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[29668] 黄色のバスケとアイドル (黒子のバスケ×アニメ版The IdolM@ster)【完結】
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/06/08 22:33
序文

アニメ版アイマスと黒子のバスケのクロスです。もともと黒子のバスケが好きでとある対決を文章で見たいと思ったのがきっかけで、最近見始めたidolm@sterの真の可愛さに惹かれて書き始めました。
 設定の矛盾やキャラや口調のおかしさが出てくるかもしれません。初心者ですが感想お待ちしてます。
 アイマスの時期が分らないので黒子側の時期などを基準にしています。また、アイマスのゲームとXENOGLOSSIAはノータッチです。
 一応、書きたいシーンの概要はできているのでそれに向けて書いていきたいと思います。
あと、作者はアイドルのこととかモデルのこととかほとんど知らないのでそれおかしいだろ!と思える設定がでてくるかもしれませんが、寛大な心で見ていただけると幸いです。

 なるべく原作沿いで進めていきたいと思います。
 

12/23 アニメ版アイマスではクリスマスから年末あたりがかなり忙しく、予定がぎっしりのようですが、本作では多少緩和されているという設定ですが人気や知名度はアニメ準拠です。
また黄瀬や黒子など、トップに立つことで仲たがいしてしまった人たちと接した影響から、原作よりも仲間想いです。
 本編は原作142話までを参考にしていますので、だんだんと原作から離れてくる部分が増えてくるかもしれません(特に4回戦あたりから)が、ここまでお付き合いして下っているみなさま、いましばらくよろしくお願いします。

9/9 投稿開始。
12/23 34話投稿、1~5話改訂
1/26 本編完結

2/19 チラシの裏から移転しました。本編後のExtra episodeの投稿を開始しました。Extra episodeでは大まかな時期設定はありますが、時系列はバラバラとなる予定です。

3/25 外伝完結

6/8 1作目、2作目合計100話目記念特別編 投稿

本編
第1章 spring season ~出会い編~
 第1話~第5話
第2章 summer season ~IH編~
 第6話~第18話
第3章 autumn season ~跳躍編~
 第19話~第34話
第4章 winter season ~WC編~
 第35話~第48話
第5章 最終章 ~再びの春~
 第49話~第52話
Extra episode 全7話
 



[29668] 第1話 この後高校生活スタート
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/02/17 11:44
第一話 この後、高校生活スタート


帝光中学校バスケットボール部、部員数は100を超え全中3連覇を誇る超強豪校。その輝かしい歴史の中でも特に「最強」と呼ばれ無敗を誇った、10年に一人の天才が5人同時にいた世代は「キセキの世代」と言われている。


  
都内のとある公園に、一人の男がベンチの背もたれに腰掛けていた。
「はぁー、やっぱそうそう簡単には会えないッスか。」

不安定な背もたれに腰掛け、ひっくりかえらんばかりに上を見上げるも、バランスを崩すことなく落ち着いている。バランスをとるために広げた両足は長く、立てばその身長は190cmに届くか、といったところだ。

 公園の少し離れたところからは、ストリートライブでもやっているのかややハスキーな歌声が聞こえてくる。

「学校始まる前に、捕まえておきたかったんスけどねー。やっぱ始まってからコクるしかないんスかね。」
彼はこの春から都内ではなく、神奈川の高校に進学し、そこでバスケをすることになっている。本来であればその準備のために動いているべきなのだが…全中決勝が終わった途端に姿を消した‘彼’を探して彼が進学した高校のあたりをうろついていたのだが…結局、徒労に終わったようだ。

「オイオイ黄瀬じゃねえか。何やってんだオマエ?」
溜息をついていた彼に話しかけてきたのは色黒で、ベンチに座る彼よりもわずかに長身の男だ。
「青峰っち…」
色黒男、青峰は手慰みにボールを回しながらベンチに座る黄瀬の正面に立つ。

「んー、高校に入る前に黒子っちに会っておきたかったんスよ。決勝のあと、なんか黒子っちオレらのこと避けてたし…」
「ふーん…その様子だと無駄骨だったみたいだな。」
明らかに落胆した様子の黄瀬を見て、青峰はシニカルな笑みを浮かべる。

「そうだ!青峰っち!中学最後の記念に1on1やるッスよ!」
いい考えだとばかりに黄瀬はベンチから飛び跳ねる。

「あぁー?…最後に黒星増やしておきてぇのかよ。」
黄瀬は中学2年でバスケ部に入って以降、幾度も青峰に1on1を挑んでいたが、一度として勝ったことはなかった。しかし青峰にとって暇つぶし以上の力を出せる黄瀬との1on1は彼にとって珍しいことに楽しい相手であった。
 皮肉とともに青峰はボールを黄瀬に投げ渡し、ベンチに上着を放り投げてから公園にあるコートに向かった。
 ややハスキーだった歌声は、さらに高音の女の子と思しき歌声が二つ加わり、メロディを奏でていた。


・・・


茜色だった空には完全に夜のとばりが降り、街灯やビルの灯が煌めく中、二人はレベルの高いバトルを続ける。

ドライブで青峰の横を抜き去ろうと動き始めた瞬間、黄瀬の手元にあったボールは青峰によって弾き飛ばされた。
アウトしたボールを追いかけ拾い上げた黄瀬は、ふと公園の少し離れたところから聞こえていた歌がやみ、なにやら騒がしくなっていることに気が付いた。


・・・・・


「いいじゃねぇか。」「歌って疲れたろ?俺らとちょっと飲もうぜ。」「そうそう。」

困ったことになった。
春香と雪歩とストリートライブをやっていたのだが、うっかり夢中になってしまい、ついつい女子だけでうろつくには遅い時間になってしまった。
一息ついて三人で談笑していると5人の、少々ガラの悪い男に囲まれてしまっていた。

自分一人ならば、多少暴力的な手段と体力にあかせて逃げることもできるが、あまり運動神経のよくない春香が逃げられるとは思えないし、男性恐怖症の雪歩に至っては、小鹿のように自分の後ろで震えている。

(いや、今のボクは卵とはいえアイドルなんだ、多少でも街中で暴力的な行動はおこせない。)
少し前であれば、周囲には先程まで自分たちの歌を聞いていた人たちがいたのだが、自分たちが談笑している間に人影もまばらになってしまい、辺りに居る人は関わり合いになりたくないのだろう、遠巻きに見ているだけか歩き去ってしまう。

「おら、行くぜ!」「嫌じゃねぇんだろ?」
いい返事を返さないことにイラつき始めたのか、男の一人が自分に手を伸ばしてくる。

(こうなったら…!!)

二人を守るためにも掴まれる前に覚悟を決めて、立ち向かおうとしたその時。

「どうみても嫌そうッスけど?」

自分たちの後ろからかけられた声に目の前の男たちの動きが一瞬とまり、次いで不愉快そうな顔を見せる。

「なんだてめえら!?」「呼んでねえんだよ!」「うっせえよ!」
後ろを振り向くと金髪片耳ピアスの男とやたらと色黒の男が立っていた。
驚くべきは二人の体格だろう、二人とも190cm近くの長身で、肩口から覗く腕の筋肉は、なんらかのスポーツをやっていることが一目でわかるほどに鍛えられていた。
絡んでいる男たちにもそれがわかったのか威圧する声に多少怯えが混じっている。

「いや、まあその娘らがどうとかは知らないんスけど邪魔なんスよ。」
「「「「「あん!?」」」」」
「人が集中してやりあってる時に外野が喧嘩してると鬱陶しいんスよ。」
「単にテメエの集中力の問題じゃねえのか?」

挑発しているかのような口調の金髪の人に比べて、色黒の人は興味がないのか、やや後ろで呆れ混じりに見ている。なんらかの運動を中断した直後なのか長身の二人は春先とは思えないほど汗をかいている。

「はん!おせっかいなバスケ野郎てとこか。」
色黒の人が持っているバスケットボールを見て、ガラの悪い男の一人が矛先を向ける。
「そんなに遊びてえなら、バスケでもいいぜ。俺らとお前らでちょうど5人だろ。」
5人組も多少バスケに自信があるのか冷笑を浮かべて二人を挑発する。風向きが変わってきて、明らかに安堵した雰囲気が春香と雪歩から感じられていたのだが、5人という言葉に再び緊張感が増す。

(ちょうどじゃないだろ!こっちは女子が3人だぞ!)

流れ的にも勝てればいいが、負ければそれこそどうなるかと慌てるが、そんな心情を察したのか、気づかなかったのか

「ああ?オメエらみてえな雑魚がなにほざいてんだよ。」
色黒の人が明らかに気分を害したように吐き捨てる。
「てめっ「そうだ!」あん!?」

色黒の人の言葉に五人組は色めきだつが、金髪の人はいい考えだとばかりに割り込む。
「青峰っち2on5で勝負ッス!どっちが多く点がとれるか!」
「「「「「ああん!!」」」」」「あ!?」

青筋を浮かべる五人組に対して色黒の人は、
「1on1よりオメエにチャンスがあるってか?…どっちにしろオレに勝てるのはオレだけだ。」
五人組など相手にもならないと言わんばかりの、というよりも相手にもしていないようなコメントを金髪の人にむけて言い放つ。



・・・・




結局、2on5でのバスケ勝負となったのが、結果は20対14・・・・対0。
五人組との試合は瞬殺とも思える展開で勝負を決し、余裕という感じの色黒の人と負けて悔しげな金髪の人、そして息も絶え絶えに撃沈している五人組という光景がひろがっていた。

「あーもう!もっかい。もっかいッス!」
「何度やっても結果はかわんねえよ!」
すでに五人組など思考の隅にも残っていないのか二人は言い合いをしている。

「えっと…」「(ビクビク)お、男の人…」
明らかに状況が好転したため、安堵の空気が春香からは感じられるが、目の前で言い合いをする男性という光景に雪歩は脅えていた。
「あの!」
「あん?」「ん?」

思い切って声をかけると、二人は今気づいたという風にこちらを見る。
その様子に(特に色黒の人の睨み付けるような顔に)雪歩は「ヒッ!」と小さく悲鳴を上げて自分の裾を引っ張る。
「助けていただいてありがとうございました。」
言い合いを中断して首を傾げる二人。どうやらなぜ礼を言われたのか分っていない、というより既に事の顛末を忘れているかのような反応だ。
「…ああ、まぁいいッスよ。こっちが勝手に憂さ晴らししただけッスから。」
「つまんねぇ相手で憂さがたまったがな。」
思い出したのか金髪の人は返答してくれるが、言い合いが中断したのを好機とみたのか色黒の人はすでに帰り支度をしている。
「ちょっと青峰っち!」
ベンチにかけてあった上着を持って公園を出て行こうとする色黒の人を追って、金髪の人は走っていってしまった。




五人組に再び絡まれる前に三人は帰宅の路につく。
「怖かったよー。」
「でも助かったね。」
先程のことを思い出したのかまだ少し怯えの残る雪歩に春香が声をかける。
「二人とも大丈夫だった?」
怪我はないと思うけど、喧嘩とかには慣れていない二人を気遣ってボクも声をかける。
「うん、大丈夫。」「真も大丈夫?」
「うん。いざとなったら、殴ってでも逃げようかと思ったんだけど…」
「駄目だよ!そんなあぶないこと!」「(こくこく)」
「まあ平和的(?)に解決してよかった。」

少しずつ緊張がほぐれてくると、話は助けてくれた二人の話になった。
「名前聞きそびれちゃったね。」
「色黒の人は青峰って呼ばれてたけど…」
脅えてお礼も言えなかったことが心苦しいのか雪歩の少しさびしそうなつぶやきに、金髪の人が呼んでいた名前を告げるが、色黒の人の厳しい眼光を思い出した雪歩はビクッと身を震わせる。
「バスケすごくうまかったよね、あの二人。」
「うんうん。」
「さすがの真もあの二人には敵わない?」
運動神経が自慢と日頃から喧伝しているボクに対して、春香が楽しげに尋ねてくる。
「流石に体格が違うし、ボクはバスケやったことないしね。」
ボクの今の本職はアイドルだし、もともとやっていたのは空手だ。だがバスケ経験がありそうだったあの五人組を二人で、ほぼチームプレイをせずに圧倒したのを見る限り、ボクがバスケをしていたとしても勝てたとは思えない。

「あの金髪の人…」
「かっこよかったよな!王子様みたいだった?」
名前の分らない恩人に心苦しさを覚えたのか雪歩がわずかに沈みがちに呟くので、盛り上げるためにからかうように尋ねる。
「そうだね。さしずめ真の危機を救った白馬の王子様?」
あたふたとする雪歩。からかいは春香のもの。
「なっ!!」
顔が熱を持つのが分る。
「春香!」
「案外、モデルとかやってて真ちゃんと見開き飾ったりして…」
「雪歩まで!」

じゃれあいながら、三人のアイドルの卵は家路を行く。




あとがき

 黄瀬のキャラがおかしい感じがします…チンピラの絡みも不自然感がぬぐえないのですが…一応、ほぼ利用されることのない設定としてチンピラは黒子の2巻で瞬殺された5人組みという設定です。
 時期は高校入学直前。ちょこっとアイマスのドラマCDの設定が入っているのですが、デビュー時期などはアニメ準拠、半年ほど前という設定です。
 あと黄瀬はいったいどこに住んでいるのでしょうか?中学は帝光で、その後メンバーが全国に散らばっていることを考えると、神奈川で一人暮らしなのかなーとおもっているのですが、東京在住で神奈川に通学しているというのもありなのかなーとも思っているのですがどうなんでしょう?
 



[29668] 第2話 おぐっっ!
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/03/29 19:39
「はい、はい、ではまたの機会によろしくお願いします…」
薄暗い、室内から暗い声で電話に応える声が聞こえる。沈んだ声の主は声と同様に沈んだ面持ちで電話を切る。
「音無さん、もしかしてまたオーディションは…」
意を決した様子で男が話しかける。
「ええ…全滅です。」
室内にゴーンという効果音が走った気がした。

「今月に入ってから、だーれも一個もオーディションに通ってないんですよー!!」
泣き叫ぶように絶叫したのは音無小鳥、765プロの事務員だ。


第二話 おぐっっ!

都内某所、765プロ事務所。まだ半年前にデビューしたてのアイドルたちが集まるまだまだ小さい事務所。
待望(?)だった男性プロデューサーが入社し、トップアイドル目指して、ガンガン行こう!と決意したのはつい先日だったのだが…

「もーう、納得できないわ。なんでこの伊織ちゃんが落とされなきゃいけないわけぇ!?」
「仕方ないだろ、向こうが決めることなんだから。」
ウサギのぬいぐるみを抱えた髪の長い少女、水瀬伊織が膨れ顔で言い放つ。周りにいる少女たちに比べて背の高い男性、プロデューサーがそんな伊織を宥めるが…

「ふん、審査員に見る目がないのよ。それかあんたが疫病神か、どっちかね。」
「ぐあ、ひ、人のせいにするなよ。」
返ってきたのは辛辣なコメントだった。若干傷ついたように冷や汗をたらすプロデューサーに反対側から追撃がかかる。
「にーちゃん。亜美たちもっとテレビにでたいよ」
「そっ、そうだよな。」
「今月もお仕事がなかったら来月の給食費がピンチですー。」
「うあっっ、そ、そうだよな。たしかにこのままじゃやばい。」
双子の双海亜美と真美も賛同するように続き、頭の両サイドでふわふわの髪をまとめ上げた高槻やよいも深刻な問題を叫ぶ。
「とはいうものの…そもそもなんでこんなに落とされるんだ?」
少女たちならば受かって当然、とまでは言わないが、幾らなんでも全員が落ちるというのは…なにか根本的な原因があるように感じられる。

「あのー、プロデューサーさんそのことなんですけど…」
 控えめに進言するように音無が見せてきたのは…



「こ、これが宣材…!?」
目の前に広がるのは765に所属するアイドルたちの宣材写真、宣伝材料用の写真であるが…
「なになににーちゃん洗濯するの?」
「じゃなくて、これ。宣材写真だよ。」
「ああ、なんだ。」
真美が興味深げに尋ねてくるので、真美と亜美の写真を見せながら説明するが…その写真はなにかが違う…

 写真の中に映る双海姉妹はなぜか猿の全身スーツを着ていた。ほかの子の写真もどこかおかしい。眠たげな顔をしているやよい、マリリンモンローのようなあずさ、仏頂面で困惑する千早、こけた瞬間をとらえたような春香、アクション映画のワンシーンかのような真、明らかに青ざめた表情の雪歩、動物に囲まれてじゃれ合う響などなど

「にしても、どうしてみんなこんな感じなんだ」
「なによ、社長が『個性的にアピールしていこう』っていったからじゃないのよ」
「えっっ!?」
 衝撃の事実、個性的…とはいえ、社長が求めていたのはこういう方向性ではないはず…と思いきや、
「この写真、社長にすっごくほめてもらいましたー。」
「…なんか違うと思うんだが」
まずい。これはまずい。こんな受け狙いとしか思えない写真を宣伝に使ってはアイドルとして売れようはずもない…

ちょうどよくやってきた、765の女性プロデューサー、秋月律子に拝み倒すように宣材を取り直すよう進言するのだが…

「むりむりむり、あの衣装で一体いくらかかったと思ってるんですか!?」
折しも、もう一つの懸案事項。765の揃いの衣装が完成したことによって会社の懐事情はほぼすっからかんになっているのだ。

少女たちの懇願にも、困ったように渋る律子だが…

「長い目で見ればこれも、先行投資ですよ。」
という音無のメフィストの如きささやきに
「…先行投資ねぇ…」
今の彼女の脳内では、現在の宣材によるマイナス効果と現在の765の懐事情が天秤にかけられているのだろう。目は口ほどにものを言うとはいうが、今の彼女の眼は¥のスロットルのようだ。

「よし!じゃあ、いっちょやりましょうか!」

律子の決定により、宣材を撮りなおすことが決まり。オーディションや練習で各所に散らばるみんなに連絡がいれられる。


そのころオーディション会場では
「宣材、取り直すみたいね。」
連絡を受けたやや長身の少女、青みがかった長髪が特徴的な如月千早が同僚の少女たちに連絡事項を告げる。
「新しい衣装でもとるみたいですよ。」
同様にメールを見た黒髪でボーイッシュな少女、菊地真が嬉しげに告げる。
「はて、前のではいけなかったのでしょうか…」
銀髪で赤いカチューシャをつけた少女、四条高音が疑問を口にする。
「ん?春香?大丈夫?なんだか顔色が…」
「き、緊張しちゃって、心臓飛び出しそう…」
千早は隣に座っている少女の顔色が悪いのを気に掛ける。気が小さいのかオーディションを前に顔を青ざめている少女、緑がかった瞳と赤い髪飾りが特徴の、天海春香はもちろん比喩的な意味で言ったのだが…

「なんと、それは一大事です。すぐに救急車を…」
高音にとってそれは冗談ではなかったようで、慌てて席を立ち、身を翻してどこかに行こうとする。
「うぇ、ちっ違うんです。そうじゃなくて…あの…お手洗いに行ってきます。」
慌てた春香は誤魔化すように、席をたち部屋から飛び出すが…

「きゃっっ!!」「うおっと!」
慌てていたため、扉を出たところで廊下を歩いていた長身の男性にぶつかってしまい、春香は短く悲鳴を上げて尻餅をついてしまう。男性は多少ぐらついたが、自身に比べると相当小柄な少女にぶつかられたぐらいでは対してバランスを崩さなかったようだ。

「大丈夫ッスか?」
ぶつかられた男性は転んでしまった春香を気に掛けるように近づき手を差し伸べる。春香は床に倒れこんだまま、男性を見上げると、その身長はかなり高く、髪は金髪だ。心配げに自分を見つめるその顔は、モデルか俳優か…随分と整った顔つきだった。

「あの…その…」
つい最近、男性にからまれたこともあり、過剰に男性に近寄られて多少脅えてしまった春香は、ふと男性がどこかで見たことのある人の気がして…

「春香、どうしたの?」
手を借りようかと躊躇していたその姿は、見ようによっては男性が無理やり押し倒し、嫌がる少女に魔の手をむけようとしているようにも見えたのか


「!春香から離れろ!!」「おぐっ!!」

扉から出てきた真は、得意の空手を生かして男性の腹部に強烈な一撃を見舞う。
真も春香とともに男性に絡まれたことで、過剰に反応してしまったのだろう。以前のように人目のある街中でもなく人どおりの少ない廊下で、咄嗟だったこともあり、つい全力で殴りつけてしまった。
 よほどうまい具合に入ったのか、真の破壊力がすごいのか…男性は悶絶して、気を失ってしまう。

「ま、真!」「大丈夫か、春香!?」


 気絶してしまった男を放置しておくこともできず、とりあえずスタッフの人に連絡をいれるとなにやら慌てた様子で男は回収されていった…多少、気になったがオーディションの順番も近く、注意がそちらにむいてしまい、結局、男性のことは放置状態となってしまった…


・・・・


「うん、まずまずでしょ。」
「まずまずどころか見違えるくらいイメージアップですよ。」
「ふっふ、これなら次のオーディション…」
「ええっ!」
「「いける!!」」
取り直された宣材写真は誰にとっても満足のいくものだったのか、律子と音無の目は皮算用によって¥になっていた。

「プロデューサ~。」
嬉しそうなやよいと伊織がプロデューサーの下へ駆けてくる。
「どうした?」
「善澤さんにみんなの写真褒められちゃいました~。」
「へー、よかったじゃないか。みんなのいいところがちゃんと撮れたってことだよ。」
嬉しげに報告するやよいの言葉に、返すプロデューサの言葉も嬉しげだ。

明るい雰囲気に満ちていた室内のドアが不意に開く。
「おっっ!?新しい宣材か。」
入ってきたのは765の社長、高木社長だ。社長は宣材写真を手に取り眺めると
「うーん、これはこれでいいんだが…やっぱり前のもよく撮れてたと思わないか?」
心底惜しそうにプロデューサーに尋ねるのだが、それに同意する声は上がらず、
「…ははは」
新米プロデューサーが社長に強く言うこともできず、苦笑いを返すので精一杯のようだ。

「ところで社長、こんな時間にどうしたんですか?」
返答に窮するプロデューサーをフォローしたのか、音無がやや強引に話題を転換する。
「おお、そうだ!実はな…知り合いの伝手で、雑誌の仕事が入ったんだ。」
「えっ!!そうなんですか!?」
要件を思い出した社長の言葉に律子が驚く、
「宣材じゃぶじゃぶの効果が早速でたんだね。」「やったー。」
誰が…という発表もないうちから真美と亜美が喜びを表現する。
「いや、写真あがったのついさっきだし、それは流石に…」
「伝手とは言えよく仕事がはいりましたね?」
音無の言葉は暗に「よくあの写真で…」と告げていたのだが、幸いなことに社長にその隠された非難の言葉は届かなかったようだ…

「うむ、まあモデルとの対談企画なのだがな。」
モデルとの対談とは、なんとも…
「誰が出るんですか?」
落ち着いた雰囲気に膝元まで届くほどの青みがかった長髪の女性、三浦あずさがみんなの関心ごとを尋ねる。
 対談ということは、選ばれるのは一人だろう。仕事の少ない現状、雑誌の企画とはいえ誰もが期待する。
「相手はスポーツ万能ということで売れている相手だから、今回は真くんがいいだろうと思うのだが、どうかな?」
「僕ですか!?」
社長の言葉に真が驚きの声を上げる。
確かに運動は得意だが、自分の特技はダンスだと思っているため、それを表現しづらい今回の企画に自分が選ばれる可能性は低いと思ったのだろう。

「いいと思います。」
「いいなー、真くん。大変なのはヤだけど美希もお仕事ほしいなー。」
プロデューサーが、今回は正しい判断をしたことにほっとしながら肯定し、真の周りには、わいわいとみんなが集まっている。豊かな金髪にほわほわとした雰囲気の星井美希も、普段は「楽がいい。」と言っているものの、新しく宣材写真をとったことでテンションが上がっているのか、珍しく仕事熱心とも思える言葉を口にする。
「対談ということは相手はどなたですか?」
「まこちんの相手役なんだから相手は女の子とみた。」
「真美!」
音無の言葉に真美が悪ノリし、真がじゃれつく。
「なかなか凄い相手だぞ。ほら、彼の出てる雑誌だ。」
彼ということは男性なのだろう。
765では、本人には不本意ながら、男役を割り振られることの多い真には珍しいことなのか、はたまたいかなる意図があるのか…

「どれどれ」
机に広げられた雑誌をみんなが囲み、覗き込む。
「おっ、カッコいい相手じゃん!」
黒い長髪を黄色のリボンでポニーテールにしている我那覇響が覗き込んだ雑誌に映る、男性の感想を率直に告げる。
「真のお株が奪われちゃうかも。」
伊織がからかうような笑みで真に告げる。

 写真に写っているのは、金髪のやや切れ長の目をした男性だ。脚が長く、スポーツ万能という評判を表したのか、バスケットボールを持っている。
普段なら伊織のからかいに反応する真は、しかし写真に釘づけだ。
「こっ、この人は…」
写真に写っていたのは、オーディション会場で自分が殴った相手で、そのことを思い出し青ざめている。
「あれっ、この人…」
その場にいた春香も気が付いたのか、真の様子を伺うように見ている。

「どれどれ…ってこの人!黄瀬涼太!」
「うそ!黄瀬君!?」
覗き込んだ相手が少し前から有名な中学生、この春から高校生モデルとなった黄瀬涼太とあって驚く律子と音無。
「どうかしたのか、真?」
写真を見た真の様子がおかしいことをプロデューサーが尋ねる。写真を囲んでいたみんなも真に注意を向ける。

「うっっ…実は…」
ためらいがちに事の顛末を話す真。次第にプロデューサーの顔が引きつる。

・・・

「うーん、イケメンモデルは実は女たらしの悪人だったのか。」「それでも気絶はやり過ぎだぞ!まこちん。」
 亜美と真美が芝居がかった口調で告げる。結局、あの事件の後、二人ともオーディションに集中したこともあり、その後の写真撮影で忙しいことも加わり、すっかり忘れてしまっていたのだ。
「やっ、だからそれは…」
流石に後ろめたいのかあたふたとする真。注意が真に向いたため雑誌を囲む人が減り、ためらいがちだった雪歩が黄瀬の写真を目にする。

「うーん、そういうことだと今回の企画ちょっと気まずいなー。」
プロデューサーが困り顔で唸る。実際、仕事のない今の状態では選り好みはできないのだが、対談相手が春香に襲いかかろうとした(かもしれない)相手で、しかも悶絶させた相手ともなれば、ともに仕事をするのは気まずい。

「あれ、春香ちゃん、真ちゃん、この人って…」
写真を指さし、ためらいがちに告げる雪歩の言葉に状況はさらに迷走する。







一方、スタッフに回収された黄瀬は、とりあえず疑惑の釈明と説教をくらうこととなり、

「なんなんスか。もー…」
モデルとは思えないデフォルメ顔で涙を流しながら帰宅していた。








あとがき

基本的に両作品は原作通りにしたいのですが…アニメではレッスンを受けている真ですが、黄瀬とのからみをつけたくてオーディションを受けてもらいました。
春香が男性とぶつかるシーンがなにかの伏線かなーと思ているのですが、なかなか出番ないしいいか…と思ってたら書き終わった日に出てきた!!?しかもまだなんか絡んできそう!?
 ひとまず保留してこのままでいってみます(汗)
アイマス側で一度に大量の登場人物がでるために、紹介が難しい…台詞もどうすればすっきり読めるのか…いろいろ試行錯誤しているのですが、もしかしたら一人二人紹介し忘れている方がいるかも(汗)キャラが壊れている、違うというのは一応アニメをみての独断とwiki参照した結果なので生暖かい目で見てください。
一話で暴力は、とか言ってたのに二話でいきなり矛盾した感じがするのですが、無理やり感は展開の都合上です。一応つじつま合わせの説明はしてますが…チキンハートの初心者ですので酷評は勘弁してください。 



[29668] 第3話 それじゃあ
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/03/29 19:40
第三話 それじゃあ

「うーん、ここッスか。」
事前に渡された地図を片手に黄瀬は765プロダクション事務所前にやってきていた。一階はたるき亭という名の定食屋らしい。

「仕事に入る前に話したいことがあるから、事務所の方に来てほしい…って、それはまあいいんスけど…随分と…ボロそうなとこッスね。」
事務所のある2階に行くためエレベーターに乗ろうとするが、エレベーターの扉には故障中の紙が随分以前から貼られていた様子で貼り付けられていた。
 階段を上り、事務所の前に立ちノックをする。中からなぜか慌ただしい音がする

「ちょ、もう来ちゃったの!?」「社長、早く準備してください!」「真、しっかりしなさい!」「プロデューサーもしっかりしてください。」・・・・

「…」
しばらく待つがなかなか騒動が止む気配はない…仕方なく…
「こんにちわッス!今日仕事でご一緒する予定の黄瀬涼太ッス!」
多少、営業用の入ったスマイルで扉を開けて中に入る。

「ごっ、ごめんなさい!!」
入った瞬間、出口のところまで駆けてきた黒髪の子に勢いよく謝られた…
「ま、真、いきなりそれじゃ…黄瀬さんが混乱してるよ。」
頭を下げている子の後ろから額の両側で赤いリボンを留めている子が話しかけてくる。その顔はどことなく…どこかで見た気がする…
「あの…黄瀬さん、この前はすいませんでした。」
結局、その子もろくに事情を説明せず黒髪の子同様、頭を下げたため、黄瀬の混乱は高まっていく。
「…えっと、どういうシチュエーションなんスか、コレ?」
「春香もそれじゃ、分らないよ。」
頭を下げる二人から視線はずし、あたりを見るとメガネをかけた男性が呆れ顔をしていた。
「ようこそ765プロへ、黄瀬君。わざわざ来ていただいて申し訳ない。僕はこの子たちのプロデューサーです。」
今日はよく謝られる日だ、扉を開けて1分もたたない内に3回も謝られている。とはいえ今度の男性はまだ落ち着いているようだ。

「…で、これは、どういう状況なんスか?」
「うっぅ…そうだね。真、春香も顔を上げてまずは自己紹介しないと。」
プロデューサーのとりなしで、顔を上げる二人、リボンの子もそうだが、黒髪の子もどこかで見た覚えが…

「菊地真です。あの、覚えてますか…?オーディション会場で、その…お会いしたことが…」
会ったことのある、という言葉に疑問が沸き立つ。アイドルになるほどの女の子と会ったら忘れることはないと思うのだが…あらためて目の前の女の子を見てみる。
肩口くらいまで伸ばされた黒髪、黒を基調とした服装、普段は快活そうな顔つきは今は申し訳なさそうな色をしている…なぜか腹部が痛んだ気がした…

「まこちん、ちゃんと言わないとだめだよ。」「そうそう、いつぞやは悶絶させてすみませんって。」
扉の横、衝立の上から顔をのぞかせるように、よく似た顔の女の子二人が声をかけてくる…がその内容に頭を傾げる。

(悶絶…?)
「あわわ、亜美、真美!!」「あゎわわ…」

「………ああああぁ!!もしかして…あの時の子…!!?」
「「ご、ごめんなさい!!!!」」
 突如として殴られたことで直前の記憶が跳んでいたのだが、どうにか思い出し声を上げる黄瀬。
雪歩から以前のことも聞かされ、勘違いだったのではないかという思いからテンパってしまった二人…結局、混乱した場が収まるまで、10分ほどの時間を要したのだった…


どうにか落ち着いたところで、応接室-と言っても小さい机と来客用の椅子があるだけなのだが―に通され、事の顛末をプロデューサーから聞かされる。

「仕方ないかもしれないスけど…ショックッス…」
「ごめんなさい。」
「まあ、ぶつかったのはこっちも悪かったスけど…いくらなんでも襲いなんてしないスよ。」
「申し訳ありません。本人も反省してますし、できれば騒ぎを大きくしてもらいたくはないのですが…」
 黄瀬としても、あの程度で(半分くらい記憶が跳んでいるのもあり)とやかくいうつもりはないのだが、あからさまに落ち込む二人、真と春香をみて、
「それじゃあ、真ちゃんとデート一回ってのでどうっスか。」
いたずら心が湧いたのか、にこやかにアイドルに対するものとは思えない提案をする。

「うぇっ!!?」「デ、デートっっ!!?」
「いや、それは…」
事務所的にも完全にNGな提案だったのだろう、沈んだ雰囲気はなくなったが、ひどく狼狽し始める。

「うーん、やっぱりイケメンモデルは女たらし…」「だめだよ亜美ちゃん、そんなこと言っちゃ…」「今の条件で許してもらうわけにはいかないのでしょうか?」「まあ、さすがに真もアイドルだしダメだろ。」

なにやら部屋の外からも声が聞こえる。慌てた様子ながらも流れていた重い空気が消え去ったことに、ふっと笑みをもらす。
「冗談ッスよ。別にもう怒っちゃいないッスから。」
「「えっ!?」」
「いくらなんでも事務所で女の子、口説こうとはしないスよ。」
暗い雰囲気が消えたことで気まずさもなくなるだろう。暗いままでは対談するにも気が重い。仕事とは言え、せっかく女の子と過ごせるのであれば楽しいほうがいい…と思ったのだが、

「うーん。事務所では…か。」「まこちん、脈ありかな。」「ふぇ、真さんつき合っちゃうんですかー?」
なにやら外野の騒々しさは増したようだ。そちらに目を向けると、先ほども居たよく似た二人の女の子とおでこをだした長髪の子、ふわふわの髪をツインテールにした子が隠れるようにこちらを見ていた。
 黄瀬は、にこやかな笑顔とともに軽く手をふる。

「ちょっと、あんたたち、いい加減にしなさい!!」
後ろから怒声が聞こえ、女の子たちは引っ込む。すると
「…分りました!!」
「へっ!?」「えっ!?」「真!?」
意を決したような声が机の対岸-先ほどまで沈んでいた真-から聞こえる。

「デート一回でいいんですね!」
「あ、いや…」
「ボクが播いた種は、きっちりとボクが片付けます!見ててください、プロデューサー!」
「見ててくださいって…」
どうやら冗談、というのは聞こえなかったのか…なにやら妙な責任感に突き動かされているようだ…とそこに、
「…真だけのせいじゃありません!私も頑張ります!」
「うぇ!!?」
妙な連帯感が湧いたのか真の隣に座る春香まで妙な決意表明を始める。
思わぬ展開に黄瀬は目を瞬かせる。

「なになに、二人だけデート!?」「ずるーい、真美たちも行くー!」
引っ込んだはずの子たちまで室内に乱入してきた。ただし二人の気分はほとんどピクニック状態なのだろう…

再び場が迷走し始め…
「お前ら…いいかげんにしろー!」
プロデューサーの爆発によって、終焉を迎えた。

・・・・

 とりあえず騒動は、黄瀬が「もう怒ってないし、いいッスよ。」と改めて説明したことで収束する。
「あの…」
応接室を出て出口に向かう途中、ボブヘアーの女の子がおどおどしながら声をかけてきた。
「ん…なんスか?」
黄瀬は愛想よく振りむくも、視線を合わせたその瞬間、
「ヒッ、お、男のひと…」
小さくつぶやいて後ずさりしてしまった。
「…」
女たらし疑惑をかけられたこともあり、かなり傷つく反応なのだが…少女の様子に、春香が思い出したように尋ねてくる。
「黄瀬さん!あの3月ごろ、夜の公園で危ない所を助けていただいたんですけど、あれは黄瀬さんですよね!」
「3月ごろ、夜の公園?」
あまり記憶に残っていない内容のため、考え込むように首を傾げる。夜の公園…

「ああ、たしか青峰っちと勝負したときに、女の子たちがいたような…」
黄瀬にとって、その時相手をした五人組はすでに記憶にも残っていないような相手だったのだろう。
「あの時は、危ないところを助けていただきありがとうございました。」
「ん?」
黄瀬としては青峰と勝負をしていたという記憶しかないのだが、
「そうだ!あの時は名前も聞けなかったんですよね。改めてありがとうございました。」
真も春香にならって感謝の意を述べる。
「萩原雪歩です。そ、その…ありがとうございました!」
脅えるような挙動は隠しようがないが、それでも勇気を振り絞ったボブヘアーの少女、萩原雪歩も感謝をのべる。



その後、黄瀬と真、プロデューサーは対談企画のため会場に赴く。
 どうやら、スポーツ万能の二人の企画だけあって、運動している写真も撮りたいからということらしい。

 カメラマンからいくつかの質問を受けながら、黄瀬と真は対談をこなしていく。

・・・・

「黄瀬さんはこの春から高校生になったと聞いたんですけど、生活とかは変わった感じがしますか?」
「そうッスね。まあ、学校はバスケ中心なんで、サイクル自体はあんま変わんないスけど、チームが変わったんでちょっとやりにくいッス。」
「バスケ中心、ですか…」
「そッス、練習が厳しくて…真ちゃんは半年前にデビューしたんスよね。仕事の方はどうスか?」
「うっ!?なかなかオーディションに通らなくて…でもこの間、宣材写真を取り直したし、事務所でおそろいの衣裳もできたし、これからガンガン頑張ります!」
「うん?なんかカンペみたいのがでてるッスね。ふーん、真ちゃん女の子のファンが多いんスか?」
「ウェ!?またこの質問…この間も記者さんに、この質問されたんですよ。その前も!みんなそろってボーイッシュだからって言うんですよ!ボクだって可愛いふりふりの衣裳着たいのに…」
「へー、たしかに可愛い系の服も似合いそうッスね。真ちゃん可愛いから。」
「かわっっ!!き、黄瀬さん、はどうですか?」
「どうって、まあ一応女の子のファンが多いみたいッスよ。流石に。」
「あっ、そ、そうですよね。えーと、そうだ、バスケ!バスケやってるんですよね。ボクも運動は得意なんですけどバスケはやったことないんですよ。バスケを始めたきっかけってなにかありますか?」
「きっかけッスか…憧れた人がいるんスよ。昔から運動は好きだったんスけど、あんまライバルになるヤツとかいなくて、どっかにすごいヤツいないかなー、って思ってたら同じ中学の同級生にすごいバスケうまいヤツがいたんスよ。そんでこの人とバスケがしたいって思ってその日にバスケ部に入ったんス。」
「へー、高校ではどうですか?」
「んー、その人とは別の高校になったんで、勝負が楽しみッス。」
「憧れの人との勝負にむけての自信はどうですか?」
「いつやっても自信満々スよ。団体戦よかそっちのが楽しみッスね。」
「…団体戦よりって、それはダメですよ。」
「えっ!?」
「ボクはバスケあんまり知らないけど、やっぱりみんなといるから楽しいんだろ!…あ、いや楽しいと思いますよ。」
「…」
「えっと、団体戦なんだから、大事なのはみんなに対して、自分が何ができるか…だと思うんだけど…」
「…」
「…」
「くっくっ…」
「へっ?」
「昔、似たようなことを言われたことあったッスよ。」
「えっと、それって・・・・・


・・・・・


「ふーん、これが例の雑誌?」「あっ、プロデューサー、出来上がったんですか!?」
「ああ、真。見させてもらってるけどこうしてみてもやっぱり、ちゃんと受け答えできてるし、写真もいい感じじゃないか。」
「ホントだ。真君かっこいい!」
「うぇ、なんでかっこいい?」
「だって黄瀬君とバスケしてる絵なんてすっごくかっこいいよ?」
「う、う、う…今回はいけたと思ったのに…」
「はは…お、でもこの写真はいいじゃないか。」
「えっ!?」
「あ、ほんとだ。こうしてみると…照れてる真君かわいー!」
「え、かわい、えっ!ちょっと…」
「ねえねえ、みんなもこれ見て!」
「あ、ちょっ、美希!」




[29668] 第4話 ん、ちょっとした合宿ッスよ
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/02/17 11:46
「おお、そうか。ついにイベントの仕事を決めてくれたか。ははは、やるじゃないかそれでこそ我が765プロのホープだ。」
「はい、がんばって営業かけたかいがありました。」
「うむ、サポートは任せたぞ、律子君。」
「はい、任せてください。」
社長室では社長とプロデューサー、律子がなにやら話あっている。そんななか突然事務所の扉の開く音が聞こえ

「待って雪歩!」「ちょっと雪歩!」
春香と真の静止を求める声が響き、雪歩の泣きながら駆ける音が聞こえる。

「な、なんだ!?」
突然の事態に、プロデューサーは廊下にでると、そこには事務室に駆けこむ雪歩たちの姿があった。
「ごめんなさい。私、私…ごめんなさーい。」
「しょうがないよ、今日はたまたま男の先生だったんだから。」
「ほら鼻水が洋服についちゃうよ」
泣く雪歩を宥めるように真と春香がやさしげに声をかける。少し落ち着いたのか泣き声が弱くなるが…

「全く雪歩の男嫌いのせいで全然レッスンになんなかったわよ。」
伊織の言葉に雪歩の肩が大きく震え、嗚咽が再び大きくなる。
「伊織!そんな言い方ってないだろ雪歩がかわいそうじゃないか。」
「なによ、ほんとの事言ったまでじゃない!」
相性が悪いのか、真と伊織はよく喧嘩するが…今はそれよりも…

「そうなのね、こんな私なんか、私なんか…穴掘って埋まってます―――!!」
比喩表現だけでなく、事務所に穴をあけて埋まらんとする雪歩を止めるのが先決だろう。


第四話 ん?ちょっとした合宿ッスよ


「はーい、注目!」
律子のよく通る声が事務所にひびき、ついでホワイトボードを叩く音がひびく、

「降郷村の夏祭りイベントでのミニライブが決まりました。全員参加よ!」
みんなの喜ぶ声であふれる。ようやくの大規模イベントの予感にみんなの期待が高まる。
「それと、このイベントは彼がとってきた初仕事よ。」
「っ頑張るからな」
律子の紹介に緊張したように宣言するプロデューサー、
「ちょっと大丈夫?」「にーちゃんにはまだ荷が重いかな。」
伊織と真美の辛辣な言葉にプロデューサーの顔が引きつる。

「が、頑張るからな…」

・・・・

「荷物積み込んだ奴から車に乗れよ!」
降郷村は遠く、当日出発のため早朝のまだ暗い時間帯にみんなは事務所前に集合し、出発の準備をしていた。

「そ~れは、しゃすがに触れないよ~。」
「ちょっと美希、こんなところで寝ちゃダメでしょ」
普段から眠たそうな美希は、早朝とあってか輪をかけて眠そうにし、というか車の荷台で荷物に乗っかって寝ようとし、春香はそんな美希を起こそうとしている。

「前のりとかできなかったの?」
「悪い、向こうのペンションが先に抑えられちゃってて。ほんとごめん!」
「しょうがないわね…」
早朝より集合させられ、若干不機嫌な伊織がプロデューサーに不平を告げる。

車内では荷物を積み終えた雪歩、真、春香が楽し気に話している。
「真ちゃん。ステージで歌えるなんてスゴイよね。私、緊張するけどすっごく楽しみ。」
「その意気だ、雪歩!」
「雪歩!がんばろ!」
互いに鼓舞する三人だが、
「雪歩気合いはいってるな。」
様子を見に来たプロデューサーの存在に慄く、男性恐怖症の雪歩が飛びのき二人を押しつぶしていた。

「やっぱオレ嫌われてるのかな…。」
入社して数か月経つにも関わらず、拒絶感を露わにする雪歩の態度に傷心のプロデューサーにかけられたのは
「じゃまよ!」
伊織の容赦ない一言であった。

・・・・

どうにか出発し、夜明けとともにだんだんと明るくなってくると車内の雰囲気も明るくなり、目前に迫ったイベントにみんなのテンションも高まる。まだ見ぬ降郷村の特産やあるはずの豪華な食事に思いを馳せ、一層テンションを高めあっている。

…が、到着したそこは、名前のごとくの故郷の村であった。

着いたのは閑散とした木造の校舎と学校のグラウンドに設営された、ベニヤのステージ。出迎えは牛や犬の鳴き声と近所の子供たちの765の無名さをはやし立てる声であった。

・・・

 ひとまず拠点となる校舎と思しき建物に移動した一同は、荷物をおろし休憩に移ろうとしていた。
「あ~、怖かった。」
「大丈夫、雪歩?」
「うん、なんとか…」
「雪歩、犬も苦手だったもんね。」
「うん。」
チワワほどの子犬でも恐怖の対象となってしまうほどに犬嫌いの雪歩は、子供たちとともにいた犬に吠えられ、涙目になっていた。そんな雪歩を心配する真。
「でも、なんだか大自然な感じのところだね…うわ。」
空気のおいしさをたしかめようとした春香は、突如鞄を下に引かれバランスを崩す。先ほど囃し立てていた子供たちが春香や真にまとわりついて困らせている。
 雪歩はその光景を苦笑いで見ていると、
「あっ!どうも!ようこそ降郷村へ!!遠いところをようこそ来ていただきました。
えっと、なごむプロさん!」
「!!!」
白い歯が眩しい、ねじり鉢巻きに土木業者のようないでたちの男性たちが朗らかに声をかけてくる。
しかし雪歩にとっては恐怖の対象だったのだろう、「あうあう。」とうめきながら後ずさりしていく。
「…いや、えーと765プロです…」
「あっ、控室とお食事、用意させていただいてるんで。ささ、どうぞどうぞ。あっ、それと申し訳ないのですが体育館の方は…」
名前を間違えられ、双方多少なりとも気まずそうにしている隙に、雪歩は逃げ出そうとするが…

「どうしました御嬢さん。」
その先には、逃げてきたところにいたのと同様の集団が笑いかけており、
「っっっっ!!!!」
「どうした、雪歩!?」
「っっっっ、お、男の人が…いっぱい…」
声にならない悲鳴を上げて、気を失ってしまう。


「じゃあみんな、荷物置いたらリハーサルの準備するわよ。」
校舎内に仮設された控室には簡単な食事が用意されており、みな休憩をとっている。
予想していた豪華料理はないが、おいしそうに食事をとっていた。だが、失神から回復した雪歩はまだ青い顔をしており真に扇がれている。

「ふー、思っていたのとちょっと違ったなー…いかん、俺がテンション下げてどうする。」
思わずため息が漏れてしまうのも仕方ない話なのかもしれない。
「あのー、すいません…」
そこに青年団の人と思しき男性が近寄ってきて、

・・・・

「なんで私たちがこんな事しなくちゃ、いけないのー!!」
なぜかアイドルの伊織やあずさ、やよいたちが料理に駆り出されていた。伊織は玉ねぎの汁が目に入ったのか涙を流しながら高速で玉ねぎをスライスしている。
「ごめんなさいねぇ。実は体育館を使ってる団体さんのお食事も用意しないといけなかったんだけど、人手が足りなくて…」
「あ、ボクたちも手伝います!」「私も…」
雪歩は回復したのか、真ともに調理場にやってきて手伝いを申し入れる。

廊下から団体がこちらに向かってきている足音と、がやがやとした話し声が聞こえる。団体の先頭にいた人が、調理場に入ってくる。
「あのースンマセン。昼食をもらいたいんスけど、どこに行けば…」
真たちがその声に振り向くと、そこにいたのは
「「えっ!!!?」」
つい先日、雑誌の企画で仕事を共にした金髪長身のモデル、黄瀬だった。
「あれー、真ちゃんたちなにやってんスか。こんなとこで?」
「え、あ、ボクたちは…」
「あらあら、黄瀬さん?」「ん?あんたこそなにやってんのよこんなとこで。」
黄瀬の問いにしどろもどろになる真の後ろから、あずさが黄瀬を見つけ、伊織が涙目のまま問いかける。
「ん、ちょっとした合宿ッスよ。ところで…」
「あらあら、ちょっと待ってください。すぐに出来上がるので、そうねぇ隣のお部屋を…」
おばさんが食事場所について説明しようとし、

「黄瀬ぇ!なにやってんだ!」

怒声とともに出口のところにいた黄瀬が蹴り飛ばされた。入ってきたのは青年団の人とは違う服を着た男性だった。
「うお!いやちょっと知り合いがいて…」
「あん!?」
黄瀬が弁明しようとするが、男性は空腹で気が立っているのか睨み付けるような顔で真達をみる。
「ヒゥッッ!!」
男性の剣幕に雪歩が短い悲鳴を上げて、顔を蒼白にする。


 怒りの形相の男性を黄瀬が宥めながら隣の部屋に案内したあと、料理が完成し、大量の食事を隣室に運ぶ。そこには揃いのジャージにTシャツ姿の男性たちがいた。しかし村の青年団とは違うのだろう、まだ高校生のように見える。なにより現役高校生のはずの黄瀬がここにいるということは、

「合宿!?こんなところで?」
食事を運び終えると真達は黄瀬の近くに座り、事情を尋ねていた。
「まあ、本来だったら、もうちょい遅い時期に別のところでやるんスけど…」
「??」
なんだか言いづらそうにする黄瀬に首を傾げる。少し恥ずかしいのか、頬をかきながら
「実はこないだ練習試合で負けたもんで、臨時に合宿が入ったんスよ。そんで監督の知り合いの関係でペンション借りてここの体育館で練習することになったんス…」
 自信のあるバスケで負けたことを話すのが恥ずかしいのか少し歯切れが悪い。
「そっか、でもおかげでここで会えたんですね。ね、真。」
「うぇ、いや、その…」
「そうっすね。会えたのは嬉しいッスけど…ハア」
「うれし…、っど、どうかしたんですか?」
軽い口調ながら、面と向かって可愛いと言われたり、デートに誘われたりと今までにない接し方をしてくる黄瀬に戸惑う真。気をとりなおして溜息をつく黄瀬に真が尋ねる。
「いや、試合に負けたの思いだして…試合に負けたのはバスケやってて初めてだったんスよ。」
「そうなの!?」
負けたことは確かに落ち込むことなのだろうが、それまで負けたことがないというのは驚きだ。
「しかも黒子っちにはふられるし。高校生活いきなりふんだり蹴ったりッスよ。」
「えっ!?…」
黒子っち、って…誰?という声は言葉にならず

「黄瀬ェ、とっとと食え!」
先程、調理場に来ていた男性が怒鳴りつける。
「まあまあ、笠松、食事の後は休憩だろ?いいじゃないか。それより気づいたか?」
「あぁ!?」
「一番左の女の子、超カワイイ。」
「テメエも早く食え!!」
「ビクッ!」「…」「…」
小声で話された一部の会話は聞こえなかったが、最後の大声に一番左に座る女の子、雪歩が身を震わせる。
「そっで、だっなんだ。この子っ!」
早々に食事を終えたのか短髪で眉毛の太い男性が黄瀬にまとわりつくように何事か話している。
「以前仕事で会った娘らッスよ。あとラ行はっきり。」

「これ運んできてくれてたけど、もしかして君たちが作ってくれたの?」
先程怒鳴りつけられていた人が復活したのか、黄瀬の隣に腰掛けて尋ねてくる。その視線は雪歩の方にむいており、雪歩は顔を青ざめさせている。
「えっと、ほとんどは地元の方とあずささんたちです。」
雪歩の表情が恐怖におののいているのを不安げに見ながら、春香が答える。
「君が作ってくれたかと思うとすごくおいしかったよ!」
今にも手を握らんばかりに近づく男性に雪歩は、
「ご、ごめんなさーい。」
謝罪とともに脱兎の如く走り去ってしまった。そして
「雪歩!」
春香も雪歩を追って走っていってしまう。

「…」
残された真は、困ったように雪歩と春香の後ろ姿を眺めている。
「…ところで真ちゃんたちはどうしてここに来たんスか?」
「…あ、事務所の仕事で村の夏祭りのイベントのミニライブをやるんです。」
結局、真は雪歩のことを春香に任せ、説明していなかった自分たちの事情を説明することにしたようだ。
「へー夏祭りがあるんスか。」
「って、知らなかったの!?」
「まあ、練習に来たんで祭りがあっても…」
「休憩時間は祭りの設営準備になってるぞ。」
行けないッスと続く言葉は、笠松と呼ばれた人が少し離れたところからかけた声に消える。
「えっ!!初めて聞いたッスよ、それ!?」
「オメエには今、初めて言ったからな。」
「ちょ、キャプテン!?」
「監督の知り合いのとこに来てんだ。そこのイベントに引っ張りだされるのは当然だろが。」
淡々とした感じで笠松は告げる。
「まあ、朝・昼・夜の練習の合間にちょっと手伝えってことだよ。」
「ちょ、それ休憩時間…」
「ウダウダ言ってんじゃねェ!!オラやることあんだからとっとと食え!」


死んじゃう―――!!という絶叫が食堂では響き渡ったとか…

結局、昼の休憩時間、海常は体を軽く動かしながらの休憩ということで夏祭りイベントの手伝いをすることとなる…



「真、ちょっとそれ向こうに持って行って!」
律子から指示がとび、真は機材を運ぼうとするが…

「手伝うッスよ。向こうでいいんスね。」
横から黄瀬が声をかけ、重たい機材を運んでいく。真は機材の付属品を手に取り、
「それくらいボクでも持てるのに…」
と呟くが、普段とは異なる女性のような扱いに慣れていないのだろう、顔色が少し赤くなっている。


機材を運んでいる途中、
「黄瀬さん、練習時間はいつからですか?」
「3時からッス。」
「海常の人たちも疲れてるのに、ごめん。」
「いやまあ、そこは真ちゃんが謝るところじゃないッスよ。」
無言で同行するのも気まずく感じて、真はためらいがちに話しかけるが、どうしてもいつもの調子がつかめない。

「そ、そうかな…ボクたちライブをやるんだけど時間があったら聴きにきてくれませんか?」
「ライブ?えっと、何時からッスか?」
「え、えと何時だっけ…あ、たしか6時半ぐらいです。」
昼・夜の休憩時間にも手伝いをするとか言われていたが、流石に祭りの最中に部外者が手伝うことも少なくなって、時間も少しは作れるだろうと考え、
「その頃なら一応、休憩時間ッスからなんとか聴きに行くッスよ。」
黄瀬の言葉に真は嬉しげな表情を見せる。
「絶対ですよ!」

・・・

機材を運んだ黄瀬は打ち合わせとリハーサルがあるという真と分れ、仮設ステージ近くで手伝いの作業を続ける。そこに先輩である森山が背後から近づき、
「黄瀬!」
なにやら真剣な表情で肩を掴んでくる。
「な、なんスか…?」
言い知れぬ迫力に思わず身を引く、

「…さっき食堂で会ったあの娘の名前教えてくれ!」
引いた距離の分、詰め寄ってきて森山は黄瀬を問い詰める。
「えっと、どの娘ッスか?」
昼食時の様子で大体の予想がついたが…念のために確認しておく、

「左端に座ってた、水色の服を着た、超カワイイ娘だ!」
「…たしか萩原雪歩ちゃんッスよ。」
黄瀬と話すときにもおどおどと脅え、男性恐怖症という風に聞いていたし、あの逃げっぷりではここで関わりをつくるのは気が引けた。だが、肩を掴む手の力が、時をおく毎に万力のようになるのを感じ

 まあ、アイドルなんだし、名前が売れてなんぼッスよね…

という判断に至り答える。

「雪歩ちゃんか…」
森山はなにやらときめいた顔をして浸っている。「なんだかなー。」と思いつつ、仕方なく森山を見ていた黄瀬は、

「テメエら練習再開だ!っつってんだろが!!」
先程から集合を告げていたらしい笠松の声に気づかず蹴り飛ばされることとなる。



[29668] 第5話 イェーイ!!
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/02/17 11:46
「えー、降郷村のみなさーん!765プロ夏祭り、特別ステージにいらしていただいてありがとうございまーす。今日は私たち…」


第五話 イェーイ!!


 律子の宣言で祭りのイベントが始まる。しかし、舞台裏では慌ただしく準備が継続されていた。
「あーん、引っかかってとれないよー。」「みんな落着けー。」「ふわぁ。」「とにかく落着けー。」「伊織は本番までの間、出店手伝ってあげてくれー。」「なんで私が…!!」・・・・

バタバタと駆けまわるアイドルたちを、自身テンパりながら落ち着かせようとするプロデューサー。
一方、喧噪から少し離れた舞台裏の隅では…

「はい、お茶。ちょっと落ち着いた?」
「うん。」
しゃがみこむ雪歩とそのそばに真と春香の姿があった。真はボトルを手渡しながら雪歩に尋ねる。
「なるほど、青年団と海常の人たちが怖かったんだね。」
「でも、みんないい人そうだけどなぁ。」
 先ほどのリハーサルでは、歌を歌うどころか、前列で応援してくれていた青年団の人たちの姿に怯え、ひどく取り乱してしまったのだ。

「私、やっぱり無理なのかな?」
「「えっ!?」」
雪歩の深刻な呟きに思わず声をあげる。
「私、男の人苦手だし、緊張しちゃうと何やってるか分らなくなっちゃうし…」
昼食の時も、準備の時も先ほども、男の人に話しかけられると、耳から入ってくる言葉とは別に、頭の中でまるで脅されているかのように聞こえてしまう。目に映る人影は恐ろしい鬼のように見えてしまうのだ。
「みんなと一緒に頑張りたいけど…」
真と春香はなんと声をかけるべきか悩み思わず顔を見合わせる。舞台ではイベントが始まる。


あずさとやよいのシブメンコンテストでは、あずさが求婚されたり、自慢の一品であるはずの家畜が暴れだすというハプニングが起こるも、やよいのマイペースな進行と飛び込んだ響の機転で場は盛り上がる。
美希のともすれば村を貶しているとも思えるトークショーは、美希の独特の語り口調と雰囲気に和やかながらも客受けしている。

「みんな…すごいな、」
呟く雪歩の声は、先ほどよりも沈んで聞こえる。
「私なんか、男の人見ただけで怖くなっちゃうのに、」
「雪歩…」
「ごめんね、春香ちゃん、真ちゃん、私いつも足引っ張ってばっかり…やっぱり私にはアイドルなんて…」
話している内にどんどんと顔を俯かせてしまう雪歩に、真は思わず怒鳴るように話しかける。
「雪歩!どうしてそんなこと言うの!ボク、雪歩がいつもどの仕事でも一生懸命頑張ってるのを知ってるよ。」
「そうだよ、足引っ張ってるとかそんなこと言わないで!」
真の言葉に雪歩も続く、
「でも、私…」
「不安なのは雪歩だけじゃないよ。」
反論しようとする雪歩に春香は少し固い笑顔を浮かべ、
「私だってさっきから緊張で足、震えちゃって…」
「あっ、実はボクも…」
見れば、真と春香の二人の足元も緊張のせいか細かく震えている。

「ねっ同じだよ、だから3人で力を合わせて、ステージ成功させようよ!…ねっ!」
俯いていた雪歩の顔が上がる。春香は手を差し伸べ、真がその上に自らの手を重ねる。それを見た雪歩は、おずおずと手をさしだし重ねる。

「「「765プロ、ファイト!オー!!」」」
3人の声が合わさり、怯えが消える。様子を伺っていたプロデューサーはその様子を見て声をかける。
「さっ、そろそろ出番だぞ。」

3人は舞台袖から観客席を覗き見る。3人の結束で男性と観客への恐怖心をなんとか克服した雪歩は、しかし客席の前列に苦手な犬が鎮座しているのを見て涙を流しながら逃げ出してしまう。

・・・

「犬までいるなんて…」
再びしゃがみこんでしまった雪歩の声は、涙で震えている。

「雪歩さん…ですよね?大丈夫ですか?」
後ろから控えめな調子で声をかけてきたのは昼食時に黄瀬の隣に座ってきた海常の男の人だ。一人になってしまった雪歩は、思わず恐怖心から身を引いてしまう。

「犬と…男性が苦手なんですか?」
態度とさきほどの言葉を聞いていたのか、男は無理に近寄ろうとはせず、しゃがみこんで目線を合わせて尋ねる。
男の言葉に威圧感はなく、無理に近づいてこないことからも危害を加える気がないのは分かる。しかしどうしても雪歩の怯えは消えなかった。
「…分りました。ならオレが守ります。任せてください。必ずステージに犬を近づけません。絶対に吠えさせたりもしません…約束します。」
誓いをたてるような男の言葉に雪歩は
「あの…名前…」
消えいくような声で名前を尋ねる。
「海常高校3年、森山由孝です。」
森山は名を告げながら手を差し伸べる。その手を掴もうか逡巡した雪歩は、ふと森山の後方に見知った顔が居るのに気づく。
 自分を追いかけてくれたのだろう、春香と真、プロデューサー、そしていつの間にか来ていたのだろう黄瀬がやさしげな顔でこちらを見ている。
 そろそろとその手をつかんだ雪歩は、立ち上がった森山につられるように立ち上がる。そして…

 先に行っててほしい、という雪歩の言葉に春香と真は二人で舞台に立ち、時間を稼ぐ。客席の前列、鎮座する犬の真横に森山は構えるように立ち、舞台を見つめる。

「ソッコーで夕食済ませたと思ったら、何やってんスか森山センパイ。」
隣に立つ黄瀬が呆れたように尋ねる。
「今日のオレはあの娘のために戦うと決めたんだ!」
ところどころで間を外してしまう、この先輩にしては珍しくまともなことを言う。しかし戦う相手が、おばあさんに抱えられるほどの小さな犬というのを考えるとやはりズレているのかもしれないが…

 ステージの上では懸命に真と春香がトークで時間を稼いでいるが、まだデビューして経験も浅い二人が、初めてのステージでアドリブで引き延ばせる時間など微々たるもので、早くも行き詰まりかけている…そこに

「おまたせ!!」
雪歩の声が響き、安堵した様子の真と春香が振り返る。
「雪…ほぅ?」
しかしその顔は安堵から一転、驚愕に固まる。

「イェーイ!!」
普段着で出ている二人とは異なり、到着した雪歩の衣裳は村の雰囲気とは合わない、派手な衣装で、頬にはペイントまでされている。
 思わぬ姿とハウリングを響かせた入りに真と春香、観客が固まる…
反応のない観客に一瞬慌てる雪歩は、しかしめげることなく、

「イ、 イェーイ!」
再度繰り返す。しかし心なし声はさきほどよりも小さくなっている。反応の返せない観客に焦る雪歩は、

「イェーイ!!!」
客席の前列から返された声に小さく顔を向ける。そこには、声を返してくれた黄瀬と犬を警戒してか声をあげれなかったがジェスチャーは盛り上がっている森山がいた。
 続く声もなく沈黙が訪れるかと思われたとき、
「「「「イェーイ!!」」」」
客席の後方から、海常の人たちが盛り上げようと声を上げていた。そして
「イェーイ!!!」「はーりきっていくよー!!」
すぐそばから真と春香の合わせる声がひびく。その様子に客席もつられるように盛り上がり始める。
 場が盛り上がったことで3人の表情も明るく、雪歩の呼びかけにもノリよく応える。
 

 軽快なリズムの曲,Alrightがうたわれ、歌の最中、真と春香は早着替えによって祭り衣裳に着替え、ダンスを加え始める。大きな盛り上がりとともに3人の歌が終わる。
 真たちが視線を黄瀬たちに向けると、黄瀬たちは笠松になにか話しかけられている。ふっと、黄瀬がステージを見て、視線が合わさる。黄瀬は一振り腕を振ると、笠松について客席から離れていく。

 その後も、765のイベントは続き、イベントが終了し片付けが完了したときには時刻は9時を過ぎていた。

・・・・

 村人や青年団、子供たちが大勢見送りに来てくれる中、海常の人たちも練習が終わったのか顔を見せてくれる。

 雪歩は森山となにか話している。
年齢が近いこともあり、手伝い作業の際に話す機会があったのか、幾人かは楽しげに話しをしている。
 真は黄瀬の姿を探すが、あたりに姿はない。探している姿が目に付いたのか、笠松が近づいてきて、
「黄瀬ならまだ体育館で練習してるぜ。」
探し人の居所を教えてくれる。


 真はプロデューサーに一声かけて、体育館に急ぐ。一人で行くつもりだったのだが、抜け出すところを見つけたのか亜美と真美、春香までついてきている。
 灯のついた体育館からはボールの弾む音とスキール音が聞こえる。
 
 扉から体育館を覗きこむと、熱気が顔を撫で

ダムッッ

独り黄瀬が練習を続けている姿が目についた。


 黄瀬は床にボールを強くたたきつけると、ゴールに向けて走り込み、高く跳ね上がったボールを空中で掴みそのままダンクを撃ちこむ。

ガンッッ!!

大きな音が響き、軽く空気が震えたように感じられた。


転がるボールを追いかけた黄瀬は、真たちに気づく。
「あれ、真ちゃん、と春香ちゃん。あと…」
「双海真美と」「亜美だよ。」
 名前を思い出そうとする黄瀬を遮り、二人が自己紹介する。

「ああ。えっとどうしたの?」
 軽くうなづき、黄瀬は尋ねる。全体練習が終わった後も続けていたのだろう、かなりの汗をかいており、Tシャツは水気を含んで変色している。
「どうしたって、もう帰る時間なんだけど黄瀬さんだけ姿が見えなかったから…」
「薄情だぞ、黄瀬っち。」「私たちデートの約束をかわした仲じゃないのかよぉ。」
練習の邪魔をしてしまった真がためらいがちに告げると、亜美と真美が冗談めかして不満を言う。
「あれ、もうそんな時間スか!?ごめんッス。」
本当に気づいていなかったのか驚いた様子で時計を見て謝ってくる。
「いえ、約束もしてませんでしたし、練習お邪魔してすみません。」
春香が遠慮がちに謝るが、
「駄目だぞ、まだ次合う約束も連絡先も聞いてないんだから、今会わなかったらデートの約束果たせないじゃんか!」
 亜美が冗談めかして怒りながら告げる。
「デ、デートって。」「ダメだよ。亜美、真美!」
 その件はただの冗談で、別にかまわないと言っていたはずなのだが、なぜか二人は乗り気だ。真と春香は、慌てて止めようとするが…

「おやー、まこちんは一度宣言したことを果たしもせずにすっぽかすのかなー?」
ニヤーとした笑みを浮かべて真美が真に告げる。
「なっっ、あ、あれは…!!」
顔を朱くして弁明しようとするが、その言葉にかぶせるように、
「しゃあない、黄瀬っち。すまんがまこちんは怖気づいてしまったようだ。」「うむうむ、ここは私たちだけで我慢してくれたまえ。」
二人の悪ノリは止まらない。
呆気にとられた表情で黄瀬は目を瞬かせる。ふと真を見ると、真は恥じらうような顔をしたままあたふたと手をさまよわせている。
「いや、その…うん、怖気づいてなんかいないぞ!うん。でもほら、黄瀬さんのこともよく知らないし、バスケのこともよく知らないし…」
狼狽したまま、だんだんとしぼむ声で、言い訳するように捲し立てている。
「よく知らない…って、まこちんは、黄瀬っちと二人っきりで対談した仲だろ?」「そうそう。」
「二人っきりって、ちゃんとカメラマンとかプロデューサーも居たし…!」
あわあわとしている真と春香の様子に可笑しそうに黄瀬は微笑むと、

「じゃあ、デートの代わりに今度、バスケの試合を見に行かないッスか?」
「えっ!?」
「もうすぐ、都のIH予選始まるし、オレの親友の黒子っちがでてるんッスよ。予選決勝までは進むと思うッスから…たぶん。」

「それなら…」「うーん、ここらへんが落としどころかなー?」「私らも行っていい?黄瀬っち?」
春香たちは黄瀬の妥協案に頷くが真は、聞き覚えのある名前に考え込む。
「…あの、黒子って、その…」
「ああ、覚えてたんスか、昼間の話。」
黒子、その名前はたしか…

「こないだ会ったんスけど、振られちゃったんスよ。まあ、なかなか強そうな相棒も見つけたみたいだし…ってなんスか?」
 黄瀬は目の前の春香たちをみると驚いた顔をしているのに気づく。
「黄瀬さんを振ったって…」「黄瀬っち、無神経だぞ。昔の女のところにデートに誘うなんて!!」「あれ、でも試合にでてるって…?」

 捲し立てる3人の言葉に勘違いを与えてしまったことを悟り慌てて弁明する。
「違うッスよ。黒子っちは中学の頃のチームメイトで、また一緒にバスケしないかって誘って、断られたって事ッスよ!」
思わぬところで妙な疑惑をかけられ流石に慌てる。
「あ、そういうこと…」「びっくりさせんなよ黄瀬っち。」「はーびっくりした。」
3人は納得したように詰め寄ることをやめ、真も安堵したように息を吐く。

「んで、どうッスか?」




[29668] 第6話 何やって…なにやってんスか
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/02/27 22:21
「テ・メ・エは、なに考えてんだ!!!」
「ぎゃー!なんでッスかー!」
「えっっと…」

 以前の約束により、一日黄瀬とでかけることとなった真。降郷村で互いの連絡先も交換し、事前の話し合いで1on1のデートとはならずに、しかも出発の前日になってさらに雪歩と響まで加わることとなったのだが…待ち合わせ場所に到着すると予想外の同伴者は真たちだけのものではなかったらしい。
 目の前では、黄瀬が海常のキャプテン笠松に蹴飛ばされている…


第六話 何やって…なにやってんスか


「真ちゃん…なんかいつもより気合いはいってる?」
「っそ、そんなことないよ、うん、全然。」
 雪歩の言葉に動揺したかのように返す。

 仕方ないよな。うん、勘違いとはいえ、おもいっきり殴っちゃったし…春香や雪歩と一緒の時も助けてくれたし…うん、一日くらいは仕方ないな。うん。

「まこちん、思考がダダ漏れ…」
「うーん、思ったよりも…」
今の状況ではからかっても良好なリアクションが得られないと判断したのか、真美と亜美も直接本人に言おうとはしない…言っても聞こえていなかったかもしれないが…

「うーん、でも女の子を誘うのにバスケットの試合会場っていうのはちょっといただけないかな。」
 春香が今日の行く先に思考を向ける。
「お、感心、感心ちゃんと先に待ってるみたいさ。」
響が待ち合わせ場所にいる黄瀬をいち早く見つける。
「おーい、黄瀬っちー。」
「えっっ、ちょっ、ちょっと。」
いまさらになって慌てた声を上げる真を無視して、亜美が黄瀬に手を振りながら声をかける…が、なぜか黄瀬だけでなく、隣にいた男性まで反応し、驚いた表情が一転、なにやら怒ったような表情となり…


「テ・メ・エは、なに考えてんだ!!!」
「ぎゃー!なんでッスかー!」
よく見ると隣にいたのは降郷村で会った海常のキャプテン、たしか名前は笠松さんだ。なにやら本日の趣旨に行き違いでもあるのか、怒り顔で黄瀬さんを蹴っている。

 笠松は一通り蹴飛ばして落ち着いたのか、一呼吸おくと、ぐるっとこちらを向く。
「んで、なんでこの娘らがここに居んだ?」
怒り顔がまだ冷めやらぬままこちらを向いたものだから、雪歩が「ヒッ!」と短い悲鳴を上げて脅える。

「キセキの世代の試合を見てきます。とか殊勝なこと言ってたよなおい!」
「や、だからそれは「そういや、出るときオレがついて行くって言ったらやたらと嫌がってたよな!」えーっと。」
 話してる内に怒りが再燃したのか地に伏した黄瀬を踏みしだいている。

「えーっと、一応この後、バスケットの会場に行くって話だったん、ですけど…」



しばらく攻撃を加えて、ようやく落ち着いたのか、真たちのとりなしもあってどうにか落ち着き、試合会場へと向かう。

「はあ…」
予想外の同行者に真の緊張もほぐれたのか、先ほどまでの緊張はなくなっていた。なにかを期待していた訳ではないのだが、デートと言う名目の筈が思わぬ展開につい溜息がでる。

「まあまあ、まこちん。」「今回はまだその時ではなかったのだよ。」
「そ、その時って、どの時だよ。」
いつものテンションに戻り、じゃれあいも戻る。春香や雪歩は「まあまあ。」と真をなだめている。

【…国的に晴れ、さわやかな一日になるでしょう…続いては―おは朝占~~~い!!】
「まったく、オマエは何考えてんだか…んでさっきから何見てんだよ。」
ぶつぶつ言いながらも、せっかく来た女の子たちを追い返すわけにもいかず、ともに行くことになった。ただ微妙に女の子と距離が離れているのは、ご愛嬌か。
「おっ、これっておは朝か?黄瀬っち、おは朝見てんのか?」
響はすでに適応したのか黄瀬や笠松にも親しげに話しかけている。
「今朝の録画ッス。朝は最近ロードワークで見れないんで。」
同行者が増えることになってしまったが、女の子と歩いているというのにイヤホンでプレイヤーをかけるというのは、いかがなものか…いきなり出鼻をくじかれて、黄瀬も若干ならずやさぐれているのかもしれない。
「ずいぶん勤勉になったなオイ。前はサボってばっかだったのに。」
「いや、ウチの練習ちょっとアレやりすぎ…」
「チョーシ乗んな!シバくぞ!」「いて」
入部してまだそれほど経っていないにもかかわらず、このモデル兼バスケット選手はキャプテンにどつかれることが板についているようだ。
「まあ、これ見てんのは今日だけッス。これの結果がいいと緑間っちもいいんス。」
「緑間っち?」
「ああ帝光の…で何座?」
【一位とビリは同時に発表…】
響は初めて聞く名前に疑問の声をあげるが、笠松が黄瀬の中学時代のチームメイトであることを告げる。
「かに座ッス!ちなみに黒子っちはみずがめ座…」
「そこまで聞いてねぇよ。」
【一位はかに座!!おめでとう。今日は文句なし!…最下位は残念、みずがめ座です。今日は大人しく…】
「げ…「ねーねー黄瀬っちは何座なの?」っとほぎゃあっぅちょばっ…」
「うお、なんじゃい!!?」
嫌な結果にうめく黄瀬の背中に、真美がのしかかる。手元が狂ったのか、音量を最大にしてしまい、突如響く大音量に奇声をあげる。

「ビクッ!!」
 突然の奇声に雪歩のみならず、真たちがびくつく。

・・・・

「たくテメーがちんたらしてるから始まってんだろが!」
「いや、多分キャプテンがどつきすぎ…いて!」
試合会場に到着した一行だったが、既に誠凛―黄瀬曰く親友の黒子の属するチーム―の試合は開始されており、空席を見つけて席につく。


「12対0!?」
「えええー!?」
「オイオイマジかよ。」
仮にも練習試合で自分たちに勝った相手が序盤から点差をつけられ負けていることに驚く黄瀬と笠松。

「ちょっ、ボクは…」「いいからいいから」
試合を観戦に入った二人とは異なり、女性陣は席次でひともめ起こしていた…というより全員が真を黄瀬の横に座らせようとして、真が騒いでいるのだが…
 試合は幾度か誠凛が攻めていたが、固い防御を誇る相手チーム、正邦に得点できずにいた。

「何やって…なにやってんスか?」
前半は得点がでない誠凛に、後半は真達がなかなか落ち着かないことに呆れたように疑問の声を上げる。
「いや…だから」「なんでもないです。」「ほら、真ちゃん座って座って。」
視線を向けるとあたふたとした真が春香に隣の席へと押し込まれていた。

「…この前やって思ったけど、誠凛は基本スロースターターっぼいな…」
呆れ顔で見ていた笠松は、スルーを決めたのかコートに視線をむけ、分析を始める。
「けど、そこでいつも初っ端にアクセル踏みこむのが火神なんだが…そいつがまだこねぇからなおさら波にのれてねー。」
落ち着いた笠松の言葉と胡乱気に見つめる黄瀬の視線に、真は顔を赤らめながらも大人しくなる。

「なあ、かさかさ「「かさかさ!?」」なんかバスケってもっとテンポよく動くのかと思ったら、なんかさっきから止まりがちだな。」
響の意外な(度胸のある)渾名に、驚きの声を上げる黄瀬と笠松。響は気にした様子もなく疑問を口にする。
 たしかに先ほどから、誠凛がボールをキープしているのだが、ファールによって流れがとまったり、ボールがハーフラインを越えたところでパスの流れが突然とまったりと、今一つリズムに乗れていない感がする。
「かさかさ…」
口元に両手を当てながら笑いをこらえる黄瀬を一睨みし、笠松は解説を続ける。
「正邦の、今DFやってる方の、システムは全員マンツーマン…だが並みのマンツーマンじゃねー。常に勝負所みてーに超密着でプレッシャーかけてくる。ちょっとやそっとのカットじゃ振り切れねー。」
笠松の解説に耳を傾けながら、真や春香たちも落ち着いたのかコートに目を向ける。
「いくらあの透明少年のパスがすごくてもフリーがほとんどできないんじゃ、威力半減だ。」
「透明少年?」
「さっきパスをとめた誠凛の11番、黒子っちッスよ。」
「どれどれ。」「んー、見えないぞー。」「あっなんか、今ちらっといたような?」
真美の疑問に黄瀬が答えるが、存在感の薄い黒子を真たちは見つけられないようだ…

「でもDF厳しいのはわかったスけど…んなやり方じゃ最後まで体力もたないッスよ。」
「そうなの?」
「バスケは普通にフルタイムやっても結構疲れるッスから、こんな序盤で勝負所みたいなプレー続けてたら普通はすぐにダウンッスよ。」
黄瀬の疑問に、真がさしはさむ。たしかに勝負所のような動きではすぐにバテてしまうのだろうが…

「あいつらはもつんだよ、なぜなら正邦は動きに古武術を取り入れてるからな。」
「古武術?」
「ねじらないことで体の負担が減って、エネルギーロスを減らせるらしい。」
「よく知ってるッスね。」「かさかさ、博識だな!」
「…全国でも珍しいチームだからな、月バスで特集された時もあったし。」
亜美の言葉にあきらめがついたのかそのままスルーして解説をしめる。

「なるほどだからスか…けど、このままやられっぱなしで黙ってるようなタマじゃないスよね?」



コートでは誠凛がタイムアウトをとり、なにか作戦を話し合っている。

タイムアウトが終わり試合が再開する。誠凛の10番火神がそれまで苦戦していた正邦の10番相手に1on1をしかけ、
「おおっ!」「はやーい。」
チェンジオブペースから一気に抜き去り、ゴールを決める。火神の速さに真たちも感嘆の声を上げる。

一方、隣のコートでは秀徳対銀望の試合が行われており、ちょうど緑間が連続三本目の3Pを決め、温存のために交代していた。
横目でそれを見ていた黄瀬は、
「…緑間っちの方はヨユーみたいッスね。」
特に面白げもないように評していた。
「ま、当然だろ、相手もフツーの中堅校だし、波乱はまずねーだろ…あるとすりゃコッチ…なんだが…」

「うお、なんだかいきなり、テンポがよくなったぞ!?」「ふぇっ、え。」「お、今度あっち行った。」
目の前のコートでは固い守備とは一転、正邦が素早いパス回しで誠凛を翻弄していた。めまぐるしいパスワークから10番がシュートを狙い、阻止するために火神がファールをとられる。

「火神っちの得点で誠凛もエンジンかかったと思ったんスけど、あと一歩うまくいかないッスねー。」
「いくらなんでもDFだけじゃ王者名乗れねーよ。OFだって並みじゃねー。」
展開の速さに、テンションが上がってきたのか真たちは興奮したようにコートを見つめ、黄瀬と笠松は冷静に分析を続ける。
「確かに正邦にはオマエや火神みてーな天才型のスコアラーはいねーけどな。タイプが違うんだよ。OFもDFも古武術の応用をしてる。特に三年ともなれば相当のレベルで使いこなしてる。正邦は天才のいるチームじゃねー。達人のいるチームなんだよ。」
「なんか、渋いですね。」「いぶし銀だ。」
春香と真美が反応を返す。
「…達人ならいるッスよ。誠凛にも。」
コートを見つめる黄瀬の目元は鋭くも楽しげだ。

 誠凛の攻撃となり、パスを回そうとしているが、密着DFにパス回しもしんどそうだ。しびれをきらしたのか誠凛の5番が誰もいない空間にボールを放り投げ…

「あっ、ミスった…ってなんだ今の!?」
誰もいなかったはずの空間に投げられたパスが突如としてブーメランのように戻り、真が驚きの声を上げる。その様子を黄瀬は面白そうに見つめる。
「いくら鉄壁の正邦DFも壁の内側からパスくらったことはないみたいッスね。」
コートでは慌てたような正邦のメンバーが多い。だがその中で正邦の5番は落ち着いており、慌てるチームメイトを落ち着かせるかのような力感のない、しかし速い動きでシュートを放とうとし…

バゴッッ!

「髙―い。」「鳥人間だ!」
ジャンプ一番、ブロックに成功した火神に亜美と真美が興奮した声ではしゃぐ。
 誠凛に勢いがつきはじめ、黒子のスティールから4番の3Pが決まり、第1Qを19-19の同点で終えた。

「黄瀬さん。さっきのブーメランみたいなパスどうやったんですか?」
休憩の間に、先ほどの黒子のプレイについて真が尋ねてくる。
「あれが、黒子っちのプレイッスよ。」
「黒子君の?」
「そッス。存在感の薄さや視線の誘導を利用してパスの中継役に徹する誠凛の達人ッスよ。」


休憩が終わり、第2Qが始まる。
再開されたゲームは誠凛からの攻撃で始まるが、正邦も本領を発揮してきたのか、第1Qよりも一段と厳しいDFを見せる。

「すっげー…プレッシャー…!」
観客席にまで正邦の気迫が伝わるのか、黄瀬や笠松のコートを見る目も真剣みを帯びている。
正邦10番の強烈な圧力に火神もたじろぐ…が突如湧いて出たような黒子の壁パスによりDFを突破する。すかさず4番のヘルプが入る。だがまたしても、黒子と火神は連携し、高くバウンドしたボールは火神によって直接ゴールに叩きつけられる。

「おおぉ!かっちょいー。」「ダンクってんでしょあれ?」
火神の豪快なプレーに興奮する亜美たち。
「前より二人の連係の息が合ってるッスね。」
「あのDFをぶちやぶるのかよ。」
感心したように告げる黄瀬と笠松、しかし
「けど…一つ気になるな…第2Qでかく汗の量じゃねーぞ。あれは…」
笠松の視線の先には、第2Qにしては早すぎるスタミナの消耗を見せている火神の姿があった。


幾度かの攻防が続き、28-31となる。
だが、突如プレッシャーの弱まった10番に誘い込まれる形で火神がダンクを狙い、

ピーッッ
「OFファウル!!白10番!!」
「なっ」
ファウルトラップにかかり、火神が四つ目のファウルを取られる。
「バッカ…!!何やってんスかもー。」
「こりゃひっこめるしかねーな。残り一つじゃビビッてまともにプレイはできねー。」
「???」
黄瀬と笠松は早いQで引っ込まざるを得ないことに呆れ声だ。一方、ルールに詳しくない春香たちははてな顔だ。
「なあなあ、黄瀬っち。ファウル4つもらうとどうして引っ込めるしかないんだ?」
響から疑問の声があがる。
「バスケだとファウル5つで退場になるんスよ。んでこんな早い時間から退場なんてシャレになんないスから一度引っ込めて、勝負どころでまた使えるようにしとくんスよ。」
「へー」

だが誠凛ベンチは予想の上を行く行動をとる。4ファウルの火神だけでなく、パスの要の黒子まで引っ込めてしまうのだった。
「あれ?今ひっこんだのって黒子君じゃ?」
真が気づき不審がる。
「ほんとッスね。黒子っちまで下げちゃ、勝つ見込みだいぶ下がるッスよ?」


交代で出てきた選手は、猫口の6番と細目の9番だ。あの二人を含めたメンバーが火神、黒子のコンビを擁していた時点よりも上だとは思えなかった。しかし…

「おおーっ、思ったより全然くらいついてるッスね。」
「…てかむしろ今の方がしっくりきてるけどな。」
誠凛メンバーは、先ほどまでよりもチーム全体での連携を生かして王者にくらいついていた。
「かさかさ、しっくりくるってどいうこと?」
「んー、黒子と火神は攻撃力がズバ抜けてるから即採用したんだろうが…あの二人を加えたチーム編成は春から作った型。いわばまだ発展途上なんだよ。」
「へー。あの髪の赤い人一年なんだ。」
ポイントのずれた感想をもらす亜美に笠松の解説が少しとまる。
「…4番日向のアウトサイドシュートと8番水戸部のフックシュート、それを軸にしてチームOFで点を取る今の型が、誠凛が一年かけて作ったもう一つの型だろう。」
「ふむふむ。」

ゲームは司令塔の5番伊月を中心に、ぎりぎりでくらいつくことで第3Qになるころには49-54となっていた。
そして、しばらく攻防はつづき…試合時間が残り5分というところで

ガッシャーン!
「おわ!」
「だ、大丈夫かな?」
交代で入った誠凛の猫口の選手がアウトボールを追いかけ、自軍ベンチに豪快に突っ込んでしまった。
上から見ても突っ込んだ選手は目を回していることがわかる状態だ。
「うーん、ありゃちょっとまずそうッスね。」
「残りの時間も時間だ。点差が6点あることだし、火神をだしてくるかな。」

しかし笠松の予想は外れ、出てきたのは黒子だった。
 黒子は一年生同士ということか正邦の10番とマッチアップするようだ。
一度引っ込んだことで、慣れてきた目がリセットされたのか黒子のパスが通り、誠凛に勢いがつく。気のせいか前半よりもほかの選手までDFを躱せるようになっている。
「ずいぶん研究したみたいッスね。誠凛は…」
「そうだな。正邦のプレイは特殊な分、癖があるから対策をしっかりしたうえで戦えば対応できるようにもなるか。」

残り時間がわずかとなってきとところで誠凛がついに逆転し、得点は70-69となる。
「やったー。誠凛が追い抜いた!」
黄瀬が応援しているからか真たちも誠凛に肩入れしてみているようだ。だが直後、正邦の4番が強烈なダンクを撃ちこみ誠凛を圧倒する。

「王者をなめるなよ!!キサマらごときが勝つのは10年早い!!!」
正邦の4番が意地をみせるように吠える。そして

「オールコートマンツーマン!?」
「守るどころかもう1ゴール獲る気だ…!!」
残り時間10秒ほどのところで正邦がコート前面に散らばり、誠凛にプレッシャーをかける。

残り時間8秒、水戸部がうまくスクリーンをかけ、伊月が敵陣深くに切れ込む。左サイドから中央の黒子にパスし、決着をつけようとするが…

「なんで…」
黒子の前に正邦の10番が立ちふさがる。黒子の行動が読まれていたことに驚く黄瀬、
「パスコースから逆算して察知したんだ…!!」
1on1の能力で劣る黒子ではDF力の高い10番を突破できない。しかし

「黒子ォオオ!!!」
ベンチから吠えた火神の意図をくんだのか、黒子はパスをスルー、同時に誠凛の9番のスクリーンによってフリーになった日向がボールを受け取り、シュートを決める。そして…

73-71
「試合…終了―――!!!!」


「「「「「「やったー!!」」」」」」
すっかり誠凛の味方になったのか、真たちが喜ぶ。

「となりの秀徳も終わったみたいスね。」
「これで決勝は秀徳対誠凛か…つか一日二試合ってムチャしすぎだろ…」

「もう1試合あるんですか?」
日程に驚く真、確かに約束していたとはいえ、女の子にバスケの試合を二試合も連続で見せるのは酷だろう。

「んー、まあ今日の目的はどっちかっていうと次の決勝なんスけど…」
「誠凛の試合、もう一つ見れんのか!?」「いつからやるんだ!?」
きついならイイっスよと続く言葉は亜美と真美の言葉に遮られる。

「3時間後。泣いても笑っても、そこで決勝リーグ進出校が決まる…!!!」

「たしか秀徳にも、黄瀬さんの元チームメイトがいるんでしたっけ?」
「緑間っちッスよ。たぶん見応えあると思うッスよ。」
真もどうやら連続観戦に乗り気なようで、全員で決勝を見るまで居るつもりのようだ。とはいえ3時間の待ち時間を会場で過ごすのも退屈だということで一度会場をでて、喫茶店にでも行こうという話でまとまった。

・・・・

喫茶店でくつろぐ一行は、バスケの話や仕事の話なども含めて様々なことを話して楽しんでいた。もっとも話しているのはほとんど黄瀬で、笠松はバスケの話のとき以外は、固い顔で外を眺めるようにしているが…

「そういや、真ちゃん、オレの事さん付けで呼んでるッスけどなんでッスか?」
「いや、そりゃ、黄瀬さんの方がセンパイですし…」
「オレ高校一年ッスよ?」
「うぇ!?そうだけど…ほらこの業界ではセンパイじゃないか?」
「いや、別に本業じゃないし…」
 出会い方が出会い方だったせいか、それとも長身の黄瀬に気後れするのか、真は年下の筈の黄瀬をさんづけで呼んでいる。

「むしろテメエはもっと敬語を覚えろ。」
「ほれほれ、まこちん、黄瀬っちもこう言ってることだし、呼び方をもっと親密なものにしたらどうかね。」
「黄瀬っちじゃ、うちらと同じだしな…」
 笠松のあきらめの入ったように呟く言葉は、亜美と真美の騒がしい言葉にかき消される。
「親密って、そんな…」
「うーん、真ちゃんなら涼でもいいッスよ?」
「ふあッッ!?」


・・・・

3時間後…

「おおお、両チーム出てきたぞ!!」
選手の入場に会場が盛り上がる。両チームの選手が円陣を組み、気合いを入れる。

「誠凛が王者連続撃破の奇跡を起こすか、秀徳が順当に王者のイスを守るか。」


「さぁ…決勝だ!!」



[29668] 第7話 信楽の狸がおいてある
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/02/27 22:22
コート上に誠凛と秀徳の選手が散っていく。その中で赤髪の選手、火神の気迫は他を圧倒していた。秀徳のメガネをかけた選手、緑間と何事か挑発し合っているようにも見える。

そして…コートの中央でボールが舞い上がり、決勝が開始される。


第七話 信楽のたぬきがおいてある

「なあなあ、黄瀬っち。緑間っていうのはどいつなんだ?」
 試合は誠凛ボールで開始され、響はコートに目を向けながら尋ねる。

「緑間っちは、あれッスよ…今、ちょうど火神っちをブロックしたメガネのやつ。」
誠凛は黒子のパスを利用し、速攻をしかけ、黒子―火神の連係によるアリウープを狙うが、単純な高さでは負けていない緑間によって防がれる。
「あーあれか、緑間っち。どういうやつなんだ?」

落ちたボールは秀徳に確保され、秀徳は攻撃にうつるが日向のDFにより無得点となる。
「頭いいッスよ、変わったとこあるッスけど。あとおは朝の信者ッス。今日のラッキーアイテムとか絶対もってるッスから、たぶん控室に信楽のたぬきがおいてあるんじゃないスか?」
「そうじゃなくて、選手としてさ!」
とぼけたような黄瀬の紹介に思わず声が上げる。
「プレーヤーとしては、まあ見てれば分るッスよ。でもまあ、オレとは違って残りのキセキの世代のメンバーは半端ねェスから。」
「…黄瀬君も十分凄いでしょ。」
はぐらかすような言葉に真は少し照れながら呟く。

第1Q経過が二分近くとなったところで得点はいまだに0-0。
「なんか…点数が全然入らないですね。」
均衡状態が続く試合展開に、春香が感想を述べる。
「バスケットの試合は1Q10分の4Q。つまり、最低3回流れが切れて変わるポイントがあるんだが、逆に言えば一度流れをもってかれるとそのQ中に戻すのは困難なんだよ。両チーム無得点のままもうすぐ2分。このままいくと第1Qはおそらく…先制点を取った方が獲る…!!」
笠松が展開の予想を解説する。コートでは誠凛のシュートミスから秀徳が速攻を仕掛け、10番の中継により緑間にフリーでパスが渡り、3Pシュートが放たれる。

放たれたシュートの軌道は通常のそれよりも高く、高くループを描き

パッ!

枠に触れることなくゴールを通過する。緑間は結果が分っていたのか、シュートを放ってすぐに自陣に戻ろうとしていた。

「うお、なんだあれ!?」
「均衡が破られた!」
「これで流れは秀徳だ…!!」
黄瀬や笠松ですら、流れが傾いたと思った。しかし

ドキャッッ

素早くボールを回収し、全身の回転を利用した直線軌道のパスが誠凛ゴールから秀徳ゴール近くまで送られ、走り込んでいた火神によってダンクが決められる。
「なになに、今の!?」「レーザービームだ!!」
真美と亜美も驚くが、黄瀬と笠松も呆気にとられている。

コート上の選手たちも唖然とした表情をしている。思わぬ好プレーに点数こそ2-3だが流れは変わらず均衡を保つ。
秀徳から再開したボールは再び緑間に渡されるが緑間は撃たずに不機嫌そうに横に流す。

「…珍しいッスね。」
「どうしたの?」
思わず漏れた黄瀬の呟きに真は尋ねる。
「緑間っちは外れる可能性のあるシュートは打たないんスよ…でも今のは、いこうと思えばいけたと思うんスけど…」
「なんか、そのセリフだとまるで打てば必ず入るみたいさ。」
響の茶化したような台詞は
「まあ、体勢さえ崩されなければそうなんスけど…」
という言葉に肯定され、思わず響たちは黄瀬を、ついで緑間を凝視する。

「まあ、今のはいけただろうが…ありゃ緑間封じだな。」
「緑間っちが封じられてる?」
笠松が今のプレーの意図に気づき、黄瀬が尋ねる。
「ああ、あの透明少年の回転式超長距離パスでな。緑間のシュートはその長い滞空時間中にDF に戻り、速攻を防ぐメリットもある。だが全員が戻るわけじゃねー。万一、外した時のために残りはリバウンドに備えてる。」
教えてかさかさのコーナーが始まり、真たちも聞き入る。
「その滞空時間がアダになるんだ。緑間が戻れるってことは火神が走れる時間でもある。戻った緑間のさらに後ろまで貫通する超速攻がカウンターで来る。だから緑間は打てない。」
「おーなるほど!」「ふむふむ流石ですな。」
亜美と真美の真剣めいた悪ふざけも笠松はスルーして説明を続ける。
「にしてもそのパスを見せつけるタイミングと判断力。一発で成功させる度胸…流石だ。ああ見えてオマエと帝光中にいただけはある。百戦錬磨だ。」
「いやーそれほどでもないッスよ。」
「オマエじゃねーよ。」
わざとらしく照れたフリをする黄瀬に表情を変えず突っ込みが入る。

「黄瀬さんの居た中学校って強いんですか?」
「そういえば、よくキセキの世代とか言ってるよな。なんなんだそれ?」
雪歩の疑問に響が重ねて尋ねてくる。
黄瀬と笠松は顔を見合わせ、笠松は無言でプレッシャーをかける。

 オマエが説明しろ。と

「…強いッスよ。全中三連覇したり、オレらの世代は負けなしだったッスから。」
「へー。」「黄瀬っちといい、黒子っちといい人は見かけによらないもんだな。」
亜美と真美はわざとらしく感嘆する。

「…キセキの世代っていうのはオレらの世代。オレと緑間っちとあと三人が合わせてそう呼ばれてるんスよ。」
「…あの黒子って人は入らないのか?」
 正邦と秀徳の試合を見て、そして黄瀬が引き抜きたいと言っていたプレーヤーなのだから入っても不思議はないのでは?と真が尋ねる。
「黒子っちは、自身の能力が低すぎるんスよ。【影は光があってこそ輝く。】ってよく黒子っちが言ってたッス。」
「あんなパスができるのに能力が低いんですか?」
先程のパスを思い出したのだろう、春香が驚きの声をあげるが…
「黒子っちにできるのは、パスとミスディレクション、視線の誘導だけなんスよ。自分では得点を決めることもドライブで抜くこともできない…それでも5人が認めるプレーヤー、幻の6人目って言われてるッス。」
「幻の…6人目…」
雪歩が感心したように呟く。

「ちなみに幻と呼ばれるのは影が薄すぎて普段、周囲の人が気づかないとこからきたらしいッスよ?」
「ふぇ?」
「しかも、キセキの世代に取材が来たときも、黒子っち、声がかかってたのに、存在忘れられて帰られたっていう…」
「ふぇえええ!!?」
「おいおいそんなのがあったのかよ…」

 説明が続いている間に試合は運び、秀徳の監督から指示黒子のマークが10番に代わる。黒子はミスディレクションを駆使して姿をくらまし、タップパスをつなごうとするが

バチッ!!

10番によってカットされる。切り札の思わぬトラブルに慌てた誠凛はタイムアウトをとる。
「おいおい、あいつ上からモノが見えてるのかよ。透明少年のパスを止めたぞ!?」
「あらー、大したもんッスね。」
10番高尾の鷹の目に驚く笠松と、少し感心したようにコメントする黄瀬。
「なあなあ、黒子っちってパスしかできないんだろ?」「通用しなかったら困るじゃんか!」
真美と亜美がいきりたって聞いてくる。
「まあ、そうッスね…」
「落ち着いてますね。」
気にした風もない黄瀬の様子に春香が首を傾げる。
「さっき言ったように黒子っちは一人ではなにもできないプレーヤーッス。でも帝光中でレギュラーをとり、チームを勝利に導いたんスよ?」
「…」
「あの程度で終わるはずないじゃないっスか。」
真たちは、黄瀬と黒子との言葉にはできない絆を感じたように黙り込む。

しかし黒子のパスは通用せず、ムキになったようにパスをだすが、それは10番にカットされる。
攻撃権が秀徳に移り、中盤で様子を伺うようにボールを回す秀徳。誠凛もエリアへの侵入を阻止しようとDF体勢をとり、緑間はそれを嫌ったように距離をとる。そして緑間がセンターライン上でボールを構え、

「マジかよ!?」

センターラインという常識はずれの位置から3Pを決め、会場の度肝を抜く。
「すごーい。」
雪歩も感心したように見ている。

「でもさっき言ってた、緑間封じってのはどうしたんさ?」
響が尋ねるが、その答えはコート上で明らかになっていた。
「遠くから打てるからさっきよりも早く戻れる。ああやって自軍のゴール下まで戻っときゃさすがに後ろはとれねぇわな。」
 先ほどよりも自陣のゴール下まできっちりと戻り、DFに備える緑間の姿があった。

遂に8-14と地力の差が出始めた、残り3分ごろしびれをきらしたのか火神は3Pを放ち、しかしそれは枠に直撃する。だが

ゴッッ

一連の流れだったのだろう、走りこんだ火神はそのままボールを押し込む。

「おいおい、あいつ…!」
流石の黄瀬も驚いた表情をする。火神の一人アリウープに会場がざわつき、秀徳にも動揺が感じられる。だが、冷静に秀徳の4番がゴール下からシュートを決めて11-18、残り14秒となる。

なんとか2ゴール差で終わらせたい誠凛は日向が3Pを決め14-18。
「おー。」
「最後いいとこで決めてきたな。」
黄瀬と笠松が感心したようにコメントし、
「4点差だったら、まだまだなんだろ?」
響が尋ねてくる。
「まあ、第1Qはまずまずだな…」
笠松が1Qの総評をのべて、誠凛も休憩に入ろうとする。しかし…

「ウソだろ…?」

秀徳ゴールの下から放った緑間のシュートは枠にあたることすらなく、コート対岸の誠凛のゴールを通過する。

「すごい…」
バスケに詳しくない真たちにも凄さがわかったのか驚いた表情でコートをみている。

「やっぱすげえな、オマエの元チームメイト…あれって前からか?」
笠松も戸惑うように尋ねる。
「いや、中学のときはハーフラインまでッスよ。まあ、打つ必要がないから隠してただけかもしれないッスけど…」

「ねえねえカサカサ。」「今ってまずい状態なの?」
動揺を見せる会場の様子に、亜美と真美が尋ねてくる。
「…まあ、点差自体はまだ騒ぐほどのものじゃねえけど…点差以上にありゃきついのもらっちまったな。」
「どういうこと?」
笠松の返答に対して、真が隣に座る黄瀬に尋ねる。
「終了間際に3Pもらうと精神的にこたえるんスよ。それに、誠凛は火神っちを攻撃の軸にしてるから2点ずつスけど、秀徳は緑間っちを軸にして3点ずつ入れてくる。」
「そうか、同じだけシュートを決めても、点差が開いていくのか。」
真は黄瀬の説明に納得して、答えを導き出す。

「そうッス…そういや昔…」
「えッ?」
過去を思い出しながら呟くような黄瀬の言葉に真は聞き返す。
「いや、真ちゃんはバスケで一番カッコいいシュートってなんだと思うッスか?」
「ボク?えーと…」
「はいはーい、真美はねぇ、あのがつーんてゴールに叩きつけるやつ。」「ダンクだろ、たしかにあれはカッコいいよな!」「亜美も亜美も!」
答えを考えていた真を遮って響たちが盛り上がる。真もその様子を見て

「ボクもダンクかな…」
とやや小さく答える。
「特に、ボールを床に叩きつけてから空中でボールを掴むやつ。」
今度は少し声を大きくして答える。

「一人アリウープっスか、珍しいのをチョイスするッスね…ああ、正邦のときに火神っちがやってたやつッスか?」
高校レベルではまずでてこないプレーがバスケ初心者の真からでてきたことにわずかに黄瀬は驚くが、本日の1試合目で火神が似たようなことをやっていたことを思いだし一人納得する。
「違うよ、黄瀬っち。」「まこちんが想像したのはー、火神っちじゃなくて」「うわぁああああ!」
亜美と真美が不満げな顔で何事か説明しようとするが、真は顔を朱くしてそれを止める。
「えっと、黄瀬さんはなんだと思うんですか?」
暴れる真を放置して、目を瞬かせている黄瀬に春香が尋ねる。
「そうッスねー、たしかにオレもアリウープがカッコいいと思うっスよ。」
直前まではダンクだと思っていたのだが、いざ言われてみるとたしかにアリウープも花形といえるプレーだろう。
 それを聞いた真は顔を紅潮したままだが、大人しく席に座る。

「んでそれがどうしたんだ。」
笠松が進まない話を促す。
「昔、緑間っちとその話したんスよ…そしたら緑間っちいきなり【だからお前はだめなのだよ。より遠くから決めた方がいいに決まっているのだよ。なぜなら3点もらえるのだから。】って真顔で言うんスよ。」
「まあ、たしかにそりゃ、そうかもしんねーけど…」
「うーん、そういう話ではないような気が…」
笠松が呆れ、春香も遠慮がちに呆れている。
「そうなんスよ。緑間っち、頭いいのにたまにアホなんスよね!」

「…」
この話はどこに落ち着くのだろうか?話を聞く真たちは無言となる。

「んで、そのあとこうも言ったんスよ。【いずれオレが証明してやろう】って。」
「…んで?」
笠松が問いかける。

「いや、まあそれだけなんスけど、ブ!」
さんざん騒いぎにしておいてオチもなく締めた黄瀬に笠松から強烈な突っ込みが入る。

「なにが言いてえんだ、てめえは!?」
「いや、それだけなんスけど、実際、緑間っちのあれは半端ねーって話ッスよ!!」
怒る笠松に連撃はさけようと必死で抗弁する黄瀬。その言葉に一応、攻撃がとまる。

「実際問題、緑間っちのシュートのあの長い滞空時間は精神的にくると思うんスよ。」
「たしかにな…」


インターバルが終わり、第2Qが始まる。緑間を止めるためか、黒子が緑間につく。どうやら、対海常戦でとったという黒子-火神の連係DFをとるつもりのようだが、そのことごとくは鷹の目を持つ10番の妨害にあって成功しない。そして…

「ああっ!また決まった!」
緑間の連続3Pに対し誠凛も水戸部のフックシュートで対抗するが、真の言うとおり、緑間のシュートは落ちることを知らず3連続で決まり、徐々に点差が開き16-29となる。

「まじぃな。いよいよ誠凛万策尽きたって感じだ…」
笠松の声に諦めの色が入り始める。だが
「いや…どうスかね…」
黄瀬の反論に真たちも視線を向ける。

「たぶん、こんなもんじゃねッスよ。これからッスよ。あいつの秘められた才能が解放されるのは…!!」
「あいつって誰さ?」
黄瀬の言葉に響が反応する。コートに視線を向けたままの黄瀬はそれに答えず、試合もズルズルと点差を離されたまま前半終了となった。

「う~、根性見せろー!」「誠凛~!」
亜美と真美が試合展開に不満を垂れている。

「見せてるよ。あんだけ力の差を見せつけられてまだギリギリでもテンションつないでんだ。むしろ褒めるところだ。」
笠松が誠凛を擁護する。思わせぶりな黄瀬の言葉にも関わらず、前半は流れが変わらず圧倒的な緑間の力が際立つだけであった。

「黄瀬君。さっき言ってた、こんなもんじゃないってどういう意味だったの?」
「…キセキの世代のオレ以外の4人のメンバーとオレには決定的な違いがあるんスよ。」
「黄瀬君と…?」
 真の質問に黄瀬は、わずかに逡巡しつつ答える。

「オレの能力はコピー。一度みたプレイを即座に返すことッス。けど、ほかの四人はそういうレベルじゃない。身体能力の違いなんかじゃなく、誰にも…オレにもマネできないセンスをそれぞれ持ってるんスよ。」

「オマエのも十分やっかいだがな。」
黄瀬の言葉に笠松が気のなさそうな装いで答える。

「まあ、そうスけど…」「オイ、謙虚って言葉知ってるか?」「…」
わずか沈黙が流れるが、黄瀬はスルーして続ける。

「こないだの試合で分ったんスけど、火神っちは、まだ未完成ながらも、キセキの世代と同じ…オンリーワンのセンスを秘めてる。」
「オンリーワンのセンス…」
アイドルである彼女たちにとってもそれは必要なことなのだろう、呟くように言葉が漏れる。

「だからこそ…あいつはいずれ闇に囚われるかも知れない。黒子っちのかつての光と同じように…」
「???」

その言葉の真意は、真たちには分らなかった…




「第3Q始めます。」
両チームがコートに現れ、試合が再開する。

「あれ…?黒子っちベンチスか。」
「まぁ…高尾がいる限りしょーがねーだろ。にしても無策つーか…」
黄瀬の言うとおり黒子はベンチで座っており、代わりに小金井がでている。

 秀徳ボールで始まった試合は、開始10秒足らずで緑間が3Pを決める。火神はいつの間にか追いすがり、それをブロックしようとするが間に合わない。
 誠凛も小金井が返すが得点は29-48とやはり徐々に開いていく。

 再び緑間にボールが渡り、シュートを放つ、今まで以上の気迫で火神が跳ぶ。ボールは止まることなくゴールに向かうが…

ガカッ!

今まで完璧だったシュートは枠に直撃し、なんとかゴールに転がり込む。

「おしい、もうちょいで外れたのに!」「くっそー、外れねー!」
亜美と真美が悔しげに声をたてるが、黄瀬は緑間のシュートが枠に当たったことに驚いた表情をしている。


【かに座のアタナは絶好調!!ラッキーアイテム狸の信楽焼を持てば向かうところ敵なし!!…ただし獅子座の方だけは相性最悪!!出会ったら要注意…】

黄瀬のiP○dから思い出したようにおは朝が流れる。




 誠凛は3Pを決めて、点差を詰めると火神のオールコートでボックスワンのDFに陣形を変えた。

「うおっ!なんか火神っちすごいぞ!?」
火神の気合いを読み取ったのか響が驚きの声を上げる。

火神の気迫など意に介した様子もなく、10番のスクリーンでフリーになった緑間はシュートの体勢に入るが…

「止める!!見つけたぜ、テメーの弱点!!」
火神が気合いとともに緑間に追いつき、

「距離が長いほどタメも長くなるってことだよ!!」
ボールは止まらずにゴールに向かうが今度は入ることなく跳ね上がり、

バゴォッ

秀徳の4番、大坪によってゴールへと押し込まれる。


「くっ、もうちょっとだったのに!」
ようやく訪れた変化の兆しに真も声を上げる。

「…片鱗はオレらとの試合のときから、あったッス。」
黄瀬は呟く。コートでは再び緑間がボールを持ち、さきほどよりもゴールに近い位置でシュートの体勢にはいる。

「キセキの世代と渡り合える力。バスケにおいて最も大きな武器の一つ…アイツの才能は天賦の跳躍力ッス!!」
火神は今度こそ、ブロックに成功し、ボールは誰もいない秀徳陣営に転がる。

「そうか!!より遠くから打てるということは、もし逆にブロックされたら自陣のゴールはすぐそこ…絶好のカウンターチャンスだ…!!」
笠松の言葉通り、誠凛はカウンターを決め、34-50となる。

 その後も、火神の連続ブロックはことごとく緑間をとめ、さらには

「速いっ…!!」
離れた位置から一瞬でヘルプに回り、4番のダンクすら弾く。


「すごい、すごーい!」「ホント鳥人間だ!」
亜美たちも興奮したように声をたてる。しかし…

「いや、多分このままはいかねぇな。」
コートを見つめる笠松は冷静に分析する。その後も火神は攻守にわたって異常な跳躍を見せつけ、点差を47-56の一桁差まで持ち込む。だが…


「えっ…!?」
笠松の言葉を肯定するかのように失速は突然訪れる、緑間のシュートをブロックするどころか跳ぶことすらできず、見送る火神。

「ありゃ、ガス欠ッスね。」「…多分な。」
「ガス欠!?」
黄瀬と笠松の解説に真達は驚き、二人に視線を向ける。

「おそらく火神っちはまだ、常時あの高さで跳べるほど体ができてないんスよ…」
「それを乱発して孤軍奮闘してたからな…しかも途中交代とはいえ2試合目、大分、削られてたからな…」
二人の解説に真たちはコートに視線を戻して、火神を見る。

果たしてそこには単騎で突撃し、緑間にブロックされている火神の姿があった。
「それに…あのままいくと不味いッス。」
「たしかに…体ができてねぇのにムチャしたら次の試合どころか、選手生命にも…」
「そういう意味じゃないんスよ。」
火神の状態が深刻であることを笠松は指摘するが、返す黄瀬の表情はいささか悲しげだ。

「?」「どういうこと?」
真は心配そうに尋ねる。

「あのままいったら、火神っち、オレらみたいになるッスよ。」
「それって、キセキの世代みたいに?」「それって不味いのか、黄瀬っち?」
亜美と真美が疑問の声を上げる。

「黒子っち、また光をなくしちゃうッスよ…?」
それには答えず、黄瀬は呟くように誠凛ベンチを見ていた…





[29668] 第8話 なんの呪文ッスかそれ!?
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/02/27 22:22
第3Qが終わり、得点は47-61。誠凛ベンチでは険悪な雰囲気が流れていた。

「オイ!なんだそれ。それと自己中は違うだろ!!」
突然誠凛ベンチから怒鳴り声が聞こえ、真たちは視線をベンチに向ける。そこには殴り合う黒子と火神の姿があった。


第八話 なんの呪文ッスかそれ!?


「ちょっ、あれなにやってんだ!?」
思わず身を乗り出す真、誠凛のベンチを中心に、ざわめきが広がる。

しかし殴り飛ばされた黒子が何事か話したのか、火神は落ち着き…冷静になった誠凛に士気が戻る。

「黒子っちもやるッスねー。」
「でも殴るのは…」
黄瀬は楽しげに感心しているが、雪歩は突然の暴力シーンに脅えている。

「まあ、頭は冷えたみたいだが、誠凛の劣勢は変わらねえだろ。」
笠松もいささか安堵したようにコメントする。

「そうとは限らないッスよ。」
黄瀬の見る先には立ち上がり、コートに戻る黒子の姿があった。




第4Qが始まり、冷静になった火神がうまくパスを流して誠凛が49-61と点差を詰める。

「透明少年、でてきたのはいいが、どーすんだ?10番が居る限り、あいつはもはや切り札じゃねえ。」
「いやー、オレらの認めた人ッスよ?そんな簡単にはいかないッスよ。」

緑間がリスタート早く、3Pで得点を返そうとするが、ガス欠の筈の火神は体力を振り絞り、それをはたき飛ばす。さらに伊月がシュートを決めて51-61。


「おおっ、火神っち、まだまだやるぞ!」
響が感心したように言うが、
「いや、恐らく今ので体力はほぼ空だ。跳べてもあと1回だろう。」
笠松は冷静に切り返す。

そしてコート上では、ボールが巡り、誠凛の攻撃。伊月がパスの受け手を伺うようにするが、中継点の黒子は10番を引きはがせない。
10番の鷹の目に囚われたまま…かと思いきや、10番は意識を黒子に集中しすぎて、黒子の姿を見失う。
 鷹の目は、優れた空間把握によって視点を立体的に保つ能力だ。だが、黒子は自身にあえて意識を集めさせることで、広範囲なはずの高尾の視野を狭めさせたのだ。
一瞬で裏を取る黒子に対して、10番は姿を見失った黒子を追いかけるのではなく、全体の配置からパスコースを予測し塞ごうと動くが、


バキュアッ

しかしそのパスは前半までとは違う、殴りつけるようなパスで、軌道を変えるのみならず加速したボールは派手な音をたてて、火神の手に収まる。

「絶対に行かせん!!」「うぉおおおあ!」
気合いを上げる火神と緑間、二人の攻防は火神に軍配があがり、ダンクが決まる。

「おぉおお!」「なんだあれ!?」「ふえええ!?」
驚いたような声を上げる亜美たち。

「加速するパス、イグナイト。黒子っちの一段上の、キセキの世代しかとれなかったパスッスよ。」
「すっご…!」
黄瀬の言葉に真も感心したように黒子を見ようとする。

「って!ガス欠寸前で大丈夫なんですか、火神さん?」
春香が驚きから回復し尋ねる。
「まあ…今のはムリしてダンクいく場面でもなかった、って見方もあるな。」
「…」
 あっさりとした笠松の言葉に一同が黙り込む。追い打ちをかけるように
「ってかそもそもダンクってあんま意味ねーし。疲れるワリに結果は同じ。」
「えっ…そういえば…」
 笠松の容赦ない評価が下り、真たちが気づく。
「派手好きなだけスよ、アイツは!」
「まーな…いやオマエもだろ…」
笠松の評価に対して黄瀬が火神への評を下し、笠松がつっこむ。とはいえ

「けどじゃあ全く必要ないかって言えば、それも違うんだよ。点数は同じでもやはりバスケの花形プレーだ。それで緑間をふっ飛ばした…今のダンクはチームに活力を引き出す、点数より遥かに価値のあるファインプレーだ。」

 笠松の言う通りその後、勢いを取り戻した誠凛は、復活した黒子のパスを軸に盛り返し、2ゴール差まで追いすがる。そして…


「やった!また決めた!」
残り2分の時点で誠凛がついに一ゴール差に追いつめ、真が喜びの声を上げる。秀徳がタイムアウトをとり、最後の作戦会議に入る。

「秀徳がつき放すか、それとも誠凛が追いすがるか、分かれ道のT・Oだ。」
笠松や黄瀬も集中して行方を見つめる。

再開した試合は、火神のガス欠を読んで緑間にパスを集中して秀徳が攻めようとする。しかしその展開を読んでいたのか、パスは黒子によってスティールされる。カウンターに走る誠凛はしかし、王者のプライドを見せた渾身のブロックによって阻まれる。


「なんかブキミな展開だ。」「得点が動かなくなったぞ。」
亜美と真美の言葉通り、得点は76-77のままだ。
「もっと激しくなると思ったんスけど…」
「残り1分…おそらく動き始めたら一気だ…!!」

緑間が一瞬のスキをついて3Pを決め、差を広げる。誠凛も日向の3Pで返す。誠凛のスティールからの攻防により秀徳の攻めが終わり、誠凛ボールからリスタートが切られる。

「残り15秒!!」
「誠凛逆転の最初で最後のチャンスだ。」
その展開を読んだのか、日向には東京屈指の大型センター4番大坪が張り付く。

「ああっなんかゴツイのがメガネに張り付いてるさ!?」
響も攻防の鍵が日向だと分かったのだろう、声をあげる。

「それでも誠凛は3Pしかねぇ、日向が決められなきゃ負けだ!」
笠松の言葉は誰より誠凛が分っていたのだろう、火神のスクリーンにより日向は一瞬、マークを外れる。そして3Pラインよりもはるかに遠い距離でボールを受け取り…

残り5秒、日向が長距離の3Pを決め誠凛が逆転する。

「やっりぃ!」「やった!!」
真たちは誠凛の勝利に喜び、笠松ですら誠凛の勝利に張りつめていた気を緩める。しかし
「まだッス!!!」

黄瀬の叫び通り、試合はまだ終わっていなかった。素早くリスタートした10番から緑間にボールが渡る。残り3秒、ブザービーターを狙う、緑間のシュートが放たれ、

「ああああ!!!!」
限界を超えて、火神がブロックのため、高く、高く跳躍する…

「…!!?」

緑間は読んでいたのかシュートを放たず、踏みとどまる。そして驚愕する火神の目の前で…

残り1秒、再び振り上げたボールは上がることなく、忍び寄った黒子によって床へと落とされる…


「試合…終了――――!!」
長い、長い試合が終わりを告げた。



・・・・


「すごかったねー。」「うん、かっこよかった。」「火神っちスゲー。」
会場を後にしながら、春香や雪歩は今日の観戦を振り返る。

「今日の、相手って王者だったんだよねぇ?誠凛このまま優勝とかするんじゃない?」
真美も興奮冷めやらぬといった感じだ。

「まあ、東京は三大王者。あと1校残ってるが…どう思う、黄瀬?」
笠松が黄瀬に尋ねる。
「あと1校はどこなんですか?」
質問に真がかぶせる。

「泉真館ッスね…でも、まあ問題はそっちじゃないッスよ、きっと…」
「…桐皇か…?」
考え込むような黄瀬の言葉に笠松が尋ねる。

「桐皇?三大王者ってのに入ってないのに優勝候補なのか?」
「桐皇は最近、スカウトに力をいれてて、急成長してるんだよ。それに…」
真の疑問には笠松がこたえ、黄瀬が言葉を続ける。
「桐皇には、東京で進学したもう一人のキセキの世代がいるッスからね。」
「もう一人のキセキの世代…。」「でもでも、今日の緑間っちもそうなんだろ?」
呟くような真と話に加わる響。

「そうッスけど…黒子っちと火神っちにはちょっと因縁めいた対決になるッスよ、きっと…」
「???」

「…火神を黒子っちの今の相棒、光と呼ぶなら、あの人はキセキの世代のかつての光ッスから…」


・・・


 その後、体育館からでると天候は今にも雨が降りそうな状態となっており、降られない内に帰ろうという結論に達した。その際、「もう遅いから女の子を一人では帰せないッスね。近くまで送るッス。」という言葉にあたふたとした真を亜美たちがからかい、真は春香たちをおいて脱兎の如くに走って行ってしまう。
 結果、春香たちは真を追って行ってしまい、その日は現地解散となる。




ちなみに、さらにその後、黄瀬と笠松は土砂降りの雨から逃れるために入ったお好み焼き屋で誠凛、そして緑間たちと出会うこととなり、ひと騒動起こすのだが…
 一日デートを終えた真たちがそれを知ることはなかった。


・・・・


数日後、765プロ事務所、

「なにやってんだ、真?」
プロデューサーは、こそこそとTVを見ようとしている真の不自然な挙動に、扉から疑問の声をかける。

「あ、いや、その…」
「お、今日誠凛の試合があんのか。」「見よう見よう!」「亜美もー!」
やましいことではないのだが、なぜかしどろもどろになる真、プロデューサーの背後から響たちが騒々しく入ってくる。
「誠凛?」
疑問符がつきないプロデューサー。

「いや、うちらこないだ黄瀬っちとバスケ見に行ってから、はまっててさぁ。」
「今日は、こないだ見たチームが決勝トーナメントで戦うんさ。」
「お、やってるやってる。」
亜美と響の説明に納得する。しかし…

「黄瀬君と…?」
 以前、彼が真をデートに誘っていたのを思い出す。相手がモデルとはいえ、アイドルである彼女がデートをするのは、なかなかに複雑だ。だが…

「あのプロデューサー、私たちもみんなで行って、黄瀬さんとこの前会った海常のキャプテンの方に説明してもらってたんですよ。」
 いつのまにか隣に立っていた春香から少し慌てたような説明を受ける。ようするにみんなで行ったおでかけなのだから、気にすることはなにもない。と言いたいのだろう…

「うーん、黄瀬君かー。随分、真によくしてくれてるよねー。」
律子が顎に手をあて考え込むようなそぶりで室内に入ってくる。やはり、不味いかな?と思ったプロデューサーだが…

「真。その調子でたぶらかして、765プロに引きずり込んじゃえ!」
「た、たぶらかしてって、そんなことしませんよ!」
どうやら考え込んでいたのは別の事らしい。たしかに黄瀬は現在、かなり売れているモデルだ。高校生であるし、忙しいこともあり、人気の割に仕事量が多くないため、数が少ないのも人気に貢献しているのだろう。

・・・

「それでどこの試合がはじまるのよ?」

テレビでは誠凛対桐皇の試合が始まろうとしていた。結局、事務所に居たヒマなメンバー全員がテレビを見ることとなった。伊織が向かいの席に座る真に尋ねる。

「誠凛と桐皇学園。どっちも黄瀬君の元チームメイトがいるらしいんだけど…」
「黒子さんと…たしか青峰さんですよね。」
 春香は、その名がかつて自分たちを助けてくれた人の名であることを思いだして嬉しげに答える。真は伊織に返しながら画面から青峰を探そうとするが…

「あれ?…いない?」
画面の中から青峰を見つけることはできなかった。
「どういう方なのですか?」
高音が尋ね、響ががさごそと鞄を漁り、

「じゃーん、黄瀬っちの中学が乗ってる雑誌!見つけてきたぞ!」
どこから手に入れたのか以前の月バス、帝光中の特集号を机に広げる。

「どれどれ、黄瀬っちはどこかなー?」
「青峰って人じゃないの?」
亜美がページをめくり、黄瀬のページを広げる。千早は当初の目的とずれていることを指摘するが亜美のページをめくる手は止まらない。

「あった。」「おー、ガッツリ載ってるぞ!」
真が黄瀬のページを見つけ、その量に真美が驚く。

【中学二年から、バスケを始めるも恵まれた体格とセンスで瞬く間に強豪・帝光でレギュラー入り、他の4人と比べると経験値の浅さはあるが、急成長を続けるオールラウンダー・・・】

「二年生から!?」
 黄瀬のプレイをわずかだが見たことのある真が驚きの声を上げる。自身、運動を得意としているからなおのこと強豪校でレギュラーを獲ることの難しさが分るのだろう。

「うーん、モデルをしてる写真もいいけど、こういう写真もいいわねー。」
覗き込む律子が唸るように評する。
「青峰さんのページは…」
じっと黄瀬の写真を見つめる真から本を引き離し、春香がページを探す。だがそのページが見つかる前に

「ねえねえ、なんか試合はじまってるよ。」
美希の声に本を覗き込んでいたみんなが慌ててTVに視線を向ける。

「あっ!!」
そこには開始された試合と早々と3Pを決める桐皇の9番の姿があった。

 一旦、本のことは放置して試合をみる一同。試合はテンポの速い展開で、開始4分ですでに10-4と得点を刻んでいた。

 画面を見ていた雪歩は、今も謝りながらシュートを放つ9番を、
「あの人…なんで謝りながら投げてるんだろ?」
気の弱い同士、親近感がわくのか、興味深げに見ている。

 速い展開の中、試合が進む。優勢なのは桐皇。今も火神が遠くからシュートを放ち、秀徳戦のときのように届く前にゴールに走り込もうとするが、そのプレイは桐皇の7番に阻まれる。ゴール周辺の選手もそれぞれマークにつかれ、ゴールに弾かれたボールは桐皇にわたる。その後の攻防も、まるで知っているかのような動きで桐皇が誠凛の動きを封じる。

「あー、なんか火神っちのチーム全然のれてないぞ!」
前回の観戦以来、誠凛びいきの響が叫ぶ、
「でも、こういうときに活躍するのが黒子っちでしょ。」「今どこ~?」

亜美と真美も前回の観戦で多少、誠凛のことが分ったのか、誠凛のキーマンの一人を探す。
画面では日向が9番を抜こうとして阻まれる。しかしその9番は影から現れた黒子によって止められ日向はゴールエリアに侵入、シュートフェイクからのパスを受けた火神が背面ダンクを決め15-21に詰め寄った。

その後も、桐皇は黒子の予想できない動きを軸に撹乱し、第1Q終了時には21-25と詰め寄っていた。



第2Qが始まって早々、黒子-火神の連係により、火神は豪快なアリウープを決める。わきたつ響たちだが…


「誠凛メンバーチェンジです。」

「あれ、火神っち引っ込んじゃった。」「えー、なんでー。」
 突如として、得点を挙げた火神が小金井と交代する。豪快なプレーで魅せていた火神が下がってしまって亜美と真美たちも不満そうだ。

「調子よくなってきたところに見えたけど、ねえ?」
 春香が首を傾げながら真に尋ねてみる。

「よく分らないけど…前の試合かなりムチャしてたし、その影響じゃないかな?」
真が推測を口にし、TVに視線を戻す。試合は火神が抜けたことにより、高さがなくなった誠凛はリバウンドがとれず、カウンターを取られ続けていた。そのせいで点差が開き始めて前半残り5分の時点で29-38となっていた。 


「ちょっと、誠凛負けてるわよ。」
真たちが誠凛を応援していると知って、現状をあえて口にする伊織、
「まだまだですよ、きっと。前の試合も後半からすっごい逆転でしたし。」
春香がそれでも誠凛を信じて応援する。
「そうさ、ほら。」
真が画面を示すとちょうど誠凛のメンバーチェンジが告げられ、火神がコートに入ろうとしていた。

「あっ、青峰さんだ。」
画面を見ていた雪歩がぼつりとつぶやく。
「えっ、どこだどこだ?」
試合が始まったことで忘れていたが、噂の青峰がでたことで画面を探す響たち、
「あの、火神さんの横の色黒の人…」
 コートの外、誠凛ベンチ付近で、色黒の男、青峰が火神に絡んでいた。

「…もしかして…遅刻してたのか、青峰っち?」「分かった、きっと途中で妊婦さんを助けてたんだよ。」
「まさか、そんなこと…」
会場も騒然としており、TVの前では亜美と真美のコメントに真が疑わしげに否定する。

「残り時間ほとんどないみたいだけど、でるみたいですね~。」
やよいが言った通り、残り時間は50秒ほどしかないにも関わらず、青峰は鞄や上着をマネージャーらしき女性に渡して交代に備えていた。

 ボールがアウトになり、青峰がコートに姿を現す。
「こいつが噂の青峰ね。なんか偉そうなやつね、遅刻したのに!」
伊織がふてぶてしい青峰の態度を評価する。
「えっと、青峰大輝。キセキの世代のエースって書いてありますね。」
雑誌に大きな文字で書かれていた内容を千早は読み上げる。

「エース!?この人が?」
真が驚いたように声を上げる。

 画面の中では、桐皇の攻撃となっているのだが、その陣形は今までと違う形をつくっていた。

「随分とバランス悪く、偏っているのですね。」
高音が言うように誠凛のゴール前では桐皇が右サイドに集中的に寄っており、それに釣られて誠凛も偏った布陣となっていた。
「意図的に、あの青峰って人を孤立させようとしてるようにも見えるけど…」
真は推測を口にしながら画面に集中する。

 そして…
レッグスルーからクロスオーバー、左から右への動きだが、その動きは早く、画面で見るとコマ落ちしたかのようなスピードで青峰は火神を抜き去った。
日向が慌ててヘルプに入り進路を塞ごうとするが、高速でロールした青峰はあっさりと日向もかわし、ゴールに飛ぶ。

だが撃ちこもうとしたダンクは、再度追いついた火神のブロックによって遮られる。

「おおっ!」「さすが火神っち!」「はや~い。」
亜美たちが感心したように声をあげる。誠凛はボールを素早く確保して速攻をかける。だが、桐皇の戻りも早く、カウンター失敗かと思いきや…

「なにあれ!」「でた、黒子っちだ!」
黒子のイグナイトが炸裂しコートをボールが切り裂く。伊織が驚き、響が黒子の仕業と看破する。
ボールは火神が受け取り、火神はスピードのまま跳び上がりダンクを決める。

…はずが今度は、青峰がそれにおいつき、火神のダンクも失敗に終わる。
「ちょ、なに今の!?」
明らかに体勢を崩し、火神の後方にいた筈の青峰の出現に律子も驚く。

同時にブザーがなり、第2Qの終了が告げられる。
「青峰っちすげー。」「すごーい。」
響と春香も感心したように声を上げている。





 試合は一旦、休憩にはいる。時間があくと、青峰の遅刻の原因が気になりだしたのか話がそちらに移る。そして…










おまけ


「すいませーん。」
 誠凛対秀徳が行われた試合会場から少し離れた、とあるお好み焼きやにて

「黒子テメェ、覚えとけよコラ…」
「スイマセン。重かったんで…」
とある事情で泥だらけの火神と黒子、そして誠凛のメンバーが夕食兼雨宿りで立ち寄った。そこには、

「お。」「ん。」
「…」

「黄瀬と笠松!?」
「ちッス。」「呼びすてか、オイ!」
 真達と分れたあと、本格的に降ってきた雨に誠凛と同じ考えで店に入り、もんじゃ焼きを食べている黄瀬と笠松の姿があった。



「………」
 それほど大きくない店内に誠凛のメンバーが入ったため、火神と黒子は、黄瀬たちと相席となり、気まずい雰囲気が流れる。

「なんなんスかこのメンツは…そして火神っち何でドロドロだったんスか?」
「あぶれたんだよ。ドロはほっとけよ。っち付けんな。」
「食わねーとコゲんぞ。」
 いささか気まずい相席に黄瀬が会話を始めようと試みるが、どうやらあまり触れてほしくなかったところのようで、火神の答える声は機嫌が悪い。
 ともあれ、店内は人が増えたことでにぎやかになり、誠凛は今日の勝利を祝って祝杯を挙げようと

「カンパ―…」
したところで店の扉が開き、二人の男が入ってくる。

「おっちゃん二人、空いて…ん?」
入ってきたのは秀徳の10番高尾と緑間。誠凛が先ほど戦った相手、しかも負かした相手であった。
硬直する一同。

「なんでオマエらここに!?つか他は!?」
「いやーしんちゃんが泣き崩れてる間に先輩たちとはぐれちゃってー。ついでにメシでもみたいな。」
「オイ!」
 驚きの声を上げる誠凛、高尾は日本人らしい愛想笑いを浮かべながら説明し、緑間は引きつらせた顔に青筋を浮かべて突っ込む。

「店を変えるぞ、高尾。」「あっ、オイ。」
 冷静な風を装った緑間は踵を返し店を出る。しかし


バッシャアァア

「…!!」
店の外は、大雨強風。見れば傘をさしている通行人は吹き飛ばされそうになっており、緑間は店の前で立ち尽くす。


 結局、高尾が月バスにも載る全国区のPG笠松の話を聞きたいということで強引に混ざり、というより席から連れ出し店に居座る。その結果…


(あの席パネェ!!!)

 笠松の居た席にはなぜか緑間が座り、非常に気まずい空間ができあがる。

「ちょっとちょっとチョーワクワクするわね!?」
楽しそうな誠凛の女監督の声を肯定する言葉はない。

「オマエ、これ狙ってたろ。」
「えー?まっさかー。」
呆れた様子の笠松に対し、高尾は楽しげだ。

しばし沈黙が流れたが、結局、空腹には勝てず、黒子が注文しようとメニューをとる。
「…とりあえず何か頼みませんか。お腹へりました。」
「オレもうけっこう一杯だから、今食べてるもんじゃだけでいッスわ。」
 誠凛が来る前から食べていた黄瀬は、メニューを見ずに断りをいれる。

「よくそんな【ピー】のようなものが食えるのだよ。」
「なんでそーゆーこと言うッスか!?」
緑間の言葉に思わず、口に含んでいたもんじゃを吹き出してしまう。二人の会話を他所に火神は店員に注文している。
「いか玉ブタ玉ミックス玉たこ玉ブタキムチ玉…」
「なんの呪文ッスかそれ!?」
「頼み過ぎなのだよ!!」
「大丈夫です。火神君一人で食べますから。」
「ホントに人間か!?」
 呪文のような長さの注文に黄瀬や緑間のつっこみが入るが、慣れたもので誠凛のメンバーは冷静に返す。

 再び沈黙が流れる。お好み焼きをほおばる火神や切れ目を入れる黒子に対して、緑間は腕組みをしたまま不機嫌オーラを出している。

「緑間っち、ホラ、コゲるっすよ?」
「食べるような気分なはずないだろう。」
 沈黙に耐え兼ねて黄瀬が緑間を促すが、彼の不機嫌は増したようだ。

「負けて悔しいのは分るッスけど…ホラ!昨日の敵はなんとやらッス。」
「負かされたのはついさっきなのだよ!」
 とりなす黄瀬の言葉は刻一刻と状況を悪化させている。

「むしろオマエがヘラヘラ同席している方が理解に苦しむのだよ。一度負けた相手だろう。」
 忌々しげに緑間が尋ねるが、
「そりゃあ…当然リベンジするッス。インターハイの舞台でね。」
 隠されていた好戦的な目が垣間見え、黒子と火神の手がとまる。

「次は負けねぇッスよ。」
「ハッ、望むところだよ。」
 告げる黄瀬の目は、以前よりも闘志のこもった目となっていた。

「黄瀬…前と少し変わったな。」
それを見た緑間がお好み焼きに手をつけながら、話しかける。

「そースか?」
「目が…変なのだよ」
「変!?」
 緑間の真顔の言葉に傷ついた声を上げる。

「まぁ…黒子っち達とやってから、前より練習はするようになったスかね。…あとちょっと最近おもしろい子に会ったんスよ。」
「おもしろい?」
「それで、海常のみんなとバスケするのがちょっと楽しいッス。」

「…どうもカン違いだったようだ、やはり変わってなどいない。戻っただけだ、三連覇する少し前にな。」
 黄瀬の表情は、思い出し笑いをしているのだろうか笑みを含んでおり、緑間は内心を見せないように返す。

「けど…あの頃はまだ、みんなはそうだったじゃないですか。」
 過去を思い出すように差し挟む黒子の声は寂しげだ。
「オマエらがどう変わろうが勝手だ。だがオレは楽しい楽しくないでバスケはしていないのだよ。」
 黒子の言葉に緑間が淡々と答える。
「…オマエらまじ、ゴチャゴチャ考えすぎなんじゃねーの?楽しいからやってるに決まってんだろバスケ」
 呆れたような火神の言葉に緑間が表情を変えて切り返す。

「…何も知らんくせに知ったようなこと言わないでもらおうか」
 冷たい目で火神をにらむ緑間の後頭部に

 べしゃ

後ろの席で遊んでいた高尾のお好み焼きが直撃する。

「…とりあえずその話は後だ。」
 おもむろに立ち上がった緑間は、
「高尾ちょっと来い。」
「わりーわりーってちょっとスイマッ…なんでお好み焼きふりかぶってん…だギャ―――!!」

 高尾と戯れるために席を離れる。残った黄瀬たちは見なかったふりをして会話を続ける。
「火神君の言う通りです。今日試合をして思いました。…つまらなかったらあんなにうまくなりません。」
 黒子の言葉はどこか嬉しげだ。

「あっ、そうッス。黒子っち!これオレがでてる雑誌ッス!さっき言ってた子との対談だったんスよ!」
 黄瀬は鞄からとりだし、雑誌を広げて黒子にみせる。

 自分が変わったとすれば…あの敗戦もきっかけだろう。だが、思いださせてくれたのは…あの娘。隣に座る、この元指導係と同じことを言ってくれた…



[29668] 第9話 賭けの行方が決まってからの
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/02/27 22:23
「真ちゃん、黄瀬さんならなにか分かるんじゃない?」
雪歩の言葉がきっかけとなった。
「そうだ、まこちん。今こそ黄瀬っちに連絡をとるのだ。」
亜美がいい考えだとばかりに言う。

「うぇ!?や、でも練習中とか、忙しいんじゃないかな…?」
思わぬ意見に真が驚きの声をあげる。しかし
「なに、真。連絡先交換してるんなら、積極的に連絡しなさいよ!」
律子もうきうきとしながら電話を促す。見れば周りのみんなも期待しているように真を見ている。
「うっ…、わかったよ…」
しぶしぶながら電話をかける。内心では出てほしい、という思いと出ないでほしいという反する思いが渦巻いていた。真の願いは…


第九話 賭けの行方が決まってからの



<どうしたんスか、真ちゃん?>
あっさりと電話にでてきた黄瀬に裏切られたのか、叶えられたのか…
「うぇ、あの、その…黄瀬君、今時間大丈夫ですか?練習とかで忙しいならいいんです。気にしないでください。」
テンパる真は、早口で切られる前提の話を進めるが
<大丈夫ッスよ、ちょうどハーフに入ったところだし。>
黄瀬は会話を続けることを促す。真は黄瀬の言葉の気になるワードを拾い上げる。
「えっ、ハーフって…?」

<ああ、今、桐皇と誠凛の試合を見に来てるんスよ。>
「えっ!?ボクたちも見てるんだ、試合!…言ってくれたらよかったのに…」
返ってきた言葉に思わず言い返してしまう。ハッと気づいて周りをみるとほほえましげにみんなが真を見ており、なんとも言えない空気に思わずたじろぐ。

<………とちゃん、おーい真ちゃんどうしたんスか?>
「…はい、なんでしょう!!?」
黄瀬の言葉を聞き逃してしまい、呼びかけられていることに気づいて慌てて聞き返す。
<いや、どうしたのかなって?>
「あ…え、なんだっけ…あ、そうだ、試合見てたんだけど、前半の最後に交代したのが青峰さんだよね?」
緊張からか要件を忘れてしまい、周りのみんなが傾く。しかし、直後内容を思いだし、ようやく本題に入る。

<そっスよ。あのやたらと色の黒いのが青峰っちッス。>
「えーっと、それで、今事務所のみんなと見てるんだけど、なんで遅刻してきたのかなーって話になってて…」
<青峰っちは基本、時間にルーズッスから今日の試合、あんまやる気なくて寝坊でもしたんじゃないッスか?>
「寝坊!!?やる気がないってコレ決勝リーグだよね!!?」
返ってきた答えに思わず声が上げる真。あまりにも普通すぎる答えに一同も急速に興味を失う。しかし、真の言うとおり、重要な試合でエースが遅刻するとは、という思いを抱く。

<まあ、今のプレーもやる気なくて、ノロすぎだったし。>
「えっ!!!?今のが?」
<まあ、火神っちが予想外にやったから、もしかしたら後半は、少し本気だしてくるかもしんないッスね。>
「…」
<火神っちもやるみたいッスけど、扉を開けてない今の火神っちじゃ、きついかもしんないスね。>
「…扉?」
黄瀬の言葉に、思わず疑問の声を上げる。
だがその意味を知ることはできなかった。なぜなら亜美がいいことを考え付いたとばかりに、
「んっふっふっふ~、なあなあ、黄瀬っち。」
真から電話を奪い取り、話を進めてしまったからだ。

「亜美だよ。失礼だぞ黄瀬っち。」
真が電話を奪い返そうとするが、双子ならではの以心伝心があったのか、なにを企んでいるかを察した真美が真の動きを封じる。電話ではどうやら、亜美なのか真美なのか区別がつかなかったのだろう、亜美が不満そうに口をとがらせている。だがその目は笑っている。

「名前を間違えた黄瀬っちには罰ゲーム!この試合どっちが勝つか賭けてもらおう。」
「ちょ、亜美!」
賭けという言葉にプロデューサーが慌てる、亜美はまあまあとジェスチャーを返して会話を続ける。
「んっふっふっふ~。黄瀬っちが勝ったら、失礼を許そう、それからぁ~」
にたぁ、という音が似あう笑みを亜美は真に向ける。真はそれを見て、嫌な予感に顔を青ざめる。

「まこちんがお願いを一つ叶えてくれるっていうのはどうかね?」
飛び出た言葉に真が亜美に飛びつこうとして、真美に加えて伊織にまで押さえつけられる。ほかのみんなは、驚いた表情を亜美に向ける。
「ちょっと亜美!?」
流石にこれには律子も慌てる。だが…

「外れた場合は…黄瀬っちが765の所属になるっていうのはどう?」
亜美の出した交換条件にピタリと動きを止める。だが流石にこれは、受けられないだろう。そんなことをすれば、黄瀬はおろか765の業界での信頼にも関わる。
断られる、あるいは渋るのを予想していたのか亜美は、次善策をうちだす。

「なら仕方ない、一回、うちらの仕事を手伝うというので手を打とうじゃないか。」
景品の意向は無視されたまま、話は進んだようだ。

「ふむふむ、黄瀬っちは桐皇だな。ならうちらは誠凛をプッシュだ!」
 ここまで話が進んでしまえば、と油断したのか、伊織と真美の拘束が緩んだ隙に真は、亜美にとびかかり電話を奪いかえす。

「黄瀬君!あの、これは、その。」
取り返したはいいが、思考は纏まらずしどろもどろな言葉しかでてこない。

<あれ、今度は真ちゃんか、ということらしいからよろしく。>
「ぅええええ!…ちなみに誠凛が負けた場合は、その、」
どうやらすでに話はまとまったのだろう。せめてもと、黄瀬の願いを尋ねようとする。
<そこは賭けの行方が決まってからのお楽しみにしておくッスよ。>



 電話が切れ、無言でうつむく真。みんなは、心配そうに様子を伺う。すると

「亜美!!どーしてくれるんだ!?」
真が爆発する。
「にゃっはっはっはー。いいじゃないかまこちん。誠凛、王者に勝つくらい強いし大丈夫だよ。」
「そうそう、誠凛が勝てばまた、黄瀬っちと仕事ができるし。」
 亜美の言葉に真美が援護射撃を送る。

「プロデューサぁー。」
真は救いを求めるようにプロデューサーに顔を向ける。だが…
「誠凛が勝つことを祈ろう。負けたときは…黄瀬くんの良心に期待しよう…」
あまり、いやほぼ頼りにならないコメントを返すのみであった。



ハーフタイムが終わり。両チームの選手がコートに集まる。だが誠凛のメンバーの中に黒子の姿がなく、彼はベンチに座っていた。

「あれ、黒子っち。ベンチにいるぞ!」
響が目敏く、黒子がベンチにいることを見つける。
「ホントだ…そういえば、前の試合の時も、一度ベンチにいたし、そういう人なのかな?」
春香がそれに返す。奇しくもそれは本質をついていた。

 開始早々、青峰にボールが渡り、会場が沸き立つ。
 火神は腰を落として青峰を止めようと構えるが、一瞬で加速した青峰について行くことができない。
 火神を振り切った青峰は、土田と水戸部に突っ込み、衝突寸前に急停止から後方に跳びながらシュートを放つ。火神が後方から、ボールをはたこうとするが、紙一重で間に合わず、ボールは誠凛ゴールに入る。得点は39-51。

 次の瞬間、リスタートした日向が、ボールを前線に大きく投げ、火神がそれに走り込む。一人切り込んだ火神は、ボールを掴むとフリースローラインから跳び上がり、レーンアップを狙うが、それは半ばほどまで跳び上がったところで、追いついてきた青峰にボールを落されてしまう。

「青峰っち、はえーな。」「でも誠凛の人も惜しかったですよ~。」
響は青峰に感心し、やよいが誠凛の惜しさを伝えようとする。

 キセキの世代に対しても食らいつくその様子に期待が集まるが、不敵な笑みを浮かべる青峰の構えが突如だらりとしたものになる。ボールを受け取り、ゆらりとした動きからそのまま、緩くドライブをかける。

「あっ、ミスった…!!?」
青峰は手元が狂ったのか、ボールを後方に置き去りにしてしまう。
それをみて伊織が呟く、だが青峰は一瞬で体を翻すとボールを確保。火神が慌てて進路を阻もうとするが、青峰は不規則な動きを繰り返し…

「ああっ!!」
火神の体がついていけなくなり、後方に倒れる。その姿に春香が声を上げる。青峰は火神を置き去りにしてゴールに突っ込む。

「よし三人ブロック、追い込んだ!」
 ゴールへの進路上には誠凛の選手が三人構えており、それをみた真が安堵したように声をだす。青峰は進路を阻まれ、ゴールの裏に追い込まれる。しかし

「なによあれ!?」
驚きの声が室内に響く、青峰は向きを変えずにボールを上に放り投げると、そのボールはボードの裏を通り過ぎ、ボードの正面にかえり、ゴールを通過する。


その後も、青峰の常識はずれの動きは続く、今も画面の中では火神によってゴールの隅においやられた青峰は、ゴールとは別方向に跳んだかと思うと、右手でボールを振り切る。その動作はどうみても、ゴールを狙ったものとは思えなかったが、ゼロ角度の投擲はボードに直撃したのちゴールに入る。

「バスケってあんな動きもするんですか?」
あずさがのほほんとした口調で尋ねる。だが多くの者は、今のメチャクチャな動きに驚いている。

「いえ、少なくとも前みた試合では、あんなのは無かったと思います。」
春香が答えるが、その声は自信なさげだ。点数は離れだし、第3Q残り8分ほどのところで39-55。
 青峰の変則的なスタイルはとまらない。コントロールを失ってボールが跳ね上がったかと思えば、瞬時にそれは消え去りDFを抜いている。そして火神が常識はずれの跳躍力でシュートを阻もうとする。

「出た、鳥人間!」「あれなら!」
圧倒的な高さでコースを塞ぐその姿に期待が集まる。
しかし亜美と真美の希望は叶わない。青峰は空中で上体をほとんど寝かせた体勢をとりシュートを決める。

リスタートしたボールは火神に渡り、火神がゴール前から跳躍するが、青峰によってボールは下に落とされる。青峰はボールをひろい、ゴールに駆ける。火神もそれに追いすがるが

「うそ。なんで!?」
 ドリブルしている青峰は、猛烈な勢いの火神よりなお速い。だが火神は諦めずに青峰の斜め後方から空中を制覇し、二人の体がぶつかって笛がなる。

「ファウルだ。でも止め…!!!?」
 火神のプッシュによってわずかにぐらついた青峰をみて真は喜ぶ。しかしそれでも青峰は体勢を崩すことなく、右手をビハインドから跳ね上げてボールを打ち上げる。
上空を抑えられて見ることもできないはずのゴールにボールは向かい、そのまま吸い込まれる。

 バスケットカウントからのワンスローが宣告され、得点が認められる。画面の中でも、誠凛の選手が驚愕しているのが見える。
フリースローも決まり得点は39-59。20点もの差がついていた。絶望が覆いそうになるそのコートに、耐えきれないかのようにベンチから黒子がコートに現れる。


「黒子っちがでてきた!」「黒子っちならどうにかできる!」
 亜美と真美が祈るように画面の中の黒子を見る。
「そんなにすごい人なの?」
美希はやや懐疑的に黒子の姿を見ている。

 黒子はリスタート後、渡されたボールを全身の回転を利用して前線に投げる。走っていた火神がボールを受けて、ゴールに走り込むが、またしても青峰が追いつく。しかし繰り返された圧倒的な力からそのことを予期していたのか、防がれる直前、火神はボールを横に流し、日向が3Pを決める。

「うまい!」「後半初得点ですね!」
真と春香が喜びの声を上げる。

 リスタートしたボールは7番、4番の間に割り込んだ黒子によってカットされる。伊月がボールを受け取りそのままゴールを決める。得点は43-59。

「なんか、あいつが入ってから急に得点が入るわね。」
「さすが、黒子っち。期待を裏切らない男だぜ。」
伊織が感心したように呟き、亜美が黒子を褒める。
「へー…」
懐疑的だった美希もその姿に、感心した表情となる。画面の中では、青峰が黒子となにか話し、黒子が敵意を向けていた。

 試合が続き、誠凛のボールを黒子が火神にパスするため、イグナイトが炸裂する。その瞬間、
「なっっ!!?」
驚きは何度目だろう。今まで止めるもののなかった黒子の必殺技が青峰に悠々とキャッチされる。青峰はそのまま進行していき、伊月、日向、水戸部を次々に抜いていく。

「あー!三人抜かれたさ!!!?」
 響が驚きに声を上げる。だが青峰の進路上には火神と黒子が立ちふさがり、

「止めて!」
真が願うように声を上げるが、二人を蹴散らすように青峰のダンクが炸裂する。
「5人、抜き?」
雪歩が脅えるように呟くが、室内を満たしていた驚愕は全員同じだろう。そしてその後も、展開は変わらない。黒子のパスは青峰によって悉く止められ、青峰の停止不能の動きは誠凛のゴールを揺らし続ける。

「…ああっ!火神っちが…」
重い空気のなか、火神が足を引きづるようにしていることに響が声を上げる。誠凛も気づいたのだろう、火神がベンチに引き戻される。
エースを失い、さらに切り札まで封じられた誠凛は、それでもあきらめることなくゴールを狙うが、差が詰まることはなく、だんだんと桐皇の圧倒的な攻撃がコートを蹂躙していく。

 第4Q残り6分を切ったところで、53-93。40点もの差が開く。もはや室内の応援も、驚く言葉もない。

そして、画面の中では懸命に最後まで走り続ける誠凛の選手の姿が映るが、ブザーが響いた時、掲示板には55-112というスコアが記されていた。


・・・・


「…誠凛負けちゃったね…」
 春香の呟くような声が響く、その言葉に俯いていた真の肩がビクッッと震え、ぶるぶると全身を震わせたと思うと、

「どうしてくれるんだ、亜美!」
ガバッッと顔を上げて亜美にとびかかる。
「お、落ち着くんだまこちん。」
亜美は首を締め上げんばかりの真に静止の声をかけるが、真の手は止まらず、諸悪の息の根が止まる前に春香たちが引きはがそうとする。そこに

「あっ、真くん。その黄瀬君から電話だよ。」
美希が真の携帯に着信があることを知らせる。ギクリとして動きを止めると恐る恐る電話にでる。


「も、もしもし?」
<あ、真ちゃん。最後まで見れたッスか?>
着信表記とおりの相手の声が耳に響く。
「えっと、その…黒子君、負けちゃいましたね。いやー青峰さんって強いんですね。」
真は内容が切り出されないようにできるだけ話しかけていく戦法をとるようだ。

<そうッスねー。さすがにこの結果は、びっくりしたッスけど。>
「そうですよね。あっ、そういえば途中で火神さんが交代しましたけど、なんだったんですかね?」

<うーん、多分足の負傷ッスね。多分、前の試合からのあのジャンプで足痛めてたんじゃないスかね。>
「あ、そうだと思ったんですよ。あはは。」

<それで真ちゃん。>
「そういえば、キセキの世代の載ってる雑誌見ましたよ。響が探してきてくれたんですよ。」
<へー、そうなんスか。ところで真ちゃん。>
「誠凛大丈夫ですかね。随分ショック受けてたみたいに見えたんですけど」

<誠凛は若いチームッスから、この後の試合に影響がないといいんスけどね。ところで、>
「えーと、あと、」<真ちゃん、最初の賭け覚えてるッスか?>
引き伸ばしを謀るもテンパった状態では、こちらからの一方的な会話には限度があり、ついに捕まってしまう。

「ううっ、覚えてます…」
<真ちゃんが、お願い一つ聞いてくれるんスよね?>
「うっ…その、」
亜美が勝手に言い出したことだ。と言いたいが周りのみんなは何を期待しているのかわくわく顔で、雪歩ですら興味深げな顔色が隠せていない。ただ一人プロデューサーのみ心配そうにみている。

<そうッスねー。じゃあ、願い事ッスけど。真ちゃん、誠凛の試合ばっか見てるスから、応援にきてほしいッス。>
黄瀬から告げられた願いは、予想していたよりもずっとやさしかった、だが…
「応援ってどこの?」
 続けた言葉は、悪手だったのだろう、電話先から沈黙が流れる。
<…真ちゃん?海常も神奈川県予選にでてるんスよ?>

 先ほどのショックで、頭が回らなかったのもあるのだろうが、黄瀬の声は若干すねているように感じられる。
「ご、ごめん。そうだよね。ってことは神奈川県までか…」
慌てて謝る真。アイドルの仕事は忙しいとはいえ、今の765の仕事のスケジュールボードは空白が目立つ状態だ。隣の県に行くくらいなら大丈夫だろう。だが…

<応援されなくても、県予選くらいヨユーで突破するッスから、来るのはIH本選からでいいッスよ。>
 返ってきた言葉は若干冷たい。
「で、でも大丈夫なのか?確か海常、誠凛に練習試合で負けたって。」
<…随分信用ないッスね。>
苦し紛れのお節介は、黄瀬のプライドを刺激したようだ。声に感情が感じられなくなっている。

<よーく、わかったッス。じゃあ全国に行けなかったら、賭けは無効でいいッス。んで全国の試合。1回戦はTVで観戦してほしいッス。>
「えっ!?」
<真ちゃんのために、1回戦の出だしで派手にかますんで、それができたら応援にくること!>
「ええっ!!」
<それじゃ、約束ッスよ!>
 返答をする間もなく切られてしまったが…1回戦で桐皇のような強豪と当たったらどうするのだろう…と言ってもきっと怒るんだろーなー、と思いながら、とりあえずわくわく顔で自分を見ている亜美の脳天にチョップをいれる。




「にゃははは。よかったじゃないか。それくらいで。海常には世話になったんだし、応援くらい。ね、にーちゃん?」
とりあえず、黄瀬の出したお願いを伝えると、笑いながら答える亜美の返答は余裕が感じられたものだ。

「いや、しかし…」
プロデューサーとしても苦しいところだ、どこで行われるのか現状、事務所のみんなは知らないが、遠くで開催されれば、仕事やスケジュールに影響しかねない。とはいえ亜美の言うとおり、降郷村で海常にはお世話になっている。応援にいく義務はあるかもしれない…その考えを読んだのか

「まあまあ、まだ行かなきゃいけないと決まったわけじゃありませんし。今のうちの予定をみると数日くらいは大丈夫ですよ。」
 音無さんのとりなしが入る。たしかに今の765プロの夏のスケジュールはほぼ空欄だ。海常の試合日程にもよるが数日であれば、応援にいけるだろう…

「いやー、まこちんの前でそんだけ言い切ったんなら勝つだろ。でも1回戦はTVで見てくれかー。そのときなんか言ってなかった?」
「なっ、な、にも言ってないよ。」
 黄瀬の言っていた内容をすべては伝えなかったのだが…真美の言葉はピンポイントで隠しておきたいところを突いており、動揺がでてしまう。

「真ちゃん、そんなに慌てたら、なにか言われましたって言ってるようなもんだよ…」
「な、ないったらないってば!」
雪歩の言葉に慌てて否定を続ける。しかし

「ふーん、そうねー。真に得点を捧げる。とかかしら?」
伊織の予想は当たらずとも遠からず。固まる真をからかう言葉はしばらくやむことがなかった。





ちなみにこの後日、誠凛の残りの試合が行われるが、そこに火神の姿はなく、黒子のパスはミスを連発し、誠凛の全敗が決定する。






[29668] 第10話  ありがとうッス
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/02/27 22:23
誠凛の全敗が決定して、数週間後、765プロ事務所にて…


ドタドタドタ、バタン!!ドタドタドタ…

外から勢いよく駆けてきた誰かに、扉が激しく開閉され、入室した誰かは足早にテレビの前に向かった。その後ろから…
「ちょっ、真ちゃん。」「まだ、始まってないよー。」
雪歩と春香の息を切らしながらの声が続く。二人も先行する誰かを追ってテレビのある部屋へと向かう。
TVの前ではすでに電源をつけたのか、TVに一番近い位置に腰掛けた真がやや落胆し、
「あっ、ごめん。春香、雪歩。」
 少し照れたように謝ってきた。

 テレビではバスケットIHの試合が行われていたが、その中には目当ての選手はまだ出場していなかった。



第十話  ありがとうッス



「だから、まだ時間あるよって…」
夏のこの時期に真を追って全力疾走することになってしまったため、かなりのだるさを感じるのか若干恨めし気に雪歩が言う。

「まあまあ、ゆきぴょん。」「まこちんも彼の勇姿を見届けようと必死だったのだよ。」
 もともと予定がなく事務所で休んでいた亜美と真美が宥めるように告げているが、その言葉にはからかいが含まれている。

「まさか、真。レッスンの途中で切り上げてきたりは…」
真の慌て具合に律子が心配そうに尋ねる。
「そんなことはしてませんよ!」
真は身を乗り出して否定する。
「そうですよ。真ちゃんいつもより真剣にやってましたよ。」
春香がとりなすように説明する。

「それにしても、まだ開始の予定まで時間あるのに、随分慌てて帰ってきましたね~?」
やよいがのほほんとした調子で尋ね、新聞のTV欄を確認する。その時間まではまだ、30分ほどあった。

「しっかし、ホントに宣言通り全国でたわね、あいつ。」
伊織が呆れたように言うが、その言葉は感心したようにも聞こえる。

あと30分後、IH本選にて海常バスケ部の初戦が始まる。



「おっ、出てきた。」
 憩いの場となったテレビの前で30分近く待っているとようやく次の試合、真たちにとっては目当ての試合が始まろうとしていた。

「そういえば、うちら黄瀬っちの試合みるの初めてさ。」
響が思い出したように言う。
「1回戦はテレビでって言ってましたけど、大丈夫なんですかね?」
春香がだれにとはなしに尋ねる。

「たしか、誠凛の人たちに練習試合で負けたって…」
降郷村での会話を雪歩が思い出す。
「誠凛でてないじゃん!」「これで負けたらカッコつかないぞ、黄瀬っち!」
亜美と真美が声を上げ、テレビの中の黄瀬を怒鳴るように見ている。テレビの中では、黄瀬が何かを笠松と話しており、その表情はいささか余裕が感じられる。

 両チームの選手が中央に集まり、礼が交わされたのち、選手はコートに散らばる。真たちがやや不安な思いを抱きながら見ていると、黄瀬はやや前のめりの位置で様子を伺っており、

「始まった!!」
 サークルの中でボールが高く舞い上がり、それを挟む二人の選手が高く、跳ね上がる。ボールに触れたのは海常の選手。弾かれたボールは的確に海常のキャプテン、笠松に渡り、


「おわっ!?」「かさかさ、やるー!」
 亜美と真美の驚く声が響く、笠松はボールを受け、一つバウンドを入れたと思ったら、マークに詰め寄られる前にボールを一直線に前線に投げる。ボールは黄瀬に渡り、受けた黄瀬はワンフェイントでDFを一人躱す。二人目のDFが詰め寄ってくると、今度は強くボールを床に叩きつけ…


「おおっ!!」「ダンクだダンク!」「すっごーい。」「真ちゃん、見た見た!?」
 DFの足元から高く跳ね上がったボールはゴール付近へと向かう。同時にゴールに走り込んだ黄瀬は、跳躍し空中でボールを掴み、そのままゴールに叩きつけた。


「う、うん…」
 

【真ちゃんのために、1回戦の出だしで派手にかますんで、】
 
今のがそうなのだろう。会場もかなりの盛り上がりを見せている。なにより…

【ボクもダンクかな…特に、ボールを床に叩きつけてから空中でボールを掴むやつ…】

 前にあった時、自分が答えたバスケで一番カッコいいシュート。宣言したうえで、それを見せてくれたのだろうか。
 画面の中では、黄瀬がDF に着く途中、笠松と何か話しており、


「あ、黄瀬っち、蹴飛ばされた。」
 亜美が呟くように、黄瀬はなにやら怒った表情の笠松に蹴られている…


 その後も、試合は海常有利に運び、特に危なげなく、点差を広げていく。そして…


「試合―――終了!!!」
 全国大会にも関わらず、圧倒的な点差で海常は勝利を収める。

「おぉお!黄瀬っち達つよーい。」「うむうむ、これで海常の応援ツアーは決定だな。」
 亜美と真美が感心したように述べているが…応援ツアー?不穏な単語に真は首を傾げる。

「おいおい、もしかしてみんなで行く気か?」
 プロデューサーも不穏な気配を察知したのか、おそるおそるといった風に尋ねる。

「まこちん一人、なんてズルいぞ!」「うちらだって海常に世話になったんだから。」
「まぁ、真一人じゃ、テンパって危なっかしいし。」
伊織の援護射撃が加わり、響や春香たちも乗り気になっている。しばらくわいわいと騒いでプロデューサーを追いつめている。


「うっ、わかった、わかった。それで、いつ行くんだ?日程的には…まあ大丈夫だが…」
プロデューサーは一、二週間はほぼ真っ白な予定表を見ながら尋ねる。

 いつ行くべきか話し合おうとした矢先、携帯が着信を示す。
「あ、もしもし…」
<真ちゃん、ちゃんと見てくれたッスか?>
電話の主は、騒動の発端の一人。
「ちゃんと見たよ、初戦勝利おめでとう。」
<あれ?あの最初のダンク恰好よかったよ。とかないんスか?>
 たしかに、恰好よかったが…本人に催促されると認めたくなくなってしまうのは仕方ないことだろう。

「はいはい、それで応援はいつ行こうって話になってるんだけど。」
<冷たいッス!…はあ、真ちゃんの予定的にはいつなら大丈夫なんスか?>
 今回は冷静に考える時間があったためか、うまく対処できており、黄瀬も時間がそれほどないのか割とすぐに本題に入った。

「降郷村で海常の人たちにはお世話になったから、行ける人たちで行こうってことになったんだ。それで、まあ、いつでも大丈夫そうなんだけど…」
<へー……そうっすね、じゃあ山場の準々決勝に来てほしいッス。>
 返答までの間は、暇なのかという言葉を飲み込んだのだろうか。しかし…

「準々決勝?随分あとだけど…大丈夫…なんだよな?」
 今日の様子では、そうそう簡単に負けるとは思わないが、それでも全国大会だ。出場している高校も生半可な相手ではないだろう。
<そこまでは意地でも負けねッス。>
 そこまでは…ということは準々決勝では、よほど強い相手と当たる予想なのだろうか?

「準々決勝の相手は、どこを予想してるの?」
<…桐皇学園スよ。>
 疑問に思った真の問いに対して、やや間をおいて返ってきた黄瀬の予想は、思わぬ名だった。

「えっ!?」
<まあ、という訳で準々決勝は絶対に応援よろしくッス!>
 監督かキャプテンに呼ばれたのか、黄瀬を呼ぶ声が聞こえたかと思うと慌ただしく切れてしまった。


「黄瀬さん、いつがいいって?」
携帯をしまうと、春香が尋ねてくる。
「準々決勝だって。」
「随分遅くね。もう少し前でもいいんじゃない?」
黄瀬の希望を告げると伊織が自分と同じ感想を返してくる。

「そこまでは意地でも勝つらしいよ。」
苦笑いとともに告げると伊織は「大した自信ね。」とやや呆れ顔で納得した。

「準々決勝はどこと当たりそうなの?」
「…桐皇学園だって。」
雪歩の質問に、黄瀬の予想を伝えると皆、驚いた表情を見せる。

「うーん、ねぇねぇ、にーちゃん。応援いくの一日だけなのかな。」「前の試合からとかダメかな?」
誠凛との圧倒的な試合を覚えていたからだろう、亜美と真美がやや不安げにプロデューサーに尋ねる。

「そうだな…」


・・・・


「んで、結局、ひとつ前の試合から来てくれたんスか?」
「へへへ。」
 ひとつ前の試合が前日ということもあって、結局、会場からは少し遠い所にあるが安宿が取れたため、希望よりひとつ前から応援に来たのだ

「しかも、全員で…」
暇な人、765のアイドル全員とプロデューサーで…黄瀬が見回すと、誤魔化し笑いのみんながいた。

試合前に黄瀬と会うことができたため、応援団の到着を知らせる。
「まあ、勝つか負けるか分らないのが勝負なんだし、いいじゃないか。頑張って応援するからな!」
 真がそう言って拳を前に突きつけると黄瀬は、突きだされた拳を一瞬戸惑った顔をして見つめ、
「ありがとッス。んじゃ、行ってくるッス。」
突き出した拳に合わせるように、拳を当てて会場に向かった。

・・・

その試合では、さすがに勝ちあがってきた相手だけあって、序盤から中盤にかけて海常は苦戦を強いられていた。心配するように行方を見守る真たち。しかし後半になるにつれて、相手の能力をコピーする黄瀬の本領が現れてきたのだろう、徐々に黄瀬の動きを相手が止めることができなくなり、点差が開いていく。そして…


「試合―終了!!」

「やりぃ!」「やったぁ!!」
 試合終了時には91-72という20点近くの圧倒的大差をつけて海常が勝利を収めた。

その後、真は亜美や真美、春香や伊織とともに海常のところに行き、今日の勝利祝いと明日の試合のための激励をしに行くこととなった。






しかし…
 
「黄瀬なら…おい、どこ行ったんだあいつ!?」
小堀が黄瀬を探そうとして、見つからずに驚いた声で尋ねる。

「なんか、散歩に行ってくるとか言ってたぞ。」
「あー、すまないどこに行ってるか分らないのだが…どうする?」
笠松が離れたところから返し、小堀が尋ねてくる。さすがに、男性だらけの部屋で待つ度胸はなく、激励だけして帰ることとなった。


「あーあ、今度は会えなかったわね。」「まあまあ、明日の試合前にでもまた会いに行こうよ。」
 わずかに肩を落して帰る真を元気づけようと、伊織や春香たちが話しかけてくる。
「まあ、約束だから応援にきただけだし、別に会えなくても…」
その言葉が強がりであるのは明白で、亜美や真美にとって絶好のからかいの口上となったようだ。


 からかいの声にリアクションを返しながら、宿へと歩いているとふと、見知ったような人影が目に留まる。

「おっ、あれ黄瀬っちじゃん。」
 響も気づいたのか声をあげる。その声に春香たちも視線を人影に向ける。

「あっ、ほんとだ。あれ、誰かと一緒にいるみたい…」
 春香の言葉通り、黄瀬はだれかと話しているようだ。相手の人は女性たち。アイドル…かどうかは分らないが、見覚えはない。だが…

「…ファンの人たちかな?」
 春香が心配そうに様子を伺ってくる。女性は二人、そのうちの一人が黄瀬に何かを渡している。
「私には負けるけどなかなかの美人ね。」
伊織の言葉通り、というより言葉以上に女性は可愛いという部類の美人だった。自分とは違う、女の子らしい娘だ。思わず、隠れるようにして様子を伺ってしまう。声がかすかに聞こえてくる。

「あの、黄瀬さん。応援してます!頑張ってください!!それとコレ、試合前に食べてください!」
 美希のような雰囲気の女の子が告げている。もう一人の子は、春香や雪歩のような感じの娘だ。

「ありがとッス。」
 黄瀬はこちらには気づかず。女の子からのプレゼントを笑顔で受け取っている。


「うーん、黄瀬っち、もしかして彼女に会うために抜け出したのか?」「あたしらというものがありながら、けしからんぞ!黄瀬っち!!」
亜美と真美がからかい口調で怒ったように言う。だが彼女に会うために、という言葉に衝撃を受ける。

(可愛い娘だな。)

 自分にはない女の子らしさ、それを持っている娘が楽しげに黄瀬と話している。
「バスケよく見るの?」
「黄瀬さんの試合は、中学のころからずっと見てました!黄瀬さんなら絶対勝てますよ!」
黄瀬の言葉に女の子は嬉しそうに答えている。


「忙しいみたいだし。もう帰ろうか。」
 自分の口から出てきた言葉は、他人の口からでたように感じられた。


 心配する春香たちに笑いかけながら足早にその場を立ち去り、宿へと戻った。


(中学の頃の、黄瀬君…か)

 自分がバスケを見始めたのはつい最近だ。中学の頃の黄瀬は雑誌で一度見ただけ、キセキの世代と呼ばれているらしいが、それがどういったものなのかはほとんど知らない。


全国が始まる前の黄瀬とのやりとりを思い出してしまう。


【…随分信用ないッスね。】

 自分は黄瀬君を信じられなかった。だが、あの娘は、黄瀬君が勝つことを疑っていないかのように応援していた。


【勝つか負けるか分らないのが…】


 今も自分は、黄瀬君が勝つことを信じきれていない。自分の目の前で、敗けてしまったら…という思いがぬぐえない。もしかしたら、拳を突き出したあの時驚いたように自分を見ていたのは、そんな自分の弱気な言葉に落胆したからなのだろうか…
 眠れぬままに夜は過ぎ、翌朝を迎える。






 おまけ


 黄瀬がダンクを決めた際

「しょっぱなから随分飛ばすじゃねえか。」
 全国大会とあって流石にこの後輩もテンションがあがっているのだろうか。DFに戻るまでの短い間で、笠松は黄瀬に話しかける。

「しっかりアイサツしとかなきゃなんないッスからね。」
 黄瀬の返す言葉は、なかなかに気迫がこもっている。笠松にとっても思い入れのある大会だけに、頼もしい後輩の言葉に嬉しくなる。「その調子でガンガン行け。」というつもりが…

「真ちゃんに応援に来てもらうためには、しっかりアピールしとかなきゃなんないッスから!」
 続いた言葉に笠松は、

「シバくぞ!テメー!」
試合中ということも忘れて、黄瀬を蹴飛ばしていた。



[29668] 第11話 いつかじゃない今
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/03/05 20:40
海常高校選手控室

IH本選ベスト4進出を争う試合の前だけあって、全国区のプレーヤーの集う海常高校といえども、緊張を隠せないのか、黄瀬や小堀、笠松はいつもよりもなお口数少なく、準備を進めているところ…


第十一話 いつかじゃない今



「あー、ヤッベー!!テンション上がってき、ッベー!!」
言葉通りテンションが上がっているのだろう、ソワソワと落ち着きなく飛び跳ねている選手が一人、

「やっますよオっ!!練習の成果を今こそっっ。がんばっますかっマジでオっっ!!」
「は!?なんて!?」
二年PF早川充洋。テンションが上がり過ぎて、目を血走らせて吠えている。

「だかっっがんばっます。オっっ!!」
気合いの表れを見せるためかキャプテンである笠松に詰め寄り、自身のやる気をアピールしているのだが…
「あつっくるしーし、早口だし、ラ行言えてねーし、何言ってっかわかんねーよバカ!」
チームのためにここまで気合い十分なのはきっといいことなのだろうが、笠松は早川のあまりの鬱陶しさ…暑苦しさにイラつきながら殴りとばしている。

「すんません!でもオっっ…」「オイ森山!なんとかしてくれ、このバカ。」
淡々とストレッチしながら、集中力を高めている森山に助けを求める。

「それより笠松…ウチのベンチの後ろ、二列目…見たか?来てたぜ…」
助けを求められた森山は、そんな騒ぎが些末事であるかのように真剣な表情で切り返す。アップのときに、なにか気になる存在でもいたのだろうか。今日の相手は強敵とはいえ、その後のチームが偵察にきていたのかも知れない。思わず緊張が走る笠松だが、

「765の娘たちが…!!オレは今日、あの娘の、萩原雪歩のために戦う…!!」
「ウチのために戦えバカヤロウ!!」
三年、森山由孝。返ってきた言葉に助けを求める相手を間違えたことがわかった。

「センパイっ!!」
「ああ!?」
集中を乱されてイラついたのだろうか、エースでもある後輩が大きな声を上げる。

「ファンの子から昨日差し入れもらったんスけど食って大丈夫スかね!?万一何か入ってたら…」
「食ってできれば死ね!!」 
ついに笠松が切れ、ボールを黄瀬の顔面へと叩きつける。
「そうだぞ、黄瀬!せっかく765の娘たちが来てくれてるのに、なにをそんなことを…!!」
「オマエはだまってろ!!」
再びしゃしゃりでてきた森山にもボールをぶつけて黙らせる。

「どいつもこいつも…つーか集中させろ!!」
もうじき監督が来て試合前の最後の言葉が始まる。その前にできるだけ集中しておきたかったのだが…

「オイ、お前ら準備はできてるか。もうすぐ入場だぞ。」
集中する時間は残念ながらなく、扉が開き監督が入室する。いつもよりもやや低く、威厳に満ちた(?)監督の言葉が室内にひびき、
「気合い入れていけ。」
振り向いたことを後悔した。

(なんで桐皇のイケメン監督に張り合ってんだ、オッサン!!)

普段であれば無精ひげに、よれたポロシャツ、蓬髪のようなスタイルの監督は、相手チームのイケメン監督に対抗しているのか、髭を剃り、髪を撫でつけ、スーツを纏ってきめている。しかし、その顔にはテカリがでており、太い首を絞めつけるネクタイによって別の意味で極まっていた。

もはや突っ込む気力も失せたのか、笠松は影を背負って座り込み、選手のみんなは背を向けて全身を震わせていた。中でも黄瀬は今にも噴出さんばかりに口元を押さえていた。なにか監督が話しているが聞いている者はほぼいないだろう…

この状況では集中できるはずもない、と思ったのか笠松は
「黄瀬、5分前になったら呼べ。」
「あ、はいっス。」
黄瀬に声をかけて、一人廊下に出て行ってしまった。


・・・


離れた試合会場から歓声が聞こえる……海常の控室を探していた一行は廊下を曲がったところで少し離れたところに見知った顔が座っていることに気づき、亜美が声をかけようとするが、
「ちょっと亜美ちゃん、集中してるみたいだから、少し待とうよ!」
見知った顔、笠松は目を閉じ精神集中を行っている。時間はあまりないが、だからこそ集中の邪魔をしてはいけないだろう。春香が止め、一同は曲がり角のところから様子をうかがう。


(なんて応援したらいいんだろ…)
 
 昨夜はほとんど眠ることができなかった。黄瀬君が勝つことを疑いもしなかった女の子。自分は今も、不安でいっぱいだ。
 なんと声をかければいいのか、黄瀬君は今日の試合勝てるのか…彼はなんで自分に応援してほしいと願ったのだろう…
さまざまな不安と思いがぐちゃぐちゃに乱れ、真の心を乱していた。…不安な真をよそに、しばらく待つと


「センパイ、あと5分ッス。」

独りコンセントレーションを行っている笠松さんに声をかけたのは、ちょうど自分が会いたいと思っていた相手だった。

「…オウ」

俯き深く深く呼吸をしていた笠松は顔を上げた。
だが、真たちが声をかけるよりも早く、なにか思うことがあるのか黄瀬は笠松と深刻そうに話はじめた。

「IHに来てからよくそうしてるッスね。」

黄瀬の真剣な声音と気だるげな表情で顔を上げた笠松の、表情とは裏腹な雰囲気に思わず声をかけるタイミングを失い隠れるように様子を伺ってしまう。


「ウチは去年のIH、優勝すら望める過去最強のメンバーだったが、結果は知ってるか?」
「確か…初戦敗退ッスか?」

真たちは雰囲気がシリアスだったため思わず盗み聞きするように聞き耳をたててしまう。

「ありゃ、オレのせいだ。一点差の土壇場でパスミスして逆転を許した。」
「!!…」

黄瀬の驚く表情が見える。気だるげだった笠松の表情は、いつのまにか鬼気迫る真剣みを帯びたモノへと変わっていた。

「先輩たちの涙。OBからの非難。オレは辞めようとまで思った。
けど、監督はオレをキャプテンに選んで言った。

【だからお前がやれ】

そん時にオレは決めた。償えるとは思ってねえ。救われるつもりもねぇ…
それでもI・Hで優勝する!
それがオレのけじめで、キャプテンとしての存在意義だ。」

笠松さんの語る声には表情と同様の真剣みがあった。まるで千早の歌に対する思いのようで…



「ふーん。まぁオレは青峰っちに初勝利が目標ってぐらいッス。」


いつものように軽やかな声で返し、踵を返す黄瀬。笠松はそれを「あっそ。」と再び気だるげな表情にもどって呆れ混じりに見ている。
真たちもあっさりとした黄瀬の声音にすこし呆れたように緊張を解く。




「まあ…死んでも勝つッスけど」

控室の扉に向かい、こちらに背を向けた黄瀬の表情は見えない。
しかしその言葉にはさきほどまでの軽やかさは感じられなかった。

「あっそ。」


・・・


結局、真たちは黄瀬と会うことなく試合場へと戻る。
「真さーん。黄瀬君には会えましたかー?」
席に居たやよいが会場の熱気にあてられたのかややテンションが上がった表情で楽しげに聞いてきた。ほかの試合場に残っていたみんなも興味深々といった表情で伺ってくる。

「んーっとねぇ、」「ちょっと会える雰囲気じゃなかったよー」

俯いたまま何も語らず席に着いた真の代わりに亜美と真美が答える。しかしその声もやや沈み気味だ。

廊下での顛末を語り始める伊織たちの横で真は沈んだ思いで思考にふける。


 彼はいつも明るくて軽い調子でふるまっていた。モデルをしながら部活動もやっていて、しかも全国でも有名なバスケプレイヤー。凄い人だとは思った。
降郷村で、一人時間も忘れて練習している黄瀬君をみた。それでも自分の抱く黄瀬君に対するイメージは明るく、ともすればへらへらしているというものだった。でも…

思考は会場のざわめきで断ち切られた。

「真ちゃん、入ってきたよ!」
雪歩が真の肩を揺らしながらフロアを指さす。


海常、そして相手チームの桐皇学園が入場し、握手を交わしていた。

「負けねッスよ。青峰っち。」
「あん?ずいぶん威勢いいじゃねェか、黄瀬。」

歓声のなか黄瀬君は、同じくらいの身長の色黒の人と話していた。初めて黄瀬君と会ったときに一緒にいた人だ。桐皇の、キセキの世代のエース青峰さんだ。

「けど残念だがそりゃムリだ。そもそも、今まで一度でもオレに勝ったことがあったかよ?」

黄瀬君自身が言っていた。今まで一度も勝ったことのない人がいる。その彼に憧れて自分はバスケを始めたんだと。

「今日は勝つッス。なんか、負けたくなくなっちゃたんスよ。ムショーに」

今まで見たこともないような真剣な表情。それは練習の時に見せていた表情よりもさらに凛々しく見えて、


(あんな顔もするんだ…)


沈みがちだった思いは消え、会場の熱気とはことなる熱が胸からこみあげてきて、真は黄瀬をみつめる。
視線の先の黄瀬は目を閉じ、最後のコンセントレーションを行っていた。今この瞬間においても、不安は消えてはくれなかった…

「それでは準々決勝、第二試合、海常高校対桐皇学園高校の試合を始めます。」






目を閉じ集中を高める黄瀬の脳裏に浮かぶのはかつての光景

つまんねーなー。
そのころの日常はまさにその一言に尽きた。

容姿オッケー、運動オッケー、勉強もまあオッケー(?)、けれど退屈だった。
スポーツは好き…だがやったらすぐにできてしまい、しばらくやったら相手がいなくなる。
そんな繰り返しだった。
先程の体育のサッカーの授業でリフティングをした時も、退屈だった。最後まで自分とリフティングを続けていたやつはサッカー部とか言われていたけど、終盤では明らかに自分よりもコントロールを乱していた。
 その後のゲームでも特に相手にもならなかった。
 
誰でもいいからオレを燃えさせて下さい。
手も足もでないくらいすごい奴とかいないかなー、
いんだろどっかー、てか出てこいや!

退屈な生活は飽きた。片手間でやっているモデルも、退屈しのぎにはならなかった。

ゴッ!
「いってぇ!!」

ぼーっと歩いていると突然後頭部に衝撃が走り、目の前を茶色の物体が通り過ぎる。
ころころと足元を転がるのは、おそらく今しがた自分の後頭部に打撃を加えた物体。バスケットボールだった。

「ワリーワリー。って…モデルで有名な黄瀬クンじゃん!」
あまり誠意の感じられない謝り方で汗だくの男子が近づいてきた。その男子はやたらと肌が黒く、身長は自分と同じくらいだった。

「っだよー」
少し涙目になりながらも、一応ボールを拾い色黒男にボールを投げ返す。
「サンキュー」
色黒男は一言礼を言うと体育館に戻っていった。

バスケ…か。まだやったこと……
そーいや…帝光ってバスケかなり強いって聞いたことあるな

何気なく色黒男を追って体育館を覗いてみる。そこでは

ダムッ!!!!

先程のへらへらとした色黒男が信じられない速さで二人の男子をドライブで抜き去っていた。

バッ!!!

抜き去ったスピードそのままにさらに一人を圧倒してゴールを決めた。

すっげっ…
   あの速さであの動き…再現できるか!?
   ムリ…いや…頑張れば…
   やっべ、いたよ

   すごい奴…!!

   この先オレがどんなに頑張っても追いつけないかもしれない…
   けどだからいい!
   この人とバスケがしてみたい…!
   そんでいつか…



回想は打ち切られ、開始の合図に目を開ける。

  いつか…
  …じゃない。もう今が…
               その時だ




「おうっっ」

気合いとともに二人の選手がジャンプで競り合う。ボールは僅かな差で海常へと渡る。小堀から笠松へボールが渡り、桐皇のPG今吉のマッチアップを受けた笠松はキープもわずかにボールを回す。






ボールは黄瀬君のチームに渡った。隣の団体からわずかに話し声が聞こえる。

「両チームエース。黄瀬君と青峰君…両方戦って正直な感想は青峰君の方が上…」
よく見ると以前黄瀬君やみんなで見に行った試合で戦っていた人たち―誠凛―だった。

コート上ではそんな観客の評価の声が聞こえていたのか
「いんだよ。細けーことは、それでもうちのエースは…黄瀬だ!」

笠松がボールを黄瀬にパスし、受け取った黄瀬は青峰と向かい合い、立ち止まる。刹那、というには長い時間、けれど一瞬時間がとまったように二人はにらみ合い、


次の瞬間、


ダム!!
「抜いたぁ!!」
ほぼ止まった状態から瞬間的に加速し青峰の横を黄瀬が通り過ぎ、

ばちっ!!
抜いた筈の黄瀬のやや後方から青峰が的確にボールをスティールする。

「ぐっ!」
「相変わらず甘―なツメが。そんなんで抜けたと思っちまったかよ。」
ボールは桐皇にわたり、攻守が入れ替わる。



桐皇の6番がゴール付近でシュートを狙うが小堀の堅実なDFに阻まれる。直接ゴールにいけないとみるや6番は外にいた9番にパスをだす。

「スイマセン!」
9番はなぜか謝りながら、詰め寄る森山より一瞬早くシュートを放つ。

「うおおお。ッバーン!」
気合い一発リバウンドを狙って早川がゴールめがけて飛びあがるが…

ガシュ、パ!!

「んなぁっ!?」
ボールは外れることなくゴールを通過してしまう。

「3P-!!桐皇先制―!!」
観客席が盛り上がる。意に介した様子もなく海常がリスタートを切り、ボールは再び黄瀬にわたり、再度青峰と向かい合う。

先程同様、一瞬青峰の前で止まった黄瀬は

「速いっっ!?」
「えええ」
今度は先程の9番のように早撃ちでシュートを放つ、

「人マネは相変わらずうめーな!!
…が、それじゃ勝てねーよ。」

瞬時に対応した青峰は黄瀬を上回る跳躍をみせ腕を伸ばす、ボールは落ちることなくゴールに向かうが、わずかに軌道をずらされたのかボールは枠に当たり跳ね返る。
 落ちたボールは桐皇にキープされ、4番がドリブルから機を伺う。



「いきなりエースが立て続けに止められるのはやばい。これでカウンターをもらったりしようもんなら流れは一気に桐皇だぞ。」

隣の誠凛からあせった声が聞こえるが、
「そんなカンタンに流れをやるほどお人好しじゃねーよ!」
コート上では笠松が瞬時にボールを奪い返し、3Pを決める。

「かさかさやるぅ!」「すぐに追いついた!」
開始30秒で両校に3Pがでて点数は3-3。亜美たちの喜びが上がる。
「あそこでいきなり撃ってきめるかよ!立て直してキッチリ攻めてもいい場面で、すかさず返して流れをぶった切った!!」

コート上では笠松がチームに指示を出していた。
「よしDF!!一本止めんぞ!!」「おう!!」
同時に笠松は黄瀬にも声をかけていた
「フォローぐれぇいくらでもしてやる。ガンガン行け!」
「センパイ…」

話しながらDFに戻ろうとする黄瀬に向けて
「けどガンガンやられていいとは言ってねぇ!!」
「スンマッセン」
その背を蹴っ飛ばしていた。


   

「ハッ。なるほど頼りになるセンパイだな。一人じゃダメでもみんなでなら戦えるッス。ってか。」
「…」
桐皇ボールで始まった攻撃、ボールは青峰にわたり、攻守を逆転して、再度二人は向かい合う。

「テツみてーなこと考えるようになったな。負けて心変わりでもしたか?」
「…」
「ねむたくなるぜ。」

青峰はやや脱力した構えで様子を伺いながらも挑発するように黄瀬に語りかける。それに対して

「ハァ?一言もそんなこと言ってないッスよ?」

黄瀬は腰を落とし、青峰の出方を伺うように、そして抜かせまいとスキのない構えをとる。

「まぁ…確かに黒子っちの考え方も認めるようになったッス。海常を勝たせたい気持ちなんてものも出てきた。
 でも何が正論かなんて今はどーでもいいんスよ。
 オレはアンタを倒したいんだよ。理屈で本能押さえてバスケやれるほど、大人じゃねーよ。」
「…やってみな。」
二人の目は今までよりもさらに苛烈さを増して、視線が絡み合う。

青峰はボールをバウンドさせながら交互に持ちかえ、様子を伺う…と思いきや一転して左サイドにパスを送る。
 と見せたかと思うと、ボールは手からさほど離れず青峰は体を返し、ドライブで黄瀬の左サイドを狙う。
 瞬時に反応した黄瀬に、青峰は手首ひとつで切り替えし、

ダムッッ

加速して黄瀬の右を抜き去る。しかし再び黄瀬は反応し青峰のコースを塞ぐ。
「なっっ」
思わぬ黄瀬の反応に驚く青峰

「やった!止めたよ!」
黄瀬の見せたDFに春香が喜ぶが、誠凛の方から
「いえ…まだです。」
青峰の攻撃の流れはまだ続いていることが告げられ、コートでは青峰が刹那動きの止まった黄瀬の左側を、下から放り投げるようにシュートしていた。
「フォームレスシュート!!」
誠凛の赤髪の大きな人の驚いた声が聞こえる。しかし

バチィッッ
「なっっ!?」
驚きは会場に居るすべての人のものとなる。瞬時に反応した黄瀬はジャンプとともに腕を伸ばし、予想もできなかった今の攻撃を防いだのだ。

「マジかよ!」
「今度こそ完璧、あの青峰を止めたぁ!!」
「スゲェー!!」

詳しいバスケ事情を知らない真たちにも以前テレビで見た試合や黄瀬の語っていたことから青峰という人が物凄い選手だというのは分ったが、会場の歓声から思っていたよりもさらに青峰を止めたというのはすごいことなんだと分かり、真たちも顔を見合わせて喜ぶ。コートでも笠松やチームのみんなが黄瀬と喜んでいた。

「やるじゃねーか。まさかマジで止めるとはよ。」
すれ違う青峰からも今の攻防について話しかけられていた。黄瀬は青峰を指さし告げる。

「青峰っちと毎日1on1やって毎日負けたのは誰だと思ってんスか。アンタのことはオレが一番よく知ってる。」
「…なるほどな」

ゲームは再開し、ボールは海常、笠松にわたり、パスの出しどころを探すように笠松はあたりを伺う。

「青峰は止めた…が桐皇の強さはもう一つ…、桃井の先読みデータDFがある。」
誠凛のメガネの人が冷静に状況を分析する。

黄瀬は青峰のマークにあって、とてもパスが受けられる状態ではなさそうだ。状況を読んで森山がマークを外れ、

「森山!!」
動きを見ていた笠松が森山にボールを回す素振りを見せ、それをフェイクに4番の右を抜こうとする。しかし

「ドライブやろ!!」
それを読んだ4番はハンズアップしながら進路をふさぐ、コースを塞がれた笠松は詰められる前に体を返し、4番の左からシュート体勢に入る。

「ターンアラウンド!!」
しかし笠松さんのその後の動きは読まれており、4番はシュートをブロックしようとするが、

「当たり。けど関係ねぇな!」
動きを読み切った4番の人の動きよりも早く笠松さんは後ろに跳びながらのシュート―フェイダウェイシュート―を放つ。
 ボールは僅かに外れ、枠の上を転がる。
「リバン!」
外れることが分ったのか、シュートと同時に笠松から鋭い指示が飛ぶ。

「こんどこそっっ。ッバァーーン!!」

バチコーーン
「んがぁ!!」「なっ」「つうかうっせ!!」
早川が気合い十二分に二人のDFからOFリバウンドをもぎとり、マークを外した森山にパスを送る。森山はきれいとは言い難いフォームで、しかし詰め寄る9番のブロックを躱してシュートを決める。



その後も、会場の雰囲気は盛り上がり、得点は18対13、第一Qは完全に海常の流れで終わった。



[29668] 第12話 憧れるのはもう
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/03/05 20:41
第十二話 憧れるのはもう

「まさか青峰また手ぇ抜いてたりしねぇだろうな?海常が完全におしてるぜ。」
誠凛の赤髪の人、火神さんは、桐皇が負けているのが信じられないようで隣の人に尋ねているが、それは黄瀬君や海常の人たちに失礼だろう。

「おい、にいちゃん!黄瀬っちたちが勝つのが悪いのかよ!」
火神の隣に座っている響がかみつく。

「あぁっ!?あんた誰だよ!」
「すいません。ちょっと響!」
「スイマセン。僕たちは黄瀬君の、その仕事仲間で、彼を応援してるもので…」
睨み付けるようにこちらを向いた赤髪の人に慌てたように、律子とプロデューサーが謝り、黄瀬との関係をためらいがちに告げる。

「えっ!何!黄瀬君の同業?ってことはモデルさん?」
少し離れたところに座っていた猫みたいな口元の人が耳ざとく聞きつけて反応した。
「えっ!?その…」

あまり知られていないとはいえ、こんなに人に囲まれた状態ではアイドルです。とは言えないのだろう、プロデューサーが慌てる。
「もしかして765の方ですか?」

落ち着いた声が赤髪の人の隣から聞こえる。
「それってたしか…」
聞き覚えがあるのか、前列に座る制服をきた女の人が反応する。
「黄瀬君の友達のひとたちだったと思います。」
間違ってはいないが…フォローしてくれたのか判断のつきづらい表情で影の薄そうな人が、紹介してくれる。
「えっと、君は…?」
「黒子といいます。黄瀬君の中学時代のチームメイトです。」
 プロデューサーの問いに自己紹介で返す黒子君。

「黄瀬の?なんでそんなの知ってんの、オマエ?」
「黄瀬君からメールが送られてくるんです…」
なぜか黒子君はこちらを見ているような気がする。

「それよりも」「黄瀬っちが負けるっていうのかよ!?」
亜美と真美が先ほどの言葉を思い出して再びかみつく。

「そういうわけじゃねえけど…」
女の子に問い詰められることに慣れていないのだろう、勝気な表情が少し戸惑ったようになり、助けを求めるように隣に座る黒子をみる。

「…おそらく、青峰君は本気ですよ。黄瀬君がそれを上回ってるとしか…」
「おー、わかってんじゃん。黒子っちだろ、自分らも聞いてるさ。」
「…」
黒子の返答に響が気を良くしたように答える。聞き覚えのある呼び名に黒子が黙る。

一方、コート上では
海常の人たちが、現状がやや海常有利なため少し和やかに話している。ただ笠松の少し考え込む表情と黄瀬の怖い程に真剣な表情が、楽観視できる状況でないことを告げていた。


ひとまず誠凛の人たちと互いに自己紹介を行うと、誠凛の人たち、特に前列に座る人たちは真剣な表情に戻り戦況を話し合い、響のななめ前に座る茶髪のひと、木吉が誠凜の人たちに尋ねる。

「…一ついいか」
「?」
「オマエらどーやってアレに勝ったの?」
「うっ…!うーん…気合い…とか?」

そういえば黄瀬君が練習試合で誠凛に負けたとか言ってたけど…この人はそのとき居なかったのかな?疑問に思っていると言いよどんでいる誠凛の人たちの中から黒子がしゃべりだす。

「あと…青峰君が本気とは言いましたが、彼はしり上がりに調子を上げていく傾向があります。そして上げるとしたらそろそろだと思います。」
「ねぇねぇ、黒子っち。」「黄瀬っちとあの色黒とどっちが強いの?」

やや不吉ともいえることを言う黒子に亜美と真美が尋ね、黒子は少し考えるように間をおく、

「現時点の二人についてはわかりません…キセキの世代のスタメン同士が戦うのは初めてです。…ただ黄瀬君は青峰君に憧れてバスケを始めました。そしてよく二人で1on1をしていました…が、黄瀬君が勝ったことは一度もありません。」
最初にあった日もたしか青峰さんが勝っていた。でもきっと…

「昔はそうでも、今は違うよ!」
自然にそう言葉にしていた。

「…はい。僕もそう思います。なにより勝負は諦めなければ何が起こるかわからないし、二人とも諦めることはないと思います。…だからどちらが勝ってもおかしくないと思います。」
その言葉は決して、黄瀬が勝つという意味ではないのだろう、だがこの試合がまだまだ始まったばかりだと再確認させるには十分な言葉だった。コートに視線を戻すそうとするが、まだ黒子がこちらを見ているのに気づき、ふと顔をむける。

「菊地さん、ですよね…」
「はい、そうですけど?」
随分と興味を持たれたような感じだがなんだろうか、と考えていると黒子が再び口を開く。
「一度お会いしてみたかったんです…黄瀬君からあなたのことを聞かされていたので…」
黒子の言葉に僅か慌てる。
「お、黒子っちなんて言ってたんだ?」
亜美が楽しそうに尋ねる。黒子は少し考えるようにして、

「…おもしろい子がいる、と言ってました。」
思わず落胆してしまう。やっぱり自分への認識はそういうものなのだろう。

「あなたと対談したときの雑誌をわざわざ見せて、楽しそうに話してました。」
「えっ!?」
続く話に思わず疑問の声を上げる。
 


「第2Q始めます。」
ブザー音が響き両チームの選手がコートに現れ、真たちの会話が止まる。コートでは早川が両頬を叩き…たたき続け……十分以上に気合いを入れて吠えている。呆れた様子でその横を笠松が通り過ぎた。

「…もっと開始からガンガンくるかと思ったら、ずいぶん静かな立ち上がりだな。」
日向の言うように第1Qとは変わって、ボールを回す、落ち着いた展開だ。

桐皇の9番が様子を見ながらパスの出しどころを探す。突然、4番の人が中に切れ込み、マークについていた笠松が反応するも、進路上には7番の人が妨害するように立っており、マークが外れる。
 一連の流れで、4番がパスを受けシュートを放つ、と思いきや反応した森山がブロックしようとして…シュートは放たれず、4番の人は森山の裏に走り込んだ6番にショートパスをだし、6番はゴール下のシュートを決める。

ゴールが決まり、桐皇の応援団を中心に会場が盛り上がる。
「落ち着け、一本!キッチリ返すぞ!」
流れをとられまいと笠松がドリブルしながら、チームを鼓舞する。
4番が笠松に対してDFの体勢に入り、笠松はバウンズで黄瀬にボールを渡す。

ボールを受けた黄瀬だが、目の前には腰を落とした自然体の状態で行く手を遮る青峰が待ち構えている。

「ここまで伝わってくるみてぇだ…すげえ集中力!!」
漏れ出たように火神が呟く、確かに進路を塞がれた黄瀬の表情がひきつる。
黄瀬は受けたボールを左側におろし…その動きはフェイクだったのだろう、瞬時にボールを上に持ち上げる。
 しかし、青峰は目にもとまらぬスピードでボールを弾く。

「速い!!」
「読まれてます。」
「エッッ!?」
黒子のコメントに思わず真たちは振り返る。しかし黒子はコート上に視線をむけており、ボクたちもコートに視線を戻す。
 そこでは攻守が入れ替わり、青峰がドライブで黄瀬を突破しようとしていた。

青峰は黄瀬の左…から右へのクロスオーバーで抜こうとし、黄瀬はそれに反応する。
止めた!と思ったのもつかの間、黄瀬の股下をボールが通り、青峰は黄瀬の左側を抜き去る。驚愕に振りかえる黄瀬。
 驚いたのは観客の人も同じだろう。今の動きにおいて読みあいは完全に黄瀬が勝っていたはずなのだ。
「強引にもう一つ切り替えした!!?」

「くっっ」「ファウルはよせ小堀!!」
ゴール下に侵入し、跳び上がった青峰を止めようと、慌てて小堀が跳びかかる、笠松から声がかかるが…

ドッ…
二人の体が接触し、青峰は小堀との間に左手を差し込みながら、右手のワンハンドでボールを放り投げる。その体勢はやや崩れているが…

ピーッ
「バスケットカウント!ワンスロー!!」
ボールはゴールに吸い込まれ、審判が小堀のファールを宣言する。

「ちょっとなによ今の!」「うそ~止めてたのに~!」
コート上では悔やむような黄瀬と小堀に笠松が声をかけている。
「気にすんな。すぐに切り替えろ。」

外れて…!!
祈りもむなしく、ファールによって与えられたフリースローは決まり、18対18の同点になる。

「同点!!桐皇一気に追い上げてきた。」

「まずい…青峰が抑えきれなくなってきた。」「強ぇ…」
「やっぱり黄瀬でも…勝てないのか。」

誠凛の人たちの言葉に振り返り、
「そんなこと…!!」
無い…と言いたかったが、コート上の黄瀬の苦渋を飲んだ顔が目についた。

再開したボールは黄瀬に渡され、再び黄瀬と青峰の1on1となる。
「また!?海常はとことん黄瀬で行く気か!?」

「黄瀬君は間違いなく強いです。」
黒子がコートに視線を向けながら話す。その横顔を真たちは見る。
「キセキの世代の6人では間違いなく僕が最弱です。」「そりゃあなぁ…」
黒子の言葉に誠凛の人たちが頷く、

「ですが見方を変えれば、黄瀬君は唯一、キセキの世代たりえない理由があります。」
「「「「「えっ!!?」」」」」
この言葉には誠凛の人たちも真たちも驚く。

「キセキの世代のメンバーにはそれぞれ、オンリーワンの才能、武器があります…しかし黄瀬君には…彼だけの武器がない。黄瀬君にできるのはあくまで誰かのコピーです。ただのバスケで青峰君に勝つのは…難しい。」
「…」

以前誠凛の人たちが戦っていた、二人の「キセキの世代」緑間さんと青峰さん。確かに彼らには普通のスタイルとは別次元の彼らの武器があった。
 今もコートで見せている、他人の技のコピー。それが黄瀬君の能力なのだろう。
超長距離からの3Pシュート、予測不能のでたらめスタイル。
 たしかにそのスタイルに比べれば黄瀬君にはオンリーワンというスタイルはない。でも…

「たとえそうだとしても、そうやって成長することが、きっと黄瀬君の武器になるはずです。」
春香が反論するように言う。その言葉に黒子は頷き、

「はい…ですから、難しいですが…それに黄瀬君が気づいていれば…手はあります。」


コート上では、黄瀬は青峰の左を抜くふりから…
「ターンアラウンド!!」
先程の笠松の動きをコピーし、青峰の右側からフェイダウェイシュートを放つ。

しかし…
「お前のマークはこのオレだぜ?あっちの腹黒メガネと一緒にすんなよ。」

青峰はキッチリ反応し、シュートをブロックする。弾かれたボールはラインアウトし、海常はタイムアウトをとる。

ベンチに座る選手はみんな、疲労の色を出し始めていた。中でも「エース」青峰との1on1を立て続けに行っている黄瀬の消耗具合がひどい。

「いいか、早い展開は向こうの18番だ。向こうのペースに合わせるな。あとインサイド…」
緊迫した展開を反映してかやや張り上げるような、海常の監督の声が途切れる。

「監督…試合前に言ってたアレ。やっぱやらしてほしいッス。」
海常の選手、監督が黄瀬に注目する。


観客席では誠凛の人たちが戦況を分析する。
「同点か。」
「けどこっからだ。勢いに乗った桐皇はちょっとやそっとじゃ止めらんねーぞ。」

その言葉は両軍と戦った経験からくるものなのだろう。
「とはいえ両チームに差はそこまでない。勝敗を分けるとしたらエースの差だが…」
木吉が分析を続けるが、その語られぬ言葉は、決して海常有利に運ばないだろうというニュアンスであった。

「あの…黒子君。さっき言ってた、黄瀬君の武器って…」
流れが桐皇に傾き、同点ながらもこのままではまずいことは分る。だからこそ、先ほどの黒子が言っていた、言いかけていたことが気になった。

「…黄瀬君のスタイルは、僕や緑間君よりも、青峰君に近い…」
「…」
誠凛の人たちも黒子の言葉に耳を傾けている。
「ですが、黄瀬君は青峰君のコピーが成功しません。そしてその理由を黄瀬君は知っているはずです。」
「それって…」
コピーが黄瀬君の武器で、それでは勝つのは難しいといったのは黒子君だ。だがそれが勝機につながるのだろうか…?

ビ―――ッ
「タイムアウト終了です。」
タイムアウトの終了とともに会話が途切れ、コートへ注意を戻す。
海常ボールで始まった展開。海常の選手は心持ち、なにかを決意したような、引き締まった表情をしている。

「来た!もう今日何度目だ!?黄瀬対青峰!」
ボールは黄瀬に渡り、幾度目かわからない二人の1on1。
しかし黄瀬は仕掛けることなく、あっさりとボールを早川に流す。

「あれ?」
拍子抜けしたような疑問が会場のそこかしこから漂う。
「オイオイどうしたぁ?もうお手上げか?」
挑発するように青峰が黄瀬に話しかけるが、黄瀬は取り合うことなく背を向ける。

ボールはめまぐるしくコート上を駆け巡る。しかし
「スティール!!攻守交代だ!!」
森山に回されたパスは繋がることなく、9番にカットされる。
ハーフライン付近で青峰にボールが渡り、黄瀬と向き合う。

 黄瀬の様子を見ると自分から攻める気はないようだ。だけど…負ける気も全くないという顔つきをしている。
 腰を落とした構えから一転、青峰は体を起こし、ボールをつき始める。

「どっちにしろ結果は変わんねぇよ!!」
静から動へ、ペースをチェンジし黄瀬を抜き去りゴールに向かって切り込む。

「うおっっ」「速ぇ!!」
「やっぱ青峰だ。」
会場が沸き立ち、青峰はそのままダンクを決めようとし、

ドッッ
「!?」「ぐっっ」
笠松が体格差にひるまずに体をはってDFする。

ピーッ
「チャージング、黒5番」「ってっ…!!」
流石に体格差があり、吹き飛ばされる笠松、しかし笛が鳴り、青峰のファールが宣言される。
「なぁあ、ファウル!?」「ノーカウントだ!」

「笠松さん、大丈夫かな?」
雪歩はプレイ自体よりも吹き飛ばされた笠松の安否が気にかかるようだが、コート上では青峰が手を差し伸べて笠松が立ち上がろうとしている。(その際、青峰が何か言ったのか笠松が舌打ちせんばかりの表情をしている。)

「巧い…!!いやそれより…すげえ度胸…!!」
日向が感心したように呟く、
「あの体格差で引くどころか、ファウルもらいにぶつかりにいくなんて!」
「あんな大きい人にぶつかりに行くなんて…」
千早も感心している。

「さすがキャプテン!ナイスガッツです!!!」
「うるせー!」
コート上では早川が今のプレイに感激して、笠松に跳びよっているが、すげなくあしらわれている。



「けどヒヤヒヤもんだ…できるのか…!?」
「できるかできないかじゃねぇ!やるんだよ!ウチのエースを信じろ!」
不安げな森山の言葉に言い切る笠松の顔には覚悟と信頼に満ちていた。


だが日向が言っていたように勢いづいた桐皇は、簡単には止まらず。黒子の言うとおり調子の上げてきた青峰は黄瀬を圧倒し始める。

「青峰、全開…!!」「止まらねー」
桐皇エースの活躍に会場は沸き立つが、
「ちょっと、しっかりしなさいよ!黄瀬!!」
伊織が怒鳴る。

黄瀬君が必死なのがわかるが、差は開き始める。


圧倒的なプレーでゴールを決める青峰。黄瀬は悲しげに微笑みながら、憧れた存在を見つめる。

「ねえ、黒子君。なんとかなんないの?」
美希が尋ねる。
「…青峰君が昔から言ってることがあります…」
「…?」
「オレに勝てるのはオレだけだ。と…」
「なによそれ!」
黒子の告げる傲慢なセリフにテンションの上がった伊織がかみつく。

「まさか…」
なにかに気づいたのか火神が驚いたように呟く。
「たぶん…そのまさかです。」
「?」
突然の流れについていけない真たちは首を傾げる。
「確かムリって言ってなかったか!?」
「はい…でもそれしか勝つ方法はありません。」

どうやら黒子が先ほど言っていた、黄瀬君の勝つ手段ということなのだろう。
「それって、いったい…」
思わず真も身を乗り出して尋ねる。

「黄瀬君がやろうとしていることは…青峰君のスタイルのコピーです。」

「!!!?」
それは先ほど黒子自身が否定したことだ。だが…
「青峰のコピー…!?そんな…できるのか!?」
「さっき、無理ってぇー…」
やよいが思わず声を上げる。

「…そもそも黄瀬君のコピーというのはできることをやっているだけで、できないことはできません。」
「???」
それは…当たり前のことなのだろうが…今この場でどう話が繋がっているのか、いまいち分らない。

「は…は!?」「えーっと…?」
小金井も真たちもその説明だけではわからない。
「つまり…」
そんな様子が分かったのか、りこが補足してくれる。
「簡単に言えばのみこみが異常に早いってこと。NBA選手のコピーとか、自分の能力以上の動きは再現できないってこと?」

「黄瀬君が青峰君のコピーをできないのは、黄瀬君が青峰君に憧れているからです…勝ちたいと願いながらも心のどこかでは負けてほしくない。だから、憧れている限り…黄瀬君のコピーは成功しません。」

「それって…勝つためには憧れを捨てるってこと…?」
思わず言葉が漏れる。たしかに思い当たる節はある。
黄瀬君が青峰君のことを語るとき、いつもやたらと誇らしげだ。勝つと言いながらも…やはりどこかで負けてほしくないと思ってしまうのだろう。

「それでもやろうとしてるってことは…できると信じたってことだ。」
木吉の言葉が重く響く。コートでは黄瀬が覚悟を決めた表情を見せていた。




第2Qの時間は終わりに近づき、ブザーが響くと同時に、ゴールから遠く離れた位置から適当とも思える素振りで4番がボールを放る。

 これでハーフ34対40か…

その思いは会場のほとんどの人のものだっただろう。だが…

ガシャッ

「なっっ」
驚愕とともにボールはゴールに入り、得点が加算される。
「ハハッ、いやぁついとる。入ってもーたわ。」
腹黒メガネの笑う顔が浮かぶようだ。

「うおーー入った!!」「ブザービーターだ!!」
「くっ…」
観客は思わぬファインプレーに沸き立ち、海常の選手は歯ぎしりする。



休憩に入り誠凛の一年生、黒子や火神は飲み物を買いに行き、真たちは後半戦に思いを巡らせる。




[29668] 第13話 声が聞こえないッス
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/03/05 20:41
「ねぇ、真。黄瀬に会いに行かないの?」
ハーフの休憩時間が始まり、コートからは両チームの選手の姿が消え、伊織が話しかけてくる。

「…うん、邪魔しちゃ悪いし…ファンの子とかも来てるかもしれないし…」
思い出すのは昨晩の光景。アイドルではないのだろうが、それでも可愛い子だった…自分とは別タイプの、美希のような可愛さだった…黒子君の言っていた言葉がリフレインする。【おもしろい人】、それが自分への認識なのだろう。仲はいいだろう…でもそれはきっと…

沈み込む真を心配そうに伺う春香や雪歩たち。伊織も無理には誘うつもりはないのかそれ以上、言ってはこなかった。

暫くすると、誠凛の一年生の人たちが帰ってきた。しかしその中に黒子君の姿はなかった。
「どこ行ったんだ、あのバカ。」
火神さんの怒る声が聞こえる。


第十三話 声が聞こえないッス


「おせーよ。」「つーかどこ行ってたんだテメー。」
 もうすぐ試合が再開するという時間になって黒子が帰ってきた。どうやら途中ではぐれてしまったらしく、周囲の一年生に怒られている。
「すいません。黄瀬君につかまってました。」
 黒子の謝罪の言葉にバッと真の顔が上がり、黒子と目があう。

「黄瀬君から菊地さんに伝言です。」
「えっ!?」
 黒子君の感情の見えない言葉に心臓が跳ね上がる。

「【真ちゃん、声が聞こえないッスよ。】だそうです。」

 期待した表情の春香や亜美たちがガクッと傾く。自分も唖然とする、

 (気づいてたんだ。)

 たしかに前半自分はほとんど声援を送れていないが…気づいていないかと思っていた。彼には応援してくれるファンが大勢いるから、自分もその一人くらいに思っているのかと考えていた。

「黄瀬君は、変わりました。以前の彼ならあんなことは言いませんし、あの作戦も成立しないでしょう。」
「えっ!?」
 あんなこと…というのは何を指しているのだろう。それに黄瀬君が変わった?少なくとも自分と会ってからの黄瀬君には変化がないように見える…

「黄瀬君の試合にはよくファンの人がついてきます。」
「うーん、やっぱりか。」「まあ、黄瀬っちもモデルだしな。」「うん、うん。」
亜美たちが納得するように頷いている、真はそれを聞いて僅か落ち込む。


(やっぱりボクも…)

「ですが、黄瀬君から応援してほしいというのを聞いたのは初めてです。」
告げる黒子の顔を凝視する。しかしその顔から感情を読み取ることはできない。

「【勝つ試合が当たり前だった中学の時より、勝てるかどうかわからない今の方が気持ちいい。】黄瀬君がさっき言ってました。勝てるかどうか分らない…だからこそ応援してほしいとも。」
 勝てるかどうか分からないからこそ…それが黄瀬君の願い…


「それに…あの作戦は完全に仲間を信頼していないと成立しません。以前の黄瀬君、いえキセキの世代ならそんなことは絶対にしません。」

「?」「信頼って?どう違うんだ?」
「あの作戦、僕の予想では、黄瀬君が青峰君のコピーができるかは五分。仮にできても完成するのは第4Qの半ばです…つまりそれまでの間、試合を自分以外の人に任せることになります。それは絶対の信頼関係なしにはありえません。」

 帝光時代の黄瀬君がどういう人なのかは知らない。でも降郷村でのみんなとの様子や笠松さんとの様子からは確かに信頼がうかがえた。

「チームで大事なのは自分が何をすべきか考えることです。」
両チームの選手が会場に姿を現し、黒子が視線を向けながら言葉を続ける。

「それって…?」
「かつて、僕が黄瀬君に言ったことです。そして…あなたが黄瀬君に言ったことでもあるんですよね。」
「…」
「黄瀬君は、すべきことが自分をギセイにすることなら、自分にはムリだと言いました。でも今、黄瀬君がやっているのはまさにそれです…」
思わず視線は黄瀬を探してしまう。

「間違いなく、黄瀬君を変えたのはあなたの言葉でもあると思います。」





ビーーッ
「第3Q始めます。」
ブザー音とともにボールは桐皇に渡り、後半戦がはじまる。


桐皇は静かな立ち上がりを行おうとしたのだろうが、海常は前半以上の気迫でプレッシャーをかけ、桐皇の9番が森山のチェックにたじろぐ。隙をついて笠松が背後からボールを奪い、

バシッ
動き出し早く、青峰を振り切って加速した黄瀬にパスを通す。

「頑張れ!涼っ!!」
自然に大きな声がでる。彼が自分のことをどう思って、この試合に誘ってくれたのかはわからない。それでも、彼に勝ってほしいという願いだけは…

「いきなり速攻!!」
ドリブルで切り込む黄瀬の進路に4番のメガネの人がつく、黄瀬はスピードを殺し、急激な変速にコントロールを失ったのか…ボールが手元から外れ高く跳ね上がる。

「あっ!?」
自分の声が黄瀬君のコントロールを乱したのか…?心配は一瞬だった。

「!!」
4番の注意がボールと黄瀬に分散し、一瞬の油断が生まれるや、黄瀬は相手の顔目前でボールをキープし、瞬時にバウンズさせ、相手の左を抜き去る。

「なっ!?くっっ」
変則のチェンジオブペース。4番の人が驚き、体勢を崩しながら文字通り黄瀬の足を押さえる。笛がなき、審判にファウルホールディングが宣告される。

「惜しい…!!」「今の動き色黒の人っぽくなかった!?」
誠凛の人たちをみると驚いた様子で黄瀬君をみている。今の動きは、ファウルで止められこそしたけれど、TVで見た誠凛との試合で青峰さんがしていたのとよく似た動きだった。


ボールがコート上を駆け、再び黄瀬が一人前線に切れ込む。
しかしその進路は9番と6番によってゴールから遠いコートの隅に追い込まれる…と思いきや黄瀬はシュートとは思えない動き、右手一本で放り投げるようにボールを放つ。   
寸前で気づいたのか6番の人が体で黄瀬にぶつかり、ボールは枠に阻まれる。しかし笛がなり、6番のプッシングとともに黄瀬に2本のフリースローが宣告される。


 黄瀬は冷静に二本のシュートを決め、後半5分を過ぎたところで46対58となる。
「すげぇえ黄瀬…!てゆーかカンペキ青峰みてーじゃん!!」
小金井が驚いている。後半が始まり流れが海常にむいたことで響や伊織たちの応援にも気合いが乗ってきている。不意に黒子と目があう。

「すごいですね。僕の予想よりずっと早い…ですが…」

「…たぶんまだ不完全ね。」
おちついたリコの声が聞こえる。

「え!?」
たしかに動きは青峰さんに近いけれど…
「その証拠に速攻とかで青峰君以外がマークに来た時しかやってない。きっと本人の中でまだイメージとズレがあるのよ。」
しかも、2本ともファールとはいえ、止められている。黄瀬君が憧れたほどの相手だ。おそらくあれではまだ抜けない…

「けどさけどさ、」
響がなにか反論しようとするが遮るように木吉が告げる。
「つまり…黄瀬が青峰に再び1on1を仕掛けた時がコピー完成した時だ。」

会場に追い上げムードが巻き起こる中、


ゴッ!ガガッ
その光景は信じがたいものがあった。黄瀬の前で立っている青峰がただ投げただけのようなボールがゴールに勢いよく叩きつけられ得点が加算される。

「なによアレ!!」「決まったの!?」
「というかシュートだったの今の!?」「メチャクチャさぁ!!」
伊織たちも驚愕に包まれる。

「14点差…」
火神さんの呟く声が聞こえる。

春香たちも心配そうにコート上を見つめる。黄瀬の疲労も大きいが、ここにきて黄瀬抜きで奮闘する海常のほかの選手の消耗も大きくなってきている。
「いくらエースを信じて待つって言ってもバスケに一発逆転はない。もしコピーができたところで残り時間と点差が手遅れの状態だったら…」

「そんなこと「そんなことない!あいつならきっとやるよ!」。」
響の反論にかぶせる形で真も声を上げる。

「…このままいくと恐らく15点差…そこがデッドラインだ。」
木吉の冷静な評価はおそらく当たりだろう。同じことを考えているのかコートでは笠松が決死のドリブルで切り込もうとする。しかしその動きは4番の人に読まれており抜けない。

「かさかさ…!」
業を煮やしたのか、かなり強引に笠松はシュートを打つ。

「なっ!?強引すぎる!!」
それは入るわけもないシュートだった。だが
「これだったら読みもクソもねーだろ。ついでに…O・Rに食らいつかせたらあのバカの右に出る奴ァいねんだよ!」



    …あとラ行はっきり…

笠松の信頼のもと早川がゴール下で奮闘し、

「んがー!!!」
桐皇の選手3人を相手にリバウンドをもぎ取った。ボールは小堀に渡され、ゴール下のシュートが決められる。

「よっしゃ!」「決まった!」
真美と亜美が喜びの声を上げる。
「12点差ということはまだ勝負はついてない…ということですわね。」
普段テンションの変わらない高音の声もやや嬉しげだ。

ボールは桐皇でリスタートし、ボールが駆ける。笠松がボールをもつ4番のチェックに向かうが、4番の人は背中越しにボールを9番にパスする。

「まずい!!3Pだ!」
日向の焦る声。




   …オレは今日あの娘のために…


ビッ
「あっっ!?」「森山さん!!」
間一髪のところで間に合った森山のブロックによって阻まれる。

「止めた!差は12点のままよ!」
伊織のはしゃぐ声はコート上の選手も同様の気持ちだろう。


黄瀬君が、森山さんになにか話しかけようとして、森山さんがこちらを指さすとともに何か告げる。小堀さんの呆れたような顔と早川さんが驚き、あきれた顔が見える。
「なんすかそれ森山サン!!」

黄瀬君は呆気にとられた表情をし、こちらをちらりと見る。
気のせいかもしれない。
でも視線が合わさり、黄瀬君の微笑む顔が見えた気がする。



「涼っ!!」







 黒子っちの言ってたこと、最近ちょっとだけわかったような気がするッス。




【みんなといるから楽しいんだろ!】
バスケの経験はないといってたが…あの娘の言っていたことが不意に思い浮かぶ。




 黒子っちの言ってた「チーム」、あの娘の言ってた「みんな」…そのために何をすべきか…そして、オレが今何をすべきか







 憧れだった。初めてすごいと思えた…
 



 【俺に勝てるのは…









        俺だけだ…】









「じゃあ、そのオレが相手なら…どうなるんスかね?」


会場が不意に静まる。



息をのむ音が聞こえる。


黄瀬君が顔を上げる…



突如としてドライブで動く黄瀬、青峰も反応するが…






「待ちくたびれたぜ、まったく…」


「とっとと倒してこい」







「なっ…」


「ついに黄瀬が」



「エース青峰を…抜いたあ!!!」



まさに青峰の動きをコピーした動きで青峰を抜き去る。しかし青峰はやや後方にいながらも追いかける。

「いっけぇ!!」
心が沸き立つ、みんなも身を乗り出すようにその光景を見ていた。


「調子に乗ってんじゃ…ねェぞ黄瀬ェ!!!!」
追撃してきた青峰は黄瀬よりも高く、そして力強く、ブロックしようとして…


「ダメーーッ!!!」
 桐皇のベンチから制止を叫ぶ声が響き、

黄瀬の体が青峰の体に押され、笛がなる。ダンクのタイミングをずらされた黄瀬。しかし次の瞬間


黄瀬の右手はビハインドから振り切られ、ボールは二人の背後から駆けあがるようにゴールへと向かい……

静かに…吸い込まれた…



「ディフェンス、黒5番。バスケットカウント、ワンスロー!!」
驚愕が会場を包む。

「えっと…どうなっ…」「決まった…!?バスカンだ!」
ルールを把握していない雪歩の疑問の声をかき消すように盛り上がる。

「いや…それより…青峰ファウル4つ目!」
「ファウルトラブル!布石を打ってたのか!」
誠凛の人たちも驚いている。

ルールに詳しくない765のみんなは、やや戸惑い気に顔を見合わせている。
「バスケでは5つファウルをとられると、退場になります。」
黒子が私たちの様子をみかねて説明してくれる。
「バスケは接触の多いスポーツですから、ファウルも発生しやすいんです。ですからまだ時間のある状態で4つ目のファウルがとられると…」
「もう思い切ったプレイはできないぞ…!!」
黒子の説明を日向がしめる。

前半、笠松が体を張って青峰にあたりにいったのは、まさにこのときのために青峰にファウルを重ねておくため。
「ってことは…」「コピーした上に、青峰っちの攻撃力は下がったてこと!?」
亜美、真美も状況がわかり、それが海常にとって極めていいことだとわかり、はしゃぎ始める。

コート上では悲しそうな顔で黄瀬が青峰に振り返り、その後、フリースローを決めた。

「ワンスローも決めた。これで差は一桁だ!!」
「どうなるさ、これ!?」
響のテンションもかなり高まり、火神の腕を思いっきり引っ張りながら尋ねている。

「第4Q丸丸残してこの状況…9点差はあまり関係ない!」
「それって、黄瀬さんたちが勝てるってことですよね?」
伊月の解説にやよいが嬉しげに聞き返す。

「…青峰!!!」
コート上では4番の人が青峰にパスを送るも、呆然としていたのか反応の遅れた青峰はボールを弾き、跳ねたボールをいち早く黄瀬が確保する。

「なっ…青峰がファンブル!?」
その光景に火神さんの驚く声があがる。あれほど巧い青峰さんがあんなミスをするのはよほど珍しいのだろう。

ドリブルする黄瀬の前に9番が立ちふさがる。黄瀬は瞬時に止まった。かと思いきや一瞬で再加速し、反応できなかった9番を抜き去る。


「いっけぇー!!黄瀬っち!!」
そのままのスピードでゴールに向かい、ダンクを決めようとする黄瀬に


ドゴッ!!

いつの間に追いついたのか青峰が的確にボールを叩き、渾身の力を込めたダンクを弾き飛ばす。

「ぐわっっ!?」
弾かれたボールは近くで見ていた私たちのところに飛んできて、運よく(?)プロデューサーに命中した。
「プロデューサーさん、大丈夫ですか!?」
あずささんが慌ててプロデューサーを心配する。


「4ファウルぐれえで腰が引けると思われてたなんて、なめられたもんだぜ。けどなあ」
青峰は怒りを露わにした表情で告げる。
「特に気にくわねえのがテメエだ。黄瀬。いっちょ前に気ィ遣ってんじゃねーよ。そんなヒマがあったら死にもの狂いでかかってきやがれ。」

その表情に思わず私たちも身を震わせる。

「いっすね、サスガ。」
「いやぁ、お互い青峰のことみくびっとったみたいやなぁ。あとで謝らな行かんわ。」

「あれで終わりだったら拍子抜けもいいとこッス」
「これで駆け引きもクソもないわ。まず間違いなく、最終Qはどつき合いや」


嵐の前の静けさのごとく数十秒のターンが過ぎ、ブザーとともに第3Qの終わりが告げられる。

怒涛の第4Qを残して現在、62対70。桐皇が8点をリードしていた。



[29668] 第14話 敗因があるとしたら
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/03/05 20:42
「なあなあ黒子っち。」
「…はい?」
響が休憩時間を利用して、黒子に話しかけている。

「黄瀬っちが青峰っちのコピーに成功したのは分かんだけどさぁ。なんで動きだけじゃなく速さまで青峰っちと同じになってんだ?」

黒子は黄瀬のコピーを「黄瀬君の身体能力の範囲で再現できる動き」と説明していた。その理屈だと、動きが同じになったとしても黄瀬の速さが変わったことの理屈がわからない。
第3Q最後の黄瀬の動きは明らかにそれまでの動きよりも早く、まるで青峰そのものだったのだ。

「厳密にはトップスピードは青峰君の方が速いですよ。ただ、青峰君の速さの鍵は緩急です。」
「?」
「これはテクニックです。最高速と最低速の速度差が大きいほど体感できる速度が上がるので…」
「つまり黄瀬は最低速を青峰より下げることで同じ速度差を再現したってことだな。」
「なるほど。」
黒子と火神の説明に納得する一同。
 


第十四話 敗因があるとしたら

「黄瀬っち勝てるかな?」
亜美の声はいつものふざけた様子はなく、心配そうだ。
「大丈夫さぁ。青峰ってやつはもうあんまり、戦えないんだろ?」
響が明るい調子で答える。

「そうだな、桐皇はメンバーチェンジするか…」
「出ても4ファウルなら動きは鈍る。いくら青峰でも…」
誠凛の人たちが肯定するように、動向を予想する。しかし

「いいえ。おそらく闘いはここからです。」
黒子はベンチを見ながらそれを否定する。周囲の視線を受けながら黒子は続ける。

「おそらくここから先が、青峰君の全力になると思います。」
「だが、4ファウルだぞ!?」
伊月の訝しむ声が上がる。

「彼はまだ、その底を見せていません。そして…限界が近いのはむしろ黄瀬君です。」
黒子の言葉に真たちは慌てて黄瀬を見つめる。

両チームの選手が私たちの眼下のベンチに座っており、今までよりも顕著に疲労しており、見るからに息が切れている。特に青峰のマークをしながら、その動きを急激に変化させていった黄瀬の疲労度合は強く、彼の限界が近いことも物語っている。


「第4Qは、正真正銘、全開のキセキの世代同士の衝突になると思います。」
黒子の予想は、この試合がここからさらに過激化することを告げていた。だからこそ…





「大丈夫か?」
「まあ…なんとか」

「黄瀬っちファイトー」「がんばれ黄瀬っち!」「が、がんばれー」
みんなも黄瀬君に声をかけている。声をかけるのをためらっていると横から春香が肘でつついてきた。振り返ると「声、かけたら。」と言わんばかりに微笑んでいる。

「涼、頑張って!!」
顔が熱を持つのが分る。黄瀬君は疲れているだろうに左手を上げて答えてくれた。

「仮に青峰が退場したとしても追いつくにはやっぱお前が必要だ。最後まで立っててくんねーと困るぜ。」
森山さんが疲労の度合いの強い黄瀬君に発破をかけている。

「ヨユーッス。信じてもらえないかもしんないけどオフでも欠かさず走ってきたんスよ?」

知っている。普段へらへらとしたように見えて練習では真剣なことも。そして以前よりも仕事を大幅に減らして、本気でバスケに取り組んでいることも…

「知ってっわ、このバ×○△…」「かむなよ」
黄瀬君の言葉に早川さんが青筋をたててはね上がり…

「信じてるさ…とっくに」
黄瀬君の頼もしい先輩たちは大きな背中を見せて、コートへと戻って行った。




「第4Q始めます。」
試合が再開する。残り10分、8点差。

「桐皇はメンバーチェンジしないな。」
「けどどんな奴でも4ファウルなら動きは鈍る。大丈夫か?」

誠凛の人たちの予想は杞憂となる。今まで以上の気迫と集中力で青峰は黄瀬に迫り、ブロックしようと腕を伸ばす黄瀬の前で、

「なっっ!?」
青峰は空中でほとんど上体を寝かせてシュートを放つ。でたらめなループを描いたにも関わらず、ボールは外れることなど知らないかのようにゴールを通過する。

思わず、息をのむ
「4ファウルで変わらないどころか…凄味が増してやがる。」
「どうなってんのよ!?」
予想と違う展開に伊織がいきりたつ。
「なんて集中力…やっぱ化け物かよ。キセキの世代のエース青峰!」
誠凛や海常の驚きは、ついで桐皇も知ることとなる。

「っだと!?」「うわぁあ、まったく同じ…!?」
黄瀬は先ほどの青峰の動きそのままに、同様のシュートを放ち、点差を戻す。


試合は…二人のキセキの激突は激しさを増していく。
オーバースローのような動きで青峰がボールを叩きこめば、黄瀬君それを返し。二人とも一歩も引かない構えをみせる。

その様相は、殴り合いというよりもすでに取っ組み合いという様相を呈し、会場の興奮もピークを迎えていた。




「黄瀬ェ!!!」
 鬼気迫る表情で敵を睨み付ける青峰。

「青峰っち…!!」
 更なる能力の開花を見せて対抗していく黄瀬。


二人のエースの気迫は徐々に会場を静かなものへと変えていった。



「やっぱこうなってしもたか、にしてもつくづく恐ろしいもんやでキセキの世代」

「いつまで続くのこれ…」
おののいたような言葉は誰のつぶやきだったのか、

実に9分間、一本も落とさず両エースは交互に点を取り続けた。




黄瀬がドリブルで走る、並走する青峰によって黄瀬はゴール裏にまで追いつめられる。しかし

「あぁあぁあぁあ!!!」
気合いとともに震える膝を叱咤し、ボードの裏から放たれたボールはしばらく枠の上を転がると、なんとかゴールへと吸い込まれる。

「あぶないゴールが増えてきたな。」「体力の限界ね。」
誠凛の人たちの言葉が遠く聞こえる。海常の選手も桐皇の選手もまさに体力の限界といった様子だ。


「しんどいわね…」
「ほんと疲れるわよ。」
りこの言葉に伊織がうなずく。
「いやそうじゃなくて…」
日向のつっこみに伊織が「なによ」と反応を返す。
「ここまで流れがかわらない試合は始めてだわ。中の選手は相当精神ケズられてるハズよ。」
りこの説明に伊織が顔を赤らめる。気にした様子もなく日向が続ける。
「特にキツイのは追う海常だ。信じられない長時間、8点差と10点差を繰り返して、縮まらないまま時間はどんどんなくなる…」
「緊張の糸はいつ切れてもおかしくない…ハズだ。」
うなずくように木吉も続ける。
「黄瀬と青峰もだが、他の選手もほとんど往復ダッシュをしてるようなもんだ、かなり体力を削られている。」

「ですが…まだあきらめてません。」







   あきらめるか…!!チャンスは必ずくる!
   アイツが踏ん張ってるのにカンタンにへこたれてられっか!





   認めてやる…どころか最後まで気は抜かねーよ
   その眼をしてる限りは何が起こるかわかんねぇ
 テツと同じ眼をしてる限り…!





「…桜井!!」
一瞬の気の緩み、桐皇のパス回しは7番から9番に渡ったところで9番が弾いてしまいボールがコートに弾む。
「あっっ」

!!!

瞬時に黄瀬が反応し、ボールを拾う。

「均衡が崩れた!!海常チャンスだ。」
点差は98対106残り1分。

「止めろ!!ここは死守だ!!」
桐皇の監督が怒鳴るように指示をだす。

「ここで勝負が決まる!」
こぼれ出たような木吉の言葉に視線を向ける。

「残り1分。これを決めれば差は3P二本分。チームも一気に士気を取り戻せる。逆に落とせばタイムリミットだ…つまり…

事実上…最後の一騎打ちだ!!」


示し合わせたかのごとく、黄瀬と青峰が向き合う。

合わせ鏡のごとく同じスタイルの二人の距離が縮まる。刹那の間に、二人の間で読みあいの応酬が繰り広げられ、覚悟を決めたかのように青峰の顔つきが変わる。

二人が交錯する寸前、黄瀬君がわずかに右を見た…気がした。ドライブは右か左。ぶつからんばかりに二人の距離が近づき


そして
平面の動きは突如、立体に

黄瀬は右でも左でもなく、スピードのまま右腕で振りかぶるように青峰さんの上から強引な体勢でゴールを狙う。

「いきなりフォームレスシュート!?」
黄瀬の行動に度肝を抜かれたのはおそらく、二人以外のすべての人間だったのだろう。
青峰は予測不能な黄瀬のパターンに反応し、シュートコースを遮る。

   止められる…!!

瞬間、

黄瀬は一連の流れか、振り上げた腕を強引に押し下げる。



ボールが上から下へと手に吸い付くように流れ、手から離れる。その行く先には

「笠松!!?」「なっっ!!」

予想もつかないパターンに完全に選手の動きが止まり、ただ一人笠松さんが完全フリーの状態でパスを受け取ろうとする。



 そのボールが…笠松に届くことはなかった…



 

 人間の反応とは思えない動きにより、青峰が空中で捻転し、腕が振るわれコースがカットされる…




 だが、黄瀬の手から放たれたボールは右サイドではなく、ビハインドから青峰さんの右側を通りゴールへと向かう。そして…

(入って…!!)


 ボールはゴールに入ることなく跳ね上がり…



「早川センパイ!!」



そこに早川が走り込むことを信じて黄瀬が叫ぶ。

「んっっが―――!!!!」



 早川によって押し込まれたボールは今度こそゴールを通過する。





「なっ!!?」「決めやがった!!」
一瞬遅れて、会場に歓声が響く。真たちも目の前の光景に立ち上がって喜びを表す。

「やった!!」「真ちゃん、やったよ!!」「これで6点差よね!?追いつけるのよね!!?」
伊織は前列の木吉を揺らしながら、問い詰める。

「信じられん!なんだ今の動きは!?」
 木吉は驚いたように声をあげる。
「今の一瞬、シュートフェイクの直前で黄瀬君は目線のフェイクをいれていました。同時に右サイドの笠松さんを見ました。青峰君はそれを、本来の彼の動きにないパターンと看破し、あのパスを読んだのでしょう…」
 あまり、顔色の変わらなかった黒子も驚いたように説明している。

「ですが、それもフェイク…いえ意図的に視線を誘導したのでしょう。本命は、ゴールに走り込んだ10番のリバウンド。」
「意図的に視線をって……ミスディレクション…!?」
火神が驚いたように黒子をみる。

「完璧ではありませんが、意図的に青峰君の意識を自分からずらしたのはその応用でしょう。そして、パスを受けるために走る笠松さんと必ずO・Rを押し込んでくれる早川さん、二人への信頼がなければ今のプレーはありません。」


 リスタートした桐皇は、なんとかパスを青峰に繋ごうとコートを駆ける。だが、士気の上がった海常の動きは桐皇を上回り、コースが限定され、センターライン付近で黄瀬がボールを奪い取る。青峰が、瞬時に黄瀬のドライブを封じようと駆け寄るが…

「なっっ!!」


 センターラインでボールを持った黄瀬はドリブルをすることなく、その場でジャンプシュートを放つ。そのボールはそれまでの彼のシュートよりも高く、高く軌道を描き…


シュパッ
「はっ、入ったぁ!!?」「あれは…緑間の!!?」
 ボールは枠に触れることなく、ゴールを通過し、掲示板は103-106を示した。

「よっしゃ!!黄瀬っちナイス!」「あと3点ですよ!」
響と雪歩が喜びの声をあげる。真達も同様に声を上げ、コートを見つめる。

「キセキの世代のコピーはできないハズじゃ!?」
火神が驚いた声で黒子に尋ねる。
「…はい、ですがそれは、中学時代の黄瀬君です。それと…今のは、現在の緑間君というより昔の緑間君のイメージです。」

「今の緑間や黒子の完全再現はムリでもその一部であれば再現できるってことか!!?」
日向も驚きの声を上げる。

 コートの上では、それまでの凶悪な顔から一転、深く沈み込むような表情をみせる青峰が試合の行く末を睨みつけていた。




 再度リスタートした桐皇は、今度こそ青峰にパスをつなぐ。センターラインで受けた青峰はトップスピードでエリアに侵入しようとする。

「行かせるか!!…なっ!!」「…っ!!」
 青峰の進路に割り込むように笠松と小堀が立ちふさがる。しかし残像を残すかのような超速の動きにより二人は反応することすらできない。

 だが、一瞬のタイムロスで黄瀬が進路に割り込む。青峰が、黄瀬に激突しにいくように跳び上がり右手でダンクを決めようとし、黄瀬はそれを体で阻もうと跳び上がる。

「させないッス!!」

(激突するっっ!!!)

目をそむけずにその瞬間を見つめ続ける真…だが激突の瞬間は訪れず、青峰は空中でロールし、ボールを左手に持ち替え…


ギャゴッ!!!


 驚きに目を開く、会場の人たち。それは、客席に座る真達や誠凛の人たちはおろか、コート上の両チームの選手も同様だ。

「うわぁあ――!何だ今のは!?空中で一回転してかわして…もはや人間じゃねェ―!!」
観客席が爆発するような歓声を上げるが、誠凛の人たちや真達は驚きで声もでない。

「いま…のは…?」
だれかの呟くような声が聞こえる。
「分りません。…おそらくボクの知らない青峰君。その一端でしょう…」
見れば黒子君も驚き青峰さんを見つめている。




 掲示板は103-108、残り時間は20秒を示していた。


 海常は追いすがろうと、コートを駆け、黄瀬がゴール前で再び青峰と激突する。二人の間でいくつの応酬が繰り広げられたのか、黄瀬は高速で動く世界の中、サイドスローのようにボールを投擲する。

 黄瀬の表情は、苦痛を耐えるかのように歪んでおり、
 真たちは祈るようにその行方を見届ける。


そのボールは



ガカッッ!
「なっ!!?」



ゴールに入ることなく弾かれ、勢いのままラインを割ってしまう…




「そんな…」
 外すことなく続いた、攻防が途切れ同時に黄瀬の目から、先ほどまでの気迫が消える。足が止まりその顔が俯く…


「涼ッッ!!!!まだ…まだ終わってない!!」
我知らず、叫んでいた。今止めなければ、黄瀬君が孤独な闇に引きずりこまれるようで、まるで周囲を頼ろうとしない彼みたいになってしまう気がして…

俯きかけた黄瀬の顔が上がる。
「切りかえろ!試合はまだ終わっちゃいねーぞ!!」

黄瀬の後ろから笠松が黄瀬の頭を押さえつける。

海常のみんなが、黄瀬を信じている。





「認めてやるよ黄瀬。だが…オレの勝ちだ。オマエの敗因は、力が使いこなせず、仲間に頼らざるを得なかったお前の弱さだ。」


「そうかも…しんないッスね…」



リスタートしたボールは青峰に渡り、青峰は海常陣地を駆ける。








 確かに最初からこれだけの能力があれば勝てたかもしれない…
 



 …けど  間違いなくオレだけじゃここまでやれなかったし



自分一人では…みんなが信じてくれなかったら、きっと自分のコピーはここまでならなかっただろう…



    オレだけじゃとっくに試合を投げてる


 青峰のダンクを阻もうと黄瀬は再度、彼の前に立ち塞がる。



「だから、負けるだけならまだしも、オレだけあきらめるわけにはいかねーんスわ。」


「敗因があるとしたら、ただ、まだ力が…足りなかっただけッス。」



「フン、当たり前なこと言ってんじゃねーよ。」



歯を食いしばりながらも阻もうと伸ばした腕は、しかし止めることはできず青峰の腕がゴールに突き刺さる。


黄瀬が倒れ…青峰が着地する。


小堀は目を閉じて顔を上げ、笠松は結末を見届けるかのように行く末を見守る。
森山は呆然とした表情で倒れる黄瀬を見て、早川は悔しげに眼を閉じる。



「試合…終了―――!!!」

103   対   110



海常の選手は終わってしまった結果に顔を俯かせ、桐皇の選手は安堵と喜びを露わにしている。


「両チーム整列!」
審判から声がかかり、両チームの選手が中央に集まる。一人黄瀬君だけが、遅れている。倒れていた黄瀬君を振り返る早川さんと小堀さん。

起き上がろうとし、しかし起き上がれずに後ろに倒れた黄瀬に驚きの声を上げる。

「黄瀬!?」「黄瀬君!!」

思わず真たちも身を乗り出してしまう。


「おそらく…力の反動です…」
黒子の呟きが遠くに聞こえる。



「…情けねー。」
小さくつぶやいた黄瀬はコートに拳を打ちつける。振り下ろした拳が細かく震えている。


その光景を見つめる青峰は、しかし何も告げることなく背を向ける。
笠松が手を差し伸べて、うながす。

「立てるか?もう少しだけ頑張れ。」

「センパイ…オレ…」
声が震えている。
笠松は黄瀬を引き上げ、肩をかしながら中央に歩く。

「お前はよくやったよ。それに…これで全て終わったわけじゃねぇ。」



「借りは冬、返せ。」
笠松の肩の奥から覗く黄瀬の横顔は…涙でぬれていた。


「103対110で桐皇学園の勝ち、礼!!」
「ありがとうございました。」



俯く海常の選手、肩を借りてベンチに戻った黄瀬はベンチの人に迎えられる。
「しょぼくれてんじゃねえ!!」
笠松の鋭い声が通る。

「全員すべてを出し切った!全国ベスト8だろう!胸張って帰るぞ!」
その言葉に選手のみんなも顔を上げ…

「おう!!!」
健闘をたたえる拍手の中、海常のみんなが胸を張って会場を後にする。



「……と、真!」
肩を抱えられるようにして会場を去る黄瀬君を呆然と見ていたボクは、かけられていた声に反応するのが遅れる。
のろのろと顔を上げると、心配げにこちらを見ている春香の顔が映り、周りをみると、少し落ちこんだ表情ながら、心配げにこちらを見ている。みんなの顔がみえた。

「黄瀬君に会っていく?」「怪我とかしたのかもしれないし…」
律子さんから声をかけられ、雪歩も心配そうに促す。何と答えていいのか悩んでいると、火神さんが

「やめときな、負けたやつにかけられる言葉なんてねえよ。」

その言葉を聞いて、なにかを思うよりも先に駆けだしてしまった。







無意識に海常の控室まで駆けてくると、廊下を歩く海常の人たちの影が見えた。追いかけようとした足は、控室から聞こえる、笠松の慟哭に縫いとめられる…


【それがオレのけじめで…】
【死んでも勝つッスけど】





そのあと、どこをどう歩いたのかは覚えていない、気が付くと隣には春香や雪歩が居て、みんなとともに帰京の路についていた。

 彼の敗北が、勝利を信じきれずに、疑っていた自分のせいだという思いが胸を締め付けていた…



[29668] 第15話 そっちって、どっちスか
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/03/15 22:09
「…はぁ…情けねー。」
 都内のとある公園に、一人の男がベンチの背もたれに腰掛けていた。

 どうにも公園に来るときはいつも溜息をついているような気がしてしまう。黒子、誠凛との試合に負けた後も、公園で溜息をついていた。

「そういや…」
 春ごろ、中学を卒業し、高校にあがる直前にも公園で同じように溜め息をついていた。たしかあの公園は…

「ここっスか…」
 わざわざ神奈川ではなく東京まで足を運んで、公園で黄昏ているなんて何やってんスかねー、と自分の思考にまで溜め息をつきたくなる。

 海常の全国大会が終わり、彼らもまた帰郷した。大会直後ということもあって、バスケ部の練習は数日間オフとなったのだが、それとは別に監督から自分には半強制的な休養が義務付けられた。本来であればすぐにでも練習に没頭したい。だが来たらじっとしてないだろう、という以前から比べると正反対の評価をもらった黄瀬は部活禁止令をだされた。

 自身の右腕を見てみる。最後の攻撃、あの時自分のシュートが入っていれば、結果は違ったかもしれない。最初からあれだけの力が出せていれば結果は変わったかもしれない…だが、やはり能力を全開にした反動は避けられなかっただろう。



 あの時、以前この公園に来たときも青峰には負けた。だが胸に去来する思いは以前とは異なる。仲間のために…それが少し分かった今、自分ひとりの勝ち負けではない、チームでの勝ち負けを決めてしまったことが…悔しい。


 ふと、以前ここで勝負をしたとき、外野から歌が聞こえていたのを思い出した。
あの時、途中から歌は聞こえなくなり、騒ぎが起こったのだった。勝負の最中であるにもかかわらず気になってしまい、騒ぎを見に行った。

「勝つとこ、見せたかったんスけどね…」
 勝つか負けるかわからない勝負だからこそ楽しい。だが…それでも応援してくれたあの娘の前で勝つところを見せたかった。

 ボーっと空を眺めていると不意に声がかかる。

「黄瀬君…?」



第十五話 そっちって、どっちスか




「カーナビが示していたのは、深~い崖の向こうだったの…その時、耳元で…

堕ちればよかったのに。」

「きゃああああ!!」「………」
伊織の話に雪歩が悲鳴をあげる。しかしその横で聞いていた真は、反応を示さない。

「ちょっと真!聞いてたの?」
 いつもはこの手の話に過剰な反応を示すはずが、ぼうっとしたまま反応を返さない真に伊織がいらだつように声を上げる。

「あ、ああごめん。」「「…」」
 返ってきた反応はやはり覇気のないもので、そのことに伊織は溜息をつきそうになり、雪歩は心配そうに真の様子を伺う。

 海常対桐皇の試合を観戦した後から、事務所に戻り二日が経過した今も、真は明らかに元気を失っていた。

「やっぱり変だよね、真ちゃん。」
「まったくよね。いつまでも、真らしくもない。」
雪歩と伊織は、真のすぐそばで内緒話をするように小声で話すが、やはり真は反応を示さずぼうっとしている。

「原因は、やっぱり…」
「この前の試合しかないでしょ。」
海常が試合に負けたことが、いかなるショックを与えたのかはわからないが…やはりあの試合の直後から、いや直前からどことなくおかしかったような気がするのだが…

なんとかできそうな人に心当たりはあった。というよりその心当たりが原因である可能性は大いにありうる。だが、試合から二日、原因から連絡はなかった…


少し離れたところで、ソファーに身をゆだねていた春香も真を心配そうに見つめる。心配ではあるのだが…

「あぁ~つぅ~いぃ~ぞぉ~」
向かいの席では膝立ちになって、響が扇風機に喋っており、
「壊れたエアコン!」「おんぼろのエアコン!」「役立たずのエアコン!」
亜美と真美が、壊れて動かないエアコンにむけて悪態をついていた。

「明後日には修理くるから。」
律子が彼女たちのだらしなさを涼しげな顔でたしなめる。もっとも亜美たちからは見えないところで、彼女の足元にはバケツに入った冷水があるのだが…
「真美たちドロドロに溶けて怪獣へドロンになっちゃうよ~。」
「心頭滅却すれば火もまた涼し!」
へドロンという謎怪獣を体現している亜美と真美に律子はばっさりと言い放つ。

試合の応援から戻ってくると事務所ではエアコンが壊れており、真夏の室内は窓を開け、扇風機をかけていたとしても彼女たちの元気を奪うのには十分すぎる威力を発揮していた。もっとも一名ほど、それとは別の原因で元気を失っている者もいるのだが…


「おーい、みんなー。アイス買ってきたぞー。」
事務所の扉が開き、プロデューサーがアイスの入った袋を携えて入ってくる。

アイスを食べながら元気のない真の様子を見ていた春香が、友人の覇気のなさをどうにかできないものかと考えていると向かいの席から、
「はぁ~、自分の実家はちょっと行けば、すぐ海だったんだけどな…はぁぁ、ちゅら海が恋しくなってきたぞ。」
 熱さにダウン寸前の響の懐かしむような声が聞こえる。
「海かぁ~」
 それはただの相槌のような反射的なつぶやきだった。だが言葉にしてみると意外といい考えのように思えてきた。響を見てみると彼女も同じ考えに至ったのか嬉しそうな表情でこちらを見ている。


「プロデューサーさん。海ですよ!海!」
春香に話かけられたプロデューサーがアイスを咥えたまま振り向くと、輝く笑顔で見つめるアイドルたちがいた。だが春香の期待に満ちた、言葉に返したのは

「へっ?」
かなり間の抜けた言葉だった。
「慰安旅行だな!」
「にーちゃん、慰安旅行いきたーい。」「いあ~ん。」
嬉しそうな響が言い、亜美と真美が誘惑するように左右から迫る。
「む、無茶言うなよ、いきなり。つい先日、帰ってきたばっかだろ。」
 アイドルたちがなにを期待しているかを遅れて理解したプロデューサーが戸惑いの声を上げる。確かにこの暑さの事務所では、海に行きたくなるのもわかる。だが、そうそう甘やかしてばかりもいられない。しかし

「あら、いいんじゃないですか。福利厚生、健康増進もプロデューサーの仕事の内ですよ。それに…」
 音無さんが、フォローするように言う。そして最後の言葉は言い切られこそしなかったが、彼女の視線の先、アイスを持ったまま、ソファーにぼうっと腰かけたままの真のことなのはわかった。

 今はまだ、スケジュールがあまり、というより全く埋まっていないため、影響はほぼないが、レッスンが再開し、仕事が入り始めた時にもあの状態ではかなりマズイ。

「…はぁ、じゃあ、スケジュールに差し支えない範囲で…」
 少なくとも、こんな気の滅入りそうな蒸し風呂に居るより、開放的な海に行けば、本来は活動的で明るい彼女なら元通りになるかもしれない。


 そんな期待もあって、決行した慰安旅行なのだが…


「仕事がない者って声かけたら…全員来てるし。」
 現状、事務所のアイドル全員に仕事がないということに頭を抱えるプロデューサー。慰安旅行が決定し、翌日には全員から出席の返事がきた。決定から二日で出発という強行日程にも関わらず…

「実際、暇なんだから、しょうがないですよ。」
「律子もか?」
 早々に宿の手配をした律子は、現状を嘆くこともなく受け入れた様子だ。慰安旅行では神奈川の海水浴場を目指すこととなり、現在は道中、電車に揺られている状態だ。

「私は…プロデューサー一人だと大変だろうと…それにちょっとしたサプライズもあるし…」
 律子は少し慌てたように返答する。だが後半の言葉は小さく呟くような声だったため、あまりよく聞こえなかった。
「みんなで旅行なんて楽しいですねぇ。」
あずさの表情は、言葉通り楽しそうだ。
 なにはともあれ、まだ目的地には着いていないが、今回の企画は成功のようだ。見れば、春香は千早や亜美たちに手作りのお菓子を分けていたり、やよいは近くの席のおばあさんと親しげに話している。
懸案だった真も、やはり開放的な雰囲気がよかったのか、明るさが戻っている。もっとも今は伊織の怪談話によって雪歩ともども顔を青ざめさせているが…

 しばらく電車に揺られていると神奈川にはいり、いくつかの駅にとまる。何気なく開いた扉を見ていると、見覚えのある人が入ってくる。
その姿にプロデューサーが驚き、律子の顔を見る。律子も彼に気づいたのか、というよりも知っていたのか楽しげだ。




「見ると車の窓に無数の手形が張り付いていたの…」
「怖い」「ちょ、ちょっと」
伊織が怖い表情で話し、それを聞く雪歩と真は顔を青ざめている。

「拭き取ったのにどうしても一つだけ消えない…なぜならそれだけ

…内側についていたからよ。」
「「きゃあああ!」」
 話のオチに二人が悲鳴を上げる。雪歩と抱き合って震える真を見て、伊織は少しうれしげだ。
 よく喧嘩をする間だが、だからこそ、喧嘩相手の元気がないのは心配だったのだろう。

「ねぇねぇ、まこちん。」「まこちん、どんな水着持ってきたの?」
伊織の後ろの席から、身を乗り出すように亜美と真美が尋ねてくる。後ろに居たのは春香と千早だったはずだが?と疑問に思った伊織だったが、ふと前方の扉が開き、入ってきたヤツの顔をみて、質問の意図を理解する。

「まさか、スクール水着とかじゃないわよね?」
 からかうように伊織も尋ねる。その言葉に真は慌てたように言い返す。





「そんなわけないだろ!ちゃんとしたやつだよ!」
「きわどーい水着?」「だれに見せるつもりだったのかな~?」
突如として水着の話になり、からかうような伊織の言葉に言い返すと、再び亜美と真美がにやりとした笑みを浮かべて聞いてくる。どことなくその視線は自分の横を見ているような気がしないでもないが…

「なっ、そんな…」「そうなんスか?」
 慌てて言い返そうとすると、隣から聞き覚えのある声が聞こえる。ピタリと動きが止まり、ギギギという音がつきそうな動きで隣を見る。

「よかったな、黄瀬っち。」「いやいや、案外そっちの方が…」
「楽しみッスよ…ってそっちって、どっちスか!?」
もはや楽しそうな様子を隠そうともしない亜美と真美の言葉に隣の人物は答えている。その様子があまりにもいつも通りで…


「き、黄瀬君、なんでここにいるんだよ!?」
 すっかりいつもの調子で言い返す。その言葉に黄瀬はあれっ?という感じで首を傾げる。
「私が呼んだのよ。まあ、偶然会えたから誘ったんだけどね。」
少し離れた席に座る律子が幾分誇らしげに説明する。見れば周りのみんなも知らなかったらしく、驚いた様子で黄瀬に声をかけている。

「ちょ、律子!?…えっと黄瀬君、練習とか大丈夫なのか?」
 プロデューサーが慌てて尋ねる。
「大丈夫スよ。さすがに今はオフッスから…サボったわけじゃないスよ。」
黄瀬の言葉に若干疑わしげな視線があり、付け加えるようにサボり疑惑を否定している。

「そっか…その…」
 真はちらちらと黄瀬の様子を伺うように見る。ためらいがちの言葉は

「黄瀬っち、大丈夫なのかー?」「そうそう、せっかく応援行ったのに負けちゃうし!」
 以前と変わりないように見える黄瀬の様子に亜美と真美が核心をついたように笑いながら問いかける。
「ぐあっ!!うぅ、それはごめんッスよ。」
 その笑顔に黄瀬も特にこたえたようすもなく、デフォルトの泣き顔をみせて応じる。
「ちゃんと借りは冬のWCで返すッスよ。」
そう言い切った黄瀬にみんなも「おおっ!」と返し、和やかな雰囲気で電車は海へと向かう。



 一行に黄瀬を加えた電車は目的地に到着し、車内から見えていた海へと美希と響が先を争うように駆けていき、亜美と真美が水鉄砲をもって突撃している。
「美希が一番なの!」「一番は自分だぞ!」「目標まで30m!」「突撃ィ―!」
「待ってよー…あっ、わわわ、あた。」
先行する美希たちを追いかけようとして春香も駆けていくが…途中でこけた。
「春香ちゃん大丈夫!?」
早速砂まみれになった春香に雪歩が心配の声をかけているが、その足取りは楽しそうだ。
「海ではしゃぐなんてお子様ね。」
伊織は呆れたようにそう言いながらも、黙々と浮き輪を膨らまし、海に入る準備をしていた。

「ははは、真ちゃんは行かないんスか?」
黄瀬は元気のいいアイドルたちに笑顔を浮かべ、ふと、隣に真がやや恥ずかしげにいることに気づく。
「あっ、その…黄瀬君は泳がないのか!?」
 沈みがちだった雰囲気は消えている。

「ああ、オレは…真ちゃんの水着姿でも眺めてるッスよ。よく似合ってるスよ?でも、もうちょっとふりふりのやつでも似合いそうッスけど…」
 一瞬、ちらりと右腕と膝を確認するように見たあと、言葉通り嬉しそうに真の姿を眺めている。真の水着は黒を基調としたセパレートタイプで、彼女のひきしまった肢体を際立たせていた。

「う、あ…わあぁああ…」
 まじまじと見られた真は顔を真っ赤にして海へと突撃していく。このまま行くとかなり離れたところに見える岩のところまで泳いでいきそうだが、その泳ぎは早く、安定している。隣では対抗意識を燃やしたのか響が負けず劣らずのスピードで泳いで並走している。

「ははは…」
その姿を楽しそうに眺める黄瀬、
「日焼け止め忘れるなよー!」
プロデューサーが海に駆けて行ったみんなに大声で声をかける。

「ふう…それにしても元気になってよかった。黄瀬君も来てくれてありがとう。」
 一息つくと、真の様子がすっかり元通りになっていることに安堵し、黄瀬に一声かける。
「なんか、元気なくなってるって聞いたんスけど…まあ、こんなんでいいなら役得ッスよ。」
 黄瀬の言葉に律子の方を振り向くと、作戦成功とばかりに律子はウィンクしている。

「黄瀬さんは泳いでこないのですか?」「そうよ、早く真、追いかけてきなさいよ!」
 律子の隣から紺色のTシャツを着た千早が尋ねてきて、同時に準備が整った伊織が促してくる。準備運動をしていたやよいも伊織の横からうかがうように見ている。三人をちらりと見た黄瀬は、

「みんなもよく似合ってるッスよ。さすがッスね。」
 楽しげに答えにならない返答をする。
「「ちょっ」」「わ~、ありがとうございます~。」
伊織と千早はあわて、スクール水着のやよいはいつもの調子で喜ぶ。

「荷物は私たちが見てるから、行ってきていいわよ?」
 律子も暗に追いかけろと言ってくるが…
「律子さん、ビキニ様になってるっスねー。流石元アイドルッス…」
 誤魔化すように律子の水着姿を褒めるが…少し胡乱な様子の律子の反応に困り、
「…さすがに、あの速さでこの距離だと、追いつかないッスよ。」
 前方の真は、響とともにすでにかなりの距離のところにいる。たしかにふつうなら追いつく距離ではなさそうだが…
 黄瀬の雰囲気に違和感のようなものを感じたプロデューサーが疑わしげに黄瀬を見る。視線を受けた黄瀬は
「まあ、真ちゃんもそのうち岸にもどってくるだろうし、こっちはこっちでのんびりさせてもらうッスよ。」
と言って、パラソルをたて、陣地を設営したあと、言葉通りのんびりとし始めた。


 おだやかな時間が流れる。美希ややよいは、ビーチボールをもった春香と浪打際ではしゃぎ、浮き輪を使って漂う伊織は、亜美と真美の奇襲を受けて追いかけっこへと強制参加となる。
 真は目的地(?)の岩に到着するころあいとなり、響は…姿が見えないかと思いきや素潜りで魚を仕留めていた。

 パラソルの下でのんびりと過ごす黄瀬は、
「しっかし…アイドルがこんなに居て、だれも気付かないってのはどうなんスか?」
 自身モデルの黄瀬は、早々に顔を隠すようにサングラスをしているが、他のみんなは特に顔を隠すこともせず、楽しげにはしゃいでいる。
 だが言葉通り、周りの海水浴客は彼女たちに気づいた様子はない。一部、注目を集めている娘たち― 一人鼻歌を唄いながら穴を掘り続ける雪歩とナンパ男を軽くあしらい戦利品をせしめる美希― こそいるが、特にアイドルと気づかれた感じでもない。

 ハンドカメラでみんなの様子を写すプロデューサーは「うっ。」とうめいて困り顔をする。

「でも、今だからこそ。なのかもしれませんね。」
プロデューサーの横で日焼け止めを塗っているあずさが笑顔で告げる。

「黄瀬君も一段落ついたし、仕事の量、元に戻すのか?」
 プロデューサーが尋ねてくる。
「いや…減らしたままにするっス。」
「えっ!?」
プロデューサーが驚いた声を上げるが、近くに居る千早やあずさ、律子も驚いているようだ。
「借りを返さなきゃなんないんで…オフがあけたら再始動っスよ。」
「そう…か…」「にーちゃん!こっちぃ!」
プロデューサとの会話は亜美によって遮られ、

「黄瀬っちも行こーよー。」
真美が黄瀬の右腕を引っ張るようにして立たせようとする。一瞬、苦痛に顔をしかめる。だれにも気づかれないほどの瞬時にその表情は困ったような笑みに変わり、
「いやー、プロデューサーさんも連れて行かれたし男は荷物番して待ってるスよ。」
冗談めかした口調で拒否をする。
「えー。」「真美たちの魅力はまこちんには、及ばないということか~!!」
 驚愕ぶった芝居でプロデューサーを連れた二人は去っていく。

「ホントに遠慮しなくていいのよ?」
律子が気をつかって聞いてくる。
「…いやオレ、そこそこ顔が売れてるから、騒がれると楽しめないかもしれないんで…」
しばし考えたそぶりをした黄瀬は、建前の言葉を口にして休むことを続ける。


しばらくすると、あずさもみんなのところに行きパラソルのところには黄瀬と千早、律子の三人になる。連れて行かれたプロデューサーは砂の城の下に埋められ、なにやら拷問のようなことをされている。


「ちーはーやーちゃん。」
「なに?」
「せっかくの海だよ、一緒に泳ご?」
 アイドルでただ一人積極的に参加していない千早を気遣ったのか、春香が千早に誘いをかける。
「私、泳ぎはあまり…」
「みんなと一緒だと楽しいよー。ささ、上着脱いで!」
遠慮しようとする千早に対し、言いながら春香は強引に千早のTシャツを脱がす。その下からは、控えめな胸元に水色の生地に白い花柄の水着が現れる。

「黄瀬さんも一緒に行きましょう?」
春香がパラソルの下で休んでいる千早と黄瀬を誘う。いきなり脱がされた千早は恥ずかしげに黄瀬の方を伺う。照準を黄瀬の方に定めそうになる前に
「春香ちゃん大胆ッスねー。千早ちゃんがかなり色っぽいことになってるッスよ?」
 ちゃかすような黄瀬の言葉に二人も顔を紅くする。足早に海へと向かう二人を見送ると律子が再び話しかけてくる。

「黄瀬君もしかして、誘ったの迷惑だったかしら?」
 先程からのらりくらりと言って動こうとしない様子に心配になったのだろうか。
「ん?んなことないッスよ。みんなの水着姿は見られるし、律子さんのも近くで見れるんスから。」
 否定しながら、からかうように告げるが、疑わしげな表情が消えず心配そうな色は消えない。

「…ちょびっとこの間の疲れが残ってるんスよ。まあ荷物番くらいできるし、休んでたいんで律子さんも遊んできていいッスよ?」
 少しホントのことを混ぜて返すと納得したようだ。

「そう…なら寝てていいわよ。私もモデルの寝顔を鑑賞させてもらうから。」
 意趣返しのつもりか、近くに腰掛けなおし、じーっと黄瀬を見つめる。苦笑しながらタオルを顔にかけると、思ったよりも疲れていたのか微睡の中へと落ちていく…



…ふっと気づくと頭のすぐ傍で誰かが座っている気配がある。随分近い。タオルから透けて見えるシルエットと多少の願望から

「どうしたんスか、真ちゃん?」
声をかけるとどうやら当たっていたようだ、少しあたふたとする気配がする。
「お、起きてたの!?」
問い返す声は真のものだ。

「なにをやってたんスかねー?」
本当は今起きたところなのだが、少し悪戯心からカマをかけてみると、
「うぇ!い、いやその、これは…!?」
予想以上に慌てた声が返ってくる。何をされそうになっていたのか些か以上に気になるのだが、
「今起きたところッスよ。なんかやろうとしてたんスか?」
ニュアンスを変えて問い直すとからかいの意図に気づいたのか少し落ち着いたようだ。
「な、なにもやってないよ!」
タオル越しでシルエットしか見えないが、きっと彼女の顔は赤くなっており、今は少しすねたように口を尖らせているのが分かる。
春先に出会ったのを入れても、半年も経っていない。真と直接会った回数は片手で数えられる回数のはずだが、ちょっとした仕草が想像できる。
そのことがおかしく、タオルに隠れた顔がにやけてしまう。

「疲れてるのに…来てくれたんだ。」
慌てた様子が消えて、真が尋ねてくる。その声は少し沈んでいる。

「律子さんに偶然誘ってもらえたんスよ。おかげで真ちゃんの水着姿が見れたッス。」
素直な喜びを伝えたのだが、軽く頭を小突かれる。

「あたっ。」
小さく訴えると、しばらく真は黙ってしまい、沈黙が訪れる。


不意に

「ごめん。」
「ウソッスよ。そんなに痛くないッスから。」
少し沈んだ声で真が謝ってきたため、明るく返したのだが…

「…前の試合のとき、黄瀬君が負けるんじゃないかって心配で…勝ってほしいって応援してたのに…」
「…」
 律子から今回の旅行を誘われた時、真が沈んでいるということを聞いていた。自意識過剰かもしれないが、なんとなく、自分が負けたことと関わりがあるのかと思い、話を受けたのだが…

「…別に真ちゃんが、謝ることないッスよ。」
「でも!」
「負けたのは単に、オレの力が足りなかっただけッス。」
「…」
どうやら真が落ち込んでいるのは、自分が勝つことを疑ってしまったから、負けたのではないかと思い込んでいるのに原因があるようだ。でも、それは…

「それに、嬉しかったんスよ?」
「えっ!?」
 負けたことは悔しい。彼女の前で…チームのみんなと勝てなかったのが情けない。それ以上に彼女にこんな気持ちを抱かせてしまったことに腹が立つ。でも

「中学の時は勝って当たり前だったッス。応援も勝ってほしいじゃなくて、勝つことを見に来てた。
…でも、真ちゃんが勝つか負けるか分らないのが勝負だって、言ってくれたのが嬉しかったんス。」
「…」
 彼女は自分が勝つことを望んでくれた。勝つか負けるか分らない、不安を感じながらも自分に勝ってほしいと願ってくれた。

「海常に入って、勝つか負けるか分らないのが気持ちよくて、でもそれは先輩たちを貶してる気がして…」
「…」
「真ちゃんが、肯定してくれて嬉しかったんスよ。…勝つところを見に来たんじゃなくて、勝ってほしいと願ってくれたのが…それだけでもっと速く動ける気持ちになれたんス。」
「…」

 彼女の表情が今、どうなっているのかはわからない。顔を覆うタオルを外せば見える。だが今の自分の顔も見られたくはない。

「ありがとう…」
 ぽつりと真の呟く声が聞こえた。
「ちがうッスよ。…オレの方こそ、ありがとうッス。それと…勝てなくてゴメンッス。」



 少し遠くから、みんなの楽しそうにはしゃぐ声が聞こえる。



[29668] 第16話 隣!隣ッスよ!
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/03/15 22:09
水平線へと夕日が沈む。アイドルと一人のモデルは、橙色に染まる海を眺める。

「みんなー、忘れ物ないわねー?」
アイドルたちに確認を促す律子の尋ねる声がとおり、

どこかから声が聞こえる…

「おーい、忘れてないかー……」
 砂の城に埋められたプロデューサーの声が浜辺に響く。


第十六話  隣!隣ッスよ!


 あたりが夜の空気に包まれた中、きらびやかな光が溢れる。不夜城が如き威容に海岸というモチーフから南国のホテルを連想させる豪華なたたずまい…

      の横の古びた民宿が慰安旅行の宿となっている。

「まあ、こんな事だと思ってたけど。」
 伊織は諦めたように言うが、決定から数日でシーズンに10人以上で予約できる宿を見つけたのは流石といえるのではなかろうか。

「なんか合宿みたいッスね。」
「一応、慰安旅行なんだけど…」
 黄瀬の感想に、律子が言い返す。

「ふっふっふ、まずはお約束!」「女風呂が覗けるか!」「「チェーッック!!」」
 果たしてそんなお約束があるのかどうか、亜美と真美が元気よく宿へと突撃する。

「遠い所へようこそ。」
 宿の女中だろうか、着物をきた年嵩の女性が一行を出迎え、それぞれを男性陣、女性陣それぞれを客室へと招く。





 黄瀬が案内された部屋はプロデューサーとの二人部屋。荷物を片し、夕食までの間、ゆっくりしようとしていると、扉の外から二人分の足音が聞こえてくる。

「黄瀬っちとにーちゃんの部屋!」「二人で狭い部屋。」
亜美と真美が宿の探検だろうか、疲れを知らないかのように元気に入室してくる。狭いというが二人で使うには十分な広さがある部屋だ。おそらく13人(と一匹)が一同に寝る女性陣の部屋と比べると段違いに狭く感じるだろう。

「黄瀬っち、残念なお知らせだ。」
「…なんスか?」
亜美がまさに残念といった顔つきで話しかけてくる。この二人のことだから…

「今見てきたが、ここの露天風呂は、混浴…ではない。」
やはり碌でもないことであった。




 場所が変わって浜辺では、全員が集まり、BBQを行っている。

「おいしいです~。本当においし~。」
「おかわり、いっぱいあるッスよ。」
 やよいが感激したように、今しがた食べた焼き肉の感想を述べている。黄瀬はその横で肉を焼いており、真はそれを微笑ましそうに見ている。
 ほかのみんなも楽しそうだ。感情をあまり見せない高音も雪歩や春香に話しかけられ素直な感想を述べている。焼き係となっているプロデューサーに亜美と真美が肉を要求し、あずさに野菜も食べるようにたしなめられている。

「プロデューサーさん、私、代わりましょうか?」
食べる暇がなさそうな彼のために、春香が交代を申し入れるが、
「いや、いいよ。炭も足さなきゃいけないし。」
笑顔で遠慮する。たしかに炭を足すのは、煤を被る恐れもあるので女の子にやらせるわけにはいくまい。
「ああ、だったら…はい、どうぞ。」
そんなプロデューサーの優しさを汲んで、春香は自分のお皿から焼き肉をさしだす。
「あらあら。」
プロデューサーの両手は埋まっているため、要はあ~んをしろということなのだろう。そんな様子にあずさがのほほんと笑っている。プロデューサーも苦笑しながら頂こうとするも

「う~ん、おいしいの~。」
 食べる直前、横から美希によって掻っ攫われてしまう。
「それは、プロデューサーさんの分でしょ。美希は自分で焼きなさい!」
「美希は食べる専門だも~ん。」
 少し怒るように春香は美希をたしなめるが、美希はどこ吹く風と言った様子で逃げていき、
「真くんは、黄瀬君にあ~んってやらないの?」
「なっっ!?」
 爆弾を投下して、真っ赤になった真から逃げていく。


 その後、みんなは持参した花火で、夏の思い出を飾った。その中で、どこからか電話を受けた律子が嬉しげに見えた。



 宿に戻り、女性陣は露天風呂に、男性陣は小浴場へとそれぞれ向かった。

露天風呂大浴場にて

「お風呂はすごくいい感じだね~。」
「気持ちいいです~。」
「大浴場じゃなくて、小浴場に改めた方がいいわね。」
春香とやよいが気持ちよさそう声をあげ、伊織も不満そうな言葉とは裏腹に気持ちよさげだ。その横では、亜美と真美が大浴場ならではの光景か、互いに湯を掛け合うように悪ふざけしている。

「う~、染みるよ~。」
「ちゃんと日焼け止め塗ったのにね。」
 洗い場では真と雪歩が体を洗っているが、その肌は若干、温泉の熱以外の理由で赤くなっている。

「なんだかご機嫌ですね。律子さん。」
「ええまあ…」
 鼻歌を唄ういかにもご機嫌な律子にあずさも微笑むような顔で尋ねる。律子とあずさの間に挟まれた千早が二人のとある部分をみて、悔しげに下を向いている。

「まこちん、はるるん!ここ、ここ!」
 先ほどまで暴れていた亜美と真美は気づけば、浴場の壁際に身を寄せており、亜美が小声で二人を呼んでいる。
「どうしたの?」「なに?」
二人が疑問の声とともに顔を向けると、
「この奥が男子風呂なのだよ。」
真美の声に二人の頭がガクッと傾く。

「なんか二人で話してるみたいさ~。」
見れば響も二人の近くで壁に耳をくっつけている…

壁の向こう側に、夢を抱くのは男子の専売ではないようだ…



小浴場にて

「ふー…」
「たまにはこういうのもいいッスねー。」
 小浴場とは言え、入浴しているのは黄瀬とプロデューサー(と桶に入ったハム蔵)のみなので十分な広さがあった。隣の露天風呂からは、女性たちの(主に亜美と真美の)騒ぐ声が聞こえる。
黄瀬がのんびりと体をほぐしていると、
「体の調子は大丈夫なのか?」
静けさを破るため、だけではない思惑をもって、プロデューサーが尋ねてきた。

「…気づいてたんスか?」
質問に対する問い返しは、怪我の存在を認めたようなものだろう。

「そりゃあ、人をみるのが仕事だからな。それにあれだけ動こうとしなかったら気づくさ。」
「それは失礼したッス。」
 会話が一時的にとまる。女性たちは…聞いてないかな、とも考えたが、昼間の律子さんの様子では、彼女も気付いているだろう。

「そんなにひどいもんじゃないッスよ。」
「…それでオフになってるのか?」
「まあ、今はみんなオフッスけど…いつの間にか練習熱心ということになってたらしくて、練習にでてきたらムリするから。ってことでオレは強制休暇ッスよ。」
 怪我をしているにもかかわらず、いかにも早く練習したい、という口ぶりでは、休まされても仕方ないかもしれない。

「脚と…右腕もか?」
「ほんとよく見てるんスね…膝と右肘ッスよ。」
「…この間の試合の影響か?」
 質問が多いッスねー。と軽口をたたきながらも、一応今回の引率者の質問に答えることにしたようだ。

「まあ、オレらの弱点みたいなもんッスよ。」
「弱点?」
「…オレら、キセキの世代のメンバーは、ガタイよくても所詮高1ッスからね。まだ体が出来上がってないんスよ。」
「…」
「ただ、持ってる力が大きすぎるんで、無制限に力を全開にできないんスよ。こないだの試合は、ちょっといきすぎたってところッス。」
「大丈夫なのか?」
「1週間ほど無茶な運動しなけりゃ、どうってことないらしいッスよ。」
 らしいという言葉には、ちゃんと診断を受けているという意味を持たせたのだろう。少し安心した様子だ。

「まあ、あの試合じゃ、オレの方が先に潰れたッスけど、多分…」
 何か言いかけた言葉は、突然の入室者に遮られる。

「あれ、みんなは?」
「「んな!?」」
 入ってきたのは、タオルを体に巻きつけた美希だった。

「隣!隣ッスよ!」
プロデューサーは慌てて体を湯船に沈め、黄瀬は顔をそむけて、隣を指さす。その際、どこからか立ち上った怒気に二人が寒気を覚えたかは定かではない…




 風呂上り、浴衣姿のアイドルたちは思い思いの時間を過ごしている。

風呂上りのコーヒー牛乳を楽しむ春香とやよい。卓球でスマッシュ合戦をしている亜美と真美。小部屋でプチ宴会をはじめるあずさとそれに巻き込まれる律子とプロデューサー…

真と雪歩、伊織は浜辺に居た。伊織を先頭にし、雪歩は真の背中にぴったりとくっついている。

「なんで私が…」
「ごめんなさい…」
「伊織が怖い話ばっかりするからだぞ。」
 雪歩がBBQの際に、携帯電話を忘れてきてしまい、三人で回収に来たのだ。夜の海の雰囲気に伊織の怖い話を思い出してしまい雪歩の足は震えている。
 真はあたりを見回すも、暗い浜辺では小さい携帯が見つかるはずもなく、自分の携帯を使ってコールをかける。少し離れたところから着信音が響き、


「あっ…」
 風に当たりに来ていたのだろうか、長身の男性が音のなっている携帯を拾い上げる。思わぬ人影に雪歩が脅え、真の腕を握る手に力がこもる。伊織と真も警戒心をあげて人影を観察する。
 男性の身長は高く190cmほど、髪は金髪で…

「って、黄瀬君?」
「ん?これ真ちゃんのスか?」
 果たして男性は、旅行の同行者、浴衣を着た黄瀬で、彼は拾い上げた携帯を片手に三人に近づく。
 見知った顔に二人の警戒心が薄れ、雪歩もほっと力を緩める。

「いや、それは雪歩の。」
「はいッス。」
 近寄った黄瀬は真の言葉を受けて、携帯を雪歩に渡す。その際、恐る恐るといった風になってしまったのは…雪歩らしいことなのかもしれない。おどおどとしている雪歩の横では伊織がいいこと思いついたと言わんばかりの表情となる。


「じゃ、携帯も見つけたし、私たちは戻りましょ。」
 と言って、雪歩の背中を押して宿へと戻り始めた。

「もう戻るんスか?外も風が気持ちいいッスよ?」
 夏であっても、海風がもたらす夜の涼風はたしかに気持ちいい。黄瀬は夜風にあたりに来たのだろう…実際は部屋で酒盛りが始まり避難してきたというのも理由の一つだが…とはいえ、一人でいるものさびしいものなので、呼び止めようとしたのだが

「いいの、いいの。じゃ、あとは真をよろしく!」
 伊織と雪歩は足早に宿へと向かってしまい。黄瀬の隣には真が黄瀬を見上げるように立っている。
 黄瀬が真に視線をむけると、真は慌てたように海へと視線を向ける。


 
 真の慌てた様子に、ふっと笑みを浮かべると黄瀬は、真と同じように海へと視線を向ける。しばし静寂が訪れる。真がちらちらと黄瀬を盗み見ていると、

「綺麗ッスね。」
 静寂の中、小さく響いた黄瀬の言葉に

「えっ、き、キレイ!?」
顔を赤くして狼狽しながら真が答える。しかし黄瀬の視線は水平線。そして月の映える夜空へと向いており、その視線に気づいた真は自身も改めて視線を月へと向ける。
 そこには普段、都会では見られない、大きな青い月が見えた。当たり前の光景だが、幻想的とも思える景色に、真も落ち着きを取り戻す。

「うん、きれいだ。」

 しばらく月を眺めていた真が、口を開く。
「怪我…大丈夫なのか?」
 その言葉に、黄瀬は少し驚いたような、そして困ったような顔をする。

「盗み聞きはダメッスよ…特に風呂場では。」
 ちゃかしたように叱る。付け加えた最後の言葉に
「なっ、それは!」
慌てたように真が手を振るが、すぐに落ち着いたのか、口をとがらせてすねた表情をつくる。

「大丈夫ッスよ。…ホントに。」
 真の頭にポンと手をおき、言葉を紡ぐ。大丈夫という言葉に疑わしそうに真が見上げるが、黄瀬が嘘を言っている様子ではないことをみると、なにも言わずに大人しくなる。



「そういえば…」
 考え込むような黄瀬の言葉に真は顔を上げる。
「真ちゃんはなんでアイドルになったんスか?」
 以前、対談のときの質問で黄瀬がバスケを始めた理由を真が尋ねていたが、真がアイドルを始めた理由は聞いていなかったことを思いだし、黄瀬が尋ねる。

「うっ…えーと、ボク、ダンスに自信があるんだ。だからテレビの歌番組とか大きなステージでかっこよく踊りたいんだ。」
 少し恥ずかしそうに、だんだんと快活な様子で答える真を黄瀬は微笑むように見つめる。

「それと…女の子らしくなりたいんだ。」
どうやらこちらが本命のようで続く言葉はかなり恥ずかしそうだ。
「もっとこう、ふりふりーとしてて、プリプリ―としてて、いつかそんな風になれたらなーって。」
 たしかアイドル菊地真は異性である男性よりも同性である女性ファンが多いということで多少知られている。どうやら自分の男らしさにコンプレックスがあるようだが…

「真ちゃんは十分女の子らしいと思うッスけどね。」
黄瀬の言葉に、真は飛びつくように体を向ける。
「ホントに!どこらへんかな?」
あまりの勢いに黄瀬が少し驚くが、少し考え込むような表情をして答える。

「そうッスねー。心配性なところとか、気が強いのにすぐにあたふたするところとか。」
 黄瀬の言葉に、だんだんと口をとがらせ始める
「それって女の子らしい所なの?」
真のすねたような顔に気づかないふりをして続ける。

「あとは仲間想いのところとか、優しいところとか、女の子らしくありたいって思ってるのはなによりもらしさだと思うッスよ?」
 続けられた言葉にすねたようにそっぽを向くが、耳が少し赤くなっている。


「目標はあるんスか?」
 黄瀬の問いかけに、真は決意をもって答える。
「目標は、みんなでトップアイドル!」
 真の答えに少し、驚き、内心の困惑を隠して応援の言葉を口にする。

「…真っちなら、なれるッスよ。」
 みんなで…その言葉とトップという言葉とは、おそらく同時に叶うことのない目標であることを感じながら、それでも真ならできるということを信じて…

 海風の吹く夜天には、満点の星空と大きな、美しい満月が輝いていた。









おまけ


しばらく星空を見ていた二人は、どちらからともなく旅館に戻り、それぞれ部屋へと戻ったのだが…

「あらあら、黄瀬君。どちらへ行ってらしたんですか?」
 戻った部屋では、大量の空き缶が開いておりアルコールのにおいが充満していた。問いかけてきたあずさの首は座っておらず、長い髪をゆらゆらと揺らしながらからむ獲物を探していた。
「…えーっと、」
 女性にからまれることの多い黄瀬だが、さすがにアルコールでどっぷりとなった女性の対処方法までは未経験。どうするべきかと一応、保護者を見てみると。

「ちょうどよかった黄瀬君、」
「ごめんね。黄瀬君、もうちょっとプロデューサーは飲むみたいだから少しみんなの部屋の方で話でもしてましょうか。」

 なにやら慌てた様子のプロデューサーが何事か話しかける前に、未成年のため素面の律子が黄瀬を追い出すように部屋から押し出されてしまった。

「え、ちょっ…」
「いいからいいから。」
やや切羽詰まった様子の律子に押されて二人は大部屋へと向かう。背後から「見捨てないでくれー。」という悲鳴が聞こえた気がするが…未成年の自分があの場に居ても百害にしかならないと判断し、なすがままに大部屋へと向かう。



 大部屋に到着するとなにやら赤い顔をした真を春香や伊織、双海姉妹…というよりほぼ全員が取り囲んでいる状況に出くわした。律子と二人で黄瀬が入ってきたのをみると、真はあからさまにほっとした表情を見せ、その他の一同は、舌打ちせんばかりの表情を見せた。

 しばらく各々雑談をしていると、かけ流していたTVのニュースでIHの結果が伝えられた。…三位陽泉、準優勝桐皇、優勝洛山。

「桐皇が…負けた…」
 結果を聞いた真が驚きから思わずつぶやくように声を漏らし、慌てて黄瀬の様子を見た。だが黄瀬の様子は特に落胆した様子も驚いた様子もなかった。

「なあなあ黄瀬っち。ショックじゃないのか?」
 響がリアクションの薄い黄瀬に尋ねると、みんなも気になるのか黄瀬に注目する。

「まあ、ある程度は予想してたスから。」
「でも、あの青峰さんが負けたなんて…」
 あっさりとした黄瀬の答えに海常対桐皇の試合の印象が強いせいだろう、春香が声を上げる。

「キセキの世代のメンバーは陽泉と洛山にもいるんスよ。」
「えっ!?でも…」
 黄瀬の元チームメイトのほかの選手を知らないが、あのめちゃくちゃな青峰よりも上回っているというのは信じがたいものだったのだろう。

「多分青峰っちは決勝戦でてないッスよ。」
「???どういうことなんだ?」
 真が驚きながらも尋ねてくる。

「青峰っちもオレと同じでどっかしら故障中だろうから、桃っちあたりが止めたんじゃないスかね?」
「?どういうこと?」
「青峰っちもオレとやった時、結構ムチャしてたッスから…風呂場で盗み聞きしてたよーに、能力を全開にするとその反動があるんスよ。」

 黄瀬の説明に青峰の欠場理由を納得できたようだが…
「ねえねえ、桃っちって誰?」
 亜美が説明にでてきた人名に疑問の声を上げる。
「青峰っちの幼馴染で元帝光中のマネージャー、兼諜報係ッスよ。」
「へー、そういえばベンチに女の人が居ましたよね。」
 春香は試合の時の桐皇ベンチを思い出す。

「ちなみに、桃っちは黒子っちの自称彼女ッスよ。」

「・・・・」

「ええええー!」
 黄瀬の追加説明に黒子を知る一同は驚きの声を上げる。

「黒子って誠凛のあの影の薄い人ですよね!?」
「か、彼女って、そんな…」
 わいわいと騒ぎが大きくなっていく、中には随分とひどい物言いもあったりするのだが…楽しそうに夜は更けていく。


 ちなみにその後、酔いつぶれたあずさをプロデューサーが運んできてひと騒動起こるのだが…黄瀬はその隙に部屋へと戻り平和な夜を過ごした。





[29668] なかがき
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/04 22:46
 黄色のバスケとアイドルをご覧いただいている、心優しいみなさまありがとうございます。開始当初、目標にしていた黄瀬対青峰戦を書き終え、後日談まで終わったことで一応一区切りがつきました。
自分の中で桐皇戦にて青峰は負傷していたのに黄瀬はどうなった?という疑問があったため、黄瀬君にも負傷してもらったのとその立ち直りまでをとりあえず本編としました。
本来はここまでを予定していたのですが、14話までを書いた後で知った海常の後日談があまりにもおもしろかったため後日談がもう少し続きます。
またアイマス10話をみていて妄想してしまった話もあるのですが…こちらは後日談以上に物語が繋がらない番外編となります。一応設定は本編通りを予定しているのですが…

本編の方は、現在(10月初旬時点)黒子のバスケで黄瀬君がほぼ解説役しかしていないためバスケの試合話は当面ありません。アイマス側は1クールで終わることを予想していたのですが、2クール目が始まり…ぶっちゃけほとんど目途がたちません(汗)wikiにあったみたいに961のアイドルに真がナンパされたりしたらおもしろいのになーと考えてます。
もともと黄瀬と青峰が好きだったのですが、最近、木吉株が急上昇しており、別路線が進むかもしれません。その場合、完全別話、というよりもこちらの話を一部変更して、リンクするような内容になると思いますが、こちらもまだ妄想状態です。
ちなみに一番好きなのは実は黄瀬ではなく青峰なのですが…原作の彼になにか付け足せる要素が全く思い浮かばないので彼が主人子の話を書くことは自分にはおそらくできないと思います。

アイマス側ではライブ前からの話で美希が急上昇しているのでそちらもなんらかの話があると思います。書いてて思ったのですが美希と黄瀬ってなんか似てませんか?一度見たことをコピーできることとか、ルックスのスター性とか飽き性だけどはまったことには一途なとことか…(注:基本的にハーレムルートはありません。)

ひとまず後日談および番外編投稿後、ある程度アイマスか黒子の話が進むまで黄瀬君メインは第一部、IH―黄瀬編―完という扱いになります。

とりあえず決まっている分の今後の予定です。
海常後日談
第17話 えぇ、なにこの状況!?
第18話 乾杯を(仮)

番外編  
第19話 それはお楽しみッス

本編
第20話 (タイトル未定) 黒子側幕間、アイマス側ライブ準備編
第21話 (タイトル未定) 多分アイマスライブ話?

あくまで予定なため変更があるかもしれません。



[29668] 第17話 えぇ、なにこの状況!?
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/03/29 19:42
 ウェディング。人生における華。神奈川県某所にある神聖な教会で純白のドレスに身を包んだアイドルがその時を待っていた。



「さすがはあずさなの~」
「いいな~。綺麗だな~…はぁ、結婚雑誌のモデルって言うから、ボクもひらひらでふりふりした可愛い服が着られると思ったのに。」
 胸元を青い造花のアクセントで飾った白いドレスを纏った美希が、ウェディングドレス姿のモデル、あずさの姿に感嘆の声をもらす。隣ではタキシード姿の真が羨ましそうにその姿を見ている。

「すまん。男も一人欲しいって依頼だったんだが、うちの事務所いないからな。」
 プロデューサーが真の不平をとりなすように告げる。
本来であれば、男性役は男性のモデルを使う予定だったらしいのだが、どうやら期待していたモデルは、最近モデルの仕事をかなり減らしているらしく、今回もつかまらなかったらしい。そのため765プロにお鉢が回り、真が男装でのモデルを行うこととなったのだった。

「ふーんだ。ボクすねちゃいますからね。」
 女の子のアイドルが、結婚雑誌のモデルと聞けば、たしかにウェディングドレスを期待するのも当然のことなのだろう。期待を外された真は、言葉通り口をとがらせてすねている。

「真くん。それピッタリなの。ドレスはまた今度、黄瀬君に着せてもらえばいいの。」
 真の男装姿を嬉しそうに見る美希の言う通り、真の着ているタキシードは、彼女の凛々しい様子によく似合っていた。だが後半の言葉に顔を赤らめる真には、やはりドレスも似合うだろう。

「ぇええ!?や、黄瀬君て、なんでそんな…」


 檀上ではブーケを持ったあずさがポーズをとり、撮影が行われている。




第十七話 えぇ、なにこの状況!?

 

海常高校バスケ部部室、練習後

 夏休みの『三大要素』を知っているか?

きっかけはその言葉だった。

 桐皇戦から1週間、海常高校男子バスケットボール部は、次の勝利を目指し、すでに練習を再開していた。
 桐皇戦で痛めた肘と膝が復調した黄瀬も練習への参加が認められ、今日からハードな練習を行っていた。
 練習後、シャワーを浴びて制服に着替えようとした黄瀬にかけられたのが先の言葉だ。部の先輩、森山の言う内容が分らない黄瀬が首を傾げると、森山は制汗スプレーを首元に吹き付けながら答える。

「夏休みの三大要素とはつまり、夏休みを充実させる『三大要素』だ。すなわち、『花火』・『浴衣』・『肝試し』。」
 森山が意図したいことが分らず、黄瀬は黙り込む。さらに言えば三つの内、二つは意図せずに済ませてしまっているのだが…それを告げることはしない。

「だが、この『三大要素』には不可欠な前提条件があるんだ。わかるか?」
「わかんねぇッス。」
 黄瀬としては全面的に否定したいところであったが、部活の縦社会に則って、センパイの言葉を全否定するようなことは言えない。

「夏休みを充実させる三大要素に必要不可欠の前提条件。それはかわいい女の子だ…!」
 確信を抱かせるような森山の言葉には妙な力がこもっていた。
「夏休みを充実させないうちは、オレたちの夏は終わらない。そう思うだろ、黄瀬?」
「…そういうもんッスかねぇ。」
 面倒な展開になりそうな空気を察した黄瀬は、早々にこの場を離脱するために着替えを再開するが、その手は途中で止められる。

 妨害したのは、二年の早川だ。早川はひどく真剣な顔で、黄瀬の手にあるものを握らせる。
「な、なんスか、これ?」
 黄瀬が渡されたものを見つめるとそれは、スプレー缶であった。ラベルには『制汗スプレー(シトラスの香り)』とある。

「オレがネットで調べたところ、女の子ってのは、男と柑橘系の香りが嫌いじゃないらしい。」

 困惑する黄瀬に森山が自信ありげに告げる。ふと気づくと森山と早川から、シトラスの香りがする。突然の展開、突如シトラスに目覚めた男二人に囲まれるという状況に、黄瀬は唖然とする。

(なんなんスか、この状況!?)

「とっあえず!そっを体につけっ!」
「はい!?なに言ってるかわかんないッス!つーか、この状況でラ行抜きのセリフって暗号以外のなにものでもないッスよ!」
「察しっ!この状況かっわかっだっ!」
「全然わかんねーッス!」
 黄瀬の必死の訴えは、二人に通じることはなく、森山はやれやれといった風情で自分の制汗スプレーを黄瀬の背中に噴きかけた。

「ぎゃーっ!ちょ、な、なにすんスか!?えぇ、なにこの状況!?」
「だからこれからナンパに行くんだよ。」


 悲鳴をあげた黄瀬に対して森山の無情な宣告がなされる。瞬間、黄瀬の目と口が埴輪のようにデフォルメされた…





黄瀬が絶叫を上げるかなり前

「あずささんが誘拐!?」
「はい、この目でしっかり見ました。」
 休憩時間に電話をするために席を外したあずさを探していた真は、出口のところであずさが謎の黒服集団に怪しげな車に乗せられて連れていかれるのを目撃し、プロデューサーに慌てて報告した。
 美希の手には、今しがた真から手渡された携帯があり、

「たしかにあずさの携帯なの。」
 それはあずさが持っていたはずのモノ。つまり今の彼女に連絡手段はなく、現状が非常事態ということは明白であった。

「プロデューサー、今すぐ助けに行きましょう。」
真は大切な仲間の危機に今にも飛び出しそうだ。プロデューサーは、少しだけ考える素振りをみせると
「わ、わかった。美希、なるべく早く戻るから少しだけ時間稼ぎしててくれ。」
「うん、美希やってみるの。」
 美希に撮影の時間を稼ぐよう指示をだす。美希も腹をくくった表情で応える。


一方、そのころ誘拐されたあずさは…
「まぎらわしいカッコしないで下さいね!」
黒服の集団に車から、どことも知れぬ街中に置き去りにされていた。
どうやら彼らは、別の花嫁―あずさが攫われる前にぶつかりそうになった女性―を探していたらしいのだが、勘違いからあずさを連れだしてしまい、彼女の自己申告で気づいたのだ。

「あら~、どうしましょう。それに…これ」
 いきなり仕事中に連れ出され、街中に放置されたとあっては、大変困る。しかも彼女はドレス姿のままだ。すでに仕事が再開しているかもしれないが、連絡もとれない以上早く戻らなくてはならない。ふと、勘違いされた女性が落とした小箱が気になり開けてみると、

「大変、結婚指輪だわ!あの花嫁さんに返さないと。」
中にあったのは結婚指輪、しかもつけられている宝石は見るからに高級そうな代物だ。仕事も大事だが、これの持ち主も困ってしまうだろう。だが、 

「ところで私、今どっちから来たのかしら?」
 さしあたっての問題は方向音痴の彼女が無事に、プロデューサーたちのもとに戻れるかだろう。



「プロデューサー!もっと急いで!」
 攫われたあずさを探して、真は街中をタキシードで走っていた。
「無理言うな!お前が速すぎるんだ!」
真から遅れたところを息を切らしながらプロデューサーが走る。ふと真の前方の曲がり角から黒い車が走ってくる。
「あの車…プロデューサーあれです!あずささんを攫ったの!」
「なに!」「タクシー!!」
 真が見覚えのある車を見つけて声を上げ、プロデューサーが振り返る間にタクシーを呼びとめ乗車。追跡を開始する。





真がタクシーを拾い追跡をする少し前、

 休日の部活終わりの校門に、海常高校男子バスケ部のレギュラー五人がたむろしていた。

「んじゃ、さくさくっとナンパしに行くとしますか。」
集ったメンバーに満足そうに森山が宣言する。

「おい、ちょっと待て。」
「どうした、笠松。」
歩き出そうとした森山に笠松が声をかける。

「なんでオレがこんなのにつきあわなきゃいけねーんだよ!」
 いらだった様子で笠松が睨み付けていた。その笠松からも微かにシトラスの香りが漂っている。
 どうやら彼も更衣室で制汗スプレーを噴きつけられたようだ。ただし、黄瀬とは異なり、事情も知らされず有無を言わさぬ勢いで連れてこられたらしい。

「そりゃあ、オレがネットで調べたところ、ナンパは大人数でやる方が楽しいって書いてあったからだ。」
笠松の不機嫌さを前面にだした睨みに動じた様子もなく、森山は至極当然といった風に言い切る。笠松は怒鳴りつけるように声を上げかけるが、

「うおしゃー!森山さんっ、オッがんばっっす!」
早川の気勢にかき消された。
「うん、おまえはほどほどにね。」
 笠松の抗議は取り合ってもらえず、焦れた笠松がいつものようにバカどもを殴り飛ばそうとするも、横からその腕はやんわりと止められた。

「まあ、落ち着けって。たまにはいいじゃないか、こういうのも。」
「小堀…」
 レギュラー陣で一番の良識派の小堀は、苦笑いしながらフォローを入れる。

「それに、もしも早川たちが暴走したら、止めるためにも笠松は居た方がいいだろ?」
「確かに…!」
 非常に当たってほしくないが、あり得る可能性の高い予想に笠松もしぶしぶナンパの一行に加わることとなった。
 ちなみに黄瀬はそそくさと帰ろうとしたのだが、笠松の「自分だけ逃げんな!」という眼光の前に一行に顔を連ねることを余儀なくされた。
 森山のネット調査の結果、港近くの中華街の広場がナンパスポットらしい、ということで一行はぞろぞろと向かっていた。

「小堀センパイって、こういうの興味あるほうなんスね。なんか意外ッス。」
 黄瀬は隣を歩く小堀に話しかけた、良識派の彼が、ナンパにむしろ賛成派なのが不思議だった。
「興味っつーかなぁ…」
 小堀の視線の先には、前を歩く笠松たちの姿がある。うきうきとしている森山と早川に笠松は「オレは行きたくて行くわけじゃないからな!」と釘をさしていた。

「夏休みを充実させるためのナンパなんて言ってるけどさ、結局これって、森山なりの笠松への思いやりなんじゃないかと、オレは思ってる。」
 苦笑しながら小堀が自分の見立てを黄瀬に話す。
「はっ!?思いやり?」
 黄瀬が尋ね返すと小堀が頷きを返す。前方を歩く三人が話に気づいた様子はない。

「桐皇戦から、まだ1週間だ。だけど、笠松はすでに頭を切り換えてウィンターカップを見ている。」
「すごい精神力ッスよね。オレ、マジで尊敬してるんスよ。」
 試合中も、試合直後も俯きそうになるみんなを鼓舞していたのは笠松だ。だが、試合後、ひとりロッカーで敗戦を悔やんでいたのを海常の選手の誰もが知っている。

「…無理してるんじゃないかって、森山は心配してるんだろうさ。」
「えっ?」
「笠松は自分がなぜキャプテンに選ばれたのか、その理由を痛いほど理解してる。それにキャプテンの存在がどれくらい周囲に影響を与えるかもな。だから、自分の感情を二の次に、役目を果たそうと必死だ。だが無理をすれば、どこかで転ぶ。転ばないためにも、時には休憩が必要なんだよ。」
「そうだったんスか…」
 黄瀬は前方を歩く三人を見た。真たちとの慰安旅行から帰り、練習禁止令があけた黄瀬は、もうあの敗戦から立ち直っていた。
練習風景での笠松たちも以前と同じように見えたため心配していなかったのだが、彼らには自分よりも長い付き合いがあるのだ。それ故、なにかを感じとったのかもしれない。

最初は気乗りしないナンパ決行だったが、これが笠松の息抜きになるのだったら、悪くはない。

  こういう日があってもいいか…

 黄瀬はどこか楽しくなっている自分に気づいた。意識がチームメイトに向き、その他への配慮が疎かになってしまったのは…仕方ないことなのかもしれない…





黄瀬がナンパスポットに向かっているころ、その行く先の中華街では、

「どいてどいてー!…あっごめんなさい!」
 真は中華街を走っていた。どうやらあずさは、いかなる方法を用いたのか、誘拐犯たちから逃れたらしい。だが誘拐犯、黒服の男たちは、再度彼女を捕まえるべく動いているのは明白だ。すでに中華街に入り、先を争うようにあずさを探している。
 一度は声が聞こえるほどまで近くに接近した。だが突如、なぜだか出現した人だかりによって真があずさの下にたどりつくことはできなかった。なんとしても黒服の連中よりも先にあずさを見つけるべく走る…と前方にドレスを纏った女性を見つけた。こんな中華街でドレスを着ているのは、

「見つけた!あずささん!」
 抱き着くように彼女を捕えるが、顔を上げてみると、その顔はあずさとは異なる茶髪の女性であった。
「な、なによあんた!?」
「うわっ、ひ、人違い!?すいません!」
 女性が驚いた声を上げ、真は慌てて手をはなし、頭を下げる。

「あずささーん、どこですかー!?」
 真は走っている。中華街を走っている。その意識が、仲間にしか向けられていなかったのは…仕方ないのだろう…





真が中で走り続けているとき、中華街前広場

 普段であれば多くの人が行き交うが、別の場所で騒ぎでもあるのか通る人の量は普段より少ない。それでもスポットと言われるだけあって、かなりの人がいる。
「…で、どうやってナンパするんだよ?」
 やや緊張した様子の笠松が森山に尋ねる。

「ふっ…まあ見ていろ。」
 自信満々に答える森山に、一同から尊敬の念が含まれた声があがる。早川が目を輝かせて尋ねる。
「森山センパイ!今まで、どっぐっいナンパしたことあっんですか!?」
 尊敬のまなざしを向けられている森山は、
「あれはナンパではない!…そう、まさしく出会いだったのだ…」
 強い声で否定した後、なにやら思い出すように遠い目をする。だが言葉から推測するとナンパ経験はないらしい。と気づいた黄瀬、笠松、小堀の顔が固まった。
 
「喧騒から遠く離れた田舎での出会い。運命と言わずしてなんと言う!…」
 森山のさす『出会い』がなにを意味するか思い当たり、黄瀬の背筋を妙な汗が伝う。

「しかも今度は、全国の会場で再会したのだ!」
 あれは黄瀬が真に応援をお願いし、765の全員が来てくれたためにおきたことであって決して運命の再会ではなかったのだが…

「忘れもしない一週間前…。試合の後でオレは、あの娘に決意を伝えた。」
「桐皇戦の直後かよ!?おめーはなにしてんだよっ!」
 笠松が激しく攻め立てるが、森山は意に介さず続けた。

「だが、彼女は言葉を返すこともなく、オレから走り去って行った。」

黄瀬は男性恐怖症の彼女を思いだし
  
(まあ、雪歩ちゃんッスからねー)

と思ったのだが、口にすれば余計な騒動に巻き込まれるのは目に見えている。

「そのとき、オレは思ったんだ。ただ出会いを待っているだけではダメだ。こうやって自分から声をかける…、そう、ナンパはすばらしいものだと!それ以来、オレはネットでナンパ方法を調べ、きっちりマスターしてきた!今日こそ、それを実践する!」

「じゃあ、一人で行けよ!」
 熱弁をふるう森山に笠松が怒鳴る隣で、黄瀬は絶句しながら確信する。

(小堀センパイ、あんた、あんた善人すぎだよっ!森山センパイ、ぜってー自分がふられた憂さ晴らしにナンパしに行こうって言い出したんだよっ!)


 降郷村では意外とうまくいっていたように思えたのだが…森山は一体どのように雪歩に声をかけたのか。それを深く考えなかった黄瀬はこの後、激しく後悔することとなる。






「てぇやっ!」
 真は街の中の、ビルの狭間にかけられた梯子の上でカンフーさながらのバトルを繰り広げていた。
 仲間を攫い、今また魔の手をのばそうとしている(と思っている)相手に対し、いつぞや抱いた人前で暴力はいけない、とかアイドルが…とかいう考えは全く吹き飛び、人目を集める、どころか観客を集めているような状態で真は戦う。

 不安定な足場の上で、離れた距離を一気に詰め寄り、飛び蹴りからの後ろ回し蹴りを繰り出す。連撃は躱され、カウンターの一撃が飛んでくる。
 しかし、真は空中で、トンボを切ると男の腕をつかみ、動きを封じた上で接近戦からのひじ打ちを繰り出す。攻撃がはいり、男がひるむ。その隙に一気に攻勢をかけるが、いかんせん軽身の真の攻撃だ。ガタイのいい男を倒しきることはできず、男は真の蹴りをガードすると宙に浮いた真の足をつかみ、大きく振り回す。

「ああぁああ!」
 足場を失い落下する…かに見えた真は、危ういところで梯子を掴みなんとか持ちこたえる。だが男の足元で攻撃手段も失った真になすすべはない。男は笑みを浮かべて、とどめをさそうと梯子を掴む手を踏みつける。
 しかし真は踏まれる瞬間手を離し、逆に男の足首をつかみ引きずりおろす。バランスを崩した男は、真同様に落下寸前で梯子をつかみ、二人はぶら下がった状態で足技の応酬を再開する。
 本場のアクションカンフーさながらの動きに観客が盛り上がる。

「てぇええええ!」
 腕をしならせ大きく振り子のように加速をつけた真は、気合いとともに両脚を男の腹部に叩きこむ。男は持ちこたえることができずに吹き飛び、近くのテントの上に不時着、そのままずり落ちてリンゴの山の中に沈む。壮絶な決着に観客からは拍手が送られる。

 ちなみにあずさは、車を降ろされた後、迷える老婆の道案内をしたり、迷子の母親探しをした後、中華街を出て歩き回り、今は謎の外国人相手になぜか筮竹での占いを行っていた。




真がカンフーを繰り広げるよりも少し前、

「小堀さん、オっ勉強になっました!ナンパって、ああやってやっんですね!」
 善人小堀が最初の生贄となり、見事に撃沈していた。早川が心から感動した様子で小堀に語りかけているが、小堀にはそれに構うだけの心のゆとりはないようだ。

「穴掘って、誰かオレを埋めてくれ…!」
 彼の悲痛な叫びは、奇しくも今回の事件の元凶(のほんの切れ端を生み出してしまった哀れな少女)の口癖とよく似ていた。

「こ、小堀、大丈夫か?」
 ためらいがちにかけられた笠松の言葉に、小堀がぷるぷると首を振る。
「小堀センパイ…ちなみに、勝算はあったんスか?」
 黄瀬の質問に小堀は沈黙を返し、その後、ポツリと述べる。

「…なかった。でも、これも笠松を元気づけるためだと思って…!」
「どんだけいい人なんスか!?つーか、さっきの森山センパイの話聞いてました!?そもそも、今時ドラマでも『御嬢さん、お茶しません?』なんてナンパの常套句、使いませんよ!?」
「それしか知らなかったんだよ…!!それ言ったとき、相手の女の子がめっちゃ吹き出してさ…。女子って、どうしてああも残酷なんだ…」

 小堀が頭を抱えて唸るが
「残酷なのは、森山センパイッス。」
「違うな。残酷なのは、スポーツ青年の純情さを理解できない世の中だ。」
残酷な発起人は遠い目をして話をしめた。

 ちなみにこの後、本人曰くッバン担当の早川が、同じ女子にナンパを仕掛けるが…彼の勢いと口調に逃げ出してしまう。




真が黒服を蹴り飛ばした時、撮影現場の教会では美希の撮影が行われていた。
時間を気にするマネージャーを他所に、写真うつりのよい美希を撮影しているカメラマンはのりのりで時間稼ぎに貢献している。
「美希的にはウェディングドレスにも躍動感?みたいなのがあった方がいいと思うな。」
「いいねぇ、斬新だよ!」
「ねぇカメラマンさん。美希、なんだか海で撮影したくなってきちゃったの。」
「それいただき!」
 驚くマネージャーを他所に美希たちは撮影場所を変えるために移動を始める。



同刻、あずさは撮影場所に帰るためにタクシー乗り場に並ぼうとして…なぜだか間違って観覧車の列に並び、ちゃっかり乗っていた。

「困ったわねぇ、タクシーの列と間違えて、観覧車の列に並んじゃうなんて…でもいい眺め。」
 思わぬ展開だったが高所から見下ろす風景に顔をほころばせる。景色を見ていたあずさはふと、眼下にドレスを着た女性が走っているのを目にする。
「あの人!あのー指輪をお預かりしてますよー!」
 指輪の落とし主を見つけ声をかけるが、観覧車の中から聞こえるはずもなく…なるべく早く降ろしてくださーい。という叶うはずもない要望を係員に伝えていた。





 あずさの乗った観覧車が頂上にさしかかる少し前、

「これで、ナンパが楽しいということがわかっただろう?」
「おまえの目は節穴か!?」
 小堀に続き、早川が1分で撃沈したあと、満足そうに告げる森山に笠松は声を荒げる。

「まだわかってもらえないとは…。仕方ない、オレが行こう。」
「最初からおまえが行けよ!」
「まあ、そう言うな、笠松。よく見てろよ。うまくナンパして、夏休みの三大要素を極めてやるから。」
 自信に満ちた森山が足取り軽く出陣する。その背にエールを送る早川の横で、黄瀬は笠松に尋ねた。

「前から思ってたんスけど、オレほどじゃないけど、森山センパイって結構イケメンだと思うんスよ。それなのに彼女がいないって、どういうことなんスか?」
 今にして思えば、合宿のときにも雪歩に好印象を与えていた。黄瀬は知らないことだが、試合の時も、森山のプレーに雪歩は声援を送っていたのだ。

「おまえ、さりげなく自慢すんなよ!」「っ!!スイマセン…」
笠松が黄瀬の足を踏む。

「森山に彼女ができないのは、理由があるんだよ。それこそ、そのせいで『別名』がつくほどの理由がな。」
「はぁ?なんスか、その『別名』って。」
「見てればわかる。」
 笠松が森山に視線を向けると、ちょうど彼が女の子に声をかけているところだった。


 数分後、黄瀬には笠松が言わんとしていたことが、よくわかった。


「不思議だ…途中まではいい雰囲気だったのに。やはり男と女は分かり合えないものなのだろうか。」
「わかってないのは、森山センパイだけッス!なんスか、今のは!?」
 黄瀬のツッコミに、森山が平然とコメントする。
「オレ独自の傾向と対策によるナンパ術だ。まずは相手を褒め、心の警戒レベルを下げる。」
「ああ、確かにあの褒め言葉の羅列はすごかった。初対面の人間をあそこまで褒められるなんて…森山、おまえってやっぱり良いヤツなんだな。」
 小堀が感心したように言っているが…

「小堀センパイ、あんたどんだけ、森山センパイを善人にしたいんスか!?騙されてる!完璧騙されてるッス!だって、最後の方、森山センパイの言ってた内容、酷かったじゃないスか!」
 もはや完全なツッコミ役と化した黄瀬の訴えに、森山は心外だというように肩をすくめた。
「いったい、どこが酷かったんだ?オレは単に『この出会いは運命だ』って言っただけだろ?」
 たしかに、先ほども雪歩ちゃんに関して似たようなことを言っていたが…

「それだけじゃ終わらなかったじゃないスか!そのあとも『これは運命だから抗っちゃいけない。もうこの手を放したら、二度と会えない気がする。まさしく運命的めぐりあい。これを逃さない手はない。』って言ってましたよね!?」
「それがなにか?」
「なにかじゃないッスよ!どこの悪徳商法スか!女の子、マジでビビッてたッスよ!」
「そうか?おかしいな、ネットで調べた時、女の子は『運命の出会い』という単語で押せば、必ず折れるってあったんだけどな…」

「…もしかして雪歩ちゃんにも…?」
恐る恐る尋ねてみると、心底なにがいけなかったのか理解できないといった表情をしている。男性恐怖症の彼女にそんな風に迫れば、逃げ出しもするだろう…というよりも合宿のとき慣れ始めていた自分にもおどおどとした態度をとっていたのはそういう理由だったのか…

「これでよくわかっただろう。森山は思い込みが激しいんだ。これだと思ったら、それをとことん遂行する。だから『別名・残念なイケメン』と呼ばれるんだ。」
「残念すぎッス…」
 黄瀬はがっくりとうなだれた。残念なイケメンの結果が加わり、戦績は3戦3敗。まさかの(?)勝率0だ。

 森山が黄瀬と笠松を見て告げる。
「そろそろ一勝が欲しいな。」
「オ、オレは行かないぞ!オレは監視役で、無関係だからなっっ!!」

 笠松が一際慌てた様子で首と手を振る。


(…真っちたちにバレませんよーに)

 ちらりと頭をよぎった顔に、女たらしの疑惑をかけられたモデルは溜息をつく。





黄瀬の頭をよぎった女の子は、その時

「アー!ソレ最高級の金華ハムダヨ!」「えぇえ!?」
 中華街の中で、武器を両手に黒服の男と戦っていた。激しくぶつかりあう(骨付きハムの)肉と肉。真は

「てぇやああ!!」
 気合いとともに大きく武器を振り切ると男は吹き飛ぶ。互いに距離をとり、手近にあった物を投げ合い、遠距離戦にもつれこむ。

 その横ではプロデューサーが、店の人たちに弁償を迫られていた。
 距離を詰めた真が、アッパー一閃、男を吹きとばす。男は倒れ込む。そこに仲間と思しき黒服たちが駆け寄った。

「おい!大変だ!ターゲットが港の方に向かった。」
「な、なんだと!こんなことしてる場合じゃない!追え!追え!!」
 素早く起き上がった男を先頭に黒服たちが走り去る。

「あっ!待て!…待てぇー!!」
 真も素早く黒服たちを追いかけ、港へと向かう。ちなみにプロデューサーは走る真をみて、慌ててそのあとを追うが、その後ろからは店の人たちが駆けてくる。

「あっちで何かあるらしいぞ。」
 追いかける人数は、なぜか徐々にその人数を増やしていった…



[29668] 第18話 乾杯を
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/03/29 19:42
真が黒服たちを追いかけて中華街を出るより少し前

チームの期待を一身に背負ったエースは、ナンパをするため出陣したのだが、ナンパをするまでもなく、現役モデルの黄瀬は注目を集め…

「ス、ストップ!!マジ、勘弁してください!」
 誘いの声を上げた瞬間、同い年くらいの大勢の少女たちにもみくちゃにされ、悲鳴を上げていた。

 結局、少女たちの中から5名先着でレギュラー陣と中華街から少し離れたところのファミレスに入ることとなった。


第十八話 乾杯を



「なんか…合コンみたいだな。」
 席に座ると小堀が感慨深げに呟いた。
「おまえなら、やってくれると思っていたよ。」
爽やかに森山が笑いかける。

 少女たちは皆、席を外している。ドリンクバーを人数分頼んだあと、全員が「ちょっと…」と席を立ってしまったのだ。おそらく合コン対策用の身だしなみチェックに行ったのだろう。
 黄瀬は些かげんなりしつつアイスティーを飲み、何気なく笠松を見て、

「ブッ!!セ、センパイ!?」
その人物のあまりの状態に思わず吹き出してしまった。
「ド、ドドドウシタ?」
 油の切れた古いロボットのような動きで笠松が首を回して黄瀬を見る。

「どうした…ってこっちのセリフッスよ!大丈夫ッスか!?」
 笠松は緊張からか、ガタガタと震える手でアイスコーヒーを手に取る。しかしその手が震えすぎていて、中身が氷ごと跳びでる。

「ちょ、え?えぇ!?センパイ、落ち着いてください!コップ!コップ離して!」
 黄瀬は慌てて笠松からコップを奪い取り、おしぼりで机を拭く。
「ほんと、どうしたんスか、センパイ?」
あまりにも不審な笠松の様子に黄瀬は問いかけるが、答えたのは小堀だった。
「笠松は女子と話すのが苦手なんだよ。」
笠松がかくん、とうなだれた…本人としてはうなずいたのかもしれない…

「苦手って、前、真っちたちとバスケ見に行ったときは普通にしゃべってましたよ!?」
 以前、真とのデート(?)のとき、笠松は彼女たちにバスケの解説をしており、『かさかさ』なる渾名をつけられている。

「オレが笠松から聞いたところ、バスケの話‘だけ’ならなんとかなるそうだ。あとは『ああ』と『違う』しか話してないそうだ。」
 そういえば、試合の合間に喫茶店に行ったときも話していたのは専ら…というよりほぼ黄瀬のみで、笠松はバスケのことと黄瀬に対するツッコミしかしていなかった。思い返してみると笠松はその間やけに外ばかり眺めていたような…

「いやいや、ほら、降郷村で真っちとかと話してたじゃないんスか!?」
 降郷村で真は笠松から黄瀬の居場所を聞いてきたと体育館で言っていた。

「ああ、珍しいことに…たぶん事務連絡みたいなものだったのと…彼女の中性的というか男らしい態度のせいじゃないのか?」
 小堀の言葉に、笠松を見ていると、再びかくんと頭を揺らした。黄瀬が絶句していると、

「だから、久しぶりに普通の女子と話すことになって、ド緊張してるんだよ。」
「センパイ…オッ、泣けてきました!」
 小堀と早川が憐れんだような声をかけている。さすがにそれには笠松は腹が立ったのか、すかさず早川の頭をはたき、
「コ、コレクライナンテコトナイッ!オレモ男ダ…今日コソハチャントハナ…話す!」
 日本語と気合いを取り戻し宣言する笠松だが、その様は見ていて不安しか募らせてはくれない。

「で?笠松はどの女子が好みなんだ?」
 ここにきて不安度No.1となった壊れたロボットに、不安度No.2の残念なイケメンが尋ねた。
「そりゃっ、その…一番右の…」
 笠松はごにょごにょと照れながら呟く。森山はその小さい声をばっちりと聞いており、

「右?…ああ、あのボインな子か。なるほど、笠松は巨乳好きなんだな。」
「きょっ!?おまえっ、もっと言い方を考えろよ!」
「事実を捻じ曲げても意味がないだろ。それより、せっかく好みの子がいるなら、うまく会話を弾ませろよ。」
 
 不安だ。森山の態度も不安だが…いつもであれば「おまえがそれを言うなよ。」と言うはずの笠松は言葉を詰まらせると、しばし黙り込んだ後、黄瀬を呼んだ。

「黄瀬…」
「なんスか?」
 笠松は向かいの席、女子たちが戻ってくる予定の空席を睨み付けたまま尋ねる。

「お、女の子と、ど…どんな話をすればいい?」
「どんなって…いや、普通ッス。」
「フツウってなんだっ!?」
「そっからッスか!?い、いや、例えば…」
 笠松の爆弾発言(?)に黄瀬は戸惑いと驚きを露わにする。この席は、キャプテンの息抜きのための席…のはずなのだ。間違っても笠松に恥をかかせるような事態になってはいけない。黄瀬は自らの経験と知識をフル動員して具体例を探す。

「そうだ!森山センパイみたく、相手の可愛い所を褒めるとか!あと、適当におもしろうことを言ってみたり!」
「褒める、おもしろいこと…?」
 笠松の頭が、フル空転をはじめ、

「ごめんなさーい。お待たせしましたぁ!」
 女性陣が戻ってきた。だが、少女たちの姿を見て、黄瀬は目を見張る。

(こ、こっちも、気合十分だ…!)

 少女たちのメイクは確実にさきほどよりもワンランクアップしており、一番右の少女に至ってはさりげなく強調するように胸元が開かれている。
 彼女たちは、黄瀬たちが既にドリンクを取ってきていることを見ると断りをいれてドリンクバーへと姦しく向かう。
 しかし彼女たちのそんな姿は笠松にはほぼ見えていなかった。彼の脳内は

  褒める。ウケを狙う。
 
二つのワードがエンドレスにリピートされており、いっぱいいっぱいだ。やがて少女たちがドリンクを持って席に着き、乾杯しましょう、という運びになった。

「誰が乾杯の音頭をとりますぅ?」
 黄瀬の目の前に座った少女が期待に満ちた熱い視線を黄瀬に送る。だが黄瀬は体育会の縦社会を重んじて、迷わず笠松に視線を向ける。

「んじゃ、笠松センパイ、乾杯を…」
口にして刹那に後悔するがもう遅い。黄瀬の不安をよそに笠松がコップを手に立ちあがる。その手は先ほどと違い、震えていなかった。

(さすがセンパイ!本番には強いッスね。)

 黄瀬は頼もしく笠松を見つめるが、緊張が限界突破した笠松の頭の中では同じフレーズが響き続けていた。

 立ち会がった笠松は、そこで初めて目の前に座る少女を見た。少女がにっこりとほほ笑む。

   褒める。ウケを狙う。褒める。ウケを狙う。褒める………

 コップを握る手に力が入り、笠松の目に入ったのは一番右の席に座る少女の大きく開かれた――




 始まりを告げる音頭は、しかし開始の合図とならず、終わってしまった一期一会のレクイエムとなった…
 彼の…全国区の風格をもつはずのキャプテンの栄誉のためにも、その言葉は語られぬ黒歴史となった…






開始することもなく終了した会合がレクイエムを奏でていたころ

「あずささん、今行きます。」「早く指輪を取り戻すんだ!」
 中華街から港へと至る道の途中で、真とプロデューサー、と黒服たちと占い師と動物園の動物たちと通りすがりの絵師と中華街の店主たちと見知らぬ外人たち…大勢の人たちがあずさを追って駆けていた。
 指輪を持ち主に返そうと走るあずさはそれに気づかず、先行していく。




中華街から離れたところにある公園、夕暮れとなり始めた公園に5人の男が黄昏ていた。
なにが失敗だったのかは言わずとも全員が理解していた。だが、誰もそれを責めることはしない…できよう筈もない。失敗の原因は、灰になったかのように煤けた姿で噴水に腰掛けていた。


「このまま夏をおわらせてはいけない。」
 決意に満ちた顔つきで森山は宣言する。なによりも負けっぱなしで終わらせてはいけないと。
 その言葉に小堀、早川が頷き、笠松も頷く…いや、がくりと頭を垂れた。黄瀬は負けとはなんだろう、と考えていたが懸命にも沈黙を通した。

「この借っはぜってぇ返します!」
 早川が力強く言い放つ。

(借りっていうか、一方的にこっちの失態なんスけど…)

と思ったが、縦社会に生きる男、黄瀬はこれも沈黙で返した。

「うん、このあたりとか、イメージ通りなの。」
「よし!じゃあセッティングしよう。」
 噴水をはさんで反対側、モデルかなにかだろうか、カメラマンを従えた、ドレスの少女が…

「っって、美希ちゃん!?」
見ればそれは、この間ともに旅行した中の一人、星井美希だ。突然声を上げた黄瀬に驚く森山達だが、美希を見るとその目が大きく見開かれた。

「うん?あっ、黄瀬君なの!」
 美希もこちらに気づいた様子だ。近くを歩いていた女性―なぜかこちらもウェディングドレス―も黄瀬に気づいたのか、
「わぁ、かっこいいかも…」
なにやら感嘆の声を上げている。美希が黄瀬に向けて大きく手をふるため、黄瀬は美希のもとに向かおうとするが、その肩をむんずと掴まれ足を止める。振り返ると森山たちが鬼気迫る表情を見せており、

「あのー、指輪!指輪をお預かりしてるんです!」
 彼らが何事か喋ろうとする前に、大きな声が聞こえてきて、ついで轟音とともに異様な集団が公園めがけて駆けてくる。

「あれ?あずさ?なんで…」「あっ!落とした指輪!?」「ちょっなんスかあれ!!?」
 公園に居る全員が驚きの声を上げる。美希の声に、よく見てみれば先頭を走るのは、ウェディングドレスを着たあずさだ。さらに言えば、その後方にはタキシードを着た真もいる。あずさがなにやら小箱を抱えており、それをみた女性がなにやら声をあげているが、黄瀬たちはあまりの光景に驚いている。


・・・
 
 その後、黄瀬たちにとって、いや真たちにとってもよく理解できない状況が繰り広げられていた。あずさが指輪を公園にいた女性に渡し、黒服たちを怒鳴ったかと思うと謎の外国人がやってきて。女性と謎の外国人、石油王の二人の婚約が決定したという…

「真、どうなってんだ、これ?」
「はぁ、ボクもさっぱり…」
 呆気にとられるプロデューサーと真。黄瀬はそっと真に近づくと、

「なんかすごい騒ぎッスね?」
とりあえず声をかけてみた。真は今気が付いたのか、驚いた表情で振り向く。

「き、黄瀬君!?なんでこんなとこに?」
「いや、まあ、いろいろあって…ところでこれ、なんかの撮影ッスか?」
 突然黄瀬が現れたことに真が驚くが、バレませんようにと願ったピンポイントの相手と遭遇したことで黄瀬の歯切れは悪い。誤魔化すためにも状況を尋ねたのだが、
「…いや、一応…撮影だったんだけど…」
あまり真も状況が分っていないようだ。真と話していると、不意に肩をひかれる。
 振り返ると先ほど同様真剣な顔をした森山たちが、黄瀬を真から引き離し、顔を近づけてくる。

「な、なんスか!?」
「黄瀬。おまえに至上命令を下す。」
 真剣な表情のまま告げられた言葉は、彼らの夏がまだまだ終わらないことを意味していた…


・・・・



…数日後、765プロ事務所

「えぇえー、合コン!?」「しーっ!春香もうちょっと声小さく。」
 事務所の片隅で真は春香と雪歩と顔を突き合わせて内緒話をしていた。

「真、どうしたのいきなり?」
 あずさと真、美希の撮影が終わって数日後、真は二人に合コンの誘いをかけたのだ。
「真ちゃん、黄瀬君と喧嘩でもしたの?」
 春香が突然の申し出に驚いたように声を上げ、真にたしなめられる。雪歩は、以前から親しくしているモデルと真の間になにかあったのではないかと考えたのだが…

「うぇ!?いや、そういうわけじゃんだけど…その、黄瀬君からの誘いなんだ。」

 数日前、撮影騒動が終了した広場にて、黄瀬から合コンの誘いを受けたのだった。黄瀬の背後では、離れたところから彼の先輩たちが、熱い視線を向けていた。いささかバツが悪そうにしながらも

「キャプテンがちょっと気を張り詰めてるんで、ストレス発散させたいんスよ。お願いできないッスか?」
 という黄瀬の言葉にしぶしぶながらも真は合コンのセッティングの手伝いをすることとなった。とはいえ、参加者を募るにも真の通う学校は女子高のため、モデルも参加する合コンともなれば、行きたいと手を挙げる友人はいるだろうが…

(やっぱ…ないよな…)

 学校での真は、どちらかというと気の置けない友人というよりも真に憧れをいだく友人という方が多い。そういった友人を連れていくのも心情的にいい気がしない上、黄瀬君にアプローチをかける子もいるかもしれない…

 と考えたところで、慌てて思考の海から這い上がり、結局事務所の友人に声をかけることにしたのだ。海常の人なら知らない人たちではないし。という安心感もあった。
果たして知っている者同士で合コンというのが成り立つのかという疑問はあるが、黄瀬や笠松以外の人物とはあまり話をしていないし、相手は5人。つまりこちらの人数も5人にしなければならないのだ。
ただやはりプロデューサーに知られるのはマズイよなーと考えていると。

「うーん、合コンかー。」
 三人の内緒話に四人目が混ざっていた。
「り、律子さん!?」
竜宮小町というユニットのプロデューサーとなった彼女は、もっぱら伊織、あずさ、亜美と関わることが多くなったため、あまり警戒していなかったのだが、どうやら隠したい事を見抜く力は男性よりも女性の彼女の方がうまいらしい。

「相手はどういった人たち?」
どうやら頭ごなしに否定されることはなさそうだとほっと安堵し真は相手のメンツを告げる。
「海常バスケ部のレギュラーの人です。」
 率直に告げると、律子は試合の時のことを思いだしているのか「あー、あの人たちね。」
と頷いている。

「あの…やっぱりマズイです、よね?」
 春香が恐る恐ると言う風に尋ねると、律子は三人を見回して、

「えー、あの人たちならいいんじゃない?いい人そうだし。」
あっさりと許可が下りた、と思いきや

「ただやっぱちょっと心配だから私も行く!いつやるの?」
かなり乗り気な様子でそうのたまい、「えぇ!?」と思わず声をあげてしまう、その反応に「なによ。」と少しすねたような声がかえってきた。

「いや、その、こっちの都合に合わせてくれるらしいんですけど、律子さん最近忙しいんじゃないですか?」
 とりあえずここで否定されると企画自体潰されかねないため、真にとってはそれでもいいのだが、一応控えめな声で尋ねる。

「大丈夫よ。スケジュール管理はしっかりするし、たまには羽も伸ばさないと。」
 どうやら来る意志を覆すことはできないらしい。

「レギュラーの子たちとってことは五人よね、あとは誰?」
 この場には4人しかいないため、律子が残りのメンバーを尋ねる。
「あ、美希です。黄瀬君に誘われた時、一緒にいたので…」
 どうやら騒動の時、海常の人たちの目に美希がとまったらしく、その場で声をかけるよう彼らに促されたのだ。

「えっ、5人って…」
 雪歩が驚いた声を上げる、数えるようにこの場にいる4人を指さすと…

「む、ムリです~。」
涙目で後ずさりしてしまった。たしかに男性恐怖症がいささか再燃している雪歩に合コンはハードルが高すぎるだろう。仕方なく、あと一人どうしようかと考えているとちょうど、通りがかる一人の女性が…


・・・・


夏休み最後の日

 海常高校男子バスケットボール部のレギュラー陣は練習を終えると、そろって都内のファミレスまで来ていた。
 席に座り、ドリンクバーの飲み物を飲んでも、場は沈黙していた。全員が酷く緊張した面持ちだ。

「…いよいよだな。」
 沈黙を破ったのはキャプテン笠松だ。
「とうとう来てしまったな…」
小堀がごくりと喉を鳴らす。
「黄瀬、相手のスペックをもう一度言ってくれ。」
シトラスの香りを振りまき、森山が尋ねる。知ってるメンバーだろ、というツッコミはおこなわずに、スペック報告をする。

「今日の相手は765プロの娘たちッス。ちなみに相手は真っちに一任してあるんで、分ってるのは真っちと美希ちゃんの二人ッス。」
 なんど言ったか分らないセリフを繰り返すと、聞いていたメンバーからは「おお…」と感嘆の声があがる。

「ヤッベー!オッ、今かっ緊張してきたっ!」
 早川も目に情熱の炎を燈す。各々盛り上がるメンバーを、黄瀬はじっくり観察するが…不安しか抱けない。
 性善説至上主義の小堀、熱血体育会系早口口調の早川、残念なイケメン森山、そして女子免疫ゼロの笠松。

 不安だ…唯一の救いがあるとすれば、互いに多少は相手のことを知っているということ、そして、バスケの事とはいえ以前、笠松が話をしたことのある子たちも居るかも知れないという期待であった。
 もっとも相手が知り合いだということは、失敗したときのダメージを増やすものでしかないのかもしれないが…

 黄瀬の心情が顔に表れていたのか、森山が頼もしい(不安な)声で言った。
「問題ない。心配するな、黄瀬。前回のような失敗はしない。」
「本当スか?ホンットーに信じても大丈夫スよね?」
 さすがの黄瀬でも真にまで協力してもらった合コンが潰されては、というよりも来る面子が面子だけにかなりきつい。

「安心しろ。おまえと真ちゃんが合コンのセッティングに奔走している間、オレ達が何もしないでいたと思うか?こうやって、合コン開始時間より1時間前に店に来たのだって、ちゃんと意味がある。」
 森山の自信みなぎる様子に、黄瀬の表情も和らぐ。

「さすが、センパイッス。やっぱ、借りはちゃんと返さないといけないッスよね。」
「ああ。前回失敗した原因は、一番に女子との会話する経験値が低すぎるということだ。というわけで、満場一致でより会話の経験値を上げるべく、合コンまでに練習を重ねようということになった。」

 森山の分析結果に、うんうんと黄瀬も頷く、しかし安堵はそこまでであった。
「というわけで、オレたちは練習したいんだが…黄瀬、おまえはコーチをやってくれ。」
「はぁ!?ちょ、なんスか、それ!?」
「この中で、女子との会話が一番多いのはおまえだからな。オレ達の会話スキルにチェックを入れてほしい。」
「今から!?」
 黄瀬は唖然とした様子で尋ね返すが、森山はおろか笠松や小堀ですら、なにをいまさらと言わんばかりに黄瀬を見ている。

「仕方ないだろう、一日の大半はバスケの練習と睡眠で終わるんだ。」
 絶句する黄瀬に笠松がダメ押しの一言を放つ。
「黄瀬、ここは森山たちのために、協力してくれ。オレは全っ然乗り気じゃないが!森山達がこう言うんだ、仕方ないだろ?いいか、オレは全然乗り気じゃないからな!」

 男のツンデレなど、気持ちの悪いだけなのだが、ツッコミをいれたい黄瀬は、しかしぐっと堪える。
 黄瀬はしぶしぶ了承し、
「でも、条件があるッス。協力するからには、オレもばしばし鍛えていくッスよ。」
 黄瀬の条件に、全員が望むところだ、と首肯した。

 かくして、黄瀬の名誉と少年たちの夏をかけた最後の戦いが始まり、熾烈な訓練は続く、彼らの気づかぬ間に時間が過ぎ去るほどに…

・・・

「ここだよね?」
 黄瀬たちとの合コンのためにセットした店の前に、春香たちはやってきていた。
「うん、多分もう来てると思うから入ってみようか。」
 当初、別の場所で待ち合わせてから行こうという話だったのだが、黄瀬から「心配事があるんで、店に集合でいいッスか?」という連絡があり、店での待ち合わせとなったのだ。

「うーん、ちょっと緊張するわね。」
 言葉どおり緊張しているのだろう、律子の顔が笑顔で固定されている。
「あふぅ。」
 マイペースな美希はあまりいつもと変わった様子がない。普段からよく告白されている美希は、男性に対する免疫が強いのだろう。そして、最後の一人は…

「殿方との逢瀬の場にしては、いささか華やかさに欠ける場所ですね。」
 銀髪をさらりと撫でながら、高音が店の感想を述べる。
「まあ、お酒が飲めるわけでもないしね。」
律子の言うように今日の集まりは全員、未成年なのだ。

「それにしても律子さん、なんか緊張してますね。」
「当たり前でしょ。相手はあの、黄瀬君の知り合いなんだから。」
 春香にとって海常は、知り合いという印象が強く、合コンとはいっても懇親会といったイメージなのだろう。だが、律子は一応引率者でもあることから、気をつけるよう促す。

「気づいたら、お持ち帰りされてたとかやめてよ!」
 律子の言葉にまさかぁ。と真と春香は返すが、

「特に真よ!あんたが一番気をつけなさいよ!黄瀬君がいつ強引になるか分らないんだから!」
「えぇええ!?」

 よく知ったファミレスも合コン会場という意味合いを持てば、雰囲気も違って見えるのか、一行は興味深げに店内にはいり、黄瀬たちを探す。目的の人物たちは、すぐに見つかったのだが…


「森山センパイ、もしも女子が遊園地に行きたいって言ったら?」
「遊園地なんて、つまらない。キミの家に行こう。」
「いきなり!?しかも、なんで全否定なんスか!?」
「ネットで調べたら…」
「ネット禁止!!ネットの知識は捨ててください。いきなり自宅へとかマジ勘弁してください!」
「しかしネットの知識がなければ、どうやって会話を進めればいいのか…」
「それができなきゃ、女の子とつきあうなんて無理ッスよ!」
「ハ、ハードル高いな…」

「早川センパイ、もっと落ち着いて話さなきゃだめッス!」
「ぬあぁにぃぃ!?こっが普通だ!ちくしょう、でも、やってやっぜっ!!」
「小堀センパイ、存在地味ッス!もっといい人オーラを出して!」
「無茶を言うな!こ、こうか!?」
「微妙ッス!」
「黄瀬、オレは!?」
「笠松センパイはまずアイドルの写真を直視するとこから!今日来る娘らもアイドルッスよ!」
「む、難しい!!」

・・・

 真たちが入ったことにも気づかず、彼らはなにかに集中していた。端からみれば、なにかの遊びかと思えるほどシュールだったが、彼らの、特に黄瀬の様子は真剣なものだ。

「「…」」「あれは、なにをやられていらっしゃるのでしょう?」
 春香と真は、知り合いの、イメージとは違う一面を見てしまい絶句しており、その様子を高音は不思議そうに見ている。
「…あれなら大丈夫そうね。」「んー、イメージと違うのー。」
 美希は彼らの様子に少し呆れ気味で、律子もいささか残念そうに安堵する。真は意を決して、黄瀬に話しかけようとするが、

「まあまあ、真。おもしろそうだからもうちょっと見てみない?」
 律子が楽しそうに彼らの奮闘を見ている。


「もっと話をふくらませないとダメッス!」
「ふくらませるってなんだ!?」
 黄瀬の特訓は続く、だが重要な問題にたどり着いたようだ。話題のなさ。彼らは一日中バスケに明け暮れているのだから、テレビやドラマ、芸能人、最近の流行などに疎かった。

「やっぱり話題がある程度は必要ッスねぇ。」
 真たちが少し離れた席で見ているのに気づいた様子もなく黄瀬が腕を組み、眉間にしわを寄せている。
「話題か…」
「話題ね…」
「わっだーい…」
 森山たちが頭を抱えてうなっている。

「うーん、なんかコートの上と雰囲気違うわねぇ…」
「そうですねぇ。こうしてみるとカワイイ感じがしますね。」
 律子は面白ろそうに彼らの様子を伺っている。春香はコート上とのギャップにうけているようだ。

「…みなさん、ちゃんと考えてるんスか?」
 黄瀬が、じろりとうなる三人をにらむ。三人はぎくりと体を固くしている。
「まあでも、オレ達で話題にできることって、バスケくらいだよな。」
 溜息まじりに笠松が言う。
「…いやいや、せめて彼女らの仕事内容くらい、把握しときましょうよ!」
 笠松の言葉に納得しかけた黄瀬だったが、慌てて立て直す。

「仕事って、アイドルだろ?」
「有名なのか?」
 笠松と小堀が尋ねる。様子を伺う律子たちも自分たちの話題となったため、関心が高まる。

「確か最近、竜宮小町っていうユニットが出てるっスよ。」
黄瀬の言葉に、担当プロデューサーである律子が「よし!流石!」と小さく喜び、美希が「美希も…」と物欲しげな様子で律子を見ている。

「誰が入ってるんだ?」
「えーと、こないだドレス着てたあずささんが入ってたはずッス。」
 森山がメンバーを尋ねるが、流石の黄瀬も練習で忙しく完璧に把握はしていないようだ。幸いにもここには名前の挙がらなかったメンバーはいないが…

「くっ!まだ知名度が…」
 彼女らをプロデュースしている律子は悔しげに歯噛みしている。


このままでは彼らが気づくことはなさそうだと判断した真たちは、黄瀬に話しかけて自らの来店を告げる。その際、黄瀬たちは跳び上がらんばかりに驚いていた。
 対面した彼らだが、やはり笠松を筆頭に緊張の色は隠せない。とはいえ、事前練習の成果もあって、原稿を読んだかのような笠松の乾杯の音頭も無事に終わり、それぞれ改めて自己紹介や会話を楽しんでいた。もっとも海常の面々はほぼ聞き役に回っていたのだが…


・・・・

「そういえばこの前の試合ですけど。」
主に女性陣と黄瀬での会話がメインとなり、聞き役に回っていた男性陣だが春香の言葉にギクリとしたように身を固くする。黄瀬も思わず笠松の様子を伺ってしまう。

「すごいカッコよかったです!」
続いた言葉に海常のメンバーは反応が遅れてしまう。

(((((カッコよかった…?)))))

「そうそう、笠松さんなんて頼れるキャプテンって感じだったの。」
「わたくしもバスケットの試合観戦というのは初めてだったのですが、すばらしかったと思います。」
「結果はおしかったけど、全国でベスト8でしょ。すごいわよね。」
 美希や高音、律子も感心したように話が弾み、一同は光がさしたかのように感じた。バスケの話になったことで笠松の顔からも固さがとれて笑顔がみられる。一同は解禁になったバスケの話からバスケの魅力について熱く語り始める。
 次第に盛り上がる話の転換は美希の言葉だった。

「みんなの中学校時代の話が聞きたいの。」
 自身がこの中で唯一の中学生だからの発言だろうが、海常のメンバーにしてみれば、語るべき大きな内容が思い浮かばない。なにせ彼らは基本的にバスケに明け暮れる日々だったのだから。
 なんと答えるべきか…自然助け船を求めるように視線は黄瀬に向く。黄瀬としては先輩の前であまりでしゃばるのは気が引けるのだが、先輩たちの助けを求める眼差しと、

「ボクも聞きたいな。黄瀬君の中学時代。」
真の期待に満ちた言葉に折れることとなった。

「まあ、いいッスけど…バスケ始めた経緯とかは前、対談の時に話したッスよね。」
 黄瀬としても一年時は特に語ることもない退屈な日常で、二年からはバスケの内容が中心になってしまうためどうしたものかと考えていると

「オマエ誠凛の透明少年と仲いいよな。なんか尊敬してるとか言ってたなかったか?」
笠松が思い出したように言うとそれに真が反応し、

「試合の時に、黒子君と会ったよ。なんか、「そういえば」。」
真は黒子と話した内容を言葉にしようとしたが、思い出したように律子が割って入る。
「聞いたわよ黄瀬君。」
すごく楽しそうに律子は黄瀬に笑顔を向ける。

「…なんスか?」

(何を話したんスか黒子っち~!)

という黄瀬の内心は誰にも届くことなく律子は続ける。

「黒子君と真が同じようなこと言ったんでしょ。それで真が気になっちゃった?」
 海常のメンバーはわずかに驚いたような表情をした後、765の娘たちと同じように興味深げな視線をむけ、真も少し顔を赤くし手慌てた素振りをみせながらも興味深々といった様子だ。
「まあ、否定はしないッスけど…」
 黄瀬は若干バツが悪げに視線を逸らすが、一同からの期待と先輩からの「おもしろそうだからその話で。」という決定により黒子との出会いについて話すこととなった。

「前も言ったッスけど中二の春にバスケ部に入部したんスよ。超強豪だったんスけど2週間で一軍に昇格したんス。」
「2週間で!?」「なめてんな、おい。」
「…途中入部だから一年と同じ扱いで雑務とかあったんスけど、一軍になって教育係が付いたんスよ。最初はなんで?ってカンジだったス。なんせ…

 

・・・・・


…んでその時思ったんスよ。たぶんこの人はギセイとか考えてない。だからスゲーって、その勝利への純粋さが…とか言ってみたりして。」
 話終えると少し感心したように黄瀬を見ていた。

「なんつーかなー。」
「へー、黒子君もイイこと言うわねー。」
 律子が感心している横で美希はなにか思うところがあるのか黙ったまま考え込んでいる。

「途中から黒子さんの呼び方変わってましたけど、なにか意味があるんですか?」
「そういえば、黄瀬君、ボクの呼び方も変わったよね?」
春香の問いかけに、真が気づいたように尋ねてくる。

「………なんでかこの呼び方不評なんスよね。気に入ってるんスけどダメッスか?」
 少し間が開いたあと、黄瀬は尋ね返すように真に尋ねる。
「ダメじゃないけど…」
 納得いかないように口ごもる真に春香が尋ねる。
「ねえねえ、真。そういえば真も試合の時だけ黄瀬君の呼び方変わってたよね?」
春香の問いかけに真の動きがピタリと止まる。

「たしか「うわぁあああ」。」
高音が応援の時を思い出したように話そうとした瞬間、真が叫びながら高音の口を塞ぐ。

 結局、理由は語られることなく、話題は移って行った。


 特別な呼び方、黄瀬にとってそれは尊敬できる人にだけつける呼び方。バスケ以外で呼んだのは、初めてだった。

 ちなみにその後、海常のメンバーは合コンそっちのけでバスケ談義をぶちかますこととなる。その結果、真たちは海常高校の新たなる一面とバスケ好きの熱さを見ることとなり、
この日、少年たちの夏は極められることなく終わった…




[29668] 第19話 なに言ってんだ
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/20 20:11
一年前の春

「…言っとくけどバスケはやんねーからな!」
「分かってる。だからもう言わないよ。」
ただ茫然としていた私の視界の端に二人の男性が映る。一人は金髪の、有体にいえば不良のような男性だが、それはあまり似合っていないように見えた。もう一人は優しげな風貌の茶髪の男性だが、その身長はとても高い。金髪の男性も180cm近くあるように見えるが茶髪の男性は頭一つ大きい。

「着いたぜ…ただし、1on1でオレに勝ったらな。」
 茶髪の男性が上着を脱ぎ、バスケットボールを鞄から取り出しているが、金髪の男性はなにか慌てたように怒鳴っている。

「ナメンな!一本なんてすぐにとってやる!!」
 何か言い合ったのか、茶髪の男性も上着を脱ぎ、二人が向き合う。


 見るとはなしに見ていると二人は公園にあるコートで試合を始めた。どちらも高校のバスケ部の人なのだろうか、素人の自分の目にも二人のプレイがうまいことが分る。だが、二人の実力には大きな差があるのだろう、茶髪の人のゴールが15本近くに達しようとしているが、金髪の人は一本もゴールを決められない。
 金髪の人が少しゴールから遠い位置でシュートしようと構えるが、ボールは手元を離れようとした瞬間に茶髪の男性によって弾き飛ばされた。

「うおっ!!…まだまだァ!!」
「…」
 ボールを弾き飛ばされた男性が転がるボールを拾いながら悔しげに大声を上げる。圧倒的に強い茶髪の男性はその様子を少し黙ったように見た後、

「・・…もう諦めろよ。」
 ボールを投げ渡してきた金髪の男性に向けて話しかける。諦めろ、それは今の自分に言っているようにも聞こえた。
 ぐちゃぐちゃになった感情。まとまらない思考。壊れることなんて疑いもしなかった日常があっさりと崩れたあの瞬間から、なにもかもを諦めたくなってしまった。心の整理はつけたはずだったのに、それでもやっぱり整理されることはなかったのだろう。壊れたまま続けられた日常はやがて大きな歪みを生み出した。

ボロボロに負けている男性は
「うるせぇ!!」
 それでも諦めることなく吠える。
なんであの金髪の人はあんなにムキになっているのだろう。あの恰好をみるととてもスポーツに真剣な人とは思えない。そもそもあれだけ動ける人が、あんなにも手も足も出ないということは、彼我の実力差が明確であることをなによりも自分が分っているはずだ。
その様子を冷たい目で見る茶髪の人は言葉を続ける。

「違う…バスケを諦めることを諦めろ。」
 静かな口調で紡がれた言葉に、金髪の人は目を見開く。

「オレだってお前が本当にバスケが嫌いなら何も言わない。けど本当はお前は…」
「うるせえよ!お前みたいに恵まれた奴と凡人は違うんだよ!」
 茶髪の人の言葉を遮るように金髪の人が怒鳴る。なにもが否定的に見えてしまう自分も金髪の人に同意する心が湧いてしまう。

「才能があるとかないとかは関係ない。オレもお前も根っこは同じだ。少なくともオレだって…オレだって帝光の天才と戦って、絶望を味わわされてる。」
 悲しげに眼を伏せながら話すその言葉に、金髪の人の言葉が止まる。

「何度もバッシュを捨てようと思った…けど何度放ろうとしても、どうしても手から離れないんだ。」
 人から見たら、どうということもないものでも、自分にとってはそれはどうしても譲れないかけがえのないもの…私にとってそれは…

「こんな1on1だっていやならやらなきゃいい話だ。こうやってムキになってる時点でそれだけ大事ってことだ。」
やめようと思った。居なくなってしまったあの子を忘れるなんてできない。そんな思いで自分が・・を続けるなんてできないと思った。捨てることを決めた筈なのに、それでもこんなに苦しいのは…

「お前はオレと同じなんだよ…いやオレ以上に、」
苦しい理由は自分が一番知っている。だって私は…

「バスケが大好きなんだ。」
・・が大好きだから。例えあの子がいなくても、家族がバラバラになろうとしていても、それでも私が・・を捨てるなんてできない。

「うるせーな、知ったようなこと言ってんじゃねーよ!わかってんだよ。そんなことは!」
 私には・・しかないのだから。

「だから毎日こんなにつまんねーんだろが!」


 茶髪の男性は、諦めきれない男性に少しだけ話をして去って行った。残った男性はただ手元にあったボールをゴールに向けて放り投げた。

 ボールはネットを通過することなく、転がり落ちた。


 その後、私は家をでた。変な気を使いたくないから一人暮らしを始め、そして765に入った。新たな仲間と出会い、新たな生活が始まる。

 出会いは徐々に、彼女の凍てついた心も変えた…


第19話 なに言ってんだ


「ふーん、これが庶民のスーパーなのねェ…初めてきたけど、結構そろってるじゃない。」
「伊織ちゃん、買い物とかしないの?」
「食事の支度はコックがするものでしょ?」
「ふぇえ…」
 とあるTV番組の放送が終わった後、プロデューサーや番組スタッフに対してすねていた伊織は、事務所で話していたやよいと響を買い食いに誘ったのだが、家事で忙しいやよいが逆に自分の家でご飯を一緒に食べないか。と提案したことで三人は高槻家最寄のスーパーに夕飯の買い出しに来ていた。

「自分は沖縄料理をごちそうしてやるさ~。」
「わぁ、楽しみです~。」
 水瀬財閥のご令嬢である伊織は、普段買い物などしないのだろう。興味深げにあたりを見回し、やよいは伊織の言葉に驚いている。ハム蔵を頭に乗せた響は楽しそうにスキップしながら沖縄の食材を探しに行った。

「はい。」
 キャベツの品定めをしていたやよいの下に、伊織が適当に選んだジャガイモを持ってきて籠に入れた。

「ダメだよ、伊織ちゃん。もっとちゃんと選ばないと!」
「こんなのどれだって一緒じゃない…」
 伊織の選んできたジャガイモを一目見た瞬間やよいは、普段のおっとりとした印象からは想像もつかないようなハキハキとした口調でそれを否定する。

「そんなことないよ…ほら、こっちの方が粒がそろってるでしょ!ブロッコリーもこっちの方が新鮮だし!きゅうりもイボイボの方がおいしいし!里芋は泥付きの方が安いし、栄養あるんだから!!ちゃんと選ばないとダメだよ。」
「あぅ、はい…」
 少し怒ったように語るやよいの剣幕に、いつも強気な伊織も圧倒されている。頷くほかない伊織の横から

「なるほど、そうなのか。」
 茶髪でやたらと長身の男性が感心するようにその話を聞いていた。その声に反応した伊織は、自分の横に立つ男性のあまりにも高い身長に驚き声を上げる。

「ちょっ、なによあんた!?」
「あ~、鉄平さん!こんにちは~。」
 知り合いなのだろうか、その男性をみたやよいは、嬉しそうに挨拶をしている。

「おう。こんにちは。いやー、やっぱりやよいちゃんの主婦ぶりはすごいな。」
 伊織の剣幕などどこ吹く風とばかりに、男性はやよいに挨拶を返し、やよいの選別眼と独自理論に感心している。伊織は男性から距離をとるようにやよいの隣に後ずさりしている横で、男性は先ほど聞いたばかりの選別方法を試すつもりなのだろうかブロッコリーを大きな手で持って吟味している。

「ちょっと、やよい。誰よ、こいつ?」
「えー、伊織ちゃんも前に会ったことあるよ。ほら、黄瀬さんの応援に行ったときに。」
「黄瀬の…?ああ、たしか誠凛の…。」
 親しげな様子の挨拶を交わしていたやよいに伊織が尋ねるとやよいは、少し驚いたように答える。やよいの言葉についこの間観戦した海常対桐皇戦を思い出す。たしかその際、隣にいた団体の中に、この男がいたような気が…

「ん?ああ、すまん。木吉鉄平だ。」
「へへへ。鉄平さんはご近所さんなんです。」
 野菜を選んでいた男は、伊織の不審そうな様子にようやく気付いたのか、謝りながら自己紹介し、やよいはご近所さんに会えたことが嬉しいのか笑顔で男性のことを説明する。
 
「えっ?でもあんたこの間は、そんなこと言ってなかったじゃない?」
「私も知ったのはつい最近なの。近くに優しいおじいさんとおばあさんが住んでるんだけどね。そこに住んでるらしくて…」
 海常の応援に行ったのは数週間前になるが、あの時やよいとこの男、木吉と知り合いであるようには見えなかったため、尋ねてみるとやよいはそのことを説明する。たった数週間で仲良くなれたのは、もともとそこに住んでいたおじいさんたちのところによく弟たちがお世話になっていたためだということだ。

「ははは、つい最近まで入院してたんでな。やよいちゃん。これとかどうだろうか?」
 笑いながら補足した木吉は、手に取ったキャベツの良し悪しをやよいに尋ねる。どうでもいいが、やよいが持つと抱えるほどの大きさのキャベツも彼が持つと、とても小さく見えてしまう。

「うーん、それよりも…こっちがいいと思います。」
 木吉の選んだキャベツをしばし吟味していたやよいは、何が気に入らなかったのか棚に戻し、代わりに別のキャベツを選び出した。
「むぅ…まだまだだな。」
「へへへ。でもいい所までいってましたよ。」
 キャベツを受け取った木吉は、そのキャベツを少し見て唸るように言った後、自分の籠に入れた。横でやりとりをみている伊織にはなにが違うのかまったくわからないが、どうやらやよいは以前から何度か木吉に、品の選び方を教えていたらしい。

「お!やよいちゃん。いつも大変だねェ。」
「えへへ、そんなことないですよ。」
「今日は木吉のにいちゃんと一緒か、あいかわらずでけえな。今日は部活はお休みかい?」
「ええ。先生から買い物を教えてもらってます。」
 店の奥から中年の男性が、商品を持ってきながらやよいに話しかける。なじみのスーパーだけあって店員とも顔なじみで、明るいやよいはここでもアイドルのようなものなのだろう。木吉の方も、やよいと一緒のところがよくあるのだろう、頬をかきながら挨拶を交わしている。

「よっしゃ。どこまで勉強できたか見てやる。ちょっと早いが半額シールつけてやるから、選びな!」
 切符よく、店員のおじさん―おそらく魚介コーナーのしきりをしているのだろう―が木吉とやよいを促す。

「わあ、ありがとうございます!」「ありがとうございます。」
 二人はそろって礼を言って棚に近づき、品を見ている。
「むぅ…」「えっと、コレください!」
 唸りながら選んでいる木吉の横でやよいは早々に品を選んでおじさんに手渡している。

「…これだ!」
「さすが、やよいちゃんは目が効くねぇ…にいちゃんは、もう少しだな。」
 やよいから手渡された品を包みながら、木吉の選択を見た店員さんは要努力の評価を木吉に下した。

 三人が移動しながら品物を選んでいると、響が戻ってきた。
「やよい~、ゴーヤがないさ~。」
 どうやら沖縄料理の代名詞ともいえるゴーヤを探していたようなのだが、小さいスーパーにはそうそうある品ではないため、見つけられなかったようだ。響は同行者が増えていることを見て、それが大男であることにわずか驚くが、響を見た木吉は

「ぎゃああ!ね、ネズミ!」
 スーパーであることも忘れて大声を上げる。
「っ!やよい。誰さこいつ?」
 どうやら響も木吉の事を忘れているようだが、説明しようにも木吉は、響の頭の上に座るハム蔵を見て恐慌状態になって叫んでいる。

「オレ、ネズミはダメなんだ!」
「違う!ハム蔵はハムスターだ。」
「鉄平さん落ち着いてください。」
「…はあ。」
 叫ぶ木吉。どう違うのか今一つ分らない否定をする響。なんとか落ち着かせようとするやよい。彼女たちの様子をみた伊織は、少し距離をとって呆れ顔で溜息をつく。


 ハム蔵に鞄の中に居てもらうことでなんとか落ち着いた木吉とともに一同は買い物を済ませて帰宅していた。
「まったく、でかい図体して情けないわね。」
 店内で恥をかくこととなったため少なからず不機嫌な伊織が、木吉に怒るように話しかける。
「いやあ。昔、映画でネズミの大群が街を襲うシーンを見ちまって、そんときネズミが逃げる子供の足に…」
「ハム蔵は噛みついたりしないぞ!」「ぎゃあああ!」
 木吉の説明に響が抗議の声を上げ、ハム蔵も言いたいことがあるのか鞄からでてきてなにか訴えている。残念ながらその声を聴くことはできない…どころか再び絶叫を上げる。そんな二人のやりとりを伊織とやよいは呆れながらも楽しそうに見ている。

「で、こんなにモヤシ買ってどうするわけぇ?」
「今日はぁ、木曜日恒例モヤシ祭りだよ。」
「なんか盛り上がらなさそうなお祭りね。」
 喧騒を続ける二人を放置して、伊織とやよいは今日の買い物について話し合っている。大量のモヤシが購入されていたことから、何が出てくるのかと尋ねると妙な名前のお祭りがでてきた。率直にその感想を伝えると、
「そんなことないよぉ。すっごく楽しいんだからぁ。」
やよいは少し口をとがらせたようにして答える。

「いつもやよいが夕ご飯作ってるのか?」
「お父さんとお母さん、いつも仕事で遅いから、食事の支度とか弟たちの世話は私の仕事なんです。」
 一通り木吉にからんだことで満足したのか響がやよいに尋ねてくる。木吉は響の肩に居座るハム蔵を恐れてか、やよいと伊織を挟むような位置に逃げている。

「そうか、やよいは偉いなぁ!今日は自分も伊織もいっぱい手伝うぞ!なあ、伊織?」
「え、ああ、うん、もちろんよ。」
 やよいの返答に感心したように響が答えて、伊織が戸惑いながらも協力を約束する。

「わあ、助かりますぅ!そうだ!鉄平さんもどうですか?モヤシ祭り?」
「うん?誘いはありがたいが、今日はじいちゃんとばあちゃんの手伝いをしたいんでな。」
 友人を呼んだ席に邪魔したくないから気をつかったのか、言葉通りなのか…ちらちらと響の鞄に視線を向けているところを見ると単にハム蔵の傍から離れたいだけなのかもしれないが、木吉が断るとやよいはしょんぼりと項垂れる。
 項垂れたやよいを励ますためか、大きな掌をやよいの頭にポンポンと置きなだめる。

「また、今度弟たちと来てくれたらいいさ。じいちゃんたちも喜ぶし。」
「う~…鉄平さん痛いです~。めりこんじゃいます~。」
 朗らかに言う木吉に、やよいが少しすねたような素振りを見せた後、抗議の声を上げる。

「ははは…え?何言ってんだやよいちゃん。人はそうそうめりこまない。」
「…」「…今のはボケたのか?」
真顔でやよいの抗議に返す木吉にやよいがじゃれついている様子を伊織と響は沈黙して見ている。

・・・

「ただいまー、みんなー、いい子にしてたー?」
 やよいの帰宅に気づいた弟妹は口々におかえりー。と嬉しげに出迎える。

「知らないねーちゃんたちがいるー。」
「うん。アイドルのお友達だよ。」
「お邪魔しまーす。」「よろしくなー。」
 赤ん坊の浩三を抱えた長介もやよいを出迎えに顔をだすが、弟が声を上げたようにやよいは見知らぬ女の子を連れてきており、わずかに声をだすのが遅れる…とあいさつをした響と伊織の後ろに玄関よりも背の高い男が立っているのを見て、

「鉄平にーちゃんだ!」
 弟たちとともに嬉しげに声を上げる。よく遊んでくれるらしい木吉にじゃれつこうとする。
「おう、こんにちは。」
 じゃれてくる子供たちをあしらいながら、やよいたちの荷物の一部をやよいに渡すと木吉は名残惜しそうな子供たちと分れて自宅へと帰って行った。

・・・

 やよいは弟たちの相手を伊織と響に任せ、夕食の準備とまだ赤ん坊の浩三の世話にかかりきりとなった。人見知りしない響と伊織、やよいの弟たちは楽しげに遊んだ。
 外に出てシャボン玉を飛ばしたり、三輪車を一緒に漕いだり、小さなライブで踊ったり、輪ゴムを使った銃撃戦をしたりと夕暮れごろにはパワフルな子供たちに振り回された二人はぐったりとするほどに疲れていた。
 響は次男の浩太郎に乗りかかられた状態でだれており、ハム蔵は浩太郎と三男の浩司、妹のかすみのおもちゃになっていた。伊織は居間でぐったりとしていたのだが、ふと長介が弟たちの遊びから一人離れて、浩三の世話をしているのを見て声をかける。

「あんたは遊ばないの?」
「えっ?…そんなことないけど…できることは、ちょっとずつ手伝うようにしてるんだ。やよい姉ちゃんアイドルやってて忙しいし。」
「ふーん。」
 特につらそうな様子も見せずに話す長介の様子に伊織は感心したようにその姿を見つめる。
 夕食の準備が完了し、夕食が始まる。
「あたし、響ちゃんと伊織ちゃんが来てくれて、ホントに嬉しかったんです。いっぱい、お手伝いもしてもらっちゃったし、毎日来てくれたらいいのになぁ~。なんて…」
 モヤシ祭りは、懐疑的だった伊織にも満足したようで、みんなに大好評だった。響もモヤシ祭りを喜び、さらに味噌汁にゴーヤが入っていたことに喜ぶ。やよいは友達が来てくれたことが嬉しかったのだろう、少し照れ笑いしたように言う。
 嬉しそうなやよいとは反対に長介は、やよいの言葉に少し悔しそうな表情で箸を止める。そして…

「長介は一番お兄ちゃんなんだから、みんなに優しくしなさいっていつも言ってるでしょ!」
 少し考え込むように手を止めた長介の皿から浩司がおかずを奪い取ろうとしてしまい、長介は思わず手を出してしまった。その結果、頭を叩かれた浩司は泣きだし、やよいが泣かせた長介をしかる。
 泣かせてしまった罪悪感と認めてもらえない悔しさ、しかられた事に思わず涙ぐんでしまった長介は、
「なんだよ!えらそうに言うなよな!自分ばっか、好きなアイドルなんかやってるクセに!…姉ちゃんなんか、嫌いだ!!」
 勢いに任せて吐き捨てたまま、席を立ち玄関から外へと駆けだしてしまった。

「長介…。あれ、長介どうしたのかな…。」
 駆けだした長介に声をかけるやよいは、落ち込んだ様子で目じりをこすりながら呟く、気を取り直すようにモヤシ祭りを続けて友達を歓迎しようとするがその雰囲気には先ほどまでの明るさがなくなっていた。
「ほっといていいのか?やよい…」
「うん。大丈夫。お腹がすいたらすぐ帰ってくるから。」
 響が問いかけるが、やよいは空元気で答える。

 みんなの食事が終わり、食卓の上には長介の分のご飯ともやしのみがあるだけとなった。
「帰ってこないな、長介…友達の家とか…」
「…電話してみたけど来てないって…」
「ちょっとショッだったかも…長介があんなこと言うなんて…アイドルになって頑張れば、少しはみんなの助けになるかなって考えてたのに…」
「多分本心じゃないと思うわ。」
「お姉ちゃんがアイドルで忙しいから、少しでも手伝いたいって言ってたもん。」
「やよい。自分もよく動物逃がしちゃうけど、すぐ追いかけるぞ。大切な家族になにかあったら大変じゃないか?」
「なにか…」

・・・

「いや、来てないが…どうした?」
 出て行ってしまった長介を探して、やよいと響は家と弟たちは伊織に任せて、ひとまず兄弟が懇意にしている木吉の下を訪れた。人が尋ねてくるには遅くなりつつある時間であるにもかからわず木吉は嫌な顔をせずに、心配そうに応対した。
「…」
「ちょっとした追いかけっこさ。長介が来たら知らせてほしいんさ。」
 やよいはうつむいたまま目を伏せ、響がフォローするように声を上げる。何かあったというのは分る反応だが、木吉は問い直すことなく去っていく二人を見つめた。



「もしも伊織だったら、家出したらどこ行く?」
一方、高槻家に残った伊織は、プロデューサーに連絡をいれた。「困ったことがあったら…」そう言ったプロデューサーだからこそ、遅い時間であるが頼りたくなったのだ。
 弟たちを寝かしつけた後、再び連絡をいれた伊織は、まだ見つかってないという報告を受ける。その際プロデューサーに尋ねられた言葉を伊織は反芻して、家を見上げる。

「みーつっけた。」
 倉庫の扉をひらくと、そこには膝を抱え込んだ涙目の長介がいた。
「どうしてわかったの?」
「私も兄さんたちと喧嘩したときよく、物置に隠れたわ。」
 おずおずといった様子で問いかけてくる長介に伊織が少し嬉しそうに答える。

「おにいさんが、いるの?」
「ええ。二人ともできがよくて、私の事バカにするからよく喧嘩したわ。まあ、今も似たようなもんだけど。」
 今度は少し照れたように、しゃがみこみながら答えると
「一緒だね。」
「一緒?」
長介の言葉に伊織は疑問の声を上げる。

「うん。やよい姉ちゃんアイドルやって。家の中の事も一人で全部やって、オレだって頑張って手伝ってるつもりなんだ…なのに結局いつも怒られてばっかで…姉ちゃんだったらオレの気持ち…」
 認められない自分の気持ちを吐露する長介。すねたように同意を求める言葉に伊織は
「分からないわ、全然。」
 毅然とした言葉で否定する。驚いたように顔を上げる長介。
「あんた、やよいに認めてもらいたいんでしょ?だったらコソコソ逃げてないでぶつかって行かなきゃダメじゃない。少なくとも私はそうしてるわ。」
 父親から期待されない自分。バカにしてくる兄たち。アイドルなんてできっこない。否定の言葉は幾度も聞いてきた。それでも自分は立ち向かったのだ。
 先を行く伊織は、導くように歩みを進め、長介から距離をとる。伊織の言葉に長介も立ち上がりながら表情を改める。

「やよいはね、どんなときでもにこにこ笑って頑張ってる。家の仕事が大変です、なんて顔一度も見せたことないわ。それがやよいのプライドなの。アンタにもプライドがあるなら自分の力でお姉ちゃん助けられる男になりなさい。」
「プライドって?」
「胸張って前を向けってこと。」
 胸を張るアイドル。その姿は容姿の可憐さなどではなく、その態度にこそプライドを感じ、だからこそ憧れる。

玄関にむかって二人が歩いていると大男が走ってやってきた。
「おっ…どうやら解決したみたいだな。」
 大男、木吉はわずかに息を切らした様子だが、長介の顔を見て満足気な表情となる。
「あっ…遅いのよあんた!」
 なぜこの男が今、駆けてきたのかは伊織には分らないが、木吉の言葉から察するに、長介を探していたのは間違いないと思い伊織は怒鳴る。木吉は、「まあまあ。」というように伊織をあしらう。
その後、連絡を受けたプロデューサーや響、やよいも戻ってきてやよいはいの一番に長介に抱き着いて、泣きながら喜んでいた。


「鉄平さんもありがとうございます。」
 一通り長介と泣き合ったやよいは、鉄平やプロデューサーに向かって謝罪と感謝を述べる。
「ん?まあ、役にはたたなかったみたいだがな。」
「まったくよ!」
 あははと笑いながら言う木吉に伊織が指を突きつけながら怒鳴る。
「あんた誠凛バスケ部の選手なんでしょ。へらへらしてないで試合ではちょっとは役にたちなさいよ!」
 子供をあしらうように頭をぽんぽんと手を当ててくる木吉の動作に照れたように伊織がわめく。
「ん。そうだな…」
 少し悲しそうな、優しい目をして木吉は動作を止める。
 伊織と響はプロデューサーに送られて帰宅し、木吉は一人家へと戻る。



 決めたのは決意。ただ自分のなすべきことのために、すべてをかける。そのために自分は戻ってきたのだから…



[29668] 第20話 番外編:それはお楽しみッス
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/03/29 19:41
今回の話は、アイマス10話を見ていて、ふと思いついた暴走話です。黒子のバスケの細かい時系列は無視されています。一応、IHからWCの間の秋ごろという設定ですが、番外編です。運動会だけにお祭り騒ぎという目で見ていただければ幸いです。黒子側きっかけは7巻の番外編、緑間の一言「番外編は何をやってもいいのだよ。」
 











 どうしてこうなった。俺の目標は、彼女たちをみんなまとめてトップアイドルにすることのはずだ…いや今回に関して言えば、彼女たちを鼓舞し芸能事務所大運動会、グラビア部門で優勝し、知名度のアップを図ることのはずだ…………どうしてこうなった…





第20話 番外編:それはお楽しみッス


 本日は年に一度の芸能事務所対抗大運動会。765プロは竜宮小町の活躍もあり、参加できることとなった。その最中、

「なにやってるんだ伊織!あんな所でもたもたしてるから転んだじゃないか!」
「なーに言ってんのよ真!あれはレースの駆け引きでしょ。ペース配分ってものを考えなさいよね。」
 二人のアイドルが言い合いをしていた。内容は先ほど行われた二人三脚について。どうやら途中で転んでしまったこと、敗北したことの責任の所在を互いに追求しているようだ。

「あの二人に二人三脚を組ませたのは失敗だったなぁ。」
「まぁ、そうッスね。」
溜息をつきつつ、765プロのプロデューサーが自らの采配ミスを嘆く。隣に立つ金髪長身のモデル兼バスケットボールプレーヤーは気のなさそうな返答を返す。

「勝手にペース配分する方が悪いだろ!」
「言い訳は見苦しいわよ、真!」
「何をぉ!黄瀬君、あれは一気に行くところだっただろ?」
「ちょっと、真!ズルいわよ!こいつに聞いても真の味方に決まってるじゃない!」
互いに詰りあうばかりでは埒があかないと気づいたのか、黒髪の少女、真が第三者にジャッジを委ねる。しかしその委任は長髪の少女、伊織の勘気を煽っただけのようだ…

「…聞いていいッスか?」
「…どうぞ。」
眼の前で繰り広げられる不毛な言い合いに、委任されたモデル、黄瀬はプロデューサーに自らの疑問をぶつける。

「なんでオレここに居るんスか?」
ここは芸能事務所対抗大運動会、765事務所陣営。




「キセキを起こせ、大バスケプログラム…ねェ…」
真と伊織二人の騒動は、竜宮小町のイベント準備の関係で律子に連れて行かれたことでひとまず終結した。
 本来、765の所属ではない…どころか最近ではモデル業自体と疎遠になっているにもかかわらずなぜか、黄瀬は説明もないまま、真、春香、雪歩によって連れてこられていた。
「そうそう黄瀬っちバスケ得意だろ。」
「ウチにはバスケ経験者がいないんで…」
真美と春香が運動会のパンフレットを黄瀬に渡して説明する。パンフレットにはバスケットプログラムについての説明があった。といっても時間も1Qほどのミニバスケもどきのようなものだ。

「オレ、ここの所属じゃないんスけど…」
「心配無用ですわ。そのプログラムは特別プログラム。助っ人ありの競技ですの。」
「…」
「一応、参加してる事務所から引き抜いたりはできないけど、テレビや雑誌の出演経験さえあれば他所から助っ人を連れてきてもいいことになっているようなんです。」
 暗に気乗りしないなー。という思いは受け取ってもらえず、高音と千早によって退路が断たれる。

「アイドル部門の得点には関わらないんだが、このプログラムで優勝すればそれだけでかなり事務所が注目されるんだ。」
 どうやら大会主催者によほどのバスケ好きがいるらしい。
プロデューサーの言葉に765プロのアイドルたちの顔を見れば、どの顔も期待に満ちた表情を黄瀬に向けていた。その中には最近、親しくなっている真の姿もある。

「…はあ、バスケってことは後の四人はどうなってんすか?」
 可愛い女の子たちの期待に満ちた顔を曇らせるようなことができるはずもなく、参戦するためにひとまず情報を集める。出場する以上は勝ってなんぼだ。

「一応、控え選手の出入りは自由なんですけど…これ、律子さんが決めたメンバー表です。」
 あまりないだろうが助っ人参加もありという建前上、控え選手は無制限で、所属のダブりがないかの確認のみで登録の必要はないらしい。
 とはいえスターティングメンバーぐらいは決めておかねばなるまい。

そのメンバーを見ると、
① 黄瀬涼太
② 菊地真
③ 我那覇響
④ 水瀬伊織
⑤ P  
   となっている。

了承する前から自分の名前が、しかもトップに、入っているのも気にかかるが…
「このPってなんスか?」
「えっ!?」
交代自由のスターティングメンバーに当て馬など必要あるまいになぜか名前が記入されていない⑤の選手は

「そこはプロデューサーよ!」
準備が終わったのか竜宮小町のメンバーとともに戻ってきた律子によって判明した。

「えっ、俺!?」
どうやらプロデューサーにも内緒でこの人選は組まれたらしい…

「あんたも男でしょ。ほかのメンバーがでるよりはマシでしょ。」
伊織の辛辣なコメントだが、たしかにその通りかもしれない。残るメンバーで運動神経に優れているのは美希や双海姉妹くらいだろうが、その彼女らにしても混成自由のバスケで男性と戦うかもしれないとあれば、年齢的に力不足は否めないだろう。

「うっ、そうかもしれんが…」
プロデューサーの運動神経はいいとは言えない、真と走りで競争したとしても速度、持久力ともに下回っているのだ。

「がんばってください、プロデューサ~。」
やよいが朗らかな笑顔で応援する。ほかのみんなも期待に満ちた顔だ。

「…よし。わかった。任せろ、必ず765の知名度upに貢献してみせるさ!」
プロデューサーも腹をくくったようだ。



765のアイドルたちも竜宮小町に負けないようにと奮起し、競技が進んでいく。千早や雪歩の風船割り競争、全員での綱引き、真美を中心とした騎馬戦、イベントに駆り出されて不在がちの竜宮小町のメンバーの分まで奮起して活躍を見せる。

「いっくよー!目指せ竜宮小町なのー!」
 今も三輪車競技で美希が奇妙な掛け声とともにほかの選手を圧倒して大穴の一位を取っている。

「みんな張り切ってるスねー。」
「そりゃあ、絶好のアピール機会だからな。」
 黄瀬が少女たちの奮闘ぶりを感心したようにたたえるとプロデューサーも満足気に微笑み返す。一位をとった美希は観客に手を振り笑顔を振りまいている。どうやら本命らしかった新幹少女のアイドルにもインタビューが行われている。


「これで竜宮小町に入るのにまた一歩近づいたの。」
戻ってきた美希が嬉しげに笑いながら独り言をつぶやくがそれに気にした様子もなくプロデューサーがみんなを鼓舞する。

「よし、今のでだいぶポイント稼いだぞ。これなら、アイドル部門で優勝するのも夢じゃない!」
 少女たちから「おー!」というやる気に満ちた反応が返る。

「女性アイドル部門で優勝となれば中継でもそれなりに扱ってもらえる、みんなチャンスだぞ!」
 みんなが嬉しげに頷くが、

「テレビ的なのは気にしなくていいんスか?」
「うっ…それは…」
 見る限りでは竜宮小町はまだ駆け出し、765も事務所としては大きくない。あの本命と思しき少女たちを見るための追っかけまでいるようなので視聴率とかを考えるとあまり出しゃばらない方が、業界的にいい気がして黄瀬が尋ねるとプロデューサーも言葉に詰まる。しかし

「なんくるないさ!」
「そうですよ、知名度アップ目指して頑張ります!」
 響や春香、765陣営のアイドルたちは真剣ながらも楽しげに目を輝かせている。




「あーっと、765プロの高槻選手、カツラがとれて失格!」
 仮装障害物競争に出場したやよいは、ゴールまでもう少しというところで新刊少女の選手と接触、転倒した拍子に仮装がとれてしまい、失格となった。

「おしかったよ~。やよいっち!」
「もう少しでしたね。」
「ぶつからなかったらポイント取れてたぞ。」
真美や高音、響がやよいの健闘を褒めるように声をかけるが
「すみません…」
どうやらやよいは接触した選手になにか話に行ってきたようなのだが、なにやら反応が鈍く、沈んだように座り込んでしまった。理由のわからない一同は顔を見合わせるが答えはでない。


 昼休み前にステージでは竜宮小町をはじめ、いくつかの人気ユニットがステージにたち、961プロから人気の高いジュピターが登場したことで会場が盛り上がる。もっとも、765陣営はステージの真横に近い位置に設営されているためほぼ見えなかったのだが…

 ジュピターの出番が終わり、ステージでは春香と響を交えて他事務所のアイドルとの合同チアリーディングが行われ、息の合ったチアを魅せていたのだが…結局。最後に春香がこけてオチをつけていた。

・・・・

 午後のプログラムが再開され、真は借り物二人三脚で再び伊織とペアを組んで出場しているのだが…

「なんか言い争いしてるっスね。」
「まあ、どうしましょう。」
「なにやってんのいおりん、まこちん!」
 真と伊織は再燃した言い合いをしており、スタートの合図にも気づかずにヒートアップしている。真美の檄で周りの様子に気づいたのか慌ててスタートしたのだが…
 

「とりあえず応急処置はしたけど…全員リレーにでられるかどうかは微妙ね…」
「一番足が速い真ちゃんがいないと苦しくなるわねぇ。」
先程行われた二人三脚の借り物競争で、真は伊織競争中に仲たがいしてしまった。そのためゴール前で転んでしまい、真が膝を強く打ってしまったのだ。ジャージを羽織った状態で椅子に腰かけ、テーピングの上から氷嚢をあてている。
 怪我の具合は骨折のように重篤なものではないが、全力疾走するにはつらい状態なのだろう。あずさが心配げに呟く。
 
「それでもせっかくここまで来たんですから、最後まで頑張りましょう!」
春香がみんなを励ますように告げる。しかし、その中で暗く俯いたままの少女がいる。

「やよい、どうしました?先ほどから元気がないようですが。」
やよいの様子に高音がやさしく声をかける。
「別に…なにも」
口ごもりながら告げるやよいの声はやはり沈んでいる。

「なにもないわけないでしょ。ずっと下向きっぱなしじゃない。」
「やよい、なにかあるなら言っていいんだよ。」
伊織と真がやさしく促す。すると泣きながらやよいは、ライバル事務所の売れっ子、新幹少女のアイドルに告げられたことを口にする。「足でまといがいるから765プロは優勝できない。」涙ながらに口にしたその言葉にみんなの顔色が変わり、

「律子、ボクもでる。」
真が決意にみちた顔つきで宣言する。
「…わかったわ。でもリレーにでるなら、バスケの方は絶対に無理よ。」
「そッスね。その足じゃリレーにでるのだけでもギリギリのはずッス。」
「…」
黄瀬の言葉には、多少の偽りが混じっている…本当はリレーにでるのも難しい状態だろう。
だが、少女たちの「みんな」を思う気持ちに水をさせるはずはなかった。
 口にこそ出さなかったが、真は黄瀬とともにバスケができることが楽しみだったのだろう。みんなもそれが分るためか再び暗い雰囲気がながれる。

「真っちの代わり…誰を立てるんスか?」
それが分っていながらもやはり、真にバスケまでさせるわけにはいかない。冷酷なほどに静かな声で黄瀬は尋ねる。
「あんたさえいれば…だれがでても優勝できるのよね?」
伊織が震えるような声で尋ねてくる。喧嘩が絶えない間柄といえど、いや伊織との二人三脚で怪我をさせてしまったことからも責任を感じているのだろう。

周りを囲む少女たちにみつめられ黄瀬は返答に困る。本音を言えば、先の問いかけはyesだろう。多少、運動神経に恵まれた者がいようともキセキの世代の一人に数えられる自分に対抗できるプレーヤーがいるとは思えない…だがそれは確実でもないだろう。
「まあ、そうっちゃそうッスけど…」
だが本題は、真の代わりを誰にするかということなのだろう。それが分るだけに黄瀬の口調も重い。

「…メンバー表は一応、私がつくったけど、私たちはバスケに関して素人よ。あなたが決めていいわ。」
 律子からありがたくもない委任状を渡される。少女たちに決めさせるのが酷とはいえ、自分に回すのも…と、ふと思いついたアイデアに黄瀬は律子に尋ねかける。

「メンバーは助っ人でもいいッスか?」
少女たちの中から選べば角がたつだろう、それならばいっそ、という考えかと律子は推測する。
「わかったわ。一人でも事務所の人間が居ればルール上認められるから。でも私たちに当てはないわよ?」
 完全に自分に任せるということなのだろう。

それにしても…一人でも事務所の人間がいればいい…それならば…

「大丈夫だとは思うんスけど…あと勝負はなにが起こるか分かんないッスから、他のメンバーもオレが決めちゃっていいッスか?」
 黄瀬の表情がかわり、明らかに何か企んでいるような楽しげな顔だ。

「?…いいけど、だれにするの?」
律子は確認をとるため一度、少女たちを見回すが、全員異論がなさそうということを確認すると許可をだす。

「それはお楽しみッス。」
助っ人を呼ぶつもりだろう、「電話かけてくるッス」といいながら歩いていく黄瀬の顔は、隠しようもなく楽しそうな笑みを浮かべていた。



「さあ、これがアイドル部門最後の種目。対抗リレー。」
 司会者の声が響く、第一走者は響。気合いに満ちた表情でスタートを待つ。優勝争いをしている新幹少女のアイドルは合図の響く一瞬、ややフライング気味に飛び出し、ほかの選手を引き離す。しかし

「本っ気でぶっ飛ばすさぁ~!」
掛け声とともに響のターボがかかりあっという間にトップを独走する。

「いけー!響!」
プロデューサーの応援にも気合いがこもる。バトンは高音に渡り、その後も雪歩、美希、あずさ、亜美、真美、春香、千早とバトンが繋がる。順位を変動させながらもトップ集団に入り込む千早のバトンはやよいに渡る。

 だが足の遅いやよいは新幹少女に抜かれ、次々に抜かれ最後尾にまで順位を落としてしまう。傷心が癒えきらないやよいは走る足から徐々に顔を俯かせて歩き出してしまう。心配そうに見守る765の中でただ一人

「やよい!下を向かないで!最後までちゃんと走りなさい!」
 次の走者として構える伊織から檄が飛ぶ。その姿に、涙をこらえて再び走り始めたやよいバトンを伊織に繋ぐ。

「伊織ちゃん、ごめんなさい。」
「まだまだこれからよ!」
 バトンを受けた伊織は決死の走りで一人抜き、順位を上げる。そして

「伊織ぃ!」
「真ぉ!私は一人抜いたわ!だから残り全部!抜きなさい!!」
「むちゃくちゃ言うんだから…伊織は!」
 つながったバトンを受けた真は気合いとともに加速する。

「いけいけ、真!」
「真っち、ファイトッス!」
 プロデューサーと黄瀬から応援が届き、真は一気に順位を上げていく。だが

「くっそお!」
アンカーとして走る真は、足を進めるごとに痛みがましていくことに表情を苦しげに歪ませる。あともう一人というところで徐々に差が離されていく。フォームが乱れ今にも倒れこみそうな真の耳に自身を鼓舞する声が聞こえる。
 
「真さーん、お願い、勝ってくださーい!!」
泣きながらやよいが声を上げる。
「真」「真君」「まこと!」「真―!!」
春香の伊織のみんなの声援が届き、ゴールの向こうに自分を待つかのような黄瀬の姿が映る。

「おぉぉああああ!!」
咆哮をあげながら、加速していき、一気に差を縮める。トップを走る新幹少女のアンカーに並び、そして…

ほぼ同時にテープがきられる。

息をつく二人は、同時にビデオ判定の画面に振りむく。

その画面に映るのはわずかに先行する真の姿。

「わずかに菊地選手がリード。アイドル部門優勝は765プロ!!」
司会者の宣言が響き、やよいが、亜美と真美が飛びつくように真に抱き着き、みんなが嬉しそうに真を囲む。




「まったく、ムチャしたっすね。」
「へへ!」
椅子に腰かける真に黄瀬がドリンクをさしだす。
「情けないとこ見せらんないからな。」
「かっこよかったッスよ。」
真は照れたように告げる。
「でも、女の子なんだから、そうそうムチャしたら心配ッスよ。」
黄瀬の言葉に顔を赤らめる。

「はいはい、いちゃいちゃするのは後でしてちょうだい。」
伊織が呆れたように近寄ってくる。見ればほかのみんなもあきれ顔だ。
「い、いちゃいちゃなんて…」「立っちゃダメっスよ。」
慌てて弁明しようとして立ち上がりかける真を黄瀬が宥める。

「それで助っ人の人は見つかったの?もうすぐ始まるわよ。」
律子が話題を切り替えるために、懸案事項を口にする。

「んー、そろそろ来るころ…」
黄瀬が返答しようとすると携帯が鳴ったのか、言葉をとめる。
「到着したみたいッスから迎えに行ってくるッス。」
携帯に耳を当てながら駆けだしていく黄瀬をみなが見送る。

「誰なんでしょう?」
雪歩がみんなに問いかける。
「んー、黄瀬っちモデルだからなー。モデル仲間じゃないのか?」
響が自身の予想を告げる。とはいえ黄瀬のモデルでの交遊関係を知るものはここにはいない。

「案外、海常の人たちだったりして。」
春香がつい先日合コンであった人たちを思い出しながら言ってみる。

「んー思い浮かぶのはそこらへんよね。真は思いつく?」
伊織もその意見に同意を示し、真にも尋ねる。真が意見を述べようと口を開こうとすると

「お待たせッス。」
黄瀬の声が響き、みんなが声の方に振り向く…瞬間、同行者を見た真の顔は、口を開けたまま驚愕に固まり、彼らを知る者たちも驚きを露わにする。





「えっと、これは…」
プロデューサーが困ったように黄瀬の連れてきた助っ人を見る。
そこにいたのは

「ちっ、だりぃ。いきなり呼び出したと思ったらなんの騒ぎだ、黄瀬ェ。」
「まったくだ。オレとてバカ騒ぎにつき合うほど暇ではないのだよ。」

既に一触即発の様相を呈している、キセキの世代。その関東在住メンバーだった。

「あの、お二人しかいないみたいですけど。」
千早が助っ人の数に疑問の声を上げる、しかし
「三人ですよ。」「…っっ!!!」

突如として湧いてでたように隣から影の薄い少年に声をかけられ驚く。
黄瀬は二人を宥めながらパンフレットを見せる。

パンフレットを見た、三人の顔が胡乱気なものとなる。
「この後、特別プログラムでバスケの試合があるんスよ。これにオレらで出るんスよ。」
三人の表情に気づかぬふりをして楽しげに伝える。


………
「黄瀬。これには芸能事務所対抗と書いてあるのだが?」
「そうッスね。でも特別プログラムはテレビか雑誌に出演経験があれば助っ人もありなんスよ。」
「何にでるって?」
「バスケのゲームッスよ。」
「誰がですか?」
「オレ達が。」

緑間、青峰、黒子の質問に順繰りに答えると、三人の呆れた表情はその色を濃くする。
「…わかった、じゃあ、ちょっとそこのゴールでもブッ壊してくるわ。」
青峰が物騒な台詞とともに用意されているゴールへと向かおうとする。

「ちょっっ、まあまあ、青峰っち。ほらアイドルっすよ、アイドル!」
 慌てて進路に割り込んだ黄瀬は周りを見るように青峰に促すが、

「オレは巨乳がいいんだよ!!」
青峰の怒声にここにいる765のアイドルは青筋をたてる。残念ながらこの場に居るメンバーでは青峰を押しとどめる効果はなかったようだ…とそこへ、

「すいませーん。」
どこに行っていたのかあずさが間延びした謝罪とともに姿を現す。その両サイドには高音と美希がそろっている。
「やはり、道に迷っていました。」
「つれてきましたー。」
迷子になっていたあずさを二人が探しに行っていたようだ。
青峰は三人の方を向いて動きを止める。

「あらあら、そちらの方は?」
あずさがおっとりと尋ねてくる。
「美希わかった。その人たちが黄瀬っちの連れてきた助っ人さんでしょ。」
「随分身長の高い方たちなのですね。」
美希と高音も嬉しそうに話しかけてくる。

「………っち、しゃあねえ。今日だけはオマエのバカ騒ぎにつきあってやる。」
青峰の心を動かしたのはなんなのか、

「黄瀬さん?ちょっといいですか?」
椅子に腰かける真が青筋を立てて問いかけてくる。黄瀬は真をはじめとした女性陣の様子にたじろぐ。

「ふん、くだらん。だからオマエはアホなのだよ。」
緑間が吐き捨てながら踵をかえす。
「ちょっ、緑間っち、待って。」
黄瀬は慌てて緑間を止めようとするが、ふと気づいたことを口にした。
「そういや緑間っちの家、こっから遠いッスけど、よく間に合ったスね?」
比較的近くに住んでいる青峰や黒子はともかく、緑間はどうやら一番早くについていたようなのだが、ふと口にすると緑間は想像以上にビクっと反応し、

「違うのだよ!アイドルに興味があったわけではなく、単に今日のラッキーアイテムがアイドルであっただけなのだよ!」
 やたらと早口で弁明を始める…どうやら電話を受けてから来たのではなく、もともといたらしい。

「ほっとけ、オレとテツがいれば充分だろ。んな陰険メガネ必要ねーよ。」
慌てる緑間に、青峰が背中を向けたまま告げる。

「なんだと。」
「テメエの出る幕はねえ、って言ってんだよ。」
青峰と緑間が再び一触即発の空気を生み始める。
「ふん、いいだろう。3Pこそがバスケで最も優れたシュートであることを改めて見せてやろう。」
「必要ねーって言ってんだよ。」
にらみ合う二人から黄瀬はそっと距離をとる。その背後から

「黄瀬君。」
「おわっ黒子っち!」
突然声をかけられたことに驚く。その反応には気にせず黒子は聞きたいことだけ尋ねる。
「一つ聞きたいのですが、なぜ僕たちを助っ人で呼んだのですか?」
黒子が普段と変わらぬ声音で尋ねる。
「んー、まあ一つにはやっぱ勝ちたいからッスね。三人がいれば負けないッスから。」
「…勝つため…だけですか?」
黒子の質問に率直に答えるが、その答えは黒子にとってどう感じられたのか、若干気まずい空気が流れる。

「そうッス。あの娘たちのためにも…あの娘たちに勝たせてあげたいんスよ。」
「あの人たちのため、ですか…」
続けた言葉に少し、気まずさが消える。
「あとは…単純に、もっかい三人とバスケがしたかったんスよ。ほら、この4人で飛び入りとか、前にもあったじゃないッスか?」

 楽しそうな顔で告げた黄瀬に、青峰と緑間も言い合いをやめて、黄瀬を見る。それはまだ彼らをつないでいたものが崩壊する前の物語…

「ふん、そんな昔の話、覚えていないのだよ。」
「雑魚との試合なんざ、いちいち覚えてねぇよ。」
 二人同時に反論するが、言い合いを続けることはなかった。

それを見て黒子はふっと口元をゆるませる。
「分りました。僕も協力します。」
「ありがとうッス。黒子っち。」

なんとか三人の協力を取り付けることに成功する。が…

「ところであと一人はどうするんだ?」
プロデューサーが尋ねる。
「あと一人って?」
「一人は事務所から出ないといけないから、その一人は…」
黄瀬が首を傾げ、聞き返し、プロデューサーが再度尋ねる。

「そりゃあ、決まってるじゃないスか。」
何を当たり前な、と言わんばかりに黄瀬はプロデューサーに指を向ける。
「へっ?や、なんで?」
戸惑うプロデューサーに黄瀬は
「だって任せろって言ってたじゃないスか。」




「どうしてこうなったんだ?」
四人の助っ人とプロデューサーは、試合にでるため用意されたコート脇に集合する。いくらテレビ(バスケの試合中継)や雑誌(月バスの特集)の出演経験があるといってもこれは…

「なあ、黄瀬君。俺はなにをすればいいんだい?」
とりあえず黄瀬に自身の役目を尋ねてみる。

「…なにもしなくていいんじゃないスか。」
黄瀬はあっさりとした台詞とともにコートに入る。

「うろちょろされても邪魔なだけだ。コートの隅っこにでもよけてろ。」
青峰が吐き捨てるように告げてコートに入る。

「隅に居ても利用できる場所が減るだけだ、コートの外にでも居ればいいのだよ。」
緑間が指のテーピングを外しながら告げ、コートに入る。
そして、
「…とりあえず転がってきたボールを近くの人に渡してください。」
黒子が慰めるように背に手をあてながら告げ、コートに入る。

「…どうしてこうなったんだ?」


プロデューサーがコートに入り、整列し、挨拶が終わり、ジャンプボールから試合が始まる…のだが

「やっぱジャンパーは身長の高さで緑間っちスかね。」
「ふん、飛び跳ねるノミのような仕事などそこの男にでもやらせておけばふさわしいのだよ。」
「あぁ!?かったりぃ。」

長身の三人はそれぞれにコートに散ってしまう。出遅れてコートの中央にとどまる、プロデューサーは一応、黒子に確認をとるように顔を合わせ、

「すいません。さすがに僕がジャンパーは無理です。」
彼もまたそう言ってコートに散っていってしまった。


 開始前からすでにバラバラの様相を呈している765チームを応援するアイドルの顔は引きつっている。

「ちょっと、あれ…大丈夫なの?」
伊織が確認をとるように椅子に腰かける真に尋ねる。
「…たぶん、元チームメイトって言ってたし…」
返す言葉は、自信なさげだ。


 ジャンプボールは、プロデューサーが行うこととなったのだが、相手チームは芸能界でも運動神経のいいことで評判の男性たち。彼ではやはり荷が重かったらしく、大きな差をつけられてボールを奪われる。落ちたボールは相手チームにとられる。

「へ、楽勝だぜ。」
 相手チームの余裕の様子は次の瞬間、凍りつく。

「えぇえ―!!」
突如、湧いてでた黒子によってボールは弾かれ、相手陣地に跳ねる。

バシッッ!!

そのボールに素早く追いついた黄瀬は、マークをワンフェイントで抜き去り、ボールを床に強くたたきつける。高く跳ね上がったボールは、

バギャッ!!

ゴールが壊れんばかりの音をたてて、青峰によってゴールに叩きこまれる。


 開始数秒で飛び出した、ビッグプレーに観客も静まり返る…一瞬の静寂ののち、

「すげー!!」「なんだあれ!!」「ちょ、なんなのあれ!!」
割れんばかりの歓声が会場に響く。しかし、当の本人たちは

「ちょ、青峰っち。今のオレのッスよ!」
「あぁ!?鬱陶しいことしてんじゃねェよ。ゴールの周りはあけとけ。」
ゴール下では黄瀬と青峰がなにやら言い合いをしている。

「ちょっっ、あの…」
慌てるプロデューサーは、しかし二人の威圧感に言葉をかけられない。
「二人ともリスタートです。」
いつの間にか黒子がプロデューサーの横にたち、二人を宥める。

「ちっ!おい、テツ!オレにいれとけば間違いねェんだから、オレだけに回せ。」
「ズルいッスよ!黒子っち、オレにも回してほしいッス。」
「ふん。近くから叩きつけるなら猿でもできるのだよ。黒子、オレに回せ。」

言い合いはとまらない。しかし、リスタートされたボールに反応した彼らは、瞬時にボールを奪い再び、ゴールを決める。

 三人の言い合いはとまらない。しかし…彼らのプレーは楽しげだ。





 分かたれた道が、再び一つになることはないのかもしれない…それでも…

これは、分れてしまった道が交差した、とある一日のはなし。




[29668] 第21話 …
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/24 20:29
「ねえねえ、今の美希なら竜宮小町に入れてくれる?」
 崩壊の兆しは以前からあったのかもしれない。ただ、ほんの些細なすれ違いからそれが顕在化しなかっただけ…


第二十一話  …

「みんな、ちょっと聞いてくれ…さっき社長から連絡があったんだ。…ライブだ!765プロ感謝祭のライブが決定したぞ!!」

 数日前、春香ややよいをはじめとした学生諸君がテスト勉強に追われている最中、社長から連絡を受けたプロデューサーは興奮した様子でみんなに告げた。

「う~、どきどきするな~。遂に念願のライブだよ~。」
「まあ、メインは竜宮小町なんだが…」
「なんくるないさ~。自分頑張って、竜宮小町に負けないくらい目立てるようにするさぁ!」
 ライブに向けての打ち合わせのため、竜宮小町を除くメンバーが集合し、新曲の披露などが行われた。春香はきたるライブに心を逸らせ、響はプロデューサーの言葉に熱い決意を伝える。真美を筆頭にほかのみんなも嬉しげにライブへと思いを馳せる。

「ふーん、ライブで頑張れば、律子…さんにアピールできるよね。」
 一人美希は、ライブに向けて、というよりも自分の願望に期待を寄せていた。


数日が経ったころ
 みんなの期待とやる気とは裏腹に、レッスンは困難さを増していった。今までよりも難度の高い踊りと多くの曲数。さらにはテスト勉強まで加わり、みんなが疲労していった。中でも体力と運動能力で劣る雪歩とやよい、そしてテストで苦戦する春香の疲労と完成度の低さが目立っていた。
 今も春香が疲労から足をくじいてしまい、全体ダンスでは雪歩が遅れ、やよいがリズムを崩して千早と接触、転倒してしまった。

「すみません、千早さん。」
「いいえ、こちらこそ。」
 やよいは息を切らしながら、千早に謝る。少し離れたところでは雪歩が膝に手をつき、肩で息をするほど苦しそうにに呼吸を乱し、下を向いていた。

壁際ではレッスンを見ていたコーチがプロデューサーにプログラムの難易度について話し合っていた。以前にもでた議題、難易度を下げたプログラムに変更するか否か。全力のライブを見せたいからという美希の言葉で保留となった問題だった。二人の話しをみんなが深刻そうに見る中、雪歩は

「私…でるのやめる。」
「えっ、ゆ、雪歩!?」
雪歩の悲しげな決意に真が驚きの声を上げる。
 
「だってもう、これ以上みんなに迷惑かけられないよ!」
「雪歩」「萩原さんあのね。」
プロデューサーとコーチが慌てたように声をかけるが、
「だって…だって何度やっても…」
悲鳴のように訴える。だがそれは

「萩原雪歩。」
「え、四条さん?」
普段あまり話しかけてこない高音によって遮られる。

「どうやらあなたには技術以前に欠けているものがあるようです。なんだかわかりますか?」
威厳に満ちたような高音に飲まれたように言葉を詰まらせる雪歩、

「それは覚悟です。自分の壁を突き崩すという覚悟を持ちなさい。」
「っぅ、でも、私…私だって自分なりに…」
 強い口調の高音の言葉に雪歩は泣き崩れるように蹲ってしまう。

「雪歩、焦らず行こうよ。」
「真ちゃん…」
蹲った雪歩の傍らに真がしゃがみこみ、優しく声をかける。
「それに言ってたじゃない。黄瀬君みたいに、海常のみんなみたいに頑張りたいって!」

真の言葉に海常のみんなを思い出す。点差を放されても、仲間を信じ続けて戦った人たち。何度負けようとも、憧れを捨ててもなお、挑み続ける覚悟、そして限界を超えてなおあきらめなかった人。
彼らの思いは届かなかったけれど…その在り方は、たしかに自分たちに感動を与えた。そんな人に自分もなりたい…変わりたい!

「わ、わたしも…頑張ります。だから…!」
やよいも決意したように声を上げる。その言葉に雪歩も涙をぬぐい、顔を上げる。

「四条さん、ごめんなさい。私もう絶対弱音は言いません!」
「ともに高みを目指しましょう。雪歩!」
決意と笑顔が部屋に溢れる。


 決意新たにアイドルたちは練習に取り組んだ。途中、竜宮小町の迫力に落ち込むこともあったが、春香や美希の言葉に意気を上げて乗り越えていった。
 真や春香は何度も歌を聞き、雪歩ややよいは毎晩のように自主練習をしていた。春香が遅くまで残り過ぎて、終電を逃してしまうことまであった。
 それでも彼女たちはテスト勉強とレッスンどちらも懸命に取り組んでいった。

さらに数日後、全体の練習で
「通しでできた。」「やったー!」
感動したようにやよいがつぶやき、真美がやよいにとびついた。
「や、やった。」「雪歩!練習の成果がでてきましたね。」
初めて全体の流れが通しで成功し雪歩も感激の声を上げる。高音も嬉しげに雪歩に話しかけ、その声に雪歩が感涙するとあわてて真が宥めるように声をかける。
 その後も、みんなの結束は増し、全体の完成度は形になるところまで達するようになった。みんなが踊りの達成に喜び、プロデューサーとその横で見学している律子も嬉しげに話している。
 そんな中、律子が出ていくのを横目でみた美希は律子の後を追いかけ…


・・・


「頑張ったら美希も、竜宮小町に入れてもらえるって…プロデューサーが…」
自らの望みを伝えた美希は、律子の表情からその望みがないことが自然にわかってしまい、次第に声をしぼませる。

「美希。なにか誤解してるみたいだけど、竜宮小町は伊織と亜美、あずささんの三人ユニットよ。メンバーを増やす予定も減らす予定もないわ。美希には美希のプロデューサーと仲間がいるじゃない。今のチームで頑張ればいいのよ。」
律子が美希に言い聞かせるように話しかけるが、裏切られた思いと虚無感に覆われた美希にはその声は届かず、美希は律子の前から走り去ってしまう。


そして翌日から、練習室には美希の姿がなく、数日が経過した。心配するメンバーの間で暗い空気が流れる。プロデューサーは連絡をとるが、通じることはなく、律子から最後の美希の様子を聞き真相を悟ってしまう。

【まじめになれば、美希も竜宮小町の衣裳着て歌ったり、踊ったりできるの?】
 それはプロデューサーが迷走していたころ交わした一方的な会話。あのころプロデューサーは竜宮小町と律子に差をつけられまいとする一心で周りが見えず、おざなりな返答を美希に返してしまったのだった。
 たしかにあれ以来、美希は変わった。自分から周りのフォローをしたり、熱心に練習に取り組み、自身の才覚を煌かせていた。
 プロデューサーにとって何気ない言葉でもそれは、不真面目だった美希を変えたほどの重要な願いだったのだろう…


・・・


「またなの…」
 観賞用の魚屋で水槽を眺めていた美希は、この数日何度もかかってくる電話に溜息をつくように携帯を見る。電話に出ると相手は表示通り765のプロデューサーだった。居場所を尋ねられ、魚屋であることを告げても、その真意は伝わらなかったようだ。

<なんで練習に来ないんだ?…竜宮小町に入れなかったからか?>
 本題はやはりそれなのだろう、だが…

「プロデューサーは真面目に頑張れば、美希も竜宮小町になれるって言ったの。」
美希の言葉にプロデューサーはしどろもどろになり、謝罪する。

「もういいよ。でね、美希なんだかもうやる気がなくなっちゃったの。」
<何言ってるんだ。ライブまでもう日がないんだぞ。お前ひとりの問題じゃない。一緒にやってるみんなはどうなる?とにかく明日は来るんだぞ!>
 明らかにやる気のかけている美希の言葉に強い口調で攻め立てるようにプロデューサーが言うが

「行きたくないの。」
<わがまま言うんじゃない!みんなに迷惑かけるのか!?>
 すねた声で美希は返答し、プロデューサーはその言葉に思わず激高してしまう。

「もう美希はアイドル辞めるの!ばいばい!」
 電話を切り、美希は店を後にする。


翌日、街に繰り出した美希は、クレープを食べながら楽しげにウィンドウショッピングを楽しんでいた。途中、ゲーセンでプリクラをとったり、ナンパを躱したり。立ち寄った本屋では以前のウェディングドレス写真が載せられており、そのことを思いだして嬉しげに顔をほころばせる。
だがその横では竜宮小町が表紙を飾っていた。表紙をみたことで落ち込んだ気持ちで街を歩きながら、携帯を確認すると何件ものメールが来ていた。一番新しいメールの内容はライブ用の新しい衣装の到着を知らせるもので、そのことに飛びつきかけるが…慌てて頭をふり、思いを断ち切ろうとする。
 遅めの昼食にと入ったMAJI burgerで休んでいると、ふと先ほどとったプリクラを見たくなった。その一つには楽しげな自分の横でプロデューサーへの悪口が踊っていた。

「ばか…」
何気なく口から出てきた言葉は

「なんだかわからないですけど、スイマセン。」
いつの間にか座っていた向かいの席の人に聞かれており丁寧にも返答してくれたようだ。

「ぅわぁ!びっくりしたの!全然気づかなかったの。」
 人の気配など全く感じなかったため出てきた独り言なのだが、聞かれていたと思うと少し恥ずかしい。
「いえボクが先に座ってたんですけど…」

影の薄そうなこの人、どこかでみたような…まじまじとその顔を見つめていると
 
「たしか765の星井さんでしたよね…誠凛の黒子です。」
 どうやら向こうは自分のことを知っている…と思ったら、自分の様子に気づいたのか自己紹介をしてくれた。
「思い出したの!黄瀬君の友達だよね!」
「…元チームメイトです。」
 なにかこだわりがあるのか一言訂正をいれる黒子。

「ねえねえ、黒子君はどうしてここに居るの?練習は?」
 美希は以前黄瀬から黒子の話を聞いていたこともあり、なんとなくこの影の薄い少年と話してみたくなり、問いかけてみた。

「今日の練習は終わりました…ここにいるのは、好きなんですよ。ここのバニラシェイク。」
 言葉通り、彼はストローで何か飲んでいるが、おそらくバニラシェイクなのだろう。
「一人で?」
自分も一人なのだが、尋ねてみたくなったのは、黄瀬から聞く彼の姿は、いつも仲間と一緒に居るイメージだったからだ。

「…一年の降旗君たちはみんなでどこかに行ったみたいですけど…ボクは忘れられたみたいです。」
「えっ!?」
 少しの間ののち淡々と話す黒子に悲しげな様子はないが…

「仲間に忘れられて…さみしくない?」
「慣れてますから…星井さんは、さみしいんですか?」
 少なくとも自分なら…思っていた言葉を直後、尋ねられて美希は言葉を詰まらせる。沈黙した美希を急かすようなことはせず黒子はバニラシェイクを飲み続ける。
 飲み終えたのかコップを置いた時

「…ねぇ、黒子君。」
「はい?」
美希がそれまでの暗そうな表情から一転明るそうな声で

「デートしよ?」



 返答を返す前に黒子は、美希に引っ張られるように店からでて、美希とともにショッピングを行うこととなった。
 なにを買うのでもないが、花屋を覗き込んだり、ペットショップで猫や犬を見たりしていた。ちなみにペットショップでは黒子がやたらと犬になつかれて美希は大笑いしていた。
 基本的に無口な黒子は特に話すことはないが、楽しげに話しかけてくる美希に振り回されながらもそれにつき合っていた。

 歩き回る美希が、雑貨店の前でとまると陳列されている商品をみていると
「買うんですか?これ。」
 いくつもある小物の中から、まさに美希が見ていた品を指さして黒子が尋ねてきた。

「黒子君すごいの!どうして美希がいいって思ってたのわかったの?」
「人間観察が趣味なんで…なんとなく星井さんに似合いそうな気がしたんです。」
 嬉しそうに驚く美希に黒子は冷静に返す。テンションが上がったのか美希は黒子の腕を引いて服屋へと入る。

「じゃあね、じゃあね…これ!どう思う?」
 美希が手に取ったのはピンクを基調とした子供らしい服で胸元に大きなリボンがあしらわれたものだった。それを体にあてるようにして黒子に尋ねると、彼はしばし考えるようにその姿を見て一言、

「似合わないと思います。」
ばっさりと断じた。流石にこれは失礼だったかと黒子が考えていると、美希は楽しげに笑いながら
「美希もそう思う。それじゃあ…」
特に気を悪くした様子もなく美希は、黒子から隠れるように品を選ぶと試着室に入り込んだ。
「じゃ、じゃーん!どうかな黒子君?」
 美希が選んだのは、彼女のイメージに似合う、明るいオレンジ色のカーディガンでポーズを決めるようにその姿を披露している。

「すごいですね。よく似合います。先ほどの髪留めともよく合いそうですね。」
 今度は感心したように黒子は評する。黒子の言葉に嬉しそうに美希は答える。
「でしょでしょ!あとあと、この前、撮影でいいサブリナパンツがあったんだ。あれとね…」
楽しげに続けていた美希は、ふと店の外を見て、表情を暗くする。
「やっぱ、これ…やめるね。ちょっと待ってて。」
 カーテンを閉めてしまった美希から視線を外して黒子が店の外を見てみる。そこには竜宮小町のポスターがあり、人探しをしているのかあたりを見回しながら通る人影があった…

 少し沈んでしまった美希は、黒子を連れて公園に来ていた。夕暮れが近づく中、二人は池の橋の上から池を眺める。

「あっ、先生なの。」
「?先生ですか?」
二人の視線の先では一羽の鴨が池の上を漂っていた。

「うん、鴨の先生。小学校のころからずっと尊敬してるの。」
「…鴨をですか?」
「そうだよ。寝たままでもぷかぷか~て浮いてられるでしょ。美希もそうやって楽に生きていけたらなーって。」
「…」
美希の言葉に沈黙する黒子は、
「楽に、ですか…ボクはいつもみんなについていくので精一杯なので、そういうのは分りません。」
「…」
黒子の真剣な言葉に、美希が黙り、欄干の上にもたれるように腕を載せる。

「ねえ。黒子君…黒子君はなんでバスケットしてるの?」
しばし考えていた美希は、少し沈んだ表情で黒子に尋ねる。

「…好きだからです、バスケが。」
「でもさ、でもさ、黒子君の周りにはすっごい人がたくさんいたんでしょ…辛くない?」
 活躍していく周りのみんな。自分はその華やかさに埋もれていくだけの存在。そう思ってしまうのは、黒子ではなく…

「いいえ。周りにどれだけ強い光があっても、ボクは影です。影は光が強いほど濃くなり、光の白さを際立たせる。それが、ボクの…黒子テツヤのバスケです。」
 言い切る黒子に迷いはない。美希は考え込むように顔を俯かせる。

「それに周りのみんながいるからこそ、みんなが信じてくれるからこそ、ボクはもっと強くなりたいと思ったんです。」
 たとえ壁にぶつかることがあっても、誰かに否定されようとも、信じてくれる光がそこにあれば…

「星井さんは…アイドルをしていて、仲間と居て辛いんですか?」
黒子が尋ねる。美希は顔を俯かせたまま首をふる。

「美希ね。前は、好きなことだけしてればいいって思ってたの。でも…最近それも違うのかもって…辛いこととか、苦しいこととかあっても、それでもわくわくしたり、ドキドキするようなことをしたいって…そう思うようになったの…」
 美希は下をむいたまま、だんだんとつぶやくような声音で言葉を紡ぐ。

「星井さんが最近わくわくしたり、ドキドキしたりしたことってなんですか?」
「…竜宮小町!美希ね、竜宮小町に入れたら、可愛い衣装とか着れるし、カッコいいステージに立って、歌って、踊って…きっと今の美希よりもっときらきら輝いた感じになれるって思ったの…」
黒子の質問に美希は顔を跳ね上げ、興奮した様子で黒子に言う。だがだんだんと声は小さくなり、
「でも…律子、さんは美希は竜宮小町になれないって。だからもうやめるの…」
再び欄干に手をついて沈みこんでしまう。

「星井さんが、なんでそこまで竜宮小町というものにこだわるのかはわかりません。でも星井さんの仲間は竜宮小町だけではないのではないですか。みんなとではダメなのですか?」
 黒子は最近のアイドル情報、まして765の事情は分からない。だが仲間を思う気持ちは一緒の筈だと、その質問をぶつける。

「ううん、美希ね。みんなと一緒にレッスンしてる時、楽しかった。ドキドキして、わくわくしたの…」
 眺めていたのは池か思いでか、美希は懐かしむように最近のできごとを振り返る。

「…バスケと一緒ではないかもしれませんが、ボクは仲間にとって大事なのは「自分が何をすべきか考えること、でしょ?」…はい。」
 黒子の言葉を遮って、美希は楽しそうに告げる。先日あった、黄瀬は言っていた。この人の純粋さをすごいと思ったと。短い時間で美希にもその思いが分るような気がした。

「美希!」
 橋の上で二人が向き合っていると美希の後ろからプロデューサーが駆けてきた。
「プロデューサー…」
 美希は、少し後ずさるようにして呟くが、逃げ出すことはなく向かい合う。

「とりあえず…美希、無責任なこと言って悪かった!」
 美希の眼前まできたプロデューサーはしばし沈黙した後、勢いよく頭を下げた。
「プロデューサー…怒らないの?」
 少しおびえたように胸元で腕を組む美希は恐る恐る尋ねる。
「俺の方も、悪かったから…」
「…」
頭を下げたままのプロデューサーに対して美希は沈黙を返す。

「プロデューサー、美希ね、やっぱり竜宮小町になれないんだよね…美希も、きらきらと輝いたりできないのかな…」
 揺れる声音で尋ねる。
「すまない。…でもきっと美希なら輝ける!次のライブでみんなと一緒にステージに立って、たくさんのファンの前で歌うんだ。そしたらきっと美希もみんなも竜宮小町と同じくらい、いやそれ以上に輝ける!」
 プロデューサーは懸命な思いで、自分の本心を語る。

「みんな竜宮小町しか見ないよ。」
「美希が同じくらいきらきらしてれば、みんな見てくれるさ。」
「…そうですね。きっと星井さんがステージに立てば、輝けると思います。強い、強い光になって。」
 なおも否定してしまう美希にプロデューサーと黒子が言い募る。黒子の言葉に少し考え込んだ美希は意を決して話しだす。

「あのね、一つだけ約束して。」
「なんだ?」
「絶対美希を竜宮小町みたいにしてくれるって」
「ああ。」
「あともうウソはつかないこと」
「つかない。」
 最初の約束に肯定が返ってくると、美希は少しすねたように二つ目の約束を口にする。それに対してプロデューサーはもう懲りたといわんばかりに肯定する。

「それでそれで美希をもっと、もーとドキドキ、わくわくさせて。本当のアイドルにして!」「ああ、って一つじゃないじゃないか。」
 少し呆れたように返すプロデューサー。だが否定の言葉はない。

「…それなら、もう一回だけ、やってみてもいいかな…」
「ホントか!?」
「約束してくれたら、美希次のライブまで頑張るの。プロデューサーの言う通り頑張ってみる。その後は美希にもどうなるかわかんないけど。」
「わかった…約束する。」
 指きりをする二人の間にわだかまりはなくなり、プロデューサーは美希を連れ、美希は黒子を連れて事務所へと戻っていった。


「ごめんなさいなの!」
 事務所に戻った美希は、みんなの前で頭を下げた。
「美希ちょっとやる気なくなってたの…でも美希…」
「私たちそんな、別になにも気にしてないし、だからもう、」
事務所の仲間は、戻ってきた美希を怒ることなく迎え入れ、春香は謝る美希をとりなすように声をかけるが、

「謝ってほしくない。」
千早の断じる声に慌ててふりむく。
「千早ちゃん」「千早さん」「千早!この件は…」
春香、美希、プロデューサーが戸惑うように声を上げる中、
「それよりも遅れを取り戻したいの…プロとして、ライブを成功させたい。」
プロとして、決意に満ちた声でこの先を促す。

「うん、美希、頑張る!絶対成功させるの!」
美希もその意を汲んで、顔を上げ、やる気をみせる。途端、事務所が騒がしくなり、春香ややよい、真の嬉しげな声が響き、
「あ~、みきみき!」
「あんたなにやってたのよ!」
扉が開いて竜宮小町のメンバーと律子が入ってくる。亜美と伊織も心配していたのだろう、美希に走り寄って声をかけている。

「全員、揃いましたね。」
律子はプロデューサーに笑いかけるように話しかける。あずさも嬉しそうな笑みをうかべたまま、

「あらあら、ところでこちらの方は?」
 プロデューサーの横で忘れられていた黒子に気づく。

「!!!」「!!っ黒子君!?」
途端、室内のみんなが驚く、なんとか真が呼びかける。

「…最初からいたんですけど、もう帰ってもいいでしょうか?」
なぜ連れてこられたのかも不明だが、とりあえず場の空気からなにかしらの事件が良い方向に向かったのを感じて黒子は退出しようとする。
「ああ、すまない。ありがとう黒子君。」
プロデューサーも今日一日、黒子が美希とともに行動してくれたことを知っていた。おかげで美希がなんらかの心境の変化を起こしてくれたことに対して感謝の言葉を述べる。


「ねえ、黒子君。」
 帰ろうとした黒子を思い出したように美希が呼び止める。

「はい。」
「あのね。黒子君の言ってた事もわかるんだけど、それでも役に立てないことってあると思うの。その時、黒子君ならどうするの?」
 美希の問いかけに黒子は、少し驚いたように目を開き、しばし考え込む。その問いかけには、美希のみならず、最近まで思い悩んでいた雪歩ややよいも耳を傾ける

「困ります。」
あっさりとした答えに真たちもがくっと体を傾ける。だが

「それでも、あがくと思います。」
続いた答えに再び黒子を見る。
「昔、ボクも似たようなことを考えていたことがあります。中学時代バスケを辞めようと考えたこともあります。」

「やめようとって、黒子君が!?」
 真が驚いたように声を上げる。真にとって黒子は黄瀬の尊敬するすごい選手という思いがあるためそのことが信じられなかった。

「はい、中学のバスケ部に入部して半年頃、三軍のボクは一軍どころか二軍にすら上がれない、なんの力もない選手でした…どれほどバスケが好きでも、どれほど練習しても、ボクではチームの役には立てない。そう考えていたことがありました。」

「…」
淡々と語る黒子に重苦しい雰囲気が流れる。

「そんなときに、ある人に言われたんです。」
「ある人?」
黒子の言葉に春香が尋ねるように聞き返す。

「その人は、一年から一軍スタメンになった人で、とてもバスケがうまくて、いつも楽しそうに…本当に楽しそうにバスケをしていました。
 なによりその人は、バスケが好きで、バスケをしている人が好きで…バスケの事しか考えてないような人でした。」
 黒子の口調はどこか懐かしむようで、それでいて悲しそうな影があった。

「そんな人が、ボクのことを尊敬していると言ってくれたんです…

【チームに必要ない選手なんていねーよ。たとえ試合に出れなくても…1軍の奴らより文字通り誰よりも遅くまで残って練習してる奴がまったく無力なんて話あってたまるかよ。少なくともオレはそんなお前を見て尊敬してたし、もっとがんばろうと思えたんだ。】」


 その誰かの言葉は、きっと黒子にとってなによりも大事な思い出なのだろう。真や美希たちも静かに耳を傾けた。

「【諦めなければ必ずできるとは言わねぇ。けど諦めたら何にも残んねぇ。】

…彼はボクの事を相棒と呼んでくれたんです…だからボクはあきらめたくありません。例え試合でどれだけ負けていようと、自分の力が通じなくても、あきらめたくありません。」

 あきらめたくない思い、それはきっとバスケに対する思いだけではない…

「美希も…美希も頑張ってみる。みーんなを元気にできるように美希も頑張る!」
 黒子の言葉になにかを感じ取ったのか、美希がきらきらと輝くように宣言する。その様子を765の仲間も嬉しそうに見つめる。
黒子は一言応援を述べてその場を立ち去ろうとしたのだが、今度は真に呼び止められる。

「黒子君。ボクからも聞きたいんだ。」
「?なんでしょう?」
 黒子は再度足を止められたにもかかわらず、嫌そうな顔をせずに向き合った。

「黒子君の相棒って…青峰さん…だよね。」
「…」
真は以前黄瀬が言っていたことを思いだして尋ねた。答えは返ってこなかったが否定されなかったことから真は話を続ける。

「なんで、一緒に続けなかったの?青峰さんじゃなくても、黄瀬君だって、黒子君を尊敬して…一緒にやりたいって言ってたのに…」
 黄瀬が黒子のことを語るとき、本当に尊敬していることがよくわかる。だからこそ、なんでそんな彼らと離れて別の高校に進んだのか…なんでみんながバラバラの道を進んでしまったのか聞いてみたくなった。
みんなでトップを目指して…その思いは彼らだけでなく自分たちも抱いている思いだから…いずれ自分たちもバラバラになってしまうのではないかという怖れを感じて問いかける…黒子の答えは、

「わかりません。」
 黄瀬の尊敬を知っている真はあっさりとした黒子の言葉に声を上げようとして、

「ただ、全中三連覇のころ、ボクはなにかが欠落している。そう感じたんです。」
続く言葉に声を上げることなく黒子を見つめる。

「キセキの世代にとって勝利だけがすべて…ただ彼らが圧倒的な個人技を行使するだけのバスケット、それが最強だったんです。…でもそこにはチームはありませんでした…だからボクのバスケで彼らを倒してそれを否定したかったんです。」

 IH や旅行で黄瀬が以前と変わったということを聞いていた真は、キセキの世代がどういうものかを多少なりとも感じていた。だが今まで感じたことのなかった黒子のエゴを垣間見たような気がして真達は思わず息をのむ。

「ただ…今は少し変わりました。最初はどこでもよかったんです。でも今ボクは誠凛に入ってよかった。みんな素晴らしい人で、一緒に頑張る同級生もいい人ばかりで、ボクを信じてくれる火神君がいて…だから自分のために誰かを日本一にするのではなく、みんなと一緒に日本一になりたい…!」

 黒子の宣言に真達も圧倒されたように黒子を見つめる。

「だから申し訳ありませんが、黄瀬君にも負けません。」
続けられた言葉に真は
「黄瀬君も負けないよ!」
嬉しそうに(勝手に)宣戦布告を返した。

「美希たちも、絶対トップアイドルになるの!」
 






おまけ


「ねえねえ、黒子君って桃っちさんの彼氏さんなの?」
 美希が興味津々といった風に黒子に尋ねる。黒子は少し困ったように

「違います。桃井さんが勝手にそう言ってるようですけど…それを言ったのは黄瀬君ですか?」
 真達が黒子の質問を肯定したとき、神奈川ではモデル兼バスケプレーヤーが謎の悪寒に襲われたとか…

「あのね、黒子君、今度美希たちライブやるから、絶対、ぜーったい見に来てね!」
 美希の剣幕に黒子はたじろぎながらも肯定する。
「あとあと、これからはテツ君て呼ぶから、美希のことも美希って呼んでね。」
続けて迫ってくる美希に黒子はたじろぐが、肯定以外の返答を返せる雰囲気ではなく。
「…分かりました。時間があれば応援に行きます。美希さん。」
返ってきた答えにやや満足する美希だが、

「あればじゃなくて絶対なの!」
しっかりと念押しをすることは忘れなかった。



[29668] 第22話 実はギリギリで
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/08/07 20:30
「うん、天気よし! 絶好の、」「ライブ日和だなぁ!」
「ぅああ! しゃ、社長!?」
「や! おはよう」
 快晴の空を見るプロデューサーは後ろから社長に話しかけられ、驚きの声を上げる。まだ練習にも早い時間から社長が来るとは思いもしていなかったようだ。

「おはようございます。もういらしてたんですか。」
「もちろんだよ。我が765プロ始まって以来の大規模なライブだからな。」
「はい。」
「しかしなんだなぁ。こうして念願のライブに漕ぎつけられてうれしい限り、いやはや感無量だよ。」
 社長は言葉通り、感激しているのだろう。ミニライブやストリートとは違う、本格的な765プロのライブ。社長はここに至るまでの苦難を振り返り、
「いえ、まだまだです。ここがスタート地点です。」
 プロデューサーはこれからのみんなの活躍を夢想して笑みを浮かべる。頼もしい言葉に社長も嬉しげに答える。

「ふふふ、そうか? お、そろそろアイドル諸君も来るころかな?」
「そうですね。そろそろ……」
「律子君たちはどうなってるのかね?」
「あの四人は収録先から、ここへ直接来ることになってます。」
「お、なるほど。」

 開場は17:00、開演は18:00から、場当たりやリハの時間もあるため竜宮小町を除くメンバーはそろそろ到着する頃合いで、メインの竜宮小町は本日も別の仕事があるため新幹線でこちらに直接来る予定になっていた。
「おはようございます!」
 春香を筆頭に真たちが元気よく入室する。プロデューサーは振り返り、彼女たちに檄をとばす。

「おはよう! 今日は頑張ろうな!」


第二十二話 実はギリギリで


「16:50、そろそろッスけど……」
 コンサート会場前では多くの人が、扉が開くのを今か今かと待っていた。今回のコンサートは765プロ感謝祭という名目だが、メインは最近急上昇中の竜宮小町のため、男性ファンが多い。
 ファン層がほぼすべて女性の黄瀬にとっては、さして騒がれずに済むので待ち合わせのため留まっていても、いつものように囲まれることがなく気楽だ。
 とはいえ、もうすぐ入場が始まるにもかかわらず待ち合わせ相手はいまだに到着していない。
「遅刻ッスかねー。」
 昔だれかは言いました。待ち合わせの約束は男女の間で交わされるもの、ならばこれは待ち合わせではなく、集合なのだろう……

「来てますよ。だいぶ前から。」
 益体のない思考を切り上げるためにも真に激励メールでも送ろうかとも考えていると、突如目の前に待ち合わせの相手が出現して、

「おおっ!!? 黒子っち!?」
 大きくバランスを崩しかけるが、なんとか立て直す。相変わらず影薄いなー。と思っていると、黒子から「ふぅ。」という小さく息を整える音が聞こえる。よく見ると、秋も近づいているこの時期に全力疾走したかのような汗をかいている。

「いや、今回のは嘘ッスよね! 実はギリギリで走ってきたんスよね!?」
「!……」 

・・・

「呼んどいてなんッスけど黒子っち、珍しいッスね。」
 真からコンサートの知らせを受け、行くことを了承した黄瀬は、一人ではさみしい、ということで何人かに声をかけたのだが、一番アイドルのコンサートに来るとも思えない人物が誘いにのったことに今更ながら驚いている。
ちなみに海常のメンバーを誘うと非常に残念な結果になることが予想されたため声はかけられなかった。もっともこのことが後ほど幾人かの怒りを買うことになるのだが……

「……そうですか?」
「まあ、黒子っちならどこに現れてもおかしくない気もするッスけど……」
 改めて問い返されると、黒子は意外と色んな所に現れていることを思いだす。穴場のゲーセン。喧嘩の修羅場。ファーストフード店…案外、どこかで都市伝説じみた存在になっているような気がしないでもないのが彼の恐ろしいところだろう。
「今回は、黄瀬君とは別に誘われていたので……」
「そういえば、黒子っち。全国の会場で真っちたちと会ったんスよね。」
 IHの際に、伝言を頼んでいたことを思いだし口にする。だが、果たしてそれだけでコンサートの誘いをかけたのだろうか。という疑問が残るが…

(ま、いっか)

 ひとまず、この人ごみで彼を見失うと、再発見はまず不可能であることが予想されるため、はぐれないようにすることは必須条件だろう。


 会場に入った二人は、まずは物販で応援グッズでも買うため列に並ぼうとしたのだが、
「おお、黄瀬君じゃないか! よく来てくれたね。」
なぜか物販の列から出てきた765の社長と遭遇した。
「……高木社長ッスよね。ご無沙汰してます。」
 疑問はスルーし、黒子にも紹介して、かなりハイテンションな高木社長とちょっとした雑談を交わす。

「誠に恐れ入りますが、開演時間の変更をお知らせいたします。当初予定しておりました、開演時間を30分遅らせまして18:30より開始させて・・・」

「うん?」「どういうことだ、これは?」
流れてきた放送に疑問の声を上げるもどうやら社長も事情をよく知らないらしく困り顔だ。外では遠くにある台風の影響かにわかに雨が降り出し、その勢いを強め始めていた。

・・・

「うん、事情は分かった。」
「はい。俺たちで何とかしてみせます。」
 一般客用のスペースから少し離れたスタッフスペースにそのまま社長に連れてこられた黄瀬と黒子はプロデューサーから開演時間の遅延の説明を受けていた。それは律子と竜宮小町のメンバーが、収録先のスタジオからここに来るまでの道中、台風の影響で到着が遅れてしまうというものだった。

「君たちを信じよう。まあ、いざとなったら私の手品や黄瀬君のダンスで……」
「いや、それはムリッス。」
「そうですね、黄瀬君は基本リズム感ないですし。」
 社長の冗談のような本気の提案に、黄瀬が即答するが続いた黒子の辛辣な言葉に黄瀬が「ひどいッス!」と泣き顔をしており、その光景を見てプロデューサーと音無さんは苦笑いをしていた。
 遅刻のため、全員そろってのリハもできず、どころかプログラムを入れ替えての急場づくりの舞台になってしまうため、気を高ぶらせていた二人はその様子に少し落ち着きを取り戻す。


「みんなちょっと聞いてくれ!」
スタンバイ前のアイドルたちは、突然のトラブルにかなり緊張し、雪歩ややよいは震えるように手を握り締めあっている。プロデューサーはそんな彼女らに一声かけようと姿を現す。気づいたアイドルたちは顔を上げてプロデューサーを見ると、

「えっ! ちょ、なんで黄瀬君!?」「あ~、テツ君も来てくれたの!」
 プロデューサーの横にここに居るはずのない知り合いの顔を見つけて驚く。中でも真と美希の驚きは大きい。
「なんか大変な状況みたいッスね。」
 通常であれば、まず入る機会はないであろうが、黄瀬が著名人であることと動揺しているアイドル諸君の気が和らげばということで二人はプロデューサーに連れられて真たちに会いにくることになった。
 だが観客を強く意識してしまったのか、多くの顔は緊張感が増したようにこわばっている。
「及ばずながら雑用をすることになりました。」
 実務という点においては黒子はもとより黄瀬もこの状況では対して役には立たないだろう、だが……

「こんな状況での開演になってしまったけど、これを機に765プロは決して竜宮小町だけじゃないってことをお客さんに見てもらおうじゃないか。このステージを楽しみに来てくれている人たちのために、全力を尽くそう!」
「美希やるよ! やっとここまで来たんだもん。どこまでいけるか試してみたい!」
 黒子の横に駆け寄った美希はやる気に満ちた表情で鼓舞する。

「てっぺん目指すのが、今回のライブッスよね? 信じてるっスよ。」
 黄瀬が真に向けて右拳をさしだす。それを見た真は少し、戸惑ったのち、

「……ああ! 見てて!」
その拳に自身の左拳を打ちあわせた。その様子を見たみんなも意を決した顔つきになる。ただ黒子のわずかに驚いた表情に気づいた人はいなかった。

「よし! それじゃあスタンバイするぞ!」
「はい!」
信じてくれる人が身近に居ることでその心を強く持つことも重要な手助けとなるだろう。


 会場にブザーがひびき、暗闇が降りる。音無のナレーションが始まる。
「会場の皆様、大変長らくお待たせいたしました。間もなく765プロの1stライブ。てっぺん目指せを開催させていただきます。」

 客席から歓声が返る。
「よし、行って来い!」「ファイトッスよ!」「頑張ってください。」
 三人の送り出しによってアイドルたちはステージへと駆けていく。暗闇の中、位置に着くと最初の曲THE IDOLM@STERが始まり歓声の中、みんなの歌が始まる。

「んじゃ、まあお手伝いといきますか。」
「なにをすればいいんですか?」
舞台裏では大ピンチの彼女たちのために黄瀬と黒子がプロデューサーに問いかけていた。

結局、ろくに事前準備もない状態ではさして手伝えることは多くないため、突発的な伝令やアイドルたちのメンタルケアを補助することとなった。
控室ではアイドルたちが、慌ただしい出入りと直しをおこなっており、それに合わせて舞台裏のスタッフたちにも慌ただしい伝令の行き来がなされていた。

<ええ、すみません。全く動きが取れなくて…高速降りればすぐらしいんですけど……>
「分ったッス。伝えときます。」
 黄瀬は竜宮小町との連絡をとるため、あずさの携帯に電話していたのだが、どうやら交通網のマヒによって高速道路が渋滞してしまい、彼女たちの到着はさらに遅くなりそうだという連絡を受けた。
 会場では大半の観客の目当てである竜宮小町がなかなかでないことで、徐々に盛り上がりが欠け始め、訝しむ客も出始めていた。

「んー、やっぱ閉まんないよ。ゆきぴょん。」
「えー、どうしよう……」
控室では慌ただしさがピークに達していた。雪歩の衣裳のスカートのファスナーを懸命に上げようとしている真美。その横でおろおろするやよい。

「あれ? 次は自分、どっちに行けばいいんだっけ。えっと進行表は……あっ! 真、ちょっと進行表貸して!」
 急なスケジュール変更によってステージの上手、下手が分らなくなったのか、響が困惑した様子で進行表を探す。進行表が真の近く、ペットボトルの下に置かれているのを見つけた響は慌てて抜き取ろうとして

「何するんだよ響! 衣裳びちゃびちゃじゃないか!」
「ご、ごめん……」
ペットボトルの蓋が閉まっていなかったのだろう、倒れたボトルの中身が飛び出て、真の衣裳を濡らしてしまった。
「二人とも少し落ち着いた方がよいのでは?」
 高音が制止しようとするが、プレッシャーから緊張が高まっていたのだろう、二人の言い合いが激化していってしまう。混乱しているのは二人だけでなく、ファスナーが閉まらないことで真美と雪歩もかなりテンパり始めていた。

「真美! 次出番だからそろそろ…」
 控室の扉が開き、春香と千早が入ってくる。どうやら出番が近い真美を呼びに来たようだが、入った部屋の中は大混乱を起こしている状態。慌てて止めようと声を上げるが
「ちょっとみんな!」
「みんなすこ「バーン!!!」っっ!?」
止まる様子のない状況に千早も声を上げようとして、突如後ろから金属を打ちあわせたような音がひびき、耳を塞いで飛びのく。
 突然の大音量に、言い合いをしていた真と響、危うい所でファスナーを壊しそうになっていた真美の動きが止まる。

「とりあえずみなさん、少し落ち着いてください。」
 静かになった室内にいつものように淡々とした様子で黒子が語りかける。

「落ち着いたら、今度はいろいろ不安になってきたぞ。」
「ボクも、歌詞少し飛んじゃってるかも」
 ひとまず場を落ち着かせた黒子は、プロデューサーを呼びに行くため場を外した。騒乱が収まり、なんとか落ち着いたことで今度は忘れようとしていた不安が押し寄せてきたのだろう。響と真が不安げな様子でつぶやく。

「なんかお客さんも盛り上がってないっていうか……」
「やっぱり私たちだけじゃあ……」
 目当ての竜宮小町が来ないことで観客の中に不満が高まりつつあることを彼女たちも感じ取っていたのだろう。真美とやよいも心配そうに言う。

「ねえ、みんな。今はお客さんにどう見られるかより、自分たちが何を届けたいかを考えることにしない?」
 春香が気分を切り換えるように語りかける。真たちが春香を見つめる。

「私たち、ずっと大勢のお客さんの前で歌うことを目標にやってきて、やっとその夢が、今日実現できてるんだよ。ちょっとぐらい不格好でも自分たちができること会場の隅から隅まで届けようよ。黒子君も言ってたじゃない、どんな時でも絶対にあきらめたくないって! 私たちも頑張ろうよ!」

 落ち込むこともあった。やめようと願い出たこともあった。竜宮小町の迫力に戸惑うこともあった。それでもみんな今日という日のために懸命に練習を続けてきたのだ。

「そうだな、今は自分たちが焦っても仕方ないよね」
「うん。多分、伊織たちの方がもっと焦ってるよね。」
 響が切り換え、真も冷静になったことでここには居ない仲間のことを考えられるようになったようだ。
「だから全力で私たちの歌、届けよう!」

控室の扉の外では三人の男が立ち聞きするように壁にもたれかかっていた。

「どんな時でも……スか。」「……」
黄瀬が小さな声で話しかける、黒子は沈黙したまま隣に立つプロデューサーに視線を流す。
プロデューサーは何も語ろうとはせず、室内では少女たちが自らの手で状況を打開しようと走りはじめた。


 春香の言葉に意気ごみを変えたのか、気合十分な様子で歌い続ける。観客に自分たちのできることを精一杯伝えようとステージを舞うが、観客のざわめきは徐々に増していこうとしていた。

「ああ、その時間ならなんとか、ああ、分った。……ギリギリだな。」
 律子たちと連絡をとっていた黄瀬は、彼女たちの到着予定時刻が明確になってきたことで、プロデューサーに連絡を代わった。直接プロデューサーが時間の調整を行っている横で様子を見ていると…

「プロデューサーさん、ちょっといいでしょうか?」「おわっ!?」
 いつの間に立っていたのか、黒子が現れて控室に誘った。

「大変です。プロデューサー。美希のday of the future の後に、また美希のマリオネットの心がきてるんですよ!」
「いくら美希でもこのダンサブルな曲を二曲続けては無理だぞ!」
 進行表を確認していた真が進行ミスに気づき、指さしながらそれを指摘する。二曲のダンスの激しさを知っている響も慌てたように声を上げる。

「そうか……くそ! もう曲の入れ替えはできないし……」
「二曲とも美希しかヴォーカル練習してない曲なんです。」
 大慌てでこしらえたセットリストなため無理が生じたのだろうが……先ほど終わったばかりの時間調整を思い出す。これ以上の到着時間変更は望めないだろう。代役を立てようにも真の言うように、どちらも美希の持ち歌というべき曲なため、代わりはいない。
渦中の美希は進行表をにらみ、顔を上げたところにいつもの(ように見える)表情で立つ黒子を見つける。

「そうだな……竜宮までのつなぎを考えると厳しいが、ここは曲を飛ばして次に、」「プロデューサー。」
 ギリギリなプログラムをさらに過密なものとしてしまうが、苦渋の決断をしようとしていたプロデューサーに美希が割って入る。

「美希……やってみてもいいかな。」
「美希!?」
 戸惑いながらも告げた美希に、真たち全員が驚きの声を上げる。

「む、無理だよ!」
「そうだぞ、ただでさえ後半美希の出番多いのに」
 真と響が制止するように言う。プログラムの関係上、二曲の前には美希の出番が多くなっている。美希の特性上、ダンスが多い曲が並んでいる。美希自身の体力も真や響と比べても決して豊富といえるものではない。

「やれそうなのか?」
「分んない……だけど美希、やってみたい! 試してみたいの!」
 ためらいがちに問いかけるプロデューサーに美希もためらいがちだが、はっきりとした口調で答える。
どんな状況でも決してあきらめたくない。自分が誘って、しかしゆっくりと客席につかせてあげることもできなかった黒子を見て美希は思う。「みんなのために何ができるか。」きっと今自分がなすべきことがそこにはあるのだから。

「……響、真! サポートを頼めるか?」
「「プロデューサー!?」」
 言葉とは裏腹に美希の瞳に迷いはなく、決意を固めているのを見たプロデューサーは、ダンスの巧い二人にフォローを頼む。頼まれた真と響は驚きの声を上げるが

「いいの?美希、失敗しちゃうかもしれないよ?」
「その時はみんなでフォローする。安心して全力を出し切ってこい! ……ステージでキラキラするんだろ?」
 二人の会話にまた覚悟を決める。

「うん! ……見ててねテツ君! 美希、輝いてみせるの!」
「……頑張ってください。」
 頷く美希は、黒子に宣言する。強い光になることを

・・・

「ここが踏ん張りどころッスね。」
 いくつかの曲が終わり、問題のポイントがやってきた。ステージの上では美希が、得意のトークでテンションの下がりがちな観客に話しかけている。自分たちの混乱している状況を隠すのではなく、竜宮小町が遅れていることを正直に伝える。戸惑う観客を美希は魅了する。

「・・・それまで美希たちも竜宮小町と同じくらい。ううん、負けないくらい頑張っちゃうから。ちゃーんと、見ててよね♪」
 Day of the futureが始まり、妖精が舞うように美希が歌う。
 黒子とともに舞台の様子を見ていた黄瀬は、黒子が舞台袖からどこかに行こうとしているのをかろうじてみつけて、無言で行動を止める。彼女は黒子に見せることを宣言したのだから黒子は見る義務がある。きっと必要な事態には自分が備えるからと代わりに黄瀬は出ていく。

「美希苦しそうね……」
 舞台袖では千早や春香が心配そうに見つめており、その横では黒子もステージを見ていた。ステージの上では出番が増えた上、今の激しいダンスで一気に体力を消耗したのか、わずかに息が上がった美希がそれでも笑顔で観客に応えている。
 次の曲のため、真と響がステージに上がり、スタンバイが完了する。三人が中央に集まりマリオネットの心の演奏が始まると、わずかに遅れて黄瀬が携帯酸素とバスタオルを持って舞台袖に現れた。
 
 悲しげながらもアップテンポの曲とともに、美希たちが踊り始める。その曲を聞いていた黒子は、その歌詞に思いを馳せる。
 もっと自分を見てほしい、たとえ他の人には見えなくとも。昔のように……かつての光のような笑顔を見せてほしい…もどかしいまでに求めるこの気持ちは届かない…
 この曲自体の成り立ちとは異なるのかもしれない、だが節々にある歌詞は、かつての光に焦がれる自分の気持ちと重なるように思えた。

 歌が終わり、大歓声の中、響と真が先に舞台から降りる。観客に手を振り応える美希の笑顔は輝いて見えた。

「すごかったわ、美希……今度は私の番ね。」
「千早さん……」
 舞台から袖に下がった美希はやはり、疲れを露わにしており、大きく息を乱しふらついていた。そんな美希に千早が感想を送り、入れ替わるように千早が大盛り上がりのステージへと向かった。
 黒子のそばまでなんとか歩いてきた美希は、黒子に倒れ込むように体を預ける。
「美希!」
 黒子の横に立つプロデューサーや春香が慌てたように声をかける。

「美希……ちゃんとやれたの……ステージ……すっごくキラキラで……ねぇ、美希も……キラキラしてた?」
 美希が乱れた呼吸も整わない間に疲れ顔だが、嬉しそうな笑顔で尋ねる。

「はい……美希さんは…太陽みたいな輝きでした。」
 黒子は優しく頭を撫でながら感想を述べ、その言葉に美希は、とびっきりの笑顔で答える。たとえその目が自分ではなく、別の光に焦がれているのが分かってしまっても、それでも彼のその在り方に彼女は惹かれたのだから……

 椅子に腰かけ休む美希に、黄瀬は用意していた携帯酸素とタオルを渡す。春香も美希の近くによって、労いの言葉をかける。黄瀬は美希同様に、ダンスで活躍していた真と響の下にタオルを届けに向かった。
「美希ね。ドキドキして、わくわくしたの。ライトがキラキラして、お客さんの声が美希の中でわーって響いて、これからもっとアイドルやりたいって思ったの!」
 美希が嬉しそうに語る言葉を、春香もまた嬉しそうに聞いていた。

「それでね。美希、もっともっと、輝けたら、そしたらきっと……」
 互いに違う領域にある存在だとしても、それでも光は影に、影は光へと寄り添う。きっといつの日か、自分が影とともに在る日を望んで……

・・・

 竜宮小町到着予定時刻までの最後の曲がいよいよ始まる。体力が回復した美希も一緒にみんなで円陣を組んでいる。最後の曲を全力で歌いきるために掛け声を上げていく。そして
「行くよー! 765プロ」
春香の音頭を軸にしてみんなが思いを一つにした。
「ファイトー!!」

 輝くステージの上では、9人のアイドルが歌っていた。その踊りは何度も練習した曲。挫けそうになりながらも乗り越えたみんなとの仲間の証。美希をはじめみんなの頑張りにより会場の雰囲気は大きく盛り上がる。
 舞台袖では、ひと段落ついたプロデューサーや黄瀬、黒子たちも曲に魅入っていた。そして、

「ねぇ! みんなは!!? 今どうなってるの!?」
慌てて駆け込んできたのだろう、息を切らして伊織、亜美、あずさの竜宮小町が舞台袖へと姿を現した。振り返ったプロデューサーが笑顔で親指を立てる。なおも不安な様子の三人が曲の終わり際に袖から舞台を覗き込む。盛り上がった会場の様子に安堵した表情を見せる。ステージに立つ真たちも伊織たちに気が付いたのだろう。若干涙ぐんでいる。

「上手くいったみたいですね。」
「ああ、お疲れ。」
「色々と、すみません! でも後は任せて下さいね!」
 黄瀬と黒子が微笑ましげにその様子をみていると、雨にうたれて濡れた律子がプロデューサーに話しかけていた。

「さあ、準備するわよ! こっちも負けてられないんだから!」
 律子は自身がプロデュースする竜宮小町に檄を飛ばして準備を促す。


・・・

成功に終わった舞台裏では、アイドルたちがしばしの休息にひたっていた。輝くステージは一旦の閉幕となる。

「すごいッスね……」
控室の扉の外で壁にもたれかかった黄瀬は、呟くように黒子に言う。
「はい……すごかったです。」
珍しく黒子も感情をみせるような声音だ。

「……負けてらんないスね。」
「……ボクも……負けません。」

 アイドルたちの序章は終わり、バスケットマン達の前半戦も終わりを告げた。

……そして舞台は新たなるステージへと向かっていく。

激動の冬へとむかって。



[29668] 第23話 誰も来てくれなかった
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/28 21:54
「…ねー。そんなに楽しい?バスケ。」
「は?」
 
 数年前、全中バスケ大会、帝光対照栄中。強豪として知られる両校が激突している。

「試合中になんだよ急に。今そんなユトリはないし、そもそも…こんなボロカスにされて楽しいわけないだろう。笑ってるように見えるか?」
「ふーん。」

努力はしてきた。強豪としての自負もある。天才とささやかれ始めた大型センターの活躍はここまでの試合で存分に知れ渡っていた。だが得点はすでに逆転不能な段階まで離されている。それでも会場の声援は止むことがない。コートの中の選手、天才との呼び声高い照栄中の4番を中心に諦めずに最後まで足掻く意思を見せている。

「ねー。じゃあもっとボロカスにするけど、いい?」
「何!?」
 無邪気ともいえる声音で絶望を与える宣告がなされる。いかなる努力も否定するかのような圧倒的な才能。

 無冠の五将、鉄心と称される男はこの時、その不屈の魂に罅を入れられたのだった。


第二十三話 誰も来てくれなかった


「へへへ。」
「?真ちゃんどうしたの?」
 怒涛のライブから少しだけ時はながれ、いろいろな事が変わった。季節は秋。だんだんと肌寒さを感じ始める頃合いとなり始めていた。
 季節が流れただけではなく、765プロと彼女たちを取り巻く環境も大きく変わっていた。
1stライブが終わり、765プロへの仕事量は以前とは比べ物にならないくらい増えていた。雪歩は舞台の仕事、千早は歌、やよいは料理番組、美希はモデルなどそれぞれの分野を開拓しつつあった。
 急激に仕事が増えたのは、ライブで魅せた彼女たちの地力のすごさはもちろんだが、善澤さん―社長のお茶飲み友達と思われていたが実は凄腕の記者―の記事の反響もあったようだ。
 もちろんいいことばかりではなく、辛いこともあった。中でも961プロからの嫌がらせには落ち込むこともあったが、元気と明るさこそが765プロの一番の売りだ。
 仕事が増え、ファンの人たちに対する認知度が増したことで以前よりも自由な時間や外出時の気遣いは増えたが、それでも、いや、だからこそ彼女たちははりきって進んでいた。
 しかしそれはオフの時間が少なることも意味しており、秋から始まるとあるイベントの観戦にも自由に行けなくなっていた。

「わぁ!雪歩!?」
 仕事の合間に携帯のメールを確認していた真の顔があまりにもにやけていたため覗き見るように雪歩が尋ねると、驚いた様子で真が跳び退った。
「真がそんな顔してるってことは黄瀬君から?」
 春香が楽しそうに尋ねてくる。

「う、うん。」
 何度繰り返されたやり取りだろうか、既に慣れてもよさそうなものだが相変わらずの反応を返す真に春香と雪歩が楽しそうに詰め寄る。詰め寄られた真は少し照れながら報告する。
変わったのはアイドルとしてだけでなく、個々の中でも変化があったようだ。真と黄瀬は連絡をよくとりあうようになった。もっとも昨年夏前から黄瀬のモデル活動は大きく減少しバスケ活動が主体化しており、逆に765プロのアイドルとしての仕事は増えたため直接会う機会はほとんどなく、仕事でかち合うことも残念ながらなかった。

「海常が冬の大会で全国大会にでられることになったらしいんだ。」
 メールの内容は海常のWC神奈川県大会予選の結果報告。IHベスト8という結果を残した海常は予選大会でやはり無類の強さを誇りWCへの駒を進めていた。

「メールで報告だけ?応援とかは…?」
 あっさりとした報告に首を傾げるように春香が問いかける。
「うん。今日が試合だったから…」
 現在、真たちはラジオ番組の収録が終わり、ようやく事務所に戻ってきたという状態だ。一方、海常の試合は神奈川県。さすがに当日応援に行くことはできなかったのだ。もっとも応援に行けないことを電話で告げた時の黄瀬のリアクションは、デフォルメと化した涙顔で拗ねるというものだったのだが…
 
「ねえねえ、真くん。美希のハニーの試合はいつやるか知ってる?」
「え?いや知らないけど、黒子君から聞いてないの?」
 変わったのは美希も同様で黒子のことが大層気に入ったらしく、テツ君を通り越してハニーという呼び方に変わっていた。どうやら美希はちょくちょくと黒子の出没するMAJI burgerに顔を出しているらしい。
もっとも黒子の神出鬼没さに遭遇率、気づく回数はかなり少ないらしいが…。ちなみに先の呼称は黒子本人にはいたく不評である。周りの者もファンに聞かれるとマズイからと幾度となく制止しており、なんとか事務所内だけの呼称となっている。

「うん、最近は美希、忙しくてハニーと会えなかったから…」
 真の返しに美希がしょぼーんという背景を背負って答える。美希の方は黒子の連絡先を入手しようとしてもいつの間にか姿を見失ってしまう黒子を捕え損ねているらしかった。

「美希さん、誠凛の人たちの応援に行くんですか~?」
 話を聞いていたのか、やよいがいつも通り元気そうに尋ねてくる。
「うん!前は美希行かなかったから今度こそ応援するの!」
 落ち込んだ気分は即座に浮上してやる気まんまんに応える美希。

「やよいちゃん試合の日程わかるの?」
「はい!近所のお兄さんが誠凛のバスケ部なんで、聞いてみます!」
 雪歩の問いかけにやよいが嬉しそうに答える。

 結局、一番近い日程の誠凛の試合―予選第一試合―にはスケジュールが合わず行くことができなかったが、誠凛は108-61で快勝し、リーグ戦へと進む。応援に何が何でも行こうとする美希とは裏腹に詰まり始めたスケジュールの関係でリーグ戦の第一戦、対泉真館は観戦に行くことができず、やきもきすることとなる。そのため…

<オレの時は、誰も来てくれなかったのに…>
顔が知られ始めた彼女らのボディーガード代わりに黄瀬が呼ばれることとなり、真が日程を含めて連絡をとっているのだが、応援に来てもらえなかった黄瀬は先ほどから拗ねたような返答をしている。

「ごめんって!…ホントはボクだって応援行きたかったんだから…」
 あやす真、後半の声は小さくつぶやかれたものだが、周りの春香たちにも黄瀬にもしっかり聞こえていたらしく、春香たちはにやにや顔で動向をみており、黄瀬は

<わかってるスよ。本選会場は東京なんで応援よろしくッス!>
「うん!…スケジュールが合えばだけど…」
機嫌をわずかに直したのか、もともと苦戦するとも思っていなかった予選なため本当に応援が欲しいときに期待することにしたようだ。
<んで、誠凛の試合ッスけど、多分泉真館戦は問題ないッスよ。>
「えっ!?でも泉真館ってたしか誠凛、夏に負けてたし、王者なんだろ?」
 黄瀬はなんでもないことのように言うが、IH予選の事を思い出して真が問い返す。

<まあ…誠凛にも不安要素はあるんスけど黒子っちと火神っちがちゃんと機能してればそうそう負けないスよ。>
 夏の試合では桐皇と初戦でぶつかったため火神の欠場や黒子の不調を招き敗北したが、仮にも練習試合で全国常連の海常に勝ったのだ。そして大敗してそのままでいるような柔な奴らではないという信頼もあった。
「えーっとじゃあ…」
 真は黄瀬の言葉にどうしようかと悩む。眼前では美希が期待に満ちたまなざしを向けている。
<問題があるとすれば秀徳戦。波乱があるとすれば…まあ、行けるなら第2戦の秀徳戦の方がいいッスよ。オレも行きたいし。>
「ホント!えーっと日程は大丈夫だから。」

・・・

話の結果、応援は本選第二試合、対秀徳戦となった…ちなみに黄瀬の言葉についつい自分のスケジュールのみを考えて返答してしまったが、運よく美希とやよいもオフの日であった。そして対泉真館は78対61と快勝していた。
 

・・・・


数日後、
「あいにくの天気ッスね。」
「そういえば夏の試合のときも降ってたよね。」
 外の天気はあいにくの雨であったが、室内競技のバスケに天候は関係ない。もっとも傘で姿を隠せる分、真たちにとっては外でファンに囲まれる心配が多少なりとも減って好都合だったのかもしれないが。

「前は誠凛、勝ったから、きっと今日も大丈夫ですよね。」
 誠凛の応援に来たやよいと美希は先ほどから楽しそうに春香と話しており、話題が今日の試合になったため、春香は夏を思い出して黄瀬に尋ねてみる。

「いやー、前勝ったからこそ今回はキツイッスよ。」
「えっ?」
 黄瀬の返答は、春香や真にとっても予想外で美希たちにとっては不満なものだったのだろう、問い返すような表情が向けられる。

「秀徳と誠凛は本来なら秀徳の方が地力は上なんスよ。前の試合のときは、秀徳に黒子っちと火神っちの情報が少なすぎたのと、その前に大勝してたんでナメてたところがあるんスよ。」
 黄瀬の説明に真剣な様子で聞く一同。
「それでも誠凛も夏よりも強くなっているんではないんですか?」
 尋ねたのは千早。たまたまオフだったため春香に誘われて来ることとなったのだが、彼女も夏前と比べれば随分と変わっただろう。以前であれば、他人を拒絶する雰囲気が流れており、誘われてもこのような場所にはこなかっただろう。
「強くなってるのは秀徳も同じッスよ。ついでに言えば、今まで負けたことのなかった緑間っちがキッチリライバル認定して襲ってくるんスから…」
 
会場に入り、しばらく雑談しているとようやくといった風に両校が姿を現す。どちらももう負けるのはゴメンだというように鬼気迫った表情をしていた。
「ハニー!頑張って―!」「鉄平さん頑張って下さーい!」
 客席では美希が黒子に向けて嬉しそうに声援をとばし、春香たちが慌てるという場面があった。その横ではやよいが、本人曰く近所のお兄さんに声援を飛ばしていたが、黄瀬はそんな二人に構うことなく、近所のお兄さんを凝視していた。

「…」
「やっぱり凄い緊張感のある顔だ…どうしたの?」
 コートの緑間の様子を見た真が呟くようにいうが、その横で黄瀬が驚いた表情をしているのに気づき尋ねる。
「…やよいちゃん、近所のお兄さんってあの7番ッスか?」
「はい!すっごい優しいんです。弟たちもお世話になってて。黄瀬さん、鉄平さんの事御存知なんですか?」
 黄瀬の問いかけにやよいが嬉しそうに答える。黄瀬が驚いた表情のままなのでやよいが尋ね返す。真たちも黄瀬の様子を伺う。

「いや、まあ…やったことはないんスけど…昔、資料で見たことあるんスよ。」
「有名な選手なのか?」
 歯切れ悪く答える黄瀬に真が問いかける。

「…鉄心は中学の頃、オレら、キセキの世代に対抗できた5人の選手の一人ッスよ。」
「鉄心?鉄平さんですよ。」
 黄瀬の説明にやよいが首を傾げる。

「オレらの一学年上のその五人の選手を無冠の五将って言って、木吉鉄平はその中で鉄心って呼ばれてたんスよ。」
「へー、そんな選手だったらなんで夏には居なかったんだろ?」
 真が夏の様子を思い出して尋ねる。
「なんか最近まで入院してたって言ってました。」
やよいが真の言葉に返すように言うと黄瀬も納得したように呟く。
「ふーん、あの噂はホントだったんスね…」
黄瀬の呟きに真が尋ねようと口を開いたとき、

「それではこれより、WC予選決勝リーグ第2試合。誠凛高校対秀徳高校の試合を始めます!!」
 両校の選手がコート中央に集まり、アナウンスが響き渡る。

試合は開始早々、両校が火花を散らすような攻防から始まった。
ゴール前に先制を仕掛けようとする秀徳の攻撃を黒子が阻止し、こぼれ球を拾った緑間が長距離シュートを放つ。だがその瞬間、火神がジャンプ一番、ブロックでボールを弾き飛ばしたのだ。

「テツ君!」「ふあー、すごいです~。」
 黒子の活躍に美希が嬉しろうに歓声をあげ、やよいが攻防に感心したように感想を述べる。
「どっちもいい立ち上がりッスね。」
 コート上では再びの攻防の末、緑間の3Pを再び火神がブロックしていた。
「やっぱりすごいですね火神さん。」
春香が感心したように言うが、その様子を見ていた黄瀬は少し訝しげな表情をする。
「どうやら緑間っちは、火神っちと我慢比べでもするみたいッスね。」
「我慢比べですか?」
黄瀬の言葉に千早が尋ねる。
「緑間っちの長距離シュートにも火神っちのスーパージャンプにも弾数制限があるッスから、どっちかが潰れるまで緑間っちが打ち続けるつもりみたいなんスけど…」
千早の疑問に答える黄瀬だが、やや不審げな様子は消えていない。

「みたいだけど、どうしたの?」
黄瀬の様子に真が尋ねる。
「なんつーか、緑間っちらしくないんスよね。」


言葉にはできない違和感を感じ取ったまま試合は進んでいき、第2Qに入ってもその様子は変わらぬまま、緑間のシュートを火神が悉くブロックするという展開で試合は誠凛リードで進んでいた。
「また、ブロックした!」「髙いです~。」
 今も長距離シュートを狙った緑間を火神がブロックし、その様子に春香ややよいが歓声を上げる。
「リードは誠凛スけど…」
 黄瀬は少し考え込むような表情のままコートを見ており、その様子に真が尋ねるような表情を向ける。その表情に気づいたのか
「明らかに疲労してるのは火神っちの方なんスよ。このままいくと緑間っちの限界よりも先に火神っちが跳べなくなりそうッスね。」
「えっ!?」
 黄瀬の言葉に声援を送っていた春香たちが驚いたように振り向く。
「前ならこういう展開なら黒子っちがヘルプに行ってたんスけど、黒子っちの方は相性の悪い高尾相手でもうミスディレクションが切れてるみたいッスね。」
「ミスディレクションってなに?」
 黒子の話題になったためか興味深げに美希が尋ねてくる。

「真っちには前、説明したんスけど、黒子っちの特技ッスよ。黒子っちは試合中、視線とか意識を自分から別の対象に移すことで姿をくらましてるんスよ。まあ、もともと影は薄いんスけど…」
「相性が悪いっていうのは?」
 真が尋ねる。前の試合でも高尾は黒子を止めていたが、後半はイグナイトなどを使って躱していた。だが今回は黒子は動く様子を見せていない。
「あの秀徳の10番、視野が広くて視界が上から見たようなプレーをしてるんスよ。ああいうタイプは黒子っちのミスディレクションが効きにくいんス。」
「でも前の試合のときは、後半うまくいってたよね。」
「あれは初回だったんで、ミスディレクションの応用で何とかなったんスけど…もともと黒子っちのあれは時間制限があるんス。使えば使うほど徐々に慣れてくんで、特に同じ相手だと二度目は精度が落ちるんスよ。」
「もしかしてよく途中で交代するのってそれが原因?」
「そうッス。」
 黄瀬と真のやりとりを聞いていた美希は、黒子の状況がよくないことが分り口を膨らませたようにすねる。
「じゃあじゃあ、黄瀬君はテツ君がもう交代するって言うの?」
「…まあ、いずれにしろ一度下げないとあの状態じゃチームにも負担ッスから。」
 美希の不満をそのままふくらませてしまった黄瀬だが、コート上では刻々と誠凛の状況が悪化しようとしていた。

「あっ!抜かれた!」
 コートを見ていた春香が声を上げる。コートでは緑間がシュートの構えを見せたことで火神が跳躍したのだが、それをフェイクに緑間が火神を抜き去り、再びシュートの構えに入っていた。
「連続ジャンプだ!」
 抜かれた火神は着地した瞬間体勢を変えて跳躍し、緑間のシュートをブロックしようと手を伸ばす。その様子に真が声をあげるが一瞬早く緑間のシュートが放たれる。
 そのシュートは

「外れたわ!」
 千早が声をあげる。百発百中の精度を誇る緑間のシュートが外れたことで会場にも驚きが走る。届かなかったかに見えた火神の手は、指だけボールに掠っておりなんとかその軌道を変えたのだ。
 コート内ではアライブしたボールに駆け寄ろうと選手が動くが、

ボッ!!

 シュートが放たれた瞬間から、ゴール下に駆けていた黒子が素早くリカバーしてボールを前線に鋭く投げていた。ボールを受けた伊月はそのままレイアップでシュートを決める。

「テツ君やったの!まだまだこれからかなの!」
 黒子の活躍に美希が喜びの声を上げる。会場も姿なきパサーのプレーに盛り上がっている。だが

「楽観視はできないッスよ。緑間っちがフェイクを混ぜてきてる分、火神っちの負担がでかくなってるッス。」
 黄瀬の言うように連続したジャンプは負担が大きいのか、緑間の動きについて行くことができずについに緑間がフリーとなって、

「鉄平さん!」
 ヘルプに入った木吉が放たれる前にブロックに入る。だが

「こうくるのを…待ってたんだよ!!」

 緑間は、ここにきて単独プレーではなく引き付けてのパスを選択し、パスは高尾に通る。
「あれじゃ数的に不利だ!」
 真が誠凛の状況不利に声を上げる。誠凛陣営には2対3の完全なアウトナンバーで秀徳が押し寄せていた。緑間に引き寄せられた火神と木吉を欠いた状態の誠凛陣営は太刀打ちできずに得点を奪われる。
「へー。緑間っちも今回は本気ッスね。」
 黄瀬が感心したように呟く。真たちはその呟きに振り返る。

「キセキの世代のメンバーは基本的に得点力が高い分、シュート直前にパスしたりチームプレーに頼ることは滅多にないんスよ。」
「えっ。でも黄瀬君も桐皇戦でチームプレーしてたじゃないか。」
 黄瀬の説明に真が疑問の声をあげる。

「まあ、そうなんスけど。特に緑間っちは自分のシュートにプライドを持ってる分、ああいう引き付け役をやることはなかったんスよ。でも今回は違う。勝つためになりふり構わずチームとして挑んできてる…やっかいッスよ。」
 黄瀬の説明を肯定するようにコート上でも誠凛のメンバーが深刻な表情を見せている。

「それってピンチってことですか!?」
「ふぇえ~、ピンチですか~。」
 春香とやよいが遅まきながら驚いた声を上げる。

「まあ、ピンチッスけど…こういう状況でこそ、力を発揮するのが鉄心ッスよ。」
 コート上では木吉が周りのみんなに声をかけ、誠凛が落ち着きを取り戻した…のだが何を言ったのだろう、日向にどつかれている。だがみんなの顔に少し余裕が生まれたのを見てやよいが嬉しそうに声を上げる。
「えへへ。鉄平さんは、いつも頼りになるんですよ。」

嬉しそうなやよいとは対照的に
「あれ?テツ君がベンチに…」
木吉に何か言われて影を背負った様子で黒子がベンチに下がっている。それを見て美希が不満そうな声を上げる。
「まあ、仕方ないッスね。ミスディレクションが切れてる以上、出ててもあんま役に立たないッスから。」
 黄瀬が黒子の交代の説明をするが、美希は膨れた状態でベンチを見ている。その様子に苦笑しながら黄瀬が続ける。
「まあ、黒子っちのことスからまたなんかやらかしてくれるはずッスよ。」


コートでは黒子の代わりに水戸部が入っていた。展開の予想を尋ねようとした真だが、

「ああもう!やっぱり始まっちゃってる!」
 出口から聞こえてきた声に黄瀬が振り向いたことで中断させられる。

「あれ?桃っちじゃん!黒子っちと緑間っちの試合見に来たんスか?」
 入ってきたのは真たちが会ったことのない女性で、黄瀬が親しげに声をかけたことで真が少しムッとした表情をしている。

真の様子に気づかず黄瀬は女性に向き合っている。真の怒りは
「きーちゃん!」
女性の親しげな態度にさらに激化することとなり、口をとがらせて女性を見ている。
「その呼び方やめてくんないッスかね…?」
今まで何度も繰り広げれられたことがよくわかるやり取りである。
「だってきーちゃんはきーちゃんでしょ?一人…じゃないみたいね。」
女性は黄瀬の方をじっと見つめる真の様子に気づいたようで少しその剣幕に引いている。

「ああ。真っち、こっちは桃っち。前に言った桐皇のマネージャーで…帝光のときのマネージャーッス。」
 黄瀬は、真のじっと見つめる視線にようやく気付いたのか桃井を紹介する。だが紹介文は美希の事を思い出して途中で変えられた。
「えっ!?あ…、菊地真です。」
 黄瀬の紹介で以前話に出てきたことを思いだし、慌てて態度を改めて自己紹介をする。逆に話を思い出した美希は、観察するような視線を桃井に向けている。桃井は黄瀬の真に対する態度になにか感じたのか興味深げに真の様子を伺っている。

「へー。桃井さつきです。よろしくね。」
 桃井の楽しげな視線に真が居心地悪く身じろぎする。居心地の悪さは
「ねえねえ。桃井さん。」
 割り込んできた美希によって破られる。

「はい?えーっとあなたは…」
「星井美希!桃井さんはテツ君の彼女なの?」
 以前黒子にも尋ねた質問を尋ねる美希。黒子は明確に否定することもなく誤魔化していたためもう一人の当事者に都合よく尋ねたのだが、美希の直球の質問に桃井は顔を赤らめて悶える。

「か、彼女なんて、そんな…きゃー。誰が言ったの、ねえねえ。」
 やたらと嬉しそうに問い返してくる桃井の様子に、美希が黄瀬を睨み付ける。
「…ほら、桃っち試合が面白いことになってるッスよ!」
 黄瀬は視線をさまよわせた後、慌ててコートを指さして声を上げる。
「…え!?」
 美希に詰め寄っていた桃井は黄瀬の言葉に表情を改めてコートを見る。コート上では火神と木吉のダブルチームによって緑間を封じようと奮闘している誠凛の姿があった。
「へー、ダブルチームでミドリン対策か。でもそれじゃあ…」
桃井は瞬時に状況を理解して予想を声にする。桃井の予想通り、緑間に木吉がついたことでインサイドが不足した誠凛はアウトナンバーで襲い掛かる秀徳を防ぎきれずに得点を奪われる。だが、

「速い!」
 誠凛に渡ったボールは瞬時にコートを縦横に駆け前線に運ばれる。今までよりも格段にアップしたテンポに秀徳は対抗しきれずにゴールした前侵入を許す。

「あっ、鉄平さん!…て、えええ!?」
 ゴール下でボールを受けた木吉はそのままシュートを放つと見せかけてブロックされる直前でボールを水戸部に回し、水戸部が得点を決める。
「へー、あれが鉄心の後出しの権利ッスか?」
黄瀬が感心したように呟く。
「あれ?きーちゃん、見たことなかったの?」
桃井が黄瀬の言葉に反応して尋ねる。
「鉄心とやったのは一年の頃っしょ?入部すらしてないッスよ。DVDで見ただけッス。」
黄瀬がコートに視線を向けたまま答える。
「黄瀬君。後出しの権利ってなに?」
真が黄瀬の言葉を尋ね返す。
「鉄心の得意プレーッスよ。人並み外れた手の大きさと握力でボールを掴むことで通常なら手放してしまうタイミングで行動を変えるプレーッスよ。」
「しかも、木吉鉄平はセンターにも関わらず抜群の視野とパスセンスをもってるから普通のセンターに比べて攻撃に幅があるの。」
 黄瀬の説明を桃井が補足する形で説明する。二人の息の合ったようにも見える解説に真が感心しつつもおもしろくなさそうな表情をする。
「鉄平さんの手ってすっごく大きいんですよ!」
やよいが真の様子に気づかず、身振りで大きさを表すように説明し、黄瀬はそれを苦笑しながら見ている。

「それにしてもこれは…型はまったく違うけど、桐皇と同じ…!?」
真の様子に気づいた風もなく桃井はコートに視線を向ける。春香が少し慌てたように会話をつなげる。
「えっと、黄瀬さん。同じっていうのは?」
ただ質問は桃井ではなく黄瀬になってしまったのは、春香も場に漂う流れから桃井に発言させることの危険性を考えての事だろう。

「ん。IHの時の誠凛のスタイルは攻撃型のチームバスケ。攻撃に特化しながらも全員で得点をとりに行くスタイルッス。でも今のプレーは速さが違う。5人の走力とパスワークで得点するラン&ガンのハイスピードバスケット。どうやらこっちが本来の誠凛のスタイルみたいスね。」
 黄瀬の説明するようにコート上では誠凛が縦横無尽にコートを走り、めまぐるしい速さでボールを回して得点していた。伊月を機転にパスを回し、中から木吉が攻撃バリエーションをもたらしていた。

しかし、
「おおおお!」
 圧倒的な存在感で秀徳のセンター大坪がリバウンドを支配し、

ヒュッ、パッッ!
木吉がリバウンドに駆け寄った隙に火神を振り切った緑間が自陣コートから超長距離のシュートを放つとボールは的確にゴールを射抜いた。
「あんなに遠くから…」
始めて緑間のプレーを見る千早が驚いたように言う。会場も両校のテンションが上がってきたことで盛り上がるが、

ビー…!!
「第2Q終了です。これより10分のインターバルに入ります。」
「えっもう終わり?」
興奮がピークに達した状況で試合が中断し、春香が物足りなさげに声を上げる。その様子に黄瀬が微笑ましげな顔を見せる。
「うわーすごい盛り上がってるわね。きーちゃんどう思う?後半の展開。」
 桃井が感心したようにあたりを見回して尋ねる。

「え?うーん…さっぱりッス!!」
桃井の問いにやたらと清々しげに答える黄瀬。
「ホントだめよね。きーちゃんって…」
呆れたように断言する桃井に真がムッとしたように言い返す。
「そんなことない。ねぇ…涼!」
 先程の言葉を忘却した真が断言する様子を苦笑して見る黄瀬は、真を落ち着かせるように頭に手をおいて言葉を補足する。

「まあまず間違いなく後半は点取り合戦ッスね…ただ不利なのは誠凛ッスね。」
真の言葉を肯定するためにも語った言葉は、今度はやよいや美希の不況を買う言葉となったようで、二人がムッとした表情をする。

「今のところ誠凛に秀徳を止める手だてはない。けど秀徳は誠凛をまったく止められないというわけじゃない。先にボロが出るとしたら誠凛しかない。」
 不満そうな二人だが黄瀬の真剣な様子に口を挟むことはしなかった。ただその様子をしっかりと認識していた黄瀬は、言葉を続ける。

「ま…けどそれは黒子っちがいなかったらの話ッス。このまま黙ってるはずがない。キセキの世代、幻の6人目は伊達じゃないッスよ。」





[29668] 第24話 それは笑えないッス
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/31 22:05
WC予選決勝リーグ第2試合誠凛高校対秀徳高校、現在ハーフが終わって得点は45対43。序盤は火神の活躍や木吉を中心としたラン&ガンによりリードした誠凛だが、チームプレイを発揮し始めた秀徳の猛追と高尾の黒子対策により徐々にその差を縮め、流れは秀徳に傾こうとしている状態だ。
会場の様子も待ちきれないとばかりに興奮した様子で、後半の展開を予想する声、前半の激闘を回想する声が聞こえる中、黄瀬の目の前では、

「テツ君のミステリアスなところ!」
「んー、時々みせる凛々しいところ!」
二人の女性が言い合いをしていた。
「止めなくていいんですか?」
その様子を端で見ていた千早が現状を回想していた黄瀬に尋ねる。
「…口を挟む度胸はないッス。」
現実逃避から連れ戻された黄瀬は、ちらりと二人を見て短く答える。真たちも苦笑しながらも口を挟むことはできていない。
美希と桃井の二人はいかに黒子が魅力的かを競い合うように言い合っていた。
「ちょっと美希…あんまり大声で言わないほうが…」
「う~、なんだか美希さんが怖いです~。」
春香がとりなすように声をかける一方、やよいは恐れおののいている。


第24話 それは笑えないッス


「テツ君は美希の事、太陽みたいな光だって言ってくれたの!」
「む…私は夜の公園でテツ君にすごいの見せてもらったんだから!」
 だんだんと怪しい内容になりつつあることにようやく黄瀬が口を挟む。
「はいはい、桃っち、なにを見せてもらったんスか。」
「えっ…新しい技よ。」
黄瀬が話しかけたことで白熱しすぎたことを察したのか、はたまた内緒の思い出にしておきたかったのか少し恥ずかしげに黙ったのち答える。だが桃井の答えに一同ははてな顔をうかべ、黄瀬は訝しげな表情をする。

「新しい技…ッスか?」
「うん、キセキの世代を抜くための、ドライブだって。」
なぜか誇らしげに語る桃井の様子に美希が再びムッとした表情となる。止めようとした真たちだが
「へー、それは…笑えないッスね。」
 ゾッとするほど冷たい声が発せられ思わず振り返る。そこにはコートに姿を現した誠凛を好戦的な目でにらむ黄瀬の姿があった。

「これより第3Qを始めます。」
 会場の声援はインターバル明けでも衰えることなく盛り上がっている。再開された試合は、前半終了時の展開そのままに緑間の絶妙のパスが冴え、必勝パターンで攻め込む秀徳という構図となっていた。そして

「あっ!!決められた!」
 攻め込んだ状態から高尾が緑間にボールをリターンして緑間が3Pを決める。思わず声を上げる真。スコアボードはついに逆転されて45対46となっていた。

「…」
 黄瀬はなにかに気づいたかのように珍しげな表情をしており、桃井も若干ながら感心した様子だ。だがコート上の展開はそんなことを気にしている余裕もない状況となっていた。

「速い!」
 得点を返すため誠凛がラン&ガンで攻め込む。その速度は衰えることなく切れ込んでいくが、

「止められた!?」
 既にパターンを研究していたのだろう、秀徳の8番がボールをスティールして5番に繋ぎ秀徳のカウンターが炸裂。レイアップから得点を奪われてしまう。さらに追い打ちをかけるように

「どうやら我慢比べは緑間っちの勝ちみたいッスね。」
火神が限界を迎え、ブロックすることができずに緑間の3Pが決まる。

「そんな~。」
木吉と火神、二人がかりでも抑えきれない緑間にやよいが声を上げる。
「点数が徐々に…開いていってる…」
 春香も心配そうにつぶやく。スコアボードでは68対76と点差が付き始めていた。だが黒子が劣勢にもかかわらず桃井は僅かに嬉しそうに呟く。

「…なんか…変わったねミドリン。」
「そッスかー?」
 黄瀬が呟きを聞いてあきれたように問い返す。

「あときーちゃんも変わったよ。」
「うっ…」
 夏以降何度か言われたことを桃井にまで言われて思わず言葉が詰まる。黄瀬は自分を見上げる真の頭を撫でるように手をおき、
「まあ、オレの方はともかく…変わったんじゃなくて、たぶん変えられたんじゃないスか?」
 撫でられる真は猫のような笑顔をみせ、桃井は今までの黄瀬の女性に対する態度と大きく違うことにもわずかに驚きながら、黄瀬の言葉の続きを待つ。コート上では鉄面皮の緑間が仲間に囲まれて、ほんの少しだけ笑ったように見えた。

「なんでッスかね…あの人と戦ってから…周りに頼ることは弱いことじゃなくてむしろ…強さが必要なことなんじゃないかと思うんス。」
黄瀬の言葉に真たちも少し嬉しそうにその様子を見上げる。

「あ…!!」
 ボールがアウトラインし誠凛のメンバーチェンジが告げられる。
「ようやく来たッスね…黒子っち。」
コートでは満を持して黒子がコートに入った。

「テツくーん!」
美希が嬉しそうに声援を飛ばすが、真たちは少し不安そうにコートを見つめる。
「大丈夫なのかな?黒子君もうミスディレクションっていうのは切れてるんだろ。」
真が心配そうに黄瀬に尋ねる。
「この場面で出てきたってことは桃っちの言う新技しかないっしょ。」
黄瀬と桃井は真剣な表情でコートを見つめる。
 第3Q終了まで残り43秒。点差は6点。追いかける誠凛は、しかしラン&ガンのスタイルから一転慎重なボール回しを展開している。

「随分ゆっくりとした展開ね。」
 千早がコート上の変化に感想を漏らす。
「切り札投入直後ッスからね。ここで取りこぼさないようにタイミングを計ってるんスよ。」
 ボールが回り、そして

「スクリーン!?」
 異変に声を上げたのは黄瀬だけではなかった。誠凛はそれまで黒子についていた高尾を引きはがすため、なんと火神をスクリーンに使ったのだ。ボールはタイミングあやまたず黒子に送られ、

!?

なんと黒子は緑間と向き合った状態でボールをキャッチする。

「なっ!?ボールを持ったらミスディレクションは使えないハズ!」
 黄瀬が驚いたように声を上げる。
「違うよ。あれは速さとか巧さとかじゃなくて、あのドライブはおそらく…

                      …消える!!」
 桃井が新技の発動を予見し、まさにその瞬間黒子は緑間をドライブで抜き去った。

「なん、だとぉ―――!!?」
 最も驚いたのは緑間をはじめとした秀徳のメンバーだろう。抜かれた緑間は反応すらできなかった様子から瞬時に立て直し、振り返るが

「あっ!」
 5番に進路を阻まれた黒子は瞬時にボールを木吉に回す。

ガツンッ!!

木吉はゴール下でボールを受けると混乱する秀徳の他所にダンクを決めた。

「鉄平さんすごいです~。」
やよいが得点を挙げた木吉のプレーに歓声を上げ、真や美希たちも誠凛の得点に喜ぶが、黄瀬や桃井は緑間が黒子に抜かれたことに驚愕していた。
「なっ!マジで緑間っちが…!?」

 混乱から焦りがでたのか秀徳は5番が無謀な攻撃を仕掛け、枠の手前に直撃したボールはインサイドを支配していた大坪の支配権から離れた位置まで跳ね、誠凛がキープする。
 伊月にボールが回り、誠凛は再び攻撃を仕掛けるため速攻で黒子に送る。だが黒子の前にはいち早く状況を察して戻った高尾が立ち塞がる。

「高尾にはミスディレクションはもう通じない…!?」
 黄瀬は緊迫した様子で黒子を見つめるが、コートでは天敵高尾を再び発動したバニシングドライブで抜き去った。
 ゴール前に切り込んだ黒子はボールを日向に回し、日向は3Pを決め一気に得点を縮める。

「テツ君すごいの!さすがはハニーなの。」
「3点差まで追いついた!」
美希や真が興奮したように声を上げる。コート上では秀徳のボール回しをスティールした黒子が日向にパスを送り、再び3Pが決まる。

「同点ですよ!同点!」
 春香がやよいと喜びながら声を上げる。試合は第3Q終了時点で76対76の同点となった。
 最後のインターバルに入りやよいが展開の予想を黄瀬に尋ねる。

「黄瀬さん。このまま誠凛勝てますか!?」
 興奮したテンションの状態で尋ねてくるやよいに対して、黄瀬は冷静にコートを見て答える。
「そう簡単にはいかないッスよ。」
 黄瀬の言葉に真たちが黄瀬に振り向く。桃井も黄瀬からそういう予想が聞こえてくるのが珍しいのか面白そうに聞いている。

「たしかに黒子っちのドライブは仕組みが分かんないし、今一番の脅威ッスけど、火神っちの疲労はかなりの状態ッス。火神っちが飛べないと緑間っちの3Pが威力を出してくる。」
 黄瀬の言葉に、ベンチに目をやれば、たしかに火神の疲労度合が他よりも大きいことが分る。不安そうな顔で見つめるやよいだが、

「まあ、火神っちがそんな簡単にいくほどヤワでもないし…まだまだ荒れるッスよ。」
 ベンチの前では気合いを入れ直すように体を動かす火神の姿があった。
「結局、分んないのよね…」
 黄瀬の補足に桃井が少し呆れたように呟く。


 再開された試合は、誠凛のいきなりのラン&ガンで始まる。
「まだまだ、いけるぞ!」
 攻撃的なプレーが性に合うのか真が拳を握って楽しそうに歓声を上げる。伊月―日向―火神と素早くボールが巡り、再び日向にボールが渡ろうする。だがその流れをよんでいたのか秀徳の8番がカットに割り込む、しかし
「あっ!?」
 混乱からたちなおりきっていない高尾を黒子が振り切り、パスルートに変化をもたらす。叩き落とすようにルートを変えたボールは日向ではなくゴール前に切り込む火神に渡る。火神の前には二人のDFが立ち塞がるが、

「おおおおお!」
雄叫びとともに火神がダンクを決める。
「ムチャするッスねー。」
疲労の大きな状態での豪快なプレーに黄瀬が感心したように呟く、だが真たちはその言葉が耳に入らないぐらいに大盛り上がりになっている。

「これが誠凛バスケの完成型…高速パスワークにテツ君が変化をつける、変幻自在型のラン&ガン…」
 桃井は黒子の応援役でなく、桐皇のマネージャーとしての貌としてコートを観察する。喜ぶ真や美希たちに水をさすように、

「調子に乗るなよ。」
 火神と木吉のチェックが一瞬遅れ、緑間の超長距離シュートが炸裂する。

「あぁ!」「むー。」
 やよいと美希が悔しげな声を上げる。
「弾数制限があるんではないんですか?」
 激しい攻防にテンションが上がってきたのか千早も若干弾んだ声で尋ねてくる。

「…緑間っちが残弾を把握してないハズはないッスけど…」
 黄瀬は桃井に視線を流す。
「予想ではもうとっくに切れてるんだけどね…」
桃井が苦笑いで答える。

「えっ!!?」
 桃井の言葉に真たちが驚き、
「いやー、やっぱ緑間っちもアツいッスねー。」
黄瀬が楽しそうに声を上げる。

 コート上ではクラッチタイムに入った日向が3Pを決め、秀徳が負けずに取り返す。会場が盛り上がっていく中、両チームは互角の展開で点をとりあう。

「すごい声援…」
桃井が感心したように呟く。真や春香たちも会場の盛り上がりに羨ましげな表情で見回す。

「まあ、一番楽しんでんのは中の選手なんスよねー、実は…集中力が極限まで高まってハイになるっつーか…」
 黄瀬が呟くように言うと真たちも覚えがあるのか、ライブの事を思い出したのか嬉しそうな表情を見せる。
「あーなんかバスケしたくなってきたッス!」
突然声を大きくした黄瀬に真は驚くが、すぐに嬉しそうに黄瀬を見上げる。

「すごいな。こういうの…」
真が名残惜しそうに試合の行方を見つめる。時間は刻々と過ぎていき、103対102の接戦のまま残り40秒を切った。

 そして30秒を切るころ、
「あ~、逆転されちゃいました~!」
やよいが悔しげに声を上げる。大坪がゴール下から得点を決めてスコアが逆転される。誠凛は伊月を起点に攻めようとするが、

「あっ!!?弾かれた!」
 5番に弾かれたボールがラインを割ろうと跳ねていき、春香が慌てた声を上げる。勢いよく跳ね上がるボールはそのままラインを割ろうとし、

「テツ君ナイスキャッチなの!」
 間一髪で空中に大きく跳び上がった黒子がボールをキープする。

「行かせねェ!!」
黒子に迫る高尾が気迫を見せて立ち塞がり、
「なら力づくで通ります。」
空中から戻った黒子は再びバニッシングドライブを発動し、高尾を抜き去る。黒子の活躍に美希が大喜びし、高尾は悔しげに振りかえる。大坪が黒子の進路を遮るように立ち塞がる。

「このコースは…鉄心!」
絶好のポイントに黄瀬が声を上げる。切り込んだ黒子からのパスはゴール下で待ち構える木吉に渡る。

「行っけぇーー!」
真ややよいたちが試合を決める一撃を期待する声援を送り、
「「!!?」」
黄瀬と桃井はなにかに気づいたように息をのむ。

 ゴールに手をのばす木吉。その背後から

「させるか、鉄心!!」
緑間が渾身のジャンプでボールに迫っていた。直接のコースを塞がれた木吉は
「くっ…」
体勢を瞬時に変えて、緑間に接触するような体勢からボールを投げる。
祈るようにボールの行方を見つめるやよいたちの目の前で、ファウルを告げる笛がふかれ、ボールは、

ガッッ
「ああっ!」
枠に阻まれて入ることなく地に落ちた。
「ディフェンス!!プッシング!!秀徳6番!!フリースロー、ツーショット!!」
 審判の宣言が鋭く響く。

「え、えっ!?どうなっちゃうんですか、これ?」
 やよいが混乱した様子で問いかけてくる。残り時間は2秒再開されても打ち直す時間はほぼない。真たちもルールに詳しくないため尋ねるように黄瀬を仰ぎ見る。

「1点差でフリースロー二本。一本決めれば、同点。二本決めれば誠凛の逆転。二つとも外れれば、その時は…リバウンド勝負!」
 黄瀬は少し考え込むように現状を説明する。説明を聞いたやよいや美希たちが祈るようにコートに視線を向ける。

「今のプレー…」
真と千早もコートに視線を向けようとしたが黄瀬の呟きに、視線を黄瀬に戻す。

「ファウルに持ち込んだのを流石は鉄心ととるか…簡単に追いつかれたのをらしくないととるべきか…」
 見れば隣の桃井は悲しげともとれる複雑な表情をしている。コート上では木吉の周りに黒子たちが集まり、声をかけている。

「楽しんでこーぜ、です。」
「…じゃあ、そうさせてもらうか!」


 セットポジションについた木吉にボールが渡される。木吉は感触を確かめるようにボールをついたあと、ボールを縦回転させてから構える。

(入って!)
 やよいや美希たちの祈り通り、一投目が決まり、104対104の同点となる。
「…さあ、運命の一投ッスね。」

 続いてツースローのため、ボールが手渡される。木吉はただボールを手の中で回転させてから構える。

「ん!?」
 黄瀬がなにかに気づいたような声をあげるが、フリースローに集中している真たちはそれに気づかなかった。
 会場中の視線が集まる中、二投目が投げられる。ボールはループを描き…

ゴッ!
「「リバウンドォ!!」」
驚きが溢れる中、両チームの監督の鋭い指示が飛ぶ。

「おおお!」
 立ち直りは秀徳が早く、フィジカルに勝る状況のためそのまま大坪がボールをキープしようとボールを引き寄せる。思わず悲鳴を上げそうになる中、

「火神!!」
 わずかに遅れたにもかかわらず抜群の跳躍を見せた火神が、間一髪のところで大坪の手に収まる寸前のボールを空中で奪い取る。
 ボールをキープしたまま着地した火神は、

「おおおお!」「行っけー!」
真たちの歓声が響く中、最後の力を振り絞って跳躍する。その前には同じく渾身の力で立ち塞がった緑間がダンクを阻止すべく腕を伸ばしていた。
 勝敗は…

ビ――――ッ…
「試合終了――!!!」
 ボールが手元から放たれることなく試合終了が告げられる。

「えっ、この場合…どうなるんですか?」
 春香が疑問の声をあげるが、真たちが答えられるはずもなく、そろって黄瀬を仰ぎ見る。
「普通なら延長ッスけど…今大会は時間の関係で延長なし、つまり…ドローゲーム。」

コート上では、フリースローを外したことを悔やんでいるのか俯いたままの木吉にむけて
「木吉!!」
誠凛のメンバーが張り手をかましていた。

「あっあー!鉄平さんが張り倒されてます~!」
やよいが思わず驚き、張り倒された木吉も驚いている。

「ブッ…きっついな…!正直ここまで責められるとは思ってなかったわ。」
 床に座り込んだ木吉が仲間を見上げながら言う。張り倒してしまった仲間たちは、
「えっ?責める?ハイタッチじゃねーの?」
「え?」
木吉の言葉に驚いたように手をあげたまま固まっている。

「ふふふ、違うみたいだよ、やよい。」
春香が、心配そうなやよいを安心させるように笑いながら声をかける。

「なにシケたツラしてんだダァホ!!お前がいたからここまでこれたんだろが。」
「手を抜いたわけじゃない。誰のミスでもないだろ。」
「つか負けたわけじゃねーし。」
「精一杯やった結果です。何一つ不満はありません。」
 それぞれに悔いの残さないように尽くした結果なのだろう。清々しく笑いかけている。ベンチで待つ仲間たちも満足そうに笑いかけている。その様子に、

「ああ…そうだな。」
 チームを支えた鉄心も声を返す。

「すごかったね。」
「カッコよかったの!!」
 会場も両校に拍手を送り、真たちも同じように拍手を送っている。美希はようやく間近で黒子の試合が見れた事にかなり満足気だ。両校の選手が中央に集まり互いに礼を交わしている中、

「秀徳が落とすことはないから、これで緑間っちは決まり。そして黒子っち達はもう一つやっかいな奴に勝たなきゃなんなくなったッスね…」
 黄瀬は鋭い視線を向けたまま呟き、その言葉に真が尋ねるような視線を向ける。


 拍手で終えた試合の隣のコートでは、108対71という点差以上に後味の悪い険悪な空気で試合が終了していた。


「さてと…また雨が降んない内に帰るとするッスか。」
 黄瀬が真たちに提案する。だが
「えー。美希、テツ君に会いたいの!」
「やよいも鉄平さんにお疲れって声かけたいです~。」
 美希とやよいが誠凛陣営に行きたいと場を混乱させていた。

「美希、やよい。あんまり騒ぎすぎない方が…」
 千早が周囲を気にしながら制止の声を上げる。以前までと違い、今の彼女たちはかなり顔が知られてきているのだ。先ほどまでは試合に夢中だったためか、あからさまに気づいた様子の人は少なかったが、試合が終わり人がはけ始めたためひそひそとこちらを見て話している人が目立ち始めた。ただ、近くにキセキの世代として恐れられている黄瀬がいるためか会場内で声をかけようという度胸のある人はいないようだ。
 結局、真と春香も宥め役に回り、やよいも周囲の様子に気づき、黄瀬に迷惑をかけるのも悪いという思いから帰宅することとなった。


「涼。さっき言ってたけど、誠凛の最後の相手って強いの?」
 出口へと歩きながら真は試合終了時の黄瀬の言葉について尋ねた。美希と桃井はまたも火花を散らし、春香と千早、やよいは試合の興奮を話し合っていたが真の質問にそれぞれ話をとめて黄瀬に注意を向けた。

「…強いっちゃ強いんスけど…誠凛とは因縁が…」
「きーちゃん。」
 少しためらいがちに告げようとした黄瀬を遮る形で桃井が前方を指さす。少し離れたところにメガネをかけた長身の男が自販機にコインを投入していた。黄瀬の話が中断され、桃井は自販機に忍び寄ると

「えい!」
 ボタンを押そうとしていた男よりも先にボタンを押した。指定されたのは…おしるこ…

「コレでしょ?ひさしぶり、ミドリン。」
あまり表情を変えずに振り向いた緑間に明るく挨拶を投げかける桃井。少し遅れて黄瀬も歩み寄り、
「まぁ、悪くない試合。だったんじゃないスか?」
皮肉げに語りかける。
「…フン。」

 緑間を加えた一行は、話しながら外へと向かう。常に不機嫌そうに見える緑間に話しかけづらそうにしながらも親しげに話しかける黄瀬の様子を伺う真たち。
「次の試合、勝てばWC。間違ってもコケちゃダメッスよ?」
「ありえないのだよ。くだらないことを言うなバカめ。」
「バカとはなんスか!」
 緑間のあまりの言いように思わずムッとする真。黄瀬も若干傷ついたような声を上げる。

「そんな心配するなら言う相手が違うだろう。」
 文句を言おうとした真だが、緑間の言葉に耳を傾ける。
「次の誠凛の相手は霧崎第一…花宮真だ。」
 誠凛の話題になったためか、興味がなさそうだった美希も食いつく。

「花宮、真…?真くんと同じ名前なの。」
美希の言葉に黄瀬が嫌そうに顔を歪める。
「悪童ッスか…また厄介な奴が相手ッスね…」
その様子に真が黄瀬に不審な顔を向ける。
「どういう人なの?」
同じ名前だからか、興味が湧いた真が黄瀬に尋ねる。

「真っちとは正反対のヤロウッスよ。」
「ふん…木吉と並び称される無冠の逸材の一人だが、心底気に食わんヤツだ。」
 二人がそろって嫌そうに話すため真たちも不安な表情となってくる。

「この決勝リーグ、奴は明らかに次の誠凛戦に照準を合わせてきている。勝つために必ず何かしてくるはずなのだよ。」
「なにかって…。」
緑間の予想に春香が心配そうな声で呟く。
「そういえば、さっき誠凛と因縁があるって言ってなかった?」
真が先ほど中断された黄瀬の言葉を思い出して尋ねる。

「…去年の話スからオレもセンパイに聞いただけなんスけど…」
 少し言い辛そうにした後、やよいをちらりと見てから答え始める。
「去年のIH予選で鉄心が悪童に潰されて病院送りになったって噂があるんスよ。」
 黄瀬の言葉にやよいたちが驚く。
「えっ!?」
「実際、夏も含めてここまで霧崎の相手チームはほぼ必ずチームのエース格が途中退場になってるの…」
補足するように桃井が告げる。
「誠凛は、去年のIHの決勝リーグ、鉄心不在で三大王者に惨敗。以降今年のWC予選まで鉄心は姿をみせていないのだよ。」
「今日の試合も終盤のもたつきは、無冠の五将らしくなかったッスよね、緑間っち。」
緑間の言葉に、黄瀬が相槌を打つようにつなげ、緑間に返すが、

「黙れバカめ。」
 もたつきによって救われた形の緑間はメガネを直しながら青筋を浮かべている。
「もうオレは行く、じゃあな。」
機嫌を悪くしたように言い放ち緑間が足を速める。
「えーもう!?せっかく久しぶりに会ったのに…」
桃井が名残惜しそうに声を上げる。とはいえ進路が同じなため少し遅れる形でついていくと

「ってうわ!なんスかコレ!」
 緑間が向かう先にあったものを見て黄瀬が思わず声を上げる。
「リアカーだ。高尾にひかせて…」
その高尾がここにはいないのだが…なぜかリアカーの中を見た緑間の動きが止まる。黄瀬と桃井が近づき中を覗き込むとそこには

「わふっ!!」
 尻尾をふりながら、服を着た犬が鎮座していた。固まる三人。真たちも近づいて中を覗き込む。

「あー、犬ですよ犬。」「わぁあ。」「可愛いの!」
春香と真が感激したような声を上げ、美希が犬に手を伸ばす。

「てゆーか…なんかすごい誰かに似てるッス!」
「なぜだ…見てると無性に…腹が立つのだよ…!」
「なぜかしら…見てると可愛い以上に…なんか好き!」
固まる三人もそれぞれに感想を呟く。

 
 一方、激闘を終えた誠凛控室では

「2号連れてきたァ!?」「てへっ。」「てへっ、じゃねぇよ!!」
「ちゃんと控室に隠してたんだけど…どっか行っちゃったみたい…」「行っちゃったみたいじゃねえよー!!」「ただの散歩だろ?」「犬が去ぬ…!?」「だぁっとけ木吉、伊月!!」「まずいだろ、とにかく探せ―!!」
                    大混乱が勃発していた。


「どこから来たのかな?」「この服すっごく似合ってるの!」
 ここにきて意気投合したのか美希と桃井が代わる代わる犬を抱きしめながらはしゃいでいる。
「あのユニフォームどっかで…」
黄瀬は犬の来ている服に見覚えがあるのか訝しげな表情をするが、

「その犬、オレのリアカーに小便してるのだよ!」
緑間の絶叫に思考を中断させられる。先ほどまで漂っていた不安げな雰囲気は完全にどこかに跳んでしまったかのような喧噪が繰り広げられている。

「よこすのだよ桃井。」
緑間が青筋をたてて桃井に迫る。
「なんで!?」
鬼気迫る表情の緑間に桃井が危機感を覚え、犬を隠すように抱きしめる。
「撃つ…!」
「どこへ!?イヤ~!!」「いじめちゃダメなの!」
桃井と美希が犬を庇う。危険を察知したのか犬は桃井の腕から逃れて地面に降りると

「わん!」
「すみません。その犬ウチのです。」
いつの間にか接近していた人物の下へと駆けていった。嬉しそうに尻尾をふる犬を抱き上げたのは、

「あれ?」
「テツくーん!」「あっハニー!」「黒子っち!?」「黒子…!」
十色の呼び方で飼い主の名を呼ぶ。
「皆さん…どうしたんですか?」

「その犬、ハニーのなんだ!可愛いのー!」
「テツ君とテツ君そっくりの犬…!?かっ…かわいすぎ――!!」
美希は念願の黒子と会えたことで喜んで近づき、桃井は感激のあまりクラりと倒れこんでしまう。
「桃―っち!!」
 慌てた様子で黄瀬が叫ぶ。

「おーい緑間って、ん?…何この状況…!?」
  単独行動をとった緑間を探していた高尾がやってきて目にしたのは

「桃っちー!!」「救急車を呼びましょう。」「そーゆーこっちゃないのだよ!!」「あわわわ。」
 慌てるキセキの世代のメンバーと765のアイドルという摩訶不思議な図であった。
 

「フー…ッ。くだらんオレはもう帰るのだよ。」
「あれ!?行っちゃうんスか!?」
 高尾が来たことに気づいた緑間は騒ぎを脇において帰ろうとし、黄瀬が慌てる。

「行くぞ高尾。」
「えっ、いや、いいのかよ!?」
 久しぶりの友人との再会だというのに冷淡な様子の緑間に真たちも戸惑いがちな視線を向ける。
「なんか冷たい感じ。」
 美希がぼそりと呟く。その声が聞こえたわけではないが、緑間は帰ろうとした足を一度止め振り向くと

「黒子!…ウィンターカップでまた、やろう。」
「…はい。」
いつもの鉄面皮は心なしか楽しそうに笑っているようにも見えた。


 集合しなければならない黒子にへばりついていた美希を引き剥がし、黒子とわかれる。気絶中の桃井は黄瀬が背負うこととなった。その際、真がやたら不機嫌になってしまったが…
 その後、気づいた桃井とわかれ、黄瀬は真たちを765の事務所まで送って行った。騒がしさから離れると先ほど黄瀬たちが言っていたことが気になり、話題が戻った。

「黄瀬さん、さっき言ってた、誠凛の次の相手ですけど…」
「…花宮ッスか?」
 春香が尋ねると、黄瀬は少しためらいがちに相手の名前を口にする。

「黄瀬さん!鉄平さんなんですけど、らしくないってどういうことなんですか!もしかして…その…怪我とか…」
 意を決した様子でやよいが黄瀬に尋ねる。親しいご近所さんというよりも弟たちが世話になったり、一緒に買い物をしたりとやよいにとっては頼もしいお兄さんのように感じているのだろう。不安な心情がにじみ出ている。

「分んないスね…コートに立ってた以上、どういう状態かは分らないし、関係もないスから…ただ無冠の五将とまで呼ばれた鉄心があの状況で外したのは不自然ッスね。」
「…」
「ついでに言えば、一投目と二投目でルーチンが変わってた。」
「ルーチン?」
 黄瀬の言葉に黙り込むやよい、冷淡なようだが黄瀬にとって木吉はいずれくる雪辱すべきチームの一人なのだ、心配するような間柄ではない。続く黄瀬の言葉に真が疑問符を浮かべる。

「集中を高めるために投げる前にやる動作ッスよ。それが乱れていたってことは集中がなんらかの要因で乱れてたんスよ。」
 黙り込んでしまう一同、会話がまばらなまま別れるところまで着いてしまう。

「…心配かもしんないッスけど、鉄心に聞いてもなんも変わんないッスよ、きっと。」
 やよいの心配しているため直に聞いてみようという考えを見透かしたうえでの、酷薄なようにも聞こえる黄瀬の言葉に思わず春香が言い返す。
「そんなことないですよ!」

「…怪我をしていようと、オレらの前まで上がってくるのなら全力でツブすまでッス。」
 冷たい目で言い切る黄瀬に思わず、真たちも凝視してしまう。
「そんな…」
「黄瀬君冷たいの!」
 春香が驚いたような声を漏らし、美希が黄瀬の態度に反発する。真はどちらの味方につくこともできず戸惑う。黄瀬の言うことも分らなくないが、あまりに冷淡な言い方に反発心が湧いてしまう。
 黄瀬は溜息を一つついて歩き出す。

「怪我していることが分って、同情して、それでオレらが手加減しても…きっと誰も嬉しくないッスよ。」
「涼!そんな言い方ないじゃないか!」
 あまりにも突き放したような黄瀬の呟きに耐えきれなくなったように真が怒鳴る。

「それでも…それでも心配くらいはしたいです!」
 去りゆく足を止めない黄瀬に向けてやよいが言い放つ。          



[29668] 第25話 いいんスか?
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/31 22:04
「宣誓―!!オレ達バスケ部は日本一目指して全国大会に、今年必ず出ます!!」
 それは始まりの物語。

出会えてよかった。後悔することなんて何一つない。例え一年限りの期限だとしても悔やむことなんてあるはずがない。
その夢が無理だと思っていたのはほかでもない自分だ。でも、そんな自分をあいつらは信じてくれた。戻ってくることを信じてくれたんだ。

「なめんな、やってやらぁ!!できなきゃ全裸で告るでもなんでもやってやるよ!!」
 …言い過ぎたこともあったかもしれないが…

・・・・

パチン
「ご愁傷様。」

 ブチッ!…

 「っぐっ…っっ~~~~!!!」
 声にならない絶叫が響き、心配そうに仲間たちが駆け寄る。

「何言ってんだ。今リバウンドのタイミング明らかに遅かったろ!!それに見てたぞお前。今何か合図出してたな。」
 あいつが怒ってる。そういえばオレの事、嫌いだとか言ってたな。でも殴ろうとするのはマズイぞ。試合中なんだから。

「日向やめろ!たいしたことない…大丈夫だ。すぐ戻る。」
「木吉…!!」
 あいつの隣に立つ男の歪んだ笑みが目に付く。たいしたことない…そんな程度でないことは自分が一番わかってる。今まで感じたことのない激痛。鳴ってはいけない亀裂の音。


「…!!くそっ…ぜってー勝つぞ!!」
 担架に乗せられ運ばれる中、コートからはアイツの鼓舞する声が聞こえる。ああ…やっぱりキャプテンはお前なんだよ…


・・・・

病室のベッドから呆然と夕日を見つめていると試合を終えた仲間たちが見舞いに来てくれた。自分が抜けてしまっても試合にはちゃんと勝てたらしい。

「全然たいしたことなかったわ!ねんざみてーなもんだと。」
「な…なんだよ!ビックリさせやがって!」
「入院とか言うからてっきり…」
「今日一日だけだよ。来週の決勝リーグまでには治るってさ。おおげさにさわいで悪かったな。」
 
よかったこれで誠凛は決勝リーグに進めた。自分はちゃんと笑えていただろうか…気づかれた様子はなく、伊月たちは軽いあいさつとともに帰って行った。

一人になった病室で呆然としていると突然、缶が投げ渡される。
「ったく…ミエミエのやせがまんしやがって…」
「…日向。」
 みんなと一緒に帰ったはずのキャプテンが一人病室に座り込んでいた。

「お前がねんざ程度で試合を放り出すわけねーだろ。」
 おかしいな、なんでお前がそんなこと言ってるんだよ。オレのこと大嫌いなお前が…
「いや大丈夫だ。来週までには治す。病は気からって言うしな。」
「ちゃかすなよ!キャプテンにまで隠し事かよ?」
 そうだよな。キャプテンだから…ちゃんと部員のことは知っておかないとな…

「…違和感はけっこう前からあったんだけどな…

……手術してリハビリして完治する頃には高校は卒業してるとさ。」
 隠すことなく正直に告げても日向は顔色を変えることなく沈鬱な表情のまま聞いている。まるで…

「手術せずにリハビリだけでだましだましやれなくもないらしいが、それでも戻ってくるのに一年はかかるそうだ。」
「…止めてもどうせ後者なんだろ?」
 まるでオレの事ならなんでも知ってる親友みたいじゃないかよ。

「ああ…」
 日向の言葉に戸惑うことなく返すと沈黙が訪れる。後悔なんてあるはずがない。そう、この選択も…

「でも…お前らと三年間やりたかったなあ…」
 外の景色では夕日が沈み黄昏を迎えていた。

「リハビリだけではバスケをすれば再びダメージが蓄積していく。戻ってもできるのはもって一年らしい…結局一緒にできるのは来年だけだ…」
 終わりのときは必ずくる。ただ…ただそれが少し早く訪れてしまっただけなのだ…

「…そうか」
 話を静かに聞いていた日向はそのまま顔色を変えず頷く。

「…しょがねーな。じゃあ・・・・」


…告げられた言葉を忘れることはない。ほかの誰よりも信じきれない自分をこいつは信じてくれているのだから。

「ああ…そうだな。悪い…じゃあ…ちょっとだけ待っててくれ。すぐ戻る…」
「謝ってんじゃねーよ。ダァホ。チームメイトだろーが。」
 お前らに出会えてよかった。涙でかすむ視界のむこうでいつもの不機嫌顔をしたあいつが立っている。



 必ず、あそこへ…あの場所で…


第二十五話 いいんスか?

黄瀬との気まずい別れの翌日、練習が休みということでやよいは長介に伝言を頼んで木吉に事務所まで来てもらっていた。
 どうやって事情を尋ねるか悩んだ結果、困りごとは相談してほしいと言うプロデューサーに打ち明けたところ、ここでみんなで聞いてみたらどうかという案がだされ、伊織から即採用されたのだった。

訳を知らぬままに事務所に通された木吉は、そのまま来客用のソファーに腰掛けるなり事務所内にいたアイドルたちに取り囲まれることとなった。

「怪我…してるんじゃないんですか?」
 ソファーに木吉が腰掛け、音無によってお茶が運ばれてからしばらく、沈黙が流れたが、意を決してやよいが木吉を見上げながら小さい声で尋ねる。突然の質問に木吉は驚いた表情でやよいを凝視する。

「…まいったな。だれがそんなこと言ったんだ?」
驚いた表情から困った表情へと変わる。木吉は頬を掻きながら尋ねる。
「…この前の試合の時に、黄瀬さんがそうじゃないかって…」
春香も心配そうな表情だ。

「そっか。流石だな…」
木吉は質問に答えてはいなかったが、その言葉は肯定しているようなものだった。

「今度の相手の人にやられた怪我だって…もしかしたらまた何かしてくるんじゃないかって…」
 やよいが思いつめたように詰め寄ってくる。
相手に危害を加えるようなやり口。春香たちが思い出すのは961プロとの諍い。急成長を遂げた765プロに対して961プロは仕事の横取りなどの嫌がらせを仕掛けてきたのだった。その記憶はいまだに新しく、だからこそ実際に人を傷つけるようなやり口は許せないのだろう。

木吉は溜息をつきながら呟く。
「…そこまで言ってたのか。」
「噂だって言ってましたけど、ホントなんですか?」
真が真剣な表情で尋ねてくる。まっすぐな性格の彼女にしてみれば、相手に怪我をさせるようなスポーツマンの存在が許せないのだろう。
「どうだろうな、去年の試合前から違和感はあったからな。」
 やよいは兄のように慕っている木吉に傷ついてほしくないのだろう、出てほしくない。その思いが伝わってくる目をしているが、それに気づかないふりをしながら木吉は答える。

「どれくらい悪いんですか?」
 試合観戦に同行していた千早は普段冷静な彼女には珍しく何らかの感情で激高した様子だ。

「黄瀬君の予想だとどうだったんだ?」
 千早の質問には答えず木吉は尋ねてくる。
「…関係ないことだって。上がってくるなら全力でツブすまでだって言ってました。」
 今まで優しい黄瀬しか見ていなかった。バスケが関わると冷酷な顔を見せるのだと、知っていたようで知らなかった彼の一面を見て最もショックだったのはやはり真なのだろう。その声は少し悲しげだ。

「そっか…それは嬉しいな。」
悲しげな真たちとは対照的に黄瀬の言葉を聞いた木吉は嬉しげだ。
「えっ!?嬉しいってなんで!?」
木吉の感想に真が驚いて聞き返す。

「相手が怪我してるって知った場合、大抵はそれを突いてくるか同情して手加減してくるかってことが多いのが普通だ。」
木吉は優しげな表情で真たちに話しかける。
「でも関係ないってことは、文字通り怪我の事なんて無視してくれるんだろ?」
「あっ…」
木吉の言葉が、黄瀬の真意かどうかは分らない。だがたしかに黄瀬は言っていた、何も変わらないと…

「でも怪我してるとこに負担がかかるかもしれないんですよ!」
 納得しかけた春香が慌てる。
「スポーツをしていれば多かれ少なかれ怪我をしているのは当たり前だ。怪我を理由に手加減なんてされたくないさ。それが大好きなことだったらなおさらな。」
 自身スポーツをよくする真はそのことがよくわかる。春香たちも木吉の言葉にはっとしたような顔となる。

「そんなのはいいから!あんたの怪我の程度はどうなのよ!」
 仲の良いやよいが落ち込んでいるのが心配なのだろう、伊織が怒鳴る。木吉はまっすぐな伊織の質問にしばし黙り込み、顔をそむける。まっすぐに自分を心配するその思いを無下にはできそうにない。

「…もって一年だそうだ。ほかの人には内緒にしててくれよ。」
 背けられたその表情を知ることはできない。やよいたちは木吉の言葉に驚き声を失う。
「しゅ、手術とかできないの!?」
 伊織は戸惑いながらも尋ねる。
「一年前ならそれもありだったが…今は、どうだろうな。」
「なんで受けなかったのよ!」
木吉の言葉に伊織の怒りが高まっていく。
「受ければ完治するころには高校生活終わってるそうだ…たとえ一年限りだとしても、あいつらとバスケがしたいんだ。」
 悲しげな表情のやよいの前で木吉は笑顔を見せる。

「あんたなんで「なんで笑ってられるんですか!」…千早…」
 伊織の怒声を遮って、千早が怒鳴る。木吉は少し驚いたような表情を見せる。
「…あいつらと大好きなバスケができてるんだ。楽しくないわけないだろ?」
 千早の剣幕を流すように木吉は答える。
「もうバスケットができなくなるんですよ。高校生活よりもその先にある未来の方が…ずっと、ずっと大切じゃないんですか!」
 珍しく感情をあらわにして怒る千早に周りのみんなは驚いている。

「…そうかもな…それでもオレはこれっぽっちも後悔してないんだ。たとえ手術した後、どんな明るい未来があったとしてもオレは今、あいつらと一緒に戦いたいんだ。本気で日本一を目指す、あいつらと…それに比べたら、大切なことなんてないぜ。」
 言い切る木吉の言葉にためらいはなく、清々しいまでの笑みをみせている。

「…それがそんなにも大切なんですか?その先にある未来よりも…」
 自分の言葉はきっとひどい言葉だ。大切なものなんて人それぞれで、その価値もまた人それぞれなのだから、それを否定しようとしている自分はひどい人間なのだろう。それでも言わずにはいられない。大切なものを失う悲しみを知っているから。大切な誰かが傷つく辛さを知っているから。

「…オレのいた中学はさ、全国でもそこそこの強豪だったんだ。」
 突然の昔語りに千早たちの言葉が止まる。
「でもさ、本気で打倒帝光を、日本一を目指してたやつはいなかったんだ。」
「えっ?」
 木吉の言葉に思わず、声があがる。
「…全国大会で、キセキの世代の力を目の当たりした時に、思ったんだ。きっとこの才能には抗えないって…」
 普段の黄瀬の様子からは、中々結びつかないが、たしかにIHで見た黄瀬と青峰の闘いは圧倒的だった。あの二人、いや緑間や黒子、そしてまだ見ぬ二人のメンバーまでもが集ったチーム。詳しく知らなくてもそれが、どれほど強いかはわかる。
「でもあいつらは、本気で信じてるんだ。キセキの世代を倒すことを…必ずオレが戻ってくることを…だから、戦いたいんだ。」
 信じきれない自分の代わりに、自分を信じてくれる仲間のために、必ず戻ると決めたのだから。

「…まわりの人がどれだけ心配してもですか?」
 どれだけ言ってもこの意志は変えられないだろう、

「…誠凛にはオレがいなくてももう十分な武器があるのかもな…でもオレにもまだ誠凛のためにできることがあると思ったんだ…だからオレは自分のできることのために戻った。」
 木吉の宣言に沈黙が流れる。 

「それに今年が最後なのはオレだけじゃない。海常だって、秀徳にだって、桐皇にだって、そして今までオレ達と戦った相手にだって今年が高校最後だった奴は大勢いる。そうやって積み重なった思いがあるから、みんなが一生懸命なんだ……心配してくれてありがとな。」



 話は終わった。木吉はポンとやよいたちの頭を一撫でしながら出口へと歩いていく。言葉もなくその歩みを見送っていると

「あっ、もしオレの事が原因で黄瀬君と喧嘩してたりしたらスマン。」
 木吉は思い出したように真に向き直って謝罪する。その言葉に真は、久しぶりに会えた前回の別れ際、思わず彼を怒鳴ってしまったことを思いだして慌てる。

「あ、いや、喧嘩なんて…」
「暇があれば次の試合の応援に一緒に来てくれ、と言いたいが…あまり次の試合は見てほしくないかな。」
 戸惑うような真に木吉は冗談めかして声をかけるが、その顔は少し悲しそうな表情へと変わる。

「行きます!必ず応援に行きます!」
 やよいが普段とは異なる勢いで声を上げる。木吉はその様子に苦笑し、手を振りながら事務所を後にした。


・・・・


「応援に行くのはいいんスけど…仕事はいいんスか?」
 気まずい別れ方をしてから1週間。真は恐る恐るという感じで黄瀬に連絡をとると、気まずく感じていたのは真たちだけだったのか以前と特に変わりないような反応だった。本来は行く予定ではなかったらしいが、今回も観戦の同行をお願いしたところ、快諾してくれたのだった。
 黄瀬にとって怒鳴られたことはショックだったが、特に普段と変わったことをしたつもりはなく、最近忙しくなっている真からのお願いを断るわけはなかったのだが…誤算があるとすれば、それは

「あはは…」「いいなー真美。しっかり応援してきてよ!」「ぶっ、ラジャー!」「いいのよ、今日は!」
 前回のメンバーよりもさらに人数が増えていることだ。苦笑いしている私服のプロデューサーをはじめ、今日の彼女たちはいつもの服装とは異なり、帽子をかぶっていたり、サングラスをしていたりと多少の変装をしている。真美と伊織も今回は来る気のようだ。代わりに亜美と春香は仕事が入っているため来られず、やよいの姿もない。
 木吉からなんらかの話を聞いたのではないかと予想はしていたが、このやる気は黄瀬にとって予想外だった。

「どうしたんスか、これ?」
 思わず隣に立つ真に尋ねるが、真は言いにくいことをどうやって切り出そうかという感じで聞いていない。伊織や真美はなにやら妙なスイッチが入っているらしく

「卑怯者なんかには絶対負けないんだから!」
「応援グッズといえばこれだよねー。」
 どこで仕入れた知識なのかペットボトルを片手に意気をあげている。
「伊織、真美。頼むからあんまり騒ぎは起こさないでくれよ…」
 開始前から疲れた様子のプロデューサーは二人をたしなめている。美希は二人のテンションがおもしろいのか騒ぎに加わろうとしている。千早はなにかを思い詰めた様子で返答を返してくれる様子はない。

「…真っち?」
 とりあえず一番近くの真に再度呼びかけてみると今度は気づいてくれたようだ。
「えっ、ああ、えーっと…」
反応は返って来たが全く話は聞いていなかったらしく、しどろもどろになっている。どうしたもんかと頭をかいていると

「その…ゴメン。」
 真がためらいがちに謝ってきた。
「ん?どうしたんスか?」
 謝られる覚えがなく、黄瀬は尋ねると真は顔を俯かせてポツリポツリとしゃべりだす。

「この前、怒鳴ってゴメン…」
真の言葉に、先日の別れ際の会話を思いだす。
「ああ、別にいいッスよ。」
気にしていないことのアピールがわりに俯いた真の頭を撫でるが、真は俯いたままだ。気に病んだままの、その様子に
「それじゃあ、真っちとデート一回ってのでどうッスか。」
 笑いながら提案すると真はがばっと顔を上げる。
「うぇ!?あ…」
驚いたような声を上げるが、笑いかける黄瀬の顔をみてすぐにその言葉の意図に気づく。元気づけるためのその言葉は二度目。

「…ああ、約束だよ!」
 真は今度こそ明るい表情で笑いながら約束を交わす。

「ちょっと、真!黄瀬!さっさと行くわよ!」
 伊織の怒鳴り声に顔を見合わせて二人も駆けていく。


・・・


 試合会場に行く道すがら、今回伊織たちがやけにハイテンションな理由。卑怯者ということの意味を聞いていた。

「961プロ…ねぇ。」
 先日、雑誌の表紙撮影の仕事を裏から圧力をしかけた961プロ、ジュピターにとられたことで卑怯なやり口に過敏になっているという事情を聞き、黄瀬はその事務所のことを思いだす。

「そういえば、雑誌の仕事であたったことがあったス。」
 黄瀬の言葉に真たちが驚いた表情を向ける。
「大丈夫だったの!?」
 真の驚いたような言葉に、その時のことを思いだそうとする。
「たしか…スポーツ対決とかで、なんかやったんスけど…」
 どちらもスポーツ万能という触れ込みがあるための企画で、当時すでにモデルとしてかなり売れていた黄瀬に、売込み中のジュピターを当ててきたのだが…
「あんま記憶にないッス。」
 あっけらかんとした黄瀬の言葉に、伊織たちもがくっと崩れる。事実、スポーツ万能とはいえ、強豪校でレギュラーをとるほどの運動選手と比較すればその差は明らかだろう。
 あるいはそんな企画ではなく、燃えられる相手であれば片手間ではない、モデルあるいはアイドルへとなっていたのかもしれない…


・・・

 会場に到着した一行は、誠凛近くの客席に座り、コートを眺めていた。
「…やけに殺伐とした雰囲気ッスね。しかし…」
 コート上でウォームアップをしている誠凛に流れる空気は重く、選手の表情も思いつめた表情が目立つ。その中でも特に日向の調子の悪さが目立ち、そのシュートはまったく入っていなかった。一方、観客席では、
「鉄平にいちゃーん!」「テツくーん!」
 ワイワイとコート上の沈鬱な様子など感じていないかのような明るい空気が流れていた。

「浩司!今練習中だから話しかけちゃだめでしょ。」
「しっかり応援しなきゃっていったの姉ちゃんだろ。」
 高槻家の兄弟たちの楽しげな声が響いていた。その横では美希が黒子に呼びかけてプロデューサーにたしなめられていた。

「兄弟総出動ッスか?」
黄瀬が呆れたようにやよいに尋ねる。
「えへへ。浩三はまだ小さいから家でお母さんたちとお留守番ですけど、みんなで応援したらきっと届きますよね。」
やよいの返答に黄瀬は溜息を一つつく、どうやら集合場所に居なかったやよいは弟たちとともに現地合流をする予定だったようだ。

「この兄ちゃんだれ~?姉ちゃんの彼氏なの?」
 次男の浩太郎が黄瀬を指さして尋ねる。その言葉にやよいは慌てて、
「違うよ~。この人は真さんの彼氏さん!」
「ぶっ!か、彼氏!?」
やよいのフォローに真が慌てた声を上げる。黄瀬は真の否定の言葉に溜息をついて視線をコートに向ける。

「応援はいいッスけど…今日の試合はあんまし面白くないッスよ、きっと。」
 黄瀬の言葉に真たちは表情は改めてコートに視線を向ける。コートでは木吉と霧崎の選手がなにか話しており、その横から怒ったような顔で日向が話しかけている。

「今、鉄心と話してるのが無冠の五将の一人、悪童、花宮ッスよ。」
 日向の後ろから火神と黒子が宣戦布告を返していた。
「悪童…」
 真が同じ名をもつ無冠の五将の姿を睨み付けていた。客席の上の方でもなにやら騒ぎが起こっているのか騒々しい。

「つーかコレ、堀北マイちゃんじゃなくて堀内マイじゃん!」

「…ねえねえ、黄瀬っち。あれ、桐皇でしょ?」
 無理やりに連れてこられたらしく、青峰がなにやら騒いでおりその様子を眺めている真美が黄瀬に尋ねた。

「…みたいッスね。」
 黄瀬は、そちらには視線を向けずにそっけなく答える。
「あいっかわらずの悪人面ね。」
伊織が青峰の顔をにらみつけるように言う。
「そういえば今回、あの高校でてませんね。」
「今回のWCは、何周年だかの記念大会で特別枠が設けられてるんスよ。」
「特別枠?」
千早の言葉に黄瀬が説明で返す。黄瀬の言葉に真たちが首を傾げる。
「IHの優勝校と準優勝校は予選免除。その分、出場校が増えるんスよ。だから東京代表は桐皇を除いてあと二校。」
「黄瀬今テツ君たちは何位なの?」
 美希が会話に興味をもったのかプロデューサーの小言に飽きたの質問してきた。

「誠凛と秀徳は今、1勝1分けでトップタイ。その次が霧崎で1勝1敗。泉真館が2敗。秀徳が泉真館に負けることはほぼないッスから…この試合の勝者が予選突破ッスね。」
「1敗ってことは霧崎、秀徳に負けたの?」
真美が尋ねてくる。誠凛に引き分けた秀徳に敗北したのなら、今回の試合も余裕があると考えたのだろう、だが

「そうなんスけど…どうやらその時の試合は2軍がでてたらしいッス。」
「決勝リーグなのに2軍!?」
黄瀬の言葉に声を上げた真を含め全員が驚く。

「まともにやっても恐らく秀徳が勝ってたハズッス。だからその試合を捨てて、1軍は誠凛の研究に充ててたんスよ。」
 その言葉に先日の緑間の言葉を思い出す。コート上では両チームウォームアップが終了し、ベンチでは最後の準備が行われていた。



「木吉センパイ!」
 古傷のある左膝にテーピングを巻こうとしていた木吉に後輩から声がかけられる。
「テーピングならやりますよ!」
「てかやらせて下さい!」
 やたらと気合いのこもった後輩たちはなぜだか必死だ。
「あ…ああ…?」
「オレ達なんもできないけどせめて…そんで、そんで…絶対勝って下さい!」
 その必死さは、予選最後の試合というだけではなさそうだ。思い当たる節は…

「んん?日向…!まさか話したのか!?」
 創部にまつわるエピソード。やよいたちにも話したこと話していないこと…
「別に隠すことでもないだろ。黒子と火神が話したらしいな。」
 木吉の問いかけに日向はストレッチを続けながら答える。木吉が話している時も後輩たちは懸命にテーピングを巻いている。その光景に少し困ったように照れる木吉。

「できました。」
 懸命な後輩たちによって巻かれたテーピングは彼らの気持ちを表したのか通常の何十倍もの量がぐるぐる巻きで巻かれており、
「できましてないでしょ!!」
 それを見たリコにどつかれていた。

「…まったく…」
 それを見たリコが手早くテーピングを巻きなおす。その手は手馴れており、的確に補強が施された。
「はい!できたわ…けどムチャはだめよ。危ないと思ったらすぐ代えるからね!」
「ああ…」
 リコの言葉にうなずき返し、木吉は立ち上がる。
「…ありがとな。」
 歩きながら木吉は後輩の頭を一撫でずつしていった。撫でられた後輩たちは実質的な役にこそ立てなかったがそれでも嬉しそうな顔を見合わせた


「絶対勝つぞ!!誠凛――ファイ!!」
「「「「「オオ!!!」」」」」
 円陣を組んだ誠凛のメンバーが気合いを入れる。

「イケー誠凛!!」「テツ君ファイトなの~!」「鉄平に~ちゃん頑張れー!」
 真美、美希、高槻家のそれぞれが声援を送る。
「予選最後の…因縁の試合の開始ッスね。」
 険しい表情で黄瀬や真、千早たちが見つめる中…

「それではこれより誠凛高校対霧崎第一高校の試合を始めます!礼!!」
「よろしくお願いします!!」
 試合が開始された。



[29668] 第26話 ナメンのも大概に
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/11/04 11:51
「そうか、黒子と火神…そんなにすごい奴らが入ったのか…」
 それは夏が終わる前、病室でベッドに腰掛ける木吉に近況を報告していたころの記憶。

「日向と伊月、水戸部…コガと土田もどんどん上手くなってるし、誠凛にはもう武器になれる奴が充分にそろったな。」
 以前からそうだった。ヘラヘラしたような表情で裏ではいつも何か考えている。その考えは捉えどころがないようでいつも周りのみんなの事を考えていた。

「何言ってんの鉄平もでしょ!」
 なんだかコイツの言葉は自分はもう必要ないと言っているように聞こえて思わず言い返してしまう。

「そりゃもちろんオレもOFに参加するさ。けどずっと考えてたんだ、戻ってオレが誠凛のためにできること…」
 木吉の顔に悲壮感めいたものはなく、後ろ向きではない笑顔が浮かんでいる。

「もしこの先戦っていけば、帝光のような圧倒的強敵に心が折れそうになるかもしれない。花宮のような危険な相手に傷つけられそうになるかもしれない。」
 圧倒的なまでの才能に絶望したことがあった。癒えぬ傷を受けてバスケ選手としての寿命を縮められてしまったこの身がある。だから…

「だからオレは決めたんだ。・・・・・・」
 この身に宿る心が鉄でできているというのなら…重すぎるその名に相応しき不屈の魂なのだとしたら…

 自分のなすべきことのために、オレは再びあの場所へ戻ると決めたのだ。

第二十六話 ナメンのも大概に

「やった!行けー!」
 開始された試合は木吉のジャンプによって誠凛ボールから始まった。弾かれたボールを受けた伊月は素早くボールを回す。真美が歓声を上げ、誠凛は得意のラン&ガンで切り込む。

「すっげー!」
「早い!」
 長介が喜ぶように声をあげ、千早も思わず声が漏れる。切り込んでいったボールが渡ったのは、

「いきなりッスか!?」
「行けーなのテツ君!」
 霧崎の8番が立ち塞がるがボールを受けた黒子は手品のようにすり抜け、ヘルプに入る12番に詰められる前にボールを高く放り投げる。

ドギャ!!

「すごいです~!」
「よし!先制点!」
 木吉の豪快なアリウープが炸裂し、やよいが声をあげて喜ぶ。真も誠凛の好調な滑り出しにガッツポーズをみせる。
 会場が盛り上がり、コート上では木吉がナイスっと黒子の背をはたいて…強すぎたのか黒子がバランスを崩していた。

「バニッシングドライブ…」
 黄瀬は真たちほど素直には喜べなかった。緑間すら抜いた黒子の新技がまぐれだとは思わなかったが、やはり平凡以下の身体能力やミスディレクションとパス以外は平均以下のスキルしか持たないハズの黒子が強豪選手相手にああも鮮やかにドライブを決めているのは深刻な問題だった。
 攻守が入れ替わり、霧崎が花宮を起点に攻撃を開始する。花宮の前には伊月が厳しい表情で立ち塞がり、DFに戻るどの選手の表情も怖いくらいに真剣だ。中でも日向の表情は鬼気迫るものがある。
 相手プレーヤーになにか話しかけられたのか一瞬気がそれた日向は、忍び寄った10番のスクリーンに阻まれる。だがそのスクリーンはファールととられてもおかしくない程の体当たりとも言えた。

 フリーとなった7番がボールを受けてシュートを放つ。ボールはゴールに入ることなく枠に阻まれ、跳ね上がる。ゴール下に構える火神が得意の跳躍を生かしてリバウンドをとろうとするがなにかに気づいたかのように跳び上がることなく相手10番にボールを奪われてしまう。

「なにやってんの火神っち!跳ばないとボールとれないぞ!」
 真美が声をあげて叱咤するが、火神は相手のリバウンドを阻止できないばかりか、着地した相手から距離を離してみすみすシュートチャンスを与えてしまう。
「ちょっとしっかりやんなさいよ!」
 火神の様子に伊織も声を荒げる。この中で黄瀬以外に早い展開を見切っていたのは格闘の得意な真くらいだったようで、真は黄瀬に振り向く。

「涼、今のリバウンド…!?」
「肘をはって振りまわしてたッスね。」
 真の懸念を肯定する黄瀬の言葉に、千早が驚きの声を上げる。
「肘って、反則ではないんですか!?」
 伊織たちも驚いたように黄瀬に視線を向ける。
「ついでに言えばその前のジャンプもバッシュを踏んづけてたッスね。いくら火神っちといえども足を封じられたら跳べないッスね。」
「どっちもファールだろ!」
鋭い視線を向ける黄瀬に真が声を上げる。黄瀬はその声に視線を真に向けて答える。

「どっちもうまく審判の死角で仕掛けてたんスよ。事実はあっても見えてなければファールはとれないんスよ。」
「なっ!?」
 不正があっても声をあげられない、その状況はつい最近の961プロのやり口を連想させ、真たちの怒りを上げる。

「昔からの悪童のやり口ッスよ…だからこの試合は、面白くないって言ったんスよ。」
黄瀬は鋭い視線を再びコートに向け、真たちもコートを睨み付ける。
「そんな卑怯者に負けるな誠凛!」
真美が拳を握りしめて声を上げる。

 コート上では再びリバウンドの状況になったが、やはりリバウンド要員の火神と木吉はバッシュを踏まれて跳ぶことができない。そして

「危ない!」
 真はリバウンドをとった7番が肘の打ち下ろしを日向に向けていることを察知して声を上げる、打ち下ろされた肘は、

「木吉!!」「鉄平さん!」
 間一髪のところで木吉が間に割り込み、腕で受け止めていた。

「ここはコートの中だ。ちゃんとバスケでかかってこい。」
「…してるけど?」
 バスケに真摯な木吉の言葉は7番には通じず。何食わぬ返事を返して、カウンターが仕掛けられる。 ワンマン速攻をしかけた花宮はDFに戻った伊月をヒュルリと躱してレイアップを決める。
 
「あんなの…あんなのがバスケなもんか!」
 真が怒りに震える声を上げる。伊織たちも怒った表情でコートを睨み付けている。彼女たちが見てきたバスケの試合は多くはない。だが見てきた試合はどれも人を魅了するようなものばかりだった。なにより黄瀬が大好きなバスケがあんなものと同じだというのは許せなかった。
 怒りの視線が向けられるコート上でも、怒りが渦巻いていた。

「惜しいっ、もうちょいであのメガネ君つぶせたのになぁ…ジャマすんなよな。」
 すれ違う悪童からかけられた悪意の言葉に、目を見開く木吉。腕に直撃を受けた木吉を心配するように伊月が声をかけている。握る拳は震え、歯を食いしばって木吉は吐き捨てる。

「オレがケガするだけならいい…だが…」

「なんか…鉄平さんが…」
「…怖いよ。」
 木吉を見つめるやよいが心配そうにつぶやく、真美も脅えたような声を漏らす。真たちも以前話した時の穏やかな木吉の変貌に脅えたようにコートを見つめる。

「仲間を傷つけられるのはガマンならん…!」
そこに居たのは普段やよいたちが見慣れた優しいおにいさんではなかった。

「花宮ァ…お前だけは必ず倒す!!!」
 振り返る木吉の瞳は怒りに燃えていた。


 再開された試合だが、霧崎のラフプレーは止まることない。今も10番がスクリーンアウトにみせたひじ打ちを火神の鳩尾に決め、あわや乱闘騒ぎになる寸前までなる事態となった。
 黒子の機転によって、(火神以外は)事なきを得たが誠凛は一度タイムアウトをとり作戦を練り直している。


「あんなプレーが許されるのか!?」
 真が怒った表情のまま黄瀬に尋ねてくる。
「…ファールを審判から隠れてやるのもテクニックの一つと言えば一つッスよ。実際、審判が贔屓してるわけじゃない分、試合自体にはどうこう言えないッスから。」
 かつて審判のいかがわしいジャッジとラフプレーの2重苦に苦しめられた経験をもつ黄瀬はなんでもないことのように語る。

「鉄平にいちゃんがそんなことするもんか!」
「あんなやり口認めるっていうの、あんたは!」
 長介が黄瀬に怒鳴り、伊織も問い詰めるように怒鳴り声を上げる。
「まあ、鉄心はこういうの嫌いそうッスからね…あとキセキの世代にとっては勝つことがすべてだったッスからそういうプレーがあるのは嫌ってほど知ってるだけッスよ。」
 黄瀬の淡々とした言葉に伊織の怒りは増していく。

「黄瀬君。そういうのがバスケットなのかもしれないが、君自身はどう思っているんだ。」
 真美や伊織、真までもが黄瀬に失望したような視線を向ける中、プロデューサーが尋ねる。
「…あんまおもしろくなさそうッスね。勝つことがすべてっつってもあんなプレーやるようなチームだったらきっとバスケやってないッスよ。」
 黄瀬の言葉に真たちは少し安堵し、落ち着きを取り戻す。ただ誠凛ベンチでは落ち着きを失っているリコに、先ほど暴れようとした火神が拳骨を落されていた。

 少しずれた説教をしているリコの横で日向たちはアイシングを行っていた。それを横で見ていた木吉がなにか語ったのだろう、誠凛のみんなが驚いた表情をしている。
「何言ってんだ木吉!!中が特にラフプレーがひどいんだろ!!そんなことしたらお前が集中的に痛めつけられるだけじゃなーか!!」
 日向が木吉の言葉に反応して大声を上げて立ち上がる。

「なにを言ったんでしょうか?」
 険悪な雰囲気の流れるベンチを見ながら千早が心配そうに尋ねる。ベンチでは驚愕が続いていた。

「ちょ…ただでさえあんたひざ痛めてんのよ!?ダメよ!!むしろもう交代して…」
 冷静さを失ったように捲し立てるリコの言葉を遮ったのは

「だめだ、やる。悪いなリコ…このために戻ってきたんだ。ここで代えたら恨むぜ、一生。」 
 木吉の言葉は観客席にまでは届かなかったがその表情が鬼気迫るものであることはよくわかった。

 タイムアウトがあけ、会場は誠凛の戦法に驚く。
「4アウト1イン!?」
 黄瀬も思わず驚いた声を上げる。
「なにあれ!?木吉のにーちゃん以外全員はなれちゃったよ!」
 真美の言葉通り、誠凛は木吉を除いて全員がゴール下から離れ、火神でさえゴール下に近寄ろうとせず、遠くから確率の悪いアウトサイドシュートを放っていた。
 
「普通は戦術の幅を広げるための戦法ッスけど、この場合は…!!」
 火神のシュートはやはり入らず、ボールが跳ね上がる。ここぞとばかりに、霧崎DFは木吉に密着して、審判の死角からの攻撃を加える。抑え込まれるように木吉の体が二人のDFに封じられる、だが

「おおおお!」
 雄叫びとともに木吉は体をぶつけられながらも跳躍しリバウンドをもぎ取り、ボールを押し込む。

「なっ…!?」
「すっげー!木吉にーちゃん!」
 驚く真ややよいたちとは対照的に長介たち兄弟は木吉のプレーに歓声を上げる。
「どうやら鉄心は、霧崎のラフプレーを一人で引き受けるつもりらしいッスね。」
 黄瀬の推測に、不安げな様子を隠せないやよいたち。コートでは日向が、木吉に心配の声をかけていた。

「木吉!!」
「大丈夫!あの程度の接触はへでもないさ。このままゴール下はまかせろ!」
 言い切る木吉にはいつものようにバスケを楽しむ笑顔が見られない。

「普通ならこの陣形は、外からのシュートや中への切れ込みなんかで豊富なバリエーションを展開するのが特徴なんスけど、今の誠凛は外のシュートが入ってないし、中に切り込む様子もない…事実上、鉄心一人で支えてる状態ッス。」
 心配そうにみつめる真たちに黄瀬は現状を告げる。試合は木吉が奮闘し、ラフプレーを受けながらもゴールを死守していた。得点は16対13となんとか競り勝っている状態だ。活躍する木吉にますます長介たちは喜ぶがそれを見つめるやよいたちは不安げだ。
 
 心配して見つめる中、
「あーもう…ウザ…そんなに死にたきゃ、死ねよ。」
「…む!?」
 絶望を告げるフィンガースナップがコートに響く、ゴール下ではリバウンド争いをしていた木吉が7番に足を掬われて倒れ込み、その上から7番がボールを確保した状態で倒れ込む。

ドガッ!!!
「あっ!」「鉄平さん!」「にーちゃん!」
 倒れ込んだ瞬間、7番の肘が木吉の額に直撃し、木吉は床とひじ打ちとに叩きつけられて起き上がれなくなる。その音は観客席にまで響くほどであった。やよいたちの驚く声が響き渡る。

「木吉!!」「レフェリータイム!!」
 誠凛の仲間たちが駆け寄り、試合が中断させられる。遠目に見ても木吉の顔には流血が見て取れる。

「あれは…マズイッスね。」「そんな…」
 黄瀬が木吉の状況に知らず知らずの内に呟いてしまい、その声をきいた千早が驚きの声をもらす。やよいたちはその声に反応するほどの余裕はない。
「あんなのスポーツじゃないよ…!」
 格闘をたしなむ真には、その行為に怒りで拳を震わせる。長介たちは霧崎に非難の言葉を浴びせているが、花宮たちはその声に感情を揺らした様子はない。

「ふざけんなテメェまた…!!」
 日向の怒声が響く、
「はぁ?また言いがかりかよ~?知らねーよ。ゴール下でもつれて起きた事故だろ。」
 血を流し倒れる木吉の姿に響や美希は言葉を失くす。やよいは目に涙を浮かべながら震えており、伊織はそんなやよいをあやすように抱きしめている。心配そうな視線が向けられる中、

「…だからオレは決めたんだ。」
 脳震盪を起こしていたのか、わずかに揺れながらも力をこめた脚が立てられ、その体が起き上がる。
「もしあいつらの心が折れそうになったなら、オレが添え木になってやる。」
 涙があふれる寸前のやよいが口元に手を当てて、ついには涙を流しだす。

「もしあいつらが傷つけられそうになったなら、オレが盾になってやる。」
 千早がなにかを堪えるようにその姿を目に焼き付ける。

「どんな時でも体を張って…誠凛を守る。そのためにオレは戻ってきたんだ!!」
 鉄心は、額から血を流しながらも仲間を守るように立ち上がる。その眼光に迷いはなく、目に宿る魂は不屈の心を映していた。

 手当を受けた木吉は、度重なるラフプレーにも倒れることなくチームを守り続け、ハーフを迎えた。45対40でなんとかリードした状態でインターバルへと入った。度重なる猛攻にやよいは涙を流しながらコートを見つめていた。真たちも歯ぎしりしながらコートを睨み付けていた。
「なんで、なんであんなことができるんだ…」
 真の呟きに黄瀬は、冷たい目をコートに向けたまま答える。

「密集したゴール下で事故が起きるのは、よくあることッスよ。」
「だからって…!!あんなの…事故なんかじゃない!」
「そうよ、あんなのもよくあることだって言うの!」
 黄瀬の言葉に真が声を荒げ、やよいを抱きしめている伊織も黄瀬の言葉に怒声を上げる。



「…待って下さい。」
 コート上では花宮と黒子が向き合っている。
「なんでそんな卑怯なやり方で戦うんですか…そうやってもし勝ったとしても…楽しいんですか。」
 黒子の表情にいつも以上の変化を見つけることは難しい。だがその語調は今までになく、鋭かった。その様子を美希たちは見つめる。
「テツ君?」
 黄瀬も美希の言葉に黒子を見つめ、その視線を追うように真たちも視線を黒子に向ける。

「……そんなわけ…ないだろ。」
 問いかけられた花宮は拳を握り、悔しげに歯を食いしばりながら答える。
「でもこうでもしなきゃ…どうやってキセキの世代をはじめとする強豪に勝てるって言うんだ…!!」
 悔しげな花宮の言葉に真たちの言葉もとまる。あの時木吉は語っていた、今年が最後なのは…思いがあるのは自分たちだけではない。
「オレには約束があるんだ、どうしてもWCで優勝して…」
 あの花宮から聞かされる思いに思わず戸惑う真たちだが、

「って、んなワケねぇだろ、バァカ。人の不幸はミツの味って言うだろ?」
 続けられた悪意の言葉に、何を言われたのか分からないかのように反応が止まる。
「カン違いすんなよ、イイコちゃん。オレは別に勝ちたいわけじゃない。つらい練習もがんばって努力してバスケに青春かけた奴らが…歯ぎしりしながら負ける姿を見たいんだよ。」
「なんだよ…それ。」「あいつ…!?」
 真と伊織の顔色が変わる。美希や千早たちの顔も嫌悪に染まる。

「楽しいかって?楽しいね!去年のお前らの先輩なんて最高にケッサクだったわ。」
 言葉が紡がれるたびに、悪童の様子を眺める黄瀬の目は冷めていく。
「前半リードして気が大きくなってるのか知らねーが、あんなんで終わると思われちゃ心外だな。お前らが歯ぎしりすんのは…これからだぜ?」
 去りゆく花宮を見る黒子の表情は、美希たちには見えない。

「…しらけたッス。」
 代わりに途端に座席に深くもたれかかった黄瀬の言葉が聞こえる。
「しらけたって!?」「涼!?」
 真たちが驚いた表情を黄瀬に向ける。

「つまんないやり方するから何かと思えば…ナメんのも大概にしてもらいたいもんッスね。」
 真たちは呆気にとられ、次いで睨みつけるように見ていた黄瀬の表情が白けたまま言葉を紡ぐのを聞いていた。
「こんな先の見えた試合、面白くないッスよ。」
「先の見えたって…どういうことなんだ?」
 プロデューサーが問いかける。

「理由なんか特にないッスよ…ただアイツは黒子っちを怒らせた。そんだけッスよ…」
 美希たちは知らない、天才と呼ばれた五人が認めた男、幻の6人目。その彼が本当に怒った姿を…

 重苦雰囲気のまま、インターバルが過ぎ、ブザーとともにアナウンスが鳴り渡る。
「これより第3Qを始めます。」



[29668] 第27話 もうダメッス
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/11/11 23:17
「くっ!」「また獲られた!」
「なにやってんのよ誠凛!」
 千早が悔しげにうめき、真美が思わず声を上げる。伊織は悔しそうに怒鳴っている。

第二十七話 もうダメっス

 第3Q開始直後、黒子のバニッシングドライブが再び炸裂し、火神の豪快なダンクへと繋がり、勢いは誠凛に向いたかと思われた。勢いづいた誠凛は、フルタイムは使えない黒子を温存したものの流れにのろうとする。
 だがその直後、霧崎のセンターが交代し、それからというもの連続で花宮のスティールが決まり、誠凛はまともにボールを回すことができていない。

「どうして…!?あの5番が入ってから全然パスが通ってない…。」
 真も悔しげにコートを見つめる。冷めた目のままコートを見ていた黄瀬はその言葉に答える。

「どうやってんのかは知んないッスけど、どうやらパスコースを読んでるみたいッスね。」
 黄瀬の言葉に真たちが振り向く。
「読んでる…?」
「あの5番、さっきからボールを受ける位置に入らず、妙な位置をうろちょろしてる…おそらく、アイツが悪童のサポートとしてパスコースを限定してるんスよ。」
 真たちも頭に血が上った様子でコートを見る。
「誠凛のスタイルは基本パスワーク主体のチームバスケ。そして伊月を中心に最良に近い形の選択を常にとってるんスよ…ただ、そのせいで読みあいに優れる悪童の罠にはまってる。」
 驚く真たちの視線の先では、またもや伊月のパスをスティールしている花宮の姿があった。
「しかも、前半のも仕込みだったみたいッスね。」
「どういうことよ!?」
 伊織が再び黄瀬に向き直り、かみつくように問いかける。
「前半のラフプレーで潰れればそれもよし、耐えたとしても頭に血が上ればパターンが単調化して読みやすくなる…悪童の蜘蛛の巣に見事に絡め取られてる状態ッスよ、誠凛は…」

 まさに黄瀬の説明通り、初回のダンク以降第3Q終了まで、誠凛が得点を決めることはなく、47対58と逆転され、完全に流れが霧崎に向いていた。悔しさを露わにしているのは客席の真たちだけなく、なによりも誠凛のメンバーだった。特にパス回しの中心となっている伊月は悔しさのあまり、ベンチに拳を叩きつけていた。
「どうすれば…」
 千早が忍び寄る絶望の影におびえたように呟く。

「…本来の誠凛なら、こうも簡単にからめ捕られはしないんスけどね…」
「どういうことなんだ?」
 黄瀬の言葉に真が尋ねる。

「誠凛は基本的に火神や木吉のインサイドと日向のアウトサイドの両方から攻めるのが基本ッス。でも今日は一度も日向のシュートが入ってない。」
 その言葉に気づいたように、やよいたちも日向を見る。日向は項垂れた様子で怒りを耐えていた。

「外が入らないから霧崎は中を重点的に固める。中が密集すれば死角が増えてラフプレーがだしやすくなる、そうすればリバウンドの精度は下がる。結果、不安定な状態の外のシュートはますます入らなくなる…完全に悪循環に入ってるんスよ。」
 沈黙したまま短いインターバルが終わり誠凛がコートに戻る。

「あっ、テツ君がでてきた!」
 戻った誠凛の中には黒子の姿があり、美希が喜びの声を上げる。真美たちも期待に満ちた声援を送る。

 日向がボールをインして伊月が冷静に様子を伺う、4番が動き花宮がパスコースを読んでスティールをかけようと忍び寄る。伊月が再び蜘蛛の巣にかかりそうになった瞬間、

「なっ!?」
「うおっ…とぉ!!」
 驚きの表情をしたのは目の前で突如現われた黒子によってボールを逸らされた花宮だけでなく、パスを出した伊月、パスを受けた火神までもが驚く。体勢を崩しながらもなんとかボールをキープした火神はそのままゴール付近からDFをかわしてシュートを決める。

「やった!」「ようやく決まったよ~。」「流石はテツ君なの!」
 真たちも約10分ぶりの誠凛の得点に沸き立つ。

「へー…ムチャするっスね、相変わらず。」
関心を失っていた黄瀬が、興味を取り戻したように呟く。
「え?どういうこと?」
隣に座る真が黄瀬に尋ねる。
「従来の黒子っちのパスはあくまでもチームプレー。練習によって作り上げた攻撃パターンだったんスよ。だからこそ悪童にはその予想ができた。でも今のはパターン化された攻撃じゃないんスよ。」
 黄瀬の説明に首を傾げる真たち。
「つまり、今のは黒子っちが独断で勝手にパスコースを変えたんスよ。敵を欺くには、とは言うものの、今のは味方にも予想外のパスだったんスよ。」
 黄瀬のことばに真たちは今度こそ驚く。
「予想外のパスって、そんなのどうやって捕ってるんだ!?」
「…必要なのは理屈じゃないんスよ。毎日一緒に練習したことで、なんとなく黒子っちならどうするか考える。そんな程度ッスよ…つまり必要なのは、信頼ッス。」
 それはかつての自分たちが失ってしまったもの。懐かしくそして羨ましそうにコートを見つめる黄瀬を真は黙ったまま見つめる。


「すごいの!だんだんと点差が縮まってるの!」
 黒子の活躍に美希が歓声を上げる。第4Qで残り5分30秒を切った時点で54対60となっていた。
「でも…このままだと間に合わないよ。」
 真がスコアボードの進行具合と残り時間を見ながら呻くように言う。
「インサイドだけじゃ、キツイっすね…それに…そろそろ限界ッスね。」
 黄瀬が視線を木吉に向けて言う。味方の声援を受けて放った日向の3Pシュートは入ることなく弾かれる。リバウンドをとろうとした木吉は5番と10番に阻まれ跳ぶことすらできない。しかもただ阻まれただけではなく、ひじ打ちや膝蹴りを受けたのだろう苦しげに顔を歪めている。

「今の誠凛は事実上、鉄心一人が支えてる状態ッス。もしこの状態で鉄心が退場しようものなら…誠凛は実質的にも精神的にも崩壊する。」
 黄瀬の不吉な言葉を実現するように花宮が不気味に木吉を見ていた。やよいたちも不安そうに木吉を見つめる。
 ブザー音がなり、誠凛のタイムアウトが告げられる。

「鉄平さん…大丈夫かな…」
「脚の怪我もですけど…かなり痛めつけられてるみたいですし…」
 やよいと千早が心配げな声で呟く。打撃を受け続けた木吉の手足を明らかに内出血を起こしたように青く変色していた。
「これ以上でてくるようなら…おそらく悪童が狙ってくるのはテーピングのされた鉄心の膝ッスね。」
 黄瀬の言葉に真たちも不安そうに誠凛ベンチを見つめる。眼下の誠凛ベンチでは監督のリコが立ち上がり、木吉の前に立っていた。

「ちょっと待てよ!!もう少しなんだ!!それに今抜けたら…」
 突然、木吉の声が響き、その声にやよいたちが驚く。
「ダメよ。去年と同じようなことが起きるぐらいなら…恨まれた方がマシよ。」
 ベンチを見ると、涙をこらえたようなリコが木吉に語りかけ、木吉が戸惑いの声を漏らしていた。
「…リコ。」
「…ボクも賛成です。」
「黒子…」
 ベンチに座る黒子が顔を上げて、リコの言葉に賛同する。

「ボクに兄はいないですけど…守ると言われた時、お兄さんみたいだと思ったし、嬉しかったです。だからこの先も守ってほしいし、この試合これ以上ムリしてほしくないです。」
「…ッ」
 黒子の言葉に、喉を詰まらせたように歯を噛み締める木吉。
「そう感じているのは…ボクだけではないハズです。」
 黒子が言葉をつづけ、客席を見上げる。つられて木吉も客席を見ると、そこには心配そうな顔をしてこちらを見る、やよいたち兄弟の姿があった。耳を傾ければ、自分をおにいちゃんと呼んでくれる声が聞こえる。
 それでもなお引けない木吉に

「あ――じれってぇ!!!あとは任せろってんだよ!!おとなしくすっこんでろ!!」

 日向が立ち上がり怒声を上げる。その声に伊織たちも驚く。
「オレ達が約束やぶるとでも思ってんのか!」
 日向の言葉に木吉は目を伏せる。なにかを思い出すように沈黙した木吉は

「ああ…そうだな……スマン。」
 悲しそうに謝り、寂しげに仲間を見る。
「あとは…頼む…」
託された思いを受けて仲間たちが立ち上がる。木吉はベンチに腰掛けながら、立ち上がる仲間たちを見送る。
「あたりめーだ、ダァホ。イイ子にして待ってろ。」
 コートに戻る仲間の背に揺らぎはなかった。

「WCの切符持って、帰ってくらぁ。」


「木吉のにいちゃん、出なかったね…」
 真美がほっとしたような悲しそうな声で言う。
「そうッスね。ただこれで頼みのインサイドも使えない。いよいよ誠凛追い込まれてきたッスね。」
 特に心配した風でもなく、現状を説明する黄瀬。
「どうすればいいのよ…」
「鍵になるのは日向の3Pッスね。ただ…3Pってのは難しいんスよ。」
 伊織の呟きに、黄瀬が答える。真たちが続きを促すように視線を黄瀬に向ける。
「3Pってのは繊細なもんッスから、その日どころかその時々の調子によって全く入らなくなるモンなんスよ。特に日向みたいに気持ちで打つタイプは。」
「でもそれじゃあ…」
 美希までもが不安な心情を隠せずに声を上げる。
「ただ、ああいうクラッチシューターは入りだすと止まらない。」
 コートに戻った誠凛は伊月と黒子を中心に再びボールを回して様子を伺っている。


「リコ…すまなかったな。あんな言い方して…」
 ベンチでは、やはり無理をしていたのだろう、木吉が俯きながらリコに謝っていた。
「…ううん。気持ちはわかってるから…それにあれだけ乱暴なチーム相手にみんなのダメージが少ないのは、鉄平が守ってくれたおかげよ。」
 二人は視線をコートに向ける。
「あとは日向君達がなんとかしてくれるわ。」


観客席では美希や伊織、真美を中心に懸命の応援が続いていた。
「…表情が変わったッスね。」
「うん。」
黄瀬は日向の顔色が先ほどまでと違うことを指摘し、真がそれに同意する。先ほどまでは花宮のラフプレーにいらつき、敵意をむき出しにしていたのだが、今は敵意から戦意へとうまく昇華できている。
霧崎の7番のマークを振り切るため、水戸部がスクリーンをかけ、その瞬間を見逃さず黒子がパスを送る。


「入って!」「入ってください!」
 千早ややよいたちも日向の一投の行方を祈りながら見つめる。
「祈る必要ないッスよ…こんだけきれいなフォームで、」
美しいループを描いたボールは、
「外れるハズないッスよ。」
あやまたずゴールを通過し、3点が加算される。

「やったー!!」
 真たちが喜びの声をあげ、会場も爆発したかのように湧き立つ。残り4分19秒の時点で57対62となった。
 日向のプレーに触発されたのか、悪童の罠で落ち込んでいた伊月もここにきて気迫のこもったDFをみせ、格上の花宮相手に一歩も引いていない。
 抜くことができず、動きを止めた花宮の手元から
「やったの!テツ君!」
 黒子がスティールからボールを日向に回す。

「もっかい行けー、3点シュート!」
 その流れに真美が声援を送る。7番が慌ててブロックに跳ぶが、

「あっ!?」
 日向はシュートを放たず、バウンズのパスで伊月に送り、走りこんだ伊月はレイアップを決める。
「日向の外が決まって、誠凛の本領が出てきたッスね…桐皇と並ぶ、都内トップクラスの攻撃力。こうなった誠凛はちょっとやそっとじゃ止まんないッスよ。」
 
 霧崎のメンバーも負けてはおらず、意地をみせて得点を返す。
「切りかえろ!!すぐ取り返すぞ!!」
「おお!!」
 日向がチームを鼓舞し、誠凛が気合いを入れる。真たちの応援にも気合いがこもる。

「外が決まれば、DFの意識が外に向く、そうなれば…」
 霧崎の攻撃は枠に阻まれ跳ね上がる。そのリバウンドを制したのは
「おお、っらあ!!」
「でたー鳥人間!」

「中が空いて火神っちの跳躍力が生きてくる。」
 得意のラン&ガンをしかける誠凛。再びパスコースを読んで阻もうとするDFは、黒子の出現によって崩される。自らのパスをリターンで受けた日向は再び3Pを決める。

「よし!逆転だ!流れも誠凛!もう少しだ、頑張れ誠凛!!」
 真が大声を張り上げて声援を飛ばす。やよいたちのテンションも高まり、客席は誠凛コールが響き始めていた。


「流れは誠凛ッスね…でもこの流れを作りだしたのは黒子っち…つまり」
 黄瀬の言葉に声援を飛ばしていた真が振り返る。
「次の狙いは、まさか黒子君!?」
 真の予測に美希の顔色が変わる。コートでは悪童がスクリーンを使って伊月のマークを離れ黒子の目前でパスを受け取った。

「ふざけやがって…全部、全部テメーのせいだ…!!」
「テツ君!危ない!」「黒子ォ!!」
 美希と仲間たちの声が響く中、悪童のひじ打ちが黒子に襲い掛かる。

その軌道は黒子の顔面を的確に狙っており、その一撃は、


「!!」
「くそがぁっ…」
黒子のスウェイバックによって躱される。悔しげに呻く悪童

「テメェさえいなけりゃ…なんて、言うわけねェだろ、バァカ。」
 悪意に満ちた笑みを浮かべる花宮。その顔に気づいた黒子だったが、スウェイによって崩れた体勢は立て直せず、花宮は黒子の横をすり抜ける。 
 黒子の無事に安堵した美希たちだが、花宮の素早いドリブルに驚く。

「あっ、あいつ、一人で突っ込んできた!」
 真美が驚きを言葉にする。花宮の進路に日向と伊月が立ち塞がる。だが、そのドリブルが二人の近くまで及ぶ前に花宮は跳び上がる。そして

「なによあれ!?」
「ティアドロップシュート!?」
 伊織が花宮の初めて見せる形のシュートに驚き、黄瀬も驚いたように声を上げる。花宮のシュートは決まり残り45秒で69対70と再びの逆転を許してしまう。驚き固まる真たち。

「まさか、ここにきてまだこんなのを隠し持ってるとは、腐っても無冠の五将ってところッスか。」
「のんびりしてる場合じゃないっしょ!」「そんな…」
 黄瀬の感心したような言葉に真美と千早が絶句する。


「ラフプレーやスティールしかできないと思ったか?んなわけねぇだろ、バァカ。小細工なしでもオレは点なんていつでも獲れんだよ。」
「だから、あんまナメないでもらいたいッスね。」
 残り時間は少なく、ここにきての高度なプレーを前に日向や伊月の動きが固まる。


「正直お前らをつぶせなかったのは不満だが、まぁいいや。勝てばどっちにしろお前らの夢はゲームオーバー。虫唾の走る友情ごっこもおしまいだ。」
「言ったじゃないッスか、敗因は、」
 ベンチに座る木吉の顔にも絶望がよぎり、やよいたちも唖然とした表情でその先をみつめる。


「…ふざけるな。」
「黒子っちを怒らせたことだって。」
 ゴール下では、跳ね上がったボールを前に腕を振りかぶる黒子の姿が映る。



「ボクはキセキの世代のバスケットが間違ってると思って、戦うことを選びました。けど彼らは決して…オマエのような卑怯なことはしない…!!」
「あの人は、オレらが認めた6人目なんスから。」
 二人の言葉が続く中、真たちが身を乗り出す。

「そんなやり方でボクらの、
           先輩達の、
              みんなの夢のジャマを!するな!!」

「いっけー!」
 渾身の声援が響く中、黒子のイグナイトが悪童の傍を通過し、その計画をぶち破る。ゴール下まで翔けるボールを火神がキャッチする。木吉が立ち上がり、
「ぶちこんじまえ火神―!!!」
大きな声援とともに試合を決定づける一撃が打ち付けられる。
「やった!これで!」
 真たちが喜びに声をあげるが、
「まだだ!!最後まで手ェゆるめんな。」
 再びボールが回ろうとした霧崎の攻撃を日向がスティールで阻み、檄を飛ばす。
「…おう!!」
 誠凛のメンバーの誰一人として気を抜いた者は居なかった。そして伊月の最後のシュートが放たれ、

「試合終了―――!!」
76対70のスコアとともに闘いに幕が引かれた。そして、その閉幕が意味することは、

「誠凛高校…ウィンターカップ出場決定――――!!」
 初の全国大会出場決定に誠凛の喜びが爆発する。美希ややよい、その弟たちも喜びあっている。黄瀬の横では真も伊織たちと喜び合っている。

 コートでは、木吉と日向がハイタッチを交わし、リコが涙の笑顔を浮かべていた。

「負けだよ誠凛…あと…木吉…今まですまなかった…」
 呆然とする霧崎のメンバーの中で、花宮が木吉に近づき話しかけている。その様子にやよいたちが喜びを中断して見つめる。
「なんて言うわけねぇだろ、バァカ。オレの計算をここまで狂わせたのは、お前らが初めてだ…一生後悔させてやる…次は必ず…つぶす…!!」
 血走った目で呪詛を吐く花宮を伊織たちが憎々しげに見つめる。仲間が見つめる中、木吉は
「花宮…おまえが最後に見せたシュート…やっぱすごい奴だと思ったよ。またやろーなー。」
 いつもやよいたちに見せる笑顔そのままに花宮に笑いかけていた。自分が潰し損ねた相手のその笑顔を見た花宮が固まる。
「…ふざけやがって、クソッ…クソォォォ!」
 震える花宮の咆哮が会場に響く。


 コートに向いていた真が、不意に黄瀬の方に向き、嬉しそうな顔を向ける。
「なんスか?」
何か言いたげな真に黄瀬が尋ねる。
「へへへ、やっぱり涼もああいうプレーはしないんだって思って。」
 嬉しそうに笑いながら真が黄瀬に言う。
「そうそう、ハニーも言ってたの、卑怯なことはしないって。」
黒子の言葉をしっかりと聞いていたのか美希も嬉しそうに言ってくる。

 少し照れたような黄瀬は、
「さてと…秀徳もほとんど決まりッスね…」
 立ち上がり離れたコートに目を向け、もう一つの試合の行方を確認する。伊織たちが黄瀬の様子に気づいて声をかける。
「ちょっと黄瀬!あんたもちょっとは喜びなさいよ!」
「そうそう、今日はにいちゃんのおごりでパーッとやろう!」
 伊織が興奮した様子で黄瀬に詰め寄り、真美が勝手に提案をする。その提案にプロデューサーが慌てた声を返しているが、周りのみんなは笑っている。

「いやー今日はここまでッスよ。」
 黄瀬は背を向けて、顔を隠す。
「黄瀬さん、みんなのところに行ってみましょうよ。」
 嬉しそうにやよいが誘ってくる。
「今日はもうダメっスわ…テンション上がりすぎて。」
 見れば黄瀬の拳は握りしめられて震えており、ちらりとのぞいた黄瀬の横顔は、今まで見たことがないほど、楽しそうな笑みを浮かべていた。だがその目は好戦的に輝いており、思わず真たちの騒ぐ声がとまる。

「涼?」
 不審な様子の黄瀬に真がうかがうように近づく。
「ようやく始まるんスから…」
 誠凛の闘いの終わりに喜んでいた真たちは黄瀬の言葉に首を傾げる。
「えっ、始まるって…WCってこと?」

「それもあるんスけど…試合前にも言ったよーに今年のWCは特別枠としてIHの優勝校と準優勝校が出る分、出場校が増えてるんスよ。だからおそらく今年が最初で最後。」

 黄瀬の背を見ながら真たちは開かれるパーティーの内容を聞く。
「IH優勝校、洛山。準優勝校、桐皇。秋田代表、陽泉…」

 出演者たちの名前を聞きながら、黄瀬の雰囲気に真たちは固唾を飲む。
「神奈川代表、海常。東京代表、秀徳、そして…誠凛。」
 その意図するところに気づきハッと息をのむ。


「幻の6人目を含む、全員の終結…今年のWCは
                  キセキの世代の、全面戦争なんスから!」

 パーティーの開幕を待ちわびるかのように黄瀬が笑う。
 アイドルたちが新たなるステージへと駆けるように彼らのステージも新たなる局面へと突入しようとしていた。



[29668] 第28話 メキョ
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/11/18 08:04
「最近、みなに見張られている気がするのですが…」

 夕暮れに染まる中、高音を中心に765プロのアイドルたちが、家路を―高音の家路を―進んでいた。

「ぅぇっ。」
「き、気のせいですよ。気のせい。」
 高音の言葉に、行動を共にしていた春香、響、真美、千早、美希がぎくりとして春香が慌てて弁明する。
 この道を帰宅するのは高音だけで、春香に至っては電車での県外通勤なのだから、確実に通る道ではないはずなのだが…
 周りの皆の不自然な行動は今日に始まったことではない。

 きっかけは数日前…


第二十八話 メキョ


 プロデューサーと律子がとある雑誌を広げて深刻に話し合っていた。隣に座る音無はかけられてくる電話の対応に追われている。そこに響、雪歩、やよいの三人が、プロデューサーが広げている雑誌と同じものを持って駆けてくる。
「ねえ、ちょっとプロデューサー!これどういこと!」
「四条さん、エルダーレコードに移籍しちゃうんですか!?」
「そんなのイヤです~!」
 三人は目を潤ませながら雑誌を広げて訴えかける。雑誌には四条高音の移籍話がスクープされている。
「プロデューサー、高音を引き留めてよぉ~!」
 涙声で訴える響に律子はやや呆れがちに答える。

「あのねぇ、あんたたち…」
「こんなの作り話に決まってるだろ?」
 プロデューサーも落ち着かせようと声をかける。プロデューサー自身、そんなことはないと信じているものの、肝心の高音はまだ出勤しておらず、相手方のエルダーレコードのオーナーは海外出張のため連絡が取れなくなっている。
「でも写真が…」
「ひょっとしてCG?」
 プロデューサーの言葉に三人は少し落ち着きを取り戻したようだが、やよいと雪歩はスクープ記事に目を向ける。そこにはどこかのレストランで高音とエルダーレコードのオーナーと楽しげに話している姿が載っていた。
 三人が混乱していると、事務所の扉が開く音が聞こえる。三人は即座に振り向き、

「行くな、高音!サータアンダギーあげるからぁ!」
 響が泣きそうな顔で皿に盛られた琉球菓子を突き出し、
「か、かき昆布茶も、どうぞ!」
 雪歩も同様に泣きそうな顔で盆に載せられたお茶を突き出す。雪歩の後ろからは両手を胸元で握りしめたやよいが前二人と同様の表情をしている。

「な…なんなのですか…?」
 出勤していきなりの事態にさしもの高音も驚き、引き気味にたずねる。
「高音…ちょっと話がある。」
 三人の後ろから深刻な表情と声音でプロデューサーが話しかけてきた。

・・・

 高音とプロデューサーが二人だけで雑誌の内容について話しているあいだ、取り乱した様子の三人は別室で待機状態になっていた。
「プロデューサー…!」
 高音を伴ってプロデューサーが出てくると響がいの一番に身を乗り出して震える尋ねる。
「言ったろ。ただの作り話だって。」
 三人の心配そうな様子にプロデューサーは苦笑しながら答える。プロデューサーの後ろではいつもの笑顔を浮かべた高音が居る。その様子に三人は安堵の息をもらす。
「よかったですぅ。」「ほっとしました。」「まぁ、自分は信じてたけどな!」
 やよいと雪歩はほっとした様子で答え、響は強がっているものの上ずった声で嬉しそうに答える。
 安堵の空気が流れる中、電話対応をしていた音無がやってくる。
「プロデューサーさん。今、善澤さんから電話があって、写真をとったカメラマンは961プロとの関わりがあるそうです。」
 765プロと961プロ、正確には両社の社長、高木社長と黒井社長の因縁を知る善澤さんは、自前の情報網から連絡をくれたようだ。
「ほんと鬱陶しい連中ね。」
きっかけはTVチャンの表紙撮影。765プロ全員で撮られた写真が表紙に使われるはずの仕事だったのだが、発売されたその表紙を飾っていたのは765プロではなく、ジュピターだった。
混乱する彼女たちに知らされたのは、961プロからの圧力という事情だった。人気ユニットのジュピターを有する業界大手の961プロが、どうやら社長と因縁のある間柄らしく、嫌がらせをしかけてきているらしいのだ。それを思い出して律子が忌々しそうに言う。

「事務所的にはどう対応しましょう?」
「そうですね。」
 音無の問いにプロデューサーが考え込む。プロデューサーと律子はエルダーレコードの立場もあるため、積極的な行動を起こさないこと、パパラッチの襲撃を懸念して活動を控えることを具申する。しかし
 
「いえ。私にはなにもやましいことはありません。普段通りに仕事に励みます。」
高音はまっすぐに瞳を上げて告げる。その意思にブレはみられない。


結局、高音の意志を尊重して対応はエルダーレコードのオーナーの帰国を待つこと、仕事に関しては普段通り行うことを決めて、それぞれ仕事に向かった。

・・・・

だが、それからというもの高音(とプロデューサー)の行動に不審な面が見られ始めた。集団行動を避け、こそこそと二人で話し合っている姿が目撃されたり、ないはずの打ち合わせのため一緒の帰宅を拒んだり、隠れて電話をかけている姿が目撃された。そのため

「怪しい…」
 竜宮小町と高音を除くメンバーが集合し、響が不審さを露わにしている。
「たしかに怪しいかも…」
「いつも通りといえばいつも通りだけど…」
 響の言葉に雪歩が同意し、真美は言葉こそ否定気味だがその声にも不信感がこもっている。
「ねえねえ、何の話?」
 どこかへ連絡をとっていたらしい美希が、駆け寄ってきて、いつもと違う様子のみんなに問いかける。
「最近の高音さん、なにか変な感じじゃありませんか?」
「変?」
 やよいから問いかけが返ってきて美希が首を傾げる。

「あの記事以降、より不思議度がアップしたというか…」
「秘密のにおいがするぞ…」
 雪歩の言葉に響が顔をしかめて呟く。
「そういえばこの前、高音、なんだか嬉しそうにしてた。」
 ふと美希は数日前、高音と出会った時のことを思いだす。美希の言葉にみんなが首を傾げて問いかけるような視線をおくる。
「たしか、おじいちゃん?から手紙をもらって、なにか決めたって…」
 思い出しながら美希が言うとみんなの顔色を変わる。
「それってまさか、エルダーレコードのオーナーじゃ!?」
「えぇ~、じゃあ私が聞いたのは移籍の話だったんですかぁ!?」
「移籍しないって言ってたぞ!」
 雪歩が慌てて推測を口にし、やよいも驚きの声を上げる。響は否定されたはずの予想が再来したことに動揺している。
「四条さんが嘘を言ってるとは思えないけど。」
 雪歩たちの推測に、一歩ひいた立ち位置に居た千早が冷静に告げる。
「そうだよ。高音さんはどこにも行かないよ。プロデューサーさんもそう言ってたじゃない。」
 春香も千早に賛同するように、みんなを落ち着かせようとする。だが
「分っかんないよー。兄ちゃんがグル、ってこともあるし。」
 推理物にはまっているのだろうか真美が可能性を口にし、周りを驚かせる。
「だ、だから考えすぎだってば。」
 真美の指摘に春香が再び慌てる。

「美希的には高音ならどこの事務所でもやっていけるって思うけどなぁ…」
 マイペースな美希は、軽い調子で口にするが、その言葉の端には、行くはずがないという信頼が籠っているようにも聞こえた。
「こ、こら美希。みんなを不安にすること言わないで!」
 だが額面通りに受け取ってしまったのだろう、響や雪歩、やよいがショックを受けた表情をしているのに気づいた真が慌てて注意する。
「あ~も-う!それもこれも、お姫ちんが謎すぎるからだよ~!…だったらぁ…」
 むしゃくしゃしたように声を張り上げた後、にやりと笑う真美は…

・・・

 後日、仕事終わりの高音に
「高音~!」
「おつかれちゃーん!」
 響と真美がにこやかな笑顔で話しかける。
「おつかれさま…」
 突然迫ってくる二人にたじろぎながらも挨拶を返す高音、
「どうしたの。最近調子いいんじゃない?」
「そうでしょうか…?」
「最近ますます、お姫ちんあっての765プロって感じだよね。」
「はあ…?」
 高音の様子に気づいた、というよりも意に介した様子もなく、二人はにこにこ顔で尋ねてくる。


 帰宅しようとすると
「高音さーん!」
「今帰り?」
「だったら一緒に帰りませんか?」
 やよいと真、雪歩が返答を聞く前に次々に話しかけてくる。
「ですが、みなとは帰る方向が…」
「小さいことは気にしない!」
 元より返答を聞く気はなかったかのように、真が素早く高音の背後に回り込み、背を押しながら同行していこうとする。
「「「さあさあ!」」」
 困惑気味の高音を他所に、三人が楽しそうに連れ立って歩いていく。


 ついには仕事の合間の休憩時でさえ、
「なにか?」
 服と髪とを整えていた高音は、じーっと見つめる二人分の視線を感じ尋ねる。だが
「「なんでも、なんでも」」
 振り返った瞬間、そこには慌てた様子で手を振る響と真美。明らかになにかを誤魔化した様子だ。



そして、

「最近、みなに見張られている気がするのですが…」

 夕暮れに染まる中、高音を中心に春香、千早、響、美希、真美がともに歩いていた。 
 ここ数日の、彼女たちの様子からすると明らかに見張られているように感じて言ってみたのだが、どうやらその予想は的中していたかのように慌てだす。
「ぅぇっ。」
「き、気のせいですよ。気のせい。」
 春香がなんとかごまかそうとあたりを見回すが、
「そうそう、様子がおかしいのはむしろ高「わぁああ、美希!」。」
 美希が普段と変わらぬ様子で、事実を告げてしまいそうになり、慌てて春香が止める。

「み、みきみきも一緒に帰るなんて珍しいよねー…。」
 真美がフォローのつもりか、話題を美希に転換しようとする。だが、たしかに普段、黒子を襲撃するためにどこかに単独行動することが多い美希が珍しく集団行動をしている。
「一緒、ていうか、今日は美希もこっちに用があるの。」
 指摘された美希は、春香の拘束から逃れて楽しそうにしている。

「用?もしかしてデートとか?」
 真美が話題を逸らす目的以上に好奇心をむき出しにして、冗談めかして尋ねる。だが
「うん。ほらあそこ!」
 嬉しそうに肯定する美希に春香たちは驚く。美希の指さす方向には
「縁日?」

 意識すると祭囃子が楽しげに響いており、少し歩いた先にある神社では屋台もでて、楽しげな雰囲気が流れている。


・・・


「みんな不安がってます。」
「不安?」
 結局、気分転換もかねてみんなで(おもに真美と響が引っ張って)縁日に行くことになった。響たちは楽しそうに屋台を巡りながら買い物をしており、美希は待ち合わせをしているのか相手を探している。千早と高音は喧騒から少し離れたところで話し合っている。

「はい。目を離したら四条さんがどこかへ行っちゃうんじゃないかって…」
「なるほど…そういうことですか…どうやら余計な心配をかけてしまったようですね。申し訳ありません。」
 感の鋭い高音は、千早のその言葉でここ数日のみんなの不審な行動の理由を悟る。みんなが自分の事を心配してくれているということに、苦笑しながらも嬉しそうな表情となる。

「四条さんには、私たちに分らないところがたくさんあって…だから。」
 心配してくれていることは嬉しい。だが秘密を作るのは高音にとってパーソナリティーのようなものだ。そしてそれ以上に今はパパラッチ対策の撒き餌のような状態なのだから。
「誰にも、他人に言えないことの一つや二つはあるものです…千早にもあるのではないですか?」
 口にしたのは別の事。それはもしかいしたらなにか大きなことを隠しているこの子にとってきっと傷を抉ることなのかもしれない。
 高音の言葉に、千早がハッとした表情をしたかと思うと、急に後ろをふりむいて固まってしまった。

「千早…どうかしましたか?」
 千早の視線の先には、転んで水風船を割ってしまった弟を助け起こして自らの水風船をあげている姉の姿があった。
「別に…」
 さびしそうにその姉弟を見つめる千早に高音が話しかけると、千早はビクッと肩を震わせて呟く。
 少し離れたところから響たちがやってくる。
「千早…いつか話せるようになるといいですね。」
「おーい、なに話してんの?」
 響たちに聞かれる前に、小さな声で呟くと千早は一層沈んだ表情を見せる。楽しそうに縁日を満喫する響たちの表情は明るい。

「秘密の話です。」
「なんか怪しいぞ。」
 誤魔化す高音の言葉に、響が訝しげに返すがその口調は明るい。
「ふふふ、せっかくですから、みなで縁日を楽しみましょう。」
 笑顔で提案する高音だが、

「ごめんなさい、私はここで…」
「帰るの?千早ちゃん。」
 暗く沈んだ表情の千早は、そう言って、春香たちの脇をとおりすぎてしまう。
「また…明日ね…」
 千早の雰囲気にためらいがちに春香が挨拶をおくる。
 しばらく思い空気が流れ、千早の去った方向を見ていると

「ん~、ハニーが見当たらないの!」
 あたりを探していた美希が頬を膨らませて戻ってきた。美希の登場に流れていた重苦しい空気が霧散する。どうやら肝心の待ち合わせ相手が見つからずご機嫌斜めなようなのだが、

「探してるのは、黒子と言う殿方ですか?」
 春香たちが苦笑し、高音が尋ねる。
「うん。今日、一緒に縁日に行こうって約束したのに…」
 どうやらすっぽかされたらしく、おかんむりの美希に対して、

「でしたら、そちらにおられますが。」
 すっと指さしたのは美希の背後。そこには
「どうも。」
 影の薄い透明少年が背後霊のように付き従っていた。

「ぅわぁあ。ハニー!遅いの!」
 突然の出現に驚く美希。響たちも宙から現れたような黒子に引き気味だ。

「…かなり前からいたのですが…」
 責められた黒子は頬を掻きながら一応の弁明を試みる。
「あはは…」
「相変わらず影うすいぞ。」
 春香が苦笑いし、響がまじまじと見つめる。

「黒子君、練習の方は大丈夫なんですか?」
 最近、黄瀬が練習で忙しくて連絡がとれないと不機嫌にぼやいていた真の様子を思い出して、同様の立場にいるはずの黒子に尋ねてみる。

「ええ、もともと今日は練習後にみんなと予定があったらしいのですが…」
 らしいというのはおそらく、黒子本人が意図しなかった部としての予定だったのだろうが、

「………あまり大丈夫ではないかもしれません。」
 長い沈黙の後、どーんと重い影を背負った黒子がぼやく。黒子の様子に春香たちの引き笑いが強まるが美希は気にした様子もなく黒子の腕に張り付いている。

「だってハ…テツ君、ちっとも会ってくれないんだもん。」
 どうやら黒子行きつけのMAJI burgerに足繁く通っている美希は、ほとんど黒子と遭遇できていないようだ。不機嫌な顔を作っている美希は、それでも嬉しそうに黒子に張り付いている。



・・・・・・


おまけ


 WC出場決定から数日後、プチ合宿から帰り、通常練習が再開した。本日もハードな練習が終了し帰り支度をしていると携帯が着信を訴えだした。
 通話に出てみると相手は最近絶好調の765プロのアイドル、星井美希だ。
「縁日…ですか?」
 なにが気に入ったのか、彼女はたびたび黒子に連絡をとってくるのだ。脈絡なく話し出した今回の連絡内容を要約してみた結果、でてきた結論が先の言葉だ。

<うん。ハニーが練習終わってから!>
 どこで調べてくるのか、最近とみに忙しいはずの彼女はなぜか自分たちの練習時間を的確に把握しており、今回も狙ったかのように終了時刻にかかってきている。
 どうやら縁日への誘いらしいのだが、予定を思い出してみると美希の指定する日にちは…
「…その日は、」
<決まりなの!それじゃあカワイイの着てくから、よろしくね!>
「部のみんなとパーティーを…切れてますね。」
 部のイベントとして予選の祝勝会と本選へ向けた盛り上げパーティーを行う予定となっており、そのことを告げようとしたのだが、電光石火の押しで用件だけ告げて切られてしまった。
 よほど忙しいんですね、と現実逃避気味に考えてみるが、なにやら興味津々で自分を見つめてくる仲間たちに予定の変更を告げなければならないことに微かに頭痛を覚える。

・・・

「はぁ!?予定が入って行けねぇ!?」
 率直に予定が入ってしまったことを告げると自分の相棒、火神が驚いた表情をしている。

「うーん、一応部の予定なんだけどなあ…」
 リコが眉を顰める。練習に関係ないとはいえ、団体行動を養う目的もあるのだが、用事があれば強要することもできない。
「まあまあ、いいじゃないか。その日じゃないといけないわけでもないんだし。用事ならしょうがないさ。」
 木吉がとりなすようにリコと火神を宥める。
「だが、急だな。なんの用事なんだ?縁日とか言ってたが…」
 伊月は否定するようなことを言いたくないが、急に入った私用で足並みが乱れるのを嫌っているのだろう、困り顔ながら尋ねてくる。

「フッフッフッ…オレ分ったよ。」
 小金井が猫口をにんまりとしながら楽しそうにしている。小金井の言葉に一同が視線を向ける。
「縁日ということはデート!ずばり桐皇の桃井ちゃんとのデートだろ!」
「「「なにぃ!!?」」」」
 ズビシと効果音がつきそうな勢いで黒子を指さし小金井が宣言すると周りの皆が驚愕に顔をひきつらせて騒ぐ。ガバッっと勢いよく黒子を睨み付けると

「いえ、違います。」
「あれっ!?」「「「違うのかよ!」」」
 あっさりとした調子で否定の言葉が返ってきた。小金井が呆気にとられ、日向たちも思わぬ肩透かしにツッコミがはいる。

「だが、縁日には行くんだろ?」 
 立ち直りが早かった伊月が尋ねてくる。彼も、自称彼女を宣言していた桃井であると考えていたため、それ以外の人物が思い浮かばず困惑する。

「ええ…まあ…」
 あまり答えたくはないが、縦社会の部内で先輩の質問をはぐらかすわけにはいかず、歯切れ悪く答える黒子。
「え~、じゃあ誰と行くんだよ?」
 当て推量が外された小金井が尋ねてくる。周りのみんなも興味津々といった風に見ている。しかたなく、

「星井さんです。」
 簡潔に名前のみを告げる。告げられた名前に、一同がはてなを浮かべる。黒子の交友関係を完全に把握している訳ではないので突然告げられた固有名詞に戸惑っていると、

「それってたしかIHの時に居た子じゃないの?アイドルの。」
 黒子にとって都合の悪いことにリコが思い出してしまう。リコの言葉に、降旗たちが色めきだつ、

「星井って、まさか星井美希!?今絶好調の!?」「ウソだろ!!?なんで黒子が!?」「ちくしょう!黒子死ねばいいのに!!」

 芸能関係に疎い、火神や木吉はあまり反応を返せないが、降旗たちの様子にどうやらかなりの有名人であることを察する。
 伊月や日向もあまり詳しくないようだが、河原がさしだすように持ってきていたグラビア雑誌の美希の特集コーナーを見せている。

「いつの間に連絡先なんて交換してたんだ?」
 反応の薄い火神が黒子に尋ねる。
「…先日、試合の時に応援に来ていてその後です。」
 親密になったのはそれよりもかなり以前なのだが、騒ぎを大きくするのも嫌なのでとりあえず端的に答える。

「はいはい、まああの小娘じゃないなら、誰とつき合おうが、バスケに障りがなければいいじゃない。」
 騒ぎ立てる男どもを鎮めるように手を叩きながらリコが閉めようとする。仕方ないだろうといくら個人的な関係とはいえ、宿敵のチームのマネージャー―というだけでなく個人的な私怨も含めて―桃井と大会間際に接触しているのはマズイが、それ以外であるならば関与する必要もないし、相手がアイドルでは忙しいだろうし、とあっさりとした対応をとったのだが、

「しかし、すごいなこの娘…これでまだ中学生!?」
「86のFカップって…」
 
 雑誌を覗き込んでいたあたりから聞こえてきた呟き、主将兼おとなりさんのごくりと唾を飲み込む音がやけに耳に響き、知覚した瞬間、阿修羅が降臨していた。

・・・

「それで…?」
「あの…カントク…?」
 死屍累々の山を背にした阿修羅が右手一本で黒子の頭部を掴み、宙にぶら下げている。仲間の頭部からミシミシという音が聞こえながらも、惨劇を免れた火神や木吉、水戸部、小金井は惨状を目にして動くことができない。

「小娘といい、そいつといい、そんなに、巨乳がいいのかしら黒子君?」
 にこやかな表情とは裏腹に右手の圧力は物凄い勢いで強まっていっている。
「あっ、いえ、そういうわけでは…」
「それともロリ好みなのかしら?」
「………」
 高校一年生と中学三年ではロリにはなるまい。弁明を試みる黒子だが、メキョと響いた音とともに中断される。はからずもすでに屍の山の一部となっている同級生の叫びは実現されようとしていた。


…後日、大会に向けたハードな練習がより一層の過激さを帯び、毎日のようにコートには黒い染みのように成り果てた影の姿があったとか…



[29668] 第29話 相変わらずですね
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/11/20 20:56
「いいのかな、あれ…」
「よくないだろ。」
「じゃあひびきん、止めてきてよ。」
「うぇ!?いやそれは…」
「仲のよいことはいいことではありませんか。」
 春香が苦笑いの表情でつぶやき、響がそれを否定する。否定の言葉を聞いた真美が響に提案をするも、響はしり込みしている。高音に至っては、現状を、パパラッチの脅威があることも、周囲に大勢の一般人がいることも忘れたコメントを述べている。
 彼女たちの目の前にいるのは、

「すごーい!テツ君!」
「ありがとうございます。」
 屋台の水風船を大量にせしめ続けている影の薄い少年とその横で嬉しそうにはしゃいでいる美希だった。


第二十九話  相変わらずですね


「…うまいんですね。黒子君。」
 結局、店主に泣きがはいりかかるくらいまで取り続けた黒子だったが、そんなには持てないということで適量のみいただき、縁日を楽しんでいる。美希は嬉しそうに黒子の腕にへばりついており、春香が数歩離れたところから話しかける。

「ええ、まあ…」
 黒子もやりすぎたと感じているのだろう、少し照れた様子で歯切れ悪く返答する。ご機嫌の美希は、あちこちに目を向けており今も面白そうなものを見つけたのか駆けだしている。

「ここの縁日には…以前も来たことがあります…」
 美希が離れ、その様子を見ている黒子が懐かしそうにつぶやく。春香たちはその横顔に懐かしさと悲しみの様な感情を感じたが、

「テツ君!こっちこっち!」
 美希が嬉しそうに黒子を呼んだ時には、すでにいつもの無表情へと変わっていた。

 

美希が並んでいた店で飲み物を買って、次の目的地を探してあたりを見回すと。

「いた!見つけたテーツ君!」
 嬉しそうに弾んだ声で黒子にとっても、美希にとっても見覚えのある人物が駆け寄ってきた。その人物は立ち止まる様子もなく全力で駆け寄ってきて、

「会いたかったー!!テツ君!」
 飛びつきながら黒子の顔面に抱き着いた。
「苦しいです。桃井さん。」
 抱き着かれた黒子は、表情を変えずに抗議の声を上げる。抗議の声を上げたのは黒子だけでなく、

「むー!美希のテツ君とっちゃやー!」
 美希が体に抱き着くようにして黒子を引き寄せる。間で引っ張られている黒子がかなり苦しそうな表情をしているが、


「…あちらの方は?」
「えーっと、桃井さつきさんっていって、たしか桐皇バスケ部のマネージャーだったと思います。」
 面識のない高音は突然現れた人物に戸惑っており、春香も戸惑いながら紹介する。真美と響は、突然の修羅場を楽しそうに囃し立てている。
 助ける者のいない黒子は、修羅場にしどろもどろになる…こともできずに色々なところを圧迫されたまま三途の川を渡ろうとしていた…



「ゲホっ…こんにちは桃井さん。」
「あはは、ごめんねテツ君。」
 川を渡りきる前になんとか戻ってくることができた黒子は、ようやく二人から解放され仕切り直しの挨拶を交わす。ただ黒子の横では、むーっという音とともに桃井を睨み付けている美希の姿があるのだが…
「よかった。この前は会えなかったけど、今回はちゃんと会えたね。」
「…そうですね。」
 少し前、誠凛は慰安を兼ねた温泉合宿で桐皇と鉢合わせたのだが、その際桃井は黒子と会うことができず、温泉内でリコとバトルを繰り広げていたのだった。黒子が会ったのは、

「今日はお一人ですか?」
「…ううん。あいつと一緒なんだけど…」
 人物を省いた会話でも、思い浮かべた人物は同じのようだ。

「というか聞いてよテツ君!あのガングロ、久しぶりに一緒にでかけようって言ったら、一人で行って来いとか言うんだよ!」
「…」
 一人白熱し始める桃井に、黒子は無反応で耳を傾ける。

「テツ君も、またここに来てるかもしれないと思ったから…」
「…二年ぶり…ですね。」
 彼らが来たのは二年前、彼らをつなぐ絆が崩壊し始めた夏が終わったころ。だんだんと孤立し始めていた青峰を無理やりに二人で連れ出したのがこの縁日だったのだ。
 その時にはすでに彼は笑うことを忘れ、なにが好きなのかもわからなくなっていた。それでも…それでもまだ、彼らは信頼し合っていると思っていた。
 
 黒子が沈鬱な表情でうつむいてしまい、美希ですら話しかけ辛い雰囲気となりかけていた。そんな空気を作ってしまったのをまずいと思ったのか桃井が無理に明るい笑顔を作って話し出す。

「アイツ、相変わらず赤点ギリギリで、これに来なかったら、ノート見せてやんない!って言ったらようやくついて来たのよ。」
「…相変わらずですね。」
 桃井の言葉に黒子も苦笑する。中学の頃も青峰の成績は悪かった。常に授業中に寝ており、テスト前には桃井にノートを見せてもらってギリギリで赤点を回避する。懐かしい思い出に哀愁を漂わせながらも笑みがこぼれる。
「ホント相変わらず…練習サボるし、試合も適当だし…」
 桃井の言葉に再び重い空気が流れそうになってしまう。話していてそのことに気づいたのだろう、慌てて話題を変える。

「でもアイツ、着いた途端にメンドクセーとか言って!…女の子を一人にするなんてどうなの!? あのガングロクロスケ!」
 どうやら着いて早々はぐれた、というよりどこかにエスケープしたらしい。その容姿からナンパされることも多い桃井はナンパ避けも兼ねて誘ったのだが全くエスコート役にならなかったようだ。
 怒りが再燃してきた桃井の後ろから、

「だれがガングロクロスケだ。」
 話題の人物が不機嫌そうな顔でやってきた。



・・・


「ったく…めんどくせーな、さつきのやつ…」
 周りには縁日を楽しむ笑顔が溢れる中、気だるげな表情で歩く長身の男の姿があった。テストノートを人質にされたためやむなくやってきた青峰だが、かなり憂鬱な状態だった。
 着いた先はいつかの縁日。自分にとって二度目の全中が終わり、孤立を深めつつあったころ、二人に引きずられるようにしてやってきたのがここだった。


 あの頃自分はかつての相棒をどう感じていたのだろうか…
 自分の力が開花し始めたころ、それでもまだ彼を信じていた。いつかきっと自分だけの力ではどうにもならなくなる時がくる。そのときに彼がいればどんな相手にだって負けない。拳を合わせた彼は言っていた

【青峰君よりすごい人なんてすぐ現れますよ。】

…だが、そんな相手は現れなかった。自分を苦しめたかつての相手も、成長し始めた自分の前に戦うことすら放棄した。
 どんな相手だろうと、自分一人に敵うやつはいない。相手になるどころか、相手のやる気すら奪ってしまう。
 自分は一体、バスケの何が好きだったのだろう…なぜ今もまだ、バスケを続けているのだろう…

……きっと自分はまだ、あの言葉を…

 懐かしい光景に柄にもないことを思っていたことに気づいた青峰は舌打ちをして、感傷を振り払う。
 少し離れたところに自分をこんなところに引っ張ってきた元凶が居る。その横に居るのは…

「…ちっ。」
 今度の舌打ちは先ほどよりも大きくなっていた。悪人面という言葉がぴったりくる彼の表情に周りの人が避けていく。
 放置して帰ろうかとも考えたが、それでは後々厄介なことになると考え、早々に回収すべく歩み始めた。しかし

「いたいた。ん…なんか面子が違うな…まあいい、もめごとを起こしているようだし、ネタにはなるだろ。」

 道から少し離れたところで、怪しげにカメラを構える男に気づいたことで彼の足は止まる。カメラを構える男に気づいた様子もなく桃井たちは騒いでおり、金髪の少女と桃井が黒子をとりあっている。

「…ちっ、めんどくせー。」
 進路を変えて彼は、道から外れる。


・・・


「よう…テツ。」
「青峰君…」
 不機嫌そうな顔をした青峰が現れたことで場の空気が凍りつく。だがそれは青峰が放つ空気というよりもむしろ黒子から放たれたもので、思わず美希も黒子から身を離す。

「ちょっと青峰君!どこ行ってたのよ!?」
 桃井は慣れているのか、青峰を問い詰めるように近づき怒鳴っている。
「あぁ!?どうでもいいだろ?んなの。」
 桃井に責められる青峰は、気だるげにはぐらかす。青峰はわずかに視線を元来た方向に向け、なにかを確認するとすぐに視線を黒子に戻す。黒子も同じ方向に視線を向けるがすぐに厳しい視線を青峰に向ける。

「この間は途中で邪魔が入ったが、今度はいねぇみたいだな。」
「ええおかげさまで…今日は別行動です。」
 前回、宿で出会ったときには、途中で火神が割り込み二人の会話は三人の会話へと変わってしまった。

「…そういや、あのドライブ。たしかオレたちと戦うための技とかほざいてたな。」
「はい。」
 中断された二人の会話が時をおいて続けられる。細かい事情の分からない美希たちにも、どうやら二人が黒子の新技、バニッシングドライブについて話していることは分ったようだ。ただそれでも二人の雰囲気に口を挟もうとはしない。

「フッ…なめてんじゃねぇぞ、テツ。」
 笑みをこぼした青峰は、すぐさま表情を変えて黒子を睨み付ける。その表情に春香や響たちがたじろぐ。
「なめてはいません。」
 視線を受けた黒子は、無表情ながらも厳しい視線を返す。
「言ったはずだぜ。お前のバスケじゃ、勝てねえよ。」
 鋭い眼光が交差する。

「テツ君は負けないもん!」
 それまで気圧されていた美希が黒子の隣から声を挟む。それにより空気が破られ
「そうだぞ!練習サボるようなテキトーなやつに負けないぞ!」
 響や真美が睨み付けるように青峰を見ていた。敵意むき出しの二人とは別に、春香はおろおろとしており、高音は静かな表情ですっと前に進み出る。

「青峰さん…とおっしゃいましたね。」
 高音の凛とした声音に青峰が表情をそのままに視線を向ける。
「負けず嫌いなのは結構ですが、それならばなぜ真摯に向き合おうとしないのですか?」
 続く言葉に睨み付けるような視線は薄れたものの、プレッシャーが増す。視線を逸らしたのは青峰ではなく黒子と桃井。

「…かはっ、笑わせるぜ。」
 しばらく高音を見ていた青峰は突如、口元を歪ませる。その様子に高音のみならず春香たちも訝しげな表情となる。
「真摯に向き合う?テキトーなやつに負けない?それじゃあ、オレに勝てたやつが居たかよ?」
 青峰は嗤いながら吐き捨てる。その言葉に響がIH準、優勝であることを指摘しようとするが、それが不戦敗であることを思いだして言葉を止める。

「練習なんざ必要ねーだろ。テキトーに流してやっても退屈しのぎにすらならねぇんだからよ。」
 心底つまらないというかのように吐き捨てる青峰。黒子と桃井はぐっとこらえるように言葉を飲むが、

「美希的には、それって違うと思うな。」
 いつのまにか再び黒子の隣に並んでいた美希が、真剣な表情で否定する。

「テキトーにやったり、試合で手を抜いたりしても、誰も楽しくないし、戦ってる人だって嬉しくないと思うの。」
 適当にやっていればいいと思っていた。楽に生きていければいいと思っていた…でも、みんなと一緒に過ごしてきた時間が彼女を変えた。みんなと一緒に頑張ったからドキドキして、わくわくして、そして楽しかったのだ。それを教えてくれたのは彼女の隣に立つ少年だった。
彼女たちが見てきた試合が、その選手が、スゴイと思えたのは、誰もが真剣にやっていたからだ。
 春香や響、真美、高音も同意するようにまっすぐな視線を青峰に向ける。いつか木吉が言っていたように、誰もが一生懸命だからこそ、スゴイと思えたのだ。

「…マジメにやって、なにが楽しんだよ。」
 わずかに俯き呟いた青峰の表情は、暗くなり始めた景色に紛れてうかがい知ることはできない。だが、その言葉に悲しみを感じ取った美希は追及を止めて黙り込む。だがすぐにその雰囲気は消え去り憎悪ともいえる感情が吹き荒れる。
「どいつもこいつもヘボばっかだ。オレの欲しいもんはぜってぇー見つかんねぇ。」
 憎々しげに告げられた言葉と表情に春香たちが脅え、たじろぐ。

「オレに勝てるのは、オレだけだ。」
 青峰の圧倒的な存在感に春香たちが気圧される。だが、
「…いいえ。今度こそ、負けません。」
 黒子が一歩前に踏み出し応じる。黒子の挑むような真剣な眼を見て青峰は、ふっと笑う。

「…いいぜ。反論はコートの上で聞いてやるよ。」
 青峰は踵を返して立ち去って行く。
「ちょっ、青峰君!」
 置いて行かれそうになった桃井が慌てて後を追う。だが、途中でくるりと振り返った桃井は、
「それじゃ、ごめんねテツ君…またね。」
 少し悲しそうな笑顔で別れを口にする。
「はい…今度は、WCの会場で。」
 桃井が謝ったのはなににたいしてなのか。慌ただしく去りゆくことか、再び戦うこととなる未来に対してか、それとも…
 二人を見つめる黒子の眼は怖いくらいに真剣な眼をしており、それを悲しそうに、羨ましそうに美希が見ていた。





おまけ


「くっそ。なんなんだ、あのガキ!」
 先ほど少女たち、正確には高音や美希たちをつけ狙っていたカメラマン、が慌てた様子で駆けていた。思い出すのは先ほどの光景、なにやら一般人と思しき少女と765プロのメンバーが言い争いをしており、スクープの予感に期待したのだが、

【よう。おもしれぇことやってんじゃねぇか。】
 突如として自分の肩にもたれかかってきた男が耳元でささやいた。自分には柔道黒帯としての経験があるとか、こんな人が大勢いる場所でとか、そんなことなど無関係に圧倒するような存在感に冷や汗が止まらなくなってしまった。

【女子高生趣味とは大層だな、オッサン。】
 違う。と言いたかった。自分はカメラマンなのだと。仕事で来ているだけだと。だが蛇ににらまれた蛙のように動けなくなってしまった。

【アンタの趣味なんざ知らねェが…さつきに関わるのはやめときな。】
 さつき…というのはあの見知らぬ少女のことだろうか。あんな一般人なんて知らない。自分の関心は765プロにあるのだから。

【今、イラついててよ。オレと遊んでみるかよ?】
 その言葉が本気かどうかは分らない。だがちらりと見えた横顔は玩具を見つけた子供の様に見え、その存在感とあいまって恐怖心をあおった。

 思わず組まれていた肩を振り払って逃げ出した。行先など考えずに走るといつの間にか縁日の屋台から遠ざかり墓場に来てしまったようだ。人気がなくなったことで落ち着きを取り戻したのか息を整えるために足を止める。

「はぁ、はぁ……うん?あれは765プロの…」
 俯けていた顔を上げると離れたところに先ほど居なくなっていたメンバーの一人がいた。どうやら墓参りをしているらしく、親族の墓だろうか、水風船を供え物にしている。

「墓参りか…ん?」
 パパラッチとしての習性から身を隠すようにして様子を伺う。するとターゲットの背後から彼女とよく似た面差しの女性が近づいている…



・・・・

 後日、悪徳パパラッチとして男は、一日警察署長を務めた高音と網を張っていたプロデューサーによって取り押さえられ、騒動は一旦の終結を見るのだが…




[29668] 第30話 さっきからオレばっか
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/03/29 19:43
オォオオオオ…

「黄瀬ェ!」
「青峰っち…!!」
 一瞬も気が抜けない…頭が割れるように痛い…

「オァアアア!」
 かつて憧れた存在が今、全身全霊で自分を狩ろうとしている。

「あぁあぁあぁあ!!!」
 コートの隅に追い込まれた。切り返すために踏み込んだ脚は今にも崩れようと震えている。
気合いとともに体を返し、コートの隅からからボード越しのシュートを放つ。ボールはしばしためらうように枠の上を転がった後、抵抗を諦めたかのようにゴールへと転がり込む。

かつてないほどの疲労に息が切れる。空気を求めるように自然と顎が上がる。ともに戦う仲間も疲労の色が濃い。
今気を抜くわけにはいかない。みんなはこの瞬間のために、自分の穴を埋めるように奮闘してくれた。今も自分を信じてくれている。


待ち望んだチャンスがやってきた…
相手のミスからボールを奪い攻め込む。対峙してくるのはやはりあの人。

かつて憧れた人…その力に憧れた。その姿に憧れた…なによりも一途なまでのその思いに惹かれた。
シロート同然の自分に対しても、笑いながら闘いを受け続けてくれた。圧倒的な力差がありながらも、叩き潰すように常に全力を出してくれた。誰よりも強く…誰よりもバスケが好きだった。
‘彼’を引き抜きたかったのは、もちろん一緒にやりたいと思ったからだ。だが…もしかしたら…自分はこの人になりたかったのかもしれない。‘彼’を相棒とすることができれば、影を独占できれば、自分もこの人のように、誰よりも強い光になれると思ったのかもしれない。

距離が縮まる。近づいた筈のあの人との距離は…遠くに感じる。なにが悪かったわけではない。いや…もしあの頃の自分にもっと力があれば…この人が闇に引き込まれることはなかったのかもしれない。この人が孤高を選んでしまうこともなかったのかもしれない。

【オレに勝てるのは、オレだけだ。】
 今の自分にならわかる、あの言葉はきっと…だれよりもバスケが好きだった彼が、一番信じたくなかった言葉なんだ。
 
 二人の間で読みあいが繰り広げられる。だが合わせ鏡のような二人の読みあいはただの堂々巡りになるだけだ。

 闇に引き込まれる寸前だった自分を引き上げてくれたのは紛れもなくこの人だ。この人がいたから、自分は笑っていられる。バスケが好きになった。仲間ができた。

 フェイクにいれた視線の先に、仲間が走っている。頼りになるキャプテン。いつも自分を怒鳴ったり、殴ったり、酷い人だ…自分ひとりで思いを背負って、誰にもそれを背負わせないようにして…本当に…
 試合前に聞いた独白。きっと自分はまた一つ変われた。‘彼’と出会えたのも、‘彼女’に惹かれていったのも、今の仲間と巡り合えたのも、始まりはこの人。

 だから今度は…自分がこの人を変えたい。いや、思い出させたい!憧れるのはもうやめる。自分が憧れたのは今、目の前にいる存在ではないのだから。

【理屈で本能抑えてバスケやれるほど…】
 そうッスね…
 自分の意志とは裏腹に、パスを出すはずの腕はボールを離すタイミングをずらす。

 はたから見ればなにをしてるのかと思うかもしれない。千載一遇のチャンスで、絶好の位置にいる仲間をブラフにして、こんなトリックショットを狙うなんて。しかも見なくてもわかる。

 これは外れる。今の自分の力じゃこれが限界。自分には影がいないから。

 でも大丈夫。きっとそこには

「早川センパイ!!」
 重荷は一人で背負うもんじゃないッスよね。

「んっっが―――!!!!」
 今の自分には信じられる仲間がいるから。だから戦える。祈ってくれるあの娘がいるから、今以上の力を願う。

 残り6点差。みんなが残った力を絞り出すように駆けまわる。みんなが狭めたコースが自分にまたチャンスをくれた。
 距離は遠い。こんな距離、冗談以外でやったことはない。
 でもできるハズ。
 
 ただ自分のためだけじゃなく、力を求めてあるべき姿を幻視する。

 センターラインから放ったボールは、幻視した軌跡のままに舞い上がる。

 占いも見てないし、ラッキーアイテムもなにかは知らないけど…今の自分にはそれよりも大切な女神がついているから…


 あと三点。


 悪寒が背を駆け抜ける。振り向いた視線の先にいたのは、あの人だ。


 でも…なんだアレは!?

 今までとは違う。かつての彼とも違う。きっと自分が憧れた、その先にあった姿だ。

 目で追うこともできない程のスピードでキャプテンと小堀センパイが躱される。ゴールとの間に割り込むように飛び込み、再び距離が縮まる。

 !!!!?

 激突するかと思われたあの人は、空中で自分を躱してダンクを決める。

 分かってしまう…やっぱりこの人は、最強なのだと。

 それでも終われない。
絶望の闇が迫る中、闇を払うように振り切った腕に感じたのは… 今まで感じていた手ごたえではなく、超えてしまった感触だった。
 ボールが手から離れた瞬間、激痛を知覚するとともに結末が分ってしまう。予見した通りにボールはゴールに入ることなく、弾き飛ばされた。
 腕には振り払ったはずの闇が激痛とともにまとわりついている。


…自分のミスだ。なにが仲間を信じるだ。結局自分は、変わってなかった。自分の弱さが、キャプテンの背負った思いを壊してしまった。自分がもっと強ければ…


…自覚すると闇が広がった気がした。

 この勝負はもう…

「涼ッッ!!!!まだ…まだ終わってない!!」
 声が聞こえる。広がっていた闇が引いていった。泣きそうなほど必死な声が、自分を導いてくれる。
 
「切りかえろ!試合はまだ終わっちゃいねーぞ!!」
 後ろから頭を押さえつけられるとともにキャプテンの声が響く。顔を上げるとみんなが自分を見ている。
 その眼は…信頼の眼差しだった。必ず自分は立ち上がる。最後の瞬間まであきらめない。そう信じ切った眼だった。


   そっか…

 自分に必要だったのは影じゃなかったんスね…

 あの頃も、今も、自分を救い上げてくれるのは…光なのだから…


「だから、負けるだけならまだしも、オレだけあきらめるわけにはいかねーんスわ。」

「敗因があるとしたら、ただ、まだ力が…足りなかっただけッス。」
 そう、まだ力が足りなかったのだ…彼の眼を覚まさせるだけの力が…

・・・・


 ガバッ!!


「あー…ひどい汗ッスね。」
 伸ばした腕が、宙をさまよっている。もう冬だというのにひどい寝汗だ。時計を見ると、いつもの早朝ロードワークの時間に少しだけ早い時間だ。

「まっ、どうせ汗かくし…」
 シャワーを浴びたいところだが、浴びてからロードワークというのもおかしな話だろう。仕方ないのでそのままジャージに着替えて外にでる。
 テンションは高い。今年の‘冬’はもう間近まで迫っており、きっと最初で最後の戦いになるのだから。かつての仲間たちが全員集う戦い。でも…


【…今大注目!男の子のような女の子。菊地真君。そのたたずまいは、まさに王子様!コアな女性ファンが急増中なのも頷けます…】
 ロードワークから帰り、朝食を済ませていると流れていたのは、あの娘のニュース。誠凛の試合観戦の時以来会っていない。自分も彼女も忙しくなっているから。

 夢見が悪かったせいか、どことなく息苦しい感情を抱いたまま朝練に向かっていると、携帯が着信を知らせてくる。どうやら電話らしく、しばらく待っても途切れない。仕方なく表記を見ると、そこにあったのは…



第三十話 さっきからオレばっか

「きゃぁあああああ!」
「ご、ごめん、ちょっと…通して…ははは…はぁ。」
 765プロ事務所前で大勢の女子ファンの待ち伏せにあった真はスマイルを返し、手渡されたたくさんのプレゼントを抱えながらもなんとか事務所に身を滑り込ませる。多少引っ張られたのか、紺色の上着は多少乱れた状態で、変装用にかぶっていたラセットブラウンの帽子はずり落ちそうになっている。


「毎度のことながら、大変だねぇ。」
「これじゃ身がもたないよ…」
 疲れた様子でソファーに身をうずめた真に、お茶を渡しながら春香が声をかける。帽子をとりながらぐったりといった様子で真が返すと

「たしかに。」
「でも、それだけ人気がでてきたってことじゃない?」
 千早が同情するように同意してくれるが、春香は人気が出てきた現状が嬉しいのだろう明るい声で尋ねてくる。
 ソファの上で身を預けるようにクッションに身を沈めた真は、
「はぁ…ホントは、王子様じゃなくて、お姫様になりたいんだけどな…」
 憂鬱な表情で溜息をつき、帽子を抱え込んだ真が呟くように心情を吐露する。
 誠凛のWC進出決定から数週間、彼女の思い描く王子役から音沙汰はない。

・・・


「な、なに!?あなたたちは!?」「ふふっ、あんたに恨みはないが、ちょっと頼まれたもんでね。」
「た、助けて!誰か!!」「やめたまえ!」「お、王子様…嘘でしょ!?」「なにが王子だ!ぶっ飛ばしてやる!」「ヒヒィィン」「ぶふぁ。」「くそっ、覚えてやがれ!」「口ほどにもない奴らだ。」「きゅん…これって…恋…かも…」

「いいなぁーボクもこんな出会い、してみたいなぁー。」
 本日購入したばかりの少女漫画雑誌を春香や千早、プロデューサーに聞かせるように音読していた真は、掲載されていた漫画の不良にからまれた少女と白馬に乗った王子の出会いに感動している。

「馬と?」
「王子と!」
 春香の天然の入った疑問に、やや怒ったように言い返す。

「そもそもどうしてその王子様とやらは、馬で登校してるんだ?校則違反だろ。」
「馬も、生徒らしいですよ。」
 プロデューサーが突っ込むなよ!と言いたいところをあえて突っ込んで千早が真から聞いた設定を注釈する。

「黄瀬君との出会いって、そんな感じじゃなかった?」
 二人のやりとりを他所に春香は春先のことを思いだして問いかける。たしかあの時、夜の公園で、ガラの悪い男にからまれていたのを颯爽と助けてくれたのがそもそもの出会い。まさに真が読んでいた漫画通りの出会いだったのだが…
「…そうなんだけど…涼って、ホントにボクの事、女の子として見てくれてるのかなぁ…」
 ソファの上で膝を抱え込んで呟く真。否定しようとした春香は、ふと今までの黄瀬の態度を思い返してみた。

 黄瀬の真に対する評価:おもしろい子。
 呼び方:真っち。
 あいさつ:拳を打ちあう。
 黄瀬と真が約束してでかけた場所:バスケ会場のみ。(しかも同伴者多数)
 プレゼント:多分なし。
 告白:多分…なし…

「…」
 男友達に対する態度のようだ…
フォローできずに黙り込んだのは春香だけではなかった。千早とプロデューサーも黙りこむ。

「みんな見かけで判断するんだよな。ボクにだって女の子らしい部分はあるのに、みんなそういうところは見もしないで。」
 座り直して、頬づえをつきながら、多少やさぐれた表情で拗ねている。どうやら春香たちの考えたことを一番意識していたのは当人だったらしい。

「まあ…そうだけどな。」
 苦笑しながらプロデューサーが答える。他ならぬ彼自身がそういった仕事を真に取ってきているのだから…
「応援してもらってることはとっても嬉しいんです!でもボクだって女の子なんだから、女として応援してほしいっていうか、扱ってほしいっていうか…別に男の子だけに応援されたいってことじゃ、全然なくて…なんというか、その…極端だと思うんですよ。ねえ、聞いてます?プロデューサー!」
 おざなりといった風情の返答に、ムキになって言い募る。だがスケジュールの確認を行いながら耳を傾けているプロデューサーにはいまいち真剣味が伝わっていないようだ。
「聞いてるって。」
 それでもスケジュール帳から視線をそらそうとしないプロデューサーに真は
「ボクだって、こうフリフリの服を着て、キャピキャピーって感じでポーズをとれば…」
 跳び上がるように立ちあがった真は、3の字の口で不満を表しながら、本人曰くキャピキャピーって感じのポーズを極めているのだが…

<~~~~~~~~~>
 その横では、つい最近放送が始まった真の歯磨きのCMが流れる。画面の中の真は、清涼な感じの服装で凛々しいポーズを極めている。しかも謳い文句は「真王子の南極歯磨き」となっている。

「ポーズをとれば?」
 画面に視線を向けたまま固まった真、プロデューサーも画面に視線を向けたまま真の言葉の続きを尋ねるが、
「カッコいい…」
 同じように画面を見ていた春香が呟くように回答する。その言葉に異論を唱える者はいないだろうという男らしさだ。

「くぅ…うぅ、やっぱりボクって…」
 本人にもそれは分ったのだろう。項垂れた状態でソファーに沈み込む。
「気にすることないよ。真はそれでいいんだから!」
 なんとかフォローしようと春香がためらいがちに言う。今日の真のテンションはどこかおかしい。浮き沈みが激しいというか…
「春香はどう見られたいのさ?」
 恨めし気な眼で春香を見ながら、呻くように真が尋ねる。
「えっ?」
「あるでしょ?アイドルとしてどんな風にみんなに思われたいか、って。」
 その表情に思わずひいてしまった春香に、迫るように真が問いかけてくる。
「私は…どうなんだろ?」
 考え込むように首を傾げる春香。だがアイドルということ自体が理想の春香に、どんな風にという具体像は思い浮かばないようだ。

「大丈夫だよ真。」
 机の対岸からプロデューサーが涼しげな顔で宥めてくる。二人が視線を向けると
「最近は真も、色っぽくなってきたって評判だぞ。」
 スケジュール帳に書き込みをしながら、軽くといった風にコメントする。

「ふぇ!そ、そうですかね?」
 プロデューサーの言葉に、猫耳が立ち上がらんばかりに反応する真。春香はなんと言ったものかと反応に困っていると、咳払いとともにプロデューサーからアイコンタクトが送られる。その意思を汲んだ春香は、

「そうだよ…やっぱり恋する乙女は違って見えるんだよ!みんな、言ってるよ。」
 口にしてみるといかにも説得力のありそうな言葉に感じた。ただ、視線はついつい今日の真の服装に向いてしまう。カーキ色のチェックのシャツに紺色のジャケット、ズボンも極まっていてまさに女の子にとって王子的な格好に思えた。

「ふぇえ!こ、恋って…でもそっか、そうだといいんだけど…そうか~、みーんな言ってるのか~。」
 ただ春香の言葉は、本人にとってかなり良かったらしく、照れながらも満面の笑みで表情を崩している。その様子を見て。
「単純で助かった…」
 プロデューサーは、喜びでいっぱいの真に聞こえないように小声でつぶやく。春香もあっさりとプロデューサーの罠にかかってしまった真に苦笑する。だが、満面の笑みで猫のように喜ぶ真を見ていると
「ふふ…でもホントに可愛くなってますよ、真。」
「えっ!?」
 やはり可愛らしくなっていると思える。真の想像するお姫様らしい可愛さとはきっと違うが、それでもその魅力に気づいている人はいるはずだ。


 一通り喜んで落ち着いた真。プロデューサーも準備が終わり、仕事の時間が近づいてきた。今日の仕事はプロデューサーと真、二人で行くことになっており、嬉しそうに真とプロデューサーが出ていく。


「は~あ。王子様、か…」
 会場に向かう車の中、真は今日の仕事の流れを確認しながら溜息をつく。手元にある構成台本のタイトルは、「王子様の昼下がり~特集・イケテル貴公子大集合!~」。
「なんだ、まだ言ってるのか。」
 助手席で呟く真の言葉に、プロデューサーが呆れ気味に返す。
「だって、お姫様みたいになりたくてアイドルになったのに、王子様になっちゃうなんて…変な感じ。」
 すねた口調の中には、幾分以上にさみしさが込められいた。
「いいじゃないか、王子様なんて、誰にでもなれるもんじゃないぞ。」
 励ますプロデューサーの言葉は、しかし真の気分を浮上させてくれるものではない。
「とりあえず今日の仕事に集中していこう。」
 知らされている出演者の中に、自分の願う王子の名はなかった。きっと彼は近くに迫った決戦に夢中になっているのだろう。悪いことではない。そんな彼を凄いと思えたのだから。
 一途なまでの真剣さに惹かれた。憧れの存在を否定しても、限界を超えても、それでもなお戦う姿に憧れたのだから…それでも…彼の中に、女の子としての自分が居ないのは…さみしい。

・・・ 

 会場に入り、出演者たちの顔が分かる。もうすぐ本番の収録が始まるのだが…合わせの段階から分っていたのだが…驚きと嬉しさは止まらない。

「特集、イケテル貴公子大集合。まずは今、人気絶頂のジュピターの三人です。」
 一つ目の驚きはこちら。もっともこの企画の趣旨を考えれば、人気の高いジュピターが呼ばれるのは自然な流れかもしれない。真の感想とは裏腹に周囲の反応は良好で、観客の女性から歓声があがる。
「いや~、相変わらずすごい人気ですねぇ。」
「ありがとうございます。」
 司会者の言葉に卒のない対応で天ケ瀬が対応し、その後ろでは御手洗がカメラに手を振っている。

「続いてはこの人、菊地真くん。」
 先ほどよりもやや高く歓声があがる。
「どうも!」
 凛々しい笑顔で対応する真、
「王子様の愛称で大人気。このコーナ初の女性ゲストです。」
「光栄です。」
 観客の女性からは「カッコいい~!」という歓声が聞こえる。

「ん~たしかに。どうです?女性からカッコいいとか王子様、とか言われるのは?」
「そうですねぇ。誰からでも応援してもらえるのはやっぱり嬉しいです。」
 爽やかな笑顔で微笑かけるように言う真に、観客は卒倒せんばかりに喜んでいる。
 
「爽やかです。さて続いてのゲストなのですが、当初お呼びしていたゲストが来られなくなりまして…急遽、お呼びしました。現役バスケット選手の高校生モデル、黄瀬涼太君です!」
「どもッス。」
 もう一つの驚きは嬉しい驚き。観客から真やジュピターの時にも劣らない、いやそれ以上の声援が飛ぶ。

「いやー、ジュピターや真くんに劣らぬ人気ぶり!黄瀬君は大会が近い、ということで当初来られなかったのですが、諸事情からゲストのお一人が来られないということを含め、お伝えしたところなんと快諾!普段は雑誌への出演がメインということですが、テレビ出演の感想はどうでしょうか?」
 経験が長くともモデル業としての活躍ばかりだった上、突発的な出演となってしまったことを気遣ってか、司会の男性が積極的に話をふる。

「たまたま練習日程がオフだったんスよ。テレビの方は、こうした形で出演するのは初めてなんスけど…まあ度胸はわりかし鍛えられてるんで。」
 多少、緊張している様子は見られるが、受け答えはいつも通りの飄々とした態度のまま。その姿に真の顔がわずかに笑みとなる。配置の関係でゲストの対角線上に位置しているが、久々に見たその姿に気分が浮上する。
 プロ意識から、あまりおおっぴらに喜びが表せない分、控えめに喜ぶ真だが、かすかに漏れ出るその微笑に女性ファンの一部が倒れそうになっている。

 一方、普段は写真撮影がメインの黄瀬は、こうして言葉が放送されるという事態に慣れておらず、見た目以上に実はテンパっていた。
 先日かかってきた電話。以前から続くこの番組への出演依頼はかなり前からあったのだが、モデル業自体を減らしているため断っていた。

だが、急遽空席ができてしまったのを慌てた番組サイドが再度打診してきたのだ。ご丁寧にも共演経験があるゲストが二組もあることを教えてくれて…

 最近会えていなかった片方とは、会えることが楽しみだが、もう一組はどうでもいい。ただ、以前765が961に嫌がらせを受けたという話を思い出した黄瀬は、依頼を了承。なにかの助けができれば、と出演することになったのだが…

(なんでさっきからオレばっかなんスか!?)
 一通りゲストの紹介が終わった後、話がふられてきて、焦りながらも対応している黄瀬だが、その内心はいっぱいいっぱいとなってきていた。
 司会は、こういう場に不慣れな上に、突発的な出演となった有名モデルを気遣っての配慮なのだが、慣れないトークを強いられている黄瀬にとっては有難迷惑だった。
 しかも肝心の真との席は、ゲストの中で対角線上のもっとも遠い位置。挙句、真の隣に座るのが懸案のジュピターときている。

「黄瀬君が近々、出場するというバスケットの大会ですが、なんと全国大会!黄瀬君は1年生ながらこの夏のIHでも全国ベスト8に貢献しており、中学時代は全国優勝の経験もあるのです。」
 頼んでもいないのに司会は、黄瀬の紹介文を丁寧にしている。しかもところどころで、

「一日どのくらい練習されているのですか?」
「上達するコツは?」
「大会に向けての意気込みは?」
 など幾度雑誌の取材で繰り返されたのか分らない質問を連発している。(司会者にとっては普段に近いやりとりから緊張をほぐそうとしているのだが…)
 内心の焦りを隠しながら司会と受け答えしていると…

「黄瀬君が逃げるもんか!そっちが卑怯な手を!」

 突然、大声で真が隣のジュピターに怒鳴りかける。驚いた黄瀬は慌てて真の方を向く。なにごとかをジュピターから話かけられていたのだろう、真が怒りの表情で天ケ瀬を睨み付けている。

司会の人は黄瀬とのやりとりを中断して真に尋ねている。
「うん?ひきょうがどうかした?」
 思わず声を上げてしまった真は、焦りながらコメントを探す。フォローしたい黄瀬だが、自分もいっぱいいっぱいで、この状況を打開できるだけのゆとりはない。

「あ、いえ…ひ、秘境探検とかしたいなって…あはは…」
 やや苦しいながらもなんとか自己フォローした真、
「秘境探検!これは男らしいコメント。頼もしい王子様です。どうですか黄瀬君?」
 司会は、流れを重視するためかさして追求せずに感心したコメントを返し、再び黄瀬にふってくる。
「!?そうッスね。オレも時間があればやってみたいッスね。」
 突然、話が戻ってきた黄瀬が驚きながらも、真と旅行ということを想像して答えると…

「おおっ!真王子と黄瀬君の秘境探検!素晴らしい企画になりそうです。」
 なぜだか、観客からは黄色い声援が飛び交い、司会者は新たなる企画の予感に目を輝かせている。 



[29668] 第31話 負けるッスよ
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/11/29 21:43
珍しいことに、どことなく緊張した様子の黄瀬が司会の集中質問を受けている。流石の黄瀬も慣れないTV出演では勝手が違うのだと思うと、なんとなく可愛く思えて笑みがこぼれる。
「おい、765プロ。」
苦笑しながら見ていると、隣から小声で話しかけられる。隣に座るのは、大変不本意ながらジュピター。話しかけてきたのは、たしか天ケ瀬冬馬。ちらりと視線をむけてすぐに、そらす。

「ちっ、無視かよ。王子様は下々のものとは話せないってか。」
「961プロと話すことなんかない。」
 なおもちょっかいをかけてくる天ケ瀬にとげとげしく言い返す。765プロが急成長し始めた頃から圧力をかけ始めた961プロに対してよい感情など抱けるはずもなかった。最初の事件は、雑誌の表紙のすり替え事件。
 事件はその後もあった。高音は961プロにけしかけられたたちの悪いパパラッチによってでっち上げの移籍騒動を起こされ、大変な騒ぎになっていた。
つい最近では、響がロケ中に誘拐まがいの罠で、あやうくレギュラーを降板させられそうになったのだ。しかもその事を気づかれた961プロの社長は、謝るどころか侮辱の言葉とともに圧力をしかけてきたのだ。なんとかその場は、みんなの協力で響が撮影に復帰して事なきを得たのだが、苦々しさは残った。

「なんだその言い方、汚いことばっかりしてる事務所がよく言うぜ。」
「なに!?」
 卑怯な手段に、卑怯な方法でつき合うことはない。プロデューサーがそう言ったが、みんなは納得できなかった。だが、数週間前誠凛の試合を見て思ったのだ。卑怯なことをされようと、自分たちの夢を正々堂々と貫くことがカッコいいことなのだと。
 天ケ瀬の言葉はそんな真の思いを踏みにじるような言葉だった。

「俺達は逃げも隠れもしない、こそこそ逃げ回るしかできない黄瀬と違ってな。悔しかったら…」
 思わず反応を強めてしまった真に、天ケ瀬は言葉を続ける。緊張しながらも司会とやりとりを続けている黄瀬をあごで指して嘲る。

「黄瀬君が逃げるもんか!そっちが卑怯な手を!」
 必死になって戦う黄瀬の姿を思い出す。逃げ回っているわけがない。最後の瞬間まであきらめないあの姿のどこにもそんな言葉はつけさせない。
 激高して言い返した瞬間、冷静になる。周りをみると、いきなり立ち上がった自分を少し驚くように見る顔があった。黄瀬も多少驚いた表情を向けている。


 なんとかフォローして、黄瀬も手伝って、無事に収録が終わった。しかし…


第三十一話 負けるッスよ


 収録が終わり、控室に向かっている真とプロデューサー。黄瀬と話したかったのだが、どうやら久しぶりの芸能活動のため黄瀬は関係者につかまって忙しそうにしていたため、先に帰宅の準備に向かったのだが…
「意味が分かりませんよ!汚いことをしてるのは自分たちなのに、響だって番組降ろされそうになったんでしょ!」
「まあ、落ち着けって真。」
 真が怒り心頭といった様子で廊下を歩く。隣を歩くプロデューサーはなだめるように言うが、どこかおかしいように感じていた。
 黒井社長がなんらかの嫌がらせをしているのは本人の口からも聞いたし、間違いないのだが、ジュピター、特に天ケ瀬はそんなことに加担している様子はなかった。もちろん気に障る相手ではあるのだが、正々堂々とかまるで765が悪者のように言う口ぶりからして、事実を認識していない可能性を疑っていた。

「ボク、ぜっったいあんな連中には負けませんからね!」
 ただ直情型の真は、天ケ瀬の言葉を侮辱や嘲りととったらしく、激怒している。廊下で大声で宣言した真に、

「誰に負けないって?」
 不味いことにどうやら961プロの控室付近だったらしく、ジュピターの三人が不敵な笑みを浮かべながら話しかけてくる。
「ふん。だいたい、何で勝負するつもりだ?王子様対決か?」
「くっ!」
嘲るように挑発しながら言ってくる天ケ瀬に真が言い返そうと身構える。
「ウチのアイドルを挑発するのはやめてくれ。」
 真が言葉を発するより早く、間を遮るようにプロデューサーが割り込む。
「またアンタか。」
 響のロケの際にも一悶着あったのだろう。天ケ瀬が憎々しげな表情をする。
「だいたい君は、黒井社長が俺たちになにをしたのか分かっているのか?」
「あ?おっさんが?」
 さきほどよぎった予感を口にすると、案の定、天ケ瀬は理解していないような反応を返す。だが
「お前たち、いつから低レベルのボウフラ事務所の相手をするようになったんだ?」
控室から出てきた男が蔑むように嗤いながら現れる。侮蔑の言葉を続けようとした男、黒井社長だが、

「おっ、見つけたッス!真っち…とプロデューサーさん。」
 廊下の奥から黄瀬が明るい調子で話しかけたことにより、出鼻をくじかれた黒井社長が睨み付ける。天ケ瀬も憎々しげに睨み付けている。出鼻をくじかれたのは対決の姿勢をみせていた真たちも同じで呆気にとられた表情をしている。
 
「ようやく解放されたッス。真っちたちはこの後、なんかあるんスか?せっかくなんでどっかにメシでも行かないッスか?」
 話を遮ったこと、漂う険悪な雰囲気など眼中にないかのように黄瀬が961プロの横を通り過ぎながら話しかける。だが天ケ瀬の横を通った瞬間、
「待てよ、黄瀬。」
 天ケ瀬が黄瀬の肩を掴み、話しかける。以前仕事をしたことがあると言っていたが、内容を覚えてもいない黄瀬とは異なり、天ケ瀬は随分と根に持っている様子だ。

 肩を掴まれた黄瀬は、今気づいたとでも言わんばかりの表情で振り向くと、
「…えーっと…天ヶ崎冬弥。」
 しばし首を傾げたあと、思い出すように名前を口にするが…
「天ケ瀬冬馬だ!」
「あれ?」
 いきりたつ天ケ瀬とは対照的に、おっかしいなーといった表情を見せる黄瀬。先ほどまで共演していた相手の名前を覚えていないのは…わざとなのだろうか…?と思っていると

「ようやく出てきやがったな、逃げ回るのは諦めたってことか?」
 天ケ瀬が挑発するように言う。だが、
「ま、いいや。真っち、昼飯はもう過ぎたし、この時間ならカフェとかッスかね?」
 天ケ瀬の事など無視して真に話しかけてくる。あまりな対応に真もプロデューサーも呆気にとられる。バスケの事はともかく、普段の黄瀬は人懐っこい、明るい少年だと思っていたから、なおのことこの対応に驚く。

「あ、いや、それはいいんだけど…」「テメエ!」
 真は思わず黄瀬に返すが、挑発をさらっと流された天ケ瀬はさらにボルテージを上げる。

「ふん。有名モデルともあろうものが、そのような底辺事務所とつるむなど、地に堕ちたものだな。」
 やや頬をひきつらせたように黒井社長が声を上げる。明らかな挑発の言葉に、真とプロデューサーが言い返そうとすると。

「決まりっスね。それじゃ、とっとと準備するッスよ。」
 嬉しそうに黄瀬はスルーしている。思わずプロデューサーが
「黄瀬君…」
 ため息交じりに注意を促す。二人の様子にようやく黄瀬は通り過ぎた961のメンバーを意識に入れる。

「ああ…どーでもよかったんスけど、相手した方がいいんスか?」
 背後を振り返った黄瀬の表情は、本当にどうでもいいことのように、興味のないものを見るような表情だった。

「礼儀もわきまえていないとは、かつては私の目に留まったほどの男が…まったく最良も判断できない低能な輩はどこまでも堕ちていくものだ。今に貴様も消え行く定めだ。」
 明らかに不機嫌な様子になった黒井が吐き捨てる。黒井の言葉に、真たちが驚く。かつて目に留まった、ということはスカウトされたのだろう。だが…

「真っち。やっぱそういう服、似合うッスね。今日それで来たんスか?」
 挑発の言葉がまるで届いていない様子の黄瀬の態度に天ケ瀬がいきりたつ。
「…一度は負けたがな、俺との再戦が怖くて逃げ回ってる奴がよく言うぜ!」
 天ケ瀬の言葉に黄瀬ではなく、真が沸騰しかかる。その様子に
「あいにくあんたら相手じゃ燃えないんスよ。」
 溜息をつきながら黄瀬が振り返る。ようやく黄瀬と961プロがにらみ合う構図が出来上がる。だがすぐに黄瀬の表情は楽しそうなものになり、

「逃げたっていうなら、せめてこの娘らとの戦いを避けたって言ってほしいッスね。」
 真の肩に手を置きながら笑う。黄瀬の言葉に本人以外が唖然としたものになる。
「涼!」
「はっ、そんな奴らにか。最近は、男みたいななりして王子様だとかちやほやされているアイドルがいるようだが…所詮我々の敵ではない。」
 真が驚いて声を上げ、黒井社長が鼻で笑う。
「テメエがそんな雑魚相手に逃げ回ってるってか?ふざけやがって。」
 バカにされたと感じたのだろう、天ケ瀬の表情が怒りに染まる。

「雑魚ね…じゃあ予告しとくッス…あんたらこの娘らに負けるッスよ。」
 ようやく真剣な表情で宣戦布告をする黄瀬に天ケ瀬と黒井は憤怒の表情を見せ、蚊帳の外になっていた伊集院と御手洗がおもしろそうに見ている。
「いいぜ、なら正々堂々、実力で叩きつぶしやる。」
 天ケ瀬は真とプロデューサーを睨み付けるように吐き捨てると、961プロは踵をかえして立ち去って行った。


「黄瀬君!なにをするんだ!?」「涼!なにするんだ!」
 961プロが立ち去った廊下で二人が黄瀬に詰め寄る。
「え。宣戦布告ッス」
 あっけらかんと告げる黄瀬に悪びれた様子はまったくない。
「なに勝手に布告してるんだよ!」
 真が怒鳴るが、黄瀬は真をいなすように頭に手をおくと
「だってあんなのから逃げたって言われるのも癪じゃないッスか。」
 軽く頭を撫でながら黄瀬が嘯く。真はにらみつけるように見上げるが、

「それに真っち、人の事言えるんスか?真っちもオレの居ないところで黒子っちに宣戦布告してたらしいじゃないッスか。」
 意地の悪い笑みを浮かべて乱暴に頭を撫でる。
「うぇ!?いやそれは…」
「黄瀬君、悔しいが今の765プロじゃ、961プロには…」
 言いくるめられそうな真の横でプロデューサーが悔しげに現状を告げようとする。以前高木社長も言っていたのだが、業界大手の961プロと駆け出しアイドルばかりの765プロでは力が違い過ぎるのだ。だが、
「みんなでトップアイドルになるんスよね?」
 黄瀬はかつての真の、みんなの夢を持ち出す。その言葉に二人の抗議が止まる。

「なら、あの程度のやつ倒せるッスよ。」
 その言葉は信頼に満ちていた。
 
 あの頃の自分は退屈だった。だからバスケにのめり込んだ。バスケに嵌りながらも、一応続けていた芸能活動。だが、興味を引いた相手が出てきたのは、奇しくも完全にバスケに熱中したくなってしまってからだった。
 バスケ以外で初めて特別な呼び方を付けた相手。もしこの娘らともっと早くに会えていれば…あるいは自分は…

・・・・

「こんのー!!」
 とあるゲーセンの一角で、真の怒声が響く。
「こいつ、こいつ!こいつ!!」
 結局、あの後、961プロと会ってしまった不快感は消えず、気分転換に三人はゲーセンに行くこととなった。先ほどから真とプロデューサーは二人でゾンビを撃つ体感型のシューティングゲームを行っている。

「なんで!?なんでくるのさ!?撃ってんのに!撃ってんのにぃ!!」
 無我夢中で連射していて残弾数に気が付かないのだろう。真は懸命にトリガーを引くが、襲い掛かってくるゾンビに思わず目をつむる。
「真っち、弾切れみたいッスよ。」
 それまで後ろで見ていた黄瀬が、真の手からそっと銃を取り上げて、リロードを行う。必死な様子の真に微笑みかけると、真は
「…むぅ。」
 必死な様子を見られたのが恥ずかしかったのか、照れたように頬を膨らませながら両手をさしだして返してほしいとアピールしている。

「だぁー!ふざけるなー!!ボクだって好きで男っぽく育ったわけじゃないんだよ!」
 再び銃を手にした真は、雄叫びを上げながら連射してゾンビを撃っている。黄瀬は微笑ましげな様子で真を見るが、所々でプロデューサーの動きを観察していた。
「それもこれもみんな父さんのせいだー!!」
 真は雄叫びを上げながら画面に集中しているが、
「真っち、なんか左から来てるッスよ?」
 このままいくと間もなく、左からやってきている戦車みたいのに轢かれてしまうだろう。
「うわ!あああ!…」
 直前に気が付くも、耐久力の高いその敵を倒すことも躱すこともできずに画面はゲームオーバーを告げる。
「ムチャやるなあ、真。」
「すいません。」
 隣で同時プレーしていたプロデューサーが呆れたように言う。色んな事で頭に血が上っている真が周囲に注意を向けられていないのもあるが、おそらく元々こういったゲームに慣れていないかのようだ。
「まだやるならコイン入れるぞ?」
「いえ、見てます。」
 プロデューサーが気をつかって尋ねるが、少し項垂れたような真は黄瀬に場所を譲るように場所を空ける。
「そんじゃ代わりにやらせてもらうッス。勝負ッスよプロデューサーさん。」
 譲られた黄瀬は素直にその場にはいり、コインを入れる。先ほどから見ていると慣れた様子のプロデューサーに挑戦する。


「真っちは、こういうのあんまし慣れてないんスか?」
 黄瀬とプロデューサーは手馴れた様子でゾンビを撃ちぬいている。反射速度の関係だろうか、若干黄瀬の得点が上回っているようだ。その様子に真が嬉しそうにガッツポーズをしている。
「うん、父さんがピコピコなんてやってたら軟弱になる!とか言って許してくれなかったんだ…」
 負けないように必死でゾンビを撃ちぬくプロデューサーの横で、軽い調子で尋ねてきた黄瀬。真がわずかに沈んだ様子で答える。
「ふーん。」
「黄瀬君は慣れてるみたい、だなっ!」
 横目でその様子をしっかりと見ておきながら、気のなさそうな返答を返す黄瀬。プロデューサーは、画面に現れた大物相手に苦戦しながらも黄瀬に問いかけてくる。

「ん。これは初めてッス、よ!」
「そうなの!?」
 どうやら中ボスらしいゾンビにわずかに黄瀬の集中も増す。黄瀬の言葉を聞いた真は声を上げて驚く、画面に集中していたプロデューサーも驚きは同じだった。
「その割には、随分手馴れた様子だな。」
 プロデューサーの言葉通り、昔やりこんで経験のある自分と黄瀬のプレイはほぼ互角、わずかに黄瀬が上回っている状態なのだから。
「さっきプロデューサーさんのやり方みて覚えたッス。」
「んなっ!?」
 黄瀬のなんてことないような言葉に驚くプロデューサー。真は黄瀬の横で感心したように見ている。
「…真っちのお父さんは、厳しいんスね。」
「うん…ボクはみんなでワイワイするの好きなんだけど…」  
 中ボスを攻略して場面はひと段落している。次のステージに進むまでの間に黄瀬は、真への問いかけを続ける。真は、少し寂しそうに答える。

 真の様子を見つめる黄瀬は、
「プロデューサーさん、今日はこれからまだ仕事とかあるんスか?」
 ステージが開始しようとしている画面に集中していたプロデューサーに問いかける。
「んあ?…いや、俺は夕方ごろから仕事だが、真は今日はもう休みだぞ。」
 出先をくじかれたプロデューサーが画面と黄瀬君とを交互に見ながら答えを返す。画面ではゾンビが街に進行しようとしており、プロデューサーは銃撃を開始していた。

 だが、黄瀬は銃を台座に置くと、
「そっちはアトよろしくッス。」
 片手を挙げて真の方に向き直る。
「えっ、ちょ、黄瀬君!?」
 二人で分担して倒していたゾンビを急に一人で相手することになり慌てるプロデューサー。後ろからかかる戸惑いの声を無視して黄瀬は、同じように戸惑っている真の手をとる。

「真っち、どっか行きたいとこないッスか?」
「うぇ!?」
 いきなりゲームを離れた行動にも驚いたが、その後の行動に呆然とする真。
「せっかくのオフなんスから、約束したデートでもしないッスか?」  
「えっ!?」「黄瀬君!!?」
 誠凛対霧崎戦の観戦前に交わした約束。元気づけるためにふざけて言った言葉かと思いきや、

「そんじゃ、プロデューサーさん。こっちはアトお借りしまッス。」
 二人の驚きを無視して、黄瀬は少し強引に真の手を引いてその場を立ち去る。

「黄瀬君、街にまだゾンビが!!というかデート!?おーい…」
 ゲーセンの一角からはスーツ姿で置き去りにされたプロデューサーの声が響く。



[29668] 第32話 ヤッバ!
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/12/06 20:27
「じゃーん!どうかな?」
 とある洋服店。試着室からでてきた真の姿は、先ほどまでとわずかに、しかし大きく異なっていた。
「へー、初めて見たッスけどやっぱそういうのもよく似合ってるじゃないッスか。」
 カーキ色のシャツと紺のジャケット、上着に違いはないが、その足元は先ほどまでのパンツから上着と絶妙にコーディネートされたような色合いのスカートだった。しかもその丈は短く、真の健康的な肢がむき出しとなっていた。
「ひっひー♪」
 さすがにアイドルで慣れているだけあって、ポーズも様になっていた。後ろで組んだ手、さりげなく交差するようにアピールされた脚。お世辞ではなく、本当に感心したように言ってくれた黄瀬に真は満面の笑みで答える。

 ゲーセン、とプロデューサーを後にした二人だが、真のとりあえずデートらしい格好をしたいという要望から、Puri Puriという洋服店に来ていた。

「そんじゃ、行くとするッスか。」
 笑顔で見上げてくる真の頭を撫でる黄瀬が促すと、
「うん!へっへー、初デートだ♪」
 本当に嬉しそうな笑顔で同意する。


第三十二話 ヤッバ!


 二人が選んだのは、デートの定番、遊園地だった。もっとも、こういった遊びとは縁遠かった真にとっても、バスケ漬けの毎日だった黄瀬にとっても、こういった場所に来るのは久しぶりなのだが…
 
「イェエエエエエエイ!」「チョオオオオオオオ!」
 二人が最初に選んだのは、ジェットコースター。しかも相当な速度と回転がでることで知られているスリル満点のタイプ。絶叫を挙げる二人は次々とアトラクション(真の要望から主に絶叫系)をこなしていく。


 街のゲーセンとは少し趣の違うゲームコーナーでは、
「でぇえええい!!」
 気合いとともに機械を殴り飛ばす。男女分けなどされてないはずのパンチングマシンは、最高得点を示しており、真は拳を立てながら喜んでいる。笑顔の黄瀬だが、さりげなく腹部をさすっていたのを幸いにも真は気づかなかった。


 楽しそうな様子であたりを駆ける真を楽しそうに見ている黄瀬は、ふとあるところに視線を向けた。
「どうしたの?」
 どことなく寂しそうな表情をしている黄瀬に真が尋ねる。
「あっ…真っち、あれ撮らないッスか?」
 話しかけられた黄瀬の表情は、瞬時に笑顔にもどった。黄瀬が指さした先にあったのは、

「プリクラ!?うん、撮ろう撮ろう!」
 デートの記念にもなるし、という思いは言わなくてもいいだろう。嬉しそうに箱に入る真の後ろから、黄瀬も入り込む。

「ひひひー。できた!」
「どんなのッスか…て、コレとかなんスか!?」
 いくつもの写真を撮って、真が黄瀬から隠れるようにいろいろなデコレーションを施した写真。幾つかの写真は黄瀬が楽しげに声を上げるほど悪ノリが加速しているものだったが、二人の笑顔は楽しげだ。
 その中から、特に楽しそうな写真を選んで黄瀬は、自分の携帯に張り付けた。真がちらりとその様子を見ると、そこにはもう一枚すでに貼られていた。一瞬しか見えなかったがそこには黄瀬のほかに特徴的な色黒の青峰と、明るい髪色の桃井、そして判別できなかったがあと三人ほどの男子が写っていたように思えた。



 一瞬垣間見えた寂しそうな表情が気のせいかのように笑う黄瀬は、次いで嫌がる真とホラーハウスに入る。
「ううう…。」
 お化けが苦手な真は、入ってからずっと半泣きで黄瀬の腕にしがみつきっぱなしだ。苦笑しながらも嬉しそうに歩く黄瀬。不意に、

ぐらん

前方、上方より顔面が真っ白の長髪の人形が上下さかさまに落ちてくる。
「いやあああー!」
 パニックをおこした真が、人形を突き飛ばしながら猛ダッシュで走り抜けていく。置いてけぼりをくらった黄瀬は苦笑しながら小走りで後をおいかけていく。前方からは時々「やぁあああ!」と散発的に真の悲鳴が上がっている。
 真を追いかけて小走りに走っていると

「ううう…」
 道の隅で蹲った影から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「真っち。」
 声をかけるとビクッとした反応をしてから、恐る恐るといった感じで振り返る。
「りょ~…」
 若干舌たらずな口調になっている真。うずくまった状態で見上げてくるその瞳は、うるんでおり無性に庇護欲が掻き立てられる。なんとか自制しながら黄瀬は、真に手を差し伸べる。
「立てるッスか?」
「う~…」
 恨めし気に涙目で睨み付ける真。
「ちゃんと手、つないでおくから大丈夫ッスよ。」
「う~…」
差し伸べられた手をしっかりとつないだ真は、その後しっかりと目を閉じて、黄瀬の背中にへばりついた状態で出口まで向かう。

「結構、怖かったッスね。」
 あまり思っていなさそうな調子で尋ねると、
「怖すぎるよ~。」
 出口をでても涙目の状態で訴えてくる。

 
 その後は、気分なおしに、比較的おだやかなウォーターコースターや空中ブランコ、コーヒーカップなどをこなしていった。
 穏やかなアトラクションに真の機嫌も直ったのか楽しそうな笑みが戻っている。

「はぁー、楽しいな。ねぇ涼!」
「真っちやっぱ体力あるッスね。」
 歩きながら笑いかける真に疲れた様子は全くないが、黄瀬には若干の疲れが見える。お化け屋敷を出て以降の真は、仕返しとばかりに黄瀬を連れ回し、かっての違う疲労に黄瀬はいささか疲れ気味だ。
 すれ違う女子高生などが時折、二人に気づいたように視線を向けるが、堂々とした様子の二人に、勘違いと思ったのか、邪魔できないと思ったのか、話しかけてくることなく通り過ぎて行った。
「ねぇ、涼。デートってこういうのだよね!ボクたちこ、恋人同士に見えるかな!」
 初めてのデートで嬉しそうな真、その様子に、
「そうッスねー。そう見えると嬉しいんスけど。」
 黄瀬も笑いながら答える。
「クレープとか食べながら歩いたらもっと、そう見えるかな?」
 黄瀬の言葉に、嬉しそうな表情を強めて真が迫るように黄瀬に問いかける。
「どうなんスかねー。」
「菊地真。白昼堂々、モデルの黄瀬と遊園地デート!なんて週刊誌に書かれたりして。」
 嬉しそうな表情のまま冗談めかして言う真。
「それは困るッスね。」
 苦笑しながら黄瀬は答える。
「そうなったら、真っちのファンから追い回されそうッスよ。」
「そうかなー。むしろボクが涼のファンから追い回されそうだよ。」
 黄瀬の言葉に、真がおもしろそうに返す。苦笑している黄瀬に

「やっぱりファンが減りそうで困る?」
 期待した眼差しで尋ねる真、黄瀬の返答は
「オレの方はいいんスけど、真っちがそうなったら困るッスね。」
 自分のことよりも真の事を気にした答えだった。
「えっ!?」
「オレの方は、まあ、今はバイト感覚みたいな片手間のモデル業ッスから、仕方ないッスけど…真っちがそうなったらイヤッスね。」
「涼?」
 少し驚いたように真が黄瀬を見る。
「オレがモデル始めたのは、暇つぶしみたいなもんだったスから…まあ、おかげで真っちと出会えたのは嬉しいッスけど。」
 冗談めかして言う黄瀬の言葉に偽りはない。今の黄瀬はモデルよりもバスケが大切なのだ。だからこそ、そのことで挑発されようとも心に響くことはない。
 わずかに沈黙が流れる。
 二人の近くで走っていた小さな女の子が転んで、泣き出してしまった。だが、すぐあとから歩いていた彼女の父親がすぐさま抱き起し、あやしている。その様子を見つめる真の表情はどこか寂しそうだ。

・・・

「父さんは、どうしても、ボクを男の子として育てたかったみたいなんだ。」
 二人が選んだ次のアトラクションはボール当て。二人が動く鬼の的に当てていき、パーフェクトなら商品がもらえるというものだ。

「スカートなんて一度も穿けなかったし、可愛いものはウチには一つもなかった…男女なんてよくからかわれたりもしてたんだ。」
 真は赤鬼、黄瀬は青鬼に向かって交互にボールを当てている。真の言葉に黄瀬は頷くこともなく耳を傾けている。
「だから、お姫様に憧れて…長い髪、綺麗なドレス、素敵な王子様との出会い…そういうのを夢見て!アイドルになったはずなのに!」
 話している内に、普段たまっている不満が爆発したかのように全力で投げる真。見事にボールは命中し、二人ともパーフェクトでゲームを終える。

「おめでとうございます。鬼退治成功です。はい!商品をどうぞ!」
 店員から渡されたのは大きなクマのぬいぐるみ。口元が逆ハート型のそのクマを見た真の表情が、
「へへへ。」
 嬉しそうに微笑んでいる。
 
 クマを抱きしめながらご機嫌な真とともに歩く黄瀬。ベンチの横を通ったとき、
「真っち、ちょっとここで待っててもらっていいッスか?」
 はてな顔の真に黄瀬は言葉を続ける。
「クレープ食べながらだと、もっとデートらしくなるんスよね?」
 ウィンクしながらの黄瀬の言葉に、真は先ほどの会話を思い出す。
「あっ…」
「オレが王子じゃ、姫には役不足ッスか?」
 黄瀬の冗談めかした言葉に、真はぬいぐるみを抱きしめて首を横に振る。

・・・

 黄瀬がクレープを買ってベンチに戻るとそこには真の姿がなく、クマのぬいぐるみだけが鎮座していた…

「いい度胸してんじゃねえか!」
 怒声が聞こえ少し離れたところから聞こえてきて、次いで真の声が聞こえる。黄瀬は溜息をつきながらもそちらに駆けだす。



 ベンチに座って黄瀬を待っていた真だったが、少し離れたところで二人の少女が明らかにガラの悪そうな三人組の男子に絡まれているのを目撃してしまった。
 正義感の強い真はそのことを見過ごすことができず、駆け寄って制止の声を上げたのだが、

「「真さま!」」
 突如、からまれていた女子たちが黄色い声を上げて真へと駆け寄る。
「きゃああ!やっぱり真さまだ!やー!生で会えるなんて感激です!」
「あ、ありがとう。でも今はそういう場合じゃ…」
 どうやら憧れの真に会えて興奮しているのか状況を忘れて大はしゃぎになっている。だが真にしてみれば、喧嘩の修羅場の状態ではしゃぎたてられては冷や汗ものだ。

「助けに来てくれるなんて、やっぱり王子様なんだ。」
「今日の事、一生忘れません!」
 どうやら女子たちは状況を忘れたというよりも、この状況だからこそ、王子に助けられるお姫様というシチュエーションだからこそ、興奮しているようだ。

「はっ、なんだオマエ。女のくせに王子なんて呼ばれてんのか。」「へー、王子様カッコイー。」「ナウーい。」
「ぐっ!」
 一方、その様子を見た不良たちは明らかに嘲笑うように挑発する。気にしていることを茶化されて真は激高しかかるが、
「真さま、あとでサインいただけますか?」
「真さま、写メとっていいですか?」
 腕に張り付いたままの二人は状況を理解していないかのようにはしゃぎたて、二人を振り払うこともできずに、困惑する。

「おい!無視してんじゃねえぞ!」「俺ら誰だと思ってんだ、コラァ!」
「ちょ、ちょっと離れて!」
 無視されていることにいら立ち始めた不良たちがいきりたつ。このままではすぐにでも殴り合いになると感じた真は、慌てて退避を促すが、興奮状態の二人はますますしがみつく力を強めてしまう。構えも取れない真に

「ちっきしょう!なめんじゃねぇえ!」
 不良の一人、リーダーらしき中央の男が殴りかかろうと前へと踏み出す。

 だが踏み出したはずの一歩に反して、体は前に進むことはできなかった。
「ん?」
 どころか頭になにか違和感を感じる、だが振り返ろうにも首を動かすこともできない。不審な様子の男に両脇の二人が視線を向けるとその後ろから何者かが頭を掴んでいるのを目にして驚く。
「な、なんだテメエ!」「で、でけえ…」
 戸惑いながらも声を上げる二人。頭を掴んでいたのは、金髪長身の男だった。
 不良たちの身長も、170cm代の平均的な身長なのだが、金髪の男の身長は10cm以上は高い。服装に隠れてその体格を見ることはできないが、仲間の一人が右手一本で掴まれたまま身動きもとれない状態を鑑みると、相当に鍛えられていることもわかる。

「涼!?」
 金髪の男の登場に声を上げたのは、不良たちだけではなかった。真も黄瀬の登場に驚いた、若干嬉しそうな、声を上げる。
「あんたらが誰だかは知らないッスけど…とりあえず知り合いじゃないッスよね?」
 先の男の言葉に返したものだろうが、後半は真に問いかけたものだった。
「は、放せ!」
 掴まれていた男が声を上ずらせる。周りの二人のたじろいだ様子が見えない何者かの恐怖を一層煽いでいるのだろう。その声に連れが反応し

「放しやがれ!」
 黄瀬に殴りかかる。黄瀬は殴られる寸前に手を放し、拳を避ける。スピードに優れる黄瀬にその拳は届かなかったのだが、
「あれ?」
 躱した黄瀬は、思わず掴んでいた方の手と反対側、左手を見る。そこには先程買ってきたばかりのクレープがあったはずなのだが、

「……」
 そのクレープは殴りかかられた拍子に思わず手放してしまったのだろう。かかってきた男がもろにクレープの直撃を受けて震えている。その様子に思わず

「あー、なんつーか…」
 黄瀬が謝ろうと言葉を探すが、
「ぶ、殺す!」「なめやがって!」「ふざけんな!」
 男たちは頭に血が上った状態で吠え抱える。再度殴りかかられた黄瀬は、反撃することをせず、くるりと拳を躱して、男たちと位置関係を逆転させ、真たちの前に背を向けて立つ。躱された男たちが振り返り、再び殴りかかろうとするが、

「きゃあああ!」「黄瀬君よ!」「しかもあっちには、真王子!?」
 騒ぎが気になったのだろう、幾人もの女性たちがこちらを見て、黄色い声を上げている。かなりの人数が押し寄せようとしている光景を見て、

「な、なんだよこれ。」「ちっ、やべえ。」「逃げんぞ!」
 不良たちは一目散に逃げ去ってしまう。ただ、慌てているのは黄瀬たちも同じで、
「ヤッバ!」
 黄瀬は、男たちが逃げ出した瞬間、身を翻して真の手をとる。
「ごめんね。」
 一瞬で黄瀬に詰め寄られたことで、思わず真の腕を抱く力が緩まったのか、するりと真の体が少女たちから離れる。
「えっ!?」
 少女たちが立ち直る前に、黄瀬は
「真っち、走るッスよ。」
「えっ!?」
 目を白黒させている真の手を引いて駆けだしていた。後ろから王子に逃げられた少女たちの悲鳴がひびき、その後ろから女性たちが迫ってくる音が聞こえるが、二人の速度に追いつけるはずもなく、二人は何とか逃げ切る。


・・・


「ふー、そろそろ大丈夫ッスかね。」
「うん…そうみたいだね。」
 置き去りにしたクマのぬいぐるみも回収し、人気が少なくなったベンチまで逃げてきた二人は、流石に全力疾走したことで息が若干上がり、呼吸を整える間に、追手がないかを確認する。
夕暮れが迫るベンチに腰かけて、
「…ゴメン涼。巻き込んじゃって…」
 沈んだ表情で謝ってくる真に黄瀬は手を伸ばし、
「大丈夫ッスよ。真っちも怪我とかしてないッスか?」
 頭を撫でながら尋ねる。
「うん…」
「女の子なんスから、あんまムチャしちゃダメッスよ。」
 下を向いたままの真に黄瀬は言葉を続ける。

「今日の真っちはお姫様なんスから…まあ、いきなり逃げ出す王子様じゃ、恰好つかなかったスけど…」
「そんなこと…」
 頬を掻きながら申し訳なさそうにする黄瀬に、真は首を横に振ってこたえる。
「でも真っち、あの子らを助けたことは後悔してないんスよね?」
「それは…うん。」
 黄瀬の問いかけに、少し間をおくが、やはりその答えは真らしい、しっかりとしたものだった。怒られるかもという思いを抱いた真だったが、

「真っちはあの時、あの子らに王子様に助けてもらえたって夢を見せてあげられたんスよ。」
「えっ?」
 優しい声が届き、驚いて顔を上げて黄瀬を見る。

「真っちは、お姫様を夢見てアイドルになりたいんスよね。そうやって頑張るのも真っちらしいけど、だれかに夢をみせてあげられるのもアイドルにとって大切な事だと思うッスよ。」
「涼…」
 夕焼けに染まる空を見上げながら黄瀬は語りかける。

「オレは、自分の夢を追いかけるので精一杯で、ホントはそういうガラじゃないのかもしれないッスけど、真っちはそういう大切な物を持ってるんスよ。」
 芸能活動を始めた時も、続けている今も、自分にとってのそれはあくまでおまけだった。誰かに憧れられることはあっても、夢を与えることはできない。

「どこかの誰かを、お姫様にして、救ってあげられる真っちが、オレは好きッスよ。」
 お姫様らしくなかろうと、黄瀬にとっては、目の前のこのお姫様の光が、闇に沈みかかった自分を救い上げてくれたのだから。


 沈みゆく夕日を二人は、観覧車の一室から眺めていた。
「うわぁ…」「…」
 真は茜色に染まる世界を眺めながら感嘆の声を漏らし、黄瀬は朱色に染まった真の顔を静かに眺めた。

「えへへ…」
 しばらく夕日を見ていた真は、不意にこらえきられない笑みをこぼして黄瀬に視線を向ける。
「?」
 真の様子に黄瀬が尋ねるような視線を向ける。
「あの時さ、涼が手を引いて走ってくれた時さ、お姫様みたいだって思えたんだ。」
「…」
 真のはにかんだような笑みに黄瀬は優しい笑顔で応える。
「ボク、頑張って王子様、やってみようと思うんだ。中途半端な気持ちじゃなく、真剣に向き合って。」
 真は二人でとった大きなクマのぬいぐるみをいじりながら自分の思いを打ち明ける。
不安だった。だれもが自分のことを男のように扱っているのではないかと。男性として憧れた人まで自分のことを女の子として見ていないのではないかと。

「お姫様には憧れるけど、たった一人でもボクの事、ちゃんと女の子扱いしてくれる人がいるなら、それでいいって思えたんだ。」
 今日一日、二人で過ごせて、どれだけ黄瀬が自分を女の子として見てくれているかを確認できて、黄瀬の言葉を聞けて、自分の夢の一つはもうすでに叶っているのだと分かった。自分の憧れた夢を叶えてくれた人が、保証してくれるのなら、きっと自分はこの先も頑張って行ける。

「…そうッスか。」
 黄瀬は、真の言葉に短い言葉とただ頷きのみを返した。
「涼はさ、ボクが困ってる時とか、悩んでる時とか、導いてくれる光みたいだ。」
 真はなんとなく、今日黄瀬が慣れないTV番組の出演を受けたのは、自分が出演しているからではないかと思った。自惚れかも知れない、ただの気まぐれなのかもしれない。それでも、今日一日のお姫様の夢として。

「…逆ッスよ。」
 だが黄瀬は少し目を伏せて、自分の不安を吐露する。
「えっ!?」
「オレは、もう何度も真っちに救われてる。」
 大切なことを思いだすきっかけをくれたのも、仲間への呵責を吹きとばしてくれたのも、自分のことを懸命に思ってくれたのも…そして、闇に囚われかけた自分を踏みとどまらせてくれたのも、
「涼…」
「今度の戦いが楽しみなのはホントッス。でも…どんだけカッコつけても、不安なんスよ…」
 黄瀬は真から視線をそらし、目を瞑る。

「誠凛に負けて、勝負の楽しさを思い出した…でも、桐皇に負けて…勝負の怖さを知った。自分の力不足で誰かの願いを壊してしまうかもしれない…」
 夢でまで思い出した光景が過る。自分の力不足のせいで、大切なものを壊してしまうかもしれない。大切な願いに手が届かないかもしれない。応援してくれる誰かの想いを裏切ってしまうかもしれない。

「だから、確認しときたかったんスよ。」
「確認?」
 黄瀬の眼が薄く開き、真剣な瞳が現れる。
「オレがちゃんと戦えるのか。真っちがしてるみたいに、夢の、願いのために戦えるのか。会って確認したかったんスよ。」

 室内に沈黙が流れる。二人の部屋は頂上を過ぎ、外の景色も夕暮れから徐々に藍色が現れ始めた。黄瀬を見つめる真は、

「えいっ。」
「おわっ!?」
 黄瀬に向けて、クマのぬいぐるみを投げ渡す。いきなり投げられたクマをなんとか抱き留めた黄瀬は驚きの表情を真に向ける。驚く黄瀬に真は右拳を突きつける。

「涼が憧れたのはさ、ただ強いだけの人なんかじゃなくて、バスケが大好きで、いつでも楽しんで、真剣に打ちこめる、そんな人なんだよね。」
 黄瀬の憧れた人、黒子の憧れた人、自分が見てきた彼からは想像できない。それでも彼らが憧れた人なのだから。

「なら楽しみなよ!誰かのためにとか、夢を与えるのはボクの役割だから…涼は自分と、仲間のために、真剣にさ。」
 自分が光なのかどうかは分らない。夢を与えるなんてことが自分にできるかどうかは分らない。それでも彼がそう、信じてくれるのなら。
「そうやって一生懸命な涼が、ボクは好きだから。」

「…そうッスね…」
 黄瀬は顔を俯かせて、真の言葉を噛み締める。
「約束するッス…もう見失わない。」
 二人の拳が打ち合わされる。


 たった一人だけでも、自分の夢を叶えてくれる人と一緒に居られるのなら…
 ただ勝つためではなく、自分の憧れた姿を肯定し、仲間とともにかけるこの身をを光と言ってくれるのなら…





[29668] 第33話 大好きなことを諦めるなんて
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/12/15 20:44
「アイドル。如月千早に隠された真実…姉の千早の下へ駆け寄ろうとした弟は車にはねられ、この世を去った。当時千早は8歳。その場に居た人々の証言によれば、千早は弟を助けようともせず、ただ傍観していたという…なぜ彼女は、弟を見殺しにしたのだろうか。写真はその弟の墓前で言い争う、千早と母親の姿だ。ちなみに千早の両親は数か月前に離婚している。事故死、家庭崩壊、離婚。彼女の周囲には不幸が積み重なっていく。そんな呪われた素顔をひた隠し、如月千早は今日も歌う、何も知らないファンの前で。」

 手渡された雑誌に目を通した黄瀬は、休憩時間に呼び出してきた相手を見返して雑誌を突き返す。雑誌には悪意に満ちた捉え方をした如月千早の過去の暴露話。

「ふーん。随分な書き方ッスね。んで、これをオレに見せてどうしたいんスか?」
「…分かんねぇ…ただ、これがおっさんのやり方だとしたら、俺たち…俺は…」
 わざわざ神奈川までやってきた天ケ瀬は悔しげな表情をして黄瀬から目を逸らす。雑誌記事の写真をとったのは以前、高音の移籍騒動をでっちあげたのと同じカメラマンだ。どうやら高音とプロデューサーに取り押さえられる前にネタになりそうな写真を961プロに渡していたようだ。

「あの人のやり方は、前からこんなんだったッスけど…あんたマジで知らなかったんスか?」
「…ああ…」 
 きれいごとだけでは済まない芸能界にあって、この男は765プロ同様、正々堂々というやり方が信条のようだ。だが961プロの社長が天ケ瀬たちを騙して、卑怯な手段で相手を貶めていたことを棚に上げて、765プロを卑怯者呼ばわりしていたことに反発したのだろう。 
悔やんでいるのは、知らなかったこととはいえ、自分が汚い手段を利用していたことか、それとも

「あいつらにも、ひでぇこと言っちまった…」
 純粋な765プロの娘たちに対して、吐き続けた言葉が、してきた行動が今なら悪意に満ちたものであったことが分る。どうすればいいのかわからず、765プロと961プロ、両者に(かろうじて)接点を持つ、唯一の知り合いを尋ねてきたのも明確な答えを求めてのものではない。
 黙り込んでしまった天ケ瀬。黄瀬は溜息をついて言葉の続きを待つ。だが返答が来るよりも早く、休憩終了を叫ぶ主将の声が聞こえて、黄瀬は背を向ける。

「待ってくれ!」
 去りゆく黄瀬に、天ケ瀬が慌てて声をかける。黄瀬は足を止めて、鬱陶しそうに振り向く。
「俺は…どうすればいい…?」
 顔を俯けて尋ねてくる天ケ瀬に黄瀬は

「んなこと知らねッスよ。あんたがどうしたいのかも、彼女たちがどうするのかも。今のオレにはそんなゆとりはねぇっスから。」
「お前、あいつらの仲間じゃねぇのかよ!?」
 黄瀬の突き放したような言葉に、天ケ瀬が声を上げる。自分のことはともかく、あれほど親しげにしていた765プロに関わることだというのに、淡泊な黄瀬の態度に反射的な怒りがこみ上げた。だが、

「…ふう。なら言わせた貰うッスけど、あんまあの娘らなめない方がいいッスよ。」
 呆れたような視線を向けてため息交じりに言う。天ケ瀬は虚をつかれたように呆然とする。

「前にも言ったように、あの娘らはオレが認めた娘らッスよ。あんたらなんかに負けたりしねッスよ。」
 以前であれば、なにか手助けしたいと思ったかもしれない。今の自分はそれどころではないというのも嘘ではない。
だが、彼女たちは成長した。今の彼女たちは、駆け出しの夢を追い求める卵ではない。誰かのために、誰かに夢を与えるアイドルなのだ。彼女たちには彼女たちの、自分には自分の戦うべき場所があり、仲間がいるのだ。
 今、闇に囚われそうになっている少女がいるとしても、きっと彼女が、彼女たちが救い上げる。見失うことなく輝く光を導にして。

 練習に戻る黄瀬の背を、天ケ瀬は見つめる。彼の知らない信頼という関係を感じながら。


第三十三話 大好きなことを諦めるなんて


「…随分と…ムチャをしたようだね…。」
「…そうですね。」
 都内某総合病院にて、一人のバスケ選手が診断を受けていた。医師は、予想よりも悪化していた結果に顔をしかめた。その結果を予想していたのか患者は穏やかな表情で応える。

「本来なら、もうかなりの痛みがでているはずだが…」
「まだ…まだやれます。」
 今にも制止の言葉を紡ぎそうになる医師を遮る。

「…分かった。できる限りのことはしよう。だが…おそらくこの大会が最後になるよ。」
「…覚悟の上です…」


 診断を終え、木吉は院内の廊下を歩いていた。考えるのは、先ほどの診断。だが悲嘆にくれるようなことはない。この結末を選んだのは自分なのだから。
 勝っても負けても、悔いのないように戦えることが、なによりも大切だと思える仲間と出会えて、彼らと戦えることが、なににも代えがたい幸せだと思えるのだから…
 ただ気が重くなるのは、この結果をチームメイトに告げるか否か。
 状態を隠して出場した秀徳戦ではあやうく致命的なミスを犯すところであったし、ムチャをした霧崎戦ではみんなに余計な心配をさせてしまった。
 告げるべきか、告げざるべきか…考え込んでいると前方に見覚えのある人物が座っていた。

「うん?君はたしか…」
「あっ…誠凛の…木吉さん…」
 泣きそうな表情で暗い椅子に腰かけていたのは765所属のアイドル、天海春香だ。祖父母の居宅の近くに住む高槻家との関係で、いささか765プロと接点のある木吉は、やよいに呼び出された関係で彼女と面識があった。それ以前にもIHで黄瀬の応援に来ていた彼女たちと会っており、どうやら名前を覚えていたようだ。

「天海さん…だよな。どうかしたのか?」
 木吉は尋ねながら、自分の今居る部署を思い出す。そこは耳鼻咽喉科。詳しくは知らないが歌手活動も行う彼女が喉になんらかの異常をきたしたのかと、思わず真剣な表情になってしまう。

「いえ…その…」
 言いよどむ春香。沈黙が流れかけるが、その時春香の正面のドアが開く。
「春香。今日はもう…えっ?…」
 どこかで見覚えのある男性が長髪の女性を伴って中から現れ、声をかけようとするが、隣に立つ木吉に気づいて言葉を止める。

「君は…」


・・・・


「弟はたった一人の観客でした…あの時まで…」
 大好きな弟が居た。自分の下手な歌を何度も何度も聞いてくれた。泣きそうな時も、自分が歌うだけで笑顔を見せてくれた。心の底からの笑顔。弟も、そして自分も。
 当たり前のように続くと思っていた日常はあっさりと壊れた。
 あの時、自分の見ている前で、弟は事故にあった。
 なにもできなかった。泣くことも、助けを求めることもできず、受け入れられない事実に唯呆然としてしまった。

「歌わなくちゃいけない。優のためにずっと歌い続けなきゃ、そう思って…でも、もう歌ってあげられない。失格です。アイドルとしても…姉としても。」
 いつでもあの子は自分の歌を聞きたがってくれたのだから。だから自分は歌い続ける。それだけが自分の存在理由だったのに…

「千早ちゃん…」
「千早、あんまり思いつめるな。歌の仕事はしばらく休もう。まずは、気持ちをしっかり休めて。」
 歌おうとすると声が出なくなく。医師の診断では、喉に異常は見当たらず、精神的なものが原因であるということだが…
 歌おうとすると弟の笑顔がよぎる。見殺しにしてしまった弟の笑顔。そのフラッシュバックは自分の喉を塞いでしまう。
 完全に日が暮れた公園で春香とプロデューサーが慰めるように声をかける。病院で出会った木吉も心配するように同行している。

「歌えなくなった以上、この仕事を続けていく気はありません。」
 千早はプロデューサーの言葉を遮る。
「千早…また歌えるようになるかもしれないだろ!?いや、きっとなるさ!だから…」
 プロデューサーがためらいがちに気休めの言葉を続ける。だが、それはなんの解決も示さない言葉。今のままではなにも変わらないし、フラッシュバックは消えないのだから。

「いろいろとお騒がせしました。」
「千早…!」「千早ちゃん!待って!!」
 再度言葉を遮りその場を去ろうとする。 プロデューサーが声をかけ、春香が追いすがるように隣から声をかけるが、千早は振り返ることなく歩こうとする。

「如月さん。君の気持ちは分らんし、どういう事情かも実は、よく知らん。だが一つだけ言わせてくれ。」
 木吉の横を通り過ぎようとした瞬間、木吉から声をかけられ、思わず足を止めてしまう。気になったのは、大切ななにかを失いつつあるということにシンパシーを覚えたからか…如月は、俯いた表情のままで言葉の続きをまつ。

「ムリだよきっと。」
 明確な否定の言葉に千早の肩がビクッと震え、プロデューサーと春香の顔色が変わる。

「木吉さん!」
 非難するような春香の言葉にも木吉は表情を変えず、千早を見下ろす。
「君が歌を諦めるなんてムリだよ。」
 続けられた言葉に、千早がばっと振り返り、春香とプロデューサーは言葉を止める。

「あなたに何がわかるんですか!!」
 激高して千早が叫ぶ。なにも事情を知らないくせにわかったような口を聞く、木吉に怒りが沸き立つ。だが木吉は明確な怒りの感情をぶつけられてもひるむことなく言葉を続ける。

「君が本当に諦められるようなら何も言わないさ。でも見てれば分る。君も根っこの部分ではオレ達と同じなんだよ。」
 千早が木吉を睨み付け、木吉は淡々と言葉を続ける。

「どんなに絶望しても、どんなに苦しくても、大好きなことを諦めることなんてできないんだよ。」
 木吉の言葉に千早は衝撃を受けたように、泣きそうな表情となる。目を逸らした千早は、

「千早ちゃん!」
 止めようとする春香の声を振り切って脱兎の如く走り去ってしまう。プロデューサーも追いかけようと数歩かけるが、到底追いつけそうにないことを悟ってすぐに足を止める。木吉のとなりまで来た二人は、悲しい表情で千早を見送る。


「すいません。余計なことを言いましたね。」
 木吉が少しだけ申し訳なさそうに謝る。
「いや。木吉君の言う通りだと思う。ただ…」
 プロデューサーが小さく首を振って木吉の言葉に同意する。春香は走り去った千早の姿を追い求めるように見つめている。

「まあ、雨降って地固まるというか…固めるのを手伝うのは君たちのすることだろ?」
 木吉が春香の頭にポンと手をおいて告げる。
「木吉君…」
 追い込むようなことを言っておいて、あっさりと丸投げした木吉にプロデューサーが苦い顔をする。
「…そう、ですよね。きっと!…戻って、きてくれますよね…」
 木吉の言葉を反芻するようにためらいがちに口にした春香は、信頼と不安の波が交互に押し寄せたような口調のまま千早の去った方向を見つめる。

・・・・

 それから数日たっても如月千早の姿は世間になかった。ニュースでは、最近跳躍著しい歌姫のスキャンダルに心無いコメントを続け、仲間たちは一層の不安を掻き立てられる。


「何か用?」
「うん!一緒にダンスのレッスンに行かないかなっと思って。」
 相次ぐ仕事のキャンセル。練習にも姿を現さない千早を心配した事務所の皆を代表して春香が千早の暮らすアパートを訪れた。

「ほら体動かすと気持ちいいし。」
「行かない。」
 ドアフォンごしに話す千早の声はやはり沈んだままのもの。閉じこもりきりとなっている千早を心配して春香は外出を促すが、そこに込められたのは明確な拒絶。

「…あっ、そうだ!みんなから預かり物をしてきたんだ。お茶とか、のど飴とかいろいろ。そんなに持てないよ~って言ったんだけど、みんなこれも!これも!って。私サンタクロースみたいになっちゃって。」
「もう構わないで。」
 せめて仲間から持たされた大量の見舞い品を渡して元気づけようとするも、一枚の壁は分厚い拒絶の意志を具現していた。

「えっ…」
「私はもう歌えない。みんなの気持ちに応えられないもの…」
 千早の言葉に思わずたじろぐ春香。追い打ちをかけるように千早は続ける。
怪我をしても、大切なものを失うと分っていても仲間のために立ち上がったあの人とは違う。自分では仲間のためになにかできるとか…そもそも仲間のためにとかいうことはできないのだと。

「…千早ちゃん、弟さんんのために歌わなきゃって言ったよね。もっと簡単じゃダメ?歌が好きだから、自分が歌いたいから歌うんじゃダメなのかな?」
「…今更そんな風には考えられないわ。」
 木吉が言っていたことを、千早の歌への思いを思いだして告げてみる。だが望みを持って紡いだ言葉も千早には届かなかった。

「千早ちゃん、自分を追いつめすぎなんじゃないかな。もっとこう、私は歌いたいから歌うんだーって思った方が気持ちが楽だよ!ほら、木吉さんみたいに、楽しんでいこーぜ。とか。」
「やめて。」
 辛い思いをしても、それでも好きなことを楽しむ木吉の姿を見たのはついこの間のことだ。それを思い出して言ってみるが、拒絶の色は増していく。 

「それでまた一緒に歌えたら、私たちも嬉しいし、天国の弟さんだってきっとよろこ「やめて!!」っ!」
「春香に私の、優のなにがわかるのよ!もうお節介はやめて!!」
 まだ触れてはいけない場所。そこにまで触れてしまったのが千早の叫びで分った。思わず持っていた見舞い品を落してしまい呆然とする。
 結局、その日春香は千早と会うこともなく、見舞い品とともに帰ることとなる。沈む思いで事務所に戻ろうとすると、


「あの…天海、春香さん、ですよね…」
 事務所の前で、自分の無力さに泣きそうになっていると後ろから恐る恐ると言った調子で声をかけられた。
「はい…?」
 泣き顔をしまって、振り返ると話しかけてきていたのは、どこかで見たような面差しの女性だった。
「私…如月千早の母です。」
 千早とよく似た髪の色に目元。だがその顔は度重なる苦労と心痛によってか、やせ細っていた。


・・・


「それでこれを預けて帰っちゃったのか」
 千早の母親との会話を終えた春香は、彼女から手渡されたスケッチブック―千早の弟のお絵かき帳―をプロデューサーに見せながら、事情を説明した。
 自分が渡すよりも、母親が渡した方がいいという説得を試みた春香だったが、彼女から返ってきたのは控えめながらも拒絶の言葉。

【今さら信頼なんて、もう…私たち親子はずっとそうでしたから…】
 自嘲気味な表情で告げた彼女。春香は雑誌に載せられていた千早と母親が言い争っていた場面を思い出す。

【あの子の事、どうかよろしくお願いします。】
 二の句が継げない春香に対して、彼女は頭を下げて、去って行った。

「…そうか…やっぱり千早の事は俺たちで…」
 両親には、事件の発生直後から事情を説明して対処を求めていたのだが、結局、彼女がとった行動は放置とも取れる行動だった。そのことにプロデューサーが決意を新たにしている。だが正面に座る春香の様子もどことなくおかしく見える。

「春香?元気ないな、どうした?」
「あっ、いいえ…」
 伺うように声をかけるが、春香の反応は鈍く、なにか考え込んでしまった。

「あの…私ってお節介ですか?」
「えっ。どうしたんだ急に?」
 言葉を促すように間を開けると、ぽつぽつというように尋ねてくる。

「千早ちゃんに、言われちゃって…お節介は、やめてって…」
 春香の脳裏に去来するのは先ほど、お見舞いに行った際に言われた千早の言葉。
 春香は今までの事を思い出してプロデューサーに語る。今まで一生懸命頑張ることだけを考えて、周りのみんなにも同じように励ましていた。
 だが、千早の拒絶を受けて、もしかしたら間違えていたのではないかと思ってしまった。もしかしたら自分の無神経な頑張れと言う言葉が、だれかに無理をさせていたり、余計なお世話だったのかもしれない。そう自らの思いを吐露して沈み込む春香だが

「いつも前向きなのは、春香のいい所じゃないか!誰かを励ますのに遠慮なんかしてどうする!木吉君も言ってただろ?千早が立ち上がる手助けをするのはオレ達の役目だって。」
 プロデューサーは、そんな不安を吹きとばすように告げる。彼も春香に救われたことがあるから。焦りから周りが見えなくなって、仲間を忘れるように行動してしまっていた。だが春香の言葉と行動に彼も救われたのだ。

「千早は、不器用だけど、ちゃんと人の気持ちの分かる子だって思う。」
「はい。」
 自らの思いを告げた上で、今閉じこもってしまっている彼女を思う。

「なら大丈夫。春香の気持ちはちゃんと届いてる。思った通り体当たりでぶつかってみろ!」
「はい!」
 プロデューサーの言葉に春香は、いつもの笑顔を取り戻して頷く。

・・・


 仕事の合間、控室で千早の母から渡されたスケッチブックを眺めていると
「それ、春香が書いたの?」
 背後から美希が尋ねてくる。いくら春香でもそれはない、という思いから苦笑しながら否定する。
「美希。違うよ。これ、千早ちゃんの弟さんので…」
 春香の手元にある絵はどれもマイクを片手に歌っている千早を描いたものばかりで、彼がどれだけ千早の事が好きだったかが分かるものだった。

「へー、じゃあこれ千早さん?」
「うん…でも…」
 美希が後ろから覗き見るとそこには楽しそうに笑って歌う千早の絵が並んでいた。普段、クールな表情でしか歌わず、ほとんどいつも表情を崩さない千早を思い出して

「こんな風に歌ってる千早さん、見たことないね。」
 意外感をたたえて改めて絵を見てみる。
「美希も、そう思うの?」
「うん…」
 春香もそのことに気づいたようでゆっくりとページをめくりながら絵を見ていく。辛そうに自らの思いを、歌への思いを告げていた千早を思い出す。そして



「プロデューサーさん!あの!相談したいことが。」
 次の定例ライブの詰めを行っているプロデューサーと律子が、かけられた声に振り向くとそこには美希と、何かを決意したような春香の姿があった。



[29668] 第34話  これ以上ないくらい幸せだと思っている
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/12/23 06:40
いよいよ今月末にまで迫ったWC本選に向けて、海常バスケ部の練習は過激さを増していた。つい最近まで刺々しい雰囲気が漏れ出ていたチームのエースも、なんらかの心境の変化が―良い方向で―あったのか良好なコンディションとなっていた。もうすぐ開幕とはいえ、まだ間がある。あまりに思いつめているとどこかでこけかねないと懸念していただけに、この変化は喜ばしいことだった。
どうやら見かけや普段の態度によらず、一年生エースは思いつめやすいタイプのようで心配事があったのだ。

「なんかあったのか?」
 部活終わりのロッカーでそんな言葉が出てきたのは、そんな思いもあったからか。

「なにがッスか?」
 自覚があるのか、ないのか、飄々とした態度からうかがい知ることができないが、少なくともとげとげしい様子はない。
 いくら強いとはいえ、経験値の低い、一年生。昨年の自分とよく似た状況であったため、メンタル面で変なしこりを残していないかと不安に思っていたのだ。

「いや…まあいい。」
「?」
 着替え終わりロッカーを閉める。不自然な会話の流れに黄瀬が首を傾げているが、気にせず支度を整える。

「…心配しなくても大丈夫ッスよ。ちゃんと借りは返すッスから。」
 黄瀬も着替え終わり、ロッカーを閉めながら返してくる。夏の大会、桐皇との試合直後に黄瀬に言った言葉だ。どうやら黄瀬は、マジメにも覚えていたようだ。手早く荷物をまとめてロッカーを出て行こうとする黄瀬の背を見ながら、

「…試合前に言ったことは、覚えてるか?」
 尋ねる言葉に、黄瀬はビクッと背を震わせて立ち止まる。
「分ってるっス。」

「オレ達3年にはこの大会が高校最後の大会だ。」
 夏のIH。それは自分にとって、主将としての存在意義だった。そこで優勝することこそが自分の役目だった。だがそれは叶わなかった。
「お前にとっちゃ最初の一つ目でもオレ達にとっちゃ最後なんだ。」
 果たせなかった思いは次に託す。しかしまだ自分たちの役目は終わっていない。
「ただな、それはオレ達の事情だ。お前はおまえのバスケをやれ。」
 そう自分たちの役目だ。後輩、まして一年生に重すぎる荷物を背負わせるつもりは毛頭ない。こいつは特に、そういうしがらみを持ってやるヤツじゃねえ。自由に翔ることこそがこいつの力なのだから。

「元からそのつもりッスよ…まあ、そう何度も負けはいらないッスけどね。」
 笑う横顔に気負った姿はない。
「そうか。」
 心配はいらない。とっくにこいつは信頼できるエースなのだから。

 今度こそ、果たせなかった証明をなすために


第34話  これ以上ないくらい幸せだと思っている


息を吸い込み、覚悟を決めて手を伸ばす。チャイムの音が響く。
「千早ちゃん。私…春香です。」
 応答のない扉の向こうに語り続ける。
「あのね、今日は渡したいものあって。ここ、開けてもらえる?」
「なにも欲しくない。もう私の事はほっておいて。」
 返ってきた言葉は明確な拒絶の色、だが
「ほっとかない!ほっとかないよ!」
 今度こそ引くことはできない。
誰かの言葉じゃなくて、ただ自分の言葉を紡ぐ。公園で木吉は春香たちなら手助けができると言ったのだ。なのに春香は、木吉の言葉やありきたりななぐさめ、そして今はない弟の言葉を借りるようなことまでした。同じように千早のことを思っていたとはいえ、そこに自分の言葉はなかった。

「だって私、また千早ちゃんとお仕事したいもん!ステージに立って、また一緒に歌、歌いたいもん!お節介だって分ってるよ。でも…それでも!私、千早ちゃんにアイドル続けてほしい!!」
「…」
 扉の向こう側から返ってくる言葉はない。だが、
「…じゃあこれ。ポストに入れとくからね。絶対見てね!」
 自分たちにできるのは手助けだ。彼女が再び歌という名の、彼女だけの翼を広げるための。

 届けたのはみんなの想いと言葉。今の春香たちの気持ちを形にするための歌。そして託されたスケッチブック。
 そこに描かれた少女は、いつも満面の笑みを浮かべていた。弟の事を述べることは、勝手な想像でしかない。怒らせるかもしれない。それでも、きっと彼が好きだったのはただ歌を聞きたかっただけではないのではないかと思った。その絵に込められていたのは、大好きな彼女の笑顔だったのだから。


・・・


「プロデューサー!…千早は…?」
 結局、定例ライブの本番当日まで千早が765プロに姿を見せることはなかった。それでも彼女を信じるプロデューサーは彼女の出番をギリギリ最後まで残したままのプログラムを強行した。ライブの開演までもう間もなく、時計を確認した真が切羽詰まったようにプロデューサーに尋ねる。
「いや…まだだ。」
「やっぱり千早ちゃん…」
 ためらいがちに告げられた言葉に一同は表情を暗くし、雪歩が否定的な言葉をなんとか堪える。重苦しい雰囲気が流れそうになる中、
「ねえ、みんな…いつもみたいに円陣組もうよ!ねっ!」
 空気を破るように春香の明るい声が響く。この中で一番、千早と接点のある春香が明るく振舞おうとしている姿に、一同もやや心配げな表情を残しながらも笑顔でうなずく。

「いくよ!765プロ「あっ!ちょっと待って!」」
 円陣を組み、春香が音頭をとろうとした瞬間、真が遠くから聞こえる足音にいち早く気づいて待ったをかける。大きくなる足音に春香たちも気づき視線を向ける。そこには

「あっ!!」
「…す、すいません!遅くなりました!」
 息を切らすほどに駆けてきた様子の千早の姿があった。春香は泣くのを堪えるように口元に手を当て、真たちは、笑顔で千早の傍による。

「千早…よく来てくれたな。どうだ、行けそうか?」
 プロデューサーがやさしい声音で声をかける。
「分りません…でも私、せめて…」
 ライブに到着したものの、歌を歌えるかどうかは分らない。そのことに不安げな表情の千早は、ふと顔を上げ、そこに泣きそうな笑顔を見せる春香の姿をみとめる。
「春香…」
「千早ちゃん…」
 春香は、いつもの明るい笑顔をなんとか作ろうとして、腕を前にさしだす。みんながその手に自らの手をのせていく。泣きそうになる千早を促すようにあずさが声をかけ、千早の手が円に加わる。
「いくよー!765プロ!ファイトー!!」「オー!!」
 そろったみんなの声が舞台裏に響く。


 舞台では竜宮小町が盛り上げ、春香と千早は出番を待つ中、二人で椅子に腰かける。
「春香…あの、私…あなたにひどいことを…」
「わぁあ、そういうのナシナシ!ねっ?」
 閉じこもっていた時、訪れてくれた春香にぶつけた言葉を謝るため、ためらいがちに告げようとする言葉を春香は慌ててとめる。明るく、困った表情の春香を見て、謝罪の言葉を止める。
「…歌いたいって思ったの…みんなの作ってくれた歌詞と、優の絵を見たとき…笑えるのか、歌えるようになるのかも、分らないけど。もう一度やってみようって思えたの。」
「…うん。」
 代わりに紡いだのは自分の思い。みんなが作ってくれた歌詞を見たとき、自分の心に気づけたのだ。それは夜の公園で木吉が言っていた通りだった。
 諦めることなんてできない。自分が、そして弟が大好きなのは笑うように歌う自分の歌なのだから。
「…ありがとう…」
 謝罪ではなく、感謝。春香は千早の眼を見て、その思いをしっかりと受け止める。やがてプロデューサーが、出番が近いことを知らせにやってくる。


 復帰の歌に選ばれたのはみんなが作った歌。一人ではないことを教えてくれる歌。夢を求めて、思いを届かせるために歩き続けることを願った歌。いつかみんなが思い描いたところに辿り着くための約束の歌。
 フラッシュバックに声を奪われそうになる場面があるも、千早はみんなとともに祖も道を再び歩み続けることを掴みとった。

・・・・


「ねえねえ、千早ちゃん。」
 ライブが終わり事務所に戻ってきた一同は、千早の復帰祝いも兼ねて(特に社長が)騒いでいた。ある程度騒いでひと段落ついた時、春香が思い出したように提案してきた。
「なに?」
「あのね。前公園で木吉さんも心配してくれてたから、復帰報告を兼ねて激励、行かない?」

 病院の診断を受けたあと、たまたま居合わせた木吉に怒鳴るようなことを言ってしまったことを思いだしてどもる千早だが、
「なになに、誠凛に行くの!?」「亜美も亜美も!ついでに今度のライブのことも知らせなくっちゃ!」
 話が聞こえたのか真美と亜美が楽しそうにのってくる。雪歩が亜美の言葉に苦笑いして、「忙しいのを邪魔しちゃダメだよー。」と言っているが
「鉄平おにいちゃんのとこに行くんですか~?わたしも行きたいです!」
 やよいも喜色満面の笑みで賛同する。
「あっ!美希も行かない?」
 賛同者が増えて断りきれない千早を追い込むように春香は賛同してくれそうな美希に声をかけるが、
「んー。美希はいいの。」
「えっ!?」
 少し考えるように首を傾げたあと、はっきりと否定の言葉を口にした。驚く春香、真美たちもいつも黒子にへばりつくような素振りを見せる美希の意外な否定に驚く。
「え~。みきみきも行こうよ!」「そうそう、黒子っちも頑張ってるよ?」
 亜美と真美が関心をひこうと誘いの言葉をかける。

「うん。きっとハニーは一生懸命頑張ってる。」
 美希は真美の言葉を肯定するように笑顔でうなずく。
「じゃあ「頑張って練習してるから、そういう姿は見ないの。」、え?」
 春香が再度誘おうとするが美希はその言葉を遮るようにしてかぶせる。
「男の子は、そーいう風に頑張ってるところは見せたくないものなの。だから本番の時にうーんと、応援するの!」
「ふぇ~。美希さん、なんか大人です~!」
 美希が堂々と自説を披露すると感心したように「おぉー。」という言葉が事務所にあふれ、やよいが目を煌かせて美希を見つめる。
 結局、美希は行かず、春香と千早、そして亜美と真美が激励しに行くこととなった。

・・・


「ようやくここまできたな。」
「ああ。」
 部活が終わり、残っているのは木吉と日向。二人だけとなった体育館で、これまでの戦いを思い返す。

「悔いだけは残さないようにしようぜ…勝っても負けても。」
 木吉の言葉に日向が呆れたように振り返る。
「はあ!?何言ってんだ、勝つぞ!約束忘れたんか、ダァホ!」
 日向の呆れ気味の言葉に木吉は、小さく口元に笑みを浮かべる。
「ああ…そうだな。」
 日向の様子に、告げるべきか悩んでいたことに決心がつく。

「…そういえば、この間、病院に行ってきたんだ。」
「ん…ああ!どうだった?」
 突然切り出した内容に日向が一瞬戸惑い、すぐに膝の状態の事だと気づいて尋ねてくる。その声に心配した様子はない。そのことに少しだけ安堵する。
 
  うまく…ごまかせてたみたいだな…

 チームメイトに余計な心配をかけさせたくはない。だが…せめて、こいつにだけは知らせておきたかった。

「日向…お前だけは言っておくよ。」
 後悔はない。ただ心残りがある。それだけのことだ。


「オレが一緒にバスケできるのは、この大会が最後だ。」


・・・


「あっ、あれ黒子君だよね。」
 流石に遅い時間となっており、校内に残っている人は少ない。おかげで人に囲まれることや、不審な眼で見られることがなく助かったのだが、逆にバスケ部の体育館を見つけるのに時間がかかってしまった。
 ようやく見つけた体育館。わずかに開かれた扉の前に立つ黒子に春香が気づく。

「おーい、黒「待って!」…」
 真美が声をかけようと声を上げた瞬間、千早が小さめの声で制止をかける。真美が不満そうな顔で千早に振り向く。だが千早が訝しげな表情で黒子を見ていることに気づき、真美と亜美、春香も黒子に視線を向ける。
 黒子はめずらしく、周囲の様子が目に入らないくらい呆然とした様子だ。思わず静寂が訪れ、

「そんなっ…1年は大丈夫のハズじゃ…!?」
 突如、体育館の中から大きな声が響く。その大声に驚き、千早たちは黒子の背後からそっと扉の傍まで近づく。

「…オレもそのつもりだったんだけどな…」
 中から二人分の声が聞こえてくる。一人はたしか、日向さん。もう一人は、目的の人物のようだ。

「今までの試合で少しムチャしたせいか思ったより早く悪化しているらしい…」
 木吉の淡々と告げる声が聞こえる。

「次のIHはもちろん、関東大会もまずムリだそうだ。」
 木吉の言葉に、千早たちは絶句する。


【…もって一年だそうだ。】

 秋ごろ木吉はそう言っていた。あの時期からの一年。それは来年の夏までを意味していると思っていた。木吉の笑顔がよぎる。自分たちが心配そうにしても笑っていた。やよいがおにいちゃんと慕うのが分かる。そんな人だった。


「…そうか。」
 日向の沈んだ声が聞こえる。
 千早が苦しんでいる時も、自分の苦しさなんて微塵もみせずに気をつかってくれた。あの時、あの公園で言っていた。

【大好きなことを諦めることなんてできないんだよ。】
 そう言っていたあの人の、大好きなものは…もう…できなくなる。

「なんだよ日向!暗くなるトコじゃないぜ!」
 呆然としていた千早たちの耳に、明るい、一片の後悔も混じっていない声が響く。

「手術することよりお前らとバスケすることを選んだ。オレはこれっぽっちも後悔してないぜ。」
 明るい、いつも通りの声なのに、

「リコと、伊月と、水戸部と、コガと、土田と、火神と、黒子と、降旗と、河原と、福田と、2号と…」
 いつもは安心できるはずのその声は、

「たとえ手術した後、どんなに明るい未来があったとしても、オレは今お前らと一緒に戦いたいんだよ。そんなふうに思える仲間と全国の舞台に立とうとしてる。むしろこれ以上ないくらい幸せだと思ってるよ。」
なぜだか悲しく聞こえてしまった。

「…これ以上ないわけねーだろが、ダァホ!」
 言葉を失う千早たちの耳に、日向の怒ったような声が聞こえる。

「これからなるんだよ!オレ達が立ったのはゴールじゃなくてスタートだろ。負けねーよ…」


 途中から気づいていたのだろう、黒子は視線を向けた後、無言で春香たちを体育館から離すように歩いていく。なんとなく、体育館に入りづらく、黒子に誘導されるようについて行く。
 少し離れたところで、春香と千早、真美、亜美は黒子の背中を見つめる。不意に、

「今日の事は…」
 話しかけられたことに驚きながらも口を挟まずに見つめる。
「今日の事は、内緒にしてて下さい。」
「黒子君…」「でも…」
 黒子が振り返り告げる。黒子の言葉に春香と真美が戸惑いがちに声を上げる。

「お願いします。」



[29668] 第35話 揺らぎはないみたいッスね
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/12/28 06:40
12月23日、午前九時、東京のとある体育館。メインアリーナにて多くのバスケット選手が集っていた。
 集う彼らの身長は同世代のそれと比べて概ね高い。その面持はほぼ緊張に満ちた顔、あるいは期待に満ちた顔となっている。

「これより、全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会…ウィンターカップを開会します。」

 最初で最後、キセキの世代すべてが集った冬の全面戦争が、頂上決戦の幕が開く。


第35話  揺らぎはないみたいッスね


「笠松さん、おはようございます!」「おはようなの~。」
開会式が終わり、出番までの間、時間を潰していた海常のメンバーのところに二人の女の子が姿を見せた。ただ、二人とも帽子を深くかぶり、その素性は一見してもわかりにくい。女子が苦手な笠松は、話しかけられ怯む。

「海常のみなさんもおはようございます!」
 男子の様な格好をした娘がまわりの仲間たちにも話しかける。

「…もしかして真ちゃんと…美希ちゃん?」
 インターネットでの情報収集が趣味の森山が疑問の声で尋ねる。

「あったり~なの。」「美希、し~!」
 美希が大きな声で嬉しそうに返答すると隣の真は慌ててたしなめる。今や有名人となったアイドルが突如現れたことで海常のメンバーがにわかに騒々しくなる。

「うるせェ!少し黙ってろ!!」
 このままでは明らかにお忍びできていると分かる二人の素性をさらすことにもなりかねないと笠松が怒鳴りつける。その声に多少、周りの高校生が視線を向けたが、全国でも有名な海常高校の面々の前に割り込んでくるような猛者はいないようだ。

「まあまあ…どうしたんだいったい?」
 小堀が怒鳴る笠松を宥める。女性が苦手な笠松は美希の姿におののいているのか近寄ろうとしていないため、補佐役(?)の小堀が代わりに要件を尋ねる。まあだいたい要件は想像がつくのだが…

「その…みなさんに激励をしようと…」「みんなも頑張ってなの~!」
 真がためらいがちに告げ、美希の言葉に再びおお!っと歓声が上がる。小堀は明らかに建前を口にした様子の真の言葉に苦笑しながら返す。

「ありがとう。でもホントは黄瀬に会いに来たんだろ?」
 気遣いのできる彼らしく、なるべく小声で尋ねるとやはり当たっていたようで

「へへへ…そうなんですけど…」
 誤魔化し笑いするように真が言い、あたりを伺うように黄瀬の姿を探すが…

「黄瀬なら…なんか呼び出しがあるとかで、どっか行っちまったぞ。」
 黄瀬の姿はなく、笠松が答えを返してくる。

「呼び出し…ですか?」
「まったく試合が近いってのに、あのヤロウ!」
 不審そうな真だが、笠松は飄々とどこかに行ってしまった黄瀬にイラついている。

「なんか、中学の時の連中と会ってくるそうだが…」
 小堀が告げると真と美希は顔を見合わせて、今後の行動を決める。


 クリスマスが近く、アイドル諸君は仕事で忙しいのだが、仕事場所が近かったため真と美希は仕事の休憩時間を利用して、WC会場に激励に来ていたのだった。二人の応援する高校は異なるのだが、バラバラに行動すると囲まれたときに対処しづらいということで一緒に行動していた。
運よく海常のメンバーと会えたことで黄瀬の居所もわかった。残念ながら黄瀬は彼らとは別行動をとっているらしいが、中学のころの友人ということは黒子もいるだろうと、美希が喜び二人は黄瀬たちの居る場所に向かっていた。


・・・


ピリリリ…ピリリリ…
会場外の一角で集合していた黄瀬の電話が鳴り響き、その音に青峰が振り返る。
「ケータイうっせーよ黄瀬。赤司か?」
「真っちから電話ッスね…もしもし。」
「死ね。」
 着信表記は真から、たしか彼女は今日、仕事があると言って、数日前に黄瀬をへこませていたのだが…激励の連絡でもしてくれたのだろうか?少し期待して黄瀬は通話にでる。
 
<やっほーなの黄瀬君!>
「あれ?なんで美希ちゃん?」
 着信は真からだったのだが、通話の相手は美希だったため、わずかに驚く黄瀬。

<なんか暇そうだねー。近くに居るのは…あっ緑間君とかが居る。>
「はっ!?」
 たしかに美希は以前誠凛対秀徳戦のあと、緑間と会っていたため覚えていてもおかしくはないのだが…なぜ今の自分の状況が分かる!?と慌てて周りを見て見ると、

「やっほー黄瀬君!」「へへへ!」
 いたずらが成功して嬉しそうな美希と会えたことが嬉しいのか満面の笑みを浮かべる真の姿があった。

「なっ!?ちょっ、なんで!?仕事は!?」
 いつも狼狽させられている真は、慌てた様子の黄瀬にやっりぃと美希と喜ぶ。
「今は休憩中。すぐ近くでやってるから抜け出してきたんだ。」
 嬉しそうな声音のまま真は告げてくるが、黄瀬はタイミング悪い。と言う顔をして困っている。

「あん。なんだぁ。彼女連れかよ黄瀬。」
 青峰がボールを指先で回しながら言ってくる。
「峰ちんにもさっちんがいるじゃん。」
 やたらと長身の大男、紫原がチョコを食べながら口を挟む。
「さつきはカンケーねぇだろがコラ。」
 その言葉に青峰が青筋をたてながら返している。


「ちょっっ、今はマズイッス、真っち。美希ちゃんも。」
 黄瀬が慌てたように真の傍に行き、方向転換するように真の体の向きを変える。
「えっ!?」
 まさかここまで慌てられるとは思わなかった真は困惑しながらも少しムッとする。

「お待たせしました。」
 黄瀬が真の背を押して場所から離れようとしているともう一人の元チームメイトの声が聞こえてきた。

「テツくーん。」
 美希が嬉しそうに黒子に手をふる。黒子の横には見覚えのない男子-おそらく誠凛の控え選手だろう―がついている。

「テツまでお守り付きかよ。」
「だから峰ちんにもいるじゃん、お守り。」
「だからカンケーねぇだろが!」
「緑間君、今日のラッキーアイテムはハサミですか?」
「ふん。そのとおりだ。」
「とりあえず危ないのでむき出しでは持ち歩かないでください。」
 慌てる黄瀬を他所に、他のメンバーは普通に話始める。黒子も美希に軽く挨拶をしてから会話(?)に加わっている。美希が黒子のもとに駆けて行ってしまったのを見て黄瀬はあきらめたように真の背を押すのをやめる。

「はぁー…真っち。とりあえずこれが終わってからちゃんと話すんで、ちょっと待っててほしいッス。」
 黄瀬は溜息をつきながら真に言う。真は疑問符と不満顔を顔に張り付かせながらも頷く。

「むー?あれー?空かない…。」
 周りの変化に気を留めた様子もなく紫原はお菓子の袋を空けるのに夢中だ。
「ミドチン、そのハサミ貸してよ。」
「断るのだよ。」
「えー?黒ちん持ってる?」
「持ってないです。」
 紫原は緑間にお願いするもすげなく断られ、黒子を頼るもあっさりと返される。不満そうにしていた真もどことなく同窓会にしては重い空気に緊張感を感じてしまう。見れば美希もどことなく居心地悪そうにしているが、黒子は美希から離れないように言っている。

「つーか呼び出した本人がラストってどうなんスか!?」
 最早一刻も早く終わらせたい黄瀬が少しイラついたように呟くが、
「いちいち目くじらを立てるな、アイツはそういう奴なのだよ。」
 緑間が普段通りの表情で返し、
「…たく。」
 青峰も溜息をつきながら呆れている。紫原は先ほどのお菓子袋をなんとか空けて舌鼓を打っている。

「すまない。待たせたね。」
 黄瀬の背後の方から声が聞こえる。その声は大きな声ではなかったのだが、なぜか圧倒されるように聞こえ、真は思わず後ずさりする。黄瀬はそんな真をかばうようにやってきた男と真の間に体をずらす。

「…赤司君。」
 黒子もやってきた男の名を呼びながら、さりげなく美希を隠すような位置取りをしている。

「大輝。涼太。真太郎。敦。そしてテツヤ…」
 男の身長は黒子と同じくらいだろうか、黄瀬や青峰ほど高くはない。だが、漂う雰囲気は彼らに劣らず、いや不気味さではそれ以上に感じられた。見回すように名前を読んでいく彼は言葉を続ける。

「また会えて嬉しいよ。こうやって全員が揃うことができたのは実に、感慨深いね。」
 逆光になっているためかその顔色をうかがうことはできない上、底の知れない声音にその言葉が本心かどうかは分らない。

「ただ…場違いな人たちが混じってるね。今、僕が話したいのはかつての仲間だけだ。悪いが君たちは帰ってもらっていいかな?」
 睨み付けられたわけでも、怒鳴りつけられたわけでもないが、ただその言葉に圧倒されたように真の足が縫い付けられる。そんな真の心情を察したのか、黄瀬が真に触れるかという位置まで背を寄せてくる。美希も近くの黒子の袖を握るようにして耐えているが、

「…降旗君。」
 もろに威圧を受けている誠凛の選手は動くこともできずに震える。その肩に
「なんだよ。つれねーな。仲間外れにすんなよ。」
「あっ!!火神!!」
 仲間の声に降旗が振り返ると肩に手を置いて火神が立っていた。
「ただいま。話はアトでとりあえず…」
 どこかに行っていたのだろうか、以前と多少雰囲気が変わったような気がするが…

「あんたが赤司か、会えて嬉しいぜ。」
 火神もキセキの世代の最後の一人の名を知っていたのだろう、不敵に笑いかけている。

「…真太郎ちょっとそのハサミ、借りてもいいかな?」
 火神を値踏みしたように見ていた赤司は歩きながら、緑間に尋ねる。
「何に使うのだよ?」
 先ほど紫原に問われたときは、すげなくあしらっていた緑間が今度は尋ね返しながらもハサミを手渡す。

「髪がちょっとうっとうしくてね。ちょうど少し切りたいと思っていたんだ。まあ、その前に、火神君だよね?」
 火神の登場で場の雰囲気が少し和らいで、真や美希の脅えた表情が少し緩む。だが次の瞬間、

ビュッ!
「うお!?」「火神君!」
 ハサミを手にした赤司は、ためらうことなくハサミを火神の顔面めがけて突き出す。火神はかすりながらもギリギリで避けるが、驚きに表情が引きつっている。真や美希を始め、突然の凶行に黒子や降旗も慌てる。

「…へぇ。よく避けたね。今の身のこなしに免じて今回だけは許すよ。ただし次はない。僕が帰れと言ったら帰れ。」
 にやりと笑い赤司は火神から距離をとる。

「この世は勝利がすべてだ。勝者はすべてが肯定され、敗者はすべてが否定される。僕は今まであらゆることで負けたことがないし、この先もない。」
 赤司の言葉に真が反論を上げそうになるが、それを察知したのか真の口を塞ぐように黄瀬が腕を上げる。

「すべてに勝つ僕は、すべて正しい。僕に逆らう奴は、親でも殺す。」
 告げながら髪をはさみで切っていた赤司の表情がついに露わになる。赤みがかった髪、そして左右で微妙に異なる光彩。思わず真たちも息をのむ。


「…じゃあ、僕はそろそろ行くよ。今日のところは挨拶だけだ。」
 もう一度黄瀬たちの目を見るように見回した赤司は、そう告げ立ち去ろうとする。

「はぁ!?ふざけんなよ赤司。それだけのためにわざわざ呼んだのか?」
 特に話す要件もなく集合をかけられたことに青峰が怒声を上げる。

「いや…本当は確認するつもりだったけど、みんなの顔を見て必要ないと分かった。」
 青峰の声に赤司は足を止めて振り返る。

「全員あの時の誓いは…忘れてないようだからな。」
 その一言に、黄瀬たちの眼光が鋭くなる。

「ならばいい。次は戦う時に、会おう。」
 メンバーの眼を見た赤司は楽しそうな笑みを浮かべて去って行った。青峰は舌打ちを一つ打ち、去っていく。紫原と緑間もそれぞれのチームのところへ戻るつもりだろう。なにも言わず歩き去ってしまう。

ほかのキセキの世代のメンバーが去ったことで、
「っはー!!焦ったッス!なにやってんスか!真っち。あと火神っちも!!」
「美希さんもです。」
 息を詰めていたかのように、深く息をはきだした黄瀬が怒鳴るように真と火神に注意すると黒子が追加する。黒子の顔にも若干ながら冷や汗が流れている。

「なんでオレが怒られるんだよ!」
「そうだよ!」「美希、なにも悪いことしてないもん!」
 火神が怒鳴り返し、真と美希も不満を顔に浮かべて反論する。降旗はまだ緊張が残っているのか涙目で頷いている。

「まあ、火神っちがうまいことやってくれて助かったッスよ、ホント。」
「あの人も昔の仲間の一人なの?」
 ほっとした様子の黄瀬に真が話しかける。その顔は、先ほどの光景を思い出したのか若干緊張感の残った表情だ。

「…赤司っちは、キャプテンだった人ッスよ。」
「何考えてやがんだ、あのヤロウ。」
 火神は先ほどの事で怒ったように吐き捨てる。
「さあ。赤司君の考えてることは基本、分らないことが多いので。」
 黒子は動揺が引いたのか、いつもの無表情で答える。
「むー美希、あの人、好きじゃないの。」
 近くで凶行を目の当たりにしたためか美希がことさら嫌そうに言い、黒子は宥めるように頭を撫でる。

「真っち、仕事の合間って言ってたスけど、時間は大丈夫なんスか?」
 黄瀬が真に向き直り問いかける。真は腕時計で時刻を確認すると

「わぁ、美希!そろそろ戻らないと間に合わなくなるよ!」
 慌てたように美希に呼びかける。美希はえー!っと不満そうな声を上げるが真は思い出したように尋ねる。
「涼の試合は何時からなんだ?」
「…この後、すぐッスよ。」
 真の慌てた様子に、項垂れた様子で黄瀬が答える。小さくまた見てもらえないんスね。というつぶやきが漏れる。

「ええー!!ボクたちもそろそろ戻らないといけないし…仕事が五時終わりなんだ。」
 がっくりとした様子の黄瀬にうろたえる真。
「五時だと僕たちの試合前ですね。」
 黄瀬と真のやりとりをよそに黒子がぽつりと呟くとそれを聞いた美希は
「テツ君、美希たち絶対くるから、頑張ってね!」
 嬉しそうにウィンクをつけながら応援する。真と黄瀬はその様子を羨ましそうに眺め、真は

「か、会場には来れないけど、応援してるから!」 
なんとか黄瀬を盛り上げようと声をかける。黄瀬は俯いた状態から不満そうに真の顔を見る。
 必死そうな様子だ。仕事の合間で近くの会場とはいえ、最近の激務では体を休めた方がいいのは誰の眼にも明らかだ。それなのに彼女は自分に会いに来てくれたのだから、嬉しくないハズがない。それでも、黒子の応援のときはよく来ているのに、自分の試合はあまり見せられないのは少し不満がある。
 真は、俯かせたままの黄瀬を心配してか伺うように顔を近づける。心配そうな顔に悪戯心が湧いた黄瀬は、

「…!!?」
 軽く触れるように真の頬に口をつける。一瞬なにをされたのか分らずキョトンとした真は、少し遅れて顔を真っ赤にして跳び退る。
「な、なに、なにやってんだよ!」
「よーし、これで元気でたッス!」
 触れた頬を手で押さえて大声を上げる真、黄瀬は伸びをしながら顔を上げる。やたらと満足気な様子だ。真の大声に、それまで美希と黒子のやり取りに気をとられていた火神と降旗が黄瀬の方を向く。

「んじゃ、そろそろ戻らないとこっちもマズイんで…黒子っち!」
 赤い顔で睨み付けてくる真に微笑み返し、黄瀬は立ち去ろうとする。去り際に黒子に呼びかける。黒子が黄瀬に向き直る。

「…今度こそ、見れるとイイッスね。」
 言おうか言うまいか少し躊躇った後、黄瀬は黒子に告げる。
「…はい。」
 黄瀬の言葉に、真や美希、降旗は首を傾げるが黒子の言葉にためらいはない。返ってきた答えに満足そうな黄瀬は、手を振りながら今度こそ仲間の下へと戻って行った。
 
この後、黒子の促しによって美希が仕事に戻ろうとするが、真はしばし呆然としており、仕事に戻った時には開始ギリギリの時間であった。


・・・・
 
 バチィッ!
 観客の声援が響く会場。B会場で行われている試合では序盤にも関わらず既に大差をつける展開になりつつある試合が繰り広げられていた。

 攻撃のためのパスは途中でカットされ、驚きの声があがる。
「あっ!!?戻れ!戻れ-!!」
 平石高校のメンバーは慌ててDFに戻る。ボールをカットした選手、笠松はそのままボールをキープした後、前線へと走るエースへとボールをつなぐ。
 全国大会だけあってカウンターに対しても素早い戻りを見せた平石のDFだが、ボールを受けた瞬間、消えたように加速した相手を捉えきれない。

ドゴッ!!
「黄瀬、叩き込んだァ――!!」「早くも今大会最初のダンク炸裂――!!」
「なんてスピードだ!ホントに人間かよアイツ!?」
 声援の飛び交う会場においてなお響くほどの豪快なダンクに会場の盛り上がりは増していく。
 そこに居たのは、子供の様に拗ねていた顔でも悪戯が成功して嬉しそうにしていた顔でもなく、仲間とともに勝ち抜く意志をみせたエースの姿であった。

 時にロングシュート、時にペネトレイト。多彩な技を見せる黄瀬は、しかし自身一人での得点にはこだわらず、積極的に味方へとパスを回す。
 IHベスト8の海常は初戦を大勝での好スタートを切った。


・・・・

 仕事終わりのアイドルたちが駆ける。もうすでに試合は終わっている。走って行くことでせっかくの変装のかいなく、目立ってしまっているが、今は少しでも早く辿り着きたい。
 あともう少し…扉をひらくとそこには


「ギリギリッスね。」
 わずかに呼吸の乱れた真を黄瀬が出迎える。真がその声に振り向く、
「涼!えっと、試合はどうだった?」
 呼吸を整えるのももどかしそうに真は黄瀬に問いかける。その様子に内心の嬉しさがはじけ飛ばないように苦笑しつつ答える。
「勝ったッスよ。」
 黄瀬の答えに真は嬉しそうな顔を向ける。黄瀬が微笑みながら真の耳元に顔を近づけると真は「うっ。」と少し慌てたように身を引く。だが黄瀬の接近から逃れることはできなかった。
「勝利の女神がちゃんと応援してくれたんスから。」
「うぅあぅ。」
 真っ赤になったまま二の句がつげない真を救ったのは、
「なにやってんだ、テメエは!」
 真横から黄瀬を蹴飛ばした笠松であった。蹴飛ばされた先にあったのは到底、先ほどの試合の時の人物と同じとは思えなかった…

少し遅れて彼女の仲間たちも追いついたが、真っ赤な顔をしている真と踏まれている黄瀬を見て響が問いかける。
「何やってんだ黄瀬っち?」


「わぁ~、1回戦なのに満員ですね。」
 冬の夕方の時間だというのに満員の客席を見て雪歩が声を上げる。流石に慌ただしい時期だけあって全員で来ることはできなかったようだが、それでも真と美希のほかに、響や真美、亜美、雪歩、伊織、やよいに千早まで顔を出していることに黄瀬は僅かに驚くが、それよりも驚きなのは、
「なにやってんすか、あれ?」
 黄瀬は亜美と真美にからかわれている天ケ瀬を見ながら真に尋ねる。天ケ瀬はバツが悪そうにしながらも、かまってくる双子に手を焼いており、その後ろでは伊集院と御手洗が笑いながら見ている。真は苦笑いで誤魔化すが、真美が
「ほらほら、言いたいことがあるんでしょ、あまとう。」
「誰があまとうだ!…くそっ!」
 天ケ瀬をからかいつつも黄瀬の方に押し出してくる。
「…」
「…」
 押し出された天ケ瀬は気まずげに視線をそらし、黄瀬は冷めた視線で一瞥して視線をコートに向けようとするが、
「その…いろいろ悪かったな。」
「は?」
 天ケ瀬が突如として謝ってきたことに若干の驚きの視線を向ける。
「お前のことも、その…いろいろ勘違いしてた…」
「すごいよね~!黄瀬君。ダンクとかすっごい決めてたし!」
 言い辛そうにしている天ケ瀬の横から御手洗が楽しそうに話しかけてくる。
「…あんたらうちらの試合見てたんスか?この忙しい時期に?」
 クリスマスイベントに年末年始のイベントと大忙しのこの時期に人気アイドルであるジュピターが試合を見ていたかのような発言をしたことに黄瀬は驚く。
「961プロならもうやめた。」
 天ケ瀬の言葉に黄瀬は目を丸くする。真たちを見るとすでに知っていたのか苦笑気味に微笑んでいた。
「お前の試合を見て、黒井のおっさんが言ってたことがでたらめだって改めて分かったんだ!」
「いや、まあ、それはいいんスけど…やめてどうするんスか?」
 一人熱血している天ケ瀬に気圧されながら黄瀬はなんとか尋ねる。
「一からやり直す。オレ達の力を信じてくれるところで!今日は、今までのけじめをつけに来たんだ。」
「冬馬…おまえ…」
 身を乗り出してくる天ケ瀬に黄瀬は僅かに身を引きながら顔を引きつらせる。横で見ていた伊集院がからかうような笑顔を浮かべると、
「なっ!だから違う!」
 なにやら慌てたように否定している。

わいわいと騒がしく話していると時間になったのか誠凛の選手が入場してくる。
「おー、来た来た誠凛!」「すごい声援だ~!」
「へー、人気あるのねあいつら。」
 入ってきた誠凛に亜美と真美が嬉しそうに声を上げ、観客が盛り上がり誠凛に声がかけられる。その様子に感心したように伊織が言う。雪歩ややよい、千早たちもあたりを見回して感心している。だが
「ちげーよ。」
 笠松の否定の言葉にがくりと反応して、視線を向ける。大勢の女子に視線を向けられた笠松は怯んだように言葉をつまらせ、黄瀬を前面に押し出す。黄瀬は呆れた様子で笠松を見てから口を開く、

「…誠凛は全国初ッスからね。まあ間違いなく注目されてるのは相手の方ッスよ。」
「どこなんですか?」
 黄瀬の言葉に千早が尋ねてくる。だが笠松は呆れたようにその様子をみる。
「表にあった試合表は見てないんスか?」
「あんなたくさん人がうろついてるところじゃ見に行けないぞ!」
 黄瀬が少し驚いたように尋ねるが、響は少しすねたように答える。たしかに有名人の彼女たちがゆっくりと掲示物を見ている余裕はなかっただろう。

「そうそう。」「それでどこなのかさかさ。」
 距離をとる笠松の様子に面白がって亜美と真美が笠松に詰め寄って尋ねる。以前、一緒に応援に行ったときとは異なり距離が詰められた笠松はうっ、とうめいて怯む。 
 黄瀬が代わりに答えようとした時、

「うおー、来たぞ!!」「今日は何点取るんだ―!?」
 会場の盛り上がりが一気に増す。その歓声に思わず真たちも驚く。

「誠凛の初戦は、IH準優勝の暴君…」
 相手のチームが姿を見せる。黒いジャージを羽織ったメガネのキャプテンを筆頭に入ってきたのは、
「桐皇学園ッスよ。」
 黄瀬の言葉と目の前の光景に真たちの驚きが増す。

「ちょっ、え?なんで!?」
「同じ東京の高校が初戦なんですか!?」
 伊織が戸惑い、雪歩が驚きのまま尋ねる。
「桐皇は地区代表ででてるわけじゃないッスから、特別枠は例外らしいッスよ。」
 黄瀬が答えるが真たちは驚きのまま桐皇の姿を見つめる。やはり桐皇の人気が高いのだろう、会場のあちこちで桐皇や青峰を評価する声が聞こえる。

「なんつっても青峰だろ!」「一対一でアイツに勝てるヤツなんていねーよ!」
「いや4番も次何してくるかプレイが読めないんだって。」
「若松もCであんな走れる奴見たことねーよ。」 

「なんか…桐皇のことばっかり…」
 真美があたりの様子に呟く。
「…むー、ねえねえ誠凛勝つよね!」
 美希が不満そうにしながら黄瀬たちに問いかける。黄瀬は考え込むようにして、笠松に視線を移す。

「…7:3いや8:2で桐皇ってとこだな。」
 笠松もまた考え込むようにした後、桐皇有利を答える。その言葉に美希の機嫌は急降下していく。
「でもでも、誠凛すっごく強くなってんだよ。木吉のにーちゃんだっているし。」「そうそう、すごいんだよ、あのにーちゃん!」
 亜美と真美が笠松にまとわりつきながら声を上げる。笠松は双子の急接近にたじろいでいてうまく解説ができないようだ。助けを求めるように黄瀬を睨み付ける。
 このまま見てても面白そうかと思った黄瀬だが、先輩の面目もある上、真たちも聞きたそうにしているため代わりに答えることとなった。

「鉄心はたしかに凄いッスけど、地力では桐皇の方が上ッスね。なによりもエースの…青峰っちの力があるッスから…」
 黄瀬はコート上の青峰の姿を見つめて答えた。その様子に亜美たちの声も止まる。たしかにIHの際の、黄瀬と青峰の力は圧倒的だった。
「でも、でも。テツ君もいるし、火神君もいるんだよ!」
 美希が勢い込んで問いかける。

「…たしかに火神っちは強くなったッス。扉を開けたのも間違いないみたいッスけど…まだ足りないッスね。」
「?扉?」
 呟くような黄瀬の言葉に真たちは疑問の声を上げる。
「まだ火神っちは入口にいる状態ッス。予選からここまでひと月…どこまでものにできてるかがカギッスね。」

「扉って…どういうことなの?」
 どうやら笠松たちにも分らない様子で訝しんでおり、真が尋ねる。
「簡単に言えば、キセキの世代の領域まで上がってきたってことッスよ。」
 黄瀬自身にとっても言葉にしづらいものなのだろう、言いにくそうに言葉にしている。黄瀬の見つめる先では、両校の選手が整列し、青峰と火神が向き合っている。だが以前のむき出しの闘争心は溢れるのを待つかのように静かな様子だ。

「黒子っちの方は…どうやら決意に揺らぎはないみたいッスね。」
 目を閉じ、過去に思いを巡らせていた黒子は、目を開き青峰を見据える。




「今度はもう、絶対に負けません…!」
 その言葉に、青峰の口元が楽しそうに歪む。
「ああ…いいぜ。じゃあ今度こそつけようか。」

「本当の決着を…!」



[29668] 第36話 なんか黒子っちらしくないッスね
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/12/26 07:51
「気合いは十分なようだが…黒子の能力はたしか、青峰に通じないんじゃなかったか?」
 小堀がコートを見ながら尋ねる。その言葉に美希がむっとした表情をする。

「通じないっていうのじゃないんスけど…」
 黄瀬が歯切れ悪く答える。だが真たちは前回の誠凛対桐皇の試合を思い出していた。
「前の試合で、青峰さん、黒子君のイグナイトを止めてたよね。」
 真の言葉に笠松達も黄瀬に視線を向ける。

「正確には、青峰っちは黒子っちの行動が読めるんスよ。」
「行動が、読める?」
 真が疑問の声をあげる。美希も不安そうに言葉の続きを待っている。

「黒子っちと青峰っちは、ことバスケに関しては相性が良すぎるんスよ。黒子っちの力は影。そして影は強い光によってその影を深める。キセキの世代で最も黒子っちと息が合ったのは青峰っちだった。それはつまり、青峰っちの力が…最強だったってことッス。」
 今の青峰への憧れを捨てた男は、それでもかつての憧憬を思い出す。



第三十六話 なんか黒子っちらしくないッスね


両校の選手が中央に並び、礼が交わされる。
「前回誠凛は、桐皇に大敗してる。その隙を突いた先制攻撃ができるかが、最初のポイントだな。」
 森山が展開を予想する。ジャンプボールから試合が開始されようとしている。ジャンパーは木吉と7番若松。緊張が高まる中、ボールが高く舞い上がり、

「始まった!」
 ボールをとったのは木吉。弾かれたボールは伊月がキープし、素早く周囲を見て、ドリブルを進める。

「やった、誠凛ボールだ!」「速いぞ!」
誠凛得意のラン&ガンが炸裂し、先制の奇襲成功かと思われたが、

「なっ!?凄い動きだ!!」「そうやすやすとはいかないみたいッスね。」
 桐皇DFはこの展開を予期していたかのように万全の体勢を敷き、今吉を筆頭に微塵も油断を見せてはいなかった。いきなりの警戒MaxのDFに逆に動揺したかのように伊月-日向のパスがカットされ、素早く前線にいた9番、桜井にボールが渡る。

「させるか…!?」
素早い戻りでシュートを阻止しようとした日向だったが、桜井は狙いをつける間もなくボールを放り投げる。触れることすらできずにボールが宙に浮き、

「あ――――!」
 
バギャッ!!

「アリウープ!?」「くっ。」「そんな。」
 素早く走り込んだ青峰が、宙に浮いたボールをそのままゴールに叩き込み、会場が沸き立つ。真や千早たちも驚きながらも悔しげにその様子を見る。

「最初の奇襲で主導権をとるつもりが…逆にやられちまったな…」
笠松が厳しい目でコートを睨んでいる。流れはそのまま桐皇に向かうかと観客のだれもが思う中、


「…だと思ったわ。もし万一、ナメてかかられるようなら強襲。シメてかかられるようなら予定通り…」
 ベンチではリコが不敵に笑い。木吉がトップで走り出す。伊月はリスタートしたボールを黒子へと投げ、
「黒子君の新しいパスで、強襲2よ!!」
 黒子は青峰との至近距離で右腕をテイクバックする。


「なっ!?」「黒子っち?」「イグナイト!?」
 見ていた多くが驚き、黄瀬も訝しげな声を上げる。


「ナメてんのはどっちだ。テツ!」
青峰が目前の影をにらみつける。
「いいえ、少し違います…
イグナイトパス・廻。」
「いけーなの!テツ君!!」
 敵を見据える黒子が全身をひねり、美希が信頼の声援を飛ばす。そして

ドギャッッ!!

コースを予期して腕を伸ばした青峰の掌を打ち破って螺旋回転を与えられたボールが直進する。

「うおっ…っりゃ!!」
「!!!?」
「鉄平さんファイトです!」
 会場中が驚く中、誠凛ベンチとやよいの声援がとび、木吉がカウンターのボールを受ける。そのまま跳び上がりダンクに行こうとした木吉の前に、

「させっかよぉおおらあ―――!!」
「むっ…」
 強襲を受けて動揺しているはずの若松が追いつき腕を伸ばす。

「あっあー!」「追いつかれてる!」
 やよいと千早が驚きを口にする。パワーで勝る若松にボールが阻まれようとしたその瞬間、

「なっ!?」
木吉の得意プレー、後出しの権利が発動し、ダンクは突如パスへと切り替わる。

ゴッ!

そのパスを受けた火神は、アリウープで返礼のゴールを決める。
「鉄平さん、ナイスです~!」
「火神っちもいいぞ~!」
好アシストを決めた木吉にやよいが歓声を飛ばし、真美がダンクを決めた火神に声援を送る。だが

「テツく~ん!」
 最も喜んでいるのは美希だろう。投げキッスをしてアピールをしている。
「すごい…青峰さんの腕を吹っ飛ばした。」
 逆に真は黒子の技に驚いている。IHでの黄瀬と青峰の闘いを最も強く覚えていただけにその驚きはひとしおだったのだろう。

「なんだ、あのパス?」
 笠松は驚きながらも、黒子の見せた新たなパスについて黄瀬に尋ねた。
「イグナイトパス廻…初めて見る強化型ッスね。しかも速さ以上に驚いたのは、あの貫通力ッスね…」
 黄瀬は観察するように厳しい眼をしながら呟く。会場内に集う、キセキのメンバーも同様に驚きながらその技を見定めようとしていた。

「どういう技なんだ?」
 会話を聞いて首を傾げる。真や笠松、喜んでいた美希たちも黄瀬に注目する。

「おそらく、全身の回転運動をフルに使って、ボールに螺旋状の回転を加えて、弾道の安定と貫通力を高めてるんスね。ただ…全身の負担が増えてそうッスし…」
 考え込みながら技を見抜いていた黄瀬の言葉が淀み、美希たちが様子を伺うように黄瀬を注視する。

「ドライブのことといい、なんか黒子っちらしくないッスね…」
 美希たちはその言葉に訝しげな表情を見せる。だが黄瀬にとってはチームのために我を殺してまで、いや、それを当たり前のようになす尊敬する姿と、今の黒子の姿はどこか違って見えたのだ。

「…なるほどな。ちったぁ楽しめるようになったじゃねーか、テツ。」
「前と同じと思われてたなら、心外です。」
 これほどまでに敵意以外の感情を露わにする黒子の姿に、不安なものを感じ、黄瀬は二人の姿を見つめる。

 誠凛ベンチでは青峰を突破したことで盛り上がっていた。それに乗じて流れに乗ろうとしたコート上のメンバーだが、

「そんなあせらんでくれや。まだ始まったばっかやで。」
 不敵に笑う今吉は、特に慌てた様子もなく、黒子にマッチアップする7番須佐にハイボールを通す。圧倒的な身長差から手が出せない黒子に対して、高さを生かして須佐はゴール下から得点を決める。

「落ち着いて返してきたな…」
 森山が冷静にコートを見据える。誠凛がリスタートし、桐皇に攻める。だがシュートは外れ、リバウンド勝負となる。だが

「っしゃ、こら…どっ…せぇい!」「ぐっ…」
 若松に圧倒された木吉は、スクリーンアウトの状態ですでに敗北しており、そのままボールを奪われる。
 そのまま前線へと送られたボールは桜井によって決められ、美希たちは悔しがる。

「まだ何か仕掛けてくれた方がマシだったな、誠凛は。」
「どういうことだ?」
 笠松の言葉に、天ケ瀬が問いかけ、視線が集まる。

「黒子のパスで動じるどころかムキになる様子もない。ただ桐皇がいつも通りバスケットしてるだけだ。だからこそ逆につけいるスキがない。差がつくのはシュート精度・DF・リバウンド…一つ一つのプレイの質で上を行かれてるからだ。」
 現在、得点は2対6。大技の飛び出た誠凛に対して、桐皇は特になにかをしかけるでもなくウォームアップ状態での戦いとなっている。

「つまり出ているのは単純に実力差。格の違いだ。」
 言い切る笠松に、美希たちが不安な面持ちでコートに視線を戻す。

「とは言え何もしなければ差がつく一方ッスから…どう突破口を開くか…!?」
 突破口を探す誠凛のボールが渡ったのは…

「おいおい、確かに開ければでかいが…そこは鬼門だろ。」
 笠松が驚きの声を漏らす。
「火神さんと…青峰さん!?」
 真ですら、その現状に驚く。
「行き詰ってる現状、たしかに青峰を突破できれば流れは誠凛に向くが…負ければそのまま試合が決まりかねないぞ。」
 森山も睨み付けるように行方を見守る。 
 両チームのエースがにらみ合い、幾度かボールが揺れるように動く。二人の間で交わされるやり取りを感じられたものは少なく、会場は動きのない二人にざわめき始める。

「ちょっとなんで動かないのよ。」「どうしたんでしょう、火神さん。」
 伊織とやよいがこらえきれないかのように声をだす。にらみ合いは突如として終わる。

「あっ!?」
火神は結局、一度もボールをつくこともなく青峰との戦いを避けるように伊月へとボールをつなぐ。
 結局、ターンを生かせずボールがラインを割り、時計が止まると誠凛がタイムアウトをとる。
 会場のあちこちからは、期待したエース対決が見られず、がっかりしたような声がざわめいている。

「「むー。」」
 応援している誠凛が悪く言われているのも腹立たしいが、ボールを持ってろくに動きを見せなかった火神にも不満があるように亜美と真美が頬を膨らませる。

「火神もちょっとは成長したみたいだな。」
「そっスね。」
 笠松が一息つくように言うとそれに黄瀬は同意する。だが

「?」
 会話の流れが分らない美希たちは首を傾げる。
「涼、今のって…」
 真は、勝負勘が働いたのか目に映らなかった展開がおぼろげながら読めたようだ。

「へー真っち、今の分ったんスね。」
 黄瀬が感心したように言う。だが美希たちはますます疑問符を浮かべる。
「真ちゃん、どういうことなの?」
 雪歩が真の腕を引っ張って尋ねる。

「多分だけど、二人の間で駆け引きがあったんだよ。」
「正解ッス。今のはそのまま行けば青峰っちが勝ってたハズ。その結果を受け入れたからこそ火神っちはムリに攻めなかったんスよ。」
 真が少し自信なさげに答えると黄瀬が補足する。
「前のアイツなら闇雲に突っ込んでたところだが…冷静な判断ができるくらいには成長したってことだ。」
 笠松がわずかに感心したように言葉を補う。
「でも結局は、負けてたんでしょ?」
 伊織が不満げに声を上げる。
「引かなきゃ今ので試合が決まってたッスよ。」
 苦笑しながら黄瀬が言うと、不満ながらも納得したようだ。

「とは言え、手詰まりの状況に変わりはないッスから…どうでるか…」
 誠凛ベンチでも同様の話し合いが行われていたのだろうか、タイムアウトが終わり、首を鳴らしながらの日向を先頭に誠凛がコートに戻る。

「桐皇は特にインサイド主体で固めてるから、外から狙うのがセオリーだが…」
「桐皇のDFに対して日向のクイックネスはあまり高くないからな…」
 小堀と森山が現状打開の手を予想する。森山の予想に反して、桜井の前でボールを受けた日向は、

「なにっ!?」「決めた!」
 一瞬にしてバックステップして3Pを決める日向。中の選手も森山達も驚き、真たちは膠着をやぶる一手に沸き立つ。
 
「成長したのは火神や黒子だけじゃねえってことか。」
 笠松が厄介な技―バリアジャンパー―を身に着けたことに警戒するように言う。
「また決めたさ!」
 日向の連続3Pに響たちが歓声を上げる。黄瀬は見極めるように視線を鋭くしてコートを見る。

「どうやってるの、あれ?」
 伊集院が尋ねるように黄瀬たちに問いかける。
「分りにくいけど重心位置が後ろにある。」
 答えたのは黄瀬ではなく真だった。
「分るんスか?」
 黄瀬でも見破ることは難しかったのだろう驚いたように尋ねる。
「多分…重心位置とか空手で重要だから。」
 
 流れが変わり誠凛に勢いが出始める。桐皇の攻撃になっても日向を中心に激しいDFを見せる。

「すごいDFさ!」「やれーメガネの兄ちゃん!」「とれとれー!」
 響や双子たちが日向に声援を送り、攻めあぐねる桜井に須佐がヘルプの素振りを見せる。わずかに日向の注意が分散した瞬間、

「早い!!」「強引すぎる!」
 桜井は強引にシュート体勢に入り、そのまま3Pを打つ。

「つか、はえぇよバカヤロー!コッチまだ準備できてねっつの!!」
 味方にとっても予想外の行動だったのだろう、ゴール下で木吉と競り合う若松が怒鳴り声を上げる。強引なシュートは

バシャッ
「なっっ!?」
 外れることなくゴールを通過する。

「気が弱そうに見えて随分好戦的なんスね。」
 驚く真たちの横で黄瀬が見つめるのは、


「勝つのはボクです…だってボクの方がうまいもんっっ。」
 ぶー垂れた顔で日向を挑発する元謝りキノコの姿があった。


「どうやら日向も受けてたつみたいだな。」
 再び超速ステップから3Pを決める。会場や真たちが飛び道具合戦の様相を呈してきた試合に盛り上がり、笠松が冷静に分析する。
 試合は日向のバリアジャンパーと桜井のクイックリリースからの3Pの打ち合いとなっていた。

「すごーい。もう何本も入ってる。」
 日向の連続3Pに雪歩が感心するが、
「桐皇も負けちゃいねえな。」
 笠松が言うように、日向が決めた分だけ、桜井が返すという攻防が続く。

「文字通り3Pの撃ち合い…また大味な展開になってきたッスね。」
「だがここで、なまじ中を使って攻めるのは逆効果だ。逃げたと同義だしその引け目は後々ひびいてくる。」
 黄瀬が呆れるように言うとシューターとしての目線を森山が伝える。真たちはコートに意識を向けながらも、その話に耳を向けていた。
「ほめられた戦法じゃねぇが、挑戦者としても王者としても引いたら負けだ。」
 コートへの視線を集中させて笠松が睨み付ける。
「そしてそれは両者ともわかってる。意地は張り通してこそ意地だ。」
 男の意地がなかなか理解されにくいかとも思われたが、真たちはその解説に固唾を飲んで行方を見守る。

そして、
「ああ!」「決められたぞ!時間がもうないさ!」
 桜井のシュートが決まり、やよいが悔しがる。響はボードの時間が残り5秒なのを見て慌てている。得点は19対22。このまま桐皇リードで終えるかと思われた試合だが、

「いいえ。まだです。」
 一瞬の空白を利用して、ゴール下の木吉から敵陣を走る黒子にボールが渡される。行動を読める青峰も咄嗟に追いつくこともできずに見送る。
 ただ自陣を守っていた須佐が反応して、行く手を遮る。

「バニッシングドライブなの!」
 追いついた須佐だったが、黒子のドライブにあっさりと抜かれてしまう。美希が喜びの声を上げ、

「っのやろ…」
 もう一人若松がなんとか戻って今度こそ止めようとするが、近づかれるよりも早く、速攻で乱れた陣形を読んで黒子が日向にパスを出す。
 桜井のDFは完全に間に合わず、日向の放ったシュートはブザー音とともにゴールを通過する。
「すごいです!」「やったわ。」
 雪歩と千早も声を上げて喜んでいる。インターバルに入り、両校がベンチへと戻る。

 客席では誠凛の思わぬ善戦に観客がざわめいている。
「同点…」「マジかよ…あの桐皇が…!?」

 その様子に、誠凛を応援している響や亜美、真美がなぜか誇らしげな様子だ。
「やっぱすごいさ!誠凛」「うんうん。」
「特にメガネのにーちゃんと木吉のにーちゃんとかすごいね!」
 真美の言葉にやよいが嬉しげに微笑んでいる。
「えへへぇ。」
前線での冷静な判断能力とインサイドでの攻防で活躍していた木吉、そして後半の連続3Pを見せた日向。それぞれの活躍があったからこその同点だろう。

「でもでも、テツ君もすごいの!」
「ふふふ、そうだね。最初のパスとか最後のドリブルとか。」
 美希の言葉に雪歩が同意する。大技の連発する誠凛の様子に大盛り上がりだ。だが一方で笠松たちは冷静に状況分析を行っていた。

「3Pもだが、問題は黒子のドライブだな。」
「ああ、須佐は桐皇でこそ目立ってないが、普通なら十分にエースクラスだぞ。」
「どうやってッんすか?」
 森山たちは特に、日向のバリアジャンパーと正体不明の黒子のドライブに注目している。

「たしかこれで三試合目。まぐれ技じゃあねぇな。」
 笠松は三試合を観戦した黄瀬に解説を促すように視線を向ける。真や美希たちも黒子の話題に注目する。

「まぐれじゃ、黒子っちが緑間っちを抜くなんてありえないッスよ。」
「…分かったのか?」
 黄瀬の言葉に、笠松の視線が鋭くなる。

「…コート上で見たわけじゃないんで、推測ッスけどだいたいは…」
 やや自信なさげな黄瀬の言葉だが、その態度は確信しているようにも見える。
「なになに、なんか手品でも使ってるの?」「黒子っちだもんね。」
 亜美と真美が興味深そうに、ハイテンションのまま尋ねてくる。
「まあ、手品っちゃ手品なんスけど…まず…」

・・・

 一方、誠凛ベンチ
「とりあえず今のところなんとかやれてる。黒子、一度ひっこんで温存した方がいいんじゃねーの?」
 フルタイムでは使えない黒子の能力を心配して火神が提案する。だが、
「いえ…もう少し大丈夫です…カントク。」
 黒子は続投を主張し、それどころか
「第2Q開始直後、もう一度いかせてください。バニッシングドライブ。」
 自身の必殺技の連発を要求する。伊月や日向はその提案に驚いている。

「同点とは言え、実際にはついていくのでやっとです。出し惜しみしたくありません。」
「たしかに先制攻撃にはなるが…」
 主張を通そうとする黒子に対して、伊月は不安げだ。
「…どうかな、使い過ぎればタネがバレるおそれがある。乱発は危険だ。」
 逆にチームの全体を見ている木吉は、懸念を口にする。最終判断のリコは

「…いいわ。やりなさい!」
 しばし考え込むと許可をだす。木吉の言葉に納得しかかっていたみんなは驚く。
「受けに回るよりずっといいわ。大事なのは常に先手をとることよ。ドライブの仕組みだって、いずれはバレる話よ。それに仮にバレた所でカンケーないわ。元からいつでも使える技じゃないし。逆に条件さえ満たせばわかっていても止められない。あれはそういう技よ。」

・・・

「あの技を完璧に止めるのは、現状ムリッス。」
 黄瀬のあっさりとしたあきらめの言葉に真たちは驚く。
「オイ!!」
 笠松もエースの飄々とした敗北宣言に慌てて怒声を上げる。

「現状はッスよ。それに止めるのはムリッスけど、発動を防ぐことはできるし、いくつか弱点もあるッス。」
 殴られる前に黄瀬は説明を加える。
「どういうことだ?」
 笠松は説明を一応聞くつもりか、上がりそうになった腕をおろし、森山が尋ねる。
「黄瀬っちでもムリなのか。」「やっぱハニーはすごいの!」
 真美と美希は黄瀬の言葉にすでにかなり嬉しそうだ。

「あのドライブ、まず動きは斜めに沈み込むダックイン。普通、ヒトは左右、上下の動きを追うことは強くても斜めの動きには弱いんスよ。しかも黒子っちはとりわけ視線を読むのに長けてるから、追い辛い角度を狙ってくるんス。」
「それがバニッシングドライブ?」
 黄瀬の言葉に全員が耳を傾け、真が尋ねる。

「いや、それだけじゃいくらなんでも緑間っちやエースクラスの選手を抜くのはムリッスよ。」
 黄瀬は真の言葉を否定して、説明を続ける。
「前にも言ったんスけど、黒子っちの身体能力じゃ、一人ではなにもできない。だからあの技も同じ。」
 黄瀬の言葉に美希はやや不満そうにし、真たちは疑問符を浮かべる。笠松たちも疑問顔だ。

「黒子っちの技は、視線や意識を誘導すること、あの技のキーもそこッスよ。」
「だかッどういうことなんだよっ!」
 焦らすような黄瀬の説明に早川が急かす。

「あのドライブを、バニッシングにしてるのは火神っちッスよ。」
 ひとまず黄瀬は結論を述べるようにドライブの鍵を口にする。だが途中説明がないため全員の疑問は膨れ上がったようだ。
「火神さんが?」「なんかやってたっけ?」
 真と亜美はドライブの時の光景を思い出そうとしているが、特になにかしていたようには思えない。

「成長したアイツの存在感はもはや、オレや青峰っち、キセキの世代並みッス…通常、コート上で最も存在感のあるものはボール。だから本来黒子っちは、ボールを持った状態で視線を誘導することはできず、触れるだけのタップパスしかしてこなかった。でもボールの次に存在感のあるもの、それが…」
 会場の数か所では、秀徳や桐皇の選手たちも同様の結論に達したのか、それぞれに分析を行っている。

「キーマンか!?」
 笠松がトリックに一足早く気づく。黄瀬は笠松に頷き言葉を続ける。
「今の火神っちに対してなら一瞬であれば視線を誘導できる。その瞬間のドライブ、それがバニッシングドライブッスよ。」
 明かされた正体とその脅威に、交戦経験のある海常のメンバーが唾を飲む。

「要は火神っちを見なきゃ、使えないんだろ。なんくるないさー。」
 響は技の特性を十分に理解できなかったのかあっさりとしたものだ。真たちも停止不能の技という割には、あっさりとしたものに戸惑いがちだ。

「そういうものじゃないんスよ。」
 黄瀬は響の言葉に苦笑しながら補足する。
「黒子っちのミスディレクションは、さっき言ってた手品に使われるもので、時間制限こそあるものの、意識しようとすればするほど誘導されるんスよ。」
「そうか!視線を外さないように気をつければ、気をつけるほどかかりやすくなるのか。」
 真が特性を理解して声を上げる。黄瀬はその言葉にうなずいて肯定する。

「あのドライブで抜かれないためには、黒子っちに接近させないこと、そうすれば、視線を誘導されても視界に収まる。ただそうすれば、今度はパスが止められない。」
「近づけば、ドライブ。離れればパス。基本だが…やっかいな技だな。」
 笠松の言うようにその二択は、中盤では当然のものだが、見えない技というものが付加されればかなりの脅威だ。

「あの技を発動させないようにするのは簡単ッスよ。」
 困惑気味のメンバーに黄瀬は明るい調子で伝える。
「なに!?」「えっ!?」
 真たちも、技の脅威度を伝えられたあとだけに驚く。

「あの技は火神っちが、視界に収まる状態じゃなければ使えない。つまり…」
「引き離しちまえば、使えないってことか。」
 笠松が納得したように言う。
「もう一つは、火神っちの存在感自体を抑え込むことッス。」
「つまり、キセキの世代クラスのやつがマークに着くってこと…ん?おかしくねーかそれ?」
 付け加えられた対処方法に笠松が納得しかかるが、途中で疑問がわく、秀徳戦では緑間が火神についていたにもかかわらず発動していたのだ。そして今も火神についていたのは青峰だ。

「だからカウンターや速攻の時みたいに、マークがズレる際に発動が多いんス。しかも黒子っちのえげつないのは、あの技をキセキの世代を抜くための技って宣伝してることッスね。」
「?」
 やや顔をひきつらせながら告げる黄瀬に、続きを促すように疑問顔を向ける真たち。
「黒子っちが、キセキの世代につっこめば、そこには自然に火神がいる。おまけにその火神がスクリーンをすれば、能力の低い黒子っちでも発動前を狙われることはない。」
「しかもそう言われれば、受けざるをえないってわけか。」
 笠松も技の全容に顔を引きつらせる。通常通りのシフトで火神対策をすれば、そのまま黄瀬が黒子の餌食になる。だがシフトを変えれば火神が活躍する。海常にとっても頭の痛い戦略だ。

「青峰はどう対処するかだな。」
 森山の言うように幸いにも現在、黒子の相手をしているのは青峰だ。同様にキセキの世代を抱える立場として研究対象としては絶好の相手だ。だが

「多分、真向勝負じゃないッスかね。」
 それまでの説明はなんだったのかといったあっさりとしたものだった。
「えっ!?でも止められないんだろ?」
 横で聞いていた真が驚く。黄瀬が、現状では止められないと言ったのだから、同格の青峰も止められない。そう信じている眼だ。その期待に黄瀬は思わず苦笑する。

「オレにはッスよ。黒子っちの元相棒の青峰っちにはどうなんスかね。」
 黄瀬が鋭い視線を向ける先、ブザーとともに再開が告げられ、青峰たちが立ち上がる。
 

 試合が再開され、誠凛がボールを回しながら機を伺う。そして桐皇エリアの半ばまできた、その時

「来た!」
 火神が須佐のスクリーンとなり、黒子と入れ替わる。青峰と黒子が対峙し、にらみ合う。
「なっ、ホントに青峰に挑むつもりか!?」
 森山が驚くが、美希たちは
「いけーなのテツ君!」「いけいけー!」
 声援をとばして黒子の勝利を願う。


「話が早くて助かるぜテツ。つくづくバスケだと気が合うな。」 
「ボクもそう…」
 黒子が停止状態からわずかに体をずらし、条件を整える。青峰の視線を誘導した瞬間、

「思います…!」
 黒子のバニッシングドライブが発動し、黒子は青峰の右サイドを通る。
 黒子のドライブに桐皇が驚き、誠凛の選手や真美たちが喜ぶ。ただ一人、間近で見ていた火神だけがそのことに気がついた。

「な、んで…」
「バカな!!いったいなんで…」
 美希の呟きとコート上の驚きは同じものだった。止められる筈もないドライブに青峰は反応し、黒子に並走している。そして

「残念だったな、テツ。」

 黒子の手元からボールが弾かれ、青峰はワンマン速攻で棒立ちの誠凛陣営を突き進む。
 驚愕から立ち直れない誠凛はその行く末をただ見ることしかできず、


!!!!


 青峰のダンクが炸裂する。絶望の余韻が包む中、青峰が黒子に向き合う。

「カン違いすんなよテツ…影ってのは光あってこそだろうが、いくらあがこうが、その逆はねぇんだよ。」
 驚愕に目を見開く黒子に青峰の突き刺す言葉は止まらない。

「影じゃ、光を
            倒せねぇ。」



[29668] 第37話 ずっとそれを望んでたんスよ
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/12/27 09:43
「なんで…」
「あの緑間さんだって抜いた黒子くんの新技が…」
「破られた…!!」
 あまりの驚きに声が漏れる。隣からも真たちの呟くような声が聞こえる。でも驚愕の度合いは、自分たちよりもコート上の誠凛の選手が強いだろう。誰もが放心状態となっているのが見える。

「止められないはずじゃ?」
 真が黄瀬を見上げながら呆然と呟く。黄瀬が発動すれば止められないと言った技を、青峰が止めたことに驚いているのだろう。

「黒子っちが自分の能力に目覚めてから今まで、最も長い時間黒子っちと組んでいたのは青峰っちッス。そしてことバスケに関してあの二人の思考は極めて近い…だから、技が発動したとしても、相手がどう動くかが分かってしまうんスよ。」
「…」
 黄瀬がどことなく悲しげな声音で話している。だが、その言葉すら美希の耳をただ通り過ぎただけだ。
「でも、まだ新しいパスが…」
 伊織が呆然とした状態ながらも望みを思い出して口にする。だが

「あん?」「黒子!?」
 リスタートしたボールに振りかぶる黒子に青峰と火神が不審な声を上げる。前線に残る日向も木吉もマークが外れていない状態では、たとえパスが抜けても受け手がいない。そんなこと、パスのスペシャリストの黒子が気づけないハズもないのだが、

「黒子っち!?」
「テツ君!」
 黄瀬が驚く声をあげるが、必殺技を止められてもすぐに反撃しようとするその姿に声援を飛ばす。

イグナイトパス・廻が発動する。
「――――!!」
 受け手のいないまま放たれたそのパスは、

「…バカが。」
 先ほどは吹き飛ばせたはずの距離、その位置関係のまま青峰が吐き捨てるように左腕を伸ばす。

 パスを受けたものとは思えない音が響き、ボールが止められる。技の威力を物語るように、青峰の手の中でもボールは回転をとめない。でも

「同じ技がオレに二度通用すると思ったかよ。」
 勢いの止められたボールは、進むことを諦めたかのように落ちてしまった。

「あんまり失望させんなよ…テツ。こんなもんがオレを倒すために出した答えなら、この際ハッキリ言ってやる。」
 期待を砕かれた美希が見つめる中、心を砕く一言が、他でもないかつての光から告げられる。

「そりゃ、ムダな努力だ。」
 その言葉は、かつて彼が否定した言葉。諦めの淵にいた黒子を戻してくれた言葉。誰よりも輝くその光から、絶望を運ぶ闇が放たれるのが見えた。


第三十七話 ずっとそれを望んでたんスよ


 美希以上に呆然とする黒子を一瞬で抜き去った青峰は、ヘルプに入った伊月の前で体を翻す素振りを見せる。反応するように戸惑いを見せた伊月は体をずらして進行を阻もうとしたが、その瞬間、青峰は後ろ手からボールを体の正面に戻している。
 動きの止まった青峰の前に、シュートコースを塞ぐべく火神が立ち塞がっている。

「いかせねェ!!」
「止めろー火神っち!」「止めなさい!」
 亜美や伊織も、美希たちが祈るように火神を見つめる。その前で

!!?
 体を火神の左サイド側に寝かせるように倒した状態のまま、青峰はボールをすくいあげるように放り投げる。猛烈な速度で跳ね上げられたボールは、ボードに直撃し…

「そ、んな…」
 美希たちの祈りもむなしく、ボールはゴールへと吸い込まれる。

「まずいな誠凛。黒子が崩れて、動揺が大きいぞ。」
 森山の危惧するように誠凛の選手は浮足立った状態でなんとか一本返そうとしているが、日向から木吉へのパスはカットされる。

「桐皇のエンジンがかかってきた!」
 小堀が焦りを口にしたとき、第2Qはまだ1分しか経っていなかった。

それから20秒、黒子のドライブが止められた際にリコが申請したタイムアウトがようやく宣告される。開始時点では同点だったスコアは開始80秒で6点差となっていた。


「テツ君…」
思わず、縋るような言葉が漏れてしまう。

「黒子がやられてすぐに申請してた。いい判断だ。」
「あのまま行ってたら致命的な段階まで離されかねなかったな。」
 森山と小堀が険しい顔でコートを睨む。
「6点差で止めたのは、たいしたもんッスけど…」
「アイツの心を折るには十分すぎる時間だったみたいだな。」
 黄瀬と笠松が見つめる先では、黒子が交代を告げられ項垂れていた。どこか痛めてしまったのだろうか、膝を抑えるようにしており、ベンチの一年生が慌ててテーピングを行っている。

「なんで…なんであんな事が言えるのよ!」
 伊織がこらえきれないように声を上げている。
「アイツは、あの色黒の事、尊敬してたのに!なんでその本人が、アイツに向かってムダな努力だなんて言えるのよ!」

【諦めなければ必ずできるとは言わねぇ。けど諦めたら何にも残んねぇ。】
 かつて青峰が黒子に語った言葉。その言葉は、かつての彼をずっと支え続けた大切な言葉のはず。
 でも、その思いはほかでもない、その人自身によって否定された。
そのことを聞いていたから、その時の彼の寂しそうな、けど誇らしげな表情を覚えていたから…
 美希にとって黒子は、憧れの存在だ。ただ純粋に自分の在りようを現す。自らの思いがぐちゃぐちゃになっていたのを解きほぐしてくれたのは黒子だった。それと同じように黒子にとってもきっと…

 ベンチに座る黒子は、心配する降旗を遠ざけ、一人過去を思う。培ってきた練習、誓った決意。ほかの誰でもない、かつての光にそれらは否定され、無情にも砕かれた。
「…しょう…ちく、しょう…」
 
 
「テツ君!」
 怒りよりも、不安だった。寡黙でミステリアスで、でもその心の中には色々な思いが溢れそうな程に一杯な、その背中が。今にも、その在り方同様、影に消えてしまいそうで。ただ呼びかけた。自分が光だと言ってくれたのなら、その声が届けば、まだその影が深まってくれるのではないかと思って。

 目にしたものは涙。周りのみんなと比べるとあまりにも小さいその背中が、震えているのを目にしてしまった。

「ムダなわけねーだろ、バカ。みんな信じてるぜ。俺たちも、後ろの連中も。お前は必ず戻ってくる。」
 彼の隣に立つのは自分ではない。彼が選んだ光は、あの大きな背中。それでも願う。彼と寄り添う光であることを。

「今度はもう降りるのはなしだ。その間にオレがアイツに教えてやるよ。」
 新しき光が影に手を伸ばし、敵を見据えている。

「ムダな努力なんざねえってな。」
 


「火神の目つきが変わったな。」
 タイムアウトが終わって、両チームの選手がコートに戻っている。森山が険しい目をした火神の変化に気づいたようだ。
「流れは完全に桐皇だ。状況を打開するにはエースの力が必要だが…」
 笠松は歯切れ悪く展開を予想する。状況打開のためのエースには青峰がついている。
 再開したボールは小金井が投げ入れて、ボールを受けた火神は、


「木吉さんに通ったわ!」
 青峰に向かうかと思われた火神は、ゴール近くを抑えていた木吉にパスを通す。千早ややよいたちが期待の眼差しを送っている。エリアに切り込んできた伊月をカバーするため日向が今吉を邪魔している。
木吉と伊月の距離が近づき、手渡しのパスを送ろうとし、木吉のマークの若松が瞬時に反応するが、

「うまい!まだくらいつくな。」
 パスを囮に、木吉は反応した若松の後ろをとり、そのまま自ら決める。
「流石のプレイだが、やはり勢いに欠けてるな。火神が攻めるかと思ったんだがな…」
 小堀の感心した声に笠松も同意しつつ、変わらない流れをみつめている。



「なんだ、気のせいかよ。やる気満々なツラして出てきたと思ったけどな?」
 意外感を覚えたのは笠松たちだけではなかったようで、青峰がすれ違う火神に声をかける。
「るっせー。今のはたまたま木吉さんがいいとこ面とってただけだ。」
 仲間と戦う意志を固めた火神は、冷静ながらも徐々にその熱を上げていた。

「安心しろよ。逃げる気なんてサラサラねーぜ。」
 青峰にボールが渡り、二人が向き合う。青峰はタイミングを伺うようにボールをつく。二人の雰囲気に会場の空気も重くなる。真たちは息をのむようにして二人を見つめる。



「チェンジオブペース…青峰の得意パターンだな。」
「…それよりも気になるのは…火神の姿勢。脱力した自然体の構え…まるで青峰っちと同じ…!?」
 笠松たちが青峰に注目する中、黄瀬は火神の動きを注視している。そして

「…来る!」
 黄瀬の鋭い言葉と同時に、火神もまた青峰の気勢の変化から攻撃タイミングを読み取り、脱力した体勢から瞬時に猛禽のようにボールへと手を伸ばしている。だが。

「あぁ!?速い!!」「しっかりしなさい!」
 青峰は後ろ手からボールを通して火神を躱す。青峰がシュートモーションにはいり、響や伊織たちが悲鳴のような吐息を漏らす。フリーの状態から放たれようとした青峰のシュートは、
「うっおっ…まさか!?」「おおおおお!」
 咆哮とともにすさまじい瞬発力を見せた火神がボールを弾き飛ばす。黄瀬ですら驚いた表情を見せている。

「すげー火神っち!」「ふっ飛ばしたー!」「すごい。」
 亜美と真美が火神の活躍にテンションを上げ、雪歩も思わずつぶやきをもらす。

「これが、覚醒したアイツの力…扉を開いた、その力。」
 黄瀬が睨み付けるような目をむけており、



「いいぜお前…やっと少しテンション上がってきたわ。正直お前にはあんま期待してなかったが…前よりずいぶんマシになったぜ。」
 影を落とす青峰の顔があがる。

「今回はもう少し本気でやれそーだ。」
 その顔は楽しそうに歪められた表情だった。



「…っ。目つきが変わったな。ここからが本領ってことか。」
 青峰のプレッシャーが増し、張り詰めたような空気が美希たちのところにまで届く。森山がたじろぐような声をもらす。真たちも青峰の威圧を感じているのだろう。青い顔には汗が伝っている。

「せいぜい楽しませてくれよ…火神ィ!」
 加速した青峰の動き。その動きはいつかの黄瀬との衝突を思いださせる。だが、青峰の動きに瞬時に火神も反応し、ドライブを阻止する。

「止めてる!」「速いぞ!」
 真と響が喜びの声を上げる。だが青峰は火神を抜こうとせず、股下からボールを叩きつけて跳ね上げる。跳ね上がったボールは若松が待つゴールへと舞い上がる。

「よっしゃ、まかせろォォ、ラァー!!」
「これは!アリウープ!?」
 若松が怒声をともに跳び上がり、真が青峰のプレーに驚く。笠松達も思わぬ青峰のアシストプレーに驚きの表情をしている。だが若松をマークしている木吉も反応し、若松と覇権争いを行っている。

「何早トチリしてんだ。なわけねーだろが、ジャマだ。返せバカ。」
「あがっっ。」
 注意のそれた火神の横をすり抜けてゴールに走り込んだ青峰は、若松がとろうとしたボールを空中で奪い取り、

「なっ!?」「なによアレ!?」「今、味方から獲ったぞ!?」
 驚いたのは青峰以外のすべての人だろう。若松のボールを奪い取った青峰は、そのまま背面シュートを決める。
タイミングを若松に合わせて飛んだ木吉は、反応できずにそれを見送る。笠松たちが驚き、伊織や響も予想だにしないプレーに驚く。
 驚いたのはボールを奪い取られた若松も同様だったようで、なにか青峰と何か言い合いをしており、憤怒の表情をみせている。

 誠凛がリスタートし、ボールが火神に渡る。DFで構える青峰の横から小金井が忍び寄り、火神に目線で合図を送っている。

「スクリーン!?…ってオイ!」
 小金井に気づいた火神が急加速して青峰の横へとスライドする。笠松がそのプレーに声を上げているが、すぐさま訝しげな声に変わっている。
 青峰は小金井を意に介した様子もなくターンで躱している。スクリーンを見透かされた火神がなすすべもなく止められる…かと思いきや、火神は抜く様子を見せておらず、右サイドから左サイドに切り替えし、青峰との間に小金井を挟んだ状態でシュートを放った。

「青峰と互角にやりあってる!?」「うわ~、すごいです。」
 森山が驚きを露わにし、雪歩も感嘆している。二人の戦いは苛烈さを増していき、他を圧倒した展開となる。

「戦えてるぞ!」「火神さんスゴイ!」
 響や雪歩たちの声援にも熱がこもり始めている。
「たしかに…でもこの均衡は長く続かないッスよ。」
 大きくなる美希たちの声援とは逆にコートを見る黄瀬の眼は厳しくなっている。真ともに視線を黄瀬に向ける。

「二人とも今はまだアクセルを踏み込んでる状態ッス。でもまだ完全な全力にはなってない…けどそうなったときはっきり言って、青峰っちが負けるとは思えない…!!」
 その言葉を聞いて、夏の戦いを思い出す。あのときも序盤は互角以上の戦いを見せていた黄瀬だけど、中盤から青峰の力に抗しきれなくなっていた。今の青峰の力はまさにその時を彷彿とさせた。

「ああ!あのヘンテコシュート!」「火神っち!」
 青峰のフォームレスシュートに亜美と真美が悲鳴のように声を上げる。上体を寝かせたように放たれた青峰のシュートは、

「なっ…!!全開の青峰っちのシュートをブロックした!?」
「マジかよ!?」
 火神が跳躍から体をひねるようにして腕を伸ばし、シュートを弾き飛ばす。黄瀬を始め笠松たちも驚いている。
「やった!」
 千早も激しさを増す展開に興奮したように声を上げ、会場の観客も思わぬ火神の活躍に大盛り上がりだ。

「まさか…青峰より火神の方が上!?」
 森山が漏らした言葉に、はっとしたように真たちが黄瀬を見上げる。そこには驚きを残しつつも厳しい視線を向ける黄瀬の姿があった。



「別にかまわねーぜ。楽しませてやっても…そんなゆとりがあんならな。」
「…テメェ!!」
 にらみ合う二つの光。二人を中心とした攻防は続く。
 だが、いつものように青峰のワンサイドとはならず、火神の動きに青峰が圧倒されるように攻めあぐねている。
 美希たちの応援も呼応するように大きくなっている。



「頑張って火神さん!」「いけいけー火神っち!」
 火神さんのDFに青峰が動きを止め、いきなりブン投げようとする。すぐさま反応した火神がブロックしようと腕を上げる。その瞬間青峰は、対の手で動きを止めて、無理やりドライブへと切り替える。

「なっ!?あのタイミングで止めた!?」
 笠松たちがそのむちゃくちゃな動きに驚いている。だが驚きはそこで終わらない。硬直した火神の右サイドを突破しようとした青峰だが、

「反応してるぞ!」「よっしゃー!」
 響や亜美の歓声が上がる。抜かれた筈の火神がすぐさま青峰の進路を塞ごうと立ちはだかる。
「どうなってんだ!?」
 森山の驚いたような問いかけがなされる。
「火神のポテンシャルの高さは知ってるが、トップスピードは青峰の方が上の筈だ。なのになぜついていけるんだ!?」
 小堀も同様の疑問を抱いたのだろう。
「青峰の動きを読むのはムリだ。だが動きだいてから反応してついていけるもんじゃねー。」
 笠松の視線もきびしくなる。たしかに、上から見ていると動き自体は青峰の方が速そうに見える。にもかかわらず火神はしっかりと反応している。

「自然体の構えやそこからの超人的な反応速度…うまく言えないんスけど…今のアイツの雰囲気は、野生の獣のそれに近い。」
「野生の獣?」
 黄瀬の歯切れの悪い言葉に真が疑問の声を上げる。笠松や美希たちも黄瀬の言葉に、伺うような視線を向けている。

「経験則を超えた直感による反応。おそらく火神っちは、研ぎ澄ました五感を生かして予測よりも速い反応を見せてるんスよ。」
「感で跳んでるってのか?」

 なんとなく分かる気がする。美希も感…というようなものか、ビビビっとくることがよくはまることがあるのだから。

 そんな感覚が馴染みにないのだろう、黄瀬の言葉に疑わしげな視線を笠松が向ける。だがその言葉を裏付けるように火神は跳ぶ。
 桐皇の攻撃が失敗し、リバウンド争いとなるが、ボールが跳ね上がってから反応した、若松たちをよそに、火神はリングに触れるか触れないかのタイミングですでに離陸しており、その跳躍力をフルに発揮していた。

「アイツのように高く跳べる奴はそれだけ、早く跳ばないと意味がないんスよ。」
「?」
 黄瀬の説明には雪歩たちとともに首を傾げる。
「髙い位置まで到達するには時間がかかる。だから反応を速めて、跳んでいなければ、最高点に着く前に勝負になっちまうってことだ。」
 はてな顔の美希たちを見て笠松が付け足すように説明する。ボールを奪った誠凛はカウンターで桐皇に攻め込む。

「残り時間は、3秒!!」「次決まれば同点よ!」
 伊織が慌てて時計を確認する。スコアを確認した千早も声を上げる。伊月が望みを託すように火神にボールを送る。

「火神!!」
 ボールを受けた火神は会場中が驚く中、青峰の上からオーバースローのようにシュートを放つ。

「ざけんな!!100年早えーんだよ!!」
 怒りの表情で青峰が跳躍し、そのシュートを阻もうとする。放たれたボールは青峰の伸ばした指のその上を通過して、

「外れた!」「おしい!」「あ~!!」
 枠内に向かったボールは惜しくもリングに阻まれて無得点となる。伊織たちも悔しげな表情だ。残念がる声が沸き立つ中、前半終了のブザーが響く。

「今のシュート…」
 盛り上がる会場、その中で黄瀬は睨み付けるような視線を向けたまま呟く。美希は真たちとともに黄瀬に視線を向ける。
「青峰っちの指にかすらなければ入ってたッスね。」
 コート上では呆れたようにムチャをなじられている火神の姿と睨み付けるような青峰の姿があった。


「2点差…」
「後半の火神っちすごかったよねー。」「うんうん。」
「青峰ってやつもへこんだ顔してたじゃない。」
 千早がスコアボードを見て呟き、亜美と真美が火神の活躍を思い出して興奮している。伊織も青峰を圧倒した火神のプレーに溜飲を下げている。
「まさか火神がここまでやるとはな…」

「あの青峰を上回ってたぞ…」
 青峰に苦渋を飲まされた経験をもつ海常のメンバーは複雑な表情を見せている。黒子の様子に不安げな美希とは違い、伊織たちにとって暴言を吐くあの人は完全なヒールなのだろう、喝采を挙げている。同じように喜んでいた真がふと黄瀬の様子が気になったようで、伺うように視線を向けた。視線に気づいた黄瀬が、考え込む状態から顔を上げる。

「たしかに火神っちの力は強くなってる。扉を開けてからこの短時間であそこまで力をものにしてるのは正直驚きッス…ただ、あの程度で青峰っちが負けるようなら、夏にオレが倒してるッスよ。」
 黄瀬の表情は固く、その様子に伊織たちも興奮を抑えて視線を向けてくる。
「でも青峰のやつ落ち込んだ様子だったわよ。」
「…逆ッスよ。」
「逆?」
 伊織の言葉に黄瀬は苦笑しながら告げる。美希たちは黄瀬の言葉に首を傾げる。

「多分青峰っちは、今ごろ嬉しくてしょうがないんじゃないスか。」
「嬉しい?」
 黄瀬の言葉に真たちは困惑の度合いを深めていく。

「オレたち以外にようやく現れた、自分の全てをぶつけられる相手。対等に勝負ができるライバルに。」
「…」
「青峰っちは、ずっとそれを望んでたんスよ。相手を圧倒するような試合じゃなく、相手の意志を砕くような試合でもなく、ただ限界ギリギリのクロスゲームを。」
「だったらなんであんなひどいこと言えるんだよ。」
 黄瀬の言葉に、真が思い出したように黒子の暴言について咎める。見れば美希やほかのみんなも不満顔だ。

「…青峰っちにとって、キセキの世代なんてチームは邪魔なだけだったのかもしんないッスね…」
「なっ、そんなこと…!」
 黄瀬の悲しげな言葉に真が思わず言い返す。
「俺たちはただ勝つことだけを目指してた。きっとそれは、黒子っちにとっても、青峰っちにとっても…ほしいものじゃなかったんスよ。キセキの世代というチームが、青峰っちからバスケの楽しさと笑顔を奪ったんスから…」

 あの時にそのことに気づいていれば、青峰が闇に囚われることはなかったかもしれない。黒子と道を違えることもなかったかもしれない。
 コートを見下ろす黄瀬の眼に浮かぶのは悲しみか、悔恨か…

 美希は黄瀬の言葉を反芻するように確かめて思い出す。黒子の、思い出を語った時の表情を。
 
「バカみたい。」
 あっさりとした美希の言葉に、真たちは驚き視線を向ける。黄瀬も思わぬ言葉に目を剥いて絶句している。
「み、美希?」
 視線を受けた美希は呆れた表情そのままに黄瀬を見上げる。


 なんとなく出てきた言葉だったけれど、改めて思い直しても思いは変わらない。だって…


「黄瀬君も、ハニーもいろいろ変なこと考えすぎ。邪魔なわけないよ。たとえどんなにスゴイ才能があっても一緒に戦ってくれる仲間が邪魔だなんて、そんなことあるわけないの。」
 美希のまっすぐな視線に黄瀬が言葉を詰まらせる。
「ハニーが教えてくれたの、仲間がいることの楽しさを。だからきっと大丈夫。ハニーは絶対に戻ってくる。」


 彼は言っていた、どんな状況でも決してあきらめないと…今にして思えばあれは試合のことだけじゃなかったことが分る。きっとどんなに手を伸ばしても届かなかったことがあるから、それでも…

 美希の眼には試合中に見せた不安げな様子はなく、ただ信じ切った眼だった。その眼を直視できないのか、黄瀬は悲しい顔で自分の携帯を見下ろす。そこにあるのはかつての思い出。まだ彼らの絆が崩壊する前の名残り。
「そう…スね…」

「ともあれ追いつくためにはアイツの力が必要だ。火神の奮闘だけだと限界がある。」
 黙り込んだ黄瀬の代わりに、言葉を発した笠松。


・・・

10分のインターバルは重苦しい雰囲気で過ぎ去り、両チームが姿を現す。

「これより後半、第3Qを始めます。」
 
「やはりでてきたな。」
「ああ、あれだけやられてそれでも出てきたのは大したもんだが…どうする気だ。」
 小堀と森山が、コート上に姿を見せた黒子をみつめるがその表情は険しい。

「黒子っち…!」「テツ君!」
 黄瀬と美希が同時に呟くようにその名を呼ぶが、二人の表情は対照的だ。不安げな顔と信頼した顔。コート上の黒子は火神とともに、青峰を見据えている。
 
 試合は桐皇ボールで再開し、須佐から今吉にボールが渡る。今吉の前には伊月が腰を落とした隙の少ない体勢でDFを構えていた。
 夏と比較してスペックアップした伊月たちのDFを崩すのを諦め、早々に今吉は青峰にパスを送る。前半最後の火神の活躍に観客が沸き立つ。

「また来たぞ!」「青峰さんと火神さん!」「「倒せー火神っち!」」
 響と雪歩が再び訪れた構図に声を上げ、亜美と真美が声援を飛ばす。
 パスを受けた青峰は、ボールを下げて動きを止めた。かと思いきや今まで以上の加速で火神を突破する。その動きは明らかに、全力かと思われた前半の動き以上のスピードだ。

「あっ!」「木吉さん、追いついて!」
 雪歩たちがその加速に驚きの声を漏らし、千早が望みをかけるように唯一ヘルプに回り込める位置にいる木吉に声援を送る。だが、青峰の加速力はすさまじく、後追いの木吉が間に合うタイミングではない。失点を予想したその時、

ドッ!
「えっ!」「テツ君!?」
 突如として青峰の進路上に湧いて出たように立っていた黒子に青峰が激突し、黒子が吹き飛ばされる。

「黒5番!!チャージング!!」
 審判がファウルを宣告する。
「まさか!青峰のコースを読んでたのか!?」
 森山が驚いたように疑問を口にする。予測不可能なはずの青峰の動きを予想できるはずはないと考えていたための驚きだろう。

「青峰っちに黒子っちの動きが読めるのなら、黒子っちにも青峰っちの動きが読めるってことッスね…過ごした時間は同じなんスから…」
 互いの動きが読める相手との応酬。それは夏の戦いを彷彿とさせた。違いは互いの関係。かつて憧れ、憧れられた関係とかつての相棒。


「つくづくバスケだと気が合いますね、青峰君。」
「…やってくれんじゃねーか、テツ!」
 床に倒れ込んだ黒子の言葉に青峰が嗤う。黒子は火神に手を引かれて立ち上がる。何か気になることがあるのか火神は視線を青峰に向けていた。
 誠凛の攻撃が再開し、マークの須佐の隙をついて伊月から黒子にパスが通る。

「さっそく来るか!?」「よっしゃ黒子っち!」
 小堀が誠凛の魔法のパスを予想し、亜美が期待した声を上げる。だが

「あれ?」「なにも…しない?」
 黒子は普段のタップパスではなく、通常のキャッチからのパス回しを行う。その様子に真と雪歩が肩すかしをくらったような表情をしている。
 ゴール前では火神から伊月、木吉と慎重なパスが回っていく。そして木吉がボールを放り投げると、

「うぇ!?」「ここでするのか!?」
 真たちが予想外の黒子の行動に驚き、森山達も意外感を露わにしている。黒子は木吉からのパスをイグナイトで加速させ、日向に送る。
 強烈なパスに顔をしかめながらも日向は受け取り、そのままシュートを放つ。

「入った!今ので三点ですよね!?」「おい、今のは!?」
 千早が後半最初の得点に沸き立ち、伊織たちと喜ぶ。笠松は別の事に驚いている。それは
「イグナイトッスね…どうやらフィジカルアップした今ならほかの奴らも捕れるってことッスかね。」
 黄瀬が誠凛のパワーアップに口元を歪ませながら分析する。かつてはキセキの世代しか捕れなかったパス。今、そのパスは正真正銘、新たなるチームの物となった。
「これで逆転よね!やるじゃない!」
 伊織が49-48と逆転したスコアを見て喜ぶ。やよいたちも嬉しそうに歓声を送っている。

「流石だな。やっぱアイツが居るとチームの質が違う。」
「OFでは青峰が近くに居れば、無理をせず。遠くにいるときはイグナイト。DFでは経験を生かした火神のヘルプ。なるほど…徹底的なまでのチームへの貢献か…」
 小堀が感心し、笠松も黒子の行動を振り返り感心している。

「ようやく黒子っちらしくなってきたッスね。」「流石はハニーなの!」
 前半までの黒子は、自分でのドライブや青峰を意識しすぎたパスと明らかに彼らしくないプレーだった。調子を立て直してきた黒子に黄瀬も感心しており、美希は期待した黒子の活躍に喜んでいる。

「とはいえ…黒子っちのプレーが戻ったのなら、そろそろ動いてくるハズ…」
「えっ!?動くって…?」
 黄瀬が鋭い視線を桐皇のベンチに向け、その様子に真が尋ねる。美希たちも喜びを一旦とめて黄瀬の視線を追う。

「おそらく、対策はしてるハズ。あの桃っちが、こと黒子っちの事で無策なんてことありえないッスよ。」
「桃井さん?」
 黄瀬の言葉に美希が尋ねるように首を傾げる。美希たちの知る限り、桃井は黒子LOVEの可愛い女の子というイメージなのだから。
「桃っちは、ただのマネージャーじゃない。帝光の三連覇に貢献した、紛れもなくその一員なんスから…そして、最も長く黒子っちを観察してきたのも、桃っちなんスから…」

 最も長く…その言葉にわずかな不快感と、不安感を覚えてしまう。美希が黒子と出会ってから…話すようになってからまだ半年も経っていないのだ。
 
 黄瀬の心配を他所にコート上、会場では誠凛の逆転に沸き立っていた。そんな中、不敵に笑う今吉。
「まいるなあホンマ…どいつもこいつも健気すぎて涙出るわ…ただなぁ、マジメに頑張れば必ず勝てるとか、そんな甘ったるく世の中できてへんで。」




[29668] 第38話 最後の瞬間まで
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/12/28 06:42
 追いかける桐皇。今吉は伊月の正面から、いきなり3Pを放とうとし、伊月はそれに反応してブロックしようとする。だが意識が情報にそれた瞬間、今吉はボールを下に落し、若松がレイアップを決める。

「くっ、また逆転されたわ。」
 得点は再び逆転し、千早が悔しそうにする。美希たちも悔しそうにコートを見下ろす、その中で異変は起きていた。

「えっ!?」「あれ?」「なんだ!?」
 彼女たちの驚きの声が上がるが、会場も笠松たちも驚いてその光景を目にしていた。

「今吉が黒子のマーク!?」
 笠松の驚きの言葉通り、今まで伊月についていたPGの今吉が黒子についていた。

「知っとるか?鏡ごしにしか見えないモンも色々あるらしいで。」
「………?」
 この対応に驚いているのは周囲だけでなく、当の黒子も同じだろう。誰もが見失う黒子をマークすることなど、誰にもできない。ただ一人青峰だけがその動きを予測できるものだと思われていたのだから、あえてゲームメーカーの今吉をPG の伊月から離す意味が考えられなかった。

 だが、その後の展開に笠松や響たちはおろか、黄瀬や美希ですら驚愕する。
「そんな…テツ君が…」「なっ!?黒子っちがマークを外せないなんて!?」
 マークについた今吉はミスディレクションをものともせずに黒子に張り付いていた。今まで、高尾の鷹の眼や花宮の蜘蛛の巣によって黒子のパスを封じられたことはあったが、こうまで黒子自身を封じられたことはなかったのだ、動揺は誠凛に広がっていた。
「そー邪険にせんでぇな。仲良くしようや。」
「………っ」

「これが…桃っちの策…。」
 黄瀬が桃井を睨み付けるように見ており、その言葉に美希たちが黄瀬を振り返る。
「どういうことなの?」「黒子君がこうまで抑えられるなんて…」
 美希と真が今まで目にしたこともない光景に驚く。
「あの黒子をマークなんて…どうやってんだアレ?」
 笠松も自身、黒子と対峙した経験を持つだけに驚いたように尋ねる。

「…黒子っちは、試合中ずっと消えてるわけじゃないんスよ。ただ普段は異常な影の薄さで気づきにくいだけなんス。」
 黄瀬がしばし考え込むようにした後、自分の推測を口にする。
「気づきにくいから凝視する。そしてそういう視線がもっともミスディレクションにかかるんスよ。」
「そいつは経験したよ。」
 黄瀬と笠松の会話に真たちは耳を傾ける。

「おそらく、今吉は黒子っちを見てはいないんスよ。」
「?」
「黒子っちがミスディレクションを使うのは味方と連携する時。そしてその時黒子っちは必ず連携する味方とアイコンタクトをとる。」
 自身の経験を思い出すようにして黄瀬は策の正体を暴く。
「つまり、たとえ黒子っちが目に映らなくともアイコンタクトをとった選手の見る先を読めば、そこには黒子っちがいる。」
「なっ!?そんなことできるのか!?」
 森山が驚き尋ねる。

「あくまでも推測ッス。けどそれ以外で黒子っちのマークができるとしたそれは黒子っちと同等のミスディレクションの達人くらいッス。」
「あいつはそういうタイプじゃねえな。」
「たぶん今吉って男は、心理戦のエキスパート。選手の表情やしぐさなんかから相手の心理を読んでるんスよ。」
 思い当たる節があるのか笠松が黙り込む。美希たちも驚きから絶句している。

「黒子っちのパスやドライブは全てミスディレクションから派生したもの。つまり、それが無効化されれば、事実上黒子っちは無力化されたってことなんスよ。」
 黄瀬の言葉に否定しようと美希がコート上の黒子を振り返る。だがそこでは完全に抑え込まれてボールを受けることすらできない黒子の姿があった。
 ボールをカットした今吉は、先ほどのフェイクで判断を遅らされた伊月の正面から今度こそ3Pを決める。

「マズイな誠凛。桐皇がつき放してきたぞ。」
 小堀の言葉に響たちが悔しげな色を濃くする中、スコアボードは49-53となっていた。状況を打開しようと伊月が日向にパスを送る。

「決めなさいよメガネ!」「メガネのにいちゃんいけー!」
 伊織や真美たちが日向に声援を飛ばし、日向はバリアジャンパーで桜井を引き離そうとする。だが
「え!!?」「追いつかれた!?」
 亜美たちの驚きの言葉がでる。超速のバックステップで引き離した距離は、間をおかずに桜井に詰められる。距離の詰められた日向は3Pのモーションに入ることができずに圧倒される。


 形勢不利な誠凛に追い打ちをかけるように青峰が火神に嗤いかける。
「ったく、勝手に盛り上がりやがって…こっちもそろそろ第2ラウンドといこうか!火神ィ!」
「………っ!」

 雰囲気の変わった青峰の様子に、黒子がヘルプに向かおうとする。だが
「おっと…行かせへんよ。ワシがついてる以上、助けに行くのはあきらめた方がええで。」
「……っ」
 立ち塞がる今吉の前で、その進路を妨害されてしまう。
 徐々に、誠凛を覆う闇が姿を現し始めていた。


第三十八話 最後の瞬間まで


桃井のデータDF、今吉の黒子封じ。徐々にその本性を発揮し始めた桐皇に誠凛が圧倒され始める。

「マズイな、コレ。」「こういう時こそエースの出番だぞ!」
 天ケ瀬が呟くように言うと、響が状況の打開を祈るように火神に視線を向ける。真美たちも野生の力で本領を見せた火神に期待するように視線を向ける。
 火神も黒子が封じられた上、他の仲間も前半以上のマークにあっている状況を察して、意を決して1on1を挑む。だが、

「集中力足りねーぜ。オイ。」
 シュミレーションから圧倒的な敗北をイメージしてしまった火神がほんのわずかに硬直し、その瞬間ボールは弾き飛ばされる。

「あぁっ!」
 亜美たちが驚く中、弾き飛ばしたボールを追って青峰が駆ける。瞬時に火神も追いすがる。先行する青峰の進路を塞ごうと、

「待てコラァ…!!」
「メガネ!」
 立ちふさがった日向に真美が歓声を送る。だが、

「…!!くそっっ!」
 急激なストップ&ダッシュによって日向を抜き去る。だがその一瞬のスピードダウンで火神がなんとか回り込む。

「回り込んでる!」「火神っち!」「火神さん!」
「いかせるかぁ!!」
 御手洗や亜美たちが期待するように声を上げ、跳びこんでくる火神が跳び上がって青峰の進行を阻止しようとする。
 激突するかに見えた青峰は、

「なっ…!!」
ギャゴッ!!!

 空中でロールし、火神を躱し、ボールを右手から左手に持ち替えてダンクを決める。


「なっ、あれは…!?」
 真が見覚えのある、その動きに驚愕し、黄瀬を見上げる。
「空中で一回転して躱した。あれは…やはり前半までが本気じゃなかったみたいだな。」
 同様に覚えのあるプレーに笠松が黄瀬に問いかける。美希たちも伺うように黄瀬を見る。

「火神っちが身につけた野生…それはなにも火神一人のものじゃないんスよ。」
「それって…」
「ただ、本気でプレイすることが極端に減ったせいでカンが鈍ってたみたいッスけど、ようやく本気になったみたいッスね。」
 驚愕する火神の視線は、尊敬を含んだものとなって青峰の背を見つめる。


 奮闘する誠凛だが、本性を見せ始めた桐皇の前に圧倒され始める。今もリバウンドをとった木吉が着地際を桜井に狙われてボールを奪われ、やよいと千早が絶望的な声を上げる。そのまま桐皇は速攻を決め、第3Q残り7分の時点で得点は51-59と離されつつあった。

「そんな…黒子君が動ければ…」
「そうだ。霧崎の時みたいに、黒子っちが勝手に動くやつをやれば…!」
 雪歩が悔しげにコートを見下ろし、真美が気づいたことを口にする。

「ムリッスね…というよりももうやってるッス。」
 だがその作戦はすぐさま黄瀬によって否定される。
「えっ!?」
 あの試合を覚えていた真や千早も同様のことを思いだしたらしく、黄瀬の言葉に胡乱気な視線を向ける。

「桃っちの黒子っち封じだけじゃなくて、今吉によって黒子っちの心理まで見透かされてる。あれじゃ振り切れない。」
 絶望的な予感が徐々に場を覆い始めていた。懸命に抗う誠凛。だが桐皇の圧倒的な力の前に3分を切るころには56-70と大差となりつつあった。

「だめだ、差が開く一方だぜ…」「第3Qもわずか…終わったな。」「イイ線行ったと思ったけど結局こんなもんかー。」
 いくらか得点を決めるも、離されていく点差に観客から諦めの雰囲気が漂い始める。その雰囲気に真や美希たちがムッとした表情をする。

「なんか…会場の雰囲気が…」
「まだ終わってないぞ!勝負はこっからだぞ!」
 雪歩が漂い始めた空気に萎縮し、響が振り払おうと意気を上げる。だが

「…いいや…もう逆転は…ねぇ。」
 笠松が終わってしまった試合を見るような視線を向けている。その言葉に黄瀬が鋭い視線を向けて、美希たちが驚いて笠松を見る。

「なに言ってんのかさかさ!」「そうだよ今までだって誠凛、これくらいを逆転してきたじゃんか!」
 亜美と真美が悲痛な様子で声を上げる。

「…見てみろ。」
 亜美たちの視線を受けた笠松は表情を変えずにコートを見るように促す。

「あれ?黒子君のマークが…」「戻ってる…?」
 雪歩と千早が気づいたことを口にする。
「あっ…見えてる…」
 真がやすやすと黒子を見つけられた異常、そして桐皇が黒子に視線を向けている事実を認識して呟く。

「使えば使うほど効力が薄くなり40分フルに持続することはできない。」
 かつて黄瀬から聞いたミスディレクションの特性を笠松は聞かせるように語る。雪歩たちは声を上げることもなく、黒子たちを見つめる。

「もはや誠凛に打つ手はない…そして、今までのような逆転の可能性も今、なくなった。」 
 やすやすと黒子が見つけられるその訳は、

「ミスディレクションが…切れた…」
 真が思い当たる事実を口にする。

「万策尽きた。誠凛の…負けだ。」
 彼らだけでなく、集った観客のだれもがその結末を予想して見ていた。 黒子のミスディレクションが切れ、誠凛の逆転の手が失われた。そのことに、かつての彼の仲間たちですら試合の終わりを感じていた。だが、


「まだだよ。」


「美希…」
「まだ終わってないよ。」
 美希の瞳には黒子への信頼の色があせることなく映っていた。その様子に真がためらうように名を呼ぶ。笠松たちはその言葉も、もはやただの諦めの悪さのように感じていた。だが

「そうッスね。まだ終わってないッスよ。」
 美希に同意するように黄瀬が、鋭い視線をコートに向けている。
「だって。まだ諦めてないもん。」
 美希は覚えていた。かつて自分が問いかけた問いに対する黒子の言葉を

【あのね。黒子君の言ってた事もわかるんだけど、それでも役に立てないことってあると思うの。その時、黒子君ならどうするの?】
【困ります。…それでも、あがくと思います。】

 かつて諦めかけたアイドルになること、それをつなぎとめてくれたのは黒子の言葉だった。彼が仲間と居ることの大切さを思い出させてくれた。彼が諦めないことの大切さを教えてくれた。だからこそ、

「最後の瞬間まで…諦めないッスよ。黒子っちは。」
 その言葉にやよいや千早たちも思い出す。彼らの思いの強さを

【それでもオレはこれっぽっちも後悔してないんだ。たとえ手術した後、どんな明るい未来があったとしてもオレは今、あいつらと一緒に戦いたいんだ。本気で日本一を目指す、あいつらと…それに比べたら、大切なことなんてないぜ。】
 今年が最後だと言っていた。彼らだけが最後ではない。それは知っている。それでもまだ彼らの夢はまだ途中なのだ。だから



「けど、まあ恥じることでもないで。むしろホンマ大したもんやと思っとるんや。1,2年生だけのチームで全国大会出場…あと一年あったらもっとイイセン行くやろ。来年また挑戦しいや。」
 諦められるわけがない、今年が最後だと、笑って言った人がいる。まだ自分たちはスタート地点に立っただけなのだから…

「…そんなに長く、待てません。また今度じゃダメなんです。」
 誓った約束がある。願った思いがある。笑顔を失った彼にまたバスケの面白さを思い出させたい。だからこそ、

「次じゃない…今、勝つんだ!!」
 コートに立つ誰一人、いやベンチに控える誰一人たりとも、諦めるわけにはいかない。



「…だが、気迫だけでどうにかなる状況じゃねえ。誠凛に打つ手はもう…ねえ。」
 笠松が、コート上のメンバーの瞳に宿る力強さに驚きつつも、事実を口にする。伊織たちも祈るように拳を握って誠凛を見つめる。
「切り札のミスディレクションも効果切れだ。」
 森山の言葉は、今吉の思いでもあったのだろう。だがそれに対峙する伊月は笑う。


「それはちょっと違うな…切れたんじゃない。切れさせたんだ。」
 様子を伺うようにボールをつく、伊月。今吉の視界に影がよぎり、

「えっ?」
 呆然とした声は誰のものだったのだろう。強固なDFをしていた今吉が突如、反応すらできずに伊月に抜き去られる。驚く若松や今吉、青峰も目を見開いて伊月のシュートが決まる光景を目にする。



「なん、だ。今吉が一歩も動けなかった!?」
 森山が驚きを口にする。黄瀬や笠松も驚きに目を開いている。
「今のは…まさか、バニッシングドライブ…?」
 黄瀬の言葉に、真たちも驚きの視線を向ける。コート上でも桐皇の選手が動揺しており、散漫な動きとなっている。
 動揺の収まらない今吉のパスは迂闊なものとなり、日向がカットする。日向はスティールからドリブルで桜井に向かう。眼前に迫る脅威に桜井を気を引き締める。しかし

「なっ!?日向まで!?」
 再び影がよぎったかと思ったその瞬間には、日向は桜井の眼前から消えており、そのままレイアップを決める。

「どうなってるんだ!?日向のクイックネスであんなにあっさり抜けるハズねぇ!?」
 笠松の声にも動揺が感じられる。
「まさか…」
 黄瀬が何かに気づいたように呆然と黒子を見つめる。その呟きに真たちが黄瀬に視線を向ける。
「黒子っち…なんてことを…」
「分ったのか?」
 黄瀬の呟きに笠松が問いかける。真たちも耳を傾ける。

「…おそらく黒子っちは、わざと通常のミスディレクションを切れさせたんスよ。」
「えっ?」
「切れた、というよりも黒子っちから視線が外せなくなった状態なんスよ。そしてこの状況は、それまで9人しかいなかったコートに10人目が現れたみたいなもんッス。おそらく、黒子っちは味方のプレーに合わせて視線を自分に誘導してるんスよ。」
 黄瀬の言葉に、笠松たちですら唖然としている。
「自分以外の味方全員にバニッシングドライブと同等の効果を与えるミスディレクション。それが、この技の、ミスディレクションオーバーフローの能力ッス。」

「スゲーじゃん!」「さすが黒子っちだ!」「すごいですね。美希ちゃん。」
 亜美と真美が黒子の大技に喜びあい、雪歩が嬉しそうに美希に話しかける。だが、美希は黄瀬の表情になにかを感じたのか、黙ったまま言葉の先を促す。黄瀬はその視線を感じながらも、コートを見下ろす。

「ただこの技にはリスクが…欠陥があるんスよ。」
「えっ?」
 喜び合っていた雪歩たちがその言葉に声をとめて黄瀬を見る。

「一つは時間…技の特性上、試合終盤でしか使えない上に、持続時間はそう長く続かないハズ…体力的にも能力的にも、試合終了まではもたないッス。」
「あ…」
「つまりそれまでに逆転しなきゃいけないってことね。」
 雪歩が声をもらし、伊織が喜びをしまって、状況を認識する。

「そして、もう一つ…誠凛は未来を一つ捨ててるんスよ。」
「えっ!?」
 黄瀬の言葉に、コートに視線を戻していた美希たちが驚いて黄瀬に視線を向ける。美希の瞳にも不安がよぎっている。それを見ながらも黄瀬は言葉を続ける。

「今の黒子っちは、手品のネタを、ミスディレクションのネタばらしをしながら試合してるもんなんスよ。つまり、この試合が終われば…桐皇相手にミスディレクションはもう二度と使えない。」
 諦めることはないと知っていた。どんな状況でも足掻き続けると言っていた。だが、黄瀬の言葉は耳を通り過ぎるように遠くに聞こえる。
「桃っちのミスディレクション封じは今吉がいてこそ、だが今吉は来年にはいない。でもこの技の効力が切れれば、もう黒子っちは桐皇に対して、完全に無力化する。桐皇と誠凛は同じ東京地区でこれから先も、何度も戦うことになるッス…でも火神っちや他の選手がいくら成長しても、切り札なしに勝てるほど桐皇は甘くない…」
「そんな…それじゃ…」
「つまり誠凛はこの大博打を仕掛けるために、この先桐皇に勝つための可能性を捨てたんスよ。」
 雪歩の呆然とした声が全員の心情を表していた。美希がこらえきれないように黒子の姿を求める。

「テツ君!!」
「それでも…ここで負けるよりマシです。」
 泣きたくなるほど必死に力を振り絞る、周りと比べて小さな背中があった。

 コートでは若松がゴール下から強引に突破しようとし、

「おおおお!」
「鉄平さん!」「鉄平おにいちゃん!」
 木吉が咆哮とともに若松をブロックし、千早とやよいがその姿を目に焼き付ける。弾かれたボールは伊月に渡り、速攻で走る火神にパスが繋がれる。

「いけー火神っち!」「お願い!」「火神さん!」
 祈るように見つめるその視線の先では、火神の前に青峰が立ち塞がろうとしていた。響たちが見つめるその中、青峰の視界から火神が消える。

「先のことは、またその時考えます。」
黒子の言葉とともに火神のダンクが炸裂する。

「なっ!?青峰まで!!?」
「8点差…!」
 森山たちも驚愕する。第3Q残り1分。62-70。
「マジかよ…後先考えねーにもほどがあるぞ…」
 笠松も驚き、その姿を見据える。

「時間が、終わるぞ!」「あと1Qで一桁差なら!」
 響と真が叫ぶように身を乗り出す。美希たちの周囲を気にしない応援も、今まで以上になり、流れが完全に誠凛になったその空気の中、

「…え?」
 3Pラインより遥か遠く、ハーフとの中間付近のロングレンジから今吉がフリーでシュートを放つ。
「遠すぎるわ!」「さすがにムリよ!」
 伊織と千早がそのシュートを否定するように声を上げる。だが

「強いのは認める…最強の挑戦者いうのも本音や、けどなぁ…」
 だれもが外れると思った、いや祈ったそのシュートは

ガシャッ!ビーーー! 

 ブザービーターによりゴールを通過する。

「なっ!?」「そんな!?」「ウソでしょ!?」
 伊織や亜美、普段冷静な千早まで驚きを露わにする。
「…イヤなこと思いださせてくれるぜ。」
 笠松がにらみつけるように吐き捨てる。思い出すのは夏の光景。

「これが、IH準優勝の暴君…桐皇学園!」
 真が驚きのまま、黄瀬の言葉を思い出す。

「それでも、勝つのはウチや。」
 ゆるぎない力を見せつけるように桐皇は背を向ける。

「第3Q終了です。これより2分のインターバルに入ります。」



「やっぱり、黒子っちの消耗が激しい…試合終了まではもたないっスね。」
 黄瀬は誠凜ベンチを睨みつけるように見ている。真たちも誠凜ベンチを見るが、そこには疲労度の大きさを物語るように息を切らせた黒子の姿があり、木吉は祈るように膝へのテーピングを巻きなおしてもらっていた。

「ハニー、頑張って!」「鉄平さん頑張ってください!」「おにいちゃん頑張って!」
 美希や千早、やよいがそれぞれ声援をとばし、亜美や響きたちも声を限りに応援をとばす。
「あの青峰ってやつも圧倒したし、今度こそ勝てるわよね!」
 伊織が黄瀬に問いかける。その表情は、傲岸なヒールがついに抜き去られたことで嬉しそうだ。
「あんだけ言ってて抜かされたんだから、へこんでるよね、きっと。」
 真美も嬉しそうに応える。
「どうっスかね…ただ、青峰っちがへこむなんてのはありえないっスよ。」
 黄瀬の興味はむしろ黒子にあるようで桐皇のベンチを見てはいない。
「でも、なんかうな垂れてますよ、青峰さん。」
「えっ!?」
 躊躇いがちに告げられた雪歩の言葉に黄瀬が驚いたように青峰に視線を向ける。そこには確かに、頭からタオルをかぶり、ぼうっとした様子の青峰がいた。
「なんか、心ここにあらずっていうか、話も聞いてないって感じですね。」
 伊集院が言うように、桐皇の監督が作戦を伝えているが、青峰は反応すら返していない。

「最終Q始めます。」
 ブザー音とともにインターバルの終了が告げられる。両校の選手が気合を入れてコートに姿を現すが、

「あ…青峰さんでてきませんね。」
 雪歩がベンチに腰掛けたままの青峰の様子に不審そうな声を上げる。
「あれは…」
 黄瀬がなにかに驚き、考え込むように黙る。
「さぁ…泣いても笑っても、これが最後の10分だ。」
 黄瀬の驚きに気づかず、笠松が最後の戦いの始まりを告げる。

「よっしゃーいけー誠凛!」「ここまできたら勝つしかないっしょ!」
 亜美と真美が開始一番、声援をとばす。2分のインターバルでは十分な回復はできなかったようで、どの選手も息を切らしている。だがその眼に宿る炎に陰りは見えず。

「まずはさっきやられた分…返してやる!!」
「日向さん!」「3Pだ!」
 雪歩と響が期待するようにパスを受けた日向に声援を送る。桜井がバリアジャンパーの発動に気づき、距離を詰めようとする。しかし

「なっ!?バリアジャンパーと黒子のオーバーフローを組み合わせたのか!?」
 同じ3Pシューターとして、日向の時間を切り落としたかのようなバックステップに森山が驚きの声を上げる。桜井は追い切ることができず、3Pが決まる。

「開始早々一桁に戻したわ!」「勢いは止まってねぇな!」
 千早と天ケ瀬が、いきなりの大技に盛り上がる。真たちも互いに喜びあっているが、ふと黄瀬の視線が驚きのまま、青峰に向けられていることに気づく。

「涼?」
「あれは…戻ってる?少しッスけど…確実に…戻ってきてる…」
 真や笠松たちの伺うような視線に気づかず黄瀬は、見つめる。わずかだが、確かに楽しそうに笑う青峰の姿を。



[29668] 第39話 それができるのはオレじゃないんスよ
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/12/29 07:52
一年ほど前、全中の決勝終了直後…

「黒子っち?」
「間違ってるのは…僕なんでしょうか?」
 三連覇という偉業に、部員の多くは興奮している。だがその結果にもキセキの世代と呼ばれる5人の心はさして揺れ動くこともなく、その結果を当たり前のように受け入れていた。ただ一人、チームに貢献したはずの、彼はいつものように感情の見えない背を見せている。

「なにがッスか?」
「みんなは…すごいです。でも…やっぱり僕は…」
「?よく分かんねッスけど、この後祝勝会やるらしいッスよ。黒子っちも行くんスよね?」
 思い悩むような黒子に対して黄瀬は、当然のように宴を喜んでいる。

「…青峰君は…」
「あー、青峰っちは行かないみたいッス。でもやっぱスゴイッスよね、青峰っちは。」
 結局、最後まで得点でも1on1でも憧れの存在を抜くことはできなかった。
「そうそう、黒子っち高校はどこになるんスか?また一緒にやろう!どうせ高校にも碌な相手はいなそうッスけど、今度は青峰っちとか緑間っちとかが相手ッスから、燃えるッスよ!」
「居ないんでしょうか…青峰君よりもスゴイ人は…」
 興奮した様子の黄瀬に対し、黒子はどこか悲しそうだ。
「青峰っちより?そりゃないッスよ。黒子っちが一番分ってんじゃないッスか?」
「…」
 ただ勝つことが全て。本当にそれでいいのだろうか…笑うことを止め、つまらなそうに試合をする光。勝つことのみに興味を示す仲間。自分の力のみを頼るチーム。


「…いつか、僕が連れてきます…青峰君よりスゴイ人を…」

 この後、黒子と会うことはなくなり、彼らの道は違うものとなって行く。


第三十九話 それができるのはオレじゃないんスよ


「ああ!決められた!」「なんとかなんないのアイツ!」
 開始早々3Pで点差を詰めたのもつかの間、青峰が圧倒的な突破力で再び点差を10点に戻し、雪歩や伊織たちが悲鳴のような声を上げる。

「黒子っちが最後の切り札を使ってるのに…!」「これじゃあ差が縮まらないよぉ。」
 亜美と真美も泣きそうな顔で青峰の姿を見る。

「いえ、桐皇は2点ずつ返してる。誠凛が、日向さんが3Pを決めれば…」
 千早が少しだけ縮まっている点差に勝機を見つける。
「たしかにな。だが3Pはそれほど連続で入るもんじゃねぇ。どれだけ縮めれるか…」
 笠松が千早の言葉に同意しつつも懸念を口にする。だが日向はミスの許されない状況においてもためらうことなく、3Pを放つ。

「あいつ!この状況で…そこまで自分のシュートを信じてるのか!?」
 リズムの崩れない日向に森山が驚きを口にする。
「ちげーな…信じてるんだろうぜ、仲間を。」
 笠松が信じるものの違いを口にし、ゴール下では万一に備える木吉と火神がスクリーンアウトで盤石の体勢を築いていた。外さないから撃てるのではなく、外しても大丈夫だから撃てる。信じて放つことの大切さを、笠松も黄瀬も知っていた。

「これで7点差だ!」「追いついてきてます!」
 真と雪歩も確実に縮まりつつある点差に身を乗り出して歓声を上げる。すぐさま取り返そうと桐皇が攻め込む。連続で日向に決められたことで焦ったのだろうか、桜井が無茶なリズムで3Pを狙う。

「あれはムリだ!リズムが悪い!!」
 雪歩たちが外れることを祈る横で、森山がそのシュートの行方を断じる。しかし

「ちょっと、つめられたぐらいでオタオタしてんじゃねーよ!…よこせ!!」
 火神を引き連れながらも、青峰が日向の背後からボールを要求する。シュートが放たれる寸前で、桜井は青峰へのパスへと変更する。
 ボールを受けた青峰は、火神の左サイドへと振り向く素振りから、

「ああっ!!」
 一瞬で切り替えして右サイドを抜き去る。だがその進路上には木吉が待ち構えており、青峰は突っ込みきる前にシュートモーションに入る。

「止めてください!鉄平おにいちゃん!」
 やよいが木吉に声援を送り、木吉がシュートを防ごうと跳び上がる。しかし青峰はシュート体勢から一転、ジャンプからのフィジカルコンタクトを狙う。
 フェイクにつられた木吉は、止めることもできずに青峰と接触する。

ピーーー
 審判のファールを告げる笛が響く中、青峰は接触した状態から右手一本でボールをほうり上げる。
 祈るように行方を見守るそのボールは、しかし外れることなく、ゴールに沈む。

「プッシング!!白7番!!バスケットカウント、ワンスロー!!」
「そんな…。」
 審判から告げられたコールに千早が悔しげな声をもらし、響たちも驚愕しながらコートを見る。

「どうやら、桐皇も信じてるみたいッスね…青峰っちの力を…」
 コートに視線を向けたまま黄瀬が告げる。フリースローを青峰は決めて、再び点差は10点へと戻る。

「テツ君…」「どうすればいいのよ。」
 縮まりつつあるのは点差ではなく、試合終了までの時間。そのことに美希が願うような表情を見せ、伊織も呆然とした声を漏らす。
 コート上では黒子が木吉と火神に何かを素早く告げていた。

「…青峰っちの本当の恐さはスピードとか、スキルとかじゃないんスよ。」
 黄瀬の言葉に真たちが、ちらりと視線を向ける。黒子のオーバーフローで上がった攻撃力で誠凛は点差を縮めようとするが、青峰の圧倒的な力に点差が縮まらず、時間が過ぎていく。
「本当の恐さはそこからの…どんな体勢からでも決めてくる圧倒的なシュート力にあるんスよ。」
 残り時間は6分を切ろうとしていた。
「野生を身につけた火神っちでも、後半に入ってからは止められていない。いくら誠凛の攻撃力が上がっても、点の取り合いでは、誠凛に勝ち目はないッス。」
 黄瀬の視線は鋭く、雪歩たちは縮まらない点差に段々と不安な様子を見せていく。
「そんな…」「テツ君たちは負けないもん!」
 黄瀬の言葉に千早が言葉を失い、美希が否定するように声を上げる。

「つまりどんな展開であれ、桐皇にリードを許している以上…青峰っちを止めなければ誠凛に勝ち目はないッスよ!」
 残り時間5分半。美希たちが見下ろす、コートの中では

「動いた!」
「あれは…!?」
「テツ君!」「鉄平さん!」「火神っち!」
 笠松が声を上げ、天ケ瀬がその布陣に驚き、美希や千早や亜美たちがそのメンバーに驚く。

「黒子・火神・木吉のトリプルチーム!?」
「「「止める!!!」」」
 笠松たちが驚く中、三人が青峰に立ち向かう。

「三人がかり!すごい動きだぞ!」
「だが、この状態でトリプルチームは博打だぞ!」
 響が三人のDFに喝采をあげ、小堀が誠凛の賭けに驚く。
「いや、青峰っちの攻撃にパスはないッス。この布陣は一番シンプルかつ効果的な方法ッスよ!…でも」
 黄瀬が青峰に視線を向けながらも、森山の言葉に返す。美希たちが祈るように三人のプレーを見守る。

「あれじゃあ少なすぎる…!」
 火神の一瞬の呼吸を見逃さず、青峰が火神を振り切る。瞬時にシュートモーションに入る青峰に対して、

「うおおお!」
「鉄平おにいちゃん!!」「鉄平さん!」
 木吉が腕を振り上げて立ち塞がり、千早とやよいが声を上げる。だが、

「そんなっ!?」「うそでしょ!?」
 青峰は上ではなく、斜め上へと木吉を避けるように跳び上がる。思いもよらない動きに伊集院や伊織が驚く。
「いや!?本命は!」「死角からの火神のブロックだ!」
 抜かれた筈の火神が体勢を素早く立て直して、青峰の横からブロックを仕掛ける。黄瀬と笠松が一瞬早く気づいて声を上げる。死角からの攻撃に、空中にいる青峰は、

「なっっ!!」「躱した!!?」
 振り下ろした火神の腕を避けるように、体を沈み込ませる。身動きの取れないハズの空中での回避行動に真たちも絶句する。

「ダメ―――ッ!!」
 雪歩たちの悲鳴のような絶叫が響くなか、放たれたボールはゴールへと向かい…

ガガンッッ!

「バカな!」
 絶対の筈の青峰のシュートはゴールに沈むことなく、枠に阻まれる。その光景がもっとも信じられなかったのは、青峰のすごさを知るキセキの世代のメンバーだろう。エースの力を信じている桐皇の選手もかつて彼らと戦った海常の選手も驚きを露わにしている。
「青峰があの状況で外すなんて!」
 小堀が信じられない思いを口にする。
「ちがう…外れたんじゃなくて、外させた…!?」
 信じられない思いで黄瀬が呟く。その言葉に真たちが黄瀬に視線を向ける。

「今の攻防、火神っちが抜かれたのはフェイク。狙いは鉄心との連携による死角からのブロック!…でもそれもフェイク。本当の狙いは…黒子っちのオーバーフロー!!」
 黄瀬が驚きつつも、自分の言葉を確かめるように言う。

「黒子君の…?」
「…おそらくシュートの瞬間、一瞬だけ青峰っちの意識をリングから自分に移したんスよ。」
 真の問いかけに頷き、自分の推測を続ける。

「!?それだけであの青峰が外すのか!?」
 笠松が驚き、その推測を否定する。だが、
「普通のシュートなら効果はないッス。でも鉄心と火神っちによって青峰っちは高速で動かされた。高速の世界では一瞬の意識のブレが大きなズレに変わるんスよ。」
 黄瀬は視線を黒子に向けて言葉を綴る。コートでは同様に青峰が黒子を睨んでいる。

「おそらく、これこそがオーバーフローの真価。高速で動く相手のシュート精度を下げるミスディレクション…まさに青峰っちのために用意された技…!」
 驚きが収まる笠松達の前で伊月がカウンターのレイアップを決める。得点は

「6点差です!」「テツ君!」
 雪歩が伊織たちと喜びながらスコアを叫ぶ。美希も黒子の起死回生の策に歓声を送る。

「ボクには青峰君を止めることができません。けど…誠凛は負けない!」
「やってくれんじゃねーか…テツ!!」
 影と光が再び向き合い視線を激突させる。残り時間5分20秒。桐皇がリスタートするために若松がボールを手にする。


「引くな!!当たるぞ!!!」
 守備に戻るはずの誠凛は、日向の声で

「ゾーンプレス!」
 木吉がスタート地点の若松に、パスの中継点の桜井と今吉には日向と伊月が、中盤を走る須佐には黒子が、そして前線を行く青峰に火神が圧力をかける。

「これは、1-2-1-1ゾーンプレス!攻撃型の上級陣形ッスよ!ここでやるのは諸刃の剣ッス!」
「いや、勝負どころだ!むしろここしかねぇ!!」
 黄瀬が誠凛の賭けに驚き、笠松が勝負所の嗅覚を感じ取る。美希たちが、渾身の力を振り絞る誠凛に声援を飛ばす。高まる圧力に抗しきれなくなった桐皇は、須佐へと送られたパスを黒子にカットされる。黒子は前線へと走る日向へと素早くパスを送り、

「わぁあ!」
「がっ…」
 慌ててブロックしようとした桜井が3Pを放とうとした日向と激突する。
「プッシング!!黒9番!!」
 宣告されたファールに桐皇の顔が凍りつく。

「ど、どうなるんですか、コレ?」
 雪歩が森山に尋ねる。森山は驚きの表情をコートに向けたまま答える。
「シュート時、しかも3P時のDFファール。つまり…フリースロー三本!」
「全部決めれば…三点差!」
 小堀の言葉を皮切りに、伊織たちが、会場が沸き立つ。準優勝校相手の思わぬ戦いに観客が誠凛味方についたかのようだ。

「やったー!」「決めなさいよ!」
「残り時間はまだある!追いつけるわ!」
 やよいや伊織、千早も誠凛同様に大喜びだ。亜美や真美、響も手を振り上げて喜んでいる。致命的なチャンスを潰すためとはいえ、流れをきれずに手痛いファールを宣言された桐皇は苦しい表情をみせている。その中で、ただ一人、青峰のみが別の事を考えるように桜井に話しかけている。
 雪歩たちが日向の3Pを祈りながら見つめている中、

「!?」
「青峰がセットから外れてる!?」
 黄瀬と笠松が思わぬ異変に気付く。意外に思ったのは、黒子や火神も同様なのだろう、驚きの視線を青峰に向けている。

 セットから外れた青峰は、深く深く沈み込むように息を整えている。

 日向がフリースローを決めていく中、真が黄瀬の様子がおかしいことに気づく。
「涼?」
「あれは…あの時の…」
 だが黄瀬は真の言葉に気づかず、信じられないような表情で青峰を見つめる。
 



    欲しかったのはライバル。ただ自分の全てをぶつけられる相手。
    望んだのは試合。勝つか負けるかわからないギリギリのクロスゲーム。




 最悪の展開は彼にとって待ち望んだ展開だったのだろう。





「扉が…開く…!」


「感謝するぜ、テツ…」
 黄瀬の呟きを理解できたものはなく、青峰の笑みに気づいたのは黒子ただ一人だった。

全てのスローが決まり、得点は83-86。残り時間、5分。喜びに沸き立つ誠凛ベンチ。リスタートしたボールはすぐさま今吉に渡る。
 表情の見えない青峰は、すぐにボールをリクエストし、その手にボールが渡る。陣形を整えるために火神が立ち塞がるが、

「えっ?」
 伊織たちの呆然としたつぶやきが漏れる。火神が反応したときには、青峰はその背を向けて、ゴールにボールを沈めていた。

「なに…今の…?」
 真ですら、その動きを見切れなかった。そのことに呆然としているのは観客だけではなく、コート上の選手も同様だった。

「やっぱり…出てきたんスね。」
 黄瀬は唇を噛み締めるようにその姿を思い出す。
コピーしたと思っていた。あと一歩のところまで追いつめたと思っていた。だが実際には、さらに上の世界にあの人は存在したのだ。

「あれが、オマエの言ってたやつか…」
 笠松が確認するように黄瀬に問いかける。真たちが黄瀬に視線を向ける。
「あれは…?」
 恐る恐るといった様子で真が尋ねる。

「ゾーン。余計な思考感情がすべてなくなった、ただの集中を超えた極限の集中状態ッス。トップアスリートですら稀にしか経験できない奇跡の瞬間。それが…ゾーンッスよ。」
 黄瀬は少しでもその光景を目に焼き付けようと青峰の姿を凝視する。
「トップアスリートでも稀にって…そんな…」
 黄瀬の言葉に伊織たちも恐ろしいものを見るようにコートに目を向ける。

「流れの中で入ったのならまだ分かる…でも青峰っちは今、明らかに自分の意志でゾーンに入った。」
「あれが…あいつの本来の姿ってことか。」
 笠松が黄瀬の言葉に畏怖を抱きながらも告げる。

 リスタートした誠凛だが、そのパス回しは青峰によって阻止される。今までDFにはあまり積極的ではなかった青峰の超速的な反応に、真たちが驚く。

「本来、ヒトはそのポテンシャルをフルに使い切ることはできない。だがああいった状態は、不可能なはずのその100%を可能にする。」
 笠松が青峰を凝視しながらゾーンについて話す。カウンターをしかけた青峰の前に伊月と火神が立ち塞がる。だが
「青峰っちクラスの100%はもはや未知の領域ッス。おそらく体感的には…今までの倍は早い。」
 黄瀬の言葉を表したように、そしていつかの試合を思い出したかのように、青峰は目にもとまらぬスピードで二人を抜き去る。

「なっ!」「二人がかりで…反応すらできないなんて。」
 天ケ瀬が驚愕し、千早の悲鳴のような言葉が響く。圧倒的な青峰の姿を前に

「諦めるか!!」「あと5分だ。死んでもくらいつくぞ!!」
 誰一人として諦めることなく、桐皇を圧倒する気迫を見せて、攻め立てる。黒子のオーバーフローを活用して木吉が得点を決める。
「まだだよ!テツ君達はまだ戦ってる!」「おにいちゃんもです!」
 美希とやよいがその姿に声援をとばし、亜美たちも誠凛への応援に力を込める。だが

「いいねぇ、そうこなくっちゃ…よ!!」
 楽しそうに笑う青峰は、トリプルチームをものともせず、跳び上がった状態からフォームレスシュートを放つ。

「あっ…」「そんな、シュートは防げるハズじゃ…」
 雪歩と伊織が先には通用した戦法が通用しないことに呆然とする。真たちも驚き、黄瀬を振り返る。
「ゾーンに入ったことでオーバーフローを使ったシュート精度ダウンも効かなくなっている…すべてにおいて圧倒的だ。もはや青峰を止める術はない…!!」
 笠松が影をおとした表情で告げる。残り4分11秒。得点は85-92。絶望が再び首をもたげようとする中、誠凛がタイムアウトを申告する。

・・・


「どうすれば…」
 タイムアウトの中、千早が不安げな様子で呟く。真も答えを求めて黄瀬を見上げる。黄瀬の表情は固く、鋭い視線が向く先は光か影か、

「今の青峰相手じゃ三人がかり、いや何人でかかっても止められないぞ。」
「黄瀬、オマエならどうする?」
 小堀と森山が深刻な表情で問いかける。黄瀬は目を瞑り思い出す。いつかの黒子の言葉を

【…いつか、ボクが連れてきます…青峰君よりスゴイ人を…】


「…1on1で止めるしかないッス。」
 再び目を開いた黄瀬は、新たなる光に視線を向けて言い放つ。

「なっ!?ムリだ!」
「お前なっできっのか!?」
 森山が黄瀬の言葉に驚き、早川が問いかける。真たちも黄瀬を見つめる。

「それができるのはオレじゃないんスよ。たぶん…それをするのは、火神っちの役目ッス。」
 黄瀬の言葉の真意は笠松達にも分らない。だが

「黒子っちが選んだのはオレじゃなく、アイツなんスから…だから、かつての光を超えるのは新しい光の役目なんスよ。」
 超えたいと願った。成りたいと憧れた。だが、黒子が選んだのは火神だ。だからこそ彼の、青峰をかつての姿に戻せるのは、きっと…火神しかいない。
 黄瀬の言葉に美希が寂しそうな表情を黒子に向ける。

 タイムアウトが終わり、試合が再開される。そこには、

「なっ!?本気でやるつもりか!?」
「青峰と火神の1on1!?」
 小堀と森山が驚き、黄瀬がその行く末を見つめる。美希たちは誠凛の決断に声援を送る。

「オレとタメはるつもりかよ?けどお前にゃムリだ。言ったろう…お前の光じゃ淡すぎだってよ。」

 ボールを受けた青峰はゾーンのまま、火神と対峙する。野生の力を発揮して挑む火神だが、圧倒的な青峰の力の前になすすべもない。
「火神っち…」「火神さん…」
 亜美たちの眼にも不安がよぎる。だが、誠凛は諦めることなく、桐皇に向かっていく。
「負けるか!!」「絶対とり返すぞ!!」
 伊月が黒子のオーバーフローとタイミングを合わせて今吉を抜き去る。だがその直前で今吉は伊月に追いすがる。

「そんな!?」
「マズイ!効力が切れ始めてる!!」
 雪歩たちが誠凛の攻撃力ダウンに驚き、笠松がその原因を口にする。止められたの下からボールが弾かれラインへと向かう。やよいたちが悲鳴を上げるようにボールの行方を見つめる。ボールが宙を舞い、ラインを割る。だがその瞬間、

「まだだ!!」

 受け身をとることも考えず黒子がボールをリカバーする。轟音とともに黒子が壁に激突する。
「テツ君!」「黒子っち!?」
 美希と黄瀬が驚きの声をあげる。誠凛のベンチも黒子の名を叫んでいるが、
「日向!!」
 ただ一人木吉が、リカバーしたボールを受けた日向の名を呼ぶ。なんとか瞬時に反応した日向はゴール下へと走る木吉にボールを回し、木吉はシュートを決める。驚く視線が倒れている黒子に集まる。

「ここで離されるわけにはいきません…みんなの想いを背負ったエースは絶対負けない…!」
 衝撃が大きかったのだろう、立ち上がろうとする背が震えている。だが
「信じてますから、火神君を。」
その眼に宿る信頼に揺るぎはない。その姿を黄瀬と、青峰は鋭い眼で見つめる。

「火神っち頑張れ!」「頑張れ誠凛!」
 響たちの声援にも力がこもっていく、だが、

「くっ!」「なんでよ!」
 何度も挑みかかる火神を青峰はことごとく圧倒する。誠凛はエースを信じて奮闘するも差が詰まることはなく、時間だけが過ぎていく。

そして…

 絶望が覆い尽くそうとするその瞬間、火神の視界がはじけ、世界が鮮明になる。
 圧倒的な力で抜き去った青峰の背後から伸ばしたその腕は、的確に青峰の手元からボールを弾き飛ばす。

「なに!?」
「ゾーンの青峰に反応するなんて…まさか…!?」
 笠松たちが桐皇の選手同様に驚く。
「…入ったんスね。火神…ゾーンに…!」
 黄瀬の見つめるその先では、火神が青峰と同様の緋をその眼に宿していた。

「…前言撤回するぜ、火神ィ…最高だなお前…!!」
 青峰が楽しそうに目前のライバルを見据える。そして…

「なによ…これ…」「そんな…」
 伊織や真の驚きがもれる。最速対最高の戦いが繰り広げららているコートでは、しかし得点が決まることなく、ボールが行き来を繰り返していた。
 火神がドライブから青峰を抜きダンクを放とうとすれば、瞬時に追いついた青峰はそれを弾き飛ばす。弾き飛ばされたボールは桐皇の選手に渡り、すぐさまカウンターが青峰に送られ、高速の動きで青峰が火神を抜き去ると、次の瞬間には火神が飛び上がってそのシュートを弾き飛ばす。

「なんてやつらだ…!」
「完全な拮抗状態だ…」
 同じバスケットプレーヤーとして悔しいものがあるのだろう、小堀や森山、早川が悔しげに二人を見つめる。

「もう1分近く点が入ってませんよ。」
「どうなっちゃうんですか?」
 千早と雪歩が心配そうに、しかしコートから目を逸らせずに尋ねる。

「なんで他の選手にボールが回さないの?」
「そうね、他の4人でなら点がとれるんじゃない?」
 伊集院が拮抗に焦れ、伊織がそれに同意する。

「ムダだな。おそらく結果はかわらねぇ。」
 伊織たちの言葉は笠松に否定される。
「ゾーンは極限の集中状態ッス。不必要な情報を全てカットして、必要な情報だけを、目の前の相手や他の選手の位置や動きをとりこめるんスよ。」
「えっ?」
 黄瀬の説明に伊織たちが首を傾げる。
「要は視野が広がってるんだよ。しかも片や高校最速の男、片や高校最高度の男だ。守備範囲は常人のそれをはるかに超えてる。今の二人の前で生半可な攻撃は逆効果だ。…だからこそ勝負の行方は、二人のエースに託された。」
 笠松の言葉に、改めて真たちは二人の姿を見つめる。そして二人を、いや青峰を見つめる黄瀬は、

「そんな場面で…いやそんな場面だからこそッスかね。」
「笑ってる…」
 懐かしいものをみるように視線を向けており、真もその視線の先に気づく。

「欲しかったのはただ、自分の全てをぶつけられる相手…そして望んだのは、限界ギリギリのクロスゲーム…これが…本来の青峰っちッスよ。」
 そこにいたのは憧れる姿そのままの彼だった。
 憧れは捨てたと思っていた。だが、自分が見たいと望んでいたのは、憧れているのは、やはりこの姿なのだ。
 
 楽しそうに笑う青峰、全力で応える火神。二人の散らす火花を誰もが見続けたいと願った。

「あっ…」
 望んだはずの結果に、未練がましい言葉が漏れた。突如として、拮抗していた二人の勝負が傾く。
 火神の動きに青峰が追いつかず、ついに火神がシュートを決める。
 得点差が縮まり、95-98となる。残り時間は41秒。

「やった!」「また3点差に追いついたわ!」
 一拍遅れて彼女たちも喜ぶ。会場の盛り上がりも思い出したかのように音を取り戻す。

「なっ…ここにきて、火神が青峰を上回ったのか!?」
 森山が驚きの視線をコートに向ける。
「いや…時間切れ、だな。」
「…」「えっ?」
 笠松が森山の言葉を否定し、黄瀬に問いかける。黄瀬は答えずただ頷き返した。再び青峰がボールを受けて攻め込むが、火神の力の前に突破できない。拮抗するハズの二人の関係は完全に崩れていた。

「ゾーンは自分の力をフルに使う分、負担が大きい。その時間が切れたんだ。」
 笠松が名残惜しそうに答える。
「だが、二人の残存体力に差はなかった、いや火神の方が少なかったはずだ!なぜ青峰だけ…?」
 小堀が驚きながらも尋ねる。

「多分…火神っちも制限なんか過ぎてるッスよ。でも…一人で戦い続けた青峰っちと影と支え合った火神っち…きっと、その差が出ただけなんスよ。」
 信じてくれる人がいるから立ち上がれる。ただ自分のためだけじゃなく、それ以上を求める。
 一人分の力じゃ、願いじゃないのだから…



 青峰がフェイダウェイのように跳び上がり振りかぶる。



「「おおおおおお!!!」」

 二つの光が咆哮をあげ、ぶつかりあう。

「絶対勝つ!!」

 放たれたシュートは目前で弾き返される。後方へ倒れ込む青峰の横を、黒子が選んだ新しき光が通りすぎる。

 弾き飛ばされたボールは的確に前線を走る伊月の下へと転がり、日向がカウンターのシュートを決める。


「…1点差!!」「残り30秒で、1点差だぞ!」「もう少し!頑張って!」「勝ちなさいよ!誠凛!」
 少女たちの応援とともに、ついに追いつめた挑戦者に会場も願いを託したかのような応援を送っている。



[29668] 第40話 おかえり
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/03/29 19:44
交錯した二つの光。新しき光は仲間とともに駆け抜け。古き光はただ一人座り込む。

「ついに追いつめたな…」
 笠松が呟く。夏の試合でも彼らは追いつめていた。だがあの時とは違い、あの青峰が倒れ込んでいた。
「今度こそ、倒したのよね?」
 伊織が喜びながら座り込んでいる青峰を指さす。
「ここは、タイムアウトだろうな。」
「桐皇は一度流れを切ってくるだろう…」
 森山と小堀が立ち上がった桐皇の監督を見ながら言う。座り込む青峰に須佐が気遣うように手を差し伸べるている。

「なに言ってんスか?」
 青峰が差し伸べられた手を弾き飛ばす。黄瀬の言葉に真たちは驚きの視線を青峰に向ける。

「こっからじゃないッスか、一番テンションが上がってくるのは…」
 嬉しそうに、楽しそうに笑う黄瀬。真たちの視線の先で立つ青峰は、

「オイ…あれは…」
「目の色が戻ってんぞ…!」
 再び途切れた筈の緋をともして笑っていた。
 青峰の姿に、桐皇の監督はタイムアウトを棄却し、選手は腹をくくって最後の瞬間へ挑む。


第四十話 おかえり


「一本!!死んでも止めんぞ!!」
 DFから始まる誠凛が吼え、最後の気迫を振り絞る。全身全霊をこめた動きに桐皇が攻めあぐねる。だが、追っているのは誠凛。その上で守るのではなく、攻めている桐皇。
 青峰にボールが渡り、再び火神と激突する。
 だが、火神の動きは青峰と同等以上。青峰は追い込まれるようにライン奥、ボードの裏の木吉の待ち構えるスペースにつめられる。

「やった!あそこなら!」「追いつめた!」
 亜美と真美が追い込まれた青峰の姿に喜ぶ。だが

「なっ!!?」
 追い込まれた青峰はラインの外に倒れ込みながらスペースを空け、アウトになる寸前でフォームレスシュートを放つ。
 一瞬の油断でシュートを放たれた火神と木吉の表情が凍りつく、

「ウソでしょ!?」「まだあんな力が残ってるなんて…」「化け物じゃない!」
「久しぶりに見るッスね。」
 千早や響、伊織たちが驚きに固まる中、放たれたシュートはボード裏を過ぎ去りゴールへと入り込む。

「負けるかよ…!!勝負ってのは勝たなきゃなんも面白くねーんだよ!」
「貪欲なまでの青峰っちの、勝利への執念を。」
 心のどこかで負けることを願っていた彼は、ついにその澱をやぶって執念を見せる。その叫びに真たちも息をのむ。

「そんな!時間が…」
 伊織が残り時間を見ながら悲鳴のようにうめく。残り時間はいよいよ15秒を切ろうとしていた。

「このまま終わったら…結局前と一緒じゃないッスか…そんなん見たくねースよ!」
「勝てぇ誠凛!」「あきらめるなー!」
 黄瀬が変わりゆく未来を望みながら歯軋りし、響たちも笠松達とともに声をあげる。
 必死の誠凛だが、桐皇も全霊をこめたDFを見せる。残り10秒を切り、ボールを受けた日向が一か八かの賭けに出ようとする。

「日向の超速バックステップ!!」
「行けー、メガネ!」
 森山が日向と黒子のコンビ技に声を上げ、真美が声援を飛ばし、美希たちも祈るように見守る。だが

「!!そんな!?」「追い込まれてる!?」
 黒子のオーバーフローの効果は消失しており、DFの桜井によって日向は追いつめられる。美希と真が悲鳴のような声を上げる。残り8秒。切り札も限界をすぎた誠凛は、

「くれ!!」
「!!火神!!」
 ゴール下で火神がリクエストを叫び、日向が願いとともにパスを送る。

「火神さん!」「決めろー火神っち!」「とべー!!」
 雪歩たちが祈る中、ダンクを撃ちこもうとした火神の前に青峰が立ち塞がる。二人は空中で競り合う。
 

   止められる!!

 見ることに長けた黄瀬は二人が接触した瞬間、そのダンクが止められることを悟る。だが声を上げようとしたその瞬間、

「火神君!!」
 黒子の声が響き、火神は左で構える木吉にパスをだす。さしもの青峰も競り合った状態からの驚きの行動に阻むことができない。

「行っけぇ――!!」
 わずかな時間に希望をかけて声援が飛ぶ。ボールを受けた木吉は瞬時にシュートの体勢に入り、

「フェイク!!?」
 マークの若松が飛び上がった瞬間、木吉はフェイクの動きから再度跳び上がる。

「うおおおお!」
 咆哮とともに木吉が若松と接触し、笛が響き渡る。体勢を崩されながらも木吉はゴールに向けてシュートを放つ。


 静まる会場の中で、行方を見守る観客たちの視線は枠の上で転がるボールを睨み付ける。美希たちも祈りながらその行く末を見続け、

「DF!プッシング黒6番!!バスケットカウント、ワンスロー!!」
 倒れ込んだ木吉、ボールはためらうように転がったのち、ゴールに吸い込まれ、審判が宣言する。


「…ぅ、わぁああああ!」「やったぁー!」「はいったぁ!」
 一拍遅れて会場が爆発したような歓声があがり、真たちも喜び合う。
「やよい!やったわよアイツ!」「えへへ!スゴイですぅ!!」
 伊織が木吉を指さしながら喜び、やよいも伊織に抱き着きながら喜ぶ。
「これってたしか、もう一本打てるやつだろ!?」
「入れば同点だぁ!」
 響と真美がうろ覚えながらも聞き覚えのあるファールに声を上げて喜ぶ。さしもの黄瀬たちも驚きながらコートを見つめる。その口元はわずかに嬉しそうだ。

「同点なら延長ですよね!?ここは絶対に決めないと。」
 千早も興奮した様子だが、それに対して笠松は、
「いや、それはねえな。」
 わずかに冷静さを戻し、千早の言葉を否定する。その言葉に真や美希たちも笠松に視線を向ける。

「このフリースローは外れる。」
 断定する笠松の言葉に、絶句する真たち、だが
「なに言ってんのかさかさ!」
「そうだぞ!絶対決めるにきまってるぞ!」
「なんでわかんのよ!」
 一瞬後に真美と響、伊織が笠松に詰め寄り攻め立てる。真や美希たちも不満げな表情でにらんでいる。

「決めちゃダメなんスよ。ここは。」
 いきりたつ真美たちだが黄瀬の言葉に、動きを止めて振り返る。
「涼、それってどういうこと?」
 真が見上げながら黄瀬に問いかける。響たちも笠松から黄瀬に視線を移す。

「誠凛にはもう余力がないんスよ。切り札のオーバーフローは時間切れ、黒子っちは体力的にも完全に限界ッス。」
 黄瀬の言葉に美希がぐっと唇をかみ、胸元で拳を握る。
「他の選手も体力的に限界ギリギリ、頼みの火神っちもゾーンはいつ切れてもおかしくない。」
「対して桐皇は、誠凛に比べてまだ体力に余力があるし、なによりベンチの層が厚い。同点で延長になれば、誠凛に勝つ可能性はない。」
「そんな…」
 黄瀬の言葉を笠松が引きつぐ、二人の説明に雪歩たちが絶句する。
「だからこそ、ここで決めるしかない!」
 黙り込みそうになる伊織たちに笠松が言い切る。笠松の言葉に雪歩たちが俯きそうになる顔を上げる。

「スローを外して、リバウンドを押し込む。それが唯一誠凛が勝つ方法ッス!」
 黄瀬が言い切ると真たちは言葉の意味に気づいて視線をコートに向ける。

「桐皇の高さに対抗できるのは木吉と火神の二人。だがシューターが木吉である以上、可能性があるとしたら火神しかいねぇ!」
 笠松の言葉とともに彼女たちも火神に託すような視線を送る。

・・・

 すべての観客が木吉の動きに注目し、放たれたボールの軌跡を追いかける。放たれたボールは願い違わず枠に直撃し、


「うおおおおおおおおおお!!!」
 咆哮とともに須佐と若松、そして火神が飛び上がり、空中で競りあう。

「やった!!」「よっしゃー!」
 勝ったのは火神、伊織や真美たちが喜びの声をあげ、

「う、おああああああ!」
 瞬時にそれは絶望へと変わる。火神の手に収まるはずだったボールは、その瞬間青峰によって弾き飛ばされる。

 残り時間4秒。ボールは誠凛のコートまで弾き飛ばされ、転がって行く。誠凛を応援するすべての観客が、千早たちが絶望的な視線を向ける。

「な、んで…」
 だれもが火神が競り勝ったと思っていた。青峰の力を信じた桐皇の選手、かつての彼の仲間たちですら火神がキープしたと思い込んでいた。

「なんで。」
 桐皇の選手が喜びの声をあげる。黄瀬は、驚きの表情でボールを、そしてボールに駆ける最も近い選手を見つめる。その選手は、


「なんでそこに!黒子っち!!!」「テツ君!!」
 息を切らし、走るフォームもどこか乱れがちながら、最も動き出し早く黒子がボールに迫っていた。
「なっ!あの局面で、火神よりも青峰を信じたのか!?」
 笠松が驚きの声を上げる。桐皇の選手ですら火神の動きに驚き、動き出しが遅れている。

「いいえ、少し違います。僕が信じたのは、両方です。でも…」
 ボールに追いついた黒子が語るのは誰に対しての思いなのか。踏み込んだ脚を軸に、全身の回転をフルに使って振りかぶる。

「最後に決めてくれると信じてるのは、一人だけだ!火神君!!」
 ラスト1秒。万感の想いを乗せて黒子のイグナイトが炸裂し、ボールが飛翔する。

「いけぇええええ、火神!!」
 

・・・・


【やっぱり青峰君はすごいです。】
【オレ、青峰っちと勝負したいッス!】
 その姿を憧れの思いで見つめていた。仲間として、相棒として、そしてライバルとして…

【いつか…僕が連れてきます…青峰君よりスゴイ人を】


・・・・


  2つの光が交差する。


 青峰の伸ばした腕は火神のダンクと交差し、ボールが叩き込まれる。静寂のなか、真たちが時計に振り向くとそこには0.0の時間を示していた。彼女たちが見つめる中、誠凛のスコアが99から101へと変わる。


「試合終了―――!!」

 勝利の咆哮がコートから響くとともに響や美希たちが抱き合いながら喜びあう。やよいや伊織、千早の眼にもわずかに涙が見える。雪歩とともに喜んでいた真はふと、黄瀬に視線を向ける。
懸命な応援を誠凛に送っていた彼は、呆然とした表情をしていた。

「涼?」
「…青峰っちが…負けた…?」
 訝しげに問いかけると、黄瀬が呆然としたまま呟く。コート上で喜びあう、誠凛の選手たち、そのそばで、


「負け…た…?…そうか…」
 悔しげに眼を伏せる者、信じ難い思いで視線を宙に向ける者、そして

「負けたのか…オレは。」
 誰よりも強く、そして輝いた光はただ、その事実を受け入れた。黄瀬の表情と、彼が向ける視線の先の人の姿に真たちも喜びを収めて視線を向ける。



 審判の合図とともに両校の選手が中央に集まる。だが

「黒子!?」「テツ君!?」
 黒子が一瞬意識を失ったかのように倒れそうになり、チームメイトや美希が驚きの声を上げる。倒れ込む寸前、

「大丈夫かよ?」
 火神によって引き戻され、支えながらもなんとか立つ。

「ったく…支えてもらって立ってるのがやっとかよ…これじゃどっちが勝ったかわからねーじゃねーか。」
 中央に集まった中に、青峰の姿もある。かつての相棒を見ながら青峰は目を伏せる。

「けど…それでよかったのかもしんねーな。」
 支え合う、信頼する仲間がいるからこそ…かつて彼が忘れてしまったもの。そしてだからこそ、新しき光は輝いたのだから…

「…何もう全部終わったような顔してんだよ。まだ始まったばっかだろーが。またやろーぜ。受けてやるからよ。」
 自身ふらふらの筈の、影に肩を貸すこの光は、心底楽しそうに告げている。その姿に驚きに目を見張る。

「…かはっ、ぬかせ、バァカ。」
 答えたのはいつもの憎まれ口。だがその口元は楽しそうに笑っている。

「…青峰君。」
 ようやく顔を上げられた黒子が青峰に声をかける。



【お前のバスケじゃ、勝てねーよ。】
 かつての言葉は覆った。諦め無かったこの影の想いによって。


「お前の勝ちだ…テツ。」
 

「…一ついいですか。」
 青峰の言葉を受けた黒子は火神に肩を借りながら左拳を突き出す。その様子に真たちがわずかに驚く。

「あの時の拳をまだ合わせてません。」

 突き出すあの拳は彼女のくせと同じだった。なにかの約束のため。絆を確かめるため。
 かつて突き出す拳は拒まれた。闇に呑まれた光はその誓いを自ら捨てたのだから。

「…なっ、はあ!?いーじゃねーか、そんなもん!とっくの昔だろ!」
「いやです。だいたいシカトされた側の身にもなってください。」
 それでも影は手を伸ばす。諦めないこと。それこそが彼の本当の力なのだから。

「…わかったよ。ただしこれっきりだ。次は勝つからな。」 
「はい。」
 拳が合わさり、約束が交わされる。




「真くん、あれって…?」
「涼…?」
 二人の姿に美希が真に声をかけ、真は隣に立つ黄瀬を見上げる。黄瀬は嬉しそうに口元を笑みの形にしながら、昔を思うように目を閉じている。


「おかえり…青峰っち…」
 呟かれた言葉の意味は真たちには分らない。それは彼らだけが共有してきた時間の証なのだから。



 両校の礼が終わり、それぞれのベンチに選手が戻る。美希ややよいが嬉しそうに声をかけているが黒子や木吉はそれに答えるだけの元気も残っていないかのような疲労ぶりだ。

「黄瀬。」
 笠松から黄瀬に声がかけられる。再び目を開いた黄瀬の眼には純粋な戦意がともっており、先ほどまでの笑みは微塵も残っていない。
 黄瀬は戦意に満ちた目をしながら、真たちに一瞥もせず去ろうとする。間近で目にする黄瀬の迫力に真たちは声を失う。黄瀬の顔とその迫力にたじろぐ真たちを見た笠松は

「ふう…今からそんなテンション上げてどうすんだよ、テメエ。」
 ため息とともに足を止める。真たちに背を向けた黄瀬はその言葉に、足を止めてきょとんとする。
「明日はオレ達試合ないんだぞ、黄瀬。」
 小堀も苦笑しながら告げる。
「…まあ、そうッスけど…」
 黄瀬の気迫が霧散し、若干照れたように顔をそむける。
「今日はもうめぼしいチームはやんねぇから、その娘ら送ってこい。」
 笠松が顎で指すように真たちを示す。言われて黄瀬は思い出したように真たちに振り向く。黄瀬の表情は、先ほどまでの好戦的な表情からいつもの表情へと戻っていた。
「いやいや、笠松ここはおれが「すっこんでろ!」ぐぇ。」
 森山が笠松の横から雪歩の方に歩み寄ろうとしたため、言葉を遮り襟を引く。
「鬱陶しいのが絡む前に、送って行け。」
 笠松が森山の襟を引いた状態で歩き始めながら告げる。黄瀬がふと周りを見渡すと、こちら、というよりも真たちを伺うようにちらちらと視線を向けている。黄瀬は溜息をつくと離れようとしていた、行く先を変えて真たちのところに戻る。

「あー、とりあえず今日の観戦予定はないッスから行かねッスか?」
 黄瀬は、頭を掻きながら提案する。真たちも試合が終わり、こちらを伺うように見ている視線に気づき頷こうとするが、
「えー。美希、テツ君に会いに行きたい!」
「ちょ、美希!」
 美希が周囲の様子に気づかず声を上げ、伊織が慌てて制止する。やよいも木吉に会いに行きたそうにしているが、

「いや、多分疲労困憊でそれどころじゃないと思うッスよ。」
 という黄瀬の言葉にしぶしぶ納得して一同は帰宅の途についた。




[29668] 第41話 なんでなんスかね
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/01/03 06:48
 誠凛の初戦が終わり、美希たちは興奮冷めやらぬ様子で試合場を後にした。

「いやー、すごかったねー。」「うんうん。雪辱なるって感じ?」
 亜美と真美が楽しそうに試合を振り返っている。
「黄瀬っちたちもあんま余裕こいてると危ないぞ。」
 響が同行している黄瀬ににやりとした表情をむける。
「テツ君達なら黄瀬君にも勝つの!」
 美希が嬉しそうに宣言して、
「むっ。涼だって負けないよな!」
 真がむきになって言い返し、黄瀬は少し考えるように視線を向ける。

第四十一話 なんでなんスかね

「そッスね。」
「どうかした?」
反応の薄い黄瀬に真が訝しげな視線をむける。響や美希たちも様子を伺うように振り向く。
「…まさか青峰っちを倒すまでになるとは思わなかったッスよ。」 
 黄瀬の言葉に春香たちはわずかに微笑む。
「誠凛と海常の試合はいつになるんですか?」
 準優勝の桐皇に勝った誠凛がそう簡単に負けることはないだろうという思いから雪歩が尋ね、真たちも同じ思いをしている。

「当たるとしたら準決勝、5日後ッスね。」
「うっうー。楽しみです~!」
 やよいが嬉しそうに声をあげる。
「でもどちらを応援したらいいのかしら。」
 千早がといかけて、やよいが「あー!」叫ぶ。響たちも
「うっがー、どっちを応援したらいいのか今から悩むぞ。」
 わいわいと楽しそうに期待する春香たちだが、

「当たればッスけどね。」
 黄瀬の言葉に話を止めて、不思議そうな顔をする。
「なにか不安なことでもあるの?」
 黄瀬の隣を歩く真が見上げるようにして伺う。

「…誠凛は今日の試合で、ほとんどすべての力を出し切ってたッス。おそらく数試合は疲労や精神的な緩みから力が落ちるはずッス。」
 黄瀬の説明に不満げながらも美希たちが耳を傾ける。
「とはいえ、普通の相手なら全国とはいえ、そうそう負けはしないッス。問題は…準々決勝ッスよ。」
「海常と当たる一つ前ですか?」
 黄瀬の言葉に千早が振り返って問いかける。

「間違いなく上がってくるのは陽泉ッスね。」
「ヨウセン?」
 美希が聞き覚えのない高校名に首を傾げる。
「IH3位の高校ッスよ。そして、キセキの世代の一人がいるチームッス。」
 高校の説明に雪歩たちがギョッとした表情となり、続く言葉に真が驚きの表情を見せる。
「でもでも、桐皇ってのは2位だったんでしょ?」「それに青峰っちが、キセキのってやつのエースで一番強かったんでしょ?」
 亜美と真美が安堵を求めて尋ねる。
「陽泉はIHで洛山にあたって負けたんスよ。それに青峰っちと紫っちじゃタイプが違うんスよ。」
「タイプ…ですか?」
 二人の楽観を黄瀬は手を振って否定する。付け加えられた言葉に雪歩が疑問を浮かべる。
「…青峰っちキセキの世代最強のスコアラー、そして紫っちは最強のセンターだったんスよ。」
「センター?」
黄瀬から告げられたポジション名に春香が首を傾げる。観戦数が増えてきたとはいえ、忙しい彼女たちがバスケットのポジション名を把握するのは少し難しかったようだ。
「鉄心と同じポジションッスよ。」
「おにいちゃんとですか。」
「木吉のにーちゃんとどっちが強いの?」
 馴染みの名前がでたことでやよいが反応し、亜美が興味深げな顔をしている。
「…間違いなく紫っちスね。それに、紫っちは黒子っちとか火神っちとかとは、多分、相性が、「アーララ~?どこだここ?。」」
「うわぁ!」
 黄瀬の言葉を遮るように横道から長身の―黄瀬よりも長身の―男が現れ、真たちが驚き足を止める。黄瀬もその聞き覚えのある声に足を止める。

「ん~。あれ?黄瀬ちんじゃん。」
「…紫っち…なにやってんスか?」
 のんびりとした調子で山盛りの袋を抱えた男、紫原はお菓子を食べながら黄瀬に気づく。黄瀬がやや呆れた口調で尋ねるも、身に纏う雰囲気は張り詰めており、言葉ほど軽く尋ねている訳ではないことを真たちは悟る。

「んー。面白いお菓子があったんで買ってたら、はぐれたんだけど。黄瀬ちん知らない?」
「知んないッスよ。」
 何気ないように見える会話を行っている横で

「なんか…ゆるそうなやつだな。」
「う…ん。」
 響がやや呆れたように言い、雪歩がためらいがちに同意している。

「ところでこの子らなに?」
 会話が聞こえたのか自分を見上げてくる少女たちを眠たげな顔で見ながら紫原は尋ねる。
「…友達たちッスよ。」
 ちらりと真を見た黄瀬は、少し考えた後、人目もあるところなため無難な返答を返した。
「ふーん。」
 尋ねている割に、その眼に興味の色はほとんどなかった。ただ黄瀬がバスケ観戦に女性と来ていたのが気になった。それだけのようだ。

「涼。この人って…?」
 黄瀬の隣に立つ真が見上げるようにして紫原の事を尋ねる。
「ん?ああ、さっき言いかけてた、陽泉のメンバーッスよ。」
 紹介されている紫原は、自分から名乗るでもなく、ただ黄瀬の様子を冷めた目で見ていた。

「ねー、黄瀬ちん。」 
 真と話していた黄瀬に、紫原が割り込む。黄瀬が紫原に振り向くと
「なんか昔の眼に戻ったね。黄瀬ちん。」
 旧友と会うたびに言われる言葉を紫原にまで言われ、黄瀬は思わず苦笑する。だが
「やだなー。そんな熱血した目…」
 紫原は黄瀬の様子に頓着せず、嫌そうな表情となる。続いた言葉に真たちが紫原を見上げると
「ヒネリつぶしたくなる。」
 ゾッとするほど冷たい視線に、真が跳び退って身構える。響たちもその迫力にたじろぐ。黄瀬と紫原の視線がぶつかり、空気の重さが増す。しばしにらみ合いが続くと、

「なーんて、ウソウソ。」
 急にへらりとした表情をした紫原に空気が弛緩し、安堵の息が漏れる。

「敦!」
 真たちの背後の方から呼び声が聞こえ、
「あ、室ちん。」
 紫原の興味がそれる。黄瀬たちも声の主を確かめるように振り返る。そこにいたのは黄瀬よりも低いものの180cmは超えているであろう長身の男だ。黒髪で目元を隠すほどの前髪が目に付く。

「どこ行ってたんだ?」
「んー。お菓子買ってた。」
 一見穏やかな調子で男と紫原が話しているが、黄瀬の視線は厳しい。男は真たちに視線を向けた後、黄瀬に視線を向ける。

「!敦、彼は…」
「黄瀬ちんだよー。」
 わずかに目を開き、黄瀬に興味を示した男に紫原が返す。
「彼が…なるほど。」
 面白そうに男は黄瀬を観察するが、観察される黄瀬は、厳しい視線を向けたままだ。紫原はその雰囲気にわれ関せずといった調子で男のもとへと歩み寄る。
「大我のところの彼といい、敦の昔の仲間はおもしろい奴が多いな。」
「…あんた、IHの時には見なかった気がするんスけど?」 
 納得したような男に対して、黄瀬は不機嫌そうに返す。間に挟まれた真たちは居心地悪そうに男から距離をとる。
「ああ、秋ごろ編入したんだ。中学はアメリカだったからね。」
「!なるほど。」
 男の言葉に納得したように、にやりと笑う。だが黄瀬の隣に立つ真は彼の横顔が緊張しているのを見て取った。
「氷室達也だ。黄瀬亮太、準決勝で会えるのを楽しみにしてるよ。」
 紫原を連れた氷室の言葉は、それまでに負けることなどありえないと言っているかのようにも聞こえた。

「なによ、あいつら!感じ悪いわね!!」
 それは伊織や美希たちも感じ取ったのだろう、気分を害したように伊織が怒る。
「あながち的外れでもなさそうッスけどね。」
 去りゆく二人を見ていた真たちは、黄瀬の言葉に振り返る。その顔は試合直前に見せるような緊張をはらんだものだった。


・・・・


「クリスマスパーティー、ッスか…」
「うん。たまにはみんなで集まろうって、春香が考えてくれたんだ。」
 紫原と別れ、しばらく黄瀬は厳しい表情をしていたが、体育館からはなれ街を歩くうちにテンションが落ち着いたのか、いつもの表情へと戻っていた。
 街ではいよいよ、クリスマスイブ前日とあって、にぎやかな様相を呈しており、話は765プロのクリスマスパーティーの話題となった。

「そうだ!黄瀬っちも来なよ!」「それともまこちんと二人っきりの方がいいのかな~。」
 真美がいい考えだとばかりに提案し、亜美は笑いをこらえながら茶々を入れる。
「亜美っ!」
 亜美の言葉に真が顔を赤くして怒鳴り、黄瀬はその様子を苦笑しながら眺めている。
「おもしろそうッスけど、今大会中ッスからね。」
 黄瀬の言葉に、亜美を追いかけていた真は、、
「そっか、そうだよね…」
 少しさびしそうに顔を俯かせた。その様子に伊織が黄瀬を睨み付ける。言葉には出さないが、言わんとしていることは十分に目が物語っている。黄瀬としても好きな娘とクリスマスを過ごしたいという思いがないわけではないし、今絶好調のアイドルである彼女たちが全員集まるイベントなどそうそうできるわけではないこともなんとなく分ってしまう。
「…まあ、明日は試合ないんで、ミーティングと観戦だけッスから…」
 真の寂しそうな表情に困った黄瀬は、頭を掻きながら言うと、
「!」
 真の顔ががばっと上がり、期待に満ちた表情が現れる。
「明後日は試合ッスから、長居できないッスけど、少しだけ呼ばれさせてもらうッスよ。」
 その表情を裏切れるわけもなく、苦笑交じりに真の頭に手を置きながら答えるしかなかった。


・・・・


 クリスマスイブ当日。忙しい中、スケジュールを調整し、早めに仕事を終えた真と響は、
「真~!やよい~!もっと急がないと良いケーキが売り切れちゃうぞ!」
「ちょっと響!ちゃんと予約しておいたんだから大丈夫だってば!」
 街中を走っていた。

「どうせなら、おっきいイチゴがのったケーキがいいでしょ!」
「ぇああ!そっか。よし。やよいラストスパートだ!」
 時間的には余裕があったのだが、途中でやよいと会い、やよいの家族のクリスマスパーティーにも少し顔を出そうということで時間的な余裕はなくなってしまった。
「まってくださーい。」
 真と響とちがい、運動の苦手なやよいは二人から遅れがちになってしまう。真は先頭を突っ走る響の後を追いながら、時折後ろのやよいを気遣うように振り返っている。そのため、

「あれ?」
 過ぎ行く光景の中に、見知った顔があることに気づいて足を止める。
「真~!」「どうしたんですか真さーん。」
 後ろの二人が離れてしまったことに気づいた響が急かすように声をあげ、やよいが追いつく。二人が訝しげな顔をするが、真の視線は、広場にいる二人の男性にむいていた。視線の先にいたのは、


「どうですか?」
「知らねぇよ!!」
 シュートを外し、ボールを拾い上げた黒子とその横で怒鳴り声を上げる青峰だった。


「ん?黒子っちと…青峰だぞ!?」
「二人でなにやってるんでしょう?」
 響とやよいも真の見ている者に気づき訝しげな声をあげる。先日激闘を繰り広げていた者同士が二人っきりで顔を合わせているとういシチュエーションに不審そうな視線を向ける。二人は真たちに気づいた様子もなく言い合い、というよりも青峰が一方的に怒鳴っている。


「ムリヤリ連れてきてヘボシュート見せてどうもこうもあるか!教えるなんて一言も言ってねーだろが!!」
「なんでですか?」
 戸惑いがちに怒鳴る青峰に対して黒子はあっさりと尋ね返す。
「負かした相手に翌日シュート教えろっつってくるお前がどうかしてるわ!」


「むちゃくちゃだな、黒子っち。」
 響が呆れ気味につぶやく。詳しい前後事情はわからないが、聞いている真たちにも青峰の言っていることはもっともだと思える。だが黒子はやや悲しげな表情で黙りこみ、青峰はそんな黒子を見てため息をつき、壁にもたれ、座り込む。


「…寝てねーんだよ、あれから。」
「…え?」「「「?」」」

 青峰の言葉に黒子が疑問の声をあげ、真たちも首を傾げる。
「あれから帰ってメシ食って、フロ入って…そんで横になった。けどいつまでたっても眠れやしねー。体はへとへとなのに、目をつぶれば試合のシーンが浮かぶんだ。」
 青峰は目をつぶり思い出すように語る。黒子はそれを黙って聞き、真たちも完全に足を止めてその言葉に耳を傾ける。

「ずっと忘れていたあのカンジ。胸がしめつけられて、吐き気みたいなむかつきがあって、頭がガンガンする。忘れかけて懐かしんではみたものの、いざまた味わってみればなんのことはねぇ。結局変わらず苦いだけだ。」
 真は夏のころの、そして遊園地で不安を吐露した黄瀬の姿を思い出す。泣くほどにひたむきで、いつでも自信をみせて、それでも心の中では不安でいっぱいだった。負ければ悔しい。

「最悪の夜だったぜ。」
 真たちの居る位置からは青峰の顔を伺うことはできない。だが黒子はいまさらながらに無神経な行動であったことを悔やむかのようにが沈鬱な表情で黙り込む。二人の間で沈黙が流れ、真たちもバツの悪さを覚える。

「…けど、だからこそ今は、バスケが早くしたくてしょーがねー。」
 沈黙を破った青峰は、寒空を見上げる。
「…青峰君。」
 黒子が驚いたような表情を見せる。

「あーあ…話してたらなんかマジでバスケやりたくなってきたわ。」
「え?」
 青峰は溜息をつきながら立ち上がり、ダウンを脱ぎ捨てる。突然の行動に黒子が戸惑いの声を上げる。

「しょーがねーから、つきあってやるよ!」
 呆気にとられたのは黒子だけでなく、真たちも意外感に囚われる。先ほど青峰が言ったことは当たり前のことなのに、
「シュート教えてやるっつってんだよ。」
 何かを思い出したのか、しばし呆然としていた黒子はクスリと笑みをこぼす。

「?何笑ってんだよ。」
「…いえ。」
 黒子の笑みに青峰が訝しげな表情となる。

「中学の時もよくこうして、練習してましたね。」
「………いいからとっとと撃て!時間ねーんだろ!」
 

「なんか、楽しそうですね。」
「うん。」
 練習を始めた二人は、試合の時やいつかの出会いの時の険悪な雰囲気が嘘のように楽しそうに見える。やよいがその光景に言葉をもらす。二人は笑っているわけではない。それでもあるべき姿に戻り、その居場所があることが嬉しいかのようにも見えた。
 黒子を誘っていけば、美希が喜ぶかと思った響たちだが、邪魔をするのがはばかられて結局声をかけずに立ち去ることを選んだ。

・・・


「遅れてごめんなの!」
「ひょっとしてオレ達が最後か?なんとか間に合ったみたいだな。」
 真や響、やよいが事務所に着いたのは、他のアイドルたちよりも早いくらいで、飾りつけをしながら待っていた。だんだんと真美や高音、春香や千早がやってきた。飾りつけが終わるころには、雪歩がやってきて彼女の誕生日が祝われた。
 外は冷え込みが一層増し、雪が降り始める中、律子と竜宮小町のメンバーも到着し、美希とプロデューサーが最後に到着したことで765プロのメンバーは全員が揃った。

「これで、全員が集合ですね。」
 パーティーを企画した春香が全員が揃ったことを嬉しそうに言う。時間の合間やライブに向けた練習、全員でのバラエティ出演などで会う機会はあるものの、やはり全員そろっての団欒は、ほとんどなくなっていたため、嬉しさもひとしおなのだろう。ただ

「あっ…」
「んー、黄瀬っちは来られなかったかー…」
 大会中の黄瀬は、試合の観戦やこれからの試合のミーティングなどがあるため、なかなか来られないようだ。そのことに真が寂しげな声を漏らす。みんなで集まるパーティーも楽しいのだが、やはり特別な日に会えないことに寂しさを覚えるのだろう。誘った際にともに居た真美が困ったように言う。
 来られないかと諦めかかったその時、

「ちわーッス。」

 ノックの後に、飄々とした声とともにダウンジャケットを着た黄瀬が扉を開けて入ってきた。

「涼!」
 真が嬉しそうな声を上げて、扉のところまで駆け寄る。
「うおっ!なんか全員そろうと華やかッスね。」
 駆け寄られた黄瀬は、室内にそろうアイドルたちの姿にやや驚く。

「おお。みんなそろったようだね。黄瀬君もよく来てくれた。」
 社長室で電話をしていた高木社長が姿を現し、みんなの集合と黄瀬の参加を喜ぶ。
「社長!なんとか間に合いました。」
「邪魔してます。」
 プロデューサーが報告を行い、黄瀬は軽く頭を下げて礼を示す。目上の人に対するにはかなり無礼な態度だが、見知った黄瀬の態度に高木社長は満足げに微笑む。


「プロデューサーさん。メリー、ってうわぁ。」
 春香がシャンパンをあけながら、開会の宣言をしようとするが、シャンパンが噴出して中途半端に言葉が遮られる。まわりのみんなは、相変わらずの春香の様子に笑いあう。

「それでは、」「改めまして。」
 仕切り直して、全員がグラスを持った中、亜美と真美の号令とともに
「メリークリスマス!」
 パティーが始まる。わいわいと楽しい時間が始まり、笑みがあふれる。

「うぉっほん。ここでひとつみんなに重大発表がある。星井君、菊地君。前に。」
「えっ?」「はい?」
 雪歩の誕生日祝いを行いにぎやかになった場を区切るように社長が告げ、呼ばれた美希と真が首を傾げて前にでる。
「星井美希君、本年度シャイニングアイドル賞新人部門受賞。そして菊地真君、ベスト美少年アワード受賞、おめでとう!」
「えーっ!!!」
 告げられた栄誉の賞にみんなが驚く。ただ
「美希が、なにかもらったの?」「美少年…?」
 当の二人は、美希は事態がよく分かっておらず、真は授与された賞の名前に困惑している。
「うぇ!?いつの間に。」
「はっはっは。ついさっき連絡があってね。」
「おめでとう!美希ちゃん、真ちゃん。」
 事前に連絡がなかったのだろう、突然の報告にプロデューサーが驚き、微笑む。

「ありがとうなの!」
 嬉しそうにする美希。
「ありがとうございます…でもボクが男性部門の賞をもらっちゃって、いいんでしょうか?」
 どこか納得いかなさそうに、困惑しながら真は尋ねる。
「う、む。審査員も困惑しているようだが、二位以下をぶっちぎっての受賞だ。」
 流石に社長も困惑しているのか、ためらいがちに内容を報告する。その報告にさらに納得いかなさそうな表情をする真だが、
「すごいじゃないか、美希!真!」
プロデューサーは純粋に、二人の努力が認められたことを喜ぶ。ほかのみんなも二人の受賞を喜び、華やかな雰囲気に場が盛り上がる。

「真っち、美希ちゃんもおめでとッス。」
 憮然とした表情の真と嬉しそうな美希に黄瀬が言い、美希は嬉しそうにする。だが
「う、ん。ありがと。」
 真は少しすねたように返事を返す。その顔に黄瀬は苦笑しながら
「はい。お祝いとクリスマスプレゼントッス。」
 バスケットボールを抱えたクマのぬいぐるみを手渡す。突然のプレゼントに呆気にとられた真は、一瞬遅れて、
「うわぁ!ありがとう、涼!」
 ぬいぐるみ集めが好きな彼女はそのプレゼントに喜び、憮然とした表情から一転、喜色満面となる。
「あーっ!まこちんだけ、ずるーい!!」「ねえねえ、黄瀬っち真美たちにはないの!?」
 亜美と真美が渡されたプレゼントを羨ましそうに見て声を上げる。
「お祝い兼クリスマスプレゼントッスから。」
 当然、そんなお祝いなどあることなど知らなかった黄瀬だが、都合の悪い部分は誤魔化して建前を押し通す。
「美希にはないの?」
 隠れた本音の部分を察しながらも、美希は追い打ちをかけるように尋ねる。
「美希ちゃんは…黒子っちから貰ってください。」
 黄瀬はなにを言わせたいか気づきながらも、さらりと切り返す。その切り返しは美希にとって正解だったようで、「うん!」と嬉しそうする。
「いいなー、真。」
「でもこれ…なんか…」
 春香が微笑ましげに言い、伊織は考えこむようにぬいぐるみを見つめる。ボールを持ったぬいぐるみの色は黄色に近い茶色。その明るい色は、
「黄瀬っちみたいだぞ。」
「ええっ!」「たしかに!」
 響がぬいぐるみと黄瀬を見比べて言うと、周りのみんなも気づいたように納得する。黄瀬としてはぬいぐるみが好きそうな真の好みとバスケットボールという自分の好みが一致した物であったというだけの意味だったのだが、見れば指摘された真は朱い顔で慌て、伊織たちはそんな真の反応を楽しむようにしている。

・・・

「あんた、時間とか大丈夫なの?」
「そうそう、練習とか。」
 黄瀬がしばらく楽しそうに過ごしていると伊織が心配するように尋ねてきた。楽しい時間を壊したくはないが、大会中の黄瀬の邪魔をするわけにはいかないという伊織の気配りに、響も思い出したように付け加える。

「まあ今から練習するほどなんもしてこなかった訳じゃねえッスから。ただあんまし、長く抜け出してると、あとで蹴飛ばされるんで長居はできねッス。」
 流石に大会直前どころか、大会中に調整以上のガチ練習を遅い時間までするような非常識は強豪校では行わないのだろう。やや苦笑いしながら答えた黄瀬だが、

「でも黒子さん、なんか青峰さんと特訓してましたよ?」
 やよいの言葉に、口に運ぼうとしていたグラスをピタリと止める。
「えっ!ハニーがいたの!?どこどこ?」
 黒子という言葉に反応した美希がやよいに詰め寄り尋ねる。突如、迫られたやよいが困り気味になっていると真がフォローするように口を挟む。

「来る途中の広場で、青峰さんと練習してたよ。なんかシュートを教えてもらいたいとか言ってたけど。」
「そっか。」
 やはり、美希も黒子に会いたかったのだろう、だが練習していたという言葉に残念という風を滲み出してひっこむ。

「…青峰っちと、ッスか…」
 黄瀬が呟く言葉に反応したように真美や春香が言葉を続ける。
「なんか意外だよねー。あの暴君、って感じの青峰っちが教えてたんだから。」
「へぇー。あれ、でも青峰さんって、昨日誠凛に…」
 春香もだれかから、真や美希、千早から結果を聞いたのだろう、ためらいがちに首をかしげる。

「そっちは別に不思議じゃねッスよ。」
 真美と春香の言葉を黄瀬が否定する。だが、そう思っているのは黄瀬だけであるようで真たちも驚いたように黄瀬を見る。
「黒子っちが一度決めたことをひっくり返すのは難しいッスからね。なんだかんだ言って青峰っちは黒子っちが大好きッスから。」
 苦笑気味に黒子の性格を思いだす。このとき、どこかのバスケコートで、青峰が不意に殺意を芽生えさせたのかは定かではない。また黄瀬の言葉に、美希が絶叫し、小鳥が妙な妄想に走りそうになったのも、黄瀬にとってあずかり知らぬことであった。
「それに黒子っちのシュート力が低いままだと、バニッシングドライブは通用しないッスからね。」
 続ける黄瀬の言葉に美希たちが首をかしげる。
「黒子っちが自分で切り込んでくるパターンは、今のままだと結局は誰かにパスしなけれりゃ、決定打にならないんスよ。だから、あの技がでても、周りを固めて黒子っちを孤立させれば、黒子っち自身がシュートを打つ必要があるんス。」
 試合中には語らなかったバニッシングドライブのもうひとつの弱点。なんらかの対応はしてくるとは思っていたが、まさか青峰に直球でいくというのは、やはり黒子の行動には意外性が強い。

「でも、敵同士なのに、そんなこと…」
 そんな戦略と別の部分に千早が驚く。あの二人の確執のような間柄を見ただけに、一層信じられないのだろう。
「中学のときは、あの二人で遅くまで一緒に練習してたッスからね。」
 黄瀬がかつての光景を思い出しながら答える。黄瀬が入部する前、あの二人は誰よりも遅くまでともに練習していた。疑うことのなかった固い絆。黄瀬が入部して、二人の練習に黄瀬が割り込むように青峰に1on1を仕掛けていたときもあの二人の絆は変わらなかった。

「…仲よかったのに、なんで、バラバラになっちゃったんですか…?」
 春香がためらうように質問する。それはかつて真が黒子に尋ねた質問。明確な答えのなかったその問いをぶつけてしまったのは、あの時よりも、自分たちの現状は、それに近づきつつあるように思えてしまったのだ。

「…なんでなんスかね…好きで始めたバスケなのに、いつの間にか勝つことが当たり前になって。退屈になって。」
 春香の問いに即答することは黄瀬にもできなかった。完全に崩壊した原因は、あの決勝。だがそれ以前から兆候はあった。でもそれに気づかなかっただけ。気づこうとしなかったのだ。

「強くなった分だけ、信頼が薄れて、一人になっていったんスよ。」
 黄瀬の言葉に、真たちも顔を俯かせる。
 人気のでてきた765プロ。増える仕事。みんなで集まる時間はほとんどなくなり、ライブに向けた全体練習も大きく時間を削られている。
 特に春香は、舞台の役として主役を美希と競い合うような状況になってしまっただけに、以前よりもバラバラになっているように感じたのだろう。

「でも、多分、強くなんてなってなかったんスよ…きっと。周りに頼ることもできないような弱さしかなかったから、離れたんスよ。」
「周りに…頼る…」
 黄瀬の言葉を真が噛み締めるように呟く。

「…しんみりさせちゃったッスね。」
 重ぐるしい空気が流れてしまったことに、ばつが悪そうに溜息をついた黄瀬は持っていたコップを空にして、荷物を持ち上げる。

「オレらみたいになっちゃダメッスよ。バラバラになってようやく大切さに気づくようなヤツらに。」
 自嘲するような笑みを浮かべた黄瀬はパーティーの礼を告げて立ち去る。

「涼!」
 扉をくぐる直前、真に呼び止められ、振り返る。
「試合、頑張って!」
 そう言って、拳を突き出す真に、黄瀬は微笑かえして、拳を突き出す。



[29668] 第42話 センパイ
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/01/04 06:15
「やっぱりもう始まってる!」
 仕事が終わり、真たちはWC4回戦の、海常の応援に来ていた。急ごうとする真に反して、亜美や真美は

「まあまあまこちん。大丈夫だよ。」「そうそう黄瀬っちだもん。」
 3回戦までの快勝という結果を聞いており、またキセキの世代と呼ばれる彼らの力を見たこともあって、かなり余裕に構えている。クリスマスのイベントの余波で、2、3回戦を直接見ることができなかった。年明けの放送の収録も一段落し、落ち着いたことで応援に来たのだが、彼女たちの疲労度合はかなりのものだ。それゆえ真でさえ気持ちとは裏腹にそれほど急かそうとはしない。
「今だと最初のQが終わったくらいかな?」
 春香が時計を見ながら尋ねる。4回戦第二試合という時間の関係で昼前からの開始だが、現在時刻は試合開始から10分ほどすぎたころ。
「うん。たしか…」
 雪歩が調べた日程表を見ながら頷く。先頭を歩く真が扉を開け、会場へと入る。


第四十二話 センパイ


「え?」
 客席から海常のコートを見つけ、その得点を確認した真は目に入った光景に戸惑いの声を上げる。
「あれ?黄瀬君たち負けてる。」
 真の隣を歩く春香が、思わず口にした通り、第2Qに入った現在、得点は14-29。
「かさかさが出てないぞ。」
 響がコート上に、海常のキャプテンの姿がないことを訝しむ。コート上では、笠松の姿がなく、見覚えのない選手が入っていた。そして

「なんか黄瀬っち囲まれてる。」「べったりだよ。」
 黄瀬は二人の選手に張り付かれて動きにくそうにしている。ボールを受け取るためマークを外そうと動くがボールが渡った瞬間、

「あっ!!」
ピーッ!
「ファウル5番!ホールディング!」
 マークの一人、8番がすぐさま黄瀬の動きを止め、わずかに遅れたもう一人が背後から黄瀬をファールで止める。真たちが見る中、黄瀬は悔しげな表情で8番の選手を見ている。
 コート上では、エースが止められたこともあるが、キャプテン不在の影響か不穏な空気が流れている。

「真さん…765プロのみなさんこんにちは!」
 コートを見ていた真たちは客席から名前を呼ばれて視線を向ける。そこには桃井が招くように手を振っていた。。

「なにやってんださつき。」
 知り合いに会えたのが嬉しいのか、大きく手を振る桃井の横から声がかけられる。
「うっ…」「げっ…!」
 流石に人前で大手を振ったのは恥ずかしかったのか桃井はバツが悪そうにしているが、声の主を認めた響や真美たちは身を引いて顔を歪めている。
「あぁ?」
 その反応に声の主、青峰が表情を歪めるが、その表情に雪歩が「ひうっ!」と慄く。
「えーっと、まあとりあえず座ろっか。」
 桃井がひとまず一同の反応を確認して自分たちの席の近くに真たちを招く。


「どういう状況なんですか、これ?」
 真が桃井に海常の劣勢な状況を尋ねる。
「…第1Q始まってすぐくらいに笠松さんが負傷退場したの。そこからきーちゃんに二人のマークが張り付いてるの。」
 黄瀬に二人のマークが張り付いている分、フリーの選手がいるのだが、笠松不在が影響してかうまくボールが回っていない。

「でもでも黄瀬っちだったらなんとか…」
「普通ならそうね。」
 亜美が黄瀬への期待から反論しようとするだが、コート上の黄瀬はうまく回らないパスの分まで動き回っているが、8番の動きに邪魔されて思うようにボールをキープできていない。

「でもあの8番は、全国でも屈指のスピードを誇る選手なの。あの選手がきーちゃんの動きを一瞬塞いで、5番が止める。そのせいでうまく流れが作れてないのよ。」
「でも黄瀬君に二人もついてたら、あいてる選手がいるんじゃ…」
 春香がためらいがちに尋ねるが、
「海常は、きーちゃんも含めて笠松さんが抜けたことで精神的に動揺があるのよ。」
 小堀がパスを回して攻撃を伺おうとするが、そのパス回しは4番によってカットされる。
「笠松さんは技術的にも高いレベルだけど、それ以上に彼のキャプテンシーは全国屈指の存在感なの。それが負傷と言う形で抜けたことでかなりの精神的ダメージをおってるわ。」

 所々で黄瀬が振り切って得点を決めているが、チームとしての流れが作ることができず18-30と差が開き始めている。

「笠松さんは、大丈夫なんですか?」
 雪歩が、やや青峰に脅えながらも桃井に尋ねる。真たちの位置から海常ベンチの様子は詳細には分らないが、ベンチの後方に寝かされその周りを部員が取り囲んでいる様子が見える。
「出血は大したことなかったんだけど、多分脳震盪だと思う…目を覚ましてもこの試合中に復帰するのはムリよ。」
 桃井の言葉に一同は表情を曇らせる。



「くっ…」
 ボールを受け取る前から二人のフェイスガードによって猛烈なチェックを受ける黄瀬は、ちらりと視線をベンチに向けて歯軋りする。
 目に映るのは横たわるキャプテンの姿。開始5分ほどの時点で激しく接触し、頭を打ちつけた笠松は意識を失って退場した。その後の展開は、予想していたかのようなエース潰しの戦法。ラフプレーを得意としていることで有名な相手チームだけに、懸念はしていたのだが、見事にしてやられた海常はキャプテンとエースを封じられて浮足立っている。
相手チームで特に厄介なのは二人。一人は今も、小堀を圧倒してインサイドを固めているセンターと当に今黄瀬に張り付いている8番。ボールを持った状態でのスキルは大したことはないのだが、スピードだけなら黄瀬と同等以上に動いており、8番に一瞬足止めされた瞬間、もう一人のマークがファール覚悟で止めにくるためまともにキープできない状態が続いていた。
 海常も選手層の薄いチームではないのだが、全国ベスト8相手に対抗できる選手はそうは多くない。ましてキャプテンの代わりが務まる選手はいない。

【オレ達3年にはこの大会が高校最後の大会だ。】

 昨年、そしてIHの雪辱に燃えるキャプテンの意気込みはチームの誰もが知っていた。それだけにその不在は士気に大きな影響を与えている。

【お前はおまえのバスケをやれ。】
 大会前、そう言ってくれた人は、今コート上にいない。絶対的な信頼を寄せてくれるキャプテンの不在は黄瀬にとっても大きな痛手だ。
 だからこそ考えるしかない。チームのためになにができるのかを。
 森山センパイと小堀センパイがボールを回すフォローに入っているが、そのせいで前線が不足し、黄瀬が抑えられていることで打つ手が欠けている。
 
「黄瀬っ!」
 上手く攻め手が作れず30秒ルールが適応されそうになり、小堀が黄瀬へと叫ぶ。黄瀬は急加速を使ってわずかにマークを引き剥がすとワンテンポ遅れてパスが届く。しかし

「っ!」

 パスの受けまでのわずかなラグで8番が追いつき抜き去るためのわずかな時間差でもう一人がバックチップを狙ってくる。
 何度も繰り返された攻防。背後からのチップを躱し、ようやくボールをキープするも流れが途絶えた瞬間、ゴール下で構える4番が詰める。
 流石の黄瀬も、ペースを作る前のトリプルチーム。しかも

「ぐっ!!」
 フェイスガードのまま詰めてきたことによってファールギリギリの接触プレーだ。だがその程度で、

ダンッ

 わずかな隙間を突破した黄瀬は次の瞬間、

ガッ!
「ディフェンス!4番ホールディング!」
 ファールによって動きが遮られ笛がなる。
「すまん。黄瀬。」
 小堀がパスのタイミングがずれたことを謝りにくる。
「いえ…オレの方こそ…」
 黄瀬としても、あの程度の相手が抜けないことにいら立っている様子だが、先輩に申し訳なさそうに謝られては刺々しい態度はとれない。キャプテン不在によってものの見事に歯車を狂わされた海常に不穏な空気が漂う。


 審判の宣言が響き、流れが止められたことで黄瀬が忌々しげな視線を相手に向けているのが見える。
「涼…」「うっがー!見ててイライラするぞ、自分!」
 真が不安げに呟き、響がフラストレーションを爆発させている。キツイ表情の選手たちが目に入り、真たちが大きな声援を送ろうとした瞬間、

「オラ!なにしょげてんだ!!まだ攻撃は終わっちゃいねぇだろ!!」
 ベンチから聞き覚えのある怒声が響き、驚いて視線を向ける。森山達も俯きかけていた顔を上げてベンチを見る。そこに居たのは、
「…オメエらも声だせ、声!」
 多少ふらついたのか頭を押さえたものの、笠松が周囲のチームメイトにいつもの怒鳴り声を出していた。

「あっ、笠松さん大丈夫だったんですね。」
 雪歩がほっとした表情を見せ、森山達も安堵の表情を見せているが、


「ちっ、大人しくくたばってりゃいいものを…あたりが弱すぎたか?」
 黄瀬のマークの、元は笠松のマークの5番の呟き声が聞こえて黄瀬はキッと睨み付ける。
「おら、黄瀬ぇ!きっちり集中しろ!!」
 後ろからキャプテンの檄がとび黄瀬はちらりと視線を向ける。


「意識は戻ったけど…やっぱり試合に戻れるコンディションじゃないわね。」
 桃井が冷静にベンチを見ながら呟く、春香たちがその声に反応してベンチの笠松を見ると、そこには大声をだしたことが災いしたのか、いささかふらついている笠松がおり、慌てて周囲の選手に宥められている。


 やはりコンディションは戻っていないのか、笠松が出てくることはないが、それでも海常の選手は士気を取り戻し、果敢な攻めを展開している。だが、

「この試合お前に仕事はさせねーよ。」
「オレ達はそのためだけの要員だからな。」
 黄瀬は自分にへばりつく二人の選手にぼそりと話しかけられ睨み付ける。

(こいつら…!)


「マーク専門…ですか?」
「うん。」
 真たちは桃井から黄瀬についている二人の説明を受けて問い返した。

「多分、もともと笠松さんをファールで退場させる予定で、その後、ダブルチームに特化したあの二人がきーちゃんの動きを止める。そのための動きを徹底してるのよ。」
 桃井の説明どおり、森山達の動きが戻った今も、黄瀬は執拗なダブルチームによって思うように動けていない。なんとか森山の外からのシュートで試合を立て直しているものの圧倒的なオフェンス力を持つ黄瀬が封じられていることで勢いに欠けていることは否めない。
勢いに乗れぬまま時間は経過し、結局第2Qは33-42と差を詰めたもののリードされたまま折り返すこととなる。
 

「先輩ッ!」「笠松!大丈夫なのか!?」
 ベンチに戻った早川と森山は、戻るなり笠松に詰め寄った。
「あったりめーだ!」
 にじり寄られた笠松は気勢をはいて答えるが、いつものように手が出ていない。小堀が確認するように監督を見ると、監督は黙ったまま首を左右に振る。
「センパイ…」
 黄瀬が真剣な眼で伺う、笠松の表情が変わり早川と森山も黙る。

・・・

 控室に戻った海常のメンバーに監督から知らされたのは、笠松の欠場を告げる知らせだった。
「やっぱり、無理か…」
「ッベー!オッ、先輩の分まで頑張りっますっ!」
「…」
 笠松自身は復帰を主張しているのだが、

「今のお前にムチャをさせるわけにはいかん。」
 監督の苦渋を飲んだような言葉に歯ぎしりしながら俯くことしかできない。

「だが実際問題、後半はどう戦う?」
 小堀が表情を締め直して問いかける。なんとか前半終了時は差を詰めていたもののリードされていることには変わりなく、また黄瀬も思うように動けていない。海常の控え選手は、不安げな様子でざわつき、監督は考えをまとめるように唸る。笠松は俯けていた顔を上げて黄瀬を見つめる。
 視線を受けた黄瀬は、

「監督…例のヤツ…やらせてほしいッス。」
 覚悟の表情で提案する。その言葉に森山や小堀、早川が驚きの表情を見せる。

「待て黄瀬!アレはそもそもこういう状況に対するものじゃないぞ。」
「それにまだ未完成だろ!?」
 小堀と森山が厳しい視線のまま声を上げる。黄瀬は、真剣な表情を監督に向け続ける。監督も決めかねているようで眉をひそめている。

「監督。やらせましょう。」
 沈黙を破ったのは笠松の言葉だった。
「笠松!?」「オイ!」
 危ぶむような声が上がるが、笠松はその声に対して厳しい視線を向ける。

「ウチのエースは黄瀬だ。信じろ!」
 

・・・


「あっ!?黄瀬っちたちでてきた。」「かさかさは!?」
 インターバル終了が近づき、海常の選手が出てきて真美と亜美が身を乗り出す。
「真!」
「うん…涼!頑張って!」
 春香が真を促すとともに真は黄瀬に声援を送る。声が聞こえたのか黄瀬はちらりと真の方に振り向く、しかしすぐに別の方向を向いたかと思うと睨み付けるような視線を別方向に固定してしまう。

「あれ?黄瀬さん、なに見てるんでだろう?」
 雪歩が反応の薄かった黄瀬の様子を訝しむ。
「…赤司君ね。」
 真たちが黄瀬の視線の向きを追っているのに桃井が気づく。
「赤司君って…?」
「涼の中学時代のチームメイトですよね?」
 春香が聞き覚えのない名前に首をかしげ、真が思い出す。

「たぶん「あいつに見せたくねぇなんかをするってことだろうよ。」」
 桃井の言葉を青峰が頬杖をついたまま遮る。
「見せたくないもの…ですか?」
 春香が遠慮がちに青峰に問い返す。
「まだとっておきがあるってことか?」
 響も春香に重ねて問いかける。青峰は質問には答えず視線を黄瀬に向けている。


ビーーッ
「第3Q始めます。」
ブザー音とともにボールを持った森山さんが様子を伺うようにドリブルする。黄瀬は前半と変わらず二人のフェイスガードによる密着マークを受けて、

「速い!」
 森山にチェックがかかると同時に黄瀬は急加速して、マークを一瞬振り切る。森山はチェックが詰め寄る前に黄瀬にボールを回す。春香がそのスピードに驚くが、
「振り切れてないぞ!」
 響が黄瀬のすぐ後を追いかける8番を見て叫ぶ。再びダブルチームによる黄瀬封じが完成するかと思いきや、

「えっ!!?」
 黄瀬はボールを持つことなく、ワンタッチでボールを小堀につなぐ。桃井ですら驚くそのパスは見事に通り、小堀はゴール下からシュートを決める。
「今のは、タップパス!?」
 黄瀬は、味方から回されたボールにわずかに触れ、ボールの軌道を変えていく。マンマークに特化した二人も、完全に触れさせないようにすることはできず、黄瀬は次々にパスを回していく。その動きは、

「あれは…テツ君の…!?」
「型は違うが、あのパス回しはテツのそれだな。」
 桃井が驚きながら呟き、青峰は頬づえをついたまま答える。真たちは視線をコートに向けたまま、青峰の言葉に耳を傾ける。

「アイツにテツのようなミスディレクションはできねえ。どんだけ真似てもアイツの存在感じゃ、視線をよそに移すことはできねえからな。」
 青峰の言葉とは裏腹に、黄瀬はまるで黒子のパスのように、変幻自在にパスルートを変える。黄瀬のパスが流れを作り、海常の勢いが増していく。

「だがアイツにはテツにはねえ身体能力がある。真正面から一瞬であればマークを振り切るだけのスピードがな。」
「そうか、一瞬あれば、黒子君のパスはできる。」「さすが黄瀬っち!」
 青峰の言葉に真が首肯し、真美が感心する。だが
「でも、きーちゃんにテツ君のコピーはできないはずよ?」
「どういうこと桃っち?」
 桃井の指摘に亜美が問い返す。
「…きーちゃんのコピーは対象を見ることで発動するの。だから視線をそらすテツ君の能力とは相性が悪いのよ。だから…」
「そのためにテツの試合観戦をやってやがったんだろうよ。」
 桃井の困惑を青峰が遮る。桃井は青峰の言葉で気づいたようにはっとする。

「そうか…だから。」
「どういうことだ?」
 納得する桃井だが、響たちは困惑顔のままで、首を傾げている。

「きーちゃんは大ちゃんとかと違って圧倒的に経験値が不足してたのよ。でもその成長速度からすぐに試合にでた。だから特に試合を観戦する経験が少なかったのよ。」
 通常、帝光ほどの強豪であれば、入部してしばらくはベンチにも入れず客席から応援するというのが普通だが、黄瀬はその成長速度からほとんどそういう経験もなく、試合に出始めた。
「だから、その経験を補うことで、平面的な視野から立体的な視野を獲得した。しかもコート上では見ることが難しいテツ君も上からならある程度、特にパスの軌道を見ることはできる。」
 桃井の言葉に、真たちは黄瀬との試合観戦を思い出す。たしかに誠凛の試合で黄瀬は黒子のパスを的確に見ていた。
 黄瀬は黒子のパスの動きだけでなく、まるで俯瞰したかのような空間把握でボールの出しどころを組み立てていた。勢いの増した海常は一気に差を詰め、39-44まで迫っていた。

「それにしても…まさか、あのきーちゃんがこんな、パスに特化したプレイをするなんて…」
 桃井は、かつて黄瀬が黒子を尊敬していた事を思い出す。真は、今までにない黄瀬のプレイに驚きつつも春香たち共に嬉しそうに応援している。

「黄瀬っちも昔のままじゃないってことだね!」「いけいけ黄瀬っち!」
 亜美が真を軽くつつきながら嬉しそうに言い、真美も黄瀬に声援を飛ばす。

「はっ!…そんな殊勝なだけの性格じゃねぇだろ、アイツは。」
 青峰が桃井たちの言葉を鼻で笑いとばす。
「どういう意味なんですか?」
 真が青峰の言葉に首を傾げる。桃井がその言葉で気づいたように呟く、
「ダブルチームが…少し離れてる…。」
「えっ?」


「パスあるぞ!警戒しろ!」
 黄瀬のパスを警戒して、監督から指示が飛ぶ。

(…これなら…)

 急加速で振り切られないようにするためか8番と5番の距離がわずかに遠くなり、意識がパスへと向いている。
 黄瀬のパス中継役としてのプレーは、誠凛に敗北してから、そして桐皇との戦いから、自分のコピーが1on1のみにとどまる武器でないと考えた末、その使い道として鍛え上げてきた戦術の一つだった。本来は対キセキの世代、そして誠凛への雪辱用の技として想定されたものだったが、監督としては笠松たち3年が抜けた後を睨んだ形でもあった。エースとしてだけでなく、チームの柱として、そのポテンシャルを生かし切るための方法。
 ここにきて黄瀬は、パスによってチームを動かすことの楽しさに気づくことができたのだ。とはいえ…

「またいった!」
 黄瀬がマークを離して小堀からパスが投げられる。わずかに離れたその距離は、

「なっ!!?」
 黄瀬にとって十分すぎる時間となって、詰め寄られる前に黄瀬はドライブで切り込む。マークに長けた8番も、ドライブがかかった黄瀬の進行を止めることはできず、

「いったー、黄瀬!」
 ダックインによって懐に消えるように潜り込まれた8番は完全に反応することもできずに抜き去られる。
 攻撃型こそが黄瀬の本来のスタイル。そういった意味でこの試合、まだ十分な活躍ができているとは到底思えておらず、フラストレーションがたまっていることも自覚していた。
 
「させるかっ!!」
 4番がすばやくヘルプに入り黄瀬の進路を妨害しようとする。

「いけー涼!!」
 真の叫びがひびき、黄瀬は4番の右脇からアンダースロー気味にボールを跳ね上げる。そのシュートはボードに直撃した後、

「フォームレスシュート!!?」「うおおお!」
 エースの活躍に観客が沸き立つ。真たちもついに目覚めた黄瀬の活躍に喜び合っている。コート上では、黄瀬がチームメイトに囲まれている。



「ねえねえ、桃っち。なんで今度は黄瀬っち抜けたの?」
 真美が桃井に疑問をぶつける。黄瀬の力が弱いとは思わないが、前半までのあのダブルチームに苦戦していた形勢を見事に返していた。
「きーちゃんがパスを主体に見せたことで、あの二人にもパスが印象付けられたのよ。そのせいでフェイスガードからわずかに距離が離れた。その距離がきーちゃんの攻撃距離になったのよ。」
 8番と5番は、距離がつかめず中途半端な距離を行き来し、その距離を的確に読む黄瀬は、パスとペネトレイトを的確に使い分けて得点を重ねていく。

「黄瀬っちのってきたぞ!」「いけいけー!」
 響と亜美も攻勢に転じた黄瀬のプレイに興奮し始めたようだ。相手チームもなんとか流れを断とうとシュートを放つが、そのシュートはわずかに外れ

「んっがー!!」
 早川がリバウンド力を発揮してゴール下に群がるOFを圧倒した。ボールが中盤に送られ、小堀から黄瀬にパスが通る。黄瀬は弾き飛ばすようにしてサイドをかける森山に繋ぐ。

「森山さん!」
 雪歩が受け手の名を呼び、森山のフリーの状態からの3Pは見事に決まり逆転した点差をつき放しにかかる。
 コートを見つめる青峰の視線が険しいものになり、

「…ちっ!」
 舌打ちをして席を立ち、桃井が慌てたように声をかける。
「大ちゃん!?」
「あの程度の相手で、あいつがどーこなるわけねぇだろ。…たくテツといい、アイツといい。」
 ぼやくように吐き捨てた青峰は、桃井をおいて立ち去ろうとし、桃井は慌てて青峰を追いかける。
「ちょっと、どこ行くのよ!この後はテツ君の…」
「…学校だよ!バスケしたくなったんだよ。くそっ…」

 不機嫌そうな青峰の言葉に、一瞬動きを止めた桃井は、くすりと笑うと
「そっか…ごめんね。真さん、みなさん。」
 笑顔で別れを告げた桃井は青峰を追って行ってしまう。


そして、
「試合、終了―――!!」
 ブザー音とともに、試合の終了が宣告される。結局、試合は黄瀬を中心とした猛攻撃によって、終わってみれば96-65と大差をつけた勝利となった。
海常の選手が黄瀬に駆け寄り、頭を押さえつけたり、背中を叩いたりして黄瀬をもみくちゃにし、ベンチでは笠松も声を上げて喜びを示している。
両チームの礼が終わり、ベンチに戻る途中、顔を上げた黄瀬が嬉しそうに右拳を突き上げる。その視線はまっすぐに真のほうを向いており、真も嬉しそうに拳を突き上げた。二人のやり取りに春香たちは微笑ましげな視線を送る。

「これで黄瀬君たちは、準決勝進出だね。」
「うん。」
春香があらためて確認するように言うと、真はわずかに顔を引き締めてこたえる。準決勝。それは直後行われる、もうひとつの試合の勝者との戦いだが、

「黒子っちたちの試合も見たいけど…」「そろそろ帰んないとりっちゃんに怒られちゃうよ。」
 亜美と真美が時間を気にするように言う。特番の収録などはあらかた終えたが、それでも仕事がまったくないわけではない。今日も彼女たちは、仕事の合間をぬってきているのだ。
「黒子っちたちの応援は美希とやよいと千早だな。」
 プロデューサーの配慮もあって、入れ替わるように応援にこられる時間がずれている。響の言葉にうなずくと真たちは会場を後にした。
 

そして同日、誠凛対陽泉の激闘は、誠凛の勝利となり、誠凛は二人目のキセキの世代撃破をなしとげた。他ブロックではキセキの世代が圧倒的な勝利を決めた。

その結果、翌日の準決勝は第1試合海常対誠凛。第2試合秀徳対洛山となった。




・・・・・


「準決勝進出、おめでとう!」
仕事が終わり、帰宅した真は携帯をつなげ、開口一番祝辞を述べた。

<ありがとッス。そっちは仕事終わりッスか?>
「うん。海常の試合のあとから、さっきようやく終わって、今家に帰ったところ。」
 真はベッドにうつむけに転がりながら、片手でぬいぐるみを弄る。つい先日、お祝いを兼ねてプレゼントされたものだ。

<忙しそうッスね。体の方は、大丈夫なんスか?>
「へへへ。これでも鍛えてますから。涼の方は、大丈夫?笠松さんとかケガしてたみたいだけど…」
 年の瀬が迫り、今年のアイドルとしての本格的な仕事は、明後日行われる、本年度のアイドル賞の受賞式典ぐらいとなった。もっとも年明け早々にはニューイヤーライブもあるため、練習の時間はきっちりとる必要があるのだが。

<オレの方は、バッチしッスよ。キャプテンも、流石に頑丈ッスから。>
「よかった。明日は…黒子君たちと、誠凛とだよね。」
 真はぬいぐるみを抱きしめるとごろりと仰向けになり天井を見上げる。真にとって、よく知るもの同士の戦いはこれが初めて。黒子と青峰の時も、両者を知ってはいたが、親しいといえるのは黒子だけであった。それにしても、その親しさは、黄瀬に感じるものとは異なるものだ。

<そうッス。ようやくここまできたッス。>
 ベスト4。夏の大会では超えられなかった壁を越えてきた戦い。だが、海常はまだキセキの世代との直接対決は行っていない。
 真は胸元のぬいぐるみの存在を確かめるように、ぎゅっと力を入れる。黄色に近い茶色の毛にバスケットボールを持ったくま。事務所のみんなが指摘したことを思い出し、頬が緩む。
クリスマスにプレゼントを貰えたのは嬉しい。それが女の子が貰うような、ぬいぐるみであったことも。なにより黄瀬本人には、ぬいぐるみ集めを趣味としていることを言っていなかったはずなのに、それを知っていたかのようなプレゼントを貰えた事が。

「目一杯楽しみなよ、黒子君たちとの戦い!それで…」
<分かってるッス。今度はもう、負けないッスから。>
 



[29668] 第43話 やっぱ、すごいッスね
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/01/05 18:18
 多くの激戦が繰り広げられ、数多くのチームの中から選ばれた4校が今日、激突する。海常の控室でも重くるしい緊張が満ちていた。全国区のチームと言えども、今のメンバーにベスト4、準決勝の経験はない。増して今日の相手は、特に黄瀬にとって、因縁のあるチームだ。

「あー、ヤッベー!!テンション上がってきッベー!!」
 淡々と準備を行う、選手たちの中で一人そわそわと落ち着きなく体を動かす選手が一人。

「がんばッますかッっ!!マジでオ「うるせぇよ!!毎回やんのかよそれ!!」」
 両拳を握りしめて、気合いのこもった表情で吠えるのは、2年PFの早川。特に大一番で見られる光景だが、笠松は律儀にもツッコミを入れて、平穏を取り戻そうとする。

「森山!小堀!!なんとかしてくれこのバカ!」
 迫ってくる鬱陶しさに耐えかねて笠松は、同じ三年の森山と小堀に助けを求める。だが、善良な小堀は苦笑いとともに温かい眼でそのやり取りを見つめるのみで止めようとしない。もう一人の3年は、

「それより笠松…オレはやるぞ。」
 早川の騒動など気にも留めていないような、決意溢れる顔を見せている。流石の森山も初めてのステージに気合いを漲らせているのかと思いきや、

「今日こそ萩原雪歩にオレの勇姿を見せるんだ!」
「死ねっ!!」
 恍惚とした表情の森山めがけてボールを投げつける。
 レギュラーたちの寸劇に控えの選手たちの表情が和らぐ。練習試合でのこととはいえ、今日の相手には一度敗北を喫している。その時に比べて強くなっているとはいえ、それは相手も同じこと。ピリピリとした空気に呑まれかけていたチームメイトが、ほっとした表情へと変わる。

「大丈夫か、黄瀬?」
 イライラとしていた笠松は、この寸劇に加わらなかったもう一人が、ベンチに座り込んだまま俯いているのことに、小堀の声で気づく。
 チームのエースは、俯いたまま、拳を握り込んでわずかに震えるようにしている。小堀の心配そうな声に笠松も訝しげな表情となる。
「まだッスかね、試合。」
「えっ、ああ。もうすぐ監督も来ると思うぞ。」
 顔を俯かせたままの黄瀬が、ポツリと言った言葉に、小堀が戸惑いがちに答える。いつも飄々としたこのエースが、よもやしり込みしているのかと訝しむ。

「待ちきれねッスよ。」
 だが、エースの表情はしり込みしている者のそれではなく、まるで猛獣が獲物を前にしたかのような鬼気迫る表情をしており、思わず早川も唾を飲み込む。一気に緊張の増した室内に監督がやってきて、試合前最後のミーティングが行われる。

 

・・・


 一方、
「準備はいい!?ここまで来たら各校、難敵ぞろいよ!今日の相手はキセキの世代の黄瀬君!彼だけじゃなくて、海常の選手全体がハイレベルなのは言うまでもないわよね!」
 準決勝の相手、誠凛高校の控室ではカントクが、檄をとばしていた。言われるまでもなく、準決勝で油断できるような木吉たちではない。硬い表情をしている日向たちを見て、降旗達1年は、異様な緊張に圧倒される。

「やっぱり、緑間と同じで…」
「死にもの狂いでかかってくるだろうな。」
 福田の言葉に、木吉が返す。思い出すのは予選で引き分けた緑間との戦い。敗北を知らなかった彼らに与えた瑕が、彼らの更なる進化を招いているのは疑いの余地はない。

「昨日研究したように、今の黄瀬君は夏前の彼とは別人よ!IHで見せたように、青峰君や緑間君の能力も一部とはいえコピーしているし、積極的に味方を使ってくる。彼自身の力もどこまで伸びているか、正直予測はつかないわ!」
 陽泉との激闘が終わったあと、先に行われていた海常の試合のビデオを研究した誠凛のメンバーは、黄瀬の変貌に驚きを露わにしていた。中でも黄瀬との付き合いの長い黒子の驚きはひとしおだった。
キセキの世代のメンバーが信じるのは自分の力のみ。それが彼らのスタイルだった。だが敗北を知った彼らはそのスタイルを変えた。だが緑間との間にも決定的な違いがあった。緑間は、自分の武器を囮にして、チャンスをつくったのに対し、黄瀬はパスを自分の武器へとしていたのだ。仲間をつかうキセキの世代。日向たちにとってまさに未知の相手とも言えた。

「ただ成長しているのはこちらも同じよ。基本的には黄瀬君の相手は火神君よ。分ってるわね?」
「うっす。」
リコの断定的な問いかけに火神は気合いのこもった眼差しで応える。黄瀬といえどもキセキの世代のような、オンリーワンの能力をやすやすとコピーすることができず、まして火神のジャンプのように技よりも純粋な身体能力が左右する能力は完全にコピーすることができない。
「ただパスを主体にしてくるようなら、黒子君もフォローに回ってちょうだい。黄瀬君の能力に対して、一番有効なのは黒子君よ!」
 加えて、見ることで初めて発動する黄瀬の能力、コピーに対して黒子の能力は相手に視認されにくくすること。そのため相性がよく、前回の戦いでもそこから勝機を得たのだ。成長することはできても能力の相性はそうそう覆すことができない。


 万全の準備の整った両校の選手が、今、出陣のときをむかえる。


第四十三話  やっぱ、すごいッスね


「あっ!でてきたよ。」
 観客席でコートを見ていた春香が、応援する二校が現れたことを見つける。

「ハニー!頑張ってなのー!!」
「ファイトー!涼!」
 隣同士で異なるチームを応援する美希と真。互いに敵同士とはいえ、彼女たちが戦うわけでもなく、またどちらも相手のチームの選手とも親しい間柄ゆえ、気兼ねなく互いのチームを応援している。
「うぅ。どっちを応援したらいいんでしょうか?」
 とはいえ真達ほど割り切れない雪歩などは、困ったように視線を両チームにさまよわせている。
「どっちも応援したらいいのよ。」
 黄瀬とも黒子とも関わりがあるため、亜美や真美たちも戸惑いがちだったが、伊織はあっさりと両方の応援に回ることを決めたようだ。伊織の決断を、春香が微笑って頷く。
「うん。どっちもがんばれー!」
 春香は、海外レコーディングのため、今日ここには来られなかった仲間-春香の見立てでは、誠凛のとある選手に気がありそうな娘-の分まで応援すべく声援を送った。


 両チームの選手が、コート中央に集まる。

「黄瀬君。」
「黒子っち…」
 かつての仲間との戦い。だが今、二人の胸中に複雑なものはない。ただ相手を倒すという思いのみだ。にらみ合うように視線を交わらせる二人。

「黒子だけじゃねえぞ、おい。」
 黒子の横に並び立つように火神が黄瀬の視界に姿を現す。その姿を睨み付けた黄瀬は、しかし、なにも語ることなく背を向ける。

 語るべき言葉はない。かつて自分が求めた影が選んだのは、あの光。かつての光すら、自分のあこがれた存在すらを打ち破るまでに成長した彼ら。
 それらの感傷よりも、今、自分がなすべきことに思いを馳せる。



「それではこれより、準決勝第一試合。海常高校対誠凛高校の試合を始めます。」
 礼が交わされ、両チームの選手がコート上に散らばる。ジャンパーの小堀と木吉がにらみ合う。そして


「試合、開始!」
 高々とボールが舞い上がり、二人が飛び上がる。さしもの小堀も鉄心相手では分が悪く、ボールは木吉によって弾かれる。


「始まった!」「鉄平おにいちゃんすごいですー!」
 弾かれたボールの行方を追いながら春香とやよいが声を上げる。
「でたー!」「誠凛の攻撃だー!」
 ボールを受けた伊月から、瞬時にボールが回り、誠凛のラン&ガンが動き出す。亜美と真美が歓声を上げる。そして、

「いっけーなの、ハニー!」
「なっ!いきなり!?」
 高速のパスワークは、黄瀬の前に立ち塞がった黒子によって止められる。その状況から繰り出される技に美希と真が対照的な反応を示す。

「くっ!!」
 いきなりの攻撃に、油断していたわけではないが黄瀬が驚く。動揺の中、反射的に動きを見極めようとした黄瀬の視界から黒子が消え、バニッシングドライブが炸裂し、黄瀬が抜き去られる。青峰との特訓や準々決勝を経てシュート力の成長した黒子を止めようと、小堀が慌ててヘルプにつくが、詰め寄られるよりも早く、黒子はシュートを放つ。だが、その狙いはシュートではなく、

ゴギャッ!

 空中でボールを受けた火神が轟音とともにゴールに叩きこむ。
「いきなりダンクだ!」
 開始10秒足らずで飛び出した豪快なプレーに真美たちを始め、観客たちが沸き立つ。

 
「くっ!わかってはいたが、厄介だな。」
 立ち上がりにまんまと先制攻撃を仕掛けられたことに森山が悔しげに顔をしかめる。前回、黒子の隠密性を利用したコンビネーションにしてやられただけに奇襲攻撃を警戒していたのだが、今回はむしろ強襲ともいえる突破をはかられた。
バニッシングドライブ対策として、ペネトレイトからの周りへのパスに警戒を強めていたのだが、今の黒子相手ではそれだけでは不十分。シュート能力を向上させた黒子は、自身でシュートに持ち込むパターンを会得したことから、黒子自身をも警戒したため、結果的に小堀のディフェンスはどっちつかずのディフェンス体勢となってしまったのだ。
「黄瀬。」
 笠松が抜き去られた黄瀬を振り向いて厳しい視線をむける。それは責めるためのものではなく、確認。
 
「…やっぱ、すごいッスね。青峰っちは。」
 抜き去られた黄瀬は、ハイタッチを交わしている黒子と火神を笑うように見ながら呟く。十分に黒子とあの技の凄さは認識していた、にもかかわらずまんまとはまってしまったのだ。あの技を一発で止めた青峰の凄さに黄瀬は今更ながらに感心している。
「おい。悠長に言ってる場合じゃねえぞ。こっちも返していくぞ。」
 笑う黄瀬に笠松が喝を入れる。入れられるまでもなく黄瀬は、真剣な表情でやる気を見せる。


「やっぱり、黒子君と火神さん強い。でも…」
 真が先制を仕掛けた誠凛を悔しそうに見る。ターンが海常となり、海常は素早いパスワークで中盤から敵陣を伺う。そして、

「いけー涼!!」
 伊月のマークの一瞬のスキをついて笠松がエリアへとパスを通し、絶妙のパスを受け取る。進路を阻む日向を一瞬の加速で躱し、跳び上がった黄瀬のダンクは、

バコッ!
「させるか!」「火神っち!」

 黄瀬の跳躍を上回る火神のブロックによって得点を阻まれる。弾かれたボールは笠松の下へと跳ねる。素早く追撃を行おうとする笠松だが、

「いかせねえ!」
「ちィ!」
 密集していた日向と伊月によって進行を阻まれる。二人のDFに単騎で突っ込むには、誠凛の成長は著しい。瞬時に笠松は、パスを選択しボールを外にだす。中から外へ、ボールは森山へと渡り、独特のフォームで3Pを狙うが、

「させん!」
「鉄心!」
 森山に立ちはだかったのは、鉄心。さしもの森山もこの壁を突破することはできずにブロックされ、ボールが中盤まで弾かれる。慌てて小堀がフォローに入ろうとするが、どこからともなく現れた黒子によって奪われ、ターンが変わる。
 黒子は小堀につめられる前にボールを回し、逸早く前線に走っていた火神にボールが渡る。火神をマークしていた黄瀬も同様に追いつくが、わずかに火神が早い。火神は黄瀬のマークを強引にダンクで蹴散らす。
 
「くっ!!」「らぁあ!」
 体勢が悪いこともあったのだろうが、空中戦では火神に分がある。黄瀬はそのカウンターを阻むことができずに、誠凛がいきなり連続得点を決める。



「ああっ!」
 ダンクを阻むことができずに弾かれた黄瀬を見て真が悔しげな声をもらす。春香たちもコートに視線をおとしており、そのため横から近づく人に気づかなかった。
「きーちゃん相手に火神君圧倒してるみたいね。」
「あっ!桃井さん。」「さつき!」
 話しかけてきた桃井に真が顔をあげ、同時に美希もいささか過敏に反応する。
「コンニチハ、美希さん。真さん。ご一緒させてもらってもいいかしら?」
 黒子と出くわすたびに飛びかかる二人の遭遇に両者、固い挨拶となる。桃井の言葉に真は苦笑しながら頷く。だが、座ったのは桃井だけでなく。
「おわっ!青峰っち!?」
「ああっ!?」
 真美が桃井の隣に腰掛けた人物に驚きの声をあげ、青峰はガンをとばしてその声に反応する。青峰の眼光に引き気味になる春香たちだが、
「大ちゃん!」
 桃井が窘めると舌打ちをして視線をコートに向ける。その様子に雪歩たちも安堵して視線をコートに戻す。

「展開は…誠凛有利ね。」
 
 桃井の見立て通り、試合は先制を決めた誠凛有利で進んでいた。並みの相手であれば一蹴できるほどのスピードを持つ黄瀬といえど、通常状態の青峰と渡り合うことができた火神の野生の前に苦戦を強いられており、単独では決定的なチャンスを作れていない。
 他の選手も、笠松を中心にチームバスケでチャンスを伺うが、神出鬼没の黒子に翻弄されて押され気味になっている。個人技においてもセンターの木吉によって固められたインサイドは、海常と言えどもそうそうこじ開けることができない。外では黒子、中では木吉、エースは火神と海常の通常パターンを封じ込める展開となっている。
 逆に誠凛の攻撃は、伊月―黒子を起点とした変幻自在のラン&ガンを軸に、中から木吉がコントロールして、外の日向と中の火神が得点を重ねていた。
 圧倒的なスピードバスケに翻弄される海常は、第1Q7分の時点で10-26と差をつけられていた。



[29668] 第44話 こっちからやらせてもらうッス
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/01/07 06:36
「うーん。黄瀬っち、このままじゃいいとこなしだよ。」
「火神っちが圧倒的って感じだよね。」
 離されていく点差に、海常がタイムアウトをとり、流れを断ち切ろうとしている。深刻な表情で話し合う海常ベンチを見ながら亜美と真美が言うと真がムッとした表情を示す。
「まだまだ、これからさ。」

 喜びを見せる美希たちに対して、真は拳を握って期待の眼差しをベンチに向ける。
 視線の先では、深刻そうに話し合う黄瀬たちの姿があった。


第四十四話 こっちからやらせてもらうッス


「不気味な展開だな。」
 一方の誠凛ベンチでは、これまでの対キセキの世代戦とは違って、好調な滑り出しができたことに、表情を明るくする者もいるが、流石に全国での対戦経験のある木吉は、そうやすやすと行くとは考えていないらしく、海常ベンチを見ながら呟く。

「たしかに、火神君に押されているとはいえ、あれだけ動きがないのは不気味ね。」
 リコが同意するように頷く。開始から幾度か火神と黄瀬の対決はあったが、今のところ火神が圧倒するように黄瀬の動きを封じている。スピードではわずかに黄瀬が上だが、反応性と高さで火神が勝っており、それが今の流れに直結しているのだ。
とはいえ、成長力ではキセキの世代No.1の黄瀬が、このまま圧倒されたままというのも考えにくい。ましてや

「準決勝で見せた、あのパス主体の戦法もまだでていないな。」
 リコの言葉に日向が警戒を強めたように付け足す。
実際、木吉や火神のスペックは高く、日向たちのレベルも上がってはいるものの、一人一人の総合力では海常が上回っているのだ。それぞれのスペシャリティを団結する誠凛に対して、万能性の高い選手が結束した海常。ここまでは、その攻撃力が海常の流れを抑えているのだ。

「…まだ、序盤は始まったところよ。ひとまずこのままのシフトで行くわ。ただ黄瀬君がパスを多用してくるようなら黒子君。頼むわよ。」
「はい。」
 しばし戦況を分析するように黙っていたリコは、現状の火神を黄瀬にあてた、ラン&ガン戦法を継続することを指示。もしもの場合には黄瀬の天敵である黒子がヘルプを行うように結論付けた。


 ブザーがなり、タイムアウトが終了を告げる。
「よし!行くぞ!…黄瀬!頼むぞ。」
「うッス。」
 笠松が気合いを入れるように先頭にたつ。それぞれのマークにつくためにコートに散らばるメンバー。

「どうした。えらくおとなしいじゃねえか。」
 火神は自分のもとにつきに来た黄瀬に対して挑発するように声をかける。今までのキセキの世代のメンバーは、いずれも強者のような振る舞いか、緑間ですら敵意をむき出して襲い掛かってきただけに、黄瀬の妙な態度に不審さを覚えていた。それに対して、

「…あんたの相手は後で、たっぷりするッスよ。まずは…」
 鋭い視線を向けた黄瀬は、火神につかずに通り過ぎる。訝しげにそれを見ていると、



「涼!?」「えっ!?」
 黄瀬の動向を見ていた真たちも驚きの声を上げる。隣に座る桃井や青峰も驚いたような表情をコートに向けている。黄瀬がマークについたのは、


「こっちからやらせてもらうッス。」
「?!」
 驚く黒子に張り付くように黄瀬が立つ。その行動に火神や誠凛のメンバーはもとより観客も驚きを露わにする。
1回戦で青峰を、4回戦では紫原と互角以上に渡り合った火神の強さは、もはやキセキの世代となんら遜色はないものという見解だったのだ。それを唯一抑えられるであろう黄瀬が、切り札とはいえ、チームで最弱の黒子に張り付いたのだ。


「なっ!?きーちゃんがテツ君をマーク!?」
 見ている者の中で驚きが強かったのは、二人をよく知る桃井と青峰だろう。黙ってこそいるが青峰の眼が訝しげに細められている。

「えっ、でも黒子君も誠凛の切り札ですし、あながち間違いじゃないんじゃないですか?」
 桃井の驚きように春香が疑問を感じる。真も言われて見れば、火神の派手なプレーに目を引かれるが、ここまで誠凛を勝利に導いたのは確かに黒子の力も大きく、黄瀬自身、黒子の力を認めていることを知っていただけに、違和感を除けばさして驚くことではないのかもと思う。

「たしかにそうなんだけど…きーちゃんの能力とテツ君じゃ相性が悪すぎるのよ。」
「どういうこと?」
 桃井の言葉に真たちが顔を上げて、耳を傾ける。
「きーちゃんの能力はコピー。見ることで初めて能力が発動する。それに対してテツ君のミスディレクションは効果が高いの。テツ君の試合を観察することで、前の試合でやったようなパスこそコピーできたけど、ミスディレクションの効果時間内にテツ君を捕えるのは…!?」
 真たちに説明する内に、なにかに気づいたように桃井がハッとした表情となる。

「でも、火神君のマークは…早川さん!?」
 黄瀬の意図を看破した桃井は、残るマークの変更に目を向ける。黄瀬がマークしていた火神には早川がついており、中でも驚くべきシフトチェンジは、

「あっあ~!鉄平おにいちゃんに二人もついてます~。」
 やよいが木吉に張り付いた二人のマーク、先ほどまでの小堀に加えて笠松までが張り付いていることに驚く。
 驚きの残る中、誠凛がパスワークを再開する。
「笠松さんが木吉さんについちゃって、伊月さんはどうするんでしょう?」
 日向には森山がついており、結果伊月はほぼフリーの状態となっている。春香が疑問の声を上げる。
「完全なフリーではないわ。きーちゃんがテツ君をマークする傍ら、伊月さんも警戒してる。」
「でもでも、テツ君はそう簡単には、抑えられないの!」
 桃井がそのシフトの偏りを見抜くが、美希が今までの黒子のプレーを思い出して答える。誠凛が、伊月を起点にパスを回し、黒子がその変幻自在なパスを繰り出した瞬間、

「テツ君にも、相性の悪い能力はあるわ。それは…」

バチッ!!
「なっ!!」
「止めた!?」

「ホークアイ。立体的な視点から全体を見る能力はテツ君の能力に対して相性がいいのよ。」
「それってたしか、秀徳の選手の能力ですよね。」
 応援していた真も驚くが、桃井の言葉に思い出したように尋ねる。たしかに過去二度の秀徳戦で黒子はホークアイを持つ高尾に苦戦していた。
「うん。準々決勝でも、パスのインパクトが強かったけど、コート全体を立体的にとらえてた。あれはパスよりもむしろこっちが本命。しかもテツ君のミスディレクションを見慣れてるだけに、効果の効きが極端に悪くなってるみたい。」
 黄瀬に対する切り札ともいえる黒子のパスが、その黄瀬自身に止められたことで動揺の見られる誠凛に対して、海常は点差を詰めるべく、黄瀬と笠松、二人のパサーを中心にした高速パスワークを展開する。
 笠松から森山へボールが渡り、シュートの体勢をとる森山に木吉が立ち塞がる。だが、シュートをフェイクにした森山は、ボールを黄瀬へとつなげる。

「ちぃ!!」
 慌てて立ち塞がる火神に対して、黄瀬は攻め込むことなくボールをはじき返し、ゴール下に切れ込んだ小堀に回す。走りこんだ小堀によってレイアップが決められる。

「やった!盛り返してきた!」
 真が黄瀬のパスワークと勢いのつき始めた海常の姿に喜びの声をあげる。だがやられっぱなしの誠凛ではなく、
「おっ!誠凛のにーちゃんたちもやるぞ!」「高速攻撃だ!」
 誠凛が流れを傾けまいとラン&ガンを繰り出し、伊月―日向―木吉とパスを回す。

だが、

「ぐっ!!」
 ゴール下のPGとしての力を抑え込むべく配置された笠松が、木吉の仕事を封じにかかる。数多くのセンターを相手取ってきた木吉もよもや、ゴール下で同等の能力を持つ者と対するとは想定していなかったのか、笠松の力にたじろぐ。
「木吉!」
 たまらず、外にいた日向がボールを要求し、外から崩すべくシュートを放つが、浮足立っている上、体格に反してフィジカルの強い笠松と木吉に匹敵する体躯をもつ小堀に抑えられてインサイドに支配力がおよばない。そのためリズムの崩れたシュートは外れ、

「ッバーン!!」
「くそ!!」
 随一ともいえる跳躍力をもつ火神は、リバウンドの名手早川のスクリーンアウトによって、跳躍勝負となる前に抑え込まれている。


「鉄心に対する二枚のマークは、彼の極端な二面性をもつスタイル自体を押さえ込むため、そして抜群の跳躍力をもつ火神君には、それを発揮させないための布陣。」
 一見ミスマッチとも思えた布陣の意図を桃井が読み解く。美希たちは、その周到なまでの誠凛対策に驚きつつも試合を見つめる。


コート上、リバウンドを抑えた早川は前線へとボールをつなげようとするが、
「んがっ!?」
 いつの間にか詰め寄っていた黒子によって阻まれる。素早くボールをキープした黒子。すぐに追撃をかけようとするのだが、

「!?」
「させねッスよ。」
 完全に自分を捕捉していた黄瀬が立ち塞がる。ゴールが近く受け手を探すためにタップパスが使えなかったのが災いし、またバニッシングドライブの使える状況を整えることもできない状態では、黄瀬を突破することができず、あっという間に奪い返される。
 黒子を突破しドリブルで進撃する黄瀬を止めようと伊月と日向が立ち塞がるが、二人をあっという間に突破し、素早く戻っていた木吉と火神の二人に突っ込む。

「やらせるか!」「いかせん!」
 黄瀬が強引に突破しようとダンクの体勢で飛び上がり、火神と木吉がそれを迎え撃つ。1on2でぶつかると思われた瞬間、

「「パス!!?」」
 ダンクのために振りかぶろうとした腕を上から下へ、ボールとともに振り下ろした黄瀬は右サイドで構えていた笠松へとボールを流す。さしもの二人も跳び上がった状態では、笠松のシュートを防ぐことができずにカウンターが決められる。
 伊月のマークが甘くなってはいるものの、伊月―黒子のパスの起点が機能しないため、中盤の攻撃がうまく機能しなくなった誠凛は、個人技でなんとか対抗しようとするが、インサイドを支配していた木吉をPG、Cそれぞれの面から抑え込まれてゴール下の攻撃自体がうまく機能しなくなってしまっている。
対して、海常は選手の万能性をうまく生かし、笠松と黄瀬、二人の起点と、的を絞らせない多彩なパターンによって一気に差を縮め始める。


「真、スゴイよ黄瀬さん!」
「うん!」
 明らかに流れを変えたのは黄瀬であり、そのことに春香が嬉しそうな表情をしている真に話しかける。完全に封殺されている黒子を心配そうに美希が見つめる中、猛威を振るう海常に対して、守備力を引き上げるため、黒子が水戸部と交代してしまう。

「むー。」
「残り時間が短いとはいえ一度、流れを止めないとまずいわ。」
 不満そうに頬を膨らませる美希だが、桃井の言うように、現状明らかに黒子が抑え込まれていることが分るだけに反論せずにコートを見下ろしている。


「やってくれんじゃねえか。黄瀬。まさか、キセキの世代がパス主体でやってくるとはよ。」
 火神が相棒を封殺されたこと。そして黄瀬の方針転換に苦々しげに声をかける。
「はあ?パス主体?なに言ってんスか。まだまだこっからッスよ。」
 黄瀬も互いに挑発するように笑みを返す。

黒子が下がったことで、海常のシフトが通常状態に戻る。先ほどのシフトは、黒子―火神のコンビネーションを封じることができる所に利点があるのであって、その黒子が下がった以上、リバウンドだけでなく、スペックの高い火神を早川に任せ続けることにはメリットが少なくなるためだ。同時に、Cをこなせる人物が二枚になったこと、パスの起点が伊月一人になったことも併せて、シフトを元に戻したのだ。
 残り時間は短く、最後の攻防として、黄瀬がパスを受け、火神が立ち塞がる。高さで勝る火神は黄瀬のドライブとパスを警戒するべく、全神経を集中させる。

「ふーん…そんなに遠くでいいんスか?」
「なに…!!?」
 警戒を引き起こす言葉とともに、目前にいたはずの黄瀬との距離が一瞬で開く。
外からのシュートを黄瀬が持っていないわけではない。だが、跳躍力に勝る火神は、以前も黄瀬の3Pを封じていたのだ。ドライブとパスに比べて警戒が緩くなっていたのは否めない。だが、黄瀬の見せた技は、

「バリアジャンパー!?」
 この試合ではまだ1度も使っていない、自らのチームの主将、日向の得意技。重心の位置のフェイントから超速のバックステップを行う3Pシュートだったのだ。
 一気に距離を取られた火神は、その驚きもあって、ブロックすることができずに3Pが決まる。

 そして第1Qは、前半の誠凛のスタートダッシュもあって、17-28と離されていた点差を縮めつつも誠凛リードで終えることとなった。
  

・・・


「どう思う、大ちゃん?」
 第1Qが終わり、両チームがベンチに引き揚げていく。桃井は傍らの青峰を振り返り、第1Qの総評を尋ねる。真たちも青峰の言葉に興味があるのか、そちらを振り返る。

「相変わらず人まねの得意なやろーだな。ただ」
「ただ?」
 頬杖をつきながらベンチに視線を向ける青峰は、違和感を感じ取って歯切れを悪くする。そのことをうすうす感じているのか桃井が先を促す。

「らしくねぇな。」
「そうね。なんかきーちゃんらしくない感じよね。」
「らしくない…ですか?」
 青峰と桃井の評に真が首を傾げて尋ねる。

「うん。あんなパス戦略、きーちゃんらしくないかな。中学の頃、大ちゃんに何度負けても1on1で挑んでたのに、それがほとんどない。」
 キセキの世代としての黄瀬を知る桃井たちだからこその感想だろう。黄瀬がバスケを始めてから、そのスタイルは1on1に特化していると言えた。それこそ、青峰や緑間のように。
 訝しげに考え込む桃井だが、

「いつまでも中学の頃のままじゃないよ、涼も。今の涼は海常のエースなんだから。」
 真のあっさりとした言葉に目を丸くする。なんとなく、桃井は黄瀬がキセキの世代であることにこだわりを持っていると思っていただけにその言葉に驚きを感じたのだろう。

「だからきっと火神君にも、誠凛にも負けないよ。」
 言い切る真の瞳には信頼があった。負けない、それはただ勝敗を指すのではなく、バスケが好きだということにおいて、火神にも、誰にも負けないという言葉にもとれた。




[29668] 第45話 侮れないからこそ
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/01/08 17:49
「まさかあそこまで、コピーの能力が成長してるなんて。」
「黒子が止められた。」
 ここまでキセキの世代を、最強の矛と盾を倒してきたという自信。前回、海常には勝っているという安心感があったのだろう。切り札の黒子が止められたことに控えの1年は動揺が大きい。
「日向のバリアジャンパーまでコピーしてたとはな。」
 木吉が日向を横目で見ながら深刻そうな表情をする。いずれはコピーされるとは思っていたが、よもやこちらが出してくる前に仕掛けられるとは思っていなかったのだ。日向も苦々しい顔をしている。
「おそらく、桐皇戦のときに直接見られたのからですね。」
 黄瀬の能力を最もよく知る黒子がコピーされた時を思い出す。

「…黒子君が黄瀬君に止められたのは、正直誤算ね。でも黒子君に対して、黄瀬君が張り付いてくるならかえって好都合よ。」
 動揺を鎮めるためにも、強気の姿勢を見せる必要があるのだろう。リコが選手に強い口調で指示をだす。

「たしかに黄瀬君が張り付いていれば黒子君のパスは、現状生かせないわ。でもそれは向こうも同じ。黄瀬君の突破力を生かしきれないし、パス主体で来るなら黒子君のカットに分があるわ。なにより」
 黄瀬のドライブは今のところ火神が抑え込めているとはいえ、やはり青峰をコピーした黄瀬の突破力は侮れないものがある。そして第1Qの最後に見せたような奇襲が最も恐ろしい。だが自ら黒子をひきつれるということは、そこに火神が付けば自然ダブルマークが完成する。しかもスティール、カットならば、黒子に分がある。

「バニッシングドライブ。」
 全員の視線が黒子に集まる。バニッシングドライブならば、ホークアイだろうと止めることはできない。むしろ、火神を視界におさめやすくなるだけに効果が上がる。黒子もそれが分っているのだろう。リコを見返して頷きを返す。


第四十五話 侮れないからこそ


ワァアアア!!!


第2Qが始まり、試合は熱を帯びる展開となっていた。誠凛は再度黒子を投入し、黄瀬のパスにスティールで対抗するが、海常も黄瀬が黒子を要とした変幻自在のラン&ガンを封じにかかる。どちらもチームバスケとしての高速の点の取り合いを繰り出し、互角の戦いを見せ、スコアは26-35と第1Qからの点差を海常がわずかに詰めた展開となっていた。
 
 笠松から森山、小堀が様子を伺うようにパスを回し、黄瀬が影を引き離そうと一瞬の加速からパスを受け取る。だが、それに素早く反応したのは火神だ。守備範囲の広い火神が、素早くフォローに入る。

「いかせねぇ!」
「ちっ!…!!」
 詰め寄られたとみるや瞬時にドライブからタップパスに切り替えようとするが、火神のフォローを読んでいた黒子が回り込み、そのパスはカットされてしまい、黄瀬は悔しげな音をもらす。
 だが、誠凛の攻防も際どい攻防だった。伊月―日向のパスワークから常ならば黒子のコース変化がつくはずが、黄瀬のホークアイを逃れられない黒子は介入できず、日向からのパスは火神へ送られる。
だが、ゴール下で構える笠松がコースを読み早川とともにダブルで取りつく。本来PGとして遠い距離でコースを予測する笠松がゴール下で的確にコースを予測できるのは、それだけの練習を積んできたのだろう。
詰め寄られた火神は、木吉をすぐに探し出すが、木吉は小堀とのフィジカルコンタクトで互角の展開を強いられ、すぐに戦列に加わることができない。それを見て取った火神は、強引に早川の突破をはかり、笠松との高さを生かして近場からのシュートを決める。

「黒子君、火神君!」
拮抗を一気に崩す為の指示がベンチから二人にとび、火神と黒子が黄瀬を挟みこむようなマークに変わる。


「涼に二人ついた!?」
 激しい攻防に美希たちが身を乗り出して応援し、新しく変わった陣形に真が声を上げる。切り替わった陣形では黒子のバックアップに火神がつくことで黄瀬の突破を防ぎ、黄瀬のパスを黒子が防ぐ。
「あの位置は、危ないわよ。」
 桃井はその陣形が、防御のためだけのものではないことを見抜き、真に聞かせるように呟く。
「えっ?」
「テツ君と火神君の位置関係が近い。おそらく狙いは、ドライブ!」



 膠着状態を嫌うのは、海常よりもむしろ誠凛だろう。それがインターバルの際、交わされた笠松の読みだった。誠凛の爆発力には時間制限がある。ミスディレクションの持続時間という制限がある以上、膠着状態ではなく、流れをしっかりと傾けておきたいというのが誠凛の狙いだ。
 そして、流れを傾けうる最も大きい要因は、

「テツ君!」「涼!」
 素早い流れの中で的確に黄瀬を誘い込んだのだろう。黒子にボールが渡り、それをキープする。黒子と黄瀬が向き合い、美希と真が互いに名を呼ぶ。笠松たちも黄瀬に視線を向け、リコたちも黒子の名とともに期待するような眼差しを向ける。

 互いに語る言葉もなく、黒子がドライブをかける。黒子のわずかな動きも見逃すことなく、その洞察力をフルに発揮した黄瀬の視界が、黒子から火神へと逸らされる。



そして、


「!!!」
「なっ!」
「いっけー!!」
 抜きにかかった黒子に遅れることなく予測した黄瀬が、黒子に並走し、誠凛の選手たちの表情が凍りつく。真の声援に合わせるかのように黄瀬が黒子からボールを奪い、反撃に移る。

「くっ!…!!」
 青峰に破られた経験から、コート上の選手の立ち直りは早く日向と伊月が進路を阻もうとヘルプに入るが、急激な緩急を駆使する黄瀬を捉えきることができずに、DFが崩される。

「黄瀬ェ!!」
 火神が行く手を遮るように立ち塞がる。

(どっちだ。パスか、ドライブか!?)

 ここまでに見せた絶妙なパスと青峰の突破力をコピーしたドライブ。二つの選択肢が頭を過る。
 火神のためらいを見破った黄瀬は、トップスピードのまま、火神の左サイドにダッグインをかける。野生の直感を発揮した火神は、瞬時にそれを予測しスライドする。

「なっ!!?」

 次の瞬間、火神の動きを完全に見切った黄瀬は、手元にあったはずのボールをビハインドショットによって、火神の右サイドから放つ。
 卓越した反応性を持つ火神といえど、一度反応してしまった体勢を戻すことはできず、ビハインドショットとは思えぬスピードで放たれたショットがボードに直撃するのを見送ることしかできない。
 跳ね返ったボールは、外れることなくゴールを通過した。


 誠凛の切り札を完封した黄瀬の動きに、笠松たちが意気を上げて、喜びを示す。


「バニッシングドライブを、止めた!?」
「黄瀬っち、やるー!」「あれ?止めれないとか言ってたような…」
 美希が驚き、亜美は感心したように声を上げる。だが、以前バニッシングドライブの説明をした時、黄瀬は止められないと言っていたことを思いだして真美が首を傾げている。

「きーちゃんが、テツ君のミスディレクションを破った!?」
 驚きが大きいのは、美希たちよりも桃井の方だろう。二人の能力の相性をよく知るだけに黒子が黄瀬の天敵になることはあっても、その逆が起こりうるとはいかに桃井でも予測できなかったのだろう。

「あれがアイツの新しい能力ってわけか。」
 驚く桃井をよそに、青峰は観察するような鋭い視線を向けたまま呟く。その呟きに桃井が振り返り、春香や真たちも視線を向ける。
「いつまでも二番煎じが取り柄じゃねぇってか。」


 動揺を抑えた誠凛が傾きそうになる流れを食い止めようと反撃を試みる。

「火神!」
 伊月から火神にボールが渡り、火神が再び黄瀬と向かい合う。勢いそのままに火神が黄瀬を圧倒すべく、フェイントからジャンプボールをねらうが、集中した黄瀬の眼差しが火神の動きを射抜く。
 火神の初動を読み、フェイント中のボールを的確に弾き飛ばす。

「なっ!!」
 驚く火神を他所に、黄瀬は弾き飛ばしたボールに追いつく。同時に日向がボールにつめるが、黄瀬はキープすることなくワンタッチでボールを弾く。

「よしっ!」
 ボールは森山へと渡り、フリーの状態から3Pを放つ。


「今のきーちゃんの動き…」
 桃井が観察する視線をコートにむけたまま話し出す。真たちは、その声に意識をコートにむけつつも耳を傾ける。
「火神君の動きだしを見抜いてた。」
「動きだし、ですか?」
 春香が桃井の言葉に首を傾げる。
「きーちゃんと火神君ではスピードはほぼ互角。ううん、わずかにきーちゃんが上。でも野生の直感がある分、反応性は火神君が上よ。動き出してから反応してたら、火神君の空中戦に対抗できない。」
 スキルは黄瀬、身体能力では火神が上。特に跳躍力を用いた空中戦ではいかに黄瀬といえども、いや、青峰といえども対抗しきることは難しいのだ。

「だからきーちゃんは、火神君が跳ぶ前に、その動きだしを見抜いて動きを封じたのよ。」
「ど、どうやってですか?」
 雪歩が驚き気味に尋ねる。あの素早い動きを見極めるだけでも困難なはずなのに、ましてその動きだしを感でとらえるのではなく、見極めるのは並大抵ではない。

「もともときーちゃんは、相手の動きをコピーすることに長けていた。それは言いかえれば相手の動きを見ることに長けていたということなのよ。ただ、今まではそれを感覚的にとらえて再現するだけだった…でも今のきーちゃんは、それを理解してるの。」
「?」
 桃井の言葉に雪歩たちは、理解が追いつかず疑問符を浮かべている。それが分かったのか桃井は言葉を続ける。

「相手の筋肉の収縮、重心の位置、身体の軸のブレ、骨格の動き。そういった動きの兆候を読み取って、今まで体で再現してきた動きの経験からその兆候を読み取って、予測してるのよ。」
 1on1での相手の動きを見抜く力とチーム全体の動きを把握する力。前半、この能力を使わなかったのは異なる2種の視点を切り換えることが、まだ十分にできなかったため、そして火神や黒子の動きの初動を読み込めていなかったためだろう。
 
「テツのバニッシングドライブを破ったのも、同じ理屈だろうよ。」
「えっ!?」
 青峰の告げた言葉に美希が反応する。桃井が肯定するように頷き言葉を続ける。
「テツ君のバニッシングドライブは、ドライブと同時にミスディレクションをかける技。つまり、視線を誘導された瞬間、ドライブがかかると自分から教えているようなものなのよ。だからもし、その後の動作が読めれば?」
「その先に動けば、自然に追い込めるし、逆をつけば動きを封じられるってことですね。」
 真が視線を黄瀬に向けて言う。リスクとチャンスは紙一重、流れを掴むための誠凛の攻撃を打ち破った海常は逆に流れを掴み、遂にスコアは33-39にまで迫った。


ビーッ
「誠凛高校、T・Oです。」

 途切れない海常の流れに、リコがタイムアウトをとる。

「やったな。流れが完全にコッチにきてるぞ。」
 海常ベンチでは、インターバルのときの深刻な空気から一転して、明るい空気がながれていた。相手の切り札とエースを抑え込んだのが大きいのだろう。森山が黄瀬に対して明るく話しかける。

「流れはウチだが、気をぬくなよ。まだ得点は追いつけてないんだぞ。」
 監督が気を引き締めるようにたしなめる。前回は、格下と侮ったがために不覚をとっただけに、そして、桐皇や陽泉を倒した実績があるだけに、今の監督にも油断はない。

「それに、誠凛の爆発力は侮っていいもんじゃねえ。制限があるものの、黒子のオーバーフローや火神のゾーンもある。」
「それだが…黄瀬、今のままなら無理に例の作戦に持ち込む必要はないんじゃないか?」
 特に桐皇にも匹敵する攻撃力を警戒するように笠松が言うと、懸念があるのか小堀が口を挟む。小堀の言葉に笠松達も黄瀬に視線を向ける。

「…侮れないからこそ、やらせてほしいッス。」
 決意の見える黄瀬の言葉に笠松たちが考えるように黄瀬を見つめる。
「…エースは黄瀬だ。行くぞ!」
 笠松達もエースを信じて、その思いを託してコートへと立つ。


 タイムアウトの終了とともに両チームの選手が戻る。タイムアウトにより流れを一度切った誠凛の打った手は、

「あれ?DFの陣形が変わってない?」
 前半同様、黄瀬に対して火神と黒子の連係DFを継続していた。タイムアウトと無策で出てきたのかと真が首を傾げる。
「いい手ね。」
 だが、桃井はコート上の陣形を見て納得したように呟く。真たちは尋ねるように視線を向ける。

「あのインサイト(眼力)とホークアイは、視点が違い過ぎて併用はできないわ。テツ君と火神君が連携する限り、どちらか片方しか抑えられない。」
 リコもその弱点を見抜いていたのだろう、コート上の黄瀬は火神に対すると黒子のスティールをくらい、黒子に集中すると火神が突破をはかるという戦法に苦戦している。

「誠凛にとってここは、我慢時よ。ミスディレクションの効果時間が切れればまたきーちゃんのインサイトが威力を発揮する。でもうかつに拮抗を崩すと海常の思惑にはまるわ。」
 黒子のパスはホークアイに、ドライブや火神単独の力はインサイトによって封じ込められた現状、誠凛のとるべき戦法は、連携による抑え込みしかなかった。
 一方の海常も、木吉の抑え込みと黄瀬の黒子封じによって攻撃を抑え、膠着状態を作り出していた。

 結局、第2Qは38-42と詰め寄られながらも、誠凛のリードで折り返すこととなった。











注釈
 今回、技名、技の内容にテニスの王子様の内容を参考にさせていただいております。黄瀬のオンリーワンについて考えたとき、コピーができるのなら、その前の読み込みもできるんじゃないかと思ったためです。
 ただ、某バスケット漫画のジイが言っていましたが、DFなどで相手の動きを予測するのには、直感だけでなく経験に基づく予測が必要だということで、今まで感覚でしかしなかったプレイを、海常での練習と他校の試合観察によって積み重ねた結果、完成したものです。






[29668] 第46話 歴代最強の海常
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/03/29 19:44
「青峰―っち!勝負ッス!」

 部活の時間はとうに終わり、残っているのは彼らとただ一人の観客のみだ。オフェンスは金髪の男。幾度か抜きにかかるが、相手の男、青峰のDFの前に抜くことができない。業を煮やしたのか、金髪の男は強引にシュートを狙う。

ビシッ!
「ああっっ」
 強引なシュートは青峰によって阻まれ、金髪の男は情けない声をあげ、着地に失敗している。

「ってぇっ…もっかい!もっかいッス!」
「やーだよ!今日はもう終わりだ。もう何時だと思ってんだよ。」
 二人の間の実力差は、偶然でひっくり返るほどの差ではない。かといって金髪の男の力が弱いというわけではない。青峰の力が強すぎるのだ。

 誰にもまねできないスタイル。どんなに頑張っても追いつけないと思えるほどの高み。二人のやりとりは今日に始まったことではなく、男が入部してから毎日のように繰り返されている光景だ。
 すでに外の景色は夜闇へと変わっており、再戦を希望する男をあっさりと否定して青峰はさっさと帰り支度をしてしまう。たった一人の観客だった、青峰の幼馴染もともに引き揚げてしまった。
 ひとり取り残された男は、壁にもたれかかり戦いを思い返す。遠くから見ればその姿は、圧倒的な力の前に項垂れる姿にも見えた。だが、その顔は笑っていた。


  ヤッベ、ニヤける。やっぱ強えー…
  けどくやしいもんは、くやしい…!!

  苦しくて、楽しいとか…なんだろ、このカンジ…



 人にはマネできない唯一絶対のスタイル。あの人に憧れて彼はバスケを始めた。

 いつか、彼を超えるために…

 その彼を破ったのが、アイツなら、あの人たちなら、今自分が超えるべきは…



第四十六話 歴代最強の海常



「いっけー涼!ファイトー!!」
「誠凛もがんばれー!」
 第3Qに入り、誠凛はミスディレクションの時間を気にしたのか、黒子を下げて水戸部を出してきてラン&ガン戦法に切り替えてきた。
 速い展開で撹乱してしまえば、火神一人に集中して能力を使えないという読みだったのだが、その策は海常のレギュラーをなめていたといえるものだろう。
 個々の力では、海常の選手は決して誠凛に劣るものではないのだ。むしろ特化型の多い誠凛に比べて、マルチな能力を発揮する笠松たちのチームオフェンスと黄瀬の火神封じによって逆転された点差は、じりじりと離れつつあった。
 黄瀬のプレイに真が声援をとばし、春香たちは両チームを応援していた。

「むー、テツ君がでてこないのー!」
 ベンチに下がってしまったことと、誠凛が押されていることに美希が頬を膨らませている。
「このままだとマズイんじゃない、誠凛?」
 伊織も切り札を温存したままということに不満があるのだろう。桃井に尋ねるように問いかける。
「誠凛は時間をはかってるのよ。」
「時間ですか?」
 桃井の返答に春香が尋ね返す。
「誠凛にはまだ、切り札があるから。」
「テツ君のオーバーフロー!」
 黒子の技だけにしっかりと覚えていた美希が反射的に答え、桃井は苦笑しながら頷く。
「うん。ただあれは、時間制限とリスクのある技だから、確実に仕留めれる時間帯を狙ってるのよ。」
 一度使い切れば、以降、ミスディレクションが通用しなくなる、時間制限つきの大技。効果が切れる前に、もしくは切れたとしても逃げ切れるだけの時間と点差を見極めるための時間なのだろう。


 じりじりと耐えるような時間とともに第3Qが半分を過ぎ、スコアが52-46となった時、


ビーッ
「誠凛高校、メンバーチェンジです。」
 交代を告げる音とともに、誠凛の切り札がコートに立つ。

「やったー、テツ君!こっからなの!」
 待望の黒子の登場に美希が喜び、真は引き締めた表情となる。
「ここから海常がどうするかが分かれ目ね。」
 桃井の言葉に、コートを見ていた真たちが、顔を上げる。



「前半のように黄瀬君が黒子君につけば、しばらくはうちの攻撃は防げるわ。でもそれをすればオーバーフローによる攻撃がでてくる。オーバーフローを出させないようにするためには、不利を承知で海常の通常シフトをくむしかない…さてどうするのかしら?」
 海常が仕掛けていた前半までの駆け引きを、そのまま利用する形で仕掛けたのがリコの作戦だった。
 この作戦は誠凛にとっても博打だ。海常が通常シフトに戻してくれば、火神と黒子の連係で勝機を見つけるつもりだが、もしも黒子のマークに黄瀬が付けば、誠凛は本当にオーバーフローによる攻撃を仕掛けざるを得なくなる。その方が、誠凛には勝ち目が上がるが、ここで使えば、確実に決勝での効力は落ちる。

 誠凛のベンチでは、リコが睨み付けるように試合の、黄瀬の行方を見ていた。
 海常が選んだシフトは、

「くっ!!あくまで黒子君との勝負にこだわるわけね。」
 黄瀬が黒子につく、変則フォーメーション。火神との勝負を選ぶか、黒子との勝負を選ぶかの賭けは、誠凛にとって苦々しい選択となった。



 黄瀬が黒子につくことで、誠凛はチームオフェンスから火神を主軸にしたエースオフェンスを強いられ、逆に誠凛はエースを除くチームオフェンスの様相を呈する形となり、再び、点の取り合いによる拮抗状態が続けられる。

「妙ね。このまま行けば、遠からず誠凛の攻撃力は爆発するわ。そうなれば海常に勝ち目はない。それなのに、きーちゃんがテツ君にこだわってる…?」
 展開を見ながら桃井が訝しげな声を上げる。その言葉に真が少し考え込むような素振りを見せる。

「たぶん、違うと思う。」
 真の否定の言葉に桃井が尋ねるような視線をむけ、春香たちも顔を向ける。
「涼は、黒子君との勝負にこだわってるんじゃなくて、勝つ方法を選んだんだと思う。」
 根拠はなかった。だが、仲間の大切さを知り、仲間のために何ができるかを考えた上で、追いかけたその姿がきっとこの決断なのだと、真は信じた。



 一進一退の攻防が続き、スコアは62-57となり残り時間はいよいよ2分を切ろうとしていた。
 火神がシュートエリアに切れ込み、早川と黄瀬が立ち塞がる。火神は黄瀬が詰めてきたことで、距離が詰まる前にパスに切り替える。

「なっ!?」
 パスを受けたのは、シュート力に劣る黒子だった。エリア近くでは、パスよりも火神のシュートを警戒していた黄瀬たちは、フリーの黒子から放たれたシュートを見送ることしかできず、


「やったの!」「これで3点差ね!」
 黒子のシュートが決まったことに美希が喜び、伊織が接戦に興奮したように声を上げる。

「くっ!まさかアイツが自分から撃ってくるとは…」
「アイツの基礎力も上がってるぞ。」
 森山と小堀が警戒を怠ったことを悔やむように顔をしかめる。黄瀬は、火神と拳を打ちあわせている黒子の背をじっと見つめ、

「キャプテン。」
 不意に、笠松へと声をかける。笠松だけでなく、森山達も反応して視線を黄瀬に向ける。

「そろそろッスよ。」
 その一言に、笠松たちの表情が一層の真剣みを帯びる。


「よし、ここ一本抑えて、一気に返すぞ!」
 ディフェンスに戻った誠凛は、日向の檄に応えて懸命のDFを見せる。気迫に圧倒されたのか、森山が不安定なリズムから3Pを放ち、枠に弾かれる。

「おおぉお!」
 早川は火神とのポジション争いで余裕がなく、センター同士の対決は木吉に軍配が上がり、木吉はすぐさま、ボールを伊月に繋ぐ。
 ボールを受けた伊月は、すぐにドリブルから速攻をかけるが、その前に森山が立ち塞がる。二人の対決は、


「なっ!?」
 森山の驚愕とともに、伊月に一蹴される。カウンターからのレイアップを決め、いよいよスコアは62-61の1点差となる。



「今のは!!」
「ミスディレクションオーバーフロー…」
 自力で勝るはずの森山があっさりと抜かれたことで、ついに誠凛の奥の手が発動したことを真と桃井は気づき。美希たちはいよいよ、応援に熱がこもり始める。


「負けられねぇんだよ。オレらは!日本一になるって約束がある限り。」
「火神っち…!」
 火花を散らすような火神の視線を受けた黄瀬も、その視線に応えるように睨み返す。
ついに爆発した誠凛の攻撃力に、海常はなんとか追いすがろうと奮戦するが、再び逆転されたスコアは、徐々に開いていく。いかに黄瀬のインサイトでもすべての選手の攻撃を防ぐことはできず、黒子自身に誘導するミスディレクションを妨害することはできない。攻撃力が増したことで勢いがついたのか、誠凛のDFにも気合いがこもる。
 前線の森山まではボールが送れるが、日向の懸命なDFに攻めあぐね、

「あっ!」
 目前の日向に集中していた森山は、忍び寄ってきた黒子によって手元のボールを弾かれてしまう。弾かれたボールは、瞬時に駆けだした日向に渡り、笠松が止めに入る。

「やらせるか!…くっ!?」
 気合いとともに阻もうとした笠松だが、黒子のオーバーフローによって、日向を見失い、瞬時に突破される。突破した日向は、そのまま3Pを放ち、逆転のポイントを決める。



「ああっ!追い抜かれた!」
 観客席から試合を見る真が、再逆転されたスコアにうめくような声を漏らす。
「海常の攻撃力も低くはないけど、誠凛と点の取り合いを挑むつもりなの!?」
 予想できたはずの事態を自ら招いた海常の戦略に桃井が驚く。点の取り合いならば、それは誠凛の得意パターンだ。
 コート上では、火神と黒子に抑えられてうまく身動きがとれない黄瀬の姿と、笠松を中心とした決死の攻撃を行っている姿とがあった。



・・・


「72、か…」
「想像以上にやべえな。だが…」
 疲労困憊といった状態の笠松たちが、うめくように言う。
 なんとか第3Qはくらいつくことができ、70-72の1シュート差で追いすがっていたが、黄瀬抜きの攻撃にも限度がある。流れを一度切るために、そして作戦を発動させるための確認として、タイムアウトをとったのだ。
「いけるか、黄瀬?」
 監督が真剣な表情で黄瀬に尋ねる。
「いけます。タイミングはこっちで。」
 第4Q開始のブザーが会場に響きわたる。


「!?」
「あれは…!?」
 タイムアウトが終わり、両チームがコートに戻った時、その陣形を見た青峰と桃井が、訝しげに驚く。驚きの理由、海常のオフェンス陣形が変わったことが真たちでも分った。なぜならその陣形は、

「涼が、下がった…?」
 オフェンスの要である、黄瀬が中盤やや後ろでボールに絡む様子を見せていないのだ。戸惑いはコートに立つ誠凛にも広がっていた。特に黄瀬のマークにつくはずの火神は、目に見えて驚いている。
 あるいは驚きをつくるのが目的なのか、海常はややゆったりしたハーフコートオフェンスで様子を伺う。

「なんのつもりだか知らないが、今更DF重視に切り替えても遅いぜ。」
 笠松のマークについた伊月が、挑発するように言葉をかける。見様によっては、黄瀬のポジションは攻撃後、すぐにDFに移れる位置とも言える。
ボールは、早川から小堀に渡され、小堀の前に木吉が立ちはだかる。



「DF重視?あんまウチのエースをなめるなよ。」
 笠松が、伊月の言葉に返した瞬間、木吉の目前から小堀が消える。



「なっ!!?」
 木吉の能力を信じていただけに、あっさりと抜き去られたことで誠凛に動揺が走り、フォローが遅れる。小堀はそのまま、レイアップで同点のゴールを決める。


 驚きに目を丸くしたのは誠凛だけではなかった。
「今のは、バニッシングドライブ!?」
「えっ!?」「どういうことですか?」
 桃井が驚きを口にし、真や春香たちも驚き尋ねる。コート上では、自らの大技までもコピーされた事に動揺したのか、誠凛のパスワークが乱れ、伊月から日向へのパスを笠松がカットしている。ドリブルを開始した笠松を阻もうと火神がヘルプに入るが、

 !!?

 抜群の感と身体能力をもつ火神ですら、その姿を見失ったことで生じた一瞬の硬直をつかれ、笠松は得点を決める。


「笠松さんも…これは…ミスディレクションオーバーフロー!?」
「そんな!?それはテツ君の技なの!」
 続けざまに全国でも有数のプレーヤーが瞬殺されたことに桃井は技の確信を得る。だが、その確信は美希にとって驚愕のものだった。

「でも、誰が?たしかミスディレクションは黒子君にしかできないんじゃ?」
 美希の驚きに雪歩がビックリしながらも尋ねた。試合中に視線を誘導するテクニック。それ自体はフェイクとしてよく用いられるものだが、人ひとりを一瞬とはいえ消し去るほどのモノは、スペシャリストである黒子にしか使えないハズ。だが

「んなもん、黄瀬に決まってんだろーが。」
 頬杖をついたままの青峰のぞんざいな言葉にあっけなく返された。
「えっ!?でも黄瀬君でも完全なミスディレクションはできないんじゃ?」
 IHの際、不完全な応用ながらたしかに視線を誘導することを黄瀬は行っていた。だが、それを黒子自身が不完全な物と言っていた。あの時できたのは、相手が青峰であったため、手の内を読むことができた故の、フェイクに近いものだった。春香たちの驚きに対して、

「通常のミスディレクションなら、黄瀬には絶対にマネできねぇだろうよ。あいつの存在感じゃ自分を消すことは難しいからな。」
 ミスディレクションを試合中に使いこなすことができるのは、黒子自身の持つ存在感の薄さによるものが大きい。スキルの部分である視線の誘導はコピーすることができても、存在感まではコピーすることができないから。
「だが、オーバーフローなら別だ。あれは自分の存在感に視線を誘導するモンだ。スキルさえコピーしちまえばやれねえことはねえだろうよ。」
 軽い口調とは裏腹に、青峰の視線は険しく、鋭いものとなっていた。

コート上で、ボールの次に存在感のある者。ミスディレクションが切れた黒子はたしかに目を引くものだろう。だが、キセキの世代として元より圧倒的な存在感を放っている黄瀬なら条件は同等だ。

「海常の狙いは、オーバーフローのぶつけ合い。」
 成長を予測する桃井も、通常のミスディレクションの特性とコピーの限界を知るだけに、この展開は予想できなかった、いや意識的に除外していたのだろう。黒子と同じことを誰かが為すということに。

 どちらの攻撃力も圧倒的に相手の守備力を上回っている状態ならば、起こりうるのは点の取り合い。誠凛の得意パターンの筈のそれは、しかし海常を突き崩すまでにいたらず、また海常も五分の展開に持ち込むのがギリギリだった。
 どちらの手札も同じだが、誠凛にとっては火神の攻撃力や日向のバリアジャンパーを交えることができる分、空中戦と3Pを用いることができる。一方でミスディレクションに注意をとられる黄瀬の攻撃力は低下しており、森山の3Pではオーバーフローとの併用が難しい。
海常にとってわずかに不利な条件ながらも、互いの盾を矛で貫く戦いは加速し、ついに均衡が破られる。


「あっ!?」
バリアジャンパーとオーバーフローにより寄せ付ける者のなかった日向の牙城が、森山のステップの侵入を許す。放たれたシュートはわずかに森山の指先をかすり、


「「リバン!!」」
 放った日向とかすめた森山、叫びはほぼ同時だった。

「リッッバーン!!」「しまっ!!」
 絶大なリバウンド力、のみならず堅牢たるスクリーンアウトをきめた早川が火神を抑え、リバウンドを制する。
 がっちりとボールをキープした早川は、すぐさま信頼する笠松にボールを送り、笠松はすぐさま中盤を走る黄瀬にボールを送る。


「カウンター!!」「決めた!」
 桃井が叫ぶが、前線に固まっていた誠凛は黄瀬を阻むことができずに黄瀬の得点が決まる。拮抗を崩す得点が海常に追加され、残り3分となった今、88-84と重く広がった。

「時間切れね。」
 桃井の言葉に真たちが視線を上げて尋ねるような表情を向ける。
「オーバーフロー同士のぶつかり合い、でも一方のオーバーフローには時間制限がある。テツ君の存在感が、ミスディレクションのぶつかり合いによって急激に短くなったみたいね。」
 あるいは、一度、海常に見られてしまったことが効いているのか。浮き上がっていた黒子の存在感が遂に並みの選手レベルに戻る。効果切れが体力の消耗よりも早かったためか、まだ走ることはできそうだが、こうなっては海常の攻撃力に対抗できるものではあるまい。
一方、海常のオーバフローは、存在感の変動によってなされたものではないため、誠凛以上の持続力を持っていた。いずれはミスディレクションの効力自体が薄れるだろうが、第4Q中盤からの発動では、まだ十分に持続時間内。いかに本家の黒子がいるとはいえ、試合終了までは十分持つ。



「よし。残り時間は、まだいける!」
 得点を決めた黄瀬に並走しながら森山が、やや表情を緩める。完全に気を抜いたわけではないだろうが、スコアは88-84。誠凛の切り札は明らかに沈黙している以上、ここから先は一気に海常の流れになるはずだった。
「油断するな。本番はここからだ。」
 気の緩みを叱責するため、ということだけでなく、彼らの本当の狙いはここから始まるのだ。
笠松の視線に気づいたのか森山が、誠凛のもう一つの切り札に視線を向ける。

「…やっぱり、例の作戦通りになったわけか…」
「ああ…粘るぞ!」
 DFに戻った海常の選手の眼に映るのは、深く沈み込むような表情とは裏腹に、敵を射す緋を瞳に宿した誠凛のエースの姿があった。



「あっ!」
 リスタートした伊月からボールを受けた火神は、超速的な運動性と反応で海常陣地を切り裂きダンクを決める。
 DFのシフトを通常の状態、黄瀬が火神に向き合う形に戻した海常だが、圧倒的なゾーンの火神の前に黄瀬といえど反応することができない。いや、頭では追いついているのだ。いかにゾーンと言えど、ずば抜けた黄瀬のインサイトによって動きだしは追えている。だが、超人的な加速力に黄瀬の運動性をもってしても追いつけないのだ。
 海常も食らいつくためにボールを回し、攻め上がるが、

「ちぃっ!」
 圧倒的な守備範囲をもつ火神によって、そのパスワークは止められ、逆に同点のゴールを決められてしまう。

「負けられねェ。嫌なんだよ、もう仲間が泣くのは!」
「…」
 吠えるような火神に、黄瀬も視線をもって抗する。

「黄瀬!」
 陣地に戻る火神の背を見ていた黄瀬に、笠松が声をかける。
「強いッスね。やっぱ。」
「!…行くぞ!」
 黄瀬の表情にわずか驚きを見せた笠松だが、すぐさま仲間たちとともに走り出す。


「粘るわね。」
 息詰まるような攻防が繰り広げられ、桃井から呟きが漏れる。圧倒的な力を見せる火神に対して海常はオーバーフローで対抗している。
「なんで、アイツ一人でつっかかてるのよ!」
「えっ!?」
 黄瀬を抜き去った火神がダンクを決めた時、こらえきれないとばかりの伊織の言葉に雪歩たちが視線を向ける。

「黄瀬よ!さっきから圧倒されっぱなしなのになんで、一人でやってんのよ!」
 火神の猛攻、ゾーンが始まってから、黄瀬はそれまでのチームバスケから一転、執拗に1on1にこだわっていた。もちろんOF時にはオーバーフローでチームを補助しているが、DFは完全に個人プレーに走っている。
「やっぱり、ほら、因縁のある相手だから、とか、かな?」
 春香がちらちらと青峰を見ながら答える。伊織にもその視線で伝わったのか、むっとしつつも押し黙る。その視線に気づいていたのか、
「アイツがんなもん、気にするようなやつかよ。」
 青峰が言外に込められた、自身の敵討ちではないかという言葉を否定する。春香たちが、納得いかなそうに視線を向けると、

「狙ってやがるな、あのヤロウ。」
 なにを?という言葉は、青峰の射殺すようにコートに向けられた視線によってでてこなかった。




 第4Qの壮絶な点の取り合いも終着点が見え始めていた。
 食らいつくために走り続ける笠松たちの疲労度はすでに限界近くにまで達していた。


だが、それでも彼らが諦めることはない。

 歴代最強のメンバー。

 そう呼ばれたのは、去年のメンバーだった。だが、その結果はIH初戦敗退。優勝こそないものの、全国の強豪として名をはせたものとは思えぬ結果に、様々な罵詈雑言がかけられた。

     アイツのミスで負けた。

【だからお前がやれ。】
 その言葉を聞かせてくれた、キャプテンの思い、その強さこそ分かった気になっていたが、本当は分っていなかった。
 バスケ部の誰もがキャプテンを信頼しているのは、その覚悟の強さを知っているから。だから自分もこのチームで勝ちたいと本気で思うようになった。




「涼!」
 声が聞こえる。再び闇に囚われそうになった自分を救い上げてくれた声が。

【そうやって一生懸命な涼が、ボクは好きだから。】

 拳を打ちあわせて交わした約束。それに憧れていたのは、だれにも言っていない。だからこそ、最初に彼女が拳を突き出してきたときには驚いた。
 絆で結ばれたパートナー。それがあの拳に託した思いだったから。それを見てきたから。


 オレが憧れたのは、


【涼が憧れたのはさ、ただ強いだけの人なんかじゃなくて、バスケが大好きで、いつでも楽しんで、真剣に打ちこめる、そんな人なんだよね。】

 思い描いた理想の光は…



【青峰っち!なんスか、今の!なんであれでシュートが入るんスか!?】
【そりゃおめー……なんでだ?】
【自分でもわかってないんスか!?】
【理屈じゃねーんだよ、こういうのは。いいじゃねーか、入るんだから。】





「火神君!」
 試合時間は残り2秒。スコアは96-96、同点を終わらせるパスが黒子からゴールに向かって翔る。

「しまっ!!!」
 笠松達が驚愕の表情をボールに向ける。そのボールはゴールからは軌道がズレている。だが、そこには、圧倒的な力を発揮する火神が走り込んでいる。


「おおおおお!」
 空中でボールを受けた火神が、雄叫びとともにボールを振り下ろす。試合を決着するそのダンクは、

「おぁあああああ!」
「なに!?」「涼!!」
 周囲や観客席から驚きの声が上がる。跳び上がった黄瀬が押し込まれようとするボールを渾身の力で押し返し、


ビーッ!

 終了を告げる音とともに二人が、地面へと着地する。振り下ろされたボールは、

「同点!インターバルの後…延長戦に入ります!」
 ゴールを通過することなく、両者の間にあった。

 驚きに目を開くのは火神。緋を灯した瞳で見返すのは黄瀬。

「負けられないのはこっちだって同じッスよ!このメンバーが、歴代最強の海常だ!」
 
  



[29668] 第47話 ぜってー勝つッスから
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/01/14 09:01
 試合直前、海常高校控室

「わざとゾーンをださせる!?」
 黄瀬の語った作戦内容に、メンバーから驚きの声があがる。
「オレは反対だ。リスクが大きすぎる。」
 森山が黄瀬の作戦に対して異議を唱え、小堀も明言こそしないものの同様の意見であるようだ。
「だいたい、アレは火神にとってもだせるかどうかわからないものなんだろ?それに、お前がコピーできる類のものじゃないんじゃないか?」
 反対と口にしない代わりに理論的な否定材料をあげる。相手が出せるかどうかわからない攻撃パターンをあらかじめ戦略とするのは、予測としてならともかく戦略としてはリスキーだろう。
 まして、黄瀬が口にしたのは、黄瀬自身にとってコピーできるかどうかわからないもの。いやコピーできるものでないことは分っていた。黄瀬がコピーできるのは、あくまでもスキル関連のものであるから、個人の特性や身体的特徴が大きく影響するもの、スキルとかけ離れたものはコピーできないのだ。

「…出せるかどうかはともかく、想定はすべきだ。黄瀬、勝算はあんのか?」
 笠松は、肯定派とまではいかないまでも、黄瀬の言う戦法を誠凛がとってくることは想定していたのだろう。だが、その対策まではなかった、いや、避けれるものならば避けるという方針だったのだろう。

「…分かんないッス。」
「オイ!」
 黄瀬にしては、自信なさげな返答に思わずドスの利いた返答を返してしまう。

「ただ、その方法で来られた時、それでしか対抗できないッスから。」
 黄瀬の言葉に森山達も反論できずに黙り込む。たしかにあの桐皇との点取り合戦にすら勝ったのだから、海常にとれる有効手段が黄瀬の言う戦法であることは間違いない。ためらいがちに、黄瀬は言葉を続ける。

「それに…オレがやりたいんスよ。青峰っちを倒した相手と。」
 その言葉が本当の想いなのだろう。早川たちが言い返そうと口を開きかけるが、
「キセキの世代の敵討ちのつもりか?」
 笠松の凍えるような声音に言葉を飲み込んで、黄瀬と笠松のやりとりを見つめる。
「そんなんじゃねッスよ。ただ、オレが倒したかった相手を倒したアイツに勝って、超えたことを証明したいんスよ。」
 しばし、二人の無言のにらみ合いが続き、笠松がため息をついて視線をそらす。

「分った。監督、こいつの作戦で行きましょう。」
「「笠松!?」」「キャプテン!?」
 笠松の進言に森山達が驚きの声を上げる。監督は確認するように笠松を見返す。

「海常のエースは、黄瀬だ。信じろ!」


第四十七話  ぜってー勝つッスから


「まさか、ゾーンまでコピーするなんて…」
 桃井の成長予測をもってしても、この成長は予測できなかったらしく、驚きの眼差しで黄瀬を見ている。
「コピーじゃねぇよ。ゾーンは極限の集中領域だ。いくら黄瀬でもコピーできるもんじゃねえ。」
 桃井の言葉を青峰は明確に否定する。それは、自身ゾーンを扱う者であるからこそ分かる領域なのであろう。

「…もともと、アイツはオレ達と同格だ。経験不足って枷があったが、自分を追い込む状況を敢えて作ることで、成長することに賭けたんだろうよ。」
「それじゃあ…」
「正真正銘、アレがアイツの、アイツ自身の切り札だ。」
 期待するような真の言葉を肯定するように、青峰が言い切る。真はかつての憧れの領域まで駆けあがった、懸命なその姿をみつめた。


・・・・



【ワリ、聞いてなかった。】
【ちょっと~。】
【青峰君って集中しすぎて話聞いてない時ありますよね。】
【だからワリーって。】
【だからと言って作戦を聞いていなかったら本末転倒なのだよ。】
【いやぁ…燃える相手だとついな!】
【オイ!】
【まぁ心配すんなって・・・・・】


「オイ!」
 懐かしい景色を思い出していた。あれはいつの試合だったか。まだ彼らが互いを信じ合っていた頃の思い出だ。
 回想にふけっていた黄瀬は、耳に飛び込んできた怒鳴り声ともいえる呼び声に、意識を戻す。周りにいるのは、頼れるキャプテン、どこかズレてる3Pシューター、お人好しのセンター、暑苦しいリバウンダー。寸前までの情景との相違に思わず、瞬きをしてしまう。

「ちゃんと話聞いてんのかよ!」
 笠松がやや呆れたように怒鳴る。
「疲労が大きいかもしれないが、やはりお前が要になるんだぞ。黄瀬。」
 疲れているのを心配して森山が伺うように言う。
「ここまで来たらぶつかるだけだとも言えるが、ちゃんと作戦を聞いとけよ。」
 苦笑い気味の小堀。
「なに、笑ってっんだよ!」
 相変わらずラ行の聞き取りにくい早川。


「笑ってる…?笑ってるっスか、オレ?」


「はあ?」「おいおい。」「大丈夫か?」「ん、がー!」
 今、自身がどんな顔をしているか、自覚はなかった。ただ、バスケを始めたころ、我武者羅に挑み続けたあの時のように、体力が限界に近づき、苦しいはずなのに、言いようのない楽しさを感じていたころに似ている。
 きっと、これが、

「心配ないッスよ。ぜってー勝つッスから。」
 自分が追い求めた領域だ。


・・・


ゾーン対ゾーン。至高の領域での戦いは、さながら、誠凛の1回戦を彷彿とさせる展開となった。
並外れた運動性能によって空中を制する火神と並外れた洞察力に反応することで相手の動きを封殺する黄瀬。
熱を帯びるはずの声援は、二人の壮絶な戦いによって、静まり返っていた。

「涼…。」
真の眼に映る、その姿は、楽しそうに笑っていた。相手が強ければ強いほど、目を輝かせて、夢中でプレイしている。

幾度もの攻防が繰り返され、だが、スコアは進むことなく、時が刻まれる。明暗を分けたのは、


「あっ!!」

 1on1での戦いかと思いきや、突如黄瀬から放たれたボールは、フリーの状態で笠松に渡り、ゴールが決められる。
 真や真美たちが、喜びの声をあげ、美希が不安げな表情を見せて、自分の手を握り締める。
「火神っちよりも、黄瀬っちが上か!?」
「これは…二人のスタイルの違い…」
 亜美の言葉に、桃井が目前の光景を分析して呟く。
「スタイル?」
「火神君は、影と支え合うことで、自らの光を強めるスタイル。きーちゃんは、周りに頼ることで、信頼することで自分の弱さを補い、チームの力を高めるスタイル。」
 チームのためになにができるか、何度も悩んで、ようやく見つけた答え。真は、桃井の言葉を聞き、いつか黄瀬が言っていたことを思いだす。

【周りに頼ることは弱いことじゃなくてむしろ…強さが必要なことなんじゃないかと思うんス。】

 きっと、見つけたこの答えこそが、彼の、黄瀬の強さの証なのだろう。

「いずれにしても、火神君もきーちゃんももう体力の限界。ここから先は、チーム全員の総力戦ね。」
 桃井の言葉に、真は黄瀬を見つめる。大きく息を乱し、苦しげな呼吸をしている。だが、その眼は炯々と前を見据え、その表情は、どこまでも楽しそうにしている。

桃井の言うように、試合はそれまでのエース対決から、チームの総力戦へと戻り、互いの得点が一気に加速した。
 笠松の鼓舞するような怒声が響き、小堀と早川がインサイドを固めるべく体を張り、森山が仲間を信じて3Pを放つ。黄瀬もゾーンはおろか、ミスディレクションオーバーフローを使う体力はなく、同様に火神のゾーンも黒子のミスディレクションも途絶えている。
 5分の、観客を魅了する戦いは瞬く間に過ぎていく、

・・・

残り20秒。海常対誠凛の戦いは 101-102、誠凛に1点のリードを許す海常が、逆転のパスを黄瀬に託し黄瀬と火神が最後の激突をむかえる。
チームの日本一になるという約束を果たす為、積み重なる思いのはてを果たす為。

迫りくる黄瀬の動きを野生で迎えうつ火神が、反応を超えた直感の動きを見せ。
その動きを、動き出しを見切った黄瀬が、火神の左サイドからゴールを覗き、アンダー気味にシュートが放たれる。

「いっけー!」
 真がそのボールの行方を見ながら、渾身の声で叫び、美希が悲痛な思いでその行方を見る。そのボールは、


ガガンッ!

 ボードに直撃した後、ゴールに吸い込まれ、ネットを通過する。
残り少ない時間に、観客たちが試合を決定づけた一撃に歓声を上げる中、黄瀬はゴールを見ることなく走り出す火神に気づく。瞬時にゴール下を見た瞬間、黄瀬も身を翻して駆けだす。


「テツ君!!」
 美希が喜びの声を上げ、海常の選手が驚愕の思いで見つめる中、1バウンドでボールを捕球した黒子の体が回転する。


「決めてください!火神君!!」
 残り15秒。誠凛ゴールから放たれたサイクロンパスが、コートを駆け抜け、


「おおおおお!」
 懸命に駆ける黄瀬の目の前で、火神の渾身のダンクが海常のゴールを震わせる。
 103-104渾身の一撃に誠凛の選手が、ベンチのリコたちが立ち上がり喜ぶ。




ダンクの余韻を空中で感じていた火神は、その横を黄瀬が駆け抜けるのを認識する。


ギュオッ!
 

 火神の目前で1バウンドしたボールを捕球した黄瀬の体が回転する。
 大柄の火神の影になって、コートからその様子を視認できた者は、限られていたはずだ。だが、笠松達は、海常の選手は、なんの疑いもなく駆け出し、


 残り10秒。再びコートをレーザーが如き、サイクロンパスが翔けぬける。


 翔けたボールはセンターラインを越えて、3Pライン際右サイドの森山に繋がれる。
 驚きの連続、高速の展開に観客が、真たちが声を上げることを忘れて見つめる。

 ボールを託された森山が瞬時に3Pの体勢に入るが、


「鉄心!」「鉄平おにいちゃん!」
 その前に、寸毫も気を抜いていない木吉が立ち塞がる。渾身の気迫に森山がたじろぎ、一歩身を引く、

 体格の違い、無冠の五将としての風格、それらを圧倒するほどの気迫に森山は、自らのシュートはブロックされるであろうことを悟る。

 それら一瞬ともいえる戸惑いを見抜いた木吉が、森山の手の中からボールを弾き飛ばす。

「あっ!!」
 驚愕する森山。すぐさま自陣中央のボールに駆け寄ろうとした木吉だが、跳ね上がったボールは目前で笠松によってキープされる。

 残り7秒。勢いのまま右から迫ってくる木吉を躱すため、笠松は捕球した体勢から瞬時に身を翻す。ターンアラウンド。笠松の得意パターンによって木吉との距離は稼げた。

だが安堵する間もなく、左サイドから日向が、そしてミスディレクションの切れた黒子が迫っているのに気づき、笠松は後ろに跳ぶ。
引き離された距離に日向と黒子の表情が引きつる。だが、後ろに下がり、近づいたその距離は、


「おおぁあああ!」
「!!」
 圧倒的な守備範囲を誇る火神の領域に踏み込んでおり、わずかな時間で舞い戻ってきた火神が笠松の右後方より迫る。


(やべぇ!!)

 宙に跳び、シュートの体勢をとってしまった笠松には、もはやそれを避けるための体勢を整える間はない。速攻のため早川もリバウンドの体勢が間に合っていない。小堀には伊月が、森山のすぐ横には木吉がついている。


(止められる…!!)
 一か八かのシュートを放つまでもなく、火神によって手にあるボールは弾かれる。それが刹那の間によぎった瞬間、笠松はボールを下に流した。駆け寄りながら飛び上がった火神の足元を跳ね上がるように。


「なにっ!!」

 いかに火神といえど、全力でかけながら飛び上がり、渾身のブロックに全力を注いでいた状態からでは、足元のボールを追うことはできず、ボールが跳ねる。

 残り4秒。跳ね上がったボールはそのまま、海常の陣地に向かい、ラインを割る…


 その寸前、


「黄瀬!!」「涼!!」
 ラインから半歩手前でボールは、駆けてきた黄瀬に繋がれる。
 着地した火神が、すぐさま反応して振り返る。日向が笠松につき、黒子が早川とのパスルートを遮る。

 残り2秒。迫りくる火神の目前で、黄瀬は、ほぼセンターライン、その位置から跳び上がり、シュートを放つ。
 火神が渾身の力で手を伸ばし、ボールが宙を舞う。


 すべての選手が、真たちが、観客が、高く高く舞い上がったボールを見つめる中、終了を告げるブザーの音が鳴り響く。



 そして・・・・・



!!!!!


 ブザーが終わると同時にボールはネットを揺らし、ゴールを通過する。

 驚愕の表情を向ける誠凛。息をのんでその判定を見守る海常。手を握り締めて結末を見届ける真。身を乗り出す美希たち。


 固唾を飲む、その視線の中、審判の腕が笛の音とともに振り下ろされる。


 スコアボードの海常のスコアが106へと変わると同時に、会場が爆発したように声が響き。笠松達が黄瀬の下へ駆け寄る。


 泣き笑いの表情の笠松が、森山が、小堀が、早川が、黄瀬の頭をもみくちゃにして喜ぶのを真は、わずかに涙を流し、微笑みながら見ていた。

 歓喜の涙が流れる一方、
「テツ、君。」
 呆然とした美希の声がもれる。その視線の先に、涙をこらえるような黒子の姿があった。そして
「鉄平おにいちゃんたち、負けちゃったん、ですか…?」
 涙を流すやよいと、それを抱きしめた伊織。


 木吉は、目を瞑り天を仰いだ。観客の声が響き、海常の歓喜の声が聞こえる。思い返すのは、ここに至るまでの激闘。そして、

 目を開け、あたりを見ると、震える背を見せて立ち尽くす主将の、日向の姿があった。

「日向…」
「オレ達…負けた…のか…?」
 その背に歩み寄り、声をかけると震える声が呟きとなった。

「…ああ。」
「オレ達…」
 その拳が痛い程に握りしめられている。悔しくないはずなんてない。みんなが誓った、信じた日本一の夢は、今終えたのだから。だが、

「日向、並ぼう。」
 幸せでないはずがない。こんなにも素晴らしい仲間たちと巡り合えて、駆け抜けたのだから。
 震えるその肩に腕を回し、現役最後の列へと向かう。



 死力を尽くした両校がセンターに集う。
「…」
 自身の前に並び立つ、光と影を黄瀬は見つめる。

「諦めねぇからな。」
 見つめるその視線に抗するように、火神が言い放つ。
「まだ始まったばっかだ。今度は…今度は、オレ達が勝つ!」
 流れる涙をぬぐうことはせず、だが、いささかも戦意の衰えぬ光を瞳に宿す火神に、一瞬、誠凛の選手が驚いた表情を見せるが、すぐにすべての選手が同じように、戦意を宿して勝者を見る。

「黄瀬君。」
 諦めぬ強敵。そのことに喜びを覚える黄瀬に、黒子が話しかける。
「黒子っち…」
 手にした勝利。その戦い方を教えてくれたのは、この人だった。なにが間違いで、なにが正しいのかは、まだ分からない。勝利を求めることが悪いことだということは絶対にない。だが、
「決勝、頑張ってください…赤司君を…頼みます。」


「ありがとッス。黒子っち…」
 彼の思いも、決して間違いなどではなかった。



[29668] 第48話 それぞれの居場所で
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/03/29 19:45
 全国でもその名を知られる海常高校が、初の決勝進出を決めたこと、そして死力を尽くし、今大会台風の目とも言える活躍を見せた誠凛の準決勝敗退を観客は拍手で讃えた。
 

「…やよい。」
「…うん。もう、大丈夫です…決勝戦、勝つといいですね。真さん!」
 兄のように慕っている木吉の現役最後の戦いが終わったことにやよいが涙を流していたが、しばらく伊織の胸で泣いたことで、春香が心配そうに尋ねたころには涙をぬぐって明るい笑顔をつくれるくらいにまでは回復していた。
 勝利した海常を応援している真に気をつかったのだろう、その言葉に真は、ためらいがちながらもしっかりと頷く。

「うん。…美希。」
 一方で、黒子の敗北に呆然としていた美希に視線を向ける。
 去りゆく黒子を、その姿が会場から消えるまで見ていた美希は、一度整理をつけるように、目を閉じ、

「真くん、おめでとうなの!」
 ふたたび目を開けた時には、その顔はいつもの美希に戻っていた。
「うん。」
 どこかずれた祝辞を真は受け取るが、美希は海常の選手もすでにフロアから姿を消していることに気づくと、

「真くん、こんなところで、ぼーっとしてちゃダメなの!早く行かないと!」
 急に立ち上がり、真も立たせて、その肩を押し出し始めた。
「えっ!?行くって、どこに?」
 美希の突飛な行動は、時々あることだが、いきなりの行動に驚きを隠せず尋ねる。
「もちろん、黄瀬君のとこなの!いーっぱい、褒めてあげないとだめなんだよ。」
 後ろを向かされた真は、どのような表情で美希がその言葉を口にしているかは、分らないが、
「うぇえ!いや、でも、試合の直後だし、疲れてるだろうし…ほら、決勝の打ちあわせとかあるだろうし。」
 しどろもどろになりながら、振り返ろうとした真だが、
「いいから!…行って、真くん。」
 鋭い声で振り返る動きを制止した美希は、震える声で真を促す。真もその声と微かに震えるような美希の掌を感じた。

「…うん。ありがと、美希。」

 周りを見ると、春香たちはついてくる気がなさそう、とうよりも同行したそうな亜美と真美をなんと雪歩が押さえつけており、真は変装用の帽子を深くかぶり直して海常の控室へと歩み始めた。


第四十八話 それぞれの居場所で


 激戦を制した黄瀬たちは、讃える拍手の中、堂々とフロアを後にした。廊下までやってくると、拍手の音が遠くなり、同時に激戦の疲労が蘇った。

「黄瀬、大丈夫か?」
 礼が終わり、ベンチを後にしてから、観客席にいる真たちに視線を向けることなく俯いていた黄瀬の様子に、森山が尋ねる。
「…」
 なにか小さくつぶやいた黄瀬は、ふっと糸の切れたように前のめりになる。

「黄瀬!」
 慌てて森山が抱き留め、笠松達も驚きの視線を向ける。

「ちっ!オイ、控室まで黄瀬を運べ!」
 極限の疲労によるものだと、瞬時に判断した笠松は、同様に疲労している森山が共倒れしないように、控え選手に指示を飛ばす。


・・・


 美希のことは、春香たちが引き受けるということで真は、先勝祝いと決勝の激励のために海常控室近くまで来ていたのだが、

「?なにか、あったのかな?」
 控室からは、笠松のものと思しき怒号が響いており、控え選手が慌てて扉を開けて飛び込んでいった。訝しみながらも扉に向かうと、


「いいか!なるべく…!?」
「っわあ!」
 いきなり扉が中から開き、小堀が現れる。危うく扉に直撃しそうになり、寸前で回避した真が驚きの声を上げると、小堀も驚いた表情となった。

「す、すまん…あっ、菊地さん。」
 どうやら中の人物に言い聞かせるように振り向いていたのだが、真の顔に気づき、戸惑った表情を見せる。

「あの、決勝進出のお祝いに来たんですけど、お忙しいでしょうか?」
 美希に押し出される形で出てきてしまったものの、やはり、試合直後で何かと忙しいかと思いつつも、要件を告げる。
「いや、今は……。」
 室内をちらちらと振り返るように伺いながら、小堀は歯切れ悪く答える。すると、

「おっ、真っち?どうしたんスか?」
「黄瀬ェ!!」
 話し声が聞こえたのだろうか、小堀が半開きにしていた扉から黄瀬の声が聞こえる。だが、いつもなら見せる余裕のある姿をすぐには見せず、笠松の怒号が飛んでいる。

 一度、小堀は真を締め出すように扉を閉める。わずかに扉の向こうからどたどたとした音が漏れ聞こえる。しばらく待つと、

「わりぃな。えーっと、時間とか大丈夫か?」
 出てきたのは小堀でも、黄瀬でもなく先ほど怒鳴り声を上げた笠松だった。女性が苦手な笠松も、ボーイッシュな真に対しては、普通にしゃべれるらしく、やや乱暴ながらもしっかりとした口調で話しかける。
「えっ?あ、はい。夕方ごろまでならなんとか…」
 対する真のほうは、突然の問いかけに戸惑いながらも答える。年明けのライブの練習のため、丸1日というわけにはいかないが、しばらくであれば時間的なゆとりはある。

「そうか、じゃあ、わりぃんだが、あの馬鹿の面倒をちょっと見ててやってくれ。」
「えっ!?」
 そう言って扉をあけて示した先には、先ほど声だけを返してきた黄瀬の姿があった。戸惑う真をよそに、黄瀬が抗議の声を上げる。

「ちょっ、キャプテン!この後、秀徳と洛山の試合なんスから、オレも行きます!」
 どうやら疲労困憊の状態の黄瀬も、試合観戦に行こうとしているようなのだが、笠松をはじめ監督たちは黄瀬の行動に反対のようだ。
「しっかり回復したらでてこい。そんなフラフラで、研究だの分析だのできたもんじゃねーだろ。しっかりビデオは撮っておくから、研究は後でだ。菊地さん、オレらは観客席の方にいるから、時間のあるだけでいいからアイツをおとなしくさせておいてくれ。」
 呆れたように黄瀬をたしなめると、笠松は真の方に向き、監督役を頼み込む。

急な展開に真が呆然としていると、扉の中に誘われ、いつの間にか室内には真と黄瀬の二人だけが残っていた。

「…」
「…」
 呆気にとられている真と気まずい表情をしている黄瀬。ひとまず真は、黄瀬の様子を見てみると、明らかに疲労の色が強く、いつもの飄々とした空気が纏えていない。どこか気まずげな表情は、そんな自分を見られたことの照れ隠しか。

「…とりあえず座んないッスか?」
 沈黙に耐えかねてか、立たせたままだということにようやく気がついたのか、黄瀬が自らも腰掛けるベンチを勧める。
「うん!」
 その声を聞いて、真はなぜだか安堵した。黄瀬の隣に腰掛けた真は、改めて黄瀬の方に、顔を向ける。

「…あー、真っち、この部屋、汗臭くないッスか?」
 照れているのとは違う感じで、きょろきょろと思案していた黄瀬の切り口に真は笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ。こういうの慣れてるし。それにその汗が決勝まで導いてくれたんだから。」
 慣れているのは本当だ。765でのダンスレッスンでもかなりの汗をかくし、空手の道場でも似たようなものだったのだから。もっともダンススタジオにいたのは、華のあるアイドルたちだが、道場やここにいたのはむさくるしい男どもという大きな違いがあったのだが。

「いや、ほら、ちょっと外の空気吸いに「ダーメ!」…」
「そうやって、試合観戦行くつもりなんだから。笠松さんにもおとなしくさせておけって言われたし。」
 黄瀬の言葉をさえぎって、その狙いを言葉にして封殺する。自らの狙いを言い当てられた黄瀬は、少しすねた表情となる。
「お見通しッスね。」
「へへへ。」
 すぐにでも立ち上がれるように前傾気味の姿勢だった黄瀬も、手を横について体を休めるような姿勢に変わる。真はすねたようにそっぽを向いている黄瀬の横顔をじっと見つめる。

 すねたような表情。いつもの飄々とした表情。微笑いかけてくる表情。試合中の凛々しい表情。強敵を見つけたときの楽しそうな表情…そして、過去を思い出しては、悲しそうにする表情。
 自分は、彼の持つ顔の一体いくつを知っているのだろう。

 すべてを知りたいと思った。

 すべてを知って欲しいと思った。


・・・


 自分の状態ぐらい分っていた。限界を超えた能力の使用とゾーンのリバウンド。気を失うほどの疲労は、目を覚ました今も鉛のような身体に残っている。
 決勝戦は明日なのだ。その相手はキセキの世代。残る二人の中で勝ち残るのは、おそらく赤司。
 休息ももちろん必要だが、その試合を見ておきたかった。だが、キャプテンはじめ、仲間たちからあれだけ止められ、さらにはお目付け役までつけられては、しっかり休まざるを得ない。
 誤魔化すような自分の作戦は、あっさりとお目付け役にばれてしまった。どうしたものかと考えていると、不意に顔に手が伸ばされ、頬に暖かい感触を感じ、慌てて振り向く。

「へへへ。決勝進出、おめでと!」
 目を丸くして真を見つめると、顔を真っ赤にしながら笑いかけていた。唖然としていると、「えいっ!」と小さい掛け声とともに体を引っ張られ、真の膝へと倒れ込む。頬に感じる暖かさに我に返る。

「真っち!!?」
「ほら!休む時にはしっかり休む!」
 体勢が悪く、いくら疲れているとはいえ、振り払って起き上がることは可能だっただろう。だが、その温もりから離れるために力を入れる気にはなれなかった。試合でささくれ立った神経がときほぐれる。張り詰めていた緊張が緩むと急激に眠気が全身を包むのを感じた。

「真っち、随分大胆ッスね。」
 眠ってしまう前にちゃんと話しておきたかった。
「!いや、ほら、うぅ…」
 そんなにも慌てて照れるくらいならやらなきゃいいのにと思いながらも、真の押さえつけてくる手を振りほどこうとはできない。

「初日のお返しだよ!」
 どうやら初日の不意打ち、というよりもやられっぱなしなのがお気に召さなかったらしいお姫様の膝の上で、黄瀬は睡魔に身をゆだねた。



・・・



 時間にすれば30分も経っていないだろう。真は自らの膝の上で、安らかな表情で休む王子様を飽くことなく見つめていた。
 安らかな寝顔には、試合の時に張りつめていた険のある気負いはない。明日の決勝戦、できればそれを見届けたいが、あいにくその日は、本年度のアイドル賞の受賞式。ノミネートされた美希と真はもとより、765プロ一同が式典に出席するため見ることはできない。
 負けてしまうかもしれないということよりも、初日に見たキセキの世代の最後の一人の目が真の不安を煽った。
 再びあの人と戦うことで、また黄瀬が闇へと迷ってしまうのではないか。自分の見ていないところで、光を見失ってしまうのではないかと。

 考え込んでいた真は、

「真っち。」「うわあっ!」
 覗き込むように顔が近づいていており、その瞳が開かれていることに驚く。耳元で驚かれた黄瀬も驚き、距離を離すように飛び起きる。

「なにやろうとしてたんスか?」
 すっかり身を起こした黄瀬の問いかけに、真はあわあわと手をさまよわせる。
「な、なにって、なにもしてないよ!」
 黄瀬は再び顔を赤くしてあたふたとする真を微笑ましげに見つめる。

「大丈夫ッスよ。」
 穏やかな黄瀬の言葉に真は、さまよわせていた手を止めて黄瀬を見つめる。そんなにもわかりやすく不安そうな顔をしていたかと思うと気恥ずかしさがあった。だが
「約束したッスから。もう見失わないって。真っちは、真っちの。オレはオレの憧れに近づくって。」
 目に見えて回復している黄瀬は立ち上がる。
「だから、そんな心配そうな顔しなくても大丈夫ッスよ。明日は、それぞれの居場所で輝くッスよ。」
「涼…」
 立ち上がった黄瀬は、拳を突出し、笑いかける。

 交わした約束を覚えていた。己が目的を再確認するために、自分の夢を、憧れを追い求めることを。 
 その手が差し伸べられるのなら、決して自分は見失うことなく輝ける。

 拳を合わせた二人は、笑い合って歩き出す。
 立ち塞がるのは、最後の、そして最強の、かつての仲間。それでもきっと立ち向かえる。導きの光がここにあるのだから。





[29668] なかがき2
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/01/15 19:02
 以前から序文にありましたが、第4章 WC編は第48話にて終了です。
赤司君の能力とか強さとかが未知数すぎて、捏造するには力不足です。すいません。原作がある程度進むまで更新停止するという考えもあったのですが、物語の最終章を先に構想していたので、オレ達の戦いはこれからendみたいになってますが、本編はまだもう少し続きます。
 あと本編の裏主人公(?)である青峰との戦いもひとまず47話で完結したと思っています。青峰や黒子、火神が主人公であれば、赤司との戦いも人間関係的に構成しやすかったかもしれないのですが、黄瀬と赤司の戦いに因縁めいたものが想像できなかったのもあります。
 海常対誠凛をあのような結末にしてしまいましたが、原作ではどうなるのでしょうか(執筆時、対陽泉戦)。木吉の新技とか伊月、水戸部、小金井らの成長ぶりとかはカットしてしまいましたが、桐皇戦後に火神が「ほぼすべての手の内さらけ出しちまった。」と言っているので、そうほいほい大技は出してこないと考えています。
 残る本編は最終章とうまくまとまればいくつかの短編(番外編)を考えています。それではみなさま、いましばらくおつきあいください。


ひとまず今後の予定ですが、
第49話 ダウトッスよ!!
第50話 楽しかったッス(仮)

 おおまかな構想はすでに完成しているのですが、最後の部分がなかなか決定せずに練り直しています。



[29668] 第49話 ダウトッスよ!!
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/01/18 18:08
 いくつもの激闘を残した頂上決戦は閉幕し、去りゆく年は鐘の音とともに終わりを告げた。

 新たなる年となり、数日が経過した。今をときめくアイドル諸君は正月を各々特番やニューイヤーライブ、舞台などで慌ただしく過ごしたがようやく全員がひと段落ついた。事務所に集合した彼女たちの装いは、

「うわぁー、四条さん素敵ですー。」
「ふふふ。雪歩もよくお似合いですよ。」
「じゃーん!」「どう、どう?にいちゃん?」
「みんなよく似合ってるぞ。」
 わいわいと楽しそうに話し合っている彼女たちは、みな新年とあって振袖姿だ。銀髪の王女とも評される高音の和服姿に雪歩が感嘆の声を上げるが、その雪歩も彼女の儚げな姿によく似合った淡い色合いの着物を着用している。亜美と真美もそれぞれに自己主張した振袖を着ておりプロデューサーに披露していた。


第四十九話 ダウトッスよ!!


「ちわーッス。」
「おそいぞ黄瀬っち!」
 わいわいと時間を潰していた彼女たちは扉を開いて入ってきた黄瀬を見るなり、そちらに振り返り、響たちが楽しそうに近寄る。

「これでも神奈川から朝一で来たんスけど…」
 女性を待たせたことがマナー違反だというのは分かるが、流石に冬の朝、この時間に神奈川から東京まででてくるのは辛いものがあるだろう。控えめに反論した黄瀬の声がむなしくひびく。春香が響をなだめ、代わりに伊織とやよいがその後ろから騒がしくやってくる。

「ほら!なにやってんのよ真!!」
「真さん!早く披露しちゃいましょうよ!」
「ちょっ、ちょっと待て!」
 みんなと同じように振袖を纏った伊織とやよいがわいわいと騒ぎながら引っ立ててきたのは、

「ど、どうかな…?」
 振り袖姿の真だった。普段黒系統が多い彼女には珍しく、その姿は白を基調とした衣裳で、桃色が鮮やかな花弁がいろとりどりにちりばめられている。恥ずかしそうに上目使いに見上げてくるその顔にはナチュラルメイクによってさりげなく際立たされた美少女の姿だ。
 女性慣れしている黄瀬も、その姿に見とれてしまい言葉を詰まらせる。
 
「ちょっと!なんとか言いなさいよ!」
 呆然としたままの黄瀬と照れたまま黙り込んでしまった真に焦れた伊織が口を挟む。途端に我に返った黄瀬は、

「あ、ゴメンッス。綺麗すぎて見惚れてたッス。」
 頭を掻きながらやや照れたように率直に告げる。
「きっ!?み、見惚れて!!?…あ、ありがと…」
 互いに照れたようにしている二人に

「黄瀬君の眼に入るのは真だけなのかしら?」
 沈黙したままの空気を換えようと律子が口を挟む。はっとした二人が揃って声の方に振り向くとそろって微笑ましそうに見つめる彼女の仲間たちの姿があった。



 その後、二人をからかう声がしばらく続き、ひと段落すると彼女たちはそろって神社へと足を運んだ。元旦こそ過ぎてしまったが、新年ということもあって彼女たちはみんなで初詣に行こうという計画を立て、黄瀬を巻き込んでいたのだった。

「遅くなったけど、全国大会優勝、おめでとう。」
「そっちもライブとか、いろいろおめでとッス。」
 楽しそうに話している真たちの後ろからついて歩く黄瀬にプロデューサーが話しかける。黄瀬も大成功に終わったニューイヤーライブのことを引き出して返答する。成功したのはライブだけでなく、この一年の彼女たちの活躍もだ。
 出会ったときの駆け出しぶりが嘘のような急成長によって、彼女たちはトップアイドルにまで駆けのぼっている。美希は新人アイドルのトップと言える受賞。千早は海外進出。真もその魅力に寄って男女問わずの絶大な人気を誇り始めている。

「すごいわよね。全国制覇なんて。」
 冬の大会、誠凛との準決勝の後、最後の決戦で赤司率いる洛山と激突した海常は、赤司の統率力と力に圧倒されるも、黄瀬を中心としたチームプレーによって勝利を収めていた。あの赤司に勝ったことは嬉しいのだが、どことなく恐ろしい気がしないでもない。なにしろ、終わったわけではないのだ。本当の戦いはむしろ…
 だが黄瀬はそんな思惑など欠片も見せずに、目の前で伊織たちにからかわれている真を優しい眼で見ながら答える。
「今度こそ勝つとこ見せたかったッスからね。」
 本当に見せたかったのは勝つことではなかったかもしれない。かつて憧れた姿のように、楽しみたかったのだ。かつて尊敬した姿のように、ただ自分は仲間とともに戦いたかった。そしてそんな姿を彼女に見せたかったのだ。
 
一方、それを思い出させてくれた少女は、
「まったく、新年早々熱いわよね~。」
「なっ!?あ、熱いって…」
「えっ、伊織ちゃん、今日だいぶん冷え込んでますよ?」
呆れた表情で言う伊織の言葉に、真がうろたえ、やよいが素で返答を返す。

「ふふふ。黄瀬君、ほんとに見惚れてたもんね。」
「まこちんの魅力にメロメロって感じだったよね。」「うんうん。」
春香が笑いながら追撃すると、亜美と真美も便乗してくる。周囲一帯からの口撃に真が赤い顔をして睨み付ける。


・・・


 わいわいと話しながら初詣にやってきた一行だが、

「あけましておめでとーなの、ハニー!」
「おめでとうございます。それと苦しいです美希さん。」
 予定を知っていたのか、偶然か、チームで初詣にやってきていた誠凛バスケ部と鉢合わせすることとなった。早速とばかりに美希が黒子に飛びつき、

(ええーっっ!!黒子死ねばいいのに!!)

 誠凛メンバーが憤怒の表情を見せている。一方、

「…」
「…ちわッス、黒子っち…と火神っち。」
 火神に睨み付けられている黄瀬は、どことなく気まずそうに挨拶を交わす。

「なんでてめえがこっち来てんだよ!あと、っちつけんな!」
「いやー、真っちたちに初詣に誘われたもんで。」
 犬歯をむき出しにしている火神に対して黄瀬は、頭を掻きながら返答する。

「海常ってメンバーで初詣とか行かないのか?」
 火神の横から(空気を読まずに)小金井が尋ねてくる。仲良しこよしではないが、強豪校なら必勝祈願とかしてるのではないかと考えたのだが、

「チームではもう行ったッス。」
 その予想は的中していたようで、あっさりとした肯定の返事が返ってくる。
「今日は海常の人たちはいないのか?」
 木吉が少しあたりを見回しながら尋ねる。

「一応誘ったんスけど…


【なに!?765の娘たちと初詣!!?オレも【ざけんな!】】
【受験生だろが!もうすぐ本番だぞ!!】
【まあまあ、笠松。三が日くらいゆったりしてもいいじゃないか。】
【初詣なんざ一回行けば充分だろが!それでなくてももう時間ねえんだぞ!!】


 って感じで、誰も来なかったんスよ。」
 随行を強く希望した残念イケメンは、元キャプテンによってどつかれ、強制的に図書館に連行されている。ちなみにその元キャプテンは、推薦を受けることが決まっている。

「しかし、随分にぎやかになったが、騒ぎとか大丈夫なのか、これ?」
 日向が大所帯になった一行を見て呟く、たしかに。と同意する思いで黄瀬が一同を見回すと

「テーツくーん。」「うわあ、なの。」
 騒ぎを一層と混沌とさせるが如く、どこからともなく現れた桃井が黒子にタックルをしかけてきた。桃井に押された黒子は美希の胸元に跳びこむようにぐらつき、日向たちが殺気のこもった視線を黒子に向ける。ただその表情はどことなく羨ましそうでもあり、鼻の下が伸びていた。ついでにその後ろでは憤怒の化身と化したリコが降臨していた。

「あけましておめでとうございます。桃井さん。」
「あけましておめでとう、テツ君。」
 むすーっとした表情の美希をひとまず脇において黒子は桃井と挨拶を交わす。ふと何かに気づいた黒子は

「桃井さんがここにいるということは、もしかして「げっ!」」
 あたりを見回した黒子はその視線の先に居た人物がうめき声をあげたのをしっかりと目撃する。

「青峰っち!」「青峰!」
 黄瀬と火神が同時に声を上げる。ただその声音は対照的で、好意的な驚きの混じった声と敵意むき出しの声だ。見つかった青峰は舌打ちをうって露骨に嫌そうな顔をしている。

「ちっ!なんでてめえらまで…ってさつき!てめえ知ってたな!」
 青峰は言っている途中で気づいたのか、幅広い情報網を持つ幼馴染に怒鳴り声を上げる。ただその幼馴染は、予定通り愛しの黒子に新年早々会えたことで夢見ごこちとなっており全く聞いていない。
 わいわいと騒がしさが増したものの、長身の悪人面が追加され、その他に3人も190クラスの長身が居ることで周囲の人間は少し距離を開けだしている。

「いやー、これで緑間っちとかいたら、おもしろかったんスけどね。」
 黄瀬が引き笑気味に呟く、真たちも思わぬ騒動に頬をひきつらせているが、


「高尾、お参りには明確な手順というものがあるのだよ。」
「えー、いいじゃん。そんなのテキトーで。」
 周囲の様子など意に介していない二人組が通りかかり、日向たちも真たちも表情を固まらせる。

「バカが!それだから…」
「ん?」
 験担ぎ講座を途中で中断した緑間に高尾は不審さを覚え、周囲を見回す。

「なんでオマエらまでここに!」
「いやー、しんちゃんがどうしても初詣に行くって。」「高尾!」
 火神が緑間に噛みつかんばかりに怒鳴り、高尾はにやけ顔で応える。

「帰るぞ!」
 緑間は高尾を怒鳴り、言葉を止めさせるとくるりと反転し、その場を立ち去ろうとするが、

「…」
「これで逆走するとか、ちょっとムリじゃないッスか?」
 緑間の前には参拝客の群れが列をなしており、かろうじて一行のいる空間を遠巻きにしている。そのためこの場から立ち去るに立ち去れない状況となっていることに立ちすくむ。高尾は楽しそうな表情を隠そうともせず、笑っており、緑間は殺気のこもった視線を送っている。

「…青峰君と緑間君、あと黄瀬君と火神君もちょっといいですか。」
 にらみ合いをつづける桃井と美希の傍をこっそりと離れた黒子は、立ち止まった緑間や面倒そうな顔をする青峰、牙をむき出しにしている火神と黄瀬に声をかけ、ついでに高尾も連れて参拝ルートから外れた道へといざなう。


 あまり立ち止まっているのも迷惑だと思った一行は、ひとまず近くの休憩所まで行き、離れたところで話す黄瀬たちを見ながら休憩していた。

「黒子君、どうしたんだろ?」
 春香が真に尋ねるが、その答えを真が知るはずもなく首を傾げる。
「まあ、あの面子で相談っつったら、アレだろ。」
「アレ?」
 疑問の声が聞こえたのか、日向が答える。だが抽象的な答えに春香たちは首を傾げる。

「海外遠征の話。きーちゃんから聞いてないの?」
 桃井が伺うように答えるが、その答えは真たちには初耳で
「海外遠征?」
 真が尋ね返す。

「今年、もう去年だけど、IHとWCで活躍した選手で選抜チームを作って海外遠征をするのよ。」
 リコが補足し、その答えに真たちが驚く。
「選抜チームってことは、涼も入ってるんですか!?」「それってテツ君も!?」
 真と美希が身を乗り出して尋ね、その迫力に答えたリコが身を引く。
「あの六人とムッくん、赤司君。それと陽泉の氷室君とか海常からも笠松さんが選ばれてるわ。」
「木吉さんは入らなかったんですか?」
 桃井の説明に千早が木吉を見ながら尋ねる。その問いに、日向やリコたちの間に気まずい空気が流れる。

「…ん。そういう話はあったが辞退した。」
 木吉が微笑みながら答えるが、その答えに千早がはっとした表情を見せる。
「あっ…その、ごめんなさい。」
 木吉の膝は、前回の大会までしかもたないという診断を医師から宣告されていることを思いだし慌てて謝罪する。

「いや、まあ優勝はできなかったが、それでも後悔だけはないよ。」
 木吉の優しい微笑とは対照的に日向たちは顔を俯かせて悔しそうな顔をにじませている。緊張をはらんだ沈黙が流れる。

「おまたせしました。」
沈黙は、話し合いが終わり戻ってきた黒子たちによって破られた。春香がそれに乗じて空気を変えようと明るい声を上げる。

「黄瀬さん。選抜チームなんてすごいじゃないですか!」
「ほんとだよ!言ってくれたらいいのに。」「うんうん。」
「テツ君おめでとーなの!」
 真と真美も明るい声で続き、美希も黒子に飛びつく。場の雰囲気が明るくなり、わいわいとにぎわいが戻る。

「…行くぞ高尾。」
「あっ?オイ!」
 騒ぎをわずかに見ていた緑間は高尾を連れて先に行こうとする。

「あれ、緑間っち、一緒に行かないんスか?」
 その様子に黄瀬が尋ねるが、緑間は不機嫌そうな表情をちらりとむける。
「参拝をそんな騒々しくできるか。」
 苦々しく言う緑間に高尾と黄瀬が苦笑する。仕方ないなと思いながら話を続けている真たちの方に振り返ろうとした黄瀬は、

「おい。黄瀬、黒子、青峰。」
 緑間からかけられた声に黒子と青峰とともに振り向く。

「しっかり準備しておくのだよ。」
 続けられた言葉に、少し呆気にとられ、
「うるせぇよ。」
「緑間君もですよ。」
「海外じゃおは朝ないッスよ。」
 それぞれに返答を返した。



「そういえば、黄瀬君たちって英語はしゃべれるの?」
 緑間が去った後、青峰もエスケープしようとするも桃井によって阻止され同行することとなった。ふと、律子はバスケ漬けの彼らが英語をしゃべれるのか気になり尋ねてみた。

「…まあ、なんとかなるんじゃないッスか?」
「どうとでもなんだろ。」
 黄瀬と青峰が顔を逸らしながら適当な返答を返してきて、

「きーちゃんも大ちゃんも、行くまでにしっかり勉強しないとダメだよ!」
 桃井が注意を促すも青峰は明後日の方向を向いたまま聞かざるを決め込んでいる。
「黒子っちと火神っちは、どーなんスか?特に火神っち。」
「特にってなんだ。特にって!」
 黄瀬は誤魔化すように黒子と火神に話題を向ける。見た目や雰囲気的に青峰に近いものがある火神ならきっとダメなはずと思ったのだが、

「お二人よりは大丈夫かと。あとこれでなんとかします。火神君は…」
 黒子は鞄から基本会話帳を取り出して見せる。
「しゃべれるに決まってんだろーが。」
 火神は黄瀬の言葉にやや憤慨したように言い返す。火神の言葉に黄瀬と青峰が意表を突かれたように驚く。

「あぁ!?」
「決まってるってなんでッスか!?」
 バスケバカの思わぬ裏切りに二人が慌て、あまりの驚きように真たちがビクっとなる。
 
「火神君は、一応帰国子女ですから…英語の成績は悪いですけど。」
 黒子の言葉に沈黙が流れ、一拍遅れて、

「なにぃぃ!!」「それはダウトッスよ!!」
「うっせえよ!あと一応ってなんだ一応って!」
 青峰と黄瀬の絶叫と火神の怒号が響いた。火神と青峰、黄瀬がぎゃーぎゃーと話している横で、

「英語くらい簡単じゃない。」
 伊織から告げられた言葉に、黄瀬と青峰が動きを止める。

「バスケができればどうとでもなんだよ!」
「そうッスよ!あとは向こうで覚えればイイんスよ!」
 ヤケクソ気味の二人の言葉がむなしく響いた。

・・・

 騒がしくも一行は参拝を終え、それぞれに必勝祈願や商売繁盛、恋愛成就を祈願し、おみくじを引いていた。

「ハニーどうだったの?」
「大吉でした。」
「おそろいなの!」
「私も大吉!テツ君!」
 大吉を引いた美希と桃井が黒子に抱き着き、

「涼、どうだった?」
「末吉ッス。」
「パッとしねえな。」
 真が黄瀬に結果を尋ねる。黄瀬は末吉のおみくじを見せるが、横から覗き込んだ青峰の言葉に口をとがらせる。

「青峰っちはどうだったんスか?…って小吉に言われたくないッス!」
 黄瀬は青峰のくじを見て不満の声を上げる。ちなみにその横で凶を引いている火神が一人肩を震わせていた。

「真っちはどうだったんスか?」
 おみくじの内容をじっと見ていた真に黄瀬が尋ねる。話しかけられた真は
「えっ!?あ、ボクも末吉だったよ!」
 後ろから覗き込むようにしていた黄瀬から慌てておみくじを隠して誤魔化し笑いしながら答える。黄瀬は慌てた様子の真に首を傾げるが、

「?そうッスか。じゃあオレらもおそろいッスね。」
「…うん。」 
 嬉しそうに告げた黄瀬の言葉に、真はぎこちない笑顔を浮かべて頷く。やや不思議そうにしていた黄瀬は、背後からへばりついてきた亜美と真美を引き剥がそうと奮闘し始める。黄瀬が少し離れたのを確認した真は、後ろ手に隠したおみくじを見直した。


・・・・・

末吉

商売:私事に囚われ混迷するも、おおむねよし。
金運:―――――
旅行:国内では吉。
   ・
   ・
   ・
失物:見つからず。
恋愛:実らず。別離が訪れるでしょう。
待人:年内に報なし。




[29668] 第50話  楽しかったッス
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/01/21 20:54
「えへへー。りょー。」
 目の前のこの少女は一体だれだろう。
座っている黄瀬の膝元でじゃれついてくる猫の様な少女になすがままにされながら考えていた。

「りょー、あったかーいにゃー。おっきなてー。」
 些か以上に呂律が回っていない少女は、膝元に体を丸めたまま自分の手で遊んでいる少女から一旦視線を外し、気持ちを静めようと深呼吸を一つする。


「だれッスか!!真っち酔わせたの!!」
 765プロ事務所に黄瀬の怒号が響き渡る。


第五十話  楽しかったッス


 参拝を終えた一行が街を歩いていると、突然現れた金髪の外人女性に火神が拉致され、ついでとばかりに誠凛の一行も連れて行かれてしまった。その際に、ちゃっかり美希と桃井に確保されていた黒子は、一行から放置されてしまい、


「失礼します。」「ちわーッス。」「ふわぁ。」「大ちゃん!おじゃまします。」
 黄瀬と黒子、青峰、桃井は真たちとともに765プロ事務所に来ていた。礼儀正しく挨拶した黒子と勝手知ったるとばかりの黄瀬に対して、朝からたたき起こされた青峰は欠伸をしながらふてぶてしく入室し、桃井はそんな青峰を叱りつつ入室する。

 当初、参拝を終えた青峰は早々にバッくれようとしていたのだが、黄瀬と桃井に阻止され、桃井は黒子に張り付いたまま、さらには美希も黒子に張り付いたままという構図のため、ささやかながら新年会を開くという彼女らに黒子たちは事務所に連れてこられた。ちなみにちゃっかりと黄瀬も同行していた。

「おっ!なんだかにぎやかだな。よく来てくれたね。歓迎するよ。」
 突然の来訪にも関わらず、見知った黄瀬と黒子がいたためか、事務所で待っていた高木社長は嬉しそうに歓迎の意を表した。

「おぉ、めしめしー。」
 初めて訪れたアイドル事務所だというのに、青峰は怯む様子も、遠慮した様子もなく一直線におせち料理にありつこうとする。

「大ちゃん!」
 その様子にプロデューサーや春香たちは苦笑いし、伊織たちも呆れたように視線を向ける。桃井に怒鳴られた青峰は、鬱陶しそうに振り向き

「うっせぇな。誰かさんに朝っぱらから連れ出されて腹減ったんだよ。」
 寝坊した青峰は、朝食を摂る前に桃井に連れ出されたらしく、空腹が限界に達したのだろう。桃井もそれを知っていたのか、

「仕方ないなー。ほら私が作ってきたのあるから。」
 桃井が持っていた荷物の中から弁当箱をとりだし、青峰にさしだす。だが、

「…さ、めしめし。」
 振り返った青峰は、弁当箱を視認すると同時に、今の一幕をなかったことにすべく、再度目に映るおせち料理に向かう。
「ちょっと、大ちゃん!」
 無視された桃井が声をあげる。怒鳴られた青峰は、
「なに余計なことしてんだよ、てめえ!」
「余計なことってなによ!ひどい!」
 桃井と口論を始める。とはいえ今の流れだけでは、真たちは突如始まった口論に呆気にとられるのみだ。

「ひどいのはてめえの料理だろ!」
 流石に今の発言は同じ女性として看過しがたいものがあったのか、真たちが顔をしかめ、注意しようとするが、
「そんなことないよねテツ君!ってあれテツ君!?」
 桃井が味方を求めて黒子に振り向くが先ほどまでいた場所に黒子は居らず、ちゃっかりとおせち料理の近くまで避難していた。仕方なく
「ねえ?きーちゃん!」
「さっ、新年会といえばおせちッスよね。」
「えっ!ちょ、涼!?」
 確実に近くにいるとわかる黄瀬を味方につけようとするが、黄瀬は見ざる、聞かざるを貫き、真の手を引いて桃井から離れる。 

「ちょ!?きーちゃんまで!!?」
 三人からなかったことにされた桃井の料理だが、捨てるものあれば拾うものあり、
「えーっと、桃井さん、どういうの作ったんですか?」
 春香がためらいがちに問いかける。響たちも興味があるのか覗き込むように弁当箱の中身を見る。そこにあったのは、

「…鏡餅?」
 弁当箱には正月の名物、鏡餅がみかんを頂点に三段重ねで鎮座していた。
「さっちん…これはないよ。」「カチカチだよー?」
 亜美と真美が不思議そう(かわいそう)に桃井を見る。春香たちも桃井に視線を向ける。

「えっ!?だってお正月だし。」
「料理ですよね!?それになんでそのままなんですか!!?」
 ビクッとした桃井に春香が追及を重ねる。
「えっ?」「さつきのは料理の域を超えてんだよ。」
 なにを責められているのか分らないという様子の桃井をよそに、ソファに腰掛けつまみ食いを始めている青峰が声を挟む。
「ひどーい!!」「………」
 桃井の抗議の声に同調するような勇者はもはや居なかった。

・・・

 とりあえず入室からの騒動をなかったことにした一同は、頬を膨らませた桃井をひとまず脇におき新年会を楽しむこととした。次第に桃井の機嫌もなおり、黄瀬たちも楽しそうにしている。机回りに全員が座れるわけもなく、部屋いっぱいを使った立食形式のようになった新年会で、真は楽しそうにしている黄瀬を見つめる。
 視線の先の黄瀬は、手元に持ってきた料理を青峰に奪われて叫び声をあげている。青峰は、黒子にたしなめられてばつが悪そうにしている。桃井はそんな黒子と青峰を嬉しそうに見ている。
 途絶えた絆は、戦いを経てまた別のものへと変わっていた。中学の頃とは違う、それでも崩壊してしまった絆はたしかに再び繋がっていた。

 自分といるときの頼りがいのある顔ではなく、試合のときの凛々しい顔でもなく、黄瀬の顔は年相応の少年らしい表情をしていた。楽しそうな黄瀬の表情を見ながら、真はふと先ほどのおみくじと話を思い出す。
 単なる占い。そう思いはするものの、同時に海外遠征の話が楔のように不安を刺激する。

「まこちん、なに暗い顔してんの?」「ささ、飲んで飲んで。」
「うぇっ!亜美、真美!?」
 考え込んでいた真に二人が左右からコップを持って話しかけてきた。突然の思考を中断されて驚く真は、押し付けられたコップを反射的に受け取り、勧められるがままに口をつける。  


・・・


「だれッスか!!真っち酔わせたの!!」
 黄瀬の絶叫が響き、春香や青峰たちは呆れたような視線を向ける。桃井は羨ましそうに、そしてちらちらと期待するように黒子を見ていた。

「うーん、まさか甘酒でここまでとは。」「うーん。」
 亜美と真美が不思議そうに真に呑ませた甘酒を見ていた。初めの一杯をぐいっと一気飲みした真は、その後、とろんとした表情で甘酒を2,3杯飲んだかと思うとソファーに座っていた黄瀬にダイブしてじゃれつき始めたのだ。
「亜美、真美…。」
 プロデューサーが怒りを堪えるように二人を見下ろす。

「にゃー。なんでおこってんのーりょー?」
 自身の膝の上から見上げてくる真を見る。わずかに赤くなった顔は、TVやCMに映る凛々しい姿とは真逆、とろけるような笑顔で緩んでいた。心なしか猫耳が見えるような気がして、猫を撫でるように頭を撫でるとくすぐったいのか嬉しそうに目を瞑る。その様子に溜息をつく。
 黄瀬は助けを求めるように黒子に視線を向けるが、

「…そろそろお暇します。」
 ふいっと顔をそむけると腰を浮かせた。
「ちょっ!?」
 明らかに目があい、意志が通じた筈の相手からの対応に黄瀬が慌てるが、

「帰って寝なおすか。」
「じゃあねー、きーちゃん。」
 青峰も欠伸をしながら立ち上がり、桃井も微笑ましげな視線を向けながら立ち上がる。
「えっ!!?ちょっ「にゃー!」!!?」
 慌てて腰を浮かしかけた黄瀬だが、膝の上に居座る真が嫌がるようにしがみつき、その動きが止められる。追いすがるように伸ばした手の先で、桃井がにこやかに手を振りながら扉を閉める。

 扉が閉まる音に、しばし呆然とした黄瀬は、はっと気を取り直して周囲に視線を向けて助けを探すが、

「じゃ、そろそろ片付けちゃいましょうか。」
「そうね。」
 近くにいた春香がわざとらしく顔をそむけて机の上のごみに手を伸ばす。千早も同意しながら、お皿を持ち台所へと消えていく。

「それじゃあ、分担していくわよ。亜美、真美。ゴミ袋とってきて頂戴。」
「「ぶ、ラジャー!」」
 首を巡らせて律子を見るが、すでに立ち上がりそれぞれに指示を出している。

「あっ、黄瀬さん。」
 慌てる黄瀬に、雪歩が戸惑いがちに声をかけてくる。藁にもすがる思いで言葉を持つが、

「真ちゃんをお願いしますね。」
 告げられた言葉にピシリと固まる。口ごもるように「あ、いや。」と言葉が漏れ出るが、
「お客様に片付けさせるわけにはいきませんから。」
 頬に手を当てて、おっとりとした調子であずさが告げ、さらにはプロデューサーと高木社長が響と伊織に押されて部屋から出されているのを見て、どこからも助けが来ないことを悟る。
 仕方ない、と項垂れるように溜息をつき、膝元に目を落す。そこにはごろごろと幸せそうにまるまっている真がおり、視線が向けられたことに気づいたのか、不思議そうな顔で小首をかしげて黄瀬の顔を見つめてくる。



・・・・



 微睡の中、体が振動していることに気づき意識が浮上していく。ぼやけた視界は、目前の何かによって占領されている。体を預けているなにかがとても暖かく、それに比して顔のあたりを撫でる空気が冷たいことに覚醒が促される。

「んっ、ここ…」
「ん?気づいたッスか?真っち?」
 反射的に漏れ出た言葉に対して返された言葉に

「えっ!?あれ!?ここは!?」
 ガバッと顔を上げて周囲を確認する。不意にバランスが崩れ、慌てて自分の体が揺さぶられて前のめりになったことで自分がおぶられていることに気づく。先ほどの声と目の前に見える金髪から

「涼!!?」
 自分を背負っている人物が分かり驚きの声を上げる。
「あんま暴れると落ちちゃうッスよ。」
 苦笑交じりにかけられた言葉に反して、最初の一度以外大きな揺れは無く、その背中の力強さに気づく。
「えっと、涼?」
 ひとまず体を背中にもたれかけて安定させて、再度問いかけてみる。
「一応、真っちの家の方に向かってるんスけど、詳しい場所知らなくて。電車ッスよね?」
 その言葉に、あたりを見回してみるとたしかに、見覚えのある通勤ルートが目に映る。
「う、うん。あ、歩けるから、降ろして。」
 体が密着していることに恥ずかしさを覚えた発言は、
「んー、せっかくなんで、駅まではこのままで。」
 いたずらを思いついたような声で切り替えされ、すげなく拒否される。

「うぇ!?いや、でも重いでしょ!?」
「いーや、軽いッス。」
 声の調子は明らかに楽しむようなものであったが、寝起きも相俟って混乱した真の言葉は再度、笑いながら否定される。
 二度目の否定とちらりと見えた横顔が笑っているのを見た真は、素直に背中にしがみつく。
 しばし、沈黙がおとずれ、真は大きな背中の暖かさと揺れに浸っていた。
「…真っち、えーっと…寒くないッスか?」
 どことなくぎこちない言葉で沈黙が途切れる。やや不自然な言葉に疑問を覚えるが、
「?うん、大丈夫。」
 やや首を傾げながら、疑問を払しょくして答える。

「…今日は楽しかったッス。誘ってくれてありがとッス。」
「あっ、ボクは途中で寝ちゃったけど…楽しんでくれてよかった。」
 再び訪れかけた沈黙を破るように黄瀬が礼を述べ、真もその言葉にほっとする。亜美と真美に勧められたものを手にとったあたりからどうにも記憶があやふやになっているのだが…

 空白の記憶をさかのぼるように考え込んでいると、自然口数が減ってしまう。同時に記憶は空白を飛び越え、神社のおみくじを思い出す。

「涼…」
「ん?」
 首に回している腕にぎゅっと力を込めて、体を密着させる。そのぬくもりが消えてしまわないように。

「涼は、戻ってくるよね…?」
「…海外遠征ッスから、2週間もしないで帰ってくるッスよ。」
 返答までの間は、質問の意味を掴みあぐねていたのだろうか。だがその意図をなんとか掴んだ黄瀬の言葉に、なぜだか逆に不安を覚えてしまう。

「…はなれない、よね…?」
「…ちゃんとお土産もってくるッスよ。」
 はぐらかすような返答。それでも、誤魔化すようなその言葉を真は信じることにした。これ以上追及すれば、知りたくもないことを知ってしまう予感がして。

 今は、腕に感じるこのぬくもりから離れたくなくて…この温もりが、これからの日々も続いていくものだと信じて


次の春がすぐそこまで来ているとは、知らずに。

 



[29668] 第51話 真っち
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/03/29 19:46
「…」
 2月へと入り、765プロのアイドルたちはますますその活躍に拍車をかけつつあった。中でもアイドルの賞にノミネートされた美希と真は、とりわけ忙しそうになっている…はずなのだが、

「真さん。なんか最近、空ばっか眺めてますね。」
 ライブが目前に迫り、全体練習のためスタジオに集まった春香たち。練習がひと段落して、団欒のひと時を過ごしていたのだが、その中で、対照的な態度の二人が目立っていた。

「美希、少し休まないと体壊すぞ?」
「ううん。大丈夫!」
 
 練習には真面目に取り組んでいるが休憩になるとぼんやりと東の空を眺める真となにかを追いかけるように練習に打ち込む美希。黄瀬や黒子が海外遠征に出発してから2週間が経っていた。
 

第五十一話 真っち


「今日はお疲れさま!みんな、お茶が入ってるわよ。」
 練習が終わり、事務所に戻ってきた真たちは、音無に出迎えられた。調子を崩し気味の真とオーバーワーク気味の美希に周りのみんなも困惑気味だが、場馴れしてきたこともあってか、なんとかまとめ上げてきている状態だ。

「ありがとうございま…す?」
 先頭で入ってきた春香は、ソファに腰掛けて社長と話している人物たちを見て言葉がつまる。そこにいたのは

「おつかれッス。」
「どうも、おつかれさまです。」
 海外遠征に行っていた黄瀬と黒子であった。春香の後ろからその声を聞いた真と美希は、

「涼!」「おかえりなさいなの、ハニー!」
 喜色を浮かべて駆け寄る。
「いつ帰ってきたんだ?」
 美希に飛びつかれて押しつぶされた黒子をよそに、真は嬉しそうな顔で黄瀬に尋ねる。
「ついさっきッスよ。ちょうど高木社長と事務所の前で会えたんで、上がらせてもらったんス。」
「みんなおつかれ!黄瀬君たちからのお土産があるぞ。」
 黄瀬が説明している横で、アイドルたちを出迎えた社長は黄瀬と黒子の持ってきたお土産を配っていた。

「遠征はどうだったんですか?」
「負けなしッスよ。」
「引き分けがありましたけどね。」
 お土産をもらった春香が、黄瀬に問いかけると黄瀬は自信満々に、黒子はそれを補足するように返答する。

「真っちの方は、どうなんスか?たしかライブがもうすぐって聞いたんスけど。」
「えっ、あ…」
「なんとか仕上がってるんだけど、真がさー。」
 黄瀬が尋ね返すと真は、戸惑うように言葉を濁し、響が横から口を挟もうとするが、

「うわぁ!…ははは…」
 真は慌てて響の口を塞ぎ、誤魔化すような笑いを黄瀬に向ける。
「真。心配事がなくなったんなら、しっかりやんなさいよ!」
 誤魔化し笑いをしている真を、律子が叱る。
「真っち?」
 叱られるような状態なのかと黄瀬が訝しげに首を傾げる。叱られた真はぎくりと、手を放し、

「だ、大丈夫ですよ!練習ではちゃんとできてますし。」
 慌てて弁明する真。たしかに練習ではちゃんとできているのだが、むしろ心配なのは、その精神面の方なのだろう。

「ねえねえ、ハニー。美希たちのライブには来てくれるの?」
 黒子にへばりついている美希が、期待に満ちた目で黒子に尋ねる。
「とりあえず、今日は学校の方に報告に行かないといけませんから、そろそろ失礼します。ライブの方は、多分大丈夫です。」
 断りを入れて席をたった黒子。先ほど社長からライブの日程を教えられたのだが、さすがに海外から帰ってきたばかりなのに加え、オフシーズンだということもあり、大丈夫だろうという返答を返す。真は黄瀬も同様の事を尋ねたかったらしく、黄瀬に視線をむけると、黄瀬も同意するように頷く。

「じゃ、オレも一応報告に行かないとなんないんで。」
 席をたった黒子につられるように黄瀬も立ち上がり、扉の方に向かおうとする。真は離れていくのを名残惜しそうに視線をむける。
「涼!」
 誠に呼ばれた黄瀬は足を止めて振り返る。真は少し恥ずかしそうに手をもじもじとさせ、
「えっと、その…おかえり。」
 微笑みを向けた。
「ただいまッス。」
 その光景にふっと笑みをこぼした黄瀬は、挨拶を返すと手を振って黒子に続いて去って行った。


・・・・


 練習でしっかり仕上げていたといっても、精神的な問題はやはり大きな問題であったのだが、懸案だったことが解消されたためか、真のスランプは解消され、美希もよいコンディションでライブに臨むことができた。
 海常も誠凛も、シーズンオフに加えて、海外遠征という疲労の蓄積を考慮してか、さほどハードな練習とならず、二人は予定通りライブに顔を出すことができていた。
 昨年の秋前のライブとはうって変わって、ライブでは竜宮小町だけでなく、それぞれのアイドルに対してファンが差し入れなどを行い、ステージも大盛り上がりとなった。

 律子のサプライズ出演。新曲の披露。夢のような時間は瞬く間に過ぎ、アンコールの後、鳴り止まぬ拍手とともにステージは終演を迎えた。



「しっかし、すごい人気ッスよね。」
 ライブが終わり帰りゆく観客たちを見ながら黄瀬は感心したように言う。
「ふふふ、たいしたものだろう?」
 高木社長は、誇るように言う。今となっては、芸能活動をかなり縮小している黄瀬よりも765プロのアイドルたちの方が、人気、知名度ともに圧倒的であるにも関わらず、初期の、まだ駆け出しのアイドルばかりだった頃から親しくしていた、有名モデルに対してこの人は随分と恩義でも感じているようで、今回のチケットも海外に行っていた黄瀬たちのためにわざわざとっておいてくれたのだ。
「すごいです。」
 黄瀬に同行している黒子も感心したように同意する。

「おっ!そういえば、黄瀬君。大会が一段落して活動本格再開するのかね?」
 探りを入れているというよりも純粋に興味心からだろ、高木社長が今後の活動予定を尋ねる。夏の時点で黄瀬は、ウィンターカップ終了まではバスケに集中したいということであまり活動していなかったのだ。

「それなんスけど…」


・・・


「まーこと。」
 ライブが終わり、控室で休息をとっていた真の後ろから、春香が嬉しそうに肩をたたく。
「おつかれ、春香。」
 真が振り返って反応する。成功に終わったライブの余韻もあって、明るい表情をみせている。
「ふふふ、真、絶好調だったね。」
「やっぱ、愛しの王子が見に来てくれたからかな~?」「ぐっふっふ。」
 微笑む春香に同調するように、亜美と真美が左右からつめより、楽しそうに言ってくる。
「なっ!?…そりゃあ、涼が来てくれたのは嬉しかったけど、やっぱりプロなんだから、そんなのだけじゃなく…」
 亜美と真美の言葉に、顔を赤くして慌てる真をみて、ほかのメンバーも楽しそうに笑う。真は一人ぶつぶつと赤い顔で迷走状態に入っている。やはり最近の真の様子は、どこかぼんやりとしたものであったのだが、からかいがいが戻ったことを内心嬉しく思う仲間たちはここぞとばかりに真をいじっている。
「ねえねえ、真くん。ハニーと黄瀬君来てたよね!」
 席を知っていたためか、ステージの上から確認したのだろう、美希が嬉しそうに尋ねてくる。といっても真たちは次にどんな提案がくるかももはやわかりきっていたため、苦笑いしながら肯定する。
「あっ、黄瀬君と黒子君なら、たしか社長につかまって、話し相手にされてたわよ。」
 片付けの途中なのだろう、荷物を運んでいる音無が二人がまだ会場にとどまっていることを告げる。一般の観客が大勢いるためすぐに行くことはできないが、社長につかまっているということは、この後、話す時間もあるだろうと喜ぶ。


 着替え終わり、帰宅の準備を慌ただしく済ませた真たちは、出待ちの一般客に出くわさないように社長と黄瀬たちのところへと向かう。

「そういえば、もうすぐ一年だよね。」
「なにが?」
 ライブが成功して嬉しいのだろう、にこにこ顔の春香が思い出したように言う。いきなりのセリフに真は首を傾げる。
「ほら。去年の3月ごろ、黄瀬君たちと会ってからもうすぐ一年だよなーって。」
 春香の言葉に真は、その時のことを思いだす。初めて会ったとき、お互いに名前も知らなかった。
公園で歌の練習をしていたとき、雪歩と春香がやってきて、ちょっとしたストリートライブになったのだ。道行く人が足を止めて、自分たちの歌を聞いてくれた。時間を忘れるぐらい楽しくなって、気づいた時にはガラの悪い連中にからまれてしまったのだった。

自分の憧れた王子様のように現れたのが彼―彼ら―だった。

二度目の再会は、まったく気づくことなく終わってしまった。というよりも終わらせてしまった。思い出してみてもあれはまずかったと思う。
名前を知ることができたのはその後だった。仕事がほとんどなかったころに持ち込まれた雑誌の企画。彼と仕事をしたのは、結局、それとTVの2回だけだった。

「そっか…まだ、一年なんだ。」
 もっと長く過ごしているように感じるのはこの一年の自分たちの変化のせいだろうか。彼は、彼を変えたのは真だと言っていたが、真にとっても彼は自分を変えてくれた人だ。自分のらしさと理想のギャップに悩んでいた自分を、しっかりと向き合わせてくれた。誰からも女の子扱いされない自分をお姫様だと言ってくれた。

「おっ!いたいた。」
「あは。ハニーも一緒なの!」
 普段飄々と、そして自信に満ちた姿。試合の時の懸命な姿。狭間で見せた涙や迷い。遠い所に感じていた彼が、近くに感じられた。
 その隣に立ちたくて、踏み出した足は



「アメリカにスポーツ留学するのが決まったんスよ。」



 踏み出すことができずに、縫いとめられた。
 あれほど近くに感じられた距離が、再び遠くに、手の届かない彼方へと去ってしまったような気がした。


・・・


「留学、かね…ふむ、いつごろからか、というのも決まっているのかね?」
 留学が決まっていることを告げると高木社長はわずかに驚いたように目を開き、少し思案したのち尋ねてきた。
「この間の遠征前からだいたい決まってて、遠征のときに本決まりになったんで、この春からッス。」
 やりたいことを見つけた今、芸能活動に興味はなくなっていた。というよりも海外での戦いはもとより予定に入っていたようなものだ。ただ、心残りは…

「黄瀬君。」
 不意に隣に先ほどまで話を聞くだけだった黒子が、腕を小突き、視線を別の方向にむけているのに気づく。その視線の先に居たのは、

「!!真っち…」
 愕然とした表情の真と驚いた表情の美希たちだった。黄瀬が心残りとなる少女の名を呼んだ瞬間。

「真!」「真ちゃん!」
 真が逃げるように駆け出し、春香と雪歩が慌てて呼び止めようとする。だが事務所1の俊足の真は、あっという間に距離を離してしまう。
「くっ!」
 硬直していた黄瀬が、すぐに反応して追いかける。心配そうな表情で二人が駆けた方向を見つめていた春香たち。いち早く復帰したのは美希だった。

「ねえねえ、ハニー。ハニーも留学しちゃうの?」
 美希は黒子のもとに駆け寄ると心配そうに尋ねる。春香たちも我に返り黒子に視線を向ける。
「いえ。そういう話も…青峰君からの誘いもありましたが断りました。」
 不安げな表情を見せる美希に淡々と話す黒子。いつもと変わらぬ様子に動揺していた雪歩たちもわずかに落ち着きを取り戻す。
「もともと今年から積極的に海外へのスポーツ留学を進める話があったらしくて、赤司君が今回の計画を企てていたらしいんです。」
「えっ、どういうことですか?」
 黒子の言葉に春香が戸惑いがちに尋ねる。

「3回目の全中のとき、赤司君がボクたちに宣言していたんです。


【もう日本の同世代に僕たちの敵になるものは、僕たち以外にいない。だから次は僕たちこそが敵になるだろう。】

決勝の直前に言われたその言葉を聞いてボクは、キセキの世代の歪みと終わり悟って彼らと道を違えました。その後、ボクは彼らと意識的に会わないようにしていたので知らなかったのですが、話にはまだ続きがあったんです。」

「?」
 黒子の表情は固く、どこか悲しげに見えた。耳を傾けていた美希たちが黒子の言葉に首を傾げる。

「【高校でそのことを証明して、そしてその後は世界で戦おう】と。」
「世界で…」
 話の拡がりに驚いたように千早が呟く。
「赤司君は今回の留学の話を予測していたんでしょう。そして日本で、彼らがともにある限り、その才能が充分に育たないことも…だからこそ、互いが敵になることでその成長を促し、海外へと飛び出す。そして、再び集まったとき、世界を相手にともに戦うために。」
 黒子の語る、赤司の壮大な計画に美希や春香たちが唖然とする。

「黒子君は…その、なんで行かないの?」
 春香が美希に気をつかうようにためらいがちに尋ねる。
「ボクのバスケは、力を磨くというよりもチームの中にあることで成長します。だから海外にでることにあまり大きな意味がありません。」
 聞きようによっては傲岸にも、悲観的にも聞こえる言葉ではあったが、美希たちはそれが最大の理由ではないことに気づく。
「それに、まだ日本一になる約束を果たせていませんから。」
 続けて語られた言葉こそが本音であろう。その顔に海外への未練はない。

「他の人はどうするんだ?」
 誠凛から海外遠征していたもう一人、彼の今の相棒がいることを思いだして響が尋ねる。
「火神君も断りました。本人は


【ようやく日本に戻ってきたのになんでまたアメリカにとんぼ返りする必要があんだよ。】

と言っていましたが…」

 聞いていた響たちにも、火神の思惑がそれだけではないことを、黒子と同じ思いであることがわかって苦笑する。

「同じ理由で陽泉の氷室さんも断っていました。留学を決めたのはキセキの世代の五人です。」
「黄瀬君も、決めたのよね…?」
 律子がためらうように、今ここにはいない彼女を気遣うように尋ねる。
「はい。彼らはそれぞれ、別の学校を留学先に選びました。黄瀬君や青峰君はやっぱり、挑戦することを選ぶようです。」
 赤司や紫原は、自らの力を最強とするために、緑間も自らの力を磨くために、青峰と黄瀬は挑戦を続けるために。

「でも、真さんは…」
 やよいが瞳を潤ませながら走り去ってしまった少女を思い言葉を詰まらせる。春香たちもそのことに顔を俯かせる。

「…黄瀬君のあんな行動は初めてみました。」
 沈鬱な空気を壊す黒子の言葉に、春香たちが俯かせていた顔を上げる。
「中学の頃の黄瀬君は、バスケのことでいっぱいで、女の子はみんな平等にとか公言する人でした。」
 突然の黒子の回想に春香たちそれまでとは別の驚きを感じる。春香たちが見ていた限り、たしかにどの女の子にも優しく接っしていたが、とりわけ真に対しては、異なる接し方をしていたから。
「黄瀬君から女の子を追っていったのは、初めてだと思います。」
 黒子は中学のころの黄瀬を思い出す。大勢の女の子に囲まれて身動きがとれなくなるようなこともあった。そんなときは大抵、青峰が切れて睨み付けることで場を濁していた。そのことにくすりと笑みをこぼす。きっと今の黄瀬なら、悪い展開にはしないだろうと…


・・・

 逃げるように駆けだした真を追って走り出した黄瀬は、前を行く真の走力に舌を打ちたくなった。運動神経がいいのは知っていた。だがまさか自分が楽々と追いつけないほどの走力を陸上選手でもない女の子が持っているとは思いもしなかったのだ。
 思いもしなかったのは今の自分の行動もそうだ。どの女の子にも平等に優しくを標榜にしていた自分が、まさか一人の女の子を全力で追いかけることになるとは思いもしなかった。
でも驚愕に染まった彼女が、逃げ出すように身を翻した瞬間、なにも考えられなくなって走り出してしまったのだ。そして今も、足を止めようとはしない。今ここで足を止めてしまったら、きっと後悔すると分っているから。


全力で駆ける黄瀬と真の距離は徐々に近づく。流石の真も黄瀬の速度に敵うはずもなく、

「真っち!」
 黄瀬は自身に背を向ける真の腕を握り締める。追いつかれた真は、それ以上逃げようとはせず、背を向けたまま顔を俯かせる。その肩が上下しているのは、全力疾走によって乱れた息を整えるためか、それとも乱れた心を整えるためか。黄瀬も息を整えながらも、握った腕をつかんだまま、真が振り向くのを待つ。
 二人の間に白い息が何度も流れ、沈黙が続く。
 不意に真が上を見上げ、大きく息を吸い込む。振り返った真の顔は笑顔だった。
「へへへ。やっぱ涼はすごいや。脚には自信あったのに、簡単に追いつかれちゃったよ。」
「…簡単、でもなかったッスけどね。」
 笑顔の真を怖いほど真剣な表情で見つめると、居心地悪く感じたのか、掴んでいる腕が逃れようとたじろぐ。
「…やっぱスゴイよ。この間は日本一になって、今度は海外にスポーツ留学だし。」
「…」
 逃すまいとする黄瀬の腕を振り払うことができずに、真の腕は僅かに動いただけで、抵抗を諦める。
「この春からだよね。いつまで行くの?」
「だいたい1年ッス。」
 明るい顔を見せようとする真の問いに淡々と答える。1年という言葉に一瞬、真の顔が歪む。だが見間違いかと思うほど短い時間でその顔は笑顔へと戻る。
「そっか…」
「…」
 なにかを言いたいのに言葉がでてこない。思えば、女の子から話しかけられたことはあっても、自分から声をかけたことは極端に少なかったのだ。ましてこんな状況で、なんと言えばいいのかまったくわからずに、沈黙が流れる。

「…でもさ、ホント、ドラマか少女漫画みたいだよね。」
「真っち…」
 黄瀬の言葉を聞きたくないのか、沈黙に耐えかねてか、真は殊更明るい声を作って話しかけようとする。黄瀬の見ている前で、真はぎこちない笑顔で笑う。

「女の子が、王子様に恋をして、一緒に過ごして…それで思いが通じて。それで、王子様と離ればなれになるなんて。ほんと…っっ」
 笑いかけるその瞳から、こらえきれずに流れた涙を見た瞬間、握りしめていた腕を強引に引き、二人の距離がゼロになる。突然抱きしめられた真の言葉が途絶える。

「ゴメン。」
 結局、黄瀬の口から出てきたのは、なんのヒネリもない謝罪の言葉だった。なにに対してなのか、自分でもわからないまま、ただ口から出てきてしまったのだ。

「…大丈夫だよ。だって、ボクが好きになったのは、一生懸命な涼なんだから。だから…応援、したいのに…」
 自分の胸の中にいる少女の背の震えが、抱きしめた腕を通して伝わってくる。

「…はなれたく、ないよ。お姫様なんかじゃなくてもいいから、王子様なんかじゃなくてもいいから、普通の恋人みたいに、一緒にいたいよ。」
 こらえきれなくなった涙とともに、溢れた感情が、抑えきれない言葉となって響いてくる。黄瀬にできたのは、ただ震えるその体をぎゅっと抱きしめることだけだった。
 


胸元から聞こえる嗚咽がだんだんと小さくなる。
「…えへへ。だめだよね。みんなの王子様になって頑張るって決めて。ようやく認められたんだから。涼が、たった一人の王子様がボクをお姫様にしてくれたんだから。」
 胸元でうつむく真の顔を見ることはできないが震えはとまり、声の明るさもやや戻る。

「情けない王子様ッスよね。こんな時、なにを言えばいいのか分かんないんスから。」
 きっと自分は、王子様なんかではない。自分は、誰かに夢を見せるのではなく、誰かの夢を摘み取ってきたのだから。たくさんの思いを踏み越えて日本一になった。たくさんの人に夢を与えてきたこの少女とはきっと正反対のことを自分はしてきた。でもこの少女が、誰よりも愛しく感じる娘が、王子様だと言ってくれるのなら、

「だから教えて欲しいッス。こういう時、王子様ならどうするんスか?」
「…フツー、こういう時に女の子に、そういうこと聞く?」
 笑いかけるような言葉に、胸元から呆れたような声が返ってきた。

「しないッスね、フツー。」
すねたような言葉をあっさりと肯定すると、強がりではない笑みがこぼれたのが分かる。
「ふふふ。そうだね。じゃあ、まずは…約束してほしいな。」
 うつむいたままの真から楽しそうな声が踊る。

「一つ目は、ちゃんとバスケを楽しむこと!変な義務感とかで怖い顔でやっちゃダメだからね。」
「分ったッス。」 
 覚えのあることだけに肝に銘じておかないと繰り返してしまう事柄だけに苦笑しながら頷く。

「それで、浮気はしないこと!女の子にやさしくして、金髪の美女とかにつかまらずにバスケに集中すること!」
「ぐっ!約束するッス。」
 もとよりバスケに集中するつもりだが、女の子に優しくを標榜しているだけに、気を付けないといつの間にかなっていかねない事柄に一瞬言葉がつまる。

「あとは、ボクの歌、向こうでも忘れないように聞いてほしいな。」
 三つ目は約束、というよりもお願いなのだろう。忘れるつもりなど毛頭ないが、
「新曲が向こうでも流れてきたら聞くッスよ。」
「ムッ。じゃあ、アメリカでも流れるくらい頑張ってやる!」
 ちょっとした悪戯心を返答に混ぜると、負けず嫌いがでてきたのだろう。張りのある声が戻ってきた。
「楽しみにしてるッスよ。」
 泣き声が消えて、笑いあう声となる。

「あとは…」
 真はわずかに体をはなし、わずかに涙の残る顔で黄瀬を見上げる。
 見上げてくる少女を愛しいと思った。この少女をおいて1年も離れてしまうことに、心残りがないわけではない。それでも、自分がこの少女の横で輝くためにも、自分らしくあるためにも、先に進みたいと願ったのだ。

 二人の距離がなくなり、無言の約束が交わされる。必ずこの場所に戻ってくる約束。交わした口づけに想いをこめて。



[29668] 第52話 Epilogue
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/03/29 19:47
第五十二話 Epilogue



 日本の高校バスケット界からキセキの世代がいなくなり、パワーバランスは大きな変動を迎えた。
 キセキの世代の影に隠れていた全国の優秀なプレーヤーがこの機に覇権を握ろうと戦国割拠とした様相を呈した。
 そんな中、始まったIH東京都予選では、桐皇と誠凛が圧倒的な強さを見せた。膝の故障から現役を退くこととなった鉄心・木吉は、誠凛のマネージャーとして助力していた。
破られた約束を今度こそ果たすため日本一を目指す誠凛とWCの雪辱を果たさんとする桐皇、同じくWC3位決定戦で誠凛に敗れた秀徳も雪辱に燃え、決勝トーナメントは乱戦となった。
 だが、昨年の要であった3年と緑間の抜けた秀徳はやはり力及ばず2校に敗北を喫した。
 誠凛もキセキの世代に匹敵する力を持つ火神を擁するとはいえ、切り札である黒子が通用しなくなり、またDFの要をも失った誠凛は新体制での十分な経験を積むことができずに桐皇に敗北を喫した。

 一方で秀徳同様、3年とエースを失った海常だが、WC優勝という肩書は伊達ではなく、早川を中心に神奈川県大会を制覇した。
 都大会からの出場3枠である桐皇、誠凛、秀徳。神奈川県大会を制した海常、同様に地方大会を制した陽泉や洛山も全国に姿を見せた。
 
 
 ただ、そこには、冬を沸かせた彼らの姿はなかった。


 決勝戦は、赤司不在の洛山と秀徳を抑えた誠凛、桐皇・海常を撃破した陽泉とが激突し、キセキの世代と同格といわれた火神と氷室の対決が再び起こり、誠凛は見事にこれを撃破。
 本選までの短い時間に体制を整えてきた誠凛は創部3年目という記録的なスピードで、ついに全国制覇を成し遂げた。



他方、スランプが懸念された真は、なにかふっきれたようにアイドルとして精力的な活動を行い、美希と双璧を為すほどの存在感を示した。王子役としての従来のファン層に加えて、念願叶ってドラマのヒロイン役(男勝りの美少女役)を熱演したことで飛躍的に男性ファンを獲得していった。
美希もその天性の才能とルックスによって着実にトップアイドルとして成長していた。(時折、爆弾発言でワイドショーをにぎわせていたが、それが却って表裏のない彼女の魅力となって世間にアピールされていた。)

・・・

「おつかれさまです!」
「おつかれ!真。」
 仕事が終わり、事務所に戻ってきた真の元気な声にプロデューサーが振り向く。

「真。プレゼントだ。」
「えっ!?」
 ソファに腰掛けた真に、プロデューサーが包を手渡す。事務所でファンレターなどを手渡されることはよくあることだが、プロデューサーから一つだけ渡されるということは滅多になく、驚きながらもその包を開けてみる。

「あっ!!」
 中身を見た瞬間、真は嬉しそうな声を上げる。
「今日、発売日だろ。彼らのこと、載ってるみたいだぞ。」
 包の中身は、月バス。表紙には、スポーツ留学生の近況報告というコラムがあり、真は慌ててページをめくる。


【・・・ハイスクールに留学中の黄瀬涼太(海常高校)と青峰大輝(桐皇学園)が留学先にて激突!!昨年のIHでも繰り広げられた戦いの再演は、ついに黄瀬に軍配が上がった。
昨年のWCを制した黄瀬だが、彼が中学時代の元チームメイトの青峰に憧れてバスケを始めたというのは、本人も語る事実。幾度もの挑戦の果てに、ついに憧れたエースの撃破を成し遂げた・・・】


「あっ!黄瀬っちだ!」「おおー、ついに青峰っちを倒したのかー。」
 ソファに腰掛けて読んでいた真の周りには、いつの間にか亜美と真美がおり、雑誌を覗き込んでいた。周りに集まっている春香たちにも気づかずに真は雑誌に目を通す。
 楽しそうに笑いながら、戦う二人の写真があった。

【・・勝ったっつっても、1on1ではまだまだッスよ。結局、試合の得点数も青峰っちの方が上だったんスから。まあ、うまくチームが機能したんで勝てたッスけど。」インタビューに応じてくれた黄瀬君は、苦笑いしつつも控えめなコメントを返していたが、その成長は誰の目にも明らかだろう。だが、青峰君をはじめとした留学生たちも負けてはおらず緑間君との試合では、僅差で敗れてしまった。またその緑間君も青峰君に敗れるというまさに、拮抗した力関係となっている・・・彼らの留学は来年の春まで。今年のWCには間に合わないが、来年のIHでは再び、壮絶な戦いを見せてくれることだろう。】


「すごいねー、黄瀬君達。」
「春香!…うん。」
 黄瀬のコラムを読み終えた真は、春香の声で自分の周りに仲間が集まっていることに気づく。
「やっぱり来年の春まで留学なんだね…真ちゃん、ちゃんと連絡とったりしてる?」
 真に寄り添うように本を覗き込んでいた雪歩が気遣うように尋ねる。
「うん、この間なんか・・・・」


 不安がないといえば嘘になるだろう。この半年傍にいてほしいと思うことがなかったわけじゃない。
 だが、自分も彼も、それぞれの場所で輝くことを約束したのだ。次に会ったとき、お互い相手に負けないような輝きとなれるように。

 誓った約束があるから頑張れる。それでも…


「真、調子崩さないか心配でしたけど、大丈夫みたいですね。」
「ああ。すごい娘だよ。ほんとに。」
 少し離れたところから律子とプロデューサーが様子を伺う。アイドルといえど年頃の少女だ。さみしさもあるだろうし、不安から調子を崩すこともあるだろう。だが、彼女はそんなことを見せずに笑っている。


・・・

 季節は巡る。頂上決戦となった冬が再び訪れる。

いないことは分っている。それでも真たちは時間を見つけては海常や誠凛の試合を見に行った。
 試合会場では、大学に進学してバスケを続けている笠松や森山たちとも出会った。

以前に比べて少しだけ女性に強くなった、それでも亜美や真美に迫られてびくついている笠松さん。相変わらず雪歩に熱烈なアピールをして、逃げ出さなくなった雪歩と森山さん。二人のやりとりを温かい目で見て周囲を気遣う小堀さん。
 コートでは、気合十分な早川さんがチームに激を飛ばして奮戦している。
 
 美希は試合の合間に観戦にきていた誠凛のところに突っ込んでいき、黒子君を押しつぶしていた。それを見て誠凛の人たちから殺気が漏れ出て、春香たちは苦笑いしている。
 やよいは木吉さんと楽しそうに話し、千早は少しためらいがちに木吉さんに話しかけている。

 以前と同じ季節、同じ会場、同じ光景。ただ、少し、あるいは大きくみんなの立ち位置が変わってしまった。

「真、大丈夫?」
 ぼうっとしていたのに気づいたのか春香が心配そうな表情で尋ねてきた。
「えっ!?どうしたの?」
 春香の声にはっとして尋ね返す。

「…ううん。なんでもない。」
 少しだけ不安そうな表情を見せた春香は、すぐに明るい表情となって誤魔化すように手を振る。


「…まったく、あのバスケバカ…」
 ぽつりとつぶやく笠松の声は届かなかった。


・・・・
 

 昼の寒さが遠のきはじめ、徐々に草花が活発になり始める。

「もうすぐ一年、か…」
 公園に来ていた。中学生、あるいは高校生だろうか、バスケットコートで何人かの男子がゲームをやっている。
 2年前、初めて彼のプレーを見たのもこの公園だった。二人で五人を相手に完封するという凄まじいまでの力。いや、きっと彼にとってあれは2on5ではなかったのだろう。あのとき彼の隣にいた人は、すでに‘かつての’仲間となっていたのだから。
 あれからたくさんのことが変わっていった。
 
 いつも寝てばかりいた美希は、いまや765プロ、いやアイドルを代表するかのようなトップアイドルとなった。雪歩は男性恐怖症をかなり克服して、舞台をはじめ活躍している。千早は、他人を拒絶する雰囲気がなくなり、明るい表情で歌うようになった。ほかのみんなも、どんどんと夢に向かって変わっていく。

 自分も変わった、ただ、自分の夢見たのは…

「白馬に乗った王子様、か…」
 小さいころからの憧れだった。男のように育てようとする父親の方針で、女の子らしいことなんてできなかった。
 だからこそ、お姫様になることを夢見た。





「白馬には乗れねッスね。」
 ポツリとつぶやいた言葉に返してきたのは、ベンチの後ろから聞こえる懐かしい声だった。
 ここに来たのは、会えると思っての事ではない、ただ彼と居た残り香を求めていたようなものだった。

 驚きと期待で振り向くと、そこには以前よりも大きな体つきとなって、でも以前と変わらない優しい微笑を向けてくれる彼がいた。



・・・


・・帰ってくるのって来月じゃ…?

 驚かそうと思ったんスよ。

 十分驚いたよ…

 驚いただけッスか?

    …

 …真っち?

 …さびしかった…

    …

    さびしかったよ…

    …ただいまッス。おそく…なったッス。

 うん…




 ふたたびここから始まる。


 同じ季節に


 同じ夢を抱いたまま


 大切な存在を、今度こそ見失わないようにして




[29668] Extra episode1  青の回帰
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/02/19 12:57
「青峰――――!!」
 雪解け前の冬の名残が感じられる屋外とは対照的に、熱気の籠った室内で桐皇学園バスケ部新主将の若松の怒声が響き渡る。
 毎度の如く繰り広げられるやりとりに部員たちが呆れ顔を見せる。怒鳴られた当人は、練習していた手を止めて鬱陶しそうに振り返る。

「っせーなー、んだよ。」
 WCが終わり新しい年になり、青峰は以前の不真面目さが嘘のように練習に取り組むようになった。誰よりも早くに体育館に姿を現し(授業後すぐに駆けつけてもなぜか必ずいる。)、誰よりも遅くまで練習している(寮住まいのため帰宅の心配はないのだが、それにしても遅すぎるような…)。
 ただ問題があるとすれば…

「なんだじゃねーよ!!自己中もたいがいにしろよ!今は全体練習だ!!っつってんだろーが!」
 練習メニューそっちのけで一人で練習ばかりしていることだろう。いかに超個人技重視の桐皇といえども、最低限のチームプレーはこなさなければならないし、なによりもその重要性をWCで認識したはずなのだが…

「てめーらと仲よしこよしでやっても練習になんねーだろ。」
 呆れ顔で個人練習を再開する青峰に、若松は血管をはち切らせんばかりの憤怒の表情を見せ、周囲の部員が慌てて羽交い絞めにしている。
 青峰の突出した力は、全国有数の力をもつ桐皇学園においても飛びぬけており、全体練習では、ほとんど青峰の独壇場と化してしまうのだ。周囲の部員も腫物を扱うように恐々と見ており、そのため、数日で飽きたのか青峰は、以降ほとんどひとりでの練習ばかりとなってしまった。
部を想う気持ちの強い若松には、そのような存在は許しがたいものがあるのだが、青峰の力は認めているし、エースとして信用もしている。
 だが、新主将として任命されてから、前主将と懸命に相談して作り上げた練習メニューをあっさりとボイコットされては、怒りを感じずにはいれまい。
そして、

「青峰――――っ!!!」
「うわぁああ!」「キャプテンをとめろー!」「桃井さん呼んでこい!!」
 堪えきれなくなった若松が爆発して部員たちが騒ぎ出す。結局、唯一青峰を制御できる(可能性のある)桃井によって、なんとか事態は鎮静化されたのだが…



<…ていうことなんだけど、どうしたらいいかなー。>
「どうしたらって…なんでその相談相手がオレなんスか?」
 もうじき海外遠征などがはじまり、集団練習に加われなくなるものの、以降のことを考えると今の青峰の現状は静観できるものではない。なんとか改善できないものかと頭を悩ませた桃井が連絡をとったのは、青峰同様の問題を抱えていたのではないかと思われるかつての仲間。

<だって、きーちゃんも似たようなことあったでしょ?>
「…」
 電話口からかけられた桃井の言葉に、黄瀬は昨年の出来事を思い出して顔をしかめる。たしかに入部当初は、先輩部員に対しても不遜な態度をとっており、練習も青峰程ではないにしてもサボり気味だった。それはその通りなのだが、

「相談事なら黒子っちの方がよかったんじゃないッスか?」
 桃井が相談するなら自分ではなく、間違いなく同じ東京にいる“愛しの”黒子が第一候補だろう。特にチームプレーの先達にかけては、自分よりも彼の方が造詣が深いだろう。
<えっ!!だって、テツ君に、電話なんて…こんな夜中に……きゃー。>
「…」
 突然悶えだした桃井に沈黙を返し、一人で納得する。


(ようは恥ずかしくて電話かけられないんスね。)


 直接会った時には、あれほど大胆な行動をとっているのに、どこか羞恥心の設定を間違えている気がしないでもない。
 黒子相手に戸惑う時間帯に平気で自分には連絡をとれるというのは、自分の立ち位置を考えさせられるものではあるが、

「…しかし、そうっスねー。」
 青峰がやる気を取り戻したのは、黄瀬にとっては喜ばしいことだ。海常にとっては、強敵を作ってしまうことだが、自分が憧れたかつての存在が戻ってきたことは素直に嬉しい。ただ問題の解決はそう簡単にはいかないだろう。なにせ相手はあの青峰だ。言ってはなんだが、自分と青峰では社交性に差がありすぎる。今の青峰が素直に先輩の言うことを聞いている姿など想像できないほどだ。

<でもでも、やっぱりちゃんと電話もできるようにならなきゃいけないよね。最近じゃ、テツ君を狙う魔の手が迫ってるみたいだし。>
 考え込んでいると、電話口では暴走した桃井の声が聞こえてきている。 
 黄瀬は不穏な内容になりつつある相手をよそに問題について考えることにした。青峰が練習に、というよりもチームに溶け込むための、周囲の選手との協調性をもつ方法。
 ふと、以前から打診されていたとある懸案を思い出す。とある関係から打診された仕事、とうよりもお願いなのだが…

「桃っち。いいこと考えたんスけど、ちょっといいッスか?」
 自分がやり通したいことでもあるのだが、明らかに自分に適正のないお願いであることは分っていた。青峰にも適正はなさそうだが、経験もあるし自分よりはましであろう。問題も解決できるかもしれないし、なによりも…おもしろいことになりそうだ。



Extra episode1  青の回帰

 
 数日後の休日、
「たくっ、なんでわざわざこんなとこまで来なきゃいけねーんだよ。」
「今日は大ちゃん、特別メニューだからだよ。」
 朝からバスケの練習に出ようとした青峰は、体育館に到着する前に桃井と遭遇し、強制連行されていた。
 ぶつぶつと文句を言う青峰に対してやや呆れ気味に告げる桃井。
 二人は、学校の体育館ではなく、都内の某体育館に来ていた。

「だいたい、みんなと一緒でも勝手ばっかやってるんだから、特別メニューでも変わんないでしょ?」
 ややきつい口調で言う桃井の言葉に青峰は舌打ちを打つ。青峰としては、練習さえできれば、特にこだわりはないのだが、訳も分からず連れてこられて困惑しているのだろう。
「勝手に出てきたらギャーギャーうるせーやつにまた怒鳴られるんじゃねーのかよ?」
 怒られることがイヤ、というよりも純粋に鬱陶しいのだろう、ぶつぶつと文句が言い続ける青峰をなんとかなだめすかしながら桃井は、目的地である体育館に入る。
 青峰も、訝しみながら体育館に入る。入ってすぐのフロアで待ち受けていたのは、

「テツくーーん!」
「おはようございます、桃井さん。」
 同じ東京にいるかつての相棒だった。黒子の姿を見つけた桃井は、いつもの如くに飛びつき再会を喜んでいる。一方、幼馴染の暴走を目の当たりにしている青峰は、

「オイ…どういうことだ。」
 冷え冷えとした視線を向けて尋ねた。


・・・

「…で、どういう状況だよ!」
 素知らぬ顔で先導する黒子に誘われて運動着に着替えた青峰を待っていたのは、

「「「「よろしくお願いします!」」」」」
 765プロアイドルメンバー(一部欠席)だった。苦々しい視線を黒子に向けると、黒子は理由を知らないことが不思議だと言わんばかりに首を傾げる。

「桃井さんと黄瀬君から聞いてませんか?」
「ああ?黄瀬!?」
 不機嫌指数が上昇中の青峰が桃井に理由を尋ねるように視線を向ける。

「ごめんね、テツ君。言ったら絶対こないと思ってまだ言ってないの。」
 視線を向けられた桃井は、青峰ではなく、黒子に向けて謝罪する。黒子はなるほどとばかりに得心の表情をして、青峰に視線を向ける。
「青峰君に彼女たちの練習を見てもらいたいんです。」


・・・
 曰く、昨年大好評ながらも、色々な事情で打ち切りとなった765プロオールスターの番組、生っすかサンデーが復活する、とのこと。
 曰く、番組でなにか団体競技をやって、部活の道場破りをやる企画があること。
 曰く、人数的にサッカーや野球はギリギリになってしまい、同時に参加できない可能性があるためバスケとなったこと。
 曰く、バスケが候補に挙がったのは、765プロメンバーの最近の趣味がバスケ観戦であることを考慮したとのこと。
 (加えていつぞやの運動会の件同様、スポンサーにバスケ好きがいるらしいとのこと。)
 

「それで、そのコーチ役に接点のある僕や黄瀬君が選ばれたんですけど。」
「今日はきーちゃん来れないらしいの。」
「…」
 どうやら、少し前から空き時間や休日を使って練習をしているらしく、休日には黄瀬が教えていたらしい。
ひとまず説明を聞いている青峰だが、次第にその頬がひくついてきているのを分っていながら黒子と桃井は説明を続ける。

「ボクが見れればいいんですけど、ボクでは手本になれませんから。」
 黄瀬と同様、コーチ役に選ばれた黒子は、バスケIQこそ高く、初期の理論や基礎であれば教えれるものの、実際の手本を見せるには下手過ぎたのだ。
「だったら火神のヤローなり、誠凛のヤツラなりいんだろーが!!」
 我慢の限界に達した青峰の怒号が体育館に響き、アップをしながら、様子を伺っていた真たちが不安げな表情を向ける。怒号を受けた肝心の黒子は、さして表情を変えずに反応する。

「ボクの知る限り一番うまいのが、青峰君ですから。それに…今日は誠凛も練習日です。」
「オレもだよ!!!」 
 何食わぬ顔で、いけしゃしゃあと告げる黒子をドつきたくなる衝動を抑えながら何度目か分らない怒号を響かせる。もっともなツッコミに返したのは黒子ではなく、
「ぶっぶー、今日の大ちゃんの練習メニューは、彼女たちの練習をみることでーす。」
「はあっ!?ざけんな!!」
 桃井の憎らしいほどの笑顔(黒子に張り付いているため)のコメントに青筋を浮かべながら怒鳴る。

「ふざけてないもーん。監督命令でーす。」
「はあっ!!?」
「それではあとは、お願いします。」
 血圧が上昇中の青峰を煽るかのような桃井を他所に、黒子はすでに退避準備にはいっており、
「あっ、オイ!待てテツ!」
「またねーテツ君!」「ハニーまたねーなの!」 
 気づいた青峰が慌てて声を上げるが、桃井も美希もしっかり黒子との逢瀬を楽しめたのか、練習モードにはいっているためか見送りの言葉をかけ、黒子は去っていく。

・・・

 結局、監督の許可がでて、桃井が特別メニューと言い張る以上、青峰がごねても今日は桐皇の練習に参加することはできない。
 青峰は不機嫌な表情を隠そうともせず、しぶしぶ765プロアイドルたちの練習を見ることとなった。
 
 黄瀬や黒子がある程度は教えていたのと、ダンスで鍛えた運動能力からか、練度はともかく一通りの動きはできており、体力的にもなかなかのものだった。


だが、
「ねえねえ、青峰っち~。」
「っち付けんな!」
「コーチなんだからシュートのお手本、見せてよ。」
 なかなかうまくいかないものもあるようで亜美がせっかくなので手本を要求する。 
「あぁ?…こうだよ。」
 めんどくさそうにしていた青峰だが、桃井から素早くボールを投げ渡された青峰は、気だるげに“右手一本で”ボールを放り投げてシュートを決める。

「…」「わっかんないよ~、青峰っち~!」
 あまりに何事もないかのようなレクチャーに亜美が固まり、真美が抗議の声を上げる。



また、
「センター、というのにはコツがあるとお聞きしたのですが、どうやるんでしょうか?」
「知るか!オレはセンターなんざやったことねえ!」
 身長の高い千早や高音は、黒子たちからセンターの役目を習ったのだろうが、経験の浅い黄瀬にしろ黒子にしろ青峰以上にセンターと縁遠いためあまり理解していなかったようだ。千早が青峰に尋ねるが、完全フォワード適正の青峰にとってもセンターは経験が少ない。

「ふむ。コーチの青峰さんも“できない”のであれば、どのようにしましょう?」
 困ったような高音の言葉が(?)、青峰の琴線に触れたのだろうか。ピクリと反応した青峰は高音のもとでフォワード視点からのセンターの動きを伝え始めた。



そして、
「青峰さん!もう一回やって下さい!」
「自分もまだまだだぞ!」
「ああっ!?100年早ぇよ!」
 見ている内に体が疼いてきたのだろう、いつの間にか練習に参加していた青峰は、コーチそっちのけで真と響とともに2on1をやっていた。運動神経に優れる真と響の二人がかりといえども青峰相手にまともな勝負ができるはずもない。にもかかわらず何度も挑んでくる相手に楽しそうに青峰は応じている。

 いつかのように、自分の牙城を崩すことはなくとも、楽しそうに。



・・・

「どうやらうまくいったみたいッスね。」

 亜美や響たちの教えてコールに辟易しながらも答えている青峰を微笑ましい思いで見ていた桃井と真は、背後からかけられた声に驚きながら振り返る。

「きーちゃん!」「涼!」
 今回の共犯者である黄瀬も、自分たち以外の他人とともに練習することの意義を思い出してくれたことが嬉しいのか明るい表情で真に手を振り返す。桃井は、黄瀬の言葉を確かめるように楽しそうに混ざっている青峰の様子を見て、

「うん。ありがと、きーちゃん。」
 嬉しそうに頷き返す。黄瀬も様子を見に来ただけなのだが、せっかく真と会えたのでしばし話し込もうとしたのだが、

バゴッ!!
「ぶっ!!」
 顔面に飛んできたバスケットボールの直撃を受ける。真と桃井が驚いてボールの飛んできた方向を見ると、

「黄瀬ェ!!てめえよくも来れたな!!」
 憤怒の表情を見せた青峰が肩を怒らせて近づいてきていた。

「いやいや、青峰っち、これは…」
 赤くなった顔を手で押さえながら黄瀬が弁明を試みようとすると、青峰は問答無用とばかりに黄瀬の腕を引っ張っていく、

「てめえも練習台になれ!」
 青峰の言葉に黄瀬は目を大きく開けて驚き、桃井や真も驚いた表情を見せる。だが、二人もお互いに顔を見合わせて微笑むと、

「いくよ、涼!」
「せっかくだから私も!」
 みんなの待つコートへと黄瀬の背を押しながら駆けて行った。





後日

「ナイッシュー青峰!」
 冬の雪解けを表すような春の陽気がわずかにかんじられる中、桐皇バスケ部は全体練習を行っていた。その中には、みんなに混じって青峰の姿もあった。

「どうやらうまくいったみたいですね、桃井さん。」
「はい。」
 桐皇の監督は、桃井から提案された青峰回帰計画がうまくいったことを確認し、桃井もその結果を満足そうに見る。
 青峰の表情は、中学の時と異なり、ニヒルな笑顔が浮かんでこそいるが、それでも周囲とともに歩む姿勢が見られていた。
桜井をはじめ、1年の何人かは青峰に技術を教わりたいのだろう、恐々ながらも話しかけ、青峰も少しバツが悪そうにしながらも応えていた。
 
 本来の青峰は、バスケが好きで、バスケをする人が好きなのだ。だからこそ、くさっていた時期もやめることができず、鬱々とした毎日を過ごしていた。だが、もともと初心者の黄瀬の相手を毎日したり、3軍の黒子の相手を遅くまでしたりと世話焼きな一面もたしかにあるのだ。
 仲間とともに今を走るアイドルとの会合は、かつてのそれを思い出させてくれたのだろう。

 桃井が微笑ましい思いで見ていると、青峰は若松を挑発するかのような背面シュートを決め、コートのにぎやかさが増す。
 悔しげながらも、そのプレーに感心するように青峰の背中を見ていた若松だが、


「はーっ、全然ダメだな。」

 青峰の一言がにぎやかなはずのコートにやけに大きく響いた。桃井と監督も、その一言でピシリと固まったように感じた。
 見れば目の前で得点された若松はプルプルと体を震わせており、

「いけませんね。」「ちょっ、」
「青峰―――っ!!」

 新生桐皇学園バスケ部の主将の怒号が体育館に響き渡る。





[29668] Extra episode2  vivid memories
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/02/27 22:24
今回の短編はreplaceとreplaceⅡのネタを元にしています。なるべく小説版を読まれていない方でもお楽しみいただけるように描くつもりですが、前日談がわからないという方もおられるかもしれません。






生っすかの企画に向けた練習と仕事のちょっとした休憩時間。

「あはっ!テツ君、すっごい似合ってるの!」
「でしょでしょ!テツ君の執事服、すっごいかっこよかったんだから。」
 
「おおぉ!なにこれ、黄瀬っち!?」「貴公子!?」「ぅわぁ。」
 桃井の持ってきたアルバムを見て、美希は執事姿の黒子に感激し、亜美や真美はフランス革命時代の青年将校風の黄瀬の写真に声をあげる。真は黄瀬の写真に、貴公子のような写真に見とれている。 

「何やってんスか?」 
 わいわいと騒ぐ桃井たちの後ろから、興味をひかれた黄瀬が声をかける。

「あ。きーちゃん。これ、懐かしいでしょ。」
 黄瀬に気づいた桃井が黄瀬にアルバムの写真を見せる。
「なんすかこれ…って文化祭の写真?」
 アルバムを、自身が仮装している写真を見た黄瀬は、訝しげな声をあげるが、それが中2の頃の文化祭の様子であったことを思いだす。


Extra episode2  vivid memories



 きっかけは、桃井の手帳に貼られた一枚のプリクラだった。以前真たちの練習につきあった際、桃井の手帳に黄瀬が写ったプリクラが張られていたのを美希が見つけたのだった。ただしそこに写っていたのは

「ねえねえ、桃井さん。これってテツ君と黄瀬君たちだよね?」
 練習メニューを考えていたのだろう、手帳を持って考えていた桃井は、美希の言葉に顔を向ける。
「え?…あ、うん。中学の頃のプリクラよ。」
 興味が湧いたのか真や響たちも桃井を囲むようにして手帳を覗き込む。
「なんか黄瀬っち、泣き顔になってるぞ。」
 響が指摘するようにプリクラに写る黄瀬は、青峰によって画面から押し出される寸前で、涙目で画面にとどまっている。
「おー、桃っちと黒子っち、ラブラブだー。」「ぶー、そんなことないもん!」
 画面前列の黒子は、桃井に抱き着かれた状態で写っており、二人の頭上にはハートマークが踊っている。そのことを亜美が囃し立てると、不機嫌そうに頬を膨らませて美希が反論を試みる。

「なつかしーなー。」
 桃井は囃し立てる声には反応せず、懐かしむようにプリクラを見ている。
「これ…たしか涼も持ってたよ。」
 真は、そのプリクラが以前ちらりと見た黄瀬の携帯に張り付けられたものと似ていることを思いだす。
 写真中央前列で黒子に抱き着く桃井。二段目には嫌そうな顔で黄瀬の顔面を押し出そうとする青峰と、なんとか黒子に抱き着こうとしている(ように見える)黄瀬。その後ろには、不機嫌そうな表情で、しかし口元はわずかにほころんでいる緑間とゆるそうな紫原。バックの絵柄は珍しいことにバスケの背景となっており、ていこーバスケぶの文字が躍っている。

「うん。2年の夏前にテツ君たちと撮ったんだ…」
 WCを経て、彼らの関係はまた変化を見せたが、だからと言って違えた道が戻ったわけではない。そのことに複雑な心境なのだろう、どことなく寂しそうな懐かしさを感じているのだろう。
 
「…そうだ!桃井さん。」
「はい!?」
 桃井の表情に思うことがあったのか、春香が急に声を上げ、物思いから連れ戻された桃井が反射的に反応する。

「中学の頃の写真とか、映像ってありませんか?」
「えっ、家に試合記録とか、学校行事の写真とかならあると思うけど…?」
 詰め寄ってくる春香の迫力に押され気味に応える桃井。真や美希たちも、春香の突然の思いつきに困惑気味の視線を向ける。

「せっかく知り合いになれたし、もっと桃井さんたちのこと知りたいなー、てダメ…ですか?」
 アイドルとして過ごすことに不満があるわけではない。しかしそれによって学校での、同世代との交流関係は希薄化してしまっている。不満ではない、だが、少しさびしい。桃井や黒子は、モデルである黄瀬との付き合いが長いせいか、はたまたバスケに夢中なためか、あまりアイドルである春香たちに隔意がない。
 桃井は持ち前の観察力で、春香の思いに気づいたのだろう、しばし呆気にとられるようにしていたが、くすりとほほ笑むと

「いいよ。じゃあ今度、アルバムもってくるね。」
 桃井の言葉に春香だけでなく、雪歩や真も嬉しそうな歓声をあげる。


・・・・


「文化祭って、こんな格好でなにやってたの、涼?」
 写真を見て呟いた黄瀬の言葉に返すように真が尋ねた。それに対して黄瀬は、思い出すように首をひねる。

「えーっと、たしか…縁日だったと思うんスけど。」
「縁日?」
 流石に2年前の行事のことだけに忘れ気味の部分があるのだろう。黄瀬は少し悩みがちに答える。だがその答えに真たちはさらに首を傾げる。

「文化祭で縁日って…」「縁日でもおかしいっしょコレ。」
 などなど、訝しげな声が上がる中、黄瀬はアルバムをめくるようにして写真を探す。ページをめくるとそこには目的のものがあったらしく、

「あっ、コレっす。これ。」
 と言って真たちに写真を見せる。
 どうやらクラスでの出し物らしいのだが、その店名は

『艶仁知~艶やかなる新しき愛と知性をあなたに~』

 というよく分からない煽り文句とともに薔薇の造花に彩られた看板が掲げられていた。ちなみにその看板の前では、紫がかった髪のやたらと背の高い貴婦人(?)が腰に左手をあて、右手を突き刺すように前に指さしてポーズをとっていた。 

「「「………」」」
「……なにこれ?」
 あまりの光景に亜美たちが絶句する。なんとか再起動した真が黄瀬に問いかける。

「縁日ッス。」
 黄瀬が懐かしむように写真を見ながら答えるが、
「いやいや、縁日じゃないでしょ、コレ!この人って、たしか紫原さんだよね!?何でこんなことになってんの!?」
 黄瀬の答えに納得できるはずもない答えに真が声を上げる。
「いやー、もともとはアフタヌーンティーの喫茶店やる予定だったハズなんスけど、調理室が使えなかったとか、衣裳の手配だけ済ませちゃったとかがあって、折衷案でこんなことになったんスよ。」
 写真を見ていることで呼び水になったのか、衝撃的な出来事だったからか段々と事情を思い出してきたらしく説明するが、その事情は明らかになにかがおかしかった。

「おっかしいでしょ、これ。でもきーちゃんとかむっくんとかがすっごい人気で行列ができてたんだよ。」
 桃井も思い出した事情がおかしかったのかくすくすと笑いながら付け加える。真はもはや呆れているかのような表情で写真を見ている。
「ねえねえ桃井さん。テツ君はなにやってたの、コレ?」
 美希は黄瀬の貴公子姿よりも黒子の執事姿が気になるらしく、別の写真を指して興奮している。
「テツ君は、たしか…カレー屋さん。」
 写真には黒子のほかにも執事姿の男性が写っている、というよりも黒子にピンとを合わせているものが極端に少ない。なんとか桃井に給仕している黒子の姿がメインの構図で写っている唯一の写真だ。
 帝光中には、というよりも帝光中バスケ部のメンバーは、どれも個性的だからだろうか、一見するとバスケ部ともクラスの出し物とも思えないようないでたちをしている構図ばかりが写っている。
 いかにも怪しいマントのようなものを羽織った不機嫌そうな緑間。マリーアントワネット(?)のような紫原、将棋の盤面の前で対戦相手を項垂れさせている赤司。唯一青峰はあまり積極的に参加していないのか、大量の食べ物を抱え込んで不機嫌そうにしている。
 楽しそうに写真を見ていると真が他とは様子の違う写真に気づいた。

「コレはなにやってたの?」
 真が示した写真を見ると、そこには黄瀬に腕を引き上げられた形の桃井と紫原。青峰にホールドされて不機嫌オーラを満開にしている緑間と混乱している黒子という集合写真が写っていた。
「コレは…なんだったスかね。」
 思い出せないのか、黄瀬は桃井に尋ねるように首をひねる。
「えーっと、たしか…スタンプラリー!」
 桃井も思い出すまでに時間がかかったようだが、なんとか思い出して答える。

「スタンプラリー?」
「あー、そういやそんなのあったスね。」
 桃井の説明に真たちは首を傾げ、黄瀬は思いだして納得する。黄瀬の声に反応して真たちが黄瀬に視線を向ける。

「2人1組で組んで色んなチェックポイントを通過するイベントッスよ。この時はたしか借り物競争で、ヒーロー参上、だったかな。」
 詳細までは自信がないのか少し語尾が怪しいが、内容の説明はまったくもって意味が分からない。
「…どこがヒーローなのよ。っていうかなによそのお題。」
 伊織が呆れた表情で尋ねる。

「お題を出してたのがクイズ研だったのよ。めちゃくちゃなのばっかだったのよ。」
「そうそう、ほら、黒に青にピンクに紫、緑と黄色でカラーレンジャーみたいな。」

「………」
 とりあえず帝光中とは随分と個性的な中学だったんだと無理やり納得することにした一同。

「商品がよかったから青峰っちと組んで出たんスけど、他のペアは男女のペアばっかだったんスよ。」
 真たちの沈黙に気づいた様子もなく黄瀬は、スタンプラリーのことを懐かしんでいる。
「たしか、男女で出場して優勝したペアは、しばっ!!」
 恒例行事だったスタンプラリー、それにまつわる噂を口にしようとした黄瀬は、その口を桃井によって叩きつけられて強制的に黙らされる。
「ゆ、ゆ、優勝したら豪華景品がもらえたんだよね!」
 どうみても怪しい取り乱し方をした桃井が慌てて取り繕うが、男女でペア、というワードに不信感をもったのか美希が疑惑の目で桃井を見つめる。
「優勝できたんですか?」
 美希の視線に気づかなかったのだろう、春香が地雷ともなりうる質問を投げる。

「ううん。私たちときーちゃんたちのどっちかがあと少しでゴール、ってところで二組ともトラップにかかって失格。」
 トラップにかかった写真なのだろう、巨大な網によって宙づりになっている4人が写っていた。



「おっ、これって、キセキの世代、とかってやつでしょ?」
 学園行事の方からバスケの写真にアルバムが移ったのだろう、真美が尋ねる。写真にはユニフォームを着て集まっている五人の姿があった。
「へー、なんか意外な感じがするさ。」
 響が見ている写真には、満面の笑みで黄瀬の肩を抱く青峰が写っていた。
「そうッスか?」
 なんでもないことのように言う黄瀬だが、その心中が複雑なものであることを真は知っている。
「なつかしいな…」
 桃井は、青峰と黒子が拳を打ちあわせている写真を見ながら呟く。春香は、その憂いの表情になんと声をかければいいのか悩み、

「涼は、昔の方がよかった?」
 口火を切る前に真がためらいがちに黄瀬に問いかけた。黄瀬は真の方をちらりと見てから「んー。」と言葉を整理している。

「まあ、中学のときはときでよかったッスけど、どっちがいいってもんでもないッス。」
 黄瀬の答えに桃井は、意外そうな顔を向ける。真たちも言葉の続きを待つように視線を向ける。
「たしかにあの頃がよかったって気もするんスけど、黒子っちとか青峰っちと今みたいに試合の時に全力でぶつかりあうのも悪くないッス。」
 

 望んだのは対等な相手。自分の全てをぶつけられる好敵手。


 彼が、彼らが欲しかったものは、安穏とした今(過去)ではないのだ。そのことに思い当たった桃井は、驚きの表情で黄瀬を見つめた後、くすりと笑う。
「きーちゃんは真さんと出会えたからいいけど、私はテツ君と会う機会が減っちゃったからなー。」
 桃井が冗談めかして言うと、真は赤面し、黄瀬は
「そうッスねー。じゃあ、今の方がいいッス。」
 とあっさりと認めて真をさらに慌てさせていた。
 その後も、しばらく写真を見ていた黄瀬たちだが、ふと気まぐれのように黄瀬が尋ねる。

「オレらの写真ばっかッスけど、真っちたちのアルバムとかないんスか?」
 一方的に過去を見せているだけでなく、自分が出会う前の真たちも見たくなったのだろう。

「あ、ありますよ。これです。」
 用意していたのだろう、春香が鞄の中からアルバムをとりだす。
「でも、ほとんどみんな、一昨年の夏ごろ765プロに入ったんで、黄瀬さんが知らないときのってあんまりないと思いますよ。」
「そういや、そうッスね。」
 とはいえ、黄瀬が事務所に訪れたのは、実はそう多くないため、事務所での真たちの記録のような写真はなかなかに興味深かった。とりわけ、

「あれ?真っち髪型違ったんスか?」
 どうやら夏ごろの写真のようだが、そこに写る真は、今とは違いかなり短い髪型をしていた。
「うん。今みたいに伸ばしだしたのは去年からなんだけど…どっちの方がいいかな?」
 少し自信なさげに、上目づかいに尋ねてくる真に黄瀬は頭を撫でながら答える。
「このころの髪型も似合ってるッスけど、今の髪型も真っちらしくていいッスよ。」
 黄瀬のコメントに真が照れたように微笑み、桃井たちはやれやれといった表情を見せている。そんな中、

「黄瀬っち、黄瀬っち。これ、これ。」「うちらの練習風景だよ。」
 亜美と真美がとある写真を勧めてきた。手渡された写真を何事もないかのように受け取った黄瀬は、その写真を見て固まる。その反応に亜美と真美がにやりと笑う。

「真っち、練習のときって昔からこんなカッコしてるんスか?」
 別の写真を懐かしんでいた真や桃井たちは、黄瀬の言葉に視線を向ける。
「えっ?うーん、だいたい練習のときってジャージだから、そんなに変わってないと思うけど…」
 黄瀬が立った状態で写真を持っているため、身長差でその写真を覗き込むことができない。真は、なんでもないことのように答え、

「…あ!!」
 よく練習を共にしている春香や雪歩が意図していることに気づく。
「ふーん。じゃあ、今度この時のカッコしてきてもらいたいッス。」
 どことなく楽しそうな表情で黄瀬が頼むと、

「?いいけど。」「真!?」「真ちゃん!?」
 よく分かっていない真が写真を見ずに請け負って、意図に気づいた春香と雪歩が慌てた声を上げる。二人の反応に真は、不思議そうに首を傾げる。
 面白い方に転がったことに、亜美と真美が楽しそうな表情のまま、黄瀬に渡した写真に写る姿を真に耳打ちする。

 二人が耳打ちしている間に黄瀬は、興味をもったらしい桃井に写真を見せる。

「あぁあああ!」
「うおっ!!」

 少し屈んで桃井に見せていた黄瀬に向かって赤面した真が突っ込む。流石の黄瀬も不意をつかれた上、体勢が悪かったのだろう、こらえきれずにぐらついてたたらを踏む。いきなりの行動に驚いた桃井は、それでも写真に興味が湧いたのか、手渡された写真に目を落す。

 そこには、黒のタンクトップのみという、ありえなくはないが、なかなかに露出の高い姿で練習に励んでいる少女の姿があった。




[29668] Extra episode 3  黒の同棲?
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/03/10 21:26
【アイドル星井美希の爆弾発言!!最近の楽しみはハニーと過ごすこと!?】




「…美希…」
「…ごめんなさいなの…」
 でかでかとした文字が躍る雑誌を開き、冷え冷えとした視線を向ける律子。苦手意識のある律子から向けられる威圧感に流石の美希も小さく謝罪の言葉を口にする。
 美希の横では、プロデューサーが仕方ないといわんがかりの表情で溜息をついていた。

「美希、浮かれるのは分らなくもないけど、アイドルなんだから発言には気を付けてくれ。」
「…」
 浮かれていたのは認める。仕事が終わり、最近楽しみになっている事務所に戻ろうとしたときに、突然の取材を受けて口が軽くなってしまったのも、自分の落ち度だろう。それが分かるだけに美希も大人しく、二人の叱りを真摯に受け止めていた。


 その様子を少し離れたところから春香たちが覗き見ていた。
「美希ちゃん、大丈夫かな?」
「心配ないっしょ。ミキミキだし。」
 心配そうな雪歩に対して、真美は気楽な雰囲気で応える。

「まあ、美希もちょっと浮かれすぎてたというか…」
「だ、大丈夫だよ!それより雪歩は、大丈夫?」
 真が呆れ半分、心配半分といった感じで言うと、春香はとりなすように声をあげ、次いで雪歩に問いかけた。

「あ、うん。大丈夫。おっきなのはまだ怖いけど…」
 雪歩が答えながら視線を向ける。つられて真たちもそちらに視線を向ける。そこにいたのは…


Extra episode 3  黒の同棲?

 
《吾輩は犬である。名前はテツヤ2号。誠凛高校バスケ部の部員である。普段吾輩はバスケ部員とともにランニングを行ったり、彼らを応援したりしている。だが時にはそんないつもが崩れる日もある。今吾輩はバスケ部を離れ、とある少女たちの応援をしている。これはそんな吾輩のいつもと違う日々を語ったものである。》



 始まりは数日前、

「遠征?」
 今日の上がりがちょうどよい時間だったため、MAJIバーガーを訪れると、果たしてそこには、愛しの彼の姿があり、美希は自分の幸運を喜んだ。
久しぶりに直接会うことができて、いろいろなことを話していた美希だが、思い出したような黒子の言葉に尋ね返す。

「はい、他県の強豪と練習試合をするついでにそのまま合宿を行うんです。」
 昨年のWCの好成績もあってか、全国でも一躍有名チームとなった誠凛は、他県からも練習試合を申し込まれるほどになっていた。
とはいえ今の誠凛は、チームの土台とも言うべき存在を失った状態で、また再び挑戦するために力を蓄える必要がある。近く迫ったIH予選のためにも短い期間ながら強化合宿を敢行しようという予定なのだが、問題が一つ。

「それで、その間2号を預かってもらえないでしょうか?」
 テツヤ2号。昨年の夏頃、黒子が拾ってきた誠凛バスケ部の部員(犬)だ。冬前のプチ合宿では、宿の好意で2号もともに行くことができたのだが、流石に今回は他県への遠征。彼を連れて行くことはできない。

 


数日後、誠凛は遠征へと出発し、テツヤ2号は美希宅へと預けられた…ハズだったのだが、

「それで連れてきちゃったってわけ?」
「うん。可愛いでしょ?」
 テツヤ2号は美希の胸元で抱かれたまま765プロ事務所に来ていた。律子の呆れ混じりの言葉にあっさりと頷き返す美希。
 美希も家をでるまでは、おいてくるつもりだったのだ。だが、尻尾をふり、自分の後をついてくる2号に、愛しのハニーとよく似た瞳を向けられると置いていくことなどできず、連れてきてしまったのだ。

「美希…」
 犬の苦手なプロデューサーが、やや脅えながら、少し距離をとった位置から恨めしそうな視線を向ける。
「プロデューサー大丈夫なの。この子は、かんだりしないよ?」
「うわぁ!!」
 脅えの混じる視線を2号に向けるプロデューサーに、安全性をアピールするかのように2号を近づける。美希にとって愛らしい子犬の2号もプロデューサーにとっては恐怖の対象のようで、驚きとともに跳び退る。あまりの反応に美希が頬を膨らませて「むー。」と非難混じりの視線を向ける。

「だらしないぞ!プロデューサー。いいやつそうさ、こいつ。…ちょっと無愛想だけど。」
 動物好きの響が美希の胸元で抱えられる2号の頭を撫でながらフォローを入れる。撫でられている2号は、どこかで見たことのある無表情な視線を響に向けながら撫でられるままになっている。
「ほんと大人しい子だねー。」
「黒子っちそっくりだな。」「でも黒子っちより存在感あるよねー。」
 2号の愛らしさ(?)に惹かれたのか、春香や亜美、真美が近寄ってきて2号にじゃれついている。すっかりマスコット状態となっている2号の様子に音無が呆れまじりに微笑み、律子がため息をつく。

「はぁ。仕事中は事務所で見てもらうこと!仕事場まで連れていっちゃだめよ!あと暴れるようなら明日からは連れてきちゃだめだからね!」
「律子!?」
 プロデューサーは律子の譲歩の言葉に驚きの声をあげる。彼女の言葉ではまるで、何事もなければ明日も連れてきていいとも聞こえる。見れば律子も2号に構いたいのだろう、わずかに口元がにやけながら2号に手を伸ばしている。

「いやいや、事務所にってそれじゃ面倒見れないだろ。」
 プロデューサーがなんとか思いとどまらせようと試みるが、
「大丈夫ですよ。大人しそうですし、みんながお仕事中は私が見れると思いますから。」
 実際に面倒をみることになるであろう音無に言われてしまうと、それ以上反論することもできずに、プロデューサーは敗北を悟る。

・・・


《吾輩は犬である。普段の吾輩は誠凛バスケ部のメンバーの悩みを聞き、彼らにアドバイスを返している。だが、今吾輩はアイドルや事務員の女性とともにすごしている。彼女たちもまた、様々な悩みを吾輩に相談してくるのだ。》


「おつかれさまー。あ、2号君もおつかれさま。」
《彼女は春香嬢。あまり目立ったことをしているようには見えないのだが、自然と輪の中心にいるという少女だ。どことなく、吾輩の相棒である少年に似ている気がしなくもない。》

「2号君聞いて!今日はなんと、一回も転ばなかったんだよ!やっぱり私も成長してるってことだよね。」
《彼女はよく転ぶ。なにもないところで転ぶ。よくそれでダンスができるものだと感心しているのだが、ダンスとは別物なのだろう。》

「でももっと、頑張んなきゃ。みんなすごいもんね。美希なんて今日も舞台で・・・・」

《春香嬢はみんなをすごいというが、吾輩は彼女もすごいと思っている。765というこの事務所のメンバーの中で、もっとも頻繁にここに姿を見せるのが彼女だ。そしてだれよりも他のメンバーを見ており、気を配っている。》

・・・・

「おつかれさまです!」「おつかれさまです。」
《一緒に入室してきた彼女たちは真殿と雪歩嬢だ。彼女たちは相性がよいのか、ともに仕事をしていることも多く、またそれ以外でもよく行動を共にしているようだ。》

「ただいま2号。ちゃんと大人しくしてた?」
《愚問なり。吾輩とて今の現状を認識している。居候なのだから気を配るのは当然のことである。》
「ほら、雪歩。大丈夫だよ。」「うぅっ、た、ただいま。」
《ふむ。恐る恐る手を伸ばしてくるところを見るとどうやら雪歩嬢は犬が苦手らしい。だが、侮るなかれ、吾輩がかような少女に牙をむけることなどない。そしてこのようなときにどのようにすればいいのか、以前の経験からわきまえている。》
「あっ。」「はは。2号も雪歩になついてくれたみたいだよ。」
《ふむ。あのバカと同じ対応でも大丈夫かとの心配はあったが、どうやら警戒心を解いてくれたようだ。だが、やはり撫で慣れていないのだろう。まだまだ手がぎこちない。それでは毛が抜けてしまう!》

「おーい。真、雪歩。ファンレターとか届いてるぞ!」
《奥から声をかけてきたのはぷろでゅーさーなる者だ。他の者とは違い、変わった名だと思うが、皆がそう呼ぶのだからそういう名なのだろう。》

「ほんとですか!」「わあ、いつもより多いね、真ちゃん。ドラマ始まったからかな。」
《むっ。警戒心を解いたのはいいが、そのような抱き方でうろつくでない。腕が痛い!そうそう、それならば大丈夫だ。》
 
「えーっと、真さま、ドラマ見ました。いつも凛々しくてすてきです…真王子、ドラマ頑張ってください…真さま、かっこよかったです。…ボクも真さんみたいに強くなりたいです。……」
「真ちゃん?」「真?」
《ん?ファンからの手紙は彼女たちの活力になると聞いたのだが、真殿の顔が険しくなっていくな。なにか気に入らないことでもあったのであろうか。》

「ぅわああ!プロデューサー!」
「うぉ、どうした真!?」
《真殿、そのように大声をあげるものではないぞ。雪歩嬢が驚いて、締め付けが強くなっているではないか!》

「今度のドラマ、ヒロイン役なのに、なんで凛々しいとかカッコいいとかばっかで、可愛いとかないんですか~!」
「いや、なんでって言われても。」
《ふむ。いつもの真殿の悩みか。真殿は何度か吾輩に相談してきたのだが、どうやら女性らしく見られないことに悩んでいるようだ。だが、流石の吾輩もその相談には、適切なアドバイスを返せない。吾輩は男なのだから。》

「大丈夫だよ、真ちゃん!」「雪歩…」
「ヒロイン役でも路線は間違ってないよ!」「…雪歩?」
「でも、もっともっと、ああいう衣裳とか、美希ちゃんが選んでくれたやつとか!」
「ぅわああ!ボクも可愛い服でテレビにでたいよー!!」

《とはいえ悩める者にアドバイスをしないのは、吾輩の沽券に関わる。ゆえにこの言葉を送ろう、
真殿。しっかりと自分を見つめ直すのだ。》


・・・・

「ぎゅっ?」
《今吾輩の目の前にいるのは、たしか…ハム蔵、なる者だったはず。響嬢の相棒だったはずだ。》

「ぎゅっ!ぎゅ、ぎゅ。」
《どうやら今日は、ハム蔵も留守番のようだ。珍しい。ハム蔵はだいたいいつも響嬢と行動をともにしているが…》

「ぎゅっ!?」
《ん?なにやら態度が不審だな。ハム蔵、なにやら汗が…、ん!?》

「なにやってんの2号?ハム蔵が気圧されてるよー?」
《たしか、この少女は真美嬢だったはず。ふむ、彼女もいつもはよく似た顔の亜美嬢とともにいるが…しかし、気圧されている?ハム蔵を見つめていただけなのだが…》

「この何考えてんだか分っかんない眼で見られると圧迫感あるんだよねー。」
《むぅ。目つきのことは、吾輩のちゃーむぽいんとなのだが…》

「………」
《…む。なにやらよからぬことを企んでいる気配が。》
「ちょーっと待っててねー、2号。たしかマジックが…あ、あったあった。」
《待て、早まるな!真美嬢!それは油性マジックだ!ハム蔵、見てないで助けを…っていない!?》


・・・・

「あっ…」
《あれは…千早嬢?なにやらこちらをちらちらと見ているが…》

「今なら、誰もいないみたいね…」
《…いつもはあまり近寄ってこなかったが…どうやら照れていたのだろう、ふむ。今は他の少女たちがいないから存分に撫でるがよい。》

「ふふふ。」
「あら、千早ちゃん。あ、2号ちゃんと一緒だったの?」
「!?あ、あずささん!ど、どうしたんですか!?」
《む。あずささんか。ふむ、どうやらまたお菓子に手を出しにきたのだな。》

「えーっと、2号ちゃんにお菓子をあげようと思って。」
《自分が食べたいからと、吾輩を出汁にしないでもらいたいのだが…まあ、もらえるのならば頂いておこう。》

「…お菓子が好きなんて、変わってるんですね。」
「え、そ、そうね。」
《それは違うぞ千早嬢。お菓子が好きなのは吾輩ではなく、!?》

「ふふふ。おいしい?2号ちゃん?」
《な、なんだ。このぷれっしゃーは…》

「…なんか、震えてませんか?」

・・・・

《かくの如く過ごしてきた吾輩のいつもと違った生活もあとわずかとなった。ここでの生活も悪くはないが、やはり吾輩は誠凛のバスケ部の一員なのであろう。いつも聞いていたボールの音や掛け声がないことに物足りなさを感じ始めていた…のだが、まだまだ厄介事は終わってはいなかった。》


【アイドル星井美希の爆弾発言!!最近の楽しみはハニーと過ごすこと!?…最近絶好調の765プロ、星井美希さん。先日新曲の披露とともに行われたインタビューで記者から尋ねられた最近の楽しみについての質問に対して、「最近の楽しみはハニーと一緒に過ごすことなの!」との発言をして会場を混乱させた。殺到する記者からの質問に対して、美希さんは携帯の待ち受け画面を披露。そこに写っていたのは、犬を抱き寄せる美希さんの姿。「黒ちゃん、って呼んでるの!すっごいカワイイの!」すわスキャンダルかと期待した記者たちは、肩を落したが、ファンは安堵したことだろう。】
《ふむ。どうやら吾輩と美希の記事の様だが…》

「いいか美希。美希のその裏表のないところは長所でもあるが、それだけじゃすまないことだってあるんだぞ。前の961プロのように・・・・」
《む!なにやら美希がしょんぼりとした顔をしている。なにやら知らぬが吾輩が関わっていることのようだし、相棒に託された少女のことだ。ここは助け舟をだすべきだろう。》




「わふっ!」「おわあ!」
「あら、珍しいですね。2号が吠えるなんて。」
「ふふふ。飼い主代理の美希ちゃんが怒られてるってわかったのかしら。」
「ハニー…」

 突然吠えた2号に驚いたプロデューサーの話が中断する。普段あまり吠えない2号がプロデューサーに吠えたことに律子と音無が不思議そうな顔をして、美希が2号を抱き上げる。
「ありがとうね、黒ちゃん。でも今回は美希が悪かったから、仕方ないの。ごめんなさいなの、プロデューサー。」
 騒ぎを起こしてしまったことを自覚しているのだろう、美希が謝り、プロデューサーがややびくつきながらも持ち直す。
「うん。今回は、少し騒ぎが悪い方にいっちゃったけど、美希の明るさはいいところでもあるからな。」
「わふ。」「わぁ、くすぐったいの。」
「あらあら、やっぱり美希ちゃんに一番なついてるわね。」

・・・

「すいません。失礼します。」
「わふっ。」「あっ!ハニー!」
 数日ぶりの主人に会えて嬉しいのだろう、2号が尻尾を振りながら黒子の下へと駆けて行く。その後ろを追うように美希が続く。

「美希さん。ありがとうございました。2号。」「わふっ。」
 抱き上げらえた2号は、お礼を言うように声をあげる。


 いつもと違ったテツヤ2号の数日間。



[29668] Extra episode4   鍋
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/03/22 21:41
  鍋

「長介君たちを?」
<はい。ちょっと今日、お母さんたちも帰りが遅くなるかもなんです。>

 病院での診察が終わり、バスケ部に顔をだそうかと考えていた木吉のもとにかかってきたのは、ご近所さん兼アイドルからの電話だった。

「ふーむ…わかった。じいちゃんたちも長介君達が来てくれたら嬉しがるだろうし。夕飯とかも心配しなくていいぞ。」
<すいません、色々と。>
 かけてきたのは木吉の主夫業の師匠、高槻やよいからであった。仕事でなかなか家事のできない両親に代わって高槻家の家事を取り仕切るやよいだが、どうやら今日はアイドル業が忙しいらしく、また両親も仕事が遅くなってしまうらしい。そのため家に残している兄弟の様子を見てほしいということだった。
 高槻家は8人という大家族だが、やよいを除けばまだ幼少期と言える年齢だ。特に一番下の浩三は赤ん坊だ。少し遅い時間まで子供たちだけというのは、心配なものがあったのだろう。

 昨年の冬の大会が終わって木吉の高校バスケは、一年早く終わりを迎えた。といっても完全に退部する予定はなく、まだまだいろいろと計画中だ。
ただ、冬にムリして周囲を心配させたためか、バスケ部に顔をだすと多方面から小言が飛んでくるため、練習を中断させないためにもしばらく間を置く必要があるだろう。

「なんだったら、やよいちゃんたちも来てくれてもいいぞ?」
<ほんとですか~!う~、でもお仕事が何時に終わるかわかんないです~。>
 兄のような木吉のお誘いにやよいが嬉しそうな声で応えるが、そもそも仕事が遅くなりそうだからこそ、木吉に兄弟の世話を頼むことになったのだ。やや涙声でスケジュールを確認しているのだろう。

「はは、まあ長介君達のことは任せとけ。やよいちゃんは仕事頑張りな。」
<はい!それじゃ~、よろしくお願いします!>
 木吉が励ましの言葉を送るとやよいは再び嬉しそうな声になり通話が切れた。


・・・


「「「「「おじゃましまーす。」」」」」
「おう。いらっしゃい。」
 浩三を抱いた長介、浩司、浩太郎、かすみの高槻家の兄弟が木吉家へと元気な声で玄関へと入り、木吉がそれを出迎える。兄弟は、木吉の穏やかな笑顔に顔をほころばせてじゃれつき始める。


 普段やよいに迷惑をかけまいと気を張っている長介も、年の離れた兄の様な存在に気を許しているのか、普段よりも子供らしい表情を見せている。
 木吉の祖父母も、今時珍しく近所の子供たちを構いたがる人たちらしく、孫のように可愛がっており、かすみたちもそれに懐いている。

 久々の穏やかな気持ちに木吉は顔を緩める。木吉自身自覚していなかったが、やはり準決勝の敗戦、バスケからの引退は無自覚の領域を圧迫していたようだ。
 おばあちゃんに折り紙を教わっているかすみとそれをとりまく浩司たちの様子を優しげに見ていた木吉は、ふと時計に視線をやるとそろそろ夕食の準備に入ってもいい頃合いとなっていた。

「よし。」
「あっ、鉄平にいちゃん。夕食の準備か?手伝うよ。」
 キッチンに向かおうとしているのに気づいた長介が気をつかって声をかけてくる。

「ん。大丈夫だよ。長介君は浩太郎君の様子を見ててあげな。」
「…わかった。」
 ただ遠慮されだけであれば強引にでもついて行ったであろうが、まだ赤ん坊の浩三の世話を見るように言われてはムリにおいていくわけにはいかない。気遣いが分かるだけに、少し苦笑気味にうなづいた。

・・・・

ピーンポーン

 得意とは言えないが料理という域の中に納まる腕前の木吉が選んだ料理は鍋。これならば、食べ盛りの男の子に対応するのも下準備だけしておけば簡単な上、予測されうる来客にも対応できる。ある程度準備が過ぎた時、玄関から来客を告げるチャイムが鳴り、木吉は料理の手を止めて対応に向かう。

「いらっしゃい…」
「「「「こんにちはー!」」」」「お、おじゃまします。」
 扉を開けるとそこには想定以上の人数がおり、木吉は呆気にとられる。

「すいません。お仕事予定してたのより早く終わったんですけど…」
「おじゃまするわよ。」「てっぺーにーちゃん、やっほー。」
 目を丸くしていた木吉に申し訳なさそうに説明しているやよいを他所に、伊織が堂々と中に入りこみ、手を振りながら亜美と真美もそれに続く。それを見た木吉は、気を取り直して微笑みかける。

「んー、予想よりも多かったけど、まあ大丈夫だろ。もうすぐ晩飯の準備ができるから、長介君たちとちょっと待っててくれ。」
 歓迎するような木吉の言葉にやよいもほっとした後、
「じゃあ、お手伝いします!」
 いつもの明るい表情で中へと入る。

「あ、あの…」
「ん?」
「いいんでしょうか?その呼ばれもしていないのに私たちがお邪魔しても…」
 すでに入室した伊織たちから置いてけぼりをくらった千早が遠慮がちに声を上げる。

「大丈夫だよ。多めに準備してたし、大勢の方が楽しいだろ?」
 朗らかな表情で招き入れた。室内からは、久々に再会した高槻家の兄弟たちと伊織の楽しげな会話と双海姉妹のにぎやかな声が聞こえてきた。

「あー。でこのねーちゃん、久しぶりー。」
「でこ言うなー!」


・・・・

「お待たせー。」
「おー鍋だ!」「へーあんた料理なんて作れたのね。」
 完成した料理を木吉が持って来ると浩太郎たちがわらわらと食卓に集まり、伊織は木吉の思わぬ技能に感心している。

「おう、やよいちゃんほどじゃないけど、ちゃんとした料理だぞ。」
「ちゃんとした料理?」
 木吉の言葉に千早が首を傾げる。よもやバスケ部で料理の域を超えた必殺料理人がいることなど想像だにしていないのだから。
 やよいや伊織も木吉の料理には及第点をだし、育ち盛りの長介たちを中心にわいわいとした食卓を囲んでいた。

・・・

 学校での話や事務所での話、いろいろな話の後に話題は今後の話へとなった。

「へへ、オレも鉄平にいちゃんみたいにすげえバスケ選手になりたいんだ。」
 長介の言葉に木吉が呆気にとられたような表情となるが、すぐに
「そうか。」
 穏やかな笑みを浮かべて長介の頭に手を乗せる。

「そういえば、あんたこれからどうするのよ?」
 長介の言葉をきっかけに、やよいや千早が気まずそうにしているため、伊織は思い切って尋ねてみる。
「ん?これから?」
 返ってきた言葉と場の雰囲気をものともしないその顔に殴りかかりたい衝動を覚えるが、自制して尋ねる。

「あんた…もうバスケできないんでしょ?」
 ピクリと千早が反応し、やよいが、
「伊織ちゃん…」
 悲しげにとがめるようなつぶやきを漏らす。
 
「ん………」
 木吉は考え込むように黙り込み、長介たちも気まずげな視線を木吉に向ける。場に暫く沈黙が流れる。木吉の祖父母は、本人の好きなようにさせたいのか、口を挟もうとはしない。伊織も場にそぐわないことを自覚していたのか、空気を変えようと口を開きかけるが、

「ああ、すまん。いろいろとやることを練ってる最中だから、なんと言ったもんかと思ってな。」
 随分とあっけらかんとした言葉が返ってきて、逆に呆気にとられる。
「やることって?」
「あいつらをどう鍛えるかのメニューだよ。」
 伊織の質問にあっさりとした答えを返す木吉。

「春からはマネージャーとして鍛える側だからな。いろいろメニューを考えてるんだ。」

「……はあ!?」
 伊織や千早たちはもとより、やよいも初めて聞いたのか驚きの声を上げる。

「手術とかして、現役復帰しないんですか!?」
 千早がたまらず尋ねる。
「ああ、残りの高校生活はあいつらと頑張りたいからな…たぶんそこまで引き延ばしたらもう…」

進学してバスケを続けるだけなら進学先は幾らでもあった。育ててもらった祖父母に恩返しをするため。だが、木吉は彼らに出会った。大切な仲間に。彼らとともに一番を目指して駆け抜けた。例え今手術を受けて、成功したとしても、もう彼らとバスケをやるには時間がない。だからこそ、傍でその手伝いをしたいと思ったのだ。
 今から手術をして、復帰するのもありだろう。だが、果たしてそれでどれだけ仲間とともにいれるだろうか。しかしその心配を消し飛ばすように、

「あぁあもう!あんた仲間想いもいいとこなんでしょうけど、もっと自分のことも気にかけなさい!」
 伊織がたまらずといったようにがなりたてる。木吉は伊織の思わぬ迫力にややたじろぎながら反論しようとするが、

「あんたの膝を治せる医者は、私が絶対みつけるから!あんたは絶対に復帰してバスケを続けなさい!」

 伊織の宣言に木吉が黙り込む。木吉としても彼女たちの心遣いはありがたい。だが、そもそも木吉が誠凛に進学したのは…
「鉄平、おまえは優しい子だからね。わしらのことで、遠慮しとるのかもしれんが、おまえはおまえの好きなことをやりな。」
 悩む木吉に対して、祖父がやさしく語りかける。
 仲間とともに挑戦を続けることをあきらめることはできない。大好きな祖父母に迷惑をかけたくもない。
 それでも…
「おじいちゃん…わかった。よろしく頼むよ。」

それでも大好きなことを諦めることなんてできない。


「…伊織。もしかして」
「でこのねーちゃんが、やよいねーちゃんのライバルになった!」
「ふぇええ!伊織ちゃん、鉄平お兄ちゃんのこと、」
「なっ!ち、違うわよ!私は、やよいと千早が心配してるから…あーもう!」
 千早が目を丸くして言いかけ、浩太郎たちが囃し立てるように言う。それに反応したやよいが驚きの声をあげ、伊織は顔を真っ赤にして慌てる。



  たとえ時間がかかっても、それでもいつか、また、あのコートに…



[29668] Extra episode 5 王子様
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/03/22 20:18
注:黄瀬のキャラが若干壊れています。



「わ、私を弟子にしてください!」
「…はい?」
 留学が目前に迫ってきたある日。黄瀬のコーチ業も残りわずかとなった練習の合間に、いつもと違うメンバーが765プロの練習場を訪れて。いつもと違う光景を繰り広げていた。


Extra episode 5 王子様


 訪れたのは3人組の女の子たち、どうやら765プロとも関わりのある事務所のアイドルたちの様なのだが、はじめはその内の二人が姦しく騒いでいただけだった。

「見て見て涼さん、絵理さん!本物の黄瀬さんだよ!」
「…はじめまして?」
「えっと…どちらさんッスか?」
 特に茶色がかった赤毛の女の子のハイテンションさに黄瀬も圧倒され気味になっていた。対して小首をかしげるように挨拶をしてきた黒髪ストレートの女の子は多少興味があるといった様子だが、残る一人は、
「…」
 なにやら黄瀬をじっと見つめたまま呆けている。

「黄瀬さん、こちら876プロの愛ちゃん、絵理ちゃん、涼ちゃんです。」
 愛の勢いに押されがちな黄瀬の問いに答えるように春香が3人を紹介する。どうやら彼女たちは以前765プロと共同で働いたことのある親しい事務所のアイドルの卵のようだ。

「はい!私、日高愛です!好物はシュガーパイです!」
 春香の紹介を受けてか、赤毛の女の子が勢いよく右手を突き上げて自己紹介を述べる。
「…あの、水谷絵理です。よろしくお願いします?」
 黒髪で左側のみヘアピンをつけた少女が、ややおどおどしながら述べる。
「愛ちゃんに絵里ちゃんッスね。よろしくッス。」
 出会った当初の765プロのメンバーの様な初々しさに微笑みながら、ひとまず近くの二人に黄瀬もあいさつを返し、残る一人に視線を向ける。茶髪のショートエアリーボブの子が、

「あ、あの!」
 なにやら意を決した様子で、
「わ、私を弟子にしてください!」
「はい?」
 黄瀬の名前と一文字同じ少女が愛以上の勢いで詰め寄ってきた。興奮した様子の涼に驚いているのは黄瀬だけではなく、真たちも驚きをみせていた。

・・・

「興奮しちゃってすいません。えっと、秋月涼です。」
 ひとまず興奮をおさめた涼が改めて自己紹介をおこなうが、黄瀬はその名前を聞いて首を傾げる。

「秋月…?」
「あっ、律子さんのいとこなんですよ。」
 訝しげな様子の黄瀬に春香が説明すると納得した表情となった。

「ああ、なるほど。んで弟子って何ッスか?オレ、ダンスとか苦手な方ッスよ?」
「いえ!僕、じゃなくて私、王子様役とかに憧れてて、黄瀬さんとか真さんみたいにイケメンアイドルになりたいんです!」
「イケメン…」「オレ、アイドルじゃないんスけど…」
 黄瀬自身は運動神経やコピー能力でごまかしがきくものの、リズムに合わせて踊るとうことには残念ながらセンスに乏しい。再び興奮し始めた涼に真と黄瀬がポツリと反論するが、涼は気づいた様子もない。他のメンバーにとって涼のこの目標はいつものことのようで、やれやれといった表情でそれを見ている。

「涼さん、まだそれ言ってたんですか?」
「涼さん、可愛いのに…」
 愛と絵理も呆れ気味に反応している。それに一向にかまう様子もなく、

「真さんから黄瀬さんのことも聞きました!」
 涼の言葉に黄瀬は真に尋ねるような視線を向ける。
「真さんも認める王子らしさ!私も王子様みたいになりたいんです!」
 呆気にとられる黄瀬と真に熱弁をふるう涼。少し離れたところでは

「アイツが王子、ねぇ…」
 黄瀬ののほほんとした様子やいじられキャラ特性を見てきた伊織は辛辣な感想をいだいて呆れている。
「まー、黄瀬っち黙ってるか、バスケやってる時はカッコよさげに見えるからねー。」
 真美は一部同意しつつも擁護している。

「真っち…?」
「なんとかなんない、涼?」
 黄瀬の問いかける視線に真は問い返す。どうやら以前から真はこの熱望を聞いていたようなのだが…
 黄瀬は涼に視線を向ける。そこにいる‘少女’はどことなく違和感を感じる。女性の中ではわずかに長身の部類に入るかどうかといった身長だろう。だがどこかパズルを間違えているかのような違和感がある。

「涼?」
 黄瀬はじっと視線を‘少女’に向けているとそれを訝しむように真が問いかけた。
「…スポーツとかやったら、マシになるんじゃないッスか?」
 ひとまず違和感をおいて提案をしてみる、都合よく今はバスケの練習時間でもあるのだ。スポーツが王子らしさにつながるかはさておき、身体面での強さは男らしさとも関係があるといえるだろう。




「ぎゃおおん。す、スポーツですか!?」
 黄瀬はとりあえずバスケットボールを投げわたし、ゴールを示すように促す。渡された瞬間は戸惑った様子だったが、黄瀬の目元がいやに真剣になっているのに気づき、

(わわ、こんなに真剣に見てくれてるんだ。よし!)
 
 鋭い目つきで自分を見つめる黄瀬の思いを勘違いして捉える。バスケ自体は素人とはいえ、ダンスは876プロ内ではトップレベル。運動能力には多少の自信があった。
 覚悟を決めて、やや勘違いした思いを抱いたままボールを構えると、愛たちや765のメンバーもそれを見守るようにスペースを空ける。やや硬くなりながらもシュートを放つ。


ガッ!

 残念ながらそのシュートは枠に阻まれて跳ね上がる。だが、幾らダンスなどで鍛えているとはいえ、ただの‘少女’が、めちゃくちゃなフォームで一発で届かせるには遠い距離だ。人並み以上に鍛え、体の動かし方の巧い真ですら幾度か練習してようやく届くようになった距離だ。

「わあ、涼さん。おしかったですよ!」
「へー、この距離を一発で届かせるなんて。もう少し頑張ればいい線いくんじゃないか?」
 そんなことは気づかず、愛と真が純粋に感心したように言い、
「えっ、そ、そうですか。」
 涼は少し照れたようにしながら黄瀬の方を向く。だが振り向いた先にあったその表情は、

「…」
 訝しげな視線から、鋭い睨み付けるような表情となっており、涼はその視線の鋭さに思わずたじろぐ。
「えっと、黄瀬、さん?」
「…あんた、もしかし、でぇっ!」
 隠していた事実に気づかれたかと慌てる涼に、黄瀬が問いかけようとした瞬間、黄瀬の後頭部にボールが直撃し、言葉が中断する。真たちも突然の光景に驚く。

「なんスか、もー。」
 黄瀬の威圧感が消え、涙目で後方へと振り返る。そこに居たのは
「あはは、黄瀬君。ちょっっといいかしら。」
 先ほどシュートを放った人物のいとこ、秋月律子だった。律子は足早に黄瀬に近づくと、有無を言わさず、腕を掴んで引っ張る。


・・・

「…」
「あのね黄瀬君。あの子のことなんだけど…」
 体育館から廊下に出て、あたりに人がいないことを確認するとしばらくの沈黙の後、律子がためらいがちに切り出してきた。

「はぁ、なんかよく分かんないッスけど、いろいろ大変そッスね。」
「えっと、なにも、聞かないの?」
 従弟の抱える秘密をどう誤魔化すかで、非常に困っていそうな律子の様子に感じていた疑問を胸にしまうことにした。そのことに逆に律子が戸惑いを見せるが、
「聞いてほしいんスか?」
「…」
 目つきはやや鋭い状態だが、追求するような雰囲気はなく、ただ呆れたような感じだ。

「ありがと…」
「いいえ、んじゃもういいッスか?」
 女性には優しくを標榜とするからには、困っている女性に追及を続ける気にはなれない。珍しくしおらしい様子の律子との話を切り上げて黄瀬は体育館に戻ろうと踵を返す。
「あ、黄瀬君、このことは、」「心配しなくてももうじきアメリカッスよ。」
 去り際に‘秋月涼’に関わる秘密の口止めをしようとした律子だが、黄瀬は軽やかに返して戻って行く。


・・・

「やっぱ、りょーちんは、決め台詞とか語尾になんかつくるべきだよ。」
「決め台詞、ですか?」
 体育館に戻ると涼を囲んでなにやら話していた。

「そうそう、黄瀬っちの【真っち、愛してるッス。】みたいなのとか。」「あ、あ、亜美!!」
「ふわぁー、真さんと黄瀬さんって…」「いや、それは…」
 黄瀬が戻ってきたことに気づいた様子もなくなにやら盛り上がっている。真美の言葉を継ぐように亜美が言うと真が顔を赤らめて声を上げ、愛がなにやら感心している。

「こないだ来た青峰っちの【オレに勝てるのは、オレだけだ。】みたいな口癖とか。」
「は、はあ…」
「あ、鉄平おにいちゃんもよく【楽しんでこーぜ。】とか口癖にしてます。」
 どうやら涼のキャラ設定を口調から変えていこうという趣旨の話らしく、真美ややよいが具体例を挙げている。

「まあ、その例はともかく、なにか口調に特徴つけるのはいいんじゃない?」
「よし、それじゃあ、初代師匠のまこちん!お手本を!」
「うええぇえ。」
 伊織が真美とやよいの具体例にあきれつつも、個性という点で納得すると亜美が真に無茶ぶりする。黄瀬は盛り上がった話の腰を折るのも悪いと思い、そっと真の後方より近づき、

「うーん。じゃあ、ボクは女の子っぽくなりたいから…よし!」
 秋月涼の王子様思考とは真逆、お姫様思考を持つ菊地真は、少し悩んだのち、

「きゃっぴぴぴぴーん!えっへへ~。まっこまっこり~ん!きくちまことちゃんなりよ~!」 

 仲間内から(のみならず大半のファンからも)不評のまっこまっこモードを披露した。


「………」
 876プロのメンバーがピシリと固まり、春香たち765プロの仲間も絶句して固まる。そして真の後方にいた黄瀬は、

「うわぁ。な、なに!」
 無言で真を抱き上げた。いきなり後ろから抱き上げられた真は、普段持ち上げられるという経験はおろか、抱きしめられるという経験も滅多にないため慌てふためく。

「真っち、驚きの可愛いさッス!」
「ふぇっ!りょ、涼!?ちょ、ちょっと、降ろして!」
 みんなに不評な真の決め台詞(?)のどこがツボに入ったのか、暴走状態に入った黄瀬に真が手をじたばたさせて逃れようとしている。

「律子さん、これ持って帰ってもイイっすか?」
「…このあとも仕事あるから駄目よ。」
 

「…得した奴がいたわね。雪歩…」
 以前生ッスかで披露した際に雪歩が熱弁をふるって【誰も望んでない!誰も得しないよ!】と否定していたのだが、目の前のまっこまっこにされている人物に伊織がぽつりとつぶやく。
「雪歩と美希は、今日いなくてよかったのかも…」
 春香は、真の王子様ぶりを愛してやまない二人が今日この場にいないことをとりあえず喜んだ。

「真っち…」
「うわぁ。息が荒い!!ちょっと、だれか、助けてよー!」

 ちなみにこの後、秋月涼がどのような路線へと進んでいったのかは…わからない。



[29668] Extra episode6  響け幸せの歌
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/04/14 08:38
「はっはっはっは…」
 都内の大学に進学し大学生になった笠松は最上級生から一転、最下級性となっていた。WC優勝校のキャプテンという肩書やその実力から先輩から一目置かれ、ただの新入部員とは扱いが違うもののやはり勝手は違う。加えて今までと違うのは、大学生活になったことで生活環境が大きく変わったことだ。
特に問題なのは女生徒との交流だ。女性に対する免疫の少ない笠松にとって、かなり大問題だった。
 
「はっはっはっ…ふぅ。」
 日課になりつつあるランニングを行っているのは、それとは関係ない…ハズ。

Extra episode6 響け幸せの歌


「はあ、はあ、はあ…」
 ランニングコースにある公園で一度呼吸を整えるように脚を緩める。ランニングだけでは単調になってしまうため、ランニング途中で筋トレをメニューに組み込んでいるのだ。この公園は、そこそこの広さがあり、中には軽い運動をしている中年のおばさん、おじさんの姿があった。
 目下課題となっているのは、短い期間とはいえ受験勉強や引っ越しのドタバタでなまった体の再鍛錬と先輩から出された課題の克服だ。
 笠松は先輩から課題を出された時のことを、新入生歓迎会の時のことを思いだす。


【笠松君。どうぞ。】
【ア、アリガトウゴザイマス。】
【?大丈夫、なんか固いけど?】
【ダ、ダイジョウブデス。】
 大学のバスケ部ではマネージャーだろう女性が大勢おり、歓迎会でも先輩と話す傍ら、彼女たちも期待の新人を可愛がりにきたのだ。
 だが、以前と違い救いの手がない状態で突如、親しげに女性に話しかけられたことでパニック状態となってしまったのだ。その後の惨劇は、かつての夏を彷彿とさせるものだったとか…

 そして歓迎会後、先輩から言われたのが、

【お前もう少し、世間に、というか女子に慣れろ!バスケだけやってりゃ言い訳じゃねえんだぞ。】
 という、半ば本気で心配されながらの課題だった。

 とはいえ、いきなり苦手科目の解決に乗り出そうにも、ヒントをくれる後輩やノリのイイかつてのチームメイトもいない今、道しるべもない状態ではひとまず自分の得意な部分からやるべきことをやっていくことになってしまうのは仕方あるまい。再鍛錬のためわざわざランニングコースに公園を入れているのも、もしかしたら少しでも女性に接する機会があるかもしれないという、涙ぐましい苦心の末(ほとんど意味なし)だったのだ。
ひとまず懸案事項を放置して、コアトレーニングの筋トレを行うため芝生に腰を下ろした笠松だが、

「バウッワウッ!!」「どあっ!」
 運動を始めようとした瞬間、やたらと巨大な毛むくじゃらの物体に潰されてしまい、悲鳴をあげる。
 
「なんだっ!?…犬?」
「バウッ?」
 腹の上に圧し掛かっていたのは、かなりでかい犬だった。人に慣れている上、その毛並は野良のモノとは思えないほど毛繕いされており、誰かの飼い犬であることは明らかだが、

「おーい。いぬ美~!どこ行ったんだよー!帰ってこい、いぬ美ー!」
 どこかで聞いたことのあるような声が近づいてきて、笠松がそちらに視線を向けると

「ああー、いぬ美!こんなところにいたのか!」
 かなり豊かな黒髪を後頭部の高い位置でひとつにまとめた長髪と大きなイヤリングが目を引く元気そうな娘が近くまで来ていた。

「心配したんだぞ、いぬ美~。」「バウッ。」
 この巨大犬の飼い主なのだろう少女は、どうやら散歩の途中ではぐれてしまったらしいのだが、再会を喜ぶのは後にしてもらいたい。というのが、笠松の今の思いだった、なにせ

「おい。いいからどけろ!!」
 巨大犬の下敷きになっているのはほかならぬ笠松自身だったのだから。

「うわぁ。な、なにやってんだ、いぬ美!…て、あんた…かさかさ!?」
「あん?…誰?」
怒声を上げて立ち上がると飼い主らしい少女が驚きの声を上げる。だが、その声は訝しげな声に変わり、次いで再び驚きの声へと変わる。‘かさかさ’などという名で呼ばれた笠松は、ぎろりと視線を向ける。声の高さやシルエットから女性であることは分かる。だが、その恰好は、ややボーイッシュな服装にメガネ。だが、そのメガネはおしゃれ用なのか度が入っていないように見える。

「あ、いや…その…」
 どうやら声を上げてしまったのは驚きからの反射的なもののようで、今更になって顔を隠しているが、二人の大声のやりとりに公園にいた人の注目を集める。そして、

「あれって…765プロの我那覇響…?」
 ざわざわと視線が集まり、少女は途端に慌てだし、

「ま、まずいぞ。と、とにかく逃げるぞっ!」
「なんなんだよ!おい!!」
 笠松の絶叫がエコーを響かせながら、少女に引き立てられていく。



・・・

 しばらく走り、注目が薄れたところまでくると二人は落ち着いて息を整える。響にしても、笠松にしてもさほど息が切れるほどの疾走ではなかったのだが、精神的に堪えたのだろう特に笠松はぐったりとしている。

「なにやってんだよ、あんた?」
 一息ついている間にメガネを外した響。笠松は正体にきづいたのだろう、見覚えのある顔に些か懐かしさを覚えながら尋ねる。
「なにって、いぬ美の散歩だぞ。」
「仕事はオフか?」
 動揺を覚える間もなく精神的に疲れたためか、女性である響にも普通の会話ができている笠松だが、気づく様子もなく話しかける。響は笠松の問いかけに首肯して答える。


 話のネタがない笠松となぜかぎこちない響の会話はそれ以上続かず、沈黙が流れる。

「………んじゃあな。」
 間が開いたことで女子と二人きりという状況を思い出したのか、多忙な売れっ子アイドルのせっかくのオフを無駄にさせるのも悪いと思ったのか笠松が別れを告げて立ち去ろうとする…が、

「あ…、ちょ、ちょっと待つさ!」
 歩き出そうとした笠松の腕を引っ張り、足を止めさせる。急に腕に重みがかかった笠松はがくんと体勢を崩し、ややいらだったように振り向く。

「んだよ?」
 ややぎこちなく尋ねるとなぜか響はしどろもどろになっている。
「う、いや、その…」


・・・・


「んで、なんでこんなことになってんだよ?」
「なんか言ったか、かさかさ?おっ、ゴーヤクレープがあるぞ。おじさーん、これ一つ。」
 あの後、いぬ美を我那覇家に帰して、その足で二人は街に繰り出していた。現状に追いついていない笠松の疑問を気にした風もなく、通りのクレープ屋で注文している。

「うん。美味しいぞーっ!」
「…美味いのか、それ?」
 ゴーヤクレープを美味しそうに食べている響を笠松は訝しげに見る。すると

「かさかさも食べてみたらいいぞ!」
「…っ!」
 ゴーヤはおろか、クレープすらほとんど食べたことのない笠松の疑問を食べたそうに見えたのか、自分の持っているクレープを差し出してくる。咄嗟の事に笠松の動きが硬直する。

(こ、これって、いいのか、おい!?)

 今時珍しい硬派な、というより初心な笠松の戸惑いを他所に響は早く食べろと言わんばかりに笠松の目の前でクレープを揺らす。意を決してこの難敵に挑みかかろうとした瞬間、

「わわ、クリームが落ちるぞ!」
「…」
 すんでのところで難敵は連れ戻されて主の下へと納まった。

「危ない、危ない、ん?どした、かさかさ?」
 からかわれたのかとも思えるタイミングに笠松の目が拗ねたように細められ、その不審な様子にクレープを食べ終えた響が問いかける。

「…なんでもねぇよ。」
 


・・・


「なんかあんのか、ここ?」
 その後、笠松は響に連れられて高音曰く‘天に近い所’に来ていた。
「んー。前に高音がここで聖歌歌ったんだけど、すっごい眺めがいいって言ってたから。一度来てみたかったんだ。」
 たしかに、天に近い所と評するだけあって、眺めがよく、響は窮屈な体を伸ばすようにして風景を見ていた。

「わざわざ、オレなんかと来なくても、仲間とでもくりゃいいだろ。」
 街中を連れまわされて、バスケとは異なる疲れを覚えた笠松がげんなりとしていると、
「最近はみんな忙しいし、なかなか来れないんだぞ。」
 少し寂しそうに目の前の少女が呟く。

「…家族なり地元の友達なり呼んで、案内してやりゃいいだろ?たしかあんた沖縄から来てるって聞いたぜ。」
「…」
 先ほどまで見ていた元気さが急になくなってしまった響の様子に、笠松は必死に話題を探して、どこかでちらりと見たか聞いたかした、アイドル我那覇響の話題をふる。
 だが、その言葉を聞いた響は、一層寂しそうな表情をして黙り込んでしまう。なにか地雷を踏んだらしいと、雰囲気で察した笠松は、様子を伺うように響を見る。しばらくするとポツリポツリと

「東京に出てきてから、家族と連絡とってないんだ。」
「はあ?」
 笠松は響がいつから東京に来ていたのかを知らないが、少なくとも昨年の夏前の時点では765プロで活動していたことから、それ以前に来ていたことは分かる。
 年頃の少女が、遠く離れた地元の家族や友人と一年以上連絡をとっていないことに驚きとともに不審な思いを抱く。

「電話でもすりゃいいだろ。そんだけ立派になってんだから、親なら喜ぶだろ?」
 笠松も今は地元を離れて、バスケのために東京に出てきているが、沖縄ほど離れていないし、なにより高校時代の友人とはよく連絡をとっている。
それともいつかその友人の一人である‘残念なイケメン’が言っていたように男と女とでは違うのだろうか?などと思っていると、響はぶんぶんとポニーテールを揺らしながら首をふる。

「自分、トップアイドルになるまで島には帰らない!ってタンカ切って出てきたんだ。だから…」
 言葉とは裏腹に泣きそうなその表情は、寂しさをため込んでいる表情だった。
「…分かんねぇな。トップアイドルってのがどんなのか知らねえけど、オレから見たら、お前も十分スゴイアイドルだと思うぜ?」
 笠松自身、大学に入って少し改善されたとはいえ、まだまだバスケ関連の知識ばかり入れているため芸能事情には疎い。それでも今や765プロといえば、トップアイドルの代名詞のように扱われていることは知っていた。だが、響はそれにも首をふる。

「そりゃあ、美希とか真は、すごい賞もらえたし、千早は海外でレコーディングしたり、他のみんなも舞台とかで、いろいろ認められてるけど、自分は、そういうの全然ないんだ。」
 
 笠松は悲しげに自らを卑下する少女を意外な目で見つめた。
 最初に降郷村で会ったとき。その後、試合会場で会ったとき。その後も、幾度か会ったり、TVでちらりと見てきた我那覇響は、いつもハイテンションで、自信満々といったふうに見えていた。
 だが、すごいアイドルに見えたとしても、自分よりも1つ年下で、故郷から遠く離れたところで気を張っている少女だということに気づく。


笠松はなんと言えばいいのか、分からず、
「…去年のIH。お前らも見に来てくれてたけど、あの大会はオレにとって特別だったんだ。」
 結局、自分にできるのはバスケに関連した話だけだった。突然話題が変わったことに驚き、響が笠松に顔を向ける。
「その前のIHで、オレのせいで先輩たちが非難されて、オレはIHで優勝するためにキャプテンに選ばれた。」
 笠松は響から視線を逸らせ、景色を眺めるように外に視線を向ける。
「そのために、肩肘張って、部員を怒鳴って…それでも結局、IHでは負けちまった。」
 響もその話は人づてに聞いていた。
「だが、それでもオレはキャプテンだったから、部員に変な影響与えるわけにゃいかなかった。切り換えてWCに挑むしかなかった。」
 その結果のWC優勝。その功績は、輝かしいもので、響はその違いに俯きそうになる。だが

「だがな、途中で思ったんだ。こんな怒鳴り散らすようなことしかできなかったオレをキャプテンとして慕ってくれた奴らがいて、サボってばっかだった黄瀬が、チームのために真剣に考えるようになって、仲間もオレのことを心配してくれて…大切なのは求めてたもんよりも手前にあったんだよ。」

 誠凛との試合でアイツが認めてくれた。

 あのチームこそが、歴代最強の海常なのだと…

「お前らは、全員でトップアイドルになるのが目標で、そんで今のお前らがあるんだろ。その中から何人かがすげえ賞獲ったってだけで、お前自身がすごくねえなんてことはねえだろ。」
 他の誰が認めなくても、目の前のこの男は認めると、そうその眼が告げていた。

 二人の間に沈黙が流れる。


そして、

「かさかさ…なんか言ってることがクサいぞ。」
「テメッ!!」
 雰囲気をぶち壊すように響が‘いつものように’茶化し、笠松が吠えかかる。くすくすと笑う響に、笠松が自分で言って、今更ながらに恥ずかしさを覚えて、視線を逸らす。

「そっか…自分、会いに行ってもいいんだよな…?」
 不意に縋るようにか細い声が、つぶやきを届ける。
「…いいんじゃねえか?胸張って会ってこいよ。」
 もう後ろは向いていない。そのことを確認した笠松は適当に言葉を返す。だが、

「でも、その…」
「??」
 響はなにやら今度は恥ずかしそうに手をもじもじとさせながら顔を赤くしている。笠松が尋ねるように視線を向けると

「今更、恥ずかしいというか、1年半くらい連絡取ってないから気まずいというか、その…」
 煮え切らない感じで、顔を赤くし、瞳を潤ませたまま、ごにょごにょと言っている姿が写り、

「…いいから、今度の休みに、沖縄にでも、南国にでも、どこぞの島国にでも行って、会ってこい!!!」
 笠松の怒号が天に近い所に響きわたる。





 そして、次の休日





「んで、なんで、沖縄なんかにいんだよ!!」
 沖縄、那覇空港に、無理やり連れて来られた笠松の絶叫が轟く。
「うっ…かさかさが、会いに行けって言ったんだぞ。責任もって見届けろー!」
 響も自身のやっている無茶苦茶に自覚があったのだろう、照れながら怒鳴り返す。しばらくわいわいと怒鳴りあっていた二人だが、

「いいから行けって。家族が来てんだろ。」
 しっしと、手で追い払うようにして促す。「うぅ。」と涙目の上目使いで笠松を睨み付ける。だが意に介した様子のない笠松から視線を逸らし、あたりを見回すと、
「うっ、いるぞ。来てるぞ、かさかさ。」
 事前に連絡を入れていたためか、見覚えのある家族の姿が目に映り、思わず助けを求めるように笠松を振り返る。だがそこには助けを与える慈悲深い姿はなく、

 睨み付けるようにして、明王がこちらを見ていた。

 
 バスケという畑違いの分野ではあっても、全国を制したその風格は、恥ずかしいという思いを上回る威圧感を放っていた。
 前門の恥ずかしさと後門の威圧感。仕方なく響は、瞳を潤ませながら前門へと向かって行った。


 その後、家族会議でどのような話し合いがあったかは、また別の話。そこになぜか娘と共にはるばる帰郷してきた男が紛れ込んでいて、ひと騒動あったのも…また別の話である。

 ちなみに、その後、東京の某所ではアイドル我那覇響のプロデューサーが変わったらしいという、デマがどこからともなく流れ、事実怒鳴りながらも我那覇響に引っ張りまわされる男の姿が目撃されたりしたが…それも…まあ、別の話にしておこう。



 なお、アイドルとの二人旅という快挙を成し遂げた笠松が、その女性に対する苦手意識を克服したかと言うと、

「笠松君、ファイトー!」


ガンっ!

「笠松―!!外野(女マネ)の声に反応して、フリーでレイアップ外すな!」



 まったくそんなことはなかった。



[29668] prologue
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/03/25 08:47
かつて、伝説ともいえる偉業を為したバスケ部があった。 

帝光中学校バスケットボール部。全中3連覇という栄光を誇った超強豪校。
その輝かしい歴史の中でも特に「最強」と呼ばれ無敗を誇った10年に一人の天才が5人同時に居た世代―「キセキの世代」と呼ばれる世代があった。
 
 天才たちの道は分かたれ、かつての仲間は敵となり、ぶつかり合った。

 頂上決戦と言われる戦いから時は流れ、それでもいくつもの戦いが繰り広げられた。




「えっぐ…えっぐ…」
「何泣いてんだよ!男なんだから泣くな!」
 金の髪をした子供が半べそをかき、黒い髪の子供がやや怒るような声を上げている。金髪の子の頭には2本の触角のような房が立っている以外はストレートのショートヘア。対して黒髪の子は、全体的にストレートのロングヘアでその眼は鋭いが女の子のようだ。
黒髪の少女の泣きやむように言ったその強い語調は、かえって金髪の少年の心を揺さぶったようで、びくりと慄いた少年は、

「うぅ、えっぐ…うぇ…」
 今にも大泣きしそうな表情へと変わってしまう。

「涼香!また、真司を泣かして!!」
 泣き声が聞こえてきたのだろう、金髪の少年によく似た顔の黒髪の女性が怒りながら黒髪の勝気そうな少女をしかる。
「えぇ!違うよ!真司が勝手に!ほら、真司もさっさと泣きやみなよ!」
 叱られた少女は、先ほどよりも強い語調で泣きやむように促すが、怒鳴られた少年は脱兎の如く駆け出して行ってしまう。
「あっ、こら!待て真司!」
「待つのは涼香だよ!」
 追いかけようとした少女だが、駆けだす前に女性につかまってしまい、そのまま説教が始まる。


Last episode  新たなる巡り合い  -prologue―


「ふぅ。」
 自宅内のトレーニングルームと思われる部屋でトレーニングを行っていた金髪片耳ピアスの男が一息ついている。男の身長は高く190cmは優に超えているだろう。かなりのトレーニングを行ったのかスゴイ量の汗をかいており、普段のトレーニングを反映しているのだろう、その体は引き締められた筋肉で覆われている。


 どん!
「んあ?」
 メニューが一区切りついたのか、男が置いてあったタオルへと手を伸ばすと足元に軽い衝撃がかかり、訝しげに視線を落とす。

「うぇ……」
 そこには泣きそうな、というよりもほとんど泣いている表情の金髪の少年がいた。

「…どうしたんスか、真司?」
 よくある光景に軽く溜息をついた男、黄瀬涼太は目線を合わせるようにしゃがみこみ、少年の頭に手をのせる。
「ひっぐ…お姉ちゃんが…」
 大好きな父親の声に安堵したのか少し泣き声が小さくなった。
少年の言葉に、苦笑するような笑みを向けた黄瀬は、自分の子供を抱え上げる。


・・・・

「そっか、道場で姉ちゃんにコテンパンにやられちゃったんスね。」
 父親に撫でられて徐々に落ち着きを取り戻した真司は、今日の顛末を父親に報告し、父親の確認の言葉にこくんと頷きを返す。

「真司は空手嫌いッスか?」
 父親の尋ねかける言葉に真司は無言で俯く。きっと嫌いと答えても父親は怒ったりはしないだろう。ただ、本当に嫌いかと問われると、

「わかんない。からだうごかすのはすき。」
 真司は自分の運動神経がそれほど悪くないことを幼心に知っていた。同い年の友達の中では一番足が速い。
「でも、なぐるのもなぐられるのやだ。」
 体を動かすのは好きだ。だが争いごとに向いていないのだろう。
「そっスか…」
 根が優しすぎるのだ。自分の愛する人に良く似た面差しを持つこの少年は、その面差し同様に、優しい心を継いでくれたようだ。ただ黄瀬や、特に彼女に言える勝気な性格はあまり継がれなかったようだ。

「じゃあ、なんか他のにしてみるとか?こないだ友達にサッカー誘われたって言ってたッスよね?」
 体を動かすのは好きだということは、なにか運動はしていたいのだろう。先日、クラスの友人からサッカーを一緒にやらないかと誘われて喜んでいたのを思い出して尋ねてみるが、
「やだ。」
 あっさりとした返事が返ってきて、黄瀬の首ががくっと傾く。不思議に思って理由を尋ねてみると、
「サッカーたのしかったけど、やってるうちにほかのみんなから【おまえとやるとゲームがいっぽうてきにやられるからつまんない。】っていわれたから…」
 黄瀬にしろ、彼女にしろ、抜群の運動神経をもっており、しっかりとそれを受け継いだらしい真司は、持ち前のアビリティで周囲の少年を蹴散らしてしまったらしい。
 真司のスペックに対抗できるので身近にいる子供は姉の涼香くらいだが、その姉は空手に夢中になっているらしく、母親を悩ませていた。

「…」
「…」
 俯いて拗ねたような表情をしているこの子の気持ちもわからなくはない。周りに、姉以外で対抗できるライバルがいないことが、一方的な戦いにしてしまうことが嫌なのだろう。
 
「おとうさん、バスケおしえてよ。」
 真司がお願いの言葉とともに黄瀬の服を握り締める。黄瀬としても自分の大好きなバスケに子供が興味を持つのは嬉しいのだが、おそらくそれをしても現状はさして変わらないだろう。
 今まで何度か教えてほしいとねだられたか、それはほんの少しだけにしてほとんどは適当にはぐらかしてきた。自分がバスケを教えてもこのままではすぐにやめてしまうのではないか、そんな思いから今までバスケを教えることはしなかったのだ。
 それに、自分の子供だけに、なぜ真司がバスケをしたいと言ってくるのかもうすうす感じ取っていた。自分にかまってもらえるから。それは親としては嬉しい。だが、それではきっと長続きしないだろう。
 周りに対等なライバルがいないことには…
 どうしたものかと考え込んだ黄瀬は、ふと先日ランニングに行っていた際に見かけた光景を思い出す。

「よし、真司。じゃあちょっと公園行こうか。」

・・・

 大好きなお父さんに手を握ってもらいながら真司は、公園へと向かっていた。
今まで何度かお父さんにバスケを教えてほしいとお願いしてきたのだが、それははぐらかされてきていた。お父さんがバスケが大好きなことを知っていたから、自分もバスケをすれば、もっとお父さんにかまってもらえると思ったのだ。
 運動は好きだ…でもしばらくやったら、まともに相手になってくれる友達がいなくなってしまう。中には勝てるからと自分を誘ってくれる友達もいるが…何か違うような気がした。
 お父さんがすごいバスケット選手だというのを真司は知っていた。きっとお父さんなら簡単には勝てないから…だからバスケットをしたかった。
 家にもバスケットゴールはあるのになぜか公園へと向かっているが、それでも家に居たらまたお姉ちゃんと顔を合わせることになりそうだったから、ちょうどよかった。
 お姉ちゃんが相手をしてくれれば、大体の運動は楽しいのだが、そのあと無理やり空手につき合わされて泣くことになる。

 なぜお父さんが今まで、バスケットを教えてくれなかったのか分らないが、それでもようやく教えてくれることになって嬉しかった。
 

 だが、公園につくとそこには先客がいた。自分と同い年か少し上くらいの少年が二人、バスケットをやっていた。一人はやたらと色黒の少年。もうひとりは赤い髪でなんとなく虎っぽい少年だった。

「おとうさん…」
 家でやっているとお姉ちゃんに鉢合わせてしまうだろうが、他の子とやるくらいならましだ。そう思ってお父さんを見上げたのだが、

「ちょうどよかったみたいッスね。」
 自分のお父さんは、どことなく嬉しそうな表情をして、自分に視線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「真司。ちょうどバスケやってる子らがいるみたいッスから、混ぜてもらいな。」
「えっ…」
 ポンと自分の頭に手をおかれて、言われた言葉に一瞬思考が追いつかなくなった。お父さんなら、なんで自分が運動をやめるのか分ってくれていると思っていたのに、いきなりの拒絶に泣きそうな顔になりながらコートの少年たちを見る。そこには、


 物凄い速さで動く色黒の子がいた。

 赤い髪の子もなんとか反応するが、色黒の子の鋭い身のこなしと適当に投げたかのようなシュートによって得点を奪われる。

 物凄いジャンプをみせる赤髪の子がいた。

 色黒の子が素早い反応で詰め寄るが、一瞬早く跳び上がった赤髪の子のジャンプ力にはかなわなくて得点を奪われる。


    すごいと思った。

  もちろんお父さんには敵わないだろうけれど、
今の自分があの動きを再現できるかと言えば…
 ムリだ…でも…頑張れば…
 

 足は自然とコートへと踏み出していた。


    この先、ボクがどんなに頑張っても追いつけないかもしれない…
    けど、だからこそ!
    この子たちとバスケがしたい…!
    それでいつか…



 再び伝説は巡っていく、新たなる戦いの舞台へと












おまけ

人物紹介
●黄瀬真司
黄瀬家の長男。容姿は母親そっくりで、金髪の2本のアホ毛がトレードマーク。お父さんっ子で甘えん坊気味だが、運動神経は抜群。祖父に連れて行かれた空手道場にしばらく通っていたが、あまり興味はない。母親はもう少し男らしくなってほしいと思っているが、自分の幼少期とよく似た容姿だけに、少々複雑な心境。

●黄瀬涼香
黄瀬家の長女。真司の姉。容姿は父親そっくりだが黒髪。母親のすすめで髪は伸ばしており、今は肩くらい。運動神経抜群で勝気な性格。趣味はぬいぐるみ集めという少女らしい一面があり、よく母親とぬいぐるみ談義をしている。弟がはじめた空手に興味を持ち、自分も始める。弟大好きで、強い男になってほしいと鍛えているが、よく泣かせてしまっている。



という設定です。母親の名前は出していませんが、あの人です。
 ちなみに最後に出てきた少年二人は、アホっぽい子とバカっぽい子です。

 

 昨年の投稿開始以来、本作品におつきあいいただきありがとうございます。途中、スレを変更したり、現在加筆修正途中ですが、次回作(続編)のネタが結構できてきたので、プロットの作成を行っており、こちらの作業は一度中断させていただきます。

なお、このepisodeは黄色のバスケとアイドルの本当の最終話であり、次回作
 
第2幕 黄色の籠球  

 のプロローグのプロローグも兼ねている予定です。続編は黒子のバスケと別作品のクロスです。
 ただし、私は個人的にあまりゴチャゴチャとクロスするのは好きではないので使われる設定は今回の話と黒子サイドの設定のみでアイマスはほぼ出てこない予定です。


 いずれまた本作を修正版にしていくと思いますが、できれば次回作でもお付き合いいただければ幸いです。
 次回作および修正版の参考にさせていただきたいので、ご意見ご感想をお待ちしています。



[29668] 特別編
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2012/06/08 22:32
今回の話は、黄色のバスケとアイドル、および黄色の籠球部の合計100話目を勝手に記念して作った特別編です。時期的にはextraから数年後、last episodeよりも前です。
 登場人物の関係でこちらに投稿していますが、かなり黄色の籠球部の内容に食い込んでいます。位置づけ的には両作を繋ぐ物語といった感じで、感想で疑問の多かった部分についての話になります。








都内某所


「お、飲み物来たぞ。ソフトドリンクのやつだれだ。」
「こっちこっち。」
「なに、飲まないの?」
「今日車だからな。」
「はっ!車が来るまで…キタコレっ!」
「オイ、初っ端から日本酒なんか頼んだヤツだれだ!」
 
 かつて日本一をめざし、創部3年目で高校バスケット界の頂点にたつという偉業をなした高校があった。

「よし、全員飲み物持ったな!」
「おー、頼むぞキャプテン!」
 
 果たせぬ夢は、しかし、不屈の思いで形になった。


「じゃ!誠凛高校バスケ部OB!かんぱーい!!」
「「「「「かんぱーい!!」」」」」
 



特別編   チーム名をどうするか



 キセキの世代たちの、高校での戦いから数年。誠凛高校のメンバーもそれぞれの道を進んでいた。
 今日はそんな彼らの同窓会。


「ねぇねぇ、キャプテン。」
「なんだよコガ。そんな呼び方したことねえだろ。」
 相も変わらず猫口で、人懐っこそうな笑みを浮かべている小金井の、現役時代、一度もそんな呼び方をしたこともないキャプテンという呼び方に、日向が気色悪そうな視線を向ける。

「いやー、せっかくの同窓会だし。そこはのっとかないと。」
「それもそうだな。な、キャプテン!」
「木吉…おめーにそう呼ばれるとなんか腹立つな。」
 完全に場の雰囲気を楽しんでいる小金井に対して、木吉は半ばマジメな表情で話しかけ、日向は青筋を浮かべている。

「まあまあ、それでどうしたんだ、コガ?」
 相変わらず仲が良いのか、悪いのか。変わらぬやりとりをする彼らの間を取り持つように伊月が割り込む。

「んー、火神と黒子は、来れないの仕方ないけど、カントクはどーしたのかなーって?」
「そういえば、カントクって今、どうされてるんでしょうか?」
 せっかくの同窓会だが、誠凛の代名詞ともいえる名物コンビは、残念ながら不参加。同様に姿を見せていないのは、カントクであったリコだ。あまり最近の動向に詳しくなかった河原たちも興味を示す。

「あれ、知らなかったのか?カントクなら、もうすぐ「あーあー!アイツならちょっと体調崩してるらしくて欠席だっ!」…日向…」
 後輩たちの言葉に意外そうに伊月が答えようとするが、そんな伊月の言葉を遮るように日向が声を上げる。

「らしくって、一緒に「おー!土田!!グラスが空いてんじゃねーか。飲め飲めっ!」。」
「……」
「水戸部が日本酒のイッキは危ないってよ。」
 わいわいと一気に騒がしくなり始めた同窓会。開いてるのか瞑ってるのか分からない土田が目を回すという出来事があったり、そんな状況を水戸部が心配そうに介抱していたりとあったが、各々近況報告などを話していった。


「木吉は、彼女とどーなの?」
「ん?相変わらずだと思うが。どうとは?」
「だから、キャプテンみたいにさー。」「コガっ!」
「ああ、そういうことか。」「納得してんじゃねえよっ!!」
 騒ぎの中心地が逸れたのをいいことに小金井が木吉とほのぼのと話そうとしていたが、話題に引き出した人物が、すぐにツッコミに現れた。

「あの娘も、今は仕事が楽しい時期らしいからな。まあ、もうすぐ隣の県に引っ越しすことになると思うけど。」
「一緒に?」
 一歩間違うとスキャンダルごとなのは、小金井たちも理解しているため、あえてその人物名は出してはいない。だが、それでも通じているようで、小金井の言葉に、どっちつかずの微笑を返す。

「なんだ、そっちも引っ越しなのか」 
「ん?日向もか?」
 いきりたっていた日向だが、木吉の引っ越しというワードに反応して少し冷静さを取り戻したようだ。

「ああ。すぐにってわけじゃないけど、他県にジムを進出させようっていう話があるんだ。」 
「えっ!ジムっても、しかしてキャプテンって、相田ジムで働いてるんですか!?」
 思わずシリアス的に話してしまった日向だが、すでに酔いの回った後輩が耳ざとく聞きつけて、復活してきた。

「それってもしかして…」「さっきのって…」
「うっせぇええ!!」
 わらわらと興味を示してくる後輩たちを沈黙させるべく、日向は再び奮闘を始める。そんな日向たちの様子を伊月や木吉は微笑ましい思いで見ていた。

「案外、すぐ近所になったりしてな。」
「いいかもしれんな…アイツは怒りそうだがな。」
 


・・・


「・・・でだな。」
 一次会が終わり、自宅飲み会へと変わり、周りには屍のようになりかかっている後輩の姿もあるが、宴自体はまだ続いていた。

「スポーツジムとは別になにかできないかと思ってるんだ。ほら、景虎さんのとこだとプールで色々やってるだろ。」
「すっかり、次期経営者って感じだな。」
 なぜだか、話の中心は日向の経営企画話になっていたりするが、酔った頭ででてくるものだけに、マジメに受け取るものでもないだろう。日向のお隣さんの家庭事情も知るほど付き合いの長い伊月は、苦笑しながら近い将来の日向の義理の父を想像しながら笑っている。

「はいはい!近所の小学生集めてバスケのクラブ作るとかどうかな?」
 一方、のりのりで提案しているのは小金井だが、彼のぐるぐるに回っている目を見れば、その発言を本人が後ほど覚えているかどうかは怪しい。

「小学生だったら、ミニバスだよな。」
「なんだ、ちゃんと調べてたのか?」
 一応候補には入っていたのだろう、小金井の意見を考慮するように口元に手を当てているが、その頭部は定まっておらず、本当に思考できているかは怪しい。一方、比較的理性の残っている木吉は少し感心したように尋ねた。

「まーな。ただ、クラブ作るとなると、問題が一つ。」
「「「「?」」」」
 不意に素面に戻ったかのように真剣そうな顔を見せる日向に、なんとか起きているメンバーは首を傾げる。

「チーム名をどうするかだ。」
 資金面とか、なにか深刻な問題かと思いきや、意外な悩みに一同はガクリと傾く。

「そんなのカントクと話しながら決めたらいいじゃん!」
「…」
「そんなことはなんだ。大事なことなんだぞっ!チーム名がカッコいいと人も集まるかも知んないだろっ!」
 小金井や水戸部の呆れたような言葉に、日向は勢いよく反論するが、どことなく筋が通っていないのは、酔っているからだろうか。

「名前か…はっ、ヒュウガだけに氷河の…」
「ねぇよ!木吉、なんかねえか!?」
 真剣に考え込む素振りを見せた伊月だが、いつもよりギャグが冴えていないのは、彼もまともに頭が働いていないのだろう。

「んー、そうだな…シャドータイガーっていうのはどうだ?」
「おっ、なんかカッコよさそうじゃねえ?」
「虎だと、強そうだしな…虎?」
 少し考えた木吉のネームに小金井や日向もよい反応を示す。だが、チーム名を反芻していた日向がなにかに気づく。

(シャドータイガー…シャドー→影。タイガー→虎。…影虎…カゲトラ…)
 連想ゲームをしていく一同は、不意に覚えのあるようなワードに思い当たり。

「「それだぁ!」」「ねぇよっ!!」
 楽しそうに結論としようとするメンバーだが、当の日向は青筋を浮かべて却下している。

「良い名前だと思うんだがなー。ほら、影と虎って黒子と火神みたいでもあるだろ?」
「もってなんだ、も、って!つーか、今の聞いたらますますねーよ!!」
一応、バスケ界の有名人からとった名前ならば、よさそうなものだが、そこに込められた色々な意味を考えると、到底つけられるような名前ではないと猛反発し、話はあーでもない、こーでもないと回っていく。


「なんかビッとくるのねーのかよ。」
「いや、日向のセンスがなさすぎなんだよ。」
「セーリンは?」
「それはダメだろ。」
「相田FC!」
「FCの意味分かってんのか!?」
「スチールハート。」
「…」

「…あん?今だれが言ったんだ?」
 不意になにか日向の琴線に触れるようなワードがどこからか聞こえてきて、喧々諤々とした言い合いが止まる。顔を見合わせても、誰が言い出したのかは分からない。だが、

「スチールハート…鋼、鉄の心か。」
「いやいや、それはないだろ。」
 なにやら顎に手を当てて、検討し始めた日向に木吉は呆れたように待ったをかけるが、

「良いんじゃないか?不屈の心って感じで。」
「そーそー、それに馴染みのある名前の方が面白いじゃん。」
「…」
 なにやら伊月たちは、楽しそうにおすすめにし始めている。

「木吉的にはアウトなのか、それ?」
 オイオイと止めようとしている木吉に伊月が不思議そうに尋ねる。

「いや、まあ…未練のある名前じゃないが、気恥ずかしいというか、そんなゴツイの小学生のチームにつける名前じゃないだろ。」
「えー、クラブチームって結構そんな感じ多いでしょ?」
 微妙そうな表情をしている木吉に対して小金井は追い打ちをかけるように言う。

「お前は、反対なのか、それ?」
 考えていた日向は、不意に木吉に尋ねる。

「んーむ。できれば他のがいい、かな。」
「よし、じゃあそれでいこう。」
 遠慮がちに否定の意見を述べた木吉だが、返ってきたのは決定の言葉だった。

「えっ!?日向なんで!?オレ、断ったよな!?」
「えー、そうなのか?よっしゃ、決定。」
「よっしゃ!?」






 なにがきっかけになるかは、分からないものである。酔っ払い同士の話し合いによって出された結論は、当然のように忘れられていたのだが、いざ設立しようとすると、思い浮かんだ名前は一つだった。


 スチールハート



 不屈の心を表す名。
 幾度潰されようとも折れぬ信念。
  
 そして、彼らの始まりをつくった名前でもあった。 


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