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[29761] 【習作】武蔵と伊織の艶道中
Name: Bluenote◆0b1efc5a ID:56d7863f
Date: 2011/09/14 20:04
・性転換ものです。まずこの言葉に拒否感を覚える方は申し訳ございません。
・歴史に敬意を払い、その上で踏み荒らしています。これまた謝罪を。
・基本的にバカしかやりません。というより自分がどこまでバカをかけるかのテストです。
・R-15です。多分。



[29761] その1
Name: Bluenote◆0b1efc5a ID:56d7863f
Date: 2011/09/14 20:04
 宮本武蔵玄信という人物がいる。
 全て記すと一瞬ぴんと来ないかもしれないが、宮本武蔵、とだけ書けば、歴史の授業など睡眠時間だという学生でも聞いたことがある名前になるだろう。
 播磨国に生まれ、九国(九州)で没し、五輪書を遺した伝説の兵法家である。
 また二天一流という流派を起こしたことでも有名であり、江戸時代においても柳生新陰流や小野派一刀流という無双の流派とも並び称されていた。
 さて、その武蔵には実子がおらず、養子を一人だけ取っていた。
 その名は宮本伊織貞次。
 実子ではないにもかかわらず、その豪胆さは武蔵譲りで、逸話の一つに
『伊織の前髪にくくりつけた米粒一つを、武蔵が己の太刀で一刀両断にしたとて、微動だにしなかった』というものがあるほどだ。
 武蔵の腕前もさることながら、その据わった肝にも驚く他ないだろう。
 この伊織は後に小倉小笠原家に仕え、家老となり将軍にまで名を知られるほどの名家老となったといわれる。
 しかし、ここで一つ疑問が湧き出てくる。
 宮本武蔵といえば当時でも高名な男である。
 その男が幾ら修行に打ち込んだからといって、嫁の一つももらわぬというのはどういった理由だったのだろうか。
 酒と女を断つ、といえば聞こえはいいが、当時の考えからすれば家を残すのは至極当然の事だったはずである。
 現に武蔵は伊織以前にも一度養子を取っている。とはいえその養子は仕えた主に殉死してしまい、二度目の養子として伊織を拾っているのだ。
 自ら子をつくろうとはせず、養子を貰う。
 三文小説的に考えると、ここからひとつの説が導かれる。
 そう、かの軍神上杉謙信の如き説である。
 つまり、武蔵は嫁を娶らなかった、子をなさなかった、のではなく。
 娶れなかった――為せなかったのではないか、と。
 そうなると自らの諱を玄信とした武蔵の気持ちも理解出来るような気がしてくる。
 自らを上杉謙信の終生の強敵であった武田信玄晴信に例えたものであろう。
 つまるところ、宮本武蔵玄信という剣豪は、古今無双の女剣豪だったのではないか――



 武蔵の逸話の一つに、武蔵は生涯風呂に入らなかった、という話がある。
 だが仮にも晩年には宮仕えをしているような身である。
 兵法の上で、風呂に入るは刀も脱ぎ捨て無防備だから、というのであれば、体臭を漂わせて己を悟らせるのもまた愚の骨頂である。
 ふけを撒き散らし、悪臭を漂わせるようでは、宮仕えの身としても、兵法家としても失格なのだ。

「……父上、いい加減に湯に浸かられてはいかがですかな。
 かの謙信公とて湯船に浸からぬという訳ではございませんでしょう」
「今更湯に入るなど出来るか! 肌身を晒すのも恥ずかしいわ!」

 とある山中、さわやかな青年の声と、可愛らしい小鳥のような声が聞こえてきた。
 この二人の会話を聞いて、誰も二人の正体を察することなど出来まい。
 いや、もしやすれば青年のことを察することは出来たかもしれない。
 青年の名は宮本伊織。そして小鳥のような声の持ち主は――

「いやしかし、養子となるとこのような褒美があるとは思えませなんだ。
 播磨で次男の冷や飯をくろうていては、あやかしの如き瑞々しき桃の肌を拝み続けることは出来ませんからな」
「おのれ伊織、わしは貴様を拾うた事を後悔しておる。まさか元服を済ませた頃合にこのような好色になるとは思いもしなんだわ」

 ――四十に届こうかという中年男性ではない、十八程といっても通じるような美少女、宮本武蔵であった。





 武蔵の生涯は伝説という名の幕に覆われ、実態を垣間見ることが難しい。
 他の剣豪がかなり明瞭な史実として描かれることを考えると、あまりに武蔵は講談に上りすぎたのであろうか。
 本人が播磨国と書いた生国すら左右される有様には憐憫さえ浮かんでくるとは、言い過ぎであろうか。
 さて、そんな武蔵だが、若年の頃は九国。今の九州にいたという説がある。
 父と一緒にいたとする説や、浪人として戦ったという説も様々だが、その時代は総じて関ヶ原である。
 となると、当時関ヶ原で猛威を振るったのは黒田如水である。
 その策謀たるや、豊臣秀吉が恐れる余りについに大きな領地を与えなかったことからも伺える。
 無論、この三文小説に登場する武蔵も黒田如水についてはよく知っていた。

「……かの官兵衛殿は、東西の戦が数年は続くと思われていたのだが……家康公は素晴らしいものがあるな。
 播磨の時は大層豊臣殿に親父殿共々世話になったが……やれ、冶部少殿ではむずかしゅうてな」
「成る程、戦とはかように心震えるものなのですな」
「実際の戦場では刀などよりも、よっぽど雑兵の槍、今では銃の方が怖くなったな。
 刀も悪くはないのだが、合戦では中々使いづらいものよ」
「時に父上、私の刀は男女の合戦に置いて役立ちまするが」
「帯を緩めるな! 褌を誇るな! 直さんとこの場で切り落すぞ!」




 九国でぶらぶらしている武蔵と伊織の元に一報が届いた。
 なんと剣聖とも呼ばれた上泉信綱が、大和国にある柳生の里にて、柳生一族と共に剣の秘奥、『無刀取り』を成し遂げたというのだ。
 これには兵法家のみならず、剣豪としても名を知られる武蔵を奮起させた。

「ううむ、流石は伊勢守殿(※上泉信綱は上泉伊勢守藤原信綱として印可状などに記されている)
 無刀取りとは、ううむ、口惜しや!」
「ははぁ。父上、そこまで悔しいものですか」
「おうとも。合戦ではいざしらず、一対一の決闘となれば、通常刀を飛ばされた時点で負けよ。
 そこからひっくり返す技を得たとなれば、これは尋常ならざる業というもの」

 武蔵、よっぽど伊勢守の一報に動揺したようで、あぐらをかいた足を収めどころなく揺らしながら腕を組み、思案にふけっていたが、流石に行き詰まった様子で、伊織に話を振った。

「これ伊織、お主なら無刀取りを成し遂げるに何とする?」
「は、私ですか……」

 後に幕閣、将軍にまで名を知られ、後世に至るまで宮本家を作る祖となった伊織である。その頭も当然宜しい。
 咳払いをひとつすると、至極真面目な顔で武蔵に平伏し、所見を述べた。

「僭越ながら申し上げまする。
 古来明では剣というものは不吉とされていました。
 故に神仏に誓いを立て、まずは加護を得るのが常道かと思われまする」
「ほう。加護を得るとは良いことだ。
 鹿島大明神など、よきところかな?」
「然様にございます。しかしながら、この九国の地では遙か遠くの鹿島まではご威光が中々届きませぬ。
 故に、毎朝毎夕祈りを捧げるのは当然ながら、常に仏壇や神棚を持ち歩くのもよいかと」

 途中までは伊織の見識に感心した武蔵だったが、最後の一言には首をかしげた。
 まるで小動物のような仕草であり、とても剣豪には見えないが、そこはご都合というものである。

「伊織。それはちと無理だろう。仏壇も神棚も、確かに鹿島に祈りを捧げる、関羽の如き神に祈るもよいだろうが、持ち運ぶのは不可能じゃ」
「いえいえ、父上、それは違いまする。
 まず一対一、相対致しますな?
 一礼を行い、刀を構えます」
「うむ、うむ」

 ここで伊織、顔をあげ、くわっと目を見開きながら大声で語った。

「つまりここで!
 父上がその可憐なる御美脚をひらげ、観音様を見せつければ相手はたちまちひれ伏すものかと!」
「おどれ鹿島に向けて土下座しくされ!」





 余談



「は……しくじりました、これでは刀を捨てても新たな刀が袴に!」
「よし伊織。お前の教育を間違った。素っ首はねてやるから覚悟せい」



[29761] その2
Name: Bluenote◆0b1efc5a ID:56d7863f
Date: 2011/09/15 20:20
 ここは天下の台所大坂。九国からふらふらと旅立った武蔵と伊織の二人はかつては天下人の居住地であった大坂城を見物していた。

「ううむ。なんとも無残よのう……秀吉公亡き後、豊臣家の没落か」
「物悲しいものですな、父上」

 かつては天下人となった豊臣家の、あまりの凋落ぶりを己の身としてみると、武士にとってこれほど恐ろしい物もない。
 武蔵も兵法家といえ武家の家系である。
 人事ではないとばかりにしんみりしていると、伊織が頷きながら語った。

「諸行無常の響きありとはこの事ですが、何、没落して尚蘇った家もあるものです。
 高望みをせず、己を高め、家を作り上げていく。
 徳川家というのは、そうして幕府を作ったのでしょうな」
「ふむ……一理、いや、道理そのものよの」

 武蔵が伊織の見識に感心して頷く。
 流石によき子よ、と微笑んで伊織を褒めると、伊織は然りと頷き

「つまるところお家というのは地力によって培われるもの。
 しからば父上、早速はまず養子の私と子孫繁栄をば――」
「褒めた儂が阿呆であったわ!」






 京都吉田。舞鶴の港に近いここに、今日の二人の姿を見つけることが出来た。
 とあるわびさびを感じさせる屋敷の一室に、武蔵と伊織は招かれていたのだ。

「ほほう。しかし京屋敷というのは、また播磨や九国とは違ってよいものですな」
「因縁というものかな……あまり京には来たくなかったのだが、ここの御仁に招かれては仕方ない」

 そんな話をしていると、すっと座敷の襖が開いて簡素な着物に身を包んだ老人がやってきた。
 この老人こそ、当代きっての文化人、細川幽斎であった。
 時代を些細な事として無視出来るのが三文小説のよいところである。

「やぁやぁようきてくれはりましたな、まー昔から変わらんと!
 で、こっちの男子はどなた?」

 上品なのか下品なのか、京ことばだけではわかりづらかろうと、わざと大坂言葉を混ぜた口調で幽斎が実に砕けて語りかける。
 問われた伊織は才を潜めつつ

「宮本武蔵が養子、伊織と申します。当代一流の才人、細川幽斎殿にお目にかかりまして光栄に存じ上げます」
「ほうほう、まぁまぁ、えらい才のある子やねぇ武蔵はん。
 で、どないかな。話は考えてくれた?」

 話というのはなんでもない。細川幽斎は関ヶ原を戦う前に敗戦したが、その息子の忠興は東軍につき、豊前国(現在の大分県)に四十万石もの領地を与えられ、九国の大名となった。
 武蔵が九国をうろついているというのは有名な話であったので、幽斎は何度か息子の領地に来てくれないかと誘いをかけているのだ。
 歌、茶、蹴鞠、料理、囲碁、更には剣術を始めとした武芸百般の達人である幽斎――天才というのはどこにでもいるものだ――は、武蔵にとってみれば偉大なる先達であり、無闇に頼みを断り続ける訳にもいかない。
 史実において武蔵が細川家に仕えたのも、幽斎との縁があったからと思えば、夢が広がろうというものだ。

「未熟なる身故に、今しばらく研鑽の日々を積みたく存じあげます」
「つれない返事やねぇ。身ぃ落ち着けてくれたらええんやろかしら。
 ……あ、せや」

 嫌な予感がする。
 武蔵はそんなことを思い、顔をあげて言葉を遮ろうとしたが時既に遅し。
 この細川幽斎は剣聖上泉信綱や剣豪将軍足利義輝を始めとした錚々たる顔ぶれと兄弟弟子なのである。
 その師匠は講談に曰く、武蔵が手も足もでなかった塚原卜伝。
 この時の武蔵が遮れようはずもなかったのである。

「伊織くん、君、武蔵と子作りでもして身を落ち着かせなはれ。子でも生んだら身も熟しますやろ」
「喜んで!」

 ――だから京は嫌なんだ。
 あらゆる面で武蔵の上を行く男の発言に、武蔵は頭痛を覚えたのであった。





 引き続き京、の、錦市場。
 現代でも賑やかな商店街として活気ある錦市場だが、実はこの時代にも錦市場そのものは存在していた。
 とはいえ、現代と違ってまだ錦市場の目玉である生鮮食品、それも海産物を取り扱っている店は少ない。
 もう少々時代が下ると、幕府より魚問屋という称号が許されて、今日に至る基礎が出来上がるのだが。

「いや、賑やかですな、父上」
「うむ。流石にこういうものは京や大坂ならではよな。
 播磨や小倉ではこうはいかぬ」

 とはいえ、それでも帝が住まわれる都である。
 その市場が貧相な訳がない。
 二人は活気あふれる市場を眺めながら、あれがよさそうだ、これは美味そうだなどと語りながら通りを歩いていた。

「ふーむ……魚といえば、思い出すのは播磨のイカナゴよな。あれは美味い」
「おお。イカナゴですか。確かに、あれを醤油で煮染めたものなど絶品ですな」

 播磨名物イカナゴの釘煮。無論、いかなごのくぎ煮などというシロモノが世間に出回るようになるのはここから三百五十年ほど後なのだが、そんなことを気にしてはいけない。
 握り飯にいれてよし、熱々の飯とかっこんでよし、山椒をいれてよし、の大変甘辛く米の進む絶品である。

「しかしな、伊織よ。イカナゴは播磨の代物だが、似てこそいるものの、錦市場にはもっと歴史が古く、これまた旨いものがあるのだぞ」
「ほう……イカナゴに似たものですか。味わいもですか?」
「いやいや、イカナゴの煮たものは甘辛くあろう?
 この錦市場では……お、見つけたぞ。これオヤジ、そこのちりめん山椒をもらおうか」

 え、毎度! などと威勢のいい声が聞こえて、武蔵の手元にざかっと布に包まれた小魚が渡される。

「これが京名物、ちりめん山椒だ。山椒の実と醤油を炊き合わせた一品でな、ぴりっとしたのが米にも酒にもあう」
「ほう……む、これは確かに。ぴりっとしつつも味わい深いですな」

 武蔵が得意げに胸をはり、そうだろうそうだろうと頷く。
 養子とはいえ己が息子に迎えた相手である。剣の腕だけではなく、蓄えた知でも威厳というものをみせなければならないのだ。
 無論、見せつけているのは美少女の少しばかりぷっくらと張った胸と、絹のように柔らかな白い首筋なのだから仕様がない。

「しかしですな、父上。実はちりめん類というのなら私も少しばかり旨いものを知っておりまして」
「ほお? このちりめん山椒以上に美味いと申すか」
「然様。時に辛く、しかしとても甘く、芳しいものです」

 ううむ、と武蔵が唸る。自分のしらないものを子が知っているというのはどうにも座りが悪い。
 武蔵は一体それはなんじゃと伊織を見上げると、伊織はかしこまった様子でしからば、と断り

「――それは勿論父上がその身に纏われていらっしゃる緋縮緬にて――」
「お前の頭は色しかないのかっ!?」

※緋縮緬:戦国、江戸期の女性の下着に多く見られた縮緬(織物)



[29761] その3
Name: Bluenote◆0b1efc5a ID:56d7863f
Date: 2011/09/16 22:35
 相変わらずも京の都。
 先日に引き続き、今日も細川幽斎による武蔵の説得と勧誘が続いていた。

「もう、すげないなぁ。あかんよ、おなごがそないに意固地になってもたら」
「この身は兵法に捧げております故」

 武蔵が女性だというのは殆ど知られてはいない。何故なら三文小説だから。
 知っているのは直接相対したものばかり。
 細川幽斎などは何故か話に聞いた時から武蔵を女性だと見破っていたようだが、そこは当代随一の男というべきか。

「ほんにもう……せや、最近京に来た面白い男がおるけど、会ってみいひんかな?」
「は……面白い男ですか」

 幽斎はせや、と笑うと湯のみに入れてあった水を一口含み、一息ついてから伊織に顔を向け

「時に伊織くんよ、君、父親……母親か?
 まあよろし、武蔵の事どこまで知ってはるかな」
「さ……そこまでは。
 武芸の達者であり、兵法の達人であり、自慢の親であり、また大変魅力的であるとしか」

 武蔵が伊織の膝をぴしゃりと手で叩いたが、伊織は気にした様子もなく幽斎の答えを待った。
 幽斎も答えて大きく笑い

「ま、京で有名なんは吉岡一門とのごたごたやろけどもね……うん、何でもずいぶんと長い野太刀を引っさげた男で、若年といえど一流派を立ち上げた非凡の男よ。
 ちょっとした縁があって型を見ることがあったんやけどね、ええ男やったよ。
 どないかな、武蔵。ちょっと会ってみぃひん?」
「まるで見合いのようなことを……立ち会いというならば、真剣になりましょうが、若人の未来を摘む真似はしたくありません」

 そないなこといわんと、と。
 幽斎が粉をかけるが、ふと伊織は流派というのが気になった。
 幽斎が若年というからには、かなり若いのだろう。それで流派を立ち上げるほどの腕前というのは、確かに尋常ではない。
 そういった流派というのは、一種秘奥ともいうべきものを持っているものだ。
 例えば近年伊勢守と柳生が作り上げた無刀取りなどは最たるものだろう。

「幽斎様、その佐々木なる男。なにやら秘剣ともいうべきものは……?」
「お、鋭いな伊織くん。なんでも野太刀を大きく振ったと思ったら、次の瞬間にはまるで反対にある『虎切』とも『燕返し』ともいう業を用いるそうよ」

 すると伊織、その話を聞いていきなり大きく笑い出した。
 驚いた武蔵がいったいどうしたと尋ねると

「ご安心下さい、父上。父上が佐々木某に負けるなどということも、未来を摘むこともありませぬ」
「で、その心は?」

 何やら気付いた幽斎、伊織に問いかけ

「燕となりましょうとも、返されるでしょうから」

※燕:年上の女性に養われる若い男の意


余談

「しかしながら父上が燕を得るよりは、私が燕となりたいものですが」
「その意識を切り飛ばしてくれようか?」






 幽斎の屋敷から何とか抜けだした武蔵と伊織の二人は、次に何処に行くべきかと考えながら、京の都をぶらついていた。
 と、鴨川の近くまで来た所、武蔵が三条河原の近くでひどく大柄な坊主がいることに気がついた。

「三条河原といえば、治部少殿のさらし首ですな……はて、あの坊主は何者でしょうか、父上」
「わからぬ。が、坊主にしてはえらく大柄だの。
 ちと気になる、声をかけてみようか」

 武蔵が土手の上から三条河原へと降り、何やら座って念仏でも唱えているらしき坊主に声をかけた。
 すると坊主、すっくと立ち上がって一瞬ぎろりとこちらを睨みつけたかと思ったが、すぐに破顔し

「おうおう、何者かと思えばこりゃまた可愛らしいべっぴんさんじゃぁないか。
 なんだ、わしに惚れでもしたか?」

 あまりといえばあまりの言い様。だがその前に武蔵は驚きを隠せなかった。
 確かに武蔵は女性であり、実年齢はさておいて、少なくとも外見は十八といって通用する姿である。
 胸は大和撫子らしく大変つつましく、髪型は撫で付けにしてあるため、一目見た限りでは美少年であるか美少女であるかわかりはしない。
 無論、この時代の事であるから衆道趣味かとも考えたが、坊主の言い草は、正しく女性に対するそれであり、武蔵のことを一目で女と見破ったことになる。
 武蔵が警戒し、剣気とも言うべき剣豪のみが持ちうる一種の殺気を発する。
 伊織ですら一瞬肌が粟立つような感覚を覚えたのだが、目の前の坊主はその武蔵の剣気を受けても涼しいように

「おう、いい風だ。
 なんだなんだ、戦国が終わったかと思ったが、いい女がまだいるじゃぁないか」

 呵々大笑したものだ。
 これには武蔵も毒気を抜かれてしまった。
 そしてはたと気付く。この坊主、袈裟のようなものはきていないが、その身にまとった着物は質素ながらも大変質のよい代物である。
 乞食坊主などが着ていられるものではないが、驚くべきはその着物に包まれた肉体である。
 まるで一本一本芯鉄を丁寧に鍛え上げたかのような張り詰めた肉体。皮のたるみが一切見えぬ詰まった筋肉をしているのである。

「……御坊、失礼だが名は何と?」
「わしか?
 ははん、もう名乗るべき名も見当たらぬが、そうだな――龍砕軒不便斎とでも名乗っておくか?」

 武蔵が呆れた様子でなんだその名前は、などとつぶやくが、伊織ははて、と首を傾げた。
 こう見えて伊織は幽斎と話をよくする。幽斎の本気とも冗談とも取れる子作りの発言を聞いてからなのだが、当代随一の文化人と会って、ただ茶飲み話をするだけではもったいないと伊織は考えたのだ。
 流石に古今伝授とまではいかないのだが、それでも織田信長の時代から生き延びた歴戦の戦士である。
 その戦場の話は伊織の血を熱くたぎらせた。
 そんな話の中に、目の前の坊主が妙に引っかかる話があったのに思い至ったのだ。

「不便斎とは大きく出たな。ぶへんにかけたのかもしれないが、何が不便というのだ」
「ふふん。強さに比する者なきも不便、住みづらい世の中も不便、我が金剛棒を振るういい女が居ないも不便よ。
 ふむ、お主、気立ても体も悪くなさそうだ。どうだ、わしと寝てみぬか」

 かっと武蔵の顔が真っ赤に染まり、どもりながら刀に手をかけようとした所、伊織があっと大声を出した。
 武蔵が赤面のままなんだ! と伊織に向かいなおり叫ぶと、伊織は失礼ながら、とはばかりつつ坊主に向かい

「その大柄な体、戦場で創り上げたような体、そしてなによりその人を喰ったような傾きよう――失礼ですが、あなたは」
「……うーむ。まさかお前のような小僧に見抜かれるとはな。なんだ、誰から聞いた?」
「――前田慶次郎。天下一の傾奇者。米沢で亡くなったと幽斎様は言っておられましたが」

 不便斎――否、前田慶次郎が大きく笑い、幽斎殿なら仕方ない、と納得した様子で頷いた。
 袖口から煙管を取り出し、火をつけて口にくわえると

「誤魔化すつもりもない。確かにわしは前田慶次郎利益。今は隠居の身だが……何、あの才槌頭を弔ってやるのを忘れていてな。
 京に舞い戻ったらいーい女に出会ったというわけだ。
 冗談ではないぞ。どうだ、このジジイに冥土の土産で、子を作らぬか?」

 前田慶次郎利益。既に死んだはずの男が、そこにいた。



[29761] その4
Name: Bluenote◆0b1efc5a ID:56d7863f
Date: 2011/09/19 22:53
 ここは京の鴨川から少し離れた料亭。
 そこに前田慶次郎と武蔵、そして伊織の姿を見つけることが出来た。

「数年ぶりというのに覚えてくれる女将というのはよいものだな」

 手元の酒をぐいっと口に運ぶ慶次郎。甘口の酒はまるで果実のような爽やかさを持って口を楽しませてくれる。
 喉を滑り、そして胃の腑におちてようやく酒の旨みが口、喉、胃へとやってくる。

「くう……たまらんね。やはり酒は京、播磨、大坂だな。米沢では楽しめぬ酒だ」

 その様子に武蔵が呆れた様子で茶を飲み、伊織は羨ましそうに見ていた。
 武蔵は酒を飲まない。兵法家たるもの、酒で判断を狂わせるなという教えをしているのだが、実際にはこの美少女たる武蔵は酒が飲めないだけなのだ。
 よってとばっちりを受けた伊織も酒を呑むことを禁じられている。
 その為慶次郎が美味そうに飲む酒を伊織は羨ましそうに見るのであった。

「なんだ、酒も飲めないのか?
 そいつはいかんな、人生の幾つかを損しておるぞ」
「そんな事で楽しめる人生なら願い下げだ」

 何度か酒を勧める慶次郎だったが、その度に武蔵はすげなく断っていた。

「では私が」
「伊織!」

 ならばと伊織が酒をもらおうとすると、武蔵は頬を膨らませて伊織の手をぴしゃりと叩く。
 その様子に慶次郎は笑って楽しんでいるし、伊織にしても頬をふくらませた武蔵の姿が愛らしいために怒りようがない。

「しかし、剣術修行ね。
 まあ、東西の戦が終わった今じゃぁ、介者剣術より道場剣術のほうが使い勝手がよいのかもしれぬな」

 む、と武蔵が怒りをこめた瞳で慶次郎を見る。
 確かにこの男は朱槍(その軍で無双の戦功を立てたものに贈られる名誉ある武器)を持ち、無双の男として戦場に立っていた。
 だからといって武蔵は、未だ成らぬ身とはいえ、己の武が相手に負けるとは思いたくない。
 とはいえ、迂闊に『ならば立ち会おう』とは言えない。
 武蔵曰く、負けない理由とは何かと聞かれ、勝てない相手とは戦わないことだ、と言った逸話もある。
 だが唇を噛む武蔵の姿を見て、慶次郎も思ったことがあるのだろう。

「色も知らぬおぼこに剣の真髄が知れるとも思えぬよ、結局は生き死にのやり取りだ」
「失礼ですが、前田様、それには少しばかり異を唱えとうございます」

 ほう、と慶次郎が言葉を発した伊織を見た。
 その眼光、塚原卜伝の弟子であった幽斎ですら、今はこのような光を発することは出来まい。
 まさしく生涯を戦場で生きた男のみが発することが出来る威圧である。
 だが、この伊織とて、後に江戸の大火の際には幕閣に『まこと宮本伊織こそ家の大黒柱なり』と言われるほどの男である。

「許す。言ってみろ」

 慶次郎が盃を置き、煙管に火をつけながらにこりと笑った。
 何ともいい男ぶりであるが、伊織は居住まいを正し、まっすぐに見つめた。
 何となく武蔵が嫌な予感を覚えつつ、伊織の言葉に耳を傾けると

「色も知らぬ……等と申しましたが、いやはや、前田様ともあろうお方が嘆かわしい。
 戦場にて刀折れ矢尽きるとなった時、いかように男が最後を見せましょうや」
「ほう……。その心は?」

 慶次郎には半分何が言いたいか理解出来たようだが、しかし残りの半分がわからぬといった風情で伊織に続きを促した。

「男の最後の鎧は褌にございましょう。それも、金銀など施しては笑いもの。
 純白に輝く褌こそ、男というものにございます」
「道理だ」
「であるならば!」

 がばっと伊織が伏せていた顔をあげ、少々鼻息荒く武蔵を手で指し示し

「男を知らぬ白い肌、清い体こそ、この姫侍の最後の鎧かと!」
「上手い!」
「上手い訳あるかこの色ボケ息子がァ!」


余談

「自分一人にて染め上げるというのも、また自分の愛刀に似た趣があるかと」
「ほう。わしの愛刀で愛刀として染め上げるというのだな」

 にやり。





 大体この三文小説は一回の投稿で百行くらいを考えているのであるが、どうしても前段が長くなったりすると唐突に伊織がおかしなことを叫んだりする。
 しかしこれもまた三文小説ならではの作者の都合というやつであり、醍醐味だ、などと勘違いして楽しんでいただけると大変助かるシロモノである。

「という訳で父上、たまには着替えをと思うのですが」
「断る。細川殿といい前田殿といい、何故こうも色ボケの息子を甘やかすのか」

 何をおっしゃいますか、と伊織が首を振る。

「幽斎様は古今伝授こそならぬが、と仰りつつ私の多種多様な物語、逸話をお教えいただいております。
 慶次郎様も、戦場往来の修行という事で度胸をつけていただいております」
「……知らんぞ、わしは」

 武蔵が少し拗ねた様子で、羨ましそうに伊織を見る。
 細川幽斎は天皇陛下にすら寵愛を受けた男であり、前田慶次郎も京で一番の傾奇者として名を馳せた男である。
 伊織の立場になれるなら千金こそ積もうという男は山のようにいるだろう。

「まぁまぁ、父上は修行と言ってふいっと鞍馬山にでも行ってしまうではないですか。
 私は播磨で冷や飯ぐらい、その後は九国にいたのですから、京は不慣れなのです。置いていかれてしまっては、幽斎様や慶次郎様に相手をしていただいてもばちは当たらないでしょう」

 む、と。少しばかり武蔵がバツの悪そうな顔をする。
 如何にこの時代が現代とは大分違う親子関係だといっても、子を放ったらかしにする、それも、他人様の子を養子としてもらい受けておきながらそれでは立場がない。
 流石に悪かったと武蔵が謝罪すると、伊織はいえいえ、と首をふり

「鞍馬山といえばかの遮那王、源九郎判官義経が修行をした地。
 父上もご興味がございましょう。あそこには寺もあれば、京には神社も多い。そこでですな」

 む? と武蔵が首を傾げた。その様子に伊織が一瞬前かがみになるが、すぐに気を取り直し、さっと背中に背負っていた風呂敷を広げ

「慶次郎様の尽力により、祇園社(※現在の八坂神社)より巫女服を借り受けて参りました。
 これを着て修行に打ち込めば神仏の加護を得られることまちがいなしに!」
「わかった。修行ならばお前が着さらせこの阿呆がァ!」


 余談

「父上、何を打ちひしがれて」
「……幽斎様というのは、元気だな」

 そこには幽斎と慶次郎によって、強引に巫女服に着替えさせられた武蔵の姿が、あったとか、なかったとか。


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