12-1 ヴェルサイユ条約
「淑女協定の締結を提案するわ」
「あたまいたい……」
魔法学院のとある一室、ピンクブロンドの髪もぼっさぼさのまま、ルイズさんは提案した。
制服がだいぶ乱れて、あと若干乙女に相応しくない臭いを放つ、キュルケさんも同意した。
「私たちは真夏の夢を見ていた。
そうよね? ミス・ツェルプストー」
「もちろんでしてよ、ミス・ヴァリエール」
寝起きでよくわからないけど、キュルケは同意してあげた。
ドア付近のナニかはすでに片づけられている。
誰かは知らないけどちゃんと掃除してくれたみたいね、とルイズは感心した。
とりあえずシャキッと起き出そう、と彼女は決めた。
才人が一度来たのか、洗面器に水が張ってあるので顔を洗う。
「ぬるい……」
すでに日は高く上っている。
室温もそれなりに高く、夏真っ盛りだった。
水は汲まれてから相当時間がたっているらしく、シャキッと目は覚めなかった。
キュルケはいつもの血色いい顔が微妙に青ざめている。
「じゃ、あたしも、部屋に戻るわね」
二日酔い~、と呻きながら彼女はドアから出て行った。
――昨日は確かアレから……。
ルイズことルイズ・(中略)・ヴァリエールは「ゼロのルイズ」と呼ばれている。
昔は蔑称だったが今では違う。
彼女は虚無(ゼロ)の担い手なのだ。
6000年ぶりの逸材なのかどうかはいざ知らず、一般的な系統魔法では考えられない効果をもつ魔法を扱うことができる。
その一つに、瞬間移動(テレポート)があった。
――人間、やればなんだってできるのね。
昨夜、キュルケの攻撃の瞬間、彼女は覚醒した。
虚無の魔法は通常、王家に伝わる秘宝がなければ習得することができない。
ルイズは、その手段を水のルビーと始祖の祈祷書に頼っていた。
しかし昨日はそんな悠長なことをしている時間がなかった。
――コレは、マズい!!!
酔っ払いがどのような攻撃をするのか、一時とはいえ魅惑の妖精亭で働いていたルイズは一般貴族より熟知していた。
すなわち、メガトンパンチ、はたく、からみつく、ハイドロポンプだ。
基本的に技の上限は四つなので、人によっては「ほえる」を覚えたり、回復手段として「ねむる」を確保したりしている。
「のしかかる」や「から(服)をやぶる」という選択肢も存在する。
そして昨夜のキュルケは明らかにハイドロポンプ5秒前だった。
――ほのおタイプなのにみずタイプ最強技を使えるなんて!
やんごとなき血筋であるルイズはハイドロポンプの直撃を何としてでも、何かを犠牲にしてでも避けたかった。
彼女のHPでは威力120の、しかもとくこうの高いキュルケの攻撃に耐えられる自信がなかった。
――助けてブリミル様!!
ブリミル様は「んー、まぁいいよー」と気軽に答えてくれた、気がした。
実はこの瞬間、遠きロマリアでヴィットーリオ教皇が子守唄がわりに始祖のオルゴールを使っていた。
その調べは遠くトリステインは魔法学院にまで届き、ルイズに新たなスペルを授ける。
そして彼女は瞬間移動に目覚めた。
その場にキュルケを残して二メイルほど後退する。
ロマリアのこととか精神力温存とか一切考える余裕はなく、この瞬間彼女は人間の尊厳を守るだけで精いっぱいだった。
そしてキュルケのハイドロポンプはその高い命中率を生かすことなく外れてしまった。
しかもうまい具合にキュルケには飛沫たりともかからなかった。
ルイズは多大な精神力を消費し、肩で息をしながらその様子を見守っていた。
――あ、もうダメ。
急速な眠気に襲われ、隣にあったベッドに倒れこんだ。
その場に残されたキュルケは困った。
それはもうすごい困った。
部屋に戻れば妖しい雰囲気のタバサがいるし、このまま自分のようかいえきを放置していくのも悪い気がした。
さらに、さいみんじゅつを食らったかのように眠気を自覚した。
――ま、とりあえず、寝ればいっか。
ルイズのベッドでも借りましょ。
陽気なゲルマニア出身の彼女は酔っぱらっても陽気だった。
というか何も考えちゃいなかった。
それもそのはず、ハイドロポンプは非常に体力を消費する技なのだ。
PPが5しかないのも頷ける。
とりあえずそのままルイズのベッドにもぐりこんで、眠りについた。
次にキュルケが気づいたのは朝日が昇るまであと二時間、といった頃だった。
自然な眠りではなく、何かに起こされた。
少し不機嫌さを感じながら彼女は起き上がろうとして、失敗した。
――ナニコレ。
桃色頭のナニかが彼女にしがみついていた。
口元はだらしなく緩み、抱きつくどころか足までからみつけている。
『まったくぅ、このいぬったら……。
ごほうび、ごほうびよぅ……。
きすしなさぃ……』
人に聞かれたら飛び降りかねない寝言だった。
キュルケは優しく微笑んだ。
『やぁだぁ、どこにきすしてるのよぉ……』
しかも抱きつきながらくねくねしている。
この主人あっての使い魔ね、とキュルケはため息をついた。
仕方なく、揺すり起こしてあげることにした。
『サイロ?』
『ルイズ……』
キュルケは切ない生き物を見るような目で、言った。
『良い夢見れたかしら?』
それに一度完全覚醒し、キュルケがまたどうでもよさげに横になったので、ルイズももう一度寝てしまった。
――さささ、最悪だわ。
よりにもよって、よりにもよってきききゅるけにあんな夢見てることを知られるなんて!
どんな夢だったかは具体的には言えない。
――ちゃんとアイツ淑女協定守るわよね……。
キュルケは寝なおした後「あら、冷静に考えればあたし、もどしちゃっただけじゃない」と協定の破棄を決定した。
ルイズはその日一日、可哀そうな子を見る目にさらされた。
12-2 すっぱい気分にご用心!!
「これがッ! これがッ!! これが焼き鳥だッ!!
こいつを食べることは死を意味するッ!!」
「「「「死ぬの!?」」」」
バルバル言いながら才人は焼き鳥を掲げた。
先ほどの照り焼きバーガーは確かに美味しかった。
美味しかったが、才人が愛用していたらんらんるーなお店の味とは違っていたのだ。
――なんていうか、和風っぽい。
というわけで才人はマルトーに、残ったソースで焼き鳥を作ることを頼んでいたのだ。
ちょうど訓練のはじまる30分ほど前に納得いくモノが完成したようで、才人は嬉々として四天王に見せびらかした。
竹っぽい串に連なる肉は、褐色のソースでからめられていて香りも食欲を誘う。
縁日の焼き鳥よりも一つ一つが大きく、エレガントに食すことはできなそうだ。
才人は五本マルトーから受け取り、残りは厨房の面々に残してきた。
「俺の故郷では、キンキンに冷やしたエールとコイツをやるのが最高、って人間のクズに言われてるんだ。
是非食べてくれ、そして感動しろ!」
「人間のクズ……」
「食う気なくすようなこと言うなよな……」
五本の串を指に挟んで手をビシッと突き出す才人。
才人は某賭博漫画が好きだったが、主人公に対してワリと辛辣な評価を下していた。
異世界に来て一騎当千の力を手にした彼と比べれば、確かにヤツは人間のクズではあるが。
しかしそんなことを言われても異世界の四天王にはわからない世界だ。
ギーシュとギムリは困ってしまう。
「いや、でも縁日、って言ってもわかんねぇか。
お祭り! お祭りの屋台でも定番の料理っつーか食いモンなんだ。
マジで旨いんだって!」
「いや、君の故郷の料理は『銀の降臨祭・初恋風味』でよくわかっている。
遠慮なくいただくよ」
「初恋……ッ!!」
「銀の降臨祭? まぁ食べてくれよ」
お料理番長レイナールとスゴイ形相になったマリコルヌ。
せっかくなので、みんなでせーので頬張った。
「これは……旨いッ!」
「いやいや、クズとかいうから引いたけど、これはイケるじゃないか!」
「うん、『銀の降臨祭・初恋風味』ほどではないがこれも美味しい。
香りもいいけど、この独特のタレがまた鶏肉に合うね。
ステーキとは違って手間取らず食べられるのもいい」
うんうん、と才人は嬉しそうに頷いた。
――なんか、日本の食いモン褒められるのってすげー嬉しい。
お昼の照り焼きバーガーも、ハンバーグが余っていたので厨房の連中に振舞った。
正直もっと食べたかったが、その時もみんなの笑顔を見て心を満たすモノを感じていた。
が、一人マリコルヌは微妙な顔をしている。
「どうしたマリコルヌ?」
「君らしくないじゃないか、こんな美味しいモノを食べて無言だなんて」
「そうそう、いっつもいっつもウマウマ言いながら食ってるじゃねぇか」
「なんか、照り焼きソース口にあわなかったか?」
マリコルヌは頭を振ってこたえた。
「僕のヤツ、生焼けだ……」
流石のマルトーも初見のソースのせいで火の通り具合がイマイチわからなかったようだ。
マリコルヌ以外の四人は顔を見合わせ、スルーした。
「いやー懐かしいなーうまいうまい」
「なんというか、うまいこと肉汁がつまってていい。
流石に親父はいい仕事してやがる」
「そうだね、このソースがほんのちょびっとだけ焦げているのもイイ!
煙の香りがうまく味を引き締めている」
「羊肉をミンチにした串は食べたことがあるが、また違うね。
このソースどうやって作ったんだい?」
「それはだな……」
ハブられたマリコルヌは静かに涙した。
12-3 再・フルメタルなヤツら
トリステイン魔法学院には、クルデンホルフ大公国の精鋭、空中装甲騎士団の内二十名が駐屯している。
ベアトリス嬢が祖国から引っ張ってきた彼らは、暇を持て余していた。
当初は女の子をナンパしたり使用人に難癖つけたりしていたが、何か違う。
続いて酒を飲んだりカードで賭けたりしたがコレも違う。
訓練をいつもの三倍やってみるもやっぱり違う。
日々連続しており、彼らはもやもやしていた。
刺激を求めていた。
「アンリエッタ女王が大好きな!」
『アンリエッタ女王が大好きな!!』
「私が誰だか教えてよ!」
『俺が誰だか教えてよ!!』
「1, 2, 3, 4, Ondine(水精霊騎士隊)!」
『1, 2, 3, 4, Ondine!!』
水精霊騎士隊の訓練を遠目で見ていた彼らは、なんか楽しそうだなぁ、と感じた。
感じたから、マネしてみよう、と思った。
思ったけど、まんまモノマネは空中装甲騎士団の沽券に係わる、と考えた。
考えた末に、彼らは歌詞だけでも違うヤツにしよう、と決定した。
決定に従い、一日かけてちょっぴりアダルティな作詞を行い、練習した。
練習した成果を、彼らは披露した。
「タニアのヤツらの噂では!」
『タニアのヤツらの噂では!!』
「女王の○○○は極上○○○!」(伏字部分はご想像にお任せします)
『女王の○○○は極上○○○!!』
「うん よし!」
『感じよし!!』
「具合よし!」
『すべてよし!!』
「味よし!」
『すげえよし!!』
「おまえによし!」
『俺によし!!』
最低だった。
彼らはアダルティの意味を取り違えていた。
学院の窓が次々閉められていく。
木陰で語り合っていた恋人なんかは、見てはいけないものを見てしまったように逃げ出した。
「アイツら……」
「なんて破廉恥な……」
「許せねぇな……」
「白百合を汚すなんて……」
水精霊五巨星である。
一般の人々は彼らに期待した。
しかし隊長は鼻血を流していた。
「ってギーシュナニやってんだよ!?」
「いや、ね。
ちょっと想像してしまって、ぶふっ」
隊長はアテにならない。
四人は肩を組んで相談した。
「どうする?」
「副隊長がいれば制圧はたやすいと思う」
「いや、バラけて各個撃破されたらあぶねぇぜ」
「僕も、それは危険だと思うんだ」
ノープラン才人にちょっぴり潔癖な決戦派レイナール。
ギムリとマリコルヌは妨害派として結束した。
沸いててもハルケギニア最強の竜騎士団だ、慎重になるに越したことはなかった。
一分ほどで結論は出た。
「水精霊騎士隊、集合!」
マリコルヌの大声が風に乗って学院中に響き渡った。
十秒ほどで歴戦のつわものが集合した。
「少し早いが訓練をはじめる!!」
鼻血だくだくのギーシュを無視して才人はしきった。
「いつも通り外周十周からだ!
だが、今日は下品なヤツらが俺たちのマネをしている!
ヤツらよりも小さな声を出すようなら、承知せんぞ!!」
『Oui, Capitaine!!』
こうして血で血を洗うような、壮絶な絶叫戦がはじまった。
やたら生々しい歌を叫ぶ空中装甲騎士団。
対する水精霊騎士隊は洗脳されてしまいそうな歌を叫ぶ。
徐々にその戦いはエスカレートしはじめ、風の魔法によってより広域に拡散していく。
窓を閉めても効果はなく、歌は魔法学院を満たす。
まさに地獄の一丁目だった。