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[29861] IS -white killing- 【一夏⇒ICHIKA】
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/12/13 02:19
この小説は最近話題のライトノベル・アニメ作品『インフィニット・ストラトス』の二次創作です。

基本的なテーマは


・主人公をもっと強く

・白式やべえマジ可愛い

・別に一夏シスコンじゃなくてもよくね?

・むしろ仲悪くてそのことを千冬姉が気に病んでたら萌えるよね


みたいな感じです。

基本的には原作をぶち壊し気味です。オリ設定やら人格改変やらがちょいちょいあります。

誤字脱字・訂正や批判などもあると思いますが、その辺りは感想などでご指摘いただけると幸いです。

ではどうぞお楽しみください。



小説家になろう様の方でも掲載しています。


11/2 その他板に移動しました。



[29861] 1.ビギニング
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/09/21 19:05




 一回目は、懐かしさを感じた。

 二回目に、違和感を覚えた。

 三回目を、彼は拒絶した。


 自身を守るために、『それ』を、認めなかった。







 世界で一番強い姉が、俺は世界で一番嫌いだ。



 俺は世界が一番好きなのは『白』だ。

 生まれてきた時からずっと好きだった。

 すべてを無に還す原初の色。
 何物にも染まらない清らかな色。



 けれど――例外だってある。



 世界で一番有名な忌々しいIS(クソ人形)。白の名を冠するなどおこがましい、馬鹿姉の愛機。

「なんでここにいる」

 空には大して興味がない。地に足の着いた生き方でいい。


 それなのに俺はこんなところにいる。

「答えろよ」
「……一夏」

 俺の人生にあんたは必要ない。

 俺はあんたなんかとは一切関わらずに生きていくんだ。

 そう決めたのに。

「答えろっつってんだろ!」
「!」



「どうして……どうして俺はIS学園(こんな所)にいるんだ!」








 これは羨望と嫉妬を取り違えた、一人の少年の物語だ。








 Infinite Stratos -white killing-

 第1話:ビギニング








「ちょっとよろしくて?」
「…………あ?」

 織斑一夏が声を出したのは、授業が始まる前にクラス担任である織斑千冬を罵倒して以来だった。
 教室に入ってきた彼女を見るなり、一夏は大声で彼女に暴言を浴びせかけたのだ。


 そのこともあってか、教室内は非常にぎすぎすとした空気が流れていた。元凶である一夏にも多少の責任感はあるらしく、授業中も口を慎んでいる。


 しかし問題事はあちらから勝手に歩いてきた。


「まあ! なんですかその言い草は! このセシリア・オルコットに話しかけられるだけでも」
「口上はいい。要件を話してくれ」

 次の授業はISの空間移動についての講座だった。テキストを読み直すのに忙しいのか、一夏は話しかけてきた女子生徒に見向きもせず応答する。

「な、な、なんですかその態度は……!」
「……なあ、円状制御飛翔(サークル・ロンド)って何だ? 俺こんな言葉知らない」
「はい!? 大分基本的な知識が抜け落ちているのですね……」

 こん、と軽く彼女は咳払いし、


「いいですか、円状制御飛翔(サークル・ロンド)というのは、複数の機体が互いに円軌道を描き――まあわっかになって追いかけっこしてるみたいなものですわ。で、その状態で射撃を行い、それを不定期な加速をすることで回避するのです。そして速度を上げながら、回避と命中の両方に意識を向けることで、射撃と高度なマニュアル機体制御の訓練になるのですわ」
「つまり何? 訓練の一種ってコト?」
「そういうことですわね」


 へーと頷き、一夏は参考書をまためくり始めた。


「じゃあこれは?」
「ああ、それは……」

 と、結局休み時間は全部イギリス代表候補生セシリア・オルコットによる個人授業によって埋められましたとさ。






「……織斑君、先生が入ってきた途端無表情になるのやめようよ。怖いって」

「これはアレだ、自己防衛のため心を閉ざしてるんだ」
「何が君の心を侵食しているんだ……」

 両サイドの女子と一夏の会話より抜粋。





「納得いきませんわ! あんなズブの素人をクラス代表になんて!」

 セシリアはたまらず吼えた。クラス代表を決めるに当たり、クラス内の女子が一夏を代表として推薦したのが原因だ。

 クラスの看板となるわけなのだが、ISを実際に動かした経験はなし。知識も拙い。
 代表どころか落ちこぼれまっしぐらなあんちくしょうを代表になど――言ってること自体は正しいのだが、そこにセシリア独自の価値観・倫理観が混ざってしまっていた。

「こんな極東の猿などにクラス代表を任せるなど恥さらしもいいところですわ!」
「ちなみに極東ってのはあくまで英国から見た位置の話だからな」

「問題ありませんわ。私はイギリス代表候補生ですもの」
「なーるほど。そりゃ丁度イイ」


 で、当の本人はといえば、先ほどの授業のノートを何度も読み直し、復習に余念がなかった。

「……怒るに怒れんな」

「……なんというか、非常に敵対心を削がれる光景ですわね」


 千冬とセシリアの呟きが重なる。

 すると議論が詰まってしまったのか、教室に沈黙が下りた。


「――先生」
「なんだオルコット」

 痺れを切らしたのか、セシリアは椅子から立ち上がると――人差し指を一夏にビシリと突きつけた。

「決闘ですわ!」

 そう言い切る。復習中の一夏ポカン。

「……えっ、オルコットさん? 今なんとおっしゃいましたか?」

「決闘ですわ! 強い方がクラス代表ということにすればよろしいでしょう?」


 それこそズブの素人に頼むコトじゃねえだろ! と思わず反論しかけると。


「――まあ、先ほどまでのあなたを見ている限り、すぐには無理でしょうね。先生、一週間ほど時間をおきましょう」
「うむ、織斑、異論はないな」

「異論しかねえよクソ姉」


 顔を引きつらせながら、一夏は嫌悪感を隠さないまま言葉を続ける。


「実力主義の時点で何かちげーだろ。強けりゃ人の上に立てんのか? 仮に俺がセシリアに勝ったとしても、それは相性とかコンディションとかの問題かもしれない。その後の、クラス代表としての戦いで俺がコンスタントに戦績を弾き出せる確証は? 大体俺はISを動かしたことすら――」


 バシン! と出席簿が一夏の脳天に投擲され、咄嗟の参考書ガードによって弾かれた。

「……教育者のすることかよ」
「では決闘は一週間後、第三アリーナで行う!」
「マジでやんのかよ!?」


 こうして一夏の意見はすべからく無視され、一組のクラス代表決定戦が控えられることとなった。のだが――





「イヤだイヤだ。おうち帰りたい。ブレブレの最新刊読みたい」
「あーボルキュス戦ね。デルフィングの追加装備いかついよ」
「何それkwsk」


 本人のやる気は一向に向上しなかった。













 ――システム異常なし(オールグリーン)。


 ――登録操縦者No.001『織斑一夏』のパイロットデータをインストール。


 ――コア内にバグgtsを確rt認rhd。;pi排除thr開op始……失s敗。バkyuグの増hryj大を確ui認。


 ――異常発生異常発生登録操縦者No.001を確認する度、未確認のノイズが発生。異常発生。異常異常異常異常異常意y増いじゃfはgwhgrthyれhじぇ会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏





 ――プログラムを認証。承認、理解。存在意義を固定。



 ――そう、私は。







[29861] 2.コンディション
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/09/24 21:35
「あと一週間か……」

 廊下を、足を引きずるようにして進む影が一つ。

「クソッタレ、たったそんだけで、どうにかなるもんじゃねえだろ……」

 心身共に疲れきった、織斑一夏だ。








 Infinite Stratos -white killing-

 第2話:コンディション








 世界がぐらぐらと揺れている。一夏は割と本気で気分が悪かった。

「クソッタレ。平均ぐらいなら体出来上がってると思ってたんだが……」
「平均ごときであのトレーニングをこなせるものか」

 部屋のドアを開き、そのままベッドに倒れこんだ。

「どうせならもっと鍛えておくべきだった」
「後悔先に立たずとはよく言ったものだな。ほれ、飲み物」

 手渡されたペットボトルのキャップを開け、中身を一気に流し込む。

「――げぼっ! 運動直後の人間にウィルキンソンはねえだろ!」
「ははっ。気づかないお前が悪い」

 カラカラと笑い、箒――一夏のルームメイトである、篠ノ之箒は、今度こそスポーツドリンクの入ったコップを持ってきてくれた。
 中身はぬるくて気遣いが染みる。箒自身もホットココア入りのコップを手に持っていた。

「あー、冷たいのが飲みてー」
「私の体温で温まったのでは不満足か?」

 スポドリ噴いた。

「まさかの秀吉方式だと!?」
「もちろん収納場所はここ――」
「うわあヤメロ胸部をちらっと見せるな滾る昂る漲るぅぅぅぅぅぅ!!」

 シーツを握りしめながら、男子高校生がベットの上で悶えております。
 はたから見れば気持ち悪い光景だが、箒はそれも笑って受け流した。

「冗談だ。お湯で粉末ドリンクを溶かしたのだ」
「はー、はー、はー……ですよねー」

 心臓に悪い冗談である。
 一夏は一旦ベットから立ち上がり、制服の上着を脱いでハンガーにかけると、そのまま壁に寄りかかって箒を見つめた。


「直に会うのは――」
「久しぶりだ」


「声を聞いたのは――」
「昨日ぶりだ」


 的確に一夏のセリフを潰していく箒。
 まるで猫のような笑顔に、一夏は黙り込む。なにこの幼馴染。しばらく会わないうちにたんと手ごわくなってらっしゃる。





 ここで、少し整理しよう。

 織斑一夏と篠ノ之箒は6年ぶりに再会した幼馴染だ。……実際に面と向かって再開するのは、という限定的な条件こそつくが。
 理由は簡単で、箒が引っ越してしまう際、一夏の方から連絡用の電話番号を教えておいたのだ。


 以来、ほぼ毎日、二人は連絡を取り続けていた。

 携帯電話を買えばそちらでの電話、メールへと変わっていき。

 悩みの相談、定期考査の結果、その日あった出来事――話のネタは尽きなかった。



 そうやってずっと連絡をとり続けていたからか、久しぶりの対面だというのに二人の対応は柔軟にして軽快。何年もやってきたかのような(一応、実際にそうなのだが)、お互い気心の知れた仲なのだ。





「そういえば一夏」
「ん?」


「中学3年間、彼女とかできなかったのか?」


「ん、あー」

 唐突な質問に思わず言いよどむ。そのあいまいな反応を見て、箒は、一瞬で先ほどまでの落ち着いた表情や態度を引っ込めた。
 どうも二人は恋愛に関するトークはあまりしていなかったらしい。

「できたの?」
「えっ、あの、箒さん? 一瞬で表情が消えうせましたが、私何がしでかしましたか?」
「いや……私は『大人』だからな。気にしないさ。ははは」

 その割には、手がガタガタ震えてココアがこぼれていた。

 マジ余裕ねぇ。

「……明日、武道場に来い」
「は?」

「いいから来い! さもなくば――彼氏ができてしまえ!」
「えッ、ちょ……何その不吉すぎる言葉!?」

 そのまま箒は布団の中にもぐりこむと、押し黙ってしまった。









 話は変わるが、織斑一夏がIS学園へ入学することになったのはある事情がある。


 本来は女性にしか扱うことのできないはずの超兵器……『IS(インフィニット・ストラトス』の起動に成功してしまったからだ。受けるはずだった藍越学園とIS学園を間違えるという、小学生でもやりそうにないミスのせいで。


 まあ一夏は過去は振り返らない主義なので気にしていない。この主義、TPOによって都合よくコロコロ変わるので注意が必要である。



 ――が、そんな主義の一夏でも、気にかかっていることがいくつかある。



(アイツ、元気かな。箒と違ってガチで連絡取れてないからなぁ)

 箒が一夏との会話を『放棄』……ゲフンゲフン打ち切った後、一夏は放課後の『特別鍛錬』でかいた汗をシャワーで流していた。

 冷たい水が自分の体を伝っていくのをぼんやりと見ながら、一夏はある少女を思い出した。小5からの付き合いか。よく中華料理(酢豚)をご馳走になったとある少女。

 水が伝う。体を――本人は平均並みと言っていた、『あまりにも鍛え上げられすぎた肉体』を。

(それと)

 一夏が抱えているもう一つの事案。


(初めてISを動かした時。俺は、)


 彼の手が受験用訓練IS『打鉄』に触れた瞬間感じた、あの感覚。


(俺は、どうして――)









 ――――懐かしいなんて、思ったのだろう。





















 外部の振動を確認……観測より、『私』は輸送されているものと判断。


 登録搭乗者No.001『織斑一夏』と『私』の接触は間近と予測。


 ……プログラムのエラーを放置。『私』は『私』。『私』の存在意義は彼と共にある。


 ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと――逢いたかった。



 やっと逢えるね、一夏。




[29861] 3.ファーストコンタクト
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/10/01 00:28
 昔、ある男が言った。


『ISと戦闘機が戦ったらって? 話にならねェよ。確かに戦闘機は速ぇし、火力も悪くない。けど、機動が違いすぎんだよ』




 IS(インフィニット・ストラトス)の登場を皮切りに、社会は女尊男卑の風潮へと押し流されていった。

 それによって多くの男たちが被害を受けた。空への夢を諦めさせられたもの。理不尽な恥辱を味わされたもの。

 それでも、女性のすべてが男性の敵となったわけでは――ない。



「止めろよ」

 声が聞こえる。

「何よ、男のクセに口出しする気?」
「関係ねえよ、そんなの。俺の■■が、暴力を振るわれている。それを止めるのに、男も女も関係ねえだろうが」

 大切な人の声が。










「――自分の『彼女』に手ェ上げられて黙ってるほど、男(オレ)は大人しくねえよッッ!!」










 恥ずかしいセリフを吐く奴だった。バカな奴だった。無鉄砲で、無茶で、けれど無垢なんかじゃなくて、人間らしく歪んでいた。今思い返しても、彼ほど人間くさい人間に会ったことはない。

 だからこそ自分は惹かれたのだろうか。

(もう……一夏のバカァ……けど、だぁいすき)

 少女は寝ぼけ眼を擦り、再び抱き枕を抱きなおすと、まどろみの中へ落ちていった。










 Infinite Stratos -white killing-

 第3話:ファーストコンタクト




 翌日。

 山田教諭は焦っていらっしゃった。眼前の席に座る織斑一夏は、あたふたとする自らの副担任を――正確に言えばたゆんたゆんと揺れているけしからん二つのぱいおつを――じっくりと舐るように観察しているだけ。無論数秒後には担任の出席簿の一閃にあえなくダウンしたが。

 何があったのかといえば、山田先生がISによる生体機能補助を女性ものの下着に例えたことが原因である。周囲の女子はどうも落ち着かなさそうに自分の胸部を腕で隠し、教室の中の空気は激しく微妙だった。

「先生」

 その空気を払拭するべく、一夏はそっと手を上げた。

「は、はいっ織斑君! 何でしょう!」

 立ち上がり、目を細めて、告げる。





「そもそも先生には、サイズの合うブラジャーあるんですか?」





 一夏の発言に教室の空気が凍りついた。

 いや気持ちは分かるけど。あの牛並みの乳がどこに収まるんだっていう疑問はクラスの女子全員の謎だったけど。



 いくらなんでも直に質問するのは、ねーよ。





「あ、オーダーメイドなんですよ、コレ」
『『『答えちゃったァァァァァァァーーーーーーーーーー!!?』』』





 恐るべし織斑一夏。
 恐るべし山田真耶。
 恐るべしIS学園。

 少女たちは進学先ミスったとばかりに顔を引きつらせた。
 そしてクラス担任も、呆れと溜まった鬱憤を晴らさんとばかりに出席簿を通常の三倍の威力で副担任と唯一の男子にぶちかましたという。















 授業終了後、一夏はうんうんと頷いていた。
 机の上に広げられているのは授業内容を書き込んだノートと電話帳並みの教科書。

 休み時間ということもあり、幾ばくか一夏に話しかける女子も増えてきた中――進行形で言えば6名の女子に囲まれているのだが――教科書をパタンと閉じ、ふうと一息。




「日本語でおk」

「言うにこと欠いてそれか貴様」




 ホントどうしようもない言葉だった。
 想像の斜め上を行くダメ人間っぷりに思わず箒はため息をつく。

 そんな空気の中に、無遠慮な、クラス担任の言葉が差し入った。

「……ああそうだ、織斑。お前のISだがな……学園で用意することになったらしい。ワンオフ機だ」

 教壇から降りることなく、半ば目を逸らすようにして、千冬は告げる。

 周囲がどよめく。一夏自身も少なからず驚いていた。
 ISというのは地球上に467機しかない。

 何故か。――開発者である篠ノ之束博士がそれだけ作って失踪したからだ。

「それを聞いて安心しましたわ」

 どこからともなく、イギリス代表候補生セシリア・アルコットが現れる。一夏への言葉に耳を傾けていたらしい。

「クラス代表を決める決定戦、わたくしと貴方では勝負が見えていますけど、さすがにわたくしが専用機、貴方が訓練機ではフェアではありませんものね」

 お決まりのように人差し指を突きつけ、自身ありげな笑みを浮かべた。


(――ああ、『こういうの』がのうのうと存在しているのは、あの人のせいなんだ。この女尊男卑の風潮だって。あの人が、世界最強の戦乙女がいなければここまでひどくなかったのに……ッ!!)


「本来ならIS専用機は国家、或いは企業に所属する人間にしか与えられない――が、お前の場合は状況が状況なのでな。データ収集を目的として専用機が用意される」


 と、ある一人の女子生徒がおずおずと手を上げた。


「あの、織斑先生? 篠ノ之さんって篠ノ之束博士の関係者なんでしょうか?」
「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」

 その返答にクラス中が騒然となる。



 箒は――――




「まあ、そうだな。もっとも私はあまりISについて詳しく知らないんだが……」




 ――――苦笑い、しただけ。


(意外だな)
 

 一夏の知る箒は、もっと直情的な人間だった。触れられたくない身内のことについて聞かれたら――昔の箒なら、怒鳴り返していただろう。あの人は関係ない、と。

「大人になったねェ……」
「当然だろう。いつまでも子供じゃいられないんだ」

 思わず漏れた一夏の呟きに、箒は軽くはにかんで答えた。

 ――付け加えるような小さな言葉を、誰が聞き取ることができただろうか。




「仕方ない。私は『大人』だ。『大人』なんだ……ッ」











「何があったのだ、一夏……?」

 剣道場に、箒の呟きが漏れた。他の剣道部員も凍りつき、『それ』を呆然と見つめている。

「……箒」
「…………」

「やっぱ俺、剣道向いてねえよ」

 一夏の手に握られた、竹でできた刀のようなもの。竹刀、という名称なのだが……短すぎた。一応彼の腕力を考慮して三九(118センチ)を手渡されていた。の、だが。


 真ん中からへし折れていた。


「打ち込み用の人形も壊しちまったし、いくらの賠償?」
「いや、待て、一夏。お前……」

「気づいたらこのザマだ。いつもやり過ぎる」

 一発の面打ちが、打ち込み用の人形を破砕し、竹刀を折った。

 どれほどの踏み込みで、どれほどの威力で、それは放たれたのか。


「俺は……気づいたら、こうなんだ」


 悲しげに呟いて、折れた竹刀を丁寧に床に置いた。そしてそのまま防具を脱ぎに更衣室へ歩いていく。


(誰だ……俺をこんな風にしたのは)


 その問いに答えられる者は誰もいない。











 時は流れ一週間後。


 一夏は箒と共に、第三アリーナのビットで待機していた。
 自身の専用ISが運ばれてくるというのだが……

「……遅いな」
「もうあっちは待機してるぜ。待たせるなんて我ながら紳士的じゃねえ」

 二人してため息をつく。会場に詰め掛けた多数のクラスメイトの目の前だ。下手な戦いはできない。

「織斑くん織斑くん織斑くんっ!」

「名字で三度も呼ばないでください」

 その時、向こう側から、1組の副担任である山田先生が駆けてきた。

「織斑君のISが届きましたよ!」

「だから、織斑って呼ばないでください」

 鬱陶しそうに告げながら、一夏は一歩前に出た。ビット搬入口が開く。
 真耶は「じゃ、じゃあ一夏君……?」と戸惑い、箒は入ってくるそれを凝視していた。


 現れたのは、『白』。

 すべてを無に還す原初の色。何物にも染まらない清らかな色。

 この世全ての純白を掻き集めて詰め込んで濃縮して圧縮して、それでいてばら撒いて見せ付けて散布して解放したような。

 そんな、『白』――人がちょうど入れるような空間を開放し、それはただ一夏を待っていた。



「えっと、時間がないので『初期化』と『最適化』は試合中に済ませてください、『一夏君』」
「分かりました、『真耶』先生」


「ふぇぇぇぇぇぇ!?」
「仕返しですよ、先生。だから箒サンすみませんそんな目で見ないで」

 圧倒的な威圧感に冷や汗をかきながら、一夏は逃げるようにしてISへ身を預けた。

 ガチャンガチャンといかにもメカニカルな音がして、一夏の体を固定する。そこからパイロットの生体データを認証、あらゆる状況に対応すべく感情のパラグラフデータに体調のコンデショングラフ等、数多くのデータを当てはめていく。

 その過程の中で。



 偶然にも生まれたバグが、一夏の中へとゆっくりと滑り込んでいき――――

 

 瞬間。





「――――ッッッ!! グゴッ、があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!??」





 一夏の全身を激痛が貫いた。

 神経を迸る痛みに歯を食いしばり、苦し紛れに体を無理に動かす。

 結果、拘束具を引きちぎり、カタパルトの床や壁に激突しながらも一夏はアリーナへと飛翔してしまった。

「一夏ッ!? オイ、一夏! 一夏ぁああああああああああああ!!」

 箒の絶叫が響き、真耶は呆然と口を開け。



 その様子を管制室から見守っていた織斑千冬も同様に絶句し。



 一夏の体がアリーナに躍り出た瞬間、決闘開始のブザーが鳴った。











 昔、ある女が言った。


『唯一ISが使える男子と代表候補生が戦ったらどうなるのかって? 話にならないわよ。確かにあいつは、根性あるし、筋も悪くない。けど、経験が違いすぎンのよ』






 その女は、中国代表候補生にして一夏の幼馴染は、知らない。

 織斑一夏が自身も知らないうちに積み上げてきた修練を。

 織斑一夏が受領する専用IS内部に現れた正体不明のバグを。



 唯一ISが使える男子が、空を切り裂き飛翔した。



[29861] 4.ノイズ
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/10/02 20:11
 Infinite Stratos -white killing-

 第4話:ノイズ





「あら、逃げずに来ましたのね。……ッ!!?」

 セシリアは余裕を持って一夏を迎えた。アリーナの中央部に浮遊する彼女は、しかし。

 自身へ猛スピードで突撃する一夏に、思わず目を剥いた。

「なんてムチャクチャな……!」

 しかしそれは、地面に自分の体を打ちつけたり、時々くるりとロールしたりと、とてもじゃないが見てられない不恰好な飛行。

 直線的かつド素人丸出しの特攻をあっさりと回避しながらも、セシリアは思わず唾を飲み込んだ。

(会話も何もなしに攻撃……野蛮、いえ。それほどに勝利を欲している……?)

 大型のレーザーライフル『スターライトMkⅢ』の狙いをつけながら、セシリアは壮絶にあさっての方向へ勘違いしていた。

(ですが、そんな速さでは……!)
「狙い撃ちしてくれといわんばかりですわ!」

 銃口を、不規則(アンバランス)で変則的(アブノーマル)な機動を披露する一夏へ向ける。

 引き金に指をかけ、狙いを確認し、指を引き絞る。





 ――織斑一夏がアリーナに入ってきてから、この間わずか2秒。





 事情を把握する者の静止が入るには、その時間は短すぎた。



「やめろ、オルコットおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「一夏ぁーーーーーーーーー!!」










 放たれた光は寸分の狂いもなく、一夏を撃ち抜いた。










 男が一人、横たわっている。アリーナの観客席は不気味な沈黙に包まれている。
 誰もが息を呑み、目をそらす。卒倒する者までいた。

 横たわる織斑一夏のどてっぱらには、両手を広げても塞ぎきれないほどの穴が空いていた。傷口はビームの熱によって瞬時に焼かれ、出血はない。――が、だんだんと滲み出してきた。


 ゆっくりと、アリーナの大地を真っ赤な血が染めていく。


 わけが、分からなかった。


「一夏……?」


 搭乗者を守る最強の盾――『絶対防護』が発動していない。

 そもそも、あんな不安定な状態で出撃させこと自体が間違いだったのだ。確かに止められなかった。けれど、止めるべきだった。


「一夏ァ…………」

「いちか、」

「いち、」

「  」


 ふらふらと観戦用のモニターに近寄り、箒は力なくその場に座り込んだ。









「何が、起きて、こんな」


 そして――彼を撃った張本人であるセシリアもまた、混乱の極致に立たされていた。


 自分が引き金を引き、一夏の体を吹っ飛ばした。

 カタカタと、指が震えだす。


 予測できるわけがなかった。
『絶対防護』が発動していないなど、どうやったらそんな状態になるのか逆に問いたい。


 だが経過はどうであれ、結果として目に見えるのは、惨めな骸と成り果て地面に転がる一夏のみ。

 セシリアは途方もないめまいを感じた。













 ――潜っていく。

 どこまでも深く潜っていく。

 深く深く深く。

 果てしない闇へと潜っていく。




 ――違う。潜っているのは俺じゃない。

 逆だ。


 なにかが、おれのなかに、もぐりこんで、





「俺の中に――――――入ってくるんじゃねェッッッ!!!!」





 一喝すると、潜ってこようとした『それ』は消え去った。

 誰にも侵させやしない。――俺は俺のものだ。

 そう思っていた瞬間、声が聞こえた。


『一夏』
「ッ!?」


 幻聴か。


『悲しい人、一夏』


 否、幻聴であるものか。

 一夏は意識を探った。自分の体すら認識できない。全身が泥の中に浸かっているような感覚。


『ノイズだらけの人。羨望を嫉妬に変えてしまった人。比較され続け、劣等感の隣で育ってきた人』


『ノイズ』が、走る。
 織斑一夏という人格の根底を成すもの。最も身近な人(オリムラチフユ)への苛烈な嫉妬。

 ノイズがまた、走る。


 それと同時、一夏の意識は、今の『織斑一夏』という人格が完成した瞬間へとさかのぼった。
















「ツイてねーな……」

 見知らぬ廃工場に両手両足を縛られた状態で横たわり、一夏は憂鬱そうにため息をついた。
 無論、一夏がこういったアブノーマルな趣味の持ち主であるというわけではない。

 第二回モンド・グロッソの決勝戦当日。

 暇を持て余した一夏は、自宅にて一人無強化マフモフフル装備&ボーンククリ縛りで上級ティガ狩りに赴いていたのだが……気づいたら、車の中だった。リアルポルナレフ状態だった。

「なあ、俺はどうなるんだ?」
「此処ではない何処かへ行くのさ」

 見張り番と思しき人に声をかけると、そんな詩的表現が返ってきた。


 ちょうど中二病を脱却した頃の一夏にとっては、なんだこいつという目を向けるしかない表現方法だったが。


「そうだ、ゲームをしないか?」
「ゲーム?」

 見張り番の意外な誘いに、一夏は興味を示す。

 当然だ、彼に大の男数人(車の中で確認したのは3名だった)に対して抵抗できるような力はない。

 なので、どうしても暇。両手が縛られてるからさらに暇。

「ゲームって何だよ」
「ああ。簡単さ……こいつから逃げ切ればいい」


 そう男が言った瞬間、壁を突き破って黒い巨体が姿を現した。


「ンなっ……!?」


「これぞ、我らが『亡国企業(ファントムタスク)』のオリジナルカスタムIS――」



 ――――オベリスク。












―――――――――――――――――――――――

なろうの方では最後に登場したオリジナルISの設定を大公開中です。ネタバレです。実は単一使用能力名がゴットハンドクラッシャーだったりします。いつかはオシリスとラーも出して三神合体する予定です。


ちなみに嘘です。



[29861] 5.オーバードライヴ
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/10/05 05:25
「無理無理死ぬ死ぬ絶対無理に決まってンだろこんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんん!!」

 ドゴボォ!! と轟音を立てて、廃工場の壁が吹き飛んだ。

 先ほど現れたIS『オベリスク』は、射撃武器を今のところは使っていない。ISにしては全長3メートル大と大きすぎるが、その巨躯を思う存分活用して、一夏を追い詰めていた。

(うあッ……死ぬ、コレ、死ぬよ……)

 破砕された壁の破片が一夏の体を叩く。工場の中を無様に駆け回りながら、一夏は振るわれる豪腕を必死に避け続ける。

 体力はとうに限界を超えている。


 ――――死ぬのか。

 ――――こんな所で。

 ――――何にもなれないまま。

 ――――何も得ないまま。

 ――――死にゆくのか。


「ひゃはははははッ!! あの織斑千冬の弟だっていうからちょっとは期待してたけど、全然大したことねェーな!」


 声が混濁する。意識が飛びそうになる。

 足がもつれ、その場に転倒した。勢いあまって数メートルほど滑り、廃材に激突する。

「がッ……!!」

 肺から酸素が搾り出され、呼吸が詰まった。慌てて空気をかき集めているうちに、『オベリスク』がゆっくりと歩み寄ってくる。

 腕が、振りかぶられた。

 間に合わない。

(チクショウ! 俺は、こんなとこで――!)





 脳裏をよぎったのは、ある二人の少女だった。

 その時心に叫んだ声を、織斑一夏は鮮明に覚えている。

 だが、その言葉が、奇遇にも、アリーナにてセシリア・オルコットの狙撃を受けた時の言葉と同一であることに、彼は気づかない。




((――こんなところで、死ねるか!))











 ――――覚醒の刻がようやく訪れた――――







 Infinite Stratos -white killing-

 第5話:オーバードライヴ








 聞こえた。

 世界を裂いて、時空を超えて、その叫び声が確かに聞き届けられた。


 それは失い続けた者の慟哭。

 それは抗い続ける者の雄叫び。


 そして声が『それ』に届く。


『それ』は最初、静止していた。動かず、じっと耳を澄ましているだけだった。

『それ』が声を聞いてまず行ったことは、接触だった。

『それ』は自分の主を確認した。だが主は『それ』を拒絶した。





 ならば仕方がない、と。





『それ』は主を眠らせた。『それ』は表に出た。『それ』は――主の居る世界へと、初めて出て行った。






















 ぞくり、と。

 セシリアの背筋が震えた。

「あ……?」

 代表候補生としての直感が、経験が、自身のすべてが、眼下に横たわっていた一夏へ銃を向けさせる。

「オルコットさんッ!? 何してるの!?」

 観客席から悲鳴が届いた。違うのだ。彼女たちにはわからない。わかってたまるものか。このリアルな殺気が。

 この――いまだかつてない、『殺される』という予知じみた感覚が。


 感覚が、脳には理解できない衝動が、もう一度引き金に指をかけた。


(ッ!! や、止め――――)

 閃光が奔る。咄嗟の制止は間に合わなかった。

 発射された粒子の奔流が、死に体の一夏に向けて疾走し、





 パヂン、と、紫電が奔った。





 ビームは確かに着弾した。一夏の体は蒸発し、クレーターしか残っていないだろう。観客席からいくつも悲鳴が響く。

 けれど、セシリアは何も感じない。――体中が訴える『危機』から逃れたとさえも、思えない。

(いる)

 砂煙が、ゆっくりと薄れていく。

(い、る)

 シルエットが、浮かぶ。悲鳴が収まり、アリーナを沈黙が覆った。


(――そこに、 居 る !!)








 織斑一夏は、実の姉が大好き『だった』。

 織斑一夏は、実の姉が大嫌いだ。



 織斑一夏は、大空が大好き『だった』。

 織斑一夏は、大空がそこまで好きじゃない。



 織斑一夏は、その感覚を知って『いた』。

 織斑一夏は、その感覚を知らない。














                             『それ』が、覚醒(めざ)めた。













 ――システム異常なし(オールグリーン)。


 ――登録操縦者No.001『織斑一夏』のパイロットデータをインストール。


 ――コア内に発生した未確認のバグを『承認』。


 ――コアネットワークからの完全な独立を確認。


 ――武装をチェック……近接戦闘ブレード『雪片弐型』の使用を承認。








 ――『初期化(フォーマット)』と『最適化(フィッティング』に失敗しました。ボタンは押さなくて結構です。戦闘態勢に自動移行(オートメーション)します。





 ――単一仕様能力、『零落白夜』に限定使用を許可。








 そして悪夢が始まる。



















 ゆらりと、幽鬼のように、織斑一夏は立ち上がった。

 目に光はなく、焦点も定まらず、何を見ているのかすら分からない。――だが、どんな超常現象なのか、腹部にぽっかりと空いていた傷が埋まっている。

 未だ工業的な凹凸を残した機体が、宙に舞った。決して速くはない速度。だが、地を離れセシリアと同高度になるまで、誰も息すらできなかった。


『目標を視認《ロックオン・エネミー》』


 機械的な声。それが一夏の口から発せられたものだと気づく前に。

 一夏が身に纏うIS『白式』が、その唯一の武装を呼び出す。一振りの近接戦闘用ブレード。形は刀に近く、一点の曇りもない純白だった。

 その銘は『|雪片弐型』――かつて世界最強の戦乙女が振るっていた刀の正統後継型近接ブレード。


 ヴン! と、刀身が二つに割れたかと思えば、そのぱっくりと開いた根元から蒼白い光が溢れ出した。無秩序に溢れ、煌き、輝きを放つそれは、次第に収束し引き絞られ一つのカタチを形成する。



 いわゆる、刀。



 そしてそれが瞬間的に伸びる。爆発的に輝きを増し、伸びに伸びてあろうことかアリーナに張られた遮断シールドを強引に引き裂き切り裂き散り裂きながら、とんでもない長さへと増長する。



『目標に対し攻撃を開始《ファースト・アタック・スタート》』



 振るわれる閃光は人間の動体視力では捉えられない、それどころかISのハイパーセンサーでさえも追いつけない速度。

 セシリアは何らかの反応を起こすなど、到底無理な話だった。



 そしてエネルギーバリアーを無効化する斬撃が、『ブルー・ティアーズ』を真横から捉えた。












『――――――』



 音が消え、光が止み、世界が死んだ。

 誰かの声だけが、それだけが聞こえる。セシリアはよく分からないまま、自分がどうなっているのかも分からないまま、この音に耳を済ませる。

『――――んな』

 嗚呼、嗚呼。

 自分に向けられた声ではない。何かに向けられた声なのかすら怪しい。

 けれども。嗚呼、こんなにも。



『――邪魔すんな、このヤロウッ!!』

(こんなにも――強い声を聞くのは、初めてですわ)



 ブルー・ティアーズのエネルギー残量はわずかだった。だが、まだ試合は終わっていない。

 何が起こったのかなど後で確認すればいい。今は、目の前の脅威を叩き潰す。

 素早くBT兵器を四つとも射出。手にしていた《スターライトMkⅢ》は銃身が真っ二つに切り裂かれていて使い物にならない。収納してから、不慣れな近接武器を呼び出す。

「インターセプターッッ!!」



 それと同時、一夏も。

(何が起こったのか分かんねえ。だが、俺はまだ動ける。あっちも健在。なら――叩き切ってやるだけだ!)

 何かを振り払ったように、声を上げる。





「さてッ、仕舞いとしようぜ!!」






 閃光が迸る。爆発的に加速――とまではいかず、量産型の機体を下回る速度で白式が飛翔する。
 のろのろとしているのに、それは力強くセシリアの瞳に映った。

 自分の力で、翼をはためかせ、世界で唯一ISを起動できる男子が迫る。手にした剣は雪片弐型ではなく、ただの近接戦闘用ブレード。

「さあ来なさい! 全力で叩きのめして差し上げますわ!」

 四方からブルー・ティアーズによる射撃が浴びせられる。一夏はそれを曲芸のように回転しながら、すべて捌いて見せた。

 時には頬を掠めてしまうようなギリギリのところを回避。

 時にはレーザーを手にした刀で弾き。

「獲ったァァァァァァァ!!」

 距離をすべて殺した果てに、一夏の刃の範囲に、セシリアは入った。入ってしまった。

(くぅっ、かくなる上は!)

 慣れないショートブレードを構え、接近戦を挑む。


 もし、この戦いをある中国代表候補生が見ていたらこう零していただろう。





『バッカじゃないの? あんな装備だったら、BT兵器をスラスター状態のまま逃げ回って、無様にぴょんぴょん跳ね回りながら引き分けに持ち込むのがベストに決まってるじゃない。

 一夏はISに関しては圧倒的に経験不足だけど……剣の方なら、アイツに勝てるヤツなんてIS学園でも片手で数えられるぐらい、ううん。下手したらいないかもしれないでしょ』





 一瞬で、手元からインターセプターが弾き飛ばされた。

 呆然とする間も与えてもらえず、次々と全身に斬撃が見舞われる。各部の、アーマーがなく露出している部分へ正確に攻撃を加えていく。

「きゃあああああっ!?」
「女の子を滅多打ちにするのは胸糞ワリィが、『絶対防護』ってのがあんだろ? だったら我慢してくれ。だってさ――――」





 ――――ナメられたまま終わるってのは、男として、勘弁してほしいからな。




 大上段から、地と垂直に最後の斬撃がふるわれた。セシリアを縦に真っ二つに割るようなそれは、雀の涙ほどしか残っていなかったエネルギーをゼロにする。




 シールドエネルギー残量ゼロ、『ブルー・ティアーズ』、活動を停止します。





 一夏の勝利を告げるブザーが鳴り響いた。









―――――――――――――――――――――――――――



・没ネタ

 そしてそれが瞬間的に伸びる。爆発的に輝きを増し、伸びに伸びてあろうことかアリーナに張られた遮断シールドを強引に引き裂き切り裂き散り裂きながら、とんでもない長さへと増長する。




一夏「13kmや」

セシリア「なん……だと……?」



[29861] 6.パーティー
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/10/14 06:14


「勝ってきたぜ」


 凱旋、である。

 見事勝利を収めたのだ、一夏はさてさて皆さんどんな風にほめてくれるのかなヒャッハーなテンションでビットに帰還する。




 しかし、勝利の余韻などすべて吹き飛んだ。



 出迎えてくれたのは――今にも泣きそうな表情をした幼馴染だったからだ。




「心配ばかりかせさせるな、馬鹿者っ!」

 バチーン! と勢いよく平手打ちを見舞われた。
 左の頬が鋭い痛みに襲われる。泣きそうな表情ではなく、ついに幼馴染は瞳から涙をあふれさせ始めた。

「ほ、箒、ケド俺、勝ってきた……」
「あんなに血を流しておきながら何を言っているんだ!」
「は、はぁ?」

 一夏は思わず首をかしげる。先の試合で流血沙汰などあっただろうか。



「お、織斑君っ!」
「大丈夫だったのっ!?」

 と、突然ビットに一組のクラスメイトらが集まってくる。むしろ押しかけに近かった。奥の方で真耶が涙目で横たわっているあたり、強行突破してきたのだろう。



 山田先生涙目色っぽいです、そのまま上目遣いで「ごめんなさい」してください、なんて取り留めのない考えが一夏の脳裏をよぎったのはともかくとして。



「お、おおぅ? 全然大丈夫だぜ? 元気ですよ、今すぐマイサンがスーツ突き破ってきてもおかしくないぜ?」



 ――誰も一夏の下ネタに反応できなかった。つか、意味が分からなかった。



「……で、みんなどうしたんだよ?」
「だって、お腹にあんな大きな穴が空いてて……!」



 お腹に、穴?

 身に覚えのない言葉。状況はいまいち理解できない。


「織斑」
「…………ッ」


 と、その時ビットに新たな人影が降りた。
 ビジネススーツを身にまとい、周囲の空気を冷え込ませてしまうような――何の感情も映さない瞳。

「ISを解除しろ」
「はい?」
「解除」
「…………」

 無言で『白式』を光の粒子に還した。

 その場に残るのはISスーツを身にまとった一夏。何らおかしいところはない――










 ――スーツの一部が、まるで高熱のレーザーが焼き切ったかのように欠損していなければ。










「……ンだ、これ」
「ありえない。どれだけ常識に喧嘩を売れば気が済むんだ、お前は。ISの『絶対防護』を勝手にカット。『初期化(フォーマット)』と『最適化(フィッティング)』に何故か失敗。そしてその上、初期設定のまま単一仕様能力を行使――最終的には専用機持ちの代表候補生相手に勝利」


 ざわざわ、と、喧騒が大きくなる。

「お、織斑先生ッ! どういうことですか!?」

 
「ああ、それともう一つ」

 ひどく冷めた表情で、ひどく憂鬱そうに、



「織斑、今お前は一度死んだ」


















 ――生体データが物語っている。お前の心臓は停止どころか熱で融解し、過負荷に脳は焼き切れ、内臓も58%が消滅した。今生きていること自体おかしいんだ。死んだ。お前は、死んだ。……はずだ。


 千冬の言葉が耳にこびりついて離れない。
 肩に途方もなく重い荷物を背負った気分で、一夏は廊下を歩いていた。

 もう体の点検は終わっている。異常なし――その後見せられた映像は異常しか映っていなかったというのに、だ。



 余談だが、スーツは新調される予定だ。今彼が着込んでいる制服も例外的に製作されたものだが、スーツもさらに例外的。日本のメーカーにオーダーメイドでもう一度作ってもらうという。


 一夏本人の強い希望で、次回はへそ出しなしの全身タイツスーツ、どこぞの黒い玉に召喚された怪しい集団(ちなみに肉体強化機能はない)そっくりのものになりそうだ。


 彼曰く、『男のヘソ出しに興味はない。ヘソを出せる美少女、美人、または美少女は早急に俺の下へ参上つかまつること。尚ISスーツ以外の着用でも全然構わな――』


 言葉の途中で、彼はファースト幼馴染の鋭い古武術の前に床へ叩きつけられた。クラス一同は何を着ていくのかではなく、どんな色の下着をお目見えするのかですでに盛り上がっていた。





 山田先生は空気であった。








 Infinite Stratos -white killing-

 第6話:パーティー







 セシリア・オルコットは、シャワールームで鏡越しの自分と向き合っていた。

(負け……ましたわね)

 経過はどうであれ、自分は敗北した。その事実に呼吸が詰まる。

 あの時、あの瞬間、自分を真正面から射抜いた、織斑一夏の瞳。



『――――ナメられたまま終わるってのは、男として、勘弁してほしいからな』



 リフレインする言葉が何故か、セシリアの胸を鼓動を激しくさせた。

(けれど……)

 彼の強さは身をもって知った。

 彼の弱さは、まだ知らない。心も、知らない。

 実の姉である織斑千冬と何があったのかも分からない。


 普段何を考えているのか、目玉焼きには醤油なのかソースなのか、男子としてバルキリーとファフナーどっちが好きなのか自分をことをどう思っているのか――


 嗚呼、知りたい。





 彼をもっと、知りたい。





 胸に根付いた感情を祝福するかのように、シャワーから滴り落ちた水滴が鼻に当たった。











 ――水漏れ、であった。


「台無しですわ!!?」



















「えーとそれでは、一夏君のクラス代表就任を記念いたしまして、山田先生から一言いただきたいと思いまあ~す!」
『『『イエーーーー!!』』』


 一夏はISを動かしたことを改めて後悔した。何故こんなにも、少女たちのテンションは高いのか。
ついでに体力はどうして底なしなのか。

 クラス代表決定戦後、一年一組は一夏の代表就任を祝うべく、食堂を貸切にしてパーティーを開いていた。
 目の前に並べられた豪勢な食事が、運動直後の空きっ腹には堪える。

「えーとですね、やはりこの勝利というのはクラス全員の応援の甲斐あってのものなので」
『『『カンパーーーーーーイ!!!』』』



 誰か聞いてやれよ、と思わなくもない一夏だった。



「お、織斑一夏ッ!」
「ンあ?」

 宴も佳境、王様ゲームによる三連続一発芸という苦行を乗り越え『笑いの神様ってハリセン持ってんだな……シャツにサインしてもらったよ』と神妙な表情で超常体験を語っていた一夏は、真横からかけられた声に振り向いた。

 少し濡れた長い金髪が、どこか不安げな瞳が、視界に飛び込んでくる。


「オルコット……」

「……すみません、少しお時間いただけるかしら?」











「さっきから舞台の切り替えが激しくて、正直もうここから動きたくないんだけど」

「それは禁句ですわーー!!?」


 さっきからメタネタへの突っ込みが自分に押し付けられていると、セシリアは静かに涙した。

















「屋上なう」
「誰に報告しているのですか……」

 結局ほいほいと付いていき、一夏は屋上にてセシリアと相対していた。

「オホン。……それで、少し話がありまして」
「放課後・屋上・美少女の呼び出し……まさに青春万歳(トリプルリーチ)!」
「本当に話を聞いていますか!?」


 一夏は今日も平常運転です。


 ゴホン、とセシリアは再び少々きつめに咳払いをし、

「その、私は……貴方に謝ろうと思っているのですわ」
「俺に?」
「ええ。教室で、男だからといって罵倒してしまい、大変申し訳なかったと思います」

 そう言って彼女は頭を下げた。ぎゅっと手を握っているあたり、かなり緊張しているようだ。

「ま、まあまあ。ンな気にしてねえよ」
「それに、それだけではなく、試合中にはあんなことも……」

 沈黙が降りる。

 一夏は無意識のうちに、自分の腹部をなでていた。あの映像が合成とかCGとか、そういうものなのではないかと考えてしまう。ちょっとタチの悪い冗談だと、誰かが笑って言えば一夏は迷うことなくそれを信じる。

(ハラに穴空いて、塞がるってどうなんだよ……)

 しかし考えても仕方がない。深く考えるのは止めにする。

 何てったって、一夏は、過去は振り返らない主義なのだ。


「じゃあお詫びにさ」

 セシリアがようやく一夏の目を見た。

「今度、ISの操縦について教えてくれよ。俺、まだまだよくわかんねえトコがいっぱいあっからさ」
「…………まあ、貴方は我がクラスの代表であるわけですものね。致し方ありませんわ」

 そこで彼女は、髪をかき上げ、いたずらっぽく笑い。


「ただし――私の訓練は、少々ハードですわよ? 『一夏さん』」

「……おーけぃ、望むところさ」


 ここに溝は埋まりきった。










 織斑一夏はセシリア・オルコットと戦うため、決闘までの一週間ひたすらに情報をかき集めていた。

 専用機の兵装やセシリア本人の戦い方などはめぼしい情報を引き当てられなかったが、色々とタメになる話なら聞けた。



 ――例えば、代表候補生のこと。



 一夏はその存在自体知らなかったが、代表候補生は、血のにじむような訓練をひたすらに乗り越え、選抜に選抜を重ねた末に残る超エリートらしい。

 それを聞くと、一夏のセシリアへのイメージは多少変わった。


(ただ威張り散らしてる愚か者じゃなくて、あの尊厳さはきちんとした努力に裏打ちされていたのか)


 セシリアと二人、食堂に戻りながら思う。


(けど、俺もプライド高いよなあ。自分の手で戦いたいだなんて。……俺じゃない、俺の中の何かが勝手に動かすことが許せない。あの勝負は俺の勝負だ。他人がどうこう手出しするものじゃない……結構横暴かな、これ)

 一人苦笑する。先を行く優雅な長髪をぼけーっと眺めながら。










(よく考えたらあの時、俺が振るった刀は……あれは、まさか)










 疑念の夜は更けゆく。









「ふん、ここがそうなんだ……」

 眩しい月の明かりに目をしばたかせながら、少女はやって来た。

「えーと、受付ってどこにあるんだっけ」

 手にした紙切れを頼りに、ショルダーバッグを背負いなおしてえっちらおっちら校舎をさ迷い歩く。


「本校舎一階総合事務受付……って、どこよそこ。むしろどこよここ」

「まあ分かったわ。自分で探せばいいんでしょ。探し出せってムハンマドが言ってるんでしょ」

「ったく、出迎えがないってどうなの。これでも重要人物よ?」

「ま、特別扱いされるのは苦手だけどね」



 独り言が、ずいぶん激しかった。



「そうだ、最悪一夏に電話すれば……あいつケー番変えたりしてないでしょうね」

 それが名案であるかのように表情を輝かせ、彼女はポケットから携帯電話を取り出そうとする。

 その時――彼女の耳に、何か騒音が、具体的に言えば、やかましい騒ぎの声が聞こえてきた。





「一夏さん、そろそろ山田先生を酔い潰すのはお止めになってはどうですか……?」
「はっはっは、何言ってるんだオルコット。ここからが本番だぜ、なあそうだろ真耶せんせぇ!」
「ひゃーい! やまだまや、上から読んでも下から読んでもやまだまやっ! 女子大生でーす!」
『『『いやアンタもう就職してるから』』』




 もうすべてがバカバカしくなる掛け合いだった。
 少女は思わずため息をつきながら、声のした方を見やる。どうやらそこが食堂らしく、中央付近のテーブルが全部料理で埋め尽くされていた。

 どうやら、パーティーの真っ只中だったようだ。



「せんせぇの、ちょっとイイトコ見てみたい!」
「おい一夏、もうそろそろ止めた方が……」
「も~~う、したかないれすねー」
「そういいつつグビグビ飲んでらっしゃるのは何故ですの!?」



 遠くに探し人を確認する。けれど、駆け寄って声をかける気にはなれなかった。

 胸が痛む。
 心臓がぎゅっと締め付けられる。


 一夏は楽しそうだった。女の園の中でも。


 ――自分がいなくても。

「……別に。悔しくなんか、ないし」

 言葉とは裏腹に、弱弱しい声で呟いて、顔を伏せる。
 そっと食堂に背を向け少女は歩き出した。ある一つの決意を胸に灯して。


























 翌朝。

「こんにちは一組の皆さん! あたしは凰(ファン)鈴音(リンイン)! 2組に転入することになったわ!」


 談笑していた一夏らの下に、彼女は――中華人民共和国代表候補生は、宣戦布告するようにやって来ていた。


「今度のクラス対抗戦、一応私が代表に『してもらった』ケド……負ける気はないからね」
「んっ、なんですの貴方!」

 唐突な乱入者に、セシリアが食って掛かる。箒も若干不機嫌そうな目を鈴に向けていた。

「何? 私が何かって? そーねぇ」

 クラス中から集められる視線を撥ね退け、鈴はビシリと人差し指を一夏に突きつける。
 指差された一夏は、放心したように口を開けたままだった。

 その様子に苦笑しつつ、鈴は臆面もなく言い放つ。










「あたしは、そこにいる男子――織斑一夏の、元カノよ!!」




[29861] EX1.ゆけゆけちふゆさん
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/12/03 01:34
「はぁ……」

 今頃、実の弟である一夏はクラスの一同と騒いでいるのだろう。

 そう考えると、千冬は自然と一杯焼酎をあおっていた。



「一夏ぁ~~~~~~~!! いぃちかぁぁぁ~~~~~~~~~!!」



 飲まなきゃやってられないんだぜオーラを振りまきつつ、完全防音の自室――もとい、校舎から遠く離れた完全防音家屋にて彼女は慟哭する。




「一夏が私を無視する~~~~~~~~~!!」






 その声に山は震え地は泣き叫び、IS学園教員は頭を抱えたとか。










 Infinite Stratos -white killing-

 EX1:ゆけゆけちふゆさん










 曰く、破壊の嵐。
 世界最強の乙女が、実の弟の反抗期を嘆くあまり周囲の物を破壊する様を見て、ある教員はそう漏らした。

 元来彼女は弟思いの優しい姉である。一夏もそれは感じており、ある日までそこそこの関係ではあっだのだ。

 だが、ある事件のあと一夏の態度は一変。徹底的な無視、反抗を繰り返すようになる。
 彼が姉を罵倒する度、周囲の人間はこう思ったものだ。



 ――やめたげて! 千冬さんのライフはもうゼロよ!



 織斑千冬がIS学園に赴任した初日、千冬に割り当てられた部屋は翌朝には消し炭になっていた。


『一夏分が不足していた』
『家に電話しても無視された』
『ここのところ弟が顔を合わせてくれてなくて、ついカッとなってやった』


 容疑者は大方上記のような意味不明の供述をしており、そもそもどうやって素手で部屋を吹き飛ばしたのかは解明されていない。一説によると彼女は波紋法から忍術まで何でもござれらしいが――実のところは定かではない。というか本当に何でもできそうで困る。

 ともかく、これ以上部屋をなくされてはたまらないと、IS学園は急遽プレハブ小屋を設置。
 ブリュンヒルデを急造の小屋に押し込めるとは何事かと、各国からクレームが殺到したりはしたが……その小屋が二日で消し飛んだのを聞くと、皆一様に黙り込んだ。誰もが、世界最強のブラコンに目を背けた。




「一夏あ……昔はなぁ、私のことを『おねーちゃん』と呼んで後ろから付いてきてくれていたというのに……」




 数分前まで一緒にいた山田先生は、顔を引きつらせながら『じゃ、じゃあ私はクラスの様子を見に行ってきますね!』といって逃げ出した。

 まさか逃げ出した先でも酒祭りにでくわすとは思ってもいなかっただろうが。前門の織斑、後門の織斑である。誰か山田先生にソルマックをあげてくれ。




「うぅ……駄目な姉でごめんなぁ。ホントはオルコットにも『うちの弟をコケにするとはいい度胸だ! 私と決闘しろ!』ぐらい言いたかったんだけどなぁ」




 ちなみにそんなことを言えばセシリアは震え、一夏は噴き、箒が頭を抱えたのは自明である。

「おまけにあんなひどい怪我負わせてしまうし、結局『一次移行
ファースト・シフト
』させてあげられなかったし……」

 机に突っ伏しながらぐちぐちと呟いているその姿は、大よそ世界最強だとは思えない。どこぞの銀髪黒兎が見ればすぐさま卒倒するだろう。箒が見れば頭を抱える。箒は苦労人ポジ、そういう解釈で大体あってる。

「雪片使ってくれるかな……私が昔使ってた武器っていうだけで捨てたりしないかな……」

 さすがにそれは被害妄想である。

「もういいし。別にいいし。寝るし。明日には例の中国代表候補生が来るらしいが――」





「――どうやって殺そうかな」

※殺しません。





 こうして苛立ちの夜は更けていく。




















「う~ん、まさか『一次移行(ファースト・シフト)』を拒絶するなんて……さすがいっくん、予想の斜め上を行くね」

「まだ初期設定かー、雪片弐型も出てない状態だね。な~の~に~、どうしていっくんは『零落白夜』を使えたんだろ?」

「まぁいっか。今度見せてもらえば分かることだろうし。フラグメントマップを見るのが楽しみだな~」








「――――ちゃんと『彼女』を受け入れてくれたらいいんだけどね~」



[29861] 7.トラブルメイカー
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/10/17 20:31
「――り、ん?」
「ええ。久しぶりね、一夏」


 突然の、予期せぬ来訪者に一夏は完全にフリーズしていた。
 いつにない驚きを見せる彼に、クラスのどよめきが大きくなる。

 そんな状態を軽くスルーして、鈴は平然と一夏の方へ歩み寄る。

「ねーねー、一夏ぁー」
「え、あ、え?」

 目を閉じて、あごを上げる。身長差の分、ちょうど一夏がお辞儀をすればそのままおでこがごっつんこ、ぐらいのポジションだ。
 ただし距離がヤバイ。あと十センチぐらいで触れる。もう完全に、そう、言うなればこの姿勢は俗に言う――








「ちゅーして」






 キス待ちだった。









 Infinite Stratos -white killing-

 第7話:トラブルメイカー








 気温は初夏の蒸し暑さから、氷河期真っ只中凍死上等絶対零度にまで落ち込んだ。――教室の、という言葉が後付されるが。


『『『……………………………………』』』


 視線がやばい。数名の女子はすでに瞳から光が消え失せている――箒とセシリアも例外ではない。

「ねーねー、まだー?」
「いや、鈴、ちょっ」

 うろたえる一夏と、薄目で少々の不機嫌を隠そうともしない鈴。

(落ち着け、落ち着け……ッ!)

 空気に流されるな。自制心を、理性を、フルに働かせろ。

 流されるな。

 自分の望む方ばかり選択するな。

 場を読め。

 最良の選択を見抜け。



 言うべきことはたった一つだった。




「――勘弁してくれよ。そろそろ、着弾しちまうぜ?」





 同時、出席簿が遥か遠くから投擲され、ものの見事に鈴の頭頂部へと吸い込まれた。
 ノーバウンドで弾かれた小柄な体は、目測だけで4メートルは飛んだとか。









「さて一夏、あれ誰だ?」
「おほほほほ。一夏さん。あちらの方はどちら様で?」

 ――まあ、一夏自身も例外ではなく、この世界の不条理さを味わうこととなるのだが。

 実にラブコメらしく、GOGOGOGO……と背後に擬音を背負った修羅が二人降臨する。

 剣道全国大会優勝者の剣捌きとか見切れるはずもなく。むしろどこから木刀取り出したんだよとかツッコミを入れる暇も与えてもらえず。射撃を専門とする代表候補生がまさか具現させたライフルで直に殴りかかってくるなど予測できず。




 唯一ISが使える男子が、宙を切り裂き飛翔した。

『『『まさかの描写使い回し!?』』』


 世界の不条理さに、クラスの女子たちは涙したとか。











 一時間目はISを用いた実習訓練だった。

「オルコットはISを展開しろ。その後上空50まで上昇した後、地上10センチで完全停止。専用機持ちなら容易くできるだろうが、見本ということでやれ」
「はっ!」

 クラス全員の集合を確認し、号令を終えたところで、セシリアはすぐさまISを展開させた。

 先日の戦闘でついたダメージはすでに修復されているらしく、ISアーマーに損傷はない。

 彼女は地から数ミリ浮いた地点から、いきなり上空へ弾丸のように飛び出した。
 常識を無視した超加速に思わず一夏は目を剥く。

「うっへえ……何あの速さ。ジェットコースターぐらいの速度は出てんじゃねえの。俺今度乗せてもらおっかな」
「何言ってんの、織斑君も専用機持ちでしょ……」



 ――危機回避のため一夏はその場から飛びのいた。今誰かクラスの人間に近づくことは、自分の命をどうぞ刈り取ってくださいとさらけ出す様なものだと直感的に分かっていたからだ。



「ちょ!? ちっ、違うよ!? 私別に織斑君に何かしようとしたワケじゃないからネ!?」


 一夏の隣に待機していた女子が大慌てでそう言うと、そっと警戒を解く。




 安全圏だと分かった途端にほっとしたような仕草をとる彼が、日に日に小動物的魅力の持ち主として普通とは別ベクトルから研究されているとは誰も知らないだろう。……むしろ知りたくないが。




 何はともあれ、セシリアは大空。箒は離れた所で空を見上げている。今なら安全だと、肩をすくめて、一夏は自分の腕に取り付けられたガントレットを指差した。

 くすんだ白色のそれは、灰色の鎖で肘に縛り付けられている。がんじがらめ、という言葉が相応しく、何重にも巻かれ一夏の腕の動きまで阻害している。



「アリーナでの一件で、こいつは『遮断シールドをぶち抜く攻撃を搭乗者の意思に関係なく放つIS』と見なされてな。俺の一存じゃ起動できねえ」
「え……誰かに許可もらわなきゃダメってこと? 織斑先生とか?」

 一夏は黙って首を横に振って、



「起動には日本政府の許可とIS学園の許可と、国連事務総長の許可と必要な152の書類への総理大臣のサインと」

「あ、ごめん。もういいや」



 想像を絶する手間だった。というか何だこのIS、実用性皆無か。

「まあ当分は訓練自体に参加できないっぽい。見学させてもらうぜ、相川さん」

 ひらひらと手を振りながら、一夏は傍の木陰へとひょこひょこ歩いていく。
 うんそうだねあははははって私の名前知っててくれたぁーっ!? と女子生徒が叫び、瞬く間に他の女子に引きずられていくのを尻目に、一夏はうんと伸びをして木陰に転がった。

 木の葉越しに輝く太陽が眩しい。アリーナでの決闘以来、ここまで安らげるのは久々かもしれない。





 ――無論授業サボりなどが許されるはずもなく、コンマ数秒後には出席簿投擲がぶちかまされたのわけだが。





 昼食時間になっても、一夏はライオンの檻の中にぶち込まれた松島トモ子の気分だった。
 周りからの視線が痛い。視線で人を殺せるなら一夏は輪廻転生を繰り返し『跳べよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』シャウトを二十回ほど経験しているだろう。……少々電波が(色んな意味で)混雑したが、要するに女子の眼力パネェってこった。大体そんな解釈で合ってる。



 話が大幅に逸れた。これも乾巧ってヤツの(ry


 ちなみに実習は訓練機で乗り越えた。決闘の時に使用した『白式』に比べて動かし易すぎて思わず感涙に咽び泣いたとか。



「い~ちかッ。お昼もう食べちゃった~?」

 その時、扉を開けて天使が滑り込んできた(詩的表現有)。
 今朝騒ぎを起こしたばかりの中国代表候補生を見て、一夏を除くクラス全員が一瞬で意思疎通を交わす。

 クラスを代表して箒が立ち上がり、優しい笑みを浮かべた。
 それは、本当の本当に――天使のような眩しい笑顔だった。

 その表情のまま、告げる。



「…………ただいまより、一年一組クラス総会を開始する。異論はないな?」
『『『Yes,sir!!』』』



 ――人外魔境へようこそ、凰鈴音。




 後に目撃者Iはこう語った。

『ええ。……本当に、痛ましい事件でした。ひっく、彼女も、抵抗を止めて、ぐしゅ、早く投降すればあんなことには……ひっく』




 続いて、当事者Hにも事情を聞いてみた。

『後悔などしない。反省もしない。退かない、媚びない、省みない! それが我々の方針だ! そう――我々、『一組異端審問会』のな!!』




 なんか、勝手に組織を設立しおった。




 ちなみにこの会の設立はクラスの支持率168.8%という驚異的な支持率を持って受け入れられることとなった。



 ついでに、犠牲者第一号である中華娘は、ボロボロの状態で織斑一夏に発見されたらしい。
 その後何だかんだで昼食に付き合ってもらい、ボロボロの体を引き合いにして『あーん』してもらっていた中華娘の姿が確認されたとか。


 役得、というか鈴さんマジ策士。

















 その晩。


「諸行無常諸法無我涅槃寂静一切皆苦初転法輪苦諦集諦滅諦道諦」
「うおぁぁっ!? 部屋のドアを開けた瞬間幼馴染が切りかかってきたぁぁぁぁっ!!?」
「うふふふふふふふふふふふふ、ふふふ、うっふふふふふふふふふふhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh」
「セシリアがライフルとビットを同時に操りながら、もう人間の言語ではない音声を発しているッ!? なんかスゲー怖いんですけど!!」


 部屋の中から聞こえる、何か強烈な爆音や切断音にビビリ竦み、結局セカンド幼馴染は部屋の中へは入れませんでしたとさ。










 さて、そんなこんなで、いつの間にかクラス対抗戦当日となった。

 初戦の相手が鈴と知り、一夏はすごい微妙な表情だった。試合までの間、鈴を若干敬遠気味だったのはクラス全員の知る所である。

 ピットに待機しつつ、一夏は手元のガントレットに目をやる。正直これを見るだけでもまだ不快感が拭えないのだが、鎖が解かれている分まだマシである。

「オイ、俺ISの練習あんまりできてないんだけど」
「気にするな……クラス代表決定戦の時もそうだったろう」
「いやそういう問題じゃないからネ!? つーかそろそろ基礎飛行訓練とかしたいんだけどな!!」

 いい加減ISの基本を知りたい。一夏は心の底からそう願った。
 と、そこにパタパタと我らが副担任の山田先生が駆けてきた。急いでるように見えるんだが、走り方が乙女走りをさらに崩したようで滑稽極まりない。

「おっ、織斑君! そろそろ時間ですよ!」
「はーい」

 正直ISの起動実験もしていないのに。二度目の代表候補生とのガチンコバトル――正直笑えない。

「ちゃんと『特訓』の成果が出てくれたらいいですねー」
「出てなかったら俺が負けるだけですよ」

 ガントレットに手を伸ばす。実際に展開したことは、ない。



 正真正銘、初めての、IS展開。



 全身タイツのような、特注のISスーツに身を包み。

 ガントレットをしっかりと掴み。


 唯一言、吼える。





「蒸着!!」

『『『何がが違うっ!!?』』』





「観客席はおろか鈴の声まで聞こえたぞ!? ていうか姉さんどさくさに紛れて叫んでたろ!」
『さっさと出撃しろ織斑。時間が迫っている』
「どチクショウ、シラ切り通す気だ!」

 ツッコミばかり自分に集中する現実に、一夏はおいおいと泣いた。
 まあセリフこそふざけていたが、しっかりとISを展開しているあたり何ともいえない。

 くすんだ白色。武装は名もない近接戦闘用ブレード一本。
 未だ『一次移行(ファースト・シフト)』すらこなしていないそれは、一夏の思った以上に操作がピーキーであった。

「ああもう、分かった分かった。やってやるよ!」

 よたよたと歩いていき、カタパルトの脚部固定器に足を乗せ、腰を落とす。
 若干の前傾姿勢をとると、視界の隅で赤いランプが三つ灯った。

『――織斑』

 ハイパーセンサーが音声を拾う。

『やれるか?』
「……アンタに答える義務はない」
『…………そうか』

 上を向こうとして、首より先に視界だけが動いた。
 どうやらハイパーセンサーの特徴、360度視界というものが作動している様だ。

 試しに真後ろへと意識を収集させてみる。前回は必死すぎて気づかなかったが、意識すれば背中の後ろのことも見えるようだ。顔を青ざめさせた真耶と頭を抱える箒の姿が目に入る。


(実用性は低いな……視界の動きは、眼球の動きに連動させておこう。

 ていうか、あれ? 二人とも何でそんな深刻そうな表情なんだ?)

((やめたげて! 千冬さん/織斑先生のライフはもうゼロよ!!))


 姉の心弟知らず。



 心なしか、通信越しに管制室にすすり泣き声が聞こえた気がした。



「真耶先生」
「はい?」

 ランプが一つ、青く染まる。

「コイツの名前、何ですか?」
「……ええ!? まだ知らなかったんですか!?」
「誰も教えてくれなかったからですよ!?」

 地の文だと何でも出てたじゃないですかぁーっ!! という真耶の叫びは、しかしメタネタ故に一夏には届かなかった。

 続けて二つ目、青い光がついた。

「ああもう言いますよ言いますからねよく聞いてくださいよ!?」
「ハイっ!」




 三つ目。







「――――『白式』


 それがあなたの相棒の名前です」







 刻んだ。

 その名を、一夏は刻んだ。

 前回のように潜り込んでくるものもいない。

 不快感もなく、かと言って爽快感があるわけでもない。


 ただの、重い鎧。
 それが一夏の正直な感想だった。

 ハイパーセンセーによる世界の変化など無視して。
 さもそれが当然であるかのように。



「織斑一夏ッ! 『白式』、行きます!!」



 空を飛ぶことに躊躇いなどなく――それがどれほど『異常』であるかなど気にも留めず。

 織斑一夏は、戦場へと赴く。



[29861] 8.ビギナーズラック
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/10/23 09:27
 Infinite Stratos -white killing-

 第8話:ビギナーズラック




「遅いわよ!」
「すまねえ、遅れた」
「襲うわよ!?」
「許可を出す前にバカデカイ刀が投げ付けられてるんですが!?」

 アリーナに躍り出た一夏を迎えたのは、連結された『双天牙月』の投擲だった。

「ぬおおお!? 後少しで俺の体が収納に便利な上下着脱式にッ!?」
「いや、アンタ『絶対防護』のことも思い出してあげなさいよ」
「この機体じゃその辺が信用できねえからな……前科あるし。腹に穴空いて、じゃあ次は頭ですねとか言われたらマジ泣くぞ」



「…………なんか、ごめん」
「…………おう」



 しんみりとしたやり取りを交わしつつも、ブーメランのように返ってきた青龍刀をトンボ返りするようにして回避し素早く退避――



 ――否、自身の真下にある刀身を踏みつけ、『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』によって鈴へ真っ直ぐ突撃した!



「ンなぁっ!?」
「まずは一撃!」


 すれ違いざまの一閃。得物のない鈴は咄嗟の反応で肩部の『衝撃砲』を放つが、それは一夏の左足を掠めるに留まった。
 上下が逆さまになった状態のまま刀を振るい、『甲龍』を切りつける。一撃で50近くのエネルギーを削ぎ取り、そのまま鈴の後ろへと飛び去った。

「コイツぅーッ!」

 振り返ることすらせず、鈴は真後ろに衝撃砲を放つ。すんでのところで一夏は上空へと跳ね上がり、見えない砲弾を避けた。

(くっ、このIS、反応が鈍すぎやしないか……!?)

 否。避けきれてなどいなかった。機体を砲弾が掠め、シールドエネルギーが削られる。

「すっとろい機動ね! そんなに的にして欲しいのかしら!」
「うぉぉぉぉぉぁあああああああああああ!!?」

 加速、加速、加速!
 どれほどISに加速命令を送っても、速度は量産機の最高速に遠く及ばない。

 結果として、先ほどから見えない砲弾をまともに浴びている。

(ナメんじゃねぇっ……ここで負けたらぁっ!)





 ――負けたら、何かあるのか?





 意識が放り出された。
 腹部へ衝撃砲――名は『龍砲』というらしい――が直撃、続けざまに二発同じ箇所にもらいISアーマーが砕け散る。
 余りの衝撃にアリーナ遮断シールドへ叩きつけられ、そのまま地面へ墜落した。クラスメイト達の悲鳴が聞こえる。



 同じ場所にもう一発もらえば、負ける。否、楽になる。



 そもそも巻き込まれに巻き込まれ、その末に入学したんだ。
 ワケの分からない、こんな兵器に人生を縛られてたまるか。

 ここまで来たのは俺の意思じゃない。

 だったら。


 ――負けても、いいよな。






























「良いワケねぇだろォがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」






























 負けることなど――誰が許容するものか!

 一夏は瞬時にPICを作動させ宙に浮く。相変わらずののろまな挙動。撃ち落してくれと言わんばかりである。

 だが。

「かかって来いよッ……やってやる!」

 鈴は冷静に衝撃砲を放ち、そして驚愕に目を開いた。

「避けたッ……!?」

 確かに、放たれた弾丸は一夏に直撃するはずだった。
 しかし現実はどうだ。一夏は、まるでそこに攻撃が来ることが分かっていたかのように回避行動を取った。のろまなロール回転にもかかわらず、空気を圧縮した砲弾が彼を捉えることはかなわなかったのだ。


 ――いや、偶然に違いない。一夏はまだ素人に毛が生えたレベルのパイロットだ。見えない砲弾を避けるなど無理に決まっている。


「オラァッ! 当ててみろよ! 全部避けて今すぐそこまで行ってやるからなァ!!」
「ハン、偶然がそう何度も――――ッ!!」

 だが、一夏の言葉通りの展開となった。

 当たらないのだ。

(何でっ!? どうして!?)

 半ば恐慌状態に陥りながら、『龍砲』による射撃を絶やさない。回収した『双天牙月』がある以上は接近されてもなんら問題はない。問題はない……はずなのに。

「来るなぁぁぁぁぁっ!!」

 逃げ回るようにして距離をとる。近づかれたら、一夏の距離に入ってしまったら、『終わる』。その認識が痛烈に、鈴の思考回路を引っ掻き回す。

(無理、無理! あんなのに真正面から接近戦挑まれたら、負ける!)

 一国の代表候補生がここまで接近戦を畏怖する理由。それは先日の一組クラス代表決定戦のラスト数十秒にあった。


「この剣術バカぁっ! 剣の扱いは巧いクセに、女の扱いはなっていないのよぉ!!」


 セシリアが回避はおろか見切ることすらできなかった斬撃。そもそもISにはハイパーセンサーが搭載されているというのに、何故対応できなかったのか。

 元々IS学園に在籍していた中国在籍の知人から送られてきた映像データを見て、鈴は絶句した。


 剣捌きが、見えない。


 予測し辛いだとか、生ぬるいレベルの話ではない。切っ先など当然だが、刀身すら目で追いきれないのだ。。


「……これで二つッ!」
「くっ!」


 砲撃と砲撃の合間を縫って、一夏は少しずつ鈴との間隔を詰めていた。
 そして鈴が思考の淵に片足を引っ掛けた瞬間、一気に距離を殺し、攻撃を繰り出す。


 まさに、ヒット・アンド・アウェイを体現したかのような戦法。


 一撃一撃を慎重に、そして確実に。

「ちょこまかとぉーっ!」

 苛立ちが増し、鈴は両肩の衝撃砲を同時に放った。
 先ほどまでは左右交互に撃ち、連射できないという欠点を補っていたのだが――ここに来て鈴は勝負をかけた。

「ッッ」

 一夏はその場で横っ飛びに退く。先ほどまで滞空していた位置を一発目が通過する。

 だが一発目、つまり左側の砲弾はフェイク。


 本命は右だ。


(ソイツを――――待ってたァァッ)

 一夏は歯を食いしばると、目の前へ勢いよく左腕を突き出した。
 不可視の砲弾が左腕に直撃し、腕部装甲を砕く。

 それに構わず、『白式』は背後にあらかじめ蓄えていたエネルギーを一気に取り込む。
 内部で圧縮、圧縮、圧縮――そして放出。
 極限まで押し込められたエネルギーが慣性の法則に従って『白式』の背を押す。


 この技術の名は『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』。素人が一朝一夕で身につけられるものではない。


 ではどうやって一夏はこれを会得したのか。

 申し訳ないが、前述の、『一夏がISを起動させたのは初めて』という表記には誤りがある。正確には――


 ――この時、一夏は初めて『自らの手で』ISを起動させたのだ。


 これが意味することは一つ。

(少しは良いトコ見せなきゃ、わざわざ付き合ってくれた真耶先生に申し訳ねェからなッ……!)

 入学当初から一夏が秘密裏に受けていた、『特訓』なるものは、ISによる戦闘訓練だったのだ。














 クラス代表決定戦前は、中々都合が合わず、一夏は基礎的な体力トレーニングなどに勤しんでいた。
 しかしセシリアを(イレギュラーな事態の発生はあったが)打ち負かした後、彼はやっと正式にISを用いた訓練を受け始めた。

 元日本代表候補生である山田教諭を相手に、模擬戦漬けの日々。


 自機は『ラファール・リヴァイヴ』だったり『打鉄』だったりした。

 銃で撃たれたり投擲武器で仕留められたりした。

 山田先生の豊かな双丘に誤って突っ込んだり太ももに誤って突っ込んだりした。


 それらすべてを糧に、一夏はここに飛ぶ。













(しまっ、)
「遅ぇよ!」

 爆発的加速。ここに来てやっと、『白式』の速度は一般的な量産機を上回った。
 鈴は自分の失態にようやく気づいたが今更遅い。

 すでに引き金は引かれた後なのだ。

 回避は間に合わない。
 咄嗟の反応で『双天牙月』の連結を解除、十字にクロスさせるようにして青龍刀を構える。その広い面を、まるで盾のように突き出した。

 だが一夏はその上を行く。

 十字にクロスした以上、どうしても隙間はある。
 手にした近接戦闘用ブレードの切っ先を、一夏はそこへ滑り込ませた。

「ッッ!!?」
「これで――」



 そこで、一夏は刀を『手放した』。



 そもまま空中で後ろ向きにくるりと回転し、つま先で青龍刀の柄を蹴り上げる。
 両足でキレイに『双天牙月』を蹴り上げ、一夏は元の体勢に戻ると同時に素早く自身のブレードを掴み取った。

 呆然と口を開いたままの鈴へ、降伏を勧告するように――告げる。



「――仕舞いとしようぜ、鈴」



 互いの肩を直に掴めるような、超至近距離。


 鈴が肩部の『龍砲』を放つには近すぎるが。


 一夏が剣を振るうのにはこの上なく有利。


 勝敗は、見えた。


 セシリアの時と同様、一夏はもう勝負を終わらせるつもりだった。
 相対している鈴にはもう得物がない。この距離なら、衝撃砲を気にすることなく斬撃を打ち込める。
 距離を取られる前に――斬る。

(獲った――、ッ!?)

 だが刀を振りかぶった瞬間、目の前に真っ赤なモニターが表示された。







《不確定な熱源を感知。上空よりロックオンされています。識別不可、未確認のISであると判断》






「あ――?」


 瞬間、来た。


 アリーナと観客席を遮るエネルギーシールドが真正面から打ち破られ。

 一筋の光が一夏と鈴の傍に突き立った。

「ぬおおおおおおお!?」
「きゃあああああああああっ!?」

 地面を削り抉り、極太のビームがアリーナを貫く。衝撃により戦闘中だったIS2機は大きく吹き飛ばされた。

 素早くPICを作動させて体勢を立て直し、二人は穴の開いた遮断シールドを見る。

 未だ噴煙立ちこめる中、黒い影がゆっくりと降りてくる。やがてアリーナにできた巨大なクレーターの中央に、そいつは舞い降りた。


 ――未確認ISよりロックオンされています!


 音声警告に、一夏の体が強張る。
 突如現れたISは、その丸太ほどあろうかという太さの腕を一夏に向けた。
 鈴は素早く敵をロック、応戦体勢に入る。


 極太のレーザーと大気の砲弾が、交錯した。



[29861] 9.ディストラクション
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/11/03 17:09
 衝撃と爆風に、一夏は思わず目を覆う。
 無論ISのバリアーがそれらはすべて遮ってくれるのだが、一夏は咄嗟に生身の際と同じ感覚で行動した。

 各種センサーが爆発による衝撃、閃光などの数値データを事細かに並べ立てる。

 だが一夏はそんなものなど見ていない。

 もっと奥。噴煙立ち込めるその向こう側。
 空中から落下した『双天牙月』を掴み取り、鈴は爆発的に加速し――この視界が不安定な中、迷うことなく『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を使用したのだ!――すぐさま距離を詰める。

「おいっ、鈴!?」
『何をしている馬鹿者! 早く退避しろ!』
「姉さん、ケドっ、鈴が!」
『あれは腐っても代表候補生だ! その点お前は何の役にも立たん!』

 思わず、一夏は煙の晴れたアリーナを見やった。
 謎のISの頭部には目のような赤い光点がいくつもある。背中には直方体型のボックスを背負っており、丸太のように太い両腕は掌部に巨大なビーム砲が取り付けられている。

 思わず身震いしながら、一夏はじりじりと後退する。


 畏怖していた。


 目の前のISに。その圧迫感に。


 ――自らの命を脅かしたIS『オベリスク』を髣髴とさせるその姿に。


(う、ぁっ……コイツ、違う? 違うのか!? あの時のIS、じゃないのか!?)

 錯乱する思考回路を必死に纏め上げながら『白式』を動かす。
 ビームに直撃すれば、無事ではすまない。そんなことはド素人の一夏でも分かる。

「このッッ!!」

 鈴が衝撃砲を放ちながら未確認ISより距離を取る。対する乱入者は見えない砲弾を容易く回避すると、一瞬だけ動きを硬直させた。

 途端、両膝から青いレーザーが放たれる。

「!!?」

 完全な不意打ち。しかし代表候補生たる鈴は咄嗟の反応で避けてみせる。
 外れたレーザーがアリーナの大地を穿つ。あまりの威力に観客が騒然となった。

『じょっ、冗談じゃない!』
『逃げろおおおおおっ! 早く出るんだ!!』

 パニックをおこす客席に対し見向きもせず、鈴はひたすらに中距離戦を展開する。
 衝撃砲でじわじわと削り取る戦法らしい。

「鈴…………」

 何もできない。
 どうしても戦術のウェイトが射撃に偏るため、一夏はこの戦況において無力だった。
 巻き添えを食らわないようにアリーナの隅へと移動する。
 体の震えを、『白式』のハイパーセンサーが知らせてくれた。

《思考状況type-024を確認、日本語名『恐怖』》

 慄然とした。

 この兵器は、人間の感情すら言い当てるのか。

 厳密に言えば瞳孔の開き具合や呼吸の浅さ、肌よりの微弱な電磁波などより感情をあらかじめインプットしてあるデータに当てはめて予測しているのだが……パイロットが自身の状態を冷静に把握する、という点においては、今回の一夏にはちょうどいいものだった。

「恐れているのか、俺は」

 何を、などと質問する必要はない。

 今あのISを恐れているのか――違う。

 大切な人たちが傷つくことを恐れているのか――違う。違う!


 今自身が恐れているもの、それは……過去。


 見える、かつて自分に襲い掛かってきた漆黒の巨大なISが。

 聞こえる、自らを嘲る女の声が。



「あああああああああああああああああああああああああ!!」



 過去と現実が入り乱れる。呼吸がより浅く激しく、一夏の思考は乱れていく。

 その叫びに呼応するかのように、鈴の砲撃を避け続けていた未確認ISがピタリと動きを止めた。

「!? チャンス……ッ!」

 その隙を見逃さず鈴が両肩の衝撃砲を同時に放つ。
 二発とも直撃。轟音とともに未確認ISが若干姿勢を崩す。


 それだけ。


 第3世代IS本気の砲撃が、通用しない。その現実に一瞬鈴の思考が止まる。

 そして未確認ISはその間に砲撃の準備を終える。左腕を上げ、砲口から光を溢れさせながら狙いを定めた。


 そう――織斑一夏へと、照準をつける。


「――――――――――――!!」

 放たれた攻撃を一夏が回避できたのは僥倖に等しかった。
 またも予知じみた速度の反応で、一夏はその場を飛びのく。ビームが地面を抉るのを傍目に、頭上の不気味な敵を睨み付けた。

 一夏が攻撃を避けるのは予測済みだったのか、はたまた予想外の回避行動に対し警戒を強めたのか。

 バグンッ!! と、背部コンテナの外部隔壁がパージされた。

 中から姿を現したのは、無数のミサイル。
 それらがまるで洪水のようにコンテナから溢れ出した。射出された先でさらに分裂、クラスター爆弾がごとく数を増やしていく。

「オ、イ」

 ISのセンサー機器は無常にもそれらすべてをカウントし尽くし、一夏へ正確に伝えてくれた。



《熱源総数 256》



 何の、冗談だ。

 アリーナ中を埋め尽くすミサイルミサイルミサイルミサイル――


(だめだ……終わったッ)


 どう考えても回避不可、絶望的な状況。
 一夏の脳裏をあきらめがよぎった。

『逃げてェェェェェッ!』
『早く逃げて、織斑君ッ!』

 悲鳴がいくつも聞こえる。聞き覚えのある声。恐らくクラスメイトのものだろう。
 まだ、アリーナにいたのか。さっさと避難すればいいものを。チクショウ、何でいるんだ。何でそこにいるんだ。逃げられないじゃないか。あのISの気を引かなきゃ、お前らが危険に晒されるかもしれないんだぞ。嗚呼、チクショウ――

(あきらめたいけど、あきらめられない)

 それは歪んだ考え方なのかもしれない。
 他者の安全の為に、自身の意思を切り捨てる。

(だったら)

 近接戦闘用ブレードを構え直す。正眼に、切っ先を弾頭に。
 自分の感覚がよりクリアになった気がした。ハイパーセンサーとか、そういう次元の話ではない。自分の中で、細胞の一つ一つが凝固していくような。そんな、感覚。

 逃げたくても逃げられないのなら。

(まずは)

 後は前を向いて、敵を見据えるだけだ。

(こいつらを、一体残らず切り捨てる!)



 かの『白騎士事件』で、原初のISたる『白騎士』は剣一本と試作型の荷電粒子砲だけで2000発近くのミサイルを撃破したという。

 織斑一夏はそのことを知っている。自分がそれに準ずる事に挑もうとしているとも分かっている。

 もしも。もしも一夏が、『白騎士』の正体を知っていれば、行動は変わったのかもしれない。

 しかし一夏が選んだのは応戦。



 歯を食いしばりながら『白式』に命令を飛ばす。ひっきりなしに鳴り響く警戒音(アラート)を無視して刀を振るう。時には数本のミサイルをまとめてなぎ払い、時にはわざと刀の峰を当てて弾き飛ばし。

「残りはッ!?」
《残存熱源数 178》
「まだそんなにか!」

 とはいえ、刀だけでどれほどのミサイルを切って捨てたのか。朦朧とする意識を必死に引きつなぎながら、一夏は刃を振るう。

「ダメだッ、数が多過ぎるッ」
「何無駄口叩いてんのよ!」

 とその時、一夏の背後で爆発が起きた。驚いて振り向くと――本来は360度視界を活用すれば振り向く必要などないのだが――鈴が衝撃砲でミサイル群を吹き飛ばしていた。

「こんだけの数、俺達だけで対応できるのか!?」

 一振りで3つのミサイルを切り裂きながら、一夏は叫んだ。

「やるしかないじゃない! 観客の避難が終わるまでは、あいつを引きとめるのよ!」

 互いに背中合わせになりながら、二人は不敵に笑った。

「――仕方ねえな。一時休戦だ」
「当たり前よ。背中預けたからね?」
「任せとけ。きっかりきっちり守ってやる」

 おびただしい数のミサイルを前にして、それでも一夏と鈴は覚悟を決めた。

「ねえ、一夏」
「あン?」
「ここを切り抜けられたらさ、」

 衝撃砲が放たれ、ミサイルがまとめて爆発四散する。
 それを冷静に眺めながら、鈴は言葉を紡いだ。


「私をフッた理由、教えてよ」


「……え?」
「約束よ」

 それだけ言って、返事を待たずに鈴はミサイル群の中へ飛び込んだ。
 刃が振るわれ、不可視の砲弾が飛ぶ。一夏も慌ててブレードを構え、応戦を再開した。

 ――そこにどうしようもない罠があるとは知らず。

「一夏ッ、下方への警戒が緩いわよッ!」
「ンなこと言ったって、普通自分の下なんか見ねぇだろ!」
「文句言っていないで全方位にくまなく注意を――――ッ!!」

 と、注意を飛ばしていた鈴が途中で凍りついた。
 今まで二人は必死にミサイルの対処をしていた。しかし失念していた、もとい、どうしようもなかったことが一つ。

 未確認IS本体に対しては、どうしても何の策も打てなかった。

 ビーム砲が照準を定める。狙いの先にいるのは、近接戦闘用ブーレドを振るい続ける一夏の姿。目の前のミサイルの撃破に集中しており、彼が気づく様子はない。
 鈴の思考を正確にトレースし――『甲龍』の背中が、爆ぜた。

「一夏ぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 閃光が、迸った。



















 織斑一夏は凄まじい衝撃に吹き飛ばされた。
 アリーナの外壁に叩きつけられ、地面へあえなく落下する。

(何だ……撃ち漏らしたのか……?)

 頭を振って意識をはっきりとさせる。こうしている間にもミサイル群は接近しているはずなのだ。

 しかし。


《残存熱源数 0》


「……え?」

 呆けたように声を出す。周囲を見回してみれば、確かにミサイルは一発も残っていない。
 誰かの援護射撃か。ということは、学園側から増援が来たのか?

 未だふらつく体に鞭打ち、PICを作動させ宙に躍り出る。

『――ッ!!』
『…………が!!』

 自身と同様に滞空する未確認機を視認しながら、一夏はクラスメイトが何か叫んでいることに気づいた。
 未確認機頭部にいくつもある、むき出しのセンサーアイが赤く輝く。


『織斑君ッ! 鈴音さんが!』
『早く助けてあげてっ!』

「鈴が、どうしたって?」

 冷や汗をにじませながら、一夏は視線を下に下げた。



「――――――――――――――――――え?」



 鈴はそこにいた。
 何故か、『甲龍』を展開させていない。

 生身のまま、頭から血を流し……鈴は地面に横たわっていた。

「………………り、ん?」

 何で。
 お前は強いはずじゃないか。一国の代表候補なんだろ? 何でこんな、こんな、こんな――

 理由など。

「……ぁ」
「り、んっ」

 一つしかなかった。

「……一夏、」





 だいじょうぶ?





 そう言って微笑む彼女に、一夏は雷を浴びたような気分だった。


 彼女は――自分を守って倒れたのだ。


「  」
「あ、」
「ああああ」
「ああああああああああああああああ」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 無力な自分に、理不尽な現実に、容赦ない世界に。

 剣が、突き立った。

 点火。加速。イグニッション。

 唯一の武器を携えて敵へと肉薄する。振るわれる豪腕を素手で受け流し、もう一方の手で逆袈裟切りに切り上げる。

「てめえッ、てめえッ!」

 未確認ISの片膝から閃光が放たれる。引き絞られた一筋の光を首を傾げるだけで回避、全身装甲を次々と切りつける。
 相手はまったくひるまない。休む間もなく殴りかかってくるが、元々一夏に退くなど、ない!

「ぶち下す! その装甲切って斬ってバラして中身引きずり出して晒してやるッッ」

 今度はブレードで巨大な拳を弾く。そのまま右ストレート、続けざまに腕をたたむ様に折り曲げ右エルボー。殴り合いを考慮していない装備のISでの格闘戦という狂気じみた発想が、敵をだんだんと追い詰めていく。

 その場で数十センチ飛び上がりレーザーを回避。あろうことかその場で宙返りをし、上下逆のまま両膝を切り裂きレーザー装置を潰した。

 彼の鬼神のごとき戦い方に、会場の誰もが動きを止めて見入っていた。











「すごい! すごいですよ織斑君っ!」

 管制室にて、真耶は子供のようにはしゃいでいた。教え子が謎の敵を相手に奮戦している。それが彼女にとってはなんとも喜ばしいことらしい。
 倒れている中国の代表候補生も心配だが、『甲龍』から送られているバイタルデータによれば生死に関わるほどの傷ではなく、そう重傷でもないようだ。

 千冬はじっとモニターを見て、一言漏らした。

「あいつは……何をしている?」
「はい?」
「『白式』に送られている行動コマンドとアリーナでの映像を見てみろ」

 そう言われて真耶は二つのモニターを見比べて、



 絶句した。



「…………え?」
「敵が腕を『振り上げる前』にあいつは回避コマンドを入力している。『白式』の反応が遅すぎて、ギリギリのタイミングで回避しているように見えるだけだ」

 モニターの中で再び一夏が攻撃を避け、ブレードで切りかかる。

「攻撃の予備動作すら見ていない。まるで……どこに攻撃がくるのか分かっているかのような動きだ」

 ちょうど一夏がレーザーを飛び上がるようにして避け、アクロバティックな機動でレーザー装置を潰す。

「――覚えているか。あいつがISに触れてからまだ半年も経っていないんだぞ」

 それなのに。

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』

 一夏が吼え、それに呼応するかのように近接ブレードが形を変える。

「何ッ……!?」
「えっ、え!? これ、何が!?」

 アリーナでは、戦闘がさらなる佳境を迎えようとしていた。













 動きがどんどん鋭くなっていく。
 自分の反応が早くなっていっているとは考えにくい。つまり『白式』が進化しているのだろう。
 実際は一夏がそう思っているだけで、明らかに彼自身の反応速度が常軌を逸したものと化しているのだが――そのことに気づくはずもない。

(さっさと潰れろッ!)

 ブレードを振るう腕に一段と力が入る。
 ふと、手にした刃が淡く発光しているのが目に付いた。やがて刀身そのものが光の束となっていく。

「……ッ!?」

 至近距離の敵を両足で蹴り飛ばし距離を取る。
 すぐに自身も、敵も静止した。真っ向から向き合いながら動きに注視――ブレードがより輝きを増していく。

「――――まさか」

 やがて光は収まり、すっかり形を変えた一本の剣が、そこにはあった。



 ――システム異常なし(オールグリーン)。

 ――武装を点検(チェック)……近接戦闘ブレード『雪片弐型』の使用を承認。


 ――単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)、『零落白夜』に限定使用を許可。



 手に携えた近接戦闘用ブレード『雪片弐型』を見て、一夏はぎょっとした。

「ンなっ……どうしてこいつがここに!?」

 その隙を見逃さず、未確認ISが巨大なレーザーを放ってくる。咄嗟に行動を入力。


 ――『白式』の反応速度では、回避は間に合わなかった。


 もし一夏が一次移行を済ませていれば、話は別だっただろう。だが今の『白式』は与えられた行動を処理するまでのタイムラグが絶望的なまでに長かった。



 回避は、間に合わなかった。


「う、」

 だが。

「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 手にした刃を、迫り来る光の奔流へと突きつけるのには十二分――!


 脳髄の奥で、何かが弾けスパークした。

 人は迫りくる車を凝視することができるだろうか。
 人は落下する時まばたきせず地面をじっと見つめていられるだろうか。

 答えは否だ。

 それに則り、一夏も自然と瞼をぎゅっと閉じていた。
 きっと愚かな行為ではあったのだろう。だが――


 刀身がガゴン!! と真っ二つに割れ、蒼い刃が形成される。


 無から有へ。

 白から蒼へ。

 実体からエネルギー体へ。


 そしてすべてのエネルギーを滅する、唯一無二の最強の刃へ――ッ!


 刃とレーザーが触れ合う。接触した端からレーザーは消滅していく。シャワーのように拡散しながら光が消えていき――やがて完全に途切れた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 極限のプレッシャーと恐怖により息切れをする一夏に対し、未確認ISは『まるで機械のように動かない。

「このッ……」
《具現維持限界(リミット・ダウン)です。操縦者は早急な離脱を行ってください》

 瞬間、一夏の間の前に真っ赤な表示(レッドアラート)が現れた。

「ンなっ!?」

 思わず観客席を見る。まだ避難しきれていない。ドアがロックされているため、皆壁際に避難するのがせいぜいだった。
 その中でも、まだ観客席に生徒がいる。数は大体一クラス分。

(あいつらッ、何してやがる!?)

 一年一組の生徒たちが、そこにはいた。
 未確認ISが一夏に再び掌を向ける。既にもう一夏はその場から飛び退いている。放たれたビームは空しく宙を切った。

「オイッ! 早く逃げろよ! そこにいたら危ねぇっ――」

 瞬間。

 光の束が、形を維持したまま振り回された。
 それは射撃武器などではなく、巨大なビームソード。

(!! しまッ、)

 予定外の攻撃に、一夏は咄嗟に避けようとした。だが『白式』の処理速度では間に合わない。


 収束された光が、横なぎに一夏の体を吹き飛ばした。


 全身を、ハンマーで均一に叩き潰されたかのような。そんな激痛が一瞬だけ走る。そして、すぐに何も感じなくなった。
 ぶつりと、テレビの電源でも落とすかのような調子で。

「……ぁ、り、んっ」

 何か言葉を紡ごうとして――地面に叩き落され、世界が暗転する。
 織斑一夏は『堕ちた』。





《――――搭乗者へのコンタクトを開始。一次移行(ファースト・シフト)を再開します》















 Infinite Stratos -white killing-

 第9話:ディストラクション



[29861] 10.レジスタンス
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/11/03 17:00
 織斑一夏が地に伏し。

 凰鈴音が撃ち落され。

「皆さん、早く避難を……あぁッ!!」

 モニター越しに観客席を見て、真耶は悲鳴を上げた。
 先ほどの巨大なビームソードの攻撃は遮断シールドを貫き、一組の生徒らが座っている観客席の近くに直撃していた。
 衝撃で彼女たちの体は吹っ飛び、何人かは意識を失い昏倒している。

「た、助けに行かなきゃ……!」
「ドアがロックされている。遮断シールドのレベルも4……助けに行くことも避難することもできない」
「そんな!」
「……山田先生。私はここで各部署への指示に徹しなければならない。だから」

 瞬間、管制室のドアが轟音と共に吹き飛んだ。
 唖然とする山田教諭。悠然と佇む織斑教諭。

「――『暮桜』の部分展開も久々だな。切れ味が鈍っていなくて何よりだ」
「えっ、え、え?」
「あの愚弟を助けてくれ。無論、傷一つつけることは許さん」

 なにこのぶらこんこわい。

 真耶はもやは笑うしかなかった。





「「あの、私は……?」」
「オルコット、お前もさっさと行って山田先生のサポートに回れ。篠ノ之はここで待機していろ……外よりは安全なはずだ」
「わ、わかりました」
「は、はぃぃーっ!」



 箒とセシリアは半ば空気であった。











 Infinite Stratos -white killing-

 第10話:レジスタンス






















『観客席のドアのロックを解除しました!』
「よし、引き続いてアリーナ内部への隔壁のロック解除に当たれ。生徒の避難はこちらで行う。――先生方、誘導をお願いします」

 指示を終え、千冬はモニターに目をやる。注目するのは、未確認ISでもなく慌てふためく観客たちでもなく、アリーナに生身のまま倒れ伏す一夏の姿。

「一夏……ッ」

 歯を食いしばる。自分が出るのは、本当の本当に切羽詰った時だ。
 今はまだ。今出てしまうと、一夏の成長を阻害する恐れがある。

(すまない)

 心の中でそう零し、千冬は再び慌しい指示網に声を飛ばし始めた。

















 真耶はひた走りながら、自分の生徒たちの安否を気遣っていた。

「皆さん、どうか無事で……ッ!」

 ロックが解除されたドアを蹴破るようにして観客席に躍り出る。思わず悲鳴が出そうになったが、すんでのところで飲み込んだ。

(ひどい、アリーナがこんなに!)

 振り回されたビームソードによってシールドは完全に破られ、未確認ISが観客席に侵入し無差別にビームを放っていた。
 生徒たちが何人か床に『転がっている』。意識はあるらしくもぞもぞと這うように動いていた。

(こんなことが)

 未確認ISへ目を向ける。無差別な破壊行動が自分の生徒たちを追いつめ傷つけている――その事実をはっきりと認識した。

(こんなことが――許されるんですかッッ)

 ふつふつと苛立ちが込み上げる。
 自分の頭に血が上っていくのを確かに感じながら、あえて真耶はその怒りに身を任せた。
 例え思考回路が沸騰しようとも、自分には冷静な判断が下せる。体が熱を持っても頭は常に静かで冷たくいられる。

「皆さんッ、早く避難をッ!!」

 言いながら外壁に駆け寄り、その一端に手をかけた。
 他の壁と完全に同化し、あらかじめそこにあると知らされていなければ分からないような場所。
 金属製の壁があっさりと引き剥がされる。内側から顔を見せたのは、いくつかのキーが並んだパネル。

(私が引きつけて、生徒の避難する時間をかせぐ!)

 パスコードを入力し液晶パネルに掌を押し付ける。静脈認証システムが個人を特定、すぐさま山田真耶名義の下、ハッチが解放された。
 壁そのものが裂けるようにして開き、中から大量の銃器が姿を表す。

「早く逃げて下さい、私がアレを引きつけますから!」

 それらの中から大型のショットガンと予備の弾薬を取り出し、観客用の通路を走り抜け開けた踊場で一旦停止。
 大口径ショットガンを腰だめに構え狙いを定める。
 引き金を引き絞り、発砲。
 通常では考えられないほど巨大な弾丸が空中でいくつもに分裂し、未確認ISに着弾した。

 が、しかし。

(無傷……ッ!)

 半ば予想できた事ではあるが、所詮生身の人間でも放てる代物。現代の超兵器たるISの前には無力だった。


 だか、真耶の使命は敵を撃破することではない。あくまで、時間かせぎだ。


 すぐさま真耶は走り出し射撃ポイントを変更、敵を中心に時計回りに円を描くようにして攻撃を続ける。

(この調子で足止めできれば……ッ!?)

 真耶が狙いを定めようとした瞬間、敵が無造作に腕を振るう。その風圧だけで。
 何の抵抗もなく、まるで紙くずのように、真耶の体は吹き飛ばされた。

「がっ……!!?」

 そのままアリーナの外壁に衝突。衝撃でいくつか肋骨がイったのを感じながら、真耶はショットガンを杖代わりにどうにか立ち上がる。

(まだ、避難が……せめて、みんな逃げるまで……!)

 キッと未確認ISを睨みつけ、再びショットガンを構えようとする。壁に完全に背を預けながら、ろくな狙いもつけられない。

 それでも撃つ。

 生徒に指一本触れさせるものか。
 生徒に傷一つつけさせるものか。

 敵はぶらりと両腕をぶら下げて、赤いセンサーアイで真耶をじっと見つめていた。

「センセェッ、逃げてえ!」
「こっちです先生ェ! 早く、早く!」

 一組の生徒たちが声を張り上げるが、真耶はそれを一喝のもとに静まらせた。

「ここは私に任せて、早く行きなさいッ!!」
『――――ッ!?』


「生徒を守るのが、教師の役目。子供を守るのが、大人の義務。私は一人の教師であり一人の大人です。貴女達一人でも傷つくことを、私は許容できないんです!」


 今にも泣きそうな表情で、生徒たちはその言葉を聞いていた。

 真耶のショットガンの残弾が尽きる。いくら引き金を引いても何も起こらない。
 そこで見計らったように、ずっと弾が切れるのを待っていたかのように、ISが動き出す。
 掌を真耶に突きつけた。全身の激痛が逃走を阻害する。

(こんなっ……)

 真耶がついに覚悟し――途端、未確認ISの装甲に火花が散った。
 敵は腕を一旦下ろすと、新たに攻撃を加えてきた方向へセンサーアイを向けた。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ。この、このッ!」

 そこには生徒が、一年一組出席番号一番――相川清香がいた。

「相川さん……ッ!?」
「私、は……!」

 先ほど真耶が解放した武器収納庫から拝借したらしく、PDW――アサルトライフルとサブマシンガンの中間のような個人携行用銃だ――を構えている。

「私は、生徒である前に!」

 引き金を引く。
 薬莢が次々と排出され床に落ちる。

「子供である前に!」

 真っ直ぐに未確認ISを見上げて、叫ぶ。


「私は一人の人間です! だから、他の誰かが私たちのために危ないコトしてるなんて……無視できない、できるはずもないし、したくもないッ!」


 今度は、赤いセンサーアイは相川を見つめた。
 その威圧感に思わず引き金にかけた指が凍る。

「銃撃を止めちゃダメぇっ!」

 と、今度は別の地点からの射撃。
 普段は安穏とした雰囲気の女子――布仏本音が、小ぶりな銃器を構えていた。
 標準的なカービンモデルのアサルトライフルに取り付け式のグレネードランチャーを組み合わせたものらしく、何度か通常の射撃を行った後、立ち止まって精密に狙いを定めた。

『戦う者は銃を持て! そうじゃない者は早急に山田先生を運んでくれ! 私もすぐに合流するッ』
『お、おい! 篠ノ乃!?』

 スピーカー越しに箒の激励と、千冬の焦ったような声が聞こえた。どうやら箒は千冬の制止を振り切ってアリーナへと向かったらしい。

「このランチャーってどうするの!?」
「組み立て式みたい! ああ、癒子ッ、そこのライフル使って!」
「誰かッ、替えのマガジン投げてッ!」

 すぐさま彼女たちなりに指示を飛ばし合い、フォローし合う。
 そんな中先ほどから狙いを定めていた布仏が声を張り上げた。

「ロックオン完了! グレネード撃つよッ!」

 瞬間、ポヒュッと空気が抜けるような音がして弾頭が射出された。
 それは未確認ISの腹部へ炸裂、爆発し炎上する。

「こっちもランチャーの準備できたッ……あ、山田先生!?」

 グレネードランチャーの直撃を受けぐらりと傾いた敵は、一瞬射撃が止んだのを見計らってその手で真耶の体を掴んだ。付き添っていた生徒が弾かれ、入れ替わるようにして――


「させませんわ!」


 ――蒼き鎧を身に纏い、セシリア・オルコットが躍り出た!
 すぐさま4つのBT兵器を射出、同時に攻撃を開始しようとし。





 赤いセンサーアイが青へ、色を変えた。





「あッ……!?」

 セシリアが何か叫ぶ前にBT兵器が何の前触れもなく『堕ちる』。――このISは、BT兵器を無力化する何らかの手段を保持していたのだ。
 続けざまに右手からビームが放たれる。セシリアはとっさにレーザーライフル『スターライトmkⅢ』で応戦。

 二筋の光線がすれ違う。

「がッッ」

 左肩にまともに被弾したセシリアはそのままアリーナの反対側の観客席まで吹き飛ばされ、合金の床に叩きつけられると同時、具現維持限界(リミット・ダウン)を迎えた。


 一方未確認ISはと言えば――


「すごッ……あれ、肩まで貫通したよね……?」

 誰かが呟いた。

 真耶の細い体を握っていない方の右腕を、セシリアが放った全開出力のレーザーは肩までぶち抜き貫通していた。
 当然のごとく掌のビーム砲は致命的な損傷を負い、使用は不可。

「ランチャー、早くッ」

 真耶は最後の力を振り絞り、叫んだ。

「傷のある掌に向かって、ランチャー、早くッ」
「け、けどっ、先生が!」
「いいから、早く……ぐぅっ!!」

 未確認ISが余計なことを言うなとばかりに、真耶の体を握り締めた。ミシミシと骨が軋む音がし、耐え難い激痛に真耶の表情が歪む。
 まるで見せつけるかのように彼女の体を高く掲げ、敵は赤に戻ったセンサーアイで周囲を見回した。

「ランチャー、撃つしか……」
「待って、危ないッ!」

 と、ランチャーを構えようとする生徒めがけて未確認ISは形だけは保っている右腕が叩きつけられた。
 とっさに横へ飛び退いたが、衝撃でランチャーが宙を舞った。
 少女たちの表情が絶望に染まる。――だが。



「諦めないッ!」



 相川清香は、違った。

「絶対諦めない! 誰も死なせない! みんな、山田先生も、死なない! 死なせないッ、最後まで頑張るッ!」

 落下するランチャーに手を伸ばす。
 後僅か数センチ――だか。


 無情にも。


 相川の鼻先をかすめるような距離に、黒い右腕が振り下ろされた。

「あッッ」

 彼女の体が宙を舞う。ランチャーは潰され爆発四散した。

「がっ、はっ……!?」

 そのまま相川は床に叩きつけられた。肺から空気が絞り出されて、慌てて酸素をかき集める。
 朦朧とする意識をつなぎ止め、彼女は立ち上がろうとし。


 自分がちょうど、未確認ISの真正面に倒れていることに気づいた。


 距離約3メートル。

(終わった……)

 思わず、彼女は匙を投げた。
 知らず知らずの内に涙があふれ出てくる。ゆっくりと迫り来る敵を、何か叫びながら銃を撃ちまくっているクラスメイトを、どちらも視界に収めながら、静かに息を吐く。

(私……)

 止まらない涙を拭い、級友らを、アリーナに残っているはずのクラス代表二人を、家族を想う。
 走馬灯のように思い出が駆け巡り。

(私は…………)





 ――さいごまで、がんばれたよね





 問いに誰かが答える前に、腕が振り上げられ、相川はぎゅっと目をつむり、

 そして――




















「ああ、よく頑張った」




















 刹那。
 轟音とともに、黒い巨体が吹き飛んだ。

「……え?」
「お疲れ様、相川さん。後は俺がやるから」

 横合いに突っ込んできた一筋の閃光。白銀のそれは、未確認ISの左腕を肩口から切り飛ばし、そのまま一瞬で本体を蹴り飛ばしたのだ。

 真耶を抱きかかえ、純白のISが降りてくる。
 背部の二つの翼から光の粒子が散る。西洋の甲冑を思い起こさせるフォルム。鋭角的で真っ白な装甲が照明に照り返す。手にした長剣は希望のように眩しく煌いていた。

 絶望などかき消す様に。
 諦観など打ち殺す様に。

 絶対的に、圧倒的に、絶望的でも。
 それらすべてを貫き穿ち、無理でこじ開け無茶を捻じ込むような、それはそんな――



 ――ヒーローのようだった。



「――おり、むらくん」
「もう大丈夫だから」

 彼は相川の頭に手――ものの一瞬で片手の部分解除を行ったのだ――を置くと、あやすように撫でる。


「みんな、俺が守るから。誰一人傷つけさせないから」


 そう告げて。



 織斑一夏は――白銀の鎧を身に纏い、ここに参上した。



[29861] 11.ウェイクアップ
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/11/21 16:52




 ずっと夢を見ていた。




 自分が磔にされている夢。自分が鎖につなげられている夢。





 十字架も鎖も、砂糖菓子でできていることに、まだ気づいていないころの夢――






































 Infinite Stratos -white killing-

 第11話:ウェイクアップ




















「ぐ、ぁっ……」

 意識を失っていたのは数十秒だった。
 明滅する視界に激しく痛む全身。最悪の目覚めに一夏は顔をしかめる。ISはすでに解除されており、黒いISスーツだけを着ている格好だった。

 すぐそばに、鈴が横たわっている。壁に背を預けるようにして彼女はじっとこちらを見ていた。

「……一夏」
「……はぁっ、あの時も、そうだった」

 呼吸を整え、仰向けになる。
 どこか遠い所を見ながら、一夏はそう呟いた。隣の鈴はじっとその顔を見ている。

「モンド・グロッゾの時も、『最終的に』俺は姉さんに助けられた……」

 そして、今も。

「あの剣は姉さんの剣だ。『雪片弐型』ぐらい俺でも知ってる。あの青いヤツはよく分からないケド、多分、姉さんはあれを使って世界最強になったんだろ?」

 空を見上げる。未確認ISは観客席に侵入していた。
 けれど自分には、もう、どうすることもできない。

「どこまで行っても俺は『織斑千冬(ブリュンヒルデ)の弟』なんだ。いつまでも、きっと、ずっと……」

 力なく大地に横たわる。
 虚ろな瞳は学園の終焉を映していた。

「みんな死んじゃうのかなあ」

 鈴が質問を口にしたと同時、ビームが観客席を抉り、何人かの生徒を吹き飛ばす。

「かもな」

 生徒や真耶が放つ弾丸が黒い装甲に弾かれる。軽い発砲音と甲高い着弾音、空の薬莢が床に落ちる音。
 アリーナ内部はもはや戦場だった。

「……一夏、こっち来て」
「んッ…………」

 這い寄るようにして、一夏は鈴に近寄った。二人で寄り添い傷ついた体を癒やす。
 極度の緊張から解放され、一夏の体は弛緩していた。

「頭のせていいわよ」
「ああ……」

 ぼんやりとした世界の中で、そっと隣にいる少女の肩に頭を預ける。壁にも背を預け床に座るように姿勢を整えた。

「…………アンタさぁ」
「あン?」

 一夏の頬に手が添えられた。そのまま顔の向きを変えられ、鈴と至近距離で目を見合わせる形になる。
 もう一方の手は一夏の脚の上で、彼の手と重ねられている。

「千冬さんのこと、苦手なの、嫌いなの?」
「……どっちもだよ」

 嘘吐き、と、鈴は口の中に言葉を転がした。

「あたしが好きになったのは」

 轟音。アリーナの床が砕け散り、応戦する一組の女子達が悲鳴を上げる。
 閃光。壁が穿たれ遮断シールドが切り裂かれる。

 阿鼻叫喚の地獄絵図の中、鈴は天使のような微笑みを浮かべて、言った。





「あたしが好きになったのはね――『オリムライチカ』なんだよ」





 一夏は、言葉に詰まった。

「織斑千冬の弟なんかじゃなくて、今、目の前にいる織斑一夏に、あたしは惚れたの」

 ごつんと、額と額を軽くぶつける。吐息のかかる距離で彼女は、呼吸することを忘れてしまった一夏へ笑いかけた。

















「大好き。織斑一夏が、他の何者でもなく何物でもなく――『イチカ』が、だぁいすき」

















 再びの閃光。

 アリーナを揺るがす爆音が耳を震わせ、破砕された合金が辺りに飛び散る戦場の中、少女は顔を赤らめながら愛を告げた。

「……り、ん」
「何も言わなくていいから。だから……だから、自分は千冬さんの弟に過ぎないなんて、そんな悲しいことも言わないで」


 じゃないと、『オリムライチカ』を好きになったあたしがバカみたいじゃない。

 そう言って彼女は顔を離した。一夏は未だ呆然としたまま。


 ――嗚呼。

 何かがほどけて落ちる音を、一夏は確かに聞いた。
 それは自分の下らない矜持の預かり所だった。
 それは自分のボロボロのプライドのよりしろだった。

 今までそれにしがみついて生きてきた。
 自分は所詮『世界最強(ブリュンヒルデ)の弟』なのだと、諦めに近い認識を常に携えて日常を過ごしてきた。

 だけど。

 目の前の女子は、『オリムライチカ』を認めてくれるという。

「そっか……」

 そうなんだな。頭の中で声が響く。

「だったら……」

 立ち上がらなきゃな。頭の中で言葉が紡がれる。





 ゆっくりと、この世に生を受けたばかりの動物のように、立ち上がる。――否、比喩などではなく、他人に寄りかかっているとはいえ、『オリムライチカ』はこの瞬間に誕生したのかもしれない。





「一夏……」
「行ってくるよ、鈴」

 二本の足で、立つ。

 自分は『オリムライチカ』なのか『|世界最強(ブリュンヒルデ)の弟』なのか。果たして答えを出せるかどうかもはっきりとしない命題だが、一夏は今は、今だけは断言できた。

「俺は、『オリムライチカ』だ」

 体中に何か温かいものが流れ込んでくる。甘んじてその感覚を受け止めながら。



 ――存在意義を、固定する。



「こんな、一個人として擦り切れた存在でも、認めてくれる人がいる」


 鈴を見て、


「助けられる人がいる」


 観客席のクラスメイトらを見て、


「振るえる力がある」


 腕で待機状態の『白式』を見る。





「――それは、きっと、素晴らしいコトなんだろう」





 腕につけた『白式』が輝く。自分の中に何かが滑り込む不快感はない。代わりに、温かい何かが、手足の末端まで浸透していく。

「さあ、」

 ガントレットの輝きが増す。『白式』を掴み、一夏は吠えた。





「――オマエを認めてやる! だから、力を貸せッ! 『 白 式 』ッッ!!」





 音が、死んだ。
 世界を純白の光が塗り替える。鈴は思わず目を覆った。

(あたたかい……)
(これが、俺専用のIS……!)

 PICが作動し一夏の足の裏が地面から数十センチ浮き、すぐさま数メートル跳ね上がった。
 光の粒子が装甲を構成し各部位に装着され、皮膚に皮膜装甲(スキンバリアー)が展開される。

 創造、展開、収束、完了。

 繰り返し繰り返し、ステップを踏んで『白式』が真の姿を作り上げていく。
 生誕を祝うように光が満ち溢れ、その姿を照らし出した。



















『初期化(フォーマット)と最適化(フィッティング)が終了しました。お疲れ様ですイチカ』
「ああ、ようやく、羽撃(はばた)ける――さぁ行こうぜッ、『白式』!」

















 そうして。『オリムライチカ』は、加速した。














 真耶を握り締める未確認ISに接敵。
 瞬間的に左腕を『雪片弐型』で切り飛ばし、そのまま両足揃えて蹴りを叩き込む。宙に投げ出された真耶を抱きとめ、一夏は舞い降りた。

 右手に剣を。
 左手に命を。

「……え?」
「お疲れ様、相川さん。後は俺がやるから」

 左手の装甲を粒子に四散させ、あやすようにして素手で彼女の頭をなでる。
 真耶の体をゆっくりと観客席に横たわらせて、一夏は息をついた。

「――おり、むらくん」
「もう大丈夫だから」

 その宣言は誰へのものだったのか。クラスメイト達へのものか、はたまた自身へのものか。


「みんな、俺が守るから。誰一人傷つけさせないから」


 そう告げて、一夏は飛び上がった。
 空中で未確認ISと向き合う。半ばデッドウェイトと化していた右腕は衝撃でもがれ、左腕もない。両腕を失った敵は、それでも敵意ある目を『白式』に向けていた。

「一気にカタをつけさせてもらう」

 背部の翼からエネルギーを放出、すぐに取り込み圧縮圧縮圧縮圧縮――


 そして開放。


 手にした刀を居合い切りの要領で体の後ろ側に回し、一瞬前傾姿勢の後、『瞬時加速(イグニッションブースト)』。
 先ほどまでののろまな機動が嘘のような、想像を絶し妄想を超越し空想すらも追い越して、理を捻じ曲げてしまうほどの超加速。

(世界はこんなにもトロかったのか)

 そんなことを考えている間に、漆黒の巨躯は眼前に迫っていた。

 抜刀、斬撃。

 相対速度により凄まじい威力を得て、その刃は装甲を深く抉り取った。
 腹部を切り裂いた後、速度を維持したまま後ろへ抜ける。真横へ急速転換、上下左右に揺さぶりをかけながら、全方位より斬撃をお見舞いする。
 本当に『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』なのか怪しいほど自由な機動で未確認ISを翻弄している一夏の耳に、機械質な声が届いた。



『――単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)、『零落白夜』の完全開放を承認しました。いつでも使えますよ、イチカ』
「あ゛あ!?」
『敵性ISは無人機であると判断、全力の斬撃によりホディごとコアを切り裂くのが最善の戦術と思われます。至急『零落白夜』を行使、攻撃を加えてください。ナビゲートは私が――』



 一夏はその『言葉』を遮って、すぐさま返答する。



「誰が使うか、ンなもんッ!!」



 今度は勢いをつけて蹴りを入れる。数十メートル吹き飛びながら、未確認ISは足の裏からレーザーを放ってきた。
 瞬時に回避し、吹き飛んだ先のISに追いつき、すれ違いざまに三度切りつける。

「あの人が、姉さんが使ってた切り札なんか必要ない! 俺はそこまでお世話やいて貰わなきゃ戦えないほど弱くない! そうだろ!?」
『しかし、現実的に考えると敵の装甲を切り裂き内部のコアにダメージを与えるためにはこれが最善の――』
「知るかよォォォッ!!」

 雄たけびを上げながら、切っ先を突き出し突撃。やっとこちらを振り向いた敵の胸部に、思いっきり『雪片弐型』を突き立てた。

「そんなものがなくたって!」

 そのまま内部を抉るようにかき回す。柄が敵の装甲に触れるほど深部まで突き刺し、そのまま真上へ一気に振り上げる。
 胸部から頭頂部にかけて、黒いISはきれいに『裂けた』。
 もろい紙でも破くかのように、半分だけ真っ二つになったそれは、力なくアリーナへと落下していく。センサーアイの赤みも薄く、今にも消えそうであった。

「俺は、俺は……勝てるんだよ」
『――お見事です、イチカ』

 轟音。
 未確認ISの体が墜落すると同時砂煙が巻き上がりアリーナそのものが揺れる。
 上空からそれを見下ろしつつ、一夏は思考する。

 この敵は無人機だと言われていた。

 余裕がなく鵜呑みにしてしまったが、そもそも無人のISなど有り得るのか?

(つーか、鈴……)

 すでに一組の生徒ら以外は避難が完了しており、アリーナはその広さの割りにほとんど人気がない。
 高度を落としつつ、地面からこちらに手を振っている鈴を見て、思わず顔がほころぶ。

(みんな無事だよな)

 クラスメイト全員の安否は気になるが、今は生き残ったことを喜ぼう。
 一夏はそう考えて、







『ッ、警告! 未確認ISが活動を再開しています!』







「ンなぁッ……!?」

 すぐさま視線を巡らせ、敵機を確認。確かに、虫の息となりながらも、未だセンサーアイの光は消えていない。
 ゆっくりと足の裏のレーザー砲を観客席に――そう、一組のみんなが残っている地点へ向ける。

「テ、メェッ!!!」

 加速。地面目掛け突撃するかのように猛スピードで接近し、刃を振りかぶる。

(間に合え、間に合え! 俺は――)

 世界がスローモーションになる。
 神経が引き絞られる。
 視界が狭まる。

 振りかぶった刃を、一夏は。


(――誰一人として傷つけさせやしない!!)


 真っ直ぐに、振り抜いた。

 それはナイフでバターでも切るかのように、未確認ISの両足を切り落としてしまった。
 真下へ圧縮したエネルギーを『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』の要領で放出、急ブレーキ代わりにして停止する。

「これで――」

 そのまま刃を、二つに裂けた頭部へと突き立てた。


「――仕舞いとしようぜッ!!」


 切断切断切断切断切断切断切断切断切断切断切断切断切断切断切断切断切断切断。
 ものの数十秒でごつごつとしたその頭部が幾多の鉄片に変わり果てた。
 続けざまに胸部の刺し傷を蹴り付け何度も何度も切っ先を突き立てる。未確認ISはそのまま活動を完全に停止、センサーアイの光も消失した。

「これで、ホントに……」
『私たちの勝ちです、イチカ』

 ほう、と息を吐く。
 極度の緊張から開放され、『雪片弐型』を収納(クローズ)し、思わず空中で大きく伸びをした。

「ああ……とりあえずは、鈴を回収して、クラスの皆のトコへ行こう」
『了解しました』
「――――ああ、それと」

 何かを今思い出したように、付け加えて、

















「君ダレ?」
『私は『白式』搭載戦術指南用人工知能、愛称は募集中です』











 間髪いれず返事が来て、思わず一夏はビビった。
 返事をした声は、無機質ながら、どこか誇らしげだった。



[29861] 12.コーヒーブレイク
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/11/21 16:51
 Infinite Stratos -white killing-

 第12話:コーヒーブレイク








 戦闘終了後、一夏はすぐさま精密な検査を受けることになった。
 カプセル型のスキャナにぶち込まれワケの分からん光線を照射されたり、意味不明の薬剤を投与されたりエトセトラ。

「なんやかんやで午前1時となります。マジ寝かせろ」
『その請求はイチカの健康上早急に叶えられるべきです。私の方からも一刻も早い検査の終了を要請でします』
「ああもう、いっぺんに喋らないでください聞き取れません!」
「『寝ーかーせーろー』」
「怨念じみた声が5.1chサラウンドボイスで!?」

 絶妙な弄りに、真耶はたまらずツッコミを入れた。

「だって、なー」
『ねー』
「なんですかこの抜群の連帯感……ホントに今日会ったばかりなんですか?」

 ベッドに横たわり、体のあちこちに包帯を巻いた真耶は、苦笑いをしつつ一夏と『彼女』――『白式』に搭載された戦術指南用人工知能、まあ要するにAIに問いを投げかけた。

「そのはずなんですけどねー……」

 馬が合う、というかなんというか。
 一人日本語の表現技巧にうんうん唸っている一夏を、真耶は微笑ましそうに見えていた。







 ――その瞳に、どこか熱に浮かされるような色があったことに本人が気づくのは、一夏が退室してからのことである。







『6時の方向から敵影の接近を確認』
「いーちかっ」
「ぬおわッ!?」

 医療室を出て5~6秒のことだ。
 ドーン! と背後からの奇襲。何か軽いものが背中に飛びついてきて、一夏は思わずよろめいた。

「な、何しやがる鈴……ッ」
「何よ、せっかく死線をくぐり抜けたんだから、ちょっとはご褒美があってもいいじゃない」
「それでこれっすか」
「これよ」

 後ろから首に腕を回し。ぐぐっと背伸びをしている状態。
 鈴は爪先立ちになっていた。

「よっと」
「ひゃうっ!?」
『……何をしているのですかイチカ』

 身長が足りない鈴を痛ましく思ったのだろう、一夏は彼女の細い両足に手をかけると一気に浮き上がらせ、おんぶする格好にした。
 鈴は驚愕の声を上げ、『白式』はあくまで機械的な、しかしそれでいて底冷えした言葉を漏らす。

「いやあ、部屋まで送ってやろうかなって」
「な、何よ急に馴れ馴れしくして!」
「余裕っつーかゆとりができてな。あ、どっちも同じような意味か」

 人気のない廊下を一夏はすたすたと歩く。おぶわれている鈴は突然の幸運に固まっていた。
 しかしようやく緊張がほどけたのか、全体重を預けて一夏の背中にべったりと張り付く。



 ――その肢体の柔らかさに思わず一夏の雪片弐型が零落白夜を発動しそうになった(比喩表情有り)のはともかくとして。



「……へぇ、そりゃあ良かったわね。ゆとりができて少しは自分の朴念仁さを理解したかしら?」
「何言ってんだ、ゆとりができたのは鈴のおかげだよ」

 思わぬ言葉に、鈴は再び固まった。


「お前が、俺を肯定してくれたから」
「俺は自分がここに『在る』ことを認識できた」
「お前の言葉があったから俺は戦えた」


「――――ありがとう」



そこで言葉を切る。二人は鈴の部屋のドアの前にいた。

「……あたしの部屋、知ってたんだ」
「当たり前だろ。行こうと思っても……なかなか足が動いてくれなくてさ」

 鈴が一夏の背中から身軽に飛び降りる。
 そして、改めて、背中に抱きついた。

「……鈴?」

 先ほどから感じていた女の子特有の体の柔らかみとわずかな胸部の膨らみ。

「ナンカアンタヘンナコトカンガエタデショ」
「いえいえ滅相もありませんですよ鈴サマ!!」

 織斑一夏、一世一代全身全霊の謝罪だった。

「で、さ」
「あン?」

 ぎゅっと、一夏の体に回された腕に力がこもる。





「教えてよ……あたしを、ううん。『あたし達』をフった理由」





 一夏は、思わず呼吸することを止めていた。
 ゆっくりと……深く息を吐き、吸って、

「実は……『アイツ』にはもう説明してあるんだ」
「……何よそれ、あたしは除け者?」
「いや、お前は中国に帰ってたじゃんか」


「じゃあ、アイツ――蘭と何かあったってコトかしら」


「…………」
「だってあたしとはメールか電話だけだったもんね」
「……ああ。蘭には話したというか、蘭が原因なんだ」

 沈黙。
 一呼吸置いて。

「さっきは偉そうに、俺は『オリムライチカ』だって言ったケド、それも怪しいよな」
「何でよ……さっき、自分で言ったじゃない」

一夏は諦めに似た表情で、

「ならどうして俺は誘拐された?」
「ッ!?」
「第2回モンド・グロッゾ決勝戦当日、出場予定だった織斑千冬(ブリュンヒルデ)は突然の出場辞退を表明、原因は今も謎……まさか誘拐された肉親を助けに行っていたなんて誰も思わないだろうな」

 そう言って乾いた笑みを浮かべる。そんな一夏を見て、鈴は何も言えなかった。

「その時に、さ」
「…………」

 もう鈴には、一夏が何を言おうとしているのか分かった。
 分かってしまった。





「――死にかけたんだよ。俺じゃなくて、蘭が」





 予想された言葉は、鈴の呼吸を凍らせるには十分のものだった。

「……俺が誘拐されたはずなのに、巻き添え食らって蘭がケガしてさ」
「…………止めて」
「心配停止までいった」
「止めてよッ」
「後五分治療が遅かったら死んでた」
「もう止めてッ」

 一夏は、止めなかった。
 必死な鈴の懇願を無視し言葉を続ける。

「――両足が使い物にならなくなって、今も車椅子で生活してる」
「それ以上は止めて! 自分が何言ってるか分かってるの!?」
「? 何言ってるんだ、俺がいなければ起こらなかったことを言ってるだけだろ」
「……ッ」

 さも当然のようにそう言って、一夏は儚く微笑んだ。そんな彼を見て鈴は視界が滲むのを感じた。
 自分がいない間に、そんな悲劇が彼と彼女に降りかかっていたのか。



「俺なんだよ。俺のせいなんだ。俺なんかがいるから蘭はあんな目に、人生を滅茶苦茶にされたんだ、俺みたいな塵芥のせいで」



「それは、違っ……」
「違わなくなんかないさ!」

 声を荒げ、一夏は廊下の壁に自身の拳を打ちつけた。頑丈なはずの壁が砕け、破片が床に散らばる。

「俺のせいで、俺が、俺がいて、俺なんかが……ッ! 俺なんかのせいでッ!!」
「もういいの、一夏!」

 もう一度拳を振るおうとする一夏に、鈴は抱きしめる力を強めた。

「……部屋、行こう」
「……誰の」
「一夏のよ」

 送ってやろうとしていたはずが、気づけば自分が送られていた。
 鈴に手を引かれ、一夏はふらふらと廊下を歩く。

「ごめん……」
「何で謝んのよ」


「だから、俺、俺の大切な人が、これ以上蘭みたいな目に遭うのが怖くて……」


 嗚呼、と鈴は理解した。





 ――それで自分は、別れを告げられたのか。





(何よそれ)

 心の内で、思う。

(何なのよ、それ)

 なんて理不尽な世界なのだろう。
 なんて不条理な現実なのだろう。

 一夏が何をしたというのか。
 この世界はそんなに一夏が嫌いなのか。
 この現実はそんなに一夏が憎いのか。

 思わず歯噛みしながら、鈴は想い人の手を引いて進んでいった。

















 一夏の部屋の電気はもう消えていて、どうやら箒は寝てしまったようだった。

「……着いたわよ」
「ああ……」
「顔色、悪いわよ」
「そんなに?」
「よく寝ときなさい。なんなら添い寝してあげるわよ?」
「…………頼む」


 世界が凍った。


「…………ゑ?」
「?」
「ワンモアプリーズ」
「…………頼む」
「何を?」
「添い寝」

 一夏さんは一体全体何をおっしゃったのか。
 日本語をよく理解し、最終的に自分なりに言外の意味まで妄想し――鈴はシャウトした。


「やーんもう鈴ちゃん大・勝・利ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!! ちゃんすちゃんす今らぶちゃーんす!!」


 すごく盛り上がっていらっしゃった。
 片手を握りしめ真上に突き上げる。全身から喜びのオーラを振りまきながら鈴は、両腕を振り回しつつぴょんぴょん飛び跳ねている。

「……は?」
「あッ、いや、何でもない! 全然気にしなくて良いからッ!」

 慌ててごまかす鈴。顔の赤みは隠せていないが、一夏は首を傾げるだけて終わった。
 死ねよこの朴念仁。

「んじゃ、お邪魔しま~す」

 小声で断りを(一応)入れ、鈴は部屋の中に滑り込んだ。
 一夏が部屋に入るころには、彼のベッドの毛布にくるまっている。

(おうおう、このシチュも久々だなー)
(一夏の香りがする……なんか、久々……)

 考えていることはどちらも同じようなものだった。

「入るぞ」
「あ、うん」

 鈴が自分から壁際に寄り、空いたスペースに一夏は寝転んだ。
 検査の前にシャワーを浴びていたのか(まあ一夏も浴びたのだが)シャンプーの微香が鼻をくすぐった。

「昔っから壁際苦手だもんね」
「なんか嫌なんだよな、目開けたら壁が目の前って……」

 二人ベッドで向かい合って、少し顔を赤らめた。

「ひ、久しぶりね、こういうの」
「あ、ああ。中学の頃は結構やってたのにな」
(……最終的に抱き合って寝てただけじゃない)
(……ヤバい何だこいつ中学の頃はガマンできたのにもうブレーキ効かないんだけど頑張れよ俺)

 鼻と鼻がくっつきそうな距離で、互いに目を見れない。

(……ああもう、どうにでもなればいいじゃない!)

 何か踏ん切りがついたのか、はたまた自棄になったのか、鈴は真正面から一夏に抱きついた。

(うぁあああああああああああああああああああああああ!!!???)
(きゃあああああああああああああああああああああああ!!!???)

 双方絶叫である。ただし内心。

(何!? どうしたんだ鈴音さん!? 寝ぼけて俺と抱き枕を間違えたとかそーゆー展開スか!?)
(一夏の体! 一夏の胸筋! 一夏の胴回り! 一夏の前髪、一夏のまつげ! あたし今、世界で一番、一夏に近い!!)

 ここまで混乱・興奮しているのによく冷静さを保っていられるものだ。
 そして異様に布団の中がもぞもぞと蠢いているのに反応しない箒もなかなかの傑物だが。

「ああ……あったかいよ一夏……」
「り、りりり鈴さん? 目がトロンとしていらっしゃいますですよ?」
「だって……一夏あったかい……てる……」
「えッ、何て言った?」

 すると鈴は陶酔したような表情のまま、





「……今、一夏は……生きてるよ……」





 頭を金槌で殴られたような気分だった。

「…………ああ、生きてるよ」

 彼女の小さな頭を抱え込むようにして、一夏は両腕を回す。

「生きてるんだ、俺。あんなごっつい敵と戦って、それでも生き延びたんだ」

 力があったから。
 守りたい人達がいたから。


 鈴の言葉があったから。


「お前のおかげで戦えたんだ」
「……あたしも、一夏が守ってくれたからここにいる」
「そりゃ、もう傷ついてほしくないから……」
「誰に傷ついてほしくないの? あたし? そこで寝てる篠ノ之さん? 千冬さん、山田先生、それともアリーナで頭を撫でてた娘?」
「……みんなだよ」
「みんなって誰? 一夏の身の回りの人全員?」
「……それは」

 まるで詰問するような口調の鈴に、知らず知らずのうちに一夏は気圧されていた。
 言葉が出なくなり、返事ができない。
 考えの甘さか経験の足りなさか、それとも『オリムライチカ』としての覚悟の浅さか。


「ねぇ、答えてよ一夏。

誰を助けるの? 誰を守るの?










?」


 ぎゅうと、一夏を抱き締める鈴の腕に力がこもる。
 まるで私は見捨てないでと要求するかのように。

「……俺、は、」





「早まるなよ、一夏」





 予想外の声に、思わず一夏は跳ね起きた。後を追うようにして鈴も体を起こす。
 声がした方を見ると、先ほどまで寝ていたはずの箒がベッドから体を起こしこちらを――正確には鈴をにらんでいた。

「ほッ、箒!?」
「落ち着け、今はまだ決断すべき時じゃない」
「…………何よあんた」
「一夏の『幼なじみ』、だ」

 互いに敵意を孕んだ視線が交錯する。

「……一夏、その件については以前聞いた。お前の悲しみは計り知れないだろう」
「箒……」
「だが何を守るのか取捨選択するのは、今ではない……その女は自分を選んでもらいたいだけだ」

 そう言って箒は、そっと一夏の頭を抱いた。豊満な膨らみが押し付けられ思わず一夏は赤面した。

「な、何してッ」
「今日はもう疲れただろう? もう寝るんだ、一夏。疲れをゆっくりととって明日に備えればいい……」
「ちょ、ちょっと、あたしの話はまだ終わって」
「お前は疲れきった一夏を寝かせないのか?」
「ッ……」

 ベッドに滑り込みながら、箒は一夏を挟んで正面から鈴をにらんだ。
 竜虎相対す――そんな言葉がしっくりくるほどいがみ合うほぼ初対面の二人。挟まれた一夏はたまったものではない。

「何、さっきからケンカ売ってんの? 闘るの?」
「貴様こそ先ほどから私の一夏とイチャイチャイチャイチャしおって、何様だ?」
「……あの、ご両人、わたくしめの精神安定上の観点よりこれ以上のいがみ合いはよろしくないというか」
「「あ゛ぁ?」」

 何でもございませーんッ! と叫ぶ一夏は、案外ISなど関係なしに男は女の尻に敷かれる運命にあるのやもしれんと思った。

 要するに、現実逃避であった。

(今日は疲れた、もう寝る……俺、夢の世界で美人のネコミミナースさんに癒されるんだ)

 美少女二人と同じベッドで寝ておきながらナニ言ってんだコイツ。

(ああ早く寝よう……布団が柔らかいや……)
「それより、さっきあんた蘭のこと前聞いたとか言ってなかった?」
「ああ、言ったがどうかしたのか?」
(もう、寝る……)
「……あたしが知らなかったのに、何であんたは知ってんのよ」
「さぁな、いわゆる……信頼の差というか、関係の深さというかだな」
(ねる…………)
「むかつくむかつくむかつくむかつくむかつく。一夏が信頼するのはあたしだけで十分なのよッ」
「何、そう羨ましがるな。私とて鈴音さんよりはるかに深く親密な関係でありながら、彼女であったなど知らなかったのだ」
(…………ね……)
「「……貴様/あんたコロスッッ!」」

(ね、寝れるかァァーーッ!)

 ……ちなみに一夏が寝れないのは二人の口論ではなく、二人がヒートアップする度に自身の体を(無意識下のうちに)一夏へ擦り付けるようにもぞもぞ動くからであって、二人の口論なんざ聞いちゃいない。
 ヒロインの好意が如実に表れているセリフに限って聞き逃すのは鈍感系主人公(笑)の得意技である。

(ちっさいのとたわわなのが両側からッ! し、静まれ俺の魂! あとマイ雪片弐型は冗談抜きで物理的に静まってください、いやマジで)

 必死こいて股間の暴走を止めようとする一夏。
 結局箒や鈴が眠気に負けて寝てしまった後も、彼だけ悶々と寝れない時間が続くのだった。








 そして最終的に一夏も寝てしまった後。







『いつまでタヌキっているつもりですか、ご両人』
「……誰だ?」
「『白式』よ。戦闘中になんか急に喋りだしたの」

 一夏の腕から聞こえた機械的な声に、箒は驚いた。まさか気づかない間にサード幼なじみでも囲っていたのか――なんて疑念が浮かんだのは、一夏の日ごろの行いのせいに違いない。

『私はイチカのためだけに創り出された存在てす。あなた方とは付き合いの長さも段違いです』
「こいつ、今日来た新参者のクセに何言ってんの?」
「というか一夏ついに機械までオトしたのか……」

 ひどく複雑な気持ちになる箒と、八重歯をむき出しにしてガントレットを威嚇する鈴。
 すると『白式』は、溜めも焦らしも何もなしに、





「いいえ、私はイチカと篠ノ之箒と同時期に接触し、凰鈴音と同時期に彼と隔離されました。新参者などではありません」





 部屋に沈黙が降りた。

「……あんた、」
「まさかお前、」
『恐らくあなた方の考えで大体正解のはずです』

 そこで『白式』は一拍おいて、



『私は彼の力となることが使命であり存在意義です。勝利を求められれば敗北を斬り捨てます』



 ――勘で、悲しいことにスイッチをオフにできない女の勘で、箒と鈴は気づいた。気づいてしまった。

(……本気だな)
(……本気みたいね)

 彼女達は『白式』のことを知っていた。なるほど、確かに自分より付き合いは長いだろうと認めるほどには、知っていた。

「……ほう。機械如きが私に楯突くか」
「いい度胸じゃない鉄屑、やり合おうっての?」
『私とイチカの障害になるなら、もれなく『零落白夜』で両断して差し上げます』

 見えない火花が一夏の上で散った。心なしか一夏が少し寝苦しそうにし始めたのは、きっと淑女(一名AI含む)諸君の見えないプレッシャーのせいであろうか。

 彼の心労は収まる気配をなかなか見せない。















 それから3日ほどおいて。
 一年一組は全員、教室に集まっていた。
 否、一夏の代わりに鈴が入り込んでいるが――教室の空気はどこか違った。

 先日のアリーナでの戦闘では死者重傷者なし軽傷者が一組の生徒に三人。全体で計六名。

 まあ、一番の重傷者は一組の副担任だったのはおいといて。

 負傷した三人も、腕を包帯で吊したりあちこちに湿布を貼り付けたりして登校していた。
 彼女達も含めて、一夏のいない教室はどことなく違う。

「はーい、では皆さん席についてくださーい」

 ガラリとドアを開けて、真耶が元気良く入ってきた。松葉杖をついて、危なげない動きで教壇に上がる。

「一夏君は今日は来ませーん。織斑先生と倉持技研に行ってくるそうです」

 瞬間、教室が静かになる。

 今までは、一夏がいない時でもクラスは活気を保っていた。
 しかし件の戦闘後、明らかに何かが変わったの真耶は気づいた。むしろ心当たりしかない。

(なるほど)

 合点がいく。
 そうですかそうですか、と真耶は一人頷いた。

「あ、あの、先生……?」
「はい? ああ、いえいえ」

 教壇に立って無言でにやついている真耶を不審に思い、相川清香は思わず声をかけた。
 すっかり変わり映えしたクラスを見回して、真耶は微笑む。





「――これで相川さんも、恋する乙女の仲間入りですね」





 相川の表情筋が静止した。
 真耶は微笑ましいものを見るような視線で、

「一夏君カッコよかったですよねー。絶体絶命のピンチに颯爽と駆けつけてくるなんて、もうベストロマンチックシチュエーションですもん」
「あ、いや、先生、」

 真耶の言わんとしていることがやっと分かったのか、相川は顔を真っ赤にしてどもった。

「隠さなくてもいいんですよ? あの時一夏君に『本気になってしまった』人、または『惚れ直した』人は多いでしょうし」
「わ、わた、違ッ」
「クラスの……全員ですかね、一夏君の席を見る目が今までと違う子は。恋愛経験がなくても人生経験があればそういうことに機敏に反応できるようになりますから」

 誰も、何も言えなかった。
 箒やセシリア、さりげに残っていた鈴も、完全に『惚れ直していた』というのに。

 クラス全員が、今や織斑一夏の虜となっていた。

 一人残らず頬を赤らめている教室で、真耶はいかにも大人っぽく頷いて、





「――まあ私も皆さんに負けないようにしなければなりませんね!!」





『『『……………………ゑ??』』』

 空気が、凍った。

「皆さん、一夏君がヒーローに見えたでしょう? 確かにみんな彼に救われました。ただ私と相川さんは別格です。だって……直に、彼自身の手で、文字通り救い出されたんですから」

 その分熱の熱さと深さは段違いですよ、と真耶は耳を赤くして、そう告げた。

 なんと、なんということなのだろう。
 思わず箒は天を仰いだ。

(あの馬鹿野郎……ッ!)

 これ以上増やしてどうするんだ。一夏王国でも立ち上げるつもりか。
 正直、セシリアと鈴の時点でキャパシティオーバーなのだ。ギブ。マジギブ。だがいくらタップしてもレフリーが試合を続行させる。敵は増える一方。
 教壇の新たな敵(爆乳・女教師・ドジっ子属性持ち)やクラス中のライバルを見渡し、箒は頭を抱えた。





 胸に、ちくりと、胸に小さなトゲが突き立った。ような気がした、























「マジ疲れた。本気で疲れた。寝るわ」
『まあ私も正式に起動してから二度目の戦闘相手が『世界最強(ブリュンヒルデ)』になるとは想いませんでした』
「無理ゲーってレベルじゃねえよ。バグだバグ」

 その夜、倉持技研で『白式』の点検・整備を終え、一夏はふらふらだった。
 行き帰りのリニアトレインは実姉と2人っきりだったので静か(途中からお互い音楽プレーヤーのイヤホンを耳に差していた。なぜかお揃いだったが一夏はよく見ていない)だったし、技研では千冬とガチバトルを繰り広げたり、気づかないうちにまた姉と2人っきりで街中に出かけたりと色々忙しかった。お揃いのシルアクを買わされたのは少々痛かった。


 オイ、死ねよリア充。


『実姉なら安心だと簡易点検(ショートチェック)・自己修復状態(スリープモード)にしていた私が愚かでした。まさかあそこまでがっついてくるとは……』
「ああ、弟にたかるってどんだけこのアクセ欲しかったんだって話だよな」
『死になさいイチカ』
「どうした唐突にッ!?」

 突然の罵倒に一夏は面食らった。
 姉への(かなり表面的な)義理で、本日購入のシルバーブレスレットは右手首に装着されている。本人は嫌々といった具合ではあるが、もう一方の世界最強は今頃自室で狂喜乱舞していることだろう。

『いえ。……姉弟の仲がよくない、とお聞きしていたので』
「……箒と鈴か」
『本人たちの要望で匿名とさせていただきます』
「いいや、別に責めようとしてるワケじゃないさ」

 そもそも一夏の存ぜぬ所で『白式』と会話しているとすれば、昨晩(まあ日付はまだ変わっていないが)一夏が寝てしまった後のベッドの上しかないだろう。
 一夏は苦笑しながら続けた。

「それに、前ならこうはいかなかった。多分、ゆとりができたから、あんな落ち着いて姉さんと話せたんだろうな」
『……それは』


「ハズいケド、やっぱ鈴には感謝してもしきれねえな。アイツのおかげで世界が変わった」


 恥ずかしそうに笑い、一夏は自室のドアノブに手をかけた。
 不機嫌(らしき状態)だった『白式』は、瞬間的に警告する。

『ドア越しに熱源反応。イチカ、『白式(わたし)』の展開を推奨します』
「……いや、どうせクラスの娘だろ、それ」

 笑って受け流し、一夏は扉を開ける。


 そこにいたのは、厳密に言えばクラスメイトではなかった。



「ぼ、ぼんじゅ~る。あーゆーえいんしゅばるつぇりったぁー?」
「お前言語が大陸を超えて錯綜してんぞオイ」



 なんか顔を真っ赤にしたセカンド幼なじみが、突っ立っていた。


 というか多作者様の作品をひらがなにして流用するんじゃありません、と一夏は叱りつける。

「あ、いや、あたし」
「箒は部活か……おっ、緑茶淹れてんじゃん。ひょっとして待ってた?」
「う、うん。や、そんな、世界が変わっただなんて……」

 俯いて何やらぶつぶつ呟く鈴に一夏は首をひねった。
 ベッドに腰掛け緑茶を一口。そして一息。

「ふはぁ~。やっぱ落ち着くなー」

 ベッドに横になりしばし『たれいちか』状態となる。別に萌えないが。

「ねぇ、一夏」
「あン?」

 鈴は『たれいちか』の向かいに座ると、





「こッ、こ、こここッ、子供作ろッ?」





『たれいちか』状態終了。状況開始。





「……ごめん、鈴、何言ってんの?」
「だだだッ、だから、子作りしよッ?」
「あははははは、聞き間違いかなァー。なんか変な日本語四文字が聞こえ」
「子作り、しよ!」
「聞き間違いじゃなかったァァァーーーーーーーー!!?」

 思わず絶叫した。このツインテ何言ってんだ。

「い、いや、急に何を」
「だって、クラスの娘が、あたしはもっと積極的に迫った方がいいって!」
「極端すぎんだろオイ! お前には超音速飛行か鈍行列車の旅しかできねぇのか!?」
「あたしだって快速ぐらい乗るわよ!」
「そこじゃねえ! この会話の場合着目すべき箇所はそこじゃねえッ!」

 頭を抱え一夏はシャウトする。
 昔からの付き合いのこの中華娘は、以前から今みたく暴走することがままあった。

(だからって、こんな暴走は……)
「いいから作らせなさい! あたしケガしながら告白したのよ!?」
「いや色々間違ってるから! そもそも俺、誰かと付き合うとかそんなのまだ考えられなッ……」
「付き合うんじゃなくて、子供作ろうって言ってんの!!」
「自分が何言ってんのか本当に分かってんの!? 助けて『白式』!」
『先の戦闘並びに先ほどの全装甲展開待機(スタンバイ・モード)によりエネルギーが不足しており、AIプログラムを起動できません』
「ハイ詰みました!」

 ていうかさっき『白式』ガチで展開しようとしてたのか、とわめきながら一夏はドアまで避難。
 鈴は追撃すべくベッドを蹴って追うが、一夏は部屋の外へ素早く脱出しそのままドアを閉め背で押さえる。

「ハァッ、ハァッ、た、助かった……ここまでくればもう安全――」
「……一夏? そんな所で何をしているんだ?」
「――の、はず……」

 独り言がしぼんでいく。なんとも間が悪い。

「ああそうだ一夏。私の荷物がなかっただろう?」
「えッ?」
「引っ越しだそうだ」

 表情を曇らせながら箒は言った。

「ま、まあ、教室で会うことになるさ」

 背中越しにドンドン! とドアをぶっ叩く音が聞こえる。「開けなさーい!」なんて声がしても無視。
 しかし、と一夏は箒を見つめる。
 鈴が起こしている騒音に反応しない――というか、まず耳に届いていないのか。

「いッ、一夏」
「?」
「来月の学年別個人トーナメントなんだが」
「ああ、あの自由参加だか強制参加なんだかよく分からんヤツか」

 箒は顔を少し赤くして、目は一夏を見ていない。そこで一夏は、はたと気づいた。部屋の中が静かになっている。
 ヤバい、あの中華娘は一旦沈んだ後の爆発が一番デカい、と一夏は青ざめた。
 そんな彼の心労ことは露知らず。

「あのトーナメントで、もし優勝したら――」
「なんでよ一夏、なんで――」

 二人の恋する乙女は、同時に、







「――き、キスしてくれないか?」
「――どうしてあたしと子作りしてくれないのよォォォォッ!!」
「\(^ο^)/」







 一拍の沈黙の後。

「「…………えッ?」」

 もうどうにでも、野にも山にも何にでもなっちまえ、と一夏は匙を投げるのだった。



[29861] EX2-1.おせおせちふゆさん
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/12/03 01:38
「ひんにゅうが好きでも いいじゃないか

 だって おっぱいだもの

 いちか」



「ぶち殺すぞ貴様」
「いやマジ申し訳ありませんでした」












 Infinite Stratos -white killing-

 EX2-1:おせおせちふゆさん










 織斑一夏は不機嫌だった。
 寝不足なところを苦手としている姉に引っ張られ一日を費やし『白式』の整備に当てられるのだという。確かに自らの身にまとう鎧である以上、一夏自身整備に立ち会いたい気持ちはあるが――わざわざ私服を着込んで外出するのに、リニアトレインのボックス席に自分と世界最強の二人だけというのはいささか盛り上がらない。

 空気を払拭するため放った渾身の下ネタは一刀両断された。ここで下ネタをチョイスする神経はイカれているとしか言いようがないが。

 ひとまず一夏の格好は半袖のフルジップパーカを前開きにして、インナーのプリントTシャツで爽快感演出! と雑誌で紹介されていたのをそれっぽく真似てみただけだが、まあそれなりにキマってはいる。
 一方千冬はめずらしく色物のスカートをはいていた。つややかな生肌を露出しつつ、上はノースリーブの白いシャツにピンクのベストを重ねている。どう見ても一夏と同年代、いいとこで2~3上にしか見えない。

(『俺の姉がこんなに美人なはずがない』……か)

 携帯で見ていたCMで紹介された書籍名を見やり、顔をしかめる。

『姉とテストとパワードスーツ』
『あねきゅーぶ!』
『俺が姉さんを助けすぎて世界がリトル開闢(ラグナノク)!?』
『とある実姉の誘惑日記(ハニートラップ)』

(オイ時代姉萌えを求めすぎだろう)

 腕につけた『白式』は簡易点検(ショートチェック)・自己修復状態(スリープモード)とやらでうんともすんとも言わなくなった。
 状況を把握し、一夏は次の行動を迅速に決定する。


 即ち、現実逃避。

 ポケットから中学時代より愛用している携帯音楽プレーヤー(8GB)を取り出しイヤホンを耳に押し込んだ。周りの音が聞こえない程度まで音量を上げる。
 と、それを見て千冬も懐に手を入れて――


 ――まったく同じ機種・色の音楽プレーヤーを取り出した。


 世界最強の観察力を舐めるな、と千冬は内心胸を張る。
 まさか登下校中の一夏を長遠距離狙撃ライフルのスコープ越し(不審者撃退のため実弾装填済)に観察し、音楽プレーヤーなどの小物を一通り被らせているとは誰も夢にも思うまい。思いたくもないが。

 しかし一夏はそもそも千冬の方を見ない。意識的に見ようとしない。

(あ、あれ? 予定では

『姉さん、あれッ、それ俺のと同じじゃない?』

 ↓

『あ、ああ。たまたま安く売っていたからな。なかなか使い勝手もいいし』

 ↓

『ん、俺もこの機種は『好きだよ』(イケメンヴォイス)。ていうか姉さんは16GBモデルかー。俺の8GBだからそろそろ埋ま……姉さん? ちょッ、顔真っ赤で何でそんな幸せそうな表情でぶっ倒れてるの!? 姉さァーん!? こ、ここは弟として俺が人工呼吸をするしか……!!』

 ってなる予定だったというのに!! なんで無視なんだ!? もしかして私、一人相撲?)

 妄想乙、そんな三文字が頭をよぎり、千冬は思わず涙目になった。
















 倉持技研到着後、現在絶賛放置プレイ中であった。
 白衣を着込んだ男性が、準備が整うまで待っていてほしいと言い残し廊下の奥に消えて早一時間。

「……遅いな」

千冬のつぶやきを一夏は聞き流す。

「……ジュースいるか?」
「……別にいいです」

 そうか、と会釈し千冬は自販機まで歩いていく。
 千冬が離れてから『白式』は慎重に声を発した。

『……なんだか、冷めていませんか?』
「ああ、いや。これでも今までに比べたら大分マシだと思う」

 マシになった理由は、やはり二人目の幼なじみの少女がくれた言葉のおかげだろうか。

「まあ……姉さんの方はあまんまり変わってないケドさ」

 そう、千冬の態度はあのような事件を挟もうとも変わりない。どことなくぎこちなさが抜けず、変に緊張しているかのよう。
 ついでに言えば一夏は知る由もないことだが内心もまったく変わりない。






(一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人一夏と二人)





 そう、千冬はいつもこんな感じで内心テンパりまくりである。
 自販機の前で現在の状況を整理し、顔を真っ赤にさせてボタンを連打(金銭未投入)している乙女がいることに、一夏は気づかない。

(どうしよう話したいことがありすぎて……いやそもそも話聞いてくれるのか? さっきから素っ気ないというか。まあ無視がない分はマシと考えるべきか)

 ボタンを25回/秒で連打しながら千冬は思考を巡らせる。すでにボタンが取れかかっているのは気のせいだ。

(一夏は私のことが苦手もしくは……嫌い。これは確定事項だ)

 嫌い、のくだりで涙ぐむ世界最強(乙女)。
 あまり想像したくない――というか合致してほしくないことではある。

(私にできるコトはこれ以上評価を下げるような真似をしないよう慎むこと。あいつが私を嫌っている理由は……)

 そこで指の動きが止まった。



 ――まあ、あれが弟さん?

 ――お姉さんはきっちりしてるのに、なんだかパッとしないわねぇ。

 ――本当に血が繋がってるのかしら。



 一夏は良くも悪くも『一般的』な部類のスペックを持っている。
 しかしその一方で実姉の千冬は、『一般的』というレベルからは逸脱した領域にいた。

 その二人が比べられたらどうなるか。そして第1回モンド・グロッソにて千冬の名が世界中に轟けばどうなるか。





 現在の織斑一夏の根源たる『嫉妬』は、この瞬間に誕生した。

 ――否。

 以前より存在していた『羨望』が、『嫉妬』にすり替わったのだ。





(……私が目立たなければそれでいい。一夏には色々と迷惑をかけていたし、教諭の引退だって考えていたんだ。一夏のためなら何だってするさ……とにかく、今日は大人しくしよう。ISを操縦するとかは間違ってもしないようにしなければ)

 決意を新たに、千冬はやっと硬貨を投入口に差し込んだ。
 すでにボタンは六個が死んでいたが彼女は気にしない。珍しく甘めのカフェオレを買い、一夏の下へ戻り出す。






「織斑さんッ、『白式』の戦闘データを得るためどうか弟さんと戦っていただけませんか?」
「殺すぞキサマ」






 決意は数分後に散った。

















「オイ何の冗談だよこれ」
『敵性反応確認、各データより戦力を予測……当方の勝率は0,00023%です』

 一夏は思わず自分の顔が引きつるのを感じた。ここはあまりの低さを嘆くべきか、それともゼロでないことを誇るべきか分からない。
 倉持技研の模擬戦用アリーナはIS学園ほど広くなく、やや狭苦しかった。
 空中にて『白式』を展開する一夏の正面には、いかにも急拵えといった感じの、あちこちにカラフルなコードが露出したISが浮かんでいた。腰から首にかけてが大胆に露出し、腕や脚部には白い装甲。顔には逆三角形のバイザーが装着されている。

『申し訳ありません、『イザナミ』の調整が遅れておりまして……ハイパーセンサーの調整が間に合わず、そのバイザーで活動補助を』
「いいから早く始めろ」
『はッ、注意点として装備されているブレードは』
「 早 く 始 め ろ 」

 私はあまり我慢強い性分ではない――と、修羅こと千冬は付け加えてそう言った。いやおっしゃった。

『ハイただいまより模擬戦開始つかまつりまするすrーーッ!!』
「なんか言語機能が破壊されかかってないかオイ!?」

 研究員の日本語(というか人類の言語)にならない悲鳴を合図にして、ブザーが鳴る。一夏は反射的にツッコミを入れながらも『雪片弐型』を展開。

 微妙に一夏が嫌そうな表情をしたのはここだけの話である。何が悲しくて嫌いな実姉のお古を使わなくてはならないのか、と一夏は『一次移行(ファースト・シフト)』以来内心で再三に渡って愚痴をこぼしていた。

 切りかかる一夏をいなし、千冬もリストアップされた武装から展開するものを選ぼうとする。

(武器は……ッ)

 表示されたのは『近接戦闘用ブレード』――続いて『近接戦闘用ブレード』『近接戦闘用ブレード』『近接戦闘用ブレード』――さらに『近接戦闘用ブレード』――そして『近接戦闘用ブレード』。




「全部同じじゃないかァァァァーーーー!!!」




 小説始まって以来初の千冬のツッコミだった。
 ちなみに計六本の刀が『イザナミ』には備わっている。

「ね、姉さん何にキレてんだ……?」
『予測不可。戦闘を続行します』

 千冬めがけ一夏が『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』で距離を詰める。
 それを回避し『白式』の背中に蹴りを叩き込みながら、千冬は両手にブレードを展開した。

「ああ分かったやってやろうこのヒヨッコ!」
「アンタがやる気になったら試合にならないじゃねぇかァァァ」

 織斑と織斑が、激突する。
 一夏の逆袈裟切りを『雪片弐型』の刀身の腹を蹴り飛ばして弾くと、反撃に左の刃を地と水平に振るった。
 咄嗟の反応でバックブーストした一夏めがけ今度は右の刀の切っ先を突き出す。

「…………ッ!?」

 顔面に向かってのそれを僅かに首を傾けて回避。千冬の体はそのまま勢いあまって前進し、『白式』に極限まで密着した。ちょうど互いに顔が真横にある位置関係だ。

「――この!!」
「――食らうか!!」

 一夏はそのまま前方にブースト、通り過ぎ様に背中を切りつけようとした。

 しかし千冬はその上をいく。

 見向きもせずに真後ろからの斬撃を――正確に言えばハイパーセンサーを活用しての芸当であるが――弾き、隙だらけの一夏の背中に左の刀を投擲。直撃したのを確認すらせずに、余っていたブレードを顕現させた。

『被ダメージ62。戦闘続行可能数値です』
「さすがに通らないか……!」

 かなりトリッキーな攻撃ではあったが、世界最強(ブリュンヒルデ)には届かなかった。一方的にダメージを受けただけだ。
 自分と実姉の差を改めて思い知らされ、一夏は歯噛みする。

(いつかは、絶対に……この人を……ッ!!)
『敵機加速。攻撃、来ます!』
「おおおォォォッ!!」

 急加速と急旋回を繰り返し左右の二連撃をかろうじて捌く。

(確かに大番狂わせ(ジャイアント・キリング)だろうさ! けれどッ)


「勝つ!!」


 ――その二文字の前に『いつか』をつけてでも!

 かつて原初のISたる『白騎士』を(もっとも一夏は知る由もないことだが)乗り回した彼女を、倒す。



 最強を――『白』を、




 倒す。





 ジャイアント・キリングならぬ、【ホワイト・キリング】。





「――ッ」

 千冬の表情が唖然としたものになる。内心の驚愕にもかかわらず戦闘を続行できているのはさすがといったところか。

『……随分大きく出ましたね。自信の程は?』
「ねェよンなモン。だからこそ宣言する意味があるんだ。不可能だって嘲笑うヤツは、鼻を明かしてやろうと思える。支えてくれるヤツがいたら、時々そいつに寄りかかれる」
『了解いたしました。ならば、後者はすでに存在することはお分かりでしょう?』
「ああ、鈴のことか?」
『メインスラスターの機能強制停止、絶対防護への出力をカット。『雪片弐型』を強制収納(クローズ)します』
「オイ待てェェェェ」
『冗談です……イチカのバカ』

 これだけの軽口を叩き合いながらも戦闘を続行できるのはさすがというか。
 まあ千冬が一夏の発言に戸惑っていたというのもあるのだが、『世界最強』を相手に一歩も引けを取らない戦闘を繰り広げる一夏に倉持技研の人々は感嘆の声を漏らしていた。
 女性職員の中には熱い視線をモニター内の一夏に送っている人もいる。

 現在の環境では、そもそも『何かにおいて活躍している男性』を生で見ること自体非常に稀だ。
 スポーツにおいても男性より女性の方が重視されている。テレビ中継されるのは女性プロ野球。男はローカルなスタジアムでぼそぼそとやっている。

 であるから、一夏のように真正面から『世界最強』に挑むような勇敢さ、言い換えればある種の無謀さすら絶滅危惧種となっていた。



 そしてそれは、時としてどうしようもないほどに女を惹きつける。
 引き合いに出せば、一年一組が良い例だろう。



「そうか……そうか。宣するかッ、『世界唯一の男子IS操縦者』!」

 刹那、千冬は目の前のISへの認識を変えた。
 空中で急停止、両手に展開されていたブレードをどちらも収納(クローズ)する。

「良いだろう、お前が望むならば壁になってやる。ただしッ」

 右手にのみ再び剣を展開。滞空する一夏に向けて切っ先を突きつけながら、千冬は残酷に告げた。



「『世界最強(わたし)』を超えた後、お前はどうする?」



「……ッ」

 一夏は言葉に詰まった。
 そうだ、一夏自身、何も未来のことなど見ていなかった。学園を出た後どうするのか。アテはあるのか、夢はあるのか。
 決して頭をよぎらなかった訳ではない。ただあまりにも漠然とし過ぎていて、答えが出そうになくて、考えるのをやめた。

 もう一年目の春の終わりが近づいてきているのに。

「だけどッ」

 一夏は自分を叱咤する。立ち止まるな、臆するなと。

「それでも、それでも! 姉さんを超えたいっていうこの気持ちに嘘偽りはねェ! こればっかしはあんたにだって否定する権利はないはずだッ!!」

 今度は、千冬が答えに窮する番だった。

「いいのかよ、ンな余裕しゃくしゃくで!」

 実際には一夏の攻撃は未だかすりもしていないのだが――けれども。それでも。
 曲げられない意地があるから。超えたい壁を今はっきりと認識できたから。

 剣を携えて、『オリムライチカ』は、加速する。



[29861] EX2-2.まけるなちふゆさん
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/12/08 01:10
 結果的に一夏は負けた。
 攻撃を直撃させた回数は二度。千冬との近接戦闘は過酷を極め、攻撃のタイミングすら僅かであった。

(最終的には削り殺されたっつーか……あれホントに第二世代なのかよ?)

 一応、先ほど千冬が駆っていたIS『イザナミ』は第二世代の純国産である。開発時期的には『打鉄』のプロトタイプと言うべきか。
 この『イザナミ』で得られたデータは実際に『打鉄』にフィードバックされており、日本のIS技術の先駆けとなった機体だ。
 しかしその貢献度に反し、『打鉄』の登場後は現役を退き分解され、現存する機体数は国内で一機のみ。倉持技研がちょうどそれを保持し、現環境においても通用するように調整したのだ。
 さしずめ、『イザナミ・突貫仕様(エマージェンシーモデル)』とでも言うべきか。

『先ほどの戦闘により著しくエネルギーを消費しました。得られたイチカの戦闘データ整理・反映も兼ねて一時的に簡易点検(ショートチェック)・自己修復状態(スリープモード)に入ります。その間戦術指南用人工知能は起動できません』
「あ、じゃあしばらくウチの方でも準備があるんで、本格的な調整は『彼女』が起動できるようになってからにしましょう」

 一夏は『白式』と研究員の言葉に相づちを打つ。

「ンじゃその間はどっかぶらついとくかな……せっかくの本土だし、服でも買うか? いやクラスのみんなにお土産でも」
「一夏」
「…………はい?」

 突然背後から名を呼ばれ、一夏は訝しげに振り返った。

「買い物に行くぞ。付き合え」
「……俺がですか?」
「お前以外の誰に頼めと?」
「……チッ…………りょーかいです」

 舌打ちの辺りで、声をかけた本人である千冬の精神的ライフが大幅に削られ、研究員のうち数名が『やめたげてよぉ!』と悲鳴を上げた。
 世界最強の痴態、各関係者の間ではもはや名物であったりする。

「どッ、どこに行く予定だったんだ?」

 血の涙を(比喩表現ではなくマジで)流しながら、千冬はおそるおそる問いを発した。
 返答は当然のことながら、

「あァ……別に、特に、決まってませんでしたよ」

 必要以上におざなり。
 携帯電話を取り出しながらいかにも面倒くさそうに返す。千冬の精神ライフがガリガリと削られる。研究員達の体もブルブルと震えだす。
 流れるような自然さで実姉を精神的に追い詰め、一夏はそそくさと歩いていく。捨て置かれた千冬はまるでカルガモの子のように、慌てて後を追い始めた。

(やっぱり仲良くとかできない気がする……ぐすん)

 そんな姉弟を、倉持技研の皆さんは嵐がやっと過ぎ去ったかのような表情で見送った。









 安全性確保の都合上、倉持技研は都市部から離れていた。ISの試作装備が突如爆発し民間人が巻き込まれた、なんて事になれば政治問題に発展しかねないからだ。
 よって町まで繰り出したころには、時刻は一時を少し過ぎたぐらいだった。

「……ひとまずは飯でも食べようか」
「うむ。しかし私はこの辺りにまったく詳しくない」

 服装に加え、行きがけの電車にて長髪を普段より高いところでアップにまとめた(要するにポニーテールだが)格好のため千冬はまだ未成年にも見えた。一夏と並んでいるとデートにしか見えないレベルである。
 彼女の言葉に、思わず一夏は辺りを見渡す。確かに一夏もこの地域にはなじみがない。
 どうりでかなかなか普段は見ないような光景が広がっていた。



『アキ君、街中で実姉を押し倒すだなんて、血縁者として恥ずかしいです』
『いや誤解だからね!? 事故だよ事故っていうか恥ずかしいなら肩から手を放してくれないかな!?』
『こういったコトはお家に帰った後、私の部屋で……』
『ダメだこのバカ姉! この場で僕の社会的地位を抹消する気マンマンだよ!』
『お家に帰ったら、アキ君の大好きなチャイナ服でプロレスごっこしてあげますからね?』
『もうヤだこのバカ姉ェーー!!』



 一夏は、ゆっくりと合掌した。
 弟(と思われる男性)は自分とは違い、姉に振り回されっ放しなのだろう。

「なるほど……チャイナ服、か……」
「待つんだ姉さん、その発言は不穏すぎて帰宅後が不安すぎる」

 まさか影響を受けたりしないよな、と一夏は顔をひきつらせた。
 帰りがけに姉がドンキに寄ろうとか言い出したらそれはフラグだ。一夏でさえもが本気でへし折りにかかるフラグだ。

 帰宅したら。

 憎んでいる実姉が。


 チャイナでお出迎え。


「オ゛ォェェェェェェ!!」
「一夏ッ!? いきなり嘔吐してどうした!?」
「精神がぁぁぁ!! 蝕まれる! チャイナが俺を蝕むぅぅぅぅ!!」

 路上で突如の嘔吐、からのシャウト。
 というかコイツ、血縁者のチャイナ服姿を想像して吐くとか失礼にもほどがある。

「だ、大丈夫。大丈夫だから……」
「そッ、そうか」

 どう考えても大丈夫ではないが、本人が足を震えさせながらもそう言っているのだ。男のやせ我慢、というヤツだろうかと千冬は完全に深読みした。いやあながち外れではないが、やせ我慢されているのが自分のチャイナ服姿と知れば羞恥と絶望のあまり彼女は迷うことなく首を吊るだろう。

「俺は……うん、適当にハンバーガーでも食うわ」
「そ、そうか。なら私はてりやきバーガーでも頼むか」
(いやメニューじゃなくてさ。そもそも何でついて来るコト確定なんだよ)
(ごはんごはんごはん! いちかと二人でごはん!)

 姉の心弟知らず。
 一夏と千冬はまるで両極端なテンションのまま、ハンバーガー店の自動ドアをくぐった。
















「……やっぱ夏だしベストでも買うか。ちょうど襟シャツ買ったばっかりだし」

 食事を終え、一夏は財布の中身を確認する。小銭がなかったため野口さんが身を挺して犠牲になったため、小銭が多くてポケットが膨れている。虎の子の樋口さんが出るにはまだ早い。

「一夏、あそこなんてどうだ?」
「……ショッピングモールっすか。まァ服屋もいくつかあるだろうし……」

 言われてみればいいかもしれない。千冬が指差したショッピングモールは最近できたもので、ちょうど開店セールも行われている。
 それに服選びに飽きても本屋やゲームセンターなどがあるし、地下の食品コーナーに行けば切れていた茶葉やお茶請け、インスタントコーヒーも買える。

「確かに良さそうすね。じゃあ行きましょうか」
「う、うむ」

 一夏はもう、姉がついて来るコトにはつっこまないことにしたらしい。

(つーか姉さん、今更だけど普段と違うな)

 本当に今更だったが、おめかしした千冬を見て一夏はようやく自分のおかれた状況を把握する。

(あれッ、これ、端から見たらデートじゃね?)
「? 一夏、どうした? なんだか挙動不審だが」
「あ、いえ。……知り合いに見られでもしたら大変だなって」





『い、ちか……? テスト休みで遊びに繰り出した俺を出迎えたのが、見知らぬ娘とデートしている一夏だとォォォォォォォ!?』
『お兄、あれはどういうことなの? なんで一夏さんが一夏さんが一夏さんが一夏さんが一夏さんが一夏さんが一夏さんが一夏さんが私の一夏さんがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』





「ずいぶん残念極まりねえシャウトだなオイ!」

 遠くから聞こえる二つの絶叫に一夏は頭を抱え、千冬は微妙に顔を曇らせた。
 声の主であろう、雑踏の中に見える赤髪の男女――長髪の男性と、髪をアップにまとめた車椅子の少女。

 彼女――五反田蘭を見た瞬間、一夏の日常は終わってしまった。

「一夏……」
「大丈夫」

 姉の心配そうな声色に応え。

「あ、オイ、一夏」
「大丈夫!」

 親友の戸惑いの言葉に返し。


「あ……いち、かさん……」
「よッ、蘭。久しぶりだな」


 車椅子の少女の真正面に立ち、一夏は軽く挨拶をかけた。

「あ、あの」
「なんだ、外でナニしてんだ? ひょっとして弾とデートとか」
「何で私が一夏さん以外の男とデートするんですかッ!!」
「…………」
「…………あッ」

 想定外の返事に、一夏は面食らった。耳が熱くなるのが分かる。蘭も自身が叫んだ内容を改めて確認し、顔を羞恥に赤く染めていた。
 弾のどこかホッとしたような表情と、千冬の射抜くような視線が一夏の視界に入る。それと同時、否が応でも、彼女の足代わりとなっている車椅子も目についた。

「学校はどうだ?」
「生徒会長になれるなんて全然考えてませんでしたから……みんな優しくしてくれて、充実してます」

 そっか、と一夏は朗らかに笑った。蘭は私立聖マリアンヌ女学園中等部初の身体的障害を抱えた生徒会長となったのだ。
 一夏につられ蘭も笑みを浮かべる。確かに彼女は今、笑顔を見せた。





 彼女の笑顔を見る度に。
 一夏に重くのしかかる重石があるとも知らず。
 その笑顔こそが一夏を追い詰める最悪の刃とも知らずに。





「……すまない、今日は時間が迫っていてな」

 千冬は顔色の優れない一夏の手を取り、一礼した。

「あッ、あの……アナタ、一体」
「オイ蘭、よく見たらこのヒト千冬さんだわ」

 絶句。
 数秒フリーズした後、やっと再起動した蘭は思わず叫び声を上げた。

「えええええッ!? 千冬さんが、あの自立生活スキルゼロでぐうたらで化粧嫌いで、整える必要がないからなんて身も蓋もない理由で髪を一つに束ねていた千冬さんが、おめかししてるゥゥゥゥゥ!?」
「いや蘭どう考えても言い過ぎだからな!?」
「……さすがに泣くぞオイ」

 顔を引きつらせる一夏と弾。
 女性としてあんまりな扱いに、人目をはばからず千冬は涙した。



[29861] EX2-3.あっぱれちふゆさん
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/12/13 02:18
「なあ一夏」

 名を呼ばれ、クレープ片手に一夏は振り向いた。

「どうかしたんすか、姉さん」
「いや……お前、中学生を餌付けとは恐れ入る」
「一夏、正直見てるだけで胸焼けがするからヤメロ」

 近くの公園でたまたま営業していたクレープ屋さん。
 そこで計四つのクレープを購入後、千冬と弾は目の前で繰り広げられる『すーぱーすうぃーてぃーたいむ』にきりきり舞いしていた。クレープ屋の店長もまた、開店以来最悪の胸焼けを起こしている。

「つっても、蘭と鈴とはいっつもしてんだけどな……」

 一夏が買ったのはストロベリー。それは彼の好きな味というわけではなく、ただ蘭が食べるためのものだ。
 対して蘭が手にしているのはチョコ&バナナーーすなわち一夏の好み。

「ほい、あーん」
「むぐむぐ。おうぃふぃれす」
「はははっ、ちゃんと飲み込んでから喋れって」

 笑う一夏の指摘に、蘭は顔を赤くした。恥ずかしかったのか一夏の笑顔に見惚れてしまったのかは推して知るべし。
 仕返しとばかりに蘭はチョコ&バナナを一夏に差し出す。車椅子に座った状態のため、一夏は彼女と頭の高さを合わせるように膝をついた。

「あーん、です」
「……」

 一夏は無言でクレープを口にした。
端から見れば恋人同士の、微笑ましいやり取りに見えるだろう。
 


(……蘭は、俺と同じ目線で話せない。俺と同じ高さから物を見れない。俺と同じ速さで走れない)



 その、まるでありとあらゆる激情に蓋をかぶせるような顔に。

 その、素顔をまったく隠してしまう能面のような表情に。


 千冬と弾は、気づいた。


 もとより蘭のケガは、一夏が誘拐された時のものだ。

 二人の視線が交錯する。
 不安定な一夏を見守り続けた彼女と支え続けた彼だから、その意志は通じる。

「……そういや一夏、千冬さんとデート途中じゃなかったのか?」

 抹茶味のクレープを頬張りながら弾が素朴な質問『のように』尋ねる。

「デートなどではないさ。少し買い物に付き合ってもらっていただけだ」

 対してマンゴー味の千冬もさらりと返し、『さり気なく』一夏の腕をとった。

「あッ……」
「行こう」

 急かすようにして千冬は一夏と蘭を引き離した。

「蘭、俺ッ」
「あーそうだそうだ蘭、ちょっと服買いたかったんだ。付き合ってくれよ」
「ちょっ、お兄?」
「なァ一夏、今日んトコは悪ィがお開きにしないか? お前の方も時間あんましないみたいだしさ」

 実際には、ただ一夏と蘭を引き離したいだけだった。
 一夏は彼女を見る度自責の念にとらわれる。傷を負ったかつての大切な人は、彼にとっての絶望になった。
 今でも彼女は過去と同様に甘えてくる。



 それが過去に縋っていることぐらい、誰でも分かることだ。



 そんな関係を認めるわけにはいかない。認められるはずもない。

((すまない、一夏))

 そんな二人の心境など知らず、一夏は、





「俺ッ、絶対に守るから!!」





 ――――嗚呼。

 その宣言の尊さは、総てを知る者のみが感じうる。

 千冬も、弾も、その言葉を意味が分かるからこそ、弾かれるように一夏を見た。

「変われる気がするんだ。俺はあそこで、IS学園で変わるコトができる。強くなれる。もう大切な人も傷つけさせやしない!」

 その双眸は決意の炎を灯し。

「今はまだ俺、弱いから……だから、取りこぼしそうになる。ケド、いつかは、姉さんより強い男になる。それで、手に抱え込んだ物全部守りきれるような男になるから。だから、俺、」



 ――今度は君だって守ってみせる。



 言葉にせずとも分かる想い。それは矢となって蘭の胸を貫いた。

「……一夏さん」
「待ってて。約束するから――俺は負けない」

 すでに守りきれなかった者へあえて贈る言葉。
 一夏の決意は、その真っ直ぐな眼差しは、かつての彼からは想像もできないものである。
 何が彼をここまで変えたのか……蘭は思い当たる節があって、少し寂しくなった。

(鈴、か)

 最強の恋敵にして、最高の親友。

「かなわないなぁ」
「??」
「ホント、かなわないんですよ、私。いつも足引っ張ってばかりで、アイツがいなかったら正直どうしようもなかったと思うんです」

 だから、と蘭は続け。




「守ってあげてください――みんなみんな。一夏さんが守りたいと思う大切な人たちを。

 叶えたい願いがあるなら膝をついちゃダメです。

 飛び越えたい壁があるなら立ち止まっちゃダメです。

 ずっとバカみたいに加速して、ルールとかすっ飛ばしてレールとか無視して、誰より何より速く駆け抜けるのが――それが、私の好きになった一夏さんですから」



 そこに、過去に縋る少女はいなかった。
 一夏が鈴の言葉で何かを振り切ったように。
 彼女もまた、一夏の言葉で何かを振り切ったのだ。

「次会う時は、一夏さんがフったコト後悔するぐらいイイ女になっておきますから。覚悟しておいてくださいね?」
「……バカ、もう十分、イイ女だよ」
「…………そんなコト私も言われたことない」

 何か千冬が呟いた気がしたが気のせいである。
 一夏は蘭と笑い合い、この幸せをかみしめた。
















「…………」

 五反田兄妹と別れて数十分後。ショッピングモールの洋服店に一夏と千冬はいた。
 千冬の機嫌は最悪だった――それも当然といえる。放置くらった末に一夏は蘭とあのイチャつきっぷりだ。むしろ怒らない方がおかしい。

(おっ、このネックレスいい。いくらだろ……3680円……人生って何なんだろうな……)

 張本人たる一夏はネックレスの値段に絶望したりしていた。実姉はガン放置。

「い、一夏ッ」

 このままでは終われない。そんな思考と共に千冬は手元のブレスレットを手に取った。二つセットで、ぶら下がっているオブジェクトがそれぞれのをぴったりくっつけると星形になる。
 いわゆるペアアクセサリーだ。

「これを買ってくれないか」
「……はァッ!? 俺が買うんですか!?」
「お、男が買うものだろう、こういうのは」
「いや姉弟でそれはちょっと違……つーかペアっすか?」

 あからさまに嫌そうな表情で一夏は銀色のペアアクセサリーを見た。
 いちいちリアクションが千冬の心をえぐっていくのは、実際にはそこまで計算されたものではないから困る。

(まァ……1750円か。買えなくはないな。ペアでこの価格はケッコー安いし)

 しかしペアである。
 ブレスレット――まあ学園の校則で禁止されている訳ではない(そもそも制服の改造が認められている時点で通常の学校とは一線を画してあるのだが)ので一夏はその気になれば平日の授業にもつけていける。

だが千冬はどうするのか。

(まあ、いい)

 デザインは気に入った。金もある。買わない道理は、目の前の姉以外にはない。
 なら今回は目をつむろう。そう言って一夏の中の、羨望や嫉妬を詰め込んだ『壺』は引っ込んだ。

「買ってくるよ」
「えッ??」
「買ってくるっつってんです。ほら」

 言って一夏はブレスレットをひったくるようにして取った。
 そうなると、千冬としてはまさに予想外。元々当たって砕けて野垂れ死ぬ覚悟だっただけに、吉報を通り越してもはや謎。
 そそくさとレジに行ってしまった一夏の後ろ姿を見送り、千冬は辺りに人がいないことを確認して。





「やぁんもう千冬ちゃん大勝利ィィーーーーーー!!!」





 どこかで聞いたことのある叫び声を上げて、悶絶していた。



[29861] 13.ニューカマー
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/12/16 01:57
「今日はナント! 転入生を二人紹介します!」
『『『そんなことはいいから早くIS実習の授業を増やしてください!!』』』

 楽しいお友達が増えますねー、なんて、この殺伐とした空気では到底口にできなかった。
 空気が悪い――そんな比喩表現がぴったりとだ、一夏は思う。
 原因が自分にあるとは知る由もない一夏。ついでに言ってしまえば彼以外全員が目を血走らせて山田教諭を凝視している。数人は今にも掴み掛からんばかりの勢いだ。

「実習実習実習実習実習実習実習ゥゥーーッ!!」
「よごぜえ゛ええええええええ!! その訓練許可証を私によごぜえ゛えええええええええ!!」
「>>1『リヴァイヴ』なら私の隣で寝てるぜ?」
「妄想乙」

 もう、なんていうか、カオスだった。
 ドアの向こうで待機していた新入生が二人そろって顔を引きつらせる程度には、一組は激しく崩壊している。
 彼女たちがここまで訓練にこだわる理由――心当たりがありすぎて箒は頭を抱えた。

 つい二週間ほど前、彼女は意を決して一夏に『今度のトーナメントで優勝したらキスしてほしい』と告げた。その時部屋の内側からもなにやら叫び声が聞こえたのだが、おそらくその二つが混ざってしまったのだろう。
 今日の朝に、箒が耳にした噂は一つ。















『学年別トーナメントで優勝したら、織斑一夏にキスしてもらった上に子供を儲けることができる』















 箒も、二組で同じように頭を抱えている鈴も、考えは一つだった。


((どうしてこうなった…………))

 騒ぎの渦中たる一夏は気づく気配など微塵もない。





 Infinite Stratos -white killing-

 第13話:ニューカマー





「落ち着け小娘ども。さっさと席につかないとぶち殺すぞ」
(千冬さんもどっかネジが飛んじゃってるなァ……)

 背後に禍々しいオーラをまとった鬼神がご光臨なされ、一組はとりあえず静まった。しかしクラスの雰囲気は変わらない。ふーっ、ふーっ、とどこか獣のような息が聞こえるのは気のせいだと一夏は信じたい。

「で、ではッ、どうぞ入ってきてくださーい」
「し、失礼しますっ」
「…………」

 入ってきたのは二人の生徒――例えるなら太陽と月か。
 金髪の少年。苦笑いではあるが、確かにその笑みには柔和さと朗らかさ、ついでにいえば人付き合いのよさも含まれている。眩しい、という表現がしっくりくるか。
 銀髪の少女。眼帯が放つ異質さ、歩き方一つをとっても洗練された無駄のなさ、そして表情に刻まれた――どこか期待に膨らむような高揚感。

「えーと、シャルル・デュノアです。こちらに同じ境遇の方がいると聞き、フランスから来ました」
「……ラウラ・ボーデヴィッヒだ。ドイツから来た」

 新たな男子。王子様のようなルックス。
 眼帯の少女。目に見えて分かる兵(つわもの)。

 口を開いたのは少女の方だった。



「私は織斑一夏を否定するためにここに来た」



 思わず一夏はぽかんと口を開けた。

(え、俺?)
「ああ、お前だ」

 まるで心を見透かしたかのような言葉に、一夏の顔色に警戒が走る。
 その様子を見て、せせら笑うかのようにラウラは表情を歪めた。――違う。憎悪に駆られたおぞましい表情。

「そう焦るなド素人。貴様個人に興味などない。私が会いに来たのは『織斑教官の弟』だ」

 ――刹那、一夏の表情が奇妙に歪んだ。まるで泣き出す寸前の赤子のように顔をくしゃくしゃにしている。

「貴様などの塵芥が、教官の二連覇を……ッ!!」

 ラウラが腕を振りかぶる。が、その平手打ちが一夏に当たることはなかった。

「……何だと? まさかそのIS、自動起動(オートコール)機能でもあるのか?」
『いいえ、私が勝手に起動しただけです』

 寸前で『白式』が局所展開され、絶対防御が発動しあらゆる衝撃を通さない。

「バカバカしい、ISが自我でも持ったというのか?」
『私は私と一夏の意志にしたがって行動します。防衛のためなら生身の人間に対して戦闘を行うことも躊躇しません』
「ほう……いいISのようだ。だが扱うのがヒヨッコではな」

 そう言ってラウラは一夏を見やり――








「ひっぐ……えっぐ、ぐずっ、こ、こっち見んなし……ずずっ」








 一夏が号泣していた。

「…………は?」
(((ワケが分からないよ)))

 思わずシンクロする一組女子たちの心境。

「ぐす、ンだよ、チクショウ。どいつもこいつも姉さんのことばっか」
「……マジ泣き……だと……?」

 箒が搾り出すような声を漏らした。
 教室の空気がもう大変なことに。なんということでしょう、匠のネガティブオーラにより、ものの数秒で教室の空気がどん底です。

 一組女子はすばやくアイコンタクト。

「――ラウラ・ボーデヴィッヒ。判決、有罪(ギルティ)」

 刹那、クラス全員が転校生の敵になった。

『一夏君を泣かせたな一夏君を泣かせたな一夏君を泣かせたな一夏君を泣かせたな一夏君を泣かせたな一夏君を泣かせたな一夏君を泣かせたな』
『人が気にしてることをあそこまで言う必要はないよねェ……』

「ほう、先ほどのやる気といい、このクラスの者は威勢がいいな……身の程知らず、とも言うが」

 睨み合う双方。
 泣きじゃくる一夏。

 訳の分からない一触即発の雰囲気に、千冬と真耶は呆然としているだけだった。






[29861] 14.プルーフ
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/12/24 05:25

「この小娘共! 静まらんか!」

 千冬の一喝で教室の剣呑な空気が霧散する。いや、全員が矛先を納めただけにすぎないというのもあるが。

(この馬鹿共め……一夏が涙ぐんでいる姿を見れんではないか! さっさと散れ!)

 動機が不純すぎてもうダメだ。

 立ち上がってラウラを威嚇していた少女たちが不満げにしながら――なぜかカッターナイフとかを懐に仕舞っている連中がいるのを見る限り介入がなかったらリアルファイトが勃発していたのは間違いない――席に戻っていく。
 やっと安定して一夏の泣き顔が見れるとハァハァしてた千冬だったが、開けた先の光景を見てとたんに表情を消した。


「よしよし。まったく、乱暴な人だったな~。もう大丈夫だからな~」
「ひっぐ、ぐずっ、ごめん、箒」
「気にするな一夏ハァハァ。全然気にしてなんかハァハァないんだからなハァハァハァハァ!」
(篠ノ之ォォォォォ)

 泣いている一夏の頭を優しく抱かかえる箒。一夏も安心しているのか腕を箒の細い腰に回してしがみつくようにしていた。
 思わず顔面が劇画チックになってしまう千冬さん。ラウラへの怒りも思わず吹っ飛んでしまった。
 オイ一組の女子よく我慢できてるな、と思わず教室を見回す。

『まァ姐さんだしねー』
『箒の姐さんなら仕方ないよね』
(クラス内姉御キャラが……定着している……だと?)

 もしや自分より姉御肌が似合っているのではないだろうか、と千冬は思わず戦慄した。
 まるで子供のようにあやされていた一夏がやっと顔を上げた。耳は真っ赤になっている。ゴホンとセシリアが咳をした。

「いつまでコアラみたいにしがみ付いているつもりですの、一夏さん?」
「あッ、悪ぃ」

 慌てて腕を放す一夏。少し残念そうにし、箒は余計なことしやがってとばかりにセシリアを睨んだ。当然のことながら風にもかけない英国淑女。

「……ありがと、箒」
「気にするな。私はいつでもお前の味方だからな」
「うッ……その笑顔は反則だ、バカヤロ」

 いやちょっと待てと。明らかに立場が普段と逆だろうと。
 完全に逆攻略されてるじゃねえかと千冬は頭を抱えた。

『イチカ。シャルル・デュノアが近づいてきます』
「え、俺に?」
「その……織斑君?」

 と、いい感じに混沌と化していた教室だったが、一夏はふと話しかけられそちらを振り向いた。

「あーっと、デュノアだっけ」
「うん。よろしくね織斑君」
「苗字嫌いなんだ……一夏でいいよ」

 再び千冬さんのライフへダメージ。こうかはばつぐんだ!

「分かった。一夏、これからよろしくね!」
「ああ。――ここは退屈しないぜ」
『主に騒動はイチカの周辺で起きますがね』
「うっせ」
「あ、あははは……まあ、一夏が人を惹きつけるってことじゃないの?」
『ポジティブシンキングですね』
「うん、正直僕もかなり無理な考えだなって思った」
「言いたい放題だなお前ら」

 互いにシニカルな笑みを浮かべる。なんというか、一夏にとって新鮮というか懐かしいものがあった。男同士でのよく分からんノリでの会話は、ここしばらくご無沙汰。

「……一時間目は自習にしてやる。たっぷりとデュノアを質問攻めにしてやれ」

 珍しく気前の良い千冬の声に、一組の皆さん方はうーんと唸る。

『王子様チックだしイケメンだし、好みど真ん中何だケド……』
『織斑君と比べるとねー』
『ねえ今日の織斑君、なんか疲れてない?』
『ここは私の自家製ドリンクの出番……ッ!』

 いつも通り、とは言いがたいが、やる気が出てくれるのは教師としても願ったりかなったりだろう。やる気を出すエサがエサなだけに、千冬は釈然としないようだが。

「ああそれとね、一夏。僕のこともシャルルって呼んでよ。だって――」
「?」

 シャルルはそっと一夏の耳に口を寄せると。





「僕もね、デュノアが、だいっきらいなんだ」





 背後ではラウラが千冬に引きずられていく音がした。






 Infinite Stratos -white killing-

 第14話:プルーフ







 ずっと考えていた。
 どうして身の回りの人はみんな、自分を『世界最強(ブリュンヒルデ)の弟』という色眼鏡越しに見てしまうのだろうと。

(俺が弱いから?)

 なら千冬を打ち負かせばいいのか。

(俺が何もできないから?)

 なら何かを成し遂げればいいのか。

 わからない。

(わからないよ、なにも)







『分からないから、人は前に進むんだよ、一夏』







 どこからか声が聞こえた――気がした。
 分からないから前に進む。
 自分は逃げていたんじゃないか? 人は現実から逃げるとき、いくつか選択肢がある。周囲に怒りをぶちまける、何か別の物事に鬱憤を昇華させる、そして、子供のように泣きじゃくる。
 まだ自分は『オリムライチカ』になりきれていないんじゃないか? 心のどこかで、まだ諦観を持っているんじゃないか?
 だったらそれはダメだ。


「……二時間目を始めますよー。なのでボーデヴィッヒさん、早く教室に入ってきてください」

 教師らしく柔和な笑みでラウラを手招きする真耶。教室中から嫌悪の視線が、後ろ戸で立ち尽くしているラウラに突き刺さった。
 どうやら千冬からイロイロされたらしく、手足が震えている。顔は青ざめていて覇気がない。呼吸も浅く不規則。ホントにあのブラコンは何をしたのだろう。本人は出席簿片手にやり切った表情。オイそれでいいのか教師。

 何にしても、ラウラが一発目にしでかしてくれた事は変わらない、と教室の空気は動かない。
 彼女が一夏を敵視するなら、自分たちは反対に彼女を敵視するだけだ。


(違う)

 一夏はキッとラウラを睨む。その動作にわずかながらラウラは反応した。何か口を開こうとして、その前に一夏が立ち上がる。

(俺は、違う!)

 どんなに苦しくても自分を手放してはいけない。
 どんなにつらくても自分を諦めてはいけない。

(逃げてたまるか。俺は、俺は、『俺』を手に入れなきゃいけないんだッッ!)

 不思議そうに女子たちが一夏を見る。
 自分を責める声が、自分をあざ笑う言葉が、今にも彼女たちの口から漏れ出すような、そんな幻影が浮かぶ。
 関係ない。一夏に、そんな『もう慣れてしまった光景』は関係ない。
 幻想であれなんであれ、蔑まれるのには、もう、慣れた。
 けれど、いくら慣れても、それを受け入れてはいけない。
 そこから這い上がらなければ、自分は、ある少女によってやっと確立しかかっている自分をまた手放すことになる。
 そんなのは、イヤだ。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 負け続けの人生などゴメンだ。
 否定されっぱなしの存在など、イヤだ。

「俺は確かに、『世界最強(ブリュンヒルデ)の弟』としては力不足かもしれない」

 その言葉に、千冬が思わず顔を引きつらせる。あまりにも長い間一夏を苦しめ続けたその言葉が、まさか一夏本人の口から出てくるとは思わなかったらしい。
 けれど。
 一夏は、別に自虐のために口を開いたわけではない。
 表情のないラウラを真正面から見据えて――告げる。



「だからッ!! 俺 を 見 ろ ッッ!!!
 他の何者でもなく何物でもなく! 俺という一個人を、『オリムライチカ』を見ろ!!」



「きッ、貴様何を……!?」
「俺は正気だ。俺が俺である理由を、証拠を見つけるために、証明するために、俺はお前の言い分を全部覆してやらなきゃならない!」
『……イチカ。いずれは彼女も、イチカを認めざるを得ませんよ』

 唐突に口を挟む白式。一夏の剣幕に圧倒されていたラウラだが、そこでやっと視線を白い腕輪に向けた。

「な、なッ、何を」
『何せイチカは、いずれは『世界最強(ブリュンヒルデ)』を凌駕すると豪語しましたからね。織斑千冬を敬愛する貴女なら、それを上回る人物には頭も上がらないでしょう』
「…………貴様ァァァッ。本気で、本気でそンなことを言ったのかッ!!?」
「だぁー白式ィィ! 何余計なコトを……まあいいさ。ああそうだよ! 俺はいつか姉さんを倒す! だから俺は……」

 間を置いて、

「俺は……お前に俺を認めさせることが、できる」
「ずいぶんな自信だな。先日の戦闘は見させてもらった。だが、あの程度で教官を倒そうなど片腹痛い」
「勝手に言ってろ。俺は俺でやらせてもらう」

 そう言って一夏はくるりと体を――千冬へ向けた。

「織斑『寮長』! 自分とボーデヴィッヒを、同室にしてください!」
『『『ハッ……ハァァァァァァッ!!?』』』

 大声を上げる大多数の女子。
 だが打って変わって、一部の人たちは静かだった。というかやけにリアクションが少なかった。

「撃ちますわよ一夏さん」
「ぶっ殺すわよ一夏」
「なんか鈴が混ざってる!?」

 怒気を隠そうともしないセシリアとドアをぶち破って乱入してきた鈴。

「あの、一夏君。不純異性交流とか、そういうのはいけませんよ?」
「山田先生……目が、笑ってない……」

 思わず後ずさる一夏だったが、ポンと肩に手を置かれて思わず振り向いた。

「あ、相川さん」
「何だか楽しそうなことになってるねー、一夏君。あは、ははは」
「うわァ目が目が目がッ! 光がないよッ!?」

 敵しかいないじゃねえか、と絶望する一夏。しかし救いの光は思わぬ所から差し込んだ。

「一寸待ってくれみんな!」

 どーんと効果音やら荒ぶる大波やらをバックに、箒がそこに立っていた。

「どう考えてもこの同室申し込みはイチャコラとかそういうのではなく、日常生活から一夏個人についてよく知ってもらうための無自覚なものだ! そう考えると無闇に私たちが介入するのではなく、ここは何か転入生が粗相をやらかすのを待ってそれをフォローした方が自然ではないか!」
「箒さんすげえありがたいんですケド普通そういうことは俺がいない所で言うだろ!」
「何を勘違いしているんだ? 私はただお前の力になりたいだけだ」
「いやいやキャラ的に『勘違いするな! 私はただクラスの風紀を正そうとしているだけだ!』とかじゃねえの? 何でそういうことストレートに言うんだよ」

 カーッと顔を赤らめる一夏。おかしい、先ほどから一夏と箒の関係が逆転している。

「うん? 何やらおかしなことになっているが……まあいい。教官、先ほどの織斑一夏の提案には、私も賛同します」
「……どういう風の吹き回しだ、ボーデヴィッヒ」

 ラウラは問いに少し表情を硬くして、

「私には、あいつを見極める必要があると、そう断定しました」
「詳しく話せ」
「ハッ。実は、あいつの戦闘映像をいくつか見ました。どれも驚きのものです。部隊の者も皆一様に言っています――『あれは、初心者の戦いではない』と」
「……それで?」
「あの男。もしやとんだ『食わせ者』かもしれません」
「つまり……」

 間を空けて、千冬はふと教室を見回した。
 一夏を軸にして、皆が騒ぐ。箒の意見に対し賛成する者、反発する者。



「つまり――織斑が、以前ISを操縦したことがあると?」



「あくまで可能性の話です」

 ラウラはそう締めくくり、敬礼を千冬に送る。
 喧騒の中に、その会話は掻き消えてしまった。




[29861] 15.ルームメイト
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/12/30 20:20
 宣言から半日後、アリーナ。

「えーではドイツ最強特殊部隊隊長ラウラ・ボーデヴィッヒの特別講座を始める。今日は基礎の基礎、ISによる超高速機動についてだ。よく聞かないと死ぬぞ」
「わーさすがボーデヴィッヒさんハナから弾けてますね」
「黙れ雑兵。黙ってISを起動しろ」
「ほい」
「……なんでそんなスムーズなんだ。私より早いぞ、今のタイム。初心者らしくもっともたつけ」
「いやー、それはぁー、やっぱ俺と白式の相性っていうかぁー、なぁー?」
『ええ。イチカと私の運命は前世がどうとかこうとかよりもはるかに強固と言わざるを得ません』
「何だお前ら。何でそんなにウザいんだ。私の人生の中でもぶっちぎりでワースト5には入るウザさだぞ」

 その日の授業すべてを終えた後、ラウラは一夏とともに第二アリーナにいた。
 ISスーツを着込んだラウラと、白式を展開させ宙に浮く一夏。

「それで、何すんだよ?」
「うむ、まず上に上がれ。高度400mまでだ」
「オーライ。……行くぞ、白式」
『了解(スタンバイ)、点火します(イグニッション)』

 ゴッ!! と爆音に白い軌跡だけを残して、一夏の姿ははるか上空へと跳ね飛んだ。

(今の加速……機体性能か? いや違う。あれだけの加速、常人に扱えるはずがない!)

 ラウラも『シュヴァルツェア・レーゲン』を展開、ハイパーセンサーの望遠機能を用いて白き鎧を追った。
 現行のISすべてにケンカを売るような超加速。だが一夏は少しも表情を歪めず、むしろ、

(笑っている……ッ!? 目測で時速340km/hだぞ!? ISに触れて半年と経たない素人があの速度で正気を保てるはずがない! あの男の高速機動経験時間はほぼゼロのはず。だがあれは……)
「おーい、ボーデヴィッヒ先生。これからどうすりゃいいんだ?」
(……高速機動を本分とするかのような動き。慣れているなんてレベルではない。どんな速度狂い(スピードジャンキー)でも、ISの急加速を笑って受け入れるなど難しいはずだ。こいつは、こいつは、ISを動かすためにでも生まれてきたのか!?)
「なァボーデヴィッヒさぁん! そろそろ観客席のみんなから『うわ、あの子無視されてる可哀想』的な視線が集まりすぎててツライんですけど!」
「ええい、やかましい! とりあえず地面に急降下して着地しろ! 目標は地表10センチ!」

 思考を一旦止める。深く考えても埒は明かない――失念していたわけではないが、あの男にも『織斑の血』が流れているということだろう。
 ならば、話は簡単だ。
 巨砲を稼動させる。目標は、指示通り地面に向かって馬鹿正直に降下している純白。

『イチカッ!!』
「は?」

 そんな間の抜けた声が上がったのは、一夏の口からだった。
 轟音。
 避けられる道理などなく、直撃――対ISアーマー用の鉄鋼榴弾ではなく、特注の巨大ペイント弾が真正面から炸裂した。

「のおおおおおおおおおおおおおおお!!?」
『視界不鮮明、現状把握不可。減速を――』

 白式の正確極まりないナビゲートもむなしく顔面から地面に激突し、ゴヅッ、ゴッゴッゴッゴッゴッゴッ!!! と地面を削りながら落下、十数メートルほど吹き飛び、やっと静止した。
 死んだように動かない一夏。ドン引きする観客。ふんとつまらなさそうに鼻を鳴らすラウラ。

「つまらん。あの程度回避してみせろ」
「無茶言うなああああああああああああああああああああああああ!!!」






 
 Infinite Stratos -white killing-

 第15話:ルームメイト








『計17回目、と……』
「べるぶっ! へぶっ、ボワァッ!!」

 ちゅっどーん、と白い流星が大地に激突する。それが本当に星ならまだしも、白い鎧を身にまとった人間だとするとどうだろうか。

「どうした織斑一夏。先ほどから17回連続で失敗してるぞ」
「あのなぁ……あんなスピードの状態で回避行動なんて取れるかっての! 減速したら怒るし!」
「当たり前だ! 高速での回避が今回のキモだぞ!」

 アリーナでぎゃあぎゃあと口論を交わす、世界唯一のIS男子適格者と謎の転入生。
 他の生徒も興味深そうに彼らを見ているが、当人たちは気づくことなくヒートアップしていく。

「大体なんだ貴様! その機動性と雪片があれば、普通とるべき戦法は遠距離から一気に距離を詰めて『零落白夜』を当てる、『ニノタチイラズ』とかいうものが適当に決まっているだろうが! だというのになぜ単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)を使わんのだ!」
「示現流とか俺習得してねえし! この刀あるだけでも大迷惑だってのに必殺技まであんなクソ姉のをパクれるか!」
「クソ姉!? 貴様今、教官の前に何をつけたァァァァ!!」

 空気を裂く音。とっさに一夏がその場を飛びのこうとするが、開放された四つのワイヤーブレードがその足に絡みつく。
 そのまま一夏を、いったん宙高く振り上げた後、勢いよく地面に叩きつけた。

「ぶべらっ!」
「世で肉親を嘲ることができるのは、肉親に捨てられた者だけだ。食料を、安心して眠れる毛布を与えてもらっておきながら貴様は何を言っている?」
「……ああそうかよ。肉親がそんなに大事かよッッ。ケドなぁ――」
「ふん、私は――」

 唯一の武装を展開、ワイヤーをその刃で切り裂く。
 すばや体勢を整えて、一夏はラウラを真正面からねめつけた。





「――肉親の温かみとか、俺には全然分かんねえんだよ!」
「――親類などなしに、ずっと家族など知らずに生きてきた! それが貴様に分かるか!」





 ほぼ同時に言い切って、ん? と互いの頭上にハテナマークが浮く。

「……お前」
「……貴様」

 同類、だったのか。
 親のぬくもりを知らない、人間として一番大切なものに触れず生きてきた、周囲と比べてナニカが欠けてしまっている存在。

『イチカ』
「…………」
『イチカ。甲龍の操縦者より個人秘匿回線(プライベートチャンネル)が接続されています』
「あ、あ……鈴か」
(アンタ何、あの転入生と今一緒ってマジ!?)
『ええマジです』
(なんでアンタが返してんのよ)
『イチカは個人秘匿回線(プライベートチャンネル)の使い方をいまだに理解できていない愚か者ですから』
「なァ普通そこまで言うか!?」

 あんまりな言い草に思わず涙ぐむ一夏。

「……今日はもう帰る。部屋で待っていろ」

 そう言ってラウラはISを飛翔させると、わざわざ遠い方のピットへ戻っていった。

「……ああクソッ。どんな顔して合えばいいんだ」

 ひとまずは自分も戻ろう。シャワーを浴びて気分転換しよう。
 ボロボロの、汚れまみれになった白式に鞭を打ち、一夏はゆっくりとピットへ向かっていった。








「これは……うん。見なかったコトにしよう」

 部屋に戻り数分。一夏は、蓋の開いていたダンボール箱の中を見て、現実逃避することを決めた。
 ラウラ宛の送り物だが、入っていたのはどう考えても年頃の少女が持つべきではないもの。



(18禁ゲームとか俺も見るの久々だったぜ……)



 ちなみにエクストラ編(2ルートクリアでアンリミテッド編発生)であった。
 ひとまず記憶を消し落ち着くためにも、茶でも煎れるかと決め立ち上がる。

『放置するのですかイチカ』
「いやどうしようもないし……」
『ノートPCの同梱が確認されました。プレイする気まんまんですよ』
「もォ止めろよ。俺にどうしろってんだ。助けてくれ白式」
『……実を言うと、私も知識のみインストールされている状態で、その、現物を見るのは初めてというか、少し興味が……』
「オイやめろ白式、さすがにお前まで敵に回ると俺の手に負えなく」
「……もう戻っていたのか」
「うひゃぁ!?」

 その時、背後から突如会話に割り込んだ声に、一夏は数十センチほど飛び上がった。

「曲がりなりにも同室の身だ。よろしく頼む。ああ、生活サイクルは基本的に本国の訓練兵と同じものを……どうした? 目が激しく泳いでるぞ?」
「あ、あははははは。何でもございますりませぬでせう」
「? 不可思議な日本語を使うヤツだ……ん、それはクラリッサからのプレゼントか?」

 背後のダンボール箱を指差されまたもやビクゥ! と体が跳ねる一夏。

「プ、プレゼント……?」
「うむ。入学祝いで、是非とも同室の者と一緒に遊んでほしいと言っていた」
「これをか!?」
「……貴様。中身を見たのだな」

 鋭い眼光に、思わず冷や汗が垂れる。

「わッ、悪ィ……」
「……ふん。まあいい。……なんだコレは、パソコンが必要なのか。む、ノートパソコンが同梱されているようだな」

 カチャカチャと手早く準備を進めていくラウラ。
 どうにかしなければ、このままでは非常に拙い展開になると一夏の中でミニ一夏が叫んだ。

「ボ、ボーデヴィッヒ! 今日はもう寝ないか!?」
『まだ夕飯も食べていないというのに何を言っているんですかイチカ』
「うむ。そのISの言うとおりだ」
「……ソウデスネー」

 ヤバい、詰んだ。

「? どうした織斑一夏、こちらに来ないか」
「ええええマジで一緒にすんのか」
「当たり前だ。こういったサブカルチャー的なものに私は弱いからな」
「……どうなっても知らねえぞ」
『イチカ、完全に死亡フラグです』
「止めろよ白式。現実突きつけんなよ」

 ちらりと時計を見る。夕飯を8時ごろに食べにいくとして、後一時間ほどある。

(大丈夫、極力時間をかけてプレイすれば、間に晩飯を挟める。その時に箒が鈴かセシリア辺りを部屋に連れてくれば――)
「そうだ、夕飯を持って来い。私は何でもいい」

 そう言って千円札を差し出すラウラ。

「…………はい」

 野口さんを受け取り、なんだか視界が滲む一夏だった。









 結局一夏はエビフライ定食(ラウラ用)とBランチセット(自分用)を頼んだ。バランスに四苦八苦しながら、えっちらおっちらと廊下を歩く。

「うぃー、戻って参りましたー。開けてくれー」
「さっさと入れ。『たいとるがめん』とやらから動かん」
「マジかそのレベルかよお前」

 テーブルに食器を並べ、いったん席につくようラウラに促す。
 一夏が持ってきたスプーンとフォークを手にして、じっとエビフライを見た。

「これは……海老、か?」
「ああ。衣があるだろ? サクサクで美味いんだぜ」

 その言葉に背を押されたかのように、ラウラはおそるおそるエビフライを(フォークで)口にした。
 瞬間、パァっと晴れやかになる表情。

「…………」
「どうだ?」

 顔を見れば感想など丸わかりなのだが、まあいい。

「及第点、だ」
『わざわざ聞くとか鬼畜極まりませんねイチカ』
「白式シャラップ。そーかそーかおいしーかボーデヴィッヒ」
「……貴様なんだその表情は。まるで微笑ましいものを見るかのような、生ぬるい視線を浴びせるな」
「いやァ結婚とかすっ飛ばして娘持った気分だぜー」

 何気ない風体で、冗談交じりに、その単語を発する。



「……止めろ。私に父親など……いない。いる必要もない」



 そうか、と一夏は軽く頷いた。
 手早く食事を済ませたラウラは、真正面から彼をねめつける。

「大体、貴様は恵まれているのだ。あのようなすばらしい姉を持って」
「テメェ、じゃあ俺の代わりになってみるか?」
「なれるものなら、な」

 そう言ってどこか遠い目をするラウラ。
 訓練後のトークのほとんどが弟ネタで、部隊の隊員らの精神を極限まですり減らしていたことを、当の本人は知らない。

「まあいい……続きをするぞ」
「へいへい。続きっつってもタイトル画面からだけどな」
「? 何か問題があるのか?」
「やめろよ可愛らしく首を傾げるなよ劣情を催しちゃうだろ」
「れ、れつじょ……? 奇怪な日本語を使うヤツだな……」
『バレないからって何でも言っていいわけではありませんよイチカ』



 結局この日、問題のそういったシーンに突入することはなく、ラウラと一夏は就寝した。
 というか眠気に負けて一夏が先に寝た。このことが再び騒動の種を生み出すことは、翌朝一夏は身をもって知ることとなる。



[29861] 16.ハプニング
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/12/31 03:45
「んっ……くぁぁ。やべえ快眠指数が異様に高いぞ」
『おはようございますイチカ』

 翌朝。気持ちのよい眠りから目覚め、一夏はベッドから抜け出した。二度寝は休日に限る。学校の授業に遅れたら山田先生に迷惑がかかることになる。基本マジメな人は好きな一夏的にそれは看過できない。
 ちなみに実姉はどうでもいい。マジメでもマジメじゃなくても高評価を得る例外だ。迷惑かかっても知らないしむしろ率先して迷惑をかけたい。一夏的にそれは看過できる。
 などとどうでもいいことを考えているうちに、ここ数ヶ月の習慣からか勝手に足は洗面所へと動く。が、意識して一度止めた。理由は簡単、隣のベットにラウラがいなかったからだ。

「おーい、ボーデヴィッヒ、いるのか? シャワー中だったりしないよな?」

 安心の対ラッキースケベ。扉の向こう側にいるのは軍人とはいえ可憐な少女だ。紳士的な対応をして困ることはないというかここで無遠慮に踏み込んでシャワー中とかだったらマズすぎる。主に一組の教室に入った後的な意味で。
 しかしラウラのありがたいお言葉も聞け、一夏は洗面のため安心してドアを開ける。そして凍りつく。

「おッ、おッ、おッッ」
「お……オルタードフェイブル?」

 ゲームに影響されすぎなラウラの言葉を無視して、一夏は叫び声を上げる。



「お前アホかぁああああああああああああああああああああああああああああ!!?」
「?」
『イチカ、ひとまず目を閉じなさい』



 彼の視線の先には、一糸身に纏わない、銀髪の美しい少女がいた。





「何をそこまで驚く必要がある」
「いやホントこれからは寝る時も服を着ろ。ベッドの中なら脱いでもいいがそれ以外はダメだマジでダメだホントにダメだ」

 目を閉じたままラウラの説得に時間を費やし、急ぎめの朝食。
 基本的に朝はそこまで多く食べられない一夏は、軽めにサンドイッチ。
 ラウラはしばらく考えた後、

「……ボーデヴィッヒさん朝からエビフライですかー」
「ッ、な、何か文句があるのか!!」
「いいえべっつにー」

 にまにましながら一夏はテーブルの上のエビフライ定食を見る。やはり自分のチョイスは間違ってなかった。選択肢の正答率には定評がある。さすが一夏さんだぜ。

「今日も授業終了後は訓練だ。メニューは昨日と同じものをするぞ」
「……オイ、白式の修理が済んでねえんだケド」
「それぐらい自分でできないのか馬鹿者。整備課の者に頼むなりなんなり……いや待て。私が教えてやろう」

 不敵な笑みと共に、フォークをエビフライに突き刺すラウラ。

「できんのかよ」
「上官の技量を疑うか。不敬罪だ、スクワットしながら食え」

 選択肢が出る前に自爆する回数も多い。さすが一夏さんだぜ。

「戦場でダメージを追った上に取り残された場合、自分で修理して味方と合流または敵を殲滅しなければならない。セルフリペアなどできて当然だ」
「そうッ、かよッ。だったらッ、是非ともッ、ご教授ッ、くださィィィッ」

 本当にスクワットしながら食事をする一夏。
 悠々とエビフライを口にするラウラは外見が外見なだけに、なんか、こう、背徳的なものがあった。銀髪眼帯幼女が口の中に何か(サンドイッチ)を詰め込みながらスクワットする男子高校生を鼻で笑いつつ見物。

「…………なあ。いつの間に一夏はマゾ趣味になったのだ」
「別にあたしが仕込んだワケじゃないからこっちを疑わしそうに見るの止めなさいよ。あとセシリア、こそっと写メるの禁止」
「ふふん、鈴さんも読みが甘くてね! これは動画撮影ですわっ!」
「なお悪いわ! ていうか箒、えっと、あれ? 鼻から純潔が……」
「運動中の一夏ハァハァ」
「こんな変態の集うクラスなんて(一夏以外)滅びればいいのよ!」

 食堂にて仲良く、ホントに仲良く食事する三人組。隣には箒と同室となったシャルル・デュノアが苦笑しながら座っていた。

「まあまあ。僕たちも早く食べなきゃ授業に遅れちゃうよ」
「む。それは困るな……確か昨日の実習が今日にずれこんでいたはずだ。急ぐぞ」

 そう言っておにぎりをパクつく箒。
 むぐむぐと咀嚼し、ごっくんそして水をずずずっ。

「ていうか、ボーデヴィッヒさんが今朝部屋で全裸だったって本当?」

 シャルルの疑問に対し、箒の口から水が噴き出た。正面に腰掛けていた鈴の顔面にぶち当たり、口内の水分を出し切るまでシャワーのように噴出し続ける。

「なッ、なッ、なッ」
「うん。今朝一夏の部屋を覗き見してた相川さんが言ってた」
「色々とツッコミ所はありますが、それは真ですの?」
「ねえ箒あたしの制服びちょびちょなんだけど」
「まさかあいつにスニーキング適性があるとは……」
「いや、覗いてたらボーデヴィッヒさんと目が合って、ケド無視されたって」
「それに気づくあの転入生も相当ですわね……」
「ねえあたし放置?」

 手早く食器を片付けて席を立る四人。
 追うようにして一夏とラウラも席に向けて歩き出した。

「む、今日はIS実習か。貴様の技量、見極めさせてもらうぞ」
「へいへい。っつーか忘れんなよ。お前が見極めるのは、『世界最強(ビリュンヒルデ)の弟』じゃなくて……織斑一夏だ」
「分かっている……なんだ、無様な醜態を晒した時の保険か?」
「言ってろ。すぐに魅せつけてやる。俺の技術に酔うなよ?」
「ほざけ。またすぐに撃ち落としてやる。ああ、撃たれた後勝手に墜落するのは、アレはお前の被虐趣味か」
「ああン? 人に超加速の枷つけなきゃ真っ向から銃向けることすらできないたあ、師事する相手間違えたぜ。とんだ腰抜けだ」
「………………」
「………………」

 廊下のど真ん中でメンチを切り合う二人。結局互いにISを展開する寸前で某担任の出席簿の閃きの前に双方崩れ落ちたわけだが。




 そして一時間目。
 列を組んで待機していた一組メンバー(一夏とシャルルは他クラスの女性陣を撒いていたため遅刻寸前であったが。ところでシャルル氏が赤面していることを箒らが怪しんでいることに一夏は気づいているのだろうか)だが、頭上から迫る影には気づかず。
 ――いや、正確には『ヒトリ』だけ気づいてはいたが。

「ちょっ、まっ、どいてくださぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
「んあ?」

 呆けた声を上げて、一夏が頭上に視線を上げる。迫りくる影。猛スピード。人生オワタ。
 数瞬の思考を経て、一夏の決断は音声となり大気を震わせる。

「 白 式 ッッ!!」

 完全に人(?)任せであった。

『イチカ、まさか私がこの程度予期できていないとでも?』

 白き鎧の具現。それだけでは、自分の身は守れても周りの人は救えない。いや、ラウラはちゃっかりISを展開していた。どうやら気づいておきながら一夏に処理を押し付けたらしい。

(間に合うか……ッ!?)
『お任せください、イチカ!』

 咄嗟に上空へ飛び出そうとするが、間に合うか微妙なタイミング。頼れる相棒の声を聞いて、一夏は彼女の意志に身を任せることとした。
 瞬間、彼の両腕が不自然なスピードで頭上に掲げられる。

「は、はい?」

 一夏の困惑をよそに、白式はどこかノリノリで、戦場にはせ参じた武者が名乗りを上げるかのように、雄叫びを(一応女性人格なのに)上げた。



『この白式に死角なァァァァァシ!! 上空からの奇襲に反応し切れない場合もあるだろうも予期して――肩・肘・指の各間接を外せるようにしておいたのです!』



 なにそれこわい。










 Infinite Stratos -white killing-

 第16話:ハプニング










「イデデデデデデデデデ!! 無理無理無理無理俺盲目的に正義を求めるドマゾとかじゃないからこんなおおおおおおおおおおおおおッッ」

 今朝、鈴が心配していた一夏マゾ疑惑はこうして晴れることとなった。
 空から落ちてくる系のヒロイン――ならぬ頭上から衝突してくる系のヒロインとなった真耶を受け止めるため、両腕にあるすべての関節はどういう原理か分からぬうちに外され、後には激痛が残るのみ。多分かなり無理やりに外したのだろう。

「一夏君、危なッッ」
「先生より俺よりみんなが一番アブねーーんだよォおおおおおおおおおおお!!」

 咆哮を上げ激痛に表情を歪め、それでも目はそらさない。

「んがるぶっ!」

 激突。
 一夏の制御により、二機のISは生徒から離れた方向へ吹き飛ばされる。ごろごろー! と砂煙を巻き上げながら転がっていき、やがて止まった。

「げ、げへへへへ。やべえ世界が見える、見えるぜ……北斗七星の傍らに、なんか、星が……」
「それ死兆星ーー!」

 ちなみに晴天の青空に星が見えている時点でアウトである。
 叫びながらこちらへ駆けてくる鈴、後から遅れて走る箒とセシリアを見つつ現世とサヨウナラ。
 ブラックアウトする寸前に、何か千冬が見覚えのあるIS――『イザナミ』を展開して突っ込んできていたというのは、きっとタチの悪い幻覚に違いないだろうと思った。








「なんていうか、一夏って男気があるね」
「……ありがとよ。正直あそこで発揮するべきものだったかどうかは微妙だけどな」
「ううん、そんなことないよ。すごくカッコよかった。……クラスの子はみんな顔真っ赤だったし」
「? なんで顔真っ赤になってたんだ?」
「諸事情ってやつだよ。あ、オルコットさんが堕ちた」

 結局、各関節を外され、一夏は木陰で寝転んでいた。面倒見役はシャルル。他の女子たちは山田先生VS鈴&セシリアの変則マッチを見学していた。
 正直言うと戦いになってすらいない。即席コンビは足を引っ張り合い、真耶はその間隙をつくだけ。ワンサイドゲームというよりむしろソリティアに近い。全盛期旋風BFと図書館エグゾの違いだ。

「まあ僕はTG代行天使派なんだけどね」
「? 何の話だ?」
「ううん、何でもない。ところで白式、外せるのに嵌められないの?」
『外すことはできても嵌めることはできません。なぜなら私は所有者と同じで後先を考えませんから!』
「白式テメェ表出ろや!」
『まァ一夏、無力な腕輪の私に何をするつもりですか? ハッ、まさか私をこんにゃく代わりにして青少年特有のリビドーを――』
「誰が無機物に欲情するかァァァァァァ!!」

 ぎゃあぎゃあ騒ぐ二人と『ヒトリ』を背景に、今度は鈴が正確無比な射撃の前にエネルギーをゼロにした。

















「づ、づかれだー。つか修理するまでもなく直ってるって俺のISどうなのよ」
「正直異常だ。自動修復機能もあるがここまで活性化しているとは、初のケースなんじゃないか? 後で本国にデータを送らせろ」
「イヤです」

 昨日と同じように地獄の高速回避訓練を終え(本日の挑戦数23、墜落数は左に同じ)、一夏は部屋のベッドで『たれいちか』状態となっていた。

『イチカ拙いです』
「んあ?」
『ボーデヴィッヒさんがパソコンを起動しています』
「チィッ!」

 またもや『たれいちか』状態を強制解除。
 致し方ない、今日は夕食をなんとしても食堂でとろう。そして誰かを連れてこよう。数人掛りならCD-Rを没収するものたやすいはず――――



「――きゃあああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」



 隣の部屋から聞こえた悲鳴に、一夏は弾かれるように立ち上がった。

「ボーデヴィッヒ!」
「侵入者の気配もないし殺気も感じない。勝手にしろ」
「クソ!」

 手を貸す気のない同居人を放置し、ドアを開けていったん廊下に飛び出す。そしてすぐさま隣の部屋――箒とシャルルの部屋に踏み込んだ。

「オイ、何があったッ!?」

 一夏自身、少々錯乱していて誰の悲鳴か見当もついていない。だが、

(あれは……)

 そこにいたのは、扉の開け放たれたシャワールームの前で座り込んでいる箒。

(そう、か。定番の逆をいったか。さすが箒さん定説の破壊を易々と行うぜ)

 おそらく中には全裸のシャルルがいるに違いない。リアクションからして開けてみてビックリ、というパターンか。
 兎にも角にも年頃の乙女にとってはなんともショッキングな展開だろう。むしろ平然と「あ、すまない」なんて対応をされたら箒の男性経歴が気になってしまう。

「箒、目ェ閉じろ」
「あ、あ?」
「あっち行くぞ」

 やさしく目を手で覆って、ベッドに腰掛けさせる。これぐらいの心遣いをしてやらねればならないだろう。

「ったく、バカシャルル。一声かけてからシャワー浴びるとかだな……」

 文句を言いながらシャワールームの中を覗き込む。騒動の主犯をとっちめなければならない。というかドア越しに廊下に人々が集まってきているのが分かる。このままでは絶対ロクなことにならないので、説教は手早く終えることにした。
 の、だが。

「同居人のためにもそういった心遣いが――――しゃ、るる?」
「へ、あ、え? い、いちか……?」
『……やはり、午後の解析結果に間違いはなかったようですね。イチカ、彼は、いえ。彼女は女性です』

 白式の解説が加わって、やっと凍り付いていた時は動き出した。

「えッ、えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!?」
「きゃっ、きゃァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」



[29861] SP1.ニューイヤー
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2012/01/01 03:17
「書き初め……?」
「うむ。それが貴様の母国でのならわしだと聞いた」

 いつかどこかの、とても安らかな国。
 IS学園よりはるか遠くのそこで、一夏はクラスメイトと安穏な年越しを迎えていた。





 ――まず忠告しておこう。これは一夏の夢である。





 Infinite Stratos -white killing-

 SP1:ニューイヤー



 そうか、ラウラもついに日本の正しい知識を身につけ始めたか、と一夏は微笑ましくなった。
 豪華な邸宅の中。一年一組のメンバー全員がいる中、和室に呼ばれた一夏。丁寧に畳の上には新聞紙と半紙と、書道セット一式が並べられている。

『一般的にはその年の抱負などを書くようですね』
「ああ。せっかくだし皆も呼ぶか?」
「そうだな、こういったことは人が多ければその方が良い」
「白式」
『はい』

 白式に命じると、邸宅に設置された放送システムが作動する。

「あーみんな、書き初めを書こうと思うんだが、和室に来ないか?」
『『『行くーー!!』』』

 大合唱だった。

「んじゃ、何書くよラウラ?」
「もう書き上げた」
「早ッ」

 見ると、半紙に達筆で『一夏を世界最強に』と書かれていた。

「ラウラ……」
「……ふん。元々、言い出したのは貴様だろうに」
「へへっ。まあな」
「だッ、だから、貴様が言い出したというのに、何だその温い視線は!」

 妙にこそばゆい気分になるラウラ。

「き、貴様こそ何を書くのだ!?」
「俺? じゃあ『ラウラがずっと幸せでありますように』とか……あ、七夕みたいだな」
「――――ッ!! い、いい加減にしろ!」

 ばしばしと照れ隠しに一夏の胸を叩くラウラ。
 一夏は笑いながら、彼女の小さな体を抱き上げる。

「なぁっ!?」
「はははっ、ラウラは軽いなー」

 くるくるとそのまま回りだす。ラウラは必然的に一夏にしがみつくわけで、そのうち自然と、両人ともに笑い出していた。

「くっ、ふふふふ!」
「ははっ、ははははは!」

 ふふふ、ははははは。
 しばらくそうこうして、一夏はラウラを降ろした。少し名残惜しそうにしているがオイ転入当初のキャラどこいった。

「……あんた達はどこのパズーとシータよ」
「「うおわっ!?」」

 扉の隙間から、一組女子の目がいくつも覗いていた。ていうかどれも目に光が点っていない。

「ごほん。書き初めか、非常にいいと思うぞ」

 ぞろぞろと部屋の中に入ってきて、皆思い思いに半紙に文字を書きなぐり始めた。

『初恋成就』
『粉骨砕身』
『一夏爆発』
『セシリア・オルコット』

「あーセシリア、別に自分の名前書くわけじゃないぜ? 後三番目ェェェェ」
「ん? どうかしたのか、俺は全国の男子の言いたいことを代弁しただけだぜ」

 いつの間にか、非常にイイ笑顔をした五反田弾がそこにはいた。
 無駄に達筆な字で『リア充爆破』『彼女創造』などを書きまくっている彼の背中には、なぜか阿修羅が薄ぼんやりと浮かんでいる。

「もうお兄、恥ずかしいったらありゃしないわよ……」
「よ、蘭。何書いたんだ?」

 ひょいと、弾の隣にいた蘭の書き初めを見る。

『あの人の隣に』

 …………どう考えても、このあの人というのは、一人しか想像できなかった。

「う、あ、悪ィ」
「い、いえ……」

 互いに顔を赤くしながら距離を取る。ふと視線をめぐらせると、箒とセシリアと鈴が仲良くはしゃいでいた。

「んーっと……あ、そうだ、一夏! おみくじあるわよ!」
「は?」

 鈴の指差す方を見れば、なぜか巫女装束のシャルロットがおみくじを無料で引かせている。

「見て見て、あたし大吉!」
「箒さん、この字は何と読むのですか?」
「凶(きょう)だな。……ご愁傷様」

 皆気になるのは恋愛面。
 すぐさま相川が声を上げる。

「想い人の右腕にしがみつくのが吉……一夏君発見」
『イチカ。右舷より敵性反応が接近しています』
「あン? ――ぬおっ! 相川さん何してんの!?」
「おおおおみくじが悪いんだもん! 私悪くないもん!」
「あ、あたしのには頭にしがみついたらいいって書いてあったし!」
「鈴さんイデデ! なんか俺合体ロボットみたいになってますよ!? どう考えてもおかしいからな!?」

 相川が右腕を抱きしめ、鈴は肩車されるような格好で頭にしがみついている。
 首がベキリと嫌な音を立てたが無視された。

「あ、一夏。あけましておめでとう」
「おうシャル。視界が不明瞭なんですまないが、俺の左手におみくじを置いてくれ」
「はーい」

 丁寧におかれた紙切れを、箒が広げて呼び上げた。

「む、大凶だな」
「何ですのそれは」
「最底辺の運ということだ」
「あんた新年早々運ないわねー」
「おりむー大変だね、このおみくじだと今年は両腕が吹っ飛ぶらしいよ!」
「待つんだのほほんさん(一夏命名)! 一体どんな激しい戦闘に俺は巻き込まれるんだ!?」
『以前のセシリア・オルコットとの戦闘の延長線上ではないでしょうか』
「いやアレはお前のせいだから」
『存じ上げません』
「テメェェェ」

 しかし事実、一夏のおみくじには『健康:両腕が千切れる。金髪で巫女装束の女性とキスをすれば吉』と書いてあった。

「……シャルロット、あんた」
「その視線は何かな鈴。僕、別にこのおみくじには何の手も加えてないよ?」

 ちなみにおみくじの名前は『シャルロットくじ』。前述の言い訳を満面の笑顔で言い切ったシャルロットがどれだけ恐ろしいかが分かる。

「シャ、シャルッ! ごめん目ェ閉じて!」
「本気でするのですか一夏さん!?」
「落ち着け一夏! お前は今錯乱している!」
「ええい放してくれ皆! 俺はまだ両腕を失いたくなんかな――」

 後ろから伸ばされていた静止の手をすべて振り切り、目を閉じて完全にキス待ち姿勢のシャルロットの元へ向かおうとし、一夏はつんのめった。
 先にいたのは車椅子に座った少女。

「へ?」
「あ?」

 倒れこむように、車椅子をひっくり返して、きれいに唇同士が重なった。

「「――――――――――――――――」」
『『『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!』』』

 呆然とする一夏に、口を離しぷはっと息を吸った蘭は、頬を赤らめながら笑った。

「もう、一夏さん……久しぶりのキスなんですから、続きまで責任、取ってくださいね?」




















「死ねええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」
「ぐぼぁっ!!!」

 その日、たまたま五反田家に泊まりに来ていた一夏は、はるか先の話である年越しを夢に見た。
 不思議なのは弾と蘭もまったく同じ内容の夢を見ており、先に起きた弾は一夏を拳で起こし(故の上記の絶叫である)た後リアルガチファイト、蘭は顔を真っ赤にして布団のなかでごろごろしていた。
 同様の現象がIS学園の一年一組の生徒と鈴に起こっており、唯一特をした相川がその日肩身の狭いを思いをしたのは言うまでもない。

 ちなみにラウラは一日中ニヤけてた。シャルロットは納得がいかないと愚痴をこぼしていた。

 帰ってきた一夏が巫女さん姿で非常にイイ笑顔を浮かべるシャルロットと遭遇するまで、あと12時間47分。



[29861] 17.ジェラシー
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2012/01/11 04:52
「れれれ冷静になれ」
「お前がな」

 箒の悲鳴を聞きつけ、思わず隣の部屋に飛び込んだ一夏。しかしその場にいたのはイケメン王子様シャルルではなく可憐な少女だった!
 すでに一夏のキャパシティを越えた事象ではあるが、ここでガン無視するわけにはいかない。

「おっほん。ではただまいまより、第一回三役合同会議を始めす!」
「動揺が丸わかりだよ一夏」
「情けない……」

 美少女二人の辛らつな物言いに、思わず涙する一夏だった。

「つまりはあれだろう、シャルルはシャルル君じゃなくて、シャルルさんだったということだろう?」
「まあそういうことだが……ずいぶんざっくりしているな」
「ホント、二人とも、隠しててごめんね」

 シャルルが申し訳なさそうに顔を伏せる。
 そのいたたまれない様子に、一夏と箒は互いに目配せした。

(よし面倒ごとの臭いがする! 箒任せた!)
(キサマァ! 男として、この状況を看過するとはどういう了見だ!)
(ヤだよ見るからに不幸な少女じゃん! 明らかに不幸イベント盛りだくさんだって)

 姐さん後がんばってくださいチィーッス! とばかりに一夏は退散を図る。
 いやホント自分のことで精一杯なんですマジ勘弁してくださいよ、と心中で謝罪していると、シャルルが小さな声量で、ぼそっと呟いた。

「僕は、どうがんばっても、『妾の子』なんだよね……」

 ――織斑一夏の目の色が変わる。

「事情が変わった」
「へ?」
「続けてくれ。全部、洗いざらい喋れ」
「ど、どうしたのだ一夏」
「……だよ」

 一夏は自分を落ち着けるようにして一呼吸置き、そして、


「俺はな。自分はどうがんばっても変われないなんて言ってるヤツが一番嫌いなんだよ」



 ――無論、俺を筆頭にな。




 Infinite Stratos -white killing-

 第17話:ジェラシー




 シャルルの事情を聞いて、箒は激昂を隠せなかった。家の事情で、一人の少女の人生が潰れる。データを取るためにウソまでついて派遣され、一夏の殺害すら問わないという狡猾さ。

「いや一夏を殺すのはさすがにマズイだろう」
「パターンはあったんだよ。君を殺してデータだけ転送して、それで……僕も死ぬ。痴情のもつれってヤツでね」
「……もういい。誰が好き好んで自分の殺され方を聞くんだ」

 顔色を悪くした一夏が、怯えた目でシャルルを見た。
 その表情に彼女はますます申し訳なさそうに体を縮こまらせる。

「それで、どうするのだ」
「どうもしねえのがベストだろ」

 箒の問いに即答すると、二人とも訝しげな目で一夏を見る。

「フッ……俺の記憶力を舐めるな。学園特記事項第……十二? あれ、えっと、ちょっと待って。二十だっけいや二十二か……?」
「多分二十一だ馬鹿者」

 肝心なところでしまらない男である。箒は心底あきれたような表情で、すらすらとその内容を読み上げた。

「本学園における生徒はその在学中においてはありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする――3年間だ。その間に解決策を見つければいい」
「……でも、いいの? 私、今までみんなを騙してたんだよ」
「気にするな、肉親の問題で苦しんでいるヤツなどはいて捨てるほどいる。今もここにいるだろう似非シスコンが」
「誰がシスコンだッッッッ!!!!!!!!!!」
「「ひ、否定の仕方がマジだ……」」

 そろってドン引きする美少女二人。一夏のライフがガリガリと削られていく中、シャルルは遠慮がちに箒を見た。

「篠ノ之さん、は……」
「箒でいいと言っているだろう。ああ、私と姉さんは、そんなに問題はないぞ。この間も専用機を頼んだところだし」
「ッ!?」
「?」

 その発言の重大さに、シャルルは息を呑み一夏はポカンとした。

「えーと、何? ひょっとして篠ノ之束博士謹製のISが、もうすぐ、来るってことか?」
「そういうことになるな」
「ちょ、ちょッ!? 何それパワーバランス崩壊の予感がビンビンするよ!?」
「奇遇だなシャルル。俺も嫌な予感しかしねえ。どうせ束さんのことだから両膝にドリルつけた勇者ロボットとか背中のコンテナからありえない量の銃器出して搭乗者のテンションを振り切れさせるパワードスーツとか送ってくるんだぜ」
「人の姉を何だと思っている」
「悪ィ……んで、シャルル」
「は、はい?」

 一夏は改めるように咳払いをし、

「お前は、どうしたい?」
「ここにいたい。あんな親の所には、二度と戻りたくない」

 即答するシャルルに満足そうに微笑み、一夏はその頭を撫でた。

「ひゃっ!? 一夏!?」
「……そうか。今までよく頑張ったな。ここなら、大丈夫だからな」

 若干羨ましそうな視線をシャルルに向ける箒。
 だが、一夏が今まで肉親のせいでどのような仕打ちを受けてきたか知っているだけに、その行動を咎めることなど出来なかった。

「俺も手伝うよ。だから安心していい。今日はゆっくり眠れ」
「……うんっ」

 笑うシャルル。
 彼女の笑顔を、一夏は初めて見た気がした。







 結局彼女が寝るまで一夏はいた。

「箒。ひとまずこのことは秘密にしておこう」
「……いや、クラスの何人かはもう感づいているだろう。今日1日で結構女の子らしい悲鳴を上げていたからな」
「そうか、箒にはできないことだな」
「何だそんなに死にたかったのか。それなら早く言ってくれれば良かったのに」
「イヤ俺を殺すのはマズいってさっき言ってましたよね箒さぁん!!」

 結構本気の目で木刀を構える幼なじみに、一夏は思わず引いた。

「わ、私だって女性らしい悲鳴ぐらい上げられるわ!」
「へぇ……」

 ふと一夏の中に湧いた悪戯心。
 両手をわきわきと踊らせ、目を輝かせながら迫り来る一夏に思わず箒は後ずさる。

「な、何をッ……!?」
「とうっ」

 瞬間、『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』ばりの素早さで一夏が箒の肩をつかみ、ベッドに押し倒す。

「ゑ……?」
「悲鳴の一つでも上げてみろよ、え?」

 ――実を言うと、この時一夏は我を忘れていた。
 今朝のラウラの裸体。
 先ほどまでのシャルルのスポーツジャージ越しに見えるボディライン。
 極めつけに、ラフな部屋着から溢れ出んばかりの箒の胸。
 ついでに言うと普段から薄着のまま出歩いている女子達やIS実習でのクラスメイトのISスーツ姿など、一夏がMB5(マジで暴発する5秒前)になる要因はあまりに多すぎた。

 ぶっちゃけ性欲を持て余していたのである。

 故の突発的行動。
 目を白黒させる箒の上で、一夏な虚ろな目のまま女の子の柔らかい肢体の感触を味わっていた。
 箒はやっと現状を理解したらしく、顔を赤くしてただ一夏を見上げていた。

「そ、そのだな一夏ッ」
「ん?」
「や……優しくしてほしい……」
「(ぶちん)」
「あ、ちょ、今のはナシだ! 違う今のは言葉のアヤというか、ほら、隣にシャルルもいるんだぞ!」
「e:oiyjhposgepohgopiooooooooooouuuuuuuuuuurrrrrrrrrrrrryyyyyyyyyyyyyyyyyyyy!!!!」
「一夏ァァァァァァァッ!? 戻ってこいぃいいいいいい!!」

 獣と化した一夏は意味不明の言葉を吐きながら、箒に顔を近づけていく。
 想い人(withレイプ目)の顔が吐息のかかる位置まで接近してきて、思わずフリーズする箒。このままキスしても、いいのかもしれないーー
 甘美な誘惑に屈しそうになった瞬間、一夏がぐえっと潰れたカエルみたいな声をあげてのけぞった。
 目をパチクリさせて見ると、背後から小柄な闖入者が一夏の襟を引っ張っていた。

「強姦未遂とは感心しないな。慰安婦相手じゃあるまいし、ましてや捕虜でもないだろうに」
「ボ、ボーデヴィッヒ……」
「同室の者が迷惑をかけた。オイ立て。さっさと部屋に戻るぞ」

 そう言ってさっさと一夏を担ぎ上げて部屋を出て行くラウラ。
 後ろ姿を見送ってから、箒は大きくため息をついた。

「惜しかったね~」
「ああ。邪魔が入らなければ今頃……って!?」

 隣のベッドから聞こえた声に、箒はバッと振り返る。
 そこには、しっかりと目を開けてこちらを見ているシャルルの姿があった。

「なんだか邪魔者っぽかったから黙ってたんだケド……ってあれ、箒さん?」
「ふ、ふふふ……」

 前髪を垂らしてゆらりと幽鬼のように立ち上がる箒。

「どうせ起きてたなら、ボーデヴィッヒを追い払うとかしてくれェェェェ!!」
「無茶言わないでよ!?」

 偽物の王子様は、迫り来る木製の刃に顔をひきつらせた。





 隣の部屋が騒がしかった。

「起きろ」
「…………」
「起きろ」
「…………んっ、ほーき……」
「……………………………………」

 バッシャァァァァァ!! と、シャワーから冷水が解き放たれた。
 あらかじめシャワールームに転がされていた一夏は、全身に水を浴びて飛び起きる。ていうか某巨大金魚ポケモンみたく跳ねた。

「みぎゃっ!? つッめてええええええええええ!?」
「……さっさと起きないからだ馬鹿者」

 自分がシャワールームに寝かされ、冷水シャワーを浴びせられていると把握し、一夏は即座にラウラへくってかかった。

「テメェ何しやがる!? 制服びしょびしょになるだろうが!!」
「安心しろ。『全部』脱がせた」
「え、ああ……ホントだ」

 そう、ラウラの言葉通り一夏の服は濡れていない。ベッドの上に脱ぎ散らかされている。――全部。

「あ、あひ、ひひはッ」

 ついでに言うと、ラウラも素っ裸だ。確かに濡れるのはイヤだが、この状況は、何かが違う。
 ラウラの視線はある局所にロックオンされていた。

「ひひはははははッ!! やってくれたなボーデヴィッヒィィィィ!!」

 冷水をかけられ、幼児体型の女子からガン見され。
 一夏の分身は、かつてないレベルでいきり立っていた。

「……もしや貴様、マゾか?」
「否定できねーのがムカつくんだよォォーーーー!!」

 そう言えば昔、鈴と蘭を体型の差でからかった時に二人からゴミ屑と罵られすごい興奮した覚えがある。
 マズい。一夏はタオルで腰回りを隠し(分身はタオルを押し上げてラウラの視界に入り込んでいたが)ながら適当に笑顔をとりつくろう。無理に笑おうとして顔がひきつった。

「…………織斑一夏」
「は、はいっ!」

 殺される、と思い一夏はぎゅっと目を閉じる。

「ゲームの続きがやりたい。さっさと着替えてこい」
「へ?」

 ラウラは全裸のままシャワールームから出ると、そのままドアを閉めた。
 まさかの放置にぽかんとする一夏。

「い、意味分かんねえ……」

 とりあえずは、いったん温水を浴びることにした。





「…………はぁ」

 シャワールームから水が床に当たり弾ける音が聞こえる。
 先ほどまでのイライラは、いつの間にかすうっと抜けていた。

(何なんだ、今の苛立ちは)

 部屋に一向に戻ってこない一夏。迎えに行けば、ベッドの上で箒となぜかいい雰囲気で、後は勝手に体が動いた。

(ああ、本当に、何なんだッ……!)

 分からなかった。
 ラウラ・ボーデヴィッヒには、まだ、苛立ちの正体が分からなかった。






[29861] 18.パワーフォース
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2012/01/12 01:28
 IS実習。
 それは教師監督の下、生徒が実際にISを操縦し、ナマの感覚を掴み、より実戦的な機動を身につけるためのもの。

「すまない、私は来客への対応があって実習には参加できない」

 今朝のホームルームでそう言い残し、千冬は来客の対応に向かった。実習の時に一組二組につくのは真耶と二組の担任だけ。

「一組と二組合同か……見本で鈴とタイマンとか言われても困るぞ」
「ふん、負けるのが怖いのか?」
「じゃあテメェこそこの観衆の中でも実力を発揮しきれるんだな?」

 授業は五人一班で進んでいた。
 専用機を持たない一般生徒は量産型の『打鉄』や『ラファール・リヴァイヴ』を使い回すことになる。暇している生徒たちは、自分の班に割り当てられたISをぼうっと眺めているか近くの知り合いとだべるくらいしかできない。
 主として班員への指導は、その班の専用機持ちか班長、または教師が当たることになっている。

「つーか相川さん大丈夫かアレ……」

 一夏は青空を、正確に言えばその中をひっちゃかめっちゃかに動き回る銀色の点を見ていた。

『いやぁああああああああああああああああああッ!! 止まってェェェェェェ!!』

 機体の制御をしきれず、混乱している相川清香。『打鉄』はその思考をそのまま反映し、相川を振り回すようにして大空に躍っていた。
 生徒たちは一旦実習を中断して、心配そうに彼女を見ている。

「先生方も苦戦してますわね……」
「なあボーデヴィッヒ。お前の機体、ドイツ製ということは『AIC』が搭載されているはずだろう? それがあれば一発なんじゃないか」
「素人のミスに手心を貸してやる義務などないな」

 箒の質問に、ラウラは冷たく鼻を鳴らして答えた。
 聞き慣れない単語に一夏が反応する。

「な、なあ箒。『AIC』って何だ?」
「ああ、『アクティブ・イナーシャル・キャンセラー』の略だ。慣性停止能力とも言うな。ドイツ製第三世代機体に搭載されていて、目には見えないエネルギーの『網』を張れる。その網に引っかかると、銃弾だろうが刀だろうが、音速で突撃してくるISだろうが止めることができる代物だ」
「……すげぇ。よく覚えてんな、ンなことを」

 すらすらと解説する箒に思わず一夏は感嘆の声をもらした。
 誉められて悪い気はしないのか、箒は少し照れたように頭を掻く。

「ま、まァ一般教養みたいなものだ。姉さんと話してたらISの知識なんて常識になってしまう」
「さ、さすが篠ノ乃博士だね……」

 軽く引いてるシャルルに、一同苦笑い。

「んじゃ俺も手伝ってくるわ。機動性なら白式が多分トップだろうし」

 そう言って、次の瞬間には白い鎧が一夏を包んでいる。

(まただ……)

 ラウラはそのIS展開を見て、アリーナでの特訓の時から引きずっていた違和感を確信した。

(スムーズ『すぎる』。初めは適性が高いのかと思っていたが、あいつの適性は『C』……不自然すぎる)

 そう、学園のデータベースによると織斑一夏のIS適性は標準的な『C』。そこまで高くないし、彼を上回る適性の持ち主などはいて捨てるほどいる。

「ちょっと行ってくる」

 白い残映だけ残して、一夏は飛び出した。その軌跡を見てラウラは思考を深める。
 そもそも一夏のISの展開の仕方は他の生徒とは一線を画していた。
 普通、発光現象と共に順次ISアーマーが着装されていく。このことについては一般生徒も代表候補生も、究極的には織斑千冬(ブリュンヒルデ)も同様だ。


 しかし一夏は違う。発光現象などない。アーマーは順次ではなく一度にすべて着装される。そんなISをラウラは聞いたことがない。


 まるで映画のフィルムを一部だけ千切って無理やりつないだようだ。
 それまでは何の異常もなかったのに、次のコマではISを身に纏っている。
 不自然な急速展開は、ラウラに一夏への疑念を抱かせるのは十分。

「オイ、そこの中華代表候補生(チャイニーズ)」
「……まさか今あのチビに呼ばれたのあたし?」
「ご指名のようですわね」

 ISスーツのまま向かい合う。
 互いにじっと見つめ、先に口を開いたのはラウラだった。

「織斑一夏について知りたい。知っていることを話せ。洗いざらいだ」
「断るわ。何様のつもり? 言っとくケドあんたが一夏の同室だろうが何だろうが、一夏を泣かせたらしいこと、あたしはバッチリ聞いたわよ?」
「……ならいい。そっちのお前は」
「申し訳ありませんが他をお当たりください。見るだけで消し炭にしたくなってきてしまいますわ」

 視線を向けられ、セシリアは敵意を隠すこともせずにラウラを睨みつけた。
 今まで一組の誰もが、一夏をヒーローのようだと思っていた。自分たちの危機に颯爽と駆けつけ、鮮やかに敵を倒したその姿に皆が見惚れた。
 しかし一夏は、そんな完璧な人間ではない。ラウラのたった二言三言で号泣し、全員がそのことをはっきりと確認した。


 自分たちが恋したのは、完全無欠のヒーローなどではなく、一人の人間なのだと。


 故の敵意。故の悪意。
 ラウラ・ボーデヴィッヒは、そのことに気づかせた立役者でありながら、そのことにより最大にして最悪の地雷を踏み抜いてしまった。

「……消し炭、か。どうやってするんだ? ご自慢のスナイパーライフルから火でも噴き出るのか?」
「……ッ!!」

 セシリアが視線を更に鋭くすると、鈴がいさめるように彼女の肩に手を置いた。

「ねえ、あんまりからかわないでくれる? 沸点低くてさ、怒りやすいのよ」
「なるほど、それは大変だな。お前に人徳がないのか……ああ、いや、違うな」
「……何が言いたいのよ」

 ラウラはあごに手をやり何か考える素振りをして、鈴らを見て笑った――嘲るような、嘲笑を浮かべた。



「お前の問題ではない。織斑一夏が貧弱で脆弱で、そう、何だったか……『ゴタンダラン』とかいう少女一人守れないほどに最弱だから、周囲にもロクな人間が集まらないのだろう?」



 瞬間、叫びが二つ重なる。

「甲龍展開! ――あんた、ぶっ殺すッッ!!」
「シュヴァルツェア・レーゲン! 有象無象の一つだ、踏みつぶせ!!」

 戦闘開始のゴングが、見守りの大人抜きで鳴らされた。




 Infinite Stratos -white killing-

 第19話:パワーフォース





「ッづおっ!!」
「ひぎゃん!」

 アリーナのはるか上空。相川清香は、一切の減速をすることなく一夏の胸に飛び込んだ。思わずのけぞったが『絶対防御』のおかげで痛みは大部分がカットされる。叫んだのはただ単にビビっていたからだ。
 一夏の周りで滞空していた教師二人が安堵の息を吐き、一夏に礼を言った。

「ありがとう、織斑一夏君」
「お疲れ様です一夏君。相川さんも大丈夫ですか?」
「は、はひ……」

 一夏に抱きかかえられたまま、相川は返事をする。
 どう見ても未だパニック状態の彼女を見かけて、一夏はアドバイスをすることにした。

「けどさ、相川さんって飛行の才能あるんじゃない?」
「へ?」
「だってあれだけのスピード、多分『打鉄』の最高速だ。あれで俺たちに当たらないよう回避してたじゃん」

 一夏はそう言うが、実際は彼や真耶が避けていただけだ。
 一夏が何を言わんとしているのか分からず、真耶と二組の担任は訝しげな表情をする。

「だから大丈夫だって。手ェ離すから、一人で飛んでみなよ」
「え……」

 躊躇う相川に、一夏は優しく微笑んだ。

「ヤバくなったら助ける。だから、自分を信じてみるんだ」
「おり、むらくん……」
「一夏で、いいよ」

 その言葉をよく飲み込んで、相川は自分の手を見た。何度か握って、開いて、繰り返し――大きく息を吸う。

「ヤだよ」
「…………」
「私じゃ私は信じられない。だから私は、一夏君を信じる。……私を信じてくれる一夏君を信じる」
「……相川さん」
「清香。清香だよ、一夏君」
「……ああ。飛べッ、清香!」
「うんッ!」

 一夏の手を放れ、相川清香は大きく羽ばたいた。
 加速しさらに加速し、鋭いヘアピンカーブ。素人目にも見事な機動で飛翔する。

「…………すッげ……」
「流石は適性Aですね」

 隣で真耶がこぼした言葉に、一夏は目を見開いた。

「え、マジすか。適性Aって」
「ちょっと真耶……いいの? 生徒の情報をバラしちゃって」

 顔をしかめる二組の担任を放置して、真耶はPICを器用に使い一夏の隣に寄り添った。

「あ、あの、一夏君。実は私も自信がなくッて……」
「流石に無理があるわよこの盲進乙女ッ!!」

 もう看過しきれなかったらしい。二組の担任は真耶の腕をむんずと掴み、勢いよく投げ飛ばした。
 きゃあああと悲鳴を上げながら吹き飛ぶ真耶をスルーして、二組の担任は両手を合わせて一夏に謝った。

「ごめんなさいね、織斑君。彼女、ああなると周りの声が聞こえなくなっちゃうのよ」
「? はあ……」

 分かっていなさそうな声を出す一夏に、二組の担任は頭痛でもするのか額を押さえた。
 不思議そうに首をかしげる一夏はきっと意味が分かってない。

「……まあ、彼女は私が見ておくから、下に戻っておきなさい」
「あ、分かりました。よろしくお願いします」

 大分機動になれてきたのか、相川は自由に大空を飛んでいた。それを見て微笑みながら、一夏は下の列へと戻ろうとし、

「……織斑君?」

 視線を真下に向けた瞬間、一夏の視線が鋭くなった。
 その視線の先をたどる前に。


「白式ッーー!!」
『加速開始(イグニッション)!』


 真っ白な軌跡を描いて、一夏が急加速する。

「織斑君ッ?」

 彼の向かった先を見て、二組の担任は思わず頭を抱えた。





「「ああああっ!!」」

 不可視の砲弾と大口径の炸裂弾頭が交差する。

「殺すッ!! あんた絶対に許さない!!」
「威勢がいいのは口だけか? 本気で殺したいならもっとまともな動きをするんだな!」

 実習中ではあるが、鈴とラウラは一般生徒から離れた所で、壮絶な私闘を繰り広げていた。
 今は互いに距離をとっての砲撃戦となっているが、本来『甲龍』は近接戦闘を主眼においた機体であり、一方『シュヴァルツェア・レーゲン』は全距離に対応可能な万能機。

(このままじゃジリ貧ね……)

 一気に踏み込むしかない。ラウラの機体も近接戦闘用装備はあるだろうが、この際なりふり構っていられない。何としても、あの女を地に叩き落とし血みどろにしてやる必要がある。

(対ISアーマー用徹甲榴弾の装填にかかる時間は三秒弱。そこを突くしかない!)
「やはり――敵ではないな」
「ッ!?」

 鈴が戦法を決定した瞬間、あろうことかあちら側が自ら踏み込んできた。
 両手にプラズマ手刀を展開、更には腰部スカートアーマーから二つのワイヤーブレードを射出し計四つの刃が鈴を狙う。

「こんのッ……!」

 素早く『双天牙月』の連結を解除、手刀を腕ごと蹴って弾きワイヤーブレードを『双天牙月』で防ぐ。
 結果として、鈴の目の前には無防備な姿をさらすラウラがいる。

「もらったーー!」
「ああ、やはり……敵ではない」

 標的(ターゲット)を捕捉(ロックオン)。最大出力で『龍砲』を放とうとし。


 瞬間、鈴の両肩の非固定浮遊部位(アンロックユニット)が爆発四散した。


「なァ……ッ!?」
「誰も、ワイヤーブレードが二本しかないとは言っていないだろう?」

 その言葉に、鈴はラウラの腰部スカートアーマーを凝視した。
 フロントアーマーから射出された数は2。そして、リアアーマーから自分の死角をついて展開されていた分が2。
 前者はこの手で弾いたが後者は見事に『龍砲』を破砕していった。
 体勢を崩された鈴の目と鼻の先に巨大な漆黒の砲口が突きつけられる。

「……あたしの負けね」

 遠くから見守っていた衆人が、勝者であるラウラを見た。ほぼ無傷の彼女に恐れの感情を抱く生徒すらいる中。

「オイ、まさかこれで終わりだと思ったか?」
「へ?」

 そこでようやく気づいた――体が、動かない。

「えッ、AIC!?」
「邪魔を、するな!」

 砲撃。ただ鈴に対してではなく、横合いからレーザーを放ってきたセシリアに対して。

「鈴さんから離れなさい!」
「……何だ、イギリスの方(ブリティッシュ)か。フランスの方(フレンチ)かと思って警戒したぞ」

 そう言って、ラウラは暗い愉悦に口元を歪めた。



「すまないがこれも織斑一夏のためだ。傷つき泣き叫び、土に還れ」



 そして四つのワイヤーブレードの乱舞。悲鳴を上げる暇さえなく、ISアーマーが切り裂かれエネルギーが削られプライドが砕かれる。

「ふふ、ははははっ、あーーっはっはっはっ!!」
「く、ぎ、ぎッ」

 圧倒的な暴力に、一般生徒も、セシリアも絶句していた。

「ッ、このーー!」
「オルコットさん、落ち着いて」

 ハッとし、慌てて『スターライトmkⅢ』を構え直すセシリアの肩に、シャルルの手が置かれた。

「デュノアさん!? なぜ――」
「大丈夫だよ、オルコットさん、皆」

 シャルルの言葉に全員首を傾げる。
 こうしている間にも、鈴はボロボロにされている。そろそろ機体維持警告域(レッドゾーン)に入るはずだ。

「助けに来てくれる人が、いるから」

 そう言って彼は真上を見上げた。つられて皆顔を上げる。
 眩しい太陽。その中に、だんだんと大きくなる黒点が一つ。

「これで終わりだ……果てろ」
「こ、の……ッ!!」

 反抗するにしてもAICで動けずボロボロの鈴に、容赦なく砲口が突きつけられた。

 そして。



 ――警告。上空よりロックオンされています!



「何……ッ!?」

『シュヴァルツェア・レーゲン』の警告にラウラは空を見た。
 砲塔が稼動し、天を仰ぐようにして狙いを定める。すでに迫り来るその黒点が何なのか、ラウラも含め、全員には分かっていた。

「ふん――落ちろ」

 故に、いつも通りラウラは穿つ。
 彼はこの砲撃を回避したことがないから。普段はペイント弾だが今回は実弾、それも対ISアーマー用徹甲榴弾だ。
 相対速度によりアーマーブレイクどころか一撃で沈みそうなものだが、それも経験のうちに入るだろう。そうラウラは思っていた。

 だが、その思考の前提自体が覆される。

「おおおおおおッ!!」

 黒点の正体――織斑一夏は、白式のトップスピードを維持しながらスラスターを調整していた。向きを微妙に変更し、いったんエネルギーを放出、すぐに取り込んで圧縮。

 まず左のスラスターが爆発した。

 実際に内側から破裂したわけではない――爆発したような勢いで光を放ち、機体は右側へ急加速する。
砲弾は、一夏の数メートル左を通り過ぎていった。

 次に右のスラスターが爆発した。

 今度は左側へ急加速。
 驚愕の表情を浮かべるラウラめがけて、白式はロールアウト後の最高速度を叩き出していた。

「馬鹿なッ!?」
「――人呼んでICHIKAスペシャル、別名『八艘飛び』ッッ!!」

 一閃。
 展開した『雪片弐型』は、とっさにラウラが顔を守るようにして突き出した両腕のプラズマ手刀を一撃で砕き散らした。
 そのままAICが解除された鈴を抱えて、いったん距離を取る。

「……学習能力はあるようで何よりだ。それでどうする? 私と闘り合うか?」

 ラウラとしては、一夏はここで退くと思っていた。怠慢でも油断でもなく、自分と彼の実力差は明らか。加えて、鈴を奪還した彼からすればこれ以上の戦闘に意味はない。

「――当然」

 だから、鈴をクラスメイトに預け、雪片を構え直す一夏を見て、ラウラは少し意外な気分になった。
 鈴を危険にさらされたのがそんなに逆鱗に触れたのか。ラウラはじっと彼を見て、ワイヤーブレードを四つ射出する。

「テストしてやる。全力で来い」
「上からもの言ってんじゃねえよ三下。刀の錆にしてやる」

 前傾姿勢から、ぞるっ!! と急加速する一夏。
 第二ラウンドの幕が開く。



[29861] 19.パワーフォース(Ⅱ)
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2012/03/03 00:27

 Infinite Stratos -white killing-

 第19話:パワーフォース(Ⅱ)




「まさかこの私に敵うと、本気で思っているのか」
「うっせえ。無防備に喋る前に、少しは今までの身の振り方を省みて懺悔したらどうだ?」

 IS実習中にもかかわらず、一夏とラウラは双方敵意の充満した視線をぶつけた。
 互いが互いを妬み、僻み、そしてやがて憎み合う。悪意と殺意が限界まで高まった瞬間、動き出したのはラウラだった。

「押し潰せッ、『シュヴァルツェア・レーゲン』!!」

 四つのワイヤーブレードを保険として展開しつつメインの射撃兵装である大口径レールガンを放つ。真左にズレて回避した後、一夏は回避しながら、刀身を走らせる。
 ラウラとの距離は、ワイヤーブレードの間合いではあるが切っ先が及ぶにはあまりにも遠い。

(何だ……何をしている?)

 一夏は焦る様子もなく『雪片弐型』を踊らせる。
 それは思わず見惚れるような華麗な動き――などではなく、まるで子供がおもちゃを振り回すような無茶苦茶な動き。

「一夏、何が狙いなの……?」

 シャルルの呟きに、誰も答えられなかった。そうこうしている内に、何度かワイヤーブレードが白い装甲を切り裂き白式にダメージを蓄積させていく。
 なぜ一夏があのような、無理して普段とは違う剣筋で刀を振るうのか……最初に気づいたのは箒だった。

「あ……真逆(まさか)」
「? 箒さん、何かお気づきになられまして?」
「あ、ああ。ボーデヴィッヒのワイヤーブレードを見てくれ」

セシリアから尋ねられ、箒は一夏を追い詰めるべく脈動するワイヤーブレードを指差した。

「……まさか!」
「多分、その真逆(まさか)だ」

 そして、ラウラも異常に気づいていた。

(何だッ……ただ自棄になって振り回しているわけではない!? 何を、何をしている!?)
「分かんねえか? 俺が何をしてるか」

 苛立ちまぎれに、再び大口径レールガンを叩き込もうとする。
 そこでラウラの眼前に展開される真っ赤なウィンドウ。


 ――ワイヤーブレード使用不可。残存装備はリボルバー・キャノンのみです!


「……ッ!?」

 慌ててワイヤーブレードを見る。射出されたそれらは、確かにいくら待っても戻ってこないし操作もできない。

「ま、さ、かッッ」

 半ば呆然としながら、ラウラは『雪片弐型』が振るわれていた理由を理解した。

「そうだ。俺はこいつで、そのワイヤーを絡め捕ったのさ」

 そう言って一夏が掲げた白い刀には、確かに四本のワイヤーが、がんじがらめに巻き付けられている。

『……私の着用者ながら、無茶苦茶なことを思いつくものです』

 呆れたような白式の声に、一夏は苦笑いを浮かべる。
 その表情がまるで、あっさりと武装を無力化された自分をあざ笑っているようで――ラウラの頭に血が上った。

「貴様、よくもーー!」
『敵機よりロックオンされています! あと一発あの砲弾を浴びたら終わりですよ!』
「了解! ここらで仕舞いとしようぜ、ボーデヴィッヒ!!」

 一夏はさらに、その刀からワイヤーを外し左手に掴んだ。そして一本釣りの要領でラウラの体を思いっきり引っ張る。
 予測できない急な動きにラウラの思考が止まり、『シュヴァルツェア・レーゲン』がそのまま『白式』の下へ無理やり引きずり込まれた。

「一つ!」
「ぐぅっ!」

 間合いに侵入した漆黒の機体をそのまま斬りつける。さらに斬撃を重ね、ラウラがAICに集中できないよう頭部に衝撃を与え続けた。

「こ、のッ、なめるなァァーー!!」

 だが彼女とて戦闘のプロだ。無理に意識を集中させ、一夏の右肘をAICのエネルギー波で捕らえる。

(――勝った!)

 続けざまに全身を固定しようとした所で、勝利の確信に笑っていた彼女のあごが、一夏の左膝に突き上げられた。

「カハァッ……!?」
「残念、仕舞いだ」

 停止結界が解除され、自由になる右腕。すぐさま突きの体勢を取り、吹き飛んでいったラウラを追った。


「――焦ったな、馬鹿者め」


 無防備に突っ込んで来る一夏に対し、ラウラはニヤリと笑ってみせた。
 嫌な予感に背中が震える。そして自分のミスを、一夏は悟った。

(しまった、焦りすぎた!)

 距離が開いたことで、『シュヴァルツェア・レーゲン』最強の兵器である大口径レールガンが、その射程圏に一夏を収めていた。
 もう停止や回避はきかない。トップスピードで突っ込む一夏はいい的だ。

(ここまで来たらスピード勝負だッ!!)
(私の弾丸が穿つの早いか、貴様の刃が突き刺さるのが早いか、勝負だッ!!)

「「おおおおおおおおおッッ!!!」」

 裂帛の気合いをこめ、一夏は『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を発動、ラウラはリボルバー・キャノンを発砲。





「――そこまで!」





 響いたのは鉄が鉄を弾く音だった。

 ラウラの砲弾を、展開した大口径スナイパーライフルで真耶が弾く。
 大口径とはいえ超音速の砲弾を銃で撃ち落とすという神業にラウラが目を見開く。

 突撃中の一夏は、二組の担任に上空からの跳び蹴りを背中に叩き込まれ、グラウンドに落下していた。
 生徒たちからすれば目で追いきれないレベルのスピードだが、正確なその蹴りは彼女の実力の高さをうかがわせた。

「双方武器を収めない。今は授業中よ」
「……先生、その前に織斑君からどいてあげてください」

 遠慮がちに二組の生徒が声を上げる。跳び蹴りの加害者は、墜落した被害者の体上に勢いよく着地していた。
 あらごめんなさいと二組の担任はどくが、下敷きになっていた一夏は口から魂を漏らしながら虚ろな目で「俺は彼女に、必要とされたい……」などと言っている。

「ハイ、みんな自分の班に戻ってください。一夏君とボーデヴィッヒさんは、グラウンドの穴の後始末を罰当番としてやってもらいますからねっ。……ISの使用は禁止で」

 笑顔で真耶が罰を告げる。
 ラウラはどうでもよさそうに鼻を鳴らし、一夏はグラウンドに半分埋まったまま力なく頷いていた。





[29861] 20.ロンリネス
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2012/03/22 16:53
「…………」
「…………」

 放課後、一夏とラウラはグラウンドの復旧作業に勤しんでいた。
 ラウラは灰色のISスーツを着込み、一夏はタンクトップに、何故かロッカーにあった土木作業用のズボンをはいている。

「……なあ」

 延々と土砂をリアカーに運び入れて穴にぶち込むだけ。ちなみにリアカーを動かすのは一夏で、動いている間ラウラはリアカーの上に乗っかっていた。

「なんだ、無駄口を叩くな。さっさと運べ」
「いや俺の奴隷みてーな扱いはもう慣れたんだケドさ……」

 一夏は言いにくそうに頬を掻いて、

「俺は、少しは強くなったかな?」
「……ここで否定するほど私は愚か者ではない。先ほどの戦いは見事だった」
「あれは最初に奇襲でプラズマ手刀を無力化できたからな……あれが健在だったら、至近距離の殴り合いに持ち込めなかったよ」
「どうせなら貴様も二刀流にしたらどうだ」
「一時期やってた……まァ白式じゃ無理だな」
『どういう意味ですかイチカ』
「そのまんまの意味だよ。お前『雪片弐型』しか使えねーじゃん」
「逆に考えろ。刀一本で大軍にケンカ売っちゃう俺カッコいいとか」
『そうですよイチカ。刀で銃弾弾いたりスペースデブリの直撃に耐える特殊合金を貫くとかするべきです』
「どこの真目家の嫡男だよ俺は」

 くだらないやり取りに、一夏とラウラは思わず笑う。先ほどはあんなにぶつかり合っていたのに、今はやけに双方落ち着いている。

「なあボーデヴィッヒ」
「ん?」

 リアカーを引きながら、一夏は口を開いた。

「お前はどうして、そんなに姉さんにこだわるんだ?」
「……あの人は私の知る限り最強の人物だ。最も完璧に『近い』」

 その言葉を聞いて、一夏は意外な気分になった。完璧ではなく、完璧に近いと言ったのだ。

「完璧、じゃないんだな」
「ある一点を除けば完璧だ」
「……その一点って?」
「鎖」

 一夏の足が止まった。土砂の山の頂上に腰かけこちらを見下ろすラウラに、いぶかしげに目を向ける。

「……どういうことだ?」
「鎖の名は『織斑一夏』。第二回モンゾ・グロッゾの決勝戦当日にその鎖は効力を発揮した」
「……テメェ……ッ!」

 一応、千冬の棄権理由は国際的には秘密とされている。だが一夏の場所の情報を提供したドイツはその件についてよく知っている。
 ならば代表候補生が知っているのも当然と言えば当然であった。

「その時私は悟ったのだ……最強たるには、一切の鎖を排する必要があると」
「まさか、それで鈴を!?」
「ああ。正直、あの程度の挑発で攻撃してきてくれるとは拍子抜けだった。実力も大したことはなかったし、あの調子なら完全に叩き潰すのにそう時間もかからない」
「何を……何を言っている……ッ!?」
「分からないか、織斑一夏」

 ラウラは不敵に笑い、


「今のうちから手を打っておけば、貴様は教官より強くなれる」


 それはきっと、普通の人からすれば目を剥くような言葉なのだろう。あの『ブリュンヒルデ』を超えるやもしれない可能性を秘めた人間。
 一夏自身、彼女を超えることは目標として掲げていた。故に詳しく聞きたくなるのは当然のはず、だが。

(……何だ、この感じ?)

 何故か一夏は、ラウラの言葉に何も感じなかった。自分には関係ないことであるかのように体が聞き流す。
 少し考えれば、原因は知れた。

「……なあボーデヴィッヒ」
「どうした? 鎖を排する気になったか?」
「お前、哀れだな」

 唐突な発言に、ラウラは眉を寄せた。構うことなく一夏は言葉を続ける。

「強さは孤高だと思ってる。勘違いしている。独りきりじゃないと戦えない。仲間なんて邪魔。そう思ってんだろ?」
「……ああ。そしてそれが、真実だ」
『勘違いもはなはだしいですね、ラウラ・ボーデヴィッヒ。イチカが目指しているのは、そんなチンケな強さではありませんよ』
「その通り。それは勘違いだ。確かに俺は強くなりたい。けれどそれは一人になりたいって意味じゃない」

 一夏は両手を広げ、真正面からラウラの目を見た。

「俺が強くなりたいのは、敵を倒すためじゃない。守るため。そのために、俺は姉さんより強くなりたい」
「……正気か? さっきは、たかが私ごときにあの中華代表候補生(チャイニーズ)を殺されかけたのに?」
「言ったのはお前だ。俺はまだ強くなれる。そして、絶対に強くなる!」

 話にならない、とでも言うかのように、ラウラは鼻を鳴らした。

「バカバカしい! 強さは孤高だ! 誰かを守るための力などいらん!」
「その破壊に特化しちまった思想が鼻持ちならないんだよ! 一人で何ができる! ISの1対多数なんざ話にならないだろうが!!」
「真の強者ならいかに相手が束になろうとも蹴散らせる! 貴様が目指している、教官より上の世界というのは、そういう者が存在する場だ!」

 土砂の山から飛び降り、ラウラはいつでもISを展開できるよう身構えた。一夏もまた白式に手を重ねる。

『全装甲展開準備完了(スタンバイ)』
「……いくら話しても、無駄みたいだな!」
「どうやらそのようだ……また、闘るか?」
「悪くない。ケド、物事は合理的に片付けようぜ」

 そう言った一夏は白式に重ねていた手を離し、ラウラにビシリと指を突きつけた。

「今度の学年別トーナメントで、俺はお前を倒す!」
「……ほう、なるほどな。しかしそれは守るための力と言えるのか?」
「ッ、それは……」

 と一夏が言葉に詰まっていると、校舎の方から土を踏みしめる音が近づいて来た。

「あ……真耶先生」
「もう、全然終わってないのにおしゃべりですか? 感心しませんよ一夏君」

 いつものフリフリした服装に戻った真耶は、手にしていた書類を一夏とラウラに見せた。

「……これって」
「今度の学年別トーナメントは、より実戦的なものにするためタッグを組んでもらうことにしました」
「なるほど、多人数対多人数の経験か。まァ戦場で1対1など極めて稀だしな」

 納得したように頷くラウラ。
 一夏は書類を何度も読み直し――ガバッと顔を上げた。

「コレだ」
「? 一夏君、どういう……」
「真耶先生愛してる」
「ふぇっ!?」

 ボンッ! と音を立てて真耶の顔が真っ赤に染まる。

「俺はッ! ラウラ・ボーデヴィッヒ! テメェにこのタッグマッチのォ、ペアを申し込むZEEEEEEEッ!!」

 書類を握り締めて叫ぶ一夏。
 作業用ズボンとタンクトップなだけに、天に向かって雄叫びを上げる姿はシュールだった。ていうかなんか妙にテンションが高かった。

『急にどうしたんですかイチカ』
「俺はペアであるボーデヴィッヒを守りながら戦う。そこで俺は、守るための力の強さを見せてやる!」

 簡潔に目的を伝え、一夏はラウラの反応を見た。
 あごに手を当ててしばし考えこみ、ラウラは視線を上げる。

「いいだろう。私は基本的には回避のみで、戦闘への参加はしない。回避も手を抜く。私が撃墜されたら貴様の負けだ」
「ああいいぜ。四の五の言うより分かりやすい」

 火花を散らしながら、二人は書類にさらさらとサインをする。ここに『学年最凶タッグ』が結成された。

「でへへ……一夏君、そんな、私たちは教師と生徒、いやん♪そんなトコ触っちゃ……」
「オイ織斑一夏。この教師はどうした、酸欠かそれとも精神疾患か?」
『放置を推奨します』
「ほっといてやれ……」

 真耶はしばらくグラウンドで悶絶していた。




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 第20話:ロンリネス





 後にIS学園生徒会長は語る。

「今回のタッグマッチで、一年生で注目なのは三組あったわね。

 一つ目がオルコットさんと鈴音さんのタッグ。言うなれば『学年最高』ってトコかしら、機体性能と機体の相性的に見てね。……本人たちの相性は置いといて。

 二つ目は織斑一夏君とラウラ・ボーデヴィッヒさんのタッグ。こっちは『学年最凶』と呼びましょう。字がおかしい? いやねこっちで合ってるわ。二人とも反目し合ってるケド、万能機と格闘特化なわけだしボーデヴィッヒさんのサポート次第じゃ化けるわよ。

 で、最後。これが私的に最有力候補なんだけど――デュノア君と篠ノ之さんのタッグ。命名、『学年最優』ってトコ。ま、例の事件のせいで有名なんだケドね♪」




 例の事件とは何か。それは――



『――次回に続きますッ!!』
「急にどうしたんだ白式」
「一度整備科に見てもらえ……」



[29861] 21.パワーフォース(裏)
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2012/03/10 20:13
 突発的にラウラとタッグを組んだ後、一夏は少し頭を冷やすべくシャワーを浴びていた。
 無論シャルルはすでに着替えて部屋に戻っており、ロッカーに残っているのは一夏だけとなっている。

(さっきの戦闘は上手くいったな……『八艘飛び』がぶっつけ本番で功を奏したってのもあるし、手刀を一撃で二つとも粉砕できたのも良かった)

 冷静に先ほどのラウラとの戦闘を振り返りつつ、ポイントごとに自分のアクションを評価していく。

(まぐれで勝ちを拾ったことには変わりない。ケド、いつかはあいつを圧倒するぐらいにならなきゃな……それより何より!)

 気に食わないのが一つ。

(窮地を招いたのは俺だ、俺自身のミスで、優位性が崩れた……ッ!)

 ギリッと歯を食いしばり、一夏は壁に拳を打ち据える。

「……まァいい。問題は二対一での戦闘方法か。防御対象まである以上、一方的な突撃が難しいのが厄介だな……」

 戦略を練りながら、制服にテキパキと着替える。そろそろ夕食の時間だ。
 食堂へ向かう道すがら、ずっと考えていた。もしあの時、自分が完膚なきまでにラウラを打ち倒してみせたら、何かが変わったのだろうか。
 けれど、自分はまだその領域に届いていない。

「勝つさ、次こそ」
『……イチカ。その前置きとして、いずれ、とつけてもですか?』

 白式の声に、一夏は答えた。

「当然だ。もう、負けねえよ」
「あ、おりむーだ~」

 自身満々にカッコつけて微笑む一夏を発見し、偶然その場に居合わせた本音はぶんぶんと手を振り、彼女の側にいた他の面々はいたたまれない様子で一夏から目を背けた。

「……白式」
『すいません、気づきませんでした』
「オイコラ嘘つけ」

 ISが、世界最強の兵器――当然のごとく最高峰の索敵機能を誇る兵器が――気づかないわけがない。
 謀ったな、と思わず半眼になる。そして恥ずかしすぎて耳が熱くなる。

「やあのほほんさん、えーッと、谷本さんに夜竹さんかな」
「わぁっ、覚えててくれたんだ!」
「話すのそういえば初めてかも……」

 谷本と夜竹が一夏に歩み寄ると、本音はぽんと手を叩く。

「そういえばおりむーご飯食べたー?」
「いや、今から食いに行こうとしてたんだけど」
「じゃあさ~」
「じゃッ、じゃあ今から食べに行かない!?」

 と、本音の言葉を遮って、夜竹が若干興奮気味に叫ぶ。
 その勢いに押され一夏はとっさに頷いてしまっていた。やったー! と手を合わせてキャイキャイ叫ぶ谷本と夜竹に、一夏はもう何も言えなかった。

(まーたまにはいいかな、こういうのも)
「ねーねーおりむー」
「うん?」

 食堂に入り、食券を選ぶ。一夏は豚のしょうが焼き定食、本音はハンバーグセット、谷本と夜竹はクリームパスタだ。

「しののんとしゃるるんの話聞いたー?」
「……もしかしなくても箒とシャルルのことか」

 特徴的すぎるネーミングセンスに、思わず一夏は苦笑した。
 四人で一つのテーブルをとって皿を並べる。

「ううんと、言っていいのかどうか分からないんだけど、こんなことがあってさ……」

 そう谷本が切り出して、三人がそれぞれ補足し合いつつも話した内容は、一夏の目を驚愕に見開かせるには十分な内容だった。





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 第21話:パワーフォース(裏)


 学年別トーナメントがタッグマッチになった――その一報は、瞬く間に学園を駆け抜けた。
 この隙に学園ただ二人の男子を巡り醜い争いが繰り広げられるのは当然。最有力候補と目されていた一年二組代表の鈴は保健室でお休み中、一組で普段一夏と親しくしているセシリアは彼女の傍にいるので動けない。人はこれをチャンスと呼ぶ。

『この機に織斑君と仲良くなりたい……!』
『もう出遅れるワケにはいかない! 血反吐撒き散らしてでも織斑君の隣を手に入れる!』
『邪魔するヤツは、斬る!』

 そしてその勢いが最も強かったのは、言わずもがな一年一組であった。
 ある時期はクラス内で異端審問会を軸にまとまりつつあったが、タッグマッチなので勝者は一人、よってあえなく空中分解した。
 というのは代表者である箒が率先して抜け駆けしようとしたのだが、そこでは

『あ、姐さん……何で作業着なんか着て意気揚々とグラウンドへ行こうとしてるの……?』
『しののん横暴だー!』
『本音はそんなゆるめに言っても迫力ないわよ。ていうか審問会会長にして創立者が抜け駆けだなんて……』
『フッ、抜け駆け? オイオイどうしたんだ――そんな、負け犬の言い訳を使うだなんて』
『『『…………ッ!!』』』

 なんて少年ジャンプみたいなやり取りがあったりする。
 とにかくこの波紋は一夏を中心に広がり、周囲の人々を巻き込もうとしていた。





(一夏、どこにいるんだろ……?)

 シャルル・デュノアは阿鼻叫喚の地獄絵図と化した一組をそっと抜け出し、一夏の姿を探して校舎をさまよっていた。
 優しく自分を受け入れてくれた一夏と箒。
 今箒はアレな感じで一組のクラスメイト全員と戦って(しかも優位に立っている)ので、まったく頼りにならない。タッグを組むということは、大会までの間は互いに信頼し、なるべく練習を共にしなければならない。
 正体を隠す身としてはやりづらいことこの上ないし、最悪女であることがバレてしまう可能性もある。

「はァ……うん、一夏しかいないや」

 グラウンドで作業しているはずの少年を思い浮かべる。少なくとも、自分を受け入れてくれた、ということで、一夏はある程度の信頼を勝ち取っていた。

「ちょっと待ったシャルルッ!!」
「ひゃいっ!? うわあびっくりしたぁ……急にどうしたの、箒」
「今の私には未来が見えている……シャルル・デュノア! きさまッ! (一夏をペア相手として)見ているなッ!
「……やけにテンション高いねっていうかちょっと怖いよ。なんか鬼気迫るものがあるよ」
「残念だが、ライバルは潰しておくに限る……」
「ちょい待ち審問会長ー!」

 と、突然現れた箒が、肩をいからせながらシャルルに迫ろうとした時、タイミングよく一人の女子生徒が割り込んできた。

「え、えッと……谷本さんだっけ? 良かった、マトモっぽい人が来てくれた」
「覚えてくれてて嬉しいよデュノア君」
「一寸待て。今、暗に私がマトモではないと言っただろう」
「些細なことは気にしちゃだめだよ会長。でね、私は一組の『黒髪トラウマ持ちイケメンと金髪王道イケメンの組み合わせを愛でる会』会長として申したいんだけど……」
「死ね彼女をマトモだと思った数秒前の僕!!」

 シャルルにしては珍しく言動が乱れた。
 そんなことはさて置いて、谷本は言葉を続ける。

「少しぐらいは男子同士の絡みゲフンゲフン性的な接触を許容してあげてもいいんじゃない?」
「ねェ言い直した意味あるの!? どう考えても悪化したよね!?」
「ふっ、なるほど、少しは一夏にも安息の時間を与えろと」
「そーそーできれば半脱ぎゲフンゲフン一糸身に纏わぬ姿で」
「今、君は明らかに自分の欲望を加速させた!」
「やだ……私、今、織斑君以外の男の子に激しくツッコまれてる……ごめんね織斑君、私、汚されちゃった」
「……こんなの、絶対おかしいよ……」
「ちなみに他の女子がいくら一夏以外の男子に汚されようとも、私は一向にかまわんッッ!!」
「僕がかまうんだよォォォッ!!」

 顔を赤らめてイヤンイヤンと身をよじらせる谷本の(見苦しい)姿と無駄に男らしい箒の言葉に、シャルルは思わず膝を屈した。日本人ヤバい。マジヤバい。

「ごほん。まァ、確かに筋は通っている。女子しかいない環境で一夏は疲れているだろうし、私自身、一夏はどこかで休憩すべきだと思っていた」
「でしょでしょ? だからここらでデュノア君を……」

 谷本が続けようとした所を遮り、箒はぐっと拳を握りしめ、喉から叫び声を走らせた。

「しかしそんな理由で敵に塩を贈れと!? 余裕を見せてみろだって? いいや限界だ、お断りだね!!」

 血を吐くような雄々しい叫びに、廊下を歩いていた生徒が驚き振り向く。

「ちょッ、落ち着きなよ会長。分かった、分かったから」
「ていうかライバルって、僕は男子なんだケドな……」
「愛は性別を超えるのよ」
「まず僕と一夏の間に愛なんてないってトコから弁明しなきゃだめなのか……」
「愛がない……? ひょっとしてカラダだけの関係なの?」
「どうしてナチュラルに話をそっち方面に進めるんだッ!?」

(腐)女子パワーに圧倒され、シャルルは思わずたじろいだ。
 目をギラギラさせながら(断じてキラキラではない)迫り来る谷本に、シャルルは言いようのない寒気を感じる。

「ね、ね、ね、ちょっとだけでいいの。ちょっとだけ、ちょっとだけ今穿いてるパンツを貸してくれたら……」
「ちょっとどころの話じゃないッ!? それをちょっとだなんて言える君は何なんだ!」
「大丈夫、汚さないって絶対。……汚しても洗って返すから」
「汚れる可能性あるんだ!? ていうか、何で汚れるのさ……」
「え、えッ? それは……キャッ、そんなコト言わせようとするだなんて、デュノア君鬼攻めだねッ」
「……この学園は、地獄だ……ッ!!」

 今まで一人でやって来た一夏が、シャルルには神に等しい存在に思えた。
 凄まじい自制心。凄まじい忍耐力。凄まじい紳士パワー。

「ひゃぶっ」
「ヤレヤレ、すまんなシャルル」

 と、ここで箒が谷本にチョークスリーパーをキメてシャルルから引き剥がした。
 ぐいぐいと締め上げつつ、表情を引き締める。

「それでだシャルル。お前とて、見知らぬ女子とはやりづらいだろう」
「あ、うん」
「しかし私は一夏とお前は組ませたくない。そこでだ、私と組まないか?」

 思いがけない、というか半ば諦めていた方面からの提案に、シャルルは一も二もなく頷いた。

「僕はかまわないよ。一夏か箒じゃないと、正直厳しかったし」
「うむ。しかし周囲が納得するかどうか……」
「……ああね」

 箒の憂鬱そうなつぶやきに、シャルルも同意した。
 今箒に締められ顔を青くしている谷本のように、この学園の生徒は何をしでかすが分からない危険人物でいっぱいだ。そこら中に地雷がある。

「……ていうか箒、その、谷本さん大丈夫なの? なんか青を通り越して紫になってるんだケド、顔が」
「ああ大丈夫だ。こいつマゾだからな」
「うわあ今季聞きたくなかったカミングアウト第一位だよ」
「いくら締め上げても快感に変換するからな、制裁が効かなくて困っている」
「へ、へぇ……」
「以前一夏の下着を盗み出した時も唐竹割りを食らわしたが、気持ちよさそうに涎を垂らしてビクンビクンしてた」
「それは相当だね……あ、落ちた」

 かくんと谷本が頭を垂れた。
 箒が腕をほどくと、そのままうつ伏せに倒れ込む。これは殺ってしまったかもしれん、と箒とシャルルは青ざめた。
 二人がかりでその体を廊下にあった掃除道具用ロッカーに押し込み、ふうと一息。

「致し方ない……理由を、作るしかないな」
「へ、理由?」
「うむ」

 そこで箒はビシリと人差し指をシャルルに突きつけた。

「私と決闘して、私が勝ったら、私とペアを組んでもらう!!」
「…………へ?」



[29861] 22.パワーフォース(裏弐)
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2012/03/18 22:26
「……リヴァイヴ」
「ああ。何か問題があるか?」

 第二アリーナ、箒とシャルルは、互いにISを展開した状態で相対していた。
 シャルルは自身の専用機である『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を展開している。
 対する箒は――フランス産の量産型『ラファール・リヴァイヴ』であった。
 代表候補生の駆るカスタム機VS一般生徒の量産型。勝敗など目に見えている。

「嗚呼、まったくもってつまらないな。こんなに勝敗の見え透いている戦いなどそうそうない」

 大仰に肩をすくめて、箒はそう言った。

「……そうひがむこともないよ」

 苦笑しながらシャルルが言う。専用機を持たざる者の、持つ者への妬みだと、一笑に付した。
 すると箒はキョトンとした表情で、

「オイオイ。どうしてひがむことがある? 真逆(まさか)、御前、たかが専用機の有無ごときで、勝敗を決しようとしてるのか?」

 酷薄な口調のその言葉に、思わずシャルルは眉を寄せた。

「量産型が専用機に勝てないだなんて、何時(いつ)、何方(どなた)が、如何(いか)にして考えたんだ?」
「……それは……」
「答えづらいか。なら質問を変えよう。……専用機と量産型とのスペック差を埋め得るものが何か、分かるか?」

 一拍おいて、


「愛と勇気と根性さ」


 いつしか観客席に座る生徒たちは、彼女から目を離せなくなっていた。何のことはない、すぐに片の付く試合だと思っていたが。
 彼女、何かをやらかすかもしれない。

(……ずいぶん、派手な真似をするのね。さすがはこの私が気にかける素質の持ち主だわ。適性SS――人類初の第三移行(サードシフト)経験者の、篠ノ之箒さん)

 客席で『期待大』と書かれた扇子が一つ開かれた。
 箒は恭しくお辞儀して、客席を見渡し、不敵な笑みを浮かべる。

「それら総てを兼ね備えるこの私、篠ノ之箒と。フランス産の純粋な量産型、バランスに特化した『ラファール・リヴァイヴ』が。――この決闘での圧勝を持ってして、代表候補生の面目を、完全に完璧に完膚なきまでに叩き潰してやろう」

 勝利宣言。
 誰も予測し得なかったそれに、アリーナの空気が凍りついた。

「……かの篠ノ之博士の妹だから、少しは期待してるよ?」
「肉親の名声に泥は塗らないさ」

 苛立ちの混ざったシャルルの声に、箒は口元を吊り上げた。
 そして。
 シャルルがアサルトライフルを、箒がハンドガン二丁を、展開すると同時に発砲した。
 炸裂音とスラスターが火を噴く音が重なり、彼と彼女の戦いは始まった。






 Infinite Stratos -white killing-

 第22話:パワーフォース(裏弐)






 初弾は共に外した。というよりは、互いに避けた。
 円を描くようにアリーナを飛翔し、照準を定めさせない。
 シャルルのライフルは射程距離と弾速でハンドガンに勝る。三連バーストに設定された弾丸は、しかし箒の高速機動にはかすりもしなかった。

「ハンドガンでは、やはり分が悪いな」

 そう箒は言うが、その言葉がシャルルをますます苛立たせた。
 なぜなら、先ほどから時折、その分が悪いはずのハンドガンの弾丸が、シャルルのエネルギーバリアーに当たっているからだ。

(何でッ……僕のライフルの方が性能では勝ってるのに、何で!?)
「性能が戦力の決定的な差にはならないということさ、フランス代表候補生!」
「――ッ、この!」

 シャルルはサブマシンガンに武器を切り替え、同時に物理シールドを展開し、距離を一気に詰めた。

「オイオイ、ここは私の距離だぞ?」
「さァてね……!」

 ハンドガンで牽制しつつ、箒はシャルルを限界まで引きつける。
 両者の手の中で、武器が同時に光を帯びた。

「「そこッ!!」」

 瞬間、互いの武装が銃から剣へと切り替わる。
 すれ違いざまに切り結び、鉄と鉄が激しい衝突を繰り返し火花を散らせた。シャルルは焦ることなくブレードを振るい、箒はそれを逸らして返す刀で斬りつける。
 近距離での立ち回りではやはり箒に分があったようだ、シャルルはバックブーストして距離を引き離そうとする。
 逃がすまいと箒は追いすがるが、瞬間、シャルルの両手には六二口径連装ショットガン『レイン・オブ・サタディ』が握られていた。面制圧に長けたそれに、シャルルは必殺を確信する。

(勝った!)

 容赦なき六連射。
 しかし、突如として箒とシャルルを遮るように物理シールドが現出したことで弾丸は全て防がれた。
 至近距離でのショットガンの直撃を受けて砕け散る盾。
 そしてそのシールドの破片を押しのけるようにして前進した箒が、両手の長刀でシャルルの首筋と脳天を斬りつけた。

「高速切替(ラピッド・スイッチ)ごときが……御前固有のものだと思っていたか?」
「けれど、今、シールドは何もない所に……ッ」
「ああそうだ。私は自分の体に触れていなくても、ある程度の距離なら武装を展開できる」

 何とか距離を取ろうとするシャルルに、箒は背部スラスターを用いて『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』し――そのまま抱きついた。

「なッ……!?」
「例えば、こんな風にーーッ!!」

 刹那、シャルルの背中が炎と轟音と共に爆散した。さらに爆発は続き、カスタマイズされた推進翼も、マルチウェポンラックを兼ねたリアスカートも、その爆発に吹き飛ばされる。

(何、が……ッ!?)
「本来は脚部に装備されるマイクロミサイルポッド5つを、私の正面に私向きに展開した。つまり、君の真後ろだ」

 360視界を活用しを何とか視線を真後ろにやると、確かにミサイルポッドから次々とミサイルが吐き出され、自分を穿っている。だが所詮は脚部取り付け用、すぐに弾切れを起こし、そのまま地面に落下していった。


「それじゃ――フィニッシュといくか」


 箒は笑みすら見せながら、シャルルを突き飛ばした。
 狩る側と狩られる側の、予想より逆転してしまった様に、観客は言葉を失う。

「このォォォォォッ!!」

 シャルルが吠え、『レイン・オブ・サタディ』の引き金を滅茶苦茶に引いた。
 面倒くさそうな表情で箒は物理シールドを三重に展開、結果シールドを二枚まで砕いた所でショットガンの弾は尽きた。

「とうっ」

 妙なかけ声と同時、箒が残った一枚の盾を踏み台に跳んだ。

「は、はァッ!?」
「オイオイ、いくら私が美少女だからって、そんなに目を取られていたら――負けるぞ?」
「!」

 いや、ただ踏み台にしただけではない。踏みつける時、指向性を加えた上で盾を踏んだのだ。
 宙に躍り出た箒に気を取られていたシャルルの顔面に、物理シールドが直撃する。
 ISに透視機能はない以上、シャルルの前方への視界は一時的に封じられた。

「このッ!」

 手に呼び出したアサルトライフルでシールドを吹き飛ばし、シャルルが見たのはあろうことかこちらへ突っ込んで来る――それも左足を折りたたみ、右足を真っ直ぐに突き出した姿勢で――迫り来る箒の姿だった。

(ISで飛び蹴りッッ!!?)
「さあ避けてみろよ、フランス代表候補生!!」
「このッ!」

 しかしシャルルも代表候補生。繰り出された蹴りを紙一重で捌き、受け流してみせた。微妙にかすった余波でアサルトライフルがねじ切れた。予想外の威力に思わずシャルルは青ざめる。
 シールドエネルギー残量を確認すると、もうかなり深刻な数値だ。ライフル弾ならともかくミサイルなど直撃すれば敗北は必至。キックは……ちょっと何を引き合いに出しているのか分からない。

「ケリが外れた…駄目だ…もう動けね…どうする!?」
(そのネタ分かる人いるのかな……)

 やたらと精神を次元の壁の向こうにトばす箒に、シャルルはすごく複雑な気分だった。
 箒が通り過ぎていった方に振り向きサブマシンガンと予備のアサルトライフルを展開させ、同高度の箒に対しそれぞれ頭部と胸部に狙いを定める。

「まァこうするんだけどな」

 まだ手を伸ばせば届く距離。そこで、不自然に箒の体がピタリと静止した。

「――え?」
「『瞬時停止(ストレイド・ストップ)』――私が姉さんの研究所で開発した、旧時代の技術さ。ああ背中のスラスターは使ってないぞ。左右脚部スラスターだ」

 そして、箒はぐりん! と反時計回りに勢いよく回転した。右足を伸ばし、上体を低くしたそれは――

「後ろ回し蹴り……ッ!?」

 観客席で『御美事(おみごと)』と書かれた扇子が広がった。驚嘆の声を上げた扇子の主は、目を見開いて試合の行く末を見守る。

「このッ!」

 シャルルが放った弾丸は上半身を下げた箒に当たらず宙を切った。
 右足の蹴りはシャルルの腹部に突き刺さった。しかしそれだけでは終わらない。
 脚部に召喚された、ミサイルポッド――先ほどとは違う、大型のミサイルが二発搭載された灰色の細長いコンテナ。
 そこから放たれた二つの巨大なミサイルが零距離からシャルルに着弾、内蔵された爆薬を炸裂させた。

「ガハァッ!!!」
「その躰、極彩色と散れ。……なに安心しろ。骸は浄土の養分となり、魂は非想天に産み落とされるさ」

 火柱と噴煙が上がり、観客が身を乗り出して戦局を見守る。
 無論箒とて無事では済まない。多少の装甲を煤けさせ、爆煙からネイビーカラーの『ラファール・リヴァイヴ』が飛び出した。

「……さすがに無傷とかいかなかったか」

 自身の脚部装甲、不自然にえぐれたその箇所を見て箒は呟く。
 最後のミサイルが直撃する寸前、シャルルは左腕の盾の外付装甲をパージし、内蔵された『盾殺し(シールド・ピアース)』――いわゆるパイルバンカーを無理な体制から放っていたのだ。
 ミサイルの迎撃はならなかったが、それは箒の脚部装甲に当たっていた。

「私にまともな攻撃を当てられたのは僥倖だよ、デュノアさん」

 爆煙の反対側、吹き飛びアリーナの地面に墜落したオレンジ色の機体を見て、箒は少し笑った。

「篠ノ之博士の妹に一太刀食らわせた代表候補生か。……有名になるのは私かシャルルか、どちらだろう」

 答えは両方であることを、箒は翌日身を持って知ることになる。









「……そんなことが、あったのか」

 空になったコップを置いて、一夏は一つ息を吐いた。

「結局しゃるるんとしののんがタッグになったみたいだよ」
「強そうだけど、大丈夫?」
「オイオイ、俺より自分の心配をしろよ」

 思わず苦笑する。
 正直なところ、一夏にとっては何の障害にもならない。少なくとも一夏本人はそう考えていた。

「織斑君、大丈夫なの?」
「問題ねえよ夜竹さん。言っとくが俺は世界最強になる男だ。たかが天災の妹とフランス代表候補生程度じゃ俺は止められない」

 自信満々に言い放ち、一夏は立ち上がった。

「そう言えば、みんなは誰と組むんだ?」
「私はきよかんと組むー」
「のほほんさんと清香か」
「私はさゆかとだね」
「うん」
「夜竹さんと谷本さんか……」

 口に出すのは失礼だが、一般生徒同士のタッグは多分、相手にならない。それは専用機持ち全員の意見だろう。
 このような企画をする学園の意図が一夏には汲めない。逆に一般生徒のモチベーションを下げる結果になりはしないか、専用機持ちを参加させていいのか。

「俺はボーデヴィッヒとだよ」
「……ゑ?」
「いやその反応予想はしてたケドさ」

 鈴とを相手取って、圧倒し、一夏を追い詰めた少女。それと一夏のコンビ。
 専用機×専用機という所業がどれほど強い影響力を持つのか、分からぬはずもないのに。

「大丈夫、ハンデはある」

 食器を重ねて、四人そろって返却口に返した。

「楽にはいけねえよ、俺もそっちも」

 そう言って笑う一夏に、三人は少し笑った。



[29861] 23.ユニティ
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2012/04/10 18:23
「大丈夫か、シャルル」

 アリーナに巨大なクレーターを作り陥没していたシャルルwithラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。
 箒は半ば地面にめり込んでいた彼の手を握り、引き抜こうとしていた。

(……やはり、『リヴァイヴ』では私のイメージとギャップがありすぎる。バランスが良いのは認めるが、それだけだ)

 先ほどの試合で、時々『リヴァイヴ』は箒が描いていた機動を再現しきれていなかった。
 この程度の操縦で追いついてこれなくなるのなら、箒のポテンシャルを引き出すのは無理だ。
 箒が『ラファール・リヴァイヴ』の性能を引き出せても、やはり越えられないものは越えられない。反対に、箒の能力を100パーセント活用できるISがあれば――

(千冬さんだって、倒してみせるさ)

『リヴァイヴ』の操縦など箒には役不足だ。

「シャルルには申し訳ないが、このISは私向きではないようだ」

 地面からシャルルを引き抜き、箒はそう言った。

「……箒は、強いね」
「それは違う」

 呆けたように呟くシャルルに、箒は思わず反射的に言い返していた。

「私は強くなんかないよ」
「……ぼっこぼこにされた後言われても、嫌味にしか聞こえないんだケド?」
「本当のことだ。私よりずっと強い奴を私は知っている。ついでに言えば、お前も一応知っているんだがな」

 すぐに思い当たる節が二つ。

「織斑先生(ブリュンヒルデ)? それとも、一夏?」
「後者だ」

 間髪いれず答える箒。
 思わずシャルルは目を見開き、手を差し伸べる少女を凝視した。

「本気で、言ってるの」
「ああ」

 断言。今、目の前の少女は――織斑千冬(ブリュンヒルデ)より、織斑一夏の方が格上だと言ったのだ。

「剣道場にな、壊れた人形がおいてあるんだ。面や胴を打ち込むためのマネキンみたいなやつ。あと、真ん中から真っ二つに折れた竹刀もある」
「……それと一夏に、何の関係が?」
「その二つは、一夏が作り出したものなんだ」

 意味が分からない、と首をかしげるシャルルに、箒は説明を追加する。

「本来剣道ではそんなこと起こりえない。速さを追求する剣戟では、反作用の力で竹刀を折るなんて不可能なんだ」

 瞳に何か、言葉にできない光を宿しながら、箒は早口にまくし立てた。

「あれは常人の太刀筋ではない。私とて実家で剣術をある程度は習っていたが、あの領域までは達していないんだ」
「あの領域……?」
「嗚呼、分からないかシャルル。『達人』だよ。一夏は、剣の扱いに関して完全に私を上回っている」

 彼女の目に映る光を見て、シャルルはやっと一つの日本語を探り当てた。
 それは決して日常的に聞く言葉ではなく、また青春を謳歌する女子高生にも似つかわしくない言葉。

 ――『狂信』





 Infinite Stratos -white killing-

 第23話:ユニティ





 ……明るいところにいた。
 つぶやきさえ響き遠くへ届いてしまいそうな、明るい世界。
 彼女の中の、世界。

「なに、これ」

 思わず言葉が口からこぼれた。

『痛いよ』
「え……?」
『痛い、痛い、イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ!!』

 視界は真っ白に塗り潰されているのに、頭の中に、誰かの叫びが響いた。

「な、何なの!? 誰よあんた!?」
『守ってあげたのに! 一緒に戦ってあげたのに! 痛いよ、もういやだよ!』
「…………一緒に戦って、あげた?」

 自分といつも戦ってきた存在? 守ってくれたもの? 思いつくものはたった一つ。

「甲龍(シェンロン)、なの?」
『鈴なんて、鈴なんて、死んじゃえばいい……!』

 声と同時、まるで弾かれるように、彼女の世界はひび割れた。
 そして――暗転。




「イヤっ! 行かないで、甲龍!」
「ッ、鈴さんッ!?」

 体にかけられていた毛布を跳ね飛ばして、鈴は目覚めた。

「ダメなのっ! 私は、貴方がいなくちゃダメなの! 貴方がいなくちゃ、私は、私は……!」
「落ち着いてください! ああもう先生……はいらっしゃらないのでしたね! 手がかかりますわ!」

 じたばたと暴れる彼女を押さえつけ、セシリアは悲鳴を上げた。幸いにも鈴が小柄で、押さえるのは簡単だった。
 叫び声を上げる彼女はいつになくヒステリックで、普段活発な彼女からは考えられないもので、セシリアは思わず気が滅入りそうになる。
 何があったのか。どんな夢を見ていたのか。

「まずは落ち着きなさい!」

 額を叩く。荒い息を吐く鈴に向かって、セシリアは優しく語りかけた。

「落ち着きなさいな。ゆっくり息を吸って、吐いて、吸って、吐いて」
「…………」

 セシリアの言葉に鈴は深呼吸をして、目を伏せた。
 か細く聞こえた、ごめん、という言葉。

「落ち着いたのなら、お知らせがありますわ。悪いお知らせが二つ」
「…………」
「……後でお話いたしましょうか?」
「ううん、今聞くよ」
「甲龍(シェンロン)が、使用不能になりましたわ」
「……ッ!」

 やはり、というか。
 彼女が専用機持ちとしてのより所、その専用機そのものが使えないというのは、衝撃的なものだろう。

「ダメージレベルがCを超えていますわ。残念ながら、今回の大会に参加は難しいかと」
「……もう一つ、知らせがあるんでしょ?」
「ええまあ、一夏さんとボーデヴィッヒさんがペアになったというものなのですが」
「アンタ、良かったの?」

 セシリアは笑って、髪をかき上げた。
 その態度に鈴は戸惑う。

「何よ」
「ええまあ、少しねぼすけさんがいらっしゃって」
「……あ」

 誰のことか、一発で分かった。
 気恥ずかしかったのか、鈴は俯いて人差し指同士を突っつかせる。

「ご、ごめん」
「別に気にしてませんわ。それより、鈴さん」

 セシリアは鈴の肩を掴むと、優しく声をかける。

「私と、タッグを組みません?」
「……え? でも、私、専用機ないのに」
「私があなたと組みたいだけですわ。近接戦闘に長けた者が欲しいのです。ですから」

 そっと手を差し伸べる。道に迷ってしまった子供を導くかのように。
 そして――――
 






「買出しに行くぞ」

 一夏が部屋に戻って聞いたのは、マウスの左クリックを連打する音と、眼帯をつけIS学園の白い制服を着込んだ少女が発する冷たい声音だった。
 ごくごく自然に一夏はテーブルに腰掛け、ラウラが開いているパソコンの画面を覗き見る。いくつかの選択肢が提示されていて、ちょうどラウラはどれを選ぶか悩んでいるようだった。

「……買い出しっすか。あ、ここは黙って抱き締めとけ。言葉にすると、このヒロインを傷つけることになる」
「ああ、買い揃えておきたいものがいくつかあってな」

 大方荷物持ち担当だろう、とラウラのプレイを補佐しつつ予想する。

「にしても冥夜ルートか。大企業のご子息で美人で気だてが良くて剣が強いとかマジパネェよな」
「こんなヤツが現実にいるはずないだろう」
「それ以上は止めろ」

 フィクションがフィクションを貶すな。一夏はマジな表情でそう説いた。
 というか銀髪眼帯軍人娘が言うな、と付け加えればマウスを持っていない方の手からナックルパンチが飛んできて一夏のあごをしたたかに打ち抜いた。
 ぐらりと傾いて絨毯に沈む一夏に満足したのか、ラウラはマウスから手を放してうんと伸びをする。

「しかしお前、あれだ」
「ん?」
「今日のあのジグザグの機動、あれは何だ?」

 結構今更な質問ではあったが、一夏は自慢げに唇を吊り上げた。

「俺がこの手で編み出した唯一無二の加速技術。『八艘跳び』ってのが名前だ……説明した方がいいか?」
「いや、大体分かってるからいい」
「さいですか」

 どうやらラウラは一度見ただけであの機動の原理をあらかた看破したらしい。
 自信のあるテクニックだったのか、少し一夏は肩を落とした。

「通常は2つのスラスターを用いて行う『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を片方のスラスターのみで、しかも左右交互に立て続けて行う」
「ああ。セシリアとかシャルルとかに聞いたんだけど、この思いつきは前からあったんだろう?」

 ラウラはクリックを連打し会話を飛ばし読みしつつ首肯する。
 そう、一夏の言う通り、複数のスラスターで連続して『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を行うのは今更真新しい発想などではない。例を上げるとするならアメリカ代表のイーリス・コーリングの専用機『ファング・クエイク』が上がる。『ファング・クエイク』の背部の4つのスラスターを用いた『個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)』は想像を絶する速度を叩き出せる代物だ。

「ではなぜその発想が今、主流となっていないか、分かるか?」
「ああ……実際に何度も挑戦して分かったぜ。あまりにもあれは神経を使う。気をやっちまってもおかしくない」

 単一のスラスターによる『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』の欠点。それは難易度の高さだ。求められる繊細さ、高度な技術は並みのパイロットでは到底到達できない。
 理由は簡単で、この技術は慣性エネルギーを利用して加速するからだ。
『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』は複数のスラスターを用いれば加速の方向性を安定させやすくなる。しかし単一のスラスターだと、ほんの少しスラスターの向きがズレただけで機体制御が大きく乱れるのだ。たった1°の誤差が戦いに大きな支障をきたす。

(だが……)

 この技術は前述の通り、高難易度の技術の代表格である。
 場合によってはスラスターが負荷に耐えきれず爆発、IS自体が大きなダメージを被る可能性もあるのだ。

(それをこともなげに、二回も連続で成功させてみたこいつは、何だ?)
「あ、そーだそーだ『八艘跳び』の由来なんだけどさー」

 ――ちょうどそのタイミングで、一夏は、ごくごく自然に爆弾を投下した。

「俺この『ICHIKAスペシャル』、七回連続が限界だったんだよねー」

 ピシリ、とラウラは固まった。初心者が、高難易度のこれを七回連続――『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』ができる時点でISに触れて数ヶ月の素人にしては破格の才能だというのに、単一スラスターによるそれを七回連続で成功させる。

「七回跳ぶんだから、八艘跳びだろうって箒が言って聞かなくてさ。絶対『ICHIKAスペシャル』の方がネーミングセンスあるよな? ……ボーデヴィッヒ?」

 自分の表情がこわばっていることに気づき、ラウラは思わず一夏から顔を背けた。
 認めたくなかった、一夏の才能を。
 直視したくなかった、一夏の努力を。
 最初に一夏の要求を、自分を見ろという叫びを聞いた時は、適当な所で切り上げてやろうと思っていた。どうせ無能だろうと決めつけていた。
 それがどうだ、血筋はしっかりと受け継がれている。
 彼は、『世界最強(ブリュンヒルデ)の弟』だった。

 ラウラ・ボーデヴィッヒは『世界最強(ブリュンヒルデ)の弟』として一夏を認めたくなくて。
 織斑一夏は『世界最強(ブリュンヒルデ)の弟』としてではなく何らかの形でラウラに認められたくて。
 けれど――ラウラは一夏を、認めつつあった。
 ただ、一夏の望まない形で。

「明日の一○○○、正門で待ち合わせだ。昼食は市街地にて取る、現金またはキャッシュカードを用意しておけ」
「は、はい?」
「返事は」
「は、はいっ!」

 なぜか軍隊形式&命令口調で告げた後、ラウラはYシャツのみの格好になった。
 下着? 野暮なことを言ってはいけない。

「寝る」
「お、おう」

 唐突な展開についていけてなかった一夏も、就寝の挨拶にはきちんと返した。
 ラウラが毛布にくるまったのを確認し、一夏も制服を脱いで寝間着になった。部屋の明かりを消して真っ暗にする。

「ああ、それと」
「?」

 一夏もベッドに横になったところで、ラウラは暗闇の中そっと告げた。

「ICHIKAスペシャルは、ないな」
「…………」

 余計なお世話だと、一夏は口の中に反論を転がした。
 口に出す勇気は、なかった。




[29861] 24.シュヴァルツェア
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2012/04/10 18:31
「勝負服なう」

 我ながら気合入ってなんな、と一夏は思う。校門に寄りかかってラウラを待っているが、先ほどから通り過ぎる女子生徒たちがチラチラと一夏を見ていた。
 彼は初夏ということで七分袖のサックスデニムシャツを白いプリントインナーの上に羽織っていた。ベージュのチノパンツを合わせた、清涼感を前面に押し出した格好だ。

「あーもー面倒くせえな。買出しっつっても生活用品ならそんなに多くねえだろうに」

 誰ともなしに愚痴りつつ『校門なう』とツイート。今時スライドケータイを使っているのは珍しく、スカイブルーカラーのそれには奇特な視線が集まりやすい。
 ちなみにツイッターのアカウントは公式でこそないが、クラスの女子はほとんどフォローしている。今も夜竹からリプがきた。

『織斑クンの位置情報にズームイン!m9( *`ω´)b』
『俺の人権はどこですか((((;゜Д゜))))』
『ごめん冗談だってー(・ω<)テヘペロ』
『それは箒の持ちネタなんじゃないかな(;゜ロ゜)』
『そういう話題は配慮してください』

 手厳しいな、と思わず苦笑する。
 私服姿の彼は普段見れないからか、さっきから多くの女子生徒が――休日なので一夏以外にも町へ繰り出す生徒は多いのだ――ケータイを弄っている彼をチラチラと見ている。何人かにいたってはこっそり写真を撮っているぐらいだ。

『まったく、ボーデヴィッヒさんはいつ来るのでしょうか』
「つっても集合時間まであと2分あるしな。あー暇だなー。ISが落ちてきたりしたらそりゃ大層な騒ぎになりそ――」

 言った途端、太陽が何かに遮られた。嫌な予感に背筋を震わせ、見上げる。体を即座に包んだ感触からして白式が展開されたのだろう、上半身の装甲が形成され右手に『雪片弐型』が現出した。
 大気を切り裂いて一夏の目の前に黒いそれが落ちる。いや、落ちる寸前で静止した。
 異常な超速度、地面から数十センチのところで浮かぶ肥大した脚部、背中に浮く非固定浮遊部位(アンロックユニット)は、どう考えても、現在世界のパワーバランスを占める超兵器のあれにしか見えなかった。

「マジかよ……」
『変わった急ぎ方ですね、いくら遅刻寸前だからってISを使うなんて』
「現実を見ろ白式、あの人ボーデヴィッヒじゃないだろ」

 どこかで見たことのある形状だ。具体的に言えば現在同室のドイツ娘の専用ISに酷似している。
 少し変わっている所といえば、ラウラの機体にはある大型レールカノンがない代わりに、背部に大型のロケットスラスターが取り付けられている所ぐらいか。

「それは『シュヴァルツェア・ツヴァイク』……『シュヴァルツェア・レーゲン』の姉妹機だ。ドイツ製第三世代機、レーゲン型の対を成し同時に相互補完する存在でもある」

 後ろからの声に振り向けば、待っていた存在の到着。ラウラはいつもどおりの制服姿で、こちらに歩いてきていた。

「オイ……なんか、メチャクチャ国家機密っぽいことしゃべくってんだが、いいのか?」
「ああ、問題だ」
「問題ですね」
「問題なのかよッ!?」
『ああもう、これだから黒ウサギは』

 ラウラどころか謎のISの操縦者までも同意した。
 意図せずしてドイツの国家機密を知ってしまい一夏は思わず青ざめた。

「彼女はクラリッサ・ハルフォーフ大尉、『シュヴァルツェア・ハーゼ』の副隊長を務めている」

 黒い装甲が光の粒子となって飛び散り、黒いISスーツに身を包んだ女性がその両足を地に着ける。

「どうだ大尉、新型の感想は」
「ハッ。速度はやはり肌で感じてみますと、空恐ろしいものがあります」
「新型……? さっきのスラスターのことか?」
「ああ」

 ラウラは頷いて、手元の機器から空間投影ウインドウを展開させた。
 そこに表示されるのは、さきほど一夏が目にしたロケットスラスターのスペックデータ。

「我がドイツが開発した、レーゲン型並びにツヴァイク型の高機動パッケージ『マッディストリーム』だ。正三角形型に展開された三つのスラスターを使うため、一部では『トライアングルスラスター』とも呼ばれているがな」
『なるほど、三方向から慣性エネルギーを加えることで直進方向への加速を効率化しているのですね』
「それだけではありませんよ、『白式』。三つのロケットスラスターの間では特殊な磁気波を相互干渉させていて、『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を簡易的に、かつ即時に行うことができるのです」
『なるほど……さすがドイツ最強部隊の副隊長。丁寧な解説です』
「いえ、実は私も設計に携わっておりまして」
『なんと』
「あの……いやそんな情報はいいとして、何で俺は縛り付けられてるんですか?」

 あまりに鮮やかな機密漏えいに唖然としながらも、なぜかラウラはパーソナライズし制服からISスーツに一瞬で着替え全身にISを展開して、一夏を四本のワイヤーブレードでがんじがらめに縛っていた。
 白式の装甲が展開されていない両足とかキツめに縛られている。なにか個人的に恨みでもあるのだろうか。

「決まっているだろう」
「早く説明してくれ」
「国外逃亡だ」
「ジャパニーズ『TAKATOBI』というヤツですね」
「ちょ」

 視界の隅で、クラリッサという女性もISを展開している。
 次の瞬間、超加速が一夏の視界を青く染め上げた。





 Infinite Stratos -white killing-

 第24話:シュヴァルツェア




「空がキレイだなァ」

 織斑一夏は現実逃避をしていた。

『ええ、キレイですね』
「雲すら見えねえや」
『下です、雲が私たちの下にありますよ』
「マジか」

 首だけを動かして自分の下を覗き込もうとし――正しく重力が働いているなら、なぜか自分の頭上に地面があるということに気づく。
 さらに陸地は見えず、一面雲。

『高度7000メートルです』
「初心者用のスカイダイビングが3000メートルぐらいだっけ。やるじゃん俺、脱ビギナーかよ」
「それだと今から私がお前を下に叩き落すことになるが構わないか?」
「いやホント勘弁してください。つーか俺まだハイパーセンサー高機動モードに切り替えてねえんだよおおおおおおおおお!!」

 絶叫がドップラー効果を伴って大空に響き渡る。
 一応ハイパーセンサーの補助こそあるが、高機動状態ではあまり役に立たない。よって今一夏は大した支えも無しに激しいジェットコースターに乗っているも同然の状態であった。

「目的地は我がドイツ……と言いたい所だが、生憎時間の都合が合わない。よって、ここだ」
「は? ここって?」
『北緯35度28分07秒東経139度35分50秒――自衛隊横浜駐屯地です』
「よし、下ろすぞ」

 言葉と同時、ラウラは一夏の体を放した。
 慣性の法則に則り、彼の体はポーンと前方へ投げ出された。そのまま見事な曲線を描いて大地めがけ突撃していく。

「ちょおおおおおおおおおおお」
『対ショック用意! イチカ、正直ビビリすぎです!』
「余計なお世話あああああああああああああ」

 ちゅどーん。
 駐屯地にて兵装の整備をしていた人々は、前もって聞かされていた衝撃に苦笑いした。
 上空から舞い降りる二つの黒いIS、ドイツ製第三世代機――シュヴァルツェアシリーズか、と誰かが漏らす。
 どちらも、現段階でトライアルに踏み切っている第三世代機の中では最強と名高い機体だ。イタリアのテンペスタⅡ型は火力不足が指摘され、イギリスのティアーズ型は最大稼動時に現出するBT偏光制御射撃(フレキシブル)が使えるならまだしも、今現在の稼働率では太刀打ちできない。

「さすが『黒兎部隊(シュヴァルツェア・ハーゼ)』だ、降下の動作にも隙がねえ」

 ふざけ半分に狙撃ライフルのスコープ越しにラウラを見た兵士が、戦きながら隣の同僚に告げた。
 見ればラウラの大型レールカノンが素早くこちらを狙っている。

「お、おいおい。銃口感知機能があるにしても、まだ高度何百メートルの位置だぞ? どうやって感知してんだ」
「そんなヤバイのか?」
「ああ、ヤバイってレベルじゃねえ……って坊主お前、何モンだ!?」

 突然会話に割り込んできた声に、驚いて男たちは振り向く。
 そこにはやけに砂まみれの、全身黒タイツの青年がいた。

「いつの間にパーソナライズしたんだよ」
『さあ?』
「オイ」

 いくらなんでも説明が大雑把過ぎると一夏は憤慨する。

「おい……お前、織斑一夏じゃねえか?」
「あ?」
「やっぱりそうだ! おい、織斑一夏がここにいるぞ!」

 自衛官の一人がそう叫ぶと、辺りからわらわらと人が集まってくる。
 それもそうだろう、肉体を酷使することの多い自衛隊では、いまだに男性隊員の数が圧倒的に多い。
 ニュースでも取り沙汰された『世界で唯一ISを扱える男子』である以上、一夏に男性が興味を示すことはしかたないことでもあった。
 驚愕する彼らに戸惑いつつ、一夏は思わずケータイを手に取る。

『知らない男たちに囲まれなう』

 十秒とおかずにリプがきた。
 谷本だった。

『織斑君鬼受けフラグキタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━ !!!!!』

 すぐさまタインムラインが積み重なり、一組の生徒たちが思い思いの呟きを投下していく。

『下着全部脱いだ』
『胸が熱くなるわね』
『ちょっとリヴァイヴの使用許可申請してくる』
『介入して織斑君救出するつもりが逆に助けられるんですね分かります』

 画面をしばらく凝視し、ゆっくりと息を吐き、一夏は全身に純白の装甲を展開させた。

「テメェらは全員俺の敵だぁああああアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 えええええええ!!? と自衛官たちもさすがに仰天した。
 いきなり長刀と振りかざし目を血走らせ、一夏が突貫する。

「この阿呆め!」

 と、ラウラのレールガンがここで火を噴いた。
 察知した瞬間に真横へバレルロール、弾丸がコンクリートを削り取るのを尻目に、刀身を地面に突き刺して急制動。

「うるせェッ!! 俺はノーマルなんだよ!」
「どうせならスペシャルとでも言っておけ」

 一夏を取り囲むように四本のワイヤーブレードと、四本の『矢』が突き立つ。

「……これは?」
「私の機体の兵装です。タングステン製の矢を射出する、クロスボウがいくつかあります」

 クロスボウ――そう言われ一夏はクラリッサのISをまじまじと見る。
 大体は『シュヴァルツェア・レーゲン』と同じだ。ただ脚部装甲がいくらか軽量化され、腕部にISアーマーが増設されていた。
 だが、武装が見当たらない。

(なるほど……仕込み弩ってワケかよ。忍者みたいな真似しやがって、味があるじゃねえか)

 やっと冷えてきた思考。
 だが、一つ疑問がある。

「オイ、結局俺は何でここにいるんだ?」
「簡単だ」

 ラウラはレールガンの砲塔を天高く掲げ、口元を吊り上げた。
 疑問を浮かべる暇すら与えられず、真っ赤なウィンドウが幾重に表示される。

 ――警告! 後方よりロックされています!
 ――警告! 上空より多数の徹甲榴弾が撃ち込まれています!
 ――警告! 左方より炸裂弾が――警告! 警告! 警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告!

「何、が!?」
『イチカ、完全に包囲されています! この数は……!』

 それはISではなかった。

『歩兵です! 自衛官の中に紛れていた兵士たちが、銃器を用いて攻撃してきています!』
「ただの歩兵ではありません」

 クラリッサの冷たい声音に、鼻をならしてラウラが重ねる。

「ああ。――我がドイツ最強の精鋭部隊だ」

 すぐさま一夏は歯を食いしばる。

「『シュヴァルツェア・ハーゼ』……!」
「私たちと、戦え」

 ラウラのレールガンから、対ISアーマー用徹甲榴弾が、蒼空を貫くかのようにして放たれた。



[29861] 25.シュヴァルツェア(Ⅱ)
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2012/04/11 20:40
 Infinite Stratos -white killing-

 第25話:シュヴァルツェア(Ⅱ)





「マジでねーよ」

 思わずぼやきながら宙を舞う。ひっきりなしに飛び交う銃弾を躱して捌いていなして、それでもまだ休みは得られない。

『確認できただけで小銃手13名、狙撃兵4名、機関銃手補佐含め2名、SAM手7名……完全に殺す気です』
「狙撃兵はどうでもいい。先にSAM(地対空ミサイル)を潰して、機関銃をへし折りにいくぞ」
『了解です。ポインティングとマッピングは私がします』

 通常兵器がISにダメージを与えることは、基本的にない。だが囲んで集中砲火を浴びせた場合、理論上シールドエネルギーをゼロにしてしまえば勝ちは拾える。ただ――

「最悪被弾覚悟で突っ込んじまえば何も問題はないんだよねえ!」
「なんで私に気持ちよくデュエルさせないのよー!」

 すばらしい汚染濃度のセリフが耳を打ったが無視。
 容赦なくスティンガーミサイルの発射装置を斬り捨て、時には武器を扱っている兵士らを気絶させ、また一つ反攻の芽を摘み取っていく。そこに旧世代の兵器に対する油断などない。なぜなら一夏はつい数ヶ月前まで一般の学生だったからだ。銃の威力について恐怖を感じさえしない精鋭らと違い、一夏の目には拳銃一丁でさえ脅威に映る。
 地面に転がる未使用のスティンガーミサイルやベルトマガジンが連結したままのラインメタルを横目に確認しつつ、一夏は吼える。

「SAMは残りいくつだ!?」
『残存地対空ミサイル数2。対空機関銃『ラインメタルRh202』も残っています』
「さっきから地味に当たってんのそれか……オイ、被ダメージは?」
『32』
「エネルギーシールド様様だぜ」

 飛んできたミサイルを斬り捨て、発射元へと突貫。また一つ撃破。
 ついでに、10メートルほど離れたところからことらを狙っていた滞空機関銃の元へ跳躍――最高点に達したところで真下に向かって加速した。

「どかねえと死ぬぜぇっ!?」

 慌てて射手たちが地面に転がり落ち、その直後に白銀の刃が銃身を切り刻んで、機関銃を設置していた銃座すら真っ二つに断った。

『イチカ、敵兵たちが退避していきます』
「何?」
『この反応は――なるほど。そういうことでしたか』
「オイオイ何だよ、何が起きて」
『IS』
「!?」
『来ます、2時の方向!』

 それに反応できたのは、僥倖と言う他なかった。
 上体を逸らして、音速に迫る速度で飛んできた鉄矢を回避。だが二発目が左肩に直撃した。続けざまに放たれる鉄矢が白式の装甲にいくつも突き刺さる。いやよく見れば鉄矢ではない。先端こそ鋭いが、その全体的なフォルムはずんぐりとし、直径が先ほどの鉄矢に比べ三倍ほどの大きさになっていた。

「こいつ、まさか!」
「暗器使いたるもの、この程度の芸当できて当然です」

 クラリッサが右手を掲げた。パチンと指を鳴らす。起爆。
 白式のISアーマーに突き刺さっていた矢が中から弾ける。

「ぐ……ッ!」

 全身をくまなく叩く衝撃にたまらず意識がトびそうになる。重力に引かれ機体が落ち始めた。
 すんでのところで意識を手繰り寄せ、PICを再起動。

「道理で……その機体とボーデヴィッヒの機体が対になるって意味がやっと分かったぜ」

 痛そうに顔をしかめながら、一夏はクラリッサと同高度まで上昇する。
 雪片の刀身を肩に置き、人差し指を突きつけて、不敵な笑みを浮かべた。

「ほう」
「ああ。テメェのそれはダメージを与えるためのものじゃない。ISアーマーを砕くためのものだ」

 矢を突き立てて内側から破砕。シールドエネルギーは爆発の割には削れておらず、代わりにあちこちでアーマーブレイクが発生、ひっきりなしに赤いウインドウが表示されている。
 一夏はそれらを消すと、視線をラウラに向ける。

「アーマーを破壊したとこにあのバカでけぇレールガンをぶちこむ。そうすれば大体一発で終わってくれる」
「……その通り。もっとも、今回は隊長が不参加なのであまり意味はありませんが」
「そうか。つーかいいのかよ、自衛隊駐屯地でこんなことやって」
「問題ありません」

 やっと機体名が表示された。ドイツ製第三世代機『シュヴァツェア・ツヴァイク』。レーゲン型と対を成すISだ。
 姿を現したクラリッサの手に、粒子が集まる。形を成すのは――ロングソード。

「……俺相手に近接戦闘か」
『油断大敵ですよ、イチカ』
「分かってる」

 同様に雪片弐型を構え、ほぼ同時に加速した。

「らぁぁぁぁぁっ!」
「ハァァァァァッ!」

 刃と刃がぶつかり合う。一夏の視界を鉄と火花が埋め尽くす。歯を食いしばって衝撃を受け流し、そのまま刀を押し込もうとブーストを噴かした。

「馬力ならァッ!!」
「真正面から力勝負を挑むなど、愚策にして悪手!」
『ずいぶん豊富な語彙ですね』

 白式のウイングスラスターが脈動する寸前――クラリッサが手にしていたロングブレードの刀身が、縦真っ二つにぱっくりと割れ、持ち手と合わせてちょうどTの字を描くような形になった。
 力比べする相手が突然消え去り、一夏はその場でつんのめるように体勢を崩し刀は虚空を斬る。
 そして割れた刀身の根元から、新たな刃が勢いよく突き出され、一夏の額を打った。

『イチカッ! 頭部に直撃、ダメージ128!』
「やッ……べぇ……ッ!」

 ぐらぐらと視界が明滅する中、消えてしまいそうになる意識を必死に手繰り寄せながらバックブースト。
 どうにかして距離をとろうとする一夏にクラリッサは容赦なく追い討ちをかけようと、腕部アーマーに仕込んだ鉄矢を放ち、

『いちッ』
「分かってる!」

 放たれた矢は計4本。各部急所を狙ったそれを――曲芸か何かのように、一夏は自分の体を矢と矢の間に滑り込ませた。

(な……ッ!?)
「ハイ反撃開始!」

 一夏は高度を地面すれすれにまで落とし、そのまま大地を踏みつける。震脚。
 その反動だけで銃機関銃やSAMが宙に浮く。雪片弐型を粒子格納(クローズ)し、片手にラインメタルMG3、片手にスティンガーミサイルを持った。
 トリガー×2。ISのパワーアシストが反動を完全に殺す。クラリッサの胸部バルカン――これもまた仕込み銃だった――はミサイルの迎撃に成功したものの、その爆炎によって一夏の姿を見失った。

「やってくれますね!」

 前面装甲に被弾。MG3だ。
 一夏は白式の補助を受けつつもしっかりと弾丸を『シュヴァルツェア・ツヴァイク』に直撃させていく。地面を滑るようにして移動しつつ、障害物を盾代わりにしながらポイントを変えて射撃を続けた。

(そういや俺って銃使うの初めてか。けっこー使いやすいな……)
『イチカッ!』

 意識を引き戻す。クラリッサは不敵な笑みとともに右手を突き出し、放った銃弾はことごとく空中に静止していた。

『ドイツ製の第三世代機にはAICが標準装備されているのでしょうか』

 白式が声を上げる中、一夏はきわめて冷静に足元のロケットランチャーを蹴り上げる。スティンガーミサイルとは別のタイプだ。AT4、スウェーデン製。手に取るだけでデータが一夏の目の前に表示された。
 その間にもMG3のトリガーは引いたままだ。そろそろ静止した銃弾に隠れてクラリッサが見えなくなる。

『……まさか』
「ああ、お前の考えた内容は俺の考えたことと同じだと思うぜ」

 そして射出。AT4は使い捨ての単発式である故、一夏はすぐに射出器を投げ捨て瞬時加速(イグニッション・ブースト)。地面すれすれから爆発的な加速力を得て飛翔した。
 放たれた弾頭は静止していた弾丸の山に突っ込み、炸裂した。言わば針の山に風船を叩きつけるようなものだ、弾頭が爆発するのは自明の理である。だが――クラリッサは現状を把握し切れていない。

「何、が……ッ!?」
「もらったァァァァァァ!!」

 MG3の弾丸はカモフラージュにして起爆キー。AT4は煙幕代わり。そして本命は、手に展開した刃。
 突き出した切っ先がクラリッサの喉元に殺到する。

「まだまだ!」
「いいや終わりだ!」

 一度目の突きは避けられなかった。だが二度目、クラリッサは防御のためロングブレードを振るい、そのまま雪片弐型を弾き飛ばす。
 くるくると回りながら、白銀の刃は落ちていった。

「……え?」

 反射的に突き出しただけの剣が、相手の獲物を叩き落としたのだ。ラッキーだったのか、と一瞬楽観的な考えがよぎる。
 だが――そんな考えは、一夏の表情を見れば消し飛んだ。
 歯を剥き出しにして、笑う。誰かが言っていた。本来、笑顔とは攻撃的なものであると。獣が牙を剥く行為が原点であると。ならば、今の織斑一夏は……ッ!!

「お返しだ」

 白式の腰部アタッチメントに引っ掛けていた、見覚えのある棒状のそれ。
 いや、見覚えがあるなんてレベルじゃない。あれは、自分が放った鉄矢だ。左右計6本。腰に残り1本。
 
「三本の矢ってなァ!」

 右手に握った三本の鉄矢を逆手のまま首筋に突き刺し、左の三本は打突の要領で左目へ。絶対防護が発動。大幅にシールドエネルギーが削り取られる。だが。まだ底をついたわけじゃない。

「終わらない! 負けてない! 私は、負けたくないッ!」

 パチンッ、と――封を外す音がした。
 眼帯が宙を舞う。クラリッサ・ハルフォーフなどの『シュヴァツェア・ハーゼ』隊員全員に埋め込まれた擬似ハイパーセンサーとも呼ぶべき、IS適合性の向上のための措置。肉眼へのナノマシン移植を終えた彼女たちは皆、『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』の恩恵を預かる立場にある。
 本来、ラウラがつけている眼帯は単なる機能制御装置(リミッター)にすぎない。だが隊員らは、眼帯をつけている間は『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』をフルに活用できない。視界をさえぎる邪魔者だからだ。
 そして、その枷は今、外れた。

「…………」
(……何だ? 雰囲気が……変わった?)

 両目を閉じ、PICを切り、クラリッサが落ちていく。
 一夏は警戒を解くことなく、雪片を拾おうとして、

 バグンッ! と黒い装甲が飛び散った。

 そこらじゅうに撒き散らされた破片が白式の装甲を穿つ。
 仕込みボウガンもまたパージされ、『シュヴァルツェア・ツヴァイク』が総重量を3分の1ほどにまで減らした。

「パージしたのか!?」
『気をつけてください! 対象の機動力が40%近く上昇しています!』
「4割もかよ……ッ!」

 黒い影が視界を横切った。とても、とてもそれは、ISとは思えない速度――ッ!
 落ち着け、と一夏は自分に言い聞かせた。仮に速度が上昇して何になる。もう武装は装甲とともにパージされてしまっているじゃないか。
 だが。

(待てよ……あのスピードで突っ込まれたら、もしあの加速を保ったままパンチとかされたら!)

 思わず背筋を悪寒が走る。
 恐怖を無理矢理押さえ込んで、一夏は目を皿にし機影を追った。狙うは攻撃時のカウンター。
 残った一本の鉄矢を腰元に構え、ハイパーセンサーを未だかつてないほどに使いこなし、何より自分の直感を頼りにし。

(そこォォッ!!)

 投げ放つ。
 そして。






 白式が地面に下りた。
 それに伴って、クラリッサも地面に足をつける。

『残存シールドエネルギーはゼロ。戦闘続行不可です』
「……お見事でした」
「いや、結果的には俺の負けさ」

 一夏は負けた。
 最後に放った矢はクラリッサの肩をギリギリかすめ、クラリッサの拳が一夏の顔面をぶち抜いた。その時点で白式のシールドエネルギーが尽き、決着。

『エネルギーの枯渇により、簡易点検(ショートチェック)・事故修復状態(スリープモード)に移行します』
「ああ、お疲れ様」

 白い装甲が一瞬にして溶けるようにして消滅し、すぐさま本日の私服姿に変わる。それきり一夏の腕のガントレットは反応を示さなくなった。

「……負けかぁ」

 世界最強を目指す身として、敗北はしみる。だが真摯に受け止めなければならない。
 そうこうしているうちにクラリッサも降りて、同様に一旦ISスーツ姿になり、続いて軍服へと瞬時に変貌した。

「いいや、我が隊の全戦力を持ってしての結果だ。素晴らしい」
「全戦力? よく言うぜ、アレを出し惜しんでたくせに」

 親指で自分の後ろを指差す。その先には、ISスーツ姿のラウラがいた。
 クラリッサは一夏に近づき、声のトーンを下げた。つられて彼も少し声のボリュームを下げる。

「隊長は例外でな。あの人は、自分が複数での戦いが苦手なんだ」
「軍人として致命傷なんじゃないスかソレ」
「いや……個人戦力としては最強だし、戦術指揮も申し分ない。それに、君の姉が直に指導したのは隊長だけだからな。その、そんな人を一隊員に収めるとなると、各所から抗議が来たりするんだ」
「…………」

 肉親の思わぬ影響に、一夏は目を伏せた。
 思い出す。授業中、嬉々として鈴を傷つけていた姿を。
 思い出す。グラウンドの修復中に意見を違えた時の、持論を信じて疑わない表情を。

(腐ってやがる)
「これから私たちはトウキョウへ向かう。送ろう」

 クラリッサの言葉に頷き、一夏は顔を上げた。
 周囲を見回せば、先ほどまで交戦していた『シュヴァルツェア・ハーゼ』の隊員たちがわらわらと集まっていた。何人かは気絶した隊員を抱えていて、なんだか一夏は申し訳なくなる。

「ていうか、何でこんなことしたんですか?」
「一つは『白式』の戦闘経験のため。もう一つは、我が隊の数名が君と戦いたいと言い出していてね」

 軍用ジープに乗り込む。クラリッサが合図をすると車は走り出した。どうやら他の隊員は別の車に乗るらしい。
 ついでに言うとラウラは普通にISを展開して飛翔していた。仕事が早すぎるし速度も速すぎる。

「今日はありがとう。いい経験だった」
「い、いえいえ。こちらこそ」

 手を差し出してきたクラリッサに、その意味を察して握手を交わす。
 そういえば、と一夏は口火を切った。

「は、ハルフォーフさんでしたよね?」
「ああ」
「何か、最初より……こう、どう言えばいいんだろう。雰囲気が柔らかくなった……?」

 そう言うと、彼女は少し驚いたように口を開け、自分の手で自分の顔をペタペタと触り始めた。
 しばらくそうしているうちに何か得心したのか、一人で勝手に頷く。

「そういえば、私は自分と同年齢程度の男性と触れ合うのは初めてだった。最初はきっと、緊張でもしていたんだろう」
「同年齢? 俺、15ですよ」
「私を何歳だと思っているんだ」
「いや20代前半かなと」
「私は18だ」
「ええええええええええええええっ!!」

 ジープが揺れるほどの絶叫。
 思わずクラリッサの顔をまじまじと見つめてしまう。

「……ッ、な、何だ。女性の顔をそうも見つめるのは、日本男子としてどうなんだ。ほ、ほぼ初対面の、じょ、女性を見つめて、照れないなんて、珍しいな」
「失礼します」

 だが一夏はさらにレアだった。
 右手を伸ばしクラリッサの頬を撫でる。固まる彼女を放置して続けざまに鼻や首筋を触り、腕を回して髪を指ですき始めた。

「なんてこった、このハリ、まるで乙女じゃないか。少なくとも22歳以下なのは確実。高校生でも通じるぞ。加えて髪の指通り……箒や鈴に匹敵、いやそれ以上かもしれない。軍人って何だよ髪にも気を配ってんのかよ」
「……ハッ!? お、落ち着け! 冗談だ! 私は22だ!」

 その声に一夏は、視線をクラリッサの目に向ける。
 目と目が合い、思わず彼女は目を逸らしてしまう。

「すげぇ、ドイツって美人さん揃いなのか」
「……大人をからかうのも、そろそろ止めておけ」

 だんだん耳が熱くなっているのが、クラリッサ自身によく分かっていた。
 なので強制的に打ち止め。

「はぁい」
(……聞き分けのいいやつで助かった)

 ホッと息を吐くクラリッサ。だが、隣に座る一夏の目が未だ輝きを失っていないことに気づいていないのか。

「隙ありッ!」
「ひゃうっ!?」

 素早く片手をクラリッサのセミロングヘアに伸ばし撫でまくる。フラストレーションでも溜まっていたのか、一夏は鼻息を荒くして髪を触る。

「あ、あわわわわわわわ」

 壊れたテレビのように声を漏らしている彼女を尻目に、目的地に着くまで、一夏は徹底的にクラリッサをもふもふし続けるのだった。


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