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[29743] 【習作・完結】幻想郷とワタクシ【東方Project】
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/11/04 18:54


小説家になろうにも投稿しております。
一発限りのネタのつもりでしたが、意外に構想が出てきたので、調子に乗って連載してみる事にしました。

※始めに

・東方Projectの二次創作です。
・可能な限り下調べはしていますが、キャラクターその他諸々がイメージと合わない場合があります。
・名前は出ませんが、男のオリ主です。
・バトル、恋愛などの要素はほとんどありません。いわゆる日常物を目指したい。
・今作品は常識をかなぐり捨てて書いております。お読みになる際も、是非常識をかなぐり捨ててお読みください。

感想、批評などありましたら、是非。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


  氷の妖精とワタクシ


 私は氷妖精を捕まえようと思って、袋を持って湖へと赴いた。
 家を出て、森の脇の小道をすたすた歩いて行った。
 森の反対側は竹が鬱蒼と茂っており、空には夏雲がもこもこ浮かんでいた。湖に近づくにつれ、ひやりとした空気が私の頬を撫ぜた。
 湖は昼間だけれども、霧が立ちこめていて日の光が容易に届かぬ。妙に薄暗いその中を、私は袋を片手に歩き回った。湖に落ちないように注意していたつもりだったが、何度か水に足を突っ込んで、冷たい思いをした。

 数刻歩きまわると、何処からか「さいきょう、さいきょう」と妙な歌声が聞こえた。これは氷妖精も近いに相違あるまいと、私は近くに落ちていた棒っきれを拾い上げた。
 歌声を辿って行くと思った通りに氷妖精がいた。えらくご機嫌でふはふは飛びまわっている。間の抜けた「さいきょう、さいきょう」が湖に響いている。
 私は氷妖精の後ろからそっと近づくと、手に持った棒っきれでポカリとやった。氷妖精は「ぎゃふん」と言って地面に落ちて目を回した。私はそれを袋に詰めて元来た道を走って家まで帰った。

 家まで帰った私は氷妖精を袋から出して、引っ張り出した座布団に置いた。氷妖精はちょこんと座布団におさまった。

「あたいを捕まえてどうするつもり!」

 氷妖精は目に見えて不機嫌そうであった。機嫌良く歌っていた所をポカリとやられて機嫌の良くなる者はそういない。

「夏は暑い」私は言った。
「暑くないよ?」氷妖精が言った。

 そりゃお前は暑くなかろう、と私は思ったが口には出さず、別の言葉を咀嚼して吐き出した。

「人間は暑いのが苦手だ。おれもその例に漏れん。だからお前を氷嚢にして眠ることに決めた」
「ひょーのーってなに」

 氷妖精は首を傾げた。妖精はあまりものを知らないのである。
 私は口を開いた。「氷嚢とはお前のことだ」
「あたい、ひょーのーだったの!?」

 氷妖精は驚愕の表情を浮かべた。風が吹いて、家の外の草がざわざわいった。私がすました顔をして頷くと、氷妖精はもじもじし始めた。

「あたい……、あたいがひょーのーだなんて知らなかった」
「気にするな。誰だって自分が氷嚢だなんて知らないもんだ」
「あんたはひょーのーじゃないの?」
「残念ながらそうではないのだ。だから氷嚢であるお前に力を借りたいのだ」

 私がそう言うと、氷妖精は途端に自慢げに胸を張った。

「ならしょーがないわねっ。さいきょーのひょーのーであるあたいが力を貸してあげるのもやぶさかでないっ」

 変に難しい言葉を使おうとする辺りが氷妖精らしい。というか、氷嚢の意味が分かっているのか甚だ怪しい。
 とにかく丸めこむことができたので、私はしめしめと思った。これで寝苦しい夜とはおさらばである。

 しかしいざ氷嚢にしようと思った所で、これをどうやって氷嚢にすべきか悩んだ。いかんせん人型であるから、普通の氷嚢の如く額に乗せるわけにもいかぬ。顔に抱きつかれては呼吸もままならぬから、そのまま朝を迎えることができるかも怪しくなってしまう。
 妖精というのは子供の形をしているから、母親が子供に添い寝するような形になるのが一番自然であろうと考えた。
 布団を敷き、ちょいちょいと氷妖精を手招くと素直にぽてぽてやってきた。

「どーすればいいの」
「どうすればいいと思う?」

 聞き返すと氷妖精は腕を組んで唸りだした。聞かれて答えられないのは、彼女の沽券にかかわる問題であるらしい。

「じゃあ、こーする!」

 しばらく考えた後、氷妖精はやにわに私の腹のあたりに抱きついた。行為は正解であったが、場所がよろしくない。

「待て待て」私は氷妖精を引きはがした。「腹はいかん」
「なんで?」氷妖精が聞き返した。
「腹が冷えるとゴロゴロになるだろう」
「ならないよ?」
「氷嚢であるお前はならないかもしれん。しかしか弱い人間であるおれは腹が冷えるとゴロゴロになる。それはいかん。もう少し上に来い」

 私がそう言うと、氷妖精は胸辺りにしがみついた。ひんやりとして実に爽快である。接触している部分だけでなく、氷妖精から発される冷気が家じゅうを包み込み、今が夏であることすら忘れるほどだった。これならば快適に眠れよう。私は氷妖精を胸の上に乗せたまま、布団に横たわった。

 しかし、段々と身体の感覚がなくなってきた。眠りに落ちる時とはまた違った意識の遠のき方を感じた。
 これはいかんと身体を起こそうとしても、肩から先、腿から下の感覚はすでに失われて久しい。口を開こうにも氷妖精が胸に接触しているものだから、呼吸器が凍りついて声すら出ない。氷妖精はいつの間にか眠っている。
 ほどなくして私は氷の彫像へと変化し、瞬き出来ぬ二つの目でむなしく天井を見上げるのみとなってしまった。氷妖精の能力を甘く見たがゆえの失策である。しばらくして目を覚ました氷妖精が私を見て「英吉利牛!」と叫んだ。

 しかし私は転んでもただでは起きない。否、凍ってもただでは溶けない。
 私は自らを『生きた氷の彫像』として見世物にすることで小金を稼ぎ、それでちゃんとした氷枕を購入することに成功した。

 そういうわけで、その年の夏はそれなりに快適な睡眠をとることができたのであった。



[29743] 宵闇の妖怪とワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/09/15 12:59
 私は銭湯に行こうと思って、夜の道をぽくぽくと歩いて里へと向かった。私の家は里から少し離れた所にあるから、林の中を突っ切って行かなくてはならなかった。

 空には三日月がでんと居座っていて、その光が林の中に棒のように突っ立っていた。風が林をざわざわ言わせて、木の葉が私の顔をぺしぺし叩いた。
 まだおおよそ夏ではあるけれども、秋の気配が忍び寄って私の影に潜んでいた。それゆえに風は時折冷たく、私の服の裾をばたばたと煽った。

 林を半分ほど過ぎた所で、先の方に黒い塊が浮いているのが見えた。それはモヤのようにゆらゆらと揺れているが、風が吹いてもひとところに集まったまま、散る気配はなかった。
 これは妖怪に相違あるまいと思った私は、手に持っていた桶から、手ぬぐいやら石鹸やらを取り出して、空になった桶を黒い塊に向かって思い切り放り投げた。
 桶が何かに当たるべげんという音がして、「にゅっ」という声と共に、黒い塊の中から何かが地面に落ちた。途端に黒い塊は散り散りになって空気に溶けてしまった。

 近づいて見ると、黒い服を着て、お札をリボンのように頭につけた少女がひっくり返って目を回していた。
 宵闇の妖怪であった。聞くところによれば、この妖怪は人を取って食うという。食われてはタマランと思い、宵闇妖怪が目を回している隙に立ち去ろうと、踵を返して歩きだした。しかし歩きだしてすぐに「うおー」という雄叫びと共に何かが飛んできた。

「危ない!」

 間一髪で避けると、後ろから飛んできた何かは木に激突して地面に落ちた。無論、宵闇妖怪である。

 あまりに勢いよくぶつかったものだから、流石に心配になり、地面にのびている宵闇妖怪の元へと近づいた。妖怪は「痛いよう」と涙目になっていた。

「大丈夫か」私は尋ねた。
 妖怪は涙目のまま半身を起こした。

「なんで突然酷いことしたの……」
「すまん。食われてはタマランと思っただけだ。悪気はなかった」

 私がそう言っても、宵闇妖怪はべすべすと泣いていた。私は途方に暮れてしまった。泣いた子供をあやすなど経験がなかったのである。

 ふと、巾着にニッキ飴が入っているのを思い出した。風呂上りに口の中でころころ転がして帰ろうと思っていたのである。子供は例外なく甘いものが好きなので、致し方なしと飴を取り出し、宵闇妖怪に渡した。

「お詫びの品だ。思う存分舐めまわすがよい」

 宵闇妖怪は不思議そうな顔をして飴玉を見つめてから、ぱくっと口に放り込んだ。途端に先程の泣きべそ顔が嘘のように晴れた。

「旨いか」
「うまうま」
「そいつは重畳」

 私はうんうんと頷いた。
 飴に夢中な宵闇妖怪を見ているのは愉快であったが、はたと銭湯に行くという当初の目的を思い出した。

 それにしても宵闇妖怪はなんだか薄汚れている。桶やら木やらにぶつかって何度も地面を転げ回った為であろう、土やら砂やら草やらがまとわりついていた。
 これはどうにも私にも責任があるやもしれぬ、と思い、宵闇妖怪に「おい、銭湯に行かないか」と尋ねると、妖怪は「いいよー」と言った。「お風呂入りたい」

 そういうわけで、私と宵闇妖怪は並んで歩いた。いや、正確には宵闇妖怪は私の隣に浮かんでいた。浮かんでいる妖怪を見て、私は自分も浮かびたくなった。空を飛びたいという欲求は、大方の人間が等しく持っている欲望である。

「おい、おれを掴んで飛んでくれないか」
「えー、あんた重そうだから嫌だなあ」
「何を言う。おれは重くなどないぞ。仮に重かったとしても、重いと思わなければ重くはないものだ。心頭滅却すれば火もまたおすし、心の持ち様で世の中はいかようにもなるのだ。さあ、さあ」
「そーなのかー?」

 宵闇妖怪は首をかしげつつも、私の着物を掴んで、ふわりと舞い上がった。これは快適である。私は調子に乗って「もっと高く、もっと高く」とはやし立てた。宵闇妖怪は唸りながら上昇し、ついに木の高さを超え、地上を遥か下に見るほどになった。

「大したものだ」
「うー、やっぱり重いじゃない!」
「だから重いと思うなと言っておろうが、軽い軽いと思うのだ。さあ、さあ」

 私が言うと、妖怪は「うぅー」と不満げな顔をしつつも、「軽くなれー、軽くなれー」と呟きながら里の方へ飛んでいく。
 人里の丁度上あたりまで来たところで、宵闇妖怪がわっと感嘆の声を上げた。

「すごい! 軽くなれーって思ってたらホントに軽くなったよ!」

 なるほど確かに妖怪の動きは滑らかになっている。
 しかしそれもその筈で、そもそもその両手に私はいなかった。着物の裾が破れ、私は地上にまっさかさまに落ちたのである。

 私は地面に横たわる私を腕組みして見た。私が居ないことに気付いた宵闇妖怪が空からするりと降りて来た。降りて来た妖怪を私はうんざりした目で見た。

「おい、死んでしまったではないか。どうしてくれる」
「あれまあ、じゃあ身体は食べてもいい?」宵闇妖怪は無邪気な顔をして言った。
「駄目に決まっているだろう」私は言った。

 宵闇妖怪はつまらなそうにゆらゆらと宙に舞った。
 とにかく、今ので身体が随分汚れてしまったから、きちんと洗って持って帰らねばならない。私は私を抱え起こし、脇の下に腕を通して上体を持ち上げた。

「どうするの」
「無論、予定通り銭湯に行く。お前は足の方を持て。随分汚れてしまったから綺麗に洗って持って帰らねばならん」

 私はそう言って、宵闇妖怪に足の方を持たせて私を抱え上げ、夜の道を銭湯に向かってえっちらおっちらと歩いて行った。



[29743] 博麗の巫女とワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/09/19 18:52

 私は久しぶりに神社に参拝に行こうと思って、巾着とがま口を持って家を出た。

 神社は私の家の裏手の方にある。
 非常識な少女たちは空を飛んだり、空間を捻じ曲げたり、隙間から現れたりと、楽な方法を取るものだが、何の変哲もない人間である私は歩いていく他に方法がない。無暗に走ったりして疲れるのも嫌だったから、一日休みのつもりでゆっくりと歩いた。

 夏の気配は秋に追いやられて、何処へともなく旅立って行ったらしい。風はぴゅうぴゅう吹くが、どれも頬に冷たい。

 途中、道端の岩に腰かけて煙草を一本ふかしていると、物珍しさからか、妖精がわらわらと群がってきた。鬱陶しいから煙をふうと吹きかけると、蜘蛛の子を散らすかの如く瞬く間に居なくなった。

 神社に着いたのは昼過ぎであった。太陽は頂点を過ぎ、西へと傾き始めていた。
 石段を上がって鳥居をくぐると、祭殿が建っている。境内は綺麗に掃き清められているが、参拝客の一人もおらず、寂れた印象がある。

 この神社が寂れているのは、今に始まったことではない。何時からだかは忘れたけれども、この神社、祀られている神が何処ぞへと行方不明になった。神がおらぬ神社では御利益がある筈もない。
 人里からそれなりに離れているから、よほど信心深い者でないと来るのが億劫で仕方あるまい。けもの道同然の道を、長いことかけてこなくてはならないから、か弱い人間は下手を打てば妖怪の餌食になってしまうのである。

 それだけの危険を冒して来てみても、祀る神が何だかよく分からず、御利益がさっぱりないとくれば、誰だって来たがるまい。誰も来ないから信仰が集まらず、余計に神はなりをひそめる。それすなわち悪循環という。

 とはいえ、この神社とて長いこと廃れ続けているわけでは決してない。
 先代の巫女が神社を治めていた時はそれなりの参拝客も居た。問題は当代の巫女である、博麗霊夢という少女にすべて起因すると言っても過言ではあるまい。

 がま口から賽銭を取り出して賽銭箱に放り込み、二礼二拍一礼を以って瞑想へと落ち込んだ。風が木々を撫ぜるざあざあと音が聞こえた。

 参拝を終えた私は、一言挨拶しておこうと思って、本殿の裏に回った。その先にある巫女の屋敷の縁側に、紅白の巫女服だかなんだかよく分からない着物を着た娘が腰かけて、悠々とお茶を飲んでいた。

 娘は私に気付くと不審者を見るように目を細めたが、私が誰だか分かると「なんだ、あんたか」と素っ気ない声を出した。この無愛想な娘が博麗霊夢である。

「なんだとは、なんだ。仕事を放り出して何をしているのだ」
「別に放りだしちゃいないわよ。境内、綺麗になってるでしょ」
「やることだけやってればいいわけではなかろう。そんな体たらくだから参拝客も来んのだ」
「なによ、説教しに来たわけ?」

 霊夢は私をじろりとにらんだ。若干十五に達するかという娘ではあるが、中々の迫力があるものだから、私は両手を上げて「違う、参拝に来ただけだ」と言った。別に怖かったわけではない。別に怖かったわけでは決してない。
 まだ小さかった頃にはそれなりに愛嬌があったというのに、いつからこんなにやさぐれてしまったのであろう。時間とは残酷なものだと私は思った。

「まあ、あんたが来たなら丁度いいわ、お昼、作って頂戴」博麗の巫女少女は満面の笑顔で言った。
「なんだと」私は眉をひそめた。「別に昼飯を作りに来たわけではないぞ」
「いいのよ、何だって。久々にあんたのご飯食べたいし、いいでしょ?」

 少し前の話だが、一時期、霊夢が毎日のように我が家へ飯をたかりに来ていた時期があった。私が畑から帰って来るのを見計らったかのように現れるから驚いたものだったが、そのうち来ること自体が面倒になったのか現れなくなった。ものぐさもここまで行くと呆れを通り越して畏敬の念すら覚える。

 ともかく断りきれないから、私は渋々ながら台所へと上がった。ものぐさとはいっても、自分が生活する場所は快適でないと嫌であるようで、家の中は割と綺麗に掃除されていた。掃除は彼女のライフワークの一つであるらしい。

「お前は、嫌いなものはあったか?」
「別にー」

 台所から呼びかけると、座敷から気のない返事が聞こえた。年頃の娘があれではどうしようもない。私は無暗に切ない心持になった。

 米は炊いてあるようだったので、私はとりあえず大根と油揚げと豆腐とネギで味噌汁を作り、アジの干物を焼きつつ、厚揚げとカブで煮物を作り、ホウレンソウをおひたしにして、白菜の漬物を切った。

「おい出来たぞ、運ぶのくらいは手伝え」
「はーい」

 さすがに何もしないのは良くないと思ったのか、霊夢は素直に台所へやってきて、作った料理を座敷に持って行った。

「いただきます」と二人して手を合わせて昼飯と相成った。私は普段と変わらぬ具合であったが、霊夢の食欲は尋常でなく、私は食事することも忘れてその食べっぷりを感心して眺めていた。

 食事を終えると霊夢は満足そうに腹をぽんぽんと撫ぜた。

「はあーあ、久々にまともなもん食べたわ。流石に三食卵かけご飯の生活にも飽きてきた所だったし」
「何と酷い食生活だ。ものぐさにも程があるだろう」
「だってもう最近ヒマでヒマで仕方ないんだもの。やりがいのあることがないと人間て堕落するわねえ。あーあ、異変でも起こらないかなあ」

 とんでもないことを言う娘である。私は聞こえないふりをして食器を下げ、洗って拭いて棚に仕舞った。

 片づけを終えて座敷に戻ってみたら、霊夢はごろりと仰向けに寝転がってぼんやりと天井を眺めていた。未だ片づけられていない風鈴が、風に揺れて物悲しい音を鳴らした。私は卓袱台の前に腰を降ろした。

「お前は普段何をしているのだ」
「んー? 掃除したり、お茶飲んだり……、あと掃除してお茶飲んだり、お茶飲んで掃除したりしてるけど」
「なるほど。つまり掃除と茶飲みしかしてないわけだな」
「まあ、そういうことになるわね」

 なんという無為徒食な生活であろうか。私は肩を落とす半面、羨ましくも思った。こういう具合に生きている手合いを見ると、仕事に精を出して生きるのが馬鹿らしくなってくるというものだ。
 会話が途切れたまま、私は後ろで畳に手をついてぼんやりしていた。日は少しずつ傾き続け、西日が世の中を赤く染め上げようとしているように思われた。

 ふと見ると霊夢はくうくうと寝息を立てていた。私はこのまま帰ろうと思った。
 押し入れから布団を取り出して霊夢にかけ、下駄をはいて縁側から外に出、玉砂利をざくざく踏みしめて鳥居をくぐり、元来た道を逆方向に歩いた。
 家に着いたのは、丁度日が山に沈みかける頃だった。


 それなりに、有意義な休日を過ごした、と私は満足したが、翌日からまた霊夢が飯をたかりに来るようになってしまったので、後日、心の底から後悔した。



[29743] 魔法使いたちとワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/09/21 22:08
 私はキノコが食いたくなったから、籠を背負って森へと赴いた。
 私が住む幻想郷なる所で「森」と言えば「魔法の森」に他ならぬ。通常より得体の知れない瘴気が充満しているから、妖怪人外の類ならばともかく、何の変哲もない人間である私には多少息苦しいが、森に生えるキノコは上質の物が多く、味が大変よろしいので多少の息苦しさは目をつむることにしている。

 キノコ鍋にするか、牛酪(バター)でソテーするか、と考えていると森の入口に着いた。
 入口の脇には香霖堂なる古道具屋が突っ立っている。「外」の珍しい物が置かれていたりするから、私もそれなりに懇意にしている。

 その古道具屋の脇から森へと踏み込むと、あっという間に空気が変わった。木は高く生い茂っているし、瘴気が漂って薄ぼんやりとしているから、昼間であっても気味が悪い。
 森の入り口付近のキノコは大抵取りつくされてもうないから、私は森の奥の方へ草をさくさくと踏みしめて歩いた。
 時折、木立の陰から得体の知れないものが、ぎゃあぎゃあと声を上げて空へと飛んで行った。おそらくは妖怪鴉か何かだろうと私は思った。

 しばらく歩いて行くと、仮にも日の本の国にある幻想郷にあって、およそ東洋の建物であるように見えぬ館が建っていて、その前で二人ほどが机を挟んでお茶を飲んでいた。

 魔法の森には魔法使いが住んでいる。魔法の森だから魔法使いくらい住んでいてもおかしなことは特にない。

 この森にすむ魔法使いは二人いて、一人は普通の魔法使い。もう一人は七色の人形遣いと呼ばれており、目の前の洋館の主は後者であった。

 私が近づいて行くと、黒い三角帽子を被った方が私に気付いて手を振った。

「おー、センセー、なにやってんだー」
「キノコ採りだ。今朝突然キノコが食いたくなったものだからな」
「へえ、相変わらず『思いついたら即行動』ね」もう一人、金髪の方がくつくつと笑った。

 少し前に里の寺子屋で講師を頼まれてからというもの、幻想郷において私は「センセイ」なる呼び名で定着してしまった。不都合はないが、自分は「センセイ」で居るつもりはないものだから、多少むず痒い。

 白黒のイカニモ「魔法使いです」といった出で立ちの少女は霧雨魔理沙という。生家は里にある大手の古道具屋だが、何やら一悶着起こし生家とは絶縁状態、現在はこの魔法の森にて一人魔法の研究に励んでおるらしい。
 困ったことにひねくれ者で、厄介事を好む傾向にある為、まともに付き合おうとすると手に余る。
 ただ、これは彼女に限らず、幻想郷に暮らす殆どの連中に言えることであるから、その中においては、彼女は比較的まともな部類に入ると言えるであろう。

 もう一人、金髪の方はアリスという。姓の方は忘れてしまったが、忘れるくらいだから大した姓でもあるまい。幻想郷の多くの住人の例に漏れず、彼女も変人である。
 人形遣いなる異名を持つだけあって、人形作りを得意としており、まるで有能な使用人の如く人形たちを操る。傍から見ても操っているとは思えぬその技量の高さは、全く以って見事である。ちなみに、目の前の洋館の主は彼女だ。

 招かれるままに席に着き、紅茶を御馳走になった。席に着くと、アリスの操る人形がぽてぽてやってきて、私の分の紅茶を注いでくれた。大変上質な紅茶であった。

 しばしの間、私は当初の目的を忘れて他愛もない雑談に耽っていたが、館の時計がぼんぼんと打つのを聞いてハッと居直った。

「いかんいかん、おれは話をしに来たのではない。キノコを採りに来たのだ」
「そういやそんなこと言ってたっけ。じゃ、わたしも行くぜ」

 立ち上がった私を見て、魔理沙も立ち上がった。私は目を細めた。

「お前も行くのか」
「だって面白そうじゃん。そうだ、競争しようぜ、どっちが多く取れるか。アリスも行こうぜ」
「えぇー、私はいいわよ。別にキノコなんか食べたくないし」

 魔理沙は乗りに乗っているが、アリスの方は気乗りしない様子である。
 そもそも私にしたって競争などしたくなかったのだが、あれよあれよという間に話が進んでしまったので、何を言う暇もない。それに断った所で、断りきることなどできないだろう。

 気乗りしない様子のアリスを見て、魔理沙はニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。

「へぇー、もしかして負けるのが怖いのか?」
「ふん、やっすい挑発ね、魔理沙。……でもいいわ、その喧嘩買ってあげる。後悔しても知らないわよ」
「へへっ、望むところだぜ!」
「話は終わったか。おれはもう行きたいのだが」

 私が言うと、魔理沙は箒に跨り、アリスは空に舞い上がった。飛べる連中は気楽でいいものだと私は思った。

「じゃ、一時間後にここに集合な。一番少なかった奴は罰ゲームってことで!」

 またしても勝手に決めごとをして、魔理沙は木々の間を縫って飛んで行った。

「まったく、忙しないんだから……。じゃ私も行くわ。後でね、センセイ」

 アリスの方も魔理沙とは別の方角に飛んで行った。
 残された私は、お茶会の片づけをする人形たちをしばらくぼんやり眺めた後、二人の向かった方とは別の方角に歩きだした。

 勝手に決められた勝負事とはいえ、負けるのは癪に障る。私は負けず嫌いの気があるから、尚更である。知らず知らずのうちに足は早足になり、目はきょろきょろと茂みにキノコの姿を探し、私は森を奔走した。私が枯れ枝を踏みつけた音に驚いて、小さな妖怪が茂みでがさがさ音を立てた。

 一向にキノコを発見できぬまま、イライラし始めた時分、唐突に目の前に巨大なキノコが現れた。背丈八尺を超えるかと思われるその巨躯に私は唖然とした。
 傘部分は赤く、どう見てもベニテングタケなのだが、この巨大さは特筆ものである。これを取って戻れば、私の勝利は確定と言って差し支えない。

 しかし、私がキノコに手をかけた瞬間、キノコから手がにゅっと生えてきて私の脳天を一撃した。目から火が出た。

 私が目から火を噴き出している間に、茂みの中から同じようなキノコが十も二十も出てきて、私を取り囲んだ。どれもこれも手足が生えていて不気味極まりない。
 キノコ軍団は私を担ぎあげて、わっしょいわっしょいと森の奥へと運んで行こうとした。

 これはいかんと思った私は、「HELP! HELP!」と叫んだ。叫んだら口の中に枯れ草の塊のような物をねじ込まれて声が出せなくなった。なんという屈辱であろう。私は成す術もなく、口をもぐもぐさせながら、キノコたちに運ばれて行った。

「うわっ、なんだありゃ」
「キノコじゃない? どう見ても毒キノコだけれど」

 しばらく神輿になって運ばれて行くと、魔理沙とアリスの声が聞こえた。

「センセイの声が聞こえたから来てみれば、センセイは居ないで化け物キノコが大量発生ってどういうことだ、これ」
「私に聞かないでよ。もしかしてセンセイ、あのキノコたちに食べられちゃったんじゃないの?」
「えっ、マジかよ……。でもセンセイなら食われてもおかしくないぜ」

 どうやら彼女たちの位置からは私は見えないようで、魔法使いたちは勝手な推測を立てている。どうやったらキノコが人間を食うと言うのか。
 私はここであると叫びたいが、口には枯れ草、手足はキノコに押さえられて身動きがとれぬ。早くなんとかしてもらいたいものだ、と私は憤った。

「くっそお、よくもセンセイを食べやがったな、キノコの分際で。わたしがお仕置きしてやるぜ!」

 魔理沙の威勢のいい声が聞こえたと思ったら、不意に彼女たちの居る方が嫌に明るくなった。背筋に冷たい物が走った。

「マスタースパークっ!」

 凄まじい熱源がこちらに迫って来るのを感じた。魔理沙の放つ魔法は、破壊に関する所にしては絶大な威力を誇る。

 私は必死に身をよじって脱出を試みたが、この期に及んでキノコは私を押さえる手を緩めようとはしない。
 キノコ軍団は私を捕えたまま、魔法より逃げ出そうとしたようだが、全くの手遅れで、哀れ、私はキノコもろとも魔理沙の魔法によって消し炭になってしまった。



[29743] 寺子屋とワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/09/22 20:00
 時列系的には、前の話よりちょっと前。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 私は寺子屋で講師をしてほしいと頼まれたから、いつもの着物にパナマ帽をかぶって出かけた。

 里には上白沢慧音という半分妖怪の女性が教師を務める寺子屋があって、そこで農業や植物に関する講義をしてほしいと言われたのである。
 農の技術は、里の子供らが親の仕事を手伝ううちに自然と覚えるものだが、それに所謂科学的理屈を付加することは容易ではないらしい。

 上白沢女史は歴史や算術、文章については享受することはできるものの、農業や植物に関しては管轄の外であるらしいから、私が招かれたというわけである。

 とはいえ、私とて教師を務めたことなど無い身だから、何をどうやって教えていいものか見当もつかなかった。ひとまず、茄子の苗を一株と、大根一本、小松菜一束を畑から持ってきて、それを元にして講義を行おうと決めた。

 寺子屋に入ると、十数人の様々な年齢の子どもたちが一斉に私の方を見た。大勢から一辺に注目を集めるのは慣れていないものだから、気まずさ隠しに咳払いを一つすると、怒られたと勘違いしたのか、子どもたちは慌てて机の方に視線を移した。
 どうにも気まずい心持になって、教壇へと向かい、帽子を取って小屋の中を見回した。

 教室の後ろの方には、上白沢女史が座っていて、私と目が合うとニコリと笑って頷いた。私は軽く会釈して口を開いた。

「お早う、諸君」
『お早うございます!』

 挨拶をすると、元気な返事が帰ってきた。私はうんうんと頷き、続けて言った。

「本日は上白沢慧音先生に代わって、お……私が教鞭を取らせてもらう。よろしく」
『よろしくお願いしまあす!』

 普段の癖で、自分のことを「おれ」と言いそうになったのを慌てて訂正した。臨時とはいえ、教師という聖職者とでも言うべき職を賜るのだから、佇まいも直さねば生徒に示しがつかぬ。子どもの目は大人の思っている以上に大人のことを見ているものだ。

「本日は、諸君らも馴染みがあるであろう『農』についての講義をする。とはいえ、野良仕事の技術に関することは、諸君らも家業の手伝いで承知の上であるだろう。ゆえに、同じ農であっても、所謂『科学』と言われる見地より考察したものを享受したいと思う」

 私が「農について」と言った時には、多少教室がざわついたが、「科学的見地」という所を聞いて、生徒たちは興味を持ったようであった。
 私は持ってきた茄子の苗を取り出し、教卓の上に置いた。

「これが何だか、分かる者」
「茄子です」

 一番前に座っていた女の子が、手を上げてしっかりした声で答えた。私は頷いた。

「うむ。諸君らも馴染みがあるだろう。夏に食卓を彩ってくれる茄子である。これは一見すればなんの変哲もない茄子であるが、実際はあらゆる要素を以って構成された物質である。この茄子の苗が何を以って構成されているか、分かる者は居るかな?」

 私が問いかけると、教室内はざわざわと騒がしくなったが、やがて窓際に座ったメガネの少年が手を上げた。

「えっと、水と、土と、あと肥やしです」
「あと、お天道様の光もじゃないか?」
「でも一番食うのは肥料だと思います。茄子は肥料っ食いだってお父さんが言ってました」

 一人が発言すると、それに追随して次々と発言が飛び出す。ちらりと上白沢女史の方を見ると、そんな生徒たちの様子を見て嬉しそうに微笑んでいた。私は手を打った。

「よろしい、概ね正解だ。植物は土、水、肥やしが不可欠であることは皆分かって居ることと見た」私がそう言って見回すと、生徒たちは頷いた。
「諸君らが食事をして身体を作るように、植物も食事をする。ただ、我々が米や野菜や肉、魚を食べるのと、植物が土や肥やしを食べるのとは勝手が違う。我々は口より食物を摂取するが、植物は何処から摂取するか? 分かる者」

 私が問いかけると、一斉に手が上がった。前列右側の男の子に尋ねると「根っこです」と答えた。私は頷いた。

「正解だ。植物は我々のように口を開いて物を食べるように出来ていない。それゆえに、根の部分より、成長に必要な栄養素を摂取する。また、光合成という仕組みを用いて、葉から太陽の光を吸収する」

 そこまで言って、私は黒板にカッカッと文字を書いた。

「植物が成長に必要とする栄養素は大きく分けて三つ、チッソ、リン酸、カリウムだ」

 聞き慣れない言葉に、生徒たちはざわざわと顔を見合わせる。私はそれには頓着せずに続けた。

「まずチッソだが、これは『葉肥え』と呼ばれ、主に葉や枝を茂らせることに効力を発揮する」

 私が言うと、生徒たちは「おお」と声を上げた。

「それじゃあセンセイ、その『ちっそ』を沢山やれば、葉っぱがわさわさ生えてくるんだな?」
「無論、適量をやれば、の話だ。諸君らとて、食えば手足が伸びると言われても、自分の腹いっぱいになる以上に食いたくはあるまい? このチッソは、適量を与えれば葉や枝を青々と茂らせるが、逆に与え過ぎては花や実を付ける邪魔をするのだ。諸君らが夕飯を食い過ぎれば眠くなり、勉強に気持ちが行かなくなるのと同義である」

 それを聞くと生徒たちは「えーっ」と不満げな声を上げた。

「ただし」私は言った。「この小松菜のように、そもそも葉を食するものに関してはなんら問題はない。ただ、植物とて必要以上の肥やしは食いたがらぬから、常に適量を与えるように心がけることが大事だ。まあ、これは諸君らの父さん、母さんが百姓の感覚で覚えているものだろうから、しっかりと吸収するように」
『はーい!』

 生徒たちは手を上げて答えた。
 ふと見ると、上白沢女史も興味深げに頷きながら、手帳に何事か書き込んでいた。よもや講義の採点をされているのではあるまいな、と私は多少不安になった。

「センセー、残りの二つはなんなのですか?」
「うむ、そうだな」私は茄子の実を取り上げて生徒たちに示した。
「まずリン酸だが、これは『実肥え』と呼ばれ、実や花を付けるのに効力を発揮する。これは後々の追肥として与えても構わないが、植えつけの際に元肥として適量を与える方が効果的だ」

 茄子を教卓に置き、次に大根を取り上げる。

「最後にカリウムだが、これは『根肥え』と呼ばれる。主に根の発育と、浸透圧の調整……まあこちらはまだ諸君らには難しいから脇に置くが、ともかく根に作用する。この栄養素は水に溶けやすい。それはつまりどういうことか、分かるかな?」

 私が尋ねると、生徒たちは考え込んだ。

「水と一緒に野菜に吸収されやすくなります!」
「うむ、そのような側面も無きにしも非ずだが、果たして水に溶けた栄養素が植物に吸収されるまでそこに留まっているだろうか?」
「分かった! つまり水に流れて逃げ出しやすい、ということでは?」
「その通り……、む?」

 私は目を細めた。生徒たちも回答者の方を驚いた顔をして振り返った。皆の視線の先では、ハッとしたように頬を染めてうつむく上白沢女史の姿があった。

「意外な回答者だったな。感心感心。慧音先生が言われた通り、カリウムはその水溶性ゆえに流亡しやすいという欠点がある。その為、一度に大量に与えるのではなく、追肥として小出しにして与えるのが効果的である。栄養素はこの他にカルシウムやマグネシウム、ミネラルなどの微量要素があるが、切りが良いからここで仕舞いにしよう。講義を受けての感想文を、用紙一枚分書いて提出した者から終わりにして良し。始めっ」

 私が手を打ち鳴らすと、生徒たちは一斉に机に向かって筆を動かし始めた。
 私は体中から力が抜けた心持がして、教卓に両手をついて、分からないように嘆息した。すると不意に写真機がシャッターを降ろす音が聞こえた。私はギョッとして顔を上げた。

「ふむふむ、里離れの変わり者、寺子屋にて講義……。次回の見出しはこれで決まりですね!」
「おい鴉天狗、こんな所で何をしている」

 私の視線の先には、さらさらと手帳にメモを取っている鴉天狗の少女の姿があった。

「スクープある所、射命丸あり! あなたが寺子屋で講師を務めるなんて、こんなに面白いことを記事にしなくては、新聞記者の名折れと言うものですよ?」
「せんでいい、せんでいい、余計な事を広めるな。おれは悪目立ちは御免だ」
「ほらほらセンセイ、そんなに大声を出しては生徒さん達のお勉強の邪魔ですよ?」
「何だ、そのセンセイというのは」
「そりゃ勿論あなたのことですよ。教師姿がとっても板についていましたよ、ええ。下手すれば慧音さんよりも面白い授業だったかもしれませんね」
「喧嘩を売っているんですか、射命丸さん」

 上白沢女史、口は笑ってはいるが、目が笑っていない。

 しかしながら、天狗の言うこともあながち的外れというわけでもない。
 実際のところ、上白沢女史の授業というのは、要領を得てはいるのだが、あまりにも真面目で難しく、歴史学者相手ならばともかく、子どもたちにとってはあまり面白いものではないらしい。

 以前拝聴した際、個人的には面白いと感じたのだが、子どもたちは軒並みつまらなそう、というより着いていけなさそうにしていたのが印象的であった。
 ただ、そのことは上白沢女史も自覚しているらしく、彼女もあれこれと面白い授業をしようと四苦八苦しているらしいが、生来の真面目さが表に出過ぎてしまう為、常に空回り状態であるらしい。真面目すぎるのも考えものだ、と私は思った。

「では私はこれで! センセイ、次の記事をお楽しみにー!」
「おい待て」

 思考をしているうちに天狗が逃げた。了承も得ずに勝手に人を記事にするなど許し難き暴挙である。
 私は天狗を追って表へと飛び出した。天狗は既に空高く舞い上がって、山の方へと飛んでいく最中であった。

 このまま逃がすのはあまりにも癪であると思ったので、私は咄嗟に履いていた下駄を手に取り、天狗に向かって思い切り放り投げた。
 下駄は流麗な放物線を描き、ぱっかーんと景気の良い音を立てて天狗の頭に直撃した。天狗は「あら」と言って錐もみし、真っ逆さまに遠くの地面へと落っこちた。胸がすく思いがした。

 しかし結局のところ、翌々日に出版された天狗の新聞には私のことが書かれていた。下駄をぶつけられた腹いせだろうか、恐ろしいほどに印象的な誇大表現で書かれていたものだから、一夜にして私は指差しで「センセイ」と呼ばれるようになり、そのまま幻想郷で「センセイ」という呼び名で定着してしまった。

 それにもまして面倒だったのが上白沢女史である。
 新聞のおかげで、私が「センセイ」として定着してしまったものだから、彼女は酷く落ち込んだ。
 慰めに酒をおごってやったら、恐ろしい勢いで管を巻かれた。勢いに乗って頭突きまで食らった。目から火が出た。その火が居酒屋に燃え移り、私は居酒屋ごと灰燼に帰してしまった。

 そういうわけで、私は今でも幻想郷で「センセイ」と呼ばれている。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 授業の内容は凄く噛み砕いたものです。あまり講義が冗長になっても誰得だよという話なので。
 まあ、子ども向けの授業でしたよ、ということで、ひとつ。



[29743] スキマ妖怪とワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/09/24 21:40

 雨が降っていたので、畑仕事ができなかった。
 仕事はできないが、水まきの手間が省けるのは助かる。植えつけを終えた野菜たちは、朝晩と欠かさず水を与えねばならぬから、これが結構な重労働になる。一度降れば、土に水が蓄えられるから、数日は水まきを休むことができる。

 ともあれ仕事ができないことに変わりはないから、一人で縁側に胡坐をかいて、雨音を聞きながらぼんやりと煙草をふかした。
 雨にぬれた地面の甘い匂いがした。
 霞がかった風景の中に、煙草の煙が緩やかに溶けていった。

 煙草が一本燃え尽き、お茶でも飲もうと思って台所で湯を沸かしていると、八雲のスキマ妖怪、紫がやってきて「碁を打ちましょう」と言った。断る理由もないから、お茶を二人分淹れ、縁側に碁盤を引きずり出して向かい合った。

 碁を打つと言っても、私と紫の対局は専らイカサマ合戦である。
 半秒、目を離しでもすれば、あった筈の石がない、白だった筈の石が黒になっている、石の位置が微妙にずれている、などの変化が起こっている。
 お互いに相手がイカサマを仕掛けることは分かっているから、盤に変化があれば相手の仕業だと分かる。しかし、イカサマの瞬間を捉えなければ互いに白を切り通すので、対局の最中は碁盤から目を離せないのである。
 おそらくまともに打ち合えば実力は五分であろうと思われるが、イカサマに関しては紫の方が一枚上手であるから、私の勝率は三割程度に留まる。
 しかし、その三割を私が勝ち取った時、紫の胡散臭い笑顔の裏に、うっすらと悔しさがにじみ出るのが堪らなく愉快であった。それゆえに負けが込んでいても彼女との対局は止められぬのである。

 しばらくはお互いに黙ってパチンパチンと打っていたが、やにわに紫が口を開いた。

「ねえ」パチン。
「ん」パチン。
「貴方、センセイって呼ばれるようになっちゃったのね」パチン。
「随分前の話だ、それは」パチン。
「しばらく寝ていたから知らなかったのよ」パチン。
「またあの狐の式神に仕事を押し付けていたのか。気の毒に」パチン。
「別に押し付けてはいなくてよ? 藍は有能だから信用しているだけ」パチン。
「ふむ、物は言いようだな」パチン。
「言霊というのがあるくらいだもの、言葉というのはは偉大なものよ、っと。はい、あなたの番」
「む……おい待て、ここにあった石を何処へやった」
「あら、何の話かしら? そこには元々何もなくてよ?」
「ちくしょうやられた。お前と話なんぞするのではなかった」

 私は頭を掻いた。会話の最中に隙を伺っていたのだが、隙を見せたのはこちらだったらしい。
 攻めの要になっていた石が忽然と姿を消した為、私の優勢はあっという間にひっくり返った。紫は同じように笑っているが、何処となく勝ち誇ったような笑みにも見える。私は歯噛みした。

「負けました。くそう、あのまま行っていれば確実におれの勝ちだったというのに」
「ふふっ、残念でした。もう一局打つ?」
「うむ、お茶を淹れ直すとしよう」 私は立ち上がった。

 一向に止む気配のない雨音の中、二局目も紫の勝利で終わった頃、時計がぼんぼんと昼の時刻を告げた。
 いつもならば鐘が鳴るのとほぼ同じ頃に、霊夢が昼飯をたかりに来るのだが、どうやら雨が降っているから来るのが億劫になったと見えて、今日は来なかった。
 このまま三局目を打とうかとも思ったが、どうにも集中できそうにないので止めた。紫も別に異論はないようだった。

「まあ、雨をこうして眺めるのも風流で悪くはなかろう」
「やあねえ、年寄り臭くって」
「何を言うか」

 お前も大概ではないか、と言おうとしたが、瞬間的に感ぜられた謎の悪寒に、言葉をのみ込まざるを得なかった。

 しばらく縁側に腰掛けて、二人して雨を眺めていた。雨音があちこちから聞こえすぎて、逆に妙な静寂を感じるようだった。
 危うく眠くなりかけていたところ、紫が猫なで声ですすすと擦り寄ってきた。

「ねーえ」
「なんだ」
「お酒飲みたい」
「む……」

 我が家には酒蔵がある。紫はそれを知っている。
 何処かで宴会などが催されると、紫だけでなく、幻想郷中の酒飲みが私に断りもなく、我が家の酒を問答無用で持って行く。だから毎回私は落とし穴や、トリモチ、眠り饅頭などで対抗しているのだが、一度として勝ったためしがない。
 そういうことがあるから、ここで駄目だと言っても此奴は聞く耳を持たないだろう。むしろ抵抗することによって相手の加虐欲を掻き立ててしまい、逆に蔵の酒を飲みつくされるのではないか。私は恐々とした。

「分かった、持ってくるから大人しくしていろ」
「い・や♪ 私も一緒に見に行くわ」

 私は目がしらを押さえた。紫は相も変わらず胡散臭い笑みを顔に張り付けている。とにかく断れないから、仕方なしに紫と酒蔵に向かった。

 酒造りは私の趣味である。それこそ、どぶろくに始まり、清酒、ワイン、麦酒、シードルも作るし、香霖堂の店主や妖怪の山の河童と試行錯誤して作った蒸留装置で、焼酎やブランデーも作っている。
 材料は畑や山に行けばいくらでもある。米、麦、サツマイモ、葡萄、りんご等々である。ウイスキイにも手を出しているが、まだ納得のいくものは作れていない。

 蔵の扉を開けると、発酵物を保存している場所特有の、得も知れぬ匂いが我々を包んだ。

「おい、言っておくが沢山は飲ませないからな」
「分かってるわよ。遠慮なく御馳走になるわ」
「分かってないではないか」

 私のことなど最初から眼中にないという具合に、紫は所狭しと並べられた樽や瓶や甕を物色していた。
 つい悪戯心が出て、「選ぶとは珍しいな」などと余計なことを口走ってしまった。しまったと思ったが、紫はにっこり笑って「だってどうせ飲むなら美味しいのが飲みたいじゃない?」と言った。そのまま物色に戻ったので、私はホッと胸をなでおろした。

 結局、酒瓶をかき分けかき分け、その一番奥に眠っていた、私も存在を忘れていたような焼酎が現れたので、それを飲むことにした。度重なる窃盗団の襲撃にも耐えた逸品である。

 母屋の縁側へと戻った私と紫は、酒瓶と二つのコップを挟んで向かい合った。

「さて、飲むか……」
「ええ、飲みましょうか……」

 互いにコップになみなみと酒を注ぎ、会釈して煽った。時を経た酒の持つ、まろやかで繊細な味わいが口内に広がった。実に旨かった。
 瞬く間に一杯目を飲み干してしまい、二杯目を頂こうかと思ったら、酒瓶がない。サッと視線を動かすと、酒瓶は紫の手の内にあった。

「おい、どういうつもりだ」
「どういうつもりかしら?」
「おれが聞いているのだ」
「はい、答えられなかったから、このお酒は没収でーす。御馳走さま」
「何だと、おいコラふざけるな」

 私は両手を伸ばして紫に飛びかかったが、紫はあっという間にスキマの中へと姿を消した。スキマが閉じたその先には壁があり、私は壁に頭をしたたかにぶつけ、そのまま翌日まで目が覚めなかった。



[29743] 白玉楼の庭番とワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/10/03 21:50

 気が付くと家中に妖精がわらわらと居て困っている。

 ただ居るだけならば何の問題もないのだが、困ったことにどれもこれも悪戯好きな連中であるから手がつけられない。
 昼寝をしていたら顔に落書きをされていたなどしょっちゅうのことであるし、甕の中の水がなくなっていたり、本を読んでいる回りでぴいぴいと大騒ぎをする事もある。

 もちろん、されるがままに放っているわけではないし、「かーっ!」と一喝するときゃあきゃあ言いながら逃げては行くが、ものの十分もすると帰ってきて同じことの繰り返しであるから、もう面倒になって最近は成すがままにしている。
 悪戯といっても、生活に大きく支障の出るものではないから、それが日常になってしまえば大した面倒も感じないのである。

 しかし、妖精どもは来客があると瞬く間に姿を隠す。
 大体うちにやって来るような物好きは、妖精如き容赦なくしばき倒すような連中が殆どであるから、妖精たちもその恐ろしさを分かっているのだろう。

 そういうわけで、その日も先程まで大騒ぎしていた妖精たちが、あっという間に居なくなった。「あ、誰か来たな」と分かるから、これはこれで便利なものである。
 構わずに本を読んでいると、縁側の方から「ごめんくださーい」と呼びかける者がいた。

 一応、我が家には玄関が存在するのだが、来客はどいつもこいつも縁側からやって来る。玄関の意味がないではないか、と憤ったが、よくよく考えてみると、私自身玄関を利用することが少ないと思いだして変な気分になった。

 とにかく出なくてはならないから、のそのそと縁側へ出て見ると白玉楼の半霊庭師の少女が立っていた。名前は魂魄妖夢だとかいったような気がする。
 何をしに来たかは見当がつくが、とりあえず尋ねておくことにした。

「何か用か」
「また野菜を売っていただけないかと思って」
「そうか」

 私の野菜は旨いと評判だから、庭師がちょくちょくと買いに来る。

 白玉楼の主は食が太いことで知られる。腰回りも太いかは知らない。
 昔、我が家へふらりとやってきた際、何も考えずに飯を食わしてやったら、米の蔵が丸々一つ空になってしまった。
 それ以来、白玉楼の主には我が家への立ち入りを禁止しているが、守られた試しはない。たまに庭師にくっついて家にやって来るものだから、困る。困っても向こうはお構いなしだから、さらに困る。
 今日は庭師だけだったから、私はホッとした。

「何が欲しい」
「何がありますか」
「知らん。畑に行こう」

 私は妖夢と一緒に畑へ向かった。
 今は冬の季節だから、大根やら白菜やらカブやら春菊やらホウレンソウやらが畑で鎬を削っていた。

「また沢山買うのだろう」
「よくお分かりで」
「それくらいは分かる」

 私は白菜を根元から切り、ホウレンソウと春菊を収穫し、大根を片っぱしから抜きまくった。妖夢はそれを集めて袋に詰めていた。

「綺麗な大根ですねえ」
「そうだろう。昔、これを刀代わりにしてチャンバラをしたものだ」

 私が言うと、妖夢は何故か顔を輝かせた。

「刀になるんですか?」
「なるともさ」
「今でもなりますか」
「なろうとすればなるだろう」
「試してみてもいいでしょうか!」

 言うや、妖夢は背負った刀を抜き放った。人斬りの顔になっている。
 これはいかん、と思った私は、咄嗟に手に持っていた大根で防御を試みたが、大根などで刀が防げるはずもない。振りおろされた刀によって、私は大根ごと真っ二つになってしまった。妖夢は「あ」と言った。

 私は立ち上がって、倒れたままのもう半分を見降ろした。もう半分は倒れたまま動かなかった。妖夢も私のもう半分を見降ろしてため息をついた。

「刀にならないじゃないですか」
「刀にならないことと、貴様が阿呆だということが分かった。実に良い収穫ではないか」

 私が言うと、妖夢はぷうと頬を膨らませた。
 とにかく、半分だけだと色々と生活に差し支えるので、元の通りに返さねばならぬと思った。

「おい、座敷の棚の上から三番目に糊が入っているから持って来てくれ」
「糊でいいんですか」
「糊でいいのだ、早くしろ」
「はあ」

 妖夢はすいーっと飛んで行った。後に残ったのは半分になった私だけだった。不意に冷たい風がひゅうひゅう吹いて、私は身震いした。いつの間にか日が暮れかけているようだった。

 ふと、もう半分の方に振り返ると、いなかった。慌てて見回すと、少し離れた所に私のもう半分が立っていた。

「ヒャッハーッ! これでおれは自由だー!」
「おいコラ、何をしている。貴様はおれだろう、おれから逃げて何処へ行こうというのだ」
「何処までも行くのさ! 自由万歳! あばよ、とっつぁーん!」

 そう言うや、もう半分は駈け出した。私は唖然としたが、このまま逃げられては堪らない。直ぐに思い直して駈け出した。
 しかし、逃げるのも私ならば追いかけているのも私だから、差は広がらないこそすれ、縮まる気配が全くない。二つの人間が同じ速度で延々と走っているのは妙な気がした。

 しばらく走っていると、妖夢が飛んできた。

「いないと思ったら、何をしているんですか」
「良い所に来た。おれが逃げた。追いかけているから手伝ってくれ」
「はあ」

 そういうわけで妖夢も一緒になって追いかけたのだが、やはり距離は縮まらない。

 いつの間にか辺りは暗くなっているらしい。どこかから夜雀の鳴く声が聞こえた。風景がぐるぐると回って溶けはじめていた。
 不自然に大きな月が辺りを照らしていて、私と私の半分と妖夢とは三つの影になって、何処とも分からない所をずっと走り続けていた。




[29743] 古い友人とワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/10/05 23:33

※主人公以外のオリジナルキャラクターが出ます。
 相変わらず駄弁っているだけです。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 私は退屈になったから、読みかけの本を持って縁側に陣取った。早秋の柔らかな陽気が私を包み込んで愉快だった。
 遠くに妙な形をした雲が浮かんでいて、ひっきりなしに形を変えているのだが、一向に流れていくことも、崩れていくこともしていなかった。それを眺めていたら、本を読むのを忘れてしまった。

 ぼんやりと雲を眺めていると、玄関の方から「頼む頼む」としきりに案内を乞う者がある。玄関から訪れる者は珍しいから、何者であろうと思い、立ち上がって玄関へと向かった。
 玄関には男が立っていた。目深にかぶった帽子の下からは伸び放題の癖毛がくるくる渦を巻き、黒いコートがまるで鳥の羽根のように見えた。
 男はぺこりと会釈した。

「お久しぶりです。お元気でしたでしょうか」
「失礼だが、おれは貴君に見覚えがない。人違いであろう」

 私が言うと、男は口をあんぐりと開けてから、やにわに笑いだした。

「相変わらず貴方は人を覚えませんね。僕です。カラスかねもん勘三郎です」
「カラスかねもん勘三郎とな」

 私は目を細めてこの黒づくめの怪人をまじまじと見た。そういえば見覚えがあるようにも思われる。記憶の糸を辿って行くと、昔の友人であることを思い出した。

「そうか、貴君はカラスであったか。失敬した。元気そうで何よりだ」
「思い出していただけたようで恐縮です」

 私はカラスを座敷に通した。カラスは「ここは一向に変わりませんなあ」と感慨深げに家の中を見回していた。

「いつ来た」
「ついさっきです。まだ何処も回っておりません」

 カラスはお茶を旨そうにすすり、ポン菓子を口に放り込んでいた。
 前回カラスがやってきたのは随分昔のことのように思われた。その時は斯様に黒づくめの汚らしい恰好はしていなかった筈だったが、時代が変わると服装も変わるらしい。私は年中無休で同じ着物だから、その気持ちは分からなかった。

「お前、部屋の中くらい帽子を取ったらどうだ」

 私が言ったら、カラスは「えへへへ」と曖昧に笑っただけだった。

「しかし、あまりに様相が違っているから、誰だか分からなかった」と私は言った。
「『外』が大分変わりましたのでね。家を持たぬ者はこういう具合になります」
「ふうん、世も末だ」

 私が言うと、カラスは机に手をついて身を乗り出した。

「そうなんです。あなたは科学を知っていますよね」
「知っている」
「科学とは本来、物事の真理の一つの側面でしかなかったわけです。植物一つ育つにも、科学の観点からはチッソ、リン酸、カリウム、の三大要素を中心に、様々な微量要素が組み合わさって出来ると『外』では信じられている」
「間違っていない」
「そうです。しかしそれは『間違っていないだけ』なのです。あなた、豊穣の神がチッソやらリン酸やらで豊穣をもたらすと思いますか」
「思わないね」
「でしょう。しかし、現に彼女は豊穣をもたらしてくれるわけです。それも真理の一つの側面なのですが、理屈を立てて説明できないことは人間にとって恐怖なのです」
「だろうね」
「だから、科学で説明出来ることだけを唯一の真理としてしまったわけです。だからここに住むような理屈の外側にいる連中は余計に住み難くなる。それでいなくなるわけだから、人間は理屈以外のことを信じなくなる。悪循環ですよ、これは」
「かもしれん」
「まあ」カラスは言いたいことを言い尽くしたように、後ろの方に体重をかけて揺れた。「だからどうしようという話でもありませんがね」

 その通りだと思った。

「幻想郷は」カラスが言った。「何か変わったことはありましたか」
「無論だ。古い妙な連中が消え、新しい妙な連中が増えた」

 カラスは「そうかあ、楽しみだなあ」等と言って笑っている。
 はたと気づいたことがあって、カラスに問いかけてみることにした。

「そういえば、今回は一人か。織部はどうした」

 私が言うと、カラスは澄ました様子で「消えました」と言った。

「幻想の外側、忘却の向こう。忘れられたものたちが集う幻想郷すら飛び越えて、いったい何処へ行ったのでしょうねえ」
「そうか、織部も消えたか。そうなっては昔の仲間は殆ど居るまい」
「はい。もう僕とあなただけのようなものだ」
「寂しくはないか」
「あなたはどうなんです」
「馬鹿な、寂しいわけはない」
「そんなら僕もそうです」

 外では雨が降り出したらしい。さっき妙な雲は雨雲だったのかもしれない。さあさあと静寂の音が空気に溶けていた。明かりを付けていないから、部屋の中が妙に暗いように思えた。

 しばらく二人して黙っていると、カラスが何か呟きだした。

「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂には滅びぬ、ひとえに風の前の塵に同じ」
「平家物語か」
「そうです」
「何だ突然」
「消える前くらいに、織部さんがずっと口ずさんでいたのです。あの人はもしかしたら消えたがっていたのかもしれません。織部さんの気持ち、分かります?」
「分からないね」
「実のところ僕にも分からないのです。それが分かった時は、僕も消える時なのだと思います」
「そうか」

 そうしてまた二人して黙った。湯飲みが空になったから、新しいお茶を淹れて、二人して黙ってすすった。それからまたカラスが口を開いた。

「あの時、月に行かずに残ったような変わり者は、あなたと織部さんくらいのものだったけど」カラスは天井の端辺りを見ているようだった。「月に行った人たちはどうして居るのでしょう」
「あらゆる結界をものともしない旅ガラスと言えど、月までは行けんか」
「僕の翼では到底届かない。いやね、一度湖に映った幻の月から、曖昧の境界を超えて、本物の月までの侵入を試みたのです」
「それで」
「ものの見事に失敗しました。僕の付け焼刃の境界弄りでは無理でした。紫さんくらいの技量があれば可能だったでしょうが」

 カラスはそう言ってから、はたと気付いたように「そうだ、結界をすり抜けてしまったから、紫さんに挨拶に行かないと」とぼやいていた。ぼやきながら、何やら面倒そうに肩のあたりをさすっていた。

「お前、肩を悪くしたのか」
「はあ、どうにも具合が悪いようで。織部さんが居なくなっちゃったから、薬が無くなっちゃいましてね」
「まさかそれで月に行こうとしたのか」
「そうなんです。八意の大先生に薬でも作っていただこうかと思ったんですが、月には入れないんじゃ仕方がない」
「八意なら幻想郷にいる」

 私が言うと、カラスは驚いた様子だった。

「月行きの急先鋒だったあの人がですか。いやあ、年月は人を変えますなあ。あなたは一向に変わっていないけど」

 カラスは妙に愉快そうに笑った。挑発に乗るのは癪だったから、私は眉をそびやかして黙ってしまった。

 丁度その時、柱時計がごんごん鳴り、縁側から雨に濡れた霊夢が上がり込んできた。服の裾や髪の毛から垂れた雨水が畳を濡らした。私はうんざりした気分になったが、そのまま畳を濡らされても嫌だったから、奥から手ぬぐいを持って来て手渡した。

「雨の日に来るとは珍しいではないか」
「違うわよ、途中で降り出したの。もう半分くらい来てたから帰るのも癪だったし。全く、突然降りだすんだもん、嫌んなっちゃう」

 霊夢は手ぬぐいで髪を拭き拭き答えた。ふと見ると、カラスが霊夢をまじまじと見ていた。霊夢はカラスにはまるきり頓着していない様子だった。
 しばらく霊夢を観察していたカラスは、私の方に向き直った。

「もしかして当代の博麗の巫女さんですか」
「何故おれに聞く。まあ、そうだ」
「へえ、道理で異様に霊力が高いと」
「うむ。霊力の高さや才能に関しては、歴代の博麗の中でもずば抜けている。だが悲しいかな、性格は歴代の博麗の中では最低の部類に入る」
「やーねセンセイ。そんなに褒めないでよ」
「そうか」
「なるほど、良い性格をしているというのは分かりました」

 カラスは愉快そうに笑った。そんなカラスを霊夢の方は眉をひそめて見ていた。

「それで、誰よ、あんたは」
「ああどうも、僕はしがない旅ガラスです。この人とは古い友人でして」
「ふーん。センセイも妙な人脈があるのね」

 霊夢はさして興味もなさそうに言った。彼女は他人のことに関しては基本的に無頓着なのである。

「しかし」カラスは首を傾げた。「さっきから気になっていますが、何です、センセイというのは」
「おれのことだ」
「あなたがセンセイ? 酷いな、どうしてそんなことになっているんです」
「皆が勝手にそう呼ぶのだから仕方があるまい」
「わたしも似合わないと思ってるんだけど。他に呼びようがないし」
「ああ、なるほど」

 カラスは、霊夢の言葉に納得したように頷いて、からからと笑った。
 似合わないと思うならば、そもそも呼ばなければ良いではないか、と思ったが、面倒だから口には出さなかった。
 ひとしきり笑ってから、カラスはひょいと立ち上がった。

「じゃ、僕はそろそろ行きます」
「そうか」
「八意の大先生はどちらにいるんですか」
「竹林の奥だ」
「そうですか。ありがとうございます。じゃ、お邪魔しました」

 そう言うと、カラスは玄関からさっさと出て行った。玄関から来て、玄関から帰って行った客はそういないから、なんだか妙な気分になった。
 勝手にお茶を淹れていた霊夢が、痺れを切らしたように口を開いた。

「ねえ、お腹空いたんだけど」
「今作る。ちょっと待て」

 私は立ち上がって台所へ向かった。
 適当に料理をしていると、座敷から霊夢が顔を出した。

「あのさ、さっきのあれは何だったの。鴉天狗?」
「始めは八咫烏、かつては大天狗、今は落ちぶれて旅ガラス。妖怪の山を統括する天魔とか言うのがいるだろう」
「いるわね」
「あれの師匠筋に当たる。尤も、今は確実に天魔のほうが実力は上だ」
「ふーん。やっぱり妖怪でも落ちぶれるのは落ちぶれるのね」
「当然だろう。人間も落ちぶれる。お前は落ちぶれ人間の代表格ではないか」

 私が言うと、霊夢はそれには答えずにごろんと座敷に仰向けに転がった。雨音が少し強くなったような心持がした。

 カラスはそれから一週間ほど幻想郷に滞在していたらしいが、いつの間にかいなくなっていた。次に会うことになるのはいつになるかは分からなかった。
 もしかしたらもう次はなくて、カラスも幻想の外に消えてしまうのかもしれなかった。



[29743] 河童とワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/10/07 22:28
 耕運機が壊れてしまったので、河童のところに持って行って修理してもらおうと思った。
 この耕運機は『外』から香霖堂という古道具屋へと流れ着いた代物である。店主は私に譲ることを渋ったが、畑も耕さぬ者には宝の持ち腐れであると熱弁を振るい、半ば強引に引き取って河童の元で修理して使用していた。

 このカラクリは燃料として『ガソリン』なる燃える水を使用するらしいが、生憎と究極の引き籠り空間である幻想郷において、そのようなものは存在しない。存在しないから、カラクリ自体は直っても、ウンともスンとも動かなかった。
 動かぬカラクリを前にして、河童は「燃料がないと駄目」などとのたまったが、「河童の技術はそんなものか」と挑発したら顔を真っ赤にして「そんなことはないよ!」と猛烈に改造に取り掛かり、ついに菜種の油で動くようになった。私はしめしめと思った。しかし、この度ついに再び壊れたのであった。

 そういうわけで耕運機をリヤカーに積みこみ、がらがら引きながら河童の牙城である妖怪の山へと向かった。リヤカーは重いから、途中で休み休み行った。休んでいると、物珍しさからか妖精がわらわらと群がってきたが、「かーっ!」と脅かすと瞬く間に姿を消した。

 河童の元に着いたのは昼過ぎくらいであった。水音があちこちからざあざあ聞こえた。木々の間からこぼれてくる光が無暗に温かく、眠くなった。
 耕運機を修理できる河童は谷のあたりに住んでいる。谷のあたりに住んでいて、名前が河城にとりとか言うから、通称「谷河童のにとり」とか呼ばれている。
 私の知る中では河童随一の技術力を持っているから、カラクリに関しては頼りになる。カラクリ以外のことで頼りになるかは知らない。

 谷の奥の滝の裏の穴の奥の先がにとりの家になっている。
 カラクリが水に濡れるのはよくないと思ったので、滝の前あたりにリヤカーを置いて、私は滝の裏側へと踏み込んだ。
 滝の裏側はひんやりと涼しく、天井や壁面に生えた何種類もの苔に、キラキラ光る水滴が滴っていて綺麗だった。床も水で濡れていたから、転ばないように注意して歩かなければならなかった。
 奥の方に進むと、調子の外れた歌声が聞こえた。調子は外れているのに、嫌に陽気な歌声だから聞いていていらいらした。
 歌声の先には河童のにとりが向こうを向いて座っていた。案の定、歌の主は彼女であった。手元を覗き込むようにして手を動かしているから、何か工作をしているのだろうと見当がついた。私はすたすたと近づいて声をかけた。

「おい」
「かっぱっぱーの――ひゃうっ!? えっ、何?」

 突然声をかけられたにとりは驚いた様子で振り返った。

「今のは自作の歌か」
「もしかして、聞いてた……?」

 私が頷くと、にとりは真っ赤になった顔を両手で覆い隠して呻いた。

「ううー、谷河童のにとり一生の不覚……」

 河童はしばらくいやいやと頭を振っていたが、開き直ったように顔を上げた。

「センセイ、忘れて。忘れなきゃ駄目」
「そうか」

 別に河童の歌などどうでもよかったが、このままでは話が進まないと思ったので、忘れてやることにした。にとりはホッとしたようだった。

「それで、今日はどうしたの。何か用?」
「耕運機が壊れたので見て貰いに来た」
「ええ、あれが壊れちゃったの? 何処?」
「濡らしては不味いと思ったから滝の前に置いてある」

 私が言うと、にとりはうんうんと頷いた。

「賢明な判断だね。センセイは人間にしては見所があるよ」

 そう言いながら、にとりは滝の方へとずんずん歩いて行く。私も後ろに着いて歩いた。足元に気を取られるあまり、天井から突き出た岩に頭をぶつけて痛い思いをした。
 滝の外まで辿り着くと、にとりは早速耕運機をあれこれ調べ始めた。
 私に出来ることは何もなかったから、ぼんやりと立ったまま空を見上げていた。哨戒任務だか知らないが、円を描きながら飛ぶ鴉天狗の姿が見えた。

「うん、分かった。バッテリーの配線がいかれてるわ、これ」
「そうか。直るのか?」
「もちろん、わたしを誰だと思ってるんだい? それで、報酬の方は?」
「これでどうだ」

 私は持ってきた袋の中の沢山の胡瓜を見せた。にとりは満足そうに頷いた。

「いいでしょー。それじゃ家の中に運んでくれる?」
「待て待て、滝があるではないか。濡れては不味いのだろう」
「ふっふっふ、まあちょっと見てなよ」

 にとりは不敵な笑みを浮かべつつ、滝の脇の岩に近づき、手を当ててぐいと押した。すると岩がガコンと動き、ずずずと音を立てて滝の水が細くなったかと思うと、一滴の水も落ちてこなくなった。

「凄いじゃないか」
「まあ、上の水の流れを変えただけなんだけど。ほら」

 にとりが示した方を見ると、先程まで滝ではなかった所にごうごうと音を立てて水が落ちていた。

「水を消すことでも出来るのかと思ったが」
「そんな非科学的なことが出来るわけないでしょ」

 妙なことを言う奴だと思ったが、口には出さなかった。

 にとりの牙城まで耕運機を引き入れ、修理することと相成った。
 聞くに、今日中には修理が完了するというから、終わるまで待つことにした。
 やることがないから、お茶でも淹れようと思い、台所を拝借して湯を沸かした。
 湯がわくのを待つ間に、にとりの家の中を見回していると、真中のあたりに、円筒状の妙なものがあって、周囲からコードが伸びていた。よくよく見てみると、家の床は縦横無尽にコードが行き来していて、歩くのが大変な気がした。

「おい、あれは何だ」私は円筒状のものを指差して尋ねた。
「んー? ああ、あれはね、人工衛星」
「人工衛星とな」
「そ。最近里の龍神像の天気予報の的中率が落ちて来ててさー、それでその衛星と連動させて正確さを増そうと思ったんだけど、どうも巧く出来ないんだよね。燃料がデリケートで危ないから近づいちゃ駄目だよ」
「そうか」

 君子危うきに近寄らず。私はなるたけ近づかないようにして、淹れ終わったお茶を運んで行こうと試みたが、慎重になりすぎたあまり逆に足取りが不安定になってしまい、一本のコードに足を引っ掛けた。
 盆の上の湯飲み茶碗が宙を舞ったので、落としてはイカンと咄嗟に手を伸ばしたら、もう片方の足が別のコードに引っ掛かって私は前につんのめった。
 倒れてなるものかと、がむしゃらに足を動かして転倒を防止しようとすると、足場が不安定だから前へ前へと進んでしまった。
 進んだ先には人工衛星があって、私はそのまま人工衛星に結構な勢いで激突した。すると何の前触れもなく、人工衛星は轟音を立てて大爆発を起こした。

 叫び声を上げる間もなく、私は人工衛星と共に粉々に砕け散ってしまった。




[29743] 名もない妖精たちとワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/10/10 21:55
 私はかりんとうがたらふく食べたくなったので、自分で作ることにした。

 小麦粉と重曹と砂糖と卵と塩を混ぜ合わせてまとめ、薄く延ばして小さな短冊状に切り分け、油でじうじうと上げるとぶうと膨らむから、それに砂糖を煮詰めた蜜を絡ませるのである。
 砂糖の焦げた匂いが鼻孔をくすぐり、食べる前から私の機嫌は大変よろしくなった。

 ふと目をやると、毎度の如く妖精どもがわらわらと家中を跋扈していた。
 甘い匂いにつられたのか、心なしいつもより数が多いように思われた。
 妖精はものを食わずとも生きていけるのだが、全体の傾向として甘い物を好むようである。それは栄養摂取というより、純粋に食べることに楽しみを見出しているように思われた。

 ふと悪戯心が湧いたから、まだ温かいかりんとうを座敷の卓袱台の上に置き、冷ますことにした。
 かりんとうは粗熱が取れなくては旨くない。熱いのが好きだという輩もいないことはないが、少なくとも私は冷めていた方が好きである。
 ほくほくと湯気を立てるかりんとうの周りで、妖精たちは卓袱台を囲むようにしてぴいぴい騒いでいる。
 私は卓袱台の一角に陣取り、山盛りのかりんとうと妖精たちとをまとめて睨みつけていた。

 私の悪戯とは、このかりんとうをこれ見よがしに妖精どもに見せつけてから、自分一人で食ってしまおうという大変意地の悪いものであったのだが、そもそもかりんとうを見せつけられて妖精どもが静かに見ている筈もなかった。私が睨みつけている間は良かったのだが、ふとした瞬間に鼻がむず痒くなって、思わず顔をそむけてくしゃみをした。すると、妖精たちがわっとかりんとうに群がった。まさに一瞬の出来事である。

 私は大慌てでかりんとうに群がる妖精どもを引きはがしては放り投げ、放り投げては引きはがしていたのだが、放り投げたそばから別の妖精が戻って来るし、一部を引きはがしても別の場所に群がって来るからきりがない。概ね無意味な格闘に依って、私が疲弊しているうちにも、かりんとうは少なくなっているように思われた。

 私はどうしようもなくいらいらした。こうなっては妖精どもを皆殺しにして、何としてでもかりんとうを食わねばならぬと決意した。
 決意したから、台所へと踏み込み、麺棒を手にして座敷に舞い戻った。これを以ってして妖精どもを片っぱしから殴り倒そうと思ってのことである。

 しかし、私が怒りの炎を燃やしつつ座敷に戻った時には、山盛りのかりんとうはなくなっており、皿の上には食べかすが転がっているだけであった。私の怒りの炎はより強く燃え上がり、妖精どもの方に目をやった。

 畳の上にはかりんとうをたらふく食べて、腹をふくふくにした妖精たちが所狭しと転がっていた。どいつもこいつも無暗に幸せそうな顔をしてふみゅふみゅ言っているから、怒りの炎を燃やしているのが馬鹿らしく思われ、私は麺棒を放り出してしまった。もはや怒りの炎は燃えカスすら残っていなかった。

 私は畳の上に胡坐をかき、手近な所に転がっていた妖精を一匹抱き上げた。柔らかくてふはふはしていて、なんだか妙に温かかった。
 膝に乗せると、そのまま私の腹に頬を擦り寄せて眠ってしまった。眠りだすと、より一層体が温かくなっているように感ぜられた。
 気が付くと、畳に転がる妖精どもはどれもこれも眠っているようだった。

 かりんとうは三時のおやつに食べようと思って作ったものだったから、西日が差しこみ始めていた。
 不思議と家の中に靄がかかっているように思われた。
 妖精たちの寝息が奇妙な静寂を作りだしていた。

 随分と眠いような心持になってきたのだが、妖精が膝に乗っているから体制が変えられなかった。
 なんだか孫や子どもが出来たような気持ちだったから、放り出そうという気も起きなかった。
 何ともなしに頭を撫でてやったら、髪の毛の触り心地が大変良かった。無心になって撫でていたら、むにゃむにゃと寝言のようなことを呟いて寝返りを打ったので、撫でるのをやめた。

 気が付くと暗くなっていた。西日の代わりに月の明かりが差し込んでいて、家の中が青暗かった。
 起こさないように膝の上の妖精をそっと降ろし、寝ている妖精たちを一カ所に集め、適当に布団を出してかけてやった。動かしている間も、妖精たちは起きる気配の片鱗も見せなかった。

 私は縁側に出て、月明かりの中ぼんやりと煙草をふかした。
 煙草の煙が月の光を受けて青白く漂って、ゆっくりと空気に溶けて行った。

 かりんとうをまた作らなくてはならないと思った。




[29743] 伊太利風お好み焼きとワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/10/12 16:17

 私の家には石窯がある。
 レンガを積み上げて隙間を耐熱モルタルで埋めただけの簡素なものだが、これでものを焼くと中々どうして旨い。
 時たまに西洋かぶれな気分になった時は、この窯で麺麭(パン)やらピッツアやらを焼く。

 そういうわけだから、特に何の理由もないのだけど、石窯でピッツアを焼こうと思う。

 小麦粉に酵母と塩を混ぜ合わせて、水で練って置いておくと、発酵して膨らむ。
発酵させている間に、刻んだ大蒜(ニンニク)と玉葱を炒め、干した目箒(バジリコ)の葉を入れ、赤茄子(トマト)の潰したのを入れて煮込み、塩と胡椒で味付けしたソースを作る。これがまた旨い。これだけでも旨い。
 発酵を終えた生地を薄く延ばした上に、そのソースを塗りつけ、適当な具材を盛り付けて乾酪(チーズ)で蓋をし、十二分に熱した石窯の中に入れる。するとものの二、三分で焼き上がってしまう。

 具材は好みもあるけれど、海がない幻想郷において魚介の類は望めぬから、畑に行って適当に取ってきた野菜と、川魚の燻製をほぐした奴とを乗せることにした。大方、何を乗せても旨く仕上がるから大したものだと思った。

 この伊太利風お好み焼きとでも言うべき食べ物には、やはりワインがよく合う。
 無論、麦酒でも一向に構わないのだが、伊太利の酒と言えばやはりワインだから、ワインと一緒に食わねば伊太利文化に失礼であると考えた。

 我が家の酒蔵には、結構な種類と量の酒が貯蔵してあるが、先日、何をとち狂ったか、鬼と酒盛りをするという暴挙に出た為、酒の貯蔵量は半分以下に落ち込んでいた。
 幸いにして、鬼は清酒や焼酎などを好み、洋酒はあまり好まぬから、麦酒やワインは被害を免れていた。まさしく不幸中の幸いというものであった。

 石窯にしこたま薪を放り込んで、ぼうぼうと火を燃やしていると、箒に跨った白黒の魔法使いが、空からすいーっと降りて来た。言うまでもなく魔理沙である。

「おーっすセンセイ、遊びに来たぜ」

 魔理沙はすとんと地面に降り立ち、ひらひらと手を振った。間の悪い時に来る奴だと思った。思っただけで口には出さなかった。

「何やってんだ?」
「見て分からんか、火を燃やしている」
「へー」

 魔理沙は生返事をしながら、ひょこひょこと座敷に上がり込み、本棚の本を物色していた。
 これはいかんと思ったが、火がごうごう燃えているものだから、離れることが出来なかった。

 むしゃくしゃしながら火を燃やしていると、今度は紅白の巫女がすいーっと降りて来た。言うまでもなく霊夢である。同時に座敷の時計が、ぼんぼんと正午を告げる鐘を打った。もうそんな時間かと思った。

「センセイ、お腹空いた」霊夢はあっけらんかんと言い放った。
「そうか。さっさと帰れ」私は霊夢の方も見ずに答えた。

 霊夢はそれには答えずに、縁側に腰掛けて足をぶらぶら振った。帰る気どころか、私の言葉に耳を貸す様子の片鱗すら見せなかった。
 妙に天気の良い日で、火の近くにいる私などは、ジリジリと額に汗がにじむような陽気であった。暑さも相まって、私はどうにもいらいらしていた。

「なんだ、霊夢も来たのか」と、本棚をあさっていた魔理沙も縁側に出て来た。
「魔理沙じゃない。何やってんのあんた」
「ちょっと本を借りようと思って」

 その言葉には異議を申し立てざるを得ない。借りるというから貸してやった本が帰ってきた試しなど一度としてないからである。魔理沙曰く「死ぬまで借りるだけ」らしい。酷い話もあったものだ。
 そうこうしているうちに窯が温まったので、具を盛り付けたピッツアを入れて蓋を閉めた。あとは少し待っていれば焼き上がる。

「へえー、ピザなんか焼いてんだ」

 魔理沙が石窯をしげしげと見ながら言った。

「今日のお昼はピザってことね。いいじゃない。このワインもその為かしら」

 霊夢の言葉に視線をやると、霊夢は手にワインの瓶を持っていた。考えてみれば縁側に置いたままだったことを思い出し、落胆した。
 乾酪が焦げる匂いがしてきたので、蓋を開けて取り出すと良い焼け具合であった。乾酪にはほんのりと焼き目が付き、あちこちでじゅうじゅうと沸騰したようになっていた。

「おおー、旨そうじゃん」
「センセイって無駄に芸が細かいわよね」
「五月蠅いな、用がないならさっさと帰るがいい」
「用はないぜ。用はないけどピザは食ってくぜ」
「わたしはお昼を食べに来たんだけど。それくらい分かりなさいよ」

 一々癪に障る娘どもだと思ったが、やり合っても勝てないので黙っていることにした。
 ピッツアを切り分けた所で、ふと取り皿がないのを思い出したので、台所へ取りに行った。戻ってみるとピッツアは忽然と消えていた。

「おい、おれの分はどうした」
「あ、ごめんセンセイ、あんまり美味しいから全部食べちった」
「ねえ、次のはまだ?」
「黙れ。直ぐに焼くから待っていろ」

 私はむしゃくしゃしながら次のピッツアに取り掛かった。
 いつもやられっぱなしというのが気に食わなかったから、ふとした悪戯心が湧いて、最近作ってみた「はばねろ」なる唐辛子のペーストを、赤茄子のソースの代わりにたっぷりと塗りつけてやった。塗っているこちらの目がしくしくとなったから、食えば惨劇は必至であろう。私は心の中でほくそ笑んだ。

「さあ、焼けたぞ。たんと食すがよい」
「あー……、それなんだけど」

 私がピッツアを持って行くと、何やら魔理沙が申し訳なさそうに頭を掻いた。

「その、なんかわたしら、いつもセンセイに迷惑かけてばっかだろ? だからちょっと反省したからさ、そのピザはセンセイが食べてよ」

 私は唖然として霊夢の方を見た。視線が合うと、霊夢は何だか照れくさそうに口をもぐもぐさせ、ふいっと視線を逸らした。

「……まあ、いつもお昼作ってもらってるし、たまには、ね」

 なるほど、殊勝な心掛けである。ただ、今回に限ってはあまりにタイミングが悪すぎた。私の手元にあるのは、世にも恐ろしき火吹きピッツアである。嫌な汗が背中を伝うのを感じた。
 霊夢と魔理沙はこちらをじっと見ている。実は全てを見通したうえで、健気さの裏に策略を弄しているのではないかという懸念もよぎったが、この二人が怪しさの片鱗も見せぬ腹芸をこなせるとは到底思えなかった。

 私は腹をくくり、火吹きピッツァーを恐る恐る食った。食ってすぐは何ともないように思われたが、次第に辛さが舌の上を蹂躙し始め、私の額には脂汗がにじんだ。

「どうだ、センセイ。旨いだろ?」
「次のピザはわたしも食べるからね」

 二人はまるで悪気のない様子で笑っている。むき出しの好意は、時としてむき出しの悪意に増して、人を破滅へと追いやるものだと思った。
 何にしても、相手の好意を損ねるのは本意では無かったし、何より、私が斯様な悪戯を企んでいたことを知られるのが嫌で堪らなかったから、私は無暗に愉快な笑顔を作った。内心は苦しくて仕方がない。

 私は意を決して、残りのピッツアをまとめて口に押し込んだ。いよいよ口から火が出た。私は口から火を噴き出したまま、にこにこ笑う羽目になった。

 火は三日ばかり納まらなかったが、その間、里にて『怪奇! 火吹き人間』なる見世物をやったら、これが中々受けて、ちょっとした小金を稼ぐことが出来た。




[29743] 活動とワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/10/13 20:40
 里の近くで活動をやるというから、見に行くことにした。
 いつもの着物にパナマ帽をかぶり、ゆらゆらと歩いて行った。
 ぼんやりと見上げた空には春告げ妖精がふわふわと漂っていた。
 おおよそ春の陽気が体に心地よかった。

 早く着きすぎてしまったから、里の入り口近くの一杯飲み屋で杯を傾けていると、向かいの席に誰かが腰かけた。寺子屋教師の上白沢慧音女史であった。

「こんにちは、センセイ」
「慧音君ではないか。息災そうで何よりだ」

 私が言うと、上白沢女史は愉快そうにくすくす笑った。風に揺れる長髪が何処となく儚い印象であった。
 聞けば、上白沢女史も活動に行くそうで、友人と待ち合わせをしているらしかった。

「人里の者にも行く者がいるからね。妖怪も大勢来そうな気配だから、見ておかないと」
「そうか」

 彼女は人里の守護者であるから、そういうことも仕事のうちなのかもしれぬと思った。
 二人してぼんやりと杯を傾けていると、誰かがやってきた。長く白い髪をなびかせ、赤いもんぺ袴をはいていた。

「あれ、センセイじゃないか。久しぶりだね」
「ああ、貴君は……藤の花もこもこ君だったか。元気そうだな」
「藤原妹紅だよ! なんだよもこもこって……、おい慧音、笑い過ぎだろ!」

 私の向かいでは上白沢女史が机に突っ伏して肩を震わせていた。くくくと堪えたような声が聞こえるから、間違いなく笑っているのだろうと思った。
 ひとしきり笑い終えた上白沢女史は、佇まいを直して「ごめんごめん」と言った。ふと悪戯心が湧いて、「もこもこ」と呟くと即座に噴き出した。妹紅は口をへの字に結んで黙っていた。これ以上機嫌を悪くするのもいかんと思われたので、ふざけるのは止めておくことにした。

 彼女が上白沢女史の待ち人、藤原妹紅である。
 元は人間であったらしいが、何やら八意の怪しげな薬を飲んだがゆえに、老いも死にもせず、挙句は体を燃やしても大丈夫という妙な芸を見につけたらしい。今では立派な人外である。
 妹紅は眉をひそめながら、私たちと同じ机に腰を落ち着けた。

「慧音ってそんなに笑い上戸だったか?」
「ごめっ――、くくっ、ツボに入ったんだ、すまないっ――」

 上白沢女史は未だ苦しそうだったが、救う手だてが思い当らなかったから、放っておくことにした。
 私は飲み屋の店員に、空になった徳利を下げさせ、新しい徳利を持ってこさせた。
 天気の良い日だった。暑くも寒くもなかった。

「そういえばセンセイ」と妹紅が口を開いた。
「何だ」私は答えた。
「この前里で見世物やったんだって?」
「火吹き人間か。あれは暑かったし、辛かったが、受けは良かった」
「わたしもやれば受けるかな」
「無理だな。あれはただの人間であるおれがやるから面白いのであって、能力持ちの人外の貴君がやったところで面白くも何ともない」

 妹紅はつまらなそうに杯をあおった。
 笑い虫が落ち着いたらしい上白沢女史が、徳利から酒を注ぎながら言った。

「今日の活動の内容は知っているかい?」
「いや、わたしは知らないぞ。慧音も知らないのか」と妹紅が言った。
「わたしも知らない。センセイは御存じ?」

 と上白沢女史に尋ねられたので、私は口を開いた

「知らん。しかし、上映を企画したのは天狗だ。何をやるにしても、碌なものではあるまい」

 その碌でもないものを見に行く我々も大概であるが、口にするとむしゃくしゃしそうだから止めておいた。

 実のところ、此度の活動で使用される映写機は、『外』から香霖堂へと流れて来たものである。かなり古い代物だったから、すでに動かなくなっていた。それを天狗が引き取り、河童に修理させたのである。
 何故私がそんなことを知っているかというと、天狗が映写機を引き取って行く時、香霖堂で古道具を物色していたから、そのやり取りを目撃していたのである。

 とにかく、取り留めもない話をした後、開場を告げる鐘が、がらんがらんと鳴ったから、我々は立ち上がった。
 里の外へ出て、少し行った所に、大きな天幕が張ってあって、そこが活動の会場になっていた。すでに天幕の前には大勢の妖怪、妖精、人間、その他諸々が列を成していた。
 といっても、大人しく列を作って待っているような連中でないから、ざわざわとやかましい。気が付いたら、私は上白沢女史とも妹紅ともはぐれてしまっていた。しかし、元々一人で来るつもりだったから、気にしないことにした。

 天幕の入り口では、谷河童のにとりが切符のもぎりをしていた。

「あ、センセイじゃない。見に来たんだ」
「一枚頼む。盛況だな」私はあたりを見回しながら言った。
「へへっ、ここの連中は珍しい物好きだからねえ。センセイ、一人で来たの?」
「慧音君と妹紅君と一緒だったが、はぐれてしまった」
「そっか。はい、まだ良い席が空いてると思うよ」

 にとりから切符を受け取り、天幕の中に入った。中は人でごった返しており、人いきれに息が詰まる思いがしたが、頭を振って持ちこたえた。
 にとりの言った通り、スクリーンにほど近い、中々良い席に陣取ることが出来た。
 天幕の前部にはスクリーンにするための白い大きな布が張られており、その横にプリズムリバーの騒霊楽団が控えていた。
 スピーカの類が見受けられぬことから、音声が収録出来ず、代わりに楽団に演奏をさせて、場を盛り上げようという魂胆であろうと推測した。

 粗方の客が入り終え、客席がざわざわとやかましくなってきた頃、天井から吊るされていた洋燈の明かりが徐々に消えて暗くなり、映写機がるれるれ回る音がして、騒霊楽団が演奏を始めた。
 同時にスクリーンに亜米利加の喜劇や実写が写って、明るくなったり暗くなったり、現れたり消えたりしながら進んで行った。これは映写機にフィルムが付いていたのだろうと思った。

 それから今度は、幻想郷にて撮影されたのであろうものが写り始めた。
 取り留めもない風景や人の顔が写っては消えて行った。寺子屋の授業風景、湖で弾幕ごっこに興じる妖精、妖怪の山に佇む白狼天狗、里の通りの風景、昼寝する巫女、箒から落っこちている白黒の魔法使い。何故だか私の顔もまぎれていた。
 人の顔が移り変わる度に、客席から小さな反応が上がっていた。おそらく、自分の顔でも映ったのだろうと思った。

 取り留めもない映像であるのに、妙に気分が高揚するのは、楽団の演奏の為であろうと考えた。先程から愉快な音や陰鬱な音が天幕中に鳴り渡り、映像を盛り上げていたのだが、些か五月蠅いような心持もしてきた。
 しかし、客席は五月蠅いとは思っていないようで、逆に盛り上がりを見せていた。盛り上がりすぎて、活動を見ているのかどうかも怪しい具合になってきた。

 気が付くと、天幕中の客たちは誰からともなく席を立ち、両手を上にあげて踊り出していた。
 椅子の倒れる音が聞こえ、映写機が止まったようだった。
 誰かが「危ないぞ、やめろ」と叫んだようだった。声から察するに、上白沢女史だったように思えるが、騒ぎにかき消されて直ぐに分からなくなってしまった。

 結局、活動を見に来た客は、私も含めて三日三晩、踊り続ける羽目になったのだった。




[29743] 吸血鬼の館とワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/10/20 05:11

 ※カリスマブレイク注意。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 私は吸血鬼のお茶会に招かれたから、出かけることにした。

 聞くに、西洋の催しである「ハロウィン」なる趣向があるようで、何かしらの仮装をして来るべしとのお達しがあったから、何かないかと家中を探し回ったが、良さそうなものは見つからなかった。
 仕方がないから、昔、縁日で貰ったひょっとこのお面を持って行くことにした。
 いつもの着物を綺麗に洗濯して着、お面を付けてパナマ帽をかぶった。

 仮装の為の家探しをしていたら、家を出るのが遅くなってしまった。
 しかし、それで急ぐのも嫌だったから、悠々と歩いて行った。

 吸血鬼の館は霧の湖に浮かぶ小さな小島に建っているのだが、館へ通ずる橋は、私の家の方向から行くと丁度湖の対岸にある。
 つまり正門に行き着くには湖をぐるりと回らなくてはならないから、面倒だった。
 湖の畔に立った私は、どうにかして無駄周りをせずに済む方法はないものかと思案した。

 しばらく思案していると、ふと昔、通信講座で水上歩行を習っていたことを思い出した。
 すなわち、右足を水の上に置き、右足が沈む前に左足を前に出し、左足が沈む前に右足を前に出すのである。これを繰り返すことによって、水上を自在に歩行することが出来るというものであった。

 私は一人頷き、入念に準備体操をしてから二、三歩後ろへ下がり、勢いを付けて水上へと足を踏み出した。と同時に盛大な水しぶきを上げて、私は湖へと落ち込んだ。失敗である。

 一度濡れてしまうと人間破れかぶれになるもので、面倒になった私はそのまますいすい泳いで吸血鬼の館へと向かった。
 水が妙に冷たく、また水草が体にまとわりついた。
 私が上陸したのは館の裏手だから、ぐるりと正門まで回ることにした。途中、巡回中の門番妖精と出くわしたから、案内を頼んだら、怖いものを見たような顔をして逃げて行った。失礼な奴だと思った。

 仕方がないからそのまま正門へと歩いて回ると、館の門番である大陸の妖怪少女が突っ立っていた。名前はよく覚えていないが、みりんのような名前だったと記憶している。
 みりん少女は私に気付いたようだったが、同時に恐ろしいものを見たような表情になって、さっと身構えるや、「くせものーっ」と叫んで回し蹴りを放ってきた。蹴りは私の頭に直撃し、頭が一回転した。

「おい、何をする。おれはお茶会に招かれたのだぞ」
「あ、その声は里離れの百姓センセイですね! これは失礼しました! あとわたし、本みりんじゃないですから!」

 私のことが分かったと見えて、大陸の妖怪は構えを解いた。私は、蹴る前に気付いてほしかったものだ、と心の中で毒づいた。

「それにしても」門番妖怪は私をまじまじと見ながら言った。「貴方、なんでそんな怖い恰好をしてるんですか」
「仮装をして来いとのお達しだったからだ」
「ああ、そういえばハロウィンでしたね。わたしは今日も門番ですが」

 門番君は悲壮な雰囲気を漂わせ始めた。面倒臭い奴だと思った。
 それにしても、門番君といい、妖精といい、そこまで私の姿を恐れる理由がいまいち理解できぬ。ひょっとこのお面一つで、それほどまでに不気味であろうかと思い、湖に姿を映して見た。

「うわっ」

 私は思わず声を上げた。揺れる水面には、全身ずぶぬれで、ひょっとこのお面を付け、全身に良く分からない水草をまとわりつかせた怪人が立っていた。水草が髪の毛のように垂れ下がっており、その隙間から、ひょっとこのギョロリとした、まるで生気のない目がこちらを伺っている。
 これは怖い。問答無用に怖い。怖いけれども、ひょっとこと水草はまるで脈絡がない。脈絡がないゆえに、逆に意味不明の不気味さを漂わせているのやも知れぬ、と思った。

 別に誰かを怖がらせたいわけではないから、水草を取り去って、元の通りの着物とひょっとこ面にパナマ帽に戻ることにした。ただ濡れた体は容易に乾かぬ。

「というか、何で泳いで来たんですか。普通に歩いてくればよかったんじゃ……」
「失敗したのだ」
「え、何に」
「水上歩行に、だ」
「水上歩行に失敗したから、泳いで来たんですか」
「そうだ」
「はあ……」

 門番少女はよく分かっていない表情だったが、別に分かる必要もないと思ったので放っておくことにした。

「とにかく、おれは客であるから通らせてもらう。それと、貴君の名前は何だったか」

 私が言うと、門番君はふっふっふと意味深な笑みを浮かべた。

「名前を間違われて幾年月! 今までの教訓を得て、わたし、名刺など作ってしまいました! お納めください!」

 そう言って小さな紙切れを手渡された。そこには「紅魔館門番兼花畑庭師、華人小娘、紅美鈴」と書かれていた。私はなるほど、と頷いた。

「そうか、‘くれないみすず’と云うのか。本みりんなどと言って失敬した」
「‘ほん・めいりん’ですよっ! 名刺を作っても間違われるなんて!」

 「うわああああん」と咆哮する美鈴を後にして、私はさっさと館の中にお邪魔することにした。

 館はあちこちが妙に赤色であった。相変わらず趣味の悪い館だと思った。斯様に赤色に囲まれて快適に暮らせるものであろうか。少なくとも私は御免である。
 歩いて行くと、こつんと後ろから頭を小突かれた。振り向くとメイド服を着た少女が立っていた。

「濡れたまま館に入るとは何事ですか」
「仕方がなかろう。妖怪濡れひょっとこの仮装なのだから」
「そんな妖怪がいるのですか」
「スキマ妖怪なんて胡散臭い物がいるくらいだから、濡れひょっとこ妖怪くらい居てもおかしくないだろう」
「うーん……」

 メイドは腕を組んで唸っていたが、無理やり納得したようで顔を上げた。

「とにかく、仮装かもしれませんが、敷き物が濡れるのは困ります。ちゃんと拭いて下さい」

 私はいつの間にか頭にタオルをかけられていた。そういえば、目の前のメイド少女は時間やら空間やらを、好き勝手にどうこう弄れるのだと思いだした。一応人間だそうだが、彼女も大概人外である。

 ひとまず髪の毛やら着物の裾やらを拭き、タオルを返した。「お嬢さまがあちらでお待ちです」と言われたので、少し先の部屋に入った。
 だだっ広い部屋の中では、館の主である吸血鬼の少女が、憮然とした表情で窓際に佇んでいた。相変わらず変な帽子をかぶっているなと思った。名前は忘れた。

「御機嫌よう、吸血鬼くん」

 私が声をかけると、吸血鬼は驚いたようにこちらを向いた。一瞬嬉しそうな表情をしたが、直ぐにハッとしたように頭を振り、むんとふんぞり返った。

「ふん、遅かったじゃない」
「失敗したものでな」
「失敗? 何に」
「水上歩行だ」
「はあ……?」

 吸血少女は話の要領が掴めていないようだったが、水上歩行は別段重要な話でもなんでもないので、放っておいた。

 部屋を見回してみると、私の他には誰も客が来ていないようだった。お茶の支度はされているようだが、人がいないから閑散としていて、幽霊屋敷に迷い込んだような錯覚にとらわれた。尤も、吸血鬼の館という時点で、幽霊よりも性質は悪いのかもしれないと思った。
 誰もいないということを指摘したら、吸血少女は顔を真っ赤にした。

「――っ! 仕方ないじゃない! せっかく招待してやったのに誰も来ないんだもの! 霊夢なんてわたしが直々に神社まで出向いて教えてやったって言うのに、なんで来ないの! バカ!」
「おれに当たられても困る」

 吸血少女はわあわあと愚痴をこぼしながら、ぽっぽこぽっぽこと頭から湯気を噴いて、両手をバタバタさせた。五百年生きているらしいが、大概子供だと思った。
 ひとしきり動き回った吸血少女はふうと息をついて、椅子にぽすんと腰かけた。

「はあ、まあいいわ。騒いだ所で誰が来るわけでもないし……、始めてれば誰か来るかもしれないし」
「そうか」
「咲夜!」
「お呼びですか、お嬢さま」

 吸血少女がメイド少女を呼ぶと、瞬く間に現れた。凄い奴だと思った。

「お茶会を始めるわ。パチェとフランを呼んできて頂戴」
「かしこまりました」

 そう言うと、メイド少女は音もなく出て行った。あれはメイドではなく、忍者か何かではないかと思った。
 私は手近な椅子を引いて腰かけた。柔らかいクッションがついていて、座り心地はすこぶる良いものだった。
 背もたれに体重をかけてぼんやりしていると、吸血少女が口を開いた。

「ねえ、そのお面は何?」
「ひょっとこだ」
「それは分かるのだけど、何でひょっとこのお面なんて付けて来たの」
「仮装して来いとのお達しを出したのは貴君だろうが」

 私が言うと、吸血少女は訝しげに眼を細めた。

「確かに仮装して来いとは言ったけど……ハロウィンよ? ひょっとこって……どんなセンスしてるのよ、貴方」
「仮装になりそうな物がこれしかなかったのだから仕方あるまい。そう言う貴君こそ何の仮装をしているのだ」
「吸血鬼に決まってるじゃない」

 なるほど、と私は思った。

 すると突然「センセーっ!」と声を上げて、赤と黄色の影が私の背中に飛びかかってきた。
 凄まじい衝撃が私の体に走った。
 椅子の背もたれがひしゃげた。
 背骨の砕ける音がして、私は泡を噴いて机に突っ伏した。死んだのだ。

 死んでしまった私の背中には、飛びついて来た少女が張り付いていた。私は死んでしまった私と、その背中に張り付く少女をうんざりとした表情で見た。

「おい、死んでしまったではないか」
「えっ、嘘。そうか、センセイ人間だから脆いんだ」

 私の背中の少女は、死んでしまった私をゆさゆさ揺さぶった。

 この少女は、館の主である吸血少女の妹である。名前は覚えている。確かフラフラドールとかいった筈だ。
 以前、彼女の姉が異変を起こした際、抗議に乗り込んだ私を一撃の元に粉砕した少女だから、嫌でも印象に残っている。困ったことに妙に懐かれているので文字通り骨が折れる。

「フラフラドール、おれを揺さぶるのを止め給え。お前の力は半端ではない」
「むうう、わたしフラフラじゃなくてフランだよっ」
「そうか」

 ぷんすか怒るフランドールを無視して、新しい椅子に腰かけた。死んでしまった私は後で持って帰らねばならない。荷物が増えたことに些か腹が立ったが、死んでしまったものは仕方がないから、放っておくことにした。

「パチェはどうしたの」
「本を少し片付けてから来られるそうです。先に始めていて構わない、と」
「そう、なら始めましょうか」

 主の号令がかかり、お茶会が始まった。何のことはない、ただ取り留めもない話をしながら、お茶を飲んだだけである。何の為に仮装をしてきたのかまるで分からぬ。

 後半は館の主の吸血少女の愚痴をひたすら聞く羽目になった。おそらくは、大勢集まった際の催しを考えていたのだろうが、結局、私一人しか訪れなかった為にお流れになってしまったのであろう。来なかった連中への恨みつらみが出るわ出るわで、聞いていてとても疲れた。

私も来なければよかったと思った。




[29743] 里近くの寺とワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/10/19 16:03


 私は里へ続く道を歩いていた。
 右手には藪が広がっており、時折、中で何かががさがさと音を立てていた。
 日の光が無暗に明るく、暑いような気がした。だからたまに吹く風が堪らなく心地よかった。
 道は延々と続いていて、路端には萌えだしたばかりの草が日の光を一杯に受けて、ぐんぐんと背伸びをしていた。
 空の低い辺りを妖精が二、三匹ふはふは漂っていた。

 里の近くまでやって来ると、寺で灌仏会(かんぶつえ)の縁日をやっているらしかった。人や妖怪が大勢いるようだった。ついでだから覗いて行こうと思った。
 この寺は命蓮寺といって、宝船が変化したものである。元は妖怪の為に開かれたものであったそうだが、元が宝船であるから縁起が良いし、人里に近く、行き易いということもあって、人間の参拝客も大勢いるようだった。何処ぞの神社にも見習わせてやりたいものだと思った。

 寺の境内には沢山の屋台が立ち並んでいた。本来相容れぬ筈の人間と妖怪とが肩を並べて、和気藹藹と祭りを楽しんでいるのが妙で、不思議な心持がした。
 少し行った所に花御堂があったから立ち寄って、誕生仏の像に甘茶をかけて灌仏会を祝ったら、甘茶と虫除けのまじないの札を貰った。

 見知った顔も大勢来ているようだった。しかし私は、祭りなどは一人でゆっくり回りたい人間だから、あえて声もかけずに身を低くして歩いた。
大抵の見知りは連れがいたから、私が声をかける必要もなかったように思われる。
 本堂の前では子どもたちが剣舞を踊っていた。篝火が焚かれ、笛や太鼓のお囃子が鳴っていた。

 剣舞をぼんやりと眺めていると、後ろからとんとんと肩を叩く者があったので振り返った。振り返った先には、頭巾をかぶった寺の尼僧が立っていた。翁の顔をした霞が彼女の周りを漂っていた。

「こんにちは、来られたのですね」
「偶然通りかかったものだから。貴君は七輪君だったか」
「一輪です」
「それは失敬」

 一輪尼僧は大して気にしていないようだった。間違われやすいがゆえに、もう慣れてしまっているのやも知れぬと思った。

「しかし盛況だな。妖怪も人間も大勢来ている」
「ええ、こういった風景が日常的に行われるのが、姐さんの理想ですから」
「ふうん」

 立派なものだと思った。

 しばらく二人して剣舞を眺めていたが、一輪が「そうだ」と思い出したようにこちらを向いた。

「あなたが来たら呼ぶようにと言われていたのでした」
「そうか」

 おそらくは寺の主に呼ばれているのだろうと思った。私はこの寺の主は苦手なのだが、呼ばれて行かないわけにはいかないから、一輪尼僧に導かれるままに、本堂の方へ歩いて行った。
 本堂の階段を上がり、扉の前に立った所で唐突に扉が開き、中から鼠妖怪の少女がぴょんと飛び出してきた。
 危うく私や一輪にぶつかりそうになった鼠少女は、おっとっとと横に飛び退った。誰も転ばなかったからよかった。一輪が眉をひそめて叱責した。

「ナズーリン、危ないではありませんか」
「おっ、と、失敬失敬、急いでいたものだから……、おや、センセイじゃあないかい」
「鼠君、そんなに急いで何処へ行くのだ」
「ダウジングがお宝の気配を察知したのでね」
「そうか」

 それだけ言うと、鼠少女は忙しそうに駆けて行った。流石は鼠、小回りが利くものだと私は感心した。

 本堂の中に入ると、外の喧騒が嘘のようであった。
 中では寺の主の尼僧、聖白蓮と、毘沙門天の弟子である虎妖怪の少女とが、甘茶を飲んで歓談しているらしかった。

「姐さん、お連れしました」

 一輪尼僧が呼びかけると、二人はこちらを向いた。私を見るや、白蓮は嬉しそうに立ち上がった。

「来て下さったのですね、センセイ」
「通りかかったものだから」

 ずいずい近寄って来る尼僧に圧倒され、私は思わず後ずさった。
 私が彼女を苦手とするのは、このまっすぐな心情があるからである。
 幻想郷に住まう連中は大抵が捻くれているのだが、彼女にはそういった部分が少ない。全くないとは言えないだろうが、おそらく殆どないに等しいくらいしかあるまい。だから逆に扱いに困るのである。

 見かねたのか、虎少女が苦笑いを浮かべて、「聖、センセイが困っているよ」と助け船を出してくれた。白蓮尼僧は「あっ、ごめんなさい」とあわあわしながらすすすと下がった。私はため息をついた。

「どうぞ、お座りください」

 虎少女に座布団を勧められたので、私は腰を降ろし、甘茶を御馳走になった。
 私の右手に虎少女、左手に一輪尼僧が座っており、向かいには白蓮尼僧が座っていた。なぜ向かい合わせになったのか。居心地がすこぶる悪かった。

 白蓮は喋ろうか、どうしようか迷っているような様子で落ち着かなかった。先程詰め寄って私が困ったゆえに、口を開くのを憚っているように思えた。
 彼女は若いように見えて、魔法の力で随分長い時間を生きているのだから、もう少し落ち着きを持ってもいいのではなかろうかと思った。

 主が喋らないものだから、両隣の二人も喋らなかった。私も黙っていたから、外の喧騒が妙に大きく聞こえた。
 沈黙が嫌だったから、虎少女に「その頭のは蓮か」と尋ねると、「蓮ですね」と答えた。会話が終わってしまった。余計に居心地が悪くなった。このまま帰りたくなったが、そういうわけにもいかないから、無理にでも話題を振らねばならぬと考えた。

「しかし、中々祭りが盛況ではないか」

 私が言うと、白蓮は嬉しそうに身を乗り出した。

「そうでしょう? 人間も妖怪も沢山来てくれているのです」
「それは良かった」と私は言った。
「しかし」と白蓮は軽く目を伏せた。「まだ、こういった祭りの場以外の所では、両者の仲は良好とは言えません」
「だろうね」
「わたしたちが目指すのは、こういった交流が日常的に行われることなのです」
「そうか」
「それでですね」白蓮はよりずずいと身を乗り出した。「センセイは人間ながら、普段どのようにして妖怪たちと交流をされているのですか?」

 よく分からない質問だと思った。
 別に私は妖怪と交流したくてしているわけではないし、特別何かを意識してもおらぬ。
 ややもすれば食われてしまうし、死ぬこともあるから、出来得ることならあまり会いたいわけではないのである。
 しかし、何故だか知らないが、向こうの方から勝手に絡んでくるのだから断りようがない。

 そういったことを云うと、白蓮は首を傾げた。

「しかしですね、センセイは能力も霊力も魔力も神力も何も持っていらっしゃらないのに、妖怪と対等にお付き合いされている。これは凄いことですよ?」
「凄いものか。毎回酷い目にしかあっておらん」

 私はいらいらしてきたから、甘茶を飲みほしてしまった。
 しかし、さっきから湯飲みが空になる度に、虎少女が甘茶をなみなみと注ぐものだから、腹がたぷたぷしてきた。
 口の中が甘茶の味しかしなくなってきて、気分が悪くなった。

 白蓮たちには悪いが、このまま帰ろうと思った。しかし、話が途中だったから、無理にでも落ちをつけなくては帰してもらえない気がした。

「すなわち」私は言った。「妖怪であるとか、人間であるとか、そう云ったことは些細な問題でしかない」

 私は言葉を区切った。相手方が何か言うかと思ったのだが、向こうはこちらを食い入るように見つめていて、私の言葉を待っているようだったから、仕方なしに続けることにした。

「相手を妖怪だとか人間だとか考えるから、面倒事が起こるのだ。たとえば――貴君は何と言ったか」
「寅丸星です」

 私が尋ねると、虎少女は答えた。

「その寅丸君を妖怪だとか、毘沙門天の弟子だとか考えるのではなく、あくまで寅丸君個人として考えるのだ。相手の肩書や立場や種族に頓着せず、優雅なる身のこなしで人物間を飛びまわってこそ、美しく調和のある人生が開けるのである」

 口から出まかせであるから、自分でも何を言っているのか分からなくなってしまった。
 しかし、一輪君も寅丸君も感銘を受けたように何度も頷き、白蓮尼僧に至っては、「流石です」と等と言って、私の手を取って目を輝かせていた。
 何が流石なのかはさっぱり分からなかった。

 そういうわけで、からくも寺から逃げ出すことに成功した私であったが、後日、白蓮が以前にも増して五月蠅いくらいに、平等の大切さを説くものだから辟易している、と昼飯をたかりに来た霊夢が愚痴をこぼしていた。

 いずれ、私に原因の一端があることがばれ、白蓮の説教に腹を立てた連中に、「余計な入れ知恵をしおって」と、袋叩きにされるのではないかと危惧している。



[29743] さとりの妖怪とワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/10/20 17:54


 私は散歩をしていた。ひょうひょうと冷たい風が吹いていたから、襟巻に顔をした半分をうずめて歩いた。
 揺れるススキが白く輝いていた。

 不意に前方から強い風が吹いたから、パナマ帽が飛ばされてしまった。これはいかんと思って、慌てて追いかけたが、帽子は風に乗って何処までも飛んでいくように思われた。
 一刻ばかり追いかけた後、ようやく帽子は地面にひらひらと落ちた。
 私はやれやれと思って帽子に近づいたが、足を踏み外して穴に落ちた。

 深い穴であった。
 あまりに深いから、落ちながら、これは地獄への縦穴ではないかしらんと腕を組んで考えた。
 地獄行きは御免であるから、どうにも居たたまれない気持ちになったが、非常識な連中と違って空が飛べないから、黙って落ち続けた。

 しばらく落ちていると、私を追いかけるようにしてパナマ帽が落ちて来た。私はそれを捕まえて頭の上に置いた。ひとまず帽子が戻ってきたので安心した。

 帽子を捕まえてからまた長いこと私は落ち続けた。
 あまりに長かったから、途中で眠くなって眠ってしまった。

 どれくらい眠っていたかは分からないが、不意に冷たい風が頬を撫ぜたから、私は目を覚ました。
 地面が近いようだったから、私は身を翻して着地した。足が少ししびれた。

 はたして地獄かと思ったが、地獄にしては気が利かないから、おそらくは地底であろうと見当をつけた。私はモグラではないから、早い所地上に出たかった。
 私は地上を目指すことにしたが、どちらが地上かさっぱり見当がつかぬ。上へ向かえば地上に出ることは分かるのだが、空が飛べないから単純に上昇することもできない。
 飛べる連中がいつもに増して羨ましくなった。

 何処へ続くとも分からぬ道を、延々と歩いていると、向こうから誰かが歩いて来ていた。眼を細めて見ると、少女のようであった。
 このような所を一人で歩く少女に碌なものはいない。私は身構えつつ進んだ。

 少女の方も私に気づいたらしく、目を細めた様だった。もうお互いに姿がよく見える距離まで近づいていたことに気付いた。

 少女は体に、ひもがついた三つ目の眼を纏わせていたから、彼女が噂に聞くさとりの妖怪であろうと思った。すると少女が口を開いた。

「よく御存じですね」

 やはりさとりの妖怪だったようである。聞くに心を読むというから、あまり趣味が良いとは思えなかった。

「趣味が悪くて、悪かったですね」
「ふむ、心を読めるというのは本当のようだな」
「こんな所に散歩に来たあなたは、いったい誰なんです」
「道に迷ったのだ」
「道に? ……ふむ、穴に落ちて……ああ、なるほど。よくここまで来れたものですね」

 人の許可なく心を読むとは癪に障る奴だと思った。私はいらいらしてきた。

「まあまあ、そう怒らないでください。……『黙れ、一々癪に障る奴だ』? そんな理不尽な……」

 心を勝手に読むような輩が、理不尽さを語るのに滑稽さを覚えた。
 読まれて困る心ではないが、無暗に読まれるのは腹が立つ。私は通信講座によって閉心術を心得ているから、これ以上勝手に読まれて堪るものかと思った。

「おや、心が……。貴方は本当に何者なのです?」
「そんなことはどうでもいい」
「どうでもよくありません、地霊殿の主として、得体の知れない輩を野放しにするわけにはいかないのです」
「おれは地上に戻りたいだけだ」
「では何故心を閉じたのですか」
「心を勝手に読まれるのは好かん」

 話が平行線をたどる為、私とさとり妖怪とは黙って睨みあった。
 向こうも眼前の相手の心が読めないのは稀有なことであろうから、苛立っているように思われた。

「……分かりました、そちらがその気ならこちらにも考えがあります」

 そう言うと、さとり妖怪は両手を前にかざした。私はギョッとした。「待て待て、実力行使はいかん」という私の言葉にも耳を貸す様子はなかった。

「……あなたは妙なものを恐れるのですね」

 さとりはそう言うと、両の手から光の球を放った。
 それはこちらを粉砕するかと思われたが、そうではなく、少しずつ形を変えながら、光が収まってきた。
 光が完全に収まり、形が完全に見えた。私は「ぎょええええ」と叫び声を上げた。

「来るな来るなっ。おれは信楽焼の狸だけは駄目なんだ、やめろ」

 目の前の信楽焼の狸は私の訴えなど意に介さず、ずんずん近づいてきた。私は必死になって逃げた。

 どれくらい逃げたか知れないが、地上に出た時すでに夏になっていたから、随分長いこと逃げていたのだな、と思った。




[29743] 紅葉と豊穣の姉妹神とワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/10/25 20:30


 この所、我が家の納屋に秋神姉妹が間借りしている。

 座敷を使っても構わん、と言ってはみたものの、何故か納屋の方が居心地が良いらしいから、何も言わないことにしている。

 季節は秋だったから、山が紅葉していて見事だった。
 間借りしている神姉妹は、姉が紅葉を司り、妹が豊穣を司っている。この時期は妙に高揚した気分で毎日出かけて行くのが見られた。

 その日は里で収穫祭があって、豊穣の神である妹が来賓として招かれたから、姉の方と私もついて行った。
 人里の長である甘木さんが、今年の米の出来はどうだこうだとつらつらと話をし、新米が炊かれて振舞われた。まずまずの出来だと思った。

 しかし、本来豊穣を祈るのは収穫前でなくてはならぬ。収穫した後にものが増える道理はないから、本来は皐月の虫追いの祭り頃に、豊穣祈願をすべきなのだが、その祭典が行われている記憶はなかった。

 収穫祭の帰り、私は右手を姉と、左手を妹と繋いで、てっくらもっくらと歩いて帰った。
 真っ赤に紅葉した山に、太陽が沈み、空を赤く染め上げていた。

「センセイ、今日はお芋を蒸かす?」と妹が言った。
「蒸かすとも」と私が言った。
「本当? やったー」と姉が言った。

 日が暮れ出すと、風が冷たいように感じた。背中から西日を受けて、影だけが妙に長かった。

 家に帰り着くと、妖精たちが空の酒瓶と鞠を使ってボーリングをしていた。「かーっ」と脅かすと、きゃあきゃあ言って逃げて行った。

 出かける前より家の中が雑然としていた。
 酒瓶を片付け卓袱台を拭き、洋燈に火を灯して、かまどに火を入れた。
 秋姉妹は卓袱台の前にちょこんと納まって、その様子を見ていた。

 家の外では風が強くなり出しているらしい。
 びょうびょうと動物の鳴き声のような音が聞こえた。がらんがらんとブリキのバケツが転がって行ったようだった。雨戸を閉めた方が良いのかもしれないと思った。

 お湯が沸いたので、蒸し器を乗せて芋を蒸かすことにした。
 この時期の薩摩芋は甘くて旨いから、蒸かすだけでなく、焼いたり、味噌汁の実にしたり、ご飯と一緒に炊きこんだりして沢山食べる。
 しゅうしゅうと湯気が噴き出し始めると、秋姉妹がそわそわしていた。

「センセイ、もう少しで出来る?」
「もう少しで出来る」
「お腹空いたなあ」

 いつの間にか妖精たちが戻ってきていて、姉妹と一緒に卓袱台を囲んでいるようだった。妙な光景だと思った。

 日は暮れて、外には夜がやって来ていた。家の外の夜と、家の中の昼とがせめぎ合っているらしかった。夜の底が妙に青白く見えると思ったら、月明かりで照らされていた。
 風は未だ強かったから、私は雨戸を閉めた。夜は家の外に閉め出された。

 芋が蒸かし終わったから、鍋から適当な皿に盛って、座敷に運んで行った。

「わあ、美味しそう」
「美味しいとも」
「食べても良い?」
「食べてもかまわん」

 私が言うと、秋の姉妹と妖精とが一斉に芋に群がった。私の分は無くなるようだった。しかし、元々腹が減っていなかったから、気にならなかった。

 姉妹の妹の方は焼き芋の匂いがする。そのような香りの香水であるらしい。
 秋らしい匂いと言えばそうなのだが、焼き芋の匂いを漂わせて、空中に漂っていては、妖怪に食われるのではないかと思った。
 しかし、それから直ぐに、彼女らは仮にも神であるから、よほど強い妖怪か、妖怪より強い巫女のようなものでなければ、食われはすまい、と考えた。

 皿の上の芋は瞬く間に姿を消した。少女たちはたらふく芋を食ったらしかった。妖精は畳の上に転がっていた。秋姉妹は、湯飲みの水を飲んで、「けぷ」と息を吐いた。

「今年の紅葉の具合はどうだ」私は尋ねた。
「んー、まあまあだよ。去年よりちょっと遅いかも」姉の方が答えた。
「遅いのは何故だ。お前、寝過しでもしたのかい」

 私が言うと、姉の方は「えへへへ」と照れくさそうに笑った。寝過したらしい。
 ふと見ると、妹の方はもううとうとしていた。半分眠っているような表情で、ゆらゆらと左右に小さく揺れている。

「今日も納屋で寝るのか」
「うん」
「何故納屋がいいのだ」
「だって、なんだか落ち着くのだもの。駄目?」
「駄目ではないが」

 おれには理解出来ん、と言おうと思ったが、別に言う必要もないと思い直して言葉を飲み込んだ。姉の方は首を傾げた。

 私は転がっている妖精を一カ所に集め、もう眠りの国へと旅立った妹の方を抱き上げて、納屋へと運んでやった。姉は私の後ろをふよふよ漂ってついてきた。

 月が空の頂点に上がっていた。
 薄い雲がそれを取り巻いて、おぼろげな影を落としていた。

 明日は雨が降るかもしれないと私は思った。



[29743] 幻想郷とワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/11/05 12:21

 唐突ですが、最終回です。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 私は大宴会に招かれたから、いつもの着物にパナマ帽をかぶって出かけた。
 家を出て、神社へと向かう小道をすたすた歩いて行った。

 丁度長い冬が明けた頃で、暖かい風が吹いていた。
 木々に新しい芽が萌えだしていた。
 昨晩まで雨が降っていたから、路のあちこちには水が溜まっていて、時折それに足を突っ込んで、着物の裾を濡らしてしまった。

 神社前の石段は長く急だから、私はうんざりしたが、登らねばつかないから、面倒ながらも登ることにした。
 途中、石段に腰かけて休みながら煙草をふかした。遠い空に妖精どもが浮かんでいた。誰かが弾幕ごっこにでも興じているのか、色鮮やかな光の華が咲いているのが見えた。

 神社に辿りついたのは午後になって日が西へと傾いた頃だった。
 大宴会だから大勢いるのだろうと思ったが、誰もいなかった。私は首を傾げた。

「あら、来たのね」

 声がした方を見て見ると、巫女の霊夢がいた。酒瓶を持っていた。

「誰も来ていないのか」
「ええ、夜からの予定だもの」
「なんだと」私は眉をひそめた。「聞いていないぞ」
「そりゃそうよ、言ってないもの」
「何故だ」
「だって、あんたには準備を手伝ってもらおうと思って」
「そうか」

 私は嘆息した。最初からそういう魂胆だったのだろうと思った。
 とにかく断れないから、準備を手伝うことにした。

 神社の境内には樹齢幾年だかは知らないが、中々見事な桜の木があって、春になると妖怪やら、妖精やら、妖怪じみた人間やらの有象無象の集団が思い思いにやってきて宴会をする。そういう連中は沢山集まるが、普通の人間の参拝客は、私を覗いてほぼ皆無である。

 桜の木の下にむしろを敷き、台所で酒のつまみを作る羽目になった。
 聞けば、随分な人数が集まるというから、随分な量が必要らしい。私は幾つ目か知らないため息を落とした。

 しばらく飯作りに没頭していると、境内が騒がしくなったので様子を見てみた。魔理沙と鴉天狗の記者、射命丸が大きな酒樽を運んできている所だった。
 私は目を細めた。どうにも見覚えがあると思ったら、私の家の酒蔵の酒だった。

「おい」私が出ると、少女たちは悪びれる様子もなく、「あ、センセイ、おっす!」等と陽気に挨拶をしてきた。
「おっすではない。それはおれの家の酒ではないか」
「そうだけど、それがどうかしたか?」
「どうかしたかではない。何故無断で持ってくるのだ」
「あやや? だって、センセイだって今日は参加するでしょ? 参加費みたいなものですよ」射命丸があっけらかんと言った。私はなるほどと思った。
「仕方がないな」
「そうそう、センセイも沢山飲めばいいじゃん!」魔理沙はからから笑った。

 しかし、きっと酒樽一つで終わる話ではあるまいと思って、ぞっとした。何分、酒飲みの多い幻想郷である。大宴会ともなり、私の酒蔵が解放されるとなれば、遠慮して飲む輩など一人として居るまい。

 台所で鍋がびいびいないたので、慌てて戻ると吹きこぼれていた。鍋を火からおろし、こぼれた汁を片付けた。
 しかし、作りはしたものの、この程度をちまちま作っていたのでは間に合わない。牛飲馬食の集団に於いては、私に非がなくとも、つまみの不足を理不尽に言及されるのではないかと危惧した。

 そういうわけだから、台所で一々作るのは止めにして、外で火をおこして大鍋で御田(おでん)を煮込むことに決めた。
 桜の木の下に石を積んで即席の竈を作り、鍋を乗せた。鍋に水を張って、切り刻んだ色々なものを節操もなく放り込んだ。
 もはや御田であるのかすら怪しげな、この不気味な煮込みは、作った本人である私にも、どうなるのか見当がつかなかった。

 どうなるかも見当のつかぬ大鍋を前に仁王立ちしていると、二角を持った酒臭い鬼がやってきた。確か瓜のような名前をしていた筈だが、忘れてしまった。

「おーっ、センセイ、元気ー?」

鬼は既に出来上がっているような風体でひらひらと手を振った。

「うむ。お前も息災そうだな」私は言った。
「それ何、風呂?」
「そうだ」
「あら、鬼の煮込みなんて嫌よ?」

 後ろから声がしたから振り向いて見ると、八雲の紫がふよふよと浮いていた。相も変わらず胡散臭い笑みを顔に張り付けている。私は眉をひそめた。

「お前も来たのか」
「あら、ひどい。センセイったらつれないのね」

 紫はわざとらしく顔を伏せた。この女に乗せられては堪らない。あまりまともに相手をするだけ疲れる。私は「うむ」と言って、そそくさと台所へと引っ込んだ。

 大宴会ともなれば、有象無象が大勢集まると改めて考えた。
 博麗の神社の宴会にやって来るようなのに、まともな輩は存在しないから、なるべく人目につかぬようにするのが上策であると思った。

 そういうわけだから、台所に籠って黙々と鍋を火にかけていた。
 外は日が暮れているらしかった。
 いつの間にか随分な人数が集まっているようで、ざわざわと宴の喧騒が聞こえていた。

 竈の中でちろちろと揺れる日を眺めていると、宴の喧騒はひどく遠いところから聞こえているような心持になった。日が揺らぐと、周りの風景も揺らぐようだった。

「なにやってるの」

 霊夢が戸からひょっこりと顔を出して呼びかけた。
 私は振り返ったが、何をしているわけでもなかったから、何とも言わずに口をもぐもぐさせただけだった。

「そんなとこに引き籠ってないで。もう始まってるわよ、ほら」
「うむ」

 促されたから、外に出た。
 大勢の妖怪やら何やらが、あちこちで大騒ぎをしていた。杯が合わさる音が聞こえた。
 提灯に灯った明かりで、桜の木が浮かび上がって綺麗であった。
 ぼんやり立っていると、肩を叩かれたから振り返った。

「つまらなそうなのがいると、こっちもつまらなくなるのよ。はい」霊夢がそう言って、杯をこちらに付きつけた。
「すまんな」

 私は杯を受け取った。すると何やら沢山の連中が集まってきた。

「あー、センセイ何処居たのー」
「ほらほら、自分とこのお酒なんだから飲まなきゃ損だよ」
「よし、お酌してやるぜ」

 魔理沙が酒瓶を傾けて、私の持った杯になみなみと清酒を注いだ。あまりに沢山だったから、杯から溢れて地面に落ちた。

 不意に涙が頬を伝った。それから堰を切ったように目から溢れて止まらなかった。
 涙で風景がぼやけていた。
 人の輪郭が曖昧になり、提灯や篝火がただの光になってぐるぐると回り始めた。
 宴の最中にいる筈なのに、喧騒が遠くなっていった。音と光と風景とが混然として、その全てから自分が遠ざかって行く気がした。

 気が付くと、周りには誰もいなかった。
 私は一人で何処とも分からぬところに立っていた。
 上も下もなく、地面もないのに足が付いていて、周りでは見たこともない星座がきらめいていた。
 

 もう自分はいなかった人間なのだな、と気付いた。



  幻想郷とワタクシ おわり


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ※蛇足、オチについて。

 蛇足にしかなりませんが、分からなさすぎるのもあれだと思ったので、少しヒントというか、張っていた伏線を。

・「古い友人とワタクシ」の「幻想の外側、忘却の向こう」というセリフ。
・最終話の「見た事もない星座」「もう自分はいなかった人間」
・死なない主人公。

 答えは無いですが、これらの材料を元に解釈してもらえれば、何となくの答えは見えるかと。

 ありがとうございました。


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