(まえがき)
はじめまして、作者・水虫です。本作品はテイルズ オブ ヴェスペリアの二次創作です………が、原作とは異なる設定、原作キャラの死などが含まれます。そういう事に不快感を覚える方は、あらかじめご了承ください。なお、更新は不定期となります。
人と魔物の大きな戦いが終結してから、月日は流れ―――
人々は根源たる力・エアルを用い、繁栄を築き上げようとしていた―――
結晶化したエアルは魔核(コア)となり、魔導器(ブラスティア)を動かす源として使われてきた―――
様々な種類の魔核が魔導器を通し、繁栄と生活に必要な物を我々に与え続けてきた―――
人々はそれを求め、奪い、支配する―――
それが何であるか、疑う事すらなく―――
草木を掻き分けて、夜の闇を二つの青い影が忙しなく駆ける。
「ユーリ急ぎ過ぎ! 作戦通りに動きなさいよ!」
「チンタラやってられるかっての!」
前を行く青年に叱責が飛び、しかし青年は無視する。もうこれで何度目だろうか、作戦開始前から嫌な予感はしていたものの、案の定だ。
「あーもうっ!」
その背中を、ヒスカ・アイヒープはやけくそ気味に追い掛ける。
悠長に説教などしている暇は無い。何故なら、今も彼女らの後ろを荒れ狂った魔物の群れが追い掛けて来ているからだ。
こうして魔物を引き連れて来てしまった以上、このまま走り続けるしかない。
「もたもたすんなよヒスカ!」
「あんた、後でゼッタイ殴るからね!」
これが、『初の実戦で気負い過ぎた』とか、『魔物を前にして気が動転していた』といった可愛らしい理由ならまだ許せるが……実際はそうではない。
ユーリ・ローウェルは、そんな殊勝な後輩ではなかった。
獣道を抜け、崖を滑り降りて、目印のある……少し拓けた集合地点に辿り着いて、ヒスカは「やっぱり……」と内心で頭を抱えた。
全員がほぼ同時に到着しなければならないはずなのに、そこにはユーリとヒスカの二人しかいない。
そしてもちろん、そんな事情は魔物には何の関係も無い。
「っ、この!」
足を止めたヒスカに、後ろから狼が我先にと飛び掛かる。その牙だらけの口を、振り向きざまに振るったヒスカの剣が斬り裂く。
「だから早過ぎるって――――」
魔物は無論、一匹ではない。迷惑な後輩に文句を飛ばす間すらなく、今度は複数の狼が……そして大型の猪がヒスカを襲う。
襲って―――
「え………?」
血飛沫を上げて、一瞬の内に吹き飛んだ。ヒスカに襲い掛かった全ての魔物が。
「ったく、遅刻かよ」
見れば、ヒスカの前に躍り出たユーリが、憮然とした態度で剣をクルクルと弄んでいる。
『友達が待ち合わせに遅れた』。そんな軽さで。
こっちが早いのよ、とヒスカが突っ込むよりも速く、ユーリは長い黒髪を靡かせて魔物の群れに突っ込んだ。
そして新米騎士とは思えない剣捌きで次々と魔物を仕留めていく。
「(早く、早く……!)」
左手の魔導器(ブラスティア)を押さえながら祈るヒスカの耳に、地鳴りのような足音が四方から届く。
その全てが魔物の足音。“待ち兼ねていた足音”だった。
「ヒスカ!」
草むらの奥から、呼ぶ声が一つ。一拍後れて現れたのは、赤い髪を後頭で束ねた、金の瞳の女性騎士。そう……ヒスカと瓜二つの容姿を持つ双子の姉・シャスティル・アイヒープ。
「みんな、集まって!」
それに続いて、作戦に参加していたフェドロック隊の仲間たちも次々に姿を現す。
そして集まった彼ら全てが、獰猛な魔物を引き連れて来ているのだ。
だからこそ、タイミングが命。
「ユーリ、早くこっちに!」
「わーってるけど……よっ!」
隊のほぼ全員が一ヶ所に固まっているこの状況で、最初に引き連れて来た魔物を食い止めているユーリだけが孤立してしまっていた。
背中を見せたら喰われる、と解っているため、下がりたくても簡単には下がれない。
「全く君は………!」
苛立たしげな呟きを漏らして、また一人陣から飛び出し、ユーリの援護に回った。
同じく新米騎士の、金髪と碧眼が特徴のフレン・シーフォ。
同時に、ヒスカらも陣を崩さないまま全体をユーリ達に近付ける。
「「はっ!」」
ユーリとフレン。二人が同時に振り抜いた剣が大猪を絶命させ、その巨体が壁となって魔物の追撃を遮る。
「“絢爛たる光よ”」
その機を逃さず、ユーリとフレンは脇目も振らずに仲間達の許へと走る。
「“干戈を和らぐ壁となれ”」
ヒスカの唇が詠唱を紡ぎ、魔導器が淡い光を放つ。ユーリとフレンは、着地も考えずに頭から飛び付いた。
そして――――
「『フォースフィールド』!!」
ヒスカの言霊に喚ばれて、光の柱が隊の全員を包み込む。
ほとんど同時に………
「うおっ!?」
結界の外を、周囲一帯を、呑み込むほどの眩しい光が埋め尽くした。
作戦よりもやや遅いタイミングで発動したその光は、事前に仕掛けてあった兵装魔導器(ホブロー・ブラスティア)によるもの。
光は結界を破らず、しかし範囲内の魔物は一匹残らず殲滅していく。
結界の中でその光景を呆然と眺めるしかないユーリとフレンに………
「ユーリ、フレン! 初仕事にしちゃ上出来だ!」
高台の上で一連の流れを見ていた隊長……ナイレン・フェドロックは、どこまでも豪胆に笑い掛けた。
―――辺境の町・シゾンタニア。
帝都から離れた場所に位置するこの街は今、日増しに凶暴性を増していく魔物の脅威に晒されていた。
テルカ・リュミレースに点在するほぼ全ての街は結界魔導器(シルトブラスティア)による結界によって護られている。このシゾンタニアも例外ではない。
しかし………通常ならば結界によって約束される安息すら脅かしかねないほど、この近隣の魔物は凶暴化の一途を辿っている。
「勝手な行動で隊を乱すなと、何度言ったらわかるんだ!?」
「昨日おわった事をガミガミうるせーなぁ、上手くいったんだからいーじゃねぇか」
そして、帝都の下町で育ち、一月前に騎士団に入隊を果たした二人の青年……ユーリ・ローウェルとフレン・シーフォもまた、この街の守護を司るフェドロック隊に配属されているのだった。
「あーあ、せっかく騎士団に入ったってのに、お前と赴任先は同じ、部屋も同じ。嫌がらせだぜ? これ」
「こっちのセリフだ! ここに配属されてからの短い間に、どれだけ問題を起こしたと思ってる!」
大声でまくし立てるフレンの罵声など素知らぬ顔で、ユーリはエサ皿にミルクを注いでいる。
その足下では、まだ手足の短い藍色の仔犬が今か今かと「よしっ」を待っていた。
「………はあ、本当に……昔から何も変わってないな……」
怒るのも疲れたのか、フレンも椅子に腰を落として机に突っ伏す。口喧嘩では勝った試しがない。
「そういうお前こそ、陰険な性格そのまんまじゃん。つーか、更に頭固くなったんじゃねーの?」
たまたま同じ町に生まれて同じように育っただけ。幼なじみ……と呼べるかは判らないが、長い付き合いではある。
「規律を守る為に己を戒める。騎士団に属する人間なら当たり前の事だろ」
「はいはい」
ユーリもまた、「言っても無駄」と言わんばかりに手を振りながらベッドに身を沈めた。
息苦しい空気を破るように―――
「入るわよ」
コンコンッと軽いノックの後、部屋のドアが開かれた。そこから、柔らかな赤い髪が覗く。
「何やってんのよ、時間でしょ!」
「急げー」
ヒスカとシャスティル。双子の先輩騎士に促されて、ユーリとフレンはどちらともなく重い腰を上げた。
「…………………」
季節外れの紅葉が舞い散る山道を、老練の騎士が一匹の軍用犬を連れて歩いていた。
生命力に満ちた精悍な顔立ちと力強い立ち居振る舞いが、彼を見る者に年齢を感じさせない。
「………ランバート、これ以上は進むなよ」
彼……ナイレン・フェドロックは、つき従う相棒に一言告げて、自身もその足を止めた。
「………原因は“こいつ”か。」
咥えた煙管に火を点して、ナイレンは険しく眼を細めた。
見据える先には、不自然に咲き誇る季節外れの紅葉と………蛍とも見える無数の光の粒。
「どっかに専門家でもいないもんかなぁ……」
予想を大きく越える事態への確信に、ナイレンは力なく空を見上げる。
人里離れた西の森の奥、結界の庇護から外れた小屋の中で―――
「………うにゃ………」
誰かが、寝返りをうった。