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[29618] 七人の天使 【現代ファンタジー】
Name: 伊勢之 剛◆9f019924 ID:890e33a7
Date: 2011/09/06 01:09
 空から少女が降ってくるのはよくあることかもしれない。でも、それが7日間連続となれば話は別だ。七人の自称『天使』と、彼女達を受け止めた高校生とが織りなす、基本コメディ、時々シリアスな物語。彼女たちの目的とは………?


 衝動的に書き始めてしまいました。
 こちらは、まったり更新となると思われますので、ご了承の程を。
 ※この作品は「小説家になろう」様へも投稿しています。



[29618] (1) 天使達
Name: 伊勢之 剛◆9f019924 ID:890e33a7
Date: 2011/09/06 01:10

 空から女の子が降ってくる確率というのは、限りなくゼロに近い、いわゆる天文学的数字というやつになるだろう。
 漫画や小説の冒頭シーンではよくあるパターンらしいが、生憎そういった作品を読んだことがない俺には、現実世界でそんなことが起こるシチュエーションがまず思い浮かばない。
 せいぜい、飛び降り自殺とか、足を踏み外した転落事故とか、それぐらいのものだ。
 可能性が全く無いと言い切れないのは、この世の中、何が起こるかわからないからだが、これが1日一人ずつ、7日間連続ともなれば、これはもうゼロ%の確率と言ってもいいんじゃないか。
 1週間前までの俺なら、確実にそう考えたはずだ。
 だが、今は違う。
 なぜなら、そのあり得ない出来事が起こってしまった結果が、今、正に目の前に存在しているからだ。
 リビングに置かれたテレビの前で横一列に座り、子供向けのアニメを食い入るように見ている七人の女の子。
 容姿も、態度も、口調も全てがバラバラな七人。
 女性という以外に、共通点は、

    空から降ってきた

という一点のみ。(女性という共通点は、裸にして調べた訳じゃないから、ひとまず保留)
 いや、もう一つあった。
 俺の脳裏に、一週間前の出来事が鮮明に蘇ってくる。


 それは、学校からの帰宅途中、いつものように神社の境内をショートカットしていた時だった。
 誰もいない社殿前の広場を横切っていると、急に胸騒ぎがしてきた。
 立ち止まって辺りを見回してみるが、やっぱり誰もいない。
 気のせいかと歩き始めようとした、その時。
 何かの気配が近づいてくるのがはっきりとわかった。
 それも、上の方から。
 既に日は落ち、夕焼けの赤から夜の闇へ変わろうとしていた空から、何かが降ってきた。

「!?」

 何が何だか理解できないまま、とっさに両手を出して降ってきたものを受け止めた。
 正確には受け止めようとしたが、勢いに負けてそのまま下敷きになってしまったのだが……。

「う、うーん……」

 それは、いわゆる女の子だった。
 地面に伸びている俺の上で、上体を起こして辺りを見回していたが、

「ちゃんと降りてこられたみたいだな。うんうん」

などと一人納得したように独り言をつぶやいている。
 俺も体を起こそうとしたが、地面に打ち付けたようで、後頭部に鋭い痛みが走った。

「痛つつ……」

 思わず声を上げた俺に、やっと気が付いた様子で、その女の子は

「おお、すまんすまん。下敷きになってるとはわからなかった。今、退くからな」

と言いながら立ち上がったので、俺の体も何とか自由を取り戻すことができた。
 改めて見ると、俺と同い年くらいだろうか、中肉中背の体格。
 顔は、なかなかいい線行ってる。
 ちょっとつり目気味の顔立ちが、ポニーテールにした髪型と相まって活発な印象を受ける。
 見とれている場合ではない。
 状況が掴めないまま、俺はとりあえず素朴な疑問を投げかけてみた。

「えーっと、誰、ですか?」

 何で空から降ってきたのか。
 その辺のことは考える余裕がなく、ひとまず無難な質問をしてみたのだ。
 だが、返ってきた答えは、無難なものではなかった。
 その子は、ひと言で答えた。

「私は天使だ」


 これを皮切りに、同じ場所、同じ時刻、1日に一人ずつ、俺は空から降ってくる女の子を受け止めた。
 口調はそれぞれ違うが、全員が自分のことを

    天使

と呼んだ。
 そして、なぜだか全員が俺の家に居着いている。
 七人の自称『天使』が並んでテレビを見ている図へと繋がるわけだ。

「なあ、雨宮慎二。腹が減った。晩ご飯はまだか?」

 ポニーテールのあの子が俺に催促する。

「まだですか?」「まだなの?」「まだでございましょうか?」「まだなのか?」「まだあー?」「………」

 6人の内、一人を除いて5人の声がそれに続いてハモる。
 残りの一人も無言のまま『まだ?』と訴えかけてくる。
 今のところ、主に俺とのコミュニケーションを取っているのは、最初の子だ。
 自分では、

    ヒナタ

と名乗った。
 それから順番に、ツキコ、イツキ、ホノカ、ミズエ、カナ、ヒジリというらしい。
 天使にしては純和風な名前に違和感を抱いたが、ヒナタに訊くと、

「ここは日本だろ?和風な名前のどこがおかしいんだ?わざわざ、わかりやすいようにそうしたのに。天使としての本当の名前はお前には聞き取れないぞ。それでもいいなら、そっちを使うけどな」

と言い返されてしまった。
 どうやら本名は他にあって、呼びやすいように和風の名前を付けてくれているらしい。
 そんな七人の視線を一身に受けている俺は、食欲のプレッシャーに負けてしまった。

「わかった。晩飯はすぐに作り始める。俺も腹減ってきたしな。でも、その前に……」

 端から端まで顔を見渡すと、言葉を続けた。

「もう一度、改めて質問させてくれ。君達はいったい何者で、何のために俺の家に来たんだ?」

 七人はお互いに顔を見合わせていたが、無言のまま頷くと、七人を代表してヒナタが口を開いた。

「私達は天使だ。何度言えばわかるんだ?天使が家にいたらいけないのか?」

 一事が万事、この調子だ。
 この先、どうなることやら。

 とりあえず今は晩飯の支度に専念して、現実逃避することにしよう。



[29618] (2) 朝のひととき
Name: 伊勢之 剛◆9f019924 ID:890e33a7
Date: 2011/09/07 23:35

 ここ一週間、俺は目覚まし時計の助けを借りずに、規則正しい時刻に起床している。
 ベタなシチュエーションだが、美女の甘いささやきで起こされたのなら目覚めもいいのだろうが、現実は厳しい。
 今日も、断続的に胸から腹を圧迫される苦しみで目が覚める。
 違う、強制的に目覚めさせられた。

「起きろ、雨宮慎二。メシの時間だぞ」

 ソファに寝ている俺の上で飛び跳ねながら、ヒナタの甘いささやきとはほど遠い声がリビングに響く。

「わかったから、起きるから、とりあえず止まってくれ」

 咳き込みながら懇願すると、ヒナタはようやく飛び跳ねるのをやめたが、俺に馬乗りになったまま、両手で胸の辺りをぐいぐいと押しながら急かすように言った。

「みんな待ってるぞ、雨宮慎二。早くメシ作ってくれ」

 彼女たちにとっては、朝昼晩の食事がすべての基準なのか。
 まあ、それはいいとして、何回言っても俺の呼び方が変わらないのはどういうことだろう。
 確かに俺の名前は雨宮慎二で間違いないのだが……

「あのさ、いいかげんフルネームで呼ぶの、やめてくれないか。なんだか落ち着かないんだよな」
「なんでだ?お前の名前は雨宮慎二。人を呼ぶときは名前で呼ぶんだろ?間違ってるか?」
「いや、間違ってはいないけど……普通は名字か、下の名前で呼ぶもんだ」
「ふーん、そうなのか。まあ、考えておく。気が向いたらそうするかもしれん」

 今のところ、七人の中で俺と話をするのは、ほぼリーダー格のヒナタだけと言っていい。
 他の6人は様子見というか、警戒してるのか、俺と必要以上の会話はしない。
 みんなヒナタと同じ調子なのかと思うとゾッとするが、いずれは他の6人ともコミュニケーションを取らなければいけないだろう。
 ヒナタと接していて感じるのは、常識というか、基本的なところが欠落している、ということ。
 何かがずれている。

   やっぱり、本物の天使なのか……
 ふと、そんなことを考えてしまう自分を、慌てて首を振って否定する。

「早く、早く」

 急かすヒナタに腕を引っ張られて、ソファから起きあがる。
 朝起きたら全部夢でした、なんていうオチを期待したのは最初の2~3日だけだった。
 今では、そんな幻想を抱くのはやめた。
 それでも、ドアを開けるといつもの日常が広がっている、などと二段夢オチを期待してしまうのは、俺の甘さか。
 ダイニングへと通じるドアの向こうでは、テーブルに並んで座る自称『天使』達の視線が、俺に容赦なく現実というものを突きつける。
 軽いめまいを感じながら、俺は朝食の支度に取りかかった。


・・・・・・・・・・


「なあ、ヒナタ」
「ん?なんだ?」

 一週間も住んでいると、さすがに勝手がわかるようになるらしく、自分でキッチンの引き出しから醤油を持ってきて、目玉焼きにかけている。

「今日は行かなくてもいいのか?その……神社に?」

 皿に残った黄身を崩さないように、器用に箸でつまんでご飯の上に乗せようとしているヒナタを邪魔しないように、タイミングを見計らって質問する。

「ああ、昨日でとりあえず予定は終わったからな」
「とりあえず、ってどういうことだ?」
「そのままの意味だが?ヒジリが最後、今のところ次の予定は無い。だからお前も今日から行かなくていいぞ……うん、この目玉焼きってやつには、やっぱり醤油だな」

 醤油を垂らした半熟の黄身を乗せたご飯をかき込みながら、満足げに頷いている。
 相変わらず、こっちの質問の意味を理解しているのかいないのか、それすらわからないような返事に、不安は募る一方だ。
 俺としては、これ以上居候が増えないことを願うのみ。

 ちなみに俺は目玉焼きにはソース派だ。これは譲れない。


・・・・・・・・・・


 俺には家族がいない。
 この家にも、一人で住んでいた。
 だから、七人の居候を抱えることも、不可能なことではない。
 豪邸とはいえないが、俺を含めた8人がなんとか生活していけるだけの広さはある。
 詰めて座れば、ダイニングテーブルも8人で囲むだけの大きさがある。
 両親が使っていた寝室と、俺のベッドを使って何とか七人の寝床を確保した。
 その代わり、さっきのように俺はリビングのソファに追いやられたのだが……まあ、それは仕方がない。
 家族がいたら、こうはいかなかっただろう。
 そもそも、普通なら最初の時点で警察へでも連れて行くところだ。
 ヒナタだけだったら、或いはそうしていたかもしれない。
 しかし、これが七人ともなると話は別だ。
『空から降ってきた』なんていう説明を誰が信じてくれるだろうか。
 逆に俺の方が保護されかねない。

 全員が朝食を食べ終えると、俺は後片づけ(といっても食器を食洗機に突っ込んでスイッチを入れるだけだが)をして、学校へ行く準備に取りかかる。
 そう、俺は七人の扶養家族?を抱えるには若過ぎる16歳、高校一年生だ。
 昼間はどうしても学校へ行かなければならない。
 必然的に、七人の天使達だけが残ることになる。
 今となっては、家を出るときが一番不安になる瞬間となってしまった。
 幸い、これまでに七人が俺の留守中、家を出たような形跡はなく、おとなしくテレビを見たり、本を読んだりしているようだ。
 一番の心配事は昼食だが、朝に作っておいたものを食べるように言ってある。
 制服に着替え、鞄を持ってリビングを覗く。
 相変わらず七人は行儀良くテレビの前に並んで、朝の情報番組を見つめている。

「今日はピラフを作っておいたから。冷蔵庫に入ってるし、みんなの分も温めてやってな」
「ああ、レンジでチン!だな」

 そういうことはすぐに覚えるようだ。

「じゃあ、行ってきます」
「こういうときは、ええと、そうそう。いってらっしゃーい!」
『いってらっしゃーい』

 ヒナタの声と、それに続く5人のハーモニー(プラス一人の視線)に見送られてリビングを後にする。

   ん?何か言い忘れているような?

 靴を履いて玄関から出ても思い出せない。
 まあ、その程度のことだろう。
 後で思い出してから言えばいいか、俺は鍵をかけながらそう思うことにして、学校へと向かっていった。



[29618] (3) 書を捨てよ町へ出よう
Name: 伊勢之 剛◆9f019924 ID:890e33a7
Date: 2011/09/14 02:54

 俺の通う高校までは、駅から10分も歩けば到着する。
 学校までの一本道は、登校時間帯ともなると生徒達で埋め尽くされ、逆行することが命がけと感じるほどだ。
 駅の階段を下りると、俺は人の流れから外れて、裏道へと入った。
 人混みに流されるのは好きじゃない。
 自分のペースで歩きたいから、遠回りになるけど裏道を通って登校している。

「いてっ」

 後ろからいきなり後頭部をはたかれた。

「おっはよー」

 俺と同じような考えの奴は他にもいて、今日も俺の『通学路』には他に十数人の生徒が歩いている。
 こいつもその一人。
 赤澤瀬理奈。
 いわゆる幼なじみ、ってやつだ。
 中学2年生の時に引っ越していったので、一旦付き合いは途切れたが、偶然にも同じ高校へ入学し、クラスも同じだった。
 以来、復活した腐れ縁は続いている。

「ボーっとしちゃって、どうしたのさ」
「うるさいな、考え事してたんだよ」
「考え事?うわー、全然似合ってないんだけど」

 まあ、いつもこの調子だ。
 ショートカットでボーイッシュな外見に加えて、女らしさとは無縁のがさつな性格。
 正直、俺は瀬理奈を異性として見ることが出来ない。
 友情で結ばれた男女、というなかなかお目にかかれないレアケースに該当するんじゃないか。
 並んで歩きながら、何回目かの平手打ちを後頭部にくらったころ、『本流』への合流点が近づいてきた。
 ビルとビルの間に流れていく制服の群れが見えてくる。
 あと数メートル、という所で思わず足が止まる。
 朝から会いたくない奴と顔を合わせちまった。
 その相手も、おそらく同じ気持ちだったに違いない。
 そいつは俺に視線を向けたまま、左から右へと俺の視界を横切る。
 俺も立ち止まったまま、そいつの姿を目で追いかける。
 ビルの向こうへ消えるまで、それは続いた。

「ねえ、まだ健吾とケンカしてんの?」
「ケンカなんかしてねえよ」
「嘘、嘘。だって、アレ以来、二人がしゃべってるところって、一回も見たことないもん。男の子ってさあ、もっとアッサリ、サッパリしてるのかと思ってたけど、案外根に持つところがあるのね。それとも、女が絡むとそうなるのかな?」
「いちいち、うるさいなあ」

 掴みかかった俺の手をスルリとかわして、瀬理奈は人の群れへと飛び込んでいく。
 同じクラスの女子グループと合流すると、そのまま流れに乗って行ってしまった。
 残された俺は、ひとつ、ため息をついた。

「お前もいろいろ大変だな」
「ああ、まあな。あれやこれやで………って、なんでここにいる!?」

 俺の隣に当然のようにヒナタが立っていた。

「なあ、あの男と何で揉めてるんだ?」

 いや、そんなことは今、どうでもいい。

「絶対に家から出るなと言ってあるだろ!?」

 俺の言葉にヒナタは冷静に反論してきた。

「昨日まではな。でも今日は何も言わずに出て行っただろ?ということは、今日から外出オッケーってことだよな」

 俺は頭を抱えた。
 ああ、そうか、それだったのか、言い忘れてたのは……

「いや、そういうわけじゃなく………」

 訂正しようとしたが、俺の話など聞いちゃいない。

「まあ、丁度良かった。そろそろ外の調査も開始しないとな、なんて考えてたところだからな」

    調査?

「何のことだ?調査って?」
「テレビとか、本とか、お前が教えてくれたネットとかでだいぶ情報収集は出来たけどな。やっぱり、自分の目で………」

 そこで言葉が止まる。
 歩いている生徒達にヒナタの目が釘付けとなる。

「どうした?」
「なんでみんな同じ服を着てるんだ?」

 そう言って俺の方を向くなり、驚きの叫びを上げる。

「うわ、よく見るとお前も同じ服じゃないか!どうしたんだ!?」

 いまごろ気が付いたのか。

「これは高校の制服だ」
「制服?」
「そう。規則で決まってるんだ。これ着ていかないと学校に入れてくれないんだ」

 俺の話を聞きながら、独り言をつぶやく。

「そうか、学校へ行くには制服を着る必要があるのか」

 一人で納得している様子だったが、なにやら悪い予感がしてきた。

「いいこと教えてくれた。じゃあな!」

 言うが早いか、いきなり走り出す。

「おい、すぐに家へ帰るんだぞ!」

 俺の言葉が聞こえたかどうか、俺にはわからない。
 ヒナタの後ろ姿は、人の群れに飲み込まれてあっという間に見えなくなった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 大きなあくびをした。
 ここのところ寝不足が続いているから当然だ。
 朝早く叩き起こされて、8人分の朝食と1人分の弁当と7人分の昼食を毎日作っているのだから。
 かといって、夜、早く寝ることが出来るわけでもない。
 やっぱり気になって、7人全員が寝付くまで待っていると、結局日付が変わってしまう。
 彼女達がそんな時間まで何をしているのかというと、まずはテレビだ。
 見ている番組に一貫性はない。
 ニュース、ドラマ、バラエティー、スポーツ、アニメ………手当たり次第、といった感じだ。
 それから本もよく読んでいる。
 両親が共に学者だったから、俺の家には一生かかっても読み切れないくらいの本があるのだが、あらゆるジャンルの本を、それこそ貪るように読んでいる。
 一体、何が目的なのか……
 今朝、ヒナタが『調査』と漏らしていたが、何の調査なんだ?
 1時間目の授業が終わった休み時間、だらしなく机に突っ伏しながら、そんなことを考えていたら、また大きなあくびが出た。
 手で涙をぬぐいながら何気なく廊下の方を見ていると、数人の取り巻きを引き連れた一際目立つ女子生徒が通りかかる。
 校内で知らない者はいないだろう、人気ナンバーワンの加賀美千都瑠だ。
 羨望の眼差しを一身に受けて闊歩する姿を、俺は他の生徒とは違った思いで見つめる。
 その感情は、後悔とか怒りとか悲しみとか、そういったものがごちゃ混ぜになって心の深いところによどんでいる。
 教室前を通り過ぎる一団を、視線だけ動かして追いかけていた俺の視界に、あり得ない光景が飛び込んできた。
 跳ね起きて教室から廊下へと飛び出す。

「おお、やっと見つけた。ここは広いな」

 制服姿のヒナタは、屈託の無い笑顔で俺に話しかけてきた。

「何やってんだよ、こんな所で!」
「何って、お前を探してたんだけどな。見つかってよかった」
「いいから来い!」

 ヒナタの腕を掴んで、大股で歩き出す。
 とりあえず人気のないところへ連れて行って、話はそれからだ。
 廊下を引きずるようにして行くと、階段の所でまたもやあいつと鉢合わせになる。
 名前は若槻健吾。
 瀬理奈と同じく、俺の幼なじみだ。
 お互い、しばらく立ち止まったまま相手の顔を見ていたが、俺の方から視線を外して階段を下りていく。

「なあ、なんであの男とケンカをしているんだ?女が原因とか言ってたが、どういう意味なんだ?」
「そんなの、どうだっていいだろ。とりあえずついてこい」

 こういった場合の定番は校舎の屋上なんだろうが、生憎と今日は何かの工事をしているらしく、関係者がたくさん出入りしている。
 しかたがないので第二の定番、体育館裏へと連れて行く。

「聞きたいことは色々あるが、まず、その制服、どうしたんだ」
「どうだ、似合うか?」

 そう言いながら、バレリーナのようにクルッとターンした。
 チェックのスカートがふわりと舞う。

「そう言う問題じゃない!どこで手に入れたのかと訊いてるんだ!」
「私は天使だぞ。出来ないことは……無い訳じゃないが、だいたいのことは出来る」

 またこの繰り返しか。
 俺はひとまず追求することはあきらめ、校内から出て行かせることを最優先した。

「このまま家に帰ってくれ。頼むから」
「いやだ。せっかく来たんだ、もっと学校の中を見て回る」

 そんなことされたら大変なことになる。

「頼む。どうしたら言うことを聞いてくれるんだ」

 ヒナタは俺を横目で見ながら、意地の悪そうな笑みを浮かべて言った。

「うーん、そうだなー……じゃあ、さっきの男とお前のケンカの原因を教えろ」
「えっ、いや、それは……」
「教えてくれないんだったら、帰らん」

 躊躇する俺にヒナタはきっぱりと言った。
 結局、俺が根負けした。

「わかった、家に帰ったら話すから」
「本当か?約束だぞ?」
「ああ、嘘じゃない。約束する」
「よし、じゃあ帰る」

 そう言うと、ヒナタは2メートルはある塀を軽々と飛び越えて、俺の視界から消えていった。
 あっけにとられた俺は、しばらく立ち尽くしていた。
 ひとまずは、これで安心だが、ヒナタとの約束を思い返してちょっと憂鬱になる。

   他人にあの話をするのか……

 家に帰るのが億劫になってきた。
 だが、まあいい。
 気持ちに区切りをつけるには、他人に話すのもいいかもしれない。
 俺はちょっと前向きにそう考えることにした。



[29618] (4) 迷った時は…
Name: 伊勢之 剛◆9f019924 ID:890e33a7
Date: 2011/09/20 00:14

 俺と若槻健吾は親友だった。
 過去形を使うのには、勿論それなりの理由がある。
 そして瀬理奈が指摘したとおり、それは女の子が絡んでいた。

 幼稚園から一緒の俺達は、揃って同じ高校に入学した。
 クラスは違っていたが、それまでと変わらない付き合いを続けていた。
 入学して間もなく、俺は健吾のクラスの女の子を好きになった。一目惚れってやつだった。
 その子は入学前から噂になるほどの美少女、名前は加賀美千都瑠。
 そう、今でも校内ナンバーワンの人気を誇っている女子生徒だ。
 競争率は非常に高い。
 古くさい方法かも知れないが、俺は敢えて手紙を書くことにした。
 その方が目立つだろうという計算もあった。
 そして健吾にそのラブレターを託した。
 その日から俺は返事を心待ちにしていたが、いつまで経っても音沙汰がない。
 不安になって健吾に確認したが、手紙は渡したと言うだけで、後のことは言葉を濁して要領を得なかった。
 そして一週間、二週間が過ぎたある日、俺は瀬理奈から信じがたい話を聞いた。
 健吾と千都瑠が付き合っている、というのだ。
 それも、俺がラブレターを託したその日から。
 健吾の方から告白して付き合うようになったと瀬理奈は言った。
 千都瑠本人から聞いた話なので間違いないという。
 俺は疑心暗鬼に陥った。
 健吾は俺の手紙を本当に千都瑠に渡したのか。
 あいつのことは信じたい、でも信じ切れない自分もいた。
 その間で葛藤していた俺は、健吾を呼び出した。
 噂は嘘だと言って欲しかったんだと思う。
 だが、健吾はひと言、

「すまん」

と言うだけ。
 いくら問いつめても、それ以上は何も口にしなかった。
 それ以降、俺達は何となくお互いを避けるようになり、口をきくことも無くなった。

 1ヶ月が過ぎた頃、健吾と千都瑠が別れたという噂を耳にしたが、そのときには何の感慨もなかった。
 ざまあみろ、という思いが全く無かったといえば嘘になるが、もうどうでもいいというのが本音だった。
 今となっては、本当に千都瑠のことが好きだったのかどうかすら怪しいもんだと考えている。
 周りのみんながチヤホヤする雰囲気に飲まれて、自分でも一目惚れしたかのように錯覚していたのかもしれない。
 だが、俺と健吾の間に出来たわだかまりは消えないまま、今に至っている。
 なるべく会わないように避けているし、今日のように顔を合わせても一切会話は無い。

「……と、まあ、あれやこれやで現在に至るってわけだ」

 話し終わると、隣で俺の話を聞いているはずのヒナタの方を向いた。

「カナ、ヒジリ、いいだろ?これが制服ってやつだ。このリボンのところがかわいいよな」

 って、聞いてねえし……。

「……俺の話を聞けえ!」

 カナとヒジリを相手に、自分の制服姿を見せびらかしているヒナタに向かって怒鳴った。

「心配するな。ちゃんと聞いてる」

 クルッとターンして俺の方を向き直ったヒナタが言う。

「要するに、だ。自分が失恋した原因を友達に押しつけて、未だに未練がましくウジウジしてる、ってことだろ?違うか?」
「……間違ってません。的確なご指摘、ありがとうございます……」

 自分でもわかっているつもりだったが、いざ改めて他人に言われると、ちょっと落ち込む。

「それで、お前はどうしたいんだ?」
「えっ?」

 俺の目を真っ直ぐに見つめながらの質問に、一瞬たじろぐ。

「だから、お前はそいつとの関係をこれからどうしたいのかと聞いている。このままでいいのか、それとも仲直りしたいのか、どっちなんだ?」
「それは……」

 正直言って、自分でもどうしたいのかわからなくなっている。
 健吾との接触を避けているのは、このままでいいと思っているからじゃない。
 問題解決のための真摯な努力を怠っているだけだ。
 まあ、そう言うと聞こえはいいが、要するに面倒なことを避けてきた結果が現状な訳で。
 今でも俺の中には、健吾を信じたいという気持ちと、やっぱり許せないと言う気持ちが半分ずつあって、どちらにも決めかねている。

「即答出来ないってことは、つまり迷っているということだな。そんなときは自分ではわからないかもしれないが、他人に背中を押して欲しいと思っているんだ」
「え、そ、そうなのか?」

 自信たっぷりに断言され、思わず自問してしまう。

「よし、私に任せておけ」

 ヒナタは、これまた自信に満ちた表情で宣言した。

「どうするんだ、いったい?」

 不安を隠せない俺の言葉を、ヒナタは切って捨てる。

「だから任せておけと言ってるだろ。どうするかは、これから考える。ええと、そうだ、大船に乗ったつもり、って言うのか?お前はそんなつもりで待っていればいいんだ」

 手こぎボートで太平洋を横断させられるくらい不安な気持ちになるのは何故だろう。

「……晩飯の支度しなきゃ……」

 俺は現実を見つめ直すことにした。
 重い足取りでキッチンへ向かう俺の後から一人ついてくる。
 この子は、そう『カナ』だ。
 ようやく顔と名前が一致するようになった。
 俺がシンクで米を研ぎ始めると、カナはダイニングテーブルから引きずってきた椅子にちょこんと腰掛けて、俺の手元を熱心に見つめている。
 手の動きを追って視線が動くたびに、頭の左右で結んだ髪が揺れている。

「カナは料理が好きなのか?」

 昨日からヒナタ以外の6人とも出来るだけ話をするようにしている。

「うん、大好き。向こうじゃ毎日作ってたんだよ」
「『向こう』か……」

 基本的な思考回路は他の6人もヒナタと同じなんだな。
 そう考えながら、研ぎ終わった米を炊飯器にセットする。

 しかし。
 今の俺って、ちょっとヤバイ状況になってるんじゃないか?

 みそ汁に入れる大根を切りながら、改めて7人の顔を思い浮かべる。

 『ホノカ』と『ミズエ』は、見た目も態度も落ち着いているし、20歳を超えているのは間違いない。
 『ツキコ』は成人しているかどうか微妙なラインだが、俺より年が上なのは確かだろう。
 この3人は年上ってことで、無条件で『さん』を付けて呼んでいる。
 『ヒナタ』と『イツキ』は、俺と同い年くらいか。
 ヒナタのことは呼び捨てだが、イツキは何故だか『さん』付けだ。
 そうしなければならないような、よくわからない威圧感のようなものを感じるのだ。
 ここまではいい。
 問題は、あとの二人。
 俺よりも年下なのは確実。
 『カナ』は中学1年生くらい、『ヒジリ』に至っては、どう見ても小学6年生くらいにしか見えない。
 これって、何かの犯罪にならないのだろうか?ふと、そんな疑問が頭をよぎったのだ。
 そういえば、家でした小学生を連れていた男が逮捕されたニュースをテレビで見た記憶がある。

 そんなことになったら、両親も悲しむだろうな……。
 だからといって今更どうすることも出来ないが……。

 そんなことを考えながら付け合わせのキャベツを刻む。
 相変わらずカナは俺の隣に座って、観察を続けていた。

「今度、料理してみるか?」

 軽い気持ちで言った言葉に、カナは大袈裟に反応した。

「えっ、いいの?やったー!」

 無邪気に笑う顔を見ていると、不思議と『まあ何とかなるか』という、根拠のない安心感が沸いてくる。

「私、頑張るからね」

 その言葉を話半分に聞き流しながら、俺は唐揚げの仕込みに取りかかった。

「今日の晩飯は何だ?」

 ファッションショーにも飽きたのか、制服姿のヒナタがキッチンへ入ってきた。

「今日は鶏の唐揚げと大根のみそ汁、それにごぼうサラダ」

 冷蔵庫から取り出した牛乳をコップに注いでいるヒナタに答える。

「唐揚げはいいな。熱々を食べるのがたまんないな」

 腰に手を当てて牛乳を飲む姿に、それは風呂上がりにやることだ、と心の中でツッコミを入れつつ、さっきの話を思い返してみる。
 正直、ヒナタはどうするつもりなんだろう?
 聞いてみようと一瞬思ったが、やっぱりやめた。
 どうせ、『どうするかは、これから考える』という答えしか返ってこないだろうし。
 まあ、今日会ったばかりで話をしたこともない相手に、いきなり何かやることはないだろう。
 ヒナタがどうするのか決めてから、意見を言えばいい。
 俺は鶏肉についた余分な片栗粉をはたき落としながら、そうすることに決めた。



[29618] (5) 廻り始める
Name: 伊勢之 剛◆9f019924 ID:890e33a7
Date: 2011/09/21 00:57

 ソファーの上で、目覚める直前の何ともいえない至福の時間を楽しんでいる俺の鼻に、いい香りが入ってくる。
 最近続いている暴力的な朝とは正反対の、快適な目覚めを久しぶりに味わった。
 そのまま、しばらくまどろんでいたが、隣のキッチンから漂ってくる味噌汁の香りだと気づいた瞬間、俺は跳ね起きていた。

「あ、お早う。起こしちゃったかな?静かに準備してたつもりだったんだけど」

 花柄のエプロンをしたカナが、ナスの浅漬けを切る手を休めて振り返る。
 テーブルの上には、アジの開きと玉子焼き、それに小鉢に入ったワカメとキュウリの酢の物が並んでいる。

「朝食って、こんな感じでいいのかな?ずっと見てて道具の使い方は大体わかったんだけど、味付けはまだ自信ないから。ちょっと食べてみて」

 そう言いながら、カナは玉子焼きが一切れ載った小皿を手に取る。

 いや、十分すぎるくらいです。

 俺は心の中で両手を合わせてカナを拝んでいた。
 味見をしようと小皿へ手を伸ばすよりも先に、カナが菜箸で玉子焼きをつまんで俺の口元へ持ってくる。

「どう?美味しい?」

 お袋の味って、こういうのを言うんだろうな。
 母親の手料理の味を知らない俺にとっては、想像するしかないのだが。

「あっ、ずるいぞ、お前だけ先に食べて!」

 いつの間にかキッチンに入ってきたヒナタが非難の声を上げる。

「味見してただけだろ」
「私もアーンする」

 どっちが子供なんだか。
 カナが苦笑しながらナスの浅漬けを一切れ、ヒナタの口に放り込んだ。

「ねえねえ、これからは私がご飯作ることにしてもいい?」

 鍋をかけたコンロを弱火にしながら、カナが言う。
 異論のあるはずがない。

「そうしてくれると俺も助かるなあ」
「カナの料理は最高だからな。まあ、お前もそこそこ上手だけど、味噌汁が薄いし、あと、ご飯が柔らかい」

 とても居候とは思えない上から目線のセリフだが、一向に気にする様子はない。

「みんなを起こしてくるぞ」

 ヒナタはキッチンを飛び出していった。
 皿に盛り付けた漬物をテーブルに置くと、カナは人数分の箸を並べ始める。

「手伝うよ」
「いいから、座ってて」

 ピシャリと言うと、カナは鍋の前へ戻った。
 小皿で味噌汁の味見をするカナの後姿を見ていると、記憶に残っているはずのない母親を見ているような、そんな気がしてきた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「私達も外へ出たいのです、ヒナタのように」

 朝食の席でツキコさんが言い出したことは、他の者の意見でもあるのだろう、複数の顔が頷いている。

「ヒナタだけ出てもいいというのは、不公平です」
「いや、それは、出ていいと言った訳じゃなく……」

 俺の言葉はそこで遮られた。

「私達もそろそろ実地調査をする段階にきているのです」

 ツキコさんもヒナタと同じことを言う。
 何事もテキパキとこなす、きちんとした性格のツキコさんに断定口調で言われると、どうしても押され気味になってしまうが、疑問は疑問として訊いてみる。

「調査って、いったい何なんですか?」
「調査とは事の詳細を調べることです。私、言葉を間違って使ってますか?」

 結局、同じところに戻ってくるのか……。
 俺は半ばあきらめの気持ちになっていた。

「外出しないと、有効な調査が出来ないのです」

 左手でさりげなく眼鏡を直しながら、視線は俺から離れない。

「……わかりました」

 結果として押し切られてしまったが、仕方がないとも思う。
 確かに、一日中家に閉じこもっていろというのも酷な話だ。
 監禁しているわけじゃないのだし。
 だが、一つだけ言っておかなければいけないことがある。

「ただし、出入りするときは、なるべく近所の人に見られないようにお願いします」
「なんでですか?」
「いや、そこはそれ、色々と噂になってもいけないし……」

 一人暮らしをしているはずの家に、入れ替わり立ち代り女の子が出入りしていたら、やっぱりまずいだろう。

「わかりました。わからないように出入りすればいいんですね」

 不思議そうな顔をしながら、ツキコさんは一応頷いていた。
 俺の言いたいことを100%理解して、納得してくれたかどうかは疑問が残るが……。

 いずれにしても、これで留守中の心配の種が増えてしまった。
 これはいよいよ本腰入れて考えないといけない。
 この7人が何を考えて、何をしようとしているのか、きっちりと話し合いをしよう。
 はぐらかされないように、しっかりと。
 しかし、今は時間が許してくれない。
 全ては学校から帰ってきてからだ。

「なあ、今日、学校が終わった後、時間あるか?話があるんだが」

 珍しく玄関までついてきたヒナタが俺に聞いてきた。
 丁度いい。

「ああ、わかった。早く帰ってくるようにする」
「よし、きっとだぞ」

 その声に見送られて家を出たが、この胸騒ぎは何だろう?
 何故だか不安になる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 遊びの誘いをすり抜けて、俺はいつもより若干早く帰宅した。
 家の前には、腕組みをしたヒナタが仁王立ちになって俺の帰りを待っていた。
 俺は思わず天を仰いだ。

「遅い!」
「遅いじゃねーよ!なにやってんだよ!そんなとこに立ってたら近所の人にバレるじゃねーか!」
「家から出るところを見られなければいいんだろ?それは気を付けてたから大丈夫だ、心配すんな」

 ああ、案の定、俺の言いたかったことは伝わっていない。
 噂が立ってからでは遅い。
 どうやって説明したら、他のみんなも理解してくれるのか。

「よし、じゃあ行こうか」

 色々と考えをめぐらす俺をよそに、ヒナタが言った。

「行く?どこへ?」
「話があるっていっただろ?話をする場所へ行くんだ」

 そう言って一人でスタスタと歩き始めたので、俺はよくわからないまま、あわてて後を追う。
 向かった先は、神社。
 そう、ヒナタたち7人が降ってきた、あの神社だ。
 ヒナタを先頭に、二人は石段を無言で登っていく。
 登り切った先には、社殿がある。
 その前の広場に、人影が見えた。
 俺達の気配に気付いてこちらを振り向いた顔に、驚きと困惑の表情が広がるのがわかった。
 それは、俺も同じだった。
 
 おい、ちょっと待て。
 これは、どういうことだ?

 そこには、俺と同じく事態を飲み込めていない若槻健吾の姿があった。



[29618] (6) 押された背中の結末は
Name: 伊勢之 剛◆9f019924 ID:890e33a7
Date: 2011/09/23 00:44

 いきなりこんな状況に放り込まれて、俺は動揺を隠せないでいた。
 ヒナタの腕を引っ張って健吾に背中を向けさせると、小声で問いつめる。

「お前が俺に話があるっていうから来たのに、何であいつがいるんだよ」
「私がお前に話があるなんて、一言も言ってないぞ」

 当然のようにヒナタは言った。

「話をするのは、お前達二人じゃないか」
「何だって?」

 俺は思わず聞き返した。

「仲直りしたいんだろ?だったら二人で話をしないことには、何にも始まらないぞ」
「俺は仲直りしたいなんて言ってない」
「いや、口に出さなくてもわかる。うん、ひしひしと感じる。だから、こうやって二人で話が出来るようにしたんじゃないか」

 しかし、ヒナタがこんな直球ど真ん中で勝負してくるなんて、予想もしていなかっただけに、焦りというか緊張というか、よくわからない気持ちのまま、俺は汗をかいていた。

「まあ、どっちにしても、だ。今のままじゃ何も進まないぞ。とりあえず自分の気持ちをぶつけあったらどうなんだ?」

 ヒナタは、俺と健吾を見比べるように視線を移しながら言った。
 その言葉に促されて俺は健吾と向き合う。

 今更何を言えばいいんだ、という気持ちがある。
 今だから言えるかもしれない、という気持ちもある。
 だが、面と向かうと、どんな言葉で話し始めたらいいのか、わからなくなる。
 俺は無言のなかで居心地の悪さを感じていた。
 多分、あいつも同じ気持ちに違いない。
 話を切り出せないまま、無為に時間だけが過ぎていく。

 その重苦しい沈黙を破ったのは、俺でも健吾でもなかった。

「ああ、もう、じれったいなあ!お前達、いつまでもウジウジして、こっちがイライラするじゃないか!」

 しびれを切らしたようにヒナタが大声を上げた。
 真っ直ぐ伸ばした人差し指で俺の顔を指さす。

「お前には自分から言い出す勇気がなさそうだったから、これだけお膳当てして私が背中を押してやったんだろ。それなのに、何だ!この期に及んでまだ迷ってるのか!」

 言うだけ言うと、クルッと体を回転させて今度は健吾にも吠えかかる。

「お前もお前だ。何か言いたいことがあるんなら、さっさと言えばいいだろ!自分一人で抱え込んで、悲劇のヒーロー気取りか!」

 気押された健吾のたじろぐ様子が手に取るようにわかる。
 だが、俺も同じだ。
 ヒナタに言われると、何かと理由を付けて嫌なことを避けている、やるべきことをやらないでいる、そんな気持ちにさせられる。
 口火を切ったのは健吾だった。

「その子の言うとおりだ。俺、自分で抱え込んでいれば丸く収まる、俺が我慢すればいいんだって思ってた。ホント悲劇のヒーロー気取りだよな」
「健吾……」

 俺の方へ向き直って健吾は話を続けた。

「お前から千都瑠宛ての手紙を預かったとき、正直言って俺、ものすごく迷ったんだ。今だから言うけど、実は俺も千都瑠のことが好きだったからな。でも、お前と約束した以上、手紙を渡さないわけにはいかない。俺は複雑な気持ちのまま彼女を呼び出して、手紙を渡そうとしたんだ。もちろん、お前からだと言って。そしたら彼女、受け取らない、受け取っても破って捨てるだけだって言ったんだ」
「………」
「俺が理由を聞いたらさ、彼女、突然俺のことが好きだって言い出して……。それを聞いて、本当に迷った。お前の顔がちらついて、でも結局、彼女の言葉に負けてしまった。そのとき、俺から彼女に言い寄ったことにしてくれって頼まれたんだ」
「何でそんなことを頼んだんだろ?」
「彼女、プライドが高いだろ?自分から告白したことが広まるのが許せなかったんだろうな。それをOKした俺も俺だけどな、そこまでして彼女と付き合いたいのかって」
「そういえば、瀬理奈からお前が振られたって聞いたけど、もしかして……」
「ああ、本当は俺から別れようって言ったんだ。所詮、かみ合わない二人だったんだ。彼女は俺のことを、自分を飾り立てるアクセサリーか何かとしか考えていなかったんだろうな」
「そうか……」

 確かに健吾は学年で一、二を争そう秀才だし、スポーツも万能、おまけに見た目もいいとなれば、千都瑠がそう考えるのもわからないではない。

「俺にしても、本当に彼女のことが好きだったのか、怪しいもんだけどな」

 健吾のその言葉を聴いて、俺は心の中で苦笑した。
 こいつも俺と同じだな。

「悪かったな、慎二。もっと早く本当のことを言えればよかったんだけど、なんとなくタイミングを逃してるうちに、ズルズルと今まできちまった。本当にすまん」
「そういう事なら、別にお前が悪いわけじゃない。謝ることなんてないじゃないか」

 俺の言葉に健吾は首を横に振る。

「あの時、手紙を押し付けて帰ろうと思えばできたんだ。でも、彼女から好きだと言われたとき、俺は正直、チャンスだと思った。俺の心の中にお前を出し抜いてやろうって、そんな気持ちがあったんだと思う」

 今度は俺が首を振る。

「いや、謝らないといけないのは俺の方だ。もしかしたら俺の手紙を渡しもしないで、自分が彼女に告白したんじゃないかって、そんなことを考えてしまってた。お前に限ってそんなことはしないと信じてるつもりだったのに。それからも、本当は何があったのか聞きたかったんだけど、結局、お前を信じ切れなくなって聞くことができなかった。そんな自分が嫌になってさ、もうどうでもいいやって……。時間が解決してくれるんじゃないかって思ってたけど、そんな甘いもんじゃない。やっぱり自分で行動しなきゃだめだな。面倒くさがってたら何も始まらない」

 そこまで一気に言うと、俺は心のつかえが取れたような気がした。

「まあ、お互い様ってことか」
「ああ、そうだな」

 俺たちは顔を見合わせて笑った。
 二人のやり取りを聞いていたヒナタが、良いタイミングで間に入ってくる。

「話は終わったのか?」
「ありがとう。おかげですっきりした」

 そう言った健吾の顔は、本当に晴れ晴れとして見えた。

「最初はどうなるかと思ったけどな。まあ、よかった、よかった。私もやった甲斐があったというものだな、うん」

 ヒナタは腕を組んで満足げに何回も頷いていた。
 健吾が俺の方へ向き直る。

「そろそろ俺、帰るわ」
「そうか。時間とらせて悪かったな」

 健吾はちょっと手を挙げた。

「じゃあな」
「ああ、また明日」

 一歩を踏み出そうとした健吾は、ふと足を止めると俺の方を向いた。

「いい彼女だな」

 それだけ言うと、石段を降りていく。

「ちょ、ちょっと待て、健吾、誤解だ。こいつは……」

 健吾の言葉が聞こえたのか聞こえていないのか。
 俺の横で無邪気に手を振るヒナタの様子からは、それはわからなかった。



[29618] (7) 「さよなら」は別れの言葉じゃなくて
Name: 伊勢之 剛◆9f019924 ID:890e33a7
Date: 2011/09/24 03:02

 健吾を見送った後、俺達も帰ることにしたのだが、何だか真っ直ぐ帰るのがもったいないような気がした。
 余韻に浸りたかったのかもしれない。
 だから、ちょっとだけ遠回りになるが、川沿いを通ることにした。
 夕焼けが反射して川がキラキラ輝いて見えるなか、二人並んで河川敷の遊歩道を歩いていく。

「…しかし、いつの間に……」

 俺の疑問にヒナタはニコッと笑って答えた。

「今日、駅から学校へ行くまでの道で、あの男を掴まえて話をしたんだ。雨宮慎二がお前に話がある、学校が終わってから時間あるか、って。そしたら、時間はあるから行く、って言うから。でも私が知ってるのは家と学校と神社くらいだろ?お前、私が学校へ行くのはイヤみたいだったし、家に連れて行って他の6人と会わせるのはもっとイヤみたいだし。で、消去法で神社で話をすることにしたんだ」
「でも、あいつが本当のことを隠しているって、よくわかったな」
「それくらいは、わかる。お前の話を聞いて、あいつはそんなに悪い奴じゃない、むしろいい奴だって。お前の言葉の端々からにじみ出てたぞ。自覚してなかっただけで、結局、心の奥ではあいつのことを信じていたんじゃないのか?」

 そのとおりかもしれない。
 親友と呼んでいた奴と、そんな簡単に縁を切れるもんじゃないってことだ。

「それに……」
「それに?」
「お前の女友達の、赤澤……瀬理奈だっけ?そいつとか、そのまた友達から色々情報収集したからな。いろんな事教えてくれたぞ」

 ちょっといい気分に浸っていた俺は耳を疑った。

「え、今、何て言った?」
「イツキにも手伝ってもらったけどな。あいつも制服着られてちょっと喜んでたみたいだったな。まあ、あの性格だから態度には出てなかったけどな」

 確かにイツキさんは冷めたところがあるから、本当は嬉しくても、ヒナタのようにはしゃいだりはしないだろうな。

 いや、そんなことはどうでもいい。
 俺は思わず天を仰いだ。
 瀬理奈になんて言い訳しよう。
 明日、問い詰められるのは確実だ。
 文句のひとつでも言おうとヒナタをにらんだ俺の目には、夕日を受けた澄んだ瞳が映った。
 笑顔のなかで、それは一際輝いて見える。
 俺は気持ちが急に収まっていくのを感じた。

 まあ、いいか。

「でもまあ、結果良ければ、だな」

 これで健吾とも昔のように付き合うことが出来るだろう。

「よかったね、慎二」
「ああ、ヒナタのおかげだな」
「ううん、そんなことないよ。慎二が自分で思い出したんだよ、人を信じる心を。自分の手で取り戻したんだよ。私はちょっとだけそのお手伝いをしただけ」

 うん?何かおかしい。
 この違和感は何だ?

 そうだ、名前だ。

「やっと、下の名前で呼んでくれたな」

 それに、いつもと違う口調。
 跳ねるように快活な話し方とは、全くの別人のようだ。
 柔らかく包み込むような、優しい口調。

「慎二はね、本当はやさしい人なんだよ、友達思いの。それを少しの間、忘れていただけなんだよ」

 そんなこと言われたら、何だか尻の辺りがむず痒くなってくる。
 照れ隠しにちょっと突っ込んでみた。

「どうしたんだ、そのお淑やかな話し方は?いつもの憎まれ口じゃないとなんだか調子狂……」

 そこで言葉が詰まった。
 俺は思わず目を疑った。
 ヒナタの向こうにあって見えないはずの川面に反射する夕日の光が透けて見える。

「え、おい、何だよ、どういうことだよ、これ」
「楽しかったよ、慎二。でもね、慎二が願いを叶えた今、私はもう、ここにはいられないの……」

 最初は目の錯覚かと思った。
 でも、違っていた。
 ヒナタの体が、どんどん透き通り、色褪せていく。
 輪郭がぼやけ、澄んだ目だけが辛うじて存在を主張する。

「そろそろ、行かなくちゃ……ごめんね」

 ちょっと待ってくれよ。
 そんなことなら……

「さよなら……慎二……」

 その言葉だけを残し、フッとかき消すようにヒナタの姿は見えなくなった。
 思わず伸ばした手の指先に、柔らかい頬の感触だけが残った。

「そん、な……」

 俺は一人、呆然と立ち尽くすしかなかった。

 そして今更ながらに悟った。


 本当の天使だったんだ。




 それから、何処をどうやって帰ったのか、記憶がない。
 何時間も彷徨っていたように感じたが、実際は30分も経っていなかった。
 気が付くと家の前に立っていた。
 いつものように玄関から中に入る。
 リビングからテレビの音が聞こえてくる。
 残された6人に、なんと言えばいいのか。
 いや、みんな知っているに違いない、こうなることを。

 俺が失っていたものを取り戻すたびに、一人ずつ、消えていく。
 彼女達は、そのために俺のもとへとやってきたのか。

 どんな顔をしてみんなに会えばいいのか、ドアノブを掴むのに一瞬躊躇したが、覚悟を決めた。
 運命は、受け入れるしかないんだ。
 思い切ってドアを開けた。

「おお、遅かったな、雨宮真二。もうすぐ晩飯だぞ」

 俺の思考回路は、その時、間違いなく完全に停止していた。

「え、え、え?ヒナタ?何で?ここにいるんだ?」
「何でって、家に帰ってきたらまずいのか?」

 当然のようにテレビの前に陣取り、いつものようにせんべいをかじる姿を見て、俺は混乱していた。

「い、いや、だって、さっき、さよならって……」
「人と別れるときの挨拶はサヨナラだろ?なに言ってんだ?」

 不思議そうな顔でヒナタが答える。

「ここにはいられない、とか、もう行かなきゃ、とか……」
「ああ、それか。あの時、もう6時2分前だったろ?『ぷりてぃ・びーすと』が始まるのが6時だからな、急いで帰らなきゃいけなかったんだ。今日、ヒロインの秘密がついに明らかになる回だったからな。見逃すわけにはいかないだろ?」

 テレビには、ちょうどその子供向けアニメ『ぷりてぃ・びーすと』のエンディングが流れていた。

「消えて、いなくなって……」
「何度も言うけど、私は天使だぞ。できないことは……まあ色々あるけど、たいていのことはできるぞ」

 なんだか力が抜けてソファにへたりこむ。

「上手だっただろ?あのセリフ、昼のドラマでやってたんだ。その主人公もシンジっていうんだけどな」

 ヒナタは俺の顔を覗き込んできた。

「そういえば、私が慎二って呼んだとき、何だかうれしそうだったな」

 見つめられてドキッとした

「いや、それは……」
「これからは慎二って呼んだほうがいいか、どうなんだ?」

 そのとき、エプロンをつけたカナがリビングに入ってきた。

「晩御飯できましたよー。今日はとんかつでーす」
「やったー!」

 俺を放ってヒナタは真っ先にキッチンへと飛んでいった。
 苦笑いを浮かべながら、しかしホッとする自分がいるのがわかった

「おーい、慎二、早く来い。先に食べちゃうぞ」

 キッチンからの声に、俺は返事をしようとしたが、別の声に遮られた。

「ヒナタはあなたのことを慎二と呼ぶことに決めたみたいですね」

 そう言ったのはツキコさんだ。

「私は何て呼んだらいいんでしょうか?慎二?慎二さん?慎二君?」
「何でもいいです、お好きなように呼んでもらえたら……」
「いや、やっぱりそれは決めてしまわないと……」
「まあ、まあ、それはゆっくり決めたらいいんじゃないですか?ねえ、慎二さん」

 いつもの、マイペースな口調でホノカさんが間に入る。

「そういいながら、慎二さんって呼んでるじゃないですか」
「あら、そうですわね。なんだか自然と呼んでましたわ。じゃあ私は慎二さんとお呼びすることにしますわ」

 そこへ、カナまで割り込んできた。

「私は……やっぱり見た目から行くと『お兄ちゃん』かな?」

 ああでもない、こうでもないと他愛もない議論をしているみんなを眺めながら、俺は何だかわからない居心地の良さを感じていた。

「みんな、何やってんだ。本当に先に食べちゃうぞ!」

 しびれを切らした食欲魔神の叫びに、一同の笑い声がリビングに響いた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 次の日、瀬理奈は珍しく風邪で休みだったので、何とか追求の手を逃れることができたが、それもここ2、3日だけのことだろう。
 風邪が治る前に言い訳を考えておく必要がある。
 健吾とは、昨日の今日でお互い何だか照れくさくて、挨拶を交わした程度だったが、まあ、こっちはリハビリ期間みたいなもんだ。
 それこそ、時間が解決してくれる。

 いつものように学校からの帰り道、神社の中を通りながら、そんなことを考えていた。
 社殿の前まで来たとき、何気なく地面を見る。
 あった。
 広場の中央付近、地面から半ば顔を出した白い石。
 そう、俺が目印として埋めた石だ。
 同じ場所に、寸分の狂い無く降ってきた、七人の天使達。
 あれから10日間が過ぎたのか。
 そこに立って感慨に浸っていると、大事なことを思い出した。 
 そうだ、あれやこれやで忘れていたが、七人との話し合いがまだだった。
 よし、帰ろう。
 そう決めて一歩を踏みだそうとした、正にその瞬間。

 ちょっと待て。
 この感覚。
 七回味わった、同じ感覚。
 反射的に上を向いていて身構えていた。

 とりあえず、七人で終わりじゃなかったのか?
 それとも、『とりあえず』の期間が終わったのか?

 今までとは一回り、いや二回り大きな黒い影が落ちてきた

 そいつと目があった瞬間、俺は思わず叫んだ。




「お、男?」



[29618] (8) 明日の為に
Name: 伊勢之 剛◆9f019924 ID:890e33a7
Date: 2011/10/02 00:54

 俺の家は豪邸とまではいかないが、標準サイズよりも広いと思う。
 1階にはリビング、ダイニングキッチンの他、和室が二部屋ある。
 そのうちの一つは、十二畳の広さに床の間、縁側、障子といった『お約束』が装備されていて、聞いたところでは来客はまずここへ通していたらしい。
 部屋の真ん中に大きな座卓が置かれていて、床の間には高そうな掛け軸と、昔は母が花を生けていたのであろう、空の花器が置かれている。
 今は閉められているが、障子の向こうには小さいながら庭が見え、縁側から降りていくことができる。
 今、俺は座卓を挟んで男と向かい合って座っていた。
 男はカナが入れたほうじ茶をうまそうにすすった。
 なぜかヒナタだけ俺の隣に陣取って、あとの6人は締め切った障子に沿って横一列に並んでいる。
 向かい合う俺たちを横から眺めている格好だ。

「この、お茶というのはうまいですな、うん。この香りがじつにいい」

 カナがうれしそうに微笑んだ。

「えっと……とりあえず、何てお呼びしたらよろしいんでございましょうか?」

 ぎこちない敬語に我ながらあきれてしまうが、男は気にする素振りも見せない。

「そうですね、キヨテルと呼んでいただきましょうか」
「キヨテル、ですか?」
「ええ、皆に倣って私も和風な名前をつけてみたのですが、おかしいですかな?」
「いや、おかしくはないんですけど、大人の人を下の名前で呼ぶのはちょっと……」

 そう、向かい合っている男はどう見ても40歳は超えている。
 いや、それよりも俺の伯父さんが確か52歳、それに近いくらいの年に見える。

「下の名前で呼べとか、呼べないとか、結局どっちなんだ?」

 ヒナタの質問は無視したかったが、そうすると話が進みそうに無い。

「時と場合によるんだよ。同い年くらいだったらいいけど、さすがにこれだけ年上の人になるとさすがに下の名前で呼ぶのはおかしいだろ」

 それでもヒナタは釈然としない様子だったが、それ以上は口を挟んでこなかった。

「そうですか、ならば佐渡と呼んでいただきましょうかな」
「はあ。じゃあ、佐渡さん。まず、共通質問事項としてお聞きしますけど、あなたも天使なんですか?」
「もちろん」

 もう、こうなってくるとため息すらでない。
 口を開きかけた俺の言葉は、横から割り込んできたホノカさんに遮られた。

「あなたがこちらに来たということは、もしや……」

 我慢しきれない、といった感じのホノカさんの言葉からは、何だか切羽詰ったような感じを受ける。

「いや、ホノカ。心配しなくてもよい。私が来たのはあくまでも君らの様子を見てくるようにと命を受けたからだ。戦線は今のところこう着状態が続いている。もちろん、向こうの都合で止まっているだけだから、決して安心はできないが、今日明日にどうこうということはない」

 その言葉に、ホノカさんはホッと胸をなでおろしているようだった。

 ホッとしないのは俺の方だ。

 戦線?
 こう着?
 なんだそれ?

「じゃあ、○×※は……」
「×○※はまだ……」
「それよりも※×○の……」

 堰を切ったかのように、みんなの質問が飛び交う。
 みんな焦っているというか、会話の中に俺には聞き取れない発音の固有名詞がいくつか混じっていた。
 それが『向こう』の世界の言葉なのだろうか。

「ちょ、ちょ、ちょっと待って。置いてきぼりの俺に説明してくれる親切な人はいませんか?」

 意味不明な会話に何とか割り込んだ。

「いや、申し訳ない。皆、向こうの様子が気になって仕方がないとみえる」

 佐渡さんが俺の方へ向き直る。

「早い話が、神様が亡命なさるとしても、今日明日という切羽詰った状態ではない、まだ先ということです」

 俺の頭の中は、

「???」

で満たされていた。

「まさか、ヒナタ、まだ言ってないのか?」
「あれ、言わなかったっけ?」
「………聞いてません、何も…」

 神様?
 亡命?
 それこそ、なんだそれ?だ。
 俺の想像の地平線を遥かに超えたところに答えがあったみたいだ。
 見つかるわけがない。

「まったく、お前にも困ったものだな。その思い込みがなければ私の後継者として文句なしの人材なのに……」
「だって、言ったつもりでいたんだ。けど……」

 はたから見ると、話の内容はともかく、二人は親子のように見える。
 そんなことよりも、だ。
 
「あの、それはいいとして、子供でもわかるように、やさしく教えていただけたら幸いですが……」
「ああ、もちろん。私がご説明しよう」

 佐渡さんは、ほうじ茶を一口飲んでのどを潤す。

「今、我々の世界では大規模な内紛が起こっています。いや、内戦と言ったほうがいい。神様に対して反乱を起こしているのです。そして残念ながら、我々は押されている。天使たちの大半がむこうの陣営に組していることから、神様は苦境に立たされているのです。そこで、万が一の時のことを考えて、亡命先としてこちらの世界が適当かどうかを調査するよう我々に命じられた。一旦、身を引いて再起を図るということですな。まあ、今のところ相手陣営の中での内輪もめで戦線がこう着状態になっているので、一息ついているところですが、いつ攻勢に出てくるかわからない。彼女たちは調査を命じられた、いわば先遣隊ですな」
「えーと、一つ質問、いいですか」
「どうぞ、どうぞ」
「神様って、あの神様のことですか?いわゆる、天にましますわれらの神よ、の神様?」
「あなたの言っているのがどの神様のことかわかりませんが、それはあなた方の信じている神のことですね。私達の神様とは多分違います。天使の中から選ばれし者のみがなりうる、我々の世界の統治者のことです。あなた方の世界でいうと、大統領みたいなものですね。我々は神様に仕える、いわば官僚のようなもの。ちなみに私は行政府である天宮庁の事務次官を勤めています」
「大統領みたいってことは選挙があるんですか?神様の?」
「いや、選挙ではありません。次期候補者から相応しい者が前の神様から指名を受けるのです。今回の内戦は、その次期候補者に成れなかった者が反旗を翻したことが原因で起こりました。詳しい話は追々するとして、簡単に事情を説明するとそういうことです」

 全然簡単じゃないんですが……。

「えーと、あなた達の事情はわかりました。あ、いや、理解したわけじゃないけど、まあなんとなくはわかりました。俺、政治のこととかよくわからないけど、亡命とかそんな話なら政府とか政治家とかそっちに持っていく話だと思うんですけど?」
「いきなり我々がこの国の国家元首の所へ行って、神様が亡命を希望されています、と言って、果たして相手は信用してくれますかな?」

 そういうところだけ常識的な判断ができるのが不思議でならない。
 確かに言うとおりだ。
 いきなり今の話をして、誰が信じるというのか。
 門前払いどころか、門の前に立つ前に警備の警察官に追い払われるのがオチだ。

「まずはこの世界のことを調査し、そしてあらゆる手段を講じて我々が本当のことを言っていると相手を納得させ、その後、然るべき筋に話を通す。その為の先遣部隊であり、その拠点としてここが選ばれたのです」
「でも、なんで俺のところへ?」

 佐渡さんはまず俺の隣のヒナタを見て、次に並んだ6人を見渡し、最後に俺を見て言った。

「それは、あなたが適任だから。それ以上の理由がありますか?」

 その答えは想定の範囲内。

「いや、だから何故適任なのかと、そういったことが聞きたいんですけど……」
「適任というのは文字通り、その任に適しているということだとりかいしているのですが、違いますか?」
「違いませんが…」
「だったら、そういうことです。あなたはこの任務に適した人材だ。だから選ばれたのです」
「選ぶって、誰が?」
「神様です。神様が選ばれたことに間違いはありません。……大体は」

 俺はそれ以上の追及を止めた。
 やっぱり、そうなるのか。
 どこか俺達とはコミュニケーションの取り方が違うのか?
 10日間余り一緒に過ごしてきて何となくわかったことは、彼らは話の間が抜けていきなり結論ありき、となるところだ。

「どうした、カナ。眠いのか?」

 突然の声に、みんなの目が一斉に声の主、ミズエさんの方へと向いた。
 列の左端にちょこんと正座していたヒジリの体が大きく傾いて、ミズエさんに寄りかかっている。
 その体をミズエさんの両手が支えていた。
 トロンとした目は沈没寸前のように見える。

「ヒジリ、寝たかったら遠慮しなくていいんだぞ」

 しかし首を横に振ると、背筋を伸ばして座りなおしたので、俺はそれ以上言うのを止めた。
 時計は午後7時を回ったところ。
 お寝むの時間にはまだ早いが、疲れているのだろうか。
 そこで腹が鳴る派手な音が室内に響いた。

「腹減ったな、慎二。晩飯にしよう」

 音の発生源は、恥ずかしがる様子も無く、カナに催促した。

「今日は鍋でーす。具材は全部準備してるし、すぐに食べられるよ」
「やった~!」

 喜ぶヒナタは既に立ち上がっていた。

「佐渡、こっちの食べ物もなかなかいけるぞ。カナが作ってくれるから尚更旨い」
「おお、それは楽しみだな。後宮長の料理は久々だ」
「後宮長って?」
「カナは神様のお住まいで奥向きの仕事全てを取り仕切っていたのです。料理、洗濯、掃除……すべてをね。まあ、メイド長、とでも説明すればいいのですかな」

 そういえば、今日から料理だけでなく家事全般をやってくれているが、すべてそつなくというか、完璧にこなしている。
 
「今日は佐渡の歓迎鍋パーティーだな!」

 ヒナタの言葉を合図にして俺以外のみんなが立ち上がる。

 ああ、だめだ、これ以上は頭が回らない。
 メシ食って、ゆっくり風呂に入って、脳みそ動かすのはそれからだ。
 いや、今日はもう無理。
 ぐっすり眠って明日の朝になったら考えよう。
 明日できることを、今日する必要は無い。
 これくらいの現実逃避は許して欲しい。
 ヒナタに腕を引っ張られて腰を上げながら、俺は切実にそう思った。


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