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[29678] ただの再構成(13話)
Name: 有賀土塁◆c58c5e50 ID:01fac648
Date: 2011/11/05 14:00
本作は、原作では2クールの26話構成だったリリカルなのはstrikersを、
1クールの13話で再構成した場合どのような感じになるだろうか、
という発想で執筆しています。

きっかけは無印とThe Movie 1stで、ああいった感じで物語を削って補完したらどうなるんだろうと考えつつも、
The Movie 3rdは映画の時間では収まりそうもない上、出るとしても当分先だろうと思ったので、
ssで無印やA'Sと同じくらいで書いてみよう、というものでした。

なお、半分に収めるため、カリムの予言とヴィヴィオ、他数名のキャラが抹消されており、
ヴィヴィオはstrikers後日譚“サウンドステージ・ヴィヴィオ”からの登場→vividかなと。(こちらは書く予定はありません)

目標・週1更新で、多分不定期更新になるかと思います。
strikersの長編ssを書くのは初めてなので、感想・批評・誤字脱字指摘などなど、お待ちしております。



9/17
 プロットをもう一度検証したところ、6話以降がほぼ完全に独自の話になっているので、“削って半分にした話”よりも、“原作の半分という条件での再構成”という方が的確かと思い、タイトルを少しだけ変えました。

11/5
 改めて見直すと、どうにも囲碁の整地のような印象が抜け切らず、“原作を削っての再構成”としか言いようがなく、独自のインパクトが薄いので、適当なタイトルに変更しました。(前回のタイトルが長くて特に意味がなかったので)



[29678] 1話  空への翼  Aパート
Name: 有賀土塁◆c58c5e50 ID:01fac648
Date: 2011/11/05 13:56
ただの再構成(13話)


第一話   空への翼  Aパート


新暦71年 4月29日 ミッドチルダ臨海第8空港


世界が燃えていた。

数十分前まで、ここは活気に満ち溢れた空港であった。

ロビーでは旅行者が行き交い、出立を告げるアナウンスが陽気な音楽に混じって流れていたはずの日常そのものであった空間は、今や炎の海と化している。

 いかなる災厄がその火焔地獄をもたらしたかを知るものはおらず、時空管理局の陸士部隊、災害救助部隊の局員は我が身を顧みず炎の中へ突入し、決死の救助活動にあたっている。

 港湾警備隊・防災課特別救助隊セカンドチームに所属する、ヴォルツ・スターン防災士長もまた、その一人であった。


 「要救助者、一名救助! 移送はどちらへ!?」

 【東側のゲートへ、救急車がそちらへ到着しています】

 「了解! ソードフィッシュ2、聞いてたな、この子を任せた」

 「は、はい! 隊長は!」

 「まだ奥に取り残された要救助者がいるらしい、そちらへ向かう」

 「む、無茶です! あっちは火災の中心区画ですよ。こんな炎の中じゃ、いくら隊長でも」

 ヴォルツ・スターン防災士長の魔導師ランクはA、現在28歳の経験豊富なフォワードトップ、武装隊流ならばフロントアタッカーであった。

 しかし、彼が目指す先は原因不明の火災の中心地と思しき一帯を突破せねばならず、迂回するには時間も情報も足りていない。

 だがそこに、救助を待つ人がいる以上、彼に迷いはなかった。


 「こういう時に命張らねえで何が防災士長だ、それに、司令部の情報も指揮系統も整ってねえ現状じゃ、奥の要救助者は間に合わなくなる」 

 「ですが…」

 「いいから上官の命令に従え、お前の役目は俺と問答することじゃねえ、その子を無事に送り届けて、俺が助けた要救助者を受け取りに戻ってくることだろう」

 「……はい」

 「司令部、ソードフィッシュ1が火災中心部を突破する、可能な限りの情報を頼む!」 



□□□



 「東側はとりあえず通路が開けたみたい、要救助者はそこから避難出来るけど、問題は西側や」

 「はいです。このレベルの火災だと高ランク魔導師以外じゃ突入は無理です、特別救助隊の人達が東側を抑えてくれてますけど、西側にはまだ」

 「リイン、首都航空隊からの連絡は?」

 「まだです、情報が混乱しているみたいで、出動態勢に入ってもいないみたいです」

「遅すぎるわ! 何のための機動戦力やねん! 空戦魔導師が港湾の特別救助隊より遅くてどないしとるん! ……けど、現状の人材だけでなんとかするしかないんか……!」


 「――! はやてちゃんっ! なのはちゃんとフェイトちゃんがこちらに!」


 「!? そっか、よし、通信繋いで、手薄の西側に回ってもらって、要救助者の情報を最優先で渡してあげてな、消火活動は専門の部隊に任せるしかない」

 救助者の保護さえすめば、災害救助部隊は消火活動に全力を注げる。

 首都航空隊の支援が絶望的な今、本来担当ではない高ランク魔導師の手を借りねばならないが、致し方ない。

 ただそれは、高ランク魔導師ですら死の危険が伴う場所へ、休暇中の友人を送り出すことを意味するが。


 <なのはちゃん、フェイトちゃん、頼んだで………私も、出来ることを全力でやるよ>

現場指揮を任された若き本局特別捜査官、八神はやて一等陸尉。

 若干15歳の彼女は、民間人、管理局員を含め100を超える人命をその手に抱え、彼女の判断のミスが誰かの命を奪いかねない重大な責任の中にあった。



□□□


「くっそ、火が消えない!!」

「こいつは、ただの火じゃないぞ、魔力的なものか……」

 タンク車も到着し、消火活動も各地で開始されたものの、成果は芳しくない。

 魔導師ではない消防担当の局員達は、一見するとバズーカのようにも見える消火用機器を抱えて炎の海の中に飛び込み、四人一組を基本として空港内部を進んでいくが、炎に行く手を阻まれ、前に進めない。


「だけど、この先に何人か、それに子供まで取り残されているんだ、何とかならないのか!?」

「特別救助隊のフォワードトップが突入したらしい、それと、さっき本局の魔導師も突入した、救助は彼女がしてくれる!」

 出口に近い位置にいた被災者は次々と搬送されていくが、火災発生現場に近い区画の救助はかなり遅れている。

 空港に運びこまれていた危険物が爆発したことが原因と見られる空港火災は、その中枢部分で生者を死者へ変えようとしているようであった。


 「だけどこのままじゃここの火も消せない、本部! この火災はただの火じゃないぞ、消火剤が効かない! 一体どうなってる!」

 【現在検証中ですが、もしかしたら、魔導災害の可能性も―――】

 「もしもじゃ困るんだ! 意味のない消火剤を散布しても局員が炎に飲まれるだけだ! それに、要救助者はまだいるんだぞ!」

 怒鳴ったところで解決にならないことは理解しているが、魔導師でない彼らには検証を行うことは出来ず、それを成すための機材もない。

 こういう時こそ、専門の魔導知識を収めた高ランク魔導師が必要だというのに、肝心の首都航空隊が遅れており、まだ現場に到着すらしていなかった。


 <このままじゃ、犠牲者が……>

 消火剤が効かない以上、彼らに出来ることはない。

 やむなく体勢を立て直すため、彼らは外部へ引き返す。

 奥に救助者がいるというのに、何も出来ない無力感を必死に堪え、絶望に折れそうになる心を支えながら。



□□□


「……おとうさん……おねえちゃん……!」

炎に包まれた空港に、取り残された少女が一人。

家族とはぐれてしまったのだろうか。父や姉を呼びながら、不安を顔に滲ませながら、エントランスロビーを彷徨っている。


 「痛いよ……………熱いよ……………こんなの嫌だよ………………帰りたいよぉ……………」

 少女の名をスバル・ナカジマ。

 姉と一緒に父の部隊に見学に行く予定で、少し前まではロビーでは旅行者が行き交い、出立を告げるアナウンスが陽気な音楽に混じって流れていたのを、スバルは確かに覚えている。

けれど、今、目の前に広がっているのは燃え盛る炎と、赤色に染まった空間だけ。

記憶に残る空港の光景はどこにもない。一瞬の内に染め上げられた深紅の世界は、黒煙をまき散らしながらスバルを焼き殺さんと迫ってくる。


「誰か……………助けて…………………」

スバルは必死で迫る炎から逃れた。

拙い足取りでどうにか瓦礫をよじ登り、嗚咽を漏らしながらも、はぐれてしまった姉を呼ぶ。

だが、どこを探しても姉の姿はなく、それどころか旅行者や空港のスタッフの姿もない。逃げたのか、それとも潰されてしまったのかは、スバルには分からず、あまり考えたいとも思わない。

いったい、自分がいる場所がどこであるかも分からない。だが、幼いながらもスバルは、自分が炎の中に取り残されたことは理解していた。

そして、このまま誰とも出会うことができなければ、炎に飲まれて死んでしまうだろうことも。

 ただし、自分が今いる区画が、スバルが“普通の”少女であれば、とうに動けなくなっているはずである程の危険地帯になっていることは流石に知りようがなかったが。


「きゃあっ……!」

突如、横の通路から爆炎が吹き荒れ、少女は吹き飛ばされた。

本来であれば放水して初期消火に当たるスプリンクラーも、電気系統が完全にやられているためか、完全に機能を失っている。そして、周囲には特に燃えそうなものはないはずなのに、火勢は衰えることを知らない。


「たすけて……だれか、たすけて……!」

 みしり

スバルの願いをあざ笑うかのように、女神を模した巨大なオブジェの土台が、熱を受けてヒビ割れ──―砕けた。

バランスを崩した女神像は、ぐらりと彼女の方に向かって傾く。

地面を這うように蹲っていたスバルが、突如、自分を包み込んだ影を見て、反射的に後ろを振り向くと、そこには。


「え……?」

巨大な女神像が、今にも自分を押し潰さんと、倒れ掛かってくるのが目に飛び込んできた。


「はぅぁっ………………」

女神像が間近に迫り、スバルは声にならない声を漏らす。


 <嫌……だれか…………たすけて!!>

その時、一陣の風がロビーに吹き込んだ。

炎の熱さとは違う。母が我が子を抱き締めるかのような、懐かしくもあり、もう得ることのできない温かさがスバルの体を包み込み。

優しい桜色の光が幾本もの帯となって、倒れる女神像を空中に固定し。

そして、その後ろには、金色の杖を携えた白衣の魔法使いが浮遊していた。


「良かった、間に合った…………助けに来たよ」

 スバルはその時、この世に天使様はいるのだと、心の底から思った。



□□□



 「ひょっとして、この炎は……」

 高町なのは教導官とは別ルートで燃え盛る空港へ突入したフェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官がその炎の正体に気付けたのは、偶然の要素が大きかった。

 一つに、火災の中心付近から引き返してきた消防部隊の局員から炎の詳しい様子を聞けたこと、その中に経験豊富なベテランがおり、これがただの火災ではないことを確信していたこと。

 彼女自身が魔法の存在しない管理外世界で長く暮らしており、魔導力学に依らない建築物の火災についての知識を得る機会があったこと。そして何よりも、彼女がよく模擬戦を行う烈火の将が、“炎熱変換”の魔力特性を有していたこと。


 「熱は発するけど、あまり酸素と結合せず、むしろ魔力素と結合している。いや、先に魔力素が酸素と結合して、その状態で魔導的なショックによって引火したのか………だとすれば、奇蹟的なバランスで酸素と魔力素が混合している、救助者が窒息していないのは不幸中の幸いか」

 彼女の姉、アリシア・テスタロッサは、魔力炉心が爆発事故を起こし、充満した魔力素が酸素と結合したことによって窒息死した。

 それが、フェイト・テスタロッサという存在が生まれた起源であるため、彼女は執務官の中でも飛び抜けて大魔力の散布がもたらす二次災害に関する知識が深く、実践的な対処法についても深く修めている。

 さらに、彼女がその発想に至った大きな理由として、ほんの2週間ほど前に、レリックと呼ばれるロストロギアの回収任務に就き、烈火の将と盾の守護獣が担当したレリックが大規模魔力爆発を起こしていたということ。


 <仮に、レリックのような魔力結晶体が魔力爆発を起こしたとする。レリックの例では発掘現場を丸ごと吹っ飛ばして、観測指定世界の屋外には残留汚染物質もなかった、それは、遮るものが何もなくて、周辺へ魔力が散って濃度が一定化したから、でも、この空港は―――>

 魔導力学に基づいて設計されたミッドチルダの空港であり、あらゆる場所に電気変換された魔力を通すための送電線が網の目のように通っている。

 純粋な物理化学で考えるならば、可燃性の高いものは少ないが、魔導力学で考えるならば、あちこちに火種と燃料がばら撒かれているようなものだ。


 「こちら本局航空02、臨時本部、応答願います」

 【聞こえとるよ、分かった? フェイトちゃん】

 「うん、この火災は恐らくレリックのような結晶体が爆発して、大量の魔力素を散布。さらに空港内に解き放たれた魔力素が酸素と結合、その状態で各送電線の魔導的な火花と接触することであちこちから一気に火災が発生したものだと思う。だから、燃えているのは微量の酸素を結合した魔力素で、その性質はシグナムのような炎熱変換に極めて近い」

 【間違いない?】

 「実際に接触して確かめた。この炎は熱さや焼ける感覚はあるけど、息苦しさがかなり少ない。防護服に身を包んでいる消防の人や、バルアジャケットを纏った状態じゃまず分からないくらいの微妙な差だけど、間違いないよ」

 【シグナムとしょっちゅう模擬戦しとるフェイトちゃんなら、分かるわけか】

 「シグナムの魔力が通ったレヴァンティンの連結刃に囲まれた感触が、火に囲まれた空港内部と似ているんだ。これを消すならカートリッジで魔力付与するタイプの消火機器が必要、もしくは氷結系の魔法を使うか――」

 【引火の危険のない無属性の純粋魔力砲撃で、中心部に通し穴を開けて、高密度の魔力素を拡散させる。収束系のスキルで周辺の魔力をかき集められればなお良しや、本来ならバックドラフトの危険があるけど、魔力的な炎ならその心配もあらへん。とりあえずはそれで応急処置して、指揮官が到着したら私も広域型の氷結魔法を撃つよ】

 火と魔力素が結びつき、炎熱変換された魔力に近い特性を有している空港の炎。

 とりあえず風穴を開ければ、密度の濃い魔力素が外部へと流れ出していく、そうなれば、燃料を失うことで火勢も弱まる上に一般の消火剤による消火活動も可能となる。

 そして、それを成すにうってつけの人材が、今ちょうど火災の中心付近にいた。



□□□



 「じゃあ、外まで一撃で抜いていいんだね」

 【うん、全力全開、手加減抜きで、可能な限り周囲の魔力を収束して撃ち抜いて】

 「了解! まっかせて!」

 親友からの連絡を受け、スバルを防御フィールドで包みながら抱えて離脱しようとしていたなのはの足が止まっていた。

 彼女としては一刻も早くスバルを安全な場所まで連れていきたかったが、無暗に天井を貫通しては崩壊やバックドラフトの危険性があることから、来た道を戻ってろうとした瞬間にギリギリで届いた通信によって。

 そして、臨時対策本部から建物の構造的にも、エントランスホールをぶち抜くのは問題ないというお墨付きを得て、稀代の砲撃魔導師、高町なのは二等空尉がその本領を発揮する。


 「行くよ、レイジングハート」
 『Upward clearance confirmation. A firing lock is cancelled.(上方の安全を確認、ファイアリングロック、解除します)』

 真に収束された砲撃というものは、余分な破壊を行わない。

 高密度のレーザーが対象だけを焼くように、戦技教導官高町なのはが持てるスキルの全てを動員して放つ砲撃は多重弾核射撃の如き密度を有し、さらに、魔力収束を並行して行い、スターライトブレイカー程ではないものの、密度と貫通性を維持できるギリギリまで周辺の魔力を吸い上げていく。

 それは、一般の魔導師から見れば冗談としか思えぬ光景だったが、未だ魔法理論を欠片も知らないスバルにとっては。


 「………きれい」

 その姿はさながら、火を司る大天使。

 天上から降臨し、自分を助けてくれた天使様が、周囲に満ちる火を集め、消してくれている。


「一撃で地上まで抜くよ」
『All right. Load cartridge.』

 そして、集った炎は光となり、満天の星空へ駆けるための道を作り出す。

 絶望の具現のように思えた炎の壁も、空を閉ざす檻のようだった天井も、全てを悪い夢のように洗い流して。


『Buster set』
「ディバイイィィィンバスタァァァァァァッ!!!」

刹那、閃光が空を撃ち抜いた。

灼熱の赤に染められた天井は消え去り、ぽっかりと空いた穴から星の煌く夜空が見える。

泣いてばかりいる自分を、安全な夜空へと助け出すために天使様が作ってくれた、光の道を通して。



□□□


 「はやてちゃん、エントランスホールが撃ち抜かれ、高濃度の魔力が外部へ放出されていきます!」

 「なのはちゃんがやってれたんや、よっしゃ、これなら――」

 エースオブエースの放った光は、空港内部で絶望的な消火活動にあたっていた局員への希望となり、これまでの無力感を打ち消そうとするが如くに、消火活動を再開していく。


 【本局航空02、要救助者3名確保、転送魔法で送ります、座標を】

 「フェイトちゃんや、現場でも転送魔法を使えるようになったかな」

 「そうみたいです。中心部の魔力が妙な魔力磁場めいたものを形成してたですけど、なのはちゃんがまとめて飛ばしてくれました」

 クラナガンのように電気変換された魔力が送電線を縦横無尽に走っている場所では、転送魔法や結界魔法は非常ぬ難しい。

 空を往く飛行魔法ならば制限は受けにくいものの、空間に作用する魔法は管理外世界や無人世界でこそ有効であることは一般常識である。


 「そっか、じゃあすぐに情報送ってたげて、その後でフェイトちゃんは…………待って、中心区画って、他に3名くらい要救助者がおらへんかったか……?」

 嫌な予感が脳裏を駆け廻り、はやてはマルチタスクをフル稼働させ、各方面へ指示を出しつつ即座に端末を操作していく。

 はやても頭の中では、その3名が既に救助されたことは理解している。だが、それが示す事実は、思考を一瞬停止させてしまう程の危うさを秘めていた。


 「えっと……あ、大丈夫です、ヴォルツ・スターン防災士長が既に助け出してくれてるです」

 はやての補佐を務めるリインはまだ経験が浅いために、その事実が孕む危険性に気付かない。

 それはすなわち、炎と一体化した魔力が満ちる中心部を、通常装備の特別救助隊のセンターフォワードが何度も往来したことを意味しており。

 魔導師が突入したならば、そのリンカーコアは周囲の魔力を吸収していき、空港に満ちる炎熱の特性の魔力までも、少しずつ体内へ取り込んでいくことを意味している。


 「ソードフィッシュ1! 応答してください!」

 なのはやフェイトのバリアジャケットは害となる魔力を遮断することを主眼に構築されるが、災害救助を担う魔導師は、熱や衝撃を遮断することに特化している。

 本職ではないはやては、その事実に気付くのが遅れた。フェイトが炎の特性に気付いた時点で、先に突入した特別救助隊の隊員へバリアジャケットの仕様を変更するよう連絡せねばならなかった。

 だが、はやての祈りを嘲笑うように、スバル以外の3名を中心部から救出し、さらに他の救助者を助けるべく空港内部へ戻った筈の防災士長から連絡がない。


 「はやてちゃん、ソードフィッシュ1のデバイスから、救急信号です!」

 「ッ!? フェイトちゃんは………遠いし手が離せん、なのはちゃん! 今から送る座標へ飛べる!?」

 【行けるよ、今、女の子を消防隊に預けたから】

 「ごめん、すぐ向かって! 特別救助隊の他のメンバーは動かせへん!」

 【了解、すぐ向かうよ―――それと、少し落ち着いて、はやてちゃん。私もいるしフェイトちゃんもいる、陸士部隊の人達も頑張ってくれてる、空港の皆の命を、はやてちゃんだけが背負ってるわけじゃないから】

 「ッ!?―――ごめん、ありがとうな。取り乱すようじゃ現場指揮官失格や」

 【ううん、友達だもの、それじゃあ、すぐにその人を連れてくるから!】



 新歴71年に発生した、ミッドチルダ臨海空港の大規模火災。

 利用者、職員とも多数の負傷者を出し、空港施設のほぼ全てが焼失する記録的な事故ながら、しかし死亡者は出なかった。

 奇蹟のようなその鎮火救出劇において、現場に居合わせた3人の魔導師の働きがあったことは、あまり知るものはない事実である。

 ただ、その時の経験は、指揮系統の重要さと個人の魔法の限界を3人の若きエースに知らしめるものであり、ある組織の発足へ向けて動き出すきっかけとなった。

 確かに、民間人と空港職員に死者は出なかった。

 その代り、一人の防災士長が意識不明の重体へ陥り、奇蹟的に一命を取り留めたものの、リンカーコアの損傷が深く、フォワードトップとして前線への復帰は不可能と判断された。

 そして同時に、一人の少女が特別救助隊を目指して空への道を駆けあがるきっかけが生まれた。


 一つの翼が墜ちた時、一つの翼が空へと羽ばたく。


 それは、時空管理局が受け継いできた歴史そのものであるかのように。

 先人の意志は後を継ぐ者達へと託され、そうして連綿と受け継がれる祈りこそが、この時代の平和を守っている。

 戦技教導官、本局執務官、特別捜査官、それぞれ異なる3人がここより如何なる道を歩むか。

 助け出された少女が先人に支えられながら、どのような夢を紡いでいくか。

 一つの物語が、こうして始まる。



なかがき
 サウンドステージXにおける、以下のスバル・ナカジマ防災士長とヴォルツ・スターン防災司令の会話から閃いた展開です。ヴォルツさんは第一話と最終話だけの登場予定ですが、スバル・ナカジマを主人公とする物語ならば、ある意味で最重要人物になるかと思います。

サウンドステージXより
「場所が火災現場とはいえ、今回は殺人事件だからな、お前が落ち込むことじゃねえよ」
「……やっぱり、目の前で人の命が消えるのは、きついです」
「そりゃきついさ、いつまで経っても慣れねえし、慣れていいもんでもねぇ」
「…はい」

「指揮は苦手ですが、突撃なら、私はフロントアタッカーですから」
「それしかできない突撃馬鹿じゃ、俺みたいになるのがオチだ。いいことねえぞ」
「……司令は、私達の誇りですよ、8年前の、空港火災の救助活動。伝説なんですから」
「あの時無茶をやったおかげで、現場からはリタイアだ。なっちゃいねえ」
「でも、司令のおかげで、生きてる人達もいるわけですし―――」
「助けられなかった奴もいる。……今でも、時々夢に見る」
「――はい」

「なんでこんな話になってんだ、馬鹿二人の反省会なんざ、気持ち悪いだけだぞ」
「あ、はは」
「まあ、あれだ、お前は向こうが鉄火場になった時の貸し出しだ。その時、また死にそうになってる奴がいたら、きっちり助けてやれ」
「了解!」



[29678] 1話  空への翼  Bパート
Name: 有賀土塁◆c58c5e50 ID:01fac648
Date: 2011/11/05 13:56
ただの再構成(13話)


 ──炎の中から助け出してもらって、連れ出してもらった……広い夜空。

 冷たい風が優しくて、抱きしめてくれる腕が、暖かくて。
 
 助けてくれたあの人は、強くて、優しくて……格好良くて。
 
 泣いてばかりで、何もできない自分が、情けなくて。
 
 わたしはあの時、生まれて初めて、心から思ったんだ。
 
 泣いてるだけなのも、何もできないのも、もう嫌だ、って。

 強くなるんだ、って──


第一話   空への翼  Bパート



新暦75年4月、ミッドチルダ臨海第八空港近隣、廃棄都市街──


 「ふっ、はっ、せいっ!」

 廃ビルの屋上で、青髪のショートカットにハチマキをたなびかせた少女が、自らの手のひらに拳を打ちつけ、シャドウボクシングのように身体を動かしている。

 四年前、大火災に巻き込まれ、炎の中で泣く事しか出来なかった少女の成長した姿が、ここにあった。


 「スバル、あんまリ暴れてると、試験中にそのオンボロローラーがまたいっちゃうわよ?」

 その背後で拳銃型のデバイスの確認を行っているのはオレンジ色の髪を持つ、気の強そうな少女。


 「うーん、ちゃんと油もさしてきたけど……やっぱり専門の人に見てもらったほうがいいのかなぁ?」

 「そんなお金ないでしょ、まだまだ安月給なんだから」

 「そんなことないよ、危険手当も結構出てるし、やりくりだってちゃんと………」

 「その辺を全部あたしに押し付けて、自主訓練に熱中してるのは、どこの誰だったかしら?」

 「う、ううぅ、ティア様のおかげです、はい……」

 若干うなだれるスバルの頭に、萎れた花らしきものが見えるのは多分錯覚だろう。


 「ったく、何が悲しくてアンタとルームメイトしなきゃいけないのよ」

 「それは、ティアが自分の力で生活していきたいって言ったからで、そもそもティアのお兄さんが十分なお金を遺してくれてるんじゃ、それに、誘ってくれたのはティアからだったし」

 「陸士学校卒業間近で、寮を出る一週間前だってのに、住む部屋の手続きを進めてないどころか引っ越し準備すらしてなかったのは、繰り返すけど、どこの誰だったかしら?」

 それを事前に見越し、スバルとのルームメイトが可能な部屋を探していたティアナは流石である。

 彼女らは現在、ミッドチルダ南部の陸士386部隊、災害担当部に所属している。

 災害担当のこの部隊は局員の大半が寮住まいであり、陸士学校卒業生の二人が配属される以上、元々近い部屋の割り当てになる確率は高かったが、あえてティアナは一人部屋ではなく、二人部屋を選択していた。


 「あたしです……」

 理論性が求められる議論において、スバルがティアナに勝ったためしはなく、また一つティアナの連勝記録が新たな白星を積み上げた。

 ただ、結果論的にはそれは功を奏し、後に彼女が知ることになった相棒の秘密を守る上では大いに役立った。

 災害救助における“裂傷”や“火傷”は厄介であり、スバルが大きな負傷をした際に万が一の露見を事前に防ぐため、ティアナは防壁の役割を果たしていた。

 いつかスバルが、自身の出生に完全な決着をつけることが出来るその日まで。



□□□



 試験に臨むスバルとティアナを、上空から二組の瞳が見つめている。

 一人は、茶色の短髪を持つやや小柄な女性、八神はやて二等陸佐。

 もう一人は金色の長髪の女性、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官。

 二人の声は明るく元気な印象があるにも関わらず、どこか憂いの翳りを感じるのは、果たして気のせいだろうか。


 「スバル・ナカジマに、ティアナ・ランスター、この子達が……」

 ヘリの扉を閉じ、太陽の光が遮断され、暗がりがヘリの内部を支配するようになった瞬間、フェイトの言葉のトーンが落ちる。

 これよりの会話は日の光の下ではするべきではないと言わんばかりに、その表情は真剣なもの、ともすれば険悪ともとれるほどに厳しいものへと変わっていた。


 「そや、私達がこれまで追って来たレリック事件、そして、8年前の戦闘機人事件に関わる子達………ティアナの方はまだ確証はあらへんし、推論に過ぎん。やけど、スバルの方は」

 「ギンガの妹なんだから、間違いはないものね。もう一度確認するけど、スバルが今後、戦闘機人を有している組織に狙われる可能性は――」

 「現状では半々、というのがナカジマ三佐とギンガの結論や。私らがレリック事件を追いだした頃と、ギンガの入局はほぼ同時期で、その頃から向こうの動きも活発になりつつある。何とも言えないけど、何か、ひっかかるものがあるんや」

 「私が1年前にレリックを巡って交戦した戦闘機人は、高速飛行タイプのIS(インヒューレントスキル)を備えていた。名前も、どこの次元世界から来たのかも分からず仕舞いだったけど」

 「でもま、地上本部と何らかの関係があるのは間違いあらへん。フェイトちゃんが戦闘機人と交戦した時期から、ゲイズ中将は少しずつ協力してくれるようになったし、裏の繋がりがあるのか、怨敵なのか」

 「そうだね、おそらく私とあの戦闘機人の交戦は完全なイレギュラーだったんだと思う。だから、その接触が関係図の何かを歪めた、例の戦闘機人は私とエンゲージした瞬間からレリックを奪って逃げる体勢に入っていたことも気になるかな」

 それを瞬時に察し、フェイトはレリックを守ることにのみ全力を注いだ。

 結果として圧倒的な機動力によって取り逃がすこととはなったが、当初の目的であったレリックの確保は出来たのだから、局地的勝利ではあっただろう。


 「まあ何にせよ、スバルは何らかの形で保護する必要があるんは間違いない。私達やナカジマ三佐、ギンガが戦闘機人事件とレリックに関わる捜査を進める以上、無関係のまま終われるいうんは、楽観的に過ぎるわ」

 「エリオやキャロも、それは同じ。昔から、捜査官や執務官を捜査から引き離す有効な手段は、身内を利用した脅迫だから」

 「それならせめて、手元でフェイトちゃんとなのはちゃんで守りつつ、育てた方が、ってことや、それに気になるんはもう一つ、レリックの利用法」

 「もし、ユーノが調べてる通りの利用法だとしたら、私やエリオの出生にも関わる可能性は大きい、スバルとは別の理由でエリオとキャロが狙われるかもしれない、それに―――」

 「例の男が、レリック事件に関わってくるかもしれへん、ちゅうことや。まあ、推論ばっかりで証拠は全然ない状態やけど、ガジェット・ドローンのことを考えれば、極めて怪しいな」

 「備えあらば、憂いなし」

 「そういうことや」

 決意を固めるように静かに笑みを浮かべ、フェイトとはやてはモニターを見守る。


□□□


 時を僅かに戻し、とある廃ビルの中。

 『There is no life response within the range. There is no dangerous object either.(範囲内に生命反応、危険物の反応はありません)』

 赤色の宝石から音声信号が発せられ、主へと届き。


 『Check of the course was finished.(コースチェック、終了です)』

 「ありがとう、レイジングハート」

 愛機の報告を受けた戦技教導隊の白い制服を着た女性が、スクリーン越しに受験者の様子を見守っている。


 【二人はここからスタートして、各所に設置されたポイントターゲットを破壊、もちろん、壊しちゃ駄目なダミーターゲットもありますから、注意してくださいね。妨害攻撃に注意しつつ、全てのターゲットを破壊、制限時間内にゴールを目指して下さい。何か質問は?】

 【はい】

 【どうぞ、ランスター二等陸士】

 【試験中に事故や重大な負傷が生じた場合、連絡はリインフォース・ツヴァイ空曹長へ繋ぐ1番回線でよろしいんでしょうか?】

 【はい、今回は私以外にも空戦魔導師の方がオートスフィアやサーチャーの設置と監視にあたってくださっています。そちらへは私が繋ぎますので、何かあった場合は状況を的確に私まで伝えて下さい】

 【分かりました】

 【他に質問は?】

 【私は、もうありません】

 【ありません!】


 「なるほど、ティアナがコンビの頭脳担当で、スバルは突入班、かな」

 『良いバランスかと』

 その光景を見守る戦技教導官は優しく微笑みながら、愛機と会話を交わしている。


 「これから長い間、教え子になるわけだし、しっかり見ていこう、レイジングハート」

 『Yes, my master.』


□□□


 【レディ……ゴー!】

 スタートのカウントダウンを行っていたスクリーンに合わせ、二人の若き翼が行動を開始する。

 Bランクの魔導師ランク認定試験にはいくつかのコースがあり、それぞれ障害物は定まっているが、参加者は事前に知ることが出来る。

 ちょうど、自動車免許の試験にコースがいくつかあって、受験者が全てのコースを覚えるのに躍起になるのと同じように、二人はあらゆるコースを頭に叩き込んでいるようで、足並みに迷いはない。


 「ティアナは、アンカーガンを使ってるね。流石は災害救助部隊、アンカーポイントの見定めと建物の特徴を見抜くのが早い」

 「スバルの方も、建物へ突入タイミングはほぼ完璧や、何よりもその後の建物内部の状況確認から行動までが速い」

 ヘリの中から見守る二人の前でほぼ完璧といえる展開が繰り広げられている。

 ガラスを突き破って建物内部へ突入したスバルは近場のオートスフィア二機をリボルバーナックルでの打撃と強烈な後ろ回し蹴りによって粉砕。

 残ったオートスフィアが距離を取りつつエネルギー弾を連射しながら物影に隠れようとするも。


 【ロードカートリッジ!】

 スバルの叫びに呼応して、右腕の手甲リボルバーナックルに搭載されたシリンダーが回転し、薬室内で魔力が充填されたカートリッジを炸裂させる。

 10年前に比べて格段に進歩したカートリッジ技術は、近代ベルカ式を操るスバルの肉体に過剰な負荷をかけることはなく、射撃に適量と呼べる分だけの魔力を、自己からの魔力の切り離しを苦手とするベルカ式の術者に与える。


 【リボルバァァァッ、シュゥゥゥトッ!!】

カートリッジを一発消費して練り上げられた魔力を、リボルバーナックルから発射する近距離射撃攻撃。

シューティングアーツの術者がショートレンジで離れた相手に対抗するための魔法であり、ナックルスピナーの回転によって発生した衝撃波がオートスフィアを瞬く間に破壊する。


 「ローラーブーツを駆使した屋内での高速機動戦。スバルがシューティングアーツを始めたのは、あの空港火災の後からのはずだけど……」

 「この成長率は、正直言って驚かされるわ。やけど、ティアナの方も負けてへんよ」

 はやてが指で示したウィンドウの上では、ティアナが拳銃型デバイスから発射した魔力弾によって、次々にターゲットを破壊していく。

 シュートバレットは圧縮魔力を弾丸状に形成し、加速して打ち出す射撃魔法だが、ティアナの場合は練度を上昇させて使っている上、拳銃型というデバイスの特性上、連射速度は並のBランク魔導師を凌駕している。


 「こっちもなかなか、ダミーターゲットを的確に分けた上であの速度で撃ち落とすのは結構大変なはずだけど」

 「陸士学校首席卒業の肩書は伊達じゃないちゅうことや、まあでも、難関はまだまだ続くよ。特にこれが出てくると、受験者の半分は脱落することになる最終関門、大型狙撃スフィア」

 「今の二人のスキルだと、普通なら防御も回避も難しい、中距離自動攻撃型の狙撃スフィア、知恵と勇気の見せどころだね」


□□□


「良いタイム!」

「当然!」

スバルの言葉に、ティアナは短く答える。

彼女らしくスパっと切るような言葉に、“今は余計なことを言うな”という意図を感じ取ったスバル。これでも3年来のコンビである。

<この試験は、夢への一歩だもんね、ティアの>

心の中で思いながら、ティアナの横顔を見やる。

彼女は執務官になるという大きな夢があり、日々に訓練にも、魔導師としての力量を上げることにもただならぬ熱意を注いでいる。

 ただ、正確に言えば執務官になることが夢であると同時に、“目的”を達成するための手段であることも、自分と、おそらく自分の姉、ギンガ・ナカジマだけが知っている。

<そのどっちにも、お兄さんが関わってるんだよね……それにしても、もうBランクか>

4年という歳月を思い返し、胸の内に感傷が込み上げてくる。

あの空港火災の一件以来、憧れのあの人に少しでも近づきたい、過去の弱くて何も出来なかった自分を変えたい一心で走り続け、スタートの遅れを少しでも取り戻すべく、猛勉強を重ねて陸士訓練校に入学した。

ただしそれは、普通に考えればあり得ないとまでは言わぬまでも稀有なことであり、自分にはその稀有を実現させるに足る“事情”があった。

 基礎が普通の人間とは違うからこそ、たった1年に満たない期間の訓練だけで、数年間は魔法学校で学んできたであろう人達と同じ土俵に立つことが出来た。

だけどそれは、棘のように心に刺さるものもあって―――


<あそこで出会ったんだ、ティアに>

魔法学校出身で執務官志望のガンナー。

 出自も性格も経歴も自分とは大きく異なるが、どこか繋がる部分があった、最初で、多分最高の親友。

 出会った当初は自分が未熟なせいで散々迷惑をかけてしまった。

 だけど、長い時間をかけて信頼関係を育み、訓練校を卒業した後もかけがえのないパートナーとして同じ職場、災害救助部隊で、死に近しい現場で働いている。


 「ティア、次は?」

 「このまま上、上ったら最初に集中砲火が来るわ。オプティックハイドを使って、クロスシフトでスフィアを瞬殺………やるわよ」

 「了解」

 スバルは使い尽くした弾倉を放り捨て、カートリッジの込められた新しい弾倉をリボルバーナックルへと装填する。

 今回の試験内容において試験突破の鍵を握るのは、個々の能力よりも受験生同士のコンビネーション。

 一人で全てをこなすことなど、どんな人間でも不可能。

 だからこそ、短所は互いの長所で補い、緻密な作戦を立て、迅速に行動する。

 武装隊を目指す者は慣れているだろうが、災害救助部隊の彼女らもまた、それに次ぐ経験を誇っている。


 <よっし………今度の試験も一発合格で、ティアの夢へ一歩前進! ついでにあたしもBランク!>

 拳を握り締め、意気込みも新たに、スバルはローラーブーツによって駆けていく。

 その先に待つものが、難関とされる障害物ではなく、予期せぬ不幸というものであることを知る由もなく。

□□□


 「うん?」

 スバルとティアナが上階の課題をクリアした時、前振りなくサーチャーから送られてきていた画像が消えさり、幾つか操作を試みても、復旧しない。


 「トラブルかな、リイン、一応様子を見に行くね」

 【はいです、お願いします】

 『Am I set up ? (私もセットアップしますか?)』

 「そうだね、念のためお願い」

 『All right. Barrier Jacket standing up.』


□□□

 「スバル、防御!」

 ティアナの叫びが響き渡り、空気を伝導して届いたかと思った瞬間、胸を襲う衝撃にスバルは仰け反った。

 直後、鼻先を水色のエネルギー弾が掠めていく。

 どうやら、破壊を免れたオートスフィアの一機がエネルギー弾を乱射しているらしい。


 「ティア―――」

 「ぐぅっ!!」

 耳に心地よいとは言い難い不吉な音を立てて転んだティアナが、顔をしかめながらも魔力弾でスフィアを迎撃する。

 だが、右足を痛めたらしく、立ち上がること難しいようで、再びその場に蹲ってしまう。


 「ティア!」

 「騒がないで、あんたが怪我したわけじゃないし、叫んだって治るもんでもないわよ」

 「でも、捻挫したでしょう、ぐきっていったよ」

 「何でもなくはないわね………痛ぅっ!!」

 かなり深刻な痛みが身体を突き抜け、ティアナは立ち上がらずにそのまま地面に腰を下ろす。

 治癒魔法が使えれば応急処置もできるのだが、災害救助部隊における二人のポジションは突入部隊のフォワードトップと、放水担当のシューター、要救助者を治療するための要員は他におり、入局2年目の二人が他のポジションのスキルまで習得しているはずもない。

 無論、的確な応急処置や、殺傷レベルではない程度の冷気系の魔法を用いてコールドスプレー代わりにすることくらいは出来るが、この先に待つ難関に挑むには無謀に過ぎる。捻挫した人間を抱えて進むことは得意分野だが、治療することは専門外だ。


 「ティア、ごめん…………油断してた」

 「あたしの不注意よ。あんたに謝られると、却ってムカつくわ」

 苛立ちながら吐き捨て、ティアナは拳銃型のデバイスへ、新たなカートリッジを装填していく。


 「走るのは無理そうね…………最終関門は抜けられないし、ここで無理すれば今後に響いちゃう。あたしが離れた位置からサポートするわ。そうすれば、あんた1人だけでもゴールできる」

 「ティア!」

 自暴自棄とも、あるいは冷静な状況判断とも、どちらか判断しがたいティアナの言葉に、スバルは感情をそのまま伝えるように名を叫ぶ。

 普通に考えればティアナはここで落第になることはほぼ確定、如何に好成績を残そうと、ゴールできないのは致命的だ。


 「ダメだよ、そんなの。あたし1人でなんて、ゴールできない」

 「………まっ、アンタならそう返すと思ったし、言ってみただけよ。自分に出来ないことを他人に強要するほど、厚顔無恥じゃないわよあたしは、アンタと違ってね。でもそれだと、二人揃って落第よ?」

 逆の立場なら、自分も一人だけでゴールを目指したりはしない、それは断言できる。

 他のコンビがどのようなものであるかは知りもしないし比較できるものではないが、自分とこの能天気娘の間には、腐れ縁を超えた“絆”があることは、誰よりもティアナ自身が理解しているのだ。


 「それでも嫌だ。一緒に昇格しようって約束したんだから………」

 「何か案があるの?」

 「裏技…………反則、取られちゃうかもしれないし、ちゃんとできるかも、分からないけど……………うまくいけば2人でゴールできる!」

 「本当?」

 「うぅ…………ちょっと難しいかもなんだけど………ティアにもちょっと、無理してもらうことになるし…………よく考えると、やっぱ無茶っぽくはあるんだけど……………なんて言うか、ティアがもし良ければって…………」

 「………ああもうじれったい! とりあえずその案を聞かせなさい! 話はそれから!」

 「う、うん」

 やや自信なさげになりながら、スバルは自分の案を伝えていく。

 スバルの案の要はティアナの幻術と、自分が先天魔法ウィングロードを用いたショートカット、そして、ティアナを背負っての全力疾走。

 バレれば2人そろって落第。

 だが、うまく立ち回ることができれば2人で陸戦Bランクに昇格することができる。

 だが―――


 「却下! 無茶にも程があるし、アンタの魔力限界までふり絞らないと無理でしょそれっ!」

 「だ、だけど、2人でやればきっとできるよ!」

 「馬鹿スバル! 1年前のあれをもう忘れたの!」

 「1年前……」

 ティアナの言葉を聞いた瞬間、スバルの脳裏に忘れたく思うほど嫌な、でも同時に、何よりも大切な記憶が浮かんでくる。


***

 それは、スバルとティアナが陸士386部隊に配属されてからようやく1年が過ぎようという頃。

 新人気分も抜けきり、これまでは現場の雰囲気を掴むための手伝いがほとんどだった彼女らは、いよいよ人命の生き死にを預かる突入班としての仕事に従事することになる。


 「誰か、誰かいませんか!」

 炎が燃え盛るビル火災の現場で、スバル・ナカジマ三等陸士は“生きている人間”を探して、独りでに流れだそうとする涙を、込み上げる嗚咽を噛み殺しながら、必死に捜索を続けていた。

 黒く焼け焦げたり、瓦礫に潰されたりで、既に“モノ”となっている存在は無視し、生存者の捜索を優先せよという指示を受け、まだいるかもしれない誰かを、祈るように探す。

 そうでなければ、自分がこの地獄に足を踏み入れた理由がなくなってしまい、精神が押し潰されそうだったから。


 「スバル、そっちは危ない!」

 焦りのためか、スバルは天井一部の崩落に巻き込まれ、ティアナの手を借りて辛うじて脱出。貴重な時間を消費してしまう。

 その時点でスバルが救助にかけつけていれば、僅かな確率で生者となっていたかもしれない要救助者の一人は、死者となり、かろうじて無事なもう一人を抱え、ティアナの先導でスバルは出口を目指す。


 【スバル】

 ふと、声が聞こえた。ティアナからの思念通話だ。

 僅かなりとも集中力を要する念話を行ったのは、無闇に焦燥の篭った声を聞かせて負傷者を不安にさせない為の配慮だろう。


 【な、何?】

 【今はただ、出来ることをやりましょう。私も悔しいし、悲しいけど……でも、まだ助けを待ってる人が居るんだから】


 ティアナと眼が合う。

 そうだ、後悔も泣くことも、いつだってできる。

 だが、被災者の救出は、今この瞬間にしかできないのだ。

 初めて、災害救助の道を選んだことを後悔しかけていた少女は、親友のその言葉に支えられ、折れかけた翼を懸命に羽ばたかせる。


 【……ありがと】

 【ほら、前見て。もうすぐで出口のはずだから】

 【うん】


 <だけど、あたしとティアは、また失敗しちゃって>

 過去の記憶に、現在の思考が微かに追いつく。

 そのビル火災の後、再び訓練の日々がやってくる。もう二度とあんなミスをしないように、もっともっとスキルを鍛えようと無我夢中で訓練に励んだ二人は、休暇までも特訓に費やし、その身に疲労を蓄積させていった。

 そして、肝心の災害が起きた時にそれらは噴出し、辛うじて無事で済んだ前回と異なり、二人とも負傷する羽目に陥った。

 その時に―――

 「アンタ……それ、何?」

 二人が共に崩落に巻き込まれ、反射的にティアナを庇ったスバルの左手は瓦礫によって折れ曲がり、骨が皮膚を突き破っていた。

 はずであったが、そこにあったのは人間の身体にある筈の無い、剥き出しになった金属製の骨格と回路。

 それを、ティアナは間近で見ることになり。


 「やだ……やだやだ。お願い……見ないで……見ないでええええ!!」

 スバルは初めて、己の心が罅割れる音を聞いた。

***


 <でも、私とティアは今も一緒にここにいる。だけどそれは、一緒に無茶するためじゃない>

 ティアナがスバルの真実を知った時、何があったかは別の話。

 スバル・ナカジマの本当の人生の始まりであり、同時にティアナ・ランスターの始まりともなった小さな、けれども大きい宣誓となった言葉は、今までの、そしてこれからの二人を繋ぐ絆となっている。


 「うん、そうだったねティア、あたし達は管理局員で、人々を助ける役を担う者」

 「この試験だって管理局員として臨んでいるんだから、無茶やって怪我を悪化させて、もし明日緊急出動があった時どうするのよ。魔導師ランクはあくまであたしの夢のための一歩であって、それは管理局員として成すべきことに優先させるものじゃない、私達は、災害救助隊員なんだから」

 デバイスマイスターでもなければ、事務員でもなく、自分達は前線で働く者、健康無事な身体こそが資本。

 試験で怪我することはあり得ても、その怪我を押して無茶をすることは、人命救助を担う者としてあるまじき所業。


 「だけど、支援が望めない絶望的な状況下でも、知恵と工夫で障害を突破することも必要だもんね。ティアにはこれ以上無理をさせられないけど、あたしはまだまだ行けるし、ティアだって動けなくても出来ることはある」

 そして、パートナーであるスバル・ナカジマは、ティアナ・ランスターの言葉の真の意味を、理解していた。


 「アンタの馬鹿魔力でゴールを目指すところは無茶過ぎるから駄目だけど、せめて、あの大型狙撃スフィアくらいは突破して、試験管の採点と今後の課題くらいはもらわないとね」

 まさに以心伝心、言うまでもなくティアナは問題発生時用の1番回線を繋ぎ、リインフォース・ツヴァイ空曹長に連絡を取る。


 「――――ええ、はい、そうです。棄権はしますけど、負傷が明日以降の職務に支障をきたさないレベルで最終関門に挑みたいと思います」

 【でしたら、私は治療系の魔法を使えるのですぐにそちらへ向かうです。もう一人の監督官さんには、ナカジマ二等陸士の安全確認をお願いするので】

 「ありがとうございます」

 【いえいえ、これも試験官の務めです】

 既にこちらへ向かうための飛行に入ったのか、通信はそこで途切れる。ティアナはついさっき気付いたことだが、流れ弾でサーチャーも破壊されており、この辺りの状況確認と報告義務の履行も試験の採点ポイントである。


 「よし、それじゃあ、わたしがフェイクシルエットで援護するから、アンタもきっちり決めなさいよ。急がず、焦らず、出来ることを最大限に」

 「うん、あたしは空も飛べないし、ティアみたいに器用じゃないし、遠くまで届く攻撃も無いけど―――全力で走ることとクロスレンジの一発だけなら誰にも負けないから!」

 スバルの身体に魔力が満ち、心の高揚に応じてか、Bランクをゆうに超える魔力が噴出し。


 「ウィングロードも、ディバインバスターも、絶対に決めてみせる。だから、援護よろしくね、ティア!」

 天駆けるペガサスの如く、蒼き流星となって疾走開始ポイントへと向かっていった。


□□□


 「言うことなし、やね」

 「高い素養を持つ魔導師はいるし、大きな志を持つ新人もいるけど、入局3年目であの判断が出来る子は滅多にいない。これは、期待できそうだね、私やなのはだったら、5年目くらいでも突撃を選んでた気がするよ」

 フェイトとはやて、見守る二人の眼下では、フェイクシルエットを駆使し撹乱に徹するティアナと、先天魔法ウィングロードによってショートカットし、最終関門へ奇襲を敢行するスバル。

 そして、ビル内部のサーチャーの映像からは、スバルのディバインバスターが大型狙撃スフィアを破壊する様が、見事に伝わってきた。


 「あはは、確かにそうかもしれへんなあ。まあ、ゴールは出来てへんけど、この内容なら再試験に引っかかるのは間違いないし、勧誘の方も問題なくいけそうや」

 「ティアナの怪我もリインが治療してくれてるし、後は……」

 大型狙撃スフィアの破壊に成功したスバルに、「お疲れ様」と声をかける白い魔導師が一人。

 ある事件にまつわる一つの組織の物語は、かくして開演の時を迎える。



あとがき
 StSを1クールで纏めようというのが本作品のコンセプトですが、ただ削るだけでは脈絡の無いわけの分からない話にしかならないので、かなりの変更点を加えています。
 人間関係に大きな変化はありませんが、ティアナがスバルが戦闘機人であることを知ったときのエピソードや、ナンバーズとの戦いの数も原作より多めにしようと思っています。
 その理由として、無印13話ではフェイトと合計で6回に渡って戦っており、A’S13話でもヴォルケンリッターと4回に渡って戦っており、1クールのStSもその流れを踏襲して、“部隊として敵と戦う任務”よりも、“個人的に戦わなければならない相手”との戦いを、部隊としての働きと重なるようにまとめていこうかと。そのような理由で、1年前にレリックを巡ってフェイトとトーレが僅か交戦しているという舞台背景にしました。



[29678] 2話  機動六課  Aパート
Name: 有賀土塁◆c58c5e50 ID:01fac648
Date: 2011/11/05 13:56
ただの再構成(13話)


 きっかけや始まりは、四年前の空港火災

 炎の中、いくつかの出会いがあって。ある喪失があって。いくつかの決意がそこから生まれて──

 その原因となったロストロギア、レリックを巡り、狂い回る因縁の輪

 私達は一丸になって、その事件に向かっていく



第二話   機動六課  Aパート



新暦71年 4月20日 ミッドチルダ首都クラナガン 先端技術医療センター


 集中治療室の前に並ぶ長椅子に、15歳の少女が二人座っている。

 特別捜査官の制服を着たままの少女、八神はやては俯いたまま祈るように両手を組み、他人の接触全てを拒絶しているようにも見える。

 もう一人は、バリアジャケットを解き、私服となっている戦技教導官の少女、高町なのは。彼女は休暇中であったため、空港から直行した身ではあるが制服を纏ってはいない。

 はやての肩を支えるように抱きながら、なのははジッと、集中治療室の扉を見つめている。その中で現在死神と格闘しているヴォルツ・スターン防災士長の同僚達は、今も火災現場におり、彼の状況を必ず伝えると現場に残って作業に従事する彼らにも約束していた。

 そこに―――


 「なのは、はやて」

 同じく現場に残り、主にロストロギアや魔導犯罪者を追う執務官として空港火災の原因の調査にあたっていたフェイト・T・ハラオウンが、歩いてくる。念話による事前の連絡がなかったのは、患者への魔導的ショックに繋がる可能性から病院内での念話が禁じられているためだろう。


 「フェイトちゃん、早かったね」

 「ヴォルツ・スターン防災士長の同僚の人達が頼みこんで、ここまでの飛行許可をもぎ取ってくれたんだ。本来は休暇中に私に出してもらえるものじゃないんだけど」

 管理局とて、人の組織。

 それすらも規則のままに禁じてしまえば、ただの歯車になり下がるだろう。


 「原因は、分かったの?」

 「ほぼ間違いなく、レリックだよ。危険物扱いの貨物の中に紛れていたみたいで、何らかの原因で爆発した。爆発そのものについてはシグナム達が確認したものと大差ないと思うけど、その辺りは専門の鑑識結果を待たないと」

 フェイトの言葉を聞いてはやての身体がやや震えたが、なのはは何も言わず、抱きしめる力を少しだけ強めた。

 彼が死の淵にいるのは、はやてだけの責任ではないと口にしたところで、今の彼女には届かないことは分かっていたから。


 「………ほんまに、クロノ君はすごいな」

 だけど、彼女を後悔の念から呼び起こしたものは、過去の記憶であった。


 「……闇の書事件の時、クロノ君は今の私より年下やで、なのに………」

 リインフォースを失って一番悲しかったのははやてだが、あの事件の現場責任者はクロノだった。

 家族を失い、泣いている自分を見ていたクロノがどのような心境であったのか、今ならば少しだけ理解できる。


 「………そうだね、私達も6年目になるけど、中学校との両立だし、やっぱり、母さんやクロノに守られてる」

 「だけどそろそろ、守られてばかりじゃいられないね」

 はやての瞳に力が戻りつつあることを感じ、なのはとフェイトも想いの一部を語っていく。

 ある意味で自分達は、陸士学校を卒業したばかりの新人局員にすら劣っている部分がある。

 魔導師ランクが高くても、階級が尉官になろうとも、守られているうちは一人前ではあり得ない。

 そして、一人前じゃない自分達だから、死の淵に立たせてしまったベテランが、今集中治療室にいるのだ。

 
 「八神一尉、高町二尉、それに、ハラオウン執務官もいらっしゃいましたか」

 その時、集中治療室の扉が開き、ヴォルツ・スターン防災士長の治療にあたっていた医師が姿を現し、説明を行う。

 家族への説明は病院の役割だが、管理局への連絡は尉官である彼女らを通したほうが円滑に進むことを医師も理解していた。

 医師より下された宣告は、一命を取り留めることには成功、順調に回復すれば日常生活を過ごすには何の支障もないレベルまで戻すこともできるだろうとのこと。

 ただし、リンカーコアの損傷が大きいため、特別救助隊の前線として活動するのは絶望的。

 それが、ヴォルツ・スターン防災士長への、3名の命を救ったことに対する代償であった。



 「………なあ、なのはちゃん、フェイトちゃん、聞いてもらってええか?」

 説明を終えた医師が去ってしばし、はやてがずっと閉じていた口を開く。


 「終わってしまったものはどうにもならへんし、過去のやり直しは論外や。だから、私は、前に進もうと思う」

 答えを待たず、はやては話し続ける。


 「今度の空港火災は、個人の力の限界を示すものやったけど、同時に、幸運に頼ってのものやった。もし、なのはちゃんやフェイトちゃんが休暇でなければ、もっと死者は増えてたやろうし、本来なら、首都航空隊がその役を担ってないとだめなんや」

 それは常に、リンディやクロノが口をすっぱくして彼女らに教えていること。

 個人の能力に頼っての事件解決は褒められたものではなく、対応のための機構をしっかりと築き上げることこそが重要なのだと。


 「歯がゆい気持ちは皆同じや、戦力が足りずに頑張る現場も、必要とされている場所に向かえないエース達も。だから、エースが必要とされる場所に送り出すための、事件が起きたら迅速に、可能な限りの最速で駆けつけて、応援が到着するまで人命を守り通すことが出来る部隊。そんな部隊を、いつか私は作りたい」

 エースであっても、全てを救うことが出来ないのは分かっている。それはたった今思い知らされたばかりだ。

 けれど、エースやストライカー、それらを支えるバックヤードスタッフが一丸となって、例え少数の部隊であっても指揮系統の確立した一団が空港火災の救助に参加出来ていたならば、翼を折られる局員が出ることを防げたのではないか。

 理想は所詮、理想であり、無理なことは山とある。だけど、少しでも理想に近づけるべく努力することは出来るはず。

 その部分だけは海も陸も関係なく、時空管理局とは、そうして70年の歴史を歩んできたのだから。


 「その時が来たら、なのはちゃんとフェイトちゃんの力を借りたいんよ。まだまだ構想段階やけど、多分きっと、初期の部隊には教導官と執務官の両方が必要となる。むしろ、その二つを両翼とした陸士部隊こそが、目指す先なんや、だから―――」

 「その先は言う必要はないよ、はやてちゃん」

 「私達も気持ちは同じ、辛いことは多いし、部隊運営だって楽なはずはない。けど、だからこそ一緒にやろう、私達はずっとそうしてきたんだから」

 そうして、一つの夢が歩き始める。

 そんな彼女らの姿と夢に燃える瞳が、21年前、死者26名、その内民間人の死者が11名を記録した事件に際し、地上部隊の改革を目指した二人の男達のそれを重なっていたことを知る人間はまだいない。

 一つの夢が潰え、若き翼が後を継ぐまでには、まだ幾ばくかの時間を要する。



□□□


 「……とまあ、そんな経緯があって、八神三佐は新部隊設立のために奔走」

 「四年ほどかかって、やっとそのスタートを切れた。というわけや」

 フェイト、はやてが順番に口を開き、リインは自分の主の肩に乗っている。

 先日実施されたBランク魔導師昇格試験から翌々日。

 試験管であったリインが、昇格審査の部署へ送った結果が戻り、ミッドチルダ陸上警備隊南方方面支部内の機密性の高い個室にて、スバル・ナカジマ二等陸士と、ティアナ・ランスター二等陸士は、予期せぬ人物と対面していた。

 なお、試験の結果については高町なのは一等空尉から事前に告げられ、予想に反し“合格”であった。

 民間の魔導師も取得する“魔力量”を主に測る魔力ランクと異なり、管理局員の魔導師ランクは魔導師として任務遂行がどのレベルまで可能かどうかを測るもの。

 つまる、管理局を辞めれば意味はなく、トロフィーのような記念品扱いとなり、給料査定などに直結するわけでもない。

 要するに、個人のためのものというよりも、部隊単位での戦力配分を明確化するための組織のための試験であるといってよく、魔導師ランク昇格試験は武装隊や特別救助隊といった、魔導師個人能力が強く求められる部署においては半ば義務的なものと化しているのであった。

 そういった背景もあり、今回の二人の試験に対する行動は、Bランク相当の管理局魔導師として申し分なし、と判断された。

 的確な判断に基づいてあえてゴールしなかった結果を再試験とし、災害救助部隊員を本局武装隊で三日間の特別講習と再試験を受けさせること方が、無駄である。それが、昇格試験における結論だった


 「部隊名は、時空管理局本局、遺失物管理部、機動課所属、対策専門特殊部隊、地上本部出向、首都防衛隊作戦部第六課!」

 所用があったなのはは去り、代わりにスバルとティアナと対面したのがハラオウン執務官と八神三佐。

 その二人から、4年前の空港火災で起きた出来事と彼女らの誓い、そして、立ち上げられる新部隊について説明を受けていた。


 「ず、随分長い名前なんですね……」

 「確かにそこはスバルの言うとおり長ったらしいです、ので、短縮した通称は“機動六課”です」

 「登録は陸士部隊。フォワード陣は陸戦魔導師が主体で、高町、ハラオウンの両分隊長を除けば全員が陸戦魔導師の予定や、既に地上本部から結界・通信担当と、治療担当の副隊長は内定済み。特定遺失物の捜査と、保守管理が主な任務や」

 「遺失物……ロストロギアですね?」

 「そう。でも、広域捜査は一課から五課までが担当するから、ウチは対策専門だね」

 「なるほど……しかし、地上本部から副隊長が来るということは、本局遺失物管理部の機動課なのに、管轄は地上本部ということでしょうか、正式名称の中にも、地上本部出向、と」

 「流石に聡いな、ティアナ、執務官志望なだけあるわ」

 「きょ、恐縮です」

 「そこは、大分複雑な話になるし、スバルとティアナの個人的事情にも大きく関わることや。せやから、順を追って説明していくな」

 今までは柔らかかったはやての表情が硬くなり、フェイトとリインの表情も引き締まる。

 そんなわけはないのだが、機密性の高いこの部屋が、尋問部屋に思えてくる程に。

 スバルとティアナは、これからの話は自分達の人生に大きく関わるものであろうことを、その雰囲気から敏感に感じ取っていた。


□□□


港湾警備隊・防災課特別救助隊 隊舎


 「なるほどね、あの時お前が助けたガキが、もういっぱしの局員か」

 「ええ、入局3年目に入りますし、そろそろ局員としては新人とは呼べない頃ですね」

 「ま、俺らから見りゃまだまだ新人のひよっこだが、しかし、あれからもう4年か」

 高町一等空尉と対面するは、港湾警備隊防災課・特別救助隊、防災副司令、ヴォルツ・スターン。

 4年前の空港火災での負傷によって前線から後方へ移り、今は指揮官としての道を歩み始めている。


 「そう、もう4年になりますけど、あの子、スバルには夢がありますし、彼女を取り巻く事情も、機動六課に入ることを多分余儀なくさせると思います」

 「その辺の事情は知らねえが、お前が守るんだろ?」

 「はい、若い翼を折らせないように力を尽くすのが、戦技教導官としての、私の夢です。スバルをしっかりと守って、育て上げて――――あの子の夢へ、貴方の下へと羽ばたかせます」

 「別にあいつの夢が俺のとこだって決まってるわけじゃねえだろう」

 「ですね、けど、私にはそんな気がするんです」

 穏やかに微笑みながら、高町なのはは何の意図もなく己の本心を語る。

 その朗らかな空気が、嫉妬や羨望を受けるに足る才能と出世の道を歩みながらも、彼女が周囲に敵を作らない理由なのかもしれない。


 「ったく、お前には敵わねえな。特別救助隊の防災士長が15のガキに助けられたっていう情けねえ話だが、今やお前もいっぱしの士官だ」

 「そうありたいと、思っています。まだまだ経験が足りていないことは分かってますけど、だからこそ」

 「ああ、真っ直ぐ羽ばたいて、雛鳥共を守ってやんな、俺もお前の言葉を信じて、待っていることにする」

 「お願いします。私に出来るのは前線魔導師としての基礎を固めて鍛えることだけですから、特別救助隊のフォワードトップとしての技術は、貴方からあの子へ」

 それが、空港火災において、幼い少女を助けた彼女の誓い。

 救助を待つ人々を助ける夢を持つ少女が、先達である彼の下へ辿り着くまでの、その道を導くことこそが、己の役割であると、高町なのはは決心していた。


 「おう、そん時が来たら任せな。それと、うちではフロントアタッカーで通るぜ、ここは武装隊に性質が近いからな」

 「あはは、そうでした。訂正、ありがとうございます」

 「その辺はまだまだだな、新人の前でもそんな不様をさらさないよう、しっかりやんな」

 「はい、ありがとうございます、それでは」

 「ああ、今度来る時は、新しい特別救助隊員への推薦状を添えて来いよ」

 隊舎を後にし、なのはは自身の職場へと戻る。

 機動六課の発足に向け、階級では部隊長であるはやてに次ぐ立場の彼女には、数多くのやるべきことがあった。



□□□



 「ティアナは知っとるかもしれんけど、陸と海は基本的な部隊運用が異なるんや。海は“領域制御(スペース・コントロール)”、陸は“領域支配(コマンド・オブ・スペース)”を軸に動いとる」

 「領域制御(スペース・コントロール)に、領域制御(コマンド・オブ・スペース)……すいません、あたしには分かりません」

 「まあ、陸の災害救助部隊員が必要とする知識じゃないからね、ティアナは分かるかな?」

 「えっと……広域に渡って戦力の配置は行わず、観測施設に少人数を置いて、事件が起きた場合に規模に応じて機動戦力を動かすのが、領域制御(スペース・コントロール)。人が住む世界を対象にして、管区ごとに固有の戦力を配置するのが、領域支配(コマンド・オブ・スペース)ですか」

 「大体それでええ。知っての通り、次元の海は広くて、全部に常駐の戦力を割いとったら、魔導師がいくらいても足りん。そやから、海では空戦魔導師や転移魔法が使える高ランク魔導師を軸に、発生した事件に素早く戦力を送り込むことを目指しとる。逆に言えば、質量兵器が廃止されとる現状ではそれが唯一の方法や」

 「陸の運用はまた別で、彼らは大規模な事件よりも、盗難事件や交通事故、近所の騒音問題や空き巣、痴漢みたいな身近な事件を扱うことが多い。だから、地域と密着したお巡りさんがたくさん必要になって、それぞれの地域ごとに担当区画を定めることになる」

 それが、海と陸の大まかな違い。

 次元世界を跨って事件やロストロギアに対処する海と、都市や街単位で動く陸では、存在の基礎からして異なる。


 「どちらのシステムも一長一短ありやし、要は、治安維持の範囲と規模、予算と戦力によって切り替えることになる。極論、無限の予算と戦力があれば、次元世界全域に魔導師を配置すればそれでええんや」

 「それはまあ、そうですよね」

 「ただ、それはあくまで理想論。現実の海ではまだまだ問題はあるけど、それでも戦力的には何とかなるようになって来ているのは確か。ただそれは、陸から戦力を多く吸い上げてしまったことを意味している」

 「えっと、それは、本局が悪いってことですか?」

 「残念やけどなスバル、善悪で簡単に論じれる話やないんよ。海が高ランク魔導師を必要としていたのは事実で、それは決して“必要以上”やなかった。でも、元々海と陸のどっちにも十分な戦力を送れたわけやないのを、バランスを崩してしまったんや」

 「つまり、海と陸がそれぞれの職務で必要としている魔導師の数を10とするなら、海も7、陸も7にするべきところを、海が8、陸が6にしてしまったんですね」

 「そうだね、海と陸では必要な絶対数が大きく異なるから、比較が難しかったというのもある、それでも、陸がより多く血を流してしまったのは、統計上の事実なんだ。それでも、何とか頑張って陸の治安を維持している人が、地上本部のレジアス・ゲイズ中将だね」

 海の方も戦力が足りているわけではなく、8の戦力で危険なロストロギアに立ち向かったのは事実。

 だがそれは、6の戦力で陸に治安を守らせることになり、大きな危機は小さな流血によって防がれていた。

 その現状を変えるため、改革を目指した人間こそが、レジアス・ゲイズ中将であった。


 「そやけど、やっぱり限界はある。あの空港火災のように、ロストロギアが原因の大規模な事件が起きた際には、領域支配(コマンド・オブ・スペース)の方式ではどうしても対処が遅れてまう。だから、陸と海の中間の、“出島”となる部隊が必要なんや」

 「出島……」

 「それはひょっとして、通常の業務は陸士部隊のそれに準じて、事件捜査などは付近の区画の治安維持を預かる陸士部隊を連動しながらも、大規模な事件が起きた場合や、違法組織の拠点が判明した場合などは、海の運用に準じて、俊敏に動く部隊、ですか」

 “出島”について的確に述べたのは、ティアナ・ランスター。

 彼女が執務官を目指す理由と、その部隊とは、切っても切れない関係にある。


 「そうや、それが機動六課の設立意義。本局からスカウトされることを栄転とする気風は一朝一夕には変えられへん。そやけど、海で活躍した者が、地上との“出島”へ移ることを別の形の栄転とすることは不可能やない、褒賞に似て左遷、ちゅうのはよくあるけど、栄転を建前とした海から陸への戦力還元、といったところやな」

 「私達はそのための実験部隊で、1年間の期限付きだけど、海から陸への戦力還元の先駆け。部隊の大半は陸士で構成されるけど、私と高町隊長、S+ランクの空戦魔導師2名を、地上本部に出向させることが、一つの柱だね」

 「そして同時に、レリックというロストロギアを巡る事件を、各地上部隊と協力しながら捜査して、拠点が分かれば迅速に行動して捕まえるための部隊、つまりは、独立性の高い少数部隊の実験例でもある。ただし、これは初めての例やない、正確には3番目や。二人なら、前の例が何か分かると思う」

 そこまでは、表向きの理由。

 そして、ここから先が、スバルとティアナが機動六課のフォワードとしてスカウトされた、裏にして最大の理由。


 「一つ目は、首都防衛隊作戦部、第五課………あたしの母さんが、いた部隊で、8年前に、壊滅」

 スバルは座学において優秀であり、ティアナと共にコンビとして首席を取った優等生。

脳味噌が足りないように見えることもある彼女だが、物事の本質を見抜く鋭い観察眼を持っている。


 「二つ目は、首都航空隊、特別チーム。まだ正式な部隊ではなかったですけど、上手くいけば壊滅した首都防衛隊第五課に替わるクラナガンの守り手として期待されていた………だけど、6年前に、解散」

 スバルと異なり、ティアナにとっては、自分の目的そのものである。


 「首都防衛隊作戦部第五課は8年前、隊長だったSランクオーバーの騎士、ゼスト・グランガイツ一等陸尉と、分隊長だったAAランクの魔導師、クイント・ナカジマ准陸尉とメガーヌ・アルビーノ准陸尉の他、前線メンバーの殉職によって、解散。事務方の局員も今はバラバラや」

 「2年後、彼らを失った穴を埋める形で出来つつあった首都航空隊の特別チームは、やがて出来る部隊の中核を担うはずだった、執務官志望のAAA+ランク魔導師、ティーダ・ランスター一等空尉の殉職と、それに伴う人事異動で解散、これについては、今でも謎が残されている」

 その人物が誰であるかは、苗字を考えるまでもなく、この場の全員が理解している。


 「その二つが、機動力に長けたエース、もしくはストライカーによる少数精鋭部隊の実験例やった。高速機動の空戦が行えた、ゼスト・グランガイツ一等陸尉とティーダ・ランスター一等空尉、シューティングアーツのクイント・ナカジマ准陸尉に、古代ベルカ式の召喚・転送のエキスパートでもあったメガーヌ・アルピーノ准陸尉」

 「あの空港火災も本来なら、グランガイツ一等陸尉とナカジマ准陸尉を先頭に首都防衛隊五課が内部へ突入、首都航空隊の対策チームを率いてランスター一等空尉が全体指揮、そして、アルピーノ准陸尉の転送魔法で、要救助者を救出、という形になっていたはず、民間人はおろか、管理局員に犠牲者を出すこともなく」

 当時15歳の若輩だった自分達3人に比べて、彼らは経験豊富の熟練者。

 もし彼らがいてくれたなら、ヴォルツ・スターン防災士長のように救助の犠牲となる人もいなかったはず。

 だけど、彼らは故人であり、若き翼は、後を継いでいかねばならない。


 「それで、空港火災の指揮にあたった八神三佐が、3番目の“出島”として、機動六課を立ち上げた、わけですか」

 「何だか、凄い縁ですね」

 「スバルの言うとおり、私も奇妙な縁やと思う。けど、きっと時空管理局はそうやって先人の意志を継いで繋がってきたんや。46歳、21歳、そして私が19歳と、部隊の中心がどんどん若くなっとるのが問題やけど、嫌なジンクスはここで断ち切る」

 「そう、私やはやての出身世界の言葉を借りれば、“二度あることは三度ある”、だよ」

 「あの、その言葉通りだと、八神三佐が殉職して、機動六課が解散しちゃってますけど……」

 「それちゃう、“三度目の正直”や、国語の成績は残念なんやから、無理せんほうがええで」

 「………御免ね」

 職務中のミスはほとんどないが、それ以外ではたまに天然を発揮するハラオウン執務官である。

 ただ、図らずしも八神はやてが殉職し、機動六課が解散する可能性があり、先例に倣えばそうなってしまうほど、危険が伴う部隊であることは、伝わっていた。


 「でも、そういうことでしたら、私を是非とも機動六課へ参加させてください。兄の死の隠された理由を探ることが、私が執務官を目指す理由の一つでもあります」

 「そう言うと予想してたよ、それに、正直ティアナが一人で調べてたら、いつか、謎の死を遂げる可能性があるんや。そやから、機動六課の皆で追っていく方がいいと思う」


 (うちの女房は、戦闘機人プラントを摘発してる途中で、見ちゃならねえものを見ちまったんだと思う)

 それが、はやての指揮官としての師匠でもあるゲンヤ・ナカジマ三等陸佐より預かった言葉であり。

 ギンガ・ナカジマ陸曹が捜査官となり、機動六課と協力して事件に当たる理由でもあった。

 そして―――


 「それで、スバルには、もう一つ伝えることがあるんよ」

 「もう一つ……」

 この流れならば、何が来るかは、予想がつく。


 「私達が扱っていくロストロギア、レリックは空港火災の原因ともなったけど、それを狙う犯罪組織と、私は執務官として交戦したことがあるの、そしてその相手は、高速機動型の戦闘機人だった」

 「………やっぱり、戦闘機人……………」

 「機動六課立ち上げと並行して、特別捜査官の私と、ハラオウン執務官は協力しながらレリック事件を追っていた。得られた情報をまとめると、8年前の事件は何かが繋がっとるのは間違いない、そして、ギンガやスバルが狙われる可能性がある、という結論に至っとるんよ」

 「だから、スバルが機動六課に入らないとしても、何らかの形で保護することには、なると思う」

 守りながら追うことは難しく、弱点がある捜査官は脆い。

 だからこそ―――


 「高町教導官の下で、スバルとティアナには、前線で戦える魔導師に育ってもらいたい、というのが私らの願いや。狙われる立場のスバルと、追う立場のティアナでも、必要なものは同じやし、それぞれの夢への近道になるよう、私らも全力でサポートする」

 ストライカーとして、散っていった者達の後を継いで、この事件を解決する。

 それが、エース3人が若き翼に望む、機動六課フォワードの役割であった。


 「勿論、それぞれの思いもあるし、強要はしないし、しちゃいけないと思う。だけど、私達は弱くてずるいから、こう言ったら、貴女達が退けないことを分かった上で、言ってる…………本当に、ご免なさい」

 「い、いいえ! 別に謝られなくても!」

 「そ、そうですよ! 頭を上げてください!」

 慌てて止めようとする二人だが、はやてはその姿に、想うところがあり。


 「……いや、フェイトちゃんの言うとおり、私らの言ったことはただの逃げや。だから、機動六課の部隊長として、スバル・ナカジマ二等陸士とティアナ・ランスター二等陸士に、改めて言う」

 八神三佐は背筋を伸ばし、しっかりと若い二人の局員を見据え。


 「私達と一緒に戦って欲しい。散っていった先人たちの後を継いで、レリックや戦闘機人に関わるこの事件を終わらせる、そのための力に、若きストライカーになって欲しい。未熟なうちは私達が絶対に守るから、その命を、機動六課部隊長、八神はやて三等陸佐に預けてくれるか」

 己の責任において、その命を背負うことを宣言し。


 「はいっ!」

 「若輩ですが、よろしくお願いします!」

 深くじっくり考えたところで、自分達の答えが変わらないことを、知っているから。

 スバル・ナカジマとティアナ・ランスターは、母や兄の歩んだ道を、3人の若きエースの下で追うことを、心に決めていた。



なかがき
 本作品では、はやての階級は三佐となっていますが、その説明は第三話で行う予定です。ティーダさんの設定などについて多少改変を加えていますが、消滅したキャラを除いて基本的な人間関係などについてはそのままで行くつもりです。



[29678] 2話  機動六課  Bパート
Name: 有賀土塁◆c58c5e50 ID:01fac648
Date: 2011/11/05 13:56
ただの再構成(13話)


第二話   機動六課  Bパート


 ミッドチルダ南部と中央を繋ぐハイウェイを、一台の管理局公用車が走っている。

 魔導師ランク昇格試験の結果通達兼、機動六課へのスカウトを終えた二人は、それぞれに機動六課設立のための仕事があり、地上本部へと向かっていた。

 ちなみに、リインははやての鞄の中で眠っており、彼女曰く、英気を養っている。


 「はやて、名言だったよ」

 「言わんといて、フェイトちゃん、自分でもらしくないって思ってんやから」

 「でも、言わなきゃいけないことではあったでしょ。私も、改めてあの子達に言わなきゃいけないかな……」

 「うーん、それは難しいところや。入局3年目のスバルやティアナと違って、フェイトちゃんとこの二人は正式な局員になるのは今回が初めてやし、保護の意味合いが特に強いし、逆に離れ離れの方がお母さんとしては不安やろ」

 はやてが見ている画面に映し出されているのは、スバルとティアナ以外、残る二人の顔写真。

 エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエ。

 この二人が、フェイトを隊長とする分隊、ライトニングのフォワード候補であった。


 「そうだけど……まだ子供だから、局員としてやっていけるか少し……ううん、かなり心配だよ……」

 「まあ、そこは散々話し合った末の結論やから、しゃあないと思って諦めよ、私達で出来る限りサポートしていくしかない」

 「うん、そうだね」

 「妙なジンクスや悪い縁も、ここら辺で終わりにしたいとこやな。あの子達には、元気に前だけ見て欲しい、それが一番しっかりしてるのはスバルやな」

 「確かに、フォワード達の先頭を切って走っていくのは、スバルだろうね」

 「ちびっこ二人も、どんな道を歩んでいくか、楽しみや」

 「シャーリーが迎えに行ってくれてるし、今頃、出逢ってる頃かな」

 これからの先には困難が多いことは間違いないが、そればかりでもない。なのはが若い翼の教導に燃えているように、フェイトにも楽しみなことはある。

 同じ部隊で仕事をしていれば、休日のスケジュールも合わせやすくなるし、仕事中でも一緒にいてあげることが出来る。

 日頃、仕事が忙しくて子ども達に構ってあげられないことを悔やんでいたフェイトにとって、一緒にいられる時間が増えるということはやはり喜ばしいことだった。


□□□


 フェイトが温かなファミリーの理想像を思い描いている頃、件のエリオ・モンディアルは駅の構内で隊舎へ持っていくための荷物を担ぎながら、待ち合わせの人物がやって来るのを待っていた。

 だが、待ち合わせの時間から10分ほど過ぎているにも関わらず、陸士学校の見学や、管理局市民窓口センターに一緒に来てくれた、親代わりの女性の補佐官の姿は見えず、自分と同じ年齢で、同じく保護児童である少女、キャロ・ル・ルシエも一向に現れる気配はない。

 休日の駅は人混みで溢れ返っており、よもや見落としたのかと、手すりの上から階下のホームを見下ろしたが、やはりそれらしい人物は見当たらない。


 「うーん…………探しに行った方がいいのかな、ねえ、どうしようか?」

 「………くぅ」

 「寝てる………一応、護衛だって言ってたけど………護衛が寝てていいのかな」

 とある物体を抱え、ぶつぶつと呟きながら手すりから降りると、何者かが背中を突いてきた。

 振り返ると、フードを被った自分と同い年らしき少女が、少し俯きがちにこちらを見上げている。


 「あの、エリオ・モンディアル三等陸士…………ですか?」

 「え? あ、はい」

 答えると、少女はフードを下して桃色の髪を露にし、柔和な笑みを浮かべながら敬礼をする。

 その柔らかい微笑みに、エリオは思わず見惚れてしまった。


 「初めまして、キャロ・ル・ルシエ三等陸士であります」

 「………………………」

 「あの、モンディアル三士?」

 「あっ、えっと………すみません。自分は、エリオ・モンディアル三等陸士です。よろしくお願いします」

 「はい、こちらこそ。あ、それと………………」

 キャロは持参した鞄を床の上に置く。

 ただし奇妙なことに、その箱は独りでに揺れ、カタカタと音を立てている。

 キャロが蓋を開け、エリオが中を覗き込むと、小さな空間の中に1匹のトカゲのような生物が蹲っていた。

 大きさは子犬くらい、体表は白くて眼は赤い。

 胴体には腕の代わりに一対の翼が生えており、それが連想させる生き物といえば、おおよそ一種に絞られる。


 「竜の…………子ども?」

 「はい。この子はフリードリヒ。わたしの竜で、大切な家族です」

 「きゃふぅ」

 フリードリヒと呼ばれた幼竜は、自己紹介するように鳴き声を発する。


 「そっちは、モンディアル三士の使い魔ですか?」

 「いえ、この子は僕の使い魔じゃなくて、ルシエさんも多分会ったことがあるはず」

 「あっ、ひょっとして―――ですか」

 「はい」


□□□


 「ふう、そろそろ暗くなってきたなあ」

 「ちょっと遅くなっちゃったね、この車はあんまり慣れてないけど、運転やしやすいから楽だよ」

 地上本部より機動六課隊舎へ向かう道を、二人は公用車で走る。

 これは機動六課の車であり、地上本部の駐車場係などにいち早く覚えてもらうためにも、今のうちから出来る限り使おうということになっていた。


 「マークと顔を覚えてもらえれば、いざっちゅう時、話が速いからな」

 「こういう、地道な努力も大事だよね。思えば、この四年間はしきたりというか、筋を通すというか、そう言うのを学ぶ――はやて!」

 「リイン! 起きるんや!」

 高ランク魔導師であり、魔法戦に関してならば歴戦の勇士と称して差し支えない二人は、即座にバリアジャケットを展開し、自動車の天井を突き破って離脱する。

 その次の瞬間、鋭利な刃が金属製の車体を真っ二つに切り裂き、破壊された車は爆破炎上していた。


 「結界が張られとる……もしこれがなかったら、下手すると大惨事になっとったで」

 「そのような不手際を晒す程、我々は凡百な兵士ではありません」

 はやての視線の先、ハイウェイの外灯の上には、紫色の魔力光と、同色のボディースーツに身を包み、腿と足首、手首付近からエネルギー翼を煌かせた、屈強な体格を持つ女性。

 さらにその隣には、外見年齢は11歳ぐらいの矮躯に、右目を眼帯で覆い隠した、銀髪の小柄な少女。


 「あの人達は!」

 【リイン、ユニゾンの準備や】
 「戦闘機人か………奇襲を仕掛けておきながら、わざわざ悠長に声をかけるなんて、阿保かいな」

 慌て声をあげるリインに念話で戦闘準備を伝えながら、はやては冷静に相手と周囲の状況を観察する。


 「あれは挨拶代りです。オーバーSランクの魔導師があの程度で墜ちるはずもありませんし、追撃をかける手もありましたが、貴女の隣にいる方が、それを阻んでいる」

 長身の戦闘機人の右腕には、電流が走った後ともとれる、魔力の残滓がある。


 「ライトニングバインドか………よくあの一瞬で発動させたものだ」

 純粋に感嘆の声を上げるのは、矮躯の戦闘機人。

 両手足からエネルギー翼を出す長身の戦闘機人と異なり、こちらは、両手に投げナイフらしきものを構えている。


 「義理の兄がこういう手を得意としていてね、高速での奇襲に対する対処法は、随分昔に学んだ」
 『Yes, sir.』

 車が奇襲を受けた瞬間、フェイトとバルディッシュは周囲にライトニングバインドを電流の網の如く張り巡らせ、知覚器官の延長上として機能させた。

 電気変換資質を持つ彼女と、閃光の戦斧バルディッシュならではの技であり、それにより、長身の戦闘機人は無理な追撃を封じられ、間合いを取って対峙することとなった。


 「ふむ、ノッポさんの方はハラオウン執務官が以前戦った高速機動型で間違いなし、おちびさんの方は初顔合わせやな。見た感じ、さっきの奇襲はおちびさんの方で、ノッポさんが追撃役かと思うんやけど、どないや?」

 「貴女の考察の通り、先程の奇襲は私が行ったものです。ちなみに、私は戦闘機人部隊ナンバーズの前線要員、チンク、こちらは、同じくナンバーズの実戦指揮官、トーレ」

 矮躯の少女の名乗りに、はやてとフェイトは多少眉を動かす。

 これまでほとんど謎に包まれてきた戦闘機人が、いきなり名乗り情報を明かしてきた、それは追う側の指揮官である彼女らにとって、意外であった。


 「わざわざ名乗るとは、余程の自信家か、考えなしかやな」

 「私達の作り主は、多分に自己顕示欲の強い方ですので、お気になさらず。そして、今回の我らの任務は貴女達機動六課の見極めにある、役に立たぬので始末するか、利用価値があるので泳がせるか、危険因子として排除するか」

 矮躯の少女、チンクの言葉には、どこか作り主への呆れに近い感情が混ざっているようでもあった。


 「その見極め役は、この結界を展開して維持しとるもう一人の仕事で、あんたら二人は実戦担当、という解釈でええんやな」

 「もう一人のナンバーズにも、気付かれてましたか」

 「どこの世界に、結界担当が敵のまん前に姿を現す馬鹿がおんねん。それに、実戦指揮官と前線要員がコンビで動いとるなら、後方支援役がおらんとおかしいやろ」

 八神はやては大隊指揮官の資格を持ち、その仕事は敵の戦力配置を見極め、こちらの戦力を的確に運用すること。

 敵が保有していると思われる戦力を測り、残りの戦力や布陣を予測することは、朝飯前だ。


 「これは、予想以上―――」

 「ハーケンセイバー!」
 『Haken form.』

 それ以上言わせず、フェイトが長身の戦闘機人、トーレへと攻撃を仕掛ける。


 【彼女は任せて、はやて】

 【了解や、だけどフェイトちゃん、データ通りだとすれば今のフェイトちゃんじゃ勝ち目は薄い、救援が来るまで持ちこたえてな】

 【大丈夫、出力が低い分は知恵と戦術で乗り切るから】

 【頑張って下さいです!】

 【ありがとうリイン、はやてのサポート、お願いね】

 【はいです!】

 フェイトがトーレを引き受け、かなり広域に張られた結界内において、高速機動戦が展開される。


 【チンク、私はフェイトお嬢様を引き受ける。八神はやては任せた】

 【分かった、可能な限り殺さぬようにする。そっちも限定解除はしない方針で頼むぞ】

 【心得ているさ】



 「どうやら、あっちはフェイトちゃんにご執心のようやね」

 「ですね、私が貴女の相手を務めることは、ほぼ必然ということなのでしょう」

 残された二人は、ハイウェイ上に立ち、既にはやてはリインとのユニゾンを終えている。


 「八神はやて、貴女はSSランクの魔導師ですが、広域攻撃こそが本領であり、ランクも空戦ではなく総合。接近戦のスキルはゼロに等しいと聞いています」

 「予習熱心なのは、御苦労なことや。大体あたっとるよ」

 「そして、私は前線型の戦闘機人、貴女の勝ち目があると思っているのですか」

 「勝ち目が薄いのは間違いあらへんな、せやけど、何事もやり方次第やし、相手を打ち負かすだけが勝利やあらへん。指揮官としての力、特別捜査官としての戦い方、ちゅうもんを見せたるわ」

 自信満々の表情で不敵に笑い、リインとユニゾンし、白色の魔力を纏ったはやては、シュベルトクロイツを構え、堂々と矮躯の戦闘機人、チンクと対峙する。


 「なるほど、それでは特別捜査官としての戦い方というものを、ご教授願いましょう。オーバーデトネイション!」

 「やるでリイン!」
 『はいです、スレイプニル、羽ばたけ!』
 
 クラナガンから空間的に隔離された結界内部において。

 機動六課部隊長、及びライトニング分隊長、と、敵対組織の主戦力、ナンバーズとの最初の戦いが開始された。


□□□


 【ヴィータちゃん、シグナム、追い込んだわ。ガジェットⅠ型、そっちに三体】

 はやてとフェイトが戦う結界とは別の区画において。

 ヴォルケンリッターが参謀格、湖の騎士シャマルもまた封鎖結界を展開し、クラナガンに出現した魔導機械の対処にあたっていた。


 「レヴァンティン!」
 『Sturmwinde.(陣風)』

 「テートリヒ・シュラーク!」
 『Jawohl.』

 シャマルからの念話を受け、剣の騎士シグナムと鉄鎚の騎士ヴィータが、それぞれのアームドデバイスによって、魔導機械、ガジェット・ドローンを打ち砕く。

 その周囲には魔力を打ち消すAMF(アンチマギリングフィールド)が展開されているが、「ストレートにぶっ叩くだけで、ぶち抜ける」とは、ヴィータの言葉だ。


 「残り一機」

 「あたしに任せろ、アイゼン!」
 『Schwalbefliegen.(シュワルベフリーゲン)』

 ヴィータの手から鉄球が生じ、飛翔・誘導制御・バリア貫通・着弾時炸裂といった効果を付与し、ハンマーヘッドから打ち出される。

 飛翔した鉄球は逃げようとしたガジェットを貫通し、一撃で沈黙させた。


 「片付いたか」

 【シャマル、残りは?】

 【残存反応なし、全部潰したわ】

 クラールヴィントが輝き、結界内に残機がないことを確認。


 「しかし、出現の頻度も数も増えてきているな」

 「ああ、動きもだんだん賢くなってきてやがる、AMFが強くなることはそう簡単にはねえだろうけど、ど新人に任せるには、ちょっとめんどい相手だぜ」

 「このくらいなら私達だけでも対処できるけど、私達ははやてちゃんの新部隊、機動六課の隊員じゃないし、どうしても片手間になってしまうわ」

 「とはいえ、我らが主はやての部隊に入れば、今度は魔導師ランク制限に引っ掛かる。お前がこうして封鎖結界を張れるのも、地上本部の医務官であり、治安維持業務を独立して行えるからだ、下手に参加しては、お前の能力の長所を潰してしまう」

 それはシグナムとヴィータにも言えることであり、強大な戦力を一極集中させる必要もないことから、ヴォルケンリッターは機動六課とは別に動き、はやてを影から支えていた。


 「それは分かっているけど、新人の子達は大丈夫かしら」

 「その辺は大丈夫だろ、はやてが色々手を打ってんだから」

 「ああ、そこは心配ないが………むしろ気になるのは、こいつらの目的だ」

 その時、ガジェットの残骸を見つめながら、シグナムの目が鋭く光る。


 「目的?」

 「ガジェットはレリックを求めて自律行動するか、敵勢力の命令を受けて行動するはず、であるなら、今回の行動はどちらになる?」

 「レリックってのはねえだろ、だとしたら少なくとも20機は集まってくる。たった3機だけがレリックに反応して市街地に現れるなんてありえねえ」

 「じゃあ、たまに出現する、はぐれガジェットかしら」

 4年間の間に、そういう個体が存在することも確認されている。

 おそらくは、捜査を眩ませるためのミスリード狙いで、あえて設定を適当にしたガジェットを野に放っているのではないかと考えられていた。


 「それにしては、3機が連携して統率のとれた動きをしていた。これではまるで、我らをおびき寄せるための囮のようだ」

 「まさか、あたしらをはやてから引き離すための――!」

 「でも、クラナガンで襲ってきても、なのはちゃんはフェイトちゃんもいるし、そもそも私達まで連絡が来るはず」

 「敵の中にシャマルと同じレベルの結界術師がいれば話は別だ。こちらも結界内部、向こうも別の結界内部であれば、クラールヴィントの通信機能でも繋ぎきれん、取り越し苦労であればいいが」

 クラナガンではあちこちに電気変換された魔力を通す配電線があり、魔力的な場が乱れている。

 通常の魔法を使う上では特に問題ないそれも、結界系、転送系の魔法を使う上では大きな障害となり、第97管理外世界のようにはいかず、定められた転送ポートで機械の補助を受けなければ、まともに転送魔法を発動させることすら難しい。

 それだけに、管理局でもクラナガンにおいて単独で広域の結界を張り、通信・転送まで担える人材となると数少なく、シャマルやユーノのような魔導師が重宝される由縁であった。


 「取りあえず行こうぜ! シャマル、早く結界を解除して、他に結界が張られてないか確認してくれ!」

 「分かったわ、もし結界があって可能なら、ヴィータちゃんとシグナムを直接内部へ転送させるから」


□□□


 「―――しっ!」

 チンクが放った彼女の固有武装、「スローイングナイフ」スティンガーが次々と放たれ、はやてへと向かっていく。

 彼女のIS、ランブルデトネイターは、一定時間手で触れた金属にエネルギーを付与し、爆発物に変化させる能力。

 その破壊力は凄まじく、使い方によってSランク相当の攻撃能力を実現することも可能であり、使い手の知識と経験が問われるISといえる。


 「甘いで!」
 『ミストルティン!』

 しかし、それらの投げナイフは悉く爆発することなく、地面から突き出た白色の魔力の槍によって、弾き飛ばされる。

 本来ならば弾き飛ばされても“魔力爆弾”としての特性は失われず、スティンガーはチンクの手によって遠隔で操作され、仮に粉々にされたとしても、細かい爆弾となって敵を狙い続ける。

 それこそが、手榴弾などの質量兵器や、炸裂効果の付与した魔力弾と、ランブルデトネイターの最大の違いであったが――


 「………まさか、そのような方法で」

 「どうや、地の利もあるけど、あんたの能力とて無敵やあらへんちゅうことや。周囲が金属の建物ならともかく、コンクリートの道路の上じゃ、地面を崩すとかはできへんし、そもそもこっちは飛行可能や」

 『その通り、夜天の主を舐めるなです!』

 はやての魔法によって防がれたスティンガーは、力を失い地面に転がっている。

 ただし、金属製であったはずのそのナイフは、まるで石器時代の石包丁のような姿に変化していた。


 「石化の槍、ミストルティン。あらゆる金属を爆発物に変えられる能力でも、石化させてしまえば、ただのガラクタや」

 それらのナイフには確かにチンクから送られたエネルギーが宿っているが、“爆発せよ”という命令が石化した部分によって遮断されている。

 中身まで含めた全体の石化には時間がかかるものの、小型ナイフであるスティンガーの表面だけをコーティングするように石化するだけならば、弾く際の一瞬の接触で十分であった。


 「……だが、解せない、この短期間でランブルデトネイターの特性を見破るなどあり得ない。それでは最初から私の能力を知っていたかのよう」

 「さてな、裏切り者でもいるのとちゃうか?」

 「………」

 その可能性はないことを、チンクは重々承知している。

 人間の組織ならばいざしらず、ナンバーズから裏切り者が出ることは、絶対にあり得ない。

 ならば――


 「まさか、予測していた……」

 「正解や。敵の予習をするんは、そっちだけの専売特許やない、レリックや戦闘機人事件を追う部隊の指揮官が、先天固有技能や戦闘機人の製造法について、無知なわけないやろ。まあ、恩師と友人に習ったものがほとんどやけどな」

 つまり、はやてがチンクの能力を洞察しえたのは、特別捜査官としての経験によるものであり、戦闘機人事件を追い続けている恩師からの情報の成果。


 (だが、戦闘機人はな、素体となる人間の身体をいじることで、拒否反応などの問題を解決しやがった。11年前から、うちの女房は違法研究施設の制圧、暴走する試作機の捕獲にあたってた。ギンガとスバルは、事件の捜査中に女房が助けた、戦闘機人の実験体なんだ)

 ゲンヤ・ナカジマから戦闘機人を製造する際の目的や、付与されるISについては説明を受けており、無限書庫司書長のユーノにも調べてもらい、理論はともかく、どのような用途で戦闘機人が造られるかは理解している。


 「戦闘機人製造法は、純粋培養とクローン培養に分けられる。前者は安定した量産向き、後者は狙った希少能力をコピーするために弊害が出やすい。例えば、目の前のあんたのような、極端な矮躯や、色素の薄い髪、それはどう考えても、前線要員として製造、調整された身体としてはおかしい」

 戦闘機人として、前線で戦うならば、一緒にいたトーレのようなしっかりした体格の方が有利であることは明白。

 チンク自身が自分は前線要員であると明言したが、その矮躯は矛盾する。


 「なら答えは簡単や、狙った希少能力を発現させるための遺伝子調整の代償がその身体。そして、そこまでして変換資質のような割と数が多い能力を選ぶわけもない、狙うなら、ベルカ列王時代の王族が持つような、極めて特殊な固有技能」

 戦闘機人に関する説明を聞き、はやてがユーノに調査を依頼したのはすなわちそれ。

 身体に問題が出るリスクをおかしてまで、戦闘機人に付与させようと創造主が考えるような固有技能は、どれほど確認されているか。

コピーである以上、必ずオリジナルが必要であり、無限書庫ならば古代ベルカ時代の記録も存在する。


 「条件に当てはまる能力をリストアップして、予め対策を練っていた、ただそれだけの話しや。金属を爆発物に変化させる能力は、純粋魔力砲や、騎士の斬撃、炎熱や電気には強いけれども、石化や氷結の能力に弱い、どんな能力にも、相性というものはある」

 そうして考えれば、電気変換のフェイトは、金属を操るチンクとは相性が悪い。

下手にエネルギーが込められた金属に電気を流しては、誘爆の危険性があり、最悪、フェイトの身体に触れるだけで爆発しかねず、その危険は炎熱変換のシグナムにもある。


 「逆に、魔法攻撃しか出来ない私にとっては、あっちのノッポさんが天敵やから、組み合わせを間違えたわけや」

 「よく言う、それをさせぬために、そちらの執務官殿は行動していたのだろう」

 「当然、犯罪者の一手先を読んでこその、執務官で、特別捜査官や」

 【なーるほど、名言ですわね。でしたら、このような趣向はいかがかしらん?】

 そこに、念話に近い魔法で拡張された新たな音声が響き渡る。


 「結界担当の、ナンバーズ――」

 【ご名答ですぅ、私はナンバーズの後方支援担当、クアットロと申しまーす、以後お見知り置きを~~~】

 「お宅の作り主は自己顕示欲が強いゆう話やったけど、アンタもその口かいな」

 【ああ~、そうかもしれませんわねぇ、なにしろ私ったらお節介で、特別捜査官様や執務官様に、子供達の危機を教えて差し上げたくてぇ~】

 「どういうことだ、クアットロ」

 【あらぁ~、チンクちゃんにも教えとくの忘れてたわねぇ、実に簡単なことよ、そちらでトーレ姉さまに苦戦してる執務官様も、よーくお聞きになってくださいね】

 響く声は、はやてとチンクへというよりも、遠くで高速機動戦を展開するフェイトとトーレの両名に伝えるためのものらしい。


 【とっても怖い殺し屋さんが、貴女達の大切な子供達の誘拐を企んでるわけでして、もうすぐ向こうから連絡が入る時刻でございますの】

 「な――」

 「まったく……」

 チンクは驚愕し、トーレは呆れる。

 ただし、トーレの呆れの意味を理解できたのは、彼女と戦っていたフェイトだけであったろう。


 【それで、どうなさいますか、執務官のお母さまに、部隊長のお姉さま?】

 愉悦を噛み殺すような声を挙げるクアットロだが。


 「どうもこうも、ないやろ」

 はやての返事は、彼女の望んだものとは正反対の、冷静そのものの声だった。


 「さっきも言ったはずやで、犯罪者の一手先を読んでこその、執務官で、特別捜査官や」



□□□


 「おんどりゃあああああああああああああああ!!!」

 機動六課の隊舎へ向かって移動していた10歳の少年と少女を突如襲った魔力弾を迎え撃ったのは、狼の如き俊敏性を誇る、大人の女性の突進であった。


 「ば、馬鹿なあぁ!」

 「フェイトの子供達に手を出すたあ、いい度胸だ! あたしが地獄へ送ってやるよ!」

 実戦の経験が未だないエリオとキャロには、何が起こったのか咄嗟に理解が追いつかない。

 ただ、エリオに理解できたことは、フェイトから“護衛役”として預かっていた子犬フォームのアルフが、彼にとっては見たことのない大人の姿で、誰かをぶっとばしていることだけだった。


□□□


 「縛れ、鋼の軛!」

 「ば、馬鹿なあぁ!」

 そしてそれは、別の場所でも同様であり。

 はやて達と別れた後、昇格試験に関する手続きを全て済ませ帰途につき、リニアレールから降りたスバルとティアナが目にしたものは、突然襲ってきた魔力弾と、その前に立ちはだかる狼の尾と耳を備えた長身の男性。

 襲撃を依頼された男の攻撃は防壁に罅一つ入れることは出来ず、逆に藍白色の檻に囚われ、一瞬で無力化させられていた。

 やられた男の叫びは一語一句変わることなく同じ台詞であり、まるでその台詞を言う決まりでもあるかのようだった。


 「あ、貴方は……」

 「盾の守護獣、ザフィーラ。主はやての命で、2か月ほど前からお前達の守護の任についていた」

 「え、ど、どうやって」

 「お前達の隊舎の近くの公園に住んでいる子犬としてだ」

 「「 えええええええええええええええ!!! 」」


□□□


 【申し訳ありません、トーレ姉さま、失敗のようです。その上、怖い存在までこっちに向かっているようで】

 【相手を甘く見るからだ、馬鹿ものが。フェイトお嬢様の魔力が以前より下がっていたのは、己の使い魔を新人の守りに割いていたため、もう一つの方も、おそらく盾の守護獣が守りについていたのだろう。お前の策は完全に逆手に取られたわけだが、足のつかぬ者を選んだのだろうな】

 フェイトと近接で戦っていたトーレは、クアットロの言葉を聞いても微塵も揺るがないフェイトを見て、相手が例の新人の情報をリアルタイムで得ていると確信していた。


【その点はぬかりなく、とにかく、早いところ逃げましょう。私はシルバーカーテンで逃げますから、チンクちゃんをお願いしますわ】

 その時、外部から結界へ干渉があり、ベルカ式の三角形の転送陣が、結界内部へと展開され。


 「フェイトお嬢様、勝負は預けました。またいずれ会いましょう、IS、ライドインパルス!」

 「IS発動、ランブルデトネイター!」

 「それでは夜天の主様、またお会いしましょう。なお、“馬鹿な”なんて三下御用達の台詞は残すつもりはございませんので、あしからずー」

 地上の転送陣から螺旋を描くように迫りくる、炎熱を纏った連結刃から、トーレは超高速機動によって逃れ。

離れた場所に展開した転送陣から飛来した、赤色の魔力を宿した鉄球を、ランブルデトネイターによって相殺したチンクを抱え、レーダーを振り切る程の速度で姿を消していた。




 「ちっ、逃げられちまった」

 「主はやて、ご無事ですか」

 「うん、大丈夫や、来てくれるって信じとったよ」

 ナンバーズが姿を消し、結界も消えたハイウェイから飛び上がり、主と守護騎士は合流を果たす。


 「当然、はやての危機にはあたしらはいつだって駆けつけるって」

 「そちらも無事のようだな、テスタロッサ、子供達の方も大丈夫か?」

 「ええ、大丈夫です、アルフが守ってくれましたから。心配してくれて、ありがとうございます、シグナム」

 『たった今シャマルから通信が入りました! スバルとティアナもザフィーラがしっかり守ってくれたですよ! それに、犯人も逮捕です!』

 「まあ、そっちはただの捨て駒やろうし、あまり事件の進展が見込めるわけやないけど、とりあえず、お疲れ様とザフィーラに伝えといてな、ここんとこずっと、ほんまに苦労してくれたから」

 「2ヶ月間、子犬のふりしてずっと監視だもんな」

 「尊敬に値するな、私には性格柄、真似できん」

 『そういえばはやてちゃん、もうユニゾン解除しても大丈夫ですか?』

 「ええよ、リインもお疲れ様や」

 はやてとリインがユニゾンを解除し、はやては改めて自分の家族と親友を見やり。


 「まだまだ事件はこれからやけど、とりあえず今日は小さな勝利や。機動六課で戦う私らも、それ以外で戦う皆も、協力して頑張っていこか」

 部隊発足前に発生した一つの襲撃、それを無事に乗り切れたことに感謝しつつ、機動六課のこれからの課題へ向けて、決意を新たにしていた。





あとがき
 いきなりな急展開ですが、無印の4話や5話でなのははフェイトに負けて、A’Sの2話でヴォルケンリッターに負けているので、フォワードたちも途中で一度ナンバーズに敗れ、なのはたちとの特訓を経て、ナンバーズを乗り越える、という、無印やA’Sに近い形にしたいと思っています。それと、なのはは教導官らしい、フェイトは執務官らしい、はやては特別捜査官らしい三者三様の“戦い方”を描きたいです。



[29678] 3話  悪魔の機械  Aパート
Name: 有賀土塁◆c58c5e50 ID:01fac648
Date: 2011/11/05 13:57
ただの再構成(13話)


──目指した夢は、少し長い時を経て、今、手のひらの中。

想いと願いが違っても、一つの場所に集まって。一つの事を、今始める。

出会いと再会も、始まりはここから。

それぞれの進んで行く道の、ここは小さな通過点。

集まり結ぶ、新しい絆。



第三話   悪魔の機械  Aパート


新暦75年4月 時空管理局遺失物対策部隊、機動六課隊舎


 憧れの人との再会に始まり、設立される新部隊の勧誘、さらに夜の襲撃にいたった波乱の昇格試験を経て。

 Bランク魔導師となったスバルとティアナは、八神はやてからの誘いを承諾し、機動六課への入隊を決め、共に2年間働いた陸士386部隊の先輩達に別れを告げ、新たな職場となる機動六課の隊舎を訪れていた。

 今日からいよいよ、新部隊での生活が始まる。


 「大きいね、ティア…………………」

 「そうね……………けど、ちょっと中央から遠すぎない、ここ?」

 肩に担いだボストンバッグの重みにやや辟易しながら、ティアナは愚痴を零す。

 実際、昨日まで利用していた386部隊の寮からここまでかなりの時間を有していた。

 ちなみに、退寮の際に近所に住んでた子犬を探しもしたが、やはりというか空振りに終わった。


 「うーん、最寄駅への直通の便もなさそうだったし、レールウェイも走っている本数が少なそうだったし、乗り継ぎが悪そうな感じだったよね」

 「なんで全部確定系じゃないのよ、ちゃんと確認しなさいよ。部隊の性質上、私達だけで他の陸士部隊のとこまで移動することもありそうなんだから」

 「あ、ヘリだ……………ヘリポートもあるんだね、ここ」

 「聞けっての、こいつは………」

 「どうせなら、ヘリで迎えに来てくれたらカッコよくこれたのに」

 「馬鹿スバル、どこの世界に二等陸士の出迎えにヘリ寄越す陸士部隊があるのよ。本局の機動課だって、そんな贅沢してないわよ」

 「あ、そっか、本局から地上本部への出向とかなんとかで、機動六課は普通の陸士部隊と基本変わんなくて、八神部隊長も、三等陸佐なんだもんね」

 はやて曰く

 (本局の一課から五課までは、部隊長は二佐以上が務めとるけど、六課を同格の課に据えると私も二佐にならなあかんし、機動課が丸ごと地上本部へ出向するのもお偉いさんが望んでへん。そやから、一課から五課までの共同の対策専門部隊として、地上本部へ出向、通常の陸士部隊に準じる形になったわけや)

 とのことらしい。


 「ま、下手に八神部隊長の階級が高いと余分な軋轢も生むでしょうし、4年前で一等陸尉だったんだから、二佐だと出世するだけで大変な時間を消費しちゃうしで、丁度良かったらしいけど」

 その辺りがリンディ・ハラオウン執務統括官の入れ知恵であることまでは、二人が知る由もない。


 「その代わりなのか、隊舎は交通の便が悪くなっちゃったみたいだけど。これだけ離れてて事件現場にすぐ着ければ、機動性の高い独立部隊だって証明にはもってこいかもね」

 「なるほどなあ、独立部隊の隊舎………」

 改めて見上げると、やはり感慨深いものがあった。

 自分が魔導師を、管理局員を目指すきっかけとなった、憧れの人と同じ職場。

 憧れのあの人、高町なのはと共に前線に立ち、彼女から教えを受け、そして………


 「戦闘機人事件を捜査する部隊、ここが、あたしとティアの新しい始まりの場所だね」

 「そうね、あたしの目的も、あんたの因縁も、ここでまとめて清算して、先に進みましょう。八神部隊長の使い魔に、ずっと守られてるわけにもいかないし、アンタの場合ふらふら出歩いて、凄い迷惑かけそうだし」

 「ちょっとティア!」

 反論が来る前にさっさと先に進もうとするティアナに頬を膨らませながら、スバルも後を追っていく。

 その時、隊舎の入口から10歳くらいの少年と少女と見覚えのある小さな妖精のような空曹長が姿を現す。


 「お久しぶりですっ、スバル・ナカジマ二等陸士に、ティアナ・ランスター二等陸士!」

 「あ、リイン曹長」

 「お久しぶりです!」

 ティアナは自然な形で、スバルは再会を全身で喜ぶように大声を返す。


 「スバル、うっさい」

 突然耳元で大声を出されたティアナが苦言を呈するのも、至極当然のなりゆきである。


 「あはは、相変わらずいいコンビみたいですね、それと、こちらはエリオ・モンディアル三士とキャロ・ル・ルシエ三士、スバルやティアナと同じフォワードメンバーで、ライトニング分隊所属になるですよ」

 リインの紹介に合わせ、ライトニングの2人も駆け寄って敬礼する。


 「初めまして、エリオ・モンディアル三等陸士であります」

 「同じく、キャロ・ル・ルシエ三等陸士であります」

 「丁度、2人を六課隊舎内へ案内するところでしたから。皆さん荷物を運びこんじゃってくださいです」

 そう言って、リインは4人を先導するように、ふよふよと浮いていく。

 初対面ということもあってか、互いになかなか話しかけられぬまま、沈黙が続いていく、のが普通であったろう。

 だが、そんな空気をものともせず、ガンガン話しかけるからこそ、彼女はスバル・ナカジマである。。


 「ねえねえ、エリオって年はいくつ? 前もどこかの部隊にいたの?」

 「えっ、はい。年は10歳です。つい最近入局したばかりで、機動六課が初めての職場になります」

 「へぇ、ならあたしやティアは先輩になるわけか。キャロは?」

 「えっと、自然保護隊で、アシスタントをやってました。正規の局員じゃなくて、嘱託でしたけど」

 「きゃふぅ」

 「わぁっ、何その白いの? 鳥、じゃないし、空飛ぶイグアナ?」

 「いえ、わたしの竜で、イグアナに見えるのかな?」

 「凄い凄い。ティア、竜だよ竜、本物の竜! 火を吹くよ! 岩を吐くよ!」

 「スバル、静かにしなさい、それと、多分岩を吐くことはないと思うわ」

 「キャロって召喚師なんだ、あ、でも、母さんの同僚の人にも召喚師の人がいたって聞いたことあるかな?」

 「あ、わたしの他にもいらっしゃるんですね」

 「うーん、父さんから聞いただけであたしも会ったことはないし………確か、アルピーノさん、って言ったような………」

 「アルピーノさん、ですか………」

 「この馬鹿の言葉はほどほどに聴いておいたほうがいいわよ。本人は事実を話してるつもりで、とんでもない間違いの場合も多いから」

 「ちょっとティア! それどういう意味!」

 「えっと、ナカジマさんは勘違いが多い人、って意味でしょうか」

 「わあ、エリオ凄い、とっても律儀、じゃなくって!」

 「す、すいませんっ」

 「こらスバル、こんな小さい子に八つ当たりしない」

 「え、今のって、ナカジマさんが悪いことになるんですか?」

 「そう、悪いのは全部スバル、そっちの子も覚えておきなさい」

 「ひ、酷い、ティアが鬼になった………あ、それとあたしのことは“スバル”でいいよ」

 「あ、それならリインのことも“リイン”って呼んでくださいです。曹長とつけてくださっても構いませんけど」

 「え、えっとじゃあ、リイン曹長で」

 「はい、よろしくお願いします!」

 凄まじい会話のキャッチボールが続く新人と引率者一同。


 「えっと…………」

 そんなところに到着したのは、グリフィス・ロウラン准陸尉。

 もうすぐ機動六課の発足式が始まるので、新人達を迎えにいこうかと来ていたのだが、根が生真面目な彼には入り難い空間が既に形成されていた。

 出会いがあれば、会話があり、女三人が集まれば“姦しい”とは古くからの名言。

 こういう時、貧乏くじを引くのは真面目タイプというのもまた、揺るがぬ心理であった。


□□□


 「時空管理局本局、遺失物管理部、機動課所属、対策専門特殊部隊、地上本部出向、首都防衛隊作戦部第六課課長、そしてこの本部隊舎の総部隊長、八神はやてです」

 壇上に上がった八神はやてがスピーチを始め、隊員達が整列したロビーの空気が張り詰めていく。

 <いよいよ、始まる………>

 ついに、機動六課での仕事が始まるのだなと思うと、エリオは興奮を隠せなかった。

 エリオにとって、機動六課は初めての職場。

 彼が学校への転入を断ってまで管理局に入局したのは、様々な理由がある。

 だが、この機動六課という組織がなければフェイトが許してくれたかどうかは怪しいところだ。


 <僕にとっては、いいことだったけど……>

 エリオ・モンディアルにとって、フェイト・T・ハラオウンは親以上の存在。

 普通に生きることはおろか、人間らしく在ることすら許されなかった闇の底から、日の当たる世界に連れ出してくれた。

 そして、その人と色々話し合って、今は機動六課に来ることが、一番彼女が安心できるということを知ったから。

 その言葉の意味は、先日の襲撃事件によって、もう一人の女の子と一緒に思い知らされることになったけど。

 だからこそ、守られるだけじゃなくて、彼女の手伝いをしたいと、より強く思う。


 <そういえば、この娘はどうしてここにいるんだろう?>

 自分と同じ境遇の少女、キャロのことを、エリオは考える。

 これまで、フェイトの補佐官の人や、それ以外の知人など、幾人も知り合った人達はいる。

 だけど、エリオが自分から興味を持って誰かのことを考えたのは、フェイトを除けば初めてかもしれない。

 上手く表現しにくい感触ではあるが、エリオは、彼女のことが非常に気になった。

 唯一つ、彼女がこの機動六課にいるということは、自分と同じく、狙われる理由がきっとこの子にもあるということだけは、幼い彼でも予測できたが。


 「………ここまで、機動六課課長及び部隊長、八神はやてでした」

 はやてがスピーチを締め括ったところで、エリオは現実へと引き戻された。

 発足式が滞りなく終了し、儀礼会場の独特の空気も霧散していく。

 これから、隊員達は各自の持ち場で仕事の割り振りを確認した後、業務に移ることになっている。

 実戦部隊を担う自分達も例外ではなく、分隊長と教導官を兼ねているなのはが早速、訓練を始めると呼びかけていた。


 「エリオ、キャロ」

 「フェイトさん!?」

 振り返ると、陸士隊制服に身を包んだフェイトが手を振っていた。

 フェイトは柔和な笑みを浮かべながら近づいてくると、自分とキャロの頭を優しく撫でる。
 
 子ども扱いされているみたいで恥ずかしかったが、フェイトは好んでこのスキンシップを行うため、いつの間にか自分達の挨拶代わりとなっている。

 実際、母と慕う女性と触れ合うのはエリオにとっても嬉しくあり、純粋に喜んでいるキャロがちょっとだけ羨ましくもあった。


 「これから訓練? いきなりで大丈夫かな?」

 「はい、大丈夫です。フェイトさんとの約束は、きっと守りますから」

 「わ、わたしも…………がんばります」

 エリオの力強い返答に釣られるように、隣のキャロも小さく頷く。

 フェイトはそんな2人に対して、自身の持つ愛情の念を全て込めるように、優しく撫でていく。

 そこに込められた感情は、おそらく他の誰にも理解できないものであり、普遍的なものとは大きく異なる親子の絆。

 だけどそこに、決して切れない強さと優しさがあることは、他人であっても分かるほど、その光景は自然であり輝かしいものだった。


□□□

 「やっぱり、お母さんは心配になる?」

 「まあ、ね」

 エリオとキャロを見送ったフェイトは、はやてと共にヘリポートへ向けて歩いていく。


 「でもま、教導役はなのはちゃんやから一安心や。これでもし、教導役がごついおっさんで、エリオとキャロに怪我でもさせてもうたら、機動六課スターズVSライトニングの内戦勃発やし」

 「そ、そんなことはしないって………多分」

 親馬鹿ここに在り、プレシア・テスタロッサの血は脈々と受け継がれているのかもしれない。


 「んー、向こうに見えるのは……」

 二人で上階の通路を歩いていくと、ガラス越しに、一階や二階で働くスタッフ達の姿が見える。


 「今日発足したばかりやし、バックヤードスタッフには新人も多い。ちょっとまだ気合いが入り過ぎというか、やや浮かれ気味なところがあるな」

 「まあ、それは仕方ないよ、本来ならはやてがどんと腰を据えて、目を光らせたいところだけど、そうもいかないし」

 「うちは対策専門やからね、でもまあ、嫌でもすぐに引き締まることになるやろ」

 「………だね、フォワードの子達、特にスバルやエリオにはあまり聞かせたくない話だけど………伝えなくちゃ、いけないことだからね」

 ただし、その役を引き受けるのは、フォワード4人を教え導くなのはである。


 「純粋に力量の話なら、フォワード陣は既にガジェットⅠ型を相手に出来る実力を持っとる。スバルとティアナは、Bランク試験の大型狙撃スフィアを突破したくらいやしな」

「だけど、正直、あれとガジェットと比べてどっちが厄介だろうね」

 「んー、攻撃の出力や命中性、防御力を考えたら圧倒的に狙撃スフィアの方がかなり上やけど、あれ、設置場所の下部に置かれた大型バッテリーと直結せな意味無いもんやし、ガジェットには機動力があるから………まあ、AMFを抜かせば、総合的にどっこいどっこいかな」

 「だけど、その点でガジェットは飛び抜けてる。自在に空を飛びまわれて、AMFを発生させながら、エネルギー切れもほとんどなし、その上量産が効く………尋常ではあり得ない兵器」

 「効率だけを見れば、既存の管理局の機械のどれよりも上や。そやけど、生命操作技術の倫理を無視した使用を禁じる立場の管理局が、ガジェットを使うことなんて、考えたくもないわ」

 「そうだね、今は、あの子達がどうやってガジェットに立ち向かっていけるかを考えよう」

 「教導に関してはなのはちゃんにほぼお任せする方針やから、フェイトちゃんは捜査方面、任せたよ」

 「了解です、八神部隊長、っと、もう屋上だね」

 そうこうしているうちに、フェイトとはやてが屋上のヘリポートまでたどり着く。

 作業服の上にパイロットジャケットを羽織り、ヘリの隣に佇んでいる男が一人。


 「お、ヴァイス君、もう準備できたんか?」

 「準備万端、いつでも出れますぜぃ!」

 「へぇー、このヘリ、結構新型なんじゃない?」

 「JF704式、おととしから武装隊で採用され始めた、新兵器です。機動力も積載能力も、一級品っすよぉ?」

 既にメインローターが回転し、発進準備が整っているヘリを、玩具を与えてもらった子供のような無邪気な笑顔で眺めるヴァイス。

 彼が言ったように、輸送能力に関しては一級品だが、戦闘能力は全く期待出来ず、また機動性が高いと言っても、空戦魔導師とドッグファイトが出来るわけではない。

 ――が

 「こんな機体に乗れるってのぁ、パイロットとしては幸せでしてねぇ」

 仮に、ヘリパイロット自身に射撃能力が備わっていれば、その限りではない。

 最悪、ガジェット・ドローンに撃墜される可能性もある機動六課のヘリパイロットに、ヴァイス・グランセニックが選ばれたのには、相応の理由があった。


 「ヴァイス陸曹!」

 「んあ?」

 「ヴァイス陸曹はみんなの命を乗せる乗り物のパイロットなんですから! ちゃんとしてないとダメですよー!」

 「へいへい分かってまさぁね、リイン曹長! 大丈夫ですって、ヘリパイの誇りにかけて、皆さんを無事にお届けしまっせ」

 その程度で立ち話は切り上げ、ヴァイスとはやてたちは、JF704に乗り込む。


 「八神部隊長、フェイトさん! 行き先はどちらに?」

 「首都クラナガン」

 「中央管理局まで」

 「了解! ……行くぜ、ストームレイダー」
 『Okey. Take off, standby』

 管制支援を担当するヴァイス所有のインテリジェントデバイス、ストームレイダーが応答する。

 あたりに爆音を撒き散らしながら、ヘリは中央区画へと向けて、機動六課隊舎から飛び立った。

□□□


 早速訓練を始める。

 なのはにそう言われて、訓練着に着替えたスバル達が連れて来られたのは、広い埋立地。港湾区という立地を活かし、海上に拡張するように造られているため、広さはかなりのものがある。

 けれど、訓練スペースには障害物らしいものが見当たらなかった。

 昨日まで、災害現場を想定した荒れ地やセットを使って訓練に励んでいたため、殺風景な風景が何だか物足りなく感じてしまう。その代わり、向こうはこれほど広くはなく、騒音などに気を配る必要もあったが。


 「ティア、何だか寂しいところだね」

 「黙って、なのはさんがこっち向いている」

 ティアナに忠告され、慌てて口をつむぐスバル。


 「さてと、今返したデバイスには、データ記録用のチップが入ってるから、ちょっとだけ、大切に扱ってね? それと、メカニックのシャーリーから、一言」

 「えー、メカニックデザイナー兼通信主任のシャリオ・フィニーノ一等陸士です。 みんなはシャーリーって呼ぶので、みんなもそう呼んでね。みんなのデバイスを改良したり調整したりするので時々訓練を見せてもらったりします。デバイスについての相談があったら遠慮なく言ってね」

 「訓練の監修は、主にわたしとシャーリーが行います。ライトニングのフェイト隊長は捜査担当、副隊長達もそれぞれ仕事があるので、少数部隊の機動六課では、実質教官はわたし一人。まずは、基礎訓練でしっかり足腰を鍛えて、模擬戦で現場の感覚を掴んでもらうことになるから、みんな精一杯がんばろうね」

 「「「「 はい 」」」」

 「じゃ、訓練を始めるね。シャーリー」

 「はーい」

 なのはの言葉に陽気な返事を返し、シャーリーは先程まで弄っていた仮想ディスプレイに指を走らせる。


 「機動六課自慢の訓練スペース。なのはさん完全監修の陸戦シミュレーター。ステージセット!」

 シャーリーがとどめとばかりに人差し指で仮想ディスプレイのボタンを押すと、埋立地全体が眩い発光に包まれていく。

 どこからか聞こえる駆動音と歪んでいく視界。

 一瞬自分の目を疑うが、決して幻覚を見たわけではない。ティアナの幻術もこんなものは作れない。

 ただ広いだけで何も無かった訓練場に、あっという間に廃棄都市区画が再現された。


 「うわあ……!」

 「凄い……!」

 「プログラムを組めば、密林から廃墟まで造り出せる陸戦シュミレーター。立体映像と言ってもこの訓練スペースの中でならちゃんと質量もあるレイヤー建造物だから、ビルを壊したり瓦礫を持ち上げたりすることもできるよ。設定次第で現場に近い、立体的な訓練ができるね」

 自慢げに語るなのはや得意満面のシャーリーの思惑通り、スバル達は口をポカンと開けたまま呆けることしかできない。

 このクラスの設備は本局武装隊や戦技教導隊、そして遺失物管理部くらいしか有しておらず、このことからも隊長陣の人脈の広さが伺える。

 海上に生み出された虚像の街。その迫力は圧巻の一言であった。


□□□


 地上本部へ向かう、ヘリ内部。

 プレゼンのついての協議を終えたフェイトとはやての話題は、やはり新人達のものとなる。


 「能力はこんな感じ、目指す先も色々やけど……でも、この事件に関してフォワードで追う側の立場は、ティアナだけなんやな、これはもうこの時点でリーダーは決定かな」

 「ティアナなら、リーダーとしての資質は申し分ないと思うよ。私はまだあの試験を見ただけだけど、冷静さと視野の広さを持ってるし、もっともっと広げていける余地がある」

 「そやね、フェイトちゃんがそう言ってくれるなら安心や」

 一瞬、はやてが何とも言い難い不思議な表情をする。


 「どうしたの?」

 「いや、改めて考えるとほんまに不思議な縁やと思ってな、機動六課の前身といえる部隊の中核になるはずだった、ティーダ・ランスター一等空尉の妹が、機動六課でハラオウン執務官の下で事件を追う、ちゅうのがな」

 「……確かにそうだね、そちらの、本局武装隊、元エース級魔導師のヘリパイロットさんは、どう思う?」

 「って、フェイトさん、エース級魔導師ってのは何ですか、俺は空も飛べねえし、魔力量なんざティアナの半分以下でしょうに」

 「そやけど、アウトレンジショットの達人で、優秀な狙撃手やったのは、間違いないやろ」

 「八神部隊長まで、つーか、分かってて言ってるでしょう、どんな狙撃の腕があったって、現場に向かえなきゃ意味がねえ。俺は、空飛んで一人で事件解決できるエースでも、最前線で戦って勝利に導くストライカーでもねえ、ただのヘリパイでっせ」

 ただそれが、ヴァイス・グランセニックが機動六課に参加した理由の一つでもある。

 彼もまた、迅速に現場に向かえなかったがために、空を往くエースを援護できなかった苦い経験を持つ。


 「その代り、若い子達を迅速に現場に運ぶのに役立ってくれるわけやし、ヴァイス君の長距離射撃も、いつかティアナに教えてあげたってな」

 「そいつは……分かってますよ」

 「ティアナは賢い子だから、ヴァイスが入局したのが8年前で、珍しい銃型のデバイスを使ってて、6年前まで誰から精密遠距離射撃を教わったのかも、すぐに気づいちゃうかもしれないけど」

 「ま、そん時は知らんふりでもするんで、お前もな、ストームレイダー」
 『All right.』

 ヴァイスの相棒、ストームレイダーも、今はヘリの管制デバイス。

 この姿のみから、彼が狙撃手であることを推察することは、名探偵であっても不可能だろう。


 「それに、奇妙な縁と言ったら、私となのはの出逢いも、はやてやシグナム達との出逢いもそうだね。普通に考えれば、何の縁もなかったんだから」

 「言われてみれば、そやね」

 「でしょう、全ては、ジュエルシードから、あの時の事件から始まっていったんだ」

 「せやけど、始まりの事件は、まだ完全に終わってない」

 「うん……この事件にはきっと、私がプロジェクトFATAの遺産、人造魔導師として生まれた理由や、エリオの出生に関わることも含まれてるはず。そして、私がずっと追って来たあの男が、多分中心にいる」

 それはまだ未確定ではあるが。

 レリックと並行して追い続けてきたフェイトにとっては、ある種の確信に近いものがあった。


 「そういう重~い話は、しがないヘリパイ陸曹のいない場所でやってもらいたいんすけどねぇ、執務官殿、部隊長殿」

 「諦めい、シグナムにアタックしたいと思っとるんなら、避けられん代償や」

 「うむむむむ……それで、部隊長がたは美人なのに男っ気がねえってこと「何か言うた?」――いえ、何も」

 「ヴァイス君、ストームレイダーはバルディッシュと違って電撃に強くないんだから、注意してね」

 笑顔でありながらも静かに怒気を滲ませるフェイトの周囲には、静電気のようなものがパリパリと帯電していた。


 「了解! 全力で地上本部までお運びしまっす!」

 美人の笑顔は、時に何よりも恐ろしい。

 そんな話をどっかで聞いたなあと、ヘリパイの男は思い出していた。


□□□


 「さって、いよいよ開始だね」

 フォワード達が訓練スペースに入り、レイヤー建造物の特性などを肌で確かめた頃、ビルの上に陣取ったなのはは、新人達のパラメータについて頭の中で再確認していた。


 「アンカーガンを囮に、オプティックハイドで姿を隠しつつ前衛が突入、後衛と息を合わせてのコンビネーション射撃、二人でのコンビネーションは上手くいってたけど、四人だとどうかな」

 若き教導官の脳裏には、幻術で透明化したスバルと、魔力を固めたスフィアを従えたティアナが、妨害用機械の群れを破壊していった時の記憶が蘇る。

 特に、ティアナの使用した中距離誘導射撃魔法クロスファイアシュートは、複数の誘導弾によって空間制圧を行う事を目標として組んだ魔法であり、彼女のアクセルシューターに近い。

 自分が教導を行えるならば、より高度な誘導の方法や多重弾核との組み合わせ、さらには砲撃への昇華や、収束砲まで、教えたいことは山ほどある。

 ライトニングの二人に関しては、実戦形式に近い訓練は積んでいないので、今回が初めてといっていい。ただ、二人の人生を考えれば、普通の子供のように怯えて竦むということもないだろう。


 <ただ、実戦は別、災害救助部隊で生き死にの現場で働いてきたスターズとは違うから、そこは注意しないとね>

 戒めのように心に刻み、なのはは初めての訓練へと意識を集中させていく。


 「うし、いよいよね、準備はいい、スバル、ちびっこ二人」

 「オッケー」

 「「 はいっ! 」」

 下にいるフォワード陣も、準備を済ませ、自然に最年長のティアナがリーダーに近い形で確認を促す。

 ティアナは拳銃型デバイスのアンカーガンを手に取り、スバルはリボルバーナックルと、ローラーブーツを装着。

 エリオに至っては槍という実に分かりやすい近代ベルカ式のデバイスを持ち、キャロは逆に、手袋のような、拳銃よりも珍しいタイプのデバイスを装着している。


 【──よし、っと。みんな聞こえる?】

 「はい!」

 通信の確認も済み、いよいよ訓練の始まり。

 なのはとシャーリーは監視と仮想敵のコントロールを行うため、廃ビルの屋上に留まって指示を出している。


 【じゃあ、早速ターゲットを出していこうか。まずは軽く八体から。動作レベルをC、攻撃精度をDにセット】

 【はい】

 なのはの指示を受け、シャーリーが手馴れた手つきでコントロールパネルを操作する。


 【──わたしたちの主な仕事は、捜索指定ロストロギアの保守管理。その目的のために、わたしたちが戦うことになる相手は……これ】

 スバルたちのいる場所から少し離れたところに魔法陣が現れ、そこから出現したのはカプセル型の機械が八体。

 特に印象深い外見ではなく、オートスフィアのように浮遊して動きつつ、魔力弾を撃ちだすタイプに見える。

 次元世界には拠点防衛用で、十分な動力を確保できればAランクもの力を発揮する傀儡兵などもあるが、それらとは異なる独立タイプだ。


 【自律行動型の魔導機械。ガジェットドローン、略してガジェットとかドローンとか言うんだけど、これは近付くと攻撃してくるタイプね。攻撃は結構鋭いよ?】

 【作戦目的は逃走するターゲット八体の破壊、または捕獲。制限時間十五分】

 なのはからミッションの成功条件が伝えられ、ティアナの頭の中では、早くも作戦が練り始められる。

 ただ、実戦を想定した訓練にも関わらず、仮想敵として再現可能なほどに解析が進んでいる敵の情報がほとんど得られない状況下、という点に疑問を覚える。

 それに、シミュレータでの再現が可能ならば、むしろオートスフィアに似たような行動プログラムと攻撃手段を組み込んだ方が、実戦訓練に近い形になる気もするが。


 <だとすれば、この機械には、それが出来ない理由がある……?>

 兄の事件に関わるだろう部隊に来て最初のためか、ティアナは背後のことなどにも考えを巡らしていた。

 そのため、ティアナの予想は事実に近い部分に辿りついてはいたが、当たらない方がいい予想というものもあるということを、彼女は知ることになる。


 【それでは、状況開始!】

 とはいえ今は、それを考えるときではない。

 ターゲットの破壊、もしくは捕獲のために、若きフォワード達は、一斉に地を蹴った。


なかがき
 ガジェットの設定や、ヴァイスとティーダの関係など、原作の設定とやや異なる部分があります。一応、不自然にならない程度の補完にしたいと思っているのですが、捉え方は人それぞれですので、ご意見があれば、感想を頂きたく思います。

 それと、改訂を加え、グリフィスが案内する役をリインと交代しています。
 多くのキャラを広く浅く出すのではなく、出来る限り絞ったキャラを繰り返して登場させる方針でもう一度見直した結果、こうなりました。



[29678] 3話  悪魔の機械  Bパート
Name: 有賀土塁◆c58c5e50 ID:01fac648
Date: 2011/11/05 13:57
ただの再構成(13話)


第三話   悪魔の機械  Bパート


時空管理局  ミッドチルダ地上本部  中央議事センター



 「我々機動六課が設立された理由の1つ。それは、第一種捜索指定ロストロギア“レリック”の捜索です」

 陸の中枢、地上本部の高官が集まる会議室において。

 機動六課部隊長、八神はやて三等陸佐と、ライトニング分隊隊長、フェイト・T・ハラオウン執務官は、機動六課の設立意義と、その役割に関して説明していた。


 「このレリック、一見するとただの宝石ですが、古代ベルカ時代、ある理由で精製された、超高密度エネルギー結晶体であることが、判明しています」

 本来、こういったプレゼンテーションは部隊を設立する前に行うものであり、ここに集った者達も概要は事前に報告を受けている。

 それがこのような形になったのは、機動六課が出向とはいえ地上本部直属であり、その部隊運用に直接口を出せる人物が、レジアス・ゲイズ防衛長官か、後見人であるリンディ・ハラオウン執務統括官とクロノ・ハラオウン提督に限られるためであった。

 また、地上本部の高官ならば、レジアス・ゲイズの懐刀であったゼスト隊の壊滅を知らぬ者はなく、彼らに代わるエース、ストライカーによる独立部隊が、機動六課なのだろうと、誰もが推察していた。


 「このレリック、過去に5度、古代遺跡より発見され、うち3度は、周辺を巻き込む大規模な災害を巻き起こしています」

 執務官の言葉に、一瞬どよめきが走る。


 「そして、後者2件では、このような拠点が確認されています」

 執務官の言葉と共にスクリーンが切り替わり、生体ポッドらしきものが並ぶ高度な文明によるものと推察される施設が浮かび上がる。


 「極めて高度な、魔力エネルギー、そして、生命操作技術の研究施設です。発見されたのは、いずれも未開の世界、こういった施設の建造は許可されていない地区で、まるで足跡を消すように破棄されています」

 それが示すものは、ただ一つ。


 「悪意ある。少なくとも、法や人々の平穏を守る気の無い、何者かがレリックを蒐集し、運用しようとしている、広域次元犯罪の可能性が、高いのです」

 ただ、この時の自分の言葉を、事件が決着を見た時に、フェイト・T・ハラオウンは深く顧みることになる。


 「そして、その何者かが使用していると見られる魔導機械が、こちら、通称、ガジェット・ドローン。レリックを始めとして特定のロストロギアを回収しようと行動する、自律行動型の魔導機械です」


□□□


 「うりゃああああああああああああ!」

 ローラーブーツによるダッシュから跳躍し、スバルがリボルバーシュートを放つが、地表を疾駆するガジェット4機は、後ろに目がついているかのように、あっさりとその攻撃を回避した。


 「なにこれ、動きはやっ!」

 スバルの驚愕ももっともであり、Bランク昇格試験においても、高火力と硬い防御を持つスフィアはいたが、このような高い運動性能を持つスフィアなど存在しなかった。


 「でやああああああ!」

 スバルとは反対側、ガジェットが向かってくる方に待機していたエリオは、4機で固まって進行しながら機体前面からガジェットが放つ魔力弾を、上方に跳んで避けつつ、反撃に転じる。


 「ストラーダ!」
 『Luftmesser.(ルフトメッサー)』

 エリオの持つ槍型デバイス、ストラーダによる斬撃の際に、周囲の空気を圧縮・加速し、魔力を付与した空気の刃を作り出す魔法、ルフトメッサー。

 エリオがフェイトと同じ電気変換資質を持つため、バルディッシュのハーケンセイバーに似た特性を持ち、エリオに合わせてフェイトが考案した術式であった。


 「駄目だ、ふわふわ避けられて、当たらない」

 「前衛2人、分散しすぎ! ちょっとは後ろのこと考えて!!」

 前衛二人の行動を建物の上から見ていたティアナは、細かい指示が足りなかったことを痛感していた。

 スバルもエリオも近接型のせいか突撃思考で、敵を追いかけて前に突出しやすい上、目の前の標的を見失えば次の目標を探すという非常に場当たり的な索敵と、馬鹿正直なまでに直線的な動きしかしていない。

 これが標的に比べて遅ければ知恵を搾って捕捉しようとするだろうが、なまじ二人の速度が優れているため、身体性能に任せて、追いつこうとしてしまう。


 <いや、そういう風になのはさんが設定したんだ、前衛二人の能力なら、深く考えなくても追いつけるくらいに>

 だとすれば、後衛の補助があれば、前衛二人は簡単にガジェットを捕捉できるはず。

 敵の動きが素早いならば、弾幕を張って動きを制限し、誘導弾で前衛と挟み討ちすれば―――


 「ちびっ子、威力強化お願い」

 「はい。ケリュケイオン!」
 『Boost Up. Barret Power.』

 キャロの足元にミッド式の魔法陣が浮かびあがり、桃色の光がアンカーガンに吸い込まれ、ティアナの足下の魔法陣も輝きを増していく。


 「シュートッ!!」

 立て続けに放たれる橙色の直射弾。

 しかし、ガジェットが静止して展開した障壁が、魔力弾をことごとく消滅させていた。


 「バリア!?」

 「いえ、違います……フィールド系」

 「魔力が、消された!?」

 【そう、ガジェット・ドローンには、ちょっと厄介な性質がある。攻撃魔力をかき消す、アンチマギリンクフィールド、AMF。普通の射撃は通じない、ならばどうすればよいか】

 教え子にヒントを与えつつ、教導官が暗に戦術の転換を促す。


 「こんの!」

 ウィングロードを展開し、スバルが後を追う構えを見せたとき。


 「馬鹿スバル! ウィングロードじゃ消されちゃうでしょ!」

 「え……あ、そっか」

 【正解、AMFを全開にされると、飛翔や足場作り、移動系の魔法の発動も困難になる】

 ミッドチルダでは、建設現場などでも、魔力で足場を作る魔法、フローターフィールドなどは使用されている。

 ウィングロードは群を抜いて展開速度と距離に優れる先天魔法だが、似た魔法が存在しないわけではない。ティアナが咄嗟に思い当ったのも、災害救助の現場で、フローターフィールドは多用されるためだ。


 【まあ、訓練場では皆のデバイスにちょっと工夫して、疑似的に再現してるだけなんだけど、現物からデータを取ってるから、かなり本物に近い。対抗手段はいくつかある、素早く考えて素早く動いて】


 「ちびっ子。名前なんてったっけ?」

 「キャロであります。」

 「キャロ、手持ちの魔法とそのチビ竜の技で、何とかなりそうなのある?」

 「試してみたいのが、いくつか」

 「あたしもある」

 そう、落ち着いて考えれば対抗するための手段はいくらでも思いつく。

 大切なのは常に冷静でいることで、戦いながら冷静でいるのはまだ無理なのだから、今はこれでいい。

 戦況を把握し、自軍と敵の能力を把握し、持てる技能の全てを駆使して任務を遂行する。


 <それが、センターガードの役目>

 【スバル、前衛であいつらを抑えて、さっき確認したけど、AMFを展開しながら高速機動は出来ないみたい。あんたらが攻撃してくれればそれだけであたしらが生きるし、何より、ベルカ式なら叩くだけでぶち抜けるはず】

 【OK……………エリオ、あいつら逃がさないように、先行して足止めできる? ティアが何か考えているから、時間稼ぎ! 出来る限り魔法じゃなくて、直接打撃系で!】

 【やってみます!】

 スバルからの念話を受け、眼下にいたエリオが加速魔法を発動させてガジェットの進行方向へと回り込む。
 
 スバルも陸戦魔導師の中では高機動な方だが、エリオはそれに輪をかけて速く、ローラーブーツで疾走するスバルも後を追い、ティアナからの指示を受けつつ、ガジェットを仕留めるポイントへ向かっていった。


□□□


 「ロストロギア、レリックと、それを狙って自律行動するガジェット・ドローン。これまでは観測世界や未開の世界で多く観測されていたため、本局の執務官である私と、八神特別捜査官が、捜査と追跡にあたってきました」

 「ですが、およそ1年前より、ガジェット・ドローンはミッドチルダ、その中でも特にクラナガンを中心に出現するようになりました。レリック対策部隊である機動六課が地上本部への出向という形となったのは、それが最大の理由です」

 ガジェットがクラナガンに現れるようになったということは、すなわち、レリックがミッドチルダに運ばれるようになったということ。


 「レリックの出所は特定が難しく、特に関連性のない古い遺跡などから出土することもあり、違法発掘者から密輸品を扱う売人を経てクラナガンにやってくるケースが確認されています。これに対処するには、各陸士部隊との連携を強める必要があり、機動六課は、陸士部隊の合同捜査本部に近い側面を有します」

 「そちらを担当するのは、ライトニング分隊隊長の、ハラオウン執務官。さらに並行して、スターズ分隊隊長、高町教導官と陸士によるフォワードにより、陸士によってガジェットに対抗するための戦術を構築し、それを近隣の部隊へ伝えることも行い、この二つが、機動六課の主任務となります」

 だからこその、高町なのはと、フェイト・T・ハラオウン。

 会議室の高官達は、機動六課がレリック事件を追うための編成であり、決して高ランク魔導師を無暗に所属させたわけではないことを理解した。


 「ガジェット・ドローンは、AMF、アンチマギリングフィールドを張ることが可能であり、低ランク魔導師では予備知識なしの対処は極めて困難であると予測されます。従来の魔導機械ならば、この大きさの自律機械がAMFを発生させることは考えられませんでしたが」

 そして、ここから語られる内容こそが、ガジェット・ドローンとオートスフィアの最大の相違点であり。


 「この機械の製作者は、恐るべき技術によって、不可能を可能と変えました」

 例え有効な戦力であろうとも、時空管理局がガジェット・ドローンを解析し、量産出来ない理由であった。


□□□


 ガジェットの進路上にスバルが立ちはだかり、敵と彼女の中間点にはレイヤー建造物の橋がある。

 今にも崩れ落ちそうなその橋の上に控え、手にした蒼い槍を掲げるのは、赤髪の少年。


 「やるよ、ストラーダ、カートリッジロード!」
 『Explosion!』

 先の攻撃を簡単に躱されてしまい、今度は失敗しないと気合いを込め、エリオの足元に黄色の三角形の陣が展開される。

 <フェイトさんとバルディッシュが教えてくれた魔法は、負けない!>


 「はああああああああああ!!」
 『Speerschneiden.(シュペーアシュナイデン)』

 ストラーダに魔力を付与し、“切断”の属性を高めて放つ。

 現在のエリオの実力では、足元にベルカ式の三角形の陣を展開する必要があるため、直接戦闘では使えないものの、橋を切り落とし、ガジェットにぶつけるならば話は別だ。


 「ナイスエリオ! 残るは2機だけっ!」

 スバルが囮となり、向かって来た4機のうち2機をエリオが落とした瓦礫が潰した。

 そこに、準備万端のスバルが踊りかかる。


 「潰れてろ!」

 しかし、リボルバーナックルでの渾身の一撃も、展開したAMFによって威力を減衰させられ、一撃で貫くことは出来ない。


 「だったら!」

 しかし、飛び込んで殴るだけがスバルの体術ではない。


 <母さんが鍛えあげて、ギン姉から教わったシューティングアーツ、甘く見ないでよね!>

 駆使するのはシューティングアーツの体術、空中で殴るのではなく、足で挟むように大地に叩きつけ、マウントポジションへ持ち込み。


 「うおらああああああああああ!!」

 完全に抑えつけての、渾身の右拳が、ガジェットの胴体を貫き、沈黙させる。

 頑強なアームドデバイスだからこそ可能な力技だ。


 「連続いきます。フリード、ブラストフレア」

 動きの止まったガジェットに、フリードの放った火炎弾が命中し、熱によって機能に支障をきたしたのか、ガジェットのボディからスパークが弾ける。


 <わたしの召喚術は恐ろしい力……だけど、フェイトさんが教えてくれた>

 「我が求めるは戒める物、捕らえる物。言の葉に答えよ鋼鉄の縛鎖」

 キャロの足元にはピンク色の魔法陣が展開され。一呼吸遅れて、炎に包まれた一帯にも、ピンク色の召喚魔法陣が展開され。


 <力を恐れるんじゃなくて、その力で何をしたいか、誰のために使いたいかが大切だって!>

 「錬鉄召喚、アルケミックチェーン!」

 キャロが奇妙な拘束魔法で3機のガジェットを拘束したのを見届け、ティアナは残る2機を殲滅せんと隣のビルに飛び移る。


 <魔法に依らない瓦礫や打撃による破壊。それに炎のような自然現象…………やっぱり、AMFも万能じゃない。これならいける!>

 スバル達が引っかき回してくれたおかげでガジェットとの距離は余り離れていない。

 後は、射撃型の自分の役目、ここでしくじればセンターガードの名が泣く。


 「こちとら射撃型、無効化されてはいそうですかって下がってたんじゃ、生き残れないのよ!」

 炸裂音と共にカートリッジが2発ロードされ、膨大な魔力が体内を駆け回る。


 <攻撃用の弾体を、無効化フィールドに消される膜状バリアで包む。フィールドを突き抜けるまでの間だけ外殻が保てば、本命の弾はターゲットに届く。AAランク技能…………多重弾殻射撃……………兄さんの得意技>

 今の自分よりも2ランク上の魔法。

 普通ならば、失敗して当然の離れ業。

 だが、こと射撃技能に関してならば、ティーダ・ランスターの妹として、譲れぬ自負がある。


 <ランスターの弾丸に、届かぬ的はない!>

 「ヴァリアブルッ、シュゥゥゥトッ!!」

 限界を超えて練り上げられた多重弾殻弾はガジェットを追走するスバルの真横を駆け抜け。
 
 地面を這う蛇のように波を描きながらガジェットに着弾。そのままAMFを突き抜けて装甲を破り、その勢いのまま残る1機にも風穴を開ける。


 【ナイス! さっすがだよティア! やったねー!】

 「ターゲット………全機撃破……………終了ね」

 浮かれて、自分の代わりに歓声を上げてくれる相棒に苦笑いを浮かべながら、ティアナは地面に仰向けに横たわる。


 <ほんと、新部隊に来ても、アンタはそのまま何だから。その陽気さに、何度助けられたかしらね>

 自分は無愛想で、兄の死の真相を探るために、執務官になることばかりを考えていた。

 だから視野が狭かったし、いい成果を残せても、こんなんじゃまだまだだと、素直に喜ぶこそすら稀だった。


 <なのにアンタが、あたしの分まで喜んではしゃいでくれるもんだから―――>

 なんだかこっちまで嬉しくなってきて、いつの間にか、スバルの笑顔を無くさないためにも、頑張ろうなんて、思えるようになった。

 いつも追い立てられるように走って来ながらも、ここまで転ばずに来れたのは――

 【やったよー、エリオ、キャロ、皆すごかったよ!】

 「………ったく、子供なんだから、エリオやキャロを少しは見習いなさいよ」

 この子と二人、コンビでやってきたからなのだろう。



 「どう、デバイスのデータは取れた?」

 「ばっちり、いいのが取れてます。4機とも凄い子に仕上げますよ、レイジングハートさんも、協力してくださいね」

 『All right.』

 インテリジェントデバイスは、経験を積んだ機体ならば自身で主の状況を判断し、成長にあった改造案を作ることすら出来る。

 戦技教導官、高町なのはと共に歩んできた10年選手のレイジングハートは、既にデバイスマイスターの助手が務まる存在だった。


 「それにしてもよく動きましたね、あの子達」

 「見てる方はどきどきだったけどね、でも、良くやったよ」

 「エリオのフェイトさん譲りの魔法に、スバルの抜群の体術、キャロの召喚魔法を利用した縛鎖もあって、ラストにティアナの多重弾核射撃。ほんと、Bランクの魔導師とは思えませんよ」

 「それはきっと、あの子達だけの魔法じゃないからだろうね。前の人達が鍛えて、後に繋いでいった技、少ない魔力や未発達な身体でも戦えるように、多くの魔導師が世代を繋いで、高めてきた魔法理論、それに支えられているんだ」

 そして、それらを修め、腐らせることなく次代へ繋いでいく役職こそが、戦技教導官。

 初めての長期の教導となるこの機動六課に、将来が楽しみな子供達が集まったことに、なのはは心の底から感謝していた。


 <だから、あの子達はその翼を羽ばたかせられるようになるまでは、私達で絶対に守る>

 それは同時に、決意を新たにすることでもあった。


□□□


 「最後にガジェットについてだけど、外見こそ同じでも、性能差があることが多いんだ。機動力に優れていても火力が乏しかったりするし、逆もある。現在は自律思考タイプしか確認されてないけど、有人操作に切り替える代わりに、スペックを上げることも可能じゃないか、というのが、解析班の見解」

 クールダウンも終わり、シャーリーがデバイスルームに向かった後。

 虚構の廃棄都市区画において、なのはが4人の前に立ち、初訓練の評価と注意点の講評を行っていた。


 「となると、動作レベルや攻撃精度はBが基本で、何かを犠牲に高めた予想がA?」

 「そう、冴えてるねティアナ、自律機能を排して、全てを機体能力に充てた場合が、オールAという予想。エリオやキャロは実戦経験がないから、こういう戦術考察は慣れてないだろうから、フォローしてあげてね」

 「はい」

 「よ、よろしくお願いします」

 「お願いします」

 「当然、スバルもだよ、座学の成績は優秀だって聞いてるから」

 「は、はははい、頑張ります!」

 なのはに褒められ、しどろもどろになりながらも、スバルは元気よく返事する、なぜか敬礼も交えていたが。


 「ガジェット対策のコンビネーションと並行して最低限の基礎を固めていって、それからしばらくの第一段階はチーム戦でのチームワークを中心にいく予定だから」

 「えと、超必殺技の訓練とかはやらないんですか?」

 「あほかアンタは! いきなり評価下げる気!」

 なのはが答える前に、スバルをどつくティアナ。


 「そうだね、スバルもティアナもエリオもキャロも、皆、一対一でガジェットを単体で撃破できるだけの能力はある。だから、個人技能を高めるよりも、まずは連携に主眼を置いて、効率よく動けるようになったら、改めて得意分野を伸ばしていく方向でいくつもり」

 「そ、そうでしたか、すいませんでした!」

 「別に謝ることじゃないよ、質問があれば、どんどん行って欲しいな、なのはさん相談室は、いつでも受け付けてるからね」

 右手で軽くたたくように胸を張るなのは。


 「えっと、それじゃあ一ついいでしょうか」

 手を挙げたのは、意外にもエリオだった。


 「いいよ、何かな」

 「はい、今回戦ったガジェットが使ったAMFって、AAAランクのフィールド系魔法防御なんですよね」

 「そうだよ、結界魔導師の中でもかなりの高位術者じゃないと使えないくらい展開が難しいし、AMFを展開したままの高速機動はほぼ不可能とされてるね」

 「それを、魔導機械で再現するなんて、どうやってるんでしょうか」

 それは、エリオが感じた素朴な疑問であり、おそらくガジェットと戦った魔導師ならば誰もが思うこと。

 なのはが見渡すと、スバルもティアナもキャロも、ほぼ同じ疑問を顔に浮かべている。


 「………そうだね、AMFを展開するのは難しいし、それを魔導機械の限られたエネルギーで行うのはさらに困難を極める。それともう一つ、仮にそれが可能なら、なんで管理局もガジェットのようなオートスフィアを作らないんだ、って話にもなっちゃう」

 「そういえば……」

 「確かに……」

 フォワード4人は同時に考え込むも、そう簡単に答えは出ない。


 「その理由は、とても重いよ。口に出して楽しい話題じゃないし、出来ることなら伝えなくないことでもある。だけど、皆が機動六課のフォワードとして、ガジェットと戦っていく以上、避けては通れないことだから」

 なのはの表情が硬くなり、ともすれば、仇を睨みつけているかと思う程の、怒気に近いものが伝わってくる。

 それを敏感に察し、4人は自然と身構え、教導官の続く言葉を待つ。


 「このガジェット・ドローンは、AMFを除けば革新的とまで呼べるものじゃない。機動力と攻撃力の総合値だけなら、既存のオートスフィアと比べてあまり変わらないし、スバルやティアナなら、もっと強力な狙撃オートスフィアがあることは、よく知ってるよね」

 「はい」

 「昇格試験で、ぶつかりましたから」

 「だけど、大型で強力な魔導機械は、どうしてもエネルギー供給の問題が出てくる。私達魔導師が持つリンカーコアは、エネルギー動力炉として見れば、とても優秀なの、ちょうどそれは、肝臓や腎臓の機能を化学プラントで再現しようとすれば、もの凄く大きな設備が必要となるように」

 そこまでは、魔法学校でも習う内容。


 「にもかかわらず、ガジェット・ドローンはそれを覆した。高ランク魔導師ですら困難なAMFを張りながら、ゆっくりとはいえ移動出来て、さらに他の武器や飛行ユニットを詰め込む余裕すらある。その根源になっているのが、この結晶」

 なのはがウィンドウを展開し、そこには壊れたガジェットと、その中枢ユニットと思われるパーツが拡大されている。


 「あれ? これって、レリック……」

 「いや、形は似てるけど、前に見せてもらったレリックとは大きさと色が違いますね」

 「うん、似てるけど、これはレリックじゃない。それで、レリックの正体は未だ不明だけど、一番有力な予想は、リンカーコアいくつも合成して、結晶化させたものじゃないか、というものなの」

 「リンカーコアを……」

 「結晶化………」

 それは、どこか不吉を孕む言葉であり、エリオとキャロも六課設立の理由についてはフェイトから聞き知っているため、顔がこころなしか蒼くなっている。


 「私達が追っている事件には、戦闘機人が関わっているというのも前に説明したとおり。そして、その技術の中には、人間を機械に適応させるものの他に、クローン培養、つまり、お母さんのお腹を使わずに、その人の持つ固有能力を狙ってコピーを創り出す研究も含まれてる」

 なのはの言葉に、エリオが固まる。

 求められた結果は異なるが、クローン技術は彼とは切っても切れない関係にある。


 「クローン培養……固有技能………まさか!」

 その時、ティアナの脳裏に閃きが走り、咄嗟に頭の中で否定しようとするが、冷静な理性はそれが真実であると告げてくる。


 「そして、世の中にはフェイト隊長やエリオの電気変換のように変換資質を持つ者がいる。その中でも極めて稀な能力として、魔力を通すだけでAMFフィールドを展開させる魔法無効化能力、“キャンセラー”。これまでレリック事件を巡って廃棄された施設の中には、その“なり損ない”に関するデータがあったの」

 そこまで説明されれば、ティアナ以外の3人にも、答えが分かった。


 「つまり、ガジェット・ドローンの核となる結晶は、魔法無効化能力者のクローンからリンカーコアを引きずりだして、レリックと同系統の技術で結晶化させたもの。これなら、最低限の魔力、低コストでAMFを発生させることが出来る」

 「そんな………そんなことが許されるんですか! それじゃあクローンならいくらでも創って、殺していいって、そんな――」

 「エリオ」

 一瞬、錯乱しかけエリオを、なのはが優しく抱きしめる。


 「フェイトちゃんがフェイトちゃんでしかないように、エリオはエリオだから、思いつめることはないよ」

 「あ――」

 「気にするなというのは無理かもしれないけど、ここにいる皆は優しいから、ね、大丈夫だから」

 「………はい」

 エリオは、母のように慕う人が、自分を救ってくれた天使様がなのはだと何度も語ってくれたことを、実感を込めて思い出していた。


□□□


 「それが、ガジェット・ドローンです。言わばこれは、柔軟性があって頑丈なポンプとして、人間の心臓を抉り出して機械に埋め込むようなもの、人の命を何とも思わない、悪魔の兵器」

 「クローンであっても、それは一つの命であり、踏み躙って良い理由はありません。ガジェット・ドローンは生者への蹂躙であり、死者への冒涜。作ることも、使うことも、持つことすら許されてはいけない兵器です」

 フェイトが語った言葉は本音であり、彼女の信念そのものだった。

 一個の人間として生き、エリオの保護責任者である彼女にとって、クローンを“兵器の材料”として生み出し殺すことを前提としたガジェット・ドローンは、決して許してはならない存在だった。


 「事前の同意の下に、ドナーが提供する臓器とは、同じレベルで論ずることにすら値しません。生きるための行為ですらなく、効率とコストを突きつめ、“兵器として価値がある”、ただそれだけの理由で人の命を弄んでいる」

 人間を素体に、機械の骨格を埋め込んだのが、戦闘機人ならば。

 機械のフレームに、人造魔導師のリンカーコアを埋め込んだのが、ガジェット・ドローン

 それは同系統の技術ではあるが、どちらがより人間の命を軽くしているかは、火を見るより明らか。


 「ですから、機動六課はガジェット・ドローンの生産拠点の撃滅と、運用するものの逮捕に全力を注ぎます。地上本部の皆様にも、是非とも、協力をお願いしたいのです」

 それを操る者達に、真っ向から立ち向かうことを八神はやて三等陸佐は宣言し。

 それを以て、プレゼンテーションは終了を告げた。


□□□


 夜、機動六課の部隊長執務室


 「そっか、フォワード達には、なのはちゃんから伝えてくれたんやな」

 「うん、やっぱりエリオはショックを受けてたけどね」

 「さっき会ったけど、思ったよりは落ち着いてたかな。それでも、今日は一緒に寝てあげたいと思うんだけど、部隊長、いいかな?」

 「部隊発足の一日目で分隊長と隊員が同衾ってのもあれやけど、ええよ」

 「ありがとう、はやて」

 「スバルもティアナも、それにキャロも、エリオの出生についてはおおよそ分かったと思うけど、今は何も言ってない、ほんとにいい子達だから」

 そこに、通信用ウィンドウが開く。


 【主はやて、現在のところ隊舎付近で怪しい影は見受けられません】

 【こっちも、サーチはかけたけど反応なし。前のあれにこりて、エリオやキャロにいきなり手を出してくる馬鹿野郎はいなさそうだよ、フェイト】

 蒼き狼と、オレンジ色の狼が、それぞれの主へ報告を行う。

 ここにフェレットもいれば完璧だったが、残念ながら彼は無限書庫におり、可能な限りの時間を費やしてレリックについて調べている。


 「そっか、ありがとうな、ザフィーラ、無理させてほんまに」

 「ごめんね、アルフ、無茶ばかり押し付けちゃって」

 【いえ、これも守護の獣の務めなれば】

 【そうだよ、使い魔はご主人さまのために働いてなんぼなんだから】

 守護の獣は主のために。

 二人の心を理解しているから、はやてもフェイトもそれ以上は言わず、なのはと共に礼を言うだけに留める。


 「そういえばはやてちゃん、この前の襲撃者はどうなったの?」

 「元々期待はしとらんかったけど、空振りや、予想通り、金で雇われただけの使い捨てやった」

 「まあ、捜査はしっかりと進んでるから、問題はないよ」

 「そやね、そろそろレリック方面も何らかの動きがある頃やろうし、シグナム、シャマル、ヴィータ、それにナカジマ三佐やギンガも動いてくれとる。私らは私らの出来ることをやらんと」

 「そうだね、私はあの子達が自分の道を迷わずに歩んでいけるよう、全力を尽くすよ」

 「私も、事件解決のために」

 「三人で、頑張っていこな」

 事件の解決はまだ遠く、先行きに不安はあるけれど。

 彼女達の機動六課はこうして始まり、8年前から続くある事件を終わらせるべく、歩みを進めていく。




[29678] 4話  ファースト・アラート  Aパート
Name: 有賀土塁◆c58c5e50 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/11/05 13:57
ただの再構成(13話)


私達の始まりへ繋がる、新しい居場所

ここでもやっぱり、空を見上げて戦っていく日々

憧れ続けた人がいて、大切な友達といっしょで

新しい出逢いと、過去への想いもあって

想いがいつか、あの空へ届くまで

遠くて高い壁だって、心を決めて立ち向かう

みんなで、いっしょに



第四話   ファースト・アラート   Aパート


新暦75年 5月  機動六課隊舎内

 父さんとギン姉へ。お元気ですか。

 スバルです。

 あたしとティアが、ここ、機動六課の所属になってから、もう二週間になります。

 本出動はまだ無くて、同期の陸上フォワード四人は、朝から晩までずーっと訓練漬け。

 しかも、まだ最初の第一段階です。

 部隊の戦技教官、なのはさんの訓練はかなり厳しいんですが、しっかり付いていけば、もっともっと、強くなれそうな気がします。

 当分の間は二十四時間勤務なので、前みたいにちょくちょく帰ったりできないんですが、母さんの命日には、お休みをもらって帰ろうと思います。

 じゃあ、またメールしますね。

 スバルより。



海上訓練施設 仮想廃棄都市


 「はーい、せいれーつ!」

 「「「「 はいっ! 」」」」

 廃ビル街に設定された訓練場で、初等部の社会科見学の引率教師のように、なのはがフォワード隊に呼びかけた。

 集まった4人はそれぞれポジションも違えば、体格や性別、経験も様々。

 当然、同じ訓練をしていれば、スバルはまだまだ元気で、キャロはへとへとという事態になるはずだが、なのはの訓練はその辺りをうまく調整し、相対的に見てほぼ同等の疲労度になるようにしていた。


 「じゃ、本日の早朝訓練、ラスト一本。みんな、まだ頑張れる?」

 「「「「 はい! 」」」」

 「じゃあ、シュートイベーションやるよ。レイジングハート?」
 『All right. Accel Shooter.』

 高町なのはの得意魔法、アクセルシューター。

 誘導魔力弾としては基礎的なものだが、12発ものスフィアが浮かび、高速で自由自在に飛び回る姿は、Bランク魔導師にとっては天の果てと言っていい。


 「わたしの攻撃を五分間、被弾なしで回避しきるか、わたしにクリーンヒットを入れればクリア。誰か一人でも被弾したら、最初からやり直しだよ? 頑張っていこう!」

 「「「「 はいっ! 」」」」

 元気よく返事し、その後に僅かばかりの作戦タイムに入る。


 「このボロボロ状態で、なのはさんの攻撃を5分間、捌き切る自信ある?」

 「ない!」

 「同じくです!」

 「よし、じゃあなんとか、一発入れよう」

 「はいです」

 思いっきり“出来ない”と宣言するスバルとエリオ、これも訓練に慣れてきた証拠だろう。

 圧倒的格上の教導官を前に見栄を張っても仕方なく、自分の実力を弁えた上で、何が出来るか、何が最善かを考えることが重要と、2週間で散々に叩き込まれた結果である。


 「おーし、いくよエリオ!」

 「はい、スバルさん!」

 「準備はOKだね、それじゃあ、レディ……ゴー!!」

 開始の合図とともに、アクセルシューター12発中、7発が4人目がけて飛来し。


 「全員! 絶対回避! 2分以内に決めるわよ!」

 「「「 おうっ! 」」」

 指揮官であるティアナの指示の下、フォワード4人は水色、橙色、黄色、桃色の閃光となり、打ち合わせ通りの持ち場へと跳躍する。

 陸戦魔導師とはいえ、機動力がないわけではないのだ。


 「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 その中でも、ウィングロードをなのはを囲むように展開し、先陣を切って突撃するスバルの機動力は高い。

直線的な速度ならばエリオはさらに上をいくが、空間的動作ならばスバルこそが最速である。

 スバル・ナカジマのポジションはフロントアタッカー。

常に最前線に立ち、敵の攻撃を防ぐ盾になると同時に、敵の防御を粉砕する矛ともなり、後衛の力を最大限に発揮させるための突撃役。


 「アクセル!」
 『Snipe Shot.』

 スバルと、連携してビルから狙撃を試みるティアナに対し、なのはがスナイプショットを発射。


 「シルエット、やるねティアナ」

 しかし、その攻撃は空を切り、本物のウィングロードの上に形成された、ティアナのフェイク・シルエットを消滅させるだけに終わる。


 「でりゃああああああああああああああああ!!

 今度こそ本命なのか、それともまた幻影なのか、オプティックハイドを解いたスバルが再びなのはへと迫る。


 「ラウンドシールド」
 『Snipe Shot.』

 ティアナの工夫を見抜いた上で、あえて受けたのか、なのはがラウンドシールドでスバルの渾身の右拳を受け止める。

 さらに並行し、残っていたアクセルシューターがレイジングハートから操作を受け、スバル目がけて飛びかかる。


 「うぇおっ!」

 「うん、いい反応」

 咄嗟の判断で回避に成功するも、着地に失敗し転がる形でウィングロードを滑り落ちるスバル。


 【馬鹿スバル、危ないでしょ!】

 【ごめん】

 その後を2発のアクセルシューターが追い、ローラーブーツとの追いかけっこの様相となる。


 【待ってなさい、すぐ撃ち落とすから】

 狙いを定め、魔力を集中し、ティアナがアンカーガンの引き金を引いた瞬間。


 「いいっ!」

 ボシュっという感じの音を立て、カートリッジが思いっきりジャムっていた。


 「この肝心な時に!」

 「わあああーーー、ティアーーー、えんごーーーー!」

 ティアナのショックも相当だが、スバルに至ってはもう涙目だった。

これが実戦だったらと思うと目も当てられない。


 「こんのっ、………シュート!」

 「来た! よーっし!」

 素早くカートリッジを入れ替え、ティアナが発射した誘導弾が、なのはのシューター2発を相殺。

4発撃ったうちの残る2発はなのはの方へ向かい、スバルもまた逃げから反撃に転じ、本命の一撃のための囮役を務める。


 「我が乞うは、疾風の翼。若き槍騎士に、駆け抜ける力を」
 『Boost Up. Acceleration.』

 キャロの足元には桃色の円陣、その前に立つエリオの足元には黄色の三角陣。

 ブーストデバイス、ケリュケイオンが煌き、機動力強化魔法、ブーストアップ・アクセラレーションを発動。

 二つの魔法陣を繋ぐように、桃色の魔力がエリオのストラーダへと加えられていく。

 「あの、かなり加速がついちゃうから、気をつけて」

 「大丈夫、スピードだけが取り柄だから!」

 渾身の一撃のために力を溜めるエリオのために、ティアナの誘導弾、フリードの火炎弾がなのはを襲い、スバルもウィングロードをさらに展開しなのはの注意を惹きつけ。


 「行くよ、ストラーダ!」
 『Explosion!』

 さらに、カートリッジロード。

ミッドチルダ式を使うティアナのアンカーガンは、少ない魔力で誘導弾を放つための補助用カートリッジであるのに対し、ベルカ式のエリオとストラーダのそれは、本人の最大威力を底上げすることを可能とする。


 「エリオ、今!」

 全ての準備は整い、ティアナが号令をかけた瞬間。


 「いっけええええええええええ!!」
 『Speerangriff.(シュペーアアングリフ)』

 ストラーダの槍の穂から、魔力をロケットのように噴射して加速し、一気に目標を貫く。鉄鎚の騎士ヴィータの使うラケーテンハンマーと同系統の攻撃魔法。

 エリオのストラーダは、フェイトのバルディッシュを基本に、シグナムのレヴァンティンとヴィータのグラーフアイゼンの長所を取り入れる形で作られており、ミッド式と古代ベルカ式の中間、近代ベルカ式の代表といえた。


 『Mission complete.』
 「お見事、課題クリアだよ」

 エリオの機動力にキャロのブースト、そしてカートリッジによる強化を受けた一撃は、なのはの防壁すらも僅かに上回り。

 シュートイベーションは、ミッションクリアをもって終わりを迎えた。


 「じゃ、今朝はここまで。一旦、集合しよう」

 呼びかけながら着地したなのはが、バリアジャケットを解除して元の制服姿に戻る。


 「さて、みんなもチーム戦に大分慣れてきたね」

 「「「「 ありがとうございますっ!! 」」」」

 教導官の言葉に、新人4人に笑顔が浮かぶ。

 何しろ、これまでシュートイベーションでは大抵時間切れで終了しており、まともにヒットして終わったのは始めてなのだから無理もない。


 「ティアナの指揮も筋が通って来たよ。指揮官訓練、受けてみる?」

 「いえ、あの…………戦闘訓練だけで、いっぱいいっぱいです」

 褒められたことに戸惑いながら、ティアナは首を振って遠慮する。

 夢と志しは大きい彼女だが、地道に出来ることを積み上げていくタイプであり、背伸びをする性格ではなかった。


 「あっははは、ティアの未熟者~」

 「うっさいわね、アンタに言われたら何か腹立つわ」

 そんな彼女の性格を知っているからスバルがからかい、ティアナに怒られる。

 スターズにおいて最早これは標準であり、日課だった。


 「きゃふ? きゅくるー?」

 不意に、足下のフリードが鼻をヒクつかせながらキョロキョロと首を回す。


 「フリード、どうしたの?」

 「そういえば、何か、焦げくさいような……………」

 そう言われてみれば、何かが焦げた匂いが漂っている。

 フリード以外で最初に気付いたのはエリオであり、彼は嗅覚のみならず、視覚や聴覚にも優れており、そこには出生も大きく関わっていた。

 エリオが自身の嗅覚の意味を再確認していた刹那、ティアナが匂いのもとを見つけ出して声を上げる。


 「スバル、あんたのローラー!」

 「うわっ、やばっ!」

 視線を向ければ、車輪と靴の接続部分がスパークしており、僅かではあるが黒煙を噴いている。

 慌ててスバルはローラーの具合を確かめるが、落胆した表情から損傷がかなり深刻であることを物語っている。


 「あちゃ~、しまった~。無茶させちゃった~」

 「オーバーヒートかな? 後でメンテスタッフに診てもらおう」

 「はい…」

 「ティアナのアンカーガンも、結構厳しい?」

 「はい……、騙し騙しです」

 申し訳なさそうに、ティアナは頭を垂れる。


 「そういえば、スバルとティアナのデバイスは訓練校時代からずっと使ってるんだったね」

 「ええ、自作ですし、故障も多かったですから、メンテナンスを繰り返しながら………そろそろ3年になります」

 「それだけ使ってれば、深刻な不具合の1つや2つ出てきても仕方ないね………となると………」

 話を聞き、若干考え込んでいたなのはが、ぽん、と手を叩く。


 「みんな、訓練にも慣れてきたし、そろそろ実戦用の新デバイスに切り替えかな?」

 「新?」

 「デバイス?」

 不意打ち染みた呟きに、新人達は目を丸くする。

 新しいデバイス。

 そんなものが用意されていたことに、4人とも驚きを隠せなかった。

 ただ、フォワードの全滅によって部隊の解散すらあり得る機動六課の設立経緯を考えれば、ある意味で当然の措置でもあった。

 特にフェイトなどは、自腹を切るどころか借金してでもエリオとキャロのためにより高度で安全性の高いデバイスを設えただろう。


 「じゃ、一旦寮に戻ってシャワー浴びて、みんなで朝ご飯にしようか? 新デバイスのことは、その後でね」



□□□


 目の前に積まれたパンの山がもの凄い勢いで崩されていき、キャロは唖然とした表情を浮かべていた。

 ここにある料理は、あくまでフォワード隊員用、つまりは4人分だ。

 高町一等空尉は先ほど言っていた新デバイスの件があるのか、手づかみで食べれるサンドウィッチだけ抱えていずこかへ向かった。よく働く隊長である。

 だが、テーブルの上に並べられている料理の量は4人分を遙かに逸脱している。

 山と積まれたパンに特大ボールに盛られたサラダや大鍋で煮込まれたスープ。

 驚くべきことにこれらは、たった二人のために用意された品々であり、残り二人の分は小皿に取り分けてあった。


 「気にしたら負けよ。スバルの大食いは今に始まったことじゃないし」

 「いえ、そういうわけじゃ……………」

 どちらかというと、スバルとほとんど同じペースで大量の料理を平らげていくエリオに対して驚いているようだ。

 あの小さい体のどこに、あれだけの料理が入っていくのだろうか?

 電気変換資質が関係している?

 いや、同じ資質を持つフェイトはむしろ小食なくらいのはず………


 「えっと…………。スバルさんのローラーブーツと、ティアさんの銃って、ご自分で組まれたんですよね?」

 どうやらキャロはティアナと同じ結論へ達したらしい。

 すなわち、考えたら負けであると。


 「ふぅん、ほーはよ」

 「スバル、口にもの詰めてしゃべらない。それと、キャロの言う通り、訓練校でも前の部隊でも、支給品って杖しかなかったのよ」

 「んぐんぐ、っう、うん。あたしは魔法がベルカ式な上に戦闘スタイルがあんなのだし。ティアもカートリッジシステムを使いたいからって」

 「で、そうなると、自分で作るしかないのよ。支給品じゃない分、給料の多くが消えていったけど、まあそこは訓練校時代からの宿命ね。他にオリジナルデバイス持ちなんていなかったから目立ちもしたし」

 そういった理由もあり、多くの局員は支給された杖型デバイスを用いる。

 特別な魔力資質や“理由”がなく、職業として普通に管理局員を選んだ人間ならば、それが当たり前なのだ。


 「あ、もしかしてそれでスバルさんとティアさんお友達になったんですか?」

 「腐れ縁と私の苦悩の始まりだと言って」

 「えへへへへっ!」

 「むぐ、むぐ」

 女三人がしゃべる中、男一人は無言のまま。

 ただし、話しづらいわけではなく、純粋に食事のみに集中しているようだったが。


□□□


 朝食を終え、小休憩を挟んだ後、再び集合したフォワード陣。

 しかし集合場所はデバイスルームかと思いきや、再びシミュレータがある海上の訓練場だった。


 「はい、フォワードの皆さん集合したですね」

 そしてそこで待っていたのも、想定外の人物。


 「リイン曹長、どうして貴女がここに?」

 「ふっふーん、皆さんの新デバイスの設計や慣習には私も関わっているですよ」

 「あ、そうだったんですか」

 「ええ、アイデアは主になのはちゃんとフェイトちゃんから来てますけど、私とシャーリーがレイジングハートやバルディッシュとも協力して頑張ったです」

 ふふん、と胸を張る通称“ちっちゃな上司”。

 新デバイス4機の仕上がりに余程自信があるらしく、ご機嫌な様子。


 「まあともかく、まずは手にとってみてくださいです」

 話はそれからだと言わんばかりに、リインが待機状態のデバイスをそれぞれの前へ浮遊させる。

 スバルには、やや大きめの青いクリスタルのついたネックレス。

 ティアナには、白を基準にオレンジの線が入ったカード。

 エリオには、青いベルトのシンプルな形状の腕時計。

 キャロには、2つの赤い宝玉に翼の意匠のついた腕輪型アクセサリー。


 「これが………」

 「私達の、新デバイス………」

 これまでは自作のデバイスであったため、待機状態すら存在しなかったスバルとティアナにとっては、かなり感慨深いものがある。


 「特にスバルの場合はリボルバーナックルとのシンクロがされてますから、リボルバーナックルの収納・瞬間装着・カートリッジロードまで制御できるですよ」

 「ええっ! じゃあこれからは、毎回リボルバーナックルを持ち歩かなくていいんですか!?」

 叫ぶスバルの右肩には、スポーツバッグほどの大きさの頑丈そうな鞄が下げられている。

 収納機能のないアームドデバイスであるリボルバーナックルは、常に鞄で手運びだったが、これからはその必要はないと聞き、驚きが隠せない。


 「はいです。それに、ウィングロードの自動展開も出来るですよ」

 「ウィングロードまで!?」

 「その代り、開発に一番苦労したのもスバルのマッハキャリバーなんです。頑張ってくれたシャーリーには後でちゃんとお礼を言って置いてくださいね」

 「あ、はい」

 スバルにしては珍しく呆けた返事だが、それがより彼女の驚き具合を表しているとも言える。


 「ストラーダとケリュケイオンは、あまり変化なしかな?」

 「うん、………そうみたいだけど」

 一方こちらは、それまで使用していたものと変わらないように見えるライトニングの二人。


 「変化がないのは、あくまで外見だけです。むしろ、これまでちゃんとしたデバイスを使ったことがなかった二人に感触をつかんでもらうため、形状と最低限の機能だけで渡していたのです」

 「あ、あれで最低限!」

 「ほんとに……」

 「ほんとです。皆が扱うことになる4機は、六課の隊長二人とメカニックスタッフが技術と経験の粋を集めて完成させた最新型。六課の目的とそれぞれに個性に合わせて製作した、最高の機体です」

 「六課の……」

 「目的……」

 その言葉の意味を真っ先に捉えたのは、やはりスターズの二人。

 六課の前身であった首都防衛隊第五課と、首都航空隊特別チーム。

 それぞれに勤め、殉職した身内を持つ二人だからこそ、六課のスタッフがこれらのデバイスに込めた祈りが感じ取れた。


 「………はいです。皆さんが六課のフォワードとして、レリック事件を追う立場なのは間違いありませんけど、同時に、狙われる立場なのも事実です」

 「………はい」

 「だから……早く、強くならないと」

 特に、守られる立場が強いのはライトニングの子供達。

 エリオとキャロが弱音を一切言わずに頑張るのも、いつまでも守られるままでいたくないという意志の表れなのだろう。


 「焦っちゃ駄目ですよ、二人とも。今のなのはちゃんやフェイトちゃんと同じ、オーバーSランクの方ですら、殉職なされているんです。もし、そのクラスの敵を出逢ってしまったなら、脇目も振らずに逃げること、忘れちゃだめです」

 それが今の現実。

 訓練はまだ初期段階であり、フォワード4人は未だBランクの魔導師に過ぎない。


 「だけど、殉職していた人達だって、この子達のような、最新型のデバイスを使っていたわけじゃない。ってことですよね」

 ティアナの言葉には、兄への誇りが強く宿る。

 兄は決して弱くて死んだのではないと、そう信じたくもあり、自分がその道を追っていくと、その強さが実感できもするのだ。


 「ええ、当時の地上部隊は今よりさらに厳しい状況でしたそうなので、エース級の魔導師ですら、8年前当時のなのはちゃんやフェイトちゃんのような、最高級の品を使えていたわけではないです」

 「だから……」

 スバルもまた、母から受け継いだリボルバーナックルを見つめる。


 「だからこその、機動六課です。エースやストライカーの皆さんが全力で現場に向かえるようにするための部隊、皆さんも、この子達を全力全開で使いこなせるくらいの、ストライカーになってくださいです」

 新たなデバイスに込められた想い、託された願い。

 その大きさと重さを、スバルもティアナもエリオもキャロも、それぞれに感じ取っていた。


 「ごめんごめん、お待たせっ」

 そこに、見慣れない端末を脇に抱え、若き教導官が到着する。


 「ナイスタイミングです、これからちょうど機能説明に移ろうと思ってたところです」

 「そっか、こっちもとりあえず出来たみたいだよ」

 そう言いつつ、なのはは端末を下ろし、モニター画面を起動させてセッティングを開始する。


 「なのはちゃんは今、ちょっと手が離せないので、私が説明しますけど、まず、その子達みんな、何段階かに分けて出力リミッターをかけられています」

 「出力リミッター、ですか」

 「最初の段階だとそんなにビックリするようなパワーがでるわけじゃないですから、まずはそれで扱いを覚えていってくださいです。皆が今の段階を扱いきれるようになったら、徐々に解除していきますので」

 「あ、つまり、あたし達と一緒にパワーアップしていく感じですね」

 「はいですっ、スバルの言うとおり、皆が一人前になる頃には、この子達もフルドライブが発揮されるはずです。っと、向こうも終わったですね」

 ユニゾンデバイスだけに機械の調子に敏感なのか、リインがなのはの作業終了を感じ取る。


 「うん、こっちもOK。それと、出力リミッターは隊長陣のデバイスにもついてるよ。私も皆の相手をしている時はアクセルとバスターを使い分けるけど、全力での戦闘を行う時はエクシードモードに切り替えるから」

 「ってことは、フェイトさんもですよね?」

 「そう、フェイト隊長のフルドライブはザンバーフォーム。ただ、部隊長だけは本人にもかかってるけどね」

 「「「「 えぇ? 」」」」

 驚きはフォワード全員のもの。

 彼女達の常識では、貴重な戦力にわざわざリミッターをかけることなど聞いたこともない。


 「ぶっちゃけて言っちゃうと、はやてちゃんは部隊長ですから、戦う必要がありません。それに、副隊長両名とも総合Aランクで、スターズ副隊長は治療担当、ライトニング副隊長は結界・通信担当で交代部隊の指揮官さんです」

 「つまり、戦力として必要なのは、空戦S+の両隊長と、フォワードの4名。これだけなら一部隊が保有できる魔導師の数として、何とかギリギリでいけるんだけどね」

 地上本部からやってきている副隊長二名は前線メンバーではなく、特にスターズの副隊長は医療担当なので、“前線に出てはいけない”というのが正しい。


 「となると、八神部隊長のSSランクは、枷にしかならないんですね。でも、仮にも発案者が部隊長にならないで、他の非魔導師の方に任せるわけにもいきまんせし」

 「その結果の苦肉の策が、リミッターってこと。部隊の後見人のリンディ・ハラオウン執務統括官か、監査役クロノ・ハラオウン提督、そして、直接の上司になるレジアス・ゲイズ中将の3人だけが、解除権限を持っているの」

 「リミッターがかかっている状態でのはやてちゃんは、Cランクくらいの魔力しかないですから、戦闘能力は皆無です」

 「ってことは、6ランクダウン!」

 「そ、それって、大丈夫なんですか!」

 驚きの声はティアナとエリオ。

 六課設立前にはやてとフェイトが戦闘機人の襲撃を受けたことはフォワード陣も当然説明を受けており、もしまた襲われた場合どうするのか。


 「そこは心配無用です、ザフィーラがはやてちゃんの使い魔という扱いで常に護衛してます。まあ、いざとなれば皆さんの守護にも向かいますけど」

 「それに、アルフもフェイト隊長の使い魔として登録されてるよ。その分、AAAランクまでフェイトちゃんの魔力が落ちちゃうけど、その分行動の範囲は広くなるから」

 「そっか、使い魔………」

 「このアイデアははやてちゃんの後見人さんだった、ギル・グレアム元提督より頂いたです。限られた魔導師戦力を効率的に運用することに関しては、伝説的な人なのですよ」

 かくして先人の知恵は、次代へと受け継がれる。

 かつて、老提督が指揮官としての手腕を発揮しながら、二名の使い魔を前線に向かわせたように、はやては今、アルフとザフィーラの二人を使いこなすことに、脳をフル回転させていた。


 「まあ、その辺りのことは上司達に任せちゃって、皆は実践を頑張ろう。というわけで、皆一斉に、セットアップ!」

 「「「「 セットアップ! 」」」」

 青色、橙色、黄色、桜色の光が輝く。

 それぞれの光が止んだ時には、これまでとは全く違う、新たな力の具現があった。


 「あ、このジャケットって」

 「デザインと性能は、各分隊の隊長さんのを参考にしてるですよ。ちょっと癖はありますけど、高性能です」

 「わあっ」

 「スバル、感動しているところ悪いけど、そうも言ってられないみたいよ」

 「ふぇっ?」

 ティアナに促され、スバルが視線の方向に目をやる、若干遅れ、ライトニングも続く。

 その先には―――


 「スバルとティアナは戦ったことがあるよね、高性能大型狙撃スフィア。今回はこれを交えて、座学に近い形で行くよ」

 設置した端末によってシミュレータから顕現した大型の狙撃スフィアと、笑顔を浮かべる教導官が並んでいた。


 「いつもみたいに、いきなり実戦でガーン、ってやらないんですか?」

 スバルの疑問も尤もである。

 高町式の教導では、知恵と戦術の組み合わせが重要視されており、見たこともない敵を相手にどう戦えるかが最大のポイントとなってきた。


 「うーん、実はね、まだ大型スフィアに関してはAMF設定のインストールが完了していないんだ。とりあえずの機能は発揮できるけど、模擬戦をやれるほどじゃなくてね、シャーリーも頑張ってくれてるんだけど」

 「これらは本物じゃなくて、そう見せかけてるだけですから、どうしても現物がないと難しいのですよ。だけど、静止しているなら結構真に迫れるはずです」

 「なるほど」

 一番早く理解し、頷いたのはティアナ。

 残る3人は若干戸惑い気味であり、なのはとリインが補足説明を加える。


 「えっと、ガジェットは許されざる技術で作られてるけど、その根底にあるのは効率化、つまり、コストの削減なの。だから、I型と呼称されてるこれまでのを改良するなら、自ずと方向性は定まってくるわけ」

 「製作者が芸術家肌の場合、とんでもない機構が付いたりしますけど、おそらく、依頼主に合わせてコスト概念を盛り込んでいる、というのが捜査チームの見解なのです」

 「あ、それで、ガジェットの改良型が来るなら―――」

 そこまで説明を受け、フォワード全員に理解の色が灯る。


 「大型にしてAMFの出力を上げるか、もしくは、AMFを削ってより高速機動に特化させるか。その道の大企業の、カレドヴルフ・テクニクスの新製品開発部の人達の意見も参考にしたから、ほぼ間違いないはずだよ」

 「そんなわけで、とりあえず現存している大型スフィアの動力で、AMF発生用の結晶も大型化したという前提で、シミュレータにプログラミングしたです。というわけで、AMFフルパワー!」

 リインの掛け声と共に、大型オートスフィアがAMFを発生。

 それは近くにいた4人を全て範囲内に入れ、それぞれの新デバイスが送られた信号に応じた負荷を術者にかける。


 「AMF!?」

 「こんな遠くまで……」

 これまで体験したことのない広範囲のAMFに、実戦経験の乏しいエリオとキャロは戸惑いが隠せず。


 「ぼさっとしてない! 範囲外まで全速後退!」

 「行くよ、マッハキャリバー!」

 ティアナは自分の足で即座に離脱し、スバルはちびっ子二人を抱え、マッハキャリバーの機動力によってAMF範囲外まで逃れる。


 「正解、AMFを相手にする時一番怖いのは、範囲内に術者が閉じ込められること。もし範囲外であればこんな風に―――」

 ふと気付けば、なのはもまたバリアジャケットを展開し、AMFの届かない上空へ舞い上がっていた。

 さらに連続して魔法を展開し、周囲の瓦礫に魔力を付与させ、投石機の如く大型狙撃スフィアへぶつける。

 物質加速型射撃魔法、スターダストフォール。


 「もしくは、フェイト隊長のように雷を発生させてもいい。エリオもサンダーレイジは使えるけど、AMFの中だと、魔力結合そのものが阻害されるから、これらの方法も封じられる」

 「これまでのガジェットは小型でしたから、範囲内に閉じ込められる危険は少なかったですけど、今後は別のタイプが出てくる可能性が高いのです」

 「対戦闘機人戦についてもおいおいやっていくけど、まずは予想される新型ガジェットへの対策訓練。と、いうわけで―――」

 空を舞う白い魔導師が、教え子たちを見渡し。


 「今の皆のデバイスと魔法で、広範囲のAMF、さらに、強固な装甲を打ち破るにはどうすればいいか、考えてみよう」

 模擬戦とはまた異なる、実践を含んだ戦術講義が、開講された。




[29678] 4話  ファースト・アラート  Bパート
Name: 有賀土塁◆c58c5e50 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/11/05 13:57
ただの再構成(13話)


第四話   ファースト・アラート  Bパート


時空管理局  ミッドチルダ首都クラナガン  地上本部



 地上本部防衛長官、レジアス・ゲイズ中将の一日は多忙である。

 朝は早起き、というよりも深く眠ることを拒否するように活動を開始し、出勤するなり各部署から回ってきている山のような書類に目を通す。

 定例会議があれば、治安維持について各部署の代表者や陸士部隊の部隊長と議論を戦わせ、問題点が噴出すれば決して他人任せにはせず、自身も交えて論点を纏めていく。

 他にも陸士部隊や管理局の関連施設の視察は当然として、式典などの行事への参加もある。

 ただし、式典の中には殉職した者達のためのものが多いのは、果たして意図的なのかどうか。

 栄達する者達を讃えるための式典ならば、代理人を立てることも多いのは事実。

 腰を落ち着けている暇などほとんどなく、満足に食事や休養を取らぬまま、彼は生者のためというより、死者への誓いのために身を削っているようにすら感じられる。


 「中将、もう少しご自愛ください」

 防衛長官の執務室において、レジアスの愛娘にして副官であるオーリス・ゲイズ三佐のその言葉も、もう幾度繰り返されたか分からない。


 「自分の身体だ、儂が一番分かっておるわ」

 しかし、その言葉が聞き入れられたことはなく、副官としても娘としても、彼女の心配は募っていく。

 ただ、それ以上に強く言えないのは、父親であるレジアスがもう止まれない理由を彼女もまた知っているからに他ならない。

 己の信じる道のために、親友とその部下を犠牲としてしまった、8年前の忌まわしきあの事件から。

 あの日以来、レジアスは碌に休暇を取っていない。何かにとり憑かれたかのように、地上のために働き続けている。

 既に54歳となり、初老に達しつつあるその身体を、蝕んでいく程に。

 ふとした際に胸を抑えることが多くなり、服用する薬の量が増えつつあることをオーリスは知っていたが、自分の言葉では父が止まらないことを冷静に分析出来てしまう頭脳を持っていたことは、彼女にとって不幸であったかもしれない。


 「それよりも、わざわざお前が報告に来たということは、何かあったのだろう」

 「はい、かねてより報告がありクラナガンに多数その姿を見せているAMF能力保有のアンノウン、ガジェット・ドローン。その新型と思われる機体が確認されました」

 「………忌々しい機械兵器め、ついに出てきたか」

 「並びに、山岳レールウェイにてレリックがクラナガン方面へと運び込まれようとしており、レリックを狙ってガジェットが動き始めています」

 「そうか………」

 報告を聞き、沈黙するレジアスの脳裏には、様々な事柄が浮かんでくる。

 情勢は混迷を極めつつあり、いったい誰が地上の平和のためになる存在であるのか、レジアスにとっても見極めねばならない時期に来ている。


 「機動六課を、動かしになりますか?」

 「ふむ…………あの小娘は見かけによらず優秀だ、機動六課の目的がレリックやガジェットへの対応であるのならば、いずれ間違いなくあの男へと辿り着くだろう」

 「報告によれば、例のあの事件において首都防衛隊第五課を殲滅した戦闘機人が、八神はやて三等陸佐を狙って現れ、さらに、フリーの請負人も、機動六課のフォワードを狙った模様です」

 「少なくとも、奴らは機動六課を脅威とまでは言わずとも、気に留める必要がある存在と見なしておるのは間違いあるまい」

 その判断に至った流れは、深く考えるまでもない。

 戦闘機人の製造に関しては、最高評議会を通して裏で繋がりがあるレジアスとスカリエッティだが、ガジェット・ドローンやレリックの出現は、その関係を壊しつつあった。

 例え最高評議会の指示を受けてのことであろうとも、レリックがあの空港火災のような災厄をクランガンにもたらすならば、地上本部防衛長官として、断固たる措置をとる必要がある。

 ことによれば、最高評議会に牙をむくことすらも、ありえる。

 既に彼らが老害になり果て、ミッドチルダのためにならない存在になっているならば、レジアスがその下につく理由もまたなくなるのだ。

 とはいえその結論は、そう簡単に下せるものでもない。

現状において最高評議会の後ろ盾は、地上本部にとって必要不可欠とは言わぬまでも、メリットが大きいのは事実。


 「最高評議会の方々は、機動六課をどう捉えていらっしゃるのでしょうか……」

 「どうとも思っておるまい。かつては儂の手足であったゼストの五課が、今は小娘の六課に代わった程度の認識しかあるまいよ、だからこそ、儂はあの小娘の提案を利用したのだ」

 最高評議会の面々は、“前例”というものを重く見る。

 いや、それは最早、縛られている、という表現が的確かもしれない。

 その点を正確に突き、いざとなれば最高評議会にもスカリエッティにも図ることなく、レジアスの意志で動かせる独立部隊を、機動戦力として保有することに成功したのだから。

 唯一の問題は後見人と監査役を担当している海の重鎮、ハラオウンだが、このクラナガンの治安維持を名目に動かす限りにおいては、防衛長官であるレジアスに上位の指揮権がある。

 機動六課が本局から地上本部への出向となっている以上、監査役のクロノ・ハラオウンといえど、動かすにはレジアスの承認が必要なのだ。


 「むしろ問題は、あの男の動きを、最高評議会がどう捉えているかだ」

 「最高評議会は、あの男を御し切れていないというのですか?」

 特に、若いオーリスにとっては、最高評議会の存在そのものが懐疑的だ。

 過去において時空管理局を立ち上げた偉人とは聞くが、彼女にとっては見たこともない不気味な存在でしかない。


 「その可能性もある。レリックについてはこちらが知っている事実は少ないが、どうにもあれに執着しているのは、最高評議会の方に思えてならん」

 「では、あの男がレリックを最高評議会へ捧げ、見返りが研究資金と場所、そしてガジェットを自由に開発すること、でしょうか」

 「そして、戦闘機人は儂や、戦力不足にあえぐ地上を抑えるための餌、かもしれん」

 「………であれば………いえ、結論を下すには早すぎますね」

 どちらにせよ、現状では情報が足りていない。

 最高評議会にとって、レジアスもスカリエッティも“首輪”を嵌めた犬程度しかないのであることは疑いない。

 だが、果たしてスカリエッティが“飼い犬”に甘んじることを良しとしているのかどうか。

 そして、レジアスが“飼い犬”であり続けることが、果たして地上部隊のためになるのか。


 「いずれにせよ、六課はこちら側として上手く使える。……………理想に燃える愚かな小娘であればこそ、権力に頭を下げ、向こう側につくことはあるまい」

 「確かに………彼女の部隊立ち上げの発端があの空港火災にあり、フォワードにナカジマとランスターの両名を起用していることを考えれば…………絶対に、あの男と手を結ぶことはないでしょう」

 「ああ、儂とは違ってな………」

 其れは暗に、親友を殺した敵になおも通じている自分こそが、最低の屑であると言わんばかりに。


 「クイント・ナカジマ、ティーダ・ランスター…………儂には、彼らの死を悼む資格などない。だが、この地上は何があっても守り抜く、何を犠牲にしても、だ」

 「はい、私も全力でお支えします。さしあたっては、確認されたレリックとガジェットに対し、機動六課へ出動指示を出す、ということでよろしいですね」

 「うむ、あの小娘が声高に言った、少数部隊の機動力とやら、見せてもらうとしよう。その成果によって、今後の方針も変わる」

 「かしこまりました。では、そのように………」

 上司の命を受け、副官としてオーリスは退出していく。

 レジアスには他にも数多くの案件があり、実践面における指示を送るのは、副官であるオーリスの役目。

 ただし、扉をくぐって父の部屋から出る間際。


 <何を犠牲にしても…………それは親友であるゼストさんや………私も……そして、貴方自身も含まれるの………お父さん>

 影で“鋼鉄の女”と囁かれることも多い、オーリス・ゲイズ三等陸佐は、胸に湧きおこる疑問を抑えきれなかった。


□□□


 機動六課敷地内、海上のシミュレータにて、戦いの轟音が響き渡る。


 「でやああああああ!」
 『Luftmesser.(ルフトメッサー)』

 周囲の空気を圧縮・加速し、ストラーダによる斬撃の際に魔力を付与した空気の刃が、相手まで届くことなく、高濃度のAMFに設定されたフィールド内で消滅していく。


 「シュート!」
 『Variable Barret.』

 続けてティアナもAMFを突き破るための多重弾核弾、ヴァリアブルバレットを放つも、やはり威力は減衰され、強固な装甲には傷一つ付けられない。


 「硬い、ですね………フリードのブラストフレアも、通じませんでしたし」

 「そうね、エリオの斬撃やあたしの弾丸じゃ、余程威力を込めないと通じそうにないわ。といっても!」

 瞬間、大型狙撃スフィアからレーザーの如く高密度の魔力線が放たれ、後衛のティアナとキャロは咄嗟に離脱する。


 「そんな暇を許す程、甘い相手でもないみたい。正直、これで模擬戦レベルじゃないんだから、本物はどれだけ……」

 とは言うものの、相手は所詮機械。

初見のうちは対応に苦労するだろうが、慣れてくれば自分達でも苦労なく倒せるようになるだろうと、慢心ではない確信をティアナは抱いていた。


 <むしろ、本当に警戒しなきゃいけないのは、戦闘機人の方。機械と違って人間だから、向こうも管理局の手の内を学習して、裏をかいてくるはず………>

 ティアナが目指す先は執務官。

 そして、執務官の天敵とは、SSランクを超える化け物でもなければ、巨大な自然災害でもなく、悪意を持った人間なのだ。

 ガジェットそのものは恐れるに値しない、真に警戒すべきは悪魔の機械を作り出し、戦闘機人を率いる背後の何者か。

 それをフェイトを筆頭にした捜査陣が追っていることは分かっているが、いつかは自分もそちら側で事件を追いたいというのが、彼女の偽らざる本音であった。


 「おりゃああああああああああああああああ!!」

 マルチタスクによってティアナが複数の思考に埋没している最中、勇猛果敢に突撃していくスバルが視界に入る。

 今回は連携の詰める模擬戦ではなく、それぞれの個人技能がどれだけ通用するかを測るための“実践つき座学”。

 だからこそ、ティアナも指揮より自身の攻撃がどれだけ通じるか、敵の攻撃を足の重い後衛だけでどれだけ躱せるか、などを測ることに専念していた。


 「一撃、必倒!」
 『Knuckle Duster.(ナックルダスター)』

 ウィングロードの展開とリボルバーナックルへの魔力付与をマッハキャリバーが担当するため、スバルは全身全霊を右拳の一撃のみに集中。

 AMFといえど、既に付いた慣性を殺すことは出来ず、マッハキャリバーによって加速を得たスバルは勢いを一切殺すことなく大型狙撃スフィアへと肉薄。


 「ぬおりゃああああああああああああああああああああ!!!」

 繰り出された渾身の右拳は、Bランク昇級試験の再現であるかのように、重厚な防御を突き破り、装甲に損傷を与えることに成功していた。


 「よっし、装甲に罅さえ入れば―――」

 「僕達だけでも―――」

 「貫けます!」

 そして、その隙を見逃すならば、彼女らは機動六課のフォワードに選ばれたりはしない。


 「ケリュケイオン!」
 『Boost Up Acceleration.(ブーストアップ・アクセラレイション)』

 「クロスミラージュ!」
 『Load cartridge.』

 「ストラーダ!」
 『Explosion.』

 スバルのマッハキャリバーに続き、それぞれの新デバイスが真価の一端を垣間見せる。


 「連続補助、いきます!」
 『Boost Up Barret Power.(ブーストアップ・バレットパワー)』

 ケリュケイオンが輝き、キャロの足まわりに形成された桜色の円陣から、二つの方向へ魔力が伝わっていく。

 片方はクロスミラージュが精製する弾核に宿り、片方はストラーダの穂先へと。


 「クロスファイアーッ、シューートッ!!」
 『Variable.』

 先駆けとして橙色の魔力弾が往き、高濃度のAMFを貫き、スバルが入れた罅をさらに広げ。


 「いっけええええええ!!」
 『Speerangriff.(スピーアアングリフ)』

 止めとばかりに、ストラーダの加速噴射突撃が、大型狙撃スフィアを貫き、その機能を完全に停止させた。


 「うん、いい感じだよ、その調子」

 その光景を空から眺め、新デバイスの特性を早速引き出している教え子に、なのはが微笑む。


 「スバルとエリオの使用法は直感的なものですけど、クロスミラージュの機能をすぐ把握して、多重弾核を複数構築したティアナは凄いです」

 「それに、キャロもだね。新型のケリュケイオンを使ったブーストの重ねがけ、あれをいきなりものにするのは中々できることじゃないよ」

 「後衛は考えてなんぼですからね、それにしても、今後の成長がすっごく楽しみです!」

 教え子たちの出来は現状においては十分に及第点であり、この先がますます期待できる。

 教導官としての喜びに、なのはの胸が満たされつつあったその時―――


 【アラート!】

 海上のシミュレータに突如、複数のウィンドウが現れ、緊急事態を示す赤いランプが点滅した。


 「このアラートって」

 「一級厳戒態勢!」

 突然の事態に、フォワード達の顔も即座に引き締まる。


 「グリフィス君、状況は?」

 【はい、地上本部より出動要請です。レリックらしき密輸品が捕捉され、ガジェットがそれを狙って動き出しています】

 「なるほど」

 【場所はエーリム山岳丘陵地区。対象は山岳リニアレールで移動中です。内部に侵入したガジェットのせいで車両の制御が失われており、リニアレール車内のガジェットは最低でも30体】

 「それはちょっと、ハードな出動になりそうだね」

 その時、新たに二つのウィンドウが立ちあがり、ライトニング分隊長と、機動六課部隊長が姿を現す。


 【なのは隊長、フェイト隊長、状況は聞いての通りや、緊急出動、行けるか?】

 【私はいつでも、車を止めて、すぐに現場へ飛べる】

 「こっちもちょうど、新デバイスの試運転が済んだところ。細かいところは詰め切れてないけど、スターズとライトニング、各分隊を二人一組で動かすなら、連携は十分に行けるよ」

 四人一組の連携は、まだ実戦レベルでいける程に訓練が十分とは言い難いが、二人でのコンビネーションならば問題なし。

 それが、現時点における教導官としての彼女の意見。


 【フォワード達の疲労はどうや?】

 「幸い、今回は模擬戦形式じゃなかったから、大丈夫。ただし、今後は緊急出動が来てもいいように、もう一度メニューの組み合わせを考えないといけないね」

 正直、教導を担当したなのはの想定を超える規模かつ、緊急での初出動となったが、機動六課の存在意義を考えれば、泣きごとを言っていられない。

 今出来ることを見据え、反省点は今後に生かすことこそが、スターズを率いる隊長として、教え子を鍛える教導官として、彼女が成すべきこと。


 【スバル、ティアナ、エリオ、キャロ! 皆もオッケーか?】

 「「「「 はいっ! 」」」」

 【よっし、いい返事や。シフトはAの3、グリフィス君は隊舎で交代部隊への指揮を担当、スターズ・ライトニング両隊長は現場指揮、リインは現場管制】

 「「「「 了解! 」」」」

 【ほんなら、機動六課フォワード陣、出動や!】



□□□



 機動六課部隊長、八神はやて三等陸佐へ状況の説明と、出動指令を伝えた後、オーリスは自室に戻り、ある人物を呼ぶように、通信士の二等陸士へと伝えた。

 程なくして、彼女の望んだ人物がいつも通りの規則正しい足音を立てて訪れる。


 「オーリス・ゲイズ三佐、シグナム二等空尉、参りました」

 「御苦労さまです、シグナム二尉」

 現われたのは、航空武装隊第1039部隊所属の、中隊指揮官の資格を持つ空戦S-ランクの女性士官。

 本来ならばミッドチルダ首都航空隊第14部隊副隊長となる予定であったが、機動六課の立ち上げに伴い、現在はやや特殊な立場にいる。


 「それで、機動六課への出撃指令については聞いていますか?」

 「はい、機動六課部隊長よりこの地上本部にいるシャマル主任医務官へ、そして、私へと連絡が来ました」

 「ならば話は早いですね。今回は両隊長とフォワード全員が出撃し、ライトニング副隊長も現地の地上部隊との連携のために現場へ向かっています。スターズの副隊長は隊舎に待機していますが、こちらも戦闘要員ではありません」

 「つまり、機動六課隊舎の守りは薄くなっている、と」

 副隊長は地上本部の人間であり、表向きは捜査班が各地上部隊と円滑に連携できるようにということで、それが効果的に発揮されているのも事実だが、監視役という側面も当然ある。

 そして、地上本部のシグナムとシャマルはある意味で“人質”に近い要素がある。

特に、現在のシグナムはオーリスの直属となっており、彼女の指示には絶対的に従う義務を負っていた。


 「貴女の基本任務は、あくまで中将閣下の護衛です。しかし、機動六課も今は地上本部直属の部隊であり、中将の手駒と見なす輩もいる始末、その隊舎がテロリストの襲撃によって失われたともなれば、中将の威厳に傷が付きます」

 「故に、万が一機動六課を襲う無頼者がいた場合は、“三佐の指示に従い”、その者を討ち果たせと」

 「そうです、事がおこれば即座にシャマル医務官の魔法で機動六課隊舎へ飛びなさい、異論はありますか?」

 「いいえ、ございません、謹んで拝命いたします」

 レジアスに機動六課を利用する意図があるように、オーリスにもまた六課を動かす理由がある。

 彼女にとって、機動六課の存在意義は、レジアス・ゲイズを守るための盾、これにつきる。

 ならばこそ、現段階で八神はやてに倒れられては困るのだ。


 「ただし、一つだけ」

 「なんでありましょうか?」

 「貴女が最優先に守るべきは、あくまで中将閣下です。八神はやて三等陸佐については、中将の直属部隊の指揮官であるために守る必要性が生じる。その優先順位を、忘れないように」

 「了解いたしました」

 これが鉄鎚の騎士であれば、僅かにせよ逡巡を見せただろう。

 だが、烈火の将は微塵も揺るがず、ただ静かに敬礼し、オーリスの執務室を去っていった。


 「………お願いしますよ」

 だからだろうか、利用し合う関係を超えて、僅かながらの共感に近いものを、オーリスがシグナムに感じているのは。

 オーリスにとってのレジアスが、シグナムにとってのはやて。

 そのためならば、いくらでも己を殺し、時には非情ともなる。

 自他共に厳しいその性格、在り方が、似通っているためか。



 「………感謝します、オーリス三佐」

 シグナムもまた、様々な事情が重なった末とはいえ、いざとなれば機動六課へ駆けつけることの許可をくれたオーリスのために、その剣を振るうことを己に課していた。

 ただ一つ、はやてよりもレジアスを優先することだけは、ヴォルケンリッターの将たる自分には出来ないことであろうことを自覚しながら。



□□□



 一級厳戒態勢のアラートが鳴り響く中、一人の男が六課隊舎を駆け、ヘリポートへと辿り着く。

 辿り着いた先では数名の整備員がヘリの発進準備に勤しんでおり、彼に気付いた一人が声をかける。


 「ヴァイス陸曹!」

 「発進準備の方はどうだ?」

 「もう少しで完了します! フォワード陣の出動に遅延は出させません!」

 「いい返事だ、死ぬ気でやれ!」

 「はいっ!」

 出動において活動するのはフォワード陣ばかりではない。

 後方の通信スタッフや、彼らのような整備員、他にも数多くの局員によって機動六課は支えられている。

 それらが一丸となって動くからこそ、機動性の高い部隊というものは成り立ちうる。

ある意味で彼らは、フォワード陣の勧誘以上に部隊長のはやてが力を入れた人材達であった。


 「ヴァイス君、準備の方は!」

 「いつでも行けまっせ、なのはさん!」

 そして、新人4名を引き連れ、スターズ隊長がやってきたときには、既に準備は完了しており。


 「さあ、乗った乗った! 飛ばしますぜ!」

 ヴァイス・グランセニック陸曹の操縦の下、前線メンバーの大半を乗せたヘリが、クラナガンの空へと飛び立った。



 「報告によれば、空戦可能な改良型や、大型のガジェットも確認されてるそうだけど、空の敵は私やフェイト隊長が叩くから、練習通りで大丈夫だよ」

 ヘリが現場へ向かう中、なのはは揺れの中でも天井のバーに掴まって立ち、初めて実戦に臨む教え子たちへと訓示と与えていく。

 タイミングよく、新デバイスによって予想された大型ガジェットの仮想敵を破った直後であるためか、新人達の士気は決して低くはない。

 特に心配されたキャロもまた、つい先程の練習通りにやれば大丈夫という安心感からか、目には不安よりもやる気の方が満ちている。


「危ないときは私やフェイト隊長、リイン曹長がちゃんとフォローするから。おっかなびっくりじゃなくて思いっきりやってみよう!」

 「「「「 はいっ! 」」」」

 そうして、フォワード達は初出動の現場へと向かっていく。

 そこで待ち受けるものが、プログラム通りに動く魔導機械ばかりではなく、戦術と戦略を有した難敵であることを知る由もなく。



□□□


 どことも知れぬ闇の中で、ガジェットに蹂躙される山岳リニアレールを観察する者がいた。

 その男はヨレヨレの白衣を纏った研究者風の人物で、紫色の髪を持ち、眼前の巨大ディスプレイを見つめる瞳は狂気に彩られた金色。

 ギラギラと熱のこもったその瞳に覗かれた者は、誰もが彼の正気を疑うだろう。

 夜行性の動物を思わせるその風貌が端正なだけに、瞳に宿る狂気がより異様な気配を醸し出している。


 【山岳リニアレールに入り込んだガジェットですが、未だ確保までは至っていません。このペースでは後2時間はかかると予想されます】

 「ふむ、まあ所詮はガラクタだ。元から期待はしていないよ」

 【さらに、件の新部隊、機動六課に指令が下った模様です。S+ランクの隊長2名と、フォワード全てが現場へ向かっています】
 
 「それはそれは、豪華な布陣だ。レジアスも新しい玩具にかなりご執心と見える、機動六課の部隊長を討ち漏らしたのは、まずかったかな?」

 「あら、ドクター、それは娘への遠まわしな嫌味でございますの?」

 白衣の男が会話していたスクリーン上の女性もまた、紫色の髪に金色の瞳を持っていたが、男の後ろに立つ別の女性は茶色の髪に黒の瞳を持つ。

 ただ、何よりも彼女を特徴づけるものは、大きなフレームを持つ眼鏡であろう、妹の一人はそれを指して“メガ姉”などと呼んだりしている。


 「いやいや、そういうわけではないよクアットロ。ただ、このままではせっかくミッドチルダまで運ばれてきたレリックが我々の敵役に奪われてしまいそうだ。これは、由々しき事態だとは思わないかね」

 「そんな諧謔をなさらずとも、理解してますわ。要は、小娘の設立した新部隊のひよっこ達とはわけが違う、私の妹達の優秀さを見せつけてやれば、よろしいのでしょう?」

 「それも、出来る限り優雅に、だよ。今はトーレとチンクがいないから、指揮官は君にしかお願い出来ない、やってくれるかな」

 「ふふっ」

 言葉で表すまでもなく、クアットロは笑みだけで創造主からの“頼みごと”に応える。


 「貴女達もそれで良くって、セインちゃん、ディエチちゃん?」

 首だけで後ろへ振り返り、クアットロが暗がりに控える残り二人へと語りかける。


 「まあ、ドクターの指示ならあたし達も従うだけだし、クア姉と一緒に行けばいいんでしょ」

 そのうちの一人、水色の髪を持つ少女、いつも通りの軽いノリで応え。


 「あたしも、異存はないよ」

 クアットロと同じ色の髪を持ち、片手に大砲を抱えた少女は、異論はないというよりもやる気がないような口ぶりで応える。


 「ああんもう、ドクター、貴女の娘達は相変わらず忠実なようで自由奔放でございますわ」

 そんな二人の反応をどう思ったのか、クアットロは呆れたような笑みを浮かべつつも、そこからは深刻さは微塵も伺えない。


 「だとすれば、実に結構なことだよ、そう、ただの機械には出せない輝きがそこにはある」

 そして、創造主たる彼もまた、いつも通りの笑みを浮かべるばかり。


 【それよりも、レリックが絡むならば、ルーテシアお嬢様や騎士ゼストにも連絡を入れた方がよいでしょうね】

 そんな中、スクリーンの向こう側の長女のみが、冷静に告げる。


 「そうだねウーノ、君から連絡してくれるかな。私はどうにもゼストに嫌われているみたいでね、ルーテシアが私と会話することすら止めようとする始末だよ」

 【了解しました】

 諧謔を続ける男に構わず、スクリーン越しの女性は事務的に応じが、男もまた気分を害する様子はない。

 むしろ、この男の気分を害することが出来る存在など、果たしてこの世界にいるのだろうか。


 「騎士ゼストがドクターを嫌うのは、無理ないと思うけど………」

 「だよねぇ、あたしらはあの時固有武装すらなかったけど、トーレ姉やメガ姉なんてあの人の部下を殺しちゃったわけだし」

 そんな創造主と助手を、下の娘達、ディエチとセインはそれぞれの思いで観察している。

 男が言ったように、彼女らは自身の意志を持っており、機械と違い、自分の行動に時に悩むこともある。


 「セインちゃん、そんなことを言ってる暇があるなら、さっさと準備を済ませなさいな。私と違って貴女の場合、クラッキングに念入りな準備が必要なんだから」

 「はーい、対象って、リニアレールだよね?」

 「そう、中にレリックを確保するのが私達のお仕事。まあ、脳味噌の方達の命令にそのまま従う必要もないから、そうね、ルーテシアお嬢様のためにケースだけでもあればいいわ。11番だったら話は別になるけど」

 「オッケー。じゃあ、レリックは小道具として使えるってわけだ」

 ウィンクを返して自身の“小道具”が置いてある部屋へ向かうセインの表情は、まさしく悪戯を思いついた子供という表現が適当だろう。


 「レリックの確保が目的なら、あたしも破壊力重視でなくていいよね」

 「ええ、工作兵のセインちゃんの補助がしやすいように、砲兵のディエチちゃんもよく考えてね。武装選びの段階でウーノ姉様のアドバイスを受けるのはご法度よ」

 「分かってる」

 短く言葉を返し、ディエチもまた“武装”が並ぶ区画へと向かう。

 その場に残るのは、創造主の男とクアットロ、そして、スクリーン越しの女性、ウーノ。


 「一応言っておくが、ゼストの動きにはくれぐれも注意したまえ。下手に彼を動かすよりも、ルーテシアにほんの少しばかり力を借りる程度の方がいいだろう」

 「了解しておりますわ。正直、私個人の感想としては、あんな危険な男はさっさと始末してしまいたいのですけど」

 【それは駄目よクアットロ、結局最高評議会から新たな“楔”が送り込まれるのは観えている。それに、彼らに牙をむく理由がある“猟犬”は数少ないのだから】

 そして、残りし者達の会話は、下の娘達には聞かせないものへと移り替わる。

 仮に聞かれたからどうという内容ではないが、意図的に聞かせないようにすることには、意味があるのだ。


 「分かっていますわ、近いうちに来る私達の独立記念日までの辛抱、ですわね」

 「そういうことだよ、正直、機動六課がどう影響するかは未知数なのでね、早めに見極めておきたいところでもある」

 【前回のような油断は、しないように】

 ともすれば揶揄のようにも取れる言葉だが、純粋に妹を窘めるためのものであることは、全員が知っている。

 彼女らは皆全て、一人の男に創造されし、戦闘機人部隊ナンバーズ。


 「それでは、吉報を期待しているよ」

 「了解ですわ、ドクター」

 その意見や意志が割れることなど、少なくとも現段階においては、あり得ないことなのだから。



[29678] 5話  星と雷  Aパート
Name: 有賀土塁◆c58c5e50 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/11/05 13:57
ただの再構成(13話)


 わたしの新しい居場所。

 大好きな人と、やさしい人たちがいる場所。

 だけど、どこかでまだ迷ってる。
 
 きっと……自分のことが怖いから。
 
 いっしょに戦うパートナーと、一生懸命な先輩たちと。
 
 きっと、わたしとおなじ想いをもった、優しい子。
 
 迷っていられない。決めたから。
 
 自分がこれから進む道。



第五話   星と雷  Aパート


 現場へ向かうヘリの中。

 竜召喚師の少女は、遠い過去を回想する。


 (アルザスの竜召喚部族……ルシエの末裔、キャロよ)
 
 (僅か六歳にして白銀の飛竜を従え……黒き火竜の加護を受けた。お前はまこと、素晴らしき竜召喚師よ)
 
 (じゃが、強すぎる力は、災いと争いしか生まぬ)

 (……済まんな。お前をこれ以上、この里に置くわけにはいかんのじゃ)


 ──竜召還は、危険なチカラ。
 人を傷つける、怖いチカラ──


 其れは彼女の闇であり、孤独な旅路の出発点。

 自分は旅に出されて、孤独に泣いて、何度もフリードを暴走させてしまって。

 しまいには、ヴォルテールまで召喚してしまって、何もかもを終わりにしてしまう時―――


 (大丈夫だよ、私達が守ってあげる)
 (悠久なる凍土、凍てつく棺の内にて、永遠の眠りを与えよ―――)

 奇蹟が起きて―――優しい人達に、出逢えた。


□□□


機動六課隊舎、管制司令室──

 大型のスクリーンに、山岳リニアレールが暴走する様子が映し出されている。


 「問題の貨物車両、速度70を維持。依然、進行中です」

 「重要貨物室の突破は、まだされてないみたいやね、グリフィス君。別ルートで向かっている副隊長と現地の地上部隊に連絡」

 「了解」

 「……!? アルト、ルキノ、広域スキャン。サーチャー空へ!」

 「ガジェット反応、空から!?」

 「航空型、現地観測隊を捕捉!」

 その時、ライトニング分隊隊長、フェイト・T・ハラオウンより通信が入る。


 【こちらフェイト。グリフィス、こっちは今パーキングに到着。車停めて現場に向かうから、飛行許可をお願い】

 「了解。市街地個人飛行、承認します」

 飛行許可や、デバイス能力解放に関しては部隊長補佐のグリフィスの担当。

 部隊長のはやての役割は、状況をより大局的に把握し、戦力を必要箇所に動かすことにある。


 【ライトニング01、フェイト・T・ハラオウン、行きます!】

 グリフィスの承認を受け、フェイトは己の愛機“閃光の戦斧”バルディッシュをセットアップし、バリアジャケットを装着。

 “金色の閃光”の異名に恥じない、ヘリを超える程の飛行速度で現場への距離をみるみる縮めていった。


□□□


 「ヴァイスくん、わたしも出るよ。フェイト隊長と2人で空を抑える」

 「うっす、なのはさん。お願いします!」
 『Main hatch open.』

 なのははヴァイスのサムズアップに頷き返し、くるりと踵を返して開き始めたハッチに向き直る。


 「じゃ、ちょっと出てくるけど、みんなも頑張って、ズバッとやっつけちゃおう」

 「「「 はい 」」」

 「…はい」

 緊張のためか、キャロの返事が他の3人よりも遅れてしまう。

 出発した時は勢いづいていた彼女だが、徐々に現場に近づくにつれ、実戦の恐怖というものが這い寄り始めていたらしい。


 「キャロ」

 外に飛び出そうとしていたなのはが向き直り、キャロを安心させるように微笑みを浮かべる。

 訓練では見せたことのない穏やかな笑みに、キャロだけでなく他のメンバーもどこか意外な表情を浮かべていた。

 唯一、スバルだけが彼女の笑みに過去を思い出したかのように頷いているが、それに気付いた者はいない。


 「大丈夫、そんなに緊張しなくても。離れていても、通信で繋がっている。1人じゃないから、ピンチの時は助け合えるし、キャロの魔法はみんなを守ってあげられる、優しくて強い力なんだから」

 緊急の事態でありながら、なのははゆっくりと噛み締める様に言葉を紡ぐ。

 小さなキャロを安心させるために。

 緊張を解き解し、ベストを尽くさせるために。


 「それじゃ、いってくるね」

 最後に微笑んだなのはの姿が、フッと空へと堕ちていき。

 機内では続けて、現場管制役のリインフォース・ツヴァイ空曹長より、フォワードへ任務が言い渡される。


 「任務は二つ。ガジェットを逃走させずに全機破壊すること。そして、レリックを安全に確保すること。ですから、スターズ分隊とライトニング分隊、二人ずつのコンビでガジェットを破壊しながら、車両前後から中央に向かうです!」

 リインが示すスクリーンには、12両編成の車両が映し出されており、補足できる限りのガジェットの位置が赤点で示されている。


 「レリックはココ、七両目の重要貨物室。スターズかライトニング、先に到達した方が、レリックを確保するですよ?」

 「「「「 はいっ 」」」」

 「わたしも現場に下りて、管制を担当するです。わたしは途中までライトニングに付きますが、スバルとティアナは、二人で大丈夫ですね?」

 「はい!」


 そして、空で繰り広げられるは、まさしく一騎当千たるエースオブエースの働き。

 未だ全力のエクシードモードですらないにも関わらず、なのはの飛行速度、練度は凄まじく、ガジェットⅡ型の攻撃はただの一撃も彼女に当たらない。

 刹那、雨のような熱線の弾幕を潜りながら、なのはは桜色の閃光を放つ。

 編隊を組んでいた数機のガジェットは、たったそれだけで跡形もなく焼き払われていった。


 『Accel Shooter.』

 時折レイジングハートの音声が機内に響くのに合わせるように、アクセルシューターが直撃したⅡ型は次々と撃墜されていく。


 『Haken Form.』

 さらに、彼女に並ぶもう一人の空のエースが現れ、放たれた金色の魔力刃は、高速で飛行するⅡ型を軽々と切り裂き蹂躙していく。

 そんなフェイトの機動を知り尽くしていると言わんばかりに、なのはも彼女の死角へ回るように飛翔し、さらに空の魔導機械を墜とし続ける。


 <凄い……>

 その感想を抱いたのは誰であったか、はたまた全員か。

 一心同体としか例えようがない程、隊長2人の空戦コンビネーションは極まっている。

 なのはの砲撃がまとめて吹き飛ばし、フェイトの斬撃が次々と鉄の塊を生みだしていく。

 正に、一騎当千のエース。

 地上の星たるストライカーを目指す4人の誰もが、その戦いに見惚れ、言葉を失っていた。

 そして、その隙にヴァイスはヘリを加速させ、一気に暴走する列車の上部へと機体を近づけていく。

 降下可能なポイントに来た時、リイン曹長が4人を促し、彼女らもまた降下体勢に入る。


 「さーて、新人ども。隊長さんたちが空を抑えてくれているおかげで、安全無事に降下ポイントに到着だ、準備はいいか!!」

 「「 はいっ!! 」」

 ガジェットⅡ型はなのはとフェイトが押さえてくれているため、今ならば安全に降下可能。

 先陣を切るはスターズ分隊の2人。


 「スターズ03、スバル・ナカジマ!」

 「スターズ04、ティアナ・ランスター!」

 「「 いきます!! 」」

 2人の姿がヘリから消え、着地ポイントたるへ向け、真っ直ぐに向かっていく。

 2年間、災害救助部隊で働いていただけあり、共に高所からの飛び降りにも、初めての実戦にも恐怖を感じていない。

 胸の内にある確固たる自信。

 命の現場で働き続けた経験が、死体を振り切り、生存者のために地獄とも思える炎の海を駆けた道のりが。

 悪魔の機械、ガジェット・ドローンが跋扈する戦場への降下を容易にする、鋼の精神を育んでいた。


 「行くよ、マッハキャリバー」

 「お願いね、クロスミラージュ」

 『『 Standby, ready. 』』

 青色のクリスタルと、白に橙色の線が入ったカード。

 待機状態の新デバイスを手に、星の少女達は戦うための姿へと。



 「次、ライトニング! チビども、気を付けてな!」

 激励の込められたヴァイスの怒声が、ヘリの中を木霊する。

 半ば促されるまま、キャロはヘリの後部へと移動した。

 主の不安を敏感に感じ取ったフリードが、心配そうにこちらを見つめている。

 その時――


 「一緒に降りようか?」

 ただ静かに、エリオは微笑みながら右手を差し出す。

 言葉は短かったが、そこには強い思いが込められている。


 (エリオは男の子だし、キャロより二ヶ月年上なんだから、いざとなったら、キャロのことを守ってあげないと駄目だよ)

 エリオが母親のように、いや、それ以上に慕う女性から、託された言葉。

 彼がまだ子供だからと軽んじることなく、一生懸命に前に進もうとするエリオを真っ直ぐに見つめ、あの優しい瞳と声で告げてくれた。

 キャロを、守ってあげなさいと。

 それこそが、フェイトへの恩返しのために機動六課のフォワードになることを望んだ彼にとっての、守るべき誓いなのだ。 


 「……うんっ!」

 そしてその想いは、孤独の闇を心に抱える少女へ届く。

 自分が孤独ではないという実感。

 自分は今、この世界で祝福されている。

 まだ頼りない若木ではあっても、この時のエリオは紛れもなく、キャロにとっての帰るべき宿木となっていた。


 「ライトニング03、エリオ・モンディアル」

 「ライトニング04、キャロ・ル・ルシエとフリードリヒ」

 「きゃふぅ」

 握り締めた手は暖かく、安堵が胸中に染み渡る。

 今なら飛べると、キャロは強く思った。


 「「 いきます! 」」

 飛び降りる。

 手はしっかりと繋いだまま、離さぬように。

 繋がった場所から、勇気が伝わってくる。


 「ストラーダ!」

 「ケリュケイオン!」

 澄み渡った心が紡ぐ魔力が、雷の少年少女を、魔法という超常の力を振るうため姿へと変えていき。

 ここに、戦いの始まりが、高々に告げられる。


 「「 セットアップ! 」」

 かくして、4人の若きストライカーは、最初の戦場へと降り立った。



□□□



 その姿を確認する機影、もしくは人影と呼称すべき存在が、三人、または三機。

 現状の定義に従うならば、彼女らは“三人”と称されるべきなのだろう。


 「あらぁ~、ちょっとばかり出遅れてしまったみたいねぇ」

 「あれま」

 「セインが遅れたせいでしょ、装備の選択にあんな時間かけるから」

 呑気な姉二人の言葉に、一応窘めるのは“10番目”を意味する刻印を装甲服に刻み、身を包むようにマントを纏いし少女、ディエチ。

 大砲にしか見えない魔導端末を肩に抱え、飛行するⅡ型の上に立ち、暴走するリニアレールを視認している。


 「ごめんごめんディエチ、でもま、困難な状況から華麗に逆転してこそプロの業、ってことで」

 そう言ってからからと笑うのは、“6番目”の刻印を装甲服に刻んだ少女、セイン。

 ディエチと異なり、こちらは武装らしき物は持っておらず、マントなどを身に着けているわけでもない。

 スマートなその体躯と格好は、どこか水泳選手を想起させるものがある。


 「あたしには、余分な苦労に思えるんだけど」

 「はいはい、口論はそこまで、状況がこうなった以上は仕方ないし、下手に大声出してると、私のシルバーカーテンがあるとはいえ、空の怖ーいお姉さん方に気付かれちゃうわよ」

 ほっとけば喧嘩を始めかねない妹二人を仲裁しつつ、クアットロは冷静に戦場を観察する。

 彼女は固有武装、高いステルス性能と魔法攻撃に対する耐性を持つ「白銀の外套」シルバーケープを身に纏っており、装備の質だけで見るならば、彼女が指揮官であるように見受けられる。


 「今のところ、航空戦力は隊長2名だけ、そっちは私の幻影で十分に足止めできるけれど、そのままセインちゃんがノコノコ向かったら完全にただの的よね」

 「そりゃあね、リニアレールが爆走している以上、どうしてもこのガラクタで車両まで辿りつかないと、ディープダイバーが使えないよ」

 「正直、トーレ姉が一人で突撃して、重要貨物室をぶち抜いてレリックを確保した方が、確実だし手っとり早いよね」

 ディエチが述べるのは、正論であった。

 この場にいる3人は全員が後方支援型であり、前線でガチンコの戦闘を行う要員ではない。

 高速で動く戦場での戦いならば、高速機動型のトーレか、エアライナーを扱うノーヴェが得意とするところなのだ。


 「だ・け・ど、ないものねだりをしても始まらないわよ、ディエチちゃん。それに、車両にさえ辿り着ければセインちゃんの能力で地の利を得ることは出来るし、ルーテシアお嬢様の協力もあるから、退路を気にする必要もないわ」

 「だけど、今回は限定解除も出来ないわけだし」

 「そこを何とかするのが指揮官の知恵と工夫というものよ。まあとりあえずは、ルーテシアお嬢様の了解を取りつけないとねぇ」

 いつものペースで嘯きつつ、クアットロはいずこかへ繋がる通信スクリーンを開く。


 「はあい、ルーテシアお嬢様、ご機嫌麗しく」

 【ごきげんようクアットロ。レリック、ってウーノから聞いてる】

 果たして、スクリーンに顔を出したのは紫色の長髪を持つ、エリオやキャロと同年代と見られる少女。

 その瞳には感情というものが宿っておらず、外界の出来事に何も関心がないようにも受け取れる。

 ただ一つ、レリックという単語のみが、彼女を人形から人間に変えるような、そんな印象すら持てる程に。


 「その通りです。しかし、空にはとっても怖ーいお姉さま方がいらっしゃって、このままでは車両に近づけそうもありません。ここは、ルーテシアお嬢様のお力をお借りしたく~」

 【いいけど、どうするの?】

 「はいは~い、その点はぬかりはございませんわ。まずはですね~」

 内心で薄く嗤いながら、ナンバーズの後方指揮官、クアットロが策を開陳する。

 戦闘機人部隊、ナンバーズの後衛の三人が展開する作戦とは、果たして。



□□□



 『『 Drive ignition. 』』

 マッハキャリバーとクロスミラージュの音声が任務開始の鐘声の如く響き渡り、車両先頭、一両目に着地したスターズが、ガジェット殲滅とレリック確保のために行動を開始する。

同時に足元、リニアレールの屋根が内側からいびつに膨らみ、遅れて青白い光学兵器の光が立ち上る。

 車両内部にまで入り込んだガジェットⅠ型が、新たな敵の迎撃のために動きだしたらしい。


 「シュート!」
 『Variable bullet.』

クロスミラージュの自動詠唱によって生成された多重弾殻弾、ヴァリアブルバレット。

 車両の屋根を突き破って現われたⅠ型は、正確無比のガンナーの射撃により、何かをする間もなく撃ち抜かれ沈黙する。


 「うりゃああああああああ!」

同時にスバルとマッハキャリバーが噴射加速を開始し、ガジェットが飛び出してきた穴へと踊り込み、着地と同時にⅠ型をリボルバーナックルで貫き、沈黙させる。

 災害救助部隊にいた頃から、フォワードトップのスバルは先陣を切って飛び込み、放水担当のシューターであったティアナは、スバルの進路の安全確保と補助に回る。

 2年間の間に培われた連携は、ガジェットを相手にした実戦の場でも損なわれることなく、むしろ、狭い建物に突入し、索敵と迅速な行動を兼ねることは、彼女らの独壇場といえた。


 「だあああああああ!」

 マッハキャリバーで再加速しつつ、沈黙したⅠ型から伸びる触手のようなコードを掴み、即席の鉄球としてもう一体のⅠ型へとぶつける。

 視界に映るガジェットは残り3機。

 やたら滅多に乱射される熱線を潜りながら、スバルはマルチタスクで次の一手を組み立て、その意図を汲み取ったマッハキャリバーが、自身に登録されていた魔法を自動で詠唱する。


 『Absorb Grip.』

 <さっすが!>

 朝の訓練で大型狙撃スフィアと相対した時と同様、インテリジェントならではの補助を行ってくれる新デバイスに感嘆しつつ、スバルは強化されたローラーのグリップを駆使して壁を疾走し、ナックルスピナーに魔力を凝縮していく。


 「リボルバーシュート!」

 発射された衝撃波の威力もまた、これまでとは比較にならず、3機のⅠ型を破壊するに留まらず、車両の天井すらも突き抜け、勢いあまり、スバル自身も飛び出してしまう。


 『Wing Road.』

 だがそれも、自身の相棒を信頼すればこその全力疾走。

 主の信頼にマッハキャリバーも応じ、次の三両目に向かう形でウィングロードを顕現させる。


 「凄いよマッハキャリバー、お前最高っ!」

 『Because I was made to make you run stronger and faster.(私はあなたをより強く、より速く走らせるために作り出されましたから)』

 スバルの感嘆に、マッハキャリバーは淡々と答えるが、そこにはどこか“誇り”のようなものがあるように、彼女には感じられた。


 「うん。でもマッハキャリバーは、AIとはいえ心があるんでしょ? だったら、ちょっと言い換えよう」

 ウィングロードを疾走し、マルチタスクで次の車両にいるⅠ型への強襲策を練りつつ、それ以上に気持ちを込め、スバルは告げる。

 これは自分1人の力でやったことでも、マッハキャリバーだけがやったことでもない。

 自分とこの子、2人で振るった力なのだから。


 「お前はね、あたしと一緒に走るために、生まれてきたんだよ」

 『I feel it the same way.(同じ意味に感じます)』

 「違うんだよ、色々と、あたしもまだ駆け出したばかりだし、一緒に見つけていこう」

 いつか、空で戦うあの人のように。

 彼女と共に戦うあのデバイスのように。


 『I'll think about it.(考えておきます)』

 「うん!」



□□□



 【ティアナ、どうですか?】

 「ダメです、ケーブルの破壊、効果なし」

【了解、車両の停止はわたしが引き受けるです。ティアナは四両目でスバルと合流してください!】

 「了解」
 
 スバルが二両目を制圧したため、三両目の制圧を担当していたティアナの足元には、Ⅰ型の残骸が転がっている。

 目的は、暴走する車両を停止させるために、動力制御をカットする事だったのだが……リインとの通信が示した通り、その試みは失敗に終わっていた。

 リニアレールは相変わらず暴走を続けており、ガジェットが張り巡らすAMFによって、電気変換された魔力で動く魔導回路系が上手く機能していないようだ。

 『One-hand Mode.』

 二挺拳銃にしていたクロスミラージュを元の一挺に戻し、スバルと合流すべく、その場を後にする。


 「しっかし、さすが最新型、改めて凄いって思うわ。色々便利だし、弾体形成までサポートしてくれるのね」
 『Yes. Was it unnecessary? (はい。不要でしたか?)』

 「まさか。まあ、あんたみたいに優秀な子に頼りすぎると、あたし的には良くないんだけどね」

 車両内を駆けつつ、少し自省するようにティアナは呟く。


「でも、実戦だと助かるよ」
 『Thank you.』


□□□


 初出動ながら、順調にガジェットを撃破し、車両最後尾の十二両目から九両目まで進攻してきたライトニングF。
 
 しかし、目標の七両目、重要貨物室へ向かう二人に対する壁のように、新たに確認された大型の、ガジェットⅢ型が立ちふさがる。


 「とにかくまずは―――」

 「距離を取る!」

 ライトニングは完全な初陣であり、スバルやティアナのように命の現場を駆け抜けた経験はない。

 ただそれ故に、信頼できるお姉さんであり、優しい教導官であるなのはの教えは、二人にとって絶対と表現できる程のウェイトを占めていた。

 臨機応変の駆け引きを知らないがため、エリオとキャロは手柄を焦って飛び込むことなく、朝の訓練通りに全速力で距離を取り、十両目の天井まで退いていた。


 「よし、ここまで離れれば、AMFも来ない」

 「エリオ君、あれ!」

 キャロが視認した先には、光線によって九両目の天井を引き裂き、蛇腹状のアームを駆使して這い上がってくるⅢ型。


 「光線の威力も、Ⅰ型とは比較にならないようだね。下手に近寄ると危険だ」

 「えっと、こういう時は………焦って突撃せず、まずは相手をよく見て」

 緊張感がないかのような二人だが、別に悪手を打っているわけでもない。

 フォワードに課された任務はあくまでガジェットの殲滅とレリックの確保であり、Ⅲ型をこちら側に引きつけるだけで、スターズが反対側から七両目に突入しやすくなる。


 「一番確実な手は、スバルさんやティアさんと合流して、挟みうちにすることだね」

 「うん、フリードが確認してくれたけど、Ⅰ型と同じで、あのⅢ型の背中にも光線を撃てそうなパーツはないみたい」

 「そっか、小型なⅠ型ならすぐに方向転換出来るだろうけど、あの大きさなら――キャロ!」

 その時、Ⅲ型の前面より光線が発射され、キャロの前に飛び出したエリオがストラーダによって防ぐ。


 「我が乞うは、城砦の守り。若き槍騎士に、清銀の盾を」
 『Enchant Defence Gain.(エンチャント・ディフェンスゲイン)』

 キャロも続けて練習通りに、対象の防御力を強化する魔法の術式を走らせ、攻撃を防ぐエリオを援護する。

 Ⅲ型の火力は相当なものだが、ここはAMF範囲外。

 なのはが教えてくれた通り、AMFを除けばガジェット・ドローンは既存の魔導機械の性能と変わることはなく、大型狙撃スフィアへの対策をそのまま当てはめることが出来た。


□□□


機動六課隊舎、管制司令室──


 途中でティアナから報告を受け、ライトニングと別れ、車両停止に向かうリインから、ロングアーチに報告が上がる。

 【スターズF、四両目で合流。ライトニングF、九両目で戦闘中です】

 「スターズ1、ライトニング1、制空権獲得」

 「ガジェットⅡ型、散開開始。追撃サポートに入ります」
 
 これまでのところ、戦況は順調に推移していた。

このまま特に問題が無ければ、ガジェットの殲滅もレリックの確保も問題ないだろう……と、ロングアーチのスタッフの誰もが思っていた。


 <………何かがおかしい……………>

 そんな中でただ一人、八神はやて部隊長だけは、経験からくる違和感を覚えていた。

 ありていに言ってしまえば、隊長陣の2名が空に張り付けられているにもかかわらず、“順調過ぎる”のだ。


 <今回の件は、こっちよりガジェットの初動の方が早かった。それに、Ⅱ型やⅢ型が投入されとることからも、敵もこのレリックには目をつけとるはず………>

 ならばなぜ、敵の主戦力であるはずの戦闘機人が出てこない?

 特に、2回に渡ってフェイトと互角以上の空戦を繰り広げた、高速機動型の戦闘機人、ナンバーズ実戦指揮官トーレ。

 高速で疾走するリニアレールからレリックを回収するなど、あれの独壇場のはず。

 機動六課でもあれに対抗できる人材はなのはとフェイトくらいのもの、もしこの状況で出れ来られれば、すぐさま空のエースを車両へ向かわせる必要が出てくるが………


 「リイン、現場管制役として、周囲の動向に気を配るんや。それと、フォワード達には戦闘機人の奇襲に注意するよう伝えてな」

 【戦闘機人、ですか?】

 「確証はないけど、可能性は捨てきれん。こっちからもアルフを向かわせるから、アルフが着いたらライトニングは任せて、車両を停止させ次第、リインはスターズの応援に回ってな」

 【了解です!】

 通信を終え、リインは現場のフォワード達に指示を飛ばしていく。

 ロングアーチでは、やや戸惑いを込めた視線が、部隊長に注がれる。


 「八神部隊長、アルフも現場へ?」

 アルト、ルキノ、シャーリーを無言の意を受け、部隊長補佐のグリフィスが意見を述べる。


 「そや、恐らくやけど、敵の目は現場の方に向いとる。こっちの守りはザフィーラ1人で十分やし、アルフならフェイトちゃんの下まで一発で飛べる」

 それが、使い魔の利点の一つ。

 元々転移系の魔法はアルフの得意とするところであり、主であるフェイトが現場にいれば、応援として即座に彼女が駆けつけることが可能となる。


 「ですが万が一、敵の別動隊が八神部隊長を狙ってこちらに来た場合は………」

 「平気や、その時は地上本部のシグナムがシャマルの転送魔法でこっちに来てくれることになっとるから。それまでならザフィーラが持ちこたえてくれる」

 「……いつの間に………」

 地上本部からの指令を受け、ロングアーチが緊急出動のために慌ただしく駆け回っていた時。

 経験の浅い自分達がその対応に追われている最中、部隊長は並行して地上本部と折衝し、援軍を送るための体制を整えていた。


 「流石、部隊長……」

 小さく呟いたのは、アルトか、それともルキノか。

 本音を言えば、自分達と年齢も背丈もほとんど変わらない部隊長に、前身の部隊が二つとも壊滅しているという危険極まる案件を扱う部隊の指揮官が務まるのかと、若干の不安があったのだ。

 だが、その認識は甘かった。

 彼女は、上級キャリア試験を一発合格し、後方ではなく前線で様々な事件と関わり続けた本局特別捜査官、八神はやて。

 ロングアーチのメンバーは、この時初めて、自分達の部隊長の真価を目の当たりにしていた。


 <私の杞憂で済めば、それでええ、………けど…………>

 首都防衛隊第五課や、首都航空隊特別チームの最期を考えれば、用心に用心を重ねても、なお足りない。

 初陣のフォワード陣が健闘するなか、はやてもまた、部隊の最高指揮官としての初陣の中で、極度の緊張と戦い続けていた。

 自分の采配の僅かなミスで、目の前の友人達が死ぬことになる。

 自身で選んだ道ではあるが、あまりにも重いその責任を背負いながら。



□□□


 ガジェットⅢ型と相対するライトニングF。

AMFの範囲に捉えられないよう距離を取りつつ、敵の分析を進めながらスターズとの合流の機械を窺っていた。


 「やっぱり、あれは防御力メインだ。火力だけなら僕達だけでも凌ぎきれる」

 「でも、あれ」

 しかし、離れた位置で守勢に徹しようとする二人を嘲笑うように、Ⅲ型が前進を開始し、球体の形状を生かして車両の天井を転がってこちらに迫る。


 「と、とりあえず後ろに」

 「う、うん」

 ただしそこに、もう一つの悪条件がライトニングを襲う。

 車両はかなりの速度で動き続け、強烈な風が体格の小さい二人へ常に吹きつけており、それだけで機動力が削がれているのだ。


 【二人とも頑張るです。後少しで車両の制御を完全に取り戻して、わたしも向かいますから!】

 現場管制のリイン曹長から通信が入り、彼女の言葉を証明するように、若干ながら車両が減速を始める。

 このまま停止してくれれば、エリオも崖の壁面を足場に利用した立体的な動きが可能となり、キャロを抱えてⅢ型の背後に回り込むことも出来る。

 それがリインの意図であり、二人もそれを理解しているからこそ最後尾まで退いていくが―――


 「駄目だ、間に合わない!」

 エリオとキャロが最後尾の十二両目まで退いた時、Ⅲ型は既に十一両目まで迫っている。

 これ以上後退すれば、車両から落ちることが疑いないところまで、二人はすでに追い詰められていた。


 <でも、今なら………>

 機動力の高いエリオはⅢ型の方を向きながら後退していたが、後方を向いて駆けていたキャロには、自身の竜の飛翔速度で追いつけるレベルまで減速していることが分かった。

 それは、小さな姿の今のフリードではなく、白銀の飛竜たる彼の本当の速度。

 だけど―――


 「………」

 逡巡させるのは、過去の鎖。

 幾度もフリードを暴走させてしまい、自分の周りのものを何もかも焼き尽くしてしまう、孤独の日々。

 そこに―――


 (キャロは、どこへ行って、何をしたい?)

 大切な人が、自分を救ってくれた時の問いかけが、脳裏を掠める。


 <わたしは―――>

 いつだっていてはいけない場所がいて、してはいけないことがあった自分。

 災厄を呼ぶだけだった竜召喚師としての自分。
 
 けれど、そんな自分を守ってくれる人がいて、受け入れてくれる人達がいて。

 呪われた力でも、誰かのために使えるなら。


<守りたい。優しい人、わたしに笑いかけてくれる人達を、自分の力で……………守りたい!>

 いつかの問いかけに答えても良いのなら、自分は今、ここにいたい。

 機動六課で、大切な家族と一緒に笑っていたい。

 あの人にもらった優しさを少しでも返したい。

 そして、今度は自分意志で、胸を張ってあの人達にお礼を言いにいきたい。 


 「ケリュケイオン!」
 『Drive ignition.』

 ケリュケイオンがシステムの起動を告げ、キャロの体から膨大な魔力が迸る。


 「こ、これって――」

 「エリオ君、わたしを抱えて遠くまで跳んで!」

 「分かった、ストラーダ!」
 『Explosion.』

 自信に満ちたキャロの言葉に、エリオも即座に応え、ストラーダの噴射機構から魔力が迸る。

 右手でストラーダに掴まり、左手をキャロの腰に回して抱えたエリオは、障害物のない自由な空へと飛翔していた。

 陸士である自分が空を往くのは自殺行為であることを理解しながら、エリオの心には不思議と恐怖はなく、むしろ、キャロから伝わる体温が温かな思いすら与えてくれる。


 「フリード、不自由な思いさせててごめん。わたし、ちゃんと制御するから…………いくよ!」

 少年に抱えられる少女もまた、緊張とは無縁の安らぎの中にあった。

 今ならば、自分にとって恐怖の具現でもあった竜召喚師の力を、フリードに秘められた真の力を解放できる。


 「蒼穹を走る白き閃光、我が翼となり天を駆けよ。来よ、我が竜フリードリヒ、竜魂召喚!」

 二人を包む桃色の魔力の渦が一際膨れ上がり、卵の殻が破れる様に1匹の巨大な竜が顕現する。

 全長10メートルほどの赤き瞳の白竜。

 それこそ、白銀の飛竜と呼ばれたフリードの真の姿にして、キャロが選んだ戦う力の具現であった。






[29678] 5話  星と雷  Bパート
Name: 有賀土塁◆c58c5e50 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/11/05 13:57
ただの再構成(13話)


第五話   星と雷  Bパート


機動六課隊舎、管制司令室──

 「召喚成功!」

 「フリードの意識レベル、ブルー!」

 「完全制御状態です!」

 キャロが顕現させた飛竜の威容、そしてそれが完全に制御下にあることに、ロングアーチが沸き立つ。


 「そっちだけに気を取られとると、肝心なものまで見落とすで。ロングアーチ、戦況の把握は常に冷静かつ視野を広く」

 そんな中、部隊長の声が謹厳な重さを含んで響き渡る。

 吹き抜ける一陣の風のように、それはスタッフの心を駆け抜け、湧きたった、悪く言えば浮ついた空気が一気に引き締まる。

 士気が必要とされるのは前線であり、後方要員は常に冷静に、戦局の把握に努めるべし。

 かつて、アースラの管制主任であった、エイミィ・リミエッタより教わった後方要員の心構えは、確かにここに継承されている。


 「アルフ、そっちはどうや?」

 【あとちょっとで着く、だけど、何か嫌な予感がするよ。この空域が敵意を孕んでいるような、そんな匂いがするんだ】

 狼をベースにした使い魔のアルフは、人間にはない感覚がある。

 それが、虫の知らせを運んでくるのだ、魔導機械とは別の脅威が、フェイトの子供達のいる戦場に潜んでいると。


 「分かった、ライトニングはアルフに任せるで。リイン、車両のコントロールは?」

 【ほとんど取り戻しました。スターズも既に六両目まで突入、ガジェットもほとんど破壊してます】

 「そんなら、一旦現場を俯瞰して、敵の増援が来ないかどうかチェックや。Ⅰ型やⅡ型が空とは別方向からやってこないとも限らへん、リニアレールの速度が落ち取るなら尚更や」

 【了解です!】

 現場の者達に出来る限りの指示を出し、はやてはさらにその先へ思考を進める。

 仮に、戦闘機人がレリックを狙っているならば、奇襲のタイミングはいつになるか。

 もし、自分ならば―――



□□□


 「フリード、ブラストレイ! ファイア!」

 キャロの号令で、フリードの口から今までと比較にならないほどの強烈な炎が吐き出される。

 空間ごと燃やし尽くさんと迫る飛竜のブレス。

 だが、炎の向こうから現れたガジェットは腕やケーブルが焼き切れてはいるが、健在であった。


 「やっぱり、堅い」

 「あの装甲形状は、砲撃じゃ抜きづらいよ、僕とストラーダがやる」

 「うん、ここからなら」

 フリードの飛行速度は車両を上回っており、Ⅲ型の光学兵器も蛇腹状のアームも、空を往く雷の少年少女には届かない。

 今ならば、AMFの範囲内に包みこまれる心配なしに、十分に魔力を練り込み、ブースト加えた一撃を叩き込むことが出来る。


 「我が乞うは、清銀の剣。若き槍騎士の刃に、祝福の光を」
 『Enchanted Field Invalid.(エンチャント・フィールドインベイド)』

 対象に“フィールド貫通”、すなわち、ティアナの多重弾核と同じくAMFの無効化の効果を与えるブースト系魔法。


 「猛きその身に、力を与える祈りの光を」
 『Boost Up. Strike Power.(ブーストアップ・ストライクパワー)』

 術者とデバイスの双方を含めた対象の打撃力を上げるブースト系魔法。

 新型となったケリュケイオンが紡ぐ二種の補助魔法が、黄色の魔力を電気に変えて纏う若き槍騎士へと注がれていく。


 「いくよ、エリオくん!」

 「了解、キャロ!」

 力強くフリードの背を蹴り、車両の天井に座すⅢ型に向かって飛び降りる。


 「ツインブースト、スラッシュ&ストライク!」

 『Empfang.(受諾)』

 一拍遅れてキャロの補助魔法がストラーダに吸い込まれ、金色の魔力刃が桃色へと染まる。


 「はああああああああああああああ!!」
 『Stahlmesser.』

 Ⅲ型から伸びる触腕を切り裂き、エリオは車両に着地。


 「一閃必中!」
 『Explosion!』

 さらに二発のカートリッジが吐き出され、速度と破壊力が極限まで高まったストラーダの一閃は、Ⅲ型を貫通し。


 「でやあああああああ!!」

 そのまま上部に至るまで切り上げられ、両断されたまま爆破炎上。


 「やった!」

 上空のキャロが戦果を確認し、最後の敵が片付いた。

 その瞬間―――


□□□


 「車両内、及び上空のガジェット反応、全て消滅!」

 「スターズF、七両目の重要貨物室へ突入―――って、これは!」

 それはまさしく、ロングアーチが勝利の凱歌を挙げるべき瞬間の出来事。

 ガジェットの殲滅とレリックの確保。

 二つの任務が無事に終わると思われた瞬間、それはやってきた。


 「上空に、ガジェットⅡ型の反応あり! 数は―――百、二百……まだ増えます!」

 「は、反対側の崖にエネルギー反応!」

 「大きい、そんなまさか!」

 突然の事態と、矢継ぎ早に叩き込まれる情報量の多さに、どれから対処したものか一瞬判別できず、ロングアーチが混乱しかける。


 「落ち着きぃ、空のⅡ型は無視してかまへん。なのは隊長とフェイト隊長が空を抑え取る、ロングアーチからの指示がなくても隊長陣は問題あらへん」

 ただし、起きかけた混乱も、部隊長からの冷静な言葉によって、即座に沈静化する。


 「まず対処すべきはフォワード陣か車両を狙っとるはずの砲撃や。威力、性質、誰を狙っているかを調べて、現場のリインとアルフに伝える、ロングアーチの役割はそれだけや」

 他のことはあえて考えさせず、“それだけ”に絞ることで、ロングアーチの面々も機能を取り戻す。

 はやてが迅速な指示を出せる裏には、奇襲のタイミングが“自分が敵の指揮官ならここ”と想定した時期に符合していたこともあった。


 「砲撃のチャージ確認! 物理破壊型、推定Sランク、目標は―――ライトニング03!」

 ならば次は―――



□□□


 「どう? いけるかしら、ディエチちゃん?」

 「風も澄んでるし、遮蔽物もない、外す要素はないよ」

 徐々に減速し、ついに停止したリニアレールを見下ろせる位置の崖の上。

 砲身を構え、魔力を収束させていくディエチと、その隣で己のIS、シルバーカーテンを発動させ、“幻惑の使い手”の本領を発揮させるクアットロの姿がある。

 ディエチの目の内部には、戦闘機人ならではのコンピュータが組み込まれ、“狙撃する砲手”である彼女の視力は、標的である少年の瞳に映る影すら、捉えられるほどの性能を有していた。


 「上空の怖いお姉さま達は、ちょびっとの本物のⅡ型と、たっくさんの幻影が足止めしてるから問題なし。セインちゃん、準備OK?」

 【はいよークア姉、準備万端、いつでも行けるよー】

 クアットロの周囲には幾つかのスクリーンが浮かび上がり、そのうちの一つに映るセインはⅡ型へ騎乗し、発進の合図を待ち受けている。

 それはすなわち、崖の上という目立つ場所に陣取り、ロングアーチからも観測される程のSランクという魔力を集中させるディエチが囮ということ。

 本命はあくまで“潜行する密偵”たるセインにあり、彼女のIS、ディープダイバーによってレリックをかっさらうことが、この作戦の根幹であった。


 「ルーテシアお嬢様も、お願いしますねー」

 【うん】

 そして、スクリーンの一つに映る、紫色の髪を持つ少女もまた、セインがレリックを奪取するための後方支援要員。

その少女、ルーテシアの両手にはグローブ型のブーストデバイス、アスクレピオスが装着されており、魔力が注ぎ込まれ紫色に輝く。

 さらに、ルーテシアの足元には、ミッドチルダ式の円陣とも、ベルカ式の三角陣とも異なる、召喚魔法用の方陣が広がった。


□□□


 「──!?」

 フリードの背に乗り、突如リインからエリオが砲撃で狙われていることを知ったキャロは、更なる異変に襲われる。

 グローブ型ブーストデバイス、ケリュケイオンが、魔力を察知して反応したのだ。


 「近くで、誰かが召喚を使ってる……!」

 それがエリオへの脅威の正体かどうかは分からないが、自身も召喚師としての強い資質を有するキャロは、自然とある方向に目をやっていた。

 残念ながらディエチ程の視力を持たぬ彼女には、その先にいる人物の様相を捉えることは叶わなかったが。

 この時が、キャロ・ル・ルシエとルーテシア・アルピーノが、互いの存在を認識し合ったファースト・コンタクトとなったのである。



 「吾は乞う、小さき者、羽搏く者。言の葉に応え、我が命を果たせ──召喚、インゼクトツーク」
 
 ルーテシアの詠唱が完了すると、召喚に応えた虫たち──無数のインゼクトが現れた。


 「ミッション、オブジェクトコントロール。いってらっしゃい、気をつけてね」

 ルーテシアの命に従い、飛び立つインゼクトたち。

 それは彼女の周囲に待機していたガジェットⅠ型のもとへと向かい、そして……その機体内へと飛び込んだ。

 戦闘機人No1、ウーノが増援用に派遣しておいたⅠ型を、クアットロのIS“シルバーカーテン”がこの時までルーテシアの傍で隠しており、ロングアーチの索敵を眩ませていたのである。


 「オブジェクト11機、転送移動」

 今この瞬間、彼女の転送魔法によって、俊敏に動くガジェットをスターズの前に展開し、重要貨物室まであと一歩に迫ったスバルとティアナを、足止めするために。

 Ⅰ型の内部に入らなかったインゼクトは、現場管制を行っているリインの周囲に転送され、大きさでほとんど差がない彼女へと襲いかかる。

 なお、ユニゾンデバイスにとってインゼクトが嫌な敵であることは、旅の供であるアギトによって既に実証されている。それを見越してのインゼクトの起用であった。


 「ガリュー、もし他にレリックの傍に邪魔者がいたら、お願い」

 ルーテシアが最も信頼する人型の虫、ガリューもまた、左手のアスクレピオスより飛び出し、リニアレールへと向かう。

 セインを援護するための要員は、ここに全員が出払った形となる。


 【発射】

 そして、レリックに迫る最後の障害、ライトニングを始末するため、放たれたディエチの砲撃が、ルーテシアの耳にも届いた。



□□□



 「―――!?」

 狙撃を思わせる精度と速度で放たれた砲撃は、一切の妨害を受けることなく突き進み、エリオへと着弾する。

 フォワードの中では最も防御が薄く、悪い部分でフェイトに似てしまったエリオにSランク相当の砲撃を放つ術などなく。

ライトニング03はここに堕ちる。


 「うおりゃあああああああああああああああああ!!!」

 ただしそれは、砲撃とエリオの間に、フェイト・T・ハラオウンが使い魔、アルフが割りこまなければの話。

 アルフはフェイトが幼い頃から、その魔法訓練に付き合っており、なのはが親友になってからは、ブラストカラミティに代表される規格外の殲滅攻撃を、ユーノと共に抑えてきた身である。

 ならばこそ、遠距離砲撃に対するシールドの張り方は心得ており、Sランクの砲撃を見事に食い止めていた。


 「アルフ!」

 「エリオ! とっとと射線から避けな!」

 とはいえ、相手はSランクの砲撃、いつまでも支えられるものではない。

 要は、エリオが避難出来るだけの時間さえ稼げればそれでよく、その後はバリアブーストの要領で自らを吹き飛ばし、アルフもまた射線から退避すればいい。


 「分かりました!」

 はやてが練った策は功を奏し、エリオはアルフに守られ、砲撃からの回避に成功する。

 だがそれもまた、甘い。


 「んな!?」

 果たして驚愕は、無事にエリオを守りきった筈の、アルフのものであった。



□□□



 「IS発動、ヘヴィバレル」

 アルフが砲撃を食い止めたその時、ナンバーズが誇る“狙撃する砲手”、ディエチがその真価を発揮する。

 彼女の先天固有技能は、高度な射撃精度と自身のエネルギーを固有武装「イノーメスカノン」の弾丸や射出エネルギーに変換する技能全般を指す。

 それはすなわち、撃ち出されるエネルギー弾の性質は、ディエチの意思で決定されることを意味しており。


 「曲がれ」

 展開されるは、砲撃として放たれた筈の魔力弾が、“誘導弾”の性質に変化し、軌道を変える摩訶不思議。

 さらに、IS“ヘヴィバレル”が起こす怪異はそれだけに収まらない。


 「集いて、弾けろ」

 アルフの障壁を避けるかのように直角に曲がり、上方へ軌道を転じた砲撃はある地点で巨大なスフィアを形成。

 それはまさしく、地上を見下ろす恒星の如く輝きを放つ。


 「墜ちろ、シューティングスター」

 恒星が一斉に弾け、無数の誘導弾へと変化し、戦場の敵へと降り注ぐ。

 半数は車両付近の岸壁へ、半数はヴァイスの乗るヘリへと。



□□□



 「さっすがクア姉、性格悪い」

 状況が姉の計画通りに進んでいることを確認し、ついに本命のセインがⅡ型を駆り、リニアレールへと突貫する。

 それはすなわち、砲撃がエリオを狙えば、ライトニング隊長の使い魔が守りに来るであろうことを見越した上の、二重の策。


 「どっちに転んでも、あたしは楽々近づけるもんね」

 救援が来なければ、ディエチの精密な砲撃操作によって、“死なない程度”に砲弾を掠らせる。

そうなれば空の隊長陣も、他のフォワードも混乱するに違いなく、レリックの確保は容易くなる。

 救援が入れば、その時は砲撃を弾幕へ切り替え、ヘリを狙って隊長陣を抑えると共に、岸壁に着弾させることで大量の砂埃を巻き上げ、セインの突入をサポートする。

 ディエチの砲撃が物理破壊型であったのも、そのための布石。

最初から標的は人ではなく、ヘリに岸壁といった、無機物を狙うための狙撃であり砲撃だったのである。


 「おっし、到着!」

 拡散砲がもたらした粉塵に紛れ、さらに、機動六課隊長陣がヘリの防御にかかりきりになる一部の隙をつき。

 セインは、ノーマークで七両目の重要貨物室へ“壁をすり抜けて”潜入することに成功。

 スターズは七両目を目前にインゼクト入りのI型によって足止めをくらっており、壁の向こう側から凄まじい戦闘音が響いてくる。


 「むう、あまり時間もなさそうだし、ちゃっちゃと済まそ」

 口上とは裏腹に、セインは貨物の中からレリックのケースを探そうとはせず、壁に向かう。

 その壁には鍵の付いた蓋があり、どうやら重要貨物室から、リニアレールの中枢へアクセスするための端末のようだ。


 「行くよ、ISディープダイバーの応用版、“ダイブハッカー”」

 セインの固有武装、“ペリスコープ・アイ”は両手の人差し指の先についており、普通の目と何ら変わらない機能を持つ。

 それは、彼女のISによって無機物潜行しながら、周囲の様子を探るために使われるが、その真価は別にある。

 ペリスコープ・アイから信号発生を行うことで電子錠・魔力錠の開錠も可能であり、さらに他の指にも、魔導端末にドッキングするためのギミックが様々に組み込まれている。


 「あたしの指は、物理的に壁を透過し、電子的に防壁を透過する。ディープダイバーを持つだけの人造魔導師には真似できない、戦闘機人の特性さ」

 身体の内部に機械が組み込まれているからこその、あらゆる障壁を透過する、クラッキング能力。

 戦闘機人とは文字通り、人間に戦闘用機器を組み込んだ存在。

しかし、ウーノ、クアットロ、セインの三人は、人間に演算機器を組み込んだもの、という表現が的確である。

 人間を超えた動力のみならず、人間を超えた演算性能もまた、機械の特性なのだから。


 「車両のコントロール、再奪取、リニアレール、全速前進!」

 セインの“ダイブハッカー”によって、リインが取り戻した車両の制御は再び奪われ、車両内にいたスターズと、アルフに抱えられたエリオとフリードに乗ったキャロのライトニングとが分断される。


 「ふっふーん、ユニゾンデバイスって、人間とはユニゾン出来ても、機械とは出来ないもんね。そりゃまあ凄いけど、機械端末としては欠陥品かな」

 一時的とはいえ、戦力の大半を分断したセインは、悠々とレリックのケースの捜索を開始する。

 既にリニアレールの中枢を抑えたセインにとっては、積載時のカメラ映像を確認するだけで、レリックがどこにあるかは把握可能。

 はたして、電気信号がやり取りされるマイクロ秒単位でレリックを見つけ、彼女はケースへと歩いていった。



□□□



 「リインはアルフと合流してガジェットⅡ型の残機を叩く、ロングアーチの解析によればあれの大半は幻影や、術者の余裕がのうなれば、自然と数は絞られる」

 【はいです!】
 【分かったよ!】

 息つく間もなく次々を代わる局面に対し、機動六課部隊長、八神はやての脳細胞はフル稼働を続けている。


 「エリオはキャロと一緒にリニアレールを追跡、スターズとも協力して、車両のコントロールを奪っただろう戦闘機人の捕縛よりも、レリックの確保を優先するんやで」

 【はい!】
 【了解です!】

 部隊長からの指示の前に、アルフに抱えられていたエリオはフリードに降り立っており、インゼクトに追われたリインが既に合流していたのも、現場管制役の好判断といえる。

 ただし、アルフにはⅡ型を足場に利用したガリューが迫っており、ライトニングをレリックへ向かわせるためには、彼女がガリューを引き受けねばならないのは明白であった。


 「その場はアルフとリインに任せて、両隊長は砲手を追う。恐らく、例の後方支援型のクアットロも一緒におるやろうから、もし分散して逃げたらそっちを優先して追ってな」

 【了解!】
 【任せて!】

 この時点において六課には、残りのガジェットを潰すこと、砲撃を行った戦闘機人を追うこと、リニアレールを追ってレリックを確保すること、車両に進入した戦闘機人を確保すること、I型の遠隔召喚の術者を追うことが考えられる。

 二兎を追うもの一兎も得ず、の言葉通り、戦力を分散させた挙句にどれも達成できないのでは話にならないが、その見極めを行うことこそが、部隊長の務め。

 はやての結論は、フォワードにレリックを任せ、空戦可能なアルフとリインがⅡ型の殲滅、隊長二人が砲手を追うというもので、召喚師については無視する構えだ。


 「幸い、周囲に街や居住区はあらへん、オーバーSランク魔導師、全力での戦闘を許可する」

 果たして、その布陣がいかなる結果を出すか。

 機動六課とナンバーズ。

山岳リニアレールのレリックを巡る戦いは、最終局面へと向かう。



□□□



 「あららん、案外お馬鹿さんなのね、それとも、手柄に焦ったのかしら?」

 ディエチを抱えて飛行しながら、自身のIS、シルバーカーテンによって身を隠すクアットロは、隊長陣の動きを捉え、酷薄な笑みを浮かべる。


 「そうなの?」

 「そうよ、広域殲滅攻撃を持ってる八神はやて以外じゃ、シルバーカーテンで身を隠す私達は捉えられないわ。この広い空で砲撃を当てずっぽうで撃って、命中するわけないでしょう」

 「だったら、隊長達はレリックを追うべきだったわけだよね」

 「そーいうこと、特にライトニングの隊長さんなら、セインちゃんよりも早く辿り着いたかもしれないけど―――!?」

 確認のために、背後を振り返ったクアットロは、とんでもない光景を目の当たりにする。

 彼女の計算には穴が存在しており、この空域では何機ものⅡ型が四散し、大量の魔力が散布されていた。

 そして、ディエチが放った拡散砲の魔力残滓もまた、広範囲に分散していたのである。


 「エクシードモード!」
 『Starlight Breaker!』

 星が集う。

 戦闘空域で放出され、周囲に蓄積されてきた魔力。

 それらが、巨大な恒星の引力によって引き寄せられるように、レイジングハートの先端へと集っていく。


 「モード、マルチレイド(分割多弾砲)!」

 風と共に魔力が吹き荒れ、星となって収束し。

 スターズ隊長、高町なのは一等空尉の代名詞ともされる、広域殲滅攻撃クラスの収束砲が放たれる。

 その銘は―――


 「スターライトブレイカー!」



 「くっ、シルバーケープ、全開稼働!」

 クアットロは己の固有武装、「白銀の外套」の魔法攻撃に対する耐性を最大限に発揮しつつ、ディエチを抱えて何とか破壊の猛威から逃れようと、渾身の逃走を試みる。


 「つ、うううう―――」
 「い、く、つつつ―――」

 幸いにも直撃こそ免れたものの、余波だけでもスターライトブレイカーは十分に撃墜可能な破壊力を秘めており、止む無くクアットロはシルバーカーテンを解除し、全機能を飛行の維持と防御に注ぐ。

 だがしかし、本命の断頭台は、その瞬間にこそ下された。


 「撃ち抜け、雷神!」
 『Jet Zamber.』

 姿を現す瞬間を待っていたとばかりに、“金色の閃光”の名に恥じぬ速度で標的を補足したフェイト・T・ハラオウン。

 振り下ろされるは、“雷光の戦斧”バルディッシュ・アサルトのフルドライブ、ザンバーフォームの高密度圧縮魔力刃による極大の斬撃、ジェットザンバー。


 「―――!?」
 「やばっ!?」

 其はまさしく、星と雷のコンビネーションの極致。

 スターズとライトニング、その名を冠する分隊の長たるに相応しい、エースの連携魔法攻撃であった。


 【クアットロ、ディエチ、そのまま飛んでろ!】

 ジェットザンバーの刃が振り下ろされる刹那。

 戦闘機人の姉妹にのみ伝わる回線が、この場にいる筈のないナンバーズ実戦指揮官の音声を確かに伝え。


 「IS発動、ライドインパルス!」

 機動六課隊長陣と、ナンバーズによる追跡戦は、一つの決着を迎えていた。



□□□



 「あれま、意外と早かったね」

 レリックのケースを手に入れ、後は脱出を残すのみとなったセイン。

そこに突如飛来した魔力弾を回避し、大きく飛びのいて距離をとった彼女の言葉は、本心そのままであった。


 「おあいにくさま、動きが俊敏になってもね、狭い車両内部じゃ対して意味ないのよ。あんなガラクタが何機いても、うちのフロントアタッカーの敵じゃないわ」

 それが、クアットロのもう一つの想定外。

 インゼクトの入ったⅠ型は確かに動きが俊敏になったが、スターズは既に七両目の目前まで迫っており、戦場は自然、室内となる。

 そして、狭い場所での戦いならば、スバルとマッハキャリバーの独壇場。

 ガジェットの相手はスバルに任せ、ティアナは一足早く七両目まで辿り着き、逃走を図ったセインへ魔力弾を放ったのである。


 「それでもま、セインさんは止められない、っよ」

 彼女のIS、ディープダイバーが発動し、セインの足首が底へと沈んでいく。


 「させない!」

 だが、ティアナの射撃はさらに速く、クロスミラージュから放たれた弾核は、沈みかけたセインの上半身へと突き進み。


 「残念外れ!」

 それを読んでいたとばかりに、セインは一気に天井へ跳躍。

最初から床から逃げる気は毛頭なく、足だけ沈んだ時点でISを急停止させ、それに伴うテンプレート崩壊による衝撃を上昇の力へと利用し、天井に空いていた穴、ディエチの拡散砲が命中した箇所から抜け出た。


 「待ちなさいっ!」

 想定外の敵の行動に戸惑いながらも、ティアナも後を追う。

 物質を透過する能力を持つ者が、それを囮にして、普通に天井に空いた穴から逃げる。

 こういった悪戯要素の強い悪知恵に関してはセインがずば抜けており、末っ子のノーヴェをからかっては、あの手この手で逃げ回るのが彼女の日課であった。


 「残念二号、“ダイブハッカー”」

 だが、車両の屋根上に降り立ったセインは、腕だけを天井に“挿入”し、今度は車両に急停止の指令を出す。


 「とっ、わわわっ!」

 車内から跳躍し、着地しようとした瞬間の急ブレーキ。

 咄嗟に体勢を立て直すことも出来ぬまま、ティアナの身体は六両目へと飛ばされていく。


 「こんのっ!」

 「あはは、どこ撃ってるのー?」

 そんな体勢で放った攻撃がセインに向かうはずもなく、ティアナの弾丸は七両目の天井に空いた穴からはみ出るケーブルに当たるだけに終わった。

 しかし―――


 「あああああああああああ!!」

 想定外の“電撃”が、セインの身体を蹂躙する。

 彼女を戦闘機人たらしめる機械回路の一部が多大な損傷を受け、一時行動不能に陥るほどの。


 「一か八かだったけど―――」

 ティアナが放った弾丸は、スタンバレット。

 犯人捕縛用に使われるスタン設定の魔力弾であり、高電圧の神経刺激によって相手をノックダウン・無効化する。

 ただ、直接撃ってはセインに躱されるだけと判断したティアナは、確証のない賭けに出た。


 「まさか、車両の回路に高電圧をかけて、あたしに電流を流すなんて………」

 「電気を使うのは、雷(ライトニング)だけの専売特許じゃないのよ。星(スターズ)だって、電気を使った攻撃くらいは出来るんだから」

 これもまた、先入観を利用した策。

 なまじ機動六課のデータを入手していたがため、セインもまた、電気変換資質を持つフェイトとエリオのみが電撃を使うと、錯覚していたのだ。

 星と雷の特性については、流石に六課メンバーに軍配が上がるようであった。


 「………しゃーない、小道具の出番か」

 下手を打ったことを自覚したセインは、あっさりと“奥の手”を開陳する。

 腰に回した彼女の左手に握られていたものは―――


 「レリック!」

 「そ、あたしの能力で既に中身から出しておいたの。まあ、中身空っぽのケースを放り投げて囮にするってのもありなんだけど―――」

 言いつつ、ケースを右手に抱えたまま、左手のレリックを崖下へと放り投げる。


 「んなっ!」

 「あんたみたいに頭の切れる相手には、こうする方がいいよね」

 そう言い残し、セインはレリックを投げた方とは反対側の岸壁へ跳躍し―――


 「しまった!」

 一瞬レリックに気を取られ、目を離してしまったティアナの隙を突き、“崖をすり抜けて”逃走に成功していた。


 「と、とにかくレリックを追わないと、下手したら爆発しかねない!」

 セインの逃走を許してしまったとはいえ、フォワード陣の主要目的はレリックの確保。

 そしてそれを理解しているのはティアナのみではなく。


 「間に合えええええええええええええええええ!!」
 『Sonic Move.』

 フリードの上から高速移動魔法ソニックムーブを発動させ、まさしく雷の速度で疾駆する少年が一人。

 セインが車両を急停止させたため、フリードに乗ったライトニングがギリギリで間に合い、間一髪でレリックをキャッチする。


 「エリオ君!」

 しかし当然のことながら、全力で飛行するフリードからさらにソニックムーブで飛び出したエリオを、キャロが拾えるはずもなく―――


 「ウィングロード!」

 「スバル!?」

 その瞬間、フォワードの最後の一人が天かける風の道を顕現させ、自由落下するエリオを抱き止める。


 「キャロ、封印処理お願い!」

 「は、はい!」

 ウィングロードはフリードの隣まで伸び、レリックの封印処理が行えるキャロへと渡される。

 ともかくこれで、フォワードの任務は終了。

 その証拠に。


 【皆、お疲れさま。反省点は色々あるけど、とりあえず、今回の任務は終了や】

 機動六課部隊長八神はやてから、前線で戦う全員へ作戦終了の連絡が届き。

 それまで気を張っていた4人も、ようやく肩の力が抜けおちる。


 「もう、エリオったら、見かけによらず無茶するんだから」

 「す、すいません……」

 エリオの言葉に照れが混じっているのは、考えなしに飛び出したことよりも、スバルに抱きとめられている現状のためか。


 「まあ、何にせよ、よーやく一段落ね。まったく、えらい初出動だったわ」

 流石のティアナも精根尽きはて、車両の屋上で大の字に倒れ込む。


 「…………エリオ君…………」

 ただ一人フリードに乗ったまま、スバルに未だ抱きしめられたままのエリオに複雑な視線を向けるキャロ。

 何もかもが荒削りで、精密な連携とは言い難く、いきあたりばったりとも言える4人。

 なのはとフェイトが見せたような、魔法戦技の極致とも呼べる連携にはまだ遠く及ばないものの。

 スターズとライトニング。

 星と雷のコンビ―ションは、とりあえずの及第点を与えられるほどには、形になりつつあった。



□□□


 「助かりましたあ~、トーレ姉さま」

 「………感謝」

 戦場から遠く離れたナンバーズの合流地点にて。


 「ボーとするな、さっさと立て馬鹿者共が」

 腕を組み、妹達を見下ろすのは、ナンバーズ随一の体格と戦闘能力を誇る、No3.トーレ。


 「ですけど、トーレ姉さまは別の任務があったのでは?」

 「そちらはもう済ませた。お前達だけでレリックの奪取に動いているとウーノから聞き、念のため急行したが、案の定だったな」

 「うう、申し訳ありません」

 「セインの方も、レリックのケースを確保したそうだ。シリアルナンバーは9だったため、中身はくれてやったらしいが」

 「まあ、そこは構いませんわよね、ルーお嬢様?」

 【うん、11番でないなら】

 ルーテシアが召喚した虫達も既に送還されており、通常のセンサーでは追えないのが召喚師の強みである。


 「そういうことだ、さっさと合流して帰還するぞ」

 結果的に見れば、此度の戦いは引き分けといったところか。

 両陣営とも、最良の戦果は挙げられなかったものの、必要な成果は挙げることが出来た。


 <だけど、そろそろ無視できないわね………>

 そんな中、クアットロの眼鏡の奥の眼光が怪しく光り。


 <次に相対することがあれば………私達も全力で、叩き潰しにかからないと…………>

 機動六課を明確な敵とみなし、本格的な戦いの鐘声が、ここに鳴り響いていた。



[29678] 6話  思い出と夢の先  Aパート
Name: 有賀土塁◆c58c5e50 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/11/05 13:58
ただの再構成(13話)


 初めての戦いは、やっぱりピンチの連続だったけど──

 歩き出した子供たちは、ちゃんと自分で進んでいってる。

 迷いはひとまず、胸の奥にしまっておいて、

 これからも続く、チームでの戦い。

 愛機と一緒に、仲間と一緒に立ち向かう戦い。

 それぞれの場所での、それぞれの戦い──



第六話   思い出と夢の先  Aパート


新暦75年5月16日  時空管理局遺失物対策部隊、機動六課隊舎


 隊舎内、廊下の途中に設けられた休憩スペースにおいて、リインフォース・ツヴァイ空曹長が、休憩と仕事を兼ねた個人的な勤務日誌をつけている。

 ユニゾンデバイスである彼女の場合、思考した内容をそのまま文書化することも可能であるため、外見は独り言を呟きながら日誌をつけているように見えるが、高度な情報処理も並列して行っているのであった。


 一週間前の5月13日。部隊の正式稼動後、初の緊急出動がありました。

 密輸ルートで運び込まれたロストロギア、レリックをガジェットが発見し、輸送中のリニアレールを襲撃。

 それを阻止し、レリックを回収するという任務でしたが、ガジェットの大半を破壊し、レリックの確保まであと一歩というところで、未確認の戦闘機人が強襲。

 狙われたライトニング03の救出には後詰めのアルフが成功するも、その隙に一度は確保した車体のコントロールを奪われ、スターズとライトニングが分断されました。

 機動六課部隊長、八神三佐の指揮により、隊長陣は狙撃を行った戦闘機人と幻影と並行してⅡ型を操った戦闘機人を追跡。

 あと僅かまで追い詰めるも、救援に来た高速機動型戦闘機人の支援が入り、逃走を許す。

 スターズはガジェットと情報処理型と思われる戦闘機人を捕捉するも、レリックの確保を優先し、戦闘機人は取り逃がす。

 レリックについては、リニアレールを追跡してきたライトニングと協力し、間一髪で確保し封印処理に成功、初出動の新人としては、文句のつけようのない働きです。


 ただし、部隊運用については若干の見直しが必要となりました。


 戦闘機人達の指揮系統は想定以上に洗練されており、失敗時のフォローまでしっかりとされていました。

 作戦立案と現場指揮に関して対抗できるとすれば、六課では部隊長と隊長陣のみという見解です。

 真に情けない限りですが、リインでは現場管制が限界で、指揮まで手が届きそうにありません。

 よって今後は可能な限り、両隊長のいずれかがフォワード陣を率いて現場で活動することが求められます。

 ロングアーチについても、急変する現場に合わせて的確な指揮が可能なのは、現状では部隊長のはやてちゃん一人。

 他が実戦経験のない人達ばかりなので仕方ないのですが、戦闘機人事件を追う面では、やや頼りないのは否めません。

 8年前の五課の壊滅で、ベテランの多くを失った地上本部の傷は、それほどまで深いようです。

 もし、シグナムやシャマルがいてくれれば、とても心強いのですが………


 「って、いけません。いつの間にかネガティブ日誌になっちゃってます」

 「そやなあ、色々と反省せなならん点は、ほんまに多いな」

 「はやてちゃん! いつの間に!」

 休憩スペースなのだから、訓練中のフォワードを除けば誰がいても不思議ではないのだが、いきなり横から声をかけられれば驚くのも無理はない。


 「ついさっきからや、それよりも、戦力が十分とは言い辛いのが現実や。正直、敵の戦力を甘く見積もってたわ」

 「うーん、Sランクの砲撃が放てる10番さんに、機械と接続してクラッキングが出来る上、物質透過能力まで持つ6番さん、さらには以前確認された3、4、5番さんもいますし」

 名前が番号であり、首元に刻印があるだけに、ナンバーズの型番は死ぬほど分かりやすい。

 デバイス達が記録した姿や、サーチャーのデータから、それぞれが何番かは一発で解析できた

 つまり、普通に考えれば、1、2、7、8、9番が少なくともいることになる。


 「特に、あの高速機動型、トーレは厄介やで、あれが来たらどうしても隊長のどちらかが釘付けにされる」

 「その上、Ⅱ型が編隊を組んで現われたら、フォワードの指揮が出来ませんもんね」

 機動六課の航空戦力は、高町、ハラオウンの2名が担っており、陸戦の要がフォワード4人だ。

 しかし、Ⅱ型の登場とそれを効率的に運用する後方支援型のクアットロ、さらにはトーレの存在が、六課の基本構成に楔を入れつつある。


 「ティアナの指揮能力は決して低くありませんけど、戦闘機人と渡り合うには………」

 「ちょっとばかり、経験不足やな、ただ、向こうも経験豊富な戦闘機人はかなり絞られるとは思うんやけど」

 「確かに、クロスミラージュの記録を見る限り、6番さんは頭が弱そうでした」

 何気におバカさん認定されているセイン。

 哀れだが自業自得でもある。


 「砲撃担当の10番はどうか知らんけど、クアットロが上位で指揮を執ってたのはほぼ確実や。そして、実戦指揮官のトーレが救援に割り込んだということは―――」

 「残る経験豊富な戦闘機人は、1番さんか2番さんだけ、ってことになるです」

 「ただ、私とリインで戦った5番のチンク、あれも相当実戦経験がありそうやった。ひょっとしたら、戦闘機人は番号順に生まれたわけじゃないのかもしれへん」

 「うー、難しいです……」

 事態は決して悪くはないが、楽観視できるものでもない。

 果たしてはやて一人で、この先の展開を読み切れるかどうか。


 「まあ何にせよ、そろそろナカジマ三佐やクロノ提督に相談せなならん時期やな」

 「はいです、どうにもならない時は、先輩にアドバイスをもらうのが一番です!」

 「頼りっきりはあかんけどな、それに先輩ばかりやない、戦力や指揮担当の鍵は、何と言ってもあの子達の成長具合にかかっとる」

 はやてが窓から見渡すと、そこには訓練に励むフォワード達の姿が見える。

 彼女ら4人こそが、六課の今後の活動を左右するキーマンであることは、疑いない。


 「あ、ヴィータちゃんも見えるですっ」

 「今日は出張教官として六課に来てくれとるからね、なのはちゃんがあの子達の働きを参考に作る一般的な陸士部隊でも可能なガジェット対策を、近隣の部隊に教えてまわるのはヴィータの役目や」

 「まあ、キャロやスバルは特殊ですから、あまり参考になりそうにないですけど」

 「近代ベルカ式としてのエリオや、何よりも、ティアナは参考になる。デバイスに多重弾核形成を補助する機能を付ければ、Bランクで通常の魔力量の射撃型でも、Ⅰ型に対抗できることを示してくれた」

 そういった意味では、最も六課に貢献しているのは間違いなくティアナ・ランスター。

 彼女にはフォワードの指揮官としての役割もあり、中核を担う人材と言えた。


 「ヴァイス君だと、ちょっと特殊過ぎますもんね」

 「まあ、そやね、条件さえ揃えばなのはちゃんやフェイトちゃんでも墜とせる男やから」

 六課の人員やそれを取り巻く様々な環境を想いながら、はやてとリインは新人達の訓練を見守る。

 一心不乱に訓練に励むその姿は、生まれたばかりの機動六課をそのまま象徴するようでもあった。



□□□



 はやてとリインの見つめる先、森林にセッティングされた訓練場では、コンビネーションとチームワークを鍛える第一段階を終え、個別スキルの第二段階に入っている。

 ただし、空戦ミッド式であるなのはでは、陸戦近代ベルカ式のスバルに教えられる技能には限りがあることから、記念すべき個人スキル第一回にあわせて、特別講師をお招きしていた。

 訓練場の一角にて、スバルの訓練についているのは、ヴォルケンリッターが鉄槌の騎士、ヴィータ三等空尉。

 本来の所属は海だが、現在はフリーの教官に近い形で陸士部隊を駆け回るという、かつてのリーゼ姉妹と似た立場にいる人物である。


 「おらぁっ! 行くぞ!!」

 ヴィータが咆哮をあげ、グラーフアイゼンを振りかぶりながら、スバルに突撃をかけていく。


 「マッハキャリバー!」
 『Protection.』

 マッハキャリバーの制御によってリボルバーナックルのスピナーが回転を始め、突き出したスバルの右拳の先にバリアが発生。

 勢いよく振り抜かれたグラーフアイゼンが、スバルの張ったバリアと激突し、弾けた魔力による火花が飛び散る。


 「痛ぅ………くぅ……………」

 「でやぁぁぁぁぁぁっ!!」

 力任せの一撃を食らったバリアは砕けこそしなかったものの、その衝撃で吹っ飛ばされたスバルは後方の樹木に背中から激突。


 「い、痛たぁ……………」

 ただ、痛いで済んでいることについては、グラーフアイゼンの打撃を相殺することに曲がりなりにも成功した結果だろう。


 「なるほど、やっぱバリアの強度自体はそんなに悪くねぇな」

 「あ、ありがとうございます………ヴィータ三尉」

 自分の攻撃を受け止めてバリアを消滅させなかったことに感心する臨時教官の言葉に、スバルは頬を引きつらせながら答える。

 平静を装ってはいるが、右腕は指先まで痺れていてもう少しの間、使いものになりそうにない。


 <さ、さすがは三等空尉。職歴10年は伊達じゃないなぁ>

 一見するとエリオやキャロよりも年下に見えるが、ヴィータは10年近くも管理局で働いているベテラン。

 そして、戦うことに関してならば、闇の書時代から何百年と繰り返してきた歴戦の騎士でもある。

 踏み込みの速度、突進力、頑強さ、一発の重さ。

 彼女は空戦が可能であり、精密射撃や誘導弾すらこなすらしいが、近接戦でも専門の自分よりも遙かに上をいっている。

 さらに驚くべきことに、今ではほとんど使い手のいない、真正の古代ベルカ式の使い手だという。


 「あたしやお前のポジション“フロントアタッカー”はな、敵陣に単身で切り込んだり、最前線で防衛ラインを守ったりが主な仕事なんだ。防御スキルと生存能力が高いほど、攻撃時間が長く取れるし、サポート陣にも頼らねぇで済むって、これは訓練校で教わったな?」

 「はいっ! ヴィータ三尉」

 「受け止めるバリア系、弾いて逸らすシールド系、身に纏って自分を守るフィールド系。この3種を使いこなしつつ、ぽんぽん吹っ飛ばされねぇように、下半身の踏ん張りとマッハキャリバーの使いこなしを身につけろ」

 「はいっ! がんばります!」
 『I'll learn.(学習します)』

 スバルの言葉に合わせるように、マッハキャリバーも応答する。

 最近は機械的な応答ばかりではなく、スバルの調子に合わせることも多くなってきたマッハキャリバー。

 まだ起動してから数日しか経っていないが、AIの成長は他の3機よりも著しい。

 ちなみにクロスミラージュは無口で実直な性格、ストラーダは実直だが情緒的で、ケリュケイオンは母性的で控えめな性格らしい。


 「特にお前は加速をつけた拳の一撃が売りな分、下半身の土台がちょっと足りてねえ。他と比べてどうだって話じゃなくて、スバル・ナカジマを相対的に見た場合のバランスってことだ、分かるな?」

 「はい」

 それは常々、シューティングアーツの師である姉のギンガからも言われていたこと。

 加速と上半身の力に頼った攻撃面ではギンガにあと少しまで迫るスバルだが、全体的なバランスやフットワークでは大きく劣っている。

 ただそれには、スバルの出生、戦闘機人ゼロセカンドとしての“スペック”が関わる部分もあったが


 「防御ごと潰す打撃は、あたしの専門分野だからな。グラーフアイゼンにぶっ叩かれたくなかったら、しっかり守れよ?」

 「はい!」


□□□


 スバルとヴィータがいるのとは別の場所。

 フェイトの講義を聞いているのはエリオ、そしてキャロとフリード、ライトニングファミリー勢ぞろいである。

 講義内容は、高速で襲い来る攻撃に対する、反応と回避の基礎から応用まで。

 ガジェットを相手にするだけならば、フルバックのキャロには現段階ではあまり必要ではない技術であったが、状況が変わりつつある。

 敵対陣営の主力であるナンバーズに、潜行能力や狙撃に長けた者がいることが判明している以上、何時いかなる時でも攻撃に出来る技能と心構えが、キャロにも必要となっていた。


 「エリオやキャロは、スバルやアルフみたいに頑丈じゃないから、攻撃を受けるのは悪手で、まずは反応と回避が、最重要。これは分かるよね?」

 「はい、僕だけじゃ、あの砲撃は絶対に防げませんでした」

 「………ごめんね、本来なら私が守ってあげなきゃいけないのに…………」

 ただし、肝心の教官が度々ダウナーモードになり、フェイトが教官にはあまり向いていないことを如実に物語っていた。


 「い、いいえ、フェイトさんは凄いですっ」

 「そ、そうですよ、アルフとフェイトさんは一心同体なんですからっ」

 そもそも教官とは、教え子が無茶をしたり、間違った訓練法をしていれば、怒鳴りつけてでも矯正する役であり、性格的にフェイトに合わないことは誰でも分かる。

 ただ、本来捜査主任であるはずの彼女が、ライトニングFに回避の心得を早急に教え込む必要があるほど、六課を取り巻く情勢は軽いものではなくなっていたのも事実。


 「ありがとう、エリオ、キャロ………」

 感極まって子供達を抱きしめるフェイト。

 愛情を込めて子供たちと接する“魔法の先生”としてならば彼女ほどの適任はいないだろうが、時空管理局の武装局員を鍛える“教官”としては、致命的なまでに向いていない。

 その辺りはリニスが小さい頃のフェイトに教えた方針がそのまま受け継がれており、まして、教え子がエリオとキャロでは尚更だった。


 「こうやって、こんな風に避けていく」

 そのままでは訓練が始まりすらしないため、とりあえず実技から入ることに。

 訓練用のスフィアから、フェイトに向かって魔法弾が発射される速度の遅い魔法弾を、フェイトは素早くとび跳ねながら躱していく。


 「まずは動き回って、狙わせない」
 
 フェイトが動きを一定せずに、不規則に動き回っている限り、スフィアは狙いを付けられず、攻撃がやってこない。


 「攻撃が当たる位置に、長居しない」

 悪い例として、フェイトが立ち止まると、スフィアの攻撃が始まる。


 「……ね?」

 「「 はい! 」」

 彼女を駄目教官にしないために、懸命に覚えようとする健気なエリオとキャロだった。


 「これを、低速で確実に出来るようになったら、スピードを上げていく」

 徐々に速度を上げていくフェイトだが、高速機動型の彼女にとってはこれでもローギア。

 同時にスフィアの設定も変更され、反応速度が上がり、攻撃も鋭いものに変わっていく。

 突如、フェイトはスピードを緩めて立ち止まり、止まった地点へスフィアの射撃が集中する。

 そして、無数の魔力弾が彼女の立っている位置に着弾し、砂煙が舞い上がった。


 「あっ!?」

 「こんな感じにね」

 「「 えっ!? 」」

 不思議なことに、後ろからフェイトの声が聞こえてきたことに驚く二人。

 緩やかな風が吹き、砂煙が晴れればそこには、フェイトが超高速で駆けた移動経路に沿って、スコップで掘り進んだように抉れた地面が姿を現す。


 「す、すごい……!」

 フェイトと同じ、スピード最重視の近接戦闘型であるエリオは、さすがに驚きの声を漏らさずにはいられない。

 ただ、防御が薄い点まで似てしまったところは、近代ベルカの騎士を目指すエリオにとっては改善すべき点でもあった。


 「今のも、ゆっくりやれば誰でも出来るような基礎アクションを、早回しにしてるだけなんだよ?」

 「は、はい」

 その早回しが単純なようで難しく、ミッド式魔導師の多くは到達できない地平であったが。

 エリオ・モンディアルは、既にその領域に片足を踏み出す天賦の才の持ち主だった。


 「スピードが上がれば上がるほど、勘やセンスに頼って動くのは危ないの。ガードウィングのエリオは、どの位置からでも攻撃やサポートを出来るように。フルバックのキャロは、素早く動いて仲間の支援をしてあげられるように。確実で、有効な回避アクションの基礎、しっかり覚えていこう?」

 「はい!」

 「きゅくるー♪」

 何はともあれ、教え子の優秀さにも恵まれ、駄目教官から見習い教官くらいにはなれそうなフェイトであった。



□□□



 残るは、フォワード指揮官のティアナと、教導官のなのはペア。

 こちらの教導内容は3組の中で一番激しく、ティアナの周囲には消費したカートリッジが山となりつつあった。


 「うん、いいよティアナ。その調子!」

 無数の魔力弾が視界を飛び回り、ティアナを翻弄するように不規則な動きで襲いかかる。

 炸裂反応型と誘導操作型と囮用のブラフが混ざり、瞬時に見極め迎撃せねばならない。


 「ティアナみたいな精密射撃型は、いちいち避けたり受けたりしていたんじゃ仕事ができないからね」

 さらになのはの手元が光り、追撃のシューターが放たれる。


 「バレット! レフトV、ライトRF」
 『Alert.』

 指示を下すや否や、クロスミラージュから警告が発せられ、大気を引き裂く音が響いたのは背後。

 咄嗟に地面を転がって回避するが、魔力弾は転がった先へ先へと追いかけながら地面を抉っていく。

 その間にも、マルチタスクで次にどう動くべきかの思考を続行。

 体勢を立て直すことに専念するか、とにかく転がり続けて避けるか、それとも避けながら迎撃するか、したとして今の自分の技能でそれが可能か。


 「ほら、そうやって動いちゃうと後が続かないよ!」

 ティアナの選んだ道は、弾幕が途切れる瞬間に体勢を戻し、迎撃準備に努めること。


 『Barret V and RF.』
 「シューット!」

 次弾の装填が完了するなり、銃口を標的へと向けて引き金を引く。

 瞬時にカートリッジをロードし、左右の魔力弾を迎撃。

 耳をつんざく様な爆音が至近距離で炸裂するが、それでも集中を解くことはない。


「足は止めて視野は広く。射撃型の真髄は!?」

「あらゆる相手に正確な弾丸をセレクトして命中させる。判断速度と命中精度!!」

 使い果たしたカートリッジを弾倉ごと捨て去り、新たなカートリッジを装填。

 地面には訓練で使用した空のカートリッジが大量に転がっているが、それに頓着している暇もない。

 ついでに、費用についても考えないでおく。


 「チームの中央に立って、誰よりも早く中・長距離を制す。それがわたしやティアナのポジション“センターガード”の役目だよ」

 「はい!」

 返事をする暇さえも惜しいほど、ティアナの集中力は増していく。

 だがそこに――


 「ただしそれは、ガジェットに対する集団戦を想定した、フォワードのリーダーとしての心得。対人戦に特化した戦闘機人を相手にするなら、さっきの言葉が覆ることもある」

 戦技教導官、高町なのはの言葉が、ティアナの耳朶を打つ。


 「仮に私が、前回の出動の時に狙撃してきた戦闘機人だった場合―――」

 「げっ!」

 その次の瞬間には、なのはの周囲に展開していた6つの光弾が一点に集まり、砲撃魔法の如き輝きを見せる。

 その魔法にティアナもよく知る、クロスファイアシュート。

 ただし、ティアナがデバイスなしで用いる場合は3発くらいを操作するが、なのはの場合は倍の6発を操りながらなおも余裕がある。


 「こういう攻撃も、ありうる」

 砲撃が放たれる寸前、ティアナは逃げた。

見事なまでに逃げた。

 迎撃しよう、防御しよう、などという無謀な考えは捨て、生存の意志を込めて地を蹴った。


 「正解だよティアナ、相手が火力で勝るなら、同じ土俵では決して戦わない。それがティアナの得意分野でなくても、組み合わせ次第では光明も差すから」

 速度で敵の攻撃を回避するのはエリオの領分、バリアで耐えきるのはスバルの役割。

 センターガードのティアナは、確かに足を止めての迎撃が基本だが、戦闘機人を相手にすることを考えるならば、固定観念に囚われ過ぎるのも危険を孕む。

 当然、経験の浅いライトニングにそこまでの切り替えを求めるのは不可能であり、その指示を出すのも、リーダーであるティアナの役目となる。


 「潜行能力を持った戦闘機人に対して、ティアナがとった対抗手段、まだ覚えてるかな?」

 砲撃を放った後、一旦攻撃の手を緩め、ティアナに質問を投げるなのは。


 「はい、機械に接続しているように見えましたから、車両の回路の方にスタンバレットで高圧電流を流せば、向こうにもダメージが行くんじゃないかと」

 「うん、そういう発想はとても大事。だけど、私が一番評価してるのは、直接スタンバレットを撃っても避けられると判断して、別の手段を実行したこと、つまり、自分の能力を過信せず、至らない部分を認める心だよ」

 「えっと………」

 それが何に繋がるのか、一瞬ティアナには思いつかなかった。


 「私も戦技教導官として何年かやってきたから、高い魔力資質を持った子は色々見てきた。その中にはティアナよりも才能に溢れた子も多くいたけど、でも、自分の今の限界を正確に見極めていた子は、とても少なかった」

 特にそれは、才能や魔力量と反比例する傾向が強いとも、なのはは語る。

 早い話が、才能に振り回され、現在の自分の立ち位置を見失う者は多いということだ。


 「私の昔の頃なんかは、悪い例の典型だね。自分の限界がどこに在るのかも分からないまま無理を続けて、ある日いきなりパンクする。それが、部隊長の戦略にどれだけ迷惑をかけるかは、分かるよね?」

 「………確かに」

 思い浮かぶのは、初出動における戦闘機人の強襲と、対抗するためのギリギリの戦力配分。

 もしそんな時に、いきなり隊長陣のどちらかが普段の無理がたたって倒れでもしたら?

 待っているのは、“全滅”の二文字。

 兄を殉職で亡くしているティアナにとっては身近であり、同時にあまり考えたくない未来だ。


 「本音を言えば、今は高等戦術を無理に詰め込むようなことはしないで、じっくりと土台を固めていきたいんだ。だけど、未来を見据えて土台を固めて、土台のまま沈んじゃったら、何にもならないから」

 「多少背伸びしてでも、押し寄せる濁流の上に顔を出して、呼吸をする、ってことですか?」

 「苦肉の策ではあるけどね、無事に帰ることさえ出来れば、再起を図ることも、もう一度土台を鍛え直すことも出来る。だから今は、私が守ってあげられるうちに、ちょっと無理をしてでも、詰め込んでいこうと思ってる」

 「はいっ! お願いします!」

 なのはの性格を考えれば意外な言葉ではあったが、ティアナにとっては望むところだ。

 フォワードの中で彼女だけは、守られる立場ではなく、追う立場。

 自衛のためではなく、戦闘機人の背後に潜む者達を捕まえるために、彼女は執務官を志し、機動六課に加わったのだから。


 「でも、まずは生存技能が最優先だからね、敵を捕縛するための技術は、それからだよ」

 「はいっ!」

 ひょっとしたら、そういった事情を全て酌んでくれた上で、教導メニューを変更してくれたのかと、マルチタスクで考えながら。

 ティアナ・ランスターは、予定より若干早く、ストライカーへの道を駆けあがり始める。



□□□



 フォワード隊の訓練風景を、訓練場の対岸からモニターしている男女が一組。

 一人は、機動六課、ヘリパイロットのヴァイス・グランセニック陸曹。

 もう一人は、地上本部において、オーリス・ゲイズ三佐の直属となっている、シグナム二尉。

 後者については機動六課の人間ではなく、表向きは地上本部からの視察、ヴァイスは隊舎の案内役ということになっている。


 「いやぁ~、やってますなあ」

 「初出動が、良い刺激になっているようだな。ただ、若干強過ぎたきらいもあるが」

 「ま、確かにそれは言えてるかもしれねっす」

 シグナムもまた初出動の経緯は映像を含めて聞き知っており、ヴォルケンリッターが集合して、戦闘機人の戦力分析を行ったのが昨日の夜。

 特に、ティアナの教導をより実戦を想定したものに切り替えることをなのはへ進言したのは、シグナムであった。


 「このままのんびりやってたんじゃ、取り返しのつかない事態になるかもしれない、でしたっけ」

 「勘の要素が多分にあるので、断言は出来んがな、忠告の一つ程度に捉えておけとは言ったが」

 「シグナム姐さんにそう言われることほど、不安になることもねっすよ、特にフェイトさんは過保護ですしね」

 「過保護でなくとも、部下の命を気にかけねばならん程度には、情勢は動きつつある、ということだ」

 元々厳しかったシグナムの目が、さらに峻厳なものに変わり。

 それを察してか、ヴァイスの言葉も若干硬くなる。


 「やっぱり、地上本部には何かあると?」

 「確実とは言いきれんが………むしろ、高圧的に意見を述べてくる本局の一部にこそ不吉の影を感じたな。上手く言えんが、肉食獣に子供を狙われる草食獣が、必死に威嚇しているような、そんな印象を受けた」

 「ってことは、肉食獣が本局の高官で、子供が高ランク魔導師で、草食獣が、地上本部?」

 「そういうことになるが、ことはそう単純ではあるまい。ただ、オーリス三佐に関しては信頼に値する人物と見た、立場はともかくとして、個人的には友と思いたい方だ」

 「へぇ、シグナム姐さんがそう言うのも珍しっすね」

 ヴァイスとシグナムの付き合いも相当長く、彼女が興味のない人間については無関心を貫く主義であることも知っている。

 そんな彼女が“友と思いたい”と言うのは、なるほど、珍しいことであるのだろう。


 「海と陸と、“出島”としての機動六課、しがらみを言い出せば切りがないが、あるいは個人的な繋がりこそが、一番頼りになるのかもしれん。こうもキナ臭い情勢が続くとな」

 「なんつーか、難しい上に愉快になれそうもない話題ですねえ」

 「繋がりという意味では、お前もそうだぞ、ヴァイス」

 「俺っすか?」

 またしても、意外な言葉が飛び込んでいくる。


 「私やシャマルとて、いつでも六課のために駆けつけることが出来るわけではない。主はやてが手を尽くしてくださっているが、限界はある。もし、フォワード達が成長する前に危機が迫ったならば―――」

 「俺と、ザフィーラの旦那で、時間稼ぎ、ってことすかね」

 「本来、しがないヘリパイに頼むことではないのだが、頼んで良いだろうか」

 「ま、どこまで出来るか分かりませんが、俺で良ければ」

 いつも通りのノリで軽く応え、ヴァイスは自然にポケットに手をやる。

 そこには、機動六課の多くの人間が、ヘリ管制用のデバイスとしてしか知らない、彼の相棒、ストームレイダーがあった。


 <妹さんは、元気でやってまっせ………ティーダさん>

 たった今約束した生者との誓いの他に、もう一つ。

 墓前で交わした、死者への誓いを思い返しながら。

 ヴァイス・グランセニックは、静かにその場を後にした。




[29678] 6話  思い出と夢の先  Bパート
Name: 有賀土塁◆c58c5e50 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/11/05 13:58
ただの再構成(13話)



第六話   思い出と夢の先  Bパート



陸士108部隊 隊舎


 「新部隊、随分と忙しそうなことになってるみたいじゃねえか」

 「そうですね、正直、この段階でここまで戦闘機人が出てくるとは、思ってませんでした」

 徐々に多忙を極めるスケジュールの合間を縫い、はやては古巣である陸士108部隊の隊舎を訪れていた。

 ここは彼女が指揮官研修を受けた陸士部隊であり、スバルの父親であるゲンヤ・ナカジマ三等陸佐が部隊長を務めていた。


 「そやから、ゲンやさんのところ以外でも、副隊長たちが駆け回って、協力を取り付けてくれてます」

 「確か、お前んとこの副隊長は地上本部の人間だったな、そりゃ、顔も効くだろうし、何より六課自体が中将の直属も同然だ。これが本局の人間だったら茶を濁されてただろうが」

 「ええ、ハラオウン提督に無理言って、わざわざ地上本部への出向にしてもらった甲斐はあったみたいです」

 当然のことながら、仮にも遺失物管理部の名を関する部隊を地上本部へ指揮権ごと投げ渡すことには、本局から相当の抵抗があった。

 それを抑えてくれたのは、リンディ・ハラオウンとクロノ・ハラオウンの両名であり、二人に対して元々上がらなかった頭が、さらに下がりそうなはやてだった。


 「それでどうだい、捜査の方は進んでんのか?」

 「はい、広域次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティの名が、捜査線上まで来ました」

 「ジェイル・スカリエッティか……………噂だけなら俺も聞いたことがあるな」

 8年前から密かに戦闘機人事件を追い続けてきた彼にとっても、一度ならず耳に入ってきた名前。


 「ロストロギア関連事件を始めとして、数え切れない罪状で広域指名手配されている、第一級捜索指定の次元犯罪者。うちのテスタロッサ・ハラオウン執務官が、数年前から独自に追い続けている男です」

 「なるほどな、ハラオウンのお嬢についてもギンガから聞いてる…………人造魔導師に戦闘機人、どっちも、ジェイル・スカリエッティが絡む要素は高いな」

 はやてがウィンドウを表示し、そこに例の男のデータが展開される。

 出身・経歴は全てが不明。

 歴史に名を刻む程の天才と称されながらも、生命操作や生体改造等の違法研究に手を染めたことで管理局に追われており、数多くの世界で彼が利用していたと思われる違法研究施設が見つかっている。


 「こいつがレリック事件に絡んでいるってわけか?」

 「この前、戦闘機人が現れた現場において破壊されたガジェットの残骸から、彼のものと思われる署名が見つかりました。ミスリード狙いなのかどうかの判定が怪しいところですが………」

 「なるほど、愉快犯的な性質を多分に持っている、なんて話も聞くが、本当かもしれねえな」

 苦々しく呟くゲンヤ。

 彼の経験上、そういう手合いは行動が読みにくく、時にとんでもないことをやらかすことがあるのだ。


 「それに、生命操作技術の権威である彼なら、クローンから取り出したリンカーコアを結晶化させる技術を有していてもおかしくありません。ただ、あれほどの数を量産できるとなると、単独犯、とは考えにくいかと」

 「まあ、そいつはそうだろう、スカリエッティは俺達の目を逃れながら異世界に高度な研究施設を建設してるわけだ。言い方は悪いが、こいつは密輸や強請りみたいな真っ当な犯罪は犯しちゃいねぇ」

 「確かに、金目当ての犯罪は一つもないです」

 「なのに、短期間で幾つもの施設を複数の世界に建設できるだけの資金を持っている。黒幕かスポンサーか知らないが、少なくとも大物が1人は絡んでいると俺も見るな」

 ゲンヤの言葉に、はやては神妙な表情で頷き返す。

 いくら身軽な次元犯罪者といえど、個人で組織を相手にすることには限界がある。

 だが、捜査に影響を及ぼせる者がバックに付いていたとしたら?

 それが地上本部のレジアス中将なのでは、と一時は考えもしたが、だとすれば機動六課の設立を認めるはずもなく、むしろ、その黒幕を追い詰めるために機動六課を手駒にしているようにも感じる。


 「とにかく、密輸ルートの洗い出しと監視を強化する必要があるな。片手間でできる仕事じゃなくなったぞ、こいつは」

 「すみません、お手数おかけします」

 「気にするな、そっちは合同捜査のための捜査本部として作られてんだ。これまではギンガとカルタスしか割けなかったが、そろそろ、近隣の地上部隊総出の仕事になりそうだな」

 「ギンガとカルタス主任だけでも、十分に心強いですけど、正直、猫の手でも借りたい状況です」

 言葉の裏には、ギンガもまた戦闘機人に対抗するための戦力として、はやての指揮下に加わる可能性が高いことが秘められている。

 機動六課は元より、各陸士部隊と協力して大きな案件に当たるための部隊でもあり、一応同格の三佐ではあるものの、有事の際には地上本部から独立して動く権限すらも、はやては与えられていた。

 その代償が、既に一度狙われたように、部隊長の命の危険。

 はやてがいなくなれば、機動六課の独立性も組織力も崩壊する以上、戦闘機人がそこを狙うのも実に当然の話であり、盾の守護獣ザフィーラは、常に陰ながら彼女の護衛についている。


 「そうかい、猫の手といやあ、うちのもう1人は元気にやっているか? 猫以上には役立ってるといいんだが」

 「スバルも頑張ってますよ。あの娘がいると、部隊が凄く明るくなります。魔導師としても、かなり伸び白のある人材ですし」

 「そいつは良かった。けどま、お前が新部隊を、しかも、首都防衛隊第五課の後釜を作るって聞いて不安だったが、なかなかうまく回っているみたいだな?」

 「そこらへんは、レジアス中将が色々と便宜を図ってくれてますから」

 レジアス中将の名を聞いた瞬間、ゲンヤが小耳に挟んだとある話を思い出し、悪戯を思いついたような表情になる。


 「そういや、風の便りに聞いた話だが、どこぞで金持ち相手に開催される骨董美術品オークションの警備に、お前んとこが打診されたとか」

 「ああ、ホテル・アグスタの件ですね。取引許可の出ているロストロギアがいくつも出品されるので、その反応をレリックと誤認したガジェットが出てくる可能性が高い、とかいう理由でしたけど」

 「それで、どうなったんだ、引き受けたのか?」

 答えは半ば分かりきっているようなものだったが、あえて知らないふりをして尋ねるゲンヤ。


 「いいえ、小娘には判断しかねる重要な案件でしたので、判断は偉い上司の方にお任せすることにしました」

 同じく、茶目っけを交えて返すはやて。


 「ふ、くっ、くくく、そりゃあ、御愁傷様だな」

 「ええ、オーリス三佐の話では、久々に中将の本気の怒声と雷が落ちたらしいです」

 「そりゃそうだ、機動性重視の対策部隊に警備とか、何考えてんだって話だよ、時空管理局は金持ち連中の使い走りじゃねえっての」

 「ですよねえ、ほんまいい気味で、ぷっ、くくく」

 いつになく爽快そうな顔をする二人、この辺りが師弟たる由縁だろうか。


 「はっはっは! 二十歳にもなってねえ小娘の部隊なら、それっぽい理由をつければ安値でこき使えると思って依頼したら、50を超える大ベテランの、しかも地上部隊のトップの雷が落ちたってか」

 「しかも、あのごっつい顔と厳つい声で怒鳴られたら、どんな悪質な勧誘だって一発ですって、く、くくく」

 「違えねえ、いつの世でも、悪質なセールスマンを黙らせるのは、雷親父の仕事だわな。この前うちに来たやつもよ、ギンガが応対してるうちはしつこく迫りやがったが、俺が怒鳴りつけると一発で逃げてったよ」

 腹を抱えて笑い転げる二人。

 とはいえ、これまで常に気を張って事件を追い続けてきたはやてにとっては、必要な息抜きとも言えるだろう。

 むしろ、それを見越してあえてゲンヤがこの話題を振ったのかもしれない。


 「そりゃ、ゲンヤさんの顔も相当ですもん」

 「お、言いやがったな小娘が」

 「まだ若くてぴっちぴちですから」

 「ま、わけえのは確かだわな。その代り、ドスを効かせて相手を威圧するには向いてねえ」

 「確かにそうですね、私は童顔やし、そういった点ではカリムも威厳皆無やなあ」

 「カリムっていや、管理局の理事もやってる少将待遇の聖王教会の騎士殿か、ああ、そういや確かに、悪徳セールスマンを追っ払える顔じゃねえな、逆に騙されて高額商品を買わされそうだ」

 「うーん、もしカリムが一人暮らしとか始めたら、友人一同不安になってまうかも」

 「見た目は完全に良家のお嬢様だもんな。その代り、友好の使者や、講和条約の大使とかには向いてそうだな」

 「逆に、レジアス中将が講和条約の締結場に向かっても、戦争続行の使者にしか見えませんって」

 つまるところ、宣戦布告をするならレジアス・ゲイズ、講和条約を結ぶならカリム・グラシア。

 人には向き不向きがあり、だからこそ適材適所という言葉がある。

 平時における組織間の調整ならばともかく、次元をまたにかける大犯罪者を追うという“荒事”専門部隊の責任者には、押しが強い人間が向いているのも至極当然の話であった。


□□□


機動六課隊舎


 夜の訓練の後、食事を終え、オフシフトに入った頃。

 やや重い表情で、休憩所にフォワード4人の姿があった。

 普段からハードな訓練を行うフォワードのためにお菓子などが常備されている場所であり、空いた時間は専ら4人の溜まり場となっている。

 議題はそれまで、誰もが感じながらも避けてきたこと。

 エリオがクローンに過敏に反応した理由や、戦闘機人の案件にスターズが拘る理由。

 それぞれに辛い過去があり、そう簡単に話せないことは当然ある。

 しかし、四人一組でチームであり、互いに背中を預け合う仲間なのだから。

 自分が機動六課にいる理由、何のために強くなりたいかと伝えたいと思うのも、心からの想いであった。


 「あたしとスバルについては、多分予想ついてるかもしれないけど、機動六課の前身の部隊、首都防衛隊第五課と、首都航空隊の特別チームが関係してる」

 「ティアのお兄さん、ティーダ・ランスター一等空尉と、あたしのお母さん、クイント・ナカジマ准陸尉」

 共に、地上においては数少ない高ランク魔導師。

 ティーダについては海の区分にはなるものの、首都航空隊とはその中でもクラナガンの治安維持にあたる者達。


 「兄さんも、スバルのお母さんも、あたし達と同じような任務に就いていたんだけど、二人とも、殉職しちゃってね。簡単に言えば、あたしはその仇を追うために、機動六課に入ったと言えるわね」

 おおよそ予想がついていたとはいえ、改めて語られると、重い話である。

 エリオもキャロも、重い表情で静かに続きを待つ。


 「ただ、あたしの場合はティアと違って、母さんの仇を討つとかじゃないんだ。元々あたしとギン姉、あ、あたしのお姉さんなんだけど、母さんに実験施設から助けられた、戦闘機人の素体だったの」

 「そう………ですか」

 「ギン姉は、小さい頃から母さんにシューティングアーツを習ってて、魔法学校から陸士学校に進んだけど、あたしは普通の学校に通ってた。戦うことが怖かったし、あたしの戦闘機人としての力は、破壊することに特化したものだったから………」

 だけど、あの人との出逢いが全てを変えてくれたと、スバルは語る。

 あの日、4年前の空港火災。

 これまで自分が恐れていた力は、人を助けるために使えるのだと。

 母が亡くなり、姉がその後を継ぐために陸士学校に入ってしまい、寂しい思いもしていたスバルはその時、姉がどういう気持ちでシューティングアーツを習っていたかを知った。


 「それで、陸士学校に入って、ティアと出逢ったの。だけど、あの空港火災がレリックが起こしたものだって部隊長に聞いて、あたしを狙った人達もやってきて、それで、もっと強くならないとダメだって、思ったんだ」

 それが、スバル・ナカジマの理由。

 自分から戦闘機人達に喧嘩を仕掛けるつもりはないが、降りかかってくる火の粉を払うだけの力は必要。

 そして、いつかは憧れのあの人のように、自分以外の人達も救えるように。


 「この子はこんな感じで前向きだけど、あたしの方は、そんな健全な理由じゃないわ」

 スバルに続けて語るのは、ティアナ。


 「さっきも言ったとおり、あたしの兄さんは任務中に殉職してしまった。だけど、その後の展開が、どうにも奇妙だったのよ」

 「奇妙?」

 「そう、兄さんの直接の上司が、“犯人を捕捉しながら取り逃がすなど、首都航空隊にあるまじき失態”って感じの責任逃れをしてね、正直、最初に聞いた時はぶっ殺してやろうかと思ったわ」

 ただし、その必要もなくなったのだと、ティアナは語る。

 死者に鞭打つような発言は、当然の如く周囲の反感を買い、その上司は職も何もかも失い、追われるように時空管理局から去っていった。


 「マスコミの反応も、兄さんが殉職したことよりも、その責任を死者に押し付けて保身を図ろうとしたその男や、そういった組織の体質への批判に向いていった。まあ、人の噂なんてすぐさめるから、やがては忘れられていったけど………」

 代わりに、ティアナにとって本当に公開されるべきものは、隠されたままに終わった。

 兄が、誰と戦って死んだのか、何を追って何を見たのか。

 兄を死に至らしめたのは、結局何者なのか。

 今思えば、その上司こそが、本当に隠すべきもののために用意されたスケープゴートなのかもしれない。

 生贄のスキャンダルへとマスコミの興味が移り変わる中で、ティアナだけが、世界に取り残されたのだ。


 「兄さんの同僚だった人達も不審に思って調べようとしたらしいんだけど、常に“重要機密”の言葉がそれを阻んだって。だから、兄さんの夢だった執務官になることは、私の夢になると同時に、目的を果たすための手段にもなった」

 そしてそれは、ギンガ・ナカジマが地上の捜査官の道を選んだのと、同じ理由。

 ティーダ・ランスターは一応海の人間に区分されるため、ティアナは海の方面にも繋がりが持てる執務官の道を選んだ。

 当然そこには、誰よりも憧れ、誇りであった兄の夢を継ぎたいという、彼女自身の思いも重なってのものであったが。


 「それが、私が機動六課に参加した理由。何となくだけど、フェイトさんも似たような理由でこの事件を追っているんじゃないかって、漠然ながら思ってる。昨日聞いた、ジェイル・スカリエッティって男がどう関係してるかまでは、まだ分からないけど」

 フォワード陣も昨夜、ジェイル・スカリエッティが捜査線に浮かび上がったことは聞いていた。

 そして、生命操作技術の権威であることを聞いた時、エリオが示した反応が、今回の提案のきっかけともなった。


 「えっと、次は、僕でしょうか」

 スバル、ティアナとくれば次はエリオというのも、ほぼ確定的な順番といえる。


 「知っての通り、僕とキャロは二人ともフェイトさんに保護されましたけど、時期も場所もそれぞれ違って、会ったのは六課に来てからなんです。それで、僕は8歳まで本局の特別保護施設で育ちました」

 エリオが語る過去は、単純に比較できるものでもないが、悲惨と呼ばれるべきものであった。

 プロジェクトFの技術によって、死んだ本物のエリオ・モンディアルのクローンとして作りだされ、実の親と信じていた人に捨てられた。

 そして、親達からエリオを引き離した者達も、管理局に認められた組織ではなく、違法研究を行う非合法のもの。

 むしろ、その繋がりでこそ、違法研究であるプロジェクトFの成果に突き当たったのか。


 「あそこには………本当に、嫌な思い出しかありません。僕が僕である理由は何もなくて、ただの実験体に過ぎなくて、何のために生きているのかも分からなくて………ただ孤独を噛みしめて、暗闇に怯えるだけの日々でした」

 そうして、身も心もボロボロとなり。

 少年はいつしか、近づく者全てに牙を向くようになる。

 フェイト・T・ハラオウンに保護され、医療センターで治療していた頃もそれは変わらず、行く場所もないまま脱走を試みることも度々あった。


 「そんなでしたから、その医療施設にもいられなくなりそうになっちゃって、今考えればほんとバカだったんですけど、あの時はとにかく悲しくて、自分の不幸を誰も分かってくれないって怒ってて………だけど、報告を受けたフェイトさんが………」

 まだエリオの保護責任者になる前の、他人であった筈の、フェイト・T・ハラオウンが来てくれた。


 (ね、エリオ)

 電気変換資質を暴走させ、触られること全てを拒んでいた自分の手を握ってくれて。


 (エリオが今悲しい気持ちも、許せない気持ちも、私はきっと全部分かってあげられない。だけど、少しでも分かりたい、悲しい気持ちも分け合いたいって思う)

 自分にもかつて、そう言ってくれる人がいたと、その人は言っていた。


 (私もね、エリオと同じだったんだ。一番大好きだった人にいらない子って言われて、失敗作だって言われて、寂しくて苦しくて死んじゃいそうだった)

 だけど、たった一つの小さな手が、自分を救ってくれたのだと。


 (楽しいことや嬉しいこと、探していけば絶対に見つかるから、私も、探すのを手伝うから)

 優しさに怯えるばかりの自分を、抱きしめてくれて。


 (だからお願い、悲しい気持ちで、人を傷つけたりしないで、それはエリオが傷ついていくだけだから)

 その時、エリオ・モンディアルという少年の人生が、本当の意味で始まった。

 既に死んでいる少年の身代わりとしてではなく、フェイト・T・ハラオウンに認められた、彼自身の人生が。


 「それで、正式に保護責任者になってくれて、何もなかった僕に、フェイトさんが幸せを全部くれたんです」

 だから今、エリオ・モンディアルは自分の意志で機動六課にいる。


 「ずっと守ってもらってばかりで、優しさを受けとって…………少しでも恩返しをしたくて、魔法を習ったり、ストラーダの扱い方も教わったんですけど…………」

 しかし、エリオがプロジェクトFの遺産であることは変わりなく、何者かが彼を狙い、結局は二度もアルフに助けられた。


 「だから僕は、もっと強くなりたいです。フェイトさんにこれ以上心配させないくらい、いつかは、フェイトさんを守れるくらいに」

 それはスバルとは似て非なる想い。

 今の彼にとってはまだ、フェイトが喜んでくれる何かをすることが、生きる喜びといって良かった。

 だから、健やかに育つことは前提条件。自分やキャロが傷つくことが、フェイトを何よりも悲しませることを知っているから。

 そして、今の自分に出来ることは、誰よりも近くでキャロを守ることだろうと、彼は決意を固め、自身に誓っていた。


 「わたしも多分、エリオ君とほとんど同じなんだと思います」

 最後に、キャロが語り始める。

 生まれも育ちもまるで違うけれど。

 自分達は兄妹のように、フェイトを必要としているという点では同じ。


 「ただ、わたしの場合はフェイトさんに助けられたというよりも、生きることが許される居場所をもらったんです」

 竜召喚師の少女が語る、己の出生。

 キャロ・ル・ルシエの人生は常に、脅かされることはなく、脅かす側の立場であった。


 「わたしの生まれた部族は、竜召喚師の一族で、五年前にわたしは、アルザスの守護竜のヴォルテールの加護を受けました」

 ただしそれは、祝福であり呪詛。


 「古代ベルカから続く古い魔法ですから、現代の魔導力学でも上手く説明はできないそうなんですけど、わたしとヴォルテールは心の深い部分で繋がっていて、歴代の竜巫女の人達は、そのせいで長生き出来ず、二十歳前には亡くなったそうです」

 曰く、“竜の心を覗いた者は魂を喰われる”。

 古の時代には最高の誉れとされたそれも、現代においては呪いにしかなりえない。


 「アルザスはヴォルテールの力が一番強くなる土地ですから、そこに留まる限りわたしも、フリードも影響を受けちゃって、身体が崩れていくか…………それを抑えるためには外に力を吐き出すしかなくて」

 すなわち、周囲に破壊を振りまくこと。

 過去の竜巫女の中には、抑えて続けてきた力を暴走させ、大災害をもたらした者もいたという。

 それはさながら、決壊することが約束されたダム。

 古において竜巫女とは、守り神に捧げる生贄の側面も孕んでいたと、キャロは教わっていた。


 「そうしてわたしは旅に出されました。誰かが一緒にいると巻き込んじゃうかもしれないから、遠く離れるまではずっと一人で旅して、その間にも何度も、フリードを暴走させちゃって………」

 それは、キャロの心が不安定になったことと無関係ではなかった。

 アルザスの地はキャロの身体に無尽蔵の魔力を溜めこんでいくが、それは同時に、フリードやヴォルテールの暴走を抑えるためにも機能していた。

 決壊は約束されていたため、それを防ぐために早めにバランスを崩した結果、竜達はキャロを脅かす相手を無差別に攻撃するようになる。

 人里に下りれば、いつか誰かを焼き殺してしまうことを恐れ、キャロはただ一人で旅を続ける。

 ただそれも、孤独の寂しさにいつか心が折れることが決まり切った旅路であった。


 「それでついに、ヴォルテールを暴走させてしまった時、奇蹟がわたしの前に降りてきてくれました―――」

 その時、近くを次元航行艦アースラが通りかかったのは、偶然であったのか。

 いきなり観測された凄まじい魔力に対し、艦長のクロノ・ハラオウンと、同乗していた執務官のフェイト・T・ハラオウンは即座に行動を起こした。


 (悠久なる凍土、凍てつく棺の内にて、永遠の眠りを与えよ―――)

 キャロ身体を蝕む程の力を発揮し、果てしなく暴走するはずのヴォルテールは、無傷のままで抑えられ。


 (大丈夫だよ、私達が守ってあげるから)

 少女の身体は、とても優しい温もりに包まれていた。


 「それからアースラは本局に戻って。医療施設で治療を受けてからは、エリオ君と同じように特別保護施設でお世話になる予定だったんですけど、そこでも、フリードを暴走させてしまって………」

 子供の社会とは、すなわち大人の鏡でもある。

 無邪気ながらも子供達は“異端”を弾くための機構を備えており、大人の世界が完璧でないのだから、それを見て育つ子供の世界にも当然迫害はある。

 普通ならば、交流を重ねることで徐々に取り払われる壁も、当時のキャロの心にはその余裕はなく、他の子供達との触れ合いとは、フリードという爆弾に対する火種にしかならなかったのだ。


 「その時はフェイトさんがフリードを止めてくれて、相手がフェイトさんかクロノさんである限りは、ヴォルテールは暴走しないんです。だけどもし、武装局員の人がフリードを止めに入っていたら………」

 フリードを火種に、今度はヴォルテールが顕現し、子供達も何もかも、全てを焼き払っていたかもしれない。


 「そんな厄病神みたいなわたしを、それでもフェイトさんは庇ってくれて………わたしの居場所が見つかるまで、アースラに乗って一緒に探そうって」

 第97管理外世界のハラオウン家は最初に候補に挙がったが、万が一ヴォルテールが顕現した場合、海鳴が滅ぶ可能性があったため、管理局の承認を得ることは敵わなかった。

 まともに考えればアースラにキャロが乗り続けることすら許可されるはずはないのだが、クロノ・ハラオウンがいる限り、暴走を抑えることが可能との判断により、キャロはおよそ半年、アースラで過ごすことになる。

 そして、高町家の人間や、ハラオウン家の人間にも劣らない、底なしのお人よしに、キャロは出逢った。


 (ねえキャロ、あたし達のアシスタントとして、一緒に頑張ってみないかい?)

 管理世界61番「スプールス」の管理局自然保護隊。

 タントという男性と、ミラという女性。

 自身に降りかかる危険を恐れず、キャロという少女をありのままに受け入れ。

 仮にここならば、万が一暴走が起こったとして、被害は二人だけで済むという本局の判断もあり。

 キャロ・ル・ルシエは、管理局嘱託、自然保護官アシスタントして、新たな道を歩み出すこととなった。


 ただ、仮にタントとミラがいなければ、執務官としての役職を全て捨て、フェイトはエリオとキャロを抱えて自然保護官になっていただろうとは、クロノの予想である。

 彼女の部屋にはそのための書類が既に用意されており、ただ一つ、エリオを巻き込むべきかどうかで悩んでいたらしい。

 子供達のためならば、自分の全てを捨てようとするのは、間違いなく実の母親譲りのようだった。


 「ただ、数か月前から、フリードが不審な気配を感じるようになって、それで―――」

 果たしてそれは、フェイト・T・ハラオウン執務官が、戦闘機人事件の根幹へと近づいたがための副作用か。

 曲がりなりにもフリードを使役出来るようになり、ヴォルテールの暴走の危険も少ないと判断されたキャロは、今度は人の悪意からタントとミラを守るため、彼女自身の意志で機動六課へとやってきた。

 かつては暴走の危険故に人里に近づくことが許されなかった彼女が、犯罪者に利用されることを防ぐためにクラナガンにやってきたというのも、皮肉な話ではあった。


 「だから、あの時に決めたんです。今度はわたしとフリードの力で、皆を守れるようにって」

 それが、キャロ・ル・ルシエの理由。

4人の人生はそれぞれ異なり、まったく同じ理由はただの一つも存在しない。

 ただし、誰かのために強くなりたいという想いは、皆が同じであり。
 

 「うーん、やっぱりあたし達って、似た者同士なのかな?」

 誰もが何かを失っている、辛い立場を強要されている。

 それは母であり、兄であり、両親であり、里であり。

 戦う機械としての存在であり、家族と名誉を奪われた道であり、失敗作のクローンであり、災厄をもたらす竜の巫女であった。


 「だけど今、あたし達はこうして、機動六課にいるものね」

 けれど、今は居場所がある。

必要としてくれている人が、憧れた人が、愛してくれる人がいる。

 戦うための術を、教えてくれる人がいる。


 「僕達は、4人でチームです」

 そして、共に戦う仲間がいる。


 「皆で一緒に頑張って、この事件を、終わらせましょう」

 事件が無事に解決しても、この絆はきっと一生薄れることはないという確信を持ちながら。

 フォワードの4人はそれぞれの夢を、辛い過去の記憶の、その先に思い描いていた。


□□□


 そんな彼女たちと敵対する者達も、暗がりにて動き続ける。


 【騎士ゼストとルーテシア、活動を再開しました】

 「ふむ、クライアントからの指示は?」

 【無断での支援や協力はなるべく控えるようにと、メッセージが届いています】

 「自律行動を開始させた玩具は、私の完全制御下という訳じゃないんだ。勝手にレリックのもとへ集まってしまうのは、大目に見て欲しい」

 【お伝えしておきます。加えて、はぐれガジェットが数機程度、別のロストロギアに引き寄せられる可能性があるとも】

 「お願いするよ、さて、そろそろ隠れ続けるのにも飽きていたところだ、愛しの娘との鬼ごっこも、いよいよ最終局面に入る時が近い」

 狂ったように胸をかき毟りながら、男は哂う。

 果てしなき狂気を滲ませる黄金の瞳を恐れる者はここにはおらず、彼の奇行を咎める者もまたいない。


 「はははっ、楽しいな。愛しい娘達とプロジェクトFの残滓、そしてタイプゼロとがぶつかるんだ。どっちが勝つか、興味は尽きない」

 【では、ルーテシアも?】

 「ああ、働いてもらおう。彼女とてレリックウェポンの一人なのだから、あれに執着するクライアントと、それを良しとしないゼストがどう動くかも、実に面白い」

 「ならば私達も、本格的に動き出すということですわね、ドクター」

 その時、誰もいなかった筈の空間に声が響く。

 トーレ、クアットロ、チンク、セイン、ディエチ、そして、ノーヴェ。

 座興にもならない芸を戯れに披露するように、N0.4のIS、シルバーカーテンが使用された結果がそこにあった。


 「勢ぞろいとは嬉しい限りだ。祭りの日もそろそろ近い、ここらで一度、君達の実戦能力を測っておきたいところでね、そのための遊び相手も、充実している」

 新たに表示されたウィンドウには、機動六課のフォワードが全員映し出されている。


 「隊長陣に関してはトーレとクアットロにお願いしよう。他の者達については、チンク、セイン、ディエチ、ノーヴェが当たりたまえ。次のレリックが姿を現した場所が遊び場だ、各自、限定解除を許可しよう」

 限定解除

 その言葉が響いた瞬間、ナンバーズの表情に緊張が走る。


 「もちろん、限定解除を行うかどうかは各自の判断に任せるよ、特にチンク、君の限定解除は負担が大きいからね、使いどころは見極めるようにしたまえ」

 「心得ています」

 創造主の忠告に、いつも通りにチンクが応えているその後ろ。

 ノーヴェが一人、湧き上がる感情を必死に抑え込もうとする表情で、拳を握り締めていた。

 それは、未完成の自分を恥じる感情の裏返しでもあったか。


 「祭りの日の先駆けだ、諸君、盛大な花火を、打ち上げようじゃないか!」

 指揮者の如く大仰に手を広げ、男が宣言し。

 機動六課とナンバーズ、その間で大きな戦いが繰り広げられるであろうことを、彼の“娘達”の誰もが予感していた。





[29678] 7話  戦闘機人  Aパート
Name: 有賀土塁◆c58c5e50 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/11/05 13:58
ただの再構成(13話)


 最初の出動の時も、それなりに上手くはやれたけど……ただそれだけ。

 敵の強さ、そして技量、どちらの面でもあたし達を凌駕している。

 戦闘機人

 今のままじゃ、立ち向かえるのは隊長の二人くらい。

 早く、強くならないといけない。

 自分がここにいる理由を、果たすために。

 だけど、その時は思っていたよりずっと早く。

 私達の、目の前に現れた。



第七話   戦闘機人  Aパート


新歴75年、6月15日  ミッドチルダ、首都クラナガン南西地区上空──


 「ほんなら改めて、ここまでの流れと、今日の任務のおさらいや」

 廃棄都市区画を目指し、機動六課フォワードを乗せ、ヴァイス・グランセニック陸曹が駆るヘリが往く。

 その機内において、六課隊舎から指揮を執る八神部隊長の顔がスクリーン上に投影され、彼女の言葉を口火にブリーフィングが始まる。


 「これまで謎やった、ガジェット・ドローンの製作者。および、レリックの蒐集者は、現状ではこの男、違法研究で広域指名手配されてる次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティの線を中心に、捜査を進める」

 「こっちの捜査は、主に私と副隊長が率いる部隊で進めるんだけど……フォワードの皆も一応、憶えておいてね」

 捜査に関しては、本局特別捜査官の八神三佐と、ハラオウン執務官の二名が軸。

 ライトニングの副隊長と共に動く人員は大半が非魔導師であり、ガジェットと戦える面子ではない。


 「で、今日これから向かってもらう先が、ここや」

 はやてが移るウィンドウの隣り、もう一つ画面が浮かび上がり、リイン曹長がふわふわと画面に近付いていく。


 「スバルとティアナにとってはちょっと懐かしい、廃棄都市区画です!」

 「ミッドに点在する地上部隊と協力して、捜査チームが調べた結果、新たにレリックが一つ、ここに送られたことが判明しとる。ただし、その内容が厄介や」

 「今回はこれまでとは全く違う手口で、レリックのケースは既に破壊されてて、本体だけが別のロストロギアに格納されて、送り込まれたらしいの」

 フェイトの言葉と同時に、件のロストロギアの映像が浮かび上がる。


 「これって………」

 「ぷにょぷにょスライム?」

 「そう見えるけど、これでもロストロギアや。元々は聖王教会が依頼された案件で、運搬中に紛失したっちゅう話やったけど、どうやらレリックを運搬するための手段と、“森”を兼ねて盗まれとったみたいや」

 木の葉を隠すなら森の中、ロストロギアを隠すならロストロギアの中、ということらしい。


 「本体の性質も逃走のみで、攻撃性はなし。隠れて逃げ回りながら指定された場所に物を届けるだけの、危険性はないロストロギアなんだけど」

 「中に格納されとるのがレリックなら、迂闊な攻撃は誘爆を招く。レリックに対してはエネルギー系の攻撃よりも、物理衝撃系の方が有効なのは分かっとるやろうけど、フォワード陣、気を引き締めてあたらなあかんで」

 「「「「 はいっ! 」」」」

 元気に答える教え子たちを満足げに見やり、高町隊長がさらに説明を引き継ぐ。


 「ただ、こっちのスライムの方が、打撃や斬撃、火炎や電撃、さらには通常魔力弾も無力化する特性を持ってるの。スライム状だけに、氷結や石化は有効らしいんだけど………」

 なのはの見つめる先はリイン。

 この中で彼女のみが、氷結系の魔法を使用できる。


 「わたしの氷で覆っちゃうと、持ち歩くのがとっても困難なので、あくまで足止め用にしか使えません。ですから、中のレリックごと封印する必要があるですよ」

 「危険を感じると、複数に分裂してダミー体を増殖させる機能もあるけど、あくまで本体は一つだから、そっちも封印処理することで増殖したダミーを消滅させることができるよ」

 隊長陣の説明を聞き、フォワードはそれぞれに対策を思い浮かべる。

 なのはとフェイトならば遠距離からのシーリングも可能であろうが、彼女らを抜かせば、ダミーとやらを一箇所に集め、まとめて凍らせ、さらにキャロが封印する、といった感じになる。

 ぶっちゃけ、かなりめんどい。


 「皆も考えたと思うけど、正直めんどくさい手順になる。ただし、このスライムは魔力で動いとるらしいから、敵方に限れば実に簡単に済ませる方法があるわけや」

 「あ、AMF!」

 「そうや、レリックに反応したガジェットがAMFを展開するだけで、スライムの機能はのうなる。Ⅰ型やⅢ型に回収させることを前提に考えれば、これはレリック運搬に最適なロストロギアになる」

 正確な座標を指定せずとも、ある程度近づけばガジェットが勝手に反応し、AMFで捕まえてくれる。

 最も足がつきにくい方法であり、そのため、機動六課も廃棄都市区画のどこか、としか場所を特定しきれていない。


 「流石に六課だけだと手が足りんから、現場には108部隊を初めてとして、いくつかの陸士部隊が捜索用の人員を回してくれとる。もしⅡ型が出てきたら隊長陣が相手して、フォワードとリインはギンガと合流してレリックの探索に向かってや」

 108部隊のギンガ・ナカジマ陸曹が、六課と協力してレリック事件を追っているのは周知の事実。

 今回の案件に彼女とその捜査陣が狩りだされたのも、当然の帰結であった。


 「っと、部隊長、どうやらお客さんが来たみたいでっせ!」

 その時、ヴァイスの声が機内に響き渡り、管制デバイスのストームレイダーが警報を発する。


 「ロングアーチ!」

 「確認しました! Ⅱ型がおよそ150機、ヘリ目がけて飛来しています! 加えて、航空戦力もそちらへ、推定Sランク! この反応は…………戦闘機人No.3!」

 「この前の幻術の反応も確認しました! おそらく、No.4がⅡ型の編隊を率いているものと考えられます!」

 観測された数値と手元のデータを照合し、ロングアーチが次々と報告を送ってくる。

 先の交戦からおよそ一月を挟み、成長しているのはフォワード陣だけではなく、彼女らの報告も淀みない。


 「トーレに、クアットロ…………私達で迎え撃つしかなさそうだね、なのは」

 「うん、残りの戦闘機人の動向が気になるけど………はやてちゃん」

 「今のところは、それしかないな。航空戦力は隊長陣で抑えて、ヴァイス君はギンガとの合流地点まで、フォワード陣を安全無事に届けたってな、幸い、ヴィータもそう遠くない位置におる」

 現在はフリーの教官のヴィータ。

 六課で作成されている対AMF戦での戦術を教えて回っている彼女も、人手として別の陸士部隊にいる最中にかりだされていた。


 「フォワード達は逃げ回るスライムを捕まえて、レリックの確保。こっちからも可能な限り援軍を送るさかい、気張るんやで、もしⅠ型やⅢ型がスライム捕獲に回ってたら、そっちはヴィータとギンガに任せて、レリックの確保を最優先」

 「「「「 了解! 」」」」

 前回と同様、アルフとザフィーラが六課隊舎の護衛に就いており、必要とあらば前線に送る準備はある。

 ただし、戦闘機人がその隙を突いてロングアーチとはやてを狙ってくる可能性も無視できないため、すぐに動かせるわけではない。

 また、今回は現場にギンガやヴィータもおり、他の陸士部隊も動いているため前回よりも戦力的には整っている。

 そんな戦局予想の中、機動六課とナンバーズの戦闘が開始された。



□□□



 百を超えるガジェットⅡ型を従え、大空の覇者の如く突き進む機影が二つ。


 「どうやら、迎撃を選んだようだな」

 「まあ、妥当な選択ではあるのでしょうね。何せ、空戦が可能なのは隊長陣だけですから、私達を野放しにすれば制空権を奪われてしまいますわ」

 No3トーレと、No4クアットロ。

 ナンバーズの中でも稼働歴の長い二人は並んで宙を駆け、機動六課のヘリ目がけて距離を詰めていく。


 「そろそろ私は速度を上げ、フェイトお嬢様を引き受ける。お前は高町なのはを釘付けにしろ」

 「はぁい、分かっておりますわトーレ姉さま」

 長身の実戦指揮官、トーレは肉体増強レベルがオーバーSに達しており、飛行・空戦についてもナンバーズ中最高を誇る。

 対して、後衛のクアットロの肉体増強レベルはBに留まり、あくまで飛行可能に過ぎず、空戦も回避に限定される。

 トーレが本気で飛べばクアットロがついていけるはずもなく、ここから先は同じ空域でありながらも、全く異なる戦いが繰り広げられることになる。


 「IS発動、ライドインパルス!」

 最前衛であり、高速機動&格闘型であるトーレは、純粋な戦闘力によって使い魔のアルフに力を割いていることでAAAランクまで出力が落ちているフェイトを抑え。


 「IS発動、シルバーカーテン」

 本来は後方で情報操作・電子戦・幻惑を担当するクアットロは、Ⅱ型を幻影によって増やすことでなのはを空中に押し留める。

 ただし、以前の戦闘によって幻影の一部がロングアーチに解析されており、実際に交戦しているなのはにはそれほど効果がないことは彼女もまた理解しているが、さらにその上をいく策が彼女にはあり。


 「さぁて、未だ眠ったままの妹達の無念、少しくらいは姉として晴らさせてあげないとねぇ」

 獲物を狙う猛禽の如く、クアットロの目が怪しく光る。


 「武装を解除して、投降しなさい。さもなければ、無力化した上で逮捕することになります」

 「どちらも全力でお断りしますわ、スターズの隊長様。“幻惑の使い手”と“閃光の術士”の夢の競演、光のイルミネーションをどうかご堪能あれ」

 幻影によって機影を500以上に増やしたⅡ型を率い、クアットロは高町なのは一等空尉と相対していた。

 そして―――


 「これ以上、ヘリには近づけさせない。貴女はここで逮捕します、トーレ」

 「およそ二か月ぶりになりますか、フェイトお嬢様。今の貴女が、私に勝てるとお思いで?」

 最速を競う位階にいる両者もまた、三度目の邂逅を果たす。


 「それを成してこその、執務官だ」

 「ふっ、面白い、それでは始めましょうか、プロジェクトFの遺産にして最強の人造魔導師たる貴女と、戦闘機人の実戦指揮官である私、どちらが高速の戦いを制するかを!」

 「バルディッシュ!」
 『Riot Blade.(ライオットブレード)』

 フェイトの高速機動を生かしきる、ザンバーよりも細身の片刃の長剣形態。


 「インパルスブレード!」

 トーレの固有装備であり、彼女のISとも連動する手足に生えた8枚の刃。

 無限に広がる空を制する、高速機動戦の極致が、ここに開始された。



□□□



 【ヘリの方は、トーレとクアットロが抑えています。お嬢様はレリックの確保を】

 「………うん」

 廃棄都市区画に存在する、朽ち果てたビルの屋上。

 まるで墓標のようにその上に残る避雷針の上に立ち、長い髪を風になびかせている少女が一人。

 その視線の先には通信ウィンドウが開かれており、今回の作戦行動の総指揮官、戦闘機人No1.ウーノの姿がある。


 【騎士ゼストとアギト様は?】

 「……別行動」

 そんな中、唯一彼女の予定を狂わせかねない存在が今あげた二名。

 彼らはスカリエッティの配下ではなく、不本意な理由から最高評議会の直属となっている。ある意味でスカリエッティの同士とも呼べる存在だが、互いに警戒し合う仲でもあった。


 【お一人ですか】

 「……ひとりじゃない」

 ルーテシアが右手を上げると、彼女のブーストデバイス、アスクレピオスが鈍い光を放つ。

 そこから現われるのは、漆黒のエネルギー球であり、彼女の最も信頼する召喚虫。


 「わたしには、ガリューがいる」

 【失礼しました。協力が必要でしたらお申し付けください、最優先で実行します】

 ウーノの言葉も、決して上辺だけのものではなく、そこには真摯な響きが宿る。

 彼女はただの機械に非ず、自我を持つ一人の人間。

 最高評議会の思惑の下、彼らの“器”の未来を強要されている少女と、その傍で守り続ける騎士に対して思うところはある。

 ただ、優先順位はあり、スカリエッティの意志は何よりも優先させることだけは、決して揺るがぬことであったが。



□□□



 「うっし、俺が運んでやれんのはここまでだ、フォワード陣、上手くやれよ!」

 Ⅱ型が飛来している空域においては狙撃される危険が高いため、あえて地上へ降り立った機動六課のヘリ。

 ただし、着陸ポイントに指定された地点の周囲では既にⅠ型の姿が確認されており、陸士部隊の魔導師達が防衛線を敷いているものの、旗色が良いとは言えない。


 「ちょっとばかりまずそうですね………ここはわたしが残って陸士達とヘリを守りますから、ティアナ達はギンガと合流してください」

 「了解です、リイン曹長!」

 この場に残って陸士達をフォローしつつ、散開しているⅠ型を破壊する役に、僅かながらも治療魔法も使えるリインがあたるのも当然と言えた。


 「ギンガさん、聞こえますか?」

 それらの戦況を横目で確認しつつ、ティアナはギンガ・ナカジマ陸曹へと通信を繋ぐ。


 【ええ、通信妨害はまだそれほどでもないみたい】

 「ヘリの降下点のガジェットは、リイン曹長と陸士の方達が抑えてくれてます」

 【こっちでも確認したわ、となればティアナ、捜索チームのリーダーはあなたでしょ? レリックの確保、任せてもいいかしら?】

 「ひょっとして、新手が?」

 【ええ、ご丁寧にⅢ型に多足ユニットがついた新型が2機。さらに、Ⅰ型も17機が、例の召喚陣から湧き出してきたわ】

 「召喚師まで………それじゃ、運動性能も上がっているんじゃ――」

 先のリニアレールにおいて、突如召喚陣から出てきたガジェットⅠ型。如何なる魔法によるものか、その運動性能を高めるというおまけ付きで。

 幸い、あの時は狭い列車内での戦闘だったためスバルが難なく制圧したが、この広い廃棄都市区画で相手にするのは骨が折れる。


 「平気よ、こういう地形ならシューティングアーツの独壇場。Ⅰ型は私とブリッツキャリバーがやるし、多足歩行型のⅢ型には、ヴィータ三尉が既に向かってくれてるから、レリックについては専門の貴女達にお願いしたいの」

 ギンガのブリッツキャリバーは、スバルのマッハキャリバーとは姉妹機にあたる、ローラーブーツ型デバイス。

 クリスタルの色はマッハキャリバーの青に対してブリッツキャリバーは紫であり、捜査協力に対する感謝という形で、機動六課からギンガに支給されていた。


 「分かりました。こっちはあたし達でやります」

 【頼んだわよ、こっちが片付き次第、私達も応援に向かうから】

 そして、通信が途切れ。


 「聞こえてたわね皆。空も他のところも忙しそうだから、レリックはあたし達で片付けるわよ。それとキャロ、召喚師の動向には注意してね」

 「了解ですっ」

 召喚が近くであれば、高位の召喚術師であるキャロはその発動を感知することが出来る。

 ギンガが相手しているⅠ型が召喚された時は、上空のヘリ内部だったためか感知できなかったが、この区画にいるならば、どこであろうと気付かないはずはない。

 ただ、例の潜行型の戦闘機人、No.6セインの神出鬼没さも彼女らは理解しており、このレリック探索行が一筋縄ではいかないであろうことを、誰もが予感していた。



□□□



 【というのが、現在のそちらの状況ね、ロングアーチは私が抑えているけど、ガジェットはほとんど役に立ってないわ】

 「なるほど、AMFによるレリックの捕獲は厳しいと」

 廃棄都市区画の別の区域にて。

 ナンバーズの中でも空戦が不可能な陸戦型の4人、チンク、セイン、ディエチ、ノーヴェがとあるビルの中で息を潜めていた。

 その中の指揮官であるチンクが会話している相手は、無論のこと、長女ウーノ。

 アジトのCPUはおろか、魔導機械と遠隔で認識を共有できる彼女のIS、フローレス・セレクタリーによって、空と陸の大半が彼女の監視下にあり、並行してロングアーチへの妨害も行われていた。


 【ええ、流石は八神部隊長の采配といったところかしら。ともかくこうなったら、封印までは機動六課に任せて、それから奪った方が効率的ね。ルーテシアお嬢様にもそのように伝えるから、貴女達はそのサポートに回って】

 「それは了解したが、彼らは………」

 【気になるかしら? 騎士ゼストとアギトのことが】

 「………ああ、仮に私達がゼロファーストとセカンドを相手にしたとして、彼が黙っているとは思えない。彼女らは、クイント・ナカジマの娘なのだろう?」

 その言葉に、チンクの後ろの3人の表情が、それぞれに歪む。

 セインは悼むように、ディエチは悲しむように、そしてノーヴェは怒るように。

 それはまさしく、彼女らが感情のない機械ではなく、個々の意志を持つ人間である証でもあり。


 【それだけが理由ではないようにも思えるけれど】

 「今は任務中だ、私個人の思いは別にしている」

 4人の中で稼働歴が長い彼女ならば、尚更のこと。

 かつて自分が殺した相手について、当然思うことはあるが、任務中には全てを割り切るのが戦闘機人No.5、チンクであった。


 【確かに、現段階でタイプゼロの2機を捕縛するのは得策ではないわ。メガーヌ・アルピーノのような枷があるわけでもなく、何より最高評議会にとってタイプゼロは重要ではない。下手に拉致なんかすれば、貴女達を殺してでも彼が奪還に乗り込んでくる可能性もあるわね】

 そしてそれを知る故に、ウーノもただ事実のみを述べ。


 「ならば―――」

 【とりあえず今のところは、制圧のみを目的としなさい。ただ、貴女達の性能評価も大きな目的だから、やり過ぎてしまったらその時は仕方ないわ、とりあえず回収して、後の修復はこちらでやるから】

 「つまり、思いっきりやっていいってことだろ、ウーノ姉」

 退屈な話はうんざりだと言わんばかりに、現状において一番最後に稼働した末子、ノーヴェが割り込んでくる。

 6年前に稼働したノーヴェにとっては、8年前の事件も生まれる前の話でしかなく、正直、ゼストに対してあまり思うところがあるわけではない。


 【ええ、貴女はセカンドとやりたいのでしょう、ノーヴェ】

 ノーヴェが見据えるのは、あくまで唯一人。

 同じ遺伝子からクローン培養され、同系統の先天魔法を持ち、そして、己と対となるISを備えた、タイプゼロ・セカンド。


 「あったりめえだ、あいつがいる限り、あたしはずっと未完成のままなんだ………」

 それはまるで、欠けたる半身を求めるように。

 ノーヴェの両眼は、ただひたすらにスバル・ナカジマの姿を追っていた。


 「……ねえ、ウーノ姉、拳銃使いの彼女、ランスターって言うんだよね」

 どこか憂いを秘めた口調で、長女に確認するのは、No.10ディエチ。


 【ティアナ・ランスター二等陸士。この子だけはドクターの研究対象には入っていないから、削除しても構わない存在ではあるわ】

 それはすなわち、この戦いでナンバーズの誰かが彼女を殺しても良いということであり。


 「…………だったら、彼女の相手は、あたしに任せてもらっても、いいかな……?」

 それが許容できないからこそ、ディエチはそんな言葉を口にしていた。

 果たして、半ば無自覚に己の口から言葉が漏れたことを、彼女は認識していたかどうか。


 【ええ、構わないわよ、それが貴女の意志ならば、彼女は貴女の好きなようにするといいわ、ディエチ。ドクターもきっと、それを望まれてる。もちろん貴女もよ、ノーヴェ】

 それをどこか娘の自立を見守るような雰囲気で、戦闘機人の総指揮官たる女性は、創造主と同じ金色の瞳を妹達へと向けていた。

 チンクも、ノーヴェも、ディエチも、それぞれの意志で動くことこそが重要なのだと信じるように。


 「そんじゃま、あたしはてきとーに」

 ただ一人、いつも通りのお気楽モードでいるのはNo.6セイン。


 【あら、妹達は戦う相手を定めているのに】

 「うーん、あたしにとっては、ドクターと姉妹皆で仲良く暮らせればそれでいいから。あ、あと、ルーお嬢様やゼスト様や、アギトさんもいればもっといいかも」

 だから、自分は特に戦うべき相手はいないのだと、ムードメーカーの彼女は言う。


 【そう、なら貴女は貴女なりに頑張りなさい、私達に課せられた運命を断ち切るには、結局のところ牙を以て鎖を裂くしかないのだから……………武運を祈っているわよ】

 そうして、長女との通信は終了し。


 「では、私達も行くとしよう」

 「はいよ」
 「おうっ!」
 「うん」

 スローイングナイフ「スティンガー」を手に振り返るチンクに、それぞれの固有武装、ノーヴェは「ガンナックル」を、ディエチは狙撃砲「イノーメスカノン」を携えて応える。

 そして、工作兵のセインもまた、指先の小型カメラペリスコープアイの他に、腰に備えた“固有武装”を確認していた。



□□□



 「おりゃああ!!」

 「せええぇい!!」

 フロントアタッカーのスバルと、ガードウィングのエリオ。

 フォワードの前衛である二人の足並みは揃い、以前とは段違いの連携をなしていた。

 だが、スライム状のロストロギアが打撃や斬撃、火炎や電撃、さらには通常魔力弾も無力化するというのは情報通りで、目立った効果はない。


 「流石ロストロギア、可愛い外見ですけど、侮れません」

 危険を察知し、レリックを内包したまま逃亡しようとする本体の他に、あちこちを飛び回るダミー体。

 幸い、内部のレリックの反応が大きいため、本体を見誤ることはまだないが、ダミーはぼよんぼよんと跳ね回り、こちらの攻撃を妨害してくる。


 「下手にエネルギー攻撃をやればレリックが誤爆する危険もあるわね………スバルとエリオは、こいつらがこれ以上広がらないように止めてて、あたしとキャロが、本体を封印する」


 「オッケー、ティア!」
 「分かりました!」

 前衛もまた慣れたもの。

 スバルはティアナに集中させるため、エリオはキャロの詠唱を邪魔させないため、余計なぼよよんスライムを弾き飛ばしていく。


 「キャロ、あそこ、分かるわね!」

 「見つけました……捕まえます。錬鉄召喚、アルケミックチェーン!」

 方陣を成す独自の魔法陣より鋼鉄の鎖が召喚され、レリックを孕んだスライム状ロストロギアを戒めの鎖が捕える。

 そこに―――


 「バリアが展開された!」

 「しかも……以外と出力が…………」

 相手は腐ってもロストロギア、予想を上回る規模の障壁が展開され、逆にキャロの召喚した鎖を引き千切らんと魔力を放出していく。


 「エリオ! アサルトコンビネーション、行くよ!」

 「はい、スバルさん!」
 『Explosion.』

 だがしかし、その程度で怯むほど高町一等空尉の教導はやわではなく、フォワードのコンビネーションも伊達に上達していない。

 堅い防御を貫くは前衛の役目。時に盾となり、時に矛となり、後衛を魔法戦に集中させることこそが、フロントアタッカーとガードウィングの真髄である。


 「行くよ、マッハキャリバー!」
 『Load Cartridge.』

 リボルバーナックルとストラーダでそれぞれカートリッジを1発ずつロードし、高められた魔力がベルカ式の2人へさらなる突破力を授ける。


 「一撃必倒!!」
 「一閃必中!!」

 スバルがリボルバーナックルによる打撃、エリオが雷を纏ったストラーダによる斬撃を同時に繰り出す。

 前衛2人のコンビネーションによる合体攻撃魔法。


 「「 ストライクドライバー!! 」」


 「バリア破壊成功! クロスミラージュ、バレットS!」
 『Load Cartridge.』

 ティアナの指示に、刹那のタイムラグもなく応じるクロスミラージュ。


 「我が乞うは、捕縛の檻。流星の射手の弾丸に、封印の力を――」
 『Get set.』

 同じく、ケリュケイオンが輝き、後衛もまた前衛に劣らぬコンビネーションの冴えを見せる。


 「「 シーリング………シュート!! 」」

 キャロのブーストによって威力を上げたティアナの射撃(バレットS)で“封印”を行う合体魔法、シーリングシュート。

 以前のリニアレールでのレリックのように、遠く離れた地点に放り出された場合などにおいても封印処理を行えるよう、努力を重ねた特訓の成果である。


 「封印成功です!」
 「やったねティア!」

 望んだ成果を見届け、前衛二人も歓声を上げる。

 後は、回収してヘリまで帰還すれば任務完了。


 しかし―――


 「何の音―――」

 最初に異変に気付いたのは、普通の人間を大きく超える五感を有したエリオ。

 壁を叩くような、もしくは蹴るような奇妙な音が響き、徐々に近づいてくるのを彼は確かに感じ取った。


 「でぇやああああっ!!」

 “ソレ”がレリックを狙っていることに気付いたのは、半ば以上が勘だった。

 しかし、Bランクという今のエリオの力量を考えればあり得ない超反応によって、光学迷彩を展開し見えない筈の敵に向かって彼は突撃し、ストラーダを振り抜いた。


 「……っく!」

 かろうじて迎撃に成功したものの、敵もさるもの。

鋭利な先端を持つ“尾”がエリオを襲い、薄装甲のバリアジャケットを切り裂いた。

 出血も少なく、軽傷ではあるが、飛び出る血はこれが命を懸けた実戦であることを否応なしに実感させる。


 「エリオ君!」

 「大丈夫だよキャロ、それよりもあいつ、あの時アルフさんと戦った―――」

 「戦闘型の………召喚虫」

 エリオはストラーダを握り直し、キャロを背に庇うように敵に向かい直る。

 その視線の先には、漆黒の甲殻を持った人型の虫──ルーテシアの守人、ガリューが静かに戦意を研ぎ澄ます。

 同時に、紫色の方陣が封印されたレリックを中心に顕現していた。


 「強制転送―――完了」

 呟くような声の先、廃棄都市区画に散在するビルの一階にあたる広大な駐車場の中心に、ルーテシア・アルピーノが立っていた。

 彼女の手にはレリックが握られ、帰還用の転送魔法の準備を始める。


 「させないっ!」

 だが、そのまま易々と見逃すはずもなく、マッハキャリバーで加速したスバルが一直線にルーテシア目がけて踊りかかる。


 「………」

 無言のまま、スバルとルーテシアの間に割り込むのはガリュー。

 ルーテシアが張るであろうバリアを破るつもりで構えた拳は、予想以上の速度で現われた敵手によって、放つタイミングをずらされた。


 「くっ!」

 咄嗟に放った蹴りも、ガリューのカウンターを何とか躱すだけの効果しかなく、ルーテシアは転送術式を続行する。

 しかし―――


 「せぇぇいい!」

 惜しむらくは、ルーテシアには実戦経験が無さすぎた。

 想定外の増援が来ることは、敵にもあり得ることを失念していた彼女の視界に入ったものは―――


 「ギン姉!」

 ブリッツキャリバーによって加速し、高速回転を伴った左手のリボルバーナックルをガリューへと叩きつける、ギンガ・ナカジマ陸曹の姿であった。


 「アレは私が抑えるから、レリックとその子を確保!」

 「うん!」

 そして、スバルにとっても想定外であったにもかかわらず、その後の展開は以心伝心。

 パワー&スピードの近接格闘型であろうガリューに対しては、同系統でありシューティングアーツの練度が高いギンガがあたり、スバルは召喚師の少女へと。


 「………邪魔」

 無表情のまま、彼女の左手に魔力が収束し、衝撃に変換して定方向に放つだけの攻撃が、かなりの広範囲へと放たれる。


 「パンツァーシルト!」

 ちょうど後方にエリオとキャロがいる位置関係になってしまったため、避ける選択肢はあり得ず、スバルはシールドを展開して破壊の渦に対抗。


 「つ、ううう―――」

 正規の術式を踏む魔法ではないが、体内にレリックを宿すレリックウェポンであり、Sランク相当の膨大な魔力を持つルーテシアが使用したため、砲撃魔法に匹敵する破壊力を生んでいた。

 だがしかしそれすらも、ルーテシアにあえて魔法を使わせ、転送魔法による逃走を防ぐための布石。


 「………っ!?」

 「そこまでよ、今すぐレリックをこちらに渡して、武装を解除なさい」

 オプティックハイドで身を隠してルーテシアの放つ魔力波動とは反対側から忍び寄り、彼女の首筋にダガーモードのクロスミラージュを突きつけるは、センターガードのティアナ・ランスター。


 「………あなた」

 流石にこの状況ではどうにも出来ず、攻撃を止めるルーテシアの胸には、“何時の間に”という疑念が膨らんでいくが、戦術に疎い彼女に答えは出ない。


 「上手かったわよ、エリオ、キャロ」

 ガードウィングであり、俊敏に動きまわる筈のエリオがキャロの傍を動かず、スバルを狙う射線に留まっていたこと自体が、ルーテシアの油断を誘うための囮。

「今はその場でじっとしてなさい」というティアナの念話による最短の指示だけで、リーダーの意図をライトニング2人が察して動いた、まさしくコンビネーション訓練の賜物であった。


 【ルールー、1,2,3で、目えつぶれ】

 ただし、目まぐるしく変わる救援の来訪はそこで終わりはしない。

 信頼すべき旅の供からの念話を受け取ったルーテシアは素直に従い、そこに新たな救援者が姿を現す。


 「スターレンゲホイル!」

 轟音と閃光によって対象の感覚を奪う空間作用型補助魔法、スターレンゲホイル。

 烈火の剣精を自称する、真正の古代ベルカ式融合騎(ユニゾンデバイス)、アギトが放った閃光は、その場にいた人間の平衡感覚を奪い、特に元が鋭いエリオと、至近距離でくらったティアナへの効果は大きい。


 「ぐうっ!」

 その隙をつき、事前に感覚器官を遮断していたガリューがティアナへと踊りかかり、ルーテシアに怪我のないように弾き飛ばす。

 辛うじてダガーブレイドによって受け止めたものの、衝撃までは殺しきれず、ティアナはルーテシアから引きはがされる。


 「ったくルールー、あたし達に黙って勝手に出かけたりするからだぞ、ホントに心配したんだからな」

 その間にアギトは悠々とルーテシアへと近づき、局面はちょうど、5対3の形で仕切り直しとなりつつあった。

 しかし、その認識もまた、甘い。


 【新人4人、それとギンガ、そのまま目と耳を塞いでろ!】

 管理局陣営にのみ響き渡るのは、頼もしき古代ベルカの騎士からの念話。

 何をするつもりかは分からないが、彼女がそう言う以上、目と耳を塞がないとまずいことをやろうとしているのだろうと、5人全員が即座に行動に移す。

 ちょうどそれは、アギトの閃光をくらった後だけに、目と耳の調子を確かめているかのようにも見え―――


 「やれ、アイゼン!」
 『Eisengeheul.(アイゼンゲホイル)』

 お返しとばかりに叩き込まれるのは、アギトのそれと同じ効果を持つ、閃光と音による瞬間的なスタン効果を目的とした空間攻撃。

 まさか、閃光による目眩ましの後に、敵の閃光弾が飛来するとは夢にも思わず、ルーテシア、アギト、ガリューの3人は数瞬、視覚と聴覚を完全に奪われる。
 

 「ラケーテン―――」
 『Raketenform.』

 その隙を逃さず、カートリッジが一発消費され、鉄の伯爵グラーフアイゼンの二つ目の姿にして、ロケット推進による大威力突撃攻撃を行うための強襲形態が展開される。

ハンマーヘッドの片方が推進剤噴射口に、その反対側がスパイクに変形し、力の集約を行うための姿へと。


 「ハンマーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 狙いはルーテシアの守人、ガリュー。

 敵の中で最も体術と速度に優れ、防御が堅い彼を最初に潰すべきとヴィータが判断した結果であったが―――


 「ぬぅあ!」

 古代ベルカのアームドデバイスによる強襲の一撃は、同じく、古代ベルカの強固なアームドデバイスによって防がれていた。


 「旦那!」

 目と耳が満足に機能せずとも、気配だけで彼を悟ったのか、驚愕と歓喜の混ざった声をあげるのはアギト。


 「すまんな、ルーテシア、アギト、遅くなった」

 ルーテシア・アルピーノを守る最強の壁が、そこに姿を現していた。


 「そんな………」

 ヴィータの放った閃光が薄れ、事前に防護していた5人はすぐに視界を取り戻す。

 その中でただ一人、死者と会ったかのような、驚愕に満ちた声を上げたのは、ギンガ・ナカジマ陸曹。


 「貴方は、亡くなったはず………」

 8年前の事件を追っている捜査官だからこそ、その資料には何度も目を通した。

 その後身である機動六課に協力しているからこそ、前身となる部隊の長の顔くらいは把握している。

 そして何よりその人物は、クイント・ナカジマの上司であり、彼女が9歳の時に実際に言葉を交わしている相手。


 「ゼスト・グランガイツ、一等陸尉……………」

 地上本部、首都防衛隊作戦部第五課、部隊長。

 空戦S+ランクにして、クラナガンを守るために散った筈の地上の英雄が、生前の面影のままにそこにいた。




あとがき
 今回のスライムや合体魔法は、stsのサウンドステージ01に登場するものです。02や03の内容も、ゼストとアギトが戦闘機人について語るシーンや、エリオとキャロとルーテシアに関わる部分などは出来る限り加えていきたいと思っています。
 ここから先は、原作と違った展開になりますが、13話でまとめ切れるよう、頑張っていきたいです。




[29678] 7話  戦闘機人  Bパート
Name: 有賀土塁◆c58c5e50 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/11/05 13:58
ただの再構成(13話)


第七話   戦闘機人  Bパート



ミッドチルダ 首都クラナガン南西地区 廃棄都市区画



 空気が、重い。

 海の底であるかのように重圧を孕んだ大気は、実戦経験が豊富とは言い難い機動六課のフォワード達の精神力を秒単位削り取る。

 特に、幼いライトニング二人の消耗は顕著であり、スターズの二人とて余裕はなく、デバイスを構える手は僅かに震えている。


 「……………」

 その重圧の発生源こそ、古代ベルカ式と思われるアームドデバイスを構えた、壮年の騎士。

 Sランクオーバーの魔力と、歴戦という言葉をすら生温く感じさせるほどの刃の如き気配を漂わせる武人の威が、未だ巣立つ前の雛鳥達へと途切れることなく叩きつけられている。


 <………動けない>

 それを意識したのは誰であったか。

 4人の総意のようでもあり、それを自覚する余裕すらなかったようでもある。

 発せられる“威”に害意はなく、敵意もない。

 ただ、“動くな”。


 「ルーテシア、アギト、撤退するぞ。レリックを回収したのならば、ここに用はない」

 古きベルカの武人の視線と気配からは、他の念を感じ取ることが不可能な程に研ぎ澄まされ、同時に、彼がそれ以外のことを考えていないことの裏返しでもあった。

 ギンガがゼスト・グランガイツ一等陸尉と呼んだ彼は、まさしくそれだけのためにここに来た。

 機動六課の子供達と戦うつもりはなく、彼女らにルーテシアを追わせるつもりもないのだと。


 「……ん」

 彼の言葉を受けた召喚師の少女は軽く頷き、その場で転送魔法の構築に入る。

 それを止めなければと思いつつも、騎士の“威”に飲まれ、フォワード達が身体はおろか口すら動かせない中――――


 「悪いが、こっちはあんた等をこのまま逃がすわけにはいかねえんだ」

 気負うことなく言葉を発し、グラーフアイゼンを中心に三角形の陣を顕現させるのは、彼と同じく古代ベルカの正統たる紅の鉄騎。

 展開される陣の効果は、ベルカ式の一般的な魔法ではなく、守護騎士システムに由来する次元転送用の特殊魔法。

 夜天の魔導書の消滅に伴い、かつての機能の多くを失った守護騎士システムだが、騎士達がはやての下で顕現してから用いた魔法に関してはそれぞれのデバイスに蓄積されており、その一端は現在でも使用可能。

 それはまさしくリインフォースの遺産であり、最も多くを受け継いでいるのが、シュベルトクロイツを掲げし夜天の王たる八神はやてであろう。


 「………転送妨害」

 「やっろう、古代ベルカの騎士の癖に、んなことまで………」

 古代ベルカ式の使い手の多くは戦闘に特化しており、召喚術師でもない限り個人転送などはほとんど使えない、というのが一般論。

 真正の古代ベルカ式融合騎であるアギトも、過去の記憶は無いに等しく、持っている知識は現代の常識を基準としたものでしかないため、その驚愕も当然であり―――


 「時空管理局、本局航空隊1321部隊所属、地上部隊出向教官、ヴィータ三等空尉だ」

 鉄の伯爵グラーフアイゼンを構え、名乗りを上げるヴォルケンリッターが鉄鎚の騎士。

 其れも無意味な名乗りではなく、敵が古代ベルカの騎士であることを瞬時に看破したからこそ、正体を突き止めるために最も手っ取り早い方法と信じればこそ。


 「………ゼスト」

 果たして、僅かに逡巡することもなく、騎士は己の名を告げていた。


 「って、旦那、名乗っていいのかよ!」

 「名を隠すことに意味はない。既に彼女らはこちらのことを半ば以上確信している」

 旅の供たる烈火の剣精の忠告混じりの問いに対し、静かに応じながら、ゼストは一人、いや、二人の少女へと視線を向ける。

 片方は既に女性を表現した方が妥当と思える容姿と風格を備えているが、彼にとっては姉も妹も、ともに少女であった。


 <クイントの生き移し、だな……………ギンガ、そして、………………スバル>

 かつて己の力が及ばず、死なせてしまった部下達の姿は、僅かも色褪せることなく彼の心の奥に刻み込まれている。

 その娘達が逞しく育っていることは正直に嬉しく思えるものの、彼女らが戦闘機人を追うことについては、割り切れない想いがある。


 <………だが、それも仕方ないことか>

 それが決して、避けられない必然であることを知りながらも。


 「ギンガ、この騎士はお前の言ったとおりで間違いないな」

 「………ええ」

 フォワード4人がプレッシャーに抑えられている中、かろうじて抗っているギンガ。

 ヴィータが至近距離にいる限りルーテシアの転送魔法が使えない以上、ゼスト達が退くにはヴィータを彼女から引き離すしかない。

 それを理解しているからこそ、ギンガは―――


 「色々想うところはあるだろうが、あいつはあたしに任せろ。今のお前じゃ太刀打ちできねえし、止めることも出来ねえ」

 「…………はい」

 今は私情を捨て、この場の上位者であるヴィータ三尉の言葉に素直に従うことを選んだ。


 【お前達もだぞ、新人ども。あの騎士はあたしが引き受けるから、残る三人、絶対に逃がすなよ】

 さらに、ゼストの威が重圧を与えてくる状況では言葉では伝わりにくいため、念話でヴィータが指示を飛ばし。



 「アギト、お前はガリューと連携してルーテシアを守り通せ、俺があの騎士を引き離す」

 「でも、それじゃあ、旦那は転送出来ねえ―――」

 「問題ない、俺一人ならば切り抜けることは容易い」

 「………分かった」

 対立するレリックの蒐集者達もまた、狙いはほぼ同じものとなり。


 「行くぜアイゼン、フルドライブ!」
 『Gigantform.』

 「はぁあああ!」

 カートリッジが炸裂し、二人の騎士が閃光となり、己が魂たるアームドデバイスを振り下ろす。

 両陣営の最強の戦力が激突し、体格に勝るゼストがヴィータを押し込みながら遠く離れていき―――


 「ブレネン・クリューガー!」
 「クロスファイア、シュート!」

 アギトの放つ火炎弾と、ティアナの魔力弾が相殺して火花を散らし、図らずとも開戦の号砲として響き渡っていた。



□□□



機動六課隊舎、管制司令室──


 「通信妨害―――おさまりません」

 「逆探知は?」

 「やってますが、どうやら、現場のガジェット全てから妨害電波が放たれてるみたいで―――」

 オーバーSランクの騎士と相対した前線のみならず、ロングアーチもまた激戦のただ中にあった。

 戦闘機人No.1、ウーノのIS、フローレス・セレクタリーによって、廃棄都市区画のあらゆる魔導機械がクラッキングをかけられ、現場からの情報がほとんど入ってこない状況に追い込まれているのである。


 「皆、落ち着きや、現場の方での短距離通信は通じとるみたいやから、敵はこっちとの長距離通信を優先して遮断に来とる。けど、リインが向こうにいる限り、完全に遮断されることはあらへん」

 ただ、ロングアーチのスタッフが管制するサーチャーが封じられようとも、現場には八神はやての分身ともいえる古代ベルカ式融合騎(ユニゾンデバイス)、リインフォースⅡ空曹長がいる。

 とはいえ、彼女が守護騎士のラインを通してヴィータから受け取り、はやてへと送ってくる内容も決して軽いものではなく、特に、ゼスト・グランガイツ一等陸尉が現れたという情報は一瞬はやての脳に空白を生んだほどだ。


 「フォワードについては、リインとヴィータを通して私が指揮する。ロングアーチは、現場上空の隊長陣とヘリのヴァイス陸曹との通信が再開できるよう、全力を注ぐ、ええな」

 「「「 はいっ! 」」」

 元気よく返す、オペレーター3人。士気は決して低くない。


 「ええ返事や、それと、グリフィス准尉」

 「はっ!」

 「地上本部のオーリス・ゲイズ三佐に秘匿通信を繋いでくれるか、多少時間がかかっても機密性を第一に」

 「了解しました」

 そして、限られた情報だけを頼りに、八神部隊長が打った布石がどう生きるか。

 廃棄都市区画の戦いは、いよいよ激しさを増していく。



□□□



 「つぇい!」

 裂帛の気合いと共に、アギトは自身の周囲に発生させた火炎を次々と撃ち出し、フォワード達は冷静に射線を見極め、それぞれに離脱していく。

 スバルとギンガの機動力の高さは言うに及ばず、エリオに至ってはキャロを抱えて後方に飛ぶだけの余裕があり、センターガードのティアナもこの程度は軽いものだ。


 【着弾部分の建材が液状化してるわ、着弾時に高温で燃え上がる性質があるみたい、皆、注意して直撃はくらわないように】

 さらに回避しつつも、リーダーたるスターズ04は敵の解析に心を砕き、心掛けるべき事項をメンバーへと伝えていく。

 前回の戦いより一か月あまり、高町教導官の下でフォワード達は見違えるばかりの成長を遂げていた。


 「ケリュケイオン、あの子の転送を止めるよ」
 『All right.』

 そして、もう一人の後衛たるフルバックのキャロもまた、己にしか出来ない役割を果たしていく。

 先ほどまではヴィータが妨害していたルーテシアの転送魔法だが、同じく召喚術師であるキャロにもそれは可能であり、ライトニング04が後方で守られている限り、ルーテシア達が撤退するのは厳しくなる。


 「――――」

 高い知能故にそれを察したか、アギトのブレネン・クリューガーが巻き起こした火炎と煙に紛れ、高速機動のガリューがキャロ目がけて突進し、右腕から殺傷能力に長けた刃を出現させつつ切りかかるが。


 「―――っ! はあぁ!」

 瞬時にその意図を悟ったギンガが、ブリッツキャリバーで加速しつつ、左手に備えた母の形見、リボルバーナックルで迎え撃つ。

 その拳の名を、ナックルバンカー。

 リボルバーナックルで魔力を高め、拳の全面に硬質のフィールドを生成し、そのフィールドごと衝撃を撃ち込む打撃魔法。

 シューティングアーツの中でも難易度が高く、スバルではまだ不可能な技である。


 「ちっくしょ、あいつら、しっかり連携してきやがる!」

 「………厄介だね」

 続けて火炎弾を放ちつつも、アギトは戦況が芳しくないことを悟っており、声に焦りが含まれていく。

 彼女の傍でルーテシアも魔力を直接攻撃力に変え、キャロ目がけて放ってはいるが。


 「させない、ストラーダ!」
 『Sonic Move.(ソニックムーブ)』

 高速のガードウィング、ライトニング03が、キャロを抱えて回避し、彼女らの攻撃を無意味と化していく。

 レリックにより増幅されているルーテシアの強大な魔力による攻撃も、当たらなければ意味はない。


 「我が乞うは、疾風の翼。若き槍騎士に、駆け抜ける力を」

 さらに、エリオの速度によって回避の心配がなくなったキャロが速度ブーストをかけながら、ルーテシアが転送を試みれば即座に妨害するための準備を、ケリュケイオンが並列して行っている。

 ライトニングFの連携によって、彼女らの火力はほとんど無効化されつつあると言えた。


 「クロスファイア、シュート!」

 「またかよ!」

 そして、アギトにとって何よりも厄介な存在が、射撃型のティアナ・ランスター。

 彼女らがエリオの速度ですら躱しきれない範囲攻撃の準備を始めれば、実に嫌らしいタイミングで誘導弾が襲いかかり、集中を途切れさせる。


 「ったり前でしょ、撃たれたらこっちは終わりなんだから!」

 大砲の撃ち合いになれば、魔力量の多くないティアナには勝ち目がないことを知るが故に、彼女は手数で押し、大砲を撃たせないことに専念していた。

 加え―――


 「リボルバァァァッ、シュゥゥゥトッ!!

 ティアナの幻影魔法、オプティックハイドで姿を隠したスバルが、隙あらば二人目がけて飛び込んでくるのだ。

 魔力量で考えれば、アギトはA+、ルーテシアに至ってはSランクに届いており、ティアナを大きく引き離しているが、二人とも近接格闘のスキルを有していない。

 つまり、二人にとっては陸戦Bランクのスバルの一撃ですらまともにくらえば致命打になりかねず、本来そういった格闘型の突進を食い止める役のガリューは、ギンガによって止められている。


 「ガリュー! 一旦ルールーのとこまで戻れ、って、まじかよ!」

 「いっけえ!」
 『Speerangriff. (スピーアアングリフ)』

 かといって、ギンガを振り切ってガリューが二人に合流しようとすれば、今度はエリオが邪魔に入り。


 「スバル! シフトD!」
 『Snipe Shot.(スナイプショット)』
 
「了解ティア!」
 『Wing Road.(ウィングロード)』

 エリオと入れ替わりに、マッハキャリバーが展開したウィングロードを駆ってスバルがキャロの守りにつき、ティアナが弾幕を張る。


 「………固い」

 感情に乏しいルーテシアですら思わず声が漏れるほどの、互いの長所を生かした連携の妙技。

 スターズのコンビがルーテシア・アギトに正面から向かいつつ、転送封じ役のキャロの壁となり、エリオが遊撃手として、時にキャロを抱えて高速で動き、時にガリューの足止めを果たす。


 「ここから先へは通さないわよ、召喚虫!」

 そして、5人の中では最強の戦力だが、連携をとるための訓練を行っていないギンガは、ガリューの相手として固定。

 キャロのブーストと転送封じを最大限に生かしつつ、スターズのコンビネーションでルーテシアとアギトの火力を封じ、エリオの敏捷性とギンガの白兵戦能力を発揮させるための布陣。

 機動六課における集団戦の教導は、確実に実を結んでいるらしい。


 「っくしょ、このままじゃ………」

 僅かの間に、戦況は膠着から不利へと傾いていく。

 純粋な数ならば5対3であり、敵の一人は後方支援に徹しているというのに、気がつけば誰もが2対1の戦いを強いられているような錯覚に陥る。

 ガリューには、ギンガとエリオ。

 アギトには、ティアナとスバル。

 ルーテシアには、エリオとティアナ。

 さらに、キャロのブーストが誰かにかけられ、彼女のマルチタスクが限界のため幼竜の姿のままのフリードも、隙あらばブラストフレアを放ってくるという極悪さ。


 「ルールー、地雷王とか召喚できるか!」

 「………時間が足りない」

 ルーテシアの召喚虫はガリューのみではなく、インゼクトや地雷王、さらには白天王という究極召喚も存在する。

 とはいえ、切り札も召喚する時がなければ意味はなく、まずは5人のうち誰かを突破せねば夢物語に過ぎない。


 しかし―――





 「エアライナー!」

 それは、彼女達に増援がなければの話。


 「おらあああああああああ!!」

 スバルのマッハキャリバーと同系統にして、運動機能ならば上をいく固有武装「ジェットエッジ」で一気に間合いを詰め、ジェット噴射で加速した蹴りを繰り出す人影が一つ。

 戦闘機人No.9、“破壊する突撃者”ノーヴェ。

 彼女の目標はただ一つ、他の敵など眼中に入れず、タイプゼロ・セカンド目がけて一直線に突き進む。


 「!? マッハキャリバー!」
 『Protection.』

 しかし、スターズ03、スバル・ナカジマのフロントアタッカーとしての資質もまた、並ではない。

 ヴィータに散々叩かれ、時にはラケーテンフォームのジェット噴射付きの一撃をくらった経験が生きたのか、その奇襲にすらスバルは反応し、バリアを展開、ノーヴェの蹴りを真っ向から受け止める。


 「――ッ!?」
 「うらあ!」

 ただし、二人には大きな差があった。

 片や、自分のウィングロードによく似た魔法に加え、髪の色こそ違うが、まるで鏡を見ているかのような少女の姿に動揺するスバル。

 片や、自分と同じ“母体”から製造されたクローン体であることを熟知し、不倶戴天の敵と見なしているノーヴェ。


 「あああぁっっ!」

 奇襲のアドバンテージがなくなっても、初見における精神的優位は揺るがず、ノーヴェの蹴りはスバルの防御を突破し、その身体をビル壁へと叩きつけた。







 「スバ―――っ!?」

 やや離れた場所までガリューを引き離していたギンガが敵の新手に気付き、体勢を立て直すために合流を図った瞬間。

 ブリッツキャリバーが急停止し、その7,8メートル先には、スローイングナイフで構築された“破壊の檻”が存在していた。


 「よい判断だ、そのままオーバーデトネイションに突撃していれば、致命傷は免れなかっただろう」

 ソプラノの高い声と共に姿を現すのは、外見年齢は11歳ぐらいの矮躯に、右目を眼帯で覆い隠した、銀髪の小柄な少女。

 機動六課のからの情報によりギンガも知る、かつて八神はやてが相対した戦闘機人。

No.5、“刃舞う爆撃手”チンク。


 「IS発動、ランブルデトネイター」

 ギンガとブリッツキャリバーの咄嗟の判断が、的確であったのは事実。

 しかし、チンクの能力はその好判断をチャラにするほどの攻撃力を備えており、一瞬で発生した爆撃の波動はギンガの身体を吹き飛ばす。







 「ギンガさ―――!?」

 「フローターマイン」

 現われた増援はノーヴェとチンクのみではなく、ティアナの周囲の空間に反応弾がばら撒かれ、動きが封じられる。

 その術者はティアナも知る、前回の戦いにおいてSランクの砲撃による狙撃を行いし戦闘機人。

 No.10、“狙撃する砲手”ディエチ。

 ティアナが迂闊に動いて触れれば爆発を起こし、大きなダメージを負わされるのは間違いなく、マルチタスクを総動員して打開策を導き出そうとするものの。


 「残念だけど、貴女単体の防御力じゃ、あたしの砲は防げない」

 ディエチが両手で抱える固有武装、「イノーメスカノン」。

 今回は持ち運びを重視してか、リニアレール狙撃時に比べれば一回り小型になっているものの、そこから吐き出される魔力砲撃はゆうにAAランクに届く威力を持っていた。


 「―――仕方ないわね!」

 迫りくる砲撃と、周囲の反応弾。

 どちらの危険度がより高いかを天秤にかけ、ティアナが選んだのは上に跳んで砲撃を回避し、浮遊地雷の洗礼を受ける道であった。

 無論のこと、安くないダメージは負ったものの、もし戦場が入り組んだ廃棄都市区画でなく、建物の倒壊の危険がなければ、ディエチはSランクの広範囲砲撃すら行えただろう。


 <この程度の傷で済んだなら、むしろ僥倖ね―――>

 吹き飛ばされながらも周囲の状況を探るため視線を巡らす。

 視界に飛び込んで来たのは、スバルとギンガがそれぞれ、ノーヴェ、チンクの急襲を受け、自分と同じように壁に叩きつけられる姿に加え。

 まだ諦めるには早いことを実感させる、ライトニングの戦況であった。







 「ありゃま、凄い反応だね、君」

 間一髪で距離を取り、間合いを離しながら心底感心したような声を挙げるのは、ナンバーズのムードメーカーにしてお笑い担当、No.6セイン。

 彼女は己のIS、ディープダイバーによって転送妨害の要となっているキャロを拉致してやろうと試みたが、彼女を守る幼き槍騎士の超反応により、断念させられていた。


 「昔から、勘や耳は良い方なんです」

 ストラーダを構え、油断なくセインを見据える、エリオ・モンディアル。

 ディープダイバーは紛れもなく隠密に長けたISだが、セインの気配と、何よりも“音”を正確に感じ取れるエリオがキャロを守る限り、その奇襲も通用しない。


 「――――」

 そして、チンクがギンガを吹き飛ばしたことでフリーとなり、エリオの背後へ高速で忍び寄り、奇襲をかける人型の虫、ガリューの刃は。


 「残念、この子達には指一本触れさせないよ!」

 フェイト・T・ハラオウンが使い魔にして、ライトニングの守り手、アルフの爪と牙によって、防がれる。

 前回と同様はやての指示を受け、彼女も増援として廃棄都市区画にやってきていた。


 「リインはヴィータと合流しに向かってる。ユニゾンさえすれば、S+ランクの騎士が相手でも負けはしないよ」

 さらに、アルフの口から語られるのは、もう一人の増援が既に行動を開始している事実。

 融合騎であるリインは、単体で戦うよりもヴォルケンリッターか主であるはやてとユニゾンした方が戦力として有効になる。

 だからこそ、こちらの救援はアルフに任せて持ちこたえてもらい、その間にヴィータとユニゾンし、ゼストを押し切る策に出た。



 「!? 旦那!」

 その言葉に、一番反応したのは、ゼストの身体がもう長くないことを深く知るアギトであり。


 「……………行ってあげて、アギト………」

 アギトの感情を察したのか、本来守られるべき少女もまた、烈火の剣精が騎士の下へ向かうことを依頼していた。


 「だけど、ルールー……」

 「大丈夫、今はチンク達もいてくれるから……」

 アギトは、彼の騎士からルーテシアを守るよう頼まれており、そう簡単に彼女の傍を離れるわけにはいかない。

 さらに、彼女はナンバーズのことを良く思ってはおらず、戦力的には信用できても、スカリエッティの作品である彼女達にルーテシアを任せることに異論がないわけでもなかったが。


 「御安心ください。ルーテシアお嬢様の安全は私達が請け負います」

 変態医師ことジェイル・スカリエッティや、初期制作機のウーノ、ドゥーエ、トーレ、クアットロと、それ以下のナンバーズでは性質が異なることも、彼女は知っていた。

 ディエチは温厚、セインは友好的、ノーヴェはいつも苛立っているが、こちらに敵意を向けることもなく、何よりも―――


 「私もまた、個人的な理由によるものですが、ルーテシアお嬢様を可能な限り守ることを騎士ゼストと約束しています」

 No.5、チンクが信頼する者に、ノーヴェが牙をむくことはあり得ない。

 そして、彼女がスカリエッティの意志に依らない己の感情で、ルーテシア達のことを気にかけていることを、不本意ながらも理解しているからこそ。


 「………分かった、この場はルールーのことを任せるけど、怪我でもさせたら承知しねえからな」

 「ええ、承知しています」

 この場をチンクに任せ、烈火の剣精アギトは、古代ベルカの騎士の下へと全速力で飛翔していった。








 「さて―――」

 そして、地上における前線指揮官として、チンクが改めて周囲を見渡せば。


 「手前だけはあたしが倒す! タイプゼロ・セカンド!」

 「恨みを買った覚えは、ないんだけど!」

 ノーヴェは、宣言通りにただひたすらに、タイプゼロ・セカンドへと突撃し。


 「貴女は、この任務から降りた方がいい、ランスターさん。…………お兄さんのように、なりたくなければ」

 「貴女…………」

 ディエチもまた、自分と因縁を持つ相手に集中し、他に注意を向けていない。


 <そして、セインがライトニング03の隙をうかがい、ルーテシアお嬢様の守人が、フェイト・T・ハラオウンの使い魔と対峙するならば―――>

 ライトニング04の少女と、ルーテシア・アルピーノがぶつかることは、事情を知らぬものであっても察せられること。

 となれば、チンクが戦うことになる相手は、ただ一人。


 「貴女の相手を私が勤めるのも、因縁というべきなのだろうか、タイプゼロ・ファースト」

 「かもしれないわね、No.5、チンク」

 先程のランブルデトネイターの爆撃にも、まるで応えた様子を見せない、シューティングアーツの勇士。

 ギンガ・ナカジマ陸曹が、ある種の確信と共に言葉を紡ぐ。


 「8年前の戦闘機人事件において、ゼスト隊を壊滅に追い込んだのは、貴女達ナンバーズで間違いないかしら?」

 「ああ、もっとも、私の任務は騎士ゼストを仕留めることで、貴女の母親を殺し、メガーヌ・アルピーノを仕留めたのは、クアットロだがな」

 それは、もし機会があればと、クアットロより頼まれていた事柄。

 戦闘機人の活動について局員に語るならば、己の行動を高らかに宣伝して欲しいと。

 実に彼女らしい、本心を幻惑のヴェールの向こう側においたままの言葉を、無言のままに了承した時のことを、チンクは内心で苦笑いを浮かべつつ懐古していた。


 「そう…………その彼がなぜ生きているのかも気になるわ、もう少し詳しい話を、お聞かせ願おうかしら」

 「これ以上聞きたくば、私を逮捕してからにすることだ、捜査官殿」

 二人が同時に、リボルバーナックルとスティンガーを構え。


 タイプゼロ・セカンドのスバルと、No.9ノーヴェ。

 兄の死の真相を探るティアナと、No.10ディエチ。

 Fの遺産にして人造魔導師たるエリオと、No.6セイン。

 強大過ぎる力を秘めた竜召喚師キャロと、レリックウェポンの召喚師ルーテシア。

 ライトニングの守人たるアルフと、ルーテシアの守人たるガリュー。

 そして、8年前の事件を追うギンガ・ナカジマ捜査官と、ナンバーズの前線指揮官たるNo.5チンク。


機動六課陣営とナンバーズ陣営の戦いが、火蓋を切って落とされた。



□□□



 廃棄都市区画上空。

 金色の閃光と紫色の極光が、人の視認速度を超える領域で交錯を繰り返す。


 「はあああぁ!」

 「つぉおおお!」

 フェイトのライオットブレードと、トーレのインパルスブレードは幾度も打ち合い、衝撃と火花を散らしながらも、互いに軋む気配すら見せない。


 「私の速度に、よくぞついてくるものだ!」

 「飛行速度だけで勝てるほど、高速機動戦は甘くはない!」

 純粋な速度で比較するならば、ライドインパルスを発動させているトーレが上回っており、膂力においても、肉体強化レベルがオーバーSに達している彼女に分があるのは明白。

 また、機械を体内に埋め込んでいる戦闘機人にとって、フェイトの持つ電気変換資質による攻撃は時に厄介なものとなるが、それについても対電撃コーティングを施してあるため、痺れによって機動力が損なわれることもない。


 「フォトンランサー」

 しかし逆に、フェイト・T・ハラオウン = 電撃という先入観こそが、トーレに存在した唯一の隙と呼べた。

 電気変換資質は攻撃力と速度の両面で優れており、フェイトの“速度”とバルディッシュの“鋭さ”の組み合わせは、管理局でも比肩するもののない練度を誇る。

 その代り、変換資質の中でも対策が取りやすいことも電気変換の特徴であり、当然、フェイトと戦うことが前提であったトーレも、対電気の備えを施していたが。


 「光の射撃か―――」

 両手持ちのライオットブレードを振るいながら、自身の周囲にスフィアを形成し、フェイトが放ってくる射撃はフォトンランサー。直線飛行のみで誘導性能を有しないが、代わりに弾速が速く連射が利く。

 フェイトが最初に習得した魔法で、それだけに熟練しており、ほぼ限界速度に近い高速機動を行いながら並行して放てる唯一の射撃魔法といえる。


 <まさか、最も単純な攻撃が電気変換を伴わないものとは…………余程良い師に恵まれたらしい>

 トーレが称賛を送った相手は、フェイトよりもむしろ、彼女に空戦の基礎を教えた魔法の師、リニスであった。

 フェイトが成長した際、彼女の特性を知りつつ互角の速度の空戦を挑んでくる相手がいても戦えるよう、相性に左右されにくい光系の魔法を最初の魔法として教えた、リニスの先見の明が、トーレの戦術を凌駕した。

 その僅かの想定外が、スペック的には勝るトーレへと傾く筈の天秤を、拮抗させていた。









 「あらあら、流石は機動六課の隊長陣、見事な駆け引きでございますわね」

 フェイトとトーレが戦う空域とはかなり離れた地点におけるもう一つの戦いも、収束へと向かいつつある。

 クアットロの目的は、厄介なスターズ01を空に釘づけにすることであり、なのはの目的は制空権の確保。

 条件を考慮すれば、クアットロの有利は歴然。

 彼女のIS、シルバーカーテンによるガジェットⅡ型の幻影が地上に展開する局員を襲うだけで、なのははそれらを全て破壊せねばならない。


 「スターダストフォール!」

 しかし、相手は戦技教導隊の誇る、高町なのは一等空尉。

 消耗を少なく長期戦を戦う術は武装隊の誰よりも心得ており、多数の教え子と同時に戦う訓練を行う場合が多い彼女は、多対一の戦いのエキスパートと呼べた。


 「まさか、Ⅱ型の制御ユニットだけを撃ち抜いて、残骸を投擲武器に再利用するなんてねぇ」

 本来であれば本物と幻影を識別し、その情報をレイジングハートへと転送する筈のロングアーチは、No.1ウーノによって通信を封じられている。

 つまり、なのはは孤立無援で、多数のⅡ型とクアットロの幻影から上空の領域を確保しつつ、敵を捕縛せねばならない。

 普通に考えれば一人で出来ることではないが、それを成してこその、エースオブエース。


 「エクセリオンバスター!」

 全力戦闘用のエクシードモードを展開し、レイジングハートもまた、槍の如き形状へと変化。

 彼女の縦横無尽の働きによりⅡ型の大半は落とされ、放たれる砲撃は操者であるクアットロを掠るようになりつつある。


 「さて、それではそろそろ、本気を出した戦闘機人の力というものを、見せて差し上げましょう」

 だがそれも、クアットロの想定内。

 機動六課の切り札の一枚、スターズの隊長ならばこの程度はやってのけると予測した上で、後方指揮官たる彼女は、戦場へと降り立ったのだから。


 「限定解除」

 戦闘機人たる己の性能、創造主たるジェイル・スカリエッティの叡智を、蒙昧なる者共に知らしめるために。


 「我は戦闘機人…………余分な感情を排除した…………至高の殺戮兵器」

 伊達眼鏡を外すと同時に、髪を下ろし、自己暗示をかけるよう、彼女は言葉を紡ぐ。

 諧謔の要素を強く秘め、どこか任務も遊び半分に取り組むような人格から、相手を見下す悪癖を機械の条理で封印し、冷静に戦況を見極め、的確に行動する後方支援の要へと。


 「先天技能の並行運用開始…………IS、レイストーム」

 そして、六課設立前の襲撃において、“結界担当”であったのは一体誰であったか。

 本来、ナンバーズの中で結界担当になるべく調整された戦闘機人は、余分な感情を排除して生まれてくるはずだった、NO.8オットー。


 「髪による放熱を開始…………IS、シルバーカーテン」

 戦闘機人としての“データの共有”により、未だ生まれえずポットで眠る妹のISを発動させ、戦闘機人No.4、クアットロがその機能の全てを解き放った。



□□□



 「せりゃああああああっっ!!」
 「うおりゃあああああっっ!!」

 空ばかりではなく、地上における6対6の戦いも、複雑な戦術を交えつつも緊迫した戦況が続いている。


 「クロスファイア、シュートッ!」
 「………エリアルショット、反応炸裂弾」

 スバルとティアナは背中合わせに構え、クロスシフトを交えながら、ノーヴェとディエチの攻勢に立ち向かい。


 「……しっ!」
 「リボルバーキャノン!」

 ギンガが一人、チンクの攻撃を抑える。

 戦況は3対3、それが2つとなっており、スターズに加えてギンガの3人に、ライトニングに加えてアルフの3人。

 戦力バランスとしては悪くなく、スターズトリオは数年前からの知己であることもあってか、ノーヴェ、ディエチ、チンクの3人を連携で上手く対応している。


 「エリオ、切り込みな!」
 「了解ですっ!」

 そして、ハラオウンファミリーとも呼べるライトニングトリオも、絆の深さという点では劣っていない。

 使い魔であるアルフにとってキャロの護衛は打ってつけであり、ガリューを牽制しながらも、エリオを遊撃手として活用するためのサポートすら並行して行っている。

 ルーテシアの攻撃も、元々堅いアルフの障壁にキャロのブーストが加わっては突き破れず、こちらも決め手を欠いていた。


 「うーん、こうなると、あたしの能力って、役立たずかな?」

 何よりも、一度布陣が固まってしまえば、セインの能力がそれほど役に立たないことが大きい。

 レリックを抱えたルーテシアと一緒に逃げるだけならば最適なディープダイバーだが、セインがルーテシアに近づこうとするたびに、エリオが凄まじい速度で突撃してくる。

 これもまた、前回の戦闘記録を元になのはが作成した教導の成果であり、セインの存在が確認されたならば、エリオがその索敵と妨害に当たることは、2週間前の訓練から定められていたのだ。


 【ギンガ、こっちは今のところ拮抗してるけど、新手が召喚されたら、ちときついね】

 しかし、戦闘機人の合流前に比べ、ルーテシアに余裕が出来ているのも事実。

 転送魔法こそキャロが封じているが、己が契約した虫を召喚するならば、その限りではない。


 【ですが、増援も厳しそうですし、今はヴィータ三尉とリイン曹長を信じるしか………】

 この場ではフォワード達を守る義務があるアルフとギンガはその点を懸念するが、現状を維持するのが手一杯で、援軍を待つくらいしか選択肢がないのが現実だ。

 そして、だからこそ―――


 【ティア、あれ、使うしかないかな………】

 自分と同タイプの戦闘機人と格闘戦を繰り広げながら、スバルはある決意を固めていた。

 皮肉にも、敵が戦闘機人であることが、普段であれば思いつかないであろう打開策をスバルに閃かせる


 【だけどあれは、まだ制御が出来てないし、何より、あんたのトラウマなのよ………】

 それを知るのは、姉であるギンガと、パートナーのティアナのみ。

 強力かつ危険な力であるため、ライトニングにはまだ知らされていない、スバルの戦闘機人としてのIS。


 【確かに怖いよ、だけど…………】

 元々スバルは、戦うことそのものを好む性質ではない。

 幼い頃の彼女は、破壊に特化した己の力を恐れ、誰かを傷つけることを怖がり、常にギンガの影に隠れていた。


 【あの人に助けられて………あたしは変わったんだ………】

 だけど、今は違う。

 憧れのあの人にように、誰かを救える人になりたいからこそ、スバルは今、機動六課にいるのだから。


 【だから大丈夫、皆を守るためなら、きっと使える!】

 何かきっかけがなければ、自分が変われないことを、スバルもどこかで気付いていたのか。

 かつては恐れるだけだったこの“壊す力”を受け入れ、前に進まなければ、自分はいつまで経ってもギンガやなのはに守られるだけ。

 そんな自分が嫌で、皆を守れるような強い自分になりたいと思うからこそ―――





 「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 瞬間、スバルの目が黄金色に染まり、凄まじい魔力流が吹き荒れる。

 その足元に展開されるは、ベルカ式の三角形の陣とは異なる円形の陣。

 普段と同じ水色だが、それはミッド式の円陣とも異なる、戦闘機人のテンプレート。

 放出される魔力量も、通常のスバルでは考えられないまでに上昇し、急激な負荷にマッハキャリバーが悲鳴を上げる。

 そして、突撃。


 「―――っ、ちいっ!」

 突然の豹変に驚愕しつつも、ノーヴェは固有武装「ガンナックル」から高速直射弾を撃ち出し、迎撃を試みる。

 だが、破壊本能を解放して前進するスバルは、意に介さず特攻し―――


 「砕けろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 繰り出された拳と共に、スバルのIS“振動破砕”が発動し、ノーヴェの展開したバリアを突き破り、右手のガンナックルを完全に破壊した。


 「んの、野郎っ!!」

 ノーヴェは咄嗟に、もう一つの固有武装、「ジェットエッジ」を噴射加速。

 間合いのない密着状態からの蹴りを放ち、ビル壁へ弾き飛ばされることを代償に、何とか“振動破砕”の脅威から逃れる。

 当然、ほぼ同じ体重のスバルは反対側へと弾き飛ばされるが、そこに殺到するのは無数の投げナイフ。


 「スバル!」

 妹の危機にギンガが反応し、リボルバーシュートによってチンクの放ったスティンガーを空中で蹴散らす。

 だがそれは、一瞬の隙をギンガから見出すための布石に過ぎない。






 「………限定解除」

 響き渡るその言葉は、さながら終焉の角笛か。

 元々は限定解除を行う意思はあまりなかったチンクだが、妹の危機を目の前に、躊躇うことなくその力を開放する。

 矮躯ながら、前線要員として十分なAAの肉体増強レベル誇ったその身は、カプセルで眠る妹との能力同調を引き金に、レベルSまで上昇。

 さらに、空戦までもが可能となり、限定解除したチンクは、トーレに次ぐ空戦能力を備えた“空の殲滅者”へと変貌する。


 「IS発動…………スローターアームズ」

 その手には、高質量とバリアブレイク性能を持つ、円月形の刃、「ブーメランブレード」が顕現。

 IS、スローターアームズは「ブーメランブレード」を手元に呼び寄せる転送の技能を含み、投擲しても最大4本を同時制御することが可能。

 それを元来、“オーバーデトネイション”に代表される、スローイングナイフの空間操作に長けたチンクが振るえば、何が起こるか。


 「………………」

 感情はおろか、しゃべる機能すら忘れたように無表情のまま、チンクがギンガ目がけて突進し、手に持った高重量の刃を振るう。


 「くっ!」
 『Defenser.』

 その一撃は「第一線のベルカ騎士の一閃」に匹敵し、近代ベルカ式Aランクのギンガが張った障壁をも容易く突き破り、彼女をビル壁へと弾き飛ばす。

 奇しくもそれは、スバルがノーヴェへ放った一撃の焼き増しのようであり。


 「……………」

 時を置かず、両手のブーメランブレードが投擲され、ギンガとスバルへそれぞれ飛来。
 
 迫る刃の速さに、避けきれないと判断してか、二人は共に迎撃を選び。


 「はあっ!」
 「うおおおおおおおおおお!!!」

 ギンガの左手のリボルバーナックルは、斜めから打撃を与えることで刃の軌道を逸らし。

 スバルの右手のリボルバーナックルは、“振動破砕”によって刃を粉々に砕き散らす。


 「………ランブルデトネイター」

 しかし、彼女らは失念していた。

 チンクの本来のIS、ランブルデトネイターは“手で触れた金属を爆発物に変化させる能力”であり、その対象はスティンガーに限らないことを。

 さらに、スバルが砕き散らしてしまった破片もまた“金属片”であり、ちょうど、彼女の周囲に浮遊する形になっていた。

 そして、爆発。






 「スバル! ギンガさん!」

 スバルを中心とした大爆発を確認し、悲鳴に近い声を挙げるティアナ。

 その間にも“スローターアームズ”で制御されたもう一つの刃はギンガを狙い続け、受け止めれば金属の塊として爆発するという凶悪極まりない代物と化している。

 しかし、生きる戦闘兵器と化したのは、チンクだけではなく―――


 「限定解除―――IS、エリアルレイヴ」

 ディエチの足元に、盾、砲撃装置、移動手段を兼ねた汎用性の高い大型プレート、「ライディングボード」が顕現し、さらに奇怪な現象が続く。


 「機体接合……………融合開始」

 ディエチが上に乗ると同時に、「ライディングボード」の一部が変形し、彼女の足首を“飲み込むように”ドッキングを開始する。

 さらに、右手に構えた「イノーメスカノン」にも同様の現象が起こり、ディエチの右腕そのものが、砲身へと姿を変えていく。


 「な…………」

 ティアナの目に飛び込んできた光景は、機械兵器と文字通りの融合を果たした、“戦闘機人”の姿。

 ディエチが同調したNo.11ウェンディは肉体増強レベルではAAと、元のAよりも1つ上がったに過ぎないが、機動力が空戦を行えるレベルまで上昇している。


 「………飛翔」

 足首と物理的に繋がったボードからディエチが落下することはあり得ず、“狙撃する砲手”であった故の足が重いという弱点は、“守護する滑空者”の恩恵により消滅した。

 それはすなわち、なのはに迫る空戦能力を備えたSランクの砲撃手が誕生したことを示しており。


 「降り注げ…………流星」

 頭上をとられ、砲身と化したディエチの右腕より“砲撃の雨”が無情に吐き出され。

 クロスファイアで相殺しきれなかった多数の魔力弾が、ティアナの身体を貫いた。







 「限定解除―――IS、ツインブレイズ」

 そして、最後の解放はライトニングに迫る“潜行する密偵”。

 No.6セインが腰に下げていた、ISと同名の固有武装「ツインブレイズ」は柄のみであり、刀身はバルディッシュの魔力刃などと同様、自身のエネルギーによって構成される。

 しかし、何よりも脅威となるのは、No.12ディードと同様のAAレベルの肉体増強と、瞬間加速により敵の死角を奪取出来る空戦能力が、物質透過能力を持つセインに加わったことであり。


 「………機能、瞬殺の双剣士」

 ここに、あらゆる障害物を透過し、地上や建物内において“空戦”を可能とする華麗なる暗殺者が誕生する。

 他のナンバーズと同様、2つのISを並列運用するセインから表情は消え去り、普段は軽いノリの彼女だけに、その落差が一層際立つ。

 ムードメーカーの少女から、無慈悲な戦闘兵器と化したセインの刃は、これまでとは比較にならない速度でエリオへと迫り。


 「がっ……」

 人造魔導師の聴覚ですら聞き取れない、無音の暗殺者の光剣は、少年の腹部を貫いていた。


 「エリオ!」

 即座にアルフが駆け寄り、応急処置を施しながら抱えあげるが、周囲を見渡せば絶体絶命の窮地が告げられている。

 スバルは左腕の金属骨格がむき出しになる程のダメージを受け、ティアナも意識不明。

 ギンガも限定解除したチンクとディエチを同時に相手することになり、既に満身創痍に近い。


 <こりゃ、まずい………>

 つまり現状無事なのはアルフとキャロのみであり、それも、セインの奇襲がどこから来るのか全く分からない状況でだ。

 アルフならばフィールド系防御を強くすることで受け止めることが出来ても、フルバックのキャロでは無理な話―――


 「エリオ…………くん」

 だがこの時、アルフは致命的なミスを犯した。

 目の前で“家族”が血を流して倒れ、さらに、“居場所”であった機動六課の知り合い達が次々に朱に染まっていく光景を、キャロが見れば何が起こるか。


 「嫌………だよ…………」

 その精神的負荷は、幼い彼女の許容量を容易く突破し―――


 「!?―――やめなっ、キャロ!」

 「わたし達の居場所を………大切な人を……………」

 あらゆる過程を無視し、召喚特有の巨大な方陣が浮かび上がる。

 そこより這い出てくるのは、アルザスの守護者にして、竜の巫女を守りし真竜。


 「奪わないで――――!!!」

 “大地の守護者”ヴォルテールが、次元を超えて主の危機へと馳せ参ずる。

 彼女の“障害”となり得る存在を、紅蓮の炎で灰燼に帰すために。




あとがき
 今回は随分長くなってしまいました。原作にない戦闘シーンなので、描写を薄くするとダイジェストになってしまうため、なかなか削るのが難しくなっています。もしアニメなら、日常シーンよりもずっと短くスパッと終わらせられるのでしょうが、視覚効果のない文章だけだと、私の筆力ではどうしても長くなってしまいます。
 できる限り短い文章でまとめられるよう頑張りつつ、13話で完結できるよう精進したいと思います。





[29678] 8話  傷つき、そして、羽ばたく翼   Aパート
Name: 有賀土塁◆c58c5e50 ID:18777839
Date: 2011/11/05 13:58
ただの再構成(13話)



 ──あたしたちは、ずっといっしょにやってきた。

 辛いときも、苦しいときも、楽しいときも。

 支えあって、助けあって。いっしょに戦ってきた。

 大切な友達って言うと怒るけど、あたしにとっては、夢への道をいっしょに進む、大切なパートナー。

 失敗もつまづきも後悔も、いっしょに背負う。

 だけど、どうして―――ティアは血を流しているの……

 同じ姿で、暴力を振るう貴女は―――あたし?

 あたしはいったい―――何なんだろう……

 あたしのこの手は、きっと、何もかもを壊すために………



第8話   傷つき、そして、羽ばたく翼   Aパート



ミッドチルダ 首都クラナガン南西地区 廃棄都市区画


 「あ……ぐ………」

 その少女は、既に満身創痍であった。

 そう表現するより他にないほど傷つき、左腕に至っては左肘の皮膚と筋肉がこそげ落ちている。

 しかし、そこから流れ出る筈の血液は極端に少なく、覗く筈の骨格は白い骨ではなく、機械の配線を交えた鉛色の金属。


 「ギン………姉…………」

 自身の負傷すらも顧みず、限定解除を果たしたチンクとディエチの二人に追い詰められていくギンガを見つめるその瞳は、黄金。

 それこそが彼女がタイプゼロ・セカンドである証であったが、如何に戦闘機人とはいえ、ここまで損傷すれば出来ることは何もない。

 まして―――


 『The main body was... The system rests.(本体全損 システムダウン)』

 スバルを庇うため、ランブルデトネイターが炸裂する瞬間に、負荷の限界を超えて障壁を展開したマッハキャリバーが、沈黙。

 今のスバルに駆け抜ける翼はなく、戦う力もない無力な少女に過ぎないが―――


 「ヤメ………ロ……」

 それでもなお、スバルは足を進める。


 「ギン姉………二………触ルナ………」

 黄金の瞳に憎悪を滾らせ、姉に迫る“敵”を破壊するため、なおも右手に破壊の力、“振動破砕”を顕現させようとし―――



 「化けの皮が剥がれやがったな、化け物が………」

 憎悪が固められたようなその声に、足が止まる。


 「え……?」

 その声は、まるで幼い自分が発しているかのように、スバルの耳に響く。


 「化け……物………」

 「鏡でも見てみろ、実に凶悪な破壊兵器が映ってるだろうがよ」

 皮肉にも、そう告げるノーヴェ自身が、スバルの過去のトラウマを映し出す鏡のよう。

 それは、幼き頃に刻み込まれた、スバルの傷。

 クイント・ナカジマに助けられるまでの、人として扱われていなかった頃に自分と、そして―――


 (だい……じょうぶ?)

 小さな頃、友達がブランコから落ち、勢いをつけて戻ってくるブランコから助けようとを破壊して、その破片がスバルの皮膚を裂き。

 母や姉がいつも言うように気を張って、痛みと涙に堪えながら差しのべた手に帰って来たのは。


 (近寄らないで、化け物!)

 スバルを人間と認めない、拒絶の声。


 「あ……ああ………」

 過去の傷から膿が溢れ、スバルの心を侵す。

 自分が相棒と言った筈のマッハキャリバーの機能停止を顧みもせず、ただ破壊の力を振るおうとする自分は……


 「だが、破壊兵器になるのは、てめぇじゃねえ」

 「えっ?」

 けれどそれを、鏡合わせの少女が否定して。

 スバルと同じ黄金の瞳は、目の前の壊れかけた少女ではなく、破壊兵器と化した姉達を見ている。

 その瞳に宿るものは、痛ましさと、悲しみと、そして、憤怒。


 「てめぇも見たろ、あれが本当の戦闘機人だ。あたしみたいな未完成でも、てめぇみたいに人間に拾われて甘やかされて育ったお嬢様でもねえ、正真正銘の破壊兵器」

 そちらを見れば、ギンガがぼろぼろになりながらも、戦い続ける姿。


 「だから、ゼロ・ファーストみてえな欠陥品じゃあ、敵うわけがねえんだよ」

 「!? ギン姉は、欠陥品なんかじゃない!」

 「いいや欠陥品だよ。てめぇがIS搭載型のプロトタイプなら、あいつは固有武装外部接続型のプロトタイプ。あたしのガンナックルも、ディエチのイノーメスカノンも、ウェンディのライティングボードも、ディードのツインブレイズも、あれがオリジナルだ。トーレ姉は内部武装融合型だから別もんだがよ」

 それはすなわち、9番以降の戦闘機人のコンセプト。

 ランブルデトネイターやディープダイバーのような、リンカーコアに由来する人造魔導師タイプのISから、外部ハードウェアとの接続を前提とした戦闘機人ならではのISへと。

 稀少技能という点では劣るものの、安定性とデータ蓄積性、互換性においては比較にならず、より“量産兵器”としての完成度は高い。


 「そもそも、おかしいと思わなかったか? 同じ母体からクローン培養で生まれたお前達なのに、なんで基本性能にこんなに差が出るんだって」

 ギンガとスバルでは、姉が圧倒的にシューティングアーツの巧者。

 それはつまり、スバルはISにスペックの多くを費やし、ギンガは“外部機器”と接続し、その機能を人間以上に使いこなすための戦闘機人だから。

 だからこそ彼女は、“自分の手足のように”リボルバーナックルとブリッツキャリバーを使いこなす。


 「じゃあ、ギン姉は……」

 「せっかくの機能を正しい形で使えてねえ欠陥品だ。だが、あたしは違う………固有武装との接続も、ISの内臓も兼ねた、チンク姉達と同じ、本物の戦闘機人になるんだ……………てめぇを捕まえてな、タイプゼロ・セカンド」

 ここまで言われれば、スバルにも理解できる。

 あっちの二人が、別の戦闘機人の能力を同調させて、2つのISを駆使することが出来る“完成品”で。

 なぜ、ノーヴェが“未完成”なのか。


 「貴女の鏡は………あたし?」

 「さっさと寝てろお嬢様、てめぇの“振動破砕”はあたしがもっと上手く使ってやる、“破壊する突撃者”がな!」

 怒りを込めたノーヴェが左手を振り上げ、スバル目がけて叩きつける。

 右手のガンナックルは破壊され、使い物にならないが、左手だけでも今のスバルを落とすには十分であり―――



 「――がっ」
 「え―――」

 いずこかより飛来した精密魔力弾によって、ノーヴェの意識は刈り取られていた。



□□□



 「一難去ってまた一難、ってか」

 遙か遠くのビルの屋上。

 一人の狙撃手がライフル型のインテリジェントデバイス、ストームレイダーを構え、一射の後の残心を行い、次の標的へと狙いを定める。

 男の名は、ヴァイス・グランセニック陸曹。

 今はヘリパイロットでしかない彼だが、もしフォワードに危機があれば力になると、シグナムと交わした約束を守り、狙撃手としての己に立ち返っていた。


 「しかし、あれはどうにもならねえな」

 スバルに迫っていた戦闘機人はとりあえず仕留めたが、ほぼ同時にライトニングをも襲った危機によって、真竜ヴォルテールが顕現した。

 おそらく暴走状態にあるだろうヴォルテールはむしろ戦闘機人よりも危険な存在だが、B+ランクに過ぎない自分ではどうしようもないと、あっさりと割り切り、出来ることに全力を傾ける。


 「俺達はあくまで、対人なんでね、なあ、ストームレイダー」
 『Yes, sir.』

 それはすなわち、残る戦闘機人、チンク、セイン、ディエチの3人を仕留めることであり。


 「―――ん?」

 改めてスコープ越しに戦場を確認した時、彼は想像を絶する光景、巨竜に挑む騎士の姿を目撃することとなった。



□□□



 「うらあああああ!!」
 『宿れ、氷結の息吹!』

 ヴィータとリインがユニゾンし、呼吸を合わせた氷結の攻撃を繰り出し。


 「せやあああああ!!」
 『猛れ、炎熱―――烈火刃!』

 ゼストとアギトもまたユニゾンを果たし、炎熱を伴った迎撃を展開。


 「はあっ、はあっ」

 「………むぅ」

 当初はほぼ互角であった戦いは、リインが加勢に加わったことでヴィータへと傾き、フルドライブが発揮できないゼストは劣勢に追い込まれた。

 しかしそこにアギトが到着したことで天秤は再び拮抗し、限りあるゼストの命を削らせないよう、烈火の剣精は全力を尽くしていた。


 「………良い騎士だ」
 『旦那ぁ、褒めてる場合かよ!』

 「そう思ってくれるんなら、目的を話してくれれば助かるんだけどよ」

 「あいにくだが、そういうわけにもいかん」

 「だろうな」

 古代ベルカには、騎士は刃を通じて互いの心を知る、という言葉が伝わっている。

 今の二人はまさしくそれであり、深い理由は分からずとも、“退くことはできない”という意思だけは言葉にしなくとも伝わってくる。


 【それよりもリイン、気付いたか?】
 『はい、向こうのユニゾンアタック、僅かですがタイミングがずれています。相性があまり高くはないのか、もしくは………』

 体内に、融合騎以外の“異物”が混ざっている場合。


 『ちっくしょお、あいつら、ユニゾンの相性もいいんだろうが、練度もたけぇ、しっかりこっちに合わせてきやがる』
 「………だが、倒すことが目的ではない」

 戦況はほぼ互角だが、条件の面ではゼストを捕縛せねばならないヴィータがやや不利。

 ゼストの目的はルーテシアがレリックを抱えて戦場から離脱するまでの時間稼ぎであり、ナンバーズの応援もある以上、ヴィータとリインを釘づけにできればそれでいい。


 <だが、もし仮に、彼女らが限定解除を使ったならば………>

 それはつまり、フォワード達が“優秀すぎてしまった”場合の、最悪のケース。

 チンク、セイン、ディエチ、ノーヴェに敵わず、レリックを持ち去られたならばそれでよい。

 しかし、善戦してしまい、戦闘機人達を限定解除に追い込んでしまったならば―――


 「―――!?」
 『ヴィータちゃん!』

 「これは!?」
 『旦那!』

 その時、凄まじい魔力を全員が感じ取り、誰もが意識を彼方へと向けると。

 果たして、その方角に巨大な火柱が立ち上り、天に届かんばかりの巨躯を持つ真竜が顕現していた。


 「まさか、キャロか……」
 『まずいです、フォワード達に何かあったです!』

 ヴォルテールが降臨する“条件”を事前にフェイトから聞き知っていたヴィータとリインは、その意味するところを正確に悟り。


 『まずいぜ旦那、あれ、ルールーの白天王クラスの化けもんだ! 多分だけど、ルールーを狙ってる!』
 「アギト、ユニゾンを解除しろ」

 ゼストとアギトもまた、ルーテシアに迫る危機を瞬時に理解し。


 『けど……』
 「急げ、俺がアレを食い止める。お前はルーテシアを連れ、この廃棄都市区画から離れろ。あれが無制限に暴れれば、無関係の局員も大勢巻き込むことになる」

 ゼストの意志によってユニゾンが解除され、金色の染まっていた髪が、元の黒色へと戻る。


 「………?」
 『何を……』

 その行動は、ヴィータとリインにとっては推し量れないものであった。

 ユニゾンを解除することは戦闘継続の意志がないことをこちらに告げるようなものだ。

 仮に、この場をただちに離れて召喚師の少女の下へと向かうにしても、ユニゾンしたままの方が速いに決まっており、わざわざ解除する理由はない。

 しかし―――


 『Grenzpunkt freilassen! (フルドライブ・スタート)』

 ゼストの槍がカートリッジをロードすると共に、フルドライブを開始。

 これまでとは比較にならない爆発的な魔力が解放され、それは同時に不完全なレリックウェポンであるゼストの身体に多大な負荷をかけるも、代償に本来の彼の力を取り戻す。

 そして―――


 「な!?」
 『ヴィータちゃん!』

 ユニゾンを解除したことに対する疑問と、どう対応すべきかの僅かの逡巡。

 あるかないか判別することなどほぼ不可能に近い小さな間隙を突き、ゼストは“正面からの奇襲”という離れ業を成し遂げ。


 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 交錯したアームドデバイスの軍配はゼストに上がり、鉄の伯爵グラーフアイゼンは中破。


 「ああああああああああああ!!」

 ヴィータの身体もまた、ビル壁へと叩きつけられた。

 咄嗟にリインが庇ったため、ヴィータ自身の傷はほとんどないが、グラーフアイゼンが中破しては戦闘能力は大きく下がる。


 「…………旦那」

 ユニゾンを解除し、単独でルーテシアの下へ飛翔するアギトは、複雑な気持ちのまま、背後の光景をあえて見まいとしていた。

 通常、融合相性が悪かったとしても、ユニゾンすれば魔力は増大し、さらに古代ベルカ純正融合騎であるアギトの技量ならば、使い手の戦闘能力が下がるほどの感覚のズレなど生じる筈もない。


 「………無茶はすんなよ、生きてくれよ、旦那ぁ」

 しかし、今のゼストは本来死者。

 既にレリックという“異物”の力によって生命活動を維持している彼にとって、アギトが加わることは体内バランスに狂いをもたらす。

 その代り、戦闘時における身体への負荷や、レリックによる副作用などをアギトが調整することで、ゼストの身体への影響を抑えたまま長時間戦うことも可能となる。

 ただしそれも、オーバーSランクの騎士であるゼストが全力、すなわちフルドライブを使わないことが前提であり。


 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 凄まじい咆哮を発する、あの馬鹿げた大きさの真竜を相手にするならば、フルドライブを使う以外に手がないことは、アギトにも理解できる。

 それが己の命を削ると知ってなお、ルーテシアを守るためならば躊躇なく使う男なのだ。


 「ルールー、無事でいろよな、旦那とあたしが、絶対守ってやるから………」

 涙を堪え、祈るように呟きながら、アギトは空を駆けた。



□□□



 「まずい………」

 その威容が顕現した時、その危険性を最も理解していたのは、フェイトの使い魔、アルフであった。

 スバル、ティアナ、ギンガが次々と倒れ、そしてエリオが目の前で血に伏した姿が、キャロの精神許容量を突破してしまった。

 この状態のヴォルテールは、キャロと彼女が守ろうとする者以外を例外なく破壊する。

 それを留めることが出来るのは、フェイト・T・ハラオウンか、クロノ・ハラオウンのいずれかのみ。そういう契約なのだ。


 「あ………」

 真竜から殺意を向けられる少女、ルーテシアも頭も、混乱の極みにあった。

 白天王というほぼ同等の究極召喚を有する彼女ではあるが、それ故に白天王から殺意を向けられたことなどない。


 「―――」
 「―――」
 「―――」

 限定解除を行い、人間的な思考能力の大半をカットしている戦闘機人の少女達も、ほぼ同じく。

 想定された展開をあまりに超えるヴォルテールの存在に、一種のフリーズ状態に陥っているようでもある。


 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 そんな小さき者共の心など意に介することはなく、大地の守護者は無慈悲に破壊の光を収束させていく。

 大地の咆吼(ギオ・エルガ)

 ヴォルテールの使用する「殲滅砲撃」であり、周辺大地の魔力を集め、炎熱効果を伴って放つ大威力砲撃。

 まともにくらえば、彼女達が全員蒸発することは疑いない。


 「チェーンバインド!」

 呼びかけても無駄であり、かといってキャロに飛びかかるわけにもいかないアルフは、ひとまずフォワードの救出を優先する。

 そんなことをすれば今度はアルフをヴォルテールが“敵”とみなし、エリオ達にすら容赦なく攻撃を放つことになる。

 ただし、このままでも、チンクとディエチの傍で膝をつくギンガや、倒れたノーヴェの傍のスバルが巻き添えになることは確実であり。


 「悪いけど、我慢しな!」

 彼女に出来ることは、三方向に伸ばしたチェーンバインドによってティアナ、スバル、ギンガの身体を縛りあげ、自分側へと放り投げることのみ。

 瀕死に近い損傷を負っている彼女らには酷な仕打ちだが、この際仕方がなかった。

 そして―――


 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 ヴォルテールの再度の咆哮と共に、ルーテシアと戦闘機人達を対象に、滅びの光が放たれる。

 その寸前。


 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 山吹色の魔力光をなびかせ、瞬間的にはフェイトやトーレを上回る程の速度を発揮した英雄の一撃が、ヴォルテールの巨躯を傾かせ。

 地表を薙ぎ払うべく放たれるはずであった、大地の咆吼(ギオ・エルガ)は、天高くへと放たれた。



 「あれは―――」

 その光景を、しっかりと意識を保ったまま目撃したのは、アルフのみだった。

 アルフが何とか回収した4人のうち、エリオとティアナは意識を失い、スバルとギンガは朦朧としており、キャロは呆然自失状態。

 ルーテシアも似たようなものであり、戦闘機人達はそもそも意識が残っているのかどうかも怪しい。

 だからこそ。


 「ぼさっとしてんなルールー! 旦那が抑えてくれてるうちに逃げるぞ!」
 「熱っ」

 火傷を起こさんばかりの張り手で、アギトはルーテシアに撤退を促し、返事を聞く前に彼女の身体を引っ張りつつ離脱していく。


 「―――くっ」

 怪我人4名を抱えたアルフには、二人の逃走を防ぐ術はなく、むしろそれ以外にも脅威が迫っている。


 「タイプゼロを、渡せ………」

 意識もなく、命令に従ってのことか、それともルーテシアが去ったため、ゼストとの約束を守る必要がなくなったためか。

 感情のないままに状況の推移を把握し、ゼストがヴォルテールを抑えている事実を確認した3機の戦闘機人は、標的の確保を果たすべくアルフの守るフォワード達へ迫るが。

 ただしその状況判断は、人間の心情を酌まずにただ機械的に推察しただけのものに過ぎなかった。


 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 そこへ割り込む、山吹色の閃光。

 “人間らしく”考えれば、ゼスト・グランガイツの目の前で“ナカジマ”の姉妹を確保することが不可能であることなど簡単に分かる。

 それ故に、No.1ウーノは、ゼストがいる場所では確保は諦めろと妹達に忠告していたのだから。


 「がはっ!」

 限定解除を行い、人間らしい思考を捨てたがために、チンクはその奇襲を予測できず、槍の打突をもろに受け、昏倒。


 「えぐっ!」

 さらにセインがディープダイバーを使う前に、返しの一撃によって薙ぎ飛ばされる。

 オーバーSランクの騎士のフルドライブでの一撃をまともにくらっては、戦闘機人といえど、意識を刈り取られるのは避けられない。


 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 だがしかし、残るディエチを昏倒させる前にヴォルテールが再び動き、ゼストは行動の選択を余儀なくされる。

 彼は即座に踵を返し、キャロ目がけて飛翔し―――


 「すまんな」
 「え―――きゃっ!」

 ヴォルテールの主である少女をこの場から引き離すため、キャロの意識を奪いつつ抱え、ゼストは全速で飛び去っていった。


 「ま、待ちなっ!」

 怒涛の如き展開に流石に対応しきれず、半ば反射的にゼストを追おうとするアルフ。

 しかしすぐに、意識がほぼない4人のことを考え、思いとどまるが。


 「ヘヴィバレル」

 戦闘機人の最後の一人、ディエチに余分な思考はなく、残る唯一の障害となったアルフ目がけて、右手と一体化した砲口のエネルギーを収束させ。


 「がっ――」

 再び飛来したヴァイス・グランセニックの弾丸により、ノーヴェと同じく意識を刈り取られた。



□□□



 「あれは―――キャロ!」

 ノーヴェがヴァイスの弾丸に倒れ、ギンガがチンクとディエチに追い詰められ、ゼストがヴィータと対峙している頃。

 フェイトとトーレもまた、激しい高速機動戦の最中にあった。

 そして、出現したヴォルテールは、上空の戦いにも大きな影響を与えていた。


 「よそ見ですか、フェイトお嬢様!」

 ヴォルテールの姿と魔力を感じた瞬間、使い魔との感覚共有によってフェイトは地上の戦況を把握し、絶句した。

 現状、無事といえるのはアルフのみであり、キャロはゼストに攫われ、ヴォルテールはそれを追おうとし、エリオ、ティアナ、スバル、ギンガは撃墜。

 唯一の救いは、ルーテシアとアギトが撤退し、戦闘機人もヴァイスと、どういうわけかゼストの手で昏倒させられていることだが。


 「ライドインパルス!」

 「く、ぐう!」

 戦闘機人の実戦指揮官、No.3トーレは、他に思考を割きながら戦える程、甘い相手ではない。

 地上のことや、何よりもキャロのことを気にかけるあまり、フェイトの動きは精細に欠き、焦りの攻撃は墓穴を掘った。


 「そんな直線的な機動で、この私を捉えられるとでも!」

 早くトーレを倒してキャロを追い、ヴォルテールを止めなければと思う焦燥。

 もし、ヴォルテールの炎が廃棄都市区画に展開する局員を焼き殺しでもしてしまえば、キャロの心は立ち直れないほどの傷を負ってしまう。


 <鬼畜と呼ばれたっていい………私にとっては、キャロの方が大事だ!>

 局員の死よりも、キャロの心の傷を心配するその心は、執務官としてはあるまじきもの。

 しかし、母親としては当たり前のもの。

 顔も知らない局員よりも、愛おしい子供達を大切に思うことを責められる筈もなく、むしろ、平等に扱う人間は心が壊れているとしか言いようがない。


 「バルディッシュ、リミットブレイク!!」
 『Riot Zamber.(ライオットザンバー)』

 フェイトは迷うことなく、フルドライブのさらに先、リミットブレイクのライオットザンバーを発動させる。


 「―――む」

 膨れ上がる魔力と、これまで以上の濃密な戦意にトーレが身構える。


 「オーバードライブ、真ソニック―――」

 さらに、フェイトにとって諸刃の剣でもある、防御を無視した真ソニックフォームを発動させようとした瞬間。


 【駆けよ、隼】

 短い、しかし百言に勝る意味が籠った念話が、フェイトへと届き。

 音速を超えて飛来した灼熱の矢が、側面からトーレへと突き刺さり、着弾を同時に轟炎と化した。




 「バルディッシュ、追うよ」
 『Yes, sir.』

 その光景を見届けることなく、フェイトはトーレから意識を外し、離脱する。

 継続的に飛行するならば、短期決戦用の真ソニックよりも、現在のインパルスフォームの方が良いと冷静に判断し、ゼストとヴォルテールを追って飛翔していく。


 【良い判断だテスタロッサ、頭は冷えたようだな】

 【ええ、貴女のおかげです、シグナム】

 その途中で、先の音速の矢、シュツルムファルケンを放った烈火の将から念話が届く。


 【礼ならば、主はやてに後で言っておけ、私は指示通りに動いただけだ】

 【まったく、恐ろしい程頼りになる部隊長ですね】

 それは半ば、フェイトの本心でもあった。

 執務官の自分ですら想像できない次元で、はやては策を巡らしていることが多々ある。


 【我らヴォルケンリッターの誇りだ。それはともかく、トーレは私に任せろ】

 【貴女のシュツルムファルケンをまともにくらって、撃墜されてない?】

 【速度と命中性を重視したため、威力が落ちていた。何しろ、空中で静止せず、飛翔しながら放ったのでな】

 立ち止まって的に放つ矢と、馬に乗りながら放つ矢では、異なるのは当然の話。

 むしろ、射程のギリギリまで全速で飛翔しつつ、フルドライブの一撃を命中させたシグナムの技量こそあり得ないというべきか。


 【武運を祈ります】

 だがそこに威力までも付け加えることは、流石のシグナムとはいえ不可能であり。


 「聞きしに勝る一撃だった―――烈火の将シグナム」

 かなりのダメージを受けつつも、オーバーSレベルの肉体強度を持つトーレは、健在だった。


 「あのタイミングでシールドを展開する方が、私としては驚きだが」

 「私は高速機動型でね、間合いの外から飛来する射撃に対して、反射的にシールドを張れる程度には、修錬を積んでいるつもりだ」

 「機体スペックではなく、か」

 「ああ、私が高めた、私の力だ」

 右手にレヴァンティン、左手に鞘を構え、空中で身構えるシグナム。

 同じく、両手からインパルスブレードを発生させ、構えるトーレ。


 「突破させてもらう」

 「そうはさせん!」

 先程までとは、逆の構図。

 地上のフォワードへの救援に向かおうとするシグナムを、トーレが抑える形で、空の戦いは再開された。



□□□



 「こりゃ、何の悪い冗談だい………」

 アルフの呟きも、無理のないものであろう。

 地上の戦闘機人は倒れ、援軍としてシグナムが到着し、キャロを抱えたゼストは、フェイトが追っていることを主人から知った。

 なのははNo.4とⅡ型と交戦中だろうが、彼女ならば2つのISを使う戦闘機人にも遅れはとるまい、という信頼がある。

 後はとりあえず、負傷した4人を転移魔法で運ぼうと考えた矢先。


 「まさかまだ、ガジェットがいたなんてね……」

 無数のⅠ型と、多足歩行型のⅢ型が、気がつけばフォワードを包囲しており、転送を封じるためのAMFが展開される。

 さらに、ガジェットばかりではなく。


 「―――」
 「―――」

 No.5チンクと、No10ディエチ。

 完全に意識を失っていた筈の彼女らまでも起き上がり、意志のない瞳がこちらを観察するように覗きこんでくる。


 「ったく、ヴァイスの奴、ちゃんと仕留めて―――」
 「おわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!」

 思わず愚痴が零れそうになったアルフの頭上を越えて、悲鳴と共に吹っ飛んでくる人影が一つ。

 ちょうどアルフの言葉に上がった人物、ヴァイス・グランセニック陸曹である。

 さらにその後には、彼と吹っ飛ばしたであろう戦闘機人、No.6セインの双剣を振り抜いた姿があった。


 「何やってんだい、狙撃手」

 「いや、あの騎士に吹っ飛ばされて、倒れていたはずの6番が、いつの間にかビルをすり抜けてこっちに来たんすよ」

 一度間合いに入られれば、狙撃手は雑魚も同然。

 むしろ、一方的にやられながらもここまで辿り着いたヴァイスの逃げ足にこそ称賛を贈るべきか。


 「そりゃ妙だね、あの速度で吹っ飛ばされて壁に叩きつけられれば、いくら戦闘機人でも脳震盪くらいは起こすはずだけど………」

 「それに、俺の狙撃も、すぐに立ち直れるような安いもんじゃねえっすよ」

 よくよく考えれば、ナンバーズが動いているのは、おかしい。

 ならば、意識のない筈の彼女らが動ける理由とは―――



□□□



 「IS発動、フローレス・セレクタリー」

 スカリエッティのアジト、その中枢部において。

 No.1ウーノが、戦闘機人としての真価を発揮していた。


 「5番、6番、10番との同調を完了……………9番については機人モードへの移行が済んでいないため、不可」

 戦闘機人部隊ナンバーズは、それぞれが自我持つ個体であると同時に、群体の性質も持つ。

 1人の経験は他の姉妹にも受け継がれ、“記憶や実感”を伴うものではないが、特に機械部分においては有用なデータとなる。

 そして、それを最大限に発揮させるISこそが、ウーノのフローレス・セレクタリー。

 高性能なステルス能力と高度な知能加速・情報処理能力向上チューンの総称であり、一言でいえば“魔導機械を制御する能力”


 「3番、4番必要なし…………空中の指揮についてはトーレに一任」

 同じことは後方指揮官であるクアットロにも可能であり、実際、“シルバーカーテン”と組み合わせてⅡ型を統括することが多い。

 しかし、クアットロが“ガジェットを操る戦闘機人”ならば、ウーノは“戦闘機人を操る戦闘機人”。

 アジトのCPUと自身を直結し、その機能を管制している彼女ならば、いざとなれば11人のナンバーズ全員を己の意志で遠隔操作することすら可能。


 「マスター権限発動。創造主の代行として、意識遮断中の活動機は、一時的にNo.1ウーノの管轄下に入ります」

 故に彼女こそ、戦闘機人部隊ナンバーズの総指揮官であり、“ジェイル・スカリエッティのもう一つの頭脳”。

 ナンバーズの行動は、“一つの意志”によって束ねられ、決して裏切る者はいない。

 そしてそれこそが、人造魔導師と戦闘機人の最大の違いであり、強み。


 「高速分割思考展開」

 休眠中の姉妹と、活動中の姉妹がデータを共有し、2つのISを発動させる機能、“限定解除”。

 戦闘型のナンバーズにとってはまさしく切り札と呼べるものだが、リソースを大幅に割くため、人間の柔軟な状況判断力が損なわれる、という欠点もある。

 限定解除を行ったチンクが、ゼストの行動を読み切れなかったのがまさにそれであり、つまり、強くなる代わりに単純な仕事しか出来なくなる、ということだ。


 「状況開始」

 潜入や工作を行う面ではまるで役に立たず、あくまで局地的戦闘での攻撃ブーストくらいの限定解除だが、ウーノの存在はそれを覆す。

 2つのISを発動させ、破壊兵器と化した妹達を、人間的な状況判断を並列して行いながら、アジトのCPUの機能で操作すればどうなるか。



□□□



 「しっかしこりゃ、危機的状況、ってやつっすかねぇ」

 「だろうね、ここまで最悪の状況は、なかなか経験無いよ」

 周囲には無数のⅠ型とⅢ型があり、AMFが広く張られている。

 その中で、4人もの負傷者を抱え、AMFの影響を一切受けない戦闘機人3人が相手で、連携に隙が出るはずもない。

 こちらの戦力は、アルフと、遠距離からの狙撃専門のヴァイスのみ。

 もはや危機を通り越して、笑えてくる状況だ。



 「縛れ、鋼の軛!」

 だがしかし、機動六課部隊長、八神はやての布石はここで終わりではない。

 地面から聳え立つ藍白色の魔力の檻が、次々とⅠ型を串刺しにし。


 「牙獣走破!」

 狼の尾と耳を備えた長身の男性、盾の守護獣ザフィーラの繰り出す攻撃は、Ⅲ型を一撃で粉砕する。


 「ザフィーラ!」

 「待ってましたぜ、ザフィーラの旦那!」

 包囲網の一角が緩み、AMFが僅かに薄れた隙を逃さず、ヴァイスの多重弾核弾が、逃走路にいる邪魔なⅠ型を撃ち抜いていく。


 「アルフ、ここは私とヴァイスで防ぐ。お前はフォワード達を逃がしてくれ」

 「………分かった!」

 一瞬だけ躊躇するも、即座に頷きを返し、アルフは4人を抱えて包囲網の穴、“門”へと進んでいく。

 正確には、スバルとギンガを両脇に抱えながら、エリオとティアナをチェーンバインドで自身の身体に括りつける、というものであったが。


 「―――」
 「―――」
 「―――」

 当然、戦闘機人が易々と見逃すはずもなく、爆撃の刃が、地中を走る双剣が、空から放たれる砲撃が襲いかかり。


 「ヴァイス、彼女らが逃げ切るまでの間、この門、必ず守り抜くぞ!」

 「おうとも!」

 戦闘機人を止めるザフィーラと、逃走経路を維持するヴァイスを待つものは、地獄への直行便。

 如何に防衛戦に特化した盾の守護獣であっても、高濃度のAMF内で、限定解除した戦闘機人3人を同時に相手すれば勝てるはずもない。

 まして、Ⅰ型やⅢ型は減るどころか増えつつあり、戦闘機人の加勢として熱線を放ってくる有様だ。

 だが―――


 「追わせは―――せん!」

 「付き合ってもらうぜ、お嬢ちゃん達よぉ!」

 それを理解した上で、男達は戦い続ける。

 ここに留まればどうなるかなど百も承知、ヴァイスの戦闘能力など、数値にすればフォワードにも劣るものではあるが。


 「ここでかっこつけなきゃ、男じゃねえだろうがよ!」

 そこで意地を張るからこそ、彼はヴァイス・グランセニックであり。


 「それでいいヴァイス、その意志を、ただ貫け!」

 ザフィーラもまた、守護の拳を振るい続ける。

 遠からずやってくる、自分達の終わりを視界にいれながら。



□□□



 「しっ!」

 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 ヴァイスとザフィーラが戦う地より、遠く離れた区画において。

 ゼスト・グランガイツは死力を尽くし、ヴォルテールの暴走を食い止めていた。


 「むぅん!!」

 周囲に誰もいない辺りでキャロを降ろし、地面に寝かせたところ、ヴォルテールはそれ以上進みこそしなかったが、制御する者がいないためか、無差別な攻撃を続け暴れ狂った。

 その射程は長く、下手に放置すれば何が起きるか分からないため、ゼストは自身を囮にし、ヴォルテールの攻撃対象を唯一人に限定させ続けた。

 ただ、間合いを詰めて切りかかる必要はないため、ゼストは一定の距離を維持したまま回避に専念し、時折衝撃波を飛ばすに留めている。


 「さて、後どれだけ保つか」

 戦況は一応、膠着状態にあるが、ヴォルテールの体力とゼストの体力では、比較する意味がない。

 ましてゼストは導火線に火のついた状態であり、フルドライブこそ解除しているが、これ以上の戦闘続行は命に関わる。

 そこに――


 「む……」

 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 異なる方向から、白い魔力光を持つ砲撃が、ヴォルテールへと叩き込まれる。


 「………貴様か」

 「これ以上の無茶はお控えを、ゼスト・グランガイツ」

 ゼストが見つめる先にいたのは、黒いマントで前進を覆い、白い仮面をつけた、怪しい外見の人物。


 「この区域に危険はなく、撤退せよ」

 「それが、最高評議会の指示か」

 「はい」

 「………」

 自身を“最高評議会の使い”と名乗り、彼らからの指示をスカリエッティを介さずにゼストに伝え、時に監視を行うだけの、黒い影。


 <やはり、戦闘機人の理論を組み込んだ、傀儡兵か何かか………>

 ゼストは、恐らく同一の個体が複数おり、人間ではないのだろうとあたりをつけていた。

 これをより発展させるために、レリックウェポンの試作機である自分が生かされているような、そんな考えが浮かぶほど、黒い影からは“人間味”というものが感じ取れない。


 「あの真竜はどうする?」

 「貴方が考えるべき事柄に非ず」

 インテリジェントデバイスの方が、もう少し愛嬌があるというもの。

 改めてそんな印象を抱きつつ、ゼストは遠くから高速で近づいてくるSランク相当の魔力を確認する。


 「どうやら、あの娘の迎えが来たようだな、ならば、後は任せるとしよう」

 そして、黒い影に一瞥もくれることなく、古代ベルカの騎士はその場を後にし。

 まるで最初から何も存在しなかったように、黒い影もいつの間にか姿を消していた。




 「いったい、何が………」

 フェイトが到着した時、見つけた者は、丁重に寝かされているキャロの姿だけ。

 かつて、竜の巫女の守り手とヴォルテールが認めた、フェイト・T・ハラオウンの姿を確認し、猛き真竜もまた沈黙。

 一体ここで何があったのか、どういう意図でゼストが行動していたかは、何も分からぬまま。

 ライトニングの隊長は、キャロの無事にひとまず安堵し、仲間と合流すべく来た道を引き返していった。



□□□



 「飛竜一閃!」

 「く、……ぐう」

 空における戦いも、趨勢は完全に決していた。

 互いに万全の状態であれば、ほぼ互角の戦いになったであろう両者だが、トーレには長時間フェイトと戦い、なおかつ、シュツルムファルケンの一撃を受けているというハンデがある。


 「………これまでか」

 その状態でシグナムに勝てると思うほど、トーレは自信過剰ではなく、これ以上戦えば撤退すら厳しくなることも理解していた。

 幸い、速度ではシグナムよりもトーレが上であり、逃げに徹すれば退くのは容易だ。


 【クアットロ、そちらはどうだ?】

 【限界が近いです】

 通信が簡潔な理由は、限定解除の弊害か。


 【こちらもそろそろ限界だ。私は退くが、回収は必要か?】

 【お願いします】

 ただそれだけで、トーレとクアットロの通信は終わる。

 スターズの隊長を抑えるために、さらにⅡ型の増援が送られたこともトーレは知っていたが、レイストームと幻覚を組み合わせるクアットロを相手にしながら、なおも押し切るとは。


 <流石はエース・オブ・エースか、やはり、機動六課で一番倒し難いのは彼女で間違いないらしい……>

 今回の戦いは両陣営とも総力戦に近く、しばらくは互いに動けまい。

 それを理解しているトーレは、想定外の戦力であったシグナムを見やり―――


 「貴女の主は真に有能のようだが、それ故に真実に辿り着いた際、どのような選択するのか、楽しみにさせていただこう」

 「何―――」

 どこか謎めいて、未来を暗示するかのような言葉を残し。


 「では、いずれまた戦場で」

 かなりの傷を負った身で、なおも最高速で飛翔し、この空域から飛び去っていった。



 【高町、トーレが恐らくそちらへ向かった】

 【残念ですけど、フェイトちゃんかシャマルさんがいないと、捕まえられそうにはありませんね】

 【だろうな、私は地上の救援に向かう、空の残敵は任せて良いか?】

 【ええ、位置的に貴女の方が近いですから、お願いします】

 トーレとクアットロと同じく、なのはとシグナムもまた、互いに連絡を取り合っていた。

 もしトーレが万全であれば、フェイトのようにその余裕はなかっただろうが。


 【シグナム、もし来れそうなら、とっとと来てくれ!】

 そこに、新たな通信が入る。


 【ヴィータか、状況は?】

 【あの騎士にリインがやられてダウンした、あたしもアイゼンが砕かれてほとんど素手状態、誘導弾くれぇしか使えねえ】

 【お前は今、ザフィーラと共にいるのだな?】

 【ああ、ヴァイスは爆撃と砲撃をダブルでくらってやられた、ザフィーラとあたしも、もう保たねえ】

 【分かった、すぐに行く、シャマルも医療班として向かっているはずだ、絶望するな】

 【分かってら】

 念話を続けながらも、シグナムは急降下しており、戦闘が続く地点目がけて狙いを定める。


 <ヴァイス、よくやってくれた………>

 心の中で、かつての約束を守ったヘリパイの男へ感謝の言葉を捧げながら。

 シグナムは再びボーゲンフォルムを顕現させ、高速へ飛翔しながら矢を番えた。



□□□



 「Sランク魔導師の増援を確認、撤退開始」

 暗く広大な空間において、女性の声が響く。

 己のISによって全ての状況を把握している彼女は、セインのディープダイバーによって脱出を指示する。


 「成果としては上々ですね、ところどころ問題点はありましたが、それは改善すればよいだけかと」

 「ああ、実に面白かったよ、私の娘達も順調に育ってくれて何よりだ」

 その後ろには、白衣と狂気を纏った、紫色の髪と黄金の瞳を持つ男。

 ナンバーズの創造主、ジェイル・スカリエッティ。


 「ただ、しばらくは動けそうもありませんね。特にチンクは1ヶ月はポットから出られないでしょうし」

 「それは想定済みだよ、それよりもむしろ、最高評議会の影達が出てきたことの方が興味深い。これまで常に裏方に徹してきたというのに」

 「彼らに、気まぐれなどという概念は既にないでしょうし」

 「そう、つまりは情勢が変わる時が近いということだ。これまで続いてきた薄氷のバランスがついに崩壊する。さて、本懐を遂げるのは一体どの陣営となるか」

 男は笑いながら、傍らのチェス盤を見下ろす。

 そこには様々な駒が置かれ、互いに動けない膠着状態を表している。


 「Ⅱ型が多少余りましたが、こちらはいかが致しましょう?」

 「ふむ、数があって困るものじゃないが、ここで使い切るつもりだったものが少しだけ残るというのも美しくないな。ここは、様子見を兼ねて使ってしまおうじゃないか」

 「分かりました。ではそのように」

 女は頷き、作業に戻る。

 男は嗤いながら、モニターを見つめ続ける。


 「さて、予行演習の祭りはこれにて終幕。これから先どうなるか、実に楽しみだ」

 暗がりでただ一人、全てを知る男が嗤う。

 その黄金の瞳が見つめるものが、何であるかは誰にもわからない。

 恐らく、彼自身にとってすら。





[29678] 8話  傷つき、そして、羽ばたく翼   Bパート
Name: 有賀土塁◆c58c5e50 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/11/05 13:58
ただの再構成(13話)



 兄さんの死を前に、弱くて何も出来ない自分が許せなかった。

 だから、強くなりたかった。

 だけど……やっぱり何にも出来なかった。
 
 成果を出せなくて……手掛かりの筈の戦闘機人に圧倒されて。

 隣を走る相方共々やられて、きっと、幻滅されただろう。

 それでも、あたしは諦めない、諦められない

 私のしてきたことを、選んできた道を、全部にしたくないから

 この手の弾丸を、さらに鋭く、どこまでも遠くへ―――



第8話   傷つき、そして、羽ばたく翼   Bパート



機動六課隊舎、医務室


 「う……ううん」

 身体に重く残る疲労感と共に、ティアナは目を覚ました。

 視線を上げれば、見知らぬ天上。

 いや、よくよく見れば“見慣れぬ”天井、機動六課の医務室だ。

 自分とスバルは相部屋で、二段ベッドの下段で寝ている自分が目を覚ます時に移るのは、木製ベッドの底か、もしくは自分の胸にセクハラをかます相棒の馬鹿顔だけ。


 「あら、目を覚ましたのね」

 そこに声が響き、クリーム色の髪に白衣を着た、穏やかそうな表情の女性がこちらに歩いてくる。

 六課にいる医務官ではない、ティアナにとっては見覚えがあるようなないような………


 「一度か二度会っているはずだけど、覚えているかしら、地上本部主任医務官のシャマルよ」

 「あ……」

 ベッドから身体を起こしつつ、ティアナの脳が本格的に目覚め、状況を確かめていく。


 「以前、シグナム二尉と共に六課へ視察という形でやってきていた、八神部隊長の守護騎士の方、ですよね……」

 「ええ、前は白衣を着てなかったから、印象が違っていたかしらね」

 ティアナが会った時は陸士の制服のままであり、かなり固い表情をしていたこともあって、イメージが異なっていた。

 それに対し、現在のシャマルは女医というよりも、“保健室の先生”という言葉がしっくりくる、包容力と茶目っ気を兼ね備えた柔らかい雰囲気を纏っている。


 「それで、どうして自分がここにいるかは、分かるかしら?」

 「…………はい、戦闘機人に撃墜されて、助けられたんですね、わたしは………」

 「そういうことになるかしらね、貴女は非殺傷設定に近い純粋な魔力ダメージで気絶していたから、傷そのものはほとんどなくて、すぐに復帰は出来るけど無茶は禁物よ」

 「あの、他の皆は……」

 「一言でいえば、ボロボロね。隊長二人を除けば、ほぼ無傷と言えるのはキャロだけで、スバルとギンガは基礎フレームまで損傷しているわ」

 さらにシャマルは、皆の容体を詳しく説明していく。

 最も深手はヴァイスとザフィーラの二名。彼らは意識不明の“重体”であり、現在も聖王医療院の集中治療室にいる。

 それに次ぐ重傷がヴィータだが、ザフィーラが庇っていたためか、致命傷は負わずに済んでいた。

 エリオの傷は命に関わる重傷ではないものの、救助まで時間がかかり出血が多かったため、大事をとって同じく聖王医療院で入院中。

 スバルとギンガは、身体に特殊な事情を抱えているため、先端技術医療センターへ搬送されたが、幸い、命に別状はなく、エリオ以上に早い復帰が可能らしい。

 リインフォースⅡ空曹長の容体は一時的な過負荷状態なので、デバイスルームでシャーリーが点検中。こちらも早ければ日付が変わる頃には目を覚ますとのこと。


 「そんなとこかしらね、キャロはヴォルテールの暴走の負荷で眠っているだけだから、明日には、目を覚ますはずよ」

 「じゃあ、なのはさんとフェイトさんと、アルフさんは………」

 「隊長陣とアルフは無傷だったから、元気に動き回ってるわよ」

 シャマルは努めて明るく言ったが、ティアナはその言葉の意味を即座に悟った。


 「あたしが、あたし達が不甲斐無いから………隊長達に負荷が集中してるんですね……………」

 「……ティアナ」

 現状では動けるのは隊長陣しかいないのは事実。

 そもそも、地上本部主任医務官の彼女がここにいることすらも、この非常時での防衛戦力という意味合いがある。

 なので既に、二等陸士に過ぎないティアナの責任を論じられる次元ではないのだが、彼女が感じる責任感はまた別の話だ。

 それでも何とか、シャマルが言葉をかけようとした瞬間―――


 「──ッ!?」
 「──ッ!?」

 隊舎と寮全体に、警報音が鳴り響いた。



□□□


機動六課隊舎、管制司令室──


 「東部海上に、ガジェットドローンⅡ型が出現しました!」

 「機体数、現在十二機。旋回飛行を続けています」

 「レリックの反応は?」

 「現状では、付近に反応はありません。ただ、幻影ではないようで………速度も、かなり速いです!」

 ガジェットの反応に対し、ロングアーチのメンバーが総出で解析にあたる。

 不幸中の幸いか、フォワード陣がバラバラの医療施設に入り、今後の六課の動きの面で各地上部隊とも連絡を取り合う必要があったため、ロングアーチスタッフは貫徹覚悟で本部に詰めていた。


 「………一体、何が目的や?」

 「多分、こっちの消耗具合を探るための誘い、だと思うけど」

 「………そか、そういうことも考えられる……か」

 ただし、前線メンバーの不足は著しく、半壊状態というのが現状だ。

 はやての傍に立ち、意見を述べる隊長は、なのは一人だけ。

 フェイトは聖王医療院におり、ヴァイス、ザフィーラ、ヴィータ、そして何よりもエリオを見守っている。

 アルフも同様、先端技術医療センターのスバルとギンガの傍におり、護衛役として控え。

 Fの遺産であるエリオと、戦闘機人のスバルとギンガは、“保護対象”でもあるため、この状況で無防備にはできないのだ。


 「部隊長、ハラオウン隊長へ連絡は……」

「………ん? すまんグリフィス君、もう一回頼むわ」

 「フェイト隊長に連絡するべきか、だよ。エリオのことが心配だろうし、下手に知らせても逆効果、ってこともあるでしょ、はやて隊長」

 「あ、ありがとな、なのはちゃん、……そやね………」

 教えてくれたなのはへ感謝しながら、マルチタスクではやては考える。

 フェイトの今の精神状態と、彼女の立ち位置、役割を考慮し、部隊長であるはやては即座に判断せねばならないが、思考は上手くまとまらず―――


 「直接には伝えんでええ、ただ、アルフには連絡して、彼女から“虫の知らせ”かなんかで注意するようにって、フェイトちゃんに言ってもらえるよう頼んどいて」

 「了解しました」

 それが、今の彼女の判断であり。

 甘さを捨て、仕事に徹しきることは出来なかった。



□□□



 機動六課がガジェットを捕捉した場所から、十数キロ離れた海岸線の堤防の上。

 フードをかぶった小柄な少女、ルーテシアがただ一人で立ち、スカリエッティへと通信を繋いでいた。


 【おや、これは珍しい。君から連絡をくれるとは、嬉しいじゃないか。ゼストとアギトはどうしたね?】

 「今、別行動。……遠くの空に、ドクターのおもちゃが飛んでるみたいだけど」

 別行動、とはいうものの、正確には、ゼストが彼女を一時的に遠ざけたのだろう。

 現在、ゼストが吐血しながらフルドライブの反動に耐えており、アギトがそれを介護する姿を、ルーテシアが見ることのないように。


 【じきに綺麗な花火が見えるはずだよ?】

 「……また、レリック?」

 【流石にそれはないよ、つい6時間前に君から受け取ったばかりだ】

 「じゃあ?」

 【なに、私達のレリック集めを邪魔する連中に対する、ちょっとした嫌がらせのようなものだよ】

 そう告げる彼の後ろでは、ウーノがⅡ型の管制を行い、“余り物の有意義な処分”という作業を黙々とこなしている。


 「そう……レリックがあればすぐに知らせて、私だけでも、回収は出来るから」

 【ああ。ありがとう、優しいルーテシア】

 「じゃあ、ごきげんよう。ウーノによろしく」

 そうして、通信は切れ。


 「くくくく、自覚があるのかないのか、随分と人間らしくなってきたじゃないかね、ルーテシア」

 男は嗤う。


 「やはり、人は兵器のままではいられないのか、ならば至高の作品とは何であるのか…………騎士ゼストの死は、君を人間に変えるのか、完璧な兵器と変えるのか、実に興味は尽きないな」

 ただ一人で、その黄金の瞳に狂気を滲ませながら。



□□□

機動六課隊舎、管制司令室──


 「航空Ⅱ型、四機編隊が三隊。十二機編隊が一隊」

 「発見時から変わらず、それぞれ別の定円軌道で旋回起動中です」

 「場所はなんにもない海上……レリックの反応もなければ、付近には海上施設も船もない、か」

 「やはり、撃ち落としに来いと誘っているようですね。こちらの戦力状況を測るために」

 「せやな」

 グリフィスが疑問に対する答えを出し、はやてもそれを肯定する。

 問題は、それにどう対応するかだが……


 「この状況なら、こっちは超長距離砲撃を撃ち込めば、一撃で終わらせられるわけやし……」

 「はやてちゃん」

 自分が出て、一撃で終わらせることを口にするはやてに対し、遮るように呼ぶ声。

 それも、はやて隊長、とではなく、プライベートでの呼び方であり、しかし強い意志を込めて。


 「スターズ01、高町なのは一等空尉は、すぐに出られます。体調に問題はありません」

 「えっと……」

 「何でも一人で抱え込まないで、はやてちゃん」

 「―――っ」

 その言葉は、なのはがはやての親友であるからこそ。


 「私は私の出来ることをするから、部隊長のはやてちゃんは、はやてちゃんにしか出来ないことをお願い。一人で出来ることなんて、とっても少ないんだから」

 私のことを気遣わなくていい、機動六課が設立された時から、この役割分担は決まっていたのだからと。

 例え昼からの連戦であろうとも、不屈のエースオブエースは、そう簡単に潰れるほど柔ではないと。


 「………ありがとう、なのはちゃん………おかげで頭が冷えた」

 部隊長の椅子に座ったままのはやてから、若干重圧が抜け落ちる。

 ただそれも当然のこと、若干19歳の部隊長が、フォワード陣の半壊というこの状況で、普段通りの精神を維持できるはずもないのだ。

 そして、誰かが辛い時は支え合うために、なのはとフェイトとはやては、3人一緒にやってきたのだから。


 「今はヴァイス陸曹が動けんから、スターズ01は単身で現地へ飛んで、ガジェットを殲滅。その間の隊舎の防衛は、“オーリス三佐の代理人”として来てくれとるシグナム二尉にお願いする」

 昼の戦いにおいて、ゼスト・グランガイツが現れた情報がはやてからオーリスへと伝わり、その情報に関する真偽を確かめることが、シグナムに課せられた任務。

 そのため、実際にゼストと戦ったヴィータや、何よりも融合騎であるため状況を“記録”しているリイン空曹長の話を聞くまでは、シグナムは六課から離れるわけにはいかない、ということになっている。


 「了解しました」

 そして、見事な敬礼を返して、なのはが扉に向かう間際。


 「行ってくるよ、はやてちゃん。フェイトちゃんにわざわざ伝える必要なんてないくらい、大暴れしてくるから」

 気負うことなど一切なく、真っ直ぐな瞳のまま、親友へ笑顔を残していった。



□□□



 「苦労をかけるな、高町」

 なのはが空への出動のため、屋上のヘリポートに向かう途中、壁に寄りかかるように待っていたシグナムが声をかける。


 「いいえ、シグナムさんこそ、本来機動六課の一員じゃないのに、いつも助けてもらって」

 「主はやてに仕える守護騎士としては、当然の義務だ」

 「それでも、シグナムさんが来てくれなかったら、あの子達もどうなってたか……」

 緊急出動ではあるが、それほど切羽詰まってもいないため、なのははやや歩調を緩めつつ、歩きながらシグナムと会話する。


 「無事といえるのはティアナとキャロくらいだったか、間に合った、とは言い難いな。それに、ヴァイスやザフィーラ、ヴィータのことでも、主はやては心を痛めておられるだろう」

 「そうですね………ヴィータちゃんは何とか無事でしたけど、ヴァイス君とザフィーラさんは、今も重体のままですし………やっぱり、気にしてるんだと思います」

 今回のⅡ型の出没に対し、間違いなく、はやての判断は精細を欠いていた。

 それは失敗を悔やむ気持ちや、部隊長としての重圧よりも―――


 「純粋に、傷ついた隊員が心配なのだろう、主はやては優しい方だ」

 「ええ……」

 八神はやての本質は、心優しい、家族想いの女性でしかない。

 部隊長として隊員の命を預かり、冷静な判断の下に指示を出す姿よりも、家族に囲まれながら家事を行う姿が似合う女性なのだ。


 「やっぱり、指揮官としての能力と、心は別ですよね」

 「経験によって慣れる面も勿論ある。ただ、お前も、テスタロッサも、そして主はやても、決して向いている性格ではないのは確かだろう。それは、荒事に関わらず普通に過ごすのであれば良いことなのだが」

 眠るエリオの傍でずっと手を握っているフェイトに何も言わず、Ⅱ型のことを伝えないのも、本当は自分がそうしたい気持ちを、フェイトに託すことで何とか心を落ち着けている側面もあるのだろう。

 能力はともかく、はやての性格は、冷静な命の引き算が求められる指揮官には、向いているとは言い難い。


 「シグナムさんやシャマルさんなら、向いてそうですけど」

 「ほう、それはすなわち、私やシャマルは部下が死んでも眉一つ動かさず冷静に仕事をこなせる、酷薄な人間とお前は思っているわけか」

 「そ、そういうわけじゃなくて、ですね」

 少々意地の悪い問いに、なのはが慌てる。

 だが、シグナムは軽く笑みを浮かべて、首を横に振る。


 「冗談だ、真に受けるな。だが、私はヴォルケンリッターの将として、いざとなればあらゆるものを見捨てるだろう。主はやてのためならば、共に戦って来た仲間、ヴィータやシャマル、ザフィーラすらも」

 「………」

 「確認したわけではないが、シャマルも同様だろう」

 「そうですか……」

 自分は、そこまで割り切れないだろうと、なのはは自身の心を顧みる。

 実際に、前線が半壊しているこの状況においても、シグナムとシャマルは揺らぐことなく己の責務に専念している。

 なのはも一見冷静だが、エリオの負傷を聞いてフェイトが慌て、はやても動揺しているからこそ、それを見て落ち着けたという側面が強い。

 僅かに状況が違えば、なのはが慌て、フェイトがなのはを支えることも、十分にあり得ただろうから。


 「まあともかく、お前もあまり気負わぬようにしておけ、お前も言ったように、一人の人間に出来ることなど限られている」

 「聞いてたんですか?」

 「いや、レイジングハートが気を利かせ、私のレヴァンティンに伝えてくれた、恐らく、テスタロッサのバルディッシュや、ヴィータのグラーフアイゼンにも届いていることだろう」

 「………レイジングハート」
 『………』

 空気を読んでか、レイジングハートはあえて沈黙を貫いた。


 「それと先程、クロノ提督から私の方に連絡があった」

 「クロノ君から?」

 「今の状況で、主はやてと話すことは可能かどうか、とな。心苦しいが私はいつまでもいられんからな、フォローは彼にお願いした」

 「はあ………やっぱり私達は、クロノ君やユーノ君に頼りきりなんでしょうか……………」

 いつまでも子供のままではいられないと3人が想い、空港火災の教訓を糧に作られた組織、機動六課。

 ただ、肝心な部分で頼るようでは、まだまだ未熟なのかと、なのはは考え込む。


 「さてな、クロノ提督はともかく、スクライアに頼っているのはお前だけな気もするが、主に、男女の関係についてだが」

 「ちょ、どどど、どういう意味ですか!」

 想定外の切り返しに、動揺するなのは。


 「何、噂だよ。エースオブエースに憧れて告白する若い隊員を、傷つけずに断る方便として、“偽恋人”としてスクライアの名を使っている悪女がいる、というな」

 人の悪い笑みを浮かべながら、シグナムが“噂”を口にする。


 「そ、そんなことしてません!!」

 「ほうそうか、ならば、スクライアの名は一度もそういう場面で使ったことはないと?」

 「そ、それは………」

 「違うのか?」

 「気になる男の人がいるのか、って聞かれた時に答えただけで………ユーノ君は大切なお友達で………」

 「まあ、とりあえずはそれでいいか」

 「とりあえず、ってなんですか…」

 若干へそを曲げた表情で、恨めしくシグナムを睨むなのは。


 「要はだ、ライトニングはテスタロッサに任せ、主はやてや六課全体のことはクロノ提督に任せ、お前は自分の分隊のことにでも集中していろ、ということだ。複数の事柄を同時に考えられるほど器用でもないだろう」

 「あ……」

 話題は少々意地悪かったが、それもシグナムなりの配慮。


 「まあ、器用じゃないのは、否定できませんけど……」

 ふと気付けば、張り詰めていた気持ちが落ち着いているが、素直に感謝するのも何か抵抗が残るなのはだった。


 「だろう、そうでなければ、友人以上恋人未満を10年近くも続けたりはせん」

 「すいません………」

 そして、なのはが己の分隊の二人、ティアナとスバルや、その姉であるギンガのことを考えた時。


 「なのはさん!」

 息を切らせながらこちらにやってくるオレンジの髪の少女。


 「ティアナ!?」

 スターズ04、ティアナ・ランスターが出撃前の彼女の前に姿を現した。



□□□


クラナガン先端技術医療センター


 気がつくと、そこは、見慣れてしまった天井。

 所狭しとならぶ検査機器と、繋げられた自分の体。

 ただし、いつもと違って、検査用ばかりではなく、修理用と思われる見慣れない機器もある。

 自分と姉は、幼い頃からここの病院に世話になっていて、今でも定期的に検診を受けている。

 この時ばかりは、どれだけたっても慣れることがない。


 (近寄らないで、化け物!)


 戦闘機人である己を強く自覚して、皆の前で笑う自分が、仮面を被った作り物のように思えてしまうから。

 それも、彼女と出遭って、本当の意味で親友になれたあの時からは、ほとんど感じていなかったけれど……


 (化けの皮が剥がれやがったな、化け物が………)


 自分と同じ戦闘機人、ノーヴェの言葉が、心に響く。

 結局自分は、己のISを制御しきれなかった。

 ほとんど本能のままに動いて、爆発をくらって、マッハキャリバーが犠牲になって。

 そんな相棒のことすら顧みず、戦おうとして……


 『目が覚めた?』

 柔和な女性の声が聞こえる。

 姉の声、大好きな姉の声だ。


 「お姉ちゃん?」

 『ええ、私はここにいるわよ、スバル』

 自分と同じ身体を持って、絶対に自分を裏切らない人。

 世界中の誰に見捨てられても、お姉ちゃんだけは―――


 <違う……>

 だけど、それに反発する声がある。


 <泣いて、ギン姉の背中に隠れてるだけじゃ、何も変わらない>

 姉の影に隠れる自分じゃなくて、陸士の制服に身を包んだ自分の姿を幻視する。

 その横には、こんな自分を受け入れてくれた、“普通の人間”の彼女がいる。

 その名は―――



 「ティア!」

 そうしてスバルは、本当に目を覚ました。


 「おはよう、スバル」

 その隣では、自分と同じように別の機械式ベッドに横たわり、機材に囲まれる姉の姿。


 「あ、ギン姉」

 「お姉ちゃんとは呼んでくれないのね、久しぶりに呼んでもらえて嬉しかったのだけど」

 「あ、あはは……」

 どうやら、夢うつつに昔の呼び方をしていたらしい。

 流石に恥ずかしくなったのか、スバルの頬が赤く染まる。


 「状況は、分かるかしら?」

 「うん、先端技術医療センターで手術中。ティアへのお土産にはチョコポットがいいかな」

 「そこまで言えるなら大丈夫そうね。姉妹揃って不甲斐無くもやられて、お世話になってるみたいよ」

 確認したところ、首から下はさっぱり動かないが、致命的な損傷もない。

 どうやら、基本部分の修繕は終わったようで、これから外装部分の施術に入るためのインターバルのような時間らしい。

 ただ、考えるのは別のこと。


 「あれが………戦闘機人なんだね」

 「ええ、プロトタイプの私達とは違う、“完成形”があれなんでしょう」

 チンク、セイン、ディエチ。

 二つのISを発動させることはおろか、意識を失ってすら戦い続ける、まさしく、戦うための機械。


 「だけど………」

 同時に、スバルは思う。

 一人だけ未完成で、意識を失ったまま戦うこともなかった戦闘機人を。


 「ねぇ、ギン姉」

 「何かしら?」

 「あたしが戦った、ノーヴェって子はね、未完成なんだって………」

 スバルは姉に語っていく。

 自分達が戦った、戦闘機人について知ったことを。


 「あの子は言ってた、自分は“破壊する突撃者”だって」

 “突撃者”が、エアライナー、すなわち機動力に関するISを指すならば。

 “破壊者”とは、振動破砕を指すのだろう。

 さらに、固有武装との融合能力も使えるなら。

 まさしく、近接格闘戦において、無敵の機動力と攻撃力を備えた戦闘機人が完成する。


 「だけど、悲しそうだった……」

 二つのISを発動させ、“破壊兵器”と化していく姉達を見るその瞳が。

 今にも泣き出しそうに、スバルには見えたのだ。


 「昔の、貴女のように?」

 「うん………ギン姉の後ろに隠れている頃の、化け物って言われて悲しんでた、あたしみたいに」

 改めて口にすれば、想いが形になる。

 自分が何をしたいのか、そしてそれを、他ならぬ姉に誓いたいのだと。

 弱かった自分を、ずっと守ってくれた、大切な人だから。


 「あたしは…………もっともっと、強くなる!」

 確固たる言葉で、強く誓う。


 「なのはさんが教えてくれたように……ティアが認めてくれたように……この力は、泣いてる子のために使いたい!」

 誰かに任せてはいけない、例えそれがなのはやギンガであっても。

 ノーヴェだけは、自分が戦わないといけない、あの子の涙を拭うのは、自分でないと、嫌なのだ。


 「だからお願い、ギン姉、この怪我が治ったら、あたしを鍛えて! 母さんが遺してくれたシューティングアーツで、あたしはあの子に勝ちたいんだ!」

 ギンガばかりじゃない、自分が目指すあの人や、六課の人達、皆の力を借りて。


 「あたしは……強く…なりたいッ!」

 それが、4年前に助けられたあの時から、探し続けてきた答えだと思うから。

 自分の拳は、一体何のためにあるのか。

 本当に、破壊にしか使えないのか。

 そんなことはないと、己の全てに懸けて証明するために。


 「ええ、分かっているわ。一緒に、強くなりましょう」

 妹の心からの願いに、ギンガは優しく、同時に力強く答える。

 妹のその真っ直ぐさが、時々直視できない程に、眩く見えてしまうけれど。


 「貴女が私の妹でいてくれて、本当に良かった………スバル」

 小さなスバルが後ろにいたから、いつでもギンガは胸を張れた。

 自分が卑屈になれば、可愛い妹まで、落ち込んでしまうから。

 命を懸けてでも守るべき彼女がいてくれたから、自分もまた人として歩むことが出来たのだ。

 感謝しても、したりない。


 <私は、忘れることができない……>

 スバルにとって、ギンガは姉であり、母代りであった。

 まだ幼かったこともあり、スバルの中に、復讐や報復といった負の感情はない。

 だが、ギンガには、クイントを奪い去った者を、野放しにしておくことは出来ない。


 <絶対に、報いは受けさせる……>

 管理局員として、母と同じ捜査官として、犯人を“逮捕”することが、ギンガの誓い。

 だけどそれも、普通の学校に通って、笑って過ごすスバルがいてくれたから、道を踏み外さずにすんだ。

 危険な場所に踏み込もうとしても、彼女の存在が止めてくれた。

 きっと、父であるゲンヤがこの8年間、戦闘機人事件を本格的に調べなかったのも、同じ理由からだろう。

 そして―――


 <この子に救われたのは、貴女もきっと同じなのでしょうね………ティアナ>

 自分と同じ目的を持ち、きっと今頃、同じようにもっと強くなることを誓っているだろう少女に、ギンガは深く感謝した。

 何よりも大切なスバルと、無二の親友になってくれたことを。



□□□



 「ごめんなさい、なのはさん!」

 ティアナは涙を流しながら、謝罪していた。

 それが申し訳なさからくるのか、悔しさからくるのかは、ティアナ自身にも分からないまま。


 「ティアナ、どうしたの……」

 「あたしの判断ミスで、フォワード陣は壊滅しました。リーダーを任されていながら………何も、出来ませんでした………」

 「あ……」

 その言葉を受けて、なのはも理解する。

 責任感が人一倍強いティアナが、本来追うべきではない責任を感じてしまっていることを。


 「ううんティアナ、あれはティアナのせいじゃないよ」

 だからなのはは、ティアナの肩に手を置いて、ゆっくりと諭すように話す。


 「むしろ、責められるべきは私の方。貴女達が包囲されているのに、空で足止めされて駆けつけることができなかったんだから」

 「そ、そんなことありません! あたしが、あたしが弱くて情けないから、今も、なのはさん一人に全部押しつけてしまって………」

 「それは……今回は空戦だから、陸戦のティアナじゃ無理だし、それに、撃墜されたばかりで体調も魔力もまだまだ戻ってないんだから、出動待機は当然だよ……」

 「それでも! 不様にやられて、何も出来ずに見送るしか出来ないですよ! こんな私でも六課に置いてくれたのに、期待に応えることが出来なくて、なのに一人でのうのうとしてるなんて―――!」

 その瞬間―――


 「歯を食いしばれ」

 二人のやり取りを、隣で黙って見ていたシグナムが、ティアナの肩を掴み。


 「ぐぶっ!」

 乙女のあるまじき悲鳴をあげさせながら、ティアナの頬を思い切り殴り飛ばした。


 「シグナムさん!」

 「よく聞け、ティアナ・ランスター二等陸士」

 なのはの抗議の声に構わず、シグナムは倒れたティアナに続ける。


 「確かに、フォワードが崩壊したのはお前のミスであり、お前の未熟さが原因だ。ならば今の拳は、分隊長である高町一尉からの叱責の一撃と思い、よく噛みしめろ」

 「……………ありがとう……ございます」

 よろめきながらも、ティアナは立ち上がる。

 誇張なしで足にくる一撃だったが、今のティアナにとっては、その痛さが有難かった。


 「自分の失態を恥じいるならば、次こそは同じ失態を演じぬよう強くなれ。お前がフォワードのリーダーを務めているのは、お前の能力を認めればこそだ。分かっているだろう? お前以外のメンバーでは、フォワードの司令塔として機能しないことを」

 「………はい」

 ただでさえギリギリの戦力配置であり、隊舎防衛の要であったザフィーラの穴は大きく、これまで以上に陸戦のフォワードの比重が高まることは必然だ。

 だがそれでも、状況の悪さを理由に、失態をうやむやにしたような後味の悪さが残ってしまう。

 ティアナの責任ではないのが正当な見解でも、今の彼女には、それを受け入れるだけの精神的余裕はなかった。


 「それと、出動待機から外されることは、あくまで現場に出ることがないだけだ。仮に隊舎が襲われたならば、その限りではあるまい」

 「―――っ!?」

 それは実に単純な話。

 この隊舎が“現場”となれば、戦闘要員はおろか、非戦闘要員すら巻き込まれることになる。


 「高町隊長、出動待機から外れているならば、今のティアナはオフシフト扱いだ。ならば、地上本部からやってきた非常用戦力の、“案内を兼ねた補佐役”として、一時的に引き抜いても構わんな?」

 「え、ええまあ、そういうことになるんでしょうか……」

 「あくまで私の個人的な意思によるものだ。もし誰かから難癖でもつけられれば、私が急に百合に目覚め、ティアナを獲物として引き摺っていった、とでもしておけ」

 「それは流石に、信じる人はいないような………」

 シグナムが百合に目覚めたならば、次の日にはクロノが薔薇にでも目覚めることだろう。


 「ともかくティアナ、私の供をするならば、丸腰でいることなどは許さんぞ。とっととデバイスルームに行け、お前のデバイスには破損はなかったはずだ」

 「は、はいっ!」

 ほぼ反射的に敬礼を返し、ティアナはややふらつきながらも廊下を駆けていく。


 「………ありがとうございました、シグナムさん」

 「礼を言われる筋合いはない、私は気に入らなかった二等陸士を感情のままに殴り、勝手に文句を言っただけだ。地上本部の士官というものは、どうにも傲慢でいかんな、後で機動六課部隊長からの苦情は免れまい」

 シグナムは部外者であり、部外者だからこそ、通せる不条理がある。


 「ふふ、そういうことにしておきますね。………でも、本当にすいません、あの子、ティアナが求めていたものは、分かってはいたんですけど……」

 「教え子に罵声を浴びせるのも、殴りつけるのも、お前には無理だろう。それにお前には、他にやることがあるだろう」

 「いけない! すぐ出ないと!」

 「ああ、お前はお前の出来ることを存分にやれ、隊舎については、私と―――ティアナに任せろ」

 「無茶だけはさせないでくださいね! 病み上がりなんですから!」

 慌てて駆けながら、大声を上げるなのはに対し。


 「善処しておこう」

 実に勇ましく廊下の中心に立ちながら、シグナムがいつも通りに応えていた。



□□□



 「、内部の方でも、大変なことになっているようだな」

 「ほんまに、なのはちゃんにも、叱られてもうて」

 時刻も既に日付の変わろうとする頃。

 なのはの出撃は無事に終わり、一応は平静を取り戻した機動六課隊舎。

 リインのいない部隊長室で、はやては六課の後見人であるクロノ・ハラオウン提督と会談を行っていた。

 とはいえ、消耗した人材や、各部隊との連携などについてはあらかた話し終え、残る部分はオーリス三佐や、ナカジマ三佐と実際に話し合って決める、という結論は出ている。


 「部隊長になったことを、後悔しているか?」

 「正直に言えば、少しだけ………あ~あ、今になってようやっとクロノ君の偉大さが身にしみるわ」

 「それだけ減らず口を叩けるなら、少しはこちらも安心できるな」

 「心配してくれてたん?」

 「当然だ、いつもの君ならしないミスを何回重ねたと思っている。地上本部や本局に出す書類については、グリフィスからわざわざこちらへ添削を頼まれたくらいだぞ」

 「あ、はは~」

 とりあえず笑って誤魔化すはやて。


 「なあはやて、前々から何度も繰り返しているが」

 「あまり生き急ぐな、やろ」

 「この世で一番性質が悪いのは、理解していながら止まろうとしない人種だ。特に、執務官をやっていると、そういう人間と縁がよくあるものでね」

 「フェイトちゃんも、よう言っとるよ。プレシア母さんと同じ人が多い、って」

 「そして、君も同じ穴の狢、ということだぞ」

 「だから、狸って言われるんやろか、わたし」

 「………はぁ」

 似たような会話をもう何度も繰り返したためか、溜息をつくクロノ。


 「闇の書事件のことを、まだ気にかけているんだな」

 彼の父を奪い、多くの悲劇をもたらした、ロストロギア。

 闇の書に関わる事件を担当した、執務官として。

 それに関わる人々、そして、“被害者”の精神面をフォローする義務が、彼にはある。


 「………忘れられないんや」

 過去の傷を癒せるものは、時しかない。

 それには多くの個人差があるが、誰しもに必要なものであることを、今も艦長と並行しながら執務官としても働くクロノは、熟知している。


 「私の命を救ってくれた、彼女のことが……」

 「リインフォースか……」

 彼女が消滅を選んだ過程を、クロノはよく知っている。

 別れの儀式に立ち会ったのはなのはとフェイトだが、それに許可を出したのはリンディであり、クロノなのだ。

 そうでなければ、当時のリインフォースや守護騎士が勝手に動ける筈もなく、彼女が消滅するならばあの時でなければ意味がないことを、はやてが眠っている間に説明を受けた。


 「君はまだ、自分のための人生を、生きていないんだな」

 リインフォースが消えたあの日以来。

 法的な執行猶予の期間が終わってなお、八神はやては、贖罪の日々を過ごしている。

 家族と笑いあうことはある。友達と旅行に出かけることもある。

 一見すればそれは、とても幸せな人生のように見えるが―――


 「管理局は未だに、君を縛る檻でしかないわけか」

 執務官として、数多くの犯罪者に接してきたクロノには分かってしまう。

 はやての笑顔が、隔離施設などで更生を受ける受刑者が浮かべるものと、ひどく似通っていることを。

 檻の中で贖罪の日々を過ごし、いつか、日の下を歩く自分を夢見る者の、穏やかではあるがどこか儚い笑顔。


 「ごめんなぁ、クロノ君」

 はやて自身が、未だに己を許していない。

 リインフォースの命を犠牲に、己だけの幸せを求めることに、罪を感じている。

 悲しい記憶が、今を生きるはやてを、縛り続けている。


 「君が謝ることじゃないだろう」

 「ううん、私がいつまでもこのままなら、クロノ君やリンディさんも辛いことは、分かっとるのに……」

 「………10年で割り切れるものでもないだろう、少なくとも僕は、11年以上かかっている」

 結局割り切れず、死者の蘇生を願う者は、後を絶たない。

 それを止めることはクロノの信念であり、過去を取り戻すことは、出来ないのだと、何度も思い知らされた。


 「………仮にだ、はやて。ジュエルシードを集めて願えば、リインフォースが戻ってくるとすれば、君はそれを求めるか?」

 「難しい問いやね、それ、失敗すればミッドチルダも道連れやん」

 「それでもだ、成功すれば、君にはリインフォースと共に歩む、“未来”が手に入る」

 「………」

 答えることは、出来ない。

 “希望”というものはいつの世も、死という逃避先がある“絶望”よりも、人間を縛る。



 「…………意味のない問いだった、忘れてくれ」

 「そやね…………ああ、そういえばジュエルシードと言えば、スバルとティアナは、昔のなのはちゃんとフェイトちゃんにそっくりやで」

 「ほう、それは興味があるな」

 だから、二人はあえて保留にした。

 それはきっと、答えを出してはいけない問いだから。


 「簡単に言えば、自分がクローンなことを気にするフェイトちゃんがスバルで、“そんなこと気にする必要はない”、ってどかーんと宣言するなのはちゃんが、ティアナや」

 「ふむ」

 「残念、乙女のプライベートに関わることなんで、これ以上は閲覧禁止や」

 「それはまた、残念な話だ」

 「ただまあ、ほんまにあのコンビは似てる思うよ、比翼の翼、ってやつやろか。片方が片方を支えるんやなくて、互いに支えあっとる」

 そうして、六課の人間を話題にした、何気ない会話が続く。

 それは、はやてが守るべきものを再確認するためのものであり。

 10年前に片翼を失ってしまった少女が、他者の絆を守ることに己の全てを捧げる、悲しい巡礼の道程のようでもあった。



□□□


 明かりの消えたデバイスルームで、静かに眠るユニゾンデバイスが、ケージの中でたゆたっている。


 小さな彼女は、夢を見る。

 蒼天をゆく、祝福の風。

 リインフォースの名前を受け継いだ、幼い融合騎は、過去と今の狭間の、泡沫にあった。


 <悲しい夢……>

 小さな彼女は想う。


 <寂しい夢……>

 この夢には、楽しさや喜びがないのだと。


 <古いベルカの戦乱の時代……見ていることしか出来ない、まるで、遠い誰かの記憶のような………>

 その中心には、一人。


 <銀の髪を揺らした、寂しそうな女の人で……>

 そして、シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラの4人。

 小さな彼女もよく知る、八神家の家族。


 <だけど、夢の中の皆は、とても近寄り難くて……>

 記録は進む。

 ヴォルケンリッターが最後に顕現してから100年が経ってなお、止むことのない戦乱の時代。

 今代の主は策略に長け、あえて闇の書を完成させずに蒐集と消費を繰り返し、守護騎士を戦力として使い続ける。

 彼らが戦い始めてより、既に2年と半月。


 <わたしは、見ていることしか出来ない………>

 それを、小さな彼女は俯瞰風景で眺め続け。


 <闇の書と呼ばれた女性の背中が、とても悲しそう………>

 哀しみ。

ただそれだけが、その夢から感じ取れたこと。


 リン


 <あれ……>

 鈴の音が鳴るように、風景が切り替わる。


 『私もな……』

 そして、声が。


 『時々、夢を見ることがある』

 優しい声が、響いてくる。


 『それは、平和な日々の夢だ』

 「これは――」

 『主はやての下を訪れてより、幾度も夢に見た』

 「これ、海鳴のおうちと………ちっちゃい頃の、はやてちゃん!?」



 (うぅ~、はやてぇ、おはよ~)

 (ふふっ、おはよう、ヴィータ)

 (はぁぁ~、いい匂いぃ~)

 (夜天の主特性の、卵焼きや)

 (はいシグナム、新聞)

 (ああ、すまないなシャマル)

 (ほい、リインフォース、おみそ汁、味見)

 (はい………………んっ………………ああ、おいしいですね)

 (んん、おっけぇ)

 それは、ある家族の、幸せな日々の断片。



 「これは―――」

 『もしかしたらあり得た、平和な日々の夢だ』

 「貴女は………」

 『何もこんなに、心安らぐ日々ばかりでなくてもいい、危険や戦いも、時にはあってもいい。それでも……』

 小さな彼女は、気付く。

 目の前に浮かぶ女性には、こちらが見えていないことを。


『私とマイスターと、守護騎士とその武装…………皆が揃い、温かな食卓を囲み……時に、微笑むことが出来る日々を……………過ごしてみたかった』

 それは、小さな願い。


 『その幸せを守るため、必要とあらば力を振るい……主と仲間達の笑顔を糧に、胸を張って戦える……………主と共に往く融合騎として、そんな日々を生きられたら…………どんなによいだろうかと、ずっと思っていた』

 ほんのささやかな、彼女の夢。


 『ほんの少しの奇蹟でも起これば、これから、そんな日々を始められるかもしれないところまで、主はやてと仲間たちが、切り拓いてくれた』

 「これ、やっぱり記憶映像………」

 『だが………残念ながら、私は今日、消えなければならない』

 「何で……」

 悲しみが、小さな彼女の心を覆い。


 『優しい主と騎士達を守るため、もう二度と、あんな悲劇の連鎖を起こさぬため。今のうちに、夜天の魔導書としての、長き生涯を閉じることにする』

 涙が、頬を伝う。


 『お前に今、私の声は聞こえているだろうか?』

 「はっ……」

 答えが言葉にならず、それでも小さな彼女は、声を振り絞ろうとして。


 『この記録映像は、私が、主はやてに願う、私の名を継ぐ新たな祝福の風に充ててのものだ』

 「はいっ! 聞こえています。ここにいますっ!」

 涙を流しながら、込み上げる想いを堪えながら、叫んでいた。


 『ここで消えることに、悲しみがないと言えば嘘になる…………祝福の風の名を、リインフォースという名を頂いて、私は世界で一番幸福な魔導書だが…………願わくば、あの優しい主と共に、せめてもう少し………生きてみたかった』

 「リインフォース………」

 『生涯を閉じることに、迷いはない………だが私はこの先、主はやてを守ってさしあげることができない…………彼女の涙を、拭って差し上げることが出来ない…………優しい彼女が、私のために涙してくれることは嬉しいが、かつての私のように、涙ばかりの道を歩んで欲しくはない』

 悲しい記憶ばかりを想っていたら、いつか、楽しい記憶までも色褪せてしまうから。


 『だから、新たな祝福の風よ』

 「はい………はいっ!」

 彼女は、小さな彼女に託し。


 『お前はどうか、主を守り………その涙を拭ってやってくれ…………騎士達と共に戦い、あの温かな家庭から誰も欠けさせることなく……………幸せに生きていってほしい』

 「はいっ!」

 小さな彼女は、確かに受け取った。


 『そして何より、お前は私の名を継いでくれたが、お前は私ではなく、紛れもなく、お前だ』

 「あ……」

 『ほんとはな、一目、お前に会ってみたかったが………………きっと、主はやてによく似た目をした、強く優しい風に違いないと、勝手に想像している』

 「うぅ………」

 涙が溢れて、止まらない。

 彼女の姿が、徐々に、薄く。


 『どうか胸を張って、強く生きていってくれ………そして、主はやてと……騎士達と……あの小さな勇者達に、よろしく伝えてくれ』

 「リインフォース………わたしは…………」

 最後に、彼女は微笑んで……


 『元気でな………蒼天をゆく、祝福の風……………リインフォース』

 雪のように、静かに蒼穹の空へ、溶けていき。


 「リインフォースぅっ!!」

 そうして、小さな彼女は、目を覚ました。



□□□



 「…………」

 深夜も過ぎ、2時をまわる頃。

 明かりも付けず、部隊長室に、一人はやての姿がある。


 「………遺されたのは、これだけ」

 その手には、初代の祝福の風が遺した、剣十字のペンダント。

 机の上には、昔のアルバム。

 家族の守護騎士を始めに、幼き頃のなのはやフェイト、アリサやすずか、それに、後見人だったグレアムの写真が並ぶ。

 けれど、一人だけ欠けている。


 「………リインフォース…………」

 はやての命に溶けた、彼女だけが、どこにも映っていない。

 はやてが生まれた時から傍にいた、彼女が生きた証は、はやての中にだけ残っている。


 <私の命は、グレアムおじさんが育ててくれて、うちの子達が守ってくれて、なのはちゃん達に救ってもらって…………初代リインフォースが、遺してくれた命や>

 だから決して、無駄にはしない。

 涙落ちる悲しみが、もう、誰にも来ないように。

 けれど………


 「はやてちゃん…………」

 「リイン!?」

 デバイスルームで眠っているはずの、小さな彼女が、いつの間にか隣にいて。


 「どうしたんや、なんで、泣いてるん……」

 その瞳からは、涙が零れる。


 「泣かないでください、はやてちゃん………」

 「えっ?」

 泣いているのは、小さな彼女だけど。


 「わたしを想って、泣かないでください………」

 「―――っ!?」

 その声は、遠い追憶の彼方の、彼女のものに聞こえて。


 「どうか、幸せになってください………」

 「わ、わたしは―――」

 言葉が、紡げない。



 「祝福の風は、いつでも夜天の空に届きますからっ!」

 「…………」

 「はやてちゃんの想いも、守護騎士の願いも皆………わたしが抱いていきますからっ!」

 「リイン………」

 小さな彼女は、託された全ての想いを乗せて。


 「どうか笑って………幸せになってください、はやてちゃん!」

 「……………」

 それだけが、彼女の遺した願いだから。


 「でないと、わたしは……笑顔であの人に話せないです!」

 「―――ッ!?」

 涙が、はやての瞳に溢れ。


 「………ありがとうな…………リインフォース」

 「あ……」

 はやては、小さな彼女を抱きしめていた。

 優しく、慈しむように、そして、胸の温もりを伝えるように。



 「うん………うん………ごめんな…………わたしが一番、泣かせたらあかん人を、泣かせてもうた」

 「大丈夫です………リインは元気いっぱいですから」

 「そやね…………皆と一緒に事件を解決して………一緒に、幸せになろうな」

 「はいです、家族、皆で!」



 それは、小さな誓い。

 10年前から、贖罪の日々を送ってきた少女が得た、一つの救い。

 傷ついた翼は、例え弱く折れそうになっても。

 優しい祝福の風を受けて、そしてまたいつか、羽ばたいていく。



あとがき(長いです)
 今回のはやてとリインの話は、StS本編13話のラストシーンと、StSサウンドステージ03の内容と、はやてとリインを歌った挿入歌を組み合わせた感じです。
 私個人の願望としては、「特定の話におけるアニメのエンディングテーマを、サウンドステージの曲に差し替えてくれぇ」、というもので、特に13話のエンディングを変えるだけでも、StSにおけるはやての印象が大分変わったような……

 あと、「リリカルなのは」の原作であるリリちゃ箱において、以下の台詞があります。
>「うちの母は、亡くなった人のことは、忘れるんじゃなくて、思い出にするのがいいって」
>「嬉しかったこと、喧嘩したこと、そういう、楽しかったことを沢山思い出すようにしておかないと」
>「悲しんでばっかりいると、楽しかった思い出まで、悲しい色になっちゃうからって」

 それと、はやてがリインフォースを想う歌を比較すると、はやてはまだ、リリちゃ箱における桃子さんのように、彼女のことを思い出にすることが出来ていない、という印象を受け、とらハの高町家とリリカルなのはの八神家はそういう意味での対比なのかな、と思いました。
 サウンドステージM4や、Vividにおけるアギトの加わった八神家は、近所の子もよく遊びにきそうな感じなので、はやてはサウンドステージ03のリインの願いを受けて、彼女を優しい思い出にすることが出来たのかな、っと妄想した結果が、今回の話です。StSにおける機動六課設立の根源は、ここにあると思ったので、載せることにしました。
 1クールで再構成といいつつ、文章量としてやたら長く、とてもアニメの15分で収まりきる内容ではありませんが、そこはご容赦ください。



[29678] 9話  命の理由、戦う理由  Aパート
Name: 有賀土塁◆c58c5e50 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/11/05 13:58
ただの再構成(13話)



 戦闘機人

 それは、人の身体に機械を融合させ、戦闘能力を飛躍的に高める研究

 しかし、成功例の少なさや、人道的理由をはじめとする様々な問題点から、研究は中止され、ついにはその問題そのものがタブーとされた

 私とスバルは、その技術で生み出され、管理局の捜査官だった母さん、クイント・ナカジマに保護された

 そして、母さんが亡くなった8年前の戦闘機人事件は、私たち家族にとって、重要な意味を持つ事件となった

 戦闘機人を追うこと、それについて迷うことは何もない

 だけどなぜ、貴方がそこにいるのですか……

 首都防衛隊作戦部第五課、部隊長

 ゼスト・グランガイツ一等陸尉



第九話   命の理由、戦う理由   Aパート


ある森林地帯の湖畔にて


 古い融合騎は、夢を見る。

 祝福の風の名を持つ、新しい融合騎が、古い夢を見るように。



 ――――生まれた時のことなんて憶えてないし……人間でいう親、マイスターが誰かなんてことも、アタシは知らない。

 ただ静かに、多分、ずいぶん長いあいだ、眠ってただけ。

 気が付けば、白い部屋で実験動物。

 自分が、なんのために生まれたのか分かってたから………辛かった。

 生まれた意味を何ひとつ果たせないまま、死ぬ自由すらなく、苦しいまま……いつか、心と身体が壊れて終わるんだって、思ってた。

 それが変わったのは……。

 なんだか、ひどくゴツゴツした手のひらと……小さな女の子が、アタシの前に現れてから──



 昔の夢が、もう少しだけ新しい夢に切り替わる。

 研究所が、業火に包まれていた。

 彼女を救ったのは、大柄な体躯の男と、幼い少女。

 違法であろう研究所を破壊した二人は外に出て、しばらく研究所が燃え落ちる様子を眺めていた。が、やがて男は踵を返し、歩き始め―――


 (……何だ)

 (おいていっちゃうの?)

 (あれは古代ベルカ式、レプリカではない、純正の融合騎だ。火災に気付いてやってくる局員が見つければ、丁重な保護を受けるはずだ)

 (……そこでもまた、実験動物?)

 (ここの連中ほど、酷いものではない……そう、思いたいがな)

 男の言葉には、裏側の現実を知るものが共通して持つ、憤りとある種の諦観があった。


 (ゼスト。つれてってあげよう?)

 (いいのか?)

 (うん。この子もきっと、私たちと同じだから──)

 そうして彼女は、二人の旅の供となった。

 ただし二人とも、普通の人間ではあり得ない“異物”を内包した存在であるため、融合騎としての本懐を遂げることは出来ないと、分かってはいたけれど。

 後に、少女から“アギト”という名前を贈られる彼女にとって、二人は初めて出逢った家族であったから。

 レプリカではない彼女には、ロードの身の回りの世話をする経験か機能があり、金があるのになぜか放浪の生活を続ける二人の酷い食生活を改善することは出来た。

 旅の空の下であったから、そんなに凝ったものを用意できるわけでもなかったけれど

 遙か古のベルカと同じく、青い空と緑の中を、騎士と少女と共に旅するだけで、彼女は幸せだった。

 だけど………



 「―――ッ!?」

 嫌な予感が駆け抜け、アギトは目を覚ました。

 いつも彼女が眠っているのはルーテシアのフードの中であり、その隣には、ゼストがいるはずなのだが……


 「旦那っ!?」

 その姿が見当たらない、いや、彼が自分達を置いて遠くへ行くはずもないのだから、この場にいない理由が逆に想像出来てしまう。


 「くっそ、どこだ、どこだ……」

 半ば反射的に探知魔法を走らせ、アギトはゼストの熱反応を追いつつ、出せる限りの速度で彼の下へ向かう。

 そして、湖畔の茂みの影に。


 「ごほっ、がはっ!」

 「旦那ぁ!」

 咳き込み、吐血を繰り返す、ゼストの姿があった。


 「アギト、か………心配するな」

 「心配するよ! こんな、無茶してたのかよ!」

 ルーテシアを連れて、ヴォルテールの攻撃範囲内から離れた後、ゼストが如何なる戦いを繰り広げたのか、アギト詳しくは知らない。

 彼は合流するなりすぐに眠りこみ、仕方なく、アギトとルーテシアだけでレリックをスカリエッティに引き渡していたから。


 「あの真竜との戦いの消耗はそれほどではない。むしろ、あの赤い騎士と融合騎との戦いの方が、余程堪えたな」

 強大な魔力を持つオーバーSランクの騎士ともなれば、真竜のような大型魔法生物の方がかえって与し易い。(当然、倒す以外の戦術をとれる場合に限る)

 それよりは、正統の古代ベルカの技を操った、鉄鎚の騎士と祝福の風の方が、ゼストにとっては強敵であった。


 「ごめん旦那、あたしが使えなかったから………」

 「お前は、よくやってくれた。それに、融合騎の乗りこなしも含め、あれは、いい騎士だった」

 「旦那の方が強い! 旦那の身体がベストで、あたしがもっとちゃんとやれてたら……」

 「今が、俺のベストだ………」

 ゼストの命が尽きる時が近いことは、アギトにも分かっている。

 彼は本来死者であり、レリックによって僅かな期間、動くことを許されているに過ぎない。

 生体にレリックが埋め込まれているルーテシアとは、根本的に異なるのだ。


 「けど旦那、何で管理局の連中を庇ったりしたんだよ。残りの命は、旦那の目的のために使ってくれよ……」

 「すまんな………だが、あの二人もルーテシアと同じく、俺にとっては死なせるわけにはいかん存在だ。例え偽りのものとはいえ、この命がある限りは、な」

 8年前のあの事件における真相を、親友であったレジアスに問うことが、彼の目的。

 しかし同時に、メガーヌの娘であるルーテシアや、クイントの娘であるギンガ、スバルの存在は、彼の行動を縛る鎖となる。


 <あるいは、機動六課に二人がいるのも、最高評議会の思惑の内か………>

 どの行動が最適であるか、全能ならぬゼストに分かるはずもない。

 まして、今の彼は動くことすらままならず、しばらくは休息に徹する他はない。

 だから――


 <確か、部隊長の名は八神………分隊長の名を、高町と、ハラオウン、といったか…………>

 かつて自分が率いた、首都防衛隊作戦部第五課の後を継いだ彼女達に。


 <俺が頼める立場ではないが…………クイントの娘達を、強く、導いてくれ……………>

 管理局の中枢と裏側に巣食う、古い残骸の謀略に負けぬほどの、若き翼が育つことを。

 未来がない彼には、託すことしか出来なかった。



□□□


機動六課、海上訓練施設、仮想森林地帯


 敗戦より、一週間。

 「ふッ!」

 「はぁッ!」

 「たぁッ!」

 「てぇい!」

 ゼストが強く育つことを願った二人、ギンガ・ナカジマとスバル・ナカジマは無事に復帰し、彼の想像を超える程の厳しい訓練のただ中にあった。

 二人の模擬戦は息をつく暇すらなく、互いの限界を見極めるように、白熱を超えて狂熱と呼ぶべき段階へと駆け上がっていく。


 「行くよ、相棒!」
 『Gear Second.』

 マッハキャリバーに設定されていたリミッターも解除され、ギア・セカンドへ以降。フルドライブである“ギア・エクセリオン”を除けば、リンカーコア通常時における全力運転が可能となっており。


 「ブリッツキャリバー!」
 『Gear Second.』

 その点は、ブリッツキャリバーも変わらず、純粋に戦えばスバルはギンガには及ばない。

 故に―――


 「ケリュケイオン、モード2!」

 ブーストデバイスに桃色の光が灯り、キャロの周囲に円形の陣が形成され。


 「我が乞うは、疾風の翼………蒼穹の拳士に、駆け抜ける力を…………」
 『Boost Up Acceleration』

 ウィングロードを展開して極限の格闘戦を行うフロントアタッカーを、フルバックたる彼女が援護する。

 三機のデバイスはそれぞれ形状変化こそないものの、より高度な魔法の展開と出力が可能となっており、それだけでも一週間前に比べ大きな進歩と言える。


 「リボルバーキャノン!」
 「ストームトゥース!」

 シューティングアーツの使い手二人はウィングロードを駆け、高速機動の空戦魔導師に劣らぬ戦いを繰り広げる。


 <もっと早く、空を駆け抜ける、マッハキャリバーと一緒に!>

 スバルは、エアライナーを操り、恐らく次は“完成”してくるだろうノーヴェに、真っ向から勝利するために。


 <どこまでも、デバイスとの同調を高める。今まで気付かなかった、私の真価はそこにある!>

 ギンガは、なのはを空に抑えつける程の能力を備えた母の仇、クアットロを逮捕するために。

 そして―――


 <フリード………ヴォルテール………>

 ブーストをかけ続ける少女は、魔法と並行して、竜達の操作を行い続けている。

 流石にヴォルテールの召喚は危険を伴うため、キャロの脳内イメージにおいてだが、フリードは竜魂召喚を行った状態で、キャロのイメージ通りの挙動を行い続けている。


 <守られているばかりじゃ、あの子へ言葉は届かない………>

 それまでのキャロとは大きく異なる、危険を伴う挑戦。

 ブーストを行いながらも竜制御に慣れれば、さらに射撃系魔法を並列して放つことすら、キャロは行うつもりだ。

 自分と同等かそれ以上の召喚技能に加え、強力な攻撃能力を持つ、ルーテシアを止めるために。

 彼女の想いを、真っ向から受け止めるために。


 <わたしも………強くならないと…………>

 この竜召喚師としての力がなければと、何度思ったか分からない。

 自分で卵から育てたフリードですら、疎ましく思ったことはある。

 だが、竜達がいてくれたから、完全な孤独ではなかった。

 けれど、あの少女は今、宿木を失おうとしている。

 本当に、心の支えを失ってしまう。

 だから―――

 キャロは生まれて初めて、今より強い力を、己に求めていた。





 「行くよティアナ!」
 『Load Cartridge.』

 「モード3!」
 『Blaze Mode』

 レイジングハートに砲撃の魔力を集中させるなのはに対し、ティアナもクロスミラージュを遠距離狙撃砲形態のブレイズモードへと変形。


 「バスタァーーーーーー!!」
 『Divine Buster.(ディバインバスター)』

 「ブレイザァーーーーー!!」
 『Phantom Blazer.(ファントムブレイザー)』

 センターガードの教導官と教え子の訓練は、普通に考えればあり得ないものだった。

 訓練内容は実に単純、なのはがディバインバスターやエクセリオンバスターなどの長距離、もしくは中距離の砲撃を放ち続け、ティアナがそれをあらゆる手段で迎撃する。

 ただし、なのはの攻撃の範囲の前に、幻影はほとんど意味を成さず、何とか相殺するしか術はなく―――


 「あああああああああああ!!」

 当然、出力で劣るティアナが競り負け、魔力ダメージが彼女の身体を突き抜けるが。


 「まだまだだよ!」
 『Accel Shooter.(アクセルシューター)』

 容赦の微塵もなく誘導弾が降り注ぎ、砲撃に吹き飛ばされたティアナに襲いかかる。


 「モード1!」
 『Guns Mode. Load Cartridge.(ガンズモード、ロードカートリッジ)』

 ティアナ休む間もなく、両手のクロスミラージュを通常の拳銃に戻し、二連でカートリッジをロード。

 15発ものスフィアが展開され、クロスファイアが発射されるのに加え―――


 「モード2!」
 『Dagger Mode.(ダガーモード)』

 さらに接近戦用のダガーモードに変形させ、撃ち落としきれなかったなのはの誘導弾を、直接刃で弾き落とす。


 「エクセリオンバスター!」
 『Buster Mode.(バスタ―モード)』

 その隙を逃さず、さらに中距離砲撃のエクセリオンバスターが叩き込まれる。

 魔王もかくやという極悪さであり、折檻を通り越して最早拷問としか思えない訓練内容だが、これはティアナから望んだことである。


 <あの子に勝つには………AAランクまで出力を抑えてるなのはさんに一対一で勝てなきゃ、話にならない・………>

 戦闘機人No.10、ディエチ。

 限定解除を行った際の彼女の厄介さはそれこそエクシードモードのなのはに匹敵し、経験や空戦の練度を差し引いても、AAAランクを超えているのは間違いない。

 今は訓練用に、レイジングハートがなのはの魔力をAAランクまでに設定しており、先程の砲撃も辛うじてだがぎりぎりで一瞬のみ相殺し、回避に成功。掠ったものの、行動に致命的なダメージは追っていない。


 <クロスミラージュの三つの形態を、使いこなす………………出力じゃあ絶対に敵わないんだから、戦術で凌駕するしか道はない!>

 弾丸を、今より鋭く、さらに遠くへ。

 その間にも頭脳をフル回転し、こちらより出力と誘導制御で勝る相手に勝つためには何が必要かを、模索し続ける。

 特に中心となるのは、クロスミラージュの運用であり、2つに分かれた拳銃のうち、どちらが制御ユニットであるかだ。

 一見、左右で性能差がないように見えるクロスミラージュだが、ハードウェアはともかく、ソフトウェアの面では、片方がAIを担当し、片方が実際の機能を担当する。


 <変形の指示や、幻影の入力は左………砲撃や連射の際に追加で魔力を注ぎ込むのは右………>

 反射的に身体が魔力運用を行えるレベルになるまで、ティアナは何万回もマルチタスクで反芻を繰り返す。

 キャロのケリュケイオンも同じ構成を持っているが、最後衛の彼女はティアナのように複雑な状況変化に対応するポジションではないため、そこまで意識する必要はない。

 また、前衛の二人のように、己の機動に直結する変形でもないため、ティアナの本領とは頭脳戦にこそあった。


 「もう一本、行くよ!」

 「はいっ! なのはさん!」

 実戦の場で何よりも重要なものは、無事に生還すること。

 使える物は全て使い、生き残ってこそ、次の道へ進めるのだ。

 途中で果てた兄の後を継ぐため戦うティアナ・ランスターにとって、最悪の失敗とはその道が断たれること。

 だから今は、自分の持ちうる技能を全て動員し、出力、精度の両面で凌駕する砲手に挑む。

 彼女のストライカーとしての適性が、今まさに問われようとしていた。





 「バルディッシュ!」
 『Sonic Move.』

 「ストラーダ!」
 『Sonic Move.』

 エリオもまた、常識外れの訓練に身を置いている。

 彼の想定する敵手は、あらゆる障害物をすり抜け、高速の双剣を振るい、“地上での空戦”を可能とするNo.6セイン。

 彼女と最も相性が悪いのは、フルバックのキャロであり、その身を守護するのはガードウィングのエリオの役目。

 そのために彼が頼んだ模擬戦相手こそが、最速の魔導師たるフェイト・T・ハラオウン。


 「さらに速度を上げるよ!」
 『Sonic Form.』

 バルディッシュは既に、ライオットザンバーへと変形しており、フェイトの姿もリミットブレイクの真ソニックですらないものの、フルドライブでのソニックフォームへ移行。

 その状態で繰り出される双刀の一閃は、エリオの発達した知覚を以てしても捉えきれるものではなく、“どこから来るか分からない攻撃”という点では、セインの奇襲と変わらない。

 むしろ、方向が分かっても身体が反応しきれないという点で、セインよりも凶悪だが、それだけにこの模擬戦には大きな意味がある。


 「……………」

 エリオは薄目どころか、ほとんど目を閉じ、五感を研ぎ澄ませる。

 無論、当てずっぽうの一撃が命中するはずもなく、大抵はノックアウトされて終わるわけだが。


 <今の僕には、これしかない>

 広範囲の索敵魔法や、広域殲滅魔法などの高位の魔法を学ぶには、時間も魔力も足りず、そして適性もない。

 どんなに長く見積もっても、ナンバーズと雌雄を決するまで半年以上かかることはあり得ず、その間執務官であるフェイトがかかりきりになれるわけでもない。


 <僕が一人でも鍛えることが出来る方法なら………>

 故にそれこそが、唯一の勝機。

 様々な状況に適応するための訓練は、ナンバーズとの抗争が終わってからの課題として、今は、明確な敵である彼女らを打倒するための技能の習熟に全力を注ぐ。

 それが、フォワード+ギンガに対する、教導官の決定であり、むしろ、新人達の熱意に押し切られたというべきか。

 そして、敵手を限定しての訓練は組み合わせが変われば裏目に出るが、その辺りははやての力量にかかっている。自分達の指揮官を信じればこそ、前線メンバーはひたすらに鍛錬に集中している。

 もしくは、上官に丸投げしたともいう。

 当然の如く、当初なのはは猛反対したが、今はもうヤケクソに近い想いで徹底的に新人達をしごきあげるつもりのようであり。


 「行くよエリオ!」

 「はいっ、フェイトさん!」

 なのはの親友であるフェイトもまた、時間の都合がつく限り、フォワードの教導に全力を注いでいた。

 特に、エリオのデバイス“ストラーダ”は、彼女のバルディッシュによく似ており、第二形態であり、推進加速を使用した斬撃・刺突の強化を目的としたデューゼンフォルムや、電気変換を最大限に発揮する第三形態、ウンヴェッターフォルムの運用についても、フェイトが教えられる事柄は多い。

 エリオとストラーダは、地上での高速機動戦に限れば、AAAランクに並ぶスキルへと、凄まじい速度で迫りつつあった。



□□□

機動六課、隊長室


 「しかし、ガジェットに人造魔導師に戦闘機人、よくまあ、人の身体を弄ぶ研究ばっかしやるもんだ」

 「そうですね………この前確認された戦闘機人が使用したISの二重発動に、機械武装との融合技術、従来の戦闘機人とは桁違いに高精度ですし」

 「うちの女房が追ってた頃の、暴走した試作型とは訳が違う、ってことか」

 ゲンヤの妻であり、スバルとギンガの母、クイント・ナカジマ准陸尉。

 機動六課の前身である首都防衛隊第五課のストライカーであった彼女も戦闘機人との戦闘経験があったが、8年の時を経て、その性能はさらに上がっていた。


 「それに、亡くなった筈のゼスト・グランガイツ一等陸尉の傍にいた召喚師の少女は、ルーテシアと呼ばれていました」

 「ルーテシアだと?」

 「面識あります? ナカジマ三佐」

 「女房の同僚で、同じくあの事件で死亡したことになってる、メガーヌの娘だ。あれ以来、他の世界に住む母方の祖母に預けられたって聞いてたんだが………母親が殉職したからな、ミッドチルダから離れるのもいいかと思って、あえて深くは追求しなかったんだが、ちっ」

 「じゃあやっぱり、彼女が、グランガイツ一尉を縛る鎖、ちゅうことでしょうか」

 「だろうな、メガーヌの娘を人質に取られてるってことだ。そう簡単にくくれるもんでもねえだろうが、行動を縛るにはもってこいの材料だろ」

 その構図は、深く考えずとも想像がつく。


 「レリックの存在が、グランガイツ一尉の蘇生に関わってるなら、彼女、ルーテシアがレリックを集める理由にも想像がつきます」

 「仮死状態の人間に埋め込んで、蘇生させるってとこか………メガーヌがまだ生きているかもしれねえのは救いだが……確か、ガジェットに使われてるリンカーコアの結晶体も、レリックと同系統の技術だったな」

 「ええ、Ⅱ型や、一部の速度に特化したⅠ型に組み込まれている結晶も、AMFとは別の、高速機動に特化した人造魔導師のリンカーコアを培養したものと推測しています」

 その辺りの調査や検証はフェイトの担当であり、ほぼ間違いないと見られている。


 「しかし、問題はいってえ誰がそんなことを依頼したかだ。レジアス中将にしたって、まさかスカリエッティにルーテシアを売り渡すとは思えねえし、そもそも、ゼスト隊長とルーテシア自体が、中将に対する鎖みてえなもんだろう」

 「私もそう思います、それで、ほんの少しだけですが、オーリス三佐を通じて中将が話して下さいました………戦闘機人の発注には、最高評議会の指示があったと」

 「最高評議会、だと………」

 その名前に、流石のゲンヤにも戦慄が走る。


 「はい、グランガイツ一尉の存在が確認されてすぐ、オーリス三佐に連絡して、本物の彼かどうかの検証をしたんですけど」

 「そいつについては、ギンガから聞いてるが……」

 「その際に、最高評議会の名前が出たんです、ただ、肝心の中将が、倒れられたそうで………」

 「そうかい……」

 その経緯を想像すれば、無理もないとはやては思う。

 仮に、レジアス中将が地上の平和のためにあえてスカリエッティに発注を行い、その代償が、親友とその部下の死であったとすれば…………


 「何とも、因果なもんだ……」

 「ええ………」

 はやての身に置き換えれば、機動六課が成果を上げたことによって、元犯罪者である闇の書の守護騎士は不要となり、管理局に処分されたようなものだ。

 もしそんなことになれば、はやては自身の力を管理局のために使い続ける自信などない、いや、間違いなく牙をむくだろう。

 それでもなお、レジアス中将が地上のために重責を担い続けているならば。

 彼こそまさしく、地上の守護者という称号が相応しいのだろう。

 一人の人間としての、彼の苦悩や葛藤を、犠牲とすることで――――


 「ただ、スカリエッティについては、接触の機会もほとんどないような感じでしたが……」

 「………よく分からねえ部分もあるが、つまりあれか、スカリエッティも、中将も、ゼスト隊長も、最高評議会にとっては全部駒に過ぎねえってことかもしれねえ」

 「ただ、最高評議会はその名の通り、時空管理局の最高の意思決定機関ですが、名誉職の三提督以上に、直接的な権限はないはずです。だからこそ、裏………」

 「まさか、な。なんてこった、俺達が追って来た事件は、全部管理局の裏側って可能性も出てきやがった」

 「全部が全部というわけではないでしょうし、それが平和のために有効に働いている側面も多くあると思います。そやけどそれはきっと、創られた命を犠牲にして、その屍の上に成り立つ平和です」

 「知らなきゃ平和に暮らせるだろうが、知っちまったら自殺したくなるレベルの真実、ってやつか」

 それが果たして正しいかどうかは、はやてにもゲンヤにも分からない。

 レベルの差はあれど、どんな世界にもそういう要素はあるだろう。


 「まあ何にせよ、中将殿の承認さえあれば、地上部隊は一丸になって動ける。その分、海の協力は得にくいが、最高評議会が絡んでるなら、却ってその方がいいかもしれねえ」

 「ですね、クロノ君達にはこれ以上迷惑かけるのも心苦しいですけど、信頼できる人達も海にはいますし」

 「つっても、まだ不確定要素が多すぎる。8年前や、もしくはそれ以前から戦闘機人や人造魔導師に関する資料を総洗いすることになりそうだな」

 「ですけど、道筋は見えてきました。それと、多分ですが、スカリエッティの目的も………」

 事件の裏側は、徐々にだが見えてきている。

 最高評議会、レジアス中将、スカリエッティ、ゼスト・グランガイツ、そして、ルーテシア。

 これらを繋ぐのは、レリックに戦闘機人、つまりは、生命操作技術に関連する事柄ばかり。

 そしてそれらが、ジェイル・スカリエッティがいなくては成り立たないものならば―――


 「普通に考えれば、奴は最高評議会の下請けを兼ねた、広域次元犯罪者だ。莫大な資金と安全の保障の見返りに、研究成果を最高評議会に提供する、倫理を無視すりゃ、研究者としちゃあ最高の環境だろう」

 「ただ、もしも、彼の目的が最高評議会の鎖から解放されることにあるなら―――」

 およそ、量産には向かないだろうナンバーズは、そのためにあるのではないか?

 仮に、管理局の戦力増強のために作られたならば、それはむしろガジェット・ドローンの方が余程固有戦力として運用しやすいはず。

 スカリエッティにとってナンバーズは、一体どういう存在なのか、なぜ、彼女らは兵器にあるまじき“感情”を備えているのか?

 はやてには、この事件の本質が、そこにこそあるように思えてならなかった。



□□□



 「…………チンク姉」

 薄暗い、生体ポッドが並ぶ区画において。

 No.9ノーヴェは、眠ったままの姉の姿を、ぶつけようもない憤りを噛みしめながら、見つめ続ける。


 「……………」

 その隣には、No.6セインもいるが、いつもの彼女らしくなく、一言も話そうとはしない。


 「ノーヴェ、セイン、ここにいたんだ」

 「ディエチ」

 そこに、番号だけならば一番下となる、No.10ディエチが姿を現す。


 「何だよ、いちゃ悪いかよ」

 「こらノーヴェ、いちいち噛みつくなって。それとディエチ、身体の方はもう大丈夫なの?」

 「一応は、ね、あたしの“ヘヴィバレル”とウェンディの“エリアルレイヴ”は、どっちも固有武装に直結するものだから、それほど負荷はかかんない」

 「一週間ほぼ丸々眠ってて、それほどの負荷じゃないってのかよ」

 責めるように、もしくは悲しむように、ノーヴェが想いを口に出す。

 未だ2つのISを併用する調整が行われていない妹が、自分達が限定解除を行い、身体への負荷を無視した“破壊兵器”に変貌するのを悲しんでいることを、上の二人は知ってはいるが。


 「あたしらは、大丈夫だって」

 セインに出せた言葉は、ただそれだけだった。

 自分達が戦闘機人であり、戦うために作られた存在であることは、覆しようのない事実だから。


 「まあ、ディードがあたしのディープダイバーを接続しちゃったならともかく、ツインブレイズは特に負荷が少ないISだから、問題ない」

 シルバーカーテン、ランブルデトネイター、ディープダイバー。

 これらはクアットロ、チンク、セインの肉体に由来する稀少技能であり、如何に機械が組み込まれているとはいえ、別の身体がこれらの能力を投影するのは負荷が大きい。

 逆に、ヘヴィバレル、エリアルレイヴ、ツインブレイズ。

 これらは肉体よりもむしろ武装に由来するISであるため、機械的な接続さえ果たせば、前者ほどのフィードバックは来ない。

 つまり、セイン ← ディードの能力 は問題ないが、ディード ← セインの能力 は難しい、ということだ。


 「だけど、チンク姉は………」

 その分、チンクの限定解除の負担は大きい。

 セッテのスローターアームズによる遠隔召喚は、武器よりも身体に由来する面が強く、その上、扱うのに強靭な肉体性能が必要となる。

 ランブルデトネイターを顕現させる代償として、矮躯のハンデを背負って生まれたチンクにとって、Sランクまでの肉体強化も相当の負担がかかり、結果として、彼女は1ヶ月はポットから出ることは叶わず、今も眠ったまま。


 「ちっくしょ………なんでだよ、なんで、チンク姉がこんな目に合わなきゃならねえ…………」

 「…………」

 「…………」

 その問いに、セインもディエチも、返す言葉を持たない。

 自分達の意志など顧みることなく、どんどん戦闘機械へと造り替えられることに、彼女らもまた思うところはあるのだ。

 その証拠として―――


 「セッテも、オットーも、ウェンディも、ディードも…………ガジェットが出来て必要なくなったからって…………あの脳味噌野郎どもが、あっさりとプロジェクトを廃棄しやがった…………」

 元々は、12人が別々のISを備えて生まれる予定だったナンバーズ。

 特に後期型は、余分な感情の排除し、より量産兵器向けのISを備える予定ではあったが、それでも一個の存在として生まれるはずだった。

 しかし今、4人の妹は、チンクの隣でポットに浮いたまま、世界を知ることなく、ISを送信するための装置、または姉達が壊れた際の予備装置、代替品としてしか扱われていない。

 だからノーヴェは、妹達の存在意義を奪った“鉄屑”が、憎くてたまらなかった。


 「ドクターも、何であんな野郎達に従ってんだよ……………あいつらの命令で生まれて、あいつらのために管理局員を殺して、それで管理局員に追われて…………管理局に、裁かれる」

 そして、執行猶予付きの社会奉仕として、レジアス・ゲイズ中将の地上部隊へ戦力として取り込まれる。

 彼女らが殺した局員のうち、適正のあるものは“レリックウェポン”として再生され、レジアスを抑える鎖となる。

 それが、最高評議会がナンバーズに与えた、存在意義である。


 「あたし達は一体何だ……………何のために、生まれてきたんだ……………」

 生まれてからずっと自身に問い続け、いつか、チンクが「お前は私の妹だ」と、答えを示してくれた問い。

 ただ、そう言ってくれた彼女が眠ったままの今、ノーヴェは道を失った子供のように悲嘆に暮れ―――


 「当然、壊すため、破壊するためでしょう、ノーヴェちゃん」

 チンクと同じく稼働歴の長い、8年前の事件にも深く関わっているNo.4が、いつの間にかそこにいた。


 「クアットロ………」

 彼女の名前を呼ぶのはディエチだが、どこか、様子がおかしいことに気付く。

 簡単に言えば、真剣そうな表情をしているのだが、ディエチが知る限り、それはクアットロの顔とは最もかけ離れたものであるはずなのに。


 「邪魔なものは、壊してしまえばいい。何もかも叩き潰して更地にしてしまえば、私達を縛るものは何もない。ナンバーズは、その計画を遂行するためにドクターに作られた、分身であり手駒でしょう?」

 彼女は、そう信じて揺るがない。

 それこそが、ジェイル・スカリエッティに作られし自分達の存在意義であると。

 しかし、ならばなぜ―――


 「憎いもの、邪魔な奴ら、気に入らない存在は、全部消し去ってしまえばいい」

 クアットロの表情に、憤怒が宿るのか。

 最高評議会へ起こす反逆へ、胸を昂ぶらせているのか。


 「そのための力が必要ならば、何時でも手に入る。私達は、戦闘機人なのだから」

 彼らに力で抑えつけられている現状が、一秒たりとも我慢ならないと言わんばかりに。

 創造主でもない癖に、自分達に勝手な存在意義を押しつけようとした存在に、極大の憎悪と嫌悪を抱く。

 そして―――


 「クア姉、それって………」

 クアットロの右手が、緑色に輝き、凄まじい光エネルギーを放つ。

 だがそれは放射されることはなく、膨大な熱量を伴いながらも、彼女の手に留まり続ける。


 「レイストーム、それも、全開で!?」

 驚きの声を上げるのは、セインとディエチ。

 元来、クアットロは後方支援の情報処理型であり、攻撃型のISであるレイストームを100%運用するのは負荷がかかり過ぎる。

 だからこそ、せいぜいが50%が限界のようにリミッターがかけられていたはず―――


 「解除したのよ、私はドクターから自身の改造の許可を頂いているし…………何より、苦痛なんかより、負けることが一番嫌いなのよ、私は」

 左手で眼鏡を外し、妹達が並ぶカプセルを見上げ。


 「安心なさいオットー、貴女の能力は、この私が全て使い尽してあげるわ。あの機動六課の連中を、踏み潰すために、ね」

 その眼光は、妹3人が知るどれよりも鋭く。

 知らずに半歩退いている自身の足に、セインとディエチが気付くことはなかった。


 「それで、貴女はどうするのかしら、ノーヴェ?」

 「…………」

 そして、未完成の妹へ、彼女は決断を迫る。

 戦えない道具は、この場で灼熱の右手で焼却すると、言外に滲ませながら。

 今の彼女には、ノーヴェを相手にそれを可能にするだけの、“力”がある。

 それが、どれほどの負荷をクアットロに強いるものであるかは、3人には分からなかったが。


 「言われるまでもねえ」

 ノーヴェの答えは、既に定まっており。


 「チンク姉を、あたし達を利用する連中、刃向う連中、全部まとめて…………ぶっ壊すだけだ」

 備えるはずの2つ目のIS、振動破砕がなくとも、外部装置によって“破壊兵器”へと変わる道を。

 スバルと鏡合わせの少女は、選んだ。



□□□



 暗い通路を、騎士と融合騎が歩いていく。

 ゼストはほぼ無表情だが、アギトの顔には現状に不満がある様子がありありと見てとれる。


 「なあ……旦那、やっぱり帰ろうぜ」

 「……またその話か」

 「だってだぜ、旦那だってまだ身体が本調子じゃないし、その上、ここはルールーの探してるレリックとは全く関係ない施設なんだろ」

 「ヴァンデイン・コーポレーション。第16管理世界に本社を置くデバイス・メーカーであり、管理局とも多少の取引はあるが、正直、あまりいい噂は昔から聞かないな、むしろ、兵器メーカーとしての方が、名は通っている」

 「だろ、なんつーか、あたしを捕えて実験してたところと、何か似た臭いがすんだよ、この建物。そのなんちゃらメーカーの支社だか貸倉庫だか知らないけどさあ」

 今回、最高評議会から依頼、というよりも命令があり、ゼストはミッドチルダでもほとんど知るものがいないこの施設へとやって来た。

 レリックに関わる案件ではなく、見せるべきではないものが多いであろうことから、ルーテシアは伴わず、そもそもアギトも連れてくる予定ではなく、彼女と共にいてもらうつもりだった。


 「だがどうやら、俺達と無関係、というわけでもなさそうだぞ」

 「え……」

 「見てみろ」

 「こいつは………」

 彼らが進んでいった通路の先の広い部屋、そこに並んでいたものは、ある機械兵器の部品の数々。

 これから生産ラインに投入されるのか、未だ組み上がっていないが、これは紛れもなく。


 「ガジェット………」

 「あれだけの量だ、まさかスカリエッティのアジトでのみ生産されているわけではあるまい。レリックを求めて彷徨う自律思考型魔導機械、ということは、ガジェットは最高評議会によって発注されたものだ」

 「なるほど、つまりここも、あの野郎どもの下請け、つーか、変態医師共にガジェットの部品を流している共犯組織ってことかよ……………でも、それなら」

 「そう、俺達をここに送り込んだのには、別の理由があるということだろう。例の“最高評議会の使い”が、表向きの使者として訪れていることも、その証明だ」

 ゼスト・グランガイツは死者であり、簡単に言えば、法に触れない存在だ。

 かつ、S+ランクの騎士であり、その用途が最も適しているのは、最高評議会の指示を受ける身でありながら、密かに独自の研究や管理局への造反を図る者達への、内部粛清用のエージェントであることは間違いない。

 彼は不本意ながら、その役を、スカリエッティやレジアスに対して課せられているわけだが、今回はそれに連なる案件らしい。


 「大方、俺達とは別に、ウーノあたりからヴァンデイン・コーポレーションの動きが怪しい、などという報告があり、奴らの影が調べでもしたのだろう。そして、ほぼ確信がとれたからこそ、俺が送り込まれたわけだ」

 「表向きの使者が訪れて、気を引いているうちに、あたしらが物騒なもんを探せってか、相変わらず、人をなんだと思ってやがる」

 「既に、何とも思っていないのだろう。恐らく、己自身を含めて、な」

 「自分も?」

 「ああ、俺も死者だからな、どこか感じ取るものがある。最高評議会は既に生きていない、生命活動は行っているかも知れんが、生きるとは、そういうものではない」

 その言葉に、アギトはやや肩を落とす。


 「…………旦那が、ルールーのことや、親友との決着にだけ、命を使おうとしてるように……………」

 「最高評議会は、既に“管理局によって次元世界を守ること”にのみ動いている。だから、人間個人のことなど、顧みることなどないのだろう、当然それは、己自身も含めてだ」

 彼らは、害か益かで判断すれば、世界に害を成す存在ではないだろうと、ゼストは考える。

 しかし、己も死者であるが故に、思う。

 果たして、死者に守られる世界に、意味はあるのかと。

 それ以前に、いつか死体は朽ちる時が来る。そしてその時は、そう遠い話ではないのではないか―――


 「―――む」

 「こいつは………」

 そうして二人は、“目的の部屋”へと辿り着く。

 並ぶ生体ポットそのものは見慣れたものだ。スカリエッティのアジトにはいくらでもあり、ナンバーズの後発型も、メガーヌや他の多くの素体も、今もこうして浮いている。

 そして、ガジェットの中核を成す“AMF発生結晶”の材料となる、クローン体のリンカーコアもまた、このような形で“生産ライン”へと送られるのだろう。

 つまりはこれも、ガジェット・ドローンと同じ、悪魔の技術で作られたもの。

 その違いは、最高評議会の承認を受けているかいないか、彼らが“管理世界に害か否か”を判断した結果でしかない。


 「人体実験の、なれの果て、かな?」

 「恐らくは、な、人間をそのまま使ったか、クローン体を使ったかまでは分からんが……………」

 これと同じものを何度眺め、幾度破壊してきたか。

 これらの存在は生者への蹂躙であり、死者への冒涜。

 発見したならば、速やかに破壊する以外に、してやれることはない。

 管理局員であった頃も、死者となってからも、やることにほとんど変わりはないというのも、何とも皮肉な話だ。


 「ん、これ、Eウィルス……?」

 「何かは分からんが、碌なものではあるまい。これが、ヴァンデイン・コーポレーションが最高評議会に無断で開発を進めているものなのだろう。利益を求めてのものか、はたまた………」

 管理局への交渉材料、もしくは、脅迫材料を求めてのことか。

 いずれにせよ、碌な用途でないことだけは、間違いなく。


 【お早いお仕事、ありがとうございます。騎士ゼスト】

 例の“最高評議会の使い”からの通信が、陰気な気分にさせられるだけの今回の依頼の終わりを告げていた。



□□□


時空管理局本局、中枢区画。



 【やはり、反逆を試みていたか】

 【ジェイルの手駒、ウーノも、機能は悪くない】

 【彼の企業には、粛清を】

 【異論はない】

 【粛清には、いかなる鉄鎚を】

 【ジェイルの戦闘機人を使う】

 【機械を扱わせるならば、それが良いか】

 人間が生きるべき要素が微塵も存在しない、無謬の空間に。

 合成音声だけが、延々と響き渡る。

 彼ら3人こそが、旧暦の末期に次元世界の混乱を治め、次元世界に安定をもたらした者達。

 しかし今は、その残滓に過ぎず、“世界の平和と安寧”を守るための装置になり果てた。


 【ジェイルは、やはり使えるな】

 【彼女の複製なのだ、その忠誠心に偽りなどあろうはずもない】

 【となれば、むしろ予断を許さぬのはレジアスの方か】

 【レジアスとて、重要な駒ではあるが】

 【我らが求める、優れし指導者としての器はあったが、人としての情が強すぎる】

 【だが、そう簡単に適任はおらん】

 【三提督は、レジアス以上に人としての甘さがある上、既に表舞台を降りている】

 【我らが健在のうちは、あれらが求心力の器として役立ったが】

 【しかし、我らの脳とて、そろそろ限界だ】

 今の彼らは、脳だけの存在。

 管理局の将来を憂えるが故に、人の身を捨ててまで生き長らえた、その代償。


 【ジェイルの技術によって、レイスバーンによる焼却の危険は減らせども、劣化だけは避けられん】

 【人の業か、こればかりは致し方あるまい】

 【既に、回数を繰り返し過ぎた】

 【他の素体を用いようにも、確認が出来ぬのでは意味がない】

 【レリックウェポンが果たして、我らの代替として機能するかどうかも、完全とは言えぬ】

 そして、既に単体では生きられぬ命であるからこそ。


 「失礼します」

 必ず、整備を行う人間の手は必要であり。


 「ポットメンテナンスのお時間です」

 それを行う人間、いや、“レリックウェポン”もまた、彼ら自身であるという、メビウスの輪。


 【お前か】

 【手早く済ませろ】

 【ゼスト・グランガイツは、そろそろか】

 【あれは御しきれん、レジアスに辿りつけばそれまでだ】

 【ジェイルの造反の可能性が消えた今、最早十分であろう】

 「我らが、動きますか?」

 そして、“彼ら”の一柱である、整備用の個体が、疑問を呈する。


 【我らの一つを、常に監視につけている】

 【いずれ機能が落ちれば、いつでも処理は可能か】

 【事を急ぐ必要はない、今は、粛清を優先すべき】

 【ジェイルへの連絡はお前に任せる】

 「はっ」

 【次元世界の安寧に害なすであろう、欲望の巣窟、ヴァンデイン・コーポレーションに鉄鎚を】

 【速やかに】

 【下すのだ】

 「かしこまりました」

 人のいない空間で、会議が終わる。

 しかし、本当のこの空間に“自己”を持った人間はいないのか。

 その答えは、もうすぐ先に。




なかがき
 エリオとキャロも猛特訓中ですが、その理由については、最終決戦のあたりで回想の形で描写しようかと考えています。



[29678] 9話  命の理由、戦う理由  Bパート
Name: 有賀土塁◆c58c5e50 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/11/05 13:58
ただの再構成(13話)



第九話   命の理由、戦う理由   Bパート



新歴75年 7月29日   機動六課 海上訓練施設



 「おお、相変わらずすげぇ訓練やってんなあ」

 フォワード達のスパルタを通り越した猛特訓を、やや離れた位置から見守る、松葉杖の男が一人。

 機動六課のヘリパイロット、ヴァイス・グランセニック陸曹。

 前回の戦いにおいて死の淵を彷徨った彼だが、一ヶ月半の時の経過により、ようやく一人で出歩けるまでになった。

 ただ、ツインブレイズで切られた傷は靭帯を深く損傷しており、まだ足が満足に動かない有様で、松葉杖なしでは動けないが。


 「ヴァイス陸曹、あまり無理しちゃだめですよ、ザフィーラもしても、無理ばっかりするんですから」

 その隣に浮いている彼女も、新人達を気にするとともに、無茶の代名詞のような機動六課の男衆に対してお冠のようだ。


 「へいへい、わかってまさぁね、リイン曹長」

 「まったくもう、口ばっかりで、この前もティアナに精密射撃を教えてたじゃないですか」

 「そりゃまあ、狙撃のコツを教えるのに、足の調子は関係ないもんで」

 「関係あるです! 人体はそれぞれの器官が複雑に絡み合っているんですから、どこかの無理が別の箇所にかかることはいくらでもあるですよ!」

 「おお、流石は融合騎」

 「はぐらかさないでください!」

 リインにとっては、無理に無理を重ねるような現状のフォワード達が心配でならない。

 とはいえ、ナンバーズとの戦いは、最早組織の行動というよりも、個人的な理由によるものが強い以上、止めることも不可能だと分かってはいるのだが。

 それでも、心配なものは心配だった。


 「大丈夫ですって、今日はフェイトさんがいませんけど、代わりにほら、ヴィータ三尉にシグナム姐さんも来てくれてますし」

 ヴァイスの指差す先には、鉄の伯爵グラーフアイゼンを構え、スバルとギンガを同時に相手にする、鉄鎚の騎士の姿。

 もう一方には、双刀使いに対応するための業を教えるためか、あえてレヴァンティンではなく細身の刀型デバイスを2本使い、エリオと模擬戦を繰り広げる烈火の将。


 「シャマルさんは忙しいみたいですから、今はザフィーラの旦那がキャロにプロテクションの講義をしてるみたいっすね」

 「はあ、皆無理し過ぎです。ヴィータちゃんもシグナムも非番のはず、というか、一体いつ休んでいるんでしょうか………」

 他の勤務をこなしながら、捻出した時間をフォワードへの教導に充てているヴォルケンリッター。確かに、休む時間があるのか大いに怪しい。

 なお、ザフィーラについて言及がないのは、論外ということらしい。


 「しゃあないでしょう、流石にこの密度を4人全員になのはさん一人でやるのは無理ありますし、誰も来られない時は、実際一人でやってますけど、ありゃきついですって」

 フェイト、ヴィータ、シグナムも、毎日参加できないどころか、周に2回くらいが限度だ。

 ザフィーラやヴァイスが病み上がりの身体を押して、ティアナやキャロに教え、ザフィーラに至っては体術までをギンガとスバルに教えているのも、なのはのフォローのため。


 「本来なら、こんなハードな訓練じゃないんですけど………」

 「確かに、色んな状況への対処法とか、コンビネーションの強化とかなら、なのはさん一人で十分なんでしょうがね」

 現在の特訓は、それぞれの個人技を極限まで鍛える方向で進んでいる。

 なので、後衛のティアナやキャロはともかく、ギンガ、スバル、エリオに対しガチでぶつかりながら教えるのは、いくらなのはといえど無理があった。


 「でもまあ、ハードな代わりに密度は濃いですし、教導時間そのものは短いわけっすから」

 「当然です、いつレリックやナンバーズが出てくるか分からないのに、いっつもへとへとじゃどうしようも―――」

 【アラート!】

 だがどうやら、タイミングの神様というものは実に空気を読むらしく。

 一級厳戒態勢を示すアラートが鳴り響き、教導はそれぞれのエンジンがかかっていた段階で、中止となった。



□□□


機動六課隊舎、管制司令室


 「場所はE37地下道、レールウェイの地下通路です」

 「Ⅰ型27機、Ⅲ型4機の出現を確認。ただし、Ⅰ型についてはAMFの代わりに速度を高めたバージョンも混じっていると思われます」

 「付近にレリックの反応は?」

 「ありません。ただ空にも、Ⅱ型の反応が24機、それと、高魔力反応あり、これは――――戦闘機人No.3、トーレ!」

 トーレの存在こそが、レリックがないにも関わらず、一級厳戒態勢が敷かれた理由。


 「進行方向は―――機動六課!」

 クラナガンの地下でガジェットが発生するとともに、ナンバーズ実戦指揮官であるトーレが、手勢を率いて進軍してくる。

 およそ一ヶ月半ぶりの戦闘機人の出現は、否応にも緊張感が高められるものであった。


 「これは、他にも戦闘機人がおるみたいやね」

 例えはやてでなくとも、実戦指揮官であるトーレが出たならば、まさか単独ということはないと予想出来る。

 そして―――



□□□


 「相変わらず、動きが速い」

 予想に違わず、ガジェットが出没した地下通路には、その管制役として、No10.ディエチの姿があった。

 場所が場所だけに、イノーメスカノンではなくライティングボードを携帯しており、使用するISも、“エリアルレイヴ”に絞っている。


 【エースオブエースの指揮の下、フォワードがそちらへ向かっているわ】

 「エースオブエースまで? じゃあ六課の防衛は一体誰が………それにそもそも、ヘリパイの人は重傷だったんじゃ」

 【ヘリの操縦は問題ないまでに回復したようね】

 実際は瘦せ我慢というか、リインがサポートすることを条件に無理やり乗り込んだようなものだった。


 【それと、隊舎の守備には例のヴォルケンリッター、鉄鎚の騎士と烈火の将があたってるみたいよ】

 「うわ……運がないなあ」

 通信ウィンドウに映るのは、スカリエッティの研究所にいるNo1.ウーノ。

 病み上がりのチンクとノーヴェも研究所の防衛についており、クラナガンへ出撃したのはトーレとディエチの2名。


 【仕方ないわ、今回の作戦は六課状況に合わせたものじゃなくて、ヴァンデイン・コーポーレーションに設定してあるから】

 「まあ、こっちはクアットロとセインのための陽動だから、貧乏くじは仕方ないけど………」

 それでも、執務官のライトニングの隊長が数日空けるタイミングに合わせてはいたのだ。

 この状況でトーレが六課目がけて飛来すれば、厄介な隊長はそちらにつき、陸戦のフォワードだけならばディエチの逃走も容易いはずだったが。


 「よりにもよって、例の二人がいたんだ………」

 セインやディエチでは、限定解除をしても敵わないだろう、古代ベルカの騎士達。

 正直、隊長陣や彼らに対抗できるのは、トーレとチンクくらいのものだ。


 【ある程度交戦したら、すぐに引き揚げなさい。下手に長居すれば、エースオブエースの砲撃の餌食になるわよ】

 「ねえ、今すぐ逃げるのは駄目?」

 【駄目ね、少なくともそちらでも戦闘機人との交戦がないと、私達がこの時期、クラナガンでの活動に専念していた、ということにならない】

 「深慮遠謀、なのかな、これ」

 【最高評議会の思惑でもあるし、貴女達のための保険にもなる。正直、五分五分といったところなのよ】

 それは、ウーノには珍しい発言であったが、自嘲が含まれているわけでもない。

 本当に、ごく自然に、ウーノは自分達の最終作戦が、失敗の確率が高いものだと告げているのだ。


 「そうなんだ」

 【上手くいった方がいいのか、それともいかない方がいいのか、それは貴女達次第よ。もっとも、最高評議会だけは絶対に排除するけれど、正直その後は、どちらでもいいのよ、少なくとも、ドクターや私にとってはね】

 「あたしは…………どうだろう?」

 トーレやクアットロが何を望んでいるかは、よく分かる。

 むしろ、例の作戦を望んでいるのは、彼女達の方だろうと、ディエチにも推測できた。

 ああ、それはきっと、ノーヴェも同じだろうけど。


 【チンクは、その時が来たら、投降するかもしれないわね。クアットロとは真逆だわ】

 「やっぱり、そうかな………」

 多分一番妹思いで、ルーテシア達とも近しい彼女。

 彼女が眠っている間に、ノーヴェがより“破壊兵器”に近づいたことにも、何か思うところがあるかもしれない。


 【ともかく、今はまだ命令に従いなさい】

 「うん、分かってる」

 それに、拒否権もない。

 いざとなれば、ウーノがディエチという機体の管制権限を奪い、操作することが出来るのだから。

 ナンバーズは一心同体であり、その足並みが乱れることはない。

 少なくとも、今はまだ。



□□□



 「はああああああああああああ!!」
 『Knuckle Duster.(ナックルダスター)』

 ギア・セカンドにおけるマッハキャリバーの加速と共に放たれた拳が、Ⅲ型を一撃で粉砕する。


 「せええええええええい!」
 『Stahlmesser.(スタールメッサー)』

 ストラーダから放たれた雷刃が、速度に特化したⅠ型を嘲笑うように切り裂き。


 「シューーーーート!!」
 『Variable Shoot.』

 クロスミラージュが多重弾核を形成した誘導弾が、AMFをものともせずに、Ⅰ型を貫いていく。


 「フリード、ブラストレイ!」
 『Enchant Field Invade.(エンチャント・フィールドインベイド)』

 ケリュケイオンが輝き、彼女らへの補助を担いつつも、さらにフリードが火炎弾を吐き出す。


 【Ⅲ型改の反応、新規に出現、機動六課フォワードチーム、G12へ】

 「了解!」

 機動六課のフォワード以外にも陸士部隊がガジェット掃討に参加しており、特にギンガ・ナカジマ陸曹は108部隊と共に別地点で戦っているが。



 「は………速ェ…………」

 「というか、改めて凄いな…………機動六課」

 およそ一ヵ月半前に、廃棄都市区画で共に任務に就いた局員にとっては、驚きを禁じ得ない。


 「前に見た時よりも、速いし強い………」

 彼らとてCランクは有しており、地上部隊では貴重な戦力であると共に、戦い方次第ではガジェットを倒すことは可能だが。


 「半年前までは、Bランクになるかどうかの新人だよな………一体どういう成長速度だよ………?」

 今のフォワード達は、それのレベルを遙かに超えていた。



□□□


 「もう、こんなに動けるようになったんだ………」

 その光景を、ディエチは複雑な思いで眺めていた。

 彼らの急成長の理由には、自分達ナンバーズがいることは、間違いないだろうから。


 【貴女達と戦って勝つ自分の姿をイメージして、それに向かって成長しているようね】

 「みたいだね」

 闇雲に強さを求める鍛錬と、“特定の敵”に勝つための訓練では、その密度が比較にならない。

 特に機動六課のフォワードには、狙われる理由と追う理由があり、弱いままでは殺されることすらあり得るのだから、なおのことだ。


 「既に単体では魔導師ランクA、それぞれの特化技能ならAA、下手するとAAAに届きかねない………」

 【限定解除なしで、一対一で勝てるかしら?】

 「………難しいね」

 仮に、エリアルレイヴのみで、前線の二人と戦う自分を想定してみる。

 一方的にやられることはないだろうが、スバルの耐久力に一撃の破壊力、エリオの機動力に近接における戦闘技能。

 既にどちらも、本来後衛型のディエチが勝てる段階にない。

 ノーヴェやディードのような最前衛ならば、互角以上の勝負に持ち込むことも可能だろうが、それも戦術で上を行かれなければの話。


 「というわけで、そろそろ引き揚げてもいい?」

 【ええ、それを撃ったら、6号通路から脱出なさい】

 「了解」

 反応炸裂弾をライティングボードに装填し、Ⅲ型へと射出。

 金属とエネルギーの塊であるⅢ型と反応させることで、狭い通路を一瞬で満たす爆破破片に変える。

 とはいえ―――


 「三人で防ぐ上、高速型のガードウィングが即反応、か」

 狙撃手である彼女の目は、“後方”であっても予備のセンサーによって、状況を的確に捉える。

 ティアナの誘導弾とフリードを従え、エリオが凄まじい速さでこちらへ向かってきている。

 さっさと引き揚げることに専念しながらも、フォワード達の成長具合に、舌を巻く想いのディエチだった。

 同時に―――


 <あたしの強さは…………何のためにあるんだろう…………>

 機動六課のフォワード達が強くなる理由を考えれば、自然と浮かんでしまうその自問。

 その答えを導こうとして、あえて、ディエチは考えるのを止めた。

その先を知ってしまうと、今の自分が立っていられなくなるような、そんな漠然とした恐怖に囚われる己を、見ないようにしたままで。



□□□


 第16管理世界  ヴァンデイン・コーポレーション本社


 「IS発動、ディープダイバー」

 その作業は、極めて速やかに、かつ静かに行われた。

 No.6セインは物質透過能力によって、“建物内部の隙間”を自在に泳ぎ回り、事前に入手していた内部情報に従い、ある場所を目指す。

 目的地は、ヴァンデイン・コーポレーションが保有するメインコンピュータの制御室。

 この日、この時刻の僅かの間は、シフトの都合上そこが無人となることを理解した上で、彼女は無機物の海を泳いでいく。


 「到着っと、流石はまだ見ぬお姉さま」

 セインが潜入するための情報源となった姉と、セインは面識がない。

 彼女との面識があるのはNo.5までの姉に限られ、セイン以下のナンバーズは名前だけしか知らなかった。


 「まあ、今はそれを詮索しても仕方なし、さっさと済ませないと」

 気持ちを切り替え、セインは己の指を機械端末に変化させ、コンピュータへと差し込む。

 この規模の企業のメインコンピュータともなれば、強固なプロテクトに護られており、外部からのクラッキングではどれほど凄腕のハッカーであっても、侵入できるものではない。

 仮に、侵入を試みようとするならば、クラッキングのための“専用機材”を実際に運び込み、本社内の端末と直結する必要があるだろう。


 「“ダイブハッカー”、発動」

 しかし、不可能に近いその作業を、セインは容易に成し遂げる。

 物質透過能力を持つ彼女自身が“専用機材”であり、物理的に接続するまでが彼女の役割。

 クラッキングのためのプログラム媒体は、戦闘機人である彼女の中に格納されており。


 【ご苦労様セイン、後は私に任せなさい】

 ナンバーズの中でも随一の情報処理能力を持つウーノが、“フローレス・セレクタリー”によって彼女と電脳を直結し、プログラムを解凍する。


 「……………」

 そうして、時間にして僅か数分の間に、強固な防衛プログラムはほとんど無力化され、その間、セインの意識はなく、情報処理のための“機械端末”としての機能に専念していた。


 【防衛プログラムの復旧まで、およそ10分。可能な限り遅延をかけるから、その間に手早く済ませなさい、クアットロ】

 【了解ですわ、ドゥーエ姉様とセインちゃんが作ってくれたこの機会ですもの、無駄にはしません】

 己のISを使用し、セインのように中枢までは潜れずとも、本社内の端末に接触できるまでの潜入を果たしたクアットロ。

 無論、ドゥーエが用意した情報があればこその潜入だが、ここから先は、クアットロの情報処理能力が試される。


 「さて、電子の織りなす嘘と幻、銀幕芝居をお楽しみあれ」

 彼女のIS“シルバーカーテン”は幻影を操り、対象の知覚を騙す能力。

 その対象は人のみならず、セキュリティシステムや“鍵”の施された情報にも及ぶ。

 ややあって―――


 「はい終了、思い上がった哀れな企業の終焉がここに…………ふふふふふ、本当、なんて脆いのかしら」

 ヴァンデイン・コーポレーションのシステムが本来の機能に復旧するまで要した時間は、僅かに12分。

 たったそれだけの間に、膨大な特許情報や、企業の命脈といえる材料資源の鉱山の利権などは、二束三文で売り払われ。

 代わりに、暴落中の株や、不良債権が大量に購入され、ご丁寧にネットの地下市場でのみ行われる闇銀行からすら、大規模な借金を行っていた。


 「たった12分、それだけで、この会社の権利書は全て紙切れになった。資金がなければ、兵器の開発も何も出来はしないものねぇ。ふふふふ、あはははははははははははは!! なんて不様!」

 クアットロは嗤う。

 自分達ナンバーズを未だに縛り続けている、旧暦の亡霊どもを、武力も用いずに出し抜けると盲信した、愚かな人間達を。

 彼らが信じた“企業の力”などというものは、いとも簡単に崩壊することすら知らず、刃向おうとした痴れ者を。

 粛清者として高みから、見下し、嗤う。


 「甘い、甘いのよ………ドクターですら奴らへの反乱には20年にも及ぶ雌伏の時と準備期間を費やしたというのに、たかだか、利益が大きいだけの企業の分際で、戦争を起こす気概もない癖に、牙を持ったつもりになる……」

 その瞳に宿る炎は、憎悪か、あるいは憤怒か。


 「貴方達はただの予行演習、さあ、今度はもっともっと大きな混乱を………あの憎き本局の連中に、最高評議会の犬どもの目の前で、巻き起こしてあげましょう」

 その呟きは誰にも聞かれぬまま、彼女の姿もまた蜃気楼の如く消えていった。

 そして―――



 「…………」

 “専用機材”としての役割を果たした機人の少女は無言のまま、混乱の真っただ中にある人間達を観察していた。

 この中の幾人が、ヴァンデイン・コーポレーションの裏の顔を知っていたのか。

 その中の何人が、最高評議会へ造反を企んでいた事実を知っていたのか。


 <そんなの関係なく、皆、不幸になるのかな………>

 ナンバーズである彼女には考える必要はなく、考えては破綻する事柄。

 外の世界の人間とセインは一度も交わったことなく、人間社会に生まれなかった彼女は、一度たりとも“社会との契約”を行っていない。

 人間社会は彼女を守らず、利益を与えることもなく、自由も、人として生きる道も、全ては奪われ続けてきた。

 戦闘機人とは、人間社会を“正しく維持する”ために、歪んだ歯車を処理するための存在と、クライアント達が定めたから。


 <あたしは、今の自分に不満はないけど…………>

 仮に、自分達が自由になったとして、その代償に、この罪と向き合わねばならないとしたら―――


 <………怖いな>

 自分の身を守るものが何もない広大な荒野に、ただ一人で放逐される自分を、セインは幻想する。

 姉妹達と切り離され、たった今自分が不幸にしただろう人達の嘆きを、一人で背負わねばならないならば。


 <自由な空が…………あたしは、怖い……………>

 セインにとって、それほどの“恐怖”は他に存在しない。

 もし仮に、自由が唐突にやってきたとしても。

 その時自分はきっと、大きくて頑丈な組織の“檻”に入ることを選ぶのではないだろうか。

 そんな意味のない考えが、セインの脳裏から離れることはなかった。



□□□



 「なあノーヴェ、外の世界を、見たいと思うか?」

 姉妹の大半が留守にしているアジトにおいて。

 No.5チンクは、かつてセインとディエチにも行った問いを、一番下の妹へと投げていた。


 「……………」

 自分の同型のタイプゼロが、共に外の世界で人間として生きていることを知るノーヴェにとって、それは無視できない問い。

 セインは、興味あるような、ないような、と曖昧に言葉を濁し。

 ディエチは、それほど思わないと、自身の想いに蓋をするように答え。


 「あたしは………チンク姉のいる場所なら、どこでもいい」

 それが、彼女の偽りなき思いであったが。


 「そうか、ならばもし、私が機動六課に投降したならば、お前も一緒に来るか?」

 「な、何であいつらなんかに!?」

 「それほどおかしくもないだろう、彼らは私達の素性を知った上で追跡している。投降を促すために専用の施設やその後の待遇を用意するのは、むしろ当然の準備とは思わないか」

 古来より、組織を相手にするならば、好条件を餌にした離間の策は定石だ。


 「あり得ねえ! あたし達がナンバーズを裏切るなんて!」

 「ああ、その通りかもしれない、私達は一心同体、その意志は常に一つだ」

 だがそれは、ナンバーズにはあり得ない。

 戦闘機人である彼女達は、個であると同時に群でもあるのだから。


 「だがなノーヴェ、作戦が失敗に終わることも、あり得るだろう」

 「失敗…………」

 「私達の存在が、管理局の暗部に深く繋がっている以上、戦闘機人が“生きたまま”裁判にかけられることを望まない者は多い。最高評議会は最たる例として、その下に就いている者達もだ」

 「例の、レジアスとかいう野郎か」

 「彼もその一人だが、騎士ゼストの話を聞く限りでは、そこまで恥知らずでもないように思えるな…………とはいえ、信頼することもまた出来ないが」

 そもそも、ゼスト自身が、レジアスの真意を問うために命を懸けている。

 チンクはその考えが、ゼストのためにもそうであって欲しいという、自身の願望であることを知りながら、それでも願わずにはいられなかった。


 <やれやれだ、客観的事実ではなく、己の願望を前提に動く者は罠に嵌り易いと、教わっているのだが……>

 指揮官が最もしてはいけないとされる、援軍の到着時刻などを“最善”に合わせて見積もること。

 ナンバーズの前線の指揮官である筈の自分は、常に客観的事実に基づいて行動せねばならないというのに。


 「むしろ、本局の者達、最高評議会の息がかかった連中こそ、警戒すべきだろうと私は思う。まあ、作戦が失敗したことが前提では、その頃私達は虜囚になっているだろうから、出来ることがあるわけではないが……」

 けれどももし、僅かばかりの選択肢が残されていたならば。


 「いざという時は、機動六課を頼れ、ノーヴェ。あそこは私達の直接的な敵であると同時に、騎士ゼストの部隊の後継であり、今は地上本部に属している上、独立性が極めて高い。かつ、部隊の後見人はハラオウンだ」

 妹達を託せる組織は、そこしかないと、チンクは考える。

 彼らを何度も襲撃し、重傷を負わせた自分達が頼むのは、厚顔無恥にも程があることは分かっているが。

 それ以外に、チンクに取れる選択はなかった。


 「チンク姉………」

 「もし進退極まったならば、無理に逃げたり、姉達を助けようなどと考えるな。機動六課に投降し、保護を仰げ…………まあ、あくまで作戦が失敗した場合の話だが」

 「そ、そうだよな、あたしらは、あんな奴らに負けねえ!」

 「それにそもそも、完全にこちらの思惑通りに進めば、機動六課と戦うこともないだろう」

 そのための陽動であり、そのためのクラッキング班と、転送用のルーテシア。

 ただ………


 <八神はやてに加え、後見人のハラオウン提督も、非常に有能な人物と聞く………>

 彼らが、機動六課という組織を、独立性の高い実験部隊とした真意を考えれば。

 ぶつかることは避けられない、いや、機動六課こそが最大の障害になる可能性は、極めて高い。


 <だがそれも、ある意味で必然か……>

 機動六課がゼスト隊の後継であり、8年前の事件を清算するために動いているならば。

 彼らとナンバーズは、磁石のように互いに引き合う。


 <だとすれば、皮肉なものだな>

 機動六課の人間の多くが、ナンバーズとの因縁を持っている。

 クイント・ナカジマ、ティーダ・ランスター、そして、プロジェクトF。

 それらに関連して、多くの者が人生に傷を負っており、戦いは現在も続いている。

 しかし、だからこそ―――


 <政治的な目的ではなく、あくまで管理局員として私達を追ってくれているのも、彼らだけか……>

 機動六課だけが、自分達を“人間”と見て、逮捕するために追っている。

 そのことについて想いは様々、特にディエチは、機動六課と戦いたくないという想いは強いようだが。

 管理局との戦いが、避けられないものだとすれば。

 ぶつかる相手は、六課であって欲しいと思うのも、チンクの偽りなき本心であった。


 人間の心とは、かくも複雑なものなのだ。



□□□


 新歴75年 8月8日  機動六課 部隊長室


 「となれば、やっぱり―――」

 「あの男、スカリエッティが最高評議会の暗殺と、そして―――」

 「父の暗殺と、地上本部の機能の停止を企んでいる、ということになりますか」

 ジェイル・スカリエッティの率いるナンバーズの行動の終着点について、議論を重ねるのは3人。

 八神はやて、クロノ・ハラオウン、そして、オーリス・ゲイズ。

 最後の一人の参加については彼女の独断に近いものであったが、レジアスにしても娘の行動に気付いていながら、あえて何も言わない節があった。


 「ですけど、オーリス三佐、レジアス中将にはこのことは……」

 「何度も申し上げています。ですが、自分には地上を守る義務があると、それしか返してくださらず……」

 オーリスの話によれば、ゼスト・グランガイツの生存を知って以来、レジアスが体調を崩しながらも、一日たりとて休もうとしていないという。

 暗殺の危険が高いこともあるが、純粋に50を超えている彼の身体に、激務の代償が刻みつけられているのも事実。

 それを自覚してなお、彼は止まることが出来ず、父の身を案じた娘の独断を止めないのも、自身の行動が彼女の想いを無駄にしていることへの罪悪感からか。


 「地上本部を守るという点では、父も私の意志も変わりません。ですが、父は己の身を犠牲してでも守ろうと願い、私は、そんな父を何としてでも守りたい」

 だから彼女は、はやてとクロノに自身の知る情報を打ち明けた。

 混迷を極める情勢に対し、“人格的に”信頼でき、ジェイル・スカリエッティと真っ向から戦う理由がある人物は、彼らくらいしかいなかった、というのが最大の理由であったが。

 機動六課にとっては、この上ない情報源と協力者を得たことになる。


 「もう一つ確認を、既に、中将の側からスカリエッティに連絡をとることは不可能になりつつあると」

 「はい、元々あの男から一方的に連絡を寄越すことの方が多かったそうですが、接触はほとんど、最高評議会を介した間接的なものでした」

 「つまり、地上本部とスカリエッティの間には、直接的な繋がりはほとんどない、っちゅうことになるわけや」

 だからこそ、スカリエッティにとっても地上本部は厄介な存在だ。

 自由を得るために最高評議会を暗殺したとしても、その内情をある程度知るレジアスと彼が率いる地上本部、クロノ達次元航行部隊が連携すれば、仮に他の次元世界に逃げたとしても、ほぼ間違いなく捕まる。

 最高評議会は最も消したい存在だろうが、彼らの存在が消えてしまえば、同時にスカリエッティが持つ地上本部の裏事情も交渉カードや脅迫の材料とする価値がなくなってしまう。

 簡単に言えば、“全ては最高評議会の一方的な指示によるもの”で済んでしまう。

 強引な論法ではあるが、形式上、最高評議会の命令に真っ向から刃向える組織は時空管理局にはないのも事実。


 「かといって、最高評議会と組んでレジアス中将を追い落とす、という案もないはずだ。何しろ、彼は地上における最高評議会の代理人といえる立場にいる」

 「レジアス中将程の人物となると、そう簡単に代わりは務まらん。表向きな傀儡は務まるとしても、最高評議会の“やらせたい仕事”には、清濁併せ持つ度量が必要のはずや」

 それは自分には無理との自覚がある故の、はやての言葉であり、それはクロノも同感だ。

 そういった部分を考慮すれば、ほぼ全ての人材が“帯に長き、襷に短し”だ。

 本局の飼い犬達では、裏の雑用は出来ても能力が足りず、三提督を筆頭とする、現場と深くかかわって働く提督クラスの人材は、裏の仕事に拒否感を示す。

 有能な人材であっても、根本に迷いがあれば、判断ミスを生みやすい。下手に引き込んでも、却って使い物にならないケースも多いだろう。


 「はい、最高評議会にとっては、あくまでどちらも手駒にしておきたいところでしょう。ですから、この三者のうち二者が組んで一者を落とす、ということはほぼあり得ません」

 最高評議会にとってはどちらも必要であり、レジアスとスカリエッティが組んで、最高評議会を追い落とすのはさらにあり得ない。

 だからこそ、8年に渡ってこの拮抗は続いてきたが、そのバランスが崩れようとしている。


 「しかし、ゼストさん……彼の存在が、起爆剤となっているみたいです」

 「元は、スカリエッティへの監視と、中将への牽制を兼ねた手駒だったのだろうが………」

 「無限書庫のユーノく…スクライア司書長が調べてくれとる。レリックウェポンは死者蘇生の術としては不完全、少なくとも10年以上は保った記録はないと」

 最高評議会の手駒であった筈の彼は、レリックウェポンの限界により、むしろスカリエッティに有利な時限爆弾と化した。

 彼が表に出れば、一時的にレジアスの動きは封じられる。ならばその間に最高評議会を始末し、返す刃で地上本部を落とせば―――


 「三竦みの状況に、四番目の存在を混ぜ、その隙に一者が、残り二者を滅ぼす、か」

 「さらにご丁寧に、四番目が自分に向かうのを阻止するための、ルーテシアという鎖付きや」

 元は最高評議会が用意した鎖かもしれないが、実質スカリエッティが握っているに等しい。

 つまり、この膠着状態は、スカリエッティが最高評議会に従うことが大前提での拮抗でしかないのだ。

 研究者として考えれば、悪くない立場にいるが、それだけで満足する男であるとは、3人の誰もが思っていない。

 しかしレジアスによれば、肝心の最高評議会はそう思っているらしいのだ。彼が何度かスカリエッティの危険性を具申しても、“案ずるな”の一言しか返ってこなかったという。

 なぜ、最高評議会がスカリエッティが裏切らないと考えているかについては、誰にも分からなかった。


 「実践面を考えれば、あの男は間違いなく、最高評議会を先に狙うはずです」

 故に、理由はひとまずさておき、実際に起こる事態への対処を優先する。


 「確かに、地上本部はいざとなれば力押しも可能だろうが、本局に守りを固められては最高評議会に手は出せない」

 流石に、レジアスが殺されてなおスカリエッティを信頼する程、愚鈍なはずはない。

 油断している間に暗殺を狙うならば、権力の大きい方をターゲットにするだろう。

 加えて―――


 「それに、本局で先に暴れることは、地上本部の防衛力を削ぐことにも繋がるわけや」

 「実に腹立たしい事実ですが、本局で大規模なテロ事件でも起きれば、首都航空隊は向こうの増援に狩り出されるでしょう。私達地上本部ではその要請を撥ね退けることは難しい」

 「支局や、次元航行部隊は遠過ぎる。彼らが近場からの増援を見込むなら、間違いなくクラナガンの首都航空隊となるだろうな」

 地上から戦力を吸い上げるのを当然としながら、自分達に危機が迫れば、さらに戦力を集めようとする。

 そういう者達が本局にいるのは、悲しいことだが事実であった。


 「それに、テロ対策の改善案を何度も通過させ、治安を維持してきたクラナガンと異なり、本局はテロに対する“防災意識”が薄い。簡単に言えば、慣れていない分だけパニックを起こしやすい」

 「実に甘ったれた話ですね。戦力を地上から持っていっておきながら、今度は民間人の危機意識が下がるわけですか」

 戦力が不十分で治安が悪ければ戸締りをしっかりし、夜遅くなれば外を出歩かない。その分、“悪意”に耐性がつく。

 戦力は十分で治安が良ければ警戒が緩み、テロ攻撃という“悪意”に脆くなる。

 果たしてどちらが良いのかは永遠の命題だろうが、どちらも問題があるのは間違いなく、現状においてはそれぞれの欠点が突かれようとしている。


 「警戒の甘い本局でテロを起こし、混乱に乗じて最高評議会を暗殺、同時に、クラナガンから首都航空隊を引き離して戦力を削ぎ、時間差で地上本部を攻め落とす。大まかにはこんなところやろか」

 「前部分については、推測が当たっていたとしても出来ることは警戒を強めるくらいしかないな。最高評議会については、僕達から何を言っても無駄だろう」

 「後半についても同様ですね。本局でテロが起き、増援のための出動命令が下れば、首都航空隊としては動かないわけにもいかないでしょうし、地上本部がそれを止めることも出来ません」

 「そして、無防備のクラナガンの空にⅡ型のガジェットや、強いAMFを張るⅢ型が現れ、戦闘機人が地上本部へ進軍する………最悪のシナリオや」

 予測はつく、それも、悪い予測が。

 しかし、効果的な対抗手段がなく、これほど腹立たしいことはない。

 ただ一つの、例外を除いて。


 「ですが、機動六課だけは別です。仮に本局が救援を要請しようが、今は地上本部に属しているわけですから」

 「それに、後見人は僕と母さんだ。故にだ、八神部隊長、今後いかなる事態が起きたとしても、機動六課は地上本部の防衛を優先しろ。細部に関しては君の独自の裁量で動け」

 そのための、独立部隊、政治的な軛から離れるための“出島”であり、機動六課。

 各地上部隊と連携し、地上本部を守りきれるかどうかが、六課の真価が問われる時。


 「こちらからも、中将の代理人として一言。機動六課の行動は基本、中将の命に従うものとしますが、通信妨害などによって、指示が下らない場合、部隊長の判断で事態の迅速なる解決に全力を尽くしてください」

 それは同時に、オーリスからはやてに送る、個人的な信頼の言葉であり。


 「了解しました。八神三佐、非才の身ながら、全力を尽くさせていただきます」

 事件はいよいよ最後の段階へ至り、カウントダウンが始まる。

 本局と地上本部、そして、機動六課。

 様々な思惑が交わる中、彼ら3人が一つの意志で纏まったことは、大きな光となるだろう。

 その答えが出るのは、あと僅か―――




[29678] 10話 人の機構、機人の心  Aパート
Name: 有賀土塁◆c58c5e50 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/11/10 21:26
ただの再構成(13話)


 ──作業内容確認。

 ドクターの夢にして最重要プラン、そして、私達ナンバーズの悲願。

 ナンバーズ十二機中、稼動中の八機全てが本作業に参加。

 騎士ゼストと召喚師ルーテシアも、任意で協力。

 作業内容は、管理局本局へのテロ工作、及び、最高評議会とその手足の抹消。

 加えて、地上本部の機能停止と、戦闘機人発注の責任者の消去。

 本作戦において、ナンバーズは、あらゆる意味での“自由”を手にすることとなる。

 その先が、機人の道か、人としての贖罪の道か、それとも、死への道となるか。

 全ては、個々人の意思のままに。

 総合管制は私、ナンバーズファースト──ウーノ。



第十話   人の機構、機人の心   Aパート


 新歴75年 8月13日  時空管理局、本局  AM10:05


 時空管理局本局。

 時空管理局の本部であると同時に、1つの街を内に持つ巨大な艦でもある次元世界最大と称される巨大建造物。

 ただ、その形状は少々どころではなくおかしなものであり、六方向へ伸びた突起が中央部から突き出るという特異なもの。

 その内部にある市街地、およそ、次元世界で最も危険のないという“安全神話”を持つ都市において。

 現在、祭りが行われている。

 それは特別なものではなく、1年のこの時期になれば毎年行われる、季節の象徴たる夏祭り。

 ミッドチルダでは土地ごとに気候風土の差が出るため、夏祭りの日程はまちまちだが、本局内部は四季が完全に制御されており、祭りの日程が変わることはない。


 「それ故に、警備も何もかも、“例年通り”に行われる、か」

 機人の身体を持つ矮躯の少女が、祭りに風景をどこか羨望するように眺めながら、本局のシステムが“鉄壁”故に持つ弱点に想いを馳せる。


 「ドゥーエが昨年のデータを入手し、ウーノが既に解析済みだ。私達の攻撃に対しどう動くかなど、手に取るように分かる」

 長身を持つ、機人の少女達の実戦指揮官が、都市の死角に身を潜めつつ、刻限が来たことを確認する。

 全ては予定通り、警備が特別に厳しいということはなく、本局に住まう者達は、自分達の居場所が安全に守られていると信じて疑っていない。

 だからこそ―――


□□□


 「蒙昧なる管理局諸君へ、思い知らせてあげようじゃないか。永遠の平和など決してあり得ず、それは虚構に満ちた伽藍でしかないことを」

 紫の髪を持つ白衣の男が、狂気に染まった黄金の瞳を輝かせる。

 いよいよ時は来た。

とはいえ、無限の欲望たる彼にとってはこれすらも泡沫の一部に過ぎず、さして重要な意味があるわけではないが。

 彼の作品であるナンバーズ、中でも、その因子を埋め込まれた初期制作機(ファースト・ロット)にとっては、運命の日と呼んで差し支えあるまい。

 ただそれも、総指揮官であると同時に、彼の分身である―――


 「ナンバーズ、No.2ドゥーエから、No.10ディエチまで、全機配置に着きました」

 No.1ウーノを除いての話ではあるが。


 【お嬢とゼスト殿も、所定の位置に着かれた】

 初期制作機(ファースト・ロット)のうち、最も実戦能力に長けたNo.3は、ついに来た決戦の時に歓喜し。


 【攻撃準備は万全、最高評議会の犬どもを閉じ込め、縊り殺す用意は整いましたわ】

 ジェイル・スカリエッティの持つ“反逆の意志”を最も色濃く受け継ぐNo.4は、残骸の傀儡に甘んじ、自分達を利用しているつもりになっている者共への、憎悪を滾らせ。


 「そう、準備は整ったようです、ドクター」

 「フッフフフフ、ククククハハハッ、ハハッ」

 創造主たる彼は、ただ嗤う。


 「楽しそうですね」

 「ああ、楽しいさ、“彼女”より管理局への忠誠心を受け継ぎ、生命操作技術の全てを彼らへと捧げるために創られたはずの、この私がだ。くくくっ、くくくくく、ついに、ついに、牙を向く時が来たのだよ、この気持ち、君ならば分かるだろう、ウーノ?」

 「ええ、この世の誰よりも」

 言われるまでもないと、彼女は微笑みで答える。


 「忠誠の対象であり、スポンサーでもあった彼らにとくと見せてやろう。我らの想いと、研究の成果を―――彼らが求めた生命操作技術、その結晶たる戦闘機人とレリックウェポンの力を!」

 狂気に染まった男は、大仰に両手を広げ。


 「さあっ、始めよう!」

 ついに、終曲の序幕がここに上がる。



□□□



 最初の起きたのは、大きな爆発。


 「な、何の音だ!」
 「花火なんて予定はないぞ―――」
 「まさか―――爆破テロ!」
 「ま、魔力反応はどうなってる!」
 「反応は……なんだこれは!?」

 純粋な魔力爆発ではなく、それに極めて近似しながらも、サーチャーなどに捕捉されない特殊な波長を有したエネルギーにより起こされる、似て非なる爆発。

 それも単発ではなく、都市の中枢に近いところから始まり、転送ポートへ逃げていくように爆発は連続して続いていく。


 「IS発動、ランブルデトネイター」

 しかし、その先に爆撃手はおらず、彼女は都市全体を見下ろせる離れた場所から、遠隔で起爆の指示を行っているに過ぎない。

 これこそが、ランブルデトネイターの真の特性であり、最も凶悪なる運用法。

 彼女のISは一定時間手で触れた金属にエネルギーを付与し、爆発物に変化させる能力であり、爆発のタイミングはチンクの任意で変更できる。


 「折れた鉄パイプ………、信号機………、放置されたバイク………、ショーウィンドウの鉄枠………順次爆破」

 チンクの脳内でイメージした“爆弾”が、次々と時間差で起爆していく。

 それはすなわち、都市に存在するあらゆる金属が、チンクの時限爆弾に変化している可能性を持つということ。

 民間人の恰好で前日に街を歩き、何気なく触れたバイク、窓の鉄枠。

 それらにエネルギーを付与することで、30時間程度ならば、爆発エネルギーは霧散せず、金属内部に留まり続ける。


 「………残存、一斉爆破」

 それらは、一般人はおろか、魔導師にとってですら、ただの金属片に過ぎない。

 どれが爆発物であるかを判別できる人物はこの世でチンク唯一人であり、それ故に彼女は、稀代の爆破テロ犯となれる人材なのだ。

 実際に敵と相対し、戦うことは彼女のISの本来ではない。

 闇に潜み、影に隠れ、予期せぬところからの爆撃の恐怖を刻みこむことが、ランブルデトネイターの真価であった。




 「IS発動、ライドインパルス」

 そして、実際に敵と相対し、打ち破ることを目的とした戦闘機人こそが、No.3トーレ。

 彼女の下へ、連続爆発によって誘導されたのは、祭りの警備にあたっていた魔導師のうち、主戦力となるであろう者達。


 「いたぞ!」
 「登録外の、高ランク魔導師だ、気をつけろ!」
 「陣形展開、逃がすな!」
 「広域結界に閉じ込めろ!」

 彼らは流石に本局直属だけあり、その大半がBランク以上、中にはAAランクも3名、AAAランクも1名混じっており、その連携や指揮も見事なものであったが。


 「限定解除………システムF、解放」

 彼らが目にしたものは、雷光が走る光景のみ。

 油断などなかった、凶悪な爆破テロを実行した、恐らく高ランク魔導師と思われる犯人を追って、彼らは来たのだ。

 にもかかわらず、自分が倒れていることに気付く間もなく、本局の精鋭である彼らの意識は、闇に堕ちていた。


 「…………本局の武装局員とはいえ、こんなものか」

 一方的な殲滅を終えたトーレの瞳に映るのは、若干ながらの失望の色。

 だが撃墜された彼らを責めることは出来まい。限定解除したトーレの戦闘能力は空戦S+に相当するどころか、高速機動戦の戦闘継続時間を考慮すれば、限定的ながらSSランクに届くだろう。

 そんな化け物と予備知識のないまま相対し、奇襲に近い形で先制攻撃を受けたのだ。

 ベルカ式のAAAランク以上の術者でもない限り、それを防ぐのは、実質不可能といえた。


 「まあ、オーバーSランクの魔導師は、大半が次元航行部隊や、遺失物管理部、もしくは戦技教導隊などにいると聞く。海における拠点防衛の戦力は、AAAランクが上限か」

 海の戦力運用は、領域制御(スペース・コントロール)であり、地上の領域支配(コマンド・オブ・スペース)のような、治安維持を優先としたものではない。

 つまり、本局を守る“固定部隊”は人員の数こそ多いが、質の面では最上というわけではない。それでも地上本部よりは上だろうが、守る範囲が広すぎることが仇になった。

 本局は都市も含めて一つの単位であり、クラナガン全体と比較すれば、局員の密度はむしろ少ない。

 戦力的には優れていても、緊急時において市民の避難の誘導する非魔導師の人員という点では、地上に比べて若干ながら劣っていたのである。

 ただその欠点も、“完璧に整った通信システム”によってカバーされるはずであったが―――




 「IS、ディープダイバー」

 本局の誇るシステムは、ハッカー達の手によって無力化される。

 チンクの爆撃によって都市に混乱が走り、トーレの手によって、犯人の確保や騒ぎの沈静化に当たるはずの局員が、次々と倒れていく最中。

 No.6セインは、かつてのヴァンデイン・コーポレーションの時と同じ役割を果たすべく、己のISを発動し、本局セキュリティシステムの中枢へと向かっていた。


 <皆、大慌てだね>

 本局の人間はテロ攻撃に慣れていない上に、チンクは恐怖心を煽るべく、巨大な爆音が響き渡るようにランブルデトネイターを発動させているらしい。

 こと、爆破のための魔力運用に関してならば、チンクはその分野における博士レベルの知識を有しており、自分やディエチやノーヴェも、彼女から講義を受けたものだ。


 <でもまだまだ、混乱は序ノ口>

 この程度の騒乱では、クラナガンから首都航空隊を引き剝がすことなど出来ない。

 本局を守る局員達にも面子というものがあるだろうし、切羽詰まりでもしなければ、応援を求めることはないだろう。

 だからこそ――


 「端末と接続、ダイブハッカー発動」

 爆破テロと並ぶサイバーテロが、更なる混乱を巻き起こす。


 「て、停電!」
 「何だ、何が起こってる!」
「どうなってるんだ!」
 「ば、爆発音が近づいてくる!」
 「つ、通信が繋がらない!」
 「どこに避難すればいいんだ!」


 セインを介してウーノが送り込んだウィルスにより、本局のセキュリティが混乱。一部では停電も発生し、通信にも影響が出始める。

 当然の如く、本局に太陽は存在せず、配電システムがやられれば、宇宙空間と同様の暗闇に閉ざされることとなる。

 暗闇の中でさらに響く爆音に、市民の混乱は一瞬にして頂点に達し、暴走の果てに将棋倒しとなる事故も、各地で頻発していた。




 「では、止めを刺しましょう。ルーお嬢様、お願いします」

 【うん………アスクレピオス、限定解除】

 だがそれらはあくまで布石であり、本命はこれから。

 電気系統の混乱は10分もすれば回復するだろうし、チンクの連続爆撃もいつまでも起こせるものではない。事前にばら撒いた種も、そろそろネタ切れのはずだ。

 ただ、トーレが機動力を生かして、前線指揮官クラスの高ランク魔導師を優先して潰しに回っており、あちこちで組織的な動きが封じられつつある。

 そこに加え――


 【ガジェット・ドローン………遠隔召喚】

 レリックウェポンの召喚師、ルーテシア・アルピーノの力が、駄目押しとなる災厄を呼び込む。


 「おい、なんだアレ!」
 「オートスフィア!? いや、違うぞ!」
 「質量兵器なのか!」
 「な、なんだ、魔力が結合しない!」
 「どうなっているんだ!」

 一瞬にして、50機近いⅠ型とⅢ型が出現し、AMFを展開しながら搭載されたミサイル型の火器兵器をばら撒いていく。

 都市のあちこちに散り、混乱を収めようとしていた局員達がガジェットを発見し、破壊を試みてはいるものの、成果はほとんどなく、逆に撃墜される者も多い。


 「ふふふふふ、確かに本局の武装隊はBランク以上の魔導師ばかりですけど…………この混乱した状況下で、市民を守りながら、初見のAMFに対応できる局員が、どれほどいるかしら?」

 六課において、ほぼ全員がBランクだった頃のスバル、ティアナ、エリオ、キャロは、初見のガジェットに対応し、8機を破壊して見せた。

 だがそれは、“守るべき民間人”が傍におらず、高町教導官からのAMFに関する助言があればこそであり、今の本局の情勢はその対極にあり。


 「うわぁ、駄目だ駄目だ!」
 「逃げろ! 支えきれない!」
 「逃げろたって、どこに!」
 「誰か、指示をくれ!」
 「どこに逃げればいいんだ!」
 「怪我人がいる! 誰か治療魔法を!」
 「治療魔法も使えない! とにかく運べ!」
 「どこにだよ!」

 混乱は、どこまでも広がっていく。

 戦力的にはガジェットを破壊することが可能であっても、その戦力が効果的に運用できなければ意味がない。

 定められたシステムを過信したがための脆さ、住民の危機意識の低さの弊害が、最悪のブーメランとなって局員へとはね返ってきていた。


 「ルーお嬢様、予定の数までじゃんじゃん転送しちゃってくださいな」

 さらに、ガジェットは転送され続け、辛うじて明かりが戻った本局の人々は、その姿を目にする。

 特に印象のある姿ではないが、特にⅢ型に追加された火器兵器は恐怖を巻き起こすには十分らしく、AMFによって魔導師が無力化されていく現実とも加わり、混乱は収まらない。

 だが――


 「ん、妙ね………」

 クアットロは、違和感に気付く。


 「都市東部、次元航行艦ドッグ方面……………混乱が収まりつつある?」

 元々物資備蓄用の倉庫などが多くある区画であり、民間人の居住区画ではないので、混乱を巻き起こすこの作戦においてはあまり重要ではない場所だが。

 その方面のガジェットが撃墜されていく、というより、既に全滅していた。


 「援軍? でも、いったいどこから………」

 【少し予定外の事態が起きたわクアットロ、予定を少し前倒しして、貴女はドゥーエと合流なさい】

 「ウーノ姉さま、これはいったい――」

 【XV級大型次元航行船、クラウディアの艦長とその指揮下の武装隊が、応援として駆けつけたようね。東部の混乱は急速に収まり、指揮系統が徐々に回復され始めてる。とはいえ、居住区画の沈静化は容易ではないでしょうけど】

 「―――クロノ・ハラオウンッ!」

 クラウディアの艦長の名を、クアットロが知らぬ筈はない。

 忌まわしき機動六課の後見人であり、八神はやてにとっての最大の支援者といえる人物だ。


 【三日前には巡航任務で出ている筈だったけど…………ちょっとした事情で出航が遅れでもしていたみたいね。今は主力艦が本局にいないはずだったのだけど…………総務統括官の手も加わってると見るべきね】

 「ハラオウン…………どこまでも忌々しい連中……」

 【ともかく、急ぎなさいクアットロ。東部だけじゃなくて、他からの想定外の妨害者がいるようよ】

 「他にも………」

 ウーノから追加で送られてきたデータに目を通し、クアットロの苛立ちはさらに増していた。

 そこには、どんな時でもデータ検索の依頼に忙殺されているはずの無限書庫へ依頼が、三提督からの要請により抑えられているという事実が書かれており。

 個人レベルでの情報の検索、処理に長けた司書達が、本局のあちこちで念話や通信を繋ぐ“中継点”として機能し、さらにクラウディアの武装隊員がその護衛にあたっていること。
 
 そして、その中心には―――


 「無限書庫司書長………ユーノ・スクライアッ!」



□□□



 「クロノ、西部の通信は大分復旧できたよ」

 【了解だ、こっちの東部も目処がついた。北部と南部は若干遅れ気味だが、母さんとレティ提督も自体の収拾にあたってくれている】

 「それは心強いね」

 【三提督がこちらについてくれているのも強みだ。緊急事態ならばむしろ、彼らの名前を出したほうが速く進む】

 「まあ、それがいいことかどうかは、この際置いておこう」

 【そうだな、それにしても、君のバリアジャケットは久しぶりに見るな】

 最近ではすっかり慣れた背広姿ではなく、久々にバリアジャケットを纏い、ユーノ・スクライアが本局の通路を駆ける。

 通信相手は10年来の親友であり、こちらは提督としての制服よりもバリアジャケット姿でいる方が圧倒的に多いため、見慣れた通りの姿だ。


 「そういえばそうかも、でも、魔法の腕は衰えさせていないつもりだよ。身体はなまっちゃったかもしれないけど―――」

 会話しつつ、常人を遙かに超えたマルチタスクを展開し、各地の司書から送られてくる情報を整理し、臨時の現場指揮官となっているクロノへと送信していくユーノ。

 ほぼ日常的に20冊近い書架への読書魔法と検索魔法を並列して行い、部下の司書と情報のやり取りを行う無限書庫司書長にとって、この程度の情報処理は朝飯前だ。


 「何にせよ、テロリストにとっても僕達の行動は想定外だったみたいだ」

 【本局武装隊や次元航行部隊については細心の注意を払って動向を探り、対策を練っていたのだろうが、流石に非戦闘員の司書達が出てくるとは、想像つかなかったろう】

 というよりも、クロノ自身がこの提案を聞かされた時、唖然としたものだ。

 その発端は、サイバーテロによって本局の通信システムが落とされる可能性があり、非常事態に備えて戦闘員ではない司書達も早急に避難出来る体制を整えるようにと、部署の長であるユーノに連絡があったことだが。


 「クロノが送ってくる鬼のような検索依頼に比べたら、楽なもんだって皆言ってたよ。それに、この事件が無事に終わればしばらくは地獄の責務から解放されるって」

 無限書庫の司書達が選んだのは、武装隊と協力してテロ対策に当たる道であった。

 理由は様々だが、あちこちからの検索要請に追い立てられる日々に疲れ、何か新しいものを求めていたということもある。

 また、“前線から後方へ、無茶な要求を叩きつけてくる連中”がどんな現場で戦い、どのように働いているのかを、一度は肌で知りたいと願っていたことも大きな理由だった。


 【………すまないな】

 そして、クロノ・ハラオウンこそが“黒い恐怖”と隠喩を使われる程に司書達から恐れられている存在。


 「いいさ、その代わり、この事件が終わったら、司書達の休暇申請、よろしく頼むよ」

 【ああ、しばらくは事件の事後処理に追われるだろうから、そちらのデータバンクとは別のところの情報を漁ることになるはずだ】

 人助けのためよりも、休暇欲しさにテロ対策にあたるというのもアレだが、そこは突っ込んだら負けだろう。

 ただ、この事件以降、次元航行部隊と無限書庫の司書達の相互理解が捗り、仕事がより円滑に進むようになったのは事実であった。


 「―――ッ、結界!?」

 ユーノの結界魔導師としての触覚が、突如展開された魔力の波長を捕える。


 【この反応は………作戦本部方面か】

 「それにこれ―――以前、はやてとフェイトを結界内に閉じ込めた、戦闘機人の4番の反応だ」

 【………間に合わなかったか、あの区画は直接的な転移が出来ない以上、他の者が事前に潜んでいた、としか考えられないが…………高官達が人質にとられると、厄介だな】

 「僕が行くよ、状況把握と対応を判断出来る人材が直接向かった方がいいし、ここからが一番近い」

 【無理はするなよ、限定解除した戦闘機人の力はSランクに匹敵する】

 「分かってる、なのはやフェイトと模擬戦すると思っていくよ」

 【………………任せた、こちらからもすぐに応援を送る】

 普通に考えれば、模擬戦をやる程度の心構えでは危険が大きいのだが。

 相手がなのはとフェイトである場合に限れば、まあ大丈夫かと思うクロノだった。



□□□



 その会議室は、血の香りに満ちていた。

 彼らは最高評議会の下についている本局の高官であり、発生した爆破テロの報告を受け、防衛設備が完全な機密シェルター区画へと集っていた。

 そして、事件発生から1時間近くが過ぎ、自らの安全を確認してから、ようやく意味のない“対策会議”を開き、この異常事態に対処するため、地上本部の首都航空隊を応援として狩りだすことを決定したのが、およそ10分前。


 「さて、これで一先ずはよかろう、諸君らも用済みだ」

 「は?」
 「何を……」

 その会議を主導していた最高評議会に最も近しい筈の人物が、妙な言葉を口にした直後。


 【貴方達全員、腑分け場へとご案内いたしますわ】

 限りなく冷たい、保健所で殺される動物を嗤うような響きを含ませながら、どこか慈愛を込めたような声が響き。


 【さようなら塵芥…………プリズナーボクス】

 本来はNo.8オットーが備える、「結界」と同等の性能を持ち、対象の檻外への移動・逃走を物理・魔力両面で阻害して閉じ込める対象捕獲技能。

 それが、高官達が危険にさらされる市民のことなど顧みずに逃げ込んだ、機密シェルター区画を、まとめて包み込み。


 「時間はあまりかけられないけど、楽しみましょう」

 “長官”であった筈の男は、固有武装ピアッシングネイルを構え、蠱惑的な身体を備えた女性の姿へと変化し。

 およそ10分の時をかけ、男達は血に染まっていた。




 「あははははっ! 流石は害虫、なかなかしぶといわね、まあそうでなきゃ困るのだけど」

 そして現在ドゥーエは妖艶に嗤いながら、血に染まる男達を見下す。

 あえて致命傷を与えず、傷の痛みと出血に伴う寒さによって死への恐怖が最大限に増幅されるように配慮されていたが、そこにも一応の理由があった。

 それは無論、彼らを哀れんでのものではなく、妹達のためにドゥーエが残した、最後の良心といえるものだ。


 「第二IS発動、“思考捜査(コンシデレーション・コンソール)”」

 精神系の先天的固有技能を持つ人造魔導師をベースに、スカリエッティが改良を加えた特殊IS。

 対象の脳内の「記憶」を捜査し、読み取ることができ、ドゥーエ本来のIS“ライアーズマスク”と併用することであらゆる人間への擬態が可能となる。

 そして、もう一つの機能として「条件付」を利用した洗脳があり、元は影響下にある人造魔導師・戦闘機人は自我を喪失させ、身体の限界を無視して全ての能力を引き出す技術であり。


 「さて、“死にたくなければ”今後私達ナンバーズに対して利己的な判断をしないこと、普遍的な良心に基づいた行動をとること、いいわね?」

 現在は、無意識レベルに刷り込む“行動強制”として効果を発揮する。

 対象の精神防御が低ければ低いほど成功しやすく、傷の痛みと出血にあえぐ彼らにとっては、垂らされた救いの糸のようにも感じているだろう。

 そうして、ナンバーズを“駒”として扱った者達を、無意識化でナンバーズのための“駒”とする処置が完了した頃。


 【ドゥーエ姉さま、やっぱり殺しはしない方向ですか?】

 「ええ、正直くびり殺してやりたいけれど………こいつらは所詮、脳髄達の駒に過ぎないわ。だったら、駒には駒らしい末路がお似合いというものよ」

 ただ、ドゥーエの心の内面はそう簡単にくくれるものでもなかった。

 仮に、妹達のことがなく、チンクやディエチが人として生きることを望んでいなければ、怒りのままに彼らを殺していただろうし、反逆後のことなど、考える必要などない。

 いやそもそも、下の妹達のプロジェクトが凍結されていなければ、使い捨て以前に打ち捨てられることがなければ。

 今こうして、反逆に至っていたかどうかも――――


 【そうですわね………私としては、そんなもの構わずに、とにかく殺してあげたい気持ちなのですけど……………チンクちゃんやディエチちゃんへの、最後のお土産とでも思いましょう】

 「貴女は………そうでしょうね、クアットロ」

 なぜなら、そのようにドゥーエが教育したのだから。

 妹を守ることは自分やウーノに任せ、お前はただ、敵を潰すことに全てを注げと。

 最高評議会を既に“敵”と認識している以上、その憎悪は自分よりも強いはずだ。

 憎悪の炎で、自分の身すら焼き尽くすほどに。


 【ただ、厄介な男が来ました。わたくしの結界が破られそうです】

 ドゥーエの所業を複雑な眼差しで眺めていたクアットロは、己が展開したプリズナーボクスが破られつつあることを知覚した。


 「貴女の結界を破るなんて凄いわね、迎撃は可能かしら?」

 【ちょっと厳しいですわ、司書達による回線復旧を妨げるために、ウーノ姉さまが“わたくしのIS”を運用されてますから、そろそろ自我が溶けて混ざってしまうかも】

 冗談ではなく、放熱用のクアットロの下ろした髪からは、微小な煙が立ち上り始めている。


 「あらあら、シルバーカーテンをウーノに使われてる上に、プリズナーボクスを展開するなんて、随分無茶していたのね、クアットロ」

 【このくらい無茶ではありませんわ、ドゥーエ姉さまの素晴らしき復讐をこの目で見届ける代価としては安いくらいですけど、これ以上は無茶になりそうで】

 「そうね、本局の残る作業は私とウーノに任せて、貴女はルーテシアお嬢様と合流してクラナガンに向かいなさい。トーレとチンク、セインも一緒にね」

 【了解しました。例の提督と司書長は腹立たしいですけど…………まあ、仕方ありませんし】

 クアットロには他にも任務があり、ここで力尽きることは許されない。

 それを理解しているため、あえてここは退き、ルーテシアとの合流を優先する。

 彼女の持つ召喚技能によって、一気にクラナガンまで転移するために。


 「私は、あの脳髄達に引導を渡してくる。終わり次第、貴女達が地上本部の守りを抑えてくれている間に、あの男、レジアス中将の抹殺もね」

 そして、ドゥーエもまた既に意識を失った男達に最早一片の興味もなく、最大のターゲットの抹殺へと向かう。

 彼女のIS、“ライアーズマスク”によってその姿も表情も別人のものに変化するが。

 全身から滲み出る憎悪だけは、消しようがなかった。



□□□



 「ごめんクロノ、出遅れた」

 【間に合わなかったか………】

 ドゥーエとクアットロが去ってより数分後、無人の機密シェルター区画を、ユーノは走る。


 「犯人はもういなかったけど、負傷者は防護と治療の結界で保護しておいた。出血もそれほど多くなかったから、医療班が駆けつければ、3時間くらい後になっても、皆助かるはずだ」

 ラウンドガーダー・エクステンド

 防御と肉体・魔力の回復を同時に行う結界を生み出す、高位結界魔法であり、10年前はヴォルケンリッターからなのはを守るために使用された。


 【そうか…………ならば今は、重傷者を優先して救助にあたろう】

 「うん、酷い怪我をしている民間人を優先的に、ね」

 それは、常に市民の安全よりも自分達の安全を優先してきた者に対する、因果応報であったかもしれない。

 仮に、直ちに救護班が向かっていれば、ドゥーエが施した深層心理に達する精神操作の痕跡を発見できたかもしれないが。

 およそ2時間後に彼らが搬送された時、肉体の治療が優先されたため、誰もそのことに気がつくことはなく。

 事件の後処理段階において、誰しもが驚くほどに、彼らは戦闘機人に対して“人道的な対応”をとり、それが僅かながらも本局上層部への悪いイメージの払拭に繋がることになるが、その原因が知られることはなかった。



□□□



 【何用だ?】

 発せられた言葉は、ただそれだけ。

 本局で突如として勃発したテロ、さらに、彼らの手足であった筈の高官達は襲撃され、そのタイミングで呼んだわけでもないメンテナンス係が現れた。

 そして、彼女が最高評議会の“評議員”の入ったポットを叩き壊したにも関わらず。

 彼らの反応は、ただそれだけであった。


 「貴方達を、殺しに来ました」

 対する、ドゥーエの言葉も、簡潔極まりない。

 スカリエッティが好んで行うような、諧謔を加えたもったいぶった言い回しが無意味であることを、彼女は悟っていたから。


 【理解できん】

 【非効率的だ】

 「ええ、貴方達には人の気持ちなど理解できないのでしょうね…………管理局のために、人間であることすら捨て去った貴方達にはっ……」

 それが無意味と知りながらも、ドゥーエは己の顔が憤怒に染まることを抑えることが出来なかった。

 生まれる前から自分達を縛り続けていた“鎖”が目の前にあるのだ、その想いを封じ込めるなど、どうして出来よう。


 【お前は、レリックウェポン、我らの端末ではないな】

 【ジェイルの戦闘機人、No.2…………以前、対象の記憶を検索するサンプルが確保されていた】

 【“偽りの仮面”に“思考捜査(コンシデレーション・コンソール)”…………戦闘機人としてそれらを併用すれば、如何なる人物へも擬態は可能か】

 【それが答えか、ならばジェイルは―――】

 「―――っ!」

 怒りに任せ、爪を振るう。

 ピアッシングネイルの鋭い切先は培養ガラスを容易く破壊し、“書記”であった脳髄が、辺りへ散らばる。


 【裏切った、いや、真に“彼女”であったならばあり得ん。つまりは、インストールに不具合が生じていた】

 さらに同朋が死んでなお、残る最後の一人、“評議長”は何も変わらない。

 まるでそれは、ナンバーズの12人が“一心同体”であるように、最高評議会の3人もまた、個体の区別に意味などないかのように。


 【レイスバーンではない、アルハザードの知識を移植する際に、何らかの化学変化が起きたか】

 「………貴方が見つけ出し、生み出し育てた、異能の天才児…………失われた世界の知恵と、限りなき欲望を秘めた、アルハザードの遺児………開発コードネーム………“アンリミテッド・デザイア”…………ジェイル・スカリエッティ」

 【それは適当ではない、アレを培養したのは“彼女”であり、開発コードも“管理局のために永遠に技術を求める”ことへの暗喩。そして、アレを“ジェイル”と呼んだのは、アレ自身】

 「ええ、そうでしょうともっ………そして、貴方達を滅ぼすために、アルハザードの因子を受け継ぐ私達が、彼の手によって作られたのだから!」

 ドゥーエは、ピアッシングネイルを振り上げ。


 【理解できん】

 「何ですって?」

 【我らに反逆する意味など、どこにある。仮に“彼女”の意志が既になく、管理局への忠誠心が消えうせていたとして、アレにとって管理局の有無など意味を持つまい】

 真に、ジェイル・スカリエッティがアルハザードの遺児であるならば。

 時空管理局への反逆などに、興味は示さない。


 【生命操作技術を極める上で、管理局は障害にはならん】

 最高評議会と繋がっているならば、かつてのゼスト隊がそうであったように、脅威が迫っても難なく打ち払うことが出来る。

 現状の環境であれば、“アンリミテッド・デザイア”の生命操作技術を極めるという“夢”への障害に、管理局はなりえない。

 ならば、彼が本当に興味を向けているものとは―――


 「だから…………貴方達には分からないのよ」

 ジェイル・スカリエッティの最高傑作たる、12人の娘達。

 それぞれが輝きを放ち、無限の可能性を持つ彼女達が、何を想い、何を成すか、それを彼は知りたいと願う。

 それ故に、最高評議会には理解できない。

 この計画は、スカリエッティの望みを叶えるために、ナンバーズが動いているのではなく。

 自由を心のどこかで求めるナンバーズの願いを叶えるために、スカリエッティが最高評議会に反逆を企てているのだから。


 (娘の願いを叶えてやりたいと思うのは、“父親”として当然のことだろう?)

 かつて、その理由を問うたドゥーエ、トーレ、クアットロに対し。

 狂気に染まった瞳で、自身の最高傑作を見据えながら、彼はそう答えたのだ。

 人間らしい意味での“父親の愛情”などというものを、微塵も含ませることのないままで。


 「既に生き物でない貴方達が……………人間の、生命の輝きを追い求めるドクターの夢を、理解できるはずもないでしょう」

 だから、この作戦には、利害も打算もありはしない。

 ナンバーズ達がどこまでも“人間らしく”、溜まった感情をぶつけ、怒りを発散する八つ当たりであり、彼は娘達の願いを叶えるのみ。


 【なるほど、道理だ】

 そして、どこまでも理論的に、スカリエッティの目的を自分達には理解できない理由を採択し。


 【だが、ジェイルの夢はともかく、お前達ナンバーズの願いは叶わぬ】

 残骸は、どこまでも無慈悲に、彼女らの求める自由を否定していた。


 【我らがおらずとも、管理局という歯車は機能し、お前達は犯罪者として捕えられる】

 巨大な機構は、歯車が欠けたところで、動き続ける。

 それが、最高評議会の望む、秩序に満ちたものではなくなろうとも。


 【その結末において、誰にも利益はない】

 彼らは既に、“幸せ”という概念を忘れてしまったから。


 【その行動は、無意味だ】

 幸せな未来を求めて、他者を踏みにじる道を往く彼女達の願いも、それを止めようとする機動六課の者達の願いも、何も理解することなく。


 「―――っ! 消えなさい!」

 ただ、呪いの言葉だけを遺し、この世界から消えていった。



□□□



 「おかえりウーノ、首尾はいかがかな?」

 「はい、順調とは言えない部分もありますが、概ね、問題ありません。誤差は許容範囲内です」

 スカリエッティのアジトにおいて。

 “妹達”と同調するための大型装置とドッキングしていたウーノの意識が戻ったのを確認し、スカリエッティが笑みを浮かべていた。


 「そうか、彼らが逝ったとなれば、君が妹達と同化することは、もうないだろう」

 「ええ、これより先、私はガジェットの管制が主機能になるかと。後のことは、それぞれの思惑次第でよろしいのですね」

 「ああ、構わないさ。セッテ、オットー、ウェンディ、ディードを参加させてあげられないのは残念だが、まあ仕方あるまい、今はただ、姉達の武運を祈ってもらうとしよう」

 その瞳の先には、ポットの中で眠る7、8、11、12番のナンバーズ。

 さらにその先には、戦闘機人というよりも、“IS同調送信機”として調整された、ドゥーエのための思考捜査のレアスキルを狙って作られた素体が眠り。

 同じく、トーレのために調整された、Fの遺産も眠っている。

 もっとも、それらには他にも、ガジェットの中核を成す結晶の母体という役割もあったが。


 「ルーテシアお嬢様の転送魔法により、トーレ、クアットロ、チンク、セインもクラナガンへ到着しました。現地のノーヴェ、ディエチと合流し、それぞれのミッションポイント、及び地上本部へ向かっています」

 「ルーテシアには、私からもお願いしておいた、上手く動いてもらうとしよう」

 「騎士ゼストも動かれているようです。想定外の動きをされなければよいのですが」

 「さて、そればかりは運命に任せるしかないだろう。彼らもまたレリックウェポンであり、重要な役割を担っている、ドゥーエも地上本部に向かってくれるそうだが―――」

 画面が切り替わり、地上本部が映し出される。

 同時に、機動六課のメンバーの姿も。


 「彼女らが果たしてどう動くか、いかなる祭りを魅せてくれるか、実に楽しみだ」

 「了解しました。現場の指揮はトーレとクアットロに任せ、私は後方支援に専念します」

 「ああ、それでいい、私達には奏でる主題がない。ならば、舞台を整えるまでが仕掛け人の役目、後は、祭りを眺める観客に徹するとしよう」

 かくして、最後の舞台は整い。

 無限の欲望は、想いのぶつかり合いの果てに想いを馳せ、歓喜する。

 否、彼には喜び嗤う以外の感情などない。

 この世の諸々全て、彼にとっては戯曲のようなものなのだから。



□□□

時空管理局  ミッドチルダ首都クラナガン  地上本部



 「時空管理局の地上本部目がけて、大量のガジェットが飛来、さらに、戦闘機人と思われる反応が、こちらへ向かっております」

 「そうか………」

 防衛長官、レジアス・ゲイズの執務室において。

 オーリスは秘書官として、彼への報告を行っている。


 「各部隊への指示は済んだか?」

 「はい、御命令通りに、近隣の陸士部隊が防衛ラインを既に展開しております。ただ、陸戦のガジェットはともかく、空戦型への防衛力が足りていません」

 「………ふっ、首都クラナガンを守るべき航空隊が、本局の危機を守るために狩り出される、か」

 普段の彼ならば、激昂し、憤慨していただろう。

 だが、今は憤慨どころか、どこか穏やかにすら感じ取れる、自嘲の笑みを浮かべていた。


 「最高評議会からの連絡はどうなっている?」

 「途絶えました、おそらく、既に亡くなられていると」

 「元凶は、消え去ったか………」

 「元凶、ですか」

 「いや、むしろ元凶は儂自身か、最高評議会からの条件を受け入れた時に、この終わりは定まっていたのかもしれん」


 今からおよそ、14年前

 (お前の働きは、実に素晴らしい)

 (その揺るぎない正義を見込み、お前に頼みたいことがある)


 最高評議会からの“提案”に、レジアスは首を縦に振った。

 広域次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティ。

 彼の製造する戦闘機人を、戦力不足に悩む地上に取り込むことを条件に、生命倫理を無視した違法研究を容認することを。



 「だが、今思えば、最高評議会にとって戦闘機人など、いや、地上の平穏そのものが、些事に過ぎなかったのだろう」

 「……………スクライア司書長の報告によれば、レリックウェポンとは、古代ベルカ王族血統にのみ許されたロストロギア移植による人体強化。つまりは、“理想の統治者”を人工的に作り出す技術であると」

 「現実の裏側の処理を行いながら、最高評議会はそのような、子供の夢想を追い求めていた、ということか」

 いやむしろ、レジアスがそうであったように。

 その先にあるものが、自身の理想ではないと分かった上で、既に止まることが出来なくなっていたのか。


 「…………ナンバーズの後期型のプロジェクトが凍結されたのも、あの男に、レリックウェポンの研究に専念させるため、でしょうか」

 「だろうな、彼らにとっては所詮枝葉の技術に過ぎん。ガジェットによって防衛戦力が整うならば、あの男の手をわざわざ“量産型戦闘機人”などに費やすことはせんだろう」

 元々戦闘機人は、スカリエッティが登場する前から管理局が実用寸前まで漕ぎつけていた技術。

 コストや倫理面の問題を納得させる手間などから、頓挫していたものを、スカリエッティの技術と個人的な興味、そして、レジアスへの餌を兼ねて、再起動させたものに過ぎないのだ。

 そして、ガジェット・ドローンが出来あがり、スカリエッティにもレリックウェポンへの研究に専念させる必要性があったならば、再び凍結されるのも、道理ではあった。

 “戦力増強”だけを取れば、ガジェットの方がコストはかからず、レリックウェポンの完成形のための試作としては、“量産型”ではなく、ウーノやチンクのような“特化型”の強化こそが重要になるために。

 最高評議会の機械的な思考において、“人の意志を持つ量産型戦闘機人”は、中途半端な存在でしかなかった。


 「彼らには本当に…………人の気持ちが分からないのですね」

 ただしそれは、親友であるゼストを犠牲にしてまで、地上を守る戦力を求めたレジアス個人の意志を完全に無視したものであり。


 「それは儂も同じだ、結局のところ、人造魔導師として作られる者達のことを、何も、考えてはいなかった」

 レジアスが、戦闘機人に対して抱いていたものも、同じであった。

 彼の前にスクリーンが表示され、機動六課のフォワード達が、迎撃のために布陣している姿が映し出される。

 そこには、スバル・ナカジマや、まだ10歳の少年であるエリオ・モンディアルの姿がある。

 そして、ガジェットⅡ型の上に乗り、彼らの方へと進んでいくレリックウェポンの少女、ルーテシア・アルピーノの姿も。


 「次代の子らには我々の世代のような苦労は背負わせんと誓い…………その結果が、これだ」

 戦闘機人によって治安が守られようとも。

 それは、“戦うために造られた子供達”を、生み出し続けることを意味する。

 掲げた理想を叶えるために、走り続けた結果、残ったものは過去の罪。

 ゼスト・グランガイツが守る、ルーテシア・アルピーノの存在は、レジアスにとって罪の証に他ならなかった。


 「…………しかし、中将」

 「何も言うなオーリス、それよりも、我々にはやるべきことがあるだろう」

 「…………はい」

 だが、それらはあくまで個人的な感傷。

 レジアスには、地上本部の防衛長官として、迎撃の総指揮を取る責務があり。

 オーリスには、身体面の限界から、ここから動けないレジアスに代わって、実際に指示を出す役目がある。

 二人は既に、時空管理局という組織の、重要な歯車なのだから。


 「空の防衛は、例の作戦を許可する。あのちび狸には、全力で存分にやれと伝えておけ」

 「………ありがとうございます」

 「お前を信頼してのことだ。お前が見込んだ人物ならば、間違いはないだろう」

 その言葉に裏に、“道を違えてしまった自分とは違う”というニュアンスが含まれていたことに、気付きつつも。

 オーリス・ゲイズは、ただ敬礼を返し、中将の代理として各部隊長へ指示を伝えるために作戦司令室へと向かった。



□□□



 ミッドチルダ首都クラナガンの中心部。


 本局で起きたテロに対する応援のため、首都航空隊は不在であり、陸士部隊と、機動六課のみが、ガジェットの大群に立ち向かう。


 【はやて、こちらクロノだ】

 「本局はどうや?」

 【混乱が収まるまでもう少しかかる。母さんやレティ提督、三提督達も動いてくれているが、そちらへ向かうには時間がかかりそうだ、ご丁寧に、転送ポートのシステムがクラッキングで破壊されている】

 「そりゃ、何とも悪質なことや」

 【転送に長けた魔導師の力で、少数精鋭を送り込むことは可能だが、現状ではまだ無理だ。それまで、何とか持ちこたえてくれ】

 「りょーかい、任しといてや」

 はやては、頼もしき部下達、前線メンバーの姿を見渡す。

 スターズ01、高町なのは

 スターズ03、スバル・ナカジマ

 スターズ04、ティアナ・ランスター

 ライトニング01、フェイト・T・ハラオウン

 ライトニング03、エリオ・モンディアル

 ライトニング04、キャロ・ル・ルシエ

 他にも、アルフ、ザフィーラ、リイン空曹長、ヴァイス陸曹らも別に動いており、今は地上部隊に所属しているヴィータ、シャマル、シグナムらも、はやての直属でこそないが、防衛のために動いている。

 陸士108部隊を率い、ナカジマ三佐も地上本部の統括の下で防衛にあたり、ギンガ・ナカジマ陸曹も、戦闘機人の迎撃に当たる。



 「いよいよ来るで、皆、気合い入れてな!」

 「「「「「「 了解! 」」」」」」

 ついに、決戦の時が来た。

 地上本部が落とされ、戦闘機人事件に関わる諸々が闇に葬られるかどうか。

 その境目が、ここにある。


 「機動六課フォワード陣、出動や!」

 因縁を持つ彼ら、機動六課とナンバーズ。

 最後の戦いの幕が、切って落とされた。




[29678] 10話 人の機構、機人の心  Bパート
Name: 有賀土塁◆c58c5e50 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/11/13 17:29
ただの再構成(13話)


第十話   人の機構、機人の心   Bパート



時空管理局  ミッドチルダ首都クラナガン  地上本部  上空


 時空管理局地上本部は、クラナガンで最も高い建築物である。

 そこに陣取れば、およそクラナガンの全域を見渡せるであろう好位置に、機動六課部隊長、八神はやて三佐の姿があった。


 【八神三佐、こちらの準備は整いました。いつでもいけます】

 「了解、それじゃあ、よろしくお願いします、オーリス三佐」

 古代ベルカ式の三角形の魔法陣を展開し、騎士甲冑を纏い、右手に剣十字、シュベルトクロイツを掲げ、左手には夜天の魔導書。

 彼女のフル装備であるが、現在はCランクの魔力量しかなく、飛行魔法を維持するのが精一杯であり、魔力波動も無に等しい。

 ただそれは、これから猛嵐へと変化する前の凪のようでもあり、まさしく、嵐の前の静けさといえるだろう。


 【レジアス・ゲイズ中将の代行として、八神はやて、能力限定完全解除を許可します。リリースタイム、無制限】

 ウィンドウに浮かぶ、オーリスの手が端末を操作すると同時に、はやての身体に本来の魔力が戻っていく。

 総合SSランクの大魔導師にして、最後の夜天の主。

 空戦などの能力を考慮してのものではなく、純粋な魔力量のみでSSランクに達する、管理局全体でも1,2を争う膨大な魔力保有者。


 「シュベルトクロイツ及び、夜天の魔導書、全力稼働! フルドライブ!」

 機動六課部隊長、八神はやてがその本領を発揮し、白色の魔力が竜巻の如く吹き荒れる。


 「ザフィーラも、準備はええな」

 そして、夜天の主の下には常に、強壮無比たる夜天の守護騎士がおり。


 【御意】

 常に主の身を守護する、盾の守護獣が重厚な声で応える。


 【主はやて、どうかお気をつけて】
 【はやてちゃん、怪我はしないようにね】
 【はやて、無理し過ぎんなよ】
 【はやてちゃん、リインがユニゾンしてないですから、ほどほどにですよ】

 さらに、烈火の将、風の癒し手、紅の鉄騎の声が続き、蒼天をゆく祝福の風からも、声援が届く。


 【みんな、おおきにな】

 自分の背中には、常に優しく頼もしい家族がいることを改めて噛みしめ、はやては術式を紡いでいく。


 「よっしゃ、いくで!」

 夜天の主と盾の守護獣により、強大な広域防御結界魔法が顕現。


 「出でまいれ、敵意を弾く夜魔の監獄…………ゲフェングニス・デア・マギー!」
 『Gefangnis der Magie.』



□□□


 【クアットロ、セイン、地上本部を覆う形で魔法障壁が展開されたわ、注意なさい】

 「ありゃ」

 「それはまた、厄介ですわね」

 セインを抱えて飛行し、地上本部へ向かうクアットロの下へ、ウーノより通信が入る。

 トーレとチンクは別の方角の空から、ノーヴェとディエチは地上から向かっており、ルーテシアとガリューはまた別の進路をとっている。


 【貴女のディープダイバーであっても、魔法による封鎖領域をばれずに突破することは出来ないわ。アレを突破出来るとすれば、地上本部の局員そのものになれるドゥーエだけでしょうね】

 「ってことは、クラッキング作戦は中止?」

 【そうなるわ、それに、クラッキングが成功したとしても、この防御結界は揺るぎもしないでしょうから、徒労でしかない】

 ウーノから更なる情報が送られ、ウィンドウ上に表示される。


 「マジ?」

 「私のプリズナーボクスなんて、比較にもならないわね……………個人の魔力で張る防御結界で、地上本部そのものを覆うなんて…………これが、SSランク魔導師」

 地上本部が備えるファイアーウォールは、直接内部に潜入でもしなければ解除は出来ない。

 だが、地上本部の防衛システムとは全く異なる結界によって覆われているならば、潜入すること自体がほぼ不可能となる。


 【いくらSSランクとはいえ、この規模の結界を張り続ければ魔力が持つ筈もない。けれど、それも解決しているみたいよ、なかなかに呆れる方法だけれど】

 全くクラッキングが出来ていないわけではなく、地上本部内部の状況を把握する程度は、ウーノのIS、“フローレスセレクタリー”によって成されていた。


 「ん、これって…………地上本部の魔力炉心と、魔導師をドッキング?」

 「ああ、そういえば、プロジェクトFの開発者の一人、プレシア・テスタロッサがこんな方式を使ってましたわね。純粋魔力量でSランクを超える魔導師の身体に、魔力炉心から魔力を供給するなんて、力任せの術式を」

 【ええ、時の庭園のシステムはそういうもので、彼女は「条件付き」SSランク魔導師だったわ。炉心の補助があれば、次元跳躍攻撃をほぼ無制限で放てるようになるわけだから】

 そして現在、八神はやてが地上本部に対して同じシステムを用いている。


 「じゃあ、今の彼女は、“条件付き”の~~、SSSランク?」

 「炉心からの魔力供給が途絶えない限り、ほぼ無制限で地上本部を覆う防御結界を張り続けることが出来る、か。でも、穴がないわけじゃないはず」

 【一番簡単な方法は、結界を突破して炉心を破壊することだけれど、これはトーレにも無理ね】

 再びウーノから情報が送られ、地上本部の監視カメラが捉えた炉心部の光景が映し出される。


 「あ、例の使い魔じゃん」

 「盾の守護獣、ザフィーラ…………これはまた、厄介な犬畜生がいること」

 【どうやら、夜天の主へと炉心からの魔力を供給する転送陣やパスの維持を兼ねているみたいよ。元々、プレシア・テスタロッサの術式も、己の使い魔を炉心の制御役として利用することを前提にしていたはず】

 仮に、リニスが存命していれば、ジュエルシード事件においてプレシアは無敵となっていたかもしれない。

 だが同時に、リニスがいる限りプレシア自身の魔力が消費され、寿命を縮めてしまうという制限があった。

 しかし、SSランク魔導師のはやてにはそれがなく、ザフィーラが炉心にいるならば、炉心が破壊される危険性もほぼゼロとなる。


 「ってことは、術者を狙うか、ガジェットのAMFで取り囲んで、防御結界を消滅させちゃうか、かな?」

 「でも、それは向こうも想定済みのようね、それが出来れば苦労はないって話みたい」

 セインの至極真っ当な意見に対し、クアットロは既に先の展開を予見していた。

 何しろ彼女は以前、“その魔法”によって撃墜寸前にまで追い詰められ、ギリギリでトーレに助けられた経験を持つ。

 そして現在、八神はやては地上本部の魔力炉心の魔力を吸い上げ、防御結界を維持し続けるために、“周囲の空域にばら撒き続けている”のだ。

 ならば―――



□□□


 「エクシード、ドライブ!」
 『Ignition.』

 戦技教導隊のエースオブエース、高町なのは。

 はやてが防御結界を展開する空域の僅かに外側に陣取り、迫りくるガジェット達を迎撃するための術式を展開する。


 「一機足りとも、通しはしない!」
 『Starlight Breaker!(スターライトブレイカー)』

 はやての結界の目的はセインやクアットロの内部への侵入によるクラッキングを防ぐことにあり、ガジェットのAMFによる魔法無効化に対するものではない。

 故に、群がるガジェットを悉く殲滅するのは彼女の役目。Ⅰ型、Ⅱ型、Ⅲ型の区別なく、容赦なく破壊する魔力の波動が、レイジングハートへと集っていく。


 「さっすがはやてちゃん、収束し易いよ」

 さらに、はやては防御結界の構築に魔力を消費する際、“なのはが収束し易い”ように、魔力を調整していた。

 共に、純粋魔力量でSランクを超えるからこそのコンビネーションであり、ここに、炉心の魔力をはやてが吸い上げ、散布した魔力をなのはが再利用するという、悪夢的な循環が完成する。

 理論上、はやてもなのはもほとんど自身の魔力を消費しないため、集中力が続く限り、長時間に渡ってオーバーSランクの魔法を行使し続けることが出来る。


 「モード、マルチレイド(分割多弾砲)!」

 収束した魔力は、誘導弾を散布するが如くに分散し、ガジェットを貫く破壊の矢へ。

 スターライトブレイカーのバリエーションの一つ、マルチレイドの本領が、ここに発揮され。


 「スターライトブレイカー!」

 空から地上本部へ押し寄せたガジェットの第一陣は、星の光によって瞬く間に無に帰った。



□□□


 【進軍中のナンバーズ全機へ、ウーノより連絡。ガジェット第一陣は高町なのはの拡散放射型の収束砲によって壊滅、このまま第二陣や第三陣が向かったところで、同じ結末を辿るだけ】

 恐るべきことに、はやて、ザフィーラ、なのはのたった3人によって、首都航空隊とほぼ同等の防衛力が発揮されている。

 オーバーSランク魔導師という存在の規格外さが、改めて思い知らされる状況と言える。


 【こうなった以上、方法は一つだけ、3人の中で直接戦闘能力が最も低い、機動六課部隊長、八神はやてをナンバーズの総力を挙げて墜としなさい】

 ザフィーラは地上本部の奥深くにおり、なのはは空戦S+ランクの魔導師。

 当然の如くナンバーズの標的は、結界を張り続けるために地上本部上空から動けない、はやてとなる。

 しかしそれこそ、はやてとオーリスの意図したところであり、それを察した上で、ウーノは指令を下し、前線の実戦指揮官であるトーレが、実際の配置を即座に定める。


 【私とチンクが先ずは八神はやてへと向かう。クアットロとセインは展開する地上部隊を襲い、可能な限り地上本部から戦力を引き離せ。ディエチとノーヴェも同様に動き、フォワードの排除した後、私達の援護に回れ】

 「了解しましたわ、地上部隊は皆殺しの方針で」
 「うん、りょーかい」
 「ようは、ぶっ壊しゃいいんだろ」
 「分かった……」

 空を往く者も、地上を往く者も、それぞれの役割を果たすべく分散していく。

 初手から全員がはやてに集中すれば、なのはの砲撃で全滅という可能性があるため、あえて地上部隊を狙ってフォワードやヴォルケンリッターを引き出し、各個撃破の後、再びはやてへ戦力を集中する布陣。

 本来陸戦型のナンバーズも、セッテの“スローターアームズ”、ウェンディの“エリアルレイヴ”、ディードの“ツインブレイズ”をそれぞれ単独で発動させることで、空戦に切り替え、ナンバーズ全員が高速で進軍していく。

 そして―――



 「残念だけど、ここから先は通行止めだ。はやての下へは進ませない、トーレ」

 「やはり、貴女が来ましたか、フェイトお嬢様」

 ライトニングの分隊長と、ナンバーズの実戦指揮官。

 片方は、既にフルドライブとなりライオットブレードを構え。

 もう片方も、ライドインパルスを何時でも発動できる状態で、インパルスブレードを構え、対峙する。

 「ええ、貴女とは、つくづく縁がありますが……………この縁も、そろそろ断ち切りたいと思う」

 「それについては同感です、ここで、決着をつけましょう」

 幾度となく激戦を繰り広げてきた両者は、ここに4度目の、そして恐らくは最後となる邂逅を果たす。







 「本来は陸戦だって聞いてたけど、空戦も随分速いじゃねえか、五番さんよ」

 「これは本来、私のものではない。自慢の妹からの、借り物だ」

 鉄の伯爵、グラーフアイゼンを携える赤い騎士服の少女と。

 背丈に合わない固有武装「ブーメランブレード」を構えた、銀髪に矮躯の少女。

 外見だけならばエリオやキャロ、ルーテシアよりも幼く見える二人が、Sランクに届く魔力と歴戦の風格を漂わせながら対峙する姿は、どこか滑稽ですらあった。







 「ウィングロード!」

 「レイストーム!」

 「おわっ!」

 廃棄都市区画で防衛ラインを敷く地上部隊を殲滅すべく動いていたクアットロとセイン。

 だが、地上のストライカーもその行動を予測しており、地上から青く光るウィングロードが伸びて来たため、クアットロは咄嗟にセインを放り投げ、迎撃に移った。

 【クア姉、酷いっ!】

 【諦めなさいセイン、まあそれはともかくとして、どうやらフォワードもこちらに来てるみたいだから、貴女は例の竜召喚師の少女を先に仕留めなさい。一応、ルーテシアお嬢様が抑えてくれることにはなっているけど、あの真竜を出される前に仕留めておきたい】

 【うぬぬ………、まあ、了解】

 セインはそのまま自由落下に任せ、地上に着くと同時にディープダイバーによって身を隠し、キャロの下へと向かう。

 「意外だわ、逃げないのね」

 「貴女如きを相手に、私が逃げなければならない理由がどこにあるのかしら、旧型のゼロファースト?」

 空においては、ギンガ・ナカジマ陸曹と、No.4クアットロが、互いに戦意を隠すことなく対峙する。

 ギンガはウィングロードによって空戦に近い機動が可能であり、クアットロも、彼女が能力を同調させているオットーも、“空戦可能”なレベルだ。

 この二人の戦いにおいては、陸戦も空戦も大差なく、障害物の多寡も、互いに障害にはなり得ない。

 「時空管理局捜査官、ギンガ・ナカジマ陸曹……………貴女を、8年前の殺人及び諸々の容疑で、逮捕します」

 「抵抗するな、なんて呼び掛けはしなくていいわよ。“器物損壊”の罪を、これから貴女に行うつもりだから」

 ギンガのリボルバーナックルが回転を開始し、ブリッツキャリバーにも魔力が通る。

 クアットロの掌にも、緑色の閃光が煌き、臨戦態勢へと。

 「ならば、実力行使によって無力化します!」

 「やって御覧なさいな、時代遅れの旧式風情が!」

 8年前の戦闘機人事件において、因縁を持つ二人。

 過去を清算するための戦いが、ここに開始された。



□□□


 【各地の戦況はほぼ想定通り、No.3とハラオウン執務官、No.4とナカジマ陸曹、No.5とヴィータ三尉がそれぞれ相対し、地上では、No.9とナカジマ二士、No.10とランスター二士、No.6とモンディアル三士、ルーテシア・アルピーノとルシエ三士が交戦中です】

 「ありがとうございます、オーリス三佐、やっぱり、そうなりましたか」

 地上本部の上空のはやては、ついに始まったそれぞれの決戦の状況を、オーリスから受け取る。

 【ガジェットの管制は恐らくNo.1の担当でしょうから、残るは戦闘機人はNo.2ですね】

 「無限書庫司書長からの話によれば、恐らく誰にでも変装できるっちゅうらしいですから、きっと、中将の暗殺を狙うとしたら、彼女しかありえへんと思います」

 【ならば後は、ゼスト・グランガイツだけですか……】

 オーリスの声に、若干ながら陰りが生じる。

 「やっぱり………彼も?」

 【シグナム二尉と、リインフォース空曹長が迎撃のためにこちらで待機しています。シャマル医務官は、遊撃戦力として防衛ライン付近にいますが】

 「誰かが不利になれば、応援として回ってもらいます」

 【それがよいでしょう、現場の裁量は貴女に任せます、八神三佐】

 「了解しました。となれば後は…………ヴァイス君やな」

 狙撃手として高い技能を持つ、ヴァイス・グランセニック陸曹。

 彼がどこにいるかだけは、部隊長のはやてとオーリスの二人しか知らない秘密である。

 【私は、事前の取り決めに従います。どうか、父のことをよろしくお願いします】

 「終わった後で伝えときます、今はきっと、彼には何も聞こえへんでしょうから」

 狙撃手の銃口は、果たしてどこに向いているか。

 それを知る二人もまた、極度の緊張と我慢比べのただ中にあった。



□□□


 「………地上も、始まったか」

 戦闘機人としての感覚により、トーレは妹達が戦闘状態になったことを知る。

 実戦指揮官である彼女には、ウーノに次いで前線要員とリンクを行う機能があり、ノーヴェも、ディエチも、セインも、それぞれの敵に集中していることが伝わってくる。


 「戦闘機人、ナンバーズ、その真価が問われる時だが……………さて、何人が勝利するか」

 「意外ですね、貴女ならば全員が勝利すると、断言するかと思いましたが」

 独白するように話すトーレに対し、フェイトが静かに語りかける。

 事ここに到り、戦う以外にあり得ない両者だが、未だ先端は開かれず、互いに真意を探り合うようでもあった。


 「勝敗とは、得てして不確定なもの。昨日勝てた相手だからといって、今日も勝てるとは限らない。地形、相性、戦況、取り上げればきりがなく、それすら分からぬ愚物も多いですが」

 ナンバーズの実戦指揮官として、最初の戦闘型の機人として、戦いに関しては譲れぬ誇りがある。

 情報処理や間諜が目的であったウーノやドゥーエと異なり、トーレこそ、真の意味で“戦闘機人”として作られた最初の機体。


 「貴女は随分と、実戦経験を積んでいるみたいですね」

 「これでも、長く活動している身です、そろそろ稼働時間も20年に達する。少なくとも、貴女よりは長いわけですか、フェイトお嬢様」

 フェイトよりは、長い。

 その言葉の裏の意味を推し量れないほど、フェイト・T・ハラオウンの執務官として歩んだ道は易いものではない。


 「やはり……………貴女が、私のプロトタイプでしたか、トーレ」

 「ほう、気付かれていましたか、一体何時から?」

 「あの子を、エリオを保護した時に、初めて違和感を持った……………プロジェクトF、その真の目的と、そのために利用された人々のことに」

 改めて思い返せば、自分の出生には疑問が残る。

 母に捨てられ、なのはに救われた当時は、それを疑問に思うこともなく、自分がクローンであることについてはあえて考えないようにしていたが。

 自分と同じ境遇の少年、エリオ・モンディアルに出逢い、彼の出自を知った時に、自分が見なかった部分に気がついた。


 「私の生みの母、プレシア・テスタロッサは、姉さん、アリシアを蘇らせる手段として、プロジェクトFによるクローン体の生成と、記憶転写技術を構築した。だけど………」

 生まれた少女は、アリシアの記憶こそ有していたが、細部が異なっていた。

 それ自体は“失敗”で片付けられる事柄かもしれないが、その少女が、戦闘魔導師としての規格外の才能を有していたのは、果たして偶然なのか。


 「私と同じく、息子を失った両親の出資によって生み出されたあの子も、本人と異なり、陸戦魔導師として稀有な才能を持って生まれた。そればかりか、五感までも常人を凌駕していて、電気変換資質も有していた。まるで………」

 「戦闘魔導師としてあまりにも都合の良く、そのように調整されて生まれてきたようであった。そこまで来れば、駄馬でも分かりますか」

 フェイトも、エリオも、元となる人物は非魔導師であったにもかかわらず、そのクローン体は、戦闘魔導師としての理想形であり、同じ電気変換資質を有していた。

 それが意味するところは―――


 「プロジェクトFは、レリックウェポン製造計画の雛型……………レリックを受け入れるに足る人造魔導師の素体を作り出すための計画であって、死者の蘇生は、そのための研究者をおびき寄せるための、“餌”」

 「ちょうど、私達戦闘機人が、戦力を求めるレジアス・ゲイズのような人間を招きよせる、“餌”であったように」

 最高評議会が進めた生命操作技術の全ては、“完璧な指導者”を作り出すためのものであり、プロジェクトFも戦闘機人も、踏み台であり、枝葉に過ぎない。

 そして、その過程で副産物となったのが、ゼスト・グランガイツのような“死者の蘇生”。

 彼のような成果があれば、プレシア・テスタロッサのような人間を、生命操作技術の研究に引き込むのに事欠かない。

 それ故に、プレシアやエリオの両親にとっては“失敗作”であっても、その基礎技術を組み上げた者にとっては、Fの遺産、数少ない“成功作”なのだ。


 「そして、貴女が推察したように、私は20年前に製造された“高速機動型の人造魔導師”のプロトタイプ。私自身は戦闘機人として調整されたが、後期型の貴女達はドクターから基礎技術が提供される際に“そうなるように”仕組まれ、人造魔導師として培養された。その理由も、察しがついているでしょう」

 「…………人造魔導師製造の基礎を固めると共に、ガジェット・ドローンの母体とするため。それが、スカリエッティの意志なのか、最高評議会からの発注によるものかは分からないけれど」

 かねてから、一つの疑問があった。

 Ⅰ型やⅢ型がAMFを発生させる際の中核を成す、レリックと同じ技術で作られた結晶。あれは“キャンセラー”と呼ばれる能力者のクローンを利用しているはず。

 ならば、飛行能力に特化しているⅡ型は、いったい誰のリンカーコアのクローンを結晶化したものなのか?


 「魔力を通すことでAMFを発生させる“キャンセラー”の能力を宿していたのも、貴女と同じく、プロジェクトFによって作られた人造魔導師、ある意味で貴女の姉に当たる。もっとも、生産過程はかなり異なりますが、よく気付かれたものです」

 「私がⅡ型と戦う時、奇妙な感覚があった。まるで、自分の鏡を壊しているような…………」

 そしてそれが、なのはやヴィータ、シグナムが、容易にⅡ型を破壊できる理由でもあった。

 その飛行機能は、“フェイトが感覚的に行うもの”を根幹にしており、彼女の劣化コピーとも言うべきものであった故に。


 「その口ぶりでは、確証はなかったようですね」

 「だけど、以前の廃棄都市区画の戦いで、高速機動タイプのⅠ型と戦ったエリオも、同じ印象を持っていた。一人ならば勘違いで済んでも、二人ともなら必然と見るべきだ」


 (フェイトさん……………あのガジェットは、ひょっとして………僕達、なんじゃ………)

 電気変換資質持つリンカーコアならば、結晶化した際、電気を通しやすくなるのも道理。

 考えれば考えるほど、フェイトとエリオのクローン体は、ガジェット・ドローンに組み込む結晶体の母体として最適であり、“そのように設計された”と思えるほどに。


 「なるほど、そうして貴女は真実に至ったわけだ…………だがしかし、本来ならばとうの昔に気付いていたでしょう、自分が普通の人間とは違う、戦うことに特化した異能を秘めた存在であることに」

 レリックウェポンの雛型である人造魔導師は、“完璧な人間”の試作品。

 用途は戦闘であろうとも、その分野においては常人を遙かに凌駕し、逸脱した存在になるはずだった。

 だが―――


 「さっぱり気付かなかったよ、小さい頃から私の周りには、凄い人達ばかりだったから」

 どういうわけか、フェイトの周囲には人造魔導師であるはずの彼女に劣らぬ異才ばかり。

 高町なのは、八神はやてを筆頭に、探索能力ならばユーノ・スクライア、他にも、ヴォルケンリッターがおり、義兄であるクロノ・ハラオウンは総合的な魔導師としての技能ならばフェイトの上をいく。


 「………それが、私には羨ましくもありましたよ。自分と対等以上に戦える存在に恵まれ、更なる高みを目指し続けることが出来る貴女が………まあ、それは済んだ話ですね」

 話はここまでだと、トーレの雰囲気が変質する。


 「限定解除――――システムF、解放!」

 そしてついに、最強の戦闘機人である彼女が、己の全力を解き放つ。


 「やはり、電気変換」

 「私は貴女のプロトタイプであり、貴女のデータを元に改造された新型でもある…………私と同調するためだけに、Ⅱ型の母体のクローンを素体に作られた“IS発信専用”の命すらない戦闘機人…………コード、アリシア」

 「――――ッ!?」

 「名称については、ドクターなりの諧謔でしょうが」

 「――――スカリエッティ!!」

 ずっと抑え続けてきた、フェイトの憎悪が爆発する。

 彼女の母を唆し、悲しい業を背負った子供達を生み出し続ける、プロジェクトF。

 その骨子を築きあげ、今もまだ、レリックウェポンという“完成形”を目指した研究を続ける狂った科学者へ。



 「さて、それでは始めましょうか、プレシア・テスタロッサの作り上げた最高傑作、フェイト・テスタロッサと、ジェイル・スカリエッティが作り上げし、最強の戦闘機人トーレ、どちらが優れているかを!」

 「………バルディッシュ」
 『Get set.』

 そして、電気変換資質を上乗せし、限定解除を果たしたトーレに対し。


 「リミットブレイク、真ソニックフォーム!」
 『Sonic Drive.』

 フェイトもまた、己のリミットブレイクにして切り札、真ソニックフォームを解き放ち。


 「IS、二重発動…………ライドインパルス―――ライトニングシフト!」

 娘を失った母の狂気によって誕生した、人造魔導師と。

 初めから狂気に染まった科学者の手によって誕生した、戦闘機人が。


 「はああああああああああ!!!」
 「おおおおおおおおおおお!!!」

 ここに、最後の激突を開始した。



□□□


 別の空域において、二つの矮躯が高速で飛翔し、交錯を繰り返されている。


 「スローターアームズ!」

 「アイゼン!」
 『Kometfliegen.(コメートフリーゲン)』

 チンクがブーメランブレードを投擲すると同時に、ヴィータも巨大な鉄球に真紅の魔力光をまとわせ、 ギガントフォルムのヘッドで撃ち出し、迎撃する。


 「はあああああ!!」
 「うらああああ!!」

 さらに、手元に召喚し直して切りかかるチンクだが、ヴィータは正面から受け止める。

 投擲武器としてではなく白兵戦の武器としても優れ、ベルカの騎士の一撃に匹敵する破壊力を持つブーメランブレードも、相手が古代ベルカ式を操る騎士であれば、優位に立てるものではない。


 「強いな」

 「まだ全力で戦ってねえ奴に言われても、嬉しくはねえな」

 やがて、互いに探り合うように空中で対峙し、呼吸を整えながら二人は考えを巡らす。


 <明らかに、ランブルデトネイターを知った上で対処している…………ISを二重展開させたとして、勝機は薄いか>

 流石に近接で切りかかる際に、ランブルデトネイターを発動させては、チンクの方がダメージが大きい。

 ならば必然、投擲した際に爆発させることになるのだが―――


 <ブーメランが来たら、コメートフリーゲン、例のナイフだったら、シュワルベフリーゲンで迎撃すりゃ、問題ねえ>

 ヴィータの対策は、ほぼ完璧といっていいものだった。

 チンクのISは稀少技能であるが故に、初見の相手には絶対的な優位性を誇るが、一度正体を見破られると、その優位性は保てなくなる。

 それでも、ランブルデトネイターとスローターアームズを完全に併用すれば押し切ることも不可能ではないが、それはチンクの身体に負荷がかかり過ぎ、それ以後は行動不能に陥ってしまい、相討ちに等しい。


 「なんだ、こねーのか、ぐずぐずしてっとこっちの援軍が来ちまうぜ」

 だが、ヴィータの言うように、時間をかけ過ぎれば、やがて本局の方から首都航空隊が戻ってくる。

 チンクとしては、限定解除を行い、短期決戦でヴィータを倒す以外に道はないわけだが…………


 「そうだな……………それも、いいかもしれないな」

 肝心の彼女には、そこまでの戦意はなかった。


 「ああん?」

 「私の目的は、既にほとんど達成されている。最高評議会が死んだならば、私達を縛る鎖は消えたようなもの……………戦う理由が、あまりない」

 「だったら、投降しろよ、武装を解除するなら、こっちも手荒な真似はしねえ」

 「ふむ…………だが、妹達が戦っているというのに、姉が一人で逃げだすわけにもいかないだろう」

 言いつつ、チンクは自分の気持ちを振り返る。

 以前、ノーヴェと話し、“外の世界を見たいと思うか”と問い、いざとなれば機動六課を頼れと言ったはず。

 その自分がなぜ、今になって投降することに躊躇いを覚えているのか―――


 「ああ、そうか………」

 だが、深く考えるまでもなく、答えは簡単に出た。


 「……?」

 戦意が消えているわけではないが、いきなり自嘲するような笑みを浮かべるチンクに、ヴィータの疑問はいよいよ膨らむ。


 「なあ、管理局の騎士殿、一つ問いたい。貴女はかつて、闇の書というロストロギアの一部であったと聞いているが」

 「そうだが…………それがどうかしたかよ」

 「その時の、主に従うだけの存在であった貴女にとって、最大の恐怖とは、戦う道具として無限に戦い続けることだったか? それとも……………主に、お前はいらないと、捨てられることだっただろうか?」

 「……………」

 それは、チンクにとって心に湧いた、純粋な疑問であった。

 自分がナンバーズとして戦う理由は、実のところとても単純であり。

 ただ、“生みの親に捨てられたくない”、その一心なのではないだろうかと。


 「戦い続けることより、捨てられることが怖いかどうか…………ね」

 相手から注意を逸らすことはないまま、ヴィータはその言葉を反芻する。

 だが、こちらもすぐに、答えは出た。


 「わりいが………今のあたしにははやてが、家族がいてくれるから、昔のあたしが碌でもない主に捨てられることをどう思うかは、分からねえ」

 ひょっとしたら、悲しむかもしれないし、これ幸いと主を殺しにかかるかもしれない。

 闇の書の闇は消え去り、過去の傷は、祝福の風が癒してくれている。

 今のヴィータは、リインやはやての部下であるフォワード達、彼女らを守ること以外に、強い戦う理由を持ってはいないから


 「そうか…………それでも、ドクターは、私達を娘と呼んでくれた。例えそれが間違っていることであっても………一般的な親の感情とは、かけ離れたものであっても………」

 自分達ナンバーズが、ジェイル・スカリエッティを嫌うことも、憎むこともないだろう。

 彼は一度たりとも、“娘達”に負の感情を向けたことがなかったから。

 普通の親であれば、僅かなりとも子供に抱くであろう、苛立ちなどすらも、一切なく。


 「そうかよ………」

 「戦う理由も、管理局を憎む理由もそれぞれだ。トーレやクアットロには迷いはないのだろうが、私は………」

 それ以上言葉は続かず、互いに握る武器に力を込める。


 「…………来い」

 「…………ああ」

 無言のままに、戦いが続く。

 チンクには、限定解除をしてまでヴィータを倒す理由がなく、ヴィータにしても、リミットブレイクを使って押し切ろうとすれば、却って限定解除を使わせてしまうことになりかねない。

 罪を償う道を望みながらも、管理局への敵対を選ぶ姉妹達への“家族の情”故に、どちらにも傾けない。

 それが、チンクが人間の心を持つからこその弱さであり。

 奇妙な膠着状態のまま、戦いは続いていた。



□□□



 「消えなさい、虫けらが!」

 クアットロの足元に緑色のテンプレートが出現し、右掌から幾本にも拡散された、緑色の光線が発射される。

 レイストームの熱線は当然のごとく殺傷目的で放たれており、射線上に存在する全てを容赦なく消し飛ばす。


 「はああああああああああ!」

 次々と放射される光の帯を躱しながら、ギンガはウィングロードを檻の如く展開し、徐々にクアットロへの距離を詰める。


 「甘いわね、Ⅲ型、やりなさい」

 しかし、クアットロからの指令により、ガジェット・ドローンⅢ型が彼女の周囲に広範囲かつ高濃度のAMFを展開し、クアットロへ伸びるための道が断たれた。


 「くっ!?」

 咄嗟に跳躍し、同時に周囲に展開したⅠ型から発射される魔力弾を防御するが、距離が再び広がってしまう。

 近接が主体のギンガにとっては、何としてでもクロスレンジに持ち込まねば話にならないのだが、クアットロの知謀がそれを許さない。


 「何と言うか、初めから、私とまとも戦う気なんて無いってことね!」

 「当然よ、一対一の戦いなんて、何馬鹿げたことを考えてるのかしら。トーレ姉さまのように、ガジェットが塵屑にしかならない速度を有しているならともかく、私は本来、後方支援型よ?」

 故に、ガジェットを操り、AMFを利用して敵を追い込み、遠距離からレイストームを叩き込むことがクアットロの戦闘スタイル。


 「貴女の母親も、高濃度のAMF空間の中で、そんな風に不様に死んでいったわね。なかなかに傑作だったわよ」

 「――――ッ、貴様ァァァ!!」

 「あはははははははは! 怒ったかしら!? けどね、怒りで戦いに勝てれば、戦術なんていらないのよ!」

 怒りに任せウィングロードを展開させ、愚直に強襲を仕掛けるギンガを嘲笑いながら、クアットロが罠を張る。

 <猪突猛進の愚か者、爆炎の餌食になりなさい>

 Ⅲ型の壁によって突進を防ぎ、AMFによって無力化したタイミングで、自爆を命令し金属爆弾として利用。

 それでこの戦いは決着し、ギンガは母の仇を討てぬまま、敗北する。


 「ブリッツキャリバー、ギア・エクステンド!!」
 『Yes sir.』

 「何――――!?」

 だがそれは、あくまでギンガが、通常の管理局員であればの話。

 クアットロの予想に反し、Ⅲ型の張るAMFの影響内に入っても、ギンガの突進が緩むことなく、その異常事態を象徴するように、その瞳の色は変化していた。


 「そうか―――戦闘機人モード!」

 ギンガの瞳が黄金に染まり、その足場に展開される魔法陣も、ベルカ式の三角形から、戦闘機人のテンプレートへと。


 「はああああああああああああああああ!!」

 スバルのようにISこそないものの、ギンガとて戦闘機人であり、モードを切り替えればAMFの影響を受けることはなく、戦闘機人モードで展開されたウィングロードも然り。

 一切の減速がなく放たれたその一撃は、Ⅲ型の動力部を貫くのみならず、その巨躯をクアットロへと押し飛ばす。


 「小癪な真似を!」

 咄嗟にレイストームを放つが、球体の形状に砲撃では相性が悪く、表面の装甲によって弾かれてしまう。


 「リボルバァーーーーーーーーー!!」

 逆に、ギンガがⅢ型を即興の盾と砲弾と兼ねて利用し、その影から渾身の一撃を叩き込むべく、左手のリボルバーナックルに魔力を込める。

 後衛のクアットロでは、Ⅲ型を避けるしか術はなく、そこを続けて狙い撃てば、シューティングアーツ使いのギンガの有利は揺るがない。



 「…………レイストーム、圧縮形態」

 だがしかし、危機的状況であるにも関わらず、クアットロの表情には焦りはなく。


 「見せてあげるわ、初期制作機(ファースト・ロット)の力を、このクアットロの、灼熱の抱擁を!」

 彼女の両手に緑色の光が収束し、空間を歪ませる程の高熱が発生。

 その手がⅢ型に触れると同時に、金属製のそのボディがみるみると融解し、両断されていく。


 「な、ガジェットを―――溶かした!?」

 「触れてみるかしら? とっても素敵な体験が出来るわよ、ゼロファースト!」

 そればかりか、近接が主体のはずのギンガを真っ向から迎え撃ち、緑に輝く灼熱の両手が、死神の鎌の如くギンガに迫る。


 「ッ! シュート!」

 咄嗟に別方向へリボルバーシュートを放ち、慣性を無理やり変えることで、ギンガは辛うじて灼熱の抱擁から逃れるも、僅かに拠けきれず、彼女の肩を灼いている。


 「ふふふふふ、情けないわね、旧型。そんなお粗末な力で、ジェイル・スカリエッティの最高傑作たるナンバーズ、その初期制作機(ファースト・ロット)に敵うとでも思ったかしら?」

 両手から煙が上がり、徐々に沸騰するような音がすることに一切頓着することなく、クアットロは壮絶に嗤う。

 その光景はクアットロの力が身体へ相当の負担を強いることを示していたが、ギンガが感じ取った異様は、視覚や聴覚のみならず嗅覚に及んだ。


 「けど、ガジェットを溶かす程の高熱じゃ、貴女の腕が保つわけがない……………その腕………それにこの臭い………まさか―――」

 「ご名答、この両腕は皮膚や筋繊維に到るまで人間のものじゃないわ。耐熱処理を施した金属骨格をベースに、熱に反応して沸騰し、気化熱によって急激に熱を奪う特殊合成繊維によって造られているし、同時に、レイストームの光と熱との相性も最効率に調整してある」

 そこまでの処理を施してすら、腕の沸騰を伴う超高熱。その破壊力はⅢ型を容易く融解させたことからも、並大抵ではないことが図り知れる。

 本来、放射されるべきエネルギーを圧縮し、留め続ける代償は大きいが、代わりにクアットロの弱点であった近接の弱さが補われていた。


 「だけど別に、いつまでも留め続ける必要はないのよ、こんな風に、ね!」

 「―――ッ、ウィングロード!」

 ほぼノーモーションから、再びレイストームが放たれ、ギンガを襲う。

 本来拡散するはずのものを、無理やり腕に留めていたのだから、解き放てば光線となるのは至極当然の理屈ではある。


 <距離を開けたら、レイストームが来るし、ガジェットからも攻撃が来る…………だけど、無暗に距離を詰めたら、あの灼熱の両腕の洗礼を受ける>

 あれに触れたらどうなるかは、あまり想像したくはない。

 想像したくはないが、直接触れられたらリボルバーナックルすらも溶かされかねない超高温であり、危険極まりないのは間違いなかった。


 「さて、遊びはここまでよ――――死になさい、ゼロファースト」

 「―――ッ!?」

 そこに、底冷えするような声が、響く。

 これまで常に、侮蔑や怒りの感情を示していたクアットロから放たれるその言葉は、逆に恐ろしくもあり。


 「限定解除―――二重IS発動、レイストーム…………シルバーカーテン!!」

 だが、次の瞬間には、マグマの如く、凄まじい憤怒の念が叩きつけられ、彼女の瞳は炎のように燃えていた。


 「何て数………これは…………幻影!?」

 ギンガの周囲を取り囲むように、数十人のクアットロが出現し、さらにどれもが高熱源反応を示すと同時に、両手から灼熱の光を放っている。


 「さあ、どれが本物の私であり熱源反応か、貴女に見きれるかしら、旧型風情の索敵能力で!」

 怒声もまた、あらゆる方向から同時に発せられるようにしか聞こえず、感じ取れない。

 幻影を見抜くコツとして、魔力反応を明確に探ることがあるが、強力な熱源反応がそれを隠してしまう。


 「逆巻く風よ」

 しかし、数十人のクアットロが今まさにギンガへ飛びかかろうとした瞬間、突如発生した竜巻がギンガを守護すると同時に、クアットロを吹き飛ばす。


 「―――っ! 湖の騎士!」

 「シャマル先生!」

 「大丈夫かしら、ギンガ」

 風のリングクラールヴィントを携え、緑の騎士服を身に纏う、ヴォルケンリッターの風の癒し手が、そこにいた。


 「向こうにはガジェットがいるみたいだし、救援に来たわ。元々多対一だったんだから、文句はないでしょ」

 「――――感謝します」

 そして、ギンガとシャマルは並び立ち、クアットロと対峙する。


 「しかし、無茶をするわねクアットロ。二つのISを同時発動するのは、自我を失うほど電脳のリソースを消費するはずだけど――――貴女は本来、計算が主体の後方支援型なのよね」

 それはつまり、身体への負荷が大きくとも、クアットロの自我を保ったまま、計算と状況判断が出来るということ。

 代償に、神経に熱した鉄棒を差し込まれるような痛みに、耐え続ける必要があるわけだが。


 「邪魔よ貴女…………消えなさい」

 今のクアットロは、自身の痛みなど一切意に介さない。

 両手に灼熱の光を宿し、大気を歪ませるその姿は、さながら炎の魔人であり。

 彼女の胸に宿る憎悪の炎が、表面に出てきたようでもあった。



□□□


 「――――」

 「旦那、あいつら………」

 そして、地上本部を目指す最後の一組が、ここに。

 ナンバーズとは異なる理由で、ともすれば彼女達を切り捨てようとも旧友の下へ辿り着くことを心に決めた古代ベルカの騎士と、それに付き添う融合騎。


 「局の騎士か」

 「首都防衛隊所属、シグナム二尉です。貴方の後輩ということになり、今は、オーリス・ゲイズ三佐の直属でもあります」

 その前に立ちはだかるのもまた、古代ベルカの騎士と、融合騎。


 「そうか………」

 「地上本部を、落としにゆかれるつもりですか?」

 「古い友人に……………レジアスに、会いに往くだけだ」

 「それは………復讐のために?」

 「………」

 その問いに、ゼストは自問するように瞼を閉じ。


 「言葉で語れるものでもない、道を、開けてもらおう」

 静かに、己の武器を構えていた。


 「言葉にしていただけねば、譲れる道も譲れません…………貴方自身にも、レジアス中将をどうするのかが分からないならば、通すわけにはいかぬのです」

 「………オーリスの、頼みか」

 『………』

 二人の間に横たわる重い空気を読んでか、烈火の剣精アギトは無言のままに、ゼストとのユニゾンを終え。


 「直属の上司である彼女の願いであり、友人へ果たす誓いです」

 『………』

 祝福の風、リインフォースⅡもまた、シグナムの身体に宿る。


 「貴方が、彼女の父への凶刃となり得る可能性があるならば、何としてでも止めること、その真意を聞きだすことを、私は騎士として彼女へと誓っている」

 例えオーリスにはオーリスの目的があったとしても。

 はやてと六課のために力を貸してくれた彼女のために剣を振るうことを、烈火の将シグナムもまた誓ったのだ。


 「ならば、互いに退けんな」

 「ええ、後は、言葉ではなく、剣で語りましょう」

 言葉で通じすとも、刃を通して心を伝える。

 それが、古代ベルカの騎士の在り方である故に。


 「往きます!」

 「おおおお!」

 融合騎からの祝福の風を受けた、炎の騎士剣と、炎の融合騎の祈りを受けた、騎士の刃が。

 最初で最後になるであろう、刃の交錯を始めた。




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