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[29760] 漆黒夜想曲 序(TOV)【完結】
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2012/01/17 19:32
 
(まえがき)
 
 はじめまして、作者・水虫です。本作品はテイルズ オブ ヴェスペリアの二次創作です………が、原作とは異なる設定、原作キャラの死などが含まれます。そういう事に不快感を覚える方は、あらかじめご了承ください。なお、更新は不定期となります。
 
 
 
 
 人と魔物の大きな戦いが終結してから、月日は流れ―――
 
 人々は根源たる力・エアルを用い、繁栄を築き上げようとしていた―――
 
 結晶化したエアルは魔核(コア)となり、魔導器(ブラスティア)を動かす源として使われてきた―――
 
 様々な種類の魔核が魔導器を通し、繁栄と生活に必要な物を我々に与え続けてきた―――
 
 人々はそれを求め、奪い、支配する―――
 
 それが何であるか、疑う事すらなく―――
 
 
 
 
 草木を掻き分けて、夜の闇を二つの青い影が忙しなく駆ける。
 
「ユーリ急ぎ過ぎ! 作戦通りに動きなさいよ!」
 
「チンタラやってられるかっての!」
 
 前を行く青年に叱責が飛び、しかし青年は無視する。もうこれで何度目だろうか、作戦開始前から嫌な予感はしていたものの、案の定だ。
 
「あーもうっ!」
 
 その背中を、ヒスカ・アイヒープはやけくそ気味に追い掛ける。
 
 悠長に説教などしている暇は無い。何故なら、今も彼女らの後ろを荒れ狂った魔物の群れが追い掛けて来ているからだ。
 
 こうして魔物を引き連れて来てしまった以上、このまま走り続けるしかない。
 
「もたもたすんなよヒスカ!」
 
「あんた、後でゼッタイ殴るからね!」
 
 これが、『初の実戦で気負い過ぎた』とか、『魔物を前にして気が動転していた』といった可愛らしい理由ならまだ許せるが……実際はそうではない。
 
 ユーリ・ローウェルは、そんな殊勝な後輩ではなかった。
 
 獣道を抜け、崖を滑り降りて、目印のある……少し拓けた集合地点に辿り着いて、ヒスカは「やっぱり……」と内心で頭を抱えた。
 
 全員がほぼ同時に到着しなければならないはずなのに、そこにはユーリとヒスカの二人しかいない。
 
 そしてもちろん、そんな事情は魔物には何の関係も無い。
 
「っ、この!」
 
 足を止めたヒスカに、後ろから狼が我先にと飛び掛かる。その牙だらけの口を、振り向きざまに振るったヒスカの剣が斬り裂く。
 
「だから早過ぎるって――――」
 
 魔物は無論、一匹ではない。迷惑な後輩に文句を飛ばす間すらなく、今度は複数の狼が……そして大型の猪がヒスカを襲う。
 
 襲って―――
 
「え………?」
 
 血飛沫を上げて、一瞬の内に吹き飛んだ。ヒスカに襲い掛かった全ての魔物が。
 
「ったく、遅刻かよ」
 
 見れば、ヒスカの前に躍り出たユーリが、憮然とした態度で剣をクルクルと弄んでいる。
 
 『友達が待ち合わせに遅れた』。そんな軽さで。
 
 こっちが早いのよ、とヒスカが突っ込むよりも速く、ユーリは長い黒髪を靡かせて魔物の群れに突っ込んだ。
 
 そして新米騎士とは思えない剣捌きで次々と魔物を仕留めていく。
 
「(早く、早く……!)」
 
 左手の魔導器(ブラスティア)を押さえながら祈るヒスカの耳に、地鳴りのような足音が四方から届く。
 
 その全てが魔物の足音。“待ち兼ねていた足音”だった。
 
「ヒスカ!」
 
 草むらの奥から、呼ぶ声が一つ。一拍後れて現れたのは、赤い髪を後頭で束ねた、金の瞳の女性騎士。そう……ヒスカと瓜二つの容姿を持つ双子の姉・シャスティル・アイヒープ。
 
「みんな、集まって!」
 
 それに続いて、作戦に参加していたフェドロック隊の仲間たちも次々に姿を現す。
 
 そして集まった彼ら全てが、獰猛な魔物を引き連れて来ているのだ。
 
 だからこそ、タイミングが命。
 
「ユーリ、早くこっちに!」
 
「わーってるけど……よっ!」
 
 隊のほぼ全員が一ヶ所に固まっているこの状況で、最初に引き連れて来た魔物を食い止めているユーリだけが孤立してしまっていた。
 
 背中を見せたら喰われる、と解っているため、下がりたくても簡単には下がれない。
 
「全く君は………!」
 
 苛立たしげな呟きを漏らして、また一人陣から飛び出し、ユーリの援護に回った。
 
 同じく新米騎士の、金髪と碧眼が特徴のフレン・シーフォ。
 
 同時に、ヒスカらも陣を崩さないまま全体をユーリ達に近付ける。
 
「「はっ!」」
 
 ユーリとフレン。二人が同時に振り抜いた剣が大猪を絶命させ、その巨体が壁となって魔物の追撃を遮る。
 
「“絢爛たる光よ”」
 
 その機を逃さず、ユーリとフレンは脇目も振らずに仲間達の許へと走る。
 
「“干戈を和らぐ壁となれ”」
 
 ヒスカの唇が詠唱を紡ぎ、魔導器が淡い光を放つ。ユーリとフレンは、着地も考えずに頭から飛び付いた。
 
 そして――――
 
「『フォースフィールド』!!」
 
 ヒスカの言霊に喚ばれて、光の柱が隊の全員を包み込む。
 
 ほとんど同時に………
 
「うおっ!?」
 
 結界の外を、周囲一帯を、呑み込むほどの眩しい光が埋め尽くした。
 
 作戦よりもやや遅いタイミングで発動したその光は、事前に仕掛けてあった兵装魔導器(ホブロー・ブラスティア)によるもの。
 
 光は結界を破らず、しかし範囲内の魔物は一匹残らず殲滅していく。
 
 結界の中でその光景を呆然と眺めるしかないユーリとフレンに………
 
「ユーリ、フレン! 初仕事にしちゃ上出来だ!」
 
 高台の上で一連の流れを見ていた隊長……ナイレン・フェドロックは、どこまでも豪胆に笑い掛けた。
 
 
 
 
 ―――辺境の町・シゾンタニア。
 
 帝都から離れた場所に位置するこの街は今、日増しに凶暴性を増していく魔物の脅威に晒されていた。
 
 テルカ・リュミレースに点在するほぼ全ての街は結界魔導器(シルトブラスティア)による結界によって護られている。このシゾンタニアも例外ではない。
 
 しかし………通常ならば結界によって約束される安息すら脅かしかねないほど、この近隣の魔物は凶暴化の一途を辿っている。
 
「勝手な行動で隊を乱すなと、何度言ったらわかるんだ!?」
 
「昨日おわった事をガミガミうるせーなぁ、上手くいったんだからいーじゃねぇか」
 
 そして、帝都の下町で育ち、一月前に騎士団に入隊を果たした二人の青年……ユーリ・ローウェルとフレン・シーフォもまた、この街の守護を司るフェドロック隊に配属されているのだった。
 
「あーあ、せっかく騎士団に入ったってのに、お前と赴任先は同じ、部屋も同じ。嫌がらせだぜ? これ」
 
「こっちのセリフだ! ここに配属されてからの短い間に、どれだけ問題を起こしたと思ってる!」
 
 大声でまくし立てるフレンの罵声など素知らぬ顔で、ユーリはエサ皿にミルクを注いでいる。
 
 その足下では、まだ手足の短い藍色の仔犬が今か今かと「よしっ」を待っていた。
 
「………はあ、本当に……昔から何も変わってないな……」
 
 怒るのも疲れたのか、フレンも椅子に腰を落として机に突っ伏す。口喧嘩では勝った試しがない。
 
「そういうお前こそ、陰険な性格そのまんまじゃん。つーか、更に頭固くなったんじゃねーの?」
 
 たまたま同じ町に生まれて同じように育っただけ。幼なじみ……と呼べるかは判らないが、長い付き合いではある。
 
「規律を守る為に己を戒める。騎士団に属する人間なら当たり前の事だろ」
 
「はいはい」
 
 ユーリもまた、「言っても無駄」と言わんばかりに手を振りながらベッドに身を沈めた。
 
 息苦しい空気を破るように―――
 
「入るわよ」
 
 コンコンッと軽いノックの後、部屋のドアが開かれた。そこから、柔らかな赤い髪が覗く。
 
「何やってんのよ、時間でしょ!」
 
「急げー」
 
 ヒスカとシャスティル。双子の先輩騎士に促されて、ユーリとフレンはどちらともなく重い腰を上げた。
 
 
 
 
「…………………」
 
 季節外れの紅葉が舞い散る山道を、老練の騎士が一匹の軍用犬を連れて歩いていた。
 
 生命力に満ちた精悍な顔立ちと力強い立ち居振る舞いが、彼を見る者に年齢を感じさせない。
 
「………ランバート、これ以上は進むなよ」
 
 彼……ナイレン・フェドロックは、つき従う相棒に一言告げて、自身もその足を止めた。
 
「………原因は“こいつ”か。」
 
 咥えた煙管に火を点して、ナイレンは険しく眼を細めた。
 
 見据える先には、不自然に咲き誇る季節外れの紅葉と………蛍とも見える無数の光の粒。
 
「どっかに専門家でもいないもんかなぁ……」
 
 予想を大きく越える事態への確信に、ナイレンは力なく空を見上げる。
 
 
 
 
 人里離れた西の森の奥、結界の庇護から外れた小屋の中で―――
 
「………うにゃ………」
 
 誰かが、寝返りをうった。
 
 
 
 



[29760] 1・『ギルド』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2011/09/16 17:25
 
 おっさんは酒を飲んでいた。
 
 ざんばら髪を後頭で束ね、異国情緒あふれる紫の羽織を着たおっさんである。
 
「(あ〜……来るんじゃなかった)」
 
 おっさんは酒を飲んでいた。軽い仕草で持ち上げたワインの瓶……が今まで置いてあった場所に、一枚の皿が勢いよく着弾、粉々に砕け散る。
 
 この店のウエイトレスのレベルは悪くなかった。料理の味も十分。店自体には文句らしい文句はない。
 
 ………しかし、客層が問題だった。
 
「スカしてんじゃねーぞこらぁ!」
 
「関係ないって言ってるだろ!」
 
「オラオラァ! ギルドってのはこんなもんかよぉ!」
 
 おっさんが来る前からたむろしていたガラの悪いギルドの連中。そしておっさんの後から店に入って来た……二人の青年騎士。
 
 黙々とディナーを楽しんでいたおっさんは何が喧嘩の原因かなど知らないが……店内はあれよあれよと大乱闘に突入していた。
 
「(あんまり騎士団と関わり合いたくないのよねぇ)」
 
 新米の騎士相手なら大した問題はないが、何かの拍子に隊長クラスと接触するのは良くない。実に良くない。
 
 良くないので、我関せずで晩酌を続ける事にする。とりあえず、ウエイトレスのかわいこちゃん(80点)だけでも守らなければと顔を覗かせると………
 
「ちょっと! 危ないじゃないの!」
 
 どうやら、騎士の方は二人だけではなかったらしい。赤い髪の女性騎士(70点)が、チンピラの一人と言い合いをしている。
 
 顔立ちは整っているし、年齢的にも射程圏内。惜しむべきは、その胸部を形作るなだらかな平野だろうか。
 
 しかし次の瞬間―――
 
「っ!?」
 
 おっさんは見た。
 
 自らの願望が見せた幻かと自身の眼を疑い、こすってみたが、そこには変わらぬ現実(リアル)が揺れている。
 
「おっと、それくらいにしときなさいよ」
 
 その現実を認めた時、おっさんは既に立っていた。
 
 
 
 
「たった一月で、こんなに寂れるなんてね……」
 
 シゾンタニアの町の一画を、四人の騎士が巡回している。
 
「ワンッ!」
 
 否、四人と一匹が巡回している。
 
「いくら魔物たおしてもキリねーもんなぁ。あいつら、一体どんだけいやがるんだか」
 
「あたし達が退治するくらいで魔物がいなくなるなら、結界なんていらないでしょ」
 
 以前は小さいながらも活気ある町だったシゾンタニアも、魔物の脅威で気の休まらない日々に疲弊しきっていた。
 
 疲弊しているのは、住民だけではない。連日 魔物との交戦を続けるフェドロック隊の騎士たちにも、負傷者が続出していた。
 
 このまま町の防衛を続けるだけの状況に限界を見ての先の大々的な魔物掃討作戦でもあったのだが……依然、状況に大きな変化はない。
 
「けど、こう緊張続きだと流石に疲れるわね」
 
「仕方ないな」
 
 肩を落として漏らされたシャスティルの呟きに、ヒスカは「よし!」とばかりに足を止めた。急な停止に、シャスティルとフレンが軽くぶつかる。
 
「後で来ようよ」
 
 ヒスカの指差す先で、フォークとスプーンが交叉している。仕事が終わってから、この定食屋で息抜きをしよう、という事らしい。
 
「僕は遠慮します」
 
 そしてこの場面で付き合いの悪いのがフレン・シーフォである。
 
「付き合いなさいよー」
 
「出世しないタイプね」
 
 先輩の誘いを断るフレンを叱るヒスカの後ろで、まだ巡回中なのに今すぐ店に入ろうとしているユーリを、シャスティルが羽交い締めにしていた。
 
 ユーリの指導役がヒスカ。フレンの指導役がシャスティル。
 
「出世かぁ……俺、まだ魔導器(ブラスティア)もらえてないんだよなぁ」
 
「あんたじゃ一生ムリかもね」
 
 シャスティルに引っ張られながら調子のいい発言をするユーリの頭を、ヒスカが小さくこづいた。
 
 
 
 
 皿が、酒が、椅子が、まだ熱々の料理が中空を飛び交う下で、双子の姉妹は仲良くマーボーカレーを食していた。
 
 寸分違わぬ二人の顔には、寸分違わぬ苦渋と諦めが満ち充ちている。
 
 ………そう、店に入った瞬間から、嫌な予感はしていたのだ。
 
 
 
 
 時を僅か、遡る。
 
 巡回を終えたユーリ達が、予定通りに先程の定食屋の扉を開けた瞬間に(結局フレンも来た)。
 
「あちゃぁ……ギルドがいるよ」
 
 久しぶりに羽を伸ばそうと思ったヒスカは、まずその光景に気勢を削がれた。
 
 彼女らが見たのは、正確には『ガラの悪い連中が我が物顔でばか騒ぎしている光景』でしかなかったのだが、それをギルドと即断したのは彼女の偏見である(事実、ギルドではあったのだが)。
 
「ギルドって?」
 
「帝都の下町にもいたでしょ。好き勝手に生きてる分、とにかくガラが悪いのよ」
 
 ユーリの稚拙な質問に、シャスティルがゲンナリと応えた。確かに帝都にもギルドはいたが、そのほとんどは『幸福の市場(ギルド・ド・マルシェ)』の人間であり、ユーリから見れば普通の商人とそう変わらない。
 
「……ふーん」
 
 どこか楽しそうに、かつ悪そうにユーリがテーブルに着いたこの時、すでに導火線に火が着いていたのかも知れない。
 
 何故か?
 
 ユーリはわざわざ、ギルドの連中の近くのテーブルに着いたからだ。
 
「ちょっと、問題おこさないでよ……!」
 
 そう、ヒスカは確かに、あらかじめそう言ったはずだ。間違いなく。
 
「そんで、そのじいさんに『前金で全部よこせ』って言ってやったのよ」
 
「ほー、それで?」
 
「でよぉ、森を抜けた辺りで面倒くさくなって置いて来ちまった!」
 
 ギルドの連中の会話が嫌でも聞こえる。どうやら護衛の依頼を受けた老人を道中で置き去りにしてきたらしい。
 
「(何がギルドよ、このチンピラども……)」
 
 と、内心でムカついていたヒスカではあるが、ここで口を出したところで何が変わるわけでもなし、何かする気など毛頭なかったわけだが………
 
「いい加減な仕事で金 巻き上げて飲んだくれるたぁいいご身分だなぁ」
 
 約一名、アウト。
 
 言うまでもなく、泣きたくなるほど聞き分けのいい後輩君である。
 
「……威勢がいいな、あんちゃん。眼ぇ見てもっぺん言って見ろ!」
 
「近ぇーよ。そっちの気はねぇぜ?」
 
 眼前でメンチを切るスキンヘッドの男。もはや完全にケンカを売っているユーリ。
 
 ―――そこから先は、目も当てられないバカの狂演の始まりである。
 
 
 
 
「………はぁ、ほんっとにバカなんだから」
 
 寄ってたかって殴りかかって来るチンピラ達、ノリノリで暴れ回るユーリ、巻き添えを食らった後、結局乱闘に参加しているフレン。
 
 赤髪の双子は、二人して額を押さえてうなだれる。全くもって頭の痛い話だ。
 
 どこか達観した気持ちでマーボーカレーを完食したヒスカとシャスティルは、やはり揃いの仕草で「ごちそうさま」して立ち上がった。
 
 完全にスイッチの入ったユーリを止めるのは早々に諦めたが、とりあえず この事態にオロオロと右往左往しているお店の人には助け船を出すべきだろう。
 
 ―――しかし、ここで今まで度外視されていたヒスカとシャスティルの存在が、ギルド連中の眼に映った。
 
「こそこそ隠れてんじゃねぇよ!!」
 
 どこか的外れな怒声と共に、中身が入ったまま酒瓶が勢いよく投げ付けられた。
 
 シャスティルの頭めがけて一直線に飛んだそれは―――
 
「わっ!?」
 
 寸での所で頭を下げたシャスティルには当たらず、壁に叩きつけられて硝子の破片と葡萄酒の飛沫を撒き散らした。
 
「ちょっと! 危ないじゃないの!」
 
 姉への横暴に、流石のヒスカも怒りを露にして掴み掛かる。
 
 しかし、相手も完全に頭に血が上った単細胞だ。こんな事で怯むわけもない。
 
「テメェらが売った喧嘩だろうが! 今さらビビってんじゃねぇよ!」
 
 どころか、躊躇なく引き抜かれたナイフが、ヒスカの顔面に向けて振り下ろされる。
 
「っ………」
 
 ヒスカは僅かに体を退いて、相手の手首を掴み、足を払って背負い投げる。
 
 …………という動きを、イメージした。
 
(パシンッ!)
 
 その動きは実行に移される事なく終わる。ヒスカに向けられた凶刃は、横合いから伸ばされた手によって止められたからだ。
 
「おっと、それくらいにしときなさいよ」
 
 紫の羽織を揺らして、一人の男が二人の間に割って入る。
 
 右斜め45度に構えてあごの無精髭を撫でる仕草が妙に芝居掛かった、胡散臭いオーラの滲み出ているおっさんである。
 
「酔って暴れて、ってくらいならまだ酒の肴にもなるけどねぇ。可愛い娘ちゃんに刃物むけるのはどうかと思うわよ? 俺様」
 
「な、何だテメェは……!」
 
 それほど力を入れているようには見えない……が、おっさんに掴まれた男の手首はビクともしない。
 
「おたくら、『蒼き獣』っしょ。あんまりおいたが過ぎると、そっちの大将に言い付けちゃうわよ」
 
「大将って、テメェ一体………」
 
「おい、よせ……!」
 
 かと思えば、刃物を持った男の手をいとも簡単に放して肩を竦めて見せる。
 
「何だよ……!」
 
「よく見ろ、こいつ……!」
 
 ただの喧嘩で刃物まで抜いた男に、さすがにまずいと駆け寄った仲間が、何事かボソボソと耳打ちした後――――
 
「ちっ………」
 
「おい、大丈夫か」
 
「まだこのガキボコッてねーのに……!」
 
 倒れている仲間共々、ギルドの面々は、潮が引くように次々と店から出ていく。
 
 残されたのは、やや不完全燃焼気味のユーリと、我に帰って自己嫌悪に陥るフレン。気に入ったのか、転がっていたスプーンをオモチャ代わりに咥える藍色の仔犬・ラピード。
 
 そして………
 
「怪我はないかい? 美しいお嬢さん方」
 
 いきなりおっさんに口説かれている、アイヒープ姉妹。
 
 刃物を向けられたのはヒスカのはずだが、おっさんが手を握り締めて急接近しているのはシャスティルの方である。
 
「えっと、あの……?」
 
「良かった。君の美しい白い肌に傷でもついたらと思うと………」
 
 困惑するシャスティルの声と、無駄に色めかしいおっさんの口説き文句を耳にしながら、ユーリは考える。
 
 初対面の双子。性格など判断しようがないこの状況で、なぜヒスカではなくシャスティルなのか、と。
 
「………そりゃ、でっかい方がいいよな」
 
 ボソリとセクハラ発言を溢したユーリの脳天に………
 
「うっせ!!」
 
 胸を隠しながらヒスカが投げ放った“テーブル”が、今日一番のクリーンヒットを遂げた。
 
 
 
 



[29760] 2・『レイヴン』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2011/09/17 21:15
 
「……ねぇ、この組み合わせおかしくない?」
 
 ようやく騒動の収まった店内の中央のテーブルで食事を続けるユーリ……のみ。
 
 フレンも、ヒスカも、シャスティルも、同じテーブルに就いてはいない。いるのは、対面で不味そうにちびちびと酒を飲むおっさんが一人。
 
「何で美人双子がそこにいるのに野郎と向かい合わにゃならんのよ」
 
「そんだけおっさんが胡散臭いって事だろ。つーか、おっさん何者だよ?」
 
 おっさんの苦情を一蹴して、ユーリは怪訝な気持ちを隠しもせずに問い質す。
 
 脅しにしろハッタリにしろ、あの時のギルドの連中の反応は明らかに普通ではなかった。
 
「おっさんは酷いな……おっさん傷つくよ?」
 
「傷つけよ。で、質問の応えは?」
 
 鬼である。がっくりと気落ちするおっさんに、ユーリは促すようにスプーンを向けた。
 
「んー……じゃ、とりあえずレイヴンで」
 
「……真面目に応えるつもりはないってか」
 
 おっさん……否、レイヴンのふざけた返答に、ユーリは頭の後ろで両手を組む。なんとなくだが、こんな応えが来るとは思っていた。
 
「この町の人間じゃないだろ。こんだけ魔物が暴れ回ってんのに、よく近づく気になったもんだ」
 
「って言うか、魔物が暴れ回ってるって聞いたから来たわけよ」
 
「はぁ?」
 
 今度は多少はまともな応えが返って来た……が、その内容にユーリは完全に虚を突かれる。
 
 凶暴な魔物がいると判っていてわざわざ足を運ぶなど、およそまともな人間のする事ではない。
 
「強い魔物に興味でもあんのか?」
 
「魔物ってより、魔物が凶暴化してる原因の方にね」
 
 わざわざ横向きに座り直したレイヴンは、意味深な流し目をユーリに送る。

「あの森、紅葉さいてるでしょ。こんな季節なのに」
 
「ん? ああ。それと魔物の暴走と、何か関係あんのか?」
 
 自分は「珍しいな」としか思っていなかった事に着眼するレイヴン言葉に、ユーリは大きく身を乗り出した。
 
 詰められた距離の分だけ、レイヴンも律儀に椅子を離す。
 
「他にも何かおかしな事ない? すぐ息が上がっちゃうとか、胸の辺に軽い圧迫感があるとか」
 
 胡散臭いのは間違いないが、その発言はいちいち具体的で興味を惹かれてしまう。
 
 森の異変、魔物の凶暴化、胸の圧迫感。作戦中の事を、腕を組んで思い出すユーリ。
 
 この事態を解決する手掛かりになるなら、怪しい話の一つ二つ探ってみるのも悪くない、という考えだった。
 
「……いや、圧迫感とかは特に無いな。他に妙なトコって言や、やけに蛍が飛び回ってるってくらいか」
 
 無論、それはユーリの独断であり、フェドロック隊の総意ではない。
 
「………それ、多分ホタルじゃなくてエアルよ。目に見えるって事は、予想以上に濃いわね」
 
 ユーリの応え。レイヴンは、その前半に僅かな疑問を覚えるが、後半で自分の推測が“予想以上に”当たっている事に顔を渋くした。
 
「エアル? エアルって、魔導器(ブラスティア)の燃料みたいなもんだろ。眼には見えないんじゃないのか?」
 
「普通はそうだけど、濃度が増すと見えるのよ。で、濃いエアルは動物にも植物にも悪影響を及ぼす。もちろん、魔物にもね」
 
 勉強不足よ、青年。と言いながら、レイヴンはユーリの皿から唐揚げを一つ失敬する。
 
「……って事は、そのエアルをどうにかしねーと………」
 
「いくら魔物倒しても意味無いって事。匂いは元から断たないとねぇ」
 
 話は終わりと言わんばかりに、レイヴンは徐に席を立つ。
 
「ちょっと待ってくれよ。エアルをどうにかするって話は?」
 
「どうにかって言われても、俺ただのおっさんだからねぇ。自然現象には敵わないわよ」
 
 ファーストコンタクトで失敗したと諦めたのか、レイヴンはヒスカらの許には向かわず、そのまま出口に向かおうとして………
 
「あ、そうだ」
 
 一度だけ、振り返る。
 
「おたくらの隊長さんって、どちら様?」
 
「名前か? 確か……ナイレン・フェドロック」
 
「ふぅん……ありがとねー」
 
 それだけ訊いて、今度こそレイヴンは手を振りながら店から姿を消した。
 
「………レイヴン、ね」
 
 レイヴンの出ていった扉を、ユーリは自分でも掴みかねた気持ちでしばらく眺めていた。
 
 少なくとも、ただのおっさんではない。言ってる事も、どこまで本当でどこまで嘘なんだか。
 
「ま、いいか」
 
 何気なく椅子に凭れかかるユーリ……の首に、
 
「いいわけないでしょーが!!」
 
 実に綺麗なヘッドロックが極められた。椅子の二脚に全体重を預けているユーリには、一切の抵抗が封じられている。
 
「問題起こすなって何度言えば解んの!? しかも何あんな得体の知れないおっさんに余計な事べらべら喋ってんのよ!!」
 
「絞まってる……絞まってる………!」
 
 ユーリの切実な命乞いに、心優しいヒスカは彼の首を放してやった。
 
 無論、そのまま後ろにひっくり返す形で。
 
「お前……さっきのテーブルといい、マジで殺す気か……?」
 
「これくらいであんたが死んだら苦労しないわよ」
 
 いつものように先輩を小馬鹿にする余裕もなく、後頭部を押さえながら呻くユーリを、ヒスカが虫を見る眼で見下ろす。
 
「いい迷惑だ……」
 
「まったくね」
 
 怒っているのは、フレンとシャスティルにしても同様だった。流石にバツが悪い気がして、ユーリはぶっきらぼうに視線を逸らす。
 
「だって、今んトコ問題解決の糸口も掴めてない状態だろ。ちょっとでも手掛かりになるならって思ってよ………」
 
「そうやって自分の考えを優先するなら、さっさとここから出ていくんだな」
 
 フレンに到っては、目も合わせようとしない。相当あたまに来ているようだった。
 
「フレンには同情するわ。……途中までね」
 
「う………」
 
 そんなフレンにも、シャスティルの寒々しいジト目が突き刺さる。元凶は確かにユーリだが、結果的にはフレンも派手に大暴れしたのだ。
 
「あんたがあのおっさんと話してる間に、誰が壊した器物の弁償したと思ってんのよ」
 
「先輩。割り勘でお願いしますね」
 
「馬鹿にしてんの!?」
 
 えらく棒読みで敬語を使うユーリ。いつもの調子で食いかかるヒスカ。
 
 そんな二人の言い合いに………
 
「あ、あのー、その事なんですが……」
 
 ウエイトレスの女性が、控え目に手を上げて割って入った。
 
「ギルドの方は、前払いで食事代をお支払いしてもらっていたのですが、その……お連れ様の方が……」
 
 お連れ様。
 
 心当たりの無いその単語に、ユーリ達は頭上に?を浮かべ、次いでラピードを見る。
 
 彼のミルク代かと一瞬思ったが、それは既に払っている。
 
「あの、そうではなくて…………」
 
 ウエイトレスの女性が、やはり言いだしにくそうに、少し離れたテーブルの一つを指差した。
 
 その上に、異様な量の皿が積まれている。何人掛かりで食べれば、これだけの食事を平らげられるのかというほどの。
 
 しかし、もっと根本的な疑問が先立つ。あの食器が自分たちと何の関係があるのか、と。
 
「あ、ユーリ、それ」
 
 そして、遂にシャスティルが“それ”を見つけた。
 
『…………………』
 
 ユーリが座っていたテーブルの上に、無造作に置かれた一枚の紙。わざわざ手にとって確認するまでもない。
 
 比較的おおきな文字で、『ごちそうさま』と、ご丁寧に語尾にハートマーク付きで書いてある。
 
『……………………』
 
 現実を受け止めたくない4人の沈黙が、いつまでも店内を支配していた。
 
 
 
 
「酒場で喧嘩って……ベタな事やってんじゃねーよ、お前ら」
 
 兵舎の隊長室にて、横並びに立たされた4人に、ナイレンはビッと煙管を向けて注意する。
 
 とはいえ、その声には些か以上に怒気が足りない。
 
「外が魔物騒ぎで大変なんだ。中でまで問題おこすなよ」
 
 それだけ言って―――
 
「んじゃ、解散。あんま夜更かしすんなよー」
 
「は?」
 
 ナイレンは、追い払うように手を振った。あからさまに間抜けな声を上げたのはユーリ一人だが、他三名も驚愕に目を見開いている。
 
「懲罰房いきじゃねーのかよ」
 
「今そんな事して、何か得があんのか。自腹で弁償したんならもういいや」
 
 超適当である。いや、この状況で喧嘩騒動をさしたる問題と考えていないのかも知れない。
 
「あ、そうだ」
 
 ふと思い立ったように、ナイレンは一枚の書状をフレンに渡す。
 
「人魔戦争終結の、十周年記念式典……?」
 
「俺出ないって伝えて来てくれ。で、こっちが援軍要請な」
 
 まだ状況の飲み込めていないフレンに、ナイレンはさらにもう一枚の書状を追加する。
 
「……隊長クラスは全員出席とありますが」
 
「こっちの方が重要だ。そう判断する」
 
「………………」
 
 どこか納得しきれない顔で、それでもフレンは文句一つ言わずにそれを受け取った。
 
「式典はともかく、援軍要請の方まで忘れてたのかよ」
 
「いや、正直そっちもあんまり期待してないもんでな」
 
「何で?」
 
「何十年も騎士やってりゃ、嫌でも解るもんなんだよ」
 
 対称的に、思った事を片っ端から口に出すユーリに、ナイレンもかなり大っぴらに本心をぶちまける。
 
 その光景に、ヒスカとシャスティルは思う。ああ、ユーリは入るべくしてフェドロック隊に入ったんだなぁ、と。
 
「それより隊長! 面白い話きいたんだけど、興味ねぇ?」
 
 いつになくイキイキとしたユーリは、何の確信あってか。得意気に親指を立てた。
 
 
 
 
「………………」
 
 割り当てられた部屋の窓際で、ユーリは木の実を一つ口に放った。
 
『エアルか。お前が自力で気付いたわけじゃないだろ。誰の入れ知恵だ』
 
 森の異常がエアルに因るものだという事は、ユーリに聞くまでもなく、ナイレンも気付いていた。
 
 だが肝心の、『高濃度エアルの原因』が解らない。
 
 手掛かりは一つだけ。信憑性の欠片もない手掛かりがたった一つだけ。
 
「ホント、食えないおっさんだぜ」
 
 苦笑しつつ、ユーリは手の中の紙切れを見る。ふざけた文体で『ごちそうさま』と書かれた“裏”に、地図とも呼べない不恰好な地図が描いてある。
 
 あまりに胡散臭い情報を頼りに動く事を、ナイレンは承諾しなかった。当然の判断である。食い逃げ男のへたくそな地図を信じて、隊員を危険な森に向かわせるわけにはいかない。
 
「(けど俺、待ってるのって性に合わないんだよね)」
 
 しかし残念ながら、ユーリはそうは思わない。都合のいい事に、うるさいルームメイトは早々に帝都に発っている。
 
「(それじゃ、行きますか)」
 
 一枚の紙切れを頼りに、ユーリは一人、足を踏み出した。
 
 ―――不恰好な地図の目的地。そこには一言………『魔女』とある。
 
 
 



[29760] 3・『FIRST・STRIKE』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2011/09/19 06:31
 
 涼やかな風を受けて、フレンを乗せた馬が野を駆ける。
 
「(………もう朝か)」
 
 寝る間も惜しんで帝都へと向かう。不思議と冴えた眼で遠方を見据えながら、フレンは思う。
 
「(隊長は、援軍にそれほど期待してないと言った)」
 
 しかし、シゾンタニアの部隊だけでは対処しきれないと判断したから、援軍を要請するのではないのだろうか。
 
「(既に負傷者も数多く出てる。もし、援軍を望む事が出来なかったとしたら……)」
 
 自分たちが辿る未来。その一つに、思い出したくない過去を重ねて、フレンは頭を振ってその予感を振り払った。
 
 これは決して、ただの使い走りなどではない。
 
「(僕の説得が、通じなかったら………)」
 
 肌寒いほどの朝靄の中、フレンは頬を伝う冷や汗を拭った。
 
 
 
 
 ブーツを履き、手甲を嵌め、剣を腰に帯びて、ユーリは自室を後にする。静まり返った夜のシゾンタニアを歩きながら、自分が留守にする間の事など考えてみる。
 
「(基本方針は援軍が来るまで街の防衛。結界があるんだから、俺がいなくても大して問題ないよな)」
 
 やるとしても、せいぜい巡回や訓練程度。少なくともユーリは、それがいま必要だとは思わない。
 
「(ラピードの世話は……ヒスカとシャスティル辺りに回されんのかね。フレンもいねーし)」
 
 帰ったらまたどやされるな、とユーリは肩を竦めた。実際には、こんな勝手な真似をすればどやされる程度では済まないだろう事は判っている。
 
「(そういや……一人で結界の外に出るのは初めてか)」
 
 ユーリは帝都の下町で育ち、一度も結界の外に出る事なく騎士になった。そして、フレンと共に配属されたこのシゾンタニアに向かったのが、彼の初めての『外の世界』。
 
「(ま、オレ強いからいいけどね)」
 
 住宅地を抜け、路地を抜け、街の出入口に辿り着く。いつもなら、ここに交代で二人ほど見張りがいるのだが。
 
「(んじゃ、寝てもらう方向で行きますか)」
 
 素直に通してくれるとも思えないので、気絶してもらう事にする。手頃な石を拾おうと腰を落とした、ところで―――
 
「うおっ!」
 
 門の方から、物凄いスピードで一つの影がユーリに接近し、突き飛ばす。
 
「いって!?」
 
 そして転んだユーリに、凛々しく両の前足を乗せて押さえ付けた。
 
「……ランバートてめぇ、兜つけたまま頭突きすんなよ」
 
 ユーリは軽く咳き込みながら、自分の上に乗った軍用犬を払いのける。次いで、ランバートを連れていたもう一人を見た。
 
「……こんな時間に何してんだよ、ヒスカ」
 
「そのセリフ、そっくりそのまま返すわよ」
 
 赤のポニーテール、金の瞳、平たい胸部。見紛うはずもない、ラピードの世話を押しつける予定だった先輩……ヒスカ・アイヒープである。
 
「…………………」
 
 いっそ清々しいまでにノンストップな後輩を、種類の判らない溜め息と共に見下ろして、ヒスカは重い口を開く。
 
「ヒスカ・アイヒープ、ユーリ・ローウェルの両名は、軍用犬一匹を伴い、西の森の調査に向かえ……だってさ。あんたの考えてる事くらい、隊長はお見通しって事よ」
 
 実際は『小さい方』呼ばわりだったのだが、それをそのまま伝えるほどヒスカは自虐的ではない。
 
「ちょっとは後先考えて行動しなさいよね。騎士団には規律ってものがあるんだから、勝手な事ばっかりしてるとあっという間にクビよ」
 
 いつものように言い捨てて、ヒスカはランバートと共に歩きだした。予期せぬ事態にしばらく思考停止していたユーリだが―――
 
「……ったく、余計なお世話だっての」
 
 少し足を急がせて、その背中を追い掛けた。僅かに浮かんだ笑みに、確かな信頼を乗せて。
 
 
 
 
 と、いったやり取りを経て、ユーリの見張り役として西の森へとやって来たヒスカだったが―――
 
「………もう帰りたい」
 
 街を出てから半日、既に後悔していた。何せ手掛かりの地図には、街と“目的地”の大まかな位置関係しか書いていないのである。
 
 魔物の徘徊する森の中、本当にあるかどうかも定かではないものを捜すのは、予想を越えて心身を消耗させる。
 
「んじゃ、そろそろ休憩にするか。ランバートも腹減っただろ」
 
 大蟹の魔物を斬り裂いたユーリが、弄ぶように剣を放りながら言った。
 
 この、武醒魔導器(ボーディブラスティア)も持っていない後輩は、この期に及んでも先輩より余裕がある。忌々しい事に。
 
 むしろ、戦いを重ねる毎にイキイキとしているのは気のせいだろうか。
 
「………アンタさぁ、何で騎士団に入ったの?」
 
 木の下に腰を下ろし、手渡されたサンドイッチを頬張りながら、ヒスカは素朴な疑問を口にする。
 
 団体行動が出来ない。自分の考えで勝手に動く。おまけに自分が認めた相手にしか敬意を払わない(ついでに、敬語も使えない)。はっきり言って、騎士らしい要素は皆無である。
 
 訊かれたユーリは、ランバートに干し肉を与えつつ、何故か得意気に肩を竦めて見せた。
 
「別に。他にする事もねーし、給料だけはいいし。それに俺、強いもん」
 
「あっそ」
 
 つまらない返答に、ヒスカはサンドイッチを口いっぱいに詰め込む。要するに、特に目的もなく力を持て余していただけ。
 
 別に、それが悪い事とは思わない。こんな御時世だ、金や出世の為に騎士になる者など珍しくもない。………いや、過半数がそうなのではないだろうか。
 
「(まあ、それだけじゃないんだろうけど)」
 
 これ以上訊いても応えない気がする。いや、むしろ建前しか応えなかった事を彼らしいと思い、ヒスカはこの話題を切り上げる。
 
「その“魔女”っての、本当にいるんでしょうね」
 
「さーな、何せ情報元があのおっさんだし。けど………少なくともエアルの話はホントだったみたいだしさ」
 
 試してみる価値はある。言葉にしなかった部分まで、ヒスカには伝わった。
 
「そいつがエアルをどうにかした犯人だってんなら、落とし前はつけてやんなきゃな」
 
「………言っとくけど、ヤバいと思ったら止めるわよ。あたしはその為について来てんだから」
 
 ギラギラと闘志を燃やすユーリに、ヒスカは一滴ひや汗を垂らした。
 
 魔女と言うのが、本当にこの一帯の魔物を暴走させるようなとんでもない相手なら、自分たちだけでどうにか出来るとは到底おもえない。
 
 「わかってるわかってる」と生返事をするユーリに果てしなく不安を感じる

 
 と、その時―――
 
「フンフン、ワン!」
 
 何かに気付いたランバートが、茂みの中に頭から突っ込んだ。そして……茂みから頭を抜いたランバートの口には、何か小さな宝石のような物が咥えられていた。
 
「……何だ、これ」
 
「魔導器よ。………多分、警戒用のね」
 
 一目見て、ヒスカはそれが何なのかに辺りをつける。おそらくは、この近辺に侵入者が入ったら反応するタイプの物。
 
「(なら、これ一つなわけない)」
 
 素早く結論づけて、ヒスカは左手の魔導器を起動させる。このテの単純な仕掛けなら、逆探知も容易なはずだ。
 
「ビンゴ」
 
 ヒスカが起動させた魔導器に反応して、そこかしこに隠されていた警戒用の魔導器が光を放つ。
 
 これを辿って行けば――――
 
「魔女ってのに、会えるわよ」
 
 ユーリが、パチンと指を鳴らした。
 
 
 
 
 魔導器の光を辿り、ユーリとヒスカ、そしてランバートは、そこを見つけた。
 
 街道からも騎士の見回りのルートからも外れたその場所に、一軒の小屋が建っている。
 
 結界の外に建っているだけで奇妙と言えば奇妙だが、他には特に変わった所は見られない、普通の小屋である。
 
「………こりゃ、ガセネタ掴まされたかな」
 
 ぽりぽりと頬を掻くユーリ。結界もない、柵や防壁も一切ない。こんな場所に人が住んでいるなど、普通ならまず考えられない。
 
「ちょっとユーリ、だから警戒しなさいってば!」
 
 無用心にずかずかと小屋に近づくユーリに、ヒスカが慌ててついて行く。
 
 警戒用の魔導器を反応させた以上、まず相手にはバレているはずなのだ。
 
 が―――
 
「(確かに、おかしいわね)」
 
 侵入者の存在に気付いていながら、迎え撃つわけでも、罠を仕掛けているわけでもなさそうだ。
 
 あんな、満足に武器を振り回す事も出来そうにない小屋の中で魔物に襲われたら、どんな達人でも一溜まりもないに違いない。
 
「(逃げられた、かなぁ………)」
 
 そんな憶測が、少しヒスカの足を軽くした。ノックもせずに小屋に踏み入るユーリの後ろに、黙って追従するほどに。
 
「……何だ、ここ?」
 
 扉を開けて、広がる光景にユーリは思わず足を止めた。
 
 足の踏み場も無いほど乱雑に散らかった本、本、本。何やら不気味な色の液体が入った試験管に、名称の解らない実験器具の数々。壁にはり付けられた奇怪な紋様。
 
 わざとらしいくらいに『魔女の家』である。しかし、肝心の魔女当人がいない。
 
「おーい、留守かー?」
 
 どう見ても誰もいない。半ばお約束としてユーリはそう言ったのだが―――
 
「―――――え」
 
 直後、ユーリは自分の目を疑った。乱雑に積まれた本の山から、小さな腕が緩やかな動きで生えたのだ。
 
 そこからは、完全に本能に突き動かされての行動だった。
 
「どろぼーはぁ………」
 
 ヒスカとランバートを脇に抱えて、いま入った扉から外に飛び出し、横っ飛びに地を蹴る。
 
「でていけぇーーーー!!!」
 
 そして、爆発。
 
「うおぉ!?」
 
「きゃああ!!」
 
「ワンッ!?」
 
 赤い炎が膨らみ弾けて、たった今ユーリたちが飛び出した扉を……というより、小屋の四分の一ほどを吹き飛ばす。
 
 もちろん、壁の向こう側にいたユーリたちごと、である。
 
「こんの……自分の家で滅茶苦茶やんなぁオイ!」
 
 瓦礫と木片を払い除けて、ユーリが飛び起きる。
 
 飛び起きたユーリの眼に、先ほど魔術をぶっ放した張本人の姿が映る。
 
 それが――――
 
「………子供?」
 
「ふぁ………誰?」
 
 ―――ユーリ・ローウェルとリタ・モルディオの、初めての出会いだった。
 
 



[29760] 4・『リタ』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2011/09/24 03:50
 
 フレン・シーフォは緊張していた。責任感の強い彼には珍しく、この場から逃げ出したいと思うほどに。
 
「(下を向くな! 僕は隊長の代理としてここに立っている! 毅然と、堂々と、胸を張っていなければ!)」
 
 心中で必死に己を奮い立たせてみても、湧き上がる冷や汗ばかりはどうしようもない。
 
 無理もない。右を向いても、左を向いても、とにかくどこを向いても、騎士団の隊長や評議員らが居並んでいるのだ。
 
 ついこの間まで一市井でしかなかった新米騎士が出席するには、あまりにも過ぎた式典である。
 
 与えられた責務は全うしようと思っている。しかし、こう思わずにはいられない。
 
 どうしてこうなった、と。
 
「(シゾンタニアは、今頃どうなってる………)」
 
 魔物の凶暴化による被害が増加するシゾンタニア。その援軍要請の書簡を届ける為に帝都・ザーフィアスに向かったフレンは、今、その王城で人魔戦争十周年記念式典に出席していた。
 
 本来出席するはずのナイレンがシゾンタニアに残ったとはいえ、これはあまりにもあまりな人選である。
 
「(こんなつもりじゃ、なかったのに)」
 
 いくら自分を戒めても、落ち着かない気持ちは消えない。見比べても仕方ないと知りつつ、視線は右に左に泳ぐ。
 
 しかし、そんな行為の中で、気付くものがあった。
 
「(あれ………?)」
 
 式典で騎士団が演説を行う最も近い位置。そこに、知っている顔を見つけた。
 
 山吹色の軍服、短い足に短い口髭。フレンも良く知る“小隊長”……ルブランである。
 
 無論フレンは、彼が隊長に昇進した話など聞いていない。そもそも彼が立っているそこは、並の騎士に勤まるような席ではない。
 
「(隊長首席が、いない………?)」
 
 フレンは知らない。そこに立つ者がいないのは、今に限った事ではないという事を。
 
 
 
 
 外壁の半壊した、まだ爆煙の冷めやらぬ小屋の中で、二人は無言で見つめ合っている。
 
「お前が、魔女?」
 
 本の山から気だるい動きで顔を出した少女を、ユーリはじっと観察してみた。
 
 黒のインナーの上に重ねた袖の無い赤い服を、腹部の帯で締めた服装。左右で違う丈長のソックス。右腕に巻かれた長いリボン。肩に届かない長さの茶色の髪、碧眼。
 
 そんな特徴を持った、可愛らしい“女の子”である。……そう、目の前にいる少女は、明らかにまだ小さな子供だった。
 
「(12……くらいか? さっきの魔術、こいつが使ったのか?)」
 
 イマイチ焦点の定まらない寝呆け眼が、徐々に意識を取り戻し―――
 
「あーーーー!!」
 
 覚醒と同時に、叫んだ。室内に広がる青空に目を見開いた少女は、次いで人差し指をユーリに突き付ける。
 
「あんた! 人ん家に何してくれてんのよ!」
 
「………いや、爆破したのお前だから。やっぱ寝呆けてたのか」
 
「へ?」
 
 キョトンと固まる少女に、ユーリは額を押さえて天を仰いだ。寝呆けたなんて理由で、危うく黒焦げにされるところだった。
 
「ったく、あのおっさん」
 
 今度は「ちょっと犬! 犬入れないでよ!」と喚いている忙しい少女を見ながら、ユーリはここにはいない男に苦情を漏らす。
 
 散々思わせ振りな情報をちらつかせておきながら、蓋を開けてみれば子供が一人いるだけと来た。
 
「何が魔女だか、とんだ貧乏くじ引かされちまったぜ」
 
 特に誰に向けたつもりもない、独り言だった。それに―――確かな応えが返る。
 
「魔女……それ、あたしの事?」
 
「気にすんな。胡散臭いおっさんの世迷い言だよ」
 
 少女の問いに、何でもない風に返すユーリは―――
 
「案外、世迷い言でもないわよ」
 
 返された言葉の意味が解らず、固まる。
 
「あたしはリタ・モルディオ。こう見えてもれっきとした魔導士だから」
 
 人差し指で自分の首を指す少女……リタ。そこに掛けられたアクセサリーの中心で、紛れもない魔核(コア)が光を発していた。
 
 ある種冗談のような空気が支配する中で、
 
「どーでもいいけど…早く、助けて………」
 
 棚の下敷きになったままのヒスカが、うめき声を上げた。
 
 
 
 
「なるほどね。それであたしの所に来たわけか……」
 
 ユーリ達がここを訪れるに到った経緯。魔物の暴走、植物の異変、そして謎のおっさん。それらの説明を胡坐をかいて聞いていたリタが、腕組みしつつ納得を示した。
 
「エアルの異常の事ならあたしも知ってるわ。元々、それが見たくてここに越して来たんだし」
 
「そんな奴ばっかだな………つーか、その為だけにこんな森に一人で住んでんのかよ」
 
 どこかで聞いたような言い分に、ユーリがボソリと呟く。
 
「肉眼でエアルの動きを観察できる場所なんて、そう滅多にあるもんじゃないのよ」
 
 信じられないといったユーリの疑問を、当たり前のようにリタは肯定する。肯定して、半ば独り言のように唸りだした。
 
「解んないのはそのおっさんよ。何であたしがここにいる事知ってたのよ。あ、言っとくけど、あたしが犯人ってわけじゃないからね!」
 
「わかってるよ、それは」
 
 そして、思い出したかのようにきっちり否定する。ユーリも、軽くそれを受け入れた。
 
 別段、レイヴンの情報に強い信憑性があるわけでもない。何より、思い返せばあの紙切れには魔女の居場所が描いてあっただけで、魔女が犯人だとは書いていなかった。
 
 「ここの人に相談しに行きなさいよ」と、そういうメッセージだったのだろうと、今はそう思える。
 
 そう、“ユーリは”。
 
「(こいつは、こういう奴なのよね)」
 
 相手が子供だと判った途端、今まで犯人と決め付けていた事や、ついさっき魔術で吹っ飛ばされた事をコロリと忘れているユーリに、ヒスカは白い目を向ける。
 
 それほど長い付き合いでもないヒスカだが、これくらいは判る。自覚があるかは知らないが、ユーリ・ローウェルは子供に甘いのだ。
 
「あなた、魔導士なんでしょ。なら、あたし達に協力してくれるわよね」
 
 協力するのが当たり前。そう言わんばかりに要請するヒスカ。
 
 魔導士とは通常、帝国魔導器研究所の研究員を指す。帝国直属の機関に所属している魔導士は、騎士団の要請に応える義務があるのだ。
 
 ………が、その物言いにリタは不快そうに眉を歪めた。
 
「何であたしが? 勘違いしてるみたいだけど、あたしもう帝国魔導器研究所の人間じゃないから」
 
「え? でもさっき魔導士って………」
 
「帝国が魔導器を独占してるから、結果的に魔導士=帝国の研究員って図式が成立してるだけ。別に帝国魔導器研究所に属してなきゃ魔導士じゃないなんてわけじゃないわよ」
 
 何やら難しい話の流れにユーリはついて行けない。が、ヒスカの最初の発言だけは解ったので、口を挟む。
 
「おいヒスカ。お前まさかこんなガキを巻き込むつもりかよ」
 
「…子供扱いしないでくれる?」
 
 挟んで、何故かリタの方から冷めた視線を受けた。どうやら、見た目にそぐわないプライドの高さをお持ちらしい。
 
「…………………一つ、条件があるわ」
 
 少し考えた後、リタは切り出した。その視線は、ヒスカではなくユーリに向いている。
 
「エアルが活性化してる原因がもし何かの魔導器だった場合、その対処は全てあたしに任せてもらう」
 
「隊長ならそれくらい任せてくれそうだけど……」
「じゃ、決まりね」
 
「おい、ちょっと待て。だからそもそもガキの出る幕ぎゃ……!?」
 
 提示された条件にユーリが曖昧に応え、それをリタがせっかちな了解で受け取り、なおも反論しようとするユーリの口をヒスカが塞いだ。
 
「(何すんだよ!)」
 
「(どっちにしたって、この子をこんな場所に残して行けないでしょ。とりあえずこのまま町まで一緒に行くわよ)」
 
 ただでさえ結界も防壁も無いこんな山小屋なのに、自業自得とは言え壁まで吹き飛んでしまった。
 
 騎士でなくとも、こんな場所に幼い子供を一人残して行くのは躊躇われる。
 
 小声で言い争う二人に構わず、リタは黙々と支度を始めた。
 
 支度と言っても、ポケットや帯に実験器具やメモ帳を突っ込み、背中の腰辺りに魔導書を一冊括り付けただけだが。
 
「相談、終わった? じゃ、行こ」
 
 最後にカチューシャの様にゴーグルを装着して、リタはさっさと先頭に立って歩きだす。
 
 その小さな背中を、ユーリとヒスカ、ランバートは……それぞれの気持ちを抱いて追い掛けた。
 
 
 



[29760] 5・『宮廷魔導士』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2011/09/21 10:14
 
 時を僅か、遡る。
 
 帝都・ザーフィアスの騎士団本部に到着したフレン・シーフォが、仰々しいまでに広い騎士団長室の中央で片膝を着いて頭を垂れていた。
 
 もちろん、騎士団長室で頭を下げる相手など決まっている。
 
 緩やかな深紅の軍服に身を包んだ銀髪の騎士団長……アレクセイ・ディノイア。
 
「………………」
 
 長い、沈黙。アレクセイが、無言で受け取った書簡を読んでいるだけの、決して長くはないだろう時間。
 
 だが、フレンにはそれが永遠にも感じられた。
 
「(もし、ダメなら………)」
 
 今、シゾンタニアがどれだけ切迫した状況にあるのか。現地で戦っていたフレンにはそれが良く判っていた。
 
 おそらく、いま町にいる部隊だけでは対処しきれない。そして……残された時間も長くはない。
 
 ここでもし、援軍を認めてもらえなければ………いや、“もし”など無い。
 
「(何がなんでも、説得してみせる)」
 
 自分が新米騎士である事も、これから大事な式典がある事も関係ない。やらなければならないのだ。
 
 そう、心の中で固く決意していたフレンだったが………
 
「……状況は判った。すぐに援軍を編成して向かわせよう」
 
 書簡を読み終えたアレクセイは、拍子抜けするくらいあっさりと承諾した。
 
「本当ですか!」
 
 出立前にナイレンが言っていた事もあり、こうも簡単に援軍を受け入れられるとは思っていなかったフレンは、弾かれるように顔を上げた。
 
「もちろんだとも。………ガリスタ」
 
「はい」
 
 そんなフレンに軽く応えて、アレクセイは斜め後方に控えていた男の名を呼ぶ。
 
 ガリスタと呼ばれたその男は、皆まで聞かずに部屋の出口に向かって歩きだした。
 
「(誰だ………?)」
 
 背中まで伸びた白金の長髪。足まで隠すほど長い紫のローブ。目元で光る眼鏡。
 
 とても騎士には見えない男の姿にフレンが抱いた懸念を読んだように、アレクセイが口を開いた。
 
「彼は軍師兼宮廷魔導士のガリスタ・ルオドー。シゾンタニアには、彼の編成した魔導士部隊に向かってもらう」
 
 言われた事の意味が、フレンの頭に少しずつ染みていき―――
 
「……今から、部隊を編成するのですか」
 
 理解、してしまった。有事に備えて常駐している騎士と違い、魔導士の本職は魔導器(ブラスティア)の研究。動けと言われてすぐに動けるとは思えない。
 
 フレンの表情が、言葉以上にその内心をアレクセイに伝えた。
 
「君の言いたい事は解る。事態は一刻を争う、動ける者が迅速に援軍に向かうべきだと言いたいのだろう?」
 
「いえ、それは……!」
 
 ここに到って、忘れていた畏縮がフレンを縛る。援軍要請が通った今、先ほどまでのガムシャラな熱意は行き場を失って彷徨っていた。
 
「ナイレンの報告書を見る限り、これはエアルの異常が引き起こした災害だ」
 
 ―――全てを見透かすような琥珀色の瞳が、フレンの眼を捉えた。
 
 
 
 
「はっ!」
 
 一振り。左の剣が狼型の魔物を斬り裂く。その動きの延長で放られた剣が、中空を回転しながら短い放物線を描く。
 
 さらに二体。植物と蜂の魔物がユーリに襲い掛かる………が、
 
「よっ、と」
 
 ユーリは放り投げた剣を右手で掴み、二体まとめて両断した。
 
「……あんた、滅茶苦茶な戦い方するわね。ホントに騎士?」
 
「こーいう奴なのよ」
 
 完全にギャラリーと化していたリタとヒスカが、それぞれ感想を漏らす。
 
 ユーリは、戦いの最中に剣を手放す、放る、持ち換える。かと思えば、剣を使わず魔物だろうとお構い無しに殴り飛ばす。
 
 剣術と言うよりは……刃物遊びと呼んだ方が正しいだろうか。
 
「あのな……見世物じゃねんだぞ」
 
「あんたが邪魔で魔術が使えないのよ。魔物と一緒に焼いていいなら別だけど」
 
 列の先頭をユーリとランバートが進み、後方をヒスカが守り、その間をリタが歩く。
 
 これはもちろん“子供”を護る為の布陣なのだが、当の護衛対象からは随分と不評である。
 
「はぁ……失敗したかな。別に一人でも問題無かったのよね」
 
「そう言うなよ。下町の税金泥棒よりは役に立つぜ、俺ら」
 
 ナマイキ極まるリタの言葉に、ユーリはランバートの頭を撫でておどけて見せる。子供の背伸びにいちいち腹を立てるほど、度量の小さい人間ではない。
 
「そうよ。シゾンタニアの騎士団が総掛かりでも解決出来ない問題なんだから」
 
「頭数そろえれば良いってもんじゃないわ。特に、今回みたいなケースはね」
 
 本当に一人で何とかしようとされたらたまらないと思って諫めるヒスカだが、リタは意味深に人差し指を軽く振る。
 
 自分の身の安全の為にも、今のシゾンタニアがどういう状況下にあるのか説明しようとして―――
 
「……煙?」
 
 硬直した。町のほど近くから立ち上る、細く黒い一筋の爆煙を視界に認めて。
 
「くそっ、何かあったのか!」
 
 リタの視線を追って異変に気付いたユーリが、ランバートと共に一目散に駆け出す。
 
「ちょっと! あんたまた勝手に……!」
 
「悪ぃヒスカ! そいつ頼むわ!」
 
「もぉ!」
 
 ユーリとヒスカのいつものやり取り。それを脇に置いて、リタは煙とは別のものを見つめていた。
 
「(結界が、おかしい…………?)」
 
 巨大な双刃の斧を模した―――シゾンタニアの結界魔導器(シルト・ブラスティア)を。
 
 
 
 
 真っ先にユーリの眼に映ったのは、転倒して火を上げる馬車。
 
 次いで、その馬車に群がる数多の魔物。その魔物と交戦するナイレンを初めとしたシゾンタニア部隊。
 
 そして、馬車の影で震えながら人形を抱き締めて眼を瞑る小さな女の子。
 
「どけよ」
 
 吹き抜ける風の様な動きで、ユーリは足を止める事もなく駆け抜け―――
 
 剣に描かれた光の軌跡が、道を阻んだ魔物をついでの様に四散させる。
 
「ランバート!」
 
「ワンッ!」
 
 駆けるユーリの眼に、崖の上から女の子に飛び掛かる複数の狼が映った。
 
 隣を走るランバートに一声掛けて、ユーリは高く跳ぶ。
 
「きゃあ!」
 
 中空で狼を斬り裂いたユーリが着地する頃には、ランバートが女の子を掬うように背負って走り去っている。
 
 ランバートはそのままナイレンの許へと辿り着いたものの……ユーリは些か目立ち過ぎたようだ。
 
「……こりゃ、ちょっとヤバいかな」
 
 後先考えずに一直線に斬り込んだ結果、ユーリは魔物の群れのど真ん中で孤立してしまっていた。
 
「ユーリ! 早くこっちに……っ!?」
 
 魔物の討伐に参加していたシャスティルが、魔導器で援護しながら呼び掛けようとした……瞬間、横合いの茂みから、巨大な蛇とも蚓とも似つかぬ液状の魔物が飛び出した。
 
「シャスティル!」
 
 寸での所で、ナイレンの剣がその魔物を弾く。苦痛に喘ぐ魔物が暴れ、フェドロック隊の騎士団を蹂躙する。
 
 そして頼みの綱を失ったユーリは、今度こそ本当の孤立無援に陥った。
 
 というより、今この瞬間にも際限なく魔物がユーリに飛び掛かっている。
 
「ったく、こんな町の近くにまで……!」
 
 翻った剣が狼の首を飛ばし、突き出した拳が猪の頭蓋を砕き、足下から迫る大蜥蜴が踏み潰される。
 
 新米騎士とは思えない獅子奮迅の勇猛ぶりを発揮するユーリだが、如何せん数が違い過ぎる。
 
「とわっ!?」
 
 全方位からの断続的な襲撃に、対処が追い付かない。飛び来る魔物に気を取られたユーリは、足下の魔物の亡骸につまづいてバランスを崩し―――
 
「(やっべ……!)」
 
 致命的な隙を作った。だからだろうか。
 
「伏せ!!」
 
 微かに耳に届いたふざけた言い方の指示に、やけくそ気味に従ったのは。
 
「っ……!」
 
 うつ伏せで地面に倒れた完全無防備な状況。敵も見えず、抵抗も出来ない、息を呑む一瞬の緊迫は―――
 
「うおおぉおお!?」
 
 文字通り、吹き飛ばされた。ユーリを囲んでいた魔物ごと、燃え盛る炎の爆発によって。
 
 余波でユーリが町の外壁の堀に落ちそうになっているのはご愛嬌である。
 
「何だよ、今のは……」
 
 顔を上げたユーリは、目にした光景に続く言葉を失った。
 
 あれだけ蠢いていた魔物が、今の一瞬で大幅にその数を減らしている。
 
「一人でも問題ない、って言ったでしょ」
 
 何より、たった一人でそれを成し遂げた小さな少女に。
 
「リタ……」
 
「さ、派手に吹っ飛ばすわよ」
 
 高く手を振り上げたリタの周囲で、数多の火球が踊る。
 
 
 



[29760] 6・『結界魔導器』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2011/09/22 19:34
 
 高々と天に向けられた掌が、魔導器(ブラスティア)によってエアルから変換された火のマナを制御する。
 
「“揺らめく焔 猛追”」
 
 炎が踊る。詠唱の助けを受けてマナを喰らい、火球は一際強い輝きを放ち――――
 
「『ファイアボール』!!」
 
 解き放たれた言霊によって、飛来する数多の火炎弾となって魔物の群れへと降り注ぐ。
 
「マジかよ、おい!」
 
 爆炎に巻かれてみるみる内に魔物が燃え散る光景の中に、必死に巻き添えから逃げ回るユーリの姿もあった。
 
「俺まで殺す気か!」
 
「“子供の”魔術なんて、簡単に避けられるんでしょー」
 
 わざとらしくそっぽを向きつつ、リタがしれっと言ってのける。どうやら、道中で子供扱いされ続けた事をずっと根に持っていたらしい。
 
 何となくそういう性格なんじゃないかとは思っていたが、この威力は……。
 
「(魔術って、こんなに強いもんなのか……?)」
 
 ユーリも、同じ隊の仲間が使うファイアボールを見た事はある。だが、それは一度の発動で一つの火球を生み出すのみ、威力もせいぜい魔物一匹を仕留める程度だったが……リタのそれは文字通りに桁が違う。
 
 二、三匹の魔物をまとめて焼き払う火球を、十は同時にぶっ放していた。
 
「(……とんでもねぇガキだな)」
 
 内心でリタの評価を大幅に修正しながら、しかしユーリは状況がまるで好転していない事を知る。
 
「結界が………!?」
 
 ヒスカの驚いた声に釣られて、町に向けられた視界に映ったのは………
 
 先ほどの液状の魔物に食い破られる、シゾンタニアの結界の姿だった。
 
「嘘だろ、何であんな簡単に!」
 
 食い破られた箇所から、水の染みた紙のように結界が霧散していく。
 
「離……れろぉぉ!!」
 
 ナイレンは蚓の魔物に剣を突き立て、結界から引きずり戻す。……だが、既に結界は破られている。
 
「上がやばい!」
 
 結界が無くても城壁がある。こうして騎士団も動いている。地上の魔物はそう簡単には近寄れないが、空は違う。羽を持つ虫や鳥型の魔物は、城壁を越えて容易く町に侵入出来る。
 
「ちぃっ……!」
 
 小さく舌打ちを零して、リタは両の手を腰溜めに構えて空を睨むが―――
 
「リタちゃん!」
 
 死に損なっていた大蟹がその隙を突いて鋏を振るった。咄嗟にヒスカに腕を引かれて、リタの詠唱は中断される。
 
「このっ、邪魔すんな!」
 
 リタは右手を背に回し、筒状に巻いた帯を取り出した。解かれた帯は蛇の如く伸び、刃物のように魔物の体を二つに割る。
 
「あっ!」
 
 リタは眼前の魔物に手一杯、ユーリはそもそも遠距離攻撃の手段を持ち合わせていない。フェドロック隊の魔術やボウガンが空を切る中……羽を持つ魔物が次々と町へ向かって飛んでいく。
 
 どうする事も出来ない。
 
 そう、誰もが己の無力を呪ったその時―――
 
「ギッ!?」
 
 町に向かって飛んでいた蜂型の魔物の体を、一本の矢が貫く。
 
「………誰だ」
 
 矢は町の方から飛んで来た。フェドロック隊のボウガンではない。
 
 ユーリがそう思うと同時に、城壁から放たれる矢は雨となって降り注ぎ、空を飛ぶ魔物を一匹残らず射ち落として行く。
 
「頑張ってよ青年。おっさん、あんまり目立ちたくないんだから」
 
 誰もいないはずの城壁の上で、無駄に派手な紫の羽織が風に揺れていた。
 
 
 
 
「はい、終わり!」
 
 腕を一振り、リタは手にした帯を瞬時に巻き取る。それがこの局面での決着を示す合図となった。
 
「(つーかこれ、ほとんどリタ一人でやったよな)」
 
 ほんの少し前までは魔物だった灰を見下ろしながら、ユーリは見直すのを通り越して呆れた。
 
 随分と恐ろしいお子様を保護したものだ。
 
「隊長! どうなった!」
 
 それはそれとして、状況を確認しようとナイレンの許へと駆け寄ろうとした……その時―――
 
「っ、ランバート?」
 
 低い影が一つ、森の中へと飛び込んだ。
 
「隊長、今ランバートが……」
 
「……マルコスとショウが魔物を追った。ランバートはそれを連れ戻しに行っただけだ」
 
 言葉とは裏腹に、ナイレンの表情は曇っている。だが既に怪我人どころか、死人まで出ているのだ。
 
 安易にランバートを追うわけにはいかない。これ以上犠牲者を増やすわけにはいかない。
 
「俺が連れ戻して来る!」
 
 そんな事はお構い無しに、ユーリは迷いなく地を蹴った。誰が止める暇もなく。
 
「あのバカ!」
 
 その背中を、誰より早くヒスカが追い掛ける。そのヒスカを追おうとしたシャスティルの腕を、ギリギリでナイレンが掴んだ。
 
「ユルギス、ここは任せた。俺は二人を追……っ!?」
 
 そして、副隊長にこの場を任せ、二人を連れ戻そうと身を乗り出したナイレンの……首が絞まる。
 
「あんたがこの街の責任者?」
 
 後ろからマントを引っ張る、小さな少女によって。
 
「あたしを結界魔導器(シルト・ブラスティア)の所まで案内しなさい。ある程度の権限が無いと、近寄れない様になってんでしょ」
 
 少女の指さす先に聳えるのは、本来の役割を忘れて沈黙を貫く、巨大な双刃の斧。
 
 
 
 
 結界魔導器は、町とそこに住む人全てを守る要。故にこそ、どの町だろうと誰にでも触れる事が出来るようには出来ていない。
 
 このシゾンタニアも例に漏れず、結界魔導器の制御室への入室には騎士団隊長であるナイレンの許可が不可欠だった。
 
「さっきの暴れっぷりといい、お嬢ちゃん一体何者だ?」
 
「通りすがりの天才魔導士」
 
 そして今、シゾンタニア騎士団本部の地下から繋がる長い地下道を、リタとナイレンは早足に進んでいた。
 
「………えらく不安なんだが」
 
「言ってくれるじゃない。あたしを誰だと思ってんの!」
 
「……だから、誰なんだよ」
 
 シゾンタニア部隊の数は、決して多くない。一刻も早く結界を復活させる事が最優先事項だ。
 
 ……と、自称天才魔導士であるリタが強行に主張して、今このような状況に到っている。
 
 傍目にはただの生意気な子供にしか見えない。普段なら素直に通しはしないのだが、先ほど見せたリタの魔術と、何よりもこの切迫した状況が、ナイレンに大胆な選択をさせていた。
 
「さっきの、単純にあの化け物の力で結界が破られたわけじゃないわ」
 
「って事は、やっぱエアルか?」
 
「おそらくね。あたしが遠くから見た時にはもう、かなり不安定になってたから」
 
 やがて重々しい金属の扉に差し掛かり、その中心で光る魔核(コア)に、ナイレンは自分の魔導器をかざした。
 
 互いの魔核に刻まれた術式が反応し合い、扉はゆっくりと開きだす。
 
「直せるのか?」
 
「とーぜん! 魔導器相手なら死ぬ気でやるわよ!」
 
 右手で頼もしくガッツポーズなど取ったリタが、まだ開ききっていない扉の狭い隙間から、ナイレンを差し置いて潜り込む。
 
 落ち着きの無い猫のようである。
 
「…………………」
 
 やはり、そこはかとなく湧き上がる不安を隠せず、ナイレンも扉の中へと足を踏み入れた。
 
 その先に、ある。壁にしか見えないほど巨大な筐体(コンテナ)の中心に、遥か高みの魔核に続く制御盤がある。
 
 そして、リタはと言えば―――
 
「(……何やってんだ)」
 
 制御盤に触れるでもなく、術式を展開するでもなく、ただ筐体に額を当てて眼を瞑っている。
 
「うん…うん……そう………」
 
「おい、結界はどうな……」
「うるさーい! 集中してんだから邪魔しないでよ!」
 
 何やらブツブツと呟いているリタに話しかけたらば、烈火の如く怒られた。
 
 仕方ないので、門外漢のナイレンはおとなしく見ている事にする。
 
「やっぱり、高濃度のエアルに過剰反応して制御が利かなくなってるわ」
 
 言って、リタは右手を鋭く横に振った。そこに、制御盤より遥かに緻密な制御術式が展開される。
 
「待っててね、今すぐ治してあげるから」
 
 リタの十指が素早く動き、術式を介して結界魔導器に干渉していく。ナイレンには何をしているのかさえ解らないが………
 
「(……魔導器に話し掛けてんのか?)」
 
 とりあえず、自分が話し掛けられているわけではなさそうな事は判った。
 
「これを…こうして…こう…!!」
 
 リタの指が、目で追えないほどに加速する。その終端にパチンッ! と人差し指を弾き―――
 
「もういっちょ!」
 
 仕上げとばかりに、リタを取り巻いて術式が何重にも展開され、次の瞬間には硝子のように砕け散って筐体に吸い込まれていった。
 
 そして―――
 
(ヴ…ン……)
 
 地下室の中でもハッキリと、何かの力の脈動が聞こえた。
 
「終わったわよ」
 
 “穏やかに頬笑んで”リタはそう告げた。無論ナイレンに対してではなく、結界魔導器の筐体に優しく触れながら、である。
 
「あくまでも抑制術式を使った応急措置。このままエアルが増加し続けたら、今後はこの程度じゃ済まないわ」
 
 そこでようやく、リタはナイレンに向かって振り返った。その表情には先ほどの頬笑みは残滓すら無く、完全に常の無関心さを取り戻している。
 
「まぁ、何にせよ助かった。ありがとよ」
 
「お礼を言うには、ちょっと早いと思うんだけど」
 
 予想外の助っ人の活躍によって、シゾンタニアは一時の安全を保障される。
 
 しかし……町の至近での魔物の暴走、見た事もない液状の化け物、そして結界の消滅。
 
 破滅の足音は、もうすぐそこにまで迫って来ていた。
 
「………ユーリ達は、無事だろうな」
 
 ――――黄昏の森の中で、悲痛な鳴き声が木霊した。
 
 
 



[29760] 7・『遺跡調査隊』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2011/09/24 03:51
 
 高い草の生い茂る山の中で、ヒスカと背中合わせに剣を構えている。
 
「……平気か?」
 
「……大丈夫」
 
 ヒスカの返事は、微かに震えていた。その赤い髪をさらに濃く染める鮮血は、彼女のものではない。
 
 ―――喰い千切られた、仲間の返り血。
 
 気を抜いて隙を見せれば、自分たちもそうなる。
 
「………悪ぃな。こんな事に付き合わせちまってよ」
 
「………謝らないでよ、あんただけの問題じゃないでしょ」
 
 ヒスカの小さな詠唱が、耳に届く。肉体的ではない疲労で乱れた呼吸が、少しずつ重なっていく。
 
「(来る)」
 
 研ぎ澄まされた第六感が、次なる襲撃を嗅ぎとる。常人ならば拾えない微かな草の音に、“敵”の存在を知った。
 
「ヒスカ!」
 
「『フォースフィールド』!」
 
 不意の急襲。最も警戒すべき初撃を、ヒスカの結界が跳ね返した。
 
 姿を現した敵は、先ほど町の結界を破った、身体中から無数の血蛇を生やした蚓の化け物。
 
 だが……それだけではない。
 
「………ランバート」
 
 その先端から、三匹の犬の上半身が生えていた。彼らもまた、フェドロック隊の仲間。
 
 しかしその眼は深紅に狂い、その口は人間の……仲間の血で染まっていた。
 
「…………………」
 
 こんなに剣を重く感じるのは初めてだ。足も、体も、何もかもが酷く重い。
 
「ランバートォ!!」
 
 地を蹴って駆け出す。剣の柄を強く握り締める。決して放さないように、気持ちが揺れてしまわないように。
 
 そして――――
 
「…………………」
 
 刃を振り抜く瞬間に、“夢から覚めた”。
 
「………あー、寝ちまったのか」
 
 もうすっかり慣れてしまった獣臭さ、足下に敷かれた芝草、そして自分の傍で丸くなっている……ランバートの子。
 
「迷子か? 子供は寝る時間だぜ」
 
 上半身だけ起こして、ユーリは馬小屋の入り口でこちらを見ている少女に声を掛けた。
 
 彼女が近づいて来る気配で目覚めたのだから、気付いているのは当然だ。
 
「………あの犬の、子供?」
 
「ああ、ラピードって言うんだ」
 
 少女……リタは、少し遠すぎる程度の位置にしゃがみ込み、ラピードの寝顔を覗く。
 
「犬、苦手なんじゃなかったのか?」
 
「………何でそう思うわけ?」
 
「お前ん家にランバートが入った時、嫌がってたろ」
 
 よく覚えてるわね、と肩を竦めて、リタは恐る恐るラピードに手を伸ばし、お腹に触れる。
 
「これくらいの大きさなら、平気」
 
 と言いつつ、リタの手つきは不自然にぎこちない。
 
「あの隊長なら、ヒスカって人の所に行ってるわよ。……謝らなくていいって言ってた」
 
「……わざわざそれ伝えに来たのか、お前」
 
「それと、もう一つ」
 
 これまでユーリの顔を見ようとしなかったリタが、そこでユーリに向き直る。その瞳に、窺うような真剣さがあった。
 
「エアルによる精神汚染は、生物すべてに起こり得る。……もちろん、人間にも」
 
「……次は人間がああなるかも知れないって事か。ご忠告どうも」
 
 しかしユーリは、両手を頭の後ろで組んで横になる。予想に反していい加減な態度に、リタは呆れて頬杖を着いた。
 
「あんたねぇ、ホントにあたしの話 理解したの?」
 
「どっちにしたってやる事は変わらねーんだ。沈んでたって良い事ないもんな」
 
 やる事は決まってる。この期に及んで平然と言ってのけるユーリに、リタは何だか馬鹿馬鹿しくなって立ち上がる。
 
 クスッ、と、小さな含み笑いが聞こえた。
 
「……なに笑ってんのよ」
 
「いや? 天才魔導士様は意外とお優しいな、と思ってさ」
 
「……何それ、馬鹿っぽい」
 
 リタはユーリに背を向ける。ユーリもリタに背を向けて寝返りを打った。
 
 さっさと寝ようと一歩を踏み出してから……リタは一度だけ振り返る。
 
「あんた……そのままここで寝るつもり?」
 
「結構寝心地いいんだぜ、ここ」
 
「そ、勝手にすれば」
 
 背を向けたままひらひらと手を振るユーリを残して、リタは今度こそ馬小屋を去った。
 
 わざわざ芝草にまみれて眠る青年の背中に、ぬくもりを求めて仔犬が寄り添った。
 
 
 
 
「と言うわけで、結界はいつまた破られるか判らない。はっきり言って、もう一刻の猶予も無いと思った方がいいわ」
 
 シゾンタニア騎士団本部の作戦会議室で、リタが皆を見渡して机を叩いた。
 
 十二歳そこらの小柄な少女がリーダー面で仕切っている光景は、いっそシュールですらある。
 
「だな、これ以上ぐずぐずしてらんねぇ。今すぐにでも原因を探りに出るべきだろ」
 
 リタの言葉に、ユーリも身を乗り出した。こういう時にブレーキを掛けるのは、ヒスカの役目である。
 
「それが出来ないから、隊長は帝都に援軍を要請したんでしょ」
 
「その事なんだけど……多分、待っても無駄だと思う」
 
 しかし、ヒスカの忠告はリタによって否定される。
 
「今回の事件は、エアルの異常発生が原因で起こってる。いくら人数を集めても意味ないわ」
 
 言葉の意味が解らず、ヒスカに限らず隊の全員が首を傾げた。リタはめんどくさそうに頭をかく。
 
「高密度のエアルは人間にも悪影響を与えるの。知性が低いぶん魔物の方が暴走しやすいけど……人間でも同じ事が起きる」
 
 その説明に思い出されるのは、昨日の……魔物のようになってしまったランバート達。
 
「数を増やしたところで、同士討ちの危険性が増すだけ。……ここにいるメンバーも、もっと数を絞った方がいい」
 
 リタは説明を続ける。人間だけでなく、魔導器(ブラスティア)も暴走する。魔導器に頼る者、エアルへの適応力が低い者は連れて行けないと。
 
「あんたらの調査とあたしの研究。両方のデータを照らし合わせると、エアルの拡大範囲は、こう」
 
 言って、リタは机の上の地図にペンで印をつけて、それを大雑把な円で囲んだ。
 
 円の中心には、ここら一帯で一番大きな湖があり、さらにその中心には遺跡がある。
 
「湖の、遺跡か」
 
 ナイレンの呟きに、リタが頷きで応えた。机に腰掛けていたユーリが立ち上がる。
 
「俺は行くぜ。魔導器も持ってないしな」
 
「はい、採用」
 
 リタがユーリに合格サインを出し、それを皮切りに皆が名乗りを上げ、メンバーの選抜が始まった。
 
 そんな中で―――
 
「少数精鋭、ね」
 
 ナイレンが一人、小さく呟いた。
 
 
 
 
「「………………」」
 
 すっかり活気の衰えたシゾンタニアの町中で、やけに艶やかな空間が空気を読まずに展開されている。
 
「……何してるんだろ、あたし達」
 
「考えたら負けって感じがするわ」
 
 普段はポニーテールにしている赤い髪を下ろし、ピンクのドレスに身を包んだヒスカが、同様に水色のドレスに身を包んだシャスティルにぼやいた。
 
 別に選抜にあぶれて遊んでいるわけではない。これもあくまで作戦なのである。
 
 正確には、ユーリ発案ナイレン公認の……超がつくほど馬鹿げた作戦だ。
 
「「(こんなので出てくるわけないでしょーが)」」
 
 艶やかな双子姉妹は揃って内心で溜め息をついた。あくまでも内心の事であり、今も彼女らの顔には眩しいばかりの微笑みが満ちている。
 
「おう姉ちゃん、こんな昼間っから暇そうだな」
 
「俺たちと一緒に遊ぼうぜ?」
 
 そして、そんな双子姉妹に絡んで来る軽薄そうな二人の男。この茶番も、本日三回目である。
 
 こんなので来るはずない。来たらおかしい。むしろ来んな。
 
 そんな事を思いながら、か弱い乙女を演じて眉を八の字にする双子の前………と言うより、男二人の背後に―――出た。
 
「おいおい あんちゃん達。女の子を誘うにしては、ちょっとばかし品が無いんじゃないのかい?」
 
 無駄に芝居がかった仕草で無精髭を撫でつつ、男の肩を掴む………紫の羽織を着たおっさん。
 
「お嬢さん方、この俺が来たからにはもうご安心を。君たちに指一ぽ………」
 
 ちなみに、この軽薄そうな二人の男。私服を着た隊の仲間だったりする。
 
 歯の浮くようなレイヴンのセリフはそれ以上つづかず―――
 
「「せーの……」」
 
 物陰に隠れて様子を窺っていたユーリとリタの―――
 
「どぎゃんっ!?」
 
 同時に繰り出された鉄拳と魔導書の一撃を受けて、いい感じに地面にめり込んだ。
 
「こいつが例のおっさん?」
 
「……ほとんど洒落だったのに、マジで出て来んだもんなぁ」
 
 パンパンッと手を叩くユーリの肩に、ヒスカの手が伸び―――
 
「………洒落?」
 
 ユーリの頬に紅葉が咲いた。そんな、ある意味で頼もしい光景を目の当たりにしながら、ユーリと同様に隠れていたナイレンはレイヴンに歩み寄る。
 
「……まさかとは思ったが、本当にお前さんだったとはな」
 
「………見逃してもらえません?」
 
 少数精鋭、最後の一人がここに揃う。かくて、湖の遺跡に向かう調査隊のメンバーが決定したのだった。
 
 
 



[29760] 8・『エアル伝導率』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2011/09/25 06:37
 
「いやホント、勘弁してよ。だって美人双子よ? ここで逃したらこんな機会一生ないと思うじゃない!」
 
「こないだ会ったばっかだろーが。つーか勝手に人に飯代おしつけて逃げやがって」
 
「ちゃんと天才魔導少女にも会えたみたいだし、それでチャラにしてくんない?」
 
「そうよ! おっさん何であたしん家 知ってたのよ!」
 
「仕事柄、結構お耳が早いのよね俺様」
 
「ふざけてんの?」
 
 レイヴンを捕獲した後、連行先の隊長室でやかましく口論しているユーリ、リタ、そしてレイヴン。
 
 その光景を煙管を吹かせながら見ていたナイレンは、煙と一緒に吐息をはーっと吹き出した。
 
 そして一撃、ユーリの頭に拳骨を落とす。
 
「っ~~~いってーな隊長!」
 
「お前は遊んでないでさっさと出発の支度して来い! 集合に遅れたら承知しねーぞ!」
 
 背中を叩かれて慌てて駆け出すユーリを見送ってから、ナイレンはリタに向き直る。
 
「嬢ちゃんは、もっかい結界魔導器(シルト・ブラスティア)見て来てくれ。俺たちが留守の間に町がどうにかなっちまったら意味がねえ」
 
「うー………わかったわよ」
 
 至極もっともなナイレンの言葉に、リタはいかにも渋々と了解した。去りぎわにレイヴンを睨み付けるのは忘れない。
 
 そうして漸く、部屋の中はナイレンとレイヴンの二人だけになった。
 
「座れよ」
 
 椅子に座って、ナイレンは二人分のグラスにワインを注ぎだす。促されて、レイヴンは後ろ手に掛けられた手錠をいとも容易く外した。
 
「二年も姿を消してやがって、とっくに死んじまったと思ってたよ」
 
「大分イメチェンしたつもりなんですけどねー。やっぱり解っちゃう?」
 
「見る奴が見りゃな」
 
 二人、差し上げたワイングラスを軽くぶつけて乾杯をする。それが何を祝しているのかは、当の二人にもまだ判らない。
 
「お前さんが姿を見せたのは、俺が“元”親衛隊だからか……“首席殿”?」
 
「そう穿った見方しないでちょうだいよ。俺様、単にそちらさんの美人双子にメロメロなだけなんだから。………それと、今の俺はレイヴン。そこんトコよろしく」
 
 “かつての姿”とあまりに違う。ワインを呷ってからビッ! と目の上で二本指を立てる男の姿に、ナイレンはやや肩を竦めた。
 
 気にならないと言えば嘘になるが、今は二の次である。
 
「まあ、そういう事なら細かい詮索はよしとくか。……なあ、隊長首席殿?」
 
「………いや、だからレイヴン………」
「かなり厄介な事になってて困ってるんだよなぁ、シュヴァーン隊長?」
 
 広い隊長室の中に、寒々しい風が吹く。
 
「団長閣下にチクられたくなきゃ手伝えや」
 
「………誠心誠意お手伝いさせて頂きます」
 
 おっさんの眼から、摂取したばかりの水分がさめざめと流れ落ちた。
 
 
 
 
 結界の外へと続く城門の前に、選ばれた六人。内四人は、このシゾンタニアを守護するフェドロック隊の騎士。
 
「絞るとは言ったけど、まさかたったこれだけなんて……」
 
「……て言うか、このメンバー何を基準に選んでるわけ?」
 
 シャスティル・アイヒープ。ヒスカ・アイヒープ。
 
「エアルの適応力がどうとか……。細かい話は嬢ちゃんにしてくれぃ」
 
「いいんじゃねーの。どうせ町を空にするわけにゃいかないんだしよ」
 
 ナイレン・フェドロック。ユーリ・ローウェル。
 
 そして、協力者として同行する者が二人。
 
「これでも譲歩したつもりよ。文句あるなら、そっちの双子も居残り組で構わないけど?」
 
「えーっ!? それはダメ、絶対! おっさんのモチベーションが著しく下がる!」
 
 魔導士のリタ・モルディオ。そして謎の男・レイヴン。
 
 そう……この六人がエアルの発生源と目されている湖の遺跡へと向かう。この、たった六人で。
 
「ユルギス。町の方は頼んだぞ」
 
「………御武運を」
 
「また結界が不安定になるようなら、今度は迷わず結界魔導器(シルトブラスティア)を停止して。……最悪の事態を避けたいならね」
 
 副隊長のユルギスに、ナイレンとリタがそれぞれ言い残す。
 
 この町を守る。騎士団の一番大切な役目を、彼は託されたのだ。
 
 そして、ナイレンら六人もまた、命懸けで役割を全うする。
 
「さっさと行きましょ。早くしないと、帰る頃には日が暮れちゃうわ」
 
 リタに促され、フェドロック隊の敬礼に見送られながら、ナイレン達が城門を抜けようとした。
 
 その時―――
 
「お……?」
 
 それまで無人であるかの様に静まり返っていた町に、音が蘇る。
 
 次々と家の扉や窓が開いて、シゾンタニアの人々が姿を現した。
 
 皆が皆、一様に心配そうな顔をしている。そこには、結界や自分たちの保身だけではあり得ない色があった。
 
「おいおい、随分おおげさな見送りだな」
 
 皆の不安も、これから行う事の危険も、百も承知でナイレンは笑った。
 
 どこまでも豪胆に、見る側の不安をも吹き飛ばすほどの力強さで。
 
「ちょっと行って来るわ!」
 
 皆の張り詰めた顔が、自然と綻ぶ。「きっと大丈夫」、そう思わせる事が出来るのが、ナイレン・フェドロックという男だった。
 
「………これだけ町の人に信頼されてる騎士団ってのも、珍しいわね」
 
 誰に言うでもなく、リタはポソリと呟いた。脳裏の奥に蘇る苦い記憶との相違が、何とも言えない複雑な気分にさせる。
 
「ん………?」
 
 そんなリタの視界の隅に、民衆の方に駆け寄るユーリが映った。
 
 しゃがみ込んで頭を撫でているのは、昨日 馬車から助けた小さな少女だろうか。何とも似合わない優しげな笑顔で元気づけている。
 
「(…………………まさか、あたしも似たような眼で見てんじゃないでしょうね)」
 
 当たって欲しくない仮説を頭を振って追い払い、リタは昨夜のユーリを思い出す。
 
「(あたしは……どうするのかな……)」
 
 もしこの事件の原因が魔導器だったなら……。
 
 決断の時が自分にも迫っている事を、リタは心のどこかで確信していた。
 
 
 
 
「はあっ!」
 
 ユーリの剣が狼を両断する。
 
「このっ!」
 
 ナイレンの剣先が猪の眉間を貫く。
 
「『魔神剣』!」
 
 ヒスカの剣が振り上げられ、軌跡に沿って放たれた衝撃波が大蟹の鋏を砕く。
 
「シッ!」
 
 そのヒスカの死角に迫っていた複数の蜂を、レイヴンの矢が残らず射落とす。
 
「『フォースフィールド』」
 
 シャスティルが結界を張ったのを見計らって、リタが詠唱を終えていた魔術を解き放つ。
 
「『ファイアボール』!」
 
 降り注ぐ火炎弾が結界の外で爆ぜ、立ちふさがる魔物を悉く灰にした。
 
「つーか おっさん、よくこんな危ない仕事 引き受ける気になったな。見返りも無しにやる気だすタイプにゃ見えねーけど」
 
 戦闘に一段落の終着を見て、戯れに剣を放り投げながらユーリはレイヴンに訊ねる。
 
「あ、エアルの発生源に興味あるとか言ってたっけ?」
 
「いやー、それがねぇ………思った以上にエアルの増加が激しいし、もしお目当てのブツだったとしてもこんなヤバい代物 持って帰れないし。青年達に任せてバックレる気 満々だったのよねぇ」
 
「なら何でついて来たんだよ」
 
「おたくらの意地悪な隊長さんのせいだわよ」
 
 子供のように不貞腐れるレイヴンの言葉に、ユーリはナイレンを見てみる。思い返してみれば、あの切迫した状況でレイヴンを探そうと言い出したのもナイレンだった。
 
「隊長、もしかして知り合いか?」
 
「つまんねー話さ」
 
 ナイレンに聞いてはみても、はぐらかされるだけ。ユーリもあっさりと「まぁいいか」と諦める。
 
 どんな事情があったとしても、レイヴンの全身から滲み出る胡散臭さが薄れる事は無さそうだ。
 
 一方、後列ではガールズトークに花が咲いていた。
 
「リタちゃん、隊長や、魔導器もってないユーリは解るけど、どうしてわたし達を選んだの?」
 
 訂正。そんな華やかな会話ではなかった。やや自信なさげなシャスティルが、おずおずとリタに訊ねる。
 
 アイヒープ姉妹より腕が立つ者、魔術を扱える者も、“居残り組”には確かにいた。
 
 副隊長のユルギスでさえ、リタの選抜にはあぶれてしまったのだ。
 
 しかもリタの選抜方法は、隊員の武醒魔導器を数秒眺めただけなのだから、疑問が残って当然だ。
 
「あんた達が、あの長髪と隊長の次にエアルの適応力が高かったから」
 
「それって、どうやって判断してるの?」
 
「それくらい、いつも使われてる魔導器に訊けば一発で解るわよ」
 
 流れに乗じて質問したヒスカに、リタはよく解らない理屈で即答した。魔導器に訊くって何? という至極当然な疑問を双子は抱いたが、既にリタは「説明完了!」な顔をしている。
 
「んじゃ、俺はどうなんだ。魔導器 使ってないけど」
 
 断片的に会話が聞こえていたのか、前を歩いていたユーリが振り返ってリタに訊く。
 
 説明しっ放しの状況にやや辟易しつつ、リタは偉そうに人差し指を立てた。
 
「あんたの場合は、エアル伝導率の高さよ。特別な素材の剣でもないのに、魔物ザクザク斬ってるでしょ」
 
「えあるでんどーりつ?」
 
 頭上に?を浮かべるユーリに、リタは額を押さえて頭を振る。そこから説明しなきゃならんのかと。
 
「エアルの伝わりやすさの事よ。人によってエアルを通しやすい物質とか違うし、通せる量も違う。あんたはエアルの適性がかなり強いから、無意識に多量のエアルを剣に纏わせてるって事になる」
 
 言われて、ユーリは手にした剣を「ほー」と見つめる。腕力だけで斬ってたにしては何か変だなとは思っていたが、そういう仕組みだったとは。
 
「だから、リタちゃんは帯なんて使ってるのね」
 
「そ、あたしにとっては帯とか魔導書とかの方が、剣なんかよりよっぽどエアルを通しやすいの」
 
 会話の延長で、シャスティルの抱いていたもう一つの疑問も氷解する。
 
 こんな子供が、普通なら武器とも呼べない帯や魔導書で魔物を薙ぎ倒す様は、彼女らの常識から見れば異様だった。
 
「無駄話してる内に、見えて来たわよ」
 
 魔物が狂い、輝くエアルに溢れた森を抜けて、ユーリ達は辿り着く。
 
「ここからが本番。覚悟はいいわね」
 
 湖の中心で佇む遺跡が、煙のようにエアルを噴き出していた。
 
 
 



[29760] 9・『赤いエアル』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:ef78e215
Date: 2011/09/26 21:05
 
「あれも……エアルなのか?」
 
 川沿いの山道から湖の遺跡を遠く見据えて、ナイレンが小さく呟いた。
 
 高濃度のエアルは目に見える。という話は聞いていたが、これまで確認してきたエアルは全て緑色。今ナイレンらの周囲に漂っているものも同色だ。
 
 しかし、遺跡から煙の様に噴き出すそれは、まるで火の粉のように赤く輝いている。
 
「濃度が極端に高くなると、エアルは赤く変色するの。あんな離れた距離から視認出来る位だから、これくらいは予想の範疇よ」
 
 例によってリタが軽く説明を入れてから、一行の横を流れる川を覗き込んだ。
 
「……魔物が少ないと思ったら、こういう事になってたわけね」
 
 濁った川の底に目を凝らせば、大小多様な魔物の骨が沈んでいる。水や魚を求めて川にやって来た魔物が、エアルに当てられて死んだ……といったところだろうか。
 
 川のエアルが陸より濃いのなら、湖の遺跡に発生源があるという仮説の信憑性も増すというものだが………
 
「(いくら何でも、多過ぎるような)」
 
 川に立ち寄っただけの魔物が、こうも容易く死ぬものだろうか。何より、川辺に死骸が一つも無いのが気に掛かる。
 
 死因はエアルの感染で納得するとしても、その全てが水中に在る理由が解らない。
 
「(これじゃまるで………)」
 
 水中に引きずり込まれたようだ。そう、リタが思った時だった。
 
「きゃああぁあ!!」
 
 ヒスカの悲鳴が響く。皆が即座に視線を向ければ、蚓のような化け物に足首を捉われたヒスカが、空中に高々と振り上げられている。
 
「待てーい!」
 
 誰より早く、レイヴンが跳んだ。右手が素早く腹に差した小刀を抜き放ち、左手に持った弓が一瞬にして畳まれて小太刀へと変型する。
 
「そりゃ!」
 
 舞を思わせる二刀の連閃が、ヒスカを捕えた化け物を中途から両断した。
 
「パス!」
 
「おうよ!」
 
 間髪入れずリタの帯が伸び、空中に投げ出されたヒスカに巻き付く。巻き付けた帯の端を手渡されたナイレンが、力任せにヒスカを引き戻した。
 
「痛っ!?」
 
「ナイス、隊長!」
 
 そして、危うく地面に激突しそうになったヒスカをユーリが抱き止める。
 
 即席チームにしては息の合った連携だが、川に向かってジャンプしたレイヴンは―――
 
「決まっばはぁ!?」
 
 当然 川に落ちる。水面で忙しく足掻いているレイヴンに、シャスティルが鞘に納めた状態の剣を伸ばした。
 
「……川沿いに進むのは、やめた方が良さそうね」
 
 哀れなおっさんには見向きもせず、リタが小さく呟いた。
 
 
 
 
 川から距離を取って迂回し、一行は湖の遺跡……そこに続く橋の前へと辿り着いた。
 
「で、ここからどうするよ」
 
 そう、目的の遺跡が湖の真ん中にある以上、どうしたところで水辺を通らなければならない。
 
 道中でリタが推測したところ、あの魔物は体組織のほとんどが水で構成されていて、その体内にエアルを含んだ水を取り込んでいる可能性が高い。
 
 だからあの魔物に取り込まれたランバート達はああなってしまったのだろう、と。
 
 要するに、触れるのも危険な魔物、という事だ。ナイレンは数瞬悩んでから、これまであらゆる形で非凡さを示して来た少女を見た。
 
「………嬢ちゃん、いけるか?」
 
「当然」
 
 水を向けられたリタもまた、何でもない事のようにあっさりと承諾する。
 
 しかし最早、そのナイレンの判断とリタの断言を疑う者はここにはいない。
 
「よし、ヒスカとシャスティルはいつでも結界を張れる様に構えとけ。男は一ヶ所に集中、結界の範囲を少しでも狭くしろ」
 
 リタを先頭に、ヒスカ、ナイレン、ユーリ、レイヴン、そして後方防御にシャスティルが続く。
 
 こういった局面に於いて、剣士は限りなく無力である。
 
「走れぇ!」
 
 ナイレンの掛け声を受けて、全員が一斉に走りだした。遺跡に続く長い石橋を、脇目も振らずに駆け抜ける。
 
「(来た)」
 
 案の定。待ち受けていたとばかりに水面に赤い光が見えた。それも、複数同時に。
 
「(前からも来てる。そろそろかな)」
 
 タイミングを計りながら、リタは筒状に巻いた帯を解く。解いて、リズムを取るように軽快なステップを踏んだ。
 
「防御!」
 
「了解!」
 
 ヒスカが応えて、全員が綺麗に全身を止める。結界の発動を待たず、リタは踊るようにその場でくるくると回った。
 
「“氷結せし刃 鋭く空を駆け抜ける”」
 
 エアルの籠もった帯が回転に合わせて軌跡を作り、リタを囲む術式の円を描く。
 
 水と風の、複合術式。
 
「『フリーズランサー』!!」
 
 結界が展開されると同時、リタの魔術が解き放たれた。
 
 無数の氷の槍が吹雪に乗って奔り、魔物の身体に次々と突き刺さる。体表を突き破った氷結の穂先は、内包された水分を一瞬にして凍りつかせた。
 
「もう一丁!」
 
 振り向き様にもう一発。結界に阻まれた二体の蚓に『フリーズランサー』をたたき込むリタ。
 
 魔物どころか、流れ弾や余波で湖にも数多の氷塊が出来上がる。
 
「………ホント、どんだけでたらめなお子様だよ」
 
「だから子供扱いすんなって……にゃあ!?」
 
 結界が解けるや否や、ユーリは彼なりの賛辞を贈ってから猛然と駆け出した。
 
 ただし、文句を言おうとしたリタの首根っこを片手でひょいと捕まえて、である。
 
「なななな何やってんのよアンタは!?」
 
「苦情なら後で聞いてやっから」
 
 どれだけ魔術が優れていようと子供は子供。先程から先頭を走るリタの足の遅さに もどかしい思いをしていたのだ。
 
 リタを片手にぶら下げながら、先程より一段と速い速度でユーリが先頭を突っ切る。それに遅れまいと、ヒスカ、ナイレン、レイヴン、シャスティルが続く。
 
 その背後を、新たに蚓の化け物が追って来ていた。ユーリは速度を緩めてナイレン達を先行させつつ、片手にぶら下げていたリタを肩に担いだ。
 
「………“氷結せし刃 鋭く空を駆け抜ける”」
 
 ユーリの意図を理解したリタが、渋々く魔術の詠唱を開始する。今度は帯による増幅術式を省いた簡易版である。
 
「『フリーズランサー』」
 
 吹雪に乗せた氷槍を放ちながら、リタはユーリに運ばれている。近寄るものは悉く、瞬く間に凍り付いて砕け散る。
 
 リタがさらにもう一発のフリーズランサーを撃ちだす頃には、一行は遺跡の中へと侵入を果たしていた。
 
(ゴッ!!)
 
 そして、当然のようにリタを下ろす前に魔導書で殴られるユーリ。
 
「……角は痛いって」
 
「当然の報いよ」
 
 怒り心頭といった様子で、リタはずかずかと足音高く遺跡を進んで行く。脳天をさするユーリの肩を、レイヴンがぽんぽんと叩いた。
 
「………っ」
 
 何かに気付いたように、リタがいきなり足を止めた。まだ苦情があるのかとユーリは身構えるが、リタの視線はシャスティルに向いている。
 
「…………………」
 
 否。シャスティルの右の手甲に嵌められた魔導器(ブラスティア)に向いている。
 
「な、何?」
 
「………うん、わかった。ゆっくり休んでね」
 
 シャスティルの手首を掴んで、魔導器を凝視するリタ。口にしている言葉も、どうやらシャスティルに向けられているわけではないようだ。
 
 何事かと様子を窺っていたシャスティルの目線に、ようやくリタの目線が合う。そしてビシッと人差し指でシャスティルを指した。
 
「その子、ここではもう使わないで。魔核(コア)にかなり負担かけちゃったみたいだし、ここのエアル……今までの比じゃないわ」
 
「その、子……?」
 
「魔導器よ、魔導器」
 
「………わかった」
 
 リタに言われて、シャスティルは僅かな逡巡の後、首肯する。
 
 ここまで何度も自分たちを助けてくれた魔導器を使わない、という事にも不安はあるが……魔術が暴発でもする可能性を考えたら、そっちの方が怖い。
 
「(つーか、“その子”って何だ)」
 
 まるで魔導器を親しい人間のように扱うリタの態度に、ユーリは内心で溜め息をついた。
 
 この様子だと、エアルの原因が魔導器だったとしても、「壊すな」とか普通に言いそうで面倒だ。
 
 などと、考えている間に…………
 
『……………………』
 
 勝手に先行していたリタの前に、何か赤い管の様なものが収束している。言葉を失くして立ち尽くす一同を余所に、それは周囲の岩石を束ねて―――
 
「………デカいって」
 
 人間の十倍はあろうかという、武骨な岩の巨人へと姿を変えた。
 
「ゴーレムか!?」
 
 ナイレンが叫ぶ。
 
「くぅ………!」
 
 ヒスカが魔導器を向ける。
 
「リタちゃん!?」
 
 シャスティルが引けた腰で剣を構える。
 
「“灼熱の軌跡を以て野卑なる蛮行を滅せよ”」
 
 そして、リタが回る。
 
「グォアァアア!!」
 
 巨人が拳を振り上げる。リタの正面に紅蓮の術式が展開される。
 
「『スパイラルフレア』!」
 
 そして、発動。ファイアボールに数倍する特大の炎弾が、巨人の腕……どころか、全身を一撃の下に粉砕する。
 
 ―――そう、粉砕した。
 
「………へ?」
 
 砕け散った巨人の欠片。無数の石礫と化したそれは、リタの魔術の一撃を受けてなお宙に滞空している。
 
 滞空して、雨の様な石の弾丸となり、リタに向かって一斉に襲い掛かった。
 
「危ねっ!」
 
 間一髪、横から飛び出したユーリがリタを抱えて床を転がる。回る視界の中で、石の弾丸が遺跡の壁をぶち抜く音が聞こえた。
 
「“風よ起これ さっと吹いてさっと斬れ”」
 
 同時に、決してリタのものではないふざけた詠唱も。
 
「『ウインドカッター』!」
 
 一陣の風が、鋭い刃となって吹き抜けた。僅か遅れて、中空に漂っていた石の欠片がバラバラと音を立てて落ちていく。
 
「おっさんも結構やるでしょ?」
 
 魔術も使えるワンランク上のおっさんが、ニヤリと笑って親指を立てた。
 
 
 



[29760] 10・『地の底より来たる声』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2011/09/28 07:14
 
「これ、ゴーレム(人型魔導器)じゃないわね」
 
 レイヴンの魔術を受けて動かぬ土くれと化した岩人形の成れの果てを、リタが見下ろす。
 
 自律術式が刻まれた魔核(コア)によって動いていたわけではなく、あの赤い管によってマリオネットの様に動かされていたらしい。
 
 もっとも、魔導器ではないと確信していたからこそ、リタも躊躇なく粉砕したわけだが。
 
「(あのおっさんも、気付いてたって事よね)」
 
 レイヴンは風の魔術を使って、真っ先に赤い管だけを狙って切断した。
 
 不意の襲撃で、ユーリもナイレンもヒスカもシャスティルも少なからず動揺していたあの局面で、冷静にそれを見極めた。
 
 何者だろうかと目を向けてみれば、レイヴンは疲れたのか地べたに胡坐をかいてへたり込んでいる。
 
 おまけに、リタの視線に気付いてピースサインなど出し始めた。もちろん無視である。
 
「………っ」
 
 僅か響く独特の風韻に、リタは後ろを振り返る。さっきの飛礫を躱し損ねたのか、ユーリの右腕が血に染まっていた。その腕に、ヒスカが治癒術を掛けている。
 
「(あの子も、ダメか)」
 
 ヒスカの左手の魔導器(ブラスティア)の限界を見極めて、リタは肌に感じるエアルの濃度に息を飲んだ。
 
 橋を渡っていた時から違和感はあったが、やはり……既に自分たちにもエアルの影響が出ている。
 
「あんたの魔導器も、もう使わない方がいいわ」
 
「え? でも………」
 
 額に汗を浮かべて治癒術を掛けていたヒスカの手をを、リタが止める。
 
 ついでに、あくまでもついでにユーリの腕に目を向ける。……近くで見ると、結構深い。しかも刃物ですらない尖った飛礫に裂かれた傷は、少し抉るようになっていた。
 
「痛そー……」
 
「大した事ねーよ。どっかの味音痴の料理食うより全然マシだ」
 
 ユーリはおどけて、リタの頭を乱暴に撫でる。普段なら足を思い切り踏みつけてやるところだが、今回ばかりは大人しく我慢するしかないリタだった。
 
「……ちゃんと洗って返しなさいよ」
 
 リタを庇ってユーリは怪我をした。その怪我を治していたヒスカの治癒術をリタが止めたのだ。
 
 多少なりとも、自責の念も湧く。
 
「洗うって何が痛……っ」
 
 リタは自分の右腕に巻いていた黄色いリボンを解いて、ユーリの右腕の傷口に乱暴に巻き付けた。
 
 とても……チョウチョ結びである。
 
「ふんっ!」
 
 わざとらしく怒って見せて、リタはさっさとユーリから離れて先に進む。
 
 その小さく不器用な背中を、ユーリとヒスカが生暖かく見守っていた。
 
「……良い子ね、リタちゃん」
 
「ああ……。俺とかあっちのおっさんよりはよっぽどな」
 
 苦笑を零し、ユーリはリボンを巻き直してもらおうと右腕をヒスカに向けよう、として………
 
「……お前、その汗どうした?」
 
「え………?」
 
 ―――雨に打たれたような大量の汗を流すヒスカに、気付いた。
 
 
 
 
 不幸中の幸いと言うべきか、高濃度のエアルの影響で魔物の一匹もいない遺跡の中を、一行は罠だけを回避しながら進んで行く。
 
 しかし、そろそろ限界が近づいていた。
 
「………………」
 
 エアルの発生源を探るという事は、よりエアルの濃い方に向かって進むという事。
 
「………………」
 
 しかもここは、遺跡の中の窓一つ無い地下。大気に広がって濃度の薄まる野外とはわけが違う。
 
「………………」
 
 誰もが、リタでさえも、重度のエアル酔いで口を開く余裕も無い。
 
「………おい皆、マジで大丈夫か」
 
 この状況下で比較的平然としているのは、ユーリと………
 
「だいじょぶくないわよ~。てか、そろそろ終わりにしない? おっさん、もう歩けないんだけど」
 
「誰もあんたにゃ訊いてねぇよ」
 
 他の皆とは別の意味でダウンしているレイヴンのみ。まさに、ミイラ捕りがミイラになる寸前である。
 
「いやいや、別にふざけてるわけじゃないわよ。このまま突っ込んで何も見つからずに犬死にとか本気で勘弁だもの」
 
「………………あるわよ」
 
 レイヴンの愚痴に、呻くような返事が返った。声の方に眼を向ければ、壁に寄り掛かって荒い息を吐くリタが顔を上げていた。
 
「もう、すぐ近くに魔導器はある。声が……どんどん近づいてるの」
 
 リタの言葉に、ユーリもレイヴンも耳を澄ませる……が、やはり何も聞こえない。
 
 しかし……錯乱してると思えない確固たる自我の光が、リタの瞳の中にはあった。
 
「……行けるか?」
 
「とーぜんでしょ。あたしを誰だと思ってんのよ」
 
 ユーリ一人が魔導器に辿り着いても何も出来ない。壊せば済む話かどうかの判断すらつかない。
 
 最後はやはり、リタに頼るしかないのだ。
 
「もう一息だ。行くぞお前ら」
 
「「………はい」」
 
 今まで少しでも呼吸を落ち着かせる事に集中していたナイレンが立ち上がる。ヒスカとシャスティルも同様に。
 
 騎士団でもない子供が命を懸けているのに、へこたれてなどいられない。
 
「……………やれやれ」
 
 誰 知らず、赤く漂うエアルが……レイヴンに集まっていく。その勢いが僅かに増した事に、レイヴンは不透明な溜め息を吐いた。
 
 
 
 
 広い階段を下りる。動かなくなった巨大な大扉を力任せにこじ開けた先に………それはあった。
 
「何だ、あれ………」
 
 何も無い大広間の真ん中に、紫に輝く不気味な筐体がある。そこから発せられたエアルが、室内を異常なまでに赤く染めていた。
 
「……あれも、魔導器なの?」
 
 しかし、その筐体には魔導器にあるはずの魔核が無かった。代わりの様に地下から吸い上げられたエアルが、筐体の中心で不気味に光り輝いている。
 
「……リタ、あれをどうにか出来そうか」
 
 ユーリは確認する。あの筐体が何であれ関係ない。エアルの発生を止められるのか、と。
 
 しかし――――
 
「違、う………」
 
 震える声で、リタはそう言った。ただエアルに毒されて擦れたような声ではない。
 
「……直せないのか?」
 
「違う、あれじゃない。“もっと下”から聞こえる!」
 
 支離滅裂な言葉を並べるリタは、ついに頭を抱えて膝を着いた。
 
「お前、なに言ってんだ。もう下なんかねーぞ」
 
「何、これ……こんなに大きい声…初めて聞く……!」
 
 ユーリの言葉も聞こえていない。言い知れない不安が音を立てて近づいて来るのを感じて、リタは叫んだ。
 
「来る!!」
 
 途端――――大地が割れた。
 
「ッッ!?」
 
 最初に見えたのは、地下の岩床から伸びる巨木の様な前足。次いで、鬣とも見える角を無数に生やした亀の頭。それらに遅れて………全身が地から這い出して来る。
 
 亀でもない、熊でもない、猪でもない、獅子でもない。見た事もない緑色の怪物。
 
「こいつは………!」
 
 ただ巨大だというだけではない。何か、生物としての根源的な生存本能を脅かす、圧倒的な何かがこの怪物にはある。
 
「はは……やべ、足震えてら……」
 
 あまりの恐怖に笑いが込み上げて来る。滑稽な己の両足に喝を入れて、ユーリは剣を握り締めた。
 
 ―――おそらく、攻撃のつもりですらなかっただろう。
 
『っ………!?』
 
 怪物はただ背を向けた。その尾に当たって、ナイレン、ヒスカ、シャスティルの三人が軽石の様に弾き飛ばされる。
 
「くっそ!」
 
 猛然と、ユーリは怪物に向かって駆け出した。いま戦えるのは自分しかいないと、己を必死に奮い立たせて。
 
 だが―――
 
「くっ!?」
 
 跳躍し、全体重を乗せたユーリの斬撃は、僅かに怪物の表皮を傷つけただけ。逆に、素早くしなった尾の一撃を受けて、ユーリは地面に叩きつけられる。
 
(ゴシャァ!!)
 
 巨体の向こうで、金属と硝子の潰れるような轟音が響く。おそらく、あの魔導器が破壊されたのだろう。
 
 そして……ゆっくりと怪物が振り返った。無機質な青の瞳が、ユーリを呑み込まんばかりに捉える。
 
「……上等だ。来いよ!」
 
 皆がエアルに酔い、先の一撃でシャスティルも気絶している。逃げる事すら難しい。
 
 ユーリは腹を括った。
 
 そのユーリの視界を………
 
「はい、ストップ」
 
 紫の羽織が、埋めた。
 
「レイヴン………?」
 
「おっさん差し置いてハードボイルドなんて十年早いわよ、青年。」
 
 こんな時でもいつもと変わらない、胡散臭い笑みが振り返る。
 
「青年はまず、女の子のエスコートから始めなさいな。このままじゃ巻き込まれちゃうからねぇ」
 
 レイヴンが軽く顎を向けた先に、気を失ったシャスティルが、腹を押さえて蹲るヒスカが、茫然と魔導器の残骸を見ているリタがいる。
 
「早く行った行った。でないと、おっさん必殺の超小型爆弾が使えないじゃない」
 
 誰かが連れ出さなければならない。迷っている時間はない。
 
「ユーリ、行くぞ!」
 
「っ……死ぬなよ、おっさん!」
 
 リタを小脇に抱えてユーリが駆け出す。シャスティルを肩に担いでナイレンが走りだす。二人の後ろをヒスカが追い掛けて……レイヴン一人がその場に残された。
 
「………さて、と」
 
 レイヴンは弓に矢をつがえて、眼前の怪物と向かい合う。……否、怪物はレイヴンではなく、ユーリの去った方を見ているようだったが。
 
「(十年振りか……死ぬ前より、ちっとはマシな勝負が出来るかねぇ)」
 
 まだ早い。ユーリ達が逃げる時間を稼いだ後で無ければ、格好をつけた意味がない。
 
「亀の甲より年の功ってね。中年の魅力を見せてやろうじゃないの」
 
 衣服の下に隠された左胸が、一際強く脈を打った。
 
 
 



[29760] 11・『崩落』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2012/08/02 07:28
 
 弓から無数の矢が奔る。放たれた矢雨は大気中に溢れる多量のエアルを纏い、鉄をも貫く硬度を帯びる。
 
 それらは全て怪物の身体中に突き刺さり……皮膚で止まった。
 
「……流石に一筋縄じゃいかないか」
 
 射撃を受けて一層 凶暴性を増した怪物の一撃から逃れながら、レイヴンは小さく呟いた。
 
 解ってはいたが、半端な攻撃は通らない。逆に、レイヴンはあの巨体に一撃でも食らわされたら致命傷だろう。
 
 ならば、とレイヴンは“矢をつがえずに”弓を引き絞り―――
 
「はっ!!」
 
 烈迫の気合いと共に撃ち放った。放たれた紫苑が絡み合う無数の蛇となって、怪物の全身に喰らいついた。
 
「ヴォオオオォォ!!」
 
 牙を立て、まとわりつく蛇の群れを振り払わんと怪物は暴れ、巨木の様な腕を力任せに振り回す。
 
 しかし当然そんな事で蛇は離れず、ただ無闇な破壊を周囲に撒き散らす。
 
「(少しは効いたか……?)」
 
 無作為な豪撃を躱して、レイヴンは大きく距離を取る。安全な間合いから、今度は威力を一点に絞った一矢をお見舞いしようとして―――
 
「(あ、ヤバイ)」
 
 両の前足を振り上げる怪物の姿に、直感的に危険を悟る。悟って、躊躇なく怪物に向かって全速力で駆け出した。
 
 怪物の前足が、地響きを立てて岩床を叩く。そこから―――大地の槍が怒涛となって押し寄せる。
 
 全力で怪物に迫っていたレイヴンは、岩槍の波に攫われる寸前、横っ飛びに飛び退いてこれを避けた。
 
「危ないっつの!」
 
 さらに続けてもう一跳び、弓を組み換え小刀を抜いた二刀を持って怪物に立ち向かう。
 
「グルァ!!」
 
 その瞬間―――脈絡も無しに怪物の首が伸びた。目前に迫る敵を噛み千切らんと。
 
「だから危ないって!」
 
 レイヴンは身体ごと二刀を回転させて、これを間一髪でいなした。
 
 しかし、完璧にではない。
 
「………………」
 
 レイヴンの肩と怪物の首、双方から血が噴き出す。滲み出る痛みを無視して、レイヴンは怪物の背中を三度はねて後方に回り込んだ。
 
「………首斬られた死ぬでしょ、普通」
 
 大きく息を吐き出したレイヴンの頬を、冷や汗が一筋伝う。手加減なしの斬撃を首に叩き込んでも刃が立たない。……やはり、普通の攻撃では通じない。
 
「(おっさんに長期戦はしんどいのよねぇ)」
 
 左胸を押さえて呼吸を整えるレイヴンは、彼だからこその違和感を覚えていた。
 
 エアルの原因だっただろう魔導器(ブラスティア)が破壊されてから……というよりも、あの怪物が現れてから、という感じだ。
 
 怪物が振り返る。その口元に、赤く光るエアルが吸い込まれているように見えた。
 
「(エアルを……食ってるのか?)」
 
 そんな魔物の存在は聞いた事もない。とはいえ、悠長に考えている暇は無さそうだ。
 
「グ……ヴゥ……!?」
 
 怪物の呼吸が荒くなり、眼の色が変わった。肌に痛いほどの威圧感が、さらに重たくなる。
 
「……そろそろ、潮時かな」
 
 時間稼ぎの限界を悟り、レイヴンは弓を畳んで背中にしまった。ユーリ達の動向は掴めないが、後は運を天に任せる。
 
「どーか、死にませんよーに」
 
 口の端を引き上げたレイヴンの前で、エアルが火の粉の様に爆ぜた。
 
 
 
 
「ユーリ、振り返るな!」
 
 自身もエアルに酔っているはずのナイレンが、シャスティルを肩に担いで走る。
 
「っ……わかってるよ!」
 
 その前を、自失しているリタを脇に抱えてユーリが先行する。
 
「はっ……はっ……はっ……!」
 
 二人の間を、ヒスカが息切れしながら必死について行く。
 
 乱れるエアル、断続的に響く地鳴り、軋みを上げる遺跡。彼らを追い詰める事象が、先ほどの怪物の恐ろしさを物語っている。
 
「………っ」
 
 そんな怪物の下にレイヴン一人を残して来た事実が、ユーリの足を重くさせていた。
 
「……心配すんな」
 
 そんなユーリに、ナイレンが静かに語り掛ける。
 
「簡単に死ぬ様なタマじゃねーよ、あいつは」
 
「…………………」
 
 ユーリは何も応えない。ナイレンの言葉が信頼か気休めかは判らないが、ユーリはあの怪物の脅威を目の前で見ているのだ。
 
 不意に………ユーリの右手を、小さな手が叩いた。
 
「……もう大丈夫、下ろして」
 
 ユーリの脇に抱えられていたリタが、漸く我を取り戻していた。
 
「走れるか?」
 
「大丈夫……あの怪物の声、頭に凄く響いて…ごめん……」
 
 自らの足で地面に立ちながら、リタはらしくもない殊勝な態度で足を引っ張った事を謝る。どうやら、まだ混乱から抜けきってはいないようだ。
 
「……行くぞ」
 
 ユーリが、リタが、ヒスカが、シャスティルを背負ったナイレンが、この遺跡に来る時に渡った橋を目指して足を踏み出す。
 
 ―――その時だった。
 
『っ!?』
 
 これまでとは比較にならない、立っている事すら出来ないほどの衝撃が……遺跡全体を揺るがせた。
 
「うっお!?」
 
 石柱がへし折れる。壁が倒れる。床が砕けて階下へと抜ける。天井が崩れて岩盤が降って来る。
 
 逃げるどころか、立つ事も出来ずに膝を着くユーリは、何故か奇妙にスローに映る景色の中で……見た。
 
「隊長ぉ!!」
 
 動けないナイレンの頭上に、巨大な岩の塊が落ちて来る。
 
「ユーリィ!!」
 
 動けないほどの震動の中、ナイレンは無理矢理に足を踏ん張る。自分が逃げる素振りなど全く見せずに……担いでいたシャスティルをユーリに向かって背負い投げた。
 
「くっ!」
 
 託されたシャスティルを、ユーリが両腕でしっかりと受け止める。
 
「隊長ォォォーーーー!!!」
 
 ヒスカの悲鳴が響き渡る中で………岩の塊が無慈悲に轟音を木霊させた。
 
「隊長っ、返事しろよオイ!!」
 
 落盤の生んだ砂塵が覆い隠した先に、ユーリは力の限り叫ぶ。頭に過った可能性を必死に振り払うように。
 
「……ユーリ」
 
 返事は、あった。
 
「隊……っ」
 
 その事に喜び、駆け寄ろうとしたユーリは……晴れた砂塵の先のナイレンの姿に、思わず足を止めた。
 
 シャスティルを投げた体勢のままうつ伏せに倒れて……足を岩塊に挟まれているナイレンの姿に。
 
「っ……頭、上げないでね!」
 
 すかさず詠唱を始めたリタの右手に炎が灯る。投げ放たれた火炎弾が、ナイレンの足を押し潰す忌々しい岩石を粉砕した。
 
 しかし――――
 
「あ……っ」
 
 石床に無数に奔る亀裂から、赤く光るエアルが噴き出し、ナイレンの周囲一帯を包んだ。
 
 遺跡の破壊によって、地下に立ち込めていた多量のエアルが上へと流れ出して来たのだろう。
 
「無理だ、行け」
 
 血色の霧の向こうから、場違いに穏やかな声が届く。何かを悟った。そんな声だった。
 
「もう、動けねぇんだよ」
 
 ナイレンは上半身で起き上がり、腰を下ろした。グリーヴの上から潰され、血塗れになった右足を見せる。
 
 歩けるわけがない。気力以前の問題だった。
 
「っ…………」
 
 ナイレンの言いたい事を理解して、ユーリは下唇を噛む。
 
 リタやシャスティルを運ぶのとはわけが違う。ナイレンは、ユーリより一回り以上体格のいい男だ。
 
 もたもたしていればエアルに呑まれ、遺跡は崩壊する。
 
「持ってけ」
 
 ナイレンは手首に巻いた魔導器を外して、ユーリに投げ渡した。
 
 力の入らない体、赤い霧に塞がれた視界の中で、それは吸い込まれるようにユーリの手に握られる。
 
「やだ……あたしが治す!」
 
「ダメ!」
 
 治癒術を掛けようと走りだすヒスカを、リタが腕にしがみついて止める。
 
 こんなエアルの中で術式の複雑な治癒術など使えば、今度こそ確実に暴発する。
 
「解ってんだろ」
 
 また一つ、岩盤が落下した。遺跡のどこかが崩壊する音が響く。
 
「助かる奴を助けてくれ」
 
 ―――託された魔導器を、青年は強く握り締める。
 
 
 
 
「くそっ!」
 
 遺跡から離れたシゾンタニアの町。高く聳える結界魔導器(シルトブラスティア)を見上げて、部隊の副官・ユルギスはやり場の無い焦燥に声を荒げた。
 
 いざとなったら、結界魔導器の動力を停止しろ。
 
 そう言われていたユルギスは、再び不安定に揺らめいた結界を眼にして、急ぎ制御室に向かい、機能を停止した。
 
 しかし、こうして戻って来ても魔導器は止まっていない。結界は消えていたが、代わりに魔導器が異様な光は発している。
 
『エアルの影響を受けた魔導器に力を使わせたら、制御できなくて爆発、なんて事もあり得るわよ』
 
 ユルギスの脳裏に、遺跡に向かった一人の少女の言葉が、思い返された。
 
「(どうする……!?)」
 
 起動を止めたはずなのに、結界魔導器は暴走を続けている。今この場には魔導士であるリタも、隊長であるナイレンもいない。
 
 今すぐ住民を連れて退避。周囲の仲間にそう命令しようとした―――その時だった。
 
「副隊長!」
 
 聞き覚えのある声が、ユルギスを呼んだ。振り返れば、そこには新米の騎士がいた。
 
 帝都に援軍を要請しに行った、フレンが。
 
 さらに、その後ろに………
 
「………少し、遅かったようですね」
 
 白金の長髪を靡かせ、紫のローブを揺らす眼鏡の男が、魔導服の一団を引き連れて立っていた。
 
「ガリスタさん……!」
 
「状況は概ね理解しています。………迷っている暇は無さそうですね」
 
 ガリスタと呼ばれた男は、ユルギスとの対話もそこそこに片手を軽く差し上げた。
 
 それを合図に、彼を中心に魔導士たちが半円の陣形を組む。
 
「ガリスタさん、何を………!」
 
「魔核を破壊します。あそこまで暴走した魔導器を止めるにはそれしかない」
 
 ガリスタの言葉は、相談ですらない。ただの意思表示に過ぎなかった。そしてユルギスには、それを否定できる知識が無い。
 
 どうしようもない、と、今しがた自分自身が感じた事でもあった。
 
「私が撃った瞬間に、逆結界を」
 
『はっ!!』
 
 ガリスタが右手を、天に伸びる双刃の斧へと向ける。その手首に、瞳を模した紫色の魔核を持つ魔導器が光っている。
 
「“雷雲よ 我が刃と為りて敵を貫け”」
 
 結界魔導器の上空で、紫の稲妻が迸る。それは雷鳴を響かせる巨大な剣と結晶して―――
 
「『サンダーブレード』」
 
 ―――巨大魔導器の魔核を、一撃の下に粉砕した。力の余波が生み出す破壊を、逆結界の内側に閉じ込めて。
 
 
 



[29760] ☆・『旅立ち』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2011/09/30 16:47
 
 窓の縁に座り、町の喧騒を眺める。馬車に荷物を運び込む人々の姿に、この景色も見納めか、と……ユーリは柄にも無い感傷に耽る。
 
「(帝国がここを放棄する以上、しゃーないか)」
 
 彼らは結果的にエアルの異常発生こそ止められたものの、町の結界魔導器(シルトブラスティア)は使えなくなってしまった。
 
 結界の無い無防備な町に人を住まわせる事は出来ないと、帝国はシゾンタニアを放棄する決定を下した。
 
「ワンッ!」
 
 ラピードが忙しなく部屋の中を駆け回る。その口に、ナイレン愛用の煙管が咥えられていた。どうも、隊長室に置きっぱなしになっていた物を失敬して来たらしい。
 
 不意に、部屋のドアを叩く音がした。
 
「もー、遅れるなって何度言えばっ……あんた、その格好!」
 
 返事を待たずに顔を覗かせたヒスカが、固まる。
 
「………悪ぃな。最後まで面倒かけちまって」
 
 別れの時が、近づいていた。
 
 
 
 
「……相変わらず、せっかちな野郎だな」
 
 薬品の匂いが鼻につく病室の中に、色とりどりの花が飾られている。
 
「そりゃどーも」
 
 花瓶の数が足りずに、バケツだの酒瓶だのに差されているくらい、たくさんの花。
 
「“隊長”は、相変わらずってわけにゃいかないか」
 
 それら全てが、ベッドに横たわる………ナイレン・フェドロックに見舞われた花だった。
 
「まーな、こんな病室じゃ煙管一つ持ち込めやしねぇ」
 
 ベッド横の台の上にあった茶を一口すすり、ナイレンはもう一度ユーリを見る。
 
 黒の上下の袖を捲り、胸元を大きく開いた、これでもかと言うほどラフな服装。
 
 とても部隊の隊長に呼び出された騎士の格好ではない。
 
「俺の足は、治癒術でも完全には治せない。もうすぐ騎士じゃいられなくなるな」
 
 ナイレンはギブスで固めて吊された自身の右足を見た。戦えなくなった騎士は、騎士団には必要ない。上から正式に除名を言い渡されるのは既定事項だった。
 
「だからこれが、隊長として俺がしてやれる最後の仕事だ」
 
 上半身だけを起こして、ナイレンは真っ直ぐにユーリを指差した。
 
「お前、クビ」
 
 決して長くはない、どこか穏やかな静寂を経てから、ナイレンは続ける。
 
「上官の命令は聞かねえ。自分の判断で勝手に行動する。目先の感情に囚われ過ぎる。……お前みたいのは、騎士団にゃ置いておけん」
 
 崩れ落ちる遺跡の中、エアルに満ちたあの絶望的な空間で……ユーリは逃げなかった。
 
 受け取った魔導器の力を借りて、ナイレンとシャスティルの二人を背負って走り、救けだしたのだ。信じがたい事に。
 
 しかしその行為は、高確立で無事に逃げ切れたはずのヒスカやリタ、ユーリ自身の危険を少なからず孕んでいた。………無謀と、言い換えてもいい。
 
 良い悪いの問題ではない。だが、少なくともユーリの理念は騎士団では通じない。
 
「ああ、わかってる……」
 
 騎士団向きではなかった。とっくに解っていた事を受け入れて、ユーリはわざとらしく肩を竦める。
 
 それを見て、ナイレンも笑った。
 
「下町からこの町に来ただけでも、ずいぶん色々考えさせられただろ。世界は広いぞ?」
 
「ああ。だから、ちょっと見て来ようと思ってる」
 
 窓の外に目を向ける。結界に阻まれる事の無い空が、どこまでも遠くまで広がっていた。
 
「これ、ホントにもらっていいのか?」
 
「ああ、俺にはもう必要ねーもんだからな」
 
 ユーリの左手には、あの時ナイレンに渡された魔導器が今も巻かれている。返さなくていいと、生き残ったナイレン自らが言ったからだ。
 
「ラピードに取られた煙管はどーする? 取り返して来ようか」
 
「犬が咥えた煙管なんていらねーよ。それより、ラピードの事 頼んだぞ」
 
 意地の悪そうな顔で問い掛けたユーリに、ナイレンは渋い顔で返した。
 
 そこで他愛ない会話は途切れ、寂寥にも似た空白が……別れの時を告げる。
 
「枠の中で生きられないなら、外に出てみろ。そうすりゃ、いつか自分の本当にやりたい事も見つかるはずだ」
 
「先の事なんてわかんねーけどさ。……とりあえず、行ってくるわ」
 
 後ろ手に手を振り、ユーリ・ローウェルは歩きだす。騎士にあってただ一人尊敬した男に、今はまだ頼りない背中を向けて。
 
「…………………いいねぇ、未来に燃える若者ってのは」
 
 長い、長い沈黙を経て、ナイレンの隣のベッドの、カーテンが揺れる。
 
「……悪かったですね。俺のとばっちりで歩けなくさせちまったみたいで」
 
「構やしねーよ。お前さんがいなきゃ、足なんかより大事なもんを山ほど失くすところだった」
 
 姿も見せずに掛けられた声に、ナイレンもそちらを向く事なく応える。
 
「何しに来た? まさか男の見舞いに来たわけじゃねーだろ」
 
「いえいえ、死体も見つかってないのにちゃーんと死亡扱いにしといてくれたお礼に伺っただけですよ」
 
 上にしか見せる事のない報告書の中身をなぜ知っているのか。訊いてもはぐらかされそうなので敢えて訊きはしないが。
 
「上にチクらねーってのが協力の条件だったからな」
 
「それはそうと………病院の食事って質素よねぇ」
 
 間髪入れず、ナイレンの松葉杖がカーテンを薙いだ。隠れ場所の無くなったそこには、既に人影すらなく、代わりに中身を綺麗に平らげられた食器が寂しくシーツの上に佇んでいる。
 
「………胡散臭ぇ」
 
 真っ白な茶碗に橋を架けた様に、新品の煙管が眩しく光っていた。
 
 
 
 
「お前、今までどこに隠れてたんだよ」
 
 二度と踏む事の無いシゾンタニアの路面を歩くユーリ、ラピード、そしてリタ。
 
「帝都から来た金髪眼鏡いるでしょ。あたし、あいつ嫌いなの」
 
「そういや、遺跡の後始末に行くとかで今はいないんだっけ? あのガリスタって奴」
 
「あーもー! あたしだってまだまだ調べたい事あったのに!」
 
 フェドロック隊の騎士たち。これから町を旅立とうとする人々。いつか魔物から助けた女の子。すれ違う多くの人が、一足先に旅立つユーリに手を振る。
 
 その終着点。町の出口である城門の前に。見知った顔が二つあった。
 
「あれ、フレンとヒス……いやデカいな、シャスティルか」
 
「あんた……セクハラよ、それ」
 
 ユーリの発言に、横のリタが限りなく白い目を向ける。かくいうリタも、他に見分け方が解らないのだが。
 
 そうこうしている内に、二人と一匹は城門へと辿り着いた。
 
「見送りご苦労」
 
「……はぁ、まったく君は」
 
 フレンならともかく、シャスティルにも最後までふざけた態度を貫くユーリに、フレンは額を押さえた。
 
 当のシャスティルは、フレンほど気にしていない。もう慣れてしまったのか、小さく苦笑を浮かべるだけだ。
 
「残念ながら、こういう性格だからクビになったもんでね」
 
「そんな事は解ってる。だから僕は、最初から君が騎士なんておかしいと言ったんだ」
 
「はいはい、喧嘩しない!」
 
 いつもの調子で口論が始まりそうになったので、シャスティルが間に入って止める。
 
 まったく、最後くらいきちんと挨拶できないのか、この二人は。
 
「でも、どうするの? 騎士団を辞めて、行く宛でもあるの?」
 
 ユーリの行く末が気になっているのは、何もフレンだけではない。シャスティルにとっても、ユーリは初めての後輩なのだ。
 
「宛はねーけど、とりあえずコイツ送ってくよ。あの山小屋壊した責任、俺にもちょっとだけあっからさ」
 
 シャスティルの質問に応えながら、ユーリはリタの頭をポンポンと叩いた。その下で、リタの足がユーリの足をげしげしと踏んでいた。
 
「リタちゃんも、それでいいの?」
 
「ただで用心棒やらせてるとでも思っとくわよ。それに……気になる事もあるし」
 
「な、何だよ……」
 
 ジロリと、リタの視線がユーリを刺した。殺気でも怒気でもないが、何となく背筋の寒くなる視線だ。
 
「宛の無い流れ旅か……。そっちの方が君らしいよ」
 
 フレンのその言葉に、皮肉の色はなかった。不思議と、自然に口にする事が出来た。
 
「まーな。俺には、お前の真似はできそうにねーし」
 
 ユーリもまた、本心からそう言った。酷く分かりづらい、彼なりの賛辞を。
 
「じゃあな」
 
「ああ」
 
 すれ違い様に、それだけ。それだけの言葉を交わして、二人は二度と振り返る事は無い。
 
「(何だかんだ言って、やっぱり友達なんだ……)」
 
 いつも喧嘩ばかりしていたユーリとフレン。だが、言葉にしなくても互いをどこかで認め合っている。
 
 そんな二人の姿に、シャスティルは僅か目を細めた。
 
 
 
 
「………………」
 
 町の喧嘩を遥か下方に聞きながら、ヒスカは遠く旅の空を見つめていた。
 
 彼女の役割は町の警戒。住民が全て引き払うまで、結界の無い町に魔物は一匹たりとも近寄らせられない。
 
 だが……それだけではない。
 
「良かったの? ちゃんと挨拶しなくて」
 
 どこか寂しげな背中に、穏やかな声が掛けられる。その声が双子の姉のものと気付いて、しかしヒスカは振り返らない。
 
「……いいの。いま会ったら、カッコ悪いとこ見せちゃいそうだから」
 
 声が、少しだけ震えていた。
 
「きっとまた会えるよ。ユーリって、やる事ハデだから」
 
「わかってる」
 
 後ろから、シャスティルがヒスカの頭を撫でる。背丈が同じなせいで、腕を高く上げる無理な体勢だ。
 
「また会える………」
 
 その時、また今までみたいに怒鳴り付けてやる。そのために、今は会わない。今は……会えない。
 
「…っ………」
 
 ヒスカは決して振り返らない。その行為の意味するものを、ただ空だけが知っている。
 
 
 
 
 ―――青年は旅立つ。心の内に己が抱く形の無い炎。それが何かを知る為に。
 
 
 



[29760] 1・『エステリーゼ』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:ef78e215
Date: 2011/10/01 14:56
 
「ふぅ………」
 
 人魔戦争終結の十周年記念式典。騎士団長アレクセイによる長い演説も終わり、会場は賑やかな立食パーティーへと移り変わっていた。
 
 黙って立っているより遥かに居心地が悪い……などと思っていたのは最初だけ。あまりに場違いな新米騎士に絡んで来る隊長も何人かいたが、そんな苦行もすぐに終わった。
 
 評議員に騎士団隊長、有力貴族。国の有力者の多くが一同に会する機会など滅多に無い。皆それぞれ、有力者に自分を印象づけようと必死なのだ。
 
 無論、フレンはそれに参加しない。身の程知らずに駆けずり回ってもナイレンの心象を悪くするだけ、それに……ナイレンがここにいてもそんな真似はしないだろう。
 
「…………………」
 
 自分はこんな所で何をしているのか。そう思いながら、フレンはちびりとジュースを飲んだ。
 
 もう何度目か、騎士団長アレクセイの言葉を思い返す。
 
『シゾンタニアは、異常発生したエアルによって今の状態になっていると考えられる。ならば、闇雲にただ数を増やしたところで徒に犠牲者を増やすだけだ。高濃度のエアルは、人間や魔導器(ブラスティア)にも有害だからな』
 
 報告書に目を通しただけで、アレクセイはシゾンタニアの現状と元凶を確信していた。
 
『だから、根本的なエアルの問題を解決できる魔導士を向かわせるのだ。焦る気持ちも解るが、冷静な判断力を失えば救える者も救えなくなるぞ』
 
 その確信が正しいのかどうか、フレンには判断がつかない。
 
 解っている事は、アレクセイにもアレクセイなりの考えがあって指示を出しているという事。
 
「(騎士団長、アレクセイか………)」
 
 帝都にいる魔導士を招集して、出発するのは明日の日の出と共に、だ。
 
 視界の悪い夜中に結界の外を強行するのは、熟練の騎士でも危険を伴う。まして援軍は戦闘が本職ではない魔導器研究員。朝まで待つのは当然だった。
 
 その間する事の無かったフレンは、こうしてナイレンの代行など任されているのである。
 
『フレン・シーフォ? ファイナスの息子か?』
 
 ………彼個人としては、不本意なきっかけによって。
 
「(………いつまで居ればいいんだろう)」
 
 完全に蚊帳の外。テラスの手摺りに寄り掛かって、フレンは他人事としてパーティーの様子を眺めている。
 
 シゾンタニアから援軍を求めて、ほとんど休み無しでここまで来たのだ。明日の朝が出発というなら、とにかく早く休みたい。
 
 しかし、下町育ちがフレンはこんなパーティーに出席するのは初めての事。どのタイミングで抜け出せばいいか判らず、出口付近の人の様子を覗いていると………
 
「そんな所で、何をしてるんです?」
 
「っ……え!?」
 
 不意に、声を掛けられた。もう自分が話し掛けられる事はないと思っていたフレンは、完全に虚を突かれて間抜けな返事をしてしまう。
 
「えっと、その、何か……?」
 
 必死に照り繕い……切れずに、声の主に目を向ければ、綺麗な少女が立っていた。
 
「(………誰だ?)」
 
 綺麗に肩で揃えられた桜色の髪。エメラルドのような翠の瞳。いかにも高級そうな水色のドレス。
 
 どこかの貴族令嬢だろうと一目で察しはついたが、それ以上の事は解らない。
 
「(ナイレン隊長の知人? 僕があの位置に立ってたから? 名前を知らないってまずいんじゃ……)」
 
 フレンの頭の中で、形にならない思考が浮かんでは消えていく。実際の行動としては、酷く狼狽した表情を消し切れずに棒立ちになっているだけだ。
 
「いえ、一人で寂しそうにしていましたから。お邪魔だったです?」
 
「え? いえ、とんでもありません!」
 
 そんなフレンの内心など露知らず、少女は小さく小首など傾げている。全く他意は無さそうだ。
 
「わたし、エステリーゼって言います。ナイレン……フェドロック隊長です?」
 
「い、いえ僕……私は、代理のフレンという者です!」
 
 隊長の格好ではないと判らなかったのだろうか、エステリーゼと名乗った少女は、「失礼しました、フレンさん」と礼儀正しく頭を下げた。
 
 騎士ならともかく、貴族令嬢がフレンに因縁をつけてくるとは思えない。本当に、『一人で寂しそうにしてたから』話し掛けてきたのだろうが、フレンからすれば正直……小さな親切大きなお世話である。
 
 何を喋ればいいのか、全く解らない。
 
「代理という事は、ナイレン隊長に何か?」
 
「いえ、それは……ッ!」
 
 フレン自身、なぜ自分が咄嗟に動けたのか判らなかった。とにかく、嫌な寒気が背筋に走ったのだ。
 
「(まずい……!)」
 
 何を考える暇も無かった。条件反射でエステリーゼの手を引き―――
 
「………え?」
 
 彼女が呆けた声を上げてフレンの腕に収まる頃には、鉄の矢がガッ! と硬い音を立てて窓際の壁に突き刺さっている。
 
「っ、全員ふせろぉ!!」
 
 言葉遣いなど考えている場合ではない。フレンが叫ぶより一拍遅れて、次々と窓ガラスの割れる音が聞こえる。
 
 ―――途端、黒い煙が会場を埋めた。
 
「(煙幕弾……!?)」
 
 何をされたのか理解して、次に何が狙いかを考える。阻止する為に。
 
 会場の中の誰か……いや、こんなパーティーを狙う以上、全員か。
 
「っ窓を割ります!」
 
「うわっ!」
 
 フレンが何かするより先に、腕の中のエステリーゼがフレンを突き飛ばすように離れた。同時に、床に転がっていた果物ナイフを拾い上げる。
 
「(何を…っ!?)」
 
 突然目の前に迫る果物ナイフに、フレンは素早く頭を下げる。頭上を、何かが吹きすぎた。
 
「『スターストローク』!」
 
 顔を上げたフレンの目に映ったのは、壁を真横に走る衝撃波が、広い会場の窓ガラスを一直線にたたき割る光景だった。
 
 開放された空間から、黒煙が流れ出る。
 
「卑怯者、堂々と姿を現しなさい! このエステリーゼ・シデス・ヒュラッセインが相手になります!」
 
 果物ナイフを片手に、威風堂々と名乗りを上げるエステリーゼ。それに応えてか、或いは別の理由からか―――
 
「どけぇ!!」
 
 煙幕の中から、二つの影が飛び出し、エステリーゼに襲い掛かった。
 
 男の腕に仕込んだ湾曲した刃と、エステリーゼのナイフは………
 
「無茶し過ぎです!」
 
 ぶつかる事は無かった。フレンの振り回した椅子が、乾いた破砕音を立てて男を殴り飛ばす。
 
 しかし―――
 
「っ!」
 
 煙幕から飛び出したもう一人の刃が、フレンに向けて振るわれた。フレンの首に、浅く一筋の傷が入る。
 
「(あと少し、反応が遅れていたら……)」
 
 肝を冷やしながら、フレンは男に殴り掛かる。だが、屈強なギルドの男でも一発で静めるフレンの拳が……当たらない。
 
 幾度となく空を切り、軽くいなされ、反撃の刃がフレンを襲う。
 
「(こいつ、強い!)」
 
 眼前の空気を裂く斬撃に、フレンは認識を改める。剣も持たずに勝てる相手ではない。
 
 ―――そう、思った直後だった。
 
(ドガッ!!)
 
「え?」
 
 苦し紛れに近かったフレンの蹴りを顔面に受けて、男はあっさりと吹っ飛ばされた。
 
 手摺りに勢いよく叩きつけられた男は、そのまま勢い余ってテラスから落下してしまった。
 
「………………」
 
 一秒。
 
「……………あ」
 
 二秒いっぱい硬直してから、気付いた。まんまと逃げられた、という事に。
 
「中は……!」
 
 しかし、まさか追い掛けるわけにもいかない。これだけ大それた犯行がたった三人で行われたはずがない。
 
 煙の晴れた会場に向かおうとしたフレンは……思わず足を止めた。
 
「皆、怪我は無いか?」
 
 十人近くはいるだろうか、フード付きの黒いコートを着た、赤いゴーグルの男たち。まさしくフレンがさっきまで戦っていた相手と同じ出で立ちの不審者らが、一人残らず倒れていた。
 
 それらを見下ろして毅然と立つのは、式典用の装飾剣を片手に握るアレクセイ。
 
「(たった一人で、こんなに早く……)」
 
 それも、あの煙幕の中で、会場にいた誰も傷つけさせずに、である。
 
 肩書きだけではない。名実ともに帝国一を名乗るに相応しい騎士がそこにいた。
 
「よくやったな、フレン」
 
 剣を鞘に納めて、アレクセイはフレンの方に振り返った。騎士団の隊長や評議員の人間が揃ったこの状況で、真っ先にフレンに声を掛けた。
 
「いえ、私は何も……」
 
「君の掛け声で皆が伏せていなければ、こう上手くはいかなかったさ。何より……姫さまを守ってくれた」
 
 アレクセイの目が、フレンの後ろに向けられる。それに合わせて、フレンも振り返る。
 
 ………今、なんと言った?
 
「遠縁ですけど、一応そういう事になってます。改めてはじめまして、フレン」
 
 花が咲く様に、エステリーゼは笑った。
 
 
 
 
 ―――今から、二週間前の話だった。
 
 
 



[29760] 2・『帝都の下町』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2011/10/03 18:42
 
 帝国の首都・ザーフィアス。華やかな貴族の都であると同時に、民が重税に苦しむ過酷な町。
 
 住民の身分区別、階級化が厳格に行われ、その住居区画は貴族街、市民街・下町の三層に分かれ、身分の高い者ほど街の高い所に住む権利が与えられる。
 
 身分間の交流も少なく、罪にこそ問われないが、下町の人間は貴族街に入る事さえ疎まれる。
 
 今の帝国の在り様を体現したかのような街。その下町でユーリやフレンは育った。
 
 そして今、シゾンタニアを旅立ったユーリは、またこの故郷に足を踏み入れていた。一人の天才魔導士と、一匹の仔犬を伴って。
 
「何か久しぶりな感じがすんなー」
 
 無論、騎士団を辞めて故郷に帰って来たわけではない。辺境のシゾンタニアからは、ここが一番近いというだけだ。要するに、旅の途中に一泊しに寄っているだけである。
 
「やっと着いたー」
 
 魔物と戦い、野宿を経ての徒歩の旅に一時の安らぎを見て、リタが「んーっ」と伸びをする。野宿での寝ずの番はユーリがしていたとはいえ、まだ小さなリタには少々つらかったのかも知れない。
 
「ワンッ、ワン!」
 
 ラピードはユーリの周りを忙しく駆けている。まだ小さいのに元気なものだ。
 
「……………………」
 
「どうした、帝都は初めてか?」
 
 キョロキョロと下町の光景を眺めているリタに、ユーリは声を掛けた。対するリタの顔には、ややの困惑が浮かんでいる。
 
「二回来たわよ。博士号の試験を受けに来た時と、シゾンタニアに向かう途中に寄った時に。……でも、全然イメージが違う」
 
「お前が前に来たのは貴族街とか市民街の方なんだろうな。ここは下町、一番貧乏なトコだよ」
 
 リタの感想に自重めいた返事で応えながら、ユーリはあちこちに手を振っている。
 
 「ユーリが帰って来た!」、「何でこんなに早く?」、「おー、ユーリ!」、「誰、あの子?」などなど。すれ違う皆がユーリの帰郷に目を声を向けている。
 
 まるで、下町の誰もがユーリを知っているかのような反応だ。
 
「………あんた、もしかして有名人?」
 
「俺が特別ってわけじゃねーよ。こういう町だからな、皆して支え合わないと生きてけないってだけだ」
 
 二人は他愛ない話を続けながら夕暮れ時の下町を歩く。
 
 その時、通り過ぎた二人は気付かなかった。
 
「…………わふ?」
 
 下町の生活を支える水道魔導器(アクエ・ブラスティア)。その中心に、あるはずの魔核(コア)が無いという事に。
 
 
 
 
「泊めてくれそうな場所、知ってっから」
 
 ユーリのその言葉に、リタは大人しく川沿いに町の外れまでついて来て………
 
「ちょっと待ってろ」
 
 という一言を受けて、『箒星』と書かれた酒場に入っていくユーリを見送って………一秒、二秒、三秒―――
 
「こんの腐れニートがぁぁぁーーーー!!!」
 
「ぐはぁぁ!?」
 
 跳ね返る様にユーリが吹っ飛んで来た。酒場の扉ごと、芸術的なスピンを描いて。
 
「せっかく入れた騎士団を1ヶ月で辞めてくるってのはどういう事じゃあ!? 何か言い訳あるなら言ってみぃ!」
 
 酒場から出て来た一人の老人が、路面に転がったユーリを見下ろして腕を組む。
 
 リタは展開について行けない。
 
「いきなり何すんだよ!? ハンクス爺さん!」
 
「やかましい! 儂が先行する事で女将のゴールデンフィンガーから守ってやったんじゃ、感謝せい!」
 
 上半身を起こしたユーリと、ハンクスと呼ばれた老人が、何やら喧しく言い争いを始める。
 
 耳を引っ張られて酒場に連れて行かれるユーリに、リタはなんとなくついて行った。
 
「(何これ)」
 
 喧嘩をしているはずなのに、どこか空気が軽くて楽しげで……リタには、こんな経験は無い。
 
 とりあえず、『馬鹿っぽい……』とは思う。
 
「じゃ何か? 騎士団やめてまた用心棒気取りか? この生産性の無いごくつぶしが!」
 
「だから軽く寄り道してるだけだっつってんだろが! 心配しなくてもすぐ出てってやるよ!」
 
 完全に酒場の肴と化しているユーリ。リタは仕方なく、他人のフリをして空いているカウンター席に座った。
 
「(って言うか、いくら何でも情報が早過ぎるような気がするんだけど)」
 
 ユーリは下町に戻って来てから、一直線にこの『箒星』に向かった。シゾンタニアにいるはずのユーリが私服でここにいるのは確かに妙ではあるが、ハンクスの対応は少し思い切り過ぎではないだろうか。
 
「あなたがリタちゃんね?」
 
「へ?」
 
 などと考えていたら、カウンター越しにユーリの喧嘩を眺めていた女将が、リタの前にりんごジュースを置いてきた。
 
 もうこれは、明らかに何かがおかしい。
 
「……何であたしの名前、知ってるの?」
 
 リタが女将に問うのと―――
 
「つーか、何で俺が騎士団やめたの知ってんだよ!」
 
 ユーリがハンクスに怒鳴ったのは、ほぼ同時だった。
 
「「あちらのロバートさんから、シゾンタニアでの顛末を聞いてたの(んじゃ)」」
 
 女将とハンクスの指差す先を追って、ユーリとリタの視線が店の隅のテーブルに向く。
 
 そこに……あり得ないほど高く積まれた、空の食器の山があった。
 
「……ロバート?」
 
 聞き覚えの無い名前だ。そう思う間に、食器の向こうから一人の男が姿を現す。
 
 異国情緒あふれる派手な紫の羽織を着て、黒いざんばら髪を後頭で束ねた、いかにも胡散臭い中年。
 
「おっ、さん……」
 
「また会ったわねぇ、若人たちよ」
 
 そう……シゾンタニアの遺跡でユーリ達を逃がす為に死んだと思われていた、レイヴンその人だった。
 
 
 
 
「やっぱ生きてたんだな、レイヴン」
 
 ハンクスや箒星の夫婦らの追求を一先ず振り切り、酒場の隅のテーブルでユーリとレイヴン、ついでにリタが向かい合っている(皿は片付けた)。
 
「レイヴン? 青年が何を言ってるのか知らないけども、俺様はロバートっつーケチな情報屋よ?」
 
「さっき『また会った』って自分で言ったでしょうが!?」
 
「どうどう」
 
 レイヴンの相変わらず人を食った態度に、テーブルに手を突いて身を乗り出すリタ。ユーリはその首根っこを掴んで、再び席に座らせる。
 
「あんまし驚いてなさそーね。ここは『生きててくれたのね!』って涙ながらに感動する場面でしょ」
 
「なんとなくな。それに……隊長が全然心配してなかったからさ」
 
「……後半無視しないでよ〜、突っ込んでくれないと、おっさんイタい人みたいじゃないの」
 
「実際そうでしょ」
 
「酷いお言葉……」
 
 ユーリとリタの極めてドライな対応に、レイヴンはハンカチで目尻を拭う。
 
「……とりあえず、礼は言っとくよ。おかげで俺たち、死なずに済んだからな」
 
「……改めてそんな風に言われると、ちょい気持ち悪いわ」
 
「…………………」
 
 出来るだけさりげなくあの時の礼を告げたユーリを、レイヴンの嫌そうなジト目が突き刺した。
 
 いちいち素直に感謝する気を失くさせるおっさんである。
 
 遺跡に限らず、シゾンタニアでは散々助けられたのだが……どうにも裏があるように思えてならない。ナイレンが握っていた弱みとやらも気になる。
 
 ――しかし、リタにとってはそんな事は二の次である。
 
「あの怪物はどうなったの? おっさんが倒したの?」
 
「んー……どうでしょ? 戦ってたら遺跡が崩れ始めて、気付いたらいなかったからねぇ」
 
「そう…………」
 
 レイヴンの応えに、リタは安堵とも寂寥とも取れる不透明な溜め息をついた。
 
「あの怪物、気になるのか?」
 
「……まぁ、ね。あんなにはっきり声が聞けた事なんて今まで無かったし、それが魔導器じゃなかったわけだから」
 
 脱力してテーブルの上に突っ伏すリタ。魔導器の声が聞こえる。これまで何度か耳にしてきたリタの言葉だが、ユーリには未だにピンと来ない。
 
 しかし、直接訊くのを躊躇わせるような“壁”をリタが張っている……気がする。
 
「興味が出るのは解らなくも無いけどな。俺だって、まだあの化け物と決着つけてねーわけだし」
 
「……何それ、アンタもしかして戦闘狂?」
 
「戦闘狂って言うな。フツーだフツー」
 
「いやぁ、あんなのともっかい戦いたいなんて、十分アブノーマルでしょ。おっさんは二度とゴメンよ」
 
 本人に自覚のないユーリの発言から、会話の焦点がユーリへと移っていく。その尻馬に乗る形でレイヴンも話題ずらしに精を出す。
 
 ………が、
 
「異常なのはあんたらでしょ」
 
 そうは問屋が下ろさない、とばかりにリタが人差し指を突き立てた。レイヴンと、そしてユーリに。
 
「……随分とまた直球ねぇ、天才魔導士少女」
 
「ぐずぐずしてたら、訊く機会なんて無くなっちゃうでしょ」
 
 探り合うような視線を飛ばすリタ。素知らぬ顔で酒を啜るレイヴン。そしてその間で置いてきぼりを食らっているのは、ユーリである。
 
「(……俺も?)」
 
 レイヴンにいくら謎が隠されていようが驚きはしないが、そこに自分が含まれている事は心外だった。隠し事らしい隠し事などしていない。
 
「「………………」」
 
 割れる寸前の風船のような張り詰めた空気。それが―――
 
「なぁ……」
 
「ん?」
 
 唐突に終わった。下からリタの袖を引く、小さな少年の手によって。
 
「お前、魔導士ってホントか?」
 
 見れば、ユーリには馴染み深いこの酒場の一人息子・テッドだ。
 
「お、お前………?」
 
 自分より二回り以上年下の子供にお前呼ばわりされて、リタの表情が見事に引きつった。
 
 チョップ炸裂二秒前で、ユーリが上からその手を掴む。
 
「だったら、下町の水道魔導器なおしてくれよ! 壊れて動かなくなっちゃったんだ!」
 
「「っ!?」」
 
 驚愕に固まる二人の顔に―――
 
「…………………」
 
 レイヴンは人知れず、僅かに口の端を上げた。
 
 
 



[29760] 3・『牢獄の中で』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2011/10/04 16:35
 
 レイヴンと、あまり嬉しくない再会を果たした翌日の事。
 
「どうだ、直りそうか?」
 
「治るも何も、魔核(コア)が無いじゃない。これじゃ手の施し様が無いわ」
 
 下町の中心に位置する水道魔導器(アクエ・ブラスティア)。テッドに頼まれてそれを一目見たリタは、ガックリと肩を落とす。
 
 古代ゲライオス文明の技術の結晶たる魔導器は、現在の技術では生産する事は出来ず、遺跡から発掘された物を利用するしかない。
 
 帝国が管理の名の下に独占している魔導器は、貴族にとってはいくらでも手に入る代物だが、下町の住民にとっては一つ壊れるだけで大事である。
 
 特にこの水道魔導器は、下町の住民すべての生活を支える要だ。
 
「なあテッド、この真ん中に填まってた青い玉、知らないか?」
 
「知らないよ。オレが見た時にはもう無かったもん」
 
 エアルを動力へと変換する魔核が無ければ、魔導器は動かない。しかしこの水道魔導器には、その魔核が無い。
 
 もちろん、初めから無かったわけではない。誰かが筐体(コンテナ)から取り外したのだ。
 
 魔核は一体どこに……。誰もがそう思った時だった。
 
「おっさん、誰が魔核ぬすんだか知ってるわよ」
 
 ユーリとリタの後ろに、いつの間にかついて来ていたレイヴンが、開口一番そう言った。
 
「ホントか! どこのどいつだよ?」
 
「今の俺様、ケチな情報屋のロバートだからねぇ。タダってわけにはいかないわよねぇ?」
 
 真っ先に詰め寄るユーリに、レイヴンは両手を後ろ頭で組んで明後日の方を向きつつ、チラ見してくる。
 
 かなりイラッと来る仕草である。
 
「ったく……解ったよ。昨日おっさんが食ってた飯代なら俺が持つから、早く魔核ドロボウの居場所おしえてくれ」
 
「話が解るわねぇ、ジャック」
 
「誰がジャックだ」
 
 軽くスキップしながら先を行くレイヴンの後ろを、ユーリは財布の中身を確かめながらついて行く。
 
 ……まだまともに旅も始まっていないのに、いきなり財政難に陥りそうだった。
 
 
 
 
 帝都の貴族街へと続く城門。その付近の茂みに身を隠すユーリ、そしてリタ。
 
「お前は箒星で待ってて良かったんだぞ」
 
「あの子、ほっとけないでしょ。あんただけに任せてらんないの」
 
 あの子……と言われて、それが水道魔導器の事だと遅れて気付く。相変わらず、魔導器が関わると眼の色が変わる。
 
「(さて、どうするか………)」
 
 二人が何故こんな場所に潜んでいるのか、それはレイヴンの情報が原因だった。
 
『デデッキ?』
 
『魔導士に成り済まして一般人を騙す、いわゆる詐欺師って奴さ。偽物ばっかじゃすぐバレちまうから、たまにこうやって余所から本物の魔導器を盗む………らしいわよ』
 
 そのデデッキが、今は下町の魔核を盗んで貴族街の空き家に隠れている……と言うのが、レイヴンの情報だった。
 
「(胡散臭いのは間違いねーけど、あんなでも一度は本気で助けてくれたんだよな……)」
 
 かくて二人はラピードを箒星に預け、こうして貴族街に乗り込みにやって来た。
 
「って言うか、何で街の真ん中に門兵なんかいるのよ」
 
「あそこから先は貴族街。“こっち側”は守る必要なしって事だよ」
 
 当然と言えば当然なリタの疑問に、ユーリはここにはいない誰かに向けて皮肉を零す。
 
 かつて結界が不調を起こして魔物の群れが押し寄せて来た時も、あの城門によって“貴族だけが”守られた。
 
 その時、唯一下町を見捨てずに兵を率いて戦ったのが、フレンの父、ファイナス・シーフォ。ただし……それが彼の最期の戦いとなった。
 
「……やっぱり、帝都は大変みたいね」
 
「ま、今はグチ零してても仕方ねーさ。とりあえず、あの見張り何とかしねーと」
 
 妙に暗くなった空気を晴らす様に、ユーリは明るく笑いながら石ころを拾い上げる。
 
 貴族街に入る事自体は犯罪ではないが、それでも叩きだされる事がほとんどだ。
 
「よっ!」
 
 茂みに隠れたまま、ユーリは勢いよく石ころを投擲した。それは鋭く風を切り、吸い込まれる様に門兵の頭に飛んで……直撃する。
 
「ぐあっ!?」
 
「お、おい……どうしがッ!?」
 
 さらにもう一投。やられた相方に駆け寄った騎士も昏倒させた。
 
「ストライクッ」
 
「あんた……騎士相手に無茶するわね。まあ、いいけど」
 
 邪魔者の排除に成功した二人は、堂々と茂みから出る。哀れな騎士に一瞥だけくれて、やや小走りに貴族街へと入って行く。
 
 こうなった以上、さっさと用事を済ませて帰るに限る。
 
「確か、貴族街に入ってすぐ左……だったよな」
 
 幸いにも、デデッキとやらの潜む屋敷は城門のすぐ傍にあるらしい。道の両脇に花を咲かせた道を走り、馬車の置いてある庭を抜けて、二人は拍子抜けするくらいあっさりとデデッキの屋敷に辿り着いた。
 
「鍵、空いてる?」
 
「空いてなくても、魔術でぶっ飛ばすのは勘弁してくれよ。流石に目立ち過ぎるからな」
 
「あのね……やるわけないでしょが」
 
 軽口を交わしながら、どうせ閉まっているだろう扉のドアノブを回すと―――
 
「お?」
 
 予想に反して、いとも簡単に扉は開いた。外装に似合わぬ殺風景な豪邸が顔を覗かせる。
 
 空き家という事を考えれば、別段おかしくはないようにも思えるが………デデッキが住んでいると言うなら、もう少しゴミとかがあっても良さそうなものだ。
 
「…………………」
 
 部屋の中央へと進みながら、ユーリは足下を注意深く観察する。薄く積もった埃の上に乱雑に広がる、幾多の足跡。
 
「こりゃ、ハメられたかな」
 
「………みたいね」
 
 リタも気付いた。時すでに遅し、という事に。
 
「その通りだよ」
 
 自分に酔ったような声が、たった今ユーリ達の通って来た方から聞こえた。
 
 それに合わせて、開く。屋敷中の扉が、窓が、中から飛び出てきた紫色の騎士達によって。
 
「揺らめくほみゅ!?」
 
「やめとけって」
 
 完全に包囲され、早速詠唱を始めたリタの口をユーリが塞いだ。
 
「お前……キュモールだっけ」
 
「空巣ドロボウに呼び捨てにされる筋合いはないな」
 
 振り返ればそこに、この隊の隊長と思われる男が立っていた。蛍光気味の青い長髪をオールバックにし、紫色の鎧と、胸元をハートマークに開いたピンクの軍服を着た男。他にも所々に悪趣味な化粧や装飾が目立つ。
 
 騎士団隊長のキュモールだ。
 
「あのロバートって情報屋には感謝しなくちゃね。これで、堂々と君を騎士団から追い出せる」
 
 もう辞めてるっつーの。とは口に出さず、ユーリはキュモールの言葉の前半を反芻する。
 
 情報屋の、ロバート。
 
「(あのくそオヤジ……!)」
 
 得意気にほくそ笑む胡散臭い笑顔に、ユーリは心の中で右ストレートを叩き込んだ。
 
 
 
 
「あのおっさん、次に会ったら顔見た瞬間に焼いてやる………!」
 
 じめじめとカビ臭い牢獄の中で、自称天才魔導士が唸り声を上げていた。その燃え盛る怒りは、彼女を罠に掛けた胡散臭いおっさんに向けられている。
 
 あの屋敷に誘導したのもレイヴン。騎士団を呼んだのもレイヴン。そしてユーリとリタに濡れ衣を被せたのもレイヴン。確実にナメている。
 
「つーか、何が狙いなんだかサッパリ解んねー。俺たちみたいのを牢にぶちこんで、あのおっさんに何の得があるってんだ」
 
「………あんた、起きたんだ」
 
 リタが振り返れば、あの後リタの分までキュモール隊の騎士にタコ殴りにされて、この牢にリタ共々ほうり込まれたユーリが目を覚ましていた。
 
「……ユーリもユーリよ。あんな連中、あんたなら簡単にやっつけられたでしょ。あたしの邪魔までして」
 
「不法侵入くらいなら、十日も大人しくしてりゃ出られるって。無駄に騒ぎを大きくすんな」
 
「そりゃ、あんたはそれでいいかも知れないけど………」
 
 比較的まともな対応をしたつもりなユーリだったが、リタの態度に少し違和感を覚える。
 
 何か、焦りのようなものを感じる。
 
「そういえば、“元”帝国の研究員なんだっけ。何か、まずかったか?」
 
「なっ、何であんたがそれを……!?」
 
「最初に会った時、お前が言ったんだろ。『自分は“もう”帝国の研究員じゃない』ってさ」
 
「…………………」
 
 相変わらず、どうでもいい事をよく憶えている奴だ、とリタは頭を抱えた。
 
 抱えて……色々と観念した。鉄格子にかじりつくのをやめて、ユーリの近くの壁際に膝を抱いて座り込む。
 
「………あたしは、学術都市アスピオの魔導士だった」
 
 ポツリ、ポツリと、リタは自分の過去を語りだす。
 
「魔導士は魔導器を管理、研究し、過去と未来を繋ぐ者。……だけど、実際はその知識を帝国に利用されるだけの存在よ」
 
 自分もその一人だった事に、リタは自嘲気味な笑みを零す。
 
「数ヶ月前、あたしは研究の補佐を依頼された。相手は帝国魔導研究所のトップである宮廷魔導士……あんたも知ってる、あのガリスタって奴よ」
 
「ああ、あの眼鏡ね……」
 
 ふと、ユーリは思い出す。誰が相手でも物怖じしないリタが、シゾンタニアでガリスタだけは避けていた事を。
 
「そこであいつ、無茶苦茶な術式の使い方してて、あたしより進んでるのに、魔導器に対する愛情の欠片もなくて………」
 
 膝に頭を埋めて、リタはそこで黙る。何となくオチが読めたので、ユーリも敢えて追及はしない。
 
 まず間違いなく、火の玉一発ドカンだろう。
 
 少しの沈黙で区切りをつけ、リタはまた語りだす。
 
「あたしはアスピオを出た。あの場所にいる限り、あたしの魔導学はこれ以上先に進めないって思ったから」
 
「……で、研究対象を探してシゾンタニアに辿り着いた、か」
 
 こくりと、ユーリの方を向かずにリタは首肯する。
 
「(なるほどね)」
 
 このままリタの存在が研究所の方に知れれば、また強制的に研究をさせられるかも知れない。彼女はそれを恐れているのだろう。
 
 となると、このままただ待つのもまずい。こういう事情なら、いっそあの場で暴れていれば良かったとユーリは後悔する。
 
「さてと、どうやって抜け出すか」
 
 武器も魔導器も取り上げられて、周りは石壁と鉄格子。どうしたものかと頭を捻っていると―――
 
「お困りみたいねぇ、若人たちよ☆」
 
 いま一番殴りたい顔が、鉄格子の向こうから笑いかけて来た。
 
 ―――その指先に、古びた鍵の束をぶら下げて。
 
 
 



[29760] 4・『脱獄』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2011/10/06 16:53
 
 薄暗い地下牢の中、鉄格子越しに二人とレイヴンが向かい合う。
 
「あれ、俺さま歓迎されてない?」
 
「……まさか本気で歓迎されるなんて思ってたわけじゃないでしょうね」
 
 いけしゃあしゃあと言い放つレイヴンを、リタが怒りを滲ませて睨む。もし手元に魔導器(ブラスティア)があったなら、間違いなくファイアボールをお見舞いしている所である。
 
「あらら、そんな事言っちゃっていいのかしら?」
 
 リタの威圧をまるで意に介さずに、レイヴンは意地悪く笑った。その指先で、輪に付けた鍵の束が小気味の良い金属音を奏でている。
 
 ここは、帝都王城の罪人を捕らえておく為にある場所だ。
 
 常識で考えれば来る事など出来るはずの無いこの場所に、レイヴンは何食わぬ顔で現れた。
 
 しかも……おそらくは牢屋の鍵すら手に入れている。ユーリとリタが今一つ強気に出られない原因がこれだ。
 
「どうしよっかなー。おっさん、こんなカギ要らないしなぁ~」
 
「こ、この卑怯者ぉ……!」
 
 あまりの悔しさに歯軋りするリタ………の、顔の横を、通り過ぎる。
 
(ガシャン)
 
「「………え?」」
 
 それは鉄格子の隙間を抜けて、ユーリの足下に転がった。レイヴンがさっきまで見せびらかしていた鍵束だった。
 
「冗談よ冗談。あんまり怖い顔するもんだから、おっさんちょっと意地悪しちゃった」
 
 今のユーリ達が、喉から手が出るほど欲しい鍵。それをいとも容易く手放したレイヴンに、ユーリとリタは揃って信じられないという顔をする。
 
 当然、次に口にするのは疑心だ。
 
「……この鍵、本当にこの牢の鍵なんだろうな?」
 
「疑り深いわねぇ、せっかく良い物も取り返して来たってのに」
 
 探るような視線を受けて、レイヴンは背中の包みを床に開げて、二人に見せた。
 
 その中身に、リタはすぐさま声を張り上げる。
 
「クリスティーナ!」
 
「……………」
 
 袋の中身は、ユーリの剣、リタの帯や魔導書、そして二人の魔導器。クリスティーナというのは、どうやらリタの魔導器の名前らしい。
 
「早く出なよ。前途ある若者に、湿っぽい牢屋は似合わないからねぇ」
 
「おっさん………」
 
 軽く手を振りながら、レイヴンは二人に背を向け歩き出した。去りゆく背中が、おっさんの癖に妙にカッコいい。
 
「……ったく、なに考えてんだかな」
 
 元はと言えばレイヴンのせいだが、心底恨む気持ちにはなれない。
 
 ―――そんな風にユーリが思った時、リタの声が届いた。
 
「あの……届かないんだけど……」
 
 鉄格子の隙間から必死に伸ばされたリタの手が、クリスティーナに届かない。
 
 つまり、取れない。
 
「ちょっとユーリ! さっさとカギ開けなさいよ!」
 
「ちょっと待てって! つーかおっさん、コレどれが本物だよ!?」
 
 急かされ怒鳴られ、ユーリは慌てて鍵束を拾い上げた。丸い輪に通された鍵の数は一つや二つではない。見えない向こうから、「知~らない♪」という声が聞こえた。
 
「あーもう、魔導器があればこんな牢屋なんか!」
 
「その魔導器を取る為にも牢から出るんだろーが」
 
「わかってるわよ!」
 
 ガチャガチャと次から次に鍵を鍵穴に差し込んで試していくユーリ。。
 
 本来なら慌てず静かにすべき事なのだろうが、どうにも嫌な予感しかしない。
 
「開いた!」
 
 悪戦苦闘の末、何とか解錠に成功する。とりあえず『鍵が偽物』という最悪のケースだけは免れたようだ。
 
 それぞれの武器と魔導器を装着して、ユーリとリタは間髪入れずに走りだす。
 
「あのおっさん、マジで何がしたいのよ!」
 
「さあな、とにかく長居は無用だ!」
 
 走るユーリの視界の隅に、平和ないびきをかきながら転がっている見張りが映った。
 
「(レイヴンがここに忍び込んだんなら、騒ぎになるのは時間の問題か)」
 
 などと、“無駄な”思考を過らせるユーリの足下で………赤い閃光が弾けた。
 
「うわっ!?」
 
「ひゃっ!?」
 
 爆発とも呼べない破裂と共に、赤い魔方陣が靴裏で火花を撒き散らす。
 
「火の術式の、トラップ?」
 
 リタが気付いた時には、もう遅い。その爆発を合図にするかのように、地下牢周辺に幾多の術式が浮かび上がり、炎と共に派手な爆音を城中に響かせた。
 
「何だ今の音は!?」
 
「地下牢の方からだ!」
 
「敵襲! 敵襲ー!」
 
 その爆発に呼ばれて、ワラワラと集まって来る王城の騎士たち。
 
 作為的に外された爆発の煙の中から、ユーリとリタは進み出る。
 
「……おっさんの仕業だよな、これ」
 
「次に会ったら問答無用でぶっ飛ばす。文句ある?」
 
「ねーよ」
 
 逆手に握った剣から、ユーリが鞘をぞんざいに振るい落とす。帯を解いたリタが、軽やかに軌跡を描いて回る。
 
「こ、子供……!?」
 
「お前たちは完全に包囲されている」
 
「大人しく武器を捨てて投降しろ!」
 
 面白みの無いリアクションを重ねる騎士たちに、リタは大きく溜め息を吐いて―――
 
「上等よ……やってやろうじゃないの!」
 
 ―――堂々と、啖呵を切った。
 
 
 
 
「『ファイアボール』!!」
 
 数多の火炎弾が中空を奔り、膨れ弾けて騎士たちを吹き飛ばす。
 
 爆煙の向こうから直撃を免れた騎士の一人が剣を向けて来る。
 
「『ルドルフ』!」
 
 跳躍と共に振り上げられた帯の一撃が、剣と鎧ごとその騎士を殴り飛ばした。
 
 もう何度、こんな攻防を繰り返しただろうか。
 
「(……どこ行ったのかな)」
 
 ユーリはいない。リタを騎士団の食堂に押し込んだ後、派手に大騒ぎしながら多数の騎士を引きつれて逃げて行った。
 
 兵が去った後にユーリと逆側に走ったリタは、数の減った騎士を一掃しつつ……もはや出口付近にまで歩を進めていた。
 
「(………ま、いっか。あいつも騎士だったんだから、城の道くらい詳しいでしょ)」
 
 わざわざ探す理由も無ければ、助けてやる義理も無い。後は自力で何とかするだろう。
 
「…………待てよ」
 
 そのまま城の出口に一歩を踏み出そうとしたリタは、そこでふと思いとどまる。
 
 これだけ派手に大暴れした後、あんな大きな出口から堂々と出るのは流石にまずいのではなかろうか。
 
 裏口なり抜け道なりを探して、そこから逃げた方がいいのではないだろうか。
 
「うん」
 
 それがいい。そうしよう。
 
 無理やり自分を納得させて、リタは今きた道を引き返す。……ロクに道も知らないくせに。
 
 
 
 
 魔核(コア)を触媒にして、剣にエアルを収束させる。集めたエアルは、刻まれた術式によって力へと変換されて―――
 
「『蒼破刃』!」
 
 ユーリの振るった一閃の下、蒼い衝撃波となって騎士たちを吹き飛ばした。
 
「へぇ、これが武醒魔導器(ボーディ・ブラスティア)か」
 
 ナイレンから譲り受けた魔導器に視線をやって、ユーリは満足そうに笑みを深めた。
 
 シゾンタニアからこっち、リタに散々レクチャーを受け、実際に試すのはこれが初めての事だった。
 
 ……と言っても、悠長に試し撃ちなどしている場合ではないが。
 
「待てぇー!」
 
「魔導器を持ってる兵はまだ来ないのか!」
 
「お、お前ユーリ!?」
 
 逃げる為に敵を倒し、敵を倒す度に騒ぎが大きくなる。そして何よりまずいのが………
 
「……ここ、どこだっけ?」
 
 完全に、道に迷ってしまっている事だった。
 
 ユーリは(多分)方向音痴ではないが、そもそも騎士になってすぐにシゾンタニアに赴任したのだ。広いザーフィアス王城の道筋などほとんど覚えていない。
 
 完全に勘だけを頼りにひた走るユーリの前に―――
 
「よし、追い詰めた!」
 
 後ろから追い掛けているのとは別に、新たな騎士が立ちはだかった。
 
 さして広くもない廊下で、見事に挟み撃ちの図式が出来上がる。
 
「突撃ぃーー!!」
 
 一糸乱れぬ突進から、逃げ場の無い槍衾が繰り出された。その穂先を……
 
「邪魔だ!」
 
 ユーリの一閃が、まとめて斬り飛ばす。勢いを止められず突っ込んで来る騎士……その腹を胸を頭を踏み台にして、ユーリは高々と跳躍した。
 
「上から失礼!」
 
「べぶ!?」
 
 さらに、後方で指揮していた小隊長っぽい頭を飛び石にして、中空で逆さのまま振り返った。
 
 逃げ場の少ない狭い廊下。それは相手も同じ事。
 
「『蒼破刃』!!」
 
 先ほどよりも一段と威力を増した衝撃波の一振りが、一方向に誘い出された騎士らを一網打尽にする。
 
 余裕で着地に成功したユーリは、そのまま脇目も振らずに再び走りだす。
 
 向かいの曲がり角を抜けて、その先の階段を上り―――
 
「(って、上いってどーすんだよ)」
 
 ながら、後悔する。とはいえ、元から道など解っていないのだから仕方ないのだが。
 
 さっきの騒ぎでまた人が集まって来るだろう。来た道を引き返す事も出来ない。
 
「(どうする………)」
 
 今はうまく凌げているが、このままではいずれ捕まるのは自明の理。
 
 いっそ何処かの部屋に隠れてやり過ごそうか。そう思って目に入ったドアの一つに手を伸ばして……思いとどまる。
 
 リタの時は囮がいたから上手くいったのだ。ここで下手に室内になど逃げ込めば、今度こそ逃げ場一つない袋のネズミになってしまう。
 
「(来たか)」
 
 窮地の中で研ぎ澄まされた聴覚が、こっちに近づいて来る幾多の足音を拾う。
 
 それも、一方からだけではない。これはまた、挟み撃ちにされるだろう。派手にやり過ぎて、ある程度 場所を特定されてしまったようだ。
 
「………しゃーねぇか」
 
 ―――静かな気迫を敢えて口に出して、ユーリは一歩踏み出した。
 
 
 



[29760] 5・『泥棒さん』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:ef78e215
Date: 2011/10/08 12:36
 
 部隊を引きつれて、隊長の一人が城内を走る。滅多な事では騒ぎなど起きない王都の城の中は今、前代未聞のパニックに陥っていた。
 
 地下牢にいた罪人が脱獄し、捕らえに来た騎士を片端から薙ぎ倒しているようだ。
 
 嘘のような報告を裏付けるように、彼の視界に映るのは仲良くノビている同僚たちの姿である。
 
「(……まずい)」
 
 今の状況も十分まずいが、そんな事はどうでも良くなるほどの恐怖を彼は感じていた。
 
 騎士の絶叫を頼りに、気絶した騎士の姿を辿ると、その先は………
 
「(わわ、私の首が飛ぶ……!)」
 
 既に別の部隊にも命令を出して逆側からも向かわせているが、階段のすぐ傍にまで騎士が転がっているのは非常にまずい。
 
「急げ! 急げー!」
 
 自ら先頭に立って階段を駆け上がり、目を見開いて廊下の先を見る。人影は……ない。
 
 こうなると、無事か最悪かの二つに一つ。
 
「はあっ……はあっ……」
 
 息を切らせながら走り、一つの扉の前で立ち止まる。もし、この中に脱獄犯が逃げ込んでいたら―――
 
「………………」
 
 生唾を飲み込んで、ノックをしようとした。その時―――
 
(ガチャ)
 
「!!?」
 
 扉の方が先に開いた。思わぬ先制に、男の心臓は激しく跳ねた。
 
「あれ? どうかしましたか」
 
 半端に開かれた扉の隙間から、桜色の髪の少女が顔を覗かせた。何を思う間もなく現れた姿に、男は心の底から安堵した。
 
「ご無事でしたか、エステリーゼ様」
 
「城が騒がしいようですけど、何があったんです?」
 
 結果的に脱獄犯の足取りは途絶えてしまったが、こうして彼女が無事なら一先ずはそれでいい。
 
「いえ、姫様の気を煩わせるほどの事ではありません。しかし万一の事があってはなりませんので、姫様は少しの間 部屋から出られませんように」
 
「……そうやってまた、わたしを籠の鳥の様に扱うんですね」
 
 いじけた顔で恨み言を口にしたエステリーゼに応えず、男は黙って恭しく一礼し、静かに扉を閉めた。
 
 憐れに思わなくもないが仕方ない。自分の立場を良く理解してもらわねば。
 
 僅かばかりの安堵を得た男は、再び脱獄犯を探すべく皇女の部屋を後にした。
 
 
 
 
「万一の事、か……」
 
 閉じた扉に背を預けて、エステリーゼは確かめるように遠ざかる足音を聴く。
 
 その口元には、悪戯に成功した子供の様な笑みが浮かんでいた。
 
「今みたいな事を、“万一の事”って言うんでしょうか」
 
「……そーかもな」
 
 誰もいないはずの、誰もいてはいけないはずの自室で、エステリーゼは楽しそうに問い掛け、それに返事がある。
 
 騎士に捕まり、牢に囚われ、脱獄して暴れ回り、追い詰められていた青年……ユーリ・ローウェルが、ここにいた。
 
「何で俺を匿った? 後で叱られても知らねーぞ」
 
 そう、騎士に追い回されて逃げ道を失ったユーリは、寸での所でこの部屋にいたエステリーゼに匿われたのだ。
 
 ただ、その理由が判らない。
 
「だって、あなた泥棒さんですよね?」
 
「……最近の貴族様は泥棒を見境なく庇うのか? 初めて知ったぜ」
 
 妙にキラキラとした瞳で見当外れな確認を取る少女に、ユーリはキレの悪い皮肉で返す。
 
 純真と言うか天然と言うか、とにかくユーリが今まで出会った事の無いタイプのオーラをひしひしと感じる。うっかり否定するのを忘れてしまった。
 
「わたしを盗みに来たんですよね?」
 
「……それ、泥棒じゃなくて誘拐だろ。つーか何で嬉しそうなんだよ」
 
「お城に忍び込んだ泥棒さんが狙うのは、囚われの姫君と相場は決まっています」
 
 得意気に人差し指など立てている。この少女の中では、何やら勝手に物語が進行しているらしかった。
 
「どこの国の相場だよ」
 
「そして城を抜け出した貴方は、『俺のポケットには大き過ぎる』と言って、名前も告げずに去って行ってしまうんですよね?」
 
「聞いてねぇ………」
 
 ドレスを翻してステップを踏んだ後、エステリーゼは手を合わせ目を瞑って語りだした。
 
「そりゃアレか? 遠回しにそういう路線で行けって要求してんのか」
 
「是非!」
 
 ………握り拳まで作って気合い十分なエステリーゼの姿に、ユーリは一つの結論に達した。
 
 純真と言うより……天然と言うより……本の読み過ぎである、と。
 
「悪いこと言わねーから、今度からはそんな理由で不審人物を招き入れんのはやめとけ。……つーか、そもそも俺は泥棒じゃねーっつの」
 
「!!!?」
 
 ………全く関係はないのだが、思わず心配になってしまう。
 
「んじゃ、お嬢様の道楽に付き合ってやれるほどヒマじゃないもんで」
 
 衝撃の告白を受けて石のように固まるエステリーゼに手を振って、忙しい青年はそそくさと部屋を出ようとして―――
 
(がっし!)
 
 左手首を捕まれた。意外と復活が早い。
 
「何だよ、貴族にゃ珍しいモンでもないだろ」
 
 ユーリの左手を見つめるエステリーゼに、ユーリは魔導器(ブラスティア)を見られているのだろうと思い、そう言った。
 
 しかし、違う。
 
「いえ、これ何です?」
 
「ん?」
 
 エステリーゼが見ているのは、魔導器そのものではなく、それを固定する腕輪の方だった。
 
 ユーリは、ナイレンに貰った魔導器を腕輪で固定して身に付けている。その魔導器と腕輪の間に……何かある。
 
「紙?」
 
 そこに挿まれていた白い紙片をつまみ上げ、広げてみる。エステリーゼが横から覗き込んで、ユーリより先に読み上げた。
 
「女神像の下?」
 
「………………またおっさんか」
 
 他にこんな真似をする輩に覚えが無い。おそらく、騎士団から取り返してユーリに返す間に仕込んだ物だろう。つくづく胡散臭い。
 
 が……こうしている間にもユーリを追う騎士の数は増え続けている。とっくに出口は固められていると思った方がいい。
 
 闇雲に暴れ回るくらいなら、分の悪い博打に賭けてみるのも悪くない。
 
「やっぱり、連れて行ってはもらえないです?」
 
「旅行したいなら、俺なんかよりもっと真面目なナイト様にエスコート頼みな。下町出身の石頭なんかオススメだぜ」
 
 諦めの悪いお嬢様の頭をポンポンと叩いて、ユーリは冗談混じりに諭してみせる。温室育ちの貴族様にしては良い娘だ……からこそ、厄介事に巻き込む気はない。
 
 そして、ぶっちゃけ邪魔だ。
 
「そう出来れば楽なんですけど……でも、泥棒さんじゃないんなら、あまり無茶は頼めませんね」
 
「……何度も言うけど、泥棒さん頼るのはやめとけよ」
 
 無念極まる顔で唸るエステリーゼに背を向けようとした所で、はたとユーリは思い止まる。大事な事を忘れていた。
 
「助けてくれてありがとな、お嬢様。縁があったらまた会おうぜ」
 
 軽い礼を告げて、ユーリは扉に足を向ける。その背中に………
 
「エステリーゼです」
 
 はっきりと、名乗りが上がる。
 
「わたしの名前、エステリーゼって言います」
 
「…………俺はユーリだ。ユーリ・ローウェル」
 
 互いの名前を告げて、ユーリは扉を開けて走りだす。
 
 ―――この時ユーリは、自らの交わしたあまりに軽い約束が果たされる日がある事を、露ほどにも知らなかった。
 
 
 
 
「戻るんじゃなかったー!!」
 
 後悔に満ちた叫びと共に、リタの撃ち放った数多の火炎弾が騎士をまとめて吹き飛ばす。
 
 しかし、これが大した意味を持たない事をリタ自身も知っていた。
 
 途中で引き返し、派手に魔術をぶっ放してきたリタは、ユーリ以上に騎士たちに追い詰められてしまっていたのだ。
 
 おまけに、リタはまだ子供だ。体力も無ければ足も短い。こと逃走に関しては、ユーリどころかヒスカやシャスティルにも遠く及ばない。
 
「はあっ……はあっ……はあっ……!」
 
 ゆえにこうして、全力で走っても、振り切れずにすぐまた追い詰められてしまう。
 
「(どこ行ったのよ、あのロン毛!)」
 
 そうして逃げ込んだ部屋にもユーリはいない。どころか、部屋の真ん中に女神像があるだけの広間だった。
 
 多人数を相手にするには、あまり有利な地形とは言えない。
 
「“揺らめく焔 猛追”」
 
 疲労と焦燥に集中力を掻き乱されながら、リタは何度目かの詠唱を紡ぎ―――
 
「『ファイアボール』!!」
 
 撃ち出した……が、足りない。リタのイメージとは裏腹に、顕現した火炎弾はたったの三つ。
 
「(来る……!)」
 
 倒しきれていない。爆煙の向こうに迫りくる敵の気配を感じながら、リタは帯を振り解いた。
 
 接近戦で騎士を凌げる自信はないが、次の詠唱も間に合わない。
 
 やるしかない、そう覚悟を決めた時だった。
 
「『蒼破追蓮』!」
 
「っ!?」
 
 横合いから二筋。蒼い衝撃波がリタの眼前で騎士をまとめて薙ぎ倒す。
 
「ユーリ!」
 
 聞き覚えのある声に、頼もしさを感じながら振り返れば―――
 
「って何連れて来てんのよーー!?」
 
 予想通りにユーリはいた。ただし、リタが来たのとは別の通路から大量の騎士を連れて。
 
「お前まだこんなトコに……迷子か?」
 
「うっさい! アンタのせいで絶体絶命じゃない、責任取んなさいよ!」
 
「そのセリフ、そっくりそのまま返してやるよ」
 
 などと口喧嘩している場合ではない。今も騎士は続々と集まって来ている。
 
 二人揃って、今度こそ逃げ場を失った。背中合わせに敵を睨んで、二人は小声で言葉を交わす。
 
「……何か作戦、ある?」
 
「胡散臭いのが一個だけな……つっても、この状況じゃそれも難しいか」
 
「………強行突破しかないわね」
 
 強行突破。それがどれだけ難しいか理解しているリタは、うんざりとした溜め息を吐いた。
 
 それでもやるしかない。そう、覚悟を決めた時――――
 
「『ヴァンジーロスト』!!」
 
 頭上から声が聞こえて、眩しい光が全ての視界を埋め尽くした。
 
 
 
 
「あ……れ……?」
 
 それから、どれほどの時間が経ったのだろうか。
 
「俺……何してたんだっけ?」
 
 気がつけばそこに立っていた。後に騎士たちはそう語ったという。
 
「隊長、指示を!」
 
 誰かを追っていた気がする。しかし記憶が今一つ不確かで思い出せない。
 
「ちょっと待て! ……いま思い出すから」
 
 城の騎士が揃いも揃って取り囲んだ広間の中心で、女神像だけが静かに微笑んでいた。
 
 
 



[29760] ★・『漆黒の翼』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2011/10/09 15:40
 
 ザーフィアス貴族街。その城門に最も近い場所に、今は誰にも使われていない一軒の屋敷がある。
 
 ユーリとリタが、泥棒・デデッキの隠れ家だと唆された挙げ句に騎士団の待ち伏せを受けた場所だ。
 
 その庭にある女神像……外見に比べて異様に軽い女神像が、突然動いた。動いて……ズレた隙間から小さな少女が出てくる。
 
「眩しっ」
 
 それはつい先刻、ザーフィアス王城で大暴れしていた魔導士・リタ。もそもそと彼女が這い出た後にユーリが、そして最後に黒焦げになったレイヴンが引き摺られるように出て来た。
 
「酷い……か弱い年寄りをよってたかって……」
 
「あれだけ人の事おちょくっといて良く言えるわね」
 
「だ~か~ら~、ちゃんと助けに来たじゃないのよ~」
 
 被害者面で泣き真似を始めたレイヴンを、リタがゲシゲシと踏みつける。当然の報いというものだろう。
 
「しっかし、こんなベタな抜け道がマジであるとはな」
 
 たった今 自身が出て来た穴を見て、ユーリは感嘆とも呆れともつかない溜め息を吐いた。
 
 そう、城の広間で騎士団に追い詰められたユーリらは、そこにあった女神像の下の抜け穴から、地下道へと逃れた。
 
 そしてその地下道が、この空き家の庭に繋がっていたのだ。
 
 おっさんの知恵袋のおかげで逃げられたのは事実だが、そもそもそのおっさんのせいで牢に入れられたのだ。誰が感謝などしようものか。
 
「………長居は無用、か」
 
 こうなった以上、もはや帝都にはいられない。結界の向こうに広がる空に、ユーリは新たな旅立ちを感じていた。
 
 
 
 
「ユゥゥーリ・ローウェぇぇル~~!!」
 
 僅かな寂寥と惜別を滲ませた旅立ち……に、なろうはずもない。
 
 ユーリにとってはお馴染みの小隊長・ルブランとその部下のデコボコに追い回されて、ユーリとリタは下町へとひた走る。
 
 お約束よろしくレイヴンが忽然と姿を消しているが、もはや怒る気にもならない。
 
「お」
 
 全力疾走していると、下町の面々が目に入る。揃いも揃って暇な連中だと、ユーリは心中で皮肉を零す。
 
 その中の一人・ハンクスの前で、ユーリは一度だけ立ち止まった。
 
「行ってくるわ」
 
「しばらく帰って来んでええわ。いつもいつも無駄に騒ぎをデカくしおって」
 
「違いねぇや」
 
 憎まれ口と共に、ハンクスはユーリの荷物をぞんざいに投げ渡す。ユーリに対しては、これくらいで丁度いいのだ。
 
「……魔核(コア)、戻ったんだな」
 
 ふと目を向ければ、動かなくなったはずの水道魔導器(アクエ・ブラスティア)が何事も無かったかのように水を湧きださせている。
 
「ああ、ロバートさんが見つけて来てくれてな」
 
「見つけた、ねぇ……」
 
 ロバート、とはレイヴンの偽名だったか。あまりのタイミングの良さにユーリは顎を撫でるが、またルブランの怒鳴り声が聞こえた。ゆっくり考え事一つ出来ない。
 
「こいつも持って行け」
 
 先ほど渡した荷物とは別に、ハンクスはさらにもう一つの物をユーリに手渡す。
 
 華美な装飾の無い、しかし上品な造りの白い剣。とても下町の自治会長の所有物とは思えない。
 
「貰えねーよ、こんな高そうな剣」
 
「いいんじゃよ。元々、お前の親父さんの物なんじゃから」
 
「……親父?」
 
 ハンクスの言葉に、ユーリは首を傾げた。ユーリは両親の記憶は一切ない。下町の人間に話を聞く分には、どうも流れ者の傭兵だったらしいが。
 
「騎士になる時のお前に持たせても上に没収されるだけじゃったろうが、こうなった以上話は別じゃ。遠慮なく持ってけ」
 
「…………………」
 
 ユーリは僅か躊躇う。この剣、素人目にもかなりの業物である事が見て取れる。売れば下町の暮らしも楽になるのではあるまいか。
 
 そんなユーリの思考を見透かしたように、ハンクスは右手に持っていた“いい音のする袋”を振ってみせた。
 
「心配せんでも、ロバートさんからこんなのを貰っとる。どういうつもりかは知らんがな」
 
「おっさんが……?」
 
「ユーリ、いつまで喋ってんの! 騎士来てるわよ!」
 
 のんびり考えている暇もない。リタに手を引っ張られ、ユーリもそろそろ潮時と悟る。擦り寄って来たラピードを軽く摘み上げた。
 
「じゃあな」
 
「おう」
 
 軽やかに地を蹴って、ユーリは走りだす。この町で育って、騎士団に入って、今……世界を知る為に旅立つ。
 
 貧しくて、格差が激しくて、偉そうな貴族がムカつく町だが……温かい家族のたくさんいる、ユーリの故郷。
 
 次に訪れるのは、何年先になるかも判らない。
 
「………あばよ、ザーフィアス」
 
 誰にも聞こえないほど小さく、ユーリは故郷に別れを告げた。
 
 
 
 
 ―――そんな、騒がしくも彼らしい旅立ちを経て、翌日。
 
「これから、どこに向かうつもりなんだ」
 
「そうね………」
 
 行き先も決めぬまま帝都を北上した二人は、平原への道中に立ちはだかるデイドン砦にいた。
 
 季節が来る度に魔物の群れを率いて現れる平原の主。これを阻む為に設けられた砦だそうな。
 
「わかんないけど、とにかく帝都からは離れないとね」
 
 帝都を飛び出して昨夜、一先ずはこの砦に敷かれていた簡易テントで一泊したわけだが、実のところ、何か目的があってここに来たわけではなかった。
 
 リタが知っているのが、彼女の故郷たるアスピオと、近隣にある花の街・ハルル、帝都とシゾンタニアのみ。ユーリに到ってはシゾンタニアに赴任するまで帝都から出た事もなかった。
 
 そもそも、基本的に普通の人間は結界に守られた街の中から滅多に出ない。
 
 故に流通や運搬、護衛に携わる者でもなければ世界の地理など知らないし、だからこそ地図などもあまり一般的には出回っていない。
 
 要するに、道がほとんど判らないのだ。……そして、それよりさらに根本的な問題がある。
 
「アスピオには戻れないし、でも魔導器の研究は続けたいし……ホント、どうしようかな」
 
 そう、目的地自体がないのだ。
 
 リタを家まで送って行く……というのがユーリの当面のすべき事だったのだが、そのリタ自身がアスピオを飛び出した身だった。
 
 魔導器は実質 帝国が独占している状態にあるため、帝国魔導器研究所を出たら……個人で研究を続ける事は難しい。
 
「だったら、オススメの話がありますよー?」
 
 砦の門を抜けた所で……ふと、嫌でも覚えてしまう声が聞こえた。振り向くまでもなく、おっさんだろう。
 
「……俺らを囮に使った収穫はあったのか」
 
「あら、バレてた?」
 
「あの時は解らなかったけどね、結果から逆算すれば簡単な図式だったわよ」
 
 ユーリとリタは、状況が落ち着いてからレイヴンの不可解な言動を分析してみた。
 
 ユーリとリタを通報して城内に入れ、わざわざ騎士団に見つかりやすいように爆発を起こしてから逃がす。
 
 ユーリとリタが暴れる状況を誘発して、騎士団がその制圧に乗り出すように仕向ける。
 
 早い話が、陽動だ。
 
「下町の魔核はずしたのも、おっさんだろ」
 
「そんな事もあったっけねぇー……」
 
 あごを撫でながらすっとぼけるレイヴン。
 
 ユーリとリタを助けたのも、自分の情報を漏らされたくなかっただけだろう。相変わらず食えないおっさんだった。
 
「そんな昔の話はいいじゃない。若者は前を向いてなきゃいかんよ、うん」
 
「……また焼いてやろうかしら」
 
「やめとけ。まともに相手しても疲れるだけだ」
 
 掌の上に火球を生み出すリタの手を引いて、ユーリは逃げるようにレイヴンから遠ざかる。
 
 だんだんこのペースにも慣れてきた。そんな自分を自覚するユーリだった。
 
 遠ざかる二人の足を――――
 
「魔導器の研究、したいんでしょ?」
 
 悪魔の囁きが、止めた。
 
 
 
 
「到着ー、おっさん腹減ったー」
 
 デイドン砦を抜けた先、花の街・ハルルに辿り着いたユーリ、リタ、ラピード、そしてレイヴン。
 
 目指すはトルビキア大陸北方に位置するギルドの巣窟・ダングレストだ。
 
「……なーんか上手く丸め込まれた気がする」
 
 レイヴン曰く、確かに帝国法で魔導器は独占されてはいるが、法から外れたギルドではその限りではないらしい。
 
 遺跡発掘を生業とするギルド・『遺構の門(ルーインズゲート)』の存在もあり、魔導器に関わる機会もそれなりに得られるとか。
 
「ああ。あのおっさんが、親切で俺らをそのダングレストまで連れてってくれるってのがまたな」
 
 しかし他に手掛かりもなく、レイヴンがかなり詳しい地図を持っていた事もあって、二人は渋々陽気なおっさんの背中について行く事にした。
 
 それにしても………
 
「こりゃ、すっげぇな……」
 
 そんな事よりも、ユーリは今 目の前に広がる光景に圧倒されていた。
 
 花の街・ハルルの象徴である、ハルルの樹の姿に。
 
 町の中心に聳える巨木が、町の上空に花の海を広げている。これこそが、三種の植物と結界魔導器(シルト・ブラスティア)が有機的に融合して生まれたと言われる、ハルルの樹なのだ。
 
「ふふん、凄いでしょ。この季節のマティルダに勝てる花なんて、世界中探しても見つからないわよ」
 
 何故かリタが得意気に腕組みしている。マティルダというのは、あの結界魔導器の名前だろうか。
 
「はーやーくー!」
 
「やれやれ」
 
 子供の様に駄々を捏ねているおっさんの許に向かおうと一歩を踏み出したユーリは……何か踏んだ。
 
「手配書か、これ」
 
 そこはかとなく嫌な予感を感じながら拾い上げてみれば、案の定だ。
 
 へたくそな黒い長髪男の似顔絵に、5000ガルドの賞金が懸けられていた。
 
「あははっ、あんだけ暴れたら当然よね……え゛ぇ!?」
 
 横合いから手配書を覗き込んでユーリを嘲笑おうとしたリタは隣の似顔絵を見て驚愕の声を上げた。
 
 ゴーグルを掛けた子供の似顔絵に、6500ガルドの賞金が懸けられている。
 
「そりゃ、あんだけ暴れたら当然だよなー」
 
「くっ!」
 
 お返しとばかりにユーリが意地悪な笑みを作る。その肩を、レイヴンがポンポンと叩いた。
 
「? 何だよ、おっさん」
 
 そして、無言で懸賞金の下を指差す。
 
【ユーリ・ローウェル。ノワール。他一名。以下三名を盗賊・『漆黒の翼』として指名手配する】
 
 ………理不尽な静寂が、しばらく続き―――
 
「な、何でぇぇーーー!?」
 
 リタの絶叫が、ハルルの樹を震わせた。
 
 ―――枠から飛び出した青年と、未踏を目指す少女の旅は、まだ始まったばかりである。
 
 
 
 
 
 
(お知らせ)
 本文の隅をお借りして、報告をば。今回で二章も終わり、とりあえずスタートラインに立てたかと思います……ので、次更新の際にタイトルをつけて【その他】板に移すつもりです。
 
 この作品を読んで下さる方々が混乱しないように、先に伝えさせてもらいます。
 
 その他板に移った後も、未定改め、『漆黒夜想曲』をよろしくお願いします。
 
 そして、本作品を読み、感想をくれる方々に無上の感謝を。ありがとうございます。
 
 



[29760] 1・『あれから三年』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:ef78e215
Date: 2011/10/10 15:07
 
 砂埃と石碑ばかりの目立つ、薄暗い地下遺跡。石柱に背を凭れさせて、一人の青年が眠りに就いている。
 
 あちこちに革のベルトを巻いた黒服で全身を固め、首に緋色のマフラーを巻いた……長い黒髪の青年。
 
 その傍らで、一匹の犬が丸くなっている。引き締まった肢体を持つ藍色の犬。刻まれた酷い傷による隻眼が目立つ。
 
 そんな一人と一匹から離れた所で、一人の少女が胡坐をかいて座っていた。
 
 オレンジの細身のワンピースの袖を捲り、黒の魔導服をフードも被らずに羽織り、右足には黒の飾り布を巻いている。
 
 まだ大人になりきれていない少女は、ゴーグルを掛けて一心に目の前に広がる術式の解析に没頭していた。
 
「……ん………」
 
 薄らと、青年の瞼が開く。開いて、起きる前と何も変わっていない状況に欠伸を漏らした。
 
 砂漠の流砂に呑まれ、偶然 地下に眠るこの遺跡に辿り着いて……もう四日になる。
 
 誰かさんが、
 
『これで念願の自律術式が完成する!』
 
 と言って、倒した人型魔導器(ゴーレム)の解析に没頭すること丸一日。
 
『この術式の向こうに絶対アレがあるのよ!』
 
 その後、遺跡の最奥で発見した封印術式と睨めっこを始めること三日だ。
 
 食料など、流砂に落ちた時にとっくに失くしている。だというのに、少女は脱出方法そっちのけで術式の解析に勤しんでいた。
 
 集中し始めると他の万事が気にならなくなるのは相変わらずだが、解析だけでこんなに時間が掛かるのは初めてである。
 
 しかし、その時間もそろそろ終わりらしい。
 
「あ、そか……さっきの法則で式を組み換えて……逆転、連結、分解……!」
 
 術式の上を走る少女の十指が急激にピッチを上げていく。その指先が、最後の一節を弾いて………
 
「出来たぁー!」
 
「「っ……」」
 
 少女の笑顔が弾けるように咲いた。駆け出した小さな背中に釣られて、青年と犬も走りだす。
 
 何重もの封印術式の内側。もはや何のトラップも無い細道の先に続く小部屋の中心に、古めかしい台座が立っていた。
 
 その上、固定化の魔方陣の中心に、飾り気の少ない黒の魔導書が置かれている。
 
 見るや否や少女は飛び付き、上に掲げて喝采を上げた。
 
「これがナコト新書! ゲライオス文明よりさらに古代の魔導士が神々について記した秘宝! 見た事もないくらい古い封印術式だったから、絶対本物だと思ったのよー」
 
 すりすりと頬を当てて魔導書を愛でる少女。魔導器(ブラスティア)以外でこれほど喜ぶのも珍しい。
 
「おめでとさん。目当てのお宝も見つけた事だし、次はミイラにならないで済む方法でも考えてくれよ」
 
 幸せそうな溜め息を零す少女に、青年は些か以上に無感動な拍手を送る。
 
 この様子では売り払うという選択肢も論外だろうから、はっきり言って彼にはあまりメリットの無い話なのだ。
 
「ウ……ウゥ……」
 
 同じく興味の無い藍色の犬が、「み……みず……」という唸り声を上げた。少女は軽い動作で、掌に青い術式を遊ばせる。
 
「“汚れなき汝の清浄を彼の者に与えん”『スプラッシュ』!」
 
 石と砂しかないはずの地面から飛沫を上げて水瓶が飛び出し、空中でくるくると回転した後 直下へと大量の水を注ぎ落とした。
 
 あっという間に見事な濡れ犬が出来上がる。彼は本来 水が苦手なのだが、砂漠のど真ん中ではそうも言っていられない。
 
「でもこれ、あんまり意味ないんだよな」
 
「贅沢言わない。冷やしてやってるだけマシでしょ」
 
 しかし、魔術によってエアルから生み出された事象は発動後、再びエアルへと還元される。つまり、たった今 注がれた水もそのほとんどがエアルに還るのだ。
 
「『リゾマータの公式』だっけ。その魔導書読んだら完成するのか?」
 
「……ううん。リゾマータの公式が過去に完成してたなら、今の魔導器だってもっと完璧な物になってるはず。過去の文献を読むだけじゃ、絶対に辿り着けないのよ」
 
 この世に存在するあらゆるものは、エアルの昇華、還元、構築、分解により成り立っている。
 
 その仕組みに自在に干渉して制御する未知の理論・『リゾマータの公式』。魔道の頂きと言われる究極理論。他の魔導士の例に漏れず、彼女もこの理論の確立を目指している。
 
「で、脱出だっけ?」
 
 それはそれとして、いい加減にこの地下遺跡と砂漠から脱出しなければ命が危ない。
 
 しかし、少女は特に焦った様子もない。どころか、どこか余裕の様なものさえ見て取れる。
 
「それなら、この子が何とかしてくれるわ」
 
 ビッと手を伸ばして紹介した先に、四日前に倒したはずのゴーレムが……
 
「……おい、何で動いてんだ」
 
「直した」
 
「直すな!」
 
 ややパニックに陥る青年に向けて、ゴーレムは何やらニヒルに二本指を立てる。然るのちに、二人と一匹をその逞しい腕に抱えて飛び上がった。
 
「うおぉ!?」
 
「この子は元々、流砂の中に神殿を造る為に作られたゴーレムなのよ。侵入者退治はおまけ。だから、あたし達を地上に戻すくらい朝飯前なの」
 
「…………マジかよ」
 
「わふっ」
 
 帝都の下町から飛び出した元騎士の青年・ユーリ。その犬・ラピード。学術都市を旅立って自身の足で魔道を進む少女・リタ。
 
 シゾンタニアのエアル異常発生事件から―――三年の月日が流れていた。
 
 
 
 
 コゴール砂漠でのトレジャーハント(遺跡荒らし)から、さらに二日の時が流れた。
 
 ザドラク半島の最北端に位置する闘技場都市・ノードポリカで………
 
「赤の11、赤の11……来い来い来い来いー!」
 
 危険な赤と黒が回り、その上を銀の玉が踊っていた。玉は不規則なステップを刻み、停止と共に緑の0に落ち着いた。
 
「うにゃぁあーー!!」
 
「………………」
 
 奇声を上げて頭を掻き毟るリタを、ユーリは離れた所から生暖かい視線で見守っていた。
 
 ノードポリカ。ここはギルド・『戦士の殿堂(パレストラーレ)』の治める闘技場都市。その名の通り、戦士は賞金を、観客は博打を求めて集まる街であり、年中がお祭り騒ぎだ。
 
 そんな街ゆえ、当然こんなカジノも栄えているわけである。残念ながら、ラピードは入れないが。
 
「スリーカード」
 
「うわぁ、やっちまったー!」
 
 カードを晒したユーリの前で、屈強な大男が頭を抱えて嘆く。闘技場で体を張って得た賞金が露と消える様には多少の同情も湧くが、ギャンブルの世界は厳しいのである。
 
「(三連勝、そろそろやめとくかなぁ)」
 
 なかなかにツイてはいるが、引き際も肝心である。リタがボロ負けしてくるだろう事を考えると、あまりヒートアップするのも良くない。
 
 そんな風に、らしくもなく殊勝な事を考えていたユーリの前の席に―――
 
「次、私の相手をしてもらえるかしら」
 
 次なる対戦者が現れた。艶やかなドレスに身を包んだ、青紫の髪の女。やや特徴的なツインテールを水色に染めている。
 
 常人ならば考えられないほど耳が上に長いが、そんな事はどうでもいい。
 
「(………200点)」
 
 絶世がつくほどの、美女だ。
 
「俺、これでも結構強いぜ?」
 
 ユーリは迷わず、続投を選択した。
 
 
 
 
「クリティア族?」
 
「ええ」
 
 激闘に次ぐ激闘。熱戦からの死闘を経て、ユーリはカジノ内のバーのカウンター席でその女性と並んで座っていた。
 
「悪ぃ、聞いた事ねぇや」
 
「無理もないわ。あまり数の多い部族ではないから」
 
 結果的にはユーリが惨敗を喫し、さっきまでの勝ち分が綺麗に消し飛んだのだが、盛り上がった事には変わりない。
 
「(ま、美人とご一緒できてんだから十分 元は取れてるよな)」
 
 そもそも博打で儲けた金。それでこんな絶世の美女とお近づきになれたのだから安いものだ。
 
「ここには一人で?」
 
「いや、手の掛かるお子様がいてさ。一人じゃカジノに入れねーからって連れて来られたんだよ」
 
 言わずもがな、リタの事である。リタはまだ十五歳だが、ユーリは二十一。堂々とカジノに入れる年齢だ。
 
「ふふ、私もホントはまだ十九だけどね」
 
「へぇ……二つ下か」
 
 悪戯っぽい流し目が実に魅力的な女性である。年齢を聞いて、今さらのように気付く。大事な事を訊いていなかったと。
 
「俺はユーリだ。ユーリ・ローウェル」
 
「ジュディスよ」
 
 互いに名乗り、ワイングラスを軽くぶつけ合う。視線と視線が交わる。薄く開いた唇が何事か呟こうとした、その時だった。
 
「ユーリ!!」
 
 獲物を見つけたと言わんばかりの声が、場の空気をぶち壊す。
 
「……いいトコで」
 
「お金貸して! もうちょっとで景品の魔導器とれるのよ!」
 
「もうちょっとってお前、文無しになったから俺んトコ来たんだろーが」
 
「ここで帰ったら何の為にカジノ来たか解んないでしょーが!」
 
 一気に走って来て、理不尽な要求と共に自分の頭をユーリの頭にぶつけるリタ。
 
 さっきまでのしっとりとした大人な空気は一体どこに行ってしまったのか。
 
「俺だって負けちまって余裕なんかねーよ。これ使ったらダングレストまで泳いで帰る羽目になるぞ」
 
「すぐ三倍にして返すからいいでしょ!」
 
「どの口が言ってんだよ」
 
 返事も待たずにポケットを漁るリタ、そのリタの頭を押さえて止めるユーリ。
 
 およそカジノに似合わない光景を見て、ジュディスはにっこりと笑った。
 
 
 



[29760] 2・『ジュディス』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:ef78e215
Date: 2011/10/12 17:32
 
 このカジノでは取り立てて人気のあるわけでもないメダル式のルーレット台に、何故だか人集りが出来ている。
 
 その視線を一身に集めるのは、艶やかなドレスに身を包んだクリティア族の女性・ジュディス。
 
 注目を集めるのは彼女の美貌ゆえか、はたまた別の理由からか。
 
「(て言うか、誰よこいつ)」
 
「(クリティア族のジュディスさんだとさ)」
 
「(クリティア? ……この女が)」
 
 彼女の後ろで様子を窺っているのは、ユーリとリタの二人組である。
 
 気になるのも無理はない。何しろジュディスの手にあるメダルは、彼らのガルドなのだから。
 
『要するに、勝てば問題ないのでしょう』
 
 ギャンブルさせろ、負けるからよせ、と言い争いをするユーリとリタを見兼ねてか、或いは単純に面白がってか、ジュディスはそう言って二人の間に割って入った。
 
『どうせなら賭けてみない? この私に』
 
 自信と色気に満ちたジュディスの一言に思わず頷き、今に至るというわけだ。
 
「……………はい」
 
 思案に耽る事わずか数秒。ジュディスはお菓子を摘むが如き気安さで“全ての”メダルを置いた。
 
 赤の11。奇しくも、先ほどのリタと全く同じピンポイント狙いである。
 
「ちょっとあんた! 人の金だからっていい加減な―――」
「回るわよ?」
 
 リタの抗議を遮って、ジュディスは盤を顎で差す。時すでに遅く、ルーレットは運命を乗せて回り始めていた。
 
「(これで外したら弁償させてやる……!)」
 
 自分の事を棚に上げて息を巻くリタと、
 
「(さて、どうなる……?)」
 
 ジュディスの自信のほどを、純粋に楽しんでいるユーリと、
 
『(また、やるのか………?)』
 
 ギャラリー達の視線の集まる中で、銀の玉は赤と黒の舞台を走り続ける。
 
 回転が弱まっていく。玉は赤の、黒の、時に緑のフィールドを跳ねて踊り、そして―――止まった。
 
「フュウ♪」
 
 目を閉じて結末を待っていたジュディスの耳に真っ先に聞こえたのは、軽妙なユーリの口笛。
 
「う、そ……」
 
 次いで、信じられないといったリタの呟き。
 
『うおーーー! また当てたーー!!』
 
 最後に、ギャラリー達の暑苦しい喝采を聞いて、ジュディスはその双眸を開いた。
 
 銀に光る玉は、まるで初めからそこにいたかのように……赤の11に収まっている。
 
「一等の景品と交換してもらえるかしら」
 
「え、えぇ……ただいま……」
 
 騒ぐでもなく、誇るでもなく、ジュディスは自然な態度でディーラーに景品を求める。
 
 そのクールな仕草がまた、見る者全てを魅了している事に……もちろん彼女は気付いていた。
 
「はい、これで良かったかしら」
 
「え、あ……ありがと……」
 
 まだ驚愕から立ち直りきれていないリタに、ジュディスは景品の魔導器(ブラスティア)を手渡した。
 
 何か強力な術式が刻まれているわけでもない、ただエアルを充填するだけの魔導器だが……リタはこれを手にする為に奮闘を続けていた。
 
「妹さんを大事にね」
 
 リタの頭を長く伸びた髪で撫でながら、ジュディスはユーリにウインクを一つ寄越して去っていく。
 
 独特の雰囲気を持つ後ろ姿を、二人、目を奪われるように見送って―――
 
「誰が妹よ……」
 
 やや手遅れな訂正を呟いた。
 
「つーかあの髪、動かなかったか?」
 
「髪じゃなくて触手よ、あれ。前に古い文献で読んだ事あるわ」
 
 今さらのように背伸びをしてジュディスを探すリタだが、人混みに紛れてしまってもう見えない。
 
「まだ何か用でもあんのか?」
 
「……クリティア族は、魔導器を生み出した一族だって言われてるの。一度話を聞かせて欲しかったんだけど……」
 
 古代ゲライオス文明と共に滅亡したと言われるクリティア族。その数少ない生き残りに出会えたと言うのに、ロクに話も出来ずに逃がしてしまった。
 
 己の不覚にガックリと肩を落とすリタの頭を、ユーリの手がぽんぽんと叩く。
 
 この位置関係は変わらない。リタも三年で少しは大きくなったが、ユーリも同じだけ背が伸びたからだ。
 
「ま、魔導器も手に入った事だし、今回はそれで良しにしとけ」
 
「それもそうよね♪」
 
 気落ちから一転。魔導器に頬擦りしながら軽やかに回るリタに、ユーリはつい転けそうになった。
 
 そこそこ長い付き合いだが、どうにも魔導器が絡んだ時のリタのテンションには慣れない。
 
「……パフェでも食って帰るか?」
 
「さんせー!」
 
 上機嫌なリタを伴い、ユーリはカジノを後にする。宿屋で待っているラピードには悪いが、少し遅れてしまいそうだ。
 
「(いい女だったんだけどな………)」
 
 少し後ろ髪を引かれる思いをしながらも、ユーリは振り返らない。わがままな魔導士様もいる事だし、それに……また会える予感があった。
 
 ……ただの勘に過ぎないが。
 
 不意に――――
 
(ボン……ッ!)
 
 遠く、小さな爆発音が聞こえた。次いで、ユーリらの影を作っていた後ろからの光が……消える。
 
「…………停電か?」
 
 振り返った視線の先で、先ほどまで賑わっていたカジノが、夜の闇に呑まれていた。
 
 
 
 
 ギルドの巣窟・ダングレスト。帝国の法から逃れ、己がルールに因って生きるギルドの人間が、だからこそ生きる為に力を合わせて築き上げたギルド同盟・『ユニオン』の街である。
 
 その街の片隅に、ほどよく盛えた一軒の酒場がある。名を、天を射る重星。
 
「オメェんとこの活きの良い奴らはどうした?」
 
「なーんか、コゴール砂漠の遺跡探しに行ったみたいよ? おっさんに黙って冷たい子たちよねぇ」
 
 そのVIPルームにて、二人の男が酒を飲み交わしていた。一人は紫の羽織と束ねたざんばら髪が特徴の中年・レイヴン。もう一人は、ただならぬ威厳と迫力を備えた老齢の大男。
 
「へっ、よく言うぜ。元はと言えばオメェがふらふらしてっからだろ」
 
「酷いお言葉……」
 
 耳に痛い指摘を受け、レイヴンは両掌を上に向けて肩を竦めた。反省する気はないらしい。
 
「うちは放任主義なもんで。偉大なるドン・ホワイトホースの束ねる『天を射る矢(アルトスク)』みたいにはいかんのよ」
 
「気楽なもんだぜ。……うちのガキ共にも見習わせたいくれぇだ」
 
 そう、この巨躯の老人こそがギルド同盟・ユニオンの頂点に立つドン・ホワイトホース。百を越えるギルドを束ねる男。
 
 ……その圧倒的なカリスマがあるからこその悩みも存在するのだが。
 
 頭の痛い問題に僅かの苛立ちを抱えるドンの視界に、酒のつまみと言うには多過ぎる空の食器が映る。ちなみに、ドンが食べたのは二皿だけだ。
 
「相変わらずムチャクチャ食うな、オメェ」
 
「昔はそうでもなかったんだけど……ここ数年、なんかお腹が減るのよね」
 
「……例の心臓か」
 
「さて、どうでしょ」
 
 ドンの気遣いに曖昧に応えて、レイヴンは左胸を軽く押さえた。とぼけているわけではない。彼自身にもよく判らないのだ。
 
 ドンを、或いは自分を誤魔化す為に、レイヴンは話題を逸らす事にする。
 
「例の聖核(アパティア)、ちょっと怪しげな情報入ったから若人どもが帰ったらまた出かけるけど……いい?」
 
 何が“いい”のか、レイヴンが言葉にしなかった部分も、ドンには正確に伝わる。
 
 ………いや、言葉にしなかった事が、逆にレイヴンの意図をドンに強く伝えた。
 
「オメェは自分の仕事をやってりゃいいんだよ」
 
「そりゃ俺様はそれでもいいんだけどね。……ま、なるようになるでしょ」
 
 意味ありげな言い回しをして、レイヴンはわざとらしくドンから視線を外す。……五年前よりも、明らかに曲者になっている。
 
「んじゃ、俺はあっちの酒場に女の子待たせてるんで、そろそろ失礼」
 
 徐に立ち上がったレイヴンは、ドンに恭しく一礼してから………
 
「そういえば、パティちゃんが久々に遊びに来るみたいよ?」
 
「さっさと行っちめえ!」
 
「おー、こわ」
 
 逃げるように、豪華な一室から飛び出した。自分の撒いた種の予想以上の結実に、ドンは種類の判らない溜息を溢した。
 
 
 
 
 帝都・ザーフィアスと平原を隔てるデイドン砦。その西方に、クオイの森と呼ばれる地がある。
 
「…………………」
 
 呪いの森と呼ばれ、人の寄り付かぬその森の道で、一人の青年が剣を片手に歩いていた。
 
「…………………」
 
 何かがいる。それに気付いた上で、青年は誘いのつもりで足を踏み出した………途端、何かが茂みから飛び出して来た。
 
「エッグベア、覚悟!」
 
「はっ!!」
 
 烈迫の気合いを乗せて、一閃。剣の一振りが何物かの一撃を捉えた。
 
「ぐえ……っ」
 
 中途から折れた大剣の刃が宙に舞う。しりもちを着いたその持ち手の姿に、青年は流石に目を剥いた。
 
 なぜならそれは………首に赤いスカーフを巻いた、二足歩行の、カエルとも呼べないカエルだったからだ。
 
(ガッ!)
 
「ぎぃやぁあーー! 殺されるーー!!」
 
 おまけに、喋っている。先ほど斬り飛ばされた刃が顔の横の地面に刺さって騒ぎ回るカエル……リアクションが取れない。
 
「(……着ぐるみか)」
 
 何とか、内心でそう納得した。とはいえ、呪いの森でカエルの着ぐるみを着た子供に襲われるというのも、かなり珍妙な出来事ではある。
 
「やめてください! 怖がってるじゃないですか!」
 
「……何もしませんよ」
 
 まだぎゃあぎゃあと騒いでいるカエル少年に掛ける言葉に迷っていると、連れ……と呼ぶには恐れ多い少女が両手を広げてカエルと青年の間に立った。
 
「きっと彼は勇者の弟子で、魔王の魔法でカエルに変えられてしまったんです。」
 
 そうですよね? という気持ちを視線に込めて、少女はカエルに目を向けた。
 
 ようやく平静になったカエルだが、今度は別の意味で反応できずにいる。
 
「けれど、勇者バッジを手にしてしまった為に、村の皆に勇者として扱われてしまった……可哀想な少年なんです!」
 
「エステリーゼ様……うろ覚えの物語に入り込まないで下さい」
 
 相変わらず本の読み過ぎな少女に、青年は少し肩を落とした。
 
 
 



[29760] 3・『カウフマン』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2011/10/15 10:36
 
 書庫かと見紛うほど本に溢れ返った小部屋、しかしそこかしこに散らばる実験器具や薬品が、そこが書庫ではないと告げている。
 
 さらによく見れば、その部屋の端にベッドと机、タンスも置かれていた。ただし、枕元や机の上には種々多様な魔導器(ブラスティア)がズラリと並んでいる。
 
 そこにさりげなく混ざっている猫のぬいぐるみが、申し訳程度に歳相応の少女らしさを垣間見せていた。
 
「ん〜………」
 
 窓から差し込む朝の光に、リタは小さく身動ぎした。緩慢な動作で掛け布団を蹴落とし、頭を左右に揺らしながら上半身を起こす。
 
「んっ……ーー!」
 
 寝呆け眼でしばらく放心した後、両手を上に向けて伸びをする。軽くスイッチを入れて、ぼんやりと頭を働かせてみた。
 
 昨夜はベッドで寝た記憶はないのだが、寝間着ではないところから見て、自分でベッドに入ったわけではなさそうだ。
 
 また本の山で眠ってしまい、またユーリがベッドに運んだといった所か。勝手に入るなといつも言っているのに。
 
「(いいんだけどね、別に)」
 
 ユーリのデリカシーの無さにはとっくに慣れたし、諦めた。そもそもいつも一緒に旅をしているせいか、今さら知られて困る事自体あまり無い。
 
「おはよ、皆」
 
 枕元に、机の上に、リタは他では見せない愛らしい笑顔で語り掛ける。打てば響くように、“声”が返って来た。
 
 声と言っても、音として耳に聞こえる通常の声とは少し違う。言葉にならない感情の波、犬や猫の、人間への自己主張に近いだろうか。
 
「また少し出掛けるけど、いい子にして待っててね」
 
 申し訳なさを滲ませて謝り、リタはベッドから立ち上がった。
 
 靴を履き、足に飾り布を巻き、耳にイヤリングを付け、黒い魔導服に頭を通し、手に指無しのグローブを嵌め、腕を青いリボンで飾り、カチューシャのようにゴーグルを装着する。
 
「行こ、クリスティーナ」
 
 最後に武醒魔導器(ボーディ・ブラスティア)を首につけて、リタは軽やかに歩きだす。
 
 ―――ダングレストの酒場・『天を射る重星』。その二階の一室が、今のリタの宿り木だ。
 
 
 
 
『……とんだ再会だな、おい』
 
 言葉とは裏腹に、どこか面白そうな声。気まぐれに立ち寄ったレストランで彼を見た時は、咄嗟に動く事が出来なかった。
 
『ネーちゃん。飯代、そこの赤毛にツケといてね』
 
 だから、少女と一緒に窓から逃げる彼を、ただ棒立ちで見送ってしまった。
 
「(だって、しょうがないじゃない)」
 
 場面が切り替わる。今度は、帝都の貴族邸で追い詰めた時だ。
 
『頑張れよ。コソ泥相手に遅れを取ったんじゃ、帝国騎士団の名折れだぜ?』
 
 彼は白い剣を宙に遊ばせながら、馬鹿にしたようにそう言った。
 
 ムキになって斬り掛かったら、彼は逃げる素振りさえ見せずに応戦してきた。
 
「(……早く忘れさせて)」
 
 目も眩むような剣閃にこちらの剣が弾かれて、余裕の笑みを残して彼は去った。悔しくて、それからは剣の練習量を倍にした。
 
『似合うか? やっぱ何事も形から入るべきだと思ってよ』
 
 また映像が切り替わる。今度はハルルでばったり出くわした時だ。
 
 所々をベルトで巻いた黒ずくめの装束に緋色のマフラー。いかにもならず者なスタイルを見せびらかしている。
 
 最初は騙されただの仲間じゃないだの愚痴を溢していたくせに、いつの間にかすっかり馴染んでいたのには流石に呆れた。そして逃げられた。
 
 映像はそこで途切れる。途切れて、水の底から引き上げられるような感覚と共に――――
 
「…………………」
 
 ヒスカは、夢から目覚めた。夢そのものというより、こんな夢を見ていた自分自身が鼻持ちならなくて、そのまましばらく天井を見つめていた。
 
「はぁ……お母さんのせーだ」
 
 久しぶりの帰省に見合い話など持ちかけて来た母親が悪い。「ヒスカには好きな子いるから!」とフォローにならないフォローを入れたシャスティルが悪い。
 
 もどかしい思いを責任転嫁し、ヒスカはモゾモゾと身を起こす。
 
「(最後に会ってから、二ヶ月くらいかな……)」
 
 互いにあちこちを飛び回っている身の上、偶然かち合う方が珍しい。こういう事もある。
 
 ………そもそも彼女らの本来の任務は“彼ら”の逮捕ではないのだから。
 
「…………………」
 
 結界の外を旅するようになって、随分と見識が広がった。
 
 内外から見た帝国、ギルドという組織の持つ幾つもの側面、文化の違い、意識の違い。街一つ一つが結界に収まっているからこそ知らなかった数多の世界。
 
 しかし……そんな垣根を越えて名を広げる者もいる。
 
 洗練された武力で魔物を屠る『魔狩りの剣』。統治者に関わらず物資の流通を広げる『幸福の市場(ギルド・ド・マルシェ)』。各地の魔導器を破壊して回る謎の竜使い。奇跡の御子などと呼ばれている、失踪中の姫君。
 
 そして………一部の平民からは義賊とも呼ばれる盗賊ギルド・『漆黒の翼』。
 
「……今ごろ、何してんのかな」
 
 手配書に描かれたヘタクソな落書きに、ヒスカは一発でこぴんをかました。
 
 
 
 
 ノードポリカから戻って早々、ダングレストを旅立ったユーリとリタ、そしてラピード。
 
 「ちょっとお仕事の話があるのよ」と言って一足先に陸路を行ったレイヴンとは別に、ユーリらはダングレストの北の砂浜から海船ギルド・『ウミネコの詩』の助力を得て出発した。
 
 目的地自体が港街な事もあり、こっちの方が早いだろうという判断だったのだが……………
 
「ぺっぺっ! 塩っ辛い〜〜」
 
「ワウゥゥ………!」
 
「何かに掴まれ!」
 
 船上にも関わらず頭から塩水を被るリタ。ぶるぶると震えながら丸くなるラピード。そんなラピードを抱えてマストにしがみつくユーリ。
 
 目的地を目の前に控えて、彼らを乗せた船は突然の嵐によって転覆の危機に曝されていた。………と言うより、これはもう沈む。
 
「この嵐が自然発生じゃないとしたら……おっさんの話もあながちガセネタとは言い切れねーな」
 
「そんなこと言ってる場合じゃないって気付きなさいよ!」
 
 遠い眼で大海原を眺めるユーリの脛をリタが蹴る。現在、船は絶賛浸水中である。
 
「こういう時は慌てても仕方ねぇ。だってこれ、確実に沈むだろ」
 
「勝手なこと言わんで下さい! お頭から預かった船を、沈めてたまるかってんだ!」
 
 既にやる気を失くして運を天に任せるモードに入ったユーリを、海の漢がヒステリックに怒鳴り付けた。
 
 声を張り上げていないと気持ちが押しつぶされそうな感じだ。
 
「運さえ良ければ近くの陸に打ち上げられるかもな」
 
「こんな所で死んでたまるかー! 魔術の真理が、世界中の魔導器が、あたしを待ってるのよーー!!」
 
「ワオォォーーン!!」
 
「お頭ぁぁぁーーーー!!」
 
 それぞれの魂の叫びをあまりにも無情に掻き消して、木の葉の様に容易く大波が船を攫っていった。
 
 
 
 
 その頃、レイヴン。
 
「船が使えない?」
 
「ええ」
 
 港街・カプワ・トリムのとある建物の一室にて、赤い髪の女性と神妙な顔を付き合わせていた。
 
 港街と言っても、ユーリらが目指している街とは違う。……いや、ある意味で同じと言うべきか。
 
「嵐の影響が酷くて、誰も船を出してくれないのよ。いくら何でも異常だと思うんだけど」
 
「なるほどなるほど」
 
 ここ、トルビキア平原東端に位置するカプワ・トリム、海を隔ててイリキア大陸の西端に位置するカプワ・ノール、そして今は水没してしまったカプワ・デュオ。この三つの街は、元々一つの港街だったのだ。
 
 ユーリやリタが目指しているのは、帝国の威光が特に強いカプワ・ノール。そして現在レイヴンがいるのは、ギルドの影響が大きく商業の盛んなカプワ・トリム。
 
 その商業と流通の最たる、『幸福の市場』の本部で、レイヴンは社長たるカウフマンの依頼を受けているのだった。
 
「それ、多分ノール港の執政官様の仕業よ。何だかとんでもない魔導器もちだしたみたいでね」
 
「素敵……。話を聞く前から情報をくれるって事は、依頼を受けてくれる気があるって事よね?」
 
「もちろん。美人の頼みとあれば、嵐も竜巻を越えてくわよ」
 
 メアリー・カウフマン。商業と流通を司る『幸福の市場』の社長にして、ギルド同盟・ユニオンの幹部。
 
 荒くれ者が数多く存在するギルドにあって、女だてらに立ち上げた『幸福の市場』を五大ギルドにまで育て上げた大物である。
 
「依頼の内容は、この近海の異常を解決する事。手段は好きにして構わないわ。壊そうが、盗もうがね。盗品はそちらの好きにしてくれて構わないわ」
 
「話がわかるわねぇ。なら、報酬はデート一回ってのどう?」
 
「プライベートでお誘いしてもらえるなら、考えてもいいけどね」
 
 意味深に眼鏡を光らせるカウフマンに、レイヴンは早々に腹を割る。あわよくば報酬も頂きたいところではあったが、「盗品は好きにしていい」と釘を刺された以上、これ以上の駆け引きは無駄だろう。
 
 カウフマンは気付いているのだ。依頼があろうと無かろうと、レイヴンが“仕事”を遂行するという事に。
 
「でも、どうやってノール港まで行くつもり? 船が出せるなら、私たちも最初から苦労してないんだけど」
 
「そりゃまあ、海の漢に頼るしかないでしょ」
 
 レイヴンの、その言葉を待っていたかのように―――
 
「そういう事なのじゃ」
 
 レイヴンの背中から、小さな影が姿を現した。
 
 
 



[29760] 4・『ウミネコの詩』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2011/10/16 19:52
 
「………………」
 
 目が覚めた時、最初に見えたのは満点の星空。その中でも一際強い輝きを放つ凛々の明星がユーリの目を引いた。
 
「(今んトコ、生きてるみてーだな)」
 
 浮き袋に支えられて海面に浮かびながら、ユーリはぼんやりと事実を飲み込む。
 
 嵐に見舞われ、船が沈み、大波に攫われて……そこから先の記憶はない。
 
「リタと……ラピードは……」
 
 回り切らない頭で、それでも仲間の姿を探して……見つからない。視線を巡らせても、ただただ黒い海が広がり続けているだけだ。
 
 不意に……顔に掛かる月明かりが消えた。
 
「心配せんでも、お前で最後なのじゃ。安心して寝てろ」
 
 女にしても高い声が、妙に古めかしい口調で語り掛けて来る。目を向けてみても、逆光で顔がよく見えない。
 
「はは、そりゃ…ありがてぇや……」
 
 力の入らない手を掴まれながら、ユーリはそれだけ呟き、再び意識を沈み込ませていった。
 
 
 
 
「(リタは………上か)」
 
 再び目覚めた時、ユーリは見慣れぬ小部屋にいた。着ていた服は物干し竿代わりの紐に掛けられ、代わりにバスローブを着せられて、ベッドの上に寝かされていた。
 
 ラピードはベッドの傍で丸くなっており、リタは二段ベッドの上で今も小さく寝息を立てている。室内を緩やかに揺らすこの感じは、まだ海の上という事だろうか。
 
「(物好きな奴もいたもんだ)」
 
 状況から見て、海に投げ出されたユーリ達を誰かが救助したという事なのだろうが、あんな嵐で近海に船が出ていたという事自体が軽く驚きだ。
 
 ユーリらの武器も魔導器(ブラスティア)も机の上に置かれているあたり、かなり無用心な輩らしい。
 
「(俺らが悪党だったらどうすんだか……つーか、実際盗賊だし)」
 
 手早く着替えてから、ユーリはリタとラピードを起こす。
 
「ほら、起きろ。さっさとおいとますんぞ」
 
「ふぁ……?」
 
「わぅん……」
 
 海上ではどこにも行きようがないのだが、それでも無防備なままで居続けるよりマシだろう。
 
 仕事柄、リタもこういった状況には慣れている。特に説明も求めずに紐に掛けられた衣服を回収し、二段ベッドの上に上り……
 
「覗いたら爆撃するからね。犬、ちゃんと見張っててよ」
 
「ワン」
 
「………だから覗かねーって」
 
 恒例の念押しをしてから、もぞもぞと着替え始めた。毎度毎度しつこく牽制を掛けるリタもリタだが、その度に言われるままユーリに睨みを利かせるラピードもラピードだ。
 
 ユーリとしては甚だ遺憾である。
 
「繊細なお年頃なのは解るけどさ、俺がガキの着替え覗くとかそういう発想やめろよな」
 
「子供扱いすんな!」
 
「女として見て欲しいってか?」
 
「っ~~~誰もそんなこと言ってないでしょ!?」
 
 せめてもの憂さ晴らしに軽口を叩けば、後頭部に枕の直撃を受ける。いつまで経っても反抗期の終わらない妹だった。
 
「……で、どうなったの」
 
「さぁな。今から命の恩人の誰かさんにご対面って感じか」
 
 背後で軽い着地音。それを聞いて、ユーリは閉じていた眼を開いた。完全装備な魔導少女が、憮然とした表情でこちらを睨んでいる。
 
「いくか」
 
 ユーリは特に気にした様子もなく笑いかけた。扉を開き、甲板へと出る。雨は……降っていなかった。
 
「錨を下ろせー!」
 
「歌えー!」
 
「お頭ー、街の様子はどうですかー?」
 
 見渡す限り、海の漢、海の漢、海の漢。さして広くもない船の上で忙しなく動き回っている。かなり暑苦しい。
 
 その中には、ユーリらと一緒に海に飲まれた船員も混じっていた。
 
「おーい、ちょっといいかー?」
 
 何気なく、手近な船員に声を掛けた……つもりだった。何故か返事は上から降って来る。
 
「お? 起きたか」
 
「うおぁ!?」
 
 猛スピードで頭上から来たる影と共に。咄嗟に跳び退いて、その姿をまじまじと見てみる。
 
「むぅ、聞いとったより佳い面構えじゃの」
 
 小さな少女だ。三年前のリタと同じか、それ以上に幼く見える。二筋の三つ編みに結われた金の髪と、何より着られているようにサイズの大き過ぎる海賊帽とフロックコートが特徴的だ。
 
 はっきり言って、この少女だけがメチャクチャ浮いている。しかし……ユーリはこの声に既視感を覚えた。
 
「気分はどうじゃ。記憶でも飛んどらんか?」
 
「………なに、この子」
 
 いかにも怪訝な目を向けているリタとは違い、ユーリは何となく気付く。
 
「お前が、俺たちを助けてくれたのか」
 
 あの時、海を漂っていた自分に語り掛けて来たのは、この少女だと。
 
「おぉ、自己紹介がまだじゃったな」
 
 少女はポンッと手を打って、コホンと一つ咳払い。両手を腰に当てて片目を瞑った。
 
「うちこそが、海船ギルド『ウミネコの詩』の頭。パティ・フルールなのじゃ!」
 
『お頭ぁぁーー!!』
 
 何故か勝ち誇る少女の後ろで、海の漢たちの暑苦しい叫びが、大海原に木霊した。
 
 
 
 
「んじゃの。縁があったら近いうちにまた会えるのじゃ、多分」
 
「はいはい、縁があったらね」
 
 実に軽い別れの言葉を残して、ユーリとリタ、ラピードは船の手摺りから陸地へと跳び降りた。
 
 助けてもらい、仰々しく自己紹介などしても貰ったが、だからと言って長居する理由もない。
 
 この礼はいつかする、と口約束を残して、早々に船を後にした。
 
 パティは小さい体で手を大きく振りながら、二人と一匹の後ろ姿を見えなくなるまで見送ってから………
 
「これで良かったのかの?」
 
「いいのいいの。これがウチのスタンスだから」
 
 振り返りもせず、“背後の物陰に隠れていた男”に問い掛けた。えらく軽薄な返事が、当然のように返ってくる。
 
「あの二人なら、おっさんと違って派手に暴れてくれるでしょ。その尻拭いに精を出すのが大人の仕事ってね」
 
 紫の羽織に束ねたざんばら髪。神出鬼没な我らがレイヴンである。
 
「……はぁ、二人が気の毒なのじゃ。何なら、うちも暴れてやろうか」
 
「……パティちゃんが出るとハチャメチャになるんで、勘弁して下さい。今回は裏方に回ってちょうだいな」
 
「つまらんのー」
 
 頬を膨らませてそっぽを向くパティに、レイヴンは切実に両手を合わせて拝み倒す。
 
 ここで本当に気まぐれを起こされると、地味に積み上げていた草の根活動が一気にパーになる。……最悪、全滅もありうる。
 
「んじゃ、俺様もやる事あるんで この辺で」
 
 逃げるように……と言うか正しく逃げて、レイヴンも陸地に飛び降りた。そして、ユーリ達とは真逆の方向に駆け出す。
 
「……深海で獲物を誘うアンコウよりも賢しいおっさんじゃのぉ」
 
 がに股で落ち着きなく走る後ろ姿を、ひたすらジト眼で見送って、パティは勢いよく振り返った。
 
 こしゃくだが、やる事はいちいち派手だ。ああいう輩は嫌いじゃない。
 
「野郎ども、錨を上げろ! うちらもうちらの仕事をするのじゃ!」
 
『へい、お頭!!』
 
 海底に刺さる錨を上げて、フィエルティア号は動き出す。その勇壮は、まるで…………。
 
 
 
 
「どう思う?」
 
 何に対してか、ユーリは隣を歩くリタに呟いた。同じく考え事をしていたリタも、弾かれるように顔を上げた。
 
「どうもこうも、ここまで来たら信じるなって方が無理でしょ」
 
 ピッと、リタはさして遠くもない空を指差す。その先にある黒雲は、“カプワ・ノールの上空にだけ”いつまでも渦巻いていた。
 
「天候に干渉する『天操魔導器(メテオラ・ブラスティア)』。……本当にあるとしたら、帝国の馬鹿の手になんて置いておけない」
 
 天候を操る巨大魔導器を使って、最近赴任してきた執政官が住民に悪質な嫌がらせを繰り返している。
 
 それが、リタやユーリがレイヴンから聞いたカプワ・ノールの現状だった。今一つ半信半疑だったその情報も、先の嵐を経て俄かに現実味を帯びて来ている。
 
「そこは俺も依存ないけどな………」
 
 曖昧に同意して、ユーリは懐から……別れ際にパティから渡された物を取り出し、眺めた。
 
『レイヴンから預かった物なのじゃ。カプワ・ノールの執政官に会うんじゃろ?』
 
 魔獣・リブガロの金の角。これを売れば一生 税金に追われる心配は無くなる程に貴重な代物だ。いきなりこんな物を渡してくるだけでもかなり怪しいが、出所がレイヴンとなるとその胡散臭さは筆舌に尽くしがたい。
 
 そのレイヴンと知り合いらしいパティも、一体何者なのやら……。そもそも、あの年齢で『ウミネコの詩』のボスというのが不自然だ。
 
「(ま、いいか)」
 
 あんなおっさんでも、『漆黒の翼』のボスだ。今さら何を企んでいても驚きはしないし、たぶん思惑を知っても自分の行動は変わらない。
 
 経験からそう判断して、ユーリは角を再び懐にしまった。
 
「けど、問題はどうやって盗むかだろ。そんな大層な代物なら、運び出すだけでも一苦労だぞ」
 
「あんたが背負って走りなさい」
 
「………了解」
 
 少女の無茶ぶりに苦笑いで応えて、ユーリは足下の相棒に目を向けた。
 
 視線を受けたラピードは、「その時は俺が戦闘を引き受けてやる」な顔で鼻を鳴らす。
 
「気を取り直して行くわよ、カプワ・ノール!」
 
 改めてモチベーションを高めたリタが、沈み込む街を頼もしく指差した。
 
 
 



[29760] 5・『強盗』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2011/10/18 08:47
 
 『天操魔導器(メテオラ・ブラスティア)』。天候を操ると言われるその魔導器の力を使い、カプワ・ノールの執政官・ラゴウは嵐を呼び、住民が船を出せないようにした。
 
 船が出せず金を稼げない住民に重税を課し、払えない者は当人、或いはその家族を連れて行く。これまで連れて行かれて、帰って来た者は一人もいない。
 
 悲嘆に暮れる住民に、ラゴウは一つの提案を持ちかけた。魔獣・リブガロの角を持って来る事。そうすれば人質の返還はもちろん、一生分の税金を免除すると。
 
 しかし、そのリブガロも元を正せばラゴウが野に放したものだった。
 
「(無駄だな)」
 
 ここ、カプワ・ノールに暮らす家族・ティグルとケラスから一連の話を聞いて、ユーリは迷わずそう断じた。
 
「早く今月分の税を納めなければ、ポリーは……!」
 
「でも、そんな怪我で魔物に出くわしたら今度はあなたが……!」
 
 この家族もまた、一人息子を連れ去られたらしく、既に満身創痍の体でリブガロ狩りに行こうとしている。
 
 ユーリに言わせれば、無駄の一言に尽きる。
 
 ともあれ、ユーリは無関心極まりない態度で耳をほじりながら、懐に入っていた物を机の上に無造作に放り投げた。
 
 ティグルとケラスの、動きが止まる。
 
「これは、まさか……」
 
「お目当てのリブガロの角。つっても、これ渡したからって本当にガキが戻って来る保障なんてないけどな」
 
 信じられないような顔で手の中の金角を凝視していたティグルは、ユーリの言葉の後半に思わず顔を上げる。聞き捨てならないセリフだった。
 
「どういう、意味ですか」
 
「その執政官は、別に税金が欲しくてこんな事してるわけじゃない。自分の嫌がらせで住民が苦しむのを見て楽しみたいのよ」
 
 両掌を上に向けて、リタもまた肩を竦めた。リブガロを野に放したのが当のラゴウである以上、本当に住民がリブガロを倒す事など望んでいるはずがない。
 
 無理難題に挑んでもがき苦しむ姿を見れなければ意味がないのだ。
 
「そんな……じゃあ、ポリーは……」
 
 絶望に打ち拉がれる夫妻を慰めるでもなく、ユーリは今後のスケジュールについて考える。
 
 最初はセオリー通りに夜まで待ってから忍び込む予定だったが……あまり時間を掛けるのも良くなさそうだ。
 
「んじゃ、俺たち仕事があるんでこの辺で」
 
「それっぽいの見かけたら、ついでに拾っといてあげるわよ」
 
 返事も待たずに、ユーリとリタはさっさと家を出る。しかしティグルもケラスも、そちらに気を払う余裕などなかった。
 
 子供は助からない。
 
 認めたくなかった現実を突き付けられて、ただ下を向く事しか出来なかった。
 
(ドォン!!)
 
 ―――鳴り止む事の無い雨音の中で、一つ目の爆音が響いた。
 
 
 
 
「昼間っから正面衝突とか……どんだけ馬鹿っぽい作戦なのよ!」
 
 リタの火炎弾が、屋敷の扉を吹き飛ばす。
 
「たまにゃこういうのもいいだろ。お前だってノリノリじゃねーか」
 
 ユーリの一閃が、迫り来る傭兵の剣を斧を枯草のように刈り取る。
 
「……………………」
 
 刃を失った得物を凝視したまま、傭兵たちは自分がやられた事にも気付かずに意識を手放す。
 
 それらを見下ろして、短刀を咥えたラピードは「この程度で傭兵か」の顔だ。
 
「貴様ら一体なにものだ! ここをラゴウ執政官の屋敷と知っての狼藉か!」
 
 半壊した壁から屋敷の中に踏み入れば、およそ貴族の衛兵には似付かわしくないならず者がワラワラとユーリ達を歓迎してくれる。
 
「馬鹿っぽい……。こんな連中 雇って、騎士には見せられない事してますって言ってるようなもんじゃない」
 
「『紅の絆傭兵団(ブラッド・アライアンス)』か……ギルドが権力を傘に着るようになっちゃおしまいだぜ」
 
 何やら口々に喚いている傭兵どもは無論 無視して、リタは両掌を腰溜めに構えた。
 
 一言で言うならば、問答無用。
 
「“あどけなき水の戯れ”『シャンパーニュ』!」
 
 突き出した右の掌から、無数の水泡が飛び散った。それらは着弾と同時に弾け、外見からは考えられない水圧によって傭兵どもを薙ぎ払う。
 
 間髪入れずに、魔術によって拓けた突破口にユーリとラピードが切り込んだ。
 
「『爆砕陣』!」
「ワォン!!」
 
 全体重を乗せたユーリの斬撃が爆発を起こし、ラピードの短刀が衝撃波を弾けさせる。
 
 至近に舞い込んだユーリらに注意が集中したところで―――
 
「“ささやかなる大地のざわめき”『ストーンブラスト』!」
 
 リタの魔術が鋭く狙い撃つ。直下より噴き出した数多の“弾岩”を無防備に受けて、また数人の傭兵が昏倒する。
 
 あっという間に、もう半分だ。
 
「(こんな、馬鹿な……!)」
 
 傭兵の一人が、心の中で呟く。『紅の絆傭兵団』と言えば、ユニオンの五大ギルドにも名を連ねる最強の傭兵ギルド。
 
 それが、たった二人の人間と犬にあしらわれている。しかも、一人はまだ年端もいかない小娘だ。
 
「……黒い長髪の男に、ゴーグル掛けた小娘……」
 
 ふと、誰かが気付いた。それが無意味な事とは知らずに。
 
「間違いねぇ! こいつら盗賊の……『漆黒の翼』だ!」
 
「へっ、今ごろ気付いたのかよ!」
 
 何故か嬉しそうに啖呵を切るユーリ……の、マフラーを引っ張って、リタはさっさと屋敷の奥へと走りだす。
 
「何すんだよ! あそこで逃げたらキマらねーだろ!」
 
「うるさい! あんなのと遊んでる間に天操魔導器もち逃げされたらどうすんのよ! まだ何処にあるかも解ってないのに………」
 
 いつの間にか目的が強盗から戦闘にすり変わっているユーリを一喝して、リタは天操魔導器に思いを馳せる。
 
「大気中のエアルに干渉して天候を左右してるなら、やっぱり上の方―――」
 
 それとなく上を見たリタの視界に……床が映った。なぜ上を見上げて床が見えるのか、そして何故、狭くて四角形な天井の面積が瞬く間に小さくなっていくのか。
 
 平たく言えば………
 
「きゃああぁぁーー!!」
 
「放せバカリタ! 身動き取れねーだろが!」
 
「バカって言うな馬鹿ユーリ!」
 
 二人なかよく、落ちていた。突然 底の抜けた床の穴へと。
 
「ったく、ベタなトラップ仕掛けやがって!」
 
 そのベタなトラップに引っ掛かった自分の事は棚に上げて、ユーリは小さく舌打ちした。
 
 逆手に握った白剣・『クラウ・ソラス』を、高速で過ぎる石壁に勢いよく突き立てる。
 
「くっ……の……!」
 
 剣先がガリガリと壁を削り、強い摩擦が火花を散らし、落下のスピードを軽減させるが………止まらない。
 
「しゃーねぇ、しっかり掴まってろよ!!」
 
 迫る大地を睨み、ギリギリまで減速してからユーリは壁を蹴った。珍しくリタが素直にしがみついているのをありがたく思いつつ、右の拳を限界まで引き絞り―――
 
「ッらぁ!!」
 
 着地に合わせて、思い切り地面を殴りつけた。激しい破砕音を響かせて、石床に小さなクレーターが出来上がる。
 
 拳撃の余波でフワリと浮いたユーリは、何事もなく着地に成功した。
 
「ふー……何とか上手くいったな」
 
 ぷらぷらと右手を振って、ユーリは安堵の溜め息を吐く。
 
 ユーリの両手に嵌められているグローブ。剣と同様、ユーリにとってはグローブもまたエアル伝導率の高い武器なのだ。
 
 エアルを強く纏える分だけ、足で着地するよりも安全と言える。
 
「………生ぐさ」
 
 着地の余韻から醒めて、ユーリが最初に抱いた感想がそれだった。地下牢か何かだろうか、薄暗くて だだっ広い空間に、吐き気を催す臭いが充満していた。
 
 血と、獣と、何かが腐った臭い。
 
 燭台の微かな灯りに照らされた空間を見渡して目に映る骨は……魔物の物だけではないのだろう。血塗れに黒ずんだ衣服の残骸が、遺骨の横に散らばっていた。
 
「……………………」
 
 ユーリは心が不穏にざわつくのを感じながら、眼を鎖して自制する。リタに見せるような顔ではない。
 
 ふと、落下の途中から一言も喋らないリタが気になった。
 
「リタ?」
 
 確かに気分の悪くなる光景ではあるが、リタとてそれなりの場数を踏んでいる。こんな事で自失するわけなどないのだが……現に、リタはユーリの胸に頭を押し付けて離れない。
 
「………もしかして、さっきのダイブか?」
 
「………うるさい」
 
 上ずった声の「うるさい」は、肯定と見るべきか。今まで気付かなかったが、どうも高所恐怖症らしい。
 
「(ラピードは上か……ま、心配ないだろうけど)」
 
 顔を見られたくないだろうリタはしばらく放置して、ユーリは天井の穴を見上げる。
 
 上を見ていたリタや、そのリタに掴まれていたユーリとは違い、ラピードは落とし穴に掛からずに済んだようだ。
 
「ひっ……ひぃ……ひぃぃ~ん……!」
 
 密閉された空間に、むせび泣く声が木霊する。
 
「よしよし……よっぽど怖かったんだな……」
 
 柄じゃないと知りつつ、胸の中の少女の頭を撫でると―――
 
「あたしじゃ……ないわよ!!」
 
「痛って!?」
 
 思い切り足を踏まれた。指先を狙って全体量を乗せた、恐ろしく容赦の無い踏み込みである。
 
「この声、どこから聞こえてるんだろ」
 
 さっきまでの失態を誤魔化すように、片足を押さえて飛び跳ねるユーリを無視してそそくさと扉の一つに駆けて行く。
 
「てて……。リタじゃない?」
 
 ようやく痛みの和らいだ足を地に着けて、ユーリは改めて耳を澄ました。あの泣き声がリタではないとすれば、こんな空間に誰かがいるとすれば………
 
「ちょ、ちょっとユーリ!」
 
 狙いすましたようなタイミングで、リタの声がユーリを呼ぶ。
 
 扉を抜け、通路を抜ければ、そこに困り果てた顔のリタがいた。その膝元で、小さな男の子がメソメソと泣いている。
 
 どうすればいいか判らずオドオドするリタの脇を抜けて、ユーリは子供の頭を掴んだ。
 
「男がぴーぴー泣くんじゃねえ。苦しい時こそ笑ってみせろ」
 
「……無茶言ってるわ」
 
 顔を自分の方に向かせて、視線を逸らせないようにしてから瞳を見据えられ、子供はピタリと泣き止んだ。
 
 元気づけられたわけでも、頼もしく思ったわけでもなく……単純に怖かったからだ。
 
 泣く子も黙るとは、こういう事を言うのか。
 
「あんた、ゼッタイ息子に厳しくて娘に甘い父親になるわね」
 
「どうかね。そもそも父親なんて柄じゃねーよ」
 
 リタの率直な感想に軽口で応えて、ユーリは子供を脇に抱えた。既にユーリは片手に剣を、リタは帯を構えている。
 
「泣くなよ、“ポリー”」
 
 その眼は、餌の匂いに引き寄せられた魔物の姿を捉えていた。
 
「俺たちが盗み出してやるからよ」
 
 顔は見えない。名前も知らない。ただギラギラと燃えるような青年の言葉に………
 
「………うん」
 
 ポリーは、小さく頷いた。
 
 
 



[29760] 6・『殺意』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:ef78e215
Date: 2011/10/19 20:49
 
「じゃあ、お前以外には残ってねーんだな」
 
 血なまぐさい地下迷宮の中を、ユーリはポリーを脇に抱えて走る。
 
 ………迫り来る魔物たちを斬り散らして。
 
「(ここまでの奴は、初めてかな………)」
 
 この屋敷の主であるラゴウは、税を払えなかった事を理由に連れ去った住民をこの牢に放り込み……魔物の餌としていたようだ。
 
 おそらくは、ただ自分が楽しむ為だけに。
 
「…………………」
 
 ポリーは泣かず、ただ俯いて黙り込む。
 
 同じ街の住民が一人、また一人と魔物に喰われていく様を見ながら、ポリーはずっと震えていたのだろう。
 
 自分が喰われる瞬間に怯えながら、誰かが喰われる瞬間から目を背けて。
 
 それは一体、どんな気持ちなのだろうか。
 
「………魔導器(ブラスティア)頂くだけじゃ、収まんねーな」
 
 誰にも聞こえないほど小さく、ユーリは呟いた。その眼が今、どんな色を宿しているのか、長い前髪に隠されて見る事は出来ない。
 
「はっ!!」
 
 一閃、ユーリは道を遮る鉄格子を斬り裂く。地下の魔物は軒並み倒した。街に魔物が入り込む心配もない。
 
「(来ねーのか……)」
 
 思ったより“到着”が遅い事に、ユーリは内心で舌打ちした。事前の打ち合わせで、リタはこの地下牢に落とされてから、大きな音や衝撃を生む魔術は一度も使っていない。
 
 ユーリ達としては、今は「侵入者は罠に落ちて魔物の餌になった」と思われていた方が都合がいいのだ。
 
「(まあ、わざわざ待つ事もないか)」
 
 こんな“遊び”をする人間なら、きっと“身の程知らずな盗賊”が喰われる様を見物に来ると踏んでいたのだが、今のところ その様子は無い。
 
 もしかすると、上でラピードが奮闘しているのかも知れない。
 
 鉄格子を破り、さらに階段を駆け上がると、世界が変わる様に周囲の様相が一変した。
 
「これは………」
 
 淡い青光に彩られた厳かな大広間。一階も二階も無い高い空間の中心に据えられた柱の真ん中で、巨大な魔導器が稼働している。
 
「災い転じて、って奴か」
 
 まず間違いない。これが目当ての『天操魔導器(メテオラ・ブラスティア)』だろう。ユーリとしては独り言のつもりはなかったのだが、リタはとっくに階段を駆け上がっている。
 
「ストリム……レイトス……ロクラー……フロック……。複数の術式をこんな無茶苦茶なやり方で組み合わせるなんて!」
 
「リタ、調べるのは後にしろ。さっさとそれ持って引き揚げるぞ」
 
 もはや他に何も見えていないかのように解析術式を繰り始めるリタの肩を、ユーリが掴む。
 
 いくら何でも、敵地のど真ん中で研究などさせるわけにはいかない。
 
「この子……声が聞こえない……もうちょっと、もうちょっとだけ………」
 
「おいおい」
 
 リタの手は術式から離れない。魔導器を盗んだ事は幾度となくあるが、リタがこんな行動に出るのは初めてだ。
 
 それだけ、この天操魔導器が特殊な代物だという事だろうか。
 
 ユーリは、リタの困惑に気付かない。
 
 ひっぺがしてでも退却しようかどうかユーリが悩んでいると………階下から絶叫が響いた。
 
「その魔導器に触るのではありません!」
 
「来ちまったよ……」
 
 手摺りに上体を凭れさせて、ユーリは下を見下ろす。
 
 予想通りの傭兵たちの真ん中に、明らかに風貌の違う老人が一人。黒のローブに円柱の帽子、鼻の横に大きな黒子。しかし何より………歪んだ光を帯びた眼が印象的な男。
 
「アンタがラゴウさん? 随分と胸くそ悪い趣味をお持ちじゃねーの」
 
「あれは私のような高貴な者にしか楽しめない娯楽なのですよ。卑しい盗賊風情には理解出来ないでしょうがね」
 
 開口一番のユーリの挑発に、ラゴウは表情を愉悦に歪めた。つまらないほど想像通りの悪人像に、ユーリは落胆の溜め息を吐く。
 
「そんな事より、これはどういうつもりです! 私があなた達に依頼したのは、余所から魔導器を掻き集めて来る事だったはず! 屋敷に殴り込めなどと頼んだ憶えはありませんよ!」
 
「ふぅん?」
 
 思い出したように喚き散らすラゴウの言い分に、ユーリは僅か眉を上げた。
 
 ラゴウから『漆黒の翼』に盗みの依頼があった……という話を、ユーリは知らない。しかし、“依頼人”がこう言っている以上、依頼自体はあったのだろう。
 
 ………誰かさんは知っていたのだろうが。
 
「どうもこうも……こういう事だ、よ!」
 
 手摺りから身を躍らせて、ユーリは階下に飛び降りる。落下の勢いを乗せた渾身の斬撃が、爆発を起こして傭兵を吹き飛ばした。
 
「ひ……っ!」
 
 砕き飛ばされた刃の欠片の一つに帽子を弾かれ、ラゴウは短く悲鳴を上げた。その視線の先で……傭兵に囲まれたユーリが不敵な笑みを浮かべて立っている。
 
 ラゴウには信じられない。“自分が歯向かわれた”という事が信じられない。
 
「わ、私は評議会の人間ですよ!? タダで済むと思っているのですか!」
 
「さぁ? タダじゃなけりゃ どうなんのかね。豪華なディナーにでも招待してくれるってか」
 
 評議会とは帝国の政治、外交を司る有力貴族の機関。皇帝不在の今、その立場は皇帝の代理人と言い換えてもいい。
 
 逆らえる人間などどこにもいない。ラゴウは本気でそう信じていた。
 
「今まで権力の無い人間を散々オモチャにしてきたんだろうが、今のテメェは市民権一つ持たない俺一人からも身を守れねえ」
 
 淡々と語る片手間に、ユーリは道を遮る傭兵たちを見もせずに制圧していく。そして……一歩一歩ラゴウへと足を進ませていく。
 
「な、何をしているのです! 報酬の分まで働きなさい!」
 
 一喝しても、もう傭兵たちはユーリに挑み掛からない。その場の誰もが、ユーリの纏う空気が刃物の様に冷たくなっていくのを肌で感じていた。
 
「魔物は全部倒しちまってな。餌にしてやれねーのが残念だぜ」
 
 権力を盾にしても止まらない。金で雇った傭兵でも止められない。自分があの白刃を防ぐ術を何も持たないと知ったラゴウは――――
 
「あ、あぁ、あ……」
 
 何も、出来なかった。足が震えて、逃げる事すら出来ない。言葉にならないか細い声は、命乞いのようにも聞こえる。
 
 剣が、上に振り上げられる。ラゴウの身体を二つに割らんと、天に向けて翳される。
 
 そして―――
 
「ぎゃあ!?」
 
「熱ぃっ!」
 
 爆炎が弾けて、ラゴウは吹っ飛んだ。むしろ、ユーリも吹っ飛んだ。
 
「こんな無茶苦茶な使い方して………魔導器が可哀想でしょーがぁぁーーー!!」
 
「おまっ、俺ごと殺す気か!」
 
「うるさーーい!!」
 
 火炎弾の出所を眼で追えば、さっきまで自分の世界に没頭していたはずのリタがキレている。
 
 口答えしたユーリに向かって、さらにファイアボールをもう一丁。慌てて躱したユーリの代わりに、至近の傭兵が黒焦げた。
 
「そんなジジイほっといて、さっさと引き揚げるわよ! ………待っててね、すぐに治してあげるから」
 
 一方的に怒鳴り付けた後、天操魔導器を優しく撫でさするリタ。
 
「……………………」
 
 そんなリタと、黒焦げて気絶しているラゴウと、そしてポリーをそれぞれ睥睨してから―――
 
「……ったく、解ったよ」
 
 ユーリは、苦笑混じりにリタに応えた。その脇を………
 
「そーそー。ちょっとズル賢くなるだけで、やれる事なんていくらでも増えちゃうんだから」
 
 さも“一緒に突入しました”といった体を装ったレイヴンが、小走りに擦り抜けた。ちゃっかりラピードも一緒にいる。
 
「……おっさん、今までどこで何してやがった」
 
「苦情はあとあと! リタっち、あっちのカベ壊しちゃって〜」
 
「あたしに命令すんな!」
 
 諦め気味に突っ込むユーリにウインクを一つよこして、リタに物騒な指示を出すレイヴン。
 
 リタは当然 文句を言いながらも……意外なほど素直にクルクル回りだした。
 
「『スパイラルフレア』!!」
 
 リタの広げた赤の術式から、特大の火球が大砲よろしく撃ちだされる。解き放たれた炎弾はいとも容易く屋敷の壁を屋根を爆砕し……その先に見事な青空を開けさせた。
 
 天操魔導器の特性ゆえか、この部屋は最も外側に位置していたようだ。
 
「なるほど、そういう事か」
 
「ワンッ!」
 
 リタに指示したレイヴンの意図を読んで、ユーリが壁を走って跳び上がり、ラピードが素早く地を駆ける。
 
 同時に放たれた二筋の剣閃が、柱から天操魔導器を筐体ごと斬り離す。その間に、レイヴンは既に詠唱を終えていた。
 
「『ハヴォックゲイル』!」
 
 エアルがマナに変わり、マナが風に変わり、風が竜巻へと昇華する。魔術によって室内に生まれた暴風は、ユーリを、リタを、レイヴンを、ラピードを、そして天操魔導器を外へと運ぶ。
 
「待ておっさん! ガキがまだ残ってる!」
 
「いーのいーの。後は正義の味方に任せましょ」
 
 暴風に攫われながら、ユーリは取り残されたポリーに目を向ける。ここから盗み出してやる、という約束は、果たされたのかも知れない。
 
 しかし……
 
「ありがとう! おにーちゃんたちー!」
 
「………俺の真似はすんなよ! ロクな大人になんねーから!」
 
 何も知らない無邪気な呼び声に、ユーリはいつもの軽口を返した。
 
 ……らしくない。
 
 そんな風に、今日の自分を振り返りながら。
 
 
 
 
 ――――竜巻が数多の暴虐を連れ去った屋敷に…………
 
「そこまでです! 連続食い逃げ犯・ゾルフ! わたしが来たからには、もう逃げられ………あれ?」
 
「エステリーゼ様! 勝手に屋敷の中に入っては………!」
 
「な、何で人がいっぱい倒れてるの……!」
 
 見覚えのある客人があった事を、ユーリはまだ知らない。
 
 
 
 
(おまけ)
 
 本編中にも書いてはいますが、一応現在の何人かの衣装を、原作風に。
 
ユーリ:黒衣の断罪者
リタ:求道者
レイヴン:初期衣装
ラピード:初期衣装
ジュディス(初登場時):華やかな夜への誘い
 



[29760] 7・『パティ』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:4abbb7e4
Date: 2011/10/21 17:15
 
「イヤァアーー!! 落ちる落ちる落ちる落ちるってばーー!!」
 
 火球によって穿たれた屋敷の大穴から、『漆黒の翼』を乗せて竜巻が立ち上る。
 
 天操魔導器(メテオラ・ブラスティア)もろとも高々と空に放られて、リタはひたすら悲鳴を上げる。その放物線が描く先には、青々と揺らめく海。
 
「(いや、あれは……)」
 
 こんな時でも何処か達観しているユーリは気付く。自分たちが落ちる先に、一隻の船が進んで来ている事に。
 
「帆を張るのじゃーー!!」
 
 突如、落下地点を見ていたユーリらの視界を、純白が埋め尽くす。それは……屈強な海の漢たちの広げる美旗。
 
(バリッ!)
 
 もっとも、そんな事で巨大魔導器を受けられるはずもなく、仲良く揃ってダイブを果たしたユーリ達は、折り重なるように船の甲板に貼りついた。
 
 一番下にレイヴン、その上に天操魔導器、ユーリ、リタ、一番上に不時着したラピードが雄々しくお座りしている。
 
「犬……早くどきなさいよ」
 
「お前もな……」
 
「…………………」
 
 二度目のダイブでやや腰砕け気味のリタ。そんなリタに苦情を言うユーリ。屍よろしく無言のレイヴン。何とも締まらない『漆黒の翼』の前に、一人の少女が歩み寄る。
 
「どうやら、縁があったようじゃの」
 
 三つ編みの金髪。大きすぎるフロックコート。アンバランスな海賊帽。忘れるはずもない、『ウミネコの詩』の頭・パティだ。
 
「……よく言うぜ。どうせおっさんとグルだったんだろ」
 
「ふふん♪ ショーに興じるイルカよりも芸術的な手並みじゃろ?」
 
 ジト目のユーリに向けて、パティは手で銃を真似てパンッ! と撃つ。撃った後に人差し指の先を一息する事も忘れない。……お茶目である。
 
 しかし実際、レイヴンとの打ち合わせがあったとしても、あのタイミングの良さで船を操るのは尋常ではない。
 
 この程度の船で嵐を越えて来た事といい、やはりただ者ではないようだ。
 
「恩に着る必要はないぞ。海を荒らす輩を見過ごせん気持ちは、むしろ うちらの方が上なのじゃ」
 
「そうかい、ありがとよ」
 
 しかし、そうは言っても子供は子供。リタの時もそうだったが、ユーリにとって子供の実力はあまり関係がない。
 
「あぅ」
 
 ようやく人間サンドイッチから抜け出して、帽子ごとパティの頭を撫でた。ユーリの手に合わせて、パティの小さな体が左右に揺れる。
 
「それはいいけど、さっさと港から離れた方がいいんじゃない。あんまり長居すると面倒な事になるわよ」
 
「おお! そうだったのじゃ」
 
 リタの指摘を受け、パティが跳ねる。跳ねて……反転し、右腕を力強く広げた。
 
「面舵いっぱい! トリム港まで急ぐのじゃ!」
 
『へい、お頭!!』
 
 小さな船長の指示に応えて、船員が、そして船が動き出す。
 
 リタは追っ手を防ぐ為にラゴウの私有船を爆破し、パティは常の習慣として船首の先で双眼鏡を構えた。元気な少女らを眺めながら、ユーリは縁に背をもたせて空を仰ぐ。
 
 色々と気になる事も無くは無いが、とりあえず一仕事を終えた。
 
 ―――ユーリは、そんな風に油断していた。
 
「お?」
 
 カプワ・トリムに向かうフィエルティア号の船首。そこで前方に双眼鏡を向けていたパティの、怪訝そうな声に、まだ誰も気付かない。
 
「(鳥?)」
 
 自分の視界に映るそれを、パティは初め そう思う。
 
 しかし、フィエルティア号の進路方向から向かって来るそれは、互いが接近しているが故に瞬く間に大きくなり―――
 
「おぉ!?」
 
 その全容を、パティに晒した。
 
 群青色の体毛、後方に伸びる二本の角、宙を掻くヒレ………
 
「スカイ・アオクジラなのじゃ!!」
 
 パティのやや的外れな歓声が、ユーリの耳に届いた。
 
 
 
 
「……クジラ?」
 
 パティの叫びに、何事かと船の前方に駆け付けたユーリの第一声がそれだった。
 
 確かに形態としてはクジラに見えなくもないが、些か以上に小さ過ぎる。何より、空を飛んでいる。
 
 しかし それ以上にユーリの目を惹いたのは……“その上”だ。
 
「何だ、あれ?」
 
 空を泳ぐ魔物。それに跨って、純白の騎士がそこにいた。
 
 衣、鎧、ガントレット、レギンス、仮面で顔まで すっぽり隠す円錐のフード、その全てが純白。そんな怪しい風貌の騎士が魔物に跨り、槍を携えて………フィエルティア号に近づいて来る。
 
「何よ、あれ………」
 
 いつの間にか、リタがユーリの隣に来ていた。真っ先にパティが咆える。
 
「あれはクジラなのじゃ! 独特の味わいで、唐揚げにすると旨いのじゃ!」
 
「クジラにしちゃ小せーだろ。せめてサメとかイルカとか」
 
「世の中には小さいクジラだっているのじゃ。ユーリは海を解っとらんの」
 
「なら飛んでんのは どう説明すんだよ」
 
 ユーリとパティの能天気な会話に―――
 
「………違う」
 
 リタが……小さな声を差し挟む。少し様子がおかしい。
 
「クジラでもイルカでもなくて、竜だって……これって、シゾンタニアの時と同じ……」
 
「リタ………?」
 
 うわごとの様に呟くリタの、様子を窺う―――
 
「っ……来るのじゃ!」
 
 暇もなく、状況が動き出す。まるで肉食獣が獲物に飛び掛かる瞬間の様に、クジラ……否、竜が、急激に速度を増した。
 
 ―――ユーリ達の乗る、フィエルティアに向かって。
 
 
「野郎ども! 一本釣りにするのじゃ!」
 
『へい、お頭!』
 
「だから違うだろ」
 
 ユーリは反射的に、敵意を感じ取る。パティと、パティに従う野郎どもに律儀にツッコミを入れてから、船室の壁を蹴り、屋根を踏んで―――
 
「よう、面白ぇファッションしてんな」
 
「…………………」
 
 高々と跳躍し、飛来する竜の前方へと踊り出た。―――刹那、彼の視線と仮面の奥の視線が交錯し………
 
(ギィン!!)
 
 次の瞬間、剣と槍とが噛み合った。跳躍による寸暇の接触を経て、ユーリは伸身で一回転してから再び船室の屋根に着地する。
 
 その一瞬の攻防が、ユーリの確信をさらに深いものにした。あれは敵だ、と。
 
 仕事柄、恨みなら星の数ほど買っているから、こういう事にも別に驚きはしないが………
 
「流石に魔物に乗った知り合いはいねーんだけどな」
 
 ユーリの軽口に、竜使いは応えない。ただ窺うように船の周りをゆっくりと旋回する。
 
 ユーリは抜き身の剣を片手に下げて、視線を竜使いから外さない。ラピードは船の真ん中で「ふん、俺が出るまでもない」という顔でぷるぷると震えている。レイヴンは未だにピクリとも動かない。
 
 リタは………
 
「“揺らめく焔 猛追”!」
 
 既に――詠唱を終えていた。
 
「『ファイアボール』!!」
 
 天に向けられた掌から、数多の炎弾が迸る。それらは一直線に空を駆け、竜使いへと襲い掛かる。
 
 ―――が、当たらない。迫り来る火の雨を縫うように、竜は鮮やかに空を泳いでみせた。
 
「甘過ぎ!!」
 
 リタはそんな竜使いを掴み取るように、右の掌を差し向ける。途端――目標を見失ったはずの炎弾の軌道が、変わる。
 
「っ……!」
 
 竜使いを中心に数多の円が折り重なった、火炎の鳥籠へと。
 
「燃えろ!!」
 
 リタが掌を握りこむ。その動きに連動して、全ての炎弾が一斉に爆ぜた。
 
(――――――ッ!!)
 
 大気を震わせ、紅蓮の炎が膨れ上がる。上空に広がる炎の雲に、パティがパチパチと拍手を贈る。
 
「ユーリ、ふん縛って! あいつには訊きたい事が………」
 
 その気になれば、全ての炎弾を破裂させずに直撃させる事も出来た。だが……リタは手加減をした。
 
 ―――それがいけなかった。
 
「っ、まだだ!」
 
「え―――」
 
 燃え盛る炎を斬り裂いて、竜使いが飛び出して来る。咄嗟にユーリは地を蹴って、無防備なリタの前で剣を構えて………
 
「!?」
 
 驚愕した。
 
 リタの背後から強襲を掛けると思われた竜使いは、襲い掛かるどころか……ユーリを見向きもせずに素通りしたのだ。
 
「何を――――」
 
 横切った影を眼で捉えた時には、既に手遅れだった。
 
「っ……やめてぇ!!」
 
 リタの叫びを非情に無視して―――
 
(バギィ……ン!!)
 
 竜使いの槍は―――天操魔導器の魔核を粉砕した。
 
「ちぃ……!」
 
 このタイミングで襲ってきた敵。奇襲に気を取られてその狙いに気付けなかった事が悔やまれる。
 
 ユーリが舌打ちを鳴らし、リタが怒りに震える中で、竜使いは「用は済んだ」とばかりに背を向けて空へと逃げた。
 
 当然、逃がさない。
 
「『蒼破追蓮』!!」
 
 ユーリの連斬が蒼い衝撃波を飛ばす。一発は躱され、一発は槍に弾かれる。その機を逃さず、リタは帯を引いて回っていた。
 
「“灼熱の軌跡を以て野卑なる蛮行を滅せよ”」
 
 詠唱が火の術式を広げ、術式が大気を焦がす。
 
「『スパイラル・フレア』!!」
 
 展開された魔方陣から、先の炎弾とは比較にならない特大の火球が撃ち放たれた。
 
「(当たる……!)」
 
 拳を握って確信するリタの目の前で―――
 
「―――ォォォ」
 
 竜が、大きく息を吸い込んだ。
 
「伏せろ!!」
 
 ユーリの叫びに、一拍遅れて―――
 
『ッ!!?』
 
 リタの火球と竜の吐き出した炎の吐息が、ぶつかり、混ざり、弾けて、先の爆発に倍する煉獄を空に撒き散らす。
 
「逃がさないわよ!」
 
 肌に痛い高熱を浴びながら、リタが未だ健在の竜使いに次なる魔術を繰り出そうとした。
 
 その時―――
 
「よし、何か知らんがウチも手伝うぞ」
 
 ウミネコの詩のボスが、両手を腰に当てて立ち上がる。
 
「“波瀾万丈 塞翁が馬 幸運の波うち寄せる”!」
 
 何やら やけに個性的な詠唱を紡ぎ、パティは勇ましく人差し指で天を差し―――
 
「『クリティカルモーメント』!!」
 
 
 
 
 その時なにが起こったのか、当のユーリ達にも良く判っていない。
 
 ただ、パティを含めた船上の誰もが、突然転んだ。
 
 それはもう、フィクションでバナナを踏んだ時のように盛大に転んだ。
 
 何も無い場所で、何の前触れもなく、冗談のように。
 
 ただ、爆炎や嵐を伴わない平和な青空が………戦いの終わりを告げていた。
 
「あんたのせいで逃がしちゃったでしょーがー!!」
 
「痛いのじゃー! ごめんなのじゃー!」
 
 リタは、とても悔しい。
 
 
 



[29760] 8・『特訓』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2011/10/23 10:44
 
 学術都市・アスピオの簡易拘留所。その片隅の一室に、先刻から一人の男が監禁されていた。
 
 全身をくまなく包帯で巻かれ、一見しただけでは判らないが……カプワ・ノールにて暴政と呼ぶのも生温い非道を重ねた執政官、評議会の一人にもその名を連ねるラゴウだった。
 
「ここから出しなさい! 私は評議会の人間ですよ!? こんな扱いが許されると思っているのですか!!」
 
 彼は権力を過信して増長を重ね、天候を左右する魔導器(ブラスティア)にまで手を出した。それが結果として盗賊ギルド・『漆黒の翼』を呼び込む事になった。
 
 魔導器を狙って殴り込んで来た盗賊に屋敷を半壊させられ、雇った傭兵も残らず倒され、魔導器も盗まれ、彼自身も全身に火傷を負わされた。
 
 これだけでも並々ならぬ屈辱ではあるのだが、問題なのはその後。
 
「おのれ、あんな小娘と青二才に……!」
 
 盗賊が大暴れしたラゴウの屋敷に、あろう事か騎士団の人間が乗り込んで来たのだ。
 
 騎士団は有事に際してあらゆる状況への介入が認められている。流石のラゴウも自分の悪事を隠す事など出来ず、こうしてお縄に就いているのだ。
 
「……見ていなさい。必ずあの騎士の小僧に厳罰を下し、忌々しい盗賊どもを潰してやります」
 
 ラゴウには自信があった。たとえこのまま帝都に連行されて罪を裁かれたとしても、評議会の人間たる自分なら罰を免れ得る事に。
 
 事実、理不尽な格差社会を体現する今の帝国では、その認識は決して間違いではない。ラゴウに下される罰則など、多少地位を下げられる程度のものだろう。
 
 ………そう、今までならば。
 
「お久しぶりですね。ラゴウ殿」
 
 格子にしがみついて呪咀を並べていたラゴウは、突然かけられた声に顔を上げた。
 
 そこに、いつの間にか一人の男が立っている。
 
「何を呑気な……私をこんな所に押し込めるなど、一体何を考えているのです!」
 
「これは失礼。部下の方で伝令が上手く伝わっていなかったようでして」
 
 男は悪びれもせずに肩を竦めた。その仕草がまたラゴウを苛立たせる。
 
「だったら今すぐ私をここから出しなさい! 連行中とは言え、私は評議会の人間ですよ! 相応の扱いというものがあるでしょう!」
 
「ええ勿論。すぐにでも貴方に相応しい待遇を用意させて頂きます。ですが………その前に一つだけ応えては貰えませんか?」
 
 眼鏡を軽く指先で押して、男の視線が真剣味を増した。
 
「あの『天操魔導器(メテオラ・ブラスティア)』は、今どこに?」
 
「卑しい盗賊に盗まれてしまいましたよ。まったく、身の程知らずなネズミどもめ」
 
 このカビ臭い拘留所から早く出たい。そう思って、ラゴウは男の質問に即答する。実際、知られて困る質問でもない。
 
「そうですか、困りましたねぇ……試作品とは言え、あの技術をあまり流出させたくはないのですが……」
 
 それきり興味を失ったように、男は踵を返した。小さく漏らされた言葉も、ラゴウに向けられているわけではなく独り言に近い呟きだ。
 
 当然、ラゴウが黙ってそれを見送るわけがない。
 
「待ちなさい! 私をこんな場所に残して何処に行くつもりです!」
 
 質問に応えたら相応しい待遇を用意する。その約束だったはずなのだから。
 
「ん? ああ、これは失礼しました」
 
 呼び止められて、完全に「いま思い出した」という顔で男は振り返った。
 
 振り返って……自然な動作でパチンッと指を鳴らした。
 
「相応しい待遇、でしたね」
 
 それが―――ラゴウがこの世で見る最後の光景となった。
 
「え―――――」
 
 ボッ! と可燃ガスに火が点いた様な音を立てて、まずラゴウの首から上が黒く燃え果てる。
 
「ゴミはちゃんと処分しなくてはいけませんでしたね。どうも私は私生活が だらしないようで、お恥ずかしい」
 
 既に聞こえているはずがないラゴウの胴体に話し掛けて、男はもう一度指を鳴らす。
 
 今度は残された全身が、黒い炎に飲み込まれて塵も残さず消滅した。
 
 格子にも、地面にも、焦げ跡一つ残ってはいない。残っているのは、まるで初めから そこには誰もいなかったような寂しい牢だけ。
 
「この分だと傭兵団の方も疑わしいですね。やれやれ、忙しくなりそうだ」
 
 言葉とは裏腹に、男は口の端を不気味に引き上げた。
 
 
 
 
 港街・カプワ・ノールからほど外れた岬の先にて、リタは一人で準備体操に励んでいた。
 
 無造作に放り投げたパーカーの下から、セパレートタイプの赤い水着が眩しく光る。
 
「何かあったらすぐに救けなさいよ、救助犬(いぬ)」
 
「………フン」
 
 その傍らで青いボーダースーツを着せられたラピードが、気の無い様子で鼻を鳴らす。水は苦手なのだ。
 
「………………」
 
 水が関わるとイマイチ頼りない犬に失望の視線を送ってから、リタは小さく息を飲む。
 
 やや引けた腰で岬の先から下を覗き込めば、遥か下方に青々とした海が広がっていた。
 
 死ぬほどではないが、とても高い。
 
「だ、だいじょぶだいじょぶ……要は落ちなきゃいいのよ、落ちるな あたし」
 
 一時撤退して、慎ましやかな胸に手を当てて自分に言い聞かせるリタ。
 
「犬! ホントに何かあったら救けなさいよ!?」
 
「………わぁふ」
 
 カプワ・ノールでの一連の騒動を振り返って、リタは思った。
 
 落とし穴に落ちては涙ぐみ、竜巻で船にダイブすると喚き散らす。……あれは、あまりにもカッコ悪いのではないか、と。
 
 そしてリタは誓う。次に会ったら あの竜使い……否、バカドラは必ずぶっ飛ばすと。
 
「よ、よし……三つ数えたら行くからね」
 
 術式は完璧。リハーサルでも成功だった。
 
「1、2……」
 
 理論的には何の問題もないはずだ。怖れるものなど何も無い。
 
「3!」
 
 後はやるだけ。一歩を踏み出すだけ。
 
「い、行くわよ」
 
 一度成功すれば、克服できるはずなのだ。
 
「ホントの、ホントに、行くからね!?」
 
 しつこい位に決意表明ばかり繰り返すリタの足を―――
 
「ガゥ!」
 
「あ」
 
 早よ行け、と言わんばかりにラピードの尻尾が払った。
 
「ひゃわぁあああぁあ゛ーーー!!!」
 
 絹を裂くような奇声を発して、リタは頭からまっ逆さまに青い海へと落ちていく。
 
 
 
 
「なら、あれは聖核(アパティア)ではなかったんじゃな」
 
「そうみたいねぇ、何か術式を無茶苦茶に組み合わせてたとか、リタっちが言ってたわよ」
 
 カプワ・ノールとは対称的に、ギルドの力によって賑わうトリム港のオープンカフェにて、小さな子供と胡散臭い中年というアンバランスな二人がお茶していた。
 
「声がどうとか言っとったようじゃが、あれは何なのじゃ?」
 
 一人は『ウミネコの詩』の頭・パティ。
 
「いやー、おっさんにも良く解んないんだけど、あの子、魔導器の声が聞こえるらしいのよ。……そのせいで、アスピオに居た頃は変人扱いされてたみたいだけどねぇ」
 
 一人は、『漆黒の翼』のボス・レイヴン。見る者が見れば 注目せざるを得ない顔ぶれだが……普通に見れば単なる子連れである。
 
「言いたい奴には言わせておけばいいのじゃ。うちだって、貝殻を耳に当てたら海の声が聞こえるぞ」
 
「それはまたちょっと違うような………」
 
 パティは何故か自慢気に両腕を組んで首肯を繰り返す。レイヴンのツッコミも聞こえていない。
 
「魔導器の事は残念だったけど、俺様的には仕事の“過程”の方が気になるのよね」
 
「『紅の絆傭兵団(ブラッド・アライアンス)』の事か。確かに、少し らしくない感じはするの」
 
 少し考え込むようにシーフードパスタをつつくレイヴンを見て、パティはミックスジュースを飲み干した。
 
 依頼を受けて報酬を貰えば、相手が誰だろうと仕事をこなすのがプロというものだが………帝国評議会の人間と、五大ギルドの『紅の絆傭兵団』、どうにもキナ臭い。
 
「海が荒れる前兆の様な気がするのじゃ。……今のホワイトホースには、ちと荷が重い事になるかも知れんの」
 
「手厳しいねぇ。ドンだって頑張ってユニオンを育てて来たってのに」
 
「引っ張ってやるだけが頭の務めではないのじゃ。いつまで経っても一人でカッコばかりつけとるから こういう事になる」
 
 ここにはいない豪傑に呆れまじりの説教をくれて、パティは徐に立ち上がる。船に仲間を待たせているのだ。
 
「ごちそうさまなのじゃ。いざとなったら手を貸してやると、ホワイトホースに伝えてくれろ?」
 
 元気よく手を上げてサバサバと別れを告げる小さな背中を………
 
「………前から思ってたんだけど、パティちゃんってホントは何者なわけ?」
 
 レイヴンは、一度だけ呼び止める。パティもまた一度だけ振り返って―――
 
「ヒ・ミ・ツ♪ なのじゃ!」
 
 可愛らしくウインクを寄越して、小走りに駆けて行った。
 
 
 



[29760] 9・『救児院』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:ef78e215
Date: 2011/10/25 14:27
 
「………………」
 
 港の端に腰を下ろして、ユーリは一人 釣糸を垂らしていた。
 
 リタは「ちょっと野暮用」と言ってラピードを引っ張って行ったし、レイヴンに到っては普段から動向が掴めない。
 
 三年も同じギルドにいるのに、ユーリはレイヴンの自宅すら知らないのだから相当なものである。
 
 そんなこんなで、今日ばかりは子供のお守りとも おっさんの迷言とも無縁に、穏やかに過ごそうと考えていたのだが………
 
「ねー、つれるー?」
 
「うわ、変な魚ー」
 
「髪なげー」
 
 何故か、ユーリは今も子供に囲まれていた。特に何をしたというわけではない。釣糸を垂らして座っていたら勝手に集まって来たのだ。
 
 無邪気で無用心で好奇心な幼児の性質と、ユーリの珍しい格好が呼んだ現象と言える。
 
「(ったく、どこのガキ共だよ)」
 
 バケツを覗かれ、釣竿を掴まれ、髪の毛を引っ張られながら、ユーリは小さく溜め息を吐く。
 
「ねー、おっきいの釣ってー!」
 
「クジラがいい、クジラ!」
 
「無茶言うな。けどま……マグロくらいなら狙ってやるよ」
 
 そうやって自分自身に“ポーズ”を取りつつも万更ではないのか、ユーリは得意気に鼻を鳴らす。本気でマグロを釣れると思っているあたり、かなり馬鹿である。
 
「変なかっこー」
 
「全身まっくろでドロボーみたい」
 
「将来有望だぞ、お前。けど、警戒するなら黒より紫だ」
 
「けーかいって何?」
 
「ママに訊きな。きっと『知らないお兄さんと遊んだらいけません』って言われるから」
 
 下町にいた頃から子供の相手は慣れっこなユーリの、他愛ない会話に………
 
「その子たちに、両親はいないんです」
 
 穏やかな声が、割って入った。「せんせー!」と嬉しそうに駆け出す子供らを目で追って、ユーリも後ろを振り返った。
 
 そこで……如何にも人の良さそうなおばさんが、子供らに引っ張りだこにされている。
 
「救児院の先生ってトコ? ダメだぜ、子供はちゃんと観とかねーと」
 
 先ほどから聞いていた幾つかの単語から、ユーリは連想して問い掛けた。
 
 流石に、「賞金首に話し掛けちまうぞ」とまでは言わない。
 
「いえ、ほとんど最初の方から観てはいたんですが……楽しそうにしている子供たちを見ていると、つい」
 
「いや、ガキが楽しそうかどうかじゃなくて、俺が怪しいかどうかだろ、そこは」
 
 あまりに のほほんとした先生にややの心配を抱くユーリは………
 
「ええ……ユーリ・ローウェルさん、ですよね?」
 
 ―――何故か、唐突に名前を呼ばれた。
 
 
 
 
「うあー、ベタベタぁ……」
 
 海を夕焼けが鮮やかに染める頃、リタは岩場の陰で身体に付いた潮の不快感に眉を潜めていた。
 
 なぜ岩場の陰なのか? 人気の無い岬とはいえ、誰かが来ないとも限らないからである。
 
「“汚れなき汝の清浄を彼の者に与えん”『スプラッシュ』」
 
 ピッと立てた人差し指に釣られるように、魔法の水瓶が何も無い所から飛び出した。
 
 水瓶は宙をくるくると回った後、リタの上から純水のシャワーを降らせ、ベタつく潮を洗い流していく。
 
 タオルで拭く必要もない。リタの体を濡らす魔術の水は、ほどなくしてエアルへと還元された。
 
「犬ー、誰も来てないでしょうねー!」
 
 見張り犬からの返事はない。必要以上に周囲を警戒して、リタは水着を脱ぎ去り、素早く下着と衣服を身に付けた。
 
 と言っても、黄のタンクトップTシャツにホットパンツ、しかもサンダルという……えらく適当な格好ではあるが。
 
「ちょっと犬? まさか先に帰ったとか言うんじゃ………」
 
 バッグを片手に岩陰から出てきたリタは、そこで思わず言葉を止めた。
 
「………………」
 
「………………」
 
 ラピードはまだそこにいた。ただし、一匹で、ではない。桜色の髪を襟元で切り揃えた少女と、無言で向かい合っていたのだ。
 
 リタの登場に気付いていないのか、両者 無言の対峙は続く。
 
「(どっかの貴族?)」
 
 甲冑を思わせる白いジャケットや手首に光る魔導器、という装いもそうなのだが、顔立ちや雰囲気にどことなく気品のようなものが漂っている。
 
 ………が、今の彼女にはそんなものを吹き飛ばして余りある気迫があった。
 
「…………………」
 
 瞬きもせず一心にラピードを見つめる瞳の中に、何故か炎の様なものが見える。
 
 何となく邪魔をしてはいけない気がして、リタは後頭で手を組んで成り行きを見届ける体勢に入った。
 
「行きます……!」
 
 誰にか何にか そう告げて、少女は緩やかな動作で膝を折る。
 
 そして、意を決したにしては やけにゆっくりと伸びた手がラピードの頭に向かい―――
 
「フンッ」
 
 あっさりと、鼻で払われた。
 
「そん……な……っ」
 
 空気そのものが重くなったかのように地面に手を着いて うなだれる少女のポーズが、一応の決着を表している。
 
「馬鹿っぽい……。要するに、犬の頭を撫でたかったわけね」
 
 大げさに挑み、大げさに敗れ、大げさに沈み込む少女に、リタは上から呆れ混じりに声を掛けた。
 
 そんな事の為に時間を取られていた自分まで馬鹿っぽい。
 
「あれ? どちら様です?」
 
「誰でもいいでしょ。あたし もう帰るから。行くわよ犬」
 
 顔を上げた少女に取り合わず、リタはラピードを伴ってトリム港に足を向け………
 
(ガッシ!)
 
 ようとして、手首を掴まれた。瞬間―――リタの脳裏に、手配書の存在が過る。
 
「………何か用?」
 
「『何か用?』じゃありません! そんな はしたない格好で、変な人に襲われたらどうするんです!」
 
 ………いっそ清々しいまでに、リタの懸念を砕いてくれた。
 
「どうするって……ぶっ飛ばすけど?」
 
「『ぶっ飛ばす』じゃありません! 年端もいかない女の子が何言ってるんです!」
 
「ウザい……何この子」
 
 本気で心配してくれているらしいが、ハッキリキッパリ余計なお世話だ。このテのタイプは無碍にしにくい分タチが悪い。
 
「わかりました」
 
 またも何やら静かに決意して、少女は右の拳で力強くガッツポーズを取る。
 
「わたしが街までワンちゃ……あなたを護衛してあげます! 大丈夫、剣の扱いなら心得てますから!」
 
「………何か、いま本音が見えたんだけど」
 
 夕日に向かって毅然と立つ少女の背中に、リタは「めんどくさいのに捕まった」と 心中で嘆いた。
 
 
 
 
「カウフマンさんから、皆さんのお話は伺っています。盗賊と言っても、悪人のお金や魔導器を貧しい人たちに配って回る義賊だとか」
 
「ふぅん……ま、俺は自分で義賊なんて名乗った覚えは無いんだけどな」
 
 遊び回る子供を眺めながら、ユーリは公園のベンチに腰掛けている。
 
「にしても、よくあんな数 養えるよな。……当然、帝国の援助なんて受けてないんだろ」
 
 その隣で、救児院の先生もまた子供らを見守っていた。
 
「『遺構の門(ルーインズ・ゲート)』のラーギィ様が、定期的に資金援助をしてくれるんです。それに……昨日は帝国の方からも救済の手を頂きました」
 
「帝国が? 珍しい事もあるもんだな」
 
 『遺構の門』のラーギィ。名前を知っている程度のギルドの人間は聞き流して、ユーリは後半の部分に反応した。
 
 ラゴウの一件に限らず これまでの経験上、帝国が救児院に資金援助など俄かには信じられない。
 
「帝国というより、一個人だったのかも知れません。貴族の令嬢なのは間違いなさそうでしたから。………会って行かれますか?」
 
「冗談。確かにちょっと興味あるけど、盗賊ってのはお偉いさんが苦手でね」
 
 肩を竦めて、ユーリは徐に立ち上がった。帝国のお偉方が来ていると言うなら、あまり白昼堂々 歩き回ると面倒な事になりかねない。
 
 今日は宿に帰って昼寝でもしようと考えたユーリの耳に―――
 
「先生!」
 
 随分と懐かしい。……付け加えるなら、嬉しくない声が届いた。
 
「あら、どうしたの? そんなに慌てて」
 
「突然すみません。こちらにエステリーゼ様が来てらっしゃらないかと思ったのですが………」
 
「いえ、今日は来ておられませんけど」
 
 背後に先生と誰かの会話を聞きながら、ユーリは顔を後ろに向ける事なく歩きだした。
 
 確認はしたい。しかし、『顔を向ける』という行動が非常に危険だと、彼の直感が告げている。
 
 何も言わずに立ち去ろうとしているユーリに、先生が声も掛けないという事実が、より確信を強めていた。
 
 いきなり走れば余計に怪しい。さりげない仕草でその場を離れるユーリの背後で――――
 
「…………………」
 
 唐突に、会話が止んだ。
 
 直後、後ろから何者かに肩を掴まれる。
 
「そんなに慌てて何処に行くんだ? もう少しゆっくりしていけばいいだろう」
 
 どこか達観した自分の気持ちを自覚しながら、ユーリはゆっくりと振り返る。
 
「悪ぃな、フレン。これからデートの待ち合わせだからよ」
 
 然る後に、全速力で走りだした。その後ろに、金髪碧眼の騎士を連れて。
 
 
 



[29760] 10・『黄昏』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2011/10/27 18:39
 
「めんどくせーのに見つかったなぁ………」
 
 全力疾走でトリムの街を駆けながら、ユーリは後ろをチラリと確認する。
 
 金の短髪、青の瞳。青いジャケットに黒の脚衣。シゾンタニアで別れてから、実に三年ぶりの昔馴染み、フレン・シーフォ。
 
 そのフレンが、背中の剣の柄に指先を掛けながら、あちらも全力疾走で追い掛けて来る。
 
 別に元から仲良しだったわけでもないが、昔と今とでは立場が違う。
 
「噂は聞いてる、昔以上に元気そうだな。……迷惑な限りだよ」
 
「こっちのセリフだよ。おまえ私服じゃん、オフじゃん。休暇くらいゆっくり過ごせねーのかよ」
 
「四六時中オフのユーリに言われたくないね」
 
 盗賊と騎士。知り合いだからと見逃してくれるほど、フレンは頭の柔らかい人間ではない。
 
「『世界を見てくる』とか偉そうな事を言っておいて、一月も経たない内に賞金首になっていた時は自分の目を疑ったよ」
 
「おう、アレには俺もびっくりした」
 
 道の脇にあった樽を踏み台にして、ユーリは一足跳びに廃屋の屋根に登る。
 
 そのまま屋根の上を飛び石の様にニ、三回跳ねてから振り返れば……フレンは平然とついて来ていた。
 
「お前こそ随分な大出世じゃねーか、“フレン隊長”? たまの休暇に旅行たぁ、隊長ともなると優雅なもんだなぁ。どうせなら新鮮な海の幸でも食いに行けよ」
 
「………馬鹿にしているのか。ラゴウの屋敷に僕らを誘き寄せ、後始末をさせたのは君たちだろ」
 
「ん? ……ああ、そういう展開だったわけね」
 
 ユーリは一度足を止め、剣を振るって衝撃波を鶴瓶撃ちに放つ。フレンは背中の剣を抜き、それを残らず斬り払う。
 
 倒せないまでも、屋根から落とすくらいは出来るかもと思ったのだが、フレンの腕も三年前とは違う。
 
 当たらないどころか………
 
「そういえば、魔導器(ブラスティア)を装備して手合わせするのは初めてだな」
 
 足止めにもならない。フレンはユーリの衝撃波を“全て弾きながら向かって来る”。
 
 あっという間に二人の距離は詰まり―――
 
「どちらが上か、比べてみるか」
 
「っ!」
 
 刃と刃が、硬い音を響かせて噛み合った。
 
「上等だ。騎士団長殿に気に入られて出世したお前に、俺の相手が勤まるか?」
 
「否定はしない。……だが、泥棒に成り下がった今の君よりはマシだ」
 
 刃越しにフレンを睨むユーリの口元に、薄い笑みが浮かぶ。フレンは笑わない。ただ怖いくらい真剣な表情を崩さない。
 
「行くぞ!」
 
 柄を握る手に全身の力を乗せて、フレンは合わせた剣を強引に振り切った。
 
「泥棒じゃねっての、盗賊だ」
 
 ユーリはその力に逆らわず、左手に握る剣を後方に薙いで剣閃を泳がせた。
 
 同時に一歩踏み込み、互いの剣の内側に入ってから―――
 
「『三散華――」
 
 一瞬三撃。目も眩む速度で拳を突き出した。上体を反らしてそれを逃せ、しかし体勢を崩したフレンに………
 
「――追蓮』!」
 
 容赦なく剣を突き出す。フレンが上体を引いた事で生まれた空間を、ユーリの刺突が貫いた。
 
「くっ!」
 
 止むを得ず、尻餅をつく形で躱したフレンに向かって、ユーリは剣を大きく振りかぶり―――
 
「『爆砕陣』!」
 
 全体重を乗せて叩きつけた。魔導器の力によって炎を帯びた剣先が、衝突と同時に爆発を呼ぶ。
 
 ………が、手応えは無い。
 
「(どこに―――)」
「ここだ!!」
 
 爆発で生まれた土煙に紛れて、フレンがユーリの斜め後方に跳躍している。
 
 予想以上の反応の速さに驚愕しながら振り返るユーリに、今度はフレンの剣が奔る。
 
「『紅蓮剣』!」
 
 差し向けられた剣先から、灼熱の炎が矢の様に飛ぶ。
 
「『蒼牙刃』!」
 
 振り向きざまに、ユーリは衝撃波を纏った一閃で炎を弾く。その大振りを、フレンは見逃さない。
 
 着地と同時に間合いを詰めるフレン。それに気付いて、振り抜いた勢いそのままに体を捻るユーリ。
 
「「『爪竜連牙斬』!!」」
 
 全くの同時。回転を主とした二人の連斬が、真っ正面からぶつかり、せめぎ合い、そして綺麗に相殺した。
 
「「…………………」」
 
 驚愕と称賛の交じり合った奇妙な沈黙が二人を包む。
 
「本当に容赦ないな、君は。その思い切りの良さだけは評価するよ」
 
 ……だが、互角というわけではない。
 
「お前もそろそろ本気で来いよ。いつまでも手ぇ抜いてっと足下すくわれるぜ」
 
 先ほどの『爪竜連牙斬』。一応は騎士団の剣術だが、ユーリは独自にアレンジを加えて蹴撃を織り交ぜている。
 
 その蹴撃を、フレンは攻撃の最中に苦もなく躱して見せた。
 
 ユーリも実力の全てを見せてはいない………が、やはり分が悪いようだ。
 
「こんな風に、な!」
 
 分が悪いと知りつつ、ユーリは自ら猛然と襲い掛かった。
 
「(こんだけ派手に動き回ったんだ。きっと来てる)」
 
 騎士団ではありえない変則的な動きから、圧倒的な手数で剣撃がフレンを襲う。
 
 フレンはそれを紙一重で、しかし一つ残らず凌ぎ続ける。
 
 それでも構わず、ユーリは全力の攻撃を間断なく続ける。
 
 その攻勢が、フレンの意識を完全にユーリの剣に集中させた。
 
 正にその瞬間―――
 
「なっ!?」
 
 唐突に、フレンの足下が炎を撒いて崩れ落ちた。ユーリの剣を捌くのに必死だったフレンは、ひとたまりもなく落下して―――
 
「ぐぅ!?」
 
 積み上げられていたペンキ缶の山に墜落した。何とも無様な落ちっぷりを上から見下ろして、ユーリは実に満足そうにニヤリと笑う。
 
 笑って、掛けた期待に予想以上の形で応えてくれた相棒を見る。
 
「相変わらず美味しいヤツだな、助かったぜ」
 
「フンッ」
 
 褒められて照れるガラでもない。彼はただ小さく鼻を鳴らすだけだ。
 
「い、犬………?」
 
 ペンキでいい感じにカラーリングされたフレンが、よろよろと見た先には、一匹の犬。
 
 鋭い隻眼と短刀を携えた、藍色の犬。鮮やかな毛並みと纏う空気に、確かな“面影”がある。
 
「まさか………」
 
「ああ、ラピードだ」
 
 まだ立ち上がってもいないフレンに言って、ユーリは穴を覗いて身を下げていた体勢から立ち上がる。
 
「ま、待て!」
 
「ラピードは一応おっさんに知らせてやってくれ。俺もリタ拾って逃げる」
 
「ワン!」
 
 慌てて身を起こすフレンに構わず、ユーリとラピードはそれぞれに逃走を開始する。
 
 この場に於いて、フレンの目的はユーリを捕まえる事だが、ユーリらの目的は違う。
 
 まんまと逃げおおせる事こそが勝利なのだ。
 
「…………………」
 
 ユーリは屋根の上。ラピードはユーリ以上……そしてフレン以上のスピードで駆け去ってしまった。
 
 その後ろ姿を呆然と見送って、フレンは大の字に寝転んだ。
 
「義賊、か………」
 
 天井に空いた穴を見つめながら、不透明な呟きが口を突いて出る。
 
「……君らしいね」
 
 何を思ってか、フレンは今さらの様に薄く笑った。
 
 
 
 
「わぁ♪ このアイス、おいしいですね」
 
「まーね」
 
 黄昏に沈むトリム港の海岸通りで、リタ(着替えた)は一人の少女と一緒にアイスを食べていた。
 
 岬で出会い、一応は街までの護衛という建前だったはずなのだが、やたらと楽しそうな少女の勢いに巻き込まれ、すっかり単なる遊びになってしまっている。
 
 一緒にいたラピードに到っては、付き合いきれなくなったのか、服屋の前で待たせていたら いなくなってしまった。
 
「(馬鹿っぽい)」
 
 初対面の人間を引っ張り回して、心底楽しそうにはしゃぐ少女……エステリーゼの横顔に、リタは大げさな溜め息を吐いて見せる。
 
「随分楽しそうね」
 
「はい! わたし、同年代の友達って初めてなんです」
 
 いつの間にやら友達にされてしまったらしい。コウノトリを信じる子供の様に眩しい笑顔に、反論が出てこない。
 
「リタは、楽しくなかったんです?」
 
「んー……そんな事、ないけど……」
 
 質問を返されて、リタは曖昧に否定を口にする。。
 
 そう、リタの性格であれば、いくら人が良さそうな相手であっても嫌々相手に合わせたりはしない。
 
 本気で嫌なら、一緒にウインドウショッピングに興じたりはしないし、服屋で着せ替え人形にされたりもしない。
 
 そして、リタも自分のそんな性質を自覚している。……詰まる所、リタも結構楽しんでいたのである。
 
「(同年代の友達、か………)」
 
 先ほどのエステリーゼの言葉を振り返って、自分にも当てはめる。
 
 生まれ故郷のアスピオでは変人扱いされていたし、そもそも同年代の子供がほとんどいなかった。
 
 ダングレストに住むようになってからも、基本的に旅をしている事が多い上に、お世辞にも社交的とは呼べないリタの性格もあって、やはり友達と呼べる人間は皆無。
 
 自分の意志で決めた生き方に、不満を覚えた事はない。特に“それ”が必要だと感じた事もない。
 
 …………が、
 
「…………………」
 
「リタ?」
 
「……何でもない」
 
 昔なら……三年前なら考えられなかった心の動きに、リタは不透明な呟きを溢した。
 
「暗くなって来たし、そろそろ帰った方がいいわよ。一人でこの街に来てるわけじゃないんでしょ?」
 
 自分でも不自然だと思ったのか、リタは誤魔化す様に話題を逸らす。
 
「あ……そういえば、フレンはどこに行ったんでしょう?」
 
 予想の斜め上を行く応えが返って来た。
 
「………あんたの連れも大変ね」
 
 内心で「あたしほどじゃないけど」、と付け足す。エステリーゼも確かに少し面倒な天然娘だが、どこぞのロン毛やおっさんに比べたら可愛いものだ。
 
「女の夜歩きは危ないし、送ってってあげるわよ」
 
「ダメです! そんな事したら、帰り道にリタが一人になってしまいます!」
 
「あのね……見れば判ると思うけど、あたしは魔導士なの。あんたの護衛なんて必要ないわ」
 
 案の定な反応をするエステリーゼに、リタは自分の魔導服を摘んで見せる。
 
 ……が、やはりと言うか、エステリーゼにはあまり効果が無い。
 
「そんなの関係ありません。後ろから口を塞がれたら………」
 
 エステリーゼの抗弁を聞き流すリタの肌に―――
 
「ッ!!?」
 
 刃物を刺される様な感覚が、唐突に走った。盗賊をやっていれば嫌でも経験する……鋭い敵意。
 
 だが―――
 
「………誰よ、出て来なさい!」
 
 これまで感じてきた敵意とは、まるで別物。
 
「何だ、女だけか」
 
「っ……」
 
 建物の影から、一人の男が現れる。前髪のみを黄と黒に染め分けた、桜色の髪の男。全身に張り付くような血色のスーツを身に纏い、その両手には異形の双剣が握られている。
 
「まあいい、お前の首を目立つ場所に捨てとけば、その隊長もその気になるだろうぜ」
 
 だが、何より目につくのは、暗がりでもハッキリ判る、狂気を帯びた眼。
 
「俺の刃の餌になれ」
 
 ―――紅い影が、闇を駆ける。
 
 
 



[29760] 11・『ザギ』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2011/10/29 14:56
 
「(疾……っ)」
 
 暗闇の中で揺れていた影が、一瞬にして眼前に迫る。
 
 一切の躊躇なく心臓を狙う刃先を―――
 
「か……はっ」
 
 リタは間一髪、体との間に帯を滑り込ませて防いだ。エアルを通した帯越しに尖った先端が胸を突いて、リタは呻き声を上げて たたらを踏む。
 
「(こいつ、強い……!)」
 
 ただの一撃で目の前の敵との体術の差を痛感し、大きく跳びすさるリタと敵の―――
 
「ッ!?」
 
 距離が開かない。リタのバックステップに合わせて、男は前に踏み込んでいる。
 
「じっとしてろ。斬り刻んでやるからよォ!」
 
 紅い凶刃が、リタの首を狙って突き出される。避けられない、そう思った直後に―――
 
(ガキィッ!)
 
 横から伸びた細い刀身が、男の刃をリタに届く寸前で止めていた。
 
「『ファイアボール』!!」
 
 何かを思う暇もない。リタは反射的に詠唱無しで火炎弾を男の顔面にぶっ放して……躱された。
 
 宙をクルクルと回転して、男は離れた距離に着地する。
 
「(あの距離で避けるか……)」
 
 目の前の男の脅威を冷や汗と共に実感して、リタは確かめる様に帯を振る。
 
 そして、視線は敵から離さぬままに、先ほど良いタイミングで横槍を入れてくれた少女に声を掛ける。
 
「剣が使えるってのも、あながち強がりじゃないみたいね」
 
「……この人の狙いはわたしです。リタは早く逃げて下さい」
 
「おあいにく。もうあんただけの問題じゃないのよ。誰にケンカ売ったか解らせてやるわ」
 
 ほんの半瞬、リタとエステリーゼの視線が交叉する。それが戦闘再開の合図となった。
 
「『ディバイドエッジ』!!」
 
 全身を、細剣を穂先とした一本の槍に変えた様なエステリーゼの刺突が、猛スピードで男を狙い、しかし止められた。
 
 リタは帯を引いて踊るように、回る。エステリーゼが時間を稼いでくれる間が勝負だ。
 
「『ピアズクラスター』!!」
 
 エステリーゼは止まらない。続け様に刺突の雨を連ねるが……或いは躱され、或いは弾かれる。
 
「“無慈悲なる劫火は汝らの心をも燃やし尽くす”」
 
 幾重にも紡がれる火の術式が、リタを包む珠の様な軌跡を描く。逆撃を受けたエステリーゼの剣が、中空へと跳ね上げられた。
 
 ―――だが、もう十分。
 
「『クリムゾンフレア』!!」
 
 リタの右手が天を差す。その先……男の頭上で、赤い術式が球状に絡み合い、擦れ、燃えて―――上空に浮かぶ巨大な大火輪へと結晶した。
 
「よくやったわよ、エステリーゼ!」
 
 それに対応するリタの魔術障壁が、男の至近にいるエステリーゼを守る。
 
「(逃げ場なし、避けられっこない!)」
 
 必殺の確信を持って、天から焔の滝を降らせようとした、その時………
 
「(え――――)」
 
 リタの視界を紅い光が奔り……空を燃やす紅蓮の華が、あまりにも儚く散った。
 
「…………痛」
 
 首に巻いていた魔導器(ブラスティア)が音を立てて路面に落ちる。そっと首に触れた掌を、べったりと血が染めた。
 
 男の投げ放った凶刃に首を裂かれたのだと、今さらの様にリタは知る。
 
「くっ!!」
 
「遅ぇ!!」
 
 エステリーゼが先ほど弾かれた細剣を拾い、男に斬り掛かるも……一拍早く男の斬撃がエステリーゼを捉えた。
 
 剣は中途から砕かれ、エステリーゼは石の路面に叩きつけられる。
 
「思ったよりは愉しめたぜ。ククッ、前菜にしてはだけどなぁ」
 
 そして、狂気に満ちた男の瞳が……リタに向く。
 
「油断してると……足下、掬われるわよ……」
 
 首が痛い。視界が霞む。血を失い過ぎている。立っているのもやっとな状態で、それでもリタは下を向かない。
 
 男の顔を正面から睨んで、挑発的に不敵な笑みを浮かべて見せる。
 
「ザギだ。俺の名を覚えて死ね」
 
「……お断りよ」
 
「待ちなさい!」
 
 男が迫る。エステリーゼの魔術が間に合わない。リタは……魔導器を拾う事も出来ない。
 
「(こんな、所で……!)」
 
 苦し紛れに帯を振り上げて、空を切る。悔しさに歯を軋ませて、迫る刃に目を閉じたリタ。
 
「え………?」
 
 その体が、唐突に浮かぶ。何かが支えてくれている。
 
 残る力で薄く開いたリタの視線の先で―――
 
「ユー、リ………?」
 
 ―――長い黒髪が、揺れた。
 
 
 
 
「…………………」
 
 血の気を失くした顔で、瞼を閉じて眠るリタの……首筋にそっと触れる。
 
 派手に血が出てはいるが、脈には届いていない。首に巻いていた魔導器が上手く楯になってくれたらしい。
 
「リタ!!」
 
 見覚えのある桜色の少女が駆け寄って来る。なぜリタと一緒にいるのか知らないが、今はそんな事はどうでもいい。
 
「“命を照らす光よ ここに来たれ”」
 
「……治癒術使えんのか。なら、こいつ頼むな」
 
 返事もせず、少女は両手をリタへと向ける。その姿勢に安心して、ユーリはリタを横に寝かせる。
 
 そして、“先ほど殴り飛ばした”男を見た。
 
「クククッ、お前がフレンか?」
 
「違ーよ。ただのセコい盗賊だ」
 
 強い。見ただけでそれが判る。だが………
 
「テメェは、殺すぞ」
 
 静かな声に底冷えする様な圧力を乗せて、ユーリは剣を納める鞘を無造作に放り出す。
 
「来いよ。まだ上り詰めちゃいないんだからなぁぁ!!」
 
 男……ザギが、狂気に満ちた哄笑を上げる。
 
「「ッ!!」」
 
 二つの殺意が闇を斬り裂き、無数の光が火花を散らす。
 
「ヤロ……ッ!」
 
 間合いの差を苦にもせず踏み込んで来るザギの双刃を躱して、ユーリは右の拳をザギの顔面に叩き込む。
 
 剣士と呼ぶには型破りな一撃を、ザギはモロに受けて………
 
「ヒャハハッ!」
 
 あろう事か、頬に拳をめり込ませながら歓喜の悲鳴を上げた。
 
「うおっ!?」
 
 怯みもせずに振り上げられたザギの刃が、ユーリの二の腕を裂く。
 
「この………」
 
 目の前で剣を振りかぶられて、ザギは双刃を上に構えて防御の体勢を取る。
 
 しかしユーリは、背面で左の剣を右に持ち換えて―――
 
「イカレ野郎が!!」
 
「ぐはぁ!?」
 
 “下から”、がら空きの胴を思い切り斬りつけた。
 
 大きく跳びすさったザギに、ユーリは小さく舌打ちをする。
 
「(後ろに跳んで、致命傷を避けやがった)」
 
 ザギはユーリに斬られて吹き飛んだわけではない。自分から後ろに跳んだのだ。
 
 おまけに、剣を握るユーリの手に残る手応えは、何か硬い物を斬った感触。服の下に何か仕込んでいるのだろう。
 
 完全に虚を突いたつもりだったが、必殺には程遠い。
 
「くっ、クククッ……」
 
「?」
 
 斬られた胴を押さえながら、ザギの体が小さく震える。
 
「ひゃははははははは!!」
 
 堪えきれない様な笑い声は、数秒持たずに喜悦の爆発へと変わる。
 
「いいな、お前……上がってキタ、上がってキタぁ!! いい感じじゃないか!!」
 
「……斬られて笑うなよな」
 
 手に付いた自分の血を舐めて高笑いを上げるザギに、ユーリは内心で腹を括る。
 
「簡単に終わらせるなよ。こんな戦いは久しぶりなんだからなァ!!」
 
「……悪ぃな。こっちには そんな時間ねーんだよ」
 
 戦いを貪り、己の血肉とする戦闘狂。ユーリはザギをそう評した。
 
 長引けば手の内を曝す上に、ザギは戦闘中にでも強くなる。それはそれで面白そうだが、リタがこんな状態ではそうも言っていられない。
 
「一瞬で終わらせてやる」
 
 風より疾く、真っ正面からユーリは突っ込む。ザギもまた、あまりに無鉄砲なユーリの突撃を受けて立つ。
 
「『天狼滅牙』!!」
「『空破特攻弾』!」
 
 黒狼が牙を剥き、死神が鎌を薙ぐ。二つの影が交錯する刹那に時を凝縮させたように、剣光が絡み合う嵐となって鮮やかな火花を散らせた。
 
「………………」
 
「………………」
 
 斬撃の応酬を経て、ただ立ち尽くす二人の沈黙を――――
 
「っ…………」
 
 声にならないザギの呻きが、破った。それを待っていたかのように、何かがボトリと地に落ちる。
 
 ―――先ほどまでは確かに腕に付いていた、ザギの左手が。
 
「ぐ……っ……あぁあアアアァア゛!!」
 
 失った左手から鮮血を撒き散らして、ザギの絶叫が響き渡る。
 
 その苦痛をもたらした青年は、ゆっくりと、“無表情に”振り向いた。
 
「俺が、敗けた……?」
 
 失った左手を押さえながら、自失するザギ。
 
「お前、名前は?」
 
「……ユーリ・ローウェル」
 
 だが、彼は苦痛に藻掻いているわけでも、絶望に震えているわけでもない。
 
 不気味なほど平静に、ただユーリだけを見ている。
 
「クククッ………アァーハッハッハッハッハッ!!」
 
 が、次の瞬間には叫びように笑いだす。その声には、抑えるつもりの全く無い歓喜が溢れていた。
 
「憶えた! 憶えたぞ!! 強い……強い!! ユーリ……ユゥリィィ!!」
 
 手にした至上の幸福を確かめるように、繰り返しザギは叫ぶ。
 
「待ってろよ。俺に殺される為に生き延びろ! 骨までしゃぶり尽くしてやるからよォ!!」
 
 一方的に言い放って、ザギは夜の闇に消えて行った。
 
「……随分、気に入られたみたいじゃない」
 
「冗談じゃねーって」
 
 ―――いつもの軽口が戦いの終わりを告げて、ユーリもまた、笑いながら応えた。
 
 
 



[29760] 12・『気障』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2011/10/31 17:23
 
 ついさっきまで叫びと剣戟に満たされていたトリム港の海岸通りが、嘘の様に静まり返る。
 
 息の詰まる緊迫の切れた安堵が、皆を一様に包んでいた。
 
「すみません。お二人を巻き込んでしまって」
 
 先ほどの体勢から動かないユーリと、体の具合を確かめるように拳を開閉するリタに対して、エステリーゼは深く頭を下げた。
 
「別にいいって。つーか、そもそも狙いはこっちだったのかも知れねーしな」
 
「心当たりなら掃いて捨てるほどあるしね」
 
 こちらの方を見もせずにパタパタと片手を素っ気なく振る仕草が、二人ピタリと揃う。それが何だか可笑しくて、エステリーゼは小さく吹き出した。
 
 ザギがフレンの名を出した以上、そんな可能性は皆無なのだが……互いに、そこには敢えて触れない。
 
 ………それはそれとして。
 
「あなた」
 
「何だよ」
 
 ピシリと、エステリーゼの人差し指がユーリを差す。
 
「やっぱり泥棒さんだったんじゃないですか! 忘れませんよ、ローリ・ユルフェス!!」
 
「……忘れてんじゃねーか。つーか、その間違え方やめてくんない?」
 
 うろ覚えな癖に自信満々なエステリーゼに、ユーリはわざとらしく呆れて見せた。とはいえ、ユーリも名前を思い出せないのだからおあいこと言える。
 
「…………………」
 
 二人の馬鹿っぽいやり取りを見て、面識があったのか……とぼんやり思いながら、リタは自分の首にそっと触れる。
 
 塞がるどころか、傷口すらも綺麗さっぱり無くなっている。大量に失血したはずの体も、嘘の様に全快だ。
 
「(治癒術なんてレベルじゃない。この子、一体………)」
 
 自身の身体に受けた異常に、魔導士として疑問を覚えて、リタは小さく首を振る。
 
 それを訊くのは後でも出来る。今は………
 
「…………あ、ありがと」
 
 言い合う二人のどちらに向けてか、リタは聞こえない様に呟いた。
 
 エステリーゼはともかく、ユーリには……今さら改めて礼など言うのは恥ずかしい。
 
「お礼なんて要りません。友達を助けるのは当たり前の事ですから」
 
「友達って……まあ、いいけど」
 
 それを目ざとく聞き分けて、エステリーゼは嬉しそうに笑顔を浮かべた。決まりが悪くなって、リタは曖昧に言葉を濁す。
 
 こちらがエステリーゼの謝罪を受けなかった以上、お互い様と言えなくもないが……どうにもこうにも照れくさい。
 
「へ~………」
 
 完全に他人事なユーリの含み笑いが異様に腹立たしい。いっそ爆撃してやろうかと考えて…………止めた。今回だけは特別に。
 
「あんた、あのヘンタイ逃がしちゃって良かったの。多分また来るわよ」
 
「もしかして……わたしじゃなくて、ローリさんの方にです?」
 
 誤魔化す様に話題を逸らすと、エステリーゼもそれに乗って来た。
 
『テメェは、殺すぞ』
 
 何気なく振った話題だったが、よく考えたら妙なのだ。あれだけ怒っていたユーリが、いとも簡単にザギの撤退を許した事が。
 
「あー……いや、何つーか……」
 
 頬を掻きながら、ユーリが言いにくそうに切り出す。
 
 ―――その、寸前だった。
 
『っ!?』
 
 夜闇に慣れたユーリ達の眼を、突然の眩しい光が灼いた。それは四方から放たれる、光照魔導器(ルクス・ブラスティア)の光。
 
「(囲まれてる! ……いつの間に……)」
 
 戦いの後で気が緩んでいた。暗闇を利用されての事とはいえ、敵の包囲に全く気付かないとは。
 
「盗賊・『漆黒の翼』、あなた達は完全に包囲されている! 彼女を解放して、、大人しく投降しなさい!」
 
「ヒスカとシャスティルか……ったく、今日は千客万来だなオイ」
 
 響く声が、逆行の向こうの敵が誰なのかを知らせている。だが……確かに油断していたとは言え、騎士団の包囲など別に珍しくもない。
 
「ユー……っ」
 
 いつもの様に一暴れして逃げよう。そう思って振り返ったリタは――そこに見えたものに目を見開いた。
 
 黒衣と暗闇のせいで今まで気付かなかったが……光に照らされたユーリの足下に、彼から流れ出た血液が水溜まりを作っていた。
 
「……四回斬られた。ちょっと不味いかな」
 
 リタは悟る。ザギを追わなかったのではなく、追えなかったのだと。
 
 そして、キレた。
 
「あんた馬っ鹿じゃないの!? 怪我してんなら何でさっさと言わないのよ!!」
 
「そうです! 言ってくれたらすぐに治したのに!」
 
「痛くて我慢できねーみたいでカッコ悪いだろーが!」
 
「それが馬鹿っぽいって言ってんの!」
 
「男はカッコつけてねーと死んじまう生き物なんだよ! 文句あんのか!?」
 
「大ありです!!」
 
 大声でぎゃあぎゃあと喧嘩し始めるリタとユーリ、エステリーゼ。面白くないのは、この状況で完全に無視されている騎士団。
 
「っ……~~~~」
 
「……ヒスカ、落ち着いて」
 
 というより、赤い髪を後頭で束ねた一人の女騎士だった。
 
「ユーリ、いい加減に観念しなさい! ここが年貢の納め時よ!!」
 
 屈辱、雪辱、その他諸々を込めて、ヒスカは“元後輩”に勇ましく剣を向けた。
 
 その視界を―――
 
「『ヴァンジーロスト』」
 
「うっ……!」
 
 唐突に、光が埋めた。咄嗟に目を閉じたヒスカとシャスティルの耳に聞こえるのは、風を切る無数の音と、何かが細かく地を蹴る足音。
 
「(矢と、ラピード!)」
 
 幾度となく煮え湯を飲まされて来た経験から、ヒスカは音だけで看破する。そして、これが単なる目眩ましではない事も知っていた。
 
「っ………」
 
 意識を掻き乱す不快な感覚に、ヒスカは舌を強く噛む。もたらされた痛みが、攫われそうな意識を現実に繋ぎ止めた。
 
「シャスティル!」
 
「大丈夫!」
 
 同様に凌いでいたらしい双子の姉の返事を聞きながら、ヒスカは閉じていた目を開けた。
 
 光に馴らされた視界を夜の闇が暗く閉ざす。先ほど音が聞こえた矢のせいだろう。光照魔導器も一つ残らず稼働を止めていた。
 
「あ・い・つぅ~~~!!」
 
 目が見えなくても判る。既にユーリ達は姿を消しているだろう。ヒスカとシャスティル以外は錯乱状態に陥っていて、既に包囲は意味を為していないはずだ。
 
「また逃げられたー!」
 
「……何でユーリが、エステリーゼ様と……」
 
 ヒスカのいつもの嘆きを耳にしながら、シャスティルは深く考え込む。
 
 
 
 
「ホント……タイミング良いよな、おっさんもラピードも……」
 
 夜の闇に紛れて走り、迫る騎士団を逃れて街から出る。
 
「もぉ勘弁してよー。何で俺様が男に肩貸したげなきゃなんないの。おんぶだけは絶対やんないわよ?」
 
 ユーリ、リタ、レイヴン、ラピード。ここまでなら、いつもの事。
 
「わふっ!」
 
 ユーリが負傷しているのは少し珍しいが、まぁその程度である。
 
「とにかく街を出ましょう。追っ手の気配が無くなったら、わたしが治癒術で治します!」
 
 騎士団も、よもや結界の外まで追って来る事はないだろう。
 
「って言うか………」
 
 しかし、見馴れたはずの光景に、僅かな違和感。
 
「何でアンタまでついて来てんのよ!!」
 
「えっ?」
 
 そう、一行の先頭を……何やらピンクい少女が、当たり前な顔をして疾走しているのだ。びっくりされても困る。
 
「もう解ってんでしょ! あたしもユーリも犬もおっさんも盗賊なの!」
 
「それは解ってますけど……わたしも、いま騎士団に見つかると困った事になるんです」
 
「………だからって、盗賊について来るかね、普通」
 
 リタが喚き、レイヴンが呆れるのを小耳に聞きながら、ユーリは懐かしい記憶を思い返していた。
 
 まだ盗賊と名乗る前、王都の城内で世間知らずのお嬢様に出会った時の事を。
 
「また会う事になるなんてな………」
 
 誰にも聞こえないほど小さく、ユーリは遅めの再会を飲み込んだ。
 
 名前こそ忘れてしまっていたが、起こった事は鮮明に憶えている。それだけインパクトが強かった。
 
「(あん時も、泥棒に変なレッテル貼りつけてやがったよな。……まさか、今でも勘違いしてねーだろうな)」
 
 その時は泥棒ではなかったが、今では立派な盗賊ギルドの一員。奇妙な巡り合わせに苦笑しか出てこない。
 
「(結局オレは断って、さっさと置いてきちまったんだよな)」
 
 ふと、思い出す。
 
『護衛ならもっと真面目なナイト様に頼みな。下町出身の石頭なんかオススメするぜ』
 
 この世間知らずのお嬢様から連想される、なるべく思い出したくない昔馴染みを。
 
「! ……何、あいつ」
 
 街を飛び出し、結界を抜けて……漸く一心地つけるかと思われた所。街道の開けた一画の真ん中に、一人の男が立っていた。
 
 噂をすれば影が差す、とはこの事だろうか。正確には、まだ噂にしたわけではないのだが―――フレン・シーフォは、確かにそこで待ち構えていた。
 
 ちゃっかり着替えている。しかも、汚された服と全く同じ物に。
 
「来ると思っていたよ、ユー……エステリーゼ様!?」
 
 剣を手に優雅な構えを取る寸前で、先頭を走るエステリーゼの姿に表情を崩すフレン。イマイチきまらない。
 
「もうっ! 今までどこに行っていたんです!? わたし達は大変な目に遭ってたんですよ!」
 
「わ、わたし達って………エステリーゼ様、彼らが何者か解っておられま――」
「今はそんな事 言ってる場合じゃないんです! 行きますよ!」
 
「エエ、エステリーゼ様!?」
 
 ノンストップでエステリーゼに首根っこを掴まれ、そのまま連行されるフレン。
 
「………あいつも大変だな」
 
 同情の欠片も含まない楽しそうな呟きが、不思議なほどハッキリとフレンに届いた。
 
 
 



[29760] 13・『ネコパンチ』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2011/11/02 12:59
 
 優雅と神秘の街・カルボクラム。港街カプワ・トリムとギルドの巣窟・ダングレストの間に位置するこの街は、流通の要として大きく栄えていた。
 
 もっとも、それも数年前までの話。かつては五大ギルドの一つが治める活気のある都市だったが……今はトルビキア大陸では異質な帝国の街となってしまっている。
 
 そのカルボクラムとトリム港の間、自前で組み立てた野営テントの前で、ユーリ達は焚き火を囲んで座っていた。
 
「えっと……何からお話しましょうか」
 
 何とも異色な面々が集う中で、まずはエステリーゼが切り出した。……が、その機先をユーリが制する。
 
「まずは自己紹介からじゃねーの? フレン隊長殿が直々に護衛してるとなると、単なる貴族のお嬢様ってわけじゃないんだろ、お前」
 
 盗賊と騎士。頭から“敵”なつもりで話し掛けるユーリ。その不遜極まる態度に、フレンは露骨に眉を顰めた。
 
「君にそんな事を教えると思」
「はい、お城では一応プリンセスって事になってます」
 
 ……が、清々しいくらいに気にしてないエステリーゼに遮られて黙る。
 
「ふ~ん。で? そのお姫様が何でこんな所うろついてんの?」
 
 リタ達もさして驚きはしない。可能性の一つとして、あり得る話だとは思っていた。
 
「順を追ってお話します」
 
「お話してはいけません!」
 
 うるさいフレンを木に縛ってから、エステリーゼは得意気に人差し指を立てる。
 
「平たく言うと、定番の御家騒動というやつです」
 
 順を追う、と言ったわりには、随分ストレートなエステリーゼだった。
 
「……三年前、人魔戦争終結十周年式典の会場が、謎の武装集団に襲われたんだ。初めは、帝国の要人が集まる式典だから狙われたのだと考えられていたが……事件はそこで終わらなかった」
 
 もはや諦めたのか、エステリーゼに妙な説明をされるよりマシと考えたか、フレンが代わりに渋々く語りだす。
 
 不満そうな顔のエステリーゼには、とりあえず気付かないフリをして。
 
「その日を境に、エステリーゼ様は幾度となく命を狙われるようになった。……考えてみれば、最初からおかしかったんだ。あの式典は要人が集まると判っていたからこそ、万全の体勢が整えられていた。それなのにあんな襲撃を許してしまったのは、“内側”からの手引きがあったとしか思えない」
 
 苦渋に満ちた顔で、フレンは無念そうに唇を噛んだ。そのタイミングを見計らって、エステリーゼが再び説明権を奪取する。
 
「そのお姫様は遠縁にも関わらず、国の政治を司る評議会から、次の皇帝の候補として推薦されていました。しかし、皇帝の候補は一人だけではありません。お姫様が皇帝になる事を、邪魔したいと思う人がいたのです」
 
 奪取して、何やら語りだした。
 
「来る日も来る日も暗殺者に狙われるお姫様。それを見兼ねた騎士団長・アレクセイは、このままではいけないと思い、なんと、お姫様を帝都から逃がしてしまう事に決めたのです」
 
 えらく、真剣だ。
 
「これ幸いと、お姫様はその提案に飛び付きました。かくて、アレクセイの密命を受けた騎士・フレンを伴い、エステリーゼ姫の冒険の幕が切って落とされたのでした」
 
 ホゥ、と、何かを成し遂げた様な満足そうな溜め息をついて、少し身を乗り出していたエステリーゼは行儀よく座りなおした。
 
「つづく」
 
「続くな!」
 
 間髪入れず、リタのツッコミがエステリーゼを射ぬく。わざわざ話が終わるのを待っていたのはご愛嬌。
 
「何でガキんちょに絵本 読んであげてるみたいな喋り方なのよ! てゆーか、お姫様ってあんたの事でしょうが!!」
 
「あ! わかります? わたし絵本作家志望なんです。いつか、自分の冒険をこんな風に子供たちに読み聞かせたい」
 
「知らないわよ!」
 
 別にふざけているわけでも、おちょくっているわけでもない。終始大真面目な様子のエステリーゼに、ユーリは小さく吹き出した。
 
 天晴れなまでに空気を読まない語り口はともかくとして、なかなか肝の据わったお姫様のようだ。
 
 今も自分に降り掛かっている悲惨な運命を、こんな風に笑い話に出来てしまうのだから。
 
「こりゃ責任重大だなぁ、フレン隊長?」
 
「からかわないでくれ。こっちは君と違って気楽じゃないんだ」
 
 ユーリの軽口に対するフレンの反撃も、些か以上にキレが悪い。
 
 言葉の端々に見え隠れする“重さ”が、彼の日頃の苦労を窺わせる。
 
 ―――しかし、ユーリ達が本当に知りたい事は別にあった。
 
「嬢ちゃんのプロフィールは判ったけどさ。だからって おっさん達についてくる理由にはならないんでないの?」
 
 それまで言葉少なに様子を窺っていたレイヴンが、とぼけた目付きで確信を突く。
 
 そう、エステリーゼの素性が気にならないと言えば嘘になるが、しかし……あくまでも他人事だ。
 
 問題なのは、そのエステリーゼが盗賊と判っている輩について来ている理由の方である。
 
「自己紹介は対人関係の基本です。素性の知れない相手の話なんて、まともに聞いては貰えませんから」
 
 と、エステリーゼは前置きを一つ置いてから、コホンと小さく咳払いをする。
 
 そして、俄かに真剣さの増した瞳で、真っ直ぐにリタを見つめた。
 
「盗賊ギルド『漆黒の翼』に、エステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン個人として、正式に依頼したい事があります」
 
「ッ、エステリーゼ様、今度は何を!?」
 
 帝国の姫君が、盗賊に依頼をする。そのあまりに非常識な発言に驚愕の声を上げたのは……フレン一人。
 
「ふぅん」
 
 リタを始めとした『漆黒の翼』は、むしろ面白そうに口の端を少し上げた。
 
 エステリーゼのここまでの言動のためか、不思議と驚きは少ない。
 
「わたしは、いま帝国に起きている事から目を背けたくない。逃げ出したまま終わりにする気は無いんです」
 
 エステリーゼは右手を胸の前に持ってきて、力強くグッ! と握り拳を作る。
 
「城の中に居たら解らなかった事を、外に出てから知りました。……それを、変えなければいけない事も」
 
 そこで深く目を瞑り、エステリーゼは固い表情を解く。
 
「立ち向かう為に、変える為に、勝つ為に……どうか、皆さんの力を貸して下さい」
 
 勇ましい姫君は、穏やかな笑顔でそう告げた。
 
 
 
 
「しっかし、驚いたぜ」
 
 星明かりの美しい夜空の下で、両掌を枕にしてユーリは寝転がる。
 
 リタも、エステリーゼも、レイヴンも、テントの中にいる(レイヴンは別のだが)。ラピードも丸くなって寝息を立てていた。
 
 寝ずの番で今も起きているのは、ユーリと―――
 
「エステリーゼ様の依頼が、かい?」
 
 フレンのみ。二人も見張りが必要かは疑問だが、互いに思う所があるのだろう。
 
「いや……。それをお前が許した事の方だよ。あれ、絶対その場の思いつきだぞ?」
 
 エステリーゼの真剣な表情を思い出して、ユーリは楽しそうに笑う。ついさっきまで名前も知らなかった相手に、計画も何も無いあるわけがない。
 
 よくもまあ、突発的な発想だけであんな大胆な提案が出来るものだ。
 
「エステリーゼ様はいつもああだよ。でも……それで失敗した試しが無い。物事の本質を、直感だけで見抜いているんだろう」
 
 だが、ユーリが驚いたのはフレンの判断の方だ。『盗賊の手など借りられない』。ユーリの知っているフレンならそう言ったはずだし、子供の頃からそういう所はずっと変わらなかった。
 
「……随分と頭が柔らかくなったな。女の影響か?」
 
「まさか。……不器用なままでは、平民が三年で隊長になるなんて出来ない。それだけの事だ」
 
 からかうつもりで叩いた軽口に、予想外に重いセリフが返って来た。
 
 そこに、自分の知らないフレンの三年を感じて、ユーリは何となく続く言葉を失った。
 
 今度は逆に、フレンがユーリに笑いかける。
 
「そういう君は……変わらないな。元々、半分以上ならず者みたいなものだし」
 
「そりゃどーも。お前に褒められるとか、何か気持ち悪ぃんだけど?」
 
「褒めてなんてない。成長してないと言ってるんだ」
 
 笑い掛けてはいるが、目が笑っていない。ユーリは、のんびりと気だるそうに身を起こす。
 
「へっ、ガキの頃から『帝国を内側から変えてやる~』とか言ってた奴が、今じゃ天然娘のお守りかよ。完全に出世コース外したなぁオイ」
 
「今でも変わってないさ。エステリーゼ様を護り抜く事が、帝国を変える一番の近道なんだ。道を踏み外したのは君の方だろ」
 
 ユーリの長い前髪の下で、薄らと青筋が浮かび上がる。何が……とは言わないが、どうにもフレンの言い回しは いちいち鼻に付く。
 
 結局のところ、ソリが合わないのだ。それはもちろん、フレンも同じ。
 
「……野郎二人で焚き火囲んでても つまんねーな。久々に一丁やるか」
 
 ユーリが立ち上がり、無造作に逆手に持った剣から鞘を飛ばす。
 
「いいね。実戦以外では、暫く自主鍛練しか出来ていなかったし」
 
 フレンもまた、傍らの剣の柄に手を掛けた。
 
 だが、そこに純粋な向上心以外の邪念が混ざっている事に、疑いの余地はない。
 
「行くぞ!」
 
 フレンが剣を抜き、地を蹴る。
 
「泣かす!」
 
 ユーリがマフラーを靡かせて踊りかかる。
 
 そして―――
 
「うっさい! 『デカルト』!!」
 
「「ぐっは!?」」
 
 テントから伸びた、“文字通りのネコパンチ”が、衝突寸前の二人を、仲良く地面にめり込ませた。
 
「………フンッ」
 
 不器用極まりない二人の無様を横目に、ラピードは小さく鼻を鳴らした。
 
 
 



[29760] 14・『エステル』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:ef78e215
Date: 2011/11/05 13:45
 
 トリム港からの慌ただしい逃走劇の翌朝。近くに川があるという以外には大した特徴も無い簡易テントの前で………
 
「だから、僕が今日の当番だって言ってるじゃないか!」
 
「いいから俺に任せて休んどけって! お前が頑張ってんの知ってるから! 全力で労うから!」
 
「気持ち悪いぞ! 君が僕の苦労の何を知ってるんだ!?」
 
 二人の田舎者が、包丁やら鍋やらの奪い合いを勃発させていた。
 
「……何あれ、馬鹿っぽい」
 
 昨晩から喧しい二人……特にユーリに対して、リタは呆れた風に呟いた。
 
 確かに普段の旅暮らしでも料理はユーリの担当だし、『天を射る重星』のアルバイトでも、ユーリは厨房で働く(リタはウエイトレス)。
 
 が、そこまで料理好きだったなどというのは初耳だ。何をムキになっているのか。
 
「フレンはその……舌がちょっとアレなんです」
 
「あー……幼馴染なんだっけ? そう言えば」
 
 横から小声で密告してくるエステリーゼに、リタは割とどうでもよさそうに相槌を打った。
 
 実のところ、リタも三年前のシゾンタニアでフレンに会っているのだが、当の本人はさっぱり覚えていない。
 
「(って言うか、いくら何でも大袈裟じゃないの)」
 
 自慢ではないが、リタも料理は全然できない。元々、食事など栄養が摂取出来れば何でもいいという考え方で、腕前以前にやる気がない。
 
 “パンに生卵を挟んだだけのサンドイッチ”という恐ろしい代物を平然と振る舞った事もある。……当然、その代物をユーリも食べた経験があるはずだが……あの必死さは……。
 
「(………まさか、あたし以下?)」
 
 ユーリが断固として拒否するフレンの料理。その言い知れない不安に、リタは冷や汗を一雫垂らす。
 
「おっさん、朝ご飯つくっ………」
 
 間を取って、一人いびきをかいて眠りこけているレイヴンを頼ろうとするリタ……を遮って―――
 
「フレンもユーリも! 朝から喧嘩しないで下さい! こうなったら、朝食はわたしが作ります!!」
 
 元気よく立ち上がったエステリーゼが、ポンッ! とコミカルな音を立てて胸を叩いた。
 
 
 
 
「…………………」
 
 箸で摘んだ明らかに大きなネギを、リタは数秒眺めてから口に入れる。……生っぽい。おまけに味噌が多過ぎる上に溶け切っていない。
 
 わざわざ食べなくても見た目だけで判っていた事ではあるが………
 
「「まずい(ワン)」」
 
「!!?」
 
 ユーリとリタ、そしてラピードの酷評が綺麗に揃った。酷評された味噌汁の製作者たるエステリーゼが、目を衝撃に見開かせたまま石の様に固くなる。
 
「何だコレ。野菜の大きさバラバラだし、味噌多過ぎだし、そもそも十分煮えてねーし」
 
「っユーリ! エステリーゼ様が作ってくれた物に! 大体、味噌はむしろ少な過ぎるくらいだろ!?」
 
「ま、今までモニターが味覚兵器しかいなかったんじゃ、上達しなくても無理ねーか」
 
 遠慮容赦一切無用のユーリと、ついでに侮辱されたフレンが、飽きもせずに箸と箸で激闘を開始する。
 
「そんな……ラピードまで……」
 
 そんな死闘に気付く様子もなく、エステリーゼは両手を地に着いて絶望していた。
 
 その肩を、ぽんぽんとレイヴンが叩く。
 
「て言うか、今まで自分で食べてて気付かなかったわけ?」
 
「……わたし、城やお店の以外は自分とフレンの料理しか食べた事なくて……素人の料理は皆こんな物なのかなって……」
 
 文句を言いつつも味噌汁を啜りながら、リタが根本的な疑問を投げた。エステリーゼは半ば放心状態で返す。どんだけ料理人を過大評価してたのかと。
 
 …………………
 
「美味しい……」
 
 しばらく後、エステリーゼたっての希望でレイヴンによってリメイクされた味噌汁を食す一同の姿があった。
 
 いつも通りの出来栄えに文句の無い『漆黒の翼』、一人だけ自分の器に味噌の塊をぶちこんでいるフレンを脇に置いて……エステリーゼは自分の世界に浸っている。
 
「こんな……こんな料理を、素人が作れるなんて……!」
 
「大袈裟な嬢ちゃんねぇ。城に住んでたなら、もっと美味しい物いっぱい食べてたでしょうに」
 
 レイヴンの言葉をそよ風の様に聞き流して、エステリーゼは、やおら勇ましく立ち上がる。
 
「決めました!」
 
 立ち上がって、ビシッ! と朝日を指差した。何故か。
 
「わたし、これからはお料理も頑張ります! 皆さん、文句があったらビシバシ言って下さい! わたしはそれを糧に強くなる!」
 
「やめとけば? 才能なさそーだし」
 
「!!?」
 
 言われた通り、しかし違うベクトルでビシバシ言われて、エステリーゼは再び石化した。
 
 
 
 
 ……という、非常にしょうもない朝食を終えた後、一行は一路、カルボクラムを目指していた。
 
「現在、帝国には有力な皇帝候補が二人います。それぞれ、評議会と騎士団に選ばれた代表として」
 
 そこを目指す理由を、歩きながらエステリーゼは語る。
 
「評議会が担ぎ上げたのがわたし。そして騎士団が担ぎ上げているのは、先帝の甥・ヨーゼフです」
 
「………エステリーゼ様、ヨーデル殿下です」
 
 フレンの律儀な訂正は一先ず放置。
 
「で、そのヨーデル殿下が軟禁されてるのが、カルボクラムの執政官邸ってわけ」
 
 そして、説明を省く様にあっさりと言ってのける。エステリーゼでもフレンでもなく、レイヴンが。
 
「……何でおっさんがそんな事 知ってんのよ」
 
「お? 見直してくれた?」
 
「馬鹿っぽい……」
 
 訊いても無駄と知りつつ訊いてみたリタは、その場でクルリと宙返りしたレイヴンから面倒くさそうに そっぽを向く。
 
 レイヴンに関しては、もう色々と諦めるべきだろう。
 
「というわけで、今からカルボクラムにヨーゼフを助けに行きましょう」
 
 何が『というわけ』なのか解らないが、エステリーゼは意気揚々と北に向かって剣を差し向けた。
 
「要するに、皇帝候補のライバルをわざわざ助けてやろうって事? それこそ、あんたを狙ってる連中に塩おくる様なもんじゃない」
 
 これまでの会話から推察するに、エステリーゼを狙っているのはヨーデルを擁立する騎士団の誰かだろう。
 
 そして、おそらく似た様な理由でヨーデルを軟禁しているのは、評議会の誰か。こう言うのも抵抗があるが、言うなればエステリーゼの味方である。
 
「正直な話、わたしが皇帝になる必要は無いんです。今の複雑な立場を逆手に取って、帝国を変える切っ掛けさえ掴めれば」
 
 が、リタの疑問もエステリーゼの前では意味を為さない。「むしろ、わたしは絵本作家になりたい」と続けた。
 
「(なるほどね……)」
 
 そこで、ユーリは合点がいった。評議会の御輿たるエステリーゼが邪魔なのは、フレンや騎士団長アレクセイとて同じはず。
 
 それが何故いまの様な状況を作り出したのか疑問だったが……全ては、エステリーゼの目的あってこそだった。
 
『エステリーゼ様を護る事が、帝国を変える一番の近道なんだ』
 
 フレンがあそこまで言うのも解る。
 
「それに、ヨーゼフも権力争いに巻き込まれただけの被害者。放っておくなんて出来ません」
 
「……ったく、とんだお人好しだぜ」
 
 言葉は悪い。しかしユーリの声はどこか明るかった。それに気付いて、エステリーゼもニッコリと笑う。
 
「じゃ、このままカルボクラム直行ね。行くわよ、エステル」
 
 話が一段落ついたと見て、リタがトコトコと歩を進める。
 
 ………が、足音がついて来ない。振り返って見れば、エステリーゼは少し惚けて立ち尽くしていた。
 
「何してんの?」
 
「エステル……って、わたしの事です?」
 
「ああ、それ。だって『エステリーゼ』って呼びにくいじゃない。気に食わないなら止めるけど?」
 
 リタからすれば、別に大した意味があってそう呼んだわけではない。軽い気持ちで渾名をつけただけだったのだが………
 
「エス、テル……エステル……」
 
 当のエステリーゼ……否、エステルは、呼ばれた愛称を噛み締める様に反芻している。
 
 然る後に、花が咲く様にパァッと笑った。
 
「はい、行きましょう! リタ!!」
 
「ちょっ!? ちょっと引っ張んないでよ!」
 
 リタの手を引っ付かんで無駄に駆け足で街道を行くエステルの背中を見ながら―――
 
「………ワフ」
 
 ヨーゼフとか呼ばれなくて良かったぜ、な顔で、ラピードは人知れずマーキングをしていた。
 
 
 
 
「はっ!!」
 
 カルボクラムを目指して街道を進み、渓谷に架かる橋を越えた辺りで、整備された街道は森に囲まれた林道へと姿を変える。
 
 当然、魔物も増える。
 
「そろそろ休憩にしましょーよー」
 
「さっき休んだばかりじゃないですか!」
 
「ガウッ!」
 
「……そんな怒んなくてもいいじゃない。若人たちと違って、おっさんにはスタミナが無いの」
 
 とはいえ、いつも結界の外を歩き回っているユーリ達にとって、魔物の相手など日常茶飯事。文句を言ってはいるが、レイヴンも地味に援護射撃に精を出している。
 
「『スターストローク』!」
 
 その意味で、賞賛されるべきはエステルだろう。他の面子に比べて実戦経験も浅いだろうに、しっかりと戦力の一端を担っている。
 
「『ストークス』!」
 
 リタの帯が大蛇の様に伸びて奔り、群がる虫の魔物をバラバラに斬り散らす。
 
 一先ず、そこで戦闘は終了かと思われた矢先―――
 
「ゲコッ!」
 
「お、まだいたのか」
 
 草むらから もう一匹、丸々と太ったカエルが現れた。
 
 こんな魔物は別に珍しくもないが、それに続くエステルとフレンのリアクションは妙だ。
 
「カロル!?」
 
「……エステリーゼ様、それは本物のカエルです」
 
 何故かカエルに歩み寄ろうとするエステルと、カエルに本物も偽物もあるかとツッコミを入れたくなるフレン。
 
「そういえば……フレン! わたし、トリム港からカロルの姿を見ていません!」
 
「ええ、彼なら―――」
 
『???』
 
 何やら取り乱した様子のエステル(+1)に、ユーリ達は完全に置いてきぼりを食らうのだった。
 
 
 
 
「カーロル! 働かざる者食うべからず! サボっとると晩飯を抜きにするぞ?」
 
「はいぃ!」
 
「うむ、その意気なのじゃ!」
 
 大海原を往く海船の上で、二足歩行の両生類が、その肌に潮の湿り気を帯びていた。
 
「お姫様とフレン隊長……大丈夫だったかな。ちゃんとお別れ出来なかったけど……」
 
 船は外海を渡り、ギルドの巣窟へと向かう。
 
 
 



[29760] 15・『カルボクラム』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2011/12/03 21:28
 
「カロル?」
 
 何やら騒がしいエステルとフレンの話を聞く所によると、ハルルの街で出会った『魔狩りの剣』の少年と、トリム港まで一緒に旅をしていたのだが、いつの間にか姿を消してしまったらしい。
 
 エステルがリタと最初に出会った時、あんな街外れの岬にいたのも、そもそもはカロルらしき後ろ姿を追い掛けていたから、という事だった。
 
 エステルとはぐれていたフレンの話によれば、そのカロルという少年は、故郷たるダングレストに向かう『ウミネコの詩』の……つまりはパティの船に乗せてもらった………という書き置きが、宿にあったそうだ。
 
 短い間とはいえ、一緒に旅をしていたエステル達に挨拶も残さなかったあたり、かなり急な話だったのだろう。
 
「ふーん」
 
 一通り話を聞いて、リタは興味なさそうにナコト新書を開く。エステルらの様子が可笑しかったから気になりはしたが、蓋を開けて見れば特に面白い話でもなかった。
 
 ―――が、
 
「カロルって、あのカロルか?」
 
 ユーリも、
 
「間違いないんじゃないの? 確か、今は『魔狩りの剣』だったと思うし」
 
 レイヴンも、予想外にリアクション豊富である。リタにはわけがわからない。
 
「ちょっと、ユーリもおっさんも、そいつ知ってんの?」
 
「あのなぁ……うちにも一時居たろーが、すぐ辞めちまったけど」
 
「………そーだっけ?」
 
 心底不思議そうなリタに、ユーリは大きく肩を落とす。確かに、カロルが『漆黒の翼』に所属していたのは三日足らずだが……その最たる原因は“初仕事”だろう。
 
 ダングレストの悪徳商人の屋敷への潜入。レイヴンに警備への囮にされ、警備もろともリタの魔術で吹き飛ばされ、最終的にはユーリに助けられて離脱できたカロルだが……次の日にはギルドを抜けていた。
 
 その前も後も色んなギルドを転々としていたようだが、レイヴンによれば今は『魔狩りの剣』にいるという。
 
 ………ならば、何故に一人でエステル達に同行していたのか。どこぞのおっさんじゃあるまいし、『魔狩りの剣』と言えど、結界の外で単独行動など普通はしないはずだが。
 
「仲間とはぐれてしまったみたいなんです。ダングレストに帰りたいって言うから、方向も同じだし、一緒に行こうって事になってたんですけど………」
 
「トリム港で勝手にいなくなったってわけか」
 
 何やら気落ちしているエステルの言葉尻を、ユーリが引き継いだ。心配するのも判らなくもないが、この場合はカロルが正解だろう。確実にダングレストに帰れる手段が見つかった上に、もしあのままエステルと一緒にいたら、アイヒープ姉妹に捕まっていたかも知れないのだから。
 
「ま、パティちゃんと一緒なら心配要らないでしょ。カロル少年も、早くダングレストに着いた方が良いに決まってるしねぇ」
 
「いや……余計に不安な気がすんだけど」
 
 しかし、だからと言って何がどうなるものでもない。ダングレストに向かう事になるなら、一応気に掛けておく位しかないだろう。
 
「ワン!」
 
 先頭を進むラピードが、見えて来たぞ、な顔で吠える。
 
 林道を抜けた先……優雅で高貴なカルボクラムの街並みが、彼らを出迎えていた。
 
 
 
 
「うわぁ♪ この街並み、後期エリカズム様式です! 古くからの文明が今もこうして引き継がれているなんて、歴史を感じますよねぇ♪」
 
「うわぁ♪ この街、転送魔導器(キネス・ブラスティア)だらけじゃない! 帝国の研究所にだって、こんなに数揃ってないのに♪」
 
 到着早々、似たようなリアクションではしゃぐリステル。……もっとも、その興味を引く対象はまるで違うのだが。
 
「目立つなってのが判んないかねぇ、あいつらは」
 
「二人も、君にだけは言われたくないだろう」
 
「面倒事に首突っ込むの、大抵いつも青年だもんねぇ」
 
「ワン」
 
「……ラピードもかよ」
 
 その賑やかな後ろ姿を眺める男性陣は、誰からともなく“ついさっき乗り越えた城壁”を見やる。
 
「……トルビキアにこんな街があったなんてな」
 
 正門からは入れなかった。悪趣味な紫の鎧を着た騎士たちが、“内側と外側に”待機していたからだ。
 
 魔物の襲撃を警戒して見張りを置く事は珍しくもないが、あの体制は違う。あれは……街に誰も入れず、また、街から誰も出さない為の配置だ。
 
「こりゃ相当キナ臭ぇぞ。皇帝候補を拉致監禁って話も、あながちガセじゃなかったりしてな」
 
「……今まで信じてなかったのか」
 
「そりゃ、情報元が情報元だしなぁ」
 
 懲りもせずにユーリとフレンが撒き散らすギスギスした空気を、レイヴンがパンパンと手を叩いて払う。
 
 何度この低レベルな喧嘩を仲裁せねばならないのかと。
 
「はい、喧嘩はあとあと。とりあえず情報集めましょ。目立たないように、ね」
 
 今のユーリ達は、執政官邸の場所すら知らない。街の構造、ヨーデル軟禁の真偽、敵の規模、屋敷への侵入ルート、探るべき情報はいくらでもある。
 
 そもそも、この街はユーリが言うように怪し過ぎるのだ。
 
「………そうですね。なら、ここは適所に人材を分けましょうか」
 
 その提案に、基本的には聞き分けの良いフレンが、少し考えてから賛同し、そして――――
 
「…………………」
 
「…………………」
 
 五分後、カルボクラムの路地を歩く……レイヴンとフレンの姿があった。
 
「ねぇ〜、ユーリ君に大事な お姫様 預けちゃって良かったわけ?」
 
 ユーリとラピードはエステルとリタの護衛。レイヴンはフレンと一緒に情報収集。……納得出来るわけがない。これなら一人の方が全然マシだ。
 
「相手が騎士なら、むしろ僕より彼の方が適任でしょう。騒ぎは起こすかも知れませんが、それでエステリーゼ様が傷つくとは思いません」
 
「喧嘩ばっかしてる割りには信用してるのね」
 
 無駄と知りつつフレンを追っ払おうというレイヴンの目論見は、予想通りに呆気なく崩れ去った。
 
 半歩下がって歩くフレンの視線が、ずっとレイヴンの背中に突き刺さっている。
 
「………………はぁ」
 
 つまりは、そういう事なのだろう。
 
 レイヴンはフレンを見ないまま、観念したように溜め息を吐いた。
 
「おっさん、青年や魔導少女みたく派手に暴れたりしてなかったんだけどねぇ?」
 
「……貴方が逃走の際に多用する魔術は、限られた者しか存在を知らない騎士団の奥義です。逆に、奥義の存在を知っている者から見れば、貴方にしか結びつかない」
 
「あらそ………」
 
 心底イヤそうにぼやいて、レイヴンは両手を後頭で組む。
 
 ラゴウの屋敷では上手く利用できたが、当然その後に関わり合うつもりなどなかった。エステルの行動を読めなかった事が、一番のミスだった。
 
「アレクセイ閣下は、一度も貴方の生存を疑った事はありませんでしたよ」
 
「……勘弁してよ。人にあんな化け物あてがっといて、どんだけおっさんを過大評価してくれてんの」
 
 フレンの言葉が意味するところを知って、レイヴンはその場で がっくしと深く深く肩を落とす。
 
「……後悔は、ないんですか」
 
 足を止めた丸い背中に、フレンの声が届く。責めるように、或いは……惜しむように。
 
「何が貴方を変えたんですか……シュヴァーン隊長……」
 
 ―――冷たい風が、二人の間を過ぎた。
 
 
 
 
「………こっちもダメ」
 
 高低差の激しいカルボクラムの街。至る所に設置された転送魔導器。
 
「この子も」
 
 その一つ一つを、リタは調べて回っていた。
 
「この子も」
 
 一つの転送魔導器の前で数秒、瞑想するかのように目を閉じて、またすぐに別の転送魔導器目がけて疾走を開始する。
 
 二手に分かれてから、ずっとこの調子だ。
 
 その脳天に―――
 
(ゴツン!)
 
 拳骨が見事に炸裂した。
 
「ッ!? っ〜〜〜イッタイわね! いきなり何すんのよ!!」
 
「そりゃこっちのセリフだ。二人同時にチョロチョロしやがって、俺にどうお守りしろってんだよ」
 
 ぶたれた所を両手で さすりながら振り返れば、いつの間にか置いてきぼりにしたはずのユーリ。
 
 何はさておき、いきなり頭をぶたれて黙っているリタではない。
 
「子供扱いすんなってっ………いつも……言っ、て……」
 
 激情任せに怒鳴りつけるリタの声が……尻すぼみに擦れて、止まった。
 
「あ、あの……ユーリ? その……」
 
「あ?」
 
 ユーリの右手が、頬を赤らめたエステルの左手に、しっかりと繋がれていたからだ。
 
「男の人に手を握られた事なんて初めてだから……その……ちょっと恥ずかしいかな、って……」
 
「お前が目ぇ離すとすぐ どっか行っちまうからだろうが。……しゃーねぇな」
 
 見えているのに見えていない。そんな不思議な視界の中で、ユーリがラピードの首輪に紐を付けて、エステルに握らせている。
 
「………はっ」
 
 そして、些か以上に遅れた再起動を果たすリタ。その心中には、未だ“頭をぶたれた怒り”がしっかりと燻っている。
 
「で? 魔導器に何か変なトコでもあったのか?」
 
 やられたから、やり返すだけ。十倍返しで。
 
 ユーリの質問など そよ風の様に聞き流して、リタは自分の拳にハァ〜〜っと熱い吐息を当てる。
 
「『噛裂襲』ーー!!」
 
 見よう見まねで繰り出された拳撃の十連弾が、一人の青年を花火へと変えた。
 
 
 



[29760] 16・『キュモール』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2011/11/09 16:33
 
「はぁ……何であたし達がこんな真似……」
 
 城壁の上からザイルを伝って滑り降りたヒスカは、今の自分の……とても胸を張れない姿に深く落胆する。
 
 それもこれも、同じ騎士団に門前払いを食らわせたキュモール隊の連中のせいだ。
 
「仕方ないでしょ。街の外で大人しくしてたら、いざって時に介入できないし……って言うより、揉み消されちゃうよ」
 
 気持ち的にはヒスカと同じながらも、シャスティルは柔らかく妹を宥める。
 
 無理もない。人目を逃れてコソコソと街に侵入するなど、とても騎士のする事ではないのだから。
 
「……あいつ、ホントに来てるかな」
 
「うん……。ガリスタさんの情報だから、間違いないと思う」
 
 彼女らの不審な行動は、全て盗賊・『漆黒の翼』に因るものだ。彼らがここに来ている、という前提があるから、こんな“らしくない”行動に出ている。
 
 かつての後輩だから……そして幾度となく対決してきたから解る。彼らがこういう街に居たら、どんな行動を取るか。
 
「(絶対、暴れるに決まってる)」
 
 男女三人組という以外には一切の情報が不明。どこからともなく現れ、姿も見せず標的を盗み、痕跡も残さず消える。神出鬼没の盗賊ギルド・『漆黒の翼』。
 
 ……と囁かれていたのは三年前までの話。ユーリとリタが加入してからの『漆黒の翼』は、それまでとは真逆のド派手な活躍で知られている。
 
「ユーリが暴れ始めたら、騎士団権限を使って乗り込める。後は証拠さえ掴めば、いくら貴族でも言い逃れ出来ないわ」
 
「……ヒスカ、解ってると思うけど、ユーリの逮捕は二の次だからね? 優先順位を忘れない事」
 
「っ、わかってるよ!」
 
 さっきから発言がユーリ個人しか指していないヒスカに、シャスティルが半眼で念を押す。
 
 最優先されるのは、軟禁されていると思われるヨーデル殿下の救出。次に優先されるのは、彼女ら本来の任務。この二つをこなしながら『漆黒の翼』を捕えるというのは……はっきり言って不可能だ。
 
 何しろ、今は二人しかいないのだから。
 
「怖いのは……実力行使かな。証拠を押さえられた後で、口封じしようとするかも」
 
「結局は出たとこ勝負よね……あいつのペースに合わせると疲れるわ」
 
「「はぁ………」」
 
 ユーリやリタほど突き抜けた感性を持ち合わせていない双子は、これから起こるだろう荒事を思い浮かべて、面白いほどピッタリ揃ったタイミングでうなだれた。
 
「その心配なら無用です!」
 
「「っ!?」」
 
 完全に油断しきっていた所に背後から声を掛けられて、二人は弾かれる様に振り返る。
 
 そこで――――
 
「フレン………」
 
「と……エステリーゼ様………?」
 
 空樽の上に勇ましく立つ姫君と、その空樽を律儀に支える青年を、見つけた。
 
「―――ォォーン―――」
 
 どこか遠くで、遠吠えが響いた。
 
 
 
 
 僅か時を、遡る。
 
 二手に分かれてカルボクラムの街を調べていたユーリ達は、街外れの空き家の地下室に集合していた。
 
 何故、宿屋ではなく そんな場所なのか? 簡単に言えば、入れなかったからだ。
 
 街に侵入する前の予想通り、この街は内外の出入りを厳しく制限しているらしい。
 
 当然、余所者を泊める為の宿屋など開いているはずもなく、そうでなくても出入りを禁じられている以上、余所者がいると知れた時点で捕まってしまう。
 
 あれだけ騒いだリタやエステルが捕まらなかったのは、一重に騎士らの怠慢だろう。
 
 とにもかくにも、人気の少ない空き家に集まった一同は、それぞれに情報を交換しあった。
 
 と言っても、ヨーデル軟禁の核心に近い情報までは掴めず、街の状態は見ての通り。判ったのは執政官邸の場所、侵入経路、そして―――
 
「……キュモール?」
 
 執政官の、名前である。
 
「そ。ミムラ・フォン・キュモール。ユーリやフレン君もご存知の、キュモール隊長のお姉様よ」
 
「……なーんか見覚えあると思ったんだよな、あの悪趣味な鎧」
 
 アレクサンダー・フォン・キュモール。騎士団隊長の一人で、絵に描いた様な高慢貴族。三年前、ユーリとリタを牢獄にぶちこんだ男だ。
 
 その姉が今、このカルボクラムで皇帝候補の片割れを軟禁している……かも知れない。
 
「……それ、何かおかしくない? 評議会じゃなくて、騎士団って」
 
 これまでの推察を覆す名前に、リタが真っ先に気付いた。
 
 そう……ヨーデルは“騎士団が擁立する候補”なのだ。彼がいなくなって得をするのは評議会の方であり、ユーリ達も誘拐犯はそちらだと睨んでいたのだが………実際は逆だった。
 
「どっちでもいいって。後ろ暗い事やってんのは間違いなさそうだし、叩けば色々出てくんだろ」
 
 そんなリタの困惑を、ユーリが単純明快にぶち壊す。基本的に考えるのが苦手で、直感で動くタイプなのだ。
 
 しかしまぁ……行動がストレートなのはリタも同じ。
 
「そうね。ここで考えてても埒明かないし、殴り込んで締めあげれば何か吐くでしょ」
 
 作戦会議終了、とばかりに腰を上げる三人に、思わず声を張り上げたのは……やはりと言うか、フレン。
 
「ちょっと待ってくれ! まさか、今から殴り込むつもりなのか!?」
 
「? そだけど?」
 
「このまま街うろついてたって、状況が良くなるとも思えねーしな」
 
 それが何? と言わんばかりのユーリとリタに、フレンは完全に言葉を失う。
 
「ちょっと待ってください!」
 
 そこへ、声を張り上げる二人目……エステルだ。
 
「だったら、カプワ・ノールの時と同じ作戦で行きましょう。ユーリ達が暴れてる所に、わたしとフレンが乗り込むアレです!」
 
「エステリーゼ様ぁぁ!?」
 
 しかし、難色を示すどころかノリノリである。この場に於いて、フレンは自分が少数派だと自覚せざるを得ない。
 
「つまり何か? 俺たちを口実作りの為にあごで使おうってか」
 
「はいっ!」
 
 眩しい笑顔で元気よく返事するエステルの頭を、ユーリの両拳がグリグリとプレスする。「痛い痛い痛いです!」と騒いでいるが、もちろん無視して。
 
「いざ、出陣です!」
 
 その後、エステルにグリグリしたユーリにフレンがキレたり、喧しい二人をリタのネコパンチが殴り飛ばしたりと、他愛ない騒動を経て、エステルが凛々しく人差し指で天を指した。
 
 それぞれが それぞれの役割を持って、カルボクラムの街を往く。
 
 
 
 
「やっぱり声が聞こえない………」
 
 執政官邸に向かう道すがら、自分たちが乗り込んだ転送魔導器(キネス・ブラスティア)を覗き込むリタ。
 
「たまにあるよな、リタが声聞けない魔導器」
 
「ここのは異常よ。全部の転送魔導器が無反応だなんて」
 
 魔導器の声が聞こえる、というのは三年前に出会った時から主張し続けているリタの言。
 
 ダングレストに住み、盗賊ギルドに入り、リタは研究所を抜けても魔導器に携わって来た。
 
 そんな生活の中で、“声”が聞けない魔導器に出会う事もあったが、それほど多いわけでもない。
 
「声が聞こえない魔導器の共通点は、大きく分けて二つ。近年になってから持ち込まれたって事と、あたしでも知らない術式が刻まれてるって事」
 
 もっとも、それは“魔核(コア)が在る魔導器”に限られる。リタは魔核を失った魔導器の声は、一つの例外もなく聞けないのだ。
 
「確かに……ここが帝国の支配下に置かれる前は、こんなに転送魔導器なかったわねぇ」
 
 珍しく、どこか考え込むような顔でレイヴンが呟いた。
 
「支配下に置かれる前?」
 
「そ。ここ、何年か前まではギルドの街だったのよ。ユニオンでも最強クラスの連中だったんだけど……あっさり騎士団に街を明け渡しちゃってね」
 
 ギルドが街を見捨てる。ダングレストに住む者としては信じがたい言葉に僅か目を見開いて、ユーリは重ねてレイヴンに問う。
 
「そのギルドの名前は?」
 
「『紅の絆傭兵団(ブラッド・アライアンス)』」
 
「……どっかで聞いた名前だな」
 
 点と点が、嫌な線で結び付くような感覚に、ユーリは眉を顰める。
 
 評議会のラゴウに雇われていた『紅の絆傭兵団』。その『紅の絆傭兵団』が放棄した街で軟禁されている皇帝候補。不自然なほど配備された転送魔導器。
 
 これら全てが、偶然だとは思えない。
 
「ま、“そっち”はいつも通りおっさんに任せるわ。セコいの性に合わないし」
 
 『漆黒の翼』は痛快豪快に暴れ回るスタイルにシフトした。世間ではそう言われているが、実際には少し違う。
 
 ユーリやリタが表立って暴る騒動に紛れて、レイヴンはそれまで通りに裏で暗躍する。
 
 それが『漆黒の翼』の知られざる実態であり……もちろん、それは今回も変わらない。
 
「はいよ。執政官殿の目的、魔導器の入手経緯、ついでにお宝の在処。おっさんが丸裸にしてあげましょう」
 
 単なる人助けで終わるつもりなど、初めからさらさらなかった。
 
 
 



[29760] 17・『ミムラ』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2011/11/11 17:14
 
「エステリーゼ様の噂は、道中で度々耳にしていました。まさか、そんな事になっていたなんて………」
 
 人気の無い路地裏の片隅で、三人の騎士と一人の姫君が神妙な顔を並べていた。
 
 片やユーリ達の行動を待つエステルとフレン。そして、偶然にも同じ狙いを持ってカルボクラムに侵入していたアイヒープ姉妹。
 
「御家騒動に暗殺未遂……あのザギまで。心中お察し致します」
 
 表向きは行方不明とされているエステルは、普段は騎士団から身を隠している。そんな彼女がアイヒープ姉妹を見掛け、隠れるどころか名乗り出たのは……ユーリやフレンから双子の話を聞いていたからだ。
 
 問答無用でエステルを連れ帰るようなタイプではなく、エステルの意思を極力尊重してくれるだろう人物。交渉次第では連携できる。
 
 ………とまあ、とどのつまりは思いつきだ。
 
「そんな事は脇に置きます。今のわたし達には時間が無いんです」
 
 シャスティルの同情をまるっと無視して、エステルは事の顛末と作戦を双子に説明しだす。もちろん、ユーリ達と手を組んだ事は言葉巧みに誤魔化して、だ。
 
 ……しかし、アイヒープ姉妹も馬鹿ではない。
 
「(フレン……何で姫様がユーリとつるんでるの?)」
 
「(僕にもよくわかりません。エステリーゼ様に訊いて下さい)」
 
 張り切って喋るエステルに見えない様に、小声でシャスティルがフレンに訊くが……返答は芳しくない。『嘘でしょ』などと言えるわけがないのだから。
 
 帝国の御家騒動、『漆黒の翼』の襲撃、ヨーデルの救出。どれも嘘ではないだろう。………だが、カプワ・トリムで『漆黒の翼』と一緒に居た理由が抜けている。
 
「(まあ、大体 想像はつくけど………)」
 
 どこか面白くない成り行きに、ヒスカは額に手を当ててうなだれる。
 
 ユーリは……行動こそ破天荒で無鉄砲で常識外れな犯罪者だが、世間では義賊などと呼ばれる類の人間だ。
 
 一緒にいた経緯までは解らないが、共に居る内に信頼される様になっていたとしても不思議は無い。……特に、今のエステルの様に味方に乏しい立場の人間なら尚更だろう。
 
 フレンを数少ない例外としても、騎士団こそが彼女にとって脅威なのだから。
 
「……お話は解りました。もちろん、我々も同行させてもらいます」
 
 そんな中で、上辺だけでも頼られている。その事を胸に刻んでヒスカは頷いた。
 
 協力を仰ぐほどには信頼されている。しかしユーリ達の事を話せない程度には警戒されている。
 
 自分たちに対するエステルの認識を過不足なく理解して………当然そこで終わらない。
 
「ですが、余力があれば勿論 『漆黒の翼』も逮捕します。……よろしいですね?」
 
 たとえ帝国の姫が盗賊と結託していたとしても、騎士として……そして彼女自身として、ユーリを見逃す事は出来ない。
 
 これが、自分に出来る最大限の譲歩。ややの緊張を伴う宣言をヒスカは告げて―――
 
「はいっ! 絶対に捕まえてやりましょう!」
 
(がくっ!)
 
 予想の斜め上を行かれて、転けそうになった。見れば、エステルは一片の曇りも無いキラキラとした瞳でガッツポーズなど取っている。
 
「(あたし達に捕まえられるわけない、とか思ってる? それとも……ホントにユーリを利用してただけ?)」
 
 どちらにせよムッと来る推測を頭の中で転がしつつ、ヒスカはエステルをじっと見つめる。
 
 ……満面の笑顔だ。何を考えているのか解らない。
 
「では、今のうちに登場する時のポーズを決めておきましょう」
 
「ポーズて……いや、それより姫様まで来る気ですか!? 安全な場所で待ってた方が……」
「ヨーゼフを救うのに、わたしが行かなくてどうするんですか!」
 
 さも名案! とばかりに手を合わすエステル。すっかりペースを乱されてしまっているヒスカ。
 
「……エステリーゼ様って、いつもああなの?」
 
「ええ、まあ、大体」
 
 そんなヒスカの姿に、逆に諦観の姿勢を決め込むシャスティルとフレン。
 
 奇しくも出会ったフェドロック隊の三人+1の耳に―――
 
(ドオォン!)
 
 まず一つ目の、爆発音が届いた。
 
 
 
 
「“蒼き命を湛えし母よ 波断し 清冽なる産声を上げよ”」
 
 舞の様に軽やかに回ったリタが、右掌で大地を叩く。
 
「『アクアレイザー』!!」
 
 途端、そこから一直線に水の波濤が噴出し、その先にいる紫の一団を大水圧で以て空に弾き飛ばした。
 
「思ったほど数いないわね」
 
「雑魚ばっか湧いて来やがって。ま、キュモール隊じゃしゃーねぇか」
 
「フン」
 
 ユーリが、リタが、ラピードが、執政官邸の庭のど真ん中に乗り込んだ。
 
 白昼堂々。誰憚る事もなく、真っ正面から、名門貴族の別荘に大胆と呼ぶも生温い強襲を掛けて。
 
「反乱か!」
 
「平民が身の程知らずな!」
 
「生きて出られると思うなよ!」
 
 騒ぎを聞きつけた騎士団がぞろぞろと現れていると言うのに、逃げる素振りも隠れる素振りも見せない。
 
 目の前で敵が綺麗な包囲を作るのに、まるで気付いていないかの様な棒立ちを見せる。
 
 降参して無抵抗なのかと思い、一人の騎士が最終警告を告げようとした……出鼻を挫いて―――
 
「犬、伏せ」
 
 リタが帯を引いてクルクルと回りだした。先ほどの魔術を思い出し、騎士が叫ぶ。
 
「かかれ!!」
 
「俺には一言もなしかよ」
 
 八方から長槍が迫る。ラピードは素早く伏せる。ユーリが文句を一つ残して高々と跳躍する。
 
「“尊貴なる光の斬撃 不滅の悪も圧倒する”」
 
 穂先が届くよりも速く、リタのステップが止まった。そして―――剣が生まれる。
 
「―――――――」
 
 長槍の数倍はあろうかという、巨大な光の剣。それが、リタを軸にした鮮やかな円を描き―――
 
「『ブレードロール』!」
 
 一閃。光の軌跡が、リタを包囲していた全ての騎士を、叫ぶ事すら許さずに蹴散らした。
 
「お見事」
 
「ワン」
 
 光剣がエアルに還ると同時に、ユーリが着地し、ラピードが身を起こす。
 
 褒められたリタは何でもなさそうに小さく鼻を鳴らして、勇ましくキュモール邸を指さした。
 
「一気に乗り込むわよ! この街の魔導器の秘密、洗い浚い吐かせてやるんだから!」
 
「はいはい」
 
 号令に合わせて、二人と一匹は猛然と走りだす。肩に剣を担いで、口に短刀を咥えて、掌に火球を乗せて。
 
 その突撃と、地面に転がって動かない仲間達の姿は………
 
『う……うわぁああ!!』
 
 後続の騎士たちに回れ右をさせるには、十分だった。
 
 
 
 
「『スパイラルフレア』!」
 
 火球の生み出す大爆炎が、屋敷の外壁を抉り飛ばす。ついでの様に焼かれた騎士らを睥睨しながら、リタらは屋敷に足を踏み入れた。
 
 そこで………
 
「キーッ! 何なのよアンタ達! ここがキュモール家の屋敷だって解ってるんでしょうね!?」
 
 優雅なティータイムを楽しんでいたらしい女が、金切り声を上げていた。
 
 赤にピンクに紫、とにかく派手なカラーリングのドレスに厚化粧、ついでにライトブルーの髪。ユーリは一目で気付く、こいつがキュモールの姉だと。
 
「こんにちは~お邪魔してますよ~」
 
「これでいい?」
 
 白々しい棒読みですっとぼけるユーリとリタに、ミムラは顔を真っ赤にして立ち上がる。
 
「キーッ! 下民の分際で貴族を馬鹿にするなんて……死んでしまいなさい!」
 
 爆発音を聞きつけて、おそらくは「部屋の中には入るな」とでも言われていたのだろう増援が、次から次へと湧いて出る。
 
 ……が、あの悪趣味な紫鎧の騎士どもではない。頭にバンダナを巻いた盗賊紛いの男。上半身裸で大剣を担いだ兜の男。露出の多い黒衣を揺らす女魔導士。
 
 およそ貴族の館に似つかわしくない荒らくれ者たち。
 
「『紅の絆傭兵団(ブラッド・アライアンス)』か………」
 
 剣を構えて呟くユーリからは目を離さず、男の一人が執政官……ミムラへと声を掛けた。
 
「執政官殿……“これ”は契約から些か外れた仕事になりますが?」
 
「卑しい要求などしなくても、金ならいくらでも出してあげるわ。下民は黙って貴族の言う事に従っていればいいのよ」
 
「了解」
 
 ユーリどころか、味方なはずの『紅の絆傭兵団』までも下民呼ばわりするミムラにも顔色一つ変えない傭兵。
 
 その眼は……ずっとユーリを捉えたまま。
 
「見捨てた街にノコノコ戻ってきて貴族の飼い犬か? 最強の傭兵団も落ちたもんだぜ」
 
「好きにほざけ。最初から地を這う盗賊風情に何を言われようと痛くも痒くもない」
 
「そりゃ ごもっとも」
 
 挑発を躱されたユーリが肩を竦める。全くの無感動だった男の眼が、ほんの僅かだけ細められる。
 
「……………………」
 
 男が片手を軽く上げ、振るう。それに合わせて、数人の傭兵が床を蹴る。
 
「『ファイアボール』!!」
 
 後の先を狙ったリタの火炎弾が、戦闘再開の合図となった。
 
 
 
 



[29760] 18・『ミニスカート』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2011/11/14 22:03
 
 突然の急襲を受け、前代未聞の大混乱に陥る、カルボクラムのキュモール邸。騎士や傭兵が駆けずり回り、使用人が慌てふためき、屋敷の主・ミムラが奇声を上げている頃―――
 
「(ふぅん……やっぱりそういうルートなわけね)」
 
 まるで自分の家が如き自然な仕草で、レイヴンがとある一室を物色していた。
 ちなみに部屋の主たる執事長・セバスは、床に転がって静かな寝息を立てている。背後から一撃、自分が何をされたかも判っていないだろう。
 
「(出所は帝国魔導研究所……権力に物言わせたか、誰かさんの掌の上で踊ってるかは判んないけど、噂が本当だってのは間違いないか)」
 
 セバスが書類整理に使っている棚から一枚の書簡を手に取り、レイヴンは似合わないシリアス顔で無精髭の生えた顎先を撫でた。
 
「(帝国魔導研究所が魔核(コア)の復元に成功、ね。新しく聖核(アパティア)を手に入れたか、それとも……)」
 
 断続的に響く爆発音すら気にも留めずに物色を続けるレイヴンの耳が―――
 
「(ん?)」
 
 こちらに向かって近づいてくる靴音を、尋常ならざる集中力で正確に拾い上げる。
 
「(可愛いメイドさんとかだと良いなぁ~)」
 
 もしそうならアプローチ、と密かに誓うレイヴンは“少し重くなった”体を動かし―――
 
「セバスちゃん!!」
 
 ほどなくして、部屋の扉が勢いよく開かれた。現れたのは悪趣味なドレスと厚化粧で身を飾った年配の女性……ミムラ・フォン・キュモール。
 
「すぐにバルボスを……って、何を暢気に寝ているの! この非常事態に!」
 
 ミムラは部屋に入るなり、“ベッドに横たわる”セバスに金切り声を張り上げた。もちろん、部屋にはセバス一人しかいない。ただし………
 
「(……0点)」
 
 屋根裏を除けば。
 
 シャンデリアの近くに開けた穴からミムラの姿を覗き見て、レイヴンは音もなく落胆の溜め息を溢した。
 
 ミムラがヒステリックに喚きながらベッドを蹴るが、セバスは起きる気配がない。すぐには目覚めない程度の一撃を入れたのだから、当然なのだが。
 
「忌々しい下民がっ……屋敷どころか この私にまで火の玉を投げつけてくるなんて!!」
 
 よほどヒートアップしているらしい。セバスが起きないイライラも手伝ってか、ミムラは爪を噛みながら一人で恨み節を並べ立て始めた。
 
「それもこれも、ギルドなんて汚らしい下民の集団の存在を許しているからよ! アレクサンダーは何をモタモタしているのかしら!」
 
「(おっ)」
 
 レイヴンからすれば、願ってもない展開である。密会の盗聴を画策したわけでもないのに、勝手にべらべらと喋っている。
 
「この事を殿下に突き付けてあの甘ったれた考えを改めさせてやる! そうすれば、堂々とユニオンを…………」
 
「(ユニオンを?)」
 
 棚から出てきたぼた餅を、身を乗り出して聞き入るレイヴン。
 
 その耳に―――
 
「そこまでだ」
 
「――――――」
 
 凄みのある低い声が、“すぐ真後ろで”聞こえた。レイヴンは振り返らない。声も上げない。ただ背筋を冷やす直感に従って、転げる様に前方に跳んだ。
 
 直後―――
 
「うわぉ!?」
 
「きぃいい!?」
 
 重々しい轟音を立てて、部屋の屋根が崩れ落ちる。その裏に隠れていたレイヴンと、破壊をもたらした張本人ごと。
 
「小狡いネズミのわりには良い反応だな」
 
 難なく着地したレイヴンは、その声の主に目を向けた。
 
 ガッチリとした赤いコート。鉄球の様な金の義手と、同色の義眼。威厳という言葉が服を着て歩いている様な大男。
 
 見覚えがある。否、ダングレストに住む者ならば、知らない者の方が珍しい。
 
「おたくこそ、意外と狭い場所が好きみたいね。後ろ取られるまで気付かなかったわよ」
 
 『紅の絆傭兵団(ブラッド・アライアンス)』のボス、バルボス。己が力一つで、最強の傭兵団まで作り上げた男。
 
「カプワ・トリムでは子分どもが世話になったらしいな。身の程を知らぬ馬鹿は長生き出来んぞ」
 
「ご忠告どうも。親切ついでに、旦那のらしくない仕事っぷりの理由も聞かせてくれると嬉しいんだけど」
 
 キーキーと騒いでいるミムラに構わず、レイヴンは畳んでいた弓を展開する。バルボスもまた、身の丈ほどもあろうかという大剣を握る手を強めた。互いに、既に臨戦体勢に入っている。
 
「プライドの高いアンタが、騎士団にビビってカルボクラムを明け渡すわきゃない。……“いくらで売ったのよ?”」
 
「………フン」
 
 人を食ったレイヴンの物言いに、バルボスは答えず、ただ面白そうに口の端を引き上げる。
 
 レイヴンも、素直に答えてくれるとは思っていない。バルボスがここにいるという事実だけで、十分な判断材料にはなる。
 
「バルボス! 無駄口を叩いてないで、さっさとこの下民を………」
 
 蚊帳の外から張り上げたミムラの罵声を遮る形で―――
 
「シッ!」
 
 最初の一矢が、弓から放たれた。
 
 
 
 
「っと!」
 
 背後から迫る刃の腹を裏拳で叩いて軌道を逸らし、振り返りざまに斬撃を繰り出す。
 
 薄皮一枚裂いただけの浅過ぎる手応えに、内心で敵の反応の速さを素直に認める。
 
「(……妙だな)」
 
 ユーリがそう感じると時を同じくして、リタも同様の違和感を覚えていた。
 
「『ストーンブラスト』!!」
 
 直下から撃ち出される“弾岩”の雨が、防御すら許さずに傭兵たちを昏倒させる。……しかし狙った内の一人は、リタの魔術を事前に察知して回避した。
 
 似た様な服装で似た様な素振りを見せてはいるが……明らかに動きの違う使い手が、三、四人ほど混じっている。
 
「これが私の実力、見るがひん!?」
 
 詠唱を始めた敵の女魔導士の腹に、「俊迅犬!」な顔をしたラピードが鋭く頭突きをかます。それに追い打ちを掛ける形で、リタの魔導書が女の顎を強打し、気絶させる。
 
「ギルドの魔導士があたしにケンカ売ろうなんて、いい度胸してんじゃないの」
 
 強気に言い放ち、リタは次なる魔術に備えて帯を引いて回りだす。帯に描かれた術式が彼女を球状に包み込んだ。
 
 ―――その時、
 
「そこまでです!!」
 
 ユーリを、リタを、ラピードを、そして傭兵団を指して、勇ましい声が降って来た。
 
「な、何ぃ!?」
 
「どこだ!」
 
「あそこよ!」
 
 定番のリアクションを取ってくれた律儀な傭兵らが指差す先……大広間の二階の手摺りの上に………
 
「世を騒がす盗賊ギルド・『漆黒の翼』よ! 欲に任せて貴族の屋敷に攻め入ったが運の尽き、今こそ罪を裁かれ、悔い改める時です!!」
 
 打ち合わせ通りのピンク頭が、自己陶酔に酔い痴れた顔で細剣を差し向けていた。
 
 わざわざそこまで登ったのか、とか、その若干イラッと来るどや顔は何なのか、とか、言いたい事は他にもあるが……
 
「「………………」」
 
 とりあえず、何故に瓜二つの赤毛ポニーテイルが、一緒になって手摺りに並んでいるのかが、一番のツッコミ所だ。
 
 左からヒスカ、エステル、フレン、シャスティルの順に、エステルと同じポーズを左右対称に取っている。ただし………エステル以外は、赤い顔で恥ずかしそうに視線を逸らしているが。
 
「馬鹿っぽい……」
 
「したくてやってるんじゃないわよ!」
 
 リタに呆れられてヒスカが叫ぶ。そんなヒスカの“腹より下”を、ユーリがジッと見つめていた。
 
「どーでもいいけど……お前、パンツ見えてんぞ」
 
「ウソ!?」
 
 ユーリに指摘され、咄嗟に両手でミニスカートの裾を押さえたヒスカは………
 
「嘘」
 
「きゃふ!?」
 
 『蒼破刃』で狙い撃たれて、ものの見事にひっくり返った。哀れである。
 
 そんな茶番を、表情一つ変えずに傍観していた傭兵の一人が、やはり無感動に呟く。
 
「騎士団まで乗り込んで来るとは……潮時だな」
 
 その呟きに応える様に、三人の傭兵が素早く身を翻す。いずれも、先の戦闘で動きが違っていた“別物”だった。
 
「え? で、でも……」
 
「お前ら、なに言って?」
 
 他の傭兵らが戸惑う中で、彼らの動きは迅速の一言だった。一人がボウガンで窓ガラスを粉砕し、一人が何か丸い物体をユーリ達に投げつけて……それが、床に着弾すると同時に黒い煙幕を吹き上げる。
 
「逃がしません! “煌めいて 魂揺の力”」
 
 上から全体の動きを見下ろしていたエステルが、素早く詠唱を終えて、細剣を男に差し向ける。またフレンも、剣を振り上げて男を狙う。
 
「『フォトン』!」
 
「『魔神剣』!」
 
 光弾と斬撃が空間を切り裂き、今まさに逃走を始めている男の背中へと伸びて―――
 
「ハアッ!」
 
 跡形も無く、霧散した。男の持つ直剣の、ただの一振りに払われて。
 
「…………………」
 
 背を向ける男の横顔が、一瞬、笑っているように見えた。それを確信する間もなく、その姿は黒煙の向こうに隠される。
 
「……傭兵じゃ、ねーな」
 
 何とも言えない不気味な存在感を刻みつけられて、ユーリは口に出してそう言った。
 
 ラピードの鼻なら追えない事もないかも知れないが、そこまでする理由がない。……というより、出来れば二度と関わりたくない。
 
「ユ~ゥ~リ~!!」
 
「っと、俺らも退散するとしますか」
 
 何やら燃え盛る炎を揺らめかせたヒスカが、片手に剣をぶら下げて立ち上がる。
 
 長居は無用。ユーリとリタ、ラピードもまた、先人に倣って黒煙の中に姿を消した。
 
「待ちなさい! 『魔神連牙斬』!!」
 
 ヒスカの剣が唸りを上げて、黒煙に向かって数多の斬撃を衝撃波として奔らせる。
 
「………あいつっ、馬鹿にして!」
 
 が、硬い衝突音に遅れて黒煙が吹き散らされた後に残っているのは、逃げるタイミングに乗り遅れた挙げ句、ヒスカの攻撃に打ちのめされた『紅の絆傭兵団』のみ。
 
 先ほどの傭兵紛いはもちろん、ユーリ達の姿も無い。
 
「くっ、見失ってしまいました。すぐに後を追わなければ!」
 
 悔しげに拳を握り締めて唇を噛んだエステルは、“迷う事なく”屋敷の奥へと突撃を開始する。
 
 ユーリ達が外に逃げた可能性を完全に度外視して、だ。その意味するところを、フレンはもちろん、アイヒープ姉妹も気付く。
 
「……ヒスカ、行くよ?」
 
「わかってる」
 
 シャスティルにそっと肩を叩かれて、ヒスカは名残惜しげに窓の外から目を離した。
 
 
 
 
 ……その頃、ユーリ。
 
「何で建物の中に逃げるんだよ」
 
「あのオバハン、一発殴ってやんないと気が済まないのよ!」
 
「わんっ!」
 
 ホントに屋敷の中にいたりする。
 
 
 



[29760] 19・『招き猫』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:ef78e215
Date: 2011/11/16 19:35
 
「っ!」
 
 砲弾の様に撃ち出された金色の義手が眼前の空間を貫き、その先にあった柱の一本をも粉砕する。
 
 太いワイヤーで繋がれた義手は尋常ならざる豪腕に振るわれ、そのまま破壊の嵐を撒き散らす。
 
「ちょっとちょっと、依頼人のお家でしょ。もっと控え目に出来ないの?」
 
「構うものか。こうなった以上、むしろ執政官殿には退場してもらった方が都合が良いのでな」
 
「あらま、カワイソ」
 
 バルボスの暴撃を、レイヴンは捉え所の無い独特の動きで躱して、弓から矢を釣瓶射ちに飛ばした。
 
 一瞬で放たれた五本の矢。その内の二本はバルボスに軽く躱され、残る三本は天井に突き刺さる。
 
 そう、バルボスの真上の天井に。
 
 刺さった矢から、鏃を中心に火の術式が三つ展開され―――
 
「どかーん」
 
「むっ!」
 
 直後、炎を捲いて爆発した。爆破された天井が瓦礫となって降り注ぐ。それにバルボスが気を取られた一瞬を突いて………
 
(カッ!)
 
 バルボスの足下に、さらにもう一本の矢を射る。そして、爆発。
 
「おおおっ!?」
 
 爆発と衝撃が床を砕き、バルボスは瓦礫と共に階下へ落ちていく。
 
「んじゃ、これで失礼しますよっと」
 
 レイヴンは誰もいなくなった廊下に恭しく一礼し、すたこらと踵を返して逃げていくのだった。
 
 
 
 
「(キーッ! どうして、何でこんな事に!?)」
 
 ミムラ・フォン・キュモールは焦っていた。これまでの人生で、これほどの焦燥を感じた事はない。
 
 ………いや、もっと言えば、それは恐怖とも呼べる感情だった。
 
 帝国有数のキュモール家に生まれ、どんな願いも思うままに叶えてきた。今回の計画もその一つ、何の問題もなく全ては遂行されるはずだった。
 
 少なくとも、彼女の中では………。
 
「おまえ達! 何をしているの、早く曲者を八つ裂きに……」
「うるせぇ! どけ!」
 
 だと言うのに、これは一体何なのだろうか。
 
 たった三人の盗賊に騎士団を蹴散らされ、屋敷を散々に破壊され、金で雇った傭兵は命令を聞きもしない。首領のバルボスに到っては、ミムラが近くにいたにも関わらず大剣を振り回す始末。
 
「どいつも……こいつも……名誉ある貴族を何だと思っているのよ!」
 
 名誉ある貴族。縋る様な気持ちで口に出したその言葉は、ミムラ自身の心に全くと言っていいほど響かない。
 
「………あ」
 
 焦燥が、恐怖が、見たくもない未来をミムラに見せた。“このまま、どうなってしまうのか”。
 
 小耳に挟んだ傭兵どもの話からすると、既に屋敷には数人の騎士が入り込んでいる。もし、もしも……このまま事態を揉み消す事が出来なかったとしたら?
 
 騎士団長アレクセイは、絶対にミムラを許しはしないだろう。評議会もまた、この件を“騎士団の失態”として利用するに違いない。
 
 そうなれば、いくらキュモール家と言えども……
 
「(何も、残らない)」
 
 飲み込むと同時に、戦慄する。この……誰も頼れる者のいない状況で、そうならないと誰が言える?
 
「か、金………」
 
 もはや権力は頼りにならない。信じられるのは、目に映る物だけ。
 
「金を、私の金を、誰か………!」
 
 しかし、それを自分が運ぶという選択を採れない。極限の精神状態の中で、うわごとの様に呟くミムラの耳に―――
 
「そんなに金が欲しいなら、くれてやるわよ」
 
 妙に凄みのある高い声が、届いた。
 
「あ…あ……」
 
 振り返る。そこにいるのは、ゴーグルを掛けて帯を振るう、うら若き黒魔導士。
 
「“幸運招きし金色の雨降らし 汝の名は”」
 
 その小さな右手が、高々と差し上げられ、そして―――振り下ろされた。
 
「『ゴルドカッツ』!!」
 
「キアアアアアーーー!!」
 
 頭上に迫る巨大な金塊。それが、ミムラが貴族として見る、最後の光景となった。
 
 
 
 
「……もったいな」
 
 潰れたカエルよろしく下敷きになったミムラに乗っている物を見て、ユーリは思わずそう呟く。
 
 何やら意地悪そうな笑みを浮かべている、一概に可愛いとは言いづらい金の招き猫。像のセンスは置いておくとしても、これだけの金塊を敵にくれてやるのを惜しいと思うのはごく自然な感情だろう。
 
 だが、それは普通の人間の思考回路。魔導士たるリタは、やや呆れた顔でユーリを見る。
 
「なに言ってんだか。このネコも魔術で構築した物なんだから、またすぐエアルに還元されるに決まってんでしょ」
 
「そりゃ残念。気が済んだなら逃げんぞ。後はエステルが勝手にやんだろ」
 
 あまりモタモタしていたら、またエステル達と鉢合わせてしまう。ユーリに手を掴まれ、ラピードに足を頭で突つかれ、リタは急かされる。
 
「でも、まだ魔導器(ブラスティア)の情報が……」
「だいじょーぶ。おっさんがちゃーんと盗みだしてあげたわよ」
 
 渋るリタの頭上から、いつから隠れていたのか、レイヴンが屋根裏から降りて来た。
 
 着地に合わせて、レイヴンの体からジャラジャラと良い音がする。いつもはゆったりとしている羽織も、今は少し下に引っ張られ気味である。
 
「ホントに大丈夫なんでしょうね」
 
「あんまり愚図るなって。後でアイス買ってやるから」
 
「だーかーら! 子供扱いすんなって言ってんでしょーが!」
 
 敵地とは思えぬ和やかさで、盗賊たちが窓の外へと飛び出している頃―――
 
「ヨーゼフ! ヨーゼフしっかり! 誰にやられたんです!」
 
「エステ、リーゼ? 助けに来て……くれたん、ですね……」
 
「眼を閉じちゃ駄目、ヨーゼフ! 絶対、二人でルーベンスの絵を見るんです!!」
 
「……エステリーゼ様、パトラ……ヨーデル殿下です」
 
 瓦礫の破片を受けて倒れていたもう一人の皇帝候補は、無事……に、救出されていた。
 
 
 
 
「で、そのバルボスってのはまだ追ってんのか?」
 
 鉄柵を斬り裂き、
 
「ぜえっ……あれ、で……ダウンはしてくれないでしょ。室内だから……上手くハメれたけど……ガチで戦るのは勘弁して欲しいわ……!」
 
 外壁を乗り越え、
 
「ヒスカとシャスティルさえ居なけりゃ、手合わせしたかったトコだけどな」
 
「出た、戦闘狂発言。アンタもあのザギって奴と一緒ね」
 
「あんな変態と一緒にすんな。俺の方が大分健全だっての」
 
「どーだか」
 
 街道を駆けて『漆黒の翼』が風となる。仕事柄、逃げる事に関しては彼らの右に出る者はない。
 
「ぜえっ…ぜえっ…! ねえ、そろそろいっぺん休憩にしない?」
 
「出来るわけないでしょ。休みたかったら おっさん一人で休んで捕まれば?」
 
「あのねぇ、俺様だけに重い物持たせといて そりゃないんじゃない?」
 
「ガウッ!!」
 
「うわっと! 何よわんこ、んな怒る事ないでしょ」
 
 キュモール邸で些か“失敬”して重くなったレイヴンがややバテ気味だが、それでも追手の姿はまだ見えない。
 
「ほれ頑張れおっさん。今回はいつもより少しだけ楽できるぜ」
 
 先頭を走るユーリが、首だけ振り返ってレイヴンをからかいながら、前方を指差した。
 
 そこには、最早カルボクラムの特色とさえ言える転送魔導器(キネス・ブラスティア)………が―――
 
「……あれ?」
 
 黒い煙を噴き上げていた。
 
「何よあれ!?」
 
 それを眼にした瞬間、リタが爆発的に加速した。あっという間に皆を置き去りにして、砂煙が晴れる頃には転送魔導器に辿り着いている。
 
「……リタっち、かなり体力ついたよね」
 
「おっさんに比べりゃな」
 
 ユーリに持たれていた方が速かった三年前を知っている身としては、感慨深いものがある。
 
 ………などと、言っている場合ではない。
 
「どうだ?」
 
「……ダメ。魔核(コア)が完全に砕けてる」
 
 目を臥せて俯いたリタが、悲しそうに首を振る。修復は不可能、という事だろう。
 
 ―――だが、事態はそれのみに収まらない。
 
「……おいおい、マジか」
 
 不穏な音に顔を上げれば、煙を上げているのはこの魔導器だけではなかった。高低差の激しいカルボクラムを見下ろせば、街中に設置された転送魔導器が……軒並み黒い煙を上げている。
 
 そして、空に立ち上る数多の黒煙の先を眼で追えば、天空を泳ぐ一匹の竜の姿。
 
「あいつ、バカドラ!!」
 
 魔導器の破壊。空を泳ぐ竜。これらのキーワードから導き出される解は一つだ。この角度からは見えないが、竜の上にはあの白い槍使いが跨っているに違いない。
 
「くぅ、うぅ~~~っ!!」
 
 焼きたい。今すぐに魔術で爆破したい。そう思うリタだが、いくら何でも距離がありすぎる。たとえ届いても、100%躱される。
 
「降りて来なさいよ! 情けないわね、あたしが怖いの!?」
 
「……怖いよ、普通に」
 
 余計な口を挟んだレイヴン、脛を蹴られてのたうち回る。
 
 しかしまぁ、レイヴンの言にも一理ある。『漆黒の翼』が屋敷に乗り込む機に乗じたのも、今あんな大空に逃げているのも、偶然ではないだろう。
 
 あの竜使いは海の上で一度、『漆黒の翼』と戦った事があるのだから。
 
「今は逃げるぞ。借りは返せる時にまとめて返せばいい」
 
「うぅ~~~!」
 
 言葉にならない唸り声を上げるリタを脇に抱えて、ユーリは屋根から屋根へとジャンプする。
 
 元より、転送魔導器など必要ないのだった。
 
 
 
 
「騒がしい連中ですね」
 
 灰色の髪を揺らして、一人の傭兵が高台から街を眺めている。その視線の先には、屋根から屋根に跳び移る長髪の青年の姿。
 
「どうされますか?」
 
「彼が現れた以上、バルボスの計画がスムーズに進む事はないでしょう。まあ……少し様子を見ましょうか」
 
 黒いレインコートを被った赤ゴーグルの部下に軽く応えて、男は右手で前髪を掻き上げた。
 
 はっきり言って、バルボスの計画が成功しようが失敗しようが、彼にとってはどうでもいい。肝心なのは、計画が遂行された後のユニオンの……そして騎士団の動向。
 
「数多の意志が折り重なり、絡み合い、巨大な渦を形作っていく。武器商人としての勘が、それを感じ取っていまーす」
 
 武骨な革服が、削ぎとられる様に解けていく。服だけではない。顔も、肌も、声色すらも。
 
「ミー達も、パーティーのスタンバイを始めるとしまショウカ」
 
 紳士的な燕尾服に身を包んだ伊達男が、道化の様に笑った。
 
 
 



[29760] 20・『ダングレスト』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2011/11/18 07:37
 
 ヨーデルが軟禁されていた部屋のさらに下。絨毯で隠されていた地下への階段を、双子の女騎士が降りていく。
 
「エステリーゼ様、不思議な人だったね。何を考えてるんだろ」
 
 エステルは既に、カルボクラムにはいない。自分たちの介入を誰にも話さないようシャスティルに告げて、いち早く姿を消してしまった。
 
 今回の件を正式に公表すれば、騎士団の失態を演出すると同時に、自分の存在を内外に示せるにも関わらず。
 
「命を狙われてるからってのもあるんだろうけど、どっちかって言うと、権力争いに興味無いって感じかな」
 
 その後、ミムラとキュモール隊の騎士を拘留したヒスカとシャスティルは、捕えた罪人を引き取って貰う為の要請を出し、カルボクラムに待機している。
 
「……エステリーゼ様への襲撃、ヨーデル殿下の軟禁、ホント……帝国はこれからどうなっちゃうんだろ」
 
 元々、帝国の全てが正しいと思っていたわけではない。だが、それでも、エステルの口から聞かされた真実は、二人に小さくない衝撃を与えた。
 
「それを何とかする為に、騎士団長が動いてる。わたし達は、わたし達の役目を果たさないと」
 
 階段を降りて、通路を抜け、その先にある扉を開く。
 
「判ってるわよ。……けどま、今回はユーリに助けられたかな。貴族の私物だし、手に入れるの難しいと思ってたんだけど」
 
 広くは無い、しかし小綺麗な一室の奥に……一振りの剣が飾られていた。
 
「これで三つ目、まだまだ先は遠いわね」
 
 本来なら鍔の在る場所に、不気味に揺れる勾玉を備えた、血よりも紅い魔剣。
 
「紅蓮剣、『アビシオン』」
 
 
 
 
 カルボクラムでミムラと騎士団をぶっ飛ばし、『紅の絆傭兵団(ブラッド・アライアンス)』に喧嘩を売り、最後の最後で竜使いにしてやられた盗賊ギルド・『漆黒の翼』。
 
 仕事の後、全身全霊で逃走を開始した彼らは、最短ルートでダングレストを目指していた。
 
 理由は二つある。一つは、ギルド同盟・ユニオンの街ダングレストでは、騎士団と言えど軽々しく手出しが出来ない事。もう一つは、五大ギルドの一柱たる『紅の絆傭兵団』の不穏な動きを、ドン・ホワイトホースに伝える事。
 
 そして、アイヒープ姉妹がカルボクラムで足止めを食うだろう事を見越した上で超急いでる理由は―――
 
「逃がすなー!」
 
「奴らを捕まれば貴族になれるんだ!」
 
「絶対に街から出すなー!」
 
 “こうなる”事を避ける為……だったのだが、少々手遅れだったらしい。
 
 カルボクラムとダングレストの間で、近年になって開発が進められている新興都市・ヘリオード。
 
 ここの執政官が、騎士団隊長のキュモール。カルボクラムでユーリらが成敗したミムラの弟なのだ。カルボクラムの一件が彼に伝わり、目の敵にされない内に通過したかったのだが………このざまである。
 
 騎士団どころか、「漆黒の翼を捕えた者は貴族にしてやる」というエサに釣られた一般人までが武器を手に立ち上がり、今や街全体が敵。
 
「あーもう、ウザい! 『ファイアボール』!」
 
 何食わぬ顔で門を抜け、人目につかない様にさっさと宿屋に泊まったその晩、部屋に数人の騎士が奇襲を掛けて来た。それを撃退して外に出てみれば、いつの間にやら四面楚歌というわけだ。
 
「おいおい、あいつら只の民間人だぞ」
 
「あたしにケンカ売った奴は例外なく敵よ」
 
「おー怖」
 
 息つく暇もありやしない。結局はこうなるのかという思いをひしひしと抱きながら、『漆黒の翼』は駆け足でヘリオードから逃げて行く。
 
 
 
 
 そんなこんなで二日後―――
 
「ただいまー」
 
 ダングレスト、到着。長いようで短い旅路に一時の休息を見て、リタは挨拶もそこそこに二階へと上がる。
 
 もちろん彼女の借り宿たる『天を射る重星』の、だ。
 
「ただいま、みんな」
 
 机に並ぶ魔導器に笑顔で挨拶した後、崩れる様にベッドにダイブ。頬擦りの要領で枕に抱きつく。
 
 旅に出るのはいつもの事だが、今回は何か精神的に疲れた。
 
「…………………」
 
 ユーリは一階で酒を呑んでいる。レイヴンは、ダングレストに着いてすぐ姿を消してしまった。ラピードは恒例のパトロール。どいつもこいつも、無駄にタフである。
 
「…………はぁ」
 
 自分しかいない部屋の中で、リタは不透明な溜息を漏らした。
 
 レイヴンから聞いた、カルボクラムの転送魔導器(キネス・ブラスティア)の出処。それは、リタの古巣である帝国魔導器研究所だと言う。
 
 研究所が魔導器を不正に横流ししていたとしても、別に驚きはしない。それくらいは当たり前にする連中だ。気になるのは、どうやってそれだけの転送魔導器を用意できたのか、という事。
 
「魔核(コア)の復元、か」
 
 現在の技術では、魔導器の筐体(コンテナ)は作れても魔核は作れない。遺跡から発掘された物を利用、転用するしかない……はずだったのだが。
 
「(何やってんだろ、あたし……)」
 
 もし、帝国魔導器研究所が魔導器を一から造ったのだとしたら、エアルを結晶化して魔核を造る技術を蘇らせたという事だ。
 
 アスピオを離れて三年、自らの力で『リゾマーマの公式』に辿り着くと誓ったと言うのに……結果的には帝国が一歩も二歩も先を行っている。
 
「(……まさか………)」
 
 エアルの結晶化。その言葉から、リタはある光景を思い出す。
 
 あっという間に怪物に破壊されてしまったが、リタは鮮明に覚えている。声の聞こえない、魔核を持たない魔導器。地下から吸引して濃度を極限まで上昇させたエアルを、魔核の代わりとしていた魔導器。
 
 挙げ句、高濃度のエアルで一帯の生命全てを脅かす事態にまで発展した。
 
「(シゾンタニアの魔導器って……)」
 
 あれを、最後に回収したのは誰だった? そもそも、あの魔導器を誰が仕掛けたのかさえ、謎のままではなかったか?
 
「(……エステルの依頼、受けて正解だったわね)」
 
 エステルはここにはいない。カルボクラムで別行動を取って、それっきりだ。そもそも護衛を頼まれたわけでもなし、必ずしも一緒に行動する必要はない。
 
 エステルが『漆黒の翼』に依頼したのは、あくまでも“盗み”だ。
 
『皇族と言っても、遠縁で、評議会とコネクションも無かったわたしが、皇帝候補として擁立されている。この状況自体が、まず不自然だと思うんです』
 
 エステルが語る背景。リタが興味を惹かれたのは、正にその内容にある。
 
『考えられるとしたら、わたしの力。“魔導器なしで発動できる魔術”です』
 
 普段 武醒魔導器(ボーディ・ブラスティア)を装備しているのはカモフラージュだと、エステルは秘密をあっさりと暴露してきた。
 
 エステル自身、なぜ自分にそんな力があるのか、それがどういう力なのか解っていないらしい。
 
 『漆黒の翼』が依頼されたのは、それを含めた帝国の真実を盗みだす事。盗賊と言うか探偵の仕事な気もするが、物は言い様である。
 
 リタはもちろん、知的探求心から一も二も無く頷いた。レイヴンまでがこんな面倒そうな依頼を承諾したのは意外ではあったが、あのオッサンが何を考えているのか解らないのは いつもの事だ。
 
 ユーリは……
 
『肝の据わったお姫様だな、気に入ったぜ』
 
 などとのたまっていた。こっちも いつもの事なのだが、何故だか無性に腹立たしい。
 
「コゴール砂漠で見つけた自律術式も試してみたいし、忙しくなりそうだわ」
 
 ムカッと来た気分を振り払うべく、わざわざ口に出して話題を逸らすリタ。
 
 風呂に入るのも面倒になって、このまま泥の様に眠ってしまおうとして――
 
「あ」
 
 ふと、思い出す。カプワ・トリムでエステルに着せ替え人形にされた時、パジャマを一着もらった事を。
 
 荷物を漁り、目当ての物を広げて見る。真っ白でふわふわした、小動物なナイトキャップまで備えた可愛らしいパジャマ。あれから野宿ばかりで着る機会が無かったが………
 
「(も、貰った物は使わないと悪いし、ね)」
 
 自分のキャラじゃないと思いつつ、だからこその憧れめいた感情も抱きつつ、リタは自分に言い訳しながら服を脱ぐ。
 
「(どうせ起きたら着替えるし、誰にも見られないし……うん……)」
 
 自室のみで着るパジャマなのだから問題ない。そんな安心を感じながら、リタが下着を捲った―――直後、
 
「おーい、風呂空いたって………」
 
 ノックも無く、声も掛けられず、あまりに無遠慮にドアが開いた。
 
「………………」
 
「………………」
 
 キャミソールタイプの下着をたくし上げたまま、石の様に固まるリタ。
 
 ドアノブから手を離す事も忘れて、こちらも石の様に固まるユーリ。
 
 時すら忘れる長い沈黙を経て………
 
「――――き」
 
 リタの全身が、一瞬にして朱に染まる。耳も頬も顔も、とにかく何もかもを真っ赤にしてリタは胸元を隠す。
 
「きゃああああぁぁーーーー!!」
 
「悪ぃ……!」
 
 命の危機を感じてドアを閉めたユーリが、壁ごと吹き飛ばされるまで……あと一秒。
 
 
 



[29760] 21・『魔狩りの剣』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2011/11/21 05:54
 
「『天狼滅牙・風迅』」
 
 白刃を鋭く閃かせて、ユーリが戦場を縫う様に駆ける。斬撃と共に繰り出された真空の刃が、間合いに入った全ての魔物をバラバラに斬り裂いた。
 
「“燦然たる神秘”『ミスティック・ドライブ』!」
 
 リタの帯が巨大な魔法陣を敷き、そこから噴出した光の柱に呑まれ、魔物の群れが塵も残さず消滅する。
 
「キリねーな、どっから湧いて来んだコイツら」
 
 蜂、猪、蟹、猛禽、螳螂、蛙、蜥蜴、狼、種々雑多な魔物が、とにかく際限なく襲い掛かって来る。
 
 押し寄せた端から殲滅されているのに、お構い無しに、だ。
 
「シゾンタニアの時と似てるわね。エアルで暴走してる可能性は高いと思う」
 
 何の前触れも無い出来事だった。朝食を採っている最中に、恐慌染みた悲鳴を聞き付けて『天を射る重星』を飛び出せば……ダングレストの結界が消えていた。
 
 避難する人々の流れを逆走した先……街の入り口で、屈強なギルドの戦士たちが魔物の群れに抗戦しているのを見掛けて、そのまま済し崩し的に参戦して今に到る。
 
「ユーリィ! テメェ今度は何しでかしやがった!」
 
「何でもかんでも俺のせいみたく言うんじゃねーっての。ジジィ」
 
 街を防衛する一団の先頭に、軽々と大太刀を振るう巨躯の老人の姿もある。ギルド同盟ユニオンの頂点に立つ大首領、ドン・ホワイトホース。
 
「がうっ!」
 
 一方で、ラピードもユーリやリタに劣らぬ犬奮迅な立ち回りを見せていた。小柄な体躯と俊敏な機動力を誇る彼は、集団戦に措いても縦横無尽に戦場を駆け回る。
 
「ウッ……!」
 
 俺の縄張りで好き勝手させるかよ、な顔で一旦 足を止めたラピード。背後に敵意を感じて、四肢を僅か沈ませる。
 
「ボボ、ボクだってぇ!」
 
「フン」
 
 そして、背後からの大斧が届くより疾く、体ごと一回転させた尻尾の一撃をお見舞いした。
 
「ゲロ!?」
 
 奇妙な呻き声に目を向ければ、二足歩行のカエルが斧を握ったまま引っ繰り返っている。だが……ラピードの鼻が告げている。この匂いは、魔物ではなく人間の匂いだと。
 
「ギャー! 食われるー! 僕なんか食べても美味しくないってー!」
 
「………何だコイツ」
 
 甲高い悲鳴を聞いて駆け付けたユーリが、呆れ顔でカエルを見下ろした。この非常事態でラピードに襲い掛かり、返り討ちに遭う着ぐるみ。何ともシュールである。
 
「よく見ろよ、魔物じゃなくてラピードだ。つーか、お前の方が よっぽど紛らわしいんだけど」
 
 ラピードを狼型の魔物と間違えたのだろう、と察して、ユーリは着ぐるみを摘み上げた。……ちっこい。声から予想はついていたが、やはり子供だ。
 
「え? ラピード? ってユーリ!?」
 
「忙しいガキだな。家ん中 入ってろよ」
 
 掴まれていた手を放されて、カエルは地面に尻餅を着いた。ユーリやリタは“良くも悪くも”有名人だ。住まいであるダングレストで一方的に名前を知られていた位でイチイチ突っ込みはしない。
 
「そ、そうはいかないよ! 僕だってダンッ!?」
 
 既にこちらを見てもいないユーリに食い下がろうとしたカエルが、後ろから拳骨を食らってうつ伏せに倒れた。
 
 何事かと思ったユーリが振り返って見れば、カエルと似た様な背丈の少女が一人。
 
 ただし、明らかに普通の少女ではない。厚手の装束を肩に掛けず雑に着こなし、身の丈を越える三日月型の刃を携え、おまけに側頭で髪を括っているのは武醒魔導器(ボーディ・ブラスティア)。
 
 いかにギルドの巣窟と言えど、これほど戦士然とした子供(しかも女)はそういない。
 
「ナ、ナン……」
 
「意気地を見せろとは言ったけど、一人で先走れとは言ってない。邪魔するくらいなら帰って」
 
 ナン、と呼ばれた少女の冷た過ぎる視線が、半身を起こしたカエルを見下ろす。ヘビに睨まれたカエル、という言葉を、これほど的確に表している構図も珍しい。
 
「つーか、さっさと帰ってくんない? 戦いにくくてしゃーねーんだけど」
 
 戦場の真ん中で説教など始められても困る。ユーリはラピードと並び、子供二人の前に立つ形で剣を構えた。
 
「『戦迅………」
 
 子供を逃がす為の時間を作る為、迫りくる魔物の一群を蹴散らさんと闘気を練り上げるユーリ。
 
 その目の前で―――
 
「ギェエエッ!?」
 
 ユーリの剣より一拍早く、横合いからの斬撃が螳螂を両断した。
 
 が、横から誰かが斬り込んで来たわけではない。“それ”は敵を稲穂の様に刈り飛ばしながら、円を描いて“ユーリの背後”に戻る。
 
「……おいおい、何つーお子様だよ」
 
 軌跡を追って後ろを見れば、今しがた投げた三日月型の曲刀を掴んでいる少女……ナン。
 
「子供だからと侮るなよ? ナンはオレ様のギルドでも三指に入る実力者だからな」
 
 まるで登場のタイミングを見計らっていたかのように、ナンの後ろから男が二人、現れた。
 
「盗賊風情の出る幕ではない。魔物の相手なら任せて貰おう」
 
 一人はフードを目深に被った蛇の様な細身の男。もう一人は、ドンにも負けない体格の、大剣を持った大男。
 
「我ら、『魔狩りの剣』にな」
 
 大男を中心に、右に蛇男、左にナン。威風堂々と立つ雄姿の端に……カエルが小さく紛れ込んでいた。
 
「(………強ぇ、な)」
 
 『魔狩りの剣』。その名の通り魔物退治を生業とし、五大ギルドにも劣らぬ知名度と実力を誇る。
 
 メンバーが団体行動を好まない、という特色もあって、ユーリはこれまで接触を持った事はなかったが………こうして目の前で対峙して見ると良く解る。
 
 纏う空気が尋常ではない。大口を叩くだけの実力があると。
 
「そりゃどーも。けど、アンタらだけに任せてられ―――」
「『ファイアボール』!!」
 
 任せてられるかよ。そう言おうとしたユーリ、魔物もろとも爆発する。
 
「いつまでもサボってんじゃないわよ! 痴漢! 変態! 覗き魔!」
 
「人聞き悪い単語連発すんじゃねーよ! まだ根に持ってんのかテメーは!」
 
 やったのは、言わずと知れたリタ。ユーリがカエルや『魔狩りの剣』とお喋りしている間、彼女はずっと戦い続けていたのだから、怒るのも当然だ(因みに、ラピードはさりげなく戦線に復帰している)。
 
「ゴチャゴチャうるせぇーーー!!!」
 
 そして、リタに便乗するようなタイミングで、轟音染みた怒号がダングレストを震わせた。それと同時に、ドンの大太刀が魔物の群れを紙切れの様に千切り飛ばす。
 
「ユーリ! オメェはお嬢連れて結界魔導器んトコに向かえ! 臭ぇ物は蓋を閉めなきゃ収まらねぇ!」
 
「向かえって………ここはどうすんだよ! ちょっとでも手ぇ抜いたら街に魔物が入り込んじまうぞ!?」
 
「さっきまでサボり倒してたヤツが何言ってやがる! オメェに心配なんぞされなくても、俺たちが街にゃ指一本触れさせねぇよ!!」
 
 ユーリの抗弁を完全に封じ込めて、白髪の獅子が地鳴りの如く咆哮する。
 
 その時――――
 
「その通りです!!」
 
 どこからともなく、勇ましい声が降って来た。見上げた先……宿屋の屋根の上で、剣を高々と差し上げるピンクが一人。
 
「たとえ万の敵が押し寄せて来ようと、信じ合う者たちが力を合わせて立ち向かえば、必ず打ち破る事が出来るはず! さあ、今こそ絆の力を見せる時!」
 
 赤い衣装に白い手甲とレギンス、胸元には水色の水晶。全体的に賑やかなカラーリングの鎧姿で、高々と少女は叫ぶ。
 
 ……いつの間に追い付いて来たのだろうか。と言うか、いちいち高い所に登らなければ登場出来ないのだろうか。
 
「………おい、何だ? あの痛々しいのは」
 
「見りゃ解んだろ、勇者だ」
 
 呆気に取られるドンの横で、ユーリは小さく肩を竦めて見せた。
 
「“聖なる雫よ 降り注ぎ 我に力を”!」
 
 勇者という名のエステルは止まらない。「とうっ!」と芝居掛かった掛け声一つ、屋根から大きく跳躍する。
 
 跳躍して―――
 
「『ホーリィ・レイン』!!」
 
 無数に生まれた光の雨と共に、戦場へと降って来た。
 
「うおっ!?」
 
 広範囲に降り注ぐ光が、眼に移る全ての魔物の群れに突き刺さり、蹂躙していく。何とも恐ろしい勇者様だった。
 
 その先制を逃さぬべく、ドンが、そして『魔狩りの剣』が、一斉に地を蹴った。
 
「……ったく、解ったよ。リタ、ラピード、行くぞ!」
 
「了解!」
「わんっ!」
 
 頼もしい味方がいる。その事を噛み締めて、ユーリらは踵を返して走りだす。
 
 
 
 
「(……もう、ここにはいないだろうな)」
 
 ミムラとキュモール隊の一部の身柄を、帝都から来てくれたルブラン小隊に預けたアイヒープ姉妹は、カルボクラムを後にして出発した。
 
 そして辿り着いたのが、ここ。新興都市・『ヘリオード』。
 
「何か……街中が疲れ切ってるみたい」
 
 もちろん、『漆黒の翼』を追い掛けて来たわけではない。彼女らなりに、帝国に渦巻く不穏な空気を感じ取っての事だった。
 
「……キュモール隊長に会う前に、聞き込みしてった方がいいかもね」
 
 カルボクラムでヨーデルを軟禁していたミムラは、ヒスカらの質問に頑として答えなかった。相手が有力な貴族な事もあり、正式に法廷で裁かれるまで、あまり手荒な真似も出来ない。
 
 しかし……ヒスカとシャスティルは思った。
 
 ミムラを帝都まで連行し、法廷で裁いてから罪人として取り調べる。……それでは、時間が掛かりすぎるのではないか、と。
 
 カルボクラムにいたミムラの弟が、ヘリオードで執政官をしている騎士団隊長。
 
 何か、今にもとんでもない事が起こりそうな、不気味な予感があった。
 
 二人は街を練り歩き、騎士ではなく住民の話からヘリオードの状況と、キュモールの陰謀を探る事にした。
 
 そうして、四時間後―――。
 
「……やっぱり、怪し過ぎる」
 
 二人が出した結論は、やはりクロ。
 
 ヘリオードの住民は、「街の建設に尽力した者は貴族になれる」と言われて重労働をさせられているが、貴族の位を与える権限は皇帝にしかなく、キュモールにそんな事が出来るわけがない。……つまり、住民を騙している。
 
 更に、昨今で続発している住民の失踪事件。
 
「帝国騎士団小隊長、シャスティル・アイヒープよ。通してもらうから」
 
 騎士団以外は立ち入りを禁じている労働者キャンプ。それに目をつけた二人は、少し強引に見張りを突破し、昇降機に乗り込んだ。
 
 証拠さえ掴めば、現行犯逮捕にする事も可能だからだ。
 
「…………フ~ン」
 
 昇降機で労働者キャンプに降りていく双子の女騎士の姿を………
 
「仕方ありませんネ」
 
 燕尾服の伊達男が、見下ろしていた。
 
 
 



[29760] 22・『ケーブモック大森林』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2011/11/23 08:49
 
「お――――」
 
 突き出した剣先が、敵の右腕の刃に柔らかく往なされる。懐に潜り込んだ敵は、左腕に仕込んだ刃を突き出し………
 
「っらぁ!!」
 
 次の瞬間、ユーリの右拳が赤眼の男を殴り飛ばした。躱しきれなかった刺突の証として、ユーリの頬に一筋の浅い傷痕が残される。
 
「ったく、何だってんだよ」
 
 地面に転がる強敵らを見下ろして、ユーリは雑な仕草で頬を拭った。黒のレインコート、腕に仕込んだ凶刃、ボウガン、そして赤いゴーグル。皆一様に、同じ姿をしている。
 
 その全てが、あの屈強な傭兵をも優に越える実力を備えていた。
 
「……『紅の絆傭兵団(ブラッド・アライアンス)』じゃ、ないよな」
 
 まるで、カルボクラムで戦った部隊の中に混じっていた、数人の傭兵のように。
 
「どうだ、リタ?」
 
「大丈夫。これくらいなら、すぐに治してあげられる」
 
 解けぬ疑問はそのままに、ユーリは階段の上……結界魔導器(シルト・ブラスティア)の前のリタを見る。
 
 ダングレストの結界魔導器。この場所に辿り着いた時には、既に見張りは殺されていた。代わりに居たのは、今ここに転がっている赤眼の一団。
 
 疑いの余地もない。こいつらが結界を解除したのだろう。
 
「ごめん。ちょっと痛いかも知れないけど、我慢してね」
 
 ピアノで激しい旋律を奏でる様に、リタの指先が制御術式の上を滑る。やがて、ダングレストそのものを囲うほど巨大な二つの光輪が空に描かれ―――
 
「ラスト!!」
 
 パチンッと、リタの指先が術式を叩くのを合図に、巨大な結界がダングレストを包み込んだ。
 
「流石」
 
「当然でしょ」
 
 軽く賛辞を贈るユーリ。強気に頬笑むリタ。やや低いハイタッチを交わす二人。これで、少なくとも街の中に魔物が入り込む心配はなくなった。
 
「どうする? じーさんの加勢はともかく、エステル放っとくと面倒な事になりそうだけど」
 
 結界を展開した瞬間に内側に取り込まれた魔物は掃討する必要があるだろうが、その程度ならドン一人でも容易いはずだ。
 
「それもあるけど、その前に………」
 
 ユーリはリタの問いに、視線をそっと地面の男達に移す。指先をほぐすよう、パキパキと音を立てながら。
 
「こいつらに、訊きたい事があるんだよ」
 
 油断なく剣を握り締めて、ユーリが一歩を踏み出した。
 
 その時―――
 
「ワンッ!」
 
 誰より早く、ラピードが動いた。素早く地を蹴り、頭突きでリタを突き飛ばす。そのラピードの必死さが、ユーリへの合図にもなった。
 
 鼻腔に漂う微かな火薬の匂い。何かが燻る様な小さな音。
 
「っ!」
 
 ユーリが、尋常ならざる跳躍によって上方に逃れると同時………
 
(ドオォン!!)
 
 大気を震わせて、漠焔が半径数メートルを呑み込んだ。……先ほどの男達から湧き上がった、爆発が。
 
「自、爆……?」
 
 ひらひらと宙を舞うレインコートの切片を、ラピードに突き飛ばされて転んだ姿勢のまま、リタは茫然と眺める。
 
 焼け焦げた肉塊とリタの間に、ユーリが自分の体を割り込ませて視線を阻んだ。
 
「……厄介な事になりそうだな」
 
 明確な形を成さない漠然とした予感を、ユーリは誰に向けるでもなく虚空へと零した。
 
 
 
 
「………何か、前より酷くなってねーか?」
 
 それから二時間後、ユーリ、リタ、ラピード、そしてエステルは、不可思議な森の中にいた。
 
 結界を復活させ、魔物の侵入こそ防げたものの、なぜ魔物が突然暴走を始めたのかは謎のまま。今も魔物は、入れもしないダングレストに押し寄せている。
 
 ドンは事態の沈静化の為にダングレストに残らざるを得ず、『魔狩りの剣』に到っては、向かって来る魔物を根絶やしにするつもりらしい。
 
 根本的な問題を解決すべく、ユーリ一行は魔物に攻められているのとは別の出口から街を出て、魔物の足跡を辿った。
 
 そうして到着したのが ここ、ケーブモック大森林。
 
 巨大な虫、巨大な植物、巨大な獣、巨大な蛙。とにかく何もかもが異常な成長を遂げている森。その異形は、訪れた人間に、まるで自分が小人にでもなってしまったかのように錯覚させる。
 
「何か……胸の辺りがモヤモヤします」
 
「軽いエアル酔いね。植物が巨大化したり、魔物が暴走したりする位だもん。人間にだって影響が出て当たり前よ」
 
 無論、ダングレストに住むリタは、近隣にあるこの森を調べた事がある。……が、以前に調べた時は、これほど異常な成長をしてはいなかったはずだ。
 
「これがエアル……わたし、初めて見ました!」
 
 蛍の様に漂う緑色の光の粒に、エステルが指先で軽く触れる。通常、エアルを肉眼で見る事は出来ない。だが、今はこの森全体が視認出来るほど濃いエアルを放っている。
 
「つくづくシゾンタニアの時と同じだな。……ラピード、調子悪くなったらすぐ言えよ」
 
「ワゥ」
 
 暴走する魔物、視界に漂うエアル、その中に突入する自分たち。ユーリの脳裏に……その手で殺めた……ラピードの父・ランバートの最期が過った。
 
 結果まで、再現するわけにはいかない。
 
「ここにその、“えあるくれーね”があるんです?」
 
「そうよ。……しかも、間違いなく活性化してる」
 
 エステルの言葉に、リタが軽く眉間を押さえた。
 
 エアルクレーネ。それは、世界に点在するエアルの源泉。以前この森を調べた際に、リタはその存在を確認していた。
 
 大自然の産物。言うなれば火山の噴火口の様な物。もしエアルクレーネ自体が活性化しているとしたら、もはや人間の力ではどうする事も出来ない。
 
 しかし、リタには何とか出来る自信があった。
 
 結界の消失、魔物の暴走、そして赤眼の一団。全てが偶然などとは考えられない。人為的な行いならば、原因を排除する事も出来るはずだ、と。
 
 ―――それはそうと。
 
「お前、何でダングレストに来たんだ。つーか、フレンはどうした?」
 
 未だに勇者なエステルを、全く今更ながらにユーリが見る。
 
 依頼を受諾したとは言え、エステルと同行する理由はカルボクラムの時点で既に無くなっている。
 
 エステルの性格からして「わたしもやります!」とか言い出しても不思議には思わないが、一人だというのが気に掛かる。
 
「フレンなら、ヨーデルを帝都に送り届けてますよ。あんな事があったんですから、それくらいは当たり前です」
 
 なるほど。……ちょっと待て。
 
「あいつ、お前の事ほったらかして帝都に帰りやがったのか!?」
 
「フレンの立場なら、わたしよりヨーデルを優先するのは当然です。って言うか、わたしがお願いした事ですから♪」
 
 唖然とするユーリの気を知ってか知らずか、エステルは眩しい笑顔で楽しそうに笑う。
 
「今回の件で、騎士団でもヨーデルに手を出さないとは限らないと判りました。それに、わたしはそれなりに自衛手段もありますし」
 
 言って、エステルは瞳をキラキラと輝かせながら、両手で柔らかくユーリの手を包んだ。……それは、自衛とは言わん。
 
「で!」
 
 その二人の間に、リタが両手で目一杯押しながら割り込む。割り込んで、半眼でエステルを睨む。
 
「そもそも、何でアンタはここに居んのよ。アンタも皇子様も、まとめて金髪に護衛してもらえば良い話じゃない」
 
「あ、そっか」
 
 リタの指摘を横目に聞いて、ユーリはポンッと手を叩く。どちらかしか護れない、という前提自体がおかしい。エステルが帝国の何者かに命を狙われているとしても、やり方などいくらでもあるはずだ。
 
 当のエステルは、少しだけ真剣な表情になった。
 
「ドン・ホワイトホースに、話を伺おうと思ってるんです。ギルドの長として、彼が今の帝国の動きをどう捉えているか。……もしかしら、わたしの力についても、何か心当たりがあるかも知れません」
 
「ふぅん」
 
 ある程度は納得できる答えに、リタは生返事で応えた。フレンと違って、ユーリやリタはエステルを特別扱いする理由は無い。「だからと言って、エステリーゼ様自らが行かなくても……!」とか言わない。
 
「そう言うユーリ達こそ、レイヴンはどうしたんです?」
 
「知らねーよ。いつもの事だ」
 
「肝心な時に居ない癖に、呼んでもないのに ひょっこり現れる。それがおっさんよ」
 
「あははっ、皆さん大変なんですね」
 
「……それ、あんたが言うんだ」
 
「? はい?」
 
 巨大な樹木の生い茂る異形の森を、盗賊と姫君は進み行く。
 
 その最後尾、殿を勤めながら、キセルを上下に揺らすラピードは……
 
 ……名前、覚えて貰えて良かったな。な顔で、会った事もない少年の面影を、青空に思い描いた。
 
 
 



[29760] 23・『エアルクレーネ』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2011/11/25 07:34
 
 振り上げられた両腕が、尋常ならざる怪力で叩きつけられる。その一撃は大地を砕くのみに止まらず、衝撃の余波で周囲の全てを叩いた。
 
「きゃ……っ!?」
 
 以前に調べた事がある、というユーリらの経験は、変容した今のケーブモック大森林では全く役に立たなかった。植物の異常成長によって景色は一変し、以前に通った道は塞がっていたからだ。
 
「へっ、大したパワーじゃねぇか」
 
 結局ユーリ一行は、暴走した魔物と戦いながら、エアルに酔いながら、巨大化した植物の上を通ってエアルクレーネを目指す羽目になった。
 
 そうして苦労して進んだ先、ようやく赤い光を放つエアルクレーネを視認出来たと思った矢先に、“こいつ”だ。
 
 全身を緑葉の様な体毛に覆われた、熊とも鬼ともつかぬ巨大な怪物。体格だけなら、かつてシゾンタニアで見た亀の様な魔物にも劣っていない。
 
「大技いくわよ! フォローして!」
 
「任せろ!」
「はいっ!」
「ワンッ!」
 
 リタが帯を靡かせて舞い踊る。ユーリが、エステルが、ラピードが、それに合わせて散開し、走りだす。
 
 まずは正面、ラピードがバカ正直に突っ込む。それを叩き潰さんと、怪物が右腕を振り上げ、振り下ろした。―――しかし、その一撃は誘発した一撃。当然、ラピードは横っ飛びにそれを躱している。
 
「よしっ」
 
 地面に突き刺さった右腕を足場にしてユーリは駆け上がり、跳躍した。
 
 その直下には、全身に比すれば小さな怪物の頭。………だが、そのユーリの動きは、怪物の視界に収まっている。
 
「『エクストリーム・スターズ』!!」
 
 正にその瞬間を狙って、背後に回り込んでいたエステルが攻めた。閃光にも似た刺突の嵐が、怪物の両足をズタズタに斬り刻む。
 
 大きくバランスを崩して前のめりになる怪物の頭は……落下するユーリの目の前。
 
「(せーの……)」
 
 完璧なタイミングで、ユーリが怪物の額に剣を振り下ろす……寸前―――
 
「ッオオオォォーーー!!!」
 
『っ!?』
 
 突然、怪物が吼えた。その咆哮は物理的な衝撃を伴って、ユーリを、エステルを、ラピードを、軽石の様に弾き飛ばした。
 
 間一髪届かなかった……が、フォローとしては十分。
 
「“無慈悲なる劫火は汝等の心をも燃やし尽くす”」
 
 怪物の頭上で火の術式が十重二十重に絡み合い、球を描いて燃え上がる。具現化した焔は瞬く間に紅蓮の大火輪を形作り―――
 
「『クリムゾンフレア』!!」
 
 リタの言霊に誘われ、炎の滝となって直下に降り注いだ。
 
「ギィイイイィ―――!?」
 
 大気をも焦がす劫火が怪物を呑み込み、炎の中で巨大な影が崩れ去る。炎が消えた跡に残されたのは、黒く抉られた地面の大穴のみ。
 
「これがあたしの本気っ」
 
「おっかね~………」
 
 何やらポーズを取りながら勝ち誇るリタに溜め息しか出ない。自分で天才魔導士などと名乗るのも頷ける。
 
「今の多分、巨大獣(ギガント・モンスター)ですよ。前に本で読んだ事があります」
 
「何だか知らねーけど、さっさと行こうぜ。またこんなのが出てきたら堪んねーよ」
 
 怪物に弾き飛ばされた後、そのまま座っていたユーリとエステルが重い腰を上げる。ダメージが完全に抜けたわけではないが、エアルクレーネを前にして休憩するわけにもいかない。
 
「今のヤツ、デカさは同じ位だったけど……カルボクラムの奴ほど手強くなかったな」
 
「あたし達が強くなってるのを差し引いてもね。……“声”も聞こえなかったし」
 
「カルボクラムの奴って何です?」
 
 ややせっかちなリタに引っ張られる様に、一行は早足にエアルクレーネに向かう。蔓を登り、枝を駆け、幹を滑り、もう少しで辿り着く所で―――
 
(ひゅっ!)
 
 一陣の風と共に、青い影が一行の脇を過ぎ去った。咄嗟に反応出来なかったが、追い抜かれた後ろ姿ならバッチリ見える。
 
 魚の様に宙を泳ぐ青い竜。純白の鎧で全身を覆う槍使い。
 
「バカドラ!!」
 
 見紛うはずもない。カプワ・ノール、カルボクラムと、リタの目の前で魔導器(ブラスティア)を破壊した言わば宿敵。
 
「待てコラー! ぶっ飛ばすー!」
 
 なりふり構わず、リタは全速力で追い掛ける。ユーリ達もそれに続くが、相手は自由に空を飛べるのだ。破滅的な足場の悪さも相まって、距離は一方的に開くばかり。
 
「待てって言ってんでしょうがー!」
 
 しかし、リタの執念も浅くはない。只のリベンジとは違う。この状況でバカドラが現れたと言う事は、新たな“犠牲者”が出る可能性があるからだ。
 
 高さも足場の悪さもお構い無し。リタは猫の様に俊敏に、枝やら蔦やらを跳び移る。そして……見つけた。
 
「(やっぱり!)」
 
 エアルクレーネの正面。以前は何も無かった場所で、巨大な魔導器が鈍い稼動音を鳴らしている。あれがエアルクレーネを刺激していた正体。そして恐らく、バカドラのターゲット。
 
「(急げ、あたし!)」
 
 苔だらけの巨木の根の滑り台を、リタはスケートボードに乗る要領で滑り降りる。ここを降れば、魔導器は目の前だ。
 
 そうやってリタは……数秒、魔導器に意識を向け“過ぎた”。
 
「あれ?」
 
 そして気付く。空を泳ぐ竜の背中に、純白の騎士がいない事に。
 
「後ろだ!」
 
「っ!」
 
 後方から聞こえたユーリの声に反応して、リタは咄嗟に帯を引く。
 
 振り返り様に振り回した帯が―――
 
「っ!」
 
 いつの間にか背後に迫っていたバカドラに上手く直撃し………
 
「あ」
 
 …たまでは良かったものの、足下は苔の滑り台。自明の理として、リタは足を滑らせ、踏み外し―――
 
「ワゥ!」
 
 ラピードの頭突きに助けられる形で―――
 
(どぼんっ!)
 
 下の沼に見事な落下を遂げた。バカドラの方は示し合わせた様に竜の背中に収まっている辺り、報われない。
 
「…っ……これっ、間に合わねーな」
 
 気を抜くと腹を抱えて笑ってしまいそうな光景に何とか耐えて、ユーリは中空の竜使いを見た。しかし………
 
(ズガンッ!!)
 
 もはや手遅れ。竜の騎乗から投げ放たれた槍の一撃が、無情にも魔導器の魔核を貫く。
 
 竜使いは空中。ユーリとエステルとラピードはギリギリ入れ違う形で地上に到着。魔導器を守るどころか、バカドラ退治すら不可能。
 
「逃がさ……ないわよぉ……!」
 
 ………と、思っていない少女が一人。
 
「“怒りを穂先に変え 前途を阻む障害を貫け”」
 
「……おい。ちょっと待て? まさか……」
 
 沼から這い出たリタの掌は、何故かユーリに向けられている。………嫌な予感は、当たるものだ。
 
「飛んでけユーリ! 『ロックブレイク』!」
 
「お前なぁぁーー!?」
 
 気合い一発。ユーリの足下から突き出た石柱が、カタパルトよろしくユーリを空へと撃ち放つ。
 
「覚えてろよリタの奴………!」
 
 猛スピードで風を切りながら、ユーリは剣を抜き放った。その進む先には、既に撤退に入っていた竜使いの背中。
 
「(もらった!)」
 
 完全に死角を突いたはずのユーリの斬撃が………空を切る。ひらりと宙を遊泳した竜の機転によって。
 
 しかし―――
 
「っ!?」
 
 斬撃を外し、勢いそのまま上方に飛んだユーリは、身を翻して“着地”した。
 
 どこまでも高く聳える大樹の、幹ほどもある太い枝に。
 
「もう一丁!」
 
 重力を味方につけて、再びの跳躍。今度こそ完全に意表を突かれて、竜使いの動きが刹那、止まる。
 
「はっ!」
 
 剣閃が奔る。咄嗟に切り返した竜使いの槍撃は間に合わず―――
 
「くっ!」
 
 ユーリの剣先が、竜使いの顔面を捉えた。しかし……浅い。必殺のタイミングで繰り出されたはずの斬撃は、竜使いの仮面を僅か砕くのみに止まる。
 
「(あっ…………)」
 
 仮面の亀裂の向こう側、奥に覗いた紫の瞳と、目が合う。ただそれだけの事で、ユーリは自分でも良く解らない衝動に駆られて、動きを止めた。
 
 止めて………次の瞬間には、星の引力に従って落下していく。
 
「何だ、今の感じ……」
 
 頭から落下しながら、ユーリは腕を組みながら頭を捻る。
 
 
 
 
「(………あの魚、何だったんでしょうか)」
 
 完全に流れに乗り遅れて、エアルクレーネの前で立ち尽くすエステル。
 
 カプワ・ノールでもカルボクラムでも、エステルは竜使いと直接会ったわけではない。“あれ”が何なのか判らず、目まぐるしく変わる状況について行けなかったのだ。
 
 落下するユーリを、沼から出てきたリタが助けている。敵の逃走、という形で一先ず落ち着いたらしい事を確認してから、エステルは後ろに体を向けた。
 
「これ、どうしましょう?」
 
「フンッ」
 
 傍らのラピードに訊ねてみるが、鼻を鳴らされてしまう。エステルが力なく指差す先では、依然としてエアルクレーネが赤い光を放ち続けていた。
 
 エステルも魔術を扱う人間。エアルクレーネの知識は無くとも、目の前の光が危険である事は肌に感じている。
 
「これ……クオイの森の巨大魔導器です」
 
 竜使いの破壊した魔導器を覗き込むエステル。一年前、デイドン砦の西方にある呪われた森で、この魔導器のエアルに当てられて気絶した記憶が蘇る。
 
 誰が何の目的でこれを持ち出したのか。気になる事はあるが、目下最大の懸念はエアルクレーネ。
 
 元凶と思われる魔導器を破壊したのに……或いは乱暴に破壊したからなのか……とにかく、エアルクレーネは鎮静化する気配を見せない。
 
「ん~………」
 
 腕を組み、思いつくはずもないアイディアを搾りだそうとするエステル。
 
「―――え」
 
 ……が、再びエアルクレーネに目を向けようとして……初めて気付いた。
 
 自分の“真横”、普通なら接近に気付かないはずのない場所に、いつの間にか一人の男が立っていた。
 
 目に痛いほど白く、柔らかい長髪。ルビーの様な赤の瞳。茶と赤を散らした独特の衣装。どこか存在感に欠ける、夢の中の住人の様な空気を纏う男。
 
「………………」
 
 男はエステルに話し掛けない。見ようともしない。まるで気付いていないかの様に振る舞い、無言で“剣を振り上げて”………
 
「あ――――」
 
 振り下ろした。
 
 
 



[29760] 24・『カロル』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2011/11/26 19:04
 
「(何、あいつ……)」
 
 ユーリもリタも、その男がいつの間に現れたのか気付けなかった。人の足でここに辿り着けるルートなど限られている。その限られたルートを通って来たユーリ達にも、男がどこから現れたのか解らない。
 
「(え…………)」
 
 男の纏う異質な空気を感じて、エステルの許に急ぐリタの視線の先で……男は徐に剣を振り上げた。
 
 そして―――
 
『ッ!?』
 
 刃は振り下ろされた。剣閃と呼ぶには強過ぎる光が、樹海の一画を照らす。
 
「今…何を……」
 
 男の剣は、エステルに向けられた物ではなかった。かと言って、視界に映る魔物もいない。
 
 不可思議な斬撃の止んだ後に残されたのは、何事も無かった様に立つ男と、何が起きたのか解っていないエステルとラピード。そして……“緑色のエアル”を漂わせるエアルクレーネだけだった。
 
 
 
 
「その剣、見せて」
 
 到着してから開口一番。てっ、とリタは右手を出す。名前も得体も知れない相手に挨拶より先にそう言えるのは、ある意味さすがと言うべきか。
 
 これまで誰も見ようとしなかった男の目が、ようやくリタの方を向く。
 
「……お前たちは?」
 
「賞金クビ」
 
「アンタは黙ってなさい」
 
 余計な事を抜かすユーリの腹に、リタの裏拳が炸裂した。ユーリは何事も無かった様に会話を始める。
 
「そういうアンタは何モンだよ。言っちゃ悪いけど、まともなプロフィール持ってる様には見えねーぜ」
 
 しつこいユーリに、今度は顔面を帯でぐるぐる巻きにするリタ。やっと(リタ的に)静かになった。
 
「さっき何をしたの? エアルを斬ったって言うか……いや……そんな事ムリだけど……」
 
 リタの詰問は、尻すぼみに勢いを失っていく。彼女自身、自分の眼で見たものが信じられない……そんな感覚から来る、自信の無さ。
 
「……………………」
 
 男は口を開かない。ユーリの問いにもリタの問いにも応えない……どころか、再び視線を外す。
 
 全く相手にされていない。その態度に真っ先に反応したのは、やはりリタ。
 
「あ、あんたねぇ! 人の話聞いてむっ!?」
 
 打てば響く様にリタが大声を上げる……のを、エステルが後ろから口を押さえて止めた。止めて、柔らかく言い聞かせる。
 
「そんな乱暴な言い方じゃ、誰だって警戒してしまいます。いくら盗賊でも、最低限のマナーは守るべきです」
 
 人差し指を立てて得意気に理屈を捏ねて、エステルは「任せろ」と言わんばかりに前に出た。
 
 取りつくシマの無い男と、自信満々のエステル。何故だか、妙な緊迫感がある。
 
「あの、ありがとうございます。エアルクレーネを治してくれて」
 
 まずは軽いジャブとして、エステルは深々と頭を下げる。男は無言。
 
「魔物が暴れて街に現われたりして困ってたんです。貴方も、その為に来たんですよね?」
 
 フェイントに混ぜたさり気ないフック。男の目的を探りに掛かる。……が、
 
「人の世に興味は無い」
 
 ようやく口を開いたかと思えば、出てきたのは明確な拒絶。口調は静かだが、端整な顔立ちの割に低い声に妙な凄味がある。
 
「えっと……その剣の力なんです?」
 
 街を守る為にも話を聞かせて欲しい、と繋げるつもりだったエステルだが、「人の世に興味は無い」と先に言われるとは思わなかった。つい、芸の無い返し方をしてしまう。
 
 言ってしまってから、慌てて何かしらのフォローを入れようとした……その時―――
 
「おっ!?」
「ふわっ!」
「きゃっ!」
「ウゥ!?」
 
 唐突な強風が吹き荒れた。思わず瞑った目を開いて見た風の正体を見て、驚愕する。
 
 それは、先ほどの怪物にも劣らない巨大な竜だった。全身に羽毛を纏い、広い翼と鋭い鉤爪を備えた……猛禽の様な竜。
 
 その背中に、男は当然の様に跳び乗った。
 
「エアルクレーネに近づくな。お前たちには、関わる必要の無いものだ」
 
 脅しめいた警告を残し、男は竜に乗って上空へと消えて行った。………結局、何一つこちらの質問に応えないまま。
 
「……逃げられちゃいました」
 
「ま……相手があれじゃ、誰が何言っても無駄だっただろうけど」
 
「つーか、流行ってんのか? 竜に乗って逃げるの」
 
「あーもうっ! バカドラは逃がすし、変なヤツは出て来るし! 一体何がどーなってんのよ!!」
 
 一つの終結と幾つもの混乱を残して、ケーブモックの日が暮れる。
 
 
 
 
 明くる日の午後。
 
「………はぁ」
 
 ダングレストの露店通りに、両手いっぱいに荷物を持って溜め息をつくユーリの姿があった。
 
 別に、彼がこんなに色々な物を買い込んだわけではない。『天を射る重星』のマスターに買い出しを頼まれたわけでもない。
 
 全部、前方で騒ぐかしましい少女らによる物だ。
 
「ほらリタ! あっちに面白い壺があります!」
 
「引っ張んないでよぉ……昨日も徹夜して眠いんだからぁ……」
 
 正確には、一人はしゃぐエステルと、それにひっぱり回される眠そうなリタの二人に、である。
 
「(やる事ねーから別にいいけど)」
 
 ドン・ホワイトホースに会いに来た。というエステルの目的は、現状では果たせそうにない。魔物の襲撃、結界魔導器(シルト・ブラスティア)を停止させた赤眼、『紅の絆傭兵団(ブラッド・アライアンス)』の事も、レイヴンが伝えているだろう。
 
 とてもエステルの身分を隠したままで密会を設けられる状況ではない。こういう時に頼れるボスも、どうやらダングレストにはいないようだ。
 
 『天を射る矢(アルトスク)』が落ち着くまで待つしかないと結論づけた『漆黒の翼』+1は、束の間の休日を得る事となった。
 
 そして今朝、無駄に元気なエステルに引っ張り出されて今に至る。
 
「わん」
 
「解ってるよ。でもしょうがねぇだろ、女の買い物って長ーんだから」
 
 ユーリの横でラピードは、「姫や魔女と言っても遊びたい盛りなんだろう、少しくらい付き合ってやるべきだ」、の顔をして歩いている。
 
 ラピード、現在四歳半。人間の年齢に換算すれば、レイヴンと同じくらいの歳だろうか。ユーリには無い渋さと貫禄を備えている。犬の癖に。
 
「(ま……いい傾向かもな)」
 
 かなり強引にではあるが、リタが友達(?)と一緒に、それも万更でもなさそうに遊んでいる。……と言うより、愛想も付き合いも悪い上に気位の高いリタには、あれくらいしないと無意味だろう。
 
 思えば、リタと出会って三年。情緒不安定な思春期の少女の保護者代わりを勤めて来たユーリ。
 
 盗賊稼業に手を染め、仕事が無い時は朝から晩まで魔導器いじるか魔導書読むかの二択。健全とは程遠い生活を送るリタが、普通の少女の様に振る舞う姿は、保護者として感慨深いものがある。
 
 魔導士だろうが変人だろうが、「友達は魔導器だけ」とか、やっぱり良くない。可愛い妹が変わる切っ掛けになるなら、荷物持ちくらい甘んじて引き受けよう。
 
「ん?」
 
 自分にそう言い聞かせなながら歩くユーリ、何気なく廻らせた視界の端に、何か見つけた。
 
 宿屋の前の緩やかな階段で、背中を丸め、頭を垂れて座り込んでいる……カエル。正確には、カエルな着ぐるみに身を包んだ子供である。
 
「…………………」
 
 自己主張激しく撒き散らされる陰鬱なオーラに引かれる様に、ユーリはそちらに足を向ける(何となく、声を掛けないといけない感じな空気が出来上がっていた)。
 
 昨日の魔物騒動の後で、エステルの話と照らし合わせて裏は取れているからだ。
 
「よっ、どーしたカロル」
 
 昨日のカエル。エステルやフレンと旅をしてきたカエル。つまりここにいるカエルが、かつて『漆黒の翼』に所属していた……カロル・カペルだと。
 
「………ユーリ」
 
「昨日は悪かったな。そんな格好してるから気付かなかったぜ」
 
 やけにゆっくりとした、無気力に満ちた仕草で顔を上げるカエル……否、カロルに、ユーリは極力フランクに話し掛ける。
 
「……ボクはカロルじゃないよ。臆病で、でしゃばりで、何の取り柄もない……無力なカエルさ……」
 
 しかし、せっかく上げた頭は、ユーリの姿を確認して、またすぐに地の底まで沈み込んだ。何やら、深刻な負のスパイラルに陥っているらしい。
 
「昨日の事で凹んでんのか? 逃げずに頑張ってたじゃねーか」
 
 『魔狩りの剣』が参入してすぐ、『漆黒の翼』は戦線を離脱して結界魔導器に向かった。だから、直接見たわけではない。見たわけではないが……魔物の群れを相手にカロルが活躍したかどうかくらい予想がつく。
 
「……いっそ、逃げてれば良かったんだ。そうすれば、ナンだって……」
 
 励まされても、カロルのテンションは変わらない。むしろ、口を開けば開くほど自虐的なセリフが飛び出してくる。
 
「(ナン……ナン……昨日のあれか)」
 
 断片的な単語から、カロルの言葉の真意を探るユーリ。ナン……とは、昨日カロルに拳骨を食らわしていた少女の名前。カロルが逃げていれば、ナンが……。つまり……
 
「怪我したのか」
 
 ユーリの確認に、カロルは下を向いたままコクリと首を縦に振った。そのまま懺悔に続く。
 
「……ボクを庇って、ナンは怪我したんだ。ボクがしゃしゃり出なかったら……ボクがあそこに居なかったら……ボクが、さっさとギルドを抜けてたら……ナンは怪我しなくて済んだんだ」
 
「あ~………」
 
 コミカルな外見に騙されて迂闊に声を掛けてしまったが、予想外にヘビーな悩みが出て来てしまった。掛ける言葉に悩む。
 
「辞めるのか、『魔狩りの剣』」
 
「……辞めるよ。これ以上しがみついたって、ギルドの皆に迷惑かけるだけだもん」
 
 後ろ向きに頑なな決意を口に出した後、膝を抱えて小さく小さく丸くなるカロル。
 
「(……どうする?)」
 
 元々、誰かを元気づける様な柄ではない。尻をひっぱたく事なら出来なくもないが、今回のケースは少しばかりデリケートだ。
 
 ……などと、悩む必要は無かった。
 
「いけません!」
 
 こういう時に一番アグレッシブに動いてくれそうなプリンセスが、いつのまにやら後ろにいたからだ。
 
「庇ってくれたという事は、まだまだ脈があるはずです! ここで辞めたら、今度こそ その子に幻滅されてしまいますよ!」
 
「えっ、お姫様? 何でユーリと一緒に……」
 
「つーか、一体何の話してんだよ」
 
「ナンの話です!」
 
 両の瞳を赤々と燃やすエステルを筆頭に今、カロル・カペル改造計画の幕が上がる。
 
 
 



[29760] 25・『脱皮』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2011/11/29 12:34
 
「ん………?」
 
 新興都市・ヘリオード。ダングレストに最も近い場所にあるこの街の労働者キャンプで、一人の騎士が川を見る。川の上流から、何やら大きな樽が流れて来ていたからだ。
 
「(何だ?)」
 
 樽はぷかぷかと流れに乗って、川辺に建てられた水汲み場に引っ掛かる。騎士は何の気なしに近づき、中を覗き込んで―――
 
「ぐわっ!?」
 
 突然、樽の中から伸びた手に顔面を掴まれた。抵抗しようと思う間もなく、騎士はあっという間に樽の中に引き摺り込まれ………
 
「ごめんね~」
 
 数秒後、“全く同じ鎧姿の誰か”が、樽の中から這い出して来た。
 
「おい、どうした? さっき叫んでなかったか?」
 
「ん? ああ、ちょっと躓いただけ。気にしなくていいわよ」
 
 叫び声を聞き付けてやって来た紫の騎士に、男は独特の喋り方でひらひらと手を振った。頭上に?を浮かべる騎士に構わず、男はこの“労働者キャンプ”に視線を廻らせる。
 
「(ヤな予感ばっか当たるのよね、俺様ってば)」
 
 そこに見つけた光景の全てに、男……レイヴンは、兜の下で溜め息をついた。
 
 
 
 
「ふぅん………」
 
 胡坐をかいて頬杖を着きながら事の顛末を聞いていたリタは、興味なさげな相槌を打つ。
 
 この両生類の名前はカロル・カペル。ギルド・『魔狩りの剣』の一員で、かつて『漆黒の翼』にも所属していた……らしい(憶えてない)。
 
 そして、ハルルの街からカプワ・トリムまでエステルとフレンに同行していたのも彼だ。そのカロルが、自分のミスで仲間に怪我をさせて落ち込んでる、と。
 
「それで? 何でエステルやる気になってんのよ」
 
「カロルは満開のハルルの樹をナンちゃんに見せる為に、一人でエッグベアに立ち向かおうとした事もあるんです!」
 
「……いや、質問の答えになってないんだけど」
 
 話した事もない少女を「ナンちゃん」呼ばわりするエステルは、他人事にも関わらず暑苦しいガッツポーズ。一体なにが彼女のハートに火をつけたのか。
 
「ちょ、なに言ってんのさ! そんなんじゃないってば!」
 
 エステルの発言に大慌てで跳び回るカエル。……を、裏拳でしばきながら、少し考えてみる。
 
 ナンに満開のハルルの樹を見せたかったカロル。そのナンに怪我をさせて沈み込むカロル。恥ずかしそうに騒ぐカロル。そしてイキイキとしているエステル。
 
「……馬鹿っぽい」
 
 導き出された結論に、リタは視線を落として力なく肩を竦めた。年頃の女子が“そういう”話題を好きなのは知っているが、リタには全く理解できない。
 
 いや、これが例えば、レイヴンの若かりし日の恋物語とかならスゴく面白そうに思わないでもないが……子供、しかも両生類の青臭い片想いである(レイヴンのなら興味がある時点で自分も同類だという事に、リタは気付いていない)。
 
「ちょっとリタ、馬鹿っぽいって何だよ!」
 
「馬鹿っぽいモンは馬鹿っぽいのよ。っていうか、馴れ馴れしく呼び捨てにしないでよね」
 
 ムキになって食って掛かるカエルの顔面にチョップ一発。……と言うか、ついさっき自分で否定していたはずなのだが。
 
「馬鹿っぽくても、青臭くても、わたしはカロルの恋を応援します! ……小さい時からずっと一緒、いつのしか芽生えた恋心、擦れ違う二人、ほんの少し足りない勇気、切なくほろ苦い片想い。……素敵じゃないですか……」
 
 掌で自分の胸を力強く叩いたかと思えば、両手を組んで語りながら悦に入るエステル。親切なつもりかも知れないが、カロルにとっては とんだ羞恥プレイだ。
 
「あの、お姫様? 何度も言うけど、そういうんじゃないから………」
「あ、そうそう。カロル、わたしの事はエステルでいいですよ? むしろ、お姫様って呼ばれると色々マズいですから」
 
 当事者であるカロルさえ、一蹴。誰も今のエステルを止められない。
 
「どうでもいいけど、具体的に何するつもりなんだよ? 妄想お姫様」
 
 最初にカロルに話し掛けたユーリも、既に傍観者と化している。方向性は少しズレているものの、要はカロルを少しでも前向きに出来ればいいのだ。このままの流れに任せる気満々である。
 
「お姫様は止めて下さい。……やっぱり、何事も形から入るべきだと思うんです」
 
 妄想……の部分は訂正させずに、エステルは両眼をカロルに向けた。その眼光は、獲物を狙う肉食獣のそれ。
 
「と、いうわけで……まずは着ぐるみ脱いでみましょう♪」
 
「どういうわけ!? それってお姫……エステルが中身見たいだけなんじゃ………!」
「問答無用です!!」
 
 顔はあくまで笑顔のまま、エステルがカロルに襲い掛かる。何やら両生類が助けを呼ぶ声も聞こえるが、残念ながらユーリにカエルの言葉は解らない。
 
「って言うか、何で着ぐるみなんか着てるわけ?」
 
「一種の威嚇だって言ってましたよ。自分を強く見せる事で、少しでも優位に立とうって」
 
「……それで何でカエルなのよ」
 
「や、やめっ、やめてー! 着ぐるみが無いと……着ぐるみが無いとボクはーー!!」
 
 着ぐるみの中身が気になるのか、ちゃっかりリタも加わっている。中身を知っているユーリとラピードは参加しない。……ヘルプにも回らないが。
 
 リステルを相手に、カロルの抵抗など無に等しい。一方的に押さえつけられ、そして―――
 
「くぁwせdrftgyふじこlp」
 
 ビリビリと音を立てて、脇役風のカエルは今ここに脱皮を迎える。
 
「………………」
 
 遂に本性を現したカロル・カペルの本体。その姿を、うら若き二人の少女が凝視する。
 
「………………」
 
 誰も、何も言わない。時すらも凍り付いたかと思える静寂を越えて―――
 
「その……何か、ゴメンね?」
 
 そっと、リタが視線を外した。それはエステルも同じ。
 
「わたしも……調子に乗っちゃって……」
 
 カロルに背を向ける形で、二人、今までの態度が嘘の様に謝り合う。決して、カロルの方を見ようとしない。
 
「新しい着ぐるみ、買ってきますね? ユーリはカロルについててあげてください」
 
「大丈夫……ちゃんと弁償するから、少しの間ガマンして」
 
「どーいう意味だよ!? 何でそんなに同情されなきゃなんないの! こっち向けコラー!」
 
 いきなりえらく低姿勢になって そそくさと立ち去ろうとするリステルに、カロルがキレた。
 
「ぎゃふん!?」
 
 やれやれ、な顔をしたラピードが、そっと尻尾をカロルの足に引っ掛けて転ばした。流石にあのまま突っ込ませるのは不味い。
 
「言いたい事は解るけど、二人とも落ち着けよ。着ぐるみ買うのが今する事か?」
 
 うつ伏せに倒れたカロルの上に腰掛けながら、ユーリが少し厳しく二人に言う。確かに、リーゼントな髪型と全くマッチしてないベビーフェイスがファンシーな着ぐるみの中身だったというのは多少ショックだろうが、これ以上カロルを追い詰めてどうするのかと。
 
「そう……ですね」
 
 意を決して、エステルが振り返る。
 
「わたし、諦めません! 絶対、カロルの自信を取り戻して見せます!」
 
 カロルの素顔を見たくらいで、エステルは諦めない。少し怯んだけれど、諦めない。
 
「『ボクは魔狩りの剣のエースだからね』って、得意気な顔で言ってた頃のカロルを!!」
 
「やめてぇーーー!!」
 
 無自覚に繰り出されるエステルのさらなる羞恥プレイに、カロルの怒りは容易く打ち砕かれた。
 
 
 
 
『ぎぃやぁああ~~!!』
 
 半ば以上に本人の意思を無視して断行されたカロルの特訓は熾烈を極めた。
 
『こ、これでどうかな?』
 
『ダメです! もっと体が一回転するくらい激しく、バナナの皮を踏むんです!』
 
 カロルは『漆黒の翼』に限らず、これまでも数々のギルドに入ってはすぐに挫折して辞めるという行為を繰り返して来た。そんなカロルを誘ってくれたのが、他でもないナン。
 
『ボンジョルノー』
 
 カロル自身にも、何となく解っていた。ここで『魔狩りの剣』を辞めて逃げ出せば、何か大事なものを失ってしまうと。
 
『ほら立て。手加減してやったんだから、大して効いちゃいねーだろ』
 
『きゅう……』
 
 だから、自信が必要だった。もう足手まといにならない、仲間と肩を並べて戦える。……そんな自信が。
 
『はいコレ、アスピオ製撃虫水溶液。死なない程度に頑張って来なさい』
 
『むむむむ虫がぁあああーーー!!!』
 
 心を磨き、身体を鍛え、弱点とも向き合い、カロルは懸命に戦った。
 
 ナンの為、『魔狩りの剣』の為……という気持ちも勿論ある。だが、それだけではなく……嬉しかったのだ。
 
『アリーヴェテルチー』
 
 こんな自分に、こんなに一生懸命になってくれる人がいた事が。
 
 
 
 
 ダングレストの街を朱色に染める夕陽を背に、小さな両生類が敬礼をする。たった3日の出来事だったのに、その姿はまるで別人の様に感じられた。
 
「カロル、立派になりましたねぇ」
 
「……色々間違ってる様な気がするのは俺だけか?」
 
 思いは人それぞれ。しかし、あのカロルが地獄の三日間を耐えぬいたのは、紛れもない事実。
 
「あたしは納得いかないわ。きちんと稼働はしたけど、何であんなウザい性格に……」
 
「そりゃカロル本人の話じゃないだろ。筐体(コンテナ)が悪かったんじゃねーの?」
 
 とりわけ不満そうなのが、リタである。今回の事は、彼女からすれば失敗とさえ言えるのだろう。
 
 もう一回研究してくる。と言って、リタは駆け足で『天を射る重星』にひた走る。
 
 相変わらず魔導器(ブラスティア)の事になると元気いっぱいな背中を見送るユーリ……のマフラーが、後ろから ちょいちょいと軽く引かれた。
 
 ……珍しくリタについて行かなかったかと思っていたピンクが、懲りもせずに眼を輝かせてユーリを見ている。
 
「ユーリとリタは、三年前からずっと一緒に暮らしてるんですよね?」
 
「一緒に暮らしてるっつーか、たまたま空いてる部屋が隣ってだけだけど……それが?」
 
 何ともなしに嫌な予感がする辺り、ユーリも大分エステルの性格が解って来たと見るべきか。
 
「だったら、もしかして……二人はそういう関係なんです?」
 
 ……何が“だったら”なのか、さっぱり解らない。話を聞いてないと見るべきだろう。
 
「ねーよ。つーか、いくつ離れてると思ってんだ」
 
 流石に“そういう関係”が、どういう関係を指しているのかくらいは察しがつく。流れ的に。
 
「愛さえ在れば、歳の差なんて関係ありません。諦めちゃダメです!」
 
「……勘弁してくれ」
 
 果てしなく続くエステルの野次馬根性に、ユーリは少しだけカロルの気持ちを知る。
 
 
 
 
(あとがき)
 着ぐるみは中身を知らないからこそ意味がある。そんなこだわりがあります。
 
 



[29760] 26・『琥珀の聖騎士』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2011/12/03 21:27
 
「…………………」
 
 もう、何日経っただろうか。窓も無い地下牢に繋がれているせいで、時間の感覚さえ曖昧だ。
 
「(……あいつなら、簡単に逃げ出すんだろうな)」
 
 思考力の鈍った頭で、ヒスカはぼんやりとそんな事を思った。反発する気持ちとは裏腹に、何も出来ない自分が悔しすぎる。
 
「(こんな事してる場合じゃ、ないってのに……)」
 
 武器も魔導器(ブラスティア)も取り上げられている。左右後方はカビ臭い石壁、前方は鋼鉄の格子、足枷の先には鉄球。しばらく水しか摂ってないせいで体に力も入らない。
 
「こ……のっ!」
 
 今になって良い案が出るくらいなら、とっくに脱出している。往生際悪く鉄球を格子にぶつけてみるが、やはりビクともしない。
 
「……やめなさい、ヒスカ。無駄に体力使うだけよ」
 
 同じく囚われているシャスティルに言われて、ヒスカは力無くへたりこむ。悔しいが、どうする事も出来ない。無駄だと解っていても、焦る気持ちばかりが先に立つ。
 
「また騒いでいるのか」
 
 鉄球の音を聞き付けてか、悪趣味な紫の鎧で全身を固めた騎士が格子の前までやって来た。もはや同じ騎士団と見なす事の出来ない、キュモール隊の騎士が。
 
「アンタ達、こんな事して恥ずかしくないの!? いくらキュモールに命令されてるからって、騎士の誇りまで捨てるつもり!?」
 
「ヒスカ……」
 
 疲弊した体で力の限り叫ぶヒスカの肩を、そっとシャスティルが押さえた。押さえて、目を伏せながら首を振る。
 
 キュモール隊は、キュモールと同じく由緒正しい家柄の門弟のみで構成された部隊。もちろん例外もいるだろうが、基本的にはキュモールに近い貴族意識を持っている。
 
 平民出身の小隊長やその副官の言葉に、耳を貸すとは思えない。
 
 案の定、騎士はヒスカを鼻で笑う。
 
「フン……“こんな事”とは、何を指しての言葉だ?」
 
「決まってるでしょ! 人々を護る騎士が、ダングレストの人間を皆殺しにしようとしてる事よ!」
 
 ヒスカの慟哭が狭い牢に木霊した。そして……
 
「あー、やっぱそういう流れなわけね」
 
「……は?」
 
 唐突に、騎士の口調が変わった。いかにも貴族然とした高圧的な口調から、どこかで聞いた様な胡散臭い口調へと。
 
「にしてもこの牢屋はないよねー。せっかくの美人なのに、髪やお肌が傷んじゃうわよ」
 
 騎士はスタスタと扉の前に移動して、鍵穴に針金を差し込んだ。まるで専用の鍵を使った様な自然な仕草で、いとも容易く錠を外す。
 
 そもそも、牢を見張る騎士が、なぜ鍵ではなく針金など使うのか。
 
「うちの隊長さんにも困ったもんねぇ。可愛い娘ちゃんの扱いってもんが為ってないんだもの」
 
 牢に踏み入った騎士は、わけが判らず、揃った仕草で目をパチクリさせるアイヒープ姉妹の手におにぎりを二つずつ乗せた。ついでの様に針金を構えて、双子の足枷を手品よろしく外して見せる。
 
 ここいらで、まずシャスティルが再起動を果たした。
 
「あの……何してるんですか、レイヴンさん」
 
 ここまでされれば、いくら全身を鎧で包んでいようと判ろうと言うものだ。
 
「レイヴン? 誰だそれは。俺はただ美しい女性の為に生きる男……まぁ、琥珀の聖騎士とでも呼んでもらおう」
 
 シャスティルに呼ばれて、絵本の登場人物を名乗ったレイヴンは、兜な癖に前髪を掻き上げるようなポーズを決めた。
 
 明らかにふざけている。……いや、最初から正体を隠す気がないのか。
 
「…………………」
 
 ヒスカは、じっと見る。手の中のおにぎりを、レイヴンが無造作に床に放る自分たちの装備を。
 
 レイヴンの意図は判る。『漆黒の翼』の事なら、誰よりも良く知っている。形だけでも“盗賊”を名乗らないのは、自分たちの矜持を汲んでいるだろう事も。
 
 だが……その気遣いこそが、宿敵からの情けこそが、ヒスカの手を僅かに躊躇わせていた。
 
「……今回は、借りにしておきますね」
 
 そんなヒスカより早く、シャスティルが小さくそう言った。言って……空腹任せにおにぎりを頬張った。
 
 その姿に、ヒスカは自分の浅慮を恥じる。誤魔化すようにおにぎりを口いっぱいに詰め込んだ。
 
「(ちっぽけな意地、張ってる場合じゃないもんね)」
 
 詰め込み、咀嚼して、力強く飲み込む。ガントレットとレギンスに手足を通し、魔導器を嵌め、剣を手に取り立ち上がる。
 
「騎士団心得一つ、その剣で市民を護る!」
 
 自分に言い聞かせる様に、決意を形にする様に、ヒスカは高々と剣を差し上げた。
 
 
 
 
 日が落ちて、夜闇に沈むダングレスト。酒場『天を射る重星』の二階の一室を、光照魔導器(ルクス・ブラスティア)の光が淡く照らしている。
 
「……やっぱり、問題ないように思えるのよね」
 
 乱雑に散らかった本だらけの床……の、絶妙な隙間に胡坐をかいて、リタは術式を繰りながら首をひねった。
 
 白くてモコモコとした小動物なパジャマと相まって、思わず抱き締めたくなるほどに可愛らしい。
 
「実際、ちゃんと自律してたように見えましたけど……」
 
 ベッドの上、清楚なネグリジェに身を包んで膝を抱くエステルは、そんな衝動に耐えながら話し掛ける。。
 
「まーね。……やっぱり、あれがあの子の性格だったって事なのかな」
 
 エステルの至極もっともな指摘に、リタは両手を上向けて肩を竦めた。元々、理論的な問題を疑ったわけではなく、感情として納得出来なかっただけなのだ。
 
「魔導器の声が聞こえる力……。魔核(コア)の時と、性格が違うって事です?」
 
 不思議そうな顔で見られて、リタは「あぁ……」と納得した。自分にしか解らない感覚なだけなのだから、他人から見れば不思議にも思うだろう。
 
「あたしが勝手に“声”って呼んでるだけで、別に会話が出来るわけじゃないの。例えば……エステルだって、犬っころの言葉は解らなくても、機嫌が良いとか悪いとかは解るでしょ? それと似た様なもんよ」
 
 だから“ああなる”まで、ちゃんとした性格は解らなかった。
 
「………………」
 
 エステルは、ジッと見る。帝国魔導器研究所を飛び出した今でも、こうして一心に魔導器に打ち込む一人の少女を。
 
「………何よ、急に黙っちゃって」
 
「リタは……どうして盗賊になんてなったんです?」
 
 リタからすれば唐突な、エステルから見れば当然の疑問。
 
 盗賊と聞いて、良い印象を持つ者などまずいない。事実、エステルは旅の途中で金品を狙って旅人を襲う盗賊団に何度も遭遇し、壊滅させて来ている。
 
「あたしにとって、それが必要な事だったから。……ま、最初はおっさんにハメられたんだけどさ」
 
 いくら帝国の研究所を出て、普通のやり方では魔導器と関わる機会が得られないとは言っても……そう簡単に受け入れられるものだろうか。
 
 『漆黒の翼』が、そういった“普通の盗賊”と少し違う事はエステルにも解っているが、誰もがそう思ってくれるわけがない。
 
「後悔したりとか、ないです?」
 
「何かを得る為にリスクが在るなんて当たり前じゃない。何も傷つけずに望みを叶えようなんて悩み、心が贅沢だから出来んのよ。自分で選んだ今に、後悔なんて無いわ」
 
 誰かを傷つけても、自分が傷ついても、自ら選んだ結果ならば受け容れる。
 
 歳不相応なリタの生き方に、エステルは感心の溜め息を漏らした。そんなエステルを、今度はリタが半眼で睨む。
 
「アンタだって似た様なもんでしょ。お気楽って言うか能天気って言うか……ホント、よく歪まなかったって思うわよ」
 
 帝国の皇族に生まれ、異質な力を持っていたが為に、血生臭い権力闘争に巻き込まれ、命を狙われて故郷から逃げ出す。自分で選ぶ事さえ許されなかった分、リタよりずっと苛酷な人生だったと言える。
 
 自らの運命を呪い、絶望しても仕方ない身の上。……だが、エステルは歪まない。誰かを恨む事もなく、逃げ続ける自分を由とせず、真っ直ぐに運命に向き合っている。
 
「わたしはほら、リタより三つお姉さんですから」
 
 滅多に人を褒めないリタに、遠回しにせよ褒められて、エステルは鼻を鳴らして胸を張る。「えっへん」と言う台詞が聞こえて来そうだ。
 
 ……とてもではないが、お姉さんという感じではない。
 
「……アンタと話してると調子狂うわ」
 
 呆れた様にリタは言う。口元を僅かに緩ませて。それを見て、エステルもまた、満面の笑みを浮かべてみせる。
 
 言葉は無い、だけど何処か心地いい静寂に暫く浸ってから、普段より幾分声色の優しいリタが切り出した。
 
「そろそろ寝よっか。あたし、もう四日まともに寝てないし」
 
「あ、今日はちゃんと寝るんですね」
 
 ダングレストに帰ってから、まだ一度もまともに寝ていなかったリタ。胡坐を解いて、そのままベッドに上がる………のかと思いきや、その場でモゾモゾと本の山に潜り込む。
 
「ちょっ、リタ! 何してるんです!?」
 
「? ベッド一つしかないじゃない。あたしの事なら気にしなくていいわよ、慣れてるし」
 
 本の山から顔だけ出したリタの表情は、極めて自然だ。別にエステルに気を遣っているとか、そういった意図は見えない。
 
 本気で、『別に本の山で寝ていいや』と思っている顔だ。しかし、それではエステルが納得しない。
 
「ダメです。せっかく研究も一段落した事だし、ちゃんとベッドで寝るべきです」
 
「え〜、いいわよ別に。大体、あたしがベッドで寝たらアンタどうすんの。まさかアンタが本で寝る気?」
 
 魔導書の古い紙の匂いに包まれながら、もはやエステルがいなくてもブックスリープコースに突入しそうなリタ。
 
 ………に、
 
「いいえ、わたしもベッドで寝ます!」
 
 エステルは、ベッドに腰掛けながら両手を広げて見せた。
 
「…………なに?」
 
「一緒に寝ましょ♪」
 
「いや、狭いんだけど………」
 
「って言うか……ぎゅっ、てしていいです?」
 
「ヤダ」
 
「実を言うと、さっきからずっと我慢してるんです。わたしの抱き枕になって下さい!」
 
「ヤダって言ってんでしょ!」
 
 エステルの執念に、観念したリタが抱き枕と化すまで……ものの10分と掛からなかった。
 
 
 



[29760] 27・『最初の一石』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2011/12/03 07:10
 
「………………」
 
 労働者キャンプのテントの陰から、仰々しい“軍事拠点”を覗き込む三人の騎士。……と言っても、内一人は騎士の鎧を着ているだけのおっさんだ。
 
「ど、どういう事ですか! 私たちは貴族の街を作っていたはずじゃ……!?」
 
「五月蝿いな。下民は黙って貴族の言う事を聞いてればいいんだよ!」
 
 その視線の先で、見るからに疲弊しきった男が一人の騎士に蹴り倒された。
 
 水色の長髪を後ろに撫で上げた、悪趣味な鎧を着た高慢な騎士……騎士団隊長のキュモールだ。
 
「(こりゃ、完全に準備が整ってんねぇ)」
 
 新興都市・ヘリオード。街の建設に尽力した者は、完成したヘリオードで貴族になれる。……というのが、表向きの建前だ。
 
 しかし、実際はキュモールに貴族の資格を与える権利などキュモールには無く、目的もまた、ただの街の建設ではない。
 
 平民を騙し、建造させた軍事拠点を使って……ダングレストに攻撃を仕掛ける事。
 
 そして、その計画は……既に、八割方完了したと見える。
 
「(……いきますか?)」
 
「(うんにゃ。もう俺たちだけで何とか出来る状況じゃないし、ここはフレン君に任せましょ)」
 
 剣の柄に手を掛けるシャスティルを、レイヴンがやんわりと制す。居並ぶ兵装魔導器(ホブロー・ブラスティア)、集結したキュモール隊全部隊の騎士。
 
 ここで三人が暴れたところで、大した効果は得られない。……どころか、余計に動きにくくなるだけ。
 
「(……あれだけの兵装魔導器、他の隊長に気付かれずに揃えるなんて不可能よ)」
 
「(はい、ヒスカちゃん正解。騎士団の“外”に、キュモールにオモチャ渡して煽った誰かさんがいるって事ね)」
 
 ヨーデルと共に帝都に向かったフレン。彼が騎士団長・アレクセイにカルボクラムの真相を伝えれば、キュモールの計画も破綻する。
 
 ……もっとも、間に合うかどうかは微妙なところだが。
 
「(ひとまずおっさんダングレスト行くけど、君らどうする?)」
 
「(ご一緒します。わたし達に何が出来るにせよ、要になるのはダングレストだと思いますから)」
 
 レイヴン達のすべき事、それは……キュモールの蛮行の裏で動くだろう、黒幕の目的を阻止する事なのだ。
 
 
 
 
 カプワ・トリム帝国騎士団支部。普段ならば、あまり騎士団の動きが活発ではないこの場所に、今は練達の猛者が集っていた。
 
「既に、キュモール隊は相応の準備を完了していると思われます。独断でダングレストへ侵攻する事も考えられるかと」
 
 別にカプワ・トリムに大袈裟な部隊を配置する事になったわけではない。ある人物が引き連れて来た部隊が、一時的に逗留しているに過ぎない。
 
「そうか……。今まで多少の事には目を瞑ってきたが、今回ばかりは些か勝手が過ぎるな」
 
 男の名は、アレクセイ・ディノイア。栄誉ある帝国騎士団の騎士団長の座に就く真の貴族。
 
 そのアレクセイが、片膝を着いて頭を下げるフレンに軽く手を上げて、楽にするよう促す。
 
「発端はやはり、『紅の絆傭兵団(ブラッド・アライアンス)』ですか。力任せに攻めて来るなら まだ可愛げもありましたが、中々どうして意地の悪い手を使う」
 
 その傍らで、軍師…ガリスタ・ルオドーが、全く困ってなさそうな笑顔で会話に混ざった。
 
 レイヴンとは別の意味で胡散臭いこの笑顔が、フレンは何となく苦手だ。
 
「あれは昔から人一倍野心の強い男だ。現状を由とせず、いずれ事を起こすとは思っていたが……タイミングが悪かった」
 
 アレクセイの言葉に、フレンは小さく首を振る。
 
「そんな事はありませんよ。閣下がこうしてカプワ・トリムに出向いてくれたおかげで、状況をいち早く伝える事が出来ました」
 
 それに……とフレンは続けた。
 
「今のダングレストには、彼らがいます」
 
 生真面目が服を着て歩いている様なフレンには珍しく、薄い笑みさえも浮かべて。
 
 それが誰を指しているのか、判らない者はこの場にいない。
 
「閣下のかつての懐刀に、我が研究所の手放した神童。それに……フレン隊長の昔馴染み。いやはや、人の巡り合わせというものは本当に面白い」
 
 喉を鳴らしてガリスタが笑う。不思議と、今だけはその気持ちも理解出来た。
 
 会話の中で、自然とアレクセイは思い至る。
 
「フレン、姫様はどうだ? 彼女の中に、王者たる片鱗は見えたか?」
 
「何度訊かれても同じですよ。エステリーゼ様は、私ごときが推し量れる方ではありません。今はただ、彼女を護る盾で在ればいいと思っています」
 
 他でもないアレクセイに命を受けたフレンは、実に穏やかな答えを迷わず返した。
 
 それに満足して、アレクセイも薄く笑う。
 
「お前は先にダングレストに向かえ。キュモールの事は我々に任せ、自分自身の使命を全うせよ」
 
「はっ!」
 
 命令をスイッチとしたかの様に、一瞬で堅苦しい騎士に立ち上ぼったフレンが、やはり堅い敬礼をしてから部屋を去る。
 
「………………」
 
 ―――若く、未来あるその背中を、不透明な視線が見送った。
 
 
 
 
「ふむふむ。つまり『紅の絆傭兵団』の事も、まだユニオンの連中には話しとらんと言うわけか」
 
 ダングレストに聳えるギルドユニオン本部、その大首領室の椅子に座って、一人の少女がグラスを傾けている。
 
「ああ、下手にバルボスの事を話せば、うちのバカ共は一目散に暴れかねねぇからな」
 
 大きな帽子とフロックコートに着られている様な、金の三つ編みの少女。その正面に座するは、言わずと知れたドン・ホワイトホース。
 
「黒幕を引き摺り出すまでは、かの? 後手にばかり回っとると、ホントに取り返しがつかんくなるぞ」
 
「んな事は解ってんだよ。だが、狙いが見えるまでは迂闊に動けねーだろが」
 
「それで『漆黒の翼』か。まったく、お前は慎重なのじゃ。口を開いて餌を待つイソギンチャクより慎重なのじゃ」
 
「……そりゃ褒めてんのか? それとも馬鹿にしてんのか?」
 
「それくらい自分で考えろ。潮風の読めん漢は嫌われるぞ」
 
 ギルドの頂点に立つ男にズケズケと物を言って、少女はミックスジュースを一気に飲み干した。飲み干して、立ち上がり、不敵な笑みをドンに向ける。
 
「いざとなれば、身軽に動けんお前の代わりにウチが出てやる。……あの時の誓いを、忘れてはおらんからの」
 
「へっ、そのナリでまともに戦えんだろうな?」
 
「老いぼれた今のお前に比べればの。血に飢えた海竜よりも派手に暴れてやるのじゃ」
 
 減らず口を叩いてシュッシュッ! とシャドーを始める少女に、ドンは小さく吹き出した。昔から、こいつにだけは頭が上がらない。
 
「………ん」
 
 軽快なフットワークから突き出す右ストレートが、中途半端なスウィングで急に止まった。
 
「………大波が来るのじゃ」
 
「ああ……昔の傷が疼きやがる」
 
 街の誰もが変わらない日常を刻む中で、二人の空気だけが変わった。
 
 
 
 
 ―――矜持、誓い、野望、覚悟。あらゆる意志を絡ませて、運命の歯車は回り始める。
 
 夜が明けきらぬ暁のダングレスト。白んだ空を染める日の出と共に………鉄血の軍団が姿を現した。
 
「アレクセイなんかを騎士団長にしたのが、そもそもの間違いだったんだ。帝国に仇なす組織に見て見ぬフリを通すなんて、騎士の風上にも置けない」
 
 居並ぶ兵装魔導器。武器を携えた紫の騎士団。帝国に従属せず、貴族を顧みぬ者を殲滅せんとする凶悪な意志。
 
「ユニオンなんて僕が潰してあげるよ。そうすれば、ヨーデル殿下の目も覚めるだろ」
 
 それを束ねるは、一人の騎士。帝国の歪んだ栄光を象徴する貴族の男。
 
「ギルドは消える。帝国はさらなる繁栄を手に入れる。そしてそれをもたらした僕こそが……新たな騎士団長になるんだ」
 
 ―――これから始まる新たな時代。それに繋がる戦いの一石が今、投じられる。
 
 
 



[29760] 28・『紅の流星群』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2011/12/06 14:29
 
 落雷の様な炸裂音が、街中に断続的に響き続ける。それは、遠方より飛来する魔導砲弾がダングレストの結界に着弾する音。
 
 帝国騎士団キュモール隊の軍勢がギルドユニオンに向ける砲撃の音だった。
 
「結界が崩されてからが、勝負か」
 
 女子供は『天を射る矢(アルトスク)』によって避難させられ、男は皆、武器を手にとって戦闘に備えている。
 
 帝国の不条理に抗い、自分たちの手で生きると決めた者たち。久しく忘れていた帝国の弾圧にも、誰一人として屈してはいない。
 
 ―――そんな鬼気迫る光景を、全く別の空気を纏う一人の男が見下ろしていた。
 
 左眼に金の義眼を、左腕に金の義手を備えた大男。気を張り詰めるダングレストとは裏腹に、男の表情は愉快そうですらある。
 
「今の貴様に何が出来るものか、せいぜい見苦しく足掻いて見せてみろ」
 
 酒場・『紅の流星群』のテラスで椅子に腰掛け、グラスを傾けて、まるで嘲笑うかの様に騎士団を、ギルドを眼下に納める。
 
「随分と楽しそうじゃない。俺様も仲間に入れて頂戴よ」
 
 ―――その背後に、黒い翼が舞い降りる。
 
 
 
 
 時を僅か、溯る。
 
「はーい、慌てず騒がず二列に並んでー。前のヤツ押すなよー」
 
 突如として現れた敵軍、予告無しに開始された砲撃に、ダングレストの住民はパニックに陥っていた。
 
「女とガキんちょ優先ね~。って言うか、男は全員戦えー!」
 
 ドン・ホワイトホースを筆頭とする『天を射る矢』の先導によって、女子供は酒場・『天を射る重星』の前に並んでいた。長蛇の列は普段は人を通さないVIPルームに続き、さらにその奥の隠し扉の先へと続く。
 
 そこは限られた者しか存在を知らなかった地下水路。徘徊する魔物を『魔狩りの剣』の手で排除する事で、この場所は即席のシェルターとして機能していた。
 
「ほらほら、泣いちゃダメですよ? あ、そうだ! アメ食べます?」
 
 そこには、『天を射る重星』に寄宿している盗賊ギルド・『漆黒の翼』の姿も在る。もちろん、避難させる側として。
 
「わんッ」
 
 牧羊犬としても優秀なラピードも連れて、列の整備に勤しんでいた。
 
 …………が、それは初めの内だけ。ある程度の流れが出来上がってしまえば、後は皆が勝手に避難し始める。
 
 暫くの後、ユーリ達は酒場の前を離れ、地下水路の奥深くを歩いていた。
 
「昔、帝国に街を占領されちゃった時もさ~、爺さん達はここに隠れて反撃のチャンスを狙ったって話よ?」
 
 それも……砲撃が始まる少し前に、ふらりと帰って来たレイヴンを先頭にして。
 
『やかましい(ガウッ)!!』
 
 やや大掛かりなノリツッコミとして、全員の跳び蹴りがレイヴンの背中を刺す。
 
 背後からの強襲を受けたレイヴンはぶっ飛び、前回りに勢い良く転がった後に下水に落ちた。
 
「ぶがっ、ぎょへっ、がは……! ちょっといきなし何すんのよ! 嬢ちゃんやワンコまで!?」
 
「ノリです!」
「ワンッ!」
 
 えらく自然にツッコミに混ざっていたエステルが、水から這い出て来たレイヴンに対して、ラピードと一緒に誇らしげなガッツポーズを決める。
 
「“何する”じゃねーっつの。今回ばっかりは、説明なしじゃ動かねーぜ」
 
「まさかとは思うけど……あれ、おっさんの仕業とか言うんじゃないでしょうね」
 
 畳み掛ける様に、ユーリとリタによる不信感に満ち満ちた視線がレイヴンに刺さった。日頃の行いの賜物である。
 
 絶望に打ち拉がれて さめざめと涙を流すレイヴンの尻を、ラピードが尻尾ではたく。
 
「ま~ま~ま~、皆さん顔が怖いよ? ここはクールに、ダンディーに、アダルトな対応をしようではないか」
 
((((ジャキ))))
 
「ごめんなさい」
 
 一斉に武器を構えられて、真顔で謝るレイヴン。もう少し空気を読んだ方がいい。
 
「ここんトコいなかったけど、遊んでたわけじゃないんだろ。何か掴んだのか?」
 
 無理矢理 空気を引き締めて、ユーリがレイヴンに問い掛ける。実際、アホな事をしている余裕は無い。今も、街には騎士団の砲撃が続いているのだ。
 
「ん~、これから掴みに行くトコ。もうちょっとコソコソやりたかったんだけど、キュモール君が思ったよりせっかちで嫌になっちゃうわよ」
 
 軽い口調はそのままに、レイヴンの空気も少し変わった。状況にそぐわない緩さなのは相変わらずだが。
 
「もしかして、ミムラの一件で逆恨みしたんでしょうか……」
 
「あり得ない。きっかけの一つではあるかも知れないけど、こんな短時間であんな戦力揃えられるわけないわ。前々から計画してた事なのよ」
 
 住民避難の忙しさで出来なかった考察を、エステルやリタも開始する。
 
「攻めて来た理由はどうでもいいさ。おっさんだって、そんな今更な事で俺らを引っ張り出しゃしねーだろ」
 
 だが、ユーリの見方は少し違う。動機はどうでもいい……と言うより、キュモールなら大した考えも無しにギルドを滅ぼそうとしても不思議はない。
 
「……ま、そゆこと。今回の件、キュモールは自分の意志で事を起こしたと思ってるんだろうけど……その実 誰かに誘導された結果だ」
 
「ここで素直にキュモールと喧嘩し始めたら、そいつの思うツボってわけね」
 
 自分の説明を先取るリタに、レイヴンはわざとらしいくらい満足そうな笑みを浮かべた。蹴られた。
 
「わざわざ誘発させた以上、事に乗じて必ず何か行動を起こす。それが判っていて、むざむざ見逃す事は出来ません!」
 
 何故かダングレストともギルドとも関係ないエステルが締めて、ビッ! と上り階段を指差す。
 
 奇しくもそこは、レイヴンが皆を連れて来ようとしていた終着点。
 
「あの先が『紅の流星群』の地下倉庫。『紅の絆傭兵団(ブラッド・アライアンス)』の根城ってわけよ」
 
 取って付けた様に、レイヴンが小さく核心を突いた。
 
 
 
 
「随分と楽しそうじゃない。俺様も仲間に入れて頂戴よ」
 
 レイヴンの矢が、弓につがえられ、向けられる。
 
「これから派手な祭りが始まろうって時に、最強の傭兵団のボスが高見の見物じゃ締まらねーだろ」
 
 ユーリは無造作に鞘を飛ばして、剣を振る。
 
「ガウッ!」
 
 ラピードが短刀を咥えて、隻眼を鋭く光らせる。
 
「バルボス。何を企んでいるのか知りませんが、騎士を惑わし、ダングレストの平穏を乱した貴方を……許すわけにはいきません!」
 
 蝶の仮面を装着した勇者スタイルのエステルが、勇ましく気炎を上げる。
 
 何処か別世界の様な空間。広く豪奢な一室から、テラスで寛ぐ大男に向けて。
 
「いつかのネズミ共か、こんな時までワシを狙って来るとは」
 
 その大男……『紅の絆傭兵団』のボス・バルボスが、ゆっくりと立ち上がり、振り返った。
 
「惑わしたとは とんだ言い掛かりだぞ。貴族など初めから、ギルドの人間など人とは思っておらんのだからな」
 
 口元に薄笑いを浮かべて、白々しくもエステルの弾劾を嘲るバルボス。……が、やや固まった。
 
「………そもそも、誰だお前は?」
 
 これでもかと言うほど空気を読んでいない、エステルの仮装に。
 
「A級遊撃士、エステル・ブラ痛っ!?」
 
「お前は黙ってろ。話が進まねーから」
 
 格好良く名乗ろうとしたエステルの頭をユーリが小突いて止めた。
 
 別にエステルもふざけているわけではない。この状況で“行方不明の帝国の姫君”がダングレストに居たら、キュモールに“余計な口実”を与えてしまいかねないという、彼女なりの気配りだ。
 
「話なんて、今さら進める必要ないでしょ」
 
 ―――リタが、両手を腰溜めに構える。
 
「ぶっ飛ばしてから訊きゃ良いんだから……!」
 
 突き出された掌から、特大の火球が迸り―――
 
「うお………っ!?」
 
 そして、炸裂。
 
 床を一直線に焦がしながら向かって行った灼熱の炎が、爆炎を撒き散らしてテラスを軽々と吹き飛ばす。
 
「……相変わらず、容赦ねーな」
 
「先手必勝あるのみよ」
 
 大窓もテラスも吹き飛ばす破壊の跡に、それ以上にリタの問答無用っぷりに、ユーリが小さく嘆息する。
 
 が――――
 
「あれで終わるタマじゃないでしょ」
 
 レイヴンの放つ一矢が爆炎を貫く。既に足場すら無くなったはずの空間に矢が奔り………
 
(キィン!)
 
 弾かれた。矢どころか、炎も煙め吹き散らす。荒々しい斬撃によって。
 
「……マジで?」
 
 そこにバルボスはいた。右手に、青く光るチェーンソー型の大剣を握って。
 
 足場の失った空間に“浮かんで”。
 
 だからと言って、動じない。
 
「貫け!」
「ワンッ!」
「『蒼破刃』!」
 
 レイヴンの矢が風を纏い、ラピードの短刀から紅蓮が奔り、ユーリの斬撃が蒼く飛ぶ。
 
 一斉に繰り出された三つの衝撃は、宙に浮かぶバルボスに収束されて―――
 
「笑わせるな!」
 
 視界の全てが―――青い光に埋め尽くされた。
 
 
 



[29760] 29・『ギルドの頂』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2011/12/08 14:14
 
「……う………」
 
 爆音に耳を狂わされる不快な感覚に耐えながら、ゆっくりと身を起こす。
 
 頭を上げて見据えた先で、結界が硝子の様に砕け散る。
 
 その向こうには……空。
 
 屋根も無い。壁も無い。ただ無限に広がる青空だけがそこに在った。
 
 決して小さくはない『紅の流星群』の二階が―――跡形もなく消し飛んでいた。
 
「大丈夫です?」
 
「ああ……にしても、厄介な剣持ってやがんのな」
 
 誰より前に出て、突き出していた両手を下ろすエステルを見て、さっきの結界はエステルが間一髪で張ったものなのだと気付く。
 
 礼の代わりに頭を乱暴に撫でて、ユーリは立ち上がり、煤けた床に降り立ったバルボスを睨んだ。
 
「まったく、躾のなっていない小僧共よ」
 
 バルボスはその眼光を涼しく受け流し、余裕すら見せて語り始める。
 
「訊くが貴様ら、ここでワシを倒してどうする?」
 
「あ?」
 
「騎士団の攻撃は始まった。たとえワシを殺したところで それは変わらん。あの軍勢を前にして、貴様らのちっぽけな正義感に意味が在るか?」
 
 バルボスの促す先で、今もキュモール隊の砲撃が結界に浴びせられ続けている。
 
「うそ……」
 
「……おいおい、もうちょっと頑張れよな」
 
 結界に透けて見える空には、既に幾つもの亀裂が広がっていた。
 
「貴様らに教えてやる。今のユニオンに必要なものは、生温い綺麗事でも、耄碌したドン・ホワイトホースでもない」
 
 バルボスは誇る様に天に向けて剣を掲げ、そして………
 
「“力”だ!!」
 
 獣の如く、咆えた。高速回転を続ける刀身が青い輝きを放ち、その光が天を衝いて、ダングレストの結界を撃ち砕く。
 
「一体なにを……こんな事したら、あなただって無事じゃ済みませんよ!?」
 
 結界が無ければ、兵装魔導器(ホブロー・ブラスティア)の砲撃は防げない。街も、人も、勿論バルボスも、身を護る術が無い。その結界を、バルボスは自らの手で破壊した。
 
 不可解な行動に、誰もが動揺を隠せずにいる中で………
 
「違う……」
 
 リタだけが、“それ”を見ていた。バルボスの放った青い光が、結界を貫いた後も空を駆け、北に向かって飛んで行く光景を。
 
 青い光は流星の様な軌跡を描き、遠方に落ちた。そして―――大地が震えだす。
 
「ワウっ!?」
 
「今度は何よ!」
 
 唸る様な地響きを立てて、“それ”は姿を現した。ダングレストの北方に広がる砂漠地帯の真ん中、青い光が辿り着いたその場所から、少しずつ這い出して来る。
 
「あんな場所に、あんな物が………」
 
「……地面の下に隠してやがったのか」
 
 それは、高く聳える一本の塔。無数の歯車と鋼鉄の鎧で形作られた、戦意と矜持そのものの楼閣。
 
「見るがいい、これがワシの力……世界を統べる覇王の力よ!!」
 
 バルボスの叫びに呼応して、歯車の塔が眩ゆい光を撒き散らす。それを受けた空が、唐突に曇った。
 
 青空が雲に覆われ、白雲がどす黒く染まり、黒雲が渦を巻いて轟き始める。
 
「これって……まさか………」
 
「カプワ・ノールの……」
 
 渦の中心に青白い光を内包する黒天の直下には―――帝国騎士団・キュモール隊。
 
 そして―――――
 
『ッッッ!!?』
 
 街が、大地が、空が震えた。憐れな道化の従えし軍勢に落とされた、天災にも等しい雷の裁きによって。
 
「くく、ははははは……」
 
 バルボスが、笑う。
 
「フハハハハハハハハハハハハハ――――!!」
 
 抑えきれない様な、爆発する様な歓喜を伴い、バルボスは笑う。
 
「見ろ! 蜘蛛の仔が散る様に逃げておるわ! この力が在れば、世界はワシの物に出来る!」
 
 隊列も指揮系統もなく、ただただ我先にと逃げ出す騎士団を見下して、バルボスはユーリらに振り返った。
 
「これで解ったか? 圧倒的な力こそが理想を作れる。ギルドを守りギルドを変えられるのは、ホワイトホースではなく このワシだ!」
 
「………これが御宅のシナリオってわけね」
 
 力に酔い痴れ、熱く野望を語るバルボスに、レイヴンが醒め切った呟きで応える。
 
 騎士団を利用してダングレストを攻めさせ、ユニオンの無力を内外に思い知らせる。その上で自分が騎士団を撃退し、“力の必要性”と自分の活躍を演出する。
 
 誰が頂点に相応しいか、思い知らせる為に。
 
「自分で厄介ごと呼び込んどいて よく言うぜ」
 
「あの『天操魔導器(メテオラ・ブラスティア)』……一体どこで手に入れたのよ!」
 
 当然、そんなものを受け入れるユーリ達ではない。先ほど以上の気迫を滲ませて、バルボスの前に立ちはだかる。
 
 ………が、
 
「ふん、まだ理解出来ておらんようだな」
 
 バルボスは、それを笑う。
 
「事の元凶も、どんな力であるかも、大した問題ではない。ワシが居らねばギルドは滅ぶ。ワシにはギルドを守れる力が在る。それこそが……ギルドの頂に立つ者が持つべき、唯一絶対の資格なのだ」
 
 力無き愚者の、取るに足らない戯れ言として。
 
 判り切っていた事ではあるが、初めから話し合いが通用する相手ではない。
 
「ここでワシに挑むか? ワシを殺して、ダングレストを守れる唯一の柱を失うのか? それは貴様らの自己満足に過ぎぬのではないか?」
 
 悠然と問いを重ねるバルボス。命乞い……ではない。自分の野望を誇る為に。
 
 極めて傲慢な思想と、自惚れるだけの圧倒的な戦力を持った敵を―――
 
「そうでもないんじゃない?」
 
 リタが、真っ直ぐに見据えた。
 
「さっきから聞いてれば、魔導器の力を自分の力と勘違いして偉そうに。アンタみたいな奴が、あたしは一番許せないのよ」
 
 恐れは無い。気負いも無い。ただ真っ直ぐに、リタの人差し指はバルボスに向けられる。
 
「魔導器の鍵になるその剣、『漆黒の翼』が盗ませてもらう」
 
 それは紛れもない宣戦布告。最強の傭兵団へと向けられた、最高に盗賊らしい宣戦布告だった。
 
 
 
 
「この剣を、盗むだと?」
 
 年端いかぬ少女に啖呵を切られて、バルボスは隻眼を大きく見開いた。
 
 たった今、騎士団の軍勢を容易く蹴散らした敵を前にして、まるで怯む様子がない。
 
「くくっ、確かに……これを奪えば、ガスファロストの制御を奪うも同然。だが………」
 
 高々と、大剣を振り上げる。刀身が再び高速回転を始めて―――
 
「そんな事は不可能だがなぁ!!」
 
『………っ!』
 
 振り下ろすと同時に、膨大なエアルを光に変えて解き放った。その一撃が、半壊していた『紅の流星群』を今度こそ粉砕する。
 
 足場を失ったユーリ達は、或いは瓦礫と一緒に落下し、或いは街灯や隣家の屋根に跳び移った。
 
 それを中空から見下ろして、バルボスは怒鳴る。
 
「ドン・ホワイトホースに伝えろ! この戦を経て、まだ己がギルドの頂点に立つというなら、一人でガスファロストまで来いとな!!」
 
 青い光の粒を纏い、バルボスは北方の空へと飛んで行く。盗賊風情、相手にするまでもないと言う様に。
 
「………………」
 
 街灯の上に立つユーリは、小さくなっていくバルボスの影を睨む。睨んでから、完全に崩壊した酒場に目を向けた。
 
「おーい、生きてるかー?」
 
 隣家の屋根に見えるのは、レイヴンとラピードのみ。二人ばかり数が足りない。
 
 ユーリの呼び掛けなら、僅かばかりの静寂を挟んだ後に―――
 
「あんのジジィ! ぜっったい逃がさないわよ!」
 
「わたしの仮面がー! これお気に入りだったんですよぉ………!」
 
 ドカーンと瓦礫を押し退けて、リタとエステルが元気よく生えてきた。
 
「んじゃ青年、おっさんドンに状況報告して来るから」
 
「おう、一生帰って来んな」
 
「酷っ! そんな冷たくしないでよ。これでも結構傷つきやすいんだから」
 
 もはやリタがノンストップに突入したと見たレイヴンは、ぴょんぴょんと屋根を跳ねながらユニオン本部に向かう。
 
 ユーリは、とりあえず街灯から地面に着地して……もう一度 北の空を見る。
 
 既にバルボスの姿は見えない。……が、代わりに見慣れた影を見つけた。
 
「あれは………」
 
「バカドラ!!」
 
 遠目でも良く目立つ、青い竜と白い竜騎士。リタが宿敵と狙う通称・バカドラ。
 
「追っ掛けるわよ! 今度こそ、どいつもこいつもぶっ飛ばしてやるんだから!」
 
 ―――燃え盛るリタを筆頭に、ユニオンの未来を揺るがす物語は、最後の舞台へと歩を進めていく。
 
 
 



[29760] 30・『歯車の楼閣』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2011/12/12 08:28
 
「こら逃げるな! お前たち、それでもキュモール隊の騎士か!」
 
 ダングレストの中で、外からは知る由も無い内乱が起こっている頃……それまで砲撃を重ねていた騎士団は、完全に機能を停止していた。
 
 兵装魔導器(ホブロー・ブラスティア)の攻撃が結界を破ると同時、突如として墜落した凄まじい雷によって。
 
「結界は壊れたんだ……もう少しなのに……っ」
 
 その落雷で、騎士団が壊滅的な被害を受けたわけではない。だが、練度の低いキュモール隊の戦意を削ぐには充分過ぎる威力があった。
 
「逃げるヤツは死刑にするぞ! さっさとダングレストを潰しちゃえよ、この役立ず共が!」
 
 隊長であるキュモールの声も、全く届いていない。慣れない実戦で慮外の攻撃を受けて、軍は完全に恐慌状態に陥っていた。
 
「くそっ! 何で……どうしてギルドの奴らごときがあんな魔導器を持ってるんだ!」
 
 ギルドを潰し、目障りな下民を除き、自分の実力を示し、騎士団長への布石とする。
 
 思い描いていた栄光の道に土を付けられたキュモールは、腸が煮え繰り替える思いでダングレストを睨む。
 
「勝手に魔導器を持つ事すら許されてない奴らが、よくもこの僕………を?」
 
 睨んで……甲羅に籠もった亀の様に動きのなかったダングレストの方から、撒きあがる砂煙が接近して来るのを見つけた。
 
「(まさか、砲撃が止んだと見て白兵戦を……?)」
 
 と、キュモールは思ったが、どうやらそうではないらしい。砂煙を上げているのは、たった一人の人間だったからだ。
 
 物凄い勢いで接近するオレンジの影の正体は、あっという間に判別できる様になる。短い茶髪にゴーグルを掛けた、小柄な少女。軽装の上に、丈の短い黒の魔導服を羽織っている。
 
 幾つかの外見的特徴から、キュモールは気付く。気付かないわけがない。……自分の姉を罪人に貶めた元凶なのだから。
 
「漆黒のつばがぁ!?」
 
「馬よこしなさい!」
 
 が、少しばかり遅かった。あっという間に距離を詰めた少女は、全くスピードを殺さぬ惚れ惚れする様なジャンプキックで、キュモールの顔面を鮮やかに打ち抜いた。
 
 絶妙なバランス感覚で、そのままキュモールの顔を踏み台にして跳躍。反転して馬に跨り、蹴落とした騎士団隊長には見向きもせずに去って行く。
 
 少女の名はリタ・モルディオ。職業は盗賊魔導士。
 
 
 
 
「今度こそ……今度こそ、あたしがバカドラの息の根を止めるー!!」
 
 馬を駆り、荒野を走るリタ。その眼は尋常ならざる執念に燃えている。
 
「あいつ……目的履き違えてねーだろな」
 
「そう言うユーリは、何でバルボスと戦うんです? 盗賊なのに」
 
 その後ろを、同じく馬をぶん捕ったユーリ、エステル、ラピードがついて行く。目指すはダングレストの北方、砂漠の真ん中に聳える歯車の楼閣・ガスファロスト。
 
「んー? そりゃ、あいつに好き勝手されたら私生活にも影響ありそうだしな」
 
「ふふっ、そういう事にしておきます」
 
 ユーリの御座なりな返答に、エステルは意味ありげに笑った。その声を目聡く聞き付けたリタが、半眼で首だけ振り返る。
 
「なに言ってんだか。どうせアンタの事だから、あのバルボスってのと戦いたいだけでしょ。ったく、これだから戦闘狂は……」
 
「ま、そうとも言うな」
 
「否定しないんですね……」
 
 リタがプイッとそっぽを向き、ユーリが平然と肯定し、エステルが困った様に笑う。
 
 今一つ以上に緊張感に欠ける、少なからずボスの影響を受けた『漆黒の翼』が、砂漠を突き進み……そして、辿り着いた。
 
 しかし―――
 
「………で、どうやって中に入るよ」
 
 彼らの視界に、騎士団を撃退した勇壮たる塔は見えていない。見えるのは、同じ場所から一向に動く気配の無い巨大な竜巻だけ。
 
「これも、『天操魔導器(メテオラ・ブラスティア)』の力なんでしょうか」
 
「……だろうな。じいさん以外は通さねぇってか」
 
 そう、バルボスが逃げ込んだであろうガスファロストは、巨大な竜巻に守られていた。以前カプワ・ノールでラゴウが使っていた物とは、威力も精度も段違いである。
 
 ……だが、全ての侵入を阻めるわけではない。それは状況が証明していた。
 
「バカドラも見当たらない。……あいつは中に入れたのね」
 
 その意味に気付いたリタは、腰に備えた魔導書を開き、空を見上げる。
 
「台風の目に、風は無いって事よ」
 
 ―――その先に待っている宿敵に、あらん限りの闘志を燃やして。
 
 
 
 
 巨大な竜巻に守られたガスファロスト。その屋上に位置する歯車の舞台で、激しい死闘が繰り広げられていた。
 
「っ………」
 
「ふん、上手く避けたな」
 
 一人はガスファロストの……そして『紅の絆傭兵団(ブラッド・アライアンス)』の頂点に立つ男、バルボス。
 
 もう一人は、各地で魔導器を破壊して回る正体不明の竜を駆る槍使い。
 
「ギルドでも騎士団でもない。貴様、一体何者だ?」
 
「…………………」
 
 槍使いは『漆黒の翼』より遥かに早くガスファロストに辿り着いていた。空飛ぶドラゴンを友に持つ強みによって。
 
 目的は例によって、塔の頂で光を放つ天操魔導器の破壊。……但し、達成はされていない。バルボスと彼の率いる傭兵団が、その破壊を妨げ、槍使いを追い詰めていた。
 
 槍使いをこの場に運んだドラゴンは、いない。自由に飛べない空間、射撃武器を持つ敵の前では、格好の的にされてしまうからだ。
 
「………返答なしか。ならば こちらも、何も訊かずに貴様を消し炭に変えるとしよう」
 
 バルボスが大剣を差し向ける。その刀身が高速で回転し、切っ先から青い光弾が飛んだ。
 
 速く、広い その攻撃の範囲から、槍使いは懸命に走って逃れる。そこを狙って、傭兵団が投げナイフで、砲弾で、魔術で狙い撃つ。それを、槍使いが必死に躱す。
 
 こんなイタチごっこが、先刻から延々と繰り返されていた。
 
「…………………」
 
 多勢に無勢。そんな事は槍使いにも判っている。だからこそ、常から奇襲戦法で魔導器だけを狙って来たし、今回も当然そのつもりだった。
 
 標的が大きくて狙い易いと見ていたが、バルボスの武器が計算外だった。魔導器を狙った初撃を難なく凌がれ、その後もしつこく魔導器を狙ったが近寄る事も出来ず、ぐずぐずしてる内に増援が湧いて来て今に至る。
 
「(一旦、退く……?)」
 
 一瞬そんな考えが脳裏を掠めたが、槍使いはそんな自分の考えを首を振って否定する。
 
 こんな竜巻を起こす相手。今回の奇襲で警戒を強めるだろう敵に、もう一度チャンスが来るとは限らない。
 
 だが……一人では絶対に無理だ。
 
「(バウルは……)」
 
 一度は戦線から離脱させた友を頼ろうと、槍使いは上を向いて―――
 
「(………え?)」
 
 そこに、空から緩やかに降りてくる影を見つけた。
 
 槍使いの友達ではない。もっと、ずっと小さな影。翼も持たずに宙に浮かぶそれは……人間の女の子だった。
 
 空より舞い降り、帯を引いて軽やかに踊る……漆黒の女魔導士。
 
「その子を……放しなさい!」
 
 その掌から数多の術式が展開し、塔の中心に在る巨大な魔導器に幾重にも絡み合った。
 
「何だと……!?」
 
 それまで、竜巻の音と槍使いとの戦闘で少女……リタに気付けなかったバルボスが、驚愕の声を上げる。
 
 超高レベルの抑制術式を受けた天操魔導器は、燃料が切れる寸前の様に歪な光を明滅させて、程なく完全に停止する。それと同時に、塔を包んでいた竜巻が、嘘の様に掻き消えた。
 
「一度診た魔導器を、あたしが抑制出来ないわけないでしょ。天才魔導士リタ・モルディオを、ナメんじゃないわよ!」
 
 勇ましく吼えて、リタは眼下に右掌を突き出した。それを警戒して上に注意を向けた傭兵団を、“下から”噴き上げた水の波濤が軽石の様に吹き飛ばす。
 
「くっ……おのれ!」
 
 バルボスからすれば、全くの計算外。天操魔導器を抑制される事もそうだが、そもそもリタが空を飛べる事自体 聞いていない。
 
 そう何人も空からの敵が来るとは思っていなかった為、今度こそ完全に不意を撃たれた。
 
「消えろぉ!」
 
「しょっ、と」
 
 バルボスの大剣から閃光が奔る。リタは慌てず騒がず、浮遊術式解除による落下でそれを回避した。
 
 聳える歯車の楼閣。高い空の下で―――
 
「覚悟しなさい。ここで決着つけてやる!」
 
 三つ巴の戦いが、始まる。
 
 
 
 
 リタが単身、敵地に乗り込んでいる頃。
 
「あいつ、高所恐怖症じゃなかったっけ?」
 
 ユーリ、エステル、ラピードの三者は、ガスファロストに近づく事も出来ずに待ちぼうけを食らっていた。
 
「トリム港で特訓してたみたいですよ? 岬からダイブ繰り返してました」
 
「……そう言や、ケーブ・モックでも高い木の上でピョンピョン跳ねてたな」
 
 リタの使った浮遊魔術は『レビテーション』。コゴール砂漠で見つけたナコト新書に記された古代魔術の一つ。
 
「ワン(ダウト)」
 
「う……!?」
 
 今まではリタの高所恐怖症が災いして、今一つ活用できていなかったが、ここに来て遂に自分のものにしたようだ。
 
「ふふ、会話で誤魔化そうって狙いがバレバレでしたよ? ちゃんと終盤に残しておくカードを計算しないと」
 
「うっせ。こういう頭使うの苦手なんだよ。『スピード』とかなら負けねーぞ」
 
 飛行手段を持たないユーリ達は、リタが突破口を開いてくれるまで出来る事がない。焦れても仕方ないので、已むなくトランプに興じている次第である。
 
「おっ」
 
 ………が、どうやらそれも終わり。
 
「竜巻が、消えていく」
 
 突入したリタが抑制術式を掛けた事で、天操魔導器の機能が停止し、竜巻が消えた。
 
「そんじゃ、行きますか」
 
「ええ、リタ一人じゃ心配です」
 
「わふっ」
 
 トランプを片付け、腰を上げて、ユーリ達は突撃を開始する。
 
「うおっ!」
 
「侵入者だー!」
 
「竜巻はどうした!?」
 
 相も変わらず芸の無い、バカ正直な正面突破。その騒乱を……遥か後方で見ている者がいた。
 
「……やっぱり来てたのね」
 
「ロープある? わたし達は外壁から行こ」
 
「わかってる」
 
 ―――赤い髪を後頭で束ねた、瓜二つの二人の騎士が。
 
 
 
 
(あとがき)
 これからちょっと忙しくなるので、少しの間更新が止まります。一週間以上は空かないと思いますが、一応報告を。
 
 



[29760] 31・『因縁の対決』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2011/12/19 07:08
 
「っりゃあああ!!」
 
 烈迫の気合いを雄叫びに乗せて、リタが一直線に ひた走る。狙うはもちろん彼女の宿敵、純白の槍使い。
 
「『ストークス』!」
 
 槍の間合いを越える距離から、エアルを纏う帯が大蛇の様に伸びる。複雑な曲線を描く連撃を避け切れずに、槍使いはガード越しに弾かれた。
 
「やっと勝負する気になったみたいね!」
 
 リタは大が付く程の魔導士だが、同時に盗賊でもある。詠唱さえ止めれば常人と変わらない、普通の魔導士とは違う。
 
 ザギの様な並み外れた使い手が相手でなければ、魔術なしでも十分戦えるのだ。
 
「『フィー』!!」
 
 怯んだ槍使いの足下を狙って、リタは全身の回転を乗せて帯を振るった。その一撃は見事に左足を捉え、槍使いを転倒させる。
 
「チャンス! ぶん殴る!」
 
 カッ! と眼を鋭く光らせて、倒れた槍使いに跳び掛かるリタ。
 
 ………の、顔面に――
 
「むっ!」
 
 転んだ体制のまま、竜騎士は槍を突き出した。その穂先は―――
 
「………っ!」
 
 リタが盾の様に構えた左手の魔導書に、敢えなく止められる。口元を魔導書で隠したリタの右手には、轟然と燃え盛る火炎の弾。
 
「ぶっ飛べ!!」
 
「………ッ」
 
 近距離から放たれる『ファイアボール』の釣瓶撃ち。断続的な炸裂音を響かせて、リタの視界を紅蓮が満たす。
 
 普通なら、避けられる間合いではない。
 
「―――――――」
 
 だが、リタは思考とも呼べない刹那の直感に従い、体を捻って魔導書を振り回した。
 
 直後―――
 
(ガッ!!)
 
 闇雲に振り回した魔導書が、背後からの蹴撃とぶつかり、二人の体は衝撃に弾かれた。
 
「(こいつ、あの体勢から………!)」
 
 信じられない反射速度に、リタの頬を冷や汗が伝う。
 
 火炎弾が当たる直前、竜騎士は地に突いた槍を棒高跳びの様に使って直撃を逃れたのだ。
 
 しかも、爆炎に隠れてリタの背後を取るオマケ付き。さっきの一撃を止められたのも、運が良かっただけに過ぎない。
 
 竜に乗って逃げ回るだけの卑怯者、という先入観は拭い去った方が良さそうだ。
 
「……リタ・モルディオ。盗賊よ」
 
 帯を槍を構えて、二人を一定の距離を保ちながら円を描く。
 
「…………………」
 
 実力(のみ)を認めて名を告げたリタに対して、竜騎士はやはり無言。肌に痛いほどの緊張が、殺伐とした二人だけの世界を構築する。
 
 ――――のを、黙って見ているはずがない者がいた。
 
「お前ら何をぼさっと見てやがる! さっさと二人まとめて畳んじまえ!!」
 
『は、はいっ!』
 
 完全に忘れ去られていた、バルボスを含む『紅の絆傭兵団(ブラッド・アライアンス)』だ。
 
 バルボスの大剣が烈光を放ってリタと竜騎士の間に割り込み、傭兵団が徒党を組んで迫り来る。
 
「…………ウザい」
 
 スッと、リタの視線が傭兵団に向けられる。小柄な少女の不機嫌極まりない眼光を受けて、なぜか傭兵団は命の危機を覚えて足を止めた。
 
「“大地の脈動 その身を贄にして敵を砕かん”」
 
 帯を引いて、リタが軽やかに踊る。帯から零れたエアルの欠片が術式を描き、少女を褐色の球体で包んだ。
 
 そして、発動。
 
「『グランドダッシャー』!!」
 
 リタが右手で床を叩く。地面すら無いはずの屋上に壮絶な “大地の怒涛”が荒れ狂い、その場の傭兵を一網打尽に蹴散らした。
 
「邪魔しないでよね」
 
 不条理なまでの爆走を続けるリタ。因縁の対決は尚も苛烈さを増して行く。
 
 
 
 
 リタが屋上にて、敵首領をほっぽって私闘に精を出している頃。
 
「『スターストローク』! 『ディバイド・エッジ』! 『ピアズクラスター』!」
 
 エステルが、
 
「元気だねぇ、あいつは」
 
 ユーリが、
 
「わん」
 
 ラピードが、ガスファロストに正面から突入。屋上を目指して階段を駆け上っていた。
 
「何人倒した?」
 
「ワゥン(48)」
 
「俺35……全然減った気しねーけどな」
 
 流石に最強の傭兵団の総本山。戦っても戦っても、敵はひっきりなしに湧いて出る。飼い馴らされた魔物までいるし、いくら倒してもキリが無い。
 
「問題ありません。進行方向を遮る敵だけ倒して行けばいいんです!」
 
「はいはい、お姫様」
 
 やたらと強気なエステルに生返事を返して、ユーリはもう何度目かレバーを引く。
 
 重く軋む稼働音を立てて、次の階段が下りて来た。
 
「『天狼滅牙』!」
 
『ぎゃああああ!?』
 
 案の定 階段の上で待ち受けていた傭兵たちを、嵐の様な斬撃で薙ぎ払って、ユーリ達は小走りに階段を駆け上がる。
 
 駆け上がって………
 
「よっと」
 
 今しがた登った階段を、斬り崩した。
 
「クーン?」
 
「こうすりゃ、少なくとも下の奴らは追い掛けて来れねーだろ。急ごうぜ」
 
「はい!」
 
 屋上の爆発は楼閣全体を揺らし、リタの激闘を判りやすくユーリ達に知らせていた。恐らくはバルボスも屋上にいて、リタと戦っているのだと。
 
 あまり、悠長にしても居られない。
 
「っても、階段どこだよ」
 
「今回は仕掛けも見当たりませんね」
 
 しかし、急いでいる時に限って物事は上手く運ばない。これまでは比較的わかりやすい位置にあった階段の装置が、この階には見つからない。当然、こんな低い階が最上階であるはずもない。
 
「ったく、メンドクセぇな!」
 
 仕方なく、手当たり次第に扉を開けて回るユーリ達。物色と散策を繰り返して………
 
「あとは、これだけか」
 
 やたら頑丈そうな大扉に、行き着いた。
 
 ………と言うより、真っ先に視界には入っていたのだが、今まで完全に度外視していた。何故ならこの大扉、明らかに“外側”に備え付けられていて、見るからに窓的なポジションにあるからだ。
 
「“邪悪なる魂魄 光の禊にて滅さん”」
 
 細剣を優雅に泳がせて、エステルが詠唱を口ずさむ。魔導器も介さずに集った光の粒が、美しく連なる七星を形作り―――
 
「七つの星に裁かれよ、七星剣・『グランシャリオ』!!」
 
 詠唱でも何でもない掛け声付きの言霊を受けて、一斉に大扉に奔った。
 
 七つの流星は絡み合う軌跡を描いた後、吸い寄せられる様に元の星座の形に着弾。爆光を撒いて大扉を粉砕した。
 
「ガウッ」
 
 その先に……さして広くも無い、石造りの無骨なテラスを見つける。
 
「……判りにくいって」
 
 そこに出て、呆れた。テラスの両端に、上へと昇る梯子が掛かっている。上に行く為にわざわざ一度屋外に出なければならないとは、流石に予想していなかった。
 
「過ぎた事を悔やんでも仕方ありません。今は一刻も早く楽園の塔を昇り、リタを救け出すんです!」
 
「……何か、また違う世界に入り込んでる気がすんな」
 
 この歯車の楼閣。正式な名前はガスファロストである。
 
 いつでもどこでもノリノリなエステルを筆頭に、一行は梯子を昇り、ガスファロスト上部へと辿り着く。
 
 そこに聳えるは巨大な城門、長く続く橋の様な通路。その先を視線で追えば、淡くエアルを光らせる動力塔が忙しなく稼働している。
 
「ユーリ、ラピード、遅れちゃダメですよ!」
 
「はっ、誰に言ってんだよ」
 
 勇ましく声を上げて、エステルが長い道の真ん中を駆け抜ける。ユーリが、ラピードが、余裕でそれについて行く。
 
 階段を落としたのが良かったのか、元々そういう配置なのか、ここには敵の姿も見えない。
 
「っ………」
 
 誰阻む事なき快進撃。このまま屋上まで一直線と意気込むエステル………の、襟首を――――
 
「ふぇ!?」
 
 唐突に、ユーリが引っ張った。引っ張って、脇に抱えて、そのまま大きくバックステップ。
 
 その足下が―――
 
(ドンッ!!)
 
「きゃあ!」
 
 何らかの衝撃を受けて、砕けて、その場に穴を残す。
 
 そのまま進んでいたら、ユーリらがいたであろう場所に。
 
「へぷ!? ………だ、誰です!?」
 
 狙撃された。
 
 ユーリの脇から無造作に落とされたエステルは、遅まきながらそれに気付く。
 
 ユーリは、挑発的に笑った。
 
「出て来いよ。かくれんぼって歳でもないんだろ」
 
 左上方に回る巨大な歯車に剣を突き付けて、誘う様にユーリは笑う。
 
 見定める様な沈黙は、長くは続かなかった。
 
「ブラーボ、ブラーボ」
 
 パチパチと手を叩きながら、奇妙な賛美をユーリに贈る一人の男が……“目の前に”現れた。
 
 隠れる場所など一切無い、さっきまで確かに誰もいなかったはずの場所に、いつの間にか。
 
「エクセレント! 研ぎ澄まされた勘と野生の嗅覚、実にエクセレント!」
 
 その手に長い魔導銃を持ち、燕尾服に身を包んだ伊達男。一見すると礼節を弁えた紳士にも見えるが……身に纏う空気がそれを許さない。
 
 蛇に睨まれる様な、蜘蛛の糸で絡め取られる様な、言葉に出来ない不気味さが全身から滲み出ている。
 
「ふざけたヤローだな、誰だよアンタ」
 
「そう怖い顔で睨むほどのパーソンじゃありませんヨ。ミーはイエガーという名の しがないウェポン商人デース」
 
 道化た態度で恭しく頭を下げる男……イエガー。その自己紹介を待っていたかの様に、両脇に影が二つ飛来する。
 
「イエガー様が名乗っているんだ。さっさと名乗れ、盗賊」
 
 勝気な口調の赤毛の少女と、
 
「きゃははっ、そっちのお姫様もねん☆」
 
 やたら緩い口調の、黄緑の髪の少女。そんな二人が、色違いの剣を持ち、全く同じ衣装に身を包んでイエガーの両隣に立つ。
 
 ふざけた態度のふざけた連中だが、少しばかり見過ごせない。
 
「(………俺はともかく、エステルの事まで知ってんのか)」
 
 名乗れ、と言っておきながら、彼らは明らかにユーリ達の事を知っている。こんな場所にいた事を考えても、只の武器商人とは思えない。
 
「挨拶無しに銃弾ぶっ放す輩に礼儀守るつもりはないんでね。……時間もねーし、手早く終わらせて貰うぜ」
 
 右手の剣を宙に放り、回転するそれを左手で掴んで、ユーリは切っ先をイエガーに向けた。
 
「オー、怖いですネ。バット……ユーの相手はミーではないようデスヨ?」
 
 イエガーは動じない。全く本心の読めない表情のまま 両手を広げて、ユーリの後ろを顎で指した。
 
「……もう来たのかよ」
 
 前方への注意はそのまま、眼の端でそちらを見れば、いま来た道から迫り来る傭兵団。
 
「…………?」
 
 しつこい奴ら……と足を僅かに向けたユーリは、その傭兵団を見て、首を傾げた。
 
 こちらに向かって来る傭兵の表情は……とても侵入者を排除しようと躍起になっている荒ら繰れ者の顔ではなかったからだ。
 
 まるで………
 
「(何かから逃げてるみてーな――――)」
 
 ユーリの脳裏にその言葉が過った次の瞬間………
 
『んぎゃああああ!?』
 
 迫りくる傭兵団が、まとめて盛大に宙を舞った。
 
 
 



[29760] 32・『竜騎士の素顔』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2011/12/19 18:11
 
 前方には明らかな手練れ。後方には数で圧して来る傭兵団。
 
「あの人達、強かったんですね………」
 
 流石に形勢の不利を覚悟したユーリ達の目の前で、傭兵団が軒並み宙を舞った。
 
「あれでもフレンの次くらいの出世頭だからな」
 
 落下する傭兵団を背景にして現れたのは、赤い髪を後頭で束ねた双子の女騎士。かつてはユーリとフレンの先輩、今はユーリの天敵とも呼べる……アイヒープ姉妹。
 
「……つーかコレ、最悪なんだけど」
 
 繕う余裕もなく、ユーリは頬を引きつらせる。
 
 背後に迫っていた傭兵団は退場。しかし、状況は好転するどころか悪化していた。
 
 仮にも平民出身で短期間の内に小隊長まで上り詰めたシャスティルと、副官たるヒスカ。傭兵団の代わりに、その傭兵団を易々と薙ぎ払った彼女達が現れたのは、ユーリにとってマイナスでしかない。
 
「……よし、頑張れエステル」
 
「えぇ! わたしです!?」
 
 こうなると、頼れるのは行方不明のお姫様ただ一人。ユーリは後ろからエステルの両肩を掴み、アイヒープ姉妹の方へグイグイと押してみる。
 
「よ、よ〜し……」
 
 カルボクラムで調子の良い出任せを並べた手前、エステルも隠れてしまいたいのが本音なのだが、グッと堪えて覚悟を決める。
 
「えっと、アイヒープ小隊長? これには、話せば長くなる、深い深い事情があってですね」
 
 剣を片手に提げた双子が、驚くほど揃った動作で……一歩、また一歩と近づいて来る。
 
「今はほら、ユーリを捕まえるより先に、しなくちゃいけない事があるんじゃないかなぁ〜…って………」
 
 その瞳には、並々ならぬ使命と闘志の炎が燃え盛っていた。
 
「ラピード、逃げましょう!」
 
「あっ、てめぇ俺をエサにする気か!?」
 
 双子の女騎士が迫る。近づいて、近づいて―――
 
「「………お?」」
 
 その脇を、素通りした。
 
「……さっさと行きなさい」
 
 ヒスカが、前を向いたまま剣を両手で握り締める。
 
「ここは、わたし達が引き受けるから」
 
 シャスティルが僅かに横顔を覗かせて、ユーリに小さなウインクを見せる。
 
 二人が剣を向ける先に居るのは、宿敵とも呼べる盗賊ではなく、不気味なオーラを纏う伊達男。
 
「へぇ? どういう風の吹き回しだよ」
 
 珍しそうに、楽しそうに、面白そうに、ユーリが笑う。
 
「勘違いしないでよ。アンタを見逃すつもりはないんだから」
 
「『漆黒の翼』には借りがあるしね。今回だけは手を組みましょ」
 
 ヒスカは やはり振り返らないまま、わざとらしい位つまらなそうに鼻を鳴らした。シャスティルはそんなヒスカを見て、困った様な笑顔を浮かべる。
 
「…………………」
 
「…………………」
 
「…………………」
 
「……な、何よ?」
 
 奇妙な沈黙。何とも言えない、気恥ずかしい様な居たたまれなさに堪え切れず、遂に振り返るヒスカ。
 
 ……に対して、
 
「………ぷ」
 
 ユーリは、零れる様に吹き出した。
 
「な、なに笑ってんのよ! やっぱりアンタから捕まえられたいの!?」
 
「ぷッ……っ……! いやワリーワリー、あんまり予想外だったから ついな」
 
 顔を真っ赤にして怒鳴るヒスカを、ユーリはクックッと喉を鳴らして笑う。噛み殺し切れていない笑い方が、より一層腹立たしい。
 
「わんっ」
 
 そんなやり取りを素知らぬ顔で流したラピードが、双子の間に体を滑り込ませて隻眼を鋭く光らせた。
 
「ラピード?」
 
「女二人に“後は任せた”とか出来ないんだよ。俺と違って紳士だからな」
 
 愉快そうに笑って、ユーリはクルクルと白刃を遊ばせる。そして、エステルと共に最前列に進み出る。
 
「頼んだぜ」
 
「今度クレープ奢ります」
 
 短い言葉の中に奇妙な信頼を乗せて、ユーリとエステルは地を蹴った。向かう先には、不気味な三人の武器商人。
 
「『天狼滅牙』!」
「『エクストリーム・スターズ』!」
 
 斬撃と刺突が吹き荒れる嵐の様な猛攻。……しかし、正面からのバカ正直な突進を、二人は敢えて仕掛けた。
 
 当然………
 
「甘い!」
 
「あはは! ハッズレ〜♪」
 
 躱される。
 
 高い跳躍で間合いの上に逃れたイエガーらは、中空で軽業士の様に反転し………
 
「次はミーのターンね!」
 
 エアルを収束させた銃口を、ユーリらの背中に向け………ようとした。
 
「むっ!?」
 
「アンタの相手は、あたしよ!」
 
 背後から繰り出されるヒスカの斬撃。イエガーは間一髪、それを頑丈な銃身で止めた。
 
 見れば、残る二人もシャスティルとラピードの攻撃を同じように受け止めている。
 
「騎士が盗賊のフォローとは、ナンセンスなレディ達デース」
 
 刹那の空中戦を経て、六つの影が鉄橋に降り立つ。
 
 芸の無い突進を躱された時、無防備な背中を銃で狙われた時、剣と銃がぶつかり合った時。その一切に振り返る事すらなく、ユーリとエステルは駆け抜け、見えなくなった。
 
「………フォローに回ってるつもりはないわ。あたし達から見れば、バルボスよりアンタの方が放っておけないってだけ」
 
 その背中に、淋しさと嬉しさを同じだけ感じながら、ヒスカは剣を握り締める。
 
「ヘリオードでの借りを、今ここで返す!」
 
 ―――今はただ、護るべきものの為に。
 
 
 
 
「『ロックブレイク』!!」
 
 天空の下に聳える歯車の舞台。もう何度目か、リタの魔術が傭兵の群れを吹き飛ばす。
 
「はあっ……はあっ……馬鹿っぽい……数だけ増やせば良いってもんじゃないわよ」
 
 盗賊、傭兵、竜騎士。一触即発の三つ巴の戦いは、いつしか互いの戦力を削り合う消耗戦に変わっていた。
 
 リタはバカドラこと竜騎士を一心不乱に狙い続けている。しかしどうやら体術に於いては竜騎士が上の様で、なかなか捕まらない。
 
 竜騎士は そんなリタに応戦しつつ、捌き、躱し、逃げ回りながら、『天操魔導器(メテオラ・ブラスティア)』を破壊する隙を探している。
 
 そして、バルボスは『天操魔導器』の前から動かない。数多の傭兵をけしかけて二人を始末しようとしている。結果的に、『天操魔導器』や傭兵団を巻き込みかねない大剣型の魔導器が振るわれる機会は激減した。
 
 そして数に頼る傭兵の包囲網は、広範囲大威力を誇るリタの魔術と頗る相性が悪く、皮肉な事に、それが竜騎士を助ける結果に繋がってしまっていた。
 
 竜騎士を狙えば狙うほど“巻き添え”の危険が増す上、組み敷いてしまえば力で押さえ込めそうなリタに傭兵の狙いは集中する。
 
 リタの体力とバルボスの兵力を削る消耗戦は続き………
 
「………小娘」
 
 今、屋上の舞台にはたった三人しか意識のある者はいない。
 
 この動力塔に待機させた三百を越える傭兵が、首領のバルボス一人を除いて見事に全滅していた。
 
「おのれ……生きて帰れると思うなよ……!」
 
 想像を越えた事態を前に、バルボスは余裕を保つ事も出来ず憤慨する。強い事は判っていた。ここに現れた時点で多少の被害は覚悟していた。
 
 だが……これほどとは思わなかった。
 
「やっと静かになったわね……決着つけようじゃないの」
 
 リタは変わらず、竜騎士との勝負に拘っている。
 
 自分がバルボスを攻撃すれば、その隙に竜騎士が魔導器を狙う。倒すならまずバカドラだ。……という戦略的な理由以上に、今まで散々コケにされてきたという憤怒が大きい。
 
 リタの敵は、どちらかと言えばバカドラなのだ。
 
「……………………」
 
 そして バルボスもまた、先にリタを狙えば魔導器を狙われる。リタに魔導器を壊すつもりはない。……という見立てから、倒すのは竜騎士からだと考えていた。
 
 ―――“さっきまでは”。
 
「消し飛べぇ!!」
 
 チェーンソーの様な大剣を振るい、バルボスは剣閃の形に光弾を飛ばす。
 
 大気を灼く閃光の奔る先には……小さな魔導士の少女。
 
「くうっ………!」
 
 咄嗟に大きくバックステップするリタ……だが、“案の定”躱し切れず、爆発の余波で硬い床に転がされる。
 
「(体が、思うように動かない……!?)」
 
 広範囲の上級魔術は、高い精神力と集中力を要する。四方から迫る敵と対峙しながら それを連発し続けたリタは、自身でも驚くほど体力を消耗していた。
 
 尋常ならざる才能が招いた不覚。リタには今まで、魔術だけで これほど疲れた経験が無かった。
 
「ははっ! さっきまでの威勢はどうした!?」
 
 百戦錬磨の傭兵たるバルボス。もちろん魔導士との戦闘経験も豊富。その隻眼が確信した。
 
 今なら容易く仕留められると。
 
「っ……『スパイラル・フレア』!!」
 
 腰溜めに構えた両手を突き出して、リタが咆える。そこから特大の火球が生まれて、迫る閃光とぶつかり―――
 
(ドォオオン!!)
 
「あ……くっ……!」
 
 弾け、圧され、散らされて、爆風がリタの小さな体を木の葉の様に攫った。
 
「―――かはっ!?」
 
 そのまま地面に叩きつけられる。背中を強打されて、肺の空気を吐き出すリタ。
 
「(あ――――)」
 
 痛みに乱れる中で、リタは確かに見た。槍の穂先をこちらに向けて降って来る、純白の竜騎士の姿を。
 
「―――――――」
 
 反撃も、回避も、叫ぶ事も、何かを思う事すら出来ない刹那。
 
 ―――それを掻き消す様に―――
 
「っ!?」
 
 黒い影が、リタの視界から竜騎士の姿を連れ去った。
 
 見開いたままの眼で、リタはその影を追う。……見なくても、判っていたけれど。
 
「………余計なお世話」
 
 こんなセリフが真っ先に口を突いて出る。そんな自分が馬鹿っぽい。
 
「……どうせ、なに訊いてもダンマリなんだろ?」
 
 爆煙に紛れて飛び出した影は、鍔迫り合いの形で竜騎士を押し続ける。
 
「挨拶代わりだ」
 
 緋色のマフラーを靡かせ、白の剣を振るう黒衣の盗賊……ユーリ・ローウェル。
 
「『天狼滅牙………」
 
 刃越しに竜騎士を睨むユーリの眼の色が、変わった。
 
「飛焔』!!」
 
「!?」
 
 ユーリの白刃が灼熱の炎を纏い、連撃が煉獄を巻き起こす。
 
「ッらあ!!」
 
 竜巻にも似た紅蓮の猛攻の終着に、全体重を乗せた一撃が竜騎士を弾丸の様に弾き飛ばし、鉄壁に叩きつけた。
 
 普通なら、これで確実に決まっている。
 
「立てよ。これで終わるわけないよな」
 
 だがユーリは、轟然と燃える炎に向けて挑発する様に切っ先を突き出す。それが当然であるかの様に………
 
 そして―――
 
「もぅ、この鎧 気に入っていたのだけど」
 
 こちらもまた、当たり前の様に炎を払って“姿を現した”。
 
「っ……あいつは!」
 
 燃え朽ちた鎧を脱ぎ捨てて、竜騎士は初めて真の姿を晒す。
 
「……あん時、どっかで見た眼だとは思ったんだよな」
 
 青い髪、紫の瞳、絶世が付くほどの美貌。そして……髪の様に伸びた“二本の触手”。
 
「お久しぶりね、盗賊さん」
 
「よく言うぜ、しょっちゅう会ってたんだろーが」
 
 そう、以前ノードポリカのカジノで出会ったクリティア族……ジュディスだった。
 
「あの夜の続きって事でいいか?」
 
「ふふっ、楽しいデートになりそうね」
 
 ―――黒と青。再び出会った二人の戦士が、戦場で笑った。
 
 
 



[29760] 33・『ユーリVSジュディス』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2011/12/21 17:42
 
「よっ……とっ……!」
 
「はっ……せい……!」
 
 黒と青。二つの影が、互いの間合いを保ちながら、歯車の舞台を走り続ける。
 
 手を、足を、体を止める事の無い二人の周囲には、斬撃が生み出す光の帯が絶えず火花を散らしていた。
 
「何であんな鎧着てたんだ? せっかく美人なのによ」
 
「私の耳や触手は目立つから。それにあの鎧、結構頑丈なのよ。おかげで……見て? 傷一つ無い綺麗な肌」
 
 間合いはジュディス。手数はユーリ。足は互角。……だが、互いにまだ底を見せていない。
 
「確かに、目のやり場に困るくらい綺麗な肌してるけどさ」
 
「あら、お上手ね」
 
 実際、ジュディスの鎧はかなりの強度を誇っていたのだろう。あの紅蓮の連撃を、ジュディスは咄嗟に槍で受け止めた。……が、全てガード出来たわけではない。それなのに、今ジュディスは無傷なのだから。
 
 だが、相応のデメリットも当然あった。
 
「な、何よアレ……」
 
 それに、先程まで戦っていたリタが真っ先に気付く。ジュディスの動きは、リタと戦っていた時よりも明らかに速くなっていた。
 
 要するに あの鎧、頑丈な分 重いのだ。
 
「(あっぶね……!)」
 
 迫る槍の刺突を、間一髪 右拳で柄を叩いて軌道を逸らすユーリ。返す刀で剣を突き出して……微妙に届かない。
 
 ―――その切っ先から、
 
「『蒼破刃』!」
 
「ッ……」
 
 ジュディスの眼前、正にゼロ距離で衝撃波を飛ばした。しかし、ジュディスは体を大きく仰け反らせてこれを躱す……どころか―――
 
「が……っ!?」
 
 その勢いのままバック転をする様にユーリのアゴを蹴り上げた。
 
「(やる……!)」
 
 ユーリも只では蹴られない。アゴを撥ね上げられながら、右手の剣はジュディスの真下に突き立てられている。
 
「『守護方陣』!」
 
 そこに魔法陣が広がり、上方に向けて強力な衝撃波が噴き上がった。
 
 ………が、
 
「お……っ?」
 
 蹴り上げられて上に向かされたユーリの視界に、『守護方陣』を食らったはずのジュディスの姿。
 
「(跳んで避けたか……でも、上に逃げたのはミスだったな)」
 
 空中では逃げ場がない。魔導器を使う戦闘では、間合いの差を埋める手段などいくらでもある。
 
「『ファイアボール』!」
 
 ユーリよりも速く、これまで静観していたリタが痺れを切らした(と言うより、今まで接近戦に割って入れなかった)。空中のジュディスに向けて、十の火炎弾が風を裂いて飛ばされる。
 
「(当たった!)」
 
 ジュディスは身動きの取れない空中で、ユーリに意識を集中させている。リタも、ユーリも、ちゃっかり居たエステルも、当たったと確信した。
 
 ………しかしそれは裏切られる。
 
「はあ!?」
 
 ジュディスは全ての火炎弾を躱した。
 
「凄い……!」
 
 高い跳躍によって中空にいたはずのジュディスは………
 
「(空中で、ジャンプ……!?)」
 
 あろう事か、空気を踏み台にして跳んだのだ。着地地点は、ユーリの左側。
 
 剣を握っていない、左側。
 
「―――――――」
 
 刹那。刺突と刺突が交叉する。
 
 神速で振るわれたジュディスの槍と、刹那の内に右手に持ち換えられたユーリの剣が…………
 
「「……………」」
 
 互いの頬に、皮一枚の傷を刻んでいた。
 
「左手なら届かなかったはずなのだけど。面白い戦い方するのね」
 
「お互い様だろ。空中で跳べるヤツなんて初めて見たぜ」
 
 軽い言葉を躱してから、体重を乗せた剣と槍をぶつけ合い、その衝撃で二人は距離を取る。
 
「(強い………)」
 
 頬から伝う一筋の血を舌なめずりで舐め取って、ユーリは思う。
 
 出会いは、ノードポリカのカジノ。神秘的な空気を纏う彼女に、一目で惹き付けられた。余裕を感じさせる涼しげな態度で博打に大勝ちしていたのも、ユーリ的にはプラス。
 
 あの時点で、ユーリはジュディスに200点をつけた。その上、これだけの強さを持っていた。しかも品がある。
 
 鮮やかに槍を操り宙を舞う姿は、本来は野蛮な行為であるはずの戦闘を一つの芸術として確立させている。
 
「気に入った………」
 
 ここまでくれば、迷う理由など何処にも無かった。
 
「ギャンブル得意だろ。一つ、賭けねーか?」
 
 らしくもなく胸を熱くさせて、ユーリはジュディスに剣を向ける。
 
「俺が敗けたら、何でも一つ言う事を聞く。その代わり………」
 
 そして、言った。
 
「アンタが敗けたら、俺の女になってくれ」
 
『―――――――』
 
 時が凍り付いた様な数秒の静寂を経て――――
 
「あら」
 
 とても面白そうなジュディスの呟きと、
 
「わぁっ♪」
 
 瞳を輝かせたエステルの感嘆と、
 
「はあああああああああああぁぁーーーー!?」
 
 信じられないものを目の当たりにしたかの様なリタの絶叫が、空に響いた。
 
 
 
 丁度その頃―――
 
「痛たたたたた!?」
 
「ちょっ、ヒスカ!? その人もう戦えないってば!」
 
「いや……何かイラッと来て」
 
 不可解な苛立ちを覚えた赤毛の女騎士に、既に戦闘不能の傭兵が踏まれていた。
 
 
 
 
「なななな何言ってんのよアンタは!? そいつは敵よ! バカドラよ!?」
 
「戦いの中で始まる敵同士の恋。こういう展開どうよエステル先生?」
 
「グッジョブです! ユーリ」
 
「ふざけんじゃないわよ! アンタ何しにここに来たのよ!?」
 
「最初は単にカッコつけに来ただけだったんだがな。こうなっちまったら話が別だ。こっから先、俺のセリフは全部口説き文句だと思いな」
 
「いま決めた……バカドラより先にあんたを地獄に送ってやるわ!!」
 
 何故か満ち足りた顔でスカしているユーリ。大喜びでグッと親指を立てるエステル。顔を真っ赤にして魔術炸裂5秒前なリタ。
 
 ユーリの爆弾発言に端を発した小騒動は、殺伐とした戦場の空気を一瞬にして塗り替えてしまった。
 
 当のユーリにとっては不本意な流れだ。リタやエステルさえ居なければ、終始ハードボイルド路線でキメる事も不可能ではなかったに違いない。
 
「『クリムゾンフレア』!」
 
 などと考えていたら、頭上に轟然と輝く灼熱の大火輪が生まれ、降って来た。
 
 必死こいて躱してから振り返れば、そこには鋼鉄をチョコの様に溶かした大穴が。
 
「殺す気か!!」
 
「死ねぇー!!」
 
 天才魔導少女様が、完全にオーバーヒートを起こしてらっしゃる。容赦の欠片もなく次の上級魔術を唱えるリタの眼は、この上なくマジだった。
 
「エステル!」
 
「ラジャ!!」
 
 しかし、ユーリとて この程度の事態は想定済み。ユーリの呼び掛けに打てば響く様に応えたエステルが、後ろからリタを羽交い締めにする。
 
「何すんのよ!」
 
「リタ落ち着いて! この路線で行けば、戦場から手に手を取っての愛の逃避行が見れるかも知れないんですよ!?」
 
「はーなーせーー!!」
 
 まだ騒がしい喧騒が聞こえはするものの、これで一先ずの危機は去った。
 
 心置きなく、デートの続きに専念できる。
 
「待たせたな。……で、返答は?」
 
「オーケーよ。貴方が私に、勝てればだけれど」
 
 律儀に待っていたジュディスが、不敵に笑う。
 
 自分の腕に絶対の自信があるのか、それとも強い男なら少しは脈アリなのか……まあ、どちらでも構わない。
 
「じゃ、行くぜ!」
 
 俄然テンションの上がったユーリが、抑えきれない様に飛び出した。
 
「こっちもね」
 
 薄く笑って槍を振るうジュディスの姿が、ユーリの視界から唐突に消える。
 
「上だろ」
 
 完全な死角。頭上からの奇襲を、ユーリは僅かに身体をずらして避ける。
 
 垂直に投げ放たれた槍が、ユーリの足下の鉄床に突き刺さった。
 
 そこから―――
 
「『月光』!」
 
「うお!?」
 
 半円に広がる衝撃波が、槍の投擲を寸での所で躱したユーリを弾き飛ばした。
 
「効かねーな、っと!」
 
 受け身ついでに強がり一つ、低い姿勢からユーリは地を蹴る。
 
 避け方が悪かったのは認めるが………
 
「(武器投げたのは失敗だった……な……?)」
 
 着地を待たずに逆撃に転じたはずのユーリの視界に、当たり前の顔して槍を握るジュディスの姿。
 
「(何で………)」
 
 思わずさっきの場所を見る。確かに槍が突き立てられたはずのそこには、円形の窪みしかない。
 
「よそ見してると、火傷するわよ?」
 
 一瞬の動揺を見逃さず、ジュディスは空中から“下に”加速した。
 
 重力と跳躍力を重ね、ついでに縦に一回転した渾身の斬撃を―――
 
「『翔舞槍月閃』!」
 
「く……っ!」
 
 ユーリは受け止め切れず、肩を裂かれて血が噴き出す。
 
「っ……!?」
 
 その代償に、右掌をジュディスの腹に叩きつけた。
 
「『烈破掌』」
 
「か……っ!」
 
 腹に叩き込まれた掌で気が弾け、ジュディスの体を軽石の様に吹き飛ばす。
 
 迷わず追うユーリ。すかさず切り返すジュディス。
 
「『爪竜連牙斬』!」
「『月閃光』!」
 
 大気を散らす凄まじい連撃が、二人の間に無数の火花を咲かせた。
 
「ははっ……!」
 
 斬撃の風圧が前髪を乱し、背筋が凍り付く。
 
「強いのね……!」
 
 必殺の瞬間、全身の血が逆流した様に身を焦がす。
 
「「(この瞬間を、いつまでも味わっていたい)」」
 
 手加減など欠片も無い殺し合いの中、二人の顔には同じものがある。
 
 余裕の裏側で、ポーカーフェイスの下で、堪えきれない愉しさに満たされながら………
 
 ―――二人は、燃え立つ喜悦をその顔に浮かべていた。
 
 
 



[29760] 34・『魔導器無しの魔術』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2011/12/23 18:18
 
「はーなーせーー!!」
 
 エステルに後ろから捕まえられながら、リタはバタバタと暴れ続ける。小柄な魔導少女であるリタは、やはりと言うかエステルより非力だった。
 
「…………………」
 
 顔を真っ赤にして、涙目になって騒ぎ立てるリタの横顔を覗き込みながら、エステルは暫く考え込んでみる。
 
 然る後に、その頭上に豆電球が出現した。
 
「リタ、もしかして………」
 
「うっさい! いいから放しなさいよ!」
 
「ヤキモチです?」
 
 ピタリと、リタの抵抗が止まった。
 
「……何をどう捉えたら そういう結論になんのよ」
 
 心底不思議そうな顔で、リタが首だけ振り返る。間近に見えるエステルの瞳は、何故だが微妙に輝いていた。
 
「だって、見た感じユーリは真剣に戦ってますよ。そんなに怒らなくても良いんじゃないです?」
 
「え……でも……それは……」
 
 思わぬ反撃を受けて、僅かに気勢を削がれるリタ。確かに、愉しそうに笑みを浮かべながら戦うユーリは、どう見ても手加減など一切していない。
 
 一瞬エステルの言葉に騙されかけたリタは……しかしすぐさま持ち直した。
 
「動機が不純だって言ってんの! 人が死ぬ気で頑張ってたってのに、あんたは腹立たないわけ!?」
 
「戦う男女のラブロマンス……戦場に咲くトライアングル・ラブ……。あぁ…どっちも捨て難い……!」
 
 ……既にエステルは聞いていない。聞いてない癖にリタを捉えた腕は緩めないのだからタチが悪い。
 
「…………………」
 
 リタはもう一度声を張り上げようか、僅かに逡巡して……止めた。
 
 今のエステルには何を言っても、ユーリの邪魔をする限り“ヤキモチ”と採られてしまうだろう。
 
 ………いや、エステルはまだいい。もし、仮に、万が一、ユーリにまで『リタがヤキモチを妬いた』などと思われたら……それは果てしなく腹立たしい。
 
 靄の様な憤慨と鉄の様な自尊心の板挟みになったリタには、エステルの術中に見事ハマった自覚はない。
 
「うーっ……うーっ……!」
 
 進むも退くも叶わず、ただただ唸るリタの視線の先で、黒と青が踊り続けていた。
 
「『噛烈襲』!」
 
「痛っ……」
 
 槍を掻い潜ったユーリの拳が、一瞬十発繰り出される。その内の一つがジュディスの頬を捉え、鈍い音を立てて殴り倒した。
 
 間髪入れず、ジュディスは“逆立ちで”起き上がり………
 
「『風月』!」
 
 開脚した脚から旋風の様な回転蹴りをお見舞いしつつ、“手で跳んだ”。
 
「っ……〜〜〜〜!」
 
 真っ先に足下を払われたユーリは、連続蹴りに巻き込まれる形でジュディスと共に舞い上がる。
 
 足場の無いそこは、ジュディスの独壇場。
 
「『飛燕連月華』!」
「『虎牙破斬』!」
 
 それでも一方的にやられまいと切り返して……やはり押し敗け、頭から落下するユーリに―――
 
「『月破墜迅脚』!」
 
 ジュディスは更なる追い打ちを掛ける。またも空中で下に加速し、全身を槍に、両足を穂先に変えてユーリの胴体にめり込ませた。
 
「が……!?」
 
 流石に、あそこから追撃が来るとは予想だにしていなかった。両足蹴りをモロに食らったユーリは………
 
(ガァン!!)
 
 受け身も取れずに、頭から落下した。血溜まりを作って動かないユーリを、ジュディスが離れた距離から見下ろす。
 
「………終わり?」
 
「なわけねーだろ」
 
 死んだフリ、などと白ける真似をするわけもなく、ユーリは拳で床を殴って立ち上がる。
 
「そうこなくちゃ……!」
 
 ジュディスが槍を振りかぶる。
 
「派手にいこうぜ!」
 
 ユーリが剣を振り上げる。
 
「『嵐月・燕』!」
「『戦迅狼破』!」
 
 槍の穂先から真空の風玉が放たれる。剣閃が闘気で出来た狼を飛ばす。
 
 二つの衝撃はぶつかり、弾けて、大気を激しく震わせた。
 
「(後ろ……!)」
 
 放出系の技の衝突を目眩ましに、ユーリが俊足で背後に回る。その気配を瞬時に捉えたジュディスは、再び跳躍しようとして―――
 
「う……!」
 
 出来なかった。ジュディスの体を軽やかに宙へと運んでくれるはずの足は、引き摺る様な鈍い反応しかしてくれない。
 
 ―――その一瞬が命取り。
 
「『天狼滅牙』!」
 
「く……!?」
 
 至近から繰り出される剣撃の嵐。咄嗟に槍で受けるジュディスだが………
 
「(足が―――)」
 
 踏ん張りが効かない。一太刀ごとに手が痺れ、押し敗けて………
 
「っらあ!」
 
「ッ!!」
 
 瞬く間に、ユーリの斬撃がジュディスを吹き飛ばした。
 
「痛ッ……」
 
 何とか槍で軌道を逸らしたものの、深く肩を斬り裂かれた。冷たい床を転がってから、ジュディスは跳ね起きて槍を構える。
 
「(足にきてた……ずいぶん重いパンチね)」
 
 腹を貫いた『烈破掌』の衝撃。脳を揺らす『噛烈襲』の拳撃。ユーリから受けた無自覚なダメージが、今になってジュディスの動きを妨げた。
 
 まったく、“笑いが止まらない”。
 
「まだまだぁ!」
 
「本気、魅せるわよ!」
 
 熱く激しくエスカレートしていく、二人の戦い。
 
 ………それを、リタは遠くから見ていた。
 
「…………………」
 
 血を撒き散らしながら、口の端を悦びに引き上げる二人を変態認定しつつ、愉しそうなユーリの姿に烈火の如く怒りを覚えつつ……リタは別の事を考えていた。
 
「(……どういう事)」
 
 着ていた鎧を脱ぎ捨てた、という事もあるのだろうが、今のジュディスの服装はかなり特殊だ。
 
 水着よろしく僅かな布で局所を隠し、肩や腰に僅かな布や飾りがある……だけ。はっきり言って裸に近い。
 
 だからこそ、不自然な事がある。
 
「(武醒魔導器は、どこ?)」
 
 かの剣匠・アッサムは、術式によって武器に武能を刻み込む事に成功した。
 
 戦士は武醒魔導器を用いる事で、本来なら修行や鍛練によって身に付ける戦闘技術を武器から吸収できるのだ。
 
 つまり武醒魔導器が無くても自力で武能を体得する事も不可能ではない。
 
 ……が、“そこまで”だ。
 
 槍から風を出したり、爆発を出したり、空中で跳ねたり、“技術”の範疇を越えた……魔術に近い技を使うには、エアルを力に変換する魔核(コア)が必要になる。
 
 術式や詠唱で構成される正当な魔術とは少し違うが、ユーリでさえ魔導器を介して剣から炎や衝撃波を出している。
 
 しかし……同じように魔術染みた槍術を振るっているはずのジュディスは、魔導器を使っている様子がない。水着に近い格好から見ても、隠しているとは考えづらい。
 
「(まさか、エステルと同じ………)」
 
 リタの知る限り、そんな前例は一人しかいない。
 
「(魔導器無しの魔術……!)」
 
 魔導士としてのリタの嗅覚が、因縁の宿敵から唯為らぬ匂いを感じ取っていた。
 
 
 
 
 池に浮かぶ蓮の葉の様に、幾つもの巨大な歯車で構築された天空の舞台。
 
 その一つに立つ隻眼の大男が、かつてない屈辱に肩を背中を震わせていた。
 
「……おのれ……ガキ共がぁ……」
 
 彼の名はバルボス。五大ギルドに連なる最強の傭兵団の首領。これからユニオンを、そして帝国を支配する新時代の覇者。
 
 そんな自分に盗賊や獣使い風情が身の程知らずにも喧嘩を売ってきた。これだけでも、バルボスから見れば憤慨ものだ。
 
 しかも その盗賊は傭兵団を蹴散らし、ガスファロストの警備を突破してバルボスを追い詰めた。
 
 ここまでは許せる。受け入れ難い事実ではあるが、素直に敵の力量を認める事も出来る。
 
 だが、あろう事か この盗賊共、首領たるバルボスを目の前にしながら………いっそ清々しいまでの無関心を貫き通しているのだ。
 
『アンタが敗けたら、俺の女になってくれ』
 
『オーケーよ。貴方が私に、勝てればだけれど』
 
 挙げ句の果てに、バルボスの目の前で一騎討ちという名のデートを始める始末。
 
 ………こんな事が許せるだろうか?
 
 幾多の戦場を潜り抜けて来た自分が、喧嘩を売られるでもなく、挑発されるでもなく、ごく自然な素振りで“眼中に無い”と言われている。
 
 しかも……今すぐに皆殺しにしてやりたくて堪らないのに……ハイエナが一匹紛れ込んでいる。
 
「………そろそろ観念して出て来い。今のワシは、あまり気が長くないぞ」
 
「むっ、なかなか鋭いの」
 
 バルボスが大剣で鋭く指すのは、この機械仕掛けの風景から異様なまでに浮き上がっている、おでんの屋台だ。
 
 いつから在ったのか、どうやって持ち込んだのか判らないが、確かに屋台がそこにある。
 
 その陰から、ずっと隠れていた割りには随分あっさりと“彼女”は姿を現した。
 
「………またガキか」
 
 小さな背丈、金色の三つ編み、そして大き過ぎる海賊帽とフロックコート。
 
「腐っても鯛、と言った所か? 『剛嵐のバルボス』」
 
 現れた少女は、『ウミネコの詩』の頭、パティ・フルール。かつてユーリら『漆黒の翼』を助けた事もある、あのパティだった。
 
「お前が逆上してユーリを狙ってくれれば、ウチもやり易かったんじゃがな。……昔より、かなり気が長くなったの」
 
「……何を言ってやがる?」
 
 いきなり現れたパティの不可解な言動に、バルボスは眉を怪訝に歪める。
 
「生憎じゃが、説明してやる時間はないのじゃ」
 
 パティは、そんなバルボスに構わない。先手必勝、右手を天に翳して詠唱を開始する。
 
「“来ませ 運命の友”!」
 
 パティの呼び掛けを受けて、天空に独特な魔法陣が展開される。マスに分けられ、一つの点を躍らせながら回転し続けるそれは……カジノのルーレットを思わせる。
 
「『サモン・フレンズ』!」
 
 そして、発動。
 
 光点の止まったマスが眩しく輝き、流星の様にパティの前に飛来する。
 
「何だ、この技は……!」
 
 光の靄が薄れ始め、中から何者かが姿を現す。
 
 紫の羽織。後頭で束ねた ざんばら髪。胡散臭そうな……おっさん。
 
「………ハズレじゃの」
 
「ちょっとパティちゃん? こんなダンディーなおっさんを召喚しといて そりゃ無いんじゃないの?」
 
 ………と言うか、レイヴンだった。
 
 
 



[29760] 35・『剛嵐のバルボス』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2011/12/25 17:18
 
「何だったんだ、さっきの光は………」
 
 寂れた要塞を近代文明で改造したアンバランスな楼閣の中で、直剣の鞘鳴りが小気味良く響く。
 
 剣を背中に納めてなお警戒を解かないのは、一人の金髪の青年。
 
「シュヴァーン隊長は、一体どこに……」
 
 青いジャケットに黒のズボンというラフな服装をした、一見すれば冒険者か用心棒に見える青年だ。
 
 彼は辺りを隈無く探す。何故なら、ここまで一緒に来た同行者が、いきなり光に飲み込まれて消えてしまったから。
 
「………………」
 
 接近も発動も感知できなかった。次は自分に来るかと身構えてはみても……何も起こらない。連れも見つからない。
 
「………こうしていても、仕方ないか」
 
 あまり慎重に動ける状況でもない。青年は妥協の溜息を吐いて、今は同行者の事は捨て置く事にして、“斬り崩された上り階段”を見上げた。
 
「こういう事か」
 
 彼が突入したにしては、下層の戦力が不自然に残っていたと思っていたが、漸く納得がいく。
 
 それはさておき、どうやって上に行こうかと首を傾げる青年の頭上で、また轟音が塔を震わせた。
 
「……心配だ」
 
 頂上の光景に漠然とした不安を感じて、頭を抱える青年。
 
 敵地の真ん中で、悠長に頭を抱える青年の背後には…………戦闘不能になった数多の傭兵が、累々と積まれていた。
 
 
 
 
「………………」
 
 前を向けば、いたくご立腹な『紅の絆傭兵団(ブラッド・アライアンス)』の首領、バルボス。
 
 左を向けば、恐らくは天才魔導士様に成敗されたのだろう哀れな最強の傭兵団の山。
 
 後ろを向けば、何故かエステルに捕まえられている『漆黒の翼』の紅一点。
 
 そして右を向けば、見知らぬ女と激しくバトルを繰り広げているユーリ青年。
 
 ひとしきり眺めて大まかな状況を理解したレイヴンは、肩を落として溜息を吐いた。
 
「人選を間違えたの」
 
「おっさんのせいみたく言わないでよ。あの子たちが勝手に突撃してったんだから」
 
 ポンポンと背中を叩くパティに弁解するレイヴン。別に「街を守る為に戦え!」などと思っているわけではないが、こういう時の皺寄せはボスに来るものなのだ。ドンに怒られそうで気が滅入る。
 
「さて、と………」
 
 気を取り直してレイヴンは羽織に隠した弓を手にし、展開させた。見据える先には、ガスファロストの城主。
 
「ホワイトホースを呼べと、そう伝えたはずだな。青二才」
 
「伝えましたよー。伝えたら、『テメェらで何とかしろ』って言われちゃって。酷いと思わない?」
 
 バルボスの眉間が、不快そうに歪む。おどけた態度を取るレイヴンに、ではない。この期に及んで自ら動く様子を見せない、ユニオンの大首領にだ。
 
 レイヴンは、そんなバルボスの憤慨を判った上で、弓に矢をつがえて見せる。
 
「いくら何でも年貢の納め時だと思うけど、どうする? 大将」
 
 傭兵団は壊滅し、動けるのは最早バルボス一人しか残っていない。レイヴン、パティ、リタ、エステル、ユーリ、ジュディス。少なくともバルボスの敵である人間がこれほど揃っているこの状況は、文字通り孤立無援と言って良い。
 
 だが………
 
「どうするか、だと?」
 
 全く今更な事実を突き付けられたところで、白旗を上げるバルボスではない。
 
「「っ!?」」
 
 刹那―――。その豪腕によって振るわれた大剣の一振りが、レイヴンとパティを襲う。
 
 素早く跳び退いた鉄の床が、高速回転する刀身に削り飛ばされた。
 
「笑わせやがる。この程度でワシを追い詰めたつもりか」
 
 その刀身が大気中のエアルを吸い込み、回転と輝度を少しずつ増していく。
 
「貴様ら雑魚が束になって掛かって来ようが、万に一つの勝機も無いという事を、骨の髄まで思い知らせてくれるわ!!」
 
 まるで巨大な魔物の様なバルボスの大喝。それを耳にして、臆さず怯まず、海の漢が一歩前に出る。
 
「逞しい限りじゃの。……じゃが お前は力に固執するあまり、大事なものを見失っておるのじゃ」
 
 その口元には、まだ幼さの残る少女には不似合いな、凄みを感じさせる笑みが浮かんでいた。
 
「ギルドとしてのけじめ、ホワイトホースに代わって、ウチがつけさせてもらう」
 
 背中を見せる程に体を捻って、パティは両掌を十字に合わせる。咄嗟に距離を取ったバルボスの目の前に………
 
「ぬお!?」
 
 人間大の、クレヨンの様なフォルムの鉄塊が叩きつけられた。その形状はまるで、絵本などに出てくる宇宙に飛び立つ乗り物……ロケット。
 
 パティの身の丈を越える重い一撃は、しかしバルボスに届いていない。
 
「『スター・オブ・ドリーム』!」
 
 直後、ロケットの尾部が轟然と炎を噴き上げる。炎は強力な推進力となって――――
 
「……………は?」
 
 ロケットを、晴天の空へと打ち上げた。……しがみついたパティと一緒に。
 
「…………………」
 
 五秒。
 
「…………………」
 
 十秒。
 
「…………………」
 
 三十秒。
 
 星になったパティは帰って来ない。
 
「………ウホン」
 
 とりあえず、レイヴンは咳払いして……
 
「いくら何でも年貢の納め時だと思うけど、どうする? 大将」
 
 見なかった事にして、最初からやり直そうと試みてみた。
 
 ―――だが、そんな誤魔化しにノれない者もいる。
 
「……………」
 
 バルボスという男は、生来 我慢強い性格ではない。
 
 ギルドを築いて頂点に立とうと、柄にもない陰謀を巡らそうと、彼の本質は闘争本能に身を委ねて戦場を蹂躙する戦士なのだ。
 
「この……クソガキ共………」
 
 その彼が、挑まれ、舐められ、無視され、馬鹿にされた。かつてない程に。
 
「このワシを、コケにしやがってぇえええーーーー!!!」
 
 最早、我慢の限界だった。
 
 
 
 
「……何だ、ありゃ」
 
 バルボスの大剣が輝くに合わせて、塔の頂きに居座る『天操魔導器(メテオラ・ブラスティア)』が大気を震わせる。
 
「術式が………!」
 
 想定を越えたエアルの干渉と変換が、リタの施した抑制術式を木っ端微塵に打ち砕く。
 
「あっ、あれはバルボス!?」
 
 『天操魔導器』だけではない。その直下で大剣型魔導器を握るバルボスの周囲にも、光り輝くエアルが渦巻いていた。
 
「もう許さんぞ……一人残らず八つ裂きにしてくれる!」
 
 今のバルボスは、完全に……キレていた。
 
「……騎士団を追っ払った魔導器か。でも こんな近くで使ったら、御宅や魔導器も巻き込んじゃうんじゃないの?」
 
 冷静に分析し、余裕を見せながら語るレイヴンだが、足は後退る形でバルボスから距離を取っている。
 
 あの剣は、ヤバい。
 
「誰が貴様らに使うと言った? 雑魚の掃除などワシ一人いれば充分。これは………」
 
 バルボスが大剣の光で天を衝く。連動して、天操魔導器が空を黒く染め上げた。
 
「こうする為のものだ!!」
 
 黒雲が雨を呼び、雨が風に飲み込まれ、風が渦を巻いていく。
 
 ねじ曲げられた大気は次第に大きく、激しく、勢いを増し、やがて巨大な黒い竜巻を作り上げた。
 
「…………?」
 
 竜巻は、ガスファロストを襲ったわけではない。レイヴンの推測通り、バルボスを避けて『漆黒の翼』を狙う様な細かい範囲指定が出来ないのだろう。
 
 竜巻が生まれたのは、楼閣を大きく外れて南方……何も無い乾いた砂漠。
 
 だが、その先に在るのは………
 
「……まさか、ダングレストを?」
 
 零れる様に、エステルが口に出した。結界を失い、今も騎士団の脅威に息を呑むダングレスト。
 
 竜巻はゆっくりと、しかし確実にそちらに向かっていた。
 
「……ドンを追い落として、ユニオンの天辺取るんじゃなかったっけ」
 
「ふん、今となってはどうでも良いわ。この力さえあれば、全てを駆逐して一から作り上げる事も容易い」
 
 今まで散々回りくどい事をしてきた癖に、打って変わって身も蓋もない事をのたまうバルボスに、レイヴンは眼を険しく細めた。
 
 明らかに力に酔っている。このテのタイプを下手に追い詰めると、こういう無茶苦茶な事をしでかしたりするのだ。
 
「手始めは貴様らだ。ホワイトホースに並ぶ兵、『剛嵐のバルボス』と呼ばれたワシの力……篤と味わうが良い!!」
 
 一閃。バルボスが大剣を振り下ろす。その軌跡から強力無比の光刃が奔り、楼閣を構成する巨大な歯車を一つ、真っ二つに断ち斬った。
 
「………反則でしょ」
 
 いつも通りの飄々としたレイヴンの顔を、冷や汗が一筋伝った。
 
 ―――そして、バルボスの蛮行を目の当たりにしていたのは、レイヴンだけではない。
 
「………ったく、人のデートの邪魔しやがって」
 
 それまでずっと、他の全てに我関せずを貫いて私闘に興じていたユーリとジュディスも、流石に手を止めてバルボスに眼を向けていた。
 
「勝負はお預けか」
 
「そうね、残念だけど」
 
 僅かな淋しさを滲ませて二人、圧倒的な破壊を撒き散らす剛嵐を見る。
 
 次いで、隣に並ぶお互いを見つめた。
 
「ノープランで悪いけど、付き合ってくれるか?」
 
 ユーリはジュディスの素性も、なぜ竜を連れているのかも、魔導器を破壊していた理由も、何も知らない。それはジュディスも似た様なものだろう。
 
 だが、今の二人にはそんな理屈など必要なかった。
 
「きちんとエスコートしてね」
 
 期待を込めたユーリの言葉に、ジュディスは堪らなく魅力的なウインクで応える。
 
 先ほどとは違う昂揚が、こんな時だというのに二人の体を包んでいた。
 
「行くぜ、ジュディ」
 
「ええ、ユーリ」
 
 右手と左手が叩き合う音が、第2ラウンドの開幕を告げる。
 
 
 



[29760] 36・『出来る人』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2011/12/27 05:35
 
「はあっ……はあっ……はあっ……!」
 
 肩で息をして、でも視線は外さず、剣を握る力を緩めはしない。
 
「お、思ったより……やるじゃないか……」
 
「ちょ、ちょっとだけ……見直してあげるわん……」
 
 疲弊しているのは、自分だけではない。赤毛の少女と緑髪の少女もまた、荒い呼吸で口が回らない。
 
「まだまだ、ここからが…はあっ……本番よ……!」
 
 力の入らない体を奮い立たせて、ヒスカは剣を振るって啖呵を切った。シャスティルも、ラピードも、疲れを隠せずにいる。だからって、泣き言を言っても始まらない。
 
「フー、確かにベリーストロングね。愚直に繰り返されたトレーニングの成果と絶妙なコンビネーション。小隊長なのが不思議なくらいデスヨ」
 
 そんな中で、一人だけ呼吸を乱していない男……武器商人を名乗るイエガー。しかもヒスカの勘が正しければ、まだ本気を出していない。
 
「(これ以上 長引くと、不利か……)」
 
 ちらりと、ヒスカはシャスティルに目配せを送る。同様の思いがあったのか、目が合ったシャスティルは間髪入れず頷いた。
 
 あれを使う。
 
 心の中でそう決めた時だった。
 
「おや……?」
 
 イエガーの視線がヒスカから外れ、その後ろに移る。古典的な罠か? と僅か躊躇している間に、ラピードがワンッと吠えた。
 
 背後からの気配を無視出来ず、横顔だけで振り返ったヒスカの眼に―――
 
「先輩たちも、ここに来ていたんですね」
 
 背中に剣を背負った、金髪の剣士の姿が映った。
 
「フレン」
 
 そう、青のジャケットに黒いジーンズというラフな格好をしてはいるが、紛れもなく騎士団隊長のフレン・シーフォ。ヒスカとシャスティルから見れば、後輩の一人でもある。
 
「ンー、流石に旗色悪いデース。グッバイデース」
 
「あっ、待て!」
 
 その隙を突いて、イエガーの取り巻きの少女二人が、何かを床に投げつけた。異臭混じりの白煙が、敵の姿を完全に隠してしまう。
 
 煙が晴れる頃には、そこには既に影も形も残っていない。敵ながら天晴れなまでの引き際の早さだった。
 
「えっと……もしかして、邪魔だっぐは!?」
 
「あんたのせいで逃がしちゃったでしょうが!」
 
「ヒスカ、やめなってば!」
 
 引きつり気味の笑顔で頬をかくフレン。そのフレンの首を締めるヒスカと、それを諫めるシャスティル。
 
 些細な小騒動を経て、呼吸を落ち着けたフレンが……横目にラピードを見る。
 
「……ラピードがいると言う事は、やはりユーリとエステリーゼ様はこの上なんですね」
 
「ええ、わたし達が先に行かせたの」
 
 理解が早くて助かる、と相槌を打つシャスティルに、フレンは不思議そうな眼を向けた。
 
「なぜ先に行かせたんですか? 先輩たちが、ユーリに大役を委ねるとは考えにくいのですが」
 
「さっきの男に用があったのよ。それに……こんな高い塔で先に上に行かせておけば、事が終わった後で逃げ場ないからね」
 
「……なるほど」
 
 最小限の言葉で状況を確認しあって、騎士たちは揃って上を睨む。
 
「行くわよ!」
 
「はい!」
 
 ここまで来てリタイアするつもりなど、初めから無かった。
 
 
 
 
 ユーリとジュディス。
 
 さっきまで手加減無用の殺し合いをしていた二人が、まるで長年連れ添ったパートナーの様に足並みを揃えて走って来る。
 
 『天操魔導器(メテオラ・ブラスティア)』の方に眼を向けていたリタが、思わず振り返って凝視してしまうほどの二人三脚っぷりである。
 
「あんた……今度は共闘とか言い出すつもりじゃないでしょうね!」
 
「そーだけど?」
 
「冗談じゃないわよ! どさくさに紛れて魔導器壊すに決まってるわ!」
 
 もう今日だけで何度目か、しれっと応えるユーリのスカし顔に殺意を燃やすリタ………の体が―――
 
「ひゃっ!」
 
 抱き抱えられて宙に舞う。一拍遅れで、さっきまで足場にしていた歯車が閃光の一撃を受けて崩れ落ちる。
 
 リタを抱えて凶悪な乳を押しつけているのは、言うまでもなくジュディス。
 
「“まずは”止めましょ。大丈夫、彼と決着をつけるまで、抜け駆けしたりしないから」
 
 リタを抱えたまま、空中を二、三度跳ねて次の足場に辿り着く。
 
 信用できるわけないでしょ! という気持ちも多分にあったが、それ以上にリタの心を占めるのは……
 
「(………彼?)」
 
 何でもないはずの単語に、何故だが理不尽な怒りが湧き起こる。しかも、矛先はジュディスではなくユーリに向く。
 
 見せ付ける様にキッと睨み付けてやるが、気付かれない。酷く虚しい気持ちになった。
 
「ふにゃっ!?」
 
 そんな事をしていたら、辿り着いた足場にポイッと捨てられた。抱えられる、という不安定な体勢だったリタは、しりもちを着いて引っ繰り返った。
 
 すぐさま身を起こせば、既にジュディスはバルボス目がけて走りだしている。それは、別方向から歯車を走るユーリも同じ。
 
「っ~~~あーもう! 解ったわよ!」
 
 ごねていては あっという間に置いてきぼりにされる現状に、リタはやけくそ気味に声を張り上げる。
 
「やればいいんでしょ、やれば!!」
 
 張り上げて、立ち上がった。不本意極まりないが、まずはバルボスをしばく。バカドラとの決着はその後だ。
 
「“大地の脈動 その身を贄にして敵を砕かん”」
 
 帯を引いてリタが踊る。バルボスとの直線上にジュディスがいるが、お構い無しに上級魔術をぶっ放す。
 
「『グランドダッシャー』!!」
 
 鉄の舞台に湧き上がる岩塊の怒涛。背後から迫る脅威を、振り返りもせずジャンプで躱すジュディス。
 
 岩波はそのまま突き進み、本来の標的であるバルボスを遅い―――
 
「甘いわぁ!!」
 
 大剣の放つ閃光に、粉々に砕かれた。……それどころか、切り立った岩の林を刈り取りながら、青い光が向かって来る。
 
「『フォースフィールド』!!」
 
 すかさずエステルがリタの前に飛び出し、防御結界を展開した。圧倒的な破壊力に結界は軋み、何とか防ぎ切ったところで力尽きる様に砕け散る。
 
「リタ以上の火力かよ……」
 
 その光景を横目に見たユーリは、舌打ちを一つ残して一気にスピードを上げる。目指すは懐、接近戦。
 
「ふん」
 
 バルボスは近づいて来るユーリに閃光を撃たず、ただ大剣を構えて迎え撃つ姿勢を見せた。
 
「上等!」
 
 ユーリは左右に地を蹴り、フェイントを幾つか織り交ぜながら斬り掛かり………
 
「うお!?」
 
 背後に跳躍、カウンターで繰り出された横薙ぎの斬撃を危うく躱す。息つく暇もなく、バルボスの斬撃が立て続けに襲って来た。
 
「どうした小僧! 威勢が良いのは口先ばかりか!」
 
「とっ……わっ……くっそ、やっぱ無理か!」
 
 紙一重の所を通過する斬撃に寒気を感じながら、ユーリは必死に回避に徹する。
 
 多量のエアルを巻き込みながら高速回転するチェーンソー。解っていた事だが、剣で受ければ剣ごと真っ二つにされるだろう。反撃どころか、防御すら許されない。
 
 これが並の使い手相手ならば、大剣に触れる事なく倒すのも不可能ではないだろうが、相手は最強の傭兵だ。
 
 尋常ならざる膂力に裏打ちされた高速の連撃は、間合いに入る事すら許さない。
 
「まずは一匹!」
 
「っ……!」
 
 バルボスが剣を横に振りかぶり、大きく一歩踏み込んだ。バックステップが間に合わない。姿勢が高過ぎる。防御は無駄。
 
「『月光』!」
 
 死を覚悟したユーリと、バルボスの間に、一瞬速く真上から槍が投げ撃たれた。
 
「「っ!?」」
 
 槍は着弾と同時に衝撃を弾けさせ、二人の体を突き飛ばす形でユーリを助けた。
 
「サンキュ、ジュディ」
 
「どういたしまして」
 
 大きく跳び退いたユーリは、隣に着地したジュディスに短く礼を言う。その間も、視線はバルボスから離していない。
 
「さて、どうするか……」
 
 遠距離攻撃は通らない。近距離では攻撃自体が難しい。ついでに、ぐずぐずしてるとダングレストが竜巻に潰される。
 
 ………有効な手段が見つからない。
 
「ユ、ユーリ君……?」
 
「ん?」
 
 と、珍しく真面目に攻略法を模索しているユーリを、酷く狼狽した声が呼んだ。視線だけ向けて見ると、そこには眼を皿の様にしてジュディスを見ているレイヴン。
 
「な、何だ このクリティアっ娘は……どこのお姫様ですか……!」
 
「俺の女」
 
「ガーン!!」
 
 ユーリのホラを真に受け、両手を着いて絶望するレイヴン。どうやら、近くに来た事でジュディスの美貌に気付いてしまったらしい。
 
「沈んでないで何か考えてくれよ。おっさん、ここに来てから何もしてねーぞ」
 
 自分の嘘でへこませておきながら いけしゃあしゃあとダメ出しするユーリに、レイヴンはやる気0%の顔を上げた。
 
「何かって……あんなの相手にどうしろってのよ。おっさんの矢なんて爪楊子にしかなんないわよ?」
 
「おいおい……せめて試してから諦めろよ」
 
 そうこうしている間に、再びリタの魔術が打ち破られ、エステルが逆撃を凌いでいた。リタの体力が限界に来ている今、エステルがフォローしなければ逃れる術が無いのだ。
 
「(どうしよっかなー……)」
 
 明らかなピンチ。如何にレイヴンと言えど、危機感を覚えないではない。実際、「リタの魔術が効かないなら自分の矢も効かない」という考え自体は至極本音だった。
 
 何とか出来そうな心当たりはあるが……なるべく使いたくない。
 
 そんなレイヴンの肩を………
 
「ん?」
 
 トントン、と、指先がつついた。眼を向ければ、そこにはクリティア族の美しい娘。
 
「ねぇ、おじさま。本当は、何か対抗手段を持っているんでしょう?」
 
 そこには、女神に見紛う満面の笑顔があった。
 
「私、出来る人は手抜いちゃいけないと思うの」
 
 出来る人。
 
 出来る人。
 
 出来る人。
 
 出来る人。
 
 レイヴンの頭の中で鐘が揺れる様にその言葉が響き続ける。気付けばレイヴンは、自分でも知らない内に立ち上がっていた。
 
「ふっ……見てておくれ、お嬢さん。出来る男・レイヴンの晴れ姿を!」
 
 変なスイッチが入ったレイヴンが、いつになくやる気を出して前進する後ろで………
 
「可哀想なおっさん」
 
「ふふ、何の事かしら」
 
 ユーリとジュディスが、意味深そうな笑みを浮かべていた。
 
 
 



[29760] 37・『シュヴァーン・オルトレイン』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2012/01/03 10:43
 
『…………………』
 
 肌を刺す冷たい雨と、自分の血が命と一緒に抜けていく感覚。
 
『(……俺、死ぬんだな)』
 
 不思議と落ち着いた気持ちで、目蓋を閉じたのを憶えている。
 
 だからこそ、閉じた目蓋が再び開かれた時、何とも言えない違和感があった。
 
『この魔導器は、誰にでも適合できる物じゃない。君は選ばれたんだ』
 
 それからの事は、あまり思い出に残っていない。やれと言われた事をやる……ただそれだけの日々。
 
 死んだはずの自分が、呼吸をし、身体を動かし、物を食べ、言葉を交わし……別の命を奪う。
 
『オレの首を獲りに来たか。相手が悪かったなぁ』
 
 後悔は無い。葛藤も無い。信念も、誇りも、目的すら無い。
 
 自分が生きている。その実感が持てなかった。
 
『殺せ』
 
 だからその時も、抗う事もせずそう言った。任務失敗。完全なる敗北。在るべき所に還るだけ。
 
『……少しは骨のある奴に見えたが、見込み違いだったらしいな。肝の小せぇ只の死にたがりか』
 
 何も言わずに眼を閉じたら、あの人は俺の隣に腰を下ろした。こんな空っぽの男の何に興味を持ったのか、機密なんかの重要な情報には一切触れず、他愛もない質問を繰り返してきた。
 
 生まれた場所。ガキの頃の失敗。初恋と失恋。何を思って騎士団に入ったのか。訊かれるまま、俺は応えた。
 
 隠す理由が無かったからか、“生きていた頃”の話を誰かに聞いて欲しい気持ちが少しでもあったのか、自分でもよく解らない。
 
『それで……何でテメェは人形みてぇな眼をしてんだ?』
 
 ひとしきり質問を終えてから、あの人は唐突にそう言った。
 
 俺は自分の心を手探りで形にしながら、バラバラの言葉を繋げていった。
 
 だが、結論はやはり一つに帰結する。俺が死人だからだ。
 
『けっ、これだから帝国育ちの貧弱小僧は』
 
 そう告げると、あの人はくだらなそうに吐き捨てた。
 
『いいか。ギルドに生きる奴は、どいつもこいつも生きる為に毎日精一杯生きてんだ。死人だの人形だの小難しい理屈に逃げてるオメェは、一度だって全力で生きた事がねーんだよ』
 
 全力で生きた事が無い。その言葉が、俺の“生前にも”向けられていると悟って、俺は初めて小さな反発を抱いた。
 
『どうせ死んだ命だってんなら、試してみても良いんじゃねーか』
 
 小さな切っ掛け。小さな感情。だが、空っぽの心に、僅かでも何かが響いた事。それは、あの頃の俺にとっては大事件だった。
 
『自分のルールで、生きてみな』
 
 その日 俺は、もう一度死ぬ事を選んだ。もう一度……生きる。それが出来るのか、試す為に。
 
 
 
 
「『フォースフィールド』!!」
 
 凄まじいマナを漲らせて迫る閃光。リタの前に立つエステルが、出来るだけ遠い位置に結界を展開し、その一撃を受け止めた。
 
 着弾と同時に光は弾け、爆風が二人を木の葉の様に吹き散らす。
 
「リ、リタ……何で目立つ事ばかりするんです……?」
 
「う、うっさいわね……攻め気を忘れたら勝てる戦いも勝てなくなるのよ……」
 
「だから、もうちょっと連係とか……」
 
「バカドラと連係なんて出来るわけないでしょ!」
 
 目を回しながら仲良く突っ伏しているリタとエステルに、さらなる追撃が放たれた。
 
「「げ……」」
 
 巨大な光の塊が、迫って来る。結界を張るのが間に合わない。
 
 圧倒的な輝きがリタとエステルの視界を埋め尽くして――――
 
(ドォオオオン!!)
 
 一際大きな爆発が、ガスファロストを震わせた。鉄の焦げる匂い、濛々と立ち込める黒煙。―――その中から―――
 
「小娘相手に大人気ねーな」
 
 横に一つ。
 
「貴女も盗賊?」
 
 上に一つ、飛び出した。
 
 リタとエステルをそれぞれ小脇に抱えた、ユーリとジュディスである。
 
「誰が小娘よ!」
 
「痛っ…お前 助けてもらって最初にする事がそれかよ」
 
「フンだ」
 
 馴れ親しんだポジションから、間髪入れずにユーリの足を踏みつけ、離脱するリタ。もちろん礼を言う気など更々ない。むしろ、ユーリを後で火だるまにする気 充分だ。
 
「あれ……?」
 
 その意気込みに反して、極度の疲労にフラつく身体。憎々しい事に、ユーリに二の腕を掴まれる形で転倒を免れた。
 
「お前はそこで寝てろ。後は俺らで何とかすっから」
 
 膝を着いて へたりこむ小さな頭の上に、ユーリの手がポンと乗せられる。リタの体力が限界に近い事など、もはや誰が見ても判るからだ。
 
「うぅ~~………」
 
 リタは元来、意地っ張りで見栄っ張りな女の子だ。しかし同時に、冷静で聡明な魔導士でもある。
 
 嫌だ。あれだけ大口叩いといて人任せなんてカッコ悪い。バルボスはあたしがぶっ飛ばす。
 
 という気持ちはあるものの、今の自分が下手に出張っても足手纏いだという事も判ってしまうのである。
 
 悔しさと無力さの葛藤は、最終的にユーリの尻を叩く掌、という形に集約された。
 
「負けたら承知しないからね!」
 
「はいはい、お姫様」
 
 苦笑を残して前に出るユーリの両隣に………
 
「呼びました?」
 
 エステルと、
 
「貴女の事じゃないと思うのだけど」
 
 ジュディスが着地する。
 
 そして威風堂々と揃い踏みをする三人の更に前で、一人のおっさんが羽織を靡かせた。
 
「ふっ、勘違いしちゃイカンぜリタっち。お姫様を救うナイトはユーリじゃない。今ダングレストで最も“出来る”男、漆黒の翼を広げて夜空を駆ける大盗賊……レイヴン様よ」
 
 何もしてないのに優越感に満ちた顔で眼を細めているレイヴンだ。ややくどいアピールの最中にチラチラと後ろを向く視線から見て、彼の言う“お姫様”がリタやエステルを指していないのは明白だろう。
 
「素敵よ、おじさま」
 
「ファイトです、おじさま!」
 
「馬鹿っぽい……」
 
 ジュディスがニッコリと頬笑む。エステルがガッツポーズでエールを贈る。何だか余計な呆れ声が混ざっていた気もするが、正しく獲るに足らない些事に過ぎない。
 
 今この瞬間、かつてない活力の充溢がレイヴンの全身を駆け巡っていた。
 
「くくっ………」
 
 それを見て、バルボスが噛み殺す様に嗤う。
 
「ふはははははは!!」
 
 大口を開けて、豪快に、滑稽な茶番劇を蔑む様に、バルボスは嗤った。
 
「笑わせるな。腑抜けたホワイトホースにも敗けた貴様が、かつての奴と並び称されたワシに適うと思うか?」
 
 相も変わらぬ大言壮語。いい加減うんざりする自己顕示欲。しかし、その中に……少しだけ気に掛かる言葉があった。
 
「へぇ……おっさん、じいさんと戦り合った事あんのか」
 
 好奇心の赴くまま、ユーリは訊ねる。
 
「そんな生温い話ではないぞ、小僧」
 
 それに応えるのは、レイヴンではなく……バルボス。
 
「そいつの名はシュヴァーン・オルトレイン。かつては騎士団長の懐刀とまで呼ばれた男よ」
 
 酷く現実味の無い、別の世界の言葉の様な一言。
 
『――――――――』
 
 時が停止したかの様な静寂の中………
 
「あちゃー………」
 
 額を右手で押さえて天を仰ぐレイヴンの仕草が、その言葉を肯定した。
 
 直後―――
 
「えええええぇぇぇーーーー!!??」
 
 曇り空の下、エステルの絶叫が爆発する。
 
「嘘です……そんな……レイヴンが、レイヴンがあの……シュヴァーン・オルトレイン……!?」
 
「あ~、うん。まあね……?」
 
 両手で口元を押さえ、怯える様に後退るエステル。あまりのオーバーリアクションに、逆に戸惑いながらのレイヴンの首肯を見て、両手で頬を挟みながら細長く伸びる。
 
「嘘です!!」
 
 然る後に、半泣きの顔でレイヴンに人差し指を差し向けた。
 
「平民でありながら人魔戦争に生還し、騎士の憧れとまで言われながら、数年前から行方不明となっていた伝説のナイト様が……こんな胡散臭いオジサンなわけありません!!」
 
「ちょっ!? 嬢ちゃん何言いだすのよ! おっさんのテンションがた落ちなんだけど!?」
 
「わたしの壊された夢を返して下さい!!」
 
 理不尽に逆上して騒ぐエステル。どうやら、ドラマチックな背景を持つ『シュヴァーン・オルトレイン』に、自分勝手な幻想を抱いていたらしい。
 
 そんな、はっきり言って大して関係ないエステルとのやり取りを横目に見てから、ユーリが問う。
 
「マジなんだな……」
 
「……昔の話さ」
 
 どこか気まずそうな眼で遠くを見るレイヴン。それを見て、バルボスがつまらなそうに鼻で笑う。
 
「くだらん……。そもそもが帝国の犬。いや……今もどうかなど判ったものではない。小僧……貴様がついている男は、そういう男だ」
 
 バルボスから見れば、存在そのものが気に入らないのだろう。帝国の騎士でありながら、のうのうとダングレストに紛れ込んだレイヴンが。そして何より、それに眼を閉じているドン・ホワイトホースが。
 
「かつては戦友だと思っていた。気に入らねぇ奴だったが、数多の人間を牽引して帝国に立ち向かったホワイトホースを俺は認めていた。だが……奴は老いた!」
 
 その隻眼に映るのは、懐古と……憤激。
 
「ダングレストという小さな箱庭に満足し、帝国との戦いから逃げ出した。そんな男に……これ以上ギルドの長は名乗らせねぇ!!」
 
 帝国を滅ぼし、自由を勝ち取る。その野望を共有する事のなかった宿敵への、喩えようのない怒りだった。
 
 しかし………
 
「やめようぜ」
 
 ユーリの心には、届かない。
 
「“悪党同士”で演説するほど、無意味な事もねーだろ。もっと解りやすく行こうぜ」
 
 剣を片手に、不敵な笑みを浮かべ、ギラギラと瞳を燃やすユーリ・ローウェル。……確かに、呆れるほどにシンプルだ。
 
「………ククク」
 
 少しだけ、バルボスに昔を思い出させた。
 
「どっちが勝つかだ」
 
「来るがいい。貴様らの命の炎を平らげて、ワシが世界の王となる!」
 
 天空が唸りを上げる。ギルドも帝国も巻き込んで歴史を動かす戦いが、遂に決着の時を迎えようとしていた。
 
 
 



[29760] 38・『空襲』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:78a5bfec
Date: 2012/01/05 16:47
 
「楽しかったぞ」
 
 高々と天を指す大剣が、高速で回転しながら眩しい光を放ち続ける。
 
「クソ生意気なガキ共だったが、このワシに真っ向から挑んで来た奴らは久しぶりだった。だが………」
 
 楼閣の中央に居据わる『天操魔導器(メテオラ・ブラスティア)』と共鳴するエアルは、これまでとは比較にならない圧力を振り舞いている。
 
 これが正真正銘、あの魔導器の最大出力。
 
「遊びは終わりだ」
 
 逃げられない。おそらく、回避さえ許さないほど膨大な砲撃が来る。誰もがそれを、肌に感じ取っていた。
 
「……あの魔導器、一発撃った後に、短いけどエアルを充填する“間”が出来る。その隙を突くのよ」
 
 勝機は一瞬にして一点。バルボスが砲撃を放った直後の、一斉多面攻撃。言葉にするでもなく、各々が眼と眼でそれを確認し合う。
 
 問題は……その一撃をどう凌ぐか。
 
「“絢爛たる光よ 干戈を和らぐ”………」
 
 “あれ”を防げる見込みは薄い、と知りつつ、それしかないと結界を張ろうとするエステル。……の、詠唱を遮って―――
 
「さてと」
 
 レイヴンが一人、進み始めた。いつもと変わらない、軽く呑みに出る様な仕草で。
 
「今からちょっと、おっさんに近づいちゃダメよ? あまりの魅力に火傷しちゃうから」
 
 後ろを見もせずにひらひらと手を振る仕草が、いやに様になって見える。……こういう時の『漆黒の翼』の首領は、悔しいがカッコいい。三年前のシゾンタニアを思い出す。
 
「了解、大将」
 
 だからこそ、こっちもキメなければならない。あの手振りには、「任せた」というメッセージも込められている。
 
『チャンスは一度』
 
 エステルが拳に力を入れる。ジュディスが触手を揺らす。ユーリが軽く爪先で床を叩く。そしてレイヴンが、一人だけ前に距離を詰めて足を止めた。
 
「消え失せろ」
 
 バルボスの咆哮と共に、大剣が振り下ろされる。
 
 ―――絶対的な破壊が、押し寄せる。
 
『――――――』
 
 エステルが、ジュディスが、ユーリが、何の迷いもなく地を蹴った。
 
「やれやれ………」
 
 逃げ場すらない爆発的な光輝の塊。大き過ぎて全体が掴めない青い恒星を前にして、レイヴンは小さく肩を竦めた。
 
 そして………
 
「大黒柱も楽じゃないね―――」
 
 正に一息。光の塊がレイヴンを呑み込む。
 
「…………………」
 
 誰も、それに反応しない。レイヴンがいた場所を弧を描くように避けて走り続ける。
 
 次の瞬間――――
 
(ボンッッ!!!)
 
 爆ぜる様な音を立てて、光球が崩れた。
 
「(何だ………!?)」
 
 勝利を確信していたバルボスの眼前で、青き光は本来の標的を見失い、何か別の力に巻き込まれる様に渦を巻く。
 
 瞬く間に、青の光に別の色が混ざる。それは鬼火か霊魂にも似た、紫色の光。
 
 絡み合い鬩ぎ合う青と紫の竜巻の中心に、一人の男が立っていた。
 
「(シュヴァーン……!)」
 
 全身から紫の光を立ち上らせるレイヴンは、震える右手を無理矢理に握り締めて―――
 
「『ブラストハート』!!」
 
 天に向けて突き上げる。竜巻の様な光の渦は、その一撃によって空高く撃ち上げられた。
 
「バカなッ!!」
 
 驚愕するバルボスの目の前で、それは確かに起こった。どんな魔物でも一瞬で塵にするほどの絶対的な兵装魔導器(ホブロー・ブラスティア)の砲撃が、たった一人の人間に捌かれたのだ。
 
「上出来だぜ、おっさん!!」
 
 左胸を押さえて膝を着くレイヴンを見るでもなく、爆ぜる様に笑いながらユーリが一気に加速する。
 
 砲撃の直後、唯一の勝機を逃がさない為に。
 
 だが―――
 
「遅いわぁ!!」
 
「っ……!」
 
 想定以上、ユーリの接近よりも速く、バルボスの大剣が再度エアルを帯びる。回避不可な距離まで接近していたユーリに向けて、容赦無く大剣を振り下ろした。
 
 斬撃の軌跡に合わせて、長大な光刃がユーリに迫り―――
 
「『フォースフィールド』!!」
 
 タイミングを計って展開されたエステルの結界が阻んだ。不充分な充填で放たれた青光は、エステルの結界を貫くには威力が足りなかった。
 
「『戦迅狼破』!!」
 
 先駆けて一振り、ユーリの剣から闘気の狼が奔る。近距離から迫るそれを、バルボスは見事な反応で斬り砕く。
 
 そして――――
 
「っ……!?」
 
 驚異的な疾駆によって、遂にユーリはバルボスの懐に入り込んだ。隻眼の死角である左下。『戦迅狼破』を下から斬り飛ばした体勢。大剣は今……ユーリから最も遠い位置にある。
 
「もらった………!」
 
 狭い空間で器用に体を捻りながら、ユーリは剣を振りかぶる。バルボスもカウンターを狙っているが、こちらの方が疾い。
 
「(いける……!)」
 
 後方で見ていたリタが、そう確信した。
 
 ―――次の瞬間。
 
「が……っ!?」
 
 青い光の弾丸が、ユーリの胴体を貫いた。
 
 大剣型の魔導器ではない。バルボスの左眼に埋め込まれた、金眼から放たれた光弾が。
 
「惜しかったな」
 
 脇腹を押さえ、血を吹き出してよろめくユーリに……バルボスは倒れる事すら許さない。高速回転する刃を、ユーリの胴体を両断せんと振り上げる。
 
「まだ…だぜ……!」
 
 しかし、ユーリも只ではやられない。崩れそうになる体を無理矢理に踏ん張って―――
 
「ぐあっ!?」
 
 残る力を振り絞り、剣の切っ先を……バルボスの顔面に突き出した。僅かに手元が狂った刺突はバルボスの眉間を外し、左の義眼に突き刺さる。
 
「おのれぇ!!」
 
 怒りに任せて、大剣を振り下ろそうとするバルボスの耳に―――
 
「“来たれ雷”」
 
 鈴の音にも似た稟とした声音と、バチバチと爆ぜる火花の様な音が届く。
 
「“裁きを受けよ”」
 
 音に誘われて上に眼を向ければそこには、裁きの槍を携え、空を舞う青き天女の姿があった。
 
「『煌華月衝閃』!」
 
 青白い雷撃の刃と―――
 
「小癪な………!」
 
 青い光の刃が、上下から激突する。
 
「はぁあああああ!!」
 
「ぬっ…ぅ……!」
 
 大剣がエアルを巻き込んで回転し続け、大槍が落雷を呼び続ける。二つの力は増大し、苛烈さを増して――――
 
(ピキッ……)
 
 何かが軋む、小さな音を皮切りに―――
 
(バギンッ!!)
 
 ―――バルボスの大剣が、砕け散った。
 
 
 
 
「ぬお……っ」
 
 全霊の力を込めた雷撃の刃が、バルボスの大剣を撃ち砕く。
 
 チェーンソーの様な刃は粉々に砕け散り、柄に嵌められた魔核(コア)はひび割れ、変換出来ない力が不出来な火花を漏らす。
 
 幾度となくユーリらを震撼させた兵器が、遂に破られたのだ。
 
 だが…………
 
「まだだぁ!!」
 
「つ……!?」
 
 バルボスの振るう鉄球の様な義手が、先の一撃に全力を注いだジュディスを殴り飛ばした。
 
「この程度で、ワシに勝ったつもりか!?」
 
「がはぁ……!」
 
 次いで、横たわって荒い息を吐くユーリが乱暴に蹴り飛ばされ、二、三度バウンドして漸く止まる。
 
「っ……あんたねぇ!!」
 
「ユーリ!!」
 
 すぐさまエステルがユーリに駆け寄り、疲弊しきったリタが方針も忘れて飛び出す。
 
「『ファイアボール』!!」
 
 詠唱も無視して、リタは無理矢理に火炎弾を撃ち放つ。バルボスは背中に備えた新たな獲物……肉切り包丁の様な大剣を抜いて、それらを一刀の下に払い除けた。
 
「な――――」
 
 巨躯に似合わぬスピードで、あっという間にリタの眼前に躍り出るバルボス。助走の勢いそのままに振るわれた斬撃は………
 
「んっ!!」
 
 咄嗟に割って入ったジュディスの槍の柄が受け止める。だがそれは、斬られる事を防いだだけ。
 
 あまりに重い一振りに、ジュディスとリタはガード越しに弾き飛ばされた。
 
「(……不味いね、どうも)」
 
 片膝を着き、左胸を押さえながら、レイヴンは荒い息を吐く。
 
 見事勝機を物にし、敵の破壊兵器を打ち砕いたものの……払った代償が大き過ぎた。
 
 魔導器など無くても、敵は腐っても『剛嵐のバルボス』。負傷し、疲弊した今の自分たちでは、相手にもならない。
 
「レイヴン! さっきのもう一回できないんです!?」
 
「ちょ……ちょい待ち……連発は具合良くないのよ……」
 
 ユーリの傷を癒しながらエステルが叫ぶも、応えられない。融通の利かない身体が恨めしい。
 
「貴様の言う通りだな、小娘」
 
 硬い床に叩きつけられて苦しむリタに向けて、バルボスは何処か落ち着いた声を投げ掛ける。
 
「賢しい知恵と魔導器に頼った力など擬い物に過ぎん。こうして貴様ら如きに破られたのが良い証拠だ」
 
 自分を見つめ直す様にそう言ってから、今度は南の空を見据えた。
 
 いや……正確には空ではない。近づくもの全てを巻き込み、呑み込む……どす黒く巨大な竜巻だ。
 
「だが、最後に勝つのはやはりワシだ。見ろ」
 
 その竜巻が向かう先は、ダングレスト。ドン・ホワイトホースの治める、ギルドの巣窟。
 
「もはやワシにも止められん。ユニオンの歴史はこれで終わる」
 
 あの大剣型魔導器の本来の用途は、『天操魔導器(メテオラ・ブラスティア)』の制御。圧倒的な破壊力は、共鳴による副産物に過ぎない。
 
(……ィ……)
 
 その大剣が破壊された今、バルボスでさえ『天操魔導器』は止められない。
 
(………ィィイン)
 
 滅びを運ぶ天災は、既にダングレストの間近にまで迫っていた。
 
 絶望、悲嘆、葛藤、恐怖。あらゆる負の感情を以てその光景を見る皆の……
 
「おおおおーー!」
 
『…………ん?』
 
 声が、綺麗に揃った。
 
 何処か場違いな雑音と雄叫びに誘われて、上に眼を向けた―――直後―――
 
(ドォオオオオン!!!)
 
 けたたましい轟音を響かせて、何かが爆発した。
 
 それに誘われて、さらに振り返る。
 
 そこに在るのは、轟然と燃え盛りながら『天操魔導器』の魔核に突き刺さるロケットと………
 
「イタイのじゃーー!!」
 
 両手で頭を押さえてジタバタと床を転がり回る、パティ・フルールの姿だった。
 
 
 



[29760] 39・『ユニオン誓約』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:ef78e215
Date: 2012/01/11 13:43
 
 今まさにダングレストを呑み込まんとしていた巨大な竜巻が、解れる様に消えて行く。魔導器(ブラスティア)によってねじ曲げられていたエアルが、本来の姿に還っていく。
 
「あ……あ……」
 
 無慈悲な天災が幻想的な星雲へと移り変わっている最中………
 
「あたしの魔導器がーーーー!!?」
 
 歯車の楼閣の頂で、リタの魂の叫びが天を衝いた。
 
 『第一声がそれか』とか、『いつリタの魔導器になった?』とか、そんな当たり前のツッコミも躊躇われる叫びっぷりである。
 
「私じゃないわよ。一応言っておくけれど」
 
「見れば解るわよ!!」
 
 律儀に弁解を挟むジュディスに怒鳴りつけた後、リタはキッと“犯人”を睨み付ける。今も魔導器の下でのたうち回る、金髪おさげのちびっこを。
 
「パティ! 急にどっか飛んでって戻って来たと思ったら……アンタ何してくれてんのよ!!」
 
「む〜〜っ……おおっ、リタ姐。何を怒っとるんじゃ?」
 
 当のパティは、涙目で頭を擦っていたかと思えば、至極能天気に手など振っていたりする。
 
 そんな悪怯れない仕草が一層リタの怒りを煽るのだが………とりあえずそれどころではない。
 
「あう?」
 
 未だ座り込んでいるパティを、黒い影がすっぽりと包む。大剣を担ぎ背後に立つ、バルボスの影が。
 
「逃げて!!」
 
 エステルの叫び。それとほぼ同時に―――
 
(ガンッ!!)
 
 重々しい斬撃が、鉄の床を深々と切り裂いた。……但し、剣を握るバルボスの手に、肉を裂く手応えは無い。
 
「レディの後ろから不意打ちとは、血に酔った人喰いザメより獰猛な男じゃの」
 
 暢気な声に顔を上げれば、両手でフロックコートの埃を払うパティの姿。
 
「貴様は……自分が何をしたか解っているのか」
 
 めり込んだ刃を引き抜きながら、憤激に満ちた隻眼でパティを睨むバルボス。
 
「む〜………」
 
 パティは右を見て、左を見て、後ろを見て、上を見て、ロケットが突き刺さった『天操魔導器(メテオラ・ブラスティア)』を見てから………
 
「おおむね、理解したのじゃ」
 
 厳かにウンウンと首肯した。ご丁寧に、腕を組みつつ威風堂々のポーズだ。
 
「貴様はギルドの希望を奪った! ワシの野望を……帝国の支配を打ち破る切り札を……貴様が台無しにしやがったんだよ!!」
 
 鉄床を蹴ってバルボスが飛び出した。その手に、凶悪な殺戮の刃を握り締めて。
 
「ったく!」
 
 子供相手でも容赦なく斬り掛かるバルボスに、レイヴンは即座に弓を引く。ジュディスが前傾になって足に力を入れる。
 
「さっきまでギルド潰そうとしとった癖に、なーに好き勝手ゆっとるんじゃ」
 
 しかし、二人が何らかのアクションを起こすよりも速く……半眼で呆れるパティの身体が、大剣の一振りに断ち斬られた。
 
 ………ように、見えた。
 
「!?」
 
 完璧な距離とタイミングで繰り出されたはずの斬撃。だがそこには何も無い。
 
 さっきと同じ。一瞬で姿を見失ってしまった。
 
「悪いの」
 
 静かな内に闘志を秘めた声が、届く。
 
「ウチは本日、クリティカルなのじゃ」
 
 バルボスが振り抜いた、幅広い“刃の上に立つパティ”から。
 
「きさ……ッ……!?」
 
 振り返る事さえ許さない。頬にめり込んだ爪先が、バルボスの首を派手に捻れさせてバルボスをぶっ飛ばす。
 
「帝国の支配を終わらせたいお前の理想。解らんくもない」
 
 手を後ろに組んで悠然と歩み寄るパティに、飛び起きたバルボスが再び斬り掛かる。
 
「じゃが、力に溺れ、力で手に入れた世界には、お前の求める自由は無い」
 
 その先手を打って、パティは袖に仕込んだトランプを五枚“引き”、投げ放った。
 
 カウンターで放たれたトランプを、バルボスの大剣が弾……
 
「………ッ」
 
 けず、刀身に深々と突き刺さった。何の変哲も無いただのカードが、だ。
 
 僅かに驚愕しつつも、バルボスは構わず大剣を横に薙ぐ。その斬撃を、パティの斬撃が迎え撃つ。
 
 小さな身体から繰り出された、大振りのナイフの一撃。それが………
 
「バカな……!?」
 
 トランプによって既に亀裂を受けていた大剣を、ものの見事に両断した。中途から斬り飛ばされた刀身が、円を描いて宙を舞う。
 
「もしそんな形で、お前が世界の王になってみろ」
 
 思わず後ろに跳び退きながら、バルボスは左の義手を突き出した。その先端にある、パティの胴体はあろえかという金の鉄球が撃ち放たれる。
 
「その時お前は、お前が何より忌み嫌っとった帝国と……同じ存在になっとるじゃろう」
 
 迫る鉄塊は、しかしパティに届かない。何処からか取り出した燃え盛るフライパンが、庭球よろしく明後日の方向に打ち返す。
 
 ついでとばかりに、パティは海賊銃を指先でクルクルと回し出す。狙い澄ました銃撃が、鉄球と、バルボスの左腕を繋ぐ太いワイヤーを容易く撃ち抜いた。
 
 牽引される力を失った鉄球は、そのままあらぬ方向へと飛んでいった。
 
「……嘘だろ」
 
 横たわりながら薄目を開けて見ていたユーリが、唖然とした声を漏らす。
 
「ドンが頭上がらないわけだわ……」
 
 レイヴンが明るい溜め息を零す。
 
「スゴいわね」
 
 ジュディスでさえ、僅かに眼を見開いている。
 
 無理もない。大剣型魔導器を失ったとはいえ、少なからず体力を消耗していたとはいえ、自分たちが束になっても適わなかったあのバルボスが……こうも一方的に……。
 
「『ギャンブルキャスト』!」
 
「ぐあああああ!?」
 
 今度は魔術。六色に移り変わる奇怪な術式を広げたパティは、雷撃混じりの竜巻でバルボスを包み込む。
 
「な、何……今の術式……? 『テンペスト』とは違う紋だったのに……」
 
「あの子、あんなに強かったんですね」
 
 リタが立ち尽くし、エステルが治癒の傍らで称賛する中で、パティの右ストレートがバルボスの腹にめり込んだ。
 
「“我らの剣は自由の為”」
 
 ナイフの一閃が、バルボスの右腕を薙ぐ。
 
「“我らの盾は友の為”」
 
 銃撃の連弾が、バルボスの全身を撃ち抜く。
 
「“我らの命は皆の為”」
 
 大きく一歩踏み込んだパティに向けて………
 
「忘れたか? バルボス。ウチらは法から外れたからこそ、形の無い“義”によって絆を築いてきた」
 
 折れた大剣を叩きつけようとしたバルボスの顎が、逆に撥ね上げられる。
 
「もっぺん言うぞ」
 
 鋭く突き出されたナイフを、間一髪後ろに跳んでバルボスが躱す。
 
「貴様ッ……一体……!」
「ギルドのケジメは、ウチが着ける」
 
 逃げた先に、幾つもの爆弾が投擲され――――
 
「がぁああああああーーーー!!」
 
 連鎖的に巻き起こった大爆発が、バルボスの巨体を紅蓮の炎で包み込んだ。
 
「ぐっ……はあっ……ぁ……!」
 
 全身を焼かれ、遂にバルボスが崩れ落ちる。誰が見ても判る、明らかに戦闘不能な姿で。
 
 あまりに壮絶な決着に、誰もが言葉を失う。パティはそれに構わず、苦悶の表情を浮かべるバルボスの額に銃口を向けた。
 
「言い残す言葉はあるか?」
 
「…………………」
 
 静寂の中で、空気が痛いほどに張り詰めていく。銃を突き付けられているバルボスはおろか、ユーリ達も口を挟めない。
 
 そんな緊迫は―――
 
「そこまでだ」
 
 予想外の形で破られた。パティの背後……さっきまで誰もいなかった場所からの声によって。
 
「そいつには色々訊きたい事があるの。こっちに引き渡してもらうわよ」
 
「そうじゃなくても、あなたみたいな子供に人殺しなんてさせられないわ」
 
「フン」
 
 漸く屋上に辿り着いたフレン、ヒスカ、シャスティルの騎士団トリオ+ラピードである。
 
 その様子から見て、パティの奮闘は見ていなかったのだと思われる。
 
「これはギルドの問題なのじゃ。帝国モンが口を挟むな」
 
「そうはいかない。今回の事件は、ギルドの内輪話で片付けられる問題じゃないからね」
 
「………メンドくさそうなヤツじゃのぅ」
 
 相も変わらず、言動の一つ一つに堅苦しさの滲み出るフレンの言い草に、パティは疲れた様に眼を細めた。
 
 騎士団にも言い分はあるだろうが、ぶっちゃけパティがそれを聞いてやる理由がない。
 
「……ふん………」
 
 そんな横槍に乗じて、バルボスが徐に立ち上がる。咄嗟にフレンらが剣を構え……パティは軽く眼を向けた。
 
 抵抗の無意味を、バルボス自身が誰より解っていると知っているからだ。
 
「これ以上…生き恥を晒すつもりは、ない……」
 
 足をよろめかせ、声を擦れさせ、それでもバルボスの眼は死んでいない。
 
 ギルドに生きた戦士としての、譲れないプライドか。
 
「ユニオン誓約か……懐かしいものを、思い出させやがる……」
 
 野望を砕かれ、完膚無きまでに叩きのめされたにも関わらず、バルボスの隻眼は何処か穏やかに揺れている。
 
 ………或いは、これが本来の彼なのかも知れない。
 
「……………………………ホワイトホースの、為じゃねぇ……ギルドの為に……教えてやる……」
 
 長い逡巡の後、バルボスが重い口を開く。
 
 そして…………
 
 
 
 
 ――――――銃声が、空に響いた。
 
 
 



[29760] 40・『海凶の爪』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2012/01/11 13:44
 
 銃声が、響く。
 
「―――――――」
 
 誰が、何をする事も出来ず立ち尽くす中で、バルボスの巨体が崩れ落ちる。―――その胸に、真っ赤な血の華を咲かせて。
 
「ごふっ………」
 
 大の字に倒れて天を仰ぐバルボスに、その場の全員が身構えた。
 
 パティ、ではない。バルボスの胸を撃ち抜いた銃弾は、海賊銃の鉛弾ではなく……エアルを圧縮させた魔弾だった。
 
「(これは……!)」
 
 ヒスカの連想よりも速く、パティが銃を向け、レイヴンが弓を引く。銃撃の角度から辿った先、細く切り立つ鉄塔の頂に。
 
「グレイトフル。まさかこれほどとは、流石のミーも予想していませんでしたヨ」
 
 そこに……パチパチと掌を叩きながら、奇妙な口調で讃美を捧げる燕尾服の伊達男がいた。
 
「てめぇ……!」
 
 その姿を見て、真っ先にユーリが声を上げる。ここに来る道中、ユーリを阻み、ヒスカらと戦った正体不明の武器商人……イエガー。
 
「『海凶(リヴァイアサン)の爪』か………」
 
 イエガーを睨みながら、パティが忌々しげに呟いた。耳慣れない言葉に、ユーリが首を傾げる。
 
「『海凶の爪』?」
 
「表の顔はダングレストを中心に活動する武器商人。……じゃが、裏では暗殺なんかも やらかしとる闇ギルドじゃ」
 
「………こいつがホントの黒幕ってわけか」
 
 不自然な点は幾つもあった。回りくどく、らしくない手口。傭兵とは思えない赤眼の刺客。真っ当なやり方では手に入れられるはずのない『天操魔導器(メテオラ・ブラスティア)』。
 
 それら全てが、バルボス以外の何者かによる介入の可能性を示していた。
 
「フフッ、イマジネーションにお任せしマース。世界でも屈指のソルジャーを失うのは胸が痛みますが、これもビジネスデース」
 
 意味深に頬笑み、恭しく頭を下げたイエガーは……
 
「それでは、グッバイネ。今度はカスタマーとして出会える事を期待してますヨ」
 
 パチンッと指を鳴らし、鉄塔の下に控えていた二人の少女に煙玉を投げさせて―――
 
「あいつ、また逃げたー!?」
 
 手品の様な鮮やかさで姿を消した。風の強い屋上、ものの数秒で吹き散らされた煙の向こうには、既に影も形も残っていない。
 
「く………っ」
 
 そんな、掌の上で踊らされていたかの様な釈然としないやり取りを脇に置いて、エステルは一も二も無く倒れたバルボスに治癒術を施していた。
 
「(当たり所が、悪過ぎる………!)」
 
 腹部を貫かれたユーリの傷さえ塞いで見せたエステルの治癒術………だが、全くと言って良いほど効果が無い。いま生きている事が奇跡と思えるほど、急激な速さで死へと向かっている。
 
「………………」
 
 血と一緒に命が抜けていく感覚。擬い物の力に縋った報いたる無様な最期を迎えながら、バルボスは薄目を開けて口を開く。
 
「ユーリ……とか、言ったな……」
 
 自分を叩きのめしたパティでも、敵と知りつつ懸命に救おうとしているエステルでもなく、ユーリへと。
 
「貴様は…昔のワシに…似ている……そっくりだ……」
 
 傲慢にして不遜。自分の力を信じて疑わず、省みる事もない。そんな盗賊に、自分を重ねた。
 
「貴様はいずれ……世界に大きな敵を作り…喰い潰される。……この、ワシの様に……」
 
 命の灯が消えようとしているのに、不思議と言葉を紡げる。
 
「嘆き…傷つき…絶望した貴様が堕ちて、来るのを……先に地獄で…待っているぞ……」
 
 それを最期に、最強の傭兵は残る隻眼を永遠に鎖した。今際の際に彼が遺した言葉に、どんな意図が込められていたのか……確かめる術は最早無い。
 
「………敵つくるのが怖くて、盗賊なんてやれるかよ」
 
 ユーリが強大な敵に手向けた言葉は、届く事なく風に攫われて消えた。
 
 
 
 
「何だか……後味悪いな」
 
 騎士団をも利用してギルドを陥れようとした敵を、ヒスカは遣り切れない瞳で見下ろす。
 
 死なせず、捕まえて、法の下に裁く事こそが、彼女ら騎士の為すべき事。悪人だからと、その死を喜べるはずもない。
 
 意気消沈するヒスカの脇を抜けて………
 
「……エステリーゼ様?」
 
「…………………」
 
 エステルが、しゃがみ込んだ。しゃがみ込んで、何も言わず、ただ両手を合わせて黙祷を捧げる。それに倣う様に、一同の間に暫しの静寂が訪れて………
 
「さあ、ダングレストに戻りましょう!」
 
 エステルが、高々と右腕を突き上げた。まるで、沈んだ空気を上に牽引する様に。
 
「(ったく、こいつは……)」
 
 バルボスの怪我を治そうとしていた事も合わせて、やはり変わり者と言わざるを得ない。
 
「ね」
 
 そんな感慨と共に苦笑を浮かべるユーリの脛を、リタが軽く蹴飛ばした。
 
「………お腹、平気なの?」
 
 あくまで目は合わせず、やや明後日の方を向きながら訊ねるリタ。チラチラと落ち着かない視線は、時折ユーリの貫かれた傷に止まる。
 
「平気って程でもねーけど、大丈夫だよ。エステルの癖にスゲー治癒術だよな」
 
「………そか」
 
「ユーリ! エステルの癖にってどういう意味です!?」
 
 痩せ我慢して涼しい顔を浮かべるユーリ。背中を向けて、聞こえない声量で呟くリタ。心外極まる言い草に怒るエステル。
 
 緊張の糸が切れた事で、柔らかな空気を取り戻す一同。………それを、他人事の様に横目で見守って、レイヴンは珍しく真剣な眼でダングレストを見据えた。
 
「(まだ、何にも終わっちゃいないんだけどねぇ………)」
 
 一度は撤退したとは言え、キュモールはすぐにも再び兵を動かすだろう。最悪、既に動かしているかも知れない。
 
 『ギルドを護る力を失っていいのか?』。バルボスが死に、『天操魔導器』を失った今になって……あの時の問が重くのしかかる。
 
「お前さんが来たって事は、根回しは済んでると思っていいの? フレン君」
 
 同じように南方の空を見ていたフレンは、唐突に振られて、暫し黙ってから………
 
「訊くまでも無いはずですよ、貴方なら」
 
 信頼と皮肉を込めて、そう言った。
 
 
 
 
 『漆黒の翼』一行が、歯車の楼閣・『ガスファロスト』へと赴いている頃、ドン・ホワイトホース率いるギルドユニオンにも脅威が迫っていた。
 
 バルボスが『天操魔導器』の体の良い“噛ませ犬”として誘き寄せた帝国騎士団キュモール隊。一度はシナリオ通りに追い散らされた その部隊は、今になって体勢を立て直して再びダングレストに矛を向けて来ている。
 
 狙ったはずもないだろうが、『天操魔導器』が失くなった今になって、である。
 
 迫る軍勢を前にして、先陣に立つドンも妥協にも似た覚悟を決める。
 
「(こうなっちまったら、仕方ねぇな……)」
 
 ドンの理想は、バルボスとは途中で道を違えていた。帝国との終わり無き戦いに取り憑かれ、目指すべき自由を手放すよりはと、別の道を探し続けていた。
 
 かつて、『戦士の殿堂(パレストラーレ)』との闘争の中で、新たな道を切り開いてくれた盟友の様に。
 
 ………だが、こうなった以上、もはや全面戦争は避けられない。
 
「ハリー、使い方は解ってんだろうな?」
 
「あ、ああ……これを、こうして……」
 
 ユーリ達がガスファロストで戦っている間、ドンも何もしなかったわけではない。キュモール隊の撤退と同時に兵を出し、騎士団の打ち棄てた兵装魔導器(ホブロー・ブラスティア)を出来る限り回収した。
 
 これで互角……とまではいかずとも、かなり対抗出来るはず。
 
「よし、狙いは判ってんな?」
 
「ああ。敵の指揮官か、兵装魔導器だろ? 街への砲撃が一番怖いからな」
 
 街の外で、ドン率いる『天を射る矢(アルトスク)』の精鋭が出撃の準備を整えている頃……多くの人々が地下水路に身を隠して静まり返った街の中で、動く人影があった。
 
「あたしなら大丈夫です。ダングレストが危ないって時に、隠れてなんていられません!」
 
 セミロングの紫髪を側頭で軽く縛った小さな少女……ナン。その右腕はギブスで固められ、首に掛けた布に吊されている。
 
「そのガッツはお前の長所だがな……無理をした結果、仲間を危険に晒す事もあるのだぞ?」
 
「師匠は、あたしが足手纏いになるって言うんですか!」
 
 女、子供、おまけに怪我人と三拍子揃ったナンを、今回ばかりは師たるティソンも諫める。
 
 ティソンもナンの性格を知っている為、「おとなしく守られていろ」とは言わない。だがせめて、他の『魔狩りの剣』のメンバーと一緒に、地下水路の魔物退治に回れと言っているのだ。
 
 こんな調子で いつまでも平行線を辿る二人の言い争いに………
 
「ゲロゲロリ……ティソンの言う通りでありますよ、ナン殿」
 
 奇妙な口調の軽妙な声が、割って入った。やや自分の耳を疑いながら、恐る恐る振り返るナンとティソンの目に……一匹のカエルが映った。
 
 只のカエルではない。全体的に丸みを帯びた、二頭身二足歩行のカエル。黄色い帽子の額に赤の、白いお腹に黄色の星を備えている。
 
「「…………は?」」
 
 思わずリアクションの取れなくなった二人を、誰も責める事は出来ないだろう。
 
「その怪我は、我が輩のせいで出来た怪我。ならば、ナン殿が戦えぬ分まで我が輩が活躍してみせようではないか」
 
 不気味な自信に溢れながら、ビッ! と親指を立てるカエル。……口調は似ても似つかないが、声には聞き覚えがある。……というより、こんなアホな格好をする知人は一人しかいない。
 
「オロカなり帝国騎士団。ドン・ホワイトホース率いるユニオンの底力、篤と味わわせてくれるであります」
 
 全く会話が成立していない事に気付いているのかいないのか、カエル……否、カロル・カペルは、カバンから取り出した“何か”を、空高く放り投げた。
 
「出て来ーーい!!」
 
 それは……鉄の体を持つ人形型魔導器。ドリルという名のリーゼントと赤いスカーフを装備した、お世辞にも趣味が良いとは言えないゴーレム。
 
 それが…………
 
「カルロウエーーーーックス!!」
 
「ズラーーーッ!!」
 
 雄叫びと共に………巨大化した。
 
「ええええぇぇーー!?」
 
 思わず叫ぶナンの声を心地好く背中に受けながら、カロルは素晴らしい“吸着力”でゴーレム……カルロウXの肩に搭乗し、眼下の戦場を指差した。
 
「カロル、いっきまーす!!」
 
 今こそ汚名を返上し、真の漢となる為に。
 
 
 



[29760] 41・『移動要塞』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:d1f3caaf
Date: 2012/01/13 19:01
 
「(もう……来ないのか?)」
 
 ダングレストを眼下に収める、やや高い丘に兵装魔導器(ホブロー・ブラスティア)を並べながら、騎士団隊長のキュモールは滝の様な冷や汗を流していた。
 
 全く予兆の無い、明らかに人為的な落雷。その後に現れた、街をも呑み込む規模の竜巻。それによって恐慌状態に陥った軍を、権力に物言わせて強制的に再編した彼だが……確かな勝算など欠片も無い。
 
 黒い竜巻がエアルとなって融け消えた光景を見て、ここぞとばかりに食い付いただけなのである。……無論、ギルド同士の諍いで『問題の魔導器』が破壊された事など予想すらしていない。
 
「(ふんっ……この僕が、ギルド如きに負けるはずがないんだ)」
 
 ただ、そんな根拠の無い盲信に身を委ねて、認めたくない現実から目を背けているだけ。
 
 今回の行動は、評議会にも他の騎士団にも命じられたわけではない、完全な独断専行だ。戦果を挙げて無理矢理に認めさせる他に選択肢は無い。少なくとも、キュモールの中ではそう結論づけられている。
 
 全ては帝国に逆らう反逆者を始末し、新たな騎士団長になる為の道。その手始めとして、キュモールは右手を高々と差し上げて………
 
「全軍、一斉……」
 
 振り下ろす直前で、固まった。キュモールだけではなく、居並ぶ騎士達が揃って目を奪われた。
 
 ギルドの巣窟から、突如として身を起こした……ドリルリーゼントを持つ鋼鉄の巨人に。
 
「………はっ」
 
 ある種 冗談の様な空気に呑まれて、思考停止してしまったのが不運。
 
 一切の躊躇なく放たれたリーゼントキャノンの初撃が、キュモールに一番近い兵装魔導器を爆砕した。
 
 
 
 
「ゲ~ロゲロゲロ、見るがいい侵略者ども。もはや以前の我が輩ではない」
 
 両腕を力強く振りつつ、前のめりに地を蹴るカルロウX。その歩幅による疾走は他の追随を許さず、その超重は一踏み毎に大地を揺さ振る。
 
 その肩には、目を細めて意地悪く ほくそ笑むカロル・カペルの姿があった。
 
「機体の性能が戦力の決定的な差である事を思い知らせてくれるわぁ!」
 
 リーゼントという名のドリルが唸りを上げて回転し、先端から強力無比な砲撃が撃ち放たれる。二、三機の兵装魔導器を炎上させて、なおもカロルは止まらない。
 
 ……が、騎士団とて無抵抗にやられるわけもない。居並ぶ主砲から魔導砲弾が発射され、山なりに弧を描いてダングレストを襲う。
 
「やらせはせんっ……やらせはせんぞォォ!!」
 
 その軌跡を視界に捉えて、カロルは魂の雄叫びを上げる。呼応する様にカルロウXのリーゼントが、眩ゆい光を放ち出した。
 
「撃ち落としてやるズラーーー!!」
 
 一閃。
 
 ドリルから伸びたレーザービームが天を裂き、空の砲弾を一つ残らず薙ぎ払う。
 
「……何だか凄い事になっとるの」
 
 世界観すらも壊しかねない破竹の大活躍を、遠方より見守る者たちがいた。ガスファロストの屋上で、バルボスを討ち倒したユーリ達である。
 
「不細工なゴーレムが大暴れしとるのじゃ」
 
 双眼鏡を目から放しながら、パティが感嘆の溜め息を漏らす。
 
 それも無理からぬ事。カルロウXは、気まぐれな二人の天才が力を合わせる事によって生まれた、まさに奇跡の魔導器なのだ。
 
「あの両生類……あたしの忠告聞いてなかったんじゃないでしょうね」
 
 しかし その天才の片割れ……リタは、むしろ不安に満ちた顔でカルロウXを見る。そんなリタを見て、エステルは不思議そうに首を傾げた。
 
「何か、問題でもあるんです?」
 
「あのゴーレム、巨大化したって言えば聞こえはいいけど、原理としては魔術と同じなのよ。大気中のエアルで一時的に巨体を“発現”してるだけに過ぎない」
 
「……って、事は……」
 
「当然、長続きはしな……あ、消えた」
 
 言うが早いか、並み居る騎士たちを追い散らしていた鉄人は、シャボン玉が弾ける様にパッと消えた。
 
「………カロル、頑張って下さい」
 
 両手を組んで目を瞑り、姫君が祈りを捧げている頃……当のカロルは綺麗な花畑を幻視していた。
 
「ゲ……ゲロ……ゲロヤベ……」
 
 カルロウXの唐突な縮小によって足場を失い、落下。文字通り潰れたカエルとなっている。
 
「あ、相棒……逃げるズラ。オレの魔核(コア)がショックハート……しばらくビッグにはなれねーズラよ」
 
 小さな人形ほどに縮んだ鉄人が、息も絶え絶えに呻く。このカルロウX、リタによって自律稼働術式を施されていたりする(性格は制作者の意に沿わなかったが)。
 
「まだだ……まだ終わらんよぉ……!!」
 
 拳を地面に叩きつけて、カロルは足を震わせて立ち上がる。立ち上がって、力尽きたカルロウXをカバンにしまい込んだ。
 
「だって我が輩、まだ何もしてないであります!」
 
 追い散らした騎士団が、徒党を組んで引き返して来る。カロルは両手で斧を握り締めて踏みとどまる。カルロウXではない、魔導器の力ではない、ただ一振りの斧を持って。
 
 ここで逃げたら以前の自分に逆戻り。自分の後ろには故郷が、仲間が居るのだと、自らを奮い立たせて。
 
「今やらなくて……いつやるんじゃぁあーーー!!」
 
 カロルは咆えた。
 
 ―――直後、
 
『ぐはあああぁ!!』
 
「ゲロ!?」
 
 カロルに迫っていた騎士達が、巨大な影の刃を受けて吹き飛んだ。何が起きたのか理解するより早く、大きな左手がカロルの頭を一掴みに持ち上げる。
 
「ったく、最近の若ぇ奴らときたら、どいつもこいつも すぐ先走りやがる。少しは目上に譲れってんだ」
 
 掴まれた頭を捻る様にして、カロルは恐る恐る振り向いた。そこに……
 
「しっかりついて来いよ、坊主」
 
「ドォォーーーーン!!」
 
 憧れの存在を、見つけた。
 
 
 
 
 戦争が、始まった。
 
 矢が飛び交い、剣戟が響き渡り、怒号が肌に突き刺さる。
 
 カロルの特攻によって機先を制された騎士団は、本来なら避けるべき白兵戦を強いられていた。
 
 キュモール隊は貴族の門弟のみで構成された部隊。必然的に数は少なくなり、血筋のみで選ばれているため練度も低い。
 
 それでも、遠距離から一方的に砲撃するなら殆ど関係無いはずだったのだが……呆気なく接近を許してしまった。
 
 身一つの戦いになれば、ギルドの男たちは強い。絆と力で仲間を護って来た屈強な肉体と精神は、にわか騎士の比ではない。
 
 中でも恐るべきは、先陣を切って大太刀を振るう白髪の鬼神。あまりの迫力に、立ち向かう前に殆どの騎士が戦意を折られて背を向ける始末だ。
 
「馬鹿な……こんな……こんなはずでは……」
 
 その光景に圧倒されて、隊長であるキュモールは呆然と立ち尽くしていた。
 
 これまで何があろうと消える事の無かった野心がボロボロと崩れ落ち、代わりに底冷えする様な畏怖が全身を駆け抜ける。
 
 未だ数多く残る兵装魔導器を上手く使えば、再び戦況を引っ繰り返す事も出来ただろう。幾らかの魔導器を奪われたと言っても、まだまだ数は残っている。
 
 しかし、初めての戦場で、恐慌を刻まれたキュモールに……そんな冷静な判断は下せなかった。
 
「て、撤退! 撤退する!」
 
 目の前の光景にのみ捕われて、誰より早く戦場から離脱せんとするキュモール。
 
 長らく温めてきた野望も、さっきまで当たり前に考えていた打算も、逃げた先に在る未来さえ頭に無い。ただ湧き上がる生存本能に衝き動かされてキュモールは走り出した。
 
 ―――そうして初めて、気付いた。
 
「…………え」
 
 キュモールに次いで、ドンを初めとするギルドの戦士たちも、戦闘に囚われていた目で“それ”を見る。
 
 その反応を見て、騎士団も振り返る。
 
「何だ……これはっ……!?」
 
 兵装魔導器を構えて交戦する騎士団の、さらに後ろ。ヘリオードの方角から、それは現れた。
 
 凶悪な兵器と鈍色の外装を持つ、巨大な要塞。それが蜘蛛の様な節足を使って“歩いて来る”。
 
「一体……誰が……」
 
 自身が揃えた兵器が羽虫に見えるほどの軍事力。前代未聞の移動要塞。キュモールは全く心当たりが無い。……いや、十数年前の人魔戦争の時ですら、これほどの兵器は存在しなかったのではないだろうか。
 
 腰を抜かして声を擦れさせるキュモールの前から………
 
「私が極秘に造らせておいた戦闘艦・『ヘラクレス』だ」
 
 厳格な声が、掛かる。
 
 赤い軍服。銀の長髪。そして……鎧の中心で光る紋章。
 
「ア、アレクセイ……」
 
 帝国騎士団団長、アレクセイ・ディノイア。
 
「た、助かった! アンタが来てくれれば百人力だ! ギルドの下民共を血祭りに上げてくれ!」
 
 目の前の怪物が騎士団の、味方の物だと知って、キュモールは心底からの安堵に浸り、騒ぐ。
 
 ………が、
 
「どういうつもりだ」
 
 冷たく、硬く、鋭い声が、その安堵を一瞬で消し去った。
 
 同時に思い出させられる。兵装魔導器の導入、命令に無い騎士団の私的動員、そしてダングレストへの侵攻。……自分が目的の為に侵した、数々の罪を。
 
「もう一度訊くぞ。これは一体何のつもりだ」
 
 有無を言わさぬ、威厳を伴った声で重ねて問われる。
 
「…………………」
 
 自分の行為が罪だという自覚は、ある。しかし、それを認める事は、相応の罰を受けるという事。
 
 追い詰められ、逃げ場を失い、それでも観念出来ないキュモールは………
 
「………どうもこうも、見れば判るだろ」
 
 開き直った。
 
「帝国に歯向かうゴミを片付けて何が悪いって言うんだい」
 
 キュモール自身は騎士団に所属しているが、彼の家は評議会とも繋がりの深い名家。いくらアレクセイが騎士団長とはいえ、自分に罰を下せる筈が無い……という自信もあった。
 
「そもそも、騎士団長のアンタがいつまでも手を拱いてるからだろ?」
 
 的外れにタカを括り、感情に任せて好き放題に喚く。
 
「僕に言わせれば、アンタの方に問題があるね。反逆者が居ると判ってて何もしないなんて、騎士の風上にも………」
「もういい」
 
 キュモールの口上を短く遮って、アレクセイが静かにその脇を抜けた。
 
「黙れ」
 
 血飛沫を上げて崩れ落ちるキュモールに、一瞥すらくれる事もなく。
 
 
 



[29760] ☆・『世界の毒』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:cc32c781
Date: 2012/01/17 12:54
 
「……静かになりましたね」
 
 歯車の楼閣の頂から、エステルは遠く、戦場を眺めていた。エステルだけではない。盗賊ギルドに騎士団隊長、海船ギルドの頭や謎の竜使いまで揃っている。
 
 ギルドと騎士団。バルボスの野望の歯車の一つとして動き出した流れは最早止まらず、凄惨たる戦争は避けられないかと思われた。
 
 しかし、実際に戦場は制止している。徹底的な殲滅戦が始まる前に現れた、巨大な移動要塞によって。
 
「何よ、あれ……」
 
「……聞いた事もないわ」
 
 帝国の騎士であるヒスカやシャスティルが、不透明な呟きを漏らす。騎士が知らない巨大兵器、もちろんギルドの兵器でもない。
 
「……だそうだけど、心当たりある? フレン君」
 
 双子の会話をちゃっかり拾ったレイヴンは、横目に騎士団の隊長を見た。“ある程度の推測は立てつつも”。
 
「……わかりません。私も初めて見る物です。しかし、間違いなくアレクセイ閣下でしょう」
 
 フレンはレイヴンの方を向かない。遠方の巨大兵器に目を奪われたまま、推測通りの答えを返した。
 
「戦争の抑止力として持ち出した兵器なのでしょうが……あんな物を、いつの間に……」
 
『…………………』
 
 結果的に見れば、兵器の登場で戦争はピタリと止まり、その兵器がダングレストを攻める様子も無い。
 
 ……だが、胸の奥に何かが支える様な違和感を覚えて、エステル、フレン、ヒスカ、シャスティル、そしてレイヴンは、神妙な顔をして黙り込む。
 
 そうして静かになったのを見計らってか、それまで黙っていたジュディスが一同から背を向けた。
 
「それじゃ、私はこれで失礼するわね」
 
 当然、「はいサヨナラ」といくわけもない。弾ける様にユーリが振り返る。
 
「ちょっと待てって、俺との勝負がまだ済んでねーだろ!」
 
 途中でバルボスに邪魔されはしたが、ユーリとしてはジュディスの方が本命なのだ。“賭け”の事もある。
 
「その身体で続きをするのは難しいでしょ。それに、そっちのチップが無くなってしまったのだから、賭けにならないわ」
 
 軽く言って、ジュディスは見る影も無くなった『天操魔導器(メテオラ・ブラスティア)』を指差す。
 
 ユーリが敗けたら、何でも一つ言う事を聞く……という話だった。つまりジュディスは、自分が勝った時、おとなしく魔導器を壊させろ、というつもりだったのだろう。
 
 その魔導器をパティが壊してしまった以上、ジュディスは“賞品”を既に得た事になる。
 
「だからって……ッ……!」
 
 不服全開で声を張り上げようとするユーリ。だが、その拍子に腹の傷が開いて、力無く膝を着く。いくらエステルの治癒術が特別だと言っても、身体を貫通するほどの傷。すぐに完治するはずもない。
 
「ふふ、無理するものじゃないわ。これでサヨナラというわけでもないのだから」
 
 意外と子供っぽいユーリの一面を意味深に頬笑んで、ジュディスは跳んだ。
 
 歯車の舞台から、足場の無い後方へ、頭からまっ逆さまに………。
 
「ちょっ、アンタ何して………ッ!?」
 
 思わず駆け寄って覗き込もうとするリタ……を、無駄に驚かして、落ちた先からジュディスは舞い上がる。
 
 ………青き竜に跨って。
 
「また会いましょ、盗賊さん」
 
 思わず見惚れてしまう程に色っぽいウインクを魅せて、ジュディスは身を翻し、空の向こうに消えて行った。
 
 その背中に、熱い視線を受けながら。
 
「…………また会いましょ、か」
 
 ジュディスの言葉を反芻しながら、ユーリは満足そうに口の端を歪めた。
 
 壊す者と、盗む者。目的は違えど、同じ標的を狙う者同士。また会う日は遠くない。ここで決着をつけられなかったのは心残りだが………
 
『また会いましょ、盗賊さん』
 
 大丈夫、脈は在る。次こそは必ず。自分に言い聞かせる様に納得して、一人グッと拳を握るユーリ。
 
 ……の後頭部を、リタが思い切りはたいた。
 
「………痛いぞ」
 
「な・ん・で! アンタがあたしの獲物とってんのよ!」
 
「痛ててて! 止めろって!」
 
 溢れる不満を爆発させて、リタはユーリの長髪を引っ張り回す。
 
 本来“バカドラ”に対して復讐心を燃やしていたのはリタで、真っ先に勝負を挑んだのもリタだ。
 
 それが何をどう間違ったのか、ジュディスはユーリと決闘を始め、ユーリに口説かれ、ユーリにウインクして去って行ってしまった。肝心のリタは完全無欠に蚊帳の外。これが怒らずに居られようか。
 
「いい!? 次は絶っっ対、あたしがバカドラ殴るんだからね!」
 
「諦めろよ。もうお前の出る幕じゃ痛っ! だから止めろって!」
 
「うるさーい!!」
 
 怪我をしていなければ、問答無用で丸焼きにしているところだ。何もかもユーリが悪い。
 
「(……子供は暢気ねぇ)」
 
 いつまで経っても成長しない子供らに内心で呆れながら、レイヴンは空を見上げる。
 
「………レイヴンさん、とりあえず服を着て下さい」
 
 ボロ布と化した服の下から、脈打つ様な不気味な光が覗いていた。
 
 
 
 
 戦乱は起こり、鎮まった。しかしそれは仮初めのものに過ぎない。
 
 火種と呼ぶには大き過ぎる炎を灯して、世界は来たるべき戦火に暴風を吹き付ける。
 
 
 
 
「そうか、彼の森でもエアルクレーネが猛っていたか」
 
 砂塵混じりの風が吹き荒ぶ岩山の頂で、誰かが、誰かに嘆く。
 
「……人は何故、これほど執拗に力を求めるのか。限られた力を同胞で奪い合い、星を喰い潰してなお……止まる事が無い」
 
 一人は、人間の男。長い白髪を風に靡かせる姿は、まるで夢の住人であるかの様に映る。
 
「新たなエアルクレーネも生まれた。もはや星脈の乱れのみとは思えぬ」
 
 もう一方は、人ではない。人の言葉を操り、目の前の男と会話してはいても……その赤い影は、人にはあり得ない巨体を有していた。
 
「………満月の子、か」
 
「確かめねばならん。真実ならば、消すしかあるまい」
 
 人の寄り付かぬ砂漠の中、広く高い青空の下で交わされる言葉。その意味を、二つの存在だけが知っている。
 
「我に任せよ。そなたには重いであろう」
 
「……否、だからこそ私がすべきだ。その為に、彼女に苦労を重ねさせて来たのだから」
 
 男は何かを決意し、赤い存在の優しさから背を向けた。自分自身の決意と、果たすべき約束に従って。
 
「星に忌むべき世界の毒は消す」
 
 ―――時は流れ、動き出す。
 
 ―――数多の意志を絡み合わせて、衝突と消滅を繰り返しながら。
 
 ―――彼らを未来へと誘っていく。
 
 
 
 
(あとがき)
 本作品を読んで下さる方々、感想をくれる方々、いつもありがとうございます。話数も多くなってきて、携帯では不便になってきましたので、ここらで二部に移ろうかと思います。
 
 ので、タイトルに『序』を足しておく事にしました。
 
 私が作品を続けられるのも、この作品を読んで下さる皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。引き続き読んで下さる方は、『漆黒夜想曲 翔』でお会いしましょう。それでは、またの再会を願って。
 
 
 


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