ、ジョン・ドゥ、お、あったあった。一応出遭っていたか」

 そのプレイヤー名はギバラ、古臭い外套の下に極限まで鍛え抜いた鋼鉄の肉体を有する、古参のプレイヤーから『ジョン・ドゥ』と双璧を成すほど危険だと恐れられた最強のプレイヤーキラーである。




(――コイツ、とんでもない変態だけど強ぇぞ!?)

 あれもないボンテージ姿で拘束され、身動きを封じられて地に転がったユエとアリスに、コージは驚愕を隠せずにいた。

(ガルルの話じゃ操作系と断定していたが――いや、そういえばマイもボンテージ姿だった気がする。操作系の能力者ならオーラを放出系の技能は80%で得意分野、逆に具現化系は60%で不得意の筈だが――操作、放出、具現化の三つの系統を使いこなすほどの高レベルな実力者か、だが!)

 こういう技能は滅茶苦茶苦手なんだが、原作で格好良かったので練習しておいて良かったとコージは内心笑う。

「ぐぬぬ、外れない……!」
「ええ、私の愛の結晶ですから、そう簡単には外れませんよ」
「うわっ、気持ち悪っ!」

 ルルスティには見えない角度で、ユエとアリスにオーラを変化させた文字で簡易な作戦を伝え――二人はこくりと、小さく頷いた。

「どうしました? 二人を無力化されて怖気付きましたか? 私としては時間が過ぎれば過ぎるほど援軍の可能性が高まりますから別に問題無いですが?」

 油断していない状態の強者ほど手強いものは無いが、強者というものは絶対油断するものだ。

「テメェのその面が気に食わねぇから、全力でぶん殴る!」
「おやおや、僻んでも自身の顔は矯正出来ませんよ? ああ、グリードアイランドには『マッド博士の整形マシーン』を取りに来たのですか?」
「ほざいてろッ!」

 コージは『堅』の状態で仕掛ける。あんな無粋な拘束具で二人を辱めたこの変態野郎には、顔を二発以上ぶち込まないと気が済まなかった。
 ひたすら顔面狙いの拳を繰り出し、ルルスティは悠々と躱す。オーラの総量は遙かに上、オマケに体術や身体能力まで負けている始末、この差を何で埋めるか――。

(当然、小手先の小細工に決まってんだろ!)

 足先のオーラを瞬間噴出させ、急激な加速を拳に乗せる。
 コージの最大速度を完全に見切り、余裕をこいて紙一重で避けていたルルスティの顔面に今度こそコージの拳がめり込んだ。

「――!?」

 更にもう一発、顔面を殴り飛ばし、両手の掌底をルルスティに腹部に叩き込む。強烈な衝撃を受け、「がはっ!」とくの字に折れながらルルスティは後方に飛ばされる。

(手応えあり! てか、チャーンス!)

 先程躱された経験から、コージは致死級の威力を捨て、一切溜めずに圧縮せず、速射性を重視した巨大な念弾を撃ち出す。
 人間大を飲み込むまで肥大化したオーラの塊はルルスティを遙か彼方へ連れ去る。

(よーし、やっと、やっとやっと! 本来の形とはかなり違うけど直撃したぁっ! 一撃必殺なのに、本当にグリードアイランドに来てから避けられ過ぎだったなぁ……)

 何とも言えぬ高揚感と達成感に満ち溢れるが、あの程度の念弾では仕留められまい。
 森を破壊しながら形成した一筋の道を直進しながら、コージはルルスティを捜すが、すぐに見つかる。

「……やって、くれましたね……!」

 黒衣が破れて肌が露出し、血を流すほどの負傷が目立つルルスティは、先程より更に殺意を漲らせて、余裕もへったくれも無くなったのか、憤怒の形相を浮かべていた。
 何度も咳き込んでいる様子から、かなりのダメージが入ったと推測出来る。

(やっぱりだ。あの具現化能力、多用出来る能力じゃない! 纏うオーラがさっきより少ないぜ)


(――痛ッ、肋骨が何本かイッたか?)

 一方、ルルスティは絶対に当たりたくない一撃に当たるという自分自身の失態に、内心悪態を吐いていた。

(クソッ、あの霊丸、レイザーの時と比べて威力が格段に落ちているとは言え、此処までのダメージになるとは……!)

 今の時点で、全体のオーラの八割を使い切り、残り二割のオーラで騙し騙し運用しているのがルルスティの切迫した現状だった。
 彼の目算ではコージが霊丸を撃てるのは精々四発が限度、戦闘中のオーラ消費も考えるならば三発でガス欠になるだろう。

(……オーラ切れと時間稼ぎを狙った矢先に、これか。まずい、限界は此方の方が速いか……!)

 積極的に攻勢に出なかったのは手を出さずとも勝利を手にする事が出来るという打算的な思惑があり、無理に危険を犯す必要な無いと考えたからだ。
 結果、その安定志向とも呼べる惰弱な発想が彼を窮地に追い込む。

 一つ危険な賭けに出るか、救援が来ると信じて待つか――強者というプライドを捨てて逃走するか。
 最後の安全策を選択するには自身の誇りが許せず、絶対に選べない。拘束した奴隷を二人手放して、格下相手に逃走するなど、断じて在り得ない選択肢だ。

 一か八か――自ら仕掛けて活路を開こうと決断を下す直後、対峙するコージは自身に指先を向けた。
 直後、ルルスティは殺人的なまでの緊張感と共に身構える。あれは何度も見慣れた霊丸の構えだった。

(っ!? この状況でそれを? 今の状態で避けられないと過信したのかっ! それならむしろ好都合! 奴はあの一発でオーラを使い果たす! 避ければ私の勝ちだ!)

 いつでも飛び退けられる姿勢で、全神経を彼に集中させながら、ルルスティはにやりと嘲笑った。
 圧倒的に有利な状況下が逆にこの悪手を打たせた。やはりまだまだ発展途上の能力者、精神的にも未熟だ。この局面で判断を誤るとは――。

(しかし、あの威力は侮れませんね。何が何でも回避させて貰いますよ――)

 原作のゴンのジャジャン拳を間近に見た者の気分を、ルルスティは身を持って共感する。今この瞬間に撃ち抜かれる危険性があるのだから、喰らう直前の気分もである。
 全オーラを指先に集中させ、ひたすら圧縮して撃ち放つ。
 『幽遊白書』世代の人間だからこそ、単なる念弾に此処まで執着し、こんな馬鹿げた必殺の領域まで磨き上げたのだろう。
 ――彼への、惜しみ無い賞賛が自然と胸から湧き出てきた。あの漫画で心踊らされたのは、自分も同じだったからだ。

(惜しいですね、こんな形で出遭わなければ良い酒が飲めそうでしたが)

 在り得ない幻想が胸に過ぎり、笑って切り捨てる。
 元の世界で出会ったなら、存分に語り合えただろう。存分に罵り合えただろう。
 だが、この世界で敵として出遭ったからには決着は生と死でしかない。
 彼等を踏み台に、自分達は更なる高みに上がる。それが強者の特権であり、弱者は踏み躙られるのみ。

「アンタの敗因を、教えてやろうか」
「?」

 突拍子も無い台詞にルルスティは不審に思う。
 言葉で油断を誘って撃つつもりだろう? 即死するような脅威を目の前に突き付けられて、他に何に気を取られると言うのか。
 ――ざくりと、何かが貫かれる音をルルスティは他人事のように聞き届けた。

「一人で戦わず、最初から仲間に頼るべきだったんだ」

 自身の胸には鋭利な刃物が突出しており、ルルスティは背後を振り向く。
 其処には自身の拘束を解いたユエが鎌を突き立てており――彼女の両手の酷い青痰を見て、もう一つの弱点を突かれたかと素直に納得した。

(幾ら具現化系を鍛えようとも、私自身の系統は操作系――『絶対遵守の首輪』を掛けた状態なら話は別ですが、距離を開けば『盲愛の拘束具』の強度が低下する。元々、外部からの衝撃で破壊する事は、簡単な部類ですしね……)

 血反吐をまき散らしながら、これは死んだなとルルスティは自覚する。
 女はこれだから怖い。常に突き刺されて奉仕する分際で、一瞬でも隙を見せれば即座に此方の心臓を突き刺してくる。
 だから抵抗出来ないように拘束して、壊した。手に入れたかった。何よりも欲しかった――。

 ――死に間際、ルルスティはやっと自分の欲求の根源を悟る。
 何て事も無い、詰まらない結論。自身の能力が無意識の内に此処まで歪んだ原因。

 完全に操作状態の対象に自由意志を残したのも一重に――こんな自分を愛して欲しかったらしい。
 余りにも馬鹿げている。こんな方法では永遠に手に入らないのに。
 自分は今まで気づかず、擦れ違って勘違いして満足した振りして、永遠に満たされず、最期の最期に気付いてしまった――。

「……くく、未練、ですね――」

 死に体のルルスティのオーラが禍々しく変質し、ユエとコージは咄嗟に退く。

 ――随分前に考察した事がある。自分が死ねば、発動中の念はどう変質するのか?

 その時の結論は呆気無く消える、というものだった。『絶対遵守の首輪』の命令権は自分であり、主人が死ねば奴隷の意味も無くなる。
 故に死者の念として残らないだろう。そのままならば――。

「バサラとヨーゼフを、お願いしますね」

 我ながら自分勝手過ぎるなとルルスティは口元に血を流しながら自嘲する。
 ただでは死なない。虎が死して毛皮を遺すように、世界で二人だけの親友に自身の力の一端を遺す――。

「ルル――!?」

 意識が途絶える間際、親友の声が聞こえたような気がして、彼は少年のように邪念無く笑って逝った――。





[30011] No.024『憎悪』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/30 03:30



 No.024『憎悪』


 グリードアイランドでの決戦が佳境に入った頃、彼と彼女はその蚊帳の外、現実世界にて死闘を繰り広げていた。

「――逃げて! もう殺したくないッ! 私に貴方を殺させないでぇ――!」

 涙を流すマイの悲痛の叫びは、漆黒に変色した『迦具土』の狂った大咆哮によって掻き消される。
 黒き『迦具土』の灼熱の炎を孕む口から、一直線に炎の熱線が射出される。
 射線上にあった建物木々は瞬時に灼滅し、地獄の業火をこの世に顕現させる。木の葉が燃え滾る獄炎の森林にて、ガルルは辛うじて生き残っていた。

(――クソッ、自動型の念獣の『迦具土』も敵に操作されているのか!? しかも、どういう事だ? 奴等に捕まる前とは比べ物にならないほど凶悪になっている……!?)

 どういう理が働いたのか、念獣『迦具土』の力は遙か強大になっている。
 ほぼ全身を鎖で拘束されながらも、速度威力耐久、全てにおいて異常なほど上昇していた。

 ――麻痺毒でマイを気絶させて無力化する。
 至極単純で簡単だった筈の勝利条件は今、ガルルの手の届かぬ場所まで難易度を跳ね上がらせていた――。

「……これで解ったでしょ、もう私には私を止める術が無いの……! グリードアイランドを手放して、早く何処かに立ち去ってよぉっ!」

 今、ガルルが五体満足で生存しているのは、彼がグリードアイランドを手放さずに逃げ続けた為だろう。
 絶対的な隷属を強制されるマイに下された最優先命令は「逸早くグリードアイランドに帰還し、援護に戻る事」であり、グリードアイランドのロム諸共、邪魔する敵を焼き払う訳にはいかず、結果として圧倒的な力を誇りながらガルル一人を仕留められずにいた。

(まずいな、八方塞がりとはこの事か……!)

 だが、それも時間の問題なのは明らかだった。
 全神経を集中させなければ『迦具土』の猛攻から生還出来ず、飛翔しながら距離を取るマイには決して届かない。

「私の事なんてどうでも良いから! せめて貴方だけでも――!」
「五月蝿い、黙ってろ! マイ、お前は、オレが絶対助ける……!」

 泣き叫ぶ彼女の涙も払えない。自身の不甲斐無さに自己嫌悪しながら、彼女の弱音を跳ね返すべくガルルは一心に叫ぶ。
 ガルルの頼もしき言葉は、されども絶望に染まる彼女には届かず、マイの顔を更に歪めた。

「……無理よ。力の差なんて解っているでしょ? お願い、だから……ガルル、貴方だけでも――!」
「ミカと、約束した。絶対に護り抜くと」
「――っ!?」

 唯一つだけ、この上無く大嫌いだったが、亡き友と一緒に誓った。
 それだけを糧に、ガルルは動きを止めたマイに向かって一直線に跳ぶ。
 涙で両頬を濡らして常に自傷する彼女を放っておいて、何が仲間か。何が男か――!

「……そのミカを! 私はこの手で殺した……! 私にはッ! そんな言葉を掛けて貰う資格なんて無いの――!」

 彼女の悲痛な叫びに呼応するように、彼女との間に『迦具土』が割って入り、あの巨体で突進してガルルを引き離す。

「――ぐぅぅぅ、邪魔をするなぁああああああああ!」

 突進されて激突した頭部にしがみつきながら、ガルルは両指からオーラを爪状変化させ、その堅牢な甲殻に突き立てる。
 マイ自身に直接やるよりは効果は低いが、それでもこの念獣とマイはリンクしている。彼の中で最も強力な麻痺毒で動きを封じれば――されどもオーラの爪は、迦具土の鱗に傷一つすら刻めず、かつんと弾かれる。

「――っ!?」

 そのまま地面に強烈に叩き付けられ、『迦具土』の両爪がガルルの両腕を抑え付け、地に磔にする。

「っああぁ!」

 動けず、鋭利な爪が食い込んで血を流す中、地に降り立ったマイは沈んだ顔で近寄り、藻掻く事すら出来ないガルルの懐からグリードアイランドのロムとメモリーカードを奪い取った。

「っ、待て、マイ……!」
「ごめん、なさい……」

 マイは振り向かず、否、振り向けずに飛翔し、役割を終えた『迦具土』もまた一緒に飛び立つ。
 現在の最優先事項は帰還、目の前の障害にならない敵の排除は、含まれていない。

「クソ、クソクソクソクソクソ! マイ、マイイイイイイイイイイイイイィ!」




「よろしいので? この段階でランキングに乗るのは少々――」
「問題無いわ。此方から出向く手間が省けるし、何方が勝ってもバサラ組の死は確定事項だしねー」

 ソウフラビから懸賞の街アントキバに帰還したおさげの少女は身を清めてから元の黒色のゴスロリ服に着替え、自身の本に指定カードを入れていく。
 既に指定ポケットの11ページ分には『堅牢』で守護し、アイテム化した『聖騎士の首飾り』も装備しているので攻撃呪文で奪われる心配は無い。

「それにしてもコージ組は頑張っているようね。『予期せぬ手助け』があったとは言え、一人脱落させるとは」
「やはりバサラ組が勝ち残ると?」

 そう読んだ上でのランキング晒し――ユドウィの指摘に、少女は詰まらそうに顔を上げる。
 現時点でバサラ組は少女の手によってヨーゼフを殺害され、今、ルルスティ(本には名前変更後のリリアだが)のランプの点灯が消えた。
 もはや風前の灯火となったバサラ組だが、それでも彼女の前に現れるのは彼だと少女の勘が囁いている。
 彼女だからこそヨーゼフが相手でも無傷で勝利出来たが、コージ組では太刀打ち出来ない。
 ヨーゼフの高い実力を踏まえた上で少女が下した、面白味の欠片も無い結論だった。

「私としてはバサラが死んだ上でコージ組の独占が崩れてカード化するのがベストだけど、彼等じゃ多分無理よねぇ」

 策を練って三対一に漕ぎ着けたのだろうが、一度は勝ったとしても二度目は無い。
 将来が期待出来る使い手だっただけに少女は少しだけ残念に思う。
 別にヒソカみたいに青い果実が実るまで待って狩るような特殊な性癖は無いが――何故残念がるのだろう、と少女は自分自身に疑問を抱いた。

 ――黒い巨影がすっと過る。
 ふと上空を見上げれば、いつしか見た竜の念獣が遙か彼方に向かって飛翔していた。

「――! あれは……?」
「やれやれ、少しは見直したんだけど、足止めにしくじったようね。――という事はあれ、死者の念だよね?」

 ルルスティが死亡したのに関わらず、彼女が操作状態ならば、彼女に掛かっていた念は死者の念に昇華している可能性が極めて高い。
 すくっと立ち上がり、少女は背伸びする。
 行くに足る理由が出来たのだから仕方ない。などと結論付け――自分がまるで何かに言い訳しているようで、何でか解らないが腹立たしく思う。

「おや、結局行くのですか?」
「優先順位としては下の方だけど、機会には中々恵まれないしねぇ。――私の能力が五指に入るのか、確かめに――あれ、あのヘタレ生きていたんだ」

 彼女の本の名前欄にあるガルルのランプが再点灯し――仕方無いなと溜息を吐いた。




 バサラは一番最初に遭遇した有象無象の雑魚プレイヤーから『同行』を奪って使用する。
 ――転移したその先には、胸から大量の血を流すルルスティの姿があった。

「ルル――!」

 ルルスティは此方を振り向いて笑い、倒れそうになった彼をバサラは間一髪で抱き抱える。
 明らかに致命傷――数々の修羅場を潜って来たバサラの経験は瞬時に結論付け、即座に否定した。

「ルル、おい、ルル! 起きろ、目を覚ませ!」

 必死に呼びかけるも、ルルスティはぴくりとも動かず、ゲームから此処に飛んできた時のように影も形も無く消滅する。
 バサラの掌と白い外套に夥しい血だけを遺して――。

「あ、ああ、あああああああああああああああああああ――!」

 この世の終わりを嘆くが如く絶叫し、バサラの双眸から涙が止め処無く零れ落ちた。
 彼とは十年来の友だった。何をするにも三人一緒に苦楽を共にした掛け替えの無い親友だった。
 時には馬鹿な事もしたし、何度も何度も喧嘩した。その同じ回数だけ仲直りして、また馬鹿な事を一緒にやり合った。

 一般常識から見て、彼等は唾棄すべき犯罪者だ。グリードアイランドでも数十人のプレイヤーの生命を奪った生粋の大悪党だ。
 そんな彼等が死した処で、同情の余地も無い。自業自得も良い処、殺すからには殺される可能性も同時に生じる。
 今回殺されるのが他の誰かではなく彼の番だった、それだけの話である。

 ――そんな極悪人にも、友を労る心はある。友の死に嘆く心もまた等しく持っている。

「テメェ等か……」

 全身のオーラを禍々しく滾らせて、怒り狂うバサラは周囲に突っ立っていた三人のプレイヤーを憎々しげに睨み付ける。
 それは視線だけで射殺せるほど、桁外れの憎悪と殺意が渦巻いていた。

「テメェ等がルルを――!」

 バサラから爆発的にオーラが噴出される。
 ――念はありとあらゆる心の動きが作用する。友を亡くした悲哀と絶望、友を殺した仇敵に対する憎悪と殺意、激昂によって今のバサラは100%以上の力を発揮する。

「――絶対に許さねェ……! 殺す、殺してやる。ぶち殺してやるよォ! 散々痛め付けて! 殺してくれって自ら望んで懇願するまで一人一人ぶち壊してエエエェッ! 凄惨に殺してやるよオオオオオオォ――!」





[30011] No.025『失策』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/30 03:32



 No.025『失策』


「無様ねぇ。女一人取り戻せないなんて。君は生き恥を曝すのが好きなのかい?」

 スタート地点のシソの木で血塗れで這い蹲るガルルを、おさげの少女はジト目で見下す。
 全身を良い感じに焼かれて、半死半生の彼は会話をする事すら困難な状況であり、少女は渋々躊躇った後『大天使の息吹』を使用した。
 それは貴重なカードの消費を憂いたのではなく、今日だけで同じ相手に二度も使用したという不毛っぷりを嘆いて、である。

「……礼は言わないぞ」
「対価すら持たぬ分際で良く言うね。まぁいいや、あれの能力がどう変質したか、精神状況も含めて手短に説明して」
「そんな暇あるか! 今すぐマイを追わなければ――!」

 おさげの少女は不機嫌そうに凄み、ガルルの言葉はその威圧感で途切れる。
 暗に次の言葉次第で殺すと無言で言っているようなものだが、マイだけしか見えていない今のガルルには効果が薄いようだ。

「私が呪文カードを独占しているの忘れた? それとも私の手で引導を渡して欲しい? その場合、あの彼女も結果的に死ぬ事になるけど」
「……っ、どういう事だ!?」

 おさげの少女の意図を掴めず、ガルルは警戒心を顕にする。
 無駄が嫌いな少女は無駄な遣り取りを省く為に丁寧に説明する。

「順を追って説明するよ。まず一つ、ルルスティの死亡が確認された。ランキングにも消えていたから、これは間違い無い情報よ」
「何だと? それじゃマイの念は――」
「死者の念に昇華されたようだね」

 くすくすと笑い、おさげの少女は死刑宣告に等しい言葉を放つ。
 ぱたりと、自然とガルルの膝が折れ、死人の如き顔で力無く項垂れる。死者の念を解く方法など彼には思い浮かばない。

 術者が死んでも彼女を拘束し続けるのならば、彼女が死ぬまで永遠に解けないと見て間違いないだろう。

 マイを救うという一途な望みが、今度こそ完全に断たれた――。

「ああ、それは別に問題じゃないから考えなくて良いよ」
「おい! 死活にして大問題だろ!」
「物分りの悪い男は嫌いよ。それは私が多分何とかするから、私の判断が誤らないように、正しい情報を提供して欲しいんだけど?」

 少女の曖昧な言い草にガルルは腹立てるが、現状頼れるモノは他に無かったりする。
 もはや彼女の与太話に縋るしかなく、ガルルは要点だけを纏めて手早く伝えた。
 少女は考えるような素振りを見せ、この絶望的な状況を「まぁ大丈夫か」程度の返事で片付ける。

「それじゃ君は頑張って生き残り、彼女が自殺しないように引き止めてね。骨折り損の草臥れ儲けも徒労も嫌いなんでね」

 確かに彼女の今の危険な精神状態から考えれば頷ける。
 操作状態が解除されて一番先に実行しそうな行為が自殺であり、「君が死んだら彼女の自殺を止める奴が居ないしー」なんてほざく薄情者の少女には絶対に任せられない、自分にしか出来ない大役である。

「一つ聞いて良いか? 何故助けてくれる? お前には何の見返りも無い筈だが?」
「確かに労力の割には得る物が小さいね。でもまぁ賭けに負けちゃったしー」
「賭け?」

 少女は自身の腰元に付けられた外付けのカードパックに手をかけ、目的の呪文カードを探しながら、不機嫌そうに口を尖らせて渋々告げる。

「うん。私はね、君が心折れてグリードアイランドから立ち去る方を選んだのよ」

 それは十分に在り得た選択肢であり、ガルルは思わず眉を潜めた。
 脱落すると読んで、この女は自分に『大天使の息吹』を使ったのかと驚愕する。

「……お前さ、その碌でも無い性格、何とかならないのか?」
「何言ってるの。私が私である限り、これは永遠に変わらないものよ」

 まるで勝ち誇るような顔付きで、少女は無い胸を張って堂々と威張る。
 この少女の精神構造は自分では到底理解出来ないようだとガルルはある種の諦めを抱いたのだった。

「それじゃ行くよ、『同行』使用、ドリアス!」




(……っっ、これが、誰かに憎まれるって事かよ……!)

 ――あのおさげの少女とも、レイザーとも違う種類の恐怖に身震いする。
 途方も無く膨張する狂気のオーラを目の当たりにして、コージは三対一という数の有利が既に形骸である事を悟る。
 二発『念丸』を撃ち、一発起動し掛け――残りのオーラでは後一発が限度だろう。その一発で仕留められなければ全滅は必至である。

「あああああああああああああああぁ――!」

 溢れんばかりの感情を爆発させ、バサラの能力が牙を剥く。
 叫びは荒ぶる暴風となりて、棒立ちしていたコージ達を、否、周辺の木々を薙ぎ払いながら吹き飛ばす。

(これが奴の念能力――!?)

 自分の元に殺到する樹木を殴り飛ばし、蹴り飛ばして難を逃れながら、コージは地面に何とか着地する。
 ユエとアリスが何処に吹き飛ばされたのか、探す刹那、薙ぎ払われて落下する樹木の他に、赤く灼熱した岩石の塊が隕石の如く落下する光景に目を見開いた。

(一つ、二つ、四つ、七つ!?)

 瞬時に数え切れないぐらい具現化したそれを、コージは脇目を振らずに敵に背後を向けて、走って逃走する。
 地面への粉砕音が鳴り響き、加熱した破片が背中に何個か突き刺さる。
 焼き抉られる感触と痛覚に表情を歪ませながら、コージは振り返って見失った敵を索敵し――バサラは鋭利に尖った氷柱を幾十に具現化して此方に射出する。

(どういう事だ!? 何なんだ奴の念能力は!?)

 馬鹿げた速度で飛翔する氷柱をコージは必死に殴り砕く。
 何個か迎撃出来ずに体に浅い負傷を刻み、氷柱を砕き続けた拳は血塗れで冷たく、感覚に違和感を齎す。

(痛いのか冷たいのか熱いのかも解んねぇ! 軽い凍傷って処か――)

 精密な動作は暫く封じられ、コージは舌打ちする。
 ルルスティの能力が生け捕りに特化した念能力ならば、バサラの念能力は広域殲滅をも可能とする戦闘用の念能力である。
 圧倒的なまでに格上の念能力者で付け入る隙が無く、状況は益々絶望的となる。

(具現化系、なのか? それなのにこの多様性、この系統を無視したような異常な攻撃力、幾ら復讐の念で増強されていて、かつ特質以外の全系統に精通していたとしても在り得ない……!)

 何か一つのものを自在に具現化するまで、凄まじい集中力・イメージ力・大量の修行が必要不可欠なのが具現化系の特徴だ。
 それを無視するかのような複数の現象の具現化、強い誓約が何点か無ければ実現不可能だろう。

「オラオラッ! 休んでいる間があるんかァ!」

 バサラの背後に無数の石の飛礫が具現化される。
 それらがコージに向かって発射される直後、突風から復帰したユエが間合い外から大鎌を振るい、刃状のオーラを飛ばす『鎌威太刀』の一閃を繰り出す。

「――!? チィ……!」

 バサラは咄嗟に石の飛礫の具現化を破棄して幻の如く消滅、代わりに岩の巨壁を眼前に具現化して『鎌威太刀』の斬撃を防ぐ。
 岩の巨壁は罅割れ、亀裂が入り――ユエは壁を踏み越え、天高く飛び上がって振り下ろされた大鎌の一閃をバサラは舌打ちしながら避け、彼女に強烈な蹴りをお見舞いする。

「ぐぅっ!」
「――!?」

 ユエが痛烈に蹴り飛ばされ――入れ替わりの如く、アリスがバサラの懐に飛び込んで驚きに染まる顔を殴り抜く。
 如何にオーラに差があれども、攻防力90の一撃はバサラにダメージを与え、一瞬動きを鈍らせながらも拳を繰り出すも、アリスの肘打ちが彼の鳩尾を先に抉り、仰け反りながらの後退を余儀無くされる。

「がはっ!? こォォォんの糞餓鬼がアアアアアアアアァ――!」

 またバサラとの距離が不意に開き、怒りに我を忘れた彼は爆発寸前の炎の塊を自分とアリスの目前に具現化し、即座に爆破させる。

「アリス!?」

 ――アリスは『堅』で且つ顔を両腕でガードし、爆発を一身に受ける。
 そのまま無防備に吹き飛ぶ彼女をユエが受け止め、木々への激突は免れるが、今の一撃のダメージで意識を失ってしまう。

(自分ごと爆破っ!? 何故さっきの石礫にしなかった――?)

 バサラもまた自身の爆風を浴び、少なからずダメージを負い、憎々しげにユエ達を睨み付け――コージはバサラの異端な念能力の法則性の一端を掴み、即座にバサラに接近した。

「ユエ! ひたすら接近戦を挑めッ! コイツの能力は小回りが効かないッ! それに一度に具現化出来る能力は一つ、そして多分一度限りだ!」
「――っ!?」

 コージは無鉄砲に殴り合い、バサラは大振りの一撃を当てて彼を遠方に飛ばそうとするが、ユエも途中から加わり、拳打と大鎌の嵐の前に防戦一方となる。

(まさかこんな糞野郎にオレの能力の誓約を暴かれるとはな――!)

 バサラの念能力は膨大な系統別修行の産物であり、彼自身、具現化するものを未だに一つに絞っていない。
 それ故に彼が具現化する複数の事象はどれも一度限りの具現化であり、二度と具現化しないと彼自身が決めて遵守している。
 膨大な修行の果てに一回限りの弾丸を用意し、惜しみなく撃ち出す愚行――それが彼の強大且つ複数の具現化を成り立たせた、具現化系の利点と前提を覆す異端の誓約である。

(コージの推測通りなら、コイツは具現化すればするほど具現化出来る現象が減って切羽詰まっていく!)

 アリスを振り払う際、自分まで巻き添えにする危険な具現化を実行した。
 それはつまり、接近された際、無傷で潜り抜けられる具現化が品切れしている事を示している。

(などと思い込んでいるんだろうなァ。だがよォ――)

 徐々にコージとユエの猛攻に被弾し、負傷する数を増やしながらもバサラはにやりと口元を歪める。

(無けりゃ即興で作れば良いんだろうがァ――!)

 バサラのオーラが歪み、大量の水流を撒き散らしてコージとユエを飲み込んだ。
 それは今までの洗練された具現化ではなく、何処か歪で雑な代物だったが、彼ら二人を突き放すには十分過ぎる現象だった。

(――っっ、ヤバい! 奴は、何処に……!?)

 咄嗟に相手の気配を辿り、コージとユエは即座にその方向に振り向く。その予想外とも呼べる方向に――。

「二人とも動くなよォ。抵抗するとコイツを殺すぜ?」

 其処には気絶したアリスを盾代わりに抱え、顔を撫でるバサラが嬉々と笑っていた――。




 バサラ(♂24)
 具現化系能力者

 【具/変/操/強/放】『――名称無し――』

 定まった一種類ではなく、複数の事象を具現化する能力。一つの能力としてイメージを固定化させない為に敢えて名付けていない。
 その正体は、膨大な修行と多大な時間の果てに具現化可能となった現象を『一回限定の弾丸』として撃ち放つ、一度具現化可能となれば便利に出し入れ出来る具現化系の根本を覆す、使い捨ての能力。
 特質系以外の全ての系統をほぼ限界まで鍛え上げ、時間と才能と容量(メモリ)を代償にする事で強大な威力を成り立たせている。
 具現化出来る現象は常に二十種類ぐらいストックしている。




[30011] No.026『二者択一』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/31 02:23



 No.026『二者択一』


「本を開いたら殺す。許可無く動いても殺す。オレがテメェらに突き付ける要求は一つだけだ」

 自分の背後から嘲りと共に囀られる言葉に、アリスは朧気な意識のまま聞き届ける。
 目の前にはコージとユエが歯を食い縛りながら怒りと焦りを色濃く浮かべ、拳を震わせながら握り締めている。

「確かコージとか言ったよなァ? 選ばせてやるよ、二者択一だ。オレは優しいからよォ、考える時間を五秒間だけ与えてやろう――お前がその女を殺せばコイツは解放しよう。出来ないならオレがコイツを殺す」

 コージとユエの表情が瞬時に凍りつく。
 それは何方を選んでも正解ではない無慈悲な二択、されども必ず選択しなければいけない理不尽な二択――。

「――愛する仲間が悪党に捕まり、何方か片方しか助けられない。さぁ、どっちを助けてどっちを殺すんだ? おっと、原作と違って沈黙が正解じゃねぇぜ。時間が過ぎた場合はオレがきっちり縊り殺してやるよ」

 ――違う。今この場に限っては、自分を切り捨てるのが最善手だ。
 彼の要求に従ってユエを殺しても、自分を解放する気など更々無いだろう。
 元々人質など必要の無いほどの実力者なのだ、このままでは三人とも無意味に殺されてしまう。

「ユエ、コージ! 私に構わないで! 私ごと――!?」
「おうおう、そんなに怖くて震えているのに仲間思いの自己犠牲なんて泣けるねェ! さぁどうするんだい、コージちゃんよォ! ハハハハハハハハハハハハァ――!」

 バサラに口を無理矢理塞がれ、喋れなくなる。
 死ぬのは怖い。だけど、二人の足手纏いになるのはもっと嫌だった。

「5」

 ――それはコージには、絶対に選べない選択肢だった。
 自分一人の犠牲で助けられるのならば、迷わず実行するだろう。でも、その逆は絶対に選べない。

「4」

 それで良い、それが正解だ。選べないまま五秒過ぎればいい。
 自分だけ死に、二人が生き残る。戦闘不能の自分が殺されるだけで、プラスマイナスは零である。

「3」

 最期まで足手纏いだった自分が、その代償を自分自身で支払う。
 コージとユエが二人で戦えば、まだ生き残れる可能性がある。

「2」

 コージの口元から血が流れ出る。奥歯を噛み砕くほど、悩み苦しんでいる。
 ごめんなさい。私の分までユエと共に生きて。アリスの遺言は、残念ながら言葉にならない。

「1」

 ユエは何か決心したかのように、自分に強く微笑んだ――。




 ――『同行』でドリアスに飛び、周囲を見回すが、マイとその念獣の姿はまだ無い。

「北東に500メートル、後五秒くらいで来るね。――最速で片付けるわよ」

 おさげの少女に『円』を使ったのかと聞こうとし、愚問かと口を閉ざす。
 彼女が規格外なのは今に始まった事ではないし、最大何メートルまで探れるのかも今は聞くべき質問ではない。
 正真正銘、最後のチャンスだ。彼女が飛翔してくる方角に全身全霊を集中させる。

 残り四秒――時間間隔が妙に長く感じる。
 絶対にマイを助ける。痛いほど拳を握り締め、開いてオーラの爪を研ぎ澄ます。

 三秒――巨大な気配を察知する。
 周辺の木々から小鳥が逃げるように飛び舞う。

 二秒――おさげの少女が何かを具現化する。
 何か、というのは『隠』で完全に隠蔽している為、全貌を把握出来ない。

「――見たら殺すわよ?」

 一秒――反射的に『凝』で見ようとし、少女から瞬時に発せられた圧倒的なオーラと殺意に飲まれ、全力で止める。
 恐らくあれが彼女の本命の念能力――否、今はそれを考える余裕なんて無い。思考を丸ごと捨てる。

 零――飛翔する『迦具土』を目視し、少女の本命の念能力が発動する。
 一体何をしたのか、皆目見当も付かないが、『迦具土』に眼に見える異変が生じて、その場に急停止する。

「念獣はほぼ無力化したよ、あとは君次第――行って来いっ!」
「『磁力』使用――マイ!」

 彼女に借りた呪文カードを唱え、呪文の効果で飛翔する。
 呪文の効果が切れ、助けるべき彼女は目の前――飛翔した呪文の勢いのまま突っ込んで彼女を抱き締め、一緒に墜落していく。

「――ガル、ル……!?」

 二度と離さないよう、強く強く抱き締め――オーラの爪で背中を少し傷付け、付属する麻痺毒で抵抗の手段を一切合切剥奪する。
 マイは涙を流しながら意識を手放し、彼は轟音を立てて着地する。
 『迦具土』は己が主人の無事を確認すると傍らに着陸して、睨みを利かすように見守る。
 ガルルに対して明らかに殺意と敵意を抱いているが、襲ってくる様子は無い。

「はい、ご苦労。やれば出来るじゃない。さて、此処からは私の仕事だ――」

 其処には先回りをしていたのか、おさげの少女が待ち構えていた。
 ガルルは眠るマイを地面に優しく降ろし、最後の望みをおさげの少女に託す。

(――死者の念に変異してからの時間は三分ちょい、籠められた念は一万まで跳ね上がっているから、除念には180万以上のオーラが必要か。……全く、此処がグリードアイランドでなければ無理難題だったわね)

 少女は保管しているカードの束から必要分を抜き取り、他の五千枚近くのカードを何の未練無く投げ捨てて、そのカードをガルルに投げ渡した。
 彼女の腰元に揺れる、停止していた銀時計は漸く時を刻み始めた。

「何枚か『大天使の息吹』の引換券を『複製』して。今から『除念』を始めるから十五秒に一回『大天使の息吹』を私に使用して。ゲインからのラグも計算に入れてね。始めるよ、三、二、一、零――!」

 マイの首に嵌められた首輪を触れながら、おさげの少女は言うだけ言って、ガルルの言葉を待たずに始める。
 銀時計の針が逆回転する。一秒一秒、静かに時を逆行していく。

「ちょっと待て、急に言われて本の指定カードの空きが――!」
「良いから全部捨てて『複製』しなさいっ! 私だって今まで独占したカード全部台無しにしたんだからぁっ! 私の方式じゃ、今を逃したら二度と除念出来ないわよっ!」

 叫びながら、おさげの少女は滝のような汗を流す。
 他と比べる事すら馬鹿げた量のオーラが少女から噴出し、在り得ない速度で消耗して行く――。

「ゲ、ゲイン! 彼女のオーラ枯渇を治してくれ!」
『お安い御用。ではその者の体、治してしんぜよう』

 現れた女神の息吹がおさげの少女に降り注ぎ、一瞬にして膨大なオーラを全開まで回復させる。
 ガルルも自分の体で二回も経験しているが、相変わらず凄まじい効果だった。

「何ボサッとしてんの! はーやーくー! 十枚分じゃ足りないって言ってんのよ!」
「わ、解った!」

 覚悟を決めたのか、ガルルは自身の本から指定カードを全部抜き取って捨てて『大天使の息吹』の引換券を『複製』で増やす。十五秒に一回使う事を忘れずに――。

「苦労して集めたカードを自らの手で捨てなければならないとは――」
「うじうじしてないで『大天使の息吹』使って」
「……はいはい」

 おさげの少女の念能力『嘲笑する銀時計(タイムウォッチ)』は触れた対象の時間を操作する特質系の能力である。
 能力の発動条件は強制的に具現化され、常に能力の使用状況を暴露し続ける『銀時計』を身に付ける事であり、『銀時計』が破壊されれば能力も発動出来なくなる。
 破壊された際は四十八時間の空白の時間が生じ、再具現化には十万ほどのオーラを必要とする。

「……ああ、次々と貴重な指定カードがアイテム化していく――」
「うっさいわねぇ! 私だって今までの苦労が全部パーよ! パー!」

 また、彼女が操れる時間の流れは『加速』『停止』『逆行』の三種類だけ。
 更には直接接触する事が絶対条件であり、彼女の手元から離れれば即座に時間操作が解除されてしまう。
 これは彼女が特質系能力者であり、放出系の技能が苦手分野である事が強く起因している。

「いや、アンタは反則しすぎだから」
「ゲームマスターから警告されない限りは反則じゃないわよ。ズルして全部の指定カードを奪おうとした旅団より真っ当にゲームをプレイしているわ」

 この能力を使い、彼女はカードの時間を『停止』させる事で一分間でカード化が解ける法則を無視し、本に頼らずに呪文カードや指定カードを独占出来たのだ。
 ただし、時間の流れは一種類しか選択出来ない。これは『停止』している最中に他の時間操作を一切使えない事を意味する。

 カードを独占する最中の彼女は『停止』以外の時間操作を使えず、擬似的な除念である『逆行』を使うには『停止』を解除し、独占したカードを全て廃棄する必要があった。

 ――彼女の除念の仕組みは至極単純、発動前まで『逆行』させて零にするという超強引な力技である。
 本来、これは自分専用、否、自分限定の除念であり、相手の念の発動時間が短ければ短いほど簡単に徐念出来るが、時間が経てば経つほど除念の難易度が向上する。

「それにしても、これだけのオーラを消費して、まだ除念出来ないのか?」
「この能力は物凄く燃費が悪いのよ。この私でも『大天使の息吹』が十数枚無いと不可能なぐらい」
「……通常では到底不可能と言う訳か」

 そして『逆行』のオーラの消費量は対象に籠められたオーラに比例して増加する。
 死者の念に変異した『絶対遵守の首輪』には一万ほどのオーラが籠められており、これの時間を一秒『逆行』させるには一万のオーラが必要である。
 単純計算して三分ほど『逆行』させるのに180万必要であり、彼女のオーラの総量は15万前後、12枚以上の『大天使の息吹』が必要となる。
 また『逆行』に限らずに、彼女の時間操作は規模が大きくなるほどオーラの消費が激しくなる。

 おさげの少女が除念を始めて三分三十六秒――『大天使の息吹』を十五枚消費した果てに『絶対遵守の首輪』が死者の念に変異する前まで巻き戻り、『盲愛の拘束具』ごと呆気無く消え果てた。

(――この死者の念、本来死ねば消失する筈の念をこの世に留まらせただけか。禍々しい怨念や無念の類じゃなく、透き通るような想念と執念か――)

 死の間際に如何なる境地に達したのか、少女には想像出来ないし、また興味も抱けない。
 ただ、やはり自分は除念師としては二流だなと少女は溜息を吐く。死者の念をも解ける、世界で『五指』の使い手には入らないようだ。
 馬鹿みたいな奇跡(『大天使の息吹』)を大盤振る舞いでこの様とは笑うに笑えない。

「終わった、の――ぐふっ!?」
「誰の許しを得て乙女の素肌を見てんの。其処に転がっている『秘密のマント』をさっさと寄越しなさい」

 殴られて痛む鼻を押さえながら、アイテム化した『秘密のマント』を投げ飛ばす。指定カードに関わらず、贅沢な使い方だった。
 全てが終わり、緊張感が途切れて安堵したのか、ガルルは自然と涙を流した。

「……何泣いているのよ? 男の癖に」
「予想以上に強烈な一撃だったから、じゃないか……?」

 それは愛する者を取り戻せた歓喜であり、大切な仲間を亡くした悲哀でもあった。
 沢山の出来事が一度に起き、感情を整理させる時間すら無かった。
 今まで無理に堰き止めていた感情が、今、溢れ出す――。

「はいはい、そういう事にしておいてあげるわ。アンタの戦場は此処からだよ。此処まで苦労させといてこの子を自殺させたら殺すからね」
「――ありがとう」

 おさげの少女は立ち上がり、ガルル達に背を向けて、唯一度も振り返らずに足を進める。
 寄り道は此処まで――コージ達とバサラの死闘の結果がどうなっていようが、彼女がする事は余り変わらない。

 或いは――これがおさげの少女にとっての、二者択一だったのかもしれない。




「――ごめんね、コージ」

 バサラのカウントが零になる前に、ユエは自身の大鎌で自身の心臓を穿ち抜いた。
 コージには自分もアリスも殺せない。アリスを助けるには、この方法しか無かった。

「ユ、エ……? ユエ!」
「コー、ジ」

 血塗れの自分を抱き締め、今にも泣きそう眼で顔を歪ませる。
 こういう時、最期に自身の想いを告げて息絶えるのが筋だとユエは思ったが、敢えて言葉にしない。

(コージは気付いて無いと思うけど、大好きだったんだよ――?)

 コージの心の中にはあのおさげの少女がいて、自分の居場所は何処にも無い。
 それはそれで悔しかったけれども――彼の為に死ねるのは、自分だけだと最期に勝ち誇る。


 ――別れの言葉さえ言わず、ユエの体はコージの腕をすり抜け、消える。
 彼女との今生の別れは、思った以上に呆気無く終わった。


「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああぁ――!」

 コージは喉が裂ける勢いで絶叫し、アリスもまた死にたくなるような自責で涙を止められなかった。

「アハハハハハハハハッ! こりゃ最高に傑作だ! どうだァ、仲間を失った痛みは格別だろォ? ざまあみろオオォ! アッハハハハハハハハハハハハ――!」

 バサラの狂ったような笑みに、コージもまた泣きながら憎悪を籠めて睨み返す。
 何と心地の良い瞳か、今の自分と全く同じの感情を互いが抱いている。これが滑稽で何故か笑えた。

「さぁて、一人じゃ寂しいだろう? 仲良く殺してやるよ。おら、ボサッとしてねぇでコイツの死に様もちゃんと見届けろよ……!」

 口を塞ぐ手に更なる力を入れ、反対側の手に凄まじいオーラを集中させる。あれで突かれたら、アリス程度の防御力じゃ防ぎ切れない――。

「っ! やめろ! アリスを離せえぇ!」
「誰がテメェみたいなクズとの約束なんざ守るかよォッ! これがテメェの選択したテメェ自身の末路だァ! 先走って自害した馬鹿な女は完全に無駄死! テメェは誰一人守れずに見殺しにするんだよオオオオオオオオオォ!」

 コージの無力な抑止など聞かず、バサラは嬉々とアリスの心臓を抉ろうとし――その腕が鮮血を撒き散らしながら宙に舞った。

「あ――?」

 次に反対側の肩、胴体を八つ裂きにされ、両脚が無情に切り飛ばされ、バサラの首が宙に舞って地に転がる。
 一体何があったのか、バサラが理解する間も無く、行動選択の余地無く――転がり落ちた頭部はぐちゃっと熟し過ぎたトマトみたいに踏み潰された。

 ――念入りに踏み躙り、おさげの少女は気怠げな眼差しでコージを眺める。

 しかし、それも一瞬で終わる。
 即座に興味を失ったのか、少女は何も言わずに背を向けて立ち去る。

 あの日、彼に見出した黄金の輝きは、今や見る影も無かった――。






[30011] No.027『蟻喰い(1)』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/11/01 03:17




 No.027『蟻喰い(1)』


「――という訳。全くもって興醒めも良い処よ」

 本のフリーポケットに入れてあった最後の『同行』を使い、ユドウィの下に戻ったおさげの少女は不機嫌そうに事の顛末を愚痴を混ぜて説明する。
 全てにおいて理想的な展開となったが、その反面、遊戯の面白味が欠片も無くなってしまった。
 さながら戦略ゲーの中盤でラスボスの勢力を打ち滅ぼしてしまい、終盤まで消化試合になってしまった気分である。

 除念の性能を試す為だけに、独占していた呪文カードと指定カードを全部失った?
 ――否、むしろ自主的な廃棄であり、あの時点でのカードの価値は、少女にとってほぼ零である。

 97種類の指定ポケットカードを抱え、更には残り2種類も自力で入手してコージ組のゲイン待ち――指定ポケットの欄を全て『堅牢』で守護している彼女に、もはや数多のカードを抱える必要など欠片も無かった。

「つまり――コージ組に何かしら強い期待を抱いていたと、私の眼からはそう見えますが?」

 言われてみて、確かにある種の期待を抱いていたと少女は認める。

 彼等なら多少の実力差を覆してバサラ組に勝利するかもしれない。
 それはまるで物語の主人公のように、知恵と戦略を振り絞り、運を味方にして――。

 ルルスティを仕留められただけでも奇跡的な戦果だった。
 しかし、奇跡は二度も起こらず、誤った選択で仲間を失い――殺すだけの価値も見い出せず、興味が完全に失せてしまった。

「……最後に立ち塞がるのが彼等なら力量に関わらず楽しめたのかな? 自己分析は得意じゃないんだけどねぇ……」

 綺麗で美しかった宝石が、実は単なるガラス玉だったと幻滅したような気分。それが一番近い表現か。
 あれこれ考えて「まぁどうでも良いか」と打ち切る。所詮グリードアイランドでの一幕は単なる余興に過ぎない。
 その遊戯が退屈なものと化したのならば、限り有る時間を無為に消耗させるのは不本意である。
 視線をユドウィに向ける。彼は察したように自身の本を開き、二枚のカードを少女に手渡した。

「コージ組の独占が崩れ、カード化した指定カード二種です。これで99種類コンプリート……!」
「残りはNo.000のみだね。それじゃちゃっちゃと始めるから避難した方が良いわよ」

 これより起きる事は単なる虐殺、勝敗の決まった掃討戦に過ぎない。
 そういう馬鹿とのじゃれ合いを防ぐ為に呪文カードを独占していたのだが、今となっては詮無き事である。

「では、御健闘を」
「……しかし、憂鬱だわぁ。最後の最後に雑魚プレイヤーの集団がラスボスなんて湿気ているわー」

 願わくは100種類コンプリートした自分の前に立ち塞がらなければ良いが、最後の仕上げを邪魔立てされて無事に帰すほどの慈悲は持ち合わせていない。
 二枚の指定カードを入れ、さくっと完成させる。

『プレイヤーの方々にお知らせです。たった今、あるプレイヤーが99種の指定ポケットカードを揃えました。それを記念しまして今から十分後にグリードアイランド内にいるプレイヤー全員参加のクイズ大会を開始致します』

 大抵のカードを自力で手に入れ、『神眼』の効果さえある自分に勝てるプレイヤーなどとうにいない。
 故に本番はクイズが終わった後、力尽くで奪いに来るプレイヤー達を力尽くで退場させる事で全てが終わる。

『問題は全部で100問! 指定ポケットカードに関する問題が出題されます。正解率の最も高かったプレイヤーに賞品としまして、No.000カード『支配者の祝福』が贈呈されます。皆様本を開いたままでお待ち下さい』

 ――『見敵必殺(サーチアンドデストロイ)』、少女の意識が完全に切り替わった。




『――最高点は、100点満点中73点。プレイヤー名、ジョン・ドゥ選手です!』

 交渉を持ちかけようとした十組のプレイヤーを瞬く間に始末したおさげの少女は、ゴン達がいれば負けていたなと率直な感想を抱く。
 何処からか飛んできた梟からSSランクで一枚限りのカード『支配者からの招待』を受け取り、即座にアイテム化して地図を開く。

「あ、しくじったなー。『漂流(ドリフト)』残しておけば良かった」

 残念な事に移動系の呪文カードは一枚も残っていない。
 魔法都市マサドラまで赴いて呪文カードを買い漁るか、有志のプレイヤーから奪い取るか――距離的に考えれば、走って向かう方が早く済みそうだ。

「……はぁ、やっぱり来るか」

 独特な飛翔音が鳴り響き、次々と有象無象のプレイヤーが彼女の周辺に現れる。
 数は十を超えた当たりから数えるの止める。どの道、皆殺すので数える意味が無い。

「お前が『ジョン・ドゥ』だな? 指定カードを全て渡して――かぺ」

 下らない御託を述べていたプレイヤーの額に具現化した短剣を投げ飛ばし、一瞬で絶命させる。
 ほぼ同時に脳天を穿たれた他七名のプレイヤーが倒れ崩れ、死体はグリードアイランドから早々に退場する。

「え?」

 未だに状況を掴めていない馬鹿から先に、淡々と投擲して仕留めていく。
 彼等は愚かにも、自分自身の意志で処刑場に足を踏み入れた事に全く気付いていないようだ。

(……はぁ、テンション下がるわぁ。何この雑魚)

 大方、独占が崩れて再入荷した呪文カードを手に入れて調子に乗った新参者のプレイヤーだろう。
 指定ポケットの欄全てに『堅牢』を使い、『聖騎士の首飾り』をしているのに関わらず、攻撃呪文カードを使って奪おうとする輩さえ何人か存在する。
 おさげの少女はやる気を更に下げながら掃討していく。悲鳴は断末魔に変わり、途絶えた都度に現実世界に強制帰還していく。
 何とも締まらない結末だった――そう、彼が現れるまでは。

 多くのプレイヤーが逃げ惑う中、彼は一人だけ遅れて現れた。

 錯乱して逃げ惑ったプレイヤーは脇目を振らずに走り、いきなり現れた彼にぶつかる。
 ――否、ぶつかる寸前にそのプレイヤーの頭部が男のデコピンで木っ端微塵に吹っ飛んだ。

(……え?)

 それは古びた外套を纏った無精髭が目立つ精悍な男であり、唯一人だけ比類なき強大なオーラを纏っていた。

「よぉ、嬢ちゃん。悪いが指定ポケットのカード全部賭けて勝負しようぜ」

 彼は外套を勢い良く脱ぎ捨てる。その豪腕は丸太の如く太く、鋼のような大腿部は少女の頭部ぐらいの厚みがある。
 ――極限をも超越した鍛錬の結晶が、彼女の目の前に立っていた。

「――!?」

 おさげの少女は即座に全力での『練』でオーラを練り上げ、臨戦態勢を取らされる。
 彼は「ほう」と感心したように声を上げ、即座に全力の『練』をもって返礼する。

「スゲェな。良くぞ此処まで鍛え上げたもんだ」
(……っっ、私と同格、いや、まさかの格上――!)

 ――彼が本当に人間なのか、疑いたくなる光景だった。
 天高く立ち昇るほどの強大無比のオーラの総量は彼女の『練』と遜色無く、むしろその力強さは彼女をも遙かに上回っていた。

「お前は、何者――?」

 初めて、このグリードアイランドにおいて常に挑戦者を受け入れて来た彼女が、初めて尋ねる。
 彼は豪快に笑う。本命を前に得難き敵を与えてくれた神に感謝するかの如く。

「オレの名はギバラ。キメラアントハンターのギバラだ!」




[30011] No.028『蟻喰い(2)』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/11/03 02:11




「うわぁ、想像絶する化物ですね。今回は降りて正解でした」
「それに反対して強行奪取しようとした連中は一瞬で皆殺しにされたがな。おい、もっと離れないと危険じゃねぇか?」

 さながら今の懸賞の街アントキバは、今のグリードアイランドで最も危険な地帯に早変わりしていた。
 見ただけで心折れそうなほどの凶悪なオーラを纏う二人の念能力者は真っ向から全力で争い、周辺の建物は彼等の一打毎に決壊し、逃げ遅れたプレイヤーは無惨に巻き添えを食らって死んで逝く。
 サイヤ人来襲編でセル級の敵二人が暴れているようなものだ。他の有象無象のプレイヤーではどうしようもない。

「うーん、自身の生命を省みるのならこの街から逸早く脱出するべきですね。懸賞の街が更地にされる勢いですし」

 ハメ組のリーダー、アルトはいつもの調子でのほほんと分析する。
 あれだけ建物を壊してもゲームマスターから警告が無いのを見る限り、何方かの死によってでしか決着は付けられないだろう。

「でもまぁ、こんな化物達の本気の死闘なんて二度と拝めないですよ? 本当に羨ましいですねぇ、私もあれぐらい強くなりたいものです」
「そうか? あんな領域まで至るのに何を犠牲にしたのか、想像するだけでゾッとするぞ」

 アルトの長年付き添う相棒は震えながら彼等二人を遠目に眺める。
 未来に発生する蟻という例外を除けば、彼等二人がほぼ最強級の実力者なのは間違い無いだろう。

「確かに、あの領域まで達するには才能だけじゃ足りないですね。もはや狂気の域ですよ」

 他の者より才能があった、なんて在り来りの言葉では説明が足りない。
 彼等は生きる全てを費やして、あの領域まで自身の肉体を磨き抜いた。想像を遙かに絶する修練を乗り越えて、今彼処に立っている。

「そんな彼等が真に求めるのは――蟻(キメラアント)ですかね?」
「おいおい、ネテロ会長が『貧者の薔薇』を使わなければ討伐出来なかった地上最強の生物相手に勝てるとでも? 原作通りに行けばネテロとゴンさんを犠牲にするだけで解決するのに」

 結末を知っている彼からすれば、蟻(キメラアント)に関わるなどナンセンスだ。
 発生は十三年後だが、その時は絶対違う大陸まで避難し、安全にやり過ごそうと決めているぐらいである。

 ――されども、それを良しとせず、介入を決めたのならば?
 最低でもノヴやモラウ――高望みするならば、ネテロ会長並の力が必要となる。

「彼等に殺されたくなければ蟻関連に一切関わらない方が懸命かもしれませんねぇ」

 もしも将来、蟻が発生する前にその芽を潰そうとする愚かな同胞が居たならば忠告してやりたい。
 原作通りの生物災害を望む彼等の何方かを敵に回す覚悟があるのか、と――。


 No.028『蟻喰い(2)』


 指定ポケットカード99種類のコンプリート、そしてNo.000『支配者の祝福』の入手イベントが終わった最終局面、二人のプレイヤーキラーが懸賞の街アントキバの広場にて対峙する。
 広場には彼等二人の他に誰もいない。其処等に遺った僅かな血痕だけが彼等の名残だった。

「嬢ちゃん、頼むから死ぬなよ?」

 拳を握り締めながら笑い、ギバラから仕掛けた。
 その巨体からは想像出来ない程の瞬発力をもって突進する。その脚に接触した地の煉瓦は砕け散り、全てを破砕しながら切迫する。

「――っ!」

 少女は瞬時に具現化した短剣を投げ、即座に舌打ちする。投擲した短剣は全て彼の肉体に直撃し、皮膚すら貫けずに逆に砕け散った。
 ギバラは天高く掲げた拳を少女に振り下ろす。彼女は全速で後方に飛んで避けるも、その拳は止まらずに地に墜落し、半径十数メートルを穿って破砕する。

 ――地の破片が飛び舞う刹那、合間を抜けてギバラの背後に忍び寄った少女は無防備な後頭部に『硬』で踵落としを叩き込み、瞬時に離脱する。

 宙に舞った土埃が風に流され、拳一つで出来上がったクレーターの中心でギバラはポキポキと首を鳴らす。ダメージは見受けられなかった。

(――っ、最悪。やはり強化系――!)
(――具現化系、いや、オーラの割には弱すぎるな。特質系かねぇ――)

 殺意と憎悪を籠めて少女は彼を睨み、ギバラは軽快に笑った。
 ――『硬』で攻撃した時、彼の防御は『堅』に過ぎなかった。攻防力100に対し、攻防力50で受け止められる。
 オーラが同程度でその結果ならば、後は念の系統の差でしか無い。特質系能力者の彼女がどう足掻いても、同レベルの強化系能力者の『堅』は破れない――。

(それに身体能力は圧倒的に負けているか……何この無理ゲー、ほぼ詰んでいるじゃない)

 逆に言えば、彼の攻撃はどんな攻撃でも受け切れないという事を暗に意味している。最早掠っただけで致命傷に至ると考えて良いだろう。

 ――同レベルの使い手ながら、理不尽な差だった。

 強化系は『纏』と『練』を極めるだけで必殺と呼べる域になる。
 それは単に、それを極めれば、他にする必要が無いのである。変化系だの、放出系だの、圧倒的な攻撃力を前には小手先の技術など全く必要無いのだ。

「本当の意味での『商売敵』に出遭ったのは初めてだわ」
「お? って事は嬢ちゃんもか? なるほど、そうでも無ければ此処まで強くなれねぇし、其処まで強さを求める意味も無いよなぁ」

 ギバラは素直に賞賛する。その短き生涯で自身の域まで磨き抜いた異端の傑物を惜しみなく賞賛する。
 生半可な意気込みでは此処まで上がれない。天禀のある者が将来全てを捧げて、漸くスタートラインに辿り着ける。そんな境地なのだ、キメラアントの護衛団及び王を狩るという世紀の偉業に挑戦する事は。

「どうだ? オレが現実に持って行きたいカードは『大天使の息吹』と『クラブ王様』だけだ。あと一枚は嬢ちゃんの好きにして良い。――キメラアントを発生後に倒そうなんて酔狂な輩は数少ない。一緒に組まねぇか?」

 ギバラはそう言って、右手を眼下に差し出した。

「ホント、困るよね。欲しいカードも大体同じなんてさ」

 おさげの少女がグリードアイランドで欲した指定カードの内、二つが『大天使の息吹』と『クラブ王様』である。
 どんな怪我でも即座に治癒する『大天使の息吹』は重傷を負った時の保険、店での一時間は店外の一日となる『クラブ王様』は全盛期の内にキメラアント編まで跳ぶ為に必要不可欠な代物である。
 これさえあれば一日で24日、13年の歳月を198日まで短縮出来る。――まさか、自分以外にこのカードを着目する輩が出現するとは思いもしなかった。

 そして自身と志を同じくする同士に会えるなど思いもしなかった。
 大抵の同胞はキメラアントを発生前に消そうとするだろう。前代未聞の生物災害であり、最大の危険を芽の内に潰そうとするだろう。
 ネジのトチ狂った狂人が自分以外に居たとは、中々に感慨深い。少女は儚く笑った。

「――強化系が理想だった。単独での戦闘が可能であり、唯一奴等の防御を突き抜けられる攻撃力を得られる系統。その理想を体現する存在が目の前にいる、か。因果なものだね」

 彼――ギバラこそが少女の理想だった。
 単純に奴等を殴り殺せるのは強化系のみ、放出系と変化系では届かず、操作系や具現化系では手も足も出ない。
 ましてや強化系と最も離れた特質系では夢のまた夢である。

 だからこそ、少女には目の前の存在を許容出来なかった。何が何でも殺さなければならなかった――。

「――断る。あれは私の獲物だ。お前は此処で死ね」
「クク、やっぱり気が合うなぁ。同じ考えだったよ。あんな上等な獲物、他人なんぞにやれるかよ……!」

 ギバラは獰猛に笑う。二人の狂人はその結論に共感し、笑い合う。
 此方の攻撃は何一つ通用せず、敵の攻撃は全て即死級――何て事も無い、彼女とギバラの一戦はまさに人間対蟻(キメラアント)の縮図である。

「おい、名前は何て言うんだ? 何時までも『名無しの権兵衛(ジョン・ドゥ)』じゃ格好が付かねぇだろ?」

 ならばこそ、彼こそは彼女の念能力の試験台に相応しい。
 少女は本命の念能力を具現化させる。特質系として『蟻』を殺せる可能性を探り、その果てに辿り着いた結論を実証する為に――。

「イル・アルテナよ――殺すまでの間、全力で愛してあげるわ」






[30011] No.029『蟻喰い(3)』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/11/03 23:17



「――何も変化無い?」

 念に目覚めて一年目の冬の事である。
 基本中の基本である『纏』『練』『絶』『凝』をほぼ完璧に習得し、自身の系統が何なのか知る為に水見式を試した処――変化が全く見られない。
 これは水の味が変わる変化系なのかと味見した処、一切変わっておらず――当時四歳だったイルは小首を傾げた。

 彼女に師は居ない。保護者も居ない。物心付いた頃からオーラを自覚し、独学で鍛え抜いた。

 彼女の生まれた環境が弱者である事を一時足りても許さず、少女は一日を生きる為に力を求め、『蟻殺し』という唯一つの目標に向かって一心不乱に万進した。
 自身の系統が未だに解らないので、一日一系統ずつ修行をし、『流』を意識的に実行しながら心身共に鍛え、最後は『練』を限界まで持続し、オーラ切れで気絶して寝る。その殺人的なサイクルを一日も欠かさず続ける。

 生きる糧を得る為に盗み、自身の生存を害する者を殺し殺して――ある意味、安定した九歳の頃。
 ふと思い出したようにイルは水見式を再び取り行った。今ならば明確な判定が出るだろうと、そう思って。

「――え?」

 異変はまさにこの時生じた。万全な状態から全オーラを一気に使い果たし、イルは死の淵を彷徨った。
 九死に一生を得て目覚めると、彼女の手には強制的に具現化した銀時計が握られていた。

 オーラの総量が十万越えで漸く発現した特質系の念能力――イルは思わず絶望した。

 確かに、これはこれで破格の念能力だった。意図して出来上がる類の念能力ではない。
 だが、この念能力で蟻の護衛団及び王に届くかと問えば間違い無く否だった。

 この銀時計は彼女の全ての可能性を犠牲にした上で、限定的な時間操作を可能とする。
 銀時計が具現化している最中は、成長性が一切合切剥奪される。意図的に仕舞えないので、成長性を取り戻すには自らの手で破壊するしかない。
 ただし、破壊されればこの銀時計は嫌がらせの如く、彼女の時間を二十年分奪って破却させる。
 それが彼女がこの忌まわしき念能力を『嘲笑う銀時計(タイムウォッチ)』と名付けた所以でもある。この銀時計は誰よりも彼女自身を嘲笑っていた――。

 ――都合上、彼女は短い生涯で銀時計を三回破壊している。

 一度目は自らの成長性に賭けて、次に再具現化したのはゼノ=ゾルディックと対峙した時であり、この時は念能力の絡繰を見破られて銀時計を破壊されている。
 三度目はその成長性に限界が訪れ、最後の望みをこの念能力に託して――能力の限界を超えた歪で自壊する。この場合、全オーラを消耗し尽くした上で、一ヶ月間強制的に『絶』状態に陥る事を初めて知る。

 自身の特質系の念能力を検証し終えた上で、王に触れる間も無く、それ以前に護衛団の誰かに殺されるとイルは判断した。

 奴等の強靭で理不尽な防御力を貫ける攻撃力が、彼女の生来の念能力では生み出せなかった。
 ――神憑り的な念能力でなければ遥か格上のキメラアントには対抗出来ず、イルはその才覚の殆どを『嘲笑う銀時計』で使い果たしてしまった。
 致命的なまでに容量(メモリ)が足りない。時間が足りない、何もかも足りない、殺傷力が足りない――絶望し、狂乱しながら模索した果ての果て、イルはある結論に至る。

 ――足りないのならば、他から補えば良い。

 彼女の目的を完遂させる夢のようなアイテムが、グリードアイランドにはあった――。


 No.029『蟻喰い(3)』


 黒い銃身の全長は一メートルほど、無駄を全て省いた無骨なフォルムに望遠鏡が取り付けられたそれは、少女の小さな体には不似合いの兵器だった。

「対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)……!」

 それは機関砲弾に分類されるような大口径弾を使用する大型狙撃銃であり、イルが具現化したものが単純にそれならばギバラに限って言えば脅威にはならない。
 彼の鋼を凌駕する肉体はそんな銃弾如きでは傷一つ付かない。精々何か当たった程度が関の山だ。
 その銃弾の一発一発に膨大な念を籠めたとしても、彼女の系統は特質系、強化系とは最も程遠く、放出系とも相性が悪い。それ故に大した威力は出せない筈だ。

(それなのにその獲物を選んだという事は、何か厄介な仕掛けがあるって事だな……!)

 イルは無言で砲身をギバラに向け、頭部に狙いをつける。
 いつでも動けるように身構え、ギバラは発射の瞬間を待ち侘びる。
 自身の身体能力と動体視力をもってすれば、銃弾如きなど発射された後に回避する事ぐらい容易い芸当であり――音を置き去りにして放たれた銃弾の弾速は予想の十倍上回り、回避の間も無く頭部に着弾する。
 銀時計の針は馬鹿みたいな速度で一巡する。

「~~っっ、流石に痛ぇな!」

 仰け反りから即座に復帰し、ギバラは歓喜と憤怒を半々に籠めて獰猛に笑う。

(……予想通りか。弾速を限界まで『加速』させた処で、格上の強化系能力者であるギバラの防御を貫けるほどの攻撃力は得られない。だけど――)

 この一発で2000以上のオーラを費やして放たれた一撃は、額から少し血が滲む程度の傷に納まる。
 これではオーラが尽きるまで撃ち尽くしても致命傷には至らず、此方が先に力尽きるだろう。

(チッ、弾速が異常に速ぇな。防御は楽勝だが、撃たれてからの回避は無理っぽいな)

 イルは弾装を外して投げ捨て、スカートのポケットから取り出した弾装を装着させる。
 具現化した狙撃銃として考えれば明らかに不要で異質な行為、次から何か仕掛けて来ると判断したギバラは先手を打って疾駆した。

「――!?」

 ギバラは一直線に彼女から離れた一軒家に駆け寄り、その壁に自らの拳をめり込ませ――オーラで全体を強化して、建物ごと少女に放り投げた。

(なんて出鱈目な――!?)

 イルは狙撃銃を撃たずに、即座に回避行動を取る。
 雷鳴の如き轟音が響き、家屋が倒壊する。少し狙いを外し、少女の小さな体を見失ったギバラは舌打ち一つした。

(あの狙撃銃なら簡単に貫通撃ち出来るのにしなかった。やはり着弾した際に能力の効果が発覚する類で見せたくなかったからか?)

 ギバラが今真っ先に見極めなければいけない事は、あの狙撃銃の一撃を受けて良い類の攻撃か、受けてはならない類の攻撃かである。
 単純に威力を追求した代物なら幾らでも受けられ、力押しで終わる。
 だが、搦め手となるとそうはいかない。筋肉馬鹿(ウヴォーギン)の二の舞など死んでも御免である。

 この場の即時離脱を選び――ギバラに未知の衝撃が降り掛かる。

(撃たれた、のか? 何だこの感触は?)

 あの超速度の銃弾で撃たれた感触にしては薄く、逆に身体からオーラが湧いてくる。

(――撃った対象を一切傷付けず、オーラを与える能力? んな馬鹿な。ナックルの『天上不知唯我独損(ハコワレ)』みたいな能力で、まだ発動条件を満たしていないのか?)

 着弾箇所から少女の現在地を逆算して割り出し、咄嗟に視線を向ける。
 距離にして500メートルほど、遙か彼方の屋根の上で、狙撃手となった彼女は不敵に笑う。

(――唯一つ言える事は、何発かは解らんが、あれに当たり続けるのはヤバいって事か……!)

 恐らくは使い勝手を悪くする事で効果を倍増させる類の能力とギバラは当たりを付け――瞬時に少女まで接近して踵落としを突き落とす。
 踵落としの衝撃が家屋から大地まで伝播し、周辺の建物まで崩壊させる。敏捷さ――その一点だけは少女の方が僅かに上回り、彼女を生存させる鍵となっていた。

「おいイル! 死ぬ前に聞かせろや! テメェは何でキメラアントの討伐を目的とするんだァ!」
「そんなの聞いてどうするのよ? これから何方かが絶対死ぬのにさ……!」

 逃げる彼女を追跡し、対物狙撃銃から壊そうとオーバーキルの蹴りを繰り出し、具現化を一瞬だけ解く事で回避され、零距離から銃撃を受ける。
 衝撃も無く、またオーラが溢れる。その他の異常はまだ見当たらない。ギバラは殺人的な拳をひたすら繰り出し、少女は暴風の如き一撃を回避しながら隙を窺う。

「ああ、だからこそ知っておきたい! 放置しても会長達が勝手に片付けてくれる蟻を生涯を賭してまで狩りたいなんて生粋の狂人の動機だ。そんな奇特な願い、知らずして殺すなんて勿体無いだろォッ!」

 ギバラは倒壊した家屋の破片を強化して蹴り飛ばし、イルはそれに飛び乗り、越えて回避し、次なる拳打を避ける――後方の家に激突した破片は更なる破壊を齎した。

「動機の言語化、ねぇ! そういう貴方はどうなのよ……!」

 ギリギリで避けながら、必死な形相に歪んだイルは振り絞るように声を出す。

「――オレはなぁ、奴等が殺したいほど大嫌いなんだよォ! 蟻の分際で人間様喰らって上位種気取りだぁ? 巫山戯るのも大概にしろっつーの!」

 一撃一撃に途方も無い怒りを籠め、ギバラは更なる破壊の渦を撒き散らす。

「だからこの手でぶっ殺したい。単純明快だろ?」
「単なる嫌悪感で此処まで鍛え抜いたなんて、大した狂人ね……!」

 イルの苦し紛れの言葉にギバラは自信満々に笑う。

「動機の軽さなんて問題じゃねぇ。ようはそれに全てを賭けられるか、否かじゃねぇの?」

 二人の間に距離が開き、お互い立ち止まる。

 ――確かに、ギバラはそれだけの理由で地獄のような鍛錬を積み重ね、蟻に届く次元まで自身を磨き抜いた。
 それを共感出来るのは他ならぬ、同じ目的で限界まで鍛え抜いた彼女の他におらず、イルは目の前の男に惜しみ無い賞賛を抱いた。

「今の話し合いで気付いたんだけどさ――どうやら私は奴等の事を結構好ましく思っていたらしいわ」

 全くもって腹立たしい事だとイルは晴れ晴れとした表情で呟く。
 だからこそ、毒で野垂れ死んだ彼等の結末が許せなかった。遣る瀬無かった。変えてやりたかった――ただそれは彼等の味方をするという意味では無い。

「彼等が『貧者の薔薇』で死ぬなんて絶対に許せなかった。……本当に阿呆らしい。――尊厳ある死を与える為に此処まで身を削るなんて我ながら馬鹿げている」

 紡がれる彼女の独白に、ギバラは馬鹿にせず、静聴する。
 お互い、無駄だと解っている事に全てを賭ける酔狂な輩だ。世界の誰もが無意味だと蔑もうが、関係無く進める狂信者だ。

 目的を同じとしながらその道は交わらずとも――この一期一会の出遭いには感謝したい。
 イルとギバラは互いに尊敬しながら全力で殺し合う。

「一度目の人生は気付かない内に御破算されたんだ。二度目くらいは好き勝手生きて、自分の意志で死んでやるさ!」
「テメェとは根本的に相容れないけどさ、共感はするぜ。同じ狂人としてな――!」

 互いに譲れないし、決して譲らない。

 ――『蟻喰い』は一人で良い。






[30011] No.030『蟻喰い(4)』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/11/10 05:17



 No.030『蟻喰い(4)』


 ――異変は『十発目』から訪れた。

 どういう仕掛けか、ギバラは自身の身体に強烈な違和感を覚える。
 この戦闘での消耗はあの少女の方が数倍激しい。此方は変わらず、徐々に動きが悪くなる。勝敗の天秤は刻一刻とギバラの方に傾いていく。

(……っ!? 何だ? 何故今の一撃を外した!?)

 何度か追い詰め、確実に捉えたと確信して拳を振るったのに関わらず、安易に避けられる事が何度も起こった。

(間合いを読み間違えた? このオレが……!?)

 未だに全貌を把握出来ないが、相手の能力の発動条件が整ってしまったらしいが、違和感はあれども原因が掴めない。
 息切れ一つせずに困惑するギバラに、おさげの少女は息切れしながら笑い、狙撃銃で撃つ。

(おいおい、流石にそんなのは避けれるっつーの!)

 ギバラは撃たれる前に回避行動を取ったが故に、今回の甘い一撃をギリギリで躱せる――筈だった。
 されども横腹に着弾し、また衝撃無く消える。今度は避けられる筈だった銃弾を受け、被弾回数は十一発となる。明らかに異常だった。

(何だ? 精神系に干渉する類か!? 絡繰りが解らんがとにかくヤベェ……!)

 これ以上被弾するのは不味い。ギバラは多少危険を覚悟して距離を詰め、一撃で殺さんと全力で拳を振るう。
 彼女の普通の攻撃でダメージが無い以上、一度でも捕まえればそれで終わり――ギバラは銃が無用の産物になる零距離まで踏み込み、イルは狙撃銃の具現化を一旦解いて迎撃する。

(一発はくれてやる! それを掴んで――!?)

 イルの繰り出した拳がギバラの腹に突き刺さり、「がはっ!?」と吐き出してくの字に折れる。
 確かにその一撃は『硬』だったが、ギバラの『堅』を貫く程の威力は無かった筈――続く『硬』の回転蹴りを顔に受け、痛烈にノックバックする。

(奴のオーラは同じ量! それなのに何故攻撃力が上がっている!? ……違う。奴は変わっていない。変わったのは、防御力が下がったのはオレ!?)

 追い打ちに再具現化した狙撃銃の銃弾を受け――『十二発目』にしてギバラは違和感の正体を掴んだ。
 あの銃弾でオーラを与えられているのに関わらず、自身のオーラの全体量が急激に減っている。
 そして自身の手にも見える異常があった。長年付き合った我が手が他人のように感じる。長年掛けて鍛え上げた肉体が、極限まで圧縮された筋肉が、明らかに目減りしていた。

「まさか、テメェの能力は……!?」

 今更気付いたのか、と狙撃銃を構えるイルは凄絶に嘲笑う。
 客観的に見れば、この能力の効果など『五発目』ぐらいから一目瞭然だが、それが自分視点だけとなれば自覚が遅くなる。

「この狙撃銃の能力は至極単純、着弾した対象に銃弾を中身ごと吸収させる事のみ。容量(メモリ)が限界だったんでね、これ単体では相手にオーラを吸収させるだけで無意味な能力よ」

 相手を絶対に傷付けず、オーラを与えてしまう無意味な能力。
 だが、足りないのならば他から補えば良いという言葉通り、イルは致死の銃弾を外部から用意した。

 ――そしてそれは、このグリードアイランドにあった。

「けれど、これの銃弾に『魔女の若返り薬』を入れれば、生後一年未満の蟻を一撃で確殺出来る、対蟻専用の最強の念能力『蟻喰い(キメラアントキラー)』になる」

 『魔女の若返り薬』入りの銃弾を十二発も浴びて、十五歳まで若返ったギバラを見下しながら、イルは勝ち誇るように笑う。
 人間相手には年齢分着弾させなければ殺せない不便極まる代物だが、生後一年未満の蟻ならば、ネフェルピトーであろうが、モントゥトゥユピーであろうが、シャウアプフであろうが――恐らくは、王さえも一撃で殺せるだろう。

「……何が理想が強化系だ。テメェのその能力の方が数倍も悪辣だろうによォ……!」
「怪我の功名って奴よ。特質系の私では奴等に傷一つ付けられない。此処まで追い詰められなければこれに辿り着かなかったでしょうね」

 此処に勝敗の天秤はイルの方に傾き落ちた。今のギバラのオーラ量はバサラ達程度しかなく、既に素手で殺せるレベルである。

「逃げるなら今の内よ? 死ぬまで逃がさないけど」
「誰が逃げるってんだ、このヤンデレめ。ちっ、長年の修練が台無しだ。また鍛え直さないといけねぇから『クラブ王様』が不必要になっちまったぜ」

 少し緩くなった靴を無造作に脱ぎ捨て、臨戦体勢を取る。
 未だにギバラの眼から戦意は薄れず――逆に爛々と輝いていた。彼もまた自分と同じような狂人である事を改めて思い知り、少女は静かに笑う。

「さぁて――あと何発で死ぬかな?」
「残り十五発だクソッタレ!」




「選んだのは17『大天使の息吹』62『クラブ王様』65『魔女の若返り薬』――以上の三枚で本当によろしいですか?」
「ええ」

 全ての敵対者を排除した上でグリードアイランドをクリアした『ジョン・ドゥ』――本名、イル・アルテナは三枚の指定カードを受け取り、現実世界に帰還する。
 その一室はテーブルとテレビに接続されたジョイステ、その他様々な備品が備え付けられたハンター協会本部のビルだった。

「回収回収っと――」

 グリードアイランドのロムとメモリーカードを回収し、イルは外に出る。
 彼女は昨年、272期ハンター試験に唯一合格したプロハンターであり、この場所がグリードアイランドを設置するのに一番安全な場所と判断しての事である。
 廊下をぶらぶら歩いていると、運が良い事に目的の人物に遭遇する。成人男性なのに彼女より背が低く、顔が豆粒みたいな年齢不詳の彼に――。

「おや? おかえりなさい、イルさん。グリードアイランドはどうでした?」
「ただいまビーンズさん。今クリアして帰ってきた処です。ネテロ会長はいますか?」

 相変わらず珍妙な生物だと思いながら、イルは秘書みたいな立場の彼にネテロ会長の居場所を尋ねた。
 仕事中ながら、ビーンズは快く案内を引き受けてくれた。

「本当に十三年間も引き篭もるんですか? 貴女ほどのハンターなら様々な分野で多大な功績を――」
「残念ですけど、星に興味は無いので」
「……あの予知を全面的に信じる、のですか?」

 ――原作知識を持って生まれた者は数十年前から輩出していたらしい。
 その内の一人が、予言の念能力と題目付けて原作知識を一部の者――ハンター協会の上層部に知らせている。
 蟻編までしか原作知識の無いイルからしてみれば迷惑極まりない話である。同年代に存在していたら間違い無く殺しているだろう。

「ええ、多少は変わるでしょうがね。私はこの生命を『蟻狩り』に全て賭けるって決めています」
「ですが、その十三年後に出現しなかったら――」

 在り得る話だ。発生前――王が生まれる前、いや、直属護衛軍が生まれる前、雑兵が揃う前に女王を始末しようとする輩は絶対に出るだろう。
 そもそも、事前にこの情報があって、未来の副会長が人間大のキメラアントの女王を用意するかどうかが死活問題となる。

「それがベストなんでしょうけどね」

 もちろん、後者は神か実行犯と思われる副会長殿に祈るしかないが、前者の存在を許すつもりはない。十三年後の蟻狩りはまず最初に邪魔な同胞狩りから始まるだろう。
 ビーンズに案内された先は特徴的な和室だった。何処か懐かしいようで、何処か違うその部屋に、彼女を超える世界最強の怪物は静かに鎮座していた。

「おぉ、久しぶりじゃのう。どうじゃった? ジンの作ったというグリードアイランドは?」
「ええ、あの人のネジ曲がった性格通り、凄まじい難易度のゲームでしたよ。出来れば、ソロプレイヤーでもクリア出来るように調整して欲しかったですね」

 齢百を超える、ハンターの頂点であるネテロは笑う。
 これで全盛期の半分だったとは、一体何の冗談だろうか。
 もしも、イルがネテロと戦ったら、考えるまでもない。一瞬で『百式観音』の掌で潰されるだろう。
 あの攻撃に耐えられる防御力は彼女にはないし、能力を全開に使用しても回避など到底不可能である。
 持ち前の素早さで全部避ける事を前提とする彼女にとって最悪の相性と言って良いだろう。

「それで例の場所は?」
「うむ、案内しよう」

 ネテロは徐ろに立ち上がり、イルに背を向けて先導する。

「おっと、そうじゃ。イルよ、お前さん『十二支ん』に入らんか? まだ『卯』が空いていてのォ」
「? 何ですか、その『十二支ん』というのは?」

 振り返って子供のように笑うネテロに対し、イルは不審そうな眼差しで凡そ全ての可能性を疑う。
 ネテロの要求はとんでもない事が多い。迂闊には返答出来なかった。

「ネテロ会長がその実力を認めた十二人のトップハンターの事です。有事の際には協会の運営を託したりします。メンバーは全員が星の称号を持っているプロハンターで、あのジンさんも一応所属していますね」

 ビーンズが親切丁寧に説明し、あのジンが所属している事にイルは驚く。
 ジンがいるという事は正真正銘、彼等が世界で五指に入るほどの念能力者の集団なのだろう。
 だが、同時にそんな最強戦力があったのなら何故蟻編で出なかったのか、漠然とした疑問を抱く。

「それじゃ私では無理じゃないですか。私は星無しの新米ハンターですよ?」
「どの口が言いおる。グリードアイランドをクリアした事は、星一つに匹敵する偉業じゃと思うがのォ? ――何せ本来なら十二年はクリアした者が出ない筈だしのォ」

 そう、本来ならゴン達が来るまでクリアした者が出ない。ネテロの人を喰ったような飄々とした笑顔にイルは苦々しい表情を浮かべる。

「今じゃ三ヶ月でクリアされたゲームですよ。……それにしても会長は信じているのですか? 御自身の死が予言されたあの与太話の数々を――」
「フォフォフォ、この年で挑戦者とは心踊るのォ。今から愉しみじゃわい。そういう御主は完全に信じているようじゃが?」

 ネテロの底知れぬ笑顔を見て、何となくその『十二支ん』を呼ばず、ノヴとモラウを呼んだ理由が掴めた。
 この爺は自分の手で狩る気満々なのだ。絶対敵わぬと知っていても、いや、逆に知っているからこそ自身の手で挑みたいのだろう。

「……食えない人ですね。お断りしますよ、私まで出し惜しみされちゃ敵わないですから」
「ホッホッホ」
「?」

 あの勧誘が商売敵の排除に直結していたとは誰が考えようか。
 イルは引き摺りながら顔を歪ませ、ネテロは意味深げに笑い、ビーンズは一人だけ疑問符を浮かべた。
 程無くして目的の部屋に辿り着く。扉を開いた部屋には窓も無く、備品一つ無い空間だった。

「ここじゃ」

 広さ的には申し分無いとイルは判断し、即座に「ブック」と唱えて三枚限定の本(バインダー)を開き、『クラブ王様』を取り出して「ゲイン」と唱える。
 何も無かった部屋に酒場のカウンターと椅子が具現化され、複数の従業員が笑顔で持て成す。

「へぇ、これがグリードアイランドの指定ポケットアイテムですかぁ。念で具現化された従業員まで付属しているとは――」

 ビーンズは見回しながら関心する。
 この一室だけ時間の流れが変わる。自分から竜宮城に入って浦島太郎状態になろうなど、人生は何があるか解らないものだとイルは笑った。
 ふかふかのソファーに座り、ウェイターから受け取ったジュースを飲み干す。

「それじゃ暫く引き篭もっていますので、何かあったら其処の呼び鈴でも鳴らして下さいねー」

 



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