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[29943] 本当に大好きな世界(仮題)
Name: しろがね たける じゅうはっさい◆909b71f2 ID:e6a9acb4
Date: 2011/09/28 16:35
――カチャリッ…

 だから、何度も言ってるでしょ。
 この世界はね、ちんけな英雄に救われたのよ。這い蹲って、泣き喚いて、散々悪足掻きした……餓鬼臭い英雄。
 それが、可笑しいのよ。

―――それは とてもちいさな とてもおおきな――

 周りの連中は何時の間にか巻き込まれていて、気が付くと、その気になってた。
 ま、私も、その一人なんだけど。

――とても、たいせつな――

 ――ふふっ、まったく……青臭いったらなかったわ。
 ……幾ら話しても無駄の様ね、アンタ達みたいな俗物には。


 夢を見た。平和の意味も知らず、無邪気に暮らす人々の夢を。
 夢を見た。命を危険に晒しながら、守るべきモノの為に生きる人々の夢を。
 夢と現実の境界は、目覚めた時に見えたモノを、どう感じるかだけだ。それを区別出来るのは、神様だけなんだろう。
 だけど、俺には、何かが出来たんじゃないか……と思う。俺には、その力が有ったんじゃないか……と思う。
 この世界に、俺が来た意味は、そこに有ったんじゃないかと思う。
 これが避けられぬ運命だったのなら、この世界で、俺という存在は何だったのか。
 哀しい別れも、人類の運命も、そして……自分の運命も、俺には……変えられたんじゃないかと思う。
 守るべきモノを、本当に守りたいという強い意志が、最初から有ったなら。俺にも、誰にも出来ない事が、出来たのかもしれない。
 そう思う。だから、だから……せめて、これから。生きて、生き延びて、全てを守ろうと思う。
 誰もが諦めた、この地を……守り抜きたい、そう思う。残された人々を、残された思い出を、そして……愛する人を。
 命を懸けて守る、俺は、何かが出来る筈だ、その力が有る筈だ。
 人類は負けない、絶対に負けない…………俺が在るから。

 俺が…………在るから。


 目覚めは、そう変わった物じゃなかった。そこには見慣れている筈の天井が有って、空を飛ぶ飛行機が轟かせるジェット噴射の音が聞こえて。
 けれど、物足りなかった。何かが、何か大切な、忘れてはいけない物が、すっぽりと頭の中から抜け落ちてしまったような、その不足感。それが、白銀 武の思考を妨げていた。
 身体を起こし、掛かっていた布団が擦り落ちる。足を床に突いて、暫くは、考えるようにベッドの端で腰を掛けていた。しかし、その何かが分かった時、武の頭に、耐え難い程の鈍痛が襲い掛かってきた。
 鈍い、頭を切り開かれ、頭蓋に穴を穿たれ、脳味噌を直接に握り潰されるような圧迫感。重度の熱に魘され、自分という存在が希薄になっているような、そんな空虚。誰もが見たくない、悪夢に与えられる恐怖。その何れもが各々に耐え難い物だが、それ以上に、今、起きている事の方が武には耐え難かった。
 見た事も無い、筈の光景。廃墟と化した街、ゲームで見るようなロボットに押し潰された幼馴染の家、その中身は軍事基地の柊学園、目を覆いたくなる程に醜悪な化物、脳だけの“鏡 純夏”。
 一瞬、思考も息も、まるで自分が生きるのを止めてしまったかのような錯覚に陥った。直ぐに呼吸を再開し、止めてしまった思考を武は巡らせる。
 既に、その身を苛んでいた鈍痛は失せていた。

(待てッ、ちょっと待てよ!何で……何で俺は、あの脳味噌が誰のなのか――純夏だと思った!?)

 分かる筈が、無い。そう断じようとして、また頭に鈍痛が走る。知らない筈の光景、知らない筈の言葉、知らない筈の……思いが流れ込んでくる。ミキサーに放り込まれた液体のように、武の中で掻き混ぜられる。
 第四計画、通称・ALTERNATIVE4。生体反応ゼロ、生物学的根拠ゼロ、00ユニット。

(知らない、俺は……こんなの知らねぇッ!!)

――否定するな

 そんなの、嘘だ。そう否定しようとして、否定する声を否定された。聞き覚えが有るなんてものじゃない、自分自身の声が頭の中に、まるで別の自分でも存在するかの如くに響いた。
 目を見開き、痛みと拒絶感で俯かせていた顔を上げ、部屋の中を武は見回した。だが、そこには誰も居ない、居る筈がない。そこは自宅の二階に設けられた武の部屋であり、昨夜に誰か、友人を連れ入れた覚えなど無いのだから。
 恐怖に身を引き、背中を壁に押し付ける。生唾を飲み込む音が、普段では考えられない程に大きく感じた。

――否定しちゃ、いけないんだ

 収まりつつあった鈍痛が、ここにきて一際に強くなって武を苛んだ。
 胃液が食道を駆け上がって焼き、口の中を酸味で見たし、それらを手で押し留める事も出来ないままに武は吐き出した。服が汚れ、ベッドが汚れるが、それでも構わずに吐き出し続ける。止まらない、止められない。
 フラッシュバックと共に、ミキサーに放り込まれたモノの意味が分かってしまう。それと共に、自分の中で、その液体が一つのモノとなっていくのが、はっきりと分かった。

――否定なんてさせねぇ。他の誰に笑われようと、俺にだけは否定させねぇッ

 すとんっ、と落ちるように納得してしまった。ミキサーに放り込まれたのは、忘れていた何か――自分自身の記憶。なら、これは夢などではない、嘘などではない。否定して、無かった事にして良いような、そんな軽いモノなどではない。これは、絶対に“在った出来事”なのだ。
 服が臭い、ベッドが臭い、自分の吐瀉物に塗れているが、そんな事も気になんてならなかった。ただ、ただ、願いに願い、望み続けた元の世界。そこに戻って来れたのだと、武は思った。

(あの世界で死ぬ覚悟は有った、それでも……やっぱり俺は、この世界が大好きだッ……!)

 人ではなくなった幼馴染が、人として生きている。自分を進ませる為に死んで逝った仲間が、自分の意志で引き金を引いて殺した少女が、まだ教えを乞いたい思っていた先達が生きている。皆が笑って、怒り、泣いている世界が、どうしようもなく好きだ。
 立て続けに起こる事で心が疲弊していた武は、吐瀉物で汚れている事も気にせず、そのまま再びベッドに横となり、小さく寝息を立てて眠り始めた。人は、それを二度寝という。
 しかし、この場合は、それも致し方ないだろう。


この作品は、変態さんと、征史さんの作品を参考として書かれていく筈です。
おかしな点、不可解な点がありましたら、ご指摘をお願いします。



[29943] 何かが変な世界…誤字修正
Name: しろがね たける じゅうはっさい◆909b71f2 ID:e6a9acb4
Date: 2011/10/02 08:52
「―――るッ、たけ――!!」

 誰かが呼ぶ声が聞こえた。しかし、それは聞き覚えが有る、けれど聞く筈がない声。まだ覚醒しない意識の中、その声の主が誰なのかを武は、膨大な記憶の中から探し出そうとしていた。
 そして同時に、自分が、どんな状況だったのかも思い出していく。
 たしか、あちらの世界、仮称するならば《BETA戦争世界》だろうか。そこでの記憶を、BETA戦争世界での上司たる香月 夕呼の言い方で《因果情報の流入》とでもいえば良かろうか、それが起きた筈である。その後、抵抗する間も無く眠気に負けてしまい、二度寝をしたのだ。
 自分が吐き散らした、“吐瀉物”の上で。

「――って、汚ッ!!」

「――きゃぁッ!?」

 ゴツリッ、なんて生易しい表現ではない。ガツンッ、という表現の正しさを物語る痛みが、自分が陥っているであろう状況を理解して飛び起きた武の額に襲い掛かった。これなら、まだ吐瀉物の中に顔面を突っ込んでいた方が良かった、いや、それも、やはりどうだろうか。
 どちらにせよ、嫌な事に然したる差は無い。熱を帯び、痛む額を抑えながら、胡坐をかいた武は自分の額が痛む原因たる何かを見ようと、自分同様に痛みに堪えるような呻き声が聞こえてくるベッドの脇を見た。そこには、この世界で確かに居る筈の人物だが、此処に居る筈ではない人物が、額を押さえて床に蹲り、痛みに堪える涙目で武を睨み上げていた。

「すず……みや?」

「――ッ、いきなり頭突してきて、その挙句に『すず・・・・・・みや?』ですってぇ!?何、私ってば、武に何かしたかしら!?私に文句が有るなら言ってッ、名字で呼ぶなんて遠回しな嫌がらせしないでさぁ!」

 涼宮 茜、BETA戦争世界では確かにA‐01では仲間であった少女だ。が、しかし今の武が在るのは元の世界であり、茜とは榊 千鶴を通した知人でしかないのだ。だから、彼女が今、此処に居るのは決して在り得ない筈の出来事である。
 だからと言って、何時までも呆けている暇は無い。目の前に居る少女――茜が、怒鳴るなり立ち上がって、見覚えが有り過ぎる構えを取ったのである。それを実行されれば、その先に待っているのは間違いなく…………荷物要らずで無料の電離層旅行、空への紐無し逆バンジーである。
 それは嫌だ、どうにかして、この場だけでも収めなくてはならない。曾て幼馴染である少女――鑑 純夏を騙した武の話術が今、此処に。

「スクリュー――」

「ま、待て茜ッ!俺が悪かった!」

「ギャラクシー――」

「待て待て待て、それは純夏を超えてるんじゃないのか!?」

 話術の“わ”の字すら姿を見せなかった。

「シュウウウウウウウウゥゥゥトッ!!」

「オリンポスッ!?」

 見えなかった。純夏のパンチは渦を巻いているのが見えるくらいに回転していたが、今の、茜のパンチは拳が見えなかった。回転が速かったのか、それとも単純に拳速が速かっただけなのか、どちらが正しい答えなのかは分からない。だが、これだけは分かる。茜が放ったパンチは純夏を超えていた。それはもう、電離層を突き抜けて月に衝突し、その反動で地球へと蜻蛉返りしてしまう程の絶大な威力を誇った。
 大気圏へと突入して発火をするも彼の身体が塵と化す事は無く、そのまま彼は我が家の前に走る道路へと舞い降りた。正確には落ちたと言うのが正しいだろうが、そのように少しでも柔らかい表現をしておかないと危ない。主に表現描写的に十八禁になり兼ねない。
 それにしても、と武は思う。道路に人型の穴を空けるような目にあっても、こうして生きている事が、元の世界かどうかは別として、BETA戦争世界から帰ってきたのだと実感させられる。こんな事で実感させられるのは間違っているのかもしれないが、それでも死に溢れた世界でない事に比べれば大した問題ではない。
 むしろ問題なのは、純夏の立ち位置たる場所に、どうして茜が居るのか、それが今の問題である。純夏を超える拳を、これから先に受けなくてはならないとなると、命が幾つ有っても足りない気がしてならないのである。
 自宅へと上がった武は茜が居るであろう自室へと向かい扉を開け、その先に居た茜を見て、やはりと思った。これは夢ではない、現実なのである。
 夕呼の話では、武に世界を渡らせたのは純夏が原因だということだった。なら、元の世界に戻すのも純夏でなければならないのだ。ということはだ、この奇妙な光景を作り上げたのも純夏であるという事に他ならない。

(純夏……アホだ、アホだとは思ってたけどよ、世界を間違えるって……世界規模のアホだったのか、お前は)

 馬鹿にする、という気持ちは無かったものの、余りに余りな状況の所為で馬鹿にしている事には気が付いていない。武は額を押さえて溜息を吐き、茜の居る自室へと足を踏み入れた。
 純夏が持つ綺麗な紅玉色の髪とは違い、明るさを感じさせる燈色の髪が視界に映る。その頭でピョコピョコと動く触覚、あまり深く考えた事は無かったのだが、純夏と同じ動きをしているのは気のせいだろうか。いや、絶対に同じである。

「……武」

「――あ、わりぃ。で、聞きたいんだが……純夏は、どうした?」

 純夏は存在しているのか、それともBETA戦争世界のように会えない状態なのか、はたまた友人知人程度の関係になってしまっているのか。それを聞くのは、正直……恐かった。

「……はぁっ。純夏ちゃんなら、下で武の服を洗濯してるはずだけど?」

 何に対して溜息を吐いたのか知りたかったが、取り敢えずは、良かったと思っておこう。武は内心で胸を撫で下ろし、ベッドに腰を掛けようとして気付いた。彼が吐き出した吐瀉物で汚れている筈のベッドが、皺が有るだけの、綺麗な状態なのである。よくよく見れば服もそうだ、吐瀉物で汚れていた筈、そうでなければ可笑しいのだ。
 それらの事から導き出される答えは、武を即座に動かすに十分だった。自らの肩を抱き、身を捩り、蔑むような視線を茜へと向けて彼は口を開く。

「――やだっ、もう、お婿にいけない!」

「だーいじょうぶ、その時は私と純夏ちゃんが貰ってあげるから」

「…………」

 自分はよく知らない相手なのに、何故か自分の事を理解されているというのは、どうにも気持ち悪い。武は、そう思った。

「そ・れ・よ・り!武っ、どういう事だか、説明……してくれるんだよね?」

「んあ?」

 何の事だと首を傾げて見せると、また溜息を吐かれた。

「学校に来ないから、心配になって見に来てみれば、その……アレの上で寝てるし」

 ああ、と漸く理解してきた。アレとは、茜が言葉を濁した事を考えれば吐瀉物の事であろう。今が何時なのかは分からないが、小宇宙旅行から戻ってきた時の日は大分と傾いていた。茜が学校帰りに寄ってみれば、武は吐瀉物の上で二度寝中。一体何が有ったのかと心配しても、それは何ら可笑しい点はない。まだ見てはいないが、純夏も来てはいるらしいので、何か言われるかもしれない。
 別世界の記憶が頭の中に入ってきて、気持ち悪くなったから吐いた。それで疲れて、眠くなったから寝てた。そんな言葉を、一体誰が信じるだろうか。
 BETAなんて化物は存在しないし、戦術機なんて存在していない。この世界は死に溢れておらず、笑顔に溢れている。武だって記憶さえなければ、あれは夢だったのだと断じていた。だが、彼には記憶が有った。訓練で鍛え抜かれた記憶が、“207B分隊の少女達”を抱いた記憶が、戦術機を動かした記憶が。何より、自分を愛してくれた少女達を犠牲に戦い抜いた誇りが、彼の記憶には刻み込まれていた。
 それを否定されるのが、恐い。自分の記憶を、皆が生きた証を、否定されるのが恐い。
 さて、一体どう説明したら良いものだろうか。そう腕を組んで武が悩んでいると、武の背後で部屋の扉が開いた。

「茜ちゃ~ん、たけるちゃんは起きたー?って、起きてるや」

 開かれた扉の向こうに現れたのは、何一つ変わらない姿で立つ幼馴染の少女――鏡 純夏。生きて、人間として、笑顔で生きている、白銀 武が愛した少女が、そこには居た。
 一瞬、喉が詰まったように言葉が出せなかった。嬉しさが込み上げて来るが、それを、どう表現すれば良いのかが分からなかったのだ。そんな武は純夏を見つめるが、彼女は、その事に全くと気付いていない。

「あっ、純夏ちゃん聞いてよ!武ってば、起きるなり私に『すず・・・・・・みや?』なんて言ったのッ!」

「なんだとぉー!たぁけぇるぅちゅわーーーーん?」

 あ、まずい。そう思った時には、純夏が既に構えていた。まさか二度目が来るとは思っていなかったので、その焦りようは凄まじい。額から、背中から、全身の毛穴という毛穴から冷汗が滲み出てくる。

「お、俺、気分がわりぃんだよ!だからッ、休ませてくれ……!」

「――ん……そっか、そうだよね。たけるちゃん、病院には行ったの?」

「え……?あっ、ああ、吐いた後、すぐに気ぃ失っちまってさ。病院も何も、朝飯すら食ってねえ」

 回避、出来たのだが、何かが可笑しい。純夏ならば問答無用に打ってくる筈の“どりるみるきぃぱんち”が不発した。二度目の紐無し逆バンジーを敢行しないで済んだから良いのに、何だか納得がいかない。まるで、武が知る純夏とは違うような、そんなような気がした。

「じゃ、お粥の方が良いよね、晩御飯は。伊隅せんせーには電話しておいたから、夜には来てくれるって!」

 ちょっと待て、心の中で思った。純夏は今、何と言った。

(伊隅……せんせー?)

 いよいよ何から何までが可笑しくなってきている。あのイスミヴァルキリーズを纏め上げていた伊隅大尉が、先生。学校の先生なのか、何か別の習い事の先生なのかは知らないが兎に角、茜だけではなく彼女とまで繋がりが有るらしい。
 分からない、何が、どうなっているのか。賢くも無い頭を回転させて考えるが、武の頭でなんて分かる筈がない。これは、この世界の香月 夕呼に相談をするしかなさそうである。BETA戦争世界の事を話すのは、正直、凄く躊躇してしまう。だが、今のままでは色々と支障が出てしまうのだから、夕呼一人に笑われて全てが解決するのなら安い。
 明日、先生に相談しよう。そう考えて、武は思考を切り上げて今出来る事をしようと判断した。

「病院、行ってくるわ」

 心配なので、今は病院に行く事にした。何故か、純夏じゃなくて茜が付いて来た。



 拙い文ですが、お読みくださって誠にありがとうございます。ご不明な点、それはおかしいだろという点がございましたら、感想に添えて教えて頂きたいと願います。その都度と修正していきますので、どうか生暖かい目で見てください。





[29943] 何かが間違ってる世界…誤字修正
Name: しろがね たける じゅうはっさい◆909b71f2 ID:e6a9acb4
Date: 2011/10/05 00:39
 その日の晩、幾度目かの驚愕に武は言葉を失った。

「あの……伊隅た――先生、何で普通に家で飯食ってんすか?」

「はあ?お前は今更に何を……もしかして、熱で頭でもやられたのか……?」

 凄く深刻そうに馬鹿にされた、これは泣いて良い筈だ。まあ、馬鹿にされた事は兎も角、どうやら本格的に、この世界は元の世界とは色々と事が食い違っているらしい。特に人間関係については、殊更に食い違いが出ているようなのである。
 例えば、今、お粥を頬張る武と、そのテーブルを挟んだ向かいで箸を進めている女性。BETA戦争世界では大尉を務めていた女性――伊隅 みちるなのだが、この世界においての彼女は、驚く事に、武の家庭教師という立場を担っていた。どのような状況で繋がりが出来たのかを聞くと怪しまれてしまう為、詳しく聞けないでいる。何だか少し、もやもやとする。
 例えば、みちるが来る少し前まで居た涼宮 茜。元の世界での彼女とは、委員長である榊 千鶴を通した知人程度でしかなかった筈なのであるが、どうにも、この世界では純夏と並ぶ幼馴染らしいのである。家は純夏の家とは逆のお隣さん、まるで純夏が二人になったように錯覚した。あの拳を二つも同時に受けたら、間違いなく太陽系から抜け出せる。
 イスミヴァルキリーズの面々と平和な世界で繋りが有るというのは嬉しい事なのだが、やはり本当に元の世界という訳ではない事が、今は武の胸を締め付けた。

「いや、そもそも何で先生用の食器が有るんですか?」

「……お前は、私に、この家を出て行って欲しいのか?」

「…………はいいいいいぃぃっ!?」

 今、何て言った。
 武の頭は既に混乱の極みに至り、みちるの言葉の意味を探し当てる為に無い知識を活用しようとしている。それでも答えが見付からないのは、単に武の頭が悪いからなのか、それとも分からなくて当たり前なのか。どちらにせよ、みちるの言葉は聞き逃せるような代物ではなかったのが確実だ。
 家庭教師だとは聞いていたが、一体全体、出て行くとは、どういう事だ。まさか、住み込みでの家庭教師だろうか。いや、それは可笑しい。BETA戦争世界で聞いた話であるが、彼女には前島 正樹という想い人がいると聞いていた武である。だからこそ、他の男と同じ家に住んでいる事が信じられない、住み込みではないと思ってしまう。
 しかし、哀しいかな。武の思考はお構い無しと、みちるが勝手に状況を理解させてくれる。

「たしかに、正樹に振られ……彷徨ってた私に、声を掛けてくれたお前には感謝している。正樹と付き合う姉が居る家に、帰り辛かった私に、部屋を貸し与えてくれたご両親にも感謝している。しかしだな、行き成り、そんな事を言われても……私にとっての帰る場所は、もう此処なんだ」

「は、はあ……別に、出て行けとは言いませんよ?ちょっと、熱の所為か記憶が混乱してて……」

「――何っ?」

 何とか誤魔化そうと思って発した言葉は、むしろみちるには逆効果だったらしい。訝しむような視線を武に向けた彼女の手は、進めていた箸を置き、テーブルに乗り出す形で立ち上がり、伊隅の深刻そうな様子に向かいで固まってしまっている武の額へと伸ばされた。女性特有な体温の低さなのか、単にみちるの体温が低いだけなのか、はたまた本当に武が熱を出しているのか、ひんやりとしていて気持ちが良い。

「……熱は無いようだな、が、今日はシャワーだけにしておけよ。本当は入らない方が良いが、鑑から状況は聞いているからな」

 そう、武は吐瀉物の上で寝ていたのである、流石にシャワーすら浴びずに寝るのは嫌だろう。それを察していたみちるは、風呂場で何かあった場合を考えて嫌であったが、それは可哀そうだと判断したのである。彼女自身、ちょっとした企みを持っての言葉でもあるので、少し乗り気ではあるのだが。
 しかし武が彼女の企みに気付ける程の頭を持っていないのが哀れかな、みちるの言葉を何ら怪しまない彼は頷いてしまったのである。此処で首を縦ではなく横に振っていたなら、後々に恐ろしい目になど遭わなくて済んだであろうに。
 本当に哀れである。

「食べ終わったら、食器は、そのままにしておけ。後は私がやるから」

「はいっ。……あっ、そういえば、今日って何日でしたっけ?」

 椅子から腰を持ち上げた時、不意に思った。何時もであるならば、今日は10月22日という特別な日である筈なのだから、これは本当に、ちょっとした興味本位での質問だった。しかし、この興味本位の質問が、彼の心を再び掻き乱すものであった。

「ん?今日は“10月22日”じゃないか、まったく……いくら熱があったからって。もう少し、しっかりしろ、お前も“来年には三年生”なのだからな」

 理解した、今日は10月22日、何時も通りである。みちるが言ったのであるからして、間違いはないだろう。だが、しかし、それにしては彼女の言葉に違和感が無かったであろうか。
 みちるの言葉を頭の中で反芻させながら、武は違和感を感じた場所を探ろうとする。そして、気付いてしまう。その言葉を付けるのは、絶対に可笑しいのだという個所を。

(――“来年には三年生”だと!?何だよ、何なんだよ、本当に!!)

 世界規模でのアホかと思っていたら、一年もずれた10月22日に送られて。明日になったらビニールスリッパの乱打を、純夏の頭に見舞う事を決意させられた武。流石は純夏と言うべきか、やはりただでは済ませないのが彼女らしい。そう思ってしまったのは、彼女と言う人間を知り尽くした彼だから。
 10月22日が武にとっての特別な日なのは、その日に御剣 冥夜という少女が彼の前に現れた日だからだ。その彼女が現れるのは、2001年の10月21日、みちるの話から推測すれば来年の話となってしまう。他の仲間達とは明日にでも会う事が出来るのに、彼女にだけは会う事が出来ない、それは寂しい事であった。
 が、もう一人だけ、少女の姿が武の頭に過った。それは、BETA戦争世界においては武に近しくて、とても守りたかった少女の一人。社 霞、彼女だけは国籍が違う。家庭の事情で留学してきたとしても、年齢を考えれば出会う確率なんて限りなく低いものだ。
 冥夜、霞、二人の少女の姿を思い浮かべている武の顔は緩んでいた、それがみちるの癇に障った。

「――さっさとシャワーを浴びて来いッ!!」

「はっ、はい!」

 飛び出すようにリビングを出て行く武の背中を見送ったみちるは、小さく呟く。それは彼女の本音を含めた、小さな僻み。そう長く一緒に暮らしている訳ではないが、あまり見た事の無い武の緩んだ顔を見せ付けられた事への悲しみ。

「――私には、あんな顔見せた事無いくせに……一体誰が、あいつに」

 あんな顔をさせたのだろう、唇を噛み締めながら心に思い、食器を流し台へと移したのだった。
 一方、飛び出すようにリビングを出た武は、脱衣所で服を脱いでいた。小宇宙旅行から帰ってきた時点で汚れていなかったのだから、茜や純夏が拭いたり何だりとしてくれたのであろう事は明白。それでも気分的に、自分で洗っておかなくては何だか気持ち悪い。
 着ていたシャツを洗濯機に放り込み、その時になって漸く自分の身体を見た。
 普通だ、そう、普通なのである。だが、それが可笑しい。今更だが、目覚めてから可笑しい事が立て続けではあったものの、自身についての変化は一切が無かった。だから気付けなかった、そう言えるだろう。しかし、これは武という存在を根底から覆す可笑しさなのである。
 彼の肉体はBETA戦争世界において鍛え上げられた、軍人としての肉体であった。一度目の世界で“愛した少女達”と死に別れた後、二度目の世界へと降り立った時、彼の肉体は鍛え上げられたままだったのだ。ならば、ここでも、それは同じ筈なのである、鍛え上げられた肉体でなくては可笑しいのだ。

「マジで訳がわかんねえよ、純夏ぁ……」

 ズボンもパンツも洗濯機に放り込み、さっさと浴室へと入ってシャワーの蛇口を捻る。冷たい水が吐き出されたが、すぐに温かい湯が吐き出されるようになり、それを頭から被り続ける。

(訳が分からなくったって……か。ここは、こういう世界なんだって認めるしかないんだよな)

 一度目のBETA戦争世界の夕呼に言われた言葉は、忘れた事が無い。あの時の感情を、忘れられる訳がない。認めたくない現実が目の前に広がっていて、それを現実だと認めさせられて、それで心が荒れた。
 でも、今なら受け入れられる。いや、むしろ今ならば受け入れるのが当たり前になっているかもしれない。数多くの死を目の前にし、そして成長、死に慣れるなんて成長は誇って良いのか分からないが、武からすれば全てが現実。彼自身が生き、歩んだ現実、人生だ。そう、受け入れて当たり前なのだ。
 髪を伝って零れ落ちる水滴が、椅子に座って俯く武の視界で床と衝突して弾ける。
 あの世界の事を知っているのが自分だけというのは、凄く哀しい。あの世界で生き、苦しみ、戦い続ける人達の事が誰にも語れないのが、悔しい。平和の意味も知らず、無邪気に暮らす人々が居るのが、悔しい。あの世界で知った、絶望の中に在りながらも希望を作り上げた女性の強さを自慢出来ないのが、悔しい。どうにか、どうにかして、あの世界の事を人々に知ってもらう事は出来ないのだろうか。
 どうにかして、あの世界の事を人々に知ってもらえないか、それを考え込む武。そんな彼の背後で、浴室の扉が開いた。シャワーの湯が外に出てしまう、咄嗟に武はシャワーの蛇口を捻り、吐き出され続けていた湯を止めた。
 武以外で、今、この家に居るのはみちるだけだ。ならば、浴室の扉を開けたのは彼女だろう。そう判断した武は、裸を見られているであろう事を別段に気にする様子も無く、背後を振り返る素振りすらも見せずに口を開く。

「どうかしたんすか、伊隅先生」

 段々と、この世界に慣れて口調が崩れてきた。その内、元の世界に居た頃と変わらないものへとなるだろう。

「……驚かないんだな、裸を見られているのに」

「それは、まあ……」

 慣れている、とは言えない、どんな反応を返されるかは分からないのだから。
 そのまま浴室の扉が閉められたので、みちるの方が気にしたのだろうと判断した武は再び蛇口を開こうとした。が、湯は彼の頭に降り注いでこない。いや、蛇口は確かに捻られ、シャワーから湯が吐き出される音はしているのだ。しかし、それが武の後ろからだとしたら、それは一体、どういう事だ。
 答えは一つ。武は壊れた機械人形のように、ゆっくりと背後を振り返る。そこには、一糸纏わぬ豊満女性の胸が、くびれた腰が、引き締められた太ももが存在した。水着なんて、そんな野暮な物は存在しない。
 頭が、一瞬、沸騰しそうになった。しかし何とか堪えて、直ぐ様に前を向いて武は叫ぶように、その場にいた人物――みちるへと問い質す。そうしなければ、自制が聞きそうになかったのである。

「ちょっ、ちょっとッ、伊隅先生!?あんた、何で入ってきてるんだよ!ってか、な、何で裸!?普通、せめて水着とか着てから入るだろ!!」

「……何だ、せっかく身体を洗ってやろうと思ったのに、文句でもあるのか?」

 文句が有るとか、無いとか、そんな問題じゃない。あんたには好きな人が、そう言おうとして、武は口を噤む。食事の時、満が言っていた事を思い出したのである。

『正樹に振られ……』

 まさか、と思った。この人に限って、自棄を起こしている筈がないと思った。それは、BETA戦争世界において、彼女が、とても強い人である事を知っているからこそ思えた事なのである。しかし、武は分かっていなかった。BETA戦争世界においての伊隅 みちるが強い人だったのは、そこが、そうで在らなければ生き抜けない場所だからである事を。
 この平和な世界においての伊隅 みちるは、その逆、とても弱い人である事を。武は分かっていなかったのだ。

「や、自棄にならないで下さいよ?好きな人に振られたからって、ちょっと優しくしただけのガキに……何も、そこまでしなくったって」

「……自棄、か。違うな」

 背中に湯が掛けられ、続いて背に手が触れられた。首元から腰元へと、ゆっくりと撫でられ、そして。

「ただ単に、お前を男として見ていないだけだ」

 頭を鷲掴みにされた、とても痛い。割れるかのように。

「――づぁっ、だだだだだだだだだっ!?ちょっ、俺、びょうにんんんんんんッ!!」

「さっさと体を洗って出んか!どれだけ入っているつもりだ、病人が!?」

「……俺、どれくらい入ってますか?」

「ざっと30分程だ」

 確かに長い、シャワーだけならば、その半分ぐらいで事足りる筈だ。特に髪が長い女性でもなし、髪が長い訳でもない男が何をしているのやら。いや、感傷に浸り過ぎていて、時間が経つのを感じられなかっただけなのか。
 暫く無言だった武は、静かに立ち上がり、みちるを避けるようにして浴室を出た。当然、肝心な見られないように手で隠しながらである。
 後ろ手に扉を閉めた所で、中のみちるから声を掛けられた。

「武、いくら私だってな……自棄になったくらいで、好きでもない男に裸は見せん」

「……さいですか」

 手早く身体を拭き、武は、その場を後にした。だから聞こえなかった、シャワーの音が有ったのも要因だが、だからこそ聞こえなかった。少々大きめに声に出していた言葉が、強がり、言う事の出来なかった本音が聞こえなかったのだ。

「私にとって、お前は……男ではなく、大切な人なんだ」



 ごめんなさい、済みません、許してつかぁーさい。ここまで公判がグダグダになるなんて思ってなかったんです。
 ええ、此処でまさかの伊隅大尉なんですが、彼女をハーレム要因として良いのか、正直に言って作者には分かりません。まりもちゃんが皆のお母さんなら、伊隅は皆のお姉さんなんじゃねえのと思ってしまったんです。
 まあ、作者は伊隅大尉が大好きなんですけど。
 では、また次回。




[29943] 誰かにとっての誰かが別人の世界
Name: しろがね たける じゅうはっさい◆909b71f2 ID:e6a9acb4
Date: 2011/10/07 00:07
「やばい、癖で早起きしちまった」

 翌日、目覚めた武は早々に身支度を済ませてしまい、する事はと言えば、未だに起床してこないみちるの為に朝食を作ってやる事くらいだろうか。だが、そこで、武が料理が出来るか疑問である。その答えは、残念ながら、出来るのである。
 一度目の世界、オルタネイティヴ5が実行されて以降も戦い続けた武は、自らの腹を満たす為に、仲間達の空腹感を少しでも和らげる為に、持てる限りの知識を総動員して料理を覚えた。そこらに有る、などと言っては失礼だが、有り触れた定食屋並の料理ぐらいなら出せてしまえるのである。
 凄く美味しい訳ではない、不味い訳でもない。ただ、美味しい。その一言で片づけてしまえる、それが武の腕で到達出来る限界域だったのだ。悔しいとは思わなかった、腹を空かせていた仲間達は文句を一つも溢さず、美味しい、美味しいと言って食べてくれたのだから。
 包丁と野菜をまな板の上に並べた武は、エプロンの腰紐をきつく締め、腕捲りをして気合を込める。作るのは基本的日本料理、味噌汁だ。自分が食べたいというのもあるが、BETA戦争世界で世話になり続けたみちるに、例え大尉ではなかろうとも恩返しをしたかったというのもある。

(不味いなんて言われちまったら、立ち直れないかもなぁ……)

 苦笑いを浮かべながら、武は、いざ包丁を握る。
 一方、自分が世話となっている家の子息――武が、吐瀉物に沈んでいたなどという話を聞いていたみちるは、慣れない料理でも、お粥くらいは作ってやろうと思い立ち普段よりも早く起床していた。いや、起床したつもりでいた。
 なのに、何なのだ、目の前の光景は。
 みちるがリビングへ入り、台所へと向かおうとしたら、包丁がまな板を叩く音が聞こえてきたのだ。武の両親は両者共に仕事で不在、この家に居るのは武とみちるの二人だけだ。不思議に思った彼女は、当然、用心しながら中を覗き込んだのである。
 そこに在ったのは、エプロンを首から掛けて包丁を握る武の姿。彼女の知る限り、彼が台所に立つのは初めて。にも拘らず、みちるよりも手慣れている手付きで手順を進めていくのだ。

(まさか、熱で本当に頭がやられてしまったのか!?)

 酷い言われようである、しかし遠からずの答えなのは確かだから文句の言いようもない。そんな事を思われているとも知らずに、武は冷蔵庫から味噌を取り出している。
 すると、冷蔵庫を閉めた武が、台所こ前に立っているみちるに気付いた。呆然としている彼女に、彼は手にしていた味噌を苦笑して鍋の横に置く。

「おはようございます、伊隅先生」

「――あ、ああ、おはよう。身体は大丈夫なのか?」

「はい、もう、すっかり」

「そうか。…所で、なんだが」

「……?」

 武の容態を心配しながら側まで寄ったみちるは、ちらりと脇を見て、まな板の上で陳列した豆腐やわかめ、捌く必要が有った筈のイワシを見た。口元が、ひくりと引き攣るのが自分でも分かる、何だか納得いかない。お前は女じゃない、料理が出来ない事を、そう責められているような気がした。
 しかし、それはみちるの勝手な思い込みであり、武には、そういった意図は全く以って存在していない。完全な八つ当たり、つまりは、そういう事である。

「何か、私も手伝おうか?」

「あ、じゃあ、味噌汁をお願いします。後は味噌を溶いて、具を入れるだけなんで」

「……分かった」

 手を加えようの無い事を任されて、やはり納得がいかない。まるで、みちるが料理を得意としていない事を知られているようである。



「今日は学校を休め」

「えっ……?あ、そのっ、……休まなきゃ駄目ですか?」

 出来上がった朝食を食べている途中、みちるから言われた言葉に、武は一瞬の戸惑いを持ってしまった。昨日の今日だからこそ、心配しての言葉だという事は分かる、嬉しいと思える。しかし、武には早く夕呼へと相談したい事が有る訳で、学校を休むつもりは無かったのだ。
 みちるの性格を考えれば、登校なんて許されないだろう。みちるからの返答は予想通り、駄目に決まっているだろうが、その一言。絶対に逃がさんとばかりの追い討ちに、今日は家庭教師のバイトも休みだからな、などと遠回しな物言いをする。
 諦めれば、そこで試合終了。武は諦める訳にはいかない、何としてでも夕呼に合わなくては。

「何か問題でもあるのか、ん?」

 少し怒っているような目で聞いてくるみちるが恐い、特に何をした覚えは無いのだが、凄まじい怒気を感じる程に。

「実は、夕呼先生に、どうしても聞きたい事が有りまして……」

 瞬間、みちるの顔色が変わる。BETA戦争世界においても彼女は夕呼の配下であり、苦労が集中した人物でもある、この世界でも何かしらの因果が有るのだろう。ただし、きっと、それは要らない因果でしかないだろうが。
 切実に強く生きて欲しいものだ。

「あ、あの人程じゃないが、私でも勉強は教えてあげられるぞ?そんな生き急ぐんじゃない!」

「え、夕呼先生の評価が凄まじい事になってる……?」

 そんな凄い事になってるのかと、この色々と間違ってる世界で夕呼と会うのが恐くなってきた。別の世界から来ましたなどと洩らした日には、一体、どのような実験に付き合わされる事やら。そう思った、思ってしまった、それは白銀 武という存在である限り仕方の無い事なのだ。
 と言うか、勉強を教えてもらうだけで、そのような反応をされる夕呼は、一体どのような性格をしているのだろうか。これが本当の怖いもの見たさか、武はより一層と夕呼に会いたくなってしまったのだった。
 結局、武はみちるの泣き落としに負け、本日は病欠する結果となった。みちるを泣かせたくないと思ったからで、決して、彼がヘタレだからではない。
 純夏と茜が迎えに来たが、今日は大事をとって病欠する、その旨を伝えて学校へと行かせた。心配だからと、二人して休むなどと言い始めたが、そこは流石のみちるである、一喝の元に黙らせて登校させたのだ。
 武にしても、純夏は兎も角、茜に休まれるのは困る。彼女には、メッセンジャーとして夕呼に言伝てを届けてもらわなくてはならない。みちるの後ろで黙っている事を恨みがましく睨まれてしまったが、そこは黙して流した。
 それから数時間後、今頃、学校では昼休みに差し掛かっているだろう。みちるは昼食の買い物に出ていて、今は家に武のみ、とても暇である。欠伸とも溜息とも言えないものが、ベッドで横になる武の口から吐き出された。

(すず……茜の奴、ちゃんと夕呼先生に伝えてくれたかな……?まあ、今は待とう。伝われば、あの人は絶対に乗り込んで来る――ってか、文字通りに車を吹っ飛ばして来る)

 理解しているというのは、こういう事を言うのだろう。武には、その光景が容易に想像できてしまう。そして彼女は、きっと、こう言うに違いないだろう。

「しぃろぉがぁぬぇえええッ!!居るのは分かってんのよッ、出て来なさい!!」

 聞こえてきた女性の声、正確には怒鳴り声に、ベッドから落ちた。まさか、想像した瞬間には家の前まで来ていたとは、流石の武も思ってもみなかったようである。彼も、まだまだ夕呼という人間を理解し切れていないらしい。
 床に打ち付けた頭を擦りながら武は部屋を出て、玄関へと向けて足を動かす。止まない怒鳴り声は、その内容を更に下劣なものへとなり、彼を急かした。

「だから、あんたは☓☓で、鑑や涼宮の☓☓☓もやぶ――」

「あんたは何て事を大声で言ってんだっ!?」

 馬鹿にされるのは大いに結構、慣れているから無問題。しかし、関係無い人間まで巻き込まれるのは勘弁である、特に、あの二人が関わるとなると命が幾つ有っても足りない。それを、彼女は分かっているのだろうか。
 兎も角、今は、どうこう聞くよりも黙らせる事が先決である。我が家の前で怒鳴り散らす女性――香月 夕呼の口を押さえて黙らせ、武は彼女を家の中へと引き摺り込んだ。それを、両隣の奥様方――鑑家と涼宮家の母達に見られているとも知らずに。

「ハァッ、ゼハァッ……」

「なーんか、疲れ切ってるわねぇ。あんた、一応病人なんだから、安静にしてなきゃ駄目じゃない」

(あんたが言うか、あんたがッ!)

 思っても口にはしない、絶対に倍以上になって返ってくるから。しかし、そんな考えは甘い、彼女という天才には、武程度の男が考えている事は筒抜けなのだ。現に彼女は、睨む武を、口元に三日月を作り上げて見ている。
 つまりは、しっかりと弄られた、そういう事である。
 そして、二人の対面する場所はリビングへと移り。

「で?」

 前振りの無い振り、それは夕呼にとっての当然、武にとっては予測済みの事。

「……はぁっ。実は、俺……別の世界から来たんですよ」

「…………そういう事か。だから、あんたは……“因果律量子論”なんて言葉を知っているのね」

 散々と弄られ、前振りも無く唐突に始まる本来の目的である会話。その始め方を平然と受け入れている武も武である。
 『別の世界』、その一言で、武が何を言いたいのか理解してしまう夕呼は既に思考の海。こうなった彼女に何を言っても届かないのは、元の世界、BETA戦争の世界において理解済みである。溜息を漏らした武は腰を下ろしていた席から立ち、台所へと入ると、冷蔵庫を開いて買い置きのコーヒーを取り出した。それを二人分のガラスコップに注いで、リビングへと戻る。
 それが、丁度、夕呼の思考が終わる時だった。

「あんたの雰囲気から、何かしら、とんでも無い事が、あんたを変えたってのは分かった。けど……それを私に話して、あんたは、どうしたいの?」

 来た、この質問も武は、彼女ならすると考えていた。だから、前以って用意していた言葉を返す。

「聞いて下さい、俺が見た事を、聞いた事を……そして、“語り継ぎたい仲間の誇り”を」


 昼食の買い物を済ませて白銀家へと帰宅したみちるは、家の前に路上駐車された車を一目見て、荷物を取り落とし家の中へと駆け込んだ。そして、リビングの扉の前で、そこで聞いてしまった。

『俺……別の世界から来たんですよ』

 とても信じられなかった、彼が、あの声で語る武が、自分の知らない所で別の誰かと入れ替わっていたなんて、みちるには信じる事出来なかった。しかし、所々で、そうなのかもしれないと思ってしまうような所が有ったのも事実。
 何故、みちるが白銀家へと居候している事に驚いた。何故、日を聞いただけで驚いた。何故、…………みちるの知らない顔をした。
 全ては、別人だから、そう思ってしまえば簡単だから。
 唇が、手が、震えた。肩を抱き、その場にへたり込みそうになる。そんなみちるの耳に届いた武の言葉は、とても暗かった。


「あの世界は地獄だった」



[29943] 今まで生きてきた世界
Name: しろがね たける じゅうはっさい◆909b71f2 ID:e6a9acb4
Date: 2011/10/12 00:44
夢を見た。平和の意味も知らず、無邪気に暮らす人々の夢を。

 俺が『元の世界』と呼ぶ世界は、平和で、戦争なんてブラウン管の向こうでしかない場所だった。
 両親が居て、幼馴染が居て、親友や委員長、不思議な同級生が居た。そこらに居る学生と変わらない俺は、そんな皆と楽しく生きてた。
 そんな、ある日。俺の目の前に、一人の少女が現れた。彼女の名前は“御剣 冥夜”……

「ちょっと待ちなさいっ、あんた、あの御剣の令嬢と知り合いなの!?」

「知り合い・・・・でいいのか?いや、たしか……そう、“絶対運命”、それで俺と冥夜は繋がれているって言ってたっけ」

「はあ?まあ、いいわ、先を聞けば分かる事だし」

 冥夜が現れてからは波乱万丈で、退屈なんて言葉が考え付かないくらいに連続で事件が勃発した。いや、彼女が現れたのが、本当は全ての始まりだったのかもしれない。
 不変だった日常が変わり始め、球技大会、温泉旅行、色々な出来事を通して俺達の仲は少しずつ偏り始めた。
 純夏と付き合い始めた俺、冥夜と結婚した俺、委員長を支える俺、彩峰から離れない俺、たまに勇気を与える俺、そしてまりもちゃんに寄り添う俺。

「あんた……中々やるわね」

「言っておきますけど、一度に付き合った訳でも、別れて付き合った訳でもないですよ。全部が全部、同時間別時間軸で起きた事です」

「ああ、エヴェレットの多世界解釈、シュレディンガーの猫ね」

 夢を見た。命を危険に晒しながら、守るべきモノの為に生きる人々の夢を。

 全てが終わり、始まった時、俺が目覚めたのは自分の部屋だった。
 窓の外を覗けば廃墟、隣の鑑家は巨大なロボット――戦術歩行戦闘機、通称戦術機によって押し潰されていた。現実味が有るのに、夢だと思い込んだ俺は浮かれていた。今に思えば、本当にガキだったのかもしれない。見た目とかじゃなく、中身が、それまで成長していなかったんだ。
 そして、廃墟を彷徨った俺は国連軍・横浜基地へと辿り着く。そこは学校が在る筈の場所なのに、校舎なんて影も無かった。
 銃を持った人間に俺は捕まり、牢屋へと放り込まれ、そこで夢を見ているのだと自分に言い聞かせた。けれど、そんな事も関係無しに事態は進んでいく。
 牢屋の外に、“夕呼先生”が居たんだ。

「牢屋の“外”に、ねぇ。そこでの、あたしの立場は?」

「国連軍・横浜基地副指令……そして、オルタネイティヴ4発案者」

「オルタネイティヴ4?二者択一……いえ、4なんて付くんだから、代案かしら?」

「ええ、“人類の生存”が懸った代案ですよ」

 人類の生存、その言葉を耳にした夕呼の表情が歪む。

「人類の生存だなんて、大それた話になってきたじゃない」

「向こうじゃ、笑い話にもならない……!!奴等が……BETA共が存在する、あの世界じゃッ!!」

Beings of the
Extra
Terrestrial origin which is
Adversary of human race
(人類に敵対的な地球外起源種)

 通称、BETA。あの世界において人類を滅亡へと誘う存在、そして俺が最も憎む存在。
 あの世界で生き残るには、奴等と戦う他無く、俺は衛士と呼ばれる軍人になるしかなかった。だが、衛士になれるだけの知識も身体も無かった俺は、訓練兵となり、そこで思いもしなかった再会を果たす。
 俺が訓練兵として配属された隊には、冥夜、慧、千鶴、壬姫、美琴、そして教官として神宮寺軍曹がいた。しかし、俺は皆を知っているのに、皆は俺を知らない。まるで、俺だけが世界を間違ってしまったかのように誰も俺を知らなかったんだ。
 世界が本当に違ったんだから当たり前なんだけど、それでも、俺は打ちのめされた気分だったよ。

「現実を見れないガキ、それが多分、“最初の世界”での夕呼先生が俺に感じた感想です」

「あたしがあんたに感じた感想なんて、どうだっていいのよ。それより、“最初の世界”って、どういう事よ?」

「兎に角、続きを聞いて下さい」

 日々の訓練をこなし、漸く衛士となる為の最終課題、総戦技評価演習を足手纏いながらにも乗り越え。そして漸く迎える、戦術機訓練、しかし全ては上手くいかなかった。
 12月24日、つまりはクリスマスにオルタネイティヴ4は成果を得られないまま凍結となった。酒に酔って、自分は聖母になれなかったと言う夕呼先生。そんな彼女を見て俺は、全てが本当に終わってしまったのだと思った。何せ、あの夕呼先生が酔っぱらうまでに飲んだくれていたのだから、信じるしかなかった。

「何か、やけにあたしに親近感を持った言い方ね、『彼女』だなんて……」

「…………」

「ちょっ、嘘よね?まさか、あんた……あたしにまで?」

 オルタネイイティヴ5によって選ばれた人類が宇宙へと飛び立つ光景を見送り、俺は地球に残って戦い続けた。心が摩耗して、身体は壊れ、それでも俺が戦い続けられたのは、愛した人が居たから、死なせたくない仲間たちが居たから。
 俺は戦い続けた、全てが終わってからも、3年間。

「あたしは年下趣味じゃない……あたしは年下趣味じゃない…………」

 3年間の間、奴等を相手に戦い続けた俺は、結局、最後には全てを守り切れずに失い、そして死んだ。多くのBETA共を道連れに自爆して、少しでも多く衛士達が生き残れるように。
 でも、オルタネイティヴ4の凍結で、全てが本当に終わった訳じゃなかった。自爆して確かに死んだ俺は目覚めた、あの日、目覚めてしまった自分の部屋で。廃墟が外に広がる、あの世界に。
 俺は訳も分からずに、もう一度、夕呼先生に会う為に横浜基地へと向かい、自分が10月22日へと戻っている事を知った。ただし、冥夜達や先生と一緒になった記憶は失ってだったけれど。

「待ちなさい、『失っていた』ですって?」

「俺を因果導体にしていた存在が……奪っていたんです」

「何なのよ、そいつ」

「……」

 今度こそはオルタネイティヴ4を成功させる、そう息巻いていた俺は再び仲間達と出会い、彼女達を導こうとした。12・5事件と呼ばれるクーデター、新しく開発されたOSのトライアル、そしてまりもちゃんの死、あの世界から逃げ出した俺への罰、それらが俺を苛んで、地獄へと叩き落として、でも俺は折れる事が出来なかった。
 俺が因果導体でなくなれば、既に起きた事も無かった事に出来るかもしれない。そう言われてしまったから、俺には前に進む以外の道が無くなってしまった。

「……そう言ったのは、私なのね?」

「……はい」

「最悪だわ……」

 夕呼先生直属の精鋭部隊に組み込まれ、完成された00ユニットとなった純夏の調律、佐渡島奪還作戦、横浜基地へのBETA襲撃、一刻の猶予も与えられないままに迎えた桜花作戦。どれも失ったものは多かった、でも、それが最善だったのかもしれないと俺は思ってしまう。
 俺達が犠牲になるだけで人類が少しでも生き長らえるのは、それが最善でなければ何なのか。

「全部、本当に起きた事なのね?」

「はい、俺は皆が生きた証を笑顔で語り継ぐ責務が有ります。誰にも、夢物語だなんて……・馬鹿にはさせない」

「……そう、分かったわ。所で、結局、あんたを因果導体にしたのは何だったのよ?」

「……純夏です。あの世界の純夏はBETA共によって被験者にされ、脳と脊髄だけになって……それでも俺に会いたいと思い続けていたあいつの強過ぎる想いが、俺を因果導体にした……らしいです」

「愛が強過ぎるってのも、問題みたいね」


 正直に言うと、頭が狂ったのかと思った。けど、白銀の眼は正常、いえ、むしろ強い意志が込められた鋭さが有った。狂者には出来ない眼よ、それだけであたしは嘘でないと思ってしまったの。
 聞けば聞く程に夢物語ではないのかと思いそうになってしまうけれど、語る白銀の言葉が、声が荒れる度に、それが彼にとっては実際に有った事なのだと感じさせられる。疑う自分が馬鹿に思えてしまうくらいに真剣に話されて、信じられない訳が無いわ。
 そもそも、この話が嘘だったとしたら、どうして白銀が“因果律量子論”なんて言葉を知っているのか説明が付かない。なら、この話を信じてしまった方があたしの心も楽になる。妥協したの、考えるのが面倒臭くなったんじゃないわよ。
 それにしても、色々な生徒を送り出してきたけど、異世界に行って帰って来た生徒なんてのは初めてね。話を聞いてると、今の白銀は精神だけが年を取ってるって感じだし、悪くは無い。ガキ臭くなくて、達観した視線で物事を見れる、むしろ文句なんて出てこないわ。
 ちょっと、まりもにあげるのが勿体無く感じてきちゃった。

「涼宮に伝言を託してまで呼んだんだから、あたしに話したいのは、それだけじゃ無いわよね?」

 今から少しでもあたしへの評価を上げて、狙ってみようかしら。



 胸が苦しい、息が詰まる。武と香月先生の話を盗み聞きしていた私の心が、泣いている。
 武が私の知らない別人になったと思っていたけれど、違う、彼は別人などではなかった。別の世界の武であろうと彼は、やはり優しくて、綺麗な心のままだった。それなのに別世界の武だというだけで彼を疑ってしまった、自分が愚かだと思えてしまう。
 武は狂気に満ちた世界で戦い、平和に満ちた世界へと帰って来た、それで良いじゃないか。私は喜べばいいんだ、笑って武を支えて、側に居てやればいいのだ。例えBETAとやらと戦っていた世界の私が死んでいたとしても、この世界の私は生きている、武を導いてやれる。
 そうと決まれば、私に出来るのは武を悲しませないようにするだけだ。注意1分怪我1秒、無病息災で過ごそう。そうだ、手始めに料理を覚えよう、食は健康に繋がるからな、武も私が料理を覚えれば喜んでくれるに違いない。
 私は目尻から零れて頬を伝った涙の跡を服の袖で拭い、無理矢理に明るい思考へと切り替えて笑顔を浮かべる。うまく笑えているかは分からないが、笑えていると思う。心は、もう泣いていなかったから。

「よしっ、まずは涼宮から料理を習おう」

 それで喜んでくれたら、私も嬉しいな。

――後の、涼宮家の惨事へと繋がる事を、誰も知らない。だから、防げない。


 夕呼へと自分が体験した事を話し終えた武は、彼女が促すままに本題へと移る。あの世界の事を前置きになんてしてはならないけれど、こちらが重要なのは確かなのだから、この際は妥協するしかない。

「元の世界では、委員長を通した知人程度で、涼宮は俺の幼馴染じゃないんです。伊隅先生に至っては、そもそも会った事すら無かった」

 簡潔に、今の時点で分かっている差異を述べ上げていく、その都度、夕呼から質問されるが、暫く黙りこむと彼女は先を促す。考え付かないから彼女を頼る武は、促されるままに先を続ける。
 やがて今の時点で分かっている差異は無くなった、後は考え込んでいる夕呼が答えてくれるのを待つのみで、武に出来る事は無い。彼女が考え込んでいる間にトイレでも済ませてこようと立った彼は、当然と廊下へ出る、そこには盗み聞きしていたみちるが居る訳で。
 扉を開けて廊下へと出た武と、逃げそこなったまま、リビングから出て来た武に驚くみちるの目が合った。沈黙が続き、やがて後ろ手に武はリビングの扉を閉めて深呼吸を繰り返す。兎に角、今は落ち着かなくてはならない。
 そう、みちるに聞かれたのは問題ではない。有るとすれば、どうやら武の話を聞いて泣いていたらしい彼女に、どう対応して良いのか分からないのだ。
 深呼吸を繰り返すばかりで何も行動を起こさない武を、みちるは後ろから抱き締めた。力なんて入っていない、震える腕で、優しく、そして温かく。先程までBETA戦争世界の事を話していた所為か、みちるが生きている事を肌で感じてしまって、涙が武の目尻から零れる。

「私は死んでない……お前の側に居るから、だから泣くな。忘れろとは言わない、だから教えろ……お前が知る私が、どう生きたのかを、BETAとやらを相手に、どう戦い抜いたのかを」






 はい、どうも……しろがね たける じゅうはっさいです。
 今回もグダグダ感が強く、色々と抜けているかもしれません――ってか、抜けている事を前提に読み進めて頂ければ差支えないかと。
 一人称って難しいですね、三人称の方が文章にしやすくって進みます。

 夕呼にEXTRAとUNLIMITEDとALTERNATIVEの話をした武、何故にFABLEの世界に行ったかの考察は次回へと持越し。伊隅さんには武の姉御的な立ち位置になってもらおうかなーなんて……。
 次回は三人称にするので、もう少しまともな文章になるかも?



[29943] きっと、これが最良だったのかもしれない
Name: しろがね◆909b71f2 ID:10558446
Date: 2012/07/05 19:34
「あらっ、伊隅、あんた居たの?」

「ええ、居ました。全部……聞いていました」

 向かい側のソファーに伊隅が座っていると夕呼が気が付いたのは、既に夕日が空を茜色に染め上げた頃の事。伊隅の返事に眉根を寄せ、眉間へと皺を作り上げている事に、彼女は自分で気が付いているのだろうか。いや、気が付いていたとしても、彼女ならば露骨に皺を寄せて見せていただろう。
 武は、隣に座る伊隅に握られたままの、自分の手を見て溜息を吐く。そこに夕呼の視線も向っているのだが、意図したかのように全く気が付いていない。

「で、何か分かりましたか?」

 何故、こうも違う世界へと返されてしまったのか、武には見当が付かない。夕呼が考え耽っている間にみちるとも話したが、彼女も首を捻るばかりで、それらしい理由は思い至らなかった。後は、本当に夕呼が頼みの綱である。

「まあ、あんたの状況を考えりみてなんだけどね。一つ、あんたが呼ばれたのは、飽くまで『元の世界』と呼ばれていた場所からだと仮定するわよ?」

「はい」

 武の手を握るみちるの力が強まり、より一層と彼女の体温を感じた。

「因果導体から解き放たれた、あんたが元の世界に戻されたとするわ。もし、そうなったとしたら、あんたは……もう一度、因果導体となって地獄に戻る事になってたかもしれない。それを鑑が考えてかは知らないけど、最善として、あんたを、この世界へと転移させたのかもしれないわね」

「もう……一度?それ、どういうことっすか……?」

 また、あの地獄のような世界に戻っていたかもしれない。そんな事を聞かされて、気にならない訳がないではないか。武がみちるの手を握ると、彼女は優しく握り返してくれた。

「簡単に説明してあげるから、落ち着きなさい。……仮定が正しいとしたら、よ?元の世界に戻ったとしても、最初にBETA戦争世界へと転移させられた日を迎えれば、あんたは、確実に地獄へと逆戻り。当たり前よね、元の世界に戻るって事は同じ状況へと、“転移する前と同じ状況になる”って事なんだから」

 そこで武も漸く、夕呼が言わんとしている事を理解するに至った。つまりは、鼬ごっこでしかなかったという事である。
 因果導体でなくなった武が元の世界に戻るという事は、因果導体になる前の武へと戻るだけであり、それでは、また因果導体へとなってしまうだけである。いわば、ビデオテープを巻き戻すが如く。違うとすれば、記憶の有無程度でしかないだろう。
 もし、そうなっていたらと思うと、武には不思議と恐怖が無かった。何時の間にか、あの世界で戦っている事が当たり前になっていて感覚を狂わせてしまったのだろうか、逆に、それでも良かったと思えてしまったから不思議だ。
 鬼気迫るような雰囲気でもない、絶望しているような雰囲気でもない、希望を見出しているような雰囲気でもない、そんな武の表情を横目に、みちるは夕呼の表情を見た。表情が無い、それが何を意味しているのか、彼女はよく知っている。あれは気に入らない事を知った時の表情だ、恐らく、自分の生徒が置かれた状況が気に入らないのだろう。

「じゃあ、……じゃあ、俺は、もう……元の世界には戻れないって事ですか?」

「そうであり、そうではないって事ね」

 訳が分からない。夕呼の話から考えると、武は元の世界へと戻る度に因果導体となってしまう、という事なのに、そうではないと彼女は言う。では、一体、どういう事なのだろうか。
 組んでいた脚を逆に組み直しながら夕呼は続ける。

「この世界は、多分、あんたが言う所の、元の世界に限りなく近い世界なんじゃないかしら?」

「限りなく近い?」

「そう。様々なファクターが関係してくるだろうけど、あんたの周りで元の世界と違うのって、もしかしたら人間関係だけなんじゃないかしらね。あたしが知る限り、あんたの友人知人の名前を上げてみましょうか?そうしたら、それが正しいかどうか分かるわよ」

 それだ、それも、今回、わざわざ茜に伝言を頼んでまで夕呼を呼び寄せた理由の一つなのだ。もし元の世界に戻れなかった場合、こちらでの相関図だけでも頭に作り上げておかなければ、何処かで襤褸を出して不審に思われてしまうかもしれない。恐らく、夕呼ならば武の交友関係を熟知していてもおかしくは無い、そう思ったのだ。
 なら、と、隣でみちるが“携帯を取り出して”電話帳を開いた。みちるが手にする、それに、武は驚愕した。

「えっ、それ何なんですか?」

「何って、携帯よ?……まさか」

「いや、たしかに携帯は元の世界にも有りましたけど……こう、10キーと、小っちゃい画面が付いただけの」

「…………旧型じゃない」

「技術的な面でも違いが有るみたいね、そんなに向こうは発達してたの?」

 二足歩行のロボットに、網膜投影を可能とするくらいには発達していた。逆に、こちらの世界では液晶などの娯楽で多用化された技術が発達を果たしてはいるが、利便性で考えれば、こちらの方が良い方向に発達を果たしていると言えるだろう。
 それを聞いた夕呼の台詞はといえば。良い所取りした合併世界かもしれないわね、呆れた様子の表情と共に、そう言って眉間に眉根を寄せる。武とみちるには、何故に彼女が不満そうなのかは分からなかった。

「まあ、良いわ。私の方から始めるわよ」




 鑑 純夏、鎧衣 美琴、榊 千鶴、彩峰 慧、珠瀬 壬姫、柏木 晴子、涼宮 茜、築地 多恵、高原 藍子、朝倉 舞、神宮司 まりも、香月 夕呼、伊隅 みちる、涼宮 遥、風間 祷子。次々と挙げられていく名前は、知っている者もいれば、知らない者の名前も挙げられていく。元の世界に比べて、ヴァルキリーズの数名が足されているのが、恐らくは相違点といった所であろうか。
 しかし、こうして名前を挙げられた後、BETA戦争世界で共に戦った速瀬 水月と宗像 美冴の名前が無かった事に寂しさを与えられた。あの辛い世界での出来事は、しっかりと武の中で仲間の位置を近いものとしていたらしい。肩を落とし、二人には分からない程度の溜息を彼は溢した。

「ざっと、こんな所ね。どう、違う所は有ったかしら?」

「はい、やっぱり何人かは元の世界では知り合ってない人達が混ざってます」

「具体的には?」

 にやり、そう厭らしく口元を三日月に歪めて笑う夕呼の姿は、武に寒気を与えた。此処で答えれば何か拙い。如何に不味いのかは、具体的には言い表せないが、言ってしまったら絶対に誰かが玩具にされるような気がする。
 が、口を閉ざすなんて事を夕呼が許す筈も無く、武の口は、成績の単位という、夕呼の一言によって脆くも開かれてしまうのであった。

「茜に高原、朝倉は知人程度で、伊隅先生に涼宮さん、風間さんには知り合っても無いですね。築地に至っては、猫でしたし……」

「あら、それは残念だったわね……伊隅?」

 本当に、本当に楽しそうに夕呼は笑う。そんな彼女の言葉にみちるは口元を引き攣らせて応え、武は今すぐに、この場から全速力で逃げ出したくなった。勘弁してください、率直な思いである。しかし逃げられない、隣に座るみちるが武の手首を掴んで放さないのだ、しかも心做しか深く爪が肉に喰い込んでいて痛い。
 敢え無く武は逃亡を許されず、夕呼とみちるの間で不穏な空気が流れた。
 そんな空気を先に取り払ったのは、意外にも夕呼の方だった。彼女は腹を抱えて笑い出し、少し子供染みた動作でテーブルを叩いている。武とみちるは思わず顔を見合わせ、彼女の笑いが止まるのを待つ。

「ぷ……くふふっ、もしかしたら、私達の感情すら弄られた物かもしれないわね? あー、面白いっ」

「いじ……られた?」

「まあ、純粋な感情かもしれないけど、こればっかりは因果だ何だとは言えないわねぇ」

「すいません、先生。まったく意味が分からないです」

「さっきの続きなんだけど、何かしらの繋がりが有ったんじゃないかしらね。伊隅、涼宮、風間は」

 繋がり、とは言うものの。元の世界において会った事も無いので、それらしき関係が見えてこない。一番在り得るとしたら、それは、かなり身近な所になるだろう。
 唸るように、しかし悩むように武は呻く。そんな彼の頭には、哀しいかな、可能性が一つくらいしか浮かび上がって来ない。確証も無いから、これだ、などと明言する事も出来ないのだ。

「思い付かないのか?」

「いえ、有るには、有るんですけど……凄く一般的なんですよね」

「良いから、言ってみなさいよ」

 そして私を笑わせなさい、などと言う夕呼から視線を逸らして、頬を掻きながら武は言った。
 学校の先輩、とかって、有り得ないですかね。
 笑われるんだろうな。そう思いながら武が視線を夕呼へと向けると、しかし彼女は真剣な表情をして、普段なら即座に入れる茶々すら口にしていない。みちるも考え込むように手を顎へと添え、無意識ながらに脚を組み換えた。

「白銀、アンタ、この世界の記憶は無いのよね?それは確かなのかしら」

「はい、それは確かです」

「となると……やっぱり、関係が有ったのよ。だって、伊隅は柊(うち)の卒業生だもの」

 BETA戦争世界で知り合ったのも、そもそもは繋がりが有ったからであり。この世界において皆が武と近い関係を持っているのは、彼を因果導体にしてしまった純夏に因る、せめてもの償いなのかもしれない。それが現状から考えられた、夕呼の考えであった。

「――って事は、他の先達も……ッ!」

「そう、みぃーんな卒業生、若しくは大学部の所属よ」

side――涼宮 茜

 武から頼まれた伝言を伝えた途端、香月先生が顔色を変えて教室から飛び出して行ってしまった。多分、武の所に行ったのだと思う。
 今頃、武は何をしているのかな。また倒れてたりしないか、それだけが凄く心配。今日は伊隅せんせーが付きっ切りになってくれてる筈だから大丈夫だとは思うけれど、それでも心配なものは心配、きっと純夏ちゃんだって同じ思いの筈。
 お昼を迎えようとしている教室の中で、私は窓の外――武の家が有る方を眺めながら溜息を吐き、カバンからお弁当を包む袋を出した。それを持って、私の親友である多恵を誘ってから純夏ちゃんが居るDクラスへと向かう。

「白銀君の事が心配だべか?」

「べっ、別に心配なんかッ……してるかも」

「茜ちゃん、今日は、ずっと白銀君家が有る方ばっかさ見てたから」

 うっ、そんなに分かり易いかな、私って。

「私って、そんなに分かり易い?」

「白銀君の事に関しては」

 そっか、武の事に関しては、か。うん、それなら、いいや。武の事で私が想うと、それが身から湧き出て分かっちゃうって事だもんね。

(茜ちゃんが白銀君の事考えてるべ……どうしよう、隣歩くのが、ちょっと恥ずかしいべさ)

 おひさしぶりです。久々の投稿の為、色々とつじつまが合っていませんが、皆様の指摘などを受け、随時直していこうと思います。


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