「はぁ・・・・・・、分かっていても厳しいよね〜現実って奴は・・・・・・」
公園のベンチに座り、本日実施された能力検査の通知を恨めしげに見ながら、少女は溜息を吐いた。
柵川中学2年、佐天涙子。Lv.0。無能力者である。本来社交的で物事に拘らない性格であり、交友関係もLv.0からLv.5まで幅広いため、レベル即ち個人の価値と短絡的に思い詰める事はなくなったが、やはり検査結果として突きつけられた事実を前にするとそれなりにクるものがある。
「・・・・・・なんか飲もっと」
溜息の吐き過ぎで喉が渇いたのか、ベンチのすぐ脇にある自販機に小銭を投入する。
「甘さ控えめ椰子の実サイダー・・・・・・と。・・・・・・あれ?あたし今お金入れたよね?」
ジュースの代金を、いやむしろお釣りが出るように小銭を入れたはずなのにボタンのランプが点いていない。投入額を表示する液晶は0のままだし、返却レバーをガチャガチャ動かしてみても返却口に小銭は戻ってこない。
「の、飲まれた・・・・・・あーもう!・・・・・・あー、もうっ」
大事な事なので2回言った。
「ダメだ、今日は厄日なんだ・・・・・・帰って寝よう」
トボトボと公園の出口に向かいながら、最後に自販機を一睨みしようとして、佐天は自販機(自動でお金を飲み込むのだから自飲機だよね、などと先ほど命名しておいた)に紙幣を差し込もうとしている人がいる事に気が付いた。
「だ、ダメ〜!!!」
その日、一方通行は気分が良かった。晴れ渡った空にサラリとした風。いつもはミサカはミサカはと喧しい連れも珍しく朝から外出するニートに同行しており、久しぶりに一人で散歩できた。あんまり気分が良いのでいつもは反射している日光や騒音を楽しむ余裕すらあった。
「とはいえ、ちっとばかり日差しが強すぎるなァ。喉が渇いちまった」
見回せば自販機とベンチ。一休みしていきませんかと言わんばかりの配置だ。まったく、今日は気分が良い。
「そ、その自販機、壊れてますよ!」
引っ張り込むローラーに任せて紙幣を投入したところで、血相を変えて駆け寄ってきた少女が息を切らしながら教えてくれた。全くご親切なこって。
「あァ、そうみてェだなァ。俺の金を飲み込ンでシカトとは良い度胸してやがる」
だが、彼も学園都市第一位と言われた存在だ。その程度の事で焦ったりはしない。壊れたテレビを直すにはどうしたら良いかなど人に聞かなくても知っている。ならば壊れた自販機相手だって同じ事だ。
「ン〜・・・・・・この辺かァ?」
自販機の側面に軽く手刀を入れながらベクトル操作。目標は投入口奥のセンサー部分への適度な衝撃だ。はたして、先ほどまで何も表示していなかった投入額表示の液晶がピッという音と共に変化した。その額、3200円。
「ン?やり過ぎたかァ?」
ともあれ、これでコーヒーが飲める。赤々と点灯する購入ボタンを目にも留まらぬ早さで連打する一方通行。唖然としてみていた少女が再起動する前に、取り出し口には26本のブラックコーヒーの缶が溢れていた。
「なァ、コレ飲んでいい加減機嫌直せ」
「・・・・・・椰子の実サイダー・・・・・・」
「自販機じゃカード使えねェンだから仕方ねェだろ。コーヒーで我慢しろ」
「・・・・・・なんで全部ブラックなんですか」
「ブラックじゃねェコーヒーなンざコーヒーじゃねェだろ」
「なんですかそれ」
佐天にしてみれば、一度は諦めた200円だ。お釣りの80円も貰えたし椰子の実サイダーがブラックコーヒーになったところで望外の喜びである事には違いない。
「・・・・・・にが」
「フン、ガキかァ」
「もう中学2年ですよ、ガキじゃありません!・・・・・・さっき、何やったんですか?」
佐天が見た限りでは、この白くて目付きの悪い男がやった事は自販機の側面を軽く叩いただけだった。自分が散々叩いたり蹴ったりしてもどうにもならなかったのに。何か能力を使ったらしいという想像は出来るが、何をやったのかさっぱり分からない。
「別にそンな変わった事はしてねェよ。具合の悪い電気製品を直す時におばあちゃンが良くやる事だろうが」
「いやいや、映らなくなったテレビじゃないんだから」
「同じだ。テレビが映らなくなンのはチューナー部分かアンテナ端子付近の接触不良がほとンどだからな。ちっと衝撃を加えてやンのは間違った対処法じゃねェ。で、コイツが飲み込みっぱなしになってンのは金が入れられたって信号を他に伝えらンなくなってンのが原因だろうから、ちょいとその辺に衝撃を加えてみたって訳だ」
「あたしがあれだけ叩いてもダメだったのに?」
「まァ、狙った辺りに衝撃が届くようにベクトルは弄ったけどなァ」
やっぱり能力か。こんなところでも無能力であるコンプレックスを刺激されて佐天は軽く落ち込むが、自分を奮い立たせて言葉をつなぐ。いじけて思い詰めた挙げ句友達に迷惑を掛けるのはもう沢山だ。
「やっぱり能力かぁ。・・・・・・どうやったら能力って身に付くんですかね?」
「そりゃァ・・・・・・能力開発受けて努力するしかねェンじゃねェの?」
実際には、一方通行は能力開発もレベルアップのための努力もした事がない。能力は気が付いたら身に付いていたものだし、努力したのは安定して制御するための方法だった。
「・・・・・・やっぱりそうですよね。でも・・・・・・努力の方向が分からないんですよ。走る気力も体力もあるのに、スタートもゴールも、それどころか競技場がどこにあるのかすら全然わかんない感じで。やっぱり才能ないのかなぁ・・・・・・」
学園都市に来る前の適性検査で、その人間が能力に目覚めるかどうか、目覚めた場合到達できるのはどのレベルまでか、それが全て判明しているという。ロシアに逃亡した浜面が学園都市に帰還するための交渉のカードとして使った事実。だが、一方通行はそれを疑っていた。
いくつか理由はあるが、一つは統括理事長だったアレイスターが魔術勢力に対抗するために能力者育成を行っていたという点。聖人という生まれつきの要素もあるが、基本的に魔術は知識を持ってさえいれば程度の差こそあれ行使は可能だ。その万人に開かれた魔術に対抗するために頼る能力が発現するかどうか偶発的な要素がものを言うとあっては、あのアレイスターの用意周到さと違和感がありすぎる。
さらに、学園都市に在籍する学生のほとんどが日本人であるという点もおかしい。
仮に能力発現が生まれつきの要素に因るものならば、アレイスターであれば世界各国から発現することが確実な子供を連れて来ただろう。その場合、おそらく中国系の学生が3割近くまで増えるはずだ。
浜面がそんなあやふやなネタで学園都市に帰還できたのは、やはりLv.0の身でありながら頑張って生き延びた事と、行き詰まりを見せていた滝壺理后の能力を次の段階へ引き上げた事に対するご褒美でしかないのだろう。
(しまったなァ、くだンねェ事考えンのに没頭してたらとンでもねェ落ち込みようだぜ)
いつの間にか、話しかけても反応がない一方通行の横で、佐天が酷く陰気なオーラを纏っていた。やっぱり無能力者なんて相手にされないんだ、などと呟いている。
繰り返しになるが、本日、一方通行は気分が良かった。気まぐれで相手してやっただけとはいえ、自分と話をした相手が落ち込んだままなのを放っておいてはこの気分に水を差してしまう。
(柄じゃねェンだけどなァ)
「おい、ちょっと見てろ」
少し話しただけで、佐天の問題点はすぐに浮き彫りになった。パーソナル・リアリティ(自分だけの現実)というものが、佐天には全く理解できていなかったのだ。
(おいおい、教師なにやってンですかァ?)
佐天は恐ろしく頭が固かった。○○だったら良いのに、と空想しても、直後にそんな都合の良い事がある訳がないと自分で否定してしまう。能力とは、極端に言ってしまえば自分に都合の良い事象を起こすために世界に干渉する事。どうにかして物理法則と自分の願望を両立させる詭弁を作り上げ、理論で補強できるかに掛かっている。
とはいえ、自分を騙せといくら口で言っても嘘だと分かっていては騙されようがない。切っ掛けが必要だった。
佐天が自分に注目している事を確認し、手に持った空き缶を無造作に放り投げると、空き缶は15mほど離れた場所にあるゴミ入れに吸い寄せられるように収まる。
「やってみろ」
「こ、ここからじゃ無理ですよ」
「ならもっと近寄って良い。やってみろ」
数歩近づいては投げようとし、首を捻ってはまた数歩近づき、結局4m辺りまで近寄ってから佐天は空き缶を投げた。
「どうだ」
「何がですか?」
ふぅ、とわざとらしい溜息を吐いてから、不安げな佐天に説明する。
「いいかァ?さっきお前は15mでは無理だと思い、4mなら出来ると判断した。何故だ?」
「ええっと、近いから?」
「そォだ、近いから制御可能だと判断した訳だ。それがパーソナル・リアリティだ」
「へ?」
よし、食い付いた。後は押し切るだけだ。
「いいかァ、今お前がやった事は、空き缶がゴミ入れに入るためのコースを設定し必要なだけの推力を与えた訳だ。言い換えると、自分の手からカゴまでの放物線を、缶の形状や材質を考慮し、重力や風の影響を想定して計算し、缶にそのコースを辿れるようにベクトルを与えたって事だ」
「い、いや、そんな難しい事してませんよ」
「それがやってンだなァ、無意識によォ」
「・・・・・・でも、それくらい誰でも・・・・・・」
「さっき俺ァ同じ事を15m離れた場所からやった。その気になりゃァ数km先からだって出来る。俺ァベクトルを扱う能力者だからな。そうやって、自然現象の中に自分の力を加えて操る事、それが出来る範囲。それがパーソナル・リアリティって訳だ」
「・・・・・・パーソナル・リアリティ」
一方通行にとって、パーソナル・リアリティは常に自分の周りにあった。自分に害をなす力をはじき返す事は、彼にとって当然のように行える自衛手段でしかなかった。正確に制御するために数式を用い演算を行う事は後から覚えたが、こうすればこうなるという世界への干渉は彼にとって自然な事でしかなかった。
佐天にとって、そのパーソナル・リアリティに関する説明はちょっとした革命だった。ゴミをゴミ入れに投げ入れる。当たり前のように日常的に行っている事が、実はそれを専門とする能力者の能力行使のミニチュアだった事。確かに、机に座ったままゴミを投げ入れる時、それが書き損じのレポート用紙を丸めたものか、鼻をかんだティッシュか、はたまたミカンの皮かによって投げるコースも、強さも微妙に調整していた。それが、能力行使と同じとは。
「あ。でも時々失敗します」
「・・・・・・そりゃ計算が甘いからだ。それを他の人より上手く扱えるから能力者な訳だしなァ。つーかお前、自分の能力とか知らねェの?」
「前に、一度だけズルした時に・・・・・・こう、手の平で風の渦を作れた事はあるんですけど」
「フーン、風力使い(エアロハンド)かァ?」
「でも、後でもう一度やろうとしても何もできないし、気体操作系の基礎練習をいくらやっても効果ないしで」
タハハ、と頭を掻いているが、眉毛が八の字だしちょっと泣きそうだ。
「そりゃァ・・・・・・アレだ、エアロハンドじゃねェンじゃねェの?」
「えぇっそんな!それだけが頼りだったのに!」
「別に、風が起きる事と風を起こす事は同じじゃねェだろ。結果が同じでも原因が違うなンて珍しい事でもねェしな。俺ァ空気のベクトルを操作して風を起こせるし、温度操作系の能力者だって温度差で対流を起こして風を起こせる。風を起こすからエアロハンドって決まる訳じゃねェよ」
そろそろ日も落ちてきたし引き上げるかと一方通行が水を向けたところ、佐天から20本近く残った缶コーヒーを入れるため、と布袋を手渡された。どうやらエコバッグというやつらしい。
「貸すだけですからね。捨てたら弁償ですよ?」
「パーソナル・リアリティはもう自分の周りにある、か」
その中で自分が感覚的に上手く行える事が能力適性である可能性が高い、と一方通行は最後にまとめてくれた。だったら、自分に出来るのはそれを見つける事だけだ。以前のように正体不明のパーソナル・リアリティを見つけるために苦悶するよりもずっと気が楽になった。
「早く師匠に報告できるように頑張ろうっと」
バッグを持ち逃げされないように等々色んな理由を無理矢理付けてなんとか交換した電話番号とメールアドレスを携帯の画面に表示しながら(何故か名前は教えてくれなかったので師匠と登録した)、学園都市に来た頃の浮き立つような気持ちを佐天は久しぶりに味わっていた。