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[29542] 奥さまは最大主教なのよん♪(とある魔術の禁書目録・上条×ローラ)
Name: カイバーマン◆7917c7e5 ID:56da04f8
Date: 2012/04/12 13:04
こんにちは、知っている人は知っていると思われるカイバーマンという者です。

まず最初に、皆さんはとある禁書SSの中でどれほどのカップリングを見て来ましたか? 

上条×美琴、上条×禁書はもちろん、上条×神裂や上条×黒子、はたまた上条×吹寄や上条×姫神も存在します。(極一部には上条×一方、上条×土御門、上条×ステイルなど……)
ですがそんな中で、上条×ローラというのはネット中を探してもあんまりと言えるぐらい見つからない希少種なのです。あるにはあるのですがホント数えれる程度にしか……。
勿体ない……彼女は実にいい素材を持っているというのに……。

ですから私は決めました、「無いなら書けばいい」という極単純な理由で。

今回は「とある魔術の禁書目録」に出てくる、上条当麻とローラ=スチュアートを中心としたドタバタホームコメディです。

かなりご都合的展開、無茶苦茶な内容、微妙にキャラ崩壊が入っている物語ですが、この希少価値の高いカップリングを見て楽しんでくれたら幸いです。

Q聖職者なのに結婚できるの? 

Aそこん所は聞かないでください。

P・S
作者が書いた別作品です。
3年A組 銀八先生!(ネギま!×銀魂) 【完結】
遊戯王バレンタインデーズ(遊戯王5d's)【読み切り】
禁魂 (銀魂×とある魔術の禁書目録)【完結】
僕がいちばんセクシー(魔法少女まどか☆マギカ)【完結】
STRANGE Vanguard (カードファイト!! ヴァンガード ※キャラ崩壊注意)【連載中】



[29542] 一つ目 わたくしと夫婦になる事
Name: カイバーマン◆7917c7e5 ID:56da04f8
Date: 2011/08/31 15:30
イギリス・ロンドン

聖ジョージ大聖堂はロンドンの中心街にある教会の一つであり、元々『必要悪の教会』の本拠地だ。

大きさは他の教会に比べればそれ程大きくは無いが今ではイギリス清教の頭脳部として使われている。

そろそろ夜明けが近づく中、ここで赤髪の神父と金髪の修道女がある密談を交わしていた。

その内容はまさにイギリス清教に大きな衝撃を与えかねない事であった。

「……あなたは本当にそうなさるおつもりですか?」
「何度言わせれば済むのかしら、これこそが今イギリス清教に最も利益の働く行いでありけるのよ」

神父の男はまるで結婚式で取り決めを行う牧師のような立ち位置で教壇に立ち、向かいに立っている彼女に顔を渋らせた。

「あの男をこちら側に引き入れるのは反対です、奴はあなたが考えているよりずっと使い勝手が悪い」
「個人的意見は聞かなくてよ。“アレ”をこちらに連れ込めれば、こちら側には大変有能な兵器になる事はわかっているでしょう?」
「……こちらも破壊しかねない大変危険な兵器ですがね」
「あら? わたくしに操れないモノがあると思うのかしら?」
「言ったでしょう。アイツはあなたが考えてるよりずっと性質が悪い男です」

教会内で普通にタバコを口に咥えている男は彼女の顔に向かってフゥと煙を吐いた。

「仮にこちら側に迎えたとしても、アイツが我々の言う事を素直に聞くなど絶対に無いと断言します」
「ゲホゲホ! 問題無い! そなた達の言う事を聞かずともわたくしの言う事だけを聞かせれば済む事なのだわ! 教える方法はいくらでもありうるのよ!」

タバコの煙に苦しそうにむせながらも女性は声を大きくして反論する。だが男の方はそれを聞いても納得のいかない表情だ。

「そもそもあの男は我々の様な巣を持っていません、あちこち自由に飛び回って居場所を作る渡り鳥みたいな男です。そんな奴を捕まえていくら頑丈な巣箱にぶち込んでもすぐに逃げ出すのが目に見えてるでしょう」
「ゲホ……。随分とアレの事をわかっているようね……」
「アイツとは腐れ縁で何度も顔を合わせているので……嫌でもわかるんですよアイツの習性が」
「ほほう。「嫌よ嫌よも好きの内」という言葉が日本にあるのを知っているかしら?」
「……」
「無言で煙を吐くのは止めなし! ゲホゲホ!」

ニヤニヤ笑いながら自分の覚えてる日本の格言を用いてみた女性に男は再びタバコの煙を吐いた。彼女はまた煙で涙目になりながらむせ始める。

「わたくしにこのような毒性の煙を吐くとは! ただじゃおかないのよ!」
「失礼、あまりにも腹の立つツラだったのでつい」
「この男、一度上司として熱い鉄槌を食らわせてやろうかしら……」

ジト目で腕を組みブツブツと呟きながら彼女は男を睨みつけた後、また顔に煙を吐かれないようプイッと彼に背を向けてそのまま話を続けた。

「『幻想殺し』を我々イギリス清教の傘下に取り入れる。そなたがなにを言ってもわたくしはその考えを改める気は無いわ」
「なんでアイツにそこまでこだわるんですか」
「今までアレがやってきた事、その行いをすべて含めて評価すると一つの結論が出されたるのよ」

男に背を向けながら女性は一つの考察を述べる。

「浄化作用を持つあの右手はこちらにとって大変利用価値のある代物になる、イギリス清教の保有する『聖人』や『禁書目録』と匹敵するほど」
「……」
「そして何より、アレが科学サイドの方へ傾いてしまう前になんとしても正式にこちら側に引きずり込まなければならない。アレは我々魔術サイドのモノにするのよ。敵となれば脅威という他ならない」

そう言って女性はチラリと男の方に振り返った。
男は何も言わずにただ黙って咥えていたタバコを持っていた携帯灰皿に捨てる。

「馬鹿馬鹿しい、どうしてあんな男をイギリス清教に……」
「わたくしが決めた事なのよん」
「それにどうやってあの男をこちらに引きずり込むおつもりですか?」
「フフン」

男の尋ねに彼女は目を光らせて意地悪く笑った。

「全知全能なわたくしにいいアイディアがあるのよ」
「……悪い予感しかしませんが一応聞いておきましょう」
「ちこう寄れ、耳を貸してわたくしの話を聞きなんし」
「……」

無邪気に笑いながらちょいちょいと手で招いて来る女性に対して眉間にしわを寄せると、男はめんどくさそうに彼女の方へ近づいて耳を傾けた。
女性は内緒話でもするかのように声を潜ませて彼の耳元に囁き始める。

「わたくしが幻想殺しと……」

聞いてみれば数条秒程度の短い話だった。
だが彼女の話を聞き終えると男の顔色がみるみる変わっていく。
男は真っ青な表情で彼女からゆっくりと離れて後ずさりした。

「なにを考えてるんですかあなたは……冗談にも程々にして下さい」
「我ながら素晴らしき策だと思うておるわ」
「……まさか本気ではないですよね、そんなあまりにも話が馬鹿げてて現実性が無い……」
「あら? さっきの話にわたくしはなんの偽りの言葉も入れては無いわ。神に誓って」
「!」

ニッコリとした顔でハッキリと言い切った女性に男はカッと目を見開く。

「あなたはそこまで馬鹿だったのですか!!」
「な! わたくしが馬鹿と!? それは聞き捨てならないのよ!」

いきなり部下に馬鹿呼ばわりされてはさすがに彼女も顔を赤くして怒り始める。
この時の為に考えていた「一世一代の完璧なる策」を「馬鹿」と言う言葉一つで片付けられた事が疳癪に障ったようだ。

「なにが不満があると言うの! わたくしの崇高なる作戦に穴でもあると思うておるのかしら!?」
「穴だらけだろ! なにもかもが無茶苦茶過ぎる! 確かにアイツはあなたと同じぐらい馬鹿ですがそう簡単に上手く行く訳が無い! それに万が一にもそんな事になったらあの子が……!」

男はそこで言葉を切って顔を歪ませ、気を落ち着かせる為に再び懐からタバコを取り出して口に咥えてすぐに火を付ける。

「……あなたのそのバカげた行いは、またあの子を傷付けるかもしれない……」
「ふむふむ、確かにその可能性もありうるわね」
「……」
「だが、よもやこのわたくしがその件の解決方法も考えて無いと思うておるのかしら?」
「……なに?」

彼女の言葉に男は我が耳を疑う。まさか全て丸く収まる方法があるというのか?
タバコを咥えながら彼が女性の方に振り返ると、彼女はこちらに不敵な笑みを浮かべて立っていた。

「わたくしに良き考えがあるのよ、誰も不幸にならない最高のハッピーエンドを迎える結末を」
「なんだと……?」

朝の日差しが窓から入り、暗闇だった教会に光が照らされた。
















一つ目 わたくしと夫婦になる事


















数日後
場所は変わって日本地区にある学園都市

そこでは今日もまた、上条当麻はいつもと変わらない1日を迎える筈だった。

「やべぇ、結構寝ちまった……しっかし風呂場で寝る事に随分慣れちまったな俺」

学校に行く必要のない日曜だったという事でうっかり昼過ぎに起きてしまった彼は寝ぼけ眼を擦りながら寝床である風呂場から出て、同居人がいるであろうリビングにユラユラと体を動かしながら入って行った。

「お~い、インデックス、今何時だ~」

大きな欠伸を掻きながら上条はリビングにやってくるが、返事は何故か返って来ない。
まだ寝ぼけてる状態の彼は後頭部をポリポリと掻き毟りながら半目で部屋を見渡す。

そこには同居人はおろか、その同居人の飼い猫も見当たらなかった。

一人ポツンと取り残されていた事に気付いた上条は不思議そうな顔で首を傾げる。

「スフィンクスと一緒にどっか遊びに行ったのか? いや待てよ……」

ようやく意識が定まって来た上条は怪訝な表情を浮かべて眉をひそめた。

「あの大食らいのシスターが朝飯どころか昼飯も食わずに遊びに行くなんて青髪に彼女が出来るぐらいありえない……」

同居人の性格、行動パターンを熟知していた上条は彼女がいない事に段々と疑問と不安を感じていく。もしや自分が寝ている隙に彼女と飼い猫になにか遭ったのでは……。

「一応アイツに渡してる携帯に電話してみるか……」

彼はなにかと同居人に関しては過保護な面がある。いつもいる筈の彼女がいないとなるとその面は大きく表に出るのだ。
食卓用に使っているテーブルの上の携帯を手に取って上条はすぐに彼女に渡した携帯と連絡を繋ごうとする。

だがその時……

ドンドンドン!!と玄関のドアを乱暴に叩く音が彼の耳に届いた。
その音に反応して上条は同居人への連絡を中断してクルリとそちらに振り返る。

「インデックス……じゃないよな」

彼女の場合ならドアを叩かずとも普通に開けて入ってくる筈だ。
上条は「一体こんな時に誰だよ……」とブツブツ呟きながら玄関へと向かってドアの覗き穴から誰が来たのかと確認して見る。

「……は?」

覗き穴を数秒間見た後、疑問に感じながら上条は右手でドアノブを握ってゆっくりとドアを開けてその隙間から目を覗かせた。

14歳の身でありながら自分よりもずっと背が高く大人びて、偉そうにタバコを咥えた修道服姿の赤髪の男が立っている。

ステイル=マグヌス、上条とは腐れ縁で何か遭った時は度々顔を合わせている仲の一人だ。

「……遊びに来たのか?」
「なんで僕が君なんかの所に遊びに行くと思うんだ。いいからここを開けろ」
「カラオケぐらいなら別に付き合ってもいいぞ」
「……さっさと開けとないとドアごと燃やし尽くすぞ」

相変わらずふてぶてしい態度で威圧的にガンつけてくる。
だが上条は開ける様子を見せずにドアの隙間からジト目を覗かせた

「なんだよ、また俺になんかやれって奴か? 言っておくけど上条さんはコレ以上学校休んじまうと進級出来ない事態に陥るんですが?」
「……“今回”は別にどこかに行けという用事じゃない」
「今回はねぇ……けどやっぱり面倒事なんだろ?」
「……そうだな、とてもとても厄介で面倒な事だ」
「ハァ~……」

結局またなにかやらされるのか……。
せっかくの休日を台無しにされた上条は顔をしかめてため息を突いた。

「わかったよ、まず俺は何をすればいいんだ」
「そうだな、まず君が今やるべき事は、“この御方”を部屋に招き入れる事じゃないかな」
「この御方?」
「ここを開けろと何度言えばわかるんだ、今ここに立っているのは君と僕だけじゃない」

イライラしながらステイルはタバコの煙を吐き散らす。
どうやら彼以外にも客人が来ているらしい。
上条はようやくゆっくりとドアを開けてみると……

















「ハロー、幻想殺し。公に顔を合わせるのは初めてかしらん?」
「……」

ドアを開いてみるとステイルの隣に一人の女性が立っていた。
こちらに頬笑みを浮かべて意気揚々と挨拶してきた彼女に上条は一瞬思考が停止する。
ベージュ色の修道服に身を包んだ18歳ぐらいの女性。
光り輝く様な白い肌、透き通った青い瞳、宝石店にでも売り出せそうな黄金に輝く髪。
上条はドアを開けて硬直したまま目をぱちくりさせた。

「……なんかどっかで見たような気がする顔なのは気のせいか……?」
「おお~それは日本で使われる「ナンパの手口」という奴ね」
「はい?」
「フフ、甘いぞ幻想殺し、わたくしはちゃんと日本文化を予習したりけり、高き地位につく者として常識にはべり」
「えらいマイナーな日本知識をお持ちですね、てかなんですかその日本語……」

ムフンと自慢げに胸を張る女性に唖然としながらも上条は彼女を指さしてステイルの方へ顔を向ける。

「おいステイル……」
「……前にイギリスで第二王女のクーデターが遭った時に直接的ではないが顔を合わせる機会があっただろ?」
「会った様な気がするような……」

さほど昔ではない事を思い出して上条は彼女の事を思い出そうとするが、その前にステイルが説明して上げた。

「この御方がイギリス清教第零聖堂区『必要悪の教会≪ネセサリウス≫』最大主教≪アークビショップ≫だ」
「へ?」
「つまり……僕や神裂、あの子が所属しているイギリス清教のトップだよ」
「へ~……はぁ!?」

彼の説明を聞いてすっとんきょんな声を上げる上条。
驚く彼を尻目に彼の目の前に立っているそのイギリス清教のトップはニコッと笑いかけた。

「ローラ=スチュアートよ、以後よしなに」
「アンタが……」
「それでは失礼しましてよ」
「へ? うわぁ! 靴脱いでから部屋上がれ!」

軽い挨拶を終えると彼女はお供役のステイルを後ろに連れて上条の自宅へと入って来た。
しかし日頃から英国での生活に順応しているせいか、彼女は修道服の端を両手で掴んだままお構いなしに土足で入ってこようとする。
慌てて上条は彼女の両肩を掴んで我が家への侵入を阻止した。

「靴を脱げ靴を!」
「? わたくしは英国の地にして生まれ育った身、そのような習慣に従う筈がなかろう」
「イギリス生まれだろうが火星生まれだろうがこの国に来たならこの国の文化に従え!」
「……」

上条に両肩を掴まれたままローラは目を細めて不機嫌そうな顔を浮かべる。

「ほう……このわたくしに命令するというの?」
「は?」
「悲しき事、全く持って礼儀知らず、今後は色々と教えてあげなければいけない事がたくさんあるわね」
「いや礼儀知らずはお前じゃん……」
「む?」

初対面ながら上から目線で喋り始めるローラに上条は顔を逸らしてボソッと反論。
地獄耳なのか、彼女はその言葉を耳に入れてムスッとした表情になった。

「なんぞや? もう一度言ってみるのよ。今わたくしの事を「お前」と」
「最大主教」
「なにかしらステイル」
「上条当麻との口論は後にして、まずは部屋に上がったらどうですか?」
「……それもそうね」

背後から彼女が部屋に上がるのを待っていたステイルがだるそうにそう言うと、ローラはまだ納得いかない様子を見せながらも彼の言葉に従った。

「ならば今回はそなたの言う日本文化の習慣に従ってやるまでよ、ありがたき思いなし」
「いやなんで上から目線?」

文句を垂れながら渋々高そうな靴を脱いで部屋に上がって来たローラを上条がジト目で見つめていると、部屋に上がって来て早々彼女はズカズカと部屋の中へと進んでいく。
勝手にリビングへの方へ行ってしまった彼女を放っておいて上条は同じく玄関から上がって来たステイルの方に振り向いた。

ふと見ると旅行時に使うような重そうなトランクを二つも玄関に置いている。

「なんだそれ?」
「……直にわかる筈さ、今は気にしなくていい」
「?」

意味深なセリフを吐きながらステイルは二つのトランクを玄関に置いたまま靴を脱いで部屋に上がってきた。

「僕は一体何をやっているんだ……」
「なあ……なんなんだあの人?」
「言っただろ、あの子に“枷”を付けた張本人であり様々な謀略を行って「必要悪の教会」をイギリス清教の頭脳部にしたて上げた女狐だ」

新しいタバコに火を付けて口に咥えるとステイルは彼を見下ろす視線で話を続ける。

「だから彼女に対して口の利き方に注意しろよ上条当麻。彼女は僕等の組織のトップだ、少しでも粗相を犯したら自分の首が飛ぶと思って接しろ」
「……なあステイル」
「ん?」

機嫌を損なわせたら死ぬと思え、そう忠告するステイルだが、上条は怪訝な表情で彼を見つめる。
上条が今現在迷惑に思っているのは、彼が口に咥えてプカプカと煙を放つタバコ。

「部屋にタバコの匂いが染みつくからそれ吸うの止めろ」
「悪いが僕が何処で吸おうが自由だ」

キリッと振り返って全く聞く耳持たないステイル。このニコチン中毒は自分がタバコを吸えれば周りの人間の都合など知ったこっちゃないのだ。
だが上条は彼の事はそれも十分把握していた。そこで彼に対してとっておきの切り札を出す。

「ここにはインデックスも住んでんだけどなぁ」
「……」
「困ったな、お前がこんな所でスパスパ吸って匂残していったら、アイツはさぞかし迷惑すると思うんだけど」
「く……ベランダなら吸ってもいいだろ」
「窓はちゃんと閉めろよな。煙を部屋に入れるんじゃねぇぞ」

苦々しい表情でステイルはタバコを咥えたまま奥のベランダへそそくさと向かう。
この家で共に住んでいる同居人の名前を出せばあの男を操るのもたやすい。

「チョロい、チョロすぎるぞステイル」

意地悪く微笑を浮かべると上条はキョロキョロと周りを眺めているローラのいるリビングへと入っていった。

「ところでこのまっこと狭き部屋、気になってたのだけどここは物置かなのかかしら?」
「物置? いやここは俺の家だよ、知らなかったのか?」

辺りを見渡しながらいきなり失礼な事を口走るローラに後ろから説明して上げる上条。
それを聞いてローラは「なんと!」と叫んで彼の方に振り返って目を見開く。

ここが家だと……? 改めて見渡すと確かに生活用品の家具や家電があちらこちらに置かれているではないか。

「冗談でしょ!? こんな狭き場所がそなたの家だと言うの!? こんな馬小屋と変わらない場所で!?」
「失敬な、ここは上条さんの立派な城ですよ」
「うむむ……まさかこんな小さき馬小屋が家だったとは……。せめて庭付き一戸建ては欲しかったわ……」
「……なにブツブツ言ってるんだコイツ……? 他人の家なんてどうでもいいだろ」

苦虫を噛みしめたような表情で文句を言っているローラを傍から観察しながら、上条はテーブルの前にあぐらを掻いて座った。

「ていうかさ、イギリス清教のトップがこんな所に来ていて大丈夫か?」
「それには心配及ばなきけり、今のイギリス清教本部にはわたくしの代役として“オルソラ”を配備しいているのよ」
「いやそれはダメだろどうみても」

あの万年お花畑の天然お姉様に本部の指揮を任せるとはなに考えているんだ?
呆れる上条を尻目にローラはテーブルを囲んで彼の向かいへと座った。

「さて、まずはなにから話せば良いのかしら?」
「トップのアンタ自らがこっちに来たんだから結構重要な用事なんだろ」
「ええ、この用事はわたくし自身が動かないと成立せん事であるのよ。フフフ」
「……」

急に友好的な笑顔を浮かべて来た彼女に上条はテーブルに肘を突いたまま警戒する視線で返す。
こんな見た目とはいえ、ステイルの言う通り数々の謀略を行ってきたしたたかな女狐だ。
いくら人の良い上条とはいえそう簡単に信用出来る筈がない。

(コイツがインデックスをねぇ……)
「あら? そんな恐い顔してどうかしたかしら?」
「別に、ただ俺はアンタの事を好きになれないと思っただけだ」
「……そう、それはまこと残念な事、出来れば友好的な間柄でありたかったのだけれど」
「インデックスを道具扱いしてよく言えるなホント」

変わらず頬笑みを浮かべながらこちらを見つめて来るローラ。
この女狐が一体何を企んでいるのか上条にはさっぱりだった。
だからこそ常に警戒しておかなければならない、細心の注意を払って彼女の動きを見る必要があるのだ。
でなければいつの間にか彼女の手の上で踊らされるハメになるやもしれない。

二人がしばらく無言で見つめ合っていると、程なくしてタバコを吸い終えたステイルがベランダの窓を開けて戻ってきた。

「喫煙者が住み辛い世の中になったものだ……」
「……吸い殻はどこに捨てたんだ? ベランダから捨てたんじゃねぇだろうな?」
「携帯灰皿を持参してるから問題ない」

疑いの視線を向けて来た上条に不機嫌そうにそう言うと、ステイルは上条側とローラ側の間の席に腰掛ける。

「……コイツにあの話はもう言ったんですか、最大主教?」
「今から始める所よ。さあ幻想殺し」

ステイルの尋ねにローラは嬉しそうに返事すると、修道服の裾からスッと一枚の羊皮紙を人差し指と中指で挟んで取り出して上条にピッと差し出した。

「まず初めに、これにそなたの名を書いて欲しいのよ」
「は? なんだよそれ?」

わけがわからずとも上条はとりあえずそれを彼女から受け取った。
見てみるとそこにはズラリと英語で書かれた文字が記されている。
だがテストで常に赤点を取っている彼にはそこに何が書かれているのかさっぱり分からない。

「……読めねぇんだけど、なんて書いてあるんだコレ?」
「書かれてる内容は気にしなくて結構なのだわ。ただ“名前を書けばよいのよ”」
「……」

羊皮紙を両手に掴んだまま顔を上げてきた上条に対しローラは急かす様に早く書けと促す。
どうみてもおかしい……
ニコニコ笑っている彼女を見て上条は眉間にしわを寄せた。

「なんかすげぇ怪しいんだけど……」
「フフフ、書かなければ後悔する事になるのよ」
「……なに?」

表情を変わらぬままそんな事を言うローラに上条は怪訝な表情を浮かべると、彼女は目を開いて突然ある事を彼に尋ねる。

「ところで禁書目録はどこ行ったのかしらねぇ?」
「!」
「心配と思わなんし?」
「まさか……!」

妙に甘ったるい口調でそんな事を聞いて来たローラを見て上条は表情をハッとさせた。
もしや彼女がここにいないのはこの女が関係して……。

「お前もしかしてインデックスを……!」
「またお前とな……急かす用で悪いがさっさと名を書いて欲しいのだわ。いかにわたくしと言えどもそこまで気は長くないのよ?」
「く……!」

上条にお前呼ばわりされる事にイラっとしながらローラはテーブルに頬杖を突く、その姿はまさにこちらにもう選択肢が無い事を把握している余裕の構えだ。
上条はチラリとステイルの方へ目を向ける。

「ステイル……」
「……名前を書くだけでいいんだ、そうすれば全てが救われる……」
「……」

こちらに顔を逸らしたままボソッと呟いた。素っ気ない様子だが彼もまた一刻も早くまたこの状況を打破したいのだろう。
上条は無言で英語で書かれた羊皮紙を見つめる、下の部分にある空白欄、ここに名前を書けばいいのか?

「わかった、名前ぐらい書いてやる」

彼の決断は早かった。こうなってしまってはもうここに書かれている事がどんな内容であれ従うしかない。
手のひらで踊らされるぬよう警戒していたが、既に彼は彼女の手中だったのだ。
上条はなにか書くものが無いかと辺りを見渡すと、向かいに座っているローラがすっと高そうな万年筆を差し出す。

「理解の早い殿方は嫌いじゃないのよ?」
「……」

笑いかけてくるローラの手から無言で乱暴に万年筆を取り上げて、上条は羊皮紙の名前欄に手早く自分の名前を書く、もちろん英語でだ。

「ほら書いてやったぞ、これで文句はねぇよな」

上条が名前を書いたと羊皮紙をローラに見せつけると、彼女はスッと彼の手からそれを受け取る。

「Kamijo-Touma……ステイル、この者の名はこれで合うているの?」
「バッチリです」
「フフフフフ……これで遂に……」
「おい、これでもうインデックスは返してくれるんだろうな」

今までと違いいかにも謀略家と言った企み笑いを浮かべるローラに上条は険しい目つきで尋ねる。

するとローラは急に表情をケロッとさせて上条の方へ顔を上げた。

「ええ、アレなら今頃神裂と一緒に昼食を食べてる頃だから、直に戻ってくるんじゃなくて?」
「……へ?」
「でしょうステイル?」
「ええ、神裂が朝から彼女を連れて外で時間を潰してる筈です。二人がここにいては面倒な事態になりますからね……」

あっさりとそう言った会話をする彼女とステイルに、上条はしばし思考が停止する。
まさか……。

「……さっきお前、インデックスがどうのとか言ってたよな……」
「ん~言ったかしら? 思い出さねなし。そなたの聞き間違いじゃないかしら?」
「おい!」 
「名前はちゃんと書かれているわね、これでわたくしの計画も次に進めるのだわ」

とぼけた様子で首をかしげてみせるローラに上条は予想が確信に変わった。

「……もしかして上条さんは騙されたのですか?」
「騙すとは人聞きの悪い、別にわたくしは「禁書目録を拉致した」、「誘拐した」など一言も言うてないわよ? ただ「どこ行ったのかしらね~」とぬしに尋ねただけなのだわ」
「やられた……」

上条の名前が書かれた羊皮紙を持って上機嫌の様子でおられるローラとは対照的に、ガックリと肩を落としてテーブルにつっ伏す上条。
初対面から警戒しておいたのにこうも上手く騙されるとは……。

「ステイル、お前知ってただろ……」
「……じゃあ僕はまたタバコ吸ってくる」
「おい待てニコチン野郎!」

話を誤魔化すかのようにすっと立ち上がって逃げる様にベランダの方へ行ってしまったステイル。
残された上条は恨みがましい目つきで彼の背中を睨む。

「あの野郎~……!」
「幻想殺し、そなたは先程この羊皮紙に名前を書いたわね?」
「それがどうしたんだよ! アンタは用が済んだんならさっさと帰れ!」
「あら?」

ヒラヒラと羊皮紙を見せてくるローラに上条は噛みつくように叫ぶ。
こうも上手く騙されてしまってはもうやけくそに怒るしかないだろう。
だがローラはそんな彼の反応に顔をしかめ。

「“妻”に対してその口の利き方はどうかしら?」
「あのなぁ! 最大主教だろうが妻だろうが俺には関係……え?」

怒鳴ってやろうかと思った矢先、上条は彼女に向かってきょとんとした表情を浮かべる。
今彼女は自分の事を……。

「……妻?」
「わたくしの“夫”であるならばもっと紳士的に生きて欲しきかしら」
「夫!? なに言ってんだお前!?」

言っている事がさっぱり理解できなかった。
ため息を突くローラに上条は混乱した様子で身を乗り上げる。
だが彼女はそんな彼に対して羊皮紙を持ったまま微笑を浮かべた。

「幻想殺し、ここに何が書かれていると思う?」
「……読めないって言っただろ」
「これは“誓約書”なのよ」
「……誓約書?」

「?」とわけがわからず首を傾げる上条に。
ローラは「ええ」と言ってニコッと笑いかけた。














「「私はイギリス清教・最大主教、ローラ=スチュアートと夫婦となり、妻の願いならなんでも叶え、どんな事でもし。妻の為なら馬車馬のようにイギリス清教の下で働いて、死ぬまで彼女を裏切らない夫として生きる事を誓います」と書いてあるのよん♪」





















上条当麻の思考が真っ白になった。
虫も殺せぬような笑顔で何を言っているのだこの女は……。

「……ホワイ?」
「そなたをイギリス清教の傘下に入れるだけならば簡単なのだわ、禁書目録さえこちらにあれば、後はアレを餌にしてそなたをこちら側に引きずり込めばいい」

完全に頭がショートしている上条にローラは淡々とした口調で話を続ける。

「けどそれだけでは駄目、わたくしとしては“体”だけではなく“心”もこちら側に染めなければ意味がない。それに禁書目録がいつまでもわたくし達の手元にある保障は無いのよ、アレはいつ壊れてもおかしくない物だから」
「……」
「だから全知全能であるわたくしはとっておきのアイディアを閃いたのよ」

そう言ってローラはフッと上条に笑いかけた。

「夫婦になりえればいい、っと」
「……いやなんでそうなる……」
「他人同士ではなく妻と夫の関係になるのならば、その関係は何よりも大切な絆になると本で読んだわ」
「本で覚えた知識ですか……?」
「幻想殺しは絶対にわたくし達イギリス清教の物にしなければならない、だからわたくしはこの一点の穢れも無き美しい体を保っていたこの身を挺して、そなたが決してわたくし達、否、わたくしから離れないようにこの様な誓約書を書かせたわけ」

片手で持ったままその誓約書を見せびらかしてくるローラ。
上条はジト目でその誓約書を右手を伸ばして奪おうとするが彼女はサッと後ろにのけ反ってそれを避ける。

「ここにそなたの名前が書かれている、つまりこれで晴れてわたくしとそなたは夫婦となったのよ、喜びなんし幻想殺し。こんなピチピチでセクシーな美人妻をめとれるなどそなたには一生縁のない事であったのよ?」
「……そんな紙キレ一枚に書いた所で結婚出来る訳ないだろ……。俺はまだ結婚出来る年じゃないし」
「そう、この紙には別に魔術の一つもかけられてないただの紙キレ。けれどその紙キレに書かれている事は紛れもない真実」

誓約書をどうやって奪おうかと考えながら上条が追求すると、誓約書をしっかりと握りながらローラは余裕の笑みを浮かべた。

「そしてわたくしは不可能を強引に捻じ曲げて可能にする力と権力を持っているのよ」
「おい待て、お前まさか本気で俺の奥さんになる気なのか……?」
「わたくしの目的は幻想殺しを科学サイドから離し、魔術サイド側に引き入れる事、そして……」

まだ信じ切れてずに戸惑っている様子の彼に、ローラはフフンと笑いかける。

「一度結婚生活というのを堪能してみたかったのよ」
「……はい?」
「フフフフ、今からが楽しみよのう幻想殺し……。これからはわたくしの夫として恥じぬ生き方をするよう心がけるのよ、そうね、まずは最初に妻の為に昼食を作りけり、あと長旅で疲れているから体のマッサージを所望するわ」
「……」

嬉しそうに早速命令してくるローラを前にして、上条は頭を手で押さえてため息を突く

(俺がコイツと夫婦に……?)

手の下からチラリとローラを見るとすぐに顔を逸らして

「不幸だ……」
「な! 不幸とはどういう事なのかしら!?」

これから起こる未来を想像した瞬間、思わずいつもの口癖が出てしまう上条であった。

底が見えないほどお人好しの高校生と全知全能なる最大主教

二人が交差する時、波乱の物語が幕を開ける。









[29542] 二つ目 わたくしの命令に従う事
Name: カイバーマン◆7917c7e5 ID:56da04f8
Date: 2011/09/02 20:43

ここは学園都市・第七学区の中にあるファミレス。
上条当麻の同居人とその飼い猫は、イギリス清教に所属している聖人・神裂火織と共に昼食の時間を取っていた。

「モグモグ、こんなに一杯食べれるのは久しぶりかも」
「彼にはたくさん食べさせてもらってないのですか?」
「とうまはお金が無いって言ってお腹一杯には食べさせてくれないの」
「そうだったんですか……」

右手にフォークを、左手にナイフの構えで次から次へと出てくるステーキを胃の中に収めているのは「禁書目録」ことインデックス。奢ってもらっている立場にも関らず全く遠慮する姿勢は見せず、ブラックホールでも搭載されているかのように異常な速さで食べ進めて行く。
隣の席で座っている彼女の飼い猫のスフィンクスは「少しは遠慮したらどうよ? 姐さん引いてますぜ?」と言っている様な視線をご主人に向けているが彼女は気付いていない。

インデックスの向かいにはテーブル越しに神裂が、相変わらず露出の高い格好で座って注文した和食セットを食べていた。

「この食事量なら彼に賃金手当を支給した方がいいかもしれませんね……」
「むぐむぐ……ふぅ、ところで今日はどうしてとうまの所に来たの? またなにか頼み事?」
「いえそれが……どうなんでしょうね……」

自分の注文した料理を食べ終えたインデックスが尋ねてくると、和食セットを箸で食べながら神裂が言葉を濁らせる。

「実の所、私は彼の所にどういった要件で来たのか聞いていないんです。最大主教とステイルは知っているらしいんですが、なぜか私には教えてくれなくて」
「最大主教? 最大主教がここに来ているの?」
「ええ、なんでも上条当麻と対談する必要があるらしいんです」
「どうして?」
「それも教えてもらえませんでしたね。まあ彼女にとって得になる話を行うのは確かですが……」

箸でつまんだたくあんをポリポリと噛みながら神裂は面白くなさそうな顔でそう言った。

最大主教がこの学園都市に来る、それだけでもとんでもない事だ。しかも更に彼女は彼との対談を所望したのである。
絶対に裏がある、絶対になにか企んでいる、長い付き合いである神裂は彼女の性格を嫌というほど知っていた。
己の利益の為なら周りを斬り捨てる事も騙す事もいとわない女、ローラ=スチュアート。
一体彼女は上条当麻と出会って今度はなにを計画しようとしているのだろうか……。

「ステイルが傍に付いているとはいえ彼が心配ですね……」
「あれ? お味噌汁嫌いなの? じゃあ私に頂戴」
「あ……(楽しみに取っておいたのに……)」

不安な気持ちと上条に対する申し訳なさで顔を曇らせていた神裂だが、彼女の前に残っていた味噌汁をインデックスが笑顔でかすめ取るとハッとショックを受けたような顔を浮かべた。

和食の締めは味噌汁、彼女が長年そう決めているこだわりはあっけなく暴食シスターによって打ち砕かれたのだ。

「私の味噌汁……」
「心配しなくてもいいよ、とうまはきっと大丈夫だから。最大主教がなに考えてるかわからないけど、絶対に大丈夫だから」
「……」

神裂から奪った味噌汁を数秒足らずで飲み干したインデックスは彼女にふいに話しかける。

「例えどんな目に遭ったり、どんな酷い状況になっても。とうまはずっととうまのままで私の傍にいてくれるんだもん」
「……そうですね、彼はそんな男でした」

インデックスはニコッと笑いかけてくる

眩しくて慈愛に充ち溢れてて、ずっと好きだった笑顔だった。

その笑顔に神裂も釣られて思わずフッと笑ってしまう

「そこまで信頼できる人がいてあなたは幸せですね」
「うん! あともっとご飯食べれたら幸せ! もっと注文していい!?」
「え、えぇ……」

メニューを両手に持ってキラキラと輝いた目をこっちに向けて来るインデックスに神裂は頬を引きつらせる。
やはり上条当麻にはいくらかお金を渡しておいた方がいいかもしれない……。
未だ腹が満たされていない様子のブラックホールシスターを眺めながら彼女がそんな事を考えていると、フラリと一人の少女が廊下を歩いてこちらにやってきた。

「あ、アイツとよくいるシスターじゃないの」
「あ、短髪だ」
「短髪じゃなくて御坂美琴だっつてんでしょ」

メニューを持ったままインデックスは廊下に立っている少女の方に振り返った。

両手に腰を当てムスッとした表情で彼女を睨みつける少女が一人。

名門常盤台のエースと呼ばれ学園都市の三本指に入るレベル5。「超電磁砲」の御坂美琴その人だった。
彼女もまた上条当麻と縁の深い間柄でもある。

「アンタ何してんのこんな所で?」
「ご飯食べに来たの」
「……その人と?」
「うん、一杯ご飯食べさせてもらってる」

美琴はチラっと彼女の向かいに座っている神裂に視点を切り替える。
異常なほど露出のある恰好だが恐ろしいぐらいプロポーションの高い女性がそこに座っていた。モデルと言ってもおかしくない、凄い美人な人だ。
神裂は「初めまして」と美琴に向かって軽く会釈するので「どうも……」と会釈し返すが、美琴は口をへの字にして顔を強張らせた。

「……この人もアイツと知り合い?」
「うん、とうまと私の知り合い」
「へ、へ~そうなんだ……」

インデックスから聞いて美琴は改めて神裂をしげしげと眺める。
見れば見るほど美人だ、自分よりずっと……。

(服装はアレだけど胸はとんでもないわね、アイツの知り合いにこんな核兵器があったなんて……てかアイツはどこでこんな人達と交流してるの?)
「ところで短髪はなんでここにいるの?」
「へ!?」

神裂を眺めて心の中で呟いていた美琴にインデックスがふと質問を投げかけると、彼女はビクッと肩を揺らして彼女の方に振り返る。

「わ、私もご飯食べに来ただけよ?」
「一人で?」
「そうよ」

フンと鼻を鳴らしてなにか文句あるのか?と言った風に見下ろしてくる美琴に、インデックスは「ええ~……」とドン引きした様な声を漏らした。

「一人でこんなお店に来るなんて……それはどうかとかも……」
「な、なによ! 別にいいでしょ一人でご飯食べに来たって!」
「短髪はお友達いないの?」
「いるわよ!」
「じゃあどうして一緒にご飯食べないの?」
「私の友達にも都合があるのよ都合が!」

店内にも関わらずついムキになった様子で叫ぶ美琴。
さすがに彼女にだって友達の一人や二人いる。今日はたまたま一人で暇を持て余していたからブラブラしていただけだ。
まあその“たまたまの日”は彼女の場合、結構な頻度でよくある事なのだが……。

「ったく、どうでもいいでしょそんな事……それよりアイツは?」
「え?」
「ア、アイツよアイツ、どうせアイツもここに来てんでしょ。トイレでも行ってんの?」

腕を組んでそっぽを向き、少し顔を赤らめて口をごもらせる美琴に、インデックスはきょとんとした表情で返す。

「とうまなら来てないよ」
「え……いないの?」
「うん、今は家にいると思う」

隣で寝ているスフィンクスの頭を撫でながらインデックスは答えた。

「最大主教とお話があるんだって」
「……最大主教?」
「うん」

聞き慣れない言葉に美琴が顔をしかめているとインデックスは笑顔で振り返る。















「でも大丈夫、最大主教が相手でもとうまはとうまだから」
(ていうかなんでアイツが家にいるって知ってるのよ……)


















二つ目 わたくしの命令に従う事
























「納得行きません」
「いとおかし、夫婦の契りを証明された誓約書が目に入らなや? あ、そこそこ、そこが良きにけり」
「……」

インデックスと美琴がコンタクトを取っている頃、上条当麻はローラ=スチュアートとの対談を終えていた。
「妻」となった彼女の思惑通り、「夫」にされてしまった上条。
今は何故か、彼女にマッサージを強要させられて、うつ伏せに寝そべっている彼女の上に乗っかって腰を揉まされていた。

一緒に来ていたステイルは上条との会話を避ける為に現在ベランダでずっとタバコを吸っている。

「なんで俺がこんな事……」
「妻の体を弄ぶのは夫の特権なるわ。んぁ……」
「変な声出すなよ」

両手でローラの腰をほぐしながら上条は疲れた顔で肩を落とす。
数時間前はただ休日の時間をどう潰そうかあれこれ考えていた極一般的な高校生だったのに……。

「あのぉローラさん、もうかれこれ10分ぐらいこんな事しているんですが」
「ん~? わたくしは快適で結構なのよ。あふん……もっと下」
「いやお前が快適でも上条さんはもう疲れてるんですけど……」

タラタラと文句を言いながらも上条は彼女の言う通り手を下にずらしてまた揉み始める。
だが急にローラが「ひん!」と変な声を口から漏らして。

「し、下に行き過ぎでなるわ! あん!」
「へ? うお! 道理でなんか柔らかいと思った!」

ここだけ変に弾力があるなと感じた時にはもう遅い。
上条はローラの「お尻の部分」に触れていたのだ、慌てて上条は両手をパッと上げる。


「わ、悪い……」
「まだ日も出ている内にこのわたくしに対してこんな恥辱を計らうとは……!」

後頭部を掻いて苦笑して見せる上条に、ローラは彼に乗られながらも恨みがましい目つきで振り返る。

「いくら夫婦と言えどまだその段階には行かせぬわよ!」
「わざとじゃねぇって!」
「もうよい! 退くなんし! コレ以上飢えた狼に体を触らせては純潔を散らす危機なのだわ!」
「誰が狼だ! 上条さんは紳士ですぞ!」
「貴婦人の尻を触る紳士などおらぬけり!」

そう言ってローラは足をジタバタさせて上条にどけと指示。両手が疲れていた上条にとってはありがたいなのでやれやれと腰を上げて彼女の体から離れた。
ローラはすぐに足を折って正座の体制に入り、ムッとした表情で上条を見上げる。

「ここに座りなし幻想殺し」
「……」

命令口調で目の前を指さす彼女に、上条は大人しく従った。
彼女のすぐ前にあぐらを掻いて両者向かい合う形になる。

「わざとじゃねぇって言ってるだろ……」
「そなたがわざとであろうがなかろうが関係なしな。幻想殺し、わたくしは最初に言うておくべき事を忘れていたわ、よく覚えておくんなまし」
「なんですか?」

膝に頬杖を突いてやる気なさそうに上条が返事すると、ローラは人差し指を立てて険しい表情を浮かべた。

「わたくしはそなたに軽々しくこの唇を奪わせる事も、この清らかかつ美しい身を捧げる気も無いのだわ」
「げ! いきなりお前何言ってんだ!」
「出会うたばかりの男に、そう容易くわたくしが体を許すとでも思うておるの?」

慌てる上条を尻目に、ローラは体を横に傾けて流し目を向けながら妖艶な笑みを浮かべる。

「欲しくばわたくしと求める男になるのだわね。さすればこの処女、そなたに譲ってやる事も考えてあげるの」
「お、女のクセにそんな言葉使うなよ!」
「フフフ、かような言葉は誰でも用いるものけり」

顔を赤らめて顔を背ける上条に、ローラは茶化す様に口を手で押さえてクスクスと笑って見せた。

そんなタイミングで空気も読まずに、喫煙を終えたステイルがベランダから戻ってくる。

「上条当麻となにか楽しい事でもあったんですか最大主教?」
「ええ。ウブな少年の反応は中々楽しめるとわかったわ」
「そうですか」

微笑を浮かべて機嫌がよろしい様子のローラ。それを見たステイルは真顔で上条の方に振り返る。

「よかったじゃないかお気に召されて。このまま彼女に気にいられるよう精々ご機嫌取りに勤しめ、それが今日から君に託された仕事だ」
「この野郎、他人事みたいな事言いやがって……!」
「他人だろ君と僕は。いやもう他人じゃないか、なにせ君は我々イギリス清教のトップであられる最大主教の旦那様だからね」

皮肉を込めながらステイルは嘲笑を浮かべてきた、その顔に上条はムカッと頭に血が昇る。

「お前はこれでいいのかよ! 俺がお前の所の一番偉い奴と結婚するんだぞ!」
「構わないよ、最大主教が誰と結婚しようが僕は関係無いし」
「上条さんは普通の高校生活をまだ満喫しきれていないんです!」
「知った事か、これからは彼女との夫婦生活を満喫すればいい。恐らく主人と奴隷の様な関係になると思うけどね」
「助けてステイル!」
「断る、覚悟を決めろ上条当麻」

何を言っても全く聞く耳持たないステイルに上条は両手で頭を押さえて絶望のポーズ。
このままでは彼の言う通り彼女との夫婦生活に勤しむ事になる。

「不幸だ……」
「わたくしと結婚出来て不幸? 幻想殺し、それはほんに真に言うておるのかしら?」

頭を押さえてその場に塞ぎこむ上条の背中にローラがおっとりとした口振りで話しかける。

「これからは夫婦としてわたくしと共にここで住む事になるのよ、このような幸せ。世界中でそなた一人にしか得られない特権ではないかしら?」
「あのなぁ、上条さんはこれから色んな青春が楽しめる時期なんだよ、結婚するとか一緒に住むハメになるとか、そんなんで喜ぶの青ピぐらい……え?」

塞ぎこむのを止めてヤケクソ気味に反論しようとする上条だが、ふと彼女が言ったある言葉に引っかかる。

「一緒に住む……?」

ローラは嬉しそうに縦に頷いた。

「夫婦であるならば一緒に住むのが常識であろう」
「……はい?」
「本来ならばイギリスにて二人で住める丁度いいサイズの家を用意してゆったりと暮らしたい事なのだけれど。いきなり住み慣れた土地を離れるのはそなたも名残惜しいであろう。それにわたくしはまだこの街を観光したい所が多くありけり」
「……あの、言っている事がわかんないんですけど……」
「あと学園都市は科学サイド、敵情視察をトップであるわたくし自らやってみるのも悪くなきかな」

傍に合ったテーブルに肘を突いて、ローラは冷や汗を掻いている上条に笑いかける。

「と言う事でしばしここをイギリス清教の拠点とさせてもらうのだわ。今日よりここはイギリス清教「必要悪の教会」の頭脳部、そしてわたくしとそなたの愛の巣なり、フフフ」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!! なに無茶苦茶言ってんだコイツ!」

なに笑いながらとんでもない事を言っているのだ、上条はガバッと勢い良く立ち上がった。
一緒に住む上にここをイギリス清教の拠点に? なにもかもがデタラメ過ぎてどうかしている。

「ここは上条さんの家ですよ!」
「今日からわたくしの家なるわ」
「本気かよお前! イギリスに残ってる部下達はどうすんだよ!」
「オルソラがいるから心配なくてよ」
「いやなんでそんなにオルソラに絶対的な信頼を持ってんのお前!?」

スラスラと上条の質問に回答していくローラ。冗談で言っているつもりでは無いらしい。

「大体一緒に住むったって……ここには俺だけじゃなくてインデックスもいるんだぞ」
「構わなくてよ、禁書目録の監視役はそなたの務めでありんすし。しかしそなたには禁書目録の監視だけではなく、わたくしの「世話」もする事を命ずるわ」
「世話?」
「ええ」

ジト目で視線を投げかけて来る上条にローラはテーブルに頬杖を突いたまま返事した。

「いかに最大主教であるわたくしと言えどこの街の生活の仕方にはわからなき事ばかりなのよ、ゆえに幻想殺し、そなたがわたくしの手となり足となり尽力を尽くしてわたくしの世話を行いけるのよ」
「無理矢理結婚申請書まで書かせておいて今度は世話をしろですか……? どんだけワガママで自分勝手なんだよ、ホテルあるからそっちに泊まっててくれ」
「なぬ!?」
「ウチにはそんな余裕ねえよ。ただでさえインデックスで食費バカにならないのに」

家に住むつこうとしている上に今度は世話まで要求してもうやりたい放題、
さすがに上条もウンザリした様子で手を横に振って彼女の要求を拒否、二人と一匹分の生活費のおかげで万年金欠であるのに、更にもう一人追加など金銭的に絶対無理だ。

彼に断られてローラはカッと目を開いて彼の方を身を乗り上げる。

「見慣れない土地で困惑している妻であるわたくしを冷酷にほおり捨てると言うの!?」
「その見慣れない土地にわざわざ自分から来たのはどこのどいつ?」
「およおよ、まさかわたくしの夫がこんな冷酷男だったとは考えもしなかったのだわ……」
「なに言ってんだお前……」

今度は修道服の袖で顔を隠してわざとらしい泣き真似を始めるローラ。
上条は呆れてものも言えない。

「大体俺はお前の世話なんてやってる暇なんてねぇよ、インデックスを護らなきゃいけないんだし」
「あら? 禁書目録の護衛なら問題ないわよ?」
「は?」

眉をひそめる上条にケロッと泣き真似を止めたローラが部屋の隅っこに座っているステイルを指差した。
今までずっと黙っていたステイルはそれに対して居心地悪そうに目を逸らす。

「今後禁書目録はそなただけではなくステイルも護衛役として付けさせてもらう事に決めたのよ」
「ステイルが?」
「これでおきなくわたくしの世話を行えるわね、当面の禁書目録の護衛はステイルが付きっきりで行うらしい事よ」
「……おいそれって」

ローラの話を聞いて上条は疑惑の眼差しを向けながらステイルの方へにじり寄った。
ステイルは絶対に彼と目を合わさない様にそっぽを向いている。

「お前まさか、インデックスと一緒にいたいがためにコイツと協力して俺をハメやがったのか?」
「……なんの事だい?」
「そうだよな、ここをイギリス清教の本部にしちまえば、もうこれでイギリスに帰らずに学園都市でずっとインデックスに会えるモンな」
「……ちょっとタバコ吸いに行って来る」
「うおい!!」

額から汗を垂らしながら焦った様子で立ち上がり、ベランダへ逃げる様に行ってしまうステイルに上条は叫ぶ。

「テメェ俺をコイツに売ったんだな! インデックスと一緒にいたいってそれだけで俺を売ったんだな!!」
「彼女を守るのが僕の運命さ」
「このロリコン神父! 絶対神裂に言いつけてやる! 土御門にもだ!」

去り際にキザなセリフを残してステイルはベランダの窓をピシャリと閉めてしまった。
残された上条はガックリと肩を落として両手を床に置く。

「チクショウ……上条さんの人生プランがなにもかもメチャクチャですよホント……」
「人は思い通りの人生を生きる事は出来ない、そんなものなり」
「……もうツッコむ気力もねぇよ」

背後から他人事でおかしな各言を語るローラに上条はグッタリした様子で振り返ってまた彼女の前の方へ寄っていった。

「お前本当に俺の奥さんになるの?」
「「なる」ではなく「なった」よ幻想殺し」
「俺は絶対に認めないからな……」

ボリボリと髪を掻き毟りながら上条はそう呟く。

「だってお前は別に俺の事が好きだから結婚したいと思った訳じゃないんだろ?」
「ええ、そなたの右手が欲しいからこのような手を使うたの。わたくしにとってそなたは神裂や禁書目録のように利用価値のあるただの“道具”よ」
「俺もお前の事は好きじゃない、むしろインデックスの件もあるから嫌いだと思う」

挑戦的な笑みを浮かべるローラと真顔で彼女を見つめる上条。

一方は『利用』、一方は『嫌悪』。

夫婦という俗称が付けられても二人の感情は変わる筈がなかった。
そう、これから共に生活を行うようになってもきっと……。


「……結婚ってお互いに好きだからする事なんじゃねぇの?」
「あらそのような事は無きにけり、昔から結婚というのは政治や戦争の道具として用いられていたのよ。“政略結婚”という言葉をご存じ?」

人差し指を立ててローラは上条に得意げに語る。

「今では名家である両家が当面の同意を無視して無理矢理結婚させる事に用いられるる事もあるのだけれど。昔では両国の同盟を締結させる為、我が子を継承者にねじり込む為、経済的な支援を貰う為、様々な戦略を生かす為にも用いられていたのよ」
「じゃあこれもその政略結婚の一つか?」
「そ、愛がなずとも一度きりでも夫婦となれば縁が出来るものだわ」

立てた人差し指をそのまま口に当ててローラは無邪気な顔を浮かべるが上条は面白くなさそうに顔をしかめる。

「でもこの結婚ってのはまだ本当の結婚って訳じゃないんだろ? 俺はまだ高校生だから無理だし、あと「入籍」だっけ? 色々と手続きを踏まないと結婚出来ないんだろ普通は?」
「“普通”ならばね。だけれどもわたくしなら普通じゃない結婚が可能なのよん」
「まあ確かにお前普通じゃないしな……けどそこまでして結婚しようとする必要あんのかよ」

表道からではなく裏道から。
是が是非にでも目的を成就させようとする彼女の姿にはさすがの上条も唖然とする。

「もっと別の方法もあったんじゃないか?」
「政略結婚が古来から多く用いられていた理由がわかるかしら?」 
「いや全然」
「より固い線が結ばれるからであるのよ、婚約とはなによりも固い結束の証にもなられる。ゆえに夫は嫁いできた妻の祖国を決して裏切られぬのだわ」
「へ~そうなのか」

自慢げに喋るローラに上条が感心したように頷くが、彼女が言っている事が全て正しい訳ではない。
確かに何よりも同盟の足がかりとなるのは政略結婚や人質だが、嫁いできた妻の祖国を夫が裏切って奇襲を仕掛ける無慈悲かつ大胆な戦術も存在する。
有名なケースと言えば戦国時代で有名な織田信長と、彼の妹お市を嫁に迎えて同盟を結んだにも関わらず、義兄である信長を裏切ってもう一つの同盟国である朝倉家と協力して挟み撃ちを仕掛けた浅井長政であろう。

余談だがこの浅井長政とお市は政略結婚であるにも関らず、夫婦関係は周りが羨ましがるほど仲慎ましかったらしい。

もっとも上条当麻とローラ=スチュアートが長政とお市の様に良好的な夫婦関係を築くのは想像に出来ぬ事であるが……。

「てことは俺はもうお前に逆らえないって事か?」
「フフ、そう。今からそなたはわたくしの物、生かすも殺すもわたくし次第……」

尋ねて来た上条にローラはせせら笑って彼にスッと手を差し出す。

「これからはわたくしに永遠の忠誠を誓う事ね、幻想殺し」
「いや遠慮しとくわ」
「……え?」

即決でだるそうに手を横に振って断る上条にローラはポカンと口を開けた。

「悪いけど俺は元々イギリス清教に入るだなんて考えてもないんだ、俺の右手がお前にとって必要な物であっても、俺はお前に心から従う気はねぇよ」
「な! わたくしと結婚しておいて従わないと言いにけるの!?」

まさか結婚という手段を用いてまで我が物にしようとしたのに、それさえも通じないだと……?
これにはさすがにローラも考えもしなかった事態だった。

「許せなし! このわたくしを誰と思うておるの! イギリス国家の重鎮たる存在! ローラ=スチュアートとはわたくしの事であられるのよ!」
「へ~」
「そしてそなたは最も貴重な駒に選ばれた唯一の男であるゆえに! わたくしは夫として選んだのよ!」
「お前が一方的に決めただけだろ? 上条さんはお前と結婚したいだなんてちっとも思ってません事よ」

威風堂々と立ち上がって声高々に叫ぶローラだが上条は座ったまま両肩をすくめるだけ。
どうやら本人はここまで言われても全然その気ではないらしい。

「それでいきなり従えとか逆らうなとか、虫が良すぎるだろお前」
「ど、どうしてわたくしの言う事を聞かないの!? わたくし達は夫婦となったのに!」
「いや、そもそも夫婦になったからって命令を聞かなきゃいけなるのはおかしいと思うのですが……」
「わたくしは最大主教であられるのよ!」
「それさっき聞いた」
「ぐぬぬ……!」

何を言っても聞く耳を持たない上条。相手がイギリス国家の重鎮と自称しているのに全く態度を改める気は無い。

能力もイレギュラーだがまさかその性格までもがイレギュラーだったとは……

ローラは悔しそうに歯噛みしながら彼を睨みつける。「う~う~……!」と言ってまるで威嚇しているようだったが上条は無視して突然スクッと立ち上がる。

「まあしばらく付き合ってやるよ。無理矢理とはいえ一応夫婦になったんだからさ」
「待ち無し! どこへ行くつもりじゃ!」

上条に釣られて慌ててローラも立ち上がって叫ぶと、彼はキッチンへ向かいながらクルリと振り返った。

「お前腹減ってる?」
「……」

唐突な事を聞かれて思わず自分のお腹を両手で押さえるローラ。

そういえば学園都市に来てから一度も食事を取っていない。

「……減ってる」
「ん、それじゃあ俺とお前と……あのニコチンバカの分も作っておいてやるか」

そう言って上条はキッチンへと入り、冷蔵庫を開けて中身をチェックし始める。
元々一人暮らしの身で自炊には慣れ、インデックスに作ってあげているおかげで多少料理に自信がついていた。客人に飯を提供するのお安い御用らしい。

「お、卵結構残ってるな。これでなんか作れそうだけど、なに作ろっかな……」
「……オムライス……」
「ん? 何か言ったか?」
「オムライス!!」

最初は恥ずかしそうに言って上条に尋ねられると次は叫ぶようにして声を大きくするローラ。

「今のわたくしはオムライスを求めていりけり! 命令なり幻想殺し! わたくしに従って疾風の如き速さでオムライスを作るのだわ!」
「ああ、別にいいけど? 作るの楽だし。てかお前意外に子供っぽいの好きなんだな……」
「フッフッフ、ようやくわたくしの命令に従うようになったのだわね」
「そうだな」

意外にも素直に従ったので気をよくしたのかローラはほくそ笑む。
すると卵を数個取り出してキッチンに置き、洗い場でフライパンを洗いながら、上条もまた笑い返した。

「そんぐらいの命令ならお安い御用だ」
「……」
「あれ? なに急に黙りこんでんだ?」
「別に……」

フライパンをたわしで洗いながらきょとんとする顔をこちらに向ける上条にローラは顔をプイッと背ける。

上条当麻という男が一体どんな人間なのかはまだ詳しくはわからない。
一つわかるとすれば……

(ううむ、おかしけり……この男と会話しているとなにゆえか調子が狂うのだわ……)

未だかつて会った事のないタイプの人間に。

イギリス清教の最大主教・ローラスチュアートは自分のペースを徐々に崩されていった。

(どうやらこの男を操るには本気でかからないとダメなようね……)

自分で決めたこの政略結婚

彼女は本腰を入れてこの作戦に取り組もうと決心した。

全ては己の崇高なる策を成就させる為に
















一方、逃げる様にベランダに避難して、かれこれ5本ぐらい連続吸っていたステイルはというと。

「……これであの子の傍にいてあげられる……」

一人ポツンとベランダに佇みながら嬉しそうに呟いていたそうな。








[29542] 三つ目 わたくしを疎んじない事
Name: カイバーマン◆7917c7e5 ID:56da04f8
Date: 2011/09/07 00:08

上条家のテーブルに置かれたオムライスは瞬く間に客人達によって完食させられた。
ここに来るまでなにも口に含んで居なかったのか思いの他二人の食べるスピードは速かった。

ブツクサ文句いいながらも皿を綺麗にする程食べ切ったステイルは食後の一服を楽しむ為にまたお気に入りのベランダへ。

度々上条に軽快の視線を送りながらもローラもまたお上品な食事作法でステイルより少し遅いタイミングで食べ切った。

「……」
「……なんでメシ食べさせてくれた人を睨むんだアンタ?」

オムライスを食べ終えた直後、ローラは正座したままジーッと上条に不可思議な視線を送る。
丁度上条も自分の作った料理を完食すると、彼女の視線に顔を上げて疑問を投げかけた。

「もしかして俺が作った料理上手くなったか? やっぱお前って日頃から美味そうなの食ってそうだモンな……」
「……別に味に文句は無いのだわ」
「じゃあ口に合ったのか?」
(不覚……まさか意外に料理が出来るとは思いもせざりきな……)

不味かったか?と聞いたらそうじゃないと否定。
美味しかったか?と聞いたら無言でそっぽを向く。
ローラの不可解な反応にテーブルの置かれた皿を片づけていきながら、上条は「ふ~ん」と呟く。

「まあ不味くないと思ってくれてるなら料理作ったこっちとしては嬉しい限りですよ」
「……」
「……急におとなしくなったなコイツ……あ、そういやこれまだ残してたな、昼飯の時に出すの忘れてた」
「む?」

キッチンの洗い場で皿やらコップを水で流しながら上条はコンロに置かれた鍋に目をやってなにか言っている。
黙りこんでいたローラは思わず仏頂面で彼の方に目をやった。

「いかがし、まだ出せる料理があったとな?」
「昨日の晩飯に残ってた味噌汁」
「味噌汁……神裂がよく食していた日本の料理であるわね」
「お前食ってみる?」
「ぬ?」

急な誘いにローラは急に身構える態勢に入る、実は日本食を食べた経験が一度もないのだ。
神裂がよく食べているのは目にするが食べようと思った事がない。

「気高き英国の血を流すわたくしがそのような物を食べるとでも?」
「箸の使い方の勉強になると思うぞ」
「ハシ? もしや神裂が用いていたあの二つの棒の事であるかしら?」
「今後ウチに住むなら覚えておいて方がいいだろ」
「……」
「じゃあ入れるぞ」
「ちょ! 待ちなし! わたくしはまだ食べるとは!」
「練習だよ練習、箸の使い方ぐらい覚えねぇと上条家ではメシにありつけませんよ、豆腐入ってるから箸で掴んでみろよ」

そう言いながら一杯分の味噌汁をお椀にいれている上条。
物事を強引に進めて行くのはどこかローラと似ている様な気がする。

ローラは顔をプイッと背けたまま、彼に聞こえないよう小さな声で呟いた。

「この男は……やはり苦手かもしれずな」






















三つ目 わたくしを疎んじない事























「帰ったらとうま、お昼ご飯作ってるかな~」
「……え、あんなに食べたのにまだ食べるんですか……?」

インデックスと神裂は今、上条の住む男子寮の廊下を歩いていた。
頭の上に飼い猫のスフィンクスを乗せ、たらふく食えた事にご機嫌な様子で足取りを進めるインデックスと、その後ろからくっついて困惑した顔を浮かべる神裂。
彼のいる部屋の前へ到達してインデックスはすぐにドアを開けようとする。

だがそこで横から思わぬ人物が学園都市に配置されているドラム缶型の清掃ロボットに乗ってやってきた。

「よ~銀髪シスター」
「あ、まいかだ。また遊びに来てたの?」
「おう、三日に一度は兄貴の世話をしなきゃいけないからなー。メイドとして義妹として」

インデックスとさほど変わらない年頃でありながら一流のメイドを育て上げる家政学校に通うメイド見習い、土御門舞夏だった。
清掃ロボットの上に行儀よく正座して、両手に持ってるモップを動かしながらロボットを巧みに操作して彼女はインデックスの前で停止する。
彼女がなんで常日頃から清掃ロボットに乗っているのかは誰も知らない。

「むむ? そっちのセクシーな格好をしとる美人なおネェちゃんは何モンだー?」
「わたしととうまの知り合いの人、レストランでご飯一杯食べさせてもらったんだ」
「初めまして……神裂火織と申します」

いきなり現れたメイドさんに困惑するものの神裂は美琴の時と同様軽く会釈。

(この子に上条当麻以外にも親しい人がいるようで安心しました……)

先程レストランで会った美琴と言いこの少女といい、インデックスは思いのほか同年代の相手と仲良くやっているらしい。
その事に神裂が少し安堵の表情を浮かべていると、舞夏もまた彼女に礼儀正しくお辞儀をする。

「上条当麻のお隣さんの義妹をやらせているメイド見習いの土御門舞夏だー。よろしくなー」
「土御門……? もしかして土御門元春の……」
「おー兄貴の事を知っているのか? あの兄貴もスミに置けないなー。今度お灸をすえてやろうかな……」
(……なるほど、あのメイド好きの男がいつも言っていた自慢の義妹とは彼女の事でしたか……)

顔に影を作って腹黒い笑みを浮かべる舞夏を見下ろして神裂が心の中で呟いていると、急に舞夏はコロッと表情を元に戻してインデックスの方に顔を向けた。

「そういえばさっきから上条当麻の部屋が騒がしかったぞー」
「え、本当に?」
「うん、隣からなんかアイツの叫び声とか女の人の叫び声が結構な頻度で聞こえてきてた」

どうやら舞夏は上条がローラと話していた時に隣の部屋にいたらしい。清掃ロボットの上でグルグル回転しながら彼女は話しを続ける。

「なんか揉めてるような感じだったから、私は気になって部屋に行こうとしたんだけど兄貴に止められてさ」
「ん~最大主教ととうまが揉めてたのかな?」
「彼ならやりかねないですね……」

舞夏の話を聞いて神裂の頭に不安がよぎる。
いかに上条当麻といえど相手はあの策略家のローラ=スチュアートだ。少しでもトラブルを起こしてしまったら彼女がそこからなにか罠を仕掛けてもおかしくはない。

「……失礼ですがあなたの兄はその時、どうしていたのですか?」
「あの時の兄貴はそうだなー。なんか知らないけど隣から聞こえる上条当麻達の声を聞いてずっとニヤニヤ笑ってたぞー」
「……笑ってるだけで仲裁に入らないとは……絶対に楽しんでましたねあの男……」

こちらの希望通りに動いてくれていない同僚に神裂は頭に手を押さえてため息を突く。
普通自分の所属している組織のトップと親友の口論が聞こえたらすぐに止めに入るのが妥当だと思うのだが……。
神裂が頭を悩ませているとインデックスはキッとした表情で上条の部屋のドアノブに手を伸ばす。

「とうまが最大主教と喧嘩してたら大変なんだよ。早く止めに行かないと」
「そうですね、彼女が私達の言う事を聞くとは思えませんが」

インデックスはドアノブを握るとゆっくりと引いてドアを開ける。
ドアの隙間から三人で覗きながら少しずつ開けていくと部屋の中では……。














「だから思いきりグーで握るのはダメだって言ってんだろ。それじゃあ豆腐掴めねぇよ」
「仕方無き、ハシというのはまっこと持ち難しものなのよ……わたくしのやり方はわたくしで決めたるるわ……」
「なにイライラしてんだよ、それは幼児握りって言って小さい子供ぐらいしかやらない使い方なんだよ。最大主教さんはおいくつですか?」
「じょ、女性に年を聞くのはマナー違反であるのよ! そもそも日本人がこんなめんどくさきモノで食事をしているというのが悪き習慣であるわ!」
「今度は日本の食事作法にケチ付けてきやがったよ……インデックスはすぐ覚えたのに。全然ダメだなこっちは」
「う~……!」
「ほら、親指がこっちで人差し指が……」
「ひ!! わ、わたくしの高貴な指をベタベタ触るなど無礼であるわ! しかも耳元で呟くでないのよ! そなたの吐息が……」
「仕方ねえだろ、こうやった方が教えやすいんだから」
「うう……! こんな無礼な男にわたくしの細く美しい指が一つ一つと触られてしまいて……! う! そんな強く指を絡めれるのは止めなし……!」
「頼むから変な声出すなって」










部屋の奥のリビングでインデックスと神裂の上司である最大主教のローラが、背中から抱きしめられている様な形で上条に右手を掴まれ、どこか恍惚な表情を浮かべていた。
彼女が止めろと言っても上条はそれに耳も貸さず、彼女の手から絶対に手を離さずにずっと耳元でなにか囁いている。

「……」
「……」
「お~上条当麻の奴、いつの間にあんなに女性に積極的になれたんだー?」

ドアの隙間から覗く三人の内二人は無言のリアクションだが舞夏は嬉々とした表情で上条とローラの絡みを凝視している。

しばらくしてドアは黙りこんでいるインデックスによってガチャと音を立てて開いた。
その音機に気付き、上条はローラを後ろから抱きしめながら「ん?」と彼女達の方に振り向く。

「おおインデックス。メシ、神裂にたらふく食べさせてもらったか?」
「……」
「……あり? インデックスさん……?」

話しかけても無言で玄関に入ってきたインデックスに上条は不穏な殺気を感じとった。
彼女から放たれるドス黒いオーラ、それをすぐに感じ取り、上条はそのままのポーズで顔を強張らせる。

そして

「とうま~……!」
「ぬお! どうしたんですかインデックスさん! 帰って来ていきなりこちらに向かって歯をむき出して!」

玄関から部屋に上がり、目を光らせて歯をむき出したままカチカチと音を鳴らして既に噛みつく体制に入っているインデックス。彼女はそのまま黒いオーラをまといながらゆっくりと彼とローラの方へ。
なんで彼女がこんなに怒っているのかは上条はわからない。

「まさか最大主教にも手を出すなんて……! とうまは本当にとうまだね……!」
「へ? あ! い、いや誤解だ! 俺はただコイツに箸の使い方を教えてただけで! な!」
「……」

誤解を解く為に上条は慌ててローラに顔を近づけて話を振る。だが彼女は恨みがましい目つきで彼をジーッと見つめた後。

「……わたくし、このような若き少年に汚されてしもうたのよ……」
「何言ってんのお前ッ!?」
「とうまァァァァァァァ!!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

ウルウルと目を涙で滲ませたローラが訴えてきた瞬間にはインデックスは上条めがけて大きく飛びかかっていた。
彼女の鋭き歯が頭部にガブリと食い込み、上条はようやくローラから離れて断末魔の叫び声を部屋の中で上げる。

玄関の方でそれを眺めていた神裂は呆れと怒りが混じった表情で壁に手を置いてもたれた。

「まさか最大主教にまで愚行を犯すとは……! どこまで愚かなんですかあなたは……!」
「ほほ~、ドロドロですなー。見習い家政婦は見た! 浮気現場を目撃したシスターの天罰!」

項垂れる神裂、噛みつくインデックス、噛みつかれる上条、少々顔を赤らめながらも上条を涙目ながらも軽蔑した目つきで睨んでいるローラ。

一人唯一の部外者である舞夏はその光景にニヤニヤと笑うと「いいモン見れた~」と言って上機嫌でその場を後にするのであった。








































数十分後、やっとインデックスのヒールレスラーもビックリな噛みつき攻撃に解放された上条当麻は、リビングで彼女と神裂にありのままの事情を説明した。
小さなテーブルを囲んで頭の噛まれた箇所をさすっている上条の向かいには仏頂面のインデックスと神裂が座って彼の話を聞き、話しをしている彼の隣にはローラが座っている。何故彼女がグッタリした様子で右手でずっと箸を握っているのかは謎だが。
そしてベランダでのタバコ休憩を終えたステイルは彼等から距離を取って部屋の隅っこに座っていた。

「……とまぁかくかくしかじかありまして……上条さんはコイツと夫婦になりました」
「へ~そうだったんだ~」
「わかってくれましたかインデックスさん」
「全然意味がわからないんだよ、どうして最大主教がとうまの奥さんになるのかな? もう一回噛みついていい?」
「ですよね~、あ、噛みつかないで下さいお願いします」
「最大主教、あなたはなにを考えているんですか。下らない冗談をやってないでさっさとイギリスに帰国して下さい」
「む、理解力の悪い駒なりね」

最大主教に騙されて結婚証明書にサインしてしまった事を話したと同時にインデックスと神裂が呆れ顔で上条とローラに反論する。
顔を近づけて来た二人に上条は後頭部を掻いて軽くため息を突いた。

「やっぱ納得できないよなそりゃ……俺もまだ納得してない所あるし」
「納得せざらばあらばほおっておけばよきけり。結婚というものは障害が多ければ多いほど燃えると本で読んだ事があるのよん」
「……なんの本読んだのお前?」

得意げに人差し指を立ててそう語るローラに上条がツッコんでいると、インデックスは彼が用意しておいたコップに入った麦茶をグイッと一気飲みして話を進めた。

「大体、最大主教が用意したとかいう誓約書? どうしてとうまはそんな物に名前なんて書いたの?」
「しょうがねぇだろ、英語で書いてあったからな文も読めなかったし、それにコイツとステイルとかいうバカに騙されてつい書いちまったんだよ」
「結婚の誓約書は法の下では結婚扱いはされないけど、「なにがあっても将来的に必ず結婚します」って誓いを交わす為の契約なんだよ? その紙が世に存在する限り、遅かれ早かれとうまは最大主教と本当の結婚をしなきゃいけない事になっちゃってんだからね。自覚はあるの? とうまは最大主教の婚約者にされちゃってるんだよ?」
「うぐ……! そう言われると今回ばっかりは本当にとんでもない事をやらかしたような気が……」
「とうまはすぐ人に騙されるんだよ、いつか治した方がいいと思うんだよその性格、っと言ってももう遅いかも」
「ごもっともなお言葉です……」

不機嫌な様子のインデックスに言われて上条は己の現状を深く理解して頭を垂れる。
正直インデックスや神裂に相談すればなんとかなるのではないかと淡い期待を持っていたのだが、彼女の言う通りだとやはり最大主教と結ばれるのは決定事項になってしまっているらしい。

「俺はただ紙に名前を書いただけだぞ……」
「本来、誓約書というのは書く物の同意の上で書くべき物なんですがね」

上条の呟きに神裂が麦茶の入ったコップを片手に反応する、

「誓約を水に流すにはまずはその誓約書を破棄するしかありません」
「え? てことは俺が書いたあの紙を処分するだけでこの誓約も無かった事になるのか?」
「そうだと思います。仮にその紙になんらかの魔術が施されていてもあなたが右手に触れていればただの紙になっている筈ですしね」
「本当かよ!?」

神裂からの思わぬ情報に上条はぐだっていたテンションが一気に跳ね上がる。
まさかそんな単純な手でこの問題を解消できるとは。
彼はすぐに隣で面白くなさそうな顔をしているローラに振り返る。

「おい! 俺が書いた誓約書は!?」
「ステイルに預かりて貰っているわ」
「なんでこのニコチンバカに!?」
「上司の命の次に大切な貴重品を護る者としては適材であるからよ」

頬杖を突いてフンと鼻を鳴らしながらローラがそう言うと、今度は上条は背後で部屋の隅に座っているステイルに叫んだ。

「ステイル! 俺が書いた誓約書!」
「なに言ってんだ君は? 恐れ多くも最大主教から預かった品だぞ。これは僕が責任を取って護らないといけないからおいそれと簡単に渡せるか」
「あ、テメェ! やっぱりそっち側か!」

しかめっ面をしながら素っ気ない態度で上条の要望を拒否するステイル。
彼の反応に怪訝な表情を浮かべ、インデックスの隣に座っていた神裂が彼に口を開く。

「あなたまさか最大主教がもうけたこのバカげた茶番にまだ付き合うつもりですか?」
「仕方ないんだ。バカげてようがなんだろうが上の命令に従うのが僕達「必要悪の教会」だろ。どんな命令であろうと絶対にしなければならない、最大主教が殺せと言えば殺す、死ねと言えば死ぬ。そういう場所で生きているんだよ僕等は、君もわかってるだろ」
「……」

ステイルに言われてハッと気付く神裂。だがけだるそうな顔で上条がすぐに。

「騙されるな神裂、コイツは最大主教に「インデックスの傍にいさせてやる」と言われたから簡単に俺を最大主教に売った上に自分はインデックスとイチャつこうと考えて鼻の下伸ばしてるロリコン野郎だ」
「ステイルゥ!」
「デ、デタラメ言うな上条当麻!」

神裂は立ち上がりステイルに向かって凄い剣幕で叫んだ。
ステイルは顔から大量の汗を掻きながら焦った様子で彼女に否定する。

「誤解だ神裂! 僕はそんなやましい事一切考えていない!」
「だけど事実だろ、インデックスと一緒にいたいから俺を売ったんだろ」
「お前は黙ってろ!」
「あなたは魔術師としてどころか人としても風上に置けない男ですね……」
「く……」

冷たい目つきでこちらを見下ろす神裂にステイルは表情を歪ませて目を逸らす。
やはり彼女に言い訳は通用しない。

「まあいいさ……僕はどんな犠牲を払ってでも大切な者を護る為に生きる、それだけが全てなんだ……」
「良かったなインデックス、今度から俺の代わりにコイツがお前の事守ってくれるってよ」
「そんなのヤダ! とうまじゃなきゃイヤなんだよ!」
「ぐぅ! それでも僕は!」
(今のはちょっと可哀想ですね……)

ブンブンと首を横に振って本気でいやがってる様子を見せるインデックス。
拒絶されたステイルは相当な精神ダメージを食らい、血反吐でも吐くんじゃないかと思うぐらい顔を歪ませるがなんとか必死に耐えた。

「ちょ、ちょっとタバコ吸いに行って来る……」
「ベランダで泣かれたら困るんだけど俺、下から見られたらどうするんだよ」
「タバコ吸いに行くと言ったんだ! 誰が泣くか!」

上条に怒鳴った後、ステイルは窓を開けてお気に入りのベランダへと退散した。
手すりにもたれて空を眺める彼の背中からは哀愁が漂っている。

「あの裏切り野郎……こうなったら力づくで契約書をぶん取るか」
「それなら私も協力しましょう」

一人寂しげにタバコを吸っているステイルの背中を、リビングから眺めながら上条と神裂が血気盛んに戦闘態勢に入っているとテーブルに頬杖を突いていたローラが二人の方へ振り返って目を細める

「止めなし、そのような片腹痛い行い。いい加減観念してわたくしとの縁談を受け入る覚悟を持ちなんし」
「最大主教、あなたはこんな大変な時期になにバカな事をして遊んでいるんですか」
「いみじき時期だからこそ、こうならざるをえなかったのよ」

頬杖を突いたままローラは睨みつけてくる神裂にフッと微笑を浮かべた。

「幻想殺しはあの『神の右席』でさえひれ伏す力を秘めた宝具。されど利用価値の高い兵器はいずれ誰かに使われる。なればわたくしはその兵器をその誰かに使われる前に手元に収めるだけよ。政略結婚という手段を用いて」
「……やはりあなたは、彼の人生の事など全く考えていないんですね」
「あら、そんなどうでもよき事考ふる必要あるのかしら?」
(この女……)

ニコッと笑って見せる彼女に神裂は無言で見下ろすと、彼を横切ってリビングから出て行く。

「……私はあなたのそういう所が嫌いです」
「そう、それは口惜しな」
「上条当麻、私はここで失礼させて頂きます」
「え?」

突然帰ろうとする神裂に上条は口をポカンと開けた。

「もう帰るのか? だったら帰る前にちょっとステイルをシメるのに協力して欲しいんだけど」
「後ろに振り返ってみなさい、彼はもうとっくに逃げてます」
「へ? あ! アイツいねぇ! どこ行ったあの野郎!」
「私達に襲撃される前に雲隠れしたのでしょう」

神裂に言われて初めて気付いた。ベランダで寂しくタバコを吸っていた筈であったのに、ちょっと見てない隙にステイルは忽然と姿を消していたのだ。

「あのニコチンバカ……! 今度見つけたらただじゃ済まさねえぞ……!」
「上条当麻」
「ん?」

いなくなった彼に恨みの言葉を呟いていた上条に神裂が話しかける。

「くれぐれも最大主教には気を付けて下さいね」
「お、おうわかった……」
「それにあなたの性格上無理かもしれませんが、どんな事があっても決して彼女を信用しないで下さい、心を許したら立ちどころに引きずり込まれますよ」
「あ~頭に入れておくよ。教えてくれてありがとな」
「わたくしの前でよくもまあそのような傷付く言葉を平然と言えるものだわね神裂……」
「私は事実を言ったまでですが」
「……」

ムカッとした表情で睨みつけて来たローラに神裂は至って冷静に返すが、その態度もまた更にローラをイラっとさせた。

「まあいいわ、今頃この者にいかなる助言すれども遅き事。全てはわたくしの策の内よ」
「あなたも最大主教が彼になにか良からぬ事をしないか見張って置いて下さい」
「わかった。とうまは私が守ってあげる」
「インデックスに言われてもなぁ……」
「むむ! 私だってやれば出来るんだよ!」
「無視する事だけは止めなし!」

自分を無視して勝手に話を進めて行く三人にローラは手を大きく振って激しく己の存在をアピールする。彼女は常に自分が話の中心でないと気が済まないタイプなのだ。

「神裂! そなた最近わたくしの事を軽く見ているのではなくて!?」
「ステイルはともかく、上条当麻、私はあなたの味方ですからね」
「ありがとな神裂、本当アホでバカでロリコンなステイルなんかと違ってお前は頼りになるから助かるよ」
「い、いえ私なんか別に……」
「……」

しかしそんな彼女を最後まで無視して、「ではいずれまた」と言って神裂は部屋から去っていってしまった。
ローラは一際苛立った顔で神裂が開けて去っていったドアを睨みつける。

「聖人だという事に奢りを感じているようだわね……。いずれわたくしをナメた事を後悔させてやらねばならなし」
「ていうかお前、本当人望無いんだな……」
「ぬ!」

恨みの言葉を呟いているローラに上条は同情する様な目で見つめていた。

「今更だけどもう少し丸くなった方がいいんじゃね?」
「そなたには関係無き事であるのだわ!」
「別に関係無い訳じゃないだろ、旦那なんだから」
「むぅ……」

自分で自分を旦那と言った上条にローラは顔をしかめると、顎に手を当てて彼にチラリと目をやる。

「それもそうね……けど、そなたは立場上わたくしのただの夫。野暮に妻の仕事先での悩みに首突っ込むは止して欲しいのよ」
「でも普通カミさんが悩んでたら相談に乗ってあげるのが旦那の務めなんじゃないか?」
「そ、そうなのかしら……?」
「なんでそこで私を見るのかな」

戸惑った様子でローラは思わず助けを求めるかのようにインデックスの方へ振り向くが、蚊帳の外である彼女にそんな事わかる筈もない。

「大体とうまは最大主教の悩みの相談なんて事はしなくていいの。旦那だとかそんなのも自分で認めちゃダメ」
「いやでもさ、こうなっちまったらもう無理矢理にでもこの状況を楽しむしかねぇだろ」

ジト目で忠告してくるインデックスに上条は苦笑交じりに答える。

「ステイルが持っている誓約書を破れば全部終わるんだ。だったらそれまでコイツのおままごとに付き合ってやるのも悪くないと思ってさ。それに……」
「?」

話している途中でふとチラッとローラに横目をやる上条。
その目に彼女は眉間にしわ寄せて首を傾げると、上条は頬を掻きながら小さな声で。








「よく見たら……コイツ美人だしな……」
「!!」

少し照れた様子で上条がぶっちゃけた瞬間、ローラの顔は一気にカァっと熱くなる。

「こんな綺麗な人と夫婦体験が出来るなら……それはそれで悪くないと思いまして……」
「な! な、な、な、なにを言うているの!」

頬を紅く染めながらローラは慌てて上条に顔を近づける。

「今まで散々小馬鹿にする態度を取っておいたクセにこのタイミングでわたくしに向かってよくもまあそ、そんな言葉を! それが今ジャパンで流行っているツ、ツンデレというい奴なのかしら!?」
「いや俺はただ素直にお前を見て感想を言っただけだから。てかなんでお前そんな言葉知ってんだよ……」

震える指をこちらに突きつける彼女に上条はめんどくさそうに返す。

「てかアレだぞ、お前見た目は確かに美人だけど、中身は全然ダメダメだからな」
「な!」
「人を平気で騙すし、ロクな事考えねぇし、ワガママばっかだし、日本語変だし、箸の使い方覚えないし、てかまだ箸握ってるし」
「え? あ! ぐぬぬ……!」

上条に言われてローラはやっと気付く、そういえばずっと箸を握っていたままだった。
彼から渡されていた箸はもう彼女の手汗でベットリとなっている、すぐにローラはその箸をテーブルに置き戻した。

「見た目はいいけど中身がホントダメだお前、いや~中身がダメじゃなかったらな~、なんでダメなんだろうなぁ」
「何度もダメと連呼するのは止めなんし! この……!」 

ヘラヘラ笑いながらまた上条はローラを茶化し始めた。おおかたムキになって叫んでくるローラの反応を見て段々調子に乗っているのだろう。
しかしこのままずっと彼にバカにされ続けられていたら彼女も堪忍袋の緒が切れる。

上条に向かって細い右腕を構え、ローラは正座したままその右手の拳に全体重を乗せて……

「ふん!」
「おわあぶねぇ!」
「ふへ?」

飛びかかりながら力任せにその拳を上条の顔面目掛けて突き出す。
しかし彼女の華奢な体から生まれた拳などいくら全力でもか弱いもの。
慌てはするが上条は顔に飛んで来たその拳をサッと軽く避ける。
だが避けられる事を想定していなかったローラは……。

「きゃあ!」
「うべッ!」

勢い余ってそのまま上条を押し倒す様な形で倒れた。
彼女に押し倒されてそのまま床に頭をぶつける上条。

しかし彼は後頭部は固い床に当たっているにも関わらず。

顔の方はムニュっとした柔らかい二つのモノに包まれる感覚を覚えた。

目の前はローラが覆い被さっているので真っ暗だ。彼女の匂いが鼻に入り「あ~一応女の子だからコイツもいい匂いするんだな~」とか心の中で呟きながら彼は暗闇の中もがきながらつい自分を包み込んでくれている二つの柔らかい球体を……。

「ひゃぁぁぁぁぁぁああああ!!!」
「へ……?」

耳をつんざくようなローラの甲高い悲鳴。
その悲鳴に上条が暗闇の中反射的に掴んでいたモノを離すと、ローラは泣きそうな顔で両手を床につけてすぐに半身を起こした。
上条に馬乗りになった形でローラはブルブルと体を震わせながら彼を見下ろす。

「あ、あうあ……!」
「え? ど、どうしたのですか奥様……?」

今までの態度とはまるで違う彼女に上条は冷や汗を垂らす。
こちらに馬乗りになったままローラはなんと目の下に涙を溜めてこちらを怯えた様子で見下ろしているではないか、なにか相当ショックを受けているらしい。
上条はなんで彼女がこんな事になっているのか考えようとしたその時……。

「わ、わたくしの……触った」
「はい?」
「わたくしの胸を触られた、しかも掴まれもせり……いやぁ……!」
「あ~……ああ!!」

ようやく彼は気付いた、自分がさっき拍子でなにを掴んでしまっていたのかを……。
だが気付いてももう後の祭り、ローラは涙目を浮かべながらワナワナと肩を震わせ

「こんな……こんな事されるなんて……」
「い、いやあの最大主教様! これはちょっとしたハプニングでして!」
「長く生きて来し中に……男にお尻と胸を鷲掴みにされし事なんて一度もなかった……」
「わざとじゃないんです本当! つい思わず触っただけの事で!」
「まことに……まことにわたくしの体は汚されてしまったのだわ……あぁ……お尻の上に胸まで掴まれててはもう……うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「うわぁぁぁぁぁ!! 泣くなぁぁぁぁ!」

目からポロポロと滴を落とす彼女に上条がパニくりながら叫ぶももはや彼女の耳には届いていない。
今まで散々気どった態度を取っていた彼女は、上条当麻の一瞬の過ちのおかげで泣き崩れてしまったのだ。
目から次々と涙を流して泣き声を上げるローラ、どうやら胸を触られた事は彼女にとってとんでもなく刺激的な出来事だったらしい。お尻よりも胸を掴まれた方が彼女にとってはショックだったのだろうか……

「ど、どうしたら泣き止んでくれて……! はッ!!」
「……とうま」

彼女をどうにか泣き止まそうと考えいた上条だが、ハッとある事に気付いてそちらに目を泳がせる。

テーブルの前で座っていたインデックスがこちらに目を光らせカチカチと歯を鳴らしている。

「どうしてかな……どうしてとうまはいつもとうまなのかな……」
「イ、インデックスさん……」
「とうま……いくら最大主教が相手でもね……」

ゆらりと立ち上がるとインデックスはフラフラとした足取りで彼の方に近づいて行く。
慌てて上条は逃げようと考えるがローラに馬乗りにされているので動こうにも動けない。

そして

「女の人の胸を触るのは絶対に許されない罪なんだよ……!」

ローラを泣かせた上条に









二度目の天罰が襲いかかった。










[29542] 四つ目 わたくしの髪を毎日手入れする事
Name: カイバーマン◆7917c7e5 ID:56da04f8
Date: 2011/09/12 18:14

日が落ちてすっかり夜になろうとしている時刻になった頃、ローラは上条家のリビングで目を赤らめながらまた泣きそうな表情で体育座りしていた。

お尻を触られ、馬鹿にされ、指を絡められて、馬鹿にされ、胸を鷲掴みにされ、馬鹿にされ……
出会って初日から上条に散々な目に遭わされた彼女はもう心身共に疲れてしまった。
よもや最大主教である自分がこんな屈辱に遭わされるなど想像だにしなかったのだろう。

「グス……」
「とうま、とうまのせいで最大主教がまだ落ち込んでるんだよ」
「そう言われましても上条さんはどうすれば名誉挽回になるのかわからないんですよ……」

部屋の隅っこに体育座りして時々嗚咽を漏らすローラを見て、不憫に思ったインデックスはテレビ観賞しながら隣で一緒にテレビを観ている上条に話しかけるが彼は男として情けない事この上ない発言を口走る。

「でもまあ胸を触ったのはわざとじゃなくて不可抗力というか……」
「過程はどうあれ結果はとうまが最大主教の胸を触ったんだよね?」
「触りました、すっげぇ柔らかかったです」
「感想は聞いてないんだよ、また噛みついていいの?」
「すみませんでした本当反省はしてるんです」

ギロっと睨んで来たインデックスに上条は反射的に頭を手で押さえる、今日だけでもう2回も彼女に噛まれているのだ。

「反省しているなら最大主教に謝って来て」
「う~ん謝るのはいいけどさ、俺もうアイツに何回も謝ってるんだけど全然効果ねぇぞ」
「誠意が込もってないんだよとうまの謝り方は、全然反省してないのが見え見えかも」
「これでも上条さん的には一生懸命謝ってるつもり……ってこっち向いて口を開けるな!」

ブツブツと反論しようとした時にすかさずインデックスが口を開けて歯を光らせるので上条は慌てて頭を手で押さえながら後ずさり。

「わかったわかった! 誠意を込めて謝ればいいんだろ誠意を込めて!」
「じゃあ早く最大主教に謝って来て」
「はい……」

半ばインデックスに脅されるような形で上条は部屋の隅っこで泣きじゃくっているローラの方へそろりそろりと近づいてみた。

「あのぉ……」
「……」

ローラは体育座りして目を真っ赤に充血させていた。上条に胸を触られた直後に散々泣き喚いていたのだ。穢れ無き自分の体を触られた事に相当ショックを受けてしまったらしい。
上条は恐る恐る彼女に話しかけてみるが、ローラは座ったままピクリとも反応せず見向きもしなかった。
黙りこんで返事もしない彼女にどうしたもんかと上条は後頭部を掻き毟ると、ゆっくりと彼女に話しかけて見た。

「その、本当悪かった。わざとじゃないとはいえお前の胸触っちゃって……ごめんな」
「……胸のみにあらずよ」
「へ?」

上条の謝罪にやっとローラは無表情な顔を彼の方に上げた。

「指も絡められきしお尻も掴まれたのよわたくしは……」
「……そういやそうだったな」
「そうだった? こんなにわたくしの体を弄んでおきてそんな言葉一つで片付けるのかしら?」
「あ、いや!」
「そなたにとってはそんな言葉一つでつく事でしょうけど、わたくしにとっては深刻な問題……これは国際問題としても取り上げられる所業であるのよ……」
「うわぁ泣くな! 頼むから泣かないでくれ!」
「ひ!」

喋りながら再びウルウルと目に涙を溜め始めたローラに上条は咄嗟的に彼女の両肩を掴んでしまう。
彼にまた体を触られた事で彼女はビクッと体を震わして怯えた目つきで彼の顔を見る。

「うう……」
「悪い本当に、俺みたいな奴に恥ずかしい所触られたのがショックだったんだよな……」
「……」
「俺が全面的に悪かった、これからは気を付ける。だからもう泣くのは勘弁してくれ」
「……」

彼女の肩を掴みながら上条は深々と頭を垂れる。これが彼なりの誠意を込めた謝罪なんだろ。
しかしローラは泣いてはいないものの黙りこくって返事をしない。
顔を上げた上条は苦笑交じりに彼女に再度口を開く。

「え~とアレだよアレ……」
「……
「お前が泣いたらせっかくの美人な顔が台無しじゃないですか」
「何処かでよく聞けりお約束の台詞であるわね……それでわたくしが喜ぶとでも?」
「すみません……」

漫画で聞いた事のあるセリフを引用した事が一瞬で見抜かれてしまった……。
冷たい目でこちらを見据えるローラに上条はまた深々と頭を下げる。
彼女はしばらくこちらに頭を下げる彼を見つめていたが、しばらくしてハァ~と深いため息を突いて首を横に振った。

「わかったわ、もう頭を下げずともよくてよ……」
「へ? 許してくれるんでせうか?」
「滑稽に謝るそなたに免じて、くだんの件はこのわたくしが寛大な心にて許してしんぜるわ」
「よっしゃあ! ありがとうございます!」

上条を見てもはや落ち込むのもアホらしいと思ったのか、素っ気ない口ぶりでローラは彼を許してあげた。

思わず彼女の肩から両手を離して彼はガッツポーズを取ると、すぐ様後ろでテレビを観ているインデックスの方へ

「インデックス! 上条さんはついにお許しを貰いましたよ!」
「今日もカナミンは可愛いんだよ~」
「俺の事よりアニメですかインデックスさん!」

テレビに映る可愛らしい魔法少女にランランと目を輝かせてインデックスは彼の話など全く聞いてもいなかった。
もう既に今の彼女にとってはローラの事も上条の事もどうだっていいものなのだろう。

「調子良いよなホント……」
「……幻想殺し」
「なんですか最大主教様?」

不意にローラに話しかけられて上条が首を戻すと、彼女は体育座りの体制から正座に戻しながら口を開く。

「わたくしが今日、そなたに体を汚されてしまったのは周知の事実なるわ」
「その言い方だとなんかエロいから止めてくんない?」
「だからわたくしは今すぐにでもこの汚されし体を清めたいと思いたるの」

泣きそうな様子はすっかり消えてキビキビとした口調でローラは上条に指を突きつけた。

「今ただちに風呂の急ぎをするのよ、今ただちに」
「へ? 風呂?」
「そなたに汚されしこの体を一刻も早く湯にて浄化をせねばならなしよ」
「さいですか……まあちょっと時間かかると思うけどすぐ風呂の支度してやるよ」
「幻想殺し」
「ん?」

風呂に入りたいと要望するローラに上条はすぐに返事をして立ち上がって風呂場に行こうとするが、ローラは彼を呼び止めてキッとした目つきで睨みつける。











「夫婦とはいえもしそなたが覗きなどと言う下衆な行いをした場合は……わかっているわね?」
「しません! 神に誓ってそんな事絶対にしません!」
「ならよろし」

ローラの忠告に上条は首をブンブンと横に振って否定する。

だがしかし……
“こういう時”の彼は全く信用出来ない。
何故なら彼は天性の“ラッキースケベ野郎”なのだから
















四つ目 わたくしの髪を毎日手入れする事



























「とうま~ごはんまだ~」

時間もそろそろ晩飯を食べる頃に入っていると、テーブルの前に座ってさっきからずっと上条に飯を作れと声を上げるインデックス。彼女の横にいる飼い猫のスフィンクスも尻尾を振って「メシ! メシ!」と叫んでるかの如くにゃーにゃーと甲高い声で鳴いている。

しかし上条はというと彼女達の声に耳を傾ける余裕がなかった。
今彼は、ローラと共にお風呂場で「お湯が彼女にとって適温がどうかのチェック」をしている所だ。

「よし、こんぐらいでどうだ」
「まだ熱きけり、もうちょっとぬるう温度にさせなさい」

狭い風呂場で男女が二人顔を合わせてお湯を確認している。
上条が風呂にたまったお湯に水を入れて水温を下げる度にローラに入浴できるか聞く。
そして彼女は風呂に人差し指を入れて判定を出すのだが、彼女は全くOKサインを出さない。
かれこれ何度もこの行いを繰り返しており、いい加減上条もウンザリしていた。

「もうかなりぬるめだと思うんだけど、お前熱いの苦手?」
「熱き事が苦手とか得意とか風呂に関係なき事。風呂とは体に付着した害素を湯にて除外する為に用いられている物よ。大事であるは入る者において最も快適に入浴できる温度に調整されてる事、そして入浴の間にて快適に過ごせる空間であるわ」
「だから熱いの苦手なんだろ……」

自慢げに風呂について述べるローラに風呂に水を入れて桶でかき混ぜながら上条がボソッと突っ込みを入れていると、彼女は彼を一切手伝おうとせずにただしかめっ面で辺りをきょろきょろと見渡す。

「……しかしこんな狭き空間では快適に過ごせるなど夢のまた夢のごとしであるのよん。全くなってなき事、わたくしがこんな貧相なお風呂を利用せねばならないとは」
「はいはい、王室暮らしのセレブお嬢様ですものね~。デカイ風呂行きたいんなら銭湯にでも行って下さい」
「セントー? セントーとは如何な物かしら?」
「ここよりずっとデカくて一杯人が入れる風呂場だよ。家に風呂がない人は大体そこを利用する」

上条がそう説明してあげるとローラはハッとした表情を浮かべる。

「なんと家に風呂さえもないというそのような貧しき者もこの街にいるとは……最先端の科学によって作られしこの街でも迷える子羊が多くいるのね……」
「そうそう、だから最大主教ちゃんは風呂が熱いだの狭いだのブツブツ文句言ってはダメなのですよ~」
「むぅ……」

銭湯に常連で通っている担任の教師の口調を真似しながら上条はローラを諭す。
それに対し不機嫌そうにジト目で睨みつける彼女だが、上条はジャブジャブと風呂をかき混ぜる事に集中しているので全く気付かなかった。
しばらくするとかき混ぜるのを止め、彼はまたローラに湯の確認を促した。

「ほらもう大分ぬるくしたぞ。これでいいだろ?」
「ふん、どうかしら……」

ローラは人差し指をそっと風呂に入れてみると彼女は「む?」と呟き眉間にしわを寄せる。

「……ちょっと未だ熱けれど悪くなき事だわ」
「はぁ~、やっとか……腕が疲れた……」

ようやくローラに認められて上条は右腕を押さえながらため息をつく、かれこれ何分も桶でかき混ぜたり水を入れ続けていたのだ。

「次からは自分でかき混ぜろよ……」
「妻の生活をサポートせるのは夫として当然の務めであるのよ」
「疲れた夫を労うのも妻の務めだと上条さんは思うのですが?」
「あらそう、ならいずれ労ってあげるわ」

死んだ目で上条がだるそうに反論していると、ローラは彼の意見も軽く流して風呂場から出ようとする。

「風呂に入るのよ、そなたは速やかにここから立ち去りて」
「お礼も無しかよ……まあいいけど」
「ほら、はよう出て行きなんし」

ローラに言われるがまま上条は渋々彼女と一緒に風呂場から出る。正直労いの言葉一つも欲しかった所だが、彼女の性格上そんなのあり得ないだろう。

(コイツが面と向かって笑顔でありがとうなんて言う訳無いだろうし……)
「……」
「ん? どうした?」

洗い場に出たところで立ち止まる上条に、ローラはなにか言いたげな表情で振り返る。

「なにゆえにそんな所に立ち止まりたるかしら……わたくしは今風呂に入るのよ?」
「へ? あ、ああそうか」
「よもやここでわたくしが纏う衣服を脱いでいく姿を眺めようと考えていたのかしら?」
「いやいやいや! そんな事断じてしません!」

疑いの目つきでこちらを睨んでくる上条に手を横に振って否定するとそそくさにその場から立ち去ろうとする。

「んじゃゆっくり入っててくれ、俺はお前が風呂入ってる内に晩飯作っておくから」
「ええ」

そう言い残して上条は洗い場から出て行った。一人残されたローラは身に纏ったベージュ色の修道服をゴソゴソと脱ぎ始める。

「油断ならぬ男、風呂にてもいつ覗きに来ないか警戒せねば……」














「されど……わたくしのこの美しい髪は如何にしてとこうかしら……」

























彼女が風呂に入って30分経った頃、上条はとっくに作った手料理をずっと待ちわびていたインデックスの前のテーブルに置いた。

「ほら、もやし炒めだぞ」
「わ~い」
「アイツ風呂長いな……」

冷蔵庫に余っていた大量のもやしをふんだんに皿に盛って多少の味付けをしただけの簡単な料理にも関わらずインデックスは嬉しそうにがっつき始める。
彼女の横で寝ていたスフィンクスにもエサを上げながら、上条は未だ風呂から出てこないローラに不安を抱く。

「まさか長湯し過ぎて気絶とかしてないよな?」
「もぐもぐ、女の人のお風呂は男の人と違ってずっと長いんだよ。これぐらい当たり前かも」
「ふ~ん……そういえばお前も結構長いよな」
「私はスフィンクスと一緒に入ってるからね。ねぇ~スフィンクス~」
「猫と一緒に風呂入るなよ」

隣で満足げにエサを食べているスフィンクスにもやし炒めを食べながら話しかけるインデックス。
上条が彼女にジト目でツッコミを入れていると、風呂場の方からガラララと戸の開く音が聞こえた。

「幻想殺し~頼みがあられるのだけど宜しいかしらん?」
「呼ばれてるよとうま」
「はぁ? 今度はなんだよ……」

聞こえるローラの澄んだ声に上条はしかめっ面を浮かべるが、すぐに立ち上がって洗い場の前へと移動する。

「なんだよ、タオルならその辺にあるぞ」

上条が洗い場の前に立つと、カーテンで遮断された向こう側からお風呂場の戸を開けているローラの声が飛んできた。

「玄関の所にトランクが二つ置かれていよう?」
「トランク?」
「それにはわたくしがここに滞在する為の私物を入りけているのだわ」

上条が玄関に目をやると確かにそこには二つの大きなトランクが置かれている。
確か最初にステイルが置いていった物だ。
どうやらあのトランクは彼女がここに住む為にと用意した生活必需品が大量に入っていたようだ。

「こんなモン持ってくるってことは本当に最初から俺の家に上がり込む気だったんだな……」
「そこのトランクから、わたくしの髪をとく専用の櫛を取り出して欲しいのよ」
「櫛? 風呂の中で使うのか?」
「わたくしの美しき髪は繊細ゆえに風呂に漬かりてる時にも櫛でといて優しくケアせねばならないの」

両手で重たいトランク二つをリビングまで持って行きながら上条は風呂場から聞こえる彼女の声に耳を貸す。

「まことめんどうな事ではあるのだけれど、この美貌と髪の美しさを保つには極大切である事なのよん」
「風呂の中なら手でとくだけで十分じゃね?」
「あ~うるさき男は嫌われる事よ、はよう櫛を持ってきなし」
「へいへい」

苛立ちの込もった彼女の言葉に素直に従い、インデックスが傍でもやし炒めを食べながらこちらをジーっと見ているのを尻目に腕を組んで二つのトランクの前に立つ。
どちらも同じ大きさで同じ色、メーカーも同じのようだ

「……どっちに櫛が入ってるんだ?」
「最大主教にまたなにか申し付けられたの?」
「風呂場で櫛使うからトランクから出して持ってこいだってさ」

彼女に返事すると上条後ろに振り返って風呂場で待っているローラに向かって声を上げる。

「お~い、トランク二つあるけどこれどっちに櫛入ってるんだ」
「片方にはわたくしの日常生活用品が、もう片方にはわたくしの衣服や下着が詰め込まれているのよ」
「両方とも同じトランクだからどっち開ければいいのかわかんねぇぞ」
「……一応言いつけておいておくが」

彼に対して風呂場から聞こえるローラの声が若干鋭くなった。

「わたくしの衣服が入った方を開けた時は……どうなるかわかりておるわね……?」
「いやだからどっちがどっちだかわかんねぇんだって!」

脅しの入ったその警告に上条は叫ぶと、二つのトランクを前にしゃがみこんでゴクリと生唾を飲み込む。

「しゃあねぇ勘で行くか……」
「勘でやったら絶対とうまのスケベパワーで下着が入ってる方開けちゃうんだよ」
「スケベパワーってなんだよ! まさかここで俺がそんなお約束展開をする訳が……!」

ジト目でこっちを見つめてくるインデックスの方へ向きながら上条は勢いに任せて片方のトランクをカチャリと開ける。だが……

「ぶぼ!」
「とうま!」

相当トランクに詰め込んでおいていたようだ、開けた瞬間にトランクの中に入っていたローラの衣類が大量に上条に向かって襲いかかったのだ。
その衝撃で後ろに倒れてローラの衣類の下敷きになってしまうが、すぐに右手で衣類を掻き分けてバッと起き上がる。

「ぶは! なんでこんなに服入ってんだよ!」
「な! 幻想殺し! そなたまさかわ、わたくしの……!」
「いえ開けていません! 上条さんは決して開けておりません!」
「いやさっき服と……!」
「言ってません!」

風呂場からすぐにローラの震えた叫びが聞こえるが上条は誤魔化して、出てきた彼女の衣類を慌ててトランクにしまい始める。
いつも着ているのとは色違いであるだけの修道服、見た事もない細かい刺繍が入れられて、いかにも英国淑女がたしなみそうなパジャマ、聖職者ゆえに全て純白の靴下。そして……

「……あり?」

適当に無理やり詰め込んでいた上条はふと我に返って右手に掴んでいた物を唖然とした表情で見つめる。
これはまさか……。

「……へ~やっぱ大きいんだな……」
「あー! 最大主教! とうまが最大主教のブラジャーを握って凄いエッチな目で見てるんだよ!!」
「インデックスゥゥゥゥゥゥ!!!」

まじまじとローラの豊かな胸を包み込む為に用いられる純白のブラジャーを見つめていた彼を見てインデックスは速攻で風呂場にいるローラに向かって叫ぶと上条はすぐ様ブツから手を離して必死の形相で風呂場のある洗い場の前へ直行する。

「す、すまん! どっちに櫛が入ってるのかわかんなくて適当に選んだら上条さんの不幸が災いして……!」
「うう……グス……」
「もう泣いてらっしゃる!」

風呂場から聞こえるローラのすすり泣きに上条は額から大量の冷や汗。
普段は狡猾な戦略家として名高い彼女だが意外にも純情な乙女心も兼ね備えているので、自分の胸を掴まれたり下着を触られたりする事に関しては精神的なショックを受けて泣きじゃくってしまうのだ。

「いかに……いかにしてそなたはしかにわたくしをイジめるの……!」
「いや違う誤解だ! ホントわざとやってる訳じゃないんだ! 信じてくれ!」
「信じれる訳なかろうこの破廉恥が! 何人たりにとも見せないわたくしの下着をよくも!」

洗い場を挟んで風呂場からガンガンと戸を殴る音が聞こえる、ローラが泣きべそをかきながら風呂の戸を叩いているのだ。

「わたくしはイギリス国家の重鎮たる最大主教であるのよ! にも関わらずそなたはそんな事関係なしにわたくしを散々バカにしたるわエッチな事したるわ! どれのみわたくしを侮辱すれば気が済むのかしら! そなたなんかわたくしから見ればただの戦場に用いられる一片の道具の過ぎな……きゃあ!!」
「うわ! おいどうした!」

ローラの馬事雑言の途中で突然ドシャァン!とカーテンの向かい側から派手な音が聞こえてきた。
いきなりそんな音が聞こえたものだから上条は反射的に彼女になにか遭ったのかと察してシャーっとカーテンを乱暴に開ける。

するとそこには……。

「イタタタタ……戸を強く叩き過ぎてしもうてうっかり開いてしまいけたるわ……」
「……へ?」
「ん?」

洗い場にローラが全身水びだしのまま床に倒れていた。
彼女の身長よりもずっと長い金色の髪からはポタポタと水滴がこぼれ落ち。
乱れた髪の隙間からは彼女の肌が見え隠れしている。

そして何より、彼女が頭を押さえながらムクリと起き上がった時、カーテンを開けてしまっていた上条は彼女のありのままの姿を前から直視してしまった。

「……」
「……」

彼女の裸を上から下まで見てしまった上条、いきなり現れた彼を茫然と見つめるローラ。
だが二人が互いの事態に気付くのにはそう時間はかからなかった。

「あ、あああ……あう、あうあう……」
「あ、あの~これはそのですね……いきなりここから大きな音が聞こえたから思わず開けてしまった次第で、ホントこんな事になるとは思いも……」

茫然としていたローラは次第に自分の体をじっくりと彼に見られている事に気付き始め、顔を真っ赤にして羞恥心で全身を震わせる。
生まれたままの姿の彼女を正面からじっくり直視している上条はあたふたと情けないツラでヘラヘラしながら言い訳しようとするが……。

「きゅぅ……」
「ってうわぁぁぁぁぁぁ! しっかりしろぉぉぉぉぉぉ!!」

散々体を弄ばれるは下着を見られるわで精神的に疲弊していた彼女にとって裸を見られる事は生涯最大の恥辱。
その恥ずかしさに耐えきれず遂にローラは虚ろな表情を浮かべてフラフラと頭を振った後、そのままコテンと洗い場で気絶してしまった。

残された上条はただただ彼女に向かって叫ぶも彼女は目を覚まさず。
彼は彼女のそばへ寄りながらどうしたもんかと頬を掻く。

「とりあえずインデックスに頼んでこいつの体拭いて服を着せないと……。はぁ、なんで俺はいつもいつもこんな不幸な目に……」
「とうま……」
「……」

不意に名を呼ばれたので上条は嫌な予感を覚えつつゆっくりとそちらに振り返る。
そこには顔を俯かせたインデックスがゴゴゴゴゴゴと擬音を鳴らして立っていた。

「言い訳は……無いよね?」
「……本当不幸だ」

裸で気絶しているローラを尻目に、まず上条は神に仕えしシスターによる天罰を受ける事となった。


























外はすっかり真っ暗闇に閉ざされて街並みの光も消えていった頃。
空に浮かぶ月の光に照らされながら電気も点いていないリビングで、ローラは布団の中からパチッと目を覚ました。

「……」

なんで寝ていたのかと自分で不思議に思いながらもローラはぼんやりとした様子で上体を起こすと自分が着ている物を確認する。何時の間にパジャマに着替えていたのだろうか……。

「ようやく起きたのか……一応お前のメシは冷蔵庫に入れといたから朝に食っといてくれ」
「む?」

ひどく不格好に着せられているパジャマと下着に違和感を抱いていたローラに話しかける声。
彼女が隣に振り向くとそこには上条が頬をひきつらせて座っていた。

彼の顔を見た途端、ローラは気絶する前の記憶が蘇っていく。
そう、この男はあろう事か自分の裸を……。

「あ、ああ……」
「うわぁちょっと待って! 泣くな! 頼むから泣かないでくれ!」

自分の裸を他人に見られた上に、しかも羞恥心のあまり無様にも人前で気絶してしまった事を思い出したローラ。
涙腺がまた緩くなって涙目になる彼女に上条は手を突き出して焦った表情で止めに入ると、すかさず両手を床に置いて彼女に向かって土下座した。

「この度は誠に申し訳ございませんでした!」

頭を床に擦りつけながら彼なりの精一杯の謝罪の意を込めた土下座。
ローラはそんな間抜けな格好をする彼を見て目に涙を滲ませたままフンと鼻を鳴らす。

「それで許されるのであれば警察はいらぬと思いけるわね……」
「ごもっともなお言葉です……」

彼女の一言に上条も恐る恐る顔をあげて納得していると、ローラは自分の着ているパジャマの襟を引っ張りながらジロリと目を泳がせた。

「それで? 如何してわたくしはパジャマを着ているのかしら? まさかそなた……」
「いやさすがにそれをやったのは俺じゃない! インデックスに頼んでやってもらったんだ!」
「禁書目録が?」
「お前が気絶している内にアイツがお前の体をタオルで拭いてそれからトランクに入ってたパジャマと下着を着けてあげたんだよ……」
「それならば良けり、もしもわたくしが気絶している隙にそなたに着せ替え人形の様な事をされていたならばわたくしはここで再び意識を失うであろうな」

そう言ってローラは隣のベッドで横になって丸くなっているインデックスの方へ振り返る。

彼女は寝息を立てて飼い猫と一緒にすやすやと寝てしまい、すっかり熟睡しているようだった。

「禁書目録の存在が役に立ったわね……して幻想殺し、そなたの頭にある大量の歯型は如何したの?」
「大罪を犯したわたくしめに対する天罰です……」
「そう、それはゆゆしき事に遭われたわね」

改めて上条の方に目をやると彼の頭に数箇所噛まれたような赤い斑点がいくつもあった。
大方インデックスに思いっきり噛まれたのだろう、ローラはジト目で素っ気ない言葉を彼に呟く

「しかしながら神の下に長年仕え、イギリス清教で最も位の高い聖職者たるわたくしのは、裸を見るという罪はそれだけでは軽すぎね……」
「本当に悪かった、お前の事を泣かせたり怖がらせたりしちまって……」
「……もうどうでもいいわ」

申し訳なさそうにこちらに頭を下げる上条にムスッとした表情でローラはプイっと顔を背ける。

「この一日の間でわたくしはそなたの事がよきにわかりけり、そなたはわたくしの事を敬おうともせず崇拝もせず、わたくしの命令もロクに聞かない生意気な少年」
「はぁ……」
「しかもかなりの破廉恥であるわ。これほどの破廉恥な男、わたくしの人生にそなた一人しかおらないわね」
「いやそれはホントわざとじゃないです……」

体を縮め込ませて小さく言い訳する上条を無視して、ローラは目を滲ませる涙を腕で拭った後向き直った。

「ゆえにわたくしは決めたし、今のそなたはわたくしの夫としては大変ふさわしくない」
「はい……」
「ならばこれからの長き時の間でわたくしの夫としてふさわしき存在に変えてみせると」
「……はい?」
「わたくしに対してあんな目こんな目と遭わせた罪、代償としてわたくしはそなたの「未来」を貰いけるわ」
「はい!?」
「文句は無かろう……? 散々とわたくしを恥辱させた恨みは本来ならば地獄よりも深き事なのよ……」
「はは……」

ローラは彼に口元に小さな笑みを浮かべるが上条はそれを見て頬を引きつらせながら苦笑し返す。
口は笑っていても目だけは決して笑っていなかったのだ。

(すまん神裂……俺のせいでもう誓約書処分するだけじゃ済まねえかも……)
「それにしても髪がボサボサになられてるわ……。きっと櫛でとかさないままずっと横になってたせいね……」

ガックリと肩を落として落ち込む上条をよそにローラは自分の髪の毛を手にとってしかめっ面を浮かべる。気絶してる間に髪が少し傷んでしまったようだ。

「幻想殺し、迅速なる動きでわたくしの髪をとかしなさい」
「へ? 俺がやんの? 髪をとくなんてやった事ねぇんだけど……」
「そなたに拒否権はなし、はようトランクからわたくしの櫛を取り出して……あう!」

キョトンとした顔を浮かべる上条にローラはキビキビと指示しながらリビングの端に置かれている自分のトランクに目を向けるがすぐに顔を赤くして上条を睨みつける。
トランクの上にはまだ無造作に置かれている自分の衣服や下着が置かれていた。

「幻想殺し……!」
「ああすまん、トランクに全部詰め込む事出来なくて。お前よくあんな大量の服をトランク一つに詰められたな」
「よくもわたくしの下着を堂々と部屋の表に出したるわね……!」 
「あ、明日学校に行く前に整理しておくから……」
「もうよかり! あれはわたくし自らでしきたるわ! 全く、そなたみたいな破廉恥な男にこれ以上わたくしの下着を触らせるわけないのよ、わたくしの夫にふさわしくなるのであれば少しは己の反省点を踏まえて欲しき事ね全く!」

こちらに顔をこわばらせる上条へ顔を真っ赤にしながらローラはプンプンと怒りながら一喝する。

「そなたをこれ以上わたくしの私物の入ってるトランクに近付けてはならぬとわたくしの第六感が告げているわ!」
「さいですか……」
「ぐぬぬ……致し方なし。幻想殺し、わたくしの髪はそなたの手で整えて」
「手で?」
「実を言うともうわたくしも眠りたいのよん」
「いや俺も寝たいんだけど……」

そう言ってローラは「ふわぁ……」と大きな欠伸をして手を口に当てる。
現在時刻は深夜、彼女もそろそろ瞼が重くなる時期だ。

本来なら上条もこの時間は普通に風呂場で寝ているのであるが、気絶していたローラの横に座って彼女が目を覚ますのを待っていたのでこうしてずっと起きていたのである。

「髪を傷めたまま寝かすのは淑女として恥ずべき事、されど睡眠不足もまたお肌を汚す大敵。こうなればもう応急処置としてそなたの手で髪をとかしてもらいけるわ」
「まあ俺もさっさと寝たいからそれでいいけど……いいのか触って?」
「今日一日だけでそなたに散々体を弄ばれてるのよ? もう髪ぐらい触らせても別にどうって事ないのだわ……」

どっと疲れ切った表情でローラはため息を突くと、クルリと体を動かして上条に背を向けた。長い髪を彼の方になびかせる。

「ではよろしく頼みたるわ」
「お、おう……ってうお! お前こんなに髪長かったのか! 自分の背よりもあるじゃねぇか!」
「普段は髪留めを用いて短くまとめてるのよ」
「へ~すげぇなぁ……何年伸ばしたらこうなるんだ? てかなんで伸ばしてるんでせう?」
「乙女の秘密よん」

ローラの髪の長さに初めて気づいた上条はまじまじとその髪を両手に取ってみる。
指の間をサラサラと流れ落ち、月の光に照らされて一層髪の美しさが際立っていた。
その美しさに不思議な感覚を抱きつつも彼は彼女の髪を撫でていく。

「お前の髪って……綺麗だな……」
「当たり前の事を口にするでないわ」
「うわ可愛くねえ~……」
「可愛くなくて結構よ。女は「可愛い」よりも「綺麗」に生きた方がいい女になれるの、おわかり?」
「いやわかんねぇし……」

指で挟んでローラの髪をとかしながら上条はボソッと返事する。正直可愛い方が好きとか綺麗の方が好きとかそういうのは彼には全然ない。

それから数十分程、上条は彼女の髪をとかし続けていった。

「しっかしホント髪長いな、これじゃあどうやればいいのか全然わかんねぇよ」
「あまり強く引っ張らざるよう注意して……やぁ!」
「うわ!」

ローラが何か言いかけたその時に上条は思わず彼女の髪をグイっと強く引っ張ってしまう。
いきなり後ろに引っ張られたローラはその弾みで彼の胸に後頭部からドサッと飛び込んでしまった。

「……言いかけたその時に強く引っ張るとは……」
「すみません……」
「もう……」

彼の胸に後頭部を乗せながら彼女ははぁ~とため息を突く。今日一日で一体何回目のため息だろうか。

「よもやかの幻想殺しがこのわたくしをここまで弄ぶとは予想打にしなんだわ……」
「俺も魔術組織のボスがこんなワガママで子供じみた性格だとは思わなかったよ」
「失敬な……わたくしは子供なんか……じゃ……」
「ん?」

胸の中でローラがコクリコクリと頭を動かし始める。
上条がそれに気づくと彼女はもうウトウトしていて眠りに入りそうだった。

「っておい! ここで寝るなよ! 寝るならせめて布団の中で!」
「耳元で叫ぶなし……少しばかりそなたの胸を借りても文句は無かろう……」

半目を開けてぼんやりとした表情で、ローラは口元に小さな薄ら笑みを浮かべた。

「なにせわたくしとそなたは……決して切れぬ糸を紡いだ……夫婦でありけるのよ……」
「ちょ、おい! マジかよ……」

最後に言葉を言い残すとローラはそのまま寝息を立ててスースーと完全に眠ってしまった。
自分の胸の中で眠る彼女に上条は困惑した顔を浮かべる。

彼女が寝る間際に自分の腕を両腕で強く掴んでしまっているのだ。

「参ったな……全然取れん……」

寝ている彼女を起こさないようにそっと振りほどこうとするも彼女の両腕は自分の右腕をがっちりホールドしている。このままでは彼女が起きるまでずっとこの体制……。

「ウソだろおい……朝までずっとコイツとこうしてろって言うのかよ……」
「んん……」

幸せそうに眠るローラの寝顔を見ながら上条は拘束されていない左手でボリボリと自分の髪を掻く。

「不幸だ……あり?」

天井を見上げてため息交じりに上条がそう言った後、ふと彼は自分で言った言葉に疑問を抱いて首をかしげる。













「不幸……なのか?」

その答えが出るのはまだ先のお話。




次回、最大主教・学校見学編






[29542] 五つ目 わたくしがいるにも関わらず浮気はせぬ事……
Name: カイバーマン◆7917c7e5 ID:56da04f8
Date: 2011/10/09 17:03
「……うん?」

新たな住まいでローラが目覚めたのは午前8時だった。
彼女はぼんやりとした目を開けると同時に、自分がリビングに敷かれた布団の上で眠っていた事に気づく。

「ふむ……これが日本で用いられる寝具であるのか……しかし何時の間にわたくしは寝いてしまわれたのかしら……」
「ヤベェヤベェ! 遅刻する!」
「とうま~ごはんは~?」
「カップ麺買い置きしてるからアイツに作ってもらってくれ!」
「え~!」
「むん?」

初めて横になる布団の感触にローラは横になったまま再び夢心地に入りかけるが
朝から騒がしい同居人の会話を聞いて横になったままそちらに目を向けた。

自らの武器である「禁書目録」と謀略の果てに手に入れることに成功した「幻想殺し」。
既に修道服に着替えているインデックスと私服とは少し違う恰好をした上条当麻が玄関に立っていた。あれはもしや噂に聞く学生服という奴であろうか?

「じゃあ俺もう行くから!」
「とうま! わたし最大主教と一緒だなんてイヤなんだよ!」
「神裂なりステイルなり呼べばいいだろ」

玄関で靴を履いて手で鞄を持ち上げながら上条はプンスカ怒っているインデックスにめんどくさそうに返事する。何やら揉めているようだ
しかしローラが気にする所はそこではない、彼女が引っ掛かるのは「朝っぱらから自分を置いてどこかに出掛けようとする上条」である。

彼女は自分の上に掛けられていた掛け布団を剥がすとようやくムクリと半身を起こした。

「わたくしを置いてどこに出掛ける気であられるのかしら幻想殺し?」
「お、起きたのか。じゃあ俺ちょっと出掛けるからインデックスと留守番頼むわ」
「待ちなんし」
「なんだよもう……」

ぶっきらぼうにそう言って右手でドアを開けて行ってしまおうとする上条をローラはすぐ様呼び止める。
彼女はゆっくりと立ち上がると、ズルズルと長い髪を廊下の上で引きずったまま彼とインデックスの方に歩み寄った。

「妻たるわたくしを置いていずこへ行く気であるの?」
「学校だよ」
「学校?」
「言っただろ、上条さんはまだ高校生ですよ?」

ムスッとした表情で近づいてきたローラに上条はため息を突く。

「こちとらこれ以上欠席したら留年になりかねないんだよ」
「なにゆえ学校などに行くのかしら? そなたはもうわたくしの物であられるのよ」
(……こうなるからコイツが寝ている内に行きたかったんだよな……)

自分の腰に手を当てて傲慢な態度をとる彼女に上条は心の中でそっと呟く。
彼はローラと出会ってまだ24時間も経っていないが、彼女の性格は大体わかってきた。

「悪い、もう時間ねぇから俺行くわ」
「え? ちょ! 待たれや幻想殺し! わたくしの物でありながら学校などという場所にうつつを抜かすつもりでありき!?」 

ガチャリとドアを開けて眩しい太陽の照らされた外に出て行く上条を必死に呼び止めようとするローラ。

「わたくしと学校どちらが大事であるのよ!」
「俺は平和で青春を謳歌できる学生生活が一番大事だよ、んじゃな~」
「ま、待たれい幻想殺し!」

彼女の叫びも空しく上条は最後にこちらに振り返ってだるそうにブラブラと手を振ると同時にさっさと行ってしまった。
思わず彼に手を伸ばしていたローラをポツンと玄関に残したまま。

「……」
「行っちゃったね」

手を伸ばしたまま硬直しているローラにインデックスがボソッと呟く。

「ねぇ最大主教、わたし早くカップ麺作って欲しいな」
「あ、あの男……道具でありながらわたくしを置いて学校などと……。まだ己の身分をわきまえていないようなのだわね……」
「しょうがないんだよ、とうまは学校がお休みの時以外はいつもこの時間にわたしを一人にして行っちゃうから、お休みの時でも行く時あるけど」
「わたくしと夫婦になったのであればもはや学歴など関係無いというのに……」
「ウソっぱちな夫婦ごっこじゃとうまを縛れないかも」

ようやく伸ばした手をおろしてガクッと肩を落とすローラにインデックスが適当な相槌を打つ。

「とうまはいつも私を置いて自分勝手に変な事に首を突っ込んで解決しちゃう人だから」
「……ほう」
「それでいつもその時に色んな女の子を助けて仲良くなるんだ」
「そうなの……なぬ!?」

彼女の話を聞いてローラはすぐにバッと彼女の方に振り向いた。

「それはまことであられるのかしら!?」
「本当だよ、とうまはいつもいろんな所に行っては女の子と仲良くなって帰ってくるんだよ」
「お、女の子と仲良くなって! 幻想殺しはそこまでふしだらな男だったというの!? ぐぬぬ……もしや昨日のあのような破廉恥な行動も全て計算であったというのかしら……」

真顔で返事するインデックスを見てローラは苛立った様子で歯ぎしりを立てる。
まさか上条がそんなに節操の無い男だとは思って無かったのだろう。

あの冴えない顔で一体何人もの女性に手を出したのだろうか……。

「崇高なる頭脳を持つわたくしでも予想を超えたアクシデント……は! もしやわたくしとの夫婦のひと時をスルーしたのはその為に学校に行ったのかしら!」
「う~ん……」

ブツブツと呟いた後急にハッとした表情を浮かべたローラにインデックスは小難しい表情で眉間に人差し指を置くと……

「とうまの事だからクラスメイトの女の子達と仲良くやってるかも」
「ぐぅ! わたくしという者がいながらそのような淫らな戯れを行おうとしてるとは!」
「最大主教が考えてるような事はしてないと思うけど、似たような事はやっているんだよきっと」

長い髪を掻き乱して怒りをあらわにするローラに冷静に返すインデックスだが、彼女の言葉などローラは聞いちゃいない。

「許すまじ! イギリス国家が誇る一大組織の頭を嫁に迎えておいてそのような大罪を行っているとは万死に値せられるわ!」

高々と大きく叫んだ後、ローラはすぐにインデックスの方へ振り向く。

「まずは神裂とステイルに連絡を……禁書目録」
「なあに?」
「幻想殺しが通うておる学び舎は知りているかしら?」
「行った事あるからわかるよ」
「話が早き事、案内せずり」

偉そうに鼻をフンと鳴らすと、グッと決意を込めるように彼女は拳を握った。












「これより! このわたくし自らがあの男を断罪させりけり!」
「……それよりわたしはカップ麺を食べたいんだよ……」

拳を掲げてガッツポーズを立てて意気揚々と叫ぶローラを尻目に。
インデックスはお腹を押さえながらやつれた表情でうめき声をあげた。













五つ目 わたくしがいるにも関わらず浮気はせぬこと……
























ローラが家でギャーギャーと騒いでる頃。
遅刻寸前だった上条当麻はようやく無事に学校に到着した。

「セ、セーフ……」

ゼェゼェと荒い息を吐きながら教室のドアを開け、痛くなった肺を手で押さえながら自分の席へと向かう。周りで聞こえるクラスメイトの会話が聞こえる中、彼はようやく席に着いた。

「なんとか小萌先生が教室に入ってくるまでには間に合ったな……」
「お~すカミやん」
「よう土御門」

担任の教師がまだ来てない事にホッと一安心している上条に前からクラスメイトの一人が話しかけてきた。
金髪グラサンのチャラい見た目とは裏腹にイギリス清教の魔術師の一人であり多重スパイでもある土御門元春。上条の友人の一人であり寮のお隣さん同士でもある。

「相変わらず毎回遅刻ギリギリの時間に来るなカミやんは」
「昨日から散々な事に遭わされて疲れてんだよ……」
「そりゃああの最大主教と一緒にいれば疲れるのも無理無いにゃ~」
「そうそう、あいつ寝てる時にずっと俺の腕に抱きついてたから引き離すの大変だった……って、は!? なんでお前知ってるの!?」

言った覚えが無いのに既に自分が最大主教と同居している事を知っている彼に上条は教室内でつい声を大きく叫んでしまうと土御門はゲラゲラと笑い飛ばす。

「カミやんと最大主教の声がでか過ぎて壁越しから会話が筒抜けだ。あんな声デカかったら嫌でも聞こえるだろう」
「全部聞かれてたのかよ……てことはまさか……」
「その年で所帯持ちになるとはさすがだぜいカミやん」
「……」

サングラスを光らせてこちらに親指を立ててほくそ笑む友人に、「その立てた親指を思いっきり折ってしまいたい」という衝動に駆られながら上条は頭を両手でおさえて項垂れた。

「一番知られたくねえ奴に知られちまった……」
「よ~しまずは青髪からにでも言っておくかにゃ~?」
「止めろ! アイツに言ったらホームルームが始まる前にクラス全員に知れ渡る!」

ニヤニヤ笑いながら腕を組み、誰にバラそうか考えている土御門を上条は慌てて止めようとする。
よもやこの年で既に所帯を持ったなどとクラスメイトに知られたら一体どんな目に遭わされるのか……想像する事さえ恐ろしい。

「不幸だ……」
「しかしあの最大主教が遂に幻想殺しを本格的に狙い始めたか。いつかは来るとは思っていたがまさか政略結婚までして取りに来るとは思わなかったにゃ~」

ブツブツと呟きながら机の上に座ってきた土御門に上条は眉間にしわを寄せる。

「なあ、俺の右手なんかが欲しくて普通結婚までするか?」
「お前の持つ右手は魔術師側からも科学側からも値打ちあるモンだからな。最大主教がどんな手を使ってでも欲しがるのはわからん事じゃない、ある意味ではねーちんみたいな『聖人』や学園都市に7人しかいない『レベル5』よりも貴重なんだぜいカミやんは」
「だからって好きでもない奴と結婚までするのかよ……」
「まあ頭は良いがバカだからなあの目狐は。そのバカさは俺でも予想付かないし、そのバカさが時に世界を揺るがず事態になりかねないから始末が悪い」
「いやバカバカ言い過ぎだろ……お前自分の上司なんだと思ってんだよ」
「しばらく付き合ってみたらわかるぜよカミやんも、正直アレとはもう顔を合わせるのもめんどくさい」

笑うのを止めて今度は小難しい表情を浮かべてそんな事を言う土御門。彼も神裂やステイル同様、ローラの事はあまり良く思っていないらしい。

「まあとにかくカミやんはあのバカが変な動きしないか見張ってくれ、縁談の件は俺が裏から回って潰しといてやるよ」
「お前、俺とアイツの結婚をもみ消せるの?」
「そんなモンいくらでも方法があるぜい」

目をぱちくりさせる上条に土御門は腕を組みながらニヤリと笑ってみせる。

「この件については協力してくれる連中を俺は星の数ほど知ってるからな」
「マジでか!?」
「ま、大船に乗ったつもりでいろい。ダチの危機でもあるし何より……」

そこで一旦言葉を区切ると土御門は笑みを浮かべたまま天井を見上げた。

(俺はねーちんを応援する側だからにゃ~。お、そういえば天草式の奴等にも救援要請しておくか、フフフ、久しぶりに面白い祭りが期待出来そうだぜい)

天井見上げてニヤニヤ笑いながら土御門が明らかになにか企んでいると、彼と上条の下に数人の男女が近づいてきた。

「なあなあ、さっきから二人でなに面白そうに話してるん? ボクも混ぜてや」
「どうせ下らない会話でもしてたんでしょ、これだから男子は……」
「男子同士の会話じゃ盛り上がりに欠けると思う。私は女子の参入を所望する」

いきなり男子一人女子二人がずかずかと上条の席にやってくる。
上条と土御門と一緒に三バカデルタフォースを担っている青髪ピアス。
カミやん病に対して抗体を持ち、「対上条への最後の砦」と男子達から称されている仕切り屋の吹寄制理。
ひょんな事で上条と知り合い、魔術師が根城にしていた場所に監禁されていた所を彼に助けてもらって、いつの間にかクラスメイトになっていた姫神秋沙。
その三人がやってくると上条は少しバツの悪そうな顔をするが、土御門は彼の机に座ったまま顔を向けて。

「ああ、今ちょっと「第一回・カミやんの嫁になるとしたらどんな子がいいのか選手権」という題材で話し合ってたんだにゃ~」
「おい! そんな話してないだろ!」
「うわ~ごっつうどうでもええ事で盛り上がってたんやね君等。どうせならボクの嫁候補を決めてほしいわ」
「貴様達少しは現実味のある話とかしたらどうなの、高校生からどんな人と結婚するかなんてわかるわけないでしょ」

土御門が上手く誤魔化すと青髪は苦笑して吹寄はジト目でつまらなそうな反応を見せた。
この二人にとって上条が誰と結婚するかなど正直どうでもいいのだろう。
だがそんな二人と違って上条の背後にいた姫神は、目を輝かせて後ろから顔をひょこっと覗かせる。

「その話は興味深い」
「え? なんで姫神がそんな事興味あるんだよ?」
「上条君は。どんな人が好みなの」
「話広げる気かよ……」
「ヒメやん。カミやんの好みのタイプならボク知っとるで」

言わないとここから断固として動かないといった態度でジッとこちらを見据えてくる姫神。
上条はなぜ彼女がここまで聞きたがるのか頭に「?」を浮かべていると青髪が彼の代わりに話し始めた。

「寮の管理人をやっている年上のおねえさん、代理でも可。やったよね?」
「人の好みを勝手に言うんじゃねぇよ」
「……それはちょっとマニアック過ぎる」
「上条……やっぱり貴様も青髪と土御門と同レベルなのね」
「あれ? なんか女性陣におもくそ引かれてんだけど俺……」

自分に顔を近づけていた姫神がざっと素早く一歩引き、吹寄は軽蔑と嫌悪の混じった表情で睨みつけてくる。
二人の反応に困惑の色を浮かべる上条に土御門はケラケラと笑った。

「女は男と違ってロマンを追い求めないからにゃ~」
「女は男と違って陳腐な幻想にうつつを抜かさないのよ」
「吹寄さん! 上条さんの理想は幻想だと言うのですか!?」
「バカじゃないの貴様?」

土御門と会話してる途中で食ってかかってきた上条に吹寄は冷静に一言。女は男よりも現実をよく見ている傾向がある。

「意味わからない理想を求める以前に貴様はまずは勉学に勤しんだらどうなの? ちゃんと進級出来るの貴様?」
「う、嫌なモン思い出させるんじゃねぇよ……」
「上条君は成績だけじゃなくて出席日数も足りてないから。冗談抜きでこのままだとマズい」
「あ~俺に現実を見せないでくれ~……誰か俺に寮の管理人の美人なおねえさんを……」
「現実から逃げようとしてんじゃないわよ」

女子二人に囲まれながら上条は頭を両手でおさえて机につっ伏してしまった。
彼女達の言う通り、彼の高校生活は己の不運が災いして成績はおろか出席日数も足りない状態なのだ。このままだと本当に進級出来ない可能性がある。

「それに2週間後には試験よ。貴様はちゃんと予習復習はしているの?」
「は!? 試験まで2週間しかなかったのか!?」
「試験の日さえも頭に入れてないのか……どこまで私を苛立たせれば貴様は気が済むのかしら……」

あたふたと慌てふためく上条を見て吹寄は更に苛立ちを募らせる。少しは危機感というものを覚えないのだろうかこの男は?

このままだと本当に留年ね……哀れな少年を見て吹寄が小さく呟いていると、彼女の隣に立っていた姫神が人差し指をピンと立てて一つ提案してみた。

「本当に進級したいと思ってるなら、小萌先生に頼み込んで家でみっちりと勉強を教えてもらうべきだと思う」
「先生に?」
「小萌先生と家で!? カミやんそれだけは絶対に許されへんで!」

思わぬその提案に上条は慌てるのを止めて姫神の方へ顔を上げた。
傍で血相を変えて凄い形相を浮かべる青髪を無視して。

「あの人は上条君の事お気に入りだから。きっとすぐに了承してくれる筈。恥もプライドも捨ててそうするべき」
「う~んでもな~……」
「それに小萌先生だけじゃなくて私も勉強教えてあげるから」
「へ?」

小萌先生はともかく姫神も? 怪訝な表情を浮かべる上条を尻目に姫神は淡々と話を進めていく。

「私は全部の授業に出てちゃんと内容もノートに写している。だから大体の事なら小萌先生と協力して教えれる筈」
「俺の家で?」
「私は構わない」
「いや構わないって……」
「おおなんや! 今日のヒメやんはえらくカミやんに積極的や!」
「眠られし隠れヒロインが遂に勝負に仕掛けに来たぜい!」

身を乗り上げながらひたすら押しの一手で攻めてくる姫神に上条はたじたじと体を後ろにのけ反らせる。
彼女のその行動力に青髪も土御門も感心している様子、だが姫神の行いにしかめっ面を浮かべる者が一人。

「……先生同伴とはいえ女の子が男の家に上がり込むのはどうかしら……」

眉間にしわを寄せて腕を組み、不満げな顔で立っていた吹寄が姫神に異議を唱えた。

「年頃の男子高校生の家に無防備に上がり込むなんてあまり感心しないわね。コイツも一応男なんだから男女内で間違いがあってもおかしくないし」
「小萌先生がいるから大丈夫」
「先生だって女性よ、力で押されたら男の上条に敵う筈ないわ」
「上条君はそんな人じゃない」
「そうですよ吹寄さん、上条さんはクラスメイトと担任の教師を一度に襲うほど飢えてませんよ」

姫神の言い分に上条を睨みつけながらきっぱりと否定する吹寄。
さすがにあんまりだと上条も弱々しい声で反論するが。

「男は皆人の皮をかぶったオオカミよ」
「オオカミ!?」

どこから仕入れたかわからない情報で一蹴される。獣呼ばわりされて戸惑う上条を尻目に吹寄はフンと鼻を鳴らしてみせた。

「ただでさえけだものの臭いがする貴様の家にクラスメイトと担任の先生をみすみす行かせるわけないでしょ」
「お前にとって俺はどんだけ危険な生物なんだよ……」
(そのけだものの家にシスター一人と猫一匹、その上金髪外人の嫁さんまでいるんだがにゃ~?)

彼女の言葉に土御門が内心笑っていると姫神が吹寄の方に振り返る。

「でもこのままだと上条君だけ進級出来ない。私はみんな揃って卒業したい」
「……まあそれもそうね……勉学を怠ったコイツの自業自得だから仕方ないけど」

姫神の「みんな揃って卒業」という言葉に若干吹寄が揺らぐ。そりゃあ彼女もこのまま上条だけ進級出来ずに留年する事はあまり喜ばしい事ではない。

「何とかして上げたいのは私も賛成だけどさすがに方法がマズイわね。例えばコイツの家じゃなくて喫茶店とか図書館で教えてあげたらどうかしら?」
「なるほど。それは一理ある」
「それだったら私も教えに行けるし」
「え?」

自然に言葉を付け足してきた吹寄に姫神はキョトンとした表情。彼女の反応に吹寄は更に言葉を付け加えた。

「姫神さんと小萌先生だけが相手じゃ、年中ダラダラしているコイツが真面目に勉強出来る訳ないわ。私がコイツの尻引っ叩いて無理矢理にでも勉学に集中させて上げないと」
「ちょっと待て! 俺はまだ姫神の話を了承してないのになに勝手に話進めてんだよ!」
「貴様に選択の余地なんてあると思うの? このままだと留年確定の貴様に私達が自分の時間を削ってまで助けてあげようとしているの。その厚意を無駄にする気?」
「俺はそこまでして助けて欲しいとは……」
「勘違いすんじゃないわよ、私も姫神さんと同じでただみんな揃って卒業したいだけなの。クラスの落ちこぼれを助けるぐらいワケないわ」

すっかりたじろいで縮こまっている上条に吹寄はピッと指を突きつける。

「試験までに私がビシビシと貴様に勉学を叩きこんでやるわ、覚悟しなさい」
「マジですかい……」

案外乗り気な吹寄に上条は死にそうな声を出してうなだれた。
このままだと家だけではなく外でさえもゆったりとした時間を送れなくなってしまう。
姫神と小萌先生はともかく……吹寄まで教えられるとなると……。

(不幸だ……)

吹寄と顔を突き合わして勉強する光景が脳裏に浮かぶと上条は心の中でボソッと呟く。

一緒に勉強する光景と同時に「自分が問題を間違えた瞬間彼女に思いっきり頭突きされる光景」も映し出されたのだ。

どっと深いため息をつく彼を尻目に青髪が勢いよく手を伸ばして吹寄に要求する。

「吹寄先生! その勉強会にボクも参加していいですかー!?」
「貴様も成績悪いけど出席日数は足りてるでしょ、その要望は却下」
「ガッデム! ボクも小萌先生と喫茶店でお勉強したいのに! やっぱりおいしい所は全部カミやんが取るんや! 不幸不幸言うてるくせにどんだけ幸せ者なんじゃワレェ!」
「は? 俺のどこが幸せなんだよ?」
「……アカン、今親友を本気で殺してやろうと思うてしもうたわ」

本気で分かってない様子で首を傾げる上条に、青髪はふと自分に殺意が芽生えるのを実感した。

「なあ土御門、ハーレム王国建築中のカミやんなんてほっといて、モテへん男同士でカラオケ行かへん?」
「おう、舞夏が家に来てない時なら付き合ってやるぜよ」
「コイツは義妹か……。あ、今本気でこんな世界消滅してしまえと思うてしもうたわ」

刻々と青髪が壊れ始める中。
吹寄は上条に顔を近づけてまたなにか言い始めていた。

「いい? これから真面目に勉強すれば試験の点数だってきっと上がる筈なんだから、良い成績取って小萌先生を安心させてあげるのよ、今貴様がやらなければいけない事はそれ一つ」
「俺、最近プライベートで問題尽くしなんだけど……」
「プライベートの問題より試験の問題を解くのが先」
「……さいですか」

プレッシャーを持たせ、周りからではなく自らがやらねばならないと理解し、本腰を入れて勉学に集中するよう仕向けるという方法で、吹寄は上条に念を押して現状を教えてあげていると、ガラララと教室のドアが開く音が聞こえた。

「は~い、皆さん早く席について下さーい。チャイムはとっくに鳴ってますよー」

身長130センチ台、年齢不詳、学園七不思議の一つと称されている教師の月詠小萌が何時ものようにニコニコ笑顔で教室に入ってきた。
彼女の到来に生徒達もざわつきながらも大人しく着席し始める。

「あ! 上条ちゃん! 今日はちゃんと学校に来ているんですね!」
「もはや俺が学校に来てること自体が驚きなんですか先生……」

こちらを見て驚愕の表情を浮かべる小萌先生に頬杖をつきながら上条はだるそうに呟くが、小萌先生は彼がいることに本気で嬉しそうにして思わず目に涙を溜めてしまっていた。

「うう、上条ちゃんがちゃんと出席していて先生はうれしいです……。このまま一度も欠席せずに学校に顔を出して下さいね……先生も何とかして進級できるよう他の先生達に掛け合っていますから!」
「あ、ありがとうございます先生……」

小萌先生は確かにどう見ても赤いランドセルが似合う小学生にしか見えないが、教師としても人としても実に良く出来た人物だ。ゆえにクラスメイトのみんなからも好かれているし上条自身もなんとか自分を進級してくれるよう頑張っている彼女には本当に感謝している。

「吹寄の言うとおり先生の為にもホント勉強しなきゃマズイな……」
「ようやくわかった? これ以上先生を心配させたら私は本気で貴様の事を許さないからね」
「ああ……」

後ろの自分の席に座りながら吹寄は上条の背中を睨みつけた後、すぐさま懐からスケジュール帳を出して顔をしかめる。

「早速日程を決めて上条の試験対策に取りかからなきゃ、いつがいいかしら……なるべく回数は多い方がいいし……」
「お前もありがとな、俺みたいな奴にわざわざ付き合ってくれて」
「別に、私が好きでやってるだけだから。ホント上条と付き合うと退屈するヒマさえないわね……」

スケジュール帳を睨みながら吹寄は素直に礼を言ってきた上条に不機嫌そうに鼻を鳴らした。
クラスメイトの為にここまで一生懸命になってくれる彼女も小萌先生に負けないぐらい優しい子なのであろう。

しかしそんな彼女を、すぐ傍で黒いオーラを放ちながらジト目で睨みつける少女が一人……。

「最初に一緒に勉強しようって誘ったのは私なのに……。どうして吹寄さんがお礼を言われるの……」
「あら、姫神さんまだ座って無かったの? 早く座らないと先生に怒られるわよ」

こちらに嫉妬の込められた視線を向けている姫神の態度に気付いてない様子で呑気に話しかける吹寄。彼女自身は全く自覚していないらしい。
姫神はジッと彼女の目を見据えて

「絶対に負けない」
「へ、なんのこと?」

意味がわからないその言葉にキョトンとする吹寄を尻目に、姫神はそのまま仏頂面でスタスタと自分の席の方へと行ってしまった。

一方、わけがわからず首を傾げる吹寄の前に座っている上条はというと。

(帰ったらあの嫁さんになに食わせようか……あ、冷蔵庫に大量にうどん残ってたな。箸の練習にもなるし晩飯はそれでいいか)

姫神が吹寄に一世一代の宣誓布告しているのも露知れず、机に頬杖を突いてボーっとした表情で『嫁』に作る献立を考えていたのであった。





[29542] 六つ目 わたくしを知らぬ愚か者には説明してやるけり
Name: カイバーマン◆7917c7e5 ID:56da04f8
Date: 2012/04/05 20:16

「皆の者! わたくしは帰って来たのよ!」
「なにいきなりわけのわからない事言っているんですか最大主教」

太陽の昇った早朝、最大主教ことローラ・スチュアートは学園都市に滞在兼禁書目録の護衛を担っているステイルと共に街中を歩いている。
彼女が部下である彼を引き連れて慣れない場所で行動しているのはある特別な理由があった。

「幻想殺しが通っている学び舎はこちらの方向でよけりの?」
「何度も同じ事聞かないでください。答えるのもめんどうです」

幻想殺しというのはもちろん上条当麻の事、現在彼がいる高校へ行くためにステイルを案内役として向かっているのだ。政略結婚とはいえローラにとって上条当麻は表向きには夫。
そして自分にとって貴重な「所持品」でもある

「わたくしを置いておくとは許しがたき事、学び舎に着いたらすぐに連れ帰さねば」
「彼は学生です、学校に行くのは当たり前ですよ」
「あら? 最大主教であるこのわたくしをさしおいて幻想殺しに味方するというのかしらステイル?」
「馬鹿言わないでください、常識を教えただけですよ僕は。“非常識”なあなたに」

微笑浮かべて挑戦的な表情で歩きながらこちらに振り向いたローラに、ステイルは口に咥えたタバコを指でつまむとフゥーと煙を吐く。

(上条当麻に味方するのも“この女”の味方になるのもごめんだね)
「……なにかよからぬ事でも考えているような顔であるわね」
「変な憶測は止めてください、それと禁書目録が言っていた通りだとあそこの建物が上条当麻の通う学校らしいですよ」
「おお! やっと着いたとな!」

勘ぐられないように話題を替えて目の前にある大きな建物を指さすステイル。上条当麻の通う学校だ、ローラはすぐにそれを見て歓喜の声を上げる。

「遠路はるばるやってきた満身創痍のわたくしにあの夫は一体どのような謝罪と対価を差し出すのかしらね、フフフ……」
「遠路はるばるってタクシー使ってたった10分程度しか経ってないじゃないですか」

学校の前に着くと不敵な笑みを浮かべて「一体どんな無理難題を押し付けてやろうか」と企んでいる様子のローラにタバコを咥えながら冷静にポツリとツッコむステイル、もっとも彼の言葉など彼女は耳にも入れない。

「さあ! 待ちたりけり幻想殺し! わたくしがすぐにそちらへ向かうのだわ!」

意気揚々と校門をくぐって中へ入ろうとするローラ。だが……

「おい、何やってるじゃんそこの」
「む?」

急に呼び止められたので校門をくぐる前にローラは足を止めてそちらに視線を泳がす。
腰の下まで伸びた長い髪を揺らして冴えないジャージを着た20代の女性が二人の方へとやってきたのだ。

「ここは関係者以外立ち入り禁止じゃん、入校許可は取ってるのか?」
「? 入校許可とな?」

女性に対しローラはキョトンとした表情で首を傾げる。そんなもの取った覚えは当然無い。

「関係者じゃない奴がここ入るためにはまず許可が必要だって決まってるじゃんよ、もしかして取ってないのにここ入ろうとしたのか?」
「許可とな、フ……まこと無知というのは罪であるわね」
「あん?」

次第に険しい表情に変わっている女性と対峙して、すくみ上がるどころかローラは口元に笑みを浮かべた。

「このわたくしを誰と思うておるのかしら?」
「……は?」
「イギリスの重鎮であり高い教養を持つこのわたくしが通れぬ場所などありなきこと。そこが例え天へと続く道であろうが地に落ちた冥界であろうとわたくしが行けぬ場所などないのだわ」

自信満々に偉そうな態度でそう言いのけるローラを女性は黙って腕を組んで観察している。
彼女が黙っているのをよい事にローラは語るのを止めない。

「こうしてこのわたくしと語り合っている事だけでも幸運でありしことであるのよ? 無知で愚かなそなたには勿体なき事」
「……へ~」
「さすればそこをどきなんし、わたくしはこの場所に用があって来たのよ。崇高なるこのわたくしがこんな小汚い場所に出向くだけでもありがたいと思うのだわ」

そう言いながらローラは校門をくぐって校庭に足を一歩踏み入れる、その瞬間。

「おいおいちょっと待て」
「……へ?」

一歩入った瞬間すぐに女性が彼女の腕を掴んだ。

「わけわかんない事言って大人をからかうとはいい度胸じゃん」
「な! ちょっとこの腕を離しけり!」
「いいからいいから、話は中で聞いてやるからちょっと大人しくしてろ」
「わ、わたくしを誰だと思うておるの! この……」

腕を掴まれながらなおも抗議して暴れようとするローラに女性はギロっと鋭い視線で睨みつける。

「……大人しくしろって言ってるじゃんよ」
「うう……」

ちょっと怖いと思ってしまったのか思わず黙ってすくみ上がってしまうローラ、だがすぐに助け船を出そうと校門の前に突っ立ってこちらを眺めているだけのステイルに気づく。

「なにをしているのステイル! 早くわたくしを助けなんし!」
「おいそこの赤髪ロン毛、お前コイツの仲間じゃんか?」
「……」

慌てて叫んでくるローラとこちらに向かって顔を上げて訪ねて来た女性に対して。
ステイルは今やるべき事の最善の手を行った。












「知りません」
「ステイルーッ!」

それだけ言い残して颯爽と主を置いてステイルは逃げていった。
背後で叫んでいる主を無視し、一人留守番しているインデックスのいる男子寮へと……











































ローラが捕まっているのも露知れず、上条当麻は友人である土御門元春と青髪ピアスと共に廊下を歩いて食堂に向かっていた。

「なんや珍しいな、カミやんいつも弁当持ってきてるのに」
「寝坊したから弁当作る暇も無かったんだよ……出費がかさむ、不幸だ……」

あいも変わらず事あるごとに不幸だとぼやく上条に土御門はケラケラ笑う。

「金使いたくないなら昼飯抜けばいいぜよ」
「そんなこと言っても次の授業は体育だぜ? 腹減ってたらぶっ倒れちまうよ」
「黄泉川センセの授業はきついからなー」
「にゃー、例えカミやんがぶっ倒れてもあの人なら無理矢理起こして走らせるに決まってるぜい」
「この学校の優しい先生は小萌先生しかいないんだよなぁ……」

両肩をおろしてダラダラと歩きながら上条がぼやいていると、目の前にふと女子生徒がとある部屋のドアの前で立ち止まっているのに気付いた。

「あれ、先輩なにしてるんすか?」
「おお上条当麻」

上条が話しかけるとその生徒は彼の方へ向き口元に不敵な笑みを浮かべた。
先輩であり不幸体質の上条に深い興味を持っているという不思議な女性、雲川芹亜だ。

「こんな所で会えるとは奇遇だけど、私は今とても面白い話を盗み聞きしている所だからほおっておいてくれないか?」
「盗み聞き? その部屋って問題ある生徒が教師と面談する所っすよね確か」
「ほう、さすが経験ある君はわかっているな」
「なんで知ってるんですか!?」
「君と担任の会話もよくここで盗み聞きしているけど」
「趣味悪いな先輩……」
「よく言われる」

バツの悪そうな顔をする上条に雲川はクスクスとせせら笑う。欠席や遅刻の多い上条にとってこの部屋はあまり良い思い出が無い。
上条の後ろにいた青髪は雲川の背後にあるその部屋を見上げた。

「へ~ここでカミやんは小萌先生に怒られてたんや。羨ましいなぁ、僕も怒られたいわ」
「黙ってろど変態! 上条さんがどんな思いで怒られているのかわかってんのか!」
「え? 最高の気分やろ、あのロリ属性の小萌先生にプンスカ怒られるんやで?」
「お前……」

小首を傾げ「お前は何を言っているんだ?」と言っているような表情をする青髪に上条はもはや反論する気も失っていると、ふと土御門がニヤニヤ笑いながら雲川の方へ話しかける。

「それで先輩、盗み聞きしている内容は一体どんなんだにゃー」
「ふーむ、今回怒られているのはどうやら生徒ではなく学校に無許可で入ってきた変質者のようだけど」
「変質者?」

上条がすっときょんな声を上げる。

「そんなのがウチの学校に来たのかよ……」
「相手をしているのは体育教師の黄泉川愛穂だな。さっきから何度も変質者相手に怒鳴ってる」
「ハハ、アンチスキルの黄泉川先生なら適任だぜい」
「でもどんな変質者やろうなぁ、ちょっと見てみたいわ」

上条が呆れて土御門が意地悪く笑っていると青髪がふと興味深そうにドアに近づく。

「ちょっと先輩どいてくれへん、ドアの隙間越しから見てみるわ」
「ほう、面白いな」
「バカ、止めとけよ青髪」
「お前まで黄泉川先生に怒られるぜい」
「最高やんそれ……」
「ダメだコイツ……」
「重傷だにゃー」

巨乳で美人な女教師に怒られるのを想像して悦に浸りながら青髪は雲川がどいたドアの前にしゃがみこんでドアノブをそっと握って開けてみる。上条と土御門、雲川は彼が一体どんなリアクションを取るか待っていた。
すると隙間越しに見ていた青髪は感嘆の声を漏らした。

「うそやろ……! 女神や……! 女神がおるで……!」
「女神? 黄泉川先生が? ハハ、なに言ってんのお前?」
「ありゃ女神というよりアマゾネスだろい青ピ」

背後で上条と土御門が笑い飛ばしていると青髪がバッと振り返った。

「ええからこっちで見てみぃお二人さん……! ありゃあさすがのカミヤンもフラグ陥落は無理だと思うぐらいのべっぴんさんや……!」
「俺は一度もフラグ陥落出来ると思った事ねぇよ」
「ほう、なんか面白そうだにゃー。ちと見てみるか」

こっちに手招きして興奮した様子で顔を輝かせる青髪を見て土御門は興味を持ってドアの隙間にサングラス越しに目を近づける。上条も不本意だが一人だけ知らないままでいるのも癪なので一緒に覗いてみた。

「3人そろって覗いてるのを目の当たりにするとひどく滑稽だけど」

背後で雲川が嘲笑いしているのをスルーして上条は青髪の開けたドアの隙間から部屋の中の様子を見た。
そこには……







「だからイギリスのお偉いさんとかそんなの関係無いじゃん。不法侵入は不法侵入、言い訳ばっか言っていると本当に逮捕するぞ」
「由緒正しき美しき血統を持ち合わせて一点の穢れ無きこのわたくしを捕まるとな! もうそなたでは話にならなし! わたくしの身分を理解できる者を連れて来てたもれ!」
「服装もうさんくさいし喋り方も変だし……一体何者じゃんお前?」
「だからイギリス国家で最も重要視されている地位に君臨するローラ・スチュアートであると言っておりけり!」

ソファに座って向かい越しに話している女性が二人。
一人は上条もよく知っている体育教師の黄泉川愛穂。
そしてもう一人は、昨日から上条家でお世話になっているイギリス清教の最大主教。

「うそだろ……夢なら覚めてくれ」
「……なにやってんだあのバカ」
「な、女神やろ……!? すっごい女神やろ……!?」

三人はそこでドアの隙間から目を離して立ち上がる。
すっかり興奮した様子で話しかけてくる青髪だが、上条はそれどころではない。一緒に覗いていた土御門もこれには笑えない。

「フゥー……」
そして上条は一旦深呼吸するとドアの隙間から離れてドアノブに手を伸ばし……

「なにやってんだお前!!」
「おお幻想殺し! やっと会えたのであるわ!」
「ん? 月詠センセの所の少年じゃんよ、今はお取り込み中だぞ」

彼がドアを乱暴に開けるとソファに座っていたローラが歓喜の声を上げて彼の方に振り返る。
向かいに座っていた黄泉川先生は軽く驚いてる様子だが上条はズカズカと部屋に入って恐る恐る口を開いた。

「先生、もしかしてコイツが変質者ですか……」
「変質者とな!? わたくしが!?」
「ん~まあ服装も口調も変だし性格もおかしいし、それに私が止めても勝手に学校に入ろうとしたしな」
「さいですか……」

状況を聞いて上条はハハハと苦笑すると変質者呼ばわりされて不機嫌な様子で座っているローラに近づいた。

「実はコイツ、俺の知り合いでして……」
「なんだまたお前の知り合いか、それならそうと言うじゃんよお前」
「言わなくてもこの気高きオーラでわかるであろうぞ!」
「わかるか」

胸を張って高々に叫ぶローラを一蹴すると黄泉川はため息を突いて腕を組む。

「じゃあ少年、お前もここ座れ。連帯責任にはしないから安心するじゃん。少し話聞くだけだから」
「はぁ……」

それを聞いて上条は疲れた様子で返事すると部屋の外にいる友人二人と先輩の方へ振り返る。

「じゃあ俺ちょっと話あるから悪いけどお前等先行っててくれ……」
「おう……食堂でパンぐらい買ってきてやるぜよ」
「え、またなん!? その女神もやっぱりカミやんの毒牙にかかってるん!? 僕はまたカミやんに踊らされた哀れなピエロなん!?」

土御門は少し同情しているような口調で返事すると、女神が上条の知り合いと知ってショックで悶絶している青髪の腕を掴んで強引に引っ張っていく。

「行こうぜい青ピ」
「もうなんやねんカミやん、一体あと何人のフラグ立てる気なんや、まさか学園都市の女の子はみんなカミやんに……」
「まあお前もいつか出逢いがあるから気を落とすな」
「土御門……モテない同士で頑張ろうなボク等……」
「いや俺は義妹がいるからにゃー」
「ガッデム!」

廊下で青髪が叫んでいるのが聞こえると、ずっと黙っていた雲川が部屋のドアに手を伸ばしてクスリと上条に笑いかける。

「全くお前は本当に愉快な男だよ」

意味深なセリフを吐いたと共に彼女はそのまま部屋のドアを閉めた。

部屋の中にいるのは教師兼アンチスキルの黄泉川先生と居心地悪そうに彼女の向かいのソファに座った上条、そして不機嫌そうな様子で彼の隣に座っているローラであった。

「さあ幻想殺し、この無知なる者にわたくしがいかに素晴らしき人物か語り上げなさい」
「わかったわかった、じゃあ少し大人しくしててくれ」

どうやら黄泉川先生に対して嫌悪感を抱いているローラ、上条はだるそうに彼女を諭すと黄泉川先生の方に向き直る。

「コイツ、イギリスのお嬢様育ちだから一般常識には疎いんですよホント、自分がこの世で一番偉いんだとか勘違いしてる可哀相な娘さんなんです……だから今回の事はどうか穏便に」
「な! それは聞き捨てならないのであるわよ幻想殺し!」
「そうらしいな、それでお前とコイツは一体どんな関係じゃん?」
「え~と……」

上条はそこでつばを飲み込んで黙りこむ。魔術関連の話を科学サイドの黄泉川先生にするのは絶対にタブーであるし……
どう言えばいいのか上条が困っていると大人しくしろと指示されていた筈のローラがふふんと笑った後大きく口を開けた。

「この男とわたくしは立場上、夫婦の契りを交わした仲であられるのよ」
「はぁ!? おいちょっとお前!」
「事実であろう?」 
「ふ、夫婦ぅ? ちょっとそれどういう事じゃんよ?」

慌てる上条とは対照的にローラは彼の方に笑みを浮かべてドヤ顔。
さすがに夫婦と聞いては黄泉川先生も眉をひそめる。

「少年、お前まだ学生じゃんよ? 年齢だって結婚出来る年じゃないだろうしどういうことだ?」
「いやそれはですね……」
「このわたくしに出来ぬものなどなし」
「ちょっと黙れって……!」

訪ねて来た黄泉川先生に上条が冷や汗かきながらなにか言おうとするがまたもやローラが会話に入ってきた。

「イギリス国家を揺るがす程の絶対的な権力を持つわたくしにとって、射止めた男が例え成人していない年であろうと夫婦の契りを交わす事など容易であるのよ」
「イギリスとかそんなの言われてもはよくわからないしな……おい少年、コイツの言ってる事は本当か?」 
「本当と言えば本当なのでしょうけど……あいにく俺もまだ自分の状況を詳しく理解していないというか……」

焦点の合わない目で何を言っているのか自分でも理解していない様子の上条に対し、黄泉川先生は眉をひそめる。

「法的な手続きは取ってあるのか?」 
「いえ取ってないと思います……俺あんまその辺わからないし……」
「わたくしがやる事に手続きを取るなど不要なのよー」
「保護者はこの事知っているのか?」
「教えてません、言ったらパニックになるだろうし……」
「わたくしが息子の嫁となったと知ればきっと一族総出でそなたを誇りに思い、そしてわたくしを崇め奉るであろうな」
「お願いだから少し黙っててくれませんか姫……」

会話にいちいち入ってくるローラに上条が力弱く注意する。彼女は一体どこまで自分という存在に自信を持っているのだろうか。
そして黄泉川先生はというと両肩を下ろしてオドオドしている彼を見て、埒が明かないと言った風にため息を突いてスッと立ち上がった。

「ちょっと月詠センセの所に言ってくるじゃん」
「えぇ! ちょっと待って下さい先生! 小萌先生に話すのはマズイですって!」
「ここは担任の先生に言うのが先決だろ、詳しい話は月詠センセとしろ」
「そこをなんとか!」
「ダメだ、大人しくそこで待ってるじゃん。それにそいつが絶対に動かないよう見張っておけ」
「……」

そう言い残して黄泉川先生はドアを開けて出て行ってしまった。
インデックスと同居している事も知っている小萌先生にこれ以上厄介なもんを抱えていると知られるとどんどんめんどくさくなる。
ただでさえ彼女には学生らしく勉強に勤しめと言われているのだ、それにも関わらず金髪年上お姉さんの外国人と結婚しているとかそんな事実が浮き彫りになったら……

「不幸だ……」
「わたくしお腹が減ったわ、幻想殺し、はよう食事を持ってきなんし」
「ハハ、じゃあ神裂にでも連絡してメシ持ってきてもらうか……」






























上条がローラと待合室で待たされている頃、土御門と青髪は食堂でパンやら学食やらの購入を済ませて教室に戻る為に廊下を歩いていた。

「にしてもカミやんはホント女の子とフラグばっか立てるなー、羨ましいで僕」
「本人は気付いていないようだがにゃー」
「そこが腹立つねん、もし僕がカミやんと同じフラグ体質なら僕だけのハーレム王国を建国したるのに」
「ハハハ、俺もメイドの国を建国したいぜよ」

二人くだらない談笑しながら歩いていると、ふと職員室の前で誰かが立っている事に気付いた。
先ほど別れたばかりの雲川先輩である。

「あれ、先輩今度は何してるん?」
「盗み聞きだけど?」
「またやってるんそんな事……」
「相変わらずの変わってるぜい」

教師にとってもいい迷惑なのにもかかわらず堂々と職員室のドアにもたれている雲川。いしかもやけに機嫌よさそうにニヤニヤ笑っている
これにはさすがの青髪と土御門も呆れた。

「それで今度はどんな情報を仕入れてるんだにゃー」
「うーむ……これは未だかつてない衝撃的で面白いニュースだな」
「ええ! まさか小萌先生が僕の事を好きだったとか!?」
「全然違うけど、それにそんなニュース面白くもなんともない」
「チクショーッ!」

廊下で絶叫する青髪をスルーして雲川は彼らに語りかける。

「ちょっと聞いてみろ、一人で抱え込む情報としては惜しいしな」
「なんやねんもう……一体どんな話が聞こえるっちゅうねん」
「先輩が言うからにはそりゃさぞかし面白い事なんだろうにゃー」

そう言いながら二人は職員室のドアの隙間を開けてまた覗く体制になる。

そこには自分の机に座って昼食中の小萌先生と先ほどまで待合室にいた筈の黄泉川先生が話をしていたのだ。

「あれ? なんで黄泉川先生おるん? さっきまでカミやんと一緒に待合室にいた筈やろ」
「静かにしろ青ピ、よく聞こえんぜよ」

ヒソヒソと会話していると職員室にいる二人の話が聞こえて来た。

「えー!? 上条ちゃんのお嫁ですか!? そんなの私聞いてないですよ!」
「一応本人は認めてる感じだったよ、でもちょっと女の方が一方的に少年と夫婦だと言い張ってる感じだったじゃん」
「そうですか……女の人は一体どんな感じの人でしたか」
「日本語がおかしい金髪の外人、服装は修道服って言うのかな……。少年が言うにはイギリス生まれのお嬢様らしいじゃん」
「う~ん、全然知らないですねそんな人、先生としては生徒を尊重して物事を進めたいですが……」

うなだれて深く考え込む小萌先生に黄泉川先生は髪を掻き毟りながら話を続ける。

「でも少年は結婚出来る年でもないしまだ学生じゃん、さすがに結婚はありえないじゃんよ。あるとしたら婚約者とか」
「そうですよねー」
「恋愛自体は自由にさせてやるのがいいじゃん、少年も若いんだから。私も若い頃、銀髪天然パーマで目が死んだ魚の様な奴と付き合った事を思い出した」
「その人とはどうなったんですか?」
「私の友達に手を出して二股したから4分の3殺しにして海に沈めた」
「それほとんど死んでますねー」
「アイツの事だからどうせ生きてるだろー、今度会ったらマジでぶっ殺す」

ワイワイとそんな会話をしているのをずっと黙って見ているのはドアの隙間越しから目を凝らして覗いていた土御門と青髪。
二人はゆっくりとそこから離れると互いに顔を合わせる。

「……聞いたか土御門」
「え? あ、ああ聞いたぜよ……けどあんな話別に大した事じゃ……」

土御門は渇いた笑い声を上げるが青髪は違った。

「あの女神がカミやんの嫁ッ!?」

怒りをあらわにした表情でグッと拳を固めた。

「あの野郎ハーレム要因作り上げて遂に嫁までゲットしたんか! なんやそれどこのエロゲーや! 僕の嫉妬ゲージがリミットブレイク!!」
「お、落ち着けって青髪……嫁と決まった訳じゃないだろうい、こんな話はフラグ体質のカミやんならよくある……」
「もうこればっかりは大人しくできへんで土御門! デルタフォースの1角が彼女どころか嫁持ちとか大問題や!」

食堂で買ったあんぱんを掲げて青髪は叫ぶ。

「今すぐ教室に戻ってカミやん決起集会の準備するで!」
「いや待て青髪! さっきの話をクラスの連中には言うな! 余計な混乱を招く!」
「話すにきまってるやろうがぁ! クラス総出でカミやんを火あぶりにしたるわぁ!!」

そう声高々に叫ぶと「うおぉーッ!」と勢いよく廊下を駆けて行ってしまう青髪。教室に行ってクラスのみんなにさっきの話をするつもりなのであろう。
残された土御門は唖然とした表情でその場に立ち尽くす。

「……あの女の存在は出来るだけ公には出したくないってのに……」

一応イギリス清教に属している土御門にとって最大主教という存在がより多くの人に知らされるのはマズイ。話が人々の間を飛んで行って果てには魔術サイドの人間にまで聞こえてしまうかもしれない
最大主教が本部のあるイギリスを不在にして学園都市で幻想殺しと共にいる、と

気絶させてでも青髪を止めておけば良かったと後悔する土御門をよそに。
まだ職員室のドアに背中を預けていた雲川は愉快そうに「フフ」と笑い声を上げた。














「やはりあの子はいいな、周りがいつも騒がしい」












「おかげで退屈しないよ」










あとがき
数か月ぶりの更新、そして連載再開です、ずっと休んでて申し訳ありませんでした……。






[29542] 七つ目 わたくしを祝福せし者には幸運を
Name: カイバーマン◆7917c7e5 ID:56da04f8
Date: 2012/04/12 13:03
問題ある生徒にお説教する為に使われている機会が多い待合室。

「先生は常に生徒の意見は尊重しています」

上条当麻の担任、月詠小萌は向かいに座っている上条に言い聞かせように神妙な面持ちで口を開いた。
彼女の話を上条は「アハハ……」と苦笑して誤魔化す、隣に座っていたローラは散々騒いでいた癖にスースーと寝音を立てて熟睡してしまっている。

「けど上条ちゃんが上手く話してくれないと先生は理解できないのです」
「え~と……だからコイツの“ちょっとした複雑な事情”のせいでわたくし上条当麻はコイツと結婚する事になってしまったのですよ……」
「だからそのちょっとした複雑な事情をどうして先生に話してくれないのですか?」
「あ~……」

さっきから「え~」とか「あ~」とかと曖昧な言葉や笑って誤魔化そうとする上条に小萌先生も少し傷ついたような顔を浮かべる。
生徒に信頼されていない、ましてや一番可愛がっている生徒にこんな態度を取られる事は教師である彼女にとって最もショックの大きい事なのだ。

「……上条ちゃんは先生の事をただの他人だと区切っているんですか?」
「え!? い、いやそんな事ないですって! 小萌先生は俺やインデックスの為に色々やってくれてるし! ただの他人とかそんな風に考えた事は一度もないです!」
「そうですか、それを聞けて先生は嬉しいです」
「あはは……」

ニコッとほほ笑む彼女に対して上条は頬を引きつらせながら冷や汗を額から垂らす。
複雑な事情という部分を先生に話す訳にはいかないのには理由がある。
その事情とやらにオカルト色の濃い「魔術」「魔術結社」という言葉が入っているからだ。
学園都市でただの一般教師として働いている小萌先生には上手く理解できないだろうし、そもそも魔術は一般の人が絶対に触れてはいけないものなのだ。ただでさえステイルやインデックスなど魔術サイドとの知り合いがいる小萌先生にはこれ以上深く“こちら側”に来てほしくないという上条なりの思いやりでもある。

(適当に嘘付こうにもどうせ小萌先生には見破られるだろうし……)
「上条ちゃんの隣でねんねしている人がそのお嫁さんとやらですか?」

どうしたもんかと無い知恵を振り絞ろうとしている上条をよそに、小萌先生は彼の肩にもたれてぐっすり寝ているローラ・スチュアートに興味を持って覗きこんだ。

「……少しインデックスちゃんと似ている気がしますね」
「そうですか? まあ手間がかかる所は一緒ですけど」
「ふ~む……もしかしてこの人もインデックスちゃんと似たような事情で上条ちゃんと一緒にいるとか?」
「……ちょっと違いますけどある意味合ってます、もっともコイツは俺の事なんて便利な奴隷としか思って無いようですけど」
「?」

上条の言い方に小萌先生はきょとんとした表情で目をぱちくりさせた。

「上条ちゃんはこの人に奴隷扱いされているのですか?」
「コイツは一方的に婚姻をけしかけて一方的に俺の家に上がり込んで一方的に俺にワガママするんですよ」
「それって奴隷というんでしょうか……上条ちゃんはなんでそんな目に遭ったんですか?」
「それがその複雑な事情とやらでして……」
「う~ん、また複雑な事情ですか、先生も困っちゃいます、上条ちゃんが何を隠しているのかわかりません」
「すみません……」

断片的にしか説明してくれない上条に小萌先生も困り果てている様子。
互いに無言で時間だけが過ぎているとふいに

「ん……」

上条の肩にもたれて眠っていたローラが目をうっすらと開けた。

「……お腹が減ったのだわ」
「起きて第一声がそれですかい、ますますインデックスと似てるな……」
「あらあら、上条ちゃんのお嫁さんがようやく起きてくれましたね」
「んん?」

お昼寝気分で熟睡していたローラはようやく起きるとボーっとした顔立ちで目の前に座っている小萌先生をジッと見た。

「……なぜに子供がこんな所におるぞな?」
「せ、先生は子供じゃありません!」

子供呼ばわりされてプンスカ怒る小萌先生を尻目にローラはまだ眠そうな表情で彼女を指さしながら上条に尋ねる。

「のう幻想殺し、この子供は一体どこから迷い込んで来たのでありけるの?」
「俺の担任の先生だよ、確かに見た目子供っぽいけどれっきとした大人だから」
「ほう、大方この学園都市で無理矢理人体実験にでも参加させられて老化現象を抑止する事に成功できた唯一の被検体と言った所かしらね」

哀れむような目で見つめてくるローラに小萌先生は頬を膨らまして否定する。

「失礼ですね先生はそんな目に遭ってませんよ! 勝手に捏造しないでください!」
「あら失敬したのね、さながら大学を飛び級で卒業した子供先生とかいうものであられるのかしら?」
「だから先生は子供じゃありません!」
(俺もそうなんじゃないかと思ってたのは黙っておこう……)

前々からローラと似たような事を推測していた上条は申し訳なさそうに彼女から顔を逸らした。

「誰だって最初はそう思うよな……」
「上条ちゃんなにか言いました?」
「言ってません」

こちらにじーっと疑いの眼差しを向けて来た小萌先生に上条はすぐに向き直ってとぼけた。

「上条ちゃんは上手くお話しできないようなので、上条ちゃんのお嫁さんにお話聞きますけどいいですよね?」
「ええ、ちょっと待った! 小萌先生それだけは勘弁して下さい! コイツ口が軽いんですよすっごく!」

小萌先生の提案に手を振って止めてくれと懇願する上条。ローラの口の軽さは黄泉川先生の時で十分わかっているのだ。
しかし彼のそんな反応にローラはおもしろくなさそうにムッとする。

「失礼な、わたくしはどんな外道で鬼畜な拷問にかけられようと機密事項は決して吐かぬ自信があるのよ」
「信用できねえよお前じゃ!」
「妻の言う事が信用できぬと!? そなたいつそんな夫になってしもうたのかしら!?」
「顔合わせる前から信用してねぇよ! お前のせいでインデックスが大変な目に遭ってたの知ってんだから!」
「所持した道具を使わなければその道具の価値を失うではないか、破棄せずに使っている分ありがたく思いなし」
「まーまー、二人とも落ち着いてください。先生は別に拷問にもかけないしただお話聞くだけですよー」

向かい合ってギャーギャー口論を始める二人を小萌先生はニコニコ笑って制する。
こういう事は長年教師として働いている彼女にとってはもはや慣れっこだ。

「それでは上条ちゃんのお嫁さん、ちょっとばかり質問したいんですけどいいですか?」
「よきにはからえ、知の無い夫に代わってこのわたくしが答えてしんぜよう」
「余計な事言うんじゃねぇぞ……」

自信満々に胸を張っているローラを見て上条は一層不安になる。彼女の自信は常にロクな方向に行かないのだ。
心配そうにそんな彼女を見つめていると小萌先生は早速話を始めた。

「それでは上条ちゃんのお嫁さん、あなたはどうして上条ちゃんと結婚しようと考えたのですか?」
「そうであるわね……具体的に言うとなると他の者(他の魔術結社と科学サイド)に取られる前に自分の物にしようと考えたのよ」
「なるほど、やっぱりそうだったんですね」

ローラにとっては上条は禁書目録と同じ「便利な道具」の何者でもない。
しかしそれに気づいていない様子の小萌先生は彼女がただ純粋に「上条当麻に好意を抱いている人間の一人」と捉えた。

「上条ちゃんはモテますからね~(女の子に)」
「ええ、わたくしから見てもいかようにも使える貴重な存在であるしね」
「そんなに上条ちゃんの事が大切なんですか?」
「ふふ、大切とな? 誰かに奪われるものならその者を数多の手段を使って消そうとぐらいしか考えておらぬわよ」
「あらら~随分とヤンデレちゃんなんですね~」
(なんで話が噛み合ってんだよ……)

ちぐはぐながらも一応噛み合っている二人の会話に上条は内心焦りながらとりあえず見守る事にする。ローラが下手な事言わぬようしっかり見張っておかなければ。

「この“物”をたしなむ者としては至極当然の行いでありけるわ」
「確かに上条ちゃんは少し目を離していただけでトラブル(主に女の子関連の)起こす子ですしね。もしかしてそれでやや強引に上条ちゃんと結婚しようと思ったんですか?」
「夫婦の契りは血を通わせる最も固き契り、これで当分は厄介事に巻き込まれぬようこの者を操る事が容易というものよ」
「む~、上条ちゃんに好意を持ってる人を先生は結構知ってますが、ここまで押しの一手で上条ちゃんを落とそうとする人は先生初めてみました」

微笑を浮かべて優雅にそう語るローラを見て小萌先生は素直に納得したように頷いた。
他の者達と違い回りくどい事は一切なしでド直球のド真ん中ストレートで上条落としを行おうとしている彼女にただただ感心するばかりだ。

「なんだか先生は応援したくなっちゃいました、性格は少し変わっていますが上条ちゃんも大分変ってますし変わり者同士でお似合いですね」
「むん?」
「えええええええ!? 先生何言ってんすか!?」

ニコッと笑ってとんでもない事を言う小萌先生にローラは意外そうに目を見開き、反対してくれるだろうと思っていた上条は悲鳴とも呼べる絶叫を上げる。

「俺はいやいやコイツと結婚したんですよ! そんなの上手くいく訳ないでしょ!」
「嫌よ嫌よも好きの内と言いますよ? それに上条ちゃんは女の子に手を出し過ぎです、ここはもう若い内から1本に絞るべきだと先生は思うのです」
「俺がいつ女の子に手を出したんですか!? それにコイツは……!」

隣に座っているローラのほうに振り返って上条は何か言おうとするが彼女の顔を見て止まってしまう。

「……なんでそんなボケっとしてるんでせう?」
「……いや」
「?」

珍しく言葉足らずな彼女に上条は怪訝な表情を浮かべる。
するとローラは顔を少し赤らめて

「……初めてわたくしとそなたの婚儀に賛成されたから……」
「それで?」
「そなた含めて他の者もわたくしの婚儀の策には心から祝福する者などおらなかったし」
「そりゃあそうですよ、当事者の上条さんは今でも嫌です」

小萌先生に応援してあげると言われた事に、彼女は若干同様の色を浮かべて話を続けた。

「……不覚にもあの……嬉しいと感じてしもうたわ……」
「嬉しいって……」
「上条ちゃん」

口を手で押さえながら恥ずかしそうにそう言うローラに上条が唖然とするとそんな彼に小萌先生が呼び止める。

「結婚というのは女の人にとっては一生の中で最も大事な事の一つです」
「はぁ……」
「そんな大事な事をこの人は上条ちゃんを指名して言っているのですよ」
「いやけど、実はコイツと俺は特別な事情のある政略結婚みたいな所がありましてですね……」
「理由がなんであろうと結婚は女の人が男の人と死ぬまでず~っと一緒にいようと本気で決めた事で生まれるものなのです、あくまで一般式ですが」
「コイツ一般人じゃないんですが……」

どうやらローラが純粋に「上条の事が好きだから結婚したい」と言っているのだと思ってる小萌先生。
すっかり教師モードとなっている彼女に上条はもはや会話に口挟む程度しか出来ない。

「そりゃ先生も男の人とお付き合いした事も結婚した事もありません、けど女の人はみんな小さい頃からお嫁さんになる事を夢見てるんです。わかりますか上条ちゃん?」
「なんとなく……」

本当は全くわかっていないのだが適当に肯定する上条、しかし小萌先生には彼の態度ですぐに察している。

「女心のこれっぽっちもわかってない上条ちゃんにとっては彼女はただ結婚したいと喚くわがままな女の子なのかもしれません。けどだからといって一から全を否定するのはおかしいと先生は思うのです」
「一から全……? どういう意味ですか?」
「会って間もないからって「この人とはなにがあっても絶対に上手くいかない」と思っている事です、これから先の事なんて誰にもわからないのに一方的に彼女を拒絶するのはいけません」
「はぁ……」

ビシッとこちらを指さして厳しい口調でそう言う小萌先生に上条は後頭部をポリポリと掻いて曖昧な返事をする。確かに彼女の言う通りかもしれないが……

「上条ちゃんはまだ学生です、将来だってこの先なにがあるかわかったもんじゃありません。上条ちゃんの事だから変な事に頭突っ込んできっとロクな事がないでしょう、つまりロクのない人生です」
「先生それ酷くね!?」
「けどそんな上条ちゃんの人生を彼女も共に生きたいと言ってくれているのですよ?」
「……」

先生の話を聞いて上条はチラリと横に座っているローラに視線を向ける。
頬を掻きながらローラはジト目で

「わたくしがいればロクな人生などにはならぬのよ、少なくとも今以上の生活を送らせる事を誓いけるわ」
「……信用できねぇな……」
「あ、そういうのがダメなんですよ上条ちゃん」

うさんくさそうな目でローラを見つめる上条に小萌先生がまた厳しく問い詰める。

「彼女の言ってる事を全て信じるというのは難しいかもしれませんが、夫として出来る限り奥さんの言葉は信じるべきなのです」
「いやホントコイツは信用できないんですって……」
「上条ちゃん」
「あ~もうわかりましたよ、信用すればいいんでしょ信用すれば……」

もはやヤケクソ気味にそう言う上条だが小萌先生は満足そうに笑って見せた。





「それでこそ私の可愛い生徒です」

































数十分後、上条は五時間目の授業がある体育館にも行かずに小萌先生と一緒にローラを連れて校門の前に来ていた。
前もって連絡していた人物もようやくそこに姿を現す。

「おせぇよ」
「なんで君なんかに呼ばれなきゃ……せっかく彼女と……」
「しばらく俺とコイツ無しでインデックスと一緒に入れただけでも良かっただろ」
「ふ、ふん。君が何を言っているのか理解に苦しむよ」

校門の前に現れたローラの部下であり上条と腐れ縁で繋がっているステイルがぶつくさ文句を言いながらタバコを口に咥える。どうやらローラを家に返すために上条が彼をここに呼びつけておいたらしい。
そんな彼を見て小萌先生は意外そうな顔をして

「あ、神父さんじゃないですか」
「げ……あなたはいつぞやの……」
「またタバコ吸ってるんですか! ダメですよ未成年でそんなものを吸っちゃ!」
「……」

バツの悪そうな顔でステイルは火の付いてるタバコを渋々消して携帯灰皿にしまった。

「あなたに何を言ってもどうせ無駄でしょうし……」
「ステイルが素直に他人の注意を聞いたとな」
「なにかあったのかお前? 小萌先生の言う事聞くなんて」
「そこの二人黙っててくれないか、イギリス紳士は女性と下らない事でいざこざを行うほど子供じゃないんでね」
「わたくしとは散々いざこざを起こす癖によくそのような事言えるのだわね」
「イギリス紳士だって嫌いな女ぐらいいますよ」
「……最近やけに言動が問題になりつつあるのだわ」

タバコをしまいながら高慢な態度でそう言いのけるステイルにローラがブスっとした表情を浮かべていると、そんな彼女の背中を上条は軽く押す。

「ほら、ステイルが来たからまっすぐ家に帰ってくれよ」
「そなたが帰らぬならわたくしはここに残るなし」
「生徒じゃない奴をここに長居させるわけにはいかないだろ、俺まだ6時間目あるんだから」
「わたくしの事はわたくしが決めるのよ」

相変わらずのワガママで上条をまた困らせていると、そんな彼女に小萌先生が優しく語りかける。

「大丈夫ですよー上条ちゃんのお嫁さん。上条ちゃんの事は先生がちゃんと見張っておきますから」
「そなた……まことにわたくしに手を貸すというのかしら? 一体何が目当てぞな?」
「目当てならありません、強いて言うならば」

小萌先生は小さな両手でローラの右手を掴む。

「いつも不幸だ不幸だと嘆いてる上条ちゃんを幸せにしてやってください」
「……わたくしにかかれば赤子の手を捻るがごとく容易き事よ……」
「ん? どうしたお前?」

彼女に手を掴まれたまま顔を逸らして小さな声で呟くローラに上条は若干の違和感を覚える。
いつもならそんな事傲慢に高々と宣言する彼女が今はどこかしおらしく思えたのだ。

「もしかして表裏の無い小萌先生に応援されたせいで照れてるのか?」
「な! そんな事あらぬわよ! まあ少し嬉しき事ではあると思うたけど……」
(コイツも素直に嬉しいと思う事があるんだな……)

頬を朱に染めるローラを見て上条はしみじみと思う。

(自分以外の人間を道具みたいに扱ってる奴だけど、人間らしい所もあるって事か……小萌先生の言う通り最初から全部信用できないと考えるのはダメなのかもな)
「しょ、しょうがないわね。ここは彼女に免じて今回は退いてやるけりよ、ステイル」
「はいはい」

少しだけ小萌先生の言った事とローラの事がわかったかもと実感しているとローラは校門から出てステイルと共に歩きだす。

「幻想殺し、わたくしがいるにも関わらず浮気などしたら地獄の方がまだ生ぬるいと思えるような出来事を体験させてもらうなるわよ」
「浮気するにも上条さんは出逢い自体ありませんから安心してください……」
「気をつけて帰ってくださいねー」
「うむ、そなたもその者の監視を決して怠らぬように」

校門の前で上条と小萌先生に見送られながらローラはステイルと共に学校を後にした。

「なにニヤニヤ笑っているんですか最大主教、気持ち悪いですから一緒に歩きたくないんですけど」
「な! 己の組織の最大権力者に向かって気持ち悪いとはなんぞや!?」

部下と一緒にそんな会話をしているローラを見送りながら上条ははぁ~と深いため息を突いた。

「もう二度とここに来てほしくない……」
「先生は会えて良かったですけどね」

ぐったり疲れ果ててる上条に小萌先生は優しく微笑む。

「上条ちゃんのお嫁さんに」
「だから違いますってば……勘弁して下さいよ先生……」
「上条ちゃん」
「あ~はいはいわかりましたよ、あのちんちくりんな女性は上条さんの奥さんですよチクショウ」
「本当の夫婦になるには程遠いと思いますが頑張ってくださいね」
「へいへい……はぁ~」

































「して上条はなんで自分の教室に入って早々こんな目に合ってるんでせう?」
「発言は許されてないわよ、上条当麻」
「すみません命だけは勘弁して下さい」
「命乞いも許されてないわよ」

数分後、上条は6時間目の授業を受け持つ小萌先生と一緒に自分のクラスへ無事に帰還した。
しかしそれと同時にクラスメイトの謎の襲撃に遭い、羽交い締めにされながら教室の真ん中に座らされたのだ。
教壇に立っているのは小萌先生ではなくなぜかクラスメイトの吹寄制理

「己がなぜこんな目に遭っているかは自覚しているでしょうね上条当麻」
「いえ全く、あのなんですかコレ? ドッキリかなんかですか?」

未だ現状を理解していない上条を見下ろしながら吹寄はドンと教壇を手で叩く。

「これから裁判を始めるわ」
「へ?」

裁判と聞いて首を傾げるクラスメイトに羽交い締めにされてる上条の傍に一人の友人が近づく。三バカデルタフォースの一人、青髪ピアス

「テメェとぼけてんやないで! よくもまああんなべっぴんさんを落としやがってええカミやん!」
「あ、青髪……!? なんだお前!? 一体何がどうなってんだよ!」
「おいおいとぼけちゃいかんでぇにいちゃん! もう証拠は上がってまんのや!」
「証拠って……」

大阪にいそうなチンピラヤンキーのような口調で叫んでくる青髪に上条は「はぁ?」と眉間にしわを寄せると青髪は大声で

「待合室にいたあの女神のような金髪美人の外人さん! あれカミやんの嫁なんやろ!」
「げぇ! 一体その情報をどこで!?」
「ふ、僕の情報網にかかればなんでもお見通しや……この学校とその周りは全てこの青髪ネットワークが張られているんやで」
「ただ小萌先生と黄泉川先生の話を盗み聞きしただけなんだがにゃー」

腕を組んでドヤ顔で上条を見下ろす青髪の後ろで土御門がケラケラ笑った。
どうやら青髪はローラと上条の関係を偶然ではあるものの知ってしまったらしい。
そしてその青髪は誰よりも口が軽い男、すなわち……

「お前もしかしてその事クラスの奴等に……」
「当たり前やろ、同級生が妻持ち、しかもあんなべっぴんさんが奥さんだったら僕等モテない男共はみんなプッツンオラオラ状態や」
「プッツンオラオラってなに!?」
「ブチ切れて殴りかかる寸前の所までいってるって事やでぇ……!」
(密かにカミやんに好意寄せてた女の子達もプッツンオラオラ状態ぜよ……)

プルプルと拳を震わせながら今にも殴りかかってきそうな青髪、そして周りから飛んでくるモテない男共の刺すような視線。そしてなぜかその視線が女子の方からも飛んでくる。
さすがの歴戦の猛者である上条もこれにはビビり、傍から見ている土御門もそんな彼に哀れみの視線を送った。
上条が己にふりかかった危機にようやく気付くと

「静粛に」
「吹寄がおデコ出した……」
「始まるでカミやんの裁判が」

教壇に立つ吹寄が髪留めを付けてデコを広げた。今の彼女の進行は誰にも止められない。

「上条当麻、貴様は日本で結婚はいくつから出来るかわかっているの?」
「男性は18で女性は16でしたっけ……?」
「おかしいわね、貴様はこの学校を留年していたのかしら? 少なくとも私の知る限りでは貴様は18以上では無かったような気がするわ」
「ええそうです、上条さんはまだ18ではありません……」

厳格な態度でこちらを見下ろしてくる吹寄に余計な事は言えないと上条は縮こまる。
彼女の目を直視する事さえ怖い

「しかし青髪の情報によると貴様は既に婚儀を決めているようね、いや決めたどころか現在進行形で順序を歩んでいると」
「いや俺が決めてる訳じゃないんですよ、向こうが一方的に……」
「法を犯しておきながら学生のクセに、養うだけの甲斐性さえ持ってないのに貴様は……」

アセアセといい訳する上条に吹寄はワナワナと震えた後。ダン!と勢いよく教壇を叩いた。

「破廉恥極まりない! 男としてここまで最低だと思わなかったわ!!」
「ええええええ!?」
「検事!」
「ん」
「あ、お前いたのか姫神……」
「……」

絶叫を上げる上条を尻目に吹寄は彼の横の方へ目をやる。
上条の右側にはいつの間にか姫神秋沙が机越しに立っていた。

「今すぐ上条当麻の死刑とその執行を求める」
「ひ、姫神さ~ん!?」
「恋する乙女達の気持ちを弄んだ罪には妥当の刑」
「弄ぶって……上条さんは今までそんなことした覚えはありませんのよ……」
「この野郎……」
「え、なんでそんな怒ってるんですか姫神さん……」

今まで見たことない形相でこちらを威圧するように睨みつけてくる姫神に上条はビビって唖然としてしまう。鈍感な彼は一体どれほどの時間をかけて彼女を弄んでいるのか気付いていない様子。
続いて吹寄は今度は姫神と反対方向に立っている土御門へ話しかける。

「弁護士、なにか言う事あるかしら」
「へ~い」
「土御門! 唯一事情を理解してくれるお前だけが頼りだ! なんとかしてくれ!」

弁護役が土御門と聞いて上条は若干の希望を見た。
口が達者でありしかもローラと自分の状況をちゃんとわかっている彼ならきっとなんとかしてくれる。
そう信じて願っていると土御門は親指を立ててそれで首を掻っ切る仕草をすると。

「もうひと思いに殺っちゃっていいですたい」
「土御門ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ここで俺も反対したらクラスになに言われるかわかったもんじゃないぜい、地獄は一人で落ちてくれカミやん」
「この裏切り者! 人でなし! シスコン!!」
「ハハハ、3つとも自覚してるにゃー」

へらへら笑いながらあっさり裏切る土御門に上条は怒りの咆哮を上げるが全然応えていない様子。
そしてそんな哀れな彼の前に一人の人物が颯爽と現れる。

「上条ちゃん」
「先生!!」

教室に入ってからずっと黙って傍聴席に立っていた小萌先生だ。
教師でありローラを応援してくれる彼女なら……。上条はそう確信するが彼女は親指を立てて

「ここはお嫁さんの為にいっちょケジメつけましょう」
「ええええええ!? 先生なにをおっしゃりやがってるのですか!?」
「これを機に淫らな女性関係を綺麗さっぱり流す事がいいと先生は思うんです」
「いやなに言ってるかわかんないです! 上条さんは一点の穢れ無き紳士ですよ!」
(カミやんそれ最大主教の言ってるセリフとまるっきり同じだぜい、自覚してない所とか)

ほっこり笑う小萌先生と隣で苦笑している土御門、希望がついえた上条の下に裁判官である吹寄が教壇から降りて近づいてきた。

「それじゃあ今ここで上条当麻の死刑執行を始める」
「うぉいちょっと待って! 待って下さい吹寄さん! 上告! 上告します!」
「そんなの破棄に決まってるでしょ最高裁も認められないわ、そのままこっちに顔あげてなさい、そっちの方が当てやすいわ」

こちらをゴミでも見るかのような目つきで見下ろす吹寄。
出ているおデコが日の光と浴びてキラリと光る。

「100発、いや1000発ぐらいが妥当かしら?」
「来るで吹寄先生の頭突きが! しかも連発や! 死ねカミやん!」
「青髪ー! テメェ後で絶対にぶん殴ってやる!」
「覚悟しなさいよ上条」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

他のクラスは授業中にもかかわらずこの教室では上条当麻の絶叫が木霊する事になった。









「やっぱりウチの生徒ちゃんははっちゃけてる所が一番可愛いく見えます」
「うげぇぇぇぇぇぇ!!!」
「まだ寝るんじゃないわよ上条!」
「吹寄さんあと999発、早く」
「死ねぇカミやん!! そしてフラグよこせぇ!」
「今回ばかりは自分の行いを悔い改めるだにゃ~カミやん」
「不幸だぁぁぁぁぁぁ!!!」













[29542] 八つ目 わたくしを仇なすものは英国を敵に回すと同じけり!
Name: カイバーマン◆7917c7e5 ID:56da04f8
Date: 2012/04/17 19:53
ローラスチュアートが学園都市に来てから1週間経った。
慣れない庶民の生活に苦戦を強いられながらも彼女は持ち前の傲慢とも呼べる自信と自己中と呼べる天上天下唯我独尊で時に夫、時に部下、時に夫、時に部下、時に夫に無理難題を押し付けながら挫けずに生き抜いてきた。

そして今日はというと、その夫が晩御飯を作ろうとした時、冷蔵庫にちくわしか入って無い事に気づいたので、夜分渋々彼はまだスーパーへ買い出しに行く事になったのだ。
早く買い出しを済ませて晩御飯を作らないと腹を減らした銀髪シスターによって自分が晩御飯にされてしまうからだ。
夜は危険だからついてくんなと言ってもスーパーへ興味深々な様子で無理矢理ついてきた妻と一緒に上条当麻は夜の学園都市へと繰り出した。

「面倒だからついてくるなって言ったのに……」
「よいであろう。学園都市の庶民がいかにして買い物を行うのかしかとこの目で拝見したいのよ」

後ろからついてくるローラに上条はブツブツと文句を言いながらさっさと用事を済ませようとスーパーへ向かう。

「金あんまないから大したもん買えねぇんだけどな」
「む? それはいとおかし、金が少なきとはそなた一体一人でどんな豪遊を犯していたのかしら?」
「やりたくてもやれませんよ上条さんは、実はですね姫、インデックスだけでも食費がヤバいのに誰かさんが強引に居候始めたから生活費が火の車なんですよ」

軽い財布の中身をチェックしながら上条がどっと深いため息を突くと背後にいるその「誰かさん」がそれは由々しき事態と思いっきり他人事で聞き入る。

「わたくしの子孫末裔まで遊んで暮らせるであろう財産を持ってすれば、あの小さな馬小屋もたちまち城壁に囲まれた立派な城に建て返せるであろうぞ」
「じゃあ旦那の為に生活費を少し支給してくれませんかね奥さん、ちょっと城壁欲しいと思ってた所なんで」
「あらそれはお断りであるわ、わたくしのお金はわたくしのお金でありけりよ。使い方を決めるのは誰でもなくすべてわたくし」
「さいですか……」

結局またこういう流れになるのかとドヤ顔で語る彼女を見て上条は両手をポケットに突っこんだ状態でまた深いため息。

「なんとかしねぇとな……親に仕送り増やしてくれって言うのも気が引けるし」
「ところで今日の献立はなにかしら?」
「唯一冷蔵庫に残ってたちくわを使ったちくわの天ぷら、それと納豆とご飯」
「な! なんと貧相な! そんなのでわたくしのがお腹が満たされると思うてか!?」
「安心しろ、昨日作ったみそ汁がまだ残ってる」

親指を立ててキランと目を光らせこちらに振り返る上条にローラは両手を振ってぷんすか怒る。

「それだけで満足出来るわけなかろう! 今から買い物に行くのだからもっと豪勢な物が作れる筈ではないか!」
「今回の買い出しは、納豆と米と調味料、それとインデックスとお前の昼食用のカップ麺ぐらいしか買わねぇよ」
「ぐぬぬ……なんとまあ甲斐性の無い男、こんな男の妻になったわたくしはなんと可哀相……」
「上条さんはいつ離婚しても結構ですよ~?」
「あら」

常にどうすれば彼女と別れる事が出来るのかと考えている上条の口から出たひょんな言葉。
それに対してローラは急に早歩きして彼の隣に立った。

「それは無きにひとしきよ、そなたと別れるつもりはわたくしの中には毛頭存在せんの事よ」
「はたから聞けば一途で愛らしい奥さんなんだけどな~……」
「みすみすそなたという武器を離すわけにはいかないのだわん」
「ですよね~」

ローラが早歩きしてる事に気づいて歩くペースを少し落としながら上条はヘラヘラと笑う。
彼女もニヤリと悪企みしてそうな笑みを浮かべる。
互いに笑っているが笑っている理由は別々だ。

二人がそんな感じでスーパーへ向かっていると、ふいに目の前からある人物が横から通りかかる。

「夜分遅くに二人でお出かけですか、随分と脇が甘いというか……」
「お、神裂」

ふと現れたのは上条と最大主教がよく知る人物、神裂火織の姿だった。
相変わらず露出の高い服装と身の丈よりも長い鞘に収まった日本刀が目立つ。
彼女はこちらに振り返るやいなや少し呆れた表情だったが上条とローラは気にせず好意的に話しかける。

「何してんだこんな所で」
「おお神裂、そなたこんな晩に何故に出歩いているのかしら」
「知れた事を、あなた達が住む場所の周囲を探っている所です」

ため息交じりに神裂は二人に答えた。この地域には禁書目録・幻想殺し・最大主教という3つの重要素が存在する。他の魔術師から見れば口からよだれを流す程絶品のフルコースであろう、ゆえに彼女は用心を怠らぬよう寝る間も惜しんでこうして彼等の周囲を回って怪しい人物や術式が施されてないか調べ回っているのだ。

「他の魔術師が潜んでいる可能性も捨てきれんませんからね、あなた達もこんな時間まで外を出歩くのを危険ですからせめて警戒心でも心に留めておいてください」
「んなこと言われてもしょうがないだろ、冷蔵庫にはちくわしか入ってねぇし炊飯器も空だし、こんな時間でもスーパーに買い出し行くしかない状況なんですよ」
「ちくわって……そこまで食糧危機を抱えているんですか」

冷蔵庫にちくわのみが置かれているというシュールな状況を想像して神裂は彼を見て少し哀れむ。

「とても禁書目録と最大主教の両方を所持してる者とは思えませんね……」
「それは違いけりよ神裂、この者が所持してるのではなくわたくしが禁書目録と幻想殺しを所持しているのだわ」
「ならば最大主教でありながら同居者に満足な食べ物さえ恵まないのはおかしいんじゃないですか?」
「そなたはその刀に金やパンを与えようと思うかえ?」
「あくまで“武器”という事ですか……上条当麻と一緒に住んでしばらく経ってる筈なのに何も変わってませんねあなたは」
「当たり前なのよん」

えっへんと胸を大きく張るローラに神裂は眉間にしわを寄せて睨みつけた後、表情を変えて上条の方へ振り向く。

「よろしければ私も買い出しのご同行をお願いできますか? 今回の買い出しは私から日頃のお礼として出させていただきますから」
「ええ! マジですか!? それだったら大助かり……いやでも……」

不憫に思った彼女はどうやら買い出しに付き合うと共にお金の方も工面してくれるらしい。
その提案に上条は一瞬喜ぶ様子を見せるがすぐに顔を渋る。

「悪くないか……? 俺達の為に色々回って調べてくれてるし、その上でこんな事やらせるなんて……」
「私は自分の意思でこうしたいと思っただけですよ」

顔をしかめる彼に神裂は口元に小さな笑みを作る。

「少しは私の事も頼ってください、それに最大主教と彼女を飢え死にさせたらあなただって自分の首をいくつ並べても責任取れませんよ?」
「う……それを言われては甲斐性なしの上条さんは何も言えません……」
「ここは借りを返す機会として同行させていただきます」

確かに自分の所有財産だけでインデックスとローラを養える程余裕は無い。本来なら自分だけでも精一杯の収入なのだ。両親からの仕送りと学園都市からの奨学金、しかもレベル0である彼にとって奨学金など雀の涙程度しか支給されない。
これだけで二人と猫1匹を養うには少々、というより完全に無理だ。

ツンツン頭を掻き毟りながら上条は横に目をやる。

「普通金支給してくれるのはお前なんだけどな」
「よいではないか、神裂が払ってくれるのならばそれで万事解決であろうぞ」

神裂が奢ってくれると聞いてローラは彼の非難の目も無視して上機嫌になっていた。
自分が上条に金を恵んでやるなどこれっぽっちも思ってないらしい。

「神裂、わたくしは不甲斐ない夫のおかげでここ数日ロクにお肉の摂取が取れてなき事よ。よって日本産の良質なお肉を調達して欲しいのだわ」
「構いませんが日本の肉は質も高いですが脂質も多くあります、ここ数日家に引きこもって食って寝てるだけの最大主教には手痛い打撃になるでしょう。ですから……」

調子に乗った様子でそんな命令してくるローラを長身の神裂は上から冷たい視線を向けながら

「ちくわの天ぷらでいいですね?」
「か、買い出し前と献立が変わって無いのよ!」
































神裂と合流した上条とローラはそのまま三人でスーパーに着いた。
イギリスの食品店とは一味も二味も違う学園都市の売り場にローラは店の中に入った早々興味深々の様子でキョロキョロと辺りを見渡し始める。

「最先端の科学技術を用いてるだけはあるのだわね」
「いや科学技術関係無いから、ごく一般的なスーパーだからなここ」

買い出しに行くこと自体皆無のローラにとってはすべてが新鮮。人目を気にせず好奇心旺盛で商品に手を取る彼女に買い物かごを用意しながら上条がツッコむと隣に立っている神裂が苦笑する。

「一般的と言われましても「外」とは随分物が違いますよ」
「そうかぁ? あんま変わんないと思うけど」
「表面的には変わらないでしょうけど、学園都市産以外の食物はあまり売って無い所とかあるじゃないですか」
「何が含まれてるかわかんねぇ土の中で作る野菜よりも学園都市の環境整備が整った温室で作られる野菜の方がいいだろ?」
「そういう考えは科学サイドらしいですね、外に住む私達にとっては土の中で育つ食べ物を食す方が多いので気にしてませんよ」
「ん~まあ俺も学園都市の外に出るようになってからは特別こだわらなくなったけど、やっぱ学園都市の食材で作ったモンが一番衛生的に安全だなと思うんですよ」
「そうかもしれませんね、味も外と変わってる所はありませんし。ちょっと寂しい感じがありますが」

神裂と野菜の安全面について語り合いながら食品コーナーを巡っていると、ローラが周りをウロウロしながらふと彼に話しかけて来た。

「幻想殺し、わたくしは少しこの辺を一人で回ってみるのだわん、ここに足を踏み入れた瞬間からわたくしの冒険心がくすぐられているのよ」
「いいけど迷うなよ」
「心配せずともこのような場所で迷うとなどという愚かな事をわたくしがしでかすとお思いかしら?」
(思ってるって言ったらまた怒りそうだから黙っておくか)

さっきから視界を色んな方向に向けて商品を物珍しそうに見ていたのはどうやら純粋にここの物に惹かれていただけらしい。
スーパーに来るなど初めての彼女にとっては見るもの全てが新鮮なのだろう。
子供みたいにはしゃいでいるその姿に上条が呆れていると、ローラは早歩きで用品コーナーの方へと行ってしまった。

「インデックスみたいに妙に子供っぽい所あるんだよなアイツ」

気の緩んでる様子でローラを見送る上条に神裂は声をひそめて警告する。

「だからって油断しないでください、狡猾さと知謀で彼女の右に出る者はいませんよ」
「ああわかってるって……」

髪を掻きむしりながらそう答えると上条は日配の食品が置かれているコーナーにある納豆を数個ほど買い物かごに入れていく。

「今日はお前も一緒に食べるよな? インデックスと一緒に食事できるし」
「いいんですか? 迷惑になるのでは……」
「いえいえ食費支給してくれる女神様を精一杯持て成すのがわたくしのような下々の役目ですから」
「女神じゃなくて聖人なんですが……」

妙にしみじみとした口調でそう言う上条に神裂は背筋から寒気を感じた。

「それにそんなに下手に出ないでください、かえってなにがあるのかと疑ってしまいます……」
「いやぁここ最近は特に不幸な日常を謳歌している上条さんにとっては本当に神裂さんのような方が女神に見えてしまうんですよハハハ……」

元気の無い様子で渇いた笑い声を上げる上条を見て彼女は心配そうに尋ねてみた。

「……なにかあったんですか?」
「そりゃ色々ありましたよ最近は、いきなり所帯持ちになるししかも奥さんはワガママで全然俺の言う事聞かないし……唯一嫁と離れる事が出来る学校では男子からなぜか敵とあだなされて襲われたるし、女子はいきなり俺を見て泣き出したり、吹寄がなぜか殴ってきたり……」
「前以上に荒んだ環境に置かれてますね……」
「「結婚したら幸せになる」とかどこのペテン野郎のセリフなんですかね~……」
「あなた自身も荒み始めてますね……」

肉体も精神もすっかり弱り果てている彼を見てさすがに神裂も不憫に思う。
彼が思っている買い物かごに自分のお墨付きの味噌を入れてあげながら彼女はため息を突いた。

「最大主教のおかげで随分と苦労されてるんですね、彼女のワガママに付き合わせてしまい本当に申し訳ありません……」
「いやお前は悪くないって、悪いのはあれもこれも全てアイツだから。豆腐買っていい?」
「どうぞ」

神裂に確認しながら上条は商品を買い物かごに入れて行って次のコーナーの方へ歩き出す

「でもちょっとばっか信用してもいいかなと思うんだよな、たまにアイツ素直になる所あるし」
「は?」
「学校の先生に言われてから少しはアイツの事も信じてやるかと思ってさ」

片眉を吊り上げて怪訝な様子で話を聞く神裂に上条は棚に並ぶ飲料品を見て何を買おうか考えながら話を続ける。

「俺アイツの事全然知らない癖に、最初っからアイツの言う事全部否定する気持ちでアイツと接してた。それからは一応全部鵜呑みにするわけじゃないけど少しは信用してやることにしてんだよ」
「知るも知らないも彼女は人を操る事に長けた女狐だと言う事に変わりありません。学校の教師がなに言ったか知りませんが、彼女を信用するのはあまりにも軽率だと思います」
「でも今のところはなにも悪い事企んでる様子じゃねぇからさ、だから今の所アイツは問題無いだろ?」
「彼女があなたの前で企みを表に出すなどという愚行を犯すわけがありません」

彼の言ってる事があまりにも粗末な考えだと神裂はバッサリと斬り捨てた。伊達に何年も最大主教に騙されてきた訳ではないのだ。

「いいですか上条当麻、彼女の言う事を信じるという行為はどうか止めてください。縁談の件は私と土御門がもみ消しますから」
「あ、そうだ、確かステイルが持っている俺とアイツの名前が書いてある誓約書を破棄すればいいんだよな? どうなってるんだ今?」
「それがどうやら……ステイルを問い詰めた所、誓約書は既にイギリスの王室に届けているらしくて……」
「な、なんですとーッ!! ん?」

誓約書が既にステイルの手元から離れてはるか遠い異国の地に飛ばされていると知って驚愕しながらも上条は牛乳を手に取ろうとすると……

「ん?」
「あァ?」

自分の右側に立っていた人物と同じ牛乳を手に取ろうとしていたらしい、伸ばした手と同じタイミングで伸びて来たその人物の手、上条は咄嗟にそちらに振り向くと

「……“学園都市一位”がなんで庶民の戦場であるスーパーにおるのです?」
「……文句あンのか」

色白で髪も白く、上条よりも細い体系をした一見ひ弱そうな赤い目をした少年。
一方通行。学園都市に七人いるレベル5の中で頂点に君臨するいわば学園都市最強の能力者である。
横にいる上条に話しかけられても無愛想な態度で睨みつけるとその隙に上条が取ろうとしていた牛乳をかっさらって自分が持ってた買い物かごに入れる。

「チッ、会いたくねェ野郎に会っちまった」
「上条当麻、知り合いですか?」
「ああ、コイツは……」

面識のない神裂がさっさと行ってしまう彼を見ながら尋ねると上条は彼女の方に振り返った。

「一緒にロシア観光とかハワイ旅行に行った程度の仲だ」
「ああ、お友達でしたか」
「おい……」

行ってしまった筈の一方通行がいつの間にか機嫌悪そうに上条の背後に立って彼の肩に手を置いた。

「ふざけた事抜かしてンじゃねぇぞ……!」
「上条当麻、お友達が戻ってきましたよ」
「なんだ牛乳を譲ってやったお礼か? いいんですよ上条さんは寛大です」
「オマエ、マジでぶっ殺されてェのか……!?」
(最大主教を相手をするようになってから随分と余裕な構えを取る事が出来るようになりましたね、彼……)

朗らかに笑って諭す上条に対して一方通行の表情は完全に殺気の込められた目をしていた。






























「ふむ……これはいかようにして使う物なのかしら……武器?」

一方、単独行為に出ていたローラはというと、商品棚に並べられていたおたまを手に取って物珍しげな表情で眺めていた。

「幻想殺しか神裂に聞けばわかるかもしれなし、もしやすればこれを魔術に用いれば国一つ覆せる神器になるやもしれんのだわ」

おたまを手に取り上機嫌な様子で上条達の下へと行こうとするローラ。だが

「……ここはどこであるのかしら?」

あっちこっち回って色んなものを触って夢中になってたせいで自分がどこにいるのかわからなくなってしまった。

「……これは迷うたわけではないのよ、迷うたのは幻想殺しと神裂の方……未だ限界に達しておらぬ英知を持つこのわたくしがよもやこのような売り場で迷うことなど天地が裂ける程あるまじき事……」

自分に言い聞かせるようにそう言いながらローラは不安な気持ちを抱えながら辺りを適当に歩いてみる。
しかし行く場所どこにも上条達の姿は無い。

「なんて事……あの者はわたくしを置いていずこへ行ってしもうたというの……」

数分歩いた所で心細くなったのかその場で足を止めてしまうローラ。
手にお玉を持ってスーパーでポツンと立ち尽くすというなんともいえない状況である。

「仕方なし、ここにある菓子でも見てなにを買うてもらうか決めておくのだわ……」

いつの間にかお菓子売り場にいる事に気づいて早速現実逃避を始めた彼女。
意外にも子供舌である彼女にとって学園都市のお菓子はお気に入りだったりする。

「この神の舌をもつわたくしを満足にできる菓子はあるのかしらね……む?」

口で指をつまんで空腹を我慢しながらめぼしい物はないのかと探していると、ふと妙に気になるパッケージをしたお菓子があった。

「……なんぞや? このブサイクな……蛙?」

奇妙に思いながらローラはまじまじとそのお菓子に目をやる。
箱の表面には「ゲコ太キーホルダー全10種+シークレット1種 ラムネ付き」と書かれており、ヒゲの生えた珍妙なカエルの写真が大きく出ていた。
しかも人気があるのか、それとも“誰かが大量に買い占めている”のかなぜかこの商品だけ1個しか置かれていなかった。

「このようなブサイクな蛙が書かれたものを誰が好き好んで買うのか見当もつかぬのだわ」

欲しいというよりどんなお菓子なのだと興味を持ったローラはふとそれを手に取ってジーッと眺めていると……

「ん?」
「ねぇねぇ、それあなたが買うの? とミサカはミサカは少し不安そうに尋ねてみたり」

ふと下から聞こえる声にローラはそちらに目をやる。
見るとそこには10才前後の見た目をしたクセッ毛のある茶髪の少女が上目遣いでこちらに話しかけていた。

「もしかして買わないならミサカに譲ってほしいなーっと、ミサカはミサカはいかにもといった子供っぽさを強調するアピールをしてみたり」
「……」

ニコッと笑って小首を傾げる少女、ローラは自分が持っているこの変なお菓子を彼女が欲しがってる事に気付いた。

「……そなたこれが欲しいのかえ?」
「うん! そうそう! それはミサカが週に一度あの人が買ってくれる大切なお菓子なの! とミサカはミサカはケチなあの人を脳裏で描きながら叫ぶ!」
「そう、フフフ」

目を輝かせて祈るように両手を合わせる少女の姿に、ローラは菩薩のような優しい笑みを浮かべ

「ならこれはわたくしが買わせてもらうのだわ」
「えええ!?」

バッサリと断った。これには少女も驚くしかない。

「この選ばれし地位に君臨するこのわたくしが、他人に物を譲るなどあってはならぬこと。幼子にはそこの端っこに置かれておる「んまい棒」でも買うておるがよい」
「ひどい! ミサカの週に一回の楽しみを奪おうとするなんて! ミサカはミサカはあまりにも大人げないあなたに憤慨してみる!」
「んな! このわたくしが大人げないであるとな!?」 

譲ってくれると思っていたのに高慢な態度で嘲笑を浮かべる彼女に少女が地団駄を踏んで抗議するとローラはムカっと腹を立てる。

「そのような無礼な口の利き方をするものには意地でもこれは渡さなくてよ!」
「だったら実力行使であなたからゲコ太を奪還する! ミサカはミサカはそう叫びながらあなたの腰下にアタック!」
「うぐ! わたくしを包み込む穢れ無きこの美しき修道服に抱きつくでない!」

ドンっと腰にタックルしてきた少女にローラは肩を怒らし睨みつけるも少女は小さな声で

「変な色……っとミサカはミサカはあなたの服を間近で見ながらボソッと酷評」
「な、なんとわたくしの衣服を侮辱するとは! ぐぬ~絶対に許さぬのだわ! この!」
「痛い!」

服にいちゃんもんつけられた事で遂に激昂したローラは彼女の頭をコンコンと手に持ってたおたまで叩く。

「いだいいだい! ミサカはミサカはおたまで頭を叩かれて涙目を浮かべながらも猛反撃!」
「あう! わたくしに暴力を振るうとは! おまけに靴が汚れてしまったではないか! 今すぐそなたの保護者を呼んで賠償金を請求させてもらうのだわ!」

今度は少女が小さな足でローラの足を何度も踏みつける。
地味に痛い攻撃に彼女は顔を真っ赤にして少女と互いに涙目になった状態で睨みあいながら、お菓子コーナーでギャーギャー喚き始め遂に攻撃を出し合う喧嘩へと発展してしまう。




























そして上条達は

「……なにか効き慣れた叫び声が飛んできてませんか?」
「……上条さんは聞いてません、何も聞こえません」
「……」

神裂の問いに否定する上条と、無言で頭を抑える一方通行がいた。








[29542] 九つ目 わたくしと手を繋げる事を誇りに思うがよいぞ
Name: カイバーマン◆7917c7e5 ID:56da04f8
Date: 2012/04/23 21:15

「ぐぬぬ……!」
「ぐぬぬ……! ミサカはミサカは真似して歯ぎしり……!」

庶民がよく利用する第七学区のスーパーで、一人の少女といい年した大人の女性がお菓子コーナーで顔を近づけて目から火花をぶつけ合っていた。
イギリス清教の最大主教ことローラ・スチュアートと、レベル5第三位を媒体にしてクローン生産された20001体目、打ち止め≪ラストオーダー≫。
二人がこのような馬鹿らしい絵面を作っているのはある理由がある。

「いい年した大人が子供のお菓子取り上げるなんてあなたはミサカよりもずっと子供! ミサカはミサカは見た目は大人、頭脳は子供のあなたを罵倒する!」
「取り上げるとは失礼ぞ、これを最初に手にしたのはわたくしなるのよ。よってこれはわたくしの物けり」
「痛い! またおたまでぶった! ミサカはミサカは……んむッ!」
「もうその手にはのらなし」

ローラががまた頭をおたまでコツンと軽く叩いたので反撃に転じようと彼女の足を踏みつけようとする打ち止めだが、予測していたローラは彼女の頭をガシっと掴み自分の足を踏める距離に近づけないようにした。

「悔しいかな幼子、わたくしの力を持ってすればそなたのようなちんちくりん、他愛もないのだわ」
「うーうー!」
「ホーホッホッ! 滑稽であるわそなたの姿! 潔くわたくしに抵抗するのを諦めて無様に退くといいのよ!」

嘲笑を浮かべ、悔しそうに上目遣いでこちらを睨んで涙目になっている打ち止めを見て気分を良くしたのかローラは店内で堂々と高笑い。
しかしそこに……

「……なにをやられてるんですか姫様……」
「おお幻想殺し! そなたどこ行ってたのかえ!?」

ジタバタ暴れる打ち止めの背後から、一緒に買い物にきていた上条当麻が信じられない物を見るような目つきで立っていた。
知っている人物をようやく見つけてローラは嬉しそうに声を上げる。

「このような場所で迷子になろうとは、幻想殺しの名が泣きけりよ」
「今はもうそんな事にツッコめる余裕がありません、とりあえず俺から一つだけお願いがあります……」
「むん?」

迷子になっていたのは自分だと言うのにまるで上条が迷子になってたかのように得意げに注意するローラに、彼の目は一層彼女に対して哀れみの色が浮かぶ。

「お願いだから、人目の多い場所で子供相手にバカげた行いは慎んでくれ……」
「な! それはどうゆう意味かしら!?」
「自分のカミさんがよそ様の子供とお菓子を取り合っている光景を見たら、恥ずかしいを通り越して自分が情けなくなってきた……」
「う……」

すっかり幻滅してドン引きしている彼の冷たい視線に。
さすがのローラもショックを受けたかのようにその場で固まってしまった。










「……そのお菓子、譲ってやれよ。今度買ってやるからさ」
「……わかったのよ」
「やったー! ミサカはミサカはまさかの援軍によって逆転大勝利―!」
























「ミサカはミサカは念願のゲコ太キーホルダーを手に入れてジャンプしてはしゃいでみる」
「うるせェ、ちっとは静かにしろ。たかが菓子一つでギャーギャー騒ぎやがって……」

数分後、打ち止めは両手でゲコ太キーホルダー付きの菓子を手に入れてう嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら杖を突いて歩く一方通行についていく。
そしてその彼女の背後から打ち止めとは打って変わって元気の無い様子のローラの姿が……。

「怒られるのは慣れているのだけれど……よもや哀れみの目を向けられるとは思いなし……」
「自分の行いを素直に反省して下さい、子供と喧嘩するなんて他の魔術結社に知られたら笑われるどころか正気を失ったのかと思われますよ」

怒られるのではなく軽蔑される方が彼女にとってショックだった。しかもよりによって政略結婚上であるものの自分の夫にだ。
彼女の前を歩きながら神裂火織はキビキビとした口調でキツく注意する。

「学園都市に来てから少し羽目を外し過ぎていませんか、最大主教」
「しかし納得しがたい事、どうしてこのわたくしがあの幼子をお咎め無しの上に菓子を譲らねばならなかったのかしら。わたくしは何も悪い事はしておらぬというのに」
「反省してくれませんか本当に、それになんでおたまなんて持ってんですか、ふざけてるんですか?」

とぼけた様に首を傾げて悩むポーズを取るローラに背を向けながら神裂は募る苛立ちをなんとか抑える。

二人がそうして歩いていると、通路の曲がり角から上条当麻が買い物かごを持ってフラッと戻ってきた。

「神裂のおかげで久しぶりに牛肉が買えた……もうどんな味だったのかも忘れちまったよハハハ……」
「ぬ! 幻想殺し! そなたわたくしを置いていずこへ行ってしもうていたのよ!」
「スーパーに来てんだから買い物に決まってんだろ、子供と喧嘩する所じゃないぞここは」
「むぅ……」

けだるそうに自分の持ってる買い物かごを見せてくる上条にローラは機嫌悪そうな声を漏らすが、上条は神裂の方へ話しかけた。

「悪いな神裂、コイツ見張っててくれて」
「ええ、下手に一人にさせたらまた余計な事をしでかすとよくわかりましたから」
「しっかしまさかスーパーで子供と喧嘩するなんてな」
「このままだと野良犬相手でも喧嘩を売りそうですね」
「わたくしを見ながらなにコソコソと語り合うているのかしら!」

声をひそめてなにか喋っている上条と神裂にローラは手に持ったおたまをブンブン振るって叫んだ。

「元々寛大なるわたくしはあの幼子にあのお菓子を差し上げようとしていたのよ! それを横から幻想殺しが出てきおうてからに!」
「そうは見えなかったぞ」
「わたくしの心遣いを読めぬとは、夫としてあるまじき無礼であるわよ」
「妻として散々無礼を働いてるお前がそれ言うか?」

反省の色が全くない様子のローラに上条がジト目でツッコんだ後、ふとローラが持っている物を見て眉間にしわを寄せる。

「つうかなんでお前おたまなんて持ってるんだ?」
「おお、よくぞこれに気付いたの幻想殺し。これは今までイギリス清教に適材なる人材をかき集めれた目を持つわたくしに選ばれた誇りほまれる神器なるぞ」
「……それで神器ならウチのキッチンは宝具だらけなのですが?」

得意げにおたまを持ってえっへんと胸を張るローラに上条は疲れた様子でボソッと呟く。
おたま一つでこんなに偉そうに振る舞えるのはもはや一種の才能なのではないのだろうか。

「まあいいや、もうこの辺ウロウロするの止めろよ。また子供と喧嘩なんてされたら俺も神裂も困るからさ」
「む、よもやおぬしわたくしを子供扱いしているのではなくて? わたくしはイギリス清教で最高位に君臨する恐れおおきの最大主教であるのよ」
「……はぁ、しょうがねぇな」
「? なんであるのかしらその右手?」

いつもの自己紹介を始めるローラに一つため息を突くと上条はめんどくさそうに買い物かごを左手に持ち替えると彼女に向かって右手をスッと差し出す。
それに対し、ローラは不審なものを見るような目で上条の方に顔をあげる。

「神をも浄化せしその右手で何する気であるの?」
「そういう意味で出したんじゃねぇよ。ほらお前ほっとくとすぐどっか行ってトラブル起こすだろ」

ジーッと疑いの眼差しを向けてくるローラに上条は手を差し伸べたまましかめっ面を浮かべた。

「だったらお前の手を俺がしっかり握っておかねえと思ってさ。騒ぎ起こされたらたまったもんじゃねぇし」
「……それは淑女に対する紳士のエスコートというものであられけり?」
「あ~はいはいそれそれ、上条さんは紳士なので奥方の手を引っ張ってしっかりリードせねばと思ったのです」
「……」

口から適当にそう言ってみる上条の右手をローラは胡散臭そうに彼を見ながら恐る恐る彼の右手に手を伸ばしてそれを掴んだ。
自分よりも大きく堅いその手に触れてローラはまじまじとその右手を見つめる。

「……こうして触ってみると特別な力など感じずただの右手であるのにね」
「俺の右手は異能の力を打ち消すだけだよ。お前が考えてるほど大層なモンじゃねぇんだって」
「……しかしこのようにそなたと手を繋いでいるのを周りに見られるのはいささか恥ずかしい気がするのだわ」
「そうか? 手繋いでるだけだぞ?」
「うむ……」

首を傾げてなにかおかしいか?と問う上条にローラは何も言えずにただ黙りこむとコ恥ずかしそうに顔を赤らめてそっと彼から顔を逸らす。

「……こうして平和な日常を謳歌しつつ殿方に手を引かれるというのは、不思議と悪い気はせぬのだけれどやはり恥ずかしいのよ……」
「なんだお前もやっぱり平和が一番いいのか」
「な! 馬鹿な事を申すでない! わたくしが求めるのはイギリス清教の拡大と魔術の繁栄! そして優れたこの英知を振るい数多の謀略を練る事がわたくし本来の日常であられるのよ!」

ムキになって顔を真っ赤にしたまま否定するローラに、上条は「さいですか」と呟くと彼女の手を取って歩き出す。

「でもこうして買い物してる時ぐらいは変な企み事するのは止めろよ」
「ぬしにそんな事言われる筋合いはないのだわ」
「いいからたまには気ぃ抜いてみろって」

右手でしっかりと彼女の左手を掴みながら、上条はローラのほうに振り返った。

「荷を下ろせば今まで見えなかったもんとか見えるぞきっと」
「……どういう意味であるのかしら?」
「それぐらい自分で考えろよ優れた英知持ってんだろ」
「むう……」

左手でしっかりと彼の右手を掴みながら、ローラは彼が買い物を終えるまでずっとその言葉を頭の中に思い浮かべて悩んでいた。




































「フンフフ~ン、ミサカはミサカはお目当てのお菓子を手に入れて満足げに鼻歌。フンフフ~ン」
「たかが菓子一つでなに浮かれてンだクソガキ……」
「あ! これよく見たらミサカが持ってるゲコ太だ! ミサカはミサカは箱の中身を開けて大ショックを受ける……」
「……」

買い物を終えて店を出た一方通行は目、の前で鼻歌交じりに手に持ったお菓子を振り回して上機嫌になったり、お菓子を開けて落ち込んだりしてる打ち止めにため息ついた後におもむろに後ろへ振り返る。

「そンでオマエは会う度に妙なモンを引きつれてンな」
「ん? それって神裂の方か? コイツの事か?」
「両方だ」

同じタイミングで買い物を終えて一緒に店から出て来た上条に一方通行はジト目で呟く。
彼の両サイドに神裂とローラという濃いキャラが二人もいた。

「どうせまた変な事に巻き込まれてるンだろ。相変わらず」
「そう思ってるなら助けてくれよ、親友」
「寝言は寝て言えクソッタレの無能力者」
「……」

吐き捨てるようにそう言ってそっぽを向く一方通行を見て、神裂はこっそり上条の方に耳打ち。

「随分と口の悪いお友達ですね……」
「まあな、けど学園都市の能力者の中では最強なんだよアイツ」
「ほう……」
(その最強を2度負かした最弱はどこのどいつだ……)

声は小さくしているもののしっかりと一方通行の耳にはその会話が聞きとれていた。
苦々しく舌打ちすると、買い物袋を持ってない方の手で杖を突きながら打ち止めの方へ振り返る。

「帰るぞクソガキ。コイツとツラ合わせると疲れちまう」
「うん、あ、ちょっと待って」
「あァ?」

さっさと家に戻って同居している保護者に買って来た物を渡さなければならない。
しかし打ち止めはというとタタタッと駆けて上条の方へ行き、彼の隣にいるローラの方に顔を上げる。

「あのね実はこのお菓子に入ってたゲコ太キーホルダーはもうミサカは持ってるんだとミサカはミサカは箱をあなたの方に見せながら大胆告白」
「それがいかがしたのかしら? わたくしはそなたとは一言さえも語り合いとうないのだけれど?」
「最大主教……」
「お前……」
「そ、その哀れみの目を止めなし!」

打ち止めに向かってプイっと顔を逸らす彼女に隣に立っていた神裂と上条から「子供相手に何大人げないことしているんだ」と訴えてるような哀れむ視線。
慌ててローラが二人を怒鳴ると、打ち止めはそんな彼女に両手で持っていたゲコ太キーホルダー入りのお菓子を差し出す。

「これはあなたにあげるね、とミサカミサカは少々名残惜しいけどあなたに向かってプレゼント」
「ん? なんぞやそなた、これが欲しかったのであろう? なにゆえ今になってこれをわたくしに譲るというの?」
「ミサカの目的はゲコ太キーホルダーのオールコンプリート。ダブるならせめて欲しがってる人にあげた方がいいでしょ? とミサカミサカは熱いコレクター魂を秘めながらあざとい優しさアピール」
「別に意地になってだけで欲しいとは思っておらなかったのだが……」

正直あの場のテンションに流されてただけでこんなお菓子など興味ないのだが、ローラはふと上条の方に目をやる。

「幻想殺し、これはいかようにすれば良いの?」
「貰っとけよ、せっかく打ち止めがあげるって言うんだし」
「ふむ」

上条にそう言われローラも納得したように頷いた。

「ならばそなたの献上品をいただくとするのだわ」
「うん、このゲコ太キーホルダー大切に使ってね」
(俺の奥さんが子供に菓子恵んでもらってる)
(私の上司が子供にお菓子を譲ってもらっている)

隣から可哀相なものを見る視線が2人分程来ているも気づかず、ローラは打ち止めからゲコ太キーホルダー入りのお菓子を受け取った。

「うーむ、見れば見るほど不細工な蛙であること……」
「そういえばあなたはこの人と仲良く手を繋いでるけど一体どんな関係なの? とミサカはミサカは……」

珍妙な蛙のイラストが映っているお菓子の箱をまじまじと見つめているローラに打ち止めは上条の方へチラリと視線を泳がしながらなにか聞こうとすると……。

「おいクソガキ、いい加減帰るぞ」
「あ、うん、それじゃあバイバイ、っとミサカはミサカは無邪気に手を振って別れの挨拶」

後ろから不機嫌な様子の一方通行に声が聞こえ、打ち止めは去り際にこちらに笑顔で手を振ってすぐに彼の方へと戻って一緒に行ってしまった。

彼女を見送りながら神裂はふぅとため息を突く。

「いい子ですね、しかしなぜあのような少年と一緒にいるのでしょう」
「色々と事情があるんだよあいつ等も、仲良くやってるから問題ないだろ」
「そうなのですか……ところであなた、随分と店で食材を買いましたね」
「ああ、コレも全て神裂が食費を援助してくれたおかげですよ」

片手に持つ大きな買い物袋へ視線を下ろす上条。もう片方の手はローラと手を握っている状態なので使えないので、恐れ多くも食費を出してくれた神裂にももう一つの袋を持ってもらっている。

「大助かりだ、これで3日は持つよマジでありがとう」
「いえ、あなたへの借りに比べれば至極当然の事です」
「借りとか別に作った覚えないんだけどな……」
「あなたに覚えがなくても私には覚えがありますから。しかし……」

だるそうにため息を突く上条に神裂はそう返事すると彼から顔を逸らして眉をひそめた。

(今日買った食材でも三日しか持たないんですか……あの子の食事量ならそれが妥当でしょうけど、これは頻繁に家に顔出して買い物に付き合った方が良いですね……)

彼女が上条家の食料難と財政難に少しは救いの手を与えねばと考えている所で、上条はふと手を繋いでいるローラの方へ振り返る。

「そろそろ帰るか、早くしねぇとインデックスがスフィンクス食っちまうかもしれねぇし」
「そうであるわね、しかし今宵は色々な体験に巡り合えたのであるわ」

打ち止めから貰ったお菓子を眺めると彼女は自分の左手の方にも目をやる。

「よもやわたくしが幼子からお菓子を貰いたり、こうしてそなたと手を繋ぐ事になろうとは思いもしなんだわ」
「俺もまさかこうして仲良く手を繋ぐなんて思わなかったよ」

彼の右手に引っ張られるように歩きながらローラはふと空を見上げた。

(ま……これはこれで悪い気はせぬけど……)




















「しかし上条当麻、どうしておたまなんか買ったんですか?」
「コイツが買え買えしつこいからつい……」
「フ、その道具はわたくしが手を施せば絶大なる力を持つ神器になるのよ」
「なあコイツって本当に頭いいのか?」
「自信なくなってきました……」







[29542] 十つ目 わたくしは友などいらぬ……そう思うていた時期がわたくしにも合ってよ 
Name: カイバーマン◆7917c7e5 ID:56da04f8
Date: 2012/05/02 22:22
日が経つにつれて最大主教ことローラ・スチュアートの扱いにも慣れて来た上条当麻。
しかし未だ彼女のワガママに振り回されているのは事実であり、その点については打開策が出ていない。
なんとか彼女に振り回されずにむしろこちらが主導権を握る立場になりたい。
そんな願望を抱きながら上条は今日も彼女に振り回される生活を強いられている

「ほほう、さすが最先端科学技術である学園都市に建物、見渡す限り興味深き物が置かれているのだわね」
「そりゃまあデパートですから」

今日は日曜だと言うのを良い事に、朝からローラによって外に連れ回されていた上条は第七学区の中心にあるデパートに来ていた。

学園都市色の強い機械構造物に釣られてローラは度々上条と一緒に街中に出る事が多くなっている。
イギリスの王室等ではお目にかかれない物が多いから彼女にとっては新鮮なのだろうが、テストが近い上条にとっては美女と一緒にデート出来ているという楽しみになんの期待も抱けずにただ憂鬱な時間を送っているのだった。

そして今日は彼女自身が楽しみにしていたというデパート。学生達が使う日用品からはたまた一般人では到底買えないような高価な物まで揃えている学園都市の中でも際立って品ぞろえの良いデパートだ。

ここに来た理由はというと、どうやら上条が学校に行ってる間はインデックスと一緒にテレビを見ている時間が多い為すっかり彼女もテレビに魅了されてしまっていたらしい。
そのテレビでたまたまここのデパートの特集があったとかで上条に連れて行けと朝から晩までギャーギャー騒ぎだしたのだ。
ローラに何度もせがまれ上条はテスト勉強をする時間を犠牲にして渋々彼女を連れてここにやって来たのであった。
ちなみにインデックスはステイルに任せて、彼女の飯代は彼に任せる事にした。

「そういやあんまりここ来てなかったな……特に買いたいモンがあるわけでもねぇし日用品は近場で済ませちまうから」
「あれを見よ幻想殺し、この時期に聖夜のシンボルである白き髭をたくわえた老人の人形を出しておるとは技術の高い学園都市も案外無知でありけるわね」
「あれサンタじゃなくてカーネルっていうフライドチキンの神様だって……」

早速店内にあったファーストフード店の前に立ってこちらに微笑む老人の人形を指さして得意げにドヤ顔を浮かべるローラ。
相変わらずの箱入り娘っぷりを披露する彼女に上条はだるそうにツッコミつつ、彼女の左手を自然と右手で握る。

「このデパート結構デカイからチョロチョロするなよ、上条さんはイヤですよ、迷子センターにいる自分の奥さんを迎えに行くなんて事は」
「わたくしが迷子などという幼稚な行いをする筈なかろう、そなたは相も変わらずこの最大主教たるローラ・スチュアートの事をわかっておらぬようであるわね」
「いえいえ、最近はもうすっかりわかってきておりますから。てか前回の話覚えてますか?」

上条はローラがどこかへ行ってしまわぬようしっかりと手を握る。
こうして二人で外出に出向く時は手を繋ぐという事に抵抗が無くなっていた。
最初はいつ知り合いに見られるかとヒヤヒヤしていたが、堂々としていれば案外誰にも気づかれないモンだ。

「言っておくけど今日は見に来ただけだからな、お前が自分の金で買うなら別だけど」
「……のう幻想殺し」
「……なんだ?」

デパートの1階を手を繋いでテクテク歩いているとローラがふと渋い顔をこちらに向けて来た。上条はそれを見てすぐに嫌な予感を察知する、こういう顔をしている彼女の口から放つ次の言葉はどうせロクな事じゃないのだ。そして案の定

「そなたはいつになったらわたくしに贈り物を渡すのかしら?」 
「……なんですと?」
「よもや妻たるわたくしにネックレスなり指輪なりの貴金属やわたくしに相応しい上質な宝石なりを献上する気は無いとでも?」
「……お前もしかして今回ここに来た目的ってそれ?」
「もちのロンであるわよん」

顔を近づけてこちらにニコッと笑うローラ。
普通の人ならばこの笑顔を見ただけであっという間に落ちるであろうが上条にとっては悪魔の頬笑みにしか見えなかった。

どうやら今日このデパートに出向いた理由は上条からなんらかの贈り物を買って欲しかったらしい。
それをようやく理解できた上条は「不幸だ……」と呟き店の天井を仰ぐ。

「お前な、こっちは学生だぞ。おまけに一人暮らしでお金も素寒貧、その上に二人と一匹を養ってるんだぞ? 普通に考えてみろよ普通に」
「金ならどこぞで借りればよいではないか、わたくしの夫であるならば借金を背負ってでもわたくしに相応しい豪華絢爛な代物を贈るべきであるのよ?」
「無茶言うなって! この年で借金持ちとかイヤですよ上条さんは!」

素知らぬ顔で普通に言いのけるローラに上条は声を大きくして激しく拒否。

「だいたいお前なんかに指輪渡したら! それこそ婚約指輪だとか何とか言ってますますお前と別れる事出来なくなっちまうじゃねぇか!」
「……チッ」
「舌打ちしただろ!? 今目を逸らして舌打ちしただろ!?」

バツの悪そうな表情を浮かべてそっとこちらから目を逸らして苦々しく舌打ちするローラに上条は指さして激しく指摘する。図星だったらしい。

「まあはなからそなたにそんな期待などしておらぬわよ、だがしかし、夫婦となられておるのに未だわたくしはそなたにプレゼントの一つや二つ貰うてないのは事実であろう?」
「当たり前だ、貧乏学生なめんな。貰えるならこっちが貰いたい、ていうかください」
「清々しいぐらいの目で何おかしき事を言うておるのかしらこの男は」

キリッとした表情でこちらを見つめる上条に今度はローラがジト目で呆れたような声を漏らす。

「わたくしが己の所持品に物を渡すなどありはせぬのだわ」
「ひっでぇなお前……上条さんはずっとお前のワガママに付き合ってたんですよ? 少しぐらいなんかオゴッて下さいよ」
「フフ」
「……」

エスカレーターを使おうとする手前で会話の途中、突然不敵な笑みを浮かべてこちらに振り向いてきたローラ。上条はそれを見てまた嫌な予感を覚える。

「……なんですか?」
「ならばこうしようではないか」
「はい?」

エスカレーターの傍でつった立ったままローラはピッと上条の顔に指を突きつける。

「今日のお買い物でわたくしに相応しい品を買うてくれ」

ローラの口元が更に横に広がって挑戦的な目になった。





「さすれば月も恥じらう神々しさを持つわたくしが特別にそなたに贈り物を渡してやるのだわ」












「ところでこの階段は……どのタイミングで足を踏み入れれば良けり?」
「エスカレーター初めてなのかお前……」



















エスカレーターを利用しつつデパートの中をローラに手を引っ張られくまなく連れ回される上条。
やはり今日は彼に何かを買ってもらうという目的は本当だったようだ。喜々した表情で色々な物を手にとってはいちいち彼に聞いてくる。

「やれ幻想殺し、これは一体なにけり?」
「ん~なんだろうなコレ」

ローラが持っている手のひらにおさまるぐらいの小さな機械物を横から上条がひょいと手で掴む。

「説明書読む限り学園都市産の消臭器具だな。コレ一個あれば一つのマンション分のスペースの臭いを完全に消しちまうみたいだ。凄ぇけど問題あるだろこれ……てか高ぇ」

こんなコンパクトな作りにも関わらず市販の消臭関連の商品とは二桁も三桁も違う値段に上条が唖然としているとローラは「ふむふむ」と言いながら頷く。

「それは中々便利なものであるわね、幻想殺しとどちらが優れているのかしら?」
「俺は消臭器と比べられるレベルなんですか、ていうか買わねえからこんな高いの」
「むぅ……」

キッパリと断言して商品を棚に戻す上条にローラはジト目で不満そうな声を出す。

「そなた、さっきからわたくしが気にいった物をことごとく断られるであるわね。一体そなたは何を考えておるのかしら?」
「だってお前下らないモンばっか欲しがるんですもん。欲しいならもっと役に立つモンにしろよ。まあ買わないけど」
「ふふふ、数刻前の約束を忘れたとは言わせぬぞ。言ったであろう、そなたがそれ相応の対価をわたくしに寄こせば、わたくしもまたそなたに特別に褒美を差し上げると」

隙を突いて上条の手をバッと振りほどくと、彼の向かいに立ったローラはドヤ顔を浮かべて胸を張った。

「よもやわたくしからの贈り物を欲しくないと言うわけではあるまい?」
「いやいらないから」
「なぬ!」

真顔でサラッと拒否する上条、ローラは動揺し「ここからどうやって彼を操ろうか」と頭の中で練っていた策が全て水泡に帰してしまった。

「お前からモノ貰うのもなんか裏がありそうで怖いし。爆発とかしそう」
「正気かな幻想殺し!? このわたくしが自らそなたに渡そうとする品を断るとは何事であるの! 我が英国市民がそなたの立場であったら涙を流しながら一族総出で三日三晩踊りに踊り狂ってわたくしに喜びと感謝を表現するべき事であるというのに!」
「いや怖ぇよイギリス人! つうかどこの民族それ!?」

信じられない物を見つ目つきをしながらこちらに叫ぶローラに上条もまた大きな声でツッコむと自由になった右手で髪を掻きむしりながらやれやれと頭を横に振る。

「ったく、お前の国の人ならどう反応するか俺にとってはどうでもいいから……上条さんは上条さんですよ? そもそも俺とお前ってプレゼント交換する程仲良いわけでもないから」
「夫婦ならば至極当然の事であろう」
「そんなの形だけだろ、しかも夫婦というよりご主人さまと召使いじゃねぇか」
「それも至極当然、そなたがわたくしに相応しい存在になるには、まだまだ肉体的・精神的修練の積み重ねが必要であるのだから」

そう言ってローラは唇に指を当てて上条にクスッと笑みを浮かべる。いつもの笑みとは違いこれぞイギリス清教をまとめた謀略家と言ったような感じの笑い方だった。

「そなたが真の意味でわたくしのお目通りに敵ったら、そちの考える理想の夫婦像とやらをわたくし自らが演じてやるのも考えてやるのだわ」
「俺は別にそんな事期待してないから安心しろ、お前なんかとさっさと別れたい」

欠伸交じりにだるそうに返事する上条、一緒にいる時間を重ねても彼にとってローラは未だインデックスや他の魔術師達の人生を大きく狂わせた張本人だ。共にいる時間が増えるにつれ彼女にも普通の少女のような無邪気な一面があるのも知ったが、彼女の犯した罪を許すとは思っていない。ゆえに上条は彼女に対しては嫌悪感を表に出す。

同時に彼女を信じたいという感情も心に秘めて

「ま、結婚チャラにしてくれるなら別にここにいても構わねえけど、悪さしねぇなら」
「男のツンデレは可愛くないであるのよ幻想殺し」
「誰がツンデレだ!」






















数時間ほど二人であちらこちらへと歩いていたローラはふとある場所の前でピタリと足を止めた。

「ほう、婦人服売り場であるわね……」
「お前はイギリスから自分の服持ってきたから行く必要無いな~、それじゃあそろそろ家に戻って……」
「待ちなし幻想殺し」

ローラに振り回されてすっかりクタクタになった上条は帰りたい事山の如しなのだが。
それを許すまじとローラは自分の手を取って引っ張って行こうとする彼に抵抗する。

「わたくしは学園都市の女性の衣服には大変興味がおありなのよ」
「何言ってんだ、お前には修道服が一番似合ってるぜ」

婦人服売り場の前で動こうとしないローラにキメ顔で親指を立てる上条だが、彼に対しローラはジト目で怪しむようなに見つめる。

「心にあらずな言葉を用いてもわたくしにはちっとも響かないのよ」
「……チッ」
「舌打ちしたかしら!? 今目を逸らして舌打ちしたのかしら!?」

バツの悪そうな表情を浮かべてそっとこちらから目を逸らして苦々しく舌打ちする上条にローラは指さして激しく指摘する。図星だった。

「くっ、こうなったら命令であるのよ幻想殺し……今すぐここでわたくしに相応しい服を一緒に探すのだわ」
「はぁ!? 男の俺がこの中入れるかよ!」
「わたくしの連れとしてなら問題ないであろう。さあレッツゴー」
「おい引っ張んなって!」 

グイグイと手を引っ張って無理矢理彼女に同行するハメになってしまった上条は上機嫌のローラに引っ張られながら彼女に向かって叫ぶ。

「じゃあ見るだけだからな! 買わないからな絶対!」
「おお、見てみぃ幻想殺し、あのような派手な服は一体誰が買うのであろうな」
「聞けよ人の話!」

店の中は彼が見た事無い別世界のようだった。鼻につく甘ったるい匂いと共に派手さが強調された色とりどりの女性用の服に出迎えられる、店の中には客や店員もいるがもちろん全員女性であり、男性は上条一人しかいない。
しかし上条はそれらを気にする余裕は無くただただローラに引っ張られる事しか出来なかった。

「10分ぐらい見たらすぐ帰るからな……」
「なんと妖艶で薄い布を用いた服。学園都市にはこのような破廉恥な服も公の場で売り買いしておるのね、まっこと哀しき事」
「だから人の話を……うわ、すげぇ服……」

飾られている服を見て思わず上条もローラと一緒に口を茫然と開けて驚いた。

異常なほど薄くスケスケで服越しにでも向こう側がはっきりと見える。
恐らく寝巻き用なのであろうが、こんな女性の武器を前面に押し出せる事が出来る服を上条は見た事無い。

「いくらなんでもこんな服欲しがる人いるのかよ」
「わたくしはいらぬわよ、このような破廉恥な服を切るのであれば舌を噛み切って波乱に飛んだ己の人生を自ら終わらせてやりけり」
「心配するな、俺もこんな服を嫁さんに着てもらいたくない」

両者そろって呆れた目つきでその服を眺めていると……

「う~む……」

その服を横からさっと取り上げた一人の少女が二人の前に現れた。

「これが広告に出ていた今週のおススメに出ていた奴ですの……」
「あ、お前は」

服を手に取るやいなやすぐにしかめっ面を浮かべるのはまだ中学生ぐらいであろうツインテールの女の子。
上条は彼女を見てハッと気づく。

「おススメの割には少し地味ですわね。わたくしとしてはもっと生地を薄くして色も紫にしてスカートを取って下半身は全部露出した感じにし……」
「おい“白井”」
「む?」

両手に取った服を上から下までじっくり眺めながらブツブツと自論を述べている少女に上条が話しかけると彼女はやっとこちらに気づいたように顔を上げるが、すぐに汚物でも見るような目つきに変わる。

「げ、類人猿……まだ生きてたんですの?」
「会っていきなり「生きてたのか」はないだろ……」
「久しぶりの休日にあなたのような人に会うとは最悪ですわ」
「さいですか……」

会っていきなり失礼な事を言いのける少女は白井黒子。
上条と縁の深い御坂美琴の後輩であり彼女を異常なほど慕っている少女である。
美琴に対しては人間的にも性的にも好感を持っており、そんな彼女が好意を向けている上条には当然彼女は思いきり嫌悪感を露わにしているのだ。

「ていうかあなたはなぜここに? もしや女装癖でもおありでしたの?」
「ねぇよ! 俺はただの付き添いで来てるだけだって!」
「あら残念、ん? 付き添い?」 

上条にいわれて白井は初めて彼が誰かの手を繋がっているのに気付いた。
パット見だと金髪碧眼の修道服を着た綺麗な女性である。

「おやまあ随分綺麗な方ですこと、日本の方ではないと思いますが一体どうやってあなたのような類人猿がこのような女性と知り合ったのですの?」
「それはまあ成り行きというか……」
「のう幻想殺し、この者はそなたの知り合いかえ?」
「一応そうだけど……」

目を細めて尋ねて来た白井に上条が返答に困っていると今度は隣に立ってるローラの方が話しかけてくる。
すると白井は彼女の方にペコリと丁寧にお辞儀した。

「お初にかかりますの、わたくし常盤台在籍兼ジャッジメントとして日夜この街の安全を守る為に働いている白井黒子という者ですわ、どうかお見知りおきを」
「おお、なんと丁寧な自己紹介! 学園都市には勿体ない程、礼儀を心得ておるのだわ!」
「はぁ……わたくしは極当たり前に名乗っただけなのですが……」

自分の挨拶の仕方に気に入ってくれて勝手に大はしゃぎするローラに黒子がなにがなんだかさっぱりわからない様子で首を傾げると、ローラは胸を張って負けじと名乗り出る。

「わたくしはイギリス清教の頂点の地位である最大主教として長年英国を己の身で支え続けた可憐なる策略家、ローラ・スチュアートであるのよ」
「……何を言ってるのかさっぱりわからないですの、要するに凄い高貴な身分の人という事でいいんですの? 若いのに苦労なさってるんですね」
「ふふふ、そなたはわたくしの話がよう理解出来ているようね。ますます気に行ったのだわ!」
「はぁ……」

よく分からない内にみるみる彼女の評価が上がっている事に黒子が困惑していると、ローラは上条と手を繋いだまま大きな声で

「そしてこの男がこの宇宙の如く無限の英知を持つわたくしに見事選ばれた夫であられるのよ!」
「ちょ! だから何言ってんだお前は! 俺の知り合いにそういう事言うの止めろっていつも言ってるだろ!」
「事実であろう、わたくしはそなたの妻であり、そなたはわたくしの夫けり」
「……夫?」

いきなりタブーを破ってしまうローラに上条が慌てるのも白井の耳にはもう届いてしまっていた。
彼女はキョトンした表情で上条の方に振り返る。

「夫とはどういうことですの? 類人猿、あなた学生の分際でよもや外国の方と縁談を結んだというんですか?」
「違う違う! 誤解だ白井! 上条さんは騙されてコイツと結婚するハメになってしまったんです! いや結婚と言ってもコイツが勝手に言ってるだけで法律上ではまだ赤の他人なんです!」

きょどった様子で首をブンブン横に振って言い訳する上条にローラが面白くなさそうな表情を浮かべ

「人の裸を見て赤の他人というわけではなかろう」
「それは全面的に俺が悪いが結婚の話とは別件だろ!」
「別件などではあらぬ、わたくしの純潔に危機を与えたのは後にも先にもそなたぐらいしかおらぬではないか。責任はちゃんと取ってもらいけるわよ」
「何をおっしゃりやがります! 人の裸を見たら結婚しないといけないなら! 上条さんは一体あと何人と結婚しなきゃいけねぇんだよ!」
「そなた、わたくし意外に一体どれほどの女人の裸を見て来たというの……」

慌てふためく上条を見て、ローラは軽蔑の眼差しを彼に向けた。
インデックスの言う通り、この男は女性との縁が非常に多いようだ。

ローラがそう考えていると、白井は今度、彼女の方に話しかける。

「あなた本気でこの類人猿と結婚なさるおつもりですの?」
「フッフッフ、この者はいくらそなたでも譲らぬわよ」
「いえ全力でお断りさせていただきますの、わたくしはもう心に決めたお方がいるので。しかし……」

白井はアゴに手を当て考察する構えを取る。

もし彼女が上条の事を本気で結婚しようと考えているのなら……

1・類人猿がこの方と結婚
2・お姉様が悲しむ
3・それを黒子が優しく慰める(もちろん体を使って)
4・黒子はお姉様と晴れて結ばれる
5・幸せな家庭を気付きあげてハッピーエンド

「……ふむ、これはわたくしに舞い降りた千載一遇の好機ですの」
「なにか企んでないかお前……」
「企んでましたわよ、誰もがハッピーエンドになれる結末を」
「正直に言うんだな、てかうさんくせぇ……」

頭の中で計画をまとめて改めてこちらに振り返って来た白井に上条は怪しむような視線を送ると、彼女はローラの方へと顔を戻す。

「話はよくわかりましたわ、類人猿の奥方」
「おお! わたくしとこの者が夫婦であると理解出来たのか!」
「フッ、そりゃ当然ですの、こんなお似合いで素敵な夫婦を見たのはこの白井黒子の人生においてあなた達しかおりませんから。羨ましいですわねホント、見れば見るほどこちらも幸せな気持ちになってきますわ」
「見よ幻想殺し! わたくし達が素敵な夫婦と呼ばれたであるぞ! この者はよくわかっておる!」
「落ち着けって!」

ニッコリとこちらに笑いかけてひたすらヨイショしてくる白井にローラは興奮した面持ちで上条に嬉しそうに報告、しかし彼の表情はどこか晴れない。

「おい白井、お前一体何を考えてるんだ?」
「わたくしがお話しているのはあなたの奥方ですの、あなたは会話に入ってこないで下さいまし、ていうかちょっとどこか行ってくれませんかあなたは?」
「なんだよその温度差! いやいつも通りだけどなんか納得いかない!」

ローラにたいしてはひたすらお膳立てしてたクセに上条に対してはいつも通りの冷めた態度。上条がやりきれない気持ちを抱いていると白井はローラに近寄ってヒソヒソと耳打ちし始める。

「奥方様……実はわたくし、夫婦円満の秘訣というのをよく心得ておりますの……」
「なんと! そなたそのような事を知っておるのか!」
「ええ、ですからこの類人猿は適当にほおっておいてわたくしと二人でこの店の奥に行ってみませんか……? きっとあなたが求めている品物が手に入りますわよ……」
「そのようなな物があるというのこの店に……それはまことか……? よもや狂言ではあるまいな……」
「ふっふっふ、なにをおっしゃるんですの……実の所このお店の物は選ばれた大人の女性のみにしか着れませんわ……美しいスタイルを持つ奥方様にはきっとお気に召される至高の逸品がございますの……」
「おお……! ではここはまるでわたくしの為に作られたような店であるということ……!」

上条から離れて何やらゴニョゴニョ話し合っている二人。上条はただ茫然とそれを眺めていると二人はニヤニヤ笑いながら囁き合って

「白井よ、そちも悪よのう……」
「いえいえ、奥方様ほどでは……へっへっへ……」
「なんか仲良くなってんな……上条さんは相変わらず蚊帳の外ですけど……」

二人仲良くそんな会話しているのが耳に入って。
一人取り残された上条はただその場でポツンと寂しく立ち尽くすのであった。








[29542] 十一つ目 わたくしは……変態が恐ろしいのだわ……
Name: カイバーマン◆7917c7e5 ID:56da04f8
Date: 2012/05/09 18:43
「……」

ローラスチュアートが偶然出会った白井黒子と女性服専門の店に入っている頃、上条当麻はデパートにところどころ置いてある椅子にぼんやりとした表情で彼女達が戻ってくるのを待っていた。彼の周りにも似たように女性の買い物を終えるのを待っている男性客が座っている。
女性の買い物は長い、ゆえに男達は彼女達の帰りをただひたすら待ち続けるしかないのだ。

「おっせぇなぁ、何してんだよアイツ……」

ここに来るまでローラに散々連れ回されて疲れている上条。もはや歩く気力もない
だるそうに彼女の帰りを待っていると。

「あれ? 嫁持ちカミやん、なにしてるん?」
「ん?」

ふと目の前を通り過ぎろうとした男がこちらに止まったので上条は顔をそちらにあげた。

「なんだ青髪じゃねぇか」
「こんな所でどうしたん? 随分やつれた表情してるようやけど」

目の前に立ち止まってこちらに声をかけたのはクラスメイトの青髪ピアスだった。
土御門がいない所から見てどうやら一人でデパートに来ているようだ。
上条は多少の時間つぶしが出来るいい話し相手が見つかって少し元気を取り戻す。

「ああちょっとな、連れが俺の知り合いと意気投合してあそこの店から出てこないんだよ。だから俺はここで待ってるわけ」
「あそこの店?」

上条が指さした方向に振り返った青髪は「なんやて……」と声を漏らしてすぐ彼の方に顔を戻す。

「あそこブランドもんの女性服売っとる所やん! さてはカミやん! 今日はあの綺麗な嫁さんとデートしとるんか!?」
「デートなんかじゃねぇよ、一方的に俺がアイツに連れ回されてるだけ。正直俺はもう帰りたいんだけどアイツ中々戻ってこないんだよ」
「うわこの余裕の態度、すっげー殺したい。カミやんちょっと一度僕に殴られてくれへん?」

気味の悪い笑みを浮かべて拳を構える青髪に上条ははぁ~とため息を突く。

「お前だって嫁さん持ったらわかるって、連れ回されるのも疲れるしこうやって待ってるのもすげぇヒマなんだぞ」
「そうなん? 僕の嫁は画面から出てこないから椅子に座ってるだけで全然疲れへんよ」
「3次元の話ですよ青髪さん」

青髪の言う「僕の嫁」というのはギャルゲーやいかがわしいゲームで攻略したヒロイン達の事だろう、自慢げに語る彼を見て少々哀れみながら上条はさっと話の話題を変えた。

「そういえばお前の方はなんでこんな所に来てんの?」
「え? 僕? 僕は一人でお買い物や、リア充のキミと違って僕は寂しく一人ぼっちで店の中をうろついてるんや」
「土御門は一緒じゃないのか?」
「あー、誘ったんやけどアイツ用事があるらしくて無理やったわ。ここ最近アイツ付き合い悪いんよ」
「そういやそうだな……」

彼の話の通り確かに土御門との付き合いがここ最近減っているような気がした。
学校もたまに欠席する時があるし、部屋を長く留守にしてるとも義妹の舞夏が言っていた。

(もしかして俺とアイツの件で色々と動いてんのか……?)

自分とローラの結婚話を帳消しにする為に彼が裏で手を回してなにかやっているのかもしれない。
膝に頬杖を突いて上条がそんな事を考えていると青髪が彼の方を見下ろしながら突如話しかけた。

「そういやカミやん、嫁とイチャついてるのはわかるけど、テストの勉強はしてるん?」
「え……全然」
「うわぁダメダメやん、ただでさえ成績悪い上に欠席も多いんやから、ここで挽回しとかんと冗談抜きで進級出来へんで?」
「吹寄と姫神から誘いのメール来るんだけどさ、カミさんのせいで忙しくなって他に時間取れねぇんだよ」
「そんなメール来とったんかい……僕の所は来ぇへんのに……」

所帯持ちになってもなお他の女性との関係を続けている上条に末恐ろしいモノを感じた。

「……つうか嫁さんに付き合わされてるから勉強出来へんの?」
「そうなんだよ、なあ青髪。なんかいい手ないか? アイツ俺が学校行ってる時以外はずっとべったりくっ付いてくるんだよ」
「そうやな、もう死ねばええんとちゃう? ていうか死ね」
「出来れば死ぬ以外の方法で解決したいんですが……」

友に向かって平然と死ねと言われた事にハハハと上条が苦笑すると、その友は後頭部を掻きながら苦々しい表情で舌打ちする。

「しゃーないなぁ、ホントは男の、ましてやリア充野郎の手助けなんてしたくあらへんのやけど」
「お! なにかいい案があるのですか青髪先生!」
「ふ、当たり前や僕を誰やと思うてんねん」

すがりつくような表情で顔を上げて来た上条に青髪はドヤ顔で自分を親指で指す。

「人生に一度しかない青春時代の中でただひたすらあらゆるギャルゲーを攻略して数多のヒロインを落としていった男やで……」
「悲しくなるなそれ……」
「うん、自分で言ってる僕も悲しい、ていうか泣きそう」

可哀相なものを見る目をする上条に対して、青髪はグッと涙をこらえながら突然彼にビシッと指を突きつけた。

「カミやん! カミやんはまず嫁さんの評価をここで一気に男見せなきゃならへん!」 
「いきなりどういう意味ですか青髪先生!?」
「嫁さんがカミやんを拘束する理由はただ一つ! 浮気性のカミやんを一人にしたら心配だからや!」
「生まれてこの方一度もモテたためしがない上条さんが浮気に走れるわけがありません!」
「黙って聞けぇ! もしくは死ねぇ! ええかカミやん! 女ってのは単純な生き物なんや!」

意味がさっぱり分かってない様子で叫んでくる上条に、3次元の彼女を作った事さえないギャルゲー王の青髪は淡々と彼に説明する。

「カミやんを拘束するのはまだ嫁さんが不安に思うとる証拠や、「自分は彼に本当に愛されてるのか?」、「もしかして別の所で女と会っているんじゃないか」という疑の心が彼女に芽生えてるんやきっと」
「いやアイツはただ俺を振り回すのを楽しんでるだけのような……」
「鈍感野郎はこれやから始末に負えへんねん、ええかここテストに出るで」

本当に先生のような感じで話を進めて行く青髪、上条はそんな勢いで喋る彼の話を黙って聞くという選択しかない。

「そういう女にはなぁカミやん。愛情こもったプレゼントが一番ベストオブベストなんよ」
「プレゼント……?」
「そうや、僕の見る限りだとカミやんは嫁さんにプレゼントを渡すっちゅう事なんかやってへんやろ?」
「な! なぜそれを!?」
「僕にかかれば全てお見通しやで……」

言ってない事さえ察知する鋭さを持った青髪が驚愕する上条に不敵な笑みを浮かべる。

「そこや、カミやんがべったりされる理由は。ただ彼女はカミやんからの贈りモンが欲しいんやきっと、愛されている証が欲しいんや」
「はぁ……」
「ということで今すぐここのデパートでカミやんが考える中で彼女に一番ベストなプレゼントを買うんや、それを渡せば多少は自分の時間を作ることにも目を瞑ってくれるやろ、自分は愛されてると安心してるんやから」
「なあ青髪……」

膝に頬杖を突いたまま上条はけだるそうに、わざとらしくオーバーな言葉を使ってアドバイスしてくれる青髪に口を開いた。

「言っちゃ悪いけど俺達って実はお互いの事に好きとかそういう感情は持ち合わせていないんだよ、政略結婚って奴だからさ」
「へ? そうなん?」
「俺は無理矢理結婚された身だし、向こうは完全に俺を利用する目的で結婚しただけだし。それに俺はどっちかというとアイツの事嫌いなんだよ」
「カミやんが女の子に対して嫌いなんて言葉使うの初めて聞いたわぁ……けど嫌いならこうして一緒にいるのはおかしいんとちゃう?」

真顔で訳を説明する上条に対して青髪はヘラヘラと笑いながら彼に反論する。

「嫌いなら向こうがダダこねても無視してほおっておけばええやん」
「それはあんまりだろ……アイツ結構子供っぽいからそういうの一番心に響くと思うぞ、お前みかけによらずそんなひどい事出来るのかよ……」
「あっれ~おかしいな~。親切に助言したのになんで僕が責められてんの~? ていうかカミやん本当に嫌いなん? 普通嫌いなら相手の事なんて考えへんもんやで」
「……」

首を傾げてみせる青髪に、上条は気難しい表情でなんて言おうか黙って考え込んだ後、ポツリと彼に言葉を告げた。

「嫌いではあるけどアイツ自身を全部丸々拒絶するのは止めたんだよ、小萌先生に色々言われて少しずつアイツの事も信じてやろうと思ってさ」
「はぁ、なんかめんどくさいなぁ……」
「そうか?」
「うん」

腰に手を当てながら青髪は縦に頷く。

「信じたいのに嫌いって、変な愛情表現やね」































「……」

上条と青髪が話をしている頃、ローラは仏頂面である物をジーッと見ていた。

「これなんてどうでしょう、いささか地味ですがあの類人猿なら簡単にイチコロですの」

さっきから次か次へとある物を取り出して得意げに両手で持って見せびらかしてくる黒子、しかしローラは彼女が提示する度に顔が少しずつ紅潮していく。

「……そなた、これをわたくしに装着せいと言うの……」
「あら? やはりもっと派手な方がお好みで? ならばこのピンクの刺繍で施された網状の……」
「わ、わたくしはそのようなな破廉恥な下着など付けぬわ!」

溜まりに溜まっていた不満が遂にローラの中で爆発した。さっきから黒子がこれにしろあれにしろと彼女に提示していたのは、もはや下着としての役割さえ果たして無いような、生地が異常に薄く隠す部分を隠していない大人の色気をムンムン放っている派手な色をした下着ばかりだったのだ。

「こ、こんな物をこの最大主教が付けているなどと思われたら! 長年詰み上げて来たわたくしの栄光が音を立てて崩れ去りけり!」
「オホホホホ、随分とウブでいらっしゃいますこと。ですが殿方を魅了するのであればこれぐらい序の序であられますわよ」
「そんな下着を付けては……明らかにわたくしがあの者をさ、誘おうとしているようにしか見えぬではないか! わたくしの純潔をまだ散らされとうない!」
「あらあら、まだあの類人猿と経験無かったんですの。既成事実を作れば夫婦の絆も深まりますのに」

店内にも関わらずとんでもない言葉を互いに出し合いながら黒子はフフフとローラに不敵に笑う。

「よく言うではありませんか、「夜の営みこそが夫婦仲を深めるコツ」と」
「わたくしとあの者はそのような関係になるのは早い! それにわたくしとあの者はただの夫婦であられぬ! 契りを交わした時から利用する側と利用される側と決まっておるのよ!」
「ほう、それは奥方様が利用する側で合っていますの?」
「当然でありけるわ! 元々わたくしはあの者を愛しておるから結婚しようと思ったのではあらぬ!」

どの下着にしようかと商品棚から探しながら黒子がそう言うと、彼女の背後に立っているローラがフン!と力強く鼻息を出して両手を腰に当てて胸を張った。

「あの者に利用価値があると思うたから他の者に奪われる前に奪ったまでのことであられるのよ!」
「そこに愛は無いとおっしゃいますの?」
「ない、わたくしからみればあの男はただの道具の一つでしかないのよ。異性などとは決して……」

キッパリと宣言しようとした手前で、ローラは急に黙って恥ずかしそうに声のトーンを下げた。

「ま、まあ……極稀に男として見る事はあるのだわ……道具であるもののアレも一応人であるし殿方でもあるのだし……」
「ほうほう、例えばどのような状況であの類人猿を異性として見てしまうんですの?」
「え、えと……わたくしの好きな料理をつくうてくれた時とか、わたくしの髪をといてくれた時とか、て、手を繋いだ時とか。あとは……裸を見られてしまった時とか……」

気恥ずかしそうな表情でブツブツと呟き、傍に寄らないと上手く聞き取れない様子で喋るローラに黒子は耳を傾けながら言葉を彼女に送る。

「それは女性が殿方の魅力に惹かれる理由の一つでありますわよ、裸を見られたは除きますが」
「わ、わたくしがあの者に惚れてきていると思うでおるの!? ありえぬ! わたくしにとってあの男は戦いの駆け引きに用いる為の武器! 禁書目録や神裂と同じく人型の兵器でしかないのだわ!」
「アレが武器とか兵器と呼ぶ事に疑問を感じますが。恋をするというのは案外、偶然のキッカケで突然生まれるものですわよ」

そう言って黒子は彼女の方に振り返るとポッと顔を赤くして手を頬に当てた。

「なにを隠そうわたくしも、お姉様との運命の出逢いは今でも忘れぬ思い出でありますの……」
「お姉様……そなたもしや女人でありながら女人に好意をもうておるのか……?」
「愛に性別など関係ありませんわ、大事なのは互いの関係を育んで深めることですのよ、グヘヘヘ……」
「……よだれ出ておるぞ」

両手を頬に当てて身悶えしながら口からジュルリとよだれをたらす黒子にローラはすっかり冷静さを取り戻して指摘して上げる。

「そなたもしや変態かえ?」
「変態ではありませんわ、仮に変態だとしても変態という名の淑女ですの」
「なるほど、既に自覚済みであるということね。安心したのだわ」

こちらを見据えるように凛とした目でキリッとそう言う黒子にローラはジト目で適当に返事した。こういうタイプはツッコむのもめんどい

「迷いが無いというのはちと羨ましき事ではあるけど……」
「ということで奥方様、あなたも一流の淑女になるべくこの下着を是非あの類人猿の前で披露して下さいまし!」
「ぬぐ! それが下着だというの!」 

いきなり話題を戻して黒子が商品棚から取り出したのはかろうじて黄色だと認識できる程度の薄い生地で出来あがった下着。突然出されたそんな妖艶な下着にローラはすぐに顔を真っ赤にする。

「スケスケで向こう側も容易に見通せるではないか! そのようなものを付けてはもはや裸と同じであろう!」
「そうですスケスケですの、セクシーですの、これであの男の性欲も一気に鰻昇りですわ」
「だからわたくしはあの男に抱かれようなどと思うておらぬ! ただあの男がわたくしと別れる事が出来ぬような策が欲しいのであるのよ!」
「だから言ってますでしょ、既成事実が一番てっとり早いですの。子供でも作ればあの類人猿も別れるに別れないでしょうから」
「こ、子供……!」

子供と聞いて頭が悶々としてしまい、思わずフラッとめまいを起こしてしまうローラ。

「そ、そなたそれを本気で言うておるの……!」
「ええ、わたくしもお姉様の子供を産みたいのですが女同士だと学園都市の科学技術を持ってしてでも不可能なんですわよね」
「なんと恐ろしい事を考えるのかしら……絶対敵には回したくないのだわ……」
「もちろんわたくしは奥方様の味方ですわよ」

恐怖と怯えが混じった表情でブルブルと震える彼女に黒子はニヤリと笑って見せる。

「奥方様があの類人猿を落としてくれれば。わたくしとお姉様を阻む障害が無くなるということですから」
「……どういう意味であるのかしら?」
「ということでこれ買ってみましょうか、お金の方はご心配なく。これはわたくしと奥方様の親交の証としてわたくしが出しておきますわ」
「ま、待つのじゃ! わたくしはそんな下着を付ける気などない!」 
「オホホホホホホ、是非後日にてあの類人猿との営みの感想を教えてくださいまし」
「待てーいッ!」

ローラが必死に叫んでいるにも関わらず黒子は笑って誤魔化しながら彼女におススメした派手な下着を手に取ってスキップ交じりに店のカウンターに行ってしまうのであった。

「白井……恐ろしき子であるのだわ……」
「買った後、ここで試着できるようですから付けてみましょうか」
「なぬッ!?」
































「おっせぇな……」
「そうやねぇ」

一方その頃、上条はまだ青髪と一緒に椅子に座って彼女達の帰りを待っていた。
こうしている間にもステイルは一体どれほどの額をインデックスの飯代に費やしているのかと呑気に考えていると、隣に座っていた青髪がポツリと呟く。

「最悪プレゼントは買っとこんとなぁ」
「またそれかよ……いらねぇって」
「そうは言ってもカミやん、こうしてただ時間を潰しとるのはテスト前の僕達にはありえへん事やで? このまま嫁さんに連れ回されてたらカミやん勉強するヒマないやん」
「それとこれとは別だって」
「騙されたと思うてやってみぃ」

ローラにプレゼントを渡す、青髪の提案に上条がしかめっ面を浮かべて何度も否定するが青髪の方もそれは譲らなかった。

「女の子に好かれるにはプレゼントを渡すのが一番大事と言っても過言じゃないんやから」
「俺別にアイツに好かれたくないし……」
「強情やなぁ、あんなべっぴんさん一生に一度拝めるだけでもありがたいのにそれを嫁にしとるんやで。無理矢理結婚されたとかどうか知らんけど僕としてはめっちゃ羨ましい事なんよ」
「まあ見た目は確かに悪くねぇけど、性格がな……」
「カミやんが意地はっとるから向こうも警戒しとるだけやって」

そう言うと彼は椅子から立ち上がった。

「ギャルゲーマスターである僕の情報やで、女の子にはプレゼントが一番。カミやんもここは素直になって嫁さんになんか渡してみぃ」
「なんかってなんだよ、俺あんま金持ってないぞ」
「そこん所は自分で考えなはれや、わからんのなら嫁さんと相談してなんか買うてやればええんやし」
「アイツの事だからどうせ聞いても宮殿寄こせとか言ってくるぞ」
「ハハハハハ、まあしっかり頑張れやー」

友人に最後の言葉を贈ると、青髪は微笑を浮かべたまま手を振ってエレベーターのある方へ行ってしまった。恐らく時間も時間であるし帰るのであろう、ここから見える窓から外を眺めると日はすっかり落ちて夜になってしまっていた。

「インデックスはステイルがいるから大丈夫だよな……」

窓から見える夜景を眺めながら上条は独り言を呟くが、青髪が最後までずっと言っていた事が頭から離れない。
思えばそんな物を渡す機会など自分の人生の中で一度も無かった気がする、と言っても記憶の大半を失っているので実際の所よくわからないが。

「プレゼントねぇ……しかもアイツに……」

ぼんやりとした表情で呟くと、上条は天井を見上げてわざとらしい深いため息を突く。

「ま、アイツが機嫌良くなれば勉強できる時間も作れそうだしやってみっか……」

青髪ピアスの言葉に乗せられ、上条当麻は手元にある財布を心配しつつふと決心した









[29542] 十二つ目 わ、わたくしに捧げるための贈り物を献上しなし!
Name: カイバーマン◆7917c7e5 ID:56da04f8
Date: 2012/05/22 19:38

白井黒子と買い物を終えたローラ・スチュアートはやっと休憩場で待機していた上条当麻の所へ戻ってきた。

「ま、待たせたわね……」
「ん?」

ボーっとして椅子に座っていた上条は彼女が近くに寄って来た時に初めてローラとその傍らにいる黒子に気付いた。
パチッと目を覚まして彼は彼女の方に顔を上げるが、「?」と少し彼女に違和感を覚えた。

「なんで顔真っ赤にしてモジモジしてるんだ?」
「い、いやあまりにもスースーするものであるから……」
「スースー?」

身に纏った修道服を手でぎゅっと掴み、絶対にめくれないよう細心の注意を払って立っているローラに上条が首を傾げると、彼女は顔を赤く染めたままキッと彼を睨みつけ

「ええいうるさい! なんでもないのよこの幻想殺し!」
「ええまあ幻想殺しですけど、なにかあったのかお前?」
「余計な詮索は無用であるのよ……」

挙動不審な彼女を変に思って尋ねて来た彼にローラはプイっと顔を背けた。
今「身に付けている物」を彼には絶対にバレたくない。

「相変わらず変な奴」
「まあまあ類人猿、奥方様に対し変な奴などとお呼びになるなんて。それでは良き夫にはなれませんわよ」

上から目線で嘲笑を浮かべながら近づいてきた白井に、上条は後頭部を掻きながら彼女の方へ向いて席から立ち上がった。

「白井、お前コイツになにか妙な事しなかったよな?」
「してませんわよ失敬な、わたくしが行ったのは女性として最高のスタンスとはなにかと奥方様に教えてあげただけですわ」
「ああ、コイツの様子がおかしいのはそのせいか」

白井の話を聞いてすぐに納得する上条、彼女の性癖は長い腐れ縁でよくわかっている。
十中八九いかがわしい事をローラに教えたに違いない。
一体何を教えればあんなに顔を赤くして、爪が食い込むぐらい修道服の裾を握りしめるのだろう。
上条がそんな事をぼんやりと考えていると白井はニコニコと笑いながらローラに近寄っていく。

「奥方様、今回のお近づきの印に是非連絡交換を行いたいのですが」
「れ、連絡交換とな……?」
「携帯番号を教えてくれるだけで構いませんわ、わたくしでよろしければ今後とも是非奥方様の為のサポートを抜かりなくやらせて頂きたいのですが」

半ば脅し的な感じで連絡交換を強要してくる白井に、ローラは裾をギュッと掴みながら怯えた目つきを浮かべながら後ずさり

「う、うぬぅ、出来ればそなたの助言は過激すぎであるので御免こうむりたいのだが……。それにわたくしは生憎携帯は持ち合わせておらなし」
「はて? 今時珍しいですわね……」

このご時世で携帯を所持していないとは、白井は意外そうな表情をした後、今度は上条の方へグルリと方向転換。

「それなら仕方ありませんわ、類人猿、とっととあなたの携帯を出して下さいな」
「はぁ俺!? なんで俺が白井と連絡交換しなきゃいけないんだよ!」
「奥方様が携帯を持っていないのであれば仕方ないですの、まことに不本意ですがあなたの連絡先を貰ってあげますわ、ありがたく思いなさいまし」
「俺としてはお前に連絡先教えたら何か嫌な予感を覚えるんだが……」

仏頂面でペンのような携帯を取り出してさっさと教えろと言わんばかりの白井に
上条ははぁ~と深いため息を突くとポケットから自分の携帯を取り出した。

「けど仕方ねえか、せっかくコイツと仲良くなったみたいだし」
「というと?」
「これからコイツの事よろしくって言ってるんですよ」
「フフ、安心なさいませ」

上条が差し出した携帯の前に白井も自分の携帯をスッと差し出す

「この黒子があなたと奥方の仲をそれはそれは熱く燃え盛らせてあげますわ、わたくしが手取り足とり教えればきっと来年には元気なお子さんが」
「いやそれはやらなくていい、ていうかその携帯ってどこに赤外線あんの?」
「それはわたくしもわかりませんのよ。なにせこの携帯、未来的なデザインだから買ってみたのですが機能性は滅茶苦茶使いにくいんですの」
「お前な……」
「さあ類人猿、あなたにこのムダ機能ばっかり搭載されている機械物を攻略できる知能があるかテストして差し上げますわ、さあかかってきなさい」
「自分出来ないからって俺に頼むな!」

未来っぽいという理由だけで試しに買ってみた携帯を自慢げに見せびらかす白井。
しょうがなく上条は彼女の携帯と自分の携帯を持って四苦八苦しながらようやく連絡交換する事に成功するのであった。

「しかし御坂の次は白井か……常盤お嬢様の携帯番号を2人も知ってるって結構レアなんじゃないか?」
「む? 今何やら言いましたの? まさかわたくしにつけこんでお姉様の携帯番号でも手に入れようとしているんじゃないですわよね?」
「はははまさか……(もう知ってるし……)」































白井と連絡交換した後、彼女は意外にも自分達との行動を終えて早々と自分の寮へと戻っていった。
彼女曰く「常盤台の寮は他の寮と比べて門限と寮監が特に厳しいんですの、それにそろそろお姉様も寮に戻ってる事でしょうし。早くあのお方の潤しく美しいお肌に触れないと禁断症状が起きてしまいますわ」だと。

白井が帰ると知った瞬間、ローラがホッと一安心して安堵の表情を浮かべたのを上条は見逃さなかった。
もし今後彼女が言う事を聞かないのであれば白井を使って脅すのも悪くないもしれない

「っていかんいかん、それじゃあ俺もコイツと変わらねぇじゃねぇか」
「そなたからなにやら企んでる匂いがしたるわね」
「いえいえ気のせいですって……」

現在上条は白井と別れた後、ローラを連れて少しブラブラとデパートの店を見回っていた。
本来ならすぐにでもここを出て家に帰りたい所だが、青髪の言葉が引っ掛かっていたのでとりあえずその事について実行してみようと考えていたのだ。

(コイツにプレゼントねぇ……直接聞いたら「お城寄こせ」とか言いそうだし……なんか財布に優しい手軽なモンでも売ってねぇかな……)
「さっきからなにキョロキョロと辺りを見回しているのかしら?」 

手を繋いで一緒に歩いているローラがジーっと不審そうに彼を観察する。
さっきから挙動のおかしい様子を見せる上条に彼女は少し警戒した。

「怪しい、そなたやはりなにか企んでおろう」
「だから気のせいだって、さっきまでお前もこうしてたじゃねぇか。今はやけに大人しいけど」
「わたくしはこの辺の地理に詳しくないから仕方ないのであるが、そなたはここに住む者でありながらまるで慣れない場所を歩くかのごとく様子で……あ! あ、あまりはよう歩くなし!」
「おっと」

女性に、というよりローラに最適なプレゼントを探して思わず歩く速度を上げてしまった上条にローラがまた顔を赤くしてぎゅっと彼の右手を強く掴んでその場に踏み止ませる。
挙動がおかしいのは上条の方だけでは無かった。
急に足を止める彼女の方に彼は眉間にしわを寄せる

「お前本当に白井となにかあったのか? 今のお前ちょっとおかしいぞ」
「そ、それはそなたも同じであろう! いいから足を速めるな! 満身創痍で心身共に疲れ果てているわたくしはそう容易に動けぬのであるのよ……!(下着がズレる……!)」
「疲れてるのは俺も同じだけど、上条さんはどうしても今日で済ませたい用事があるんですよ……」
「用事……とな?」

だるそうに上条がそう言っていると、ふと彼の目にある店が入って来た。

「女性用の装飾品店……いやここはダメだ、なにか俺みたいな奴が入れる空気じゃない……」
「お? どうした幻想殺し、もしやそなたがこのような店に興味があると?」 

上条が足を止めた状態で眺めている店にローラが気付いた。
装飾品と言ってもセレブ御用達の最高級の人工輝石やら時価数億のネックレスがあるような店では無い。
学園都市らしい学生の手に届きそうな値札が置かれている女性用のアクセサリー店だ。
店のピンナップを見る限り万年金欠の上条でも届くレベルの物が置かれている、だが彼はそのいかにも女の子が集う店といった雰囲気に押されて己の体が入るのを拒否していた。
しかしローラの方はというとその店を見た後、意地の悪い笑みを浮かべて上条に横目をやる。

「ほほう~」
「なんだよ……」
「よいよい、そなたもようやくわたくしの偉大さに気付いたようであるわね」
「は?」
「献上する気なのであろう、わたくしへ貢ぎ物を」

上条の考えを少しズレてはいるものの彼女は見事に言い当てた。
どうだと言わんばかりの表情で挑発的な笑みを浮かべる彼女に上条はジト目でしかめっ面を浮かべる。

「……そういうのは気付いてても口に出すなよ……渡す気が失せるだろ……」
「へ? まさかそなた本気でわたくしに渡す気であったというの?」
「い、いやまあ……ほらお前の言う通り確かにプレゼントの一つや二つ渡しておかないと甲斐性的に問題あるかな~と思っただけで……」
「そ、そう……」
「?」

照れ隠しすするように頬をポリポリと掻きながら上条が答えるとローラはどこがぎこちない様子で彼から目を逸らした。どぎまぎした様子で両手の人差し指をツンツンと突き合わせ始める彼女に上条は首を傾げる。

「どうした?」
「いや……まさかそなたのような蛮人が本当にそのような事をするとは夢にも思うてなかったから……」
「言っただろ上条さんは紳士ですよ? 女性にプレゼントを渡すなど朝飯前です」
「今は晩飯前であるわ」
「揚げ足取らないでください」

女の子らしくちょっと照れている様子のローラに上条はドヤ顔で親指を立てて自分を指さすがすかさず彼女からツッコミが入った。

「とにかくなにか買ってやるって言ってんだよ、お前は欲しい欲しいうるさいから仕方なくな」
「ほ、ほほうそれはいい心がけであるのだわ……ようやくそなたもわたくしという存在にひれ伏す準備が出来たようでありけるわね……け、結構結構……」
「それで今お前に渡す為のモノをどこで買おうか回ってんだけど……」
「そ、それならそこで良かろう……」

店の前でボソボソと小さな声で会話をする二人はどこか不思議な光景であった。
やはり恋愛経験の無かった二人にとってこういうイベントというのにいささか照れがあるようだ。

「いやだってここなんか入りずらいし、さっきお前が白井といた店より居心地悪そうな感じなんだよな」
「わ! わたくしがここで良いと決めたらここで良いのよ! ここで買いなさい!」
「ええ~……」

彼が心変わりする前に早くプレゼントが欲しいローラはすぐにでも買ってもらう為に目の前の店を全力で押し進める。
上条はしかめっ面を浮かべて窓越しから可愛らしい店内を覗いた後ため息を突いて

「わ~ったよ……さっさと買ってさっさと帰ればいいし……」
「よし! そうと決まればいざ行かん!」
「って引っ張るなって! お前疲れて動けないとか言ってたのに無茶苦茶元気じゃねぇか!」

プレゼントを買って貰える事で一気に上機嫌になったローラは“今身に付けている物”の事も忘れて上条の手を引っ張って意気揚々と店の中へと入るのであった。



























ドアを開けたその先にはやはり上条にとって縁のゆかりもない空間が漂っていた。
自分とそんな年の差はないであろう女性店員から、「いらっしゃいませ~」と呑気な調子の声をかけられただけで上条は少し緊張しながら店の奥へと進んでいく。

「……ここにいるだけでなんか疲れるな」
「ふむ、高価な物は置いてないようだわね」

壁に飾られて売られている多くのアクセサリーに目を通しながらローラがボソッと声を漏らした。
しかし意外にも不満そうな感じは無く、上条と手を離すと一人でトテトテと店の奥へと行って商品に手を伸ばしていく。

「この作り、一流の者が作ったモノではあらぬな」
「ああ、店の表に看板あったけどここにある商品は全部専門学校の学生が作ったモンを売ってるんだってさ。だから安く買えるんだよ」

学園都市にはこのように専門学校の学生たちが作ったモノを主流にして売っているお店がよくある。そしてそういう商品に限って市販の物より安上がりで買える、上条が目に付けたのはそこだった。

「高価なモンが好きなお前にはあまり向いてない店だけどな」
「なるほど、通りで所々に不出来な作品が置いておるわ」
「そうか? 俺から見たら全部よく出来てるなって感じだけど」
「素人の目をごまかせても至高の装飾品を長年見続けたわたくしにとっては一目瞭然であるのよん」

学生が作ったアクセサリーを手に取っていきながらふふんと嘲笑を浮かべるローラ。
イギリス王宮を出入りしている彼女にとってみればこのような物、子供のお菓子に入ってるような安っぽい玩具にしか見えないのかもしれない。

「さあて幻想殺し、このような物しか売っておらぬ店で。果たしてわたくしが身に付けるに値する装飾物を見つけれるであろうか?」
「え? お前が選べばいいだろ」
「ぬ?」
「この辺の物は安いから買えるし、俺はお前が選んだ物買えばいいだけじゃん」
「……」

こちらの挑発的な物言いに対し上条は澄ました表情でそう口走ると、ローラはぶすっとした表情を浮かべて明らかご機嫌斜めの様子を見せた。

「……幻想殺し、そなた全く分かっておらぬわね……」
「え、上条さんなんか悪い事言いました?」
「そなたの愚かさは底を知れぬわ……よいか幻想殺し、わたくしが今求める物はそなたからの献上品であるのよ」
「だから買ってやるって、早く選べよ」
「あうぅ……だからそういう流れではないであろうに……」
「はぁ?」

困り顔で人差し指を自分の額に置くローラに上条は首を傾げて口をポカンと開ける。
自分のやって欲しい事に全く察する事の出来ない彼に遂にローラ自ら口火を切った。

「……だからそなたがわたくしに捧げる献上品は、そなた自身で選んで欲しけり」
「俺が? いやいや選ぶならお前の方がいいだろ」
「い、いいから! このわたくしが安っぽい物でもいいという寛大な心を持っておられるのに! そなたもわたくしの頼みの一つは聞かねば不平等であろう!」
「はぁ……本当にいいのか? 文句言うなよ?」
「いいから選びなし!」
「わ、わかったよ、店で叫ぶなって……」

カウンターに座っている店員さんが「静かにしてくださ~い」とのんびりした口調で注意してきた、口元が若干ニヤついている。
プレゼント選びを任された上条は仕方ないといった感じで頭を掻くとローラの目を見て口を開く。

「……あんまり高望みするなよ。俺、女の人が身に付けるモンとか全然詳しくねえし」
「そんな事百も承知であるわ、これはわたくしからの試練。見事妻たるわたくしに相応しい物を献上するのであるのよ」
「プレゼント受け取る側が上から目線なのは気になるんですけどねぇ……やっぱ青髪の言う通りにするんじゃなかった……」

友人の助言を馬鹿正直に信じてしまった事に後悔しながら上条は不安に駆られながらもローラにベストなアクセサリーを自分なりに探してみる。

「う~ん……やっぱわかんねぇ、ここは早速白井にでも相談……」
「自分で決めなし! 男であるのに情けなき事!」
「そうは言っても上条さんはこういうの苦手なんですよ……御坂妹の時はアイツが欲しがってたの買っただけだし」
「他の女の名を出すでない!」
「お前は頼むから静かにしてくれ……選ぶから、ちゃんと自分で考えて選びますから……」

両腕を振って抗議してくる彼女に圧倒されながら上条は必死に模索しつつ壁に掛けられたアクセサリにー目を通す。
そして

「こ、これなんてどうだ……?」
「むん?」

戸惑いつつも彼は一つ手にしてそれを恐る恐るローラに見せる。
彫金製のシルバーアクセサリー、十字架の形に作られた銀色のロザリオだった。細い鎖が付いてる事から首に掛けれるタイプであろう
出来は学生が作った割には悪くなくまずまずの物である。

「ほらお前教会の人間だしこれなら修道服にも合うかと思って……」
「……」
「ああやっぱダメか……やっぱり上条さんのセンスではセレブ暮らしのお前にぴったりな物なんて探せる訳……」
「……これでよい」
「え?」

呆気に取られる上条をよそにローラは彼が手のひらに乗せているロザリオをスッと取り上げた。

「そなた自身がわたくしの事を考えた上でこれを選んだのであろう」
「あ、ああそうだけど……」
「ならそれでよけり、わたくしの宗派と違うのが気になるがこの形からして一般的に流用されている何の変哲もない十字架であるしね、おそらく作った者は十字架に種類がある事さえ知らなかったのであろう」
「そういや十字架にも種類があるってオルソラが言ってたな……けどこれでいいのか本当に?」
「これを買うてくれ」
「……マジ?」
「マジであるわ」

意外にも彼女は文句の一つも言わず、自分が差し出したプレゼントをすぐに認めてくれた。

上条は若干悩みつつもロザリオの会計を済ませて(店員のニヤついた顔が妙に気になったが)彼女を連れて店を後にした。

「本当にこれで良かったのか?」
「わたくしに二言はあらぬ、わたくしがよいと言えばよいであるのよ」
「それならいいんですが……」
「ロザリオを」
「へ?」
「さっき買うたロザリオをわたくしの首に掛けてたもれ」

ようやく用事が済んだので早速デパートから出ようと歩きだそうとしたその時、ローラは上条にもう一つ頼みごとをした。
今彼が紙袋に包んで持っている銀色のロザリオを自分の首に掛けて欲しいようだ。

「わたくしに差し出すのであろう、ならばはようわたくしの首に掛けなし」
「俺が? 直接お前にか?」
「なんぞやその目つきは」
「いやぁ前にこういうシチュエーションがあった時、ちょっとしたからくりがあったのを思い出しまして……」

オルソラとの一件を思い出して上条は頬を引きつらせる。あの時はこちらに都合のいい事に傾いたが、もしローラが何か企んでいたらこのやり取りも策の一つという可能性もある。

「これを俺がお前の首に掛ける事にはなんの問題もないんだよな……」
「ない、わたくしがそうして欲しいと今ここで思っただけであるのよ」
(信用していいんだよな……)

澄んだ瞳で素直にそう答えるローラの反応を見て、上条は紙袋からゴソゴソと彼女に渡す為に買ったロザリオを取り出す。
彼は念には念を入れてそれを右手で持ってみる、店内で彼女がこれを手にした時に細工を施したかもしれないと思ったからだ、しかし反応が無い所から異能の力は付加されていないらしい。

「じゃあ掛けるぞ」
「う、うむ……」

ローラと向かい合って上条は改めて細い鎖の連結部を外すと、向かい合ってる彼女の細い首に巻きつけるようにやってみる。
オルソラの時にも思ったが、やはり向かい合ってこれを行うのには勇気がいる。
時間も遅いので人気が少ないとはいえここはデパート、他の通行人がいる中こんな事をしていると抱き合ってるように見えているのかもしれない。
緊張しつつ上条は彼女の髪に引っかからないよう注意しながら、彼女の首の後ろでようやく鎖の連結部を繋げた。

「よし、これでいいだろ。首に掛けるだけなのに疲れた……」
「ふぅ……」

彼に掛けられたロザリオを指でなぞりながらローラは安堵したかのような声を漏らした。
もしかしたら彼女もまた上条と一緒に緊張していたのかもしれない。

「これがそなたからの贈り物であるか……」
「いらなかったら別に付けなくてもいいからな」
「いや……これはわたくしが肌身離さず身に付けておく」

ぶっきらぼうにそう言う上条だが、ローラの方は包み込むようにロザリオを触りながら頬を紅に染めて彼に小さくクスッと笑った。

「そなたが初めてわたくしの事を思うて考え、わたくしだけにくれた証であるしな……」
「……」
「む? 如何した幻想殺し? わたくしの顔になにか付いておるか?」
「ああいやなんでもない! 早く帰らねえとインデックスに怒られるなと思ってさ! ハハハ……」

尋ねて来た彼女の顔を直視できずに、上条は思わず目を逸らして笑いながら誤魔化した。

(あっぶねぇ……)

どっと深いため息を突くと上条はチラリとローラの方に目をやった。まだ自分があげたロザリオを指でなぞっている。

それにしてもさっき彼女がこちらに向けた笑顔……




(危うく落ちる所だった……)

初めて彼女に対して芽生えたほんの小さな一つの感情に。
心の中で抵抗しつつそっと胸をおさえる上条であった。












そしてその翌日、家の洗濯機に入っていた“とんでもない物”を見つけて顔を真っ赤にして慌てふためいたのは言うまでもない




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