ただの再構成(13話)
──あたしたちは、ずっといっしょにやってきた。
辛いときも、苦しいときも、楽しいときも。
支えあって、助けあって。いっしょに戦ってきた。
大切な友達って言うと怒るけど、あたしにとっては、夢への道をいっしょに進む、大切なパートナー。
失敗もつまづきも後悔も、いっしょに背負う。
だけど、どうして―――ティアは血を流しているの……
同じ姿で、暴力を振るう貴女は―――あたし?
あたしはいったい―――何なんだろう……
あたしのこの手は、きっと、何もかもを壊すために………
第8話 傷つき、そして、羽ばたく翼 Aパート
ミッドチルダ 首都クラナガン南西地区 廃棄都市区画
「あ……ぐ………」
その少女は、既に満身創痍であった。
そう表現するより他にないほど傷つき、左腕に至っては左肘の皮膚と筋肉がこそげ落ちている。
しかし、そこから流れ出る筈の血液は極端に少なく、覗く筈の骨格は白い骨ではなく、機械の配線を交えた鉛色の金属。
「ギン………姉…………」
自身の負傷すらも顧みず、限定解除を果たしたチンクとディエチの二人に追い詰められていくギンガを見つめるその瞳は、黄金。
それこそが彼女がタイプゼロ・セカンドである証であったが、如何に戦闘機人とはいえ、ここまで損傷すれば出来ることは何もない。
まして―――
『The main body was... The system rests.(本体全損 システムダウン)』
スバルを庇うため、ランブルデトネイターが炸裂する瞬間に、負荷の限界を超えて障壁を展開したマッハキャリバーが、沈黙。
今のスバルに駆け抜ける翼はなく、戦う力もない無力な少女に過ぎないが―――
「ヤメ………ロ……」
それでもなお、スバルは足を進める。
「ギン姉………二………触ルナ………」
黄金の瞳に憎悪を滾らせ、姉に迫る“敵”を破壊するため、なおも右手に破壊の力、“振動破砕”を顕現させようとし―――
「化けの皮が剥がれやがったな、化け物が………」
憎悪が固められたようなその声に、足が止まる。
「え……?」
その声は、まるで幼い自分が発しているかのように、スバルの耳に響く。
「化け……物………」
「鏡でも見てみろ、実に凶悪な破壊兵器が映ってるだろうがよ」
皮肉にも、そう告げるノーヴェ自身が、スバルの過去のトラウマを映し出す鏡のよう。
それは、幼き頃に刻み込まれた、スバルの傷。
クイント・ナカジマに助けられるまでの、人として扱われていなかった頃に自分と、そして―――
(だい……じょうぶ?)
小さな頃、友達がブランコから落ち、勢いをつけて戻ってくるブランコから助けようとを破壊して、その破片がスバルの皮膚を裂き。
母や姉がいつも言うように気を張って、痛みと涙に堪えながら差しのべた手に帰って来たのは。
(近寄らないで、化け物!)
スバルを人間と認めない、拒絶の声。
「あ……ああ………」
過去の傷から膿が溢れ、スバルの心を侵す。
自分が相棒と言った筈のマッハキャリバーの機能停止を顧みもせず、ただ破壊の力を振るおうとする自分は……
「だが、破壊兵器になるのは、てめぇじゃねえ」
「えっ?」
けれどそれを、鏡合わせの少女が否定して。
スバルと同じ黄金の瞳は、目の前の壊れかけた少女ではなく、破壊兵器と化した姉達を見ている。
その瞳に宿るものは、痛ましさと、悲しみと、そして、憤怒。
「てめぇも見たろ、あれが本当の戦闘機人だ。あたしみたいな未完成でも、てめぇみたいに人間に拾われて甘やかされて育ったお嬢様でもねえ、正真正銘の破壊兵器」
そちらを見れば、ギンガがぼろぼろになりながらも、戦い続ける姿。
「だから、ゼロ・ファーストみてえな欠陥品じゃあ、敵うわけがねえんだよ」
「!? ギン姉は、欠陥品なんかじゃない!」
「いいや欠陥品だよ。てめぇがIS搭載型のプロトタイプなら、あいつは固有武装外部接続型のプロトタイプ。あたしのガンナックルも、ディエチのイノーメスカノンも、ウェンディのライティングボードも、ディードのツインブレイズも、あれがオリジナルだ。トーレ姉は内部武装融合型だから別もんだがよ」
それはすなわち、9番以降の戦闘機人のコンセプト。
ランブルデトネイターやディープダイバーのような、リンカーコアに由来する人造魔導師タイプのISから、外部ハードウェアとの接続を前提とした戦闘機人ならではのISへと。
稀少技能という点では劣るものの、安定性とデータ蓄積性、互換性においては比較にならず、より“量産兵器”としての完成度は高い。
「そもそも、おかしいと思わなかったか? 同じ母体からクローン培養で生まれたお前達なのに、なんで基本性能にこんなに差が出るんだって」
ギンガとスバルでは、姉が圧倒的にシューティングアーツの巧者。
それはつまり、スバルはISにスペックの多くを費やし、ギンガは“外部機器”と接続し、その機能を人間以上に使いこなすための戦闘機人だから。
だからこそ彼女は、“自分の手足のように”リボルバーナックルとブリッツキャリバーを使いこなす。
「じゃあ、ギン姉は……」
「せっかくの機能を正しい形で使えてねえ欠陥品だ。だが、あたしは違う………固有武装との接続も、ISの内臓も兼ねた、チンク姉達と同じ、本物の戦闘機人になるんだ……………てめぇを捕まえてな、タイプゼロ・セカンド」
ここまで言われれば、スバルにも理解できる。
あっちの二人が、別の戦闘機人の能力を同調させて、2つのISを駆使することが出来る“完成品”で。
なぜ、ノーヴェが“未完成”なのか。
「貴女の鏡は………あたし?」
「さっさと寝てろお嬢様、てめぇの“振動破砕”はあたしがもっと上手く使ってやる、“破壊する突撃者”がな!」
怒りを込めたノーヴェが左手を振り上げ、スバル目がけて叩きつける。
右手のガンナックルは破壊され、使い物にならないが、左手だけでも今のスバルを落とすには十分であり―――
「――がっ」
「え―――」
いずこかより飛来した精密魔力弾によって、ノーヴェの意識は刈り取られていた。
□□□
「一難去ってまた一難、ってか」
遙か遠くのビルの屋上。
一人の狙撃手がライフル型のインテリジェントデバイス、ストームレイダーを構え、一射の後の残心を行い、次の標的へと狙いを定める。
男の名は、ヴァイス・グランセニック陸曹。
今はヘリパイロットでしかない彼だが、もしフォワードに危機があれば力になると、シグナムと交わした約束を守り、狙撃手としての己に立ち返っていた。
「しかし、あれはどうにもならねえな」
スバルに迫っていた戦闘機人はとりあえず仕留めたが、ほぼ同時にライトニングをも襲った危機によって、真竜ヴォルテールが顕現した。
おそらく暴走状態にあるだろうヴォルテールはむしろ戦闘機人よりも危険な存在だが、B+ランクに過ぎない自分ではどうしようもないと、あっさりと割り切り、出来ることに全力を傾ける。
「俺達はあくまで、対人なんでね、なあ、ストームレイダー」
『Yes, sir.』
それはすなわち、残る戦闘機人、チンク、セイン、ディエチの3人を仕留めることであり。
「―――ん?」
改めてスコープ越しに戦場を確認した時、彼は想像を絶する光景、巨竜に挑む騎士の姿を目撃することとなった。
□□□
「うらあああああ!!」
『宿れ、氷結の息吹!』
ヴィータとリインがユニゾンし、呼吸を合わせた氷結の攻撃を繰り出し。
「せやあああああ!!」
『猛れ、炎熱―――烈火刃!』
ゼストとアギトもまたユニゾンを果たし、炎熱を伴った迎撃を展開。
「はあっ、はあっ」
「………むぅ」
当初はほぼ互角であった戦いは、リインが加勢に加わったことでヴィータへと傾き、フルドライブが発揮できないゼストは劣勢に追い込まれた。
しかしそこにアギトが到着したことで天秤は再び拮抗し、限りあるゼストの命を削らせないよう、烈火の剣精は全力を尽くしていた。
「………良い騎士だ」
『旦那ぁ、褒めてる場合かよ!』
「そう思ってくれるんなら、目的を話してくれれば助かるんだけどよ」
「あいにくだが、そういうわけにもいかん」
「だろうな」
古代ベルカには、騎士は刃を通じて互いの心を知る、という言葉が伝わっている。
今の二人はまさしくそれであり、深い理由は分からずとも、“退くことはできない”という意思だけは言葉にしなくとも伝わってくる。
【それよりもリイン、気付いたか?】
『はい、向こうのユニゾンアタック、僅かですがタイミングがずれています。相性があまり高くはないのか、もしくは………』
体内に、融合騎以外の“異物”が混ざっている場合。
『ちっくしょお、あいつら、ユニゾンの相性もいいんだろうが、練度もたけぇ、しっかりこっちに合わせてきやがる』
「………だが、倒すことが目的ではない」
戦況はほぼ互角だが、条件の面ではゼストを捕縛せねばならないヴィータがやや不利。
ゼストの目的はルーテシアがレリックを抱えて戦場から離脱するまでの時間稼ぎであり、ナンバーズの応援もある以上、ヴィータとリインを釘づけにできればそれでいい。
<だが、もし仮に、彼女らが限定解除を使ったならば………>
それはつまり、フォワード達が“優秀すぎてしまった”場合の、最悪のケース。
チンク、セイン、ディエチ、ノーヴェに敵わず、レリックを持ち去られたならばそれでよい。
しかし、善戦してしまい、戦闘機人達を限定解除に追い込んでしまったならば―――
「―――!?」
『ヴィータちゃん!』
「これは!?」
『旦那!』
その時、凄まじい魔力を全員が感じ取り、誰もが意識を彼方へと向けると。
果たして、その方角に巨大な火柱が立ち上り、天に届かんばかりの巨躯を持つ真竜が顕現していた。
「まさか、キャロか……」
『まずいです、フォワード達に何かあったです!』
ヴォルテールが降臨する“条件”を事前にフェイトから聞き知っていたヴィータとリインは、その意味するところを正確に悟り。
『まずいぜ旦那、あれ、ルールーの白天王クラスの化けもんだ! 多分だけど、ルールーを狙ってる!』
「アギト、ユニゾンを解除しろ」
ゼストとアギトもまた、ルーテシアに迫る危機を瞬時に理解し。
『けど……』
「急げ、俺がアレを食い止める。お前はルーテシアを連れ、この廃棄都市区画から離れろ。あれが無制限に暴れれば、無関係の局員も大勢巻き込むことになる」
ゼストの意志によってユニゾンが解除され、金色の染まっていた髪が、元の黒色へと戻る。
「………?」
『何を……』
その行動は、ヴィータとリインにとっては推し量れないものであった。
ユニゾンを解除することは戦闘継続の意志がないことをこちらに告げるようなものだ。
仮に、この場をただちに離れて召喚師の少女の下へと向かうにしても、ユニゾンしたままの方が速いに決まっており、わざわざ解除する理由はない。
しかし―――
『Grenzpunkt freilassen! (フルドライブ・スタート)』
ゼストの槍がカートリッジをロードすると共に、フルドライブを開始。
これまでとは比較にならない爆発的な魔力が解放され、それは同時に不完全なレリックウェポンであるゼストの身体に多大な負荷をかけるも、代償に本来の彼の力を取り戻す。
そして―――
「な!?」
『ヴィータちゃん!』
ユニゾンを解除したことに対する疑問と、どう対応すべきかの僅かの逡巡。
あるかないか判別することなどほぼ不可能に近い小さな間隙を突き、ゼストは“正面からの奇襲”という離れ業を成し遂げ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
交錯したアームドデバイスの軍配はゼストに上がり、鉄の伯爵グラーフアイゼンは中破。
「ああああああああああああ!!」
ヴィータの身体もまた、ビル壁へと叩きつけられた。
咄嗟にリインが庇ったため、ヴィータ自身の傷はほとんどないが、グラーフアイゼンが中破しては戦闘能力は大きく下がる。
「…………旦那」
ユニゾンを解除し、単独でルーテシアの下へ飛翔するアギトは、複雑な気持ちのまま、背後の光景をあえて見まいとしていた。
通常、融合相性が悪かったとしても、ユニゾンすれば魔力は増大し、さらに古代ベルカ純正融合騎であるアギトの技量ならば、使い手の戦闘能力が下がるほどの感覚のズレなど生じる筈もない。
「………無茶はすんなよ、生きてくれよ、旦那ぁ」
しかし、今のゼストは本来死者。
既にレリックという“異物”の力によって生命活動を維持している彼にとって、アギトが加わることは体内バランスに狂いをもたらす。
その代り、戦闘時における身体への負荷や、レリックによる副作用などをアギトが調整することで、ゼストの身体への影響を抑えたまま長時間戦うことも可能となる。
ただしそれも、オーバーSランクの騎士であるゼストが全力、すなわちフルドライブを使わないことが前提であり。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」
凄まじい咆哮を発する、あの馬鹿げた大きさの真竜を相手にするならば、フルドライブを使う以外に手がないことは、アギトにも理解できる。
それが己の命を削ると知ってなお、ルーテシアを守るためならば躊躇なく使う男なのだ。
「ルールー、無事でいろよな、旦那とあたしが、絶対守ってやるから………」
涙を堪え、祈るように呟きながら、アギトは空を駆けた。
□□□
「まずい………」
その威容が顕現した時、その危険性を最も理解していたのは、フェイトの使い魔、アルフであった。
スバル、ティアナ、ギンガが次々と倒れ、そしてエリオが目の前で血に伏した姿が、キャロの精神許容量を突破してしまった。
この状態のヴォルテールは、キャロと彼女が守ろうとする者以外を例外なく破壊する。
それを留めることが出来るのは、フェイト・T・ハラオウンか、クロノ・ハラオウンのいずれかのみ。そういう契約なのだ。
「あ………」
真竜から殺意を向けられる少女、ルーテシアも頭も、混乱の極みにあった。
白天王というほぼ同等の究極召喚を有する彼女ではあるが、それ故に白天王から殺意を向けられたことなどない。
「―――」
「―――」
「―――」
限定解除を行い、人間的な思考能力の大半をカットしている戦闘機人の少女達も、ほぼ同じく。
想定された展開をあまりに超えるヴォルテールの存在に、一種のフリーズ状態に陥っているようでもある。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」
そんな小さき者共の心など意に介することはなく、大地の守護者は無慈悲に破壊の光を収束させていく。
大地の咆吼(ギオ・エルガ)
ヴォルテールの使用する「殲滅砲撃」であり、周辺大地の魔力を集め、炎熱効果を伴って放つ大威力砲撃。
まともにくらえば、彼女達が全員蒸発することは疑いない。
「チェーンバインド!」
呼びかけても無駄であり、かといってキャロに飛びかかるわけにもいかないアルフは、ひとまずフォワードの救出を優先する。
そんなことをすれば今度はアルフをヴォルテールが“敵”とみなし、エリオ達にすら容赦なく攻撃を放つことになる。
ただし、このままでも、チンクとディエチの傍で膝をつくギンガや、倒れたノーヴェの傍のスバルが巻き添えになることは確実であり。
「悪いけど、我慢しな!」
彼女に出来ることは、三方向に伸ばしたチェーンバインドによってティアナ、スバル、ギンガの身体を縛りあげ、自分側へと放り投げることのみ。
瀕死に近い損傷を負っている彼女らには酷な仕打ちだが、この際仕方がなかった。
そして―――
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」
ヴォルテールの再度の咆哮と共に、ルーテシアと戦闘機人達を対象に、滅びの光が放たれる。
その寸前。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
山吹色の魔力光をなびかせ、瞬間的にはフェイトやトーレを上回る程の速度を発揮した英雄の一撃が、ヴォルテールの巨躯を傾かせ。
地表を薙ぎ払うべく放たれるはずであった、大地の咆吼(ギオ・エルガ)は、天高くへと放たれた。
「あれは―――」
その光景を、しっかりと意識を保ったまま目撃したのは、アルフのみだった。
アルフが何とか回収した4人のうち、エリオとティアナは意識を失い、スバルとギンガは朦朧としており、キャロは呆然自失状態。
ルーテシアも似たようなものであり、戦闘機人達はそもそも意識が残っているのかどうかも怪しい。
だからこそ。
「ぼさっとしてんなルールー! 旦那が抑えてくれてるうちに逃げるぞ!」
「熱っ」
火傷を起こさんばかりの張り手で、アギトはルーテシアに撤退を促し、返事を聞く前に彼女の身体を引っ張りつつ離脱していく。
「―――くっ」
怪我人4名を抱えたアルフには、二人の逃走を防ぐ術はなく、むしろそれ以外にも脅威が迫っている。
「タイプゼロを、渡せ………」
意識もなく、命令に従ってのことか、それともルーテシアが去ったため、ゼストとの約束を守る必要がなくなったためか。
感情のないままに状況の推移を把握し、ゼストがヴォルテールを抑えている事実を確認した3機の戦闘機人は、標的の確保を果たすべくアルフの守るフォワード達へ迫るが。
ただしその状況判断は、人間の心情を酌まずにただ機械的に推察しただけのものに過ぎなかった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そこへ割り込む、山吹色の閃光。
“人間らしく”考えれば、ゼスト・グランガイツの目の前で“ナカジマ”の姉妹を確保することが不可能であることなど簡単に分かる。
それ故に、No.1ウーノは、ゼストがいる場所では確保は諦めろと妹達に忠告していたのだから。
「がはっ!」
限定解除を行い、人間らしい思考を捨てたがために、チンクはその奇襲を予測できず、槍の打突をもろに受け、昏倒。
「えぐっ!」
さらにセインがディープダイバーを使う前に、返しの一撃によって薙ぎ飛ばされる。
オーバーSランクの騎士のフルドライブでの一撃をまともにくらっては、戦闘機人といえど、意識を刈り取られるのは避けられない。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」
だがしかし、残るディエチを昏倒させる前にヴォルテールが再び動き、ゼストは行動の選択を余儀なくされる。
彼は即座に踵を返し、キャロ目がけて飛翔し―――
「すまんな」
「え―――きゃっ!」
ヴォルテールの主である少女をこの場から引き離すため、キャロの意識を奪いつつ抱え、ゼストは全速で飛び去っていった。
「ま、待ちなっ!」
怒涛の如き展開に流石に対応しきれず、半ば反射的にゼストを追おうとするアルフ。
しかしすぐに、意識がほぼない4人のことを考え、思いとどまるが。
「ヘヴィバレル」
戦闘機人の最後の一人、ディエチに余分な思考はなく、残る唯一の障害となったアルフ目がけて、右手と一体化した砲口のエネルギーを収束させ。
「がっ――」
再び飛来したヴァイス・グランセニックの弾丸により、ノーヴェと同じく意識を刈り取られた。
□□□
「あれは―――キャロ!」
ノーヴェがヴァイスの弾丸に倒れ、ギンガがチンクとディエチに追い詰められ、ゼストがヴィータと対峙している頃。
フェイトとトーレもまた、激しい高速機動戦の最中にあった。
そして、出現したヴォルテールは、上空の戦いにも大きな影響を与えていた。
「よそ見ですか、フェイトお嬢様!」
ヴォルテールの姿と魔力を感じた瞬間、使い魔との感覚共有によってフェイトは地上の戦況を把握し、絶句した。
現状、無事といえるのはアルフのみであり、キャロはゼストに攫われ、ヴォルテールはそれを追おうとし、エリオ、ティアナ、スバル、ギンガは撃墜。
唯一の救いは、ルーテシアとアギトが撤退し、戦闘機人もヴァイスと、どういうわけかゼストの手で昏倒させられていることだが。
「ライドインパルス!」
「く、ぐう!」
戦闘機人の実戦指揮官、No.3トーレは、他に思考を割きながら戦える程、甘い相手ではない。
地上のことや、何よりもキャロのことを気にかけるあまり、フェイトの動きは精細に欠き、焦りの攻撃は墓穴を掘った。
「そんな直線的な機動で、この私を捉えられるとでも!」
早くトーレを倒してキャロを追い、ヴォルテールを止めなければと思う焦燥。
もし、ヴォルテールの炎が廃棄都市区画に展開する局員を焼き殺しでもしてしまえば、キャロの心は立ち直れないほどの傷を負ってしまう。
<鬼畜と呼ばれたっていい………私にとっては、キャロの方が大事だ!>
局員の死よりも、キャロの心の傷を心配するその心は、執務官としてはあるまじきもの。
しかし、母親としては当たり前のもの。
顔も知らない局員よりも、愛おしい子供達を大切に思うことを責められる筈もなく、むしろ、平等に扱う人間は心が壊れているとしか言いようがない。
「バルディッシュ、リミットブレイク!!」
『Riot Zamber.(ライオットザンバー)』
フェイトは迷うことなく、フルドライブのさらに先、リミットブレイクのライオットザンバーを発動させる。
「―――む」
膨れ上がる魔力と、これまで以上の濃密な戦意にトーレが身構える。
「オーバードライブ、真ソニック―――」
さらに、フェイトにとって諸刃の剣でもある、防御を無視した真ソニックフォームを発動させようとした瞬間。
【駆けよ、隼】
短い、しかし百言に勝る意味が籠った念話が、フェイトへと届き。
音速を超えて飛来した灼熱の矢が、側面からトーレへと突き刺さり、着弾を同時に轟炎と化した。
「バルディッシュ、追うよ」
『Yes, sir.』
その光景を見届けることなく、フェイトはトーレから意識を外し、離脱する。
継続的に飛行するならば、短期決戦用の真ソニックよりも、現在のインパルスフォームの方が良いと冷静に判断し、ゼストとヴォルテールを追って飛翔していく。
【良い判断だテスタロッサ、頭は冷えたようだな】
【ええ、貴女のおかげです、シグナム】
その途中で、先の音速の矢、シュツルムファルケンを放った烈火の将から念話が届く。
【礼ならば、主はやてに後で言っておけ、私は指示通りに動いただけだ】
【まったく、恐ろしい程頼りになる部隊長ですね】
それは半ば、フェイトの本心でもあった。
執務官の自分ですら想像できない次元で、はやては策を巡らしていることが多々ある。
【我らヴォルケンリッターの誇りだ。それはともかく、トーレは私に任せろ】
【貴女のシュツルムファルケンをまともにくらって、撃墜されてない?】
【速度と命中性を重視したため、威力が落ちていた。何しろ、空中で静止せず、飛翔しながら放ったのでな】
立ち止まって的に放つ矢と、馬に乗りながら放つ矢では、異なるのは当然の話。
むしろ、射程のギリギリまで全速で飛翔しつつ、フルドライブの一撃を命中させたシグナムの技量こそあり得ないというべきか。
【武運を祈ります】
だがそこに威力までも付け加えることは、流石のシグナムとはいえ不可能であり。
「聞きしに勝る一撃だった―――烈火の将シグナム」
かなりのダメージを受けつつも、オーバーSレベルの肉体強度を持つトーレは、健在だった。
「あのタイミングでシールドを展開する方が、私としては驚きだが」
「私は高速機動型でね、間合いの外から飛来する射撃に対して、反射的にシールドを張れる程度には、修錬を積んでいるつもりだ」
「機体スペックではなく、か」
「ああ、私が高めた、私の力だ」
右手にレヴァンティン、左手に鞘を構え、空中で身構えるシグナム。
同じく、両手からインパルスブレードを発生させ、構えるトーレ。
「突破させてもらう」
「そうはさせん!」
先程までとは、逆の構図。
地上のフォワードへの救援に向かおうとするシグナムを、トーレが抑える形で、空の戦いは再開された。
□□□
「こりゃ、何の悪い冗談だい………」
アルフの呟きも、無理のないものであろう。
地上の戦闘機人は倒れ、援軍としてシグナムが到着し、キャロを抱えたゼストは、フェイトが追っていることを主人から知った。
なのははNo.4とⅡ型と交戦中だろうが、彼女ならば2つのISを使う戦闘機人にも遅れはとるまい、という信頼がある。
後はとりあえず、負傷した4人を転移魔法で運ぼうと考えた矢先。
「まさかまだ、ガジェットがいたなんてね……」
無数のⅠ型と、多足歩行型のⅢ型が、気がつけばフォワードを包囲しており、転送を封じるためのAMFが展開される。
さらに、ガジェットばかりではなく。
「―――」
「―――」
No.5チンクと、No10ディエチ。
完全に意識を失っていた筈の彼女らまでも起き上がり、意志のない瞳がこちらを観察するように覗きこんでくる。
「ったく、ヴァイスの奴、ちゃんと仕留めて―――」
「おわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!」
思わず愚痴が零れそうになったアルフの頭上を越えて、悲鳴と共に吹っ飛んでくる人影が一つ。
ちょうどアルフの言葉に上がった人物、ヴァイス・グランセニック陸曹である。
さらにその後には、彼と吹っ飛ばしたであろう戦闘機人、No.6セインの双剣を振り抜いた姿があった。
「何やってんだい、狙撃手」
「いや、あの騎士に吹っ飛ばされて、倒れていたはずの6番が、いつの間にかビルをすり抜けてこっちに来たんすよ」
一度間合いに入られれば、狙撃手は雑魚も同然。
むしろ、一方的にやられながらもここまで辿り着いたヴァイスの逃げ足にこそ称賛を贈るべきか。
「そりゃ妙だね、あの速度で吹っ飛ばされて壁に叩きつけられれば、いくら戦闘機人でも脳震盪くらいは起こすはずだけど………」
「それに、俺の狙撃も、すぐに立ち直れるような安いもんじゃねえっすよ」
よくよく考えれば、ナンバーズが動いているのは、おかしい。
ならば、意識のない筈の彼女らが動ける理由とは―――
□□□
「IS発動、フローレス・セレクタリー」
スカリエッティのアジト、その中枢部において。
No.1ウーノが、戦闘機人としての真価を発揮していた。
「5番、6番、10番との同調を完了……………9番については機人モードへの移行が済んでいないため、不可」
戦闘機人部隊ナンバーズは、それぞれが自我持つ個体であると同時に、群体の性質も持つ。
1人の経験は他の姉妹にも受け継がれ、“記憶や実感”を伴うものではないが、特に機械部分においては有用なデータとなる。
そして、それを最大限に発揮させるISこそが、ウーノのフローレス・セレクタリー。
高性能なステルス能力と高度な知能加速・情報処理能力向上チューンの総称であり、一言でいえば“魔導機械を制御する能力”
「3番、4番必要なし…………空中の指揮についてはトーレに一任」
同じことは後方指揮官であるクアットロにも可能であり、実際、“シルバーカーテン”と組み合わせてⅡ型を統括することが多い。
しかし、クアットロが“ガジェットを操る戦闘機人”ならば、ウーノは“戦闘機人を操る戦闘機人”。
アジトのCPUと自身を直結し、その機能を管制している彼女ならば、いざとなれば11人のナンバーズ全員を己の意志で遠隔操作することすら可能。
「マスター権限発動。創造主の代行として、意識遮断中の活動機は、一時的にNo.1ウーノの管轄下に入ります」
故に彼女こそ、戦闘機人部隊ナンバーズの総指揮官であり、“ジェイル・スカリエッティのもう一つの頭脳”。
ナンバーズの行動は、“一つの意志”によって束ねられ、決して裏切る者はいない。
そしてそれこそが、人造魔導師と戦闘機人の最大の違いであり、強み。
「高速分割思考展開」
休眠中の姉妹と、活動中の姉妹がデータを共有し、2つのISを発動させる機能、“限定解除”。
戦闘型のナンバーズにとってはまさしく切り札と呼べるものだが、リソースを大幅に割くため、人間の柔軟な状況判断力が損なわれる、という欠点もある。
限定解除を行ったチンクが、ゼストの行動を読み切れなかったのがまさにそれであり、つまり、強くなる代わりに単純な仕事しか出来なくなる、ということだ。
「状況開始」
潜入や工作を行う面ではまるで役に立たず、あくまで局地的戦闘での攻撃ブーストくらいの限定解除だが、ウーノの存在はそれを覆す。
2つのISを発動させ、破壊兵器と化した妹達を、人間的な状況判断を並列して行いながら、アジトのCPUの機能で操作すればどうなるか。
□□□
「しっかしこりゃ、危機的状況、ってやつっすかねぇ」
「だろうね、ここまで最悪の状況は、なかなか経験無いよ」
周囲には無数のⅠ型とⅢ型があり、AMFが広く張られている。
その中で、4人もの負傷者を抱え、AMFの影響を一切受けない戦闘機人3人が相手で、連携に隙が出るはずもない。
こちらの戦力は、アルフと、遠距離からの狙撃専門のヴァイスのみ。
もはや危機を通り越して、笑えてくる状況だ。
「縛れ、鋼の軛!」
だがしかし、機動六課部隊長、八神はやての布石はここで終わりではない。
地面から聳え立つ藍白色の魔力の檻が、次々とⅠ型を串刺しにし。
「牙獣走破!」
狼の尾と耳を備えた長身の男性、盾の守護獣ザフィーラの繰り出す攻撃は、Ⅲ型を一撃で粉砕する。
「ザフィーラ!」
「待ってましたぜ、ザフィーラの旦那!」
包囲網の一角が緩み、AMFが僅かに薄れた隙を逃さず、ヴァイスの多重弾核弾が、逃走路にいる邪魔なⅠ型を撃ち抜いていく。
「アルフ、ここは私とヴァイスで防ぐ。お前はフォワード達を逃がしてくれ」
「………分かった!」
一瞬だけ躊躇するも、即座に頷きを返し、アルフは4人を抱えて包囲網の穴、“門”へと進んでいく。
正確には、スバルとギンガを両脇に抱えながら、エリオとティアナをチェーンバインドで自身の身体に括りつける、というものであったが。
「―――」
「―――」
「―――」
当然、戦闘機人が易々と見逃すはずもなく、爆撃の刃が、地中を走る双剣が、空から放たれる砲撃が襲いかかり。
「ヴァイス、彼女らが逃げ切るまでの間、この門、必ず守り抜くぞ!」
「おうとも!」
戦闘機人を止めるザフィーラと、逃走経路を維持するヴァイスを待つものは、地獄への直行便。
如何に防衛戦に特化した盾の守護獣であっても、高濃度のAMF内で、限定解除した戦闘機人3人を同時に相手すれば勝てるはずもない。
まして、Ⅰ型やⅢ型は減るどころか増えつつあり、戦闘機人の加勢として熱線を放ってくる有様だ。
だが―――
「追わせは―――せん!」
「付き合ってもらうぜ、お嬢ちゃん達よぉ!」
それを理解した上で、男達は戦い続ける。
ここに留まればどうなるかなど百も承知、ヴァイスの戦闘能力など、数値にすればフォワードにも劣るものではあるが。
「ここでかっこつけなきゃ、男じゃねえだろうがよ!」
そこで意地を張るからこそ、彼はヴァイス・グランセニックであり。
「それでいいヴァイス、その意志を、ただ貫け!」
ザフィーラもまた、守護の拳を振るい続ける。
遠からずやってくる、自分達の終わりを視界にいれながら。
□□□
「しっ!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」
ヴァイスとザフィーラが戦う地より、遠く離れた区画において。
ゼスト・グランガイツは死力を尽くし、ヴォルテールの暴走を食い止めていた。
「むぅん!!」
周囲に誰もいない辺りでキャロを降ろし、地面に寝かせたところ、ヴォルテールはそれ以上進みこそしなかったが、制御する者がいないためか、無差別な攻撃を続け暴れ狂った。
その射程は長く、下手に放置すれば何が起きるか分からないため、ゼストは自身を囮にし、ヴォルテールの攻撃対象を唯一人に限定させ続けた。
ただ、間合いを詰めて切りかかる必要はないため、ゼストは一定の距離を維持したまま回避に専念し、時折衝撃波を飛ばすに留めている。
「さて、後どれだけ保つか」
戦況は一応、膠着状態にあるが、ヴォルテールの体力とゼストの体力では、比較する意味がない。
ましてゼストは導火線に火のついた状態であり、フルドライブこそ解除しているが、これ以上の戦闘続行は命に関わる。
そこに――
「む……」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」
異なる方向から、白い魔力光を持つ砲撃が、ヴォルテールへと叩き込まれる。
「………貴様か」
「これ以上の無茶はお控えを、ゼスト・グランガイツ」
ゼストが見つめる先にいたのは、黒いマントで前進を覆い、白い仮面をつけた、怪しい外見の人物。
「この区域に危険はなく、撤退せよ」
「それが、最高評議会の指示か」
「はい」
「………」
自身を“最高評議会の使い”と名乗り、彼らからの指示をスカリエッティを介さずにゼストに伝え、時に監視を行うだけの、黒い影。
<やはり、戦闘機人の理論を組み込んだ、傀儡兵か何かか………>
ゼストは、恐らく同一の個体が複数おり、人間ではないのだろうとあたりをつけていた。
これをより発展させるために、レリックウェポンの試作機である自分が生かされているような、そんな考えが浮かぶほど、黒い影からは“人間味”というものが感じ取れない。
「あの真竜はどうする?」
「貴方が考えるべき事柄に非ず」
インテリジェントデバイスの方が、もう少し愛嬌があるというもの。
改めてそんな印象を抱きつつ、ゼストは遠くから高速で近づいてくるSランク相当の魔力を確認する。
「どうやら、あの娘の迎えが来たようだな、ならば、後は任せるとしよう」
そして、黒い影に一瞥もくれることなく、古代ベルカの騎士はその場を後にし。
まるで最初から何も存在しなかったように、黒い影もいつの間にか姿を消していた。
「いったい、何が………」
フェイトが到着した時、見つけた者は、丁重に寝かされているキャロの姿だけ。
かつて、竜の巫女の守り手とヴォルテールが認めた、フェイト・T・ハラオウンの姿を確認し、猛き真竜もまた沈黙。
一体ここで何があったのか、どういう意図でゼストが行動していたかは、何も分からぬまま。
ライトニングの隊長は、キャロの無事にひとまず安堵し、仲間と合流すべく来た道を引き返していった。
□□□
「飛竜一閃!」
「く、……ぐう」
空における戦いも、趨勢は完全に決していた。
互いに万全の状態であれば、ほぼ互角の戦いになったであろう両者だが、トーレには長時間フェイトと戦い、なおかつ、シュツルムファルケンの一撃を受けているというハンデがある。
「………これまでか」
その状態でシグナムに勝てると思うほど、トーレは自信過剰ではなく、これ以上戦えば撤退すら厳しくなることも理解していた。
幸い、速度ではシグナムよりもトーレが上であり、逃げに徹すれば退くのは容易だ。
【クアットロ、そちらはどうだ?】
【限界が近いです】
通信が簡潔な理由は、限定解除の弊害か。
【こちらもそろそろ限界だ。私は退くが、回収は必要か?】
【お願いします】
ただそれだけで、トーレとクアットロの通信は終わる。
スターズの隊長を抑えるために、さらにⅡ型の増援が送られたこともトーレは知っていたが、レイストームと幻覚を組み合わせるクアットロを相手にしながら、なおも押し切るとは。
<流石はエース・オブ・エースか、やはり、機動六課で一番倒し難いのは彼女で間違いないらしい……>
今回の戦いは両陣営とも総力戦に近く、しばらくは互いに動けまい。
それを理解しているトーレは、想定外の戦力であったシグナムを見やり―――
「貴女の主は真に有能のようだが、それ故に真実に辿り着いた際、どのような選択するのか、楽しみにさせていただこう」
「何―――」
どこか謎めいて、未来を暗示するかのような言葉を残し。
「では、いずれまた戦場で」
かなりの傷を負った身で、なおも最高速で飛翔し、この空域から飛び去っていった。
【高町、トーレが恐らくそちらへ向かった】
【残念ですけど、フェイトちゃんかシャマルさんがいないと、捕まえられそうにはありませんね】
【だろうな、私は地上の救援に向かう、空の残敵は任せて良いか?】
【ええ、位置的に貴女の方が近いですから、お願いします】
トーレとクアットロと同じく、なのはとシグナムもまた、互いに連絡を取り合っていた。
もしトーレが万全であれば、フェイトのようにその余裕はなかっただろうが。
【シグナム、もし来れそうなら、とっとと来てくれ!】
そこに、新たな通信が入る。
【ヴィータか、状況は?】
【あの騎士にリインがやられてダウンした、あたしもアイゼンが砕かれてほとんど素手状態、誘導弾くれぇしか使えねえ】
【お前は今、ザフィーラと共にいるのだな?】
【ああ、ヴァイスは爆撃と砲撃をダブルでくらってやられた、ザフィーラとあたしも、もう保たねえ】
【分かった、すぐに行く、シャマルも医療班として向かっているはずだ、絶望するな】
【分かってら】
念話を続けながらも、シグナムは急降下しており、戦闘が続く地点目がけて狙いを定める。
<ヴァイス、よくやってくれた………>
心の中で、かつての約束を守ったヘリパイの男へ感謝の言葉を捧げながら。
シグナムは再びボーゲンフォルムを顕現させ、高速へ飛翔しながら矢を番えた。
□□□
「Sランク魔導師の増援を確認、撤退開始」
暗く広大な空間において、女性の声が響く。
己のISによって全ての状況を把握している彼女は、セインのディープダイバーによって脱出を指示する。
「成果としては上々ですね、ところどころ問題点はありましたが、それは改善すればよいだけかと」
「ああ、実に面白かったよ、私の娘達も順調に育ってくれて何よりだ」
その後ろには、白衣と狂気を纏った、紫色の髪と黄金の瞳を持つ男。
ナンバーズの創造主、ジェイル・スカリエッティ。
「ただ、しばらくは動けそうもありませんね。特にチンクは1ヶ月はポットから出られないでしょうし」
「それは想定済みだよ、それよりもむしろ、最高評議会の影達が出てきたことの方が興味深い。これまで常に裏方に徹してきたというのに」
「彼らに、気まぐれなどという概念は既にないでしょうし」
「そう、つまりは情勢が変わる時が近いということだ。これまで続いてきた薄氷のバランスがついに崩壊する。さて、本懐を遂げるのは一体どの陣営となるか」
男は笑いながら、傍らのチェス盤を見下ろす。
そこには様々な駒が置かれ、互いに動けない膠着状態を表している。
「Ⅱ型が多少余りましたが、こちらはいかが致しましょう?」
「ふむ、数があって困るものじゃないが、ここで使い切るつもりだったものが少しだけ残るというのも美しくないな。ここは、様子見を兼ねて使ってしまおうじゃないか」
「分かりました。ではそのように」
女は頷き、作業に戻る。
男は嗤いながら、モニターを見つめ続ける。
「さて、予行演習の祭りはこれにて終幕。これから先どうなるか、実に楽しみだ」
暗がりでただ一人、全てを知る男が嗤う。
その黄金の瞳が見つめるものが、何であるかは誰にもわからない。
恐らく、彼自身にとってすら。