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[29423] 【完結+オマケ】トリスタニア納涼祭 (原作準拠・日常系ほのぼのSS)
Name: 義雄◆285086aa ID:9f66ce7d
Date: 2012/05/13 17:35
※当SSには未成年の飲酒表現があります。
 とはいえ異世界の法律的にはセーフです。
 現実に生きるみんなは住んでいる国の法律を守ってお酒を楽しんでください。
 好みがあるので、ビール、ウィスキーの美味しさを勘違いしても筆者は一切責任をとれません。

ゼロの使い魔中編SSです。
人によっては以下の点にいらっと来たりするかもしれません。

オリ主などは無し。
戦闘も基本無し。
パロネタ多し。
原作とは若干性格が乖離しています。
時系列的にはド・オルニエール寸前のちょっとしたIfモノとなっています。

なお、当SSに特定のナニかを貶したり、宣伝したりといった意図は一切ありません。
問題なければ「ほのぼの(?)超短編連作中編・トリスタニア納涼祭」お楽しみ下さい。

※当SSは小説家になろう様にも投稿しています。

8/23 第一話投稿
8/24 第二話、第三話投稿
8/25 第四話、第五話投稿
8/26 第六話、第七話投稿
8/27 第八話、第九話投稿、チラ裏からゼロ魔板へ移行、第十話投稿
8/28 第十一話、第十二話、第十三話、第十四話投稿
   すっきりさせたかったので【】を除去
   十四話の最初の方に記述漏れを見つけたので加筆
   第十五話投稿
8/29 第十六話投稿
8/30 第十七話投稿
8/31 第十八話、第十九話、第二十話、第二十一話投稿
9/01 第二十一話時間帯を変更、第二十二話投稿
9/02 第二十三話投稿、注意事項追記
9/03 第十話タイトル編集、第二十四話、第二十五話投稿
9/04 第二十六話、今さらな第零話投稿
9/05 第二十三話23-1追加、第二十七話投稿
9/06 第二十八話投稿
9/07 第二十九話投稿
9/08 最終話之一投稿
9/09 最終話之二投稿
9/10 最終話之一、二を統合、最終話之一にF-7を追加
9/11 最終話之一にF-8を追加
9/12 最終話之一を最終話之前に改題、最終話之後にF-9追加
9/13 最終話之後にF-10追加
9/16 最終話之後にF-11追加
9/18 最終話之後にF-12、F-13、F-F追加
9/22 後日談投稿
9/30 オマケの後々日談1投稿
10/02 オマケの後々日談2投稿
10/24 オマケの後々日談3投稿
10/31 オマケの後々日談4投稿
5/13 オマケの後々日談5投稿



[29423] 第零話 スーパートリステイン スクールキッズ
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/22 20:27
0-1 夏祭り

空は群青色、双子の月と輝く星々、雲は見えない。
月明かりよりもずっと眩しい王都、トリスタニア。
街は歓喜に沸いていた。
口々に英雄たちを讃え、酒杯をかわし、肉を食らう。
民衆の一割近くが異国風の衣装を身に纏い、屋台で財布の紐を緩ませる。
五分ほどのインターバルを置いて空には一輪、二輪、三輪と大輪の菊が咲く。
夜空の花に照らされ、痺れるような音を浴びてまた市民は喝采をあげる。

歓びに満ち満ちた都市の大通り、ブルドンネ街を水精霊騎士隊がいく。
急ごしらえの屋根開き馬車、日本でいうところの神輿のような乗り物で、四人一組で乗って王宮へ進む。
隊員は胸をはって、笑顔で手を振る。
その先頭には笑顔麗しいトリステインの白百合、アンリエッタ・ド・トリステイン。
そして新しきガリアの女王、シャルロット・エレーヌ・オルレアン。
豪奢な装飾を施した屋根開きの馬車をユニコーンにひかせ、二人は控えめに手を振る。
一つ後ろの馬車にはシュヴァリエ・マントを身に着けた少年二人、その隣には少女が二人。
水精霊騎士隊隊長、ギーシュ・ド・グラモンと副隊長、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ。
そしてギーシュの隣にモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。
才人の隣には……。

「コルベール先生には悪いことしちゃったな……」
「だいじょーぶよ、楽しそうに打ち上げ花火いじってたし」

魅惑の妖精亭の店主、スカロンの一人娘、結い上げた黒髪に肩を大きく肌蹴た藍の浴衣姿のジェシカだった。
才人は新撰組のだんだら羽織に馬乗り袴、鉢がねを締めている。
髪の色も相まって二人以外を抜き取れば、ここは幕末の京都だ、と言われても信じてしまいそうな出で立ちだ。
周りの隊員は魔法学院の制服を着ているが、モンモランシーは白いマーガレットが咲き乱れる山吹の浴衣を着崩している。

「しかし、一週間でよくここまで街が変わったなぁ」
「サイトが色々ひっかきまわしてたからね」
「え、どっちかっつーとモット伯と商人のおっさんたちだと思うけど」
「ほら、喋ってないでちゃんと沿道に手を振りなさい!」

ギーシュが喋ればジェシカが茶化し、才人が首を傾げてモンモランシーが締める。
そこに身分の差はなく、ただ友人がじゃれあっているだけだった。

「じゃ、パフォーマンスといきますか隊長」
「任せてくれたまえ副隊長、イル・アース・デル、錬金!」

ギーシュが薔薇杖を振れば、馬車の後ろに載せていた百合の花束が青銅に変わる。
それをジェシカとモンモランシーが手に取り、一本ずつ沿道に投げる。
祭りで浮かれた人々はそんなモノにも飛びつき、押し合いへし合い奪い合った。

「うーん、ちょっとだけ、カ・イ・カ・ン、だね!」
「いや、貴族っぽいっつーか、趣味悪いぞギーシュ」
「まぁまぁ、次は君の番だよ副隊長」
「よーし、見てろよ。この日のために特訓した奥義を!」

才人はこれまた積んでいた小さな丸太を取り出した。
それを宙に放り投げ、背中のデルフリンガーを一息に抜き斬った。

「ふっ!!」

街の明かりにきらめく銀閃は目で追えないほど早く、幾度刃を連ねたかは誰にも見えない。
気づけばデルフは鞘の中、才人の手のひらには木製のリンゴがあった。
万雷の拍手を期待した才人だが、むしろブーイングの声が上がった。

「えぇっ!? なんでさ!!」
「いや、百合の後にリンゴって……サイトらしいっちゃらしいんだけどさ」
「君にはトリスタニア市民のエレガントな感覚がわからないらしいな」
「やるならもっとすごいのをやりなさいよ」

うーむ、と才人は顎に手をあて、もう一度丸太を手に取った。

「せいっ!」

再び抜かれる伝説の魔剣、続いて現れたのは木製のカエルだった。

「作品名、ロビン」
「地味」
「地味だね」
「わたしが言うのもアレだけど地味だわ」

ぐおーっと頭を抱えてうずくまる。
その姿に酔っ払いどもは大喝さいだ。
むしろ剣技よりも受けたかもしれない。

「曲線を作るのは難しいんだぞぉ……」
「はいはい、しょげないしょげない」

ジェシカがぽんぽん肩を叩く。
それがまた大爆笑を起こした。
無粋な男からはヤジも飛んでくる。

「嫁さん大事にしろよー!!」
「ジェシカは嫁じゃねえっつの!」
「……いや、ここに連れてきている以上文句言えないよ、きみ」
「憤ッ!」
「ぐはっ!」

酔っ払いのからかいにジェシカは全力で青銅の百合を投擲する。
花弁の部分がうまく頭にヒットし、男は転げてさらに笑う。
みんながみんな上機嫌だった。

「手伝う」
「「へっ」」

前方に目をやればこちらを見ているタバサさん。
杖をしっかり握って詠唱まですませていた。

「ウィンディ・アイシクル」
「「ノォォオオオ!!!?」」

――ガン!ガン!ガン!――

三つの氷柱を才人は砕き落とした。
氷のかけらを浴びた馬が迷惑そうにぶるる、と嘶く。
それを見ていた民衆は今度こそ万雷の拍手を彼に贈った。

「すげぇぞヒリガル・サイトーン!」
「シュヴァリエ・ド・ヒラガ様ぁぁあ!!」
「アルビオンの英雄!」
「虎街道の英雄!!」
『我らの剣!!』

照れくさくなった才人は軽くデルフを振り回して納剣した。
花火の音がまた響く。
才人の影に滑り込んだギーシュはようやく顔を出した。

「にーちゃんしっかりしろよ!」
「シュヴァリエ・マントは飾りか!!」
「ぶ、ぶれいな!」
「はいはい、祭りだから抑えなさい。
大体みっともなかったのも事実じゃない」
「ま、みんな普段はこんなこと言えないからね」

同じく才人の背中に隠れていたモンモランシー、ジェシカも身を起こす。
才人は袋に入れていた焼き鳥をかじり、蓋つきジョッキに入れていたエールをぐいっと呷る。
そして馬車のふちに足をかけ、沿道に向かって叫ぶ。

「お前らぁー! 花火は綺麗かぁー!」
『おぅ!』
「焼き鳥旨いかぁー!!」
『おぅ!!』
「エールは冷えてるかぁー!!!」
『おぅ!!!』
「浴衣の女の子はキレイかぁああ!!!!」
『イェェーー!!!!』
「俺の故郷を味わえぇぇえええええ!!!!!」
『イェェェーーー!!!!!』

右手に焼き鳥、左手にエール、完全な酔っ払いスタイルで才人は両腕を掲げた。
若き英雄に人々は熱狂する。

「水のレイナール!」
「火のギムリ!」
「風のマリコルヌ!」
「「「我ら水精霊三本柱!!」」」
「ちょ、四天王は!?」

一つ後ろをいく馬車で、才人に負けじと隊員も声をあげる。
ハブられたギーシュは抗議の声を挙げた。

「……キミはヘタレだ!」

やれやれ、と肩をすくめてレイナール。

「ナルシスト野郎だ!」

サムズアップしながらギムリ。

「この青春薔薇野郎がぁぁああああ!!!」

魂からの咆哮をあげるマリコルヌ。
演劇のように入れ代わり立ち代わりギーシュのダメ・ポイントを指摘する。
その様子に沿道からまた笑い声があがる。

「というわけで水精霊四天王は解散だ!」
「四天王の新規メンバーを募っているぜ!」
「彼女持ちはダメ! 可愛い女の子なら無条件オッケー!!」

少年たちの宣言に幼い子供が歓声を挙げる。
そして黒髪の少女の足も飛ぶ。

「このブタわたしがいるじゃねぇか!!」
「ぐほっ!」

綺麗なとび蹴りでマリコルヌは倒れ込んだ。
ブリジッタはそのまま馬車上でゲシゲシ先輩を踏む。
レイナールはくいっとメガネをあげる。

「揃ったね」
「揃ったな」
「揃っちゃったね」
「揃っちゃいました」
「「「「というわけで今日から我ら、水精霊四天王・ドゥだ!!」」」」

この寸劇にまたも人々はどっと笑う。
追放宣言を受けたギーシュはしょんぼり肩を落とした。

「というわけで再結成を記念して胴上げだ」
「よし、がんばれよマリコルヌ」
「え、ふつう一番軽い人がやらないの?」
「わたしの体に触りたいだなんて……このセクハラブタ!!」
「す、すミマセン!」

ここでギムリが沿道の上空に炎の輪を作り出す。

「さぁ、火の輪くぐりだぞ微笑みデブ」
「キミならできるさ微笑みデブ」
「いきますわよ微笑みブタ」

三人はマリコルヌをつかみ、空へ放り投げる。

「「「どっせい!!!」」」

マリコルヌはそのまま火の輪をくぐり、沿道の群集に突っ込むかと思われた。

「イル・フル・デラ・ソル・ウィンデ! フライ!!」

寸前にフライを発動させ空高くマリコルヌは舞う。
見た目とは裏腹の機敏さに、大衆は才人に対するのと同じくらい盛大な拍手を送った。

「輝いてる、今ぼく輝いてるよブリジッタ!」
「それはマリコルヌさまの脂です」

「ほら、ティファニア。
もっとにっこり笑って手を振らないといけないわよ」
「ルイズ……その、青筋出てるわ」

さらに一つ後ろの馬車。
巫女姿のルイズとティファニアがたおやかに手を振る。
タバサのフェイスチェンジでティファニアの耳対策はバッチリ、でもルイズの不機嫌対策はなかった。

「もうっ、なに言ってるのよ。
こ~んなにも笑顔じゃない」
「なんだか声のトーンが下がってるわ」

ルイズはひきつった笑顔をなんとか気合で維持している。
その視線が極力前方へ向かないよう、首の筋肉に大きな負担を強いていた。

「わたし、いろいろ相談して強くなったもの。
サイトにも少しだけ、すこ~しだけ自由にさせてやらないとね!」
「そ、そおなんだ……」

巫女が乗る馬車なので二人で広いスペースを占有している。
でもこんな特典欲しくなかった、とティファニアは心中さめざめと泣いた。

「うふふ、由緒正しいヴァリエール家子女のこんな姿よ。
見てみなさいティファニア、みんなありがたがって拝んでるわ」
「……わたしも拝まれてる気がする」
「そりゃ、ティファニアも巫女姿なんだから」

男たちはルイズではなく、豊穣な実りを体現したティファニアを拝んでいた。
ルイズはそれに気づかない。

「ほぉら見てみなさい、みんな這いつくばってるわ!
まるで人がゴミのようだわ!!」
「ルイズ……」

ティファニアはほろりと涙をこぼした。
今宵は祭り、民の顔には笑みが絶えない。
ただ一人ひきつった笑いしか出ないルイズはここ最近のことを思い出しはじめた。



[29423] 第一話 白い夏と緑のデルフ、青いパーカーと黒い髪
Name: 義雄◆285086aa ID:9f66ce7d
Date: 2011/08/23 16:40
1-1 夏、時々快晴

「あっち~」

猛暑である。
ハルケギニアは地球におけるヨーロッパと類似している。
気候も似通ったもので、夏でもがんばれば長袖で通せる程度の気温・湿度だ。
日本生まれの平賀さん家の才人君にとってはむしろ涼しいくらいだろうが、双子の月が輝く世界に来てから一年以上も経っている。
こちらの気候に適応してしまったこともあり、パーカーの生地が厚いせいもあり、滴る汗は相当な量になっていた。
デルフ片手にパーカーの首もとをパタパタやって風を送り込んでも、一向に涼しくなりそうにもない。

――パーカー脱ぎてぇ、でもなぁ……

ここトリステインの貴族階級において、半袖ははしたないモノだとされている。
ノースリーブに至っては魅惑の妖精亭のようにちょっぴりいやんうふんな感じの店でしか見られない。
貴族のお坊っちゃま、お嬢様方が御勉学に励まれる魔法学院でそんなTシャツ一丁にもなろうもんなら間違いなく彼のご主人様から鞭が飛んでくるだろう。
ちくしょうめ、とぼやきながら、才人はぎらぎら光る太陽を睨みつける。
視界いっぱいに広がる空は憎たらしいくらいに青かった。
太陽は真上にあり、雲ひとつない。
あまりに暑く眩しいので「コルベールフラッシュ!!」とか叫びたくなってしまう、いや、実際に才人は叫びそうだった。

――それもこれもあのぎらつく太陽が悪いんだ。
今なら何をやっても「太陽のせい」と言えば許される気がする。
いや、ダメか、アレは結局死刑になったんだっけ?
そもそも太陽のせいで人殺しが許されるならコルベール先生もそんな悩んじゃいないよな……

彼はぼんやり眺める青空にコルベールがサムズアップする姿を見た。
その幻影がすすすーっと移動し、太陽がコルベールの頭に見えてきた辺りで一度現実に戻ってきた。
ワリと真剣な顔で「先生……俺、戻ってきたよ」とか言っちゃってる辺り限界が近いらしい。
どうでもいい話ではあるがコルベールは今も生きている、というか魔法学院の研究室でせっせとハゲんでいるだろう。
切り株の上に短い丸太を置いて一閃。
スコールでも来れば少しは涼しくなるのに、とぼやきながら再びデルフを振り下ろす。

「相棒よぉ、そのスコールってのはなんだい?」

デルフの質問で才人が思い起こしたのは白くて甘い、喉ごし爽やかな炭酸飲料。
そして次に脳裏をよぎったのは某有名RPGの主人公だった。


――ああ、スコールもいいけどコーラ飲みてぇ。
このあっつい中あの中毒者すらいる魅惑の飲料をぐびぐび飲み干したら……。

「おーい、相棒やーい」

ハッと意識が現世に戻ってきた。
それもこれもデルフが変なことを聞くからいけないんだ、と半ば以上八つ当たりな気持になった。
心持ち強めに薪を叩き割る。
才人は貴族になったとは言え、香水入りの風呂を使おうとも思えず例の釜風呂のお世話になっている。
さらに薪を割るならついでに、とマルトー親方を押し切って厨房で使う分も割っていた。

「スコールってのは、もっと南の方であることなんだけどさ。
こう、毎日のように一時間くらい降る土砂降りのことなんだ」

へぇ、相棒は物知りだね、とのたまうデルタを振り下ろす。
日本人としては夕立と言った方が良かったかな、と考えながら汗をパーカーの袖で拭う。
いや、でも夕立は毎日来るものでもないし、とぼそぼそ考えながら更にデルフを振り下ろす。

――それにしてもコーラか。
あれもある意味水の秘薬みたいなもんだから、モンモンに頼んだら作れねぇかな。
昔はホントにコカインを使っていたって噂もあるし。
タバサに頼めば氷も作れちゃうし。
こう、グラスを冷やしてちょっと高いところからコーラを勢いよく注いで、ぐいっと飲み干す!
あの甘さが今の疲れた身体に入ってきたら……もー他に何もいらないくらい、炭酸がきっと喉にも心地良いだろうなぁ。
もしコーラができたら、ジャンクな食べ物も欲しいよな。
じゃがいもはトリステインにもあるから、ポテチも作れちゃうか。
マルトー親方に頼めば塩味コンソメ何でもござれだろ。
いや、フライドポテトにしてほくほく感を残した方がいいかも。
BBQソースをたっぷりつけるのもいいし、海外ドラマでやってたバニラシェークにつけるのも向こうにいる内にためしておくべきだったな。
むしろアレか、とうもろこしもあるんだからポップコーンか!?
ポップコーンといえばキャラメル派だけど、コーラとのコンボなら断然塩味だ。
あー、ガンガン冷房の効いた映画館とかでコーラ飲みながらポップコーンかっ食らいながらアクション映画でも見てえなぁ。
今の俺ならどんなB級映画でも大満足できる気がするぜ。

思考が不思議時空へ旅行している才人の手で、デルフはやれやれと剣のクセに溜め息をついた。

「相棒は無理をしすぎるや。もちっと自分の欲望に素直になりゃあいいのによ……」

才人を気遣うデルフだが彼はかなり欲望一直線だ。
その上若干沸いている、頭が。
今だって不思議時空に旅行していた脳みそが、ちょっと寄り道するか、と桃色時空に突入している。
もはや日本なら通報されていてもおかしくない程アレな顔だった。

――ぇ、シエスタそんなことまでしちゃうの、マジでいいの?ぐへへへへ。

妄想の中でセーラー服を身にまとった黒髪の女の子と映画館行って、ゲーセン行って、その後は……。
もはや顔が『記すことさえはばかれる』レベルに近付きつつあった才人の精神をサルベージしたのは妄想彼女の親戚だった。

「こらサイト、あんたなんて顔してるのよ」
「ぅえ゛!?」

予想もしていなかった声に、才人は思わず振り向いた。
そしてできるだけキリッとした顔でもう一度振り返った。

「やぁ、久しぶりダネ、ジェシカ。君の瞳は相変わらず10万ボルトダヨ」
「今更取り繕っても遅いっつーの」

色々と台無しな再会だった。



1-2 魔法学院校舎裏

「で、なんだってこんなとこに来たのさ?」

才人発案、コルベール印の手押し一輪車に薪を載せ、厨房に向かいながらジェシカに問い掛ける才人。
魔法学院の周囲には何もない。
トリスタニアに行こうにも虚無の曜日がまるまる潰れるし、ちょっと暇だから遊びに行くか、ということもできない陸の孤島に近い。
コンビニが乱立する現代日本からやってきた才人には信じられない環境だ。
そのためか貴族、使用人に関わらず娯楽に飢えている。
常に面白いこと、新しいことはないか、と目を輝かせている人々も多く、噂話は音のように早く伝わる。

それはさておき、ジェシカはハルケギニアではあまり見られない一輪車を興味深げに観察しながら、

「まーマルトーおじさんに用があったんだけどさ、ついでにサイトにも聞きたいことがあったのよ」

シエスタにも会えるしね、とほんのちょっぴりはにかみながら答えた。
そんな彼女に純情な青少年代表(ど、にはじまり、い、におわる)である才人は暑さの補助もあってか瞬時に沸きあがった。

――え、これフラグ?フラグだよな??
ていうかコクハク寸前な感じ?
いやー俺もモテるな参っちゃうなー。
…フェイントじゃないよね?
俺、モグラなのにイイノ??
いやいや、でもアルビオンの英雄とか、そんな感じでもあるよね。
虎街道でもがんばったし、平民の星だし。
ココ、魔法学院校舎裏だし、ゼロのサイトチャマでもいいんだよね!
教えてツンデレ閣下!!

才人はラジオなのに沖縄ロケを敢行した、ヴァリエールさん家のルイズさんによく似たツンデレ大明神に祈った。
ツンデレ大明神はよくわからないボタンを押した。
途端脳内に響く『きゅんっ』という甘い声。
イケる!
才人は確信した。
無論ジェシカに告白するつもりは欠片もなく、ワリと切実なだけどどーでもいい話をしにきたつもりだった。
才人がでれっといきなり顔面崩壊することなど予想できるはずもなく、ずさっと距離をとった。

「キモッ!」

才人の精神は再び飛び立った。
アレは中学何年生のことだったか、体育祭のフォークダンスの時だ。
当時の才人は顔も悪くなく、性格も抜けていて負けず嫌い、とマイナス評価になるところはなかった。
しかし沸き立つスケベ心だけはあったのだ。
それが不特定多数の女子とお手々をふれあうことになったからさぁ大変。
はじめの頃は良かった、まだ耐えれた。
しかし、気になるあの娘が近づくにつれてどんどん妄想が膨らんでいったのだ。
俗に言う、『ロマンチックがとまらない』状態だった。
何故か踊っているのはオクラホマミキサーであるにも関わらず妄想の中のタキシードな才人とドレスを着飾ったあの娘は情熱的なタンゴを踊っていた。
シャンデリアの煌めくホールで見つめあい、激しく踊る二人。
他に誰もいないその世界で徐々に近付く二人の顔。
やがてダンスはクライマックスを迎え、重なる二つの影。
顔がでれでれと融けきった頃にあの娘の番が来た。
「キモッ」と彼女が呟いた。
バニシュ+デスよりも痛いその魔法は才人のトラウマである。

――ああ、あの日も九月なのにこんな暑かった気がするぜ。

トラウマを抉られた才人だが、涙は出なかった。
あの日もぐっとこらえたのだ。

――たとえ手と手が微妙に触れ合っていないフォークダンスでも俺はやりとげたんだ、このくらいなんでもねぇや…っ!

いきなり表情が平淡になり、顔を落とし、肩を震わせはじめた才人を不思議そうに見るジェシカだった。
ツンデレ大明神は、やれやれこれだからヒラガチャマは、と首をフリフリ、ボタンを押した。

『キューン!』

筆舌に尽くしがたい声が響きわたった。



1-3 マルトー親方の憂鬱

外は暑いが中はもっと暑い。
特に厨房は火を使うので倍率ドン!だ。
しかも貴族の子女が通われる魔法学院だ、どれだけ暑くても半袖は許されない。
そんな蒸し暑い中、シエスタは奮闘していた。
既に女王陛下より才人の専属となるよう命令を受けているが、何事も助け合いということで、特に用がないときは使用人たちの手伝いをしている。
近頃は暑さのせいで水精霊騎士団の演習も控えめとなり、毎日のように手伝いをしていた。
そんながんばるシエスタさんを見ながらマルトー親方はうんうん、と腕組みしながら頷いている。

――シエスタはホントに良くできた娘だ。
その主人、我らの剣も負けず劣らずだ。

マルトーは二人のことが大好きだった。
平民の星と言っても差し支えない才人の専属となったシエスタ。
普通の使用人なら偉ぶって驕るであろうところを彼女は変わらず働いている。
桃髪の貴族と恋の鞘当てをやらかしているらしい。
だがそれがいい、とマルトーはにやっとした。
そして何よりも、我らの剣こと平賀才人だ。
シエスタ以上に遠い存在になる、とマルトーは確信していた。
しかし、彼はそんな確信を容易く覆して見せた。

――貴族になってもアイツは何にも変わりやしない。
他の貴族どもが残しちまう料理でも残さずペロリと平らげ、食ったあとは厨房に顔を出してみんなと笑いあい、ついでだからと厨房の分の薪まで割ってくれる。

まるで平民が空想した英雄のような男になった。
水精霊騎士団の連中も才人と関わってから平民だからと無体を働く真似は一切しなくなった。
才人はきっとトリステインをどんどん変えていってくれる、希望を見せてくれる。
子供のいないマルトーにとって、才人は息子のようなものだ。
厨房の面々にとってはまさに誇り高き『我らの剣』だろう。

さて、そんな才人が無表情で厨房にやって来た。
隣にいるのは魅惑の妖精亭オーナー、スカロンの一人娘、ジェシカだ。
ジェシカはジャムの瓶が開かないときのような、少し困った顔で頭をかいている。
この暑さで売り上げが落ちているらしく、先ほど知恵を借りにやって来たがいい助言はできなかった。
シエスタの従姉妹でもあるので協力を惜しみたくはなかったが、マルトーにもいい考えが浮かばなかったのだ。
しかし今はそれ以上に才人のことが気にかかる。

「どうしたぃ、我らの剣?
そんな顔しちまって」
「ちょっとこの暑さで惚けちゃったみたいで……。
水一杯とシエスタ借りれます?」

それならいいが、と少し納得はいかないが木杯に水を汲み、シエスタを呼んだ。
シエスタは能面のような無表情の才人を見て目を見開き、その隣のジェシカを見てさらに目を剥いた。
そんなシエスタの手を引っ張り、才人の背中を押してジェシカは厨房から出ていった。


――今日の晩飯は量と油を控えた方が良いかもしんねえな。

連日の暑さで残飯の量も増えている。
潤沢な量の食材が与えられていてもマルトーはそれらを無駄にするつもりはなかった。
最近ではいかに貴族達に残さず食べさせるか、という課題に厨房一同で取り組んでいるのだ。

「お前ら!休憩は仕舞ぇだ!!」

よし、晩の仕込だ、と頭を切り替えてマルトーは彼の戦場に戻る。



[29423] 第二話 ランナーズ・ハイ
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/09/04 18:02
2-1 平賀家の食卓

完全無欠な英雄はこの世に存在しない。
いや、ひょっとしたらいるのかもしれないが圧倒的少数派だろう。
某フォースと共にあらん人は一度ダークサイドに堕ちているし、落ち込んでいて教官を殺された上に逃げた先でまで運命がまとわりつく男だっている。
世界を救った男女平等パンチを放つ男子高校生も普段は不幸で鈍感だし、中国拳法を極め、多すぎる仲間の死を背負ったからくり大男だって子供の頃は貧弱で泣き虫だった。
指輪を捨てに行くだけの簡単なお仕事に見せかけた壮大な冒険に巻き込まれたホビットもいれば、一見渋くて超強いのに声が意外と高くてちょっとがっかりしてしまうコックから警察官、特殊部隊までこなしてしまう沈黙の男もいる。
しかし、彼らは紆余曲折しようとも、トラウマを持っていようとも、最後には成し遂げるのだ。
勝利を!平和を!!
そして新進気鋭の英雄足るヒリーギル・サートームもご多分に漏れずトラウマを克服して現実に帰ってきた。
ちょっぴり視界が滲んでいても彼も数多の英雄と同じく成し遂げたのだった。

――帰ってきた。俺、帰ってきたんだよ、コルベール先生。

くどいようだが炎蛇氏は生きている。
キュルケ嬢と、若干一方通行気味ではあるものの、きゃっきゃうふふあははとしながら光輝く頭脳をフル回転させ、研究に励んでいることだろう。

さて、なんだかんだ言いつつも才人は最近ストレートな罵倒を、より具体的にはキモがられることはなかった。
才人はアレだがルイズもアレなのは言わずもがな、二人が組み合わさると逆に無敵で素敵なフィールドが形成されるのだ。
その絶対領域を中和・侵食できるのは今のところ汎用冥土型決戦兵器ことシエスタさんと、風の妖精マリコルヌさんに限られている。
そしてタルブ村のシエスタさんも、曾祖父の教育の賜物か、男性をたてることを美徳としており、アレ状態の才人にも罵声を浴びせることはなかった。
オルレアンさん家のシャルロットちゃんも、アレな才人には、見てはいけないものだけどどうしよう、教えてキュルケ!といった有り様で具体的な対処はしてこなかった。
そこに、ジェシカの究極魔法「キモッ」である。
才人にとって、十年間溜めに溜めたエクスプロージョンよりも効いた。
そのせいで現実への回帰が遅れ、気が付けば木陰にいる。
しかもシエスタの膝枕だった。
困惑が混乱になりつつもがばっと起き上がる。

「サイトさん、気がつきましたか」
「お、よーやくしゃきっとしたわね」

湿度のせいか、木陰に入ると大分涼しい。
そこらへんは日本よりもマシかなぁ、と考えながら疑問を口にした。

「えっと、ジェシカ、なんでここに?」
「もー、さっき言ったじゃん。
マルトーおじさんとサイトに用があったのよ」

マルトーとスカロンが旧知の仲らしく、ジェシカはマルトーのことをおじさん、と慕っている。
シエスタが魔法学院に奉職しているのもそのツテを頼ってのことだ。
そして才人の中でさきほどのことは封印されたらしい。
トラウマを乗り越え英雄になる日は遠そうだ。

「ふーん、そうだっけ?
暑さのせいでまだぼんやりしてるや」
「ま、それはいいわ。
サイト、あなた確かひいおじいちゃんと同じトコ出身だったわよね?」
「ああ、そうだけど」

会話の合間にもシエスタが団扇をぱたぱたと扇いでくれる。この団扇は武雄ひいおじいちゃん直伝だとか。
トリステインにも何故か竹っぽい植物はあるのでそれから作るのだ。

「実はマルトーおじさんにも相談したんだけどさ、この暑さで店の売り上げが落ちてんのよ。
それでちょっと風変わりなイベントとか、料理を出したいんだけど、サイトの故郷でそれっぽいの、ないかな?」

お願いっ、と両手を合わせるジェシカに才人の胸はちょっぴり高鳴る。
日本人の血のせいか、ジェシカもシエスタも親しみやすく、しかも可愛い。
そんな娘にお願いされちゃえば否応なしにがんばるしかねぇ!と、戦場でもないのに才人のココロは震えた。
同じく木陰に転がされていたデルフはそれを微妙な気持ちで見守っていた。

――夏っぽいイベント、か。

才人が真っ先に思い付いたのは花火大会だ。
ここ、トリステインでは色鮮やかな火を夜空に打ち上げるなんて誰も思い付かないだろう。
しかし、魅惑の妖精亭単体で考えると少し弱い。

――甲子園、お盆、海水浴、山登り、七夕、他にはっと……。

「マルトー親方も料理に苦心してますよ。
どうにも残す人が多いみたいで」
「今年は暑くなるみたいだしね~。
おじさんも大変だぁ」
「今年は暑くなるって、なんでわかるんだ?」

ハルケギニアのお天気事情を知らない才人が問い掛ける。
するとジェシカとシエスタは顔を見合わせて苦笑した。

「いえ、テンキヨホウシュっていう職業を自称されている貴族様がおられるんです」
「要はお天気を占っているらしいのよ。
ヨシュズミィ・ド・イシュハァラっていうお貴族様なんだけどね。
これがまた当たらない当たらない」
「最初の頃はみんな少しは信じてたんですけど、今となっては、『占いと逆になると考えれば良い』って」
「そうなのよ。
なんでか知らないけど占いとまぎゃくになるのよねー。
で、今年は冷夏になるっていうからきっと暑くなるのよ」
「スクウェアクラスで平民にも偉ぶらない、家柄も良いと他は完璧なのにこの趣味で他の貴族様には笑われているとか」
「先週うちに来たけど『台風二号が来れば……』ってぼやいてたわよ」
「なにそれこわい」

これも元の世界との奇妙な類似点なのかもしれない。
とりあえずイシュハァラさん家のヨシュズミィさんのことは思考の隅に追いやって、才人はさらに夏らしさを追い求めた。

――ジェシカの悩みもマルトー親方の悩みも料理さえあれば解決するんだ。
考えろ、夏に食ったものを思い出すんだ!
そうめん、そうめん、そうめん……。

才人の母親は存外ずぼらなところがあったらしい。
毎日のようにそうめんを食べていたような気がした。
しかも才人は素麺の作り方など知らない。

――他の他の他のッ!!
そうめんサラダ、茄子そうめん……。

哀しいまでにそうめん尽くしだった。

「ホントはそうめん、っていう小麦粉から作る麺を使うんだけどさ。
きゅうりを細く切って、トマトをざく切りにして、マヨネーズで和えたやつは美味しかったかなぁ……」
「ふんふん、パスタでも出来るかしら」
「たぶん、細いパスタだったらできると思う。
豚肉とかいれてもいいと思うし」

シエスタから団扇を受け取り二人を扇いでやる才人。
ついでに、剣って暑いとかあるのかしら、と思いながらもデルフも扇いでやった。

――夏っぽいと言えば他にもざるそばかな。
たっぷり盛られたそばを、まずは香りをかいで、そしてつゆにつけてずぞぞっと啜るとたまんねぇーよなぁ……。
トリステインにも蕎麦の実ってあるのか?
あ、冷やしうどんもアリかな。
ねぎを散らして、鰹節をたっぷりまぶして、半熟卵はやっぱ欠かせないよな。
ずるずる啜って、ある程度箸を進めたら卵を割るか、それともそのままちゅるっといくか、それが悩むんだよな~。
いやいや、冷やし中華っていう手もあるぞ。
錦糸玉子、きゅうり、ハムは鉄板として、トマトなんかもいいしミョウガ、オクラも美味かった。

そうめん祭りが終わっても才人はドコまでも麺類だった。
このままではSSの主旨がどんどんそれていってしまう。
それほどまでに才人は郷愁を覚えていた、主に食料方面で。
しかし、ここで才人に電流走る。

――枝豆……圧倒的枝豆!!
たっぷりの塩水で湯がいた枝豆がビールに合うって父さんも言ってた!
そして冷奴だ!
醤油だけ垂らしてもいいしねぎ、しょうが、鰹節、ミョウガ、ラー油系に走ってもまたアリだってばっちゃも言ってたはず。
待てよ、確かあの漫画ではホカホカの焼き鳥とキンキンに冷えたビールの組み合わせが……。

才人は遠く彼方、地下帝国に思いを馳せた。
彼は未成年なので知る由もないが、この季節キンキンに冷えたビールは極上である。
才人は沼に囚われそうになりつつ、必死に考えをまとめる。
筆者も残念なのだが、トリステインではワインの方が圧倒的支持を受けているのでこの案がうまくいくかは不明だ。

――だんだん頭が回ってきたぞ。
暑い中食うカレーは最高だ。
でもおそらくスパイスが足りない。
そもそもガラム・マサラがよくわかんねぇ。
ゴーヤー・チャンプルーか?
ゴーヤが手に入る可能性は低そうだ……。
考えろ平賀才人。
お前ならできる。
男なら、誰かのために、強くなれるんだ。
女の子のためならお前は英雄にも天才にもなれるんだッ!!



2-2 授業は踊る、されど進まず

才人が脳内でクライマックスを演出している頃、そのご主人様は授業中だった。
窓際の席に陣取り最早進まなくなった授業と呼べない男の意地の張り合いをぼんやり眺めている。
ギトー教諭の授業でこのような事態は珍しい。
みんなの太陽ことコルベール先生の講義は大いに脱線し、しばしば休講になる。
しかし、このくそ真面目で嫌みな教師はきっちりかっちり修業を行うことでも有名だった。
何がいけなかったのかは誰も知らない。
きっと才人ならこう答えるだろう。

「太陽のせい」

吹っ掛けたのはグラモンさん家のギーシュくんだった。
例によって絶好調で有頂天なギトー風最強授業で彼はこう言った。

――先生、先生の講義で風が最強であることはよくわかりました。

ギトーはニヤリと笑いながら、数量限定のアンリエッタ女王陛下の写し絵をゲットしたかのように、満足げに頷いた。

――しかし、先生の講義では最強である以外、何も示されておりません。
我が土の系統のように人々の役に立つようなところを見せていただけないでしょうか。

この挑発にギトーはちょっぴり頭に来た。
風は最強であるがゆえに庶民の生活とは密接しないと言うのが彼の意見だった。
ここでギーシュはさらに畳み掛けた。

――しかし、いくら最強たる風の系統でもいきなりは難しいでしょうね。

元々沸点の低いギトーだ。
これには負けておれぬ、と声を張り上げる。

――調子に乗るな。
風に不可能はない!

頭に来ていたギトー教諭は風最強、から風に不可能はない、と持論が変わってしまった。
一瞬、ギーシュの瞳が妖しく輝く。

――ならば簡単に。
この講義時間中教室を涼しく保ってください。
我が土の系統でもドットスペルで達成できることです!

言うや薔薇を一振り、現れた七体の青銅の戦乙女たちはその手に巨大な団扇を携えていた。
ワルキューレの自立稼働で団扇を扇がせ、ギーシュはギトーに向かってニヤリと笑った。
対するギトーはウィンドを唱えた。
ギーシュのワルキューレが巻き起こす風よりは強く、されどモノは吹き飛ばさない程度に弱く。
タバサですら及ばないほどの絶妙な力加減がギトーの高い実力を示している。
しかし、一分もたたないうちに風は止んでしまう。
さらにギーシュは勝ち誇って嘲った。

――このやろう!

ギトーは大人げなく偏在まで繰り出して交互にウィンドを唱えはじめた。
そんな状態で授業を進められるはずもなく、男達は不適に笑いあいながら意地を張り通していた。
そして場面は冒頭に戻る。

――はぁ、オトコってホントバカよね。
ギーシュもあのバカ犬の影響でもっとバカになってるし。

ルイズの知る限り、ギーシュはこのような愚行に走る人間ではなかったはずだ。
ちらりと見たモンランシーも溜め息をついている。
ギトー教諭ですら、今でも融通が効かないが、もっともっと頑なだったはずだ。
彼女の使い魔は方向性はどうあれ、みんなに変化をもたらしているようだ。

――にしても、サイトはどこにいるのかしら。
ご主人様がマジメに授業を受けているというのに……。

既に授業の体を成していなかったが、一応授業中である。男たちのやり取りになぜかマリコルヌ、レイナールなど水精霊騎士隊の面々も加わりはじめている。
お堅いレイナールが参加するなんて……とルイズは戦慄いた。
外から聞こえてくる声にルイズはピクリと反応し、顔を伏せた。

――あ、ああああの犬はご主人様の授業中にナニ大声で騒いでくれちゃってるのかしら。
しかもこれあのメイドだけじゃなくってジェシカの声も混じってるじゃない!

あとで鞭打ちね、とまるで卵を割るかのような気軽さで非情な仕打ちを決定した。
ギラリと光った眼に遠くからルイズを眺めていたモンモランシーはビクッと肩を震わせた。
外からの声はいよいよ大きくなっていた。

「だからエールを冷やせば良いんだよ!
俺の国のギャンブラーも言ってた。
キンキンに冷えたエールは犯罪的で、強盗すらやりかねないって!」

その後もあーだこーだと続く声。
ルイズは怒りがだんだん羞恥に変わりつつあることを感じていた。

――もー!ホントにあの犬ナニやってんのよ!?
バカバカバカ!
もう知らないもん!!

羞恥に頬を染めて、前をキッと睨めばそこには男たちの輪があった。
もはや学級崩壊と言うレベルじゃない。
教師が進んで破壊しにまわっていた。
今の議題はエレガントな涼しさの演出法。
ここはあえて火を使うべきだ!と主張するギムリがレイナールとタッグを組んで、水の円柱内で燃える炎を実現していた。
そこにギーシュが錬金で作った銅粉末を撒き散らし、マリコルヌが巧みに風を操り、炎色、形を制御している。
無駄に洗練された高度な技術に流石のギトーも感嘆した。
外の声なんて誰も気にしちゃいない。

――ふふ、そう。
そういうことなの。
ならいいわ。

教壇の近くで水精霊四天王が、燃える水柱の前で顔をぐるぐる大きな円を描く運動をしていた。
アレも才人の入れ知恵だ。
垂直だった円柱はゆっくりとひしゃげはじめ、やがて円形になった。
その中では十字型の炎が時折色を変えながらくるくる回転している。
ルイズの頭の中ではすでに決着がついていた。

――罪人、犬。
だから、私がむかむかして教壇を吹っ飛ばしたとしても、私何にも悪くないの。
あとで犬に鞭打ちでも食らわせれば、皆きっと笑って許してくれるわ。
ええ、皆笑顔でにっこり笑ってくれるわ。

羞恥が一周して再び怒りに戻ったとき、ルイズはエレガントに立ち上がり、涼しげな声でルーンを唱え、淑やかに杖を振った。
きちんと椅子に座っていた女性陣は長年の経験からサッと机の下に滑り込んだ。
一方男性陣は先ほどのオブジェにどのような名前を討議しており、ルイズの暴挙に気がつかなかった。
迸る閃光、響く爆音。
その爆発はバカどもを飲み込み、軒並意識を刈り取った。
一年ほど前とは違い、誰もゼロのルイズと囃し立てない。
いや、できない。
ルイズはこの世のものとは思えないほどの綺麗に微笑んでいたのだ。
話しかければ次は自分がやられる!という確信のもと、女性陣は爆発をなかったことにした。
男たちの屍を残しつつ真夏日は過ぎていく……。



[29423] 第三話 ICE PICK デルフリンガー
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/08/27 13:00
3-1 特攻野郎Oチーム(Ondine)

その晩、アルヴィーズの食堂では前菜として珍しいものが供されていた。

「そこのメイド君、そう、君だ。
これは一体なんだい?」

ギーシュはそばを歩いていたメイドに疑問をぶつけた。
両手で覆えるほどのガラス容器にキラキラ輝く小さなカケラが小山のように盛られており、そのてっぺんには薄紅色のソースがかけられている。
日本の諸氏には夏の風物詩として馴染み深いがここ、トリステインでは真新しい料理としてうつるようだ。

「シュヴァリエ・ド・ヒラガ様の故郷の料理で、『カキゴォリ』というらしいですわ。
なんでも細かく砕いた氷にジャムを薄めたソースをかける、夏ならではのものだとか
スプーンでお召し上がり下さい」

ありがとう、とギーシュはメイドを見送った。
ハルケギニアでは氷を食するという習慣は一般的ではない。
冬場の行軍で雪を食べれば腹を下す、ということが経験則的に知られており、好き好んで食べようという気は起きないのだ。
一部の例外が貴族の中の貴族、もしくは夏でも雪には困らないアルビオン人である。
彼らは夏場に高山地帯から万年雪を取り寄せ、ワインに雪や氷を入れて楽しんだり、果汁を氷室で凍らせ、それをギザギザスプーンで砕いて食すのだ。
そんな例外を除けば、夏に雪や氷を間近で見る者は少ない。
夏に観られる氷といえばウィンディ・アイシクルをはじめとする攻撃魔法ばかりで、まさかそれを砕いて食べようなどと考えた人間は、おそらくハルケギニアでは才人がはじめてだろう。
始祖より授かりし魔法を食するとは!!とロマリアさんから怒られるかもしれない。
ちなみに氷はタバサが提供した。
好意を寄せる彼のためなら例え変なコトでも応えようとがんばる子なのだ、タバサは。

「ふむ……」

ギーシュは感嘆した。
やはり、彼は違う、と。

――少し大きな雪、といった大きさだろうか、この氷は。
この暑いときにどうやってこのようなものを作ったんだろう?
しかしこれは見た目にも涼しいな。

すっと一すくい、目の高さへ持ってくる。
赤く染まった氷と透明な氷とのコントラストが美しい。
周りは食事時の喧騒があるにも関わらず、ギーシュは一人の世界に篭っていた。
氷がじっとりと室温に融かされる様を観察し、徐に口へ運んだ。

――これはッ!!

ギーシュの精神は十年ほど前に飛んだ。

――当時、魔法を教えに来ていたメイジの先生。
丁度今の僕らほどの年齢だったか。
金色のロングヘアーに厳しい目元が特徴的な女性だった。
あの頃の僕は魔法が今よりも下手で、中々上達しなくて。
だから焦った父上は半年ほどで家庭教師を変えたのだ。
初恋だった。
僕は先生に思いを伝えたくて、駆け寄って、躓いて……。

『先生、小さいんですね。』

ああ!
子どもだったとは言え僕は何て残酷なことをレディーに言ったんだ。
そして何て無謀で命知らずだったんだ!!
僕はあの後何週間ベッドの上で過ごしたのか……。

「ギーシュ、おい、ギーシュ?」
「はっ!?」
「どうしたんだよ、食事中に固まるなんて」

左隣に座ったレイナールが少し心配そうな目でギーシュを見ていた。
正面に座るマリコルヌはそんなギーシュにお構いなく、かき氷を味わっていた。
幸せ一杯!といった面持ちだ。

「いや……あまりにこのカキゴォリが素晴らしくてね
なんというか、そう、甘酸っぱい初恋の味がしたよ」

髪をかきあげながらレイナールに応えるギーシュ。
幼少期の彼は当時頭までしこたま殴られあまり記憶が鮮明ではない。
噂によれば、さる大貴族が長女に『もう少しおしとやかになって欲しい』と知り合いのグラモン家へ家庭教師として紹介・派遣したのだとか。
その経験が実を結ばなかったことは言うまでもない。

「ああ、確かに初恋は甘酸っぱいって言うよな」
「そうさ、僕の初恋もご多分に漏れず甘酸っぱかった……はずなんだけどあまり記憶が定かではないな」

右隣のギムリが茶化すように言うが、ギーシュは首をかしげる。
ナニカあったような気がするんだけどな……とぼやいているがその思い出は封印しておいた方が良さそうだ。

「シャーベットは食べたことがあるけれど味わい・見た目ともに大きな違いがある。
しかし、これはすごい発想だね。
氷の欠片に少し酸味の強いベリージャムを使ったソースをかけるだけ。
そんなシンプルで、誰にでも思いつきそうなものなのに今までなかったなんて。
やはりサイトの故郷、ロバ・アル・カリイエには一度行ってみたいな」
「出たよ、レイナール先生のお料理評価が。
美味いモンは美味い、それだけでいいじゃねーか」
「いや、それは作り手に対して失礼だ。
舌の上でとける氷の涼しさと残る甘酸っぱい風味。
いや、ギーシュじゃないけどまさに初恋の味といっていいんじゃないかな」
「レイナールの初恋か、想像できねーな!
でもこれは美味い!!
発想はサイトだがソースを仕上げた親父さんも相当なモンだな」

ハルケギニアには果物を冷やしたデザート
余談ではあるが、ギムリは美味しい料理を作り上げるマルトーの腕に惚れ込み『親父さん』と呼んでいる。
これも水精霊騎士隊が結成されてからの話なので才人の、平民でも貴族でも気にしないというスタンスが彼にいいきっかけを与えたのかもしれない。
一方、ギムリとレイナールのやり取りを聞き流しながらギーシュはかき氷に見入っていた。

――この料理は美味で、味わった人々を魅了するだけではなく何かがある。
そう、他にも豪華な料理はいくらでも味わってきた。
中には金粉をふんだんに散らしたキャビアや、トリュフを贅沢に使ったパスタなんかもあった。
でも違う。
このカキゴォリは違うんだ!!
誰もが見つけられるものではなく、じっくりと眺めてわかる。
輝くシャンデリアのような煌き、ああ、素晴らしい。
この美しさはそう、モンモランシーのようだ!

盛大にトリップしているギーシュを挟みながらギムリとレイナールの議論は続く。

「こいつに名前をつけてやりたいんですが、かまいませんね!!」
「いいだろう、先手は僕だ。
シンプルに『カキゴォリ・初恋味』というのはどうだろう?」
「待てよレイナール、カキゴォリって発音はトリステインに馴染みがない。
なんとか詩的に捻ってやろうじゃないか」
「なかなか難しい注文をする……」
「『始祖の惠・初恋味』ってーのはどうだ?」
「それはロマリアにケンカ売られても仕方ない名前だね。
色合いを考えて銀や白といったフレーズを入れたほうがいいだろ?
『銀の恋人達・初恋味』という名前はかなりキテると思うよ」
「それなら白いこい……いや、違うな。
この名前はマズイ気がする。
そうだ!
『銀の降臨祭・初恋味』はどうだ!!」
「なるほどな、悪くない気がする。
しかし冷静に考えれば初恋が甘酸っぱくなかった人も要ると思うんだ。
『銀の降臨祭・初恋風味』と少し灰色にした方がいいんじゃないかな?」
「決まりだな、レイナール」
「ああ、ギムリ」
「「魔法学院名物『銀の降臨祭・初恋風味』だ!!」」

結局宗教がらみなのでロマリアからのクレームは避けられない可能性が高い。
そもそもこのかき氷はタバサががんばって氷を作り、才人が伝説の力を遺憾なく発揮してガシガシ氷を削った一夜限りの料理だ。
ロマリアあたりからかき氷器が流れてこない限り、再びかき氷が日の目を浴びることはないだろう。
ここでギーシュ、レイナール、ギムリの三人はマリコルヌが会話に加わらず、またぷるぷるしていることに気付く。

「どうした?マリコルヌ」

メガネをクイッとレイナール。

「何かあったのかい?」

薔薇をフリフリギーシュ。

「俺達でよければ力になるぜ!」

歯を光らせるギムリ。

「おまぇらぁ……初恋初恋うるさいんじゃボケェエエエ!!!!
僕の心の傷をえぐってそんな楽しいか?
ああ!お前らみたくモテるヒトタチはさぞかし楽しいんだろうなぁあああああああああ!!!!!!
初恋?初恋だって??
僕の初恋なんて鼻で笑われて終わりさ、ええっ!!?
近づくこともできずに終わったよ!!!
甘酸っぱい想いなんてする暇もなかったさ!!!!」

もはや彼の独壇場だった。
怨嗟の声はアルヴィーズの食堂中に広がり、一切の音を奪った。
誰も動けない、動いてはいけない。
肩で息をするマリコルヌと、同様の思い出があるのか数名の男子生徒が流す涙。
それ以外の動きは一切無く、世界中の時が止まったかのようだった、と後になって遠くの席にいたケティ嬢は語った。

「俺達が悪かった、マリコルヌ……」
「そうだな……軽率だったよ」

時計を動かし始めたのはギムリとレイナールだった。
彼らは立ち上がり、マリコルヌに向かって頭を下げた。
頭を下げる、という謝罪方式は才人が騎士隊に持ち込んだものだ。
その行為はマリコルヌに、水精霊騎士隊の絆を思い出させた。

「いや、僕もちょっと取り乱しただけで……」

と、頭をかきながらマリコルヌ。
ギムリとレイナールは頭を上げると微笑みながら手を伸ばした。
マリコルヌは二人の手をとり、硬く握った。
小さいながらも食堂に喧騒が戻り始める。

「そうだな……『銀の降臨祭・初恋風味』ではなくて……」
「『銀の降臨祭・失恋風味』にしよう!!」
「やっぱりお前ら死ねぇえええええええええええ!!!!!!!」

この日マリコルヌはラインメイジに昇格したとか。



3-2 特攻野郎・Zチーム(Zero)

「男子がうるさいわね」

ルイズ(中略)ヴァリエールはその可憐な眉をひそめ、不機嫌そうに言った。
マリコルヌフィーバーがウザい、蹴りたい、黙らせたい。
授業の後、鞭打ちを目論んでいたルイズだが彼女の飼い犬はとうとう晩に至るまで見つからなかった。
いつもどおりなら彼は授業終了後、ルイズと合流し、水精霊騎士隊の訓練をこなし、一緒に夕食をとる。
ところがここ一週間急激に暑くなり、騎士隊の訓練は休みがちになり、才人はふらふらと出歩くことが多かった。
それがルイズの癇に障る。

――もう少しご主人様と一緒にいたっていいじゃない……。
普段ならもーーちょっと許してもいいかなぁ、なんて思うんだけど今日はダメ。
お昼にジェシカとシエスタとあーんなに楽しそうにおしゃべりしていたんだから。
ご主人様である私はさらに楽しませる必要があるってこと、あの使い魔はわかってないのかしら。

昼の一件もあり、若干理不尽スイッチが入っている。
当の才人はマルトー親方にかき氷を説明し、タバサと共同作業に励み(アレな意味ではない)、かき氷と賄を貪り喰らった後、ジェシカとシエスタを伴ってどこやらに消えてしまった。
才人を探しに厨房を訪れたルイズは丁度入れ違いであったようで、表情の変化に乏しいタバサに、それとわかるほど自慢げな顔をされた。
そこに来て男どものバカ騒ぎである、きっとルイズじゃなくてもいらっとくるはず……くるかなぁ、きっとくる。
そんなルイズの両隣を固めているのはタバサ、モンモランシーだ。
左隣のタバサはちらっとルイズが見るたびに勝ち誇った顔をする。
モンモランシーはシレッと「あら、これ美味しいじゃない」とかき氷をパクついていた。
彼女達の前にはキュルケ、ティファニア、アニエスが陣取っていた。
アニエスは水精霊騎士隊の訓練で魔法学院に十日ほど前から滞在している。
当初、食事は使用人たちとともにとっていたが、オールド・オスマンに「是非食堂を使いたまえ」と請われて食事場所を変えた。
オスマン校長的には教員席でそのむ……いや、ふとも……まぁ、世間話に興じたかったようだがアニエスはルイズを見かけるとあっさり席を移った。

――これは、何か悪意を感じるわ。

ルイズのシックス・センスは始祖の見えざる手、あるいは悪魔による精神攻撃を敏感に察知していた。
もっともそれを感知していたのはルイズだけだったので、周囲の五人はそ知らぬ顔で食事を進めている。
そしてルイズはいよいよ悪意の源泉、あるいは勘違い、を見いだした。

――これがサイトの言ってた南北問題ね。

テーブルを赤道とした、南半球(ルイズ側)と北半球(ティファニア側)での貧富格差は大きかった。
ルイズは俯いた。
視界を遮るものはテーブルくらいしかない。
左右を見る。
相変わらずドヤ顔のタバサは言うまでもなく、右隣のモンモランシーだって自分と大差ない。
憎むべきは貧困(貧乳)だ、という言葉が地球には存在するが、ルイズは異なる答えを知っている、持っている。
前を見る。
己の敵をしっかり見据えた。

――ブリミル様。
この世界が貴方の作ったシステム(成長予定)どおりに動いているって言うなら、まずはその幻想をぶち殺す!

突き出した右手を勢いよく握り込むと同時に、ギラッと目が光を放った。
ひょっとしたら極小のエクスプロージョンだったのかもしれない。
ティファニアはそれを見て「ヒッ!?」と脅えて両腕でその実をかばった(誤字に非ず)。
その姿にルイズは弾力の強いババロアを幻視した。
大きなババロアをスプーンの腹で抑えれば当然形が歪む。
それと同じことが目の前で起こっていた。
それを見たルイズさんはさらにその目に焔を灯し、掌を自分に向けるよう、肘を折り曲げた。
そしてもう一度、小指から順にゆっくりと折り曲げ、握りこぶしを作る。
遠目に見ると「あの人はガッツポーズなんかして、いいことあったのかしら」程度にしか思われない。
事実、シュヴルーズ先生なんかは「あらあら、ミスタ・ヒラガの考えたカキゴォリがよっぽど美味しかったのね」なんて考えている。
しかし、平然としていたキュルケ、アニエスにすらルイズから発せられる威圧感は重かった。
キュルケは呻き、アニエスは冷や汗を流した。
「これが虚無か……」とアニエスが呟いたかはいざ知らず、ルイズのかき氷はすでにタバサとモンモランシーによって分割統治されていた。

――今なら杖がなくたって、虚無を放てる。
詠唱だって要らない。
心を解き放てば世界を平坦に、いえ、平等にできる気がするわ!!

言うまでもなく、そんな虚無のスペルは存在しない。
あったとしたら『乳崩壊』<デストラクション>とでも名前がついていたのか。
あったとしても何故ブリミルがその呪文を残したか、大いに議論されることだろう。
そんな闘志を燃やすルイズのお腹が小さく「くぅ」と鳴る。
同時に、威圧感は消え、崩壊の危機は去った。
我に帰ったルイズは才人謹製のかき氷が南半球の仲間に奪われていたことに気づいた。
親友だと思っていたクラスメートが実は魔術師だったかのような衝撃、そのクラスメートに肉体的に痛めつけられ、裏切られたかのような気分だった。
持たざる者同士、鋼の結束で繋がれていると信じていた。
特に今日のルイズは才人との触れ合いが少なかった。
授業中も、授業が終わってからも才人と会えず寂しさが少し、ほんのすこぅし積もっていた。
このかき氷のことをタバサから聞いたルイズは

「ふふっ、ご主人様にだけ奉じれば良いのに。
ま、皆に喜んでもらいたいとか、そーいう子犬みたいっていうか、純粋で健気なところもサイトの良いところなんだけど」

とタバサに語った。
そのルイズは才人との絆のように感じていたかき氷を失い、モグラのように沈みこんでしまった。
ルイズがそんなにしょんぼりするとは思っていなかったタバサとモンモランシーは謝った。
それはもう誠意を込めて謝った。
それに対して、ルイズは

「いいの、どうせほっといたら溶けちゃうんだし。
またサイトに作ってもらうわ」

と寛大な態度を示し、淑女らしく優雅に食事をとった。
その後五人に別れを告げ、部屋へ戻り、ルイズは2時間眠った。
そして、目をさましてからしばらくして、せっかく才人が作ってくれたかき氷を食べられなかったことを思いだし、泣いた。



[29423] 第四話 彼女は今日。
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/08/27 01:41
4-1 あるいは『迸れエロス』

『サートームは激怒した。

(中略)

風の剣士は赤面した。』

「っていうのが今度のタニアージュでやるらしいわよ」
「ちょっと待って」

サートームさんは激怒したらしいが、才人は困惑した。
この世は人知を越えた何かが存在する。
ハルケギニアにやってきて、ガンダくんとして色々とあり得ない経験をした才人はそう信じていた。
世界が紅く染まる夕焼け空、青い竜が空をいく。
タバサからシルフィードを借りて、才人はジェシカをトリスタニアまで送っていた。
そんな風韻竜の背中でジェシカが語った超大雑把なあらすじに、才人は聞き覚えがあった。

――え、アルビオンどころか虎街道も十人抜きも、それっぽいエピソードが改変されてるけど……。
ていうかこれひょっとしなくてもアレだよな??

「ちなみにタイトルは『走れエロス』ね」
「今時中学生だってそんなこと言わねぇよ!!」

才人は激怒した。
というかまんまだった。
ジェシカが言うにはすでにこの小説はトリスタニアで大流行しているらしい。
某失格な作家の小説をベースに、実際に才人が活躍したエピソードを巧みに改造し、男同士なアレになっている。
ちなみに王の名はジョゼフ、親友はウェールズと今は亡き王族の名が使われていた。
王族への不敬ってレベルじゃない。
才人は戦慄した。
彼は忘れていたのだ。
ハルケギニアは日本で言う戦国時代的な部分があるということを。
実際の中世ヨーロッパでもそう言った事例に事欠かないことを。
戦場に娼婦を連れてくる、と言ったことは縁起が悪いとして敬遠されている。
つまり、そういったアレな文化に寛容であり、そういったテーマの本も多い。
しかしいずれも空想の人物、もしくは歴史上の人物の本であり、今を生きる人をモチーフとすることはない。
何故なら、流石にそんなことをしたらモチーフにした人物が殴り込んでくるからである。
いくら寛容とは言え、自分がモデルのそういう話を書かれれば誰もが激怒するだろう。
さらにはその本が広がって、社交界でくすくす笑われたり、あからさまに縁談の数が減ったりすると羞恥でハラキリすらやりかねない。
また、作家は基本的にメイジであるため(量産を自らで行える、平民がメイジに依頼すると高くつく)報復行為は刃傷沙汰で済めば軽いほう。
確実に周囲へ大損害を与えるため、ここ千年ほど控えられてきた愚行でもある。
そう言った意味では才人は千年ぶりの快挙を成し遂げた。
アルビオンの剣士こと、ヒリーギル・サートーム氏はガチムチだったが、今では平賀才人自身の容姿も広く知れ渡っている。
それもこれもマザリーニ枢機卿が平民に対する広告塔として彼を利用したからだ。
対貴族として彼の存在はよくない、よくないが平民にとってはどうか。
夢を見させるには丁度いい存在だ。
ロマリアがいまだきな臭いこともあって、軍に登用可能な平民は多ければ多いほどいい、メイジの肉の壁的な意味で。
メイジの数なら国土対戦力比では元々高かったトリステインだが、ここに来て通常兵力の増強にも力を入れ始めていた。
陸軍はまだしも、空軍では艦隊の運営において平民の数・鍛度が戦力に直結することも多く、軍閥貴族の間では才人の評価は上がっていた。
一方、作家メイジの間でも才人の評価(題材的な意味で)は上がっていた。
若く、武勇に優れ、エキゾチックな外見も相まって、作家たちの妄想力が溢れ出したのだろう。
現代では薄い本として出版されるであろうソレは、無駄に凝り性なトリステイン貴族たちの手によって上・中・下巻にしなければしんどいほどのモノが書き上げられていた、しかも10冊以上。
これがもし才人を良く思わない貴族の差し金ならば、みみっちすぎ、同時に有効な手段でもあった。
お金も入り、上手くいけば自刃して、後ろ暗いことは一切なし。

――え?
シュヴァリエ・ド・ヒラガ氏ですか??
彼のおかげで懐が潤っていますよ。
まったく、平民出身とバカにするものではありませんなっ!
最近ではアカデミーで効率の良い写本の仕方を研究しているくらいですよ。

と灰色卿が語ったか否かは定かではない。
『走れエロス』はそんな中でも文庫本ほどの文章量で、平民にも取りやすい良心的な価格設定になっていた。

「シエスタに頼まれたから買っておいてきたけどさ。
なんでも作者はゲルマニア出身のアーベーっていう人らしいけど、そっちの道じゃ近年随一って噂よ?
そんな人にまでモチーフにされるなんてよかったじゃない!」

ジェシカは才人の肩をバシバシ叩きながらケラケラ笑っているが、冗談じゃない。

――冗談じゃない、ていうかシエスタァ……。

そんなおとぎ話は才人に多大な精神ダメージを与えることに成功した。
虚ろな目でぶつぶつ呟きながらデルフに手を伸ばし、すらりと一息に抜き放つ。
達人の技ではあったが目がやばすぎた。
デルフは「やれやれ、相棒はてぇーへんだな」と他人事のようにつぶやいている。
彼も彼で今日は鉈になったりかき氷器になったりと、若干やさぐれていた。
切腹するならばもっと刃渡りが短いものでないといけないが、今の彼には関係なかった。
ただ、生きているのが嫌になった。

――頭を下げるのはいい。
犬でもいい、モグラでもいい。
床で寝てもいいし、生きるためならワリとなんでもやってやる。
でもソレはダメ、もう誰も信用できなくなる。
ひょっとしてコルベール先生の『炎蛇』ってソッチ由来なの!?
ソレなら『閃光』のワルドって、一見強そうだけど哀しい、すげー哀しい……。

勿論二つ名の由来はソッチ方面ではない。
一息に自刃しようとした才人だが二つ名考察で固まってしまった。
その隙をジェシカが見逃すはずがなかった。
いきなり剣を抜き放った才人にギョッとしたが、タニアっ子はいざというときの度胸がなきゃやっていけない。
それでも正面からは怖いので、才人の側面から抱きつきながらデルフを取り上げた。

「なにやってんの!?
危ないでしょ!!」
「もういいんだー!
後方からの友軍の攻撃なんて受けたくないー!!
っていうか、こんな、生き恥、止めて、くれ……」

半泣きどころか滝のような涙を流しながらも才人は止まった。
ぜんまいの切れたお猿の人形のように動きは弱々しく、とてもじゃないが英雄なんかには見えない。
デルフはすでに抱きついたジェシカの手の中にある。
才人は、普段ならば「困ったぞ」とでも言いそうな顔で、泣きながら笑っていた。
その横顔に、ジェシカはナニカ来るモノがあった。

――ナニコレ、胸が、ちょっとぎゅっと来る……。
言うなれば『きゅんっ』と来たという感じか。

ハルケギニアにチワワがいて、それがプルプルしてる様をはじめて見ればジェシカは同じ気持ちを抱いたかもしれない。
才人は童顔だ。
メタ発言で申し訳ないが、アニメではそんなことないが、西洋系の顔と比較して東洋系の顔はかなり幼く見える。
見ようによっては、才人はタバサと同年齢に見られても仕方がないくらいに感じられていた。
そんな年下に見える少年が、大人のするような泣き笑い。
ジェシカはこの年まで恋を知らなかった。
酒場で会うような男どもは基本的におっさんで、酔っ払っているせいもあってストレートにエロくてウザい、そのうえお客だから一歩引いてしまう。
職場以外には出会いなんか買い物くらいしかない。
その買い物ですら、神の見えざる手(スカロン・ディフェンス)でガードされていた。
そんなジェシカが出会ったのはご存知平賀才人。
彼は強かった。
お客としてではなく、同僚として接した時間もそれなりで人もよく知っている。
ちょっぴりスケベだけど優しくて、今まで見知ってきた男達とは違う。
しかもあれよあれよと言う間に出世して、今ではトリステインではほぼあり得ない平民出身の貴族となってしまった。
彼は距離を感じさせることもなく、今回の相談にも親身になってくれた。
そんな少年が、弱みなんか見せたことのない少年が、泣いている。
その横顔に、ジェシカはくらっと来た。

――ヤバい、なんかよくわかんないけどヤバい。
この気持ち、よくわかんないけど、うん、苦しいけど気持ちいい……。
ジェシカの胸が高鳴り、顔が熱くなる。

夕焼け以外の理由で頬がほんのり染まっていく。
日本で言う『萌え』という感情が大きくなって、赤い実が弾けるまでに、時間は必要なかった。

――のどがぎゅっと苦しくなって、アルコール入ったみたい、くらくらする感じ。
ドキドキがすっごい。
なんだろう、これ……。

「ちょっとだけ、トリスタニアまでこうさせて……」

奇しくも彼女は夕食に『銀の降臨祭・初恋風味』(結局失恋風味はボツになった)を賞味していた。
ジェシカはすっと才人の肩から背中へと身体をずらした。
そのまま少しだけ、強く少年の身体を抱きしめた。
くたっとデルフを持つ手の力が抜け、シルフィードの背中に峰が当たる。
背中でそんなむず痒くなるようなやり取りをされた上、理不尽に叩かれたシルフィードは、超迷惑そうに「きゅい……」と一声あげた。



4-2 使い魔失格

さて、困ったのは才人である。
ジェシカを送る。
話を聞く。
錯乱する。
デルフ取り上げられる。
背中から抱きつかれる。←イマココ!!

銀の戦車の人みたいな心境だ。
しかし、彼がありのまま今起こったことを魔法学院で話そうもんなら、朝日とともにその命は消え去ってしまうだろう。
途方にくれるとはこのことだ、と才人は今自分がどういうイベントをこなしているかも知らず、心の中で嘆息した。
ふと、ここで彼はあることに気付く。

――ヤバい、なんかよくわかんないけどヤバい。

それはジェシカがちょっと前に思ったことと同じだったが、意味は全く違っていた。
才人は何がヤバいのか十分に承知していたのだ。
しかし、それを口に出すのはシャイボーイ・サイトとしてははばかれる。

――これ、あたってる。
なにか大きくてあったかくて柔らかいのがあたってる。

泣いた子が笑った。
むしろ笑ったというよりも、アレになった。
背中に抱きついているため、才人のアレ顔が見えないのはジェシカにとって幸せなのかもしれない。
しかし、平賀才人は少しでも学習する男。
顔を引き締めて、それでも崩れてきたが、困ったような笑顔になった。
そして何故こうなったかを冷静に考えはじめた。

――KOOLになれ、平賀才人……。
お前はやればできる子だ、冷静に考えろ。
こういったシチュエーションはどうしたら起きる?

才人がまず思いついたのは恋愛系の漫画やドラマだった。
そういうシチュエーションで才人は「爆発しろ!」と思う側の人間だった。
それがよくない、むしろマズい。
そこで思考停止しておけばよかったのにさらに考えを進めてしまった。
彼はダメージを受けると途端に卑屈なモグラになる。

――いや、それはないな。
なぜならジェシカは昼間、俺に、俺に……ナニカ辛いことがあった気がする。
そう、きっとなじられたはずだ。
好きな人に対してそういう態度を取るのは基本的にルイズとかモンモンとか貴族。
だから違うんだ。
となると、高所恐怖症か??

第二案はまっとうなモノに才人の中では思えたが、これも即座に否定した。

――高所恐怖症の人ならシルフィードに乗ることすら嫌がったはずだ。
それに最初の頃はジェシカも喜んでたし、普通に会話も弾んでいた。
じゃあなんだ、なにか俺は見落としている……。

見落としたものはすでに遠く彼方にあった。
きっと才人がそれに気づくことはまぁないだろう。

――『トリスタニアまで』って確かジェシカは言ってた。

そうか!!
トリスタニアに何かイヤなことがあるんだ!
だからわざわざ遠い魔法学院までやってきたんだ。
ホントはマルトー親方に相談したことってのもそれに違いない!

才人は今日も絶好調だった。
日中の湯だるような暑さが脳にキテたのかもしれない。
元々ちょっぴり妄想好きな男子高校生である才人の脳内では、すでに主演自分、ヒロインジェシカのドラマが月9ではじまっていた。

――魅惑の妖精亭まで送るだけじゃダメだ。
スカロン店長に話を聞かないと。

才人はありもしない事件の解決を固く、固く誓った。
ジェシカの手からデルフを取り上げ、素早く鞘に納める。
ジェシカを背中に張り付けたまま、トリスタニアの夜景が近づいてきた。
盛んに明かりが焚かれている区画もあれば、黒く沈んでいる通りもある。

――この街の闇でどんなことが……。
いや、関係ないんだ。
どんなことがあっても関係ない。
ジェシカ、俺、絶対に守るから。
お前を傷つける連中、残らずまとめてぶっ飛ばしてやるから。
だからさ、また気楽な笑顔を見せてくれよ。

キリッとした顔でトリスタニアの灯りを睨む。
ご主人様そっちのけで「俺はジェシカの騎士になる」とデルフの鞘を固く握りしめる才人。
一方、我に帰って抱き着いていることに恥ずかしくなってきて、頬どころか耳まで染め上げるジェシカ。
今日も今日とて非生物しか相手にしておらず、自分の存在意義を自問自答するデルフ。
自分の背中で起きたことを余さずタバサへ伝えることを決意したシルフィード。
それぞれの思惑を胸に青い竜は王都の空を滑る。



[29423] 第五話 Wonderful 才人
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/08/26 08:00
5-1 黒髪のバラード

ある男は言った、このような美味があったとは。
またある男は言った、お伽噺の妖精のようだ。
さらにある男は言った、唯一の欠点さえなければ聖地に匹敵する。
魅惑の妖精亭である。
唯一の欠点とはなにか、議論の余地は残されるがトリスタニアでも中堅の酒場だ。
そんな一部の男の理想郷に降り立った才人とジェシカ。
才人はシルフィードに、後で迎えに来るよう頼んで、酒場の扉をジェシカとくぐった。
噂好きのタニアっ子たちに見られているとも知らずに……。
さて、すでに日は彼方山間に接するほどであり、魅惑の妖精亭は見目麗しい女性とソレ目当ての男性で溢れていた。
才人は久しぶりに来たなー、とぼんやり店の中を見回した。

――客入りはいい。
でも、確かにジェシカが昼間言ったとおりいつもより一割二割は少ない。
やっぱりジェシカがらみでナニカあったに違いないな……。

才人はジェシカ事件(と彼は名づけた)の首謀者をモット伯のような好色貴族である、とにらんでいる。
その貴族が暗躍して客入りを少なくし、ジェシカが身売りするしかない状態に追い込もうとしている。
仮想敵対者に才人のココロは震えた。
油断無く周囲を観察し、間諜を探る。
気分は24時間な男である。
しかし周りから見れば、背の高い子どもが慣れないところに来てキョロキョロしている、といった風に見えた。
その間にもジェシカは才人を腕をとり、スカロンのところに引っ張っていく。
厨房でジェシカは気分が悪い、とスカロンに訴えていた。
流石にあんな気分のまま店には出られない。
一度気持ちを落ち着けたかった。
その頬はまだ赤く、風邪をひいたと言えば納得されそうだ。
スカロンはジェシカの顔をじっと見つめ、一言「あらあらまあまあ」と娘を部屋に追いやった。
父と母が両方そなわり、最強に見えるスカロンにはまるっとお見通しなのかもしれない。

「スカロン店長、話があります」

いつもなら「ミ・マドモワゼルって呼びなさいっ」と茶化すスカロンだ。
しかし、この時ばかりは才人の真剣な眼差しに何かを感じとり、「こっちへいらっしゃい」と事務室へと才人を誘った。

――さてさて、どういう話になるのかしら?

この時のスカロンは、先程のジェシカの様子から交際の報告かしら、なんて暢気に考えていた。
それが数分後に覆されるとは夢にも思わずに。

「ジェシカは狙われています」

椅子についたと同時、機先を制したのは才人だった。
スカロンが期待していた、若者らしい情熱やら桃色やらの空気は一瞬で消し飛んだ。
机を境に才人はかなりシリアスな雰囲気をかもし出している。
しかし、狙われていると言ってもスカロンには理解できない。
疑問を才人に返した。

「なんで、サイト君はそう思ったのかしら?」
「これから説明します」

そうして才人は魔法学院でのこと、帰り道のこと、自分の考え(妄想)をふんだんに脚色してスカロンに訴えた。
才人はマジだがスカロンは大人だ。
ああ、この子は思春期特有の病を患ったんだな、と考え、これは利用できる、と思い当たった。

――ジェシカも遅い初恋を迎えちゃったみたいだし、この件を利用しちゃおうかしら。
サイト君は自分でジェシカを守って安心するし、あの娘もサイト君がいれば嬉しい。
それにおじいちゃんゆかりの男の子がお婿さんだなんて素敵じゃない!

スカロンは職業柄か、貴族だの平民だのを一般人よりは意識しない人物だった。
それよりも才人の人柄、故郷などを思い、ジェシカにぴったりだと考えたのだ。

――シエスタちゃんには悪いけどウチの娘は手強いわよ。
ルイズちゃんからもきっと奪ってみせるんだからっ!

心の中で「貴族だからいっそ両方貰ってもらえばいいかもしれないわね」なんて本人そっちのけなことを考えながらスカロンは悩むふりをする。
心の中はウキウキだがそれを表に出すことは一切ない。
汚いなさすが大人きたない。
そして娘のために一芝居うつスカロンは父親というよりも母親に近いのかもしれない。

「そう、サイト君も気づいたのね……」
「!
やっぱりですか!?」
「ジェシカは一週間くらい前から元気が無いわ。
物憂げな雰囲気で、お店のほうでもミスをやらかすくらい」

大嘘である。
ジェシカはこの暑さにも関わらず健啖で、店に来た夏バテ気味のお客まで大いに盛り上げている。
だが才人はそんなことを知るはずもない。
自分の推測に肯定的証拠を突きつけたスカロンの悪意(あるいは善意)に気づくこともなくヒートアップしている。

「相手の黒幕は分かっていますか?
チュレンヌみたいな奴でしょうか??」
「いえ、相手が店に来ることはないわ。
ただジェシカには買出しをやらしているし、そのときに接触されているのかもしれない」
「そっか、店に来ないとなると特定が難しそうですね」
「店を回すためには、ジェシカの買出しを止めるわけにはいかないわ。
いくら一人娘が大事だからって、他の妖精さんたちの生活もあるし、店をしめるわけにも行かない。
ミ・マドモワゼルも忙しすぎて一緒についていってあげられないし……」

巧みに才人の思考を誘導していくスカロン。
汚いなさすが大人きたない。(二度目)
才人は「ああ、幸せな人なんですね」と同情を受けそうなほど自分の世界に埋没していった。
つぶやく言葉はスカロンにも聞き取れず、顔も段々うつむいてきている。

――もう一押し、必要かしら。

「サイト君、ジェシカは……大丈夫かしら?」

不安げな、野太い男声だった。
しかしそれは娘を心配する親の声だった。
才人はココロの中で決意を固める。

「スカロンさん、俺がジェシカを助けます。
きっと、救い出してみせます」



5-2 黒髪のタンゴ

コンコン、と乾いたノック音が廊下に響いた。
部屋の中からゴソゴソ動く気配がし、ゆっくりとドアが開いた。

「なに……ってサイト?」

料理が想定していた味とちょっと違った料理人のような不機嫌顔で現れたジェシカは、予想だにしない人物を目の当たりにして、あたふたと慌てふためいた。
そしてつんっと顔をそらす。

――なんでこんなタイミングで来るのよコイツは~。
もう少しですっかり落ち着けたのに……。

顔をそらすことで誤魔化せただろうか、とちょっぴり不安を覚えるジェシカ。
そんなジェシカにかまわず、才人は「ちょっと部屋、いいか?」と気軽に声をかけた。
これに驚いたのはジェシカだ。
才人は、魅惑の妖精亭で働いていた時ですら、同僚女性の部屋を訪れることはなかった。
しかも彼女にとって、さっきのことがあったばっかりである。
その意味をどう勘違いしたのか、ジェシカの顔は「ぽん!」という擬音語が相応しいほど、瞬時に赤くなった。

一方の才人である。
普段の彼はこんな暴挙に走ることはない。
それは彼が純情な青少年であるということもあり、またそんな狼藉を働けば命の危機に瀕するからだ。
だが、今の彼は素敵に無敵だった。

「散らかってるなら片付けるまで待つけど……」
「えっ!? いや、ダイジョウブダイジョウブ。
サイトが来るなんて思ってなくてびっくりしちゃった、あはは……」

さらにプッシュ。
ジェシカはさらに困惑した、いや、むしろ混乱した。
理由を聞くこともなく自分の部屋に少年を招きいれた。
普段はガードゆるゆるに見えて、実はアラミド繊維防弾チョッキを身にまとっているような、ジェシカらしからぬ行動だ。
さて、ジェシカの部屋は年頃の少女らしく、整理されていた。
清潔そうな白いシーツが敷かれたベッドに丸い机、椅子が三脚、化粧台には可愛らしい小物がぽつぽつと置かれている。
大きな編みかごに『贈答品!』と書いてごちゃっとまとめているのはご愛嬌。
部屋の主であるジェシカを差し置いて、何故か才人は彼女に椅子を勧めた。
勧められるがままに座るジェシカ。
落ち着かなそうに机の上で両手を組んだり解いたりしている。

――おかしい、おかしいわよコレは……。

先ほどの気持ちを悩んで、考えて、ひょっとしたらコレって恋じゃね?と自覚しかけていたジェシカ。
気づいた途端に押しが超強くなる才人。
まるで小説の世界みたい、とジェシカは感じた。
そしてはっと自我を取り戻して顔をふるふると勢いよく振った。

――違う違う違う、コレは恋とかじゃない!
顔が熱いのは風邪!!
くらっときたのも風邪!!
全部夏風邪!!

そんなジェシカの前で、才人も困っていた。

――どう話を切り出せばいいんだ。

ストレートすぎるとジェシカを警戒させる。
こう、オブラートに包んで、いやむしろ糖衣くらいの方がいいか。
才人君は薬の苦味が嫌いで、粉薬を飲むときはオブラートを愛用していた。
しかし一息に飲むのもこれまた苦手であり、破けたオブラートから粉薬が舌に触れてしまう。
そんな彼は糖衣タイプの薬をなるべく所望していた。
彼の嗜好はともかく、なるべくやんわりと遠まわしに、目的を伝えることなく明日からの行動だけを伝えよう、と才人は決意した。
スカロンからは、自分たちは気づいていない、というスタンスでジェシカに接するべきという助言を受けていた。

――あの娘は人に弱味を見せることを好まないわ。
だからね、気づいていることに気づかれれば一人で解決しようとして破滅するかもしれないの。
サイト君、あなたは何も知らないフリをしてジェシカを守ってあげて。
ミ・マドモワゼルが責任を持ってジェシカから詳しい事情を聞きだすから。

スカロン店長、俺、やるぜ!と才人は息巻いた。

「えっと、ジェシカ?」
「なっ、なに??」

才人の問いかけにジェシカはすげー警戒した。
ここに来て彼女はようやく夜中に狭い部屋で男女二人っきり、しかもすぐそばにベッド、という状態に思い当たった。
だが一応は才人を信頼していることもあって、席を立ったりすることはなかった。
困ったのは才人である。
ジェシカからは警戒心が滲み出ていた。
なんというか、逃げたそうなのだ、どこかへと。
ここで彼は閃く。

――ひょっとして俺が気づいたってことに感づかれたんじゃ!?

才人は清々しいまでにバカだった。
いや、彼を責めてはいけないのかもしれない。
人は誰しもイケイケモードのときには冷静になることができないのだ。
そして困った彼は、さらに普段やらないことをやらかしてしまう。

――ここは、押し切るしかない!

机の上で所在なげに置かれていたジェシカの両手をとり、ぎゅっと握り締めた。

「ジェシカ、買出しなんだけどさ、明日から俺もついていっていいかな?
ほら、スカロン店長にもお世話になったし。
店にいれば新しい料理のアイディアも出るだろうし」

ジェシカの瞳を見つめながら一気に早口で言い切った。
見つめられたジェシカは、思考が止まってしまった。

――て、にぎられてる。
そんなに、みつめないでよ、いやぁ……。

折角戻ってきた顔色も再び羞恥に染まってしまう。
瞳は潤み、胸がバクバク鳴っている。
それでも才人から目をそらすこともできず、ジェシカは硬直していた。

――これは、呆れられてるな。
もーちょっと理由を並べておいたほうが説得力増すかな?

普段の才人なら気づいたかもしれないが、今の彼は有頂天モードだ。
ジェシカの真意に気づくことなく、ひたすらにある意味ネガティブにその表情を解釈していた。

「それにさ、なんだかんだ言って魅惑の妖精亭で働いてたときは楽しかったんだよ。
賄は懐かしい味がしたし、みんな話上手くてすっげー面白いし。
スカロン店長も、見た目はアレだけど、いい人だしさ。
女の子が可愛いっていうのも、まぁあるかな……
うん、もう一度この店のために働きたいんだ」

それは才人の本心でもあった。
魅惑の妖精亭で感じた暖かさが知らず言葉になっていた。
そんな優しい場所を作り上げた一人、ジェシカが困っている。
男だとか女だとか関係なく守りたい、と才人は感じていた。
普段のスケベ心は一切なしに、キレイな思いが言葉の端々から滲み出ている。
それに参ったのはジェシカだった。

「ぇっと、あの、その……」

――すごい、ドキドキする。
才人の手、あつい。
目、キラキラしてる。

ジェシカは既にノックアウト寸前。
才人はここで、照れくさくなって手を離し、そっぽを向いた。
そして頬をかきながら。

「それに、その、なんてーかさ」

最後に、才人の余計な本心が零れ落ちる。

「ジェシカを守りたいんだ」

赤い実、はじけた。






[29423] 第六話 LITTLE BUSTER (悪ガキ、でも可愛いから許す)
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/08/26 07:59
6-1 謀略妖精・雪風

双月輝く空を群青色が満たす頃、才人は魔法学院に帰還した。
夏のハルケギニアは日が長い。
地球時間にしておおよそ午前6時から午後10時まではお日様が大地を睨んでいる。
当然人々は生活サイクルをソレにあわすわけで、つまりはもう良い子は寝る時間であった。
そんな夜中に、彼はシルフィードに礼を告げ、まずはタバサの部屋へ向かう。
明日から、『ジェシカ事件』(あるいはスカロンの陰謀)の片がつくまで、往路だけでもシルフィードを借りる腹積もりだった。
暖色系の魔法の灯が照らす火の塔の階段を静かに駆け上がる。
そしてタバサの部屋の扉にノックをした。
がちゃり、と開く頑丈そうな木の扉からナイトキャップを被ったタバサが顔を出す。

「はいって」

タバサはシルフィードが学院に帰ってきてすぐに連絡を受けており、ノックをしたのは才人だとアタリをつけていた。
才人が音もなく部屋に滑り込むと、タバサは扉を閉めて『ロック』『サイレント』の魔法をかける。

――え?なんで??

ここで才人はタバサが怒っていることに気づいた。
キュルケと二人、タバサ表情鑑定一級を自任している才人だが理由までは分からない。

「その、タバサ?」

タバサはぷいっとあさっての方を向く。

――夕方はあんなに機嫌良かったのに!?

厨房で、デルフでガシガシ氷を削っている才人のそばで、タバサはじっと彼を見つめていた。
そのときの表情は穏やかで、なんとも言えない安心感のようなものを才人は感じ取っていた。
それがいまや、常人ならたっぷり五分は見ないと分からない差ではあるが、眉がつりあがっている。
しかも顔そらす。
普段のタバサからは考えられないことだった。
夕飯の量足りなかったのかな、とズレたことを考えている才人。
もちろん真相は違う。

『おねえさま!
あの黒髪ロングは危険なのね!!
シルフィをぶったたいたうえ、おにいさまの背中に抱きついていたのね!』

シルフィードの報告全文である。
経緯も詳細もへったくれもなかった。
しかし、タバサはこれに憤慨した。
トリステイン貴族と比較すれば、タバサは嫉妬深い性質ではない
が、今回は話が話だ。
状況は良く分からないが、親切心から貸した使い魔の上でイチャつかれたのだ。
しかも相手は自分の気になる、いや、好きな騎士さま。
律儀な才人がタバサにお礼を言いに来るのは間違いないと信じていた。
そこで不機嫌をちょっとだけぶつけてやろう、とてぐすね引いて待っていたのだ。
ん!と自室のベッドを指差すタバサ。
才人の視線はタバサとベッドの間を何往復かして、しぶしぶ腰掛けた。
タバサの圧力に負けたのもある。
でも石の床に直で正座よりマシだ、とポジティブにとらえた。

――タバサがちょっと怒ってるのもきっと理由あってのことだ。
ルイズみたいに理不尽な怒りかたしないし。
説明を受けてきっちり謝って。
シルフィードを借りる約束をして部屋に戻ろう。

時間が時間なので手早くタバサのお説教を終わらせ、部屋に帰らなければマズい、主に命が。
ゴシュジンサマ&メイドの、組めば無敵の常勝コンビに何をされるかわからない。
早く帰りたいなぁ、と才人は顔で語っていた。
タバサはそんな才人の心情を知ってか知らずか、彼の膝の上に座った。
そして才人の腕を取って、自分を抱きしめるような形にさせ、頭を彼の胸に預けた。
時折すりすりと頭を胸にこすり付ける様子は、マーキングする猫のようだった。

――これと、後のことで許してあげる。
でも、このまま時間が止まればいいのに……。

タバサは目を閉じ、彼にその身を預けた。


6-2 雪風と太陽

――おかしい、これは陰謀だ!

才人は叫びたかった。
叫んで、走って、意味もなくルイズの前でバク宙決めつつ土下座したい気分だった。
タバサが彼に好意をもっていることは自覚していたが、ここまで積極的だとは思っていなかったのだ。
「ぬけている」と評価される才人が気づくはずもないが、客観的に見れば。

思い人に自分の車を貸す。
彼が女性をそれに乗せて家まで送る。(ここまでは同意あるのでセーフ)
しかも車内でイチャつく。(アウト!)
夜遅くに帰還。(ツーアウト!!)

恋人でなくとも文句は言いたくなる。
が、タバサはあえてその上を行った。

――彼は、後でルイズにいっぱい文句を言われている。
だから私は言わない。
言わないけどいっぱい甘える。

キュルケに「タバサは謀略超得意!」と言わせた頭脳が冴え渡っていた。
今のタバサは危うい立場の上にある。
ジョゼットの存在を母から明かされたタバサは、ロマリアの謀略の臭いをいかにしてか嗅ぎ取った。
すぐさま修道院に早馬を飛ばしたが、目的の人物は消えた後だった。
直後、オルレアン公夫人、イザベラ、カステルモールの三人に一時を託し、出せるだけの指示を部下に下した。
その後ガリア両用艦隊の生き残りに信頼できる兵のみを乗せて一路トリステインへ。
公式にはトリステイン王宮へ滞在していることになっている。
即位直後の王がいなくなるというありえない事態、しかし相手は謀り事においてジョゼフ王を上回るほどだ。
用心に用心を重ね、サインを日付ごとに使い分け、書簡で指示を下す。
不審を感じればすぐシルフィード、才人をはじめ、彼女を見分けることができる人物に確認をとるよう徹底している。
そんな謀り上手な彼女は、このあとにも更なるコンボをしかけている。
男からすればアリジゴクみたいな女性かもしれない。
香水でもつけているのか、才人はタバサのバニラみたいな香りにくらくらしかけていた。

――タバサがベッドの上で甘えてきてる。
くっ!
マズい、俺の右手が……。
いや、右手ならまだしも例の一部が反乱を起こしそうだ!!

しかし、才人耐える。
シリアスモードが抜けきっていなかったおかげか、理性の決壊は免れた。
だがタバサ、追撃。
頭をこすり付ける。

――ぐはぁっ!!
第三艦橋大破!総員退避!!

神の盾、ガンダールヴ号は撃沈間際だった。
おそらく彼が純情少年でなければここで間違いなく落ちていた。
だがしかし、ここで最後の力を振り絞る。
タバサの腰に手を置き、持ち上げ、勢い良く立ち上がった!

「はぁ、はぁ、はぁ」

――ヤバかった、マジヤバかった、俺巨乳好きなのにヤバかった。
幻想ならまだしも、俺の巨乳好きという現実までブレイクされそうだった。
タバサさんマジパねぇっす……。
違う、いや違う違う。
俺にはルイズがいるのにヤバかった。

ストレートに甘えられる、ということに耐性が低い才人は、息も荒いままにタバサの肩に手を置いた。
ぴくん、と跳ね上がるタバサの肩。
先ほどまでの不機嫌そうな顔ではなく、すこしぽわっとしている、と才人は感じた。

「あの、タバサ。
悪いんだけどさ、明日から朝だけでいいから、少しシルフィード借りれないかな?」

これ以上この部屋にいたらヤバい、と思った才人は単刀直入に告げた。
タバサの瞳が揺れる。

「それは、あの女の人のため?」

責めるのではなく、寂しそうな声。
才人が下心で動いていたら途轍もない罪悪感を覚えたに違いない。
しかし、この件に関して言えば、彼は100%善意で動いていた。
タバサの好きな、正直でまっすぐな瞳で、彼女を見つめる。

「ジェシカのためって言えば、そうなる。
でもコレはジェシカのためだけじゃないんだ。
魅惑の妖精亭のウェイトレスとか、コックの人、スカロン店長にも関わってくる話なんだ。
下手すればトリスタニアの他の人にも関係してくるかもしれない。
俺は、貴族の名誉とか、そういうのはよくわかんねーけどさ。
知り合いが困ってたら助けたいし、手が届く範囲なら力になってあげたいんだ」

ずるい、とタバサの口が動いた。

――そんなまっすぐな目で言われたら、私には何も言えない。

「私は、あなたの力になる」



6-3 バカ・ゴー・ルーム

日が沈んで30分ほどたっていた。
普通の人ならば眠りにつこうか、という時間。
火の塔でノックの音が響く。

『はい、どなたでしょうか』

才人は中からの返事を確認した。
孫子曰く、兵は拙速を尊ぶ。
一つ深呼吸。
ドアを勢い良く開け、倒立前転で入室し、土下座した。

「遅れてすんませんっしたーっ!!」

オリンピックに『the 土下座』という競技があれば金メダルと獲得してもおかしくない、無様なその行いはいっそ美しかった。
たっぷり10秒はその体勢を維持してからちらっと二人の様子を伺う。
ルイズはすでに布団にくるまっており、シエスタの口元はニコニコ笑っていた。

――よかった、明日の朝までは少なくとも無傷だ。

才人は安心感から立ち上がろうとした。
が、シエスタに踏まれて固まった。

「あら、誰が崩していいって言いましたか?
サイトさん」

甘かった。
シエスタさんたら目が笑ってなかった。
土下座のまま首元をつかまれ、廊下に引きずり出された。

「いいですか、サイトさん」

ラッシュだった。
ジェノサイドだった。
キリング・フィールドでもあった。
普段の行いにはじまり、どこで女の子と喋った、仲良くした、微笑んだ。
才人にとっては身に覚えがあることにはじまり、根も葉もないことすらあった。
それでも口答えは許されない。
今のシエスタさんに反論でもしようものならドラララ・ラッシュでも喰らいそうなものだ。
たっぷり一時間はシエスタさんの、小声のお説教は続いた。

――なんで俺こんなに怒られてるんだろ?
いつだったかは覚えてないけど、キスまでならおっけーとかも言ってたよな??
今日に限ってなんでこんなに……。

才人は耐えた。
一時間耐えた。
がんばった。
お説教の結びにシエスタさんはこう言った。

「いいですか、ホントはわたしもこんなこと言いたくありません。
ジェシカを送るっていうこともミス・ヴァリエールにきちんと説明しておきました。
でも、今日、ミス・ヴァリエールは泣いていらしたんですよ?
か細い声でサイトさんの名前を呼んで、寂しそうに泣いていたんです。
女の子を泣かせるようなヤツの味方にはなるな、ってひいおじいちゃんも言ってました」

才人は愕然とした。

――そんな!?
ルイズを泣かしちまうだなんて……。

何だかんだ言って平賀才人は意地っ張りで、ちっちゃくて、泣き虫な女の子が大好きだった。
ふらふらしているように見えるけど、最終的には絶対ルイズのことを優先すると誓っていた。
知らず知らずの間に寂しい思いをさせていたことに後悔した。

「わたしは今日同僚の部屋に泊まります。
サイトさんはミス・ヴァリエールを一晩かけて慰めてください!」

小声で怒りながらシエスタは階下へ歩いていった。

――ありがと、シエスタ。
心の中でシエスタにお礼を言いながらゆっくりと立ち上がる才人。
正座を続けていたせいで足はしびれていたが、心は前向きだった。
ドアを開け、部屋に入る。
ルイズは一時間前と同じように扉に背を向ける格好だったが、才人は起きていることを確信していた。

「ルイズ、ごめん」

誤魔化しなど一切ない謝罪の声。
それでも彼のご主人様は動かなかった。
才人はそのままベッドに潜り込み、後ろからルイズを抱きしめた。

「ごめん、許してくれないか?」

ルイズが身をよじって才人の腕の中から逃げようとする。
それを、より強く抱きしめることで、才人は自分の気持ちを示した。

――こ、こここ、この犬はダメだわ。
ここで許してやったら結局同じことをするもの。
しっかり、そう、しっかりは、はは反省させないと!

頭の中では強気だがもうルイズは身動ぎすらできなかった。
そのまま静かに時間が流れる。
才人はゆっくりとルイズのうなじに顔をうずめ、彼女は固まった。

「今日は、一緒にいれなくってごめん。
それと、先に謝っておく。
これからちょっとの間、俺、忙しくなる」

謝るくらいならそうしないで欲しい、とルイズは思った。
それでも才人は真剣だった。
声だけではなく、強くなる抱きしめ方や、体の熱で、ルイズは感じ取ることができた。

「いぃゎょ……。
どーせ、あんたは私の言うこと聞かないし」

ルイズがはじめて声を発した。
才人はより強く、腕の中の女の子を抱きしめる。

「ごめん、でも、一番大事なのはルイズなんだ、これだけは分かっていて欲しい」

その縋るような声にルイズは赤面した。

――やだ、この使い魔に気づかれてないわよね。

ルイズは身体中がポカポカ熱くなっていることに気づいた。
そして同時にあることに気づいた。

「サイト……」
「ん、なに、ルイズ」
「どどど、どうして、あんたから、タタタタバサの香水の匂いがするのかしら?」

くるぅり、とルイズは才人の顔を正面から見つめた。
才人は慌てて自分の匂いを嗅ぎ、タバサが最近愛用しているバニラ・フレーバーが全身から立ち込めていることを自覚した。

――なんで!?
どうしてさ!!?

才人は焦るがルイズは怒る。
午後の授業で見せたような、極上の笑顔で才人に笑いかけた。

「こ、のぉっ♪
バ、カ、い、ぬぅぅぅうううううううううう!!!!!!!!」

無駄無駄ラッシュを受けて「ヤッダバァァァ!!!」とズタボロになった才人は廊下に放り出された。
階段で本を読みながら、待機していたタバサがそれを引き摺りながら自室へ戻る。
タバサの顔が『計画通り!』と歪んでいたかはデルフリンガーしか知らない。



[29423] 第七話 Swanky Bourdonnais Street
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/08/26 22:21
7-1 夏★しちゃってるGandalfr

照り返しのせいで、石畳の上は土や芝生の上よりもかなり暑くなる。
また、体感温度というヤツは人ごみで跳ね上がる。
何が言いたいかというと、トリスタニアはブルドンネ街、非常に暑かった。

「かゆ、うま……」

才人の頭はいつも以上に茹っていた。
いつものパーカー、ジーンズの上から、フードを目深にかぶったローブ姿は、贔屓目に見ても犯罪直前だ。
デルフをフードの外に背負っているのでより怪しさマシマシである。

――暑い。
朝日が昇って一時間もたっていない。
なのにどーしてこんなに暑いの?
おしーえてーおじぃーさんー♪

暑い、寝不足、身体痛い、いいことなんて一つしかない。
隣にいる女の子が可愛いだけだ。
心の声が少し漏れたのか、隣のジェシカがちらっと才人に目をやった。
ブルドンネ街朝市、昨日の約束どおり二人は買出しに来ていた。
才人のフード姿は人気フットー中の彼を守るためだ。
魅惑の妖精亭の食材消費量は多い。
ジェシカは毎朝市場にやってきては、自分の目で品物を確かめ取り置きを頼み、道が空く時間帯に厨房の野郎どもと、一気に荷車で荷物を運ぶ。
その鑑定眼、および価格交渉力はスカロンに勝るとも言われ、妖精亭の台所を切り盛りする若女将といっても過言ではない。
市場の人からも人気があり、取り置き商品のすり替え(粗悪品とのすり替えが横行している)などは行われない。
ジェシカで無理ならスカロンが出るしかなく、街商人は彼(あるいは彼女)に難癖つけられたくないからジェシカに親切だ、という噂もある。

――すっげー人ごみ。
これじゃ中々難しそうだな……。

顔を振り、暑さでショートしかけた頭をリセットする才人。
昨日に引続きシリアスモードに入った。
道の両端、ジェシカと話す商人、不自然に近づいてくる輩。
油断なく目を配るが、皆一様にジェシカのお隣の謎の人物に注目していた。

――ちっ、やっぱいつも一人のジェシカがお供を連れてりゃ怪しまれるか。

シリアスモードの彼はやる時はやる、しかしやれない時はとことんダメだった。
ジェシカがお供を連れているとかではなく、暑い中フードを被って長剣背負ったヤツがいれば否応なしに目がいってしまう。
必然、彼の周りは人が少ない、というか混雑しているのに半径1メイル以内にはジェシカしかいなかった。

「そこの怪しいヤツ、止まれ!!」

誰かが呼んだのか、人ごみの中をかきわけて銃士隊が現れた。
フードをかぶっていようが、長剣ひっさげていようが、現代日本と違って通報されることはまずない。
しかし才人はフードかぶってなおかつ長剣背負って、しかもぶつぶつ呟いてハァハァしながら周囲を観察しているのだ。
商人達は薬物中毒者、多分平民が凶器をもってうろうろしている、と詰め所に通報した。
衛士隊は「暑いし相手平民らしいから銃士隊に投げるか」と気の毒で生真面目な銃士隊副隊長にマル投げした。
そこのけそこのけ銃士が通る、と言わんばかりにミシェルさんがやってくる。
無論才人は自分が怪しい、という自覚がない。

――早速ひっかかったか!?

と自分の左右、後ろを振り返る。
その姿は不審者が今にも逃げようとしている、としか見えず、銃士隊は加速し、才人を捕縛した。

「お前、詰め所まで来てもらおうか?」
「え? 俺!?」

青い髪が涼しげな銃士隊副隊長にがっちり捕獲された。
周りは銃士隊に囲まれている。
相手は官憲まで動かせるのか、と驚き、その考えが的外れなことにようやく気づいた。
ジェシカは隣にいたが、精神的には置いてけぼりである。

――俺、不審者。
相手、警察みたいなモン。
てか俺って気づいてミシェル副隊長。

「とりあえずフードをとれ。
凶器も全て没収する」

この件が桃色貴族なご主人様に知られたら……とプルプルしながらフードをめくられた。
露になった黒髪に、青いパーカーに、幼い顔立ちに周囲がどよめいた。

「あれ、アルビオンの英雄じゃねぇのか?」
「アルビオンの、って……七万殺しのヒリーギルか!?」
「嘘、そんな風には全然見えないのに」
「間違いねぇ、王宮のお触れ見たことあるけどそっくりだ」
「てことは虎街道の英雄ヒリガル・サイトーンか、あんなちんちくりんが!?」
「ああ、ガリアの100人抜きをやってのけた風の剣士サートームだ」
「マルトー親方の『我らの剣』だ!!」

彼らは正しく間違っていた。
情報はおおよそ正しいのに名前だけはなんか違っていた。
しかし、みな物見高きトリスタニア人だ。
包囲の外から才人を覗こうとし、その圧力に若手ばかりで構成された銃士隊は若干たじろいでしまう。
自然、包囲の中のジェシカ、才人、ミシェルは密着する形になる。

「なんですって!
私のサートームがここに!?」
「あら、何を言っているのかしら。
彼はワタクシにこそ相応しくってよ!」
「ふざけんなよ!
ヒリーギル様を養うのはあたい以外いねーな」
「いーえ!
サートームには私の屋敷で執事と絡み合い、それを油絵にしてもらうわ」
「ワタクシの次回作のモチーフには彼こそ相応しい。
地下室に監禁して弱る様を観察します!」
「アレだけの題材の方向性を縛るなんて、愚かしいな。
あたいなら男も女もなんでもござれな状況に放り込むぜ!」
「おいおいお前ら。
『走れエロス』の作者であるこの俺を差し置いて見苦しいじゃないか。
いっちょ、アイツの所有権を決める勝負。
や ら な い か?」
「「「望むところよ!」」」

物見高き貴腐人どころか大御所まで現れて、もはや現場の収拾はつきそうにない。
ジェシカは才人の顔と正面から向き合い、残り20サントという距離まで押し込まれた。
即座にフラッシュバックする昨日の記憶。
おまけに、才人は才人で寝不足だわ暑いわで目がトロンとして、顔が赤い。
流れる汗で黒髪の毛先はしっとり濡れており、それがいっそう彼の元々持ち合わせていたコケティッシュさを引き立てていた。
才人の顔の一部、少しだけ開いている口元にジェシカの目は寄せられた。
ゴクリ、と意味もなく唾を飲んでしまう。

「サイト、大丈夫?
なんかしんどそうよ」
「んぁ、うん、ダイジョブ、かな」

ジェシカは才人の唇から目に視線を移したが、しっとり輝く黒い瞳にまた魅入られた。

――サイト、案外睫毛長いんだ。

ぼんやり考えながら、周りからの圧力に任せてさらに身を寄せる。
ほとんど正面から抱き合うようなカタチになった。

――ダメ、これはダメ。
かんがえちゃダメ
しえすたごめん……。

周りに押し込まれているのか、自分から身をあずけているのか、ジェシカにはもう判断できなかった。
それは一瞬にも感じられたし、長かったようにも思えた。

「えぇい!
貴様ら、散れ! 散れぃ!!
拘置所にたたっこむぞ!」

ミシェルさんがようやくキレた。
彼女はアニエスさんよりもかなり穏やかな人柄だったがそれでもキレた。
一瞬蜘蛛の子を散らすように包囲を解いた人の壁を押しのけ押しのけ、ジェシカと才人を囲んだまま詰め所に戻った。



7-2 ひょうたんから黒王号

「どうしてこうなった」

才人は拘置所で、ベッドに腰掛けながら一人頭を抱えた。
粗末ながらも壁かけベッドもあり、先ほどまでそこで寝かされていた。
パーカー、ジーンズは脱がされTシャツにパンツ一丁だ
傍らにはボロい椅子と机、その上には水差しと杯がある。

――額に濡れたハンカチ置いてたし、この待遇はヤバいことになったんじゃないだろうけど……。

額のハンカチは可愛らしい赤のチェック柄だった。
ジェシカの趣味である。
とは言え才人には途中からの記憶がなかった。

「確かミシェルさんが来て……」
「呼んだか、ファイト」

最後の記憶、ミシェル副隊長が鉄格子の外から声をかけてきた。
それ、アニエスさんの持ちネタっす、とジト目で才人は睨みつける。
それにミシェルはニヤリ、と笑い返すと鉄格子の鍵を開け、牢内に入ってきた。

「なに、貴様が余計な仕事を増やしてくれた意趣返しというヤツだ」
「んなこと言われても、俺途中から記憶ないっすよ」

ほう、とミシェルは目を丸くした。
ボロ椅子にどかっと腰を落ち着けて居座る気満々だ。

「おそらく熱中症だな。
この暑い中あんなヘンテコな衣装身に着けてるからだ
ここにはお貴族様もめったに来ないし、上着は剥いでおいたぞ」

拘置所の中で、最も風通しが良いところがこの牢屋だったらしい。
私も休憩時間だから涼みに来た、とミシェルは言った。
水差しから杯に水を入れ、一息に飲み干す。
無駄に男らしかった。
そのままもう一度水を注ぎ、飲め、と才人に差し出した
才人は素直に礼を言う。
水を一杯、それだけでもじんわり身体に染み渡って、活力が溢れてくるようだ。
そして気になっていたことを聞いた。

「あの、ジェシカは?
一緒にいた黒髪の平民の子なんですけど」
「ああ、貴様を連行する時一緒に着いてきた娘だな。
特に用もないから帰したぞ。
買出しが終わればまた迎えに来るそうだ。
それと、そのハンケチはその子のだ。
礼を言っておけ」

情けなさに才人は肩を落とした。

――守る、って言ったそばからコレかよ。
うわー、恥ずかしー。

ミシェルが見ていなければゴロゴロのた打ち回りたい気分だった。
そんな内心を察したのか、ミシェルは意地悪な顔で問いかけた。

「『せっかく荷物持ちを買って出たのにあんなことになって恥ずかしい、うわー』と、いったところか。
貴様は貴族になったというのに顔に出やすすぎるな。
アニエス隊長を見習え」

ぐうの音もでなかった。
しかし、はっと表情を改めるとミシェルに質問をぶつけた。

「ミシェルさん、最近トリスタニアで事件ってないですか?」
「そんなもの、年がら年中ことかかん」
「えっと、そう、人攫いとか人買いとか」

才人は『ジェシカ事件』の手がかりを銃士隊に求めたのだ。
これはスカロンの想定外の出来事だった。
ミシェルはふむ、と腕を組んで考えはじめた。

「スラムではそういったことは珍しくない。
ただ、最近か……待てよ、あった、あるぞ」
「ホントですか!?」
「ああ、少し待て。
あの案件はまとめてあったはずだ」

ミシェルは「お前はまだ座っておけ!」と言い残し、牢を出て行った。
才人は三等星のように暗い点と点が繋がりはじめている、と感じた。

――やっぱり俺とスカロン店長の勘違いじゃない。

その思いはミシェルが持ってきた報告書の束でより強くなる。

『商人の子女失踪の件について』

報告書によればガリア戦役直後から起きている。
集中的に起きているので、最近連続事件として正式に調査員が置かれることになった。
十件にも満たないが、共通点は以下の通りである。

・いずれも平民の見目麗しい女性が失踪している。
・失踪直前、家族は普段と様子が違うと感じている。
・不安感を訴えていたモノも三件。
・失踪は日常的に一人で出歩いていた時に起きている。

ビンゴだ、と才人は息をのんだ。

「ミシェルさん、俺、この件について心当たりがあります」

ミ・マドモワゼルもビックリだった。




[29423] 第八話 Fools in the MAGI School
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/08/27 13:06
8-1 赤土の錬金術士

(筆者注:シュヴルーズ・ルールはこのSS限定の設定です。
     金属に格がある、などは原作で明言されていません。)

シュヴルーズ教諭はとかく基礎を重んじる。
戦働きも大事だが、豊かな国を作ることこそ貴族の本懐と心得ている
その授業は錬金、固定化にはじまり、効率的な精神力の用い方、土壌の改良など地味な魔法に重きを置き、自分の成果など語りたがる他の教授陣とは傾向が違う。
貴族らしからぬスタイルは、極一部の傲慢な教師の蔑みを受けている。

――戦働きで国を守らずして何が貴族か。

穏やかなシュヴルーズ教諭は反論することもなく「戦働きも大事ですわね」とニコニコ笑うだけだった。
また、彼女は一切家柄で生徒を区別しない、平等に自らの甥か姪かのように教える。
男爵家から公爵家の子女まで揃うこの魔法学院でも、そのように接しているのは珍しい。
そんな性格もあってか、彼女は教え子に、特に女子に好かれている。
わざわざトリスタニアから魔法学院まで、シュヴルーズに挨拶をしにくる卒業生も後を絶たない。
そんなシュヴルーズ教諭は授業中でも、積極的に発言・質問を受け付けている。

「先生、質問です」
「はい、なんでしょうか。
ミスタ・グラモン」

――またはじまった。

大多数の生徒はそう思った。
水精霊騎士隊の面々のみがワクワクテカテカ顔を輝かせている。

「錬金で、見たことのない金属を生み出すことはできますか?」

これはまた、とシュヴルーズは呻いた。

「理論上は可能です。
ですが、達成したメイジはおそらく存在しません」

彼女は説明を続ける。
まず、イメージが足りない。
見たことも触れたこともなければその金属を具体的に思い浮かべることができない。
そして、これはシュヴルーズの意見だが、"格"が分からない。

「錬金は、各金属に対して必要な精神力量が異なります。
これを私は金属の"格"と呼んでいますが、金属によって大きく違います」

チョークで黒板に長い縦線を書く。
そしてその横に短い線を書き足し、金属名を追記した。

「この縦線がこめる精神力量、横線が必要な精神力量です。
ゴールドは必要精神力量が多く、ミスタ・グラモンの得意な青銅は少ない。
この法則は、シュヴルーズ・ルールと呼ばれています」

自分の名前が使われるなんて恥ずかしいですが、とシュヴルーズ先生。
魔法は個人の感覚によるところが大きく、系統立てて考えるメイジは希少を通り越して珍獣に近い。
もし理論立てて順序だてて考えることができるメイジがもっと多ければ、ハルケギニアはもっと発展している。
このシュヴルーズ・ルールにしても、真鍮は大体青銅の何倍くらいの精神力量、と大雑把なものだが発表当時は波紋を巻き起こした。
すったもんだの末、正しいことが分かり、各国で広く用いられている。

「未知の金属を錬金することは大きな危険を伴います。
大昔のことで製法は失われていますが、ソジウムという金属は水に触れると爆発した、とも聞きます。
決して行わないように」

ギーシュは項垂れ、他の水精霊騎士隊の面々はひそひそと内緒話をしている。
ここでマリコルヌが手を挙げた。

「先生、砂からの金属錬金、金属からの砂錬金は広く知られています。
では金属から同じ種類の金属の細かな粉を錬金することは可能ですか?」
「非常にいい質問ですね、ミスタ・グランドプレ。
その金属粉末に対するイメージをしっかり持っていれば問題ありません。
砂からでも青銅粉末などは錬金できるでしょう」
「では、粒の大きさは制御できますか?」
「ミスタ・グラモンのワルキューレは常に同じ大きさ、形をしていますね。
それが答えです」

ありがとうございました、とマリコルヌは着席する。
水精霊騎士隊の連中は、ニヤニヤしていた。
意外とマトモな質問に拍子抜けした生徒達は、自分たちが染まりつつあることを自覚して愕然とした。



8-2 むしろコイツらがリトル・バスターズ

学院の外れにあるコルベールの研究室。
その隣にコルベール研究室・水精霊騎士隊駐屯所は建っていた。

「諸君、良く来てくれた。
掛けたまえ掛けたまえ。
丁度一段落したところだ」

ボロ小屋の中のさらにボロい椅子に腰掛ける水精霊・四天王。
マリコルヌは、潰れやしないだろうか、と心配しながら腰をおろす。
他の三人は、コルベールが奥の机からもってきた編み籠の中に釘付けだ。

「これが、例のアレですか」
「そうとも!
サイト君の故郷は実に素晴らしい!!
ミス・ツェルプストーではないが、実に情熱的だ!」
「で、コルベール師匠。
今からコイツを試すんですかい?」
「そうせっつくなよギムリ。
美しいものは万全の状態で見てこそだろう?」
「でも、こんな見た目よくわからないモノが……」

四人は何故か知能輝く教師を『コルベール師匠』と呼んでいる。
籠の中にはハルケギニア人が見れば「ナニコレガラクタ?」としか思えないものが詰まっていた。
太い紐をこより、丸くしたもの。
手のひらほどの小さな筒。
棒の先端が太くなり、そこに包帯を巻いたもの。
才人がいれば、思い当たって叫んだかもしれない。

「何にせよ、サイトにはまだ内緒だな」
「ああ、アイツ絶対仰天するぜ?」
「感動して泣き出すかもしれないね」
「訓練に来ない副隊長にはいいオシオキさ」

四人が四人、ニヤニヤしながら籠の中を見る。
コルベールは穏やかな笑みでそれを見守っていた。

「コルベール師匠
ミセス・シュヴルーズに、未知の金属の錬金は非常に危険なのでやめなさい、と言われました」
「錬金に詳しい彼女が言うなら止しておいた方がいいのだろう」
「もうひとつ。
ミセス・シュヴルーズにお願いして緑青を頂いてきました。
あと、粉末の錬金はできるけど、粉塵爆発に注意しなさい、とのことです」
「ふむ、そうですか。
可燃性の金属粉なら確かに危ない」

このコルベール研究室・水精霊騎士隊駐屯所は、爆発物を使いまくるので隔離されている。
レイナールから皮袋を受け取り、中の緑青を取り出す。

「これで青ができますな。
それでは、私は研究に戻ります。
君たちも訓練、がんばりなさい」
「「「「はい!」」」」



8-3 フルメタルなヤツら

授業終了後、日がかるく傾きはじめてから水精霊騎士隊の訓練ははじまる。

「全隊、整列!!」

ザザッ

「アニエス隊長に、敬礼!」

ザッ!

「敬礼、やめ!」

ザッ!!

「貴様らはなんだ!」

『水精霊騎士隊であります!!』

「水精霊騎士隊とはなんだ!」

『女王陛下の盾であります!!』

「貴様らの仕事はなんだ!」

『祖国の礎となることであります!』

「今の貴様らはなんだ!」

『甘ったれた小僧であります!!』

「そうだ、私の仕事は、甘ったれた鼻垂れ小僧な貴様らを使い物に仕上げることだ!
いいか! 今の貴様らは地中でうずくまるモグラにすぎん!!
そんな貴様らに求められることはなんだ!!」

『鍛え、人となることであります!!』

「それはなんのためだ!」

『女王陛下のためであります!!』

「よし、訓練開始!
まずは学院の外周十週だ!!」

『Oui! Capitaine!!』

整然とした一隊が大声を張り上げてひたすらに走る様は、悪夢のようだった。

「アンリエッタ女王が大好きな!」

『アンリエッタ女王が大好きな!!』

「私が誰だか教えてよ!」

『俺が誰だか教えてよ!!』

「1, 2, 3, 4, Ondine(水精霊騎士隊)!」

『1, 2, 3, 4, Ondine!!』

「Mes Ondine!」

『Mes Ondine!!』

「Tes Ondine!」

『Tes Ondine!!』

「Nos Ondine!」

『Nos Ondine!!』

アニエスを先頭に、男どもはさらに声を張り上げる。

「魅惑の妖精、もういらない!」

『魅惑の妖精、もういらない!!』

「私の相手は銃一丁!」

『俺の女は杖一丁!!』

「もし戦場で倒れたら!」

『もし戦場で倒れたら!!』

「棺に入ってご帰宅さ!」

『棺に入ってご帰宅さ!!』

「シュヴァリエマントを飾りつけ!」

『シュヴァリエマントを飾りつけ!!』

「ママに教えて勲功!」

『ママに教えて勲功を!!』



「悪夢ね……」
「ええ……」

木陰でティータイムと洒落こんでいたルイズはキュルケに同意した。



8-4 隊長アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン

「はぁ……」

火の塔一階、与えられた部屋でアニエスはため息をついた。
甲冑を外すこともなく、ベッドの上でへたれている。

――つかれた、じんせいにつかれた。

はじまりは女王陛下の一言だった。

『ロマリアもなにか企んでいるようだし、軍備を増強しておいたほうがいいわね。
でも下手に信用できない貴族たちを強化するのは……。
そうだ! アニエス、水精霊騎士隊の訓練に行ってきて。
さらさらさらっと。
これ命令書ね、アンリエッタがサイト殿を気遣っていたと伝えておいてね』

それが十日ほど前の話。
疲れているのか、かるぅーい感じで出された命令を受け、アニエスは訓練に来ていた。
最初の頃は軍隊式調練ではあるものの、こんな風じゃなかった。
フルメタルじゃなかった。

――全部、サイトが悪い。
大体、副隊長のくせにアイツが訓練に来ないとはどういうことだ!

たれアニエスさんは憤慨した。
たれた顔のまま目だけがクワッと見開かれる。
だがすぐに力を失うとよりいっそうへたれた。
はじまりは例によって才人の余計な一言だった。

『なんか思い出すなぁ……』
『ん、何をだい?
シュヴァリエ・ド・ヒラガ殿』
『そういう意地の悪い言い方しないでくれよギムリ。
いや、俺の故郷の、んー、演劇でさ、軍隊をテーマにしたヤツがあったんだよ』
『へぇ、どんな?』
『こう、小太りな教官が出てきてさ……』

ギムリはその話を大変面白がった。
そして四天王に話を通した。
翌日から訓練風景が変わった。
それが一週間ほど前の話。

――自分達でやる分はいいが、私まで巻き込まないでくれ……。

それでも才人がいた頃は良かった。
彼を集中的に怒鳴りつけることで引き締めができたからだ。
しかしここ二、三日彼がいない。
大貴族の子女を怒鳴りつけ、時には殴りつける。
元・平民、銃士隊隊長とは言え、一介のシュヴァリエには新手の拷問だった。
しかも才人は余計ことをしていた。

『というわけで、訓練中のみ名前を変えよう』
『それはまた、一体どういう意味があるんだ?』
『うるさい、様式美だレイナール。
お前は、そうだな、ジョーカーだ』
『いいじゃねぇか、隊員の代表格の俺らはアニエス隊長に怒鳴られることが多い。
家名よりも、簡単なあだ名の方がアニエス隊長もやりやすいだろ』
『わかってるな、ギムリ。
じゃあお前はカウボーイだ』
『サイトは毎度毎度変なことをやらかすな。
まぁ怒鳴りつけられるのは、こう、クルものがあるからいいけどさ』
『マリコルヌは微笑みデブ』
『『『素晴らしいあだ名じゃないか!!』』』
『黙れ! どこが素晴らしいって言うんだ!!』
『想像してみろ、マリコルヌ』
『アニエス隊長がお前を「微笑みデブ!」と罵る様をよ』
『……トレビアン』
『で、僕のあだ名はやはりエレガントに』
『『『『お前は「薔薇野郎」だ』』』』
『ちょっ! モンモランシーに変な意味に取られたらどうするんだ!?』

特に素晴らしいあだ名をもらったマリコルヌの処遇に困った。

『何をやっている微笑みデブ!
貴様がノロノロしてると連帯責任でもう十周追加するぞ!!』
『あひん!
も……もっと!!』

始末に終えない、とまたため息を一つ。
最近彼は杖にシャーリーンという名前をつけて磨いているらしい。
もう色々と末期だった。
このままではアニエス隊長がトイレで殺されかねない。

――コンコン――

ノック音にアニエスは起き上がり、どうぞ、と声を掛けた。
ドアを開けたその者は……!!




[29423] 第九話 酉州峪亜の女性ジェシカ
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/08/27 22:38
9-1 スーパーサイト人

才人はグレた。

「へぇ、あんまり、っていうか……。
ないわね、これはない」
「あぁ、これはないな」

女性陣からのダメ出しに才人は泣きそうだった。
すっげー!と思って水に濡らした髪を逆立てて遊んでいたハイテンションも、今は地平すれすれを飛んでいる。
「クリリンのことかー!!」とニヤけながら叫んでいた姿は見る影もない。

「サイトって、黒髪以外ありえないのね」
「なんというか、貧相さがより際立つな」

フルボッコだった。
るーるーるーと静かに涙した。
彼は今、金髪である。

「ま、いいわ。
これで街に出てもダイジョウブでしょ」
「またあんな騒ぎは起こしてくれるなよ」

とにかく才人は目立つ。
特に黒髪が目立つ。
トリスタニアで黒髪を見れば、タルブ村出身だな、と分かるくらいに希少な髪色だ。
さらに不可思議な服装、とくれば個人特定は余裕である。
ジェシカは一計を案じ、才人のイメチェンに成功した。
二人で通りを歩いても注目される気配はない。

「にしても、コレどうなってんだ?」
「さぁ? 水メイジの知り合いにでも聞いてみたら」

ハルケギニアでは派手派手しい髪色の人が多い。
そんな人たちが互いに見て「コイツの髪、良い色だ」とか「俺もこんな色合いだったらなぁ」と思ったのが魔法染料のはじまりだとか。
今ではかなりの数が作られており、才人が使ったのは30分お試し瓶だ。
安価な代わりに効果もすぐ終わる。
これで髪色の具合を見て効果の長いモノを買うのだ。

――なんつーか、髪の色でファッションっていうのは日本と同じなんだな。
やべ、なんか涙出てきそう。

母親にメールを送ってから、才人は日本を懐かしむことが多くなった。
ふとした拍子にこみ上げて来る郷愁に、視界がうっすらと滲む。
ジェシカはそんな才人を少し心配気な顔で見ていた。

――いきなり涙ぐんでどうしたんだろ。
よっぽどダメ出しが効いたのかしら?

才人を慰めるために、えいっとジェシカは彼の左腕に抱きついた。

――や、柔らかい!!

昨夜タバサに転びかけた彼は、改めて巨乳の偉大さを知った。
さっきまでは寂しさで苦しかったのに、今ではなんともない。
むしろ元気ハツラツゥ!!と叫びたいほどだ。

「よっ、ジェシカ!
そんな冴えない男より俺にしとけよ!!」
「おあいにく様、私は良いトコ知ってんのよ!」

ジェシカはハゲ頭の店主のからかいも軽くあしらっている。
それでも少しは恥ずかしかったのか、抱きついていた力が弱まった。
そのタイミングで才人は現実に回帰した。

――ルイズは可愛い。
でもやっぱりおっぱいは偉大だ。
これは早急に対処しないといけない問題だ……。

回帰しきれていなかった。
巨乳と可愛さがあわさって最強に見えるルイズを想像しかけて、才人ははっとした。

――違う!
早急に対処しないといけない問題は『ジェシカ事件』だ!!

一気に体温が下がる。
ふらふらしていた今朝と違って周りが良く見えるようになった。
やはり怪しい人影は見えない。
腕に抱きついているジェシカも不安げな感じはしない。
むしろ少し楽しそうだ。
だが顔の右半分はシリアスで左半分はでれっとしている才人は非常に怪しかった。
才人は周りを気にしていないアピールとして、歌を口ずさみ始めた。

「マリーって誰よ?」
「さぁ……巴里に住んでる金持ちの子、かな?」
「自分で歌っといてなんで疑問系なのよ」
「そういう歌なんだから仕方ないじゃん」
「それにあんた町外れじゃなくて魔法学院に住んでるし、絵描きじゃないし」

ジェシカのお気には召さなかったようだ。
歌には自信あるんだけどなー、と一人ぼやく。
この時代の歌は、麦踏歌や英雄譚が主なので、某イタリアの狂想曲なメタルバンドの歌は受けるだろう。

――妖精亭に戻ったらスカロン店長に報告しよう。

と、ここで才人はかいだことのある匂いに気づく。
露店が立ち並び、様々なスパイス、香水の匂いでいっぱいだった。
しかし、彼がこの匂いを嗅ぎ間違えるはずもなかった。
あー匂いにも幻ってあるのか、幻臭とか、と考え、ようやく振り向く。
その露店では蝋布で密封された壺詰が大量に並んでいる。
何人か客が並んでいて、栗色の髪の店主がそのうち一つの壺の中身を小皿に移し、客に味見を勧めていた。

「ジェシカ、あの露店見ていいかな」
「え、いいけど、どしたの??」

許可を求める、というよりも確認だった。
ふらふらと露店に近寄る。

「これなるは私の故郷、ロマリアの味、ガルム!
素晴らしい調味料だ、是非味見をしていってくれ!!」

才人も指を伸ばし、黒々とした液体を指先につける。
舌で味わえば、懐かしさに再び涙が零れ落ちた。

「しょうゆだ……」

周りの客も店主もドン引きだった。
調味料を舐めたらいきなり泣き出した金髪の男。
店主は慌ててガルムの味を確かめ、腐っていないか確認する。
ジェシカは潤んだ瞳の才人を見てちょっとだけドキッとした。

「大丈夫……?」
「うん、ダイジョウブ
おっちゃん、そこの壺全部しょ、ガルムってヤツ?」
「ああ、そうだが……」
「どのくらいで腐るかな?」
「保存の仕方によるな。
上手くやれば一年近く保つ。
不安なら、解除の手間は増えるがメイジに依頼して固定化をかければ良いだろう」
「これで、買えるだけ全部下さい!」

皮袋から30枚ほどの金貨を無造作に差し出す。
平民一人が暮らすのに一年120エキューなのでこれは大金だ。
店主は慌てて、しかしゆっくりと金貨を数えて言った。

「24エキューあるな。
私が持ってきたガルム20壺の対価として、とてもではないが釣り合わない。
5エキューで結構だ」

昔は高級な香水より高かったらしいがな、と店主は笑う。
これにはジェシカが驚いた。
商人の基本は安く仕入れ、高く売る。
さっきの才人の様子を見ればどれだけふっかけても買い占めるだろう。

「あの、そんなんでいいの?
あたしが言うのもなんだけど、もっとお金とれるのよ?」
「私は、商売とは誠意である、と考えている。
人を騙して得た金は往々にして失いやすいものだ。
それにロマリアで買った分、輸送費、旅費など元は十分以上にとれている」

それに私の本業は商人ではなく温泉技師だ、と店主は言った。
才人は店主の人柄に感極まって、ジェシカの腕を振り解いて抱きついた。

「おっちゃんありがとーー!!」
「ははは、何をする。
いや、やめてくれ、本心からやめてくれ」

違う、私は違うんだ、と店主はホント嫌そうな顔をしていた。
何か嫌な思い出があるのか、冷や汗を流しながら腰が引けている。
その様子にジェシカは、サイトってホントにそっちのケがあるのかしら、と衝撃を受けている。
しばらくその一方的な抱擁は続き、詰め所を出てから30分がたっていた。

「あ」
「「「「え?」」」」



9-2 もしトラ(もし虎街道の英雄が異常に広い交流関係をもっていたら)

才人は物見高き貴腐人、タニアっ子、ガチっぽい人たちの追撃を、デルフ片手に縦横無尽に駆け抜け振り切った。
ジェシカを背負っているのでココロの震えは3倍増しだ。
デルフリンガーは、俺最近こんなのばっかだ、としょげている。

「さ、さっすがアルビオンの英雄サマは違うわね。
すっごく速かったわ」
「ま、半分ズルみたいなもんだけどさ。
あとその『英雄』ってやめてくれ」

こっ恥ずかしくて顔が赤くなる、と才人。
実際彼の顔は、二つの果実のおかげで紅くなっていた。
一方ジェシカも昨夜に引続き才人の背中に抱きつき、首筋に顔をうずめていたせいで耳まで赤い。
魅惑の妖精亭裏口を使って店内に滑り込む二人、ここでようやくジェシカは才人の背中から降りた。

「ありがと、お疲れさま」
「いえいえ、どーいたしまして」

むしろ買い物の邪魔しちまったしなぁ、と言う才人にジェシカは笑いかける。

「いいのよ、サイトって見るからにトリスタニア慣れしてないし。
何事もなく買い物が終わるなんて思ってなかったわよ」
「げっ、元々信用なかったのかよ」

ちぇー、と口を尖らせて才人は厨房奥の事務室に向かう。
彼の背中を見送った彼女はため息をついた。

――ダメだわ、近づきすぎた。
どんどん惹かれていってる気がする。
少し距離をとらないと……。

心の中で反省する。
優しい彼女は従姉妹と男の取り合いなんてしたくなかった。

――シエスタのほうが絶対良い子なんだから。
あたしなんかがでしゃばってもいいことない。

よし、と力を込めて、ジェシカは自室に引っ込み、一眠りすることにした。



「スカロン店長、今大丈夫ですか?」

一方才人はマジモードだった。
帳簿をつけていたスカロンは顔を上げる。

「何かあったのかしら?」

おかしい、とスカロンは感じる。
才人の表情が真剣すぎる。

――ひょっとして、運良く、いえ運悪く酔っ払いにでも絡まれたのかしら。
いつもよりかなり時間もかかってたみたいだし。

スカロンはニヨニヨしながら話を聞くつもりだったが、度肝を抜かれてしまった。

「やっぱりジェシカが狙われている可能性は高そうです」

そして詰め所で得た情報を才人は説明した。
トリスタニアは広い、商工会は存在するが、東西南北の区によって独立している。
ブルドンネ街はちょうど西区に存在しており、失踪が起きた他の区の情報がまだ入っていなかった。

「失踪は西区ではまだ起きてません。
おそらく次狙われるのは西区、もっと言えばジェシカだと思います」
「えぇ……トリスタニアでこんな事件がおきていたなんて」

情報を制する酒場の商人らしからぬ失態だった。
スカロンは急いで考えをまとめる。

――これは、ちょっとやっちゃったかしらね。
実際に事件が起きているとなると、あら?
そうでもないかしら??

元々才人の協力はとりつけてある。
この機会によりジェシカと近づいてもらってそのままゴールインできるんじゃ、と楽天的に考えた。

――話が大きくならなければ問題ないわね。
一応サイト君に釘を刺しておかないと。

しかし、最近の才人は電光石火の素早さで色々やらかしている。

「店長、安心してください。
銃士隊にも話は通してますし、衛士も二時間に一回はこの付近に来てくれるそうです。
あ、それからたまたまゼッサール隊長にも会って、色々手を回してくれるみたいですよ」

本来銃士隊は近衛であって、女王陛下の権限なく動かせない。
だがゼロの使い魔こと、平賀才人は女王陛下の歓心を得ている。
ミシェルはそのことを良く心得ていて、一筆したため鳩でアンリエッタに書簡を送り、緊急時に権限を彼に与えることが承諾された。
ゼッサール・マンティコア隊隊長も、ワルド裏切り事件から才人のことを、元平民とバカにせず高く評価している。
今回のきな臭い件も二つ返事で協力を約束し、非常時の命令権限を書にしたためてくれた。
嬉しそうに二つの権利書をスカロンに見せる才人。
ミ・マドモワゼルは意識を飛ばした。



9-3 炎の食材

才人はスカロンが倒れたのを見て「スカロン、あなた疲れてるのよ」となんとなく呟き、彼をベッドまで運んであげた。
さて、親切な店主が妖精亭までガルムを運んできてくれた。
才人は小躍りしながらそれを受け取り、厨房にこもった。
まず彼は考えをまとめる。

――醤油、待ちに待った醤油だ。
日本のヤツとどう違うか、確認しないと。

一つの壺を開封し、小皿にあける。

――色はいい、ほとんど変わらない。
においも、魚を原料にしてたってワリにふつうだ。

じっくりと皿を睨みつけ、鼻を近づける。
続いてゆっくりとスプーンでガルムをすくい、舐めた。

――なんだろ、ちょっと違う。
甘みがあるっていうのかな?

日本の醤油とは違うものの、おおむね納得できる味だ、と才人は満足した。

――コイツで何を作るか、それが問題だ。
これだけは、これだけは俺がやらないと。
マルトー親方やシエスタに投げたくない。

ハルケギニア流日本料理第一号は独占したいし、せっかくだから完成品を賞味して欲しい。
才人は決意を新たに再び皿を睨みつけた。

――でも、俺は難しいことはできねぇ。
しっかりと思い出さないと……。

とりあえず自分ひとり味わうのもなんなので、デルフに味あわせることにした。
裏口を出てデルフにとぽとぽとガルムをかける。
嫌がらせ以外のなにものでもなかった。
デルフは一言も発しなかった。

――むぅ、デルフにはあわなかったか、この味。
ロマリアの人はよく使ってるみたいだから、ハルケギニア人の味覚にあわない、ってことはないだろうけど……。

才人はデルフをただの剣とは思っていなかった。
相棒だと胸を張って言える。
ただ相棒のねぎらい方は最悪だった。
暑さと醤油が手に入ったテンションで、彼の頭は冷静に沸いていた。
時間も忘れて考えにふける。
彼が気づいた時にはすでに日が傾き始めていた。

「やべ、今日も訓練サボっちまった」

今頃みんな外周を走っていることだろう。
そのとき、起きたジェシカが厨房にやってきた。

「あら、サイト。
厨房こもってなにやってんの」
「いや、朝に買ったガルムでちょっと。
故郷の料理を作ろうと思ってるけど、なかなか良いのが思いつかなくってさ」
「へー、一口もらうね」

ジェシカは才人が止める間もなくガルムを指にとり、舐めた。

「んー、なんというか、独特な味よね。
魚にも肉にもあいそうって言うか」
「ワリと万能の調味料だから逆に悩んじゃうんだよ。
あ、でもコレ使った料理第一号は俺が独り占めしたいんだ。
ジェシカは手出ししないでくれ」
「はいはい、じゃーパパを起こしてくるわ」

ジェシカが去った厨房で、再び一人考え込む。

――味噌とか、みりんとか、日本酒がない。
純粋な和食を作るのは多分難しい、そんな腕前もないし。
素材勝負なら刺身だけど、流石にガンダールヴでもそれは無理だろうな。

「あらあら、サイト君。
こんなところで何してるの。
あら、それってガルムかしら?」

ジェシカとスカロンが厨房にやってくる。
スカロンは局所的記憶喪失にでもなったのか、ショックで気絶したとは思えないほど元気に見えた。

「おじいちゃんが長年欲しがってたけど、昔は高くってついに買えなかったのよ。
アレがあればヤッコもサカムッシュも、テリヤキもできるのに、って肩を落としてたわ」

故武雄氏は豊富な料理の知識があったようだ。
何かに気づいた才人は、スカロンの顔を食い入るように見つめた。

「いま、テリヤキ、って言いましたよね」
「え、えぇ……。
お魚の切り身にガルムから作った調味料を塗って食べるんでしょ?
おじいちゃんは『将来ガルムが手に入れば味わってくれ』って、色々レシピを残しているけど」

才人の心が燃え上がった。



[29423] 第十話 Get drunk, Frenzy!
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/03 07:54
10-1 ファントム・ルイズ

果たして、ドアを開けたのはルイズだった。

「ミス・ヴァリエール、何か問題でも?」

彼女はずいっと右手を突き出した。
瓶の中は琥珀色の液体で満たされている。

「ろむわよぉ」

アニエスは額に手を当てた。

――さて、『ろむわよぉ』と来たわけか。
まずこの意味を理解する必要があるな。
単語ごとに分解すると『ろむ』『わ』『よぉ』になるか。
『ろむ』とはなんだ?
ああ! 昔聞いたことがある。
会議などに出席はしているが一切発言をしない人のことをそう呼んだ、と聞く。(Read Only Member)
では、『わ』は?
これは『は』ではなかろうか。
最後の『よぉ』が難しい。
よぉ、よぉ、よぉ。
通常呼びかけに使われる言葉だが……。
いや、ここは捻らず普通に解釈しよう。
つまりミス・ヴァリエールはこう言いたいわけだ。
『ROMはよぉ』
つまり、ROMを行っている人に何か伝えるべきことがある、ということだな。

うんうん、とアニエスは自分の考察に満足した。
腕を組んで次の言葉を待つ。

「ろむわよっれいっれんのよ!」

アニエスは再度額に手を当てた。

――前半はいい、先ほどと同じだ。
つまり先ほどの言葉を補足しつつも新たに伝えたいことを発言した、ということか。
『っれいっれんのよ』か。
小さい『っ』は雑音だな、ミス・ヴァリエールにはたまにどもると聞いている。
ということは『れいれんのよ』。
これもまた分解してみようか、『れい』『れん』『のよ』
『のよ』は語尾だな、間違いない。
『れい』もおそらく『零』か、ミス・ゼロらしいというかなんというか。
では『れん』はなんだ……。
これは難問だ。
れん、れん、れん……。
わからん、さっぱりだ。
『れん』の意味は、ああ!
噛んだのか!!
確かにミス・ヴァリエール主従は噛みやすい、という噂が一時立っていた。
噛み様、噛み噛み王との異名をサイトも持っていたはずだ。
何を噛めば『れん』になるのか、多分『てん』だな。
となると『点』か。
『零点のよ』
うむ、のよ、というのはおかしいな。
だからきっとこう言いたかったに違いない
『ROMは零点なのよ!』
きちんと意味が通るではないか。
つまり、簡単でもいいから感想が欲しい、ということが言いたかったわけだな、彼女は。
アニエス隊長は良い顔で額の汗を拭った。

「わかった、確かに伝えておこう」
「らから、ろむわよっれいっれんのよ!!」

またか、三度手をやる。

――『らから』
まっとうにとれば、『ら、から』だ。
つまり『ら、より』と同義語になる。
『ら、からROMは零点なのよ!!』
うむ、意味不明だ。
『ら』に焦点を当ててみるか。
『ら』つまり『RA』ないし『LA』
なにか省略した、ということか?
私に若者言葉の解読を求めないで欲しいんだが……。
RARARA、う~ん。
お、そういえば。
『RA』には無作為に接続する、という意味があったはずだ。(Random Access)
『RA、からROMは零点なのよ』
ふむ。
彼女が言いたいのは「SSを手当たり次第に読み漁っている暇があれば、お気に入りの作者さんのために感想書いてあげなさい、じゃないと零点なんだから!」ということか!!
アニエスは異文化コミュニケーションに成功したことに手ごたえを感じていた。

――私も召喚ネク、Thornsmancerの端くれだ、某SSの感想を今度書こう。

分かる人にしか分からない、憎恐破三兄弟をボコるゲームをアニエスさんは想像する。

「なるほど、確かに感想はやる気につながぼぉっ!!」
「きぃぃぃいいい!!!」

ルイズさんは酒瓶をぶち込んだ。
なんというか、メタメタだった。



10-2 苦労人の攻撃

ルイズを探してシエスタがアニエスの部屋を訪れた。
ドアから覗いて仰天した。

――ミス・ヴァリエールが正座してる!!

背中しか見えないが特徴的なピンク・ブロンドですぐにわかる。
そのまん前にアニエスさんが椅子にどっかりと腰をおろしてナニかをラッパ飲みしていた。

「メイド、貴様も入れ」
「は、はい」

目が据わっていた。
シエスタは基本従順な子なので大人しく部屋に入り、威圧感に負けてルイズの隣に正座した。
アニエスさんが語りはじめた。

「何なんだ貴様らはよぉ。
口を開けばサイトサイトサイトって。
銃士隊なめてんのか、あァ!?」

本職顔負け、というか本職だった。

「だぁいたいそのサイトはどこいってんだこらぁー!!!
ぁんであたいが来たとき見計らったみたいにトリスタニアいってんだぁ!!」

アニエスさんは初弟子の才人を非常にかわいがっている、力士的な意味で。

「ァアンリエッタもアンリエッタだ。
な~に~が~気遣っていただぁ!!
気違いの間違いだろうが!!!」

不敬ってレベルじゃない。
今のアニエスさんはさくっと斬首されても文句をいえなかった。
ルイズはぷるぷる怯えている。
シエスタもがたがた震えている。

「あの女は男のために国政疎かにするタイプだ、間違いねぇ!!
てかサイトのために国傾けるに決まってんだろぉがよぉおおおおお!!!!」

ぐいっと瓶を傾ける。
シエスタのメイドアイが、アルビオンモノの非加水ウィスキーであることを見出した。

――アレってすごく強力なお酒だったはず……。

「おい、メイド」
「は、はいっ!?」
「貴様もやれ」



10-3 メイドの復讐

タバサは珍しい客を迎えていた。

「ミス・タバサ、ちょっとよろしいでしょうか」

黙って部屋に迎え入れた。
頬を染めて目がトロンとしたシエスタには妙な色気がある。

「あなた、調子乗ってませんか?」

タバサは早速後悔した。

「ちょっとちっちゃくて可愛いからってなんですか。
なんなんですか。
温厚なわたしだって怒りたくなります。
てか横から入ってきてるんじゃねぇこの泥棒猫がぁ!!」

シエスタは噴火した。
顔も怒りで真っ赤に燃える。

「サイトさんが高貴な血筋に弱いからって!
なぁにが『わたしの騎士様』ですか。
ずっと前からサイトさんは『我らの剣』なんです!!
むしろ『わたしの剣』です!」

そしてわたしは肉の鞘です、とシエスタは真顔で最低なことを言った。

「だいたいあなたの体型、ミス・ヴァリエールとかぶってるんですよ。
怒った? 怒りました??
でも言います。
あなたみたいなちんちくりん、もう必要ありません!!」

タバサはここでシエスタの左手に酒瓶が握られていることに気づいた。

「ちょっと妹的立場を利用してサイトさんに甘えちゃって。
昨夜のアレもなんですか、マーキングですか、発情期の猫ですか。
やっぱり泥棒猫じゃないですか!!
ああやらしい!」

シエスタはいよいよ有頂天だ。

「あなたたくさん本を読んでますよね。
きっと恋愛小説もたくさん読んでるんでしょ?
恋の駆け引きとか略奪愛のススメとか読んでるんでしょ??
それともアレですか。
バタフライ伯爵夫人も真っ青なぬちょぬちょぐちゃぐちゃなヤツですか!
まぁやっぱりいやらしい!!
今度貸してください!」

タバサは酒瓶を奪おうと手を伸ばす。
しかしシエスタはそれをかわす。

「どんなことが書いてあるんですか。
あとで借りますけど教えて下さい。
さぁ、早く、今すぐ語ってください。
あなたの欲望を解き放ってください」

タバサは「ダメだコイツ、早く何とかしないと……」と思いながらレビテーションを唱えた。
宙を舞う酒瓶を左手でキャッチする。

「そぉい!!」

シエスタが、よせばいいのに飲み口をタバサの口内へダンクシュートした。



10-4 新たなる犠牲

「あら、珍しいわねタバサ」

キュルケはちょこんと青いナイトキャップをかぶったタバサを見て驚いた。
彼女は幽霊やらお化けやらが怖いので夜間に火の塔内部を移動するのは珍しい。

「いれて」

タバサは珍しくキュルケをぐいぐい部屋の中に押し込んだ。
さらにぐいぐい押し続け、キュルケをベッドに押し倒した。

――え、この子どうしちゃったの?
サイトを好きになったんじゃなかったの??

タバサはマウントポジションをとった。
頬が染まっている。
目も垂れ下がっている。
キュルケは百合百合しい気配を感じた。

「あのね、タバサ。
あなたの気持ちは嬉しいけどッ!?」
「ん」

タバサは酒瓶を突っ込んだ。

「飲んで」

「飲んで」

「飲んで」

「飲んで」

「飲んで」



10-5 微熱の逆襲

ルイズはようやく部屋に戻ってきた。

――なんで私あんな目にあったのかしら。

気がつけばアニエスの部屋で正座していた。
しかも部屋の主は椅子に座ったまま寝ていた。
体内の毒を吐ききったかのように、穏やかな顔で眠っていた。
何故か痛む頭を抱えながら自室へ帰ったのは、もう日付が変わる頃だった。

――早く寝ましょ、明日に響くわ。

うつぶせにベッドへ倒れ込んだ。
ごろんと仰向けに転がる。

――ベッド、広いな。

横に転がる。
外から水精霊四天王の声がする。

――あいつらまだ騒いでるんだ。
サイトもいないって言うのに……。

ため息を一つ。
窓の外が不自然に明るい。
きっと何か燃やして遊んでいるのだろう。

「サイト……」

彼は功績を上げすぎた。
それがルイズの不安を煽る。
彼に思いを寄せているのはシエスタ、タバサ、ティファニア、たぶんジェシカ、そして、おそらくアンリエッタも。

「バカ……」

枕を抱きしめる。

――確かに今日はもう帰ってくるな、って言ったわよ。
それでも誠心誠意謝れば許さないでもなかったわ。
なのにサイトったら……。

寝返りを打つ。

――やめよう。
高圧的に出るのはよくないわ。
もっと、心の底から素直にならなきゃ。

誰かにとられちゃう、という言葉が部屋の空気に溶けた。
そのときドアをノックする音が鳴り響く。

――サイトだわ、やっぱり帰ってきてくれたんだ!!
ルイズは跳ね起き、ドアを開けた。

「るいずぅ、水をちょぉだぃ……」

サイトじゃなかった。
ルイズは静かにドアを閉めた。
強く叩かれる扉。

「なに、私、もう寝るの。
おやすみ」
「その前にお水……ぅうっ!」

『くらえッ! ルイズッ!
半径1メイル○○○○○スプラッシュをーーーッ!!』



10-6 才人の帰還

明け方、シルフィードに乗って才人は魔法学院に戻ってきた。

「……なんだこれ」

ヴェストリの広場に点在する燃えカス。

「……なんだこれ」

ドア開きっぱの上、椅子に座りながら眠るアニエス。
しかも顔がニヤけている。

「……なんだこれ」

キュルケの部屋もドアが開いている。
何故かベッドにはタバサが倒れていた。

「……なんだこれ」

ルイズの部屋の前にはナニカが散乱していた。
それを避けて部屋に入ればルイズとキュルケが一緒に寝ている。

「一日で何があったんだよ……」

明確な答えをもっている者は誰一人いない。



[29423] 第十一話 スマイル
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/28 16:26
11-1 続・炎の食材

神の左手ガンダールヴ。
勇猛果敢な神の鍋。
左に握った大鍋と、右に掴んだ包丁で、選ばれし食材を捌ききる。

神の右手はヴィンダールヴ。
心優しき神の斧。
あらゆる獣を操りて、選びし食材を屠るは地海空。

神の頭脳はミョズニトニルン。
知恵のかたまり神の舌。
あらゆる知識を溜め込みて、選びし食材に調味を呈す。

そして最後にもう一人……。記すことさえはばかれる……。

「ゲーッハッハハ!!」

絶好調である。
強力な炎の上で中華鍋が乱舞する。
宙を舞う褐色のソースは弧を描き、再び鍋に収まっていく。

「ホント厨房は地獄だぜぇぇっ!!」



今日は週に一度の虚無の日。
はじまりはこんなこと。

「おぅ、どうした我らの剣」

厨房に一人立ち尽くす才人の背中。

「マルトー親方……!」

振り向いたその顔には滂沱の涙。

「料理がしたいです……」

そのままがっくり膝をつく才人。
意味は良く分からなかったが、マルトー親方は快く一つの竈、器具、少々のスペースを貸した。
それが大体昼食直後のことである。
才人はまず皮袋からタマネギを取り出した。
さっと水洗いして皮を剥き剥き。
そしてまな板の上に置く。

「厨房は戦場、食材は敵兵。
ならば、包丁は敵を打ち倒す武器!
フライパンは攻撃もできるバックラー!!」

ぴかーんと厨房を満たす神々しい光。
ガンダールヴの無駄づかいにもほどがある。

「うぉぉぉおおおおお!!!!!!!」

七万の敵兵に突っ込むかのような、雄々しい咆哮を上げながら、彼は両手の包丁を振りかざした。
それは嵐のような調理風景だった。
まな板の上で煌く銀閃は豪雨、間断なく生み出される音は軒先を叩く雨音、あまりに素早いその包丁撃は厨房に風を巻き起こした。

「あ、ダメだ。
だけど涙が出ちゃう、だってオトコノコだもんっ……。
いや、これは辛い、痛い痛い」

だが、アルビオン兵七万人を止めた男もタマネギには勝てなかった。
すぐにヘタレて動きが止まる。
まな板の上ではみじん切りにされたタマネギがつやつやと輝いていた。
それをフライパンにうつし、強火の竈にかける。

「ゲーッハッハハ!!
タマネギどもよ!
我が力によって狐色になるがいい!!」

フライパンを振るう必要もないのに振りまくっている英雄。
先ほどの光景とは違って実にアレだった。
こんがり色づいたことを確認し、フライパンの底を水につけた。

「よーしっ、次だ」

次に皮袋から出てきたのは、何かの葉でくるまれた牛肉と豚肉だった。

「うぉぉぉおおおおお!!!!!!!」

川の中州で歴戦の兵どもに挑むかのような、猛々しい雄たけびを上げながら、彼は両手の包丁をくるりと一回転させ、振り下ろした。
それはダンスのような調理風景だった。
二振りの刃がまな板の上を踊る、踊る、踊る。
小刻みな包丁音はプロが踊るタップダンスを連想させた。
最後に才人は包丁をくるくる回し、カカンッとまな板に打ち付けた。

「ふぅははははははぁ!!」

続いて卵を手にとり、小鉢へ流星の如く叩きつける!
一切の殻を紛れさせることなく艶やかな中身が現れ、黄身と白身を選り分けた。
ミンチになった肉、狐色のみじんタマネギ、卵の黄身、パン粉。
これらを一つのボウルに入れ、袖をまくり、手を突っ込む!

――俺が作ろうとしているのはなんだ?
ハンバーグだ。
でもそれだけじゃない。

左腕でボウルを抱え、一心不乱に肉をこねる。

――最終目標を想像しろ。
俺が作るのはなんだ?

ルーンが仄かに輝きはじめた。

――これはなんだ。
ハンバーガーだ。
ハンバーガーとはなんだ。
日本どころかを世界を制圧するファーストフードだ。
ならば、これはただの料理なんかじゃない。
俺が作るのは、胃袋に対する武器だ。
天下無双の攻撃力をもつ武器なんだ!!

再び厨房を満たすルーンの光。
始祖ブリミルも草葉の影で泣いているに違いない。
竜巻のように荒々しく、しかし乙女のむ、いや肌に触れるように優しく、彼は肉を蹂躙した。

「親方、空いてる竈もいっこ借ります」
「お、ぉういいとも」

肉を円形に整え、熱したフライパンに優しく並べる。
我が子の旅立ちを見守るような眼差しで蓋をし、地球製リュックサックから底の丸い、中華鍋のような鉄鍋を取り出した。
そして舞台は冒頭へ戻る。

「ゲーッハッハハッ!!」

醤油、砂糖、武雄印の日本酒モドキを混ぜ合わせた液体が飛び立ち、鉄鍋と言う名の巣へ帰る。
勿論、ソースを作る際に虚空を踊らせる必要は一切ない。
才人に言わせるならば、様式美だ。

「親方!
マヨネーズとレタス、ありましたよね!?」
「あるにはあるが……」

こりゃ一体なんだ、とは口に出せなかった。
目がギラついている。
三日間何も食べていない人間のようだ。
マルトーは素直にその二つを差し出した。
そうしている内にも才人はフライパンのハンバーグをひっくり返し、皮袋からバンズを取り出す。
そして右手に構えたナイフを一閃。
見事な技術だがやっぱり無駄だった。
やがて肉は焼き上がり、ソースが完成した。
ハンバーグをたっぷりとソースに絡める。
皿の上にバンズ、レタス、 ハンバーグ、マヨネーズ少々、レタス、バンズを重ねる。
崩さないように両手で持ち上げる。

「ゆ、夢にまで見た照り焼きばぁがぁ……」

すべての食材に感謝の意を示し。

「いただきます」

かぶりついた。

――美味しい。
美味しい美味しい美味しい!
だけどなんでだ。
なんで涙が止まらないんだろう。

厨房の面々はさっきからドン引きしてたが、マルトーが代表して話しかけた。

「どうした……我らの剣」
「メインディッシュ、決定だ」

今なら十連くぎゅパンチも打てる。
彼は、答えを得た英霊のような、満ち足りた笑顔で呟いた。



11-2 メタ・ナイツ

「サイト、サイトじゃないか!」
「んぁ、ギーシュか」

あの後、武雄レシピをマルトーへ託し、一品だけ料理を依頼して才人は青空の下に出てきていた。
そこに駆け寄ってくる水精霊四天王。
この暑い中、しかも貴重な休日、額に汗をにじませながらナニかをしていたようだ。

「いや、久しぶりだな副隊長。
なんというか、はじめて会ったような気がしないでもない」
「そりゃどういう意味だよレイナール」
「はっはっは、三日前にも会った、いや、会ったっけ?
言われてみれば僕もはじめて会った気がする」
「いやいやいや、おかしいだろお前ら!」
「実は俺も……はじめて会ったような」
「僕も僕も」

これは新手のイジメだろうか、と才人は嘆息した。

「いーよもう、折角訓練前に旨いモン食わせてやろうと思ったのに」
「サイト、僕たち親友だよな?」
「顔が近い暑い近寄るなマリコルヌッ!!」
「君が泣くまで近寄るのをやめない」
「ココロの中ではもう泣いてるよ!」
「まぁまぁ、ここは僕に免じてお互いおさめたまえよ。
というか見てるだけで暑くなってくるから離れてくれよ」

後で十連くぎゅパンチをお見舞いすることを決意する才人。
渋々マリコルヌは距離をとり「あとで絶対食べさせてくれよな」と念を押した。

「にしても、こんなくっそ暑いのにナニやってんだ?」
「いや、ナニ。
昨日ヴェストリの広場を散らかしてしまってね、その片づけさ。
まぁ僕のワルキューレのおかげで一瞬で終わったがね」
「ギーシュ、最初制御に失敗して余計散らかしたじゃないか」
「サイトがいない夜も楽しかったぜぇ?
コルベール師匠も大興奮だった」
「コルベール師匠が興奮するのは珍しくないけど、確かに心躍ったね」
途端、顔を見合わせてニヤニヤしだす四天王。
「なんだよもったいぶらずに教えてくれよ」
「本当に、教えて欲しいのかい?」
「そりゃ勿論」
「「「「だが断る!」」」」

キレイに唱和されて逆にいらっときた。
そして、ギムリやレイナールの言葉に街での出来事を思い出す。

――こいつらは戦友だ。
俺も信じたい、信じたいんだ。
でも、でも……怖いんだ。

灰色卿の陰謀は、才人の心を着実に削っていた。
尻方面をかばい、才人は思わず後退してしまう。
そんな彼を若干不審気な目で見ながら、ギーシュは薔薇をふりふり説明した。

「なにせこの暑さだ。
他の隊員のやる気は落ちている。
士気を保つのも隊長の仕事、ということで色々画策しているのさ」
「ま、訓練に来ない副隊長にはナイショだナイショ」

薔薇を振って、ああ、僕って素晴らしい隊長だ、と自己陶酔するギーシュの横でニヤニヤする三人。
こいつらニヤけっぱなしで気持ち悪い、と思いながら才人は弁解する。

「いや、そりゃあ副隊長なのに訓練行かないのは悪かったけどさ。
ちょっと色々あったんだよ。
というか現在進行形で巻き込まれてる。
ちゃんと証拠もあるぞ」

ほら、と二枚の権限付与書を才人はリュックサックから取り出した。

「何々、緊急時にこの者へ副隊長権限を与える?
って、これ銃士隊だけじゃなくてマンティコア隊もあるじゃないか!!」
「マジかよ!?」
「ナニに巻き込まれてるんだよ副隊長!」
「女性だらけの銃士隊の副隊長権限だって!?
けしからん僕によこせ!!」

マリコルヌは一人ずれたところに怒っていた。
さらっと手渡された書類がそんなすごいものとは思っていなかった才人は、そのリアクションにむしろ驚いた。

「え、コレそんなすごいもんなの?
だって、俺も一応近衛隊の副隊長じゃん」
「バカか君は!
確かに水精霊騎士隊は名前こそ伝説になったものだが、現状では学生の寄せ集めだ!
銃士隊は女王陛下が最も信頼なさっている部隊だし、マンティコア隊は言うまでもない!!」

激昂したレイナールに続いてギムリが語りだす。

「グリフォン、マンティコア、ヒポグリフと魔法衛士隊は三つあるが、一番強力なのがマンティコア隊だ。
先代隊長の『烈風カリン』が鍛えた部隊は負け知らず。
当代隊長のド・ゼッサール殿だってトリスタニア最強の騎士と言われているぜ」
「つまり、君は王都最強と女王お抱えの騎士隊、両方の副隊長権限を一ヶ月とは言え与えられたわけだ」

ギムリを引き継いでギーシュが締める。
なんだかすごいなぁ、と才人はあまりよく理解していなかった。

――ド・ゼッサール隊長なんてすごい気軽に渡してくれたのに、すごいモンなんだなコレ。
てかあのヒゲ野郎も……。

才人はワルドのことを思い出して渋い顔をした。
そもそもグリフォン隊はタルブ村の攻防で壊滅的打撃を受け、ヒポグリフ隊はアンリエッタ誘拐事件で全滅している。
つまり、才人は今王都で実質動かせる二部隊の副隊長権限を持っていた。
その気になれば色々やりたい放題だが、地位欲に乏しい彼は軽く流した。

「ま、すごいってことだけはわかった。
でも多分、銃士隊はちょこっと借りるけど、マンティコア隊なんてお世話になることないぜ」
「うぅむ、なにか上手いこと水精霊騎士隊の権威付けに使えないかな」

レイナールは悩んでいたが他の四人はむしろ関わりたくなかった。
王都最強騎士隊の手を借りるなんて恐れ多すぎて足が震えてしまう。

「そんなことよりも、後でちゃんとナニ企んでるか教えろよな」

四天王は顔を見合わせた。

「「「「ひ・み・つ!」」」」

才人の顔は凄いコトになった。



※エキストラエピソードです。
 某on the radioを聞いていないと一切着いてこれません。

11-ex 十連くぎゅパンチ

「顔が近い暑い近寄るなマリコルヌッ!!」
「君が泣くまで近寄るのをやめない」
「えぇいうっとうしい!
これでも喰らえ! 十連くぎゅパンチ!!」

『バカ!』
「がっ」

『キモッ!』
「ぐっ」

『うっぜーなぁ!』
「げほっ」

『なめんなよ~?』
「ぐぁっ」

『わかるわけないじゃん!』
「つぅっ」

『バカじゃねぇのかよぉ!』
「ぇあこんっ」

『告白とかされてみたい!』
「がぼっ」

『きゅんっ!』
「キューン」

『死んじゃえばいいよ!』
「ぐぶぁあっ」

『好きな人にしか言わないよ?』
「がぐはぁっ!!!」

マリコルヌはたっぷり十メイルほど空を翔け、地面にたたきつけられた。
パンチを放った才人もこれには驚き、慌ててマリコルヌに駆け寄った。

「マリコルヌ!
大丈夫かよおい!!」

彼は幸せな笑みを浮かべていた。
口元からは血が溢れ、顔は青あざだらけ、身体中無傷なところはなかった。
それでも彼は満ち足りた笑顔で友に言った。

「い、いん、だ……しあ、わせ、だから」
「マリコルヌ!」
「レイナール、傷はどうだ!?」

ギムリの言葉にレイナールは静かに首を振った。
もう間に合わない。

「さい、ごにっ……一つ、だけ」
「なんだ、言ってみろマリコルヌ」

才人は太っちょな少年の手を握り締める。

「ラジオ……再、開、おめ……で、とう」
「マリコルヌゥゥゥゥゥ!!!!」

一つの命が星に還った。
風上の二つ名は以降水精霊騎士隊で語り継がれ、伝説になったという。



[29423] 第十二話 They have a theme song
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/28 20:21
12-1 ヴェルサイユ条約

「淑女協定の締結を提案するわ」
「あたまいたい……」

魔法学院のとある一室、ピンクブロンドの髪もぼっさぼさのまま、ルイズさんは提案した。
制服がだいぶ乱れて、あと若干乙女に相応しくない臭いを放つ、キュルケさんも同意した。

「私たちは真夏の夢を見ていた。
そうよね? ミス・ツェルプストー」
「もちろんでしてよ、ミス・ヴァリエール」

寝起きでよくわからないけど、キュルケは同意してあげた。
ドア付近のナニかはすでに片づけられている。
誰かは知らないけどちゃんと掃除してくれたみたいね、とルイズは感心した。
とりあえずシャキッと起き出そう、と彼女は決めた。
才人が一度来たのか、洗面器に水が張ってあるので顔を洗う。

「ぬるい……」

すでに日は高く上っている。
室温もそれなりに高く、夏真っ盛りだった。
水は汲まれてから相当時間がたっているらしく、シャキッと目は覚めなかった。
キュルケはいつもの血色いい顔が微妙に青ざめている。

「じゃ、あたしも、部屋に戻るわね」

二日酔い~、と呻きながら彼女はドアから出て行った。

――昨日は確かアレから……。

ルイズことルイズ・(中略)・ヴァリエールは「ゼロのルイズ」と呼ばれている。
昔は蔑称だったが今では違う。
彼女は虚無(ゼロ)の担い手なのだ。
6000年ぶりの逸材なのかどうかはいざ知らず、一般的な系統魔法では考えられない効果をもつ魔法を扱うことができる。
その一つに、瞬間移動(テレポート)があった。

――人間、やればなんだってできるのね。

昨夜、キュルケの攻撃の瞬間、彼女は覚醒した。
虚無の魔法は通常、王家に伝わる秘宝がなければ習得することができない。
ルイズは、その手段を水のルビーと始祖の祈祷書に頼っていた。
しかし昨日はそんな悠長なことをしている時間がなかった。

――コレは、マズい!!!

酔っ払いがどのような攻撃をするのか、一時とはいえ魅惑の妖精亭で働いていたルイズは一般貴族より熟知していた。
すなわち、メガトンパンチ、はたく、からみつく、ハイドロポンプだ。
基本的に技の上限は四つなので、人によっては「ほえる」を覚えたり、回復手段として「ねむる」を確保したりしている。
「のしかかる」や「から(服)をやぶる」という選択肢も存在する。
そして昨夜のキュルケは明らかにハイドロポンプ5秒前だった。

――ほのおタイプなのにみずタイプ最強技を使えるなんて!

やんごとなき血筋であるルイズはハイドロポンプの直撃を何としてでも、何かを犠牲にしてでも避けたかった。
彼女のHPでは威力120の、しかもとくこうの高いキュルケの攻撃に耐えられる自信がなかった。

――助けてブリミル様!!

ブリミル様は「んー、まぁいいよー」と気軽に答えてくれた、気がした。
実はこの瞬間、遠きロマリアでヴィットーリオ教皇が子守唄がわりに始祖のオルゴールを使っていた。
その調べは遠くトリステインは魔法学院にまで届き、ルイズに新たなスペルを授ける。
そして彼女は瞬間移動に目覚めた。
その場にキュルケを残して二メイルほど後退する。
ロマリアのこととか精神力温存とか一切考える余裕はなく、この瞬間彼女は人間の尊厳を守るだけで精いっぱいだった。
そしてキュルケのハイドロポンプはその高い命中率を生かすことなく外れてしまった。
しかもうまい具合にキュルケには飛沫たりともかからなかった。
ルイズは多大な精神力を消費し、肩で息をしながらその様子を見守っていた。

――あ、もうダメ。

急速な眠気に襲われ、隣にあったベッドに倒れこんだ。
その場に残されたキュルケは困った。
それはもうすごい困った。
部屋に戻れば妖しい雰囲気のタバサがいるし、このまま自分のようかいえきを放置していくのも悪い気がした。
さらに、さいみんじゅつを食らったかのように眠気を自覚した。

――ま、とりあえず、寝ればいっか。
ルイズのベッドでも借りましょ。

陽気なゲルマニア出身の彼女は酔っぱらっても陽気だった。
というか何も考えちゃいなかった。
それもそのはず、ハイドロポンプは非常に体力を消費する技なのだ。
PPが5しかないのも頷ける。
とりあえずそのままルイズのベッドにもぐりこんで、眠りについた。



次にキュルケが気づいたのは朝日が昇るまであと二時間、といった頃だった。
自然な眠りではなく、何かに起こされた。
少し不機嫌さを感じながら彼女は起き上がろうとして、失敗した。

――ナニコレ。

桃色頭のナニかが彼女にしがみついていた。
口元はだらしなく緩み、抱きつくどころか足までからみつけている。

『まったくぅ、このいぬったら……。
ごほうび、ごほうびよぅ……。
きすしなさぃ……』

人に聞かれたら飛び降りかねない寝言だった。
キュルケは優しく微笑んだ。

『やぁだぁ、どこにきすしてるのよぉ……』

しかも抱きつきながらくねくねしている。
この主人あっての使い魔ね、とキュルケはため息をついた。
仕方なく、揺すり起こしてあげることにした。

『サイロ?』
『ルイズ……』

キュルケは切ない生き物を見るような目で、言った。

『良い夢見れたかしら?』

それに一度完全覚醒し、キュルケがまたどうでもよさげに横になったので、ルイズももう一度寝てしまった。

――さささ、最悪だわ。
よりにもよって、よりにもよってきききゅるけにあんな夢見てることを知られるなんて!

どんな夢だったかは具体的には言えない。

――ちゃんとアイツ淑女協定守るわよね……。

キュルケは寝なおした後「あら、冷静に考えればあたし、もどしちゃっただけじゃない」と協定の破棄を決定した。
ルイズはその日一日、可哀そうな子を見る目にさらされた。



12-2 すっぱい気分にご用心!!

「これがッ! これがッ!! これが焼き鳥だッ!!
こいつを食べることは死を意味するッ!!」
「「「「死ぬの!?」」」」

バルバル言いながら才人は焼き鳥を掲げた。
先ほどの照り焼きバーガーは確かに美味しかった。
美味しかったが、才人が愛用していたらんらんるーなお店の味とは違っていたのだ。

――なんていうか、和風っぽい。

というわけで才人はマルトーに、残ったソースで焼き鳥を作ることを頼んでいたのだ。
ちょうど訓練のはじまる30分ほど前に納得いくモノが完成したようで、才人は嬉々として四天王に見せびらかした。
竹っぽい串に連なる肉は、褐色のソースでからめられていて香りも食欲を誘う。
縁日の焼き鳥よりも一つ一つが大きく、エレガントに食すことはできなそうだ。
才人は五本マルトーから受け取り、残りは厨房の面々に残してきた。

「俺の故郷では、キンキンに冷やしたエールとコイツをやるのが最高、って人間のクズに言われてるんだ。
是非食べてくれ、そして感動しろ!」
「人間のクズ……」
「食う気なくすようなこと言うなよな……」

五本の串を指に挟んで手をビシッと突き出す才人。
才人は某賭博漫画が好きだったが、主人公に対してワリと辛辣な評価を下していた。
異世界に来て一騎当千の力を手にした彼と比べれば、確かにヤツは人間のクズではあるが。
しかしそんなことを言われても異世界の四天王にはわからない世界だ。
ギーシュとギムリは困ってしまう。

「いや、でも縁日、って言ってもわかんねぇか。
お祭り! お祭りの屋台でも定番の料理っつーか食いモンなんだ。
マジで旨いんだって!」
「いや、君の故郷の料理は『銀の降臨祭・初恋風味』でよくわかっている。
遠慮なくいただくよ」
「初恋……ッ!!」
「銀の降臨祭? まぁ食べてくれよ」

お料理番長レイナールとスゴイ形相になったマリコルヌ。
せっかくなので、みんなでせーので頬張った。

「これは……旨いッ!」
「いやいや、クズとかいうから引いたけど、これはイケるじゃないか!」
「うん、『銀の降臨祭・初恋風味』ほどではないがこれも美味しい。
香りもいいけど、この独特のタレがまた鶏肉に合うね。
ステーキとは違って手間取らず食べられるのもいい」

うんうん、と才人は嬉しそうに頷いた。

――なんか、日本の食いモン褒められるのってすげー嬉しい。

お昼の照り焼きバーガーも、ハンバーグが余っていたので厨房の連中に振舞った。
正直もっと食べたかったが、その時もみんなの笑顔を見て心を満たすモノを感じていた。
が、一人マリコルヌは微妙な顔をしている。

「どうしたマリコルヌ?」
「君らしくないじゃないか、こんな美味しいモノを食べて無言だなんて」
「そうそう、いっつもいっつもウマウマ言いながら食ってるじゃねぇか」
「なんか、照り焼きソース口にあわなかったか?」

マリコルヌは頭を振ってこたえた。

「僕のヤツ、生焼けだ……」

流石のマルトーも初見のソースのせいで火の通り具合がイマイチわからなかったようだ。
マリコルヌ以外の四人は顔を見合わせ、スルーした。

「いやー懐かしいなーうまいうまい」
「なんというか、うまいこと肉汁がつまってていい。
流石に親父はいい仕事してやがる」
「そうだね、このソースがほんのちょびっとだけ焦げているのもイイ!
煙の香りがうまく味を引き締めている」
「羊肉をミンチにした串は食べたことがあるが、また違うね。
このソースどうやって作ったんだい?」
「それはだな……」

ハブられたマリコルヌは静かに涙した。



12-3 再・フルメタルなヤツら

トリステイン魔法学院には、クルデンホルフ大公国の精鋭、空中装甲騎士団の内二十名が駐屯している。
ベアトリス嬢が祖国から引っ張ってきた彼らは、暇を持て余していた。
当初は女の子をナンパしたり使用人に難癖つけたりしていたが、何か違う。
続いて酒を飲んだりカードで賭けたりしたがコレも違う。
訓練をいつもの三倍やってみるもやっぱり違う。
日々連続しており、彼らはもやもやしていた。
刺激を求めていた。

「アンリエッタ女王が大好きな!」

『アンリエッタ女王が大好きな!!』

「私が誰だか教えてよ!」

『俺が誰だか教えてよ!!』

「1, 2, 3, 4, Ondine(水精霊騎士隊)!」

『1, 2, 3, 4, Ondine!!』

水精霊騎士隊の訓練を遠目で見ていた彼らは、なんか楽しそうだなぁ、と感じた。
感じたから、マネしてみよう、と思った。
思ったけど、まんまモノマネは空中装甲騎士団の沽券に係わる、と考えた。
考えた末に、彼らは歌詞だけでも違うヤツにしよう、と決定した。
決定に従い、一日かけてちょっぴりアダルティな作詞を行い、練習した。
練習した成果を、彼らは披露した。

「タニアのヤツらの噂では!」

『タニアのヤツらの噂では!!』

「女王の○○○は極上○○○!」(伏字部分はご想像にお任せします)

『女王の○○○は極上○○○!!』

「うん よし!」

『感じよし!!』

「具合よし!」

『すべてよし!!』

「味よし!」

『すげえよし!!』

「おまえによし!」

『俺によし!!』

最低だった。
彼らはアダルティの意味を取り違えていた。
学院の窓が次々閉められていく。
木陰で語り合っていた恋人なんかは、見てはいけないものを見てしまったように逃げ出した。

「アイツら……」
「なんて破廉恥な……」
「許せねぇな……」
「白百合を汚すなんて……」

水精霊五巨星である。
一般の人々は彼らに期待した。
しかし隊長は鼻血を流していた。

「ってギーシュナニやってんだよ!?」
「いや、ね。
ちょっと想像してしまって、ぶふっ」

隊長はアテにならない。
四人は肩を組んで相談した。

「どうする?」
「副隊長がいれば制圧はたやすいと思う」
「いや、バラけて各個撃破されたらあぶねぇぜ」
「僕も、それは危険だと思うんだ」

ノープラン才人にちょっぴり潔癖な決戦派レイナール。
ギムリとマリコルヌは妨害派として結束した。
沸いててもハルケギニア最強の竜騎士団だ、慎重になるに越したことはなかった。
一分ほどで結論は出た。

「水精霊騎士隊、集合!」

マリコルヌの大声が風に乗って学院中に響き渡った。
十秒ほどで歴戦のつわものが集合した。

「少し早いが訓練をはじめる!!」

鼻血だくだくのギーシュを無視して才人はしきった。

「いつも通り外周十周からだ!
だが、今日は下品なヤツらが俺たちのマネをしている!
ヤツらよりも小さな声を出すようなら、承知せんぞ!!」
『Oui, Capitaine!!』

こうして血で血を洗うような、壮絶な絶叫戦がはじまった。
やたら生々しい歌を叫ぶ空中装甲騎士団。
対する水精霊騎士隊は洗脳されてしまいそうな歌を叫ぶ。
徐々にその戦いはエスカレートしはじめ、風の魔法によってより広域に拡散していく。
窓を閉めても効果はなく、歌は魔法学院を満たす。
まさに地獄の一丁目だった。



[29423] 第十三話 Please Old Haussmann
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/28 20:21
13-1 Apocalypse Now

悲惨な光景だった。
地面は抉れ、男たちは倒れ、風音しか聞こえない。
太陽だけが平等に大地を照らしていた。

「ルイズ」

平賀才人はその小さな女の子を見上げた。
ピンクブロンドの髪には天使の輪が光臨している。
その顔は逆光で、よく見えない。

「サイト」

その声はどこか虚ろだった。
温度がない、と言ってもいい。

「ルイズ、あのさ」
「サイト」

ご主人様は使い魔の声を遮った。
ぎらつく太陽に雲がかかる。
才人は、少女が笑っていることを知った。

「いいの、何も言わなくても」

楽しげだった。
才人は、どこか頭の奥から、カチカチという音が響いてくるのを聞いた。
自分の歯の根がかみ合わない音だった。
しかし、と彼は腹に力を込める。
ここで彼が退けば、今以上の悲劇が起きる。
それは確定された未来だった。

「ルイズ、聞いてくれ」
「いやよ」

あどけない、笑みだった。
まるで赤ん坊がその母親に向けるような。
ルイズは、才人からつい、と目を離した。
視線は彼の後ろに向かっている。

『……』

膝をつき、手をつき、頭をこすり付ける。
その屈辱はあまりあるが、命にはかえられなかった。
しかし、女神は時に非情だ。

「あんたら」

にっこりと笑い

「全員」

杖を振り上げ

「バカ犬よぉぉーーー!!!!!」

光と音が世界を満たした。



際限なくバカになっていく男たちを止めるのはいつの時代だって聖女だ。
そして魔法学院にも聖女は存在する。
水都市の聖女こと、ルイズ・フランソワーズだ。
彼女は伝説にある戦乙女のように勇ましくヴェストリの広場へ現れ、一撃の下彼らを薙ぎ払った。
サイトがいない状態で精神力がたまりやすい彼女は景気よくエクスプロージョンを放ったのだ。

「もう、バカ!
ホントバカ!!
バカバカバカ!」

トリステイン魔法学院生徒による女王陛下直属の近衛隊、水精霊騎士隊。
クルデンホルフ大公国が誇る栄えあるハルケギニア最強竜騎士団、空中装甲騎士団。
爆発でノびている数名をのぞいてみな正座をしている。
日が傾き始めているとはいえ炎天下、汗がだらだらながれていた。
そんな彼らの前で有頂天ルイズ。

「あんたたちねぇ、流されすぎなのよ!
それでも貴族なの? ねぇ答えなさいよ!!」
「そ、そうです」
「黙ってなさい!」

ボン、と顔面真ん前でエクスプロージョン。
あわれマリコルヌは意識を失ってしまう。
なんというか、理不尽の極みだった。

「この調練言い出したの、サイトでしょ?
犬の言うことを聞くなんて、あんたたちもう人間じゃないわね。
ナニか切ない生き物だわ!」

怒鳴るルイズの後ろにはタバサ、キュルケ、ティファニアがパラソルの下で紅茶をたしなんでいる。
シエスタは三人のお世話をしていた。
この四人がルイズに向ける目は、ナニか切ない生き物を見るようだった。

「ねぇ、ルイズって……」
「テファ、言わないであげて。
あの子も可哀そうな子なのよ」
「ミス・ヴァリエールは、その、サイトさんと同じで少しアレですから」
「バカばっか」

四人の会話をしっかり耳に入れていたルイズが怒った。

「なんなのよアンタらも!」
「なんなの、って……」
「ミス・ヴァリエールの方が……」
「なんなのよ、って感じ」

怒られた四人は困惑した。
そしてテファ以外の三人はお互いの顔を見て、きっちり反撃した。
キュルケ、シエスタ、タバサの三人は宝探しも一緒にした仲である。
そりゃもう息もぴったりだった。
ルイズに向ける気の毒そうな目もほとんど形だった。
見かねたテファがフォローに回る。

「だ、だいじょうぶだよルイズ。
夢の中だもん、深層心理が出ちゃうのはしかたないよ。
心の底からサイトといちゃつきたいんだって」
「結局、あなたはサイトといちゃいちゃしたいだけ。
できないからすぐ怒る、欲求不満?」

フォローじゃなかった。
テファのパスを拾ってタバサが追撃する。
ルイズは逆ギレした。

「え~そうよ!
私だってサイトといちゃいちゃしたいわよ!!
なのにコイツときたらあっちへフラフラこっちへフラフラ。
夢の中でぐらい好きにしたっていいじゃないのよ!!」
「ルイズ……」

才人は立ち上がり、ルイズの手を取った。

「ごめん、そんな寂しがらせてたなんて」
「いやよ! 離してよ!!」
「やだ、あんなこと聞いたら離せない」
「離してって言ってるのに!」
「だったら、いつもみたいに魔法でもなんでも使えばいい」
「……」

才人はまっすぐルイズを見つめた。
ルイズは赤くなってそっぽを向いた。
正座しているヤツらは「あれ、俺らとばっちりじゃね?」と思った。
テファは嬉しそうに二人を見ていた。
キュルケはニヤニヤいやらしい笑みを浮かべていた。
タバサとシエスタは般若にジョブチェンジした。

「サ、イ、ト、さんっ
ずいぶんと、ずいぶんと女性の扱いがうまくなられましたね」

シエスタは二人の手をほどき、左腕をとった。
そして魅惑の果実を押し付ける。

「うっ!?」
「ジェシカに教えてもらったんですか……?
もう、ホントに、い・け・な・い・人」
「ひぅっ!」

やわらかな感触に、ガンダールヴの槍を構えかけた才人。
しかし、ガンダ君は目だけ笑っていないシエスタの威圧感で槍を折られてしまった。
次いで、背中にぽすっと軽い音。

「サイト……」
「タバサ……??」
「好き……」

変化球など必要ない! と言わんばかりの直球剛速球だった。
背中に抱きつき、つま先立ちになって耳元で愛の言葉を囁く。
これにはさすがにサイトの顔も赤くなった。
赤くなったが、すぐ青くなった。

「へぇ……魔法でもなんでも、ねぇ」

――ジーザス!!

彼はキリスト教でもなんでもない。
そもそも、ハルケギニアまで助けが及ぶことはないだろう。

「あんたたち」

正座をしていた男どもはびくっと肩を震わせた。
その声は低く、地獄の底よりなお昏い場所を連想させる。
シエスタとタバサはさっと飛びのいた。

「演習、目標、バカ犬。
制限時間なし、兵装自由、魔法自由。
かかりなさい」
『Oui、Mademoiselle!!』

過酷な演習が幕を開ける……!



13-2 トリステイン三羽烏

「ワシ、思うんじゃよ」

長い白ひげをしごきながら老人は言う。
ふと、窓の外に目をやりたっぷり十秒は何も語らなかった。

「何をですかな」
「もったいぶらずともよいでしょう」

白を基調とした豪奢な部屋に、男三人。
トリスタニアは王宮である。
オールド・オスマンはこの日、新年度の宣伝へやってきていた。
魔法学院は入学こそ春ではあるが、入学手続きはいつでも行っている。
貴族からお金をいかに巻き上げるか、と画策するオスマンは宮廷工作に余念がない。

「表向きは平和になったじゃろ?」
「そうですな、ガリア戦役も無事終わりました」
「魔法学院の生徒が活躍したと聞きますぞ」

オスマンは宮廷に来たとき必ずこの三人でお茶を飲む。
一人は王宮の勅使、ジュール・ド・モット伯。
そしてもう一人はデムリ財務卿。
いかにしてこの三人が友誼を結んだか、それは余談になるのでここでは置いておく。
ただ一つ言えることは、類は友を呼ぶ。

「なーんかのぅ、物足りないんじゃよ……」

紅茶で満たされたカップを見ながらオスマン老は呟く。
去年まではよかった。
ミス・ロングビルがいた。
なんというか、お色気方面の補充は十分だった。
しかし今はいない。
新入生であるティファニア嬢に目をつけようもんなら、虚無の担い手とその使い魔がやってくる。
あしらえないわけではないが、めんどくさいので今彼はナニか別方向を模索していたのだ。

「物足りない、ですか」

モット伯はうぬ、と考え込む。
言われてみればそういう気もする。
去年手に入れ損ねたメイドのことを思い出した。

――珍しい黒髪をもつメイドがいれば、何か違ったか。

その節は、友人オスマンともだいぶ揉めたし、結果的には異世界の本も手に入れたので文句はない。
ないが、もしものことを考えてしまう。
どうやら彼も満たされていないようだ。

「わからんでもないですな」

デムリ財務卿はカップ片手にそう返す。
彼は非常に気が利く男だ。
今はトリステインの英霊となってしまたド・ポワチエに元帥杖を送ったこともある。
またアンリエッタが売り払うよう指示を下した風のルビー、これを確保しておいたこともあった。
そんなスーパーサポーターとして高い実力を持つ彼は、やはりモテる。
モテるが最近は少しご無沙汰だった。

「「「ぬぅ……」」」

つまり、彼らはエロスの固い絆で結ばれた仲だった。

「あとアレ、ウチのサイト君の本、アレはないわ」
「あの使い魔の少年ですか。私も趣味ではないですね」
「シュヴァリエ・ド・ヒラガは確かに幼い顔立ちをしている。
しかし、そんな持て囃されるものとは、世間はわかりませんな」

文官はソッチ系の趣味をほとんど持たない。
そういう性癖が必要になるのは武官だからだ。
オスマンは若いころあちこちの戦場でぶいぶい言わせたものだが、ワンマンアーミー状態だったので一人で勝手に戦場を離れ、娼館に入り浸っていた。

「何か新しい境地を求めたいものですが……」
「ガリア、ロマリア、トリステインのことはあらかた調べましたしな」
「残るはゲルマニアかの、たまには褐色の肌も悪くないじゃろ」

オスマンはそう言いながらもあまり気乗りのしない顔だった。
先ほど述べた三国の人はいずれも肌が白い。
その白さに慣れきったオスマンからすると、ゲルマニア人の奔放な性格こそ好ましいが、少し躊躇してしまう。

「難しいのぅ……」
「乳、尻、太ももについても語りつくした感がありますし」
「改めて性格の話をするのも、その、ナンですな」

むむぅ、と再び呻く三人。
場所が場所なので、傍目には国政について論じ、悩みぬいているようにも見える。
だが残念ながら彼らはただの男だった。
いい年したおっさんたち、一人は老人、が中学生のような会話をしているのを他人は何と思うだろうか。

「そうだ」

ガタッ、とデムリが席を立つ。

「どうしたのですかな」

紅茶を飲みつつモットさん。

「何か思いついたのかの?」

クッキーをつまむオスマンさん。

「今まで我らの語ってきた議題、何か足りんと思いませぬか?」
「なにか、か。
いや、私には思いつきません。
オスマン老はいかがですかな?」
「ふむ……若さ、かの」

ある意味彼らは超若い。
デムリは、ノンノン、と人差し指を振り、言い放った。

「衣装ですよ」

む、と二人は目をむいた。

「我々は今までいかに脱がせるか、ということは存分に議論しました。
しかしどうです。
着衣のまま、というのはまだ話しておりません」

デムリは得意げな顔で、王宮に見合わない最低なことをのたまう。

「いやはや、素晴らしいのぅデムリ君。
魔法学院時代から君はいつか、素晴らしい功績を残すと思っておったよ。
その瞬間に立ち会えるとは」

オスマンは教え子の成長に涙した。
デムリはそんな彼の手をとり、固く握りしめる。

「オールド・オスマンの教えあってのことです。
貴方と出会わなければ、今の私はなかった」

出会わなかったほうがよかった、という意見もある。

「スカートが翻った瞬間、白い太ももが見える。
ワシも昔はそんな情景にドギマギしたもんじゃ。
議論が煮詰まった暁にはその現象に名前をつけようで」
「いえ、オールド・オスマン」

モットがオスマンの言葉を遮った。

「私は東方からやってくる商人に、その現象名を聞いたことがあります。
確か、エルフの言葉で……」

モットは一拍置き、呟いた

「チラリズム」



[29423] 第十四話 Thank you, her twilight
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/28 21:07
14-1 ルーレットは回り続ける

――今日はついてない。

才人はモグラへ退化した。
ヴェルダンデに泣きついて、膝を抱えればすっぽり埋まるほどの穴を掘ってもらう。
入る。
嘆く。
モグモグ言ってみる。
背中のデルフはカタカタ揺れるだけで何も言わなかった。
ため息をつけば肺どころか体中から空気が抜け、しぼんだ風船みたいになってしまいそうだった。
彼はむしろそうなりたかった。

――いや、照り焼きバーガーは美味しかった。
焼き鳥も旨かった、厨房のみんなも喜んでくれた。
でも……。

もう一度ため息をつく。
夕日が穴の中にまで差してくる。
彼は最近、といってもここ三日ほどルイズとあまり話をしていなかった。
なにせ忙しい。


――最初は暑いから、授業に顔を出さなくなって。
ジェシカが来て、料理の話して、見送って、怪しい雰囲気を感じ取って。
遅くに帰ってきたらタバサに座られて、シエスタに一時間怒られて、謝ったら部屋をたたき出された。

二日前のことを三行でまとめてみる。

――朝起きたらタバサの部屋で、トリスタニアいって、騒がれて、連行されて、しょうゆみつけて。
スカロン店長に頼み込んでレシピと秘蔵の日本酒モドキももらったんだっけ。

昨日のことは二行。
だが今日の出来事は。

――早朝シルフィードが迎えに来たから乗って帰ったら、部屋の前にナニカあった。
それ片づけて部屋ちょっと掃除して、照り焼きバーガーつくって。
焼き鳥も食べて、訓練して、対抗して、追いかけっこして。
でも空中装甲騎士団とは打ち解けて。
あれ、そんなに悪く、ないか?

良くも悪くも彼はポジティブだった。
いいところを探そう、と言われるまでもなく悪いことを忘れていくので、いいところしか見つけられないタイプだった。
そもそも、ルイズとここ最近話していない、という問題点を忘れている。
クルデンホルフ大公国所属の空中装甲騎士団は、以前水精霊騎士隊と反目していた。
しかし何が幸いするのかわからないこの世の中、才人を追いかける、という目的の中すっかり仲良くなってしまった。
才人・ハントが終われば騎士団代表は「なにかあったら言ってくれ、なんだって力になってやる」と力強い言葉までかけてくれた。

―冷静に考えたら、照り焼きバーガーの時点でプラスもプラス、大勝利だろ。
何に勝ったのかはよくわかんねーけど。
コイツさえあればあと十年は戦える!
うん、やっぱり人生って美しい!!

才人は人間に進化した。
先ほどまでうつむいてモグモグ言っていたのがウソみたいだった。
垂直式に掘られた穴の中から飛び出し、大きく伸びをした。

「んんっ……!」
「やぁっといつもの調子に戻ったな、相棒」

今まで沈黙を保っていたデルフも話しかけてくる。
よくできた男(?)である彼(?)は空気も読める。
男には誰しも一人でいたい時があり、そういう時に話しかけられてもうっとうしいだけだ、と経験から学んでいた。

「おぅデルフ、俺はいつだって元気だぜ」

才人も嬉しそうにデルフに返す。
腰を下ろし胡坐をかいてから、穴の脇に置いてあったリュックサックをあさり、迷わずにひとつ、まるい紙袋をもぎ取った。

「デルフは醤油あんまり好きじゃないみたいだけど、コレはすっげー上手いんだぜ?
一口食うか??」

がさごそ開いた紙から照り焼きバーガーが姿を現した。
ニヤニヤ、というよりはウキウキしながら才人はバーガーにかぶりつく。

「いや……いいよ、相棒。
気持ちは嬉しい、すっげー嬉しいんだよ」
「ほうか?
んぐっ、やっぱ美味しい。
なら、遠慮なく全部食うぜ」

あと、もし次やるなら醤油とやらを拭いてから鞘に収めてくれ、とデルフは嘆願した。
鞘の中はところどころ、黒い液体が付着している。
早く処置しないとトンでもないことになりそうだった。

「……サイト?」
「んぁ、はばは??」

背後からの声に、大口開けてハンバーガーをくわえながら振り返る。
雪風の少女が、その身を黄金に染めながら佇んでいた。
背丈よりも大きな杖を右手に、才人の目をじっと見る。
その視線はつつーっと彼の右手にうつった。

「なにそれ?」
「んんっ、っと、夕食だよ夕食。
ルイズは結局許してくれないし、食堂とか厨房にいけないんだ」

タバサはなおもじっとそれを見る。

「ああ、俺の故郷の味で、照り焼きバーガーっていうんだ。
一口食べる?」

ずいっと才人はそれを突き出した。

――どうしよう!?
このシチュエーションは知ってる、わたし知ってるわ!
ああ、ちょっと幸せすぎて錯乱しちゃいそう!!
タバサ困っちゃう!

十分錯乱していた。
思いがけぬ間接キッスのチャンスにタバサは顔を染める。
自分から謀略をしかける際は、覚悟完了してるタバサさん。
才人から攻めてくるとは思わず、反撃の余地がない相手が実は後方に周って突撃された時のように、混乱してしまう。
それを勘違いする才人。

「ん、いらないか。
タバサもこういうの好きそうな気がしたんだけど」
「ぃぅ、いるっ!」

噛んだ。
金色の光を浴びながら顔は赤く茹っていく。
才人はその様子に微笑ましさを感じて笑ってしまう。

「も、もぅっ!」

タバサは新・必殺技「照れ隠しアタック」を繰り出した。
腕を振り上げて才人をぽかぽか叩く。
シルフィードをオシオキするように、杖を使ったりなんかはしない。
物理的打撃を加えるのではない、精神的打撃を与えるのだ! と指南書に書いていた通りに、タバサは再現を試みる。
からかわれた時などに使う、弱点持ちならば即死級のダメージを負うはずだった。

「ははっ、ごめんごめん」

しかし、才人には全く効果がなかった。
それもそのはず、ハルケギニアで一番ツンデレを扱っている男は伊達じゃない。
ルイズなんか似たような動作を致死性の攻撃にのせて行うのだ。
そういう照れ隠しは命に係わる、と魂の奥底に染みついた才人にとってむしろ違う意味で精神的打撃を受けてしまう。

「おっと」

がくっと膝が折れ、タバサは才人の胸の中に倒れこむ。
彼は避けようともせずタバサを抱きとめた。
そしてはっとして腕をほどく。

「ごめん、反射的にやっちまった」

――むしろもっとやってほしい!!

タバサたんは流石にそこまで言えなかった。
才人の瞳をじっと見る。
彼は視線を逸らして照れ笑いをしていた。
その瞬間タバサは光の速さで考えを巡らせた。
一瞬で脳内タバサ会議が招集され、各人員が席に着く。
五人の二頭身タバサたちが円卓につき、戦略を立てる。

――今こそ押すべき、異論は?

王様タバサが意見を募る。

――ない、体当たりで胸に飛び込む。

将軍タバサが基本方針を示す。

――なるべく強く、かつ痛くない程度に。

軍師タバサが心証を考え補足する。

――ルイズが食堂にいる今がチャンス。

斥候タバサが状況を述べる。

――早食いで出てきたかいがあった。

補給タバサが自分の早食いを讃える。

――今ならシエスタも来ない、押して押して押すべき。

軍師タバサがさらに有利な点を告げる。

――いつまで、どこまでいくべき?

王様タバサが再び問う。

――どこまででも!

四人のタバサの声が重なる。

――反対意見なし、突撃します。

王様タバサが決断する。

タバサ会議は開始二秒で解散した。
むん、と気合を入れて、もう一度彼の胸に、今度は自分から飛び込んだ。
夕焼けで世界は山吹色に染まっている。
背の高い草がさらさらと揺れていた。

――恋愛小説みたい。

とさっと軽い音がする。
才人は食べかけの照り焼きバーガーを落としてしまった。
タバサは彼の背中に手を回す。

「たば、さ?」

才人はなにか、ありえないものを見たかのように固まってしまった。
風がやむ。
時が止まる。
世界に心臓の音しかなかった。

「ん……」

タバサは才人の胸に顔をしっかりうずめ、脱力した。
才人の頭はすでに混乱しきっていて状況が流れるままにまかせている。
このままではよくないことになりそう、でもどうすればいいのかわからない。

「はぁ……」

タバサが大きく息を吐いた。
そして、うずめていた顔をあげ、才人と目を合わせる。
ずれたメガネ、少し乱れた髪、そして夕焼けの黄金と雑じりあって描かれる茜色。
才人は青い瞳から目を離すことができない。
永遠にも等しい時間が過ぎ、タバサは腕をほどいた。

――お、終わりか?

解放される、と才人は安心と残念さが入り混じった気持ちを抱いた。
しかし、タバサは、今度は彼のほほを両手で挟んだ。
瞳に吸い込まれそうになりながら、才人は決して目を逸らすことはなかった。
そして、そのまま手を首へと這わせ、しっかりと抱きしめる。
彼女の顎は右肩の上にあった。

――い、いいぃいいかんですよ、これは非常にいかんですよ!!

ルイズやシエスタとだってこんなじっくりしっとり抱き合ったことはない。
ほかの女性を引き合いに出すことはいかがなものかと思われるのが、彼には余裕がなかった。
そのまま再び時が止まる。
才人は、動けば世界が終ってしまう、という気持ちで必死に自制した。
タバサの柔らかい体が、奈落への入り口のように感じられた。

「サイト……」

タバサの呟き。
きっと意味はない。
だけど、才人は答えてしまう。

「な、なに?」

語尾が跳ね上がる。
情けないほど動揺していて、おそらくそれは彼女に伝わった。
タバサは首に回していた手を、再び彼のほほにあてる。
その光景は人によって評価が分かれるだろう。
ある人は、兄にべったりと甘える妹、と。
ある人は、年上の恋人に抱き着く恋人、と。

「気づいて」

瞳が潤んでいる。

「感じて」

顔が近づいてくる。

「私の、気持ちを」

瞬きすらできない。
反してタバサは目を閉じる。

「私の」「「そぉぉおいっ!!!」」

桃と黒の風が駆け抜ける。
メキャキャッと、才人の首から破滅的な音が響いた。

「ぶろぁああっ!!?」

才人は吹っ飛ばされ、地面を跳ね、たっぷり十メイルは吹き飛んだ。
タバサは頬に添えていた手の形をそのままに、首をギリギリと動かす。

「なんで」
「当然です!」
「なにやってんのよ!」

シエスタとルイズが、肩で息をしながら仁王立ちしている。
なんだかんだ言って仲がいい二人が、口づけをかわそうとする才人(ルイズ主観)の首にとび蹴りをぶちかました。
今彼は仰向けに転がり、口から白いモヤモヤが出かけている。
才人は多分、あんまり悪くない。
敗因は動かな過ぎたことだ。
彼の攻撃力は非常に高いが防御力は紙に等しい。

「なんで!
こんな抜け駆けみたいなこと、したんですか!!」
「恋は駆け引き」

シエスタがタバサに食って掛かるが、彼女は涼しい顔だった。
そして追撃を加える。

「ルイズはサイトを痛めつけすぎる。
それに、私は別に彼が何人愛そうがかまわない。
一番愛を注いでくれるなら、それでいい。
あなたがいても全然おっけー」
「くっ、それは魅力的な提案ですが……」
「なに買収されそうになってるのよ!」

的確に事実をついているのでうまく反論できなかった。
才人に対しては破城槌のごとき強さを発揮したルイズ・シエスタペアだが、思わぬお得な提案をされてコンビ解消の危機に陥っている。
恋は駆け引きで、抜け駆けされる方が悪い。
たとえどれだけ汚い策略でも勝てば官軍なのだ。
それでも、シエスタは欲望を断ち切るように、叫んだ。

「とにかく、ダメです!
ひいおじいちゃんも言ってました!!
戦いは正々堂々仲良くやれって!」

タバサの顔が魔法学院入学当初のものになった。
その目に温度は感じられない。

「そんな戦い、ありえない」

タバサは暗い昏い穴の底で戦い続けてきた。
シエスタはその表情に気圧される。
ルイズは、彼女の境遇に思い当たった。

「奇跡なんて、起こらない」

じりっとタバサがにじり寄る。

「だからこそ、わたしは」

雪風のように冷たい空気。
シエスタとルイズは知らず、後ずさる。

「今日が最後の日でもいい、後悔しないように動く」

二人の横を通り抜け、寝転がっている才人に駆け寄った。

「サイト、起きて……」
「「なぁっ!?」」

タバサは新婚さんのように才人を優しく揺り起こす。
桃黒コンビはただわなわなと震えている。

「ん……タバサ?」
「おはよう、サイト」

夕焼けの中にあっても、向日葵のような笑顔だった。
才人は思わず見とれてしまう。
普段は口数も少なく、表情もあまり変化しない少女の大輪の笑顔、意外にも程があった。
ここでタバサはちらっと二人を振り返り、ドヤ顔を決めた。

「「……」」

びきっと、青筋が走る。

「なんか、あんまり記憶がない……ん、だけど」
「ええ、、とってもいい気分だったと思うわよ、サイト」
「そうですね、きっとあまりに気分がよくって忘れちゃったんでしょうね」

鬼がいた。

「さんきゅー、まい、とわぃらいと」

才人は山間に沈む夕日へ感謝を告げる。
奇跡は起こらなかった。
今日が、最後の日になった。



[29423] 第十五話 モット・ゴーズ・トゥ・バビロン
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/29 21:49
15-1 蝉っぽい味になる予感

「ジェシカぁ、いるかしら~?」
「なぁにぃ、パパ!」

魅惑の妖精亭、店開き直前。
スカロンはジェシカの部屋に入った。

「あなた、今日からこれで店に出なさい」
「え!?」

スカロンが持ってきたのは、ハルケギニアではまずお目にかからない衣装だった。
若草色の大きな布地に、白い太い帯。
ワンピースやTシャツとは違い、首を通すべき穴などない。
袖はゆったり、たっぷりと大きい。
広げればかなりの大きさになり、全身を隠してしまえるほどだ。
どちらかといえばカッターシャツに構造は近い。
しかしボタンなどは見当たらず、このままなんとかして着ようとしても身体の前がモロに出てしまい、いやん、なんてジョークじゃすまされないほどだろう。

「これ、『ユカタ』じゃないの。
なんだってこんな野暮ったいの、店で着なくっちゃいけないのよ」

佐々木家伝来の浴衣である。

魅惑の妖精亭は、男にいけいけごーごーな気分にさせるために露出激しい衣装を採用している。
スカロンなんて身を削って、あるいは趣味か、珍しいタンクトップ一丁だ。
それはさておき、ほぼ肌を覆い隠してしまうような服装は避けるべきだった。
まず客受けがよくない。
目標の一つを潰してしまうのだ、当然チップもいただけない。
そして、従業員の反感を買う。
みな恥ずかしいのを我慢して露出の激しい衣装を身に着けているのだ。
そんな中一人だけ違う和装。
しかも店長の娘。
反感は避けられなかった。

「ジェシカ、あなたの言いたいこともよくわかるわ。
だから、今日は厨房担当よろしくね。
あそこならそんな服着てても誰も何も言わないわ。
むしろ気の毒に思われるかもね」

スカロンは茶目っ気たっぷりにウィンクする。
厨房は常に火を焚いているので暑い。
夏場ならなお暑い。
いくら浴衣が薄手でも汗まみれになってしまうだろう。

「パパ、あたしがホールでないでどうしろ、っていうのよ」

チップレースの期間中だけでなく、ジェシカは店のトップだ。
彼女目当てにやってくる客は多く、その分店の儲けも大きくなる。
彼女を引っ込めるにはデメリットばかりが多く、メリットが少ないように見えた。

「あなた、昨日サイト君の横で料理見てたじゃない。
いくつか再現できるでしょ?
新しい店の料理としてじゃんじゃん出すわ!」
「うっ」

そう、ジェシカは才人の料理を隣で観察していた。
だが観察していたのは料理ではなく、才人自身だった。
しっかりきっちり彼の料理を再現できる自信は全然ない。
でもそんなことを言うのは恥ずかしすぎてとてもじゃないができそうになかった。

「でも、やっぱり売上落ちるわよ。
あたしがホールにいないとお酒すすまないお客さんもいるんだし」
「ジェシカ」

娘の肩に手を置く。
スカロンは母のように優しい眼差しでこの世の心理を告げる。

「男はバカなのよ」
「へ?」

ジェシカは唐突すぎるその言葉にびっくりした。
パパも一応男じゃん、と思いながらも父の声に耳を傾ける。

「いいこと、お気に入りのあの娘の手料理。
どんなヤツでも大枚はたいて買うわ。
むしろあなたが厨房に入れば、その分売り上げが伸びるのよ!!」

ギリギリまで吹っかけるわ! とスカロンはいい声で商人らしいことをのたまった。
なんというか、ガルムを売ってくれた温泉技師とは大きな違いである。
しかしこれはスカロンの建前に過ぎない。
彼は、ただ一人の娘を思いやっていた。

「もちろん、隣でじっっっと見てたんだからできるわよね?
ミ・マドモワゼルはその程度にはあなたに料理を仕込んできたんだから」
「う、うぅ……」

ジェシカは窮地に立たされた。
できない、なんて言えばなんと追及されることやら。
俯き呻くしかできなかった。

「はぁい、決定ね!
じゃあ早くユカタ着て厨房に行きなさい。
ちゃんと着付け方、覚えてるわね」
「そりゃ覚えてるけど……。
やっぱりいきなりホール休むの悪いわ。
そう! 何日か前に告知してからやりましょ?」

この期に及んでジェシカは往生際が悪かった。
スカロンはやれやれ、と首を振り腕で大きなバッテンを作った。

「だめっ!
あなたは今日厨房!」
「うぅう……はい、パパ」

しょんぼりジェシカ。
ドアを閉めると渋々浴衣を身に着けはじめた。
スカロンはジェシカの部屋から離れると、手をほほにあて、息をついた。

「はぁ……わたしも親ばかなのかしらね」

店に出ている以上、娘と他の妖精さんを区別することは本来なら許されない。
反感を呼び、チームワークを乱し、足の引っ張り合いになるからだ。
それでも、スカロンはジェシカに幸せになってほしかった。
母親を失って十数年、親らしいことをマトモにできなかった、と後悔していた彼(あるいは彼女)は、娘の初恋を全力で応援してやろうと決意した。
たとえ従姉妹のシエスタや貴族のルイズが敵にまわろうとも、できうる限りのサポートはしてやるつもりだ。
今回の件も。

――サイト君、ごめんなさいね。

才人が武雄氏と同郷であることはすでによく知られている。
そして浴衣は武雄氏が故郷を思い、記憶を頼って妻と織り上げた、ハルケギニアでは佐々木家以外に存在しない衣装だ。
浴衣を見て才人は何を思うだろうか。

――普通なら、親近感を覚えるわ。
でも今は、今ならもっと攻めることができる。

浴衣を見れば懐かしさからよりジェシカと親しくなるだろう。
普段ならそれで終わるかもしれない。
しかし、今才人はジェシカの護衛を引き受けている。
郷愁を誘う少女と危険な事件にあえば、危険な事件でなくとも緊張感が普段よりも強い生活を強いられればどうなるだろうか。

――この事件、利用させてもらうわ。

スカロンはただ愛娘の幸せのため、鬼になる決意をかためた。
正直見た目は鬼よりもアレだった。



15-2 料理の鉄人・入門編

「えぇっと、サイトはどうやってたっけ」

「まずソースよね」

「ガルムは結構おいていってくれた、量は気にせず使えるってわけね」

「確か、砂糖とニホンシュモドキとガルムだったかな?」

「えっと鍋にいれてことこと火にかけてたはず……」

「どばどばどば~っと、これくらいの分量だったわね」

「念のためメモしておきましょ」

「ん~、表情とか手捌きだけなら思い出せるのになぁ」

「……」

「なし! やっぱ今の独り言なし!!」

「あぁっ、底焦げ付いてる!?」

「うぅ、苦い、焦げ味する」

「はぁ、やりなおし」

「今度はおたまでかき混ぜながらやりましょ」

「あっついな~、髪あげますか」

「そういえばサイトはどんな髪型……」

「っと、あぶないあぶない」

「またかき混ぜるの忘れてたぁ」

「サイトめ、そう好き勝手やらせないわよ」

「って違うわよ!!」

「ん、確かこんなとろみだった」

「お~こんな味こんな味」

「やればできるじゃん、あたし」

「これでサイトにも作ってあげれるわね」

「だから違うのよ!」

「そう、そういうのじゃなくって」

「ほら、サイトって子犬みたいじゃない?」

「だから餌をあげるみたいな、そんな感じ」

「そうそう、そういう理由」

「……はぁ、どうしてこうなっちゃったんだろ」

以上、ジェシカさんの厨房での独り言でした。



15-3 どろり濃厚モット伯

モット伯はトリスタニアの西区、ブルドンネ街近くの貴族街に別宅をかまえている。
虚無の曜日には身分を偽って平民に混じり、通りを散策する趣味をもっていた。

「それにしても暑い……」

生来の性格か、彼は好奇心が強い。
それが派手な女遊びに繋がっていたりもするが、毎回のお茶会を楽しみにしていた。
オスマン老、デムリ財務卿との討論は毎度楽しく、新しい発見に満ち溢れている。
異世界からの本を手に入れたときのような満足感を今回も得ていた。
その良機嫌のまま、王宮に上がるような格式ばった服装でブルドンネ街に来てしまった。
あからさまに高級貴族の雰囲気をまとうモット伯を避け、彼の周りには空白ができている。
それでも日が落ち切らないうちは暑く、彼はどこか飲み物を供する店を探した。

「くっ、ないな……」

あたりを見回してもそれらしき店舗は見えない。
モットは人が流れるままに移動をはじめた。
そして、少し行ったところでひときわ明るい店を見つけた。
平民が多数出入りしており、繁盛しているようで店の中は騒がしい。

「えぇい、あそこでかまわんか」

人の河をかき分け、モットは魅惑の妖精亭に立ち入った。

『いらっしゃいませー!』

さっそく妖精さんの歓待を受けるモット。
意外なことに彼はこのような店ははじめてであり、案内されるがままに奥の座席へ座った。
店の様子が見えないかわりに、ぶしつけな視線を送られることもない。
彼は席の場所にまずまず満足してある妖精に、何か飲み物と軽く摘まむ物を、と注文した。
これにオーダーを受けた娘は困ってしまった。
なにせモット伯の今の格好は街の居酒屋にいるべき人物ではない。
もっと優雅なところにいるべき服装だ。
彼は気を利かせ「店に入ったのは私だ、何も文句は言わん」とだけ言った。
妖精さんは急いで厨房へ駆けて行った。

――ブルドンネ街にこのようなところがあったとは。
私の散策もまだまだ未開の地が多い。
しかし、よくないな。

モットは妖精さんの衣装に注目した。

――露出は多い、ひらひらしている。
だがそれだけだ。

昼に議題として提示された衣装、そこに提示するほどのレベルではに、とモットは判断を下した。
続いて店の喧騒に耳をそばだてる。
先ほども述べたように、彼は平民が利用する居酒屋に来たことはない。
持ち前の好奇心が首をもたげたのだった。

――このようなところで、平民は何を食べ、何を飲み、何を話すのか。

わざわざ奥まった席にいるのに、顔を伸ばして店内を覗き込む。
大半の男たちは小さめの木製のジョッキを手に語り合っている。
時折酔っ払いがジョッキ同士を打ち付ければ赤い液体が宙を舞う。
銘柄はともかく赤ワインを飲んでいるのか、とモットは納得した。
机に並んでいるのも魚介類であったり、牛肉であったり、腸詰であったりと彼の知識を逸脱するものはない。
次に、彼は見覚えのある顔を見つけた。
テーブルに向かい合っている青髪と、茶髪の女性。
銃士隊副隊長のミシェルとその部下だった。
ミシェルがモットに気付いたのか目礼を送ってくる。
どうやら隠密の仕事らしい。
彼はそのまま視線を巡らせた。
ふと、一回り大きなジョッキが存在することに彼は気付く。
しかもたっぷりと汗をかいており、宙を舞う液体も金色をしていた。
大きなジョッキを携える彼らの机には、串にささったよくわからないモノがあった。

「お前、そこのお前だ、少しいいか?」

モットは上級貴族らしい尊大な物言いで先ほどの妖精さんを呼び止めた。

「はい、なんでしょうか?」
「あの連中、今ジョッキを打ち合った連中だ、彼らが飲んでいるのはなんだ?」
「エールでございます。氷室でよく冷やしたエールです」
「氷室で冷やしたエール?」

エールは麦から作る酒で、アルビオンの名産だ。
しかしトリステインをはじめとする空にない国ではあまり人気がない。
モットも飲んだことはあるが、そこまでウマいとは思わなかった。

「では、あの皿の料理はなにか」
「アレは、シュヴァリエ・ド・ヒラガ様の故郷の料理、『ヤキトリ』といいます。
鶏のもも肉を特製のソースにつけこんで焼いたものです」

シュヴァリエ・ド・ヒラガ! と彼は目を剥いた。
昼も若き英雄の話は出ておりなにか因縁めいたものを感じる。
俄然その料理に興味がわいた。

「気が変わった、オススメのものではなくエールと、そのヤキトリというのにしろ。
これはチップだ」

モットは妖精さんの手のひらにエキュー金貨を五枚落とした。
平民の半月の生活費である。
妖精さんはまず手のひらをまじまじと見つめ、モット伯の顔を見て、もういちど手のひらに目を落とした。

「いそげ、私は喉が渇いている」

「それと」モットは言葉を連ねる。

「食事は静かに、というのが私の信条だ。
酌も何もいらん、ただエールと料理を急げ」



[29423] 第十六話 バビロン~妖精の詩~
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/30 08:27
16-1 10倍のなにか

五分もしないうちにモットの前に木製のジョッキと皿が並べられた。

「ふむ……」

皿をじっと眺める。
見たことのない調理法だ。

「どうやって食べればよい?」
「串をもってかぶりつく、とシュヴァリエ・ド・ヒラガ殿は申していましたが……」

なるほど、とモットは頷く。
風習は土地それぞれ、極力そこに合わせた方がいい。
ロマリアに入っては坊主に従え、という言葉もあるくらいだ。
彼はどこか野性的なその食べ方を選択した。

「む」

口に入れた瞬間独特の香りが広がる。

――今までに食べたことのない、不思議な味だ。
しかし、若干とろみのあるソースは決してマズくない、むしろ美味い。
どこか煙の香りを感じるところがまた素晴らしい。
鶏肉を噛めば肉汁があふれ出てくる。

次いで、モットはジョッキに手を伸ばした。
以前飲んだ、苦いうえ後味が口の中にべったり残る感触を思い出す。
ふぅ、と一息つき、一気に飲み干した。
偶然にもそれは美味しいエールの飲み方だった。

――以前のモノとは違う。

モットが以前飲んだエールは輸送状態が劣悪だった。
そのためエール本来の香りが逃げてしまい、コクは酸化によって変化してしまった。

「なんだ、いけるではないか」

冷やしたエールはのど越しもよく、モットは爽快感に満足する。
誰とも話すことなく、誰にも話しかけられることなく食事は続く。
チップをもらった妖精さんはきっちり仕事をしてくれたようだ。

「ふぅ、なかなかのものだった」

モットは彼なりに高い評価を下す。
そして料理人を呼ぶかどうか、悩んだ。
貴族の常識からいえば、料理人を呼び讃えることは、何にも勝る褒美だ。
誰それにお褒めの言葉をいただいた、と言う事実があればそれだけ高く評価される。
しかし、ここは平民の店。
繁盛しているようだし、と彼には珍しく平民を気遣ってしまう。
だが、結局貴族の常識をもとに行動した。

「おい、お前。料理人を呼んで来い」
「え? は、はいかしこまりました」

クレームをつけられると勘違いしたのか、妖精さんは青い顔ですっ飛んで行った。
モットは考える。
なんという賛辞を下賜しようか、と。

――素晴らしい味だった、精進せよ。
うぅむ、簡潔すぎるな。
このエールとヤキトリはもう少し捻ってもいいくらいには私を満足させた。
高い技術と料理に対する探究心が感じられる、また来よう。
うん、これはいいな。
なにより見た目が粗野とは言えども未知の味付け、それに火の通り具合も完璧だった。
しかし、また来ようというのは持ち上げすぎか?

モットがうんうん考えていると妖精さんが戻ってきた。
彼は、ええいままよ、と思いながら料理人に目を向けた。
そして、そのまま目を奪われた。

「あの、お客様?
どうかなされましたか??」
「あ、ああ……」

黒い髪、黒い瞳、なるほど料理人はシュヴァリエ・ド・ヒラガゆかりの者であるようだ。
ただ、何よりもモットの目を引いたのがその服装だった。

――なんだ、この服装は。
今まで見たことがない。
エルフと交易を結ぶ商人に似姿を描かせたこともあるが、違う。
わからん、いったいどうしたらこのような服にたどり着くのか。
しかし、少しだけ見える鎖骨がなんとも……。

「すまんが、君と二人で話したい。
外せるか?」
「はぃいっ!」

妖精さんは飛び上がってまた引っ込んでいった。
黒髪の少女、ジェシカは笑顔で、だが怪訝な目でモットを見ている。

「いや、すまない。
その服装は、どこかで求めたものなのかね?」

先ほどまでの妖精さんに対する態度とは打って変わって優しげだった。
彼は平民は平民である、貴族と並び立つモノではない、と考えている。
だが同時にこうも考える、極稀に下手な貴族とは比べ物にならない人物がいる、と。
ある一点だけでも価値を認めればモットは丁寧に対応する。
ジェシカはそのお眼鏡に適ったということになる。

「これは、曾祖父の故郷の衣装です。
ユカタ、と言って気軽に着るものです。
サイト、いえ、シュヴァリエ・ド・ヒラガ様の故郷でもあるニッポン、その伝統的服装だと聞いています」

モットは鷹揚に頷いた。
そして、ジェシカの手に十枚のエキュー金貨を落とした。

「これが勘定だ、余った分はチップにするといい」

未知の服装を知る。
トリステイン三羽烏による賢人会議と同様の満足感を得たモットは気前よく金を払った。
ここトリステインの飲食店は基本的に料理と引き換えに金が支払われる。
だが、貴族はそれに当てはまらない。
食事後に、自分の認めた価値を払う。
それが元々の値段よりも低ければ平民の間で笑い話になる。
料理人はしょんぼり肩を落として引き下がるしかない。
しかし、素晴らしいと認めれば一部貴族はふんだんに謝礼を払う。
平民が利用する店を使うような連中から言わせれば十エキューきっかり払うのが「粋」であり、最高級の賛辞らしい。
一か月分の生活費で遊ぶもよし、増やすもよし、備えるもよし。
あまり際限なく金を払って身を持ち崩してその店がつぶれるのを避けるため、このような「十エキュールール」が制定された。
言いだしっぺは前マンティコア隊隊長、現魔法衛士隊総隊長ド・ゼッサールである。
もちろんそれは平民の口にも噂に上ることがある。
当然受け取ったジェシカは仰天した。
それでも、にっこりと最上級の笑顔を作り、ジョッキと皿を手に取って席を後にした。
その瞬間、モットは「ライトニング・クラウド」を受けたかのような衝撃を感じた。

――なん、だと!?

今のジェシカは黒髪をポニーテールにしている。
そしてその肌は厨房の暑さのせいでほのかに、桜色に染まっている。
モットはその光景にくらくらした。

――うなじ。

浴衣の首元は洋服のそれと違い比較的自由が利く。
それでも、ふつうに着ればそこは見えないはずだった。
だが厨房はあまりに暑い。
ジェシカは浴衣の肩を着崩して涼を取っていた。
才人が見れば迷わず飛びついたかもしれない。
対してモットは大人だった。

――これが、これが、チラリズムか。
エロフどもめ、メイジ10人分というのは伊達じゃない。

大人だったからこそ、冷静にそのエロスについて考察することができた。
エルフがメイジ10人分というのはその戦闘力であって、別にエロさが一般人の10倍というわけではない。

――なんということだ。
今までの賢人会議では乳・尻・太ももについて存分に議論してきた。
鎖骨についても議題にあがったことはあった。
だがこのユカタという着物はなんだ?
今まで我々が注目してこなかったうなじの魅力を引き出している。
いや、もはやこれは魅了の魔法に近い。

「待ってくれ!」

思わずモットはジェシカを制止した。

「その、ユカタというのはどこで手に入る?
それとも作らねばならないのか??」
「ユカタなら、おそらく手に入れる手段は一つです。
タルブ村の、私の曾祖父の家系が作るしかありません」

モットはうめいた。
普段の彼ならジェシカごと買おうとしたかもしれない。
だが、そんなことを思いつかないほど彼は浴衣の魅力にやられていた。

――素晴らしい!
これがあれば次の賢人会議、活発な議論が期待できる。
それどころかこれをトリスタニアの城下で流行らせれば……。

モットは今のジェシカこそ正しい浴衣の着方をしている、と勘違いしていた。
本来はもう少しかっちりしている。
彼はその邪な野望を感じさせることのない、きりっとした顔でジェシカに言った。

「二百エキュー払おう。
そのユカタを二日、いや、できれば明日の夜までに一着仕立てていただきたい」



16-2 ミシェルの日記

商人子女連続失踪事件の手掛かりを手に入れた。
知らせてくれたのは女王陛下のお気に入り、シュヴァリエ・ド・ヒラガだ。
彼からは格式ばらないでいい、とも聞いているし、報告資料ではないので以下サイトで統一する。
ただ、この日記はいずれ提出する報告書の元になるものだ、手は抜けない。
ターゲットにされている可能性が高い女性。
黒髪長髪、タルブ村出身、背は標準、発育はよい、名前はジェシカ。
魅惑の妖精亭店長スカロンの一人娘であり、店でも一番の娘だそうだ。
見た目は素晴らしい美しさ、というわけではないが、愛嬌があり話がうまいらしい。
容姿は今まで失踪した子女とよい勝負だろう、とアタリをつけている。
ただ珍しい黒髪に誘拐犯が希少価値を感じる可能性は大いにありうる。
油断は一切できない。
罪を犯した私に温情を下さった女王陛下、そして受け入れてくださったアニエス隊長に報いるためにも、今回の件は全力を尽くす。


五時
店開店。
信頼できる部下のステファニーとともに入店。
ステフは喧嘩っ早く口が悪い。
だがそういうところがこういった店の雰囲気に合うだろう。
おそらく私一人では浮いてしまう。

「ミシェル副隊長、これって公費で落ちますかね??」

まだ無理だ、というとヤツは肩を落としていた。
どうやら国の金で遊ぶつもりだったらしい、けしからんヤツだ。
適当に注文する。
私は任務のつもりなので酒を飲む気はなかったが、ステフのヤツに諭される。

「こんな店来て顔赤くしてない方がまずいですってば」

言われてみれば、と思い安ワインを注文する。
あまり酒には強くないがこれも仕事だ、仕方あるまい。
店は開店直後だがある程度にぎわっている。
これはただの勘だが、今のところ怪しいヤツはいない。

「あ、これチョー美味しい」

ステフは周りに気を配ることなく飲み食いしている。

「あからさまに二人ともきょろきょろしてるとまずいですよー。
私が店の入り口側、ミシェル副隊長が奥側をお願いしますね」

いや、見た目に騙されてしまった。
私はどうにもこういう任務に向いていないようだ。
確かに彼女の席からは入り口、私からは奥側が見やすい。
ワインをちびちび舐めながら料理に手を伸ばす。
うまい。
少し変わった味付けだ。

「ぶっ!?」

店に入って一時間もしないうちに、いきなりステフが噴き出す。
汚い。
ワインの染みはなかなか落ちないからそんな興奮しないでほしい。

「も、モット伯ですよアレ。
しかも王宮用の服装着てます!」

店の奥に行ったのは、なるほど確かにモット伯だ。
ある意味これ以上ないほど怪しいが、彼は間違いなく潔白だ。
なぜなら、彼は女を買う際いっそ清々しいまでに隠さない、恥じない、金を惜しまない。
誘拐などという後ろ暗い手段には走らないだろう。
奥まった席に行ったにも関わらずモット伯が顔を出す。
目があったので目礼を返した。
あれで優秀な方だ、これで隠密任務と理解してくれるだろう。
気づけばテーブルの上には白い泡が立った大きなジョッキとよくわからない肉の串が来ていた。

「これ、すごいっす! うまいっす!!
チョームカつく! でもうまいから許す!!」

肉を頬張り、エールを流し込む。
ステフはこれ以上ないほど店に溶け込んでいた。
こういった任務はおそらく彼女の方が適任だ。
見習って私もエールを流し込む。
よく冷えていてうまい、肉もあつくてうまい。
酒に弱い私でもこのエールの冷たさには勝てなそうだ。
しばらく飲み食いを続けていると、ターゲットがモット伯の席へ向かう。
五分ほどたったころ、ターゲットが席を離れる。
同時にモット伯が彼女を追いかけ、何か言い募っている。
無礼討ち、といった雰囲気は感じない。
ひどく興奮している。
やがて何か言質をとったのか彼は珍しく、すこぶる上機嫌だ。
どうやら何かいいことでもあったようだ。
王宮を歩いているときはデムリ財務卿などと喋っているとき以外はむっつり黙っているのに。
今は満面の笑顔だ、子供でもあんな顔をしないと思う。

「副隊長……無邪気な笑顔って、イイですよね」

ステフも店の奥側を覗いていた。
どうでもいいがコイツは趣味が悪すぎる。
モット伯が店を出る。
大体開店から一時間半ほど時間がたっている。
あまり長時間居座っても怪しまれる。
ここらへんで交代要員と入れ替わることにした。

「え? もーちょっとこのヤキトリってヤツとエールを飲みましょうよ」

厳密に言えば、今は勤務時間ではない。
私は真面目すぎる、と文句をよく言われるのでたまには彼女に合わせるのもいい。
それに見張り方を教えてくれる彼女がいなければ明らかに店内で浮いていただろう。

「マジですか!?
明日はじゃあ雨だなぁ……」

失礼なことを言うステフを叩く。
それにしても、酒のせいか暑い。
エールを呷る、冷たくてうまい。
ヤキトリを齧る、熱くてうまい。

「あの、副隊長?」

目の前で誰かが何か言っている。
ヤキトリにかぶりつく、熱くてうまい。

「副隊長ってば~」

熱いうまい。
あつい うま



[29423] 第十七話 Go! Go! Tristain
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/31 19:01
17-1 オクレ兄さん

「うぅむ、そちらはどうだ」
「はい、やはり間違いないようです」

あと二時間もすれば陽が沈むであろう時間。
こちらトリステイン王国財務省の執務室。
家具がなければ非常に広い部屋だが、日本の一般的なデスクの三倍ほどもある机が並んでおり、パッと見は狭く見える。
机の上には数々の羊皮紙、書簡、書類が山と積まれていた。
部屋の窓際には大きな鳥かごがあり、伝書鳩部隊が出番を待っている。
時間にゆとりがある時なら職員だけでなく、デムリ財務卿も鳩がくるっぽーと喉を鳴らしたりうろうろしたりするのを鑑賞して楽しむ。
が、今はまったくゆとりがなかった。
金銭的な意味で。

「「「「お金がない」」」」

三名の幹部とともにデムリ財務卿はため息をつく。
さきほどから皆で収支の計算を行い、あまりに低い収入に驚き再計算し、ついでにもう一度計算した。
その結果、ほぼ同じ値が得られている。

「やはりアルビオンでの敗戦が問題か……」

トリステインはアルビオンに勝利した。
それが公的な見解ではあったが、人の口に城壁はたてられない。
ましてや兵の慰撫のため大勢の商人が城の大陸に渡ったのだ。
そこで見た光景は、お世辞を重ねに重ねてもう一つオマケしても大敗だった。
アルビオンの英雄、シュヴァリエ・ド・ヒラガがいなければどれだけの命が失われたか。
それを理解した大商人は、半年に一度の税の納付を渋った。
貴族が偉いのはなぜか、万が一の時には肉の壁になるからだ。
その義務がアルビオン戦ではほとんど果たされなかった。
これは国内にいても貴族がいざとなればトンズラかますのではないか、と疑念を抱いた国内有数の大商人たちは遠回しな抗議を決意する。
あれこれ理由を並べて納付期間が過ぎても税金を滞納している。

「一ヶ月以内に納められなければ、下級貴族の年金が払えんぞ」

幹部たちも困ったように顔を見合わせた。
しかも具合の悪いことに諸侯から納められるべき税金すら届いていない。
皆戦争で台所事情は火の車、待ってもらえるならいくらでも待ってほしいのだ。
大商人の税金さえ納められればギリギリの線で持ちこたえられる。
最悪中の最悪はクルデンホルフに頼ることだが、これ以上貸しを作るのは危うかった。

「どうしましょうか、財務卿」
「儂に言われても困る」

う~ん、と男四人で顔を突き合わせる。
ふと、商人事情に明るい幹部が閃いた。

「商人に便宜を図ってはいかがでしょうか」
「便宜、と?」
「はい、今回の納付遅れは明らかに貴族の義務を果たさなかった、逃げ腰の男色趣味のくそったれ武官どもが悪いです」

彼はナチュラルに毒を吐きまくる。
まわりは当然気にも留めない。
どこの世も武官と文官は仲が悪かった。

「そこで、商人がうまく利用すれば稼げるような法案を通すのです」
「それはいかん。
悪しき前例となってしまう」

言っていることは一理ある、一理あるが危険すぎた。
次もまた同じように納付を渋られる可能性が跳ね上がってしまう。

「そうですね……私からは他の案が出ません」
「そうか」

むむむ、と再び唸る男四人。
今度は、平民事情に明るい男が声を上げた。

「パレードですよ!」
「パレード?」
「そうです、一応ガリア戦役も終わりました。
でも国を挙げての公式行事はまだ行っていません。
祭りとなれば民の財布も緩みます」
「ふむ……機会はやるから勝手に稼げ、というわけか」

ギリギリのラインだった。
大商人の顔を立てつつもそこまで譲っているわけではない。
デムリは「それしかあるまい」と頷いた。

「では儂はこの件を女王陛下に上奏した後帰宅する。
諸君らも、今日はもう休みたまえ」
「「「はっ」」」



「女王陛下に財務省の案件で上奏に来た。
今は、問題あるかね?」
「いえ、ありません、どうぞ」

アンリエッタの部屋の前に控える二人の衛士隊隊員が大きな黒樫の扉をノックし、「ド・デムリ財務卿閣下、ご入室!」と声を張り上げる。
デムリはドアノブに手をかけ、部屋に入った。
アンリエッタは寝室と執務室を兼用している。
それはどうなのだろう、とデムリは思うが、彼女が主張するには移動時間の短縮らしい。
扉をくぐった彼は、立ち込める香に顔をしかめた。
その香を彼はよく知っている、年ごろの娘の部屋で焚くようなものではない。
天蓋付きベッド以外には色んなモノが積み上げられた机しかない殺風景な部屋。
デムリはベッドで俯せに倒れている意外を通り越してありえない人物を見て、仰天した。

「マザリーニ枢機卿!?」

デムリよりもおそらくアンリエッタのスーパーサポーターとして働いている男、それがマザリーニ枢機卿だ。
彼はただひたすらトリステインに忠誠を誓い、あらゆる手段を国家のために尽くしてきた。
その功績はデムリもよく知るところだ。
働きすぎて頬がこけ、白髪も増え、たまにぷるぷるしている。
実年齢が40過ぎであるにもかかわらず、見た目は60を越えようかという老人に見えるともっぱらの評判だ。
それが女王陛下のベッドで寝ている。

――まさか、マザリーニ枢機卿はロリコンだったのか!
だから可愛らしいアンリエッタ姫をサポートしていた。
そしてとうとう我慢できなくなったのか!!
なんという聖職者だ!
うらやましい……いやいや、けしからん!!

デムリは憤慨した。
マザリーニはたまに「姫様やめてやめてやめてそれ以上無理」と寝言でうなされている。
お世辞にも幸せな寝顔とは言えず、拷問を受けながら眠りにつきましたー、と言われたら納得できるほど苦悶に満ちている。

――そんなにもヤッたのか!?
女王陛下のお姿はここ五日間ほど見ていない。
まさかその間ずっと……儂もそんなことされたい!!

冷静に考えれば、衛士が通した以上そんな艶々した出来事はあるはずがない。
しかし、デムリ財務卿は疲れていた。
何度も何度も計算しまくって疲れていた。
その時、机に積み上げられた書類の一角が崩れた。

「うふ、うふふ、うふふふふ……」
「女王陛下ーーー!!?」

なにかトリップしてらっしゃるー!!
ガビーン、とデムリは衝撃を受けた。

――まさか枢機卿とのプレイで精神に異常を!?
いや、寝言的には女王陛下の方が積極的だったはず。
いいなぁ、若くて積極的な女性は。
儂もアンアン女王とぬちゃぬちゃしたい。

彼はそろそろ不敬罪で首チョンパされてもいい。
心の中だけのことなので彼を罰することはおそらく彼以外誰にもできないが。

「あら、デムリ財務卿。
なにかありまして?」
「いえ、その、マザリーニ枢機卿は、何を?」

思わずデムリは「すいませんごめんなさいでした」と謝りそうになった。
今のアンリエッタはすごい。
まず顔色すごい、もう土気色、いつ死んでもおかしくない。
そして隈、化粧でがんばって隠してるかもしれないが、控えめにいってパンダみたい。
そして今デムリと喋りながらふらふらしてる、首が座ってない。
あと視線、視線が一定してない、普通の人には見えない何かを追いかけてそうに見える。
それにこうして話している間にもどんどん机の上の書類をとっては目を通してサインをしている。
有体に言ってしまえば、デスマーチだった。
部屋に立ち込める香は強壮効果をもたらすものだし、机の上には水の秘薬の空き瓶がエノキ茸のように立ち並んでいる。

「彼はだらしないわね。
まだ仕事徹夜四日目だというのに朝食前にいきなり倒れたりして。
仕方ないから衛士に頼んでベッドに放り込んでおいたわ」
「それは、また……」

ナニこの女王こわい、とデムリは思った。
流石の彼も三日間徹夜すれば倒れるどころか、死んでしまいそうだ。
それを彼より、見た目的にも体の中身的にも、遥かに老いているマザリーニはがんばったのだ。
朝から今まで、ということは十三時間近くは眠り続けている計算になる。
心の中で黙とうした。



さて、なぜアンアン女王陛下はこんなにもがんばっているのか。
それはきっと、彼女がある意味幼いところからきている。
彼女は信頼できる部下を求めている。
中でも実力、物言い、まっすぐさから、親友であるルイズ嬢の使い魔、平賀

才人はピカイチの物件だ、と目をつけていた。
だが彼はまっすぐすぎる。
なんとか彼に国家、もっと言えばアンリエッタに対する忠誠心を植え付けようと考えた。

――普通の人なら、どうすれば忠誠を誓うかしら?
やっぱり嬉しいことをされれば恩義を感じる、はずよね。
でも、前に渡したお金もあんまり使ってないようだし、あんまりお金には興味がないみたい。
平民、ということは爵位とか土地あげれば超喜ぶわよね。
決まり! 首輪つけるためにもなんとか爵位と土地を授与しましょう。
首輪……首輪もいいわね、今度ルイズに言ってサイト殿につけてもらいましょ、うふ。

この女王陛下は実にダメだ。
実はタニアリージュ・ロワイヤルで行われる演劇『走れエロス』を強力にプッシュしたのは彼女だ。

――素敵じゃない!

と、すんごい良い笑顔で通した。
ウェールズ王子が没して以来、彼女は若干倒錯的な趣味を持ちはじめた、あるいは覚醒した。
それはさておき、ここで問題になるのが反対勢力だ。
彼女の中でも強大な敵は二人、母と枢機卿だ。
実の親であるマリアンヌ太后と、第二の父といっても過言ではないマザリーニ枢機卿。
この二人は絶対に、格式がどうの歴史がどうの言って反対してくる。
彼女は一計を案じた。

――きっと政務をがんばったら認めてくれるわ!

日本の子供が母親に「次テストで100点とったらゲーム買ってよ!」というのと変わりなかった。
最近政務に励んでいるとはいえ、彼女は箱入りお嬢様。
あまり世間の道義だとか道理は理解してなかった。
そして極端な人だった。

――完徹ぶっ続けで五日間仕事すれば認めてくれる! 気がする!!

付き合わされたマザリーニは、もうなんとも同情しかできない。
手始めに彼女は、計画実行数日前からアニエスさんを魔法学院に追いやった。
完徹なんて彼女に知られれば、ねっちねちねちねち小言を言われるに違いない。
それに、よく我儘に突き合わせている隊長殿も、たまには羽を伸ばしてもらいたいと思っていた。
その隊長殿は余計に苦労しているとはアンリエッタもさすがに知らない。
そしてマザリーニとともに引き籠った。
読みに読んで、わからないところはマザリーニに聞きまくって、ひたすら仕事をぶっ続けた。
しかし、上奏されてきた案件はいくらたまっているとはいえ、四日間も缶詰になっていればかなり片付く。
時折挟まれる会議の案件も終わりが近い。
机の上の山は彼女の努力の成果だった。
あと小一時間もすればすべてに片が付きそうだ。

「さて、とはいってもわたくしも乙女。
そろそろ寝ないとお肌がすぐに荒れちゃいますわ。
なるべく手短にね」
「はっ! 陛下、終戦パレードをお願いします」
「パレード、ですか」

デムリは頭がかっくんかっくん揺れているアンリエッタにきっちり説明した。
大商人の税金納付が遅れている、ということには「うふふ」とヤバげな笑みを浮かべるだけだった。
だが土地持ち貴族の税金納付が遅れている、ということには「……コロス」と小さく呟いた。
デムリは「儂納付しといてよかった」とちびりそうになりながらも思った。

「まぁ、わかりましたわ。
そうですね、急な話になるけど一週間後、ブルドンネ街をわたくし自ら出ましょうか。
ガリア戦役で唯一矢面に立った水精霊騎士団に連絡しておかないと。
彼らならお金もかかりませんし」
「陛下、お言葉ですが、ブルドンネ街を使うのは難しいかと。
あそこは露店でいっぱいですし、その露店を無理やり撤去すればいらぬ反感を買います」
「では、露店が引っ込む夜にしましょう。
ダエグの曜日(虚無の曜日の前日)なら夜遅くても問題ないでしょう。
進行など、諸々のことはよきにはからってください」
「はっ、では失礼いたします。
くれぐれもご自愛ください」
「それができればもう寝てるわ」

デムリの切実な言葉に、アンリエッタはより切実な言葉で返した。
でも彼女はある意味事項自得だ。
部屋を退出したデムリはよし、と頷いて、結局執務室へ戻ることにした。



[29423] 第十八話 月のまーがれっと
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/31 14:38
18-1 酒場で格闘ドンジャラホイ

「ちょ、ちょっとぉ、困ります~!!
ミ・マドモアゼル困っちゃいますぅ~!」

酒場の華とは何か。
人は言う、多様な酒だと。
またある人は言う、多岐に渡る料理だと。
さらにある人は言う、見目麗しい妖精だと。
しかし、ここトリスタニアでは、現代日本では想像もできないようなモノが華となる。
喧嘩だ。

「青髪に五スゥだ!」
「なら俺は茶髪に六スゥ出すぜ!!」

魅惑の妖精亭、ここで喧嘩をするヤツらはほとんどいない。
喧嘩をすれば次から出禁を食らうし、腕っぷし=モテると直結しないことをよく理解しているヤツらも多いからだ。
しかし、今は実際に客が喧嘩をしている。

「よくもやったな!!」
「あんたいっつも固すぎるんだよ!
チョームカつく!!」

平民がもみ合っている。
ヤツらの服の下には鍛え上げられた筋肉がある、ということを皆直感的に理解していた。
直接的な殴り合いには発展していない。
いかに関節をとるか、相手をねじ伏せてマウントポジションを取るか、ということに終始している。
それでも観客にとっては十分で、すでに金を賭ける者までいた。
むしろガチ殴りじゃなく終始有利な体勢をとろうとしているため、逆に動きがぬるぬるしているというか、こう直線的ではなくって曲線的な動きがアレだというか。
二匹の蛇が牙を使わず戦っているようだった。
当然そんな動きをしていれば色んなものがめくれたりしてくるわけで。
パンツルックなミシェルちゃんと違って、ステフちゃんはスカート装備なのでさらにピンチ!
すでに幾人かの紳士が床に這いつくばってすんごくがんばっていた。
彼らは時折もみあった二人に踏み抜かれるが、イイ笑顔で沈んでいく。
二人の格闘が続く中、ヴァイオリンの音が近づいてくる。

「話は聞かせてもらった!」

いきなり妖精亭のウエスタンドアが蹴り開かれた。
現れた男は異様な姿をしていた。
まずヴァイオリン、なぜか腰だめで弾いている。
そして髭も髪も黒く、伸びるに任す、といった風情でボサボサだ。
黒髪はタルブ村出身の証と言っても過言ではない、ないけどそんな定説をこの時ほどスカロンは恨んだことがない。
あんな異様な男は親戚にいない、というかタルブでも見たことがない。
次にデコが広い、コルベールより結構マシ目程度。
何より服装が不思議だった。
大都会、トリスタニアでは見たこともないような衣装。
田舎の農民がしているかな……いや農民でもしねぇよあんなカッコ。
一番正しい表現は「森の妖精(っぽいもの)」だ。
腰だめのヴァイオリンをゆらゆら揺れながら弾き狂っている。
しかも無表情。
正直関与したくない手合いだった。
その男の登場で酒場の空気が変わる。
最初は気まずげにみんな固まっていた。
ぬるぬるもみ合っていたミシェルとステフもかたまっている。
だが、男のヴァイオリンが奏でる旋律のせいか、次第に熱気があふれてくる。

「なんか、なんかこう、やべぇな……」
「ああ、やべぇ、ダメだってわかってるのにやべぇ」

それはいかなる魔法だったのか。
森の妖精(仮)はその音楽をもって、酒場に狂気を降臨させたのだ!

「やっぱあんたチョームカつくんだよぉお!!」

バキッ、と今までにない音が響く。
ステフがミシェルの顔を殴った。
これに、ミシェルがキレた。

「てめぇもオゴリって言った瞬間高い酒頼んでんじゃねぇよ!!」

ボグッ、とミシェルが腹に強烈な一撃をいれる。
吹き飛ばされたステフは周りの客を巻き込んで派手に倒れこむ。
酒場にカオスが顕現した。

『ヒャッハァーー!!!!』

机に飛び乗ったり椅子を振り回したりジョッキを投げつけたりやりたい放題である。
誰かが最終兵器お父さんであるスカロンをブッ飛ばした。
なぜ暴れるのか。
誰も知らない。
ただ彼らは後日きっとこういうだろう。

『むしゃくしゃしてやった。今は反省している』



「ちょっとアンタらナニやってんのよ!!?」

あまりにうるさいので厨房からジェシカが飛び出してきた。

『……』

酒場の時が止まる。
ジェシカは絶世の美人、というわけではない。
街を歩いていればたまーに見かけるかな、俺でもなんとかがんばればいけるかな、という容姿である。
しかし、今の彼女は日本の最終兵器・YUKATAを着用している。
頬は厨房の暑さで上気しており、うっすらかいた汗で肌がいつもよりしっとりしているように見える。
いつもは下ろしている長い黒髪をポニーテールにして結い上げ、髪の生え際は雫となった汗で輝いている。
若草色の浴衣は確かに地味だが、白い帯が清楚さを引き出している。
異国風の和装はどこか高貴な印象すら与えた。

『天女だ……』
「は?」

男どもは拝みだした。
よくわからないけど拝みだした。
酒場を満たしていた混乱は去り、後には酔っ払いの死体だけが残る。
ヴァイオリンを弾いていた男はいつの間にか姿を消していた。
あ、あとミシェルとステフは出禁食らいました。



18-2 才人の豆知識

桃黒さんたちにのされた才人は、ルイズのベッドに気が付いた。
あたりはすでに暗くなりはじめており、魔法のランプがゆらゆら部屋を照らしている。
何も声はしない。
体を起こした。

「サイト、起きたの?」

心配そうな声がかかる。
ぼんやりと顔を向ければこれまた不安げなルイズの姿があった。
すでに入浴をすませたようで、パジャマに身を包んでいる。

「あぁ、今起きたけど、うん」

才人が見た最後の光景は、二人の極上の笑顔だった。
それから何があったのか……きっとひどい事件があったに違いない。

「シエスタは今おしぼりを取りに行ってるわ。
あんたが、あんまり寝てるもんだから心配してたわよ」

心配するくらいなら、ツープラトンキックとかやらないでほしい、と才人は思った。

――しかし、これはチャンスと言えばチャンスだ。
最近ルイズとコミュニケーションをとっていない。
コイツ、やきもちやきだからたまにはしっかり相手してやらないと。

ふと、才人は考える。
レモンちゃんやらにゃんにゃんやらをいれなければ、ルイズに愛の言葉を囁いたことは片手の指で数えられるくらいだ。
ここは最近仲睦まじいギーシュ・モンモンペアを見習って、それらしい言葉をかけてやれば、ルイズも喜ぶのではなかろうか。
そう思い至った彼は、心の中で頷く。

「ルイズ、話があるんだ」

才人は床の上に正座をする。
石で造られた部屋で正座は、正直痛い。
でも彼はマジメな話をするつもりだった。
真剣に思いを伝えようと思った。
だからこそ、きっちりした格好をしたかった。

「な、なによ、サイト。
いきなりあらたまって」

ルイズはそんな彼の姿勢を見て身構える。
何か真剣な話があることを本能的に感じ取っていた。
頬がだんだん赤らんでくる。
期待が胸を満たしていく。

「実はさ……」
「うん……」

――ルイズに好きだって言いたい。
でも、恥ずかしい……冷静に考えたら恥ずかしすぎるッ!!

ド直球な告白をかまそうと決意していたのに才人はチキった。
彼は元々平凡な日本人高校生。
告白なんてルイズにしかしたことないし、愛の言葉を囁くなんて恥ずかしすぎる。
シャイボーイ・才人はノリとテンションと勢いがなければ一介の、ちょっと内気な男子高校生に過ぎないのだ。
恥ずかしすぎて、誤魔化すことを選択してしまった。

「俺のいた日本じゃ、月にうさぎが住んでるっていうんだぜ?
他の場所だったら蟹とかバケツを運ぶ少女とか。
ハルケギニアではそんなのない?」
「はぁ?」

今のわたしには理解できない、といった顔でルイズは聞き返す。

――い、今才人はすっごい真剣な表情してたわよね。
それが、なんだっていきなり月の話になるのよ!
サイトのいた世界じゃ月の話ってそんなシリアスになるものなの!?

著名な文人は愛の告白を「月が綺麗ですね」と訳している。
そのくらい月というのは美しく、儚く、うつろいやすいものだと日本では評価されていた。
もちろんハルケギニア代表ヴァリエールさん家のルイズちゃんにはわからない。

「さ、さぁ……わたしは聞いたことないわ。
タバサがそういうのに詳しそうね……」
「そ、そっか」

――あああああ! わたしのバカ!!
なんでよりにもよってタバサにパスしちゃうのよ!?
あの子ちっちゃいナリして最近は危険すぎるじゃない!

――なんで俺はいきなり月の話なんてし出すんだ!?
違うだろ! 愛の言葉だろ!!
いつものレモンちゃんとかじゃない、真剣なヤツ!
ギーシュを思い出せ……。

「ルイズ」
「ひゃぃっ!?」

――跳ねた。
このピンクっ子超跳ねた。
すごい、まるで釣り上げてすぐの魚。
鮮度抜群、もー刺身でいただくしかないね!

才人にカニバリズムな趣味はない。
いただくとは勿論レモンちゃん的な意味だ。
彼はルイズの両肩へ手をやり、そのまま窓の外、夜空を見上げる。

「月が、綺麗だよな」
「え、えぇ、そうね」

――あれ、通じてないのか?

「え、えっと、ルイズ?」
「な、なによさっきから。
月の話ばっかりしちゃって」

まったく通じていなかった。
それもそのはず、ハルケギニアにかの文豪は存在しない。
才人は何を思ったか、意味を説明しだしてしまう。

「俺の世界って、言葉がいっぱいあるんだ。
「うん……」
「それでさ、俺が使ってたのは日本語ってヤツなんだけど。
英語っていう、多分世界で一番使われてる言葉があったんだ」
「なんで、それに統一しないの?」
「わかんね、多分歴史とか、そういうのだと思う。
まぁ違う言葉を自分の使う言葉になおすことを翻訳っていうんだ。
それで、その、『月が綺麗ですね』っていうのは……」

ここまで言っておいて、彼は猛烈に恥ずかしさがこみ上げてくるのを感じた。

――って、なんで俺はこんなこと説明してんだよ!?
自分のはずしたギャグを解説するよりきっついぜ!!

知らず顔が紅潮していく。
今なら額でお湯を沸かせそうだ。

「それで、『月が綺麗ですね』ってどういう意味なの?」

ルイズはなんとなく、うっすらと才人の意図を理解した。
それは赤くなった彼を見て確信に至る。
でもフォローはしない。
せっかくの機会だから、彼自身から甘い言葉を囁いてほしかった。
にゃんにゃんとかじゃない、全うな言葉が欲しかった。

「その、『月が綺麗ですね』っていうのは……」

ぬぐぐぐぐ、と才人は呻く。
ルイズは彼の様子を見て胸を満たすナニかを感じた。

――やっぱり、なんのかんの言ってサイトはわたしが好きなんだ。
大丈夫、きっと信じていられる。

才人がすっと目を合わせてくる。
吸い込まれそうなほど深い、黒い瞳だ。

「『月が綺麗ですね』っていうのはっ!」
「ミス・ヴァリエール、おしぼりとついでに紅茶も持ってきました」
「きゃぁぁああああ!!!!」
「べぶらっ!?」

才人、叫ぶ。
シエスタ、入室する。
ルイズ、殴る。
才人、吹っ飛ぶ。

「えぇっ!
ミス・ヴァリエール何をなさるんですか!?」

ルイズははっと気づき、後悔した。
才人の愛の言葉に胸が高鳴り、顔が近づいているときにいきなり入室してきたシエスタ。
照れ隠しに思わずパンチを叩き込んでしまった。
あんたは空気読め!! とルイズは彼女を睨みつける。
しかし、逆にシエスタにぎろん、と睨み返された。

「ミス・ヴァリエール、ミス・タバサじゃありませんが、あなたはサイトさんを殴りすぎです!
サイトさんがこれ以上頭弱くなっちゃって、女の子に節操がなくなったらどうなさるんですか!!」
「うぅ……すいません、ごめんなさい」

今のシエスタはマンティコアを従えそうなくらい怖い。
ルイズは貴族なのにごめんなさいと謝ってしまった。

「もう今夜は任せておけません!
サイトさんはわたしと一緒に使用人の部屋で寝てもらいます!!」
「そ、それはダメ!」
「あぁ!?」

シエスタ睨む、超怖い。
ルイズはチワワのようにぷるぷる怯えて縮こまってしまった。
その隙にシエスタさんは才人の首根っこつかんで部屋から出て行ってしまった。

「なんで、どうしてこうなっちゃうのよー!?」

キィーッ! とハンカチを噛んで悔しがるルイズ。

「そりゃ娘っこが悪いと思うぜ」

カタカタデルフが震える。
空に輝く双月は、綺麗だった。



[29423] 第十九話 Beautiful evening with you
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/01 18:04
19-1 ノスタルジア

――シエスタと月が俺を見下ろしてる。

二日前の昼と同じ光景だった。
頭の下も同じように柔らかい。
ただ違うのは、気温と時間と、シエスタ。
空にお日様が輝いていないこの時間帯は流石に涼しく、時折囁く風が心地よい。
そして、才人は目を見開いた。

「サイトさん、気がつきましたか?」
「シエスタ!?」

思わず跳ね起き、シエスタをまじまじと見つめる。

「ミス・ヴァリエールったらひどいんだから……。
って、サイトさん。そんな見つめられると、ちょっと恥ずかしいです」

ぽっと頬を赤らめいやんいやんと手をあてるシエスタ。

――可愛い。
いや、違う違う、そうじゃない。

「それ、ひょっとして……」
「あ、やっぱりサイトさんもご存知でしたか。
ひいおじいちゃんがひいおばあちゃんに頼み込んであつらえてもらったそうです。
ユカタ、って言うんですよね」

サイトは知らないが、魅惑の妖精亭で今働いているジェシカと同じ、草色の浴衣姿のシエスタがちょこんと正座していた。
その前にサイトはあぐらをかいて座りなおす。
その間も視線はシエスタにくぎ付けだ。

「あ、ああ、知ってる。
知ってるも何も、俺の国の服だし」
「じゃあ、こっちも知ってますよね、はいっ」

じゃーん、と言いながらシエスタが手渡してきた服も、もちろん才人は知っている。
暑い夏場はTシャツ短パンよりもこれを着た方が幾分か涼しい、と感じる。
シエスタの浴衣と同じ、草色の甚平がそこにある。

「これ、これ、いいの!?」
「ええ、サイトさんに着てもらうために暇を見てせっせと繕いました」

いらないなんて言われたらショックです、泣きます、とシエスタ。
才人に持たせて火の塔の影まで彼を連れ込んだ。

「はい! 向こうで待ってますから着替えてきてくださいね」

なるべく早くしてくださいね、と言ってシエスタは来た道を戻っていった。
残された才人は手元の甚平に目を落とし、パーカーを脱いだ。
下着以外は全部脱ぎ捨てて甚平に袖を通す。
前を合わせ、紐は蝶結びで括る。
麻の肌触りが懐かしかった。
用意のいいことにシエスタは雪駄も手渡してくれた。
日本にいたころは雪駄なんて、履いたこともなかった。
ビーチサンダルとほとんど変わんないな、と足を通す。
甚平、雪駄の完全な和装才人が完成した。

「シエスタ、着替え終わったよ」
「はいはい、まぁ!
やっぱりサイトさん素敵ですね。
よく似合ってますよ」

パーカー、ジーンズを適当に畳んでシエスタの元に戻る。
彼女は、お揃いですね、なんて嬉しそうに言った。
黒髪の、浴衣姿の少女が微笑む。
それは、才人の心の栓を、決壊させてしまった。

「うっ、うう、くっ……」
「サイトさん!?」

シエスタはいきなり泣き出した才人に目を丸くする。
彼は袖でゴシゴシ目を拭うがあふれる涙は止まりそうにない。
手に持っていた服は落としてしまっている。

「俺っ、俺この間までは、ぜんっぜん、平気だったんだ。
なのに、母さん、母さんからのメールでっ、もう、懐かしくって……。
疲れてた……かあさん、母さんは、あんな顔、見たことなくって……」
「サイトさん……」

シエスタは自然、才人の手を強く引いた。
膝をつき倒れこむ才人を、その豊かな胸で慈しむように、抱きしめた。
左手を背中にまわし、右手は黒髪を撫でる。
浴衣の胸元が濡れていく。

「もう、ダメなんだ。
さみしくて、なつかしすぎて……ッ。
割り、切れねぇよ。
ルイズは、ルイズ、ルイズは大事なのに……!」
「……」

しゃくりあげながらシエスタに心情を吐露する。
そこにアルビオンの英雄も、虎街道の英雄も、ガンダールヴもいない。
ただ故郷を、家族を失った少年がいた。
シエスタは優しく、優しく彼を抱きしめ、髪を梳く。

「なのに、さいきん、日本のこと、ばっか、かんがえてて。
つらいんだよ……!
俺、こんなところで、友だちも、守るヤツも、できたけどさ……!
日本のこと、ぜんぶ、すてるなんて、できねぇよ……!!」
「サイトさん……」

シエスタは瞳を閉じて、彼を撫でる。
ゆっくり、ゆっくりその心を解きほぐすように。

「サイトさん」
「……」
「わたしが、抱きとめてあげます。
あなたの寂しさも、弱さも、全部受け止めます」
「シエスタ……?」

シエスタは才人の肩に手を置いて引きはがし、目を合わせる。
彼が見上げたその瞳は、決意に燃えていた。
肩越しに、双月が煌々と浮かぶ。

「わかってるんです。
サイトさんが、心の根っこではミス・ヴァリエールのことしか見てないって」
「……」
「でもいいんです。
ここまで育っちゃった気持ちを捨てるなんて、わたしにはできません。
もう決めちゃいました。
たとえ傷ついたって、酷い目にあったって、もう、戻りません」

言い切ると、シエスタは才人と唇を重ねた。

「んっ……」

――あ、したはいってる。

才人はとりとめもなくそんなことを思った。
意味もなく息をとめてしまう。
シエスタの後ろには冴え冴えとした月が見える。
その輝きを見惚れていたのか、才人は彼女のされるがままになっていた。

「「ぷはっ」」

二人の口を銀の橋がつなぐ。
それは細くなり、やがては切れた。

「だから、わたしの居場所も、少しは残しておいてくださいね?」

黒髪の少女は微笑む。
それは月明かりの下で、目を離せば消えてしまいそうなほど儚い笑みだった。



しばらく才人は呆然としていた。
シエスタは急に恥ずかしくなってきたのか、視線を彼の顔から外す。
どんどん顔が熱くなっていくのを自覚していた。
やがて才人はのっそりと立ち上がり、くるりと後ろを向いて、叫んだ。

「イェーーー!!」
「!?」

そして走り出す。
芝生の上を犬がはしゃぐように転げまわる。

「イェーーー!!!」

立ち上がり、月に向かって腕を振りかざす。
両腕を真上に突き上げる。
その寂しさを振り切るかのように、全力全開で叫んだ。

「アウイェーーーー!!!! イェァーーーーー!!!!!」

力尽きたように背中から倒れこんだ。
どんっと鈍い音とともに草がぱらぱらと宙を舞う。
その切れ端を風が運び、やがて地面に落ちた。
シエスタは、この人大丈夫かしら? と不安げな目で見ている。


「サイトさん?」


「ありがと、シエスタ」

草を払いながら才人は立ち上がる。
そしてシエスタを見つめてにっこり笑う。

「寂しいし、懐かしいのは確かだけどさ。
女の子にあそこまで言われちゃ元気出すしかねぇよ」

その笑顔にシエスタはきゅん、とときめいてしまう。
胸にあふれだす感情のままに彼女は才人の胸に飛び込んだ。
才人はそれを抱き留め、腕を背中に回す。
強く、しっかりと抱きしめて、感謝の気持ちを伝える。

「俺、シエスタに会えてよかった。
本当に、感謝してるんだ」
「……サイト、さん」

空には変わらず白いお月様たち。
群青色の空にぽつぽつと浮かぶ小さな灰色の雲は、風が早いのかすぐに形を変えていく。
世界に二人しかいないような、静かな夜。
少年と少女の影はいつまでも一つに……。

「はなれて」
「「え!?」」

一つではいられなかった。



19-2 ピンクの悪魔

「ちょっろ、ひいへるの? ひゅるけ~」
「はいはい、聞いてるわよ」

この子、めんどくさっ! とキュルケは思う。

――昨夜お酒であんなひどい目にあったのにまた飲むなんて……。
学習能力がたりてないのかしら?
それともこの子実はドMでひどい目にあいたいとか??

すごく失礼なことを考えながら、キュルケは目前に座る少女を見る。
木製のコップに注がれた赤ワインを舐めるようにして飲む少女、ルイズ・(後略)である。
先ほどシエスタの声がしたと思ったらこの部屋にやってきたのだ。

「それって、結局あなたが悪いんじゃないの、ルイズ」

諸般の事情によりブドウジュースを飲みながらキュルケは返す。
結局ルイズが悪い、今回はその一言に尽きる。
せっかく才人が勇気を振り絞って愛の言葉を囁こうとしているのに。
メイドが入ってきて驚く、ここまではいい。
そのあとグーパン顔面に叩き込むのないわ、とキュルケは思う。
関西人のように、ないわ、と思ってしまう。

「れも、れも~、あんなろきに、はいっれこなくれも……」

アニエス隊長のところに突貫した昨日ほどひどくはないが、ルイズもべろんべろんだ。
顔がゆでだこのようになっている。

「にしても『月が綺麗ですね』か。
サイトの国には素敵な言い回しがあるのね、ハルケギニアのどの国よりも奥ゆかしいと思うわ」

派手な身なりをしているがキュルケは淑女のたしなみとして様々な芸術に触れ親しんでいる。
その中には当然詩もあり、彼女はかなりの知識を蓄えていた。
しかしそんな遠回しな表現で自分の気持ちを伝えることはない。
ハルケギニア人はストレートだ。

――ロマリア人の口説き文句なんて、サイトの国にいけばむしろ浮いちゃうわね。

昨今の日本ではストレートに言われたい女性が増えているらしい(未確認情報)なので一概にそうとは言えない。
それはさておき、自分の部屋で飲んだくれるのはやめて欲しかった。

「ほら、明日もまた授業があるんだし、もう寝なさいよ」
「……や!」

子供のように駄々をこねるルイズ。
見た目と言動が一致して、キュルケは苦笑してしまう。

「ほらほら、いい加減もう飲まないの」
「ぅ~~」

キュルケは窓を開けてコップに残る赤ワインを捨てる。
水差しからぬるい水を注ぎ、ルイズに手渡してやった。
その時、叫び声が聞こえた。
それが続くこと四回。

「あら、こんな時間に誰かしら?」
「ぅう~~」

ルイズはコップの中を見ながら唸っている。
先ほどあけた窓から外を見下ろし、パタンと窓を閉めた。

「さ、ルイズ。もう寝ましょ?
寝つけないなら添い寝してあげるわよ?」
「ぅ??」

これ以上ないくらい優しげな笑顔でキュルケはルイズの手を引く。

――アレはまずい。
あんなのルイズに見られたらまた癇癪起こすに違いないわ。

キュルケが見たものは、抱き合うシエスタと才人だった。
しかもすごくしっかりと抱き合っていた。
むしろ恋人にしか見えなかった。
彼女はルイズをベッドに引きずり込み、軽く抱きしめてやる。

「はいはい、寝ましょうね~」
「ぁぅ……」

背中を一定のリズムでとんとん叩く。
そのリズムが心地よかったのか、ルイズはすぐに眠ってしまった。

「はぁ……サイトったら、仕事増やさないでよ」

今度何か奢ってもらおう、いや、あの『始祖の降臨祭・初恋風味』をジャンと二人に振舞ってもらおう。
そう考え、やがてやってきた睡魔に身をゆだね、眠りに落ちた。



19-3 大岡裁き

「いやです!」
「はなれて」

二人を引きはがそうと、タバサはシエスタを引っ張る。
シエスタはシエスタで引きはがされまいとより強く才人にしがみつく。
なんというか、モテモテだった。

「あの、お二人さん?」
「「あなたは黙ってて!!」」
「……はい」

男はこういう時弱い。
才人君は何も言えなかった。

「あなたはずるい」
「どこがずるいんですか!」
「正々堂々って言った」
「う……」

タバサは見た目幼い。
見た目だけではなく実年齢もシエスタより3つも下だ。
そんな子どものじっと訴えかけるような視線にシエスタお姉さんは弱いのだ!
タバサは次に才人を見る。

「それに……わたしは抱きしめてくれなかった」
「う!」

今度は才人をじっとりと睨む。
彼は一応(?)ルイズのことが好きなので、ほかの女の子は極力(??)見ないようにしているのだ!
だがその努力が実ったためしはあまりなさそうだ。

「とりあえず、わたしの部屋まで来てもらう」
「だーめーでーすー!」

タバサはさらに才人の腕をとる。
シエスタも才人の腕をとっている。
ひっぱる。
結果、痛い。

「痛い痛い痛い!」
「はなしてください!」
「あなたこそ!」

さらに引っ張り合う。
結果、超痛い。

「痛い痛い痛いイタイイタイ!!」
「彼のことを真に思うなら、手を放すべき!」
「それはミス・タバサも同じこと!」
「俺のために争わないで! ワリと切実に!!」

ぐだぐだな引っ張り合いはその後三十分にわたり続いた。
結局シエスタと才人はその晩、タバサの部屋で眠ることになった。



[29423] 第二十話 嘘吐きガイコツ
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/03 04:31
20-1 調理法・不明

「というわけで、昨日は大変だったのよっ!」
「へいへい」
「あ、聞いてなかったなこいつっ」

魅惑の妖精亭厨房、今日も今日とて才人はジェシカの買い物に付き合っていた。
昨夜大変だったのは才人も同じだ。
結局あのあとタバサの部屋で寝ることになったが、なんだかいつもと違う匂いにくらくらしてあまり眠れなかった。
今日も寝不足だ、と才人はひとりごちた。

「それに、昨日は銃士隊の副隊長なんて人が来て、暴れて行ったんだから。
あんまりにもひどかったから出禁にしちゃった」
「マジぽん!?」

――ミシェルさんなにやってんだよ~!
いや、あの人そもそも短気っぽいし……もともと無理系だったのかな?
まぁ、でも違う人が来るよな、きっと。

きっとミシェルさんはあんまり悪くない。
派手になった元凶は森の妖精さんだ。
妖精さんのメロディは酒飲みを狂暴化させる作用があるのだ。
あとで詰所によることを決意して、才人は皮袋から食材を取り出す。
黄色の粒粒した野菜。
にょろにょろした魚。
そして、ずっしりと手に重い麻袋。

「あら、また料理?」
「ん、今日も料理、あのタレ使って作れそうなもんはいろいろ試してみる」
「あ、昨日ヤキトリってヤツすっごいウケたわよ。
その銃士隊副隊長が一人で十本も二十本もむしゃむしゃ食べてたわ。
あの冷えたエールとあうみたい、エールも五杯は飲んでたかな」
「へぇー、ウケたんなら何よりだ。
今度はねぎまとか、塩味も作るべきかな」
「あと、モット伯が来てたわ」
「モット伯!?」

シエスタの件を思い出した才人は冷や汗を垂らす。

――あのおっさんが例の犯人じゃないだろうな?

「でもなんか噂ほど女にギラギラしてなかったわ。
あたしのユカタ見て、二百エキューで仕立ててほしいって。
前金で百エキューも置いてったわ」
「に、にひゃくえきゅぅ!?」

浴衣一枚にポン、と出せるような金額ではない。
流石にモットは金持ちだった。
ふと、才人は疑問に思ったことを聞く。

「ユカタって、シエスタと同じヤツ?」
「あら、知ってたんだ。
そうよ、色合いも何もかも一緒」
「へぇ、昨日見せてもらったんだ。
あ、甚平もらったんだよ!
もーすっげー嬉しかった、俺シエスタ大好き!!」
「そ、そう……」

――サイトって、確かまだルイズの恋人よね?
あの子、意味を教えてないんだ。

ジェシカの好きな、すごいキラキラした瞳で笑う才人。
そんな彼を見ても彼女は冷や汗しか浮かばない。
浴衣や甚平は、シエスタさん家でしか作れない。
売るものでもないのでそんな頻繁に仕立てたりはしない。
そして他人においそれとあげるようなものでもない。
では、どのような時に渡すのか。

――未来の旦那に渡せ、って言われてるんだけど。
教えてあげた方がいいのかなぁ。

佐々木家の血族に連なるのだから、甚平くらいは持っておけ、とはひいおじいちゃんの言葉らしい。
タバサの黒さに感銘を受けて、シエスタさんは家族の力を使って外堀を埋めに来たようだ。
もしタルブ村で甚平に袖を通す機会があれば、才人はすごく歓待されるだろう。
婿的な意味で。

「それに、スカロン店長の持ってないレシピも見せてくれるって。
今度タルブ村にいってくるよ。
折角だから、箪笥の肥やしになってる甚平も何着かくれるって」

――ああ! シエスタに何があったのかしら!?

誰の影響を受けたのか、どんどん強かになっていく従姉妹を思ってジェシカは戦慄いた。

「でも甚平はホント嬉しい、寝巻にしてたから、懐かしい」
「ユカタは着ないの?」
「うん、温泉行ったときにアメニティであったヤツ着たけど、甚平の方が好き」
「あら、そうなの。
昨日の騒動のあとで衣服屋にユカタ量産しないか、って言われて受けたんだけど。
サイトには関係なさそうね」
「え、マジで!?
トリスタニアで浴衣が見れる、ってうれし……。
いや、なんかガイジンがユカタ着てるちぐはぐな感じになるのか?」

天女としてなぜか拝まれたジェシカにあのあと近づいたものがいる。
ロマリア系の衣服屋だ。
どうやらユカタを売れると踏んで、今度仕立て方を買いたい、と言ってきたのだ。
モット伯とは関係のないところで着々とトリスタニア時代劇村化計画が進んでいく。
才人は鍋に少し茶色いアンチクショウをぶちまけた。

「ん~、ちょっと色がくすんでるというか、玄米系?
てか一合の量り方も、水の量すらわかんねぇ」

そう、彼が手に入れたのは米だ。
東方からやってきたらしい。
非常に高価で、一掬いで同じ量の黄金と等価、と言われた昔のコショウほどではない。
しかし中くらいのコップ一杯で三十スゥもした。
これは大体平民一人の食費二日分にあたる。
それを才人は気前よく袋で購入した、三エキューである。
最近の彼は食道楽になりつつある。

「よし、米は食いたいけどよくわかんねぇ!
ちょっと保留だな」
「あら、折角買ったのに食べないの?」
「うん、調理法はわかるけど具体的な水の量がわからないから。
高かったし、食べ物で遊ぶともったいないお化けが出るっていうしさ」
「お化け?」

ビクン、と厨房の奥で座っていた青髪の少女の肩が揺れる。
今日は珍しくタバサも同行していたのだ。

「ああ、もったいないお化け。
モノを無駄にしたり、食べ物を残したりすると出るんだって」
「……ウソ」
「や、ホント。
俺の国では毎年何百人ももったいないお化けに出会ってる。
すんげー怖くて気絶しちまうらしいぜ?」

才人は懐かしい気持ちでいっぱいになった。

――召喚当初はこうやってルイズをからかっていた気がする。
それにタバサはリアクションが小動物系で、なんか可愛いんだよな。
今もなんかぴくっぴくっ、てなってるし。

才人はほっこりした。

――もったいないお化け……!
わたし、モノを無駄にしたり、食べ残しとかしてない、だいじょうぶ!
大丈夫だよね……?

タバサはガクブルした。
そんな二人を見てジェシカは、やれやれ、とため息をついた。

「ま、ウソだけどな」

ニカッと才人は笑う。
まさに悪戯が成功した子供の笑顔だ。
タバサはむっとして杖を振り上げ、ゆるゆると力なく下ろした。

――怒っちゃダメよシャルロット、あなたは強い子。
それよりもこの機会を利用することを考えなさい。
ほら、目の前に敵がいるのよ?

タバサはジェシカを見る。
胸元をじっと見る。
明らかに敵だった。

――タバサ、出る!!

才人の胸元にしがみついた。
そしてちらりとジェシカを盗み見る。

――アレは明らかにむっとしてる。
やっぱり胸だけじゃなくわたしの騎士様を狙う敵だわ。
この泥棒おっぱい! むしろおっぱい泥棒!!

タバサは、ガリア王族の発育が悪いのは誰かに吸い取られているせいだ、と信じていた。
考えてみてほしい。
女系の王族は現在ガリア、トリステイン、アルビオンにそれぞれいる。
ガリアの王族はシャルロット、イザベラお嬢様の二名。
残念ながらぺったりしている。
トリステインは白百合ことアンリエッタ女王陛下。
Ohモーレツ! というレベルのお胸様だ。
では、アルビオンは……?
そんな胸革命知りません! とタバサはキレた。
これらの傾向を見ると、虚無を継ぐ王家の血筋はバインバインにならなければおかしい。
つまり、それを邪魔する存在がいる、と彼女は結論付けた。
王家の血を引くヴァリエール家の人たちのことは意図的に無視した。

「ははっ、よしよし」
「サイト……ずいぶんその子と仲が良いのね」

才人がタバサを撫でてやれば、ジェシカがむすっとした声をかける。
明らかに嫉妬している様子だ。
タバサは胸中でほくそ笑んだ。

「ああ、タバサって小っちゃくて可愛いじゃん。
なんつーか妹みたいで」

妹みたいで……。
妹みたいで……。
妹みたいで……。

タバサは自分の足元がガラガラと崩れていくような感覚を味わっていた。
そう、才人は抜けている。
タバサは今まで味方がほとんどいなかった。
それを体を張ってエルフまで撃退せしめた勇者が現れた。
そんな存在がいきなり出てきたらどう思うだろうか?
普通は好意を抱くだろう。
それが男女の仲なら恋に落ちても仕方がない。
だが、決定的に、タバサの外見はずいぶんと幼かった。

――今までタバサはほとんど味方も、家族も心を狂わされていなかったんだ。
こんなちっちゃい子なのに今まで苦労して。
だから、きっと俺のことをお兄ちゃんみたいと思ってるんだ。
なら兄貴としてその期待に応えてやらないと!
惚れられる? そんなのイケメンたちの特権だろ??
それにタバサみたいなちっちゃい子に何を考えてるんだ!

残念ながら彼は抜けていた。
さらに実年齢を知らず、大体十二、三歳くらいだと思っている。
ここ最近のタバサのアプローチは激しくあわや陥落寸前にまで追い込まれることもあった。
しかしその外見年齢が彼にストップをかけたのだ。
そしてディフェンスに定評があまりなかった心の安全弁が「これ、兄に甘える妹じゃね?」と発動する。
才人はあっさりそれを受け入れた。
タバサがわなわな震えていると、ジェシカと目があう。
ふっ、と勝ち誇った顔をされた。
今まで自分がするケースばかりだったタバサは、非常にいらっときた。
それを才人は勘違いした。

「ほらほら、そんな不機嫌顔すんな。
今旨いモン作ってやるからさ~」

そういって才人は黄色の粒粒野郎どもを三本網に乗せ、火にかけはじめた。

「それは、ナニ?」
「んー、これなー。
焼きトウモロコシってんだ。
昔屋台でじっと見てて作り方覚えたんだ。
なんか、くじびきとかよりもそういうのが好きだったんだよ」

だから大体の屋台料理は作れる気がする、と才人は言った。
鼻歌までしながら上機嫌だ。
タバサはなんとなく、才人の背中にべちゃっと張り付いた。

「はははっ、タバサは軽いな~」

――ま、まったく意識されてない!
この前の夕焼けのがんばりは無駄だったの!?

その時のことは、不幸な事件によって才人の記憶から消し去られている。
今の彼にとってタバサの張り付きは、まさに妹が兄に甘える図式だったのだ。
タバサの肩がチョンチョンと叩かれる。
振り向けば偉く勝ち誇った顔のジェシカがいた。

「そういえばジェシカ」
「なぁっ!? な、あによ?」

そこに才人が声をかけた。
顔はじっとトウモロコシに向けられている。
そのままぽつりと何気なく話しかける。

「俺、なんか迷惑かな?」
「そ、そんなことあるはずないじゃないのっ」
「いや、今日のジェシカから、なんか距離を感じてさ。
俺の気のせいだったらいいや」

んーもーちょい、と言いながらさらにトウモロコシをころころ転がす。
ジェシカは意外なことを言われて少し固まってしまった。
確かに、彼女は才人から少し距離をおくようにしていた。
それはほかでもない、彼女の従姉妹のためだ。
これ以上近づきすぎればおそらく完全に惚れてしまう、という確信をもっていた。
だから辛くても今は少しだけ距離をとろう、と思っていたのだ。
しかし、才人は思いのほか鋭かった。
好きとか嫌いが関係なければ、人の感情の機微には多少勘づくようになったようだ。

「ま、あんまりベタベタしてたらシエスタにも悪いでしょ。
だから少しだけ距離をとってたのは認めるわ」
「あ、なるほど。
ごめん、俺そーいう距離感はすっごい疎いんだ。
ジェシカが気を使ってくれると助かるかも。
でも、俺はジェシカと仲良くしたいから、変に意識しすぎないでくれよな」

いや、でも俺が好きなのはルイズなんだよ!? と才人はのたまう。
ジェシカは自分の胸の痛みを感じた。
ぽっかりと空いた胸に風が吹き込むような。
あるいはチクリと刺すようなそれは、どうすれば治るのかはわかりそうにもない。
タバサも腕に力をこめて、ひしっと張り付いている。

「よーし、刷毛刷毛。
このタレをどわーっと塗って、と」

厨房内にタレの焼ける香りが立ち込める。
タバサがくいくいと才人の袖を引っ張った。

「もーちょい待ちなさい。
あとちょっとでできるんだから。
ウナギの方はよくわからんけど……いや、安かったし焼くだけ焼くか」

――確かに匂いはいい、いいけれど。

ジェシカはどこか、寂しさを覚えていた。



[29423] 第二十一話 Hot Hot Kiddie
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/02 22:20
21-1 フレイムのお料理教室

「俺は~ヒラガ・サイトー不死身なおとーこさー」

時々のびちゃう、ってかのされちゃうけどな! と才人はウキウキしている。
それもそのはず彼の背中には、今待ちに待った日本人には欠かせないアンチクショウがいる。
これから厨房のマルトーを訪ねて炊飯方法を一緒に考えるのだ。

「んっふっふっふっふ~、いやーテンションあがってきた!!」

いぇーい、とノリノリで阿波踊りっぽいダンスを踊ってみる。
廊下を歩くケティ嬢と目が合う。

「あ、いえ……その、すいません」

謝られた。
死にたくなった。

「でも大丈夫、お米があるもん!」

再びノリノリで歩き出す。
なんというか、懲りない男だった。

さて、才人は焼きトウモロコシを振舞ってから魅惑の妖精亭を出た。
勿論帰りには詰所に立ち寄った。
ミシェルから詳細な話を聞くためだ。
ところが、彼女の話は珍しく要領を得ない。

『いや……モット伯が帰っただろ。
そのあとステフと少し飲んでたんだ。
でも、なんでだろうな、何でああなったのかはよくわからん。
間接の取り合いに終始していたときは意識があったが……。
ヴァイオリンが聞こえてからは正直、覚えてない』

才人は「太陽のせいですよ」とすごくいい笑顔でミシェルをねぎらった。
彼にもそうやって魔がさすことが多々ある。
今度ヤキトリを好きなだけ焼くことを誓わせられ、逆に今夜も違う隊員を派遣することを約束され、詰所を出た。
そのままシルフィードに乗って、魔法学院に戻ってきたころにはお昼前だった。
タバサとはすぐそこで別れた。
彼女は「戦略の見直しを……」と呟いていたが才人は首を傾げるだけだった。
罪深い男だ。
しかし、テンションのあがりきった彼は奈落の底に突き落とされた。

「お、米か。
ボイルしてサラダに使うくらいしかわからんぞ」
「なん……だと……?」

そこからの記憶はない。
どうやってか、気づけば厨房を裏口から出て木陰に座っていた。

「あ、っと夕食時だからまだ厨房忙しいか」

生徒の使い魔がもさもさ裏口前に集まっているのに時間を悟る。
先ほどのことはナチュラルにスルーした。

――きっと親方も夕食前で忙しいからあんないじわる言ったんだ。
ちゃんと暇なときに行けば一緒に考えてくれるっさ!!

少し待つか、と空を見あげる。
今日もまた、いい天気だった。
茜に染まる空には、心なしか雲が多い気はする。
一雨降れば涼しくなるかな、なんて才人はひとりごちた。
その間、なんとなく麻袋の中に手を伸ばしてお米の感触を楽しむ。

「むふ、むふふふふ」

完全に変質者だった。
口はだらしなく歪み、涎が溢れている。
目は、ここではないどこか遠くの世界を見ているのか、焦点が合ってない。
そんな才人にのしのし近づいてくる影がある。

「どぅふふふふ……って、フレイムじゃんか。
お前も飯待ちか~」

ぽんぽんと自分の隣を叩く。
のっそりとフレイムはそこに巨体を横たえた。

「見てくれよフレイム~。
お米だぜお米?
羨ましいだろほれほれー」

才人は両手いっぱいのコメをフレイムの目の前にちらつかせる。
実にうっとうしい人間だ。
フレイムがそう思ったのかはわからないが、彼はのっそり立ち上がる。
そしておもむろに才人の手を、口に入れた。

「あちゃーー!!?」

サラマンダーは尻尾が燃えている。
当然体温も高い。
口の中もまた然りである。

「あっつ! あっつぁ!!
おま、フレイム、ナニしてくれてんだよ!?」

才人は瞬時にフレイムの口中から手を引き抜いた。
流石に大やけどを負いそうになってまでお米は確保できなかった。
うう、俺の米が食われた、と嘆く。
そんな才人を後目にフレイムは鼻から猛烈な勢いで蒸気を噴出していた。
ふしゅーふしゅー、と蒸気とともに広がるにおい。

「え、あの、フレイム先生?」

ぎろり、と才人を睨むフレイム。
爬虫類系の目は怖い。
才人は思わず縮こまった。

「いえ、なんでもないです、はい、ボクモグラなんで……」

才人が勝手に卑屈になっている間にも蒸気は出続ける。
一分ほど待ったか、フレイムはべろっと茶色い粒粒を吐き出した。

「ま、マジぽーーん!!?」

つやつやした玄米ご飯がそこにはあった。
そこに、というのは芝生の上なのである意味もう台無しではあったが。

「え、ちゃんと炊けてる。
流石に食う気はおきないけどこの柔らかさは炊けてる!
すげぇ! 意味わかんねぇ!! ファンタジーなめんな地球!!」

ひゃっほーい、と天高く腕を突き上げて雄たけびを上げる。
フレイムはやれやれ、といった面持ちで才人を見ていた。

「ちょ、フレイム口の中見せてよ。
どんな構造になってんだ?
なんか遠赤外線とか銅とかそっち系なの??」

フレイムの口をこじ開け中を見る才人。
彼(彼女?)はすんごいイヤそうな表情をしている。
才人は知る由もないが、サラマンダーの口中は熱い。
そして彼らも当然水分、唾液を分泌している。
つまり、彼らの口は蒸し器のようなものなのだ。
さらに唾液の消化酵素とか、火のエレメンタル的な何かがいい感じに作用し、驚異の速さで炊飯を実現できたのだ!
吐き出したのは、消化しやすいようとりあえずアルファ化してみたものの、お口にあわなかったからだ。

「んー、見た感じふつーの爬虫類系なのか?
いや、ワニの口とか見たことないけど。
ふつーに粘膜系だ、金属とかじゃないよな」

でもこれ応用できねーなー、とぶつくさ言いながらさらにフレイムを弄り回す。
才人はそのまま口内に顔を突っ込んで無遠慮に観察し始める。
いい加減邪魔になったのか、フレイムはそのまま口を閉じた。



21-2 燃えよ杖・上

「サイトの声がしたような……?」
「ルイズ、ここにいたのかい」
「ギーシュ?」

アルヴィーズの食堂、夕食時。
自分の席へ向かうルイズを引きとめたのは、微かに聞こえたような気がする才人の叫び声、そしてギーシュ・ド・グラモンだ。
彼はモンモランシーを伴ってルイズに話しかける。

「サイトは見なかったかい?」
「サイト……朝から見てないわよ」
「あら、とうとう愛想つかされたの?」

ギーシュの問いは、むしろルイズ自身が聞きたいことだった。
モンモランシーの笑いを含んだ声にルイズはきっと睨みつける。

「そんなこと、ないもん」
「あらま、またいつもの恒例行事ね」
「そう言わないであげなよ、僕のモンモランシー。
彼らはこうやって絆を確かめあっているのさ」

僕らのように確かな絆を作ろうとしているんだよ、と気障ったらしくギーシュは続ける。
それに少し、ほんの少しだけ頬を染めるモンモランシー。
少し前までの彼女なら軽くあしらっていた。

「あら、あんたらなんか……雰囲気変わった?」
「やはりわかるかい?」
「そんなわけないでしょ!」

さて、こういうケースではどう考えればいいか。
ルイズは思考を巡らせる。
あ、どうでもいいわ。

「そ、じゃあ良いわ。
わたしお腹すいてるの、じゃあね」
「「少しくらい聞かないの!?」」
「正直な話ね」

自分の席へ向かおうとしていたルイズはくるっと二人に向き直る。

「うん、ワリとどーでもいいわ」
「そ、そう……」

モンモランシーは意外と残念そうな顔をしている。
仕方なく、心優しい貴族であるルイズさんはフォローしてあげた。

「仕方ないわね。
ご飯の後だったら聞いてあげるわ。
でもあなたの、多分惚気話は、わたしにとって晩ご飯よりも価値のないものなの
わかるわよね?」
「「……」」

フォローじゃなかった。
むしろこれは挑発だ。
でも仕方ない。
彼女は王位継承権第二位とかヴァリエール公爵家とかそんな感じで偉いのだ!

「ま、まぁルイズ。
サイトを見かけたら水精霊騎士隊駐屯所で待っている、と伝えてくれないか」
「見かけたらね。
じゃあまたあとでね」

モンモランシーとギーシュはすごく微妙な顔で尊大な少女を見送った。

「アレは、いらついてるわね……」
「そうだね、正直怖かった。
見てくれよ僕のモンモランシー、足が震えて言うこと聞いてくれない」

がたがた揺れる自分の足を指さして言うギーシュ君。
そんな情けない恋人の腕を、モンモランシーは抱きよせた。

「もう、シュヴァリエがそんなんじゃカッコつかないわよ。
ただでさえ水精霊騎士隊はサイトが隊長、って言われてるのに」
「いや……彼が実質上の隊長なのは僕も認めているんだが」
「もうっ、しゃきっとしなさい男の子!」

ばしん、とモンモランシーが強めにギーシュの背中をたたく。
すると不思議なことに彼の足はピタリと止まった。

「やっぱり、僕には君が必要みたいだよモンモランシー。
見てくれ、さっきまでみっともなく震えていた足も、君が勇気をくれたおかげでなんともない」
「はいはい、調子のいいことで。
わたしたちもご飯食べるわよ」

きゃっきゃ、うふふ、といった雰囲気で去っていく二人。
その背後を窺う者たちがいた。

「どう思われますか、カウボーイ」

柱からひょっこりレイナール。

「アレはいかんぞ、なぁ微笑みデブ」

机の下からのっそりギムリ。

「あんの薔薇野郎……く、くくくくく」

天井からふわり、と降り立つマリコルヌ。
水精霊四天王マイナス一名だ。
周りの生徒はぎょっとした。

「では、昨日思いつきで制定した『隊中法度』に従い処断を行おうか」
「ああ、誰よりも隊長が規律を守るべきだ」
「ふふふふふ、薔薇野郎の分際がぁ……!!」

隊中法度とは、暇を持て余した三人が、なんとなく思いついたことを詰め込んだルールブックである。
適用範囲は水精霊騎士隊のみ。

一、女王陛下に背きまじきこと。
一、隊を脱するを許さず。
一、イチャつく男を許さず。

この三つからなる簡潔な決まりだ。
一番目はレイナール。
これは水精霊騎士隊の存在意義だから、という彼らしい真っ当な理由だ。
二番目はギムリ。
なんとなくコレつけときゃカッコよくね、という雰囲気重視の彼らしいてきとーな理由だ。
無論最後の一つはマリコルヌが付け足した。
では、ブリジッタという彼女がいる彼自身はどうなるのか。

『ブリジッタとぼくはね、何か違うんだよ。
イチャつくとかイチャつかないとか、そういう次元じゃないんだ。
ぼくはね、ただ、あんな風に青春っぽく……爽やかにラブってるヤツが許せねぇんだよぉ!!』

とのことである。
ただの僻みだった。
しかし、隊規は隊規だ。
これが隊長、副隊長を通さず、昨夜なんとなく暇つぶしに決定されたものでも隊規なのだ。

「さて、処罰内容を決めていなかったが、どうする?」
「決まってるだろ、ジョーカー。
こういう時は微笑みデブが決めるもんさ」

そう言ってマリコルヌを見る二人。

「そうかい?
ぼくが決めちゃっていいんだねやっちゃっていいんだね……!!」

ああ、ギーシュの運命やいかに!?
次回に続く!



21-3 夢の国から

「お、ギーシュにモンモンじゃん」
「おお! 探したよサイト。
水精霊騎士隊に新たな任務が下ったのさ。
あとモンモン言うな」

ルイズの力を借りることなくギーシュは才人を発見できた。
なぜか才人の顔は赤面とか、甘酸っぱい系ではなく非常に赤かった。

「ちょっ、サイト、君火傷してるじゃないか。
しかも、こんな広範囲の顔って……なにをしていたんだい?」
「いや……好奇心に負けたというか、好奇心は猫を殺しちゃったんだよ」
「? 意味わかんない。
まあお金もらうけど手当してあげるわ」

そのままモンモランシーがペタペタ秘薬を塗るに任せてぼーっとしている才人。
気を取り直したギーシュは意味もなく薔薇を振りかざしていった。

「水精霊騎士隊に新たな任務が下ったのさ!」
「さっき聞いたよ」
「なに、仕切り直しというヤツだ」
「ちょっと動かないでよ」

ニヤリ、と笑う。
才人はギーシュの機嫌がいいことを見抜いた。
そして、この分だとコイツの名誉やら何やらを満たす任務だ、と推測する。

「いや、任務はいいけど安全なんだろうな?
前みたくいきなりロマリアで聖戦とかイヤだぜ」
「安心したまえ。
これは重要だが、危険性はほとんどないといってもいい。
何より、水精霊騎士隊の名を知らしめるのにピッタリな任務だよ」

ああ、女王陛下はぼくたちのことを考えてくれていらっしゃる、と陶然とした表情で語るギーシュ。
才人の手当てを終えたモンモランシーは、やれやれ、と肩をすくめた。

「……あれ、モンモンってそんな感じだっけ?」
「だからモンモンって……あなたもルイズと同じこと言うのね」
「やはりわかってしまうんだよ、ぼくのモンモランシー」
「いや、どうでもいいから流してくれ、任務の話しろ」
「「そんなとこまで同じ!?」」

がびーん、といつぞやの財務卿のようにショックを受ける二人。
才人は心底どうでもよさそうな顔をしていた。

「まぁ後でたっぷり時間を取って、お互いの理解を深め合う必要がありそうだね」
「ない、はやく、しろ、おれ、ねむい」
「そんな片言で言わないでくれよっ」

よよよ、とギーシュが才人に泣きつく。
モンモランシーは「さっさと話を進めなさい」と言わんばかりの顔だ。
ギーシュは気を取り直して薔薇を振りかざす。

「今度の任務は、パレードだ。
月の輝く美しい夜に、ブルドンネ街を行進する。
先頭には女王陛下、その次にはぼくと才人が並ぶんだよ!」
「パレード?」

才人はエレクトリカルなパレードを連想した。

「電飾なんて持ってないぞ?」
「デンショク??」
「よくわからないけど、この話題はやめたほうがいいわ」

夢の国から徴税官がやってくるわ、と金銭に関しては抜群の嗅覚を誇るモンモランシー。
電飾ではない、ではなんだろう。

「パレードって、歩くだけ?」
「……どうだろう、実はぼくも詳しいことは聞いていないんだ。
先ほど伝書鳩が来てね、詳しくはラーグの曜日(虚無の曜日の四日後、平日のど真ん中)に王宮まで、とのことさ」
「へぇー、季節がら花火大会でもやればいいのにな」
「花火大会?」
「前に花火、って話しただろ?
その中の空に丸い火を打ち上げるっていったヤツ、打ち上げ花火を何百発も、多いのだと何万発かな、打ち上げるんだ。
それを見るときは浴衣とか甚平って服着て、屋台が出て、すっげー楽しんだぜ。
花火は綺麗だし、この季節のデートって言ったら多分それだ」
「へぇ……なるほど」

ギーシュは才人に見えないよう、表情を歪めた。

「まぁ、パレードの話はまたラーグの曜日ってことだな」
「ああ、というわけでぼくとモンモランシーの話になるんだけど」
「それは心底どうでもいい」
「「なんで!?」」

なんてひどい主従だ、とギーシュランシーは思ったとか。



[29423] 第二十二話 BOYS BE PYROTECHNIST
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/01 22:29
22-1 燃えよ杖・下

「隊中法度、イチャつく男を許さず。の条文に抵触。
以上の罪によりギーシュ・ド・グラモン隊長の処罰を行う!」
「ちょっ、意味が分からな過ぎるんだけど!!」

水精霊騎士隊、それは鋼鉄の規律で結ばれたトリステイン狼(略してトリ狼)たちの集団。
その隊中法度は以下の三つ。

一、女王陛下に背きまじきこと。
一、隊を脱するを許さず。
一、イチャつく男を許さず。

これに抵触せしものには厳罰をもって処分する。

「シュヴァリエ・ド・ヒラガ副隊長、このような場合どういった罰が適当かと」
「ハラキリ、ですな」

ノリノリのレイナールと才人。
ただその表情に遊びの色は一切見えない。
ハラキリ、という言葉を聞いてギーシュは青ざめた。
ちなみに才人は隊中法度の存在を今の今まで知らなかった。
それでも肯定的なのは生来のノリか

「ハ、ハラキリって死ぬじゃないか!」
「隊規に背きしは厳罰をもって処す。
十分かと私は考えます」

叫ぶギーシュに、至ってマジメな表情でギムリは返した。
さて、ここでギーシュの格好について説明しよう。
まず青銅製の十字架、これに鎖で括りつけられている。
遠く地球の聖人と同じ格好だ。
勿論いつもの薔薇杖は没収されていた。
足元には大量の木材がくべられている。
控えめに見ても火刑の準備だ。

「副隊長、待っていただきたい。
この者、ギーシュ・ド・グラモンは隊規を破ったものの、今までの功績には目を見張るものがあります。
そこで、別の罰をもって処分と成すのはどうでしょう」

これもまたいつもより引き締まった顔のマリコルヌだ。
彼らは真剣だ、真剣に演じ切っていた。
整然と並んだまわりの水精霊騎士隊は沈黙を保っている。
夕刻の山吹色が彼らを染め上げている。

「マリコルヌ、お前がこの者の罪に相応しい罰を提案する、と。
つまりはそういうことだな?」
「はっ、左様にございまする」

才人に向けて静かに頭を下げるマリコルヌ。
こんなこと一年前の彼では想像すらできなかっただろう。
良くも悪くも才人はみんなを変えた。
そしてフルメタルな調練はさらに変革をもたらした。
こうして部下に驕らず、上司に媚びない、トリステイン最強の士官たちが今年度羽ばたいていく。
それはさておきギーシュの処罰である。

「許す」
「では、僭越ながらわたくしめが。
わたくしがこの者と旧知の仲であることは、みなさんご存知かと思われます。
そこで、このようなものを用意しました」

ここでようやく、マリコルヌは真面目な顔を崩した。
崩された表情は、邪悪で、おぞましく、虫けらを見るような眼差しでギーシュを見上げていた。
そして懐から、ノートを取り出す。

「そ、それは、まさか!!」
「そう、君のノートさ。
しかもいつのだと思う?
四年前のノートだよ!!」
「やめろぉぉぉおおおお!!!!!」

ギーシュは懸命に叫ぶ。
己を拘束する鎖を千切ろうと腕にすべての力をこめる。
それは無駄な努力でしかなかった。
ゆっくり、ゆっくりとマリコルヌはノートを開き、朗読しはじめた。



22-2 砂糖、スパイス、素敵な何か

「というわけで、わたしもギーシュを認めることもやぶさかではない、って思いはじめて……。
って、ルイズ、あなた聞いてるの?」
「はいはい、聞いてます聞いてます」

自分がうまくいっていない時ほど他人のノロケがうざい時はない。
この女はそれに思い至るべきだわ……! とルイズは拳を握りしめた。
さて、すでに月が見える時間が近づきつつあるここは火の塔ルイズのお部屋。
律儀に約束通りモンモランシーはルイズに惚気に来たのだ。

「で? ギーシュがいつ裸踊りをしたっての?」
「そんなことするわけないでしょ!
まったく、サイトとうまくいってないことはわかってるけど、いつまでもそうしていられないわよ」

そういってカップを手に取り紅茶の香りを楽しむ。
ヴァリエール家が贔屓にしている茶葉で、シエスタが入れてくれた紅茶だ、マズいわけがない。
ルイズもじっとカップに目を落とす。
赤みがかった琥珀色がゆらゆら揺れている。
飲む。
心境のせいか、いつもより渋く感じた。

「わかってるもん……」
「いいえ、わかってないわ」

先輩風を吹かすモンモランシーをルイズは睨みつける。
やばいときのオーラは一切なく、ただ可愛い生き物がそこにいた。

「はぁ、いつもその調子で甘えられればいいのにね」
「甘えるなんてしないもん、わたしご主人様なんだから」
「そんなこと言ってると、誰かに取られるわよ」
「あのメイドしかり、タバサしかり、ケティとかいう子もなにかあったらころっといくかもしれないわ。
大体ね、あなたの魅力ってなによ?」
「……あふれ出る大人の色香?」
「……」

切ない生き物を見るような眼差しを向けられるルイズ。
最近一日一回はこの視線を感じるようになってきていた。

「冗談よ、冗談」
「一切冗談に聞こえなかったわ」
「それはそうと、わたしの魅力ね。
顔と、高貴さと、家柄と、虚無魔法?」
「逆に欠点は」
「ないわ」

強いて言うなら胸、かもしれないわね。とルイズは胸中で呟く。
その答えにモンモランシーはいよいよ大きなため息をついた。

「あなた、今挙げた魅力なんてどうとでもなるものよ。
顔は好みによって違うし、高貴さ・家柄ならタバサなんてガリア女王じゃない。
虚無魔法だって、私たちならともかくサイトはそんなこと気にするタイプじゃないでしょ。
それに女の勝負する土俵じゃないわ」

それに、とモンモランシーは続ける。

「あのメイド、ずいぶんサイトと仲が良いわよね。
あなたの挙げた魅力であの子が勝ってる点はある?
ないでしょ、つまりサイトは別の場所にナニカを感じているはずなのよ」

ぐむ、とルイズは呻いた。
モンモランシーのくせに生意気な、とより強く睨んでみる。

「そんな顔してもダメよ。
あなたはもっと、あなたの使い魔について真剣に考えるべきよ。
貴族として、よりも女の子として、ね」

夜がはじまろうとしている。



22-3 白いベリー

「さて、サイト。
そこで死んでいるギーシュは放っておいて、君に話がある」
「お、おう」

マリコルヌの演説、あるいはギーシュの闇の吐露、は三時間も続いた。
最初は大声で打ち消そうと努力していたギーシュも十分を越える頃には疲れ果て、その後はマトモな反応を返さなかった。
マリコルヌは、ハラキリよりも恐ろしい処罰を下したのだ。
そんな彼がこれ以上ないほど穏やかな笑みを浮かべている。
才人は本能的に後ずさりした。

「そう怯えないでくれ、なんだか新しいモノに目覚めそうだ」
「お前一度死んでくれよ」

無駄に爽やかなマリコルヌの笑顔が怖い、才人は背筋がぞわぞわするのを感じた。
すでに双月の明かりが夜空を支配する時刻になっている。
その時間帯のせいか余計に危機感をあおられる才人。

「まぁ、付き合ってくれよ副隊長」
「例によってヴェストリの広場だな、師匠呼んでくるぜ」

ギムリはコルベールの研究室へ駆けて行った。
レイナールは魂が抜けたギーシュをぺちぺち叩いている。
それに反応してギーシュも呻きながら体を起こす。
マリコルヌは相変わらず裏の見えない笑顔を浮かべている。

――こいつら何のつもりだ?
ちょい前に言ってた秘密のナニかか??

才人は密かに冷や汗を垂らす。
あまりよくない予感がする、という錯覚を抱いていた。

「やあサイトくん、君がいるということは、とうとうお披露目かい」
「その通りですとも、師匠」
「副隊長、悪いが後ろを向いていてくれ」

――お、お披露目って俺は何を披露されるんだ!?
性癖、とか言わないよな、俺の仲間はそんなヤツらじゃないよな!!

微妙に信じきれない才人はこっそりデルフを握った。
鞘からは抜いていないので声があがることはない。
後ろで五人は何か作業をしているらしいが、とくに大きな音もたたないのでその様子はうかがえない。

「よし、こんなところか」
「サイト、こっちを向いてくれ」
「お、おぅ……」

恐る恐る才人は振り返る。
五人の前には小さな筒が地面にたてられていた。
その数は五、コルベールの前にだけは一際大きな筒がある。

「ふふふふふ、いつだったか君に言ったね、隊員をねぎらうのも隊長の仕事だと!」
「あ、ああ、言ってた気がする」
「というわけで副隊長、今日は君のためのイベントなんだ」
「目ん玉かっぴろげてよーく見やがれよ!」
「君が都合よく学院にいなくて助かったよ」
「では、はじめようか諸君」

水精霊四天王はみんながみんな、にんまりと笑っている。
ひどく幼い、というよりガキ臭い笑顔だ。
コルベールが代表して杖を振り上げる。
そして筒の根元めがけて魔法を放った。

「ウル・カーノ!」

発光。
夜の暗闇に合ってその炎は昼のような明るさをヴェストリの広場にもたらした。
レイナールは青。
ギーシュは白。
ギムリは赤。
マリコルヌは緑。
それぞれの前にある筒は火花を吹き散らす。

「え……ええ!?
ちょ、こ、これって、マジぽん!!?」
「「「「マジぽん!!」」」」

四人は悪戯が成功した悪ガキのようにサムズアップを決めた。

「花火、花火じゃんこれ!
え、なんで!? すげぇ!! ちょっとなんだよ!!
デルフも見てくれよこれ! 花火だ花火!!」
「おお、こりゃおでれーた!
こんな風に火を見せるなんてはじめて見たぞ!!」

才人は嬉しさのあまりかデルフを抜いて振り回しはじめる。
デルフも才人の喜びに引き摺られて大声を張り上げた。

「ノンノン、君はまだコルベール師匠というものを理解していないね」
「そうとも、腰抜かすなよ」
「ふっふっふ、ではいこうか諸君、ウル・カーノ!」

ぼっとコルベールの前に合った大きな筒の根元に火が付く。
ほんの少し時間をおいて、ぽしゅっという音とともにナニかが打ちあがった。

「まさか……」

ドン、と痺れるような爆音を才人は浴びた。
夜空に描かれる少しいびつな菊の花。
打ち上げ花火だ。

「す、すげぇ。
すげぇよコルベール先生!!」

それは日本では二千円も出せば買えるレベルの打ち上げ花火だった。
それでも、才人にとっては懐かしく、ハルケギニア唯一の花火だ。
才人はコルベール教諭に駆け寄り、その手を握ってぶんぶん振り回した。
今彼に尻尾が生えていればそれはもう激しく振られていただろう。

「なに、ほんの少し工夫をしたまでだよ。
発案は彼らだ、彼らに感謝したまえ」
「お前ら最高ォーー!
もーみんな大好きだーーーっ!!」

今度は水精霊四天王の下へ走る。
コルベールの言うほんの少しの工夫。
それは聞くも涙な努力の結晶だった。
彼はまず、火の秘薬を原料に花火を作ってみた。
もっともスケールの小さいねずみ花火だ。
それに発火の呪文をかける、爆発して消し飛ぶ。
彼は考えた。
爆発力を落とそう。
次いで火の秘薬に乾燥した土を混ぜてみる。
火をつける。
消し飛ぶ。
幾度かそれを繰り返す。
失敗する。
さらにアニエスさんを訪ねて必死に頭を下げる。
下げた頭のまぶしさに根負けしたアニエス隊長から銃用の黒色火薬を受け取る。
試みる。
ここでようやくねずみ花火が完成した。
打ち上げ花火に至っては才人が詳しい構造なんか覚えているはずもなく、話半分のことをなんとか再現したのだ。
当初は打ち上げの機構すら思いつかず、高価な風石を仕込んでまで空を飛ばしていた。
なのになぜ彼はそんなさらっと流したのか。
それはコルベール教諭が教師で、才人は生徒だからだ。
教え子にカッコ悪いところを見せたがる教師はいない。
それに、水精霊騎士隊の面々に頼み込まれなければコルベールは花火を作らなかっただろう。
四人そろって、才人に故郷の夏を再現してほしい、と頭を下げに来たのだ。

「きみは本当に、良い仲間に恵まれた……」

水精霊五巨星を見るコルベールの瞳はこれ以上ないほど優しかった。



[29423] 第二十三話 I think You can
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/05 00:19
23-1 才人の野望

魅惑の妖精亭厨房。
お昼のここは才人とジェシカの秘密基地になりつつある。
ニョロニョロした魚をズバンズバンと捌きながら才人は不敵な笑みを浮かべる。
非常に危険な光景だ。

「ふ、ふふふ、ふふふふふ。整ってきたじゃねぇか環境がよぉ」
「サイト……だいじょうぶ?」

最近の彼はこれが平常運転だ。
ニョロニョロさんのはらわたを除いて背開きにする。
まさかガンダールヴのルーンで魚を捌けるようになるとは、と才人はブリミルに感謝した。

「醤油、ニホンシュモドキ、砂糖、この三つさえあれば完璧だ……」

なおも昏い表情でニョロニョロさんに串を通し、金網にのせる。
ジェシカはいつもより遠い距離で彼を見守った。
滴り落ちる脂に才人は魅入られていた。
そして、特製のタレを刷毛で塗りこむ。

「ウナギを焼け! タレをつけてジューシィに焼け!!」

次第にじゅわじゅわ煙が立ち上がってきた。
ジェシカは浴衣に匂いが付くことをきらい、たまらず厨房から避難した。

「な、なんなのよもー! 店に臭いついたら承知しないんだから!!」

ぷりぷり怒って自室に戻る。
才人はその足音にほくそ笑んだ。

――愚かな、かば焼きさんの旨さを知らず撤退するとは!

ハルケギニアにもウナギは広く生息している。
折角タレがあるのだし、とはじめてのお魚調理に才人は挑んだのだ。
焼きあがったウナギを皿に、才人は手を合わせる。

「いただきます!」

ふわっ、と箸をいれれば身が切れた。
てらてらと褐色の輝きは今はまだできないお米の存在を渇望させる。
思いのほかいい感じに仕上がったようだ、と自身のことながら才人は感心する。
そして一口。

――旨い!
やっぱり日本のとは違うけど旨い!
タレもっと甘めにしとくべきだったなー。

美味しい、けれど焼き鳥や照り焼きバーガーほどの感動はない。
思ったより上品な味になってしまった、と才人は思う。
彼が強く求めていたのは現代特有の、ジャンクな味付けの食べ物だ。
このウナギのかば焼きはそれから離れている気がした。
これなら魔法学院での食事の方がよっぽどアリだ、と。

「んー、でもヤキトリが変わった味付けで受けてるならこれもアリだよな。
一応スカロンさんに報告しておくか」

地球料理ができれば才人は欠かさずスカロンに報告する。
その料理が客を呼び、魅惑の妖精亭は毎日大繁盛だ。

「いやーホント、醤油とニホンシュモドキと砂糖、三つのコラボレーションが生み出すタレ!
ホント佐々木武雄さんありがとうだよ、俺あんたならひいおじいちゃんって呼んでもいいよ」

遠くでメイドがハッとした。
ハルケギニアには地球にない植生も数多い。
その一つに武雄氏命名、コメモドキが存在する。
この穀物はそれ単体では食べられたものではない。
もっぱら家畜の飼料にされることしかなかった。
しかし、日本食に飢えていた武雄氏は驚異の執念で、この穀物の煮汁を放置して発酵させれば日本酒に近い風味を生み出すことに気が付いたのだ!
でも味はやっぱりなんか美味しくない。
というわけでハルケギニア版料理酒を才人はスカロンから譲り受けて愛用していた。
三つ三つ、と歌いながら才人はウナギを頬張る。
ふと、彼の脳裏によぎるものがあった。

――醤油、ニホンシュモドキ、砂糖、この三つさえあれば完璧だ……。
三つ、三つ、環境が整ってきた……。

気のせいか、とかば焼きに向き直る。
そしてしばらくもぐもぐ口を動かす。

「ああ! そうか!!」

今度こそそれに思い当たり、勢いよく立ち上がった。



23-2 ござる

「女王陛下におきましてはご機嫌麗しゅう。
本日はお願いの儀があって参りました。
なにとぞ、お聞き届けくださるようお願い申し上げる」
「さ、サイト殿?」

この人変だわ、とアンリエッタは思った。
王宮は女王陛下の執務室兼寝室、アニエス隊長とともに才人はやってきている。
あのあとシルフィードを頼って速攻で魔法学院に戻り、着替え、アニエスを剥き、着替えを押し付け、王宮へ文字通り飛んできた。
今の彼はシュヴァリエ・マントを着用している。
着用しているが、その下にはシエスタが繕っていた途中の甚平を、頼み込んで無理やり仕立てた羽織。
袖口は白のダンダラ模様、色は浅葱色。
額には急ごしらえで少し歪んでいる鉢がねを締めている。
誰がどう見てもトリ狼だった。
でも下はジーンズだ。
正座で頭を垂れながら、握り拳を床に着けながら控えている。
隣で立ち尽くすアニエス隊長はシュバリエ・マントを全身包むように羽織っており、その下は見えない。
明後日の方を向きながらやけに気恥ずかしげな顔だ。

「あの、その口調は、いったい?」
「我がことはよいのです。
それよりもお願いの儀を聞き届けていただきたい」

――ああ、今日も太陽が眩しいわ。

窓際に佇むアンリエッタは地面を焦がすアンチクショウを睨みつけた。

「女王陛下?」

アニエスの怪訝そうな声に、諦めたような表情でアンリエッタは振り返った。

「用件を、聞きましょうか」
「はっ、ことは終戦パレードについてでござる」

――ござるって言った!
この人ござるって言っちゃった!!

ありえないものを見るように才人の顔を凝視してしまう。
彼が何故ハルケギニア公用語を不自由なく使えているか。
それはサモン・サーヴァントのゲートがいい感じにがんばったおかげである。
彼自身は日本語を話している。
では、ござるな日本語はハルケギニア公用語ではどのように聞こえるのか。

「さ、サイト殿、その、口調はね?」
「某のことなら心配無用にござります。
今はそれよりも大事なことがありますゆえ」

――某! ありますゆえ!!

アンリエッタは俯いて肩を震わせはじめた。
人によっては泣いているようにも見える。

「女王陛下? 
某、何か御無礼をいたしたでござるか??」
「あはははははははは!
ござる! ござるって!!
サイト殿、笑わせるのはやめて!」

麗しき女王陛下はとうとう執務机にバンバン手をついて大爆笑した。
アニエスはなんとか顔をひくひくさせて耐えている。
才人は筆舌に尽くしがたい顔をした。

「女王陛下、無学な某にもわかるようお教えいただきたい」
「ソレガシ!?
ソレガシなんて今時誰も使わないわよ!!」

なおも笑いながら女王陛下は返す。
才人はここにきて、ハルケギニアにおいてござる言葉が相当面白いモノだと認識したようだ。
正座をしながらくそ真面目だった顔がどんどん紅潮してくる。

「ちょ、姫さま……。
せっかくお願いがあったからマジメにやったのに」
「……貴様のマジメはまったく意味が分からん」

ハルケギニア公用語からの翻訳では、ござる言葉は公家言葉に聞こえるようだ。
想像してほしい。
年も近く、プライベートなことすら話せるような仲のいい部下、後輩がマジメな顔で、正座をしながら相談してくる。
おじゃるおじゃると言いながら。
真顔で正座しながらのおじゃる言葉である。
関西人なら絶交のパスだと理解するだろう。
関東人ならさらっとスルーするかもしれない。
一方トリステイン人は爆笑した。
白百合と称されるアンリエッタ女王陛下はその麗しき瞳から涙まで流して大爆笑した。
しかも追い打ちに麿(=某)とか言い出した。
さらにツボって大爆笑である。
そんな正座したヤツの隣にいるアニエスは、気恥ずかしいやら気まずいやら、そんな顔をするしかない。
才人も自業自得ではあるものの、黙って顔を赤く染めるしかない。
ようやく発作がおさまったアンリエッタは、うっすら浮かぶ涙をハンカチで拭い、才人に向き直った。

「はぁ、はぁ、ここ最近で一番愉快な出来事でしたわ。
あら、サイト殿。顔が赤くってよ?」
「うぅ……ちぇっ、締めようとしてもやっぱ全然決まらねぇ。
もーいいよ、姫さま、俺ふつーに喋るからな」
「ええ、それで構いませんとも。
たまにはそんな口調で話していただきたいですが」
「それはもう勘弁」

才人はゆっくり立ち上がり、慣れない正座で足が痺れていたので少しぐらついた。
アニエスのマントをしっかり掴んで体勢を整える。
彼女にしては珍しく、マントを内側からしっかりおさえて才人に手を貸すことはなかった。

「で、お願いなんですけど。
今週末にパレードをやるって話らしいじゃないですか」
「ええ、ガリア戦役も、多大な犠牲はありましたが終わりました。
ここらへんで民衆の慰撫の意味も込めて、終戦パレードを行います」
「慰撫、ですか?」
「ええ」

アンリエッタはあいまいな表情で頷いた。
決してこの行事の裏側にある駆け引きを教えることはない。
そういった陰謀にこの純粋な少年を係わらせたくはなかった。
一方の才人はパッと顔を輝かせた。

「つまり、みんなで楽しめればパレードにこだわる必要、ないんですよね?」
「そうですね、わたくしはそのように考えております」

ここで才人は隣のアニエスさんを見た。
彼女はその視線の意味に気付いたのか、恥ずかしげに俯く。
しかし、才人はノンストップなときは沈黙のコックですら止めることは難しい。
そのシュヴァリエ・マントに手をかけ、一気に引きはがした。
あらわになるアニエスの装い。

「……まぁ」
「女王陛下、その、まじまじと見ないでください」

アンリエッタはその異国情緒あふれる服装に目を丸くした。
アニエスは抗議の言葉をあげて、より恥ずかしそうに身を竦ませる。
アンリエッタはさらっと聞き流して上から下までじろじろと、普段は凛とした銃士隊隊長の姿を無遠慮に眺める。
そんな二人を後目に、才人は自信満々に頷く。

「俺にすべてを盛り上げる策があります」



23-3 逆襲のトリステイン三羽烏

王宮の庭園の一角、パラソルの下、丸いテーブル、椅子が三脚、三人分の白いティーセット。
それらはすべてが白く、降り注ぐ日光を強く反射してきらめきを返す。
そこに集まるのは三人の男。

「では、各々の宿題を見せ合いましょうか」
「よかろう、私は自信がありますぞ」
「ふむ、では儂からいこうかの」

デムリ、モット、オスマンの三人だ。
相変わらず傍目には国政について論じているように見えるメンツである。

「モット伯が急に今日開催というから、十分な調査は不可能でしたよ」
「これは失礼した、だが鮮度は高ければ高いほどいい、というではないですか」
「よほどご自分の衣装に自信があるようですな」

ははは、とデムリは機嫌よさ気に笑う。
女王陛下(+枢機卿)のデスマーチによって滞っていた内政は堰を切ったように動きはじめた。
忙しくはあるものの、今の城内は活気にあふれている。
その状況を彼は好ましく思っていた。
女王陛下大丈夫か、とは思ったものの事態は好転している。
さらに自分が楽しみにしている賢人会議の開催。
不機嫌になれという方が無理な話であった。
さて、オスマンは懐に手を突っ込み、ぺらりと頼りない布きれを取り出した。
絹の艶やかな光沢が触れずともその手触りを想像させる。

「やはりこれじゃろぅ」
「……これはまた」
「策を弄さない、オスマン老らしい選択ですな」

下着、一択。
ある意味清々しいほど男らしい。
レースを多用して隠すよりも魅せることを主眼に置かれた、黒の下着だった。

「あれから考えたんじゃがの、やはり儂はシンプルがよい」
「流石オスマン老、選んだ逸品も素晴らしい」
「ええ、基本にして奥義ですな」

うむうむ、と頷きあう野郎三人。

「議論は最後にして、まずはそれぞれの逸品を披露しましょう」
「それがよいの」
「では、次は私の逸品を」

これまたデムリが懐からずるりと衣装を取り出した。
オスマンのそれとは異なり、普通の服装のようだ。
黒を基調として白のフリルやレースがあしらわれている。

「はて、デムリ君にしては普通なような……」
「真新しくはありませんが……」
「いえ、日常にこそエロスが含まれているのです。
考えてもみてください、オシオキ、という言葉に心震えるものを感じませんか?」

ミニスカメイド服。
現代日本ならまだしも、ハルケギニアの貴族階級では一般的なものだ。
当然二人のリアクションも薄い。
しかし、デムリは妄想力でそれをカバーする。

「オシオキ、か」
「ええ、オシオキ、です」
「オシオキ、のぅ」

もんもんと想像の羽をはばたかせる三人。
たっぷり十分ほどたってからようやく議論を再開させた。

「ふぅ……いや、流石デムリ殿、なかなかの着眼点」
「ふぅ……時間がないと言いつつしっかり用意してきたの」
「ふぅ……いえいえ、さぁ次はモット殿ですぞ」

では、とモットは一言おき、持参した布袋から若草色の浴衣を取り出した。

「これが、私の選択肢、ユカタです」
「ほぅ、これは知らぬな」
「私も知りません。これはどうやって着るもので?」

む、とモットは呻いた。
あの時は感動が先行していたが、確かにこれ単体を見せられてもその着方を想像できないだろう。
その魅力は言うまでもない。
そんな彼を救う男が現れた。

「あれ、オスマン校長。
こんなところでナニやってんすか?」
「おお、サイト君ではないか。
なに、この国の未来について少し、の」

アニエスを伴って才人がやってきた。
二人の服装を見てモットが勢いよく立ち上がる。

「シュヴァリエ・ド・ミラン殿!
そのマントを即刻外していただきたい!!」
「え、いえ、その……わかりました」

アニエスはアンリエッタの部屋から出たときにマントですっぽり隠れるような恰好はやめた。
つまり、マントの間から浴衣が見えているのだ。
モットはそれに注目し、彼女に命令をくだした。
対するアニエスはモットのような上級貴族に、なんとなくいやだから、程度の理由で逆らうほど愚かではない。
渋々マントを外し、その姿があらわになった。

「ぉお……これは」
「なんと、素晴らしい」

アニエスは藍色が鮮やかな浴衣を身につけていた。
帯は白、これはジェシカとシエスタと変わりない。
何より二人と違うのは、白百合がところどころに点在している。
その白百合はどこか霞がかっていた。
ジェシカ同様肩が大きく肌蹴ているあたり才人はよく理解している。
なにより普段は毅然としているアニエス隊長がうっすら頬を染めている。
それだけでその道のプロならパン一斤はいけそうだ。

「し、シュヴァリエ・ド・ヒラガ殿!
これは、私の持っているユカタと違う!!
どうやってこんな色、模様を!?」
「も、モット伯、これはですね……」

唾を飛ばして掴みかかってくるモットに才人はドン引きした。
今のモットは一言でいうと、必死だった。

――若草色のユカタも素晴らしい。
素晴らしいが、この目を見張るような藍色もアリじゃないか!
しかしこのような色、模様、どのようにつけたのだ!?

必死なモットに気圧されたのか、才人は解説をはじめた。

「えっとですね、染色自体は簡単でした。
髪を染める魔法の染料をふつーに使いました」
「せ、染髪用の秘薬だと……」

秘薬を服の染色に使うことはない。
単純に、高いからだ。
しかしハルケギニアに詳しくない才人はシンプルに物事を推し進めた。
その結果色鮮やかな藍色の浴衣が出来上がる。

「この白百合は、型紙をあててスパッタリング、って通じるかな。
ブラシを白い染料につけて、霧吹きみたいな感じで、色をつけたんです」
「ほぅ!」

デムリとオスマンはアニエスを愛でながら紅茶を楽しんでいる。
時折もじもじと体をよじる様がまた初々しくてよい、とはオスマンの言葉だ。

「そういえば、ジェシカの話ではロマリア商人が交渉にきたとか言ってましたよ」
「なに! こうしちゃおれん。
お二方、申し訳ないが私は急ぎの用がたった今できた!
今日は失礼します!!」
「なに、かまわんよ。
男には引けぬ時がある」
「ええ、あなたの戦場にいくべきです」

二人はいい笑顔でモットを見送った。
モットは走る。
その身に欲望を詰め込んで。
残された才人とアニエスは、さてどうしようか、と途方にくれた。



[29423] 第二十四話 Skim Hell
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/08 00:30
24-1 ダエグ曜サスペンス

トリスタニア城下街、詰所の一角、いつぞやの牢の中でシュヴァリエ・マントを外した才人はまったりしていた。
丸椅子にどっかと腰を下ろし、お茶を啜る。
ちょいちょい顔を出す機会も増えたので緑茶葉は常備してある。
舌がヒリヒリするほど熱い、気温も暑い。

――でもこのだんだら羽織のせいか、そこまで暑く感じないんだよな。
俺の前世って実は、壬生狼?
それともご先祖にいたとか、そうだとしたら、なんつーか、イイよなぁ……。

才人の新撰組に対するイメージは「カッコよくて強い侍集団」程度でしかない。
彼が大河ドラマや、歴史小説を読む趣味があればまた違っただろう。
彼自身はカッコいいつもりだろうが、トリスタニアでの一般的評価は勿論違う。

『なんか変な服の変なヤツがいる』
『でもアレ、アルビオンの英雄じゃね?』
『いやアレはないだろ』

残念ながら幕末最強の集団も異世界までその武名は轟かなかった。
才人自身は今の自分をすごく気に入っている。
鉢がね、鎖かたびらにだんだら羽織、ジーンズとスニーカー。
なんというか、映画村に来たはいいけどフルセットを着るのはちょっと……、という中途半端な観光客といった外見だ。
そんな彼が控えていた一室にアニエスとミシェルが入ってきた。

「あ~もう、なんでアニエスさん教えてくれなかったんだよ」
「無茶を言うな、貴様がいきなり言い出したもんだから私も焦ったぞ」

開口一番才人は文句をぶつけた。
思い出してまた恥ずかしくなってきたらしい。
微かに表情がゆがんでいるのは照れ笑いというヤツだろう。
対するアニエスは浴衣からいつもの軽鎧姿に戻ってほっと一息、といったところだ。
いつも通りの軽い笑みを顔に浮かべている。

「まーあんだけ盛大に笑われたらそれはそれでいいや。
姫さまだって大変だろうし、どっかで発散しないとな」
「貴様は、なんというか、すごいな」
「これがサイトだ。諦めろミシェル」

上に立つものの心情を慮れるものは少ない。
特に女王陛下ともなれば雲の上の人だ。
そんな立場の人間の心境に思い至る才人は、やはりどこか日本人的だ。
ミシェルは驚き、アニエスは笑う。

「アニエスさん、浴衣似合ってたのに、なんで脱いじゃったんですか?」
「そうですね、すぐ魔法学院に戻るならあのままでもよかったのでは?」
「……言うな」

才人が逆襲と言わんばかりに、ニヤけながらアニエスに問いを投げかける。
意外なことにミシェルがそれに追随した。
アニエスは、若干悔しげな顔で吐き捨てる。
まだ羞恥が残っているらしい。

「それよりもだ、良かったのかサイト?」
「何がですか?」

真面目な顔を作ってアニエスが問いかける。

「ジェシカとかいう、妖精亭の娘だ。
祭りともなれば色々相手が動きやすくなるぞ」
「げ!?」

才人はやっぱり抜けていた。
日本から遥か彼方、トリスタニアで夏祭りを再現できることに浮かれきっていた。

「お、俺がずっとジェシカと一緒にいます。
ルイズに後でボッコボコにされるかもしれませんけど」
「ファイト、貴様が主役みたいなもんだぞ?
そんな抜け出せるわけないだろう」
「そうだ、主役不在の演劇など許されるわけないだろうが」

これには才人も呻いてしまう。
アニエスのいつもの軽口にも反応を返せない。

――言われてみれば、祭りなんて誘拐のチャンスじゃねぇか。
なんで気づかなかったんだよ俺のバカ!
いや、それよりもどうすればいいんだ?
……なんも思いつかねぇ。

「ど、どうすればいいですかね?」
「知るか、言っておくが銃士隊からもそこまで人数は回せんぞ。
当日警護もあるし、店とは違って同じ顔がうろついていれば怪しまれるからな
……私も出禁を喰らったし」
「誘拐の防止なら同じ顔がうろついているのも抑止となろう。
だが我々銃士隊としては、早急に犯人を捕縛せねばならん」

城下で不穏なことに勤しむ輩は斬ってすてねばならん、と鼻息の荒いアニエスさん。
副隊長のミシェルさんは先日の失態を思い出してか、どんよりと影をまとっている。
ふと、ここで才人は思いついた。

「じゃあじゃあ、ジェシカを俺の隣に立たせておくとか?」
「……正気か?」

アニエスからすれば、才人の提案は頭の具合を疑われるほどぶっ飛んでいた。
公式な場で英雄の隣に立つ女性。
民衆はどう思うだろうか。
一つしかない「ああ、あいつが嫁か」
しかし才人はそれに思い当たることもなく自分の中で話をどんどん進めていく。

「いや、思ったよりもありじゃんか。
ほら、俺の隣だったら水精霊騎士隊もいるし、ルイズもいる。
シエスタもついでに一緒に立ってもらおう、うん決定!」
「Oh……」
「コイツは……」

アニエスもミシェルも才人に恋愛感情は抱いていない。
せいぜい生きのいい弟子、弟っぽい抜けた男程度だ。
だからと言って、そいつに向けられる視線に気づかないほど彼女らも女を捨てきってはいない。
なので容易に予想がつく。
それを黒髪の女性たちに伝えたときに何が起きるか。
そしてそれを誰かに聞かれた時の惨劇が。

――まぁいいか。

二人は同時にそう思った。

――大体コイツは抜けすぎている。
鈍すぎる、というワケではなさそうだが、ミス・ヴァリエールも苦労しているし。
ここらで自分の鈍感さに気付いて、以降正すよう放っておいたほうがよかろう。
女王陛下に対してもトドメを刺してもらわないと。

――何が起きようとサイトの自己責任だろう。
誘拐は確実に防止できるだろうし、動揺した誘拐犯の動きを誘発できるかもしれん。
あれ、私今一文で「誘」って文字三回も使ったな。
なんかいい感じだな、うむ。

「あー、一時はどうなるかと思ったけど、これで万事オッケーですね。
じゃあ警備のスケジュールとかについて話しましょうか。
俺の国で夏祭りは……」

才人は一人盛り上がる。
二人は少年を生暖かい目で見守る。
果たして彼は生き残れるのか、ブリミルのみぞ知る、といったところだろう。



24-2 闇に棲むもの

「やれやれ、トリスタニアは変わらんな」

チクトンネ街の一室、口髭凛々しい青年が窓から通りを見下ろしていた。
家具はベッド、椅子が二脚、丸テーブル、本が少々とランプ、軍杖にサーベルとワンド。
必要最低限のものしか置いていない部屋は薄暗く、まさに隠れ家といった様子だ。

――少し歩いておくか。

入国当初は追手などを警戒して部屋からほとんど出ていない。
しばらくは風メイジの特徴の一つ、耳の良さを生かした情報収集に徹していた。
潜伏しはじめてからそろそろひと月近くたつ。
ここらで実際に動いて街の変化を確かめておくのも悪くない、と彼は思った。
軍杖を手に窓から降り立つ。
久々に吸う外の空気は、たとえ臭いがひどくてもかび臭い部屋よりはマシに思えた。
そのまま通りを歩いてブルドンネ街へ向かう。
途中、二度衛兵とすれ違ったが、貴族のマントと目深にかぶった羽帽子のせいか気づかれることはなかった。

「終戦に浮かれているのか、それとも変化がないだけか」

己に問いかけてみるが答えは出ない。
しばらく進めば大通り、ブルドンネ街に突き当たった。
そのまま人の流れに乗って周囲を観察しながら歩いてみる。
珍しい屋台が目に付いた。

「店主、これはなんだ?」
「へい貴族の旦那!
これはシュヴァリエ・ド・ヒラガ様の故郷の味、ヤキトリでございます。
一本五スゥでいかがですか!」

あの少年の、と一瞬目を見張った。
しかし、遠く聖地を越えたロバ・アル・カリイエの味に興味がわき起こる。
何よりやけにドスのきいた声ではあるものの、貴族に対して必要以上に怯えない店主が気に入った。

「よし、では一つもらおう」
「へいどうぞ!」

かじりついた鶏肉はどこか変わった風味がした。

「ところで、店主」
「なんでしょうか」
「ここ最近僕はトリスタニアに来たばっかりでね。
なにか変ったことはないかい?」
「変わったこと、ですかい。
今度のダエグの曜日に終戦パレードがあるってことと、ユカタ、いやこれは平民の噂でした」
「いや、些細なことでもかわまないんだ」
「でしたら、魅惑の妖精亭って酒場があるんですがね。
ここのスカロンってのが、シュヴァリエ・ド・ヒラガ様ゆかりの血を引いているとか。
それで酒場のくせにユカタやらジンベイやら故郷の服の販売を商人と組んではじめたんでさ!
ま、あっしもヤキトリでヒトクチのせてもらってるから文句は言えやせんが」

ヤキトリをもう一本注文し、もみ手をしながら畳みかけてくる店主の話から必要な情報を引き出す。
目新しいのは酒場の一件くらいらしい、と彼は整理した。

「では、ヤキトリは旨かったよ。
また足が向けば寄らせてもらおう」
「へい、旦那もお達者で!」

青年は手を振りながら屋台を後にした。
背後の「デル公、元気してるかねぇ」という店主の呟きを聞きながら。



青年が隠れ家に戻ると、協力者も戻ってきていた。

「おや、君が外に出るとは珍しい」
「……少し、足が向きましてな」
「懐かしのトリスタニアだ。遠慮せずもっと出歩いたらいいだろう」

この男の話し方には多分に毒が含まれている、と青年は感じていた。
だから極力話したくはない。
それになによりこの男の趣味が気に食わない。

「上級貴族が接触を持ってきた。
副業でやっている商人もバカにはできんな!」

これも始祖のお導きかもしれん、と男は笑った。
ロマリア風の地味な服を身にまとい、肥えた腹を揺らしながら声をあげるその様子は、オーク鬼が服を着て笑っているように滑稽だった。

――だがこれも僕が試されているのかもしれん。

聖都ロマリアの闇は深い。
一介の司祭に過ぎないこの男も、青年よりは謀略に長けている。
彼は名目上司祭の監視の任についていたが、どうもそれは逆でこちらが信用できるかを見定められている気もする。
二十歳まで魔法の訓練ばかりしていたからだな、と青年は心中で苦笑した。

「次の標的は黒髪の娘だ、決行はパレードの日。
シュヴァリエ・ド・ヒラガのおかげで今までのヤツらよりはよっぽどいい値がつきそうだ!」

――これが、気に食わないところだ。

男は金のためならば人身売買を厭わない。
それは始祖のためである、と男自身が純粋に信じている。
リッシュモンのような拝金主義者ではなく、始祖への信仰を遂げるために金が必要だと考えていた。
そのためならば、始祖の血をひかない平民などどうなってもかまわない、とも。
この家は牢獄だ。
地下室には今まで誘拐してきた娘が幽閉されている。
乱暴はされていない、食事も与えられている。
それも金のため、始祖のためだ。
青年が控えているのは万一の脱走、そして官憲の襲撃のためだ。
スクウェアの風メイジである彼ならどれほどの手練れが来ようと時間稼ぎは十分できる。
いい加減男の上機嫌に気分が悪くなってきた青年は、自室へ戻った。
軍杖を枕元に立てかけ、ベッドに倒れこむ。

――僕はどこまで堕ちるんだ。
いや、かまわないか。
聖地、ただ聖地へ。

それだけが残る。
ふと、別行動をとっているパートナーを思い出した。

「彼女は、無事妹に会えたかな」



[29423] 第二十五話 OUR FEET
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/03 19:53
25-1 元・盗賊は見た!

――ガサゴソ

ちっ、あの坊やは何を考えてるんだ。
こんな人目の多いところにテファを置くなんて……。
学院かぁ、はぁ……。
待遇も悪くなかったし、ひょっとしてここで働いてた方がよかったかね。
いやいや、くそじじいのセクハラはダメだ。
うんやっぱり破壊の杖を盗みにかかって正解だったね!
それになんだかんだで貴族のぼっちゃん嬢ちゃんの相手は疲れるし。
とはいえ、あの旦那は生活能力に欠けているし……はぁ。
わたしってなんでこんなに男運がないんだろうね。

あ! テファ!!
お姉ちゃんだよーおーい!!

……ま、気づくわきゃないか。
にしてもあの坊や、どんな魔法を使ったんだ?
テファが耳を隠してないじゃないか。
まさか、ハーフエルフのあの子が受け入れられているっていうのかい?
……なら、わたしはきっとあの子に悪いことしてたね。
あんな陸の孤島で、閉じ込めて。
おっと、落ち込むのは後だ。
テファが元気そうなのも見た、高飛車そうに見えるけど友達もできた。
お姉ちゃんとしては言うことないじゃないか、うん。
ちょっとあの女の子の目が気になるところ。
少し危険な気配を感じるね。

……やっぱり、少し寂しいね。
声をかけたいけれど、そういうわけにもいかないか。
お、ありゃあの坊やじゃないか。
みょうちくりんな格好してるね。
って、なんでいきなり逆立ち、え、金髪ツーテールの子の前で地面に手をついて。
うわぁ情けないわありゃ。
旦那もアレだけどあの坊やも相当なアレだね。
何が楽しくて膝ついて手ついて額まで地面につけてるんだか。
テファ、そんな男ほっといてさっさと向こう行きなさい。
大体あの坊やからは邪なオーラが漂ってるんだよ。
あ! あの野郎今テファの胸見てやがった!!
お、よーしよし。金髪ツイン子わかってるじゃない。
テファに近寄る虫どもはそうやってあしらえばいいんだよ。
……踏んだ足に縋り付いてやがる、なんて危険な男なんだい。
おっと、アレはグラモンの坊ちゃんと……その他大勢だね。
なんだいあの集団は。

アイツらも地面に這いつくばりだした!!
なになに、ドゲザ、だって?
よくわかんないけど無様なカッコだね。
でも三十名からの集団にあのカッコでにじり寄られると……怖いね。
なんか変な大人どもまで……アイツらまでドゲザした!?
あの金髪ツイン子ひょっとしたらとんでもない子じゃなんじゃ……。
いえ、今のわたしがテファにできることは何もないわ。
テファ、いざとなればこんな学院ぶっ壊して連れ出してあげる。
よし、今はあんなやつらもうどうでもいい。
そういえばセクハラじじいは大丈夫なのかい!?
テファのあの胸は危険すぎるからね……。

「呼んだかの、ミス・ロングビル」



25-2 クルデンホルフ金融道

「ああ……それにしても金が欲しいっ……!」

才人はがんばって顎の骨格を変えようとしたが、無理だった。
いざとなれば顔の整形をしてマンション賭博とかに飛び込めば、と考えていたが福本絵になっても幸運になるとは限らない。
時間はコルベールの研究室を訪ねた頃に遡る。

『いや、わたしも量産したいのはやまやまなんだが。
先立つものがなくてね……少し試行錯誤しすぎてしまったのだよ。
それでその格好はなんだい?』

お金がない、とコルベールは恥ずかしそうに頬をかきながら言った。
もともと彼は財産にこだわるタイプではないのであまり貯蓄しない。
しかし、今回は花火の研究にお金をかけすぎてしまった。
戦争が一段落した今、火の秘薬は少し値が落ち着いたとはいえ高価な代物だ。
さらに風石までなんとなく彼は突っ込んでいる。
貯蓄があったとしてもすっかり溶けてしまっていただろう。
才人が肩を落として、とぼとぼ研究室から出ていくのをコルベールは心苦しく見送った。

――夏祭りか、わたしも手を貸したいが……流石に打ち上げ花火千発は無理だ。

そもそも才人の要求が無茶すぎた。
しかも彼が求めたのは先日の花火の五倍ほどの大きさのものだ。
彼はお日様を浴びながら考える、まずお金が必要だと。
そういえば、ルイズの実家のヴァリエール家はお金持ちだ、と思い当たるもすぐに否定した。

――最近あまり仲良くできてないのに、こんな時だけ頼るなんてダメだ。
そんなヒモみたいなことできない。
それにどうせならびっくりさせてやらないとなっ!

彼は少年らしい純粋な心でルイズにサプライズを仕掛けるつもりだった。
そしてさらに金策について考える。

――水精霊騎士隊の野郎どもはしょーじき、貧乏だよな。
他に頼れるのは……モンモン、無理、金ない。
シエスタ、テファも無理だろ?
タバサ……はお金あるよなぁ。
でもダメ、妹に頼る兄貴はカッコ悪い。
現実的な線でいえば、キュルケかなぁ。

兄という存在に対して無駄に高い理想をもつ才人は、一番の大口であるタバサを回避し、キュルケを訪ねた。

「あら、ごめんなさいね。
オストラント号とかで出費が激しくて、そんなにお金を貸してあげれないのよ。
にしてもその服どうしたの?」
「そ、そっか。
うん、ありがとうキュルケ、他をあたってみるよ」

ダメでした。
オストラント号はゲルマニアの最新技術を結集した高速船である。
勿論その建築費用はバカ高く、面白いことには金に糸目をつけないキュルケにすら節制を意識させるほどだった。
才人は火の塔の階段を降りながら考える。

――騎士隊と、応援団からカンパを募るか?
いやいやそんな大々的にやったらルイズの耳に入るに決まってる。
何かいい手はないもんかなぁ。

火の塔を出た才人はティファニアと、ベアトリスを見つけた。
取り巻きもなく丸いテーブルで二人向き合いながら、優雅にお茶会を楽しんでいる。
その時……! 圧倒的閃きっ……!!

「ベアトリスーー!!」
「サイト? その服は……?」
「あら、先輩?
ってなんですその服」

だんだら羽織を身に着けたまま、才人は走る。
二人の下に駆け寄る。
そして徐に倒立!
その勢いを殺さず地面に背をつけ一回転!

「「へ?」」

二人が見たときには綺麗な土下座を決めていた。
才人の必殺技ことダイナミック倒立前転土下座である。

「金をくれ!」
「いやです」

にべもなく断るベアトリス。
彼女から見たら意味がわからない。
敬愛するティファニアさんとのお茶会にいきなり乱入してきて、しかも土下座。
挙句の果てには金をくれ。
彼女がどれだけ穏やかな性格だったとしても、OKな要素が見当たらなかった。

「頼む!」
「無理です」

ここで才人はバッと顔を上げた。
そしてしっかりベアトリスの目を見る。

「お願いします!」
「不可能です」

ダメだった。
才人はベアトリスの対面に座るテファに視線を向けてアイコンタクトを試みた。
彼もSOSのモールス信号くらいは知っている。
左目の瞬きでテファに信号をおくりはじめた。

――S・O・S!

「サイト……目にゴミでも入ったの?」

まったく通じていなかった。
テファはきょとんとした顔で小首を傾げる。

――可愛い、いや違う。
今ここで考えるべきはベアトリスからお金を引き出す方法だ。

つい先ほどまでヒモはダメとか考えていた才人。
この行為がヒモどころか強盗に近いとかは一切思い当たっていない。

「ティファニアさん、変な先輩はほっといていきましょ」
「でも、でもなんか必死だよ?」

ベアトリスは椅子から立ち上がり、テファを連れて行こうと声をかける。
彼女は立ち上がりながらもベアトリスをなだめる言葉をかけた。

――ナイスフォローだテファ!!

才人はアイコンタクトでテファに感謝しようとした。
と、ここで彼は余計なことに気づいてしまう。

――こ、これはァ!?

今の才人はゲザっている最中だ。
当然視線も下から見上げる形になる。
そんな折に胸革命と称される、超巨大なブツがあればどうなるか。

――なんて迫力だ……コレがリーサルウェポンってヤツか。

才人は倒立前転の勢い余って二人の極至近距離でゲザっていた。
テファがいくらゆったりとした服装を好んでいる、といっても隠せるモノには限度がある。
つまり、彼は見上げる形で理想郷を臨んでいた。
そのまま崩れている顔に、足が入れられた。

「ちょっと先輩。
可憐なティファニアさんにどんな目を向けてらっしゃるの?」
「す、すびばぜん……」

めこっと入った足は痛み耐性に定評のある才人にもキツかった。
そのままグリグリ踏み抜かれてもっと痛かった。
このままではマリコルヌと同じ道を歩むことになりかねない! と才人は乾坤一擲のバクチを打つ。

「お願いしまぁす!!」
「ぅなっ!?」

叫びながらまだグリグリしていたベアトリスの脚に組み付いた!
彼女は才人の拘束から脚を引っこ抜こうとするが、タコのように絡み付いて離れない。
げしげしキックをかましても才人は決して離そうとしない。

「助けてください!
誰か助けてください!!」
「ちょ、ホントっ、離してくださいっ!!」
「サイト……がんばって」

テファは信じていた、才人が何かのために戦っていることを。
たとえ年下の少女にキックをかまされようとも彼のことを信じたのだ。
だからこそ彼女は彼のことを応援し、祈った。
そしてその祈りは、魔法学院全体に広がった。

「サイト、君ってヤツはなんで一人で抱え込むんだ!」
「君一人には背負わせないさ、副隊長!!」
「俺らも手伝わせてもらうぜっ」
「なんで君はご褒美をいただいているんだ!!」

水精霊騎士隊一同が整然と駆けてきた。
方角はコルベールの研究室から、どうやら師匠にワケを聞いたらしい。
それに救いを見たのか、ベアトリスはパァッと顔を明るくする。

「丁度よかった先輩方!
この人をとっとと引きはがしてください!!」

客観的に見ればか弱い少女に縋り付く近衛隊副隊長。
誰から見ても少女を助けようとするだろう。
しかし、彼らの行動はベアトリスの斜め上を行く。
彼らは今から七万の兵に突っ込むかのように、覚悟を決めつつある少年のように固い顔をしていた。
そして、決行した。

『助けてください!!』
「はぁ!?」
「お前ら……」

水精霊騎士隊三十名、一斉の土下座である。
テファは目を丸くした。
才人は感動に目を潤ませた。
ベアトリスは絶望した。
新・水精霊騎士隊の伝統にこういうものがある。

『サイトが何かし出したら、とりあえずノッておけ』

粛々と土下座を行うトリ狼の集団。
そこに新たな集団が走り寄ってきた。

「姫殿下!」
「あなたたち!!」

ハルケギニア最強の竜騎士団、空中装甲騎士団だ。
今これほど頼もしい存在はなかった。
それに救いを見たのか、ベアトリスはパァッと顔を明るくする。
しかし、彼らもまた染まっていた。

『助けてください!!』

大の大人、二十名による土下座である。
彼らもフルメタルな調練以降きっちり染まっていた。
ベアトリスの顔はさっと青くなった。

――お前らだけにはいいカッコさせねぇぞ、水精霊騎士隊!

――流石、頼れる存在だぜ、空中装甲騎士団!

土下座のままちらちらアイコンタクトで通じ合う男たち。
ちなみに土下座は全然いいカッコじゃない。

「ほぅっ……」

それを見て、ベアトリスはとうとう気を失った。
才人はそれを慌てて抱き留める。

「疲れてたんだろうな……」
「ああ、ぼくらも少し急ぎすぎたのかもしれない」
「あとで私からも姫殿下へ謝っておこう」
「わたしがベアトリスさんを部屋まで送るわ」

はしゃぎすぎて寝てしまった子どもを見るかのような表情。
つい一瞬前まで土下座をしていた輩のようには見えなかった。
遠くから、土トライアングルメイジの女性のような叫び声が聞こえた。

結局この後、水精霊騎士隊は金子の確保に成功する。
この日よりパレードまで魔法を使った訓練は中止となり、打ち上げ花火職人となった少年たちが学院各所で見受けられた。
がんばれ水精霊騎士隊!
いけいけ空中装甲騎士団!!
一週間で打ち上げ花火千発はきっと無理だ!!



[29423] 第二十六話 天使みたいに彼女は立ってた
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/04 21:09
26-1 トリスタニア・デイズ

急な終戦パレードの告知に、トリスタニアは沸いていた。
特に大商人が利益を上げようと大攻勢を仕掛けている。
浴衣、甚平だ。
才人のうろ覚えな雪駄と下駄の情報も街を流れ、服飾店、靴屋は急ピッチで各々の品を作っている。
そして民衆は少しでもシュヴァリエ・ド・ヒラガの威光を授かろうと品々を買い求めた。
なんせ触れればご利益があると思われているほどだ。
ゆかりのものであればお守り代わりになる! と言わんばかりの人気っぷりだ。
才人はまったく意図していなかったが、トリステイン城下街の流行を作り上げたのは彼だ。
そんな渦中の人物、平賀才人はやっぱり魅惑の妖精亭にいた。
昨日と変わらずだんだら羽織を纏っている。

「ジェシカ、話があるんだ」
「え、なによ急に」

髪を結い上げ、藍の生地に朝顔の白模様がうっすらと映える浴衣を着込んだジェシカ。
これはロマリア商人が贈ったものだ。
彼女がはだけた着方をしてしまったがため、今現在街を浴衣で歩く女性はすんごいことになっている。
さて、ジェシカさんと才人くんは魅惑の妖精亭客席にいた。
水を汲んだ木のコップ二つ、テーブルをはさんで向かい合う二人。
ジェシカは、肘を張って太ももの上に手をつき、少し恥ずかしげに明後日の方を見ている。
一方の才人は真剣な顔、握り拳をテーブルの上に置いていた。

「週末のパレード、知ってるか?」
「そりゃもちろん知ってるけど……」

今のトリスタニアはその話題で持ちきりだ。
街をあるけばどこからともなくその話は聞こえてくる。
それは主婦であったり、屋台の店主であったり、下級貴族であったりと職業に係わらない。
アルビオンから続いていた思い雰囲気を振り切ろうと、街中がはしゃいでいるのだ。
魅惑の妖精亭の食材調達を担うジェシカが知らないはずはなかった。

「パレード、俺の横に立っててほしいんだ」
「……はぁ!?」

思わずジェシカは才人の顔を見た。
そのくらい彼女にとって衝撃的で、理解できない言葉だった。
彼を見ても先ほどと同じ、じっと黒い瞳をこちらに向けている。
茶化すような雰囲気は一切感じられない。
なおも才人は言葉を重ねる。

「だからさ、今度のパレード、俺の横に立っててほしいんだ」
「……」

――パレードで英雄の隣に立つ、それがどういう意味かコイツはわかってるの?
へ、下手すれば結婚宣言にとられるのよ!?
どんだけ穏やかに受け止められても、恋人と思われるにきまってるじゃないっ

才人の様子は変わらない、欠片の動揺も感じられない。

――いや、コイツスケベなのに鈍感だったわ。
あたしがきっちり教育してやらないと。

その泰然とした姿にジェシカは心中で納得した。
おそらく、こいつはなんにもわかっていない。
妖精亭に来たときも田舎者っぷりを十二分に発揮して都会のルールを理解していなかったじゃないか、と彼女はこっそりため息をつく。
体中から軽く力が抜けるのを彼女は自覚した。
そしてコップの水に口をつけ、そのまま両手でかるく握る。
そしてこの従兄弟のような抜けた田舎者の英雄にきっちり教えてやろう、と口を開いた。

「ちょっと、それどういう意味か」「わかってる、意味なんてしっかり理解してる」

しかし、強い語勢で彼はそれを遮った。
そしていつかの夜のように、彼女の手をとった。
コップ、ジェシカの手、才人の手、重なった掌から伝わる温度にジェシカの心臓は跳ねる。
熱源はないのに、体温がどんどん上がっていく。

「いいから、俺の言うとおりにしてほしい」
「!?」

才人の真剣な視線が、ジェシカの心を射抜いた。
余計に体が熱をもってくる。
肌蹴ているはずの胸元が妙にじっとりと汗ばむ。

「頼む、一生のお願いだ」
「だめ、絶対ダメなんだから」

酒場にいれば強引に迫ってくる男はそれこそ星の数ほどいる。
スカロン・ディフェンスが発動する魅惑の妖精亭でもそれは例外ではない。
経験上、ジェシカもそんな野獣どものあしらい方をよく知っていた。
だが、才人は違う。
そんな輩とは違って下心がない、情欲に濁らない、澄んだ瞳だった。
それでも強引に、純粋に自分を求めてくる。
それが嬉しくもあり、恥ずかしくもある。
ジェシカは、目を逸らすことしかできなかった。
脳裏によぎるのは自分の従姉妹、そして、桃色の素直になれない小さな女の子。

「頼む、ジェシカにはまだ言えないけど、理由があるんだ」

――コイツはここまで言っておいて、何を言えないって言うんだろ?

ここまで盛大にほぼ愛の告白に違いないことを言っておいて何を隠しているんだ、とジェシカは訝しむ。
まさかこれが告白ではない、とコイツは思っているんだろうか。
彼女にはわからなかった。

「……今言いなさいよ」
「ちょっとそれは……できない。
だけどパレードが終わればきっと言う」

――パレードが終われば、という意味は、ひょっとして……。

「頼む、俺と一緒にいててくれ」
「……か、考えさせて」

結局、ジェシカに才人を突き放すことはできなかった。
保留するだけ、また次の機会までに悩んで決めよう、いや、断ろうとする。
才人は手を放すと、少し寂しげに笑った。
椅子を引いて立ち上がり、ドアの外をまっすぐに見据える。
その横顔に、彼女は凛々しさを、英雄になった少年の本気を感じた。

「わかった、明日また来るから」

ジェシカはへなへなと背もたれに身をまかせた。

「次来られたら……ことわれないじゃない、ばか」

雨が降りはじめていた。


26-2 ピンクの悪魔

――コンコン――

硬質な音が部屋に響き渡る。
ベッドに腰掛けながら手元の詩集に目を落としていたキュルケは、ドアへ振り向いた。
昼食後、コルベール教諭は水精霊騎士隊、空中装甲騎士団とともに、忙しなく打ち上げ花火の製造にハゲんでいる。
いつもの彼女なら気にせず突入するのだが、なんというか、雰囲気が怖いのだ。
みんなギラギラしている。
欲望に塗れているという意味ではなく、余裕がない。
あそこに近寄ればあんなこと(火薬の錬金)やこんなこと(ひたすら星づくり)をやらされそうだ。
それに急に雨が降り出してきた。
花火製作班は「湿気が、火薬がー!!」と叫んでいてより危険な雰囲気になりつつある。
なので大人しく詩集を読んでいた。
そこに珍しく来客だ。
彼女は開けようか、と一瞬悩み、スルーした。
特別めんどくさい予感がする。
なんとなく、めんどい娘のオーラがドアの隙間から漏れてきている気がする。
ロックはかけてあるからきっと留守だと思ってどこかへ行くだろう、とキュルケは自己完結した。

――コンコンコン――

さらに叩かれる扉。
ゴロン、と背中からそのままベッドに寝転がる。
腕を伸ばし、詩集を掲げて読んでみる。

――角度を変えて物事を見る、っていうのはこういうことじゃないわね。

もぞもぞとベッドにあがり、俯せになりながら読んでみる。
足をぶらぶらさせならが文字を追っていると、なんだかキュルケは楽しくなってきた。

――こういう時間も悪くないわ。

ザァーっと地面を濡らす音が耳に心地よい。
完全な静寂ではなく、静かな雨音で世界が満たされている。
やっぱり自分は間違っていなかった、今日は読書にふけるべきだ。
そんな思いにキュルケはとらわれはじめた矢先。

――ドン!ドン!ドガン!!――

「……ハァイ、ルイズ」
「はぁい、キュルケ。ずいぶん静かだったじゃない」

あら可愛い、と言ってしまいそうなほど綺麗な笑顔で、天使みたいに彼女は立ってた。
ただし部屋に入る手段はまったく天使らしくない。
極小のエクスプロージョン。
極上の苛立ちと細心の注意を込めて放たれた虚無のスペルはドアノブのみを削り取った。
アンロックを使えるくせにロックを物理的に解除したのだ。
その後蹴撃、速やかに部屋へ侵入といった次第だ。

――今夜はタバサのところで寝ようかしら。

幸い蝶番は無事だったが、くりぬかれたノブはどうにもならない。
現実逃避のように今夜の予定を決めるキュルケ。
ルイズは案の定持っていた瓶を突き出した。

「相談に乗ってもらうわよ」



ルイズがあまり得意ではない酒をキュルケの部屋に持ち込んだ。
彼女はアル中になってしまったのか?
勿論違う。
彼女は彼女なりに、才人との関係を見つめようとしたのだ。
だが、恋愛経験値は魔法学院最強、と目されるキュルケには相談できなかった。
一応ヴァリエール家とツェルプストーには因縁がある。
素直に恋愛レッスンを請うのは気が退けた、というか恥ずかしかった。
そこでワンクッション置こう、とモンモランシーに相談した。
しかし、彼女に諭されようとも意地っ張りが治るワケではない。
その時ルイズはポン、と手を叩いた。

――力を借りるのは人だけじゃないわ。

古来より、酒の力を借りる、という言葉がある。
最近の彼女は正直借りすぎかもしれないが、気にしては負けだ。
とりあえず彼女はウォッカを手にしてキュルケの部屋に乗り込んだ。
錠前もなんのその、虚無の使い手の前では紙に等しい。
ドアをぶち開ければキュルケがいた。
生意気にもベッドで胸をもにゅもにゅさせて遊んでいた。
そしてウォッカを突きつける。
キュルケは優しい顔でその酒瓶をとりあげると、換わりに戸棚から甘い白ワインを取り出した。

「ルイズ、あんまり強くないんだからほどほどにしなさいよ。
今日はあたしがとっておきを開けてあげる」

想像していたよりもずっとやさしい対応をとられ、ルイズはびっくりした。
ティーセットをカチャカチャ用意するキュルケを意味もなく警戒してしまう。

――トットット――

白ワインをティーポットに注ぎ、水差しの薄めたリンゴ果汁を加える。
バースプーンで数回かき混ぜ、それをカップに注いだ。

「なに突っ立ってるのよ。
ほら、話を聞いてあげようっていうんだから、座りなさい」
「え、ええ……」

こいつは誰だ、とルイズは訝しむ。
ただ、言われた通り立ちっぱなしというのもなんだったので、素直に椅子へ腰を下ろした。
キュルケは黙って同じものをもう一つのカップに注いでいる。
カップに口をつける。

――甘い、美味しい。

アルコールのにおいはきつくない。
酔いが進みすぎる心配はなさそうだ、とルイズは感じた。
キュルケが腰を落とす。
丸テーブルに向かい合った二人は、しばらく無言でカクテルを飲んでいた。

「で、相談ってなにかしら?」

五分ほど雨の音を聞いてから、キュルケが切り出した。
ルイズはカップに揺れるカクテルじっと見つめながら、ぽつぽつと語りだした。

「サイトと……もっと仲良くしたいの」
「どういう意味で?」

キュルケは問い返す。
ルイズは酒と空気の境界を見つめたまま、視線を上げない。

「仲良くしたい、というのは色んな意味があるわ。
恋人になりたい、友情を深めたい、仕事仲間とうまくやりたい。
サイトの場合使い魔として仲良くしたい、っていうのもあるかもね。
勿論違うものもあるわね。
どれなの、ルイズ」
「……」

ルイズは答えない。
キュルケは窓の外へ、降り続ける雨に目をやった。
そのまま無言の時が過ぎていく。

「恋人」
「え?」
「だから、恋人」

どれほど時間がたったのか、キュルケにはわからなかった。
ただルイズに目を戻せば、この可愛い小さな女の子は俯きながらぷるぷる震えている。
キュルケは満面の笑みを浮かべ、彼女を祝福した。

「よく言ったわ、素直になれないあなたが、宿敵たるツェルプストーにね」
「……宿敵じゃないわ」
「あら?」
「……友達よ」

――ああ、ふだんめんどくさいからこういう時は余計に可愛いわね!

キュルケは内心身もだえした。
こういうところに才人もコロッといったに違いない。
ツンとそっぽを向いていても染まる頬は隠せない。
キュルケはこの可愛い少女のために最上級のアドバイスをしてやろう、と心に決めた。

「いいわね、サイトと仲良くなりたかったら……」



[29423] 第二十七話 ワカレノ詩
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/06 00:22
27-1 マスター・サイトン

「ふぅ、あの調子ならもうちょっと押せばいけるかな」

才人は魅惑の妖精亭を出て一息ついた。
ぐっと背を伸ばして一つ深呼吸。
色んな料理、食材、香水のにおいが入り混じった空気を肺一杯に吸い込んだ。

――魔法学院の空気も美味しいけど、ここもいいよな。
人の活気があふれてて、なんか楽しい。

魔法学院で深呼吸をすれば、草の薫がたっぷりとする。
雨の前なら土の薫、季節によっても勿論違う。
花の匂いも心地よいし、干した藁束も悪くない。
ただ一つ残念なのは、日本の秋口に漂うあの芳香、小さなオレンジ色の花がないことだった。
ハルケギニアに来て一年以上たつし、探してみてもいいかもしれない、と才人は腕を下ろす。
そのままブルドンネ街を郊外に向けてぶらぶらと歩く。
いつもと違ってだいぶ歩きやすい。
まるで人が避けていってるみたいだ、と才人は呑気に思った。
勿論現実に人が避けている。
彼の着るだんだら羽織がここ、トリスタニアではこれ以上なく異質なものに感じられたのだ。
君子危うきに近寄らず、ということを現代日本人以上によく知っているタニアっ子のリアクションはきっと間違ってない。

――やっぱこう、新撰組の加護みたいなのがあるのかなぁ。

忌避されている、という意味では間違っていない。
途中で買ったソーセージをくるくる包み込んだクレープをパクつきながら、我が物顔で街を歩く。

――あれ、このクレープのにおい、ソバっぽい。
こっちにもソバってあるんだな、今度がんばって手打ちソバ作ってみるか。
作り方一切知らないけどなっ!

思いのほか良い味で気分は上々。
ルイズが食べるかはわからないが、もう一つ買い求めておいた。
それにしても、と考える。

――んー、でも絶好の商売のチャンスだからな。
ジェシカもふつー抜け出したくないよな。

やっぱり彼はわかっていなかった。

――パレードで横に立ってもらいたい、って言ったら呆れてたし。
やっぱりなーんかいい説得方法を考えないと。

昼下がりの一時は穏やかに流れる。
ただ、雨雲が空を埋めはじめていた。



27-2 Ladybird boy

雨が近づけば、降り出せば大地のにおいが強くなる。
それはどこか気分を落ち着けてくれる、と思う。
肺の中をそのにおいで満たす。

「すぅ……はぁ……」

いつもならそろそろサイトが部屋に帰ってくるころだ。
窓の外をぼんやりと眺める。
一人部屋で佇みながら、キュルケのアドバイスを思い出す。

『まず、ありがとう、って言いなさい。
あなたも今までに何度か言ったかもしれないけど、もう一度、素直に言いなさい。
遥か彼方から彼を無理やり引っ張ってきたのに変わりはないんだから』

トリスタニアの方から青い点がやってくる。
シルフィードだ。
小さくてよくわからないが、背中にサイトも乗っている気がした。

「すなおに、すなおに」

サイトと出会った時のことを思い出す。
今日と違って、あの日は抜けるような青空だった。
召喚した彼の顔が、”大人みたいな子供”みたいに見えたものだ。
キョロキョロ落ち着きのかけらもなく、挙句の果てには夢扱いまでして。
最初はどこぞの平民だと思い落胆した。
ただ一回の成功と言っても結果がこれでは惨めすぎると思った。
ご主人様をからかったとき、生意気だと思った。
ギーシュ相手に退かなかったとき、意地っ張りだと思った。
フーケのとき、命がけで助けてくれた。
アルビオンのとき、魅惑の妖精亭のとき、七万の兵が押し寄せたとき。
それから、それから、それから。

「サイト……」

どうして、胸が温かくて、痛くなってくるんだろう。
はやく会いたい。
耳を澄ませてみる。
しっとりと大地を濡らす雨音、それ以外聞こえない。
まるで世界に一人になったみたいだ。
もう一度ゆっくり息を吸って、吐き出した。
コンコン、とドアをたたく音。
次いでドアを開く音。

「たっだいまー!」

相変わらずノックの返事を待たずに入ってくる。
サイトは変な格好をしていた。
説明しにくい、浅葱色で袖口が白のぎざぎざ、そしてゆったりとしている服。

「おかえりなさい」

うまく笑えたか、自分ではわからなかった。
でもサイトは最初きょとんとして、すぐにっこり笑ってくれたからきっと大丈夫。

「いやーいきなり雨降ってくるもんだからシルフィードの上で濡れちゃったよ」
「はい、タオル」

タオルを手渡してあげる。
それだけでサイトはずいぶんびっくりしていた。
普段のわたしにどんなイメージを持っているのか、と問い質したくなる。

「サンキュな、今日はずいぶんご機嫌じゃん」
「ちょっとね、わたしなりに思うことがあったの」

まだだ、少しどきどきするけどまだ我慢。

「ふーん、そういやまたトリスタニアで旨いもん見つけたんだ。
ソバのクレープなんだけど、食う?」
「いらないわよ、大体食事なら学院で出るじゃない。
料理長がわざわざシエスタに聞いてたらしいわよ、『我らの剣は俺たちの料理に飽きたのか』って」
「げ、親父さんには悪いことしたなぁ……」

でも買い食い楽しいんだよなー、と頬をかくサイト。
ほとんど娯楽のない魔法学院に比べたら確かにトリスタニアで色々するのは楽しそうだ。

「パレードの日も朝なら時間あるだろうし、そん時一緒に色々見て回らないか?」
「ええ、もちろんいいわよ」
「シエスタにも声かけとかないとな、普段お世話になってるし」

感謝の気持ちというのは大切だ、というのはキュルケに散々教えてもらった。
でも時と場合を選んでほしい。
こういうところはやっぱり騎士じゃなくってバカ犬だ。

「……別に、二人でいいのに」
「ん、ごめん。なんか言った?」
「なんでもない」

サイトにそこらへんのデリカシーを求めるのは酷だ。
これからじっくり、時間をかけて自分が教えてあげればいい。
彼はこの世界で、わたしがいるから残ってくれたんだ。

「街歩いててもこう、人が少し避けてくれるんだ。
ハルケギニアにもこんな服の警察みたいなのがいたのか?」
「……それはただ変人だと思われてるだけよ」
「うっそだぁ! 俺の世界じゃ男のロマンだぞこの服は!!」

楽しそうに他愛ない話を続けるのも、きっとわたしのため。
少し嬉しくなってくる。

「あ、あと武器屋の親父見た。
なんか焼き鳥の屋台やってた」
「六千年生きた俺もあれには呆然としたね」
「なにがあったのかしら」
「戦争終わっちまったからなぁ、他のところでとっとと稼ぎ出したとか」

ハナビっていうサイトの故郷の催しのために水精霊騎士隊はかかりっきり。
爆発する危険性もあるらしくて、主役を危険にさらすわけにはいかない、というみんなの好意でこうしてゆっくりしていられる。
しとしと降り続ける雨も、サイトが外へ行くのを止めてくれる。
久々に幸せな時間だ。

「ユカタっていう衣装はどうなの?」
「ああ、着々と広まりつつあるよ。
なんかすっげー嬉しい、シエスタとジェシカにはもー感謝の言葉もないよ」
「わたしもいつか着たいわね」

サイトの故郷の伝統衣装、ユカタ。
シエスタとジェシカの曾祖父がこの地に残してくれたことにわたしも感謝する。
そのおかげで彼のこんな嬉しそうな顔を見れるのだから。
故郷から、遠ざけてしまったけれど。

「お、ルイズにはどんな色が似合うっかなー。
んーレモン色かな~」
「……それだけはやっちゃいけないと思うわ」
「相棒、格好のいじられネタになるだけだぜ」

時折カチャカチャと相槌を打つデルフリンガーの声さえ心地いい。

「うん、ルイズなら浴衣もばっちり似合うな」
「おう! 娘っこはぺったん娘だからな!!」
「やかましいわこのボロ剣!」

前言撤回、やっぱりこいつはうっとうしい。

「花火大会がこの世界でできるなんて……。
ダエグの曜日が待ち遠しいぜー」
「今日がマンの曜日だからあと四日ね」

ハナビはわたしも見たことがない。
大きな花が夜空に咲く風景は、どこか現実離れしていて綺麗だ、とサイトは言っていた。

「パレードって隠し芸みたいなのいるかなぁ」
「折角だから俺使ってなんかやれよ、剣舞とか彫物とか」
「剣舞は無理っぽいな……彫物なんとかなるかな、練習するか」
「もう、そんなの明日でいいじゃない。
それよりも姫さまが演説をさせてくるかもしれないから、そっちの方が大事だわ」
「そ、そんなの無理だって!」

サイトがきっちり演説をする様子なんて全然想像がつかない。
きっと思ったことをぽろぽろ言って、笑われて、開き直って、拍手で終わるような気がする。
夕食も近いし、そろそろキュルケのアドバイスを実行しようと思う。

「そういえばさ」
「なに?」

でも、楽しい時間は、唐突に終わる。

「パレードの時、ジェシカに隣に立ってもらおうと思ってるんだ」
「……え?」

雷が落ちたかと思った。
それくらいの衝撃を受けた。

「や、姫さまから女性パートナー選べって言われてさ。
ジェシカにそれ頼むから」
「……なによ、それ」

いみがわからない。

「どういう意味かわかってるの?」
「ん、そりゃ勿論わかってるけど」

だったら、なんでそんなこというの?

「なんでジェシカなの」
「いや、ちょっと色々あって……」

目を逸らされた。
頭にカッと血が上る。

「ふざけないで」
「ふざけてなんてないって。
どうしたんだよいきなり」

サイトは戸惑ってる。
その様子は、余計にわたしを苛立たせる。

「ふざけてないなら、なんでそんなこと言い出すのよ。こたえなさい!!」
「な、なんだよ怒鳴ったりして……」

コイツはなんにもわかってない。

「出てって」
「はぁ?」
「出てってって言ってるでしょ!!」

枕を投げつける。
サイトはそれを受け止めながらもやっぱりわかってない顔だ。
その顔をやめてほしい。

「はやく出ていって!!」
「わ、わかったよ。また後で話を」「戻ってこないで!!」

出ていった。
サイトは出ていった。
胸が痛くて泣きそうだ。
でも、涙は溢れず心にたまった。



27-3 

「な、なんだよ急に……」

ルイズの部屋から叩き出された才人は困惑していた。
彼としてはただ世間話の一環でしたつもりだった。
現代でただの高校生にすぎなかった彼に、終戦パレードの英雄、その隣に立つ女性の意味を想像しろ、という方が酷だった。

「うーん、わからん」

頭をひねっても今の彼では答えを出せそうになかった。
仕方なく、隣室のドアを叩く。

「……どうしたのよ、すごい声だったけど」

ドアからキュルケが顔を出す。
怒声は石造りの壁を貫いていたようだ。

「ごめんキュルケ、しばらくルイズのことを頼む」

怒った理由にまったく思い当たらない以上、自分はしばらく会わない方がいい、と才人は判断した。
そしてルイズの友人であるキュルケにフォローを頼んだ。

「いいけど、サイトなにしちゃったのよ?」
「わかんない、話してたらいきなり怒り出しちゃって」

ふむ、とキュルケは考え込む。

――お昼のあの子は珍しく真摯に助言を受けていたわ。
だから今回ばっかりは原因が才人にある、と信じたいけど……。

彼女はルイズの嫉妬深さや癇癪のことを知っている。
とりあえず才人の頼みは受けることにした。

「わたしからルイズに色々聞き出してみるわ」
「ありがとう、ホントに感謝してる」
「いいわよ、なんたってわたしはルイズの友達なんだから」

パチン、とウィンク一つ。
随分仲良くなったんだな、と出会った当初を思い出して才人は感心した。

「それで、あなたどこで寝るのよ?」
「んー、水精霊騎士隊の部屋に転がり込むかな。
最悪トリスタニアまで飛ぶことになると思う」

トリスタニアの場合、魅惑の妖精亭の住み込み部屋を借りるつもりだ。
今の彼を取り巻く環境を考えれば、最悪の行動になる。
しかし、キュルケも才人もそんなこと知る由もない。

「まぁ、あの怒りっぷりだしシエスタとかタバサは頼らない方がいいわね。
あとで寝床を教えてくれればちょくちょく報告に行くわ」
「助かるよ」

微かに浮かぶ才人の笑顔は弱り切っていた。
彼としては恋人と楽しく語り合っていたらいきなり怒鳴られ追い出されたのだから無理もない。

「今度”始祖の降臨祭・初恋風味”をわたしとジャンのためだけに作りなさい。
それでチャラにしてあげるわ」
「……それレイナールも言ってたけどなんなんだ」
「あら、製作者が名前を知らないの」

キュルケは茶目っ気たっぷりに笑って言う。

「ルイズみたいなものね。
甘酸っぱくて、可愛らしい料理よ」



[29423] 第二十八話 バカ犬、雨粒の中で
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/06 23:49
28-1 鈍感力

「さて、どうしよう」

シエスタに、ルイズの部屋へ紅茶を淹れに行ってもらうよう頼んだ後一人考える。
雨はしとしと降り続いている。
さっきよりは弱まってるかな、と才人は思った。

――水精霊騎士隊に顔出すか。
あんま近寄るな、って言われてるけど。

よし、と勢い込んで雨の中走り出そうとするが、やってくる人影に才人は力を抜いた。

「お、副隊長じゃないか」
「レイナール」

学院の渡り廊下に駆け込んできたのはレイナールだった。
濡れたメガネをハンカチで拭いている。

「流石にのび太じゃないか……」
「ノビタ?」

レイナールは非常に真っ当な目つきをしていた。
どうがんばっても3には見えそうにない。
それどころか裸眼としっとり濡れた髪のせいでいつもより男前っぷりがあがっている。
才人は心の中で舌打ちした。

――けっ! メガネ外せばイケメンとか流行らねぇんだよ!!
メガネ外せば美少女はむしろアリだけど。

「まぁいい。先ほどアニエス隊長宛に書簡が来たんだ。
例のパレードのことだ」
「なんか問題でもあったのか?」

首を振るレイナール。
その拍子に水しぶきが飛んで才人はちょっとだけイヤな顔をした。
レイナールは胸元から一通の手紙を取り出す。

「隠し芸だ」
「え?」
「マザリーニ枢機卿直々の書簡だった。
パレードで行進中きっちり盛り上げろ、とのことだ」
「マザリーニって、あのおじいちゃんだよなぁ」

才人は白い口髭をはやした白髪なおじいちゃんを思い出す。

――確か、ロマリアから来た人だったよな。
案外ひょうきんな人なのか?
姫さまも頼りにしてるくらいだし、実は頼れて面白い人なのかな。

頼れる面白い人はアニエス宛の伝書鳩を飛ばした直後、面白い顔で泡を吹きながら倒れてしまっている。
マザリーニが隠し芸をやれ、というのはただ彼がひょうきんだから、というわけではない。
例によって平民アピール大作戦だ。
貴族というのはこういったパレードでも平民に愛想を振りまくということは滅多にしない。
それでは困るのだ。
才人やまだ若く偏見に固まっていない水精霊騎士隊がアクションをとることで、平民はよりいっそう盛り上がる。
財布も緩む、税が増える。
戦役が続いたトリステイン財務省はワリといっぱいいっぱいだった。

「でもレイナール、こういうのキライじゃないのか?」
「なに、水精霊騎士隊の宣伝になるならなんでもやるさ」

レイナールはしれっと答えたように見える。
だが男というのは時に異常なほど勘がよくなる。
才人の目はごまかせなかった。

「あ、アニエス隊長!」
「な!?」
「嘘だよ」

確定だ、と才人はにんまり口元を歪める。
レイナールは苦虫を噛んだかのような顔で視線を逸らした。

「そっかそっかー、ふーんなるほどねー」
「……」

珍しくレイナールの顔が赤く染まった。
才人はより一層面白がる。

「手渡された時触れ合っちゃったりしたのかなー」
「……なにがのぞみだ副隊長殿」

ふむ、と才人は腕組みした。
特に要求はない、というかレイナールは事態を無駄に重く見ている気がする。
大体水精霊騎士隊は全員このことを知っている。
秘めた恋だと思っているのは彼一人だった。

「んー、なんも思いつかん」
「そうか、貸しということか」

――コイツ勝手に追い詰められて自爆するタイプだな。
俺みたいに地雷もへったくれもなく気楽に生きればいいのに。

才人はものすごく自分のことを棚上げして思う。
そして考えが閃いた。

「あ、そうだ」
「ん、どうした?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだ」

そして才人はルイズの部屋でのことをレイナールに説明した。
ただし彼女に説明していないこと、トリスタニアに蔓延る失踪事件のことからジェシカがターゲットになっている可能性まできっちりと話した。

「つまり、その子は誘拐の危険性があるから副隊長の隣にいてもらう、と」
「うん、そうだな」
「うーん、僕では力になれそうにない。
彼女が怒った理由が皆目見当がつかないや」
「頭の良いレイナールでも無理かぁ、じゃあギーシュとかに聞いても一緒だな」
「だろうな。
それに彼女はティファニア嬢と二人、巫女姿でパレードに参加するんだろ?
結局のところきみとは一緒にいられないよ」
「だよな、俺なんで怒られたんだろ……?」

やっぱり男子と女子って感覚違うのかな、と呟く才人。
残念ながら男連中からフォローを受ける芽を完全につぶしてしまった。
ちなみにルイズは巫女姿でパレードに参加することをまだ知らない。

――まぁ、パレードまで熱を冷ませばなんとかなるか。
ジェシカ事件も片付くだろうし、花火もある。
仲直りにはちょうどいいじゃん!

「ま、それはそれとしてきっちり練習しておいてくれよ」
「へいへい、レイナール先生の顔を潰すマネはしないさ」
「……ホントに言うなよ」
「言わない言わない」

雨はまだやまない。
今日は久々に厨房で飯を食おう、と才人は思った。



28-2 マッド・ティー・パーティー

才人が部屋を去ってからしばらく。
ノックを一つ、返事はない。

「ルイズ、入るわよ」

キュルケはエレガントにドアを開ける。
鍵はかかっていない。
ドアノブを吹っ飛ばす必要はない。

「なに布団にくるまってるのよ」
「うるさい」

ルイズは布団でかたつむりになっていた。
いくら雨が降っていていつもより涼しい、とは言っても夏場であることに変わりはない。
このまま放っておけば汗だくになってそのうち顔を出すだろう。
それでも引っ張り出してやろう、とキュルケは思った。

「とっとと起きなさい。シエスタが来るわよ」
「なんでよ」

布団の中からでこもっているが、すぐわかるほど不機嫌な声だ。

「そりゃ呼んだからに決まってるじゃない。
じっとり暑いんだからアイスティーもなしにお喋りなんてできないわ」
「はなしたくない」

けんもほろろな返答だ。
キュルケはぎしっとベッドに腰掛ける。

「駄々こねないの」
「やだ」

まるで子どもだ、と彼女は苦笑した。
事実、ルイズは幼い。

「はいはい、起きまちょうね~」
「……」

ルイズの返事の代わりに硬質なノック音が部屋に響いた。

「はい、どうぞ」
「失礼します、ミス・ヴァリエール、とミス・ツェルプストー?」
「ええ、お邪魔してるわ」

ワゴンを押してシエスタが入ってくる。
ワゴンには汗をかいたガラスのティーポット、三つのティーカップ、クッキーが載っている。

「あら、サイトさんは?」
「ぅぅう!!」
「ほらほら怒らない」

シエスタの疑問にルイズは唸った。
まるまったままの布団をポンポンとキュルケは叩いてめんどい娘をなだめる。
それを横目にシエスタはテキパキお茶会の準備を進めていく。

「特に指定がなかったのでカモミールティーと、食事前ですので甘さ控えめのクッキーにしましたが、よろしかったでしょうか?」
「ええ、よくってよ」
「……いらないもん」

ティーセットを配置したシエスタとベッドに腰掛けるキュルケは目を合わせて、同時にため息をついた。
微かに動く布団娘をどうしようか、と二人とも考えをめぐらせる。
ピン、とキュルケの頭に豆電球が灯った。

「ねぇシエスタ、綱引きって知ってる?」
「綱引き、ですか?
聞いたこともありません」
「そう……綱の両端を引っ張りっこする競技なのよ、こういう風にね」

キュルケはむんずと布団の端っこをつかんだ。
その顔は悪意のかけらもなく、ひどく楽しそうだ。
もちろん布団の中にはルイズがこもっている。
それを見てシエスタも気づいた。
そしてキュルケと同じような笑みを浮かべた。
逆側の布団の端っこをむんずとつかむ。

「そうですか、楽しそう。
やってみたくなっちゃいました」
「あなたならそう言ってくれると思ったわ、シエスタ。
宝探しの時から思ってたけど、やっぱりあなた素敵だわ」
「あら、貴族様から褒められるなんて恐れ多いです」

うふふ、あはは、と淑女的に笑いあう二人。
一方布団の中のルイズはまったく状況がつかめていなかった。

――この二人なんでいきなり笑ってるのよ……。
ていうかとっとと出ていきなさいよ。

キュルケとシエスタは頷き合う。

「掛け声はサイトの故郷にならいましょう」
「サイトさんの故郷のですか? ますます素敵!」
「ええ、そうでしょう」

二人して息を深く吸い込む。

――いくわよ。

――がってんです!

「はっけよ~い、のこった!」
「のこったのこった!!」

雨降りの夕方、部屋の中。
美少女二人が「のこったのこった」と叫びながら布団を引っ張り合う。
しかも布団の中には人がいる。
実にシュールな光景だ。
はたからみればシュールの一言で終わるが、巻き込まれたルイズはたまったもんじゃない。

「やややや、やめ、やめなさいっ」
「のこったのこった!!」
「のこったのこった!!」

ルイズは思う、きっと絞られた雑巾はこんな気分だ。
今度からメイドに雑巾はもっと優しく絞るよう言っておかないと、と現実逃避気味に思考を飛ばす。
美少女二人はそうすることが唯一の正義であるかのように、布団を引っ張り合う。
一分もしないうちに彼女は布団から文字通り絞り出された。

「ふぅ、ふぅ、楽しいですねミス・ツェルプストー」
「はぁ、はぁ、キュルケでよくってよシエスタ」
「ふぅ、あら、恐れ多いですわ」
「はぁ、気にしないでいいわよ」

共同作業は二人の友情を深めた。
目的だったはずのルイズはなぜか疎外感を覚えた。

「さて、ようやく出てきたわねルイズ」
「拗ねてむくれてサイトさんにかまってもらおうなんて甘いです、ミス・ヴァリエール」
「……あんたらねぇ」

そして何事もなかったかのように標的にされる。
ルイズは肩の力が抜けるのを感じた。

「もう、いいわよ。あんたらには負けたわ」
「あら勝っちゃったわよシエスタ」
「勝っちゃいましたねキュルケさん」

くすくすと笑いあう二人。
同い年でかつ若干苦労人なところがあるせいか、不思議なくらい気が合うようだ。
それがルイズはちょっぴり気に食わない。

――なによ、わたしを引っ張り出すのに四苦八苦してたくせに。

めんどい娘は自分が中心じゃないと寂しくなってしまうのだ。
その気配を感じたのか二人は同時にルイズへ向き直る。
あまりの息の合いっぷりにルイズは少しびびった。

『話を聞きましょうか』



「なるほどね。
だからあんなに怒鳴ったわけか」
「サイトさん、ひどいです!
っていうかジェシカいつの間に……!!」

キュルケは腕を組んで考え込み、シエスタは黒いオーラを迸らせた。
ルイズはあれからできるだけ客観的になるよう努め、二人に事情を説明した。
その結果がこれである。

「どちらが上か、教えてあげないといけませんね……」

ゆらり、とシエスタが椅子から立ち上がる。
目元に髪がかかっているわけでもないのにその瞳は暗くて見えない。
「うぐぅ、妖精亭で食い逃げしまくってやる……!」とオーラの割に考えていることはセコイ。
背中から白い羽が見えている気もする。

「まぁ、待ちなさい」

キュルケはシエスタを制した。
途端オーラが消失して目元もふつうに判別できるようになる。

「この件はあたしにあずからせてもらうわ」
「で、でも!」
「いいから」

ルイズは話し終えてからずっとティースプーンをぐるぐるかき回している。
ティーカップの中で澄んだ褐色の渦がぐるぐる回っている。

「ルイズも、少しだけ我慢してちょうだい」
「わたしは別に、どうでもいいわよ」

――あー、せっかく解きほぐしたのに。
サイトったらホントにバカねぇ……。

ルイズはつんと澄ましている。
それを見てキュルケは、さてどう攻めようかしら、と頭を働かせた。



[29423] 第二十九話 Back yard dog
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/08 00:38
29-1 ハチ公

「ハァイ、サイト。雨やまないわね」
「お、キュルケ。狭いところだけど入ってくれ」

翌日の夕食後、キュルケは才人を訪ねた。
彼はヴェストリの広場でテントを張って、そこで寝泊まりしている。
水精霊騎士隊の部屋に転がり込めば、とキュルケは言うが。

「いや、マリコルヌはリア充は入れねぇとか言うし。
ギムリもキュルケと仲いいやつはダメだとか言うし。
レイナールに至ってはプライバシーの尊重とか言い出すし。
ギーシュが一番ひどくてモンモンに追い出された」
「あら、それはご愁傷様」

テントの中は湿気でじっとりしている。
雨漏りはない。
部屋の真ん中に置いてあるカンテラと外からの光で中はうっすら明るい。
才人は必要最小限のものしか持ってきていないらしく、荷物は少ない。
毛布と枕代わりの丸めた布きれ、そして枕元に一かためにされた着替えと瓶。
テント内は立っているには狭く、キュルケは才人が手渡したクッションをしいて座った。
才人は胡坐をかいてぼんやり入り口を見ている。

「でもテントで寝てると昔のことを思い出してさ。
こーいうのもたまには悪くないな、って」

彼は昔シエスタと誤解されたときのことを思い出していた。
いつかきっと誤解は解けると信じてルイズを待つことにしよう、と決意していた。
ご主人様を信じて待つ忠犬のような顔をしている。
一方キュルケは気の毒そうな顔をしている。
才人はその顔に事態の悪さを感じ取った。

「……状況はよくなさそうだな」
「そうね、ルイズはカンカンよ」
「俺なにやったんだよ……今回は全然心当たりないのに」

頭を抱えて才人は悩みだす。

――やっぱり、サイトは自分が悪いとは欠片も思っちゃいないわ。
詳しい話を聞き出しておく必要があるわね。

キュルケは昨夜の時点で原因にアタリをつけていた。
彼女はお昼にルイズへ助言をしたとき、自分も才人と出会ったときのことを思い出していたのだ。

――あのときのサイトは貴族も平民も意識の中にまったくなかった。
ということは、少なくともサイトの故郷はハルケギニアの常識が通じるところではないわ。
なら、パレードがそもそもあるかどうかも疑わしい、と考えた方がいいわね。

コルベールの研究を隣で見てきた時間がキュルケを鍛えた。
物事を筋道立てて考える力がついたため、昨日の話を聞いた時も感情的にはならなかった。
むしろそれはおかしい、と頭の片隅でもう一人の自分が囁いているようだと感じている。
両方の意見を聞いてから判断する、という結論に至った。

「ルイズにも聞いたんだけど、サイト何言ったのよ?」
「んっとだな……」

才人はきっちり説明した。
レイナールにしたよう、詳細を余さず説明した。
失踪事件の件からパレードの件まですべて説明した。
それを聞いたキュルケは呆気にとられる。

――ルイズから聞いてない話がぽんぽん出てくるんだけど……。
っていうかあの娘、この話知ってるの?

「ねぇサイト、その失踪とか、ルイズに話したかしら?」
「えっと、話し、てないかなぁ?
どうだったっけ、おぼえてない、うん!」

――ダメだコイツ……はやくなんとかしないと……。

一瞬キュルケは新世界の神のような顔をしてしまう。
とは考えたものの彼女は早く何とかするつもりはなかった。
ふと、思いついたことを聞いてみる。

「そういえば、サイトの故郷ってパレードあるの?」
「パレードくらいあるよ」
「あら」

これは意外、と彼女は思った。
パレードがあるなら隣に立たせる人の意味くらいわかってもよさそうだ。

「でも戦勝パレードなんか知らねー。
軍隊と遊園地のパレードくらいかな。
外国の軍事パレードすごいんだぜ? 脚をそりゃ無理だろって角度まで上げながら歩くんだ
遊園地のもキラキラテカテカしてて感動できる」
「脚……キラキラテカテカ……」

キュルケは想像してみる。
金銀宝飾で全身着飾った人々がバレリーナみたいに脚をあげながら行進する様子が思い浮かんだ。
きっと違う、と思考を破棄する。

「その、サイトの故郷のパレードで男女ペアってあるのかしら?」
「男女ペア……うーん、あるにはあると思うけど、よく覚えてないや」

――やっぱりパレードへの意識が全然違うのね。
これはまぁルイズたちにとっては朗報だわね。

とにかくもう一度情報を確認しようとする。

「まず一つ目、ジェシカって子とはなんでもない」
「なんだよそれ、何かあるみたいな言い方だな」
「良いから答えなさいって」
「や、良くしてくれるけど何にもないよ。
ただ最近風邪気味っぽいかな、よく顔赤くしてるし」

なるほど、とキュルケは頷く。
彼女の脳内でジェシカはリーチがかかっている、と認定された。

「二つ目、ルイズのことが一番好き」
「……なあ、それって言わなきゃダメか?」
「言わなきゃダメよ」
「……ああ」
「ああ、じゃわかんないわよ」
「好きだ」
「誰がよ」
「ルイズが」
「ルイズがどうしたっていうのよ」
「ああもう! わかってやってるな!!」

キュルケはころころ笑う。
才人は立ち上がって啖呵を切った。

「なら言ってやらぁ!
俺は、ルイズが、大っ好きだぁぁあああ!!!」
「まぁ情熱的、でも叫ぶ必要なんてなかったわよ」

この叫びをルイズに聞かせてやりたい、とキュルケは思った。
あいにく雨が降っているので彼女の部屋までは到底届かないだろう。

「ま、でも大体のところはわかったわ。
あとはあたしに任せておきなさい」
「サンキュ、キュルケ。すげー助かる」

気の良い少女らしいおせっかいで、この機会に絆を強化してあげようと画策する。
最高にドラマチックな仲直りにしてやろう、と。

「パレードが終わるまでルイズと喋るのは禁止。
辛いけどこれは守りなさいね」
「う……わかった、がんばる」

キュルケは立ち上がり、テントの入り口を開いた。

「じゃあね、あとはキュルケおねーさんの手腕にご期待なさい」
「頼んだよ」

才人はやっぱり忠犬みたいな顔をしていた。



29-2 キム・ディール

タバサがルイズの部屋で本を読んでいる。
そんなありそうで才人がいない限り滅多にありえない光景を見て、キュルケは固まってしまった。
目をしぱしぱさせても椅子に座って本を読んでいるのはやっぱりタバサでしかない。

「キュルケ、どうだった?」

才人が犬ならルイズは子猫のようだった。
その不安げな表情は普段の彼女からは程遠い。
よっぽどジェシカに才人がとられることを恐れているようだ。
そんなルイズに、キュルケは安心させるためにも穏やかな笑みを見せた。

「大丈夫よ、ルイズ」

ピクリ、とタバサの耳が動いた。
実際動いたとしても極微かだったが、キュルケにはわかった。
この娘もパレードの件をどこかから聞いて不安がってるな、と。

「はぁ、収穫はきっちりあったわ。
二人ともお茶にしましょ、シエスタは呼んであるわ」

ご飯の後だから軽めだけどね、とキュルケはウィンクひとつ。
ルイズはふらふらと勉強机の椅子に腰を下ろした。

「とりあえず、大丈夫なのよね」
「ええ」

ルイズははぁ~、と脱力しきったためいきをついた。

「よかった……ホントによかった」

若干鼻声になっている。
昨夜からよほど不安が募っていたようだ。

「ま、飲み物もなしに喋るようなことじゃないわ。
すぐ来るだろうし、シエスタを待ちましょ」

つとめて明るくキュルケは言った。
窓の外はまだ明るい。
雨はやっぱりやまない。
気象にも造詣が深いギトー教諭が言うには、この雨は長引くそうだ。
キュルケはすとんとベッドに腰を下ろす。
タバサは本に目を落としていてもページは進む気配がない。
三人が三人とも何か考えを巡らせているようだ。
雨音だけの部屋に、昨日と同じようにノックが響く。

「失礼します、ってミス・タバサ?
それにサイトさんがまだいないんですか??」

メイド服姿のシエスタが、小さな金属製のバケツとワイングラスの載ったお盆を手に入ってくる。
不思議なことにグラスは四人分きっちりあった。

「キュルケさんが大丈夫、って言うからてっきり部屋に戻ってらしてると思ったのに」
「そこらへんはまだ事情があるのよ。
さ、お茶にしましょ」

キュルケはシエスタに用意を促すが、彼女は気まずそうに照れ笑いを浮かべる。
そしてたっぷりの氷と三本の瓶がはいった金属製バケツを突き出した。

「えへへ、実は仲直りのお祝い、ってことでワインにしちゃいました」

瞬間、部屋にいた三人の脳裏には別々の出来事がフラッシュバックする。

――あなた、調子乗ってませんか?――

――飲んで――

――くらえッ! ルイズッ! 半径1メイル○○○○○スプラッシュをーーーッ!!――

三人の顔が同時に、同じくらい青くなる。
そんな淑女たちの顔色にシエスタは気づく気配もなく、グラスを並べだす。
おつまみはクラッカーとクリームチーズ、スモークサーモン。
夜食には少し重そうだった。

「あら、皆さんどうしたんですか?」
「その、お酒はやめとかない?」
「やめるべき、特にあなたは」
「そ、そうね、飲みすぎは成長に良くないって言うし」

シエスタはきょとんとした顔をして、すぐにっこり笑顔をつくった。

「まぁ、でもおめでたい席はやっぱりお酒が付き物ですよ。
サイトさんと同じ国から来たひいおじいちゃんも言ってました。
酒は飲んでも飲まれるな、って」

あら、何か違ったかしら、と彼女は小首を傾げる。
三人は思う。

――お前がそれを言うな!



結局一本の瓶にはりんご果汁が入っていたのでそれを四人で分け合った。
アルビオン産の高地栽培ってレベルじゃないそれは糖度が高い。
とにかくそれを飲み物にして、キュルケは三人の乙女に才人の言い分を説明してあげた。

「というわけらしいのよ。あ、あと今言ったようにルイズはパレードまでサイトと話すの禁止ね」
「なにそれ」
「理解できない」
「許しません」

乙女たちは冷静じゃなかった。
いや、ルイズだけは幾分落ち着いていた、冷静じゃないのも嬉しさではしゃぎまわりたい、といった具合だ。
それも才人がテントの中で何を叫んだかを聞いたからだ。

「ふふっ、そう、まぁご主人様は寛大だから犬のすることくらい許してあげるわ」

上機嫌で余裕綽々な発言までかましてくれる。
巫女姿の件は朝食後レイナールから聞いていたし、パレード後にはきっとロマンチックなことが待っている。
有頂天状態になりつつあった。

「納得できない」

これにぶすっとむくれているのはタバサだ。
彼女はアンリエッタの隣で愛想を振りまく役目が待っている。
そこに才人が来る余地はない。
それどころかパレード中はカステルモールがはるばるガリアから来て、過保護な父親のように世話を焼くことが決まっている。
そんなタバサを見てルイズは、ふふん、と高貴な笑いをもらす。
じとっとした目で睨み返すタバサ。
そんな視線今のルイズには痛くも痒くもなかった。
が、シエスタの反撃がはじまる。

「でも、結局パレードはジェシカとなんですよね」

ぴく、とルイズの顔面が凍る。

「サイトの考えはどうあれ、民衆がどう思うかは結局変わらない」

口元が引きつる。

「そういえばそうよね」

目元に涙が浮かんでくる。

「サイトさんってスケベで雰囲気にも流されやすいですよね」

わなわな全身が震えだす。

「夜のパレードは雰囲気も満点」

口元があわあわ波立ってくる。

「ジェシカって子、危ない気がするわね」
「どどど、どうすればいいのよっ!?」

ルイズはキュルケに泣きついた。
タバサとシエスタは意地悪そうな顔をしている。
キュルケは、仕方ないなぁルイズくんは、と言いたげな顔でのたまう。

「諦めたら?」

タバサとシエスタはそれに激しく同意し、力強く何度も頷いた。

「ぜったいやだ!!」

ルイズは子供みたいにわめく。

「と言っても、実際のところどうしようもないわ。
サイトはあれでルイズ最優先に見えるけど、言い出したことは結局曲げないし」
「ぐぬぬ……」

ルイズは呻く。
そのあともあーだこーだという議論は続き、ワインに手が伸びて、結局気づけば翌朝になっていた。
具体的な打開策を見出すことなく、パレードの日を迎えてしまう。



[29423] 最終話之前 Another morning, Another world
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/12 23:49
F-1 生まれ変わった朝

朝日が昇り、鳥の鳴き声が聞こえる。
今日は魔法学院所属、水精霊騎士隊のめでたい日ということで授業は中止になっていた。
隊員はみな遅くに開催されるパレードに備えてゆっくりと眠っている。
才人も例外ではなく、いつもより二時間ほど遅い起床だった。
起きてからテントの中で身支度を整える。
甚平を改造した白い上衣を着、トリスタニアで無理言って仕立てた黒い馬乗り袴、白い足袋をはく。
だんだら羽織を身につけて、鉢がねを額に締める。
最後にシュヴァリエ・マントをまとえば準備は完了。
ここ最近のお気に入りスタイルだった。
気分が引き締まる、と才人自身が感じている。
服装のチェックを終えたころに、テントの入り口が開いた。

「おはようサイト……ってまたその服かい」
「おはようギーシュ、この格好はゆずれねぇ」

なんでこの良さがわからないかな、と才人はぼやく。
いつも通りの服装にシュヴァリエ・マントを羽織ったギーシュは、上から下までその服装を検分する。

「君の故郷のお祭りだっていうならそれが正しいんだろうけど。
女王陛下からダメ出しを受けたら脱いでもらうよ」
「大丈夫だ、すでに根回しはすんでる」

無駄に準備がいいのは日本人の証だと才人は信じている。
呆れた顔でギーシュはテントから離れる。
才人も続いて雪駄を履いて外に出る。
久々の太陽だった。

「晴れてよかったな」
「ああ、これも僕らの日ごろの行いの賜物だろうね」

快晴とまではいかない。
空には白い雲がぽつぽつ浮かんでいる。
だが雨の心配はなさそうだ。

「そろそろいこうか」
「まだ時間はあるだろ?」

ギーシュはいつも通りに薔薇を一振りする。

「応援団のみんなが待っている。
トリスタニアではなくアルヴィーズの食堂さ」

それと少し遅い朝食だね、とギーシュは続けた。
なるほど、と才人は頷いて歩き出す。
ふと、青空を見上げた。

「どうしたんだい?」

動く気配のない才人を訝しんで声をかけるギーシュ。
それに対して才人は思うままを答えた。

「いや、召喚された日の空に似てるなって」



アルヴィーズの食堂はごった返していた。

「す、すごいな……」
「話題性たっぷりだからね。
ほら、君は副隊長なんだからしゃきっとしないと」

色とりどりの人だかりに向かってズンズン歩いていくギーシュは隊長らしく堂々としていた。
その背中を少し猫背でついていく才人は副隊長のくせに雑用係に見える。

「隊長! 副隊長!!」

レイナールの叫び声に食堂中の視線が二人に突き刺さった。

「ギーシュさま!」
「サイトさま!!」

次の瞬間には二人の周りにゴンズイ玉のように女子生徒がたかってきた。
シュヴァリエを授与された二人の人気は水精霊騎士隊の中でも特に高い。
人ごみに飲み込まれた才人は、レイナールのあからさまにほっとした顔を見た。

「ちょ、どさくさにまぎれて髪をつかまないで!」
「どいてどいて! てか飯食わせろ!!」

ちょっとしたアイドル気分だ、しかも嬉しくない方向での。
二人は折角ビシッと決めた服装をよれよれにしながらも食卓についた。
折良くオスマン校長が食前の祈りの合図を出した。
水精霊騎士隊応援団はしぶしぶ自分たちの席に戻っていく。

「やれやれ、酷い目にあったよ」
「レイナール、俺らを売ったな」
「まぁまぁ、女性にもみくちゃにされる機会なんてめったにないじゃないか」
「そうだよ、ぼくには全然近寄ってこないくせにさ……!」

マリコルヌの言葉に会話が途切れる。
そして食前の祈りをささげ、朝食をはじめた。

「で、このあと王宮行くんだよな?」
「ああ、昼前に隊長と副隊長はマザリーニ枢機卿と最終打ち合わせがある。
僕らは夕方に王都行きかな」
「パレード後は王宮か……緊張するぜ」
「それまでぼくらも最終確認をしようよ、火の輪くぐりなんてはじめてだしさ」

他の隊員たちも思い思いにお喋りしながら食事をすすめている。
みな一様に緊張の色が顔に浮かんでいた。

「なんか、みんなすげー顔固まってるな」
「無理もないさ、こんな栄誉にあずかれる機会は滅多とない」

異世界事情にはまだ疎い才人にはよくわからない感覚だった。
ただ体育祭の旗手から夏祭りの神輿の上の人、くらいに認識をあげておく。
それでも全然足りていないことに若き英雄は気づくはずもない。

「ま、いいや。それより今は飯だ飯」
「うむ、がっつり食べて英気を養おう」

黙々と才人とギーシュは目の前の料理を片づけていく。
今日は色々と、あつくなりそうだった。
エネルギーを蓄えておくにこしたことはない。
水精霊四天王マイナス一は食べながらも打ち合わせに余念がない。

「問題はブリジッタが綺麗に飛び蹴りかませるか、だよな」
「その点は問題ない、彼女はマリコルヌ限定で非常に攻撃的になる。
あの状態ならきっちり決めてくれるだろう」
「ふふ、ぼく限定か。いい言葉だ。となると、馬車上まで飛べるかだね」
「抜かりはない、応援団に援護は頼んでいる。
数人の風メイジにレビテーションをかけてもらい、勢いよく押し出してもらうんだ」
「ああ、それだったら姿勢制御と攻撃に全力を傾けられるな」
「! でもスカートの中がどこの誰とも知らない平民に見られるかもしれない!」
「抜かりはない、と言っただろう?
レビテーションはスカート自体にもかけてもらう」
「おお、じゃあどんな体勢をとっても大丈夫、なのかそれ?」
「す、スカートにレビテーション……はぁ、はぁ」

本当に大丈夫かな、と才人は思った。



F-2 ファントム・ジェシカ

街の空気が浮ついている。
住民全員が心ここにあらず、といった様子で活気もあるにはあるが、どこか上滑りだ。
勿論それはジェシカも例外ではなかった。
買い物をすれば品数は余分に注文してしまう。
つり銭はこぼす。
何もないところで蹴躓く。
そして今。

「うわー、どうしよ……」

彼女は両手で頬を覆いながら自室をうろうろ歩いていた。
ややうつむいたその顔は困惑半分恥じらい半分だ。
今朝、才人は朝の買い出しに来なかった。
ジェシカは二日前からそのことは聞いていたが、それがかえっていつもと違う朝だということを強調している。
身体を動かさずにはいられない気分だった。

「あ~……もー」

服装はいつものエプロン姿、浴衣を着るのは本番直前だ。
壁に掛けてある藍色の浴衣をぼんやり眺める。
胸元には大きな白百合が、他にはところどころに白い朝顔が生地の上に咲いていた。

――お祭りとはいえ、白百合なんか使っちゃっていいのかしら?
いやサイトのことだからもうとっくに許可とってるんだろうなぁ……。

現在流通している浴衣、甚平は、それはもうさまざまな工夫が施されている。
だが、一つだけ禁止事項があった。
白百合をどのような形であれ使うことを禁じている。
トリステインの象徴を身にまとうのは不敬である、という理由からだ。
だが、パレードで主役に近い場所に立つジェシカだ。
特別に白百合を、しかも大きくあしらうことが許されていた。
これは勿論違う意味も持っている。

――パパからは寝てなさいって言われたけど……。

こんな調子では眠れそうにない、とジェシカは結論付けた。
いつものように、才人が来ていたときのように厨房で時間を潰そうと階段を下りる。
厨房にはスカロンがいた。

「あらジェシカ? 寝てなさいって言ったのに」
「ごめんパパ、緊張しすぎて寝れないわ」

ジェシカは魅惑の妖精亭でトップをはっているとはいえただの平民である。
大衆を前にすることが多い貴族とは肝の太さが違う。

「ふぅん、やっぱりサイトくん素敵だものね。
恋は若者の特権だわ、トレビアン!!」
「ちょ、ちが……」

不安げな一人娘に、スカロンはわざと違う解釈をしたような答えを返す。
ジェシカは噛みつくように言おうとしたが、できなかった。
スカロンは茶化すような言葉とは対照的に、眼差しだけは真剣だ。
それに対して彼女は嘘をつけなかった。
後ろ手を組んで左下を見ながら、ぽつりとこぼす。

「……違わないけどさ」
「トレビアン」

満面の笑顔で娘を褒める。
性別的には父だが、成長を喜ぶ母のようだった。

「でも正直サイトのことがわっかんないのよ!
あいつルイズのことが好きだったんじゃないの!?」

むきーっと一転頭をばりばりかきながらジェシカは叫ぶ。
スカロンは事情を才人から聞いており、すべてを知っている。

「あーなんか見えないくらいちっちゃい棘が指先に刺さったみたい!
微妙に痛いけどがんばってもとれなくって気持ち悪い感じ!!」

そして喚いている愛娘の魅力も十分よく知っている。
才人の流されやすさと節操のないところも知り抜いている。
今夜、ことを万全に運べば略奪愛も不可能ではない、ということも。

――ルイズちゃんは比較的まともな貴族、正々堂々奪い取っても横暴なまねはしないわ。
今夜一気にたたみこんで、サイトくんをジェシカに落とさせる!

ぐっと目の前で呻く娘には見えないところで握り拳をつくる。
ハルケギニアの平民は貴族の気まぐれで手折られることも少なくない。
娘の幸せを願う父は狡猾だった。
スカロンは少し高めのワインを二つのグラスに注ぎ、片方をジェシカに手渡した。

「ジェシカ」
「なによ……」
「今夜だけ、今夜だけは思いっきり素直に甘えて、楽しみなさい。
なんたって、お祭りなんだから!」

人差し指を立てながらバチコン! とウィンクを決めるスカロン。
見慣れたジェシカならまだしも一般人が見たら卒倒しそうな顔だった。
少しの間、沈黙が厨房に訪れる。

「……うん」

散々悩んだジェシカは結局素直に頷いた。
受け取ったワインはぐっと飲み干す。

「決めた! もーサイトの思惑なんて知ったこっちゃないわ!!
今日だけは好き勝手やってやろうじゃない!!」

ジェシカはふん! と鼻息荒く闘志を沸かせた。

「じゃ、部屋に戻って休みなさい。
今ならなんとか寝れそうでしょ?」
「ええ、おやすみパパ」

ぱたぱたと階段をのぼっていく。
スカロンもワインをぐっと飲み干してからよし、と気合を入れた。
サイト・ジェシカ・パレードの三重効果で客足は凄まじいことになるだろう。
夕方を見据えて、大量の料理の仕込みにかかるのだった。



F-3 そんな風にすごしたくない

遅い朝食後、才人、タバサ、ギーシュの三人は先行して王宮へ向かった。
残りの水精霊騎士隊とルイズ、ティファニアは夕方前にトリスタニアに着く手筈となっている。

「では、トリスタニア外周からブルドンネ街を通り、王宮へということで。
銃士隊隊長、魔法衛士隊隊長も警備体制の確認はよいですな?」

普段より比較的マシな顔色のマザリーニおじいちゃんが打ち合わせを締めにかかる。
会議の参加者は皆一様に頷いた。

「では、打ち合わせはこれで終了です。
各自、トリステインのためにも万全の態勢で臨んでください」

解散、とデムリ財務卿が号令をかける。
なんせ今回はガリア国女王、シャルロットが直々に参加する終戦パレードだ。
それだけでなく、クルデンホルフ大公国からはベアトリス公女の参加も決定している。
失敗は国としてのメンツを痛く傷つけられる。
ロマリアからの謀略を警戒しなくてはいけない今、国内外の不穏派に付け入られる隙は作るべきでない。

「おお、シュヴァリエ・ド・ヒラガ殿。
その節はお世話になりましたな」
「モット殿、もはや我らは同士と言っても過言ではありますまい。
ここはヒラガ殿、と呼ばせてもらってもいいかね?」
「え。え、ええ、いいですけど」

しかしそんな謀略知ったこっちゃねぇ! と言わんばかりの笑顔でモットは才人に話しかける。
そんなモットをデムリが諌めるかと思いきや、同じようないい笑顔でフレンドリーに話しかける。
才人は正直意味が分からなくて引いていた。
隣のギーシュも唖然としている。

「いやはや、では私もヒラガ殿と呼ばせてもらおう。
私もモット、でかまいませんぞ。
卿には以前は失礼をしましたな」
「では私もデムリ、と呼んでくだされ。
しかし、モット殿は以前からヒラガ殿と面識が?」
「恥ずかしい話ですが、女の取り合いですな。
ま、彼が男を見せて私が譲ったかたちになりますが」
「おお! ヒラガ殿がモット殿から女を奪い取れるほど剛毅だったとは。 
やはり英雄は違いますな、なにより若さが違う」

ははは、と笑いあう重鎮二人。
才人とギーシュはどうしよう、と顔を見合わせた。

「おっと、あまり話し込んではなんですな。
後日オスマン老も含めて四人、膝詰で語り合いましょうか」
「ええ、ではヒラガ殿、しっかり勤めてくだされ」
「は、はい! がんばります!!」

それ以外才人には何も言えなかった。
王国でも偉いはずの大人二人ははっはっは、と笑いながら廊下へ消えていく。
どっと疲れがやってきた才人は肩の力を抜いた。

「さ、サイトすごいね。
昔やりあったモット伯と仲直りするどころかすごい仲良しさんじゃないか」
「いや……俺もしょーじき意味が分からねぇ」

才人はトリステイン三羽烏から浴衣の一件が非常に高く評価されているとは知らない。
ひたすらに首を傾げるだけだった。

「失礼、よろしいかなシュヴァリエ・ド・ヒラガ殿」

そこにまた凛々しい声がかかった。
二人が振り返ると長身の年若い貴族が佇んでいた。
ギーシュも才人も見覚えがある顔だった。

「カステルモールさん」
「お久しぶりですな」

青年貴族は涼しげな笑みを浮かべた。
才人とギーシュもつられて笑う。

「水精霊騎士隊にはシャルロット女王陛下がお世話になっていると聞く。
ガリアを代表して礼を述べさせていただく」
「いえ、僕らは当然のことをしているまでです」

あつくお礼の言葉を言うカステルモールにギーシュは軽く返した。
そして才人は余計なことを言った。

「そうですよ、タバサは妹みたいなもんだし」

ピシ、と空気が凍った。

「……卿は今なんとおっしゃったかな」
「え、タバサは妹みたいって」

才人は空気が読めなかった。
ビキッと大気が固まる。

「……シュバリエ・ド・ヒラガ殿」
「あ、はい?」

ここにいたってようやく才人は場の空気に気付いた。
なんかカステルモールさんがオーラを発している。
地響きがどこからともなく聞こえてきそうなほどの威圧感だった。

「卿は何もわかっていない」
「わかってませんすいません」

才人はペコペコ頭を下げた。
こういった手合いに対して真っ向からはむかうと相当痛い目に合う。
関係ないのにギーシュまでペコペコ頭を下げだした。

「いいですか、心して聞いてください」
「はい聞きますすいません」
「傾聴しますすいません」

コメツキバッタのように頭を下げる二人の前でカステルモールは大きく息を吸う。
そしてゆっくりと吐き出し、キッと大真面目な顔を作った。

「シャルロット陛下は娘みたいなのです!」

――なのです、なのです、なのです……――

人がいなくなりはじめた会議室に奇妙なエコーが響いた。

「よろしい、この機会を利用して卿にも理解を深めていただこう。
我らガリア王国の”シャルロット女王陛下を娘と呼ぶ会”代表バッソ・カステルモールが僭越ながら教授を務めさせていく。
時間はよろしいですか? まぁなくてもとっていただきますが。
ではまず第一章、陛下の外見から」
「え、ああ、はい」

――ハルケギニアのイケメンってロリコンばっかなんだ。
だってあの髭ワルドもロリコンだったし。

才人は現実逃避に走った!
しかしカステルモールは追撃をはじめる。

「陛下の身長はご存知ですか?
そうです、142サントです。まず、このほどよい大きさが実にいい。
これが高すぎると悲惨なことになってしまいます。
人によってはもっと低い方がいい、という意見もありますがこれ以上の成長をのぞめるか、それともとまるか、というハラハラ感があの高さにはあると私は考えています。
なのでその意見に対しては否定的意見を取らざるを得ません。
外見と言えば髪も重要ですね。目の覚めるような青髪はガリア王家の正統であることを示し、どこか物静かな印象を与えます。そしてショートボブというのがまたいい。たとえばロングヘアーならどうなるか。
髪色と相まって物静かすぎる印象を与えてしまいます。というわけでショートボブは女王陛下にとって最適な髪形と言っても過言ではないでしょう。
ここまではよろしいですね?
では次にその胸のサイ「黙れ」」

ズゴン、とワリとやば気な音が響いた。
ガリア女王らしい青いドレスを身にまとったタバサがカステルモールをその王杖でぶん殴っていた。

「迷惑をかけた」
「いや、なんというか、助かったよ」

タバサはそのままカステルモールをずるずる引き摺って行った。

「……すごかったな」
「ああ……」

ガリアは前途有望なようだ。
あの様子なら例え入れ替わりを仕掛けられても次の瞬間には気づきそうだ。
さて、ずいぶんと時間がたっているため会議室は閑散としていた、というか才人とギーシュ以外には一人しかいなかった。

「あれ、姫さま?」
「アンリエッタ女王陛下、どうなされたのですか?」

アンリエッタは一人、椅子に腰かけたまま動いていなかった。
視線は一点に固定されていて身じろぎひとつしない。

「すぅ……すぅ……」
「……」

二人は本日何度目になるかわからないが、顔を見合わせた。

「俺ら、結構大声で喋ってたよな?」
「まぁ普通なら目覚めるだろうね」

じっとアンリエッタを見つめる。
目は開きっぱなしだ、瞬きする様子すらない。

「起こす?」
「僕にはとてもできない」

果たして座りながら目を開きながら、おそらくすんごい疲れて眠ってしまった女王を叩き起こすことができる人材がどれほどいるだろうか。
ご多分に漏れずギーシュにはできなかった。
才人にもできなかった。

「……そっとしておこう」
「ああ……」

マザリーニ枢機卿に声をかけておこう、と二人は決めた。
そして静かに会議室を後にした。



F-4 Spicy Goose

「っつあ~、なんか疲れたー」
「そうだね、流石に王宮は少し緊張するよ」

さて、静かに城を出た二人は魅惑の妖精亭に来ていた。
詰所なんかよりもよっぽどくつろげる店内でぐだぐだ時間を潰していた。

「そういえば、ここで君は料理を練習しているとか?」
「おう、厨房借りて色々やってるぜ」
「実は僕も料理に興味があるんだ、ヤキトリの作り方を教えてくれないか?」

この提案に才人は目を丸くした。
貴族は料理なんかしない、男ならなおさらしない。
コイツは何を言い出すんだ、という顔をしてしまう。

「そんな意外そうな顔をしないでくれ。
少し思うところがあってね」

ギーシュはちょっとむくれながら言う。

「アルビオンのときにね、ニコラという優秀な副官を得たんだ。
彼が言うには簡単なものでもいいから、指揮官が料理を振舞えば士気が上がるそうだ。
特に陸軍付きの平民はね」

旨ければなおいいそうだ、とギーシュは続ける。
貴族は料理をしない、という大前提がある。
その前提に逆らって平民に料理を振舞えばどうなるか。
バカにされる可能性もあるが、大抵は距離感が縮まる。
例えそれがマズくても円滑な部隊運営につながる。
料理が旨ければ信頼さえ得られる。

「というわけで、ソースさえあれば焼くだけのヤキトリを学びたい、と思ってね」
「ギーシュ……マジメに考えてたんだな」
「それはそうさ、卒業すれば僕もグラモン家の一員として従軍するのだから」

ああ、と才人は心中で呻いた。
この楽しい時間があと半年しかないということを思い出してしまった。

「わかった、そういうことならきっちり教えてやる。
ソースを作るのは材料調達が難しいから塩のねぎまにしようか」
「ああ、まかせるよ」

二人で厨房に忍び込む。
才人はスカロンに断って竈を一つ借りた。

「男のてりょーり!
ではギーシュ君、鶏肉をさっくり切ってください。
一口サイズくらいで」
「よしきた、イル・アース・デル、錬金!」

わざわざギーシュは錬金でマイ包丁を作り出して調理にかかった。

「いや、なんつーか無駄じゃないかそれ?」
「何事も修練さ」

意外と慣れた手つきで鶏肉を切るギーシュ。
自分の指をさっくりやる心配はなさそうだ。

「次、ネギをさっくり一口サイズに切ります」
「よしこい!」

ころころ転がるネギをさくさく切り刻む。

「次、串にさします!」
「ふっ、この瞬間を待っていた……。
覚えているかいサイト?
数日前のマリコルヌを、生焼けだった彼のヤキトリを!」

才人はほわほわと第十二話あたりのことを思い出した。
確かに、マリコルヌだけ生焼けだった。

「そこでこのギーシュは考える。
串を金属製にすれば熱が伝わる、と!
というわけでイル・アース・デル、錬金!」

ギーシュは竹串から青銅の串を生み出す。
なんというか、本当に魔法の無駄遣いだった。
そのままさくさく交互にネギと鶏肉を刺していく。

「……まぁいいか、塩を振って遠火にあてる!」
「Oui、Capitane!」

そのままじっくりねっとり火にかける。
やがて鶏肉から脂が浮きだし、ネギもしんなりしてくる。
厨房中に焼けた肉の匂いが立ち込める。
それを感じ取った才人はゴーサインを出す。
青銅の串が熱くなっているだろうから、ギーシュはキッチンミトンを装備した。

「うむ、なんかガントレットっぽいなコレは」
「お前がそれでいいならいいけどさ」

ひょいひょい串を回収して皿に並べる。

「というわけで、男の手料理完成!」
「完成!!」

二人はばんざーい、と両手を挙げた。

「さて、ここで問題に気付いたわけだが」
「どうしたかね、サイト副隊長殿」
「青銅って毒あったっけ?」

いやな沈黙が厨房を満たした。

「サイト、先いいよ」
「ギーシュ、料理人は味見の義務があるぞ」
「普段世話になってるから譲ってあげようというんだ」
「いやいや、隊長は何事も率先してやるべきだ」

譲り合いの精神を二人は発揮したが発揮しすぎてダメだった。
見かねたスカロンが言葉をかける。

「青銅に毒なんてないわよ。
平民は普通にお鍋に使ってるんだから」
「あ、そりゃそうか」
「まったく、君は何も知らないな」
「お前が言うなよ」

やれやれ、と互いに肩をすくめる。
自然に手が伸びて串を握る。
少し熱かった。

「じゃ、いただきます」
「むぐ……」

うん、と二人して頷いた。

「悪くない、どころか」
「いやはや流石僕だね。
多才すぎて自分の才能が怖いよ」
「言ってろ」

そのままもしゃもしゃ焼き鳥を食べる。
あっという間に一本食べきってしまった。
後片付けをしながら取り留めもなく話を続ける。

「これなら塩さえあればなんとか作れそうだね」
「ああ、ところでこの串どうするんだ?」
「……とっておきたまえ」
「なんじゃそりゃ」

と言っても才人はハルケギニアのゴミ捨て事情には詳しくない。
串は洗って、だんだら羽織に縫い込んだ内ポケットにしまっておいた。

「よっし、これでお料理はおしまい、っと」
「これからどうしようか?」
「流石にこんだけじゃ腹が不安だ、ブルドンネ街で買い食いしようぜ。
スカロン店長、ありがとうございました」
「ありがとうございました」

スカロンが熱心に仕込みをする中、二人は厨房を後にした。



F-5 Crazy Sunlight

才人とギーシュがブルドンネ街で食べ歩きをしていた頃、魔法学院では水精霊騎士隊が出発の準備を整えていた。
三十名程の大所帯だ、馬車も五つ用意された。

「レイナール! この丸太ははどこに置いたらいいんだ!?」
「三両目の馬車に載せてくれ!
でも副隊長の一発芸用丸太よりも邸宅のない隊員の荷物を優先だぞ!!
丸太なんて城下でも売ってる!」
「あいよ!」

トリスタニアに邸宅がある貴族子息はいいが、ない場合は宿をとるしかない。
その場合より荷物が必要になるのは後者なので、レイナールは配慮しながら荷物を振り分けていた。

「ああ! みんな見通しが甘すぎる!!
だからお坊ちゃま近衛隊なんて言われるんだ!」

ぶちぶち文句を言いながら、顔を生き生きさせながらレイナールは指示を飛ばす。
なんだかんだ言って楽しいらしい。
だが時間も迫っている。
そろそろ出発しなければマズいだろう。

「マリコルヌ、そろそろ点呼をとってくれ」
「おっけー、ルイズとティファニアにも声をかけてくるよ」
「頼んだ」

二人はきっとルイズの部屋で着替えを終わらせて待機しているはずだ。

「さて、ルイズたちは準備を終えたのかな」



レイナールの危惧などどこ吹く風、といった具合で二人は準備を終えていた。
ティファニアの耳は出発前にタバサがフェイス・チェンジで普通の長さに変えてある。
今はルイズの部屋で向き合いながら時間をつぶしていた。

「あの、ルイズ?」
「どうしたの、ティファニア」

にっこり。
そんな擬音がティファニアの頭をよぎった。

「な、なんでもないです」
「そう? 変な子ね」

うふふ。
ころころ笑う様はまさしく貴族のご令嬢といったところ。
額に張り付いた大きなバッテンさえなければ。

「……フゥゥゥゥゥ!」
「ひっ!?」
「何をびっくりしてるのよ」

――違う、今のは絶対違う!
ため息っぽかったけど全然違う!!

ご令嬢のため息、というよりは拳法家の呼吸法だった。

「……コォォォォォォ!!」
「ひゃっ!?」

吸血鬼ですら素手でやっつけられそうなオーラを醸し出している。
今にも座りながら大ジャンプしそうだ。
思わずティファニアは飛び上がった。

「まだ出発まで時間はあるんだから。
ゆっくり座ってればいいじゃない」

何食わぬ顔でティファニアに話しかけるルイズ。
先ほどよりは幾分落ち着いた顔をしている。

「……る、ルイズ。ひょっとして機嫌悪い?」

次の瞬間ティファニアは気づく。
自分が韻竜の尾を踏み抜いてしまったことを。

「……」

ぷるぷる震えている。
小動物的な可愛さではなく、全身に力がこもりすぎているが故だ。

「……っぅぅう~」

しかし、次にルイズの口から飛び出たのは泣き声だった。
目元からはだば~っと滝のように涙が溢れ出ている。

「不機嫌じゃないのよ!
不安なの、ちょっと見栄はっちゃったけどすごい不安なの!!」
「う、うん」

豹変したルイズにティファニアはざっと大きく距離を取ってしまった。
ルイズは気にした風もなくずんずん距離を縮めていく。

「だってジェシカよ?
あの娘すごい美人ってわけじゃないけど親しげで距離すぐつめてくるのよ!
サイトの基本的に高貴な血筋に惹かれるっていうのはわかってるけど、わかってるけどシエスタもいるし……。
それにあの、あの胸のアレが、ぐぐぐぐぐ」

明後日の方角を見ながら、落涙しつつぎりぎり歯を食いしばるルイズ。
すごく、ものすごく悔しそうだ。

「わかってるわよ、サイトがわたしを好きだってことは。
でも人の心って変わることもあるじゃない!?
特にジェシカとシエスタはサイトの故郷の血をひいてるから危険だわ……。
最近はタバサも危険だけど、あの娘はなんか妹フィルターかけられてそうだし。
ああそういえば姫さまもなんだか怪しかったのよ!!
あのバカ犬はいったいどこにどれだけ粉をかけまくれば気が済むのよぉっ!!」

ひとりきり心の闇を吐き出したルイズは、ぐるんとティファニアを向き直った。
あれほど流れていた涙もぴたっと止まっている。

「あんたも……あんたも怪しいのよ……その胸がなぁっ!!」
「ぃ、ひゃぁあああ!!!」

ひゅん、と猫のように身軽な動きでティファニアに迫る。
そしてたわわに実るその胸に右手を突っ込んだ。

――むに――

男なら歓喜にむせび泣いたかもしれない。
だが残念なことにルイズは女、しかも恵まれない女性だった。

――むにむに――

「やめっ」

何度か手をにぎにぎしてみてもその感触は変わらない。

「……いいわ」
「へ?」

――始祖ブリミル。
この世界が貴方の作ったシステムどおりに動いているって言うなら。

「まずはその嘘乳をぶち壊す!」
「ひぃっ!?」

――ぐにょ――

「……おかしいわね」
「な、なにがよ!」
「サイトが昔言ってたの。
決め台詞と説教かましながら右手でぶん殴れば幻想を壊せるって」

幻想殺しをもたないルイズでは異能の力を打ち消せない。
そもそもティファニアの胸は大自然の神秘ではあるが現実だった。

「わ、わたしの胸は現実よ!」

時が止まった。

「……ティファニア」
「……なに?」

にっこりとルイズは笑う。

「現実見ましょうよ」
「……」

――ああ、今日はホントいい天気だわ。

マリコルヌが訪れるまで二人は無言だった。



F-6 Take a Beautiful Picture

「日が傾いてきたね」
「ああ、そろそろだな」

がたっとギーシュと才人は立ち上がる。
水精霊騎士隊はトリスタニア郊外の臨時屯所に集っている頃だろう。

「あーなんか今から緊張してきたわ……」
「早すぎだろ、祭りなんだから楽しもうぜ」

藍の浴衣に身を包んだジェシカは胸に手をあてて深呼吸している。
才人は苦笑しながら気楽に言い放った。
それぞれ髪の色と同じ浴衣を着たアニエスとミシェルは、微妙な顔で二人を見守っている。

「……私は何も知らん」
「私だって何も知りません、隊長」

もはや愛弟子の命を救う気はなかった。
衛士の詰所で待機していた五人はそろそろ屯所に向かうか、と顔を見合わせる。

「ではサイト、これをかぶれ」
「……なんだかなぁ」

むん、とアニエスは鉄仮面を突き出す。
才人は渋々鉢がねを外して仮面を装着した。

「俺の名を言ってみろ!」
「どうしたんだいサイト?」
「サイト大丈夫?」
「とうとういかれたか、ファイト」
「いつかこうなるとは思っていたぞ、サイト」

ネタが通じず才人はしょんぼり肩を落とした。
四人はよくわからない顔をしている。

「てかなんでこんな仮面が……」
「ああ、武器屋で売っていたからな。
なんだかすぐやられそう、という理由で安かったぞ」

そんなことよりさっさといくぞ、とアニエスは才人を促す。
彼の新撰組スタイルに慣れたのか、トリスタニアの人々はまた才人に群がるようになっていた。
パレードのときならいいが、屯所に行くには不便どころじゃない。

「……まぁこの鉄仮面なら誰もサイトと思わないだろうね」
「……そうね、なんかすごい格好だけど」

鉄仮面にだんだら羽織、非常にシュールだった。

「ま、行きましょうか」

ぴょんっとジェシカは才人の腕に飛びついた。

「っと、いきなりやられたらびっくりするだろ」

さしてびっくりした様子も見せず、むしろ幸せそうな声で才人は返す。
鉄仮面の下はでれっと崩れてそうだ。

――とばっちりだけは避けないと!

残り三人の意識が完全に一致した。



街はいつも以上ににぎわっていた。
日が傾きだすと人出は減るものだが、今日はそんな様子がない。
すでに通りで酔っ払いが騒いでいる。
そんな中を五人は粛々と歩く。
時たま浴衣美女三人にヤジが飛ぶ。
しかし――。

「俺の名を言ってみろ!」

才人が凄むと尻尾を巻いた犬のように逃げ去った。
継承者は伊達じゃない。
周りの人は気の毒そうな視線を向けている。
四人は恥ずかしそうに俯いていた。
才人は一人だけ楽しそうだった。。
人ごみを時に押し分けかき分け相手が避けたりで五人は臨時屯所についた。

「ふぅ!」

やはり相当蒸していた様子で、さっぱりした顔で才人は鉄仮面を外した。
その顔はほんのり紅潮している。
パタパタ手で扇いでいると隊員が駆け寄ってきた。

「やぁ、無事合流できたな」
「そりゃ当然だろ」
「何事も不測の事態というのはあり得るんだよ、副隊長殿」

くいっといつも通りメガネをあげるレイナール。
チラチラ視線が浴衣姿のアニエスと才人を行き来している。

――なるほど、ここはフォローしてやるかな。

「レイナール、アニエス隊長の浴衣も似合うだろ?」
「サイト!?」

才人の言葉にアニエスはぎょっとした。
一方レイナールは気の毒になるほど錯乱した。

「……え、ええよくお似合いです!
正直眩しすぎますっ!!」

普段のレイナールをよく知る人ほど考えにくい言葉が飛び出した。
アニエスも才人も、それどころか水精霊騎士隊全員がぽかんと口を開いてしまった。
二、三秒ほどかたまってから、気まずげにアニエスは咳払いした。

「ゴホン、ああ、ありがとう」

夕焼けに掻き消えるほど微かではあったが、頬が紅潮していた。
ミシェルは思った。

――やべぇ、隊長可愛い。

彼女はアニエス隊長を尊敬している。
そのストイックさ、実力、結果をもってくるところすべてをだ。
しかし同時にこうも思う。

――普段凛々しい人が隙を見せる瞬間。
これは素晴らしく、胸を滾らせる。

副隊長は冷静に才人に毒されつつあった。

「サイトくん!」
「コルベール先生!」

なんだかおかしな空気に染まりつつあった場を粉砕したのはコルベールだった。
その腕には大きな筒を抱えている。

「打ち上げ台の設置はもうすぐ終わりそうだよ。
空中装甲騎士団のみなさんもよくやってくれている。
後でお礼を言わないとな」
「それはよかったです。
俺もベアトリスとかにお礼言わないと。
ホントあのとき仲良くなっておいてよかったなぁ」

才人の脳裏にはルイズ主催の才人・ハントがアリアリと浮かんだ。

「で、結局打ち上げ花火は何発できたんですか?」
「ふふふふふ、聞いて驚いてくれたまえ」
「それはふつー聞いて驚くな、ですよ」
「まぁまぁいいではないか」

コルベールは不敵に笑う。
が、急に肩を落とした。

「実は五百発ほどなんだ……」
「五百!?」

才人は驚いた、勿論いい意味でだ。
ある程度の大きさの打ち上げ花火を五百発準備するのに、五十人がかりとはいえ三日間。
元の世界の花火事情には詳しくなかったがすごいがんばりが垣間見えた。

「それもすべて成功とは限らないからね。
うまくいっても四百発程度かもしれない」
「いいえ、十分ですよコルベール先生!」
「そ、そうかね?
十分か、そうかそうか」

コルベールは不良品が二割程度できている可能性を伝えたが、才人は喜びをあらわにした。
日本の小規模な花火大会並みの数だ。
それだけの数があれば異世界初の花火大会はなかなかのものになりそうだ。
才人につられてコルベールも笑みをこぼす。

「では設営に戻るよ。
打ち上げのタイミングはこちらで決めていいんだね?」
「お願いします。
それとすいません、はじめての花火大会がこんな形になってしまって」

才人はコルベールが打ち上げ担当をしてくれることに深く感謝した。
しかし彼は軽く笑ってこういった。

「なに、誰よりも近くから見れるというのはいいことだ。
それにほら、昔サイトくんには言っただろう。
破壊以外の火を演出することができる、素晴らしいじゃないか」
「そうよサイト、あたしもやるんだから」
「キュルケ」

いつの間にか近づいていたキュルケも口を挟んだ。
コルベールにしなだれかかって色気たっぷりに言い放つ。

「ジャン、二人っきりでトリスタニアに愛の証を打ち上げましょうね」

しかしコルベールは難色を示した。
すごい渋い顔をしている。
聖職者の鏡である彼はキュルケの猛プッシュにも負けない。

「それはいけませんぞミス・ツェルプストー。
きみも皆と一緒にパレードを楽しみなさい。
それにこういう裏方は大人が楽しむものだ」
「あら、あたしはジャンがいるならどこでも楽しめますわよ」

さぁさ設営に戻って、とキュルケはコルベールの背を押す。
そしてくるっと才人に振り返る。

「サイト」
「え、なに?」

キュルケは才人の耳元で囁く。

「パレードが終わったら、噴水の広場に行きなさい。
ルイズが待つようにいっているから。
彼女に会ったらまずは優しく抱きしめてあげなさい」

それだけ告げるとふわっと距離を取ってコルベールの後を追いだした。

――これでサイトの方も万全ね。
あとは待機する手筈の応援団とパレード後は暇になる空中装甲騎士団、妖精さんの手配次第かな。

今回のパレードでは水精霊騎士隊は郊外から進み、女王たちは王宮から出てくる。
噴水広場で両者が混ざり、ともに王宮へ戻っていくのだ。
その噴水、水メイジなら自在に起動することができる。
応援団と空中装甲騎士団のやんわりとした人払い。
そして魅惑の妖精亭従業員たちの力で、広場を囲む民家の灯火管制。
才人がルイズを抱きしめた瞬間、明かりを灯させ、噴水を起動する。
ロマンチックな音楽はあからさまなので断念したが、これだけあれば素敵な仲直りになるだろう、とキュルケは考えていた。
すでにルイズにもパレード終了後噴水へ向かうよう伝えてある。

――ま、ここまでお膳立てしたんだから後はガンバリなさいよ、お二人さん。

おせっかいな少女は思う存分愛しい人といちゃつくことを考え出した。



夕日が山端へ吸い込まれていく。
世界の色が変わりはじめる。

「いよいよか……」
「やべぇ緊張してきたよ俺……」

水精霊騎士隊は口々に心境をもらす。
各自幌のない改造馬車に座りそわそわ時間を潰す。
唐突に教会の鐘が響いた。

「時間だ」
「いこう」

隊長と副隊長が力強く立ち上がる。
馬車上に二人のレディーをエスコートして。

「ばっちり決めようぜ」
「抜かりは、ない。ないんだ!」
「ぼくはドキドキしてきたよ」

水精霊三本柱も立ち上がる。
他の隊員も一斉に立ち上がる。

『パレードの時間だ!』



F-7 Hello, Welcome to Tristania's Happy Parade

夕日が山に沈んだ頃、トリスタニアに砲声が轟いた。
人々ははじめ、パレードを告げる祝砲かと思いワッと歓声をあげた。
それが四発、五発と続くと誰もがキョロキョロあたりを見回しはじめる。
砲声とともに散る光に誰かが目をとめた。
そして気づく、空に咲いた花を。

「おい、西の空、あれなんだ?」
「すごい……」
「あれが花火ってヤツか……」

興奮に頬を染める人もいれば、ため息しか出ないほど感動している人もいる。
王政府は花火を行う、とは発表した。
しかしそれが具体的に何を表すかは布告しなかった。

『パレードでサイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガの故郷の催し、ハナビを行う』

アンリエッタが公表したのはこれだけだ。
それを聞いたトリスタニア市民が立てた予測は二つ。

『パレードの馬車に仕掛けがしてある』
『きっとハナビという演目の、大道芸のようなものだ』

新しいものには目がないタニアっ子はこぞってブルドンネ街でパレードを待つ。
居酒屋は小型の丸テーブルと丸椅子をたくさん用意し、店の表に並べる。
皆酒を飲み、料理を楽しみ、唄を歌いながら時間を潰していた。
そこに夜空を照らす花々が前触れもなく咲き誇る。
人々はそのスケールの大きさへ、予想もしなかった芸術へ口々に叫びだす。

『水精霊騎士隊万歳!!』
『トリステイン万歳!!』
『虎街道の英雄万歳!!』
『我らの剣!!!』



「な、なぁ」
「どうしたんだいサイト?」

王都に入る直前になってサイトはそわそわし出した。

「俺の予想と全然、ぜんっぜん違うんだけどなんだよコレ!?」
「なんだよって言われても……」
「パレードってこんなんでしょ?」

街の外に溢れだすほど人がいる。
彼らの口から出る言葉はすべてトリステイン、水精霊騎士隊、そして才人を褒め称えるものだ。
事前に才人が想像していたパレードと全く違う。
彼はもっと、日本のお祭り的にみんなで楽しく、という感じを想像していた。
断じて一方的に持ち上げられるものではない。

「こっち見すぎじゃね?」

注目度は百パーセントに近い。
縋るようなの問いかけに、返ってきた言葉は無情だった。

「パレードってこんなもんでしょ?」
「ふつーだろうね」

現代日本人とお貴族様では感覚が違った。
一般市民代表であるジェシカに救いを求めても。

「まぁ、みんなこっち見るでしょうね」

あえなく撃沈された。
うろうろ落ち着きなく狭い馬車の上をぐるぐる歩き回る。
そしてがーっと叫ぶ。

「ふつーもっとワッショイワッショイ的なヤツだろっ!!」
『ワッショイワッショイ?』
「あーもーこれがジェネレーションギャップ、いやワールドギャップってヤツなのか……」
「相棒は迂闊だねぇ」

ちくしょー、と才人はがしがし頭をかいた。
周りはキョトンとして彼が何を言いたいのか全く分かった様子がない。
デルフがとりなすように、そしてどこか楽しそうに言う。

「まあなんだ、どうせならかっこつけな」

ぶすっとした才人が返す。

「なんで」

その答えは決まっていた。

「もったいねえだろ」

ああ、と才人はため息を漏らした。
アルビオンの記憶がよみがえる。

――あのときは、こうなるとは思ってなかったな。

撤退戦の時自分はどんな顔をしていただろうか、自身に問いかける。

――強張っていたはずだ。
悲壮だったはずだ。
ただ涙だけはこぼさなかったはずだ。

集まっている人たちを見る。
笑っていた。
誰も彼もが嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。
戦争で家族を失くした人もいるかもしれない。
それでも生きる歓びに溢れていた。
水精霊騎士隊に振り返る。
やっぱり、笑っていた。
少し緊張してぎこちない笑みだった。
だが全力で楽しんでやる、という気概に満ち満ちていた。
才人は決意した。

――開き直ってやる。

「よし」
「ん?」

才人は馬車に置いていた赤ワインの栓を手早く開ける。
高くもなく、安すぎもしない銘柄だ。
そして。

「んぐ……んぐ……」
『へ?』
「っぷはぁ!」

誰かが止める間もなく、ラッパ飲みで一瓶空にしてしまった。
見ていた隊員たちは唖然とした。
普段の才人は一気飲みなんてマネはしない。
本人は周りの様子を見ることなく、口元をだんだら羽織で勢いよくぬぐった。
街を睨みつける。
気勢の声を、花火の轟音に負けるものかと腹の底から叫ぶ。

「っしゃぁぁああああああ!!!!!」
『!』

いきなり叫びだした水精霊騎士隊副隊長に、隊員はびっくりした。
一方少し距離のあった民衆は大歓声でこたえた。
再び才人は隊員に振り返る。
目が少し、すわっていた。

「おまえらぁぁああああ!!!」

皆びくっと肩が震えた。
才人は一拍置き、ひどく楽しげに言った。

「楽しもうぜ!」

その言葉に隊員たちは顔を見合わせる。
そして才人と同じように、楽しげに笑った。

『おう!!』

「男って……」
「わかんないわね……」

ジェシカとモンモランシーは肩を竦める。

「不安だわ……!」
「た、楽しもうよルイズ!」

ルイズはギリギリ拳を握りながらも肩を落とし、ティファニアはわたわた慰めた。



水精霊騎士隊は万雷の拍手と野太い大歓声、黄色い悲鳴をもって迎えられた。
手を振れば称賛の声が返ってくる。
貴族でも滅多とない機会に隊員のテンションは跳ね上がった。
勿論酔っぱらいつつある才人のテンションもより跳ね上がった。
右へ向かって。

「うぉぉおおい!!」
『うぉぉおおい!!!』

左へ向かって。

「いぇぇええい!!」
『いぇぇええい!!!』

前を向いて。

「あういぇーー!!」
『あういぇーー!!!』

――やべぇ、超楽しい。

素面の時は小市民的な才人も酔っぱらえば天下無双だ。
状況を誰よりも楽しんでいた。
それに困ったのは平民の衛兵たちだ。
彼らはロープをもって三メイルほどの感覚で立っている。
馬車の進路を誰も邪魔しないように、という配慮からだ。
それでも才人が煽るたび絶頂状態な野郎どもがロープを突破しようと突貫してくる。
魔法を使えない彼らでは対処に限度があった。
ギーシュは考えなしの副隊長をフォローする意味で、衛兵を手助けした。

「ワルキューレ!」

シュヴァリエの魔法に民衆も大興奮だ。
さらにギーシュはごそごそと荷物を漁る。

「こんなこともあろうかと!」
「準備良すぎだろ!?」

取り出したのはキッチンミトンともふもふの毛皮。
ファンシーなそれらをキリッとした顔で握りしめる様は少しマヌケだ。
毛皮をミトンに詰め込んで、それをワルキューレに装着させる。
青銅の戦乙女ゴーレムにキッチンミトン、そのシュールさに酔っ払いどもは大笑いする。

「これで殴ったとしても大ケガはしない!」
「案外考えてるのね」
「祭りで怪我をするのはくだらないという配慮さ、僕のモンモランシー」

キッチンミトン・ワルキューレはロープ突破を狙う酔漢どもをワリと容赦なくぶん殴っていく。
見た目美少女なゴーレムに殴られた漢たちはどこか幸せそうに吹っ飛ばされた。
召喚されて間もないころ、ワルキューレにぼっこぼこにされた才人はそれを見て苦笑いする。

――さっきも思ったけどコイツもきっちり考えて成長してるんだよな。

時の流れを実感して少ししんみりする才人。
そこにジェシカが背後からのしかかった。

「こら、そんな顔してるんじゃない。
お祭りなんだから楽しんで、楽しませないと」
「ちょ、わ、わかったよ」

――やばいこの感触は嬉しい嬉しい顔がでれっとしちゃうけどけどけどッ!!

才人は感じていた。
前方からの暗黒のオーラを、後方からの虚無のオーラを。

「うふ、うふふ、うふふふふふふふふ!!」
「るるるるるるいず!?」

名状し難くおぞましい表情のルイズさん、慌てるほか何もできないティファニアさん。
巫女姿なのにありがたみもへったくれもなかった。
才人が煽り、水精霊三本柱がさらに盛り上げ、ルイズが色々と落とす。
完全なサイクルがここに完成していた。
さらに暗黒オーラの持ち主、草色の浴衣装備シエスタさんが参戦する。

「サ・イ・ト・さんっ」
『し、シエスタぁっ!?』

ワルキューレがロープ際で待機していた彼女をエスコートしたのだ。
語尾に音符でもつきそうなほど軽やかに話しかけるシエスタ。
ジェシカと才人、二人そろって驚きの声をあげる。
そのユニゾンがまたシエスタをいらっとさせる。

「ジェシカぁ……ずいぶんサイトさんと仲良くなったのね」

ジェシカは慌てて才人から飛び降りる。
ギーシュとモンモランシーはさりげなく後ろの馬車に乗り換えていた。

「べ、別にどうだっていいでしょ!」

ジェシカはどもりながらもシエスタに言い返す。
女同士の争いに沿道はハラハラワクワクしている。

「まぁ、今はいいです。それよりサイトさん」
「へ、なに?」

いきなり自分に話が来ると思っていなかった才人はマヌケ面をさらした。

「おしおきですっ!」

――ブシャァッ!!――

シエスタが持っていたエール瓶が勢いよく噴き出した。
才人はエールも滴るいい男にランクアップした。

「……ハイ、スミマセンデシタ」

ぺこり、と頭を下げる。
今まで静まっていた沿道が大爆発した。
誰も彼もが笑っている。

「情けねぇぞシュヴァリエっ!」
「ねーちゃん俺に乗り換えろよ!!」
「わたしもいれてヒリガル様っ!!」

酔っ払いもここぞとばかりにヤジを飛ばしまくる。
歓声の中シエスタはカバンの中のタオルを才人に手渡した。

「今日はこれで許してあげます。
はい、タオルですよ」
「ありがとな、シエスタ」

才人は英雄として見られることは好まない。
一時のマルトーがあしらったような、貴族と平民の距離感が好きではないのだ。
そこでシエスタに頼んで距離を感じないよう、一芝居うってもらったのだ。

そしてこの一芝居はシエスタの利益にもつながる。
パレードでジェシカを隣に立たせる、ということには変わりがない。
なのでこのお芝居で嫁候補はたくさんいる、ということをアピールしたのだ。
さらにこんな無体を英雄に働いて許されるほど自分は親しいのだ、と王都に宣伝したのだ。
順調にシエスタさんは策略家への道を歩んでいる。

「皆さ~ん、冷えたエールよぉ!」
「げ、ミ・マドモワゼル!?」
「普段は店から出てこないのに!!」
「ば、化け物ォ!」
「早く逃げないと!!」

混沌を生み落しながらスカロンが妖精さんを引き連れて冷えたエールを持ってきた。
ギーシュが衛兵に目配せしてロープの中に入れさせる。
隊員ひとりひとりに蓋付きの大ジョッキがいきわたる。
ルイズとティファニアだけは蜂蜜入りのリンゴ果汁だった。
妖精さんたちとともにシエスタも沿道を後にする。
その前にくるっと才人に向き直った。

「今日はこれで許すって言いましたけど、やっぱりもう一つオマケです」
「?」

――ちゅ――

『ぉぉおおおおおおお!!!?』

ほっぺたにキス。
才人が反応する前に、シエスタはスカロンとともに人ごみに消えた。
あとには呆然とした才人とジェシカ、大興奮の民衆が残る。
そこにギーシュとモンモランシーが戻ってきた。

「なんというか……」
「ホント迂闊だね、君は」

二人は呆れ顔だ。
才人はまだ固まっている。
ジェシカは少し悔しさを感じ、燃え上がった。
シエスタは去り際にジェシカに笑いかけたのだ。
優越感たっぷりの笑顔で。

――上等ォ……やってやろうじゃない。
相手がシエスタだからって遠慮しないわ!!

後方のルイズさんはギュインギュイン虚無の波動を高めている。
隣のティファニアは途方に暮れるしかなかった。



F-8 After Carnival

噴水広場で水精霊騎士隊はアンリエッタ、シャルロット、ベアトリスと合流する。
魔法衛士隊、銃士隊、空中装甲騎士団を従えた一行は美少女たちの魅力をもってしても威圧感を消せない、はずだった。

「……ミシェル副隊長、やっぱ恥ずかしいっす」
「……黙って給料分働け」

銃士隊は実に百名ほどが浴衣を身にまとっていた。
しかもトリスタニア元祖のジェシカと同じ着こなし、肩がはだけて鎖骨全開、お色気たっぷりだった。
もはや浴衣ファッションショーにしか見えない。
モット、デムリ、オスマンのトリステイン三羽烏がいなければこんな光景はありえなかっただろう。

「夜空の花もいいですが、地上の花こそ素晴らしい」
「所詮空に咲くものなど手の届かぬ幻よのぅ」
「彼が言うにはミコフクというものもあるらしいですな。実に興味深い」

貴族御用達の高級酒場で語り合う三人がいたとか。
一方銃士隊の華やかな様子は市民の見方をガラッと変えた。
普段は恐ろしい、強そうといった印象しかなかった。
それが恥じらいに頬を染めていたり、普段よりもじもじとした仕草だったり、お兄さんお父さんたちは大満足だ。
女性も同じようにおしゃれに興味があると思われて、幾分親近感をもった人たちが多いようだ。

さて、パレードはアンリエッタ、シャルロットが同乗する馬車を先頭に再び進みだす。
次いで才人たち、水精霊三本柱、ルイズたち、隊員、最後にベアトリスとゆかいな空中装甲騎士団たちといった構成になった。
これはベアトリスのワガママによる。

「正直今は先輩たちに近づきたくないです……」

五十人集団土下座はレモン色のドレスを纏った少女にトラウマを残したようだ。
クルデンホルフ大公国は金貸しの国、とあまり好かれていない。
しかしパレードでは空中装甲騎士団が斜め上の方向で奮闘し、大好評だった。

「いくぞ、人間大車輪!!」

むんずと隊員の脚をつかむ騎士団代表。
そのままジャイアントスイングをかましはじめる。

「うぉぉぉおおおおお!!」

その回転速度たるや並ではない。
ハルケギニア最強の竜騎士団の名は伊達じゃなかった。

「いまだ!」
「うぅぅぅる・かぁぁああああのおおお!!」

ぶん回されている団員もかなりの兵だ。
回転しながら発火を唱え、維持する。
ぐるぐる回る炎の人間大車輪が完成した。
さらに違う団員が呪文を詠唱する。

「フル・ソル・ウィンデ、レビテーション!!」

ふわりと、代表が浮きはじめた。
炎を燃やしながら、宙に浮きながら、ぐーるぐーると人間をジャイアントスイング。
五メイルほどの高さでふわふわ漂っている。

『これぞ炎の空中人間大車輪!』

やんややんやと喝采をあげる沿道の観衆。
だがやってる本人たちが一番楽しそうだった。
ベアトリスはパレードに似つかわしくない暗い顔でため息をついた。

「どうしてこうなったのかしら……」

勿論日本代表平賀才人のせいだった。



終戦パレードも佳境である。
わいわいがやがやと一向は王宮へ近づいていた。
とうとう先頭のアンリエッタたちが敷地内に入る。
それに才人、四天王、ルイズたちの馬車が続いていく。
最後にベアトリスの馬車が門をくぐる。
空中装甲騎士団代表が空に向けて大きな火球を放った。

「ジャン、合図だわ」
「よし、皆さんこれが最後ですぞ!」

すでに四百発近くの打ち上げ花火を消費していた。
ブルドンネ街に対して垂直に、十メイルほどの間隔をあけて大筒群が設置された打ち上げ地点。
空中装甲騎士団あぶれ組がそれぞれの大筒に最後の花火を投下していく。
九の打ち上げ地点に設置された大筒はそれぞれ十ずつ、コルベールとキュルケのポイントだけが二十本の大筒を担当していた。
全員が仕込んだことを確認し、コルベールは杖を掲げる。

「では、着火用意!」
『ウル・カーノ!』

杖に火が灯る。
祭りの最後を飾る火だ。

「北一、南一より中央へ!
時間差は三十、着火!!」

まず、南北両端の大筒群が花火を打ち上げる。
三十秒の時間をおいて次の大筒群が、さらに三十秒後、といった具合で打ち上げはコルベールたちが陣取る中央へどんどん近づいていく。

「ジャン、これで終わりね」
「ミス・ツェルプストー」

コルベールはキュルケに向かって柔らかく微笑む。

「これからがはじまりなのです。
サイトくんからもっと色んなことを聞いて、火を有効活用しませんとな」

――ああ、ジャンなら花火みたいにキレイな世界をきっとつくれるわ。

キュルケは思わず愛しい人のほっぺたにキスをした。
コルベールはひどく赤面し、誤魔化すように咳払いをした。
そして二人で大筒に火をつける。
黄、赤、青、緑、白、トリスタニアの夜空に百発の花火が散る。
それはまさに百花繚乱だった。
花々が夜空にとけて人々は理解する。
今のでこの祭りが終わったということを。
気づけば誰もが拍手をしていた。
才人に、水精霊騎士隊に、トリステインに、方向性は違えど思いは一緒だった。
楽しいひと時をありがとう、と。



「終わったな~」
「……ああ、なんだか寂しくも感じるね」
「祭りは準備が一番楽しい、って言うしな」
「それは君の故郷の言葉かい?」
「そ、目標に突っ走ってるときのが楽しいってことだろな」

アンリエッタ、マザリーニからお褒めの言葉をいただいた水精霊騎士隊。
速やかに解散、というわけでもなく彼らは王宮で少し休んでいた。
と言ってもくつろいでいたわけではない。
ほとんどの隊員がパレードの時以上にガチガチで心休まる隙は一切なかった。
冷静なレイナール、豪放磊落なギムリ、アレなマリコルヌもそれは一緒だった。
ただ才人、ギーシュ、ルイズの三人だけが落ち着いている。
ちら、と才人はルイズと目があった。

――あ、このあと噴水に行かなきゃなんだよな。

キュルケの言葉を思い出す。
ルイズもパレード真っ最中はあれほど機嫌が悪かったのに、今は少し穏やかだ。
隣のティファニアも安心している。

――でもコイツら飲みに行く気満々だぞ。
なんとかどっかでまかないと。

間違いなく今がチャンスだった。
王宮の雰囲気に圧倒されている今しか抜け出す機会はない。
飲みに行った先で抜け出せば絶対に尾行されるに決まっているのだ。
才人は平静を装って抜けた頭を巡らせる。

――そうだ!

ここ一番で彼の頭はある意味冴え渡っていた。

「もう遅いし、俺ジェシカを送ってくる」
「え?」
「そうだね、僕はもう少し皆の回復を待つとするよ」

隊長に断りを入れてこの場の誰よりも緊張しているジェシカの手を引っ張る。
出口へ向かう最中、再びルイズと目があった。

――あ、と、で――

才人は口の形でそう伝えると王宮をさっさと抜け出した。
勿論ジェシカの手を握ったままでだ。
さて、才人は日本語を普段喋っている。
それがハルケギニア公用語に自動翻訳されるのだ。
口で「あ、と、で」なんて言っても正しい意味が伝わるはずがない。
しかし、珍しくいい意味でルイズに伝わった。

――さささ、サイト、こんなところで……。
す、き、だ、なんて言うだなんて!?
もぅ、やだわサイトったら。
この後の噴水も一応すっごい期待してあげるわよっ!

不機嫌気味から一転上機嫌になったルイズ。
ティファニアはそんな彼女を不審そうな目で見ている。

――ルイズ、最近情緒不安定かも。

とりあえずそっとしておこう、と優しい眼差しのティファニアは決意する。
そしてこの時、ルイズは二人を追いかけなかったことを後悔する。



「もー、強引なんだから」
「んなこと言ってもジェシカかたまってるだけだったじゃん」

王宮を出た二人は気楽に話していた。
花火も終わってかなりたつ。すでに日付が変わりそうな時間だった。
沿道に出ていた屋台もすべて撤収していて、ブルドンネ街をいく人たちは足早に家路か、さもなくば居酒屋を目指している。
月を雲が覆いあたりはだいぶ暗い。
これなら才人の顔を隠す必要もなさそうだ。

「あー、ギーシュも言ってたけど祭りの後はなんかさみしーな」
「そう言わないの、はじまりがあれば終わるもんなんだから」
「そうだけどさ、やっぱりなんか、な」

ぐっと伸びをしながら言う才人にジェシカは軽く答える。
二人とも、才人は特に、酒を飲んでいたが足取りはしっかりしていた。
王宮を出る前、アニエスにジェシカを送ることも伝えてある。
他の隊員が妖精亭で客のフリをして待っているということは聞いていた。
送り届ければ今日のところは安心だ。
ちらちら周囲に目をくばっても怪しい人影は見当たらない。
まっすぐにブルドンネ街を進んでいく。
しばらくの間二人は無言だった。

「そういえばさ」

噴水広場に差し掛かったころ、ジェシカは足を止めた。
人の気配はまるでない。
水音すらせず静かだった。

「なんであたしを選んだの?」

む、と才人は考える。
パレード終了後にアニエスをつかまえて話をしたが、騒ぎに乗じて動いた者は皆無だった。
城下にはまだ誘拐犯が潜んでいる可能性が高い。
だからまだジェシカに真実を告げるわけにはいかなかった。
才人が悩んでいるとジェシカが言葉をつなぐ。

「やっぱり言いにくいわよね、いいわよ」

ジェシカは儚げに笑う。
今にも消え入りそうな笑みだった。
才人は胸に微かな痛みをおぼえた。

「でもね」

次の瞬間胸元に衝撃を感じた。
ジェシカが真正面から抱き着いていた。

「ぇ?」

喉からは掠れたような疑問の音しか出なかった。
仄かな明かりが広場を照らす。
噴水が静かに水を噴き上げる。

――ど、どういうことだ!?

才人は理解が追い付かなかった。
胸に感じたよりもずっと強い衝撃を心に受けた。
ジェシカが抱き着いていたのは三十秒もなかった。
しかし混乱した才人には永遠にも等しい時間だった。

「サイト……」

はっと才人は胸元のジェシカを見下ろす。

――ちゅ――

ジェシカは不意打ち気味に才人の唇を奪った。
そしてとんっとジェシカは軽く距離を取った。

「あたしのファーストキスなんだから、大事にしなさいよ」

――やっぱり、言うのは無理だよパパ。
サイトとあたしじゃ全然釣り合わない。
それにシエスタの好きな人を奪うなんて無理よ。

才人は軽く口を開いてポカンとしていた。
それがジェシカのツボに入った。

「アハハハハハ! あんた英雄なんだからもっとシャキッとしなさいよ!」
「え、あ、うん」

――そのマヌケ面。
あんまりにもおかしくって。
こんな笑いすぎちゃって。
涙がこぼれてくるじゃない。

「ここまででいいわ。
妖精亭はすぐそこだもの。
じゃあねっ!」

最後にジェシカは一方的に捲し立てて走り去っていった。
才人は呆然としてその場を動けなかった。

「……ど、どういうことなんだ!?」

――ジェシカ、俺のことキモイって、あれ、きらい、てか好きでもなんでもなかったんじゃ!?
キスってあいさつ程度、いや、ファーストキスって言葉があるんだったら、でもなんでさ!?

才人はひどく混乱していた。
唇に手をやる。

――柔らかくて、痛かった。

はっと気づく。
痛かったのは胸だったことを思い出し、ギーシュの串を取り出した。

「これ、いい加減捨てないとな」

――とりあえずジェシカを追いかけよう。
青銅を捨てる場所を聞いて、話をして今まで通りだったら気にすることはない。
祭りの雰囲気に流されただけ、ってことにすればいい、うん。

普通の人ならすぐに追いかけたりはしないだろう。
しかし才人は青銅の串を言い訳にすることに決める。
走ってジェシカを追いかけることにした。
しかしどれほど走っても彼女の姿はなかった。
すぐに魅惑の妖精亭につく。
だがスカロンに聞いてもジェシカの帰宅は確認できなかった。

――やられた。

才人はこぶしを強く握りしめた。



[29423] 最終話之後 LOSTBOY GOES TO HALKEGINIA
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/19 01:47
F-9 生き残った恐竜

ジェシカは走った。
祭りの終わりに沈むトリスタニアをひたすら走った。
自分の気持ちを打ち消すように、ただ全力で走った。

――もう、つらいや。

彼女は妖精亭まであと百メイルというところでつまずいた。
雪駄の鼻緒が切れている。
少しそれを見つめた後、壁に背をつけて息を整えようとした。
荒い呼吸音が路地に響いた。

「ばかだな、あたし」

ジェシカは悟ってしまった。
才人は別に彼女のことを好いているわけではない、と。
キスした瞬間、才人の顔には驚きしかなかった。
元々人の機微に敏い彼女は、好意や歓びなどはまったくなかったことに気付いた。

――浮かれて、惚れて、勘違いで。

がっくりとジェシカは肩を落とす。
今は誰にも会いたくない気分だった。
それでも家には帰らないといけない、魅惑の妖精亭に向かってとぼとぼ歩く。
足取りは重かった。

――背中押してくれたパパと、シエスタにあわせる顔がないや。

シエスタが優越感たっぷりに笑ったのはジェシカの背中を押すためだ。
彼女はなんだかんだ言って公平を好む人間だ。
だからまだステージにも上がれていないジェシカの手を引いた。
正々堂々、才人を奪い合う戦場に連れ込もうとしたのだ。
ジェシカは頭に血が上ってそのフィールドに立ち入ったが、すぐリタイアしてしまった。
彼の好意が自分に向いていないことを知って、自分が傷つくのが怖くて。
ただそれだけの話。
シエスタの精いっぱいの思いやりを無駄にしてしまった、とジェシカはさらに落ち込む。

――あー、どんな顔して会えばいいのよホント。

魅惑の妖精亭の明かりが目に入る。
すとんと視界が暗転した。



「やれやれ、運が良かったか」

闇に閉ざされたトリスタニア、青年は屋根の上を駆ける。
その肩には気を失ったジェシカを担いでいる。

――まったく、無茶を言う司祭だ。
パレードの日に決行するというのはまだいい
終了後なら衛兵の気も緩んでいるだろう。
だがなぜあの少年の隣に立っていたのをわざわざ。

今回の誘拐がうまくいったのは、青年たちにとって幸運だった。
才人がジェシカを魅惑の妖精亭まで送り届けていれば不可能だったに違いない。
今夜街を離れる青年と司祭にとってはラストチャンスをうまく生かした形になった。
そもそも、才人のお気に入りということならターゲットを変えた方が安全だ。
彼のお気に入りということはヴァリエール公爵、アンリエッタ女王にもつながっている可能性がある。
青年は勿論そのことを司祭に指摘した。
だが司祭はそんなことに無頓着だった。

『所詮平民だ、誰も気にすまい』

敬虔なブリミル教司祭にとって始祖の血をひいていない平民にはいくらの価値もない。
ジェシカに狙いを定めたのも、黒髪が珍しいから高く売れるだろう、という安易かつある種無駄のない理由からだ。
ふと足を止めて空を見上げる。
先ほどまでの花火の明るさが嘘みたいなほど、黒々と沈んでいた。
青年が耳を澄ましても金属音はしない。
鎧を装備した衛兵が走り回っているということはなさそうだった。
街を見下ろしても夜警の灯りは遠くをちらほら動いているだけだ。

――そこら中に火でもかけてやろうか。

青年は燃える街を想像する。

――それもいいかもしれないな。

身を翻して屋根の上を疾駆する。
藍色の甚平が風にたなびく。
雪駄と屋根が掠れる音が闇に溶ける。
彼が修練を積んでいたフライを瞬間的に発動させる移動法の調子は上々だ。
常識では考えられないスピードで屋根の上を移動する。
青年は考える。
あんな別れ際だから少年は追いかけるはずがない、と。
少年が追いかけない以上失踪が判明するのは翌日以降だ、と。
来るはずのない少年がアルビオンで駆けつけたことも忘れて。



「くっそ、どこいったんだよジェシカ!!」

才人はあらゆる路地を駆け抜ける。
デルフリンガー片手にルーンの力を使ってまで走り続けている。
あのあと妖精亭で待機していた銃士隊員に事情を説明して、彼は噴水広場まで戻った。
別れ際に緊急時用の発煙弾だけは受け取っておく。
ジェシカが消えたのは間違いなく噴水広場から妖精亭までの短距離だ。
少しでも手がかりがないか地面をはいずるように探し求めた。
それでも一向にそれらしきものは見つからなかった。
仕方なく近くの裏路地を探し回っているが影も形も見当たらない。
急に足を止めた。

「落ち着け、落ち着けよ俺……」

今は一刻を争う事態だ。
しかし、彼はあえて考える。
普段は抜けてると言われる頭脳をフル稼働して考えを巡らせる。

――とにかく闇雲に探しても意味がないんだ。

深呼吸をして自分を落ち着かせる。
その時天啓が下った。

――そうだ、屋根から街を見下ろせば!

実際のところ屋根に上がった程度では街の隅々を見渡すことはできない。
それでもこの時は選択肢がなかった。
ガンダールヴの力を発揮して二階建ての家に飛び上がる。
そこで闇に沈むトリスタニアを見回した。

――ダメだ、こんなんじゃ全然わからねぇ。

だが幸運の神は才人に微笑んだ。

――今、誰か屋根の上から降りた?
ふつーこんな真夜中に屋根にのぼるか、俺みたいな事情がないと……。
いや、とにかく行ってみよう。

記憶を頼りに才人は走った。
階下の迷惑など顧みず、屋根から屋根へと飛び移る。
五分もしないうちに問題の家屋についた。
寂れた裏通りらしく、人の気配はない。
遠くから馬車の音だけが聞こえている。
少し足を止めて息を整える。
誰かが降りたように見えた家は、ドアが開いていた。

――なんかおかしい。
なんでこんな時間にドアが開きっぱなしになってるんだ。

「すいません!」

声をかけて様子を見る。
一分ほど待っても返事はなかった。
意を決して才人は家の中に飛び込んだ。



「あのバカは何をやっていたんだ!」
「隊長、それよりも検問と魔法衛士隊に援護を」
「わかっている、手際から見て相手はメイジだ」

深夜の王宮に怒号が響き渡る。
銃士隊が慌ただしく装備を整えはじめる。
今から戦争がはじまるかのように感じられた。

「ターゲットを見失ったのは?」
「噴水広場から妖精亭まで、五百メイルもありません」
「ヒラガ殿は噴水広場で一分ほど硬直したのち、すぐ走って追いかけたとのことです」
「本当にアイツは何をやってたんだ……!」

ぐしゃっとアニエスが城下街地図を握りつぶした。
なかば八つ当たりだということは彼女もわかっている。
たとえ才人が送ると言ってもその監視はつけるべきだったのだ。
それを怠ったせいで誘拐を許す、銃士隊の失態だ。

「発生からは何分たっている」
「もうすぐ三十分たつ頃かと」
「初動が少し遅れたか、とにかく急いでド・ゼッサール殿に報告しろ。
体裁にこだわっている場合じゃない!」

アニエスは心の中で才人をボッコボコにしたうえ子供っぽい悪口を言いまくった。
それで今は心を押し鎮める、上に立つものが極度の動揺を見せるのは良くない。

――くっ、まさかパレード直後とは、泥を塗られたも同然ではないか!!

ジェシカがただの平民ならここまで焦りはしなかった。
しかし彼女は英雄の隣に立った女なのだ。
今やトリスタニア一顔が知られた平民と言っても過言ではない。
それが翌日にはもういない。
どんな噂が駆け巡るかわかったもんじゃなかった。

「とりあえず検問を各所に、街からは誰も出すな!」
「はっ!」

ミシェルと隊員が慌ただしくかけていく。
入れ替わるようにタバサが現れた。
青のドレスに身を纏い王杖を携えている。
後ろにカステルモールを従え、アニエスへ一直線に近づいてきた。
アニエスはこの忙しいときに、と内心苦く思いながらも片膝をつき丁寧に対応する。

「シャルロット女王陛下、ここでは貴女をもてなすことはできません」
「手伝う」

簡潔なタバサの言葉にアニエスは目を丸くした。

「手伝う、とは」
「その事件の解決ガリアが、わたしが手を貸す」

ここで少しでも恩を返して補償を有利に進める気だろうか、とアニエスは思い巡らす。
だがタバサの目はそんな利益など考えていないようにも感じられた。
むしろ純粋な瞳だ。

――そうか、サイトの瞳に似ている。

アニエスは悩む。
ここで手を借りていいか、彼女の手には余る問題だ。
ガリアが警護のため連れてきた東花壇騎士団二十名、大きな戦力だった。

「シャルロット女王のお力添え、感謝いたしますわ」

アンリエッタだ。
この騒動を聞きつけてやってきたようだった。
タバサはこっくり頷いて部屋をすぐに出ていく。
カステルモールも勿論後についていく。
後にはアンリエッタとアニエスだけが残された。

「陛下、よろしかったのでしょうか」

立ち上がったアニエスが問いかけた。

「かまいません」
「それはなぜ?」

アンリエッタは穏やかな笑みを浮かべた。

「わたくしも出ますから」
「は?」

この人は何を言ってるんだろう、とアニエスは混乱した。

「ですから、わたくしも出ます」

有無を言わさぬ強い言葉だ。
アンリエッタは続けて言った。

「たまにはいいところを見せないといけませんし。わたくしの大事な大事なお友達にね」



「とめないの?」

廊下をしばらく歩いて、タバサはカステルモールに向き直った。
警護の責任者である彼からすれば今回の件は本来見送らなければならない。
それがアニエスとの会話中一切口を挟んでこなかったのだ。

「陛下」

カステルモールは涼しげな笑みを浮かべた。
娘を見守る親のように優しげな眼差しに、タバサはちょっぴり警戒する。
この青年貴族は少しどころかすごく過保護なのだ。
才人を手伝いたいタバサを妨害してくる可能性の方がはるかに高い。

「陛下は私が邪魔することを望んでおられるのですか?」
「それは、違う」

彼はあくまでタバサの意思を尊重する、という立場をにおわせた。
それがやっぱり彼女の理解の範囲外だ。
自分が同じような立場になればどうしただろう、と自問する。
きっと諌めて部屋に放り込んで軟禁状態にする、と結論が出た。

「本当にいいの?」

じっとカステルモールの瞳を見つめる。
嘘は許さない、正直にしゃべれと威圧を込めて見つめる。
それに対してもカステルモールは笑顔を崩さない。

「勿論ですとも、陛下の望むままに東花壇騎士団は動きます」

におわせるだけでなく、口約束までした。
彼は実直な男だ、約束をたがえることは今までしたことがなかった。
考えが分からない、とタバサは少し困った顔になった。
それすらも見透かしてカステルモールは言葉を続ける。

「娘の望みを叶えたい、というのは親として当然でしょう」

――あ、彼はダメなヒトだった。

タバサはがっくり肩を落とした。
ガリアはこんなばっかりだ。

「それに」

だがカステルモールはなおも言葉をつなぐ。

「シュヴァリエ・ド・ヒラガ殿は陛下を妹と呼びました」

む、とタバサは少し不機嫌になる。
それは許してはいけない考えなのだ。
しかし彼はそれを意に介さず、茶目っ気たっぷりに言ってのけた。

「なら彼は我が息子ということになります。
息子に力を貸して娘の願いを叶える。
いったいどこに問題があるでしょうか?」

カステルモールはこんな言葉で遊ぶような人間じゃなかった気がする、とタバサは考える。
でもそれは今はどうでもいい問題だ、と切り捨てた。
再び廊下を歩き出す。
ありがとう、という言葉は宮廷の壁に染みこんだ。



F-10 ROBOTMEN

さっきから少し街が騒がしい気がする。
深夜だというのにどこか慌ただしい空気。
そんな中噴水の縁に座って、わたしはサイトが来るのを待っていた。

――はやくこないかな。

脚をぷらぷらさせてみる。
なかなかの脚線美だと自分では思っている。
サイトはまだ来ない。

――さっきもあーんな人がいるところで「すきだ」なんて。もーあのバカ犬ったらぁ!!

何もせずに待っているのも暇だから、王宮でのことを思い出してみた。
幸せな気分になった。
うふふと笑いがこみあげてくる。
喧騒が城の方から近づいてきてる。

――なにかあったのかしら。
まぁ今のわたしには関係ないわ。

遠くからの音なんてすっぱり頭から消し去って考えにふける。
このあと、サイトはどんな情熱的なアプローチをしてくれるのか。

――ひょっとしたら、この前の月の話をまたしたりして。

頬を紅潮させていたサイトを思い出す。
すごく幸せで顔の力がふにゃふにゃしてくる。

――キュルケに頼んでホントに良かったわ。

彼女に頼まなかったらどうなってたか、なんて考えたくもない。
お祭りの後のどこか寂しくて、でもロマンチックな空気の中愛を囁き合うなんてできなかったに違いない。
喧騒がとうとう近くにやってくる。

「もう、うるさいわね」

不機嫌になりながらわたしは騒音のもとを睨みつけた。
すると意外な集団を目にした。

「ルイズ!?」
「ギーシュじゃない、どうしたのよ?」

サイト以外の水精霊騎士隊揃い踏みだった。
モンモランシーまでおまけにいる。
わたしの問いかけは若干不機嫌だったかもしれない。
そもそもなんでこいつらはここにいるんだろう。
あのあと飲みにいったんじゃないのか。

「丁度いい、君もついてきてくれ」

言うなりレイナールはわたしの腕をつかんだ。
明らかに焦った様子の彼は思いのほか力が強くて握られた腕が痛い。
勿論わたしは抵抗した。

「やめて!」
「レイナールよすんだ」
「そうだ、落ち着けよ」

ギムリとマリコルヌも間に割って入りながら彼を諌める。
そうすると少しは落ち着きを取り戻したみたいだ。

「す、すまないルイズ。焦りすぎていたようだ」
「わかったならいいけど……」

事態がさっぱりわからなかった。
水精霊騎士隊は明らかにシラフだ。
お酒も飲んでないのに冷静なレイナールがこんな暴挙に走るのは考えにくい。

「僕からも謝るよルイズ。でも君の力がいるかもしれないんだ。
良ければついてきてくれないか?」
「わたしの力?」

ギーシュの提案にも首をかしげる。
わたし個人の持つ力と言えば、虚無の魔法か女王陛下の女官である証、この二つだ。
こんな街中で必要とされると言えばきっと後者だろう。

「……強い権限が必要なの?」
「聡明で助かるよ、どうやら誘拐事件らしい」

息をのんだ。
トリスタニアで起きていることはキュルケを通して聞いている。
ということは、被害者は。

「……察したみたいね、ジェシカがさらわれたわ」

モンモランシーの言葉に背筋が粟立った。

「そういうことなんだ。
馬を徴発するにしろ情報を得るにしろ、権限が強いにこしたことはない」
「わかった、ついていくわ」

水精霊騎士隊は功績をあげた。
でも所詮お坊ちゃま部隊と侮る衛士は多いらしい。
ことをスムーズに進めるためにはわたしがついていくのが一番だ、きっと。

「サイトは?」
「単独行動中だ、彼も焦ってる」

二つの気持ちが心の中でもやもやと混じりあっている。
一つはサイトを心配する気持ち。
すぐそばにいたのにジェシカを助けられなかった、サイトなら自分を責めるに違いない。
もう一つはジェシカを妬む気持ち。
今夜わたしが噴水広場でロマンチックに過ごすはずだったのに。
ジェシカは事件に巻き込まれてサイトはわたしをほったらかし。
ぷるぷる頭を振って気持ちを切り替える。
個人的な感情でもたつくわけにはいかない。

「いきましょ」
「ああ」

一度だけ広場を振り返る。
あたりは暗くて、噴水も動いてなかった。



才人が忍び込んだ家からは人の気配というものがしなかった。
一階の居間、書斎、台所、地下への階段、誰もいない。
二階に上がって寝室を確認しても人は見当たらなかった。

「……どうなってんだ?」

最初は極力音を立てないよう、明かりを使わぬよう努力していた才人だが、途中からはおかまいなしに家を探った。
生活をしていた感じはするのだが、うちすてられたあとのような気がした。
置いてあったカンテラで隅々まで照らし出すが特におかしなものは見つからない。

「あとは、地下か」

いかにも、という空気が流れていた。
階段を下りると頑丈な鉄の扉がぽっかり口を開けていた。

――なんかやばそうな気がする。

地下から流れ出る空気は微かに臭った。
鉄製の扉は一切音を通しそうにない。
才人は暗闇に向けて声をかけてみたが不気味にこだまするだけで、人が反応した様子は感じられなかった。
扉が勝手に閉まらないことを確認する。
意を決して地下室に足を踏み入れた。

「ち、地下牢って、まじかよ……」

目にしたのは鉄格子だった。
詰所のそれよりはほんの少しマシな備え付けのベッド。
置いてある壺からは排せつ物の臭いがした。
そんな部屋が左右に五つずつ。
どの部屋にも血のあとが見当たらなかったのは救いだった。
いずれも扉は開いていたが、近くにかけられていた錠前は新しかった。

――つい最近までここは使われてた。

背中をびっしょりと冷や汗が濡らしていた。
才人の感覚はまだ現代人のものだ。
それも平和な日本社会の一高校生にすぎない。
拉致監禁なんてモノは想像の中にしかなかった。

――こんな連中にジェシカはさらわれたのかよ!

己の不甲斐なさに壁を殴る。
才人は少しの間だけ目をつぶって考え込んだ。

――ここにはもう誰もいない。
でも誘拐犯の家ってのはビンゴだ。
じゃあジェシカはどこにいったんだ。
そもそもなんのために誘拐をしたんだ。

答えは出そうになかった。
ただここにいても進展はない、ということだけがわかった。
一度外に出て夜空を見上げる。
雲の流れは早かったが、月は顔を見せなかった。

「あ、そうか」

才人は単純な答えに思い当たった。

――馬車だ。

こんな深夜に馬車を使うものは普通いない。
あるとすればよっぽど急な用があるときだけだ。
そうでなければ日中に移動した方が馬も疲れないし、安全だ。

――馬車で誘拐した女の子を運んだんだ!
馬の声はどっちから聞こえた、思い出せ思い出せ思い出せ!!

必死に脳みそに活を入れる。
ここで選択肢を誤ればジェシカはきっと帰ってこない。
人をあんな風に扱う連中の手からもう戻ってこれない。
あの気安い笑顔が二度と見れない。
才人はそんなのいやだった。
何としても彼女を取り返そうと記憶を掘り返した。

――南、だった気がする。

心細くはあったが今は座り込んで考えるよりも移動した方がいい、と才人は再び屋根に駆けあがった。
丁度そのとき、南で光が閃いた。
偶然屋根に上っていなければ見落としていた。

――あの光、見たことある気がする。
それにやっぱり南だ。

ぐっと足に力を込めて跳躍する。
月はまだ雲に隠れている。



「不自然ですな」
「どうしたかね?」

馬車がピタリととまった。
馬の嘶きと犬の遠吠えしか聞こえない。
しかし青年は司祭が拾えない音を耳にしていた。

「検問です、まだ完全ではありませんが」

さきほどから鎧を着込んだ人間が動くような、がちゃがちゃという金属音がそこかしこから響いているのだ。
このまま通りをまっすぐいけば確実に突き当たるだろう。

「検問? バカな、我々の動きが筒抜けだというのか」

司祭はこと情報の扱いに対して慎重だ。
少女たちを捕獲するときは青年のみを使い、捕獲後の世話も青年と二人で行っていた。
そんな情報を密閉した中漏れるとは考えにくい、と青年も思っている。

「あるいは、他の事件が起きたのかもしれません」
「そちらの方が疑わしいな」

二人は結局同じ結論に至った。
しかしそこからは意見が割れた。

「一度身を潜めた方が良いのでは?」
「このまま検問を突破する」

青年は巧遅を提案し、司祭は拙速を求めた。
無論司祭の方が立場は強いので検問を突破することになった。

「混乱を招きたいな、偏在は出せるかね?」
「……温存を考えるなら二体が限度でしょうな」
「十分だ、北と東の検問を軽く痛めつけてくれ」

二人の脱出口は南だ。
あえて西を放置することで相手の疑念を誘発する。
謀略に長けたロマリア司祭らしい考え方だった。

「ユビキタス・デル・ウインデ」

風が流れ、新たに二人の青年がそこには佇んでいた。

「その服はなんとかならんのかね」
「存外気に入ってましてね。
マントで隠せば問題ないでしょう」

青年は藍色の甚平を着ていた。
足元は雪駄、才人の故郷の夏祭りを満喫したのかもしれない。

「それならいいが……」

司祭はあまり良くなさそうな顔だったが時間がもったいないと感じたのだろう。
再び馬に鞭を入れて馬車を進める。
青年はくだらないものを見るような目で馬車を見送った。
三人、同じ顔でやれやれと肩を竦める。
そして二体の偏在はそれぞれ路地裏に駆け込み、東と北へ向かった。

――果たして僕はマトモに戻れるのだろうか。

自問自答するが答えは出ない。
そもそも自分がマトモだったのはいつだったか、それすら思い出せそうになかった。
複雑な心中を誤魔化すように一度無表情をつくる。

「さて、銃士隊とやらのお手並み拝見といこうか」

ひどく楽しげに、寂しげに青年は呟いた。
少しして、トリスタニアに雷光が迸った。



F-11 RUSH RUSH RUSH

ラ・ロシェールへと続く道、荷馬車がゴトゴト進んでいく。
苛立ちをぶつけるかのように司祭は強く鞭を打った。
検問は青年の活躍で突破できた。
見張りについていた銃士もまだ気絶しているか、運が悪ければ死んでいることだろう。
陽動も成功したので事は順調に推移している。

――いかんな、何か気にかかる。

イヤな予感を司祭は感じ取っていた。
ここまで気づかれることなく進めてきた計画が何らかの形で破綻している、と彼の第六勘が囁く。
青年をラ・ロシェールまで先行させるか、それとも予定通りトリスタニアで陽動を行わせるか、決めあぐねている。
しかし青年は司祭の懊悩に気づいた素振りは見せなかった。

――何も問題はない、誘拐が明るみに出ることはない。

流石に今自分は犯罪に手を染めている、という自覚はある。
発覚すれば危ういということも。
だがそれは人道的な観点というよりも、家畜を盗めばどうなるか、といった見方からだった。
それに今の彼にはリスクよりも金が必要だ。

――金さえ積めば司教位が。

自らが手にする栄光を幻視して司祭の心は高揚した。
あたりはまだ月明かりがさしていない。
馬車は街道を逸れると近くの林に入っていく。
ギリギリ馬車が通れるような林道が整備されていた。
しばらく道沿いを進むとカンテラの灯りが目に入る。
馬車はそれを目指して進んでいた。

「お待ちしていました」
「うむ、では積荷を竜籠へ移せ」

年若い助祭が司祭を出迎えた。
この神経質そうな若者は司祭がどうやって積荷を手に入れたか知らないし、知る必要もないと思っている。
ただ始祖ブリミルへの信仰心と、恩を受けた司祭のことだけが大切だった。

「では、手筈通り僕は戻りましょう」
「ああ、任せた」

結局、司祭は予定に沿うことに、流されることにした。
青年はトリスタニアに戻ってさらなる攪乱を行い、司祭と助祭は積荷を移し替えてから竜籠で向かう。
それが間違いとも知らずに。



「あーどうしてこうなっちゃったのかなぁ」

声は響かなかった。
今あたしは馬車の中、さらに檻の中にいる。
檻の中には魔法がかけられてるようだ。
泣けど喚けど外には聞こえない。
まわりの娘たちはみなぐったりとうなだれている。
あたしは遠慮なく大きな独り言をつぶやくことにした。

「やっぱあたしが悪かったのかなー」

手枷をぶんぶん振り回しても金属音は鳴らない。
一緒の檻の中にいる子たちは、平民に見える。
共通点は見た目がいいくらい。
一人浴衣を着ている自分が浮いているような気もした。
ふと、ついさっきまでのことを思い出す。

――キス、しちゃったんだ。

唇にそっと手を当てる。
まだしっとりと感覚が残っている気がした。
それ以外はまだ夢うつつ。
今とらわれているのも夢の中のように感じていた。

「ていうかなんでつかまってるのよ」

実のところ、あたしは理解していた。
いい年ごろの娘が捕まる理由と言えばそんな多くない。
みんな見た目もいいし平民ということを考えればさらに限られる。
これからあたしたちはきっと売り払われるんだろうな。
娼館か、貴族の奴隷か違いはあるだろうけど。
幸せの絶頂から少し落ちて、さらにはどん底だ。

「ついてないわねー」

あはは、と笑ってみた。
むなしいだけだった。
それに周りの娘たちが暗い顔をしているから、あたしは余計に辛くなってきた。

「ほんと、なんでこうなったんだろ……」

今頃パパは心配してるかな。
シエスタも妖精亭で待ってるかな。
他の妖精さんは上手いことやって、とでも思ってるのかな。
気持ちがどんどん沈んでくる。
馬車の中をカンテラが照らした。
男が二人、ロマリア風の服を着ている。

――出ろ――

口には出さなかったけど、あたしは杖の仕草だけで悟った。
檻の扉が開く。
皆のろのろと立ち上がって歩く。

「なんで……」

急に現実感がわきあがってきた。
怖い、すごく怖い。
みんな食って掛かる様子もなく出ていく。
それがまた、たまらなく怖い。
とうとう檻の中にはあたし一人だけ。
若い方の男が入ってきてひっぱりだそうとしてくる。

「いや! 放してよ!!」

つかまれた腕をふりほどこうと暴れる。
でも力ではかなわなかった。
男の表情が豹変した。

「痛ッ!?」

あたしは思いっきりはたかれた。
ほっぺたがじんじん熱くなってくる。
悔しくて涙がこぼれた。

「やめて……」

無理やりひっぱりおこされる。
馬車の檻から無理やり引きずり出された
目の前には竜籠。
とんでもなく遠いところへ連れ去られるってことだけはわかった。

「助けてよ……」

ざわざわと木が囁いてる。
サイトのことを思い出した。
好きになった。
本気になった。
キスをした。
あきらめた。
でもまだ彼の顔がちらついてる。
まだ、救いを求めてる。

「助けてサイト!!!」
「いい加減にしろ!」

もう一度はたかれて地面にころがった。
痛い。
ぽろぽろ涙がこぼれてくる。

「まったく、手こずらせるんじゃない」

英雄なんかじゃなくていい。
好きになった男の子に助けてもらいたかった。
無理だとわかっていたけど、叫びたかった。
最後にもう一度だけつぶやいた。

「助けて……」

ずどん、と爆発にも似た音が響いた。
広い背中が目に入る。
さっきとは違う意味で涙があふれてくる。
あたしは思い出した。
お芝居や物語のおやくそく。

「ごめん、ジェシカ」

ヒーローはいつだって、ギリギリ間に合うのだ。



才人は走っていた。
目についた雷光の下へ駆けつけると、検問を張っていた銃士隊が倒れていた。
助け起こして事情を聴けば、襲撃があったという。
そこを離れて彼は南の街道を一直線に下っていった。
林の中に進む馬車が見えたのは幸運か、始祖の導きに違いなかった。

「あれか」

先ほどから身体を酷使している。
ガンダールヴのルーンは常に輝き、駆ける脚は止まらない。
ただ一心にジェシカの身を案じていた。

――俺が目を離さなければなにもなかったんだ。
だから、俺は絶対ジェシカを助けなきゃいけない。

林の中を突き進む。
カンテラの灯りが目に入った。
光源から身を隠すように大木に背をつけた。
距離は三十メイルほど。
少しだけ足を止め、息を整えた。

「相棒」
「なんだよデルフ」

ひそひそと声を潜めながらデルフリンガーが話しかける。

「今回は酒場の嬢ちゃんを助けることだけに集中しな。
他にも多分さらわれてるだろうけどよ、相棒が全部片づける必要はねぇぜ」
「……わかった、うん。
見ちゃったらどうなるかわかんねぇけど、心にはきっととめておく」
「それに相棒が全部片づけたら他の奴らが文句言うぜ、手柄よこせってよ」

違いない、と才人は笑った。
ジェシカがさらわれた負い目から強い精神的圧迫感をおぼえていたはずだった。
それがデルフリンガーとの会話でかなり軽くなった。

「さんきゅ、デルフ」
「なんでぇいきなり」
「んにゃ、なんでもないさ」

ぐっと力をこめてデルフリンガーを握りしめる。
大木に隠れながらカンテラ付近の様子を伺う。

「助けてサイト!」

ジェシカの叫び声。
続いてにぶい、何かを殴るような音がした。
飛び出て確認すると、ジェシカは地に倒れていた。
才人は激怒した。
ルーンが強く発光する。

「てめぇら」

一歩踏み出す。
驚異的な脚力で才人は風よりも早く走りよった。
ぐんぐん明かりに近づいていく。

「ジェシカを……!」

それ以上は声にならない。
踏み込みはさらに強く、下草に覆われた地面が抉れた。
最後に全力で水平方向に跳躍する。
ジェシカと男の間で力強く足を振り下ろした。

――ズドン!!――

林中に音が響き渡る。
眠っていた鳥が羽ばたくほどの轟音だった。

「ごめん、ジェシカ」

目を離して。
怖い思いをさせて。
才人は不甲斐なさと申し訳なさでいっぱいだった。
でも今は切り替える。
ジェシカに背を向けて、敵を前にして、才人はデルフリンガーを構える。

「司祭、お逃げを!」

助祭は才人の正体に気が付いたようだ。
カンテラの灯りしかないとはいえ、だんだら羽織は良く目立つ。
司祭は年齢を感じさせないほど身軽な動きで竜に飛び乗った。

「相棒!!」

デルフリンガーの言葉に才人は身構えなおした。
逃げようとする司祭に意識を取られていた。

「フレイム・ボール!」

助祭は密かに詠唱を終えていた。
その顔が攻撃的な色に染まっている。
直径五十サント程の火球、受ければただではすまないだろう。
才人の後ろにはジェシカがいる、よけるわけにはいかない。

「死ねッ!!」

火球が迫る。
助祭は勝利を確信していた。
今からどうあがこうと魔法を使えぬ剣士には対抗できない、と。
それが勘違いとも知らずに。

「ほっと」
「は?」

しゅぽん、といささか情けない音をたてて炎は消え去った。
助祭の顔にはまったく理解の色が浮かんでいない。

「てい」

首筋に手刀一閃、あっさりとカタはついた。
地面に崩れ落ちる助祭、だが司祭はすでに竜を飛ばしていた。

「はっ!」

力強く手綱を打って夜空へ舞い上がる。
ガンダールヴの脚力をもってしても届かぬ高さだ。
才人はふと、煙弾の存在に思い至った。
懐からごそごそと取り出す。
それを握りしめ、思いっきり竜籠に投げつけた。
竜籠は煙をひきながら南へ飛んで行った。

「お、案外うまくいったな」
「サイト?」

ジェシカは不安げな目で才人を見上げた。
目じりにはまだ涙のあとが残っている。
才人は振り向くと、返そうと思って懐にいれていた赤いハンカチで、彼女の目元をぬぐった。
そしてジェシカを引っ張り起こす。

「ジェシカ、ごめん。それと無事でよかった」
「……ッ」

ジェシカは思わず才人に抱き着いた。
その身は震え、嗚咽をもらしている。
才人もこの時ばかりは抱きしめ返した。
女の子が売り払われる恐怖なんて才人には想像することすらできなかった。
背中をポンポン叩いてジェシカが落ち着くのを待った。
林の中に微かな月明かりがさしこみはじめていた。
五分ほどたって、ようやく彼女は落ち着いた。

「サイト、ありがとう」

目じりにはまだ涙が浮かんでいる。
それでもジェシカは笑っていた、心底ほっとしたように笑っていた。
才人はなんとなく照れくさくなってそっぽを向いた。
はっとジェシカは真剣な顔に戻った。

「ほかの子たちが……」
「だいじょーぶ」

才人はニッと笑い返した。
丁度その時、ジェシカたちの頭上を竜騎士の編隊が通り越していった。
少し遅れてグリフォン部隊が追随していく。
ざざっと強い風が起きて二人は思わず目を閉じた。
向かう先は、ラ・ロシェールだ。
才人は木々の間から飛行部隊を見送った。

「頼りになるヤツらが行ったことだし」

くるっとジェシカに向き直り。

「トリスタニアに帰ろう」

その手を差し出した。



F-12 虹の騎士団

「Capitane、最大望遠で煙を確認。
若いのが一発カマしたみたいですよ!」
「方角は!」
「南、ラ・ロシェールへ向かってます!!」
「よし、後ろのグリフォン隊への直接伝令に一騎まわせ。
我ら空中装甲騎士団、このまま敵を追跡する!」
「東薔薇騎士団も遅れをとるな!」

夜空を猛スピードで突っ走る集団がいた。
空中装甲騎士団、魔法衛士隊、東薔薇騎士団と三つの国籍を持つ混成騎士団百名だ。

「シルフィードさんといったかしら。
シャルロット女王の使い魔さんは速いわね」
「騎士団には負けない」
「あらあら」
「わたしの空中装甲騎士団の方も負けていませんよ!」

その中でのんきにお喋りする二国のトップ+アルファ。
タバサ、アンリエッタ、ベアトリスの三人とオマケのアニエスだ。
前者二名とオマケはまだいい、自主的なものだ。
しかしベアトリスは半ば無理やり騎士団代表に引き摺られてきた。
主君に対する扱いとは思えない。

「はぁ、このような場合でなければクビにするところだわ」
「どうかしまして?」
「いえなにもありません」

とはいえ二国の女王が出ているのにベアトリスだけ留守番、というわけにもいかなかった。
だが彼女にとってなかなかしんどい状態だ。
なんせ二人とも自分より身分が上。
アンリエッタは幼少から面識があるからまだしも、タバサのことはほとんど知らない。
学院では無口な人だなあ、と思っていたら「このたびガリア女王になりましたー、てへっ☆」という始末だ。
どう振舞っていいのかわからない。
そんな彼女の心配をよそに追撃部隊は声を張り上げる。

「煙弾誘導切れました!
進路はラ・ロシェールでほぼ確定です!!」
「竜の識別は!」
「最大望遠でしたが問題ありません、特徴的な斑をもった若い風竜です」
「でかしたぞ!」

シルフィードの前方では騎士団が音声とハンドシグナルで連絡をとりあっている。
三十分もしないうちにラ・ロシェールに着くだろう。
だが青い風竜の上の二人は至ってのんびりしていた。

「では、そういう方向でいきましょうか」
「委細承知」
「うふふ、楽しみだわ」

流石にちょっとした事件だから不謹慎ではないかなぁ、とベアトリスが声をかけた。

「その、アンリエッタ女王陛下。もう少し緊張感を……」
「大丈夫よ」

そんな言葉もアンリエッタはどこ吹く風、にこやかに微笑んでこう言った。

「三つの国が力を合わせているんですもの。失敗するはずないわ」
「それにトップが過度の緊張を見せるのはよくない」
「あら、先に言われてしまいましたわ」
「早い者勝ち」

ころころ笑うアンリエッタと満足げなタバサ。
本当に大丈夫かなぁ、とベアトリスはちょっぴり途方に暮れた。



「今確認したが、混成飛行部隊が南の方に飛び立ったって」
「南って、もしかしてラ・ロシェールとかじゃ……」
「ラ・ロシェールじゃ馬で二日もかかるぞ、俺らじゃどうあがいても追いつけないじゃないか」
「追いかけるだけでもしといたほうがいいと思う、流石に動かなかった、はマズい」

その頃水精霊騎士隊はトリスタニアで途方に暮れていた。
事件の中心が完全に移動してしまったらしい。
竜騎士なんていない学生騎士隊には打つ手がなかった。

「変に追いかけるより負傷者の治療にあたったほうがいいだろ」
「そうだね、ギムリの意見を採用しよう」
「それなら班編成を行って街の警邏にもまわそう。
誘拐犯一味の一部がトリスタニアに残っているかもしれない」
「ぼくは班編成指示を出してくるよ」

しかし彼らなりにすべきことを見つけ出すと一斉に動き出した。
これもきっと海兵隊式訓練の賜物だ。
一方ルイズはそんな彼らにいらいらしていた。

「ちょっと! なんでサイトのことをほっといてるのよ!!」
「いや、それは四天王であたるけど」
「じゃあ急ぎなさいよ、サイトが心配じゃないの!?」
「そうだけど、指示を出す時間くらいいいだろ」

むむむ、とルイズは唸る。
水精霊騎士隊は才人のことを心配しているが、同時に信頼もしている。
あの英雄はきっと自分たちが着くまでなんとか切り抜けるということを。
だがルイズは少しも時間を無駄にはしたくなかった。
心が焦っていた。

「もういいわ、あんたらには頼らない」
「ルイズ?」

ルイズは決意する、つい数日前に取得したルーンを詠唱する。

――ウリュ・ハガラース・ベオークン・イル――

忽然とルイズは姿を消した。

「な……ルイズを探せ!」

騎士隊は数瞬呆気にとられたあと、大急ぎで班編成を終えて街の探索に出た。
当のルイズはトリスタニア南部の門に立っていた。

「思ったより跳べないわね」

詠唱を続け、瞬間移動を繰り返す。
ただひたすらラ・ロシェールを目指していた。
それを見ていた影がいるとも気づかずに……。

「彼女が出たのか、これは陽動をしてももう意味がないかな」

影は身を翻してトリスタニアの闇に溶け込んだ。



「くそっ、どうしてこうなった!」

竜籠は煙を従えて空を翔る。
司祭は籠の中の発煙弾に気付いてないようだ。
月明かりに照らされた形相は悪鬼のように歪んでおり、聖職者と言われても信じられないだろう。

――計画に漏れはなかった。
ならば何故あの平民が現れたのだ!?
始祖の貴き血をひいていない家畜風情めが……私の計画を邪魔したというのか!

苛立ちを腹の中におさめて考えをまとめる。

「アルビオンにさえいければ……」

現在アルビオンの治安は悪化している。
幾度となく戦火にさらされた街はぼろぼろで、畑にもロクな実りは期待できない。
生活苦から盗賊に身を落とす平民が数えきれないほどいて、さらに人身売買が横行している。
そして人身売買が行われる闇マーケットを目当てにしたやんごとなき各国の人々も多数訪れていた。
だがアルビオンの闇マーケットの質はあまり良くない。
民が餓えているのだから当然だ。
そこで司祭が考えたのは良質なトリスタニア平民をさらってアルビオンで売りさばく、というプランだ。
風石は高くつくが十分儲けは出る、と踏んでいたのだ。
それがこのザマだ。

「こんなところでは終わらんぞ……ッ」

ラ・ロシェールの光が目に入る。
彼の目のようにギラついた灯りだ。
助祭の手引きにより係留されていた快速船に、竜籠を下ろした。
年若い助祭を待つことはしない。
籠だけを取り外して再び竜にまたがり空へはばたく。
数分も飛ばずに一つの建物の前に降り立った。

「傭兵はいるか!!」

司祭が次に現れたのは、ガラの悪い酔っ払いがたむろしている平民向けの酒場だった。
夜も遅いとはいえ朝まで飲んだくれている傭兵は珍しくない。
しかもアルビオン戦役が終わって、大地の上で盗賊稼業にでも戻るか、いやその前に飲むか! という輩がラ・ロシェールにたまっている。
その中で比較的マシな髭を生やした皮鎧姿の酔っ払いが彼に声をかけた。

「そりゃいるが、おたくはなんでぇ?」
「ここにある分で雇おう、相手は奇妙な服装の平民一人だ。不足はあるまいな?」

司祭は重い革袋をテーブルの上に叩きつけた。
中には新金貨がどっさり入っている。
男は驚きをあらわにした。

――多少の出費はやむをえまい。
それよりもあやつの足止めだ、ヤツさえいなければ無事アルビオンまでたどり着ける。

「野郎ども! 仕事だとっとと動け動け!!」
「急な話っすねお頭、明日にしてもらいましょーよ」
「ばっきゃろう! お客様はブリミル様だ!」

ガハハハ、と笑いあう傭兵を横目に司祭は苦い顔をした。
平時ならこのような連中相手にしない。
あの青年と出会ってからすべてが悪い方向に向かっているという気がした。

「相手は北から来るはずだ。
来なければそれでもかまわん、殺しても問題はない。むしろ好ましいか」
「りょーかいでさ。
行くぞくそったれ野郎ども!!」

バン! とウェスタンドアを蹴り開けて意気揚々と酒場を出たお頭。
が、すぐさま引き返してきた。

「あの……相手はホントに一人で?」
「? 何を言っている、当然だ!」

司祭は声を荒げて答えたが、お頭はドアの外を人差し指で示すだけだった。
不審に思った下っ端どもが顔を出せばすぐさまドアの内側にひっこむ。

「相手、平民ですかい?」
「言っただろう、奇妙な服装の平民だと」

お頭と下っ端は顔を見合わせた。

「じゃあアレは無関係っすね」
「大丈夫だ、問題ねぇ」
「いくぜぇぇえええ!!!」

気勢の声をあげて二十人ほどの傭兵たちは酒場を再び飛び出していった。
司祭はこれだから平民は、と不機嫌になりながら酒場を歩み出た。
しかし酒場のすぐ外で傭兵たちはまた立ち止まっていた。

「何をしている、たかが変な服を着た平民一人さっさと殺しに行け!!」

傭兵たちを怒鳴り散らしながら竜にまたがる。
そして固まった。
脳が理解を拒否してしまった。

「な、どうして……」

ざっと足音が響く。
傭兵も司祭もかたずをのんで見守るしかなかった。

「あなたの所業は始祖が見破った」
「誘拐された町娘は別働隊が解放している頃でしょう」

こんなところにいるはずのない二人だ。

「大人しくお縄につけば多少の温情は与えましょう」
「はむかうなら容赦しない」

白いドレスのアンリエッタ・ド・トリステイン。
青いドレスのシャルロット・エレーヌ・オルレアン。

――二国の女王が何故ここに……。

司祭の疑問に答えられるものはいなかった。
ただ心の平静を取り戻すため司祭は見苦しく喚いた。

「じ、女王がこのような場にいるはずがあるまい。
奴らは偽物だ、殺してしまえ!!」
「え、ま、マジでやるんですかい……?」
「お客様は……ぶりみるさまって言ってもこりゃぁ」

傭兵は司祭の叱咤にも反応せずひたすら尻込みしている。
だが彼の言葉は確実にアンリエッタとタバサに届いた。
二人は顔を見合わせ、にっこり笑いあった。

「ステさん」
「ここに」

カステルモールが暗闇から東薔薇騎士団二十名を引き連れ姿を現す。

「アニさん」
「はっ!」

アニエスが魔法衛士隊二十名とともに通りの逆側から姿を現した。
アンリエッタとタバサは一息吸いこんで。

「懲らしめてやりなさい!!」

命令を下した。
平民の傭兵なら同時に五人程度楽々こなせる騎士が四十名。
対する酔っぱらった傭兵は二十名。
勝負ははじめからついていた。

『ぎゃぁぁあああああ!!!!!』

それはまさしく蹂躙だった。
特にアニエスは普段たまりにたまった鬱憤をここぞとばかりに晴らしまくった。
他の騎士たちも過度の傷は与えないよう抑えながら傭兵たちを制圧していった。
すぐに乱闘の影響か、あたりは土煙に覆われた。
しかし、ラ・ロシェールでこれほど砂埃がたつことはない。
気づいた騎士がウィンドで薙ぎ払うとすでに司祭と風竜はいなかった。
かわりに地面にはぽっかりと大穴があいていた。

「くっ、楽しみすぎたか」

すごく良い笑顔で傭兵を殴っていたアニエスさんは悔しそうに歯ぎしりした。
その肩をアンリエッタがポン、と叩く。

「大丈夫ですよ、すでに追跡は出しています」
「陛下、しかし」
「わざとだからいい」

タバサも近寄って小さな声で囁く。

「ロマリア上層部と繋がりがあるか確かめる必要があります」
「尋問より少し泳がせた方が効率的」
「そういうことなら、了解しました」

アニエスは姿勢を改めて敬礼した。
騎士団は傭兵をロープでぐるぐる縛っている。

「俺ら、何かしたか?」
「わかんねっす」
「陛下、彼らはどうしましょうか?
不敬罪ということで死罪でもよろしいかと」

疑問でいっぱいだった傭兵たちはさっと顔を青くした。
暴れまわって全身にまわっていたアルコールも吹っ飛んだようだ。

「そうですね」

アンリエッタは可愛らしく人差し指を顎にあてて考えた。
傭兵からすれば命がかかっているからむしろ恐怖を感じた。

「今日のところは不問としましょう。
ですが、盗賊行為などに走った場合は……」

どす黒いオーラがアンリエッタから立ち上った。
少なくとも傭兵たちにはそう見えた。
必死でコクコク頷くとアンリエッタはにっこり笑う。

「さて、では誘拐された人たちの前に行きましょう」

アンリエッタとタバサは騎士団を従えて世界樹をくりぬいた桟橋へ歩き出した。

――アニエス、サイト殿の活躍もあって平民蔑視が少しはやわらいできてる。
ですが、ここはまだ途中、もっともっと、垣根を取り払わないと。
わたくしが変えてみせます、きっと変えてみせます。

この世界を、という呟きは夜闇にとけた。



F-13 ストロングカメレオン 

ラ・ロシェール近郊の草原に大穴があいていた。
勿論天然のものではなく、今日掘られたばかりの新鮮な穴だった。
そこから這いずりだす男女二人と風竜がいた。

「よっと」
「げほっ! ごほっ!」

フーケと司祭、それに風竜だ。
彼らはみっともなく土にまみれていたが、それは些細な問題だった。
司祭は一息ついた後、フーケに向き直った

「恩に着るよ、ミス・サウスゴーダ」
「その名で呼んでほしくないんだけどね」
「ではミス・フーケと。貴女の協力は忘れない」

む、とフーケはわからない程度に眉をひそめた。
この司祭はメイジに対してはこのように礼節を忘れない。
ただ始祖の血をひいていないというだけで平民に辛くあたり、今回のような誘拐を行ってしまった。

「あたしはもういくよ」
「ああ」

フーケはそれだけ言うと、再び穴の中に身を躍らせた。
司祭はそれを見送って疲れ果てている風竜の背にまたがる。
空はまだ飛べそうだった。

「私たちもいこう」

トリスタニア目指して竜は飛ぶ。
国境にはすでに非常線が張られている可能性が高い。
ラインメイジである司祭程度では突破できないだろう。
それにアレだけの軍勢を繰り出したのだ、王都は手薄になっているに違いない。
低空飛行を心がけて発見を防げばなんとかトリスタニアに戻れるかもしれない。
スクウェアメイジである青年と合流できればトリステインからの逃亡はかないそうだった。
ガクンと風竜が体勢をくずし、速度が落ちる。
疲れのせいか、と司祭は考えるが手綱を打って叱咤する。
今はスピード勝負だ。
のろのろしていてはすべてが手遅れになってしまう。

「シュヴァリエ・ド・ヒラガといったか、死よりも辛い目にあわせてやる……」

才人がガンダールヴだという話は一介の司祭である彼には届いていない。
彼がそれを知っていれば話は変わっただろう。
もしくはここで喋らなければ。

「へぇ、どういうこと?」
「な!?」

司祭が振り返るとそこには少女が佇んでいた。
ピンクブロンドの髪をなびかせる巫女姿の美少女。
彼は勿論彼女の名前を知っていた。

「み、ミス・ヴァリエール。ここは風竜の上ですぞ」
「それよりもさっきのこと、どういう意味?」

司祭は息を詰まらせる思いで言い放つ。
それを意に介さず、幼い子供のように首を傾げてルイズは問う。
だがその身から放たれる威圧感は仕草ほど可愛らしいものではなかった。
彼女はラ・ロシェールを目指している途中、目についた風竜が気になって瞬間移動で飛び乗った。
さらに司祭の独り言を聞いてしまった。

「あなた、誘拐犯ね」
「っ!」

司祭は思わずたじろき、生唾をのんでしまった。
否定の言葉は出せなかった。
ルイズはそれを肯定ととった。

「そう、あなたのせいで、ね」

ふふふ、と顔をうつむかせてルイズは笑い、そして決意した。
この上なく不気味な気配に司祭は戦慄した。

「わたしはサイトが好き」
「は?」

ルイズの言葉に司祭は目を見張った。

「サイトといるのが好き」

朗々と彼女は歌い上げる。

「思えば、サイトが来るまでこの世界はほとんどがキライなものだったわ」

月明かりの下で、風竜の上で。

「決めたの」

強風に髪をなびかせながら。

「サイトがハルケギニアにとって異物だってことはわかってるから」

月を見上げながら。

「だから、わたしがハルケギニアを変える」

童女のように笑い。

「サイトが傷つかなくてもいいように変えてみせる」

口元を邪悪に釣り上げた。

「それを邪魔するあなたは敵ね」

司祭は心臓を鷲掴みにされたような悪寒におそわれ、口をきくことができなかった。
そしてルイズの目を見て、目の前が真っ暗になった。
虚無の瞳だ。

――歴史から消えなさい――

虚無の光が夜空を満たした。



「おーおー、派手にやったなー」
「もしかしてアレ、ルイズ?」
「そ、すっげー魔法。アレ花火にしてもよかったな」

魅惑の妖精亭まであと少しというところ、夜空に産まれた太陽に二人は振り返った。
夏祭りでのどんな花火よりもド派手だった。

「ホントに入り口まででいいの?」
「そうしないとサイト、パパに殴られた後に感謝のキスされちゃうわよ」
「殴られるの良いけどキスはやだな……」

才人はスカロンに頭を下げなければならない、と息巻いていたがジェシカはそれを拒否した。
道中すべての事情を聴いた彼女は才人が悪いところはどこもない、と判断していたのだ。

「ほら、もう店も見えたし今度こそだいじょーぶよ」
「む~せめて今度菓子折りもっていくわ」
「カシオリ? なによそれ」

くすくすジェシカは笑う。
才人は頭をぽりぽりかくしかなかった。

「あ、あとね」

ちょいちょい、とジェシカは手招きした。
才人は特に深くは考えず彼女に近づいた。

「……」
「なんだよ?」

じっと才人の黒目を見つめたままジェシカは喋らない。
流石に彼も不審に思って彼女に問いかけた。

「あのね」
「ん」

ちょっと顔が近いなぁ、と才人は思っていた。

「好き」
「へ?」

――ちゅ――

今度は触れるようなキスではなかった。
才人は硬直して動けない。
ジェシカは唇を強く押しつけて動かない。
たっぷり十秒、二人の影は重なっていた。

「あは」

とん、と噴水広場のときをなぞるようにジェシカは距離をとった。
そのまま笑顔で才人に宣言する。

「シエスタやルイズには負けないからね! おやすみ!!」

言いたいことを言ってジェシカは魅惑の妖精亭に飛び込んでいった。
すぐにスカロンらしき野太い泣き声が響き渡る。
才人は呆然としながら唇に手をやった。

「お、女心ってわかんねぇ……」

頭を抱えてうずくまる。

――け、結局ジェシカは俺のこと好きだったのか?
なんでなんでどうしてだよ、キモイって言われたのに理解できねぇぇえ!!

才人はうんうん唸った。
そして、その視界のギリギリ端っこに見覚えのある顔が映った気がした。

「え?」

思わず立ち上がり暗い路地裏を覗き込む。
甚平姿の男が音もなく角を曲がっていた。

「まさか……」

念のためデルフリンガーを鞘から抜きはらい、後をつける。
そして二人は邂逅した。



F-F 月明かりに見た幻 ―HYBRID RAINBOW after FIREWORK―

「なんで、テメェがここにいる」
「おや、見つかってしまったか」

月下で向き合う狼二人。

「なんで、って聞いてんだろうが。
こたえろワルドォォ!!」
「ふっ」

途端、石畳が爆発した。
ガンダールヴの脚力は路面を砕き、才人は一瞬でワルドへ殺到した。
しかし、『閃光』の二つ名は伊達でつくものではない。
甲高い金属音とともに青白い光が散った。
互いに動きながら剣を重ねる様は、遠くから見れば火花が駆けるようだった。
幾度目かの刃の応酬で二人は剣を噛み合わせる。

「アルビオン以来だな、ガンダールヴ。
左腕の雪辱を晴らさせてもらおうか」
「上等!!」

鍔迫り合いから一度距離をとり、再び互いに疾駆する。
闇夜に散る火花は、先刻の花火よりも激しく辺りを照らした。

「流石だな!
ゲルマニアで鍛えた業物すら折られそうだ!!」
「貴族様がまっとうな剣を使ってんじゃねぇよ!!」

ワルドの右手には月明かりに輝くサーベルが、左の義腕にはワンドが握られている。
彼はウィンドのスペルで大きく後退した。

「なに、いつもの杖剣では貴様に斬られると思ってな。
パートナーを頼って上等な剣を手に入れたまでだ。
平民の牙たる剣術も最近修めたが、バカにできたものではない」
「エリート様は違うよなぁ!」

三度才人が跳躍した。
五メイルはあろうかという間合いを刹那で詰める。
ワルドはガンダールヴの怪力による強力無比な剣撃をいなし、蹴りを見舞った。

「がっ!?」
「そら、格闘は平民の得意技だろう?
貴族様とやらにやられてどうするんだ、ガンダールヴ」

――強い、アルビオンのときとは次元が違う。
しかもワルドはまだ魔法を使ってねぇ。
表情もまだまだ余裕に溢れてやがる。

肩で息をする才人。
一方のワルドも、涼しい見た目ほど余裕があるわけではなかった。

――やはり、強い。
膂力では明らかに負けている。
爆発力も化け物じみているし、剣速、踏み込みも速い。
出し惜しみは一切できんな。

ワルドは獰猛な笑みを浮かべる。

「素晴らしい。
流石、神の左手ガンダールヴだ」
「お褒めの言葉どーも。
全っ然嬉しくないけどな!!」

才人も釣られて歯を剥き出しにする。
月明かりにくっきり浮かぶ二人の顔は人狼のように恐ろしい。

「賞賛は素直に受け取っておきたまえ。
シュヴァリエとは言え、貴族だろう?
だが僕を相手にするには力不足のようだな」
「はっ! まだ半分も力を出してねーよ!!」

今度はワルドが仕掛ける。
ウィンドを利用した移動方法は、通常とは加速の仕方が違う。

「振れ相棒!!」

その奇妙な動きに才人は振り遅れた。
デルフの声に慌てて振り下ろすも、皮一枚斬られて血がにじんだ。
そのまま追撃を受け、鍔迫り合いに縺れ込む。

「おや、英雄の顔に傷をつけてしまったか」

ワルドはからかうように言う。
飄々とした物言いは戦闘がはじまってから変化がない。

「俺の、顔なんざ、どうでもいいッ!」

ルーンが力強く輝く。
バカ力に任せて才人はデルフを振り切った。
反動を利用してワルドは後方に跳ぶ。
月に雲がかかり、周囲が暗くなる。

「雪辱を晴らすといったが、撤回しよう。
僕もまだ死ぬわけには行かないからな。
どうだい、お互いこのあたりで手打ちといかないか?
それに、できれば聖地奪還のためその力を役立てて欲しい」

余裕たっぷりの笑みでワルドは言った。

「断る」

肩で息をしながら才人は答える。

「それはまた、どうしてだ?」

ワルドは一層笑みを深くした。
目だけがギラギラと輝いている。

「お前はルイズを泣かせた」

才人の肩がピタリととまった。

「そうだ、気に喰わないとか、いけ好かないとかどうでもいい。
お前が国を裏切ったのだって、正直どうでもいいんだ。
ロマリアが言う聖地の大事さも知ったこっちゃねぇ」

下段に構えていたデルフを突きつける。

「お前はルイズを泣かせた。
だから許せない。
それだけで十分だ」

左手のルーンがより一層強い光を放った。
ワルドのぎらついた目が、笑みが、消える。
一拍置いて、ワルドの高笑いが路地に響いた。

「はっはっはっはっは!!
そうか! それが貴様の答えか!!」
「そうだ、それが俺の答えだ!」

ワルドもゆっくりとサーベルを突きつけた。

「ならば、決着をつけようか」

ワルドが殺到する。
正眼にかまえた才人は迎撃を試みるが、ワルドの姿が消失した。

「上だ!!」

デルフの声。
藍の布地がたなびく。
頭上から現れたワルドはサーベルを振り下ろし、再度鍔迫り合いの格好になった。

「偏在か!」
「ご名答、そして詰みだ」

左手のワンドが雷光を蓄えていた。
才人は体勢を気にせず全力で後ろに跳び、デルフを構えた。
一瞬送れてライトニング・クラウドが迸る。
視界が白く染まった。

――おかしい。

首筋にチリ、と痛みを感じた。
才人は右手を懐に突っ込み、青銅の串を手に取り、背後に投擲した。
雷撃が終わると同時にさらに後ろへ跳躍した。

「……後ろに目でもついているのか、ガンダールヴ」
「やっぱり、偏在か」

度重なる生死の狭間でしか身に着けられない能力、熟練の兵士が感じる死の予感。
それは才人を救い、背後の偏在を貫いた。

――サンキュ、ギーシュ。

友人が無理に押し付けた青銅の串がなければ終わっていた。
路地の壁に突き立った串はまだ微かに震えている。

「ロマリアで聞くところによれば、貴様は故郷に帰ることもかなわないそうではないか。
それも、ルイズが呼んだからだ。なぜそんな彼女を守るんだ?」

――まだ目がちらついてる。
こいつがナニ考えてんだか知らねぇけど、時間稼ぎだ。

「……ずいぶん遠くに来たと思う」

才人は表面上、至って冷静に言葉を返す。
だがそれは間違いなく、本心の吐露でもあった。

「でもハルケギニア、ここには確かに足跡が残ってる」

――男連中とはすっげー仲良くなった。
よくわかんないけど、女の子には俺のファンの子もいるみたいだ。

「足跡、か」
「そうだ、俺は今、ここで生きてるんだ」

――シエスタも、タバサも、ジェシカも。
俺が転びそうになったら助けてくれた。
手を貸して、助け起こしてくれたんだ。
そして、ルイズ。

「故郷から遠く離れたというのにか?」
「そうだ、呼び出されたとか、どこで、とか関係ない」

それに、と才人は続ける。

「俺はルイズに惚れた。好きだって言っちまった。
その言葉を嘘にはしたくねぇ。
だから、俺はルイズを泣かせるヤツをぜんぶブッ飛ばす!
ロマリアだか聖地だか関係ねぇ!
あいつが怖がらなくてもいい世界をつくる!!」

すぅ、と大きく息を吸う。

「それが、理由だ。それだけが、俺の信じる大事なことだからだ!!」

才人は自分でも何を言っているかわからなかった。
ただ思いついたことを腹の底から精いっぱい叫んだ。
ワルドは一度大きく目を見張り、穏やかな笑みを浮かべた。

「ははは、素晴らしい、本当に素晴らしい。
俺に娘がいれば、君の嫁にやっても惜しくない」

ワルドは子どものような無邪気な顔で、才人に笑いかける。

「んなもんいらねーっての」

才人は油断なくデルフを構える。
ワルドも思考を戦闘に集中させる。

――かつて、俺は偏在を切り札としていた。
だが、やはりガンダールヴ相手には手札の一つにしかならなかったか。

ワルドは考える。
アルビオンでの敗戦の後、彼は自分の戦い方を見つめなおし、間違っていなかったことを理解した。
だがそれは常識におさまる敵を相手どった時のことでしかなかった。
新たにガンダールヴ用に戦術を組みなおし、剣術を死に物狂いで修行した。
いつか再び、敵対することがある、と確信をもって。
ウィンドを使った緩急つけた加速歩法、偏在による隙の付き方、強力な雷撃魔法すら囮にした背後からの強襲。
いずれも破られた。

――背水の陣、か。
これほどまでに心が澄み渡るとは。

偏在、度重なる斬り合い、ウィンドによる加速、最大級のライトニング・クラウドを使った目くらましでワルドの精神力は既に尽きかけていた。
これではパートナーの待つ合流地点に行くまでが精一杯だ。

「魔法はもう使えない。始祖と母に誓って言う。
君は知る由もないだろうが、俺にとって母に誓う、ということは非常に重い」
「へいへいそーですか、と信じられると思うか?」
「思わんな」

笑う。
そして、左手のワンドを路地の隅に放り投げた。

「これほど気分が良いのははじめてだ。
ところで、君の名前をもう一度聞いておきたい。
俺の名前はジャン・ジャック、ただのジャン・ジャックだ」
「どうでもいいけど、お前口調が変わってるぞ」
「なに、大した問題ではないさ。
それより名乗ってもらえないかね?」

「才人、平賀才人だ」と爵位抜きに言い放った。
ざぁっと風が狭い路地を吹きぬける。

「サイトか、良い名前じゃないか
それでは、本当に決着だ。
惜しいな、いつまでもこうしていたいくらいだ」
「俺はとっととルイズのところに戻りたい」

才人はハルケギニアに来てはじめて、両親からもらった名前を褒められたことに気づいた。
この敵と奇妙な友情すら感じはじめていた。
その心を押し殺し、デルフを大上段に構える。
ジャン・ジャックは半身になってサーベルを構えた。
雲が流れ、双月が路地を照らした。

「おおっ!!」
「来い!」

仕掛けたのは才人だった。
爆発的な脚力で疾駆し、気迫と共にデルフを振り抜く。
武器破壊を狙ったそれは見抜かれていたのか、受け流された。
両者、距離をとることもなく、裂帛の意志で剣をあわせる。
才人はサーベルを打ち砕こうと一撃一撃に力を込める。
時折峰を使った直接攻撃を織り交ぜ、敵の戦力を砕こうと試みる。
対するジャン・ジャックはかわし、いなし、突いた。
才人の膂力に適わぬことを承知の上でその場にとどまり、か細い勝機を手繰り寄せようとしている。
銀閃が弧を描き、月明かりに二人の影は踊る。
互いにかすり傷が増えている。
遠くから響いてくる喧騒に、二人は距離をとった。
濃密な斬りあいは互いの体力を極度に削り、二人は相対しているものの力が抜けかけている。

「しぶ、といな……。
貴族は、貴族、らしく、ひょろ、ひょろ、してやがれ」
「君、こそ、らしく、ない。
軍人は、からだ、が、資本だぞ」

肩で息をしながらニヤリと笑いあう。
出会い方が違えば友になれたのか、わからなかった。
やがて呼吸音はやみ、静かに対峙する。
才人は八双、ジャン・ジャックは変わらず半身。
二人は合図もなく同時に飛び出した。
互いの名を叫びながら、交叉した。
肉を割く音と金属音が路地に鳴り響いた。

「はっ、はぁっ、はぁっ、つぅっ……」
「は、ははははは! また左腕か!!」

才人はサーベルを砕き、その勢いのまま義腕を斬り飛ばした。
ジャン・ジャックは砕かれたサーベルをもって、才人の脇腹を切り裂いた。

「今回は引き分けのようだ。
サイト、大丈夫かい?」
「いてぇ、立てねぇ」

左手で抑えている切り傷は範囲が広かった。
だが内臓にまで達する傷ではなく、失血さえなければ命に別状はなさそうだった。

「さて、衛士隊が近づいてきたようだし、そろそろ僕は退散しよう」

ワルドは放り投げた杖を回収して、立ち上がった。
そして足元を見る。

「やれやれ、このセッタというヤツはどうも壊れやすいな。
念のためゲタとやらも買っておいてよかったよ」

ジャン・ジャックの雪駄は最後の斬り合いで鼻緒が切れていた。
懐から下駄を取り出し履き替える。
どこにいれてんだ、とぼやきながら才人は話しかけた。

「ジャン・ジャック、知ってるか?
鼻緒が、切れるってのは、縁起が悪いんだぜ」
「そうなのかい?
まぁロマリアは霊験あらたかな地という触れ込みだ。
問題ないだろう」

では身体に気をつけたまえ、とジャン・ジャックは路地に消えていった。
カランコロンと下駄を鳴らし、口笛まで吹いてご機嫌だった。

「くっそ、あの野郎、結局何がしたかったんだ」
「サイト!!」

かがり火を焚いてやってきたのは水精霊騎士団だった。
先頭にいるのはやはり四天王だ。

「みんな、無事で何より」
「君が無事じゃなきゃ意味ないじゃないか!!」

怒られた。
傷口は抑えているが、結構な量の血がでたようだ。
体中切り傷だらけでもある。
レイナールが近づいてくる。

「これは、血を失いすぎている。
なるべくすぐに処置したほうが良い」

水の秘薬を! という声にモンモランシーが小瓶を手渡した。

「後できっちりお金払いなさいよ」
「……あいよ」

集中力が切れたのか、強い眠気を自覚した。

「まだ寝るな! 意識をつないでろ!!」
「……ぉぅ」

まぶたが重い。
頭がゆらゆら揺れている。
最後に一度だけ月を見上げる。

――なんだ、ハルケギニアの月にも、うさぎっているんじゃん。
それに、虹がかかってて、キレイだ。

誰かの声を聞きながら、才人は意識を落とした。





To be continued after episode "Ride on our Halley's comet"



[29423] 後日談 Ride on our Halley's comet
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/22 20:30
A-1 それから

パチンと前触れもなく目が覚めた。
体を起こすと白いシーツがはらりと落ちる。
上半身は素っ裸、下半身はパンツ一丁だった。

「ここどこだ……?」

少し古びた狭い板づくりの部屋に才人はいた。
ベッドと椅子が三脚あるだけで室内はガランとしている。
日差しが埃雑じりの空気をキラキラと照らしていた。

「妖精亭だよ相棒」
「そっか。あ、おはようデルフ」

ベッドに立てかけられていた愛剣はカタカタ震えてあいさつに返した。
次になんでマッパで寝ているのか考えた。
考えても勿論答えは出ないので起き上がってぐっと背伸びをした。

「……っくぁあ!」

首をゴキゴキ鳴らしてみる。
どうも長い間寝ていたようで体中の筋肉が固まっているみたいだった。

「いやー今日も元気だな!」

ズギューン! となっている部分をちらっと見て体調チェック。

「枕元の服とっとと着た方がいいぜ」

おせっかいな相棒の助言に才人は大人しく従うことにした。
いつまでもパン一でいると何かに目覚めてしまいそうだ
枕元の着替えに手を伸ばし。

――ガチャ――

「あ」
「え」

ノックもせずに入ってきたのはルイズだった。
まず才人の顔を見て、少し視線が下がって一か所でとどまった。

「ちゃうねん」

思わず関西弁で言い訳してしまう才人。
なにが違うのかは彼にも説明できない。

「こ、こここ」
「朝だからって鶏のマネしなくっていいんだぞルイズ~」

ルイズは顔を俯かせてぷるぷる震えだした。
才人はあはは、と冷や汗をかきながら無理やり笑いに持っていこうとする。
無駄な努力だった。

「このバカ犬ぅぅうう!!!」
「ぐぼはっ!?」

ルイズのマッハパンチが才人のみぞおちに突き刺さった。

「娘っこ、そりゃねーぜ」

再び才人の意識は暗転する。



少しだけ日が傾いてから才人は起こされた。
ジェシカ、シエスタは不安げに見守っているが、ルイズはぶすっとしていた。

「サイトさん着替えです」

はい、とシエスタは草色の甚平を手渡した。
その目は少しギラついているようにも見える。
肉食獣みたいなシエスタさんからそっと目をそらして才人はもぞもぞと甚平を身に着けた。
ようやく人心地ついた才人は遅ればせながら言った。

「えっと、おはよう」
『おはようじゃない!!』

叱られた。

「ごめん、てか今何時くらい?」

三人は顔を見合わせて、息がぴったりあったため息を披露してくれた。

「なんだよそのリアクションはっ」
「あんたさ、今日がいつかわかってるの?」

才人の抗議をさらっと流してルイズが問いかけた。
彼はバカにするな、とむっとした顔になってこたえる。

「そんなもん虚無の曜日に決まってんだろ」
「今日はユルの曜日よ」
「うぇ!?」

ルイズの答えに才人はびっくり仰天した。
一日ちょっと寝ていた計算になる。
なんで俺そんなに寝まくってたんだ、と自分に問いかけて甚平に下駄の後ろ姿を思い出した。

「っそうだ! あの野郎どうなったんだ!?」
「あの野郎って誰よ」
「ジャン・ジャックだよ!」
「ジャン・ジャックって、ひょっとしてワルド!?」

今度はルイズが驚かされる番だった。
面識のないジェシカとシエスタは顔を見合わせて疑問符を飛び交わせている。

「言われてみれば外見も一致するわ。そのくらいの使い手じゃないとサイトを傷つけるなんて無理ね」
「その言い方だと捕まるどころか見かけてもないみたいだな」

くっそー、と才人は呻いた。
少しだけ友情を感じた気もするけどそれはそれ、これはこれ。
脇腹を斬られてかつ貴重な休日を奪った罪は重い。

「ま、主犯の方は捕まえたわ。わ・た・し・の活躍で」
「まじぽん!?」

――てことはルイズもあのドラゴン隊の中にいたのか。

新たな虚無魔法である瞬間移動を知らない才人はそんなことを考える。
無論真相は違う。
司祭の風竜の上でルイズは確かにエクスプロージョンをぶっ放した。
が、対象はタルブ上空の時と同じく動物を除外していたのだ。
それでも太陽のような光と耳をつんざく轟音は人と竜の意識を刈り取るのに十分だった。
だいぶ遅れてやってきた水精霊四天王とともに司祭をふんじばって王都に凱旋したのだ。
当然泳がせる予定だったアンリエッタとタバサにはしこたま怒られた。
セイザ・スタイルでたっぷり二時間怒られた。
サイトのためならわたしなんでもやってやるわ! と怒りで開き直った心もしゅるしゅるとしぼんでしまった。
それでも災い転じて福となすか、すっかりルイズに怯えてしまった司祭から情報は問題なく搾り取れた。
ロマリア上層部との関与は今回は認められず、名前の知らない共犯の青年以外には思いつく限りのことを聞き出した。

「あの、ところでいいですか」

すっかり会話についていけないシエスタが手を挙げた。
ルイズはなによ、と視線で先を促した。

「起きたサイトさんがミス・ヴァリエールに卑猥なモノを見せつけたってわたしたち聞いたんですけど」
「はぁ!?」

ぎぎぎ、と才人はルイズを睨んだ。
忘れかけていたがしっかりと腹にめり込んだ拳を思い出した。

「もともとお前がノックしねーから悪いんじゃんか!」
「下着一枚で部屋をうろついてる方が悪いわ!!」
「だからってみぞおち殴るこたねーだろ、三途の川をクロールしちまいそうになったよ!」
「ご主人様にそんなもの見せる使い魔が悪いのよ!!」
「それにいっつもいっつも人にノックしろって言っといて自分はしないのかよ!!」
「そもそも起きてるなんて思うわけないじゃない!」
「大体見せつけたんじゃなくってそっちがガン見してきただけじゃねーかよ!」
「が、ががガン見なんてしてないわよ! ちらっと見ただけ……じゃなくてあんたが腰を突き出してたからいけないのよ!」
「腰なんか突き出してねぇ! ちょっともっこりしてただけだろ!」
「大体わかりました」

菩薩のような顔でシエスタは口げんかを遮った。
そして親指でドアを指し示す。

「ルイズさん、表に出ましょう」

強大なプレッシャーにルイズは逆らえなかった。
恐怖に顔をひきつらせ小声で了承の返事をした。
シエスタはルイズの首根っこをつかんでずるずる部屋の外へ引き摺って行った。
メイドの意外な姿に才人はなにがあったんだろう、と疑問を覚える。

「シエスタ、変わったわよね」
「うん……」

最初はもっとおしとやかなはずだった。
何が彼女を変えたんだ、と才人は嘆いてみたけど現実は変わらない。
だがジェシカは嬉しそうに微笑んでいた。

「あの子貴族様に口答えなんて! って素で言うような子だったのよ」
「あー出会ったばっかの時はそんな感じだった気がする」

ハルケギニアにおいて貴族は絶対者だ。
大体のケースで歯向かうことは死を意味する。

「サイトのおかげかもね」
「なんもしてねーよ」

それきり二人は黙った。
部屋の外からも音が聞こえない。

「……」

気まずい沈黙に才人は唾をのみ込んだ。
そんな小さな音すら部屋中に響き渡ったような気がする。
デルフリンガーは気をきかして物音ひとつ立てなかった。

「あ、あのさ!」

沈黙に耐えかねたようにジェシカがやけくそ気味に叫んだ。
才人は肩をびくっとふるわせて向き直る。

「な、なにかな」

そのまま二人は見つめ合って、何も言えなかった。
無言のまま時間が過ぎていく。
ジェシカは照れ隠しもしなければ大胆でもなかったので話しかけたもののどうすればいいかわからなかった。
才人も才人で女性からのアプローチの方が多いのでこういう沈黙の対処方法は知らなかった。
遠くから教会の鐘が響く。
鐘の音が終わったとき、ようやくジェシカが切り出した。

「あの夜のこと」
「うん」

じっと黒い瞳を交わす。

「冗談じゃないから、あたし本気だから」
「……」

ジェシカの中では丸一日考えたことでも才人にとっては聞いてすぐのことだからだいぶ感覚が違う。
それでも才人は才人なりに考え、真摯に答えた。

「俺はルイズが好きだ」
「知ってる」

ずばっとジェシカは切り返した。
むしろそれがどうした、という開き直りすら感じる。

「それにあたしはただの酒場の娘。そしてあんたはトリステインが誇る英雄サマ、貴族相手じゃないと相応しくないかもね」
「ジェシカ」

そんな風に言わないでくれ、と困った視線をジェシカに送る才人。
だが事実は変えられない。
彼女は気にする風もなく続けた。

「でもね」

ふわりとジェシカは微笑む。

「本気で好きになったら、そーいうのどーでもよくなったわ。好きな人がいるとか相手の地位に相応しいとか」

あっけらかんとジェシカは言い放つ。
才人はジェシカから立ち上るオーラに息をのんだ。
今の彼女と斬り結んだらガンダールヴ全開でも負けそうな、それくらいの覇気に溢れている。

「だから!」

ピッと人差し指を才人に突きつけた。
そして。

「虚無の曜日は毎週ココに来ること! たっぷりサービスしてあげるわよ」

ジェシカはとびきりの笑顔を咲かせた。



「ひどい目にあったわ……」
「……」

それから、説教を終わらせた二人と合流して馬車で魔法学院に向かう。
才人に御者をやらせるとすごいことになりそうなのでシエスタが手綱を握っていた。
馬車の中で二人っきり、でも二人とも空気はどんよりしてた。

――あのあと毎週来るって言っちまった……俺最低かもしんない。

あの胸が、あの胸が悪いんやー! てかふつー断れねぇよ!! と頭の中で才人は叫ぶ。
いくら死線を超えても女性のあしらい方は上手くなれない。

「そういえば」

ぽつりとルイズがこぼした。

「噴水広場」

ギクッと才人は思い当たった。

「皆から聞いたけど、ずいぶんジェシカと親密になったみたいね……」

大地を揺るがすような轟音を響かせそうなオーラを身にまとい、ルイズはゆらりと立ち上がった。
ひきつり笑いを浮かべて後ずさる才人を一歩、また一歩と追い詰めていく。
不意に馬車が小石に乗り上げ大きく揺れた。
その振動でルイズは才人の腕の中に倒れ込んでしまう。
才人も無意識にルイズを迎え入れていた。

『……』

久々のスキンシップに二人の顔は真っ赤になった。
二人はなんとなく息を止めてしまう。
そして同時に「ぷはっ」と呼吸を再開した。
思わず触れ合いそうなほど近くで顔を見合わせ、くすくす笑う。

「いいわ、特別に許してあげる」

――る、ルイズに何があったんだ!?

才人はちょっぴり恐怖した。
彼女としては、ジェシカと良い雰囲気になったのは自分のためのセッティングによるもので、すごく嫉妬はしているけど今回だけはその心意気をかって見逃してやろう、という気持ちだ。
ルイズは才人によりいっそう密着した。
お互いの心臓の音がバクバク聞こえる。

「暑いな……」
「そうね……」

二人とも距離をとることなく、少しだけ離れた心の距離を埋めるようにじっとそのままでいる。

「夏本番が近いな……」
「そうね……」

お互い耳元で囁く、その声が心地よかった。

「そろそろ学院につきますよ!」

あまりにも馬車内が静かなことを不審に思ったシエスタが声をかけた。
二人はパッと離れて、もう一度顔を見合わせて笑った。

「そういえばね」
「ん?」

ルイズはクッションの上にぽすっと腰を下ろした。

「あんたの世界のお祭り、ギーシュたちに聞いたんだけど、ワッショイワッショイって何よ?」
「あー、あれか」

――この世界にはおみこしなんてないからわかんないだろうな。

「説明がむずかしい」
「なによそれ」

ルイズはころころ笑う。
その笑顔に才人は考える。

――コイツに日本風のお祭りっていうのも見せてやりたいな。

タルブ村では武雄氏が残しているかもしれないが、折角だから今回みたいに一丸となってやりたかった。

「夏本番が終わったらさ、みんなで俺の国のお祭り再現してみようか」
「そういうのもいいわね。トリスタニア中とはいかないけど魔法学院中でやりましょうか」

才人が悪戯小僧みたいな笑顔で提案すればルイズもにやにやしながらそれに乗る。
ふと、才人はその時期にやるお祭りをなんていうんだっけ、と思い返す。
しっくりくる言葉が思い当たった。

「みんなで楽しもうぜ、納涼祭をさ」







[29423] 【オマケ】 後々日談 小舟に乗って
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/30 21:00
強い夏の日差しをキラキラ反射する湖面に才人は目を奪われた。
浅瀬にはたくさんの水鳥が飛び交い戯れる。
木々も青々としていて胸いっぱいに息を吸い込めば草の匂いがたちまち鼻腔を満たす。
去年までは沈んでいた土地も今は水がひいていて、初老の農夫が畑仕事に精を出していた。
景勝地として名高いラグドリアン湖である。

「久々に来たな」
「そうね」

ルイズと二人、一つの馬に乗ってやってきた。
デートも当然かねているが、それだけではない。
才人は桟橋に留めてある小舟に目をつけた。

「このボート使えそうだ、借りようぜ」
「ええ、エスコートしてくださる?」

笑いながらルイズの手を取る。
学院の制服ではなく、バスケット片手にノースリーブの白いワンピースに麦わら帽子をかぶったルイズは、絵から飛び出してきたように可愛かった。
対する才人は日本の高校生みたいな白の半そでカッターシャツに黒いスラックス、ロマリアからもらってきた日本刀を刷いている。
二人ともマントはしていない、お忍びの任務兼小旅行だ。

「ではいきますか」
「お願いね」

オールをこぎながら二人は湖の中心に向かう。
ラグドリアン湖はとんでもなく広い、水の上は涼しくても大変な仕事だ。
才人は不平不満をこぼすでもなく小舟を進める。
鳥の鳴き声と水音、オールをこぐ音以外何も聞こえない。

「俺の世界でこういうデートって滅多にないんだ、テレビ……じゃなくてお話の世界くらいしかない。ちょっと憧れてたんだ」
「あら、ハルケギニアじゃ珍しくないわよ」
「ルイズも経験アリ?」
「わたしはないわよ」

二人してくすくす笑う。
久しぶりの二人の時間だった。

「あ、でもどっかの池でボートに乗ると別れるみたいなジンクスはあったな」
「ちょっと……なんでよりによって今言うわけ」
「ごめんごめん、なんか思い出したから」

才人がデリカシーにかけたことを言ってもルイズが怒ることはない。
他愛ない会話に幸せを感じている。

「どれくらいこげばいいのかしらね?」
「わかんね、モンモン連れてきた方がよかったかな」
「それじゃデートにならないじゃない」
「ギーシュもつれてダブルデートとか」
「イヤよ、せっかくなら二人っきりになりたいもの」

パシャンと魚が跳ねる。
才人はそれに気を取られたフリをしてルイズから視線を外した。
恥ずかしさがこみ上げてくる。

――今日のルイズどうしたんだろ。とんでもなく素直で、めちゃくちゃ可愛い。

白いワンピースに麦わら帽子なんて漫画の中でしか才人は見たことがない。
なのにルイズは完璧に着こなして、見慣れた制服と比べて可愛さ五割増し。
普段は外で見せない二の腕にも鎖骨にもなんかにもドキドキだ。
目をそらしてもルイズをどうしても見てしまう。
魅了の魔法にかかったみたいだった。
そんな才人の視線を察したのかルイズは麦わら帽子で自分の体を隠した。

「こ、こんな服もたまには、ほんとたまには悪くないわ」

ちょっぴりほっぺを赤らめてルイズはそんなことをのたまった。
そんな彼女を才人は無性に愛しく思う。
しばらく黙ってボートをこぐ。
ルイズも麦わら帽子を膝の上に置いて空を見上げた。

「晴れてよかったわね」

昨日までの雨は二人のデートを知っていたかのようにピタリとやんだ。
空にはうっすらと虹がかかっている。

「見計らったみたいにやんでくれたよな、雨」

神様の粋な計らいに二人は感謝する。
世界にお互いしかいなくて、静かで満たされていた。



それから三十分ほど二人はお喋りを楽しんだ。
オールをこぐ手はゆったりと、小舟は静かに湖面を滑っていく。

「ん?」

音もなく盛り上がる水面が才人の目に付いた。
やがて人くらいの高さの水柱になり、ぐにゅぐにゅ姿を変えてモンモランシーの姿に落ち着いた。
全裸ランシーの姿にルイズは少しイヤな顔をした。

「約束を果たしに来たぜ」

才人はポケットに手を突っ込み、古びた指輪を取り出した。
開いた右手を突き出すと水の精霊は腕を伸ばす。
指輪がその指先に触れると、吸い込まれたように姿を消した。

「確かに『アンドバリ』の指輪は我がもとに返った」

パシャンと水の精霊は崩れ落ちた。

「これで、大丈夫だよな?」
「ええ、きっと」

顔を見合わせて二人は確認するがいまいち釈然としない。
不意にボートが動き出した。

「これは送り返してくれてるってことか?」
「ええ、きっと」

才人がこぐよりもよっぽど速い、むしろ速すぎた。
水の精霊の気遣いに二人はひきつった笑いをこぼす。
笑っている間にもどんどんスピードは上がってボートにしがみつかないと振り落とされそうなほどだ。

「ちょ、これはッ、ないっ!!」
「うきゅぅぅううう!!」

湖を疾走すること五分間、小舟は元の係留場にピタッと止まった。

「加減、知らずね……」
「ひどいめに、あった」

ふらふら上陸した二人は芝が植えられた木の根元に倒れ込んだ。
固い大地がこの上ない安心感を与えてくれる。
相変わらず空は憎たらしいくらい青かった。

「な―ルイズー」
「なによー」
「ひざまくらしてー」
「やーよー」

ごろごろ転がって移動するという貴族のご令嬢らしから行動にルイズは出る。
そのまま才人のそばまで転がり、腕に頭を乗せた。

「うでまくらー」
「へーへー」

ぼんやり二人、葉っぱ越しの太陽を見上げてみたり。
穏やかに時間が過ぎていく。

――ぐ~――

「はらへったー」
「おひるにする?」
「うん、めしくう」

ガバっと才人はルイズにのしかかった。

「ただし食うのはおまえだー!」

ルイズは目をしぱしぱさせて。

「ぁ…………ぅん」

なんて、顔を真っ赤にしながらこっくり頷いた。


***

――ぴきーん――

「む、サイトさんの危機な予感!」

「シエスタどしたの?」

「こうしちゃいられないです!!」

「……行っちゃった」



――ぴききーん――

「どっかでルイズとサイトがいちゃついてる気がする……」

「ジェシカお鍋お鍋」

「あっといけない、男を落とすには胃袋からってね~」



――ぴきききーん――

「任務にかこつけてイチャつく不純な気配がします」

「女王陛下、突然立ち上がってどうかされましたか?」

「わたくしちょっと用事を」

「なりませぬ、これらの決済を今日中に終わらせるとおっしゃったのは陛下ご自身です」

「うう……」



――ぴききききーん――

「にいさまがピンクベヒんもスにやられる……!!」

「この参考文献にも目を通すと良いですぞ、シャルロット陛下」

「もうついたのかカステルモール!」

「はやい!」

「きた! 妹本きた!」

「メイン図書きた!」

「……これでルイズに勝つる!」

***


十人十色な乙女模様をよそに、才人はかたまっていた。

――どうしよう。

才人は、ルイズが目をしぱしぱさせて「きゃー」なんて棒読みで言ってくれることを期待していた。
現実には彼女は顔を熟れたリンゴみたいに染め上げて、才人の目をじっと見つめている。
瞳には恥ずかしさととまどいと期待の色がくるくると浮き上がっては沈んでいた。
マウントポジションをとったまま才人はまわらない頭で考える。

――助けてオスマン校長、モットのおっさん、デムリさん!

脳内でトリステイン三羽烏に助けを求めるものの。

『押し倒すのじゃ』
『もう押し倒してますな』
『そのままとことんいくべきでしょう』

ものすごくプッシュされた。
一方そんな欲望に塗れた大人三人を追い払うかのように天使たちが脳内に降臨する。

『いけませんサイトさん!』
『嫁入り前の貴族を傷物にしたら普通は斬首ね』
『その……わたくしなら少しくらいかまいませんよ?』
『わたし、おにいちゃんのこと信じてるから』

一部異なる意見があったが猛反対を受ける。
少しだけ、ほんの少しだけ冷静さを取り戻し、鋼の意思でルイズの上から体をよけた。

――据え膳食わぬは、っていうけど……ダメだ。昼飯を食いながら耐えるんだぞ俺。
待てばなんとかかんとかってことわざもある、ってそりゃたくさんありそうだよな。
あれ、でもルイズもおっけーみたいなとこあったから耐える必要ないんじゃね?

あれやこれやと考えながら才人はのっそり立ち上がる。
次の瞬間にはずどん、と背後からの衝撃にべちゃっと地面に倒れた。

「なにすんだよ!」
「黙れ」
「……はい」

うつぶせになっているからルイズの顔は見えない。
でも才人には声でわかる、これは怒っている。
背中にルイズのぬくもりを感じながら、じっと動かずに待つことにした。

「その、あれよあれ」
「アレじゃわかんねーよ」

ぴったりと才人の背中に張り付いているルイズはその細い手を首に回しはじめた。

――こ、絞殺!?

怯える才人そっちのけでルイズはしっかりと才人に抱き着く。
はたから見れば才人が敷布団になっているみたいだ。

『いいこと、サイトはあれで決定的な時にヘタレることがあるわ。だからあなたが押しなさい』

――ややや、や、やってやろうじゃないのよ!

はぁ、と耳元に熱い吐息を投げかける。
才人は慣れない感触にびくっと震えた。
どこかむず痒い身体を才人の背中にすりつける。

――なな、なんでルイズこんな積極的なの!? 教えてキュルケ!!

そのキュルケさんの仕業だった。
ルイズの手は才人の首元から肩、腕、指先とだんだん降りてくる。
しっとりとした手つきに身動き一つとれない、むしろ才人はとる気になれなかった。
ついにはズボンのベルトにかかろうというときに。

「それ以上はヤバい!!」
「きゃ!?」

なけなしの理性を総動員してごろんと反転、ルイズを下敷きに才人は再びマウントポジションをとった。

「い、いいいて、言っておくけどそれ以上はホントヤバいんだからな! ガマンできなくなっちまうんだぞ!!」
「うる、うううるさいわよ! わたしだってそれなりの覚悟はできてるんだから!!」

――え、覚悟できてるの? マジで? やっちゃっていいの?

――あ、いきおいで言っちゃったけど……覚悟なんてできてるわけないのに!?

才人はぐいっとルイズの顔を覗き込んだ。
彼女は思わず顔をそむけてしまう。

「こっち向いて」
「……」

ルイズが才人と目を合わせると同時に。

「ん」

二人の唇が重なった。
木立が風で騒ぐ音と互いの心音しか聞こえない。
才人はルイズの頭をかき抱くようにして彼女の小さな唇を貪るように求めた。
ついばむようなキスではなく、シエスタともしたことがないような濃密な口吸い。
ルイズは最初才人を押しのけようとしていたが、すぐに力を抜いて才人のされるがままになった。
それどころか今では求めに応えようと舌を伸ばしている。
永遠に続くように思えたキスは、どちらともなく離れて終わった。

「はぁ……」
「好き」

うっとりした表情で一息つくルイズに、再び才人は口づけた。
今度は一切の抵抗がなかった。

――ちょ、ま、まま、まずいわこのままじゃ。でも気持ちいい……ちが、だめ……。

ルイズがぐるぐると快楽のらせん階段を転がり落ちているとき、才人も才人で悩んでいた。

――かかか、覚悟できてるって言ってたよな? いいのか、こ、このまま押し切っていいのかよ俺。

『勿論だとも!!』

もはや脳内に天使はいない、三羽烏の声援を背後に才人は決意した。

――お、俺は今日、大人になってやる!!

右腕はそのままルイズの頭と地面の間、才人は神の左手をするりと抜いた。
キスは止めない、すでに二人の口元はつばでべっとり濡れているがおかまいなしに口唇を、口内を蹂躙する。
ルイズに考える隙は与えない。
とことん最後まで槍をもって貫く腹積もりだ。
左手をそろりそろりと胸元に近づける。

――才人、いきます!

今まさにワンピースの隙間から手を突っ込もうとした瞬間。

――がさ――

近くの草むらが動いた。
キスの余韻すら振り切って才人が振り向くとそこには。

「……その、申し訳ありません」
「ぺ、ペルスランさん……」

タバサに仕えている老執事が心底申し訳なさそうな表情を浮かべて佇んでいる。
二人は死にたくなった。


***


「てことはタバサが俺たちのことを」
「ええ、近いうちに訪れるはずだと聞いていましたので」

すぐに身なりを整えペルスランに向き直った二人はトリステイン国境側に彼が来ている理由を聞き、納得した。

――タバサめ、この邪魔、じゃないわ。あ、危ないところを助けてもらったもの。……礼は高くつくわよ。

謀略妖精・雪風の名は伊達じゃなかった。
才人はごまかすように小舟のバスケットを取りに戻る。
猛スピードで湖上を突っ切った割に荷物は放り出されてなかった。
バスケットの中身はシエスタ謹製のサンドイッチ、その味はお墨付きである。
ペルスランの昼食の誘いを固辞したルイズはぶすっとむくれていた。

「どしたの?」
「なんでもないわよこの犬」

ほんとのところは才人もよくわかっていた。
あそこまで盛り上がっておいて邪魔が入った。
若い二人はそりゃもう悶々とした空気を抱え、なんとなく恥ずかしいからそれを相手に悟られたくなくて、無言でサンドイッチにパクついた。

「少しだけ涼しくなったよな」
「そうね、秋も近そうだわ」

肺一杯に息を吸い込んだら夏の物とは違う空気、秋のにおいが鼻をくすぐる。
食事を終えた二人はイチャつく気にもなれず馬にまたがった。
ルイズはしっかりと才人に抱き着きながら囁きかける。

「その、か、帰ったら“お話”しましょ?」
「お、おう、“お話”な、いいよ“お話”、うんおっけー」

才人は珍しく“お話”の内実を悟って、ごにょごにょと口の中で何事か呟きだす。
ルイズはしっかりと腕に力を込めて残暑の空気を吸い込んだ。


魔法学院に着けばシエスタが二人にぴったり張り付いていたので“お話”できなかったのは言うまでもない。





[29423] 【オマケ】 後々日談 ゆかいなウサギちゃん
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/10/02 01:01
――ガチャ――

「たっだいまーおき」
「今夜はあなたがご主人様ぴょんっ!」

……。

――バタン――

――あ、ありのまま今起きたことを話すぜ。ルイズがばにーが

――ガチャ――

「な、ん、で、あんたはそっこう逃げてんのよ!!」

――バタン――

「わたしが何のためにこんな恥ずかしいカッコしてると思ってるのよ。そもそもあんたが月にウサギがいるとかそんなこと言うからじゃない。サイトがウサギを好きだろうとかそんなことは一切考えてないわ。元々わたしはウサギ好きだもの。ほらあの白いふわふわの毛もいいし、寂しくて死んじゃうところもまるでわた、じゃないわ、どこかの誰かさんみたいじゃない。ちいねえさまが飼っていたウサギもかわいかったわ。でもウサギの鳴き声をわたし聞いたことないの。ぴょんだなんてウサギが鳴くはずないからそれはきちんと覚えておきなさい。それにキュルケに聞いたらこんな衣装があるっていうからそりゃ、まあ公爵令嬢たるわたしも前のワンピースのこともあるし、一度くらいそでを通してもおかしくないわ。むしろ自然、そう自然な出来事。決して超自然的な出来事ではないの。わかるでしょ? ええわたしは落ち着いているわ。べ、べつにサイトのために着たんじゃないわよ。あくまでわたしの……学術的というか、そう、民俗学的好奇心に基づいているのよコレは。で、とりあえずあんたはわたしに言うことあるんじゃない?」

ルイズは今日も絶好調だった。
白いうさ耳に黒いレオタード、網タイツまで装着してなのに足元は学院指定のローファー。
才人をベッドに放り投げてからウサギなのに馬乗りになってそれはもうまくしたてた。
才人は自分がいかがわしい店にまぎれこんだ、というよりこの光景を夢であることを疑った。
むに、と自分のほっぺをつまんでも痛い。
現実はいつだって非情だ。

「その、ルイズ?」
「なによ今更褒めようって言うの? 遅い、遅すぎるわ。いつだったかあんたも言ってたじゃない。文化の基本法則は早さだって。大体あんたには情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さすべてが足りないのよ。何よりわたしを褒める言葉が足りないわ。あんたもっとわたしを褒めなさい。女は褒められてきれいになるって知らないの? そう知らないの、じゃあ今すぐその足りない脳みそに書き込みなさい。なんだったら痛みとともに植え付けてあげてもよろしくてよ。いやわたしがサイトに褒められたいっていうわけじゃないわよ、勘違いすんじゃないわ。ただあんたもシュヴァリエをいただく貴族の一員として女性の褒め方くらい日常的に練習しておく必要があるの。でもほかの女はダメ、サイトに甘いからどんな褒め言葉でも素直に受け取ってしまうわ。ご主人様たるこのわたしがあんたをきっちり躾けてあげる必要があるの。これからあんたは十回に一回はわたしを褒めること。わかった? わかったらワンと鳴いてご主人様を褒め称えなさいこのバカ犬」

何かに取りつかれたようにルイズのマシンガントークは止まらない。
目はなんだかぐるぐるまわっている。
とりあえず才人はちょいちょい、とドアの方を指さした。

「あによ」
「その、お客さん」

いいところで……とぶつくさ文句を言いながらルイズは才人の上から身をよける。
そのまま今現在の衣装も忘れてドアを勢いよく開いた。

「お久……へ、部屋を間違えたのかしら。もうサイト殿ったら」
「ひ、姫さま……」

ルイズはあごが外れるそうになるほど驚き、急いでアンリエッタをひきこんだ。

「ちょ、ちょっとやめてくださいませんか見知らぬ人」
「違うんです姫さま、これは全部そのサイトが悪くってわたし違うんですぅ!」
「いや、俺のせいにされても困る」

全力で部屋の外へ逃げようとするアンリエッタ。
バニーガール姿で泣きながら縋り付くルイズ。
呆れて二人を眺めるしかできないサイト。
ひたすらになんだかなあ、といった光景だった。



才人はルイズほど紅茶を淹れるのがうまくない。
それでもアンリエッタは嬉しそうに香りを楽しみ、才人を褒めた。
ルイズは部屋の隅っこで布団をかぶってさめざめと泣いている。

「で、姫さまは一体どんな用事で? というよりお城を抜け出して大丈夫なんですか?」
「執務は最近片付くのが早くなりましたわ。最上位の決済が必要なものが減ったのと、文官の作業効率が上がったのが大きいわね」

仕方ないから才人がアンリエッタとお喋りに興じている、というより用件を聞いていた。
アンリエッタは窓の外を見つめ、わざとらしいため息を一つついた。
風が轟々と森の木々を揺らしていた。

「こんなところに着てまで執務の話ばかり、サイト殿はもう少しレディーの喜ばせ方を知るべきだわ」
「う、す、すんません」

そんなこと言われても、と才人はすごく焦ってしまう。
あくまで彼の感覚は現代日本の高校生のもの、しかも彼女なし。
会話のハードルをもんのすごくあげたアンリエッタに渋々答えるため、彼はなけなしの知識を振り絞る。

――さっきルイズがヒントをくれた。喜ばせるには褒め言葉、これしかない。

では女性を褒めるにはどういう言葉がいいか、これまた才人には荷が重い。
じっと考え込み始めた才人をアンリエッタは楽しそうに見つめていた。

――まず褒めるポイントを考えろ、見た目、性格、特技くらいか。姫さまの特技なんか知らねーしこの流れで性格もおかしい。となると見た目一択! 姫さまの見た目と言えば!!

顔を見る。
あらあら、とアンリエッタは頬に手を当てる。
ちょっと視線を下げる。

――これしかない。

だが才人は慣れない褒め言葉、というキーワードにとらわれすぎていたのだ。
女性を楽しませるのに容姿を褒める必要はあんまりない。
すぅっと息を一吸い。
アンリエッタの瞳は希望できらきら輝いて。

「姫さまのおっぱい素敵だと思います!」

死んだ魚のようになった。

――あれ? これ以上ない褒め言葉、じゃNEEEEEE!!!!

刹那、才人は自分の失態に気付いた。

「あ、ん、た、はほんとナニ言ってんのYOOOOOO!!!」

ずどんとルイズの飛び蹴りが才人のほっぺたにめり込んだ。



「で、姫さまの用件を聞きますわ」

再び仕切り直し。
ロープでぐるぐる縛られた才人は「エロ犬」と大きく書かれた紙を貼って廊下に放り出された。
ルイズはきっちりマントで前を覆ってからアンリエッタの対面に座る。
コホン、と咳払いした女王の頬はほんの少しだけ赤い。

「王宮内ではどこに耳があるかわかりません」
「内密の話ですね」

否応なしにルイズの緊張感が高まる。
ロマリアからはまだ動きがない。
次なる戦争の火種は見えないところで着々と育っているはずなのだ。
が、話は予想外のところから飛んできた。

「ガリアのことです」
「ガリア!?」

真剣なアンリエッタの言葉にルイズは驚きを隠せない。
あの小生意気で邪魔ばっかりしてくるとはいえ、タバサことシャルロット女王はこちら側の人間だ。
それがどんな問題に係わっているのか、全く予想がつかなかった。

「まず、トリステイン内のことを言いましょう」
「はい」
「サイト殿に領地ならびに男爵位を授けようという動きが活性化しています」
「は?」

ぽかんとルイズはマヌケ面をさらす。
そのくらいありえないことだった。
ゲルマニアならいざ知らず、トリステインは伝統を重んじる国家だ。
いくら戦果をあげたとはいえ、一平民に爵位を授けようとは思いもつかないはずだ。

「信じられない、という顔をしていますね」
「……ええ、正直な話」
「これは事実なのです。軍閥と一部の貴族の支持をとりつけられたのが大きいですね」

マザリーニの『サイト広告塔作戦』によって優秀な平民が増員したトリステイン軍。
アルビオン撤退戦の殿、虎街道の攻防、これらの戦果もあいまって「これはいれなきゃ損だ」と好意的な貴族と「貴族になるべき人間だからできたのだ」とあくまで貴族主義な貴族の大きな支持を受けたのだ。
他の一部の貴族はアレな趣味を持つ人たちである。

「今までの情勢では無理でした。わたくしがお仕事をがんばってもマザリーニは認めてくれなかったし……」
「は、はぁ」

こんなところは子供っぽい、即位前のアンリエッタのままだ。

「ですが、ここにきて流れが変わったのです。王宮内のガリア派の貴族が、サイト殿をガリア貴族として迎える計画を練っていることが判明しました」
「はぁ!!?」

今度こそルイズは意味わかんないと叫んだ。

「サイト殿ほどの戦果を持つ方をガリアにとられるわけにはいきません」
「それはそうですが」

むしろわたしの使い魔なんですけど、とは言えなかった。
ガリアの思惑がまったく読めない。

「それはひょっとして、シャルロット女王の御意向ですか?」

タバサは幼いところもあるとはいえ、アンリエッタよりも女王として優れている。
才人が好きだから、というだけで貴族として迎えるとは思えない。

「違います」

違った、よかった、ルイズはほっと一安心した。

「“シャルロット女王陛下を娘と呼ぶ会”が暗躍しているのです」

違った、全然よくなかった。
今度こそルイズはあごが外れそうになった。



ガリア王城にて開かずの間として知られる部屋、そこでは布で顔を覆った人々が円卓をかこっていた。
唯一顔を明かしているのはカステルモールのみ。

『シャルロット女王陛下は我々の娘!!』

「では、本日の議題をどなたか提示してください」

「アルビオンの英雄が我らのシャルロット女王を妹呼ばわりしているらしいですな」

「けしからん、許しがたいな」

「でも明らかに女王陛下はかの英雄に思いを寄せられておりますぞ」

「娘の思い人……父としては悩まざるを得ない」

「ではみなさん、逆に考えましょう」

「どういうことかね、カステルモール代表」

「シュヴァリエ・ド・ヒラガ殿がシャルロット女王陛下を妹と呼ぶなら、我々は彼を息子と呼べばいい」

『その発想はなかった!』

「流石代表、目の付け所が違う」

「陛下ほどの年ごろなら兄を思い焦がれていても不自然ではない」

「つまり娘+妹で我らがシャルロット陛下はさらなる栄光の道を歩むわけか」

「では、早速かの英雄をガリア貴族として迎えねば」

「適当に大嘘ぶっこいて王家として受け入れましょう」

「いや、それはいかん。真に娘を思う父なら選択の余地を残すべきだ」

「なら公爵家でいいのでは?」

「決まりだな」

「ああ」

「トリステインのガリア派に至急連絡を」

「次の会合はまた鳩で知らせましょう」

「では本日はこれにて閉会!」

『すべては娘のために!!』



ガリアは魔法だけでなく色々と先進国だった。




「会の名前こそ間抜けではありますが、彼らはすべて優秀です。放置していればトリステイン王国はサイト殿をガリアに引き渡さねばならないところまで追い込まれるでしょう」
「……いみがわかんないです」

ルイズには彼らを動かす熱意がわからない。
きっとヴァリエール公爵ならわかってくれるだろう。

「布告はまだですが事前の通告だけ、ということです」
「承知しました」

わからないことだらけでも真実は一つ、サイトが爵位領地もちの貴族の仲間入りをするということだ。

「今日は以上です、見送りは結構」
「姫さま、わざわざありがとうございました」
「何を言うの」

アンリエッタは女王らしくない、年相応の少女の笑顔を浮かべる。

「あなたとわたくしはおともだちでしょ?」

同じ女性でもはっとするような綺麗な笑顔だった。

「ええ、姫さま。ごきげんよう」

ルイズもふんわりと微笑む。
アンリエッタはドアを開き。

「おともだちは、色々なものをわかちあうべきでしょ?」
「へ」

バタンと閉じた。
猛烈に嫌な予感を覚えたルイズはドアを開けると才人の姿はなく。

『というわけでサイト殿は借りていきますね by あなたのおともだち』

なんて置手紙がひらひらと風に舞った。

「あ、の、女王は~~!!!」

ルイズは駆ける。
瞬間移動のことも忘れて駆ける。
どこまでも続く地面をを蹴って駆ける。
自分が今どんなトンデモない格好をしているのかも忘れて走り続ける。



数日後、魔法学院では風の強い日に現れるピンクのウサギちゃんの話題で持ちきりになる。
なんとかアンリエッタから才人を奪還できたルイズは、その噂が消えるまで布団から出たがらなかった。



[29423] 【オマケ】 後々日談 日々の唄
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/10/31 23:41

親愛なるお父様

夏も盛りをすぎ、秋めいた空気も感じられる今日このごろいかがおすごしでしょうか。

あと一月ほどで収穫期を迎える領地では領民たちが活気づいていることでしょう。

この時期になると家臣が慌ただしく動き回り、お父様も執務室にこもりっきりになるのを今では懐かしさすら覚えます。

忙しさにかまけてお母様をないがしろにしていないか、少し不安です。

さて、わたしの方はつつがなくすごしております。

この夏にありましたトリスタニアの終戦パレードでもクルデンホルフ家の者として責務を果たしました。

お父様がいればきっと褒めてくださったに違いありません。

そんなベアトリスに二つだけご褒美が欲しいのです。

別に欲しいものがあるとか、そういう話ではありません。ほんのささやかなお願いです。

一つは新しいわたしの友だちを、ティファニアさんを冬季休暇にクルデンホルフに招待すること。

きっとお父様はティファニアさんを見て驚くと思います。

ですが彼女は素晴らしい人です、わたしはこの年になってようやく「人柄に惚れる」という言葉を実感しました。

アンリエッタ女王陛下やマザリーニ枢機卿と面識があるだけでなく、水都市の聖女として名高いラ・ヴァリエール家三女とも親交のある社会的にも地位のある方です。

この手紙で素性を明かすわけにはいきませんが、お父様も彼女のことを気に入るとわたしは確信しています。

是非わたしの友だちを紹介させてくださいまし。

それともう一つ、こちらは緊急というか、可及的速やかに処理していただきたい案件です。

その、お父様の好意を無碍にするつもりはありません。

ただわたしも限界なんです、わかってください。

一刻も早く、空中装甲騎士団を―――。


「お嬢さまー!」
「もー! とっととクルデンホルフに帰ってよぉ!!」
「訓練をしますぞー!」
「もぅいやぁーっ!!」

 ベアトリスは若干涙目になりながら懇願した。







 空中装甲騎士団、それはアルビオン亡き今ハルケギニア最強の竜騎士団である。
 その事実に疑いを持つものはかなり多い。
 大体がプライドの高い貴族だ、「俺のところが強い」「いや我らこそが」と押し合いへし合い自己主張しまくるので最強という称号は中々手にしがたい。
 アルビオン軍は名実ともに認めざるを得ない精強さだったので、皆しぶしぶ口にしていただけだ。
 軍閥貴族はいつも、いつか俺たちの軍が、と胸中で決意していた。

 さて、戦力的に最強であるかは棚に上げても知名度ではハルケギニア最高の竜騎士団である。
 特にこの夏あったトリスタニアでのパレードでその強さというか、色々とアピールしたので一般民衆の層にはかなり広く知れ渡った。
 空中装甲騎士団という名前だけは知っている、というトリステイン国外の平民も増える一方だ。
 誇りについて口やかましい一部貴族の間では苦々しく思っているものも数知れず。
 平民に媚びを売るなど、と吐き捨てながらも無視はできない集団に成長しつつあった。

 そんな彼らはお世辞にも行儀のいい集団とは言えない。
 自己顕示欲が強く、むしろ迷惑を周囲にまき散らすほうだ。
 春先には平民から一部貴族子女まで声をかけたり威圧的であったり。
 この夏にはアダルティさを勘違いした訓練風景で魔法学院に阿鼻叫喚の地獄絵図を呼び起こしたほどだ。
 だが彼らとてシメるところはきっちりシメる。
 主君であるクルデンホルフ大公の長女、ベアトリスには忠誠を誓い、それが態度でも示されていた。

 それが最近では、どこかの誰かさんのおかげで最近騎士団は彼女にまでちょっかいをかけるというか、遠慮がなくなってきた。
 何かにつけて彼女の権力を活用して楽しもうというあたりが非常にずうずうしい。
 一番無礼だと感じたのは「お小遣いください!」だ。
 流石にそれは酔っぱらった団長が先走っただけだったが、彼女の反応を見てニヤニヤ笑っていたりもするのだ。
 そして「忠誠にはむくいるところが云々」とアンリエッタから少しだけ教わり、なおかつ自覚していないながらも若干染まっているベアトリスにはそれを上から抑え付けることはできなくなっていた。


「というわけでなんとかしてください」
「いや、そんなこと言われても……」

 ずいぶんと長い前置きをエレガントかつ婉曲的にベアトリスから語られた才人。
 すでに話しはじめてから一時間近くたっている。
 日はずいぶん高くなりつつあった。

「お父さんに手紙送ったんだろ?」
「出すのは明日の朝一郵便でです。それに、返事が来るまでどのくらいかかるかわかったもんじゃありません」

 これまた優雅な仕草で彼女は冷めきった紅茶を口にした。
 すっかり酸化してしまったようで、まずい。
 それがベアトリスの現状まで示しているようで彼女は眉をひそめるしかなかった。

 一方才人は何も気にせず紅茶を飲み干した。
 彼はそこまで味覚が繊細なわけではない、飲めればなんでも飲む男だ。
 ただ水分をとって少し気が抜けたのかぷしゅーと息を吐いた。
 なんとなく彼は部屋を見回してしまう。
 ベアトリスの部屋はいつも才人が過ごすルイズの部屋と違って、少し豪華さを重視した家具が多かった。
 御主人がシックなものを好むならこの少女は華美なものを好むのか。
 うむむ、と才人は意味もなく首をひねった。
 巨大なツインテールが目立つ少女もつられて小首をかしげた。

「何かいい案でも思いつきまして?」
「うーん……」

 部屋の違いについて考えていたなんて才人は言えず、言葉を濁す。
 ついでだから空中装甲騎士団にも思いをはせた。
 脳裏によぎるのは一番はじめ、彼女と出会ったときの記憶。

――そういえば、こいつ最初ティファニアいじめてたんだよな。

 空中装甲騎士団とのいざこざのとき、彼女はルイズに精神的シゴきを受けていたはずだ。
 そしてティファニアに許され助けられ、気づけば彼女を慕っている。

――人は変わるもの、か。

 そういえば才人も当初は平民扱いだった。
 今でこそ先輩としてちょっとだけ上においてくれている。
 魔法学院の学生でもない才人としては先輩扱いせずともいいのに、と思うが彼女の心境は察せない。
 ちらとベアトリスの様子をうかがう。
 不安そうな表情だった。

――後輩のために一肌脱ぐのも先輩、だな。

「よし」
「?」
「いっちょやってみましょうか」



***



「というわけでどうすればいいですかね?」
「なぜ私に聞く」

 ところ変わってトリスタニアは衛士の駐在所、才人はアニエスを訪ねていた。
 本来なら彼女は王宮でなんだかんだと働く予定だったが急遽現場というか、王都巡回の任が割り振られた。
 ド・ゼッサールが快く彼女の仕事を奪ったせいである。

『花は外で咲いてこそ!』
『今の時期は書類より外回りへ、民衆の人気は稼ぐにこしたことはないですからな』

 余計なお世話だ、とアニエスは歯噛みしながら、マザリーニ枢機卿からも追い出されてふてくされていたのだ。

「むずかしいなぁ……」
「仕事をさせろ仕事を、私にもヤツらにもだ」

 アニエスの言葉をスルーしながら才人はうなる。

 才人はマイブームが過ぎ去ったのかいつものパーカーを着ている。
 それでも問題なく駐在所まで着けたのは例の世紀末救世主(義兄)な鉄仮面のおかげだ。
 特徴的すぎる服装に声をかけようとする人はいたが、周りの人間に制止されて踏みとどまっていた。

 アニエスも浴衣姿なんかではなく、いつも通りの軽鎧姿で頬杖つきながら机をコツコツ叩いている。
 表面上はちょっぴり不機嫌そうな様子だ。
 だが実際のところ彼女はそこまで不機嫌ではなかった。
 なんたって才人は彼女の初弟子だ、今は微妙に仕事をサボっているのだし、暇つぶしができる分には問題ない。
 復讐も終えてアンリエッタもはっちゃけてなおかつ夏祭りで散々さらし者にされてロマリアの尻尾をつかめなかった。
 アニエスさんは少しお疲れモードで癒しを求めていた。

「仕事……」
「働かざるもの食うべからずといったか? お前が昔言っていたことだ」

 むむむ、と腕組みしながら考えこむ。
 残念ながらそんな記憶はでてこなかった。

「でも訓練して、それ以上はやることがないらしいし」
「もっと訓練すればすむことだろう」
「そりゃ無茶だぜ姉ちゃん……」

 デルフリンガーの声にもバカバカしいと言わんばかり、アニエスは手をひらひら振った。

――訓練を一日中……。

 むさくるしい男どもがひたすらに学院を走り回る光景を才人は想像する。
 想像するだけでイヤになった。

「それはちょっと、ていうか学生の情操教育的にもアウトです」
「? 何を言いたいのかよくわからんが……」
「なんか銃士隊の仕事まわしたりとかできないですかねー」
「まさか、できるはずないだろう」

 他国の騎士団を王都の警備に駆りだすなど聞いたこともない、と鼻で笑う。

「騎士団、騎士団かぁ」

 才人もそんな話聞いたことなかった。
 ただ、頭にかすかにひっかかるものを感じる。

――ちょっと違うけどなんかあったような……。

「そんなことよりサイトも巡回にいくぞ」
「へいへい」
「師匠より高給取りになりそうな弟子は何をおごってくれるかな」
「げ、あんま持ち合わせないですよ」
「剣を新調するのもアリだな」
「ムリです!」







 早速才人は後悔していた。

「見たくなかった……」
「ま、まぁよく似ているんじゃないか?」

 泣く子も黙る銃士隊隊長も彼にかける声が見当たらない。
 アニエスには珍しいほどうろたえて、手もわたわた宙をかいている。

「世の中って、残酷ですよね」
「あ、ああ」

 ほろりと左目から涙一筋。

「相棒、お前は今、泣いていい!」
「もう泣いてるよ……」

 以前彼自身がデルフリンガーに教えた台詞も心の回復には効果がない。
 常の彼ならその言葉だけで奮い立っただろう、叫んだだろう、燃えただろう。
 だがしかし、それも「もし」の話。
 今の彼には一切効き目を示さなかった。
 大きな建物の前でがっくりとひざをつき涙する。

――何をしていても目立つのにさらに目立つことをしてどうする。

 内心で舌打ちしたいやら慰めたいやら複雑なアニエスはとりあえず才人の背中をポンポンと、幼子をあやすように叩く。

「アニエスさん!」
「ひわっ!?」

 才人はアニエスに抱きついた。
 金属製の軽鎧ごしで豊かな感触など全くわからない、それでも彼は誰かにすがっていたかった。
 いやらしい気持ちは欠片もなかった。
 奇声をあげたアニエスは一瞬硬直して、今度は才人の頭を撫でてやる。
 ごわごわした感触が少しだけ愛おしく感じた気がした。

 そこではっと気づく。
 石造りの建物前はそこそこ人通りが激しい。
 そんなところで抱きあう金髪美女と黒髪の変わった服装の人物。
 しかも銃士隊は夏のパレードで空中装甲騎士団と並んで広く知られた女王陛下の近衛隊、その隊長の顔とあらばタニアっこに知られていないはずもない。

「あれ銃士隊隊長だよな……」
「え、華の銃士隊の?」
「うわあれ別れ話かな」
「イビリかもしれないよな、厳しいって聞くし」

 そんな人々の遠慮ない視線にアニエスは真っ赤になって。

「ち、違う! とっとと散れ!!」

 なんて叫んだが、かえって逆効果だった。

「マジかよ、ちょっと憧れてたのに」
「男泣かせなのね……」

――くっ、どうしてこうなった……!

 ギリと奥歯を強く噛み締めるが右手は才人の頭を撫でたまま、行動と表情が全然一致していない。

――かくなる上は!

「アニエス隊長?」

 ナニかを決意しかけていたアニエスが振り向けば、そこには銃士隊副隊長、本日休暇中のミシェルが建物から出てくるところだった。
 ここはタニアリージュ・ロワイヤル座前。
 トリスタニアで一部の層にブームを巻き起こした『走れエロス』を公演している劇場だ。
 アニエスもミシェルもお互い少し気まずくなって顔をそらした。







「で、ミシェルは何をしていたんだ」
「隊長こそ、なんでサイトを抱きしめながら泣かせていたんですか」

 む、とお互い言葉に詰まる。
 あの後二人で才人を担ぎ上げて衛士の駐在所まで駆け戻ってきたのだ。
 いまだにめそめそいている彼を適当な一室に放り込んで、机を挟んで二人向き合っていた。

「私はサイトがいきなり泣き出して……」

 いや理由はわかるんだが、とごにょごにょアニエスは口の中で転がす。
 はっきりとした物言いを好むアニエスらしからぬ態度だ。
 彼女はちっとも悪くないけれどなんとなく説明しづらくて、しかも泣き出したあとの行動についてはこれっぽっちも説明になっていなかった。

「わ、私のことはいいんだ!」
「よくないです」

 声を荒げながら立ち上がるもこの副隊長には通じない。
 ミシェルはある程度アニエスと付き合いがある。
 今のは「誤魔化したいときの叫び」ということを見抜いていた。

「まさかとは思いますが……」

 じとっとした視線で隊長の内心を見抜こうとするも果たせない。

「そんなことはない!」
「あやしいです」
「私はあいつの師匠だぞ」

 まったく、と再び椅子に座るアニエス。

――師匠とか弟子とか関係ないと思うんですが。

 ミシェルはその言葉を胸の中に押しとどめた。
 アニエスは混乱しているだけに違いない、と様子から見てとれたからだ。

「貴様こそ何をしていた!」
「そりゃ観劇ですよ」
「あの演劇を、か?」
「ステフに誘われました。本人は時間通り待ち合わせ場所に来なかったのですが、折角話題になっているので観るのも悪くないかと」

――許せ、ステフ。

 心の中で謝れば「今度何か奢ってください」と返事が聞こえた気がした。
 今度はアニエスがミシェルの胸中をさぐろうと訝しげな視線を送る。

「ホントか?」
「嘘をつく必要はないでしょうね」

――恥ずかし気まずいからです。

 才人は市井の人間にとって雲の上の存在に近い。
 当然その活躍を、すごく改変しまくったストーリーで見ても非日常ということですますことができる。
 だがミシェルは才人をよく知っていた。
 しかも俳優はかなりがんばって探したのか、本当の才人に似た、ぼっちゃりした人物が起用されていた。
 高等法院の審査もとおっており、そこまで露骨な表現などはなかったがなんだかミシェルは興奮して、そんな自分に軽い自己嫌悪真っ最中。
 なんで見たんだろうと過去の自分を問い詰めたくなっていた。

「……嘘をついている気がする」
「それこそ気のせいでしょう」

 ミシェルの背中は冷や汗でびっしょりだ。
 ここまでして誤魔化したい自分が彼女自身謎だった。

――さらっと「見たかったから行きました、えへ」と言ってしまえば楽になれるのに。

 ちっぽけな自分のプライドが恨めしい。


「どりゃああああ!!」

 そんな中突然バタンとドアを蹴り開いたのはさっきまで泣いていた才人だ。
 その瞳はめらめら燃えている。

――こいつはどうしたんだ一体。

 奇しくもアニエスとミシェルの思いが一致した。

「……してやる」
「は?」

「復讐してやるぅぅうううう!!」

 またもや吠えながら才人は駐在所から走り去った。
 残された二人はしばらく呆気にとられ。

「……仕事、するか」
「私帰ります……」

 それぞれの日常に戻った。



***



「というわけでなんとかなりませんか?」
「それは難しい」

 マザリーニ枢機卿の執務室、アニエスは律儀に今日あったことを報告していた。
 それは師匠だから弟子を贔屓して、というわけではない。
 彼は今やトリステインでもかなり重要人物と王宮内の一部で目されている。
 その言動はマザリーニないしアンリエッタに報告する必要があるのだ。

「彼はそういう風習を嫌っていたのか」
「はい、毛嫌いしているようです」

――少しやりすぎたか。

 見た目は老域にさしかかった枢機卿は内心軽く反省した。
 なんといっても才人は稼ぎ頭だ。
 各国貴族に武名が知られており民衆の人気も高い。
 彼を前に立てればそれだけで物が売れ、税金もたっぷり入る。
 だからといって重用してはいけない、極力少ない報酬で最大限の働きをしてもらう。
 アンリエッタをはじめ一部除く王宮内の総意はそういったものだ。

 だが、あまり機嫌を損ねてやる気をなくされても困る。
 ここでマザリーニは『ハナビ』や『ユカタ』が才人の故郷由来であることを思い出した。

「ふむ……」

――少しの譲歩なら問題あるまい。

 すでにタニアリージュの演劇はそれなりの成功をおさめ、目標以上の売り上げを得たはずだ。
 なら次なる催しに移る時期が少しくらい早まっても問題ない。
 搾り取るだけ搾り取る、ではなく譲歩して彼に寛容さを示すことこそ重要だとマザリーニは判断した。
 同時に新たな金儲けプランも立ち上がっていた。

「演劇の公演期間をひきのばす、というのはこちらからあまり干渉できない」
「やはりですか」
「だが、彼が別の何かを行ってくれるというなら話は別だ」

 ニヤリとマザリーニは笑う。
 しかし、彼は才人のことを過小評価していた。







 同時刻。

――人の噂も七十五日、というけど。

 あんな噂は一日も早く消さなければいけない。
 才人は必死に頭を回転させる。

――脅してやめさせるとかはダメだ。劇団の人とかも生活があるはずだし。

 思い出すのは妖精亭のみんな。

――じゃあどうすればいいんだ。

 沈みゆく太陽が目に沁みた。
 世界が茜色に塗りつぶされる時間、遠くには魔法学院の本塔が見える。

――塗りつぶせばいい、そうだ。

 この夏を思い出す。

――俺がもっと面白い劇を提供すればいい。

 ここで彼はマザリーニと同じ結果に、まったく違う思考プロセスで至る。
 さらに、すっと才人は脳内の何かがつながった気がした。

「帝国華劇団だ……」

 その言葉は夕焼け空に高く昇っていく。
 才人はぐっと拳を握りしめた。







「ベアトリスゥゥウウウウ!!」
「きゃぁっ!?」

 ズダンと扉を押し開き才人は部屋に飛び込む。
 突然の物音、侵入者にびっくりしたベアトリスと、たまたま一緒にいたティファニアは思わず跳ね上がった。

「レディーの部屋にノックも」
「そんなことはどうでもいい!」

 入室の許可も何も得ず部屋に押し入り、才人はベアトリスの肩をつかんだ。
 顔が近い。
 ベアトリスはさほど狼狽しなかったが、隣で見ていたティファニアがもうこれ以上ないほどドキドキしていた。

――え、なにこれ。サイトってベアトリスが好きだったの?

 非常に情熱的なアプローチのように見える。
 才人から迸る熱意がハンパない。
 野望に燃える男がそこにいた。

「手紙は!」
「ま、まだあります」

 よくよく眼を見ると血走っている。
 普段は強気なベアトリスは思わず椅子についたまま後ずさろうとした。
 しかし才人ががっしり肩をつかんでいるため一サントたりとも動けない。

――な、なんですのよ!?

 心の中では半泣き、表面上はあくまで強気な表情を崩さずにベアトリスは彼を睨みつけた。

「出すな」
「はい?」
「手紙はまだ出すな、空中装甲騎士団は俺がもらう」
「ハァ!?」
「へ!?」
「そういうことだ!」

 言いたいことだけ言って、やってきたときと同じく暴風のように才人は去って行った。
 ポカンとした二人はしばらくすると正気に返って才人の言葉を考える。

『手紙はまだ出すな、空中装甲騎士団は俺がもらう』

 才人が一切の他意を含むことなく告げたのは間違いない。
 彼には騎士団、厳密にはイケメン集団が必要だった。

――動けて声が大きければなおよし、空中装甲騎士団が一番適任だな。

 たったそれだけの考え。
 それが金髪ツイン子にどうとられたのか。

『空中装甲騎士団は俺がもらう』

 空中装甲騎士団はクルデンホルフ大公国所属、 それはどうあがいても変えようのない事実だ。
 ならば彼らをもらうとはどういうことか。
 自分がクルデンホルフのトップに立つという意思表示に他ならない。

――え、え、え? あの人ラ・ヴァリエール先輩の、でも!?

 現実的手段でクルデンホルフ大公国の主におさまるためには婿入りするしかない、ベアトリスと結婚するしかない。
 ベアトリスは少し冷静になって、一気に頬を紅潮させた。

 彼女は大公国の娘、アプローチをしかける貴族は少なくない。
 だがいずれの男もクルデンホルフに何かしらの形で借りを作っているので機嫌を損ねないよう、遠回しなものにとどめていたのだ。
 彼女は生まれてはじめて、男性から超積極的に迫られた。
 という風に勘違いした。

『手紙はまだ出すな』

 さらに考え込むベアトリスはこの言葉の裏も想像した。
 これは「手紙を出さず俺が直接あいさつにいく」という意味にとれる。

――そういえば朝も、父のことを「お養父さん」って言ってた気が!?

「あ、あの元平民ナニを考えているんだか! 恐れ多くも大公令嬢に「お前が欲しい」というなんて!」
「その飛躍はおかしいと思う……」

 この夏、才人の勘違いを振りまく言動をこれでもかというほど叩き込まれたティファニアは冷静に突っ込む。
 ベアトリスはティファニアに静かにさとされ、色んな意味で怒り、落ち込んだ。







「お前らぁっ!」

 嵐を呼ぶ男、平賀才人が空中装甲騎士団の屯所に殴り込みをかけた。
 学生が夕食をとる少し前、彼らはこれくらいの時間帯にいつも晩飯を食べる。
 食事にはワインがつきもので、ほんの少し彼らも酔っていた。
 ギランと才人の目が光る。

「夜になるってのに飲んだくれて……」
「いやそれはいいだろ」

 団長はツッコミを入れたが、才人はやれやれと肩をすくめた。

「それでいいのか」

 瞳は真剣そのもの、語気は静かだが猛々しい何かを秘めている。

「それでいいのかって聞いてんだよ!」
「よ、よくない気がする」

 空中装甲騎士団の面々は呑まれた。
 才人の放つよくわからない「お前らはダメだ」オーラに呑まれてしまった。

「そうだ、よくない」

 軽く酔いの回った頭で「何がよくないんだろう?」と考えた団員もいたが、空気を読んで場の推移を見守る。
 こうなるともう才人の独壇場だった。

「俺にすべてを任せろ、今日から空中装甲騎士団改め大公国華劇団だ!」

 トリスタニアに真夏の夜の幻を作り上げた男の逆襲がはじまる。



~後編に続く~



[29423] 【オマケ】 後々日談 Come On, Jack
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/10/31 23:42


「トリックオアトリート!」

 バタンと扉を開けて満面の笑みを浮かべたタバサが部屋に飛び込んできた。
 服装は、いつか才人が夢で見たようなフライトアテンダントのものだ。

「トリックオアトリート!」

 ルイズと才人はポカンとしたままリアクションを返せない。

「トリックオアトリート!」

 それでもタバサは笑顔のまま叫んだ。
 しかしたっぷり十秒近く二人は固まったまま。

「トリック、オア……トリート……」

 とうとう顔を赤らめながらいつものタバサに戻ってしまった。

「た、タバサ?」
「どうしたのよ」

 ここでようやく現実に回帰した二人がタバサに駆け寄る。
 少女は若干涙ぐんで、女のルイズでさえたじろくほどの小動物っぽさがあった。
 とある属性持ちの人ならイチコロに違いない。
 そしてここには最近兄属性を持ちはじめた男がいた。

「よしよし、どうしたんだいきなり?」

 ぽふぽふとタバサの髪を軽く撫でる才人。
 タバサはすかさず才人に抱き着き、ルイズに邪悪な微笑を送った。

――タバサ……恐ろしい子!

 登場からすべて計算済みだったのか、と戦慄くルイズを放置してタバサと才人が喋っている。

「それで、なんでハロウィンなんだ?」
「はろうぃん?」
「ありゃ、知らずに使ってたのか」

 才人は左手をタバサの背中にまわしたまま、右手でぽりぽり頬をかく。

「トリックオアトリートっていうのは、俺のいた世界のハロウィンって行事の、合言葉みたいなもんなんだ。タバサは誰から聞いたんだ?」
「家臣のキスクとハンセン」
「うんそれは違うハロウィンだな」
「?」
「タバサは知らなくてもいいことだよ」

 ぽんぽんとタバサの頭に手を置く。
 彼女はぐりぐりと才人に顔を摺りつけている。
 外では気持ちよさそうに鷲が飛んでいた。

――にしても、ハロウィンか。

 今日は虚無の曜日でケンの月は三十一日、丁度地球で言う十月三十一日にあたる。
 純然たる日本人の才人はハロウィンについてあまり詳しく知らない。
 せいぜいが「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ」とかコスプレして街を練り歩くこと、カボチャの提灯ことジャック・オー・ランターンくらいだ。

――ハルケギニアでも似たような行事はあるのかな。

「ハルケギニアにも仮装行列、でいいのか。今日はそういうのってないの?」
「ガリアでは収穫祭なら丁度今日」
「収穫祭かぁ」

 才人には今一つ想像がつかなかった。
 そんな彼の様子を察知したのかタバサが言葉を連ねる。

「村や町単位でお祭りをする。食べたり飲んだり踊ったり」
「へぇ、てかこの服どこで手に入れたんだよ」
「リュティスの宝物庫にあった」

 勿論発掘してきたのはカステルモールだ。
 最近タバサは、彼の言うままに操られている気がすると感じていた。
 だがそれも才人をゲットするためだ、と耐えて彼の持ってくる本を片っ端から読破している。

「すばら、いや、変なモノがあるんだな」
「……きらい?」
「そんなことない!」

 ぐっと才人はタバサと視線をかち合わせる。

「男のロマンだ!」

 叫んだ。至近距離で叫んでから才人ははっと我に返った。

――お、俺にそんな趣味はない、よな……?

 三羽烏の影響か、趣味嗜好がアレになりはじめた才人。
 タバサはそんな彼ににこっと笑いかけて。

「うれしい」

 なんて言ってくれる。
 その笑顔は“シャルロット女王陛下を娘と呼ぶ会”の面々が見れば身もだえして魔法がワンランクあがるほどの威力だった。
 タバサのことは基本的に妹としか思っていない才人も少しドキッとした。

「あ~ん~た~ら~」
「ルイズ!?」

 地の底から響いてくるようなルイズの声に、才人は違う意味でドキッとした。
 先ほどまで硬直していたルイズは悪鬼もかくやという形相で叫ぶ。

「いつまでくっついてんのよ!」
「うわっ」
「……ちっ」

 才人は慌てて飛びのいたが、タバサは彼に聞こえない程度に、それでいてルイズに聞こえる非常にハイレベルな舌打ちをかました。

「あんた、ホントいい根性してるわね……」
「つーん」

――つーんって言った。この子口で言った。

「ぷいっ」

――こいつありえねぇ……。

 ルイズが色んな意味でぷるぷる震えだす。
 どこか邪悪な笑みでタバサはそれを見守っていた。

「まぁまぁ、折角だし地球のハロウィンっぽくやるか」







「親方~」
「あん? どうした我らの剣」
「カボチャくださいなっ」

 カボチャ提灯を作るため、才人は厨房を訪れていた。
 時刻は昼前、料理人たちはせわしなく動き回っていてマルトーはテキパキと指示を出している。

「カボチャならそこに積んであるが、今度は何を作るんだ?」

 マルトーが指さした先にはごろごろとこげ茶色の物体が山を作っていた。
 両掌ほどのサイズが大半を占めるそれにカボチャ色の物体は見えない。

「あんな色じゃなくって、こう、オレンジ色っぽいというかカボチャ色のヤツないんですか?」
「ないぞ」
「……え」
「いや、あの色以外のカボチャは仕入れてないぞ」

――な、なんだってー!!

「がっくりしてどうしたんだ?」
「なんでもないっす……」

 とりあえず才人は手ごろな、蝋燭が一本なかに立てられそうなサイズのカボチャを持って厨房を去っていく。
 マルトーは怪訝な顔でそれを見送った。

 さて、色は気に入らないものの才人はカボチャを手に入れた。
 この間トリスタニアで手に入れた小さなナイフでざくざくカボチャを彫っていく。
 鼻と目は逆三角形、口はデコボコで歯を表現したお決まりの形。
 普通カボチャはかなり硬いので彫るのにも時間はかかるが、ガンダールヴのルーンがうまく作用して三十分もかからず仕上げることができた。

「完成ッ!」

 こげ茶色だが、どこからどう見てもジャック・オー・ランターンだ。

「うん、いい出来だ」

 軽くたたいてみれば少々頼りない音が響く。
 くりぬいた頭から蝋燭を入れて金属の取っ手をつければランタンとして使えるだろう。

「ルイズとタバサは準備できたかなー」

 るんるん気分で才人は火の塔の階段を駆け上る。
 ノックをして、返事を待たずにドアを開ければそこにはルイズとタバサが待ち構えていた。
 厳密には、マントで体を覆ったルイズとフライトアテンダント姿で読書にいそしむタバサが座っていた。

「あっれー、なんでマントで体隠してるんですかー?」
「うざっ」

 悪態なぞどこ吹く風といった様子で才人はカボチャ片手に彼女をじろじろ眺める。
 彼女の頭にはいつかのウサ耳、マントの下は言うまでもない。
 かく言う才人もだんだら羽織を身に着けて、気分はすっかり時代村だ。

「というわけで、レッツゴーハッピーハロウィーン!」
「れっつごー」
「……この犬うざい」

 意気消沈しているルイズをずるずる引っ張って才人とタバサは意気揚々と男子寮に向かった。





*****





――今日はいい日だった。

 魔法学院の表にシルフィードを待たせているタバサは、今にもスキップしそうなほど上機嫌だ。
 才人と共に過ごした一日は彼女にほわほわと幸福感をもたらしていた。

――カステルモールの意見も馬鹿にできないわ。

 それが自分の服装のためか、家臣のアドバイス通りの行動のためなのかはわからないが、今日の才人はいつもよりタバサにかまってくれた、と彼女は感じている。
 才人だけではない、特攻した男子寮でもレイナールはじめ水精霊騎士団の面々は女王即位前とさして変わらぬ対応をしてくれた。
 普通ならばかしこまった態度をとらねば不敬罪だと文句をつけるかもしれない。
 だがタバサにとってはむしろその気安い雰囲気が束の間の平穏を思い出させてくれて嬉しかった。
 久しぶりのキュルケとの会話も楽しかった。姉のような彼女を前にすると「やっぱり妹路線は間違いじゃない」と確信を抱かせてくれる。

 そんな楽しい一日を送ったタバサ、少し怖い夜道も全然へっちゃらだ。
 ふと、彼女は前方に灯りを見つけた。
 五メイルほどの距離、位置は人の腰くらい。
 宙に浮いているようにも見える。

――お、お化け!?

 思わずびくっと震えたが、よくよく観察すると違う。
 その灯りはカボチャをくりぬいた、才人が昼間作ったようなランタンだ。
 黒いマントを身に着けた人が持っているせいで浮いているように見えただけだった。
 タバサに背を向けて影のように佇んでいる。

――まぎらわしい。

 カボチャ提灯なんてものを作るのはサイトくらいだ、とタバサはその人物にアタリをつけた。
 きっと自分を驚かせようと待ち構えていたに違いない。
 ぷくっと頬をふくらませて駆け寄る。

 だが、違った。
 才人の彫ったランタンはこげ茶色のものだった。
 なのにこの人影が持っているのはカボチャ色。
 それに才人は三角のとんがり帽子なんて持っていない。


 人影がゆっくりと振り返る。
 その顔は、人間のものではなかった。
 タバサはふらっとよろめいて、意識を手放した。

 カボチャ男はそれを見てケタケタ笑っていた。



*****



「どしたのタバサ?」
「……」
「ちょっと、ナニひっついてるのよ」
「……」

 翌日、ルイズに毒を吐くこともせず才人にしがみつくタバサの姿が魔法学院で見られたとか。



[29423] 【オマケ】 後々日談 この世の果てまで
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2012/05/13 17:33
日々の唄の続きです。


「そこ、動き遅れてるぞ!」

「てめぇらあの訓練時の声はなんだったんだ!!」

「もっと爽やかに笑えやクソ野郎!」

「そんなんでファンがつくと思うなぁー!」

 翌日、激しい特訓は始まった。
 才人はデルフリンガーを地面にたたきつけながら声を張り上げる。彼の中では竹刀をびしばし鳴らしているのだが、真剣たるデルフリンガーにそんな快音を鳴らす機能はついていない。時にツッコミ、時に慰めてきた彼の相棒も激しい動きで物理的に口をはさめない。
 やがて一人の団員ががっくりと膝をついた。

「誰が休んでいいっつったオラァ!!」
「で、ですがヒラガ殿」
「俺のことは団長と呼べ!」
「あの、空中装甲騎士団の団長は俺なんですけど……」
「やかましいッ!」

 ぎろりと睨み殺せそうな視線を団長に向ける。歴戦の兵である団長も思わずたじろいてしまった。

――コイツは本気だ。

 目の底に燃える焔が違う、熱量が違う。例えるなら今の才人はスクウェアクラスの炎だ。

「お前らには天下をとってもらう」
「天下……?」
「そうだ、ちまちま退屈な歌劇を見るよりよっぽど刺激的なヤツだ」

 才人は遥か彼方を見つめている。彼の眼には武道館が、ブロードウェイが、オペラ座が、ありとあらゆる雑多な舞台が映っている。
 もっとも、彼はどれ一つ行ったことがないので妄想に過ぎない。
 それでも異様な熱意は団員たちに感染していく。性質の悪い伝染病と変わりなかった。

「団長、俺たちがんばるよ!」
「いや、団長は俺……」
「やかましいッ!」

 なんだかんだでノリノリな空中装甲騎士団改め大公国華劇団だった。

「さて、元団長」
「あ、いや、もうそれでいいよ……」

 筋骨隆々として、見るからに強そうな壮年のメイジだったが、今の才人にはかなわないと見たのだろう。
 大人しく呼びかけに答える。

「あんたにはコレを着てもらう」
「……これは?」
「とりあえず着替えてきてくれ」
「お、おう」

 訓練はひとけのないヴェストリの広場で行っている。授業中だろうがなんだろうがおかまいなしで声を張り上げる一団は、授業中の教師陣にとっていい迷惑だった。
 とかく、火の塔の影で元団長は手渡された服装に着替えた。
 彼を迎えた才人は、自分で衣装を渡したくせに不満そうだった。

「……違うな」
「何がだよ」
「いや、仕方ない。彼に勝てると思った俺が間違っていたのさ」

 そう言って遠く、青空の彼方に目をやる才人。
 元団長は、クリーム色のスーツに、同色のパナマ帽子を身に纏っていた。

「全体的に色気が足りないけど、まあいいや。とにかくこの振付を覚えてくれ」

 軽く手渡された紙には、かなり細かい指示が書かれている。
 しかし、具体的なものは少なく『シュパッと帽子を投げて』『色っぽく親指を立てながら』『エレガントに両手を上げて』『キュキュッとステップを踏んで』『クイクイッと腰を動かして』なんて擬音語や漠然としたものがばかり。
 元団長は才人に詳しく聞こうとして、諦めた。彼はすでに別の班員の前で熱心に演説していた。

「演出班は確かに裏方だ。それを否定することはできない。でもな、それだけじゃないんだ。たとえば一流の劇団がいたとして、そいつらがそこらへんの原っぱで劇をきっちり全うできるかと言ったらそうじゃないだろ?」

 とくとくと『演出の大事さ・初級編』について語っている。その話にうんうんと頷いている五人の青年。いずれも貴族だというのに元平民の言うことをきっちり聞いていた。
 プロフェッショナルの心意気とやらを説いているが、才人は勿論素人だ。テレビや漫画の受け売りでしかない。
 それでも、現代社会の情報はバカにできない。真実と虚構が入り混じって得も言われぬ謎空間ができあがっていた。

「とりあえず『スリープ・クラウド』を眠くならないように改良してくれ。『ライトニング・クラウド』の雷でない版でもいいから」

 すごく、その呪文の存在意義をまるっきりそぎ落としたような内容が聞こえる。
 それを耳に入らなかったことにして、元団長は紙に目を落とした。ちょっぴりやるせなさを感じながらも彼はやる気だった。



***



「ふわぁ……」

 眠気を振り払うためにもジェシカは大きく息を吸いながら伸びをした。
 時刻は昼過ぎ、いつもならそろそろ下ごしらえにかかるかなーと思いはじめるころだ。
 だというのに彼女がのんびりできているのは、今日が週半ばのラーグの曜日だからだ。
 この日はスカロンの方針で魅惑の妖精亭定休日となっている。

「明日のオススメは何にしようかねー」

 独り言をぼやきながら階段を降りる。
 秋も終わりが近づき、市場に並ぶ野菜が冬の訪れを教えてくれるころ、そろそろ新メニューを出さないといけない。
 暑い時期は好評だったビールの売り上げも最近はめっきり落ち込み、アルビオンもののウィスキーやグリューワインの注文が増えている。
 なら、当然それにあわせたよりお酒の進む料理を考えなければならない。
 加えて言うと、せっかくガルムがあるのだからそれを使った独創性あふれるツマミを提供したかった。

「次サイトが来たとき聴きますか」

 それを口実にしてひたすら押そうとジェシカは計画をたてる。
 最近はガリアが引き抜こうとしているという話を酔いどれルイズから聞いているし、ここらでもっと親密になりたいところ、むしろならないといけない、ならなければおかしい。
 オルニエールというところの領主になるかもしれない、とも聞いている。魅惑の妖精亭オルニエール出張店を出すのもいいかも、なんて考えてみたり。
 想像の中でテンションがあがって、やっぱり寝起きだからアクビをしながら事務室のドアを開けた。

「おはよー」
「おは……」

 そこまで言ってジェシカは固まった。

「あらおはよう。今日はもう少し寝てると思ってたのに」
「昨日遅かったんですか?」
「オールド・オスマンとデムリ卿とモット伯が来てらしたのよ。奥で遅くまで何か議論してたわよ」

 へぇーと気のない返事をしながら、顔が呆れている少年。紛れもなくついさっきまで考えていたジェシカの思い人、平賀才人だ。
 思わず、口をぱくぱくしながらわなわなと震えながら指さす。

「こら、人に指さしちゃいけませんっておじいちゃんも言ってたでしょ」

 スカロンのたしなめに我を取り戻し、バタンと扉を閉じる。

――なんでいるのよ!

 才人は、虚無の曜日にはよく来るけれど平日に来ることは滅多にない。
 最近色々と忙しいのか、週一ペースが乱れて二週間に一回くらいになっていた。
 だから、来てほしいとは思っていた。思っていたけれど、この上なく間が悪い。

――化粧してないのに、って寝癖もなおしてない!? しかもパジャマ!

 わひゃーと小さく奇声をあげながら階段を猛烈な勢いで駆け上がる。
 当然その音は階下の事務室にも響いている。

「元気ですね、ジェシカ」
「近頃サイトくんが来ないからそうでもなかったけどね。それで、演劇だったかしら?」

 迂闊な愛娘をフォローしつつ、スカロンは先を促した。
 本日才人が魅惑の妖精亭に、それも早い時間帯に訪れたのは他でもない、劇場のことを聴くためだった。

「はい、劇場みたいなところで劇をやるにはどこに言えばいいんですか?」
「そうね、大体は劇場所有者に言えばいいんだけど……どこでやるつもりかしら」
「タニアリージュです」

 才人はスパっと言い切った。
 簡単に言ってのけたが、タニアリージュ・ロワイヤル座はトリスタニアにある劇場の中でも最も歴史があり、なおかつ大きい。はじめて見たときはどこかの神殿じゃないか、と才人も思ってしまったほどだ。所有者もそれにふさわしく、トリステイン王家となっており、それを大商人に貸す形で経営しているらしい。
 本来ならば、軽く公演の申請を通すところではない。だが、今スカロンの前にいるのはトリスタニアで最も知名度の高いシュヴァリエ、平賀才人だ。
 案外なんとかなるんじゃないかな、と考えながらスカロンはどこに行けばいいかを教えた。

「んー、じゃあ姫さまの方が気楽でいっか」

 一般市民からすればトンデモないことをさらっと呟く。
 これだから才人はどこまで手柄を立てても貴族らしくなく、またハルケギニアの平民らしくもなかった。

「演劇やるんだったら貸衣装もいるわよね。お店は知ってるかしら?」
「大丈夫です。シエスタがなんかやってくれたみたいで。一晩で十五人分繕ってくれました」
「そ、そう……」

 トレビアン、とは言えなかった。むしろ「あの子大丈夫かしら」と心配の方が先に立つ。
 ミシンも何もないハルケギニア、二十人分もの衣装を繕うのはとてつもない大仕事だ。一人で、それも一晩で出来る量ではない。それこそ狂気じみた執念が必要に違いなかった。
 何がシエスタをそこまで駆り立てたのか、答えは誰も知らない。

「あ、でも吹奏楽っていうか、音楽やる人は借りたいです」
「楽団? そうね……知り合いがいるから声をかけておくわ。ところで、どんな劇をやるのかしら?」
「劇と言っていいのか……」

 優柔不断なところは多分にあるものの、基本的には直情タイプの少年にしては珍しく歯切れが悪い。
 いや、と呟いてから、今度ははっきり口にした。

「言うなれば、ショータイムです」
「ショータイム?」

 スカロンからすれば余計にワケがわからなかった。

「退屈な演劇なんかよりよっぽどエンジョイ&エキサイティングな、既存の概念を粉砕して新たなエンターテイメントをこのハルケギニアに打ち立てる。そう、俺が異世界にやってきたのはそのためだったんだ!」
「……トレビアン」

 喋ってるうちにテンションがもりもりあがってきた才人は「喜劇王に俺はなる!」と叫んでいる。
 まったく理解できないけれど、スカロンは相槌を打ってあげた。

「おっはよーサイト!!」

 そこに街娘フルアーマー装備に身を包んだジェシカがずどばーんと景気よくドアを開ける。
 それでも熱弁している才人と、どうしようかしらとぼーっと彼を見つめるスカロンに、彼女は小首をかしげた。



***



「というわけで姫さま、認可をお願いします」
「え、ええ……」

 空が茜色に染まる時間、トリスタニアは宮殿の一室。警備を密にせねばならず、普段なら数人が控えている部屋に人影は少ない。
 この場にいたのはたった三人。異邦人こと才人、トリステイン女王アンリエッタ、銃士隊副隊長ミシェルである。
 アンリエッタは女王だから自身の執務室にいることは当たり前で、外回り中のアニエスに代わって秘書兼警護役のミシェルが傍に控えているのも当然。この場で異質なのは才人だけだ。
 その才人は、非常に珍しくキリリとマジメな表情をしていた。
 取り次いだミシェルが一瞬「誰だお前!」と誰何の声をあげそうになったほど。
 困惑する彼女に持っていた書類の束を押し付けて、才人はアンリエッタにあいさつした。
 あらサイト殿が来るなんて珍しい、と浮かれていたアンリエッタは頬が引きつるのを隠せなかった。

――な、何があったのかしら。

 ミシェルから受け取ってぱらぱらとめくれば何かの計画書のよう。

「あら?」

 中身は想像していたよりもはるかに練り込まれた内容だった。
 一般的に、演劇の申請書はこんなに分厚くない。紙一枚で済む、大体こんな劇をやりますという軽い内容だけだ。公演前と公演中に数回、高等法院が審査して内容がマズければ公演中止か、手直しさせる。
 なのにこれだけしっかりしたものを持ってきたのは、知らなかったからかそれだけ本気なのか。どうにもわからない。

「タニアリージュでこれを?」
「はい、今やってるヤツなんかよりよっぽどウケます。絶対話題になります」

 気まずそうに顔をそらしたミシェルに、二人は気づかなかった。

「そう……」

 これを歌劇と呼んでいいのか、アンリエッタには判断がつかない。少なくとも彼女が見たことのない類の劇だ。
 だが、なかなかどうしてヒットした際の波及効果からヒットしないと推定される理由まで様々な点に言及されている。
 修飾を多用した文章もあれば、素っ気ないというか率直な書き方もある。
 要約すると「金儲けになるからやれ! お願いします!!」という内容だった。

「ルイズね、ここは。ツェルプストー嬢と、こちらは魔法学院の教員の方かしら」
「あ、やっぱバレちゃいました?」

 才人一人でこんな凝った企画書なんて書けるはずもない。彼はハルケギニアの文字を読むだけでいっぱいいっぱい、書くのはまだしんどいくらいだ。
 周りの人間に頭を下げて寄せ書きみたいな形式でアイディアを詰め込んだのだ。

「でも珍しいわね、サイト殿がこんなことに携わるなんて」

 アンリエッタは何気なく話題を振っただけだが、才人はずどんと重石を背負ったかのように膝をついた。
 どんよりと表情は暗くぶつぶつと何やら呟きだして部屋の空気は一気に悪化した。
 ふふふふふ、と一時のアンリエッタよりも不気味な表情だ。

「色々、そう、人生いろいろあるんですよ」
「そ、そうね……色々あるわね」

 アンリエッタは以前自分が認可した劇のことなんか綺麗さっぱり忘れていた。
 ミシェルはミシェルで冷や汗をかきながら夕暮れ色に染まる雲を眺めている。その眼は遠く、在りし日の自分を消し去りたいとでも願っていそうだ。
 どうしたのかしらね、と内心疑問に思いながら、とりあえず今はポン、と才人の書類に王印を押す。

「これでいいでしょう。ですがタニアリージュがいつ空くかまではわたくしも把握していませんよ?」
「大丈夫です、すでに根回しはすんでますから」

 ニヤリと暗い笑みをこぼす。
 大丈夫かしら、なんて思いながら女王は若き英雄を見送った。
 悪いことをしたかもしれない、とミシェルも内心後悔しながら後ろ姿に手を振った。
 アンリエッタは気づかない。
 巧妙に薄くのりづけされていた書類があることを。そこには、ハルケギニアで今まで想像すらされなかった舞台が記されていたことを。



***



 才人がプロデュースした演劇は公開前から広く知れ渡っていた。
 というのはトリスタニアすべての酒場をはじめ、色んな所に広告をおかせてもらったから、そしてときには才人自ら街頭に立ってビラを配ったからだ。
 ハルケギニアは六千年の歴史があるとはいえ、紙はそこまで安価なものではない。ビラ配りなんてこれまでにやった劇団はいないし、舞台の宣伝なんて酒場でやるものではない。
 才人はまるで政治家になったかのように自身の舞台を売り込みまくっていた。その姿はまさしく扇動者であった。
 そのがむしゃらさがまた酒飲み話にあがってトリスタニア夏祭りのときのように、街は才人一色に染まりつつあった。

「戦いは金だよ兄貴!」
「ホント、よくやりますわね……」

 この作戦を遂行するために才人は大金をつっこんでいた。
 浴衣などを扱っていた商人からのアイディア料は、ベアトリスに借金を返してなお余るほどだったのだ。
 しかし、それもすべて使い果たした。本気も本気だ。

「でもさ、結果として空中装甲騎士団もそっちに熱中して良い感じになったじゃん」
「ま、まあそれに関しては感謝していますわ」

 左手に座るベアトリスも口では文句を言いながら、その実少しは才人に感謝している。
 なんたってあのうっとうしいくらいにかまってきた空中装甲騎士団は劇の稽古にかかりっきりになっていて、学院の取り巻きからもその熱心さが前の粗暴な態度より断然いいと評判になっているのだ。
 自分のために全力を尽くしてくれた先輩がちょっぴり眩しくて、誤解だときっちりティファニアからは聞いていても胸がほんの少し高鳴った。

「今日という日を楽しみにしていましたわ、サイト殿」
「ふっ、姫さまも大満足すること請け合いですよ今日のショーは」

 ふぁさっと才人は自信満々に髪をかきあげた。
 右手に座るアンリエッタはにこにこと楽しそうに笑っている。
 ここはタニアリージュ・ロワイヤル座。才人がこの日のために借りたトリスタニア一番の劇場だ。
 公演初日、席はいっぱいになっていて、立ち見の客も出るくらい盛況だった。才人たちのいる二階観覧席に、歴史ある劇場というよりもアイドルのコンサートじみた熱気が伝わってくる。

 アンリエッタとベアトリスの劇に関する質問を才人がはぐらかしていると、一度劇場のマジックランプがすべて落ちて真っ暗になった。観客席をどよめきが寄せては返す。そして徐々に光が取り戻されて、観客は劇のはじまりを悟る。

『610X年、ハルケギニアは虚無の炎につつまれた!』

 ピキッと劇場の空気が凍った。

『海は枯れ、地は裂け、あらゆる生命体が絶滅したかにみえた。だが、人類は死滅していなかった!』

 ギギギとアンリエッタ、ベアトリスの両名が横を見る。下手しなくとも異端審問レベルの内容だ。
 才人はこれ以上ないほど「ドヤ!」という顔をしていた。

―――ジャジャジャーン!!―――

 ヴィオラやピアノを使っているのにやたらメタリックな音が響く。
 それはどことなく世紀末を彷彿させる調べで、ハルケギニアでは聞いたことのない曲調でもあった。
 その音楽にあわせて二人の男がバク転決めながら舞台の裾から飛び出してきた。頭はいわゆるモヒカンで、やたらととげとげしい服装をしている。

『YouはExplosion!』

 今までにない音楽は、衝撃をもってタニアリージュ・ロワイヤルに響き渡る。
 アルビオンが愛で落ちてくるだの始祖も二人の安らぎを壊すことができないだの、ある種冒涜的な歌詞はなぜか聴衆の胸を熱く打った。

 一曲歌い終われば、二人は側転かましながら舞台から消えて行った。
 代わりに現れたのは、汚い麻袋をかかえた貧相ななりの老人っぽい男。

『はぁ……はぁ……』

 ただの呼吸音が劇場にこだまする。しばらくふらつきながら歩き、ついにその老人は倒れてしまった。
 そこにやってきたのはさっきまで歌っていたモヒカンの二人、『発火』で火のついた杖を振り回しながら走ってきた。

『ヒャッハー!!』
『汚物は消毒だァーッ!』

 老人は二人を見てガクガクと震えてしまう。

『お、お許しください……この種もみがなければ村は……』
『んなこと俺たちが知ったこっちゃねえ!』
『消毒されてぇのか? ァア!?』

 今時チクトンネ街の裏通りにすらいないチンピラの凄み方だった。
 字面だけ判断するとむしろ親切なようにすら思える。だが、この二人はモヒカンで、邪悪な表情を浮かべていた。

「ちょ、あの、先輩……」
「しっ、ここからがいいところなんだ」 
『待て、貴様ら!』

 舞台の袖から現れたのはスーツを纏った男性で、髪が黒く染められている。
 指向性を持たせたスポットライト代わりの『ライト』が華々しく壇上を踊り、かろやかにステップを刻む。

「あの……サイト殿?」
「やっぱりジュリーほどの色気は出ないか」

 歌いながら、踊りながら、スーツ姿の団長はシュパッとパナマ帽を観客席に投げ、ズビシッと指さす。その後腕を天にかかげ、ゆらゆらとよくわからない動きをしている。ちょっと離れたところで老人とモヒカン二人が待機しているのがこれ以上なくシュールだ。
 才人はアンリエッタの言葉なんて聞いちゃいない。評論家っぽくぶつぶつ呟くばかりだった。
 間奏に入ったとき、頭上からスモークが下りてくる。『スリープ・クラウド』から眠気を取り除いた、なんとも実用性に欠けた新魔法だ。それはもくもくと、踊っている隊長の顔だけを覆い隠してしまう。

「役者の顔、見えないですけど……」
「ジュリーはあれでこそなんだ。完璧なプロ根性だ」

 煙で顔が見えなくとも隊長はきっちり踊り、歌っている。プロ根性と言うよりも放送事故だった。
 歌が終わったときには観客席からまばらな拍手が聞こえはじめ、うねるように他の人々を巻き込み、盛大な拍手となって隊長に送られる。隊長もすごく良い笑顔で観客席に手を振った。

『汚物は消毒だァーッ!』

 炎が爆ぜる。拍手が一瞬で止まる。スーツは火炎に包まれ、隊長は舞台袖に吹っ飛び引っ込んでいく。
 現れたのはヒーローかと思いきや、やられ役その一でしかなかった。もう観客はあぜんと口を開くしかない。

 結局老人は殴られ種もみを奪われ、モヒカンたちは去って行った。もうどんな展開になってもおかしくない、色んな意味で舞台から目が離せない。
 うつぶせに倒れていた老人はよろよろと立ち上がろうとして、力なく崩れ落ちた。
 スポットライトは彼にのみ当てられ、世界は真っ暗になった。

『明日は、未来はどうすれば……』

 力なく呟く。そこに明朗な声が響き渡った。

『YATTA! 人生どん詰まりだ! でもその袋小路も、きみなら乗り越えていける』

 パッと灯るライト。その下にいたのは股間に葉っぱを一枚だけつけた男。
 客席が色んな意味で騒がしくなる。

『YATTA! もう失われた種もみのことは気にせず、前を向いて歩いていくしかないんじゃないか』

 ライトの範囲が広がる。二人目の男が浮かび上がる。やっぱりそいつも葉っぱ一枚だけだった。
 どよめきがさらに大きくなる。

『YATTA! もういっそ服も全部捨てて、新たな一歩を踏み出すしかない!』

 舞台上が光に溢れる。葉っぱ一枚の男は五人もいた。なにが嬉しいのか「YATTA! YATTA!」とはしゃいでいる。
 老人は最初愕然としていて、やがて立ち上がり、ついにはまとっていたボロきれを脱ぎ去った。
 服の下には、やっぱり葉っぱが一枚だけあった。

 そしてはじまる熱狂的なダンスと合唱。
 それはとてつもなくバカバカしくて、どうしようもないくらいにポジティブで、アルビオンやガリアとの戦争で疲弊していた民衆の心に強く響いた、葉っぱ一枚だったけれど。
 単純なフレーズの繰り返しは希望に満ち満ちて、劇場は手拍子と「YATTA!」の合唱に包まれた。
 この場はカオスを体現している。そうとしか表現できない熱狂が人々に伝染していた。

 才人は満足げな顔でその一体感を味わっていた。大成功だという確信がここで得られ、もうここで死んでもいいと思えるくらい満足していた。
 そしてアンリエッタとベアトリスはと言うと――。

「ふぅ……」

 刺激的過ぎてぶっ倒れた。



***



 才人の舞台は興行的には大失敗だった。なんせ内容が内容だ。ロマリアから目をつけられれば一発アウトで、二日目以降の公演はトリステイン政府から中止が申し渡され、才人はマザリーニ枢機卿から直々にお説教を受けた。

 それこそが才人の真の狙いであったとも気づかずに……。

「ふっ、他愛もない」

 心にかすかな熱気を帯びたまま、観客はそれぞれの日常に帰っていく。口々にあの日のことがのぼり、情報は街中をかけめぐる。一日だけの舞台、真夏の夜の夢のごとき幻想的な響きのくせ、インパクトは戦争以上。他の噂はあっという間に駆逐される。
 その中には例の『走れエロス』の話題も勿論含まれていた。

 こうしてトリスタニアを歩いていてもあんな噂は一つも聞こえてこない。
 人ごみでごった返す人ごみの中もストレスなく歩けてしまう。もう重力になんてとらわれていない、心はどこまでも空高く飛んで行けそうなくらい軽い。

――お金は痛かったけど、これは聖戦だ。

 うん、教皇も言ってたしと才人は自分を納得させる。
 当然バラまいた分のお金を回収することはできなかった。トータルで見れば大損で、これからは当分質素な生活を送らないといけないくらい。
 それでも才人は満足していた。
 心の平穏は大金を積んでも買えないことがある。金は命より重いなんていうけれど、命がないと金は使えないのだ。

 ふと、道端の女性がこちらを凝視しているのに気づく。振り向くと彼女らは黄色い悲鳴をあげて去って行った。

――なんかついてたのかな。

 全身あらためてみても変なところはない。魅惑の妖精亭でチェックしてもらうかと足を向ける。
 時刻は黄昏どき、仕事帰りの男が集いはじめるころだった。

 ウェスタン・ドアをくぐると視線がざっと集中する。それはすぐに、イケナイものを見たかのようにちっていった。
 これはいよいよおかしいと不信感をおぼえながら、厨房の方に向かう。ジェシカはヤキトリの番をしていた。

「あら、噂の人物じゃない」
「あんだけやったんだからなってもらわないと困る」

 からかうようにジェシカは言う。いつもと違うのは笑顔の質。なんだかいじめっ子みたいに今日の彼女はくすくす笑っている。
 ジェシカたちにも招待券を贈っていて、魅惑の妖精亭一同ばっちり観劇したようだった。
 余談だがルイズと水精霊騎士隊は練習風景だけでお腹いっぱいになったので誰一人身に来なかった。

「よくあんな劇やったわね」
「日本が、ある意味世界に誇るショーさ」

 まさにある意味、だった。カッコつけて爽やかに言う才人を前にしてもジェシカはにやにや笑いをやめない。

「すごい噂になってるわよ、シュヴァリエ・ド・ヒラガはやっぱりアッチ系だったって」

 手の甲を頬にあててソッチ系の人だとジェシカは示す。才人はあいた口がふさがらなかった。

「……え?」
「あんな内容なんだから当然じゃない」

 役者に男しかいない上、格好が格好だった。
 空中装甲騎士団だけで役者を充てたから女性なんているはずもない。ヒロインもへったくれもない男っ気百パーセントな劇なんて今までになかった。
 そして葉っぱ一枚だけの男たち。状況証拠はそろいすぎていて、もう誰も彼も才人がそっちの性癖を持ち合わせていると勘違いしていた。

 ジェシカは懇切丁寧にそのことを説明してやる。終わったあとに残されたのは、呆然とする才人。

「じぇしか……」
「なによ」
「おれ、死ぬ」
「ちょ!?」

 いつかシルフィードの上でやったように、才人はデルフリンガーを振り回してジェシカは抱き着いて止める。
 才人はどこまでも本気で、ジェシカは少し楽しそうにデルフリンガーを取り上げる。
 策士策に溺れるどころか、策がはじめっから破綻しているのに気づけなかった男の末路は哀れであった。

 そして空中装甲騎士団とは言うと――。

「お嬢さまー!」
「もー! とっととクルデンホルフに帰ってよぉ!!」
「次の公演はガリアですぞっ!」
「もういやぁーっ!」

 虚無関連など脚本を練り直した劇を各国で巡業し、騎士団には必要のない部分で高い評価を受けることになった。
 その劇には今日も彼らの雇用主たる金髪の少女の姿が引きずり回されている。


おしまい



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