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[29419] 【めだかボックス】球磨川禊の「弟」である日常
Name: oden◆0fc721ee ID:da81a690
Date: 2012/07/11 20:01
 前書き。
 本作は【めだかボックス】の二次創作です。
 主人公は、原作で球磨川禊が初登場時、チョロっとついた嘘キャラ「球磨川雪(そそぎ)」に転生します。
 
 ・オリキャラが出たりする。
 ・キャラ崩壊
 ・原作のストーリーと矛盾が生じるかも。
 ・更新速度不定
 などの注意点がありますがご了承ください。

 感想等があればしてくれると嬉しいです。
 それでは。

 追記①
 お久しぶりです。作者のodenです。5か月の時を経て復活致しました。
 突然放置してすいません。これからはまたぼちぼち更新していきますので、温かい目で見てやってください。


 
 (2011,8,23)開始
 (2012,7,11)追記①



[29419] 第1話 貴方は"球磨川雪"として生きる事になりました
Name: oden◆0fc721ee ID:da81a690
Date: 2011/08/23 12:19
 
「突然だけど、君 死んだから」


 だだっ広い真っ白な空間で、これまた白いマントを羽織った男は言った。
 白の空間には目立つ、紺の学生服を着た少年に向かって。

「は?」
 
 少年は困惑に満ちた顔で声を上げた。そして混乱気味に続けた。

「いやっココどこだよ!てかアンタ誰!?……確か俺は学校の帰りの交差点

「結構。」

 男は、少年の眼前に手の平を突き出した。
 驚きで少年の目が広がる。

「君の人生(プロフィール)は知っている。名前も初恋も出来事も……"死因"もね」

「…何言ってんだ、アンタ?」

「まぁ聞きなさい少年。ちゃんと私は初めに言っただろう?『君は死んだ』と」

 笑みを浮かべる男の声は、顔色に反して低く、少年に緊張を覚えさせた。
 そして男は淡々と、書類を読み上げるに言った。


「今日の午後4時22分 君は交差点でトラックに撥ねられ、すぐさま病院に運ばれるが1時間後死亡―――ということになっている」


「?? 馬鹿言ってんじゃねぇよ。まず俺はここで生きて―――」

 少年は言いかけたところで止まった。そして思い返す。
 自分は4時に学校を出て、確か交差点が視界に入ったのは4時頃――で、その後何をした?
 思い出せない。

「君は死んだ、だがそれは君のせいではない。トラックの運転手でも、まして信号機でもない…、私のせいだ」

 と、男は胸に手を当て、痛々しい声で言うが、少年にはどこか演技じみて見えた。
 だが、そんな所に文句を言ってる場合ではなく

「私のせい? 俺はアンタとは初対面だぜ?」

「………私は、『神』だ」

「はぁ!? ちゃんと答「君の反応は必要としていない。手短に説明する」

 それから20分程。
 言葉に反し、男は長々と少年に説明した。時々主旨を逸した話もあったが、少年は混乱した脳で全て聞き、半信半疑に理解した。
 そして少年自身に関係ある部分だけを抜き取り、まとめた。

「つまりアンタは運命を管理する神様。だが手違いでまだまだ生きるはずだった俺を殺してしまった。
 そしてこれは完全な神(じぶん)の責任なので、他の神に知られたくない、なので本来死者はあの世直行の所で俺をここに置いたと」

「うむ。解かったか?」

「解かる訳ねぇだろ」

 少年は即答する。が、完全に信じていない訳ではない。自分の身に"何か"があったのは事実のようだし、この謎空間が異常を物語っているからだ。
 その為、神の発した次の言葉にもすぐに反応した。

「――で、君の処遇なのだが、この世には戻さない事にした」
「はぁ!?」

「当然さ、君は私のせいで死んだんだ。生き返らせて"足"が着いたら私がお咎めを食らってしまうからね」

「…」

 神は余裕綽綽だ。少なくとも焦って保身に走る人間の顔ではない。何か策があるのか。
 結論からいえば、あった。少年には予想なんてつかない、馬鹿な策が。

「生まれ"代える"。人のまま戻しても他生物に転生させてもバレてしまうなら、この世以外の者に代えればいい」

「…?」

 少年にはその言葉を理解しかねたが、とりあえず自分が危険だと把握し、訴えた。

「結局俺をどうする気だ!?」

「例えば、君を二次人物にするとかね」神はへらへら笑い,
「君の魂を"本の世界"へ転生させる。そうすると君の名前も魂も体も、精神以外全部その本の人物と成る」

 少年は絶句した。この神は自分の為に、少年を別次元世界にぶち込もうと言うのだ。

「ふざけんな!! 仮にも神なら潔く自首しろ!それに俺を巻き込むな!!家族だっているんだ!」

 そう。彼にだって家族や友人がいるし、将来やりたい夢もある。
 しかし神はそしらぬ顔で、

「ある本で『タイムマシンで事前にヒトラーを殺しても大戦は勃発するし虐殺も起こる。何故なら彼が死んでも"歴史の力"が別の人間に虐殺(それ)を行わせるからだ』って感じの文章があったんだがね」

「あ?」

「要するにこの世には歴史の柱というものがあり、例えタイムパラドックスで偉人が死んでも、結果として誰かが偉人の代わりをするというものらしい。だから君がこの世から消え去っても君の夢は誰かが叶えるし、他も誰かが滞りなく済ますから大丈夫だ!」

「! 大丈夫な訳「さて長ったらしい話は終わりだ」

 怒りに震える少年を宥めもせず、神は言う。
 少年は神をぶん殴ってやろうと思ったが、神はそれより速く数冊の本を少年に見せた。
 それは漫画。実は少年が結構楽しみしていて単行本も所持している漫画だった。


「『めだかボックス』???」


 そうだ! 神は満足げに応え、

「始めは神話にでも飛ばしてやろうと思ったのだが、君の魂を見るとこの漫画が好きだとあってな。ちょうどいいからこの漫画に飛ばしてやろう」

「はあ? いや、ちょっと待て。勝手に進めるな」

「しかし悲しきかなキャラブックがないからな、まぁ適当に開いたとこで良いか」

「おい待て!話を―――」

 神は話を聞かず、ある一冊のページを開いた。するとそこから光が伸び、少年の意識を奪っていく……だけでなく肉体も消えていく。
 少年は神を掴もうとしたが、手が触れる頃には消滅していた。









「起きてください」



 脳に声が響く。少年は眼を覚ます。朝早くに叩き起こされた気分だ、妙に体がだるい。
 しかし少年は先の神を思い出し、起き上る。

「ここはッ!?」
「病院です」

 そこに居たのは、恐らくさっきも自分に声をかけたらしき少年…にも満たない子供、4~5歳位の。入院用の服を着て、大きなキャップ帽を目深に被っている。その為表情は判別し難いが、どことなく軽薄な印象を受けた。

「大変でしたね。同情はしますが、仕方ないと割り切ってくださいや」
「?…お前、誰」

『だよ』と言いかけて異変に気づく。舌がうまく回らない。頬を触ってみると、妙に柔らかい感触。手の平見ると不思議と小さく感じる。
 不意に、横に置かれれている鏡に目をやると、そこには小さな黒髪の子供がいた。

「…こいつ…俺か?」
「そうです。んでオレの名前は鬼原(おにはら)。神によって貴方の"解説役"として創られました」

 鬼原は唇端を尖らせ言う。そして鏡を介して少年を見、続けた。

「あなた二次創作には疎いようなのでね、テンプレとか知らんでしょ? だからオレがこの世界での貴方の解説案内キャラとして創られたんでさ」

「……」

 少年は黙りこむ。いきなり死んだと言われたり不思議な世界に飛ばされたりと意味が解からないが、とりあえず気になる事は

「何で俺は病院にいて、俺はいったい何なんだよ?」

「はい答えましょう、ここは異常(アブノーマル)を専門とする心療病院。我々の年齢はカルテ上で5歳。そして――」

 と、鬼原は焦らすように言葉を伸ばした。
 その溜めの間、少年の背後からウィーン と音が鳴った。自動ドアが開いたようだ。
 誰かが入って来た、少年は振り向かずとも解かった。何故ならその侵入者の顔を見て、鬼原が嬉しそうに笑っているからだ。
 鬼原の知り合いか? と少年は思ったが、侵入者が声を投げたのは、当の少年本人に対してであった。

「『遅くなってゴメンよ』『行こう』」

 それは本心を隠している"虚構"のような言葉。
 その喋り方を、少年は聴いた事は無かったが見た事はあった。
 少年は呆然と振り返り、侵入者を見た。
 自分より少し背丈の高い、白髪の少年。その顔には感情の起伏は感じられないが、どこか全てを小馬鹿にしているような、そんな形容しがたい表情をしていた。 脇に抱えるボロボロの縫い包みが、彼の雰囲気に異様さを付加している。

 間違いない。と少年は直感し確信し、驚愕した。
 彼は、"球磨川禊(くまがわみそぎ)"であった。過負荷(マイナス)の首領。原作時よりもかなり幼く髪の色も違うが、それはどうみても"球磨川禊"だった。

(…何で球磨川(こいつ)がここに?幼い?時事列が昔だから?俺に何の用だ?)

「『さぁ帰ろう』『といっても病室だけど』」

 笑いながら球磨川禊は、少年の手を取る。禊は驚きで体が強張る少年に、急かすように、諭すように言った。

「『早く行かないと瞳先生が怒るよ』『立って"雪(そそぎ)"』」

 雪(そそぎ)。 と禊は少年の"新たな名前"を呼んだ。
 そして同時に、全く状況が理解できない少年――"球磨川雪(くまがわそそぎ)"に、鬼原が耳打ちした。


「この世界で貴方は"球磨川雪(くまがわそそぎ)"として生きる事になりました。球磨川禊の"弟"です、頑張ってください。
 ――ま、オレも貴方と同じ病室なんで、後でゆっくり話しましょうや」


 少年"球磨川雪"には、その声が物語のオープニングのように聴こえたのだった。






[29419] 第2話 『原作の改変』により生じた出来事である
Name: oden◆0fc721ee ID:da81a690
Date: 2011/08/23 12:30
 
 廊下を二人の子供が手を繋いで歩いている。
 転生少年――球磨川雪(くまがわそそぎ)は、後ろから兄――球磨川禊を見つめる。
 急いでいるのか、禊は雪の手をギュッ握っている。悪役の球磨川禊しか知らない雪にとって、その手は普通恐怖ならずとも不安を呼び起こす物だったが、不思議とそんな気分にはならなかった。

「『雪』」

 唐突に禊が言葉を発した。前を向いているので表情は伺い知れない。

「…何?」

「『さっきの帽子の子は友達かい?』」

 禊は静かに、言葉と本心の間に括弧(かべ)を付けた口調で尋ねた。
 友達。と言われても鬼原とは初対面、友達かと問われれば否だが、とりあえず肯定することにした。

「…そうだよ」

「『……そう、よかったね』」

 どことなく、残念そうな声で禊は言った。禊はその後また何か言おうとする素振りを見せたが、結局言わなかった。
 そして、禊が「『さぁ急ごうか』」と声をかけた瞬間。

「どこへ行くっていうの禊君?」

 雪の後方で声が響いた。
 二人が降り返ると、小学生ほどの体躯なのに白衣を羽織った少女が仁王立ちしていた。少女は全身から幼さが迸っているのに、表情は大人びている。
 そして白衣の名札には"人吉瞳"と書かれていた。

(この人…)

「『何だ瞳先生か』『脅かさないでよ』」

 禊は平淡に言いながら人吉瞳を見た。そして雪を手で後方へ寄らせ、「『何の用?』」と尋ねた。

「まだ診察は終わってないわよ。 今回の事は多めに見てあげるから来なさい」

「『やだなぁ』『まるで僕が変な事したみたいじゃないですか』『弟が見てるんだから勘弁してくださいよ』」

 そう言いつつも禊は、雪の事などチラとも見ない。しかしそれは興味がないというより、雪に表情を悟られない為のようにも感じられた。

「……もう良いわ、あなたとはまた今度にしましょ」瞳は溜息をついて、「じゃあ雪くん、いらっしゃい」

「?」

「次はあなたの診察よ、さ おいで」

 瞳は小さな手招きで雪を呼ぶ。雪は流されるまま瞳へ歩み寄ろうとしたが、禊に止められた。

「『この子は普通(ノーマル)だよ』『連れて行かないで』」

 文体は懇願しているように見えるが、その声色は淡白。瞳は飽き飽きだという顔で言った。

「普通(ノーマル)? 言いたくはないけど、あなたが隣に居るのに普通だなんて考えられないけど?」

 瞳の言葉は彼女の医師精神に反するものであったが仕方がないと言えよう。何故なら彼の過負荷である"却本作り(ブックメーカー)"は、相手を普通でも特別(スペシャル)でも異常(アブノーマル)でも関係なく過負荷(マイナス)に変えてしまうのだから。
 しかし禊は言った。

「『大丈夫、保証するよ』『それに雪を診察するなら少し待ってくれよ』」禊は横目で雪を見て「『これから雪の好きなアニメが始まるんだ』『ね 雪?』」

「えっ……っと」

 そうは言われても、当の雪の"中身"は別人。雪はここは肯定した方が良いかと考えたが、どうしても言葉に詰まってしまった。

「す 好きだよ…アレ…」
「『…』『番組の名前は?』」
「えっ…」

 つい十分前まで一般人であった雪にお気に入りのアニメが解かるハズもなく、雪の目があからさまに泳ぐ。
 その様を見て、禊は寂しげに笑った。戒めるような、そんな自虐的な笑み。

「『そっか…』『"また"…』」

「…?」

「『行っておいで、大丈夫。すぐ終わると思うから』」

 やや早口でそう言って、禊は雪に促した。そして自身のいる病室番号を教えた。
 ここでも雪は禊へ違和感を覚えたが、「行きましょ」と瞳に急かされ、彼女の後をついて行った。

 そして、禊は――――




 ☆



 瞳がドアを開いた瞬間、雪の背筋が凍った。
 異常(アブノーマル)専門精神科医師である人吉瞳の個室――つまり診察室はぐちゃぐちゃに荒らされていた。
 床や壁に机、証明や機材に衣服まで、部屋の全てが巨大な"螺子"で貫かれていたのだ。

「…な」

「これに座って、まともな椅子コレしかないのよ」

 瞳は回転椅子を雪に渡し座らせる。彼女も机の上に腰掛け、苦笑する。

「これはやっぱり…」

「困った者よ。あの子の思考には全く共感も賛同もできないけど、気持ちは痛い程伝わるし」

「……」

「あ ゴメンね、お兄さんなのに」

 いえ…、と雪は応える。『お兄さん』と言われても、自分は全くの別人だし、正直禊が怖い。
 自分の知る球磨川禊とは、吐き気を催す程に退廃的で、底が知れない悪魔で、壊れ切った"人格者"。もし夢に彼が出てきたら、一秒で逃げの構えをとれる自信が雪にはある。
 そんな風に考えると、これから自分は禊の弟としてちゃんと生きていけるか不安になってくる。

「どうしたの雪くん? 考え事?」

 瞳に言われ、雪はハッと顔を上げた。瞳は可笑しそうに笑う。

「その歳で悩み事何て大変ね。禊君の事?」

「えぇ…まあ…」

 多分彼女の言う『禊についての悩み』とは方向性が違うが、一応雪は肯定する。

「あの子、色んな物に喧嘩売ってるでしょ」

「喧嘩?」

「そう」瞳は哀れむ様に、「幸福(プラス)である全てを倒す為に躍起になってる。倒す必要どころか戦う必要すらないのに……」

 幸福(プラス)。それは平和な人で幸せな人で優遇者(エリート)で、原作での高校3年の彼も滅すべき者と考えていた存在。
 だからこそ雪は怖い、雪は普通だ。普通で普通な普通の少年なのだ。つまりは禊の標的。あの男の破壊目標。"兄弟"という設定(キャラ)などいとも容易く蹴散らされる。

「また浮かない顔して…どうしたの? 良かったら相談してみて、あたし精神科だから」

「いえ…大丈夫です」

「…そう」

 残念そうな顔で瞳は肩を竦めた。
 そして懐から書類の束を取り出す。書類の一枚に雪の写真が貼られている。

「球磨川雪(くまがわそそぎ) 男 "球磨川禊"の弟、年齢―――」

 その瞬間、瞳は驚いたように声をワントーン上げた。

「7歳…? 普通(ノーマル)…禊君と一緒?」

「…?」

 雪は一瞬意味が解からなかったが、鬼原の言葉を思い出し理解した。
 神の使い、解説役の鬼原曰く『自分の年齢は5歳』…しかし彼女の書類が間違っているとも考えづらいし、鬼原が嘘をついた?しっくり来ない。
 と、そこまで雪は考察したが、瞳が驚いたのはそこだけなかった。

「普通(ノーマル)……? この子」

 "箱庭総合病院(ここ)"は異常(アブノーマル)の人間を研究する施設である。子供達は勿論、施設の職員も全て異常(アブノーマル)ないし特例(スペシャル)であり、例外とするなら人吉瞳の息子、人吉善吉くらいの物のハズ。

(禊くんの弟だから発現を予期して? いやでもここは"フラスコ計画"の為の施設…過負荷の参入は良しとしていないハズ…)

 瞳は7歳の表記も気になったが、それは禊の印象が先走りした誤表記と認識し、とりあえずは誤記のありえない"普通(ノーマル)"の文字を凝視した。

(…俺帰っていいのかな…でもそしたら禊と会わなきゃだし…)

 診察を忘れ書類を睨みつける瞳の傍で、雪もまた頭を抱えるのだった。




 ☆



 神が雪の為に創った"解説役"、鬼原は施設内を歩いていた。
 そして、今頃、雪は不得要領に苦しんでいるんだろうなー、と能天気に思った。

(後で雪に話す事を決めて置かにゃあな)

 禊との邂逅にこの施設、そして雪の"能力"について、"解説役"として鬼原が彼に教える事は沢山あるし、それらを教えなければ自分の存在意義が消えてしまう。
 しかし、
 鬼原にも、解からない事があった。それも判然とさせねばならない。

(そう思えば、球磨川禊と人吉瞳の登場は絶妙だったな……今の内に調べるか)

 と、鬼原は足波の速度を上げる。

 事前に原作とその裏設定を読破している鬼原の"解からない事"、つまり『原作の改変』により生じた出来事である。
 例えば、雪の年齢。神は雪を作成する際、原作の台詞に乗っ取り"双子(おないどし)"として創ったが、どういう訳かこの世界では2歳下という事になっている。
 さらに"人吉瞳"の件。原作では彼女は球磨川禊が4歳の時に出会い、それっきり施設を辞職したとある。しかしこの世界にいる彼女はそれから3年たった今でも職員として球磨川禊を追い回している。

(恐らく)

 "雪の登場"により、何かが起こり、世界が変わった。
 それを知る為にも、とりあえず資料保管室でも行ってみるか、と鬼原が歩を進めたとき。

「『君が鬼原君?』」

 薄っぺらい割に響く、声を投げられた。
 声の主は勿論、球磨川禊。

「…」

「『雪を仲間に引き入れたいなら止めた方がいい』『あの子は普通だよ、僕が身を持って知ってる』」

「…ンな事考えてませんよ。ただのトモダチ」

「『そう…だったらいいけど』」禊は鬼原の顔を見つめて、「『少し――』『話さないかい?』」

 その言葉に、鬼原は意味深に帽子をさらに深く被り直すのだった。



[29419] 第3話 ありがとう
Name: oden◆0fc721ee ID:da81a690
Date: 2011/08/23 16:42
 
 とりあえず二人は自分たちの病室へ向かった。
 病室に着くと禊は愛想よく笑い、「『これに座って』」と、背凭れのない椅子に鬼原を座らせる。
 そして禊もベッドに座り、鬼原を見た。

 「で 話とは?」

 帽子の奥で鬼原の目が、禊を見据える。

「『……』」禊は一瞬 間を取って、「『君 過負荷(マイナス)だろ』『少なくとも特例異常(プラス)の類とは思えない』」

「…まぁ、お好きに考えてください」

 厳密にいえば"神の使者"たる鬼原に、異常(アブノーマル)も過負荷(マイナス)も存在せず、一応カテゴリーとして、とある能力(スキル)を入れているだけなのだが、鬼原は説明する意味なしと言葉を濁した。
 禊は特に追求せず続ける。

「『…さっきも言ったけど』『雪を仲間(マイナス)に引き入れるのは諦めてね』『雪は普通だからさ』」

「それは何ですか? あんま仲良くしてると潰すぞ…と受け取って良いんですかい?」

 鬼原の見透かすような言葉に対して禊は天井を見上げ

「『…』『まぁ、近いかな』」

「……」

 鬼原は禊をまじまじと見つめた後、軽薄に笑った。まるで、子供が悪戯を考え付いたように。

「でも仲間になるとまでは行かなくても、雪とは親しくしたいと思ってますけどね。きっとあいつもそう思ってる」

「『…』」

(ちょうどいい…ここで"設定"を固めとこう…)

 無言の禊に対し、鬼原は心中でほくそ笑みながら

「あ あと言っとかなきゃいけない事がありましてね。実はァ――


 雪、"記憶喪失"のようでして…」


 今の雪には生まれてから5年間の記憶は存在しない。ならば禊に矛盾を突かれる前に、"設定"を植え付けておくべきだと鬼原は画策し、酷く哀れむような声色で言った。
 その言葉を聞いて、禊は

「『ふっ』」

 と笑った。しかしそれは嘲笑ではない自虐的な笑み。
 さらに禊は「『そっか……』」と天井を仰ぎながら「『やっぱりね』」と続けた。
 そして禊は鬼原を見る。

「…?」

「『…一つ聞くけどさ』『雪の歳がいくつか、知ってるかい?』」

「……7……歳…?」

 鬼原は正直に答えた。しかしそれに何らかの意図があった訳ではない。ただ自分を見る禊の目に、嘘がつけなかった。
 禊は「『そうなんだ』『あの子は僕と同い年なんだよ』」と、笑った。

「『君が普通じゃないのは解かってる』『でも』『そんな君が普通である雪と友達なら』『教えるべきなんだよね』」

 一言一言を区切り、外れかかった堰のように禊は言う。鬼原はこれで疑問が解ける、と喜ぶ傍ら、禊の言葉に聞き入っていた。

「『僕は自分で言うのもなんだけど腐っててね』『割と屑な考え方してたりするんだよ』」

「……」

「『"そんな顔"するなよ鬼原君』『ちょっとだけ行きすぎた上位者への嫉妬さ』」

 上位者…その言葉に鬼原は思い出す。原作にいた高校3年の禊もエリートを殲滅しようと過激な論を展開していた。
 4歳の時も人吉善吉を人質にするなど、そのえげつなさを見せている。

「『みぃんな過負荷(おなじ)になれば良いのに』『そうすれば皆まっ平らだ』『僕は瞳先生が好きだけど』『同じ位置まで下がってくれたら大好きになるだろうし、彼女ともっと仲良くやれそうだ』」

 その為の過負荷が、"却本作り(ブックメーカー)"。
 全てを過負荷に叩き落とす力。

「『まぁ、下に落ちてまで僕を好きになりたくないって人の方が多いだろうけどね』」

(……)

「『でも』『でも僕は、好きになりたかったんだ――雪を』」

 禊は思い出すように言った。もう、鬼原の顔は見ていない。

「『3年前』『当時4歳だった僕はやっぱり今とあんまり変わらなくて』『まぁ世間の風当たりとか親からの評価とか、大体察しはつくでしょ』」禊は一息ついて、「『でも』」と言った。

「でも?」

「『雪は別だった。雪が幼かったから過負荷(ぼく)が理解できてなかっただけかも知れないけど』『雪(そそぎ)は、普通で普通な癖に、僕の一番の理解者だった』」

「『理解できてないのに理解者なんて可笑しいね』」と禊は言って、気づいたように鬼原を見た。
 鬼原は禊を見ながらも、"別の所"にも集中していた。

「『だから僕は、雪ともっと仲良くなりたかったから』『――しちゃったんだ』『僕の過負荷(ちから)をぶつけちゃった』」

 つまり当時4歳、まだ双子だった雪に"却本作り"を刺した。
 禊は、壊れた供述者のように

「『でもやっぱり圧が強すぎたんだろうね』『雪は高熱出して精神が壊れちゃった……』」

「……!」

「『記憶を失ったんだ』『全て』『勿論僕の事も』」禊は何故か笑い、「『螺子(ブックメーカー)を解除しても治らなかった』『熱と激痛で雪は何度も泣いた』『自分が誰なのかも解からないまま……』」

 禊は笑う。鬼原がそれが虚構の物だと気づくのに、時間は掛からなかった。

「『焦ったよ、何せ原因は過負荷(ぼく)。つまり科学じゃ治せない』『だから僕は戻ったんだ、箱庭総合病院(ここ)に』」

(…)

「『"少し"手荒い事してあげたら研究者達は雪を治療してくれたよ』『さらには僕が戻った事を聞き付けて瞳先生もリベンジよろしく戻ってきてね』『もう大変だよ』」

(ここで人吉瞳…ここでも改変が…)

「『でもそれから瞳先生とは偶に診察で会うくらいだから雪の事は余り知らないだろうけど』」禊は歌うように、「『雪は施設唯一の普通として暮らす事になり』『僕もついて行ったんだ』」

「…」

「『いや 雪を思うならついて行くべきではなかった…でも僕は雪と一緒に居たかった』『腐った過負荷(マイナス)の僕だったけど、何だろう、雪は僕の支えだったのかもね』」

 禊は自虐的に笑い、続ける。

「『多分君が"記憶喪失"だと思ってるのは"コレ"だよ』『偶にあの時の後遺症で記憶が飛ぶし』『熱のショックで成長が遅れちゃったしね』」

「…(まぁ今の雪にゃその心配はないだろうけど)」

「『だからね、雪は不安定なんだ』『いつもダンマリだし』『記憶も時々トんじゃう』『それでも…』」

 と 禊は言葉を伸ばし、鬼原の帽子に隠れた眼を見つめた。

「『それでも雪が友達に君を選んだっていうなら、僕は止めない』『でも約束して欲しい』『――絶対に、雪を裏切らないと』」

 その言葉に鬼原はすぐに言葉を返した。

「当然ですよ。オレはあいつと"友達"ですから、裏切り何て」

 友達…厳密にいえば鬼原は雪を友達とは認識していない。"解説役(じぶん)"が生み出された理由、それだけの存在。
 その冷めた感情を鬼原は、禊の溢れるような感情の波に隠して席を立った。

「じゃ長い話も終わったし、オレはまた散歩して来まさ。重い話で参っちまった」

「『ゴメンね』『だけど、雪には内緒だよ』」

「了解」

 一言で応え、鬼原は病室を出た。
 そして廊下の壁にもたれ耳を立てる"少年"に向け、小声で言った。

「つー事らしいから、後ァ頑張って」

 少年、"球磨川雪(くまがわそそぎ)"は目を瞑り、唾を飲んだ。


 ☆


「た…ただいま」

「『おかえり雪』『瞳先生は?』」

「何か調べ物が増えたって帰してくれた」

 ここまでは本当。ここからどうしようと雪は考える。
 禊は怖い、でもさっきまでの禊の話を聞いた今を考えると、気持ちが競り合ってどうも気分が悪い。

(だけど)

 雪は決意する。自分は何も悪くないままこの世界に来たけど、だからって彼の思いを踏み躙る事は出来ない。
 生きてやろうじゃないか。球磨川雪として。

「…俺さ、普通(ノーマル)なんだって。本当なら施設(ここ)にはいないはずなんだって」

「『そうだね』」

「でも俺、一人寂しいからさ、ここに居ていいかな」

「『……!』」

「俺さ実は自分がよく解かんないし、他の人の事はもっと解かんないし、ここに居る奴ら皆怖いし、すぐにでも逃げ出したい」

「『………』」

 禊の顔色が曇る。しかし雪は、言った。

「でも、あんたと会えなくなるのは寂しいからさ、俺ここに残るから、解かんない事あったら教えてね――兄さん」

 生きる。生きて見せる。できるかぎり。雪は自分に言い聞かせ言った。
 だが不思議と、嫌な気分にはならなかった。

「『…………』」

 雪は無言の禊を横目に見てベッドに座った。
 禊は「『トイレ行ってくるね』」と言って、部屋を出た。そのドアを開けて出る一瞬に、禊は言った。
 雪に聴こえるか聴こえないこえないかの声で、虚構(ウソ)ではなく、括弧つけず、心の底から。


「ありがとう。雪」



 

 ■後書き■
 …とまあ3話掛けてプロローグ的なの終了です。3話も使ってプロローグて!って感じですが…。
 




[29419] 第4話 ダラダラしてはいられねぇ
Name: oden◆0fc721ee ID:da81a690
Date: 2011/08/24 14:03
 
 箱庭総合病院、そこは全国からあらゆる異常者(アブノーマル)を呼び寄せ、研究する施設である。なので表向きは『病院』であるが、院の奥深くはまるで秘密結社のアジトのような、閑散とした雰囲気に覆われてる。
 しかしそんな中に明るい声が二つ。一人は楽しそうに廊下を駆け、もう一人は声を張り上げもう一人を追い駆けている。

「待ちなさい禊君! まだ診察終わってないでしょ!」

「『うふふ捕まえてごらーん、っていうの前からやってみたかったんだ』『捕まえたら僕の事好きにしていいよ♡』」

「変な言い方しないの!」

 逃げている白い短髪の少年、彼の名は球磨川禊。とある事情で箱庭病院(ここ)に住んでいる過負荷の少年である。
 彼を追いかけまわす少女は人吉瞳。彼女はこう見えて病院の凄腕職員であり、2日前に禊の担当医になったばかりだ。

「禊君!ちょっとは普通の子らしくジッとしてたらどうなの!」

「『普通の子はこんな所に来ないよ。ちょっとおかしい位が丁度いいのさ』」

「それはそうだけど! 」

 釈然としない表情で瞳は叫ぶ。せっかく彼が病院に戻ったと言うからここに帰ってきて、やっと担当まで漕ぎつけたのに一昨日からずっとこの調子なのだ。
 というか彼を論破できる人間はここには多分一人しかいないのだから、瞳には荷が重いかも知れない。

「能書き垂れてないで、診察室に戻る!」
「『あ!おーい雪-』『お前からも瞳先生に言ってやってよ』」

 瞳の言葉を流し、禊は少し離れたところに座る少年に駆け寄る。
 声をかけられた少年――球磨川雪は、呆れたように禊を見て笑う。

「兄さん…どしたの?」

「『実は瞳先生が僕を二人っきりで部屋に連れ込んで色々したいらしいんだ』」

「変な言葉選びはやめましょうね禊君?」

 瞳は小さな手で禊の服を掴もうとする。しかし禊は柳のように手をかわし、雪へと近づく。
 雪は一瞬驚いたように目を広げたが、すぐに落ち着いた表情に戻った。もう慣れたものだ。

「『お腹すいただろ』『もうお昼だ』」禊は雪の手をとり、「『下階の食堂に行こう』」

「うん」

 答えるが早いか、禊は雪を引っ張る。しかしそれの抗力のように瞳が雪の手を握った。

「待ちなさい…要件はまだ終わってないわよ禊君」

「『…全く…』」禊は真顔で溜息をつき、「『まだ気づいてないんですか?』」

 気づく? と瞳は目を見張る。禊の言う事はほとんど虚構の台詞だが、それゆえか、現実じみて聴こえてしまう。

「『さっきから先生の背後で先生を睨み続けている方はお知り合いですか? だとしたら』」禊は皮肉げに、「『随分変わったご友人で』」

「ッッ!!」

 瞳は焦燥に駆られ背後を振り返る。するとそこにあったのは、いつも禊が持っているボロボロの縫い包みだった。円らなプラスチックの目で瞳を見ている。

「………」

 絶句しながら瞳は後ろを振り返る。当然二人の姿は無かった。



 ☆


 禊が連れて来たのは食堂…ではなく自分たちの病室だった。病室は5人部屋だが今は二人を含め3人しかいない。
 最後の住人、"神の使者"鬼原(おにはら)はドアが開くや否やすぐ「おかえり」と声をかけてきた。

「ただいまーって それ何だよ鬼原」

 雪が指さす先にあるのは、湯気が沸き立つカレーライス。それが三つ、それぞれのベッドに備え付けられた机の上に置いてあった。食器を見るに食堂の物だろう。

「『多分、先生食堂に行ってるだろうからね』『先に鬼原君に頼んでおいたのさ』」

「…用意周到だな」

「嫌な言い口スね」鬼原はキャップ帽の奥から目をちらつかせ、「あんたらの来る頃合を見計い、一人食堂からカレーを3つも運んだオレの身になってください」

 悪い悪い、 と雪は笑いながら自身のベッドに腰掛ける。
 いつの間にか禊はもう食べていた。

「頂きます位言えよ兄さん」

「『確かに言葉で感謝を伝えるのは大切な事だけど』」禊は得意げに笑みを浮かべ、「『僕のような喋り方だと何でも薄っぺらくなっちゃうし』『僕に礼を言われても食材が困っちゃうだろ?』」

「…兄さんの屁理屈には感心するよ…」

 屁理屈なのに妙に納得できるところとか非常に性質が悪い。

「ま 早く食べましょうや、オレの恥辱の結晶を」

 鬼原は変な言い回しで雪を促し、雪は「まぁいいか」と呟きカレーを頬張り始める。

「…そういや兄さん、あの縫い包みどうすんの?囮に使ってたけど」

 雪は口に付いたルーを拭い尋ねる。
 現在7歳の禊のお気に入りである、ツギハギだらけの縫い包み。一般人(ノーマル)の雪にすれば気味が悪い代物だが、禊は原作でも"こちら"でもえらく可愛がっていた。

「『ん まぁアレは寝る前の抱き枕みたいな物だからね』『意外に抱き心地が良いんだよ』」

 そんな簡単な物だったのか? と雪は縫い包みを思い浮かべる。あれは禊の過負荷(マイナス)の象徴とかそんな感じだと、読者の頃思っていたのだが…、
 と、雪はおもむろに鬼原を視界の隅にとらえた。
 鬼原は口端を持ち上げ肩を竦めている。

(ああ…そう言う事)と雪は心中納得する。

 あの鬼原の身ぶりは合図。何の合図かというと『球磨川雪の出現によって改編された事実』についてである。
 恐らくあの縫い包みは原作時の禊にとって心の拠り所的存在だったのだろう。しかし今は球磨川雪という別の拠り所が出来た為に、ただの縫い包みへと改変したのだ。


 カラン と禊はスプーンを置いた。食べ終わったようだ。


「『でもま』『僕アレが無いと夜寝れないからさ』『取ってくるね』」

「取ってくるったて兄さん。多分アレ瞳先生が持ってるぜ」

「『うん』『だから返してもらってくる』」

「診察室へ連行されるって可能性は前提としてないんスね」と鬼原。

「『まぁね』」と禊はベッドから立ち上がり、部屋を出ようとした所で止まる。
 そして雪にニッコリ笑顔を向けて

「『僕がいなくても静かに遊ぶんだよ』『外に出ても良いけど病院から出ちゃダメだよ』『怪我しないようにね』『僕のベッド下のジャンプは読んでいいから』『喉乾いたらジュース買っても良い』『アニメ録画しといたから見ておいてね』『鬼原君と喧嘩しないで、何かあったらすぐ人を呼ぶ事』『ああ後、カレーの皿は僕が片づけに行くから』『解かった? 雪』」


「…了解」


 雪が答えると、禊は満足そうに部屋を出て行った。




「…まるでお母さんスね」

 一瞬静まった室内で鬼原が言葉を発した。
 確かにお兄さんという接し方ではないが、それも仕方ないだろう。

「それにしても…」雪は大きく伸びをして、「もう"十日"かぁ」

 そう、雪と鬼原がこの世界に来てから十日が経っていた。
 しかし別段何事もなく今日のような平和が続いている。

「十日間、風の如く過ぎていきましたね…良い平穏でした」

「まるで不穏がやってくるみたいな言い方だな、何かないのかよ鬼原、感じた事とか」

「自分らが5歳とか7歳だとあんま認識できな 「そういう意味じゃねぇよ」

 雪は鬼原にツッコんで続けた。

「でもこんな毎日も良いかなって思うよな、確かに傍から見たら異常なんだろうけど、兄さんや人吉先生、それにお前とダラダラ生活してんのも悪くない」

「そりゃ同感でさ」鬼原はその言葉の割に皮肉っぽく、「でもね、その為にもそろそろ"動かないと"ねえ…!」

 雪は意味が解からず鬼原を見つめた。鬼原はその視線を待っていたと言わんばかりに

「まだ気づかないんスか? 貴方も原作知ってんでしょ?」

「?」

「解からない?じゃあヒント」鬼原は人差し指を立てて、「ここは箱庭総合病院、そして我々の年齢…まぁ、貴方は書類上ですが5歳。黒髪めだかや人吉善吉と同い年です」

 それが一体何に関係あるのだ、第一今の時事列で思いつく脅威など禊くらいしか……雪はまだ解からない。
 鬼原も焦らし飽きたのか、帽子の奥の目を光らせて言った。


「原作開始時に、箱庭総合病院はありましたか?」


「――――あ」

 雪は思わず声を上げた。そうだった。箱庭総合病院(ここ)は、自分達の平穏は、原作が始まった時にはもうなかった。
 それも閉鎖したとか倒産したとかではない――"破壊"された。
 ある"子供たち"の手によって。
 禊を脅威として見るのなら、"彼ら"も思い出すべきだった。彼らも過負荷(おなじ)なのだから。

「解かりましたか?」

「……!」

「正確には解かりかねますが数日後、蝶ヶ崎蛾々丸(ちょうがさきががまる)と志布志飛沫(しぶししぶき)が"偉業"を起こします」

 偉業――異常を越えた異形の子供達による箱庭総合病院の全壊。

 鬼原は、歌うように続ける。

「本当にこの平穏を続けたいなら、奴らを止める為に動くしかないですぜ雪。残念ですが――ダラダラしてはいられねぇ」



 ■後書き■
 タイトルに「日常」書いてんだから日常パートやらなきゃ! と思ってやったらグダグダになりました…
 次回からは、志布志と蝶ヶ崎に会いに行きます。



[29419] 第5話 テメェ…誰だ?
Name: oden◆0fc721ee ID:da81a690
Date: 2011/08/25 12:41
 
 ガヤガヤ…

 忙しく声が飛び交う、箱庭総合病院の"待合室"。そこは施設で最も病院らしい場所である。
 全国から異常者と目される子供を集め、通院させ入院させ――フラスコ計画の研究が進んでいる。
 原作でも黒神兄妹や禊、そして蝶ヶ崎蛾々丸と志布志飛沫も、待合室を通って施設に来ているのだ。

「…なので、その蝶ヶ崎達を探す為ここが一番捜しやすいからと、オレ鬼原と雪は病棟を抜け出し待合室に来ているのだった…」

「誰に説明してんだ? 鬼原」

 鬼原の発言はさておき、雪と鬼原は広々とした待合室の壁際に立っていた。
 世話しない人の波を見つめながら、雪は鬼原に言った。

「もう長い事見張っているけど、本トに来るのか? "ここまでして"」

「来ますよ――絶対に」

 雪は自身の着る服を見る。それはいつもの白い病院服ではなく、大き目の黒ジャージ。目立たないようにと鬼原が用意したものだ。
 さらに二人は、本来入院患者は外出禁止であるのに、それを破って病棟から待合室(ここ)に来ている。後で大目玉を食らうのは確実だ。

「それに兄さんにも『遊びに行く』って嘘ついて来ちゃったし…後が怖いぜ」

「それでも」鬼原はいつもと同じ帽子をいつも通り目深に被り、「止めなきゃダメでしょう?奴らの偉業を」

 雪は眼を細めた。確かにあの二人は止めなければいけない。自分達の居場所を守る為に。
 だが、だからこそ雪は疑問を感じた。

「でもよ 俺がいても無駄じゃないか?俺は普通(ノーマル)だぞ?」

 雪は別に逃げ出したい訳ではない。勿論普通たる自分にとって彼ら過負荷は恐怖以外の何物でもないが、その過負荷を兄に持ち、生きていこうと決意した雪に逃亡という選択肢はない。
 だが、足手纏いになるのでは? という危惧はある。戦闘のせの字も知らない自分が何の役に立つのかと。

 そんな割と真剣に言った言葉に、鬼原は「ま そうですけどね」とあっさりと返す。
 予想していた答であるが、雪はがっくりと肩を落とした。
 鬼原は「まぁまぁ」と小さく手振り、

「確かに貴方は普通です。異常でも過負荷でも悪平等でもない。でも、貴方は不必要なんかじゃない。例え無力でもできる事をしたいと望んでる」

「でも俺じゃ― 「足手纏いになるって?」

「――そうさせない為に、オレがいるんですよ」

 雪の言葉を遮り、鬼原は莞爾と笑った。その笑みは雪を慰めると言うより、自身を誇示しているように見える。

「でもま」と鬼原は愛想よくしかし軽薄に、「さすがにこの人の中捜すのは無理だから、雪に頼んだというわけです」

「…戦闘になればこっちの物だってか?」

「ええ…、オレは簡単にいえば、貴方がここに転生する時に与えられるはずだった付属品(チート)を、別個にした存在ですから。ONEPIECEの世界にドラゴンボールのキャラがいるようなモンです」

(…)

「だから貴方は捜すだけでお願いします。もし見つけても行動しないで、"これ"でオレを呼んでください」

 言いながら鬼原はポケットから携帯電話を取り出し、雪に渡した。
 携帯を開き電話番号登録欄を見ると、『鬼原』とだけ書かれている。

「別行動にしましょう。連絡手段は携帯(これ)。何かあったり、志布志達を見つけたら連絡お願いします。あと球磨川さんにも気を付けて」

「兄さん?」

「過負荷で過保護なあの人が、あなたの行動に気づかない訳ないでしょ、今頃探し回ってますよ」

「…解かる気がする」

「じゃ 解散って事で、頑張ってください」

 言うが早いか鬼原は走り去る。
 何だか鬼原に言い包められた感のある雪だったが、どれだけ言葉を連ねても結局は偉業(かれら)を止めなければいけないと自分に言い聞かせ、携帯電話をポケットに入れた。

「さて捜… その前にトイレ行こ」



 ☆



 病院の一室、灯りのない暗い室内で、悲痛な男の声が響いた。

「ぐぅッ…」

 痛々しい声を上げる白衣の男性、恐らく施設の職員だろう。彼の服には傷一つ付いていないのに、何故か彼の全身は鮮血で真っ赤に染まっていた。
 裂けた傷に手を当てながら、男は暗い室内を見渡す。ポツポツと白衣の人間が何人か転がり、血だまりを作っている。
 男は目を見張る。彼らは恐らく生きている。奴らはそんな簡単に人を殺してくれる人間ではない。

「おっまだ倒れてねぇ何て、ぬくぬく育ちかオッサン?」

 晦冥の奥で、残忍な声が響く。薄っぺらい、しかし華奢な少女の声。
 その瞬間、男の体から血が噴き出す。

「ぐッ!」
「まだ"傷"が残ってたか♪」
「ッ!」

 軽薄な少女の声に向け、男は懐から拳銃を取り出し、間髪いれず暗闇へ放った。
 しかし発砲から2秒程経った後、まるで狙撃されたような痛みが男を襲った。たまらず男は蹲ると、離れた所から声が聴こえた。

「的が外れ。僕に当たってますよ」

 そう言いながら暗闇から一人の少年が現れる。片眼鏡(モノクル)を掛けた、澄まし顔の少年。
 彼の名は"蝶ヶ崎蛾々丸"―――
 蝶ヶ崎は「イタイケな子供にそんな事しちゃダメでしょう?」と溜息交じりに男を見降ろす。

「何だと…貴…貴様らが皆をこんな目に!」

「? はて」蝶ヶ崎は鮮血に染まる職員を見て、「あれは只の"事故"ですよ。たまたま僕ら意志が貴方らに向いて、偶然この施設が鬱陶しくなっただけ」

「~このッ」

 男は荒く息をしながら、拳銃の撃鉄を引いた。しかしその彼の憤怒を表現するような金属音を、「ふ」と少女が闇の奥で笑った。

「ッ! 貴様らは屑だ! 社会の世界の文明の人間の間違った進化の結果だ! そんな過負荷(ちから)を我々は認めない! こんな暴挙を我々は許さない!」

 血塗れの仲間達を見ながら、男は叫んだ。
 すると暗闇から少女の手が伸び、男の髪を掴んだ。男は拳銃を持っているのに、少女は至近距離でも余裕の笑みを絶やさない。
 少女は男の眼前まで迫り「じゃあどうすりゃいいんだ?」と舌を出した。

「謝れば許してくれんのか? 職員をぶっ殺して、後でこの病院ごとぶっ壊すつもりでもよぉ」少女は残忍に、「ごめんなさい許してください。子供の軽い悪戯です。あたし馬鹿で屑だから許してくださ~い♡ って」

「やはり貴様 施設破壊(それ)が目的か…! そんな事は…」

 その瞬間、また男から傷が発生し、血が吹き出た。
 血濡れの髪を握りながら、少女――"志布志飛沫"は言う。

「ダメだねぇ こンな天才ばっかなトコがあったんじゃ、劣等感で死んじゃうよあたし。な?」

「同感です」蝶ヶ崎は静かに、「エリートなんて絶滅すべきだ」

「だってよ ァハハ!!」

 志布志は残虐に狂笑する。
 このまま彼女はこの男を殺し、次はこの施設を殺すだろう。過負荷はそうやって、上を潰さずにはいられない。
 異常を下回る異常。それが過負荷。この薄暗い部屋の、幾倍もドス黒い存在。

 しかしそんな闇を払うように


 ギィィィ――


 と、軋んだ音をたてドアが開いた。

 ドアの隙間から光がさし、暗い室内が光の線の部分だけ明るくなる。
 光が志布志に当たると、まるでスイッチでも切れたかのように志布志の笑い声が途絶える。
 ――侵入者。蝶ヶ崎は振り向かず、意識を集中する事で様子を伺ったが、志布志は乱暴に振り向き、粗暴に尋ねた。

「テメェ…誰だ?」




 ☆



「ここにもいない…」

 病院内の託児所の中で、鬼原は声を漏らす。

 子供(ふたり)のいる場所…という事で安直にも来てみたが、誤算だったようだ。二人どころか子供すら少ない。いやいるにはいるのだが普通なのがいない。どこかの大学の研究資料のようなパズルを難なく子供や、ボケーとしながらも全身から天才肌をちらつかせる子供。当然の事であるが、ここにいるのは異常な子供ばかりのようだ。天才を憎む彼らが、こんなところに来る訳がなかった。

(仕方ない… 雪と合流して一旦戻るか…)

 と、鬼原は携帯を取り出す。
 まだ今日中に偉業が起きるとも限らないし、もし二人が破壊行動を始めてから鬼原が向かっても、充分二人を叩き潰せる自信が鬼原にはあった。
 カチャ と鬼原は携帯電話を開き耳にあてた。

 その瞬間、サッカーボールが鬼原目がけ跳び、掠めるように携帯を破壊した。

「ぬあッ!?」

 バキッ!! と音を立て携帯の上半分が砕け散る。これでは使い物にならない。さらに言うと雪に連絡もとれない。

(ど どうする!? 代え用意してねえのに…自分で探すしかねぇか…)

「すいませーん 大丈夫ですかー?」

 焦燥する鬼原の後ろから、歩み寄る少年の声が聴こえた。彼が犯人のようだ
 鬼原は「あっ大丈夫ッス」と振り向かずに小さく答えた。

「えっでも何か壊れて…」

「大丈夫ッス! 空耳ですよ!(これ以上面倒事になってたまるか)」

 鬼原はそう言って、少年の顔も見ずに歩き出す。しかし少年が鬼原を引き止める。

「ダメだよ託児所から出ちゃ 留守番しないと」

「いやオレも色々あって――」

 鬼原は早口に言って、少年の顔を見た。そしてその瞬間、息を飲んだ。
 お…お前は…!? と鬼原は声を上げる。
 フードを被った少年は満面の笑みで言った。

「僕は人吉善吉。 君の名前は? 一緒に遊ぼうよ!」



 ☆


 全く自分は不幸だ。 と雪は心底思った。
 変な世界に飛ばされて禊の弟だったり、トイレに行くつもりが部屋を間違えたとか、その部屋が血で染まってたとか――まだ許す。
 許すけど

(なんで)

「誰だ…?」
「……患者 ですかね」

(こいつらがいるんだ……!)

 顔を残忍に歪ませこちらを見る少女――志布志飛沫。
 ちらりと横目で警戒を払う少年――蝶ヶ崎蛾々丸。
 間違いない、彼らが、雪達が捜していた二人だ。

 しかし、こう正面であっては鬼原に連絡などできない。
 さらにこの部屋の惨状、二人のこの

「…どうしますこの子? まぁ定石としては…」
「殺すか…」

 危険極まりない感情の矛。
 無論雪に戦闘などできない。勿論彼らに会話などできない。
 万事休す、そんな状況の中、雪は

「…はは…」

 と途方に暮れたように笑うのだった。





[29419] 第6話 そこに必ず球磨川禊はいるのさ
Name: oden◆0fc721ee ID:da81a690
Date: 2011/08/26 12:22
 
 室内に一閃の光が差し込む。
 それに照らされる二人の子供――志布志飛沫と蝶ヶ崎蛾々丸は、光源に立つ少年――球磨川雪を見据えた。

「お前…名前は?」

 口角をつりあげ、志布志は問う。凄惨な部屋模様と相まって異常な狂気を感じる。
 怖い。雪は圧倒的な恐怖を覚えた。背丈も自分と同じくらいの少女が言いようもなく、怖い。

「雪…球磨川雪だ」

 だが、
 背を向ける訳にはいかなかった。
 自分の為にも、禊の為にも。

「そうかい雪君」志布志は一歩前へ出て、「残念だがテメェにゃ死んでもらう。運が悪かったな、まぁどっちにしろ後で皆殺 「それなんだがよ」

「――やめて欲しいんだ」雪は意を決し、「お前らのやろうとしている事」

 つまり、施設破壊の偉業の中止。

「…」

 志布志の残酷な眼が、呆気にとられたように緩む。そのまま志布志は数秒呆然としていたが、すぐに込み上げるような笑い声が、彼女から上がった。

「嫌だよバァカ!」志布志は吐き捨てるように、「何だテメェは予知能力者か!? 格好良いねぇ! そんで正義漢ぶってあたしらを止めに来たって?良い御身分だな反吐が出る程妬ましいぜ!」

 妬く。 というより雪を焼き殺すような志布志の憤りを、雪は明白に感じた。
 これが過負荷。全てを拒む存在。
 特にまだ幼い彼らにとって、まだ仲間(みそぎ)を知らない彼女らにとって、二人の過負荷は余りにも"有邪気"で、性質が悪い。

「いや俺は…普通(ノーマル)だ」

「へぇ」今度は蝶ヶ崎が口を挟む。「格好良いですね 無力ながらも"悪(ぼくら)"を止めようと奔走し、その姿に皆心打たれる。素晴らしい偽善愛です」

 蝶ヶ崎の退廃的な物言いに、雪の表情が曇る。
 しかし雪には戦闘などできない。なので話し合いの形をとるのが絶対条件。

「そんなんじゃねぇんだ…止めて欲しいんだ。頼む」

 雪は恐怖を感じながらも、蝶ヶ崎と見合った。
 蝶ヶ崎は「何故?」と平淡に尋ねる。

「皆が困るだろ。俺も困る。この病院は確かに腐った研究してるけど、俺らにとっては大切な居場所なんだ ――お前らが全部を嫌いなのは知ってる、知ってるけど、どうかここは抑えてくれないか?」

 雪はすがるように懇願する。蝶ヶ崎は微妙に首を傾け、ちらと志布志を見た。――志布志は黙ったままだ。
 蝶ヶ崎は怪訝な顔で応えた。

「しかしそれは 「考えるまでもねぇよ…!」

 志布志は、苦虫を噛み潰したような顔をして蝶ヶ崎の言葉をかき消した。

「飛沫…」

「テメェは何様だ? 知ってるから?知ってるからなんだ!? "解かってもいない癖に"!」志布志は畳みかけるように、「あたしの苦しみを!人生を! 知らないフリして逃げてる優遇者(やつら)が、説教垂れてんじゃねぇ―よ!!」

「…」

 志布志の怒号は暴風のように雪に放たれる。
 逃げてる――確かにそれは肯定せざるを得ない事実だが、志布志らが他の人間を拒絶している事も原因である事を、雪は薄々理解していた。
 が。
 雪はそれを指摘しなかった。だがそれは二人を刺激しない為…ではない。
 それを追及する事は、自分の"覚悟"を無為にする事だと考えていたからだ。
 そのため、

「ああ…そうだなでも…頼む。お前らにとっても箱庭病院(ここ)は馴染み深い場所だろ?」

 雪は、できる限り柔らかく言った。
 しかし激昂高まる志布志は、

「勘違いしてんじゃねーよ!! 過負荷(あたしら)がそんなモンで変わる訳ねぇだろ!」

「…」

「解かってねぇようだから教えてやる。過負荷ってのはなぁ! ンな事意味ねぇんだよ! 場所とか家族とか友人とか希望とか、そんな事は無意味なんだ!! あたしは嫌いなんだよ、知ったかぶりして、過負荷(あたし)に『家族が』『自分の居場所が』って吠えてる奴らが!」

「…!」

「馬鹿だよな優遇者(てめぇら)って! 過負荷(あたしら)にとって、その家族と場所が最も"嫌な存在"で、一番ぶっ殺したい存在なのを、全く解かってねぇ!いや解かってないフリしてるとでもいうべきか!?」

「…それは違うよ…志布志」

「違わないね! 全部知ってる癖に、まるで救えるかのような顔で接して! あたしをボロボロにした家族も! あたしを研究する医者も! あたしの周りの世界も! 救いようのないのが解かってる癖に、自分達に過負荷を救おうとする気なんてサラサラねぇ癖に、馬鹿みてぇな偽善押しつけて…」

「――違う!!!」

 雪は振り絞るように声を張り上げ、志布志の言葉を掻き消した。
 その声から見えたのは憤怒ではなく悲しみ。つらく押し込めるような感情の波を、能力柄 感性の薄い蝶ヶ崎でさえ感じていた。
 志布志達が唖然と見つめる中、雪は静かに口を開いた。

「――もしお前の言う通りだったら、俺は一体どうなるんだよ?」

 大切な人も、居場所も、全て無意味だと云うのなら、
 過負荷(みそぎ)と生きていく覚悟を決めた自分はどうすればいいんだ と

「お前の大切な人や居場所が全部、お前の敵だってのか?――いや、本当に敵なのもいるかも知れねぇ。でもそうじゃないのも絶対いる」

「何の確証があって」

「あるさ 俺がそうだ」

 雪は静かに言う。
 志布志は訳が解からないという顔で蝶ヶ崎を見るが、間髪いれずに雪は続けた。

「確かに俺はお前らの不幸な過去の知っても、そこからお前らの気持ちを解する事はできないかも知れない」

 でも と雪は言葉を切って

「"仲良くなりたい"とも思うし、"なれる"とも思ってる。そうじゃなきゃ困るし、もしできなくてもやってみせる」

 俺は、禊と生きるんだから、それ位当然だ――と雪は心中つけたして、志布志と蝶ヶ崎を見据える。

「――そんなの…」蝶ヶ崎はあくまでも平淡に、「詭弁ですよ。そんな妄言誰だって言います。何も解からない人間が偉そうな事言わないで下さい」

「…!」

 蝶ヶ崎に同調するように、強張った志布志の顔が緩む。
 しかし雪は待ってましたと云わんばかりに

「ま 俺5歳だしな でもだからこそ、俺は俺で対策を決めさせてもらう」

「?」

 話し合いとか、戦闘とか交渉とか、もうどうでもいい。
 雪は行き当たりばったりも良い癖に、絶対の決意を持って言い放った。

「俺はお前らの破壊行動を何が何でも止める。
 そして俺は、お前らと友達になる!!」



 ☆


 タッタッタッ…

「ハァハァ…禊君ったら…」

 箱庭総合病院・入院用病棟の廊下を一人の女性が走っていた。彼女の名は人吉瞳。この病院の職員であり、彼女が捜している少年球磨川禊の担当医であった。

(本当にいつもどこへ逃げるのかしら! 今日は雪君達もいないから訊けないし…あーもう今日は善吉ちゃん達が来てるのに…)

 病院きっての異端児の消息不明。そんな事態にも関わらず瞳は冷静だった。理由として一つは逃亡が日常茶飯事である事。
 そして、

(しかし今回は対策万全! 今度こそ逃がさないわよ!)

 ふふっ と容姿そのままの子供っぽい笑い声をあげながら、瞳は懐から携帯電話を取り出し、特別に作った『禊』のボタンを押した。
 するとその瞬間 携帯画面がレーダーの表示画面に切り替わり、ピコンッと点を映し出した。

「前に禊君が囮にした縫い包みに発信器しこんどいて正解だったわ…これでもう」

<でもそれ僕が肌身離さずコレを持ってる事が前提だよね>

「でも基本あの子はアレがお気に…あれ!?」

 瞳が振り向くと、ちょこんとあの縫い包みがあった。そして何故か縫い包みから禊の声が聴こえる。

「禊君の縫い包み…? 喋ってる?」

<僕が先生の蛮行に気づかない訳ないでしょ? ちなみコレは先生の言葉からCPUが事前にインプットした声を選択してるんだけど>縫い包みはハキハキと、<僕がいない間暇しない為用意したんだ>

「…選択って割にすごく会話がスムーズだけど、で 禊君どこにいるの」

<はは それこそCPU(ボク)には解からないよ。でも敢えて言うなら…>

「言うなら?」

 縫い包みは一瞬の間をとった後

<自分が全く必要とされていない所と
 雪のいるところ、そこに必ず球磨川禊はいるのさ>




 ☆



「友達だと?」

 病院の一室で、志布志は怪訝な顔で雪に言う。

「ふざけるなよ…過負荷(あたし)がお前ら何かと」

「なってみせるさ…絶対にな」

 自分が禊の弟に成ったように、志布志達と友に成る事も可能なはず、否 不可能であってはいけないのだ。
 しかし志布志の表情は怪訝なそれから明確な怒りの色を表す。当然であろう、彼女ら過負荷からしてみれば馬鹿にされているようなものだ。
 志布志は舌打ち交じりに

「口で言っても解かんねぇようだな… ならその身に教えてやる。あたしらとお前は絶対に相成り得ない事を!」

 志布志の言葉の瞬間、雪の脳が警鐘を鳴らした。この異様な気配と絶対の予感…恐らくこれは彼女の能力、"致死武器(スカーデッド)"。
 対人戦闘において反則的な力を持つ過負荷。

(まずい!あの能力は回避不能! もし手術痕や俺が昔 過負荷を受けた時の心傷まで出せるとしたら…危険!)

 だが対策は見つからない。雪はただ後ろに退く事しかできなかった。
 志布志の顔が、残忍に歪んだ。

「死にな」



 ズガガガッ!!!



 瞬間、快音が響いた。
 しかしそれは雪の全身から血が噴出したのではない。

 志布志と蝶ヶ崎の周りを囲むように、巨大な螺子が床に突き刺さったのだ。

「「――な」」と二人の声が揃い。

「ま まさか…一体どこから…」と雪は震えた声をあげる。


「『困るなぁ』」


 両手に螺子を携えて現れた少年――球磨川禊は、軽薄な笑みを浮かべて言う。


「『雪は僕の大事な弟なんだ』『あんまり乱暴な事しないでくれよ』『でないと』『殺しちゃうぜ?』」





[29419] 第7話 殺す他ないね
Name: oden◆0fc721ee ID:da81a690
Date: 2011/08/27 12:47
 暗い室内で、異様な光沢を放つ螺子。
 その螺子はまるで檻のごとく2人の子供を捕らえ、その螺子はまるで兵器のごとく禊の手に握られていた。

「『とりあえず質問が2つ』『1 雪はここで一体なにをしているのか』『2 君たちは誰なのか』『3 君たちは雪になにをやったのか』『ありゃ…質問が1つオーバーしちゃったぜ』」

 至って平淡に禊は言葉を並べる。だが雪からすれば不安以外の何物でもない。
 雪達が禊に黙って行動を起こしたのだって、1つは禊が雪を止めるから、もう1つは作戦を滅茶苦茶されそうな気がするからなのだ。

「…俺はこの二人を止めに来たんだ」

 と雪はおずおずと答える。

「『止める?』」

「こいつらは今日、この病院を壊滅させるらしいんだ。だから、鬼原とで止めに来た」

「『…そう』」

 雪は憚らず率直に答えた。下手に嘘をつくとバレた後が怖い。禊は満足げにニッコリ笑って雪に歩み寄り


 ポカッ!


 と雪の頭を叩いた。

「…へ?」

「『今回はコレで許してあげる』『鬼原君が誘導した"け"もあるし』」

「ま…まぁ大体鬼原のせいかな…はは」

 雪は禊に苦笑を送る。禊はまだニコニコしている。
 この空間だけ平和なオーラが流れ、雪は異様なギャップを感じた。

「それで助けに来てくれたは良いんだけどさ」雪は恐る恐る、「展開的に二人は俺が説得する事にしたから、実力行使は止めて欲しいんだ…」

 禊なら問答無用で螺子をぶッ刺してしまいそうなので、雪は禊に釘をさす。
 禊はどうにも腑に落ちないという顔をしたが、しばらくして「『解かったよ』」と答えた。

 その瞬間。

 禊の全身から傷が浮かび上がり、噴水のように血が噴き出た。

「!?…な…」
「『…』『おろ?』」

 怖いくらい平静に自身の傷口を見る禊のせいか、雪は直感的にダメージの原因に思い至った。
 あの傷の"蘇る"ような付き方。間違いなく志布志の過負荷(スキル)だ。
 案の定、志布志が螺子の檻の間から手を伸ばし、にたりと笑っていた。

「人が黙ってりゃ説得だと? ふざけんな!! 誰が助けに来ようが関係ねぇ 全員全部ぶっ殺す!」

 志布志の怒号に同調するように、部屋がメキメキと蠢く。

(な…地震!?…いやよく見りゃ、部屋の綻びやら傷が増えていってる! 憎武器(バズーカデッド)か!)

 だとすると早く志布志を止めなければいけない。だがどうやって? 鬼原とは連絡がつかないし何より禊が大怪我をしている。
 そうこうしてる内に志布志は乱暴に螺子を引き抜き、床に叩きつける。

「まず一人死亡~」と志布志が笑い
「そろそろ解かったらどうです? 我々には全てが無意味だと」と蝶ヶ崎が一歩前へ進む。

(どうする! 時間稼ぎ…何てしてたら兄さんが死んじまう!)

 雪は禊に目をやる。禊は少し腰を落とし、「『痛いなぁ~』」と呟いているが、目は虚ろだし、志布志に反撃しない所を見ると相当なダメージである事は間違いない。
 そしてその傷の量は、それだけ禊がつらい過去を送って来た事実でもあり、雪に表現しきれない葛藤が襲った。

「さぁ――次はテメェの番だぜ球磨川雪」

「……」

「『!』」

 志布志の言葉に、禊の体が小さく震えた。志布志はそれに気付かないまま続ける。

「安心しな。直に皆死ぬからよぉぉ」

(…ここまでか…!?)

 そして、志布志の過負荷が――

「―――致死武…ツ!?」


 ド ス ッ !


 ――発動しなかった。

 雪の体から傷一つ現れず、代わりに鈍い音が志布志から鳴った。
 おぼろげに雪が志布志に目をやると、志布志の喉笛に、大きなマイナス螺子が刺さっていた。
 飛沫が乾いた悲鳴をあげる。

「ッ…ッ…!?」
「だ 大丈夫か飛沫ちゃん!」

 床に倒れ伏す志布志を、寄り添うように蝶ヶ崎が支えた。
 その二人を見て、禊は不敵に笑う。

「『笑わせるぜ』」

「…ッ…ッンだこの螺子…痛くねえ…?」志布志は少し息苦しそうに、「テメェ…何をしたぁッ!!」

 志布志は激昂に吠えたが、"何も起きない"。
 短気な彼女を思えば、禊の傷が増えたり、建物が潰れたりしそうだが、"何も起きない"。

「『そいつの名前は"却本作り(ブックメーカー)"』『貫いたものを全て過負荷にっ…ても君らも過負荷か』『要するにステータスを僕と同じにする力さ』」

「んだと…」

「『ほら僕は君みたいな殺傷性の高い能力は持ってないんだ』『理解できてるかい飛沫ちゃん?」

 つまり、同じにする事で志布志の致死武器を封じた。
 圧が強いのか、苦しそうに飛沫はうずくまる。

「『仲良くしたかったんだけどねぇ』『何せ珍しい僕の同類だ』

「…! 同類?」

 と、蝶ヶ崎が言うと、禊は小さく頷く。

「『僕も過負荷(マイナス)なのさ』『でもやっぱダメだね屑は屑だ』」禊は自嘲的に、「『流石に雪に手ぇ出しちゃ殺す他ないね』」

 禊はそう言って巨大なプラス螺子を手に持つ。
 "マイナス螺子(ブックメーカー)"とは違い、明らかに殺傷力を秘めた螺子。
 そして何より溢れ出る禊の殺意が、雪を不安にさせた。

「に 兄さん! 刺激すんな、話し合え!」

「『話しあう?言っちゃなんだけどそれは馬鹿だぜ雪』『"過負荷(マイナス)という存在"に話し合いだとかそんなのは無意味なのさ』」

「言い方が悪かったな…! 俺はこいつらと解かりあえると思ってんだ!!」

 禊の物言いに声を荒げる雪。そんな雪に、禊はやれやれと言った表情を向ける。

「『ゴメンね雪』『でもダメさ』『過負荷ってのは所詮底辺の集まり。友達が欲しくて欲しくてたまらない癖に、どうしたって人を傷つけちまう』『過負荷の能力ってのが全て自分至上主義であると同じく』『過負荷(こいつら)が自分より上の存在と仲良くなんて成れねぇのさ』」

「じゃあアンタだって…」

 禊の事を引き合いに出すのは少し引けたが、まるで自分の覚悟を知って禊が言っているように見えて、思わず雪は声を上げていた。
 禊は雪を見ず、

「『…まぁ…僕はッ』『!??!』」

 瞬間。
 前触れもなく。
 まるでバットで打たれたかのように、頭から禊が吹き飛んだ。

「兄さん!」

 と、雪は吹き飛ぶ禊を見た。――瞬間に視界が反転し、ドザァ!! と自身が地面に叩き付けられる音が雪の耳に響く。

「(背中を殴られた…!? いやこの距離と相手を考えれば)…押しつけられた…?」

 雪は上体を上げつつ蝶ヶ崎を見る。
 志布志を横に置き、蝶ヶ崎はわなわなと震えていた。その手には禊の螺子があり、よく見ると髪の毛が逆立っている。
 似たような風貌を、雪は原作で見ていた。

「言いたい事はそれだけか白髪野郎…」

(あ…あからさまにキレてる…!)

 雪が強烈は緊張を覚えると同時、蝶ヶ崎は手に持つ螺子で自身の顔面を叩いた。
 すると1秒も経たない内に、禊からゴドッ! と鈍い音と「『ぐへッ』」と禊の声が響いた。

「貴様なんぞに言われなてもンな事解かってるのさ!だがだから何だ!"俺"は貴様らを全て殺す!!」

 普段とは正反対の、荒々しい声で蝶ヶ崎は叫ぶ。
 くつくつと、禊が仰向けのまま笑った。
 蝶ヶ崎の鋭い目が怒りで広がる。

「『動機も理由も脈絡も無茶苦茶すぎて笑えるぜ』『まあ勝手に暴れ回るといい、これ以上は止めないよ』『だが雪には手を出すな。絶対に』」

「うるせぇーーッ!!」


 ゴ ギ ャ !


 咆哮と同時に部屋の床にヒビが走り、部屋全体が揺れた。
 だが雪に痛みはない。つまり床のみに"何か"を押し付けたのだ。

(だが一体何を!? これだけの衝撃…蝶ヶ崎には何もしてないはず)

「『過負荷のマイナス進化か』『でも偉いね。ちゃんと雪を避けてくれたんだね』」

「黙れ! お前達は最後に殺してやる! まずはこの病院を潰す!」

 嫌味の効かせた禊に悪態づきながら、蝶ヶ崎は部屋を出た。
 少し静かになって部屋で、不意に禊の笑い声が響いた。

「『ふふふ…』」

「…兄さん?」

「『さて今の内に逃げるよ雪』『居場所なんてどこでも作れるさ』」

「?」

 禊は笑みを絶やさず立ち上がり、

「『さすがに身内を殺す趣味はないからね』『当り触りなく流してやったのさ…』」

「まさか…初めからこの展開が狙いだったのか…」

 雪は愕然とした。嬉しいような、恐ろしいような、不思議な感情が浮く。
 そして、本当にこれで良いのか? と自問する。
 ――考えるまでも、なかった。

「『まあね』」禊は雪に歩み寄り、「『さあ行こう。鬼原君も上手くやるだろう』」

「…」

「『雪?』『…僕もこの傷だし、早いトコ逃げ 「ゴメン」

 禊の目が驚愕に広がるのに構わず、雪は部屋のドア歩きながら言う。

「身の上考えんならそれが一番なんだろうけど、俺、やっぱ捜してくるわ」

「『な…何言って』」

 禊の言葉を無視し、雪は部屋を出て走り出した。
 追いかけようとした禊だったが、傷の痛みでまともに走れない。
 それでも何とか禊は部屋から廊下に出た――が、その瞬間、勢い良く誰かにぶつかった。
 禊は傷のせいもあり、勢いのまま床に倒れこむ。

「『痛ッ』『今日はよく不意を打たれる日だな…』『で君 誰?』」

 禊は自分に乗しかかる形になっている子供に目を向ける。私服を見るに外部の人間のようだ。
 子供はおろおろしながら、

「えっと…善吉…人吉ぜ…ってうわ血!」

「『善吉…君?』」


 ドタタタッ!!


「球磨川さんそいつよろしく!!」

「『は? ちょ…』」

 目を丸くする禊の前を、誰かが高速で通り過ぎる。
 反射的に禊はそれを目で追い、声を上げた。

「『あ、鬼原君だ』」



 ☆



「待てよ」

 病院のとある廊下で、蝶ヶ崎を声が呼びとめた。
 声の主は、球磨川雪。
 蝶ヶ崎は、虫を見るように振り返る。

「…そんなに死にたいのか? 何の力もないくせに…」

 鋭い眼光にあてられ雪は汗を流すが、それを悟られないように笑い、言った。

「殴り合いで芽生える友情ってあるじゃねえか…!?」




[29419] 第8話 仲良くやっていこうじゃねえか
Name: oden◆0fc721ee ID:da81a690
Date: 2011/08/28 12:47
 雪に策があった訳ではなかった。
 蝶ヶ崎の攻略法は解かってないし、説得できる自信もない。
 そんな雪が何故、禊を振り切り追い駆け、今こうして向かい合っているのかと訊かれれば「解からない」としか雪は答えないだろう。
 否、正確に言えば「禊に腹が立った」「納得がいかない」という子供っぽい感情論が主なのだが、雪はそれを理解できていないまま、蝶ヶ崎を呼び止めていた。

「死ぬのは確かに怖いけどよ。あんな兄貴もった手前、この程度でビビッてらんねえのよ」雪は自分に言い聞かせるように、「俺の目的はお前らの破壊活動の阻止、逃げる訳にはいかないね」

「無駄なことだ。皆殺し――それで終わる」

 ぴしゃりと、蝶ヶ崎は言う。
 とりあえず問答無用で攻撃してこないようなので、雪はホッと息をつく。

「…だからそれを止めるのさ」

「どうやって?」

「…」

 方法なんて思いつくはずもなく、すがるような口調で雪は言う。

「考えてみろ 施設全壊何てしたら倒れてる志布志にだって被害が及ぶ。あいつはお前の友だ…」


 ズゴン!!


 言い終わる前に、雪の体が床に叩き付けられた。
 一点を殴打されたというより、満遍なく注ぐ圧力のような衝撃。
 メキリ と骨が軋む音が聴こえた。

「があッ…!?(一体何を押しつけて…)」

「貴様、何を意地になっているんだ?」

 衝撃で立ち上がる事もできない雪の耳に、蝶ヶ崎の声が響く。

「ここが大切な場所? そんな歳で何が解かる? 大切な人? それはこの病院に何人いるんだ? どうせ1・2人だろう、なのにどうしてここまでする」蝶ヶ崎は鋭い語勢で、「それとも何か、病院とか人間とかはどうでも良くて、ただ過負荷(おれたち)に負けるのが嫌なだけか!?」

「何でそぉなるんだよ…」

「違うか? 自分よりも下の存在に、負けるのが、蹂躙されるのが、悔しいんじゃないのか? そうなんだろ?」

 蝶ヶ崎の畳みかけるような詰問に、雪は目を丸くした。蝶ヶ崎が怖いとかそんな感情は吹き飛んで、呆れたような思いが雪の中で湧く。

「…意地ッぱりはお互い様みてぇだな蛾々丸君。それもお前のそれは根本的にかなりくだらねぇと来た」

「…!」

「自分が絶対嫌われてるとか、そういう所は兄さんより性質悪いぜ。お前が言うように皆が皆お前らに殺意を向けてんなら、どうして禊はお前を逃がして、どうして俺はお前と友達宣言してんだ?」

「偽善だろ…? 俺は優遇者(きさまら)の偽善をずっと受けて来たんだ」

「そーいや6歳で偽善なんて言葉どこで覚えたんだ?」雪は諭すような笑みを浮かべ、「もっと自然体いこうぜ」

 雪には黒神めだかのように全てをいい方向に持ってくる事はできないし、人吉善吉のように生きる目的を教える事もできない。
 だが、不思議な境遇の人間同士、仲良く歩く事ぐらいはしてやれるはずだ。

 むくりと、雪は立ち上がる。
 ずさりと、蝶ヶ崎が後ずさる。

「俺はここにもう一度宣言するぜ、俺はお前らと大人になってもずっと大親友だってくらいの友達になってやらあ!!」

「それは不可!! 何故なら貴様はここで死ぬからだ!」

  ズン!! と。

 蝶ヶ崎の言葉と同時に、先刻と同じ種類の圧力に似た"衝撃"が雪の体に降りかかる。
 恐らくうつ伏せの無防備状態にした後、上から集中攻撃するつもりなのだろう。押し付けられた衝撃もさっきとは比べ物ならない程重い。
 だが、
 雪は、倒れる訳にはいかなかった。足に力を集中させ、震えながらも立っていた。

「! さっさと死ね…! "全身分"で押しつけてやる!」

「種明かししてくれんのかい!? だが倒れる訳には――」

 いかない――と。
 雪が言い終わるよりも早く、遮るように、雪の後方から声が響いた。
 これだけ極限状態なのに、妙に耳に入ってくる。まるで時が止まったよう――いや、それもそのはずだった。|声の主(ヤツ)は、人間を越えた速度でこちらに向かい、声を発したのだから。
 下手くそな敬語の癖に、浅薄な声色。


「いや雪(そそぎ)。邪魔なんで倒れててください。」


 不意に、蝶ヶ崎の重力的な力とは明らかに違う、"手"が雪の背中を下へ押した。
 いきなりの加力に雪は為す術なく倒れるが、視界の端に、押した"張本人"を捉えた。

(鬼原……!)

「どうもお待たせしまし―――たッッッ!!!」


 ガ キ ィ ィ ン !!


 言葉と同時に快音が響く。どうやら鬼原が蝶ヶ崎を殴り飛ばしたようだ。ドドッ! と、蝶ヶ崎がボールのように跳ねた。
 あまりにも瞬間の出来事であった為、雪がまた立ち上がる頃には蝶ヶ崎はかなり遠くへ飛ばされていた。

「鬼原! お前何してんだよ!?」

「当初の目的通りですが何か?」

 鬼原はいつも通り黒のキャップ帽を被って表情は解からないが、不遜な雰囲気丸だしだ。

「いつ目的が阻止=戦闘になった!? こいつらとは仲良くやっていく事になったから!!」

「へ~ まあオレは貴方の解説役なんで、別に止めやしませんけど…叩きつぶした後じゃダメですかい?」

「ダメ!! つーかお前も知ってんだろ蝶ヶ崎のチート能力! 真っ向勝負で勝てる訳」

「いやいや」鬼原は雪の言葉を遮り、「そーでもないんですねぇ…なあ蝶ヶ崎君?」

 自分へのダメージを自分以外に押しつける能力"不慮の事故(エンカウンター)"に押し付けれない物はなかったはずだ。
 無論さっきの一撃もどこかへ押しつけて、今は無傷のハズ―――だった。

「はあ…ッ ハァ!? 何故だ…ダメージを…"押し付けられない"……!!?」

 殴られた胸に手を当てながら、蝶ヶ崎はヨロヨロ立ち上がる。その顔は蒼白で全身が痛みでぶるぶる震えている。口元から垂れる血が顔色と相まって目立っていた。
 こんな状態、正常に"不慮の事故"が発動しているならありえない。

「全てのダメージを自分以外に押し付けるのがアンタの能力でしたっけ? 痛覚も心傷も、でも」

 鬼原は歌うように言いながら、蝶ヶ崎へ歩み寄る。

「それは本当に"全て"を対象にできるんスかね?――否、何事にも"例外"はある。それが、例外(オレ)でさ」

「例外…? そんな馬鹿な」

 蝶ヶ崎は信じられないという顔で呟く。当然だろう、これまで好き勝手に全て捨てられた能力に、捨てられない物があったのだから。しかもそれが鬼原ときたのだから尚の事だ。

「ッ!」

 唐突に蝶ヶ崎は手を伸ばす。その瞬間 ズシリ と鈍い音が鬼原から鳴る。しかし外見は何も起きていない。恐らくさっきの衝撃を当てているのだろう。
 しかし鬼原は何食わぬ顔で、

「はっ 体が重い重い。大気圧でも押し付けてるんですか?気圧まで害として考えるなんてマイナスですね本ト。 能力も性格も、押しつけがましい」

 鬼原は皮肉げに、

「でも残念。オレの"例外(アンリミテッド)"相手にその程度じゃダメダメッスね♪」

 ひゅっ と、恐ろしい速度で、鬼原の拳が蝶ヶ崎の顎を掠める。
 抵抗すらできないまま、蝶ヶ崎はだらりと倒れた。
 雪はその様子を呆然と眺める事しかできなかった。

「…終わりましたよ雪。志布志は球磨川さんがやってくれたんでしょ?」鬼原は笑って、「さっさと帰りましょ」

(何か呆気ないな…兄さん何て血みどろになったのに…)

 待合室での自信は伊達ではなかったらしい。と雪は考えながら、

(それに)

 と、気絶している蝶ヶ崎を見つめる。

「なあ鬼原…こいつらこの後どうなんのかな」

「志布志と蝶ヶ崎の事ですか? そりゃ当然この病院からは追放でしょ。被害者が出てるし」

「その後は? あいつらは一体どこへ行くんだ?」

「…」

 鬼原は一瞬顔を俯けた後、

「さあ? でも解かんのは確実にそこは、この病院より地獄だって事。過負荷なんて誰も必要としてませんし。ある意味オレらが偉業阻止しちゃった事で、原作より壮絶な過去になるかも」

「そんな…!」

「でももし逆に幸せな居場所を見つけても、やっぱり過負荷は過負荷ですから。あんまし変わんないと思いますよ?」鬼原は大仰に、「まあ一件落着めでたしで良いじゃないッスか、帰りましょうよ。実はとあるガキ一人球磨川さんに預けて早く取りに――

「…終わって何かねえよ」

 今度は珍しく、雪が鬼原の言葉を遮る。

「例え阻止が終わっても、俺にはまだやり残した事がある…!!」

「そ、雪?」

「なあ鬼原」

「はい?」


「お前を俺の最大の協力者だと見込んで、頼みがある」




 ☆



(何故だ? どうしてこうなった??)

 箱庭総合病院・入院病棟のある部屋を前にした椅子の上で、少女 志布志飛沫は困惑する。
 4日前、自分は同胞の蝶ヶ崎蛾々丸と一緒に病院破壊計画を目論んだが、数人の子供達に倒されてしまったはずだ。
 順当に考えれば病院(ここ)にいるはずないし、殺されていてもおかしくない。

(なのに何故かあの後あたしが目を覚ましたのはこの病院の病室で、何のお咎めもなく、何事もなかったかのように治療を終えて病室前(ここ)にいる…何で?)

 志布志は横にいる蝶ヶ崎を見る。蝶ヶ崎は首を勢い良く左右に振る。「僕にも解からない」という事だと察した志布志は視線を落とす。
 ここにいるのだって今朝 院長がここで待ってなさいと言ったからだ。追い出されるのかと思った分、優しい声が耳に残っている。

「! 貴方達が飛沫ちゃんと蛾々丸くんね!」

 不意に声を投げられ、二人は一斉に振り向く。
 その様子に声の主――白衣を着た少女は笑いながら

「私は人吉瞳。貴方達が新しい入院患者さんね」

「「は? へ?」」

「いやだから」瞳は前の部屋を指さし、「この部屋の新規患者さんでしょ貴方達」

「「はい??」」

 その瞬間、病室のドアが開き、賑やかな声が広がる。

「よぉ 来たかテメェら、久しぶりだな」

「お前は雪!」

 ひょっこりと顔を出したのは、球磨川禊。憎たらしい程の笑みでこちらを見ている。

「一体どういう…」
「まあコレを見ろ」

 志布志の言葉を流し、雪は病室の看板を指さす。
 そこには部屋番号と部屋に住まう患者の名前が書かれており、それを見た瞬間二人は絶句した。
 患者名欄にある【鬼原 球磨川禊・雪】に連なる【志布志飛沫 蝶ヶ崎蛾々丸】の名前を見て。

「…」

 愕然とする志布志達を余所に、今度は鬼原と禊が出てくる。

「ふぁ~…」

「『随分眠そうだね鬼原君』」

「大体無茶なんスよ偉業の件を揉み消し、志布志達が無実のままこの病室に来るように情報操作しろ!なんて……、5歳児にそこまで求めんなって話スよ」

「『僕も昔、大量の異常者のデータ捜しまわったなあ…』」

「「……!」」

 会話から求めた解に辿り着き、呆然と立ち尽くす二人。
 そんな二人に向け雪は喜色満面で、とてもとても楽しそうに言った、

「つー事でよろしくルームメイト。仲良くやっていこうじゃねえか」



 
 ■後書き■
 という訳で偉業阻止編?終了です。ちょっと文字数多くなりましたが……
 ちなみに鬼原の能力は"例外(アンリミテッド)"と言いますが、説明はまた別の話にする予定です。

 次回からは1・2話使って志布志達の邂逅書いてから新展開いきたいと思ってます。

 





[29419] 第9話 志布志は考える
Name: oden◆0fc721ee ID:da81a690
Date: 2011/08/29 12:24
 
 ■前書き■
 飛沫回です。
 ―――――――――――



 箱庭病院の、とある病室にて。
 何故こんな事になったんだろう。いつも短期な割に珍しく、志布志は自棄的に考える。
 本当に、

「おい飛沫ちゃん、今から食堂行こうぜ!」
「行く訳ねえだろ球磨川雪」

 どうしてこうなったんだろう。

 今日で一週間。普通(ノーマル)の少年 球磨川雪の策略で同室になって7日、志布志と蝶ヶ崎は憎き敵、球磨川兄弟+鬼原と一緒に暮らしている。

「そっか じゃあカレー買ってきてやるよ」

「またカレーかよもう7日連続だぞ」

「リクエストあるのか?」

「あってもテメーにゃ言わねえよ!」

 声を荒げる志布志に雪は「じゃ適当に選んでくるよ」と笑って返す。そして部屋の扉付近から禊に声を掛けられ、名残惜しそうに部屋を出た。
 部屋には、無言で読書する蝶ヶ崎と、志布志だけが残る。


「…本ト」

 雪は、こうやって、事ある毎に志布志と蝶ヶ崎を誘っている。だが志布志にはさっきのように乱暴に拒絶され、蝶ヶ崎にはシカトを決め込まれている。しかし雪はめげる事なく、今日も今日とて志布志達と接してくる。

「何考えてんだろ、アイツ」

『友達になる』と、雪は言った。何故? 志布志は考える。
 初めはただの意地だと思った。過負荷に対する負けん気というか。だからこそ初めは志布志も荒れた。あらゆる手、あらゆる方面から雪を妨害迫害し、嫌悪させようと。
 だがこの1週間の雪を見るに、そんな一過性の物でもなさそうだった。

「じゃあ一体」

 何故? 志布志は考える。
 雪の兄は志布志と同じ過負荷(マイナス)。なら志布志達の攻撃力、イカれ具合。仲良くなる事の危険性は解かってるハズなのに。

(何故 あたし達をここに連れて来た?)

「飛沫」

 不意に、声を掛けられる。
 志布志が顔を上げた先に、蝶ヶ崎が立っていた。

「蛾々丸?」

「どうかした? 俯いて」

「いや…」

「…、話があるんだ」

「話?」

 志布志が訊くと、蝶ヶ崎はコクリと頷き、一瞬の沈黙の後、言った。

「そろそろ、反逆(うご)きましょうか、空気にも馴染んできたし」蝶ヶ崎は残忍に、「奴らへの報復…!!」

「! あ……ああ…もうそろそろか…!」

 それは当初から考えていた事だった。雪の事ばかり考えていてド忘れしていた。
 だがちょうど良いのかも知れない。これで悩みも解決だ。
 なのに、志布志は、

「一応、計画としては無能力者の雪から殺して…」

 その言葉に志布志は何故か、本当に何故か解からないけれど、反射的に、

「嫌だ」

 と言い放っていた。


 ☆



 病院の廊下を全力疾走しながら、志布志は考える。

(どうしてこうなった!?)

 何故あんな事を口走ってしまったのだろう。否定的な過負荷の性分…としておきたい。
 だがその後、どうして「雪はあたしの獲物だから」と作戦の詳細も訊かず出てきてしまったのだろう。

(き、きっとあたしの深層心理に雪への怨恨があったんだな! そうに違いない! …んで雪はどこに)

 食堂。一瞬で志布志は思い至る。
 だがそれにしては遅い。いつもならもう病室に帰ってご飯を食べてる頃だ。

(もしかして、あたしのを選んでんのか…)

 何て考えながら、志布志は食堂へと続く階段に差し掛かる。
 すると、ちょうどこちらに上がって来た少年がいた。

「げっ 雪!」

「げとはなんだ! せっかく訊きに来てやったのに」

「何をだよ! 別にお前の事何てどうとも思ってねえよ!」

「はあ!? 昼飯何が良いかって話だよ。好きな料理とか」

 苦笑しつつも雪は「で、何が良いんだ?」と尋ねてくる。しかし志布志は別の事で頭が一杯だ。すぐにでも雪を拉致しなければならないのだから。

(ど…どうしよう…! って何を悩んでる、さっさとこ)

「おい志布志!」

「へっ!?」

 気がつくと雪が志布志にかなり近づいていて、反射的に志布志は後ろへ跳ぶ。

「何だ!」

「いや、お前ここまで来てる事だし一緒に食堂行かねえかなって」雪は特に含みもなく、「そっちの方が楽だし」

「……あのなあたしが"何なのか"解かってんのか? 危ないとか思わないのかよ」

「何で?」

「…」

 何でって、当然だろう。自分の事ながら志布志は思う。
 純真無垢な子供ならまだしも、雪は自分達の危険性や退廃性を知ってるはずだ。それなのに雪(こいつ)と来たら…

「(てか何でこんな話してんだろ 目的は拉致だってのに…) 何でってあんた」志布志は呆れ口調で、「どういうつもりか?って事」

「?」

「あたしらをここに留めた理由。馴れ馴れしくする理由!」

 だんだん腹が立ち、志布志は声を荒げる。しかし雪は平淡に、

「友達になりたいからだよ」

「……あのなぁ」

 志布志はガックリと肩を落とす。こんな行動あたしのキャラじゃないのにと項垂れる。
 が、バッと顔を上げ雪に詰め寄った。

「だーかーら! 何で"友達"になろうとしたのよ!? 意図は 目的は 利益は!? 過負荷(あたし)の相手する価値のある物があるのかって訊いてんだよ!!」

 志布志は畳み掛けるように叫ぶ。あまりにも自虐的過ぎて、志布志自身つらくなってきた。
 しかし、顔を歪める志布志に対し、雪は平然と言った。

「…あのさ」雪は静かに、「前から言おうと思ってんだがよ」

 雪と志布志の視線が合う。自分の方が強いはずなのに、何故か志布志は眼を逸らした。

「飛沫、お前は何なんだ?」

 志布志の目が驚きで広がる。
 真意を理解できないまま、志布志は小さく応える。

「あたしは過負荷(マイナ) 「違う。」…」

 志布志の言葉を、雪は一言で断じる。その言葉に迷いはなかった。
 形容しがたい感情をこめて、もう一度、志布志は雪と向かいあう。

「お前は志布志飛沫、短気で生意気な5歳児だ」

「…ッあのなぁ! 志布志飛沫という人間そのものが過負荷なんだよ!」

 異常者の大半は普通(ノーマル)など気にも留めないし、過負荷達は自分達以外の全てを憎んでいる。
 だが雪は、

「いや違う。全く変な話だが、この世界の奴は異常は異常。過負荷は過負荷。悪平等は悪平等って、グループ分けしてやがる。それこそ一心同体みたいによ。――そんなんじゃねぇだろ? 人間って、一人一人別々に、生きてく物だろ」

「………質問に答えろ。何故あたしらを助けた!」

 業を煮やした…というよりこれ以上聞けば何かが変わりそうになる恐怖から逃げるように、志布志は話を戻す。
 しかし、

「大体5歳児がなんで友達作るだけでそんな疑心暗鬼になってんだよ。普通子供は何も考えずキャッキャッしてるもんだろうが」

「テメェだってそうだろうが!」

「してんじゃねえか、鬼原やらお前やらと」

 そして雪は肩を竦め、「だからよ」と続ける。

「普通に俺はお前らと友達になって遊びたかったから助けた。深い意味はねえ! そんなのダメだとは言わせねえぞ、遊ぶのが子供の仕事だからな。決してお前みたいな馬鹿な生き方する事じゃねえ」

「…結局偽善だろ!? そんな風に言って、あたしらを助けたんだろ!?」

「ひねくれてんなよ飛沫。助けて欲しいなら、助けて欲しいって言えば良いじゃねえか」雪は悪態づくように、「でも俺は偽善で助けた覚えはないぞ。"お前らと遊びたかった"からだ。きっと助けない奴だっている」

「………」

 大して迫力もない雪の言葉に、何故か志布志は黙ってしまう。
 そんな志布志の肩を叩き、雪は笑った。

「普通になれとか変われとは言わないし、憎悪をなくせとも言わない。でも、あんま深く考えず"子供らしく"しとけ。運よく羽が伸ばせると思って、お前らの事は、自称お前らの友達軍団が護ってくれるから」

「……」

「あ、でも俺 基本無能だから、あんま危ない事件起こすなよ?」雪は辺りを見渡し、「………んまあ、一緒に行く空気じゃねえな、適当にカレー買ってくら」

 そう言って、雪は階段を降りて行った。


(子供らしく………か)



 ☆


 次の日 箱庭病院の廊下にて


(恥ずかしい!!)


 昼下がり、球磨川雪は心中絶叫する。
 今になって、昨日の台詞が蘇って来たのだ。
 今にして思えば、何とも恥ずかしい。

(何知ったか顔で説教してんの俺! 意味不明な事 口走ってたし! 絶対痛い子と思われたよ!!)

 両手を顔に充てている雪を、鬼原はぼんやり眺めながら、

「そこまで気にする事っスかねぇ」

「煩い!俺がどれだけ苦しんでるか解かってんのか! 黒歴史確定だよコレ」

「まぁ」鬼原は宥め口調で、「昼時ですし食堂行きましょう。雪が構ってくれないって不貞腐れて、球磨川さん先行っちゃいましたよ」

「…一応、飛沫達も誘って行こう」

「それだけ恥ずかしいのに誘うんスね」


 雪にとってこれはもう日課の様な物だ。それに、昨日志布志に言った事も本心だ。
 人を憎んだり戦ったりしないで、子供らしく無邪気に生きて欲しいという思い。

「(テンパって上手く言えなかったけど)おーい今から食堂行く人ー!」

 病室のドアを開くと同時に声を上げて、部屋を見渡す。
 蝶ヶ崎は読書中。
 志布志はいない。

「なあ蛾々丸、飛沫は? 後お前も――「知りません行きません」

「…」

「ドンマイ雪、さあ行きましょう」

 蝶ヶ崎に一蹴され、そそくさと二人は病室を後にしようとする。しかしドア前ではたと止まる。
 何故なら、志布志が仁王立ちして、行く手を阻んでいたからだ。
 二人は、呆気にとられたように志布志を見る。

「飛沫…?」雪は声を震わせ、「どうした?」

 志布志はまるでぎこちなく台本を読む様に、隠していた秘密を暴露するかのように、

「……もうカレーは飽きたからな…ッ きょ今日からはあたしが自分で選ぶ!!」

 赤くなる志布志の頬と比例して、雪の笑みが広がる。

「そーか! じゃ行こうぜ、喰うモン決まってんのか?」
「行ってから決める! 蛾々丸のもあたしが決めるから、早くいくぞ!」

 表情を隠すように廊下へ走りだす飛沫。
 しかし雪は、視界の隅に確かに、捉えた。

「おい待て飛沫! 置いてくな!」

 飛沫の、子供のように屈託のない笑みを。






[29419] 第10話 協力してもらえないでしょうか
Name: oden◆0fc721ee ID:da81a690
Date: 2011/08/30 14:00
 
 ■前書き■
 蝶ヶ崎回。1話完結で行きたかったんですが、この話の前半に志布志達の日常もどきを入れたら、2話構成になってしまいました。
 「いやどうでもいいよ!!」 って話かも知れませんが、えこ贔屓とかじゃないよって意味の言い訳です。すいません。
 ――――――――――



 偉業の事件の収束から1カ月が経った。つまり志布志と蝶ヶ崎が病院で住む様になってからは3週間強。
 危険とは程遠く日常は進み、入院生活27日目の今日も、変わらぬ日常が続いていた。

「「6 5 4」」

 そんな昼の11時59分。雪と飛沫が声を揃え何やらカウントダウンしている。
 鬼原はその光景を無関心げに見つめ、蝶ヶ崎はいつものように読書中だった。

「「2 1 0!!」」


 ゴ ォ ォ ォ ン


 声と同時に、鈍音が病院に響く。この病院の昼のチャイムだ。それが鳴るや否や、二人は廊下に並び、クラウチングスタートを決め込んだ。

「いいか!?」飛沫は活発な声で、「負けた方が激辛カレーな!!」
「おうよ!!」雪も同調し、「まあ俺の勝ちは見えてっけど!!」

(食堂までのレースね) と一人鬼原が納得。

 そして二人がスタート仕掛けたその時、二人の後方から声と足音が聴こえた。

「『待って…ッ』『ちょ、僕もッ』『ハァハァ』『参加』」

「に 兄さん?…どしたの、随分疲れて」

 息を切らせる禊を雪は見た。その瞬間、雪に戦慄が走る。遅れて振り向いた飛沫も、ギョッとして体が固まった。

「『助けて雪ィ!』」
「待てェエ禊ィィ!!!」

 ――禊の後を、鬼のような形相で人吉瞳が追い駆けていたのだ。

「み 禊くん! 人吉に何したんだよ!」
「ちょ来るな!兄さんこっちくんな!」
「『どいてどいて!この人もう何するか解かんないぞ!』」

 禊が二人と同じラインに至った瞬間、雪達も走りだし、時間差で瞳超特急が走り去って行った。
 残ったのは鬼原と蝶ヶ崎―――否、鬼原はこれから食堂に向かうから実質蝶ヶ崎だけになる。

(………しっかし、変わる物ッスね)

 と、窓をぼんやり見つめて鬼原は、飛沫の姿を思い浮かべる。
 友達になるとか馬鹿らしいとも思っていたし無理だとも思っていたが、今普通の少女のように遊び回る飛沫を見ていると、まんざらでも無く笑みが零れた。
 雪が言う子供らしさが持つ平和なオーラに充てられたせいだろうか?きっと、これからする行動も、

「なあ蝶ヶ崎、お前は食堂行かねえんスか? 毎度飯持ってきてくれる志布志に悪いと思わない?」

 まんざらでもない。と言いつつも鬼原は自分から友情を育もうという気はない。
 成り行きなら大歓迎なら自ら動く事は無い。あくまで雪の解説役、蝶ヶ崎も雪達が適当にやればいい。ならば何故声を掛けたかと言われれば、気まぐれ以外の何物でもなく、鬼原自身本気で誘ったつもりではなかった。

「遠慮します」

 蝶ヶ崎は本から目を離さない。本の題名は『スポーツ大百科』とあった。"バドミントン"の項目(ページ)を凝視している。
 人は選ぶ過負荷だが、本に対しては雑食らしい。

「飛沫はそういうの気にしませんから」

「…さいですか」

 予想通りの答えに鬼原は少し笑い、部屋を出ようした。
 が、今度は予想外。蝶ヶ崎が鬼原に声を投げた。

「でも…」

「!…」

「実は貴方に、少しお話があります、いや"頼み"かな…場所を変えましょう」

「………はあ」

 やけに早口で発せられる言葉に、鬼原は間抜けな言葉しか返せなかった。



 ☆



 二人は人気のない自動販売機の傍に移動した。ここは人が余り来ない。
 鬼原は飲み物でも買おうとポケットに手を突っ込んだが、同時に蝶ヶ崎が話し始めた。

「1か月……ですね」

「え…えっと、何が?」

「僕らが貴方達と住む様になってから」

「あぁ…」

 噛みあわない会話に歯がゆさを覚える鬼原であったが、話は続かず、沈黙。
 今度こそと鬼原が100円を取り出すと同時、蝶ヶ崎が話しだす。

「笑ってましたね…」

「え…えっと、誰が?」

「飛沫です。あんなに屈託のない笑みは久しぶりです」

「あぁ…で、話というのは…」

 飲み物を諦め、鬼原は尋ねる。また少しの沈黙の後、蝶ヶ崎は口を開く。

「みんなと仲…良いですよね、飛沫」

「あ…そうッスね、今じゃ雪よりもはしゃいじゃってますね…」

「本当に…何者からも嫌悪を受ける過負荷(マイナス)の人間が…」

(あれ、もしかしてこれ蝶ヶ崎怒ってる?)

 ありうる。と鬼原は考える。共に世界を憎んだ友が、仲良しこよしで遊んでいる…これ以上の屈辱は無いだろう。
 だとすると話は嘘でオレを騙す気か…それとも戦闘? と至ったところで、とりあえず飛沫をフォローしておこうと鬼原は思い直す。

「あのッでもアレは 「羨ましいなあ……」

 瞬間、鬼原は固まる。
 人気玩具に憧憬するような目で蝶ヶ崎は呟いていたのだ。
 鬼原は思わず帽子を整えた。

「………?」

「……僕も頑張ってはいたんですよ」蝶ヶ崎は懐かしむ様に、「でも…中々話し掛けれなくて…」

「へ?    ふぇ?」

 流石の鬼原も状況が理解できない。しかし蝶ヶ崎はすらすらと続けた。

「そこでお願いなんですが……僕が雪君達と友達になれるように協力してもらえないでしょうか…?」

「えっっと…とりあえず1から説明頂けます…?」



 ☆



「…で 話を纏めると、貴方は1か月前、志布志がデレたころから自分も友達の輪に入りたいなと思っていた。しかしその思惑とは裏腹に、恥ずかしさのあまり貴方は誘いをずっと断っていた。このままでは誘いすら来ないぼっち空気キャラになりかねないと感じた貴方は何とかしてきっかけを作る為、"戦闘"という接点のあるオレを仲介に選んだと…」

「概ね正解です。でもデレとかぼっち空気とか言わないでください」

 衝撃発言から10分、やっと落ち着いた鬼原はやっと買えたフルーツジュースを飲みながら蝶ヶ崎と向かい合う。
 鬼原にとって、予想外すぎる展開だった。

「解せませんねぇ 仲良くしたきゃ雪に言えば良いのに、彼にとって一緒食堂行ったら即友達ですよ」

「…いつも断ってたのにいきなり乗り気になったら、変に思われるじゃないですか『何だよアイツ!』みたいに…」

「ンな事ないッスよ。現に志布志も突然デレ…食堂に行くようになったけど、何もないじゃないですか」

「あれは飛沫の素が快活だからですよ。少し変でも話は面白いし運動もできるんで払拭されます。でも僕は喋らないから"変"っていうイメージだけ残るんです…、だから鬼原君にはそうならないようフォローを頼みたいっていうか……。アレです。僕は学校のクラス替えの後に友達作る時、一からじゃなく元々いた友達のコネで仲良くなるタイプなんです」

「ず、随分と友人学に造詣が深いようで…」

 蝶ヶ崎の言葉に若干押されながら、鬼原はぼやく。
 面倒臭い事になったな。と鬼原は帽子を上から押した。しかし乗り掛かった船、雪の為にも仲介役引き受けてやろう。

「……解かりました手伝いましょう。でも流石にどのくらいアンタがトーク力がないか調べましょう」

「そ…そんな…一言も発さないまま大親友になる為に頼んだのに」

「それもう洗脳じゃないッスか」鬼原は手を叩き、「とりあえず食堂帰りの雪にアタック!今の内に文章考えて」


 ☆


 雪達は程なくして帰って来た。食堂に行くと言っても、いつも蝶ヶ崎が来ない為、ご飯だけ部屋に持ってくるのだ。
 鬼原は雪が選んだであろうカレーライス。蝶ヶ崎は飛沫が選んだであろう醤油ラーメンをもらった。

「『鬼原くん』『どうして食堂来なかったの?』」

「いえ…ちっと小便行ってたら…」

 鬼原が誤魔化すと「飯時に汚い言葉使うな!」と飛沫からヤジが飛んだ。

「ま 良いじゃねえか」雪は両手を合わせ、「いただきます」

 雪に同調して皆おもむろに食べ始める。しかし鬼原の視線はカレーではなく蝶ヶ崎に向いた。
 鬼原の視線に、蝶ヶ崎はコクンと頷き、席を立った。
 向かう先は、雪。

(お手並み拝見…)

「ねえ ソソギ君」

「!……ッ どうしたんだ蛾々丸くん」

 珍しい人物に雪も驚きを隠せず、まじまじと蝶ヶ崎を覗き込んだ。
 一瞬の沈黙の後、蝶ヶ崎が口を開く。

「雪君…過負荷(マイナス)と異常者(アブノーマル)との共存についてどう思」

「撤収ーーーーッ!」

 突然、鬼原の叫び声が室内に木霊する。
 そして疾風の如く鬼原は蝶ヶ崎を小脇に抱え、ついでにカレーとラーメンを器用に持ち、部屋を走り去った。







「ガッカリでした。ここまでとは」

 例の自動販売機前で、鬼原は項垂れる。
 蝶ヶ崎は何が何やらまだ解かっていない様子だ。

「あのですね久しぶりに話して、しかも団らんのランチタイムにあんなヘビーな話題NGッスよ! シリアスな存在論の討論から友情芽生えても後味悪いでしょ!」

「でもこれから過負荷と付き合っていく訳ですし…」

「そうですけど雪の場合、過負荷の貴方ではなく、子供の貴方と仲良くなるっている屁理屈ですからねー」

 あーもう。鬼原は頭を掻こうとするが、帽子が邪魔で出来ない事に気づき止めた。
 しかしどうしたものか、蝶ヶ崎本人に喋らせて自分がフォローというだけでは済まなそうだ。一から作戦を考える必要がある。
 面倒臭りながらも楽しさを覚えている自分を感じながら、鬼原は言った。

「ま、一応雪との接点は出来ました。発言の弁解なり謝罪なり、理由付けてコミュニケーションが取れます」

「でも、正直そんな会話僕には…」

「解かってます! だから作るんですよ!」鬼原は決意を表すように拳を握り、「あなたが皆に極自然に溶け込めるような、必策を!」




[29419] 第11話 蝶ヶ崎交友関係良化作戦
Name: oden◆0fc721ee ID:da81a690
Date: 2011/08/30 14:14
 
 例の自動販売機の傍で、過負荷の少年と、神の使いとの謎の会議が始まった。

「整理しましょう」鬼原は思い出すように、「貴方は雪達と友達になりたい。しかし自分から話しかけられないしかけれても話題がない。スポーツも並。なのでオレに協力を頼んだ」

「は、はい」

 と、講義を熱心に受ける学生のように頷く蝶ヶ崎。

「しかし正直言ってオレ一人では仲介にも限界があります。なのでオレの作戦としては、"もう一人の協力者"を作るべきと考えます」

「もう一人って、飛沫や球磨川くんとか…ですか?」

「はい」鬼原は頷き、「しかしオレみたいに職務的な話ではないです。要するにいきなり雪を詰めるよりも、まず彼らと仲良く鳴っておいた方が便利って事ッス」

 元々生粋の過負荷である蝶ヶ崎に、普通の雪と仲良くなれ! というのは酷な話だ。やはりここは、同属性の志布志や球磨川との外堀を埋め、さらに鬼原を補助に付けてから雪にアタックするが良い。 というのが鬼原の作戦だった。
 その後1時間、作戦としては色々案は出たが、結局上記の鬼原の案に落ち着いた。
 初めのターゲットは、蝶ヶ崎と一番仲が良い志布志飛沫。会話中に核心を話しそうだからと大まかな文章も鬼原が作った。

 そして、作戦開始である。


 ☆


 第1次 蝶ヶ崎交友関係良化作戦
 標的:志布志飛沫
 場所:病室


「なあ飛沫…」

「ん?」

 雪と禊が便所へ行ったのを見計らい、蝶ヶ崎は飛沫に声を掛ける。ちなみに鬼原は壁越しに拝聴。

(いつも志布志は気を遣って昼飯を誘わない! それを利用して蝶ヶ崎が実は食堂に行きたい旨を伝える! そうすりゃ志布志の加護付きで雪に近づけるって寸法よ! 頼みますよ蝶ヶ崎さん!)

「あの…飛沫、実は…」

 おろおろとした棒読みで、蝶ヶ崎は言葉を漏らす。その珍しい様に、飛沫も緊張を覚える。

「そろそろ僕も皆と食堂行こうか「ゴ ゴメン!!」

 急に、飛沫が両手をあわせて謝って来た。
 唖然と、蝶ヶ崎の言葉が止まる。

「ゴメンな気ィ遣わせちゃって」志布志は苦笑して、「雪と気まずいかなと思って勝手にラーメンばっか選んでたけど、蛾々丸も選びたいよな」

「うんだからね」

「今度 商品目次コピーして持ってくるから!」

「……………………………え?」

 そ、そう来たかぁ~~! と鬼原は一人頭を抱えた。
 蝶ヶ崎が否定する間もなく、志布志は続ける。

「だよなぁ。行きたくても雪らが居ちゃ嫌だもんな…あいつら変に馴れ馴れしいとこ…まあ良いトコでもあるけど、蛾々丸にとっては不快だもんな。あたしもちっと前までそうだったし」

「いやそんな事全然 「大丈夫!!」

 無駄に元気な飛沫の声に、蝶ヶ崎は尻込み。

「お前はあたしが守ってやる!!」

「そうじゃなくて」

「何も心配しなくて良いから! お前はあたしが守ってやる! あでも鬼原には気をつけろ。あいつに何考えてるか解かんないから」

「話しを聞いて」

「じゃ早速食堂行ってくる。また何かあったら言えよ! 何でもするから!」

 そう言って、突風のごとく飛沫は去って言った。
 無言で立ち尽くす蝶ヶ崎の肩を、鬼原がポンと叩いた。

(志布志…雪に改変されて普通な感じだったけど、やっぱ過負荷だな…。やる事が全て裏目(マイナス)に出てら…)



 ☆




 第2次 蝶ヶ崎交友関係良化作戦
 標的:球磨川禊
 場所:瞳先生の部屋

「くっ球磨川先輩ッ!」

「『ん』『どうしたの蛾々丸君』」

 何故か瞳先生が不在の診察室で、蝶ヶ崎は球磨川に声を掛ける。文章内容は前回と同じ。だか前回と違うのは、

「蝶ヶ崎君から少しお話があるそうで、付添でオレまで呼んで。まあ聞いてやってください」

 今回は鬼原も参加している。理由は"嫌な予感がするから"。理由としては根拠に欠けるが、禊相手に根拠も何もないだろう。事実、鬼原の胸騒ぎは禊を前にしてさらに激しくなった。

「実は僕そろそろ皆と食堂行こうと思って、オススメとかあったら」

「『どうして僕なの? んで何でそんな嘘つくの?』」

 禊の、酷くゆとりを持った声に、鬼原の背筋が震えた。

「嘘なんかじゃ」

「『正確に言えば主旨をズラしてる』『かな』『大方、雪と仲良くなりたくて僕を味方につけようって腹だろ』『嫌だねぇ友達作るのにこんな根回し』『自分を見ているようだ』」

皮肉と自虐たっぷりに、禊は言う。
「…お…鬼原君…」と助けを乞うように蝶ヶ崎が鬼原を見た。鬼原は汗をだらだら垂らし、声を震わせ応えた。

「(予感的中…! 勘が鋭いってレベルじゃねえぞ) …もし、それが正解なら?」

「『手伝わない』」

 きっぱりとばっさりとすっきりと、禊は断言した。あまりの早さに追及もできず、沈黙が降りる。
 静寂を破ったのは禊だった。しかしその声はマグマのように怒情が籠っていた。

「『なあ鬼原君』『僕の悩みを知ってるかい』」

「(嫌な予感…!)さぁ…人吉先生ッスかね」

 当たり障りなく目を背けた鬼原だったが、背けれた気がしなかった。

「『最近ね、雪が冷たいんだよ』『でも理由は明白なんだ。"君たちが来たから"。正直な話ここんとこ出番も少ないし雪は構ってくれないし僕軽いノイローゼでさ』」禊はさも苦しいですと、「『そんな僕に敢えて雪の周りを固めろと?』『甘めえよ。』」

「そんな事…雪が聞いたら怒りますよ」

「『大丈夫だよ。"聞かせない"から』『"口封じ"は――得意なんだ』」

 いつの間にか、禊の両手にプラス螺子。彼の体から尋常ではない殺気が発せられている。
 その瞬間、鬼原は蝶ヶ崎の手をひっぱり逃げ出した。



 ☆


 結局二人は共同病室に行きついていた。
 部屋には何故か、誰もいない。

「もう……諦めます」

 大して悔しがる素振りも見せず、蝶ヶ崎は呟く。

「最初から無理なんですよ」蝶ヶ崎は溜息をつき、「元が子供な飛沫と違って、僕は捻くれてるから、ずっと本読んどけば良かったんです」

 捻くれ、とは言わないが確かおかしい所はあった。だがだからこそ、諦めてはいけないのだ。

「まだまだッスよ!! 作戦はこれからです!! 本気の本気でオレに頼んだのに、いじけて逃げるなんてないでしょう。いじけても宥めてくれる奴が出来るまで、意地でもやってもらいます!」

「…鬼原くん」

 彼の捻くれの原因である不慮の事故。それはストレスだって押し付ける事が出来る。…ならば何故、"友達が欲しい"という意識は押しつけなかったのだろう。
 その答えを考えただけでも、自分の主義に反しても手伝うべきと鬼原は感じていた。

「…さあ作戦考えましょうや蝶ヶ」

「おぉーーい!! 鬼原! 蛾々丸も!珍しいな! お前も来るか?」

 鬼原の言葉を遮り、雪が陽気に現れた。手には何故かサッカーボール。

「実は瞳先生が家から一杯玩具持ってきてくれてな、中庭で遊ぼうって話。兄さんや飛沫はもう行ってるぜ」

「玩具て…雪アンタ実年齢考え「黙れ 蛾々丸は来るか?」

 雪の問いに、蝶ヶ崎は黙る。しかしそれは無視ではなく、何かを言おうと努力してのものだと、鬼原と雪は気づいていた。

「……―――行きます」

「…蝶ヶ崎さん…!」

「そっか、じゃ、行こうぜ!」



 ☆



 玩具、と言ってもあったのはスポーツ用具ばかりであった。その代わり到底幼児には不可能なスポーツの物まであった。
 雪達5人の円の中心で、瞳は用具の一つを叩いた。

「皆で出来る遊びって事でスポーツね! 健全な魂は健全な肉体に宿る。多数決で好きなスポーツを選んで皆でやりましょ」

 早速飛沫は「野球!」と名乗りで、雪も「サッカーだろ」と続く。
 そんな中、蝶ヶ崎は鬼原に近寄って、

「もし、僕が本気で皆と仲良くできると思ったら、できますか」

「本気に何ぞならんでも出来ますよ。正直、オレの手助けもね」

「……僕は、いつも色んな事考えてるんです。過負荷と異常とか、下らない雑学とか子供じみたアニメとか。でも、息詰まるとすぐに押しつけちゃう。でもそれじゃダメなんですよね」

「ダメ以前に無理ですよ。残念ながら貴方は逃げられない。記憶は押し付けれても感情は押し付けれません」

「…そうですか」

 半ば自分に言い聞かせる形で、蝶ヶ崎は言っていた。
 そして、雪と飛沫の口論に割って入った。

「僕は……バドミントンが良いと思います!!」

 まさかの参加者に、一瞬騒然とざわつき、静かになる一同。
 瞳は冷静に「…バドミントン、好きなの?」と微笑を浮かべ尋ねる。蝶ヶ崎は少し縮こまりながらも、

「本で見ただけで、経験は……でもないからこそ、皆初心者からのスタートが出来ると思って…」

 文末につれ小さくなる声を、瞳はうんうんと頷いて聴いてくれた。
 そして全部言い終わったのを見計らったように、雪が蝶ヶ崎の肩を叩いた。

「俺初めてなんだ! 一緒にやろうぜ蛾々丸!」
「う…うん!」

 道具を取り出し、足早に雪は蛾々丸を連れて行ってしまった。
 飛沫は両手を後頭部に回し、鬼原に近づく。

「あたし、蛾々丸の事勘違いしてたかな。あいつ能力もそうだけど受け身ばっかてでさ。正味そういうトコ苦手だったんだけどさ…・」

「そんな事もなかった。でしょ」

「うん」飛沫は微笑んで、「やればできんじゃん。あいつ」

「そっ…ッスね」

 飛沫の笑みに促されたのか、鬼原も「ふっ」と笑った。
 ぎこちなさを残しながらも心から笑う、蛾々丸を見て。



「ちなみにオレは志布志とやるんで、球磨川さんが余りますね(笑)」
「『最近僕の扱い悪くない!?』『体育の2人組制反対!!』」



 ■後書き■
 …と、まあ二人とも普通に笑えるようになって、邂逅のお話は終了です。
 キャラ同士の絡みも大体書けたし、次回からはまた真面目にやっていきます。



[29419] 第12話 ごめんよ
Name: oden◆0fc721ee ID:da81a690
Date: 2011/08/31 20:14
 
 共同生活から半年ほど経ち、飛沫と蛾々丸はかなり空気に溶け込んでいた。飛沫は日増しに騒がしくなり、蛾々丸は大人しいがちゃんと喋るし遊ぶ。時たま禊が突拍子もない事をするが、その度に皆で駆けずり回るのも一種のイベントのようになっていた。
 しかし今日、今日の飛沫達は正反対の態度を見せていた。
 何故なら、

「え~と、この子が私の息子で人吉善吉。よろしくしてあげて」

 お客さんが来ていたからである。
 小学生並の体躯の陰に隠れる、雪達と同い年程の少年に皆視線を向けていないフリをして、形容しがたい空気を放っていた。
 要するに、人見知りである。


 ☆


 雪は考える。状況を整理しよう。現時刻午後1時。皆と食堂から戻った時に瞳と善吉がいて、今に至る。
 それだけの事なのに、何だこの空気は? 誰も善吉に喋らないし、善吉も無言のまま。
 雪も善吉とは面識がないので話し掛けられない。

「『久しぶりだね善吉ちゃん』」

 意外にも口を開いたのは禊だった。優しい声色に、善吉が少し母から離れる。

「『今日はどうしたんだい?』」

「えっとね、今日、友達を待ってたんだけど、遅くなるって。だからお母さんがここで待ってなさいって」

「『そっか』『じゃあ僕らと遊んで待ってよう』」

 随分親しげに話しているな。と雪が様を見つめていると、鬼原が耳打ちしてきた。

「実は前回の偉業の件で、オレと球磨川さんは人吉と会ってるんです」

 初耳の話だ。しかしならば鬼原は何故動かないのだろう―――それを尋ねる前に、鬼原は答えて来た。

「言っときますがオレに期待せんでください。オレまで前線に出ちゃフォローしきれません」

「フォロー?」

 鬼原は視線を飛沫と蛾々丸に向けた。二人はしかめっ面で善吉を視界の隅にも捉えない。

「…何だ?あいつら善吉が嫌いなのか?」

「所詮どう足掻いても過負荷ですから」鬼原は他人事のように、「経験上、腹の内知れない奴には猜疑心が湧くんでしょ」

 経験上と。鬼原は何気なしに言ったが、雪にとってそれは大きな事だった。
 彼ら過負荷が普通の人間として生きられるよう、不足ながらも雪は努力していた。しかしそれまでの5年だけで無垢な子供も信じられなくなるような経験が彼らにある事実。

「オレらン時みたいに喧嘩腰にならんだけでも成長したと……って雪?」

 鬼原が部屋を見渡すと、雪は飛沫達に近づいていた。その意味を察してか、飛沫は雪の顔を見ない。

「……飛沫」

「なっ何だよ……」

「善吉を見ろ。明らかにスポーツ少年という風じゃないか?」

「…そうかな?…で、何?」

「…」

「…」

 沈黙。
 考えなしかい雪さん……と鬼原が呆れていると、雪がかなり狼狽した様子で「…えっと…」と呟き、

「ス、スポーツ対決とか、したくなぁい?」

 静かな室内で、鬼原が馬鹿にしたように小さく笑う。
 飛沫も、顔を唖然と強張せたが、すぐに酷く呆れたように緩んだ。

「……雪…お前って奴は………ハァ…」

(溜息!引かれた!?)

 ダッ! と雪は両手で顔を押さえ、鬼原の方へ逃げてしまった。なので、呆れるような溜息の後に浮かんだ、飛沫の微笑を見る事は叶わなかった。






 その後なぜか飛沫は普通に善吉と接してくれるようになった。
 飛沫に誘導されてか、蛾々丸も会話に入っている。さらに禊が加わり、過負荷3人と普通1人の不思議接待が完成した。
 そんな光景を離れて見つめる、鬼原と雪。

「いやー結果オーライ…! 俺の痛い行動が飛沫の同情を誘ったか…」

「……」鬼原は何か言いかけたが、「…まあ良いや、時に雪は人吉んトコ行かないんスか?」

「今回は少し後方支援に努めようと思ってよ」

 へー と鬼原は起伏の薄い相槌を打ち、「後方支援の後方支援する役のオレって需要あります?」と軽口を叩く。

「…皆が皆俺や鬼原みたいに過負荷(あいつら)の事情知ってるわけじゃない。どんだけ普通の子供として接そうとしても、どこかで間違えちまう」雪は天井を仰ぎ、「だったらこの際、善吉で"普通"に馴れてもらえば、人付き合いにも使えるかなーと思って」

 そうなれば原作で後に起こりうるとされる、中学時の禊vs.黒神めだかや、生徒会戦挙を改変する事が出来るはずだ。

「よくまあそんな考えますね。育成ゲームみたい」

「そんな事思ってねえよ。でも強いて言うなら『平和に生きる為』、かな。普通に平穏に、面倒事はゴメンだ」

「面倒事になったら助けるってのが友情では?」

「事件を起こさせないよう顧慮するのも友情だ」雪は少し語調を高め、「見ろよ。兄さんだって文句言わず善吉と遊んでくれてんじゃねぇか」

 雪に促され、鬼原は禊達に目をやる。どうやらサッカーをしているようだ。そこには過負荷はおろか禊特有の退廃さも感じられない。
 もしかしたら禊も飛沫達に充てられて、過負荷性が薄れているのかと、雪は希望を膨らませたが、

「…どうですかねえ」

 という鬼原の、小馬鹿にするような言葉に弾かれた。
 すぐに鬼原は「いや変な意味じゃないッスよ」と取り繕う。

「そりゃ球磨川さんですから、友人は一丁前に欲しがるし、大切にします。大切すぎるほどに。だから彼は大体の人にはむしろ甘いくらいに接する」

「……何が言いたい」

「ある意味、志布志達より球磨川さんのが性質悪いって事ですよ」鬼原はあくまで平淡に、「地雷なぞ関係なく、"何が起きるか解からない"。まあ起きたら十中八九悪い事ですがね」

 雪は鬼原の言葉から真意が読めず、鬼原の顔を覗いた。帽子に隠れた目が、汚く歪み、笑みを作っていた。
 視線に気づいた鬼原は、「ま 雪には関係ない事ッス」と見透かすように言った。



 ☆



 現在午後4時。
 あの後、雪達も遊び参加し、今はサッカーを止めて鬼ごっこをしていた。ちなみに鬼役は鬼原が立候補。
 範囲は入院病棟全域。そのとある廊下で、雪は禊を呼びとめた。

「なあ兄さん…」

「『?』」

 不意をついてしまったのか、珍しく禊はきょとんとしている。

「いや実は兄さんに話があって、ついて来」

「『知ってたよ』『僕についてく作戦だと思って張り切ってたんだけど、何の話?』『あ エロいのはナシだよ』『僕は教育に煩いんだ』」

「…そ、そう。なら大丈夫」

 何となく鬼原の意味深な言葉が気になって――いや、それが妙に納得できてしまって、雪はここにいた。
 それで答えが出ない事は解かってる。それでも、雪は尋ねていた。

「兄さんは さ。今の日常をどう思う?」

「『…』」

 禊は返事をせず、雪に視線を送る。

「よくは知らないけど、兄さんはこれまでの人生俺を守りながら、苦しい中生きてきた。そんな兄さんにとって、鬼原や飛沫や蛾々丸がいる日常は……どう?」

「『…変わりないよ。少し騒がしくなったけど、何も変わりない。心配してくれてありがとう雪』」

「そうじゃなくて…」

 そこで雪は言葉に詰まる。
 禊は優しく微笑み、雪の手を握った。

「『大丈夫』『雪は好きな事を好きなようにすればいい』『たくさん友達を作って、たくさん遊ぶ』『害為すものは全て、僕が潰してあげる』」

「…」

 雪は久しぶりに怖くなった。禊の言葉に。
 しかし同様に、
 雪はその言葉に、大きな感動も覚えていた。
 嬉しい。…だが と雪は思う。
 それでは、ダメなのだ。

「『志布志ちゃん達を普通の子にしてあげたいなら協力は惜しまないよ』『雰囲気を壊すような発言・行動も自重しよう』」禊は子をあやすように、「『だから約束だ。危険な事や不審な事があったらすぐ報告しなさい』『鬼原君に頼っても良いが、必ず僕を巻き込む事』『間違ってもこの前みたいに、危ない事はしない事』」

「……」

「『守れるね?』『でないと僕何しでかすか解かんないぜ?』『なんて』」

 最後をふざけ気味に纏めて、禊は握った手を開く。そして軽やかに背を向けて、

「『じゃあ僕行くぜ』『ついて来ても良いけど行先は瞳先生の所だから…

 と、言いながら禊が歩き始めた直後。

「見ィつけた!」

 と少女の声が、二人に投げられた。否、正確には少女ではなく、この病院の医師、人吉瞳だった。
 禊は驚きもせず、

「『どぉーしたの瞳先生』『今から会いに行くとこだったんだぜ?』」

「うん来なくていい。ってか善吉の世話ちゃんとしてくれてるみたいね、ありがとう」そこで瞳は一息ついて、「そこでもう一人、貴方達の新しいお友達を紹介しようと思って」

「友達…もしかして善吉が待ってたっていう」

「そうよ、めだかちゃんっていうの。よろしくしてあげて」



 ☆



「紹介に預かった黒神めだかだ。よろしく」

 場所は皆の病室。そのド真ん中で黒神めだかは、凛として自己紹介を始めた。
 雪の耳元で鬼原が「 凛 ッ 」と原作お馴染みの効果音を真似ていたが、無視した。

「大体何でも好きで特に嫌いな物はない。趣味は人助けだ。もっとも、私に出来る事など微々たる物だが」黒神は悠然と、「ここにはよく来るのだが知ってる者と言えば善吉くらいしかいなくて、同年代の子がいて嬉しいよ」

 黒神は卑しさの欠片もない笑顔を周りに送る。
 そして一番近くにいた鬼原の元へより、「よろしく」と握手を求めた。鬼原はへらへらと握手を交わす。
 黒神が次に向かったのは、飛沫。

「よろしく。志布志さん」

「…ッ…」

 飛沫は露骨に怪訝な顔を浮かべる。さすがに初対面には勇気がいるのか? と雪が思っていると、飛沫が視線を送っているのに気付いた。

「……ッ」

(え??……)

 ジー と飛沫は雪から目を離さない。
 しかし雪がグーサインを出すと、途端に笑顔を作り、握手を交わした。
 蛾々丸もか? と雪は意識を巡らせたが、蛾々丸は普通に握手していた。

(何だったんだ…? )

 恐らく彼女にとって、雪が許す人=安全みたいな形が出来上がっているのだろうと雪は結論付け、嬉しいやら呆れるやらな気分だ。
 そんな内に、黒髪がこちらに握手を求めてきた。

「君は球磨川雪くんだったな。よろしく」

「!…ああ」

 と、雪が手を伸ばし、黒神の手と触れた瞬間、


 ドドドドッ!!


 と、黒神の全身に螺子が刺さった。

「―――ッ」

 黒神の口から微かに声が漏れたと思うと、すぐに部屋の壁まで飛ばされた。
 犯人など考えなくても解かった。

「兄さん…!?」

 禊は両手に螺子を備え、いつでも攻撃できる構えを見せていた。黒神は、動かない。
 戦慄する雪に向けて、禊は自嘲気味に言った。


「『ごめんよ雪』『許してくれ』『僕はやっぱり駄目な奴だ……』」





 ■後書き■
 実は、この話での雪が推測した飛沫の思考は的外れです。しかしとてもくだらない話なので深く考えないで大丈夫です。強いて言うなら、ただの御都合主義?なのですが。




[29419] 第13話 大丈夫
Name: oden◆0fc721ee ID:da81a690
Date: 2011/09/01 20:23
 
 静かに、黒神が地に倒れ伏す。
 慄然と全員静まり返り、視線は禊に集中する。皆困惑の表情を浮かべ、善吉に至っては涙目だ。雪は事態が把握できなかった。頭が混乱して、考える余裕もない。
 しかし禊は、視線を意にも介さず何も見ず、零すように呟いた。

「『御免よ雪…』『どうしたって』『どうしたってダメみたいだ僕は』」

 誰も、その言葉の真意を尋ねられない。雪でさえ、瞳でさえ。なので次に響いた声は、異様なほど室内に染みわたった。

「初対面で螺子攻撃とは……新鮮だな」

 黒神は痛がる様子もなく、美しいほど堂々と立ち上がり、言った。
 見ると、螺子は全て受け止められている。
 彼女の声のおかげか、やっと雪も口を開けた。

「な 何してんだよ兄さん!」

「『!』」

 今存在に気付いたかのように、禊は雪に目を向けた。

「突然攻撃何て!」

「『……雪』」

「…兄さん?」

 禊の言葉は続かなかった。またも黒神が静寂を破った。

「その表情から浅からぬ理由があるのは察するが、その理由は是々非々聞きたいな。なに咎めるつもりはない、原因解消に協力しよう」

 本当に聖人じみた人だ。畏敬すら抱く。それに黒神に戦闘意識はないようなので雪は安心も覚えた。
 しかし禊は「『はっ』」と小馬鹿にするように呟いた。

「『理由なんてないさ…』」

「理由がない?」黒神は表情を変えず、「悪戯心の行動にしては鬼気迫っていたな」

「『ふふ』」

 と、また禊が笑った。初めて雪が彼と会った時のような、自身に向けた嗤笑。そのあと表れたのは、馬鹿みたいな虚構の笑みだった。

「『――ごめんごめん』『謝るから許しておくれ、冗談さ』『僕は"君のような奴"が大嫌いでねー』『顔見ると皮を剥いでグチャグチャにしてやりたくなる』『あでも大丈夫だよ。君とはそれなりに仲良くするつもりさ』」

「そうか。私は好きだぞ」と黒神は微笑みかけた。「私にない物を持ってる」

「『はは、正確凸凹キャラは惹かれあうってね』『僕としては君をボコボコにしてやりたいんだが』」

 禊は笑みを絶やさず、

「『でもいささか興が削がれたよ。少し外に出てくる』『僕が大往生を果たし墓に入った後会いに来ておくれ』」

 そう言って、禊は部屋を出、行方を眩ました。
 黒神は興味深そうに笑い、人吉親子と去ってしまった。
 残った雪は、ただ呆然とするばかり。



 ☆


 現時刻午後6時。
 雪は無言のまま、部屋の椅子に腰かけていた。
 あれから禊を捜索しようと蛾々丸が提案したが、雪には行く気になれなかった。禊の心理は理解不能で、自分が彼に恐怖を抱いた事だけが認識できて気分が重かった。それに捜して見つけて、その後何を話せばいいのか、雪には解からず、ただ怖かった。
 しかし捜さない訳にも行かず、鬼原達は出かけた。飛沫が雪と残ると言ってくれたが、雪は断った。心配は嬉しいが、返ってそれがつらかったのだ。しばらく押し問答を続けた後、飛沫はしぶしぶ外へ捜しに出かけた。

(………)
 
 雪は考える。あの禊は何なんだろう。否、自分は球磨川禊について何を知っているんだろう。
 雪が禊について知ってる事、弟思いで優しくて、少し不気味で何事にも退廃的。だが本気で怒った顔は原作でしか見た事がない。

(………あれは怒っていたんだろうか)

 いや、考えるだけ無駄。どちらにせよ雪の知らない禊がいたいう事に過ぎない。
 静謐な室内で、自分にだけ重力が強くなったように思えた。

「うお、落ち込んでますね~」

 不意に、浅薄な声に意識を覚まされた。顔上げると、鬼原がいた。

「鬼原…お前捜索は」

「こっそり抜け出して来たんですよ。まあ志布志らも同じ事考えてて、説得して俺が来たんですが」

「はは」

 小さく、雪から笑みが零れた。だが良かったかも知れない。こいつになら何を慮る事なく話せる。
 鬼原にとってそれは承知の事であったらしく、雪が尋ねる前に話し始めた。

「今回の件は……、半ば"本能的"な物でしょうね。過負荷ですし、仕方がないッス」

「…どういう意味だ」

 鬼原はよく『過負荷だから』と片づけようとするが、それには理由があったらしい。鬼原の顔がそう言っている。

「人が人格を形成するのに必要な物とは何でしょう? ――答えは経験です。両親友人環境、そして才能や能力。それらに影響されて人格とは出来ます。だが、この世界において過負荷と悪平等にその法は当てはまらない」

 鬼原は歌うように続ける。

「過負荷は生まれた時から過負荷です。虐待の経験があろうが無かろうが、普通の子として生きようが、優遇者を憎み妬み殺したがる」

「そんな事…」

「そこが異常と過負荷の違いですよ。異常(アブノーマル)は単に能力が異常なだけであって、全員の主義や目的が同じな訳じゃない。だが過負荷や悪平等は全て同一。特に過負荷は何の理由がなくても勝者を憎みますし、主義や思想も類似する所が多い。そう考えると過負荷全員が同一人物みたいにでしょ?」

 確かに、改心する前に味方になった過負荷は見た事がない。もしかしたら本当に、遺伝子の根の部分が"過負荷"と決まっているのだろうか。
 …嫌な話だ。

「黒神めだかは異常の最高峰。禊は過負荷の最低峰。薄れた過負荷性が再発現するにゃ良い材料です」

「………例えそうだとして、俺は、どうすればいい?」

「雪はどうしたいんスか?」

「…俺は」

 雪は考える。出来る事なら鬼原の論を無に帰し、解かりあえると断言したい。だが、あの時の禊の目。形容しがたい"負"を含んだその表情に、雪にはそれが希望的観測だとしか思えなかった。
 だが、だが雪には一つ引っかかる事があったのだ。それは、雪が感じた恐怖や困惑よりも、大きなものだった。

「やっぱり俺は普通だから、過負荷(にいさん)の悪意や異常(めだか)の善意は理解できねえよ…でも、兄さんはあの時、俺に謝ったんだぜ……。『ごめん』って」

 雪は顔を上げた。

「なら俺は『大丈夫』って返すべきなんだ。何が大丈夫とか納得させる自信ないけど、そうしなきゃいけない。いや、そうしたいんだ」

 帽子で隠れた鬼原の目を、雪は力強く見つめた。鬼原は数秒顔をしかめた後、ニッと笑った。
 そして無言で立ち上がり、部屋のドアに手を掛ける。

「それが聴ければ充分です。貴方は所詮普通ですから、言う事は無茶苦茶だし非力そのものです」

 鬼原はドアをゆっくりと開き始めた。
 本来なら廊下には誰もいないはずなのに、雪は二人ほどの人影を捉えた。
 見るからに短気な少女と、見るからに大人しげな少年。

「だから自分が無力だとか思わんでください。あなたの無力を補う為に、あなたに助力する為にオレはいて、"このバカ共"もその覚悟はあるそうです」

 ドアが開かれ、そこに現れたのは、飛沫と蛾々丸だった。
 言葉を失う雪に、二人はニマニマと笑みを浴びせる。

「よ! メンタル激弱の雪の為に、あたしが直々に来てやったぜ」と飛沫は笑い、

「飛沫…そんな事言っちゃダメですよ。雪君は大馬鹿者なんです」と蛾々丸も続く。

「……お前ら…」

「言ったでしょ。飛沫も来ようとしたから説得してオレが来たって」

 まだ茫然と立ち尽くす雪。鬼原が人差し指立て叫んだ。

「さぁてここでクイズです! 禊は過負荷の首領にして超がつくへそ曲がり。そんな彼が黒神に『二度と来るな』に近い言葉を贈った。逆に考えるとぉ~?」

「…会いに来い…?」そこで雪はハッと気づく。「兄さんまさか…! 一人でめだかと会いに……!!」

 だとしたら、一体どこへ? やはり尋ねる前に、鬼原が答えた。

「若い男女が密会するといえば、屋上と相場が決まってまさぁ」


 ☆


 良い天気であった。
 暑いほどの快晴でもなく、風が冷える曇りでもない。ちょうど良い位の温度に湿度、柔らかな空気が漂う。
 しかし、箱庭総合病院の屋上、そこに立つ一人の少年を中心に、暗澹たる空気が渦巻いていた。
 少年の名は球磨川禊。彼はここに"結論"を出しに来ていた。
 腐り爛熟するような空気の中で、悠然と立つ少女――黒神めだかに。

「男性に呼び出されたのは初めてなのだが、愛の告白というのではなさそうだな」

 黒神は言う。
 この雰囲気の中でこんな軽口を叩けるのは彼女くらいだろう。
 禊は、そんな異常(かのじょ)が嫌いだった。理由などなく。

「『あながち告白ってのは間違ってないよ』『心の底からぶつかるのに、ここならしばらく邪魔は入らない』」

 鬼原辺りなら見抜きそうだが、彼の事だ。意志を汲んで時間を稼いでくれるだろう。

「『お前』『人助けとか好きだろう』『実は折り入って、僕を助けて欲しいんだ』」

「そうかそれなら早く言え。何をすればいい?」

 禊は、久しく忘れていたドス黒さが湧き上がるのを感じつつ、言った。

「『勝負しようぜ。殺し合いだ』『容赦も躊躇も無用』『言っとくが、僕は全力で勝ちにいくぜ』」




[29419] 第14話 24時間365日いつでも来るがいい!
Name: oden◆0fc721ee ID:01a89efa
Date: 2011/09/04 00:32
 



 意外にも、先に動いたのは黒神だった。しかし目的は戦闘ではなく捕縛である。5歳の体躯からは想像もつかない程の速度で黒神は突進する。
 しかし禊は動かない。黒神が首根を掴み、地に叩き付けられても禊は微動だにせず、にへらと笑った。

 その瞬間、黒神の頭上から、無数の螺子が降り注いだ。

 ズガガッ!! と、計算したかのように禊を避けて、螺子は地に刺さる。
 黒神は瞬時に避けていて、再度禊へと肉薄する。禊は体を捩じりつつ起き上り、紙一重を突撃を回避した―――と、思ったのも束の間、禊の横腹に鈍い痛みが走り、押し出されるように飛ばされた。
 視界の隅に捉えた、黒神の肘打ちの構え。だがすぐにそれも残像へと変わる。

 ド ゴ ォ !!

 反撃も回避も出来ないまま、禊の顔面に衝撃が走り、宙に浮くような感覚。どうやら蹴り飛ばされたようだ。しかしその余韻もままに、今度は床へと蹴り落とされる。
 禊の顔の骨が、軋んだ悲鳴をあげた。
 揺れる意識の中、禊は黒神の気配を探知する。――彼女は横たわる自分のすぐ横。すぐに追撃が来る。
 禊は両手に螺子を持ち、ドリルよろしく床を破砕した。屋上に大穴が開く、と同時に二人は瓦礫を足場に跳ね、穴を間におき距離を取った。

「……球磨川禊…だったな…、何故こんな事をする?」

 黒神は、頭から血を流す禊に言った。
 見るからに禊は満身創痍、黒神側の外傷といえば少し腕に切り傷がある程度。
 禊と黒神の戦闘力の差は、この数秒の戦いだけで双方解かったはずだ。

「『ちょっと"早い"とは自分でも思ってるさ』」禊は荒い息で、「『でも僕は今も、これからもアイツの兄なんだ』『勝負はつけなきゃ』」

「決着? 会って日も否、半日もない私との戦闘の決着が、一体なんだと云うのだ」

「『何て事無い』『過負荷(ぼく)の自己満足さ』『僕はただ君に一度でも、勝ちたいんだ』」

 禊は夢を見るような顔をして、

「『それだけで充分さ』『思い残す事は無い』」

「…」

 黒神は無表情で黙った。そして少しの静寂の後、何かの拳法の構えを取り、毅然として言った。

「…よかろう。事情は拳で語るという奴だな。私も全身全霊を以って闘う!!手加減はせん! 」

「『ありがとう』『でも語れないね僕は拳じゃなく螺子だから』『性格も螺子曲がってるんだ…螺子だけに!』」

 言った瞬間、二人は動いた。黒神は左、禊は右、つまり正面から激突だ。
 両手に螺子を携え、それを剣のように禊は振る。黒神は護身術を"完成"させてあるのか赤子をあやすように弾いていく。
 十手程打ち合った後、禊の視界が不意に反転する。柔道的な技で投げ飛ばされたのだ。
 受け身の心得がない禊は、無様に地面を転がった。起き上った頃にはもう黒神が眼前にいた。

「『危ッ!』」


 ――ガギン!


 咄嗟に禊は螺子を並べ刺し、不器用な壁を作った。壁は黒神の一撃を防ぎ、少し傾く。
 禊は瞬時に壁越しへ攻撃したが、黒神の姿は無い。それどころか、屋上全体にもいない。
 逃げた? 否。恐らく気配を消す達人技を"完成"させているのだろう。禊は彼女の能力を知らなかったが、何故か違和感は感じない。

「『ま、あの子なら何ができても不思議じゃないしね…』」

 しかし動けば格好の餌食。ならば、

「『迎え撃つ…!』」

 禊は背筋を伸ばし、目を瞑った。手には一本の螺子。
 何秒、何分。静謐な空気が馴染みかけたその瞬間、禊は勢いよく螺子を前方へ刺した。


 ガ キ ィ ィ ィ ン !!!


 螺子を撃った虚空であったはずの空間には、黒神がおり、彼女の拳と螺子が正面から激突した。
 普通素手の方が潰れるはずなのに、ひしゃげたのは禊の方。螺子が潰れ、やむなく両手で拳を止めた。
 めだかの方も勢いを螺子で殺され、両者の力は拮抗。

「何をそんなに焦っている?」

 筋肉がふるふると震える中、黒神は言う。
 禊は沈黙で返した。

「随分必死そうだが、私に勝ったらどうなる? 貴様は何がしたいのだ?」

「『言葉で訊いちゃったよ』『拳はどうした?』」

 と、禊は揚げ足を取るが、

「大体解かった。私が尋ねているのは"その先"だ」

 ピシャリと返されてしまう。
 禊は訝しげな顔をして、しばし黙った。何の根拠もなく言った「解かった」に、何故か納得した自分が居て、馬鹿らしく思ったのだ。
 だがきっと本当に概ね理解したのだろう。異常者(めだか)はそういう存在だ。上から目線の癖にすごく正論で、気持ち悪い位に秀でてる。
 禊はそんな奴等が生まれた時から大嫌いで、殺したくて、勝ちたくて、その為なら何を置いても構わないという存在。
 だが、だが。

「『…』弟の雪はね、とても弱くて平凡なんだ」

「…!」

「でも僕と一緒にいる為にここにいる。でもそこに至るまでにきっと、葛藤が恐怖が覚悟が、沢山あったはずなんだ」

 雪が望むなら、普通の平穏な生活を送れたのだ。自分のような爆弾を背負うことなく。
 命がけの事件に巻き込まれることなく。

「あいつは飛沫ちゃん達と友達になったけど、それもきっと勇気がいったはずなんだ」

 禊と同じ過負荷だから。という気持ちもあったはずなのだ。
 過負荷(みそぎ)は救える。という願いがあったはずなのだ。

「過負荷(ぼくら)の傍にいるのがどれだけ危険か解かってないよね。現に僕が今このザマだ。僕は雪を守るけど、同時に守られているんだ」

 何故なら禊は誰にも勝った事がない過負荷なのだから。
 何事にも退廃的な、この世の屑なのだから。

「でも僕は雪を守りたい。どんなモノからも。それが雪をここに置いた僕の責任だ」

 だから、
 だからこそ、

「僕は表立つんだ。例え根っこの過負荷(ぶぶん)が無くならなくても、せめて、雪を脅かす全てに"勝てるように"。異常(きみ)との決着が欲しいのさ!!」

 瞬間、


 ド ゴ ォ ォ !!!


 地面から剣山のように螺子が突出する。さらに畳みかけるように小さな螺子群が炸裂した。
 黒神は全身に浅く螺子を浴びながら、弾丸よろしく禊に迫る。
 禊も同じく、全力で激突した。

「―――ッ『僕の螺子は神出鬼没さ!!』」
「面白い!」

 螺子と拳が、高速で行き交う。両者防御などせず、しようとも思わなかった。
 拳撃で禊の体が軋み、刺撃で黒神の体が貫かれ続ける。
 コンマ一秒単位の死闘の中、黒神が言った。

「その決意や良し! だが球磨川! 貴様は間違っているぞ!!」

 刹那、黒神のボディーブローが禊を穿った。禊の口から乾いた血が飛ぶ。
 勝負は決したと、黒神の中の本能が告げた。

「敗北する事は全く恥じる事ではない!敗北とは生きる糧だ!」黒神は威風堂々と、「そして少なくとも貴様は強いぞ。負ける=弱いは違う。"誰にも"勝てなくても、"弟"を守る事は出来るはずだ! それは貴様が一番解かっている事だろう?」

 腰を竦ませ痛みに震えながら、禊は答える。

「『…綺麗ゴトだね…』」

「貴様の戯ゴトよりマシだ。私が思うに、あの弟は貴様にこんな事望んでないと思うぞ」黒神は敢えて他人事のように、「お前が苦しんでまで変わって欲しくはないだろうし何より、あいつもあいつで、あながち弱くはなさそうだ」

「『…それでも僕は戦いを止める気も甘んじて敗北する気もないぜ? どうする?』」

 禊の問いに、黒神はさながら宝物でも見つけたように言った。

「――友達になろう! 昨日の敵は今日の友、今日の敵も今日の友だ!」

「『!? じゃ勝敗が』」

「友としてなら、私はいつでも死合を受ける! 決着はそこで着けるとしようではないか!」

「『いやだから』」

 禊が言い終わる前に、黒神は握手を求めて来た。

「私は貴様が"困ったら"、今日のようにいつでも"相談"に乗ってやろう! 24時間365日! いつで来い!!」

 これまでの死闘が嘘のように、黒神は溌溂と言う。
 禊は、ああきっと彼女はこのまま大きくなって、人々の悩みをずっと解決するような人間になるんだろうなーと思いながら、自分はその1人に過ぎない事を感じ、笑ってしまった。

「『ふっ…君は雪とは違う馬鹿と見たが良いぜ』『早速相談だ大親友めだかちゃん』」禊は巨大螺子を取り出し、「『僕の渾身の一撃と真正面から勝負してくれ』」

「いきなり大親友と来たか…嫌いじゃない!」黒神も攻撃の構えで「さぁ掛かって来い、正面から!!」

 その時、数秒の沈黙が降りた。
 そして不意に、否、二人にとっては打ち合わせたようなタイミングだったのだろう。
 二人は同時に疾駆した。




 ☆


 現時刻午後7時。
 雪達一行は屋上のドアをぶち破った。やや野蛮に思えるが仕方ない。雪はかなり気が立っていた。
 禊とめだかが戦うと知り場所も解かっていたはずなのに、何故か鬼原が「人吉親子を連れて行こう」「トイレ休憩を入れよう」などと時間を稼せいで来たのだ。
 あの二人が本気でやり合ったらどうなるか。想像を絶するとはこの事だ。

「兄さん!どこに……いた!」

 瞬時に屋上を見回すと、屋上は穴だらけ、そしてぽつんと禊が仰向けになっている。めだかの姿は無い。
 一瞬 死を危惧し震えた雪だったが、禊は笑いながら「『あ』『雪だ』」と起き上った。
 そして「『いやー負けた負けた!』『清々しいほど負けたぜ』」と続けた。

「負けた? 戦ったのか黒神と」

「『それで僕ら友達になったんだ』『あ彼女は先帰ったよ』」

 友達? 兄さん達が? 目を丸くした雪に、禊はこくりと頷き、

「『でも今度は負けない』『友達だからこそ』『今度は必ず勝って見せるさ』」

 知らない内に色々あったようだな、と雪は思う。自分も禊に言いたい事があったけど、必要なさそうだ。
 禊も、何だか一回り成長したように見えた。

「(弟が感じるのも変な話だけど) んじゃ、部屋に戻ろっか」

「『その前に雪』」

「ん?」

「『男女間の友情って成立しないって言うよね』『つまりコレはフラグと考えていいのかな』『若い僕としてはまだ、個別ルートじゃなく色んな女の子と共通ルートを楽しみたいんだが』『雪はどう思う?』」

「訂正…兄さんはやっぱ兄さんだ…てかいつも以上だ…」


 それから雪の周りが、二人分ほど騒がしくなったのは言うまでもない。



 ■後書き■
 この話は久しぶりの難産でした……原因は主に戦闘描写です。2回くらい書き直したのにこの低クオリティ…ェ…。
 次に予定してるバトル回が怖い……
 




[29419] 第15話 サプライズパーティだ
Name: oden◆0fc721ee ID:01a89efa
Date: 2011/09/04 20:02

 ■前書き■ 
 題名に「日常」って入れてんだから日常書かなきゃ第2弾。前後篇です。
 ―――――――――――





 唐突な話であるが、志布志飛沫は球磨川雪に好意を抱いていた。
 マセガキと思われるかも知れない。だが、自身を救ってくれ、遊んでくれた雪に好意を抱くのは何らおかしくはないと飛沫は考えていた。
 そんな雪から今日、患者のいない病室に来るよう呼び出しの手紙を受け取った。彼女に、変な誤解をするなとは酷だろう。
 そうしてちょっぴり淡い期待を持った飛沫を待っていたのは、


「今日から4日後は兄さんの誕生日。よって我々でサプライズパーティを企画する!」


 完璧な肩すかしであった。



 まず無人の病室ですらなく、鬼原と蛾々丸が居た時点で飛沫の幻想は砕けた。
 椅子は円卓状に並べ、中心に雪が居た。空いた椅子に飛沫も座る。

「……で、何なのよ雪」

「言っただろ。サプライズパーティーだ!」雪はわんぱく少年のように、「兄さんにバレぬよう少数精鋭で行う!」

 すると鬼原が「説明を引き継ぎます」と続く。前から知っていたようだ。
 そこからの鬼原の解説によると、前々から雪立案で計画は進んでいたらしく、現在鬼原の手回しで職員も買収し、パーティ準備を着々と進めている事。そして飛沫達には最後の詰めとしての手伝いをして欲しい為呼んだらしい事だ。

「ま、最後の詰めって言っても、職員さん方の手伝いと歌の打ち合わせぐらいなんだけど」

 鬼原をさらに引き継ぎ、雪が締め括った。
 だが飛沫は不安だった。
 誕生日会。飛沫にとって初めての話だ。残念な人生上、自分の誕生日会なんてやった事ないし、相手なんて尚更だ。

(もし誕生日会を知らないと雪に言ったら、どうなるだろう)

 飛沫はそう思ってすぐに、嫌だな。と直感する。
 理由は色々あるが、せっかく対等に仲良くなった雪に、自分の弱い部分を見られるのが恥ずかしいのだ。
 なので飛沫は流れに任せようとしたのだが、

「あの、何でサプライズ何ですか?」

 蛾々丸が自分からボロを出した。
 いや、あたしも気になってはいたけど、と心の中で飛沫。

「何でって誕生日といえばサプ…、!!」

 当然雪も事の次第に気づく。そして非常に苦しそうな顔をして、

「そうか…! ごめん蛾々丸、先走っちゃって…えーとサプライズにすると」

「『皆僕の為にこんな手の込んだ事を…嬉しー!』的な現象が起きるんです」と鬼原。

「そう! それに皆で隠れてやるのって何か楽しいだろ?」雪は無理やりな笑みを浮かべ、「ごめんな飛沫も」

「いや…あたしは別に」

 飛沫は、こういう雪の、ツラそうな顔を見るのが苦手だ。
 彼にとってこの苦しみが、『飛沫達を理解しきれてない自分』への叱責だと解かるだけに。そんな心配の必要ないのに、彼はやはり少しズレてると思う。
 だが心配されている事を嬉しく思っている彼女も、大概なのかも知れない。

「誕生日とは! その人への感謝の意を示す場だ! その人がしてくれた事、自分に関わってくれた事を、『生まれてきてくれてありがとう』と祝う場だ!!」

 突如、雪が演説を始めた。まとめを兼ねて飛沫達に教えているつもりのようだ。

「つー訳で、明日は俺の兄でもある禊の誕生日。皆協力よろしくな。あ、プレゼントとかよく解からんかったら聞いてくれ」雪は一回手を叩き、「じゃ解散!!」

 騒がしかったのは雪だけなので、終わりとなると皆静かに椅子を片づけ始めた。
 飛沫も運びながら、プレゼントはどうしようと考える。

(禊君の好きな物……鬼原…いや、ここは雪に訊こう。あいつら双子だから趣味――、!!!)

 そこまで考えて、飛沫は思い至る。あ、忘れていた――と。
 そして雪の言葉を思い出す。『感謝を示す場』。
 "良い事"を、思いついた。

「なあ雪、お前好きな物あるか?」

「何だ飛沫、ああ俺ら兄弟だモンな。でも全然趣味違うから」

 失敗。
 追及しても良いが、バレては困る。何せ"サプライズ"だ。

「なあ雪。これとは別に、あたし個人でも企画して良いんだよな?」

「勿論。サプライズ重ねサプライズか。面白そうだな」

 飛沫はニッと笑う。着々と悪戯の準備をする子供のような、無邪気な笑みだ。

「ああ、楽しみにしとけよ雪」




 ☆



 禊との死闘という名の邂逅から数カ月。めだかは不思議な焦燥感に捕われていた。
 あの時めだかはいつでも戦うと禊に提案した。なのにあれから何度も顔を合わせているのに、一度も相談が来ない。
 そんな禊から今日、無人であろう物置部屋に来るよう呼び出しの手紙を受け取った。彼女に、変な誤解をするなとは酷だろう。
 そうして闘う気満々で向かっためだかが待っていたのは


「『今日から3日後は雪の誕生日。よって我々でサプライズパーティを企画する!』」


 完全な肩すかしであった。



 まず無人の部屋ですらなく、鬼原と瞳先生がいた時点でめだかの思惑は砕けた。
 荷物を礼拝堂の椅子のように並べ、奥に禊が居た。足元の荷物にめだかも腰掛ける。

「一体なんのつもりだ禊」

「『サプライズパーティーさ!』」禊は指揮官のように、「『何か格好良いから少数精鋭で行く!』」

 すると鬼原が「進まんのでオレが説明を」と続く。彼も共犯者らしい。
 そこからの鬼原の説明曰く、まず禊が鬼原を誘い、スパイとして雪の計画に参加する傍ら、禊と準備をしている事。そしてめだか達には最後の詰めとしての手伝いをして欲しい為呼んだらしいとの事だ。

「『詰めっても』『一緒にプレゼント買いに行くだけなんだけどね』」

 鬼原に続く形で、禊が説明を終わらせた。
 めだかとしては楽しいイベントだという意見しか持ち合わせていないが、気になる点があった。

「何故、飛沫や蛾々丸、そして善吉を呼ばない」

 いじめだとは思っていないが、一応聞かなければ。

「『実は雪の奴』『僕の誕生日会に気を取られて自分の誕生日の事を忘れちゃっててさ』」

「オレが昨日あっちの会議出た時も、一言も触れなかったし」と鬼原。

「『当事者までもが忘れている状況!』『そこに僕らが敢然と祝ってみろ』『皆…覚えててくれたんだね嬉しいー! 現象炸裂じゃないか!!』」

「真面目に答えろ」めだかは少し語勢を強くし、「何故飛沫達や善吉を誘わない!」

「『…』」

 禊は黙る。あからさまに目が泳いでいる。
 まさか本当にイジメかとめだかは危惧したが、禊は歯切れ悪く言った。

「『まだ3日もあるんだ』『飛沫ちゃん達、特に善吉ちゃんに言っても、すぐにバレちまうだろう?』『せっかくのサプライズなのにさ』」

 確かに、事前にバレたサプライズは寒い物だ。少しは考えてるなとめだかは考えを改める。
 しかし、そう納得しかけためだかの耳に微かに、「『さすがに飛沫ちゃん達まで僕のエゴに巻き込むのは…』」という声も聴こえていた。
 めだかは追及しようとしたが、禊はもう話のまとめに入り始めていた。

「『誕生日とは! その人への感謝の意を示す場だ! その人がしてくれた事、自分に関わってくれた事を、『生まれてきてくれてありがとう』と祝う場だ!!』『by 雪!!』」

 突然禊が演説を始めた。端で鬼原が「文字起こしオレね」と一言。

「『だったら僕らもその意志になぞり』『素晴らしい誕生日会をやってやろうじゃないかーー!!』」

 禊に押され、皆、「お…おう…」と呼応。

「『と!いう訳で解散&今からプレゼント買いに行くぞー!』『お金は瞳先生持ちで』」

「え!!?」

 と今まで大人しかった瞳の声。
 それを無視し「皆で買いに行くんスか?」と鬼原。

「『そうだよ。雪の趣味は僕が熟知してるからね』」

「仕方ないな。だが押し付けるなよ」

「『解かってるさめだかちゃん』『じゃ行こうか』」

「いや!いやいやいや!」瞳はかなり焦って、「何で皆、私が全額持ちなの気にしないの!? 何その自然さ!」

「『いやだってその為に呼んだんだし』」

「酷い!」

 そうして、小さな不安を感じながらもめだか達はデパートへ向かったのだった。



 そして、馬鹿双子コンビの誕生日当日。



 ☆



 当日、一人廊下を歩きながら瞳は思い出す。

(全く禊君は…、結局私の財布はかなり軽くなったし)

 だが出費の分だけ良いプレゼントが買えたし、良しとしよう。今は仕事で忙しいが、後でパーティ会場(いつもの共同病室)に顔を出そう。
 そう思ったその時、瞳の口が、ハンカチのような布で押さえつけられた。

「!……―――」

 早くも意識が遠退いて行く。抵抗しようにも、もう力が入らない。
 その時、耳元で声が聴こえた。恐らく犯人の物。
 その犯人は――、

「『大丈夫』『そこら辺のクロロホルムっぽい奴です』『多分死にません』」

(禊君かよ!! てか怖いわ! 多分て! せめてちゃんとした催眠薬を―――)

 為す術なく、瞳は眠り、そのまま倒れてしまった。
 そろそろ雪達が、禊がいると勘違いしている部屋に着く頃だ。急がねばならない。
 禊はまるで悪逆非道な快楽殺人鬼さながらの狂笑を浮かべ、

「『次は鬼原…そして…めだかちゃぁん……!!』『パーティーの始まりだぁあ~!』」




[29419] 第16話 ずっと続いて欲しい日常
Name: oden◆0fc721ee ID:01a89efa
Date: 2011/09/05 18:44
 今日は禊の誕生日会当日である。鬼原に呼ばせた職員達と雪、飛沫に蛾々丸、そして善吉が各々仮装して列を成している。
 禊は、誰もいなくさせた病室に呼び付けている。後は皆で突入するだけなのだ。
 雪が「もうすぐしたら行くぞ!」と渇を入れる。
 そんな中、

(…ど…どうしよう…)

 飛沫は一人、一身上の不安に苛まれていた。
 彼女には、禊の誕生日会の他に企画していた事があった。そう、雪のサプライズパーティ。
 その為一昨日、プレゼントを買いに行ったのだが…

("こんなの"じゃダメだよなぁ…)

 背に隠して持つのは、綺麗に包装された金属バット。しかし飛沫の理想としてはかなりのミスチョイスであった。
 彼女としてはもっとこう、小洒落た可愛い感じの、よく女の子が持ってる小物的なプレゼントにしたかったのだが、そこは野球大好きわんぱく少女。どうしても意識が先行してしまい、気づいた時には手にバット。
 男子意見として蛾々丸を呼んだのも失敗だった。

(あいつ本ばっか薦めるし…ハァ、あたしはもっと女子っぽいのが良いんだけど…)

 飛沫は小さく溜息。その様に蛾々丸は『雪は男子だから女子っぽかったらダメでしょう』と思っていたが、彼女にとってはそういう問題ではなかった。

(…まあ良い。後悔しても仕方ない。問題は何時渡すか!)

 現在昼過ぎ。今から禊に突撃してパーティやって遊んで――と、そのノリだと終わった頃には寝る時間だ。
 しかし次日渡すのはいささか白けるし、やはり好きな人の誕生日。当日に祝いたい。すると、チャンスは、

(今!!?)

 今!? え今!? と、自分で考えて驚く飛沫。全身から汗が伝う。
 横を見ると、蛾々丸が爽やかにグーサインを出している。
 行けってか。行けってのか。

(…行ったらあ! でも下手打ってスベるのは嫌だし、チャンスを…)

 プレゼントが自分的に良い物ではない事も、飛沫をさらに慎重にさせていた。
 丁度、雪と善吉が会話している。
 狙うは会話が途切れた静寂の一瞬。飛沫は思わずバットを強く握りしめた。

「善吉。めだかに連絡したか?」

「うんドッキリ企画何て聞いて驚いたけど、伝えたよ」

「めだかは不定期にしか来ないし、善吉はボロ出しそうだから教えれなかったんだ。しかしめだか遅いな…」

「何か鬼原君とどっか行ったよ」

「…じゃあ直に来るだろ。善吉はプレゼント何にした?」

「クッキー。お母さんと作ったんだ」

「俺は時計だ。楽しみだな」

「うん!!」

「「…」」

 沈黙。

「(――今だ!)そっ雪!」

 と進んで、雪がぶっきら棒に「何だ?」と返した所で、飛沫が止まる。
 言う言葉は思いつくのだが、詰まる。
 高速で顔が熱くなる。

「えっ…とだなぁ…今日は禊君の誕生日な訳だが」

「うん」

「実はあたし、お前の―――」

 と、言いかけた所でまた止まる。雪が不思議そうにこちらを見ている。
 その時、飛沫は敗北を認識した。

「――度肝を抜くようなプレゼント用意したぜ!!!」

「そうか! んじゃそろそろ突撃するか!」

 恥ずかしさに負けてしまった。
 皆の歩調に少し遅れながら、飛沫は自身を慰める。

(大丈夫まだ機会はある。物に出来るかは別として…)


 ☆


 鬼原とめだかは禊に呼び出されていた。場所は瞳の診察室。
 十中八九雪のサプライズ計画関係と踏んでいた二人にとって、この状況は想定外だった。
 何故なら、

「…球磨川さん、"それ"は何のつもりですか?」

「『やだなあ鬼原君』『言った通り計画の最終段階さ』」

 禊の左には、横たわる瞳。右には、先日皆で選んだプレゼントが全て袋詰めにしてあった。2つはまるで禊の所有物かのように、彼の手が添えられている。

「単刀直入に聞こう禊。最終段階とは何だ?」

「『短刀直入? 短すぎて懐に入らないな』」禊はふざけた声色で、「『まあ教えてやるよ』『僕の計画を』」

 禊は鬼原とめだかの顔を見つめ、話し始めた。

「『漫画とかで何故サプライズが多用されるか解かるかい?』『それは "周りが知らないだろうと思う事を周りがやってくれた時の感動が大きい" からさ』『僕はそれを、完全な物にしたいんだ』」

「完全な物…?」

「『つまり雪に、僕だけが誕生日を祝ってやる事さ!!』」禊は歌うように、「『雪は自分の誕生日を認識できてない』『そんな中サプライズしてみろ、きっと雪の好感度は天井高だ!』」

 しかし禊は「『でも』」と切った。そして「『計画には不足があった』『プレゼントさ』」
 そこで鬼原とめだかは同時に気づく。自分たちを呼んだのはその為だったのだ。

「『瞳先生に媚びても高が知れてる』『でも君達も誘えば、その分だけプレゼントを買える!』『後は全部プレゼントを奪って僕からのにすれば完璧さ!』

「…何故善吉達は巻き込まなかった? 何故私と鬼原なのだ」

「『君らだと雪の誕生日に気づきそうだろ? 雪を祝うのは僕だけで良い』」その後禊は顔をしかめて、「『さすがに飛沫ちゃんを巻き込むのは気が引けるしね』」

「?…。では最後に尋ねよう。何故私達にその陰謀を説明する必要があった?」

 凛とした目で、めだかは問う。禊はへらと笑った。
 いつの間にか禊の両手には危険さが漂う螺子が在る。

「『僕は友情を大切にする男さ』『誕生日会が終わった後も君らとの関係は続く訳だし』『今は気絶させても、その後弁解できるようにね』」

「把握した。貴様の弟への屈折した思いを!」

 めだかは拳を握りしめ、

「だが! 貴様がプレゼントを総取りできる理由は無い! 貴様を倒してでも取り返してやる!!」

「『はっ!ならば僕の全力で、叩き潰してくれよう!!』」

 二人の視線が交差し、火蓋は切られた。
 しかし部屋の隅で鬼原は他人事のように言った、

「んじゃオレはプレゼントあげるんで、先帰ってますね。ジャンプも読みたいし」

 その瞬間、空気を読めとばかりに鬼原へ、二人の同時攻撃が炸裂した。


 ☆


 雪達は唖然としていた。
 意気込んで部屋に来たは良いが、当の禊がいなかったのだ。
 その後、つまり今は士気が空振りしたせいか、何となく皆休憩する事になっている。
 だが雪はそれどころではなかった。

(何故か飛沫が俺を凝視している!)

 理由は判然としないが、飛沫が、妙に感情の籠った視線を送っている。
 俺何か悪い事した? と思索するが、答えは出ない。

「おっおい雪!」

 不意に、飛沫が声を掛けた。何故か顔が赤くなっている。

「(顔が赤く…怒ってるのか?)何だ?」

「実は、実はさ…」

『モジモジ』という擬音が出そうな位に恥ずかしがっている。だが、彼女は言葉を続ける。

「あたし、お前の」


 ドッゴオオオオオオン!!!


 と、爆音が、飛沫のか細い声を吹き飛ばした。
 次の瞬間、壁が砕け、砂塵が部屋に充満する。
 雪は咳き込みながらも、同時に部屋に飛び込んできた二つの物体に気づいた。

「これは……兄さん!それにめだか!」

 そこにいたのは、全身ぼろきれの様に傷だらけになった禊と、めだかだった。
 息はしてるし、致命的な傷は見当たらないが、この二人がこんな状態になるなんて只事ではない。しかし犯人はすぐに発覚した。
 鬼原の高笑いが聴こえたのだ。

「ひゃははは! 例え無敗の異常と無敵の過負荷が相手でも、オレの例外(アンリミテッド)には勝てないンスよ!」

 悪役然とした狂笑を浮かべる鬼原。いくらこれまで支えてくれた友人でも、雪には彼が敵にしか見えなかった。

「…鬼原ァ…! 貴様よくも兄さんたちを…!」

 沸々と、雪の怒りがこみ上げる。
 雪が鬼原へ向かおうとしたその時、雪の視界に飛沫が映った。
 否、彼女の手にある|贈り物(バット)に。

「……飛沫」

「ふぇっ!? な…何だよ改まった顔して…てか何だこの状」

「そのバット、俺にくれないか?」

「え? でも…いや結果オーライ…いやでも」

「頼む。」

「…………………はい」

 震える手で、飛沫はバットを手渡した。余程怖かったのだろう。すぐに鬼原を潰してやる。
「おーにはっらくーん?」と雪は声を投げる。鬼原はギョッとして「いや誤解ッスよ!」と叫ぶがもう遅い。
 そして非情な鬼原へ、無情の鉄槌が下らんとしたその時、


「もうやめてよ!!!」


 悲痛な叫びが、部屋中に木霊した。声の主は善吉。
 眼には溢れんばかりの涙。

「何で禊君達の誕生日なのにこんな喧嘩ばっかなんだよ! どうして…うう」善吉はしゃくり始め、「仲良くでき…ヒック…」

 まるで、学校の休憩時間中、男子同士がじゃれ合ってたら女子巻き込んじゃってさらに泣かせちゃったような、痛い雰囲気が漂う。

「「「…」」」

 不意に鬼原が、「何かスイマセン」と謝った。
 禊とめだかも立ち上がり、申し訳なさそうに埃を払っている。
 飛沫は何となしにバットが雪宛と伝えると、雪は「ああ、ありがと」と軽い返事。

 こうして、鶴の一声ならぬ、善吉の泣声で、事件は終息へと向かって言った……。
 ちなみに蛾々丸は部屋の隅で、「グッダグダだ…」と声を漏らしていた。


 ☆


 後日談。
 結局禊とめだかは全治3日。その時のカルテで雪の誕生日も発覚し、誕生日から約4日後、普通のパーティが開かれた。
 サプライズではないという事で飛沫は、プレゼント選びに雪を連れていくという、合理的デートを満喫でき、ある意味一番幸運であった。
 逆に禊に、めだかからの拳のお仕置きが降りたのは言うまでもない。

 そんなこんなな日常。
 馬鹿で変わらない日常。
 ずっと続いて欲しい日常。

 飛沫と蛾々丸が雪達と出会って、1年が経とうとしていた。

 しかし、"別れ"とは、不意に、そして急速にやってくる――





 ■後書き■
 蛾々丸に重ねて言いますがグッダグダですね。
 
 次回からは「別れ」がやってくる予定です。



[29419] 第17話 『またね』って話なのさ
Name: oden◆0fc721ee ID:8ffe7b05
Date: 2011/09/06 19:37
 
 別れは突然だ。
 そう今のように。

「蛾々丸君。貴方はもうこの病院にはいられない。
 別の異常解析の施設に転院される事になったわ。悪く言えば、追放よ」

「…え…」

「上層部の決定事項なの、もうどうする事も出来ない」

 それが3日前、瞳に言われた言葉。
 突然だったそうだ。突然、病院の上層部から蝶ヶ崎蛾々丸の転院という通達が下りたという。

 そして今日は、蛾々丸との別れを皆に伝える日だった。
 明日には、この病院に別れを告げなければならない。


 ――蝶ヶ崎蛾々丸は、思い出し、そして考える。





 ☆



 蛾々丸は、自分で思っている以上に、雪達と出会い、変わった。
 友達を自分から作りたいと思って、苦しい事を押し付けないようになった。鬼原とは今でも週に1回『雪と仲良くなろう作戦会議』を開くし、そのお陰か雪とも楽しくやれている。喧嘩もあるがすぐに収まる。色々な事に、余裕が出来たのだ。

 だからこそ、蛾々丸は思い返す。自分が苛まれた生活、雪達と暮らしてきた生活。そして、3日前、瞳先生に呼び出された事を。



 3日前の事だった。
 そう昼食を終え、帰ろうとする皆の最後尾に歩いていた時、不意に瞳先生に呼ばれた。
 やけに神妙な顔で、「大事な話があるの。診察室まで来て」と彼女は小さく言った。蛾々丸は特に考えずについて行った。
 何事かと足を止める雪達に蛾々丸が「後で行くから」というと、名残惜しそうに自分を置いて行く皆。
 今でも、その光景が蛾々丸の脳裏に焼き付いて離れない。

 ―――そして冒頭の瞳の話だ。

 ☆


 瞳から冒頭の話を聞いた蛾々丸の心境は、困惑と恐怖と焦燥と、それらを全て飲み込むような絶望で一杯だった。
 何とかならないのかと尋ねたが、瞳は首を横に振るばかりで、時々「ごめんなさい」と呟いていた。

 しばらくして、空気に耐えられなかったのか、瞳は部屋を出た。蛾々丸が一人残される。
 まるで、3日後の自分の様だ。

 恐らく彼女が言った『異常解析の施設』とは、常識的なな生易しい医療施設じゃない。彼女の顔がそう言っていた。蛾々丸が雪と会うまでに経験した地獄が、また彼の日常へと変わるのだ。
 雪達、特に鬼原に阻止を頼もうとも思った。だがダメだ。と思い直す、噂で聞いた事があるのだ。『雪は昔強烈な"過負荷"を受け、精神が不安定で、その治療の為にこの病院にいる』と。
 もし雪が問題を起こせば、雪も追放されてしまう――――。

「何で…こうなるんだ…!」

 ――悔しかった。

 血みどろの自分に、やっと、やっと平穏が来たのに。過負荷の自分に、やっと、やっと友達が出来たのに。
 もっと遊びたい。ずっと離れたくない。何分、何時間、蛾々丸は未練と絶望に時間を費やした。
 彼の過負荷で押しつける事も出来た。この悔しさを、この愛おしさを。だが、出来なかった。
 もう彼には、仲間を捨てる事は出来なかった。

「…………畜生」

 彼はそこで、葛藤を無理やり止めた。
 押し付けるのではなく、堪えた。
 別れはいつか来る。ただそれが早まっただけの事。そう抑えながら、蛾々丸は咽び泣いた。
 そして、彼らとの最後の時間を、いかに過ごすかに考えを巡らせた。



 ☆



 次の日、リミットとしては今日を含め3日。
 蛾々丸は瞳に頼んで、全員で運動会を開いてもらった。瞳は、めだかも善吉も、さらには蛾々丸と関わった全ての職員を集めてくれた。
 運動音痴の蛾々丸が何故運動会を開いたかと言えば、『楽しそう』だからだった。馬鹿やってる雪や飛沫を見ながら、自分も出来る限り頑張る。それが蛾々丸の日常だったから。
 今日も日常通り、楽しく過ごすと、蛾々丸は決めた。百足リレーを皆でやって、ドッジボールは回避に徹しよう。
 そうして、一日は過ぎていった。




 別れの言葉じみた事は、言わないと決めていた。
 なので運動会は、普段と変わらぬ出来事として終わりを迎えた。だが蛾々丸は一人「忘れ物があるから」と残った。
 何だか部屋に戻ったら"堰"が切れそうで、怖かったのだ。

(落ち着くまでここで無心でいよう)

 そう思った瞬間、「蛾々丸くん!!」と声が投げつけられた。
 見ると、瞳に連れられ、善吉が手を振っていた。もう遅いし帰るのだろう。
 善吉は雪以上に普通(ノーマル)だ。か弱くすらある。そんな善吉から、友達として声を掛けてもらえる事が、蛾々丸は嬉しかった。
 小さく、蛾々丸は手を振った。
 善吉はニッコリ微笑み返し、

「またね!!!」

 と叫んだ。
『またね』――何気なしに言った言葉が、蛾々丸の頭を巡り、"迷う"
 その意味の通り、『また会おう』の意。これを返す事は、嘘になるのではないだろうかと。
 きっと自分は、もう善吉とは会えないだろう。
 だが、

「…ああ、また今度!」

 蛾々丸は気づいた時には返していた。
 満足気に笑う善吉と、彼の手を引っ張りながらも微笑を送る瞳が、蛾々丸の視界の中で小さくなっていく。
 そこで不意に、突然、言葉に出来ない直感が、蛾々丸に落ちた。

「………………そうさ」蛾々丸は仄かに笑う。「どこに行ったって、何も変わらない」

 雪達はきっと変わらない。自分は少し離れるだけ。彼は必ずいつもの日常と共に、自分との再会を待ってくれる。
 だったら自分も、今の自分を変えてはいけないのだ。と、思うに連れ、蛾々丸は心が軽くなるのを感じた。
 別れが何だ。苦しさが何だ。例え明日、話を聞いた雪が止めても、例え明日、自分が泣きじゃくっても、
 言ってやればいいのだ。それだけの、事なのだ。



 ☆


 そして時は今日、皆に、別れを告白する日に至る。
 場所は病室。ドア前で立つ蛾々丸の横には、寄り添うように瞳が立っており。雪達はその手前で座っていた。
 さながらアニメで見た、クラスメイトが転校するシーンのようだと、蛾々丸は苦笑する。

「何だよ話って?」

 雪が何気なしに尋ねる。誰もが楽観的に、いつも通りだ。

 そして瞳の口が開かれた。彼女の舌はよく回った。
 蛾々丸が明日にでも病院を追放される事。場所は箱庭の末端施設である事。これは上層部の決定で、覆す事は不可能だと云う事。そして蛾々丸が、この件を了承しここに居る事。


「何で…何で話さなかった!!」


 声を荒げたのは雪だった。鬼原は無言で、雪の肩を触り制した。
 蛾々丸は柔らかい笑みを崩さない。昨日の夜に涙は枯れる程出した。

「大丈夫だから…苦しいのは慣れっこです」

「『本当に…良いのかい?』」

 今度は禊が口を開いた。親が子供に語りかけるような、そんな声色だった。

「『ここの施設がまだ常識的なのは、世間一般に名が知れすぎて下手な事できないからだ』『でも末端となれば話が違う。異常の研究の為なら、人体実験も厭わないだろう』」

 禊は蛾々丸を見据え、

「大丈夫です、何も、何にも変わりませんよ」

 その瞬間、蛾々丸の胸倉が掴まれた。飛沫だ。
 目には溢れんばかりの涙が溜まっている。
 激情を押さえつけ、飛沫は言う。

「何が変わらないってんだ…! もう…もう会えないかも知れないんだぞ!!」

「……」

 ありがとう。と、蛾々丸は思った。
 自分をここまで思ってくれて、心配してくれて。
 でも、

「大丈夫ですよ飛沫…何も、今生の別れって訳じゃあない。少し別れるだけで、また会いに来るし、その時は前と変わらず遊べる」

 蛾々丸は、静かに、それでいて力強い決意を秘め、言った。

「詰まるとこ、『またね』って話なのさ」





[29419] 第18話 あいつと一緒にここを出る
Name: oden◆0fc721ee ID:8ffe7b05
Date: 2011/09/08 19:33
 
 室内全体が、茫然としていた。
 蛾々丸が、昨日の今日まで一緒に暮らしてきた彼が、明日になったら出ていくと言う。それも、地獄のような日常へ。平和(そそぎたち)と最も遠い世界へ、追いやられる。
 なのに彼は、澄まし顔で微笑んでいる。
 その笑顔までの葛藤を想像するだけで、雪達は胸が張り裂けそうだった。

「何が『またね』だよ! 『また』って、本当に来るモンなのか!? お前は、耐えられんのか!?」

 蛾々丸に向け、飛沫は吠えた。蛾々丸は彼女にとって最も付き合いの長い友人。心配するのは当然だった。
 しかし蛾々丸は、ゆっくりと、優しく自身の胸倉から飛沫の手を解いた。

「大丈夫、必ず行く。心配しないで良いんですよ。僕だって、人並みに社交力ぐらい付けたつもりです」

 蛾々丸は、飛沫の目を見つめた。数秒視線を交えた後、飛沫が目を逸らした。

「僕の事は気にするな。手紙だって書く。だから飛沫は、ここで皆と一緒に待っててください」

 そして、沈黙が降りる。
 誰も口を開かず、物音すら聴こえない。
 不意に、飛沫が呟いた。

「……なんだってんだよ………畜生!」

 言葉が雪達の耳に届くが早いか、飛沫は部屋を出て行った。乱暴に開けたドアが、バーン!!と、音を立てた。
 その音で、雪はやっと我に帰る。そして蛾々丸を見て、

「明日出てくんだよな…だったら今日はずっと一緒にいれるのか?」

 蛾々丸は小さく頷く。
 現時刻午後2時。
 まだ、時間はある。

「鬼原、俺飛沫を探してくるから、頼むわ」

 雪は鬼原の返事を待たず、走り出した。
 部屋に残るは禊、鬼原、蛾々丸。瞳はいつの間にかいない。

「――――本当に、良いんスね」

 鬼原は蛾々丸を見ずに、口を開いた。

「本当の本当に、あなたはその決断に迷いはないんスね?」

 蛾々丸の表情が、一瞬張り詰めた。
 だがすぐに緩む。そしてやれやれと言った口調で、

「今それを訊くのは、反則でしょう。…答えなんて、解かり切ってるじゃないですか」



 ☆



 悔しかった。

 飛沫は猛烈に悔しかった。
 一番の親友であった蛾々丸一人を、あの地獄に引き戻して、自分はのうのうと平和を生きる。救う術もなく、ただここで哀咽している自分の無力さが、ただ悔しかった。
 飛沫は泣いた。その涙が何の解決ももたらさない事を理解していても、大声をあげて泣いていた。
 だから、初めは雪に呼ばれても気づいていなかった。

「飛沫!」

 何度目かの呼びかけに、ハッと飛沫は顔を上げる。
 病院の中庭、その端で隠れるように飛沫は居た。
 雪は、覚束ない足取りで飛沫に近づく。

「大丈夫か…?」

「ああ…って言ったら嘘になるかな…、なあ雪」飛沫はしゃくりを抑えながら、「…蛾々丸は……何であんなに平然といられたのかな」

「…それは…」

「雪にだって解かるだろ。きっとあいつ、今のアタシより一杯泣いたんだろう。哀しくて悔しくて、泣いたんだろう」

「…」

「あいつの事だから、どうせいらぬ心配して何の相談もしなかっんだ。並大抵の絶望じゃねえ」飛沫の呼吸が整っていく。「それでもあいつはまた来るって覚悟を以って、あたしらに言ったんだ。それなのに」

 飛沫と雪の視線が、真正面からぶつかった。
 飛沫の目には、また涙が溜まっていた。

「あたしはただ馬鹿みたいに、『バイバイ』って手を振る事しか出来ねえのかなァ? あたしは蛾々丸の苦しみを理解してるのに、普通のガキみたいにお別れするしかねえのかなあ?」

「………」

 雪は、言葉が出なかった。
 何も言えなかった。
 鬼原に頼んでもう一度、飛沫達をあの病室に置いたように根回ししてもらう? 明日にはいなくなるのに?
 飛沫には何て言えば良い? 大丈夫?――何を以って? 心配するな?――どうしてそう言える。
 慄然とした空気の中、雪は、

「…お前は、どうしたい?」

 そう尋ねるしか、なかった。
 自分でも、どうすればいいか解からなくて、自分も、泣き叫びたい気分で。
 察してか、飛沫が「…悪いな」と呟いた。

「変に考えさせちゃって…お前にそんな苦しんでもらう為に泣いたんじゃねえのによ」

「いや、俺は」

「どうしたい。か」飛沫は空を見上げ、「やっぱ、皆欠けることなく、ここで馬鹿やってる事かな」

 しかし「でも、無理だもんな」と、続け、視線を落とした。
 その言葉に、雪は、思わず言った。

「変わんねえよ」

「…?」

「何も、変わらない。俺もお前も、蛾々丸も。何にも変わらずまた会える」

「……何でそう言える? 根拠は?」

「ない」

 きっぱりとそう言ってやった。
 根拠などない。蛾々丸の精神が、肉体がどんな目に合うかも解からない。耐えられるかも解からない。
 でも、

「でも俺は絶対に変わらない」雪は力強く、「何があっても、誰と会っても何に負けても、俺は俺だよ。普通のガキだ」

「……」

「蛾々丸も大丈夫だ。あいつは賢い。よく考えた上で、変わらずまた会えるって結論に達したんだ。そりゃもう絶対変わらねえ!」

「……」

「だから俺らはドーンと、平和にまってりゃ良いんだ」

 根拠も糞もない暴論だった。自覚はある。
 案の定、「随分とこじつけたな」と飛沫に笑われた。
 何故か、涙は乾いていた。

「………そうだな」飛沫は微笑し、「お前らが変わる訳ねえもんなあ……」

 思いだすように、飛沫は言い、どこか遠くを見つめていた。
 そして不意に、

「お前、あたしに『どうしたい?』って訊いたよな」

「! ああ」

 涙が乾ききった眼を、飛沫は乱暴に拭った。
 飛沫の目に、明らかな決意が込められている。
 その決意を前面に、彼女は持ち前を明るさを取り戻して言った。

「蛾々丸とあたしは付き合い長くてさ、大体解かるんだけど、正味、今の甘い汁吸ったあいつに、昔の地獄は耐えられないよ」

「…じゃあどうす」

『れば』と言いかけた時、飛沫が、雪の口元に指を添えた。

「でもお前と蛾々丸は、絶対変わらず元気に再会するんだろう? だったら、そうなるように行動しなくちゃな」

 行動――――その真意を、雪は直感する。
 飛沫がこれから言う事が手に取るように解かって、言わせたくなかった。
 だが、飛沫は言った。やはり蛾々丸と同じように、普通では出せない、過負荷ゆえの強さを持って、

「一人より二人。どんな苦しくても仲間が居れば分け合える。そうだろ?」

「………!!」

「あたし、蛾々丸と一緒に行くよ。明日、あいつと一緒にここを出る」

 飛沫はおどけたように笑い、

「またな、雪」



 ☆


 瞳は、病院に対し、猜疑と憤慨を起こさずにはいられなかった。
 理由は勿論、今回の通達である。
 表向きは『7歳になったので、教育課程を進める為、過負荷専用の施設へ更迭する』という事になっているが、当然それは隠れ蓑だ。まず彼女は過負荷専用の施設など訊いた事がない。非合法な研究を行うつもりなのは明白だ。

(なのに私は、保護者の立場にいながら、何もできない…!)

 しかし、彼女に改善の手はない。起訴しようが力に訴えようが、勝ち目はない。
 瞳は自分の余りの無力さに、ほぞを噛んだ。

(…いいえ、諦めてはいけない! まだ、まだ手立てはあるはず!)

 順当に考えれば来年には飛沫が連れて行かれる。
 その前に、何とか上層部を止めなければないらない。
 瞳は、上層部と闘う覚悟を決めた。

 しかし、そんな彼女の決意は、無駄であった。
 空回りとも言っても良い。

 瞳の元に次日、上層部から新たな"通達"が降りた。

 その内容とは―――







[29419] 第19話 ぜーんぶ、ぼくの仕業って訳さ
Name: oden◆0fc721ee ID:8ffe7b05
Date: 2011/09/09 18:37
 
 天気は快晴であった。
 "門出の日"には持ってこいと言えば聴こえが良いが、雪にとっては気分の重い話だった。
 鬼原や禊も阻止に動いてくれたらしいが、すぐにはどうにもならないようだ。

「…」

 雪は無言で立ち上がり、周囲を見回した。
 彼は昨日飛沫と話した中庭にいた。これから、待合室に向かわなければならない。―――彼らの見送りの為に。
 そう、今日は、飛沫と蛾々丸との別れの日だった。


 ☆


 雪に、飛沫を止める事はできなかった。
 止める理由が思いつかなかった。頭では「離れるのが嫌だ」と喚いているのに、どこか「それが合理的だ」と納得している自分がせめぎ合って。
 昨日雪は無言で、自ら非日常へ還ると言った飛沫を見つめる事しかできなかった。
 彼女は雪の手を握り、「ありがとう」と、一言言って、中庭を去って行ってしまった。
 無論その日一日、雪は彼らと話す事はできず、今日に至る。

「おーい雪ー。遅いぞー! あたしらもう行っちまう所だったぜ」

 まるでいつもと変わらぬ日常の一つの様に、飛沫が少し離れた所から手を振っていた。
 雪が最後だったようで、鬼原に禊、めだか達まで待合室に集っている。善吉は泣き虫なので、この距離からでも啜り泣いているのが解かった。
 皆の方に近づいた雪は、飛沫の横にあるスーツケースを捉えた。大きい。つまり病室にはこの分だけ、すっぽり消えている。
 部屋に戻るのが少し、嫌になった。


「………じゃあな。皆」

 おもむろに、飛沫が口を開いた。皆、粛として飛沫を見守る。

「悪いなあたし勝手に決めちゃって。でもさ、その分二人でやってくからさ、心配すんなよ」

「ふざけるな!!」

 その時、めだかが声を荒げた。心から悲しい顔をして、飛沫を睨んだ。
 飛沫の表情は変わらない。

「心配するさ! 聞いたぞ。貴様らが行くところは、非人道的な場所なのだろう!? それなのに『元気でな』と私に見送れと云うのか!!」

 畳みかけるような激情が、待合室に響いた。めだかの言葉は昨日、飛沫や雪が再三苦しんだ葛藤だった。聖人じみためだかにとってはそれ以上だろう。
 飛沫は、温かい笑みで返した。その笑みに一同の呼吸が止まる。

「あたしも変わっちまったなあ…異常(おまえ)に情け掛けられてんのに、まんざらでもないや」飛沫は柔らかく笑い、「でも大丈夫だから。絶対また来る。今度はお前に女子っぽい遊び訊きに来るよ」

「…………私は…必ず助けに行くぞ…」めだかは沸々と、「私は…どんな手を使っても貴様に害為す存在を倒す!」

 飛沫はめだかに握手を求めながら、「楽しみにしてるよ、めだか」と、はにかんだ。
 めだかはしっかりと、その手を握りしめた。
 同じように、蛾々丸が、鬼原と握手を交わしていた。

「鬼原君…」

「ひひ、『1年間ありがとう』でしょ? 来ると思ってました」

「……!」

「不器用な貴方にオレがどれだけ助力してやったか。さあ、ありがとう言うだけなら無料ですぜ?」

 この重い空気に似合わない、あっけらかんとした声色で鬼原は言う。
 蛾々丸は呆れたような、嬉しいような顔をして、

「君は本当に捻くれてますね。…でも、君との友達会議は中々楽しめたよ。…Thankyou(サンキュー)」

「へっ、あんたの捻くれも大概でさ」

 二人は笑い、握手を解いた。
 一息つき、飛沫は全員の顔を、一人一人見回していく。そして視線は、雪で止まった。
 雪の目尻が歪む。

「お前には世話になったよ」飛沫はじっと雪を見つめ、「時々マジで格好良くてさ。もしかしたら惚れたかもな」

「………お前はどんな時でも変わらねえな飛沫…」

「はは、冗談だよ」

 そう笑いながら、飛沫は握手を求め、交わす。
 ふと、蛾々丸が少し狼狽しながら雪を見ている事に気づく。

「あの…ッ 雪君ッ 君には初め会った時には酷い事ばかりして…それでも僕を…えっと…」

「蛾々丸…」

「えっと、あの、その…」

 と、慌てふためく蛾々丸に、鬼原が「蝶ヶ崎! オレとの会議を思い出せ!」と茶々を入れる。すぐに蛾々丸が「黙りなさい」と一蹴。
 そんな様を見て、雪の口元が緩む。
 蛾々丸が恥ずかしそうに鬼原を睨む。

「お前ら本当仲良いのな」

「は、はい! そ、雪君とも仲良くさせてもらって」

「うん、今までありがとう」

 今度は雪から手を伸ばして握手した。
 蛾々丸が満足気に飛沫に振りかえると、飛沫がスーツケースに手を掛けた。
 もう出発らしい。

「禊君も。兄馬鹿も程々にな」

「『はは』『主人公ってのは大概家族思いの馬鹿なんだぜ☆』」

 全く禊君はよ、飛沫は懐かしそうに笑う。
 そして瞳先生に一礼した後、二人は揃って、病院の扉へと歩き出す。
 行ってしまう。二人が行ってしまう。
 雪は、無意識に呼び止めていた。

「蛾々丸! 飛沫!」

 はたと、二人の足が止まる。そして数秒の後振り向いた。

「待ってるからさ!!」雪は自分でも驚く程の大声で、「お前らがどこに行っても、何が起きても、俺らは"ここ"にいるから!!」

「…雪」飛沫が呟く。

「ちょっとでも苦しかったらすぐ来い!! 俺は弱いけど、弱くても力になるから!! 俺らはお前達が会いに来るの、待ってからな!!」

「……」蛾々丸も無言で見詰める。

「絶対来い! でないとこっちから行くぞ! 泣きっ面見られたくなけりゃ、絶対負けんな!!」

 心地の良い静寂が、待合室に降りた。
 そして、何秒か見つめあった後、飛沫は言った。

「おう! ―――またな!!」

「ああ………また! 必ず!」

 そうして、二人は病院を去って行った。



 ☆


 雪達は自分たちの病室に戻った。
 余り変わりなく見える部屋。しかし見渡してみると、所々で空きが出来ていて、場所によっては物がどかされて埃が不自然に消えていた。
 さらに飛沫達のベッドには私物の類、塵やゴミまで全て無くなっていて、新品の様だ。まるで彼らが初めからいなかったような、そんな錯覚すら感じる。

「ほぉ~買い換えたみたいになってますねベッド」鬼原は特に感慨もなく、「立つ鳥跡を濁さず。去る過負荷(マイナス)ベッドを汚さず。ってか」

 いつも以上に下卑な笑みをする鬼原を無視し、禊が雪に近寄る。
 雪は静かに、二人のベッドに視線を落していた。

「『……』『雪?』」

「…………兄さん」

 雪はぽつりと、口を開く。

「俺達は、ずっとここに居よう。蛾々丸達が不安になっても、いつでも助けられるように、いつでも逃げられるように」

 それが飛沫達の覚悟への返しであり、自分が出来る最大限の事だと、雪は思った。

「『…そうだね……』」

 優しい口調で、禊は応えた。雪の肩をさする。
 雪は、小刻みに震え、泣いていた。

「『さぁ…』『ここで泣いたらもう泣くなよ?』『飛沫ちゃんに笑われるぜ?』」



 ☆


 同刻、瞳は、病院内の院長室にいた。

「どういう事ですか!!!」

 彼女らしくもない大声を張り、瞳は訴えた。
 手に持っているのは、数枚の書類。実はこれは先刻届いたばかりの、上層部からの新たな通達であった。その内容に、瞳はもう我慢がならなかった。
 院長は細い眼で、「何か問題でも?」と尋ね返す。

「問題もなにも、この通達も先生もご覧になったでしょう! "こんな事"まで、どうしてする必要があるんですか!!?」

 バン!! と、瞳は書類を院長のデスクに叩きつけた。
 その書類に記載されていたのは、

「『一週間以内に、球磨川禊及び雪、そして鬼原君を病院から追い出し、上の提示した施設に収容させろ』」瞳の語気が荒くなっていく。「もっともらしい理由付けて、結局掻い摘んでいうと、そういう事でしょう! 一体上層部は何を考えているのですか!!」

 蛾々丸の件にはある程度納得できた。彼は過負荷であり、昨年起きた箱庭病院全壊未遂事件の主犯格だからだ。
 だが今回は違う。禊はともかく雪は普通(ノーマル)だ。鬼原も禊も、目立った事件は起こしていない。
 それなのに、この通達。

「これではまるで、あの病室にいた皆をバラバラにするよう仕組んでるみたいじゃないですか!!」

 彼女を奮い、怒らせたのには、もう一つ理由があった。
 今日の別れを見ていたからだ。彼らにとって、ここは大切な場所なのだ。いつか必ず、雪達に会いに飛沫達は戻ってくるのだ。
 例え上層部の命令でも、こればかりは、瞳は止めてやりたかった。彼らの居場所を、守ってやりたかった。
 だが、

「――――君は、この世界の人口を知ってるかね」

 院長は、意志を汲まず、意味のわからない質問で返してきた。

「突然何を…今はそういう話では」

「知らんかね? 約68億ちょいだそうだ」

 院長の雰囲気が、少しずつ、変わっていく。その気迫に、瞳の声が止まる。

「それでね人吉先生。その約70億人の内の1割がね、同一人物だったら――どうする?」院長は乾いた声で、「そしてその人物が、この"フラスコ計画"を動かしてたら、どうする?」

「…?」

 理解できない質問だった。
 意図が読めず困惑する瞳を見て、院長は、否、院長の姿をした"人物"は、告げた。

「つまりね。志布志達の追放も、今回の通達も、ぜーんぶ、悪平等(ぼく)の仕業って訳さ」





[29419] 第20話 初めまして諸君
Name: oden◆0fc721ee ID:8ffe7b05
Date: 2011/09/10 19:42
 
 箱庭総合病院。そこは雪にとって故郷と同義の場所だ。
 この世界で、ずっと暮らした場所で、禊や鬼原、飛沫や蛾々丸と出会った場所。
 そんな病院を雪は今日、施設から遠く離れたところから見上げていた。

「いやあ、意外にも大きかったんスねこの病院」

 雪の後ろで、鞄を下げた鬼原が愉快に笑った。あの鞄には、箱庭病院にあった雪達の私物が入っている。
「『おーい』」と、禊が飲み物を買ってきた。

「『さ、行こうか』」

「うん」雪は視界から病院を外す。「確か南に下りた所だったな」

 これから雪達が向かうのは、彼らの新たな家だ。
 彼らが何故そこに行くに至ったか、時は、2日前に遡る。


 ☆


 それは、飛沫達と別れた日の晩の出来事だった。
 瞳先生が部屋に来て、先刻、上層部から新たな通達があったと報告し、それが、雪達の追放であると告げた。
 院長曰く、遅くても明後日までには出ていかなければならないらしい。

「………そんな…」

 雪は信じられなかった。嘘だと言って欲しかった。何故ここまで悲運は重なるのか。その疑問に、瞳は推測で応えた。

「これは根拠のない推論だけど」瞳は少し憚りながら、「蛾々丸君達の件に今回の件。明らかに上層部は貴方達を標的にしてる」

「…狙われてるって事ですか? 何で?」

「……解からない」

 上層部の意図が瞳には理解できていない。転院させるのに、研究の余地のない普通の雪まで連れていくなど。
 院長の発言の真意も解かっていない。

「『狙いは僕。とかね』」禊は何故か嬉々として、「『僕を好き勝手する為に、弟や友人である二人を手元に置き、人質として使う』」

「私も、それを考えてる」

 実際禊がある程度分別を持ってここにいるのは、雪がいるからだ。この説ならば、理屈は合う。だが、どうもボタンを掛け違えた気分がする。
 しかし考えても始まらない。瞳は雪を見つめる。
 雪の顔が、ピンと張った。

「雪君。――どうする? 君が望むなら、私は上層部と徹底抗戦するわ」

「………俺は」

 ここに居座る方法ならばある。簡単な話、鬼原ならば上層部でも潰してくれるだろう。だが、それで本当に良いのかと雪は自問する。
 飛沫達との約束、病院での思い出、新たな地の恐怖――様々な要素を混濁させ、雪が出した言葉は、

「行きますよ。抵抗も文句も言いません」

 素直に行く事だった。
 無理やり居座る事は、どうにも雪らしい行動ではないし、『何も変わらず』という約束は、場所だけでなく本人達にも当て嵌まる。病院でしか彼らと再会できない訳ではないのだから。
 それに、

「俺らを狙う理由。それも、俺達が行く事で近づけるはず…」雪は眦を決し、「踊らされてても、知りたいんです」

 蛾々丸達の追放、自分達の処遇、これらの理由を力に訴えず知る為には行く他ない。
 瞳は安心したように笑った。

「そう。ごめんね力不足で」瞳はおもむろに一枚の紙を取り出し、「はい禊君」

「『え』『何ですかこれ?』『離婚届?』」

「いや結婚を飛ばすなよ。てか違うし」瞳は諭す様に、「私の住所や電話番号よ。何かあったら、いいえ何もなくても連絡して」

 必ずよ? と瞳は無邪気に言う。その後数枚の書類を鬼原に手渡し、そそくさと去って行った。
 少し静かになった室内で、鬼原が口を開く。

「で、雪。本音はどうなんスか?」

「……ハァ」雪は溜息をつき、「行きたくねえ~~!」

 雪は自棄的に叫ぶ。どう言い聞かせても、やはり未練があるのだ。
 しかし鬼原が「でも行くんでしょ?」と尋ねると、即座に「うん」と返ってくる。
 鬼原は少し呆れ、

「まあ短兵急な話ですしね。しかし不幸中の幸いは、全員が同じ場所に送られるって事ですか」

「うん…その理由も、知らなきゃいけない……!」

 雪は張り詰めた声で言う。
 空気をほぐすように、禊が手を叩いた。

「『さ!』『そうと決まればすぐに準備だ!!』『歯ブラシとか持った!?』」

「………そうだな。準備しとくか」

 こうしてその日は準備に終わり、雪達は残り二日を平和に過ごした。

 そして、時間は冒頭へと帰結する。



 ☆



「という訳で、隣町にある新たな施設に行く為、オレ鬼原と球磨川兄弟は駅へ向かっているのだった…」

「『ナレーションごっこかい鬼原君』」

 鬼原の言う通り、雪達は駅前の大通りを歩いている。
 駅前は、全人類が集まってるんじゃないかという位に人がごった返し、雑踏はもはや騒音だ。
 病院からここまで数km、ずっと徒歩で来たので、幼体の雪はゼェゼェと息を切らしている。

「『ほら雪』『荷物持ったげるから頑張って』」禊に疲れの色は無い。「『鬼原君あとどれ位?』」

「駅から電車1本で着いて…割と近いですね」鬼原はどこからか地図を出し、「人通りが多いところに非人道の研究施設を作るって…!?」

「『…気になるね』『一体どんな施設なのか…』」

 また始まった。雪は視線をコンクリートの地面に落とす。ここ数時間、ずっとこの話題だ。雪も初めは参加していたが、如何せん体力が尽きた。
 今は速くこの、鬱陶しい人ゴミから逃れたい……と思ったところで、雪はある"異変"に気づく。


 ――人が全員、停止していた。


 駅前に大挙している万余ほどの人波が、その歩を止めている。
 それだけではない。まるで時間が止まったように、ピクリとも動かない。まるで人形のように、瞬きや、息すらない。
 さっきまで狂騒と打って変わって、本来なら掻き消える電化製品店のテーマ曲が寂しく流れている。

「兄さん……」雪は顔を上げ、「これは……!?」

「『時間が止まった』『って訳じゃなさそうだ』」禊は腕時計を目にやり、「『それに動けるのは僕ら3人みたい』」

 不意に、鬼原が停止した人に触れると、バターン! と全く態勢を崩さず倒れた。

「こりゃ本気で人形みたいですね…心臓の鼓動もねぇ」

「何ィッ!!?」雪は疲れも吹き飛び、「やべえだろ! つーか何でお前らそんな冷静なんだよ!」

「『恐ろしい事態ではあるけど、全部が幻覚とも考えられる』『敵の能力とか』」

 場慣れしてるのか、禊は冷静に分析する。
 "敵"。その言葉で、雪は全体に視線を巡らした。
 ――――いない。第一敵がいるかも解からないのに、早計だったなと気を取り直した瞬間、



「――やあ、初めまして諸君」



 全てを見透かすような、声が聴こえた。脳に浸透するような、不思議な女声。
 突然の出来事に3人は驚愕したが、次の瞬間いきなり女性が顕現した時には、声も出なかった。
 さらに雪と鬼原は彼女を見た事があった為、驚きは大きかった。

「お前は……」鬼原の声が珍しく震え、「安心院なじみ…!」

 腰までかかる黒の長髪に、清楚でどことなく小馬鹿にした美しい風貌。彼女は雪達が原作で知っていた、『安心院なじみ』その人だった。
 何故彼女がここに? と考える前に、安心院は口を開く。

「………君が鬼原だね。僕の雪(そそぎ)は…そっちか」

 静かに、安心院は言う。そして返事を待つ事なく、雪の方へ歩み寄った。無論、禊が間に入る。

「『あんた誰?』『僕の弟に 「雪の兄…禊と言ったか、君はいらないよ」

 安心院は、ゴミを蔑むような目で禊を見て、やがて見る気も失せたという風に、雪の方を目にやる。
 見た途端、安心院の顔が婉然に綻んだ。そして次の瞬間には、雪の傍へ肉薄していた。

「な……!」
「君が、球磨川雪だね。初めまして」

 ギュッ と、

 言うが早いか、安心院は雪を抱きしめていたた。何故か絶大な愛情を感じる、貪るような抱擁。
 6歳の雪は、安心院の柔らかい体に包み込まれ、「ん~~!」と雪が息もできず悲鳴を上げる。
「ああ済まない」と、すぐに安心院は力を緩めた。だが抱き合ったままで、両者の吐息がかかる程近距離だ。

「お前……安心院なじみだな…何のつもりだ…!!?」

 唾が飛ばないよう少し気をつけながら、雪は尋ねる。安心院は嬉しそうな顔で、

「名前を…? 嬉しいよ。昔から馴初めは苦手でね」安心院は妖艶な笑みで、「生で見ると、やはり素晴らしいよ雪。堪らなく愛おしい」

「はぁ!!? だから何で俺に抱きついてんだ!」

「じゃあ口づけして良いと?」

「~~ッ!(こいつ訳解かんねえ!)」

 そう思った瞬間、雪の視界が真っ暗になり、気づいた時には、抱きあったまま蒼空にいた。
 恐らく安心院の能力の一つだろう。しかし雪には何が何だか理解できない。

「ここなら邪魔はない。改めて初めまして雪」

 安心院は引き寄せるように、雪の後頭部に手を回す。

「テメェ…一体何でここにいる…俺の転院の件にも関わっ…」

 そこまで言った所で思い出す。彼女はフラスコ計画の創始者だった。
 安心院は「御免ね雪…許しておくれ」と、恋人に言い訳するような声色で応えた。

「僕の"目的"の為には仕方なかったのさ」安心院と雪の体がさらに密着する。「異世界から転生した少年。雪よ」

 異世界、転生、自身の核心に迫る単語が、飄々と出てくる。
 安心院なじみは知っていた。自分の正体を。
 ならば、彼女の目的は? 困惑も恐怖も吹き飛び、雪は尋ねた。

「"目的"…って何だよ…?」

「そう怯えるなよ可愛いなぁ 僕の目的だろ? すぐに教えてあげるさ」

 言いながら、安心院の顔が、雪の顔へどんどん寄ってくる。僅かしかない空間が埋まり、指の人押しでもすれば、両者の唇が――――という所まで接近していく。
「ち…ちょっとま」と雪は赤面しつつ抵抗するが、安心院は止まらず、色香につつまれた眼差しで、言った。


「雪。僕は君が―――――欲しい」


 その瞬間、彼女の唇と雪の唇が、重なった。




[29419] 第21話 自分のいる意味はないのに
Name: oden◆0fc721ee ID:8ffe7b05
Date: 2011/09/11 19:02
 ■前書き■
 一京も能力あるんだから1個や2個オリ能力出しても大丈夫だろうって事でオリジナル能力出て来ます。
 ――――――――――




 
 ほぼ羽交い絞めに近い形で、雪の唇が安心院に喰われる。
 驚愕が、困惑が、焦燥が、雪の中で駆け巡る。
 唇の柔らかい感触が、雪の思考を奪い、唇にかかる圧が、雪の行動力を奪う。

(…ッ…ッッ…!!―――って何ちょっと喜んじゃってんの俺ェ!)

 何とか意識を戻し、雪は安心院の顔に手を伸ばす。
 浮遊感に苛まれながら、乱暴に安心院の顔を押し続けると、途切れるように顔が離れた。
 その瞬間、
 

 ド ゴ ォ ン !!


 弾丸よろしく放たれた物体が、畳み掛けるように安心院を吹き飛ばす。
 反動で雪の方へ飛ぶ物体は、鬼原だった。鬼原は雪を背負って降下していく。

「ファーストキスは悪平等の味ってね」
「うるさい!」
「それよか球磨川さんが闘ってる内に、安心院の目的ってのを教えてください」

 言いつつ鬼原達は着地する。禊は電柱を垂直に滑走し、空中の安心院へ螺子を向けた。
 雪は二人の勝負も気になったが、まずは鬼原に話さねばならない。

「俺も詳しくは解かんねえけど、安心院が俺の事を『異世界から来た少年』って言ったんだ!」

「! 異世界………貴方の元の世界ッスか」鬼原は流石に驚いたと、「不可思議な話ですが、安心院(あいつ)なら解からんでもない…!」

 安心院にはおよそ1京個に及ぶ能力(スキル)が存在する。その内の能力の何かが、雪達を探知したと言うのか。だが、雪の気掛かりはそこだけではない。

「そ、それで俺が欲しッ…」

 言い終わる直前、ドゴォ!! と、少し離れた場所に何かが落下した。
 それは、全身に砂塵を帯びて、ボロボロの形で這いつくばる禊だった。打撲や切り傷、火傷に凍傷、無限の能力で受けた無数の傷跡が、禊の体に蝕んでいる。
 安心院が、ふわふわと地に降りる。

「兄さん! 何をした安心院!」

「君のお兄さんが邪魔だから、少しお仕置きしたのさ」安心院は埃を払い、「後僕の事は"なじみ"で良いよ。雪だけの特別だぜ?」

 温和な笑顔で、安心院は雪のみを見つめる。
 雪の視線と彼女のそれが交差したと同時、安心院の額から螺子が突出した。禊が背後から刺したのだ。

「『馴れ馴れしい女は嫌われるぜ? なじみちゃん?』」

 脳を貫かれているというのに、安心院は平然と、

「…ハァ…双子だと言うのに、君には全く魅力を感じないよ」

 言葉の瞬間、安心院の体が煙のように変化し、霧のように霧散した。煙は半径20m程広がり、雪達を包む。
 不意に、煙が雪の真横で凝縮され、安心院の体を形成した。
 この全てが、一瞬の出来事。

「僕の能力(スキル)の一つで、怪避雲動(クイックスモッグ)って言うんだ。面白いだろう雪」

「!?」

「驚いた顔も良いね。君は実に僕を楽しませてくれる」安心院は悪戯っぽい顔をして、「でも彼は…要らないな」

 安心院は禊へ手を伸ばし、「鬼々壊々(キキカイカイ)」と唱えた。同時に禊の体の内側から、ボキバキと砕ける音が鳴った。音は鳴り止まず、比例して禊は吐血。
「兄さん!」――雪の悲痛な声が響いたと一緒に、禊はまた地に伏した。
 雪の心に、絶対の恐怖が芽生える。
 怖い。禊を完膚無きまでに叩き潰した、この女性が心の底から怖い。

「………あ…ああ…!」

「全身の骨は砕いたけど一応生きてるよ…あ大丈夫。君にはそんな事しないから」

 言いながら、安心院は雪へ手を伸ばす。雪は恐怖心で足がすくみ、動けない。
 そして悪平等の手が、雪に―――

 ザ シ ュ !!

 届かなかった。いつの間にか腕は第一関節で分断されていた。断面から血が流れ、血管と筋肉が露出する。
 腕の落下地点を見ると、巨大な地割れが雪と安心院の間に走っていた。
 地割れは伸びに伸び、遠くの建物まで両断していた。

「…これは…」

 安心院は平淡に、建物の逆方を覗いた。そこには、鬼原が振り蹴った構えでこちらを見ていた。
 雪は直感する。彼がこの地割れを生み出したのだ。

「鬼原…お前…」

「蹴りで地形を変えるとは恐ろしいね。異次元の少年」

「…オレの事も知ってんのか…」鬼原は驚き、「球磨川さん!かませッてないで起きてください!」

 鬼原は安心院を見つつ、ボロ雑巾のように横たわる禊に言った。
 禊の体がピクリと跳ねる。

「『…人をかませ呼ばわりしないでよ』『しかし君の蹴りヤバいね』『嵐脚?』」

「元気そうで何よりです」鬼原は口元を緩め、「あの女はオレが引き受けますから、雪を連れて逃げてください」

「『でも君一人に 「貴方がいちゃ邪魔だってんですよ!こいつはアンタが闘れる相手じゃない!」

「『………!』」

 その後禊は少し考えた素振りを見せたが、「『…解かった』」と応えた。
 途端に禊は高速駆動し、安心院の横から雪を掠め取る。すぐに安心院のもう一つの手が伸びるが、


 ド ズ ッ !!


 と、安心院の首が消えた。正確には、鬼原のパンチで木端微塵に砕け散ったのだ。だが彼女がこの程度で死なないのは既知な事。
 全ては、逃がす時間を創る為。

「鬼原!」
「『動かないで!行くよ!』」

 禊は振り向かず、雪の手を引っ張って全力で走った。
 雪の鬼原を呼ぶ声が消えた頃、安心院の頭部が復元される。
 人形がひしめく閑静とした空間で、鬼原と安心院の視線が交わった。

「すぐに雪の元へ行きたいけど…」安心院は冷静に、「まずは君を潰さなきゃ…」

「…どうかね…オレァちっと少し本気でいくぜ…!?」


 ☆



「『…ここまで来れば大丈夫だろう』」

 あの駅前からかなり離れたショッピングモールで、禊達は足を止めた。
 距離のお陰かここには生身の人間もいるし、何より体力がもうない。禊の傷を隠す為、二人は人気のないトイレへ入っていた。

「『……何なんだあの女…!』『本当に人間かってくらい強い…!』」

 禊は体をさする。さっきの傷が響くのだろう。
 雪はおどおどしながら小さく「ごめん」と呟いた。途端に禊の顔色が変わった。

「『何で雪が謝るんだい?』『そりゃ突然、所有物願望暴露されたら精神不安定にもなるだろうけどさ』」

「いや俺のせいで怪我…って聴こえてたの!?」

 禊は無言で頷き、笑みを送った。しかし、彼の心の奥底に、煮え切らない歯痒さが渦巻く。

 ―――手も足も、出なかった。

 攻撃の全てが、安心院にはまるで効かない。攻撃の一つも避けられない。
 めだかと闘う時とは全く異種の実力差。蟻が獅子と闘うような、そんな差を、禊は感じていた。
 だが彼女は雪を手に入れる為に動いている。

 ―――このままでは雪を、守れない。

 禊は久しく忘れた恐怖を感じていた。彼女と闘う事が、自ら死にに行くかのように考えてしまっている。
 もしまた安心院が来たら、禊は雪の為、彼女に立ち向かえるだろうか。
 …解からなかった。いつもと同じく『できる』と断言できない程に、怖気づいてしまっている。

 ―――そんな風に考えるな。ド壺にハマるだけだ。

 そう言い聞かせても、恐怖は急増し、戦意は喪失していく。
 雪を守りたいのに、安心院に会う事が怖くなっていく。
 自分は最後の砦なのに、雪を守れるのは自分しかいないのに。

 ―――守ること以外に、自分のいる意味はないのに。

 禊にとって、トラブルの象徴たる過負荷の自分が、何も憚らず雪の傍に入れるのは、"彼を絶対に護る"という名目があるからだ。
 これまでは同類の飛沫達にも、天敵のめだかにも立ち向かえた。だが今、自分の心は安心院と戦う事を恐れている。
 それは自分がいる理由がない事を、自分が雪の傍に居てはいけない事実を彼に与えた。

「『………………!!』」

「兄さん…顔色悪いぞ…やっぱ傷が…えっと病院に…」

 おろおろと、二進も三進も行かない様子で雪が声を掛けて来た。心配そうな目で―――当然だ。鬼原が居ない今頼れるのは禊だけ。
 動かなければ、と禊は体を震わせ、雪の心を解すように笑った。

「『―――ダメだ。僕が治療室に居る間、雪ががら空きになっちゃうよ』『ここでしばらく休んで、それから考えよう』」

 休もう。傷のせいだ。すぐに忘れる。
 ちょっと頭を冷やして考えれば、安心院など何て事は無い。
 もし冷静になって、それでも自分が"ダメ"だったら、その時は―――

(………その時ャ雪に謝らなくちゃ…別れが続くってのはツライもんだ)

 怖い物知らずだった禊の脳裏に、"挫折"という言葉が浮かんでいた。



 ☆


 雪達を逃がしてもう数十分。鬼原はパッパと埃を払う。
 戦闘の場となった駅前はもはや人類文化の影もなく、全人類滅亡後の世界を彷彿とさせる荒野になり果てていた。これは鬼原と安心院との戦闘での巻き添えだ。鬼原は「ふぅー」と息を吐きながら、手頃な瓦礫に座った。
 彼の目の前には、ぐちゃぐちゃになった女性の死体がある。皮膚は剥け内臓は飛び出し、TVでよくある『動物の死体をバクテリアが食べるのを高速で見る』という映像をそのまま持って来たような、安心院なじみの骸があった。言うまでもなく、原因は鬼原の鉄拳である。
 だが鬼原は何の達成感も持たない。彼女がこの程度で死ぬ訳がない。

「起きなさいや安心院なじみ……オレぁあんたに訊きたい事があってね」

 すると、その言葉を待ち構えていたかのように安心院(したい)が蠢き、顔を上げた。
 安心院は、ゾンビのような風貌で、快活に笑った。

「ああ鬼原君。僕も少し、君に教えたい事があるんだよ」



 ■後書き■
 鬼原の戦闘シーン、割愛。





[29419] 第22話 さっさと潰れな球磨川禊
Name: oden◆0fc721ee ID:8ffe7b05
Date: 2011/09/13 20:57
 

 神の使者である鬼原の能力"例外(アンリミテッド)"とは、その名が表す通り『全ての例外である事』事である。

 例えば、あらゆる心傷外傷(ダメージ)を押し付けられる蝶ヶ崎の|不慮の事故(エンカウンター)に対し、鬼原はそれが効かない"例外"として、攻撃が加えられる。同じように万人を過負荷に変える禊の|却本作りも、全てを体得するめだかの完成(ジエンド)も、鬼原には効果を為さない。
 だが彼の能力が死角なしといえば否である。例外とはとても曖昧なのだ。
 何故なら、全ての兵器や科学や腕力を以っても勝てない強さを持つ例外であると同時に、誰にも勝てない赤子にはその例外として、一瞬で負けてしまうのだから。

 無論この例外(アンリミテッド)は一京個の能力群に対しても作用し、実際彼女との戦闘は、鬼原からの一方的な暴力だった。
 それなのに、

「……教えたい事…言ってみなせえ」

 鬼原は言い難い不審感を感じていた。表現しがたい、不可解な感情。
 不吉を象徴するかのように、安心院の体が復元された。端正な顔立ちで、安心院は微笑む。

「全くほとほと恐ろしいよ鬼原君。僕の全能力を総動員して手も足も出ないなんてさ。さすがは異次元の少年といった所か」

 "異次元の少年"――鬼原の記憶では、安心院は雪の事を"異世界の少年"と言っていた。思慮深い彼女の事だ。意識して言い変えているのだろう。
 やはり彼女は知っている。鬼原達の存在について。知る能力(すべ)が何兆とある彼女なら、不思議な話ではない。
 鬼原がそう思ったところで、安心院が「ふふふ……」と押し殺すように笑った。

「何を笑ってるんスか? オレには事情を吐かせずテメェを瞬殺する選択肢だってあるんですよ」

「…君は最強だよ。黒神めだかとは違う意味で、『絶対に負けない人間』だ。恐らくどんな障害であろうと君にとっては塵に等しいのだろう。――僕でさえもね」安心院は一度区切り、「でも僕は狡猾でね。何も正面から君を相手取って雪を得るつもりは最初からないんだ」

「テメェの考え何て知ったこっちゃない。それより答えろ。貴様は何故雪を狙う?」

「焦るなよ。その理由は僕から雪に直接伝えるつもりだから言えないね」

「残念ですね。あんたはここで「会うさ。僕はそれを君に教えるんだ」

 安心院は余裕綽々と言いながら、虚空に向け、ボールを撫でるようにパントマイムをした。
 次の瞬間、安心院の腕に収まる形で、人吉瞳が出現する。気絶しているようで、深く瞼を閉じている。そしてそんな瞳に反し、安心院の目尻がニュラリと歪んだ。

「君の事だから僕の能力の事はご存じと思うけど、僕は割と全知全能でね。どこにでも行けるし何でもできる。それなのにどうして、君と闘ったと思う?」不敵に、安心院は笑う。「どうして今になって、恐らく君には効果の薄いであろう人質を出したと思う?」

 その気になればすぐにでも雪の元に現れられるのに。と安心院は言って、鬼原を見る。
 その時、鬼原は気づく。自分の愚かさに。強さに溺れた、自分の滑稽さに。

「簡単な答えさ――"時間稼ぎ"。君は雪の解説役だからね。こうでもしないと離れないだろう? ――これで雪はガラ空きだ。球磨川禊何て敵じゃない」

「初めから…それが…」

「全ては雪を守る者を減らす為。少し面倒臭い過負荷の蝶ヶ崎だけを飛ばしたつもりだったのに、志布志も一緒に行った時は笑ったよ」安心院は瞳を見て、「雪用の人質も用意したし、君は雪の居場所も解からずここにいる。全ては順調なの――


 ドッ!


 と、鈍い音と共に、安心院の首を飛んだ。鬼原の手刀に鮮血が付着する。
 だが次の瞬間に、首なしの安心院が蜃気楼よろしく消滅し、鬼原の背後で顕現した。何故か瞳が居ない。

「誤身術。やはり君の例外は"能力全無効"という訳ではないようだね」

「……チッ!」

「それに悪平等(ぼく)は7億人いるんだぜ? ここの僕は君の足止め用さ」

 例外(アンリミテッド)は曖昧だ。何が起きても死ねない死延足の例外にはなっても、例えば対象が一名に限定された能力などには例外にはなれない。誤身術(さっきの)はその類の物だろう。
 ぬかった。歯痒い思いが鬼原の中を巡る。

「諦めなよ鬼原君。もう悪平等(ぼくら)は飛車角取って王手を掛けてんだからよ」


 ☆


 爆音に次ぐ爆音の波状が、ショッピングモール全体に木霊する。
 禊は雪の手を引っ張りながら歯噛みした。

「『……糞…!』『何だってんだ!!』」

 突然だった。
 突然ショッピングモールの客や職員全員の姿が"安心院なじみ"に変化し、禊達に向け攻撃してきたのだ。
 それも禊ですら見た事のない、およそ漫画やアニメでしか見た事のない攻撃ばかりだ。

「風刃雷刃(ウィンドボルト)」

 瞬間、制服姿の安心院から、帯電したカマイタチが乱雑に放たれる。
 ズドォ!! と、建物は斬り砕かれ、風の相乗で砂塵が舞う。
 禊に痛い位手を掴まれながら、雪は言葉を漏らした。

「兄さん……これは安心院(あいつ)の…」

 禊は雪を目にやる。雪は怯えている。雪は全くの非力。ここでは戦う事も、逃げる事すらできない。
 だからこそ雪は、兄である禊に助けを求めている。確定した『安心』を、認めて欲しがっている。
 だが、今の禊には―――…

「『…………』」禊は歯切れ悪そうに間をとり、「『彼女の狙いは雪だ。多分君を殺すような技はしない』『それを逆手に取る』」

 そう言って、禊が手を引いたと同時、上空から巨大化した銃弾の弾幕が降り注ぐ。「征密射撃(オールライフル)」と、見透かした安心院の声。
 半ば闇雲に走って弾幕を回避しながら、禊は思い詰めていた。
 ――さっき、雪を励ます際、禊は「大丈夫」と言ってやれなかった。唯一安心院とまともに闘れる鬼原と離れ、今戦えるのは自分しかいないのに。

(いや、鬼原君に頼ってる時点で、僕はやっぱり…)

 怯えているのは雪だけでなく、禊もだった。圧倒的過ぎる安心院の物量(スキル)に対し、『勝てない』『守れない』と、負の言葉が禊に巡る。

(どうする――? このままじゃダメだ!!考えるんだ!! ――安心院と戦う?死んじまう!――逃げる?絶対不可!――泣きつく?それで失敗したら!?――鬼原を待つ?それまでどうするかを考えてんだよ!――生きる術だ!どんな手段でも良い――安心院を退ける術を―――――!――――――……雪を渡して…逃げる…?……ッ、…糞!!!僕はとんだ迷惑ビビリだ!)

 反吐が出る思いだ。と禊は歯を食いしばった。『さっき自分が言った通り雪に危害はないんだから大丈夫』なんて妥協しかけた自分に腸が煮えくり返る。
 だがどうする。"却本作り"をどう工夫しても打開策は……とそこで禊は事態の核に気づく。今策を練って安心院から逃げても、彼女はまたやってくる。雪は確実に守るには、安心院を倒さねばならない。勝たなければならない。
 しかしそれは過負荷である禊にとって、安心院に怯んでしまっている禊にとって、不可能という事実と、雪と離れなければならないとい自責を着き付けられたに等しかった。

「『…………!』」

 全身から気色の悪い汗が出てくるのが解かった。それだけに、純真無垢な雪の声は、すぐに禊の足並みを止めた。

「兄さん! 上!上!上!」

 上空斜めから、巨大な火炎の球体が飛んで来ていた。あの大きさでは回避は不可、身を呈しても守り切れる保証はない。
 ならば、

「『!!』『……待ってて雪』『すぐに戻る!』」

 ならば戦うしかない。ここで進まなければ、何時まで経ってもこのままだ。自分は雪と離れたくない。まだ傍に居れる。まだ彼を守れる――自分はそう禊は自身に言い聞かせ、螺子を握った。
 そして、ダン!! と火炎の球体向けて跳躍する。


 ド ッ !!


 球体のほぼ中心に、禊の螺子が突き刺さる。同時に螺子を中心として炎がぶわっと霧散した。
 勝った。と、禊は思う。戦える、自分は雪をまだ守れる。これで雪の傍に居る"理由"は守れた。
 挫折は、克服した――――――と、思ったその時、禊の眼前に安心院が現れた。

「悪平等を僕の姿に変化させる能力でね、"蚤の市場(フリーマーケット)"って言うんだけど」安心院はどうでも良さげに、「君はちょっと、邪魔だなぁ――――」

 ちょん と、安心院は禊の螺子に人差し指を添えた。それだけの事なのに螺子は完全に威力を殺され、禊も動けない。
 時間が凝縮されるような刹那、安心院は言い放った。

「さっさと潰れな球磨川禊。君の様な負け犬が、僕に勝てるわきゃあねえだろう?」安心院の声に起伏は無く、「雪を守るのは君じゃあない。――僕さ」

 瞬間、禊の螺子が砕け散った。ガラスが割れるかのように、粉々に。
 それはまるで、禊の心を表すかのようだった―――。




[29419] 第23話 馬ッ鹿じゃねえの
Name: oden◆0fc721ee ID:8ffe7b05
Date: 2011/09/17 20:36

「君はもう雪を守れない。それは即ち、君は雪と共に生きる意味はない!!」

 凝縮された空間で、螺子が粉々に粉砕される。衝撃は波紋のように禊を襲い、体が思うように動かない。
 安心院の柔らかい手が、拳の形をとった。
 禊の心に、恐怖の花が咲く。

 ――逃げろ。
 ――勝てない。
 ――早く速く疾く!


 ダッ!!


 と、禊は螺子を顕現し、それを足場に地面へ走った。ボォン!! と、虚空を射った拳で空気が震えた。
 さらに禊は連発的に雪を掠め取り、自身も驚くほどの速度で疾駆する。
 ドドド!! と、安心院の攻撃が機関銃の如く振り迫る。

「兄さ…」
「『喋るな雪!』」

 闘うな負けるだけだ―――禊の逃走本能が囁く。そしてそれを受ける自分、情けない。
 ここで敗北を認めれば、雪といる理由がなくなる事を解かって尚、今自分は逃げている。

「『畜生!』『畜生畜生!!』『何で勝てねえんだ!!』」

 禊は思わず叫んでいた。雪に言えば不安を持たせてしまうからと我慢していたが、爆音の中というのもあって堰が切れていた。
 しかし、その悲痛な叫びを、雪は確かに聞いていた。

「雪を放しなよ! 雪に当たっちゃマズイだろ!? それとも盾にしてるつもりかい!?」

 安心院は煽りつつ、敢えて禊達が回避しやすいよう攻撃を放つ。それがさらに禊の怒りを駆り立てる。
 そして、その苦渋の表情を、雪はしかと見つめていた。
 爆風の波を縫いながら、禊は歯を食いしばる。

(何で!何で!僕にもっと力と勇気があれば!!―――――糞!!)

 禊は決意する。こうなったらどんな手を使っても逃げよう。這い蹲っても何を換えても良い、この場面は死んでも守ろう。
 その後は潔く身を退こう。下手に未練があれば枷にしかならない。
 ドン!! と、禊は小道へ加速した―――――瞬間、

「兄さん!!! 止ォまァァれえ!!」

 雪は体重を傾かせ、禊の進行を変更させる。禊はまるでバットに振られる子供のように、廊下横の男子トイレへ転がり込んだ。
 姿勢の崩れた禊の肩を、雪は揺さぶるように掴む。


「兄さん……何をそんなに焦ってんだ?」

「『………!』」禊は一瞬固まり、「『何でもないさ』」

 これ以上雪を心配させる訳にはいかない。例え自分が無能な屑であっても、今だけは、『絶対に守る』という虚構をもって雪を安心させねばならない。
 しかし雪はこんな時に、否こんな時だからこそか、予想外の冴えを見せた。

「ちゃんと答えろよ……!! 何に怯えてんだ? なあ兄さん、どうしたんだ?」雪は荒く息を切り、「様子が変だぞ」

「『……大丈夫さ僕なら』『絶対に君は守るよ』」

「…何を…」

「『ここを切り抜けたら僕らは別れる』『すぐに君は鬼原君と合流するんだ』」

 言おう と禊は思う。余裕を持つより、勢い任せで楽かもしれない。
 最愛の弟への最後の忠告。

「『雪良く聞くんだよ』『飛沫達の件、安心院の件、これから環境は激変する』『僕はいてやれないけど、君は可能な限り平凡な道を歩め』」禊は雪を見ず、「『絶対に異質な存在と関わるな』『いや鬼原君は頼れ。これからは彼が守ってくれるだろう』」

「……!?」

「『住所や生活、書類何かは瞳先生を頼りなさい。最悪身を寄せさせてもらうと良い』『実家の親類でも良いけど、君にも偏見があるから気をつけるんだよ』」

「!――――おい兄さん」

「『お金は僕が偽名で貯めた貯金があるからソレ使いなさい』『口座番号は…

「―――兄さん!!」

 雪は声を張り上げた。機械の様に連ねられていた禊の言葉が止まり、一時の沈黙。
 そして雪は、酷く悲しそうな声で、

「何でそんな……! そんなもう会えないみたいな事言うんだよ……!!」雪は少し声を荒げ、「何で俺と別れようとしてんだよ!!? 何思い詰めてんだよ!」

 本当に、さすがは僕の弟だ。と禊は苦笑する。
 相手が察して欲しくない事にばかり、絶大な直観力を持ってる。

「『……いる意味が、ないからね』『僕はもう君を守れない』」

 自分で言って、禊は情けなくなった。しかし伝えなければ、禊は重い口を開く。

「『僕は雪を守る為にいるんだ』『弱い君をこの異質の世界で生きれるよう。何者からも守るつもりで、それが僕の存在意義でさ…』」禊は仄かに笑い、「『でも―――負けちゃった』『『もう僕は、君といる理由がないんだよ』」

「………兄さん…」

「『ごめん』『ごめんよ』」

 禊は地面に視線を落とす。だが言った。言ってやった。最初の方はかなり早口だったが、最後の方は声が掠れていたが、別れる前に、謝る事ができた。
 すると突然、グイッと無理やり顔を上げられた。
 見ると雪は、呆気にとられたような、悪戯を諭す親のような、そんな顔をしていた。


「……馬ッ鹿じゃねえの?」


 雪は平淡な声色で、禊に正面から言い放つ。
 禊は声も出ず、表情が疑問の色に染まる。

「何て顔してんだバカ兄貴。そりゃ本来俺がする反応だろうが……本当に」雪は溜息をついて、「本トに馬鹿な兄だよアンタは」

「『…何を言って』」

「俺は頼んだか? 『守ってくれ』って、どんな敵からも俺を守り通してくれって、できなきゃ傍に居るなって。――――な訳ねえだろう」

「『でもッ』」

 禊は痛切に叫ぶ、例えそうであっても自分は過負荷だ。雪に迷惑を掛ける代わりに守るのが道理であり禊のルール。
 雪はそれを、禊の心情を理解している様子で、「はっ」とまた笑った。
 禊の悩みそのものを、笑い飛ばすかのように、

「心配してくれんのは嬉しいよ、家族だもん。でもだからこそ、俺をもう少し信じてくれよ」雪は禊の目を見て、「俺はアンタよりずっと弱いけど、アンタが思ってる以上には強いからさ」

「『……』」

「兄さんは俺の守護者じゃないんだ。家族なんだから、迷惑とか過負荷とか関係なく、一緒に居るのが当然なんだよ」

 禊が義務に近く感じていた理由を、雪は呆気らかんと吹き飛ばしてしまった。
 だが禊の思考は、雪の言葉でさえも変わらなかった。気持ちは解かる―――それでも、

「『それでも僕は 「大丈夫だ」

 雪は禊の言葉を遮った後、「ごめん」と呟く。

「ごめんな変な気苦労かけちまって。飛沫達にも俺が原因で迷惑かけた。俺が馬鹿で弱いばっかりに――」雪は決然と、「―――だから俺、行ってくる」

 禊の表情が強張る。雪の真意が読めなくて、それなのに彼が言う"行き先"がすぐに把握できてしまって。
 禊が止めに入る前に、雪は大声で叫んだ。

「安心院ゥ!! 俺はここにいるぞ!! 出て来い!!」

 ―――ヴ ヲ ン

 と、瞬間の誤差もなく、安心院が雪の背後、禊の正面に出現する。
 這うように伸ばす禊の手を弾き、雪は安心院と向き合った。
 同時に攻撃が鳴り止み、慄然とした静けさが訪れる。

「最愛の男性からのお誘いが男子トイレとは…」安心院は不敵に、「面白い嗜好だ」

「安心院。お前は俺を得る為だけに蛾々丸を追放し、兄さん達を嬲ってるのか?」

「そうだよ。僕以外に雪に慕われる人間は要らないからね」

「その俺を狙う理由とやらは、俺を捕まえた後じゃないと言えないのか」

「そうだね。出来るなら二人きりが良い。僕が用意した環境でね」

 平淡な問答の後、雪は「そうか」と呟き、「じゃあ」と声を張った。
 禊は雪から出る言葉が解かってしまう自分が、それを甘んじようとする自分が堪らなく悔しかった。


「なら俺を連れていけ、抵抗はしねえ。その代わり飛沫達や兄さんに、絶対に危害を加えるな!!」


 もしこのまま禊と雪が逃げたら? そんなの誰だって解かる。禊は安心院に殺され、雪は奪われる。
 それを止める為の、苦肉の策。雪を守れない自分(みそぎ)の、無能な自分の事を思っての、雪の熱意。
 だが禊にとってそれは、絶望の通達に等しかった。

「良いだろう。君のたっての頼みだ。――さあ、行こうか雪!」

 雪を守る為だけに生きて来た男は、

「『雪……!!』」

 雪の負担になるまいと必死に生きた男は、

「大丈夫だ。すぐに決着つけて戻るよ、待ってて兄さん」

 今、雪に守られた。




 ☆




 雪が安心院と去って1時間経ち、禊は一人男子トイレで立ち尽くす。

 自分にもっと力があれば。禊は切に願う。
 もっと強ければ、雪にあんな選択をさせる事は無かった。本当は行きたくなかったはずだ。あの安心院の元に単身で向かうなんて。でも止められなかった。弱かったから。
 畜生。そう自分を戒めても、空振りに終わるだけだった。

「あれ球磨川さん。どうしたんスか仮死したみてえに。で雪は?」

 不意に声が聴こえて顔を上げると、返り血塗れの鬼原が居た。両手には安心院の死体。
 今頃来たのかと呆れながら、ここであった事を伝えなければ、と禊を口を開く。。気は進まない。何せ自分がいかに情けないかを語る訳だから。
 そして、禊の声は鬼原に一部始終を伝えた。



「『僕のせいだ』『僕のせいで雪は…』」

 禊は酷く苛まれた様子で話を終えた。だが鬼原としては禊の感受がズレているとしか思えなかった。
 雪は別にそんな悲観的な理由で安心院と行った訳ではない事は、鬼原でも理解できた。
 が、鬼原はそれを禊に教えなかった。何故なら、この禊の後悔を利用しない手はないのだから。
 全ては雪の為、安心院を殺す為。

「――で、どうします?」

「『え?』」

「貴方が望むなら、オレが貴方に『安心院を倒す策』を教えてやっても良いって話ですよ」鬼原は飄々と、「その代わり"反動(リスク)"が来ても責任は負いませんよ?」

「『……!!』」禊は茫然と、「『守れる…まだ僕は…戦える…!!』」

 まだ守れる。まだ自分には雪といる理由がある。
 雪の言葉をズレて感じ、鬼原に唆された禊の脳は、これまで無い程の決意にドス黒く燃えた。

「まず貴方の能力で貴方自身を強化し、安心院の「『前書きは良い』」

 禊は一切の迷いなく、

「『行くさ!!』『安心院を倒し』『今度こそ雪を守り通して見せる!!!』」





 ―――禊と鬼原が合流する数十分前、雪と安心院の対談が始まった。




[29419] 第24話 僕と一緒に生きよう
Name: oden◆0fc721ee ID:8ffe7b05
Date: 2011/09/19 09:54
 
 ■前書き■
 ちょっとした注意事項ですが、今回の話はキャラ崩壊+独自解釈を含んでおります。というかそれしかないです。
 それというのも安心院が謎すぎるんです。目的も本性も解からない。 なので、本作ひいてはこの第24話では安心院の『フラスコ計画』の目的やら性格やらも全て独自に解釈して書いておりますので、「安心院はこんな事言わないよ!!」と言う方にはすいません。
 ――――――――――――――――





 
 真っ白な空間、それは雪がかつて『神』と出会った場所を彷彿とさせる世界で、雪達以外は誰もいない。
 そう、ここには雪の味方はいない。だが聞かねばならない。
 安心院は敵意がない事を示すような手振りをして、

「そう固まるなよ。公平に話し合う為に人吉瞳の精神世界に来たんだからよ」

「お前と俺は敵同士だ。さっさとテメエの目的と思惑を話しやがれ」

 安心院は少し物悲しそうな顔をして「解かったよ」と言った。正面から両者の視線がぶつかる。

「前置きだがね。僕は人外なんだ。人間ってのは他の人間を愛し評価し差別し、特定の人間を特別視するけど、僕はそれができない。僕からすれば普通特別、異常に過負荷、全ては等しく劣等なゴミだ」安心院は自虐的に笑い、「だから僕は他人を愛した事も憎んだ事もなかった」

「…そりゃお前を凌駕できる人間はいねえだろ…」

「そうじゃないよ。僕より強かろうが何だろうが、僕の感受性は全てを屑として見てしまう―――――でも、それを僕が享受してると思うかい?」

 雪は考える。もし自分の他全てが劣悪な有象無象だったら。優越感…なんてものはない。きっと恐怖や焦燥でどうにかなってしまうだろう。
 それでも安心院は、生きて来た。そんな絶望的な世界で。

「僕は欲しかった。『愛』という感情を、『特別視』できる存在を。だから僕は"ある計画"を始めたんだ。人類が少しでもマシになれば僕の価値観も変わるかと思って」

 馬鹿だよなァ。と、安心院は笑う。同時に雪の脳に『フラスコ計画』が浮かぶ。
 きっと安心院に、同じ悪平等以外に心を許せる人間などいなかったのだろう。彼女は悪平等故の価値観が嫌で、一人ぼっちが嫌で、一心不乱に何百年も計画を進めて来た。
 安心院は物憂げに、

「今思えば、僕自身を改善しようって気持ちは全くなかった訳だ。例え全人類が天才になっても、僕の視界は変わらないと言うのにね」

「それを解かっても尚…お前は計画を進めてたんだろ」

「いや僕がここまで悟れたのは君に会ったお陰さ」安心院は自嘲するように、「感謝するよ。異世界の少年」

(ずっとそれで救われると思ってた計画が泡になったのに……何で感謝なんだよ…)

 雪の心は揺れていた。冷徹に安心院を払おうとする義務感と、どこか彼女を同情している感情が混在して、もどかしかった。
 だが何であれ『異世界の少年』これは訊かなければならない、と思った所で安心院は口を開いた。

「さて本題の僕が君を欲しがる理由だが」安心院は一呼吸つき、「君が唯一僕に『球磨川雪』という個性を見せつけたからさ」

「…?」

「院内の悪平等を介して君を見た時、僕は感動に震えたよ。醜悪な生ゴミ共が跋扈する世界で、君だけが純然とした特別性を持って、僕の心を捉えた! 初めてだったよ。この世界で僕以上に特出した存在を見るなんて!! 7億の僕の全身に電気が走り、興奮の爆発は止まる所を知らなかった! そして僕は直感したんだ『君しかいない』と。『もう良いんだ』と」

「…どういう事だ」

 安心院は羨望的な眼差しで笑う。
 雪は転生者だ。雪自身は解からないが、その本質はこの世界と違う。それが結果として安心院にとって『特別』となったのだ。これまでずっと陳腐な世界で生きて来た彼女の感動が、雪にまで伝わるようだった。
 だがそんな雪の発見によって安心院の思考は変わった。

「なあ雪、僕と一緒に生きよう。志布志も鬼原も球磨川禊も捨てて、僕だけを見て、僕と共に生きよう。僕の寂しさを埋めて欲しいんだ」

「……!! その為に…!」

「君にだってメリットはある。僕の元に来れば、一京の力を好きなだけあげよう。君はいつだって自身の無力さに苛まれてきただろう?」

 無力―――雪は確かにそれに悩み続けていた。
 闘えない無力。解かってやれない無力。普通故の葛藤。その脱却を誘う安心院の言葉は、一瞬間を取って続く。

「もう計画は必要無い。計画の目的は君が居れば達成される」安心院は懇願する。「なあ雪。僕は君に会って、万物が等しく下等で劣等なこの世界で生きるのが、堪らなく虚しくなったんだ。―――だから頼む。僕を埋められるのは君しかいない」

 安心院は物憂げな顔で、雪の答えを待っている。雪は視線を落とした。

「………」

 雪は考える。
 彼女がこれまで行ってきた所業の目的とは、ただ単純に『寂しい』からだった。余りにも感情的で人間的で、雪は憤るに憤れなかった。これまで"普通"であるせいで理解してやれなかった過負荷(もの)が多い分、彼女の誘惑を強く感じてしまったのも原因の一つだろう。
 彼女の能力や演技でそう見えるだけかとも思ったが、すぐ否定した。虚構の兄を持っているお陰か、安心院の、無機質な合理性と感情的な激情が混在した言葉を、正確に、そして強烈に感じ取れてしまった。
 だが、だからこそ、彼女の心を真摯に感じた雪は、


「悪いけどよ。無理だ」


 一言で、安心院を弾いた。
 信じられないという顔で、「…え…!?」と安心院が声を漏らす。

「お前の気持ちが解からない訳じゃないし、力が欲しくない訳でもない。でもどれだけ言葉を連ねたって、お前は俺の敵だ。ここでお前の元に行ったら、飛沫や兄さんに怒られちまう」

「……!」

「でも」と、雪は言葉を切って、「お前が俺らの所に来るなら話は別だ」

 理解が追い付かない様子の安心院に、雪は悪戯っぽく笑った。

「お前の目的は『他の人間蹴落として俺とだけ仲良くする』だろ。俺が言いてえのは『お前も俺らの仲間になるか』って話だ」

「……ッ?」安心院は少しばかり声を張り、「君は言葉の意味を解しているのかい?」

「ああ、要するにお前一人が寂しいんだろう? だったら大人数の方が楽しいのが道理だ」

 雪ははにかむ。彼女が行った所業と知り、今彼女が言った台詞を理解した末、雪は『安心院と和解する』という選択肢を選んだのだ。
 作ってやろうじゃないか と雪は決意する。全てを同一に見てしまう悪平等に沢山の親友を。
 雪の意志を把握してか、安心院が見透かした笑みを浮かべた。

「僕は悪平等だよ? 何百年と生きて、そんな事不可能だと立証済みさ」

「解かんねえぜ? 俺に会ってお前にも『感情』は出来たんだろ? 別にいきなり全部解決しろとは言わねえ。俺や兄さん達からでも良い」雪は力強い声で、「『フラスコ計画』やら俺を奪うやらの作戦よりよっぽどいいと思うぜ」

 安心院はどこを見るでもなく視線を巡らせる。――大した自信だ。飛沫達からの経験か、それともただの馬鹿なだけか。
 どちらにせよ、安心院はこんなに思い詰めていた自分が急に馬鹿らしくなった。

「………友達がどうこうは別として、君の結論としては『僕とは共にいれない』で良いのかい?」

「まあ今の話の結論はそれで良い。だが俺は――

「なら」

 と、安心院は雪の言葉を遮り、ふっきれたような顔をして言った。


「もう帰って良いよ」


 ? と、雪の表情が呆気にとられるように疑問符をつくる。
 安心院はひらりと歩き、天を仰ぎながら、

「"今回"はもういい。手を引いてあげよう。ついでに禊君たちにもね」

「え?」

「ここに来る時に約束したからね。危害を加えないって。ただし転院の件は別だけどね」安心院は歌うように、「その代わり」

 平然と安心院は言いながら、雪の肩に手を掛ける。

「今度はきちんと友人として会いに行くからさ。もてなしておくれ」

「………」

 雪は茫然と考え、やがて「――おう!!」と、応えた。
 安心院は満足そうに、

「そうか、なら帰ると良い。丁度"お迎え"も来たしね」

「は…? 一体何の……?」

 と、雪が間抜けな声で尋ねた瞬間、


 パ キ ィ ィ ィ ン !!!


 白の世界の壁が鏡のように砕け散った。
 白世界の至る所にヒビが走り、露出した部分から真っ黒な世界が覗く。黒の世界はやはり精神世界故か、本来あり得ないはずの"黒い発光"をしており、キラリと輝く白の欠片と相俟って、宇宙空間のように錯覚する。
 そして、雪は、黒世界の奥に、2人の見知った人影を見つけた。――鬼原と禊。よく見えないが禊の胸部に何か刺さっている。

「あれは……螺子……!!?」

 とそこまで視認した所で、不意に人影が消えた。
 瞬間、バン!! と、安心院の手首の部分が木端微塵に砕け散った。無表情に安心院が視線を巡らすと、鬼原がいた。

「僕以外誰も行き来できない精神世界に……さすがは例外(おにはら)くんだ」

「どーも☆ でも今日のオレは"運び屋"でね。貴方のお相手は――――」


 ドドドッ!!


 刹那、安心院の行動を狭めるように、無数の螺子が襲来した。
 安心院は見透かすように笑い、上空から迫る禊を正面から見据えた――――瞬間、反撃回避の暇もなく、安心院の全身に大穴が穿たれる。
 きゅっと靴底を鳴らし、禊が着地する。

「兄さん……!? 一体…!?」

 雪は禊を呼び掛ける。しかし雪はそれこそ安心院の様に、彼が本当に禊なのか解からなかった。
 禊の顔はまさに無表情で、鼻も口も微動だにせず、真っ黒な目玉は深海よりも暗く感じる。――そして最も雪が異様を感じたのは、禊の胸部に突き刺さった、大きく太い"マイナス螺子"だった。そこを中心に悪寒を走らせるような過負荷性が溢れているような気がする。

「『コロス』」禊はまるで機械人形のように、「『コロスコロスコロスコロス!!』」

 虚空を見つめながら、作為的な声色で言った禊の言葉に、雪は只ならぬ危惧を感じた―――。






[29419] 第25話 新しい日常が始まる
Name: oden◆0fc721ee ID:8ffe7b05
Date: 2011/09/19 20:58
 
 禊の胸元を貫く"マイナス螺子(ブックメーカー)"。雪は不安と恐怖を抱けざるを得なかった。事実今禊の体から、今まで感じた事もない過負荷性が溢れている。

「それが僕を倒す為の策かい!?」

 安心院の体はいつの間にか修復されていた。だが即座に右肩にマイナス螺子が刺さった。すると安心院の肩が青く変色し、石化したように硬直する。さらに禊は矢継ぎ早に螺子を放ち、安心院を制した。

「螺子を刺したら運動神経でも良くなるのかい?」安心院は余裕をもち、「じゃあ次は僕のターン……、!!?」

 と、安心院は不可思議な表情を創る。
 今彼女の脳は禊に対し攻撃系能力を発動しろと命令したのに、発動する気配すらない。だが螺子を食らって生きている以上、死延足は発動している。何故――? しかし推理を展開する間もなく、螺子が安心院を穿つ。
 離れた所で、雪を抱える鬼原が笑った。

「ヒヒッ 上々ですね」

「おい鬼原! 兄さんのあの螺子は何だ!? あの胸に刺さってる奴!」

「いえ、少し知恵を貸したまで」

 雪は安心院が解放してくれた旨を伝えようとも思ったが、禊の螺子の異様さが先行してしまった。
 鬼原は禊と安心院の戦闘を見ながら、他人事のように言った。

「原作で安心院は球磨川さんによって封印されていた。"却本作り"と"大嘘憑き"によってね。しかし大部分を担ったのは却本作りと言って良い」鬼原は飄々と、「つまり方法によっては、却本作りのみで安心院と対峙する事も、ひいては退治する事も可能だと言う事です」

「…どうやって…!?」

「却本作りとは、刺した相手を球磨川禊と同レベルの過負荷に変える能力です。偉業の件しかり相手の能力を潰す事もできる。では彼がさらに過負荷になれば、その効果は強化されるのが道理」

「……じゃあ」

 過負荷性を深める却本作りを自身に刺す事で、ついには安心院の能力を封印するまでに至った―――。
 安心院の様子を見るに、螺子一発で何万個という能力にまで及ぶ威力なのだろう。そしてそれは、それ相応の負荷(リスク)がある事を意味している。

「じゃあ兄さんは…大丈夫なんだろうな!? 鬼原!」

「さあ?。アレ螺子一本だけに見えますけど、本トは十本位刺さってますからね~さすがの彼も限界はあるでしょうし……」

 鬼原の言葉で、雪の脳裏に壮烈な過去が蘇る。余りに負荷が強ければ、"前の雪"のように記憶と肉体に支障を来たす。
 戦慄する雪の横で、鬼原はどうでもよさげに、

「しかし球磨川さんが早すぎんのか? 安心院が遅く…つーか手を抜いてるように見えますね」

 見ると、戦闘は明らかな安心院の劣勢だった。だがおかしい。例え能力を削られても、彼女には無尽蔵な能力があるはず。
 何故使えない? 否、何故使わない?
 その答えに雪は直感する。彼女はついさっき、自分に言っていたではないか。

「鬼原! 兄さんを止めろ!! 安心院に戦意はない!!」

「…!?」

「あいつの要件はもう終わった!! もう俺らは帰れるんだ!!」雪は声を荒げ、「これ以上、あいつと闘う意味は「ありますよ」

 鬼原は低い声で、雪の言葉を掻き消す。

「貴方の言う事が本当であったとして、だから安心院を見逃せとは了承できません。彼女はきっと貴方をまた狙いますよ?」鬼原はニタと笑い、「ここで殺しておくのが良いんですよ」

「殺すって…!」

「まあ球磨川さん単一じゃ勝てねえから、彼が死延足含め"延命系"の能力を封印した後、オレが粉々に砕きますよ」

 雪は歯噛みする。だが鬼原は正しい。自分がここまで必死になる方がおかしいのだ。
 だが、雪は止めたかった。小さな人間性を見せた安心院を、初めて会った時の飛沫達に重ねてしまって。
 そして、

「俺は兄さんに、人殺しはして欲しくない!」

 ダッ! と、駆けだそうとした雪の肩を鬼原が止めた。

「駄目ですよ! 今彼は能力のせいで殆ど自我がない! 雪でも巻き添えを食らっちまう!!」

「…つまり、それだけ強大で凶大な過負荷を兄さんは受けてんだろ」雪は仄かな笑みを浮かべ、「そりゃ心配性の弟としちゃあ命捨てても止めざる得ねえよ!!」

 ドン!! と、自分でも考えられない程の力で、雪は鬼原を払う。
 目指すは禊、小さな体躯で走りながら、雪は安心院へ叫んだ。

「安心院ゥ!! お前の力の中には、能力無効化のスキルもあるだろう!? それまだ生きてるか!?」

 安心院は「え!?」と珍しく素っ頓狂な声を上げる。雪は答えを待たず、禊に目を向ける。

「かまわんからそれを使え!」

「でもこの螺子 行動も制限されてて、体がよく動か…

「だったら俺が禊を止める!!」

 雪は疾駆し、安心院を背に構え、禊と正面に対峙した。
 禊は両の手に螺子を持ち、雪など見えていないかのように突撃してくる。
「馬鹿!!」と鬼原が走るのが見えたが、間に会いはしない。

「―――兄貴よぉ、もう帰ろうぜ。さっきも言ったろ。心配してくれんのは嬉しいけど、ちっとは俺の事信頼してくれよ」雪は迫る禊に語りかけるように、「そこまでしてくれなくても、俺はもう大丈夫だ」

 ドン!! と禊が加速する。
 辛くも鬼原が禊に蹴りを入れ、左手の螺子を弾いたのが見えたが、それがアクセルになったように加速を続ける。

「ったく俺への戒めか決意の表れか知らねえけどよ。その螺子、全然似合ってねえぜ? ――あんたはもう、背負わなくて良いんだよ」

 過去に禊が犯した過ちから来る絶対守護の義務。
 だがそれに縛られる事は無い。雪はここでそれを証明せねばならない。その決意を持って禊と対峙していた。
 そして雪と禊が激突し、螺子が雪へと刺突した。

 ブスリ と、生々しい音が雪の体内で炸裂する。
 刹那の静寂、しかしその直後、ガシリと、禊の手首を雪が掴んだ。

「ほらな」雪は少し苦しそうに汗をかき、「もうアンタの螺子じゃあ俺は何にも変わらねえ」

「『――――――――――』」

「それぐらい、俺は強くなった。…………だから」

 無言で螺子を抜こうとする禊、雪は強引に禊を引き寄せ、禊に言う。
 禊にしがみ付くような態勢で、語りかけるように、

「だから大丈夫だよ。兄さんがそんな馬鹿な真似しなくても、俺は俺で大丈夫なんだ」

「『――――――』『………』」

「だから、兄さんは球磨川禊として、過負荷でも俺の守護者でもない、普通の人間らしく生きてくれよ。――――なあ? 兄さん」

 沈黙が降りる。不意に、糸の切れた人形のような禊に凭れかかったまま、雪は「にひ」と笑った。
 つられるように、禊の口から「『はぁ……』」と、生気の宿った声が漏れる。
 後ろで安心院が「成功だよ」と言う声が聴こえた。

「『アニメキャラの気持ちが解かるよ』『洗脳を解除された後の第一声ってこんなに恥ずかしいんだな』」

「兄さんの場合は自分からだからな。本とに馬鹿な兄だ」

 ふっ、と、二人は揃ってほくそ笑む。しかし離れで鬼原はしかめっ面でそれを見ていた。
 却本作りは禊の過負荷性の純度で効力が変動する。今の解除で良くも悪くも禊の過負荷性は下がった。それは封印した安心院の能力の復活を意味している。
 戦闘不能の禊と戦闘不可能の雪を庇い、安心院を殺せるか?―――鬼原は自問したが、自身の望む展開が低確率である事を認識するに帰結した。

(どうする…! 精神世界は安心院の土俵、まずは雪達を逃がして―――)

 と、鬼原が戦略を思案し始めた瞬間、安心院が、さながら引率の教師のように手を叩く。

「さて、感動も場面も終わって僕も完全復活! て事でこれからの話だが」安心院は笑い、「雪に言ったけど僕は退くよ。君らは、新しい君達の病院へ転送する」

「何ですって? 一体どうい 「安心院」

 鬼原の追及を、雪が遮る。安心院は雪の目を見据え、

「また会いに行くよ。今度は君の誘いも検討してあげよう」

「おう、絶対来い。お前には怒りたい事訊きたい事、教えたい事が山ほどあるからな」

「怖い怖い…」安心院は笑みをこぼし、「楽しみにしてるよ。雪」

 そう言って、安心院は指をパチンと鳴らした。
 その瞬間、世界が混ざるように歪曲し、同じく雪達の意識も捩じり飛んだ。



 ☆


 気がつくと、見た事のない病院が、雪達の眼前に立っていた。
 雪がおぼろげに見ると、『○○市特別異質専門総合病院』と、堅苦しく碑が彫られてあった。

「専門の総合て…? 真新しい外装だし、急ごしらえだなあ安心院…」雪は呆れつつ、「ほら、鬼原も兄さんも起きて」

「ん……おーデカ…くもない普通の病院ッスね」
「『ここでこれから暮らす訳だ』」

 禊達は眼を覚まし、揃って物珍しそうに病院を見た後、何故かウズウズしている雪の方へ視線を送った。
 待ちきれない様子の雪に、禊は

「『探検…行きたいの?』『僕反動で動けないから先行っといて』」
「解かった。鬼原は?」
「ダルイんで遠慮します」

 そうか。と雪は残念がる素振りもなくそそくさと病院に入って行った。

「『あれだね…』『雪は…』」

「大人なのか餓鬼なのか解かんないですよね」

「『そこが雪のイイ所じゃないか』『僕が言ってるのは、ついさっき安心院と喧嘩してたのに切り替え早いなーって』」

「あいつにとっちゃ、飛沫も安心院もとうの昔に結論が出てるんでしょう」

 言うまでもなく、それは雪の行動に、生き方に表れている。
 禊は「『そうだね』『愚問だった』」と言って「『でもさ』」と切る。そして病院名の彫られた碑を指さした。
 碑をよく見ると、『特別異質専門総合病院』の下に、小さく※印と文が綴られている。


【※当院は7億の悪平等を専門に、治療・強化等、総合的な援助を行っていきます】


 禊は見えなくなった雪の方を見た後、

「『これさ…病院の人全員が悪平等でした☆って言うオチじゃないよね?』『てか絶対そうだよね? 安心院ストーキングする気満々だよね!?』」

「…良いじゃないっすか。優柔不断になりがちなハーレムラブコメと純情一途ラブコメの夢の合体! 羨ましい限りです」

「『鬼原君……、キミって奴は…』」

 禊は苦笑した後、少し嬉しそうな笑みで、

「『…これからは出しゃばらないでおこうと思ってたけど』『やっぱ雪を守るのは僕しかいないな…』」

 こうして、安心院との戦いは一時終結し、また新しい日常が始まるのだった。





 ■後書き■
 と、言う訳で安心院襲来編(?)終了です。何か長かったですね。飛沫達との別れ話も含めてると9話位でしょうか。
 さて次回からは新章スタート!……の前準備を予定してます。



[29419] 第26話 友達ってのは
Name: oden◆0fc721ee ID:58f399cd
Date: 2011/10/20 21:53
 特別異質専門総合病院――堅苦しい名前の割に、院内は簡素で、どことなく欠陥住宅のような雰囲気を漂わせていた。そしてそんな病院の一室で、雪達は茶をすすっていた。
 真新しいベッドに胡坐をかき、雪はしみじみと言う。

「ここに来てもう1カ月か。何か、偉く早く感じたなあ」
「実際、病院から病院に移っただけでスしね」

 と贈り物用の羊羹を摘みながら鬼原は愛想笑い。
 そう移っただけ。安心院の件から今日まで、何事も起きていない。禊や鬼原にすれば重畳他ならないが、雪は思うに任せない。
 雪は素知らぬ顔をしている禊へ目をやって、

「なあ兄さん、ここにいるのは皆"悪平等"なんだろ? じゃあ何で安心院の奴は来ないんだ?」

 あの時交わした安心院との再会の約束――しかし安心院どころか職員達にも動きは見られない。
 禊は、「『さあね』『それを聞く為に彼女を呼んだんだろう?』」と、私服姿の瞳に声を送った。

「いや知らないわよ。呼ばれてないし」瞳は迷惑そうに、「新しい生活慣れたかなー?と思って羊羹持ってお見舞いに来ただけよ。安心院さんの話も今聞いたし」

 彼女は安心院の一件に関わる記憶を消されている。それでも先刻雪達がした不思議な事情説明を聞いて信じてくれるのは瞳の良い所だ。

「まあ、①恥ずかしがり屋 ②無視 ③再度奪取作戦考案中…って所かしら。というか、そんなに会いたいの?」

「応。約束したしな」雪は噛みしめるように、「それに③は絶対ない」

「…ふーん」

 瞳はもう少し考えてあげても良かったが、危険性はないらしいので深入りしない事にした。答えなど本人に訊かなければ解からない。
 ガタッ と、突然禊が立ち上がった。

「どこ行くの兄さん?」
「『ちょっとね』『ま』『すぐ戻るよ」

 やけに素気ない態度で禊は部屋を出た。壁越しに聴こえる雪達の声が消えたのを確認した後、禊は不敵に笑った。
 すぐ横に居た看護婦と、何故か、否、示し合わせたように目が合う。

「『何で会ってやらないんだい悪平等(あじむ)?』『雪は首を長くして待ってるぜ』」

「………、ちっ」

 突如、看護婦の沈黙が、"安心院なじみ"の沈黙へと変わった。一瞬にして看護婦の姿が安心院へ変貌したのだ。しかし驚愕の色を見せない禊に、「バレてたか」と悪戯っ子のように安心院は言った。

「『おいストーカー、さっさと質問の回答を頂こうか』」

「…おかしな話だね。君は僕が嫌いだろうし、僕の目的を知らん訳でもあるまいに、どういう心境の変化だい?」

 淡々と綽綽と、安心院は尋ね返す。どうやらすぐに答える気はないようだと、禊は頬を掻いた。

「『いや、心境は変わってないし心傷も残ってるさ』『僕は君が怖いし、君と雪が会うのを良しと言える立場ではない』」禊は目を細め、「『でも雪が』『君を望んでる』」

「くくっ やはり可笑しいよ。普通の君ならどんな手を講じても再会を阻むと思ってたんだがね」

「『正直僕にしても普通どころか苦痛の相談なんだ』『―――でも雪は君と友達になりたがってるんだ』『僕はそんな彼を無下にはできない』」

 ハハ と、安心院は小さく笑った。何故笑ったのか、安心院自身解からなかった。
 成長と言うか退行というか――前の禊なら会った瞬間、ジャブ代わりに螺子が飛んできただろう。だが今の彼には攻撃の気配も、殺気すらもなく、ただ平然と敢然と、安心院に頼んでいる。まあ彼としては『雪の友達になってくれ』ではなく『雪の友達にしてやる』といった意味だろうが―――彼もまた、雪によって変わっている。
 そして恐らく、安心院(じぶん)も。
 禊から「『ニタニタしてんなよ』」と、指摘が飛んだ。

「すまないね。でも僕が会いに行かない理由なんて瑣末な事さ。――深い意味はない。ただ何となく、今はいいやって気分なのさ」

「『……』『恐いのか?』」

「そんな事

 ない と言い切る前に「『嘘』」と禊。先刻の安心院以上に禊は口角を釣り上げ、

「『解かる分かる判かるぜ安心院』『恐えよなあ自分が変わる瞬間ってのは』『絶叫マシンに乗る前のワクワクに近い』」禊はおどけるように、「『要するにお前は今まで数百年と固めた自分のキャラが崩壊するのが怖いんだろう?』『安心しろよ。もう影も形もねえから』」

 変わるのが怖い? 僕が?―――安心院は自身に尋ね、すぐに『否』と結論を出す。
 "変わりたいから"、崩壊させたいからこそのフラスコ計画であり7億の同胞であり、球磨川雪なのだ。今の自分への未練など皆無。だが、強いて臆する物をあげるなら、

「自分と全く違う存在(ゆうじん)が出来る事……かな。僕は実は、まともな友人は半纏だけっていうボッチちゃんなのさ」

「『だからこそ、早く作るべきだ』『君は君の為、僕は雪の為、安心院なじみが1人間として一切危害を加えず友人として雪達と接する状況を』」

「ふん、要するに確実な雪の安全が欲しいんだろ? 安心しなよ、鬼原君が居る以上実力行使は諦めてる」安心院は小さく息をついて、「それにちゃんと、会う"予定"はある」

 不敵なニュアンスを含ませ、安心院は笑いかける。彼女の話を信じるなら、当面は心配ない。禊は我ながら早々と安堵する。しかしまあ彼女の笑みの節々にどこか照れ隠しの様な人間臭さも感じられたし、言いたい事も言った。
「『さて』」と、禊は翻る。

「『その予定を別にしても、近々会いにやって欲しい』『友人としてね』」禊は安心院に背を向け、「『君と解かり合う気はないが、ある程度は協力しよう』」

 心残りもなく、すっぱりとした気分で禊は歩き始める。5分近くしか話してないが、そろそろ部屋に戻るとしよう。
 すると不意に、「なあ球磨川くん」と、起伏のない声で呼びとめられた。


「―――友達ってのは、良いモノかい?」


 禊は珍しく驚いた表情を見せた。やはり彼女は"変わってきている"。少なからず。

「『良いも悪いもないさ友なんて』」禊は皮肉に笑い、「『良ければ親友、悪けりゃ悪友。どう転がっても雪は受け入れてくれるさ』」

「……」

 安心院は噛みしめるように瞼を細め、小馬鹿にしたような声で、

「……ま、過負荷(ぼっち)の君に訊いてもそんな臭い答えしか返って来ないのは解かってた」安心院の体が徐々に透けていく。「とりあえずは君の助言の通り、予定を早めて会いに行くとしよう」

 そして ポン! と、化け狐のように煙が障子、安心院なじみは消えてしまった。
 禊は振り返らず、ふぅ と息を吐いた。


「『さて』『帰るか』」



 ☆


「なあ鬼原、疑問があんだがよ」

 禊が席を立ち、瞳が手洗いに行き静かになった病室で、雪はちびちびと羊羹を齧る鬼原に言った。鬼原は視線を雪に向けるだけで応える。

「何で安心院は"俺"を選んだのかな…?」
「ふぁい? なにゆってんスかアンタ」

 不細工に齧り跡がついた羊羹を、鬼原はゴクリと飲み込む。安心院が雪を狙う要因は、1か月前の件で明瞭なハズだ。
 しかし雪の疑問とは、

「だから何で"普通の俺"なんだよ。鬼原(おまえ)だって異世界の人間だろう? だったらお前にだって好意を抱いていても不思議じゃない」

「…だとしたらどうだってんスか」

「そりゃ仲良い奴は多い方が良いだろう。あいつの好感度の基準も知りたいし」

「まじで育成ゲームみたい 「黙れ」

 雪に伏せれ、鬼原は少し顔色をマジメなそれに変える。

「流行り物で例えるなら、安心院にとってこの世界は『猿の惑星』なんでしょ。万人が蛮族で下等な世界で数百年生きて、やっと見つけた人間(なかま)が貴方なんですよ」鬼原は自らを指さし、「オレは人間じゃありません。人型に能力と自我を詰めただけです。きっと彼女からすれば、オレは幻獣の類に近いんでしょうねえ」

「…ふーん…それでもま、いつかはアイツも俺以外の奴とも仲良くなって欲しいんだけどなぁ…」

 雪はまるで守護者のように目を細めた。鬼原は彼に偽善性と小さな陶酔を感じたが、敢えて触れなかった。それよりも、気にかかる事があった。

 ――もし安心院が『雪以外の人間と仲良くなった』ら、どうなるだろう?

 何度も言うが安心院が雪を想う理由は『異世界人で特別だから』。だがもし、安心院に人並に友人ができ、禊やめだかのような個性的な仲間に囲まれた時、雪は普通で普通な『無個性』となり、安心院の興味は失せるのではないか? そうなってしまった時、約10年後に善吉とめだかに起こる事件と良く似た事態に、安心院と雪も陥るのではないか?
  そしてその時自分はどうするべきか、鬼原は思案する。安心院を殺すべきか、別の対策を立てるべきか、
 雪に"力"の件を話すべきか―――

 ガ ラ ッ

 と、引き戸の音で鬼原の思考が霧散する。禊が帰って来たようだ。
 行き先を尋ねる雪に、あからさまな嘘ではぐらかす禊。恐らく雪の為の根回しだ。少なくとも禊は、どうなろうと雪の味方でいてくれる。まだまだ先の事だし、平和そうな二人を見ていると、鬼原は考えるのが面倒になった。
 結局「まあ良いか」と、鬼原は考える事を放棄し、ゴロンと布団に入った。

 
 ちなみに後日、「禊に言われたから」と、雪の元に何千という安心院の軍勢が押し寄せる事件が勃発した際、鬼原達が「あ、もうコイツは安全(ギャグ)キャラだな」と、勝手に感じるのは別の話である。




[29419] 第27話 納得がいかなくて
Name: oden◆0fc721ee ID:54bec1ae
Date: 2011/12/07 18:50
 ■前書き■
 ずっとやり忘れてた善吉回です。深い意味はないですが、今回は一人称の視点でやってみました。






 どうも、人吉善吉です。
 雪君達が転院してから会う事が叶わず寂しかったのですが、今日は久しぶりに皆で会えるので楽しみです。

「善吉ちゃん、準備はできた?」

 と、お母さんが僕の背中に声をかけた。お母さんは紫を基調とした大人っぽい服でおめかししてるけど、小っちゃいので余り似合ってない。
 するとグシグシと、少し乱暴に頭を撫でられた。どうやら何考えてたか悟られたみたい。

「さあ」お母さんが僕の手を取って、「行くわよ」

「うん」と軽く答え、僕達は家を出ました。
 そう、今日は10ヶ月ぶりに雪君達に会いに行く。それに実は僕も雪君に"話したい事"がある。

 後、安心院という人にも挨拶しなきゃ。


 ☆


「それでよ、何万という安心院が粒子のように集まってウルトラマンみたいになってな、鬼原がどこからか用意した巨大ロボに乗って応戦を………」

「へぇ~」

 という訳で僕は今『特別異質専門総合病院』に遊びに来たのだけれど、かれこれ1時間ずっと雪君の愚痴を聞いている。
 ていうか現実離れしすぎていて、全く愚痴に聴こえないんだけど。

「ひひひ、荒唐無稽すぎて危機感湧かないでしょうが」薄っぺらい声が僕の耳元で響きます。「その事件一つ一つが世界存亡レベルなんですよ?」

「!…鬼原君」

 その時、鬼原君が横で笑っているのに気がついた。でも確か部屋にはいなかったはず…
 雪君が「妖怪か己は」と悪態をつくと、鬼原君はニタニタと雪君に歩み寄って、

「いや話も大体纏まったんでね。人吉先生からアンタらを見て来いと仰せ使いまして」
「ふーん…」

 実は今別室で、2ヵ月後のとあるイベントについてお母さんや禊君、そしてさっきまで鬼原君が話し合っていた。お母さん曰く「初めての事だし結構物入り」だそうで、禊君も割と真面目そうな様子だった。

「ところで…安心院さんはどこにいるの? 挨拶しとかなきゃ」

「多分今日は無理でしょ」鬼原君が応える「人吉先生の時もッスけど、初対面の奴には顔出さねーんだ。3~4回来ないと」

 安心院さんって京都の高級店みたいだなぁ と思っていると、「人見知りなんだよ」と雪君がフォローを入れた。

「でもそんな化物との事件を"遊び"と受け入れる雪が一番変なんスけどね」鬼原君は失笑し、「まあ彼女も遊んでるんでしょうが」

「はは」

 と、雪君は苦笑い。
 楽しそうに、いや楽しいんだろうなあ、安心院さん達との新しい生活が。何不自由もなく、何気兼ねもなく、毎日の日常を謳歌してる。――"人の気も知らずに"。
 そんな雪君に僕はちょっとだけ腹が立った。だから僕はすかして、今日の本題を切りだした。

「実は今日相談があってさ」きもち声を荒くして、「めだかちゃん。今日も蝶ヶ崎君達を助けに行ってるんだ」

「ッ!?――」
「…」

 声を失い驚愕する雪君と、面倒臭そうに黙る鬼原君。彼は知っていたみたいだ。
 僕は、二人に視線を合わせず続ける。

「二人が去る時も言ってたじゃん『必ず助ける』って。で、最近めだかちゃん、二人の転院先とか"治療内容"を突き止めたらしくて、ここ毎日行ってはボロボロで帰ってくるんだ。僕とお母さんも危険だから止めろって言ったんだけど………」

 と、僕は雪の顔を見つめた。
 今日この事を話す目的は、『めだかちゃんを止めて』だったけど、いつの間にか僕の意志は変わっていた。
 雪君、きみはそんな所で平和に胡坐掻いて良いの? 飛沫ちゃん達は今も苦しんでいるのに、遊んでて良いの? 二人を助けに行かなくても良いの? その程度の友情(もの)なの? 救うだけ救っといて、少し離れたらもうお終いなの?
 ――何で、いつもみたいに、助けてあげないの?
 僕はそんな激情をこめて、雪君を見ていた。

「…雪君はどう思う?」

「…俺は」

 すると雪君の言葉を遮り、鬼原君が口を開いた。

「蝶ヶ崎の一件は全て安心院が原因です。そしてこの病院は彼女が支配してる。云わばオレらは監視されてる訳ですよ、いくら遊んでもね」鬼原君はまるで弁護士みたいに、「自由に行動できる黒神と比べてオレらを批難されても困りますね」

「そんな批難なんか…」

「いや「鬼原」

 雪君が悲しそうな顔で、重みのある声を上げた。室内が鎮まるのと同時、雪君は言う。

「鬼原、お前知っていたな…何で話さなかった」

「もし話して助けに行ったら、また安心院との戦いになっちまうでしょう?」鬼原君は平然と、「前は蝶ヶ崎達だけで済みましたが、今度はどうなるか解からないんですよ?」

 冷たい。酷いとかより先にそう思った。
 鬼原君だって蝶ヶ崎君と仲良かったのに、まるで気にしてない様な言い方。
 でも雪君なら違うはず。と、僕は信じていた。いつも根拠もなく「解かり合う」とか「助ける」とかのたまう雪君だけど、不思議な安心感があって、それに飛沫ちゃん達は救われてた。
 それなのに、何故か雪君は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。いつもなら即決で助けに行くのに。
 僕の脳裏に不安がよぎったと同時、すぐ不安は的中した。


「今はまだ、めだかの協力はできない。お前から止めといてくれ」


「…え」

 声が零れた。そんな、雪君が諦めてどうするんだよ。
 しかし雪君はしっかりとした目をして、

「鬼原の言う通りとまでは言わんが、実際俺らが動けば安心院との衝突は避けられねえ。その時の人質は俺達じゃなく飛沫達になるんだ。ほのぼの日常に流されちゃいるが、状況は劣勢だ。今は焦って動くより、様子を見つつ策を練った方が良い」

「…」

「この会話だって恐らく聞かれてる。見捨てる訳じゃない。でも時期尚早だ」雪君は従容として、「めだかにもそう伝えといてくれ」

「雪君…」

 冷静だった。
 僕が思っている以上に、雪君は冷静に蛾々丸君達の事を考えていた。その理屈は間違ってなくて、それこそ本当に時期が来たら格好よく助け出してしまいそうな確信さえする程に。
 やっぱり雪君はすごい。そう思わざるを得なかった。

(だけど)

 僕は感じていた。僕自身の怒りを。雪君に対する、やるせない憤慨を。

「格好良いよ雪君。きっと君は時間を掛けた分、とんとん拍子に救出するだろう。まるで、アニメの"主人公"みたいに」

「……善吉?」

「万全を期して新必殺技覚えて、挙句敵だって味方にして。すごいよね……でもさ」

 僕は俯いた。自分でも屁理屈だと解かってるのに、口はすらすらと言葉を流すから。
 こんな事言えばきっと変に思われるはずなのに、反論されても言い返せないのに、納得がいかなくて。

「苦しみの中で、何も知らず君を待つ二人を考えたら、例え確実に助け出せなくても、もっと形振り構わず、戦うべきなんじゃないの…!?」

 理屈じゃない、感情論だ。
 ただあんなに仲の良かった二人が危険な目に会ってるのに、ある意味冷然と達観視できる雪君を疑ってるだけ。雪君の対応は何一つ間違ってはいなかったけど、僕が飛沫ちゃん達との友情を軽く扱われたような気分になっただけ。

「…大事な人が傷ついてるのが解かってて、何でそんなに、大人びてられるの………!?」

 僕は雪君を睨んだ。雪君は言い返さず、ただ辛そうな目で僕と視線を合わせた。
 途中から涙目で表情の機微も解からなかったけど、少しの沈黙の後、雪君が何か言おうとしたのか、口を開いたのが解かった。が、


 次の瞬間、壁から皆同じ顔をした女性の軍勢に生い茂って来た。


「うわ!?」

 素っ頓狂な声をあげ僕が尻餅をつくと「何してんだ安心院!」と雪君の野次が飛んだ。
 こ…この人が安心院さん…
 安心院さんが鼠算式に分裂する様に軽く引きつつ、僕は小さく会釈した。

「こ…んにちわッ…えっと」

「話には聞いてるよ善吉君」何百もの安心院さんの声が重なって、「私…いや私達? 安心院なじみだ。よろしく」

 と、握手を求めているのか視界一面に安心院さん達の手が伸ばされる。ど、どれに握手すれば…!?
 すると鬼原君が颯爽と僕の前に現れ、安心院さんの達の手を握り潰していく。

「あー! 何をするんだい鬼原君! 僕が寝ずに考えた"善吉君のもてなし芸"を!」
「いや怖いっスよこれミスチョイス! ゲシュタルト崩壊するわ!」
「君はぼっちの気持ちを知らないから言えるんだ! 大体なぁ…

 うわー楽しそう。完全に話戻す空気じゃないし…。
 僕が呆れ返っていると、雪君が肩に触れ、間をおかずドアを指さした。
 見ると、困り顔のお母さんがいた。

「ここは俺らでやっとくから………帰りな」

「……ぅ、うん…」

 声にもならない返事をして、僕はお母さんに近づく。
 表現しづらい気持ちでお母さんの手を握ると、雪君が呼びとめて来た。
 雪君は不思議な声色で、


「ごめんな」


 僕は雪君の顔を見ず、

「…今度会う時は…学校だね」

 足早に、半ばお母さんを引っ張って部屋を出た。
 …結局、僕の心のとっかかりは解決せず、逆に雪君と壁が出来てしまったようにさえ思える。
 でもウジウジしてはいられない。――僕は上を見上げる。病院から出て、夕焼け色の空が広がっていた。

(いつか必ず蛾々丸君達と会える日が来る…! だから僕は悩んでないで、"前"を見なくちゃ…)

 雪君達と同じ小学校への入学を2ヶ月後に控え、僕は気を張って帰路に着くのだった。






 ■後書き■
 と言う訳で次回から病院を出て、小学校が舞台となります。
 課題もありますが、出したいキャラが結構いるのでお楽しみに。



[29419] 第28話 超過保護な保護者がいたわけだ
Name: oden◆0fc721ee ID:1c11bb14
Date: 2011/12/29 00:17
 
 陽春4月――入学式。自分以外の年相応の子供は何考えてんだろう? と、雪は箱庭小学校の体育館の中、細かく言えば新入生用のパイプ椅子に腰かけ自問する。
 前の世界で幾度か経験した式だが、あの時自分は何を考えつつ今の様に校長先生の道徳訓を聞き流していたのだろう。
 不安? 緊張? 期待? 絶望…はないか。

(まあ少なくとも)

 校長先生の卓話が終わり、続いて『新入生代表』が挨拶の為壇上へ上がる。代表の少女は黒い長髪にヘッドバンド、そして美麗な顔立ち、とある悪平等をそのまま小学生にしたような――というか本人だった。

「ご紹介に預かった安心院です。私から言えるのはただ一つ」

 安心院なじみは悠然と、少し遠くに居る雪を指さし、

「あそこにいる球磨川雪君に近づこうとする人、特に好意なんて持ちやがった女子はぶっ飛ばすんでヨロシク!!」

 すぐさま生徒が雪を凝視する。

(少なくとも、こんなに恥ずかしい気分じゃなかっただろう…)

 ちなみにこの後『転校生』球磨川禊が彼女と同じ事をのたまったのは言うまでもない。



 ☆


 箱庭小学校1年生のとあるクラスで、中年並の溜息をつく少年が一人。 

「何で小学校に新入生演説なんてあるんだよ。恥かいたぜ」

 と、学校特有の木椅子に座り雪は呟く。今は式も教室でのノート配布等も終わり、帰りの学活を待つだけなのだが、雪は恥ずかしくて式後の記憶が曖昧だ。ここまでだって同じクラスだった黒神めだかに連れてこられたのだ。
 めだかは「中々面白かったがな」は苦笑を送る。ちなみに席は雪の一つ前だ。

「小学生で新入生挨拶とは」めだかは合点のいった風に、「やはりここは安心院同輩が動かしているようだな」

「…ああ」

 1か月前、安心院の事は手紙を介しめだかに伝えてあるが、めだかが安心院を見たのは今日が初めてだろう。めだかは式でも興味深そうに安心院を見ていた。
 本当は自ら説明し、めだか達には別の学校に行くよう手配させたかったのだが、

(人吉母子は2か月前に来てそれっきりだし、めだかに至っては一度も来てねえからな…)

 鬼原曰く安心院の手引きで善吉達の入学先はどうやっても決まった物だったらしいが、雪の心の重点はそこではなくめだかだ。
 彼女が会いに『来れなかった理由』。彼女の行動を知りながらも雪はその結末を知らない。今日は訊けると息巻いていたが、彼女から話し出す気配はない。

(安心院と仲良くやってる俺には知る必要のねえ話だから? 善吉とも話せてねえし…)

 雪が考え込んでいると、「雪?」と、めだかから声が飛んだ。
 ハッと雪は顔を上げる。

「! わ悪い考え事してて…」

「安心院か?」

 と、少し強めに尋ねられ、「ま…まぁな」と雪は顔を下に向ける。だから雪は、めだかの顔の歪みに気づかなかった。

「ここ一年余り安心院の奴には悩まされてばっかりだぜ」

「だが今年は楽なのではないか?」めだかは配布されたクラス表を手に取り、「彼女とはかなり離れてるぞ。まぁ鬼原ともだが」

 そう。箱庭小学校1年目のクラス分けでは雪とめだかが1組、安心院と鬼原が一番最後の12組と、建物上校舎ごと離れた形になっている(善吉は6組)。
 しかし雪は呆れるような顔をして、

「この学校は安心院のモノ。鬼原の監視の為に本体がいっちまっただけで」雪は筆箱から消しゴムを取り出す。「俺の監視は"端末"だよ」

 言いながら雪は消しゴムは床へ放る。
「?」とめだかが疑問符を打つも一瞬、クラスメイトの約半分が、まるで佐藤へ群がるアリのように消しゴムに飛びかかる。そして一秒もしない内に雪の前に消しゴムが差し出された。
 雪がそれを受け取ると、何事もなかったかの様に生徒は散って行った。

「な?」

「…これは…!?」

「安心院は能力的に端末と本体がイコールだからなぁ…ノットイコールだけど」

 にしし と雪は悪友に困ったような、楽しげな笑みを作った。
 その為、めだかの対極的な、詰問する前のようなしかめっ面は嫌でも目に入った。

「楽しそうだな。病院に顔を出せず申し訳ないと思っていたのだが」めだかは皮肉げに、「仲良くやっているようだな」

「いや…」

「だがこのクラスの悪平等(てき)対しては特にない…か?」

 めだかの声が段々と冷気を帯びる。

「大丈夫だって。安心院は何も…」

「擁護するんだな、敵を」

 雪が言葉に詰まり沈黙が降りる。
 性善説を説く彼女がここまで言うとは、いや当然だ。めだかにとって安心院は大切な友達を地獄へ送った張本人。それは雪も変わらないのに、彼女からすれば遊んでいる様に見えるだろうし、実際遊んでた。
 飛沫達と安心院との事件、善吉との会話、これまでの光景が雪を巡る。やはりどう考えても安心院は敵。『今から安心院倒しに行こう』何て決断をしても不思議じゃないし、ある意味それがめだかの望みだろう。
 だがそれでも、雪は伝えねばならない。
 この数カ月で得た自らの決意を。


「ああ擁護する。俺はアイツの友達だからな」


「…!?…何を」
 
「安心院は飛沫達に酷い事してるし、俺を悪い意味で狙ってる。俺はそれを踏まえて、安心院の仲間になると決めた!」

 雪の尊大な言い方に、めだかの顔が珍しい色に変わるが、すぐに憤懣の色に染まる。
 そして「つまり…私達は敵対する訳だな」と口早に言うと、雪は呆れ返るように言い返した。

「なぁーに言ってんだ。お前も一緒に友達になるんだよ」

 めだかは要領を得ず固まり、「何?」と恐る恐る訊き直す。

「俺とお前も友達だろ。だからさ安心院が良い奴になって、人間らしく生きられるよう、最期は飛沫達とも仲良くできるよう、めだかに手伝って欲しいんだ。全部が上手くいきゃ、きっと楽しいぜ?」

 数十秒、めだかは考え込む。雪は出たとこ勝負な奴だが、それ以上に正直な男だ。彼がこう言うという事は、これが安心院に触れて出た最大の答えなのだろう。
 そして沈黙に耐えかね雪が目線を落とした瞬間、「解かった」とめだか呟いていた。

「少し頭に血が上り過ぎていた。私は安心院を知らないからな。お前がそう言うなら、お前に協力しよう」めだかはそこまで早々と言って、「だが私は安心院を知らないからな。私は私なりに行動させてもらう」

 行動。雪に不安が口を開くより速く、めだかは続ける。

「私と貴様は大切な仲間だ。だからこそ私もお前の様に独断での決断させてもらう。解かってくれるな?」

「(気にしてんのはそこじゃ…)ああ…危険なのは止めろよ…?」

「無論だ」

 いやに早い是認だな。と雪は疑念を感じたが追及しなかった。事態悪化が目に見えている。とりあえずは受け入れてくれた事に安堵していよう。
 と、雪が息を吐く横で、めだかはおもむろに消しゴムを取り出した。

「さて」めだかは見透かすように、「先刻から雪が訊こうと気を揉んでる事項だが、あれはもう終わっている」

「…ふー… ん!? 何さらっと言ってんの!? 終わったて

「正確には止められたのだ」めだかは飄然と「貴様の所もそうだが、あーゆうのを持つと大変だな」

 今度はめだかが消しゴムを放る。消しゴムは彼女の筋力もあり目にも止まらず滑空し――たかと思えばポツンと目に留まる。正確には、消しゴムを人がキャッチしたのだ。あの速度を捕るには投物より投手の観察が必要だ。雪はそんな考察をしながら、取った少年を見、驚愕した。
 少年――黒神真黒はイタリアの紳士よろしく、滑らかに消しゴムを差し出す。

「どこから出て来たのですか兄様。3年の棟からは遠かったでしょう」

「何、で可憐で美麗で豪快で清楚で大切な、僕の妹(めだかちゃん)が消しゴムを落としているんだ。僕としては返す前に殺菌消毒とカバーの内側に僕の名前を書い「黙れ兄」

「…な…」

 絶句する雪に目もくれず、めだかを褒める真黒。めだかは呆れ顔で雪の方を向き、

「つまり私にも、超過保護な保護者がいたわけだ」


 ☆


 箱庭小学校保健室。悪平等だった教師を殺害し静かになった室内で、鬼原は配布された生徒の一覧表に目を通す。
 雲仙冥加、黒神くじら、鶴御崎山海、宗像形、百町破魔矢、糸島軍規……パッと見ても原作既出の異常者達がゾロゾロと名を連ねている。過負荷が一人もいない事を見ても安心院の手回しだろう。
 雪と二人きりを望む彼女が何故…? と推理し始めすぐ止める。安心院の目的に興味は無い。答えなど必要無い。前々からあった考えを実行できるいい機会だ。

(原作に出てる奴、全員殺すか)

 飛沫然りめだか然り安心院然り、雪と関わった者は危険をもたらし、戦い、仲間になる。――そんなのはもう要らない。雪を脅かしている時点で駆除対象なのだ。
 だが雪が一度関われば彼が間に入って殺せない。今雪が悩んでいる蝶ヶ崎の件だって、親密になる前殺しておけば済んだのに。

(安心院は大義名分で消せるとしても、黒神一家の参入は止められない。これ以上 異常(バクダン)を抱えたかねえし…)

 迅速に、雪に知られない為にも今日から始めるか……と、狂気の考えが纏まった瞬間、鬼原は窓越しに人を――否,異常(カモ)を捉えた。
 鬼原は生徒の一覧表の『高千穂仕種』の欄に横線を入れ、すぐさま行動を開始した。





 ■後書き■
 雪達のクラス配置とかは無視してください。あんまり意味ないので。



[29419] 第29話 違和感
Name: oden◆0fc721ee ID:e4d50c4e
Date: 2012/01/17 19:05

 ■前書き■
 新年初更新です。あけましておめでとうございます(遅い)
 ―――――――――――――



 
 高千穂仕種は閑散とした中庭を通り、帰宅する最中だった。
 日も暮れる前から生徒がいないのは気になったが、異常な反射神経を持つ高千穂にとって、人でごった返していようが無人だろうが意味はない。誰も自分に触れないという意味ではどちらも同じだ。
 そんな自虐に浸る彼の前に、黒帽子の子供が現れた。鬼原である。距離にして15m程だろうか。
 高千穂は何も思わなかった。このまま歩けば自動反射で通り過ぎるだけだし、仮に攻撃されてもまた、自動反射で通るだけの事。
 そして高千穂が、迷いなく一歩を踏んだ瞬間、

 鬼原の手が、高千穂の頭を鷲掴みしていた。

 !? 高千穂の吃驚が息として漏れ、返しとばかりに少年の吐息が掛かる。
 近い。空前絶後の事態に高千穂の脳は逡巡する。

(どうやって? 反射神経(オートパイロット)は!? 発動しない!? こいつは一体!?)

 解からない。解かるのはただ、この帽子少年が"危険"だと言う事―――彼の異常な反射能力は精神にも及び、敵の危険性を察知する。
 このままでは殺される。自ら駆動して離れるしかない。直感に従い、鬼原の手を振り払おうとした高千穂だったが、
 …………動かない。
 まるで、脳の命令が届いていないかのように。
 
 それは当然であった。何故ならもう、高千穂仕種の首と胴体は切断されていたのだ。

「ッ!?…――」

 グシャリ。不気味な音をたて、鬼原の指が高千穂の頭蓋を抉る。

「まずぁ一人目ッスね。衝動的に来ちまったけど…」

 言いつつ鬼原は周囲を見回す。やはり目撃者は一人もいない。些か不自然だが今の内に隠蔽しなければ。

 と、血をかぶった高千穂の死体を埋め始める鬼原。彼の思う通り、目撃した"人"は誰もいない。
 
 見ていたのは、

 人ならざる悪平等(もの)達。

 名を、不知火半纏(しらぬいはんてん)と、安心院なじみ。

「ほらな半纏。僕の言った通りになったろう?」

 ☆

 心地よい日光が室内を包む中、黒神真黒は滑舌よく話し出す。

「初めまして僕の名前は黒神真黒。苗字に察せられるにめだかちゃんの2つ上の実兄だ。好きな物は妹で、好きな者も妹。嫌いなモノも妹だがこれはツンデレ的な虚言だから大丈夫だよめだかちゃん!」

「…は…初めまして…」

 気押されつつ雪は応え、頭一つ大きい真黒を見上げる。
 めだかは「何の心配もしてませんよ、お兄様」と切り捨て、「こんな兄だがよろしく頼む」と雪へ繋げた。
 ああ…すごい兄だな… と雪は言いかけたが、自分の兄も大概なので止めた。

「…ちなみにめだかの行動を止めたって言うのは…」

「何、妹が毎日ボロボロになって帰るもんだから家にチクっただけだよ」真黒ははにかんで、「事情の程は妹"達"から聞いているし、特に詰問する気はないから安心して」

 作業をこなすかのように、テキパキと雪の疑問を払拭した真黒は、これが本題とばかり雪に握手を求めた。雪が握り返すと、少し力が入った。
 そのまま無言で、握手したまま時間が刻まれていく。

「真黒…君? 手、離さないの…?」

「…………………」

 真黒は沈黙したまま、手に微かな力を入れ続ける。

「兄様?」とめだかが口を開くと、

「…うん、もう『解かった』。君、『変わってるね』」手を離し、真黒は笑う。「身体・精神的には普通なんだけど、何だろう。違うね、何かが」

 ぞわりと、雪の中に懐疑の念が宿る。安心院のように雪が転生人間だと気付いたのかも知れない。不可能だと感じつつも、彼の異常(スキル)、解析(アナリシス)ならまさかとも思える。

「? どうしたのですか、お兄様」めだかは見飽きた風に、「シスコン以外は普通な方だと思ったら遂に精神にまで……」

「いやいや。少しね」

 真黒は取り繕って、またも雪を見据えた。
 その視線からは特に感情は伝わらなかったが、身震いさせるような悪寒を雪に感じさせた。

(……原作の黒神真黒って…こんなキャラだったっけ…!?)

「球磨川君。知っての通り、僕は妹が大好きなんだ。僕には二人妹がいるけど、彼女達の為なら僕の命はおろか全人類、どんな化物だって殺す。だから妹と友好的に接してくれている間は、僕は君が言ってた安心院さんの事にも協力させてもらう所存だよ」

 ――何だその言い方は。それじゃまるで、俺がいつか敵になるみたいじゃないか。
 そう思いつつも、雪は小さく会釈し、

「は…はぁ…よろしくお願いします…」

 と、笑みを送る真黒に言うと、被さるように校内チャイムが響き渡り、同時に教師もやってきた。
 この時計の様な登場をみるに、教職員も悪平等なのだろうか。
 真黒は教師の襲来に生徒相応の狼狽を見せ、 

「じゃ! そういう事だからよろしくね球磨川君。めだかちゃん、今日はくじらちゃんも連れて一緒に帰るから教室で待機ね」

「はい。ほらお兄様、早く行かないと」

 真黒は返事代わりに走り出し、何故か扉前で立ち止まった。そしてめだかの方へ、意味深に振り向く。
 真剣な表情の真黒に、めだかも顔を引き締める。

「めだかちゃん…僕、ここに来た要件を今になって思い出したよ」

「…?」めだかの喉を、大粒の唾液が通過する。「お兄様…」

「めだかちゃん……」

「…!?」


「入学おめでとう心から愛して「早く行ってくださいシスコン」


(何この茶番……)

 雪が呆れる傍で、真黒は満足げに去っていく。
 しかし強烈な人だ。一瞬忘れていたが、彼の異常で雪の正体が露呈してしまう可能性もあるし、注意を払わねば。
 と、そこまで考えて雪は思い出す。

(確か原作で真黒君が登場した時、彼の異常について説明があった…)

 それによれば、黒神真黒の異常、"解析"は中学生から開花したものであったハズ―――
 そして考えるまでもなく、現在黒神真黒は小学3年生―――
 となると、何故真黒は雪の存在に違和感を持つ事が出来たのか―――

(やっぱ俺の存在による改変?…以外に考えられねえしなぁ…まぁ実際バレた訳じゃねえし)

 と、雪は早々に纏め、帰りにでも鬼原に訊こうと考量する。
 しかし放課後、鬼原は先に帰った様で尋ねる事はできず、病院では禊がいる為雪は言うのを控えた。
 明日にでも訊ける…そんな軽い気持ちの雪だったが、その後連続して起こる生徒の"失踪事件"に流され、真黒への疑念は忘失していく。

 雪が事件の失踪者が全て異常である事、そしてその日に限って鬼原の行方が知れない事に気づくのは、入学式から一週間後の事だった。


 ☆

 そろそろ気づく頃かな――と、鬼原は大した危機感もなく思う。彼は6つの死体の上に座り、公園の中で佇んでいた。
 高千穂を消して8日。地味そうな異常(ヤツ)を狙ってきたし死体も見つかっていないが、最近雪がどことなく自分を監視してる所があるし、割と状況は芳しくない。
 今日消した裏の六人(プラスシックス)で禊達にも事件性が知れ渡るだろう。

「ったく…どーしてコイツら小学生の時まで固まってんのかね。噛ませ犬の習性?」

 証拠は残してないし、雪には現行犯でもない限り言い訳がたつ。鬼原は事件を小規模にするという選択肢は微塵になく、逆に身が軽くなったようにさえ感じた。
 
「ぼちぼち…メジャーな奴を殺していくか…いや高千穂の時点でそんな意図丸潰れなんだけど…」鬼原は帽子を整え、「とりま高危険度にして絶賛不登校中の宗像形(むなかたけい)君から」

 殺りますか と鬼原は文末のみ心で呟き、死体の山を降りた。
 





[29419] 第30話 雪の存在という改変は
Name: oden◆0fc721ee ID:e4d50c4e
Date: 2012/07/12 23:19
 
 春暖にまどろむ小学校の5限目。雪は居眠りの風を装い考える。

 この一週間、恐らく殺されてるのは10名。全員原作既出の人物だと雪が知ったのはつい最近だ。
 雲仙冥加、糸島軍規、百町破魔矢、長者原融通……一応"失踪事件"とされているが、雪からすれば、原作既出の人物を狙った襲撃事件にしか見えない。

 だが、何故こんなに集まっているのか。否、集めたのはどうせ安心院だろうから、何故、そして誰が殺したかだ。
 集めた本人の安心院には理由がないし、他に心当たりのある人物への証拠もない。

(どうする…!? 犯人は解からんし犯行を止めるにしても、兄さんは俺の身を優先して聞く耳持たない。無論こんな話めだかにはできない)

 頼みの鬼原まで、

『死体は見つかってないんでしょ? 根なし草の異常(アブノーマル)の事だから、本トに失踪してんじゃないスか?』

 と笑う始末。元々彼は自分・雪以外には無関心だし、彼の意見も一応頷ける。
 だが嫌な胸騒ぎは止まらない。何とかして禊の束縛から逃れ、懸念を解決させなければ。
 その時、鈍い鐘音が響く。授業、ひいては学校終了を告げるチャイムだ。

(…鬼原の野郎、今日こそは捕まえてやるぜ…)

 懸念。
 それは失踪事件が起きる日は限って、鬼原が居なくなる事。
 雪は、必死にこの胸騒ぎが杞憂である事を願った。


 ☆


 結果として鬼原はいなかった。
 放課後、雪が鬼原のクラスに行ったところ彼は5限目の途中に早退したそうだ。
 珍しく安心院もいなかったが、雪はそこに気を掛けられる状況ではなかった。

(何でなんだ畜生!!どこにいる鬼原!! 何も言わずに! 俺に隠して何してやがる!)

 まさか。いやそんな馬鹿な。雪の焦燥に比例し、足取りが早くなる。
 余りにも速すぎて、別校舎にいるハズの善吉と禊が二人してそこにいた状況を、見逃すところだった。

「兄さん! それに善吉も。どうした二人して」

「えっと…」と、淀む善吉を禊が継ぐ。

「『僕も善吉君も雪と返ろうと思って探してたのさ』『善吉君からの御誘いなんて珍しいけど』『雪は鬼原君捜しかい?」

「ああ…でも」

「『ま』『ここ数日彼が定時に下校してるの見た事無いからね』『彼は全てを度外視した化物だし』『学校は退屈なんじゃない?』」

 禊は幼少の頃、瞳に大量の異常者のデータを渡していた。その為今回の事件の特徴も理解しているハズだが、だからこそ雪が介入する事を良しとは言わないはずだ。
 鬼原の見当もつかないし禊もいる。今日はこれまでかも知れない。
 すると、善吉が隠れるように雪に言った。

「雪君。実は今日、ついて来て欲しい所があって…」

「?」

「友達に、宗像形(むなかたけい)って子がいるんだけど」善吉は恐る恐る、「入学式から全然学校に来てないんだ」

 宗像形。
 異常な殺人衝動を持つ男、今の時事列で考えれば、自身の異常への葛藤が大きいはず。
 彼が登校しないのは、殺人衝動か、それとも…

「宗像君とは入学式で仲良くなったんだけど、一昨日喧嘩しちゃって…そのまま仲直りできずこれだから…お見舞いについて来て欲しいんだ」

「…喧嘩…? でも俺は宗像と面識ないし、そんなコソコソ言う事でも…」

「これは…ただの勘っていうか…僕の主観なんだけど」

 善吉は忍ぶような声色の割に確信を持ち、

「喧嘩した時の宗像君が、僕を避けるようにした宗像君が、昔の飛沫ちゃん達とカブってさ……」

「――ッ」

 雪の表情が変わる。

「性格が似てるって訳じゃないんだけど…でも…雪君にも手伝って欲しくて」

 と、失言したように言葉を濁す善吉。
 驚愕――という程でもない。だが妙に雪は納得した。宗像の異常は過負荷寄りだし、性格も通ずるところがあるのだろう。
 つーか俺の知らない間に因縁深い奴と親睦深めちゃって善吉君……と雪はまた一驚。
 そしてそうかと今度は思い知るように眉をひそめた。

(集めた安心院の意図、殺した野郎の意志、どちらもきっと俺が関係してる。でも彼らは何も知らない。普通に生活して異常へ葛藤するガキだったんだ。俺さえいなければ、少なくとも彼らは高校まで生きていた…!?)

 殺された人物の中には、宗像の様に友達ができた者もいたハズだ。しかしそれが潰れたのは、自分のせいじゃないのか?
 自分さえいなければ、安心院に集められる事もなく、殺されることもなかった。そのまま高校へ進学し、人によってはめだか達と仲を深めながら箱庭学園で活躍する。
 何だ、結構いい人生じゃないか。

 そうだ。それを言うなら飛沫達だって――
 いや、これ以上考えてはダメだ――

「善吉、今すぐ宗像の所へ行こう! 急いで!!」

「『ちょっと待ってよ雪』『飛沫ちゃんに似るって事は、宗像はかなり危険なんだろう?』『なら行かせる訳に

「うるせえな!!」

「『…!』」

 雪の存在という改変がなければ、彼らは無為に殺されはしなかった。
 雪の存在という改変がなければ、飛沫達は実験動物(モルモット)にならなかった。
 雪の存在という改変は、結果として改悪だった。

「ゴメン…俺は善吉と行くから、兄さんにはお願いがあるんだ。頼むよ。急がなきゃいけない。間に合わなくなる前に」

 早くしないと、自分の存在が全否定されるような気がして。
 なりふり構っていられない―――初めて感じた急速にして莫大な罪悪感は、雪の足を加速させた。


 ☆


(人吉君…やっぱり僕は)

 柄じゃないんだよ、友達何て。と宗像形は嗤う。
 友達何て作ったら、話したら、笑いあったら、殺したくなるのは知ってたのに。
 ただ彼の笑顔が眩しくて、一緒に遊ぶのが楽しくて。
 でもこれ以上欲を出したら殺人欲が出てしまいそうで、いや出てしまったから、宗像は一昨日、人吉善吉を拒絶した。

(君は普通だから普通に友達を作ると良い……僕の事は黒歴史にでもしといてくれ)

 宗像は仰向けに倒れ込む。そこは車一台程の太さの田舎道だったが、宗像の周りは赤く染まっていた。宗像の千切れかけた腕から流れる鮮血である。
 軽快なリズムで、鬼原が近づく。

「自分は悪人だと思ってたけど、家に居ただけで襲われるとは」宗像は息荒く、「…因果応報かな」

「別に何でも良いんスけど…邪魔なんですよ。アータ」

 宗像は殺意を持つ事に躊躇できない。だが実際殺すとなれば葛藤が巡るし、殺人欲求は発作の様なもので本心では人を殺したくはない。
 だが、この鬼原という男は、 
 本当に心の底から、他人をゲームの敵キャラ以下とも考えていない。

(死ぬ前に良い思い出できただけ幸せかな…)

「これでこれからの学校生活が楽になるってもんですよ…じゃー…ねッ!」

 鬼原の踵の影が宗像の顔面に重なり、間髪いれずに振り落とされた。
 未舗装の道が揺れ、脆いヒビが走る。が、その衝撃は宗像を掠め、彼のすぐ横で落とされていた。
 疑問の目で宗像が視線を上げると、鬼原の顔は驚愕に染まっていた。

 鬼原の肋骨の隙間を縫うように、後ろから包丁が突き刺さっていたのだ。
 鬼原も宗像も要領を得ず、宗像は鬼原の背後に目をやり、驚愕する。


「恋(こい)…!!」


 宗像恋(むなかたこい)。宗像形の実妹であり、左目に異常を抱える少女。
 それが今、深々と包丁を鬼原へ刺している。
 茫然と目を見張る宗像を見降ろし、『否』と鬼原は直感する。

「テメェはァ~…安心院ゥ…!」

「ははは」宗像恋の顔が粘土細工の様に変形し、安心院なじみを作る。「半悪平等を乗っ取るのは骨が折れたが、中々面白いね」

 刹那――バムンッ! と蝋燭が溶けるように鬼原の腕が溶解する。
 しかし「解毒不能(イン・ポイズン)と言って体液を毒液に変える能力さ」と、安心院が自慢げに笑うも一瞬、溶けたはずの腕が安心院を薙ぎ飛ばした。
 小さな安心院は器用に着地し、鬼原と向かい合う。

「来ると思ってたが遅かったッスね安心院。別に待ってないケド」

「今回の事件を通し解かったが、君は最強だが、別段僕の計画の障害になる事はなさそうだ」安心院は嬉しそうに、「僕の思い通りに行動してくれてそれが実証されたよ」

「あ?」

「喧嘩腰は止めなよ鬼原。僕はここに喧嘩でも殺害阻止でもなくお披露目に来たのさ。―――なあ半纏?」

 瞬間、鬼原は気配を察知する。
 鬼原の後ろ10m。明らかに人の範疇を越えた気配だ。こいつが不知火半纏。宗像は横目で見ているようだが、鬼原は安心院に手一杯で視線を反らせない。
 その代わり、覚えのある足音が2つ、近づいているのが聴こえる。

「これが雪を悪平等(ボク)にする為に作らせた能力の一つ、昇華器官(イコールアッパー)…!!」

(まずい…!! この足音は…!!)

 雪と善吉が鬼原達に出くわすまで、後2分。





 ■後書き■ 
 能力バトル系作品のオリ能力考えるのって、どうしてこんなに楽しいんでしょうね。



[29419] 第31話 ハメられたな
Name: oden◆0fc721ee ID:e4d50c4e
Date: 2012/01/19 19:56
 
「この昇華器官(イコールアッパー)は黒神めだかをリスペクトした能力(スキル)でね。字に現れる通り

 どうでもいい。鬼原は安心院を無視し思考を展開する。
 どんな能力だろうと誰が来ようと鬼原に敗北の懸念は無い。だが雪にこの状況が露呈するのは非常にまずい。彼が危険の渦中に行ってしまっては元も子もない。

(どうにかして雪にバレねえように――とりあえず安心院に嫉妬の動機付けて犯人になってもらって、オレがそれを止めるって事に…いや、それでこの場で解決したらその後の行動に支障が…

「考えたって無駄だよ鬼原君」

 安心院は包丁を無造作に放り、パチンと指を鳴らした。すると宗像の傷がみるみる治っていく。
 否、治るというより、直る。

「これまでもこれからも、全ては僕の計画通りさ」

「あ゛…!? 何目的だ…(あ、宗像の傷治ってる。ラッキー証拠隠滅♪)」

「目的? 僕の目的は現在に未来、果ては別次元に至るまで、"雪を手に入れる"事のみさ」安心院は妖艶に笑い、「そして今、僕の悲願が来た」

 安心院の言葉が終わると同時、ザザッ! と二人の足音が急停止する。


「…………鬼原ッ!!」


 雪は声荒に叫ぶ。そして鬼原の視認と並行して状況を確認していく。
 長い一本の道に直列して、善吉、雪、安心院(小)と続いて鬼原、宗像…の後ろに居る白色を基調とした男は不知火半纏だろうか。
 善吉が宗像に走り寄るのを見届け、雪は怒情をぶつける。

「鬼原! 何故……! 何故お前こんな馬鹿な真似しやがった!?」
「へっ? いやオレじゃなく安心院が犯人…あ、オレ返り血塗れだわ…」

 こりゃバレたね。と飄然と鬼原は言い肩を竦める。
 そんな態度が雪を逆撫でしたのは言うまでもなく、雪の喉が怒号に震える。

「お前解かってるだろ!? 俺はこの世界に来た以上、原作でツライ思いした奴には幸せになって欲しいんだ! 安心院も飛沫達も! それを一番近くで見て来たお前が何してんだよ!!」

「…はあ…」

 やはり随分お冠の様子。鬼原にとって雪が機嫌を損ねるのは芳しくない。
 勿体ないがこの場は程々に反論し、雪に叱責させることで一旦事件が解決した風を取り繕うのが一番だ。と鬼原は結論付け、

「お言葉を返すようですが、解かってないのは貴方ですよ雪。奴らを幸せにする以前に、貴方と関わるのがダメなんですよ」鬼原はまるで順当とでも言いたげに、「奴ら危険です。関わったら被害は避けられません」

「ッ…!」

(…と来て次で、雪が一喝してお終い…)

 が、結果は思惑を外れ、雪は悼むような表情で顔を下げる。
 余りにも鬼原の発言がタイムリーで、雪の心を揺さぶったのだ。
 ダメだ、考えるな。今は鬼原の行動を叱るのが先決、『いつもの自分らしく』、これまでの身勝手な偽善者(じぶん)らしく話さなくては――
 倒れる宗像に、雪は心中謝罪し、

「それでも俺はあいつらと解かりあいたいと思うし、思いたい…! だから」

「だぁから解かり合うまでも合ってからも危険が一杯なんですよ」鬼原は呆れ口調で、「今思えば飛沫達も倒すだけで終わってりゃ、安心院がでてくる事もなかったんですよ」

「悪かったね邪魔者で」と安心院。

 違う。本来彼らとは解かり合うどころか関わる必要もない。危険なのは逆に彼らなのだ。無用な改変は改悪でしかない。
 そして、それを理解しながらも、胸中どこかで否定している自分はやはり弱いのだろう。
 だがそれでも鬼原の凶行は許されないし、何よりこれ以上考え続ければ何かが壊れてしまいそうで、雪は何者にも向かず吠える。

「ッ…いいか鬼原! 俺ァ危険だとか狂気だとかそんな物関係ねーんだ!! テメエが嫌だッつーんなら俺なんか守らんで結構! それでも殺し続けるなら、俺とお前は今から敵だ!!」雪は頭で言葉を考えながら、「俺にとっての一番の生活は、テメエの考えとは相容れないねえんだよ!!」

「…(…? ぎこちなェな…何かあったのか…!? まさか)

『全て僕の計画通り』――鬼原が歯痒い不明瞭さに訝しんでいると、「さすがだよ」と安心院が浅薄な賞賛を送った。

「いや実にすばらしい主張だ。僕もそれを見込んで全国指折りの異常者を編入したのさ。僕の様に救われる者もいると思ってね」安心院は洒脱な物言いで、「まあ、この状況は些か予想外ではあるけど」

 安心院は宗像、鬼原と順に見回し、

「安心したまえ(安心院だけに)。鬼原君が殺した奴らは僕が都合よく記憶を消して、生き返しておこう。雪、君が自責する必要はない」

「ああ………悪い」

「悪くなんてないさ。他にも何かあれば何でも僕に 「わーかりましたよ」

 遮るように言ったのは鬼原。呆笑する彼を見る安心院の顔が若干強張る。

「俺は案内役(ガイド)であって護衛役(ガード)じゃない。オレの役目は貴方がそう考えられる環境を作る事」鬼原は短兵急に、「(よー解からんがこれ以上安心院と雪を絡ませはしねえ)後処理は安心院がやるようですし、さっさと帰りましょう」

 逃げるような鬼原に違和感を覚えながらも、雪は鬼原を止め宗像の方を見た。
 彼は雪の改悪による完全な被害者だ。彼の安全を見届けなければ善吉も心配だし居た堪れない。

「ああ、この子の事も任せてくれ。キチンとした"治療"を施さないと…」安心院は雪が言うより早く、「それ用に作らせた良い能力があってね…」

「…!?」と怪訝な顔をする善吉。

「だから安心しろって、僕の能力なら宗像を普通(ノーマル)するのも朝飯前さ。まあ機密情報もあるし、宗像君一人で来たまえよ」

 信用できない。善吉は静かに怒りを溜める。彼女は飛沫達を追いやった他ならぬ張本人なのだ。
 だが彼の意に反し宗像は立ち上がる。
 飛沫達との別れと似た感覚が、善吉を襲う。

「宗像君…! その人を余り信用しちゃ」

「大丈夫。彼女の化物臭さは何となく理解したし…この人妹を乗っ取ってるからさ、何とかしないと」何事もなかったような顔で宗像は、「それにもし彼女に企みがあったとしても、僕は必ず戻ってくるよ。また学校で善吉君に会う」

「……」

「友達だからね。ま、殺人衝動(これ)が治るなら直してくるさ」

 心許ない表情の善吉に宗像が微笑んだ瞬間、不知火半纏、安心院、そして宗像が忽然と消えた。
 少しだけ悲しそうな顔をする善吉の肩を、雪が叩いた。

「…帰ろうか、善吉」

「……」善吉は一呼吸吐いて、「…うん…」

 ぽつぽつと足を動かす善吉に、雪は励ますように並ぶ。
 本来なら『宗像なら大丈夫!』と明るく励ますべきなのだが、雪の喉を何か不明瞭な物が邪魔してしまっている。『雪(じぶん)のせいだと』、無意識に感じているのだろうか。
 さらに鬼原は、雪より確信的に宗像の危険を感じていた。

(次来る宗像はもう…変わってるかもな…)

 どう考えたって、あれは安心院の改造誘拐じゃないか。
 雪は無自覚だろうが、明らかに安心院に対しての警戒が薄い。どんな狂人も人間臭さを見れば親しみが湧くと言うが、ここ1年のギャグ調な安心院が、今の様に"新たな手足"を雪の知る中で作る為だとしたら…

(一度でも関われば性格上、例え敵になっても雪は戦えないし、戦わせてもくれない。そして雪はオレが奴らを殺した事を自らの過失と捉えるだろう。つまり奴らと雪の贖罪の関係は、既に生まれている)

 間接的だが、雪にとっては関係ないだろう。いつか宗像と戦闘に陥れば、雪は自分を止めるに違いない。
 ハメられたな…忸怩たる思いが鬼原を蝕む。が、すぐに『まあ良いか』と思い直した。
 雪が止めるなら、無視して敵を殺せばいいだけだ。
 所詮、自分が本気になれば、全員塵に過ぎないのだから。

「いや~今回は自分の軽率他ならぬ行動のせいでトンだご迷惑を。今度何か奢りますよ」鬼原は明るく雪に駆け寄り、「てか球磨川さんは?」

「いいよ奢んなくて、お前とはまだ話が…いや善吉と宗像君には奢れ」雪は逃げるように溜息をつき、「えーと兄さんなら…

 雪、善吉、鬼原は夕焼け沈む道を帰っていく。

 しかし鬼原はまだ気づいていなかった。
 "最強"すぎる事、それが彼の最大の弱点である事に。





 ちなみに禊はというと、

「『雪ったら、「最近瞳先生が寂しそうだから励まして遊んだげて! もう兄さんにしか彼女は救えないだ!」なんてお願いしてさ~!』『最後の方は、涙ながらに僕の褒め称えて、「兄さんは最高だよ!!」だって!』『良い弟だよねェ瞳ちゃん!』」

「それで私と七並べしに来たと…」瞳は呆れるように半目になって、「それって、貴方ウザがられてるんじゃない?」

「うそォ!?」

「括弧抜けてるわよ。あ、アガリ♪」




 ■後書き■
 …という訳で、鬼原殺人帳編は一旦終了です。
 終了って言う割にスッキリしない終わり方ですがが、数話の内にいっぱいキャラが出て作者的には結構楽しかったです。

 次回は宗像君、それか最近不遇な禊さんの話やりたいです。



[29419] 第32話 まだ、始まったばかり。
Name: oden◆0fc721ee ID:85a779eb
Date: 2012/07/11 20:18


 ■前書き■
 久しぶりの投稿です。突然の失踪すいませんでした。

~これまでのお話~
 ひょんなことから少年は、球磨川禊の双子の弟、雪そそぎとして転生した。
 超過保護な兄と、神が創った『案内役』にして最強である鬼原とともに雪は、蝶ヶ崎や志布志、めだかに善吉達と交友を深める。
 しかし突如安心院が襲来、真意の掴めぬまま雪は蝶ヶ崎・志布志と離れ離れになり、安心院と同じ学校に通う事になる。
 入学当初に起きた、『連続殺人事件』を終息させた雪達に起こる、新たな事件とは……!?
―――――――――――――




 春に起きた鬼原暴走事件より3カ月。季節は夏真っ盛りとなった。
 この3カ月は、おかしいくらいに平和だった。
 懸念されていた安心院や鬼原も大きな動きは見せず、雪が目下の問題をスキンシップが激しくなる禊と、この猛暑にすり替えるくらいに平和である。
 そして今日、夏休みも中盤となった8月上旬にて

「めーだーかちゃん。来たよー! 雪君達も連れて来たっ」

「おお善吉! ではお泊まり会を始めるとするか!!」

 雪達にとって初となる、お泊まり会が決行された。

 
 ☆


「さぁ皆上がってくれ、こんな家でお泊まり会なんて恐縮だが」

「『わー嫌味ったらしー』『あ、こんなお城みてえなウチじゃ、お泊まり会感が出ないって意味で恐縮してんの?』」

「兄さん」

 と、禊をたしなめ荷物を下ろし、雪はめだかの家――というより居城を見上げる。
 本当にここは日本で、彼女は自分の同級生なのか疑いたくなる大きさである。
 今回の参加者は球磨川兄弟、善吉、そして鬼原の4名。宗像と安心院も誘ったのだが、どちらも事情があって断念された。宗像は妹の世話があるとの事だが、安心院にははぐらかされてしまった。
 やはり何兆年も生きていると、こういうのは馬鹿らしいのだろうか。

「まあいない奴の分も楽しむとするか!」
「(多分”端末”で今も盗撮を楽しんでると思うッスけど…)そうですね」と鬼原。
「心配無用だ球磨川先輩! 夜は大広間で雑魚寝!! 使用人も全員暇を出したから、1日遊び尽くすぞ!!」

 轟然とすごい事を口走るめだか。使用人全員って、そんな事”あの人”が許す訳がないだろうに。
 案の定というか突然というか、素っ頓狂な怒号を吐きながら、黒神真黒が扉から現れた。
 許す許さない以前に、相談すらしてなかったようだ。
 
「めだかちゃん!」真黒は雪達に目もくれず、「いくらお泊まり会でも全員休暇にするなんて聞いてないよ!!」
「ご安心をお兄様。休暇中の給与は私の懐から出します故」
「そういう問題じゃないよッ くじらちゃんのご飯とかどうすんの!?」
「お兄様、ご客人の前ですよ」

 そこでやっと雪達に気づいたらしく、真黒は「ああ、いらっしゃい」と軽く出迎えた。続けて、中に入るよう促す。どことなく焦りが見えるのは、客人が来た時の対応になれていないからだろう。黒神真黒は現在小学3年生。まだ異常(アブノーマル)が覚醒していない時分なのだから、当然な反応だ。
 そう、彼は普通(ノーマル)――のはず。
 雪は、3か月前の彼の言葉が、ずっと引っかかっていた。

『もう解かった。君、変わってるね』

 あれが何の意味であるのか、調べるつもりはないものの、やはり警戒はしてしまう。
 答えの出ない思案も一瞬、善吉が雪に声を投げつけた。もう皆、屋敷内に入ってしまっている。
 雪は慌てて、荷物を持ち上げた。


 ☆


 解かり切っていた事ではあるが、黒神邸の内装は、禊の舌をこれでもかとばかりに駆動させるものだった。
 簡素な造りで目に優しい色彩。なのに荘厳な王宮にいるような気分である。

「ところで、くじらちゃんってのは誰なんだ?」

 荷物を『荷物専用の部屋』に運んだ後、雪が切り出した。
 深い理由はない………とも言い切れない。
 黒神くじら。黒神家長女。めだかの姉。真黒の妹。禁欲(ストイック)。この時代では、まだ家にいる。
 それが変わっていないかの、確認である。

「『黒神くじら』『影薄いけどめだかちゃんの実姉だよ』」禊はぺらぺらと、「『今は8歳で、血液型はAB型。めだかちゃんに埋もれがちだけど、かなりの才媛だよ』『まあ多少性格に難ありらしいね』『で、それがどうしたの?』」

「球磨川君。後でちょっと話があるからね」

 怪訝な表情をする真黒をスルーする禊をスルーし、雪は小さく「ふぅん」と答える。
 キャップのつば越しに感じた鬼原の視線にだけ、首を横に振って反応しておいた。 

「それでは!! 子供らしく!! お泊まり会らしく!! 遊ぶとしようか!!!」

 子供らしさが全く感じられないめだかの声明が響く。とりあえずこの広大な屋敷をつかって遊ぶ事になり、議論の末、屋敷全域を以っての『かくれんぼ』となった。

「鬼は私が努めよう。トイレ、個人部屋、あと宝物庫等は禁止、今が午後2時だから、午後4時半までに私が全員見つければ私の勝ちだぞ」

「でもそれだと、めだかが隠れられないぞ」

「私は鬼でも十分楽しめる。それにここは私の家だ。地の利は私にある」

 なるほど、それだけ自信があるのか。
 精神年齢をみれば成人近い雪も、俄然やる気が出た。
 鬼原には笑われるだろうが、こういうのは楽しんだもの勝ちだ。

「では3分数えたら動き出すからな! 始めッ!!」

 雪はこの時、今回のお泊まり会が平穏に終わると信じていた。
 そう、この時までは。
 
 
 ☆ 

 ああくそ、見失った。
 開始10分にして、鬼原は苛立ちの声を上げる。かくれんぼだというのに、鬼原は隠れる気はさらとないようで、大股な足取りで廊下を歩いていた。彼の歩く道のわきには西洋甲冑が整然と並んでおり、どことなく薄暗い。絶対的な戦闘力を持つ鬼原だが、こと探知能力(サーチ)には疎く、早くも雪の場所が解からなくなってしまった。

(オレから離れられたら困るっていつも言ってんのに…)

 雪が鬼原から離れた理由―――それは先の鬼原が起こした事件に深く起因するのだが、鬼原の価値観はそこまで到達するには至らない。しかし、この場には鬼原としても脅威の少ないものと判断できた。安心院は来ていないし、使用人に化ける事も不可能。ここにいるのは味方しかいないのだから。
 なので、鬼原の怒りも、どちらかといえば呆れに近いものであった。

(雪には少なくとも球磨川さんが付いてるだろうし、今回はガキを演っときますかね…)

 と、鬼原は歩幅をそろえ始めた―――その瞬間、

 ゴン!! と――否、音よりも速く、鬼原の拳が駆動した。
 
 不完全な体制から放たれた鉄拳は、いともたやすく甲冑を打ち砕いた。
 中からうっすらと、人影が見える。

「殺気が丸見えですよ、安心院。オレを狙うとは愚の骨ちょ…」と、そこまで来て鬼原の余裕が消える。「――!?」

 ドゴーーッ!

 突然、鬼原の体が鈍く吹き飛ばされた。
 流線化する視界に捉えたのは、何故か元通りになっている甲冑と、中からこちらを見る、眼。
 あの眼は、ただの双眸ではない。
 闇の中、あの一つ目だけが、鋭く光を反射している。
 まるで、片眼鏡(モノクル)――!
 
「ッ!」

 黒神家が誇る壁はまるで障子紙のごとく、一枚、また一枚と鬼原の貫通を許していく。屋敷の最端の壁にて、鬼原はやっと停止した。
 米粒のように小さくなった西洋甲冑。その姿からは、あの眼を確かめる事はできそうにない。
 しかしもはや、確かめる気すら、鬼原には起きなかった。
 この世界に生まれて以来最大級の、衝撃。それのみ思考を巡らせる。あの安心院でさえ、鬼原を傷つける事は出来なかったのに。
 例外たる自分を下せるスキルなど―――存在しないはずだ。

「アンタ……誰っスか…!?」

 答える訳もなく、どころか聴こえているかも怪しい距離である為、鬼原も回答は期待していない。
 言葉にすることで、心を落ち着け、体を整えたのである。さっきは油断したが、今度こそ一撃で叩き潰す。
 そう――鬼原が動き出そうとしたときである。

「あれー鬼原君…。!? ケ、ケガしてる!!」

 再度、油断をつかれてしまった。
 声の主は、人吉善吉だった。鬼原がいる廊下の延長に、怯えた表情で呟く。あれだけ派手に飛んだのだ。この広い屋敷と言えど、ほぼ全員が気づくところだろう。
「きゅっ救急車ッ」善吉が何か叫んでいるが、興味は無い。鬼原が甲冑の元へ動こうと筋肉を膨張させた瞬間、


 ガッ!!
 

 と、何かが、鬼原の背に刺さった。見ればそれは、数本の、刀剣。
 血液の放出で刀身が軋み、ぐじり と、自身の肉が抉れているのが解かった。
 この場面で刀剣での攻撃といえば、『彼』しかいない。だが、今の『彼』にこんな事ができるはずがない。
 それなのに、
 それなのに―――

「おかしいな……」鬼原は吐血交じりに、「あんたは今回、参加していないはずじゃ…」

 人吉善吉が、音もなく気絶し、床に倒れる。
 親友、宗像形の手によって。
 続けて、無数の刃を鬼原へ投擲する。 

「じゃあね………鬼原君」
「!!」

 同時、西洋甲冑が、自らの兜を剥いだ。
 鬼原の驚きの声は、激痛の呻きに掻き消された。

(何故『こいつ』がここに…!? いやそれよりもこのダメージは!? 何がどうなってやがる!!)

 ―――彼らのお泊まり会はまだ、始まったばかり。
 
 



[29419] 第33話 大切なお話
Name: oden◆0fc721ee ID:85a779eb
Date: 2012/07/14 21:13
 
「弟さんのところへ行かないで良いのかい。球磨川君」

 黒神家嫡男にして大天才黒神めだかの実兄、黒神真黒は問う。彼の佇立する黒神邸第3広間は屋敷内でも人通りが少なく、真黒の体勢から見ても、隠れる気がない事が伺えた。
 そして声を向けられた少年、球磨川禊もまた、然りである。

「『しっかし、かくれんぼという遊びのチョイスは些か失敗だったね』『広すぎて体力が持たないという理由から鬼ごっこが除外された訳だけど』『これじゃ緊張感もあったもんじゃない』」

「そうかな、僕は感じてるよ。…緊張感」

 すう――と呼吸とともに黒神真黒の視線が禊を射る。
 ――かと思えば、過負荷の気配は真黒の背筋に這っていた。

「!……中々良い足運びだね…」

「『僕は天の邪鬼だからね、冒頭の質問に答えるつもりはないけれど』『同じ質問を君に投げさせてもらうよ』『世の常識ともいえる”実妹への過剰愛(アンタッチャブル)”をあえて公言する黒神真黒君が、同じクラスでもない僕に何のようだい?』『僕はさっき君が質問があるというから付いて来たんだから』『さっさと聞いて雪んとこに行きたいんだよ』」

「さりげに質問に答えてるよ」

「『天の邪鬼だからね』『てへぺろ☆』」

 飄然と、禊ははにかむ。
 もちろん、空気がやわらぐ訳もないが。
「……ふうん」と真黒は再度間を取って、「質問ってわけじゃないよ」と言い、今度こそ禊を見据えた。
 黒神真黒の眼が、深海のように黒く染まった。
 その双眸にはもはや、禊すらも写ってはいない。
 彼の視界(め)にあるものは――ただ一つ。ただ二人。
 これからの会話も、行動も、そう全ては―――

「ただ君に教えなければならない、とってもとっても大切なお話があるのさ」

 妹の、為。



 ☆


 今日この時に至るまで、もっと言うなら鬼原が生まれて受けた最大のダメージは、深さ1mmにも満たない切り傷だった。禊の螺子もめだかの鉄拳も、安心院の能力も、彼の異次元的戦闘力は全てを超越してきた。
 しかし。
 今、鬼原の体は、未知の領域(ダメージ)を連続更新し続けていた。
『西洋甲冑』の攻撃は例外(アンリミテッド)たる自分でも例外と見れるほど剛く、宗像の剣は紙切れよろしく鬼原を切り裂いた。


 ド ズ ン ッ ッ


 情緒もない音をたて、鬼原は地面に叩きつけられた。
 正確には、めりこんだ。

(~~ッ! 面倒臭ェ事になりやがったな。 原理は解からないが、ある程度オレの『例外』を緩和できるらしいッスね…、ま、オレの負けはありえないにしろ…)

 ちと、やりづらい。
 思うも一瞬、大陸プレートが跳ね上がるような勢いで、鬼原は打ち上げられた。
 ただし下から力を与えられるような物はなく、屋敷は突然の力に耐えきれず、ぼろぼろ瓦礫に変わった。

(甲冑野郎の中身が知れた以上、他の奴に見られる前に殺らなきゃ…! あ、宗像は殺しちゃダメだ。あーもう早くしねえと音聞きつけて皆が来る。原理解明して二人ともぶっ倒して、言い訳考…。!!)

 ふと気がつくと、刀剣が関節と壁を縫い止め、動きを封じていた。すぐそこに、甲冑と宗像の姿。
 限界を知った事がない鬼原ではあるが、これ以上の攻撃が危険だと言う事は、本能的に直感できた。
 敵の数、自分、相手の不可解な能力、例外、全ての状況を以ってして、ついに鬼原は気づく。 


「もしかしてオレ……大ピンチ?」


 気づいたところで―――もう遅い。
 そう言わんばかりに、鈍重そうに見える西洋甲冑が風のように肉薄した。
 その時である。

 一瞬にして、甲冑の体が荒縄で縛られた。
 そして聴こえる、気だるげな声。


「なぁに人様の家で暴れくさってんだ不審者ども。全く嬉しいぐらいに不幸だぜ。せっかくの家出記念日になんだってんだ」


 ガチン!! と、猛獣用のトラバサミが宗像の足に噛みついた。

「!?」

 悲痛に顔を歪める宗像を尻目に、声の主である少女は、すたすたと廊下を闊歩する。
 その少女は身なりこそ汚れていても、服の材質は見るからに上質で、佇まいからも教養がある事が伺えた。近寄りがたさを感じる鋭眼と短髪の顔は、もはや鬼原達には興味がないように見えた。
 そのまま通ろうとする少女を、鬼原は呼びとめる。

「黒神………くじらさんッスね……!!」

 少女――黒神くじらは微塵の恐れもなく、鬼原に目を向ける。
 約8歳の少女が見るにはかなりグロテスクな画づらだろうに、黒神くじらの表情に感情の波はなかった。

「かーっ何であたしの名前知ってんだよテメェ。まさか兄貴の回しモンか? 幸先わりィ」

 そう言う彼女の顔に、やっと『楽しそう』という感情が見えた。わんぱくというよりは、球磨川禊を彷彿とさせる顔である。
 彼女は、不幸を楽しむ少女。
 異常と過負荷の曖昧な存在。
 だからこそ、鬼原は言う。まさか生涯口にするとは思ってもみなかった言葉を。

「……黒神さん――――助けてください」



 ☆



 黒神くじらの個室はまさに乱雑を極めており、お嬢様の一室というより、廃れた倉庫と言った方が納得ができそうなくらいであった(もしくは荒れた。鬼原は、これはルール違反になるだろうかと早くも暢気思考に戻っており、肩を貸してもらっている黒神くじらに対しても、軽薄な笑みを送る。

「光栄ですねー。めったにお顔を出す事がない黒神めだか嬢にこんなところで出会えるなんて」

「ここあたしん家だし…」

 その言葉に、ケラケラ笑う鬼原。
 くじらはペースが乱されそうになるの矯正したいようで、「つーか良かったのか。あの刀野郎を置いて行って」と尋ねた。
 良ーんすよ。と、鬼原は間を取る事もなく答える。今、スキル『例外』によって、鬼原の体は急速に修復されている。『例外』を軽減できる彼らを傍に置いては回復すらも怪しいのだ。

「また来たらどーすんだ?」

「優しいんスね。でも敵さん二人とも、事情があって殺せないんでね。心配ナッシング」

「…あたしはあたしの心配をしてんだよ。…はぁ、今日は本格的に家出しようってのに、やんなっちゃうぜ」

(でもそれが、楽しいんでしょう?)

 彼女にとって、面倒とは、痛痒とは、不幸とは、全てが総じて幸福である。
 禁欲(ストイック)―――そこを狙った鬼原であるが、案の定、面白いくらいに喰いついてくれた。

「ああアレか」くじらはフランクな口調で、「お前、兄貴が呼んだヤツラか。そーいや今日だったか、ツレ呼ぶって話は」
「? 何の話ッスか?」
「は? 真黒兄貴が催した『お泊まり会』の参加者だろ」
「………」

 眼を細め、帽子を深く被り、鬼原はしばし考える。
 様子が変わった鬼原に、くじらが怪訝な表情をつくると同時、鬼原の口が開いた。

「…オレの知る内じゃ彼は、多少の友達はいながらも、最優先は妹達(かぞく)…。貴女方に迷惑のかかるかもしれないお泊まり会を、自分から催すなんて…」

 だよなぁ。と、くじらは賛同の言葉を打ち、

「あたしも不可解ではあったんだよなぁ、でも最近はガールフレンドができたみてぇだし、ついに家族離れって奴よ」

「ガールフレンド?」

「そうそう。あぁ思いだした。確かそのガールフレンドがこないだ家に来て、そこでお泊まり会を兄貴に進言してたんだ」

 そんなもの、知らない。
 原作にはない。
 もし本当なら、そいつが意図的に自分達を集めたと言う事だ。
 ―――誰だ。
 いやうっすらと、予測は付いていた。

「黒神さん……そのガールフレンドのお名前、覚えてます…!?」

「おう、覚えてるぜ。記憶力にゃ自信がある」

 黒神くじらは何の事もないと言う顔で、

「ええと、


 ―――そう、”安心院なじみ”って言う女子だったぜ」



 ☆


 平和で楽しい――はずだった『かくれんぼ』の鬼役、黒神めだかの形相は、それこそ鬼ヶ島がそのまま逃げ出しそうな憤怒を示していた。
 彼女の手に抱きかかえられる親友――人吉善吉。
 すぐ横に倒れる――宗像形。
 どちらもついさっき、めだかが発見した者達である。
 黒神めだかは、言う。

「使用人は全てはらったはずだぞ…! …せっかくお兄様が開いてくれたイベントに、しょうもない賊が迷い込んだようだな」

 声荒に、そして戦闘の構えをとるめだかが見つめる先は、照明が落ち、暗幕が落ちたような廊下。すると、長々しい無明の道から、ぬるりと、人影が顔を出した。

「(子供…? 私達とさほど変わらない…)善吉たちを傷めたのは貴様か? 何者だ!」

「否。我々は決して貴女に危害は与えません」

 そう言った少女は、ウニの棘のような五本指を、道化のような動作で見せつけた。
 五本の病爪(ファイブフォーカス)―――。
 少女は深く礼をして、黒神めだかに囁く。

「お初に拝顔の栄に浴しまする。わたくしの名は赤青黄。此度は、めだか様にお伝えせねばならない、とてもとても大切なお話がございます――――」



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