「えー、降郷村のみなさーん!765プロ夏祭り、特別ステージにいらしていただいてありがとうございまーす。今日は私たち…」
第五話 イェーイ!!
律子の宣言で祭りのイベントが始まる。しかし、舞台裏では慌ただしく準備が継続されていた。
「あーん、引っかかってとれないよー。」「みんな落着けー。」「ふわぁ。」「とにかく落着けー。」「伊織は本番までの間、出店手伝ってあげてくれー。」「なんで私が…!!」・・・・
バタバタと駆けまわるアイドルたちを、自身テンパりながら落ち着かせようとするプロデューサー。
一方、喧噪から少し離れた舞台裏の隅では…
「はい、お茶。ちょっと落ち着いた?」
「うん。」
しゃがみこむ雪歩とそのそばに真と春香の姿があった。真はボトルを手渡しながら雪歩に尋ねる。
「なるほど、青年団と海常の人たちが怖かったんだね。」
「でも、みんないい人そうだけどなぁ。」
先ほどのリハーサルでは、歌を歌うどころか、前列で応援してくれていた青年団の人たちの姿に怯え、ひどく取り乱してしまったのだ。
「私、やっぱり無理なのかな?」
「「えっ!?」」
雪歩の深刻な呟きに思わず声をあげる。
「私、男の人苦手だし、緊張しちゃうと何やってるか分らなくなっちゃうし…」
昼食の時も、準備の時も先ほども、男の人に話しかけられると、耳から入ってくる言葉とは別に、頭の中でまるで脅されているかのように聞こえてしまう。目に映る人影は恐ろしい鬼のように見えてしまうのだ。
「みんなと一緒に頑張りたいけど…」
真と春香はなんと声をかけるべきか悩み思わず顔を見合わせる。舞台ではイベントが始まる。
あずさとやよいのシブメンコンテストでは、あずさが求婚されたり、自慢の一品であるはずの家畜が暴れだすというハプニングが起こるも、やよいのマイペースな進行と飛び込んだ響の機転で場は盛り上がる。
美希のともすれば村を貶しているとも思えるトークショーは、美希の独特の語り口調と雰囲気に和やかながらも客受けしている。
「みんな…すごいな、」
呟く雪歩の声は、先ほどよりも沈んで聞こえる。
「私なんか、男の人見ただけで怖くなっちゃうのに、」
「雪歩…」
「ごめんね、春香ちゃん、真ちゃん、私いつも足引っ張ってばっかり…やっぱり私にはアイドルなんて…」
話している内にどんどんと顔を俯かせてしまう雪歩に、真は思わず怒鳴るように話しかける。
「雪歩!どうしてそんなこと言うの!ボク、雪歩がいつもどの仕事でも一生懸命頑張ってるのを知ってるよ。」
「そうだよ、足引っ張ってるとかそんなこと言わないで!」
真の言葉に雪歩も続く、
「でも、私…」
「不安なのは雪歩だけじゃないよ。」
反論しようとする雪歩に春香は少し固い笑顔を浮かべ、
「私だってさっきから緊張で足、震えちゃって…」
「あっ、実はボクも…」
見れば、真と春香の二人の足元も緊張のせいか細かく震えている。
「ねっ同じだよ、だから3人で力を合わせて、ステージ成功させようよ!…ねっ!」
俯いていた雪歩の顔が上がる。春香は手を差し伸べ、真がその上に自らの手を重ねる。それを見た雪歩は、おずおずと手をさしだし重ねる。
「「「765プロ、ファイト!オー!!」」」
3人の声が合わさり、怯えが消える。様子を伺っていたプロデューサーはその様子を見て声をかける。
「さっ、そろそろ出番だぞ。」
3人は舞台袖から観客席を覗き見る。3人の結束で男性と観客への恐怖心をなんとか克服した雪歩は、しかし客席の前列に苦手な犬が鎮座しているのを見て涙を流しながら逃げ出してしまう。
・・・
「犬までいるなんて…」
再びしゃがみこんでしまった雪歩の声は、涙で震えている。
「雪歩さん…ですよね?大丈夫ですか?」
後ろから控えめな調子で声をかけてきたのは昼食時に黄瀬の隣に座ってきた海常の男の人だ。一人になってしまった雪歩は、思わず恐怖心から身を引いてしまう。
「犬と…男性が苦手なんですか?」
態度とさきほどの言葉を聞いていたのか、男は無理に近寄ろうとはせず、しゃがみこんで目線を合わせて尋ねる。
男の言葉に威圧感はなく、無理に近づいてこないことからも危害を加える気がないのは分かる。しかしどうしても雪歩の怯えは消えなかった。
「…分りました。ならオレが守ります。任せてください。必ずステージに犬を近づけません。絶対に吠えさせたりもしません…約束します。」
誓いをたてるような男の言葉に雪歩は
「あの…名前…」
消えいくような声で名前を尋ねる。
「海常高校3年、森山由孝です。」
森山は名を告げながら手を差し伸べる。その手を掴もうか逡巡した雪歩は、ふと森山の後方に見知った顔が居るのに気づく。
自分を追いかけてくれたのだろう、春香と真、プロデューサー、そしていつの間にか来ていたのだろう黄瀬がやさしげな顔でこちらを見ている。
そろそろとその手をつかんだ雪歩は、立ち上がった森山につられるように立ち上がる。そして…
先に行っててほしい、という雪歩の言葉に春香と真は二人で舞台に立ち、時間を稼ぐ。客席の前列、鎮座する犬の真横に森山は構えるように立ち、舞台を見つめる。
「ソッコーで夕食済ませたと思ったら、何やってんスか森山センパイ。」
隣に立つ黄瀬が呆れたように尋ねる。
「今日のオレはあの娘のために戦うと決めたんだ!」
ところどころで間を外してしまう、この先輩にしては珍しくまともなことを言う。しかし戦う相手が、おばあさんに抱えられるほどの小さな犬というのを考えるとやはりズレているのかもしれないが…
ステージの上では懸命に真と春香がトークで時間を稼いでいるが、まだデビューして経験も浅い二人が、初めてのステージでアドリブで引き延ばせる時間など微々たるもので、早くも行き詰まりかけている…そこに
「おまたせ!!」
雪歩の声が響き、安堵した様子の真と春香が振り返る。
「雪…ほぅ?」
しかしその顔は安堵から一転、驚愕に固まる。
「イェーイ!!」
普段着で出ている二人とは異なり、到着した雪歩の衣裳は村の雰囲気とは合わない、派手な衣装で、頬にはペイントまでされている。
思わぬ姿とハウリングを響かせた入りに真と春香、観客が固まる…
反応のない観客に一瞬慌てる雪歩は、しかしめげることなく、
「イ、 イェーイ!」
再度繰り返す。しかし心なし声はさきほどよりも小さくなっている。反応の返せない観客に焦る雪歩は、
「イェーイ!!!」
客席の前列から返された声に小さく顔を向ける。そこには、声を返してくれた黄瀬と犬を警戒してか声をあげれなかったがジェスチャーは盛り上がっている森山がいた。
続く声もなく沈黙が訪れるかと思われたとき、
「「「「イェーイ!!」」」」
客席の後方から、海常の人たちが盛り上げようと声を上げていた。そして
「イェーイ!!!」「はーりきっていくよー!!」
すぐそばから真と春香の合わせる声がひびく。その様子に客席もつられるように盛り上がり始める。
場が盛り上がったことで3人の表情も明るく、雪歩の呼びかけにもノリよく応える。
軽快なリズムの曲,Alrightがうたわれ、歌の最中、真と春香は早着替えによって祭り衣裳に着替え、ダンスを加え始める。大きな盛り上がりとともに3人の歌が終わる。
真たちが視線を黄瀬たちに向けると、黄瀬たちは笠松になにか話しかけられている。ふっと、黄瀬がステージを見て、視線が合わさる。黄瀬は一振り腕を振ると、笠松について客席から離れていく。
その後も、765のイベントは続き、イベントが終了し片付けが完了したときには時刻は9時を過ぎていた。
・・・・
村人や青年団、子供たちが大勢見送りに来てくれる中、海常の人たちも練習が終わったのか顔を見せてくれる。
雪歩は森山となにか話している。
年齢が近いこともあり、手伝い作業の際に話す機会があったのか、幾人かは楽しげに話しをしている。
真は黄瀬の姿を探すが、あたりに姿はない。探している姿が目に付いたのか、笠松が近づいてきて、
「黄瀬ならまだ体育館で練習してるぜ。」
探し人の居所を教えてくれる。
真はプロデューサーに一声かけて、体育館に急ぐ。一人で行くつもりだったのだが、抜け出すところを見つけたのか亜美と真美、春香までついてきている。
灯のついた体育館からはボールの弾む音とスキール音が聞こえる。
扉から体育館を覗きこむと、熱気が顔を撫で
ダムッッ
独り黄瀬が練習を続けている姿が目についた。
黄瀬は床にボールを強くたたきつけると、ゴールに向けて走り込み、高く跳ね上がったボールを空中で掴みそのままダンクを撃ちこむ。
ガンッッ!!
大きな音が響き、軽く空気が震えたように感じられた。
転がるボールを追いかけた黄瀬は、真たちに気づく。
「あれ、真ちゃん、と春香ちゃん。あと…」
「双海真美と」「亜美だよ。」
名前を思い出そうとする黄瀬を遮り、二人が自己紹介する。
「ああ。えっとどうしたの?」
軽くうなづき、黄瀬は尋ねる。全体練習が終わった後も続けていたのだろう、かなりの汗をかいており、Tシャツは水気を含んで変色している。
「どうしたって、もう帰る時間なんだけど黄瀬さんだけ姿が見えなかったから…」
「薄情だぞ、黄瀬っち。」「私たちデートの約束をかわした仲じゃないのかよぉ。」
練習の邪魔をしてしまった真がためらいがちに告げると、亜美と真美が冗談めかして不満を言う。
「あれ、もうそんな時間スか!?ごめんッス。」
本当に気づいていなかったのか驚いた様子で時計を見て謝ってくる。
「いえ、約束もしてませんでしたし、練習お邪魔してすみません。」
春香が遠慮がちに謝るが、
「駄目だぞ、まだ次合う約束も連絡先も聞いてないんだから、今会わなかったらデートの約束果たせないじゃんか!」
亜美が冗談めかして怒りながら告げる。
「デ、デートって。」「ダメだよ。亜美、真美!」
その件はただの冗談で、別にかまわないと言っていたはずなのだが、なぜか二人は乗り気だ。真と春香は、慌てて止めようとするが…
「おやー、まこちんは一度宣言したことを果たしもせずにすっぽかすのかなー?」
ニヤーとした笑みを浮かべて真美が真に告げる。
「なっっ、あ、あれは…!!」
顔を朱くして弁明しようとするが、その言葉にかぶせるように、
「しゃあない、黄瀬っち。すまんがまこちんは怖気づいてしまったようだ。」「うむうむ、ここは私たちだけで我慢してくれたまえ。」
二人の悪ノリは止まらない。
呆気にとられた表情で黄瀬は目を瞬かせる。ふと真を見ると、真は恥じらうような顔をしたままあたふたと手をさまよわせている。
「いや、その…うん、怖気づいてなんかいないぞ!うん。でもほら、黄瀬さんのこともよく知らないし、バスケのこともよく知らないし…」
狼狽したまま、だんだんとしぼむ声で、言い訳するように捲し立てている。
「よく知らない…って、まこちんは、黄瀬っちと二人っきりで対談した仲だろ?」「そうそう。」
「二人っきりって、ちゃんとカメラマンとかプロデューサーも居たし…!」
あわあわとしている真と春香の様子に可笑しそうに黄瀬は微笑むと、
「じゃあ、デートの代わりに今度、バスケの試合を見に行かないッスか?」
「えっ!?」
「もうすぐ、都のIH予選始まるし、オレの親友の黒子っちがでてるんッスよ。予選決勝までは進むと思うッスから…たぶん。」
「それなら…」「うーん、ここらへんが落としどころかなー?」「私らも行っていい?黄瀬っち?」
春香たちは黄瀬の妥協案に頷くが真は、聞き覚えのある名前に考え込む。
「…あの、黒子って、その…」
「ああ、覚えてたんスか、昼間の話。」
黒子、その名前はたしか…
「こないだ会ったんスけど、振られちゃったんスよ。まあ、なかなか強そうな相棒も見つけたみたいだし…ってなんスか?」
黄瀬は目の前の春香たちをみると驚いた顔をしているのに気づく。
「黄瀬さんを振ったって…」「黄瀬っち、無神経だぞ。昔の女のところにデートに誘うなんて!!」「あれ、でも試合にでてるって…?」
捲し立てる3人の言葉に勘違いを与えてしまったことを悟り慌てて弁明する。
「違うッスよ。黒子っちは中学の頃のチームメイトで、また一緒にバスケしないかって誘って、断られたって事ッスよ!」
思わぬところで妙な疑惑をかけられ流石に慌てる。
「あ、そういうこと…」「びっくりさせんなよ黄瀬っち。」「はーびっくりした。」
3人は納得したように詰め寄ることをやめ、真も安堵したように息を吐く。
「んで、どうッスか?」