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[29752] 【習作】戦場に立つ者(仮)【現実→Fate/zero 転生チート】
Name: カッチン◆e4b16b22 ID:59998bda
Date: 2011/09/15 18:42






※チートです。転生チートです。
 とんでもないご都合主義です。
 ご注意ください!

※多数の同意見がありましたので修正します。

































 第二の人生。
 それは文字通り、主観において二度目の人生。幸いなことに俺が自身を“二度目”だと認識するに至ったのが齢10を越えた段階だった。それまでも断片的では在るが、自己を認識することはあったが、俺の人格に肉体の成長が追いつかなかったためにこれだけの誤差が生まれたのだと判断する。それ以上の認識は必要ない。俺にとって重要だったのが、新たに授かった名のことだ。

「その面、もう二度とワシの前に晒すでないと、たしか申し付けた筈だがな。――雁夜よ」

 それなりに価値があると思われるソファに腰掛け、今にでも殺し合いをはじめようとしているかと見紛うほどの殺意が部屋を満たしていた。
 天辺の禿頭も、深い皺が奔る相貌も、脆弱な矮躯も、細枝のような手足も枯れ果てており、木乃伊の如き老人は、その容姿に反して眼光だけは爛々と精気を湛えている。生に固執する亡者だと吐き捨てることは簡単だが、この存在には五百年もの歴史が確かに刻まれている。それだけでも畏敬の対象として見るには十分な存在だ。事実、俺は自分が“二度目”だと認識するまでこの老獪に従い、俺を産み落とした“母体”が蟲に犯される隣で『間桐』の業を学んでいたのだから。

「あれほど目を掛けてやった恩を仇で返しおって」

「勘違いしないで貰えないでしょうか、父上。俺はすでに『マキリ』の魔術のすべてを修得した。ゆえに『マキリ』の名を磐石のものとするべく、時計塔に籍を置いたまでのこと。俺はロンドンでも『マキリ』の名は捨てていませんよ」

「ふん。貴様如きに“ワシ”の業をすべて会得するなど「父上の身体を支えている蟲を用いた“首の挿げ替え”は俺もできます」……ッ」

 俺の“二度目”の戸籍上の父である存在。魔術師――間桐臓硯。
 人間としての肉体を捨て、蟲に他者の肉を食わせることで肉体を形作る、それを繰り返すことで不死を実現しようとした間違いなく一級の魔術師だ。しかし、魂の劣化までは防ぐことが叶わず、魂をもとに形作られる肉体はいくら入れ替えてもすぐに腐り果ててしまうことになった。そのために現在では頻繁に肉体の交換を行っている。

「劣化した魂を修復する方法には辿り着いていませんが、ロンドンに行ったことで腐り続ける貴方の肉体を長く保持する方法は確立できました」

「何?」

 訝しげに眉を顰めることで疑いの表情を見せる臓硯に俺は違法な手段によって日本へ持ち帰った馬鹿でかい旅行鞄を臓硯の前に差し出した。

「……これが、ワシを生き長らえさせる術だと?」

「開けてみてください。もちろん、罠などではありませんよ」

 俺の言葉に苦虫を噛み潰したかのようなしかめっ面を見せる臓硯。この魔術師は、事実として卓越した技量を持っている。ゆえにこそ、間桐の家を出た息子が十年以上の隔たりを経て舞い戻った瞬間に理解していた。すでに個の存在同士での闘争は成立しないほどに俺と臓硯の位階は差が出てしまっているのだ。

「忌々しきはその血にあり、か。皮肉なことよな」

 厳然たる事実に臓硯は諦めたように差し出された鞄に手を掛ける。
 マキリの血を受けて新たな生を受けた俺は、その業を受け入れることでマキリの業が用いるあらゆる蟲毒に対して耐性を得ていた。しかし、これは“二度目”の俺であるからこそ勝ち得た耐性だろう。本来であれば、間桐の血筋は次の代で確実に潰えるはずだった。俺が知る“間桐雁夜”という男も兄である鶴野よりは優れた資質を持っていたが、臓硯が固執するほどのモノは持っていなかった。それに比べ、俺の魔術師としての資質は全盛期の臓硯をはるかに上回っていた。
 間桐――マキリの魔道伝承方法は術者を地下の蟲蔵に閉じ込め、蟲たちを使って調教・教育するという拷問のような方法でその肉に刻み込む。それは臓硯の嗜好が過分に含まれたモノだったが、それを俺の肉体は耐え抜いた。マキリの魔術特性である“吸収”を最初期の段階で発現したことにより、臓硯による初の魔術指導で間桐家の修練場である地下の蟲蔵に巣食う蟲たちの3分の1を乾涸びさせるという力を見せ付けることになった。

「こ、これは!?」

 差し出された鞄を開いた臓硯がその中身を確認して驚愕の声を惜しげもなく晒した。
 いつも裏があるような含んだ物言いや余裕のある表情を絶やさないように注意している臓硯の驚く顔というのは少しばかり珍しい。

「気に入っていただけましたか?」

「雁夜よ。おぬしこれを何処で手に入れた」

 鞄の中に入っているのは、青味掛かった頭髪と均整のとれた身体を持つ男の肉体だった。
 死体というには精気に満ち溢れ、生者というには存在が枯渇している。矛盾に満ちた純粋無垢なまっさらな肉の器がそこにあった。
 しかし、若い人間の肉体があったところで臓硯の魔術ではまたすぐに腐り果て、意味を成さない。それでも臓硯は肉の器から目が離せなかった。それはただの若い肉の器ではなく、正真正銘マキリの血を宿す“生きた器”だからだ。

「どうということはありません。この身は父上が手塩に掛けて調整してきたマキリの肉なんですよ? この器は、俺たちマキリの祖にあたる父上の肉体を俺の血を辿り発掘した“設計図”を基礎にして、当代最高の人形師に作成させたものです。多少値は張りましたが……けして高いとは思わないはずですよ」

「……確かに。この器は、正真正銘“間桐 臓硯”……いや、“マキリ・ゾォルゲン”の肉だ。これほどのモノは、封印指定級の魔術師の手によるものだな?」

「それが誰か、までは教えられませんよ」

 俺が用意した器を細部まで嘗め回すように調べた臓硯が喜色満面の表情で訊ねてくるが、その製作者は時計塔での先輩であり、“一度目”の俺が知っている性質から決して裏切ってはいけない人物であると認識しているため、臓硯と直接のラインを繋げることはできない。彼女には、もうすぐ大事な“仕事”が訪れるのだから。

「ふむ。これだけ忠実に復元された肉であるのなら、有象無象の肉を貪るより何百倍もマシじゃろうて」

「喜んでいただけたのなら幸いです、父上」

 根本的な解決にはならないが、魂の劣化による肉体の劣化がさらなる魂の劣化を招くという悪循環を僅かなりとも遅らせることができるこの器は、金さえつぎ込めばいくらでも再現が可能な代物であり、件の魔術師が居なくとも間桐家の蟲蔵を少しばかり改良すればこれからも生成することができる。俺には“発想”がない代わりに“技術”がある。さらに間桐の家にはそこそこ潤沢な資金源がある。よほどの問題が起こらなければ臓硯の魂の寿命は数百年は延びることになるだろう。
 新しい肉体の性能を念入りに調べつくした臓硯は、待ちきれないとばかりに“過去の自分”へと成り代わる。

「……ぉ、おお! これが若返るという感覚か。素晴らしい……」

 鞄の中から立ち上がった『マキリ・ゾォルゲン』は、文字通り生まれたままの姿で天を仰いだ。
 その傍らには臓硯の“核”たる蟲が抜けた形骸が崩れて灰となって絨毯の上に積もっていた。

「その肉体でも通常の人間より、早く老化が進行しますから次の器を生成する準備をすぐにでも始めた方が良いでしょう」

「その程度の手間は、むしろあった方が良い。これほどの業はワシだけでは至れなかった」

 復元された真実の肉体を噛み締めるように撫で回した臓硯は鏡の前で何度も自分の身体を確認してから俺へと意識を戻した。

「して、雁夜よ。おぬしの望みはなんじゃ? これほどの土産を用意したのじゃ、ワシもそれ相応の見返りをくれてやろう」

 つい数分前までの臓硯とは比べ物にならないほど気前のいい言葉に苦笑しつつ俺は、臓硯の言うとおり見返りを求めることにする。

「俺が求めるのは、間桐の家名。それと近く迫っているこの冬木の地で行われている聖杯戦争。その第四次に間桐の代表として参戦させて頂きたい」

 俺の要求に臓硯はしばし思案した後、口を開いた。

「家名を継がせるのは構わん。魔術協会へ渡らなければ、おぬしに継がせるつもりだったのじゃからな。それは良い。それは良いが……おぬしが聖杯に願うほどの“欲”を持っていたとはのう」

「今も“欲”はないですよ。俺は、単に“業”を満たしたいだけです。今生の俺は、そのためだけに生きてきたのだから」

 臓硯は現在の聖杯が汚染されている可能性を知っている。
 願望機としての機能が損なわれているのは確かだが、聖杯そのものは忠実に“人の願い”を成就しようとしているに過ぎない。現在の“願い”が完成し、聖杯から吐き出された後、空になった聖杯に再び英霊の魂を収めれば再び願望機としての機能を取り戻させることも不可能ではない。臓硯にはそれだけの知識と技術がある。もちろん、それにはアインツベルンの“天の杯”が必要になってくるが、そこは千年の業を重ねる魔導の大家。第三魔法の成就の為にアインツベルンは絶対に“天の杯”を生み出すだろうことを臓硯は確信していた。
 全盛期に近い性能の肉体を取り戻した臓硯は、自ら出陣することさえ視野に入れていたが、目の前に自分を遥かに上回る魔導の到達者がいる。しかも、その性質は自らの“業”を満たすことのみに特化している。マキリの血には過ぎた力をその身体に宿す存在が自分の意思で聖杯戦争に出向くというのである。臓硯に断る理由はなかった。

「此度の聖杯戦争では、おぬしの“業”を存分に満たすが良い。いまこの時より、おぬしがマキリの当主じゃ――間桐 雁夜よ」

 尊大に言う臓硯の姿に俺も似たような表情を作って微笑む。




 第四次聖杯戦争、それが“二度目”の俺が歩む人生。
 ここで費えるか、それともその先まで繋がるか。

「戦えるのならどうでも良いか。どんなに惨たらしく殺されようと、俺はようやく自分の“業”を満たすことができるのだから……」












[29752] 0-02
Name: カッチン◆e4b16b22 ID:59998bda
Date: 2011/09/15 18:43


 ロンドンから戻った俺は間桐の家に戻る前、古い友人の下を訪ねていた。
 冬木市深山町の洋館が立ち並ぶ丘の頂上に建つ歴史ある屋敷。現在の土地所有者が居を構える以前には、吸血種が寝床にしていたという曰くつきの良質な霊脈に聳え立つこの居城の主は、代々魔術師として冬木の霊脈を管理してきたセカンドオーナーでもある。周辺の土地は私有地とされており、部外者の立ち入りが禁止されているのみならず、他者を寄せ付けないよう結界が張られている。泥棒や迷子、野良猫どころか隣人が挨拶に来ることもないため、一般人たちの間では幽霊屋敷と噂されている。

「葵さん」

 そんな幽霊屋敷に人避けの結界を抜けて辿り着いた俺が最初に声を掛けたのは一人の女性だった。

「あら、雁夜君じゃない」

 俺に気付いた女性は静かな笑みを浮かべて俺の名を呼んだ。
 その声音には確かな不安と哀しみが含まれていた。彼女の浮かべた色は、俺が再び冬木の地に舞い戻った理由でもある。

「半年ぶりかしら。今度のお仕事は随分と早かったのね」

「ああ。少しばかり聞き捨てならない噂を耳にしたんだ。だから、急ぎで戻って来た」

 冬木のセカンドオーナーである遠坂時臣の妻、遠坂葵。
 間桐雁夜の幼馴染でもある彼女は、ある時期を境に俺の目を直視することがなくなった。旧姓を禅城という彼女は、俺が間桐の魔術を学び始めるよりも前に臓硯が間桐の世継を生ませる胎として見定めていた女性だ。それまで衰退の一途を辿っていた間桐の家に生まれた奇跡の産物である俺の素養を次の代で損なわせないためにも、俺の妻となる女は厳選しなくてはならなかった。そのようなことを臓硯が画策しているという思考が可能になる頃には、既に禅城葵は俺にとって特別な人物になっていた。おそらく、俺が“二度目”でなければ、正史に違わず同じ過ちを犯して苦しみ続けることになっただろう。

「そう……今回のことに雁夜君は関係ないということなのね」

 挨拶時よりも幾分冷たい色が混じった言葉を向ける葵の様子に不満の意味を込めたため息で応える。

「無関係、ではないだろうね。“どちらの目的”で父が動いたか知らないけど、今回の要請は間違いなく俺が間桐の家を出たことが原因だ。家名を捨てたつもりはなかったけど、父は俺の行動がよほどお気に召さなかったみたいだ」

 今生が“二度目”であることを認識してから数年が経ったある日、俺は間桐の家を出て魔術師の総本山である魔術協会の時計塔へと渡った。臓硯は俺の出奔を許さないと言っていたが、それに従うことなく俺は日本を後にした。その時点でマキリの魔術はほぼ完全に修得していたということもあったが、いつまでも臓硯の下に居たのでは魔術師としての位階を上げられないと理解したからだ。俺はそれだけの理由で家を捨て、大切な女性を置き去りにした。

「雁夜君……貴方、変わってしまったわ」

 冷たさはそのままに深い哀しみを混ぜた葵の言葉に俺は首を傾げる。

「そうかな? 確かに魔術師としては十二分に成長できたと自負しているけど」

「そうじゃない。……そうじゃないの、雁夜君。貴方は確かに変わったわ。そんなに私が“あの人”を選んだことが許せないの?」

 嘆くように、縋るように言う葵は、数年ぶりに俺の目を見ていた。
 彼女は昔から勘違いをしている。彼女のためを思うのならば、それはずっと前に正しておくべきことだったが、俺は一度として弁明をしなかった。彼女が知っている“間桐雁夜”という男は、まだ試行錯誤をしている時期の俺でしかない。俺自身は今も昔も変わらないが、接し方に明確な違いを彼女が感じていたというのならそれは彼女の気持ちが俺を理解しようとして変化していったに過ぎない。

「俺は、“許せない”と言った覚えはないよ。俺はこう言ったんだ――“諦めるしかない”とね」

「…そうね。貴方に相談すること事態が見当違いだったのよね」

 確かに時臣からプロポーズを受けたという連絡を受けた時、俺は何事かと思った。
 魔術師として、男として、遠坂時臣は間違いなく禅城葵を幸福にできる好人物であることに間違いはなかった。もっとも、禅城葵が人間として、母として幸福になれるわけではないことを俺も彼女も理解していた。だから、俺は連絡を受けたときも彼女がそれを受け入れられると知っていたから当たり前のことを忠告しただけに過ぎない。もしかしたらその時に俺の言葉が正しく伝わらなかったのかもしれないが、そんなことはどうでも良かった。まかり間違って、当時の葵が俺にも恋愛感情のようなモノを抱いていたとして、それを俺が知っていたとしても結局は、今と変わらない状況になっていたはずだ。
 禅城 葵は女性として魅力的だ。それは二人の子供を出産した今でも変わらず、以前にも増して豊かになった包容力や優しくも厳しい母性を得たことでさらに魅力が増したと言っても過言ではない。現に俺は今も昔も変わらず、彼女の肌に欲情を催さずには居られない。
 しかし、それは生物としての本能から来る欲求であり、人間らしい精神の交わりではない。そのような高尚な精神活動を俺は行うことができない。彼女のことを大切な人間だと理解していながら自分のモノにしたいという欲望がなかったのだ。

「久しぶりだね、雁夜君」

 気まずい沈黙に停滞していた俺と葵を動かしたのは遠坂家の当主だった。

「君の活躍は私の耳にも届いているよ。推薦状を書いた父も鼻が高いだろう」

「その節は、お世話になりました。時臣さんの推薦状は向こうでも随分と助けになりましたよ」

「ははは。気にすることはない。古き盟友たる間桐の要請に応えるのは当然のこと。特に近年では落ち目にあった間桐の名を再び魔術協会に知らしめた君の手腕は尊敬に値する」

 よく通る滑らかな声で気さくに話しかけてくるのは、葵の夫にして冬木のセカンドオーナーである遠坂時臣その人だった。
 魔導として落ち目にあった間桐家の人間がいきなり時計塔へ行っても簡単には取り合ってはくれない。その際に掛かるであろう面倒な手間をある程度省略することが可能になるであろう有力な魔術師の家系からの推薦状を俺は出立前に用意していた。幼い頃より間桐の跡取りとして魔術の修練に打ち込み、衰退しきった家名を再興させるために魔術協会でさらなる研究をしたいと願い出た俺に先代の遠坂家当主は深い慈悲の心で推薦状を書いてくれた。当時から時臣ともそれなりに近い交友関係にあったこともあり、綻びかけていた遠坂と間桐の盟約を結びなおす意味でも次代を担うであろう俺に先代は助力したのだ。それが引いては時臣の代で遠坂家の格をさらにあげるための布石でもあったことは若い俺でも十分に理解できた。俺が魔術協会で名を上げれば、間桐の名だけでなく、俺を個人として推薦した遠坂家の評価も自然と上がっていったのは事実である。

「それはそうと、桜の件は老翁から聞いているかい?」

「いいえ。桜ちゃんのことは別の知人から知らされました。しかし、良かったのですか? 間桐の家に預けて」

「桜のことを思えばこその決断だよ。我が娘たちは二人とも類稀な魔導の才に恵まれた。そんな娘たちを家督の為に争わせるなどできるわけがない」

 時臣の言うことは魔術師としてなんら間違っていない。
 彼は父として確かに娘達を愛している。
 それでも母である葵は時臣に気付かれないほどわずかな陰りを表情に混ぜていた。

「雁夜君は時計塔で講師の資格も取ってきたそうじゃないか。君の力で桜を正しく導いてあげてくれ」

 その言葉は暗に遠坂の血を間桐に混ぜることを示していた。
 時臣は、臓硯と俺の間に確執があるのを知っていてなお俺が間桐の家督を継ぐと信じて疑わなかった。それは時臣の目から見ても魔術師として俺の方が臓硯より上位にあるというのを理解しているからだった。

「わかりました。桜ちゃんが間桐家に来たら俺が責任を持って指導しますよ」

「頼んだよ、雁夜君」

 俺の事務的な応えに時臣は満足そうに微笑むと友好の手を差し出し、俺もそれを握り返すことで応えた。




 これより半月後に間桐の家に一人の子供が加わることになる。
 それは臓硯の許しを得て正式に間桐の家督を継いだ俺の手に令呪が宿った日でもあった。
 始まりの御三家の血筋であり、魔術師としても練達している俺の手に令呪が宿ったのは聖杯戦争が始まる約1年前である。
 あまりにも遅い令呪の兆しは、単なる決定事項ゆえのことだったのか。それとも俺自身が真の意味で“動き出した”からなのか。
 どちらであっても俺が成すべき事は変わらない。
 臓硯や時臣は各々俺に対して期待や信頼を持っているらしいが、そんなことはどうでも良かった。
 ついに自分の“性”を解き放つことができるのだから。





[29752] 0-03
Name: カッチン◆e4b16b22 ID:59998bda
Date: 2011/09/16 01:48





 令呪の兆しがこの手に現れてからまもなく一年が経過しようとしている。
 冬木の地に満ち始めた魔力の気配も以前の比ではない。いよいよこの地において四回目の聖杯戦争が始まろうとしているのだ。
 七人の魔術師と七騎のサーヴァントにより行われる文字通りの戦争。その備えをこの一年間、いや、それ以前から行っていた俺にとって充分すぎる準備が整っている。むしろ此処数ヶ月は逸る気持ちを抑えることに苦心する時間の方が長かったほどに俺は焦がれに焦がれていた。

「……もう、頃合だな」

 間桐邸の二階に設けられた簡易な魔術工房の窓を開き、深呼吸をするとそれだけで大気に満ちるマナを感じることができる。

「カリヤおじさ……じゃなかった。カリヤせんせい!」

 これから始まる凄惨な激闘を予感させない心地良い日差しを浴びながら空を見上げていると魔術によって閉ざされていた工房の扉が開かれ、元気な女の子が満面の笑みを讃えて飛び込んできた。

「今は講義中じゃないからおじさんで良いんだよ、桜ちゃん」

「はい! わかりました、カリヤおじさん」

 俺の言葉に声量を落とさずに頷いた女の子、“間桐 桜”は呼吸をわずかに乱しながら背中に大き目のリュックサックを背負っている。 
 締まりきっていないリュックの口から稚拙な造形の人形の頭がいくつかはみ出ている。リュック自体がデフォルメされた愛らしい動物の形状をしているため、その口から首だけがはみ出ている様は見ようによってはとてもシュールなモノがある。

「忘れ物はないかい? オモチャだけじゃなく、宿題もちゃんと忘れていったら駄目だよ」

「わすれてないよ。カリヤおじさんにいわれたのはちゃんとバッグにいれました」

 そう言う間も桜はリュックの脇バンドを握り締めて元気の余り過ぎた兎のようにぴょこぴょこ跳びはねている。

「それじゃあ、これからお世話になる禅城さんのお家についたらどうするかちゃんと覚えているかい?」

「おぼえてるよー! 『わたしは、マトウ 桜です。おせわになります。よろしくおねがいします、おじいさま! おばあさま!』」

「よろしい。それじゃあ、二週間くらいになると思うが先方に御迷惑をかけないようにするんだよ」

「はい!」

 桜は再三にわたる俺の確認事項にも面倒がらずにしっかりと応える。
 この一年間、桜に対する魔術の指導は基礎中の基礎だけに絞っていた。桜は魔術的には実の両親の素養を正しく受け継いでいるため、素晴らしいの一言だが、まだ肉体的に未熟すぎるため過度の魔術使用は物理的な成長を阻害しかねない。奇跡に等しい架空元素の資質を持つ桜は強引に型に填めるよりも自由な精神性を持たせた方が良いと判断し、マキリの基本属性たる水を使った流体操作を遊びを交えた方法で修練させている。基礎の習熟が完了すれば、本来の架空元素を用いた簡易ゴーレムの生成と操作を教えていくつもりである。
 ようやく小学校に上がる齢にしてその才能の片鱗をいくつも見せ始めている桜は教える側としても気持ちが良い。この間桐邸に種類の異なる魔術により閉ざされた扉をいくつも用意しているのだが、この一年で桜はそのすべてを一般人がドアノブを回して扉を開くのと変わらない感覚で易々と開いている。そのような状況なので、今回の戦いが終わったら違う術式で鍵を作り直すつもりだ。
 まさか俺が人にモノを教える日がくるなど思いもしなかったが、それほど悪いものではなかった。例によってなかなか情を抱くことができていないが、目に見える形で魔術師として成長していく桜を見ているのは面白い。言い方は悪いかも知れないが、ゲームをしているような感覚があった。このゲームの最も面白いところは、桜と同じくらいに優れた資質を持つ存在が、別の誰かにより育成されているという部分にある。

「……余分だな。桜は聖杯戦争が始まるまでの紛わせだろうに」

 聖杯戦争こそが俺を充たしてくれる最高のゲームだ。
 それを楽しむ為に俺は桜を禅城の家に送った。聖杯戦争の期間中は、遠坂 葵と遠坂 凛の二人も禅城家に避難するということを知っていた俺は、予め時臣に連絡を取り、葵たちが禅城に避難する際に桜も一緒に連れて行ってくれるように願い出ていた。正史と異なり、間桐と遠坂の間に不可侵のきまりはないため、時臣は特に気にすることなく承諾した。
 門前まで桜に付き添い、迎えに来た葵に「桜を頼みます」と簡単な挨拶だけを伝えて戻るつもりだったが、葵は桜を車に乗せると1人車を降りて俺の前に立った。

「雁夜君は、あの人を……殺すつもり、なの?」

 車の中で楽しげに談笑を始める娘達に聞こえないように葵は小声で呟いた。
 それは同じように聖杯戦争に参加する遠坂時臣を俺が優先的に排除しようとするのではないかという良妻の可愛らしい気苦労を向けられ、俺は呆れたようにため息を吐いた。

「聖杯戦争では、マスター殺しが最も効率の良い作戦なのは確かだ。けれど、それだけでは俺の目的は達せられない。貴女の夫を狙わなくとも強敵はいくらでも居る。俺はね、葵さん。勝ちたいんじゃない、戦いたいんだよ。それにこれまでも何度か言ってきたけど俺は、貴女を奪いたいと思ったことは一度もない。それだけは覚えておいてもらいたい」

「雁夜君。貴方は――」

 葵の言葉は最後まで耳に入らなかった。
 必要のないモノだと思った俺は、車の中から手を振る幼い姉妹たちに応えてから踵を返して間桐邸へと戻った。
 今夜はいよいよサーヴァントを召喚することになる。
 現段階ならまだ幾分かの選択肢が残されているが、俺はあえて正史に則ったやり方で行こうと決めていた。時臣に召喚されるギルガメッシュに【単独行動】のスキルを持たせないためにもアーチャーのクラスに該当するサーヴァントを召喚した方が良いのだろうが、それにはその英雄に縁のアイテムを手に入れなくてはならなくなり、ひいてはそこから俺が召喚したサーヴァントがどの英雄であるかを看破される可能性が出てきてしまう。サーヴァントの正体を秘匿するためにも正史通りの召喚を行った方が良い。手違いさえなければ、少なくとも最強クラスのサーヴァントを召喚できるのだ。わざわざ危険や余計な手間をかけるよりも、闘争のための準備を整えることに労力を割いた方が何倍も良いのだ。



「聖遺物を用いずに召喚するとなればまさに運頼みということになるが、良いのか? 雁夜よ」

 間桐邸の地下空間に構築された蟲蔵の一区画を区切ってひとつの巨大な召喚陣を描き出している。
 最初にこの区画を訪れた臓硯は戦慄を覚えたと言う。そのような評価は俺にとって無意味でどうでも良いことであったが、“これ”のオリジナルを作り出したマキリ・ゾォルゲン自身の太鼓判を押されたことからも自分の術式が間違っていないことを改めて確信することができたことは気休め程度には役に立った。

「構いませんよ。俺が召喚できる英雄は純正であるはずもない。それでもあえて真っ当な英雄を召喚しようとするならば自ずと答えは限られてくる」

「……雁夜よ。貴様、死ぬ――いや、おぬしならば或いは……」

 俺の意図を察したのか、臓硯は静かに召喚陣の外に“退避”した。
 一区画を縦横に奔る召喚陣は血管のように脈打ち確かな鼓動を刻んでいる。それは俺の心臓の鼓動とリンクしており、縦横に奔る召喚陣はこの身に宿った令呪を強化するための特別な術式だ。この術式は令呪の使用回数を増やすという無粋な代物ではない。マキリの禁呪たる“制約”を用いた令呪加工術式。俺が召喚するべき英霊を使役するためにも必要な保険のようなものだ。

「告げる――」

 一言呟いた瞬間に召喚陣が毒々しい鮮血の輝きを放ち始める。
 完全に隔離してあるこの一区画を取り囲む結界の向こうからマキリの蟲たちが恐れ慄く様が令呪を通して伝わってくる。
 俺が日本に帰還してからというものマキリの蟲たちは俺の魔力に中てられ、半分以上が変異を来たしている。それほどまでに俺の魔力はマキリの“業”に浸透しやすく、マキリの“業”を侵しつくす劇薬だったのだ。

「――告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

  聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ――」

 体内を脈動する魔力の感触が、地下空間全体に広がっていく。
 それは俺に侵食された蟲たちが召喚陣に捕らえられ、サーヴァント召喚のための贄として食い潰されていっているのだ。
 間桐の魔術は“吸収”。その特性に従い、間桐雁夜というピストルに込める魔力という弾丸として蟲たちが喰われている。
 蟲たちにとって、俺は残虐無比の暴君だった。虐げ、砕き、潰し、食む。共存などありえない、共生など許さない、従わぬならば絶滅せよ。それが俺とマキリの蟲たちとの関係だ。これまで臓硯に示されるがままに間桐の魔術師を犯してきた蟲たちは“新たな当主”である俺に屈服した。マキリの魔術により育まれた蟲たちは、意思がないからこそ覆せぬ条理を前に変革を余儀なくされた。

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者――」

 蟲たちの精気だけで足りるはずもなく、大気よりマナをも取り込む。その様を間近で見守っている臓硯の感想は「まさしく暴喰じゃのう」という呟きにすべてが込められていた。神秘を成すに一つの機構と化した肉体が軋みをあげる。
 呪文の中途に『狂気』の属性を付与するための二節を挟む。

「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――」

 たった二節。『狂気』の属性を刻み込む二節を唱えただけで多くの蟲から断末魔が搾り出された。
 脆い。潰れた蟲たちはあまりにも脆すぎる。人の肉である俺の身体ですら耐えることができる苦痛に押し潰されるなど許されない失態だ。儀式が終わったら潰れた蟲と同系統の蟲は処分しよう。マキリ・ゾォルゲンの肉体を取り戻した臓硯ならばもっと強靭な蟲を生成できるはずだ。臓硯には、この一年間は次の肉体を生成することに集中させていたのだからそのくらいの些事はしてもらわなければ。

「――汝、三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」

 呪祷を結び終えた瞬間、床や壁に広がっていた召喚陣が空間より引き剥がされ、俺の身体へと逆流してくる。
 それと同時に召喚陣の中央に黒い稲妻が渦巻き、闇より深い漆黒を纏った超常の悪鬼が降臨する。
 マキリの“制約”による狂化の強化。
 お前の手綱を握っているのは、貴様が望む“性”を持つ男だ。存分に狂え、際限なく暴れろ、敵がある限り共に破壊し尽くそう。



「ar……er■■■■■■■■■■■■ーッ!!」



 かつて『完璧なる騎士』と讃えられた面影を失くし、誰に向けるべきかさえも判然としない狂気に染まりつくした『バーサーカー』の咆哮が今生への産声だった。










[29752] 0-04
Name: カッチン◆e4b16b22 ID:59998bda
Date: 2011/09/26 23:05





 間桐雁夜は淀んだ闇の夢の中にいた。
 夢中を埋め尽くす闇は圧倒的な密度を以って雁夜を押し潰さんとしている。
 常世の何処でもない夢中が一人の男の内側だということを雁夜は自然と理解していた。


 “我は――

   疎まれし者――

      嘲られし者――

         蔑まれし者――
” 


 重々しく圧し掛かる闇が憎悪によって固められた鎧を軋ませながら囁く。
 濃密な闇が渦巻き人型の影として雁夜の眼前へと現れる。
 淀んだ闇に陰る甲冑と兜。憎悪に塗り潰された炯々と光る双眸が雁夜の視線と交わる。


 “我が名は賛歌に値せず――

    我が身は羨望に値せず――

      我は英霊の輝きが生んだ影――

         眩き伝説の影に生じた闇――



 瘴気のように生じる怨嗟の嘆きを耳にした雁夜の首に冷たい鋼の籠手が伸びる。
 人型の影が雁夜の首にその指先を喰い込ませ、絞り上げるように雁夜の身体が宙に浮く。


故に――

  我は憎悪する――

    我は怨嗟する――

  闇に沈みし者の嘆きを糧にして、光り輝くあの者たちを呪う――



 自らの首を締め上げる籠手に抗うこともせず、雁夜は影の言葉に耳を傾ける。
 影の正体は、間桐雁夜が聖杯戦争のために時空を越えて招きよせた怨霊――狂戦士バーサーカー。その真名を以って一つの時代で最強を証明する英霊の一角。正統な繋がりではない雁夜が招き得たバーサーカーは自身のマスターに牙を剥く。契約を結ぶことで雁夜の内にある一つの輝きを垣間見たバーサーカーは早々に飼い主の喉笛に噛み付いた。
 燦然と輝く光の剣。その柄を握る玲瓏たる若武者。バーサーカーがバーサーカーとして現界するに至った存在の姿が雁夜の中にあった。


あの騎影こそ我が恥辱――

   その誉れが不朽であるが故、我もまた永久に貶められる――



 その存在の微笑みを、哀しみを、望みを、その者が得た救済を雁夜が知っている。

『王は人の気持ちが分からない……』

 そう言ったのは何時だったか。獣と成り果ててでも憎悪で押し潰そうとしている存在の姿が雁夜の中にある。
 しかし、雁夜の中にある存在は、“王”である前に一人の“人”として“生きていた”。どこまでも孤高で清廉にして潔白の聖者の如き王が人としての弱さを他者に見せる姿がある。おとことして生きた存在が、騎士おんなに変わっていた。その輝きを貶めることなく、より強い耀きを纏うその存在の姿は、バーサーカーが憎悪すべき王ではなくなっていた。


何故――

   王は何故、その表情かおを彼のひとに向けなかった――

     王は何故、その気持ちこころを我らに示してくだされなかった――

       王は何故、私を――



 その存在がバーサーカーを許す。どれほど裏切ろうと、どれほど傷つけようと、どれほど穢れようとバーサーカーは許され続ける。バーサーカーをバーサーカー足らしめる存在が永遠に尊き存在であり続けていることがより一層の憎悪をバーサーカーに与えると知ることもない。存在に悪はない。それは誰もが理解している。彼の存在は、常世総ての善と成る者。バーサーカーもまた善と成る者である。それゆえにバーサーカーは『狂気』を求めた。狂気なくして、バーサーカーは王の前に立つことができない。それはバーサーカーが『完璧な騎士』であり、その存在が『完璧な王』であるからだった。

「……もう喋るな、狗」

――っ!

 雁夜の内面からバーサーカーが“王”を見つけたように雁夜もまたバーサーカーの内面を垣間見た。
 互いにすべてを共有できていないが故に取り込んだ情報に齟齬がある。それも致し方がない。雁夜とバーサーカーの内面は、共有することはできても共感することができない。王の后を愛し、愛されたバーサーカーは王を裏切りはしても常に“騎士”としての在り方を王への忠義を捨てきれなかった。

「“人の気持ちが分からない”……それはかつての“アーサー”ではなく、今生の“マスター”に言うべきだな。もちろん、俺は貴様の意を汲んでやるつもりはない」

 雁夜の内にある記録を垣間見たバーサーカーが狂気と困惑の狭間に停滞したところに雁夜がバーサーカーの首に手を伸ばす。自身の首に喰い込むバーサーカーの指をそのままに雁夜もバーサーカーの首に指を喰い込ませる。

「貴様の苦悩は誰も救いはしない。このまま歩み続けても貴様が自己満足するだけだ。そんなつまらん結末に付き合ってやるつもりもない。そうならないように俺が貴様を縛ってやる。最後の最後までただの狗で在り続けろ、――湖の騎士サー・ランスロット

 ギチギチと醜悪な口腔を開き獰猛な喰欲を隠しもせずに哂う雁夜が歪な牙でバーサーカーの頸部を鎧ごと喰い千切った。

■■■■■■ッッ!!

 突然の凶行に凄絶な咆哮を放ちながらバーサーカーも凶々しい乱杭歯をガチガチと軋らせ雁夜の頚動脈を喰い破った。
 雁夜もバーサーカーも痛覚が危険信号を発していることに気付いていないかのように互いを喰らい合う。己の牙と爪を用いて行われる原始の闘争。それは飢えを充たす為に行われる生物としての本能的な根源衝動。皮膚を突き破り、肉を裂き、血を撒き散らし、骨さえ砕いて牙が動く。最強の騎士が堕ちた獣と最凶の魔術師が従える蟲、二つの異形が喰らい合う。獣の牙がマスターの生命まりょくを喰らい尽くすか、蟲の牙がサーヴァントの存在たましいを呑み乾すか。

「ああ……痛い、いたい、イタイっっ!! ……すごく、ィタイ」

 バーサーカーに喰い破られた身体から精神を死に追い遣るに足る激痛が全身を苛む中、雁夜は苦痛を口にしながら飽くことなく狂乱の獣を喰らい続ける。

■■■■■■■■■■■■ッ!

 雁夜に喰い千切られた霊核を奪い返し、雁夜の魔力を喰らう為に牙と爪を突き立てる。バーサーカーに喰い破られた身体を零れ落ちた雁夜の血から発生した蟲たちが蠢き、奔り、雁夜の肉へと還り、損なわれた部分を修復する。雁夜に奪われるバーサーカーの霊体もヘドロのような闇がどこからともなく湧き出して形骸を再生させる。互いに闘争の場が条理の内にないことを感じていた。

「怨念は良い。憤怒も良い。だが、“ifもし”なんて可能性もので戦うのは良くない」

 喰らい合うことが無意味だと理解した主従はその肉体を用いて闘争を続ける。
 バーサーカーに喰われ続けた雁夜の身体は人のそれとはかけ離れ、異形の蟲へと変貌を遂げていた。バーサーカーの鎧もまた再生が追いつかずに中途半端な歪みを残した形に変わっている。

「この『世界』において貴様は英雄としてなんら恥ずべきところなどない。望まぬ婚姻から女を救った英雄は珍しくもない。貴様とギネヴィアを貶めたのは騎士王じゃない。今のお前の在り方は単なる逆恨みだ」

ッ、■■■■■■ッ!

 あからさまに蔑むような雁夜の言葉にバーサーカーが腕を伸ばし、握りつぶすように虚空を掴むとそこには漆黒の魔剣が現れた。バーサーカーの席を宛がわれた彼に雁夜の言葉を覆すだけの叫びは紡ぎ出せない。ゆえに愛した女を侮辱しようとしている主を、自身の願いを否定する主の口を閉ざすために多くの同胞を斬り捨てたことで反転した彼の人生そのものである至高の宝剣を振り下ろす。

「貴様らは知っていたはずだ。その選択の先には幸福など欠片も残らないということを」

 最強の聖剣に匹敵する最強の魔剣が眼前に迫っても雁夜は言葉を止めることはない。雁夜がいかに優秀な魔術師であっても英霊に拮抗できるなどありえず、それは異形の蟲に成り果てたとしても変わらない。それにも関わらず雁夜はバーサーカーの猛攻に真っ向から立ち向かい、闘争を維持している。恐るべきことにバーサーカーが振り下ろした魔剣を虚空に手を翳すことで雁夜は防いで見せた。

「今生でもそれは変わらない。それが分かったら諦めろ」

■■■■■■■―――ッ!

 魔剣が次撃のために振り上げられる。バーサーカーが初撃に倍する剣圧を込めた斬撃が雁夜を襲う。

「貴様は畜生道に堕ちることを望んだ。狂気を受け入れた貴様にとって理性は邪魔なだけだろう?」

■■ッ

 雁夜は肩から腰までを魔剣で両断されながらもバーサーカーと同じように漆黒の刃を手に掴んでバーサーカーの兜をその頭蓋ごと貫いていた。

「俺は“最も大切”なモノを手にするためなら心も身体も穢れることを厭わない」

 バーサーカーの兜を貫いた雁夜はすぐに返す刃を叩き込む。バーサーカーもまた雁夜の身体を引き裂く。

「今生の貴様は狂戦士バーサーカーだ。俺と共に堕ちるところまで堕ちてもらう。俺の願望が成就した暁にも貴様が執念を絶やさず、彼の騎士王がいまだ現界していたならば、そのときこそ貴様の願いを叶えさせてやる」

 どこまでも傲岸不遜な言葉にバーサーカーが応じるわけもなく、より苛烈な剣戟が繰り出される。
 魔術師まとうかりや狂戦士ランスロットの真の契約はいまだ完了していない。狂犬を求めた雁夜と狂気を求めたバーサーカー。ふたつの狂いの源は溶けて混ざり合うように互いを喰らい続ける。どちらかが主導権を握るまで果てることのない剣戟が続き、絶えることなく血潮の飛沫が二人の夢中を覆い続けることになるだろう。




[29752] 0-05
Name: カッチン◆e4b16b22 ID:d577a9a1
Date: 2013/03/05 19:44

 雁夜が時計塔から戻ってからの間桐邸は随分と雰囲気を変えていた。
 常に閉められていたカーテンや窓は開かれ、光と風がほどよく室内を通るようになり、不気味な重圧や息苦しさを感じさせない清涼な空気に包まれている。
 地下の蟲蔵に続く扉を潜らなければ、誰もこの邸宅に怪異が巣食っているような印象は受けないだろう。
 桜の教育の為に用意された魔術工房も一見して普通の書斎と代わり映えしない。
 しかし、それは魔術的な要素を完全に排除したわけではなく、むしろ以前の何倍も強固な城塞と化している。
 歴史を重ねた家具やアンティークの配置そのものに魔方陣としての機能を持たせ、カーペットに描かれた模様も極小の精緻な文字で描かれていたりとさまざまな術式が邸宅全体に施されている。
 一般人に勘付かれることはないが、魔術師相手ならばそこに凄腕の魔術師が居を構えているということが簡単に分かることになる。
 もとより魔術工房とは外敵に対しては要塞として機能するようなモノであり、敵意を持った魔術師が忍び込めばマキリが誇る腐海の底へと引きずりこまれることになるだろうことは通常の魔術師ならばすぐに理解できる。

「雁夜よ。聖杯戦争の最中に居眠りとは、ずいぶんと良い身分じゃのう」

 間桐邸二階に設けられたテラスで日光浴をしている雁夜の傍らに青髪の青年が立っていた。

「父上もどうですか? 日の光を浴びることのできる幸福を分かち合いませんか」

 抑揚のない声で何気ない冗談を交える雁夜の目の下には色濃いくまができている。
 雁夜の様子を気にした風もなしに青年は呆れたようにため息を吐いた。

「ふむ。それも悪くはないのう。今の時期でなければな」

 青年、間桐臓硯は日の下を歩けることの幸福を十二分に理解していたが、雁夜の申し出を受けるつもりなど毛頭なかった。

「すでに聖杯戦争は始まっておるというのにこのような場所で寝こけおって」

「ただ眠っていたわけじゃないですよ。そのくらい理解してもらいたいですね」

 どう見ても怠惰を貪っているようにしか見えない欠伸を伴う声で応える。
 雁夜は今しがたまで夢を通して自らが召喚した英霊を相手に死闘を繰り広げていたが、その肉体には十全の活力が漲っている。

「……その様子では、上手く言ったようじゃのう」

「はい。英霊は我々よりも高位の存在であれど、その精神まで別次元の構造をしているわけじゃないですから」

 臓硯の問いに表情だけで疲労を示しながら雁夜がその身に刻まれた令呪に魔力を通すと同時に霊体化していたバーサーカーが沈黙と共に姿を現す。
 実体化したバーサーカーは、召喚直後に感じられた圧倒的な存在感は見る影もなくなっていた。

「まるで抜け殻じゃな……。彼の騎士王に完璧な騎士と称されたほどの英霊を此処まで貶めるとは、なかなかよい趣向じゃな。まだまだ稚拙だがの?」

「ははは、心外ですね。俺はひとつでも多くの血闘を味わい、彼は唯一無二の決着を遂げる……ほら、対等な契約ではないですか」

 下卑た臓硯の笑みに同様の表情を浮かべながら雁夜は、実体化したバーサーカーの鎧を撫でる。
 その意思どころかサーヴァントとして最低限の機能さえ失われたバーサーカーは、無力な亡霊と化していた。
 充溢した魔力を漲らせる雁夜と力を失ったバーサーカーを見据えて臓硯はどこか満足げに口の端を引き上げる。

「ただでさえ制御が困難な狂戦士バーサーカーの狂化にブーストをかけるなど正気の沙汰とは思えなんだが……。貴様はつくづく間桐らしからぬ男じゃな、雁夜よ」

 臓硯なりの称賛に雁夜は無言の微笑を残して再び瞼を閉じる。
 雁夜の能力を妬ましく思う臓硯であったが、もはや雁夜に害する行為が無意味であることを悟っており、かつてほど嫌悪を抱くことはなくなっていた。
 間桐雁夜が臓硯の手のうちにあったのは、すでに過去。いや、本当の意味で臓硯の手に納まっていた時などなかったとさえ言えた。
 そも劣化の一途を辿る間桐の血に有るまじき魔力量や精緻に過ぎる魔術回路を雁夜は生誕の時からその身に宿していた。
 先祖返り、突然変異だとこじ付けはできても説明のつかない部分が多いことも事実。
 生まれながらに間桐の宿業から逸脱した稀代の異物たる雁夜に臓硯は恐怖すら感じている。
 召喚の際に狂化を強化しするだけでは飽き足らず、能力値にさえ細工を施しブーストされたバーサーカーは、本来であれば令呪を以ってしても御せないほどの狂乱状態となり、聖杯戦争の開戦を待たずして自滅する他ないはずなのだ。
 それにも関わらず、自滅どころか逆にバーサーカーのすべてを奪いつくし無力な形骸に貶め、侍らせる姿はマキリの蟲毒を統べた王に相応しい。
 雁夜のマスターとしての適性は、臓硯が知る限り歴代最高である。
 サーヴァントの召喚にこそ、冬木の聖杯戦争における英霊召喚のシステムを考案した臓硯の助力を得て、かつての聖杯戦争参加者が試みた術を組み込んだが、それを完全な形で成し遂げるなど不可能に近い。
 今の雁夜は、その内面を顕在化させれば低位のサーヴァントならば喰ってしまいかねないほどの領域にある。
 臓硯は、雁夜が時計塔においてどのような術理を究めてきたかを知らず、理解できるとも思っていない。
 目の前にある男は、形こそ人の姿を保ってはいてもその内面は、臓硯を上回る異形へと成り果てている。
 マキリの名を継いだこの男は、真に魔術の果てへと至る資質を持った存在だと臓硯は確信する。

「我らの宿願。貴様ならば……」

 若き日の間桐臓硯――マキリ・ゾォルゲンがアインツベルン、遠坂と協力して聖杯戦争を創始した本来の目的は“この世すべての悪の根絶”。
 人類が抱える業の滅却のためであり、これを成すには根源に至る必要があるとマキリ・ゾォルゲンは考えていた。
 現在ではその思想は劣化してしまい、ついには手段が目的を凌駕して一人歩きを始めていた。
 もはや臓硯に過去の崇高なる思想はない。
 今、この場に在る臓硯は敗残者。
 自ら抱いた理想にその魂さえ押し潰されてしまった者の末路でしかない。
 臓硯自身、それを理解し、新たな次代を築こうとしている雁夜に失われた理想を託しても良いのではないかと感じていた。
 無論、雁夜が何を考えて生きているのかを理解できない臓硯には、どのように己が大望を伝えれば良いのかすら分からないのが現状だった。

「ふん、無様なモノよな。魂の老いまではどうしようもないということか」

 戦わずして敗北を悟ってしまった臓硯は、多くの欲望が薄れつつあることに虚しさを感じながらもそれを許容してしまいそうになる自分が居ることに気付く。

「…………」

 目の前で無用心に寝こけているように見える雁夜を見下ろしながら臓硯は思う。
 雁夜の手によって齎された全盛期のマキリ・ゾォルゲンの肉体は、確かに臓硯の魂を受け入れるのにこれ以上ないほどの器である。
 しかし、どれほどの技術で生み出されたものであろうともこの器は、ただの『マキリ・ゾォルゲン』であり、それ以上でも以下でもない。
 魂が劣化している以上、この器もいずれ朽ち果てる。
 すでにこの一年で肉体は数年分の老化を示していた。
 それでも臓硯が行ってきた首の挿げ替えとは比べようもないほどの延命術であることに変わりはない。
 次の器もあと1ケ月もすれば完成するため、臓硯の延命方法としては優秀という他ない。
 それでも臓硯は、どうにも心穏やかではいられなかった。
 仮初とはいえ、全盛期の能力を取り戻してもなお、現在の雁夜には遠く及ばないのだ。
 その事実が臓硯にとある欲を湧き上がらせた。
 それを自覚してか知らずか、臓硯の手が穏やかな眠りに就いている雁夜に伸びていた。

「この肉もまた……マキリの血を呑む器として至上のものであったな」

 幼少の頃から雁夜は異常なまでの資質を有していた。
 マキリの魔術に触れた瞬間から、腐海に沈むことなく総てを喰らい尽くし、その支配者となった。
 魔術を学び始めた雁夜は、水を得た魚のようにマキリの業を呑み乾し、単身魔術協会へと渡り、そこで更なる業を修めてきた。
 遠坂を通して魔術協会で雁夜がどのような評価を受けているか知った時、臓硯は憤りを感じずには居られなかった。
 枯れ落ちる運命にあるマキリの系譜でありながら強大な資質と力を得て外へと広がり続ける雁夜の存在に臓硯は嫉妬していた。
 ゆえに、目の前で無防備に眠る雁夜へと欲の手が伸びる。

 生物としての本能は、その手を引くことを求めている。
 魔術師としての理性は、その手に掴むことを求めている。

 首に臓硯の指が触れる。――閉じられた瞼は動かない。

 首に臓硯の指が絡む。――穏やかな血流に変化は起きない。

 首に臓硯の指が食い込む。――無防備な寝顔を見せる雁夜に目覚めの気配はない。

 首に臓硯の指が残される。――安らかな眠りに落ちた雁夜の足下に臓硯の視界が堕ちる。

「――ッ!」

 暖かな陽射しの中、雁夜の寝息を残して音が消えさる。
 気の迷い、魔が差した。
 そんな無我の誘惑に堕ちた臓硯は、制御を失った自身の身体が重力に牽かれて崩れ落ちるのを自身の足下から眺めることになる。
 そこで頭部を刈り取られたということに気付く。

 臓硯にとって頭が落ちても意識があることは不思議ではない。
 その不死性にこそ臓硯の妄執はつぎ込まれているといっても過言ではない。
 首を落とされたことに驚きはなかった。
 このくらいのことは、無謀な行いの結果として想定済み。
 ゆえに臓硯の驚愕は、斬首の主に向けられていた。

 いまだ瞼を閉じている雁夜の傍らに侍るバーサーカーに雁夜を守護するほどの行動能力は残されていない。
 しかし、雁夜の傍らに侍るのは無力な亡霊だけではなかった。
 雁夜から漏れ出る魔力に隠れ、陽の光からも逃れていた異形の存在が姿を現す。
 その異形は、首を落とされた臓硯の身体を担ぎ上げ、落ちた臓硯の首も掴み上げる。

「ギ、ギギ、ギ――」

 金属が軋むような唸り声を漏らすそれは、臓硯の視界に全容を捉えきれないほど巨大な異形の蟲であった。
 臓硯は、魔蟲から生える腕の一つが斬首の主であったと知る。
 鈍い光沢のある鉄で構成された魔蟲は、いつ現れたのか、間桐の屋敷全体を覆い尽くしていた。

「(よもや、始めからだとでも……?)」

 雁夜の魔力は、マキリの蟲たちに多大な影響を与え、いくつもの変異を引き起こしている。
 長らく間桐の家を離れていた雁夜だが、間桐の家に戻り、その蟲蔵に一歩足を踏み入れただけでマキリの蟲たちは王の帰還に慄き、平伏した。
 臓硯が組み上げた英霊召喚システムや蟲を使役する術は雁夜も一目を置き、その力を借りていた。
 しかし、魔術師としての位階は、当の昔に雁夜が上回っている現実がある。
 蟲使いとしての技量は臓硯が勝っていても、同様の工程を経て生み出される蟲の優劣は、雁夜の蟲が圧倒的に優れることになる。
 この一年間、新種の蟲を生み出すのが臓硯の役目だったが、それを育てたのは雁夜である。

「(これが……儂の限界か)」

 屋敷を覆いつくすほどの魔蟲を桜だけでなく、蟲の翁と称される臓硯にすら気付かせなかった。
 魔蟲は、自身の主に牙を剥いた愚者を誅殺しようとはせず、予め決められたことであるように鈍い軋みをあげながら蠢いて臓硯の首と胴体を地下の工房へと誘う。
 マキリの蟲を支配する権限は、当の昔に臓硯の手を離れている。
 そして、真なる蟲たちの王は、愚者の行いを罰することなく、その役目を果たすことを望んでいた。

「(蟲を操る術ですらこの領域……それをこのような形で示されるとはのう)」

 臓硯に雁夜を害することはできない。
 例え、寝込みを襲おうとも忠実なる使い魔たる蟲たちが王の身を守る。
 これほどの実力差を見せられて尚、雁夜はマキリの業しか見せていない。
 ここに時計塔で学んだモノが加われば、どれほどの神秘が顕現するかは臓硯には想像すらできなかった。

「(……それほどの域に至らねば貴様の業は満たせぬのか、雁夜よ)」

 悟ったように諦観へと至った臓硯は蟲蔵へと沈み往く。

 しかし、臓硯の理解は雁夜の心意にまで及ぶことはない。
 業を満たすために雁夜は、魔導を究めているのではなく、業を満たしてきたから極まってきた。
 満たして尚、満たし続けて尚、渇き続ける雁夜の業は、最上の美酒を味わうまで潤うことはない。

 聖杯戦争という美酒でさえ、雁夜の渇きを癒すことができるかもわからない。
 それでも雁夜は聖杯戦争に希望を託している。

「a……r、rr…a」

 無防備に眠る雁夜の傍らに抜け殻と化したバーサーカーは、奪われた狂気が戻るその時まで無力な亡霊として蟲の王に付き従う。
 異形の暴君が飢えを満たす時、バーサーカーもまたその願望を成就すると信じるしかないのだから。




 狂気を喰らった蟲の王と狂気を奪われた騎士の聖杯戦争――開幕の時は満ちた。



[29752] 0-06
Name: カッチン◆e4b16b22 ID:d577a9a1
Date: 2013/07/19 15:30
 第四を数えるに至った聖杯戦争。
 その開幕の狼煙を上げたのは、陰に潜む隠者と黄金に輝く王であった。
 あまりにも一方的な圧殺。
 敵地に足を踏み入れた暗殺者は、降り注ぐ数多の宝具によって仰ぎ見た天を認識する間もなく消滅した。

 暗殺者アサシンの脱落――。

 それは聖杯戦争に参加する魔術師達が背後に迫る見えざる影に恐怖する必要がなくなったことを指す。
 しかし、これを鵜呑みにするような魔術師は未熟者のみである。
 あまりにも出来すぎた決着は、思慮の欠片を少しでも持ち合わせている者ならば、アサシンや黄金のサーヴァントとそのマスターたちに対する警戒を深めることになる。
 さらに双方のマスターである言峰綺礼と遠坂時臣は、聖杯戦争開幕直前まで師弟の関係にあった。
 いくら魔術師の師弟に仲違いが多くあるとはいえ、一切の疑いを持たないというのは愚者以外の何者でもない。



 間桐邸にてアサシンの脱落を観測していた雁夜もまたこの一戦が猿芝居であることを知る魔術師であった。
 その雁夜は、この時代においてはあまり普及していない携帯電話を用いてとある人物と実りある交渉を行っていた。

「契約成立ですね、それでは後ほど」

 会話を終えた雁夜は通話を切ると大きなため息を漏らす。

「いつの世も女は魔物、ってことか。……それを利用する俺も人のことは言えないのだろうな」

 内面は兎も角、外面は凡庸な青年のそれである雁夜は、人心を貶めることはできても操ることはできない。
 人の心を理解し、共感することができるのであれば雁夜の性質は、ここまで極まることはなかっただろう。
 雁夜が欲するものは、あくまでも己自身を用いた闘争であり、人心を用いた謀など片手間程度の些事である。
 功を奏すれば善し、空振りだったとしても損はない。
 自身に似合わぬ先ほどまでの会話を思い出し、雁夜はまたひとつ深いため息を漏らした。

「ため息ばかりついておると幸福が遠ざかると聞いたぞ?」

 あいも変わらず寛いだ様子の雁夜のもとに首と胴がようやく繋がったばかりの臓硯が似合わぬ前置きを伴って現れる。
 
「どんな理屈ですか、それ?」

 臓硯の前置きに脱力しつつ応える雁夜。

「理屈など知らんよ。貴様が気にするべきは、こ奴らのことじゃろう?」

 臓硯の言葉に視線を動かすと彼の腕には宝石が収められた透明な小箱があった。
 それはただの宝石ではなく、その内部におぞましい異形が蠢いている。
 宝石の内部に蠢く異形は、初めて雁夜が一から生み出した新種の蟲。
 雁夜が現在使役している蟲群は、すべて臓硯が生み出した蟲が雁夜の魔力に屈服し、変異し、強化されたものでしかない。
 その中で戦闘向きの蟲は、本拠地防衛用に強化改良した大百足と獰猛な肉食虫の翅刃虫のみ。
 臓硯が生み出した蟲のほとんどが拷問や調教、洗脳や陵辱などばかりに適した種であったために雁夜を満足させるだけの蟲は生み出せなかった。
 それでも臓硯が使役していた頃に比べれば、遥かに戦闘向きに変異した種も多いが、如何せん下地が整っていなかった。
 ゆえに雁夜は、自分好みの蟲を新たに生み出すことにしたのである。
 その成果が、目の前にある宝石の正体である。

「早く、受け取らんか。今にも苗床を喰い破って出てきそうで敵わん」

「ははは、それもそうですね」

 臓硯の危惧を否定することなく、雁夜は蟲の宝石入りの箱を受け取る。
 雁夜の手に渡った蟲の宝石は、創造主の手にあることを歓喜するように宝石ごと獰猛な拍動を開始する。
 その様に臓硯は初めて蟲に対して恐怖という感情を抱いた

「……貴様、使い魔の定義を忘れておるわけではあるまいな?」

 使い魔とは、魔術師の手足となるモノであり、魔術師の支配を受け付けないほど強力なモノは使い魔の枠に収まらない。
 人形使いの魔術師は、自身を超える人形を生み出してもそこに意思が宿らないからこそ道具として操ることができる。
 しかし、蟲という生物を材料に生み出された使い魔は、高位のモノに育てようとすれば自ずと自我を得る可能性がある。
 自我を持った使い魔は、反逆の危険性を孕む。
 雁夜ほどの魔術師が生み出した蟲が暴走した際の被害は計り知れない。
 現在の休眠状態でさえ恐怖を感じさせるほどの蟲が、どれほどの使い魔に育つかなど臓硯であっても想像したくなかった。

 そのような臓硯の恐怖を雁夜は笑い飛ばした。

「父上ほどの蟲使いにそれほどのモノと思っていただけたのならば、どうやら成功のようですね」

 そう言って雁夜は、手にした箱から異形の蟲が蠢く宝石を取り出す。
 雁夜の掌に転がった蟲入りの宝石は、しばらく雁夜の魔力を浴びて不気味な拍動を続けると奇怪な破裂音と共に砕け散った。

「雁夜、貴様……何をっ!?」

 生まれ出でれば破格の使い魔となりえたであろう蟲を砕いてしまうなど魔術師として正気の沙汰ではない。
 雁夜が単なる戯れでこのような所業を行うとは思えない臓硯だったが、あまりに無造作な破壊にその行動を理解できなかった。
 そのような臓硯の驚愕は、またしても雁夜の大笑とさらなる驚愕に塗り潰されることになる。
 砕け散った宝石の欠片たちが、次々と蠢いて宝石内部に存在した異形の蟲と同様の形を得て動き出した。
 蟲の活動を確認した雁夜は、箱に残っていた宝石を無造作に掴みとり、活動を始めたばかりの蟲たちに投げてみせる。
 すると蟲たちは餌を与えられた雛鳥のように投げられた宝石に群がり、貪欲に宝石を喰らい始める。

「……雁夜よ。おぬし、まさか……」

 宝石ごと砕けた蟲が、宝石の蟲となって再生するだけでなく、他の宝石を餌として喰らう様に臓硯は、ひとつの近しい魔術師の大家を思い浮かべた。
 この蟲たちは、その家系に対する宣戦布告とも取られかねない性質を有している。
 例え、その気がなかったとしても彼の家は良い感情を持たないことは火を見るより明らかである。
 そのような臓硯の危惧さえ予想していたと雁夜は微笑む。

「俺は、マキリだけでなく、外の世界を見て思い知らされました。生物として、命を持つ使い魔は脆過ぎるとね」

 当たり前のことをさも至言であるかのように呟く雁夜の足下では、新たな宝石を喰らって鮮やかな色合いに体表面を変化させた蟲たちが外界へと向けて飛び立っていった。

「こいつらは在り来たりな寄生蟲の一種です。ただし、生物以外に寄生する性質を持つ、というところは少しばかり珍しいかもしれませんがね」

「ふん。おぬしという奴は……つくづく、間桐らしからぬ男よ」

 魔術師としての位階のみならず、蟲使いとしての実力すら遥か高みにある雁夜が生み出した蟲の真価を臓硯は予想することでさらなる敗北と諦観を重ねることとなる。
 生命を求め、生命を穢し、生命を犯し、生命を喰らってきた臓硯では考えもしない能力を蟲に与えた雁夜。
 雁夜が生み出した蟲は、無機物を喰うだけでなく、それに寄生し、その特性を獲得するという奇異な能力を持つ。
 初めに蟲が入れられていた宝石は、魔術協会でのコネを利用してとある宝石魔術の大家から購入した特別製の宝石だった。
 さらに後から餌として与えた宝石を喰らった蟲たちに変化が起きたことから、あれもまた特別製であったのは説明されるまでもなかった。
 雁夜が生み出した蟲は単体でも魔獣クラスの使い魔になったであろうほどの気配があった。
 それらが宝石化した瞬間から臓硯では、その質すら掴めなくなった。

「おぬしの蟲は、儂が飼い慣らせる蟲ではない。アレは、使い魔というよりも魔術礼装ミスティックコードに近い……」

 臓硯の読みに当たらずしも遠からずといった反応を見せる雁夜は、蟲の後を追うように外へ向けて歩き出す。

「俺の狂犬は、数で圧倒してくるタイプの対軍宝具と相性が悪い。蟲の隷群を操る間桐の魔術師ならそれを補える。……いや、補うだけでなく、それを圧倒する数の有利を生み出せるのですよ」

 背を向けて歩み出す雁夜の背に付き従うように幾万の蟲が蠢く気配を臓硯は感じた。
 現在の間桐邸に巣食う蟲のほとんどは、雁夜の魔力を糧に変異した異形たちである。
 大百足のような使い魔として破格の戦闘力を有する蟲だけでなく、無機物を取り込む異形の蟲まで従えている。
 雁夜が生み出した蟲が、宝石だけを餌とするわけがない。
 今回の聖杯戦争について臓硯でも知りえないほどの情報を得ていると雁夜が用意した対“対軍宝具”用の戦闘蟲。
 それは、上級の魔獣クラスの蟲を軍勢とするに他ならない。
 蟲の翁として一笑で切って捨てるほど無謀なことだ。
 しかし、無音で迫る大百足や魔術が込められた宝石と同化した蟲たちを見せられては、雁夜の言がすでに実現されていると納得するより他ない。

 雁夜が明かしている魔術特性は『吸収』であり、属性は『水』。
 間桐の魔術師として至極当たり前な資質ではあるが、それだけでないと臓硯は睨んでいた。
 いくら間桐が使い魔の創造に長けた魔術を伝えている家系だとしても信じられないほど“生み出す”ことが巧過ぎる。
 間桐家を出奔する前ならば蟲使いとして、間桐の魔術師として優れている程度の認識だった。
 それが時計塔から帰還してからの雁夜は、それだけに留まらない業を見せている。
 しかもこの一年間、聖杯戦争の準備を進める傍らで薦めていた桜に対する魔術指導は、桜の適性に則し過ぎていた。
 雁夜は桜に水のゴーレムを作らせていたが、その魔術工程は間桐の手法ではなく、遠坂の魔術特性に則ったものだった。
 間桐の魔術師として調整も改造も受けていない桜に魔術指導を行うならば、魔術の基礎までしかできないはずなのである。
 それを雁夜は、遠坂の魔術特性である『力の流動』と『変換』を言葉のみの指導で桜に伝え、すでに基礎を越えて応用にまで至っていた。
 雁夜が聖杯戦争を生き残り、桜の指導を継続したならば将来的には、その身に宿す魔術特性も相まって時計塔でも主席の座を得ることができるほどの魔術師に育つだろう。
 間桐の特性と違う魔術を指導できるということは雁夜の魔術師としての特性が間桐の魔術に特化されていないということになる。

 言葉通りの意味で万能な魔術師などいない。
 必ず、得手不得手というものが存在するはずなのだ。
 今の雁夜が行使する魔術は、明らかに間桐の魔術師としての域を超えている。
 確定している情報として、圧倒的なまでの蟲使いとしての適性と『吸収』に属する魔術との適合性がある。
 そも初めての魔術修行において蟲蔵を干上がらせるほどの『吸収』の魔力特性を発現させて見せた。
 雁夜のこの特性が、新たに生み出された蟲の能力に関与していることは間違いない。
 このことから雁夜の魔術特性が『吸収』であることに間違いはなく、雁夜の特異性の根源となるのは属性にあると見るのが妥当であった。

「雁夜よ……おぬしは、すべての喰らおうというのか」

 ついに戦場へと歩き出した雁夜の背に臓硯は問い掛ける。
 返ってくることのない雁夜の応えは、満たされることのない餓えと渇き。
 雁夜は、聖杯戦争という至高の事象を余すことなく呑み干さんとする怪物である。
 魔術師然とした雁夜の言動に臓硯は恐怖する。
 アレは、そのような型に嵌った生き方をする真っ当な魔術師ではない。
 雁夜は自身が生み出した蟲と変わらぬ、魔物に他ならないのだ。
 人の形をした怪物が何を為すのか、恐怖を抱きつつも臓硯は期待せずにはいられなかった。
 この怪物が喰らい尽くすであろう魂たちがあげるであろう断末魔は、さぞ高々と響き渡ることだろうと。



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