「――り、ん?」
「ええ。久しぶりね、一夏」
突然の、予期せぬ来訪者に一夏は完全にフリーズしていた。
いつにない驚きを見せる彼に、クラスのどよめきが大きくなる。
そんな状態を軽くスルーして、鈴は平然と一夏の方へ歩み寄る。
「ねーねー、一夏ぁー」
「え、あ、え?」
目を閉じて、あごを上げる。身長差の分、ちょうど一夏がお辞儀をすればそのままおでこがごっつんこ、ぐらいのポジションだ。
ただし距離がヤバイ。あと十センチぐらいで触れる。もう完全に、そう、言うなればこの姿勢は俗に言う――
「ちゅーして」
キス待ちだった。
Infinite Stratos -white killing-
第7話:トラブルメイカー
気温は初夏の蒸し暑さから、氷河期真っ只中凍死上等絶対零度にまで落ち込んだ。――教室の、という言葉が後付されるが。
『『『……………………………………』』』
視線がやばい。数名の女子はすでに瞳から光が消え失せている――箒とセシリアも例外ではない。
「ねーねー、まだー?」
「いや、鈴、ちょっ」
うろたえる一夏と、薄目で少々の不機嫌を隠そうともしない鈴。
(落ち着け、落ち着け……ッ!)
空気に流されるな。自制心を、理性を、フルに働かせろ。
流されるな。
自分の望む方ばかり選択するな。
場を読め。
最良の選択を見抜け。
言うべきことはたった一つだった。
「――勘弁してくれよ。そろそろ、着弾しちまうぜ?」
同時、出席簿が遥か遠くから投擲され、ものの見事に鈴の頭頂部へと吸い込まれた。
ノーバウンドで弾かれた小柄な体は、目測だけで4メートルは飛んだとか。
「さて一夏、あれ誰だ?」
「おほほほほ。一夏さん。あちらの方はどちら様で?」
――まあ、一夏自身も例外ではなく、この世界の不条理さを味わうこととなるのだが。
実にラブコメらしく、GOGOGOGO……と背後に擬音を背負った修羅が二人降臨する。
剣道全国大会優勝者の剣捌きとか見切れるはずもなく。むしろどこから木刀取り出したんだよとかツッコミを入れる暇も与えてもらえず。射撃を専門とする代表候補生がまさか具現させたライフルで直に殴りかかってくるなど予測できず。
唯一ISが使える男子が、宙を切り裂き飛翔した。
『『『まさかの描写使い回し!?』』』
世界の不条理さに、クラスの女子たちは涙したとか。
一時間目はISを用いた実習訓練だった。
「オルコットはISを展開しろ。その後上空50まで上昇した後、地上10センチで完全停止。専用機持ちなら容易くできるだろうが、見本ということでやれ」
「はっ!」
クラス全員の集合を確認し、号令を終えたところで、セシリアはすぐさまISを展開させた。
先日の戦闘でついたダメージはすでに修復されているらしく、ISアーマーに損傷はない。
彼女は地から数ミリ浮いた地点から、いきなり上空へ弾丸のように飛び出した。
常識を無視した超加速に思わず一夏は目を剥く。
「うっへえ……何あの速さ。ジェットコースターぐらいの速度は出てんじゃねえの。俺今度乗せてもらおっかな」
「何言ってんの、織斑君も専用機持ちでしょ……」
――危機回避のため一夏はその場から飛びのいた。今誰かクラスの人間に近づくことは、自分の命をどうぞ刈り取ってくださいとさらけ出す様なものだと直感的に分かっていたからだ。
「ちょ!? ちっ、違うよ!? 私別に織斑君に何かしようとしたワケじゃないからネ!?」
一夏の隣に待機していた女子が大慌てでそう言うと、そっと警戒を解く。
安全圏だと分かった途端にほっとしたような仕草をとる彼が、日に日に小動物的魅力の持ち主として普通とは別ベクトルから研究されているとは誰も知らないだろう。……むしろ知りたくないが。
何はともあれ、セシリアは大空。箒は離れた所で空を見上げている。今なら安全だと、肩をすくめて、一夏は自分の腕に取り付けられたガントレットを指差した。
くすんだ白色のそれは、灰色の鎖で肘に縛り付けられている。がんじがらめ、という言葉が相応しく、何重にも巻かれ一夏の腕の動きまで阻害している。
「アリーナでの一件で、こいつは『遮断シールドをぶち抜く攻撃を搭乗者の意思に関係なく放つIS』と見なされてな。俺の一存じゃ起動できねえ」
「え……誰かに許可もらわなきゃダメってこと? 織斑先生とか?」
一夏は黙って首を横に振って、
「起動には日本政府の許可とIS学園の許可と、国連事務総長の許可と必要な152の書類への総理大臣のサインと」
「あ、ごめん。もういいや」
想像を絶する手間だった。というか何だこのIS、実用性皆無か。
「まあ当分は訓練自体に参加できないっぽい。見学させてもらうぜ、相川さん」
ひらひらと手を振りながら、一夏は傍の木陰へとひょこひょこ歩いていく。
うんそうだねあははははって私の名前知っててくれたぁーっ!? と女子生徒が叫び、瞬く間に他の女子に引きずられていくのを尻目に、一夏はうんと伸びをして木陰に転がった。
木の葉越しに輝く太陽が眩しい。アリーナでの決闘以来、ここまで安らげるのは久々かもしれない。
――無論授業サボりなどが許されるはずもなく、コンマ数秒後には出席簿投擲がぶちかまされたのわけだが。
昼食時間になっても、一夏はライオンの檻の中にぶち込まれた松島トモ子の気分だった。
周りからの視線が痛い。視線で人を殺せるなら一夏は輪廻転生を繰り返し『跳べよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』シャウトを二十回ほど経験しているだろう。……少々電波が(色んな意味で)混雑したが、要するに女子の眼力パネェってこった。大体そんな解釈で合ってる。
話が大幅に逸れた。これも乾巧ってヤツの(ry
ちなみに実習は訓練機で乗り越えた。決闘の時に使用した『白式』に比べて動かし易すぎて思わず感涙に咽び泣いたとか。
「い~ちかッ。お昼もう食べちゃった~?」
その時、扉を開けて天使が滑り込んできた(詩的表現有)。
今朝騒ぎを起こしたばかりの中国代表候補生を見て、一夏を除くクラス全員が一瞬で意思疎通を交わす。
クラスを代表して箒が立ち上がり、優しい笑みを浮かべた。
それは、本当の本当に――天使のような眩しい笑顔だった。
その表情のまま、告げる。
「…………ただいまより、一年一組クラス総会を開始する。異論はないな?」
『『『Yes,sir!!』』』
――人外魔境へようこそ、凰鈴音。
後に目撃者Iはこう語った。
『ええ。……本当に、痛ましい事件でした。ひっく、彼女も、抵抗を止めて、ぐしゅ、早く投降すればあんなことには……ひっく』
続いて、当事者Hにも事情を聞いてみた。
『後悔などしない。反省もしない。退かない、媚びない、省みない! それが我々の方針だ! そう――我々、『一組異端審問会』のな!!』
なんか、勝手に組織を設立しおった。
ちなみにこの会の設立はクラスの支持率168.8%という驚異的な支持率を持って受け入れられることとなった。
ついでに、犠牲者第一号である中華娘は、ボロボロの状態で織斑一夏に発見されたらしい。
その後何だかんだで昼食に付き合ってもらい、ボロボロの体を引き合いにして『あーん』してもらっていた中華娘の姿が確認されたとか。
役得、というか鈴さんマジ策士。
その晩。
「諸行無常諸法無我涅槃寂静一切皆苦初転法輪苦諦集諦滅諦道諦」
「うおぁぁっ!? 部屋のドアを開けた瞬間幼馴染が切りかかってきたぁぁぁぁっ!!?」
「うふふふふふふふふふふふふ、ふふふ、うっふふふふふふふふふふhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh」
「セシリアがライフルとビットを同時に操りながら、もう人間の言語ではない音声を発しているッ!? なんかスゲー怖いんですけど!!」
部屋の中から聞こえる、何か強烈な爆音や切断音にビビリ竦み、結局セカンド幼馴染は部屋の中へは入れませんでしたとさ。
さて、そんなこんなで、いつの間にかクラス対抗戦当日となった。
初戦の相手が鈴と知り、一夏はすごい微妙な表情だった。試合までの間、鈴を若干敬遠気味だったのはクラス全員の知る所である。
ピットに待機しつつ、一夏は手元のガントレットに目をやる。正直これを見るだけでもまだ不快感が拭えないのだが、鎖が解かれている分まだマシである。
「オイ、俺ISの練習あんまりできてないんだけど」
「気にするな……クラス代表決定戦の時もそうだったろう」
「いやそういう問題じゃないからネ!? つーかそろそろ基礎飛行訓練とかしたいんだけどな!!」
いい加減ISの基本を知りたい。一夏は心の底からそう願った。
と、そこにパタパタと我らが副担任の山田先生が駆けてきた。急いでるように見えるんだが、走り方が乙女走りをさらに崩したようで滑稽極まりない。
「おっ、織斑君! そろそろ時間ですよ!」
「はーい」
正直ISの起動実験もしていないのに。二度目の代表候補生とのガチンコバトル――正直笑えない。
「ちゃんと『特訓』の成果が出てくれたらいいですねー」
「出てなかったら俺が負けるだけですよ」
ガントレットに手を伸ばす。実際に展開したことは、ない。
正真正銘、初めての、IS展開。
全身タイツのような、特注のISスーツに身を包み。
ガントレットをしっかりと掴み。
唯一言、吼える。
「蒸着!!」
『『『何がが違うっ!!?』』』
「観客席はおろか鈴の声まで聞こえたぞ!? ていうか姉さんどさくさに紛れて叫んでたろ!」
『さっさと出撃しろ織斑。時間が迫っている』
「どチクショウ、シラ切り通す気だ!」
ツッコミばかり自分に集中する現実に、一夏はおいおいと泣いた。
まあセリフこそふざけていたが、しっかりとISを展開しているあたり何ともいえない。
くすんだ白色。武装は名もない近接戦闘用ブレード一本。
未だ『一次移行(ファースト・シフト)』すらこなしていないそれは、一夏の思った以上に操作がピーキーであった。
「ああもう、分かった分かった。やってやるよ!」
よたよたと歩いていき、カタパルトの脚部固定器に足を乗せ、腰を落とす。
若干の前傾姿勢をとると、視界の隅で赤いランプが三つ灯った。
『――織斑』
ハイパーセンサーが音声を拾う。
『やれるか?』
「……アンタに答える義務はない」
『…………そうか』
上を向こうとして、首より先に視界だけが動いた。
どうやらハイパーセンサーの特徴、360度視界というものが作動している様だ。
試しに真後ろへと意識を収集させてみる。前回は必死すぎて気づかなかったが、意識すれば背中の後ろのことも見えるようだ。顔を青ざめさせた真耶と頭を抱える箒の姿が目に入る。
(実用性は低いな……視界の動きは、眼球の動きに連動させておこう。
ていうか、あれ? 二人とも何でそんな深刻そうな表情なんだ?)
((やめたげて! 千冬さん/織斑先生のライフはもうゼロよ!!))
姉の心弟知らず。
心なしか、通信越しに管制室にすすり泣き声が聞こえた気がした。
「真耶先生」
「はい?」
ランプが一つ、青く染まる。
「コイツの名前、何ですか?」
「……ええ!? まだ知らなかったんですか!?」
「誰も教えてくれなかったからですよ!?」
地の文だと何でも出てたじゃないですかぁーっ!! という真耶の叫びは、しかしメタネタ故に一夏には届かなかった。
続けて二つ目、青い光がついた。
「ああもう言いますよ言いますからねよく聞いてくださいよ!?」
「ハイっ!」
三つ目。
「――――『白式』
それがあなたの相棒の名前です」
刻んだ。
その名を、一夏は刻んだ。
前回のように潜り込んでくるものもいない。
不快感もなく、かと言って爽快感があるわけでもない。
ただの、重い鎧。
それが一夏の正直な感想だった。
ハイパーセンセーによる世界の変化など無視して。
さもそれが当然であるかのように。
「織斑一夏ッ! 『白式』、行きます!!」
空を飛ぶことに躊躇いなどなく――それがどれほど『異常』であるかなど気にも留めず。
織斑一夏は、戦場へと赴く。