■アムリッツァ星系
ロットヘルト・トゥルナイゼン軍団と、同盟軍6個艦隊の死闘は、いよいよ激しさを増していく。
帝国軍のローエングラム部隊が増援にあらわれたら、同盟軍はおしまいだ。
そのまえに、なんとしても帝国の2都督の軍団を突破せねばならない!
第12艦隊司令官アレクサンドル・ポルフィーリエヴィチ・ボロディンは、靡下に檄をとばした。
「もう明日の弾丸のことなど心配するな。ありったけをぶち込んで、攻めたてるんだ!」
勢いづく同盟軍の攻勢に、トーマスは内心冷や汗を流しつつも、ゆったりとした態度で味方を励ます。
「ローエングラム元帥が先発させた3個艦隊がもう現れる!もう少しの辛抱だ!」
後方を守らせているメックリンガー提督から、悲鳴のような増援要請がまた来た。
彼には9,000隻でイゼルローン回廊の出口に陣取り、同盟本国からの増援(第1、第11の二箇艦隊)を押さえ込むよう命じてある。狭い回廊内では、同盟軍は部隊を展開して数の有利を生かす陣形をつくれないため、メックリンガーはかろうじて3倍近い敵を押さえ込み続けることができているが、戦力の損耗ははげしく、もはや限界に近づいている。
トーマスは決断した。
「第65分艦隊および第66分艦隊の第1,第2戦隊はイゼルローン回廊におもむき、メックリンガー提督を支援せよ!」
一挙に5,000隻の増援である。イザークが疑問を呈する。
「予備戦力を根こそぎ廻すのか?残り500隻じゃあ、すっからかんも同然だぞ!」
「でも、メックリンガー提督が突破されたらおれたち終わりなんだぜ。その時に司令部に予備戦力が残ってたって意味がないだろ」
「だがこちらの本隊だって、すでにもうギリギリだろうが?」
「もう、これは一種の賭けだよ。おれたちが崩れる前にライニの援軍が間に合うかどうか」
同盟軍の本隊は、陣地の後背に4,000万個の機雷を散布し、巨大な防壁を形成していた。「解放地区」との連絡のため、トンネル状の通路が残され、そこには予備戦力をかねて第七艦隊が守備についていた。トーマスとイザークは、輸送船の護衛や「淪陥(リンカン)星系」で後方撹乱に従事させていた1万5,000隻を決戦場に呼び寄せたが、待ち構えていた同盟軍第7艦隊と交戦に入った。
ロットヘルト・トゥルナイゼン軍団も、同盟軍本隊も、予備戦力を投入し尽くしての死闘となった。
※ ※
その時、キルヒアイス、ミッターマイヤー、ロイエンタール3提督の艦隊がアムリッツァ星にワープアウトした。
「まだ戦闘は続いている。間に合ったようですね」
帝国軍の増援3個艦隊は、アムリッツァの太陽を大きく迂回して、同盟軍の背後に回り込んだ。
同盟軍本隊で、最初に増援の出現に気づいたのは、第7艦隊司令官のホーウッド提督である。
ホーウッドは味方に敵増援の出現を急報すると、1万5,000隻との決戦を中止し、陣形をたたんで機雷源の後背に部隊を後退させていく。
「指向性ゼッフル粒子を放出せよ」
キルヒアイスの命令が伝達された。
帝国軍は同盟軍に先んじて、指向性を有するゼッフル粒子の開発に成功したのだった。これを戦場で使用するのは、今回が最初である。
円筒状の放出装置が三台、工作艦に引かれて機雷源に近づいた。
濃密な粒子の群が、星間物質の雲の柱のように機雷源を貫いてゆく。
「ゼッフル粒子、機雷源の向こう側まで到達しました」
先頭艦から報告が届いた。
「よし、点火!」
次の瞬間、三本の巨大な炎の柱が機雷源を割った。
白熱した光が消え去った後、機雷源は三カ所にわたってえぐりぬかれ、その位置にあった機雷は消滅していた。
機雷源のただ中に、直系200キロ、長さ30万キロのトンネル状の安全通路が新たに三本、短時間のうちにつくられたのだ。
「全艦突撃!最大戦速だ」
赤毛の若い提督の命令とともに、キルヒアイス、ミッターマイヤー、ロイエンタールが指揮する3個艦隊は、新たにうがたれた安全通路に侵入した。ロットヘルト・トゥルナイゼン軍団の別働隊1万5000隻も突入を開始する。
同盟軍第7艦隊は、あわてて部隊を分散し、あらたに出現した安全通路の出口を塞ごうとしたが、間に合わない。増援4万5,000隻、ロットヘルト・トゥルナイゼン軍団の別働隊1万5,000隻、計60,000隻の攻撃の前に、一瞬で壊滅した。
「背後に敵の大群!」
数を特定できないほどの発光体の群を関知して、同盟軍の残る5個艦隊のオペレーターたちが絶叫したとき、帝国軍60,000隻は砲撃によって同盟軍の艦列に次々と穴をあけはじめていた。
同盟軍の指揮官たちは驚き、うろたえた。それは何倍にも増幅されて兵士たちに伝わり、その瞬間、同盟軍の戦線は崩壊した。
艦列が乱れ、無秩序に散らばりかけた同盟軍に帝国軍は砲火をあびせ、容赦なく叩きのめし、撃ち砕いた。
勝敗は決した。
第2艦隊と司令官ルグランジェ提督。
第3艦隊と司令官ルフェーブル提督。
第7艦隊と司令官ホーウッド提督。
第8艦隊と司令官アップルトン提督。
第9艦隊と司令官アル・サレム提督。
第12艦隊と司令官ボロディン提督。
同盟軍の帝国領侵攻部隊の6個艦隊は全滅し、司令官たちはすべて戦死または捕虜となった。
■アイゼンフート星系
ラインハルトは、9個分艦隊2万7,000隻(2個艦隊)を率いてアイゼンフート星系に出現した。
この時、同盟軍第5,第10,第13艦隊の残存戦力は2万隻弱。
ラインハルトは命じた。
「よし、前進!」
同盟軍3個艦隊は、もはや戦える状態にはなかった。
攻撃用ミサイル、宙雷、磁力弾や修理部品は枯渇。
大部分の艦では、いままでの戦闘での負傷者や、遺棄艦の乗員多数を収容し、定員の2倍をはるかに超える人員を搭乗させ、艦の環境維持系統は限界までフル稼働している。
「やってきてくれた敵さんは、2個艦隊だけか」
ローエングラム伯が掌握する正規軍9個艦隊のうち、なるべく多数を自分たちにひきつけるため、ことさらわざとらしくアイゼンフート星系を占拠してみせ、さらには挑発のためこの星系の領主父娘を虐待するプロパガンダ放送を作って発信したりもしたのだが、やってきたのは自分たちをわずかに上回る2個艦隊のみ。他の7個艦隊は、もうすでにアムリッツァのほうへ向かってしまったのだろうか。
3個艦隊の指揮官たちは嘆息せざるをえない。
吾々は、彼らを引きつけるべく、可能な限り努力した。もうこれで限界だ。
本隊の運命は、もはや彼ら自信に委ねるしかない。
3個艦隊の司令官のなかで最年長、最先任のアリグザンダー・ビュコック中将は、ヤンとウラーンフーとの間でかねて打ち合わせてあったとおり、おごそかに命じた。
「全艦隊、逃げろ!」
ラインハルトの部隊が射程に捉えるはるか手前で、同盟軍3個艦隊は艦首を翻し、次々にワープアウトして、姿を消していった。
ラインハルトは冷たい笑みを浮かべながら同盟軍の遁走を見送った。
ラインハルトが率いる、残る21個分艦隊6万3000隻は、同盟軍の逃走経路に沿って、周到に配置された7段構えの罠を形成しているのだ。
(お前たちが無事に逃げ延びることは絶対にないぞ!)
「元帥閣下、アイゼンフート伯爵から通信が」
「つなげ」
アイゼンフート伯爵と、跡取りむすめのエルプグラフィーンが現れた。
ふたりとも元気で、健康そうである。救援にきてくれた礼をくどくどと述べ始めた。
叛徒どものプロパガンダ番組を見たことをつたえ、傷はもう癒えたのかと尋ねると、もともとまったく拷問などは受けなかったと応えた。
「あれは、作り物だったのですか……」
「まったくその通りです」
やつらはなんの目的であのようなものを作ったのか?
おれの部隊を、この星系におびき寄せるためだ。
その目的を達したから、戦いもせずに逃げていこうとしているのだろう。
しかしやつらが逃げていく先には周到な罠を張ってある。あとはやつらがひっかかるのを安心して待つばかりだ。
にもかかわらず、ラインハルトの胸中には遠雷がかすかに響きはじめている。何かたちの悪い詐欺にかかったような不快感に、神経が侵されるのを彼は自覚した。
彼は左手で作った拳を口に宛て、人差指の第二関節に軽く歯を立てた。その瞬間、彼は理由もなく敵の意図を悟った。
「しまった……」
(やつらはフェザーン経由で帝国領から逃げ出すつもりなのだ)
※ ※
同盟軍第5,第10,第13艦隊1万9,985隻は、フェザーン回廊を帝国側から押し通り、無事同盟領に帰還した。
彼らがイゼルローン方面へ逃走することを想定して周到に用意されたラインハルトの七段構えの罠は無駄となった。
(いままで帝国は、叛徒の勢力圏を攻めるのに、フェザーン回廊を用いたことはなかったし、叛徒の側も奴らの作戦にこの回廊を用いたことがなかった。しかしいままでこの回廊が軍事活動に用いられてこなかったのは、物理的法則によって定められたものではない。たんに思考の盲点となっていたにすぎない)
ラインハルトは決意した。
(叛徒どもよ、よいことを教えてくれた。フェザーン回廊が自由に使えるのだから、イゼルローン要塞がいくら難攻不落を誇ろうとも、すでに戦略的には無価値だ。近いうちに、おれはこの回廊からお前たちに挨拶にいくぞ)
※ ※
帝国領に侵攻した同盟軍9個艦隊のうち、第2,第3,第7,第8,第9,第12の6個艦隊は、ほぼ丸ごと壊滅した。艦隊としての組織をたもったまま帰還したのはわずかに第5,第10,第13の三個艦隊のみ、しかも、そのかれらも艦艇の6割弱、兵員の4割強を失い、2万隻にみたぬ数がかろうじて帰還するという惨状であった。
また、これからかなり経って、本隊の6個艦隊や解放地区の警備隊に属していた少数の部隊が、イゼルローン回廊やフェザーン回廊経由で脱出してきて、同盟市民たちの感動を呼ぶこととなる。